竜狩り

 

序、傷だらけになりながら

 

うなりを上げながら、それでも倒れ伏す。

地面に叩き付けられた巨大な鹿のネームドは。口から猛毒の泡を吹いていたが。やがて動かなくなった。

呼吸を整える。

ブリッツコアの実験は成功だ。

雷撃。

氷撃。

炎撃。

更に物理衝撃。

四種類を造り。それぞれ実験しながら、実戦投入した。

相手が地面に体をもぐらせていたり、地面に貼り付いているときは。装備品で増幅した魔術で、一気に押し潰すことが出来るけれど。

飛んだり跳ねたりするすばしこい相手だと、広域制圧火力の方が重要になる。一方、一点突破を狙う場合は、広域制圧火力では不足するケースが多い。相手の動きが止まっている、もしくは鈍足の場合。極大の一撃を収束して叩き付けたい。しかも、此方は即座にその切り替えをやりたい。

そこで、小回りがきくブリッツコアを作り上げたのだが。

今の一撃は、確実にネームドに致命打になった。

イルメリアちゃんが作った剣の切れ味も上がっているし。

パイモンさんの雷神の石も更に火力が上がっている。

今斃した鹿は、山に入ってから四匹目のネームド。

近辺のネームドが次々姿を見せているが、少しずつ戦闘そのものは楽になって来ている。ここに来てから、徹底的な装備品の吟味を続けているし。何より恐らく、あの二番目に来たキメラビーストが近辺最強のネームドだったのだろう。

だが、それでも。

油断はとても出来ないが。

鹿を回収した後。

装備品の調整に入る。

ドロッセルさんとアングリフさんに声を掛ける。

武器は改良の必要があるかと。

二人ともこれでいい、という。

ならば、その意思を尊重するだけだ。

お姉ちゃんは自分で弓のメンテナンスをしているし。

カルドさんも同じく銃は自力で手入れしている。

弾丸をもっと強化すればいいだけなので。

カルドさんの方は楽だが。

お姉ちゃんの方は、更に上がって来ている身体能力に、弓の方が耐えられなくなってきているかも知れない。

フルスハイムで購入したときはばっちりだったのに。

まだ数ヶ月も経っていないのに。

嘆息する。

いずれにしても、公認錬金術師になったら、お金をある程度稼ぐことを視野に入れなければならないだろう。

分かった事がある。

錬金術をこれ以上本格的に行い始めると。

多分お金が幾らあっても足りなくなる。

今までは戦略事業を行っていたから、支援があった。その支援によって、作業を行うことが出来ていた。

だが今後は違う。

まずわたしはエルトナに戻って、其処の調整から行う事になるだろう。その時には、お金はわたしが捻出しなければならない。

今までとは違う。

ライゼンベルグからの支援金なんて期待出来るはずも無い。

ソフィー先生も、一人前になったら、後は支援なんてしてくれる筈もない。

自分でやらなければならないのだ。

一通り装備のメンテナンスが終わった。

皆の様子を見て、特に問題は無い事を確認。

そのまま、獣狩りに戻る。

今日中に出来れば、もう一匹くらいネームドを狩っておきたい。

周囲にいる大型の獣を、順調に狩れているようで。

集まってくる獣はかなり小さくなってきている。

オスカーさんが緑化している範囲を確実に拡げている、というのもあるのだろう。

少なくとも、峠までの距離は、確実に縮まりつつあった。

獣を一匹ずつ処理し。

だが夕方までに、ネームドは現れなかった。

今日はここまでと切り上げる。

予定はある程度前倒しに進んでいるのだ。

焦ることは無い。

キャンプで、皆に薬を配り。

食事を済ませて、後はゆっくりする。

わたしはブリッツコアの調整を行うが。

それは他の人には見せずにやる。

わたしの無駄に余った魔力を有効活用する方法。最大限に利用する方法。色々と、今までとは比較にならないほど難しい。

今回も、上手く行ったのが不思議なくらいで。

どうして上手く行ったのかを、よく調べておかないと後が危ない。

かなり遅くまで集中して作業し。

そして明日に備える。

見張りもしなければならない。

ずっと眠れる訳ではないのだ。

翌朝になって、起きだして。

キャンプの外を見る。

獣の数は少ない。

地中にも潜んでいない様子だ。

鉱物の声が聞こえる。

周囲には、大物はいないという。だけれど、何か嫌な予感がする。これだけ積極的に連日姿を見せていた獣が、どうして今朝に限ってこうも少ない。

皆も起きて来たので、とりあえずしばらく様子見をする。

獣はぽつぽつと姿を見せるが。

小物ばかりだ。

勿論適宜処理するが。

それでも、どうにも妙だなと、結論するしか無かった。

「偵察を出すか?」

「お願いします」

アングリフさんが提案する。

これは何かあったのかも知れない。

そしてこれを楽天的に取れるほど、流石にわたしも頭がお花畑ではない。今まで散々酷い目にあってきて、懲りている。

アングリフさんに、カルドさんと一緒に偵察に出て貰う。

一度キャンプにまで戻って、他の人達はお薬を使い、小さな傷でも治しておく。体力も回復しておく。

いつ総力戦になるか分からないからだ。

ドラゴンもこの先にはいるのである。

もしも強行突破をはかった場合、ドラゴンに後方から追撃される可能性もある。はっきりいって、冗談では無い。

しばしして、アングリフさんが戻ってきた。

「峠のすぐ先が大変な事になっていやがる」

「詳しくお願いします」

「橋と同じだ」

「!」

慌てて、イルメリアちゃんとパイモンさんと、お姉ちゃんもあわせて、一緒に見に行く。そして、峠の側の岩陰に隠れながら、向こうを伺った。

なるほど、これは確かに。

大変な事だ。

横一線。

地面が煮立っている。

戦闘時に、集中していたからか。

峠の向こうだからか。

音はどうしてか届かなかったのだろう。

或いは、無音で薙ぎ払ったのかも知れない。いずれにしても、これには見覚えがある。あの橋の周囲がこうなっていた。

ブレスで薙ぎ払ったのだ。

間違いなくドラゴンである。

道理で獣が来なくなるはずだ。

獣を巻き込んだのかとゆっくりブレス跡を見ていく。空も確認。近くに、ドラゴンはいないようだった。

鉱物にも聞くが。

其方でも、近くにはいないよと教えてくれる。

要するにドラゴンは近所にはいない、と結論してしまってかまわないだろう。そうなると、例の村跡を見張りに戻ったのか。

「これは恐らく威嚇だな」

「妙ね」

「あん? どういうことだ」

「ドラゴンは何も考えていないか、仮に考えていたとしても人間なんか見境無く殺す相手くらいにしか思っていない筈よ。 殺すつもりでブレスを吐くことはあっても、威嚇なんてするかしら」

イルメリアちゃんの疑念に。

アングリフさんは頭を掻く。

流石にこの人でも、ドラゴンとの交戦経験は少ないのだろう。習性についても、あまり詳しくは知らないと見た。

しばし考え込んでから。

アングリフさんは答えた。

「俺も彼方此方を渡り歩いた傭兵だ。 ドラゴンについての情報は集めているがな、共通している事がある」

「共通、ですか」

「そうだ。 どうも連中には知能と呼べるものがないらしくてな」

「……」

知能がない。

そういえば、異常行動が目立つような気もする。

大人しかったドラゴンがいきなり暴れ出したり、逆に殺戮の限りを尽くしていた個体が急に大人しくなったり。

いずれにしても暴れるドラゴンは決死の覚悟で犠牲を問わずに駆除しなければならないのだが。

ドラゴンは斃しても斃してもいなくならない。

そこで、暴れるドラゴンだけに的を絞って戦うらしいのだが。

それでも一度戦うとなると、相当な凄腕の錬金術師を交えた上で、総力戦を覚悟しなければならないそうだ。

ノルベルトさんが来る。

そして、ブレス跡を見て、鼻を鳴らした。

「此奴は多分違うな」

「例の仇のではないと」

「そういうことだ。 多分橋を落とした奴じゃねえかな」

「……」

確かに破壊跡が似通っているが。

いずれにしても、ドラゴンはどこに行ったのか。

それが分からない以上、油断も出来ない。

もう少し奥まで偵察してくるとアングリフさんがいう。

此処を襲われ、ブレスでも叩き込まれたら著しく不利だ。確かに手練れが偵察した方が良いだろう。

一度キャンプに戻り。

そして、しばらくは休憩を取る。

いつまた激しい戦いをこなさなければならないか、分からないからだ。

二刻ほどして。

アングリフさんが戻ってくる。

どうも妙だ、というのである。

「少し周りを見てきたが、橋を見張っていたドラゴンも姿を消している。 もしもだ、人間をとことん邪魔するつもりで動いているなら、グラオ・タールなり俺たちなりを直接襲えば良いし、その必要がなくなったと判断したならさっさと消えれば良い。 それなのに、何がしたいのかよく分からんな」

「例のこの先の村跡はどうでしたか」

「ああ、ひでえ有様だったな。 文字通り蹂躙、という言葉が相応しい状態だ。 俺もこの辺には来たことがあったんだがな。 商人が避けるわけだぜ」

本来であれば、その村跡を通っていたらしい街道の残骸も見つけたという。

だが今は、岩で塞がれていて。

敢えて通れないようにされているという。

多分ドラゴンが見張っていて、大きな被害を何度も出したから、なのだろう。

ただ、いずれにしても十数年も前の話らしく。

岩も苔むしていたとか。

ドラゴンが十数年同じ場所にいる、というのは別に不思議でも何でも無いだろう。何しろ意味不明の超生物だ。邪神には及ばないにしても、それに迫る力を持つ存在であり、獣とは一線を画す相手である。

「奴はいたか?」

「流石に村に入るのは危険すぎるからな。 だが、遠くから偵察した限りでは、姿は確認できなかった」

「いる筈だ。 村がやられた後も、何度も商人が隊列ごとやられていやがるんだ。 この辺りのネームドからも、ガン逃げなら対処できる程度の戦力を整えた隊列が、だぞ」

「だとすると確かにドラゴンか邪神以外にはあり得ないな。 しかもこの辺りの様子からして、邪神の線は無い」

ノルベルトさんの目には暗い光が宿っている。

やはり、そういう事なのだろう。

ともかく、だ。

一晩おく。

最悪なのは、ネームドに横やりを入れられることだ。ドラゴンだけでも勝てるかどうか知れたものではないのに。

更にネームドにまで乱入されたら、それこそ命が幾つあっても足りない。

ソフィー先生でもいれば話は別なのだろうけれど。

翌朝からは、ドラゴンの脅威が去ったからか。

また獣が現れるようになった。

全体的に小ぶりな獣が目立つようになったのは、やはり駆除の成果だろう。ネームドも、姿を見せるペースが早くなった。

近所には十体ほどの、ほぼ同格のネームドがいると聞いている。

縄張りを拡げるためにも、出向いてくるはずだ。

そうして、四日を費やし。

六体のネームドを追加で屠った頃には。

峠まで、緑化した道が開通していた。

もっとも、その先に行くのは、少し危険すぎる状態だが。

キャンプを峠の手前にまで移動させ。

其処で皆で話をする。

偵察は数度してもらったが。

いずれも、ドラゴンの姿は発見できなかった。

アングリフさんが、地図を指でぐるっとなぞった。

「ドラゴンが村跡を見張っているとして。 潜んでいると思われる場所は、あらかた探してみた。 だが、何処にも姿は見えない。 どうやって隠れているのか……何か心当たりはないか」

