憎悪の落とし子

 

序、オクサイド

 

群小の島があるが故に、軍事組織の手が届かないイヴォワールでは、必然的に自治による自衛と、小規模な軍事組織を雇うことによる防衛が必須になってくる。

このため、時に軍よりも華々しい活躍をするのが、傭兵団(レイヴン)だ。国によっては、特定のレイヴンを抱え込んで軍事組織化してしまう場合さえもある。また、機動力に優れるベリルの犯罪者を押さえるには、同じく機動力があるレイヴンが適切だという事情も、場合によってはある。

だが、それが故に、このイヴォワールはある意味アウトローの楽園ともなっていた。

伝説的なベリルはいくらでも輩出されている。ただし、アウトローの人気が出る要素は無い。サルファーというとんでもない巨悪が存在しているこの地では、アウトローはあくまで害虫でしか無いのだ。

小さな島の、砂浜。

点々としているのは、ベリルの犯罪者達。彼らの中に立っているのは、さっきまでは仲間だったはずの男だった。

よれよれのコートに身を包んだ、まだ若い男である。人間族だが、種族としては限界に近いほどの長身で、全身も隙無く鍛え抜いている。

何より、その全身を覆う炎の魔力が、彼が能力者である事を告げていた。

「て、てめえ……裏切りやがったなあ……」

「あいにく俺は裏切りの専門家でね」

「! 貴様、まさか」

オウル族の、ベリル達のボスの顔を踏みにじり、それ以上は言わせない。

男の名はウォルナット。

クロームの中でも、特に汚い仕事を引き受けることで知られている男だ。そのやり口から、ベリルに近い奴という評判さえある。

裏切り、仕事の横取り、当たり前。

依頼人との折り合いが悪いと、即座に手のひらを返して裏切ることさえある。そのやり口から、ついたあだ名がハイエナ。

実際のハイエナが聞いたら、憤慨すること疑いない二つ名である。

ボトルシップが近づいてくる。

先に手配していた、捕縛用の船だ。乗っているのは、中堅どころの傭兵団である。

「時に御前さん達が持っているって噂の金、俺にありかを教えるんなら、彼奴らから逃がしてやってもいいんだが」

「は、お断りだね」

「ほう?」

「教えてやっても、裏切られるのが関の山だ。 俺は二度とお前を信用しねえ」

それが、ささやかな仕返しだと言うと、オウル族の賊は気絶した。

舌打ちすると、ウォルナットは、魔術で作った信号弾を打ち上げる。いずれにしても、雁首揃えたベリルを一網打尽にしたのは事実なのだ。しかもこの仕事、白狼騎士団が請け負っていたものを、中堅どころの傭兵団に持ちかけられて、オクサイドしたものなのである。その方が儲かると判断したからだ。

船からばらばらと下りてきたのは、ウォルナット同様、汚い仕事で知られる傭兵団だった。いずれも破落戸ばかりで、倒れているベリルの知り合いもいるようだった。一応レイヴンではあるが、なんらベリルと変わらない輩ばかりである。

団長は人間族で、左目が無い。何度かオクサイド関係で組んだことがあるが、戦ったこともある相手だ。

「ご苦労さん。 白狼騎士団の連中が出てくる前に、さっさと切り上げようぜ」

「ああ、そうだな」

「何だ、宝の場所を聞き出せなかったのか」

「ささやかな仕返しだとよ」

苛立って、ウォルナットは気絶したベリル首領の腹に蹴りを叩き込んだ。

今回は生きたまま捕まえろと言われている。殺さないようには手加減したが、まあしばらくまともに飯は食えないだろう。

そのまま、船に乗り、その場を後にする。

海に出てしまえば、流石に簡単に白狼騎士団も追撃はしてこないだろう。いずれにしても、ベリルが退治されたのは事実なのだから。

団長が安酒を出してきたので、ワイングラスを合わせる。

こういうとき、毒が入っているか疑うのは当然だ。だから、同じボトルから出した酒を、グラスを任意に交換して飲み合うことにしている。そうすることで、毒殺を避ける工夫である。

「それにしてもテメー見てーな屑の中の屑を、良くもあの毛並みが良いパーシモンの旦那がひいきにしてるもんだな」

「パーシモンがひいきにしている? 笑わせるぜ。 彼奴はダチであって上司じゃねえからな」

「ほう」

「彼奴は出身が良いが、だからダチって言える奴はあまり多くねえ。 俺は彼奴のダチとして、唯一彼奴を信用しているし、彼奴もそれは同じだ。 オクサイドをする事はあっても、彼奴の依頼を裏切ることはしねえよ」

だから信頼されると、ウォルナットは言い切った。事実、これについては嘘をついていない。

現在、仕事の斡旋をしているパーシモンは、オウル族の中でもセレスト出身である。団長が言うように毛並みが良い家の出身で、その出会いはともかくとして、今はウォルナットの数少ない親友だった。

軽口をたたき合いながらも、互いに油断は一切していない。

船が大きく揺れる。

三十人いる傭兵団が、捕虜ごと乗れる大形のボトルシップは、七つの推進用ボトルを船体に埋め込んでいる大形のものだ。大型船としては小ぶりだが、それでも個人所有のボトルシップに比べると、その威容は圧倒的である。

だから、どうして揺れたのかと、ウォルナットは思った。外を見ると、波が高くなってきている。

「雲島に急ぐぞ」

「どうした、急に」

「嫌な予感がするんだよ」

団長は、笑わなかった。

これだけ汚い仕事を続けながら生き延びているウォルナットの、危険関知をする嗅覚は本物だ。

すぐに船は、依頼主が待つ雲島へと向かう。

報酬については、既に話が決まっているから、今後争う要素は無い。此処でウォルナットを殺して報酬を独り占めという線もあるが、それをやるには一つ不足しているものがある。

戦力だ。

ベリルの一団を単独で殲滅するウォルナットを確実に倒せる隙が無い限り、それはリスクが大きすぎる。

その計算が出来るからこそ、ウォルナットはこの傭兵団の団長と、組んでいるのだった。

セレストや上級のネフライトがサロンにしている雲島が見えてきた。

島ごと高級な建築でぐるりと覆ってしまっている、見るだけでムカつく島だ。焼き払ってやりたいほどである。

だが、そういうわけにはいかない。彼処こそが、上客が集まる、まさに生命線と言っても良い場所だからだ。

「さて、行くか」

船から、連れだってぞろぞろと下りる。流石にお行儀が良い雲島だけあって、港からして非常に美しい石畳で整備され、どこの風俗だか分からないが瓦葺きされた美しい建物が雨よけに連なっている。柱は白いが、屋根は赤が多い。それも、庶民が作るような建物では絶対に出せない、鮮やかでエキゾチックな赤だ。確かシュとかいう色の筈である。

港を出ると、すぐにセレストやフォーン、ネフライトの等級別に、入れる店が別れている。こういう店では、依頼主が依頼する相手を出迎えるのがマナーになっている。

待っていた依頼主は、毛並みが良さそうなウサギリス族の老貴族だった。確かモルト伯とか言う男である。小柄だが、かっては剣の達人だったらしく、今でもそれなりに動きに切れがある。

元々身体能力が低く、寿命の長さと知恵で勝負するウサギリス族には、ネフライトは多くとも武闘派は少ない。その中で、この徳の高い貴族は、かっては武芸でも名を上げたことで有名な男なのだ。

今の温厚な口調と佇まいからは、信じがたい話であるが。

「君達が、ベリルを退治し、それにとらえた事については報告を受けている。 報酬は此方になる」

「お……」

団長が、思わず声を上げた。渡された金貨の袋が、明らかに大きい。

まさか、色を付けてくるとは思わなかったからだろう。

「いいんですかい、俺たちみたいな、露骨に怪しい奴らにこんな」

「あのベリル達が皆を苦しめていたこと、それを迅速に撃退したことに、何の違いがあるのかね。 それは迅速な解決に対する報酬だよ」

「あ、ありがたき幸せ」

団長が、深々と頭を下げている。

ウォルナットは、内心舌打ちした。ボーナス分の報酬は、団長に行くと事前に決めていたからである。

それにこの様子だと、此奴は今の一瞬で、モルトに心酔してしまった。多分こういった公平かつ文句が出ようのない裁量を、見たことが無かったのだろう。

店の前で別れる。

此奴らは、この様子だと、モルトに雇われたがるかも知れない。もしそうなったら、今後組むことは無くなるだろう。

気に入らない。

「ウォルナット、じゃあな」

「ああ」

そのまま、報酬を受け取ると、場を離れる。

ふと気付くと、別の島から来たらしい島長を見かけた。あまり頭が良く無さそうな、年配のオウル族の女性だ。

何かあったらしく、金切り声でまくし立てている。

此処は、こういう場所だ。だから、依頼についても支援設備が充実している。クロームの手配施設の職員は、辟易しているようだった。

「だから、まずはお名前と所属を……」

「島が乗っ取られたんだよ! そんな悠長なことを言っている場合かい!」

これは金になりそうだ。

そう、ウォルナットはその嗅覚で、事態を把握していた。

ウォルナットにとって、只一人、いやパーシモンを加えると二人か。二人を除けば、他の人間なんぞ、それこそどうなろうと知ったことでは無い。

金が入るか、入らないか。

それだけが、判断基準だった。むしろ金になるのなら、苦しもうが死のうが、知ったことでは無い。

物陰に身を隠すと、ウォルナットはまくし立てる島長の言葉を記憶していく。

そして、金に換えるべく、頭を動かしはじめていた。

 

1、悪霊の侵食

 

風遊びが島。

イヴォワールに数ある島の中では、比較的裕福な島である。名前の通り、強い風が吹き続けていることが特徴で、島の集落は辺縁に集中している。その集落の殆どには風車が据え付けられ、穀物を加工する音が常時鳴り響いているという、牧歌的な場所だ。

穀物の加工に都合が良いため、この島には多くの物資が集まる。加工した穀物を売り買いするために商人が来るし、加工した穀物を様々に二次加工する施設も数を揃えている。この島の特産品の一つは、麦を使った酒だ。

だが、その裕福な発展も、今に始まったことでは無い。

30年前、この島は一度壊滅した。

それだけで、イヴォワールに住む人間は、何があったのか察することが出来る。言うまでも無く、サルファーの攻撃を受けたのである。

この島に限らず、サルファーに蹂躙された島はいくらでもある。群れをなす悪霊が、30年前には島中を覆い尽くし、逃げ遅れた住民を片っ端から食い殺し、家々を徹底的に荒らし、痕跡も無いほどに破壊し尽くした。

魔島のように、その物理法則や自然までもが歪められてしまった島よりは、マシかもしれない。

いずれにしても、勇者スカーレットの到来が早かったので、島は全滅を免れた。

それから30年、島は平穏な中最発展の中にあった。既に復興は完了して、今ではむしろ豊かな村として、平和を謳歌していたのだが。

ウォルナットは上陸して、鼻を鳴らす。

確かに、無人だ。

悪霊の群れが出たとかで、島の住民達は事前の準備通り、速攻で逃げ出したのである。その見事な様子は、見回ったウォルナットが舌打ちしたほどである。

あの頭の悪そうなオウル族の島長はともかく、先人達は徹底的に手を打っていたのだ。一度酷い目に遭って、しっかり学習したらしい。

とにかく、整然と逃げ出したのが見て分かる。家は戸締まりまでされていて、何も金目のものは残っていなかった。

この島の住民は、悪霊の群れに襲われても逃げられるように、各人がボトルシップを所持しているのである。貧民は、大形のボトルシップに分乗して逃げる訓練までしていたらしい。

