野望の角王

 

序、立ち尽くす影

 

来たか。

私は立ち上がると、そいつが此方に向けて歩いて来るのを見た。

ここ最近で、心身ともに私のライバルというレベルの能力者にまで成長した、ティランノサウルス。人間としての名前は、陽菜乃。

エンドセラスとして組織を束ねる私としては。

対処をどうしてもしなければならない相手だ。

長年掛けて実力を伸ばしてきた私にとっては、短時間で強くなった不愉快な相手でもあるけれど。

今戦えば、まだ勝てる。

勿論、相手もそれを想定している。

私の前に立った陽菜乃は、高校生の時に、何度かやりあった姿と変わっていない。加齢が止まっているのだ。

それだけ能力を使いこなしているという事である。

単純にただ強いというだけの能力。

私の、どちらかといえばトリック色が強い能力とは、対照的だ。

周囲は誰も気付いていない。

私が、力を展開しているからである。

「お久しぶりですね、エンドセラス」

「此方だ」

歩く。先には、最近拡大し続けている喫茶のチェーン店がある。

中に入ると、かなりオシャレな雰囲気だ。

二人向かい合って、席に着く。

その気になれば。

この喫茶店は、従業員もろとも、十秒で更地になる。

それを知らない従業員達は幸せだ。化け物二人が、此処で会合をしているなんて、知らないのだから。

「それで、今日はわざわざ何用ですか」

「お前、二十代後半になっても、まるで高校生のような容姿だな」

「おかげさまで。 妹も全く代わりませんが、私よりは少し年上に見えています」

「そうだろう。 お前ほど力を使いこなせる奴はそういない。 先代のティランノサウルスとはえらい違いだ」

何が言いたいのか分からないと、陽菜乃は視線で告げてきている。

気配を現しているから、従業員が注文を取りに来た。適当にコーヒーを頼んだ後、本題に入る。

私も、この能力を使いこなしている今だけれど。

それまでには、随分時間が掛かった。

だから、中年間近という容姿をしている。少しこれでも無理に若返らせたのだ。ただ、今更若造にまで戻ろうとは思わないが。

「今、戦いは均衡している。 何故だと思う」

「私が彼方此方に転戦して、貴方の組織の跳ねっ返りを潰しているからね」

「それもある。 ギガントピテクスが思ったより優秀で、お前に潰されなかった連中を綺麗に束ねてくれているし。 メガテウシスも、文句を言わずに二頭態勢を甘受してくれているのも大きい」