「俺に聞いているのか」

「そうだ。 あの村の関係者だろう」

「……」

ノルベルトさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

しばしして、重苦しい口を開いた。

「あの村には、公認錬金術師が二人いた」

「!」

「ライゼンベルグも十数年前までは、この辺りのインフラに気を遣っていたからな。 被害を少しでも抑えるためにネームド狩りを、犠牲を払いながらもやっていたし、街道の要だから村を死守もしていた。 二人も公認錬金術師を、小さな村に配置していたのもそれが故だ」

公認錬金術師が二人、か。

フルスハイムのような中核都市でさえ一人なのに。

二人も配置すると言うことは、相当に守りを重視していた、と言う事なのだろう。

「当然手練れの傭兵団も常駐していた。 だが、それでもドラゴンにはかなわなかった」

この辺りのネームドも、以前は彼処までの化け物揃いではなかったという。

だが、守りの要に配置していた村が壊滅したことで。

ライゼンベルグは消極策に出た。

ドラゴンの実力を思い知らされたから、だろう。

ライゼンベルグだけを守る事に注力し始めた。

ライゼンベルグの東には、ぐるっと迂回することにはなるが、既に緑化に成功している街道もある。

此方西側からフルスハイムに行くのと比較して三倍以上も時間が掛かる上に、非常に人口密度が低いらしいが。

それでも此方西側を通るよりはマシと言う事で、インフラも主に其方を経由しているという。

「怖じ気づいたんだよライゼンベルグのお偉方はな。 そもそもネームドやらとの戦いで、武闘派の錬金術師は数を減らしていたし、何より陰湿な権力闘争に嫌気が差したか、ライゼンベルグを去る錬金術師も多かった。 ドラゴンにあの村がやられる前は、「十俊」なんて呼ばれる精鋭もいたんだがな、特に武闘派として有名だったオレリーのばあさんが去ってからはそれも名前だけになっちまった」

ノルベルトさんが吐き捨てる。

そうか。

オレリーさんも、そういう立場だったのか。

ひょっとすると、ドラゴン狩りを主張したのかも知れない。

だが、ライゼンベルグ首脳は腰が引けてしまったのだろう。

精鋭と公認錬金術師二人で倒せなかった相手だ。

その情けない有様に、武闘派や心ある錬金術師はライゼンベルグを去り。

ますますライゼンベルグには戦える錬金術師がいなくなった。

そして駆除が行われなくなったライゼンベルグ西側は。

魔界も同然の場所になっていった、と言う訳か。

いずれにしても、はっきりした。

そのドラゴンは。

殺さなければならない。

全ての悪の根元だ。

例えドラゴンに知能があろうがなかろうが関係無い。そいつが最初の悪だとすれば、断たなければならない。

これは敵討ちとかそういう話ではすでになくなっている。

単純な生存圏を脅かす害悪を排除する、と言う事だ。

別にそのドラゴンが悪の大魔王だとか、シンボルだとか、そういう話ではない。

そのドラゴンが居座っていることで。ライゼンベルグが兵を出さなくなっているのだとすれば。

駆除をしなければならないのだ。

「周囲の大物はあらかた駆除が完了しています。 此処で一気に攻めるべきだと思いますが、どうですか」

わたしは周囲を見回す。

反対意見は、出なかった。

 

1、悪竜襲来

 

橋を伺っていたドラゴンは、既に命を無くして足下に転がっている。

匪賊を狙って橋を落としたのなら。

匪賊が全滅した時点で、とっとと去れば良いものを。

人間を殺すスイッチでもあるのだろうか。まあ仕組みは知っているが、反吐が出る。

此奴は、今度はライゼンベルグへ向かう人間を狙うそぶりを見せ始めた。

だから消した。昔は手間取ったが、今は片手間である。

断末魔の一撃が、フィリスちゃんのいる辺りを直撃したが。逸れたのは分かっていたので、放置した。

あたしは、周囲に指示して。

殺したゴルドネア。中級ドラゴンを片付ける。

橋を狙っていたドラゴンは数匹いたのだが。

これで全て駆除完了だ。

久しぶりに斬りごたえがある相手を斬ったと、ティアナちゃんは喜んでいたし。

シャノンちゃんは、上達が実感できて嬉しいようだった。

ドラゴンの解体は専門のスタッフに任せる。

あたしは周囲を警戒。

ドラゴンは世界に常に一定数がいる。

殺した分は何処かに湧く。

問題は何処に湧くか分からない、と言う事で。流石に仕組み的に人里のすぐ近くに湧くことはまず無いのだが。

それでもしばらくは警戒がいる。

ほどなく、深淵の者本部から、伝令が来た。

イフリータだった。

「ソフィーどの。 立て続けのドラゴン討伐、流石であるな」

「ありがとうございます。 それで再出現は?」

「確認したが、いずれも山岳地帯の人里から離れた場所だ。 即座の警戒は必要ないだろう」

「そう、ですか」

頷くと、イフリータは戻っていく。

あたしはドラゴンの解体と、素材の回収が終わったのを見ると、撤収を指示。

此処からは、フィリスちゃんにとっての大一番だ。

何回か繰り返す中で。

ライゼンベルグ近くに巣くっているドラゴンが鬼門となっている。

事実、「何度か」フィリスちゃんは返り討ちにされているのだ。

途中で積んだ経験が足りなかった時や。

或いは上手く行きすぎて調子に乗っていたとき。

そういった場合に。

ライゼンベルグの人間達を怖じ気づかせたドラゴンは、容赦なくフィリスちゃんの命を奪った。

その場合はやり直しをせざるを得なかった。

これほどの人材は、簡単に見つけられるものではなかったからだ。

今回は恐らく大丈夫だろう。

戦力的にも、考え得る最強のものが揃っている。

そしてフィリスちゃんの実力も、ドラゴンと戦えるところまで成長している。

ただ不安要素もある。

橋を狙うドラゴンは、前にも例があったが。

此処まで徹底していた事は例がなかった。

いわゆるバタフライ効果という奴で。

繰り返しをしても、毎度同じ風に世界が動くとは限らない。

この世界はあまりにも複雑な仕組みで動いている。見えている範囲では単純だが、その背後ではおぞましいまでに難解なシステムが、常時相互影響しながら活動しており。更にちょっとしたことが大きな波紋を引き起こして、人間の行動や判断にも影響を与えていくのだ。

今回のように、フィリスちゃんが兎に角苛烈な試練に晒されるようなケースもある。

多少あたしが後ろから細工はしたが。

それでも、今回のフィリスちゃんは、厄にでも見込まれているかのような悲惨な境遇である。

いずれにしても、ここから先は。

手助けをする状況では無い。

ドラゴンとの激突は避けられない。

あたしは見守るだけである。

深淵の者本部に戻る。

自室に戻ると、監視システムを起動。フィリスちゃんは、目が闇に濁り始めている。

良い傾向だ。

深淵を覗かなければ。

錬金術師は大成などできないのだから。

 

早朝にキャンプをでたわたしは、アングリフさんの後ろについて、小走りで移動していた。荷車は引いているが、音は殆どでない。この辺りは、キルシェさんのアドバイスで改良した。

影のように走りながら。

併走しているアリスさんとお姉ちゃんが、たまに見かける小型の獣を鎧柚一触。

この辺りの大型の獣は、ほぼ片付けた。

念入りに偵察して、それは確認している。

時間も随分掛かったが。

それに見合う結果は出たのだ。

錬金術師は戦略級の作業をするのが仕事。

そして、戦略級の仕事をするからには。力も責任も必要なのだ。

岩陰に隠れながら、周囲を確認しつつ、村跡に迫る。

陽が昇り始める。

さて、ドラゴンが仕掛けてくるなら何処だ。

地下は、違う。

鉱物は、そんな事を口にしていない。

空は、文字通り出ればすぐに分かる。

太陽を背にしてくる、という可能性もあるが。

それは恐らくあまり高くないだろう。あまりにも、バレバレだからだ。一応、対策はしてあるが。

必要は多分無いはず。

そうなると、魔術などで空間転移してくる可能性があるか。

ドラゴンに知能はないらしいが、魔術は使う。

これは他の獣でも遭遇例があるので、そういうものか、くらいにしか思わない。

知能が無くても魔術は使えるものなのだ。

互いの死角をカバーしながら、岩陰を移動しつつ進む。ほどなく、城壁の残骸に到着。堀の跡は埋まってしまっている。長年風雨にさらされれば、こうなるのも当然と言えば当然か。

ハンドサインで確認。

まずわたしから。鉱物の声を聞く。

地面の下にはいない。地面の側にもいない。

続いてパイモンさん。

遮光グラスを作ってくれたので、それで太陽方面含めて確認してくれているが、空にはいない。

最後にイルメリアちゃん。

彼女が言う所によると、今のところ大きな魔力の反応は無い。

ドラゴンは魔力そのものの塊と言って良いほど魔力反応が強い。これに関しては、橋を見張っている実物を見て、わたしも理解している。

イルメリアちゃんは奇襲を防ぐために、強い魔力の反応を察知する道具を作ってくれたが。

今の時点で反応は無い。

ドラゴンは知能が無いという話だし。

奇襲など仕掛けてこないだろう。

そもそも、そんな事をする必要がないほど強い化け物なのだ。

それに関しては邪神も同じだろうが。

アングリフさんが村の中に入ると同時に。

距離を取りすぎない程度に散開。

村の中は、悲惨な有様で。

ブレスが一閃して薙ぎ払った跡が露骨すぎるほどに残っていて。そして骨まで獣が囓ったのだろう。死体はもはや一つも残っていなかった。

炭化した家の跡。

溶けた井戸の跡。

城壁は、魔術で強化されていたようなのに、文字通り一撃で木っ端みじんにぶち抜かれている。

こんな異常な破壊を行ったドラゴンを、どうして退治せずに放置したのか。

悲しくなってくる。

公認錬金術師二人と、歴戦の傭兵が刃が立たなかった、という事は分かる。

だとしても、以前虹神ウロボロスを倒した時のように。

ラスティンが総力を挙げれば。

倒す事は不可能では無かったはずだ。

錬金術は力そのものの学問。

こういうときに使わずして、いつ使うと言うのか。わたしは、本当に公認錬金術師免許が必要なのか、疑念にさえ感じ始めていた。だが、公認錬金術師免許は、相応の実力があることを示す指標でもある。高度な錬金術の産物であるため、偽造も出来ないし。何よりアルファ商会の協力も取り付けられる。