幾つかの家を物色したが、財布や宝石どころか、紙切れ一つ落ちていない。穀物が納められている倉庫は、どれも厳重に鍵を掛けられていた。

なるほど、後進が阿呆でも、先人が優秀でなおかつマニュアルを整備しておけば、これくらいは出来ると言う事か。

火事場泥棒をする案は、これで崩れた。

だが、それでも、まだウォルナットは諦めるつもりは無い。

これはかなり金になる話だ。

まだまだ、プランは先の先まで練ってある。

まずは、誰が来るか、見極めなければならない。

 

お化け島に、緊急用のボトルメールが来た。

緊急用は、金色をしている他、非常に動きが速いという特色がある。アッシュが捕まえて手紙を取り出すと、内容はやはり依頼だった。

「おはよー、アッシュ」

「ん、大丈夫かい」

マローネが、目をこすりながら起きてくる。

昨日は魔術の訓練も、外での仕事も、全て休止した。だからか、ちょっと体が緩んでいるらしい。

一昨日の仕事、石産み島での酷い経験を少しでも和らげられればと、アッシュが配慮したのだが。まあ若いのだし、これくらいの事は良いだろう。

「アッシュ、お仕事?」

「ああ。 急ぎ雲島に来られたし。 風遊び島が乗っ取られた」

「え……」

「穏やかじゃあ無いな」

実は、その後にはもっと穏やかじゃ無い一文があったのだが、アッシュは敢えて口にしなかった。

手紙の最後には、こう書かれていたのだ。

彼奴らは、悪霊だ。

つまり、この手紙の依頼主は、マローネが悪霊憑きと呼ばれている事を、少なくとも手紙を書いた時点では知らなかったのである。

多分、悪霊という文字を載せることで、危機感を煽ろうとしているのだろう。

この世界で、悪霊というのは、大変に大きな意味を持っている。場合によっては手練れの傭兵団を、しかも複数動員しなければならなくなる。

何しろ、それはサルファーの先駆けを意味するのだから。

「コンファインしてくれる?」

「あ、はい」

マローネ以上に眠そうな声が後ろからした。着崩した女が、大あくびしながら現れる。マローネは、ニコニコしながら声の主を出迎える。

コリン。

数日前からおばけ島に住み着いた、腹の底が真っ黒に濁りきった魔術師のファントムだ。見かけの年齢はマローネとさほど変わらないらしいのだが、実際には相当な高齢だったらしい。少なくとも、アッシュを坊やと呼ぶくらいには。

マローネとは今では不思議と打ち解けている。相手が年上である事をマローネは自然と悟っているらしく、子犬が尻尾を振るように纏わり付いているので、危なっかしくて仕方が無い。

アッシュは、そいつはドラゴンよりも凶暴な奴だと何度も言おうと思ったが、今のところ果たせないでいる。

利害が一致している間は、味方。

それもまた、事実だからである。

「ふうん。 これは急いだ方が良さそうだ」

「どうしてですか?」

「筆跡がこの辺り、相当荒れてるだろ。 この依頼人、本気で焦ってる。 多分手当たり次第に依頼を出してるね。 急がないと、横からかっさらわれる」

それだけじゃあ無いと、コリンは言う。

この依頼人は雲島に来るようにと言っているらしいが、それでこれだけ焦って依頼を出しているという事は、タチが悪い奴が寄って来る可能性も高い。

オクサイド専門のクロームかと、アッシュはすぐにコリンの言葉の意味を理解していた。

いるのだ、クロームの中には。

他人の仕事を横取りすることを仕事の中心に据えている、盗賊同然の輩が。

何人か有名な奴もいる。アッシュが知っている特にタチが悪い奴は、炎の能力を使うらしい。通称ハイエナ。人間族の、非常に長身の男だと聞いたことがある。

「それは大変ね。 とにかく、雲島に急ぎましょう」

「ガラントさん、バッカスさんも、来てください。 コリン……さんも。 雲島から、現場に直行する可能性が高いと思いますから」

「ふん。 お呼びとあれば、行かざるを得ないね」

アッシュの複雑な気持ちを知ってのことだろう。コリンはマローネが見ていないところで、舌を出した。

そのままボトルシップに乗り込み、北西へ。マローネには、身を守るためのナイフを持たせてはある。

魔術だけでは頼りないと思ったアッシュは、ここしばらく、ガラントにマローネの護身術を見て貰っているのだ。ガラントが言うには、マローネは体術関係の才能が、殆どと言って良いほど無いらしい。

どれだけ鍛えても、身を守るのが精一杯。

それがガラントの結論だった。

元々体格的にも恵まれていないマローネは、腕力もとても弱い。だが、逆に言えば、それで充分だともアッシュは思う。

マローネには、とんでもなく強い魔力という切り札があるからだ。

事実、マローネを見たコリンは、性格が悪い彼女らしくも無く、素直に感心したほどである。

これほど魔力が強い子を見たのは初めてだと、コリンは言った。多分、その言葉は信じて良いだろう。

それならば、物理的なガードに関しては、パリィや飛び道具への対処など、最小限覚えておけば良い。魔術的な防壁を、何重にも張り巡らせれば良いだけのこと。そして、マローネが守りきる間に、アッシュが相手を叩き潰せばそれで終わりだ。

「雲島とは懐かしいな」

海上を疾走するボトルシップの上で、ガラントが呟く。老人はマローネにも聞こえるように、雲島について教えてくれる。

「雲島に行ったことは?」

「前に、二度だけ。 何だか別世界みたいで、びっくりしました」

「そうか。 今回は比較的裕福な風遊びが島の島長からの依頼だから、恐らく四等級くらいのレストランが使われるな」

ガラントはそういえば、傭兵団の団長だったのだ。そういう情報については、嫌と言うほど知っているだろう。

老人の長話をいやがる者もいるが、今回の件は仕事に直結している。話は聞いておくべきだろう。

ガラントは言う。

雲島は200年ほど歴史があるサロンで、かっては国同士が会議を行ったり、貴族同士の交流が盛んだったという。

しかし、サルファーの侵攻が激しくなり、イヴォワールの平穏が形だけになり始めてから、その姿を変えていったという。

「最初は、サルファーを倒せる勇者をどうやって探し出すか、会議を行っていたことが始まりだったそうだ。 だがやがて、それは大きく形を変えていった。 とにかく、乱された治安を如何に回復するかが、優先されるようになっていった訳だ」

「なるほど。 それで、クロームやレイヴンを雇う側が集まる場所に変わっていったと」

「そうだ。 サルファーの攻撃に、機動力が低い軍は巧く功績を立てられなかったからな」

この頃から、レイヴンの社会的な貢献も高まっていったのだと、ガラントは言う。

やがて、雲島はサロンのためのしゃれた場所から、実質的な取引が行われる経済的最前線へと、姿を変えていった。

サロンとして用意された施設や、各国の大使を楽しませるための高級料理店などは、そのまま取引の場所へと移行。無言の内に棲み分けが行われ、今のような形になっていった、のだそうだ。

とはいっても、ガラントにしてもその場に居合わせたわけでは無いだろう。ガラントの経歴を聞く限り、200年はまだなお遠い。

雲島は比較的遠くて、片道で一時間半はかかる。途中から、海が深い藍色になった。この辺からは、水深が深すぎて、はかることが難しくなってくる。ただし、大型の船にとっては、こういう水深の深い海の方が、色々と都合が良いそうだ。

「マローネ、他の船にぶつけないように気をつけて」

「分かってる」

まだ、雲島は見えてこない。

マローネの操船は、随分上手になった。昔は酷く下手だったのだが、それでも毎日操作していれば、流石に慣れる。

また、おばけ島にあるボトルシップがおんぼろで、あまりスピードが出ないというのも、安全性を助長する一因だろう。

おばけ島周囲で練習している頃は、何度も船をひっくり返したマローネだが。最近は、多少の嵐が来たくらいでは転覆しない安全な運転を、アッシュの目から見ても実施できている。

大きな波が来て、船がそれを乗り越えた。船ごとジャンプして、着水する。

「そろそろかしら」

「ああ。 近いな」

ガラントが、どうやって読んでいるのか、波を指定。それを乗り越えると、確かに雲島が見えてきた。

「流石。 伊達に年寄りじゃ無いわねえ」

「まあ、ざっとこんなものだ」

一番相性が悪そうなガラントとコリンだが、意外にも普通に会話している。或いは、利害の一致を、理解しているからかも知れない。

ガラントは大人だ。

アッシュは、未だ大人になりきることが出来ない。

雲島に到着。港の指示に従って、停泊位置を決める。クローム用の船は点在しているが、どれもしっかり管理されている。

切符を渡された。

「ええと、風遊びが島の島長さんに合いに来たんですけど」

「それなら、四等級のあの店だ」

ずばりである。ガラントが事前に言っていた通りの店に、依頼主は待っているというではないか。

コリンは話が終わる頃に戻ると言い残すと、ふらりと消えてしまう。

ガラントはと言うと、先に店に入っていった。そして、すぐに出てくる。

マローネが通り過ぎるのを見送ってから、ガラントはアッシュに小声で言った。

「今回は厳しいぞ」

「分かってます」

相手が、あまり頭の良くないヒステリックな島長だと、すぐにガラントは見抜いた。そんな奴が、悪霊憑きと知らぬまま、マローネに仕事を依頼した。

最後までばれなければ、それも良いだろう。

だが、ばれた場合は、どうなるか。

その相手が、きんきん声で、マローネを歓待しているのが伝わってくる。どうやら条件が整うと、良い意味でも悪い意味でも豹変するタイプであるらしい。

丸いテーブルの向かいにマローネを座らせると、依頼人はぺらぺら良く喋る。

「まさかあんたみたいな可愛いお嬢さんが来るなんてねえ」

「か、可愛いなんて、そんな」

「褒め言葉は素直に受け取っとくもんだよ。 うちにもあんたくらいの子がいるけどね、どこで覚えてきたのか汚い言葉ばかり使うわ、仕事なんかしないで遊びほうけてるわ、ろくなもんじゃないよ」

さて、その言葉が、最後まで続けば良いのだが。

恐縮しきったマローネが、ひたすら純心に照れているのが分かる。アッシュには、それが痛々しくてならなかった。

報酬の交渉についても、マローネが話の最初に、三分の一を受け取り、残りを成功報酬とすることで決まった。

これは最悪、その三分の一しか回収できないかも知れない。

この依頼は、時間との勝負だ。そうアッシュは思った。

そんなアッシュの思惑をよそに、マローネはご機嫌である。店を出たマローネは、歩調まで弾んでいた。

「あんな風に褒めて貰ったの、私初めてよ。 何だか今回の仕事、とても上手く行きそうな気がするわ」

「そうだね」

「どうしたの、アッシュ。 気が無い返事だけど」

「今回の仕事は、出来るだけ急いで片付けよう。 嫌な予感がする」

ガラントも隣で頷いたので、マローネは小首をかしげていた。コリンだけは、隣でにやにやしている。

切符を返して、停泊させていたボトルシップに乗り込む。おんぼろでスピードが出ないとはいえ、魔力の蓄積は充分だ。風遊びが島は少し遠いが、それでも行き帰りの燃料は充分すぎるほどある。

ご機嫌なマローネは、海上で鼻歌まで奏でていた。

マローネが、どれだけ人恋しかったのか、よく分かる。いつかはきっとみんなが好きになってくれると言いながら、マローネはいつも繰り返される差別と憎悪の繰り返しに、疲れ果てていた。

このままではまずいと、アッシュは思う。

あの依頼人は、マローネが悪霊憑きだと知らずして、あのような態度を取っていただけだと、言うべきなのだろうか。

しかし、巧くすれば、ばれずにマローネが傷つかず終わる結末もあり得るのだ。

マローネには笑っていて欲しい。

「それにしても、凄い推進力ねえ」

不意に、思考に割り込んでくる声。

コリンが、船の後ろ、ボトルシップの推進力部分を、かがめて見つめていた。普段だったら危ないと言って止めるところだが、彼女はファントムだ。海に落ちたところで、何ともない。

