首都への険道
序、最後の橋
峡谷地帯の南東。
最初に、橋を架けた辺りから見て南にかなり進んだ辺りだろうか。峡谷がなければ、或いはまっすぐ此方に来られたのかも知れない。流石に峡谷を丸ごと埋めるのは厳しい事もあって、最短でも、此処まで来るには何度も迂回をせざるをえず。結局、予定通り四つ目の橋を掛ける事になった。
途中匪賊の集団と何度か交戦したが。
匪賊はいずれも、人間を食糧としか見なしていないのが丸わかりで。
その場で情報を引き出しつつ殺処分。
頭の中を覗けば、如何に面白がって人を殺して食ったか、しか出てこない。
最低限まで転落すると。
人間は獣。
いや、森を傷つける事から言っても、獣以下になる。
それがよく分かった。
やはり匪賊は皆殺しにしなければならない。
それについては良く理解出来た。
どうやら匪賊は子供を育てるという概念も喪失してしまうらしく。女の匪賊を殺したときに。仲間の情報を得るために記憶を覗いたのだが。
産んだばかりの子供を食べてしまうと言うおぞましい映像を見てしまい。
わたしも流石に、その日は何も食べられなかった。
心に傷がたくさんついた。
人間の形をした獣以下は。
本当にこの世界にとっての害悪でしか無い。
もし、世界がこんなではなかったら。
別の形で、こんな風になる人間が出るのだろうか。
世界の仕組みが違うのなら、どうなるかは分からないけれど。
いずれにしても、人間は。
他の人間を自分のためだけに容易に殺す。
それがよく分かった。
橋をかけ終わると。
キルシェさんが推薦状をわたしとイルメリアちゃん、パイモンさんに書いてくれた。
「流石にこれ以上はフロッケから離れ過ぎるから協力できない。 でも、周辺の匪賊は全て駆除できたと思うから、グラオ・タールが支援をしてくれる筈」
「いえ、充分です。 有難うございました」
「此方こそ、この飛行キット助かる。 今後、訓練して何人か使えるようにしたら、雪山簡単に上り下りできる」
キルシェさんは、小屋くらいもある飛行キットを作って持ってきていたので。
それにフロッケの戦士達全員を乗せて。
村に戻っていった。
辺りの獣の中でも、大物は全て駆除済み。
一旦キャンプに戻ると。
今後の方針を話す。
今、東に見えているのは、巨大な山岳地帯。
この山岳地帯の先に。
ライゼンベルグがあるという。
いよいよここまで来た。
だが、物見櫓から見ても分かるくらいに、ライゼンベルグ周辺は非常に厳しい状態だ。
まず街道が機能していない。
この橋を修復しに来なかったのも道理だろう。
街道だったらしい場所はあるが。
其処には平然と大型の獣が多数居座っている。
上位種のキメラビーストや、ネームドの姿も散見されるし。
当然のように魔術も使う大型のアードラもいる。
無策に突っ込むのは文字通りの自殺行為だ。
更に、物資そのものの補給ももう少ししておかなければならないだろう。結局、一旦グラオ・タールに寄る必要がある。
橋の周囲までは緑化が完了していて。
更にアングリフさんが事前に徹底的に痕跡などを調べて、既に周辺の匪賊が全て駆除されたことは確認済みである。
街道に沿って緑化も順調に進んでいて。
後はオスカーさんに任せて大丈夫だろう。グラオ・タールの入り口周辺も既に低木が生い茂っており、獣は凶暴性を失いつつある。
この辺りは。
人間が比較的安全に通れる場所になったのだ。
匪賊の聖地とまで呼ばれた地点にも、既に匪賊の影は無い。
これは、大きなインフラの改善だ。
キャンプで軽く話し合う。
やはり全員の意見が一致した。
「一度グラオ・タールにいって情報を集めたいんですけれど」
「そうさな。 それがいいだろう」
「時にパイモンさん、推薦状は」
「おお、大丈夫だとも。 実はキルシェどのに貰ったもので五枚目だ」
そうか、流石だ。
わたしは四枚。イルメリアちゃんは五枚。
いずれにしても、此処にいる錬金術師は、全員既に試験を受ける資格を得ている事になる。
ただ、推薦状は多い方が良いとも聞く。
各地で、相応の実績を上げているから、推薦状を貰えるわけで。
試験を受ける時に、加点材料になるのだろう。
勿論、悪質な公認錬金術師になると、適当に推薦状を出したりする人もいるのかも知れないが。
今まであった中に、そういう人は幸いいなかった。
「今度は門前払いはされない筈だ。 いずれにしても、物資も補給したい」
「物資とは少し違うが、パイモンさんの馬、大丈夫ですか?」
「ああ、まだもつだろう」
言葉と裏腹にパイモンさんの表情は暗い。パイモンさんも馬車でアトリエを引いているのだが。
使っている農耕馬が、かなりの老馬なのだ。
恐らく、ライゼンベルグまでの往復くらいまでは現役でいられるだろう、という判断をパイモンさんはしていたのだろうが。
しかしながら、途中での予期せぬトラブルの続発により。
既に数ヶ月の遅延をしていると聞いている。
そうなれば、どうなるかは分かる。
馬も旅をすれば消耗するわけで。老馬ならなおさらだ。
お薬に関しても、情報が無い。見聞院本部で調べれば分かったのかも知れないが、いずれにしても後の祭りだ。
ましてや、馬は人間に対して友好的な数少ない生物の一つ。知能も高く、良く訓練するとある程度言う事も聞く。軍馬だろうが農耕馬だろうがそれは同じ。勿論人間とは違う生物だから、考え方も違うだろうが。
それでもこの老いた農耕馬に、パイモンさんが憐憫を抱いているのは確実だった。
「こやつには無理をさせてきた。 ライゼンベルグまで一気に駆け抜けることは厳しいだろうし、どうにかしたいものだ」
「どうにかしましょう」
「うむ……」
一旦キャンプを三つ目の橋の入り口まで戻す。
フルスハイム東から、既に人員が派遣されてきており。
橋の側にあったキャンプ跡地に、それぞれ常駐の監視要員が着き始めていた。流石に本来なら危険すぎるのだが、既に道の緑化が成功している事もあり、街道(笑)が街道へときちんと変わっている。
現在の状況ならば。
常駐要員を置けば、特に問題は無いだろう。
匪賊も駆除が大体完了している現在。
新しく姿を見せる匪賊を狩るくらいの戦力さえあれば。
それで充分だ。
彼らとも軽く話をした後。
一度グラオ・タールと話し合いをすると説明。
そうすると、彼らを指揮するべく前線に出てきていたオリヴィエさんが呼ばれて来た。
オリヴィエさんも、グラオ・タールの状況と、其処にいる公認錬金術師が相当な変わり者だという事は知っているらしく。
話を聞き終えると、難色を示した。
「フィリスどの、イルメリアどのの力については間近で見せてもらっています。 パイモンどのについても、話には聞いております。 しかし、それでも相当に交渉は難航すると思われますので、気を付けられた方が良いでしょう」
「はい。 でも、匪賊を駆除し、インフラを復旧した今です。 そう無茶な事を向こうも言わないとは思います」
「だといいのですが」
ともかく、インフラの保持はオリヴィエさんがしっかりやってくれるという。
アングリフさんがしばらく黙っていたが。
オリヴィエさんが行った後、わたし達と、お姉ちゃんを手招きして、声を落とした。出来れば消音の結界を張れとも、ハンドサインで指示してくる。
パイモンさんが結界を張るが。
何だろう。
「実はな。 キルシェが戻る前に最後の調査をして来たんだが、例のこの地域最大の匪賊の拠点跡を見てきた」
「何かあったんですか」
「何かも何も。 80人前後の匪賊がいたのが、一瞬で皆殺しにされている。 他にも、20人から30人の規模があった匪賊のグループが消されている跡が幾つもあった。 この辺りに集まっていた匪賊の内、俺たちに仕掛けて来たのは二割もいない。 残りは誰かが消したんだ」
「例の鏖殺でしょうか」
無言でアングリフさんが、何処か遠くを見る。
とはいっても、呆けている訳では無く。
何かを睨んでいるようだった。
「俺はどうも最近おかしいと思っていてな。 俺も各地を廻って来たから、鏖殺の話は聞いているんだが。 その手口が、数年前を境に一変しているんだよ」
「一変、ですか」
「そうだ。 それまでは、鏖殺は非常に荒っぽくて、確かに凄まじい殺し方をするが、名前を聞いただけで終了何て災害みたいな存在では無いという話だった。 今では、名前を聞いただけで匪賊は即座に逃げ出すほどになっている。 やり口も荒っぽいどころか、文字通りの災害だ。 逃げる暇もなく皆殺しにされているな」
そうか。
匪賊に対してはただしい対応だとは思う。
だが其処までとなると、本当に一体どんな存在がやっているのだろう。
「そしてここからが重要なんだがな。 例の最大規模の匪賊の拠点。 他と違って、どうも血の跡が異様に多かった」
「? どういうことですか」
「他では殺した跡、死体を即座に処理している様子なんだがな。 恐らく首を刎ねてから長時間放置している。 血の跡から考えて、相当に綺麗に首を刎ねているな。 死体そのものは見ていないが、殆どの奴は殺された事にさえ気づけなかったのではないか、と俺は考えている」
「……凄まじい、ですね」
アングリフさんは気を付けろ、といった。
結界を解除。
さっきの様子からして。
恐らくそれをやった奴が、まだ近くにいる、と言う事だろうか。
そしてどうしてお姉ちゃんを呼んでわざわざ聞かせた。
意味があるのだろうか。
ともかくだ。
グラオ・タールに出向く。
今度は、見張りをしていたナベリウスさんは、比較的態度が柔らかかった。
「錬金術師殿方か。 まさか本当に匪賊をあらかた駆除してくれた上に、フルスハイムにまで通じる街道を緑化までしてくれるとは」
「ノルベルトさん、でしたね。 此処の公認錬金術師の方に会いたいのですが、今度こそ許してくれますか?」
「おう、流石にうるさがたの長老達も、この偉業の前にはもう文句を言うまい。 緑化作業とネームドを駆除してくれたおかげで、畑を作る余地まで出来ている。 生活がかつかつの状況からも抜けられるだろう」
現金なものだが。
とにかく、通してくれた。