エルトナを繁栄させるには。

免許を取るしか無い。

呼吸を整えながら、体勢を低くして移動。

イルメリアちゃんを中心において陣形を組んでいるのは。

シールドを展開して、その内側に入れるようにするためだ。

あの後更にネームドと戦いながら改良を重ねたイルメリアちゃんのシールドは。少なくとも以前より遙かにパワーアップしている。

ドラゴンのブレスでも。

一度なら絶対に何とかする。

そうイルメリアちゃんは、決意に満ちた目で言っていた。

ならば信じる。

じりじりと焦りが少しずつ心に積もる。

ドラゴンは姿を見せない。

もしも、ドラゴンが何処かに消えてしまっている、というのなら。

それはそれでかまわない。

此処を突破して、ライゼンベルグに出向くだけだ。

だが、そんなうまい話がある筈も無い。

絶対にいる。

証拠としては、間近で調査して分かったが。鉱物の声が教えてくれているのだ。最近破壊があったよ、と。

つまりドラゴンは、この辺りを縄張りにして。

のしのし歩き回り。

我が物顔で、蹂躙した村跡を、更に蹂躙して回っている、と言う事だ。

何度八つ裂きにしても許せない。

気配を殺して。

周囲に対する警戒を最大限にしながら、移動を続ける。

消耗が少しずつ溜まっていく。

アングリフさんがハンドサインを出した。

一度村から距離を取る、という意味だ。

頷くと、後退を開始。

いわゆるじらし戦術を使い、消耗したところを狙って来る可能性も考えなければならない。

知能がないとしても。

本能で戦術を駆使する生物はいる。

如何に超越的獣だとしても。

その辺りには変わりは無いだろう。

一度村から離れる。

そして、入った時と同じ経路で、キャンプに戻る。勿論後方にも、前方にも注意は欠かさない。

アングリフさんが止まれ、とハンドサインを出した。

ぴんと来る。

何かあった。

鉱物は何も教えてくれない。

そうなると、空か。

「総員、戦闘準備! 来るぞ!」

アングリフさんが叫ぶ。

同時に、全員が戦闘態勢に入る。

此処からは、連携で相手を仕留めきるか、相手が耐えきって此方を殺すか、その二択しか無い。

ドラゴンの超絶火力は、何度も耐えられるものではないし。

近接攻撃を挑むにしても、反撃を喰らってしまったらそうそうは耐えられない。

どこだ、どこから来る。

風の音。

空からか。

しかし、どこから。

ドラゴンは、次の瞬間。凄まじい速度で、わたしの上を横切った。そう、キャンプを飛び越すようにして。

つまり、此奴は此方の動きに最初から気付いていて。

山を迂回するようにして、視界を遮り距離を取りつつ飛行。

更にキャンプを飛び越し、背後から奇襲するつもりだったのだろう。

そして、此方がブレスの効果範囲外に散っているのを見た瞬間、即座に更に移動して、ホームグラウンドである巣、つまり破壊し尽くした村に戻るという行動に出たわけだ。

知能が無いというのは本当か。

考えているとしか思えない。

戦闘開始だ。

いずれにしても、此奴は絶対に生かして逃がすわけには行かない。

白銀の鱗で全身を覆った、翼持つ四足の超巨大獣。

トカゲに似てはいるが、足が横に出ているトカゲと違って、足が下に出ている。

そういう意味では、牛やらヤギやらに近い構造だ。

角が鼻先と頭の後ろにあり。

そして目は殺戮に濁って紅い。

即座にブレスを吐こうとしてくるドラゴンだが。既にアングリフさんが声を掛けた時点で、先手を取っていた。

ドラゴンのブレスが放たれるより早く、パイモンさんの詠唱が完成する。

上空に出現した魔法陣。

五重に重なったそれが、上空に存在するあらゆる電気を瞬時に収束、ドラゴンの背中に叩き付けていた。

雷神の石・完成型。

そう名付けただけのことはある。

その雷撃は、文字通り地面にクレーターが出来るレベル。

ドラゴンも、流石に地面に押しつけられ、ブレスを吐くのを中断したほどである。

だが、その背中の鱗や、翼が損傷している様子は無い。

後は、打ち合わせ通りに行くだけだ。

お姉ちゃんとカルドさんが、左の翼に集中攻撃を仕掛ける。飛ばせてしまったらもうおしまいだ。

相手が此方に向けて向き直って、ブレスの体勢に入った瞬間か。

もしくは、姿を見せた瞬間を狙って、まずは雷神の石での一撃を叩き込み、飛ばせないようにする。

その後は執拗に翼を遠距離組で攻める。

同時に、アングリフさん、ドロッセルさん、アリスさん、それにノルベルトさんが出る。

レヴィさんはイルメリアちゃんと一緒に守り担当。

イルメリアちゃんも、魔剣・完成型六本に、行けとだけ指示。

アバウトな指示だが。

今の魔剣は、それで充分動く。

つまり拡張肉体で言う自律型。

獲物を狙い、相手を殺すまで切り刻む殺戮の兵器と化している。

ドラゴンは翼にぶち当たる攻撃に対して、即座にシールドを張るが。

右翼側に回り込んだアリスさんが先陣を切り、翼に斬り付ける。更にドロッセルさんが投擲した斧が、ドラゴンの顔面を直撃。

ガインと、生物に当たったとはとても思えない凄まじい音がした。

鬱陶しそうにドロッセルさんを見るドラゴン。足下に潜り込んだノルベルトさんが蹴りを叩き込むのと同時に。

顎を下からアングリフさんが切りあげ。

上空で斧をキャッチしたドロッセルさんが、頭を上から斧でたたき割りに掛かる。

だが、ドラゴンは、全身から魔力を放って、四人を吹き飛ばし。

尻尾を振るって回転しながら追撃に掛かる。

其処へ、わたしが動く。

地面に手を突くと、術式発動。

足の一本を、下から突き上げた。

尻尾を振り回そうとしたドラゴンが、体制を崩したところに。

ドロッセルさんが、尻尾に向けて岩を投げつける。

尻尾で岩を砕くドラゴンだが。

その眼前には、アリスさんが迫り。

目を鋭く七回。

跳び離れるまでに切り裂いていた。

だが、眼球が破れている様子は無い。

アングリフさんと事前に打ち合わせた。

まず相手の動きを悉く先読みして潰す。

そうして苛立たせる。

口を開けさせる。

其処に、総力を叩き込んだ攻撃を撃ち込む、と。

もっと腕が良い錬金術師がいれば。

更に良い装備を用意して、ドラゴンの装甲を爆弾なり錬金術の武器なりで、打ち破る事が出来たかも知れない。

だが今の手札では。

狙うはドラゴン共通の急所である口の中。

魔剣が目を執拗に狙って来るので、鬱陶しそうにドラゴンは手を振るい、空いているもう一本の手をアングリフさんがフルスイング。

小揺るぎもしないが、ドラゴンはいい加減頭に来た様子だ。

此処だ。

パイモンさんが、雷神の石二発目。

全員が跳び離れると同時に、先とまったく同じ場所に、一撃が直撃する。

更に同時に、わたしとイルメリアちゃんが、シュタルレヘルンを投擲。

雷撃でわずかに態勢を崩したドラゴンの背中にて、周囲を完全凍結させる氷爆弾が、つららをばらまきながら炸裂した。

爆音が轟く中、ドラゴンがついに反撃に出る。

殆ど一瞬でためを終えると。

ブレスをぶち込んできたのである。

それは、文字通り閃光の暴力。

イルメリアちゃんが展開したシールドが。レヴィさんの補助もあったのに。

一瞬で相討ちになって崩壊。

吐血したイルメリアちゃんが、吹っ飛ばされて転がる。

レヴィさんも、剣から煙を上げながら、片膝を突く。

地面は帯状にマグマ化していて。

煮立っていた。

更に、ドラゴンが、広範囲に魔力の衝撃波を放ってくる。

これだけで、爆風のような威力だ。

だが、まだまだ。

踏みとどまったアングリフさんが、もう一発ブレスを撃とうとするドラゴンの頭上から、一撃を叩き込む。頭を振って邪魔者を追い払おうとするドラゴンは。だが、そう見せていただけで、尻尾でモロに背後から迫っていたドロッセルさんにカウンターを入れた。斧を盾に防いだドロッセルさんが、村跡に突っ込み、城壁を貫通して地面でバウンドし、更に向こうへと飛んでいった。

冗談じゃ無い。

何てパワー。あのドロッセルさんが、紙人形みたいに吹っ飛ばされた。受け身も取ったはずなのに。あんなに吹っ飛ばされるのは見た事がない。

しかも尻尾は柔軟に動き、アリスさんはかろうじてかわしたが、続けて足を踏み降ろしに掛かる。

潰されたらひとたまりも無い。

足にノルベルトさんが一撃を食らわす。それで一瞬だけ時間が出来、アリスさんは逃れる。

だが、プレスするように、ドラゴンが跳躍。

それだけで、辺りの地面が派手に割れ砕け。二人とも動きが取れなくなる。

尻尾を降り下ろそうとするドラゴン。

駄目だ。焦るな。わたしは自分に言い聞かせる。

まだ打ち合わせ通りにいけていない。

パイモンさんが、三発目の雷撃。

それで、わずかに態勢を崩すドラゴン。あの立て続けの超火力雷撃で、態勢を崩すだけ。今までのネームドとは本当に次元違いというのがよく分かる。だが、それでもやらなければならないのだ。

シールドが消えているのを見たドラゴンが、ブレスの態勢に入るが。

此処だ。

アングリフさんが投擲した剣が。

ドラゴンの口の中に突き刺さった。

流石に、口の中までは鉄壁では無い。

初めて痛みの雄叫びを上げるドラゴン。

そして、わたしが掲げるのは。

雷撃の。

そう、この時のために作り上げた、ブリッツコア。

パイモンさんのものにも劣らない収束雷撃が、数発連続で、上空から降り注ぐ。狙いは、散々お姉ちゃんとカルドさんが削った翼。

そう。

最初から狙いは此処だ。

翼がぶち抜かれる。

ドラゴンが守勢に回るが、それでも奴は立ちはだかる城壁などいうのも生やさしい化け物。

ここからが。

本番だ。

 

