知らない街への到達

 

序、全てを失った男

 

何もかもを一夜で失った。

ヒト族の男性レヴィ=ベルガーは、まだ若いのに、挫折を味わった経験がある。というよりも、理不尽に全てを奪われた、というのが正しい。

裕福な家に生まれた。

過不足無く育った。

善良な両親と兄姉達。

大きな街で、安泰に生きられる。その筈だった。

だが、その街を。

突如としてドラゴンが襲った。

それも、生半可な奴では無い。街にいた公認錬金術師でも刃が立たず。自衛のために備えていた戦士達も皆殺しにされた。

後で知った事だが、ここ数十年では滅多に、他に数例しかない悲劇だった。

ともかく、何もかもを失い。

街を逃げるしか無かった。

これが五歳の時の事。

成人した今でも鮮烈に覚えている。

本来なら、幼いときの記憶は忘れてしまうものらしいのだが。

それでも、忘れられるわけがない。

突然現れた理不尽の権化。

焼き尽くされる全て。

兄姉も両親も。

全てドラゴンの手に掛かった。目の前で踏みつぶされ、食い千切られ、そして焼き払われた。

皆殺しにされたのだ。

財産も全て失った。ドラゴンは宝石にも金にも興味を見せず、全てを破壊し尽くしていった。

からくも屋敷から一人逃れ、何もかもを無くしたレヴィは、難民となって彷徨い。そして隣の町で、孤児院に受け入れられた。

其処は。今まで暮らしていた天国のような場所と違って。

地獄だった。

周囲は全て敵。

孤児院の中には、孤児を奴隷として売買しているような場所がある。最近はどこもそういった孤児院はなくなっているらしいし。近年は特に減っているようだが。この孤児院は巧妙なやり口で周囲の目を避け。悪事に手を染めている連中だった。

レヴィは周囲の子供達の様子を確認し。

そして逃げる事を決めた。

やがて脱出には成功したが。またしても、レヴィは何もかもを失った。役人に全てを話したが。話も聞いて貰えなかった。だが、戻ったところで殺されるのは目に見えていた。

おかしな話だが。その孤児院は、後で院長が不審死を遂げたと聞かされている。

ともあれ、街に傭兵団がたまたま来ていたので。

頭を下げて入れて貰った。

子供でも出来る事はある。傭兵団は荒くれの集まりだが、故に皆の生活が雑になりやすい。

まずは下働きから始め。それから剣術を覚えた。

やがて、レヴィは。過去の栄光を夢見るようになった。

ほんの幼いときまで、確かに身を包んでいた豊かな生活。それを取り戻したいと、願うようになった。

剣術の才能はあった。

傭兵団でも見る間に頭角を現し、大人相手に一本取る事もあった。やがてそれが当たり前になり、腕利きとして注目されていった。

しかし、レヴィの感覚は独特で、誰も周囲は理解してくれなかった。変人と誰にも呼ばれた。下手に目立つと欠点を馬鹿にされることも多い。だが反発すれば集団で叩かれる。レヴィはまた孤独になった。生きていけるようにはなったが。それも、死と隣り合わせの毎日だった。

請われては匪賊を斬り。

仕事のまま猛獣と戦い。

強力な敵を前に、無能な味方を後ろに、ゴミのように仲間が死んでいく中。

傭兵団は、ドラゴンの襲撃を受けた。またドラゴンに襲われたのだ。理由はよく分からないが、縄張りに入ったとか。相手の機嫌が悪かったとか。そんな理由だったのかも知れない。

ドラゴンには、普通の人間は何をしても勝てない。その話は聞いていた。剣の腕は上がったが。それでも勝てる気などとてもしなかった。

撤退命令がすぐに出たが、それは全滅を避けるだけの結果に終わった。

いずれにしても、傭兵団は滅茶苦茶に蹂躙され。

二度目の居場所を、またしてもレヴィは失う事になった。からくも生き延びるだけで精一杯だった。

だが、今回は。

あまり喪失感はなかった。

才覚があり、明らかに剣術が出来るレヴィに対して、周囲の冷淡な態度。

これは絶対に忘れる事が出来ない。

言動が滑稽だ。

孤児院から逃げてきたらしい。

そういって嗤う連中の顔を。

絶対にレヴィは許すことが出来ないだろう。

もう傭兵団に入ろうという気にはなれなかった。最低限の生活を続ける金だけは手元に残っていたので、それだけは幸いだった。

やがて、レヴィは遺跡に入っては、古代の遺物を探す事を始めた。一人でいる方が、むしろ楽だと気付いたのは、その時だった。古い時代の遺物は、幼い頃に周囲にあった豊かさを思い出させてくれる。

それだけで、レヴィは。

むしろとても幸せな気分になる事が出来た。

傭兵団で下働きをしていたから。

何でも生活関連は出来た。

むしろ、料理に関しては、一時期傭兵団の荒くれ達に全てやらされていたくらいで。

生半可な本職には負けない自信だってある。

各地をフラフラしている内に。

勝てる相手と勝てない相手を見分ける術も身につけられるようになった。

遺跡を見て、此処は大丈夫か、だめかも。

中にヤバイネームドがいるかも。

何となく分かるようになった。

そんな頃だった。

彼奴が現れたのは。

レヴィの前に姿を見せたのは、赤い体の魔族。あからさまに、纏っている魔力の量が、その辺で見かける魔族とは違っていた。

イフリータと名乗ったその魔族は。

レヴィに言う。

もしも世界を恨むのなら。

変える事の手伝いが出来ると。

ただ惰性で生きているのなら。

退屈を紛らわせる手段があると。

興味を持ったレヴィは。

イフリータについていくことにした。

 

そこはレヴィがまったく知らない場所だった。異次元というか異空間というか。星空の上を歩いているかのようだ。

不思議と暗くはなく。

逆に明るすぎもない。

周囲は真っ暗な空間なのに。

どうしてか足下も見える。

人影は殆どいない。たまに、雑談している数人や。忙しそうに走り回っている小さな影を見る。

だが此方には興味を示していないようだった。

ほどなく、通路のような場所に出る。

其処は無数の階段で接続されていて。立体的に編み目のように組み合わさった通路の群れだった。

暗い空間の中。

明らかに不自然にそれらが浮かんでいる。

何か無いかと探しに潜った、滅ぼされた街の錬金術師のアトリエでさえ。

此処まで凄まじいものは存在していなかった。

だが分かる。

これは錬金術の産物だ。

錬金術師が異次元の実力を持っている事は知っていた。

だが、これほどまでとは。

金持ちの生活時代には、或いは何か見たことがあったのかも知れない。

しかし、レヴィが覚えているのは、やはり最後の瞬間。

全てが終わったときの事だけだ。

それを考えてしまうと。

今でも視界が真っ赤になる。

だから出来るだけ考えないようにして生きてきたし。周囲とずれていると言われるようになってからは、そういうものだとも思って、周りが嗤うのなら好きにさせるようにしてきた。

そうしないと生きていけなかったからだ。

その反動として、何に対しても無感動になった。

だから今も。

不思議な空間をイフリータについて歩きながら、凄いなあとそれだけ思っていた。

「遺跡漁りのレヴィと呼ばれているそうだな。 お前の事は調べさせて貰った」

「我が名が知られているというのは光栄だ。 この星空の迷宮に俺を招き入れたのも、それが故なのか」

「面白いしゃべり方をするとは聞いていたが……傭兵の間を渡り歩いていた割りには貴族のようだな」

レヴィは貴族ではなかったが。裕福な生活をしていた。

だから、そう言われると嬉しかった。

「ふっ、そう褒めるな。 我が暗き波動が疼く」

「ふむ、よく分からん」

幾つかある階段の一つを降りると。

其処が少し広い場所になっていた。

其処でしばらく、色々な事をした。

まず何かの道具を、ホムが持ってくる。こんな広い場所で、ホムが護衛も連れずに歩いているのは珍しい。

つまり此処は、何かの巨大施設の一部と言う事だ。

ラスティンの首都ライゼンベルグでさえ人口は十万。

アダレットも同じ程度だと聞いている。

これは、広さは流石にそれらに及ばないかも知れないが。

規模で言うと、ひょっとすると近いかも知れない。

一体何処の組織だろう。

そう無感動に考えている内に。

何やら様々な道具を使って、レヴィの体を調べ始める。直接触られることはなく。ホムが道具をかざして光を当てたりして。

それで何やら計測しているようだった。

「戦闘力評価、総合61。 B判定です」

「ふむ、噂通りの腕前のようだな。 流石に傭兵団の壊滅から生き延び、一人で遺跡を探っているだけの事はある」

「何のことだ。 我が深淵の嗜好であれば、余人に理解及ばぬものだというだけだが」

「深淵という言葉はあまり口にしない方が良い」

不意に。

イフリータが真顔になったので。

むしろレヴィの方が驚いた。

魔族が真顔になると、ヒト族のそれとはちょっと違う。そしてイフリータの実力は、レヴィでもこれは勝てないなと一瞬で分かるほどのものだ。渋々ながらも、頷くしかなかった。

「すまないな。 俺は深淵というものの真実を知る立場にいる。 それは本当に恐ろしいものなのだ。 今でも正気を保っていられるのが不思議な程にな。 そして滑稽な事に、我が所属する組織もそれに深い関わりを持っているのさ」

