手を血に染める時

 

序、潰す

 

アトリエを展開し。

キャンプを作ってから、作業を開始する。オスカーさんは緑化作業が一段落したら、手伝いに来てくれる、という話をしてくれた。どの道、道にする場所は緑化しなければならないのである。

下見は当然だろう。

わたしはまず、空飛ぶ荷車を使って一旦峡谷の下を見に行く。

とはいっても、底までは行かない。

拡大視を使って、途中で状態を確認する。

案の定というか。

この峡谷を作り上げた川は既に干上がっていて、底にあたる部分には、既に生物もロクにいなかった。

途中の崖などに獣はいるが。

それはそれこそどうでもいい。

荒野には獣がいる。

獣はどうしてか幾らでも湧いてくる。

それならば、駆除がてらに埋めてしまっても何ら問題ない。

この世界はそういう仕組みだ。

例えば、獣が荒野から勝手に湧いてこない世界だったら、それは許されない事なのかも知れない。

だがこの世界は違う。

この世界は荒野が基本で。

荒野は人間を拒む。

そればかりか全てを狂わせる。

だから荒野を少しずつでも無くしていかなければならないのだ。

まず、順番に岩山を崩す。

近場には大きめの岩場や崖地があったので。発破を仕掛けたり、わたしがつるはしを振るって、どんどん崩していく。

鉱物は教えてくれる。

何処をどうすれば崩れるか。

わたしのギフテッドを利用して。

徹底的に岩を崩していく。

崩しながら、使えそうな鉱石はより分けてコンテナに放り込み。

それ以外の岩は更に砕き、砕いた端から峡谷に投入していく。体格が優れている魔族の戦士が二人もいるので、作業はとてもはかどった。

働いている魔族の戦士に、大きな岩をそのまま放り込まないのかと聞かれたので、答える。

「大きな岩を考え無しに放り込むと、隙間が出来てしまいます。 そうするとふとした切っ掛けで崩れる可能性があります」

「なるほどな。 出来るだけ細かくするのはそのためか」

「はい。 それに、細かくした方が、運ぶ時に楽です」

「その通りだ」

荷車は現在四台。

イルメリアちゃんとパイモンさんが、フルスハイム東から馬車を此方に移し。わたしが荷車を作って、二人にあげたのだ。

更に手伝ってくれているキルシェさんにも同じものを作って渡す。

彼女はあり合わせの材料で、ぱぱっとそれを改良し。改良点を教えてくれる。流石はこの辺り、レジェンド。

最年少での公認錬金術師試験合格者だ。

メモを取って、取り入れられそうなら取り入れる。

ただ流石に高度すぎて、一度に全ては取り入れられそうに無かった。

二つ目の岩山を崩した頃だろうか。

既に峡谷を埋め始めてから四日目。

獣が、大挙して押し寄せるようになりはじめた。

大きな音を立てる上に。

森からも出ているのだから。襲ってくるのは当然だろう。

連れてきた戦士達には、其方の対処にあたって貰う。勿論大物の場合は、わたし達も手伝う。

キルシェさんは、護身用に、拡張肉体を持ってきていた。

名前だけは聞いていたが。

実物を見るのは初めてだ。

キルシェさんが使っているのは、それこそボールのようなものなのだが。

空中で6つが同時旋回し、それぞれが高出力の魔術による熱線を放つ。その他にも、魔法陣を展開して出力を増幅、威力を何十倍にもして放つ事が出来る。つまるところ非常に強烈だ。攻撃だけでは無くシールドも展開出来るようだ。

その一方で本人は十歳相応の肉体能力しか無い様子なので。

常に一人、戦士が護衛についていた。

手当たり次第に襲いかかってくる獣が、そのまま死体になっていく。

勿論楽な戦いではないが。それでも、来る獣は悉く返り討ちにしていった。

仕留めた獣はその都度捌いてはコンテナに詰め込み。

戦闘で負傷した者の怪我を治しながら。

岩山を豪快に崩して峡谷を埋め。

一週間ほどそれを続けた結果。

峡谷は、埋まった。

後は、魔族の戦士に手伝って貰って、地ならしをする。

やはり衝撃を与えて踏むと、かなり崩れる。

其処で、更に土砂を投入。

充分にしっかり足場が固まった所で、硬化剤を投入する。そうすることで、峡谷は、峡谷だった場所へと変わるのだ。とはいっても、無数に大地の罅として走っている峡谷全てを埋めるわけでは無い。

交通の邪魔になっている箇所を埋める。

それだけでいい。

ある程度土砂を注ぎ込んで埋めた後は、硬化剤で固めた所の上に、掘り返して空気を入れた土をかぶせていく。

緑化して、そのまま道にしてしまう為だ。

丸ごと岩山が複数消え。

周囲の景観もさっぱりした。

その分見晴らしが良くなってしまった、という事もあるが。

オスカーさんが手際よく緑化を進めていて。無くなった岩山の辺りにも、どんどん緑地を拡げていく。

獣が襲ってくる方向も限定されるし。

街道だけでは無く、畑も拡大できる。

一つ目の峡谷を潰したところで、一旦キャンプを畳み、フルスハイム東にまで戻る。

其処で余った肉や毛皮を来ていたアルファ商会に売却。

かなりまとまったお金になったので、来てくれている戦士達に一時金として渡した。

フルスハイムはかなり活気づいているが。

その一方で、かなり出自が怪しげな人々も増えている。

匪賊では無いか、と思える人間もいるので。

油断は一切出来なかった。

錬金術師はいないかなと思って探してもみるが。

今やっている作業の手伝いを申し出てくる人は、少なくとも一人もおらず。

状況は知っているだろうに、少し意気地が無いなと、わたしは残念に思うのだった。

アトリエにアングリフさんが戻ってくる。

他の錬金術師は、それぞれ自分のアトリエや宿で、何か調べ物。

翌日には現場に戻る予定だが。

この休日を、わたしは薬や爆弾の補充に費やすつもりでいた。

爆弾も、新しいものを思いついたので、今実験しながら作っている。

アングリフさんはぷんぷん怒りながらアトリエに入ってきて。

舌打ちされたので。それだけで何が起きたのかは、大体分かってしまった。

「どうしたんですか?」

「フルスハイムの方でも、この大工事の話は伝わっているようでな。 レンも声を掛けているようだが……さっぱり協力しようって錬金術師は現れないようだな。 それどころか、インフラが復旧してから自分達は後追いで、と考えている奴らばかりのようだ。 宿にはそんな錬金術師が五人もいやがった」

「手伝ってくれれば随分助かるのに……」

「ドラゴンが出るって言うだけで腰砕けだ。 そんな事じゃ、公認錬金術師試験だかに受かる筈も無いのにな」

まったくだ。

わたしだって、ドラゴンとの戦闘のリスクは理解している。

今まで戦ったネームドは、いずれも自然に存在してはいけない次元の実力を誇る獣ばかりだったが。

それでも、ドラゴンには及ばないという。

雪山のドラゴンを見た時、アングリフさんは戦いにさえならないとまで言い切った。

どうにかして今後経験を積み、力を伸ばして。

戦えるようにしていかなければならない。

意気地が無い、とアングリフさんは憤慨していたが。

ただ、この人はそもそも、「不死身」という二つ名で呼ばれるほどの傭兵だと、最近知った。

確かにとても強いが。

不死身である筈が無い。

怪我はするし。

戦闘では、勝てる勝てないを見極めて判断している。

ずっと生き残ってきたから不死身、と言われているのだろうが。

それにしても、本人はそれをどう思っているのだろう。

「それと、匪賊が入り込んでいやがる。 気を付けろよ」

「あ、やっぱり……。 おかしいなとは思ったんです。 おかしな雰囲気の人がいたので」

「なんだ、気付くようにはなったか。 リアーネは?」

「お姉ちゃんは買い物です。 ツヴァイちゃんは彼方でお昼寝中」

他の人はみんな自衛力があるし、大丈夫か。

一番心配なのはキルシェさんだけれど。

あの子は多分、一人には慣れている。

匪賊程度に遅れを取る事は無いだろう。

「なんで匪賊が入り込んでいると思う」

「……そういえばおかしいですね。 人の行き来も殆ど出来る状態ではなかったし、フルスハイム側のは駆除されたはずなのに」

「作ったばかりの橋からだよ。 それも、逃げ込んできたらしい。 既にフルスハイム側でも警戒をしているようで、イェーガーが近々来るそうだ」

「!」

それは。

何があったのか。

峡谷はそもそも、匪賊の聖地と呼ばれるほどの危険地帯と聞いている。匪賊達が跳梁跋扈し、やりたい放題している場所の筈。

勢力争いにでも敗れたのだろうか。

だが、アングリフさんは、先を読んでいるかのように言う。

「鏖殺って知ってるか」

「たしか、みなごろし、って意味ですよね」

「そうじゃねえ。 鏖殺って呼ばれる匪賊殺しがいるんだよ。 正体はよく分からないらしいが、とにかくここ数年で数百人の匪賊を殺しているらしい。 しかも匪賊が蓄えた財宝を奪うわけでもなく、匪賊を淡々と事務的に殺して行くそうだ」

「……何が目的なんでしょう」

さあなと、アングリフさんは奥の椅子に腰掛ける。

体が大きいアングリフさんだから、椅子からはみ出しそうだ。

爆弾の調合が一段落したので、お茶を淹れる。

適当に茶菓子も出してきて食べると、お姉ちゃんが戻ってきた。

機嫌は良くない。

「リア姉、どうしたの」

「匪賊が子供をさらおうとしている所に出くわしたから、足を射貫いてやったわ。 自警団の動きが鈍くてね、とにかく頭に来たわ」

「まああの唐変木どもじゃあ仕方がねえな。 仕方が無い。 俺が行ってくる」

「アングリフさんが直接?」

頷くと、アングリフさんはまたアトリエを出ていった。

まああの人が出るとなると、匪賊なんてひとたまりも無いだろう。

それに匪賊は見敵必殺が決まっている。

お姉ちゃんが足を射貫いた奴も、縛り首か斬首か。

いずれにしてもさらうのは金に換えるか喰うため。

そんな奴を生かしておく理由も意味もない。

レヴィさんとカルドさんが戻ってきたので、事情を話す。此処の守りはお姉ちゃんだけで充分だ。

二人は頷くと、すぐに外に。

ちょっと遅れてドロッセルさんが戻ってきたので、同じように事情を話すと。

どうやら、もう捕り物は始まっているようだった。

「アングリフさんが捕まえた匪賊に吐かせたらしくて、芋づる。 今アングリフさんがアジトに乗り込んで、捕り物しているよ。 明日の朝には処刑じゃない」

「うわ、動きが早い」

「というよりも、匪賊になったばかりの奴が、大慌てで逃げ込んできたみたいだね。 手際も何も雑そのもの。 よっぽど慌てていたみたい。 例の鏖殺の話を聞いて、もうなりふり構わず、なんでしょ」