2、死闘

 

ブレスは完全にではないにしても一部封じた。

そして、超防御力で守られていた翼はぶち抜いた。

これでドラゴンは飛べない。

魔術で飛ぶにしても、翼を媒介にする事が多い以上、簡単にはできないはずだ。

煙が上がっている。

ブリッツコアは雷神の石以上の火力が出る分。

わたしの魔力を派手に吸い上げ。

雷撃発生の余剰になる分、強烈な熱を発するのだ。

身につけた強化装備である程度熱は我慢できるが。

それも何発もはいけない。何より、放熱以上に魔力の消耗が激しすぎるのだ。

「あわせろッ!」

「はいっ!」

パイモンさんが汗を飛ばしながら叫び、雷神の石をフルパワーに。わたしもブリッツコア二射目の準備を整える。更に、お姉ちゃんとカルドさんが、今度はドラゴンの口の中に狙いを変える。ドラゴンに絶対にブレスを吐かせないため、徹底的に喉を狙うのだ。

ドラゴンはブチ切れたのか、まっすぐ突入してくる。

だが立ち上がったイルメリアちゃんが、レヴィさんと並んで、シールドを再展開。胸元は痛々しく吐血で染まっている。

ドラゴンはかまわず突貫してきた。

その突撃の凄まじさは、今まで見たどんなネームドよりも凶悪な圧迫感を生じさせる。大きさからしても、纏っている魔力の凄まじさからしても、まあ当然だろうか。

シールドがドラゴンとぶつかり合う。

山が吹っ飛ぶような音がして、辺りの地面が派手にブチ割れるのが分かった。

こんなものと真っ正面からぶつかり合って、首が折れるどころか組み付いてくるドラゴン。

巨大すぎる怪物が至近にいて、がちんがちんと歯をかみあわせている光景は、流石に多くの獣とやり合ってきた今でも身震いする。

こんな化け物に勝てるのか。

恐怖が浮かぶが、まだまだ。心を奮い立たせる。

こんな程度の恐怖。

こんな相手。

恐るるに足りない。

同時にタイミングを合わせて、雷撃を発動。

立て続けにドラゴンの背中に降り注いだ雷撃が、翼の傷を焼き、更に背中の鱗を少しはじき飛ばした。

よし。そのまま更に一撃。

だが、ドラゴンが尻尾を叩き付けに来る。

シールドは崩壊寸前。

アレを喰らったら、確実にぶち抜かれる。

ブリッツコアは間に合わない。だが、イルメリアちゃんが動く。指示を飛ばし、無理矢理魔剣を動かして、六本全部を敵の口の中に突っ込んだ。

流石に口の中の痛みが激増したか、ドラゴンが喚き散らす。

ブレスを小火力で放って全て吹き飛ばそうとするが、させるか。

三発目。

わたしの魔力は、無駄に多い。錬金術の道具による強化。更に歴戦を経た結果だ。

詠唱を短縮。

強制的に魔力を体から引っ張り出して、ブリッツコアを発動。

同時にパイモンさんも、かなり無理して、四発目の雷撃を、ドラゴンの背中に叩き込んでいた。

ついに。

鉄壁を誇ったドラゴンの鱗が爆ぜ割れ、爆裂する。

魔力がスパークしているのが見えた。

ドラゴンが飛び下がると、口の中にあった剣やら何やらを小威力ブレスで吹き飛ばす。アングリフさんの剣が粉々に消し飛び、イルメリアちゃんの魔剣も全て壊れた。

だが、背中のあのスパーク。

尋常なダメージではあるまい。

だが、わたしも今の無茶で意識が飛びそうだし。

パイモンさんも膝を突いている。

前衛もドラゴンの大暴れの余波で半壊状態。

有利とはとても言えない。

故に。

此処で攻める。

雷のブリッツコアを掲げるのを見て、ドラゴンが吠えた。これ以上発動させるか、というのだろう。

きいんと凄い音がした。

呪文詠唱だというのは即座に分かる。

何より、わたし自身に掛かる強烈な圧迫感。これは、わたしのブリッツコアの発動を、阻害しているのか。

駄目だ、発動しない。

呼吸を整えるが、むしろこれでいい。

わざわざわたし一人に注意をむけたのだ。

いや、違う。

事態は予想より悪い。

パイモンさんも雷神の石を発動できていない。

イルメリアちゃんも。シールドを発動しようとして出来ていない。

全員分の魔術を同時に封じてきたのか。

流石にこれは洒落にならないが。

だが、お姉ちゃんが、渾身の一矢を放ち。

それがドラゴンの目に当たる。

更に、瓦礫を吹っ飛ばしながら現れた、全身傷だらけのドロッセルさんが跳躍。

背中に斧の一撃を叩き込み。鱗が剥がれた場所に、その無骨な鉄塊をねじ込んでいた。

暴れるドラゴンにドロッセルさんは吹っ飛ばされ、岩壁に叩き付けられ、ずり落ちる。力なく横たわるドロッセルさんだが、斧は突き刺さったままだ。詠唱封じが止まる。

ブリッツコアは。

まずい。煙を上げている。

今のドラゴンの無茶な中和攻撃で、オーバーヒートした。

わたし自身も、かなりまずい。魔力が残り少ない。

カルドさんが、ドラゴンの口の中を撃ち抜く。

アングリフさんが、落ちている岩石を抱えて、相手に殴りかかる。

アリスさんも、ノルベルトさんも、必死に時間を稼いでくれている。

炎、氷、物理圧力。それらブリッツコアでは、今あの背中に刺さった致命打を有効活用することが出来ない。

このブリッツコアを、どうにか再起動させないと。

その時。

慌てて何がまずいか触って確認しているわたしの服の袖を。

小さな手が掴んだ。

ツヴァイちゃんだった。

「恩を返すときが来たのです」

決意を込めた目。

わたしは、それを見て、ぐっと唇を引き結ぶ。

駄目だ。

こんな目をしている相手を拒めない。

ツヴァイちゃんは、ブリッツコアをくれという。

言われるままに渡すと。

目を閉じ、深呼吸するツヴァイちゃんの全身が輝く。優しい光だった。触るだけで焼け付くようだろうに。

ドラゴンが、此方を見る。まずいと悟ったのだろう。

だが、その顔面を、アングリフさんが大岩で殴りつけた。直後に尻尾の反撃を喰らって派手に吹き飛ばされるが、それでも時間は稼いでくれた。

真っ青になり。

全身の魔力が根こそぎ無くなったと分かる状態でも。

それでもわたしに、笑顔でブリッツコアを渡してくれるツヴァイちゃん。

分かる。

一部のホムにしか出来ない複製の錬金術で。破損箇所を、強引に修復したのだ。ずっと練習していたのだ。体に負担が掛かるのを承知の上で。そして、この時のために、練習してきていたのだ。

失敗は、していなかった。

最後の一発。

これを外す訳にはいかない。

ぐっと、わたしはドラゴンを見る。

そして、わたし自身も、残った魔力を全て注ぎ込んで、ブリッツコアをフルパワーで起動した。

ドラゴンが、此方に向けて小威力のブレスを放とうとする。

だが、イルメリアちゃんが自前の魔術でシールドを展開。更に、レヴィさんも同じく。

道具を使ったものには劣るが。

それでも、威力が落ちたドラゴンのブレスは、相殺する事には成功。

吹っ飛ばされながらも、わたしへの直接被害は避ける。

更にパイモンさんが詠唱完了。

自前の魔術で、わたしの魔力を増幅。

いわゆる強化魔術だ。

とどめとばかりに、お姉ちゃんがドラゴンの右目を。カルドさんが左目を撃つ。そして、ドラゴンの右目が、ついに矢に貫かれて、爆ぜた。左目も、一瞬だけつぶったと言う事は、傷つけたと言う事だ。

アリスさんもノルベルトさんももう限界。

だが、勝った。

動きを止めたドラゴンが、左目を開けて此方を見たときには。

フルパワーで完全発動したブリッツコアの発動に、成功していた。しかも、歴戦の魔術師でもあるパイモンさんによるブーストつきである。

これで、とどめだ。

「砕け散れっ!」

気迫を込め、最大火力の雷撃を叩き込む。

それは地面に足をつけていて。

背中に斧が刺さっていて。

その刺さっている部分が鱗で覆われていないドラゴンを、数回にわたって直撃していた。

竿立ちになったドラゴンが、絶叫する。

体の内側から、鱗が何枚も爆ぜて千切れ飛ぶ。

全身から大量の血液をぶちまけて、空に向けて吠え猛ったあと。

ドラゴンは、黒焦げになったその巨体を。

横倒しにした。

死んだふりでは無い。

それを確認する。念入りに。これ以上動かれたら、もはや手に負えないからだ。

幸いにも、ドラゴンは。

もはや二度と動く事はなかった。

 

怪我人をまずキャンプに収容。

余力は誰にも残っていなかった。

アングリフさんは武器を失ってしまったし。

ドロッセルさんは意識が戻っていない。

最後まで最前線で頑張ったアリスさんとノルベルトさんもズタズタだ。わたしもイルメリアちゃんもパイモンさんも、魔力は空っぽ。ツヴァイちゃんは命に別状こそなかったが、そのまま意識を失ってしまった。