「ふむ……そうか。 では我が漆黒の嗜好と呼び変えるとしよう」

「何でも良い。 ステータスとしては充分だ。 我らが深淵の者にてお前を雇い入れたいが、構わぬか」

「!」

まさか。

此奴らが、そうなのか。

レヴィも流石にたじろぐ。

深淵の者。

傭兵の噂に聞いたことがあった。

やれ大型化した匪賊の組織を手当たり次第に抹殺しているだの。それと癒着している連中も人知れず抹殺しているだの。

邪神を人知れず滅ぼしただの。

ドラゴンを駆除しているだのという噂がある組織があると。

暴れ狂う邪神が出ると、二大国でもどうにも出来ないのに、いつの間にか消滅している。それを実施したのはこの組織で、数百年も前から動いているのだと。

そういえば、アダレットも愚かな王が妙に良いタイミングで死んだり。

圧政の引き金になりそうな官僚が突然死したりして。

随分と長続きしている。

無能な錬金術師が政治的駆け引きで回していたライゼンベルグも、いつの間にか錬金術師の質を上げる方針に転換し。今では少なくとも、公認錬金術師の実力は底上げされている。

裏に手を引いている組織があるという噂があるのだが。

これほどの規模であるならば、納得も出来る。震えが来るのを、何とか抑えるので必死になる。

レヴィも散々修羅場をくぐってきたのだ。

どれほどヤバイ場所に連れてこられたのかは理解出来る。

「や、雇うといっても、所詮俺は……」

「お前は今の時点ではただの遺跡の盗掘屋だ。 相応に目利きは出来るようだが、戦士としては一流にわずかに届かない程度。 そしていずれこのまま生きていれば、何処かの遺跡でかなわない相手に出くわして死ぬだろうな。 ある程度は危険を察知できるようだが、本当に危険なネームドは更にその上を行く」

「……」

返す言葉もない。

その通りだ。

実際、いままでは運が良かっただけ。遺跡になっている場所にはネームドが住み着く場合も多い。

ネームドの強い奴になってくると、弱めのドラゴンくらいの力がある奴もいる、と聞いている。そして性格も巧妙で悪辣だ。

どういうわけか、遺跡の深部や滅びた街の地下などに、ドラゴンが住み着くことは滅多にないらしいが。

その代わり、邪神が出る事がある、という噂もある。

いずれにしても、このままの生活を続けていれば。

勝てない、しかも撤退できない相手との遭遇は時間の問題だ。

そして遭遇してしまえば。

終わりだ。

今までは幸運だったが。それとも別れることになるだろう。

「別に汚れ仕事をしろと言うつもりは無い。 お前は経歴を見る限り、傭兵で人を斬ったことはあるようだが、それ以外で無意味に殺戮を繰り返すような者でも無い。 ごく善良で、生きるために剣をとり、ただ刹那的に遺跡に潜っているだけの普通の人間だ。 ねじが外れている訳でも無いし、その言動もずれていることを馬鹿にされている内に、開き直って身につけた、そんなところではないのか?」

「そ、それは」

「貴族か富裕層の出身である事は確定のようだな。 流石に出生までは追えなかったが、やはりか」

「……」

見透かされている。

この魔族。

実力だけではなく、ただ者では無い。これは、永く生きているが故の経験なのか。

レヴィは心臓を鷲づかみにされるような恐怖を感じたが、相手は戦おうとは思っていない。むしろ優しい言葉だけ掛けてきている。それだけでも、結構恐怖があるのだ。もし相手が戦う意思を持っていたら、どうなっていたことか。

「護衛を頼みたい」

「護衛……?」

「今、見習いの錬金術師が旅をしている。 この鍵はある遺跡の宝箱のものだが、破損している。 修復を頼んだ後、興味を持ったと言って接触。 相手が一人前になり、必要がなくなるまで護衛しろ。 報酬金は前払いでこれだけ渡す。 相手が一人前になったら、同額を渡す」

いきなり。

どっさりと、金貨を渡された。

目を剥く。

こんな金額。

それこそ、中規模以上の傭兵団が、ネームドでも相手にする時に、渡されるような金額である。

桁外れの組織の人間を相手にしているのだと。

レヴィも改めて悟らされる。

映像が出た。

魔術に寄るものだ。

背が低く、肌が白い。背も低く、弱々しいヒト族の女の子の姿が映った。あからさまに旅慣れていない様子である。

「護衛対象はこの娘だ。 名はフィリス=ミストルート」

「そなたらほどの圧倒的存在が護衛を依頼すると言う事は、この者は絆結びし関係者か」

「違う。 ただ、世界を変えうる存在だ」

「な……」

錬金術師の実力は知っているつもりだが。

こんな子供が、か。

俯く。

相手は同じヒト族。

こうも変わるのか。

錬金術が使えるか使えないかで。

世界に影響を及ぼせるほどの存在になれるというのか。

ふっと、イフリータが笑う。

それは嘲笑うのでは無く。哀しみを抱えているレヴィを気遣うような笑みだった。

「錬金術師と言っても万能ではない。 事実俺たちの主君は、500年も掛けてやっと親友との和解を果たすことが出来た。 世界にどれだけ大きな影響力を持つと言っても、所詮は人間なのだ」

「な、何の話だ……」

「余計な事を余計な相手に喋った場合には死んで貰うが、それ以外の事は特に何も行動を掣肘はせん」

さらりと恐ろしい事を言われ。

そして鍵を渡された。

気付くと。

いつの間にか、草原に出ていた。

それまでの記憶が曖昧だが。

イフリータに言われた事はしっかり覚えていたし。金も持っていた。

いずれにしても、はっきりしているのは。

裏切ったら殺される。それも確実に、ということだ。

本物の深淵の者が相手だったら。それこそ邪神さえ倒すような存在である。二大国でさえ、総力を挙げて戦う相手である邪神をだ。

それに狙われて、生き残れる訳がない。

ともかく、フィリスという娘を探すことからだ。

嘆息すると。

レヴィは歩き始める。

よく分からないが、こんな何処かも分からない場所に飛ばされたと言う事は。その娘は近くにいるのだろう。

憂鬱ではあるが。

決して不愉快ではなかった。世界を良い方向に変えられるのなら。それは本望だ。

 

1、エルトナを離れて

 

背後の山が遠ざかっていく。

それと同じくして、真っ茶色だった地面も、少しずつ緑が増え始めていた。まだ茶色の方が多いけれど。

それでも少しずつ。

生きている植物が見え始める。

わたしも、ようやく実感できた。

エルトナが、遠くなってきたのだ。

周囲も山だらけではないし。

少しずつ、鳥が飛んでいるのも見え始める。

お姉ちゃんは相変わらず気を張っているけれど。あの鳥は、小さくて可愛い。でも、可愛がるよりは、まず食べる事を考えなければならないのだろう。

山岳地帯を抜けてから。

もう三回戦闘をこなした。

いずれも獣で。

一度はウサギ。

もう二度は猪だった。

どちらももの凄い巨体で、本気で殺すつもりで突っ込んできたし。

猪の時は、お姉ちゃんが手傷も受けた。

わたしが弱いからだ。

わたしを庇って、ざっくり抉られた。猪があんなに怖い生き物だったなんて、知らなかった。

幸いお薬ですぐに治せたけれど。

その晩は震えが止まらなかった。

そして、猪のお肉は。

嫌みなくらい美味しかった。

殺さなければ殺される。生きるためには相手を殺さなければならない。旅をしているだけで、世界の理を思い知らされる。

わたしは、今。

生きるために、相手を殺し。

そしてその全てを活用して。

錬金術もしていた。

広い草原に出てから、行ける場所が増えた。視界の隅々まで見回して、何かあったらお姉ちゃんと相談して、取りに行く。

作ったばかりの荷車に素材を回収したら、さっさと撤収。

アトリエに籠もればひとまずは安心だ。

獣もアトリエには近づいてこない。

多分だけれど、何か処置がしてあるのだろう。

釜を洗って、お薬を増やす。

手に入れたものが、前に貰った素材よりも質が良くなってきている。

恐らくソフィー先生は、以前は意図的に品質が低い素材を渡してきていたのだと思う。素人が失敗する事確定の調合で、貴重な資源を浪費するわけにはいかないから、なのだろう。