ただ、いずれ例の異常気象を起こしているドラゴンはどうにかしなければならない。まだわたしはドラゴンに手が届かないが。
いずれは、だ。
ついたてのような下り坂を下り。
そして上り坂を上がる。
馬車は流石にきついので、外のキャンプに残す。物資だけなら、わたしが受け取って、アトリエの中のコンテナに入れ、外に出た時点でイルメリアちゃんとパイモンさんに分配すれば良い。
キャンプでの見張りを考慮して。
イルメリアちゃんとパイモンさん以外には、アングリフさんとお姉ちゃん、それにレヴィさんだけについてきて貰った。後はみんなキャンプに残った。
フルスハイムから来た戦士も数人いるし、何より緑化されたキャンプだ。
オスカーさんも近くで作業をしているし、問題は無い。
森が出来れば、獣に襲われなくなる、と言う事はないが。
荒野の時とは比較にならないほど獣が大人しくなるのも事実だ。
実際、この人数で歩いていて。
おそわれる事は一切なかった。
荷車からは飛行キットを外してはいるが。
荷車そのものは空を飛ぶ工夫を施すときに調整を色々し。更にキルシェさんにも言われて改良しているので、とにかく軽い。
坂を引いていても、まるで苦にならなかった。
グラオ・タールに入る。
中は何というか、箱庭のようだ。
峡谷の真ん中に出来た、三角州のような地形。
いや、川があった頃は、三角州だったのかも知れない。
周囲が天険の堀になっていて。
空を飛ぶ獣以外は警戒しなくても大丈夫な、文字通りの要塞。
エルトナを心の中で比較対象に出してしまう。
どうしても、被るところがある。
お姉ちゃんの機嫌が悪い。
どうしてか、ここに来てから、ずっとお姉ちゃんは不機嫌そうだった。理由を聞いても、首を横に振るばかり。
街の周囲には、四ヶ所に見張り櫓。
更に城壁まで作っており。
この閉じた街の鉄壁ぶりがよく分かる。
戦士の数も、街の人間に比べて、かなり多いようだ。相当に自衛のために力を入れているのだろう。
これについては、最近まで周囲が匪賊の聖地とまで言われていたのだ。
無理もない。
そうしなければ、匪賊に攻めこまれて。
街丸ごと皆殺しにされていたのだろうから。
街の造りも堅牢で。
都市計画が根本的に違う。
迷路のように石造りの家が入り組んでいて。
彼方此方に坂などがあった。
敵が入ってきたとき、四方八方から迎撃できる造りだと、アングリフさんが教えてくれる。
なるほど。確かに振り返って見ると、入り口から来た敵を、全方位から不意打ちできるようになっている。
憶病なほどに、強固な要塞だ。
イルメリアちゃんが、袖を引く。
足を止めて確認。
どうやら今は停止しているようだが。
錬金術で増幅された、魔術のトラップだ。
発動した場合、強烈な炎が、周囲を焼き尽くす仕組みになっている。
「これは、要塞のような造りではないわ。 本当に要塞よ。 要塞の中に住んでいるんだわ」
「凄いね……」
「神経質過ぎるほどね」
迷路のような地帯を抜けると、今度は森と、畑が見えてくる。
森と言うには少し規模が小さいか。
その中に、畑が拡がっているが。
確かに規模がかなり心許ない。
更に、水もくみ上げる仕組みがある様子だ。
錬金術によって、地下深くから水をくみ上げている様子だと、イルメリアちゃんが教えてくれるが。
なるほど。
水も食糧も自給可能。
外に出る必要もない、と言うわけだ。
だけれど、エルトナで暮らしていたからわたしには分かる。
あまりにも閉じた環境でずっと暮らしていると、近親交配が進んで、どうしても血がよどんでしまう。
体がおかしな子供がどんどん増えていくし。
生まれながら同じ病気を持った人間も増えていく。
解消するには外からの血を入れるしか無いわけで。
この要塞のような街も。
本来ならば、外からの人間を積極的に受け入れられる仕組みを作るべきなのだ。
ナベリウスさんが足を止めたのは、あばら屋だった。
あからさまに管理されていない。
だが、アトリエの看板は出ていた。
「長老達は、あんた達には好きなようにさせるように、とのことだ。 ただ、戦力も出せないと言っていた。 ノルベルトどのについては、本人の判断に任せる、そうだ」
「……分かりました」
ナベリウスさんが、また呼んでくれと言って、距離を取る。
彼としては、この状況。
良いとは想っていないのだろう。
まあ誰でも少し考えれば分かる事だ。この要塞に立てこもって暮らしていける仕組みを作ったって。
いずれどうにもならなくなるのは目に見えているのだから。
ぼろなアトリエの戸をノックする。
眠そうな声と共に姿を見せたのは。
無精髭だらけの。酒瓶を持った、やる気の無さそうな男性だった。ノルベルトさんだろう。
目には酒の酔いが浮かんでいて。
強烈な酒の臭いがする。
「なんだ……錬金術師……四人、いや三人か」
「? ええと、ノルベルトさんですか」
「ああ。 お前さん達が、この辺りの匪賊を皆殺しにしたのか?」
「いえ、殆どは噂の「鏖殺」という人が。 わたし達は、街に害を為そうとした匪賊だけを斃しました」
しばらく口をつぐんでいたノルベルトさん。
わたし達は名乗ると。
物資の補給と、それとライゼンベルグまでの道についてのアドバイス。
後は、可能な限りの協力を求めた。
1、酔眼の錬金術師
ノルベルトさんのアトリエは、非常に散らかっていた。錬金術の道具関連は流石に綺麗だったが、生活スペースは目を覆う程に汚れている。
お姉ちゃんが流石に苛立っているようなので。
わたしが助け船を入れる。
「あの、掃除しましょうか」
「ああ……好きにしてくれ」
「では、そうします」
アングリフさんが腕組みして、様子を見ている。
何か気付いたのかも知れない。
わたしも、少し妙だなとは思っている。
ノルベルトさんの気配。
何だか、焼け鉢になっているように思えるのだ。
そして、気付いた。
お姉ちゃんを見た時。
ノルベルトさんは一瞬だけ、酔眼の中に驚きを見せた。一瞬だけ、だったが。
酒瓶が散らばっている。
お酒はエルトナでは高級品だった。
お祭りの時や、お祝いの時くらいにしか飲む事が出来なかった。
幾ら錬金術師とはいえ。
これだけ飲んでいて、周囲から白眼視はされなかったのだろうか。片付けをてきぱきとしていくと、ゴキブリが逃げていく。
今更あんなものでは驚かない。
荒野では散々巨大なムシと戦って来たのだから。
「何だか気に入らないわね」
「リア姉、この街の外でもそうだったね」
「ええ。 何か気に入らないのよ」
「……」
お姉ちゃんは、商人とネゴの類も出来るし、戦闘では極めて冷静だ。文字通り針穴を通す一矢で、何度も皆の危機を救ってきた。
感情的になるのも、だいたいわたしがらみの時。
それが、こうなっているのはおかしいと言えばおかしい。
レヴィさんが、驚くほどの手際で台所を片付けると。
コンテナから野菜やお肉を取り出して、料理を始める。
手際を見て、ぼんやりしているノルベルトさんも、驚いたようだった。
「なんだ、本職の料理人か?」
「錬金術師で金が余っているからと言って、外食ばかりしていると体に毒だぞ。 俺が大地の恵みを生かした爽やかな風の如き料理を作ってやる」
「そうか、それはありがとさんよ」
ノルベルトさんは若干ふらつきながらも立ち上がり。
コンテナから何種類か薬を出すと、外に出て行く。
どれも医療用の薬品のようだったが。
すぐに戻ってきた。
コンテナを見せてもらうが。
お薬も爆弾も、品質については悪くない。
流石に公認錬金術師と言うべきか。
よっぱらいとは思えない実力だ。
やがて、レヴィさんが料理を並べた頃には。
イルメリアちゃんもぶつぶつ言いながら手伝ってくれたおかげで、掃除は完了。アトリエは綺麗に片付いていた。
ノルベルトさんは料理を無言で食べ。
その後に言う。
補給についての話だ。
物資については、幾らでも持っていって良いという。
コンテナの中には、この近辺では不足するような物資も結構ある。貰えるのは嬉しいが、太っ腹と言うよりも、やはり焼け鉢になっているとしか思えない。
パイモンさんが咳払いした。
「貴殿は公認錬金術師でしょう。 随分とまた投げやりに思えますな」
「……そうだな。 爺さんの言う通りだ。 それで、俺に何を求める」
「此処に来たと言うことは分かっているはず。 ライゼンベルグまでの道はまだ安全とは言い難い状況です。 支援を願いたく」
「そうだな。 ライゼンベルグまで、まだまだネームドや獣がうようよいるもんな。 最近はライゼンベルグ近郊は危険すぎて、歴戦の傭兵でさえ護衛任務を受けたがらないって聞くしな」
他人事のようだ。
わたしはぐっと言いたいことを飲み込む。
そしてノルベルトさんは、また酒を呷った。
「ちょっと待っていてくれ」
コンテナに消え。
そして、出してきたのは地図。
此処から、橋を渡って東に行くと、巨大な都市。そう、地図上にはっきり分かるほどの巨大都市がある。
そう、ライゼンベルグだ。
ただし、その途中までには山道があり。
此処には×が十箇所以上付けられていた。
「この×印が全てネームドだ。 しかもこの峡谷にいた奴よりも一回り以上強い」
「こんな……どうしてこんなになるまで、ライゼンベルグの人達は放置していたんですか!」
「此処の地形を見てどう思う」
「どうって……」
一箇所。
妙なところがある。
何だろうと思ったが。何となく分かった。小規模な集落の跡地だ。いや、小規模というには、少しばかり大きいか。多分人口数百人はいたはず。
「此処には昔村があった。 ライゼンベルグに行く人間にとって、宿場町になっている村だった。 公認錬金術師もいたし、守りもガチガチに固めていたさ。 だが、此処をドラゴンが襲った」
「!」
「ライゼンベルグの錬金術師達は、戦闘向きじゃ無い奴が多いんだよ。 実力がある公認錬金術師は、大体どいつもこいつも彼方此方の街に出向いて、其処で街のために働くからな。 逆に言うと、首都に残っている錬金術師は、研究に特化した奴や、戦闘に向いていない奴ばかりだ。 昔は強力な傭兵部隊も抱えていたが、それも時代と共に軟弱になっていってな」
何だろう。