「それなのに犯罪に手を染めて目立つなんて」

肩をすくめるドロッセルさん。

続いて、アトリエに来たのは、パイモンさんだった。

何でも、匪賊の尋問に力を借りたいと、自警団に頭を下げられたそうである。パイモンさんは魔術の専門家だ。心を読む魔術も使えるらしい。

錬金術師としては公認錬金術師試験を受かっていなくても。

この人は歴戦の魔術師なのだ。

「もしも興味があるのなら、見に来るかね」

「お願いします」

「フィリスちゃん」

「心を読む魔術には使い路がたくさんあるし、覚えておいて損はないから。 お姉ちゃん、ドロッセルさん、ツヴァイちゃんをよろしく」

席を立つ。

ちょっと過保護なお姉ちゃんからは、たまには離れたい。

どうやらイルメリアちゃんも同じ事を考えていたらしくて、アトリエの外でアリスさんと一緒に待機していた。

苦笑いする。

だけれど、イルメリアちゃんは、むしろ静かだった。

そのまま、匪賊が捕らえられた場所へ行く。

十人ほどのヒト族と獣人族が、いわゆる本縄を掛けられて、座らされていた。

アングリフさんは大剣を手に、いつでも首を刎ねるという雰囲気を出していて。目隠しをされた匪賊共は、冷や汗を掻いて悲鳴に近い吐息を漏らしていた。勿論、匪賊ではない可能性もある。

だから心を読むのだ。

アングリフさんに言われるが、知っている。

殆どの場合、匪賊にはヒト族と獣人族がなる。ごくごく希に、魔族がなる場合もあるらしい。

はっきりしているのは。

匪賊になったらもう取り返しはつかない、ということだ。

荒野で一番簡単に捕食できるのは人間である。

これについては、わたしが身を以て良く理解出来た。荒野で、一番簡単に殺せる獣は人間だという事は、わたしも異論が無い。

匪賊はだから人間を積極的に襲い。

殺し喰らう。

ホムは肉が美味しいとかで、此奴らにとっては完全にごちそうだ。

捕まったらまず助からない。

そういう事情を知っているからか。実際に今殺されそうになっている匪賊を見ても、少なくとも、憐憫は一切感じなかった。むしろこんな連中に、と怒りを覚える。

パイモンさんが、魔術について説明してくれた。

「魔術に対する抵抗が強いとはねのけられる場合もあるが、それは素で魔術を使った場合だ。 錬金術の道具で増幅してやれば、人間ではまず逆らえない。 薬を使う場合もあるが、薬の場合は思った情報を引き出せない事もある。 だから、読心の魔術を用いるのが手早いな」

「なるほど」

「具体的な仕組みは……」

魔法陣を書いて説明してくれるので、メモを取る。

イルメリアちゃんもメモを取っていたが、明らかにわたしのメモよりも綺麗に取っている。

頷きながら、説明を聞き終える。

「では、始めるか」

「−! ーーー!」

必死にもがいて逃げようとしている頭目らしい男を、アングリフさんが抑える。

不衛生な頭に手を置くと、パイモンさんが魔術を発動。

しばしして。

抵抗を止めた匪賊の頭目らしい男が、大人しくなった。

「質問に答えよ」

「はい」

「お前は匪賊か」

「はい」

なるほど、此処から聞くのか。

続けて、順番に話を聞いていく。

仲間は何人か。

名前は何なのか。

それを全てメモしていく。

普通の魔術師だったら、抵抗されて、魔術が失敗するケースもあるらしいのだが。パイモンさんは、自前のと、それにわたしが渡している魔術の強化のための道具一式を身につけている。

魔術の出力が魔族以上であり。

ヒト族の精神が抵抗できる代物では無い。

アングリフさんが促して、自警団の者達が冷や汗を流しながらメモを取り。捕縛している連中の特徴を全て確認し、いう。

一人足りない、と。

その時だった。

真後ろから、音も無く忍び寄ってくる影。

イルメリアちゃんについてきていたアリスさんが即応。

ナイフを振りかざして、わたしを捕らえようとしたそいつを、アリスさんが斬る。

派手に鮮血をぶちまけるそのヒト族の特徴は。

今、頭目が吐いた最後の一人のものと、一致していた。

アリスさんに斬られたそいつは、悲鳴を上げながらのたうち廻る。

アングリフさんが前に出るが、わたしが制止。

わたしが、やる。

「おい、いいのか」

「いずれ匪賊は殺さなければならなかったんです。 少しずつ、慣らしていかないと」

魔術で、岩を使って押し潰すことも考えたが。

やっぱり止める。

自分の手で。

やらなければならないだろう。

念のため、アングリフさんが押さえつけた後。パイモンさんが魔術を掛けて。匪賊である事は吐かせた。

頷くと、わたしは。

杖を振り上げ。

見苦しい命乞いをしている匪賊に降り下ろした。

一回目は降り下ろし損ねて、肩を潰した。

身体能力が上がっているから、それでも一撃で肩の辺りがグシャグシャになった。

跳び上がった匪賊が、情けない命乞いを叫んだが、知るか。

今度は冷静に。

振り上げた杖を、降り下ろす。

匪賊の頭が、果実のように砕けた。

脳みそが飛び散り、脳漿が辺りにばらまかれて。痙攣している匪賊は、やがて動かなくなった。

冷たい目で見ているのだろうなと、わたしは思う。

ツヴァイちゃんの両親を生きたまま切り刻んで食い殺した此奴らを。

わたしは絶対に許さない。

 

1、鮮血飛散

 

翌朝。

前に何度か顔を合わせたイェーガーさんが、フルスハイム東に来た。装甲船は毎日フルスハイムの湖を行き来していて、イェーガーさんは大忙しのようだった。

フルスハイムの自警団から、人員を割いて連れてきてくれたが。

だがそれは、匪賊に対するためだろう。

此処の自警団員があまりにも不甲斐ないことを聞いて、仕方が無く、というのが。見て取れた。

軽く挨拶した後。

既に尋問は済ませていること。

更に尋問は読心の魔術で済ませていること。

その証拠の音声なども引き渡す。

全てを確認した後。

イェーガーさんは教えてくれた。

勿論、目隠しされ、本縄で縛られている匪賊達に聞こえるように、である。

「匪賊は捕らえ次第殺す事が何処でも基本となっている。 ラスティンでもアダレットでもそれは同じ事だ。 殺し方は色々あるが、縛り首か斬首が基本。 殺した後は死体を焼き、骨を砕いて無縁墓地に埋める。 フルスハイムでは斬首だな」

「肥料にはしないんですか?」

「しない。 此奴らの肉の味を獣が覚える可能性がある」

「分かりました。 立ち会います」

今朝は、イルメリアちゃんは来ていない。

わたしと、お姉ちゃんだけだ。

あの後、わたしが匪賊を殺したと聞いて、お姉ちゃんは顔色を変えて。今朝の処刑に立ち会うと聞くと、自分も行くと言い出した。

お姉ちゃんは嫌そうだけれど、わたしは処刑を見届ける。

十人ほどの匪賊が並べられる。

並べられた前には溝が掘られていて。

処刑を行う準備が整った。

「俺がやろうか?」

「いえ、私が。 此処はフルスハイムの衛星都市。 故に私の仕事です」

アングリフさんの言葉に対して、前に出たのは以前共闘したオリヴィエさんだ。

彼女は処刑用の分厚い刃を持ち出すと。

前にもやったことがあるのだろう。

手慣れた様子で。

まずは首領から、躊躇せず一息に首を切りおとした。

首を切りおとしたときの音は、小気味が良いほどで。

血が勢いよく噴き出していたが。

やがて止まった。

二人目。

三人目。

容赦なく匪賊が処刑されていく。

此奴らが此処で何をしようとしていたかも、既に吐かせている。

子供はさらったら当然喰うつもりだった。

ここに来ている商人を襲撃し、殺して金を奪った後は、フルスハイムを経由して逃げるつもりだった。

それらを全て聞いているから。

やはり何の憐憫も湧かなかった。むしろ自分で駆除したい程である。

一度荒野で獣になると。

人間は一切元に戻れなくなる。

それがよく分かった。

最後の一人の首が落ちると。

死体が穴に蹴込まれ、燃やされる。魔術に寄る火だから、火力も強く、あっというまに死体は炭クズになった。

炭になった死体を、太めの棒でつついて崩し。

徹底的に粉々にした後。処置をして取りだし、穴を埋める。

いわゆる無縁墓地に骨含めた残骸を放り込んでおしまい。

これで一連の作業完了だ。

人が足りない世界で。

人を食う獣と化した存在は。確実に処理しなければならない。

「フィリスちゃん、大丈夫?」

「リア姉、わたし、いつまでも子供じゃ無いよ」

「……」

「行こう。 打ち合わせしないと」

とりあえず、これでいい。少なくとも、入り込んでいたこの匪賊のグループについては、皆殺しに出来た。

後は、これから入り込んでくる匪賊を確実に捕らえ。

処理していかなければならないだろう。

パイモンさんが、お手製の読心の魔術を使える道具を、イェーガーさんに引き渡しているのを昨日見たし。

守りを此処で固めている以上。

特に問題は無い筈だ。

一度、アトリエに集まって、話し合いをする。

グラシャラボラスさんは、会議は苦手だと言って、アトリエの外に出て、見張りをかって出た。いずれにしても、誰かが見張りをしなければいけないし、それでいいだろう。

地図を拡げる。

落とされている橋は残り三つ。

この全てを復旧し、緑化しないと。

ライゼンベルグへの道は開けない。

まずもう一つの橋を復旧した後、峡谷の中でこぢんまりと存在している街があるという。グラオ・タールというらしいのだが。その街と連携をし。残りの二つの橋を復旧する。そういう流れを、再確認した。