その気持ちは分かる。

実際に採集をしてみて、如何に大変かは身を以て学習した。

だからわたしも、それに対して何ら思うところもない。

そして、お薬を作るのだ。

一通り作業をこなして。

前より明らかに効きがいい薬が出来たときは、思わず声が出そうになった。感情はただでさえ不安定なのだ。必死に抑える。

流石に自分の手を何のためらいもなく切る勇気はわたしには無い。

でも、自分で試すのが筋だろう。

ナイフでこわごわと。

少しだけ、腕に傷を付ける。

痛いし怖い。

そして傷に薬を塗り込む。

傷が、溶けるように消えていく。

そればかりか、体が少し温まったかのようだった。

ふうと嘆息。

これならば、前よりずっと良いお薬に仕上がったはずだ。容器に詰め込むと、コンテナに入れて。残りは腰からぶら下げる。

戦闘時は、何でもかんでも持っていくわけにはいかない。

特に傷薬は、即効性があるものでなければ話にならない。錬金術で作った薬とは言え、それは同じ。

今回腰にぶら下げているのは。

戦闘後に使える程度の実用性しかない。

まだまだその程度、と言う事だ。

今後は、更に実用性を強化し。

最終的には、一瞬で広範囲のけが人を全回復出来るくらいの薬を作りたいが。そんなものを使ったら、副作用も強烈そうだ。

まだまだ、勉強していかなければならないだろう。

獣の捌き方もまだまだだ。

もっと練習して。

お姉ちゃんの手を患わせないようにしないといけない。

不意に。

ドアがノックされた。

お姉ちゃんが奥から出てくる。料理をしていた筈だが、気付いたのだろう。流石に鋭い。

さいわい、このアトリエは内部から外を確認できる上、死角も無い。

外にいるのは、見かけないヒト族の男性だ。

多分成人したばかりくらい。

背はそれなりに高いが、高過ぎもしない。

目つきは鋭く、多分実戦経験者だろう。腰には一振りの剣を帯びていた。

ただ格好が何というか。

鎧を着ている訳でも無く。

何というか、あまり実用的とは思えないマフラーを巻いていたり。

何か黒系統で全身をまとめていたり。

口元をマフラーで隠していたり。

髪型が独創的で。

ちょっと不思議な印象を受けた。

「何かしら。 フィリスちゃん、無視するのも手よ」

「ええっ? そんなの悪いよ……」

困っているのかも知れない。

外に声を聞こえるようにする仕組みを機動すると、わたしは呼びかける。

「どなた様ですか?」

「此処は錬金術師のアトリエか?」

「は、はい。 まだ見習いですけれど」

「それなら、仕事の依頼をしたいのだが」

仕事か。

それにしても、良く錬金術師のアトリエだと分かったものだ。

わたしはお姉ちゃんを見て。

仕方が無いと肩をすくめるお姉ちゃんの同意を得てから、ドアを開ける。

入ってきたのはやはり外にいた男の人。

周囲に他の人はいない。

お姉ちゃんは油断無くナイフに手を掛けている。

いざという時は、躊躇無く斬り伏せるつもりだろう。

「どうして錬金術師のアトリエだとわかったんですか?」

「何度か街で見た事があるが、いずれも錬金術師は驚天動地の技を引き起こし、魔術を越える神域に立つ者達だった。 俺は彼らを見て、心の黒き炎をいつも燃やして嫉妬とあこがれをない交ぜにしたものだ」

「え? はい……?」

何だかしゃべり方が難しくてよく分からない。

混乱しているわたしの後ろで、ドアをしめるお姉ちゃん。

そうだ。

この辺りからは、匪賊が出ると言う話だった。

一人が気を引きつけておいて。

残りが押し込んでくると言う可能性を想定しておかなければならなかったのだ。お姉ちゃんが補助してくれたのは嬉しい。

「俺はレヴィ=ベルガー。 遺跡に浪漫を求め、宝と言う名の黒き輝きを探して旅をする一振りの剣だ」

「は、はあ。 レヴィさんですね。 わたしはその、フィリス=ミストルートです」

「頼みとは他でも無い。 実はこの鍵なのだが、ある遺跡で見つけてな。 修復を頼めないだろうか」

渡されるのは。

壊れた鍵だ。

なるほど、魔術が掛かっている鍵で。

普通の冶金での修復は無理だろう。

わたしに話が回ってこなければ、他の錬金術師に話が行っていた、と言う所か。

お姉ちゃんに言われた事を思い出す。

まずはお金がいると。

それならば。

お仕事はしていかなければならないだろう。

幸い、鍵は致命的に壊れてはいないようだ。

インゴットから不足分を補充しつつ。

そのインゴットにも、中和剤経由で魔力を流し込めば。

使えるようになるだろう。

「分かりました。 引き受けます」

「そうか。 では俺は東にある街にいる。 仕事が終わったら声を掛けてくれ」

「東の街、ですか」

「そうだ。 このすぐ近くにある」

それは良かった。

色々心配していたのだが、街は側なのか。

お姉ちゃんが無言で戸を開け、レヴィさんを通す。満足そうにレヴィさんはアトリエを出ていった。

しばらくその背中を見ていたお姉ちゃんだが。

ふうと嘆息する。

「何かしらね。 十代の半ばくらいには、特別感を出したくて、周囲と違う言動をしたがる事があるらしいけれど」

「そうなの? 自然に見えたけれど。 でも言ってることは難解だったね」

「難解というか……」

お姉ちゃんが呆れた様子で、じっとレヴィさんのいた辺りを見ていた。

いずれにしても、仕事を終わらせてから東の街に行く事にする。

適当なインゴットを見繕う。

鉱石は相応に回収してあるので。

すぐに無くなる事はないだろう。

そこそこ良さそうなインゴットをまず炉で熱する。

この炉も。

既にかなりの回数使っている。

最初の頃、ソフィー先生に使い方を教わったので。

今では怪我せずに使えるようになっている。

火掻き棒を使ったり。

遮光眼鏡を使ったりというのは。

くせにして身につけていた。

中和剤と一緒に熱したインゴットを取りだし。

赤熱したそれを叩いて伸ばし。

また中和剤を掛ける。

そして熱する。

更に、鍵の方を調べる。

まず粘土で型を取り。

欠けている部分を、丁寧に粘土で繕っていく。

その後、粘土そのものに中和剤を混ぜ。

これを焼く。

こうして硬化させた所に。

溶かしたインゴットを流し込むのだ。

この際の作業が非常に危険なので。

お姉ちゃんに立ち会って貰って、ゆっくりと熱した金属を流し込む。

しばしして。

金属が固まる。

後は粘土を剥がすだけだ。

丁度良い具合に。

欠けた部分が、溶かし込んだインゴットに補完される。これがもっと分かりづらい鍵だったら、もっともっと大変だっただろう。まずどんな形をしている鍵なのか、推察していかなければならなかったはずだ。今回は、彼方此方単純に欠損しているだけで、鍵の構造が分かり易かったからどうにでもなった。

それだけである。

しばらく鍵を冷やした後。

鉱物の声を聞く。

だいじょうぶだよ、と聞こえる。

そうか、ならば大丈夫だろう。

鉱物達は、わたしに基本的にいつも正しい事を教えてくれる。

だから、わたしも鉱物を信用する。

それだけだ。

外を見ると。

大雨だ。

今日は此処までにして、明日街へ向かう事にしよう。

街だと、ひょっとすると公認錬金術師がいるかも知れない。

そうなれば、或いは。

推薦状を書いて貰えるかも知れない。

勿論、駄目な可能性もある。

駄目だった場合は、最悪次の街に行く判断を急いでしなければならないわけで。時間が限られている以上、もたついてもいられない。

更に言えば。

街に出たら、お金を稼ぐ方法についても思案する必要がある。

少しお姉ちゃんと話したのだけれど。

街に錬金術師がいる場合。

お薬などを売ると、嫌がらせとして判断される可能性があるという。

もっと良いお薬などが流通していれば買いたたかれるだろうし。

逆に、こちらがもっと良いお薬を売ったりしたら、営業妨害として睨まれる。

その場合は、勿論推薦状なんて出して貰えなくなる可能性が高い。

それならばどうすればいいのか。

足りていない物資を売ればいい。

そうお姉ちゃんは言う。

足りない物資は、商人にとって商機になる。

勿論相場を知らなければ買いたたかれてしまうけれど。

ソフィーさんが紹介してくれたアルファ商会が来ていれば。

恐らく相場に沿って適切な値段を出してくれるだろう。

なおアルファ商会はかなり大規模なものらしく。

彼方此方に相当な広がりを見せているそうだ。

東にあると言う街にもある可能性は高い。

雨が止むのを待っている内に。

夜になった。

そして、ごうごうと、凄い音がした。

眠っている間は気にしなかったが。

翌朝、起きだしてみて、絶句する。

アトリエのすぐ近くまで、水が流れていた跡が残されていた。どうやら川の一部が氾濫して、この辺りまで水が流れていたらしい。

お姉ちゃんが、少し高台になる所にアトリエを置くべき、と言ったのは。

これが理由だったのか。

気付かないまま、適当にアトリエを展開していたら。

今頃どうなっていたことか。

ソフィー先生の作ったアトリエがそんなにヤワだとは思わないけれど。

それでも、浸水とかしていたら。

それこそ目も当てられない事態になっていただろう。

生唾を飲み込むわたしに。

お姉ちゃんは、無事で良かったと言ってくれた。

驚くほど落ち着いている。

お姉ちゃんは恐らくだけれども。

こんな修羅場、嫌と言うほどくぐってきている。

そう考えて、間違いなさそうだった。

 

地面が乾くまで、調合の勉強と練習をして。

ゼッテルを増やしたり。

インゴットを増やしたりした。

数を重ねれば、嫌でも習熟する。

インゴットについては、鉱石が声で教えてくれることもあって、わたしはかなり使いこなせる。

例えば荷車を作る時も。

鉱石が色々と教えてくれたおかげで。

車軸や車輪。

それを取り付けるための仕組みも。

かなり簡単に作り出す事が出来た。

外に出ると、かなり暑くなっていて。

地面も乾いていたので。

お姉ちゃんに教わったとおりに、影の向きと長さを見て、時間を確認。そのまま歩き出す。

凄い量の水が。

地面を抉っていった痕があった。

点々としているのは何だろう。

よく分からないけれど、川の流れの一部が破れて。

水がこの辺りを蹂躙したことだけは確かだ。

街は大丈夫だろうか。

少し不安だったけれど。

ほどなく、見えてきた。

街だ。

エルトナの闇の中とは違い。

お日様の光の中に、無数の建物が林立している。

いずれもがそこそこに豊かな様子だが。

その一方で、街の周囲には、何カ所か壁のようなものが作られていた。街全てを覆えてはいないようだ。

何だか高い構造物もあって。

人が登っている。

弓を構えているようだった。

「あれは物見櫓ね」

「物見櫓?」

「高い場所に登ると、遠くが見えるでしょう? 匪賊などに襲われたときに、早期警戒ができるのよ。 戦闘になった場合も、高い所から相手に矢を降らせる事が出来るわ」

「そっかあ」

凄い仕組みだなと思った。

なお石で出来ているし、見たところ魔力も帯びている。

防御の魔術が掛かっているのだろう。

多分ちょっとの投石くらいではびくともしないはずだ。

わいわいと、川の方で人が集まっている。

それも気になったが、何て大きな川だ。

なるほど、あれが破れて。

水の一部がこっちに来ていたのか。

それでは、あのようなことにもなる。

外には、こんな大きな川があるんだなあと、わたしは感動してしまった。

だが、お姉ちゃんの表情は厳しい。

「橋が中途半端な状態ね。 渡れないかも知れないわ」

「橋?」

「あれよ」

橋。外の世界を書いた本に載っていた、川を渡るためのもの。

これも、情けない話だけれど、実物を見たことが無かった。だからそれを橋として、最初認識出来なかった。

構造としてはアーチ状で。

石で作られているらしく、川に掛かっていた様子だ。

だがその一部が壊れてしまっているようで。

今も、男衆が集まって直している。

そんな中、指示を出している老齢の男性と。

そばであたふたしている若い頼りない男性が目立った。その男性は、先生と呼ばれている。

「先生! この橋の部品たりねえよ! もっと作ってくれるか!」

「あ、はいっ! 行ってきます!」

何だろう。

頼りない。

とりあえず、造ってくると言う事なので、作るのだろう。

多分あの人が錬金術師だなと、わたしは思った。

橋に近づくと、案の定見張りらしい獣人族の男性が近づいてくる。ウサギの頭を持っていて、手には大きな竿状武器を手にしていた。先端部分は刃物では無く、鈍器になっている。

