復興崩落
序、小さな街
石材が足りない。結局前回持ち帰った石材では、まったく足りなかった。
だから同規模の輸送隊を組んで、また回収に行く。わたしがさっさとつるはしで石材を砕いて、荷車に乗せる。
荷車が無理をしない程度の重さに切り分けて。
更に次に来た時、即座に持ち帰れるように、ある程度切り分けておく。
途中、猛獣が姿も見せたけれど。
流石に十人規模の人間に仕掛ける気にはならないのか。
遠くで様子を窺っているに留まった。
この間あれだけ駆除したのに。
まだたくさんいる。
本当に、何を食べて存在しているのだろう。わたしには不思議でならなかった。
結局六往復して、それで石材についてはどうにか余剰が出来た。
わたしが石材を運んでいる間に、ディオンさんは街の主要なインフラの整備を続けていて。
そして風車、というのは直ったようだった。
それは何というか、複数の腕を持つ巨人のようだった。お外の事を書いている本に、魔族のレアな種族として、巨人という存在が紹介されていたが。丁度それを思い起こさせるほどである。
四枚の長い腕が。
風に吹かれて回っている。
ディオンさんに、中を見せてもらうと。
複雑な仕組みで。
臼を廻し。
穀物を加工しているようだった。
なるほど。
臼を回すのは重労働だ。
それを全部風の力でやってくれるとなると、それは確かにとても頼もしい。ましてや相当な力を自動的に発揮してくれるのであれば、言う事も無いだろう。
感心して何度も頷くわたしに。
ディオンさんは情け無さそうに頭を掻いた。
「錬金術でこれでもかなり誤魔化しているんだよ。 本当はこんな力はでないし、効率も良くないんだ」
「そうなんですか!?」
「情けない事にね。 逆に言うと、錬金術をもっと使いこなせれば、こんな大規模な設備でなくても、同じ事が出来るんだよ。 僕の力不足のせいで、こんな大きな風車で、穀物を挽く位のことしかできないんだ」
「それでも、今のわたしよりずっと凄いです!」
ありがとうというと。
ディオンさんは、また呼ばれて作業に戻っていった。
わたしは長老の所に出向く。
石材のお礼を言われたけれども。
まだまだ仕事があると言う。
本当に申し訳ないと頭を下げられる。
確かに、街はまだ混乱から立ち直っていない。橋も、やっと何とか直ったところのようだし、もう少し手伝わなければならないだろう。
「街の南にある道がふさがってしまっていましてな」
長老によると。
崖になっている場所があり、其処に多数の岩が流れ込んでしまっているという。
この道は、他の街への街道になっていて。
勿論危険はあるものの、少し行けば休憩所があるなど、重要な拠点らしい。
道をふさいでいる大岩のせいで、行き来が非常に大変な事になってしまっているため。これの復旧をしてほしい、というのだ。
頷く。
わたしに出来る事はあまり多く無い。
お薬などは充分という事なので。
これ以上作る必要もない。
ならば、まずはその岩をどける所からだろう。
護衛数名をつけて貰う。中にはレヴィさんも混じっていた。どうもそもそもレヴィさん自身が食客を気取っていたらしく。街の戦士達から見るとよそ者なので、いっそわたしの護衛に、という流れになっているようだ。
いずれレヴィさんを雇えないか交渉して見るつもりだし。
わたしとしてはそれで構わないのだが。
何しろ不思議なしゃべり方をする人だ。
この人も孤立しているのでは無いのだろうかと、少し不安だった。
黙々と街の南に向かう。
その途中で。
妙な話を聞かされた。
「偵察に出ていたジェシカが言っていた事本当か?」
「本当らしいぞ。 アモンさんが確認してきたって話だ」
「何の話ですか?」
「ああ、フィリスどの。 近場にいた匪賊のアジトが発見されたらしいのですが……」
もう戦士達は、みんなわたしに丁寧に接してくれる。
それはとても嬉しいのだが。
何だか距離を置かれている気もした。
怖れられている。
それを感じるのだ。
確かに、見習いのわたしでさえ。ラルフさんが言っていたように、並の戦士の十倍は働けている、ように見えるのだろう。わたしには正直な所、どれくらい働けているのかは、よく分からない。
でも、それで距離を置かれてしまうと。
少し寂しい。
何だか自信が無さそうにディオンさんがしているのを見ると。
わたしは思ってしまうのだ。
ひょっとして、錬金術師と他の人の間には。
壁や溝が出来てしまっているのではないのかと。
それも、レヴィさんや他の人とは比では無いレベルで、だ。
話を戦士が続けてくれる。
「匪賊のアジトが、全滅していたそうです」
「全滅……えっ!?」
「それも争った形跡さえなく。 メッヘンの近くに巣くっていた匪賊は、三十人近くいることが確認されていました。 それが、一方的に皆殺しにされたと言う事です。 抵抗する余地さえなく」
「……」
青ざめる。
それだけの人間が、一瞬で消滅した、と言う事か。
お姉ちゃんが詳しく、と話を聞いて。
更に細かい状況が分かってくる。
匪賊のアジトは、文字通り一瞬で薙ぎ払われたように、何も構造物が痛んでおらず。匪賊のものらしき血の跡だけが残っていたそうだ。
宝の類は無事に残されており。
そればかりか、アルファ商会の護衛を連れた商人が、匪賊のアジトで回収したということで、街に持ち込んできたことで事態が発覚したらしい。
お姉ちゃんが冷静に指摘する。
「その様子だと、やったのは獣でもドラゴンでもないわね」
「ああ、恐らくは。 もしも奴らだったら、食い残しなり、抵抗の跡なり、逃げようとした跡なりが残るはずだ」
「そうなると結論は一つ。 やったのは人間と言う事よ」
「まさか……」
お姉ちゃんには対等に口を利いている護衛の戦士達だが。
流石に今の言葉には青ざめる。
そして、そんな事が出来る人間となると。
伝説に残るような戦士や、魔王と呼ばれる実力に達した魔族。
もしくは錬金術師か。
錬金術の装備を纏った戦士。
いずれかしかありえない。
お姉ちゃんの表情は険しい。
ひょっとして、何か知っているのではないのだろうか。
いずれにしても、匪賊の襲撃は警戒しなくてもいいが。
ただ、ずっと獣に警戒されている。
いつ襲われてもおかしくないということもあるからか。
皆、誰が言い出すことも無く。
雑談は止めた。
わたしに戦闘力があまりない事は、周囲の皆が理解してくれていた。だが、それでもなお、わたしは戦士達よりも役に立てている、らしい。だから、皆必死にわたしを守ってくれる。今でも、陣形の中央に置いて、何があっても守る構えだ。
そしてそれは、別にわたしを守っているわけではない。
小さな自分達の街である。
メッヘンを守るためだ。
わたしはお薬を作れる。
爆弾も作れる。
戦略級の事が出来る。
だから、守らなければいけない。
此処にいる戦士達には、基本的に戦術的な行動しか取ることが出来ないのだ。街の根幹に関わる行動は。
数百人がかりで行うか。
錬金術師が関わるしか無い。
わたしはなし崩しで今関わっているけれど。
それでもわたしはしばらくメッヘンにいることを明言しているし。
何より成果を上げている。
だから皆守ってくれる。
利害の一致と言う言葉をお姉ちゃんから習ったが。
わたしに対する敬意も。
わたしを守ってくれるのも。
街の利のため。
そういうものだ。
わたしも、自分の利のためにメッヘンをどうにかしようとしているのだろうか。
そう思うと、何だかやるせない気分になるが。
その内慣れるのだろうか。
更に嫌な子になった気がして、気分が沈む。
やっとあれほど焦がれたお空の下に出られたのに。
「止まれっ!」
先頭にいた戦士が声を張り上げる。
この辺りはまだ水が捌けていないが。
それが故だろう。
とんでもなく巨大な化け物がそこにいた。
わたしも外に出てから、まだ一度しか見ていない。
島魚だ。
陸上でも活動可能なお魚らしき生物。上位のものになると、角を持っている事もあるらしい。
その巨体は生半可なものではなく。
わたしなんて、一口でぺろりと平らげてしまいそうだ。
「フィリスどの、フラムで威嚇してくだされ。 もしも掛かってくるようならば、総掛かりで仕留めます」
「わかりました!」
膝が震えるけれど。
仕方が無い。
此処はそもそも、人が往来する街道だ。今此方が避けても、此処を通ろうとする人が、どんな迷惑を被るか分からない。
わたしは両手でフラムを持つと。
下手投げで、正確に島魚に放り込む。
何だろうとみていた島魚は。
至近距離で起きた大爆発に驚き。
もの凄い高さまで跳び上がった。
跳び上がった高さに、わたしの方が驚いたくらいである。
戦士達は慣れたもので、既に剣や槍に手を掛けている。お姉ちゃんも、既に矢を番えていた。
島魚はしばらく飛び跳ねていたが、恐らく形勢不利とみたのだろう。
ボウ、ボオウと凄い叫び声を上げながら。
川の方へと逃げていった。
致命傷ではないはずだ。
嘆息すると。
周囲を確認。
他の獣も、いつの間にかいなくなっている。
今の爆発を見て、仕掛けるのは危険だと判断したのだろう。
それならば良いのだけれど。
「急ぎましょう」
お姉ちゃんが急かす。
わたしも頷くと、急いで皆の後を追った。急ぎ始めると、どうしても旅慣れていないわたしは遅れそうになる。ましてや荷車を引いているのだから当然だ。
必死に走って。