お姉ちゃんとカルドさんが、手分けして手当をしてくれたらしい。それでも、かなり無理をして、だが。

傷薬も惜しまず放出して、皆を手当。

それから、やっとドラゴンの死骸を分解する作業に入った。

幸い、獣が近寄れるような状態ではなかったので、食い荒らされているような事は無かったのだが。

動けるようになった人から動き始めても、一日はほぼ何もできず。

ドロッセルさんは、三日も眠っていた。

それはそうだ。あんな一撃をもらったのだ。薬も早めに入れなければ、死んでいた可能性もあった。

勝った。

だが、苦い勝利だった。

そして思い知らされる。

此奴はまだ下級のドラゴンに過ぎないのだと言う事を。

中級、上級は此奴とは比較にもならない化け物。

更にこの上に邪神がいる。

力が足りない。

まず、ドラゴンの鱗を剥がす。これはハルモニウムの材料になる。だが、触ってみて分かるが、蓄積魔力が尋常では無い。生半可な技術では加工など無理だろう。

角は三分割する。

これも貴重な道具の材料になる。ノルベルトさんは、此奴を殺せただけで良かった、というので。いらないそうだ。

肉は黒焦げになってしまっていて駄目だった。

流石にあの雷を喰らった後だ。

図鑑を見ると、ナマのドラゴン肉は色々と利用できるらしく、次は回収したい。

解体を数日掛けて行っていく。

それだけ巨大な体だったから、である。

何よりも、巨大なだけでは無く頑丈だ。故に尋常では無く、解体が大変だった。

骨が出た。

これも非常に有用らしい。

刻んで皆に分ける。軟骨も取り出す。軟骨は黒焦げになっていなかったので、使い路はありそうだ。

そして、ドラゴン版の深核。

やはりあった。

竜核というらしいが。

これも三分割して皆で分けた。

これは錬金術の秘奥に達する道具に応用できるらしい。

今後は、もっと強くなって、ドラゴンを更に容易に狩れるようになったら。積極的に回収したい所だった。

ドラゴンの死骸を、黒焦げになった肉以外を回収した後。

改めて戦場跡を見る。

まるで、災害が荒れ狂った後だ。

今後ドラゴンとの総力戦をやるときは、いつもこんな風になるのだろうか。公認錬金術師二人と、歴戦の傭兵部隊が蹴散らされるわけである。

お姉ちゃんは、どうしてだろう。

じっと村を見つめていた。

声を掛けられない。

近づきがたい雰囲気があったからだ。

しばしの後。

ノルベルトさんにイルメリアちゃんとパイモンさんと一緒に呼ばれた。

ノルベルトさんは、わたし含む三人に推薦状をくれた。

「有難う。 俺だけではとても無理だったが、どうにか……妻の敵を討つことが出来た」

「……」

「分かっている。 ドラゴンはあくまで何かしらの自然の摂理なんだ。 彼奴らには知能は無いし、悪意もない。 本能で動くだけの殺戮マシンだ。 だが俺は、どうしても此処を……彼奴の巣にはしておけなかった」

「戦略的な観点から見ても、この地をドラゴンから奪還できたのは大きい。 思い詰め為されるな」

パイモンさんが言い、イルメリアちゃんを連れて引き揚げて行く。

そして、ノルベルトさんは言った。

「リアーネの妹なんだよな」

「はい。 そうです」

「そうか、なら教えておこう。 俺はな、情けない事だが……リアーネの父親だ」

思わず絶句するわたしに、ノルベルトさんは告げる。

真実を。

それは十数年前の事。

此処で夫婦として、公認錬金術師としてノルベルトさんはやっていた。奥さんは、リアーネさんに生き写し。性格も何もかも。だから一発で分かったそうだ。そして何処かで覚えていたのだろう。リアーネさんも、ノルベルトさんが父親だと分かっていたそうだ。

そうか、あの妙な態度。

何か感じるものがあったのだろう。

それに思い起こしてみれば。

最初に出会った時、ノルベルトさんは錬金術師が四人、と誤認した。

それはひょっとして。お姉ちゃんが、錬金術師としての素養があったから、なのかも知れない。

錬金術師は極めてレアな才能だ。錬金術師同士の子供だったら、引き継いでいてもおかしくは無かっただろう。

「それだけじゃない。 あいつを……リアーネの母を死なせたのは、俺だ。 俺がドラゴンの化け物みたいな強さを見て腰が抜けているのに、彼奴は村人を一人でも逃がすために戦い続けたんだ。 俺がやっと根性をひりだした時には、もう遅かった」

リアーネさんと村の生き残り達を連れてグラオ・タールに逃れたときには。

既に父親としてやっていく自信を、ノルベルトさんは失っていたそうだ。

其処で、たまたま遠出していた、わたしのお父さんとお母さん。商人として交流があったらしいのだが。二人に、お姉ちゃんを預けた。

そういえば、お姉ちゃんはお父さんとお母さんのどちらにも似ていない。

わたしは、目とか口とか、そういうのがどちらかに似ているのに。

そうか。

そういうことだったのか。

お姉ちゃんは引き取られたときに、ノルベルトさんを睨んでいたそうである。それはそうだろう。自業自得だと、ノルベルトさんは呟いた。そして、こうも言った。

「リアーネは、あんたが実の妹じゃないと知っている。 だがな、だからこそ俺を反面教師にして、絶対に同じようにはしないと誓ったんだろう。 だだ甘にしている様子からして、すぐに分かったよ。 そして今も俺を恨んでいる事をな」

「名乗り……出ないんですか」

「俺がこれを話したのはな。 あんただけが、家族の秘密を知らない事を不公平だと判断したからだ。 いつか……二人で話しあってくれ。 俺には少なくとも、リアーネに、父親と名乗り出る資格は無いし、父親である資格も無い。 今のリアーネの親は、あんたの両親だ」

そうか。

全て納得がいった。

どうして錬金術師なのに、ガチガチの前衛スタイルでの戦闘を選び、爆弾さえも使わずに戦っていたのか。

それは、これが理由だったのだ。

憶病な自分を心の底から憎んでいたから。

そして、何よりも。

あのお酒は、そうしなければ現実から逃避できなかったのだろう。

この人自身は腕の良い錬金術師だ。

だけれど、戦闘には向いていない性格だった。

実際、今までに一緒に戦って来て、他の前衛より強かったかというと、そんな事は決してなかった。

それでも、この人は前衛に立つことを選んだ。

ひょっとするとだけれども。

この戦いで死ぬことを、望んでいたのかも知れない。

わたしは、ノルベルトさんの服の袖を掴む。

一つだけ言いたい。

「教えてくれたことは嬉しいです。 でも、お姉ちゃん……リア姉とはきちんと向き合ってください」

「酷なことを言うなよ」

「貴方はドラゴンと戦い、そして皆と協力したとは言え退けました。 ライゼンベルグの錬金術師達が腰が引けて戦えなくなっているドラゴンとです。 貴方は憶病でも弱くもありません。 そして、多分名乗り出る機会は、今回が最後だと思います」

「……そうだな」

わたしは、此処までしか出来ない。

後は、二人の問題だ。

そして、分かっている事がある。

血がつながっていようがいまいが関係無い。お姉ちゃんは、これまでも、これからも、ずっとわたしのお姉ちゃんだ。

過保護で色々と困る事もあるけれど。

それでもわたしのために命を賭けてくれる。

時々過保護すぎて本当に困るけれど。

それでもお姉ちゃんである事に代わりは無い。

血統なんて。

関係あるものか。

ノルベルトさんがどう話したのかは分からない。

わたしは詮索しないことにした。

アトリエに戻って。しばらくして。

お姉ちゃんが戻ってきて、告げた。

「ノルベルトさんは戻るそうよ。 もう必要はないだろう、って」

「そう。 推薦状も貰えたし、それにドラゴンも退治できたし、良かった」

「……たまには、里帰りしてやるかしらね。 ソフィーさんだったかしら。 あの人のように、ぽんと移動出来る道具、いずれ作れるようになれる?」

「頑張ってみるね」

そうか。

分かりきってはいたが。一応話はしたのか。そしてお姉ちゃんも、状況は全て理解していた。それが今の会話だけで分かった。

それでいい。わたしには、あまり多くの言葉は必要ないように思えた。

勿論、お姉ちゃんもすぐにはノルベルトさんを許すことは出来ないだろう。

母を見殺しにし。そして育児放棄したと思っているのかも知れない。実際それは、言い逃れが出来ない事実でもあるのだから。少なくとも半分は。

だが、それは仕方がない事でもあった。

あの化け物を前にして、誰が勇敢に戦えるだろう。ドラゴンを見て、逃げた所で誰が恥と罵るだろう。

あれで下級。

それでも文字通りの生きた災害だ。

あんなものが存在している事自体が理不尽極まりない事で。その理不尽に殴り倒された人に、強くあれというのは酷に過ぎる。

わたしはそれ以上何も言わなかったし。

お姉ちゃんも、以降なにも口にしなかった。

 

推薦状は揃った。正確には既に充分な数があった。最大の壁を突破出来た、というのが正しいだろうか。

此処からは、まだ残っている強力な獣やネームドを蹴散らしながら、ライゼンベルグに向かう事になる。

勿論敵はまだまだ強いのが揃っているだろう。

だがドラゴン以上の実力者がいるとは思えない。

周囲の状況から考えても、邪神がいる可能性もあまり高くは無いだろう。

それならば、此処からは、それほど無理をせずとも突破出来るはずだ。そして、ライゼンベルグに到達できれば。

後は試験。

イルメリアちゃんの所に行く。

かなり無理をしたからか、ベッドで横になっていて、アリスさんが食事を作っているところだった。

わたしが入って良いかと聞くと、良いと言われたので。

軽く上がらせて貰う。

アトリエには何回か足を運んだことがあったのだが。

少し狭く感じるかも知れない。

コンテナも、決して広くは無い様子だった。

「どうしたの、何か用事?」

「試験について何か知っているなら、教えて貰おうかなって思って」

「そうか、そうよね。 貴方の様子からして、予備知識があったとは思えなかったし」

半身を起こすイルメリアちゃん。

軽く咳き込んだ。

あれだけの無理をしたのだ。だが、ドラゴンのブレスをまともに受け止めるシールドを展開して見せた。

如何に無理が前提条件としてあったとしても。

それはとても凄いことなのだと思う。

「公認錬金術師試験は、基本的に各地の公認錬金術師の推薦状を三枚集める事で受けられるようになるの。 試験そのものは、前は一定期間ごとにやっていたようなのだけれど、近年は一定数の受験希望者が集まったら行うようになったらしいわ」

「そうなると、すぐに試験を受けられるとは限らないんだね」

「いえ、すぐに受けられるはずよ。 私達三人は、公認錬金術師にもう遜色ない実力を身につけているはず。 そしてライゼンベルグは人材を欲しているわ」

「……」

そう、だろうか。

だとしたら、どうしてこの辺りは、こうも荒廃したままで。

放置され続けていたのか。

もしも貪欲に錬金術師を育て。傭兵を雇って国を強くしていたら。この辺りは通れるようになっていたし。

峡谷の辺りに、匪賊があれだけ集まることも無かったと思うのだけれど。

ともあれ、イルメリアちゃんの話は聞く。

「試験は主に実技と筆記に別れると聞いているわ。 実技はまあ問題ないはずよ。 筆記に関しては、今までの道筋で見てきたこと、覚えてきたことをそのまま書く事が出来れば大丈夫でしょうね」

「詳しいね」

「それはそうよ。 ……私の家族は全員が公認錬金術師ですもの」

何だろう。

その言葉に、もの凄い鬱屈を感じた。

イルメリアちゃんがあまり明るい顔で笑っているのを見たことが無いのだけれど。それに関係しているのだろうか。

どうしてだろう。

もうすぐ念願の試験を受けられる。

それなのに、何か引っ掛かる事ばかりだ。

ともかく、軽く話をした後、アトリエから引き上げる。

後は、最後の道を。

突破する。

それだけだ。

 

3、最後の関門

 