「んだてめーら」

「あ、あの。 フィリス=ミストルートと言います。 旅の錬金術師です」

「錬金術師ぃ? ホントかよ」

「はい。 まだ見習いですけど」

疑い深そうな獣人族の戦士に、見せる。フラムとお薬。こういった成果物を見せてやれば、大体は信用してくれると、ソフィー先生は言っていた。

実際、獣人族の戦士は、フラムを見て、なるほどと頷いたようだった。

実際こんな子供が。

かなり良い値がつくらしい、錬金術の産物であるフラムを、多数持ち歩いているのは不自然だ。

わたしも実際に見てきたが。

多数の恐ろしい獣が徘徊しているのである。

子供が行くならば。

余程の腕自慢か。

或いは護衛を雇うのが当たり前。

そうしなければ、食い散らかされてしまうのである。

「ちょっと待ってな。 長老に話をしてくる」

「あの、どういうことですか。 ただ旅の途中なのですが」

「見ての通り、水害の復旧で大忙しでな。 もしあんたが本物の錬金術師だったら、手伝って欲しいと思ってよ。 金は出す」

言うだけ言って、獣人族の戦士は行ってしまう。

身軽で、橋も彼方此方欠損しているのに、ひょいひょいと飛び越えていった。

あの辺り、身体能力を売りにしている獣人族ならではだ。

しばしして、戦士は戻ってくる。

来て欲しい、と言う事だった。

頷く。

あの頼りなさそうな、「先生」と呼ばれていたヒト族の若い男性。

あの人がもし錬金術師だったら。

困っている所を助ければ、推薦状を書いてくれるかも知れない。

だけれども、それ以前に。

この人達は、みんな困っている。

それならば、助けるべきなのでは無いか。

まだ出来る事は少ない見習い錬金術師のわたしだけれど。

最初にやるべきは。

自分に出来る範囲で、人を助けること。

それが当たり前だと思った。

 

2、爪痕

 

獣人族の戦士に連れられて、街の中に入ってみて分かったけれど。

どうやら水害の被害は、橋の損壊や、川の一部が氾濫しただけではすまなかったらしい。家の屋根なども、かなり破損が目立った。

ホムが何人か来ていて。

物資をどう運ぶかの相談をしている。

これは。

かなりの修羅場だ。

殺気だった獣人族の戦士が行き交っていて、突き飛ばされそうになる。

それをお姉ちゃんが庇ってくれた。

だけれど、わたしもそれを責める気にはならなかった。

エルトナは沈滞した世界だった。

だからこういうことはまずなかった。

だが此処は違う。

外の良い面もわたしは見た。

でも、外の悪い面もたくさん見てきた。

人がいれば、当然そこでも外の悪い面が出てくる。

エルトナにも人の悪い面はあったのだ。

だったら此処でも、あって当然だろう。

少し人が行き交う所を避けて、大人しくしている。

ヒト族の戦士が、大きな荷車に、石材を積んで複数人で運んでいた。石材は荷車に結え着けられて、相当重そうだ。実際運ぶのも、汗だくでやっている。

辺りは泥だらけ。

どれだけの凄惨な災害が此処を襲ったのか。

言われなくても分かるほどだ。

見ると、死んでいる魚がうち捨てられていて。

鳥がそれをかっさらっていく。

小さな魚だけれども。

かっさらっていった鳥は、わたしと同じくらい大きかった。それが街中に来ているのである。

どれだけ今がおかしな状況なのか、それだけでも分かるほどだ。

最初に声を掛けてきた獣人が、ぼやく。

「錬金術師さんよ、殺気立っていてすまねえな」

「いえ、その」

「あんた、見習いだろ。 だけど、錬金術師ってだけで、俺たち十人よりももっと働けるんだよ。 あの頼りない先生でさえ、俺たち百人より、もっと働けているかもな」

「そんな、わたしなんて」

本当に謙遜するわたしを連れて。

悔しそうに獣人族の戦士はいうのだった。

「事実なんだ。 悔しいが、錬金術師がいないと、どうにもならない。 この街に、公認錬金術師が来てくれた時、街の奴らがどれだけ喜んだことか。 そして本当に、みるみる発展していって、真っ茶色だったその辺まで緑になっていったんだ。 今もちょっとあたふたしているが、それもすぐに収まるさ」

「そんなに優秀な人なんですか?」

「いんや、何度も言うがとにかく頼りないな。 それでも、俺たちがどれだけいてもあの先生の方が街のためになってくれる。 そういうものなんだよ」

何だか、複雑な感情が籠もった声だ。

確かにソフィー先生の圧倒的な破壊力を見た後だと、頷くしかないのかもしれない。あの人ほどではないにしても、錬金術師はそれこそ神に通じる力を持つ存在達なのだろうから。

やがて、一番大きな家に通される。中に入ると、気むずかしそうなヒト族の老人と、ホムが二人待っていた。

「長老! 戦士ラルフ、旅の錬金術師フィリスどのをお連れしました!」

「うむ、下がってくれ」

「ははっ」

ラルフと呼ばれた戦士が下がる。

わたしとお姉ちゃんだけが残った。

結局ラルフさんと互いに名乗り合う事はなかった。

あの忙しい中だ。

仕方が無いだろう。

長老とホムは名乗ってくれた。これは、錬金術師の力が貴重で、これから細かい打ち合わせをしなければならないからだろう。なお、腰も低かった。それだけ今の状態が大変なのだと、わたしにはすぐ分かった。

「見ての通り、昨晩の水害で今このメッヘンの街は大変な事になっている。 旅の途中だと言う事はお見受けするが、出来れば力を貸していただきたい」

「頼むのです」

「お願いしますのです」

老人とホム達に、頭を下げられる。

わたしは思わず真っ赤になりそうになるが。

お姉ちゃんが、咳払いした。

「この子はまだ見習いです。 出来る事は限られますが、それでもよろしいのですか?」

「構いません。 うちにいるディオンどのという公認錬金術師も見習いですが、恐らくさっきのラルフに言われたのではありませんか? 錬金術師が一人いるだけで、我等など何人いてもできぬ仕事ができるのです」