へろへろになった頃。
やっと、目的地が見えてきた。
谷だ。
しかも、真っ茶色。
何だかエルトナを思い出してしまって嫌な場所だ。
此処は南の方へ行く際に、通る必要がある場所らしく。基本的には、迂回はできないらしい。
理由としては、島魚が出る川のすぐ側を通ったり。
ネームドのいる場所を通過しなければならないから、だそうで。
この細い道が。
メッヘンに対する命綱の一つになっているようである。
そして、その谷を塞ぐようにして。
わたしの背丈の五倍はありそうな大岩が。
谷にすっぽり入り込んでいた。
なるほど、これは通れない。
岩には縄の跡がついていて。
四苦八苦して、此処を無理矢理突破した商人がいたらしいことが分かってくる。見ていると、何だか同情してしまう。
ともかく、岩に責任はない。
鉱物の声からも。
悪意は感じなかった。
「お姉ちゃん、登るから手伝って」
「分かったわ。 周囲の警戒を!」
「承知!」
戦士達が散る。
わたしは身軽に岩の上に跳んだお姉ちゃんが、ロープを垂らしたので。
それに掴まって、岩の上に。
上がってみると、下が凄く遠くて怖いけれど。
岩を崩す事そのものは難しく無さそうだ。
声も聞こえる。
「どうするの? 発破を使う?」
「ううん、崩す」
「凄いわ、流石はフィリスちゃんね」
「凄く何てないよ……」
お姉ちゃんは褒めてくれるけれど。
多分わたしがもっと強かったら。
さっきの島魚だって、傷つけずに追い払う事が出来たはずだし。
或いはこんなたくさんを連れてこなくても。
岩なんて、一人でどうにか出来たはずだ。
とにかく周囲に注意を促した後、つるはしを振り上げる。流石にこの大きさの岩だから、簡単にはいかない。メッヘンの城壁に食い込んでいた奴よりも、何倍も、いや下手すると十倍以上は大きい。
何度もつるはしを振るう。
手応えも重く、手が痺れる。
これは、愛用のつるはしを、改良する必要があるかも知れない。
靴などは、ソフィー先生がとても使いやすいものを残してくれたので、それを使っているのだけれど。
手袋にしても、服にしても。
例えば常時防御魔術が掛かっていたり。
回復魔術が掛かっていたりするようなものを。
錬金術で作れるらしい。
基礎を学ぶ過程でそれらは教わった。
この岩を崩すのにしても。
つるはしも。
てぶくろも。
改良すれば、更にスムーズに行えるはずだ。
何十回目だろうか。
つるはしを降り下ろすと、岩に亀裂が走り始める。お姉ちゃんがわたしを抱えて飛び退くと同時に、岩が真っ二つになり。
地響きと共に、ずれ込んだ。
一旦離れてから、鉱物の声を聞く。
そして、今度はちょっと違う場所を、登ってからつるはしで砕く。
やがて一部が派手に崩落して、周囲に散らばった。
「危ないので、もう少し拡がってください!」
「承知した!」
戦士達が、周囲の警戒網を拡げる。
わたしはお姉ちゃんと一緒に、岩を崩し続け。
丸半日を掛けて。
ついに、岩が原型を留めなくなる所まで、崩す事に成功した。
だが、此処からだ。
崩した岩を運び、谷を通れるようにしなければならない。
既に夜も遅いので、アトリエを張って、戦士の皆にも入って貰う。レヴィさんが無言で料理を始め。
そして、戦士が数人で外に出て、普通のサイズの猪をとってきた。
多分皆で食べるくらいの量はあるだろう。
伝令として、若い魔族のウコバクさんがメッヘンに飛んでいった。とりあえず岩を崩すのは成功。今夜は此処で一泊してから、明日の朝に戻る、という連絡である。人間の倍も背丈がある魔族だけれど、ウコバクさんはまだわたしとあまり年も変わらない魔族らしくて、背もお姉ちゃんよりちょっと高いだけだった。
皆で食事にする。
肉は腐りかけの方が美味しいくらいなのだけれど。
今回は新鮮なお肉として味わうとする。
ただ当然、火は通さないと危ない。
猪には、悪い虫が住んでいることが多いらしく。
そのまま食べると、悪い虫が体に悪さをする事があるらしい。お姉ちゃんに教えて貰う。
しっかり火を通して皆で食事にするが。
手がひりひりと痛かった。
「フィリスちゃん、手は大丈夫?」
「うん。 でも、そろそろ手袋を作るつもり」
「手袋だったら、俺たちのを提供しましょうか?」
「ありがとうございます。 でも、大丈夫です。 回復魔術が常に掛かるものを作るつもりです」
そう説明すると、戦士の一人は驚き。そして感心したようだった。
一晩休む。
いずれにしても、明日からが本番だ。
明日はお日様が昇ったら。
すぐに行動を開始しなければならない。
1、失われた道を作り直せ
天気が少しぐずついている。
良くない状況である事は、わたしにも分かった。
谷の奥を見てきたレヴィさんが、首を横に振る。
「これはとてもではないが、すぐに復旧出来る様子では無いな。 さながら悪食なる大蛇のハラワタのごとし。 岩が多数散らかっていて、手際よく運び出し片付けたとしても数日はかかろう」
「……一度撤退しましょう。 この岩を崩したことで、通る事だけは出来るはずよ」
「それが賢明だな。 人数を揃えて出直すべきだ」
お姉ちゃんに、戦士達の一人が応じる。
いずれにしても、荷車一つではどうにも出来ないし。
この人数では、護衛をしつつ岩を運び出すのも無理だろう。
更に言えば、この天気だ。
もしも二次災害が起きたらどうなるか。
想像もしたくない。
街の方は大丈夫だろうか。
アトリエを畳んだ後。
出来るだけ急いで街に戻る。
途中で雨が降り出して、街に戻った頃には本降りになった。街の方は、既に水害対策をしていたが。
ディオンさんは、それでリソースを使い切ってしまっているようだった。
長老の所に行くと。
疲れ切った顔の長老が、出迎えてくれる。
「おおフィリスどの。 谷の岩を砕いていただいたとか。 本当に感謝の言葉もありませぬ」
「いえ、とんでもないです。 それより、まだ谷にはたくさん岩が転がっていて、安全とはとても……」
「分かっております。 まず通れるようになっただけでも充分です。 それよりも、今晩は出来れば御逗留ください。 何があるか分かりませぬ」
「……」
長老の本音が何となく分かる。
水害が、更に大規模に起きる可能性があるから。
わたしを手放したくないのだ。
勿論わたしもしばらくこの街を離れるつもりはない。何ヶ月もいるつもりはないけれど、まだ数日はとても離れられないだろう。
既にここに来てから四日経っているが。
二週間以内に次にでられるだろうか。
不安になって来た。
雷が鳴る。
だが、雨はそれ以上激しくはならず。アトリエに一度籠もった後、丁度レヴィさんが来たので、話をする。
「鍵、此方になります」
「おお、きちんと仕上げてくれたか。 いにしえよりの宝物を我に導いてくれる事疑い無さそうな輝きだな」
「は、はあ……」
「報酬だ、受け取れ」
レヴィさんは、気前よくお金を払ってくれる。
ちょっと勇気が必要だったけれど。
そのまま会話を続ける。
「その、良かったら、でいいんですけれど。 護衛を頼めないでしょうか」
「ほう?」
「あの、わたし弱くて、リア姉ひとりだとわたしを守りきれないと思うんです。 それで、護衛が欲しくて……」
「かまわん。 話には聞いたが、ライゼンベルグに向かうのだろう? 俺も漆黒の風として、各地を回る一振りの刃だ。 途中の遺跡を探るにも丁度良いし、珍しいものを見られるやもしれん。 心が躍るぞ」
つまり受けてくれる、と言う事だろうか。
良く分からない言葉廻しだが、何とかなりそうだ。
後は賃金の交渉。
レヴィさんは、比較的良心的な価格を提示してくれたので。それで契約する。お姉ちゃんに、事前にアルファ商会での傭兵の相場を調べて貰ったのだ。
今の時点で、メッヘンからお金はたくさん貰っているので。
まったく賃金に不足はない。
もう何人かやとっても大丈夫なくらいである。
雨が止んできた。
かなり遅くなったが、アトリエから出て、様子を見に行く。長老に話を聞く限り、致命的なダメージは受けていない様子だ。
更に天気を読めるアモンさんが、明日以降は天気が持ち直すと言っているらしい。
それならば、明日から谷の片付けをするべきだろう。
「街の方が大丈夫であれば、谷のお片付けに出ます。 荷車を以前の石材回収の時と同じ数、護衛と岩の運び出しに、十人ほど出して貰えますか」
「分かりました、どうにかしてみましょう」
「お願いします」
長老に頭を下げると。
そのまま、今日は休む事にする。
明日は早朝からフルスロットルで動く事になるだろう。そして数日は、谷の辺りに逗留しなければならない可能性が高い。
手袋、か。
ちょっと眠る前に考えて見る。
毛皮は充分にある。
指先が出るようにはした方が良い。
この辺りの加工はお姉ちゃんと相談しながらやるとして。
回復の魔術を仕込むには。
確か理論としては、ゼッテルに魔法陣を仕込んで、それを中和剤や宝石などで増幅。常時発動するようにする、というものだった筈。
回復の魔術はお姉ちゃんが出来る筈だ。
後は、魔術を増幅するためのものだが。
エルトナ水晶が使えるか。
しかし、水晶の大きいのを手袋に仕込むと。
あまり使いやすいものにはならなくなる。
小さめに砕いた場合は。
逆に効果が薄れてしまう。
ならば小さい水晶を、魔法陣の要所に配置し。
中和剤で固定する事で。
効果を常時発動するようにするのが良いか。