「落ちても知らないぞ」

「ねえマローネ」

完全に無視である。相変わらず良い性格をしている。

「はい? どうしたの?」

「この船の推進力って、常識外れなんだけど、知ってる?」

知ってるも何も、マローネは殆どこのボトルシップにしか乗ったことが無い。言葉に困っているらしいマローネ。樽の部分に蛙のように張り付くと、窓の部分から逆さにコリンは船をのぞき込んだ。

コリンは栗色の髪の毛を短めに切りそろえていて、だが女の子らしく手入れはしっかりしている。比較的扱いがぞんざいだが素材は良いマローネとは、髪質でも対照的だった。

「この船のこと色々調べてみたけど、本当だったら今の推進力の半分くらいしか出ないんだよ」

「そうなの? どうしてですか?」

「多分一つはおばけ島の影響かな」

コリンが言うには、体中に魔力がみなぎるような感覚があるという。非常に強力な魔力の流れがあの島にはあり、それでファントム達にも過ごしやすいのだろうと自説を蕩々と述べるのだった。

もう一つは、マローネだという。

「私ですか?」

「うん。 あんたの魔力、桁違いだって分かってる? 私が現役だった頃も、あんたより魔力の強い人間、見たことが無かったしね」

ネフライトは魔術を用いる専門家だ。勿論コリンほどの術者になってくると、相当な数のネフライトを見たことがあっただろう。

そんな専門家の中にも、マローネを凌ぐ魔力の持ち主がいなかったというのか。

それは、確かに何かしらの影響が、ボトルシップにも出てもおかしくないかも知れない。

「で、どうしてその強い力が、推進力にプラスに働いてるか、ちょっと今考えてるんだけど」

「結論は出そうですか」

「んーん。 気長に考える事にするわ」

海の藍色が、少しずつ薄くなってきた。

水深が浅くなってきたのである。

羅針盤を見たマローネが、若干方向を修正。大水深の海が基本的に航路として使われる。水深が浅くなってきたという事は、主要航路から外れている、という事だ。

見えてきた。

外観から確認。風遊びが島に間違いない。航図も見て、間違いないことを二重にチェックした。

無数の島があるイヴォワールでは、間違えた島に上陸する、という事態が良くある。慣れていない頃は、マローネも一度ならずやってしまった。このために、必ず航図を読めるようになる事と、外観図から島が正しいことを確認するのは、必須の作業となる。

クロームなら誰でも出来ることだが、それは出来ないと命が危ないからだ。

島が一つ違えば、動物の生態も全く違う。似たような島が二つ並んでいても、一つの島には凶暴な怪物が住んでいて、もう一つは平和そのもの、というような事は珍しくないのだ。

島には岩山がたくさん見て取れる。

あの山の間を、風が吹き下ろしているらしい。島の外にいても、山を滑り降りてきた風が、とても強く船体をなで回す。

マローネが、眉をひそめた。

「何だか、嫌な風……」

「どういう感じ?」

興味本位に、コリンが身を乗り出す。

「体の芯がざわざわするの。 何だか、此処には近づいちゃいけないって言われているみたいな感じです」

「アッシュを出すのは最後にした方が良いだろうな。 何かあった場合は、まず俺とバッカス、それにコリンで対処する。 マローネ嬢、そう心得てくれ」

「え? あ、はい。 分かりました」

アッシュのエカルラートは、圧倒的爆発的な破壊力を出すことが可能だが、しかし継続時間が短い。

今回は何があるか分からない以上、安易な使用は危険だ。しかも、場合によっては、手遅れになる可能性がある。

ガラントの言葉はあらゆる意味で正しい。

だが。本音を言うと、アッシュは歯がゆかったのである。

アッシュは、今回は、マローネの周囲で、隙無く見張りをしたかった。マローネの予感は非常に良く当たる。強力な霊感を持っているのだから、当然だろう。

もう、誰も守れず死ぬのだけはごめんだった。

それに、そういった事態以外にも。今回は、マローネを傷つける展開になる可能性が高いのだ。

コリンはこういう場合、全く頼りにならない。

バッカスは口べたすぎるし、あまり役に立ってくれるとは思えなかった。ガラントは、あの通り生真面目な武人だ。アッシュの心情を理解してくれることはあっても、マローネの繊細な心が傷つくのを、どうにもしてはくれないだろう。

自分が、何とかしなければならないのだ。

しかし、どうにも出来ない。

それが、アッシュには悔しかった。

 

上陸すると、風はますます強くなった。

マローネは目に入りそうになる砂を感じて、思わず身を低くする。

からからと音がしているのは、家に着いている風車が回っているからだ。島長さんが話してくれたが、この島は風と一緒に生きているのである。

風は資源だと、島長さんは言っていた。

いくらでも吹いてくる風を使えば、風車を苦労せず回すことが出来る。その力を利用すれば、穀物をひくことがとても容易だと。

だから、この島には物資が集まるのだという。

マローネは気付いている。アッシュの様子がおかしいことを。

それに、依頼人さんが、異様に友好的だった理由についても。本当は、アッシュに言われるまでも無く、洞察は出来ていた。

あの人は、マローネが悪霊憑きだとは知らないのだ。

きっとアッシュは、マローネが相手が悪霊憑きだと知った前後の温度差で、傷つくことを避けようとしてくれているのだろう。

悲しいことだ。

本当は、マローネにだって分かっている。あの親切そうな人が、きっと手のひらを返してマローネを罵るだろう事は。

だが、それでも信じてみたいのだ。

この依頼をどうにか出来たら、悪霊憑きであっても、隙になってくれるかも知れない。大好きなお父さんとお母さんは、もやが掛かった記憶の向こうで言っていたでは無いか。いつか、必ずみんながマローネを好きになってくれると。

それを信じて、マローネは頑張るのだ。

風車の立ち並ぶ一体を抜けると、山に登る道に出た。

見晴らしが良いのは、木立の背が低いからだ。風を浴び続けているからか、どの木も背が低く、葉っぱも低い位置にしか付いていない。

風が、思い切り吹き下ろしてくる。道が妙に曲がりくねっているのも、多分転んだときに一番下まで落ちてしまうことを避けるためでは無いかと、マローネは思った。

柵が彼方此方に立てられているのも、多分同じ理由だろう。

「アッシュ、凄い風ね」

「ああ、この風が、この島が生きるための生命線なんだな」

埃が舞う中も、アッシュは平然と立っている。ファントムなのだし、当然だろう。

さて、おさらいだ。

依頼によると、島を悪霊に乗っ取られたと言う話だった。この島は30年前の大異変の刻も、サルファーに手酷く荒らされたらしいのである。

その時はスカーレットが現れて、悪霊達をばったばったと薙ぎ払って退治してくれたという事なのだが。

残念ながら、スカーレットは30年前から、姿を一切見せていない。噂によると、スカーレットの生存を信じて、今だに賞金を掛けて探している貴族まで存在しているのだとか。

嫌な気配が、強くなってきた。

先に行っていたガラントが戻ってくる。

「ガラントさん、この先に何かありましたか?」

「ああ。 この先の、崖の上になっているところに、妙なものがある。 空間に空いた穴とでも言うのだろうか」

「空間に、穴、ですか」

「そうとしか形容出来んな」

コリンが身を乗り出したので、マローネは内心苦笑する。

だが、実際に何かするならば、コリンの知恵が必要になるだろう。

アッシュが、コリンを非常に警戒しているのは知っている。それだけ警戒すると言う事は、コリンはとても腹黒くて怖いヒトなのだろう。

「現場まで案内してくれる?」

「ああ。 だが、それは彼奴らをどうにかしてから、になるだろうな」

周囲の空気が変わる。

空間を歪めるようにして、それが姿を見せた。

青黒いそれは、球体状の何かよく分からないものだった。全体的には丸っこいのだが、そのまま口しか無いのである。手は一応あるが、足らしき部分は存在していない。その口の部分は耳まで割けているかのような巨大さだ。

大きさは、まるまるヒトと同じくらい。

それを見た瞬間、アッシュの顔色が変わる。もう死んでいても、そういった変化は、ファントムには生じるのだ。

アッシュは何か知っているのだろうか。

「マローネ、そいつらは!」

「どうしたの?」

この何者かが、ファントムの類種であることを、マローネは即座に見て取った。

であれば、コミュニケーションが生じる可能性も高い。実際、どんなに狂気に陥っている悪霊にだって、マローネは会話を粘り強くして、徐々に心を溶かしていく事が出来ると思っている。

声のチャンネルを切り替える。

ファントムに通じるように、だ。

「こんにちは。 私、マローネと言います。 ここに調査に来ました」

反応無し。

同種の同じ存在が、周囲から点々と姿を見せ始める。数は四、それに五を超えた。

「あれ? 聞こえなかったのかな」

「マローネ!」

もう一歩、近づこうとした瞬間である。

その口が、マローネを丸呑みにするほどに、巨大に開いて、躍りかかってきた。

口の中は臼歯が並んでいるのだが、何というまがまがしさか。しかもこのファントム、明らかに物理干渉能力を持っている。

アッシュのように年季が入ったファントムでも、特殊な条件が揃わない限り、物理干渉は難しい。ポルターガイストと呼ばれるものは、実際には人間が起こしていることが多いのだ。

それだけではない。

此処まで攻撃的なファントムを、マローネは見たことが無かった。心を閉ざしているファントムや、攻撃衝動に囚われてしまっている者、もっと凶悪で完全に狂気のまま周囲を不幸にすることだけ考えているファントムだっていた。

だが、それでも、いきなり自分を理解しうるマローネを、食い殺そうとすることは無かったのである。

尻餅をついたマローネは、慌ててガラントをその場にコンファインする。

冷静に状況を見ていたのか、ガラントはヒトの形を取るやいなや、剣を振るって謎のファントムを一刀両断に斬り伏せた。

血が噴き出す。

否、大量の、見たことも無い液体だ。しかもそれは、空気に触れると塵になるようにして消えていく。

物理干渉能力が徒になったのだ。本人も、物理攻撃が十分通用する状態になっているのである。

「下がられよ」

「は、はいっ!」

ガラントは四方八方からかぶりつきに来る得体が知れない悪霊を、右に左に切り払った。さほど動きが速い相手でもないし、空を飛んでいるといっても限定的だ。マローネは立ち上がると、気付く。後ろに回り込んでいる一体。

低空から、マローネの足を丸ごと食いちぎりに、横向きに飛びかかってきた。

コンファインが間に合う、

出現したバッカスが、筋肉の塊である尻尾を振り回して、一撃で悪霊らしいなにかよく分からないものを、叩き潰した。

わずかな時間の間に、悪霊は消える。

だが、代償は大きかった。

ガラントは激しく動いたこともあって、制限時間の半分以上を使ってしまっている。更に、バッカスもサポートのために地味に動き回ったこともあって、決して消耗は小さくなかった。

「手数が足りないなあ」

他人事のように、コリンが言う。

最悪なことに、周囲の気配が消えたわけでは無い。強ばった顔のまま、アッシュが言う。

「マローネ、撤退も考えよう」

「えっ!?」

「この仕事は危険だ。 この島は元々、傭兵団による護衛だって受けていたはず。 悪霊の出現によって皆がパニックになったとは言え、相手がどれくらいいるかも分からない状態なんだよ」

クロームにとって、撤退は恥では無い。ただし、仕事に対する信頼性は、著しく下がる。当然で、自分の手には負えないと広言するようなものだからだ。

前金で貰っている仕事料金も、返さなければならなくなるだろう。

お金は、別に良い。

ただし、島で生活している以上、どうしても生活費は掛かる。食事だけは出来るが、それ以外の行動にはだいたいお金が掛かってくるものなのだ。既に独立しているマローネは、お金のありがたみを知っている。