「……リア姉、やるよ」

「分かったわ。 やってみなさい」

今は、推薦状どころじゃない。

やるしかないだろう。

まず、何ができるかを考える。

順番にやっていく必要がある。

「それでは、ちょっと空いている場所がありますか。 ちょっと広めの庭くらいでいいんです」

「はあ、それで何をするのです」

「見れば分かります」

老人に言われて、重役らしいホムが、庭に案内してくれる。

長老宅だけあって広いが、今は人が行き交っていた。

ホムが声を掛けて、場所を空けるようにと指示。

人々も、此方が錬金術師とみたのか、素直に従ってくれた。

どれだけ錬金術師の影響力が大きいのか。

一目で分かってしまう。

怖くさえあった。

「それで何を」

「アトリエを建てます」

「!?」

アトリエを展開。

文字通り、ぽんと現れたテントを見て、重役のホムは驚き。

そして中に入って、更に驚いた。

「こ、これは貴方が作ったものなのです!?」

「いえ、わたしの自慢の先生がくれたものです。 それで、何を作れば良いですか? お薬ですか?」

「薬、そうなのです。 もしも作れるのなら、幾らでも。 けが人がいて、既にディオン先生の薬は使い切ってしまっているのです」

「わかりました。 すぐに提供します」

売り物にならない、と分かっているものも含めて。

すぐに全てコンテナから出してくる。

最低限の、自衛用の薬だけを残して。

それ以外は全て渡してしまう。

効果については、実際に手を切って。

薬を塗って、見せた。

二度目だ。

前ほど怖くは無かった。

痛いのに代わりは無かったが。

それを見ると。

ホムの重役はもう一度驚き。

すぐに長老の所に戻っていった。

わたしはその間に。

レシピを引っ張り出す。

基本的なお薬の作り方については、幾つか教わっている。怪我を治す薬だけではなく、化膿止めもある。

残念ながら、わたしの技量では、千切れた腕をつなげたり。

或いは死んだばかりであれば息を吹き返すような薬は作れないけれど。

それでも、すぐに薬の生産体制に入る。

幸い水はある。

水害の後だけれども、水に関してはそもそもコンテナに蒸留水が大量に確保してあるし。

街にもある程度水があるようだ。

長老がすぐに重役と一緒に戻ってきた。テントの中に入って、長老は驚いて、はげ上がった頭からカツラがちょっとずれた。それは可哀想なので、見なかったことにする。

「これを全部譲っていただけるのか」

「その、そんなお薬でいいんですか。 わたしはまだ見習いで、腕の方も……」

「いや、本当に助かる! 言い値で買い取らせていただく!」

「足りない分もこれから作ります。 指示をお願いします」

長老が、すぐにホムの重役に頷き。

重役が、素早く計算。

流石は数字に強いホムだ。

お姉ちゃんが、指示された分量を見て、眉をひそめる。ただし、値段には納得しているようだ。

耳打ちされる。

「アルファ商会の適正価格の二割増しで買い取るつもりの様子よ。 そのまま受けなさい」

「駄目だよリア姉。 こんな困っている人達に、そんな事出来ない」

「こういう場合は……」

「駄目。 アルファ商会の適性値段でいいから」

嘆息するお姉ちゃん。

そして、その旨を伝えると、更に長老は驚いたようで。涙さえ拭っていた。

すぐに在庫を引き渡した。

お金は前金で半分渡してくれる。

ずっしりと言う程の金額だった。

こんなお金、見た事も無い。

エルトナに戻れば、何年も寝て暮らせるのではあるまいか。

すぐに調合を始める。

幸い素材はいくらでもあるし。

旅の途中、暇を見ては調合はして来たのだ。

どんどん良いものを作れるようになって来ている。

すぐに山師の薬二十セットを作成。

汗を拭いながら、次に取りかかる。

化膿止め。

熱冷まし。

消毒薬。

必要なものはいくらでもある。

ホムの重役が来て、進捗を見に来たので、外を見ると、もう真っ暗だった。お姉ちゃんにも手伝って貰って仕事をしていたのだけれど。いつの間にかそんな事になっていたのか。

そして、驚いたのは。

あのレヴィさんもいることだった。

前は何だか黒っぽくて何だか妙な美意識に包まれた格好をしていたのだけれど。

今は凄く動きやすい、粗末な服を着ている。

それでも、態度は同じだったが。

そういえば、前にあった時。

先の街に行っていると言っていた。そのまま水害に巻き込まれ、手伝っていたのだろう。

「お薬、追加分は此方です。 確認を」

「分かりましたのです。 ……品質も問題ないようですね。 アルファ商会で流通している価格通りに買い取らせていただくのです」

「はい、お願いします」

「それではレヴィどの。 フィリスどののお手伝いに回って欲しいのです」

高笑いしながら。

レヴィさんはよかろうと宣う。

格好が泥だらけなので。

お姉ちゃんが眉をひそめた。

重役のホムがすぐにその場を去ると。

早速お姉ちゃんが文句を言う。

「ちょっと、その泥だらけの格好は何とかしてくださるかしら」

「見ての通りでな、外は今暴風の後のごとく大変なのだ。 いや、実際に暴風雨の後だったな、ふはははは。 我が漆黒たる普段の荷物は宿に置いてきてある。 幸いこの街には、置き引きをするような低劣な人間はいないでな、それは安心して良いだろう」

「はあ、それは分かったのですが」

「それで何を手伝えば良い。 力仕事ならするぞ」

わたしは少し悩んだ後。

おなかがすいている事に気付いた。

お姉ちゃんと一緒に、料理をして欲しいと頼むと。

むしろレヴィさんは生き生きとした様子で頷いた。

化膿止めを作り始め。

そしてそれが終わって、蒸留水で釜を洗っている頃に、レヴィさんはある程度身支度を調えて。

料理を持って戻ってきた。

不満そうなお姉ちゃんと裏腹に。

料理はとても美味しそうだった。

「これ、お姉ちゃん、今こんなに凄いの食べてる場合じゃ……」

「作ったの、そっちの変な人よ」

「ふはははは、我が漆黒の装束と意思を褒められている、と思っておこう」

「ええと、はい」

よく分からないが。

とにかく食べて見ると。

とても美味しい。

話を聞くと、最初は料理の腕を振るって、被災地を助けていたらしいのだが。

こんな豪華な料理を作るよりも、力仕事を頼むと言われ。

しぶしぶ美しくない仕事をしていたのだとか。

不満を聞かされるが。

料理は文句なしの味だ。

お姉ちゃんのより美味しいかも知れない。

「ひょっとして貴方、本職かしら」

「俺は風のごとく彼方此方を流転してきた。 故に生きるために必要な事はあらかた身につけている。 それだけのことだ」

「……」

お姉ちゃんの視線が怖い。

レヴィさんは何処吹く風だが。

ただ、美味しかったし、元気も出た。

リストにある薬は、もうあらかた出来たので、多分次に取りかかれるだろう。この街の錬金術師と連携して、復興を急ぐことが出来る筈だ。

お姉ちゃんが、力仕事をレヴィさんと分担しながら、話をしている。

「疫病が流行ると厄介よ。 大丈夫そう?」

「心配いらぬ。 ひょろっとしていても、この街の錬金術師は有能だ。 疫病の特効薬は備えがあるそうだ」

「そう。 それならば良いのだけれど」

「だがそれも、街の復興が遅れればどうなるか分からぬ。 俺も野に住まう野獣が如き疫病の脅威は熟知しているつもりだ」

ぎすぎすはしているが。

会話は成立している様子だ。

ならばよし、とするべきだろう。

「リア姉、最後の分出来たよ」

「ならば、私……」

「いや、俺が届けてこよう。 それよりも、長老に直に話を聞いてくるべきではないのかな?」

「……リア姉、お届けはレヴィさんに頼もう」

嘆息するお姉ちゃん。

本当に嫌そうだ。

荷車を貸す。

すぐにレヴィさんは、お薬を運んでいった。

わたしはというと、長老の所に行く。

ほぼ丸一日が経過していた。

良く思い出すと寝ていない気がするが。

しかしながら、こればかりは仕方が無いだろう。夜通しでの仕事をしないと、とても追いつかない状況だったのだから。

長老も起きていたが。

かなり疲れているようだった。

カツラがずれかけているが。

それは指摘しないでおく。

「おおフィリスどの。 薬は予想以上の効き目で、助かりましたぞ。 流れの錬金術師だと、もっと酷い薬を出してくるものが多いのですが、少なくとも商業ラインに乗せられる薬である事は確認済みです。 助かりました」

「はい。 他にやる事はありますか」

「力仕事は男衆がやります。 後はそうですな。 もしも良ければ、岩が一つ、水害の時に街の外壁に激突して、そのままなのです。 それを壊せますか」

「見に行きます」

ラルフというあの獣人族の戦士が来て、案内してくれる。

一緒に歩きながら。

ラルフさんは褒めてくれた。

「どうして、全然ひよっこじゃねえじゃねえか。 うちの公認錬金術師ほどじゃないが、きちんとアルファ商会が持ってくる薬と同じくらいは効いたぞ。 本当に助かった」

「はい、ありがとうございます。 先生が、凄い人だったので……」

「そうか。 やっぱり凄い師匠だと違うよな……」

前より、態度が明らかに柔らかくなっている。

修羅場も一段落したようで。

休みに入っている人も見え始めていた。

だが、水はけが良くない。

まだ彼方此方に、不衛生な水たまりが散見された。早めに処置しないと、本当に良くない事が起きるかも知れない。

だが、まずは依頼されたことをする。

街の外側には、全てを覆っているわけではないが、何カ所かに城壁があり。

その一つ。

街の東側にある城壁に、川から流れてきたらしい大岩が突っ込んでいた。

城壁を崩してはいないが、貫通して、顔を街の中に出している。

駆け寄ると、わたしは鉱物の声を聞く。

なるほど。

そういうことか。

「ラルフさん、ちょっと難しいです。 岩を壊すのは簡単ですけれど、城壁も崩れます」

「ああ、それはもう仕方がねえ。 この城壁は直す予定だ。 いつになったら直せるかは分からんが、な」

「そうですか、それなら」

どこから崩せば安全か。

鉱石に聞きながら、私はつるはしを出す。

そして、振るった。

まず最初に、城壁の一角を。

内側から外側に崩す。

脆くなっている城壁は、数度つるはしを振るうだけで崩れ、外側に音を立てて倒れていった。

巻き込まれたら命がない。

鉱物の声を聞けて、本当に良かったと思う。

驚いた様子のラルフさんに、野次馬を遠ざけるように頼み。

更に二箇所。

城壁を崩す。

鉱物が教えてくれるのもあるけれど。

この大岩が突っ込んだことで。

構造そのものが駄目になっていて。

ちょっと力を加えるだけで、壊れる状態になってしまっているのだ。だからわたしの細腕でも崩せる。

三箇所で城壁を崩したことで。

崩落した石材の中に。

でんと大きな岩が鎮座している状況になった。

周囲には人混みが出来ているが。

わたしは少し岩の周りを回りながら、お姉ちゃんと話す。

「この上に上がりたいんだけれど、いい?」

「大丈夫?」

「えっと、ぱっくり割れると思うから、そのすぐ後に助けてくれる?」

「発破は?」

首を横に振る。

この岩を無理に壊すと。

多分まだ無事な城壁まで駄目になる。

岩の下に発破を仕掛けてドカンという手が一番手っ取り早いのは事実なのだけれども。

それはそれ。

最終手段だ。

岩の上に押し上げて貰って。

つるはしを振るう。

手応えあり。

一度、二度。そして十度を超えた頃。

岩が左右に、綺麗に割れた。

お姉ちゃんが跳躍し。

わたしを抱えて着地。

降ろしてくれた。

おおと、声が上がり。

拍手が起きる。

ちょっと嬉しいけれど。まだまだだ。

更に作業を進める。真っ二つに割った大岩を、複数に分割していく。鉱石の声が聞こえるから、どこをどうつつけば割れるか、分かるのだ。

順番に岩を崩していくが。

二度目以降は、もうお姉ちゃんの手助けはいらなかった。

やがて、完全に無害なレベルまで粉々にしたときは。

また夜が来ていた。

流石にへとへとだ。

もう足腰が立たないので。

すぐにアトリエに戻る。

レヴィさんがお料理を作ってくれていたけれど。

疲れ切っているからか。

あまり味がしなかった。

 