滅ぼされた村を抜ける。此処はそのまま、いずれ人員を派遣すれば復旧出来るはずだ。ライゼンベルグまでの道を通せれば、それも可能になる筈。故に、敢えてオスカーさんには避けて緑化作業を進めて貰った。

この村は、戦力を過信してしまったのだろうか。

此処にいたノルベルトさんに話を詳しく聞くわけにも行かない。いずれにしても、ドラゴンの襲撃や、獣の攻撃に備えるために、周囲を緑で囲い。そして城壁で守るのは必須になるだろう。

幸いこの辺りには上質な鉱石が幾らでも埋まっている。

それらを掘り出せば、材料は確保できる。

後は人員だが。

最悪の場合は、わたしが復旧作業をいずれ指揮しなければならない、かも知れない。

ライゼンベルグは目と鼻の先なのに。

そもそも、あらゆる全てが殺しに掛かってくる状況が色々おかしいのだ。

村を少し抜けたところでキャンプを張る。

そして、破損してしまった備品などを本格的に補給した。

特にアングリフさんの大剣は補給が急務だった。

ハルモニウムを作る良い機会だ。

早速、鉱物の声を聞きながらハルモニウムを作ろうと思ったが。

どうやら竜の鱗は鉱物ではないらしく。

声は聞こえなかった。

仕方が無い。

図鑑を見ながら、手探りで作業をやっていく。

少し触っただけでも分かったのは、極めて繊細かつ強靱、と言う事で。

ちょっとやそっとの熱ではびくともしない。

プラティーンもそうだったが。

それ以上の凄まじい頑強さだ。

更に、酸の類もほぼ受け付けないし。

かろうじて不純物を取り除いたとしても。中和剤と上手く反応してくれない。

これは余程強力な中和剤がいるだろう。

今まで作ってきた中和剤の中でも、特に強力な中和剤を試す。錬金術師が爆弾や薬を補給しないと、どうせ進めないのだ。

手ぶらになってしまったアングリフさんにはキャンプに残って貰い。

他の皆には、偵察と監視を頼んだ。

二週間ほど滞在し。

この辺りの山で取れる黒い砂。玉鋼というらしいが。これを上手に溶かしつつ、この余熱を用い。

更に極限まで圧縮した深核を材料に中和剤を使い。

じっくり炉で仕上げて、ようやくハルモニウムは作る事が出来た。

ただし、これでも恐らくかなりの未完成品だ。

幸いソフィー先生の残してくれた釜があったから作る事は出来たけれど。普通の釜だったら無理だっただろう。

案の定、パイモンさんも、イルメリアちゃんも、釜の精度の問題で粗悪品さえ作れない様子だった。

わたしが釜を二人に貸して。

その間、炉で調整を続ける。

どうやらハルモニウムは底なしに魔力を吸い込むらしく。

中和剤から魔力を際限なく吸い上げる。

玉鋼と溶かしあわせて一種の合金とすることで。

少しずつ品質を上げていく。

とはいっても、それでも限界がある。

ソフィー先生に貰った辞典を見るが。

ハルモニウムについては載っていた。

もしも究極レベルの品質でハルモニウムを作るつもりならば。

そもそもアトリエを究極にしなければならない、というのだ。

余計な空気を排除し。

埃の一つもいれず。

そしてまったく不純物が入らないようにしてインゴットにする。

思わず呻く。

到底今のわたしには無理だ。

だけれど、仕方が無い。今は粗悪品で我慢するしか無い。粗悪品でも、プラティーンの何倍、という硬度である。

鉱石では無いからか。

普段インゴットにするときや、其処から加工するときは、ハンマーが吸い込まれるように形を整えてくれるのに。

ハルモニウムだけは例外で。

むしろ玉鋼の声を聞きながら。

四苦八苦しながら加工しなければならなかった。

ともかく、ハルモニウムは出来たが。品質的には最下等だろう。この最下等ハルモニウムを用いて、いずれ合金を作ったり、更には最高品質まで高めたり出来る位でないと、多分錬金術の高みには上れないし。

この詰んだ世界をどうにもできない。

ハンマーを振るって、金床でハルモニウムのインゴットを伸ばし、成形する。

一応アングリフさんに、設計図は貰っているので、それ通りに作る。

勿論今作っているのは、アングリフさん用の大剣だ。

後ろでは、パイモンさんとイルメリアちゃんが、ああでもないこうでもないと言いながら、ハルモニウムを作っていたが。

それは気にせず、集中する。

額の汗を拭い。

赤熱させたハルモニウムを、玉鋼の声を聞きながら、蜜入の水につけ。

焼きの行程を経て。

何度も曲げて、重ねて打つ。

とにかく強度が尋常では無いので、この作業だけでも本当に四苦八苦だった。鉱物の声が聞こえて、なおかつ身体能力を極限まで引き上げてこれなのだ。もしも鍛冶師がハルモニウムを扱う場合、どれだけの苦労がいるのか、まったく分からない。

やがて、不格好な剣が出来てくるので。

これを少しずつ、設計図にあわせて仕上げていく。

飾りになる紋の類はいらないと言う事なので。

とにかく無骨に。

相手を叩き殺すための武器として作り上げる。

確か、相手を殺すためだけの剣を、人斬り包丁、と称するらしいが。アングリフさんの求めているのはそれだ。

血抜きの溝を入れ。

そして、刃についても調整。

脆めの金属の場合、これがかなり大変なのだが。

ハルモニウムの場合は、砥石なんか受け付けないので、余計に大変だった。粗悪品でこれである。

最高品質のハルモニウムだとどれだけの剣になるのか。

恐らく、国宝などになるハルモニウムの剣は、最高品質のものなのだろう。一度触ってみたい。

参考にするためにも。

そして、柄の部分も出来たので。

以前と形、重さが変わらない大剣が出来た。なおハルモニウムは恐ろしく軽いので、重さについては敢えてプラティーンを剣の背につける事によって調整した。重心についても、レヴィさんの剣を打ったときに色々苦労したので、工夫した。

さて、どうか。

アングリフさんは、早速外で軽く素振りして、そしてすぐに戻ってきた。

「重心が少し低いな。 調整してくれるか」

「分かりました」

「頼むぜ」

丁度良いので、外に出る。

かなり緑化が進行している。

というか、ドラゴンがいたからだろう。この辺りの獣は殆ど小物ばかりで、脅威にならないらしく。

むしろこの少し先まで行き、ドラゴンの縄張りから逃れた地点から。

また大型のが出始めるらしい。

外で背伸びして、気分転換して。

またアングリフさんの剣の調整に戻る。

六度、駄目出しをされたが。

その度に直した。

お姉ちゃんが何か言いたそうにしていたが。しかし、剣はこういう人にとっては命の次に大事だし。アングリフさんとは専属契約をしているのだ。わたしが武器を支給する義務がある。本人に最適な武器を、だ。

駄目出しの果てに。

ついに満足がいく品が仕上がる。

剣にはかなり五月蠅そうなアングリフさんも。

振り回してみて、充分に満足したようだった。

そして、試し切りをしてみる。

大岩がスパスパと切れる。

この辺りの岩だから、プラティーンの原石が入っているにもかかわらず、である。

これはすごい。

ハルモニウムを粗悪品でもいいので量産できるようになったら。

皆の鎧の重要部分に入れたり。

後は身につける道具の要所をハルモニウムに更新したりすれば、更に戦闘力を引き上げる事が出来るだろう。

イルメリアちゃんが、わたしと同じくらいの粗悪品ハルモニウムを持って、アトリエから出てきた。

口をへの字に引き結んでいる。満足していないのは明らかだった。

「イルメリアちゃん、出来たんだね」

「良い釜だけれど、これ以上の品質にするには気密状態のアトリエが必要ね。 悔しいけれどまだ手が届かないわ」

「いずれ作ろう」

「そうね……」

パイモンさんは、少し先に仕上げて、アトリエに戻ったという。

とりあえず、わたしはもう外に出られる。

皆と連携して、最後の壁を越えるべく。

強力な獣が出る辺りの地点までを調査し。

有用そうな素材を確保しつつ、小物の獣を処理するのを手伝う。

爆弾なんて必要ない。

壊れない程度に、ブリッツコアを使って行けば充分だ。

ドラゴン戦では雷撃のブリッツコアを用いたが。

それ以外にも、中空に発生した瞬間己の熱で炸裂する炎のブリッツコアや。

シュタルレヘルン並の冷気を発し、つららをぶちまける氷のブリッツコアも試す。

最後に、衝撃波で物理的に敵を叩き潰すブリッツコアも試すが。

これらは、爆弾と違って消耗しない。

そして、ある程度使った後は。

ツヴァイちゃんが願うように。

彼女に補充して貰った。

少しずつ、能力を使えるようにしていけば、負担も減るはず。そして、能力を使った後は、ミルクをたくさん欲しがるので。

一度、グラオ・タールに補給に出向いた程だった。

グラオ・タールでは既に峡谷の中州にあった要塞都市の外側。緑化によって守られている場所を開拓し始めていて。

其処に畑を拡げ。

家畜も飼い始めている様子だった。

ミルクも喜んで分けてくれたし。

余った毛皮も引き取ってくれた。

後は、イルメリアちゃんとパイモンさんの準備完了を待って。

ライゼンベルグへの最後の壁を、こじ開けるだけだ。

 

岩壁に、宝石が固まったような結晶がある。文字通り原石が固まっているものだ。この辺りで、昔邪神が討伐されたらしい。

森も少しある。

だが、それ以上に、獣が野放しになりすぎていた。

少しずつキャンプを進めながら、峠を目指す。

滅ぼされた村の先に峠があり。

その先に行くと、地図を確認する限りは、ライゼンベルグが視認できるはず。そしてライゼンベルグは流石に獣よけの森で覆われているという話だ。

獣は相変わらず手強いし。

ネームドも出てくる。

だが、ドラゴンを仕留めた今となっては。

少なくとも、この辺りのネームドに関しては、其処までの脅威にはならなくなった。勿論油断は絶対に出来ないが。

少しだが、ネームドの質も、ドラゴン戦までにこなした相手に比べると、落ちている気がする。

これは恐らく気のせいでは無い筈だ。

ドラゴンに強い奴が追いやられていた、というのが真相ではあるまいか。

流石に強豪揃いのネームド達も、ドラゴンとまともにやり合うことだけはしたくなかったのだろう。

お姉ちゃんがハンドサイン。

いる、という合図だ。

岩陰から覗き込むと、大型の草食獣の死骸を貪っている、凄い牙の獣がいた。四つ足ではなくて、百足である。それももの凄く巨大で、ばりばりという音が辺り中に聞こえてきている。