それでも、なお、マローネはお金にはあまり執着が無い。

マローネにとって大事なことは、別にある。

「もう少し、頑張ってみましょう、アッシュ」

「マローネ」

「この島の人達は、みんな困っているわ。 ちょっと危険かも知れないけれど、みんなが喜んでくれるなら、私頑張れるから」

「……」

アッシュが、何か知っている事を、マローネは敏感に感じ取っていた。

この恐ろしいファントムは、マローネが見たことも無い存在だ。ひょっとすると、島長さんがいうように、サルファーの僕として30年前に世界を荒らし回った恐ろしい悪霊かも知れない。

だが、それでもマローネは、頑張ってみたい。

「分かった。 ならば、戦闘の回数を、極力減らしていこう」

「ガラントさん」

「嫌な風が吹いていると言ったな、マローネ嬢。 その中心点は分かるか」

「はい。 この先の、丘の上だと思います」

ガラントは、一旦身を隠して、偵察を行い、それからその中心を叩こうと言った。

マローネに戦略のことはよく分からない。

だが、傭兵団を率いて戦い続けたこの人のことは、アッシュも信頼している。マローネも、信じて良いとおもう。

「分かりました。 偵察を、お願いしても良いですか」

「承知。 アッシュ、バッカスを残していくから、最後の最後まで力を温存するんだ」

「分かっています」

やはり、アッシュの様子はおかしい。

何だか、嫌な予感は、ふくれあがるばかりだった。

 

2、狂気の老人

 

茂みの中で、膝を抱えて待つ。

実は、こうやって誰もいないところにいると、マローネは落ち着く。

両親の教えで、誰にも好かれたいと、マローネは思っている。だが、時々感じるのだ。それが、とても困難な道だと。

だからだろうか。

誰にも見られない場所で静かにしていると、マローネは妙な充足感を覚える事がある。こういう場所は、その最たる例だった。

もしも悪霊達に見つかっても、バッカスとアッシュは側に控えてくれている。妙な話、悪霊達はアッシュにもバッカスにも興味が無いらしく、見えているにも関わらず、平然とその前を通り過ぎていくのだった。

何体か、悪霊を観察する暇が出来たので、見ておく。

全体的に、フォルムはどれも同じだ。丸い姿に、巨大な口だけ。目も鼻も無い。

頭頂には一対の角。そして、体には不釣り合いな一対の小さな手。

色は赤紫のものが多いが、たまにもっと大きな、青紫の個体もいる。この様子だと、更に色のバリエーションはあるかも知れない。

喋っていることは、喋っているらしい。何かしらの手段で、それぞれがコミュニケーションを取っているのは分かった。

だが、全体的には、とても雑然としている。

アッシュの表情は、相変わらず強ばっていた。

「マローネ、何かあったら、いつでも逃げられるように準備をしておくんだ」

「大丈夫よ。 アッシュがいるから、きっと何とかなるわ」

そういうと、アッシュは本当に苦しそうに、視線をそらす。

何が、あったのだろう。

アッシュがファントムになって戻ってきたとき、お父さんとお母さんと、魔島に行っていたことは、マローネも知っている。

この近辺では最強最悪の難所。毎年腕利きのクロームでも生還者が限られる、地獄の代名詞。

お父さんもお母さんも、それに一緒にいたアッシュも、腕利きのクロームだった。今のマローネでは、歯が立たないほどの腕前だったはずなのだ。

それなのに、みんな帰ることが出来なかった。どんな風に命を落としたのかさえ、アッシュは話してくれない。きっと、とても悲しい死に方をしたのだろう事は、マローネにも見当が付く。

きっと、マローネも、下手をすれば。

だが、生きるためには、マローネにはクローム以外の道が無い。最悪の手段として、今後は体を売るという方法も出てくる。

だが、それは両親が一番悲しむだろう。絶対に、その道だけは選びたくなかった。

「ねえ、アッシュ」

「なんだい?」

「あの悪霊達、見たことがあるの?」

「以前の仕事でね」

やはり知っているんだなと、マローネは思った。

基本、アッシュは何でもマローネに話してくれる。嘘を言うことは無いし、隠し事だってしない。

こういう風に歯切れが悪い物言いをするときは、よほどマローネに不利な何かの理由があると言う事なのだ。

それを分かっているから、マローネはこれ以上、アッシュに問いただすことが出来なかった。

 

しばらくすると、ガラントは戻ってきた。

戻ってきたとき、音は全くしなかった。マローネには、ファントムの接近が感じ取れるのだが、それさえも、である。

「敵の戦力は分かった」

ガラントが、この辺りの図を、地面に枝で書いてくれる。多分団長時代、軍図を書くのは慣れていたのだろう。とても手早く、分かり易い。

中心に、何か黒い穴。

空間に穴が空いていて、其処から禍々しい力が漏れているという。コリンはそれを聞くと、腕組みした後、術式を使ってみせる。

ファントムの状態でも、限定されるが、簡単な術式なら使えるのだ。

それは、映像を作り出す術式だった。

「こんなのじゃなくて?」

コリンが作り出したのは、空間にぽっかりと空いた禍々しい黒い穴だった。周囲はスパークを繰り返している。

アッシュの顔色は、やはり優れない。

「そうだ、そんな奴だ」

「間違いない。 これはサルファーの橋頭堡って言われる奴だね」

「サルファーの橋頭堡?」

「30年前、世界中にサルファーが現れたとき、これが彼方此方の島に出現したんだよ」

そして、其処から悪霊達があふれ出し、人々を無秩序に襲ったのだという。

何しろ、穴が出現する前に、何かしらの兆候が無い。いきなり現れては、無数の悪霊をはき出し続けるというこの穴に、世界はパニックに陥ったそうだ。

「やはり戻った方が……」

「アッシュ、駄目。 そんな恐ろしい穴だったら、余計何とかしないと」

「……敵の兵力は、今の時点ではざっと三百」

ガラントが、穴の周囲の様子を書いてくれる。

その配置は、極めてまばらだ。

しかも、戦力の大半は、島の北の方に集中している。マローネが上陸した村とは、別の方。大きな集落がある辺りだ。

何かを探しているのかも知れないと、ガラントは言う。

「探している、ですか」

「ああ。 この配置、人間に対する警戒を一切していない。 人間による反撃を舐め腐っているというよりも、どうやらそもそも攻撃を受けて被害を出すことを何とも思っていないようだな」

好機だと、ガラントは付け加えた。

マローネには、戦いのことはよく分からない。魔術のことも。

だから、信じる。

アッシュは、よく言う。信じるべきヒトを見極めるべきだと。マローネは、皆を信じたい。

どんな目的があるとしても、たとえどれだけ悪辣に落ちていても、ヒトはヒトのはずなのだから。

マローネの前で、ガラントがてきぱきと話を進めている。この辺りは、流石に歴戦の傭兵団長だ。

「コリン、貴殿の術式で、穴をつぶせるか」

「やってみせるけど、二つ条件があるよ」

コリンが、茶目っ気たっぷりに指を二本立てて見せる。

人差し指を折りながら、まず最初の条件。

「穴って言っても、構造に関してあたしが思ったとおりかは分からないから、解析の時間がいるね」

「それなら、俺が貴殿をそこに連れて行く。 悪霊どもは、我らファントムに対しては警戒していないから、大丈夫だろう」

「ん……、分かった。 もう一つは、私が実体化して、側で術式を使う間の時間を、稼ぐこと」

コリンが実体化するという事は、マローネも側まで行かなければならない、という事だ。

当然護衛の対称は、コリンだけでは無くマローネも、となる。マローネがいなければ、ファントムの実体化は出来ないのである。コンファインの制限のもう一つは、距離。マローネから歩いて半径百歩程度が、今の時点での限界距離だ。

皆の状態を再確認。

ガラントは残りコンファイン時間が半分程度。バッカスは少し減っているが、まだ戦える。

アッシュはまだ力を全て温存している状態だが。それでも、もしも大物が出てきた場合には、出て貰わないと危ないだろう。

茂みに隠れて相談していたのだが、目の前を10匹以上の悪霊が、団体で通り過ぎていった。急いでいたようだが、何かを探していたのだろうか。

思わず首をすくめたマローネの肩を、ガラントが叩いた。

「マローネ嬢。 貴方は司令塔だ。 堂々としていればそれでいい」

「ガラントさん、マローネは僕が守ります。 コリンさんの守りは貴方にお願いできますか」

「急くな。 今はバッカスに守りに出て貰うべきだと俺は思うが」

マローネも、そう思う。

アッシュは何か焦っているように見える。アッシュを見つめるが、彼はずっと青ざめていた。

「分かりました。 バッカスさん、お願いします」

「ワカッタ。 オレ、マローネ、マモル」

バッカスは言う事は短いが、とても頼りになる。

人間だったら、気は優しくて力持ちの、とても大柄な人だったのだろうなと、マローネは思った。

「アッシュ、いざというときはお願い」

「分かっている」

ガラントはそれ以上言わない。

だが、アッシュが必要以上に気負っていることは、マローネにも一目で分かるのだった。

 

夕方。

コリンとガラントが戻ってきた。

驚いたのは、コリンが非常に不快そうにしていたからである。何があったのかは分からないが、ガラントもあまり機嫌が良さそうでは無かった。

「何か来てる」

最初の一言が、それだった。

コリンの話によると、この麓にも、幾つか「穴」が確認できたのだという。つまり、複数、悪霊達を呼び込んでいる穴があったという事だ。

それ自体が洒落にならない事にも思えるのだが、コリンにはどうでも良いようだ。

問題は、その先である。

「大柄な剣士だ。 真っ黒な鎧に身を包んだ老人で、おぞましい意匠の剛剣を手にしていた」

「強そうなんですか」

「俺では勝負にならんな。 俺とアッシュとバッカスが三人がかりでも、一ひねりにされるだろうよ」

さらりとガラントがとんでもない事を言う。

ひええと、マローネは声を漏らしていた。

現時点で、ガラントは下手をするとアッシュより強いかも知れない。エカルラートでブーストしているアッシュなら勝てるだろうが、それを除いた総合力なら多分ガラントの方が上だろう。

それでも、此処までのことを言わせる相手が、いるというのか。

クロームにはいくらでも強者がいるとは聞いていた。だが、実際に其処まで強い人がいるとなると、むしろ恐怖がこみ上げてくる。

「ガラントさんでも、相手にならないくらい強いんですか?」

「俺は元々凡人の強さにしか達していない。 あれは天才が、何十年も己の技を磨き続けたあげく、何かしらの外法で最盛期の肉体以上の力を維持している。 そんな、摂理に外れた存在だな」

「参ったなあ。 あれじゃあみんな穴が潰されちゃうよ」

「それでも良いじゃ無いですか」

マローネからして見れば、村の人達が帰ってこられれば良いのである。だが、コリンはどっかりと座り込むと、面白くないと頬杖をついた。

「あいつさ」

「そのおじいさんの事ですか?」

「あの悪霊達と、同じ気配がするんだわ。 何を目的にしてるのか分からないけど、はっきりいって面白くない」

何事もへらへらしていたコリンが、本気で不快そうにしているので、マローネは驚く。この人は、いつも悪い意味でも良い意味でもマイペースなヒトだと思っていたのだが。

「悪霊、達は」

「老人が草でも刈るように打ち倒している。 穴を塞ぐというのなら、今が好機だが……」

アッシュは、嫌そうだった。

だが、マローネは、少しでも皆のためになりたいと思う。

「おじいさんが戦っているのに、いつまでも隠れてはいられないわ。 穴を、此方でも塞ぎましょう」

「わーった。 ただし、あの様子だと、邪魔をすると殺しに掛かってくるかもしれないけどね」

コリンが怖い事を言った。

夕刻以降になると、ファントムは力を増す。さっきから少し休んでいたので、ガラントも、ほぼフルパワーまで回復していた。バッカスも回復は充分である。

これならば、恐らく、もう一回くらいの戦闘には耐えられるはずだ。

「よし、一気に駆け抜けるぞ。 この少し先に穴がある。 歩哨は現在5匹ほどで、周辺には合計30匹がいる」

「コリンさん、穴を塞ぐにはどれだけ掛かりますか」

「そうだね、30匹が殺到してくる前にはやってみる」

「分かりました!」

マローネが、シャルトルーズを発動。

坂道に陣取って辺りを睥睨していた悪霊達が、大きな口を開けたとき。既に具現化したガラントが、剣を振り上げていた。その後ろから続いたコリンが、その手のひらに淡い魔力の光を宿らせている。