まるで村が滅びるのを、目の当たりにしたかのような口ぶりだ。
「推薦状、出してもいい。 条件は一つだけだ」
「……伺いましょう」
「この村に、今もドラゴンがいる。 正確には、此処を通る人間を狙って、近くに潜んでいる。 種類は最下級のドラゴンであるドラゴネアだ。 此奴を退治できるというなら……俺が推薦状も書くし、ある程度安全に進める経路を教えてやる」
「!」
ついに。
この話が来たか。
最下級とはいえドラゴン。
その戦闘力は生半可なネームドの比では無い。実際、前もアングリフさんに、勝負にさえならないと言われたのだ。
キルシェさんがいたらまだ分かったが。
今回は彼女もいない。
ドラゴンを斃すなんて、どうすれば良いのか。
しかし、わたしは錬金術師。
錬金術師以外に、ドラゴンに対抗できる人間はいない。
此処には錬金術師が三人もいる。
やるなら。
今しか無いのかも知れない。
アングリフさんを見る。
非常に厳しいと、顔に書いていた。
「現状の戦力だと、ドラゴネア一匹でも手が届かんぞ。 フルスハイムに協力を要請するか……」
アングリフさんが、ぎろりと酔眼のノルベルトさんを見る。
ノルベルトさんは、薄く笑った。
「せめてあんたが手伝ってくれれば、話は別だが」
「その姿見た事がある。 何度かこの辺りに匪賊退治に来たな。 不死身のアングリフか?」
「ああ、そんな風にも呼ばれるな。 単にこの年まで生き延びてしまっただけだがな」
「ふふん、あんたがいるなら、確かにまだ勝機はあるかも知れないな……それにあんた達の戦いぶりは、此処から見せてもらった。 ……良いだろう。 ちょっと待っていてくれるか。 長老達と話してくる」
おぼつかない様子で立ち上がると。
ノルベルトさんは、アトリエを出ていった。
嘆息が零れる。
何だろう。
今までに無い、嫌な空気だ。
「フィリス」
「どうしたんですか、アングリフさん」
「気がついているんじゃないのか?」
「!」
確かに違和感は幾つもある。
お姉ちゃんはそっぽを向いていた。
イルメリアちゃんも、無言のまま黙り込んでいる。
パイモンさんは、わたしが結論を出すまで、待っているようだった。
「あの男、恐らく」
「村壊滅の際に、その場にいた当事者ですね。 或いはその村の公認錬金術師だったか、或いはその家族だったのかも知れないです」
「だからって」
「リア姉、悪いのは……」
お姉ちゃんに対して、わたしは静かに言った。
悪いのは、あの人じゃ無い。
この世界そのものだと。
外で顔でも洗ってきたのか。
ノルベルトさんからは、お酒の気配が抜けていた。
或いはこの人も、この機会を待っていたのかも知れない。長老達には、話をつけてあるようだった。
「爺さん共を説得するのには苦労したがな。 これでやっとあのクソトカゲを排除できるかも知れないと思うと、酔ってなんていられないんでな」
「体は大丈夫ですか?」
「俺はこれでも公認錬金術師なんでな。 何とかするさ」
酔眼だったノルベルトさんは。
今度は、目の奥に軽薄で、それで静かな炎を燃やしていた。
この短時間の変化。
何か気になる。
アングリフさんの言葉が正しいとなると。
きっと、村を滅ぼしたドラゴンを殺せるチャンスを、ずっと待っていたのかも知れない。
自分ではとても力及ばない。
だけれども、この戦力なら、或いは。
とはいっても、この峡谷のネームド相手でも、四苦八苦をしていたのだ。まず地図を見ながら猛獣とネームドを排除し。
目的地地点まで行けるようにした後。
余力を残して、ドラゴンに挑み。
そして生きて帰ることを考えなければならない。
ドラゴンをどうにか出来そうな錬金術師というと、例えばオレリーさんが思い浮かぶが。少しばかり助力を願うには遠すぎる。
キルシェさんは同じく遠い上、街から長時間離れることは好ましくない。
ただでさえ街の長老達との関係が最悪なほどこじれているのだ。
これ以上こじらせると、面倒な未来になる事しか想像できない。
フルスハイムも、流石にこれ以上支援人員を遠くに派遣できないだろう。
そうなってくると。
この人と、どうにかしてドラゴンを突破することを考えなければならない。
力が足りないなら補うしか無い。
まず、四番目の橋の外側。つまりライゼンベルグ側まで、キャンプを移動。ノルベルトさんは、飄々とそれについてきた。
旅慣れているなあとか言っていたが。
本人は街を出てから、一度も酒を口にしなかった。
また、アトリエも持ってこない。
錬金術師としては、手持ちの道具だけで勝負するつもりらしい。それならば、戦闘の際に、手腕を見せてもらうしかない。
ともあれ、物資はある程度補給させて貰った。
ライゼンベルグまでは持つはずだ。
それと、橋の守りについても、ノルベルトさんは交渉してくれて。三つ目、四つ目の橋の守りには、グラオ・タールから人員を派遣してくれることを決めてくれた。もしもドラゴン討伐が上手く行き、ライゼンベルグまでのインフラが回復した暁には。一つ目、二つ目の橋についても、護衛要員を派遣してくれるという約束も取り付けたらしい。
ますますよく分からない。
この人は、本当は凄いやり手ではないのか。
だがそれだとしたら。
どうして、ドラゴン、それも最下級の相手に遅れを取ったのか。
一つずつ、順番に話を進める。
まず、キャンプの設営を終えた後、全員でわたしのアトリエに集まる。
そして、今後の話をする。
「アングリフさん、ドラゴン退治の話ですが。 何をすれば倒せるかは分かりますか」
「まずドラゴンは、攻防共に他の生物とは別次元だ。 ネームドの中でも最強クラスになってくるとドラゴンとやり合えるようなのもいるらしいが、それも精々下級、出来て中級までらしい。 つまり、獣とは次元が違う存在だと言う事だな。 ドラゴンには錬金術師と、錬金術の装備でしか対抗できない理由は、出力が足りないから、というのが大きい」
「火力をまず上げる必要がある、と」
「そうだ。 勝負をするには、まずドラゴンの超高出力ブレスを防ぐ盾と。 奴を守る強力な魔術の防御を秘めた鱗を突破する矛が必要になる。 まあこれは例え、だがな」
なるほど。
現時点では、その両方が無い。
ノルベルトさんは、黙って話を聞いていた。
「もう一つ二つ、錬金術の装備を作って改良したら、届くでしょうか」
「……そうだな。 何とか戦える……くらいにはなるかも知れないな」
「分かりました。 すぐに考えます」
事実、もっと身体能力を上げることは前々から考えていたのだ。
体を鍛えても限界がある。
それならば、倍率を上げるしか無い。
手練れなら揃っている。
アングリフさんが何よりいるのだ。
この人数で、この戦力。
更に、この間提供した飛行キットの料金を、キルシェさんが払ってくれている。資金面では不自由していない。
最悪の場合、フルスハイムまで戻って、高級な資材を買い込むという手もある。
フルスハイムになら、相応の物資があるのは確実だろう。お値段は張るかも知れないが、それを使えば更に強力な装備品を作れるかも知れない。
後は、皆の武器か。
アングリフさんは、大剣を変えるつもりはないらしい。
長年一緒にやってきた大剣だ。
アングリフさんの巨躯に相応しい無骨な鉄塊は。
今まで一緒に戦闘してきた中で、多くの巨大な敵の爪や牙を食い止め。
それ以上の数の敵の頭をたたき割ってきた。
今更わたしが手を入れなくても大丈夫だろう。アングリフさんの能力をパンプアップした方が早いはずだ。
ドロッセルさんは。
大斧についても、威力不足を本人が嘆いている様子は無い。
ならば、武器については大丈夫か。
ドラゴンが相手になると、防具なんて着けるだけ無意味だろうし。
それについては、何か考える必要があるか。
イルメリアちゃんが挙手。
「ブレスを防ぐ装備なら私が考えるわよ」
「お願い出来る?」
「ええ。 ただし、そもそもドラゴンを飛ばせないことが、戦闘の第一条件になるけれど」
「……それについては、わしがどうにかしよう」
パイモンさんが言う。
なら、わたしは装備品の作成に全力を注げるか。
材料ならある。
一旦解散して。
それぞれのアトリエに引き上げる。
キャンプのテントで良いと言って、ノルベルトさんは引き揚げて行った。ノルベルトさんがどう戦うかは、どうせ此処から嫌と言うほどネームドを相手にしなければならないのだし、どうしても見る事になるだろう。
最悪、足手まといにしかならない場合は。
お薬でも作ってもらう。
アトリエで見た限り、爆弾もお薬も相応の、少なくともアルファ商会の標準品よりも遙かに品質が高かった。
あれだけの要塞都市を作り上げたのも、ノルベルトさんだろう。
それを考える限り、少なくとも、戦闘で役に立てなくても、後方支援だったらどうにでもなる筈だ。
まず、装備品を確認する。
今わたしが皆に配備しているのは。マフラーと手袋。それにグナーデリングと獣のアロマだ。
それぞれ首元、手、腰周りを守り。体の力を強化する。
バランスは良いが、もう一声欲しい。
ドラゴンに対して真っ向勝負にしても奇襲にしても。挑むのであれば、その装甲を貫通しなければならない。
爆弾をちょっとやそっと浴びせた程度では手も足も出ないだろう。
現時点で、イルメリアちゃんの最大火力であるあの剣や。
わたしのはじけるおくりもの程度では、ドラゴンの表皮も貫けないのはまず間違いない。パイモンさんの雷撃でも多分同じの筈だ。
接近戦でドラゴンにダメージを与えるには。
まだまだ身体能力の倍率を上げる必要がある。
足下を強化するか。
以前、グラビ石を仕込んだことで、靴は軽くなり、歩くのが非常に楽になっている。
靴そのものをその時弄ったので。
強化は出来るかもしれない。
だが、靴そのものを強化するのには、個人的に少し悩ましい。
というのも、靴はやはり消耗頻度が激しい。
下手に弄くり回すと強度が落ちて、更に消耗する。
もっと実力があれば、その辺りさえも克服したもっと強力な靴が作れるのかも知れないけれど。
今のわたしには厳しい。
少し考え込んでから。