メモを残しておく。
そして、メモを書き終えたら。
疲れも溜まっていたからか。いつの間にか寝落ちていた。
目が覚める。
せっかくのレシピによだれがついていないか不安だったが、大丈夫だった。いそいそとレシピをしまう。
今回は難しいが。
今後大岩を崩す必要が生じてきた場合には。
使ってみる価値はありそうだ。
外に出ると、既にアモンさんが率いる戦士達十名ほどが集まっていた。お姉ちゃんはとっくにおきている。
レヴィさんを雇ったことを告げて、以降は一緒に行動して貰う事を告げるが。
アモンさんから反対意見はでなかった。
というか、何故かレヴィさんは誇らしげである。
何故なのかはよく分からないが。
街の状態はどうかと確認したが。
幸い昨晩の大雨での被害は殆ど無いそうだ。ただ、街の復旧は完全には終わっていない事もあり、つらい思いをしている者も多いそうである。
お薬や食糧が足りていることだけが幸いか。
ともかく、インフラを一刻も早く復旧しないと。
それも過去形になってしまう。
ディオンさんがどれだけ頑張っても、それは同じだろう。
谷へ。
一昨日以上に水はけが悪かったが。
幸い、今度は島魚に出くわすようなこともなく。
谷まで特に襲撃を受ける事は無かった。
ただ。谷の方が問題だった。
何カ所かから、水が噴き出している。ちょっとばかり、まずいかも知れない。
「作業を開始……」
「待ってください、鉱石の声を聞いてみます」
「ふむ、フィリスどのがそういうのであれば」
アモンさんが、荷車をもって岩をどかそうとし始めていた人達を制止する。
わたしは耳を傾けるが。
まずい。
谷の構造に、ガタが来ているらしい。
「谷に入っては駄目です!」
「どういうことだ」
「谷が崩れかけています! 多分崩壊します!」
「! すぐに後退! 離れろ!」
アモンさんが魔術で防壁を展開。
わっと皆が下がる。
即座に崩壊するわけではないが、それでもその時は、やはりというか、確実に来た。
鉱物達が教えてくれる。
離れて、と。
それから間を置かず。
一気に谷が崩れた。
凄まじい光景だった。
一箇所に亀裂が走ると。
一気に土砂が流れ込み、谷を埋め潰して行く。
呆然としているメッヘンの戦士達。
これでは、もはやこの谷は、使う事が出来ないだろう。
そして鉱物は告げている。
更に崩れる可能性が高いと。
「アモンさん、谷の向こう側に、立ち入り禁止の立て札を作れますか?」
「うむ、すぐにやってこよう」
「フィリスちゃん、どうするの?」
「……リア姉、もうこの谷は、全部埋めちゃおう」
アモンさんが戻って来次第、すぐに作業に取りかかるべきだ。
今の崩落で、生き埋めになった人がいないかどうかは不安だが。もしそうだとしても、これではどうしようもない。
商人も、流石にこんな状況で通ろうとしなかった、とは思いたいが。
だが、アモンさんが戻ってきて、報告してくる。
「まずいぞ。 崩落に巻き込まれたキャラバンがある」
「!」
「谷に入りかけたところを生き埋めになった様子だ」
「分かりました、わたしを抱えて其処までお願いします!」
お姉ちゃんは、無言で谷の方に上がって、ひょいひょいと跳躍してついてくる。レヴィさんも、同じくらいの身のこなしを見せた。
他の人には、一旦戻って、状況を長老に伝えた後、戻ってきて貰う事にする。
どうやら、想像よりも遙かに酷い状況で。
この問題を何とかしなければならない様子だ。
現地に到着。
呻いている声が聞こえた。
岩から体が出ている人を、アモンさんが引っ張り出す。どうにか助かりそうだ。最悪の事態に備えて、ディオンさんから効果が高い薬を受け取っていたのだ。体の下半分がぐしゃぐしゃになっていたが、何とか凄まじい治癒力で、回復していく。
トリアージというのか。
お姉ちゃんがレヴィさんと協力して、谷の外に被害者を引っ張り出していく。
護衛が守ったらしく、商人であったらしいホム達は無事だが。
馬は二頭、更に引いている荷車がまるごと潰れてしまった様子だ。
お姉ちゃんが叫ぶ。
「点呼してください! 生き埋めになった人を特定します!」
「四人いない! 先頭で護衛をしていた傭兵二人と、街に行こうとしていた魔術師と、それに鍛冶士だ」
「分かりました!」
お姉ちゃんが、此方に頷く。
わたしも鉱物達の声を聞く。
まずい。
いつ次の崩落が起きてもおかしくない。
だけれども、鉱物達はわたしの味方だ。どこに埋まっているかも、教えてくれる。
わたしは目を閉じると。
詠唱開始。
鉱物をある程度魔術で操作する事が出来る。
もうちょっとだけ、崩れるのを我慢して。
鉱物達に呼びかける。
時間稼ぎくらいは出来る。
一気に消耗するが、仕方が無い。
同時に、アモンさんに、冷や汗を流しながら指示。
「此処に一人、此処にもう一人……」
「分かった、任せろ!」
「……!」
ぶつりと。
額の血管が切れる感触があった。
元々魔術が使えると言っても、こんなに大規模にやったのは初めてだ。今、崖の両側は、いつ崩れても不思議では無い状態。
それを、鉱物達に無理を言って。
踏ん張って貰っている状況なのである。
アモンさんが一人を掘り出す。お姉ちゃんが抱えて連れていく。もう一人。レヴィさんが連れていく。
生きているかは分からない。
蘇生のためのお薬もあるが。
あれは確か、完全に死んでしまうとどうにもならないと聞いている。
「其処に……少し深い所に一人! もう一人は……」
「分かった!」
アモンさんが翼を拡げると。
全身から凄まじい魔力を放出する。
恐らく、短時間に己の魔力を集中放出することで、極限まで力を強める切り札だろう。だが短時間しか使えないはずだ。
一気に掘り出す。
上手い具合に空間が出来ていた様子で、人が掘り出されてきた。だが、その側に埋まっていた馬は、グチャグチャに潰れていて、とても見るに堪えない状態だった。
集中を続けなければ。
もし集中が途切れたら。
一瞬で谷は埋まる。
後一人。
分かった。わたしの近く。でも、かなり深い。助かるだろうか。
意識が薄れかけているけれど、必死に魔術を展開しながら、アモンさんに呼びかける。
「わたしの、足下近く、かなり……深いです」
「よしっ!」
アモンさんが掘り返し始める。
もう少し。
耐えろ。
わたし、耐えろ。
言い聞かせながら、鉱物達の声を聞く。
きゃっきゃっと明るい声。
悪意はないけれど。
もうすぐ崩れるよ。
もう持ちこたえられないよと教えてくれる。彼らに悪意は無い。優しい。だけれど、だからこそ、時々残酷だ。
膝から崩れそうになる。
だが、それでも何とか耐える。アモンさんが、おおと叫ぶ。一人、荷車に隠れるようにして、埋もれていたらしい。荷車をばりばりと引き裂きながら、助け出す。大事な商品だろうが。人命には変えられない。
「これで全員か!」
「……」
わたしは、もう答えられなかった。
意識が何処かに飛んでいく。
同時に、岩が崩れ始めるのが見えた。
気がつくと。
額に薬を塗られて、寝かされていた。
アトリエの中だけれど。
悲惨すぎて、言葉が出ない。
生き埋めになっていた人達四人は、的確な措置もあって、息は吹き返したようだけれども。
一人は右腕をグシャグシャに潰してしまい、再生も出来そうに無い。
もう一人は、もう歩くことも出来そうに無い様子だそうだった。
蘇生しただけでも凄い。
そんな事は、口が裂けても言えない。
お姉ちゃんが、額の汗を拭いながら、わたしの方に来る。
「フィリスちゃん、かなり危なかったのよ。 もう少し無理をしていたら、脳が煮えてしまっていたかも」
「ええっ……」
「大丈夫、その前に意識を失ったから。 抱えて岩の崩落から助けてくれたアモンさんに感謝して」
「アモンさん、ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げるが。
アモンさんは、苦笑する。
礼を言うのは、俺の方だと。
「もしもフィリスどのが体を張ってくれなければ、俺は一人とて助けることも出来なかっただろう。 貴殿は半人前かも知れないが、既に心は立派な錬金術師だ。 四人もの命を救ったのだ」
そう言って貰えると嬉しいが。
兎に角、もう谷は崩してしまうしかない。
それについては、見解が一致する。
アトリエは、中に人がいる状態でも収納できる。何とか外に出る。歩くことは出来たが、体がだるい。
無理をしたからだろう。
外に出て、谷を見ると。
おぞましい程に、完全に潰れてしまっていた。
人は助けられたけれど。
お馬さんや。
商品は駄目になってしまった。
ホムの商人は悲しそうだ。
きっと、とんでもない損害なのだろう。
だけれど、商人は、此方に頭を下げてきた。
「助けてくれて言葉も無いのです。 感謝するのです」
「いえ、ごめんなさい。 もっと早くに到着していれば……」
「此方も、少し急ぎすぎていたのです。 貴方がいなければ、全滅していたかも知れないのです」
お互いに謝り合う妙な構図になったが。
それでも、とにかく命が助かったことだけは事実だ。
お姉ちゃんとレヴィさんの応急処置も的確だったらしい。商人達は、生き埋めになった四人以外も負傷していて、とても手助け出来る状況になかったらしい。
ともかく、だ。
増援をどうにかして呼ばなければならない。
「アモンさん、谷の上に上がりたいのですが、背中に乗せて貰えますか?」