剣の一閃が悪霊を両断するのと、コリンの手から放たれた灼熱の矢が、もう一匹を消し炭にするのは同時。

道が出来る。そこに、バッカスが巨体で割り込み、残りの一匹を掴むと、地面にたたきつけた。

バウンドした悪霊は、既に半分に潰れていて、空中で木っ端みじんに爆散する。

コリンが走り抜ける。

悪霊が大声で、何か分からない言葉を叫んだ。

マローネは思わず耳を塞ぐ。

それは、言葉では無い。

何となく分かるのだ。それは、具現化した悪意。憎悪と恨みと怨恨をひとまとめにして、辺りにまき散らすような、そんな邪悪な行為。

マローネが知っているファントムは、みんな心を持っている。壊れてしまっていても、薄れていても、もとが生き物だったからだ。

このファントムは、違う。

存在そのものが、負の思念だけで構成されている。マローネは、声を聞いているだけで、飲まれそうになって。

はっと気付いて、思わず叫んでいた。耳を塞ぐ。涙が出そうだ。

こんな高密度の悪意は。

いつも、自分が、悪霊憑きと呼ばれるときに、みんなから向けられているようなものではないか。

「きゃあああっ!」

「マローネ!」

「まだだ、温存!」

叫んでいた悪霊を、ガラントが斬り伏せる。大量の臓物と血をばらまきながら、悪霊が霧散していく。

不思議な事に、悪霊は斬られると、その存在が消えてしまうようだ。それまでは、仮の肉体を持っているようなのだが。

「ネクロマンシーに近いな、これ」

コリンが手を広げ、足下に魔法陣を出現させる。

何か複雑な術を組んでいるのが見えた。

バッカスが、顔を上げる。そして、マローネの右斜め後ろから突貫してきた悪霊を、受け止めた。

がしんと、凄い音がする。

バッカスを丸ごと飲み込みそうなほどの巨大な悪霊だ。こんなに大きいのもいるのか。

アッシュをコンファインするか。

そう思った瞬間、バッカスが自分より大きな悪霊を地面にたたきつけ、拳で頭を叩き砕いた。凄いパワーだ。

だが、けたけたと笑いながら、更に悪霊が増える。四方八方から飛来する悪霊を、ガラントとバッカスが必死に打ち砕いて、斬り伏せて。だが、コリンのすぐ側に、何度も悪霊の牙や爪が届きそうになる。

ガラントの体が、透けはじめた。

ああと、マローネは思わず呟いてしまう。

殆ど時間は経っていない。マローネの未熟と、ガラントが如何に激しい戦闘を行っているか、その両方を示す結果だ。

「そろそろ限界だぞ」

「後ちょい。 これで、こうして……」

ガラントの守りを抜けた一匹を、コリンが振り返りもせずに手からはなった炎で焼き払った。しばらくもがいていた悪霊は、痕跡も残さず焼き消えてしまう。

虫が、明かりの炎に巻かれて焼け死ぬのを見たことがある。

こんなに大きな悪霊でも、それは同じなのか。

バッカスが、大きく肩で息をついている。

数匹の悪霊を掴んでは投げ、掴んでは引きちぎっていたが、敵の数は増える一方だ。コリンが、目をつぶって、最後の術式らしいものを唱える。

もう、限界だ。

「マローネ!」

「うん、アッシュ!」

コンファインしようとした瞬間、コリンがぱんと、胸の前で鋭く手を叩いた。

「闇の穴は闇の穴に、光の園は光の園に。 帰るべき所へ帰れ!」

何か、聞き取れない言葉を、コリンが唱える。

穴が、逆流しはじめた。

 

嘘のような光景だった。

悪霊達が、見る間に穴に吸い込まれ、消えてしまったのである。側にいた、まだ10体以上残っていた全てが、だった。

しかし、風はさほど広域に吹き荒れたわけでは無い。

この近辺の悪霊だけだろう。どうにかなったのは。

マローネはぺたりと座り込んだまま、あまりにも壮絶な結末に、震えが止まらない体を自覚していた。

怖い。

一体今のは、何だったのだろう。

「愚かな奴らよ。 それに関わると、寿命を縮めるぞ」

足音。

声の方が先だった。それなのに、どうしてだろう。足音は、あまりにも絶大的な存在感を保って、マローネの意識を拘束した。

マローネが振り返ると、其処には、鬼神のような老人がいた。

人間族だが、キバイノシシ族やマーマン族の男性以上のもの凄い長身で、目には怒りと憎悪が満ちあふれている。全身は文字通りの筋肉の塊で、まるで岩山が歩いているようだった。体を覆っている黒い鎧は分厚く、背負っている巨大な剣は、ドラゴンともそのまま戦えそうなサイズだ。

そして、その右手には、さっきバッカスが打ち倒した悪霊よりも、更に大きなものが握られ、引きずられていた。

悪霊が苦しそうにしているのを見て、マローネはさっきまで殺そうとして襲いかかってきた相手だというのに、可哀想だと思った。

「おじいさん、貴方は……」

「冒涜の力、ダークエボレウス!」

老人が、悪霊を空に放り上げる。その全身が黒い光を放つと、まるで水が吸い込まれるように、悪霊は粉々になり、老人の周囲を回転しながら消えていった。

食べたのだ。

何となく、それが理解できた。

「ふん、これでは腹の足しにもならん」

老人は、もうそれ以上マローネとは会話もしようとせずに、去って行ってしまった。路傍の小石を無視するように、マローネのことはどうでも良いと考えているのが明白だった。さっきのは忠告と言うよりも、独り言に近かったのだろう。

あの人が、さっきガラントがいったとんでもなく強いヒトだというのは、言われるまでも無く分かった。

ガラントもバッカスも、それにコリンも。限界近くまで力を使って、今は身動きが取れる状態に無い。

そうでなくても、もし戦う事になったら。

勝ち目など、無かった。

さっきガラントが言ったことが、誇張では無い事を、マローネは身をもって思い知らされていた。

だが、それ以上に、あのおじいさんに感じたことがある。

「何者だったんだろう」

「分からないわ。 でも、とても悲しい目だった……」

マローネは、あの老人の行動を見て、どうしてか酷く悲しくなった。

あれでは、きっと老人の体もおかしくなってしまうだろう事に、気付いたからかも知れなかった。

 

3、ウォルナットとの対決

 

一足先に風遊びが島のてっぺんにまで来ていたウォルナットは、戦況を見て口笛を吹いていた。

ここまで予定通りに全てが運ぶとは、流石に思っていなかった。

あの島長言うところの「悪霊」、つまりはよく分からん連中をばったばったとなぎ倒した老人は、恐らくクロームでは無い。相当な凄腕だが、傭兵団崩れか、あるいは。いずれにしても、島を取り戻して欲しいと依頼を出した風遊びが島の島長とは関係が無いだろう。

復讐心による凶行。

そう、ウォルナットは見た。

ならば、老人は無視して良い。あの様子では、金に興味どころか、会話が成立するかも怪しい雰囲気だった。あの老人は、目的を果たすためだけにこの島に来て、それは金では無い事は一目でわかった。

これから島長に、報酬を貰いに行くようなことはしないだろう。

そうなると、後は、疲弊しきったあの小娘を潰せば良い。

この島を乗っ取った連中が大体老人に潰され、残りは小娘に退治されたことは、ウォルナットが見届けた。

ならば、後は簡単だ。

小娘が、坂を上がってくる。

既に夕刻もだいぶ深まっていた。辺りは夕日の朱に染まり、まるでこれから流される血をさらなる色で覆い隠そうとしているかのようだ。

弱い奴は死ね。

それが、ウォルナットが生きてきた世界の論理。周囲の人間達が、ウォルナットに対して向けてきた理屈。

そして、これからも実践していく法則だった。

相手が子供だろうが女だろうが関係ない。この世界にいることが悪いのだ。それを幼い頃から思い知らされたウォルナットは、相手がどんな姿をしていようと、容赦などする気はなかった。

小娘が、此方に気付く。

ウォルナットは、まだわずかに残っていた悪霊を間に挟みながら、歩み寄った。

邪魔者を、根こそぎ殺すために。

悪霊を小娘が使役する輩が倒すのを見届けたのは、ウォルナットなりの礼儀からだった。

相手を徹底的に疲弊させて潰す。

それは、相手を侮っていないことを意味している。

 

残党はわずかだと思っていたが。マローネが足を止めたのには、理由がある。

夕焼けを背負うようにして、長身の人間族の男性が歩み寄ってくるのが分かったからだ。目には獰猛な殺気があり、カタギの人間では無いことは一目でわかった。コートで上半身を隠しているが、はち切れんばかりの筋肉で全身を守っていることも分かる。

「マローネ、ベリルか敵だ。 コンファインして」

「うん!」

アッシュを具現化する。

この状態で、一般人が何をしにここに来ているか。その理由くらい、マローネにも見当が付く。

「噂に聞く悪霊憑きのお嬢さん、初めまして」

「貴方は?」

「俺はウォルナット。 同業者さ。 オクサイドが専門だがよ」

けたけたと、男は嫌らしい笑いを浮かべた。目にはちらちらと殺気が浮かび、マローネ体を値踏みするように見ていた。

オクサイド。

依頼の横取り行為である。クロームの中でも、ベリルに近い行動を取る一部の人間が行うやり口で、酷い場合には殺し合いに発展する。

マローネは今まで非常に評判が悪かったこともあって、このオクサイド狙いをするクロームに付け狙われた事が何度かあった。本気で殺され掛けた事もあるし、酷く中傷された事だってある。

だから、驚きはしない。悲しいとは思うが。

「ウォルナットさん。 貴方は、お金が欲しいの?」

「そうさ。 だから、お嬢ちゃんには、場合によっては死んで貰う。 それが一番都合が良いからな」

「そこまで……」

「この世界は弱肉強食。 クロームをやってる以上、たとえひよっこでも知ってることだよな?」

マローネは笑わない。

それは真理の一つだと思うからだ。そしてこの男は、本気で今までの発言をしている。それである以上、笑う理由なんてない。

ただ、とても悲しいことだとは思う。

それに、真理だったとしても、マローネはそれに従うつもりは無い。お父さんとお母さんに顔向けできなくなるからだ。

側にある大岩に、マローネはアッシュをコンファインした。

岩が徐々に人型に姿を変えていき、やがてアッシュが具現化するのを見て、男はコートを脱ぎ捨てた。

広い肩幅と、分厚い胸板が、服を着ていても分かる。コートを羽織っていても恵まれた体格の持ち主だと分かったが、長身だと言うだけでは無く、全身をくまなく鍛え込んでいるようだった。

「やはり能力者か。 さっきから見ていたが、仲間を隠していたようには見えなかったからなあ」

「吠えるのは其処までだ、ハイエナ」

「そうさ、俺はハイエナさ」

アッシュが手袋を調整する。

手袋の状態を微調整するとき、アッシュは本気である。相手が相当な使い手である証拠だ。

一方で男も、全身から吹き上がる炎のような闘気を発散させている。

本気で、殺しに来る。

「他にも悪霊がいるんだろう? 出して見ろよ」

「ファントムは悪霊じゃありません。 どうして、そんな酷いことを言うの?」

「周り中の誰もが悪霊と言っても、お前は悪霊じゃ無いと言い張るのか? ひひゃははははは、これは傑作だな。 人間社会での言葉の定義は、大多数の意見で決まるっていうのになあ」