一晩眠ってから、長老の所に顔を出す。

まだ疲れが取れないが。

街の復旧は急いだ方が良い。

お姉ちゃんが言っていた。

疫病というのがあると。

街があまりに不衛生だったり、或いは旅人によって持ち込まれたりして、流行り出す恐怖の病気。

もしも運が悪いと。

街が全滅することもあると言う。

また、不衛生な状態だと。

助かる人が助からない事も良く起きるそうだ。

それならば、可能な限り急いで。

復旧を一段落させなければならない。

長老の所に出ると。

街に入った時に見かけた、若い男性の錬金術師らしい人がいた。この人が、ディオンさんだろうか。

「おお、ディオンどの。 此方がフィリスどのだ」

「はじめまして。 僕の手ではとてもではないが力が足りなかった所を、色々助かったよ」

「いえ、此方こそ、その。 役に立てなくて」

謙遜されたので、こっちも謙遜してしまう。

実は、お姉ちゃんは、わたしが寝ている間に様子を見に行き。

この人の薬が、それこそ千切れた手足をつなげるレベルのものだと確認してきていたようだ。

要するに、この人は。

今のわたしなんかよりずっと腕の立つ錬金術師、ということである。

軽く話をする。

今は推薦状どころではない。

まず必要なのは、この街を落ち着かせることだ。

「復旧に必要な事なら何でもします。 わたしに出来る範囲の事なら、ですけれど」

「本当に済まない。 本当なら、公認錬金術師の僕がするべき事なのに」

「いえ、わたしも公認錬金術師になるには、経験を積まなければならないので」

「ふむ……」

長老とディオンさんが話し合う。

そして、結論を出したようだった。

「うちの戦士を何人か出すので、近場で街を伺っている獣の群れを駆除してきてくれないだろうか」

「獣の駆除、ですか」

「すまない、まだ街の後片付けで精一杯なんだ。 僕は荒事が殆ど出来なくて、公認錬金術師になるのにも三回も試験を落ちた落ちこぼれでね」

寂しそうにディオンさんが言う。

何でも、ライゼンベルグにいくのも、傭兵を雇って護衛して貰い、必死の思いだったそうである。

ライゼンベルグに到着してからは離れず。

其処でずっと暮らしながら、試験を受けては落ち、を繰り返し。

やっと試験に合格して、この街に落ち着いたのだとか。

戦闘はまったく駄目、というのは何となく分かる。

鉱山の筋肉もりもりの男衆どころか。

比較対象がホムに思える程だ。

でも、この人はわたし以上の薬を作るし。

ラルフさんいわく、自分達百人分以上の働きをするとか。

錬金術師とは。

そういう存在なのだろう。

わたしも荒事にはまったく自信は無いが。

お姉ちゃんもいる。

レヴィさんも手伝ってくれれば。

何とかなるかも知れない。

「分かりました。 やってみます」

「お願いするよ。 本当に心苦しいが」

「いえ、こんなの……」

一人であのぷにぷにと戦った時の恐怖に比べれば、何でもない。

外に出ると、レヴィさんと、ラルフさん。

後何人かの戦士が来ていた。

お姉ちゃんが、手を叩いて、これから獣の討伐に出る事を告げる。

わたしを見て不安そうにする戦士もいたが。

ラルフさんが、わたしを剛力無双で、城壁に食い込んでいた岩をつるはし一つで壊したと説明すると。

流石錬金術師だと、みんな納得してくれた。

なんでだかよく分からないが。

納得してくれたのなら、後はスムーズに進めるだけだ。

まず状況を見るべきだろう。

レヴィさんが、不意にいつもとは違う口調で言う。

「事前に偵察したが、相手は十体以上の肉食獣だ。 まともに戦うと死人が出るぞ」

「……発破を使います」

「誘き寄せて一網打尽にするんだな」

「はい」

囮はお姉ちゃんがやるという。

お姉ちゃんは何種類かの魔術を使えて、その中には身体強化の魔術もある。

わたしはアトリエに戻ると。

現在持っている、岩を破壊するための。

つまり戦術用ではなく。

戦略用の発破を、五本。

取り出してきた。

 

3、炎暴虐

 

城壁の上に上がって、レヴィさんに言われるまま見る。

向こうに丘が拡がっている。

わたしには、危険な影は見えないし感じ取れないが。

しかしながら鉱物達が教えてくれる。

何かいる。

レヴィさんが言うには、丘の影に、ウォルフと呼ばれる獣が十頭ほど潜んでいるという。今、人間の集落が混乱しているのを見て、強襲を仕掛け。あわよくば、子供や老人をさらっていくつもりなのだろう。

勿論さらわれたら。

助かる事などあり得ない。

匪賊も動き始めているらしく。

猛獣だけにはかまけていられないそうだ。

「可能な限り迅速に排除する」

此方に来てくれた戦士達のリーダーをしている、魔族のアモンさんが言う。わたしも同意だ。

匪賊の恐ろしさは何度も聞かされている。

街を狙っているのだとしたら。

迅速に獣を駆除し。

対策を練らなければならないだろう。

まずは地図。

お姉ちゃんが言うと、頷いたアモンさんが、地図を出してくる。

アモンさんはまだ壮年の魔族で、いわゆる「盛り」である。魔力も腕力も相当にみなぎっているようだが。残念ながら、今は昼。魔族の力は半減してしまう。

それでも生半可なヒト族や獣人族では刃が立たないほど強いが。

それでも出来れば、この人は夜に戦いたかっただろう。

「この地点に発破を仕掛け。 誘いこんで一気に撃破しましょう」

「問題はどうするか、だが」

「起爆はフィリスちゃんがするわ。 誘いこむのは私が」

「いや、俺も出る」

アモンさんが立ち上がると、レヴィさんも頷いて立ち上がった。

他の戦士達は弓を構える。

取りこぼしをアウトレンジから仕留めるためだ。

まず、わたしがレヴィさんの護衛を受けたまま。

発破を埋めに行く。

途中、レヴィさんに聞かれた。

「怖くは無いのか、錬金術の手を持つ者よ」

「えっ? あの、フィリスと呼んでくれて構わないですよ」

「ふはははは、謙虚なことだ。 それではフィリスよ。 恐れはないのか」

「怖いに決まってます」

それはそうだ。

でも、わたしは決めた。

あのどん詰まりのエルトナをどうにかすると。

ソフィー先生がある程度どうにかしてくれるとは思う。

でも、エルトナのことは。

エルトナ出身のわたしが、最終的にはどうにかしなければならないのだ。

鉱山から出る事さえできない生活なんて。

まともじゃないに決まっている。

そんな生活は。

終わらせなければならない。

そして緑が溢れる世界で、暮らせるようにしなければならない。

理不尽に満ちた世界を。

そうではない世界にしなければならないのだ。

ならば戦う。

怖いけれど。

戦わなければならない。

地面を確認。

多少しけっているけれど、このくらいなら大丈夫だ。周囲からは視線を感じる。レヴィさんが剣に手を掛けたまま周囲を睥睨している。普段のよく分からない言葉は発しない。実戦をいつでも出来る状態にしている、と言う事だ。