ただ。この辺りに詳しいらしいキルシェさんが言う。

「グラオ・タールの公認錬金術師はものぐさ。 あまり期待出来ない」

「そうなんですか?」

「匪賊が多すぎて、街を守る事で手一杯の筈。 多分、手伝いのための戦力を出してくれるとは思えない」

「匪賊だったら、多分大混乱の筈だぜ」

アングリフさんが言う。

私も頷いて、説明。

鏖殺が来ている。

その話をすると、キルシェさんは考え込んだ。

「本当?」

「本当だ。 昨日尋問したところによると、近場で最大勢力の匪賊が一夜で全滅させられたらしくてな。 周囲の匪賊はパニックに陥っているそうだ」

尋問にあたったパイモンさんも証言する。

また少し、キルシェさんは考え込む。

この子は見た目こそ子供だが。

頭の方は本人曰く「前借りで」良くなっている。

頭の回転そのものも早い。

錬金術師としての才能が頭打ちになるのも早いかも知れないが。

少なくとも、今のわたし達よりも格上の錬金術師であり。公認錬金術師として街を回してきたのも事実だ。

ならば、考えには重みもある。

「それなら、匪賊をこの辺りから追い出せるかも知れない」

「少なくとも、橋を通ってこちら側に逃げてくるのは阻止しないと」

「……なら、工事を早めに再開した方が良い」

「そうだな」

アングリフさんが腰を上げる。

あの橋が出来たから。

匪賊共がフルスハイム東に来た、とも言えるのだから。

話がまとまった所で、すぐに移動開始。

フルスハイム東は、自警団員を増強し。

早速守りを固め始めたようだった。

ただ、そうすると、今度はフルスハイムそのものの守りが薄くなるような気がする。ちょっと心配になったが、アングリフさんが教えてくれた。

「さっきイェーガーに聞いたが、フルスハイムの方では傭兵を雇ったそうだ。 いずれにしても、匪賊がつけいる隙はねえよ」

「それなら安心なんですけれど」

「何だ、まだ不安か?」

「……ええ。 でも、できない事は考えないことにします」

アングリフさんが言う事も分かる。

わたしの手が届かない所のことを心配しても仕方が無い、というのだろう。わたしもそれに同意した。

緑の道を通り、橋まで移動。

橋の辺りでは、オスカーさんが森のメンテナンスをしていた。木の様子を確認したり、土の状態を調べたりしている。これだけの緑化作業を成し遂げたからか、植物に話しかけている様子を見ても、誰も怪訝そうにはしない。

水についても、川から引いてきた水路から、きちんと行き渡っているか確認しているようだった。

次の橋を架ける。その話をすると、オスカーさんは、注意を促してくる。

「橋の周囲に変な気配がたくさんあるから気を付けるんだぞ」

「多分匪賊ですね。 これ以上一人も橋は渡らせません」

「……そうだな。 この人数なら、渡る隙も無いだろう。 緑化作業が出来るようになったら、声を掛けてくれ。 おいらはまだ森の世話があるからな」

「分かりました」

橋を越えたところにキャンプを設置。

この辺りは、既にうっすらと緑が地面を覆い始めている。

オスカーさんはどこからか深核の提供を受けているらしく。栄養剤についても、豊富に持っているようだった。

わたしの方からも栄養剤は提供しているのだけれど。

その必要もないかも知れない。

キャンプを展開した後は。

すぐに物見櫓を作る。

わたしは空を飛ぶ荷車を使って、お姉ちゃんと周囲を警戒。レヴィさんにも、敵の奇襲に備えるために一緒に乗って貰う。物見櫓はカルドさんに任せる。

それにしても。

空から見ると、酷い光景だ。

彼方此方をひっかくようにして、無数の傷跡が大地に走っている。

これはいったい。

何が起きた跡なのだろう。

地震だろうか。

川が流れた跡なのなら。

どうして川は流れなくなってしまったのか。

橋が落ちた跡を確認。

これもドラゴンにやられている。

溶けた地面の様子。どこからどう見てもドラゴンのブレスによって、溶かされたと言うよりも吹き飛ばされたのだ。

手をかざして見てみると。

凄まじい風が吹き込んでいる峡谷がある。

何だろうあれは。

いずれにしても、あの辺りは砂塵が酷すぎて、何も見えない。とてもではないが、通る事は出来ないだろう。

とにかくあの砂塵は無視。

まずは、ライゼンベルグへつながる道を復旧させる。

傭兵さえ護衛についていれば、錬金術師が比較的安全にライゼンベルグにいけるようにすれば。

それだけ公認錬金術師だって増える。

公認錬金術師が増えれば。

酷い事になっている集落だって減ることになる。

例えば、フルスハイムは、明らかに公認錬金術師一人では足りない。フルスハイム東にも、一人は欲しい所だとわたしは思う。

しかも首都の近くでこの有様だ。

現在の十倍は、最低でも公認錬金術師が必要なのではあるまいか。

とにかく、橋の正確な状況を確認。

その後は、目につけた岩山を幾つか地図上でマーキング。

これらを崩して、峡谷に放り込み。

埋めてしまうことで道にする。

此処までの流れは、今までと同じだ。

緑による道は、獣による襲撃を退ける。問題は、かなり大きな獣がキャンプを既に伺っている事だろうか。

早速試してみたい。

キメラビーストや、その上位種が見受けられるが。

彼奴らは空を飛べないはずだ。

それならば。

奴らの頭上に移動。

此方をぼんやり見上げている獣共の頭上から。

わたしは、グラビ石を仕込み、相手に向かって飛んでいく大型フラムを落とす。

投げる必要さえない。

これは球形をしておらず。

鳥の形を参考にしていて。

滑空しながら、相手へと加速しつつ迫るのだ。

名付けて、はじけるおくりもの。

はじけるおくりものはそのまま、唖然と口を開けている獣どもに、それこそ抗いようのない死の鳥となって、上空から襲いかかる。

爆裂。

激しい爆発の中、悲鳴を上げて逃げようとする獣に、横殴りに叩き付けられた魔術や矢が突き刺さる。

更にお姉ちゃんが、上から矢を放ち、脊髄や延髄を撃ち抜いていく。

本来、真正面から戦ったら、相当な苦戦を強いられる獣なのに。

上空から、広域制圧火力をばらまくだけで、こうも容易く仕留める事が出来るのか。

獣が慌ててキャンプから距離を取り始めるが、容赦しない。そのまま第二段。

爆弾を作る時間はたくさんあった。

だから、ずっと改良していたのだ。

今こそ、その成果をためさせてもらう。

落とす度に、死の鳥が翼を拡げ。相手を自動捕捉して飛んでいく。

逃げようとする獣は、横殴りの魔術や矢を浴びて吹っ飛び、そして上と横どっちに対応して良いか分からず混乱する内に爆発に吹き飛ばされて峡谷に落ち、或いは粉みじんに消し飛んでいく。

しばらく、キャンプの上を旋回して、此方の恐怖を存分に思い知らせるが。

このまま簡単にいくとはわたしも思っていない。

獣を蹴散らせば、その内ネームドも来るだろう。

この人が入れない峡谷だ。ライゼンベルグがインフラを放置している様子からしても、ネームドの駆除なんてしているわけが無い。

どうせネームドは来る。

その前提で、まずは露払いをしておく。

今は、其処まででいい。

一度キャンプに戻り。

それから、回収出来る獣の残骸は回収した。

後は、近場にある岩山を崩しに掛かる。

ネームドが仕掛けてくるまで、まだ少し時間を見込めるはずだ。

それならば。その間に。

出来る事をしておかなければならない。

 

岩山につるはしを撃ち込み、崩落させる。

派手に崩れていく岩山。

呼吸を整えながら、汗を拭った。

前も、フルスハイムで船の材料を得るために岩山を崩したが。その時よりも、作業のペースが上がっている。

体力が回復する道具を身につけているのに。

消耗がそれ以上だ。

わたしの体は、そう簡単に、すぐに成長するわけでは無い。

戦闘経験は増える。

でも、体そのものが、すぐに強くなるわけじゃない。

元がしょっぱければ、何倍にしても多寡が知れている。

お姉ちゃんやドロッセルさんは、比較的平然と作業を続けているけれど。わたしはどうしても、体力不足で困らされていた。

モヤシ、か。

アングリフさんにそんな事を言われても。

これでは仕方が無いのかも知れない。

獣だと、警告が上がる。

空からだ。

かなり大きなアードラが、急降下して襲いかかってくる。グラシャラボラスさんともう一人の魔族が魔術を乱発するが、凄まじい機動でアードラはその全てを回避。だが、置き石戦法を見事に成功させたイルメリアちゃんの投擲した浮かぶ剣(二代目)が。回転しながらアードラの翼を抉っていた。

態勢を崩したアードラが、地面に激突。

後は戦士達が、よってたかって袋だたき、といこうとしたが。

わたしが叫ぶ。

「離れて!」

「!」

戦士達が跳び離れる。

同時に、地面を下からぶち抜いて。

巨大なミミズのような動物が、アードラに食らいつき。そしてその巨大な威容を見せつけた。

ネームドだ。

予想以上に早く姿を見せたか。

蛇、ではない。

前に地面の下に潜んでいた巨大なミミズのような獣を見たが、それに近い姿をしている。だが、足のようなものも確認できるし、或いは百足とかの仲間なのかも知れない。

アードラをばりばりと巨大な口でかみ砕くネームドの威容は凄まじい。

だが、体の半分が岩に埋まっているのなら。

「時間を稼いでください!」

わたしは詠唱開始。

疲労が溜まっているが、いけるはずだ。

アングリフさんが先陣を切って、ミミズに斬りかかる。巨体を振るってミミズが暴れ狂うのだが。何しろ巨大すぎるので、体を振り回しているだけで、暴風の如き有様だ。

それだけじゃあない。

体を振り回しているミミズの周囲に、氷の何か刃のようなものが生じていく。

あれが呪文詠唱なのか。

何か、耳に響く音。

それと同時に、空から無数の氷の槍が、周囲に降り注ぐ。

逃げ惑う周囲の戦士達を見下しながら、雄叫びを上げるミミズ。

わたしは、レヴィさんがシールドで守ってくれたが。

お姉ちゃんの矢も、カルドさんの銃撃も、グラシャラボラスさんによる魔術も、まるで効く様子が無い。

しかも相手は、その気になれば地面の下に逃げ込める。

余裕を持って、第二射を放とうとするミミズ。

だがその瞬間。

ミミズの土手っ腹に、大穴が空いた。

キルシェさんだ。

拡張肉体を六つ束ねて、収束熱線を撃ち込んだのである。

ミミズの体から、おぞましい色の体液が噴き出し。

絶叫したミミズの凄まじい声が、辺りを薙ぎ払う。

音だけで、この威力なのか。

わたしの詠唱も中断されるが、何とか必死に立て直し、詠唱を再開。まだだ。もう少し、時間が掛かる。

ミミズが暴れる。

体を地面に叩き付ける。

その度に、凄まじい揺れ。

大量の岩石が飛び散り、また風圧だけで吹っ飛ばされる人もいる。

あんなのにわたしが巻き込まれたら一撃で即死だ。

アングリフさんが積極的に斬り付けて気を引いているが、そうで無ければもう何人も死んでいるだろう。

恐らくパイモンさんが放った雷撃が、上空からミミズに着弾。

全身を激しく紫電が襲うが。

少し焼けた程度。

イルメリアちゃんが口めがけて投擲した爆弾も。

ぐねぐね動き回るミミズには、上手く届かない。爆発しても、柔軟な体と、強靱な皮膚に受け流されてしまう。

キルシェさんの第二射。

だが、今度はミミズの対応が早い。

なんと氷でシールドを作ると、熱線を周囲にばらまき散らした。

辺りの地面が赤熱、更には爆裂。

ミミズが、引っ込もうとする。

多分キルシェさんを明確な脅威と見なし、排除に掛かろうとしているのだろう。

させるか。

詠唱が間に合った。

それに、鉱物はわたしに教えてくれる。

あのミミズの本体は、地下にある。

地面に手を突き。

わたしは、全魔力を投入して、鉱物達に働きかけた。

押し潰せ。

指示はそれだけだ。

ミミズの動きが止まり。

口から、噴水のように血を噴き出す。

もがいていたミミズだが。やがて地面が揺れ始める。そして、地面から逃げ出すようにして。

巨大な肉塊が姿を見せた。

それは二十抱えはありそうな巨大な球体であり。

多数の目らしきものがついていて。

ミミズのように見えたのは、触手の一つに過ぎなかった。

本当だったら絶望する威容だが。

残念ながら、地面の下に本体がいて、しかも強烈に圧縮された後だ。

つまり瀕死である。

わたしは魔力を使い果たして腰砕けだが。

相手が瀕死なのは、誰もが悟っていた。

猛攻が仕掛けられる。

種さえ割れてしまえば、後は本体を叩くだけ。その本体も、押し潰される寸前で地面から逃げ出してきたのだ。

パイモンさんの雷撃が再び直撃し、ミミズの化け物の本体を襲う。先ほどまでの鉄壁ぶりがうそのように、ミミズが絶叫しながらのたうち廻る。今の一撃が致命打になったのは明らかだった。