側で見ていたコリンが鼻で笑うのが分かった。

アッシュが、仕掛けた。

 

最初、攻防は地味だった。

すり足で近づいたアッシュが頭一つ大きい相手に、低い体勢から蹴りを見舞う。足下を狙う、だが刈り込むような一撃だ。

ゆらりと、ウォルナットが下がってかわす。

だが、浮き上がるような動きを見せたアッシュが、その懐に飛び込む。両手を重ねて突き出す。

双掌打。

ウォルナットが、とっさに腕をクロスさせ、打撃を受け止めた。

だが、その一撃は重い。相当な距離を、吹き飛ばされる。だが、ウォルナットが打撃を受けたようには見えない。

まるで地面を滑るような綺麗なすり足で、アッシュが接近。

不意に残像を残し、アッシュが加速。

首を狙うハイキックが、斜め後ろからウォルナットを襲う。えげつない実戦仕込みの技。だが、それもウォルナットは受けきってみせる。

アッシュは普段温厚な青年だが、戦闘になると別人のように剽悍な攻めと、えげつない残虐な技を使う。

本気になると、その傾向は更に強くなる。

マローネは慎重に立ち位置をずらしながら、介入のタイミングを見る。

今マローネがするべき事は、的確な距離を保ちつつ、アッシュの支援をすることだ。そのために、手段は選べない。

相手が殺すつもりで来ている事は、マローネも分かっている。

だが、其処まではしたくない。だからマローネは、慎重に出方を見なければならないのだ。

「ガラントさん、アッシュは勝てますか」

「四分六分という所だな」

つまり、不利と言う事だ。これは時間制限の厳しさや、互いに未だ切り札を使っていない事も加味しての事だろう。

ウォルナットが反撃に出た。

不意にその頭が下になる。逆立ちするように、体を反転させたのだ。そして、うなりを上げて、体を回転させ、周りを薙ぎ払う蹴り。元々長身のウォルナットである。その足は長く、猛烈な遠心力もあって、破壊力は凄まじい。

アッシュはそれを二度、かわす。

めまぐるしく立ち位置が入れ替わる。ウォルナットが呻いたのは、アッシュの左膝が、脇に入ったからだ。

「うぉおっ!」

「やるな……!」

実戦仕込みで、しかもしっかり学んだ拳法。ウォルナットも相当な体術を使っているが、これは恐らく我流だろう。

そうなると、アッシュに分がある。

だが、身体能力と時間制限という枷が、アッシュにはある。マローネがもっと強ければ、これを更に緩く出来るのだが。

アッシュがたたみかける。

踏み込んでからの、掌底。ウォルナットは受けきるが、不意に体を捻ったアッシュが、体を反転させての後ろ回し蹴りに切り替える。不意の奇襲に、ウォルナットはガードの上から、もろに体重の乗った蹴りを受ける。だが、受けきれない。

体勢を崩したウォルナット。

そこでウォルナットが勝負に出てきた。

「魂の灯火よ、眠りし獅子を呼び覚ませ!」

爆発的な闘気が、地面を焼き払う。

それだけではない。

既に朱が失われつつある世界の中、新しい太陽がその場に出現したような、強烈な熱量がその場に現れる。

「覚醒の能力!」

ウォルナットが跳躍。その全身は、炎に包まれていた。空中で静止したウォルナットは、マローネを見据えている。

その視線は、純粋な殺意に満ちていた。

本気で殺しに来る。

「サイコォオオオオッ! バーガンディッ!」

生きた隕石となり、ウォルナットがマローネに突進してくる。空気を焼き払いながら迫り来るその勢いは、まるでドラゴンの吐く地獄の炎のようだ。

アッシュは、間に合わないように見えた。

爆音が、周囲を蹂躙した。

 

着地したウォルナット。

少し遅れて、アッシュが続く。

膝を最初に折ったのは、アッシュだった。だが、ウォルナットが、脂汗を掻いているのを、マローネは見た。

その傍らには。

具現化したコリン。右手を空に向けて突き出していた。

さっきから打ち合わせをしていたのだ。

恐らく、ウォルナットは性格上、マローネをほぼ確実に狙ってくる。能力者同士の戦闘の場合、それが鉄則ともなるからである。

その瞬間こそが狙い目だ。

コリンも、実体化を維持できなくなり、姿を消す。

「あんな隠し弾があったのかよ……」

「お前……マローネを……!」

怒りに震えるアッシュの全身が、青い燐光に包まれている。エカルラートの力である。

今の瞬間、マローネに躍りかかったウォルナットを、コリンの放った爆炎が迎撃、撃墜した。

だが、それでもなお、ウォルナットは止まろうとせず。アッシュがエカルラートで一気に加速、叩き落としたのである。

勿論、コリンの術式が無ければ、間に合わなかっただろう。

「ふん、戦略的に当然のことだ。 化け物」

「アッシュを化け物なんて呼ばないで!」

「そいつはアッシュって言うのか。 ふん、そいつもお前も化け物だな。 俺が言うだけじゃ無く、世間がそれを認めるだろうよ! 悪霊憑きの化け物娘が! それに、最後に勝つのは俺だ! ひゃはははははははっ!」

地面を爆砕して、ウォルナットが消える。

まだ余力を残していたのだ。

既に、闇が深くなりつつある。悪霊はすでに殲滅したが、この島は安全とは言えないだろう。

無言で、一旦ボトルシップに戻る。

帰路、心は重かった。

酷いことを言われた。アッシュがコンファインの限界時間を超えて、消える。まだわずかにバッカスを具現化できる余力があったから、マローネの勝ちは動かなかった。だが、かなりギリギリの勝負だった。

アッシュは、何度か途中でマローネに、慰めの言葉を掛けてくれた。

「気にするな、マローネ。 ああいうハイエナの常套手段だ」

「……そう、なのかな」

「そうだ。 オクサイドをするような卑劣な奴は、相手の弱点を突くことでしか勝てないんだ。 相手が子供であってもね」

マローネの場合は、子供の心、と言うわけだ。

あが、勝つための手段としては、間違っていないとも言える。ウォルナットが言っていたように、戦略的な面ではどうだったのだろう。

「ガラントさん」

「戦略面での話か? 確かにあの場合、マローネ嬢を狙うのは間違っていない。 だがそれをやるのは、戦士としては最低限の誇りも捨て去ったという事だ。 しかもその策を奴は読まれ、途中で迎撃された。 酷いことを言われたかも知れないが、マローネ嬢、君の完全勝利だ。 恥じるべきは相手であっても、君では無い」

「戦場ではね」

コリンが、また含みのある事を言う。

急ぐようにと、アッシュが言った。

麓まで降りる。

悪霊にあらされた様子は無い。おじいさんが悪霊と戦う過程で村を滅茶苦茶にしていたらどうしようとマローネは思ったのだが、そんなことも無かった。

ボトルシップも無事だ。

酷く疲れた。余力も殆ど残っていない。今回は全員をほぼフル活用したこともあり、マローネの魔力も尽きる寸前だった。

言うまでも無く、驚天の奇跡であるコンファインは、マローネ自身の力も、著しく消耗させるものなのだ。

「一度、おばけ島に帰って休もうか」

「いや、このまま雲島に向かおう」

「アッシュ?」

「賛成だ」

ガラントさんまで、そんなことを言う。

どうして、此処で二人が意見を揃えているのか。何か、嫌な予感がする。

それに、あのウォルナットという人の言ったことも、とても気になるのだった。

 

マローネのボトルシップの燃料は、マナである。

いわゆる大気中に満ちている魔力のことで、使えば消耗するが、自動的に大気から補充する機構が付いているので、特に補充行動は必要では無い。

ただ、普通の島では、マナが溜まる速度は大変ゆっくりしているのだが。

どうしてか、風遊びが島に停泊させていたボトルシップの燃料タンクは、殆ど満タンにまで増加していた。

一応帰りに見て廻ったが、風遊びが島に、ファントムの類は殆どいなかった。何かの理由があるのかも知れない。コリンは一度おばけ島に戻るという話だったので、そのまま帰宅して貰う。今日の戦闘で、一番影で働いてくれたのは彼女だ。先に上がっても、誰にも文句を言う筋合いは無いだろう。

「色々不思議だね。 どうしてだろう」

「大体理由は見当付くけどねえ」

「コリンさんには分かるの?」

「まあね。 じゃ、あたしは先に上がるわ」

ひらひらと手を振ると、躊躇無く海にザブンと飛び込み、そのまま歩いて行く。この辺りは浅い海域が続いているとは言え、ファントムでもおばけ島まで行くのはちょっと面倒なのだが、その辺り彼女は大変にマイペースだ。まあ、ファントムだからお服が濡れる恐れはないし、それはそれで良いのかも知れない。

ボトルシップのエンジンを稼働させる。

ボトルに溜まっていたマナが魔術的に加工され、結果ボトルからはマナを含んだ噴出された。船が動き出す。いつもよりも調子が良いくらいである。

「これで、島長さんも喜んでくれるね。 それだけじゃなくて、避難していた人達も、おうちに帰れるね」

「ああ、そうだね」

「嬉しくないの、アッシュ」

「あのハイエナが言っていたことが気になる。 急ごう、マローネ」

マローネは笑みを浮かべて返すが、しかし。

疲弊が、実はかなり酷い。

この辺りで衝突の危険はまずないが、浅い海域が続く分、座礁の可能性はある。だから、本当は気を抜くわけには行かない。

しかし、船が動き始めると、途中で何度も居眠りしそうになった。

今回は怪我はしなかったが、心は酷く傷ついたし、シャルトルーズの能力も、ほとんどフルに使用した。

少しずつ以前より力が強くなっているのは確かなのだが、それでも一朝一夕に強くなる訳では無い。

夜になって、ガラントさんもマローネも、少しずつ回復しているのが分かる。雲島に到着する頃には、短時間は戦えることだろう。

「そうだ、アッシュ。 雲島でお給金を貰ったら、帰りに靴を買いましょう」

「ああ、そうだね」

「サンダルもそろそろ駄目になっちゃうし」

「……」

以前アッシュが言っていたことを告げても、反応は無い。

何だか少し寂しかった。

夜も半ばを廻って、星が瞬いている空が広がっている。珊瑚礁の海も、夜は真っ暗で、とても景色を楽しんでいる余裕は無い。

少し深い海域に船を移す。

座礁の危険性を減らすためだ。

樽の底板を隔てた下は、足が届くどころか、鯨を丸ごと飲み込んでもずっとたくさんおつりが来るくらい深い海だが、それを怖いとは思わない。イヴォワールに暮らしている以上、海は間近な存在だ。

やがて、空が白みはじめる。

もう少しで、雲島だ。

何度か目をこする。ガラントさんとアッシュは休んでいるからか、バッカスが声を掛けてきた。

「ソロソロダ」

「うん。 ありがとう、バッカスさん」

「ナニガアッテモ、オレトガラントハ、オマエノミカタダ」

何故だろう。

そう言われると、涙が出そうになる。

朝日が水平線の向こうから上がり始め、ボトルシップを照らす。流石に燃料も少し減りが目立ちはじめていた。視界の隅で、燃料系を見てちょっと減っていることを確認。だが、帰りには支障ない。

まだ、起きていないといけない。

依頼人さんは、多分首を長くして待っている。自分を褒めてくれた依頼人さんが喜んでくれれば、マローネはとても嬉しい。疲れなんて吹っ飛んでしまうだろう。

港が見えてきた。

既に警備員は巡回しているようだ。マローネが停泊すると、すぐに切符を切ってくれた。

「うん? クロームか。 徹夜で船を飛ばしてきたのか」

「はい。 お仕事が終わりましたから」

「そうか、大変だな」

人間族の、小柄だが屈強な男の人が、そういって切符の半券を渡してくれる。

 