どうせならば、もう身につけるものではなく。魔術を最初から意識した道具を作ってはどうかと思いつく。
この間、拡張肉体の概念は教わった。
それならば、手はある。
今は拡張肉体は難しすぎて作れないけれど。
理屈が分かるなら、多少の応用は出来る。
まず、インゴットの中で、一番良い合金を取り出す。在庫についてはツヴァイちゃんに聞いて確認するが。
現時点で他の誰がどれだけの在庫を有しているかもツヴァイちゃんは把握している。
この辺りは流石数字に強いホムだ。
ツヴァイちゃんと相談しつつ、合金を取りだし。
これを溶かして。
中和剤につけ込んで変質させ。
更に、円形に加工する。
金属加工ならお手のものだが。ただ、加工の際に気を付けないと、合金は台無しになってしまう。
注意しなければならない。
この辺りは、炉に放り込んでいけばいいいつもと違い。
炉の側で常に金属の声を聞き続けなければならないので、少しばかり大変だ。
中和剤にも、今まで仕留めたネームドの部品を使う。
すり潰して中和剤にし。
秘めている強力な魔力をフル活用するのだ。
錬金術で変質させることによって更にその性能は倍増し。
金属にねじ込んだ魔力は、凄まじいまでに膨れあがる。
爆発するかも知れないと思うほどだ。
いや、取り扱いを間違うと爆発する。
わたしは頷く。
金属に蓄積できる魔力にも上限がある事をこれで学んだ。今後は、この資料を参考にしていく必要があるだろう。
或いは、ハルモニウムやプラティーンだったらそもそももっと魔力を蓄積できるかも知れないが。
少なくとも、この合金の限界量については理解出来た。
続いて加工した合金に魔法陣を刻み込む。
ルーペを使い。
熱した合金を使って、丁寧に刻み込んでいく。
この作業が兎に角大変だ。
基本的な魔法陣だけを刻み込んだ後。
磨いた宝石を使い。
この宝石に更に魔法陣を組み合わせ。
間にネームドの毛皮を挟み込む。
このネームドの毛皮にも、魔法陣を組み込むことによって。
複数の魔法陣が接続され、連携して動くようにする。
こうやって、破損した場合には取り外してメンテナンスが出来るようにすることは非常に重要だと、空を飛ぶ荷車を作ったときにわたしは学習した。
学習したものは。
どんどん応用していかなければならない。
上手く接着が出来た。
何度か検証して、魔術そのものがきちんと働く事を確認。しっかり働くので、冷や汗を拭う。
今回使う魔術は。
本人と連携する、というもの。
拡張肉体は、自律思考型と、本人の意思を読み取って動くタイプに分かれるらしい。このうち、本人の意思を読み取るのが、キルシェさんが使っていた球体の拡張肉体である。なお、自律思考型は暴走の可能性があり、扱いには細心の注意を要するそうだ。ただし、総合的な性能は、自律思考型の方が上で。強力な自律思考型を自身と連携させられるようになると、その火力は想像を絶するそうだ。もっとも、そんな自律思考型拡張肉体を作れる錬金術師なんて、この世界に数人といないと、キルシェさんは断言していたが。
わたしは勿論その数人じゃ無い。
だから、本人と連携する。
しかも一方的な連携を行う道具だ。
この道具は、本人の戦闘する意思に伴って、全身の能力を強化する。
本来拡張肉体はキルシェさんが使っていたように、本人の支援を行うものだが。
希に義手や義足などを用いるケースもあるという。
つまりこれは、本人の魂の容量を上げて。
魔力のパンプアップをする拡張肉体だ。
魔術としてはそれほど難しくない。早い話が、呪文詠唱なんかはこれを行っているのだから。
その増幅分の魔力を身体能力に還元する作業を行う。
要するに、本人の魔力とリンクし。
増幅し。
増幅分を身体能力の上昇に費やす。
現時点では、機能としてこれだけで充分だろう。
形状としては、教会で配っているようなタリスマンが近くなる。だから名前はタリスマンでいい。
実は運用方法も似ている。
ただ、錬金術で非常に強化している、という点が違うが。
持ち運び方は自由とする。
バッジにしたので、服とかにつけても良いし。マフラーに止めてもいい。
いずれにしても、実験をして、伸び幅を確認。一回目は当然上手く行くはずも無いので、何度も何度も練習する。
しばらくは、このキャンプに留まり。
最後の試験までの壁となる。
ライゼンベルグ西の山の突破と。途中のドラゴンを撃破するべく。他の皆と一緒に、準備を続けた。
2、魔の山
峻険な山、というのとはまた違う。
峡谷のものより大きく、より凶暴な獣を、一匹ずつ釣りながら片付けていく。前よりも楽にはなっているが。それでも一匹ずつが強い。
お姉ちゃんが放った矢は、最近は地面スレスレを飛んだ場合は、地面を抉るくらいの風圧を発する。
この間人をさらおうとした匪賊を撃ったときには、敢えて火力を抑えたくらいである。
そんな凶悪な矢でも。
一撃で仕留めるには至らない。
今襲いかかってきた猪は、凄まじい勢いでジグザグに走りながら突貫してきて。その途中、お姉ちゃんの矢とカルドさんの銃撃を合計六発も浴びたにもかかわらず、その速度は落ちず。
レヴィさんがシールドで一撃を受け止めた時には。
地面に罅が入った。
直後、アングリフさんが首を叩き落としたが。
それでもしばらくは動いていて。
暴れ回ったあげくに、横倒しになった程である。
これは本当に生き物なのか。
一匹ずつがこんな有様である。
ぷにぷにに至っては、真っ黒い奴が出てくる。
噂によると、上位種らしく。
魔術も非常に効きづらいだけではなく。
とにかく体格が巨大で。
その上、地形に合わせて体色を変えることまで出来るようだった。
幸い、此方には接近を察知する手段が幾つもあるが。
それがない人は、ライゼンベルグから出る事さえ出来ないのではあるまいか。
アルファ商会も、此処を通るときは命がけになるのではあるまいか。
流石に此処は危険すぎる。
そう判断したのか。
オスカーさんも、人夫達を帰らせると。
一人で黙々と緑化作業を始めた。
ライゼンベルグまで緑化した道を通してしまえば。
かなり安全になる。
それは事実としてあるので。
此方も連携して動きたい。
例えば、戦闘力だけが錬金術師に求められる資質では無い。
あのディオンさんも、戦闘力という観点では、公認錬金術師の中でもかなり低い方だった筈だ。
だが、それでも公認錬金術師としてはしっかりやっていた。
公認錬金術師試験を受けたときのキルシェさんだって。
拡張肉体を準備していたかは分からない。
それを考えると。
錬金術師としての試験を受けるためのハードルが高すぎる現状は。
決して好ましくない筈だ。
さて、ノルベルトさんだが。
意外にも、近接戦闘をするタイプだ。
身につけている自前の錬金術師の道具で、能力を極限まで上げ。
此方にまで接近した獣に、主に蹴り技で戦う。
爆弾の類は殆ど使わず。
代わりに、自分の能力を極限まで跳ね上げる薬を幾つか準備しているようだった。
勿論副作用もある様子だが。
それでもいざという時には使うつもりだろう。
ただ、普段はやはりアルコールを持ち込んでいて。
隙あらば飲んでいるようだ。
移動中は飲んでいなかったのに、キャンプに入ってからはこれである。
流石に獣を駆除しているタイミングではお酒を入れてはいないが。
それ以外の時は、会議にも参加しないし。
場合によってはわざわざグラオ・タールまで戻り。
酒を仕入れているようである。
この様子だと、酒浸りになったのではなく。
単に元から酒が好きだったのかも知れない。
勿論、悲劇が切っ掛け、というのも理由としてはあるのだろうけれども。
イルメリアちゃんが手を振る。
爆弾を仕掛けた、というのだ。
下がって、坂の上の方にいる兎を釣る。
兎と言ってもその大きさは牛ほどもあり。
しかも普通の兎と大差ない素早さ。
人間など一撃で串刺しにするほどの角を備えている。
もはやあれは兎と呼んで良いのか分からないが。
この辺りの獣は、あれくらい大きいのが当たり前だ。
そもそも荒野の獣は、放置しておくと際限なく巨大化、強力化する傾向があるらしく。
獣同士での食い合いもするが、人間に対しての敵意を向ける事の方が多いそうである。
そもそも荒野から幾らでも湧いてくる事もあって。
肉食獣も、敢えて大型の草食獣に手を出さない、というのもあるのだろう。
結果として、肉食獣も草食獣も、大きく強大に育ち。
人間を見ると総力で殺しに掛かってくる。
もはや、エルトナにいた頃に読んでいた本に書いてあった可愛いうさぎさんなんて。幻想の彼方に吹き飛んでしまっていた。
いざという時のために、わたしも呪文詠唱を開始。
最悪の場合、鉱物で押し潰すためだ。
お姉ちゃんがそれを見ると頷き。
兎に射掛けた。
前はバン、と空気を蹴散らす射撃音だったが。
今はもうドン、とおなかに響くような音がする。
実戦投入したタリスマンで、更に身体能力が倍増しになったから、というのと。お姉ちゃん自身が、連日絶え間ない戦闘で、嫌でも戦闘能力を鍛え上げられているから、というのもあるだろう。
矢は吸い込まれるように兎に直撃。
首の辺りにあたったのに。
兎は凄まじい絶叫を上げると踏みとどまり。
突貫してきた。
3,2,1。
数え終わると。
爆弾を起爆。
モロに巻き込まれた兎は、中空に放り出され。
更に、其処にカルドさんが射撃。
跳躍したアリスさんが斬撃を浴びせて。
落ちてくる地点で待っていたドロッセルさんが、渾身の斧での一撃をフルスイングで叩き込んでいた。
吹っ飛ばされた兎は、流石にもはや生きていなかった。
吊して捌く。
今度はパイモンさんが腰を上げる。
手にしているのは、今まで雷を発生していた道具を、更に大がかりにし、連結したものだ。
今までのは雨雲の石と呼んでいたらしいが。
今度のは雷神の石と呼んでいるそうである。
原理としては、魔術により雷撃を相手に降らせる、という点では変わっていないのだが。
それを連結して極限まで強化し。
錬金術によって更に数倍まで強化したという。
ドラゴン対策に作り上げた道具で。
戦闘において実際に使えるか、試験しているのだ。