皆が攻勢に出る。

そもそも、敵の猛攻で、ダメージが決して小さくないのだ。此処で回復にでも入られたら勝ち目が無くなる。

殺すか、殺されるか。

そして、此処で殺せる機会が来たのだ。

殺すしか無い。

更に目の一つを、お姉ちゃんの矢が貫き。

其処を更にイルメリアちゃんの剣が抉り抜く。

鉄壁だった敵の皮膚が爆ぜ割れ、裂け、焼け千切れる。

傷だらけの体に、魔術が次々炸裂。

ドロッセルさんが大斧を叩き込み。その傷を更に拡げると。

踏み込みつつ、アングリフさんが豪快に大剣を投げ込んだ。

その勢いは凄まじく。

大剣は敵の体を貫通。

向こう側まで抜け、剣先が飛び出したところで止まった。

まだ動いていたミミズの化け物だが。

いい加減に死ね、とばかりに、アリスさんがぶらんぶらんになっていたミミズ部分を一息に刎ねる。

さっきまであれほどの硬度を見せていたミミズだったが。

それは恐らく、本体が増幅していた防御魔術の賜だったのだろう。

更にキルシェさんがとどめの一撃。

拡張肉体だけではなく、キルシェさんが描いた魔法陣から増幅された熱線が。

ミミズの本体に、巨大な風穴を開け。

そして爆裂させていた。

わたしは、呼吸を整えながら、レヴィさんに肩を借りて立ち上がる。魔力を使い切って意識が飛びそうだが、何とか持ちこたえる。

これでやっとネームド一匹目。どうせまだまだ出てくるのは分かりきっている。

出来れば、話に出たグラオ・タールの人達と連携して動きたい。

このまま橋を増やす度に、獣の攻撃も熾烈になるし、間違いなく匪賊も此処を狙って来る。特に匪賊は、疲弊したところを狙って確実に仕掛けてくるだろう。

手数は少しでも多い方が良い。

ミミズを解体。

大きめの深核が出てきたので、四分割。分割しても機能が落ちないことは既に実証済みだ。

皆に分ける。

パイモンさんは、深核自体が珍しいようで、喜んでいた。

「ネームドの核だな。 まさか手にできる日が来るとはなあ」

「故郷の緑化にでも使ってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

ミミズの粘膜に覆われた死体だが。

肉を焼いてみると、意外に味は悪くなかった。ただ、美味しいものでもなかった。

ネームドだろうと。

敗れれば喰われる。

そんな過酷な土地なのだ。此処は。

だからこそに、わたしは。そんな過酷な運命に包まれた土地を、少しでも変えなくてはならない。

少なくとも、自分の手が届く範囲では。

 

2、圧殺駆除

 

オスカーさんが主導している緑化作業が、橋を渡って、わたし達のキャンプを包むようにして進展し始めた。

橋の向こう側の土地は、既に緑化がかなり進展しており。

地盤が怪しい場所や、上空から襲われやすい場所などを避けて、かなり通りやすくなっている。

確かに手をかざして見ると、既に低木が生い茂り始めていて。

草食動物が、植物を過剰に傷つけない程度に、大人しく葉を食み始めているのが見えていた。

勿論、フルスハイム東に拡がる広大な荒野から見れば一部に過ぎないのだが。

その一部では、かなりの安全性が確保できるというのがとても大きいのである。危険なのは匪賊くらいで。それ以外は、傭兵が気を張っていればどうにでもなる。そういう状況まで、今は改善したと言える。

橋と言っても、埋めてしまった峡谷だが。

其処も、既に緑化が進展している。

ドラゴンが近くの岩山の上にとまって、長い首を伸ばして此方を見ているが。

少なくとも、緑化した辺りを焼き払おう、という意思は無い様子だ。

ただ流石に危険なので、ドラゴンがいる間は、作業は控えめに、いつでもキャンプに逃げ込めるようにする。

また、橋そのものには、常時見張りをつける。

東フルスハイム側から様子を見に来る人も、この先は危険だと言う事を説明して、帰ってもらうか。

もしくは、よほど大規模な傭兵でも連れていない限りは、そのまま追い返す。

アルファ商会が一度来たが、例のグラオ・タールの街が目的らしく。かなりの規模の傭兵を連れていたので、通したくらいだ。何でも魔術を使って峡谷を無理矢理突破するという。お金持ちは良い人材を連れているなあと感心した。

ドラゴンがいない隙を狙って、岩山を崩し。

崩した岩山は更に細かく砕き。

鉱物はより分け。

そして準備を整える。

途中で、邪魔になりそうな獣。特に大物は徹底排除。毎回の戦いがかなり厳しいが、フルスハイム東でグリフォンを釣りながら倒していたときに比べると、キルシェさんがいる事もあって、戦力も充実している。

そのキルシェさんも、数日に一回はフロッケに戻って様子を確認してはいるが。

わたしの作った飛行キットをあっという間にコピーして見せた事や。

改良して更に大型にし、錬金術を行える小型の小屋を持ってきたことなどを見ても。

やはりこの人が、今のわたしやイルメリアちゃんよりも数段格上の錬金術師である事は間違いの無い事実だった。

歩調を合わせながら、作業を進める。

少しずつ、少しずつだ。

マイペースで周囲の緑化をしているオスカーさんも、緑化計画の件で、皆に声を掛けてくる。

硬化剤で土を固めてしまう地点について、事前に話し合いが必要だからだ。

オスカーさんは植物に関しては厳しいが、それ以外についてはとてもマイペースで。仕事を求めてフルスハイム東から来ている人夫達も、あまり怖がっている様子は無い。更に言うと、時々オスカーさんは見かけからはとても想像できない武勇を発揮して、自分より何倍も大きい獣を叩き伏せている。

その辺りが、人夫達を信用させるのだろう。

何度か会議を経て。

最初の橋を架けてから二週間ほどで。

二つ目の橋を復旧する手立てが整った。

早朝から、その日は動く。

動員できる荷車を全て使い。

今まで準備していた石材を、わたしのアトリエのコンテナから引っ張り出し、次々と峡谷へ放り込んでいく。

「橋」作成予定地の下も、やはり水が流れていない事は既に確認済みだ。

どんどん石材は放り込んでしまってかまわない。

コンテナに大量に蓄えていた石材を惜しみなく使い。

どんどん埋めていく。

激しい音が、どうしても獣を引き寄せるが。

ネームド二体を含め、周囲にいる大物は全て片付けた後だ。

激しい戦いで、毎回酷い目にあったが。

それでもこの作業を行えるだけの準備は充分に整えたのである。

陽が昇り始める。

獣も活発に動き始める。

流し込んでいる岩が、峡谷の上から見えるようになりはじめた。

声を聞きながら、どんどん流し込む。

時々仕掛けてくる獣は、容赦なく追い払う。

流石に戦力差を見て、見ているだけの獣もいるが、近くに来られるだけで面倒だ。お姉ちゃんやカルドさんに威嚇射撃で追い払って貰う。

時間との勝負だ。

時間が掛かれば掛かるほど。

面倒な厄介事が起きる可能性が高くなる。

ほどなく、峡谷が充分な石材によって埋め尽くされる。

後はグラシャラボラスさんに、例のごとく踏みつけて貰う。上空からの気合いが入った踏みつけで、何度も石材を崩し、安定させる。

その度に石材を補充し。

丁度良いと判断したタイミングで、硬化剤を投入。

ガチガチに固めて、安定させた。

良かった。

これで二つ目の橋が通る。

周囲確認。

アングリフさんが声を張り上げて、戦士達が周囲を警戒する中。

今度は柔らかく耕した土を、人夫達が運び込み。硬化剤で固めた石材の上にブチ撒け始める。

同時にわたしは、橋が安定してから作った、落ちるのを防止するための柵を準備。

落ちたとしても坂になっているから、即死するわけではないとは思うが、一応柵は作って置いた方が良い。

土がこぼれ落ちるのも防げる。

最初の橋を造った後。

教訓として学んだ事だ。

グラビ結晶を用いた重さ軽減のキットを取り付けて、先に作って置いた柵を運び込み。硬化剤で接着する。

きっちり設計通りだ。

接着が終わった所で、一度距離を置いて、様子を確認。

土まで運び込み終えて。

一段落という所か。

あと二つ。

というか二箇所と言うべきか。

橋を通さなければならない。

峡谷の構造上、どうしても無理なのだ。

橋を通せる狭い峡谷で。

なおかつ最短距離で通れるのが其処なのである。

そもそも橋が架かっていたのを。

何故かドラゴンが攻撃して落とした。

それ故に、こんな事をしなければならなくなった訳で。偉そうに近くの山の上から見ているドラゴンは許せない。

でも、今は倒せる戦力が無い。

故に、やるしか無いのだ。

オスカーさんが、土の状態を確認している。わたしは人夫達を下げさせて、一旦緑化が完了している地点まで下がる。

さて、此処からだ。

実は数日前から。

嫌な気配を感じるようになっていた。

数は十を超えている。

獣と違い。

緑化が終わった森の中に入り込んで、容赦なく踏み荒らしている事からも。正体は明らかすぎるほどだ。

匪賊である。

この辺りを根城にしていた連中だろう。

橋の警戒が強くなって、逃げ出すことも出来なくなり。

此方の隙をうかがっている、と見て良い。

かといって、此方の戦力は、連日の獣狩りで確認している。

だから、迂闊に仕掛ける事も出来ず。隠れて様子を見ている、程度の事しか出来なかったのだろう。

新しく出来た橋の方も。

オスカーさんが、苗を運び込んで、植え始めている。

順番に沿って緑化をしていくのだろうが。

例え獣がそれで大人しくなるとしても。

匪賊は違う。

奴らはむしろ好機とみて、橋を押し渡ろうとするかも知れない。

だが、そんな事、許すものか。

うっすらと緑地が出来たのを見て、一旦キャンプに撤収。此処から低木が橋を守ってくれるようになるまで、少し頑張らなければならない。ドラゴンがじっと遠くから此方を見ているのも不安だが。