彼奴がこの辺りの主と見て良いだろう。

頷くと、イルメリアちゃんと二人で爆弾を仕掛ける。

そして距離を取ってから、お姉ちゃんが射掛けた。

ハルモニウムは厳しいが、プラティーンには慣れてきたからか。

かなり量産できるようになって来たので。

今お姉ちゃんが使っている矢の鏃はプラティーンだ。強い魔力も籠もっているし、大概の装甲は一撃貫通である。今までの合金の鏃とは、火力が違うのは。一つずつわたしが魔法陣を掘って、火力を底上げしているからである。強力な魔力をため込むプラティーンだからこそ、火力が上がっているのだ。

カルドさんに渡している弾丸も同じ。

食事を邪魔され激高した大百足が、凄まじい勢いで躍りかかってくるが。

タイミングを合わせて発破。

爆裂に思い切り巻き込まれ、絶叫する大百足に。

雷神の石から降り注いだ雷撃が、直撃する。

硬直した大百足に、上空からアングリフさんが、唐竹の一撃を叩き込む。

流石ドラゴンの鱗から作り出したハルモニウムの剣。

まだハルモニウムの品質はそれほど高くないとしても。

その切れ味は凄まじく。

ネームドに攻撃してはじき返されるのを何度も見ていたわたしは。

一撃で本当に頭を唐竹にするのを見て、すごいと素直に思った。

だが、流石にその程度で倒せる程ネームドは甘い相手では無い。

頭を唐竹に割られても、ネームド百足は口から毒液を凄まじい勢いで吐きだしてくる。

イルメリアちゃんのシールドがそれを防ぎ抜くが。

手当たり次第にばらまくので、近づけない。

だが、其処にパイモンさんが雷神の石での一撃を叩き込み。

動きが止まった所で、防御に入る必要がないと判断したらしいレヴィさんも突撃。

全員で一斉攻撃を叩き込む。

百足は凄まじい生命力で知られるが。

アリスさんに頭を叩き落とされ。

お姉ちゃんの矢で尻尾を。

カルドさんの弾丸が立て続けに傷口を抉り。

ドロッセルさんが走りながら胴体を横一文字に切り裂き。

更にアングリフさんが胴体を上下真っ二つにしても。

まだびたんびたんと動いているのを見ると、流石に戦慄させられる。

ただ、容赦なくドロッセルさんが、大岩で頭を叩き潰し。

動いている体も。

体節をアングリフさんが片っ端から潰して行くと。

やがて動かなくなった。

ただ、頭を潰した岩からは、毒が際限なく流れ続けているし。

周囲にぶちまけられた毒も。

しばらくは、消え去りそうも無かった。

とりあえず、処置はする。

毒が掛かった辺りの地面を掘り返し、毒入りの土を避ける。

そして硬化剤で固めてしまう。

相応の量になったが。

こんなものがしみこみでもしたら、その辺りは緑化作業も出来なくなってしまう。

順調に進めたこともあって、オスカーさんの緑化作業をしている地点は、かなり後ろになって来ている。

今後の事を考えると、オスカーさんの作業の邪魔になるような要素は、排除してしまわないとならないだろう。

作業を一通り終えると夕方になったので。

深核を回収し。

使えそうなもの、百足の外殻やら肉やらを回収すると。

キャンプに戻る。

見張りの順番を決めて、翌日までしばし無言で過ごす。

錬金術師はそれぞれ見張りの際にシフトが被らないようにするが。

これはまとめて錬金術師が致命打を受けた場合。

立て直しが出来なくなる可能性が高いからだ。

イルメリアちゃんとは話したいこともまだ結構あるのだけれど。

見張りの時に、それは出来なかった。

今日はカルドさんとの見張りになる。

カルドさんは長身銃を磨いて手入れをしつつ、周囲にも警戒を欠かさない。

わたしもドラゴン戦以降は余裕が出てきたので。

夜の見張りも、苦にはならなくなりつつあった。

体力がついてきたから、というのもあるのだろうが。

「カルドさん、ライゼンベルグには行ったことがあるんですよね」

「ああ。 僕達標の民の本部だからね」

「どんなところですか」

「……広すぎて、把握はしきれないが、綺麗なところだよ」

カルドさんは、ライゼンベルグの東。

比較的安全だが、時間が掛かる道の方から来たと言う。

ライゼンベルグの西が魔境と化していることは知っていたらしいのだが。

実際に獣を駆除しながら進んでみて、自分達の無力さを思い知らされ、嘆いていると素直に言われた。

「この世界は、500年ほど前から急速にまとまっているんだ。 それまでは各地に小規模な集落が散らばっていて、とにかく今以上に命が安かった。 匪賊が好き勝手をしていて、領主と癒着している事も多く。 錬金術師は好き勝手に振る舞い、皆が勝手に振る舞っているのをドラゴンや邪神が蹂躙する。 そんな世界が、一気に大きな集落によって秩序を持ち始めたんだ」

「話には聞いています。 ラスティンとアダレットが出来てから、更にその動きも加速した、ですよね」

「そうだ。 各地に残されている遺跡はそれらの時代の前のものと後のもので大きく変わる事が多いんだ。 武王によって統一されたアダレットの関連遺跡では、人間同士が小規模ながら戦争をした跡があったりもする。 小規模に過ぎないがね。 逆にラスティンに残る遺跡では、多くの場合ドラゴンか邪神によって滅ぼされた跡が露骨だ」

「戦争なんて、する余裕が無いんですね」

頷くカルドさん。

武王と呼ばれたアダレットの初代王にしても、強力な騎士団を造りあげはしたが、その矛が向いたのは自分に抵抗する人間では無く、多くはネームドやドラゴンだったという。騎士団には錬金術師もいて、各地の勢力や難民をどんどん麾下に引き入れながら、兵士を進駐させることによって人間にとっての安全地帯を増やしていったのだそうだ。

その代わり騎士団の人的消耗も激しく。

歴代アダレット王の中には、戦い……ドラゴンや邪神との戦いで命を落とした者も少なくないらしい。

また、苛烈な戦いぶり故に、ネームドの反撃も凄まじく。

特に激しい戦いが行われた拠点となった遺跡などには、凄まじい戦いの傷跡が残されているという。

「僕は姉と一緒に幼い頃見たが、今とは比較にならないほど各地は荒れ果てていて、ネームドも好き勝手に闊歩していたのが跡を見るだけで分かった。 あんな時代は二度と来させてはいけない。 少しでも……この辺りを平和に出来たのは、僕の誇りだ」

「平和、なんでしょうか」

「平和さ。 少なくとも500年前の動乱期だったら、ツヴァイちゃんは問答無用で命を奪われてしまって、助けようとする人さえいなかっただろう」

そうか。

それならば。

わたしがしている事も、無意味では無い、ということなのか。

ならば安心した。

交代の時間が来たので、朝まで眠る。

そして翌朝からも、獣をひたすらに狩った。その過程で、巨大な宝石の塊らしき原石をくずしたり。

或いはまた見つけた、玉鋼を回収したり。

それに、湧いている水を確認すると、非常に珍しい成分だったので、汲んでおいたりと。

今後の事も考えて。

この辺りでしか収穫できないものも、回収していった。

オスカーさんが、獣の処理が一段落した所で丁度来た。

籠に一杯色々な木の実や、食用に出来そうな草を入れている。

「緑化を手伝ってくれた礼だ。 おいらが話をして、役に立ちそうな分を分けて貰ったよ」

「ありがとうございます」

「くれぐれも大事に使ってくれよな」

食用のものだけではない。

強力な魔力を秘めている草や実。

それに花もある。

オスカーさんの話によると、噂に聞く世界樹の根元や、その近辺の森などには、更に珍しい植物などもあるらしい。

そういった植物は強い魔力を秘めていて。

錬金術の秘奥に近づくには、必要なものだそうだ。

そういえば凄腕の錬金術師と組んでいたと言うし。

そういう凄い植物も、見た事があるのかも知れない。

話を聞くが、ずっとずっと西の話だそうで。

此処からはそれこそ歩いて行くと何ヶ月もかかってしまうと言う。

それでは、流石に無理だ。

ともかく、収穫を皆で分けて、それで更に獣の駆除を進める。

もう少し。

自分に言い聞かせながら、山を登る。

ネームドの数も減ってきた。

近辺で確認されているネームドは、あらかた駆除したと見て良さそうだ。挑んでくる相手も、前に比べると、小粒になっていて。

回収出来る深核も、小さくなっているケースが多かった。

恐らく、あと少し。

あと少しでライゼンベルグに到達できる。

キャンプを設営し直し。

後方で進んでいる緑化を遠目に見ながら。

わたしは皆と獣を狩り続けた。

 

陽が昇る。

すぐ近くに錯覚するのは、もう峠の頂上が間近だからだ。此処を突破すれば、ライゼンベルグが見えるはずだ。

側に倒れているキメラビーストの死骸も、それほど大きなものではない。

もっと大きなのをたくさん狩った。

故に、今まで広い縄張りをもてなかった個体が此処まで出てきていて。

そしてわたし達と接触した、と言う事なのだろう。

いずれにしてもはっきりしたことがある。

この程度の個体が、広い縄張りを持つようになったと言う事は。

既にこの辺りは、以前のような超危険地帯ではなくなっている、ということだ。

お姉ちゃんが頷いている。

今お姉ちゃんは見張り櫓に上がって周囲を確認してくれていたのだが、強力な敵影はない、という合図だ。

制空権も確保できているから。

荷車から爆撃して、一方的に敵をたたく、というのもやりやすくなっていた。

まだ大型のアードラが飛んでいる状況では、そんな事は出来なかったのだが。今になれば、それも難しくない。

上を自在に抑えられるようになれば。

正面と上からの二面攻撃を行う事が出来るようになり。

殆どの獣は対応出来ない。

それは匪賊も含む。

その辺りは、既に何度も戦って確認した。

頷くと、皆に声を掛けて。

峠を越える。

朝日が、辺りを染める中。

ついに、見えた。

広大な城壁。

フルスハイムの十倍、というのも頷ける規模だ。

城壁の内側には更に城壁が見える。

つまるところ、城壁の内側に畑を作り、自給自足が出来る体勢を作っているのだろう。事実城壁の内側には、人工的に作ったらしい川らしきものさえ見受けられる。また、城壁は淡く輝いていて、錬金術による強力な防備が為されているのも一目で分かった。