同じようにして、今度は巨大な蛇を仕留める。
雷神の一撃のごとき極太の閃光が轟いたと思うと、辺りの空気が消し飛ぶような音がして、流石の巨大蛇も沈黙していた。
次に狙うのは、中空を舞っているアードラ。
ただし、この間戦ったネームドアードラの半分ほどもある。
ネームドアードラはグリフォンを掴んでおやつにするほども大きかったが。
流石にあれほどでは無いにしても。
もはやどうやって空中に浮いているのか、よく分からない次元の生物だ。あんなのが、この辺りにはウヨウヨいる。
しかも、ここ数日でかなりの数を仕留めているし。
ネームドが動き出すのも時間の問題だろう。
それも、ノルベルトさん曰く、峡谷の奴よりも数段上の実力の奴が、だ。
呼吸を整えると。
皆の準備が整ったのを確認。
仕掛ける。
今度はわたしだ。
爆弾。
それもレヘルンを複数束ね、爆発と同時に巨大なつららが周囲に殺戮をまき散らすように改良した、シュタルレヘルン。
これはこの間。
巨大なミミズのネームドが使った、凶悪無比な氷の術を参考にした。
あのネームドの氷術は、キルシェさんの攻撃をはじき返すほどの火力を発揮したが。流石にあれを再現出来ないとしても、近い威力を出せれば良い。
そう思って、レヘルンに工夫を重ね、作り出したのである。
振り回すのも、全身を利用して、回転しながらやる。
岩で練習し。
今ではある程度至近距離までなら、飛ばせるようになった。
攻撃範囲内まで飛ばせればそれでいい。
回転し。
そして、アードラが此方を見た瞬間、投擲。
アードラがそれを見て、空中で不自然に向きを変え。
詠唱を開始。
風の魔術で押し返すつもりか。
だが、この爆弾は。
お前の風の術よりも強力だ。
そう信じつつ。
起爆ワードを唱える。
炸裂。
同時にアードラが風の魔術を起動。
爆風が、シュタルレヘルンを押し返しに掛かるが。
同時に炸裂したシュタルレヘルンのつららが、多数アードラを同時に貫いていた。地面にも、極太のつららが、無数に突き刺さっている上、周囲が見る間に凍っていく。
魔法陣での相互増幅の火力はわたしでも理解していたつもりだったが。
これは、想像以上かも知れない。
ドラゴンとやりあうには、最低でもこれくらいの火力は必要、と考えて、唇を引き結ぶ。そして魔力で無理矢理凍り付く羽を内側からはじき飛ばしたアードラは、凄まじい怒りの雄叫びを上げて、此方に突進してきた。
来る途中にお姉ちゃんが速射した矢で矢襖になるが。
それでも速度は落ちない。
だが、上から落ちてきたアングリフさんが。
翼の片方を叩ききったのには、対応出来なかった。
地面に落ちたところを、皆で袋だたきにして仕留める。
後は同じように解体。
肉は皆で焼いて食べ。
使えそうな部位は皆で分けてコンテナに入れた。
一戦一戦が厳しい。
連携が上手く行っているからいいが。
一度連携が崩れたら、もうどうにもならないと思う。
至近まで接近されたら。
立て直せるか分からない。
どうして、こんな状態になるまで放置してしまったのか。ライゼンベルグの錬金術師達は戦闘向けでは無いと聞いているけれど。それにも限度があるはずだ。爆弾を使うなり、傭兵を雇うなり。その傭兵に強い装備を作って渡すなり。幾らでもやり方はあった筈なのだ。
幾ら研究が主体の錬金術師でも。
傭兵用の装備品くらいは作れるだろう。
それも、今のわたしよりずっと強力に、である。
夕方が来たので、今日の見張りのローテーションを決める。そして、火を熾した後。交代で休んだ。
順番が来たので、お姉ちゃんと一緒に見張りをする。
その時、お姉ちゃんが、あまり知りたくなかった事を言った。
「ツヴァイちゃんが、複製の錬金術を使えるかも知れないって、練習をしているのを見たわ」
「リア姉、まって。 それって……」
「ええ。 かなり体への負担が大きいそうよ」
複製の錬金術。
ホムの一部が使えるらしい、同じものを作り出す特殊な技術。
話によると、ホムは完全なものではなくても、似たような技術は誰もが使う事が出来るそうだ。つまるところ、この技術は、ホムが子供を作り出すためのものを、応用しているのである。
裕福なホムが子だくさんになりやすいのもそれが理由で。
男性のホムと女性のホムが能力を使って、子供を複製するように作り出すため、他の人間種族と違って妊娠から出産というプロセスを経ず。負担もその分小さいらしい。
ただし、それでも負担は大きい。
複製の錬金術を使えるホムはあまり多くなく。
使えるとしても一度一度で相当な消耗をする上。
高度なものを複製するほど激しく消耗するという。
「戦って貰う方はどうなっているの?」
「今、カルドさんが銃撃の手ほどきをしているけれど、向いていないみたい。 そうなると、身体能力を利用して、至近で一撃必殺しかないかも……」
「出来ればそれは避けたいわね。 あの子が敵の攻撃貰って、耐えきれるとは思えないわ」
「リア姉、弓は?」
首を横に振るお姉ちゃん。
弓は元々、いわゆるロングボウなどの引く弓と、弩弓などのセットする弓に大別されるのだが。
いずれにしても、銃撃の才能がないのなら。
まず当てることは出来ないという。
お姉ちゃんの場合、実際には「当ててから放っている」という段階らしく。
ある程度技術が上がると、矢を放つ場合は、そういう境地に達するそうだ。
よく分からないのだが、もう放つときには、相手に当たっているイメージが出来ているらしく。
矢の飛ぶ速度や方向、相手の動きなどを全て読みきった上で放っているそうである。
銃撃も大体同じだとか。
そういえばカルドさんも百発百中させているが。
相手の動きが分かっているとしか思えない。
「一撃必殺にしても、離脱を容易にできる道具を作れる? 接近だけでも危険なのに、ただでさえ一撃必殺の武器となると、反動が心配だわ」
「幾つか、相手に致命打を与えられる武器を考えていたんだけれど……」
この間、見聞院に行った時、調べた資料の中には武器の一覧もあった。
拳を介して、強烈な魔力を叩き込んだり。
杭を打ち込んだりする武器が紹介されていたが。
これらはいずれもが、使う者が優れた体格を持っている事が前提となっているものである。
或いは、今以上に身体能力を上げられるのならともかく。
現時点で使うのは自殺行為だ。
かといって、体がまだ出来上がっていないツヴァイちゃんが複製の錬金術をやるのは、あまり好ましい事とは思えない。
かといって、ツヴァイちゃんはわたしと離れたくないと、明確に意思を口にしている。
せめて、もう少し時間とアイデアがあれば。
肩を叩かれる。
交代の時間だ。
アングリフさんとレヴィさんと交代。
寝ることにする。
ツヴァイちゃんは眠っていたが。
やはりうなされていた。
当たり前だ。
あんな形で家族を失ったのだ。
今、会話や意思疎通が出来ているだけでも奇跡的なくらいなのである。
心を痛めるが。
今は、わたしも眠って休まなければならない。
まだまだ、殆ど前進できていないのだ。ライゼンベルグは遙か先なのである。このまま此処で足踏みしている訳にはいかないのだ。
眠り、朝になって起きる。
朝食を手早く済ませると。
キャンプの外に。
少しずつ、緑が確実に増え始めていて。オスカーさんは、早朝から周囲の土を耕していた。
道にする予定の場所には、硬化剤は既に先に撒いてある。
なお、時々グラオ・タール辺りまで、後追いで錬金術師が来ている様子なのだけれど。
ライゼンベルグ西の山の惨状を見て。
そのまま引き返してしまうようだ。
一人で良いから残ってくれれば。全然違うのに。
起きだしてきたノルベルトさんは。
酒臭い息を吐いて、お姉ちゃんが露骨に眉をひそめた。
「おはようさん。 今日も狩るのかい?」
「はい。 まずはあの峠まで、安全にいけるようにしないと。 それには緑化作業を進展させないといけないですし……」
「あの峠を越えると例の村が見えるし、そろそろネームドが仕掛けてくる筈だ。 精々気を付けるんだな」
「はい」
こう見えて、ノルベルトさんは戦闘ではかなり働いてくれている。
交代で前衛をやっているのだが。
ノルベルトさんの蹴り技は強烈で、文字通り雷霆のごとくである。
人間より遙かに大きな獣にも通じているし、一度は蹴りで岩を砕いているのを見た。
この山に転がっている岩は、強力な鉱石を含んでいて、生半可な堅さではないのに、である。
だから、怠けてはいないが。
それでもお姉ちゃんは、どうしてか気に入らない様子だ。
皆が揃った所で、今日も獣を狩る。
やはり相当に縄張りがそれぞれ狭いようで。
昨日狩った辺りにも、既に同じくらいの大きさの獣が彷徨いていた。
焦るな。
確実に進め。
自分に言い聞かせながら、一匹ずつ狩っていく。
そして、夕方近くまで狩りを続け。
後一匹、という所だった。
鉱物が警告してくる。
わたしが、叫ぶのと同時に。
それが仕掛けて来た。
「来ます!」
カルドさんの使う長身銃が、数百同時に火を噴いたような音。
とっさに前に出たイルメリアちゃんが、展開したのは淡い光の傘のようなもの。ドラゴンのブレス対策の道具だろう。
それが、押し込まれる。
そう、それほどの数。
超高速で飛来した無数の石つぶてのような何かが、異常な火力だったのだ。
イルメリアちゃんが呻いて膝を突く。
姿を見せたそれは。
無数の根を蠢かせて此方に歩き来る、巨大な植物のような何か。
いや、あれは植物なのか。
オスカーさんが呼びかけるが。
動きを止める様子は無い。
見た目はなんというか、巨大な紅い鮮やかで華やかな花のようなのだが。その左右には多数の枝が展開しており。
その先端部分に、穴だらけの実のようなものがある。
今の連続射撃は。
その実から放ってきた様子だ。つまりあの実は、凄まじい制圧火力を持つ連射砲台、と言う事だ。
獣がさっと逃げ出すのが見えた。
ネームドだ。
実の数は六つ。
しかも、今は一つしか使っていない。つまり、後最低でも五連射、アレが出来ると言う事だ。
即時に、第二射。