「ああ、構わないが、抱えていくのではだめか」
「それはちょっと、その、恥ずかしいです」
「? ああ、まあ背中に乗りたいのなら好きにするがいい。 貴殿の言う事ならば従うぞ」
お姉ちゃんが何か凄い目でアモンさんを見てるので。
とてもではないが、抱えて飛べなんて言えない。
とにかく、背中に乗せて貰って、谷の様子を見る。まだ危ない箇所が幾つかあるので、それを崩してしまう方が良いだろう。
谷の上は真っ茶色で。
生き物の気配もない。
これは、もうどうしようもない。
この谷はどうしてできたのか分からないけれど。
構造体としての終焉が来たのだ。
何カ所かで降りて貰い。
つるはしを振るう。
それだけで、脆くも谷が派手に崩れ始める。
連日の大雨で。
此処まで脆くなっていた、と言う事だ。
戦慄さえ覚えるが。
それでも、アモンさんに言われた。
「無茶は控えられよ。 姉君にも言われたとおり、脳が煮えるところだったのだぞ」
「大丈夫です、わたしには鉱物の声が聞こえるので、崩れるところを優しくつついているだけです」
「うむ……しかし少しでもきつかったらいうのだぞ」
「ありがとうございます」
アモンさんは心配してくれるが。
しかし、正直今は、兎に角商人達を無事にメッヘンに送り届けるのが先だ。
何カ所かで谷を崩し。
激しい崩落音を聞きながら、谷の向こう側に抜ける。
既に戦士達は到着していた。
人員も増えていて、ラルフさんの顔も見えた。
「何が起きた、フィリスどの!」
「俺から説明する」
わたしを岩陰に休ませると、アモンさんが説明をしてくれる。
戦士達は慄然としていたが。
いずれにしても、谷はもう崩すしかないという結論には、賛成するしか無い様子だった。もう谷そのものを埋めて、その上を通って行くしか無い。瓦礫に関しては、崩した後土を周囲から運んで、かぶせてしまうしかないだろう。
一旦合流して、商人達を護衛するべき。
そうわたしが提案すると。
戦士達も従ってくれた。
すぐにアモンさんと一緒に、アトリエを中心としたキャンプに戻る。幸い獣に襲われることもなく、そのまま現状を維持していた。
谷の崩落しやすい場所は、途中で崩してきたので。
どうにかこれ以上の崩落災害には巻き込まれないはずだが。
問題は、この瓦礫だらけの谷を、どう突破するか、だ。
此処以外の道は危険すぎて通れない。
かといって、此処を無事だった馬車と荷車を引いて通るのにはかなり無理がある。
谷は潰れているが、入り口の辺りは瓦礫で潰れている状態で。
坂になっている訳ではないのである。
この荒野で生きてきた馬は相応に頑強だけれども。
あの瓦礫を踏みしだいて、崖の上に上がるのは難しいだろう。降りるのも、またしかりだ。
考え込んでいると。
お姉ちゃんに肩を叩かれた。
「フィリスちゃん、少し休憩して。 私とアモンさんで、少し周囲を偵察してくるわ」
「でも、急がないと」
「どの道追加の人員が来ない限り身動きはとれん。 この辺りには土地勘もあるから、俺だけでいい。 妹についていてやれ」
「……分かりました」
お姉ちゃんに言うと、アモンさんは飛んでいく。
確かに今は、休むしか無いか。
すっかり空は晴れ上がっているが、周囲の空気はどんよりと沈み込むかのようだ。
これから、ずっと街を支えていた道を壊して。
作り直す算段をしなければならない。
わたしは、自分が想像している以上に、重い状況に巻き込まれたことを。嫌と言うほど思い知らされていた。
2、貫き通せ
休憩から目を覚ますと。
外では戦いの音がした。
飛び起きて、慌てて身支度をして。フラムを身につけて、アトリエの外に出る。
血の臭いを嗅ぎつけたらしい獣が数匹。
メッヘンの戦士達と戦っていた。
戦士達が優勢だが。
それでも加勢しなければならない。
「下がって!」
わたしの声に。
多少乱れはありつつも、戦士達が道を空ける。
そして、わたしがフラムを投げ込む。
炸裂する炎の爆弾が、こじ開けた乱戦の隙を抜けようとした狼の顔面至近で爆裂。消し飛ばしていた。
戦士の一人が、伸びてきた触手に捕まる。
巨大なぷにぷにだ。
戦士の名を叫びながら、ラルフさんが躍りかかるが、触手は驚くほどしなやかに動き、剣をかわす。
わたしがその間に、
クラフトをとりだし、ぷにぷにの口に放り込む。
驚くほど静かに。
頭が働いていた。
ぷにぷにが、内部から爆裂。
しかもこのクラフトは。
火薬を混ぜるように工夫したもの。
クラフトは炸裂して周囲に鉱物の破片などをまき散らして、それによって相手を殺傷する爆弾だが。
これに更に火薬を混ぜることにより。
飛翔する殺傷物の速度と威力を更に上げているのだ。
悲鳴を上げて戦士を離すぷにぷにに。
アモンさんが火炎の術を叩き込み。
更にお姉ちゃんが、入魂の一矢を叩き込む。
崩れ落ちていくぷにぷには無視。
敵の頭数を減らす。
レヴィさんが残像を造りながら動き、四度の連撃を狼に決めるが。
一撃がそれぞれ軽かったのか、そのまま体当たりを浴びる。
だが、レヴィさんは踏みとどまる。
速度よりも、防御を重視している戦士なのか。
受け流して、平然と笑ってみせるレヴィさん。
それがきっかけになった。
獣たちが逃げ腰になる。
だが、アモンさんが叫ぶ。
「逃がすな! 今は一匹でも脅威を減らす!」
「了っ!」
それがこの辺でのかけ声なのだろう。
敗走に移った獣を片っ端から斬り伏せ。
そして全てが倒される。
戦士達も傷だらけだ。
わたしは、アトリエに戻ると、薬をかき集めて来た。
使うようにと皆に渡すと。
お姉ちゃんに手伝って貰って、薬の追加を作り始める。アトリエの中では、まだ負傷者が呻いている。
即死は免れたとは言え。
出来ればディオンさんの作ったもっと高品質なお薬をあげないと。いつまでもつか分からないし。
何より身体能力が低いディオンさんを此処まで連れてくるのは酷だろう。
わたしが。
やるしかないのだ。
お薬の一セットが出来たので、すぐにお姉ちゃんに持っていって貰う。
釜を洗う手つきもかなり慣れてきた。
蒸留水がいつの間にかかなり減っているので慄然とするが。
今は全ての蓄えを放出するつもりでやるしかない。
ふと、商人に目が行く。
戦いの間、アトリエに避難して貰っていただろう商人だ。
ひょっとすると何か良い物資を持っているかも知れない。
「すみません、売り物を見せて貰えますか」
「薬の類はないのです。 足りなくなるだろう物資、主に食料品を中心に持ってきましたのです」
「それでも構いません。 植物などは、お薬の材料として有用です」
「それならこれを」
商人が、使用人らしい獣人族の子供に促し。
子供が出してくる。
ざっと並べられたのは、木材類や、或いは細々とした部品。いずれもお薬には使えそうにない。
釜の洗浄が終わったので、一旦火を通して水分を飛ばし。
次のお薬の作成に掛かる。
その間に時間が出来るので。
額の汗を拭いながら。
見せてもらう。
品はどれも駄目だ。
いずれもが、これから街を復旧することを想定した物資で。
恐らく水害があったことを聞いて。
商機と判断して持ち出したものだったのだろう。
首を横に振る私を見て。
商人は悲しそうに口元を抑えた。
「薬も少しはあったのですが、土砂に埋もれてしまったのです」
「……仕方が無いです。 わたし、コンテナを見てきます」
物資も補給していないのだ。
道中物資は回収していたとは言え。
どれだけ持つか。
ざっと見るが。
此処で籠城、なんて事になると。
非常に危険だという結論しか出てこない。
今だって、狼を中心とした獣の群れが、戦士達だと分かっていながら襲撃を掛けてきていたのである。
それだけ此処が危険、と言う事だ。
もう一セットお薬を作って。
更に毒消しを作る。
獣に噛まれた人には、傷口にねじ込んで貰う。
そうしないと、病気になる可能性がある。
高位の回復魔術が使える人には、病気をある程度治せる人もいるらしいけれど。
錬金術師の作る薬の方が確実だ。
悔しいけれど、わたしにはまだ作れない。
消毒薬や熱冷ましなら作れるのだけれど。
病気を治す、となると。
途端にハードルが上がるのだ。
出来次第、身動きできる人に持っていって貰う。
戦士達が動けるようになりしだい。
メッヘンに戻る。
その後、体勢を立て直して、この道を通れるようにしなければならない。もしも此処を通らない場合、比では無いほど危険な道を行かなければならないという事なのだし。更に言えば、崖の道を崩す判断をしたのはわたしだ。
責任は最後まで取らなければならない。
「フィリスちゃん!」
「リア姉、また襲撃?」
「いいえ、どうにか手当は終わったわ」
「……そう、良かった」
やはり獣に噛まれた人が出ている。
重傷者はいないが。
できる限り早めにディオンさんに、病気消しの薬を作ってもらわないとまずいだろう。
これでは典型的な二次災害だ。
外に出て、まずはアトリエをしまう。けが人は中で大人しくしていて貰う。
瓦礫に埋まった崖の様子を確認。鉱物の声を聞きながら、瓦礫の上に上がって、崖の上にまで出る。
アモンさんに来て貰って、崩れるようなら助けて欲しいと頼む。
お姉ちゃんと他の戦士達も、自力で上がって来た。
「一旦、可能な限り瓦礫を崩します。 その間、土を掘り返して、瓦礫の上に撒いてください」
「谷から丘にするんだな」