後退。

ハンドサインが出たので、頷いて下がる。

発破は全て埋めた。

そして、同時に、お姉ちゃんとアモンさんが出る。

二人はわたしとすれ違いに、翼を拡げて飛んでいるアモンさんと一緒に、丘の向こうへと突撃する。

二人とも早い。

わたしが城壁に辿り着くのとほぼ同時に。

多分アモンさんがぶっ放した攻撃魔術が、爆裂。

敵が凄まじい怒りの声を上げるのが聞こえた。

戦いが始まる。

ギャンと、鋭い声が上がる。

唸りが聞こえる。

戦いは多勢に無勢。

声を聞く限り、本当に十体で済むのか。

とにかく、お姉ちゃんが起爆しろと言ったら。起爆するように指示は出ている。お姉ちゃんは身体強化の魔術が使えるので、想像以上に速く動けるのだ。

程なく、戦いの様子が見えてくる。

四つ足の大きな獣が一体。

吹っ飛ばされて。空中で爆散した。

敵の群れをいなしながら。

アモンさんとお姉ちゃんが下がってくる。既に二段階ある起爆ワードの一段階目は唱え済み。

二段階目を唱えれば。

即時起爆が出来る。

わたしは待つ。

丘を越えて、二人がこっちに来る。

どっと殺到してくる獣。

やはり十どころじゃない。もっといる。だけれども、二人は冷静に、戦いを続行していた。

だが遠目にも分かる。

傷だらけだ。

「想定より大群だ……」

「かまわん、まとめて処理出来る好機だ」

周囲の戦士達がいうが。

わたしはお姉ちゃん達の方に集中していた。

ハンドサインはまだか。

「匪賊だ!」

声が上がる。

どうやら此方を伺っているらしい。

まずい。

でも、今は。お姉ちゃんに集中。信頼して、機会を窺うしかない。

匪賊はまだかなり遠く。

此方の様子を窺っているだけのようだが。

それでも此方が苦戦しているとみたら、すぐにでも街に押しかけてくるだろう。そうなれば総力戦だ。

まだか。

無数の獣をいなしながら、下がってくるお姉ちゃんとアモンさん。

アモンさんは防御の魔術を展開して、獣の突進をいなしているが、それも限界。魔術の防壁が彼方此方ばりばり裂けているのが分かる。

唇を噛む。

もう少し、もう少しの筈だ。

信じるのも、祈るのも。

神様じゃない。

お姉ちゃんだ。そして、一緒に戦っているアモンさんだ。

ふと、気付く。

ハンドサインが出た。

わたしは起爆ワードを唱える。

同時に、お姉ちゃんが最大加速。アモンさんが、横っ飛びに伏せつつ、斜めに新しく壁を展開。お姉ちゃんもその影に隠れた。

起爆。

爆裂した五つの発破が、キノコ雲を作り出す。

そういうものが出来るとは聞いていたが。

本物が出来るのははじめて見た。

お姉ちゃん達は。

そう思うと同時に、熱風が叩き付けられる。

吹っ飛ばされそうになる所を、レヴィさんが手を掴んで支えてくれた。

しばしして。

その場には、クレーターが出来。

周囲には、獣の残骸が散らばっていた。

そして、ギリギリだが。

お姉ちゃんとアモンさんは、耐え抜いていた。

勝ちだ。

呼吸を整えながら、見る。

後は俺たちの仕事だとばかりに、戦士達が生き残った獣に襲いかかり、圧倒していく。その様子を見て、隙無しと判断したか、匪賊達は撤退していった。レヴィさんも、掃討戦に参加。

戦う様子ははじめて見たが、剣の鋭さがもの凄いし、身の軽さも。

お姉ちゃんと互角に戦えるくらいの実力かもしれない。

ほどなく、獣の残党は一掃。

だけれども、敵も抵抗も想定外に凄まじく、けが人はかなり多い。

お姉ちゃんが回復魔術で応急処置を始めるけれど。

すぐにわたしも行って、取っておいた回復薬を使う。

「フィリスちゃん、それは」

「リア姉、また造るだけだよ。 みんな、これ使ってください!」

「おう、錬金術の薬か! ありがたい!」

実際、今回の被災で。

わたしの錬金術師の薬は活躍したのだ。

皆、躊躇無く使ってくれた。

そして、傷が消えていく。

まだわたしの薬では、体力を完全回復するまでには至らないけれど。それでも、殆どの軽傷はなおったようだった。重傷者も出ていない。手指を食い千切られたような人は出なかった。

それにしても、問題は匪賊だ。

少しだけ見たが、確かに完全に野獣化した人間達。

そして知恵を持ち。

人間のやり方を知り尽くしているだけ、タチが悪い。

匪賊への対処は。

見敵必殺が基本。

つまり見つけ次第殺さなければならない。

匪賊になって、特に人間を喰った場合。殆ど戻ってくる事は出来ないのだという。

相手は人間では無い。

元人間なのだ。

そう考えて。

歯を食いしばって、殺し尽くすしかないのだ。

とにかく、獣の方は処理が終わった。

少なくとも組織的にメッヘンを伺っていた群れは処理出来た。

どうしてあんなに大きくて怖い獣が、たくさん荒野に存在できているのかはよく分からないけれど。

あの獣たちが街に乱入して。

抵抗できない子供や老人を食い散らかす。

そういう悲劇は、避ける事が出来たとみて良いだろう。

獣の残骸を、戦士達が回収してくる。

残骸としか呼べないものの中からでも、素材は取れるようで。

その場で肉や皮を剥いだり。

牙を剥がしたりしていた。

その中で、肉は即座に燻製にして、保存が利くようにし。

毛皮の中で、比較的無事なものを、わたしに分けてくれた。

ラルフさんも、錬金術師が何を欲しがるかは、分かっている様子である。

「あの発破がなければ、もっと多くの被害が出ていただろう。 一番価値がありそうなのがこれだ。 受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは此方の方だ。 ディオン先生だけでは手が足りなかった。 あんたが来てくれていて、本当に良かったよ」

「そんな、わたしなんて」

肩に手を置かれる。

お姉ちゃんだった。

こういうときは、素直に礼を受けるのが、むしろ礼儀だと言う。

それならば。

此方も礼をして、毛皮を受け取る。

長老の方も、少しお金を出してくれるという。

充分に、発破の素材はあるし。

時間さえあれば、物資の補給は出来るだろう。

いずれにしても、間近の脅威は去ったが。

それでもまだ安全なわけではない。

匪賊も今は引いたが。

また此方を狙って来るかも知れない。

まだ、油断は出来ない。

アトリエに入ると、どっと疲れが出たので、ベッドに直行。

後はお姉ちゃんが見張りなどをしてくれると言ってくれたけれど。殆ど耳に入らなかった。

起きたら、まずはお薬と発破を調合して。

それにフラムを調合して。

後は、手が足りなさそうな所を手伝って。

ふと気付く。

公認錬金術師は。

毎日もっともっと大変な事をしているのでは無いのか。

ソフィー先生は余裕の様子だったけれど。

アレは本人が桁外れの実力者だったからであって。

わたしでは、こんな毎日を捌く事なんて、とてもできないのではないのか。

不安が不意に押し寄せてきて。

泣きそうになる。

それでも、疲れの方が勝っていたので。

わたしはいつのまにか。

眠りに落ちていた。

 

目が覚める。

体中重い。

お姉ちゃんが料理を作ってくれていたので、一緒に食べる。仕留めた獣の肉を調理したものだけれど。

レヴィさんはアトリエから出ているらしく。

お姉ちゃんの味だった。

「リア姉、今回のお仕事終わったら、レヴィさん雇えないかな」

「お金はある程度貰ったし、そろそろ手数は欲しいと思っていたものね。 フィリスちゃんは、あの人が気に入ったの?」

「気に入った? ううん、そういうのじゃなくて、誠実に仕事はしてくれるから、護衛としては助かるかなって」

「ふうん……」

お姉ちゃんは少し考え込んでいたが。

頷いてくれた。

どうやら、意見は一致したらしい。

お姉ちゃんはエルトナを出てから、どうもわたしの事をまず第一に考えて、それ以外の事を全て後回しにする傾向がある。

確かにわたしはまだ半人前だけれど。

それでももう子供じゃない。

もう少し、尊重して欲しい。

今の考えだって、多分わたしのためになるかどうかだけで判断していたはずで。

それはちょっと悲しい。

わたしだってお姉ちゃんの事は好きだ。

でも、それとこれとは。

別の問題に思うのだ。

「ごちそうさま。 美味しかったよ」

「その笑顔が見られるだけで嬉しいわ」

「うん……」

ちょっと怖い。

少し度が過ぎていると思う事も時々ある。

でも、大事なお姉ちゃんだ。

それになんだろう。

何か、とても大事な事を、見落としている気がする。

何だろう。

思い出せない。

とにかく、顔を洗った後、外に出る。

外はだいぶ落ち着いていたけれど。

まだまだこの街の状態は、一段落したとは言えない。お薬の類はもう必要ないだろう。だが、壊れたものが多すぎる。

ラルフさんが早速此方に来た。口調が丁寧になっている。私を尊敬してくれた、と言う事なのだろう。嬉しいが、ちょっと恥ずかしい。

「フィリスどの、休憩は充分か」

「はい、今起きた所ですが……」

「石材が足りなくてな。 これから近くの山にまで取りに行こうと思っている」

「アトリエに少しありますが、全然足りない、ですか」

今保持している量を話すと。

首を横に振られた。

足りない、と言う事だ。

それはそうだろう。

小さいとは言え都市なのだ。

荷車が何台か来る。

わたしも、アトリエから荷車を引っ張り出した。

「この荷車を戦士達で護衛して、近場の岩場まで行き、其処で石材を掘り出す。 加工は街に戻ってからだが、途中で匪賊の襲撃が予想される」

「!」

「故に、フィリスどのに来ていただきたい」

「わかりました。 ただ、今すぐは駄目です。 お薬と爆弾を補充するので、少し待ってください」

ラルフさんも頷いてくれる。

わたしも魔術は使える。

だけれど、現時点でフラムの火力を上回る攻撃魔術を使う事は出来ない。

もっと腕が上がれば、今作れるフラムやクラフトの火力を上回る事は出来るかも知れないけれど。

今は残念ながら。

まだまだ無理だ。

すぐにアトリエにとんぼ返りして。

お姉ちゃんに手伝って貰って、お薬と爆弾を作る。

爆弾は少し造り足すだけで良いだろう。発破は今の時点で必要ないから、フラムを少々、位で良いはずだ。

問題はお薬で。

先の獣掃討戦で、殆ど全て使い切ってしまった。

自分だけではなく、今回来てくれる戦士数人の分も、あわせて作っておかなければならない。

匪賊がどれくらいの数いるかは分からないけれど。

わたしだって。

元とは言え、人間を殺せるか分からない。

もし匪賊との戦いになったら。

わたしは支援しかできない可能性もある。

レヴィさんがアトリエに来る。

手伝ってくれるらしい。

そういえば、ディオンさんは何をしているのだろう。手をかざして見ると、街のインフラの最重要部分である、風車を直しているらしかった。風車というのがよく分からないのだけれど。