それ以上に不安なのは匪賊共だ。

わたしのアトリエで、会議を開く。

最初に発言したのは、アングリフさんだった。

「数人貸してくれるか。 偵察に行ってくる」

「空飛ぶ荷車も貸しましょうか?」

「いや、歩く。 アードラの大きいのが何体かいたからな。 手練れを使って、地上から様子を見に行きたい」

「分かりました」

アングリフさんが指名した戦士が数人、立ち上がる。

彼らは皆、フロッケから来てくれた手練れだ。実力については、獣狩りやネームド狩りで見せてもらっている。

いずれも問題は無いだろう。

続けて、お姉ちゃんが挙手。

厳しい表情をしていた。

「間違いなく匪賊がいるわよ。 恐らくこのキャンプが、もう一つ次の橋を架けるために動くタイミングを狙って仕掛けてくると見て良さそうだわ」

「匪賊は見敵必殺が基本」

お茶を飲みながら、キルシェさんが言う。

イルメリアちゃんも頷いた。

わたしも、既に匪賊を処刑するところを見たし。彼らが何の躊躇も無く、子供をさらって喰おうとするところも見た。

一切容赦は出来ない。

「それならば、誘き寄せて一網打尽にしよう、リア姉」

「連中はこの荒野で生きているのよ。 舐めて掛かるのは危険だわ」

「……」

不意にお姉ちゃんの服の袖を引くのは。

ツヴァイちゃんだった。

まさか。

「私が、エサに……なるのです」

「待って、ツヴァイちゃん。 そんな事、しなくても」

「数字、管理する……くらいしか、できなくて。 くやしいの、です。 それに……まだ戦える力もないのです。 出来る事……これくらいしか」

手が震えている。

怖いのは嫌と言うほど分かる。

匪賊によって、どんな悲惨な目にあったか、知っている。

だから、ツヴァイちゃんが未だに恐怖を抱えているのは、よく分かる。

アングリフさんが大きく嘆息した。

「やらせてやれ」

「ちょっと、アングリフさん!」

「敵の規模は十前後。 俺もそれは確認している。 フィリス、今作れる最高の防御の道具、渡してやれ。 それと絶対にしくじるなよ」

「はい」

頷く。

そして、わたしは、いつかツヴァイちゃんが戦いたいと言い出したときのために、準備しておいた道具類を、コンテナから取り出した。

手袋。マフラー。獣のアロマ。それにグナーデリング。

いずれも身体能力を極限まで引き上げる。

更に、たくさん作ってコツを覚えたから。

最初の頃の品とは、質もまるで桁外れだ。

自分の手で、身につけるように教える。

ツヴァイちゃんは賢いから。すぐに覚えた。

その様子を見ていて不安になったのか、キルシェさんが挙手する。

「私が囮になるのでは?」

「あー、お前さんは駄目だ。 連日前線で戦ってただろ。 匪賊も錬金術師が相手だと、流石に分が悪いことを知ってる。 此処で奴らの好物であるホムの上、非戦闘員であるツヴァイが出る事に意味があるんだ」

「……」

ツヴァイちゃんをぎゅっと抱きしめると、頑張ってと耳元に囁く。

震えているのが分かる。

でも、乗り越えようとしているのも分かる。

一匹でも捕まえれば、後はパイモンさんに教わった、尋問の魔術によって、他のも一匹残らず一網打尽だ。

勿論、パイモンさんも厳しい表情である。

協力してくれるだろう。

打ち合わせを綿密にする。

そして、策を開始した。

 

まず、キャンプをアングリフさんが出る。早朝だが、匪賊共は見張っているはずだ。気付いているだろう。

魔術なんて、誰だって使える。

匪賊にも使える奴がいる。

流石に匪賊化する錬金術師は考えにくいが、アルファ商会などの隊列を襲って、質が低い錬金術の道具を持っている可能性はある。この辺りの匪賊は、匪賊の聖地と言われる程の数が集まっているのだ。今まで橋が架かっていた頃、此処を通ろうとして襲われ、殺された錬金術師もいただろう。

油断だけは絶対にするな。

何度も念押しされた。

そして、ツヴァイちゃんがわたしのアトリエを出る。

キャンプの備品の確認を開始。

この作業自体は、いつもと同じだ。

違う事をすると、それだけ警戒させる事になる。

そして今回。

キャンプはいつもより手薄になっている

其処につけ込む隙がある。

そう錯覚させるのだ。

お姉ちゃんが物見櫓に上がって、周囲を確認。既に所定の位置についているわたしは、少なくともお姉ちゃんの視界に匪賊がいない事はそれで察した。敵にしても、此方の監視のローテーションくらいは把握しているはず。

そういう連中を相手にしているのだ。

鉱物の声が聞こえる。

足音がするよ。

人間のものだよ。

頷く。

だけれど、わたしは心の中で否定した。

違う。匪賊は人間じゃ無い。

声をもっと良く聞く。それによって、鉱物達は丁寧に教えてくれる。相手の体格や人数、種族まで。

ゆっくり、顔を出す。

拡大視の魔術を展開。

確認した。

人数は四人。

身を伏せて移動しながら、舌なめずりして、キャンプに接近している。周囲の緑化した地形を上手く利用している。

驚くべき事に、錬金術で展開したトラップも回避している。

なるほど、獣が引っ掛かるのを見て、何処にあるのか察知していた、と言う事か。

そうまでして、子供の肉を食いたいのか。

怒りを抑えろ。

自分に言い聞かせながら。

ゆっくりと、呼吸する。

奴らは、ツヴァイちゃんをじっと見ている。キャンプを移動しながら、備品の確認をしているツヴァイちゃんを狙っている。食べるためにだ。匪賊にとってホムはごちそう。それだけが、視線で分かる。

一人が、弓を取り出す。

いわゆるロングボウではなく、小型の弩だ。

小さくとも、その威力は強烈で、矢が突き刺さりでもしたら大人でも当たり所によっては即死である。

狙っているのは、足か。

動けなくして、かっさらうつもりなのだろう。

アングリフさんには恐れ入った。

此処までの動き、全てアングリフさんの予想通りだ。

仕掛けてくる人数は恐らく四人から五人。

ツヴァイちゃんは元々キャンプの備品をチェックしていた。それを匪賊も知っている筈。

そして、ツヴァイちゃんが、櫓の死角に入った瞬間、足を狙い。

悲鳴を上げてから、誰かが駆けつけるまでにさらって逃げる。

だが、匪賊共の動きが分かっている以上。

それ以上はさせない。

弩の矢が放たれ。

ツヴァイちゃんが倒れる。

この瞬間。

歓喜に油断した匪賊達の運命が決まった。

一人が落雷によって瞬時に炭になり。

更に二人の喉に、飛来した剣が突き刺さる。

愕然と立ち尽くす最後の一人を。

グラシャラボラスさんが、頭上から降り立ち。地面に組み伏せた。

かなり体格が良い獣人族の男だったが。流石に魔族とは体格が違いすぎる。しかも今は、まだ陽が出きっていない。

つまり、魔族の力が更に倍になる時間帯だ。

隠れていたパイモンさんとイルメリアちゃんが出てくる。

続いて現れたキルシェさんが、水瓶を取り出すと。其処から、大量の水を流して、黒焦げになった匪賊の死体を消火した。

喚きながらもがく匪賊の腕と足を、容赦なくグラシャラボラスさんがへし折り。

そして、ドロッセルさんが、ツヴァイちゃんを助け起こした。

勿論怪我などしていない。

身体能力を上げる装備品だけでは無い。

要所に鋼板を仕込んでいたのだ。

身体能力が上がったから、それを気付かせなかったし。

早朝だから、普段と衣服が違う事だって気付けなかった。

そして、狙うのは足か胴。

そこは特にしっかり固めていた。

頭を狙うのは素人だ。普通、動きやすい場所は狙わない。胴を狙って確実に動きを止める。更に腕に自信があるなら足を狙う。

お姉ちゃんから習った狙撃の基本。

匪賊も、その辺りは忠実に守っていたわけだ。

なお頭を狙われた場合を想定して、頭にはレヴィさんがガチガチに防御の魔術を掛けてくれていた。

はかられたことを悟った匪賊が喚くが、わたしはその頭を掴むと。

躊躇無く、パイモンさんから教わった魔術を展開出来る道具を使用。これは以前パイモンさんが使ったのよりも更に強力なもので、頭の中を直接覗き込む。止めた方が良いと最初はパイモンさんは言ったのだが、無理を言って教えて貰った。わたしは、知らなければならないからだ。

案の定、嫌悪しか無い映像が流れ込んでくる。

捕らえた旅人を痛めつけ、苦しめ。泣きながら命乞いする旅人を切り刻んで喰らう。

意味もなく街に火をつけ。

老人が火だるまになって転がり回っているのを見てげらげら笑う。

命がけで隊商を逃がして殿軍になった傭兵をなぶり殺しにし、切り刻んで喰らう。

此奴らはやはり人間じゃ無い。

そして、此奴らのアジトについても、場所を確かめた。どうやら、この近くの峡谷の影。少し峡谷を縄ばしごで降りた場所にあるようだ。

わたしは立ち上がると、それを周囲に告げる。

愕然としている匪賊の頭を、わたしは躊躇無く杖で叩き潰した。二人目だから、手元を誤る事もなかった。

こんな獣以下。

掛ける慈悲など無い。

そして、残る匪賊は七匹。

此処の戦力で、殲滅は充分だ。

ただ、相手のアジトにまともに乗り込んだら、それはそれで被害が出るかも知れない。相手が洞窟に潜んでいた場合については、既に策を練ってある。そして今回がその場合だ。

「パイモンさん、例のものをお願いします」

「おう、使うと良いだろう」

パイモンさんが取り出したのは、強烈な刺激物を爆裂させる特殊なクラフトだ。種類としては「催涙弾」というらしい。これは別口で用意して貰っていた。わたしでも作れるが、わたしは他の作業で忙しかったので、分担したのだ。