クロームの仕事は、基本的に水物だ。

いつ終わるか分からないし、終わったタイミングが依頼人にとって都合が良いかも分からない。

だから、基本的に店がそれを仲介する。

依頼人とあった店の受付で、登録していたマローネである旨を告げると、今日は朝から依頼人が来ていると言う話だった。

部屋まで案内される。

依頼人さんは、無表情だった。

オウル族は顔が人間族とはだいぶ違うから、表情は最初の内は読みづらい。だが、いろいろなオウル族と会っている内に、どういう表情があるのか、少しずつは分かるようになってきた。

「島長さん、依頼を達成しました」

「ああ、そうかい」

冷え切った声。

今までの嫌な予感が、加速していく。

「聞きたいことがあるんだが、いいかい」

「何でしょうか」

「お前さんは、いつもこういうやり方でやっているのかい?」

「こういう、やり方?」

クロームとしての仕事のことだろうか。

だが。

違う。

本能的に、危険を感じる。この依頼人は、既にマローネを見ていない。この人が見ているのは、マローネでは無い。

悪霊憑き、だ。

「聞いたよ。 あの悪霊共、あんたが操っていたんだってね」

血の気が引いていく音を、聞いた気がした。

「そんな、私は」

「悪霊憑きってあんた言われてるんだろ? 毎度毎度島を悪霊に襲わせては、荒稼ぎしているんだってねえ」

誰が、そんなことを。

マローネは、己の身を守る以外で、ファントムを行使したことはないし、コンファインだって同じだ。何かを奪うために、力を使った事なんて、一度だって無い。

だが、さっきウォルナットが吐き捨てた言葉が、脳裏によみがえる。

世間一般の人間が皆そう思えば、定義は定着する。

誰も彼もが悪霊だと言えば、それは悪霊として、少なくとも世間では定義されるのだ。

「この親切なウォルナットさんが、全部教えてくれたよ」

部屋の奥から、歩み出てくる。

ウォルナットだ。

アッシュが、切れた。

コンファインするように、マローネに叫ぶ。

だが、マローネは、全身がすくんで、身動きできなかった。それに、もし此処でコンファインしたら、きっと大乱闘になる。

そうなれば、この島自体に、もう入れなくなるだろう。

「この嘘つきめ!」

私は、嘘なんて。

「とっとと消えな! あんたを信じたあたしにも責任があるから、今回は手打ちにしてやるよ! だけど、二度とあたしの前に顔を出すんじゃ無いよっ! あんたなんかを気に入ったあたしが馬鹿だった! さっさといきな、この化け物っ!」

金切り声が、全身を叩いた。

嘘つき。

マローネは、嘘なんてついたことは、今までただの一度も無い。

それなのに。

それから、どうやって店を出たのか、マローネは覚えていない。途中、人にぶつからないようにして歩くので精一杯だった。

波止場で、切符を渡す。

警備員のおじさんがマローネに何か声を掛けたようだが、聞こえなかった。

船に乗り込むと、燃料計も見ないで、起動させる。

船が、動き出した。

ボトルシップは、独特の稼働音がする。マナの燃焼によって熱した空気を、複雑な工程の末にボトルから放出することで進むから、ずっとカラカラと音がするのだ。他の船にぶつからないように、沖に出た。

見た。ウォルナットが、左手に金貨の袋をぶら下げていたことを。

彼は戦いには負けたが、金を巡る諍いには勝ったのだ。

オクサイドは、成功したのである。

おばけ島に到着した頃には、昼を少し廻っていた。

誰も、喋らなかった。

帰ってきたマローネを見て、コリンは軽く手を上げて挨拶したが、それだけだった。

マローネは、どうやってベットに転がり込んだかも分からなかった。

ドアを閉じて、自分だけの空間を作る。

涙が、溢れてきた。

悪霊憑き。

化け物。嘘つき。

浴びせかけられた悪意と敵意が、全身を切り刻むようだった。涙がどれだけ流れても、次から次へと溢れてきた。

何も、言葉にならない。

感情さえ、どうにもならない。

マローネはその日。

一日中、何も出来ず、ただ涙を流し続けていた。

 

夜。

アッシュは、海岸で空を見上げていた。

全身が怒りで焼き付きそうだった。この結末はわかりきっていたのに。何も、どうする事も出来なかった。

あんなに傷ついたマローネを見たのは、いつぶりだろう。言葉巧みに近づいてきた人買いを、アッシュが半殺しにしたとき以来だろうか。

「おつかれ。 結果はバッカスちゃんから聞いたよ」

コリンの声。

隣に座られる。コリンが薄ら笑いを浮かべているのに気付いて、アッシュは視線をそらした。

「死にたいのか」

「もう死んでますが」

「消えてくれ。 話す気分じゃ無い」

「あたしが、どうして席を外したと思ってる?」

応えない。

こいつは、正真正銘の大悪党だ。

「ちょっとねえ、おばけ島に戻ってからあの悪霊について調べてみた。 そうしたら、面白いものを見つけたんだよ」

30年前の異変で目撃された悪霊と、全く同一だったと、コリンは言う。

つまり、あれはサルファーの下僕に間違いないという事だ。

握り拳を固めてしまう。

「アッシュ、あんたさあ。 あれに殺されたんだろ」

すっと、アッシュは自分の制御装置が壊れるのを感じた。

殆ど音も無く、殴りかかっていた。

砂浜を、拳が抉る。小さなクレーターが出来ていた。

だが気付くと、コリンは少し離れた場所に立っていた。そうだ、此奴はアッシュの事をある程度分かって挑発してきている。

「正確には、こいつじゃないの」

コリンが手のひらに、浮かべた影。

それは全体的には、骸骨に近い姿だった。頭と肋骨はつながっているが、本来骨に守られているはずの内臓はだらしなく地面にぶら下がり、両腕は存在しないにもかかわらず、手のひらだけは虚空に浮いて存在している。

そして、その手のひらには、封印か何かなのか、杭が突き刺さっているのだ。

忘れもしない。あの悪霊達と一緒に現れ、まずジャスミンを食いちぎった。ジャスミンを守ろうとしたヘイズを握りつぶし、放り捨て。

雄叫びを上げて飛びかかったアッシュは、エカルラートを全力で解放していたが。その怪物が放った訳の分からない闇の気配に押し返され、そして。

気がついたときには、肉片になって転がっている自分を、見下ろしていた。

側には、二つに千切られ、臓物をばらまいているジャスミンの亡骸。かっと目を剥いて、美しい顔は半分なくなっていた。そうだ、噛みつかれたときに、食いちぎられたのだった。青い髪は血に染まり、辺りに無差別にぶちまけられていた。

そして、ヘイズの亡骸。

ヘイズは、その奇跡の力を、最後に使ったようだった。

事切れる前に、全ての力を使い果たしたのだろう。老人のように、その亡骸はしなびてしまっていた。

二人とも、死んだ。家に、マローネが待っているのに。まだ五歳なのに。悪霊憑きという、重い運命を背負わされてしまっているというのに。

全て、あの怪物のせいだ。

そして、何よりも。アッシュがその場にいながら、何も出来なかったせいだ。

危険な任務だと言う事は分かっていた。他のクロームも、大きな被害を出したと、後に聞いた。傭兵団が一つ全滅したらしいと言う話もである。

だが、そもそも戦闘目的の護衛で二人に同行していたアッシュがしっかりしていれば、悲劇は少しでも緩和できた。

アッシュが、何も出来なかったから。弱かったから、全ての悲劇のネジが、巻かれてしまったのだ。

今、コリンが映像を作り出している化け物と、アッシュが。マローネから、全てを奪ってしまったのだ。

それが、8年前にあったこと。

アッシュが抱えている罪業。

「此奴はね、通称サルファーの影。 大きめの異変が起きるとき、必ず姿を見せるサルファーの分身。 そしてその影が更にあの雑魚悪霊達を作り出しているのさ。 戦闘力は、単独で一傭兵団に匹敵するか、それ以上とも言われてる」

「それが、なんだってん、だよ」

「此奴の出現にはある条件があってね。 今回はそれを検証したかったんだけど」

分身については姿を発見できず、影についてはまだ解析が足りないという。

コリンは身を翻すと、肩をすくめてみせる。

「まあいいや。 どうやらまた機会はありそうだ」

「あんた、さっき何を笑っていた」

「あたしの予想通りにマローネちゃんが、愚民共にいたいけな心を蹂躙されたからかな」

コリンは薄笑いを浮かべていた。

此奴は、大悪党だ。だから、心は、際限なく、これ以上も無いほどに、歪みきっている。今も、家の二階でマローネは蹂躙された心をどうにも出来ず、泣いているだろうに。こいつはそれを見て、楽しんでいるのだ。

「あたしもね、難儀な研究をしてたし、周囲に敵も多かったから、あの子の境遇はよーくわかるんだよねえ。 だけどあたしとあの子は、性格も正反対。 だから、見ててこれ以上も無いほど面白いのさ」

「この外道っ!」

「外道で結構。 だけど、あたしがいなければ、今後サルファーの分身が現れたとき、あの子を守れないよ」

利害は一致している。

だから、戦う理由は無い。否、戦ってはいけないのだ。

今は、少しでも力がいる。

気付くと、コリンは目の前にいなかった。代わりに、後ろにガラントがいた。

「よく我慢したな」

「……僕は、無力なままです」

「ならば、力を付ければ良い」

まだ時間はある。

そう、ガラントは言った。

 

4、英雄の横顔

 

白狼騎士団は、団員だけで三百名を超える大形の傭兵団である。団長のラファエルは今齢五十を超えているが、しかしそうとはとても見えない若々しさで、三十そこそこ位にしか見えない。

美しい金髪を持つ長身の貴公子という風情のラファエルは、独自のファンクラブもあるほどの美丈夫である。その長年の戦歴と、其処から生み出された超常的な武勲も合わせて、今もっともイヴォワールで名の知られた戦士と言っても良いだろう。勿論特殊能力持ちである。

あらゆる意味で、完璧な武人と言われる事も多いラファエルだが、当の本人は、そのようには思っていない。

彼は。守ることが出来なかった。

その結果、師匠が闇に落ちた。

それだけではない。今も、師匠は闇の世界を、さまよい続けている。失った家族の幻影を追い求めて。

今まで必死に戦いを続けてきたのも、少しでも世界を平和にしようと考えたからだ。

その甲斐あって、各地で暴れていた大形の怪物は、大体を処理することも出来た。だがサルファーがまた暴れ出したら、ひとたまりも無く今の平和など潰えてしまうだろう。

依頼人に慇懃に礼をすると、ラファエルは店を出た。

此処は雲島。

あらゆる情報が集まる場所でもある。

今ラファエルがいたのは、最高級の依頼人が集まる店だ。セレストだけではなく、王族までもがたまに足を運ぶことがあるという。

もっとも、イヴォワールにいくつかある国家の王族は、いずれもが象徴的存在で、さほどの権力は持っていない。実際に30年前の大乱戦でも、主に現場で指揮を執ったのは、アクアマリン地方の統治をしているモルト伯をはじめとするセレストだった。

「ラファエル団長ー!」

ぱたぱたと走ってくるまだ若い女剣士。

大きめの鎧を不格好に着込んでいる人間族の女性だ。若干女性にしては背が高く、黄金色の髪を短髪に切りまとめている。

少し前から団員にした。普段は危なっかしいが、剣の腕前と才覚については見るべきものがあり、しかも特殊能力持ちである。今は三名いる副団長達に順番に腕を見させ、たまにラファエルが直接伴って様々な指導をしている。

何しろ元気が有り余っているので、普段からどじもおっちょこちょいも散々にするが、しかし団員からの評判は良い。いわゆるムードメーカーという奴だ。まだ十七歳だが、このくらいの若さでクロームをやっている能力持ちはいくらでもいる。