イルメリアちゃんが防ぎに掛かるが、一気に押し込まれる。イルメリアちゃんが吐血する中。パイモンさんが雷神の石を起動。極太の雷撃が、直上から植物のネームドを直撃する。
だが、なんとネームドは花の部分に展開したシールドで、それを防ぎ抜いて見せ、三つ目の実を前に繰り出し、射撃開始。
アングリフさんとアリスさんが飛び出す。
極限まで強化した身体能力を駆使し、弾を高速で避けながら接近するが、四つ目を即座に投入してくるネームド。
制圧射撃を受けた二人が、距離を取りながら、遮蔽物を使ってかろうじて猛射を回避するが。
なんと、最初の実がまた膨らみ始める。
要するに、六つある実から、際限なく射撃が出来ると言う事か。
フラムを束ねて作った、オリフラムを投擲。
だが、奴は実からの射撃で、それを中空でつるべ打ちにする。
攻守共に凶悪すぎる。
固定砲台だというのに、何という難攻不落ぶり。
足下を確認。
駄目だ、根を地面から完全に引きだしている。わたしが鉱物に呼びかけて押し潰しても、致命打にはならない。
お姉ちゃんとカルドさんが連続して射撃をしているが、奴は花を器用に動かして、全てを弾く。
そればかりか、実を次々に前に出し、射撃を絶やさない。
イルメリアちゃんのシールドは、恐らく魔力を消耗するのだろう。イルメリアちゃんの服が、吐血で染まっていく。
レヴィさんが前に出て、シールドの魔術を展開。
だが、イルメリアちゃん以上に消耗が早い。
やるなら。
総攻撃しかない。
アングリフさんが叫ぶのと同時に、全員が仕掛ける。
同時に、意図を悟ったか、ネームドも六つの実を全部同時展開。全てから制圧射撃を放ってくる。
見る間にイルメリアちゃんとレヴィさんのシールドが消耗していく中。
まずドロッセルさんが放り投げた大斧が、うなりを上げて敵に迫る。敵がシールドで防ぎ抜く。
アリスさんとアングリフさんも出るが、実の制圧射撃が凄まじく、接近できない。
更に今のと同時に、わたしがシュタルレヘルンを、パイモンさんが雷神の石を起動したが。ドロッセルさんのあの大斧による物理攻撃と、わたしの冷撃、更にパイモンさんの雷撃の、三種類の別の攻撃を、花はシールドで防ぎ抜いて見せた。
後ろに今の瞬間。
ノルベルトさんが回り込み、蹴りを叩き込むが。
それも見越していたと言わんばかりに、植物のネームドは、なんと根で壁を作って、蹴りを防ぐ。
実が至近距離からノルベルトさんに突きつけられ、膨らむ。
まずい。
だが、その時。
イルメリアちゃんが、さっとレヴィさんの背後に隠れ、印を切った。
イルメリアちゃんの剣二代目が、うなりを上げて、回転しながらネームドに襲いかかる。そして、実に突き刺さる。
実が、剣ごと爆ぜる。
二本の剣は、粉々になりながらも、その使命を全うした。
後実は四つ。
怒り狂うような叫びを上げながら、植物のネームドが、全ての実を同時に膨らませる。
しかし、今ので攻略法は見えた。
アングリフさんが、落ちていたドロッセルさんの大斧を投げつけ、それが実に突き刺さる。大斧は分厚く頑丈である事もあってか、実と一緒に砕ける事もなかった。更に、突貫したアリスさんが、実を切り落とし、残像を作って消える。実が爆裂。ネームドの体に傷をつける。
そして、ノルベルトさんが実を蹴り挙げ、中空に吹き飛ばし。
更にアングリフさんが、大剣でもう一つの実を斬り飛ばした。
だが、流石にネームド。
根を振るって、周囲全域を凄まじい勢いで鞭打ち、辺りからわたし達を遠ざけると。
その花に、光を集中させてくる。
あの、鉄壁を。
攻撃に転化するつもりか。
雷撃をパイモンさんが放つが、ネームドはあの雷撃の直撃を受けながらも、チャージを止めない。
まずい。あれが発射されたら、キャンプが丸ごと吹っ飛ぶ。
しかも、根が動き続けていて、近づけない。
お姉ちゃんとカルドさんが連射を続けているが。
体に次々突き刺さる大威力の射撃でも、ネームドはなお止まらない。
わたしもシュタルレヘルンを放つが。
なんとネームドは根で受け止め、氷爆弾の直撃を、体の一部を吹き飛ばしながらも受けきった。
チャージが。
終わる。
イルメリアちゃんも、レヴィさんも、消耗が限界だ。
万事休すか。
だが、まだだ。
一瞬だけでも、気を反らせればいい。
わたしは地面に手を突くと。
詠唱を終え。
地面から、鉱物を一気に噴出させる。
ネームドが、わずかに態勢を崩す。
そして、花を此方に向け直そうとして。
一閃が走った。
アングリフさんが、無理矢理今の隙を突いて、大剣でネームドの幹を切り倒したのだ。
崩れながらも、まだ此方に射線を向けている植物。
だが、同じく根を無理矢理突破したドロッセルさんが、幹を両手で掴むと。両足で上空にネームドの上半分を、花ごと蹴り跳ばした。
其処へ。お姉ちゃんが。
渾身の一矢を叩き込む。
それが、とどめになった。
閃光が爆裂し。
周囲を薙ぎ払う。
数秒、何も見えず。
そして、辺りを蹂躙した音が収まったときには。
既に、下半分だけ残ったネームドは。
動きを止めていた。
3、道はまだ半ば
イルメリアちゃんは戦いの後倒れてしまった。前線で戦ったアングリフさん以下前線組も著しく状況が悪い。
薬を使って治療を進めながら。
ため息をつく。
ノルベルトさんも、包帯だらけになって、横たえられながら。
皮肉混じりに言った。
「言っただろう。 峡谷のネームドより上だって」
「……」
「ついでに言うと、ドラゴネアの実力はあれ以上だ。 鱗はさっきの攻撃全部ぶち込んでも抜けるか分からないし、ブレスはあのシールドで防げるか分からないな。 最後の渾身の一撃を超える可能性が高い。 それでも「下級」なんだよ」
諦めろ。
そうノルベルトさんは言う。
何となく、この人の鬱屈の理由が、今分かった。
この人は、故郷をドラゴンに滅ぼされたから鬱屈しているのもあるが。
勝てない事を知ってしまっているから鬱屈しているのだ。
仇は目の前にいる。
それなのにどうしようもできない。
相手は暴力の権化のような化け物。
そんなのを相手に、どうすればいいのか。
わたしだって、さっきの戦いは怖かった。ドラゴンの実力があれ以上となると。準備はまだ足りなかったという事になる。
壁が高すぎる。
イルメリアちゃんが目を覚ましたので、側に行く。
どうだった、と聞くが。
悔しそうだった。
「見ての通りよ。 あれでも自信作だったのに……」
「もっと凄いのを作ろう」
「私の体が保たないわ。 攻撃手段にしても、あの雷撃、ネームドにも通らなかったのよ」
駄目だ。
イルメリアちゃんまで折れてしまっている。
パイモンさんは。
パイモンさんは、黙々と雷神の石を調整している。
わたしは。
どうなのだろう。
兎に角、一通り手当は終わったので休む。
幸い、オスカーさんは周囲の緑化をどんどん進めてくれていて。キャンプが襲撃される可能性は低い。
更に、オスカーさん自身が今夜は見張りをしてくれるという。
この人は見た目を遙かに超える使い手だ。
多分、それで何とかなるだろう。
悔しいが、今日は甘えるしか無い。
わたしは折れていないのか。
自問自答する。
シュタルレヘルンも、オリフラムも通じなかった。しかも、ドラゴンよりも力が落ちるネームド相手に、だ。
ノルベルトさんの言葉は正しかった。
ライゼンベルグ西のこの山、本物の魔境だ。化け物達が住まう悪夢の土地だ。
フロッケ村からの強行突破をするのが、如何に無謀かよく分かった。もし強行突破していたら、今頃全員死んでいただろう。
仮にライゼンベルグの至近までたどり着けていたとしても、だ。
ツヴァイちゃんが来る。
わたしも眠れずにいる事に、気付いたのだろう。
「お役に、立ちたいのです」
「大丈夫。 数字の管理がわたし苦手だから、ツヴァイちゃんにはいつも助けられているよ」
「でも、フィリスさんは、戦力が足りていないと悲しんでいないですか」
ツヴァイちゃんは、この間匪賊を殺すのに囮になってから。
かなり喋るのも大丈夫になって来た。
それまでは喋るのも辛そうだったのだけれど。
なお、最初はマスターとか、フィリス様とか呼ぼうとしたので、それは止めさせた。
「大丈夫だよ。 むしろ最初に壁の厚さが分かって助かったくらい。 今度は……もっと力をつけるだけ。 さっきの戦力でドラゴンとぶつからなかっただけ、幸運だと思って、準備をする。 それでいいんだよ。 ツヴァイちゃんは、数字を管理して、わたしに教えてくれるだけで大丈夫」
「……」
半身を起こすと、ツヴァイちゃんをぎゅっと抱きしめる。
子供扱いされていると思って嫌がるかと思ったが。そういう事も無いので良かった。
話して、ある程度楽になった事もある。
そのまま、すっきり眠る事が出来た。
そして、翌朝。
皆に方針を話す。
「この山にはまだまだ危険なネームドがいます。 その全てと戦って、もっと楽に勝てるようになってから、ドラゴンに挑みます」
「正気……?」
「正気だよ、イルメリアちゃん」
イルメリアちゃんは、ぐっと拳を握りこむ。
わたしは咳払いすると、続ける。
「この山の鉱物は非常に強力な鉱石を含んでいることが分かっています。 ちょっと獣狩りと並行して、素材を集めて、装備品を全体的に強化しましょう。 道具も。 それで、戦力はぐっと上がる筈です」
「……まあ良い意味で楽天的だな。 分かった、良いだろう。 ドロッセル、斧は壊れていないか」
「平気ですよ、アングリフさん」
「なら武器の方は問題ないな。 いずれにしても、ネームドさえ手に負えないなら、この先に待ち構えているドラゴンを倒せる状態じゃあねえ。 一度戦力を引き締め直すのは充分にありだ」
問題はと、アングリフさんはイルメリアちゃんを見た。
イルメリアちゃんは、静かに俯いた後。
やるわと、一言だけ呟いた。
しばし、戦力強化に費やす。
この辺りの岩などを崩して、鉱石を入手。中にはプラティーンの原料になるものもあった。ただし、桁外れに調合が難しかったが。
ハルモニウムを作れれば良いのだが。
それはドラゴンを倒す事が必須になる。
少なくとも、現時点では届かないのが悔しい。
まずはプラティーンから。
これに近い硬度の合金は作れているのだから。