即座に移動。

作戦が失敗した事を悟られる可能性がある。

空飛ぶ荷車を利用し、峡谷の上を飛ぶ。操縦はわたしがやる。お姉ちゃんには、紐をつけたクラフトを、匪賊のアジトに放り込んで貰う。

お姉ちゃんのコントロールは流石で。

吸い込まれるように、峡谷の影に隠れてわかりにくい場所にあった敵のアジトへと。クラフトが吸い込まれ。

爆裂した。

ほどなく、住処を追われた害虫共が。

入り口に殺到してくる。

其処を、お姉ちゃんとカルドさんがつるべ撃ちにする。

悲鳴を上げながら、ばたばたと落ちていく匪賊。

降伏する、殺さないでくれとか喚いているのがいるが、どうでもいい。そのまま撃ち殺して貰う。

やがて、煙が出ているアジトからは、何も出てこなくなったので。

峡谷の底まで降りて。

グチャグチャに潰れている匪賊共の死骸を回収した。

獣に人間の味を覚えさせないためだ。

殆どがヒト族だったが、獣人族も混じっていた。

いずれにしても許しがたい鬼畜共だ。

キャンプに戻る。

そして、死体は。フルスハイム東で見たように焼却処分し。骨は粉々に砕いて、硬化剤で固めた上で、地面に埋めた。

此奴らには墓すら必要ない。

一番若い匪賊はまだ十代のようだったが。

そんな事は関係無い。

死体の処理を終えると。

ツヴァイちゃんを抱きしめる。ツヴァイちゃんは、最初から最後まで。何も言わず、ただ冷たい目で、処分されるヒトの形をした獣どもの末路を見つめていた。

その後、匪賊のアジトを確認。

喰われた人の遺骨が残っていたので。此方は丁寧に埋葬。

そして再確認する。

匪賊に慈悲は不要。

情け容赦なく根絶やしにしなければならないと。

 

3、孤立した街へ

 

三つ目の橋を架けるべく、偵察に出ていたアングリフさんが戻ってきた。そして、告げられる。

三つ目の橋はかなり厳しいと。

途中、グラオ・タールで補給を受けられるかと思ったのだが。

元々峡谷の間にある小さな空間に存在している街だ。

非常に閉鎖的で。

此方に対していきなり武器を向けてくるわ。

絶対に入れるわけには行かないの一点張りだわで。

話にならなかったそうである。

「彼処も公認錬金術師がいるはずなんだがな。 何しろ、周囲の匪賊共が大騒ぎをしている最中だ。 さぞや気を張っているんだろうよ」

皮肉混じりにアングリフさんがいう。

確かにそうなのだろう。

だがそれは、此方としてはあまり看過できない。

三つ目の橋を作るのに有用そうな岩山は見つけたが。流石にグラオ・タールに近すぎる。つまり街の許可を得ないと、作業に取りかかる事が出来ない。

一旦キャンプを二つ目の橋の先に移設。

それから、キルシェさんも含め、わたしとイルメリアちゃん、それにパイモンさんもあわせて、改めて会いに行くが。

そもそも驚かされたのは。

グラオ・タールという街が。あまりにも凄まじい構造をしていた事である。

イルメリアちゃんは知っているのか、驚かなかったが。

なんと峡谷を一旦底まで坂を下り。

底からまるで衝立のような坂を登って、入らなければならないのだ。

前は橋が架かっていたのだが。

ドラゴンにやはり落とされ。

その結果、こういう処置を執ったらしい。

門番は数人の屈強な戦士達で。

顔にも体にも多数の向かい傷があり、それを誇示していた。何しろ周囲が匪賊だらけなのだ。それくらいしないと、とてもではないがやっていけないのだろう。

当然、話をしたが、門前払いである。相手は此方が錬金術師であると分かっているだろうに、だ。これは余程の事態と見て良い。アングリフさんが匙を投げる訳だ。

「何度も言うが駄目だ」

「補給くらいは受けさせて貰えませんか」

「それは匪賊の常套句だ。 そちらの公認錬金術師の免許は本物のようだが、それでも悪いが今は通せない」

「何か条件を満たせば通して貰えますか」

押し問答を聞いたのか、門番の長らしい魔族が出てくる。

かなり年配の魔族で、全身が紫色である。青黒い体色の魔族が多いので、紫色はあまり見た事がない。

「公認錬金術師殿はどなたか」

「私」

「おお、キルシェ殿か。 お久しいですな」

「久しぶりナベリウス。 ノルベルトに会いたい」

ナベリウスと呼ばれた魔族の戦士は、首を横に振る。

キルシェさんがむくれるのが分かったが、駄目だともう一度言った。

「今、周囲は匪賊が非常に多く、危険な状態でしてな。 貴方方が緑化作業で道を作っているし、匪賊を撃退しているのも此方で確認はしているのですが、グラオ・タール自体がつい先ほどまで、この辺り最大の匪賊集団に攻めこまれる可能性が高かったのです」

「……そういえば」

東フルスハイムで聞いた。

周辺最大の匪賊が一夜で皆殺しにされて。

それで匪賊達が混乱していると。

「その匪賊達を倒したのは、グラオ・タールの公認錬金術師ではないんですか」

「む、そなたも錬金術師か」

「はい」

一応名乗り、挨拶をする。頷いたナベリウスさんは、少し考え込んだ。

一応錬金術師ばかりだし、匪賊の手先と言う事は無い、と判断したのだろう。ましてやキルシェさんを知っていると言うことは。その実力も知っている筈だからだ。

「うちの街の錬金術師どのは、実力はあるのだがやる気が無くてな。 ほれ、街の方は自給が出来る程度にはしてあるし、緑で覆ってドラゴンに襲われないようにもしてくれてはいる。 だが匪賊に対して攻勢に出るようなことは好んでいなくてな。 わざわざこんな小さな橋で街を封じ込んで、匪賊との諍いを避けていた程だ」

「匪賊と共存なんて無理でしょう」

「……その通りだ。 だがな、うちの錬金術師殿は、争いそのものが嫌いでな。 故にこの辺りの最大の匪賊が皆殺しにされ、死体が他の匪賊のアジトの前に晒されたと聞いた時でさえ、嘆いていたよ」

まて。今のは何だ。

匪賊が皆殺しにされたのはいい。その話は聞いた。だが死体が他の匪賊のアジトの前に晒されたというのは初耳だ。

側にいるお姉ちゃんも愕然としている。

詳しく、と続けると。

ナベリウスさんが頷いた。やはりナベリウスさんも異常事態として認識しているのだ。

「街に無理矢理押し入ろうとした匪賊を捕らえて吐かせたんだが、「鏖殺」が出た、と怯えきっていてな。 どういうことかと聞いたら、そんな事態になっているらしく、そんな事が出来るのは「鏖殺」しかいないという結論を匪賊共が出したらしい」

「その名前は知っていますが、死体を匪賊のアジトの前に晒すって、一体どうやって……」

「わからん。 匪賊共の話によると、鏖殺が現れるともはや抵抗すら許されず、逃げる事さえ出来ず、殺されるのを待つばかりという事だ。 この辺りに匪賊がこんなに集まったのも、周辺地域の匪賊が鏖殺に片っ端から潰されたのが理由らしくてな。 そこでドラゴンが橋を落としただろう? 其処に鏖殺が現れたとしか思えない出来事が起きたとかいうことで、もう大混乱でな……」

「ちょっと、考えさせてください」

頭が混乱して、よく働かない。

そもそも、この辺りで最大規模というと、最低でも数十人はいたはずだ。それを一瞬で皆殺しにするというのまでは分かる。

例えばソフィーさんくらいの錬金術師なら簡単にできるだろう。あの人が作った装備で身を固めた手練れでも出来るかもしれない。

でも、その殺した死体を、匪賊のアジトの前に晒すというのはどうやればできる。

そもそも匪賊のアジトを全て把握し。

しかも死体を、アジトの前に。見張りもいる筈なのに、どうやって晒す。

何だかとんでも無い事が起きている事が気がする。

それだけではない。何か、想像もできないことに巻き込まれているのではないのか。

咳払いしたのは、パイモンさんだ。

「それではこうしましょうかな。 まず、我々としては、ライゼンベルグへのインフラの復旧を目指しておりましてな。 そのためにはドラゴンに壊されない橋が必須、ということです」

「うむ、それは理解出来る。 悔しいが、我が町には手助け出来るほどの戦力がいないが」

「それはやむを得ませんな。 状況から考えれば仕方が無い。 それでは折衷案としてこうしましょう。 峡谷を埋めるために、あの岩山とあの岩山を、丸ごと崩して資源化しようと考えています。 それを許していただけませんかな」

「岩山を丸ごと!?」

ナベリウスさんに、側の戦士が耳打ち。

驚いたようにわたしを見るナベリウスさん。

わたしが、岩山を崩していたのを、此処の戦士も見ていたようだ。

「ふむ……。 では此方も錬金術師殿と相談してくる。 それでは済まないが、翌日また来て欲しい」

「頼みますぞ」

「ああ、善処する」

一旦、街の入り口から離れる。

お姉ちゃんは何だか汚物でも見るように、街を見ていた。

虫の居所が悪い、という表情で。

何だか分からないけれど、機嫌が悪いというのだけは分かる。

わたしにはだだ甘に優しいお姉ちゃんだけれど。他の人にはかなり厳しいし、人間らしい所も見せる。

こういう所も、わたしには向けないお姉ちゃんらしい所だ。

「気に入らないわね。 こういうときこそ共同して戦うべきでしょうに」

「リア姉、エルトナだって……」

「分かっているわよ。 でも此方の戦力だって、向こうから見れば分かるでしょうにね」

「……」

苦笑いしてしまう。

確かにそうだが。

しかし、わたしにはこの街の人達の気持ちも分かるのだ。だから、これ以上強く出ることは出来なかった。

キャンプに戻った後は、ひたすら周囲の獣を片付ける。

やはり相当数の大型の獣がひっきりなしに姿を見せる。

徹底的に片付けつつも、匪賊の奇襲を警戒。最初の橋の守りは、使者を派遣して、フルスハイム東に来ているフルスハイムの戦士達に頼む。

いずれにしても、匪賊は一人残らず片付けてしまわなければならない。

そうしなければ、グラオ・タールの街の人達だって安心できないだろうし。

何より、今後此処を通る錬金術師達も襲われる可能性がある。それも極めて高い確率だ。

匪賊は一度全滅させても、またいずれ出現するのだろうけれども。

それでも、今いる匪賊は全て消しておくべきだ。

当面は、匪賊を警戒しつつ。

獣を狩る。

この方針に、代わりは無かった。

翌日。

グラオ・タールの入り口に出向くと、やはりナベリウスさんが出迎えてきた。どうやら結論は出たらしい。

岩山を崩す事は許可する。

その代わり、此方から補給は出来ないし、戦力の支援も出来ない。と言う話だった。

お姉ちゃんが眉を跳ね上げるが。わたしが抑えて、と言う。

キルシェさんはもっとむくれた。

「理由聞かせて」

「これが最大限の譲歩なのです。 そもそも岩山を崩すというのが彼奴を刺激する可能性もあって……」

「彼奴?」

「この近くには、異常な風を起こしてそれを盾に引きこもっているドラゴンがいましてな」

そういえば、あの異常な風は。橋を造る時にそんな異常気象は見たが。

ドラゴンが絡んでいるのか。

確かに、ドラゴン。それも、自然現象を自在にすると言うことは、恐らくは中級、いや上級かも知れない。それをを刺激するのは、あまり好ましい事では無いだろう。

「補給も支援も出来ない、というのは」

「此方も資源がかつかつなのです。 周辺の小集落から逃げ込んできた人々を抱え込んでいる事もあって、この狭い街での自給が精一杯でしてな」

「改善出来るかも知れないし、見たい」

「いや、ちょっと待ってください」

キルシェさんが、自分で中を見たいと言い出すが。わたしが止めた。

この様子では、キルシェさんが乗り込んだら、更に話がややこしくなるだけだ。ノルベルトさんと言ったか。その人も公認錬金術師であって、しかもこの街のだ。そうなると、よその街の公認錬金術師に、方針を口出しされるのは面白くも無いだろう。