「はい。 目立つ場所は崩しましたが、まだ崩せそうな場所が何カ所かあるので、それを上手に崩せば……坂に出来ると思います」
「心得た」
アモンさんが側につく。
鉱物の声を聞きながら、わたしはつるはしを振るい始めた。
まず、最悪の場合でも、此処を通れるようにしないといけない。谷の入り口と出口には、坂を作り。
谷だった場所の上を通れるようにしなくてはならないだろう。
「一人見張りをお願いします。 もし商人の隊列が来た場合、事情を説明して引き返して貰ってください。 下に待機している馬と荷物の見張りもお願いします」
「俺が上空で見張ります」
そう挙手したのはウコバクさんだ。
頷くと、わたしは、無心に崖を崩し続ける。
崩落した岩が、瓦礫を押し潰す。
砕けながら飛び散っていく。
ある程度なだらかになったところに、土砂を流し込んでいく。
その後は、アモンさんが身体強化の魔術を自分に掛け。
何度も踏みつぶすように跳躍し、激しい衝撃を与えた。
そうすることで土を踏み固めつつ。
崩落がもう起きないようにしているのだ。
下で待機している馬にくくりつけて、上がってみて貰う。
何とか馬で上がる事が出来る。
良かった。一旦これで、崖は超える事が出来る。
念のために何度か坂を行き来して貰う。
轍が出来る頃には。
完全に安定していた。
一旦隊列を崖の上に避難させる。
此方を伺っているアードラが見えるが。
仕掛けてくる様子は無い。
魔族を含む護衛がいるからだろう。
わたしも泥だらけのなか、必死につるはしを振るって、危なそうな場所をどんどん崩していく。
そして、適当に崩したところで手を振り。
待機していた戦士達が、土砂を流し込んでいった。
だが、とてもではないが。
谷を埋めるには至らない。
危なそうな場所だけを、そうして潰して行くだけだ。
今の時点では悔しいけれど、それだけしかできない。
額の汗を拭いながら、わたしはそのまま進み、谷の終わりに出た。此処も瓦礫が崩れ落ちているが。
入り口よりも更に崩す必要がありそうだ。
アモンさんの背中に乗ると、谷の途中に出る。
鉱物の声を聞きながら。
崩せそうな場所を確認。
発破を使うべきだ。
そう判断すると、皆に話す。
「発破を使って、一気にこの辺りを平らにします」
「前に獣を一掃した奴ですな。 フィリスどの、距離をとった方が良いのでは」
「はい。 鉱物の声は聞いていますが、一応念のため、ある程度戻った方が良いでしょう」
「分かりました、その間に埋められそうな場所は埋めておきましょう」
ラルフさんが指示を出して、何隊かに別れて行動開始。
わたしは一旦アトリエに戻ると。
皆の様子を見て。
けが人が悪化していないか、お姉ちゃんと確認。
幸い、目立って悪化している人はいないけれど。
それもいつまで保つか。
それに、だ。
けが人の一人を見たレヴィさんが、眉をひそめる。
「少しまずいな」
「詳しくお願いします」
「傷口を見ろ。 消毒はしたが、やはり毒が入ったのだ」
さっき、獣と戦った戦士の一人。
傷口が熱を帯びている。
傷は治したし。
毒消しもねじ込んだ。
と言う事は、毒がそれより早く体に回った、と言う事だ。
まずい。確かに良くない。
ディオンさんの所に連れていかなければならないだろう。
頬を叩くと。
すぐに発破用のフラムの作成に取りかかる。
谷の入り口出口を整備し。
せめて後から来た商人が、通れるようにしてからでないと、戻るのはまずい。今の段階ですら、二次災害が起きている。三次災害が発生する事だけは、食い止めなければならないのだ。
アモンさんに抱えて飛んでいって貰う事も考えたが。
そもそもアトリエの中で安静にして貰っていてこれなのだ。
動かすのは好ましい事では無い。
「リア姉、手伝って」
「任せて」
「フィリス。 俺が一走りして、先にメッヘンにこの危急を伝えてこよう。 先に向こうでも薬を作っておけば、谷を崩すのに手間取った所で、漆黒の病魔が猛き戦士の命を脅かすことはあるまい」
「……はい、お願いします」
レヴィさんの提案も呑む。
こんな時くらい、普通に喋ってくれてもいいのだけれども。
まあそんな事をグダグダ言っている時間さえ惜しい。
釜を洗って、調合を開始。
もっと良い薬を作れれば。
こんな問題、起きはしなかったのに。
外に顔を出すと、レヴィさんにツーマンセルで、一人ついて欲しいとお願い。ラルフさんが頷くと、レヴィさんと一緒にメッヘンに戻っていった。お姉ちゃんに仕込まれた。何か危険な仕事をするときは、ツーマンセルで行う事で、危険を著しく減らす事が出来るのだと。
後は、岩を崩すための発破だ。
兎に角危ないので、集中して調合する。
しばしして。
どうにか発破を作り終えた頃には。
外は真っ暗になっていた。
だが休んでいる暇は無い。
「灯りの魔術を使える人は!?」
「こんな状況で作業するのかフィリスどの!?」
「今はけが人の状況がよくありません! いつこの道を使おうとする人が出るかもわかりません! 最低でも、この道を通れるようにしてから撤退しないと!」
「……分かった、だが細心の注意を払ってくれ!」
手を上げたのは。
ヒト族の一番年老いた戦士だ。
鉱物の声を聞いて。
崩落が及ぶ範囲の外にまで出て貰う。
アモンさんの背中に乗せて貰い。
移動して、適宜発破を仕掛けていく。
灯りの魔術の効果範囲がかなり広い。
相当な熟練者なのだろう。
あの人がエルトナにいてくれたらな、と思ってしまうが。
駄目だ。
わたしが。
ああいう人がいなくても。
エルトナが大丈夫な状況を、作らなければならないのだ。
まだかなり崖がしけっているが。
そもそもこのフラムは油紙で包んでいる上、火力が桁外れだ。ちょっと濡れたくらいでは問題なく起爆できる。
一箇所目、問題なし。
二箇所目に行くが、鉱物に警告を発せられ。アモンさんに避けてと叫ぶ。岩が崩れ落ちてきて、ちょっと遅れれば二人まとめてぺしゃんこだった。
「フィリスどのには本当に鉱物の声が聞こえるのだな」
「優しくて、いつも助けてくれます」
「崩してしまって、心は痛まないのか」
「それが、鉱物達は崩されることや、違う場所に行く事を、悲しんだり苦しんだりはしないようなんです」
そうかとアモンさんは呟く。
分からないから、それで良いと言う事だろう。
わたしはそのまま二箇所目に発破を仕込み。
そして三箇所目が終わると、引き上げる。
更に、周囲に誰もいない事を確認してから。
起爆した。
ドンと、谷が揺れる。
今までで一番激しい崩落が起きる。
凄まじい光景で。
谷の出口が、砂のお山でも崩すように、崩壊していった。
ほどなく、完全崩壊した其処は。
ただの坂になっていた。
だが。まだ此処は通れない。
鉱物の声を聞きながら。
まだ危ない箇所がないか、確認。
こういう崩れ方をすると。
変な空洞が出来る事がある。
その場合、空洞に入って崩落に巻き込まれた人が助かる場合もあるけれど。
上を踏んだら、落とし穴として作用してしまう場合もある。
何カ所か、そういう危険な場所を見つけたので、アモンさんに思いっきり踏んで貰う。小規模崩落が何カ所かで起き。
そして、土砂を徹夜でぶっかけて。
どうにか、通れる坂にした。
わたしもへとへとだが。
戦士達も、皆疲れ果てている。
だが、もう少しだ。
レヴィさんとラルフさんが戻っていて、谷の変わりぶりに目を見張ったが。
だが、良い報告をしてくれる。
「ふははははは、喜べフィリスよ。 ディオンが病魔を払う薬を既に調合し始めている」
「良かった。 後は、戻る、だけです、ね」
「もう寝ろ」
「……待って、後、馬車を降ろして、それからです」
流石にレヴィさんも。
フラフラのわたしを見て、直球の一言だけを放ったが。
それでも、わたしは最後まで見届けなければならない。
遠くでは獣の遠吠えも聞こえている。
先に襲ってきた獣の集団は、捌いて格納したが。
その血の臭いを嗅ぎつけた可能性が高い。
この状態で追撃を受けたら。
メッヘンの主力は文字通り壊滅する。
急がなければならないのだ。
馬を、戦士達が引いて。
灯りの魔術を全開にし。
どうにかして、坂を下る。
馬も怖がっていたが。
坂は土砂で固められていたし。
何よりアモンさんが先を歩いているので、大丈夫と判断したのだろう。
お姉ちゃんに聞かされたが。
馬はとにかく憶病な生き物で。
知らないものは絶対に踏まないそうだ。
だから、まず踏んで歩いて見せる事で。馬を進ませる、というわけである。
この試みは上手く行き。
ほどなくして、ようやく坂を下りきる。
アモンさんには苦労を掛けるが、ウコバクさんを呼んできて貰い、後は撤退。
谷の入り口出口には、谷が崩落したばかりなので、夜間通行禁止、注意して進むようにと看板を立てて貰った。
後は撤退だ。
わたしは馬車の荷台に乗せて貰って、そのまま仮眠を取る。
普段だったら怖くて眠れないけれど。
今は、ちょっと気を抜くだけで。
すぐに落ちてしまう。
何度か落ち、起きるのを繰り返す内に。
陽が昇ってきて。
メッヘンが見えてきた。
向こうで居残りの戦士達が手を振っている。ディオンさんもいるようだ。
「フィリスちゃん、後は私が状況を説明するから、アトリエを開いてから眠って」
「うん……」
荷車に併走していたお姉ちゃんに言われて、頭がぼんやりしたまま答える。