プラティーンと比較してみて。
どうなるか確認してみたい。
そもそもこの鉱石、非常に頑強である上に、熱にも恐ろしい程強い。
砕くのも一苦労な上。
炉で不純物を取り除くのも今までの鉱石の比では無い。
四苦八苦の末に、数日がかりでやっとプラティーンのインゴットは作ったが。品質は決して良くはなく。もう一度作り直す。
わたしはどうも、一度でコツを掴めないらしく。
何度もやってみないと駄目だ。
イルメリアちゃんが来た。
プラティーンのインゴットを見て、貰えないかと言われた。ちなみに、最初に作った出来が悪い方だ。
「いいけれど、イルメリアちゃん、もっと良いの作れない?」
「悔しいけれど鉱物関連の調合はもう貴方の方が上よ。 他のは全部まだ私が上だけど」
「あはははは、えーと。 褒めてるの?」
「そうよ」
そうか。イルメリアちゃんはずっと暗い顔をしていたし、結構毒舌も吐く。悲観的な言葉も口にすることが多い。
だから褒められると、少し嬉しかった。
とにかく、イルメリアちゃんがずっとわたしより錬金術の経験が多いことは知っているのだし。
負けていても全然悔しくない。
負けていて当然なのだから。
むしろ、一つでも勝てたのなら、それは誇りだ。
「それで、どうするの」
「今までは例の合金で魔剣を作っていたのだけれど、今度はこれでやってみるわ。 それと貴方の作ったタリスマン、レシピ見せて」
「どうするの?」
「改良して、魂を直接魔剣に接続するのよ。 それとあのシールドにも」
それ、まずいのではないのだろうか。
魔術というのは、詠唱で魔力を増幅するのと同時に、制御もすることを同時に行う。
魔力そのものは、魔術を使えない人にも備わっている。この辺りは、錬金術ほどでは無いが、一種のギフテッドで。魔術も、例え魔族であっても、苦手なものは使えない。特に、回復魔術を使える魔族は少ないと聞いている。
「危険だよ……!?」
「正直、今までは覚悟が足りなかったわ。 これくらいしないと、この先は超えられない……!」
イルメリアちゃんは。
どこか鬼気迫っていた。
何か嫌な予感がする。少し不安になったけれど、レシピは見せる。キルシェさんほど一瞬ではないけれど。
そう時間は掛けず、イルメリアちゃんはレシピを把握した。
この辺りは、試行錯誤しないと出来ないわたしより上だと思う。だが、それを見越していたのか。
イルメリアちゃんは言う。
「勘違いしているようだけれど、貴方は発想する事自体が凄いのよ。 模倣はある程度力がつけば誰にでも出来るの。 だけれど発想し、創造することはそう簡単にはいかないのよ」
「そうなの?」
「これだから無自覚は……」
不機嫌そうに、イルメリアちゃんはアトリエを出て行く。
いずれにしても、数日はしっかり調整をしなければならない。
わたしも、今まで入手した、一番良い道具を使って、皆の装備品を作り直す。余ったものや型落ちにしても、今後戦略事業を行う際に傭兵に配ったり。或いは完全に入らなくなったら、アルファ商会にでも売ってしまえばいい。
流石にネームドの素材を利用し。
更に深核を中和剤として用いると。
桁外れに出来が良いものが作れる。
蒸留水も、最初に作っていた頃とは、比較にならないほど品質が高いものを作れるようになってきているし。
作れる道具は更に強力になる。
ある程度性能を底上げしたところで、自分で試す。
倍率が上がっているのが露骨に分かるが。
これでも、ドラゴンに届くかは分からない。
アトリエの外に出ると、鉱石だけでは無く。図鑑を見ながら、色々なものを採取していく。
砂が黒い。
黒い砂そのものはあるのだが、これはちょっと違う。
調べて見ると、かなり特殊な用途に用いる強力な媒体だと言う事がわかった。なお、鉱物なのに、声も聞こえない。
掘り返して、持っていく。
イルメリアちゃんとパイモンさんに配るが。
ノルベルトさんは、いらないと言った。
どうやら、錬金術に関しては、手近で手に入れられるものだけを使う、という主義らしい。
また装備品も見せてもらったのだが。
それについても、高い技術力で品質を保っている様子で。
あまり凄い素材を使っている様子は無かった。
単純に凄い腕前、ということだ。
だが、これほどの腕があるのなら。
どうして匪賊に対して脅かされていたのだろう。
戦闘でも、あまり積極的に動いている様子は無かったし。
そもそも、この人が前線に出てくれば、ちょっとやそっとの匪賊なんて、鎧柚一触に蹴散らせたのではないのだろうか。
疑問は膨らむ。
ノルベルトさんは、どうして出来れば戦いたくないのだろうか。
だが、調合を始めると。
いつのまにか徹底的に集中して。
疑念を追い払えるように。
いつの間にか、体が鍛えられていた。
一週間ほど過ぎただろうか。
調合を主体に、皆の装備を鍛え上げて、また獣狩りに戻る。
キャンプ周辺の緑化が進んだからか、草食動物がかなり集まっているが。やはり空いた縄張りを埋めているからか。かなり巨大な個体が多い。
実は、このキャンプまで来た錬金術師が何人かいたのだが。
先の様子を見て閉口し。
そのまま無言で帰ってしまった。
手伝ってくれと声を掛けたが、転がるように逃げてしまったので。
正直、フルスハイム東最初の戦闘で逃げてしまった二人のように。いてもあまり役には立たなかっただろう。
順番に、一匹ずつ片付けていく。
緑化した地帯にいる間は、近づけば威嚇する、程度の獣たちも。
森を出ると、全力で殺しに襲いかかってくる。
いきなり態度が豹変するので、この辺りは非常に怖い。
オスカーさんは、コツを掴んでいるのか、マイペースに緑化を進めているけれど。
どれだけ経験を積んだら、これに対応出来るのか。
まるで分からない。
或いは植物が危険を警告してくれているのだろうか。
ともあれ、狩る。
峠までまだ距離がある。
雑魚を狩っていると、当然ネームドが出てくる。
今度は、半日も獣を狩っていたら、もう出てきた。
それだけ、獣の縄張りが混乱していると言う事で。
この間の巨大な植物のネームドの縄張りの跡目を争って、複数のネームドが広域を徘徊している、と言う事なのだろう。
今度現れたのは、キメラビーストのネームドだ。
ただでさえ手強いキメラビーストなのに。
全身が真っ黒で。
更に尻尾は普通蛇一本なのに対して、十本以上の蛇が生え。
背中には翼。
口元の牙は鋭く、口から上下ともに乱ぐいにはみ出し。
そして何よりも、普通のキメラビーストの、七倍から八倍は体長があった。文字通り、見上げるような巨体である。
そいつを見た瞬間、他の獣が皆逃げ出す。
よく見ると、目は白く濁っていて。
既に正気を失っているのが分かった。
「力に飲まれたんだな」
アングリフさんがぼやく。
何でも、ネームドは自然の摂理に反しているほどの力を持った獣故に。時々完全に意識まで自然の摂理から外れてしまう個体が出ると言う。
そういう奴は、森に入ってまで見境無く破壊を繰り返す、世界のルールに反した存在になってしまうと言う。
白く濁った目でも。
此方を獲物として認識したことは分かった。
来る。
やるしかない。
躍りかかってくるキメラビーストのネームド。ノルベルトさんが、真っ先に前に出る。
豪腕が降り下ろされるが、残像を作ってかわしながら、無精髭だらけの怠け者錬金術師は言う。
「よう、久しぶりだな黒煙のバムル。 まあお前はもう脳みそも働いていないみたいだがな」
あれは黒煙のバムルというのか。
詠唱を続けるわたし。
幸い、連日の狩りのおかげで、周囲に邪魔な獣はいないし、残っていたのもバムルのおかげで逃げ去った。
大技を使うチャンスだ。
動きさえ止められれば。
詠唱をしながら、シュタルレヘルンを放る。
同時にそれとあわせて、パイモンさんが掲げた。
更に複雑な構造になった雷神の石だ。
ノルベルトさんが逃れると同時に。
冷気が爆裂。
更に強化された無数のつららが、バムルを襲うが。その全身を包んでいる強烈な魔力が、つららをはじき返してしまう。直撃する雷。全身を舐め尽くすが、それでもあまり効いているようには見えない。
バムルの蛇が、一斉に此方を向く。
イルメリアちゃんが、剣を放つが。
残像を抉るだけ。
中空に躍り出たバムルは、詠唱を既に完成させていた。
前に出たのは、オスカーさんである。
スコップを振るい、バムルが放った特大の火球をはじき返す。目には珍しい怒りが籠もっていた。
遠くの空で今の火球が爆発。
此処まで衝撃波が来るほどの火力だ。
「オイ、最低限のルールくらいはわきまえろ!」
珍しく怒気が籠もったオスカーさんの声にも、バムルは怯まない。
ジグザグにこっちに来る。
お姉ちゃんが、いつの間にか後ろに回り込んでいて、背中から矢を叩き込む。撃つときの音が、今までよりも更に凄まじい。
しかも三本同時に矢を放っていた。
その矢が全て、バムルの背中に吸い込まれ。
カルドさんが連射。
全てがバムルの左目に直撃。
頭上から、アングリフさんが、渾身の一撃を叩き込むが。
今のでも眼球が潰れず。
背中に刺さった矢も分厚い皮に阻まれたバムルが、衝撃波を放ち、アングリフさんとお姉ちゃんを吹っ飛ばす。
アングリフさんはずり下がって着地しながら、叫ぶ。
「今だ、ドロッセル!」
轟音と共に、岩が横殴りにバムルを直撃。
流石に、巨大な岩の直撃を喰らって、バムルも足を止める。
其処に、アリスさんが至近に躍り出、双剣を振るう。
両目を一気に抉りに行ったが。
左目だけしか切り裂けなかった。今、アリスさんが振るっている剣、プラティーン製の上に錬金術で滅茶苦茶強化されているように見えたのだが、それでもだめか。
飛び下がりながら、また火球を放ってくるバムル。
イルメリアちゃんが、シールドを展開して、防ぐ。文字通り、目の前が灼熱で真っ赤になる。
私の詠唱はまだ少し掛かる。
どうやらバムルがまた一発放ったらしく。
更にシールドが赤熱。
まずい。
このまま距離を取りながら、アウトレンジでの戦法を繰り返すつもりか。
視界が晴れないとまずい。
だが、不意に視界が晴れる。