アトリエの中からも見られるのは便利だ。

ともかく、集中してお薬を造り。

爆弾も必要分は作った。

力仕事はレヴィさんに手伝って貰い。

お姉ちゃんには休んでいて貰う。

手伝うとお姉ちゃんはいったのだけれど。

どうせロクに寝ていないのは目に見えている。

だから、これからのためにも。

休んで欲しいのだ。

そう説得すると、少し悩んだ後、お姉ちゃんは休んでくれた。

奥の部屋に消えるお姉ちゃんを見送った後。

レヴィさんは言う。

「まさに鋭き茨よ。 しかしながら、少し眠れる姫を強く抱きしめすぎるきらいがあるな」

「え、ええと、過保護って事ですか?」

「ふはははは、そうとも言う」

「そうですね……時々愛が重いって感じます」

お薬を数えて、品質を確認。

ここに来てから、たくさん作ったからか。

驚くほど技量が伸びていた。

更に爆弾も作る。

此処からは特に注意して、集中して作業をし。

事故は起こさずに、やり遂げることが出来た。

さて、後は。

休んで貰っていたお姉ちゃんを起こして、外に。

そして、まだ日が高いこと。

往復しても、夜にはならない事を確認してから。

合計五台の荷車を護衛する八人の戦士の名前と顔を覚え。

そして一緒にメッヘンを出た。

街道などない。

がらがらと、五台の荷車の車輪が音を立てる。

その中で、わたしが作った荷車が一番大きかったので、真ん中に置く。

他の人達は外側に出て。

アモンさんが空を飛びながら、先頭を。

最後尾にレヴィさんがついた。

わたしは荷車を引く。

側にお姉ちゃんがついているのは。

わたしが狙われた場合に対応するため。

荷車を中心に、陣形を組んでいるが。

これを魚鱗陣というそうだ。

本当はもっと多くの人数で、互いをカバーしながら組む陣形らしいのだけれど。今回は仕方が無い。

黙々と歩き。

少し影が長くなった頃だろうか。

岩場に到着する。

確かにかなりたくさん、崩しがいがある岩がある。

これなら、たくさん石材を取れるだろう。

「見張りをお願いします! リア姉、手伝って」

「分かったわ」

「またつるはし1丁でやるのか?」

「鉱石が教えてくれるんです。 どこを崩せば、割れるかって」

ラルフさんに答えるが。

いずれにしても、不思議なものでも見るような目をされた。

アモンさんがわたしの上に浮かび上がると。

崖の上からの奇襲を警戒。

更に他の戦士達は、周囲全てを警戒し。不意打ちを避けた。

誰も一言も発しない。

メッヘンの街が、如何に匪賊の脅威にさらされているのかが、よく分かる。それだけ恐ろしい相手なのだ。

わたしは黙々とつるはしを振るい。

石材を崩す。

綺麗に割れる岩。

ある程度のサイズにしたら声を掛けて、戦士に荷車へと積み込み直して貰う。石材だから流石に重い。荷車も、ぎっしりと、苦しそうな音を立てた。

もう二つ三つか。

大きめに石材を切り取って。

現地で使えるようにまた切り分ければ良い。

再びつるはしを振るい。

また石材を切り出す。

更にそれを二つに割り。

荷車に乗せた。

今度はあまり無理がない音がしたので、ほっとする。

もう少し石材を切り出して。

そして、荷車はいっぱいになった。

「終わりました!」

「早いな!」

「見てください、これくらいあれば充分ですか?」

「これを、この短時間に!?」

驚かれるが、恐縮してしまう。

わたしは鉱物の声が聞こえるし。

鉱山の街で育ったのだ。

そういう地金があるから出来る事。

他の事は、周りの誰にも及ばない。それを説明すると。だとしても、と。ラルフさんは驚いていた。

「助かった。 すぐに街に戻ろう。 兎に角あらゆる物資が足りない。 水もまだ完全に確保できているとは言い難い。 街の守りも、手が足りない」

「分かりました」

すぐに岩場を離れる。

思ったより時間が余ったと言う事だが。

また魚鱗陣を組んで、隊列のまま街に戻る。

ただ、今度は最前列をレヴィさんが。

最後尾にアモンさんがついたが。

体が大きいアモンさんが、匪賊に襲撃された場合、最初の一撃を受け止める、という訳なのだと。

今更ながら気付いた。

確かに今までは前から襲われる可能性が高かったし。

これからは背後から追撃される可能性が高い。

更に言えば、石材をたくさん抱えているのだ。

此方の動きは鈍る。

匪賊としても、襲う好機だろう。

だが、どうしてかは分からないが。

結局街まで、匪賊は出なかった。

ほっと胸をなで下ろすが。

お姉ちゃんが、ものすごい厳しい顔で、後ろの方を見ていた。何だろうと思ったけれど。

わたしには、なにも分からなかった。

 

4、凶獣駆除

 

街から出てきた物資補給班の中にフィリスがいる事を確認したティアナは、先回りして行動。

そして途中で、匪賊が巣穴から出て、襲撃を目論んでいる様子を確認した。

まあそうなるだろう。

街に籠もられている所を襲うよりも。

出てきた所を狙う方が戦果を得やすい。

特にフィリスはまだ子供。

肉も軟らかくて美味しい、というわけだ。

舌なめずりしている匪賊達は、武装して、出陣する準備を整えていた。岩場に辿りつく頃に襲撃。つまり街から一番離れた所を襲うつもりだ。そして、崖の上から岩を落として、機先を制するつもりなのか。山の中に入り始めた。

そして、ティアナとでくわした。

満面の笑顔のティアナ。

先回りしていたのだから当然だ。

なんでこんな所に子供が。

そう思った様子の匪賊達だが。

すぐに獲物が増えたと、笑みを浮かべ。

その笑みを浮かべた頭が、胴体から離れるのに、瞬き一つも時間は掛からなかった。

遅い。

たまに手応えがある匪賊もいるが。

今年斬ったのはどれもこれも弱すぎる。

だから遊ぶことにする。

最初のは一太刀で首を胴体から切り離し。

次のは胴体を切った後、首を胴体から切り離し。

その次は両腕を切りおとした後、首を胴体から切り離す。つまり順番に斬る回数を増やしていく。

首から上は、串刺しにして並べるために、無事なまま残しておく。

これは大事な事だ。

楽しい狩りを。

より楽しくしなければならないからである。

一匹斬るごとに。

斬る回数を増やす。

十五匹目を斬ったときには。

既に匪賊共は逃げ腰になり。

逃げ散り始めていたが。

一匹も逃さない。

全部まとめて斬り伏せる。

巣から出てきていたのは皆殺しにした。

首から上を回収すると。

後の死体は、渡されている音の出ない発破で焼却。

首を入れる籠も、ソフィーさんが作ってくれているもので。コレに入れると重さを感じないのだ。

勿論返り血も。

傷も。

一つも受けていない。

そのまま、大股で歩いて。

匪賊の巣に。

残っていたわずかな連中は。

堂々と歩いて来るティアナを見て、ぽかんとしていたが。

次の瞬間には、目の前にいるティアナを見て、硬直し。

そして首を斬り飛ばされていた。

最後の一匹。

首領を残しておく。

首を拾って、籠に入れているティアナを見て。

腰を抜かしたひげ面のヒト族の首領は、震えながら言う。

「な、何だお前! 何がしたいんだ!」

「オモチャで遊んでるだけだよ」

「ひ……」

ティアナの声は。

氷点下だ。

匪賊として、悪逆の限りを尽くしてきた男が、何をしても勝てないと悟らされて。震えあがっている。

此奴らは人間を喰らう。

人間を止めた時点で、駆除しなければならない害獣と化した存在だ。

さて、どう嬲って殺すか。

そう思っていたら。

首領の後ろにいつの間にかソフィーさんが立っていて。

首領が振り向く前に。

撫でるようにして。

首をもぎ取っていた。

前のめりに倒れる首領。

その体は、地面に接触する前に、溶けるように燃え尽きていた。

「はいティアナちゃん、これ欲しかった?」

「わあ、ソフィーさん、ありがとうございます!」

ばしっと礼をするティアナ。

ソフィーさんは、数人の護衛を連れていたが。

護衛が手を出す必要もなかった。

護衛達は匪賊の巣を確認。

殺された人々の骨を埋葬する作業と。奪われた財宝類の回収を開始していた。

持ち主が分かる場合は遺族に返却し。

そしてそれ以外は、アルファ商会を通じて、殲滅した匪賊から回収したという名目で、近くの街に渡すのだ。この場合はメッヘンになるが。

作業は彼らに任せて。

ソフィーさんは、ティアナに話を聞いてくる。

「どう、ここのところのフィリスちゃんは」

「頑張ってます! 全然関係がない街のために、それこそ身を削る勢いで!」

「ふふ、元気が良くていいね。 ティアナちゃんも、フィリスちゃんも」

「光栄です!」

何度も頭を下げるティアナ。

そして、籠に入れている生首を自慢するが。

ソフィーさんは、此処には飾らないように言った。

フィリスが見るかも知れないから、というのが理由らしい。

今回そもそもティアナが出るよう指示された理由は、まだフィリスが人を殺すのは早い、というものらしい。

そうなると、確かにティアナのコレクションをフィリスが見ると、ショックを受けるかも知れない。

残念だけれど、別の所に飾るしかないか。

いずれにしても大好きな人の言葉だ。

逆らうという選択肢は無い。

犬だったら尻尾をぱたぱた振っていただろう。

ティアナは、大好きな人と話せる時間を大事にしていた。

「ソフィーさんは、今はどの辺りで働いているんですか?」

「今はライゼンベルグ周辺で、ネームドを駆除して回っている所だよ。 ちょっと強いのが多すぎるから、駆除が大変かな」

「でも、手間が掛かるだけですよね。 ソフィーさんが負ける所なんて、想像できないです!」

「うふふ。 ティアナちゃんには期待しているからね」

ティアナは頭を撫でられて。本当に天にも舞い上がる気分になった。

よし、これからも影からフィリスを守って。

匪賊を斬って斬って斬りまくろう。

そう思った。

 

(続)