そして、アトリエを展開して。
ベットに転がり込むと。
わたしは意識を手放していた。
3、死と生
目を開けると。
お姉ちゃんの後頭部が見えた。
どうやらベッドに背中を預けたまま、眠ってしまったらしい。しばらくぼんやりしていたが。
しかしまだやる事がある。
起きだす。
顔を洗って、歯を磨いている内に、お姉ちゃんも起きて来た。
外を見ると、もう夕方だ。
半日近く眠ってしまっていた、という事になる。
野戦病院のようになっていたアトリエの中には、もうけが人はおらず。
全員が運び出され。
治療を受けていることは確かだった。
胸をなで下ろす。
長老の所に出向くと。
重役はおらず。
疲れ切った顔のまま、長老が出迎えてくれた。
「フィリスどの。 谷の件、本当に助かりましたぞ」
「いえ、まだです。 入り口と出口を整備して、通れるようにしただけです。 途中の危険地帯を全て潰さないと」
「其処までしてくれるのか」
「はい。 やりかけのお仕事を、そのままにして此処を離れられません」
当然のことだ。
それに、鉱物の声は他の人には聞こえないのだ。
長老は感謝の言葉を告げた後。
しかし、という。
「ただ、負傷者が回復しておらぬでな。 ディオンどのの見立てでは、二日は安静にしなければならぬそうだ。 皆の疲弊も限界に近い。 このまま強行軍で谷を修復しに行くのは自殺行為だし、なにより戦力が足らぬ。 その間、休んでいて貰えるかの」
「分かりました。 有難うございます」
そうか、戦力が足りない、か。
街の方の復旧は、かなり良い進捗で進んでいるようだ。
街の屋根などは直っているし。
壊れた城壁なども復旧が進んでいる。
橋も既に直ったようだし。
街中に不衛生な水たまりはもう見受けられない。
アトリエに戻ると。
わたしはもう一眠りしてから、物資の補給をすることをお姉ちゃんに告げる。そして、翌朝まで、しっかり眠った。
疲れは、ある程度取れた。
先に起きていたお姉ちゃんが、お肉を出してくれる。
だけれど、お野菜もあったので、ちょっと困った。
お野菜も食べやすくはしてくれるのだけれど。
それでも苦手なものは苦手だ。
だけれど、お姉ちゃんは、時々じっと無言のまま、笑顔で見つめてくる。
そうされると、昔から染みついた恐怖で逆らえなくなる。
言われたままお野菜を食べると、いつもの優しい笑顔に戻る。
怖い。
「フィリスちゃん、それでどうするの?」
「ええと、今日一日は戦士達の休養をとると聞いたから、今のうちにお薬と発破を調合しないと。 お薬は材料が足りないから、ちょっとそれが不安だね」
「清らかなる野の恵みであれば心当たりがあるが」
「ふえっ!?」
いきなり割り込んでくる声に驚くが。
レヴィさんだった。
いつの間にか、当然のように食卓に一緒についている。そういえば、お姉ちゃんもレヴィさんの分の食事は出していた。
「え、ええと、素材が取れそう、と言う事ですか?」
「そうとも言える」
「分かりました、まずは補給から、ですね」
「私も行くわ」
呆れた様子で、お姉ちゃんがついてくる。ただし、食事の後を片付けてから、だが。
まず外に出て。
言われた場所に案内される。
ちょっとした丘になっていて、水害の被害を免れたらしい。この辺りは、錬金術師であるディオンさんが緑化しているらしく、緑が豊かだ。
荒野に点々としかなかった緑とは、密度が段違いである。
丁寧に、薬草を採取していく。
見た事がない薬草もあったので、図鑑を見ながら採取。
足下にも気を付ける。
無闇に薬草を傷つける何て言語道断だ。
木もあって、実も生えていた。
その辺りは農場になっていて。
「桃」と呼ばれる果実を栽培しているらしい。
だが、この間の水害で、傷がついたものが出たらしい。
傷がつくと痛みが早くなるらしく、出荷はできないという事で。幾つか分けて貰った。そこそこ太った気がよさそうな農場主のおばさんは、わたしの活躍を聞いているらしく、こんなものでよければ幾らでもと、喜んで分けてくれた。
それらを素材にして。
お薬を作る。
後、ディオンさんの所に様子を見に行き。
アトリエにいたので、頭を下げて、レシピを見せて欲しいと頼んだ。
驚くディオンさん。
「どうしたんだい、フィリスさん」
「獣に噛まれて病気になった人を、わたしではどうにもできませんでした。 まだ分からなくても、作れなくても、いずれその時が来た時のために、レシピだけでも知りたいんです。 秘伝のものかもしれませんが、お願いします」
「勿論教えるよ。 君にはこんな未熟なレシピではなくて、達人の作ったレシピの方が絶対にあうはずだ。 だから僕の方が申し訳ないくらいだよ」
ディオンさんも恐縮して、レシピを出してくる。
見せてもらうと。
なるほど、確かに見れば分かる、というレシピだ。
というかとても分かり易い。
恐らく、ディオンさんは本当に苦労に苦労を重ねて試験を受かったのだろう。頼りないけれど、だからこそに血がにじむほど努力をしなければならなかったのだ。その結晶がこのレシピ。
未熟なレシピなんかじゃない。
他にも何種類かの薬があったので。
全て頼んで写させて貰う。
これで、少しは出来る事が増えた。
研究ノートも見せてもらう。
頷ける事が多い。
これは、ひょっとすると。
応用すれば、色々出来る事が増えるかも知れない。
メモをせっせととるわたしを見て。
ディオンさんはむしろ恐縮していた。
恐縮するのはこっちの方なのだけれど。おかしな話である。
とにかく、レシピを見た後。
早速お薬を作る。
何セットかのお薬を作った後。
発破も補充し。
インゴットを少し増やしていたら。
もう外は暗くなっていた。
明日から、谷の後始末に出なければならない。
この後始末については、少しばかり考えがある。
だけれども、とにかく現場に出向いてからだ。
長老には、夕方に話をして、復帰した戦士も含めて、人夫を借りる手続きも済ませた。
これを終わらせない限り。
この街を離れることは出来ない。
ライゼンベルグの位置についても確認したいし。
出来れば推薦状だって欲しい。
そういう欲もあるが。
全ては後回しだ。
一通り準備が終わった所で。
一休みする。
また、あの道の所で。
誰かが困っているかも知れない。
少なくとも、ちょっと坂がある、程度の場所にまで落ち着かせない限り。
わたしは此処を離れてはいけないのだ。
以前と同規模の戦士達に加え、八人ほどの人夫と一緒に出る。人夫はいずれも既に現役を引退した戦士だったり、或いは子供だったり。今回の件で、少しでもお金を稼ぎたいと考える人達だ。
歩きながら、アモンさんが話をしてくれる。
「酷い状態の街だと、姥捨てという風習があってな」
「うばすて、なんですか」
「……既に労働力にならなくなった老人を殺す風習だ」
「!」
絶句するが。
しかし、お外の恐ろしさは散々見てきたのだ。
あっても不思議では無いだろう。
アモンさんは壮年の魔族だが。
壮年と言う事は、人間で言う老年くらいの年月は生きている。
各地で色々なものを見てきてもおかしくは無いのだろう。
「子供が勉強できる機会もあまり多く無い。 錬金術を使える人間が、勉強が出来るという事態そのものが、奇蹟に等しいのでは無いかと俺は考えている」
「……そんな世界、変えないと」
「そうだな。 俺たちも頑張っては来たが、自然と闘うだけで精一杯だ。 だが、ディオンどのが来てくれて、少しは良くなった。 このまま少しずつ良くしていきたいものなのだが」
改めて思い知らされる。
憧れていたお外は。
嘘っぱちだったのだ。
すてきな世界にすてきな冒険。
そんなものは存在しなかった。
だが、だからこそ。
わたしは。
授かった奇蹟の力と、奇蹟のチャンスを生かして。
戦わなければならない。
でも、本当にそれは。
奇蹟なのだろうか。
ソフィー先生はとても丁寧に教えてくれた。でも、そのソフィー先生が来るタイミングが、あまりにも完璧すぎたのでは無いのだろうか。
時々疑問も浮かぶ。
外があまりにも思っていた場所と違う事もある。
だが、それはやはり。
わたしがまだまだ、色々足りないから、なのだろう。
知らなければならない。
現実を。
戦わなければならない。
現実と。
わたしは、歩くために。
外に出てきたのだ。
谷だった坂が見えてきた。
一旦休息を取る。今回は、この間助けた商人達に、馬車を借りてきている。埋め合わせにはとてもならないが。メッヘンの方で提案したのだ。馬車を、インフラ整備のためにレンタルさせて欲しいと。
勿論商人は受けた。
商品の何割かを失ってしまって、ただでさえ大損なのだ。
少しでも取り戻したいと思うのは、彼らとしても当然の道理だろう。
ただ、馬車を失う訳にもいかない。
此方としても、作業に細心の注意を払う必要がある。
坂をまず馬車で上がる。
雨が降っても大丈夫なように、踏み固めて起きたいけれど。
この坂の斜度なら、多分崩れる事はないだろう。
坂の上に上がると。
まだ谷が彼方此方に残っている。
向こうから、護衛数人を連れた商人が来た。軽く話をする。立て札による忠告を読んでくれたらしい。それを聞いて安心した。
商人は徒歩だったが、坂を上がるのは大丈夫だったらしい。その代わり、やはり彼方此方谷が残っている箇所は危なく感じたと言われた。
落ちないように木でも植えるか。
それとも徹底的に崩すか。