それに好戦的では無い性格だと聞いている。

匪賊相手に怖れているとは思えないが。匪賊を駆除するのは嫌がっている様子だ。

この世界、匪賊に対しては何処の街でも見敵必殺が基本である事は、わたしでさえ知っている事なのに。それを嫌がると言う事は、相当な変わり者なのだろう。

話しあって、上手く行くとも思えない。

ましてや、変わり者というなら、キルシェさんも同じ。変わり者どうしでは、更にこじれる可能性が高いのだ。

「キルシェさん、とにかく岩山は崩せるし、それでどうにかしましょう。 後、緑化をこの辺まで拡げて、匪賊も駆除できれば、ノルベルトさんの態度も軟化するかも知れませんし」

「緑化をこの辺まで拡げられる!?」

「恐らくは。 ただ少し時間は掛かると思います」

「……分かった。 もしも緑化が実際に進行して、匪賊の駆除も確認できれば、此方も善処しよう」

かなり時間的なロスが大きくなるが。

事情が事情だ。仕方が無い。

此処からは、更に慎重にやっていくしか無い。

一旦キャンプに戻り、今後の方策を練る。そもそも、グラオ・タールに出向くだけでも、数度の戦闘を往復それぞれでこなさなければならなかった。どの戦いも、決して楽では無かった。

まず、キャンプに来ていたオスカーさんに、キャンプ周辺の緑化を頼む。

後方の緑化を済ませている地帯は、人夫に任せるとしても。

最前線は無理だ。

これらは、わたし達が直接手伝わなければならないだろう。

まずキャンプの安全を確保。

同時に獣の駆除。

仕掛けてくるネームドもできる限り撃破する。

だが、分かっていても。

出来るとは限らない。

ネームドの戦闘力は高い。フルスハイム東にいた巨大アードラと同等か、それ以上のものが、既に数体確認されている。

これらを全て駆除するとなると。

消耗が激しくなるのは、容易に想像できる。

そのため、キャンプの安全性を確保するためにも、緑化が必要なのだ。これから、キャンプ周囲を緑化するまでが。最大の危機だろう。

皆を見回すが。

疲労が色濃い。

わたしも相当疲れているはずだ。

如何に回復を促進する道具を身につけているとは言っても、限度がある。

自動で動く荷車にしても。

誰かが側についていなければならないのだ。

ましてやまだまだ匪賊は潜んでいるはず。

キャンプの背後にある橋を通って逃げようとする輩は、まだまだ出てくるだろう。「鏖殺」への怯え方は尋常では無いし。何より奴らは人間を喰うことが習性として身についてしまっている。

良く血の味を覚えた獣は最優先で殺さなければならないと言うが。

それは人間が獣になった匪賊も同じと言う事だ。

方針を話すが。

反対する者はいなかった。

ただ、疲弊が少し濃い様子の、フロッケから来てくれている戦士達は、顔を見合わせていた。

此処まできつくなるとは思っていなかったのだろう。

わたしは、頭を下げる。

「今、此処でインフラを回復しておけば、ライゼンベルグとの交流がより容易になりますし、何より多くの人や物資が行き来します。 フロッケの将来性を考えれば、更に人口も増える可能性が高いです。 人口が増えれば当然生産力も地の力も上がります。 苦しいと思いますが、協力をお願いします」

「頭を上げてくれ。 フィリスどの、あんたが一番働いているし、言うとおりだと言う事は良く分かっている。 ……ただ、皆の疲弊が酷すぎることは理解してくれ」

「はい」

薬も食糧も爆弾も。

出し惜しみはしていられないか。

一旦今日は解散とする。

まだキャンプ周辺は緑化どころか、土を耕すのさえ完遂できていない。

本当の勝負は。

此処からだ。

 

予定は遅れるが、仕方が無い。これほどの状況悪化があるのなら、方針を変えざるを得ない。

まずキャンプの周辺の徹底的な緑化から始める。

攻撃よりも先に防御を固める。

そういう方針へと移行し。

防御が固まったら、其処から攻めに打って出る。そうやって行くしか無い。

案の定、匪賊が既に影をちらつかせていた。

二つ目の橋を架けて以降、余裕を見て、橋を架けた地点での掃討作戦を実施。二グループ、二十人ほどを掃討したが。

グラオ・タール周辺にはまだ最低でも四つの匪賊の集団が存在していて。

合計人数は百人を超えているようだった。

百匹と言うべきか。

掃討作戦はアングリフさんがやってきた。

わたし達には、緑化作業に集中して欲しい、というのが理由なのだろうが。

この辺りでも有名なアングリフさんが出てきている、という事を匪賊に見せつける事で、戦意を削ぐ意味もあるのだろう。

緑化も遅々として進まない。

当たり前の話で、獣の攻撃頻度が今までの比では無い。

グリフォンだけではなく、同格の体格を持った熊や蛇。アードラも魔術を使う上位種が、どんどん仕掛けてくる。

その度に緑化を中断して応戦せざるをえず。

更に言うと、アードラの数があからさまに増えているので、迂闊に空飛ぶ荷車から爆撃、とやれなかった。

あれはあくまで、空を抑えているから出来る事で。

上空での戦闘を得意としているアードラが多数いる状況では、いい的にしかならないのである。

負傷者は即座にキャンプに下げ。

疲弊しているのを分かっている上で、薬で怪我を治したらすぐ前線に戻って貰う。

岩山を崩すどころじゃあない。

だが、そもそも此処まで成長した獣は、そう多くは無いはず。

荒野から自然に湧いてくる獣は、それほど大きな個体ではない。

それも事実としてあるのだから。

少しずつマシになる。

そう言い聞かせて、わたしは鉱物の声を聞きながら。農具を振るうオスカーさんを、ひたすら支援した。

苗を植え始めると。

獣はそれを見て、一旦動きを止める。

荒野を耕しているだけならともかく。

あからさまな緑が見え始めると、彼らは動きを鈍らせる。

完全に襲ってこなくなる、とまでは行かなくなるが。

少なくとも、緑化が行われていることを理解すると。明らかに凶暴性は減退する。ネームドが仕掛けてくる前に、此処までの状況にしたかったのだが。幸い、それは達成出来たと言える。

オスカーさんの説明を受ける。

「あまり良いやり方じゃあ無いんだが、フルスハイム東の、既に出来上がった森から土を借りてきた。 本来なら成長が早い草を植えて、其処から種を収穫した後燃やして土に栄養を与えるんだが……今回は非常事態だ。 いきなり低木から植えていく」

「かなり無理が出ませんか?」

「出る。 おいらも今までかなり危ない場所の緑化はしたことがあるし、このやり方もやった事があるが、他人には勧められないな。 兎に角、無理矢理森を育てるようなものだから、後の手入れが大変なんだよ」

「すみません。 お願いします」

オスカーさんは、苦虫を噛み潰したような表情だった。

だが、皆の疲弊がそれ以上だという事も分かっているのだろう。

匪賊狩りを進めているアングリフさんも、相当に疲弊している様子からしても。これ以上の無理が利かないことは、オスカーさんも分かっている筈だ。

フルスハイム東からは、橋を守る人員を出してくれているだけでもマシと考えるしかない。

案の定というか、低木の成長は、栄養剤を入れてもかなり遅いようだった。

だが、キャンプ周辺の緑化が進むと同時に、獣による攻撃も目に見えて鈍化。

疲弊していた戦士達は、一息つくことが出来たのも事実だ。

数日間を掛けて、オスカーさんの作業を支援しながら、匪賊に備え、そして疲弊している皆に順番で休んで貰う。わたしも勿論休む。

交代で休憩しながら、その間に爆弾と薬を補充。

更に、身につける装備品を幾つか考える。

今までに、四つの強化装備を造り。

それを磨き抜いてきたが。

更に強化するとなると。

今度は恐らく、キルシェさんが使っている拡張肉体、が必要になるだろうか。

キルシェさんに話を聞いて。

拡張肉体の理論を教えて貰う。

イルメリアちゃんとパイモンさんも、講義には立ち会ったが。

分かったのは、あまりにも難しい、と言う事だった。

多分錬金術の知識ではわたしよりずっと優れているイルメリアちゃんが、泡を食っている様子なのだ。

パイモンさんは、魔術関連の部分は理解出来ているようだが。それ以上は分からない様子だった。

逆にキルシェさんは、どうしてこれで分からないのか分からない、という様子である。

今は、まだ早いか。

理論はメモさせて貰ったが。

まだ難しすぎる。

残念ながら、一度は諦めるしか無いだろう。

出来そうな所から、攻めていくしか無い。

まず、余った鉱石を使って、剣を打つ。

レヴィさんが使っている剣が、かなり金属疲労が激しくなってきているのが、聞こえていたので。

わたしが打ち直す。

鉱物の扱いは、既に相当になれた。

フルスハイムでの経験で、プラティーンと同等の硬度を持つ合金も作れるようになっている。

これを用いて、レヴィさん用の剣を作る。

黒いのが好きらしいので、刀身が黒くなるように調整。この辺りは、まあ魔術でどうにでもなる。

数日を掛けてインゴットを打ち。

仕上げた。

ただ、レヴィさんにわたして、実際に振るって貰って、それで調整しなければならない。

案の定、鉱物の声、レヴィさんの感想、いずれもまだ改良点がある、だった。

特に鉱物が教えてくれるが、重心が少しずれているというのが大きい。

剣を少し打ち直し、調整するのに更に一日。

レヴィさんは満足してくれたが、今度はちょっと強度に問題が出た。

少し考え込んでから、剣そのものに魔法陣を刻み込む。強度に直接影響が出る刀身では無く、柄にだ。

これで、強度の問題はカバーできた。

レヴィさんも満足そうなので、良しとする。

そして、数日集中して物資を補給、整備していたからか。

外に出たとき。

キャンプの外が、緑の防壁で覆われているのに気付いて、驚かされ。そして、ある程度満足できた。

後は、岩山を崩し。

ネームドを撃退し。

そして橋を架ける。

これを順番にやっていけば良い。

それと匪賊の掃討作戦だが。こればっかりは、相手が知能が高い事もあって、簡単にはいかないだろう。

此方の戦力を見て、身を伏せている筈で。

とにかく一匹でも釣り出さないといけない。

一匹でも捕獲できれば、頭の中身を覗いて、巣を暴ける。

そうなれば、もう此方のものなのだが。

岩山を崩す作業を開始する。

あと少しだ。

言い聞かせながら。

わたしはつるはしを振るった。

 