城壁の外側はある程度緑化されていて。

緑が管理はされているが。

分厚い城門の外に見張りは出ていない。

むしろ、城壁の上に幾つもの大型の櫓や兵器があって。

近づく相手を威圧していた。

これはネームドや大型の獣が、何度もこの近くまで来ていたから、なのだろう。ドラゴンまでいたのだ。神経質に周囲に備えるのは、まあ当然と言えば当然だろう。

道の途中に獣がいて。

不意打ちを食らうのも面白くない。

キャンプを畳むと。

隊列を組んで、周囲を警戒しながら進む。

やっと。

やっとここまで来た。

だからこそ。

最後まで油断してはならないのだ。

獣に奇襲される恐れは無さそうだが。それでも念には念を入れ、警戒は密に。油断もしない。

ライゼンベルグの手前で死んだりしたら。

それこそ今までの苦労が何だったのかと、本当に悲しくなってしまう。

森の中に入ると、ようやく多少は安心できたが。

周囲からは、多少大人しくなっているとは言え、視線を感じる。

獣がかなりの数いる。

この様子だと、緑化した後は、そのまま放置したのだろう。

それも、緑化したのはずっと前に違いない。

何しろ、オスカーさんが緑化した跡に比べて、あまりにも植生が粗雑に見えるから、である。

この有様では、恐らくだが。

百年以上前に緑化して、それっきりなのではないだろうか。

城門に辿りつく。

一応、念のために、イルメリアちゃんにシールドの展開を頼む。何があるか、まだ分からないからである。

声を届かせる道具を取り出す。

前に作ったものだが。

今回も役に立ってくれそうだ。

呼びかける。

「扉を開けて貰えませんか? 公認錬金術師試験を受けに来ました!」

「……反応が無いわね」

お姉ちゃんがぼやく。

アングリフさんが吐き捨てた。

「こっちから人が来ることを想定さえしていないって雰囲気だな。 東側の扉は常時開放しているのによ」

「フィリスちゃん、もういっそ、東側に回り込む?」

「もう少し待ってみようよ、リア姉」

「いえ、開くみたいよ」

扉が動き始める。

なんと何重にもなっているようで。それも内側に開くのでも外側に開くのでも無く。横にずれるようにして開いていく。

城壁の内側に格納されるようにして、扉が開くようだ。

そしてこの構造なら、強力な獣にタックルされても、簡単に扉がぶち抜かれることは無い、と言う事か。

破城槌の類で突っ込まれても。

そもそも此処は弱点でさえない、というわけなのだろう。

中から出てきたのは、完全武装した数名の魔族と、十数人の獣人族、同人数のヒト族の戦士達だった。

流石に門の守備隊だけでも規模が違うか。

「西側が騒がしいという話は聞いていたが、まさか力尽くで突破して来たのか」

「はい。 途中の廃村にいたドラゴンも仕留めました」

「おいおい嘘だろ……」

魔族の戦士がぼやく。

まだ若い。前にメッヘンで見たウコバクさんより更に背が低い。この人は魔族としては、まだ子供ではないのだろうか。

「あんたは不死身のアングリフか」

「おう、そうだが。 何処かで会ったことがあったか」

「何回か一緒に仕事をさせて貰った。 今は此処で若造共の訓練をしている」

「そうか。 覚えていていなくてすまないが、顔見知りに会えれば話は早えな。 見てくれよ、この剣。 此奴が作ったんだぜ」

ハルモニウムの大剣を地面に突き刺すと、アングリフさんはわたしの背中をばんばんと叩いた。

不思議と、前ほど咳き込むようなことは無かった。

前はそれこそ、地面に埋まりそうな勢いだったのだが。

単純にわたしの体が強くなったのだろう。

アングリフさんの愛剣が変わっている。

それもどう見ても錬金術の産物である、高度な金属に。

それだけで、ある程度は察したのだろう。

すぐに、出入り自由の許可をしてくれた。

これで多少は行き来がしやすくなるはずだ。

後は、オスカーさんに話をしておく。一旦外に出て、オスカーさんに状況を説明。オスカーさんも、峠の近くまで緑化を進めていた。

意気地の無い錬金術師達が、何人か。緑化を完成させた場所までを、右往左往していたが。

いずれにしても、この人達は、試験には受かりそうに無い。

オスカーさんも、彼らには思うところがあるようで。あまり意識は向けていないようだった。時々先に無理に進もうとすると、警告はしていたが。

わたしに対しては、ある程度優しくは接してくれる。

「そうか、もう少しか」

「はい。 硬化剤も渡しておきます。 これだけあればたりると思いますので」

「そうだな、充分だ。 後は試験だな。 三人とも、頑張って来な」

礼をする。

この人がいなければ。

とても此処まではこれなかっただろう。

さあ、後は。

試験を受けるだけだ。

試験さえ突破すれば、公認錬金術師になれる。

そして公認錬金術師になれば、アルファ商会の支援を得て、エルトナを復興できる。パイモンさんも故郷に戻って、寂れている村を復興できると、嬉しそうにしていた。老馬の様子が少し心配だが。それでも、間に合った事は間違いないだろう。

イルメリアちゃんは。

少し表情が暗い。

何だろう。

試験を受けるためにここに来たはずなのに。

くだんの、自分以外の一族が全員公認錬金術師、という事が原因だろうか。

いずれにしても、これ以上先の事は、イルメリアちゃんの問題だ。もしも助けを求められたら、対応は出来るけれど。

それ以上の事は、わたしには出来ない。

畑になっている地帯を抜けて、二つ目の城壁まで行く。城門は開いていた。流石に、多くの人が行き交っているから、なのだろう。

さあ。

ここまで来た。

多くの障害を乗り越え。

ついに辿りついた。

後は、試験を受けるだけだ。

 

4、闇宵

 

ライゼンベルグの中心地。

庁舎。

人口十万を抱えるラスティンの首都。ライゼンベルグも、一応街という一単位を取っている。

実態としては一つの国なのだが。

ラスティンが連邦国という形態を取っている以上。

連邦の一勢力という扱いでならねばならず。

故に此処は王宮では無く庁舎なのだ。

其処を訪れたのは。

陰気なフードを被った影。そして数名の護衛。

出迎えたのは、ライゼンベルグのトップ。一応、ラスティンでは最高地位にいる錬金術師。

街長を兼ねている、公認錬金術師の頂点。

エーデルであった。

まだ二十代半ばだが、俊英として名高い。ただし、フードの影からしてみれば、お笑いぐさであったが。

此奴は典型的な研究特化型の錬金術師で、しかもどちらかと言えば政治家寄りだ。

年老いて既に役にも立たない研究をすることばかりに血道を上げている錬金術師達の利害調整を行い。

そして街そのものをどう回すかを考える。

その結果、街の西の状態を改善出来ず。

老錬金術師達の反対も受けてドラゴン討伐にも踏み切れず。

東側の安全経路を通れば良いという意見に押されて結局軍備の増強や傭兵の雇い入れも出来ず。

結果として、峡谷のインフラ壊滅や。

街の西側の魔境化を防ぐ事も出来なかった。

「シャドウロード、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだね。 元気にしていたかい」

「ええ」

快活な答えだが。

シャドウロードには見え透いていた。

若すぎるこの街の長。

血で血を洗う権力闘争をねじ伏せてきた、豪腕で知られているアダレットの王女と此奴は根本的に立場が違う。

傀儡なのだ。

この街はそもそもとして、何度も浄化作戦を実施したが。

それでもまだ膿が抜けない。

深淵の者としても、安定しているなら良いだろうと、半ば放置しているほどの腐敗した態勢が続いており。故に周辺のインフラの壊滅も招いた。

そしてエーデルは、その状況に不満を抱いていない。

抱いたところで、実権を握っている老人共をどうにも出来ないだろうが。

なお、シャドウロードは此処最近、姿を此処に見せ。

エーデルの相談役をするようになっている。

これは。深淵の者の方針が変わったから。

以前より表に出て。

世界を変えるための準備をするため。

あの特異点、「鏖殺」ソフィー=ノイエンミュラーと連携し。

この世界をどん詰まりの状態から切り替えるため。

本来は天寿を全うしようとしていたシャドウロードだが。

アンチエイジングを受けたのも。

ソフィーが賢者の石を使って創造神とのアクセスを成功させ、その結果深淵の者幹部達と一緒に世界の深淵を覗き込んだ結果。天寿なんか全うするのがアホらしくなったからである。

そしてその膨大な知識を生かして。

ラスティンの腐敗態勢を取り除くため、今はここに来ている。

そのためには、まずは此奴を何とかしなければならないのである。

応接間に通されたシャドウロードは、茶菓子を出され。

そして脳天気な話を始めるエーデルに早速うんざりした。

此奴は、今ライゼンベルグの周辺の環境が激変したことや。

フルスハイムが半ば機能停止していたことを。

何とも思っていない。

そんな事だから老人共に舐められるのだ。

シャドウロードも「老人」ではあるが。

自分のエゴを保全するために、権力を利用するような。いわゆる政治屋と一緒にされるつもりはない。

この世界をダイナミックに変えるため。

自分に出来る事をしてきた自負もある。

そしてその成果が、世界の謎の一端を解き明かした誇りも持っている。

だからこそ。

この腐った街を変えると決めたのであれば。変えなければならないのだ。

「それよりも、だ」

エーデルのどうでもいい話を打ち切ると。

姿勢を正す。

フードの奥の影は、若々しく活力に満ちていた頃の顔になっているが。若いからといって、美人でも何でも無いとシャドウロードは考えている。自分の顔を嫌っているシャドウロードには、今もこうやってフードで人相を隠すのが性にあっていた。

「これから、公認錬金術師試験を受けに来る二人に注目しろ」

「例のドラゴンを倒した錬金術師ですね」

「そうだ。 ドラゴンを倒せる錬金術師は多く無い。 もう一人老人の錬金術師もいるが、そちらは此方の方で対応する。 若い二人は、今後の世界を変える人材だ。 可能な限りの支援をしろ。 試験に受かったら、な」

「世界を変えるほどの錬金術師……」

ぴんとこないか。

間近で超ド級の錬金術師であるルアード。それに錬金術師としての力は失ったが、豊富な知識を持ち顧問として最高レベルの存在であるプラフタ。

何より、特異点ソフィー=ノイエンミュラーを見ている身としては。その凄まじい破壊力がよく分かるのだが。

いずれにしても、実力者が失望して離れ。

政治的駆け引きを主体にする老錬金術師達が蔓延り。

そして危機意識にも手腕にも欠けるエーデルが支配しているこの街は。早めに改革を進めなければならない。

数年後、ソフィーが人材を揃えたとき。

一気呵成に世界を変えるためにも。

それがどうしても必要なのだ。

幾つかアドバイスをする。

エーデルは頭自体は悪くない。この年で公認錬金術師になっている時点で、頭が悪い筈も無い。

ただ、この「完璧な防御」を誇る要塞から出ることも無く。

外の恐怖も知らないという時点で、どうしても限界がある。

また脳天気な話を始めるエーデルに嘆息すると、シャドウロードは。

この後ここに来る深淵の者の幹部、パメラ=イービスとどう話し合うかについて、考え始めていた。

 

(続)