そのどちらかしかない。
商人の護衛に、かなり大きな斧を持っている女性がいた。パワフルな戦士だと思って、見とれてしまう。
向こうは此方に気付いていなかったが。
いずれにしても、荷車で運んでいる荷物だ。相当な高級品なのだろう。普通商人が街を行き来する場合、馬車を使うと聞いている。
商人が見えなくなってから。
作業を始める。
まだ埋まっていない谷を確認し。鉱物の声を聞く。
少しずつ、順番に。つるはしを振るって壊して行く。
崩落する岩石。
崩れ落ちる谷。
元々この谷は、相当に脆くなっていたのだろう。
それにこの間の大雨がとどめを刺した、というわけだ。
崩れる度に、大量の水が噴き出す場面もあって、冷や冷やさせられた。
だが、少しずつ。
確実に崩していく。そして崩した後は、周囲から土砂を持ってきて、埋める。そして、瓦礫を踏んでも大丈夫なようにならしていく。
いっそのこと、この谷を。
全て平らにしてしまうべきだろう。
今後雨が降ると、変な水たまりが出来てしまうかも知れない。そういった場所には、変な獣が住み着くかも知れないからだ。
「アードラだ!」
護衛が声を上げ。
人夫達を守る。
上空で旋回しているアードラに、ウコバクさんが火球の魔術を叩き込み、爆裂させた。アードラは大きなダメージを受けたわけではないようだが、面倒くさがったのか、距離をとる。
それでいい。
そのまま距離を詰められていたら、どちらにも不幸な結果しか待っていなかった。
「少し広く崩れます! 離れてください!」
「下がれ! フィリスどのは岩の声を聞く! 崩落に巻き込まれるぞ!」
戦士達は、既に作業を見ているからか。
わたしに連携して動いてくれる。
人夫達も最初は半信半疑だったようだが。
わたしがつるはしで崖を崩していくのを見て、すぐに本当なのだと悟ってくれたようで、やりやすい。
そのまま岩を崩し続け。
埋めていく。
間が悪いことに。
空に大きな雲が出始めた。
街の方は大丈夫だろうかと思ったけれど。
此処を整備するのが先だ。
下手に今戻ると、却って邪魔になる可能性もあるし、あれが何も大雨を降らせるとも限らない。
かなりの人が動いているのだ。
安易な判断は出来ない。
勿論判断は早い方が良いだろうが。
目立つところを崩し。
そして、激しい崩落を八度発生させた。
大きめの崩落が起きると、かなり大きなまま、残ってしまう岩石も目立つ。あまりにも目立つ岩石は、砕いてしまう。
つるはしが痛んできたのが分かる。
如何にわたしが鉱石の声を聞けるからと言っても。
これはもともと、随分使い込んでいるつるはしだ。
最小限の力で鉱石を崩せるとしても。
あまりにも使いすぎれば、それはその内駄目になってしまうのも、仕方が無い事なのだろう。
崩落を起こした後は、アモンさんが浮き上がって、強烈な蹴りを地面に叩き込む。
そして二次崩落が起きないことを確認してから。
人夫達が土砂を運び込む。
彼らの体力だって心配だ。
荷車に土砂を運び入れるのは若者や壮年の仕事だとしても。
子供や老人は、それを運ぶだけでも一苦労。
だが今は、メッヘンが大変な事になっている状況である。
子供も老人も。
悲しい話だが、働ける範囲では働かなければならないのだ。
この様子を見ていると。
外に出ても。
あまり世界は変わらなかったことが分かって、ちょっと悲しい。
子供が学問を出来るのだったら。
或いは才覚を発掘できるかも知れない。
お外の事が書かれていた本には。
お勉強をする子供達のための施設が書かれていたりもしたけれど。
レヴィさんに聞いたところ。
そんなものは、大きな街の裕福な子供くらいしか、通うことが出来ないのだという。
それは良くない。
できれば、多くの子供が学問を学べるようにすれば。
この世界は少しでもマシになる筈だ。
錬金術師だって増やせるかも知れないし。
魔術の才能だって発見しやすくなるだろう。
どろだらけになって働いている子供や老人を見ると。
悲しくなる。
陽の光さえ浴びることが出来ず。
動き回っていたエルトナの人々と。
何がどう違うのだろう。
不意に、鉱石が警告を発してくる。
派手に崩していたからか、奥の方で大規模崩落が起きる予感だ。
「すぐに此方に! 大規模崩落が起きます!」
「急いで逃げろ!」
戦士達に先導して貰い、人夫達を下げさせる。
ほどなく、凄まじい地鳴りと共に。
谷のまだ触っていない辺りが、派手に崩れた。
どうっと凄い音がしたが。
水が流れる音もした。
やはりここのところの大雨で、変な風に水も溜まっていたのだろう。それが、繰り返される崩落で刺激されて。
一気に谷を崩したのだ。
様子を見に行く。
谷の半ばほどが。
完全に、広い範囲で埋まっていた。
崩す手間が省けたとは言えるが。
まだ少し様子を見るべきかも知れない。
「アモンさん、地盤の確認をお願いします。 他の人は、整地作業を……」
「いや、作業を一旦止めた方が良いのでは無いのか。 まだ数カ所、崖の崩落が起きる可能性がある場所が残っている。 それらが全て同時に崩落を起こしたら、この谷だった丘が、一気に崩れる可能性も」
「……分かりました。 聞いてみます」
鉱石の声に耳を澄ませる。
今のところ、其処までの大規模崩落の恐れは無さそうだ。みんな落ち着いた声を出してはいる。
だが、崩落の可能性がありそうな声も聞こえるには聞こえる。
後、警告の声も聞こえた。
やはり獣が様子を見に来ているようだ。
あれだけどっかんどっかん崩しているのだから無理もないが。
「フィリスちゃん、焦るのは禁物よ」
「リア姉、ありがとう。 ……分かった、それならアモンさん、先に崩すところを崩しましょう」
「連鎖しての大規模崩落を防ぐのだな」
「はい」
アモンさんの背中に乗せて貰って、周囲の様子を確認する。
そういえば。
これも、空さえ飛べれば別に問題なく出来るのだろうか。
空を飛ぶ。
ちょっと考えて見ても良いかもしれない。
旅だって、随分楽になる筈だ。
一度、皆の所に戻る。
手を叩いて、注目を集めてから、指示を出す。
「あの辺りから、先には行かないようにしてください。 これから崩れる可能性がある場所を、全て崩してしまいます
「分かった。 土砂もあの先には行かないようにして集める」
「お願いします。 しばらくは、土砂を瓦礫にかぶせて、平らにすることだけを考えてください」
わたしのお願いを、きちんと聞いてくれるのは嬉しい。
そのまま、残った場所を平らにしに行く。
一番危ない場所から順番に崩落させ。
谷を埋める。
時々大きめの獣が此方を見ていたが。
お姉ちゃんとレヴィさんが目を光らせていて。
此方には近寄る隙を作らなかった。
崩しては下がり。
アモンさんがきちんと崩れたかを確認し。
更に崩しては距離をとる。
夕刻になる頃には。
崩す作業は一通り終わり。
谷だった地形は消滅。
文字通り、丘へと変わっていた。
後は、変に水が溜まらないように。土砂をならしていくことが大事だが。
それと同時に、わたしは彼方此方を回って声を聞いていく。土の下に変な空洞が出来ていると、崩落が起きる可能性があるからだ。
何カ所か空洞があるようだけれども。
大きさとしてはどうと言うこともない。
アモンさんに思い切り踏んで貰ったけれど。
一応、崩れる事はなかった。
崩れたとしても、人一人が埋まるくらいの穴が出来るくらいだろう。
木でも植えて、目印に出来ればいいのだけれど、そうもいかないか。この辺りには緑がない。
何か植物の苗を持ってきたところで。
恐らく何も育つ事はないだろう。
植物を育てるノウハウも。
出来ればディオンさんに聞きたいが。
そこまで何でもかんでも聞くのは非礼にあたるかも知れない。ただでさえ、秘蔵のお薬のレシピまで貰ってしまったのだ。
それにソフィー先生は、自分で考えた方が伸びると言ってくれた。
わたしは、考えるべきなのだろう。
一度アトリエを展開。
人夫を収容。
アトリエを見て、皆驚いていたが。
もうそれには慣れた。
戦士達も、交代でアトリエに入り、休息して貰う。水周りもあるので、お湯を沸かして、体を綺麗にしてもらい。
お姉ちゃんに魔術で回復をしてもらう。
アモンさんもウコバクさんも回復魔術は使えないので。お姉ちゃんにちょっと大きめの負担を掛けるが。
こればかりは仕方が無い。
幸い、蒸留水ではないものの、そこそこ綺麗な水はメッヘンで補給してきている。
飲むのは厳しいが、体を綺麗にするくらいは大丈夫だろう。
わたしも奥でさっさとぬらした手ぬぐいで体を綺麗にすると。
少し休む事にする。
そういえば、お風呂も外では普及している場所があるらしいけれど。
メッヘンでは少なくとも見かけなかった。
この辺りでは。水をまだ其処まで自在に使えていない、と言う事だ。
燃料の類も足りないのだろう。
街の周囲が森だらけ、という状態なら話も違うのだろうが。
少なくとも、メッヘンが其処まで緑化に成功しているようには見えなかった。
まだまだ工夫がいるのだろう。
アトリエにも水周りはある。
上手く工夫すれば、お風呂は作れるのかも知れない。
そうなれば、もっと遠征が楽になる可能性は高かった。
お姉ちゃんに言われて。
早めに休む。
できれば、明日中に。
作業は完成させたい。
翌朝から、雨が降り始めた。
小雨だ。
大雨になる可能性も少なそうだと判断。