4、紅の橋

 

気配を消し、手をかざして様子を確認。

地面に横たわっているのは、巨大な熊の死骸だ。通常の熊の十倍近くある。

だが、それでも錬金術師四人、特に近隣でも最強の俊英として知られるキルシェも混じった攻撃には屈せざるを得ず。

今は、バラバラに解体され。

死体はキャンプに運び込まれていた。

様子を見ているのは、全身を威圧的な鎧で武装した姿。

この鎧は。アダレットの騎士団。

それも、将来を嘱望されている精鋭にのみ配られるものだ。

そして、この鎧を着ている娘は。

アダレット騎士団が公認で抱え込んでいる、深淵の者のスパイでもあった。

シャノンと言う。

素性についてはあまり知られていない。

アダレット騎士団には入団試験があるが。それをあっさりクリアして騎士になり。以降も寡黙に、寡黙すぎるほどにネームド討伐で功績を挙げ続け。

やがて騎士団でも一定の評価を得て。

現在では副騎士団長であるジュリオに認められている。

ジュリオは次代の騎士団長確実と言われる凄腕で。

つまり次代の副騎士団長とも言える立場なのだが。

しかしながら、深淵の者の公認スパイ。

もしも饒舌だったり。

周囲に姿を良く見せていたら。

あまり良く想われはしなかっただろう。今でさえ不気味がられているのだ。これ以上立場を悪くはできなかった。

シャノンは監視している。

フィリスの様子を。

不意に後ろに降り立った殺意の塊にも動じず。無言で振り返った。

「フィリスちゃん、どんなようす?」

「……」

シャノンは喋るのがいやなので。

空中に魔術で文字を浮き上がらせる。

成長は順調。

人数がいるとはいえ、ネームドの撃破も前ほど苦労していない。今も平均的な魔族の五十倍は体重がある熊のネームドを、死者無しで仕留めた。

そう書いたシャノンに。

不満そうにしているバディ。

ティアナはふんと鼻を鳴らした。

「私が監視したいのになー」

ソフィー様のご命令のままに。

そう書くと、匪賊を殺し、首を狩る事を趣味にしているバディ。ある意味最悪のシリアルキラーであるティアナは、もう一度不満そうに口を尖らせた。

「シャノンさ、匪賊狩りの方はやらないの? 私は趣味と実益を兼ねてるから楽しいけれど、それはそれとしてフィリスちゃんを見張りたいんだよね」

それも先と同じ。

ソフィー様のご命令のままにと答えると。

ティアナは目に苛立ちを宿らせた。

ティアナは分かり易い。周囲に自分を解放することで、どうにか精神の崩壊を免れている。既に壊れているが、それをどうにか「形にしている」というべきか。

シャノンは逆に、鎧に自分を閉じ込めることでようやく自我を保っている。

それはそうだ。

そもそもシャノンは、まともな人生を送ってきていない。その点では、ティアナと同じだろう。

ティアナについては興味も無いしあまり詳しい過去を聞いていないが、やはり匪賊に家族を殺されたか、何かあったらしい。それが故か、凄まじいまでに匪賊を殺す事にこだわるし。それを最大限にやらせてくれるソフィー様に対して絶対的な忠誠を誓っている。いや、あれは忠誠と言うより、神に対する崇拝が近い。

シャノンは流浪の人生を送ってきた。

生まれ育った村は小さく。

錬金術師もいなかった。

ネームドに襲われて村を焼かれ。

家族も失った。

幼い頃の事だから、もう家族の顔も思い出せない。両親が死んだ。それだけしか、よく分からない。残酷な話で、幼い頃の記憶というのは、残らないのだ。

難民と一緒に必死に道なき道を歩き、ボロ一つで街に辿りついたが。

其処で待っていたのは、奴隷同然の扱いだった。

あらゆる虐待を受けた。死ぬ寸前にまで行った。事実、そのままだったら死んでいただろう。

そこで、深淵の者に拾われた。

初めて食べる美味しいもの。それだけで、この世界にはこんな美味しいものがあるのかと、驚愕し。涙さえ流れた。

もう、此処以外に居場所は無い。そうも思った。

体が回復してから、深淵の者の訓練施設で適性をはかられ。戦闘に才能があると判断された。訓練は楽しかった。今まで何もできなかったのが、どんどん出来るようになっていくのが分かったからだ。槍に最初は振り回されていたが、すぐに槍を振り回せるようになった。

戦士として頭角をあらわしはしたが。

その頃から、気味悪がられもした。

彼奴はまったく分からない、と。

何を考えているのか表情にも出ないし。故に動きも分からない。戦いづらくて仕方が無いし、教えづらい。

何人か師匠と呼べる戦士についたが、皆シャノンに教える事は嫌がった。

臑に傷持つ者ばかりの深淵の者だったが。

ティアナやシャノンのように、特に酷く壊れている者は。そういった場所でさえ持て余されるらしい。

それは何となく分かったが。

もはや他に居場所は無かった。

最近になって、ソフィー様の直属になり。

言われるままにアダレットの騎士団に入って、公認スパイになった。

深淵の者でもその猟奇性で怖れられているティアナとバディを組む事になったが。

お互い嫌いあっているのは分かっていたし。

相手に介入しようとも思わなかった。

あくまでソフィー様の御為に。

シャノンが考えるのはそれだけだ。

この鎧も、出来るだけ威圧的に仕上げて貰った。鎧を脱ぐのは、自分の部屋でだけだ。

「おー?」

楽しそうにティアナが声を上げている。

どうやら三つ目の橋を、フィリスが造り始めたらしい。とはいっても、崩した岩山を豪快に放り込んで、そもそも埋めてしまうと言うやり方だが。

最後の橋は、実はそれほど距離も無いし。あの橋を突破出来れば後はすぐだろうとソフィー様は仰っていた。

フィリスは次々と新しい道具や装備を開発し。

鍛冶の類も自力でこなしている。

まだ拡張肉体を作るほどの技術は無いようだが。

既にギリギリで公認錬金術師試験を突破したような錬金術師より実力は上だろう。そうソフィー様は仰られていた。

「これで、インフラは大体回復したのかな」

「……そうだね」

「!」

「もう少し距離を取らないと、そろそろ勘付かれるよ」

どうした。

シャノンが喋ったことがそんなに驚きか。

ティアナはしばらく無言でいたが。

やがて頷くと、ついてきた。

岩陰には、さっきティアナが殺した匪賊の残骸が転がっている。橋が出来るタイミングを見計らって、手薄になったキャンプを突破しようと目論んでいた連中だ。

もう一グループいたのだが。

それはフィリス達が全滅させた。

此奴らは峡谷に隠れるようにして上手に潜んでいて。

それ故に今まで見つからなかったのだ。

もっとも、此方としては居場所を知っていたし。

タイミングを見て駆除する予定だったので、これは全て予定通りの行動だったが。

近隣にいた匪賊は、「鏖殺」の噂に追い立てられ、この峡谷に集まり。

そしてこうして、殆ど全滅した。

そも、ドラゴンが橋を落とした理由も。

或いは人間が集まっているのを察知し。

逃がさないようにするため、だったのかも知れない。

それとも共食いでもさせて、効率よく殺すのが目的だったのだろうか。

いずれにしても、ドラゴンが思っているより早く匪賊共が消えたことで、奴らが人間を襲う理由は無くなった。

奴らは増えすぎた人間を殺しに来る。

ここ一月で、この近辺だけで400を超える匪賊が死んだ。

殆どはティアナがソフィー様の命令で殺したのだが。

いずれにしても人間が減ったのは事実で。

それも、この過酷な世界では、かなり大きめの街が丸ごと消えたに等しい。

事実、橋を監視していたドラゴンも、姿を見せなくなった。

充分に人間が減ったことを察知したから、なのだろう。

グラオ・タール周辺への緑化を済ませたフィリスが、最後の橋を造るべく動き出す。

最後の橋までの距離は短いし、何より物資も余っている。勢いに乗って、一気に、というのだろう。

近隣のネームドの中でも、フィリスの手に負えそうに無いのはシャノンが既に処理している。

この様子なら、ソフィー様の予定通りに事は進むだろう。

何ら問題は無い。

「何かトラブルでも起きれば面白いんだけどなあ」

匪賊の死骸を、文字通り消滅させる特殊なフラムで処理しながら、ティアナがぼやく。

此奴は、天性のシリアルキラーだ。

シャノンは無駄な殺しは好まない。

必要なだけ死に。

必要なだけ生きれば良い。

ただ、ティアナが匪賊を処理することは良いことだとも思っているし。

ティアナの実力も認めている。

ティアナも、シャノンの実力は認めてくれているようだ。

気は決定的にあわないが。

奇しくも、このバディは上手く噛み合っているのかも知れない。

不意に気配。

ソフィー様だ。

接近にまったく気づけなかった。

敬礼すると、最近の出来事を順番に話す。

頷くと、ソフィー様は言う。

「それでは、ちょっと二人に揃って動いて貰おうかな」

「はいっ!」

「なんなりと」

「うん、良い返事だね。 ライゼンベルグの近くにちょっとタチが悪いドラゴンがいるのを確認してきたから、駆除する。 あたしとプラフタも参加するから、前衛を務めてね」

敬礼する。

まああの様子では、フィリスはしばらく見張らなくても大丈夫だろう。

後は、言われるままに一緒に戦う。

ドラゴンといえど、邪神を素手で殴り殺す今のソフィー様の前には敵ではない。相手は上級のようだったが、それでも同じだ。

殴り殺したドラゴンを解体し、深淵の者の本部に運び込む作業を手伝いながら、シャノンは思う。

後どれくらいで、この世界は変わるのだろう。

ライゼンベルグのような自己完結し、ドラゴンからも身を守れる大都市にいる人間だけが安全を保証され。

小さな集落には錬金術師が来ない限り明日をも知れない運命だけがある。

アダレットの騎士団に入ってみて分かったが、ネームドをどれだけ狩ってもきりが無い。

この世界そのものが、人間を殺すために作られているようなものなのだ。

ソフィー様は、そんな世界を変えるという。

それならば、ついていくだけだ。

ソフィー様は圧倒的。

この世界の特異点とも言える存在。

手段を選びもしないが。

その代わり必ず成果も出す。

ティアナはソフィー様を神のように慕っているが。

シャノンにとってソフィー様は希望の光だ。

それが如何に。

どす黒く、血に塗れた、深淵から這い出てきたものであったとしても。

少なくとも、シャノンは忘れない。

ロクに食物も与えられず、周囲でばたばた人が死んで行く中、鞭を振るわれて無理矢理労働させられたことを。

ネームドに家族を蹂躙され、為す術さえ無かったことを。

この世界そのものを変えられるのなら。

シャノンは、命など惜しくは無かった。

 

(続)