パイモンさんが、別の石を取り出すと、その力を解放したのだ。
風が噴き上がり、辺りが一気にクリアになる。
バムルが跳躍して、また詠唱を終えている姿が見えた。
イルメリアちゃんが、剣に行けと叫ぶ。
四本の剣が、回転しながらバムルに襲いかかる。
バムルもまずいと考えたのか。
空中で当たり前のように機動しながら、地面に着地。ずり下がりつつ、三連続で火球を放ってくる。シールドで防ぐが、今度は風が働いているからか、一撃ごとに視界を奪われる事も無かった。
また、至近にお姉ちゃんが接近成功。
三本の矢を、同時に叩き込む。
さっき横殴りに岩をぶつけられたからか。
バムルの反応は遅れ、モロに脇腹に矢が食い込む。しかも、さっきよりも矢が深く入っている。
なるほど、見えてきた。
バムルは強力な魔術による増幅を、見境無く使っているのだ。
だからおぞましいまでに強い。
だが、どんどん魔力の容量が減っている。
それならば、勝機がある。
お姉ちゃんを衝撃波で吹っ飛ばすバムルだが、今度は脳天にアングリフさんの大剣が叩き込まれ。
更に背後の蛇数本が、一気にアリスさんに斬り飛ばされた。
其処に、パイモンさんの雷撃が直撃。
絶叫するバムル。
だが、ここからが。バムルの真骨頂だった。
全身が爆ぜ割れる。
黒い毛皮が吹っ飛び、真っ白な毛皮が姿を見せる。何となく分かる。まずい。これが、此奴の本気の形態だ。
一瞬で、吹き飛ばされるアングリフさんと、奇襲を仕掛けようとしていたドロッセルさん。二人とも地面に叩き付けられる。
ノルベルトさんが蹴りを叩き込むが、上空からの一撃を受け止めると。
はじき返して吹っ飛ばす。
動きが遅くなった代わりに。
異常に堅くなった。
それだけではない。
此方を見る白いバムルの目は、両方とも再生していた。
仕切り直しが出来るのか。
火球を放ってくる。
まずい。
直感的に悟ったわたしは、詠唱を切り替え、岩の壁を作り出す。だが、火球はそれを貫通し、更にイルメリアちゃんのシールドが、一瞬で罅だらけになる。
守勢に入ったら負ける。
だが、あの超防御力だ。
どうすればいい。
さっきイルメリアちゃんが放った剣四本が、同時にバムルを背中から襲うが、それさえはじき返される。
だがまて。
先と同じ理屈なら。
火球をまた放ってくるバムル。
だが、その瞬間。
パイモンさんが、渾身の雷撃を叩き込む。
綺麗に入った。
火球がそれ、遠くの空で爆裂する。
同時に、わずかによろめいたバムルの後ろの蛇を、全てアリスさんが斬り飛ばす事に成功。
動きが鈍っているバムルの反撃もまともに喰らわず。
バックステップでやり過ごすことに成功した。ただ、衝撃波を貰って、かなりしんどいようだが。
好機。
「カルドさん、可能な限り連射を続けてください!」
「よし、任せてくれ」
カルドさんが高速で装填しつつ連射を繰り返す。もう狙いはどうでもいい。
当たり続けさえすればそれでいいのだ。
火球をもう一発放つバムル。
シールドが、砕ける。
だが、その時には、熱風を浴びつつも。
わたしは詠唱を終えていた。
両手を地面に突き。
最大の術式を発動。
噴き出した大岩が。
下からバムルを突き上げ。
上からバムルを押し潰す。
文字通り上下左右から岩に押し潰されたバムルは、絶叫しながら大量の血を吐き散らした。
やはり白くなっても、暴走状態である事に代わりは無い。
蓄えた魔力を見境無く使っているという事だ。
至近から、バムルの頭にお姉ちゃんが矢を叩き込む。
もはや反撃さえ満足にできないバムルだが。
その頭上に、光の球が出現。
そして爆裂した。
辺りを衝撃が無き払う。
バムルごと、である。
滅茶苦茶だ。
なんと今の衝撃、オスカーさんが農具を振るって相殺したが、前衛はアングリフさん以外地面に伸びている。
アングリフさんは、ずたずたの体を引きずって、瀕死のバムルに歩み寄ると。
頭に矢が数本刺さっている上、明らかに脳を貫通しているにもかかわらず生きているバムルに悪態をついた。
「ちいとばかり、やりすぎたな!」
唸った大剣が、バムルの首を叩き落とす。
流石にこれには。
化け物としか言いようが無い凶獣も、屈せざるを得なかった。
動かなくなったバムルは。
その美しい白い毛皮から、急速に光沢を失っていった。
それで理解させられる。
あれはそういう色の毛皮だったのではなく。
ただ、魔力でそう輝いていただけだったのだと。
魔力を使い切ったわたしは、流石にへたり込む。
爆弾の火力が足りない。
イルメリアちゃんは、更にシールドの火力を上げないと駄目だと痛感したようだ。
パイモンさんは無言で薬を取りに行き。
アングリフさんが、傷だらけの前衛組を担いで連れてくる。
バムルの死体を引きずり出し、解体し。
使えそうな部位を回収するのも、かなりしんどかった。
想像を絶する巨体だったからだ。
それに、内部から出てきた深核は巨大で。
今までに無い大きさだった。
あまり強くないネームドだと小石くらいなのだが。
此奴のは抱え上げるほどもある。
分割して、皆に配る。
呼吸を整える。
まだだ。
まだドラゴンには届かない。
だけれど、次の改良で。
届く所まで、力をつける。
そしてその時には。
ライゼンベルグまでの道が、必ず開けるはずだ。
暗示のように、自分に言い聞かせる。そうしないと、この強大な獣の群れを前にして、心が折れそうだったから。
手当が済むと、皆無言だった。
アングリフさんに聞いてみる。
「昔、此処までの状況になる前は、ライゼンベルグ周辺はどうだったんですか?」
「そうさな。 危険な場所に代わりは無かったが、もうこの辺りくらいになると、匪賊は流石に姿を見せなかったな。 此処と同じくらいの危険地帯は何カ所か知っているが、首都近郊がこんな状態というのは異常すぎる。 一応大回りすれば多少安全な道もあるんだが、そっちを行くと三倍は時間が掛かるんでな」
「三倍」
「恐らく、どうしてもライゼンベルグに用事がある奴は、アルファ商会にでも頼むか、その道を行くしかないと思うぜ。 それにしても地味に痛えな畜生」
ぼやくアングリフさん。
ここぞというタイミングで敵の気を引いてくれていたが。
この人でさえ、有効打は中々与えられなかった。
「もう少し装備品や爆弾の質を上げます。 ドラゴンには……まだ厳しい事が分かりますから」
「……そうだな」
早めに休め。
そう言われたので。素直に休ませて貰う。
わたしは改良点を考えながら。体を洗った後、ベッドに潜り込む。
疲れ切った体は貪欲に睡眠を求めていて。
目を閉じると。
後は、すぐに眠ってしまった。
4、切り札
パイモンさんのアトリエに出向く。
パイモンさんは、魔術の専門家だ。そして雷神の石や、あの烈風を引き起こす道具を使って、先の戦いでも活躍してくれた。
だが、魔力を相当に消耗しているのはわたしにも分かった。
あまり無理をすると年齢もあるし倒れてしまうだろう。
其処で、話をする。
「パイモンさん、次のネームドに試してみたい道具があるんですが、話を聞いて貰えますか?」
「わしでよければ」
「はい。 魔力を球体に収束させて、それを一気に放とうと思っています。 放つときに雷撃や炎や氷に転換して、ですが」
「ふむ」
これが、わたしの結論だ。
今まで作っていた爆弾では火力が足りていない。
単純にわたしの技術不足もあるのだが。
多分、結論としては。
素材のパワーが足りていないのだ。
そもそもシュタルレヘルンにしてもオリフラムにしても、素材のパワーが足りないから、火力も出し切れていない。
それならば、わたしの無駄に多い魔力で補えば良い。
ブリッツコアとでも名付けようと思っているこの道具は。
ネームドさえ拘束できる鉱石に呼びかける力を、更に鉱石内部で収束させ。
常識外の火力で一気に叩き付けるという構想で作っている。
これならば。
ネームド達が見せている、異次元の防御力や魔力に、対抗が可能かも知れない。そして実戦を何回か経れば、ドラゴンに通じるものが作れるかも知れない。
ドラゴンは強靱な鱗に守られているが。
それでもその鱗さえ突破してしまえば、恐らくかなり後は脆いはずだ。そんな鱗を突破出来る攻撃を通されて、無事でいられるとは思えない。
「見せてみなさい」
「こんな感じです」
「……この魔法陣は、水晶玉の内部に閉じ込められないか」
「なるほど……」
幾つかのアドバイスを受けた後、頭を下げてアトリエを出る。
イルメリアちゃんのアトリエにも行くが。
彼女は鬼気迫る表情で、シールドの改善に力を注いでいた。
あの戦いの後、イルメリアちゃんは血を吐いて倒れた。
それはそうだ。
魂とシールドを直結したのだから。
故にあのバムルの火力にさえ数度は耐えるほどの強力なシールドを展開出来るようになったが。
無理をしすぎればああもなる。
今は、シールドの出力を上げるべく。
更に改良をしているようだった。
集中を乱しては悪いと思ったので、此方に気付いているアリスさんに一礼して、アトリエを出る。
歩きながら考える。
いずれにしても、はっきりしているのは。
ドラゴンと間もなく戦うと言う事だ。
皆の身体能力強化には限界がある。
ならば、安定してドラゴンの防御を貫ける道具が必要になってくる。
アトリエに戻ると、レシピを書き直す。
アドバイスに従って、幾つかの修正点を加えた後。
とっておきのエルトナから持ってきている水晶を加工。
鉱物の声を聞きながら、魔法陣を刻み込み始める。
わたしの魔力を全て吸い取る勢いでもかまわない。
それを最効率化して、最大最強の一撃として敵に叩き付けることさえ出来れば、それでいい。
この道具は。
わたしの切り札になる。
エルトナで育ったわたしの切り札が、エルトナの水晶になるのも運命的な話だ。
だが、それは感傷に過ぎない。
今は敵を屠るために。
最強の道具を作る。
相手を殺す事だけを考えろ。
わたしは、集中しながら。如何にして火力を出すかだけを考え、試行錯誤を繰り返した。
(続)
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