最後の仕上げに取りかかる。
昨日の時点で、埋めるべき場所の七割は埋めてしまっている。後三割ほどを地ならししたら、もはや作業は必要ない。
急げ。
声が掛かる。
だが、そもそも人夫を護衛しつつ。
土砂で瓦礫を埋めてならしていく、という作業そのものが重労働なのだ。
わたしはお姉ちゃんとレヴィさん、アモンさんに護衛を頼んで、「元」谷を見て回り、雨の中でも崩落の怖れが無いかを徹底的に確認する。
ほどなく、「元」谷である丘は、安全と判断。
後は邪魔な瓦礫を埋めてしまうだけだ。
目立つ岩をそれでも徹底的に砕き。
たまに出てくる使えそうな鉱石を回収していく。
それにしてもこの特徴的な谷。
どうして出来たのだろう。
話を聞くと、昔は此処に川が流れていたのだという。
「見たと思うが、メッヘンの側にある川は暴れ川でな。 昔は今の比では無い被害をだしていたのだ。 ディオンどのが来てから、川の彼方此方に堤防を作ってくれて、これでもだいぶ被害は減ったんだがな……」
「川って、ずっとあっちですよね。 昔はこんな所を流れていたんですか!?」
「そういうことだ。 恐ろしいだろう」
アモンさんは何度も見たと言う。
川からは離れられないから、暮らしていくしかない人々が。
大雨が起きる度に、家ごと流され、家族を失う様子を。
酷いときは長老一家がまとめて流され。
街が機能不全を起こし。
其処に攻め寄せて来た匪賊と、決死の戦いを行い。
街の戦士の半数近くを失った事もあったという。
公認錬金術師が。
どれだけ人のために必要か。
わたしは再確認させられる。
だけれど、わたしが公認錬金術師になって。例えば、ソフィー先生くらいの実力を身につけたとして。
それで世界を変えられるのだろうか。
ソフィー先生くらいの力があれば、街の一つや二つを救う事なら簡単だろう。
だけれど、街の十や二十になればどうだろう。
五十六十は。
わたしには。
できるのだろうか。
そもそも街と言っても、メッヘンやエルトナと、二大国の首都では規模が違いすぎるとも聞いている。
そんな街をどうにかする次元まで。
わたしの実力は。
本当に伸びるのだろうか。
「今は、要所要所に堤防がある。 反乱が起きても、街を直撃することはなくなった」
「でも、この間の水害は」
「それでも、あれだけの被害が出ると言うことだ。 邪神に我等が勝てない理由が分かる気がするだろう?」
「……」
自然そのものが悪意を持った存在、邪神。
そういうものだと聞かされている。
錬金術師の、それも腕利きでないと勝負にもならないと。
確かにあの街の有様を見る限り。
その通りなのだろう。
そして世界を変えていくと言う事は。
邪神といずれ戦わなければならないことも、示しているのだろう。
目を擦る。
もう少しで、埋め立てと地ならしが終わる。
雨も少し強くなってきた。
「アモンさん、人夫の皆を、雨から守れますか」
「まあ無理ではないが」
「お願いします」
後の護衛は、お姉ちゃんとレヴィさんに頼む。
一緒に見て回り、丘の彼方此方から水が出ている様子を確認。ただし崩落の危険はない。ならした辺りをしっかり見て回って、何処も大丈夫だと確信してから。
谷の出口にある立て札を回収する。
これで、何とか。
メッヘンへのインフラは回復したと見て良いだろう。
大きな溜息が出た。
公認錬金術師は。
みんなこんなことを、いつもしているのだろうか。
場合によってはドラゴンと戦わなければならない。
前に倒した獣たちなんて比較にもならない、ネームドともやりあわなければならない。
そうしなければ。
あっという間に街なんて蹂躙されてしまう。
怖いけれど、それが現実なのだ。
わたしは、その現実と戦って行けるのだろうか。
雨が本降りになる。
鉱石の声を聞きながら、アトリエに戻り。戦士の皆も、最低限の見張りだけ残して入って貰う。
こんな状況では、流石に獣も活動しないだろう。
匪賊の方がむしろ心配だが。
彼らでさえ、暴れ川が健在のこの辺りでは。こんな天気の時には活動したがらない筈だ。
でも、それでも万が一を考えなければならない。
だから、見張りを残さなければならないのは、色々心苦しかった。
翌朝には雨は引いたが。
地盤はぬかるんでいて。
撤退だけで難儀した。
だが、アモンさんに上空から丘を見てもらったが。変な水たまりが出来ているような事も無く。崩落の類も起きていない。
わたしでも鉱物の声を聞くが。
危険を知らせるものはなかった。
何とか一段落か。
メッヘンに引き上げて、それから。
少し、良いものでも食べたかった。
4、黒い影
鬱蒼と茂る森。
それ自体が、この世界には珍しい。
此処まで立派な森を作るのには、数十年という時が掛かったはずだと、あたしは判断した。
敬意を払わなければならないだろう。
例え世界を変えることが出来ていないとしても。
森の奥には、泉と大樹を中心に、街がある。
かなりの生活水準を実現している様子で。
周囲の森にいる獣たちも比較的大人しかった。
街に入ると。
公認錬金術師である、この街の長老。オレリーが姿を見せる。既に老境に入っているが、彼女はライゼンベルグの公認錬金術師でも、十指に入る実力者だ。ただし、ライゼンベルグの権力争いに嫌気が差して、早めに地方に移り住み。元は不毛の荒野だったこのドナの街周辺を、緑に変えたという実績の持ち主である。
世界を変えることは出来なかったが。
少なくともドナ周辺は、生物が住みやすい場所へと変えたのだ。
数少ない、邪神を葬った錬金術師の一人であるオレリーは。
既に全盛期は過ぎているとしても。
少なくとも。
あたしの到来に気づけるほどの実力は持っていた。
「剣呑な気配が近づいてくると思ったら。 まるで全身から血を浴びたようだね、その気配は」
「うふふ、お久しぶりです、オレリーさん」
「ふん、そうだねソフィー=ノイエンミュラー。 鏖殺のソフィーとまで呼ばれるあんたが直接来るとは、碌な事ではないんだろう?」
鏖殺か。
そういえば、今でこそティアナに匪賊掃除は任せているが。
むかしはあたしが直接やっていた。
匪賊という匪賊を殺して周り。
あたしが来たと言う噂を聞くだけで、匪賊が逃げ散るようになった。匪賊と連んでいる役人や商人も、夜逃げするようにして、転がるようにして逃げていった。
だが、それも今はやっていない。
それだと却って効率が悪いと判断。
ティアナにその辺の汚れ仕事は任せるようになったからである。
今のあたしは。
もっぱら世界の裏側から。
世界を変えるべく動いている。
「あたしが目をつけている子が、近々ここに来ます」
「! ほう……あんた程の化け物がかい」
「化け物とは酷いですね。 とてもひ弱ですが、将来性豊かな子ですので、是非「可愛がって」あげてください」
「はあ、仕方が無いね。 壊れても知らないよ?」
この人は、超スパルタで知られる。
この人から推薦状を得られた公認錬金術師候補は十人といない。
なおあたしが公認錬金術師試験を受けたときは、二十人から推薦状を集めたのだが。その一人がオレリーさんだった。
それ以降、この人には色々興味を持って。
仕事を依頼したり。
緑化についての話を聞きに来たりしている。
あたしも知らない技術を幾つか知っていたので。
非常に有意義だった。
軽く話をした後、足りない物資などがないか聞き。回すように手配すると言うと、鼻をならされる。
「正直借りなんか作りたくはないんだがね、仕方が無いね。 これも街の皆のためだ」
「良いんですよ謙遜しなくても。 あたしは基本的には、世界をよくする人間の味方ですし」
「その一方で匪賊は消毒かい」
「そうですが何か?」
この人は、どうも世間一般で当たり前になっている、匪賊に対する見敵必殺の掟を好んでいないらしい。
とはいっても、この人自身が匪賊を多数倒して来ている歴戦の猛者だ。
現役を離れた今も、その勇名は周辺に轟いている。
「いきな。 話は分かった。 あんたがそれほどいうんなら、さぞや有望な子なんだろうよ。 徹底的に揉んでやる」
「お願いしますね。 ちょっとひ弱すぎて、あたしが撫でると首が折れそうだったので」
「……少しは力加減を覚えな」
「心しておきます」
手を振って、その場を離れる。
すぐ近くに待機していた護衛と合流。
呆れ果てたようにプラフタが嘆息した。
「フィリスの成長速度を最高に保つように、根回しを徹底的にするのは良いのですが、いくら何でも……」
「水害の被害があの程度で済んだのはあたしが手を回したからなんだけどなあ」
「ゼロにも出来たでしょう」
「死者は出してないよ?」
プラフタはあたしに色々言いたいことがあるようだが。
それでも最後は口を閉じた。
さて、次にもまだまだやる事がある。
そもそも、今目をつけている錬金術師の卵は一人では無いのだから。
もう一人の有望株、イルメリア=フォン=ラインウェバーは、予定通り家を飛び出したことが分かっている。
今は別働隊が監視しているが。
後は真逆の方向性を持つこの二人が接触するように、適当に誘導してやればいい。
人材が欲しい。
この世界を変えるための。
そのためには何だってする。
あたしはくつくつと笑うと。
次の目的地に、足を向けた。
(続)
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