傭兵団でも、状況は同じだ。

「リーナ、やりました! 魔島での救援任務、受注しましたよっ!」

「そうか」

少し前に、魔島で遭難事故があった。

30年前、勇者スカーレットと邪神サルファーの主戦場になった魔島は、自然からして大きく歪められ、今では人外の地と化している。

だが、其処へ敢えて踏み込もうという連中がいるのだ。

名誉欲だったり、或いは特殊な環境で育った生物を採取しようともくろんでいたり。

こうして、危険だとわかりきっている魔島で、年に何回か行方不明者が出る。当然その全員が、死んでいると見なした方が良い。

そもそも島には水も食料も無く、しかも変異によって凶暴化した特殊な怪物が山ほど出るのである。この環境で生き残れる者がいるとしたら、それはよほど特殊な訓練を積んだ者か、或いは。

今の師匠なら、平然と闊歩しているかも知れない。

未だにあの人は、世界最強の剣士だ。齢80を超えてなお、その座は揺るがない。

ともかく今回は、奇跡的に救援依頼が届いた。それならば、最強の傭兵団が出るべきである。

実際他の傭兵団の中には、尻込みして依頼を蹴った者達もいたそうだ。

「団長の指示通り、第二中隊には、出撃準備を出しておきましたっ!」

「よし、私も出る。 リーナ、君も出るように」

「分かりましたっ!」

びしっと音を立てて敬礼すると、逆にその堅さとは裏腹の子供っぽい走り方で、港へと掛けていく。

白狼騎士団は四隻のボトルシップを有しているが、今回は六十名を乗せられる荒鷲号を使う。サイドに六本の大形ボトルを据え付けている高速艇で、軍のお下がりを改良したものだ。

此処から魔島へは、半日ほどかかる。出撃の準備は既に整っているので、ラファエルが乗り込むと、すぐに船は動き出した。

甲板は双胴型のボトルシップに比べると、非常に広い。竜骨を使って作る通常船とあまり変わらない形状なので、歩き回ることが出来る。ただし帆が存在していない。必要ないからだ。

ボトルシップの動力源はマナだが、これは時間さえ掛ければ海上でも補充することが出来る。そもそもイヴォワールでは、遭難した場合も海難事故で死ぬ可能性は低い。無数の島が点在している上に、浅い海域がどこまでも広がっているからだ。少し泳げば足が付く海域に辿り着く事が可能で、しかも其処から食料がある島へ行き着くことは造作も無い。

だから、風に頼らなければならない帆は廃れ、今では殆どの船についていなかった。

甲板に整列した隊員達を見やる。

大手の傭兵団らしく、皆が揃いの鎧を着けている。鎧はいわゆるプレートメイルで、怪物の攻撃にもそれなりに耐えることが可能だ。重いが、これを付けて歩けないような者は、この傭兵団にはいない。

全員の顔と名前を、ラファエルは把握している。それぞれの剣の腕や性格、それに経歴もだ。

三百程度の組織だから出来ることであるが、それでも。

やれることは、やるべきだとラファエルは考えていた。

「総員、武器の手入れ! 救援のボトルメールによると、被害者は三名で、洞窟に立てこもって怪物の攻撃を凌いでいるらしい! 時間が遅れれば遅れるほど、被害は拡大すると思え!」

「はっ!」

種族も性別も年齢もまちまちだが、いずれも士気は高い。

今回は副団長はいないので、リーナに副官役をやらせる。六十名の戦力なので、二十名ずつ三隊に分けた。一つの隊はラファエルが直接率い、残りの二つは別のベテランに任せる。

それをてきぱきとこなしていく内に、暗雲が立ちこめてきた。

気候も穏やかなイヴォワールでは、暗雲が立ちこめる海域は少ない。だが、魔島はその数少ない例外だ。

全ての準備が終わった頃には、魔島に接舷していた。

此処は、ラファエルにとっても、因縁の場所だ。

切り立った崖は獣のアギトのようで、吹き下ろしてくる風は生暖かい。枯れ木が曲がりくねり、岩には不気味な模様が刻まれ、全体的に灰色が多いというのに、彼方此方に赤や土留め色が存在感を主張している。

海岸線には、幾つかの傭兵団が集まっている様子だった。

「これはこれはラファエルどの」

「久しぶりだな」

その中の一つ、風の翼団の団長リエールが歩み寄ってきたので、挨拶を交わした。

風の翼団はオウル族だけで構成された珍しい集団で、リエールはセレストの末子らしい。家を継ぐことは無かったようだが、武門の家の出身者らしく腕前は確かで、構成員はいずれもが腕自慢ばかりである。

他に有名どころはと見回すと、いた。

隅の方で、一人枯れ木に背中を預け、リンゴを囓っている血色の悪い人間族の男。このイヴォワールでも珍しい、単独で傭兵団として認められている人物だ。

通称、死霊使いのフォックス。

単独の戦闘能力でも、中堅どころの傭兵団一個並と言われている。そして、この男は。

悪霊憑きと呼ばれながら世間に関わっている、数少ない例外の一人だ。

他の傭兵団の団長も来る。

ラファエルを敵視している者もいるが、それでも敬意は皆払ってくれる。年齢からも戦歴からも、この場にラファエル以上の者はいないからだ。

「誰がどのように探索するかで、揉めていたところです」

「えっ!? まだ入っていなかったんですか?」

「小娘、ここに一人ではいることは死を意味する。 小規模な傭兵団でも、それは同じ事だ」

ドスの利いた低い声。フォックスだ。

リエールに応えたリーナにそれだけ言うと、フォックスはポケットに手を入れたまま、一人で何処かへ行ってしまった。リエールは肩をすくめる。

「早めに決めましょう」

「分かった。 他の団長も、それで異存ないか」

「あんたが手柄を独り占めするような奴じゃ無いって事は分かってる。 俺には異存ねえよ」

ラファエルは地図上に指を走らせる。

そして、それぞれの傭兵団に、割り当てを決めていった。

「今回は非常に危険な任務だ。 オクサイドは考えるな」

「分かってらあ。 金より命の方が大事ってね」

「ならばいい。 それでは、すぐに取りかかる」

さっと、傭兵団が散り始める。

ラファエルは愛剣である神剣ヴィシュヌを、腰から抜いた。全体的にはサーベルに近い形状の剣だが、その切れ味は凄まじく、しかもしなる。神々によって鍛えられたという噂さえある、希代の名剣だ。

先頭に立ってラファエルが島に踏み込むと、さっそく周囲に殺気が充満した。

これは、依頼人は生きていない可能性が高いなと、ラファエルは思った。

 

無数の怪物を蹴散らして、依頼人の所に辿り着く。

意外にも、遭難した者達は全滅していなかった。ただし、洞窟の前には、首が三つもある、巨大な蛇の怪物が倒れている。

怪物達は、おそらく罠を張っていたのだろう。

人間が、助けに来ることを見越して。

だが、ラファエルが、正面からその罠を噛み破った。

洞窟に立てこもり、歯の根も合わないほど震えていたクローム達に手を貸し、助け起こす。外ではまだ戦いが続いていた。

三人いると言うことだったが、二人しかいない。一人は、既に息絶えていた。

見ると、死体はまだ若いヒーラーの女性だ。ネフライト階級の彼女を護衛して、恐らくこの二人のクロームは無茶をしたのだろう。

「ラファエル団長! 怪物の数、まだ増えます!」

「戦死者は出していないな」

「どうにか! 他の傭兵団までは分かりませんが!」

「お前達、二度と無謀はするんじゃ無いぞ」

ラファエルは無事だった団員にクロームを任せると、自身は殿軍になり、怪物の大軍をせき止めながら下がる。

ヴィシュヌが一閃する度に、怪物が断ち割られ、地面に血反吐をぶちまける。立ち位置を工夫しながらラファエルは多数の怪物と渡り合う。一度に一体ずつ確実に斬り伏せるその足さばきは、そういえば舞のようだと、師匠に言われたことがあった。

白銀の鎧が、返り血を浴びて、見る間に黒くなっていく。

死んだ怪物は、たちまち生きている怪物の餌に早変わりだ。或いはこれさえも、怪物達は見込んでいるのかも知れない。

海岸線まで、下がる。

戦いながら見ていたが、「奴ら」はいない。元々の動物が変異した連中ばかりだ。マンティコアと呼ばれる、獰猛なライオンの怪物が特に多かったが、しかし気にするほどの事はない。

少しだけ、安心した。奴らが出てきていないのなら、まだ或いは。時間があるのかも知れないのだから。

他の傭兵団も、下がってきていた。幸い、死者はでていない。しかし手足を失ったり、大けがをした者は少なくない様子だ。

海岸に、大形のボトルシップ。妙にけばけばしいデザインである。

見慣れない顔がある。

キバイノシシ族の、タキシードを着た男。周囲に腕利きらしいヒーラーを何名か侍らせている。

それで、正体は割れた。

「けが人の手当を開始しろ。 術式の余力を惜しむなよ」

「まさか貴方のような人物を、此処で見ることになるとは思いませんでしたな」

「ふふン、あンたが高名なラファエルか。 俺もガキの頃は随分と九つ剣に憧れたもんだよ」

帽子を取って挨拶してくるその男は、ブータン。

現在急成長中の製薬会社、バンブー社の社長だ。どちらかと言えば腕力自慢が多いキバイノシシ族の中では例外的に、経営者として成功している人物である。

製薬会社と言うが、彼の会社は慈善事業でも知られている。どうやっているかは分からないが、腕利きのネフライトを多数抱えているから出来ることだ。後ろにいるヒーラー達も、医療技術に関しては相当なもののようだ。一瞥すると、ちぎれた腕までつなげている。

「今回の仕事でも成功したとか。 流石ですなあ」

「恐縮です。 それで、此処には何を」

「実利を兼ねた、人助けのために」

怪物達は既に諦めたのか、海岸線までは追撃してこない。他の傭兵団が点呼を行い、行方不明者がいないことを確認していた。

フォックスが戻ってくる。

誰もが息を呑んだのは、明らかに死んでいる怪物達が、彼の背後に従っているからだ。

「おう、噂の死人使いの技か」

「ああ。 じゃあ、俺はこれで失礼する」

ブータンの驚きをよそに、フォックスは自分のものらしい、檻のような形状のボトルシップに乗り込んでいった。死んでいる怪物達も、それに従って船に乗り込んでいく。

ネクロマンシーの技だ。

しかもフォックスは能力持ちで、魔力もとてつもなく強い。恐らく今悪霊憑きと呼ばれる人間の中では最強だろう。

ここに来たのも、己の能力強化のため。それだけということか。

「さて、それぞれの仕事をしましょうや」

「そうだな」

ラファエルは部下達の元へ戻る。

リーナは今回の戦いでも、乱戦の中三体のマンティコアを仕留めていた。これは、二十歳になる頃には、副団長を任せることが出来るかも知れなかった。

 

ぼんやりと、周囲を見回していたファントムに、アッシュが声を掛ける。

美しい女性だ。

眠そうな目をしていて、背はさほど高くない。だが、どうしてか成人していると分かるのだった。

「あれ? 此処は?」

「おばけ島。 君はもう死んだんだ」

「……そっか」

見たところ、ネフライトのヒーラーか。随分マイペースだが、大丈夫だろうか。

「私は魔島にいたのですが、此処がそうだとは思えません。 確かに、死んでしまったようですね」

アッシュに、そのファントムは、慇懃に礼をした。

「初めまして。 ヒーラーをしているカナンと申します」

「あ、どうも。 マローネ、お客さんだよ」

どうやら、また一人、戦力になりそうなファントムが来たらしい。

それが悲しいことなのか、嬉しい事なのかはよく分からない。

ただ、今は力がいる。

その現実を思うに、アッシュは歓迎すべき事なのだろうと、思い始めていた。

 

(続)