だが、と。

私は、敢えて言葉を切った。

コーヒーが来た。ミルクを入れた後、ちょっと口に入れてうんざり。

まあチェーン店のだとこんなものか。

インスタントよりはまし。

業務用インスタントなのだし、仕方が無いところだろうか。

「流石にこういう若い子の来る喫茶は善し悪しがわかりませんか?」

「口惜しいがその通りだ」

「まあ、此処はちょっとチェーン店としても、コーヒーや紅茶よりも、食事のメニューの豊富さでのし上がってきた場所ですから」

「お前、こんな状況になっても、そんな事に詳しいのか」

少し呆れる。

まあいい。

砂糖とミルクを足して、ある程度味を誤魔化してから、コーヒーを飲む。

オススメだというメニューを注文してから、本題に入った。

「今まで静観を続けてきた第三勢力が、ここのところ台頭を開始していてな」

「例の古細菌の率いる、ですか」

「そうだ。 勢力が均衡した状態を嫌忌したうちの配下の中からも、其方になびく連中が出始めている」

「だからといって、共闘はしませんよ。 そもそも第三勢力と言っても、貴方ほど明確な野心はないんですから」

そうではないと、苦笑いする。

そうなると。

一瞬だけ悩んだ後、陽菜乃が結論を出した。

「まさか、三竦みの状態を作るつもりなんですか」

「察しが良いな」

「しかしどういう風の吹き回しです。 今まで私と散々やり合ってきたというのに」

「こう状況が錯綜するとな、そうも言ってはいられなくなるんだよ」

陽菜乃の活躍によって、エンドセラスの麾下にいた過激派は、殆どが潰されてしまった。

それだけではない。

各地の国家を支配しに廻している連中も、それによって穏健派ばかりが残り。人間側の勢力と妥協して、平穏に事を進める者ばかりになっている。

人間から支配を奪い取ることについては別に構わない。

実際に、幾つかの国は、まだ私が事実上握っているのだから。

しかし問題は。

此処から陽菜乃と全力でぶつかり合うと。

能力者の質で圧倒的な第三勢力が、どう動くか読めないのだ。

勿論陽菜乃に散々部下を潰された恨みはある。今でも、此奴はどうにかしてぶっ潰してやりたいのも事実である。

しかし私も、もう分別のつく年だ。

見かけ以上に年を重ねているのだし、怒りにまかせて全てを失うのも、馬鹿馬鹿しい話である。

「お前は知らないかもしれないが、第三勢力の中には、時間を操作する能力さえ持つ奴がいる」

「いえ、聞いています。 前に田奈ちゃんが遭遇したらしくて。 随分と苦戦したって話です」

「察しが良いな。 つまりそいつらが本気になったら、此方もお前達も、本腰を入れないと一瞬で一支部を潰される可能性が高い」

「今、争って戦力を消耗するのは得策では無いと」

その通りだと、私は頷く。

実際問題、陽菜乃がいる限り、短期間での勝利は望めない。此処で全力でやりあったとしても、陽菜乃に勝つことはできても。

殺す事は困難だろう。

そういうものだ。

普通の人間だったら、ライフルで狙撃すれば、どんな達人でも簡単に殺す事が出来るものだけれど。

私や陽菜乃は、ライフルを持った兵の集団くらい、簡単に伸してしまう。

能力者とは、そう言う存在である。

よほどのひよっこでもない限り、狙撃手程度には遅れを取らないものなのだ。

能力者同士の戦いでも、故に長引くことが多いし。中々必殺とは行かないのが現実である。

陽菜乃のように、能力者を効率よく再起不能にする技を持っていても、だ。

相手を殺すまでには中々に到らないのが実情だ。

ある意味、フルプレートを着込んだ、中世の騎士同士の戦いというのが、イメージに近いかも知れない。

「わかりました。 此方も貴方の反撃による戦力消耗に、いい加減嫌気が差していたところです」

「話が早くて助かるよ」

「ただし、条件があります」

コーヒーを一口啜ると。

やっぱりまずいのだろう。

陽菜乃も眉をひそめて、しばらく黙り込んだ後。咳払いして、指を立てた。

「いつも争いの焦点になる新人勧誘について、です」

「バランスを取るように、協議が必要だな。 応じる用意はある」

「それと、もう一つ。 第三勢力の代表を招いて、こういう形で話し合う場を設けましょう」

「それについても、当然だろうな」

勿論、既に準備は出来ている。

当たり前の話だ。陽菜乃と話を付けるだけでは、三竦みの状態に持っていくのは難しい。

勿論、第三勢力側が、ノーという可能性も考慮してある。

その場合は、交渉のカードも準備してあるし。

いざというときは、まだまだ戦力は此方が上なのだ。全戦力を投入して、第三勢力を潰す準備もしてある。

その場合、陽菜乃に隙を見せる事になるが。

今は隙を見せてでも、後顧の憂いを断つ必要がある。

「わかりました。 では、今の時点では休戦成立という形で話をまとめたいのですが、良いでしょうか」

「話が早くて助かる」

「いえいえ、此方こそ」

オススメメニューとやらのカルボナーラが来た。

口に入れてみると、確かにコーヒーとは雲泥の差だ。こっちをメインにして売り出せばいいものを、どうして喫茶にこだわっているのだろう。実際、周囲を見回すと、コーヒーや紅茶を頼んでいる客は、ほぼいない様子だ。

陽菜乃が先に帰ったので、私はカルボナーラを堪能する。

しばし食事をしていると。

陽菜乃の代わりに。ギガントピテクスが来て、陽菜乃が座っていた席に着いた。

「ボス。 お話が」

「何か問題が起きたか」

「はい。 実はユリアーキオータから連絡が」

あのオレっ子が、どうしたというのだろう。

宣戦布告では無いだろうかと、一瞬警戒したが。

実情は、更にタチが悪かった。

どうやら私の麾下に、明白な造反をもくろんでいる勢力がいるというのである。

なんでユリアーキオータがそんな事を知らせてくるかは、幾つか理由が考えられるが。

彼奴は確か、能力者同士の諍いによる災禍を懸念していたはず。

つまり、エンドセラスの組織が真っ二つになって争いを開始することの惨禍を、懸念していると見て良いだろう。

おおかた造反勢力が、ユリアーキオータに接触して、支援を求めた、と言う所だろうか。面倒な話だ。

舌打ちしたくなる。

ようやくティランノサウルスとの交戦を一段落できると思ったのに。

ひょっとすると。

陽菜乃の奴も、足下に火がついているのだろうか。

可能性はある。

元々、陽菜乃は奴の組織では新参だ。

周辺の連中とは仲良くやっていると聞いているけれど。ユタラプトルもボスの座を事実上陽菜乃に奪われているし。他のメンバーも、新参が大きな顔をしていることを好ましくは思っていないはず。

陽菜乃は圧倒的な強さで自分の地位を確保しているが。

それも正直な話、いつまで続くか分からないと言うのが、実情なのだと言う事は、調べがついている。

下手をすると、である。

エンドセラスの組織も。

陽菜乃の側も、内部分裂し。

これに第三勢力が介入し、複数組織による地獄の抗争が始まる可能性がある。

「それで首謀者は」

「まだわかりません。 今、メガテウシスが内偵を進めています」

「お前も内偵に加われ」

「良いのですか。 前線ががら空きになりますが」

構わないと告げる。

そもそも、戦力そのものは充実しているのだ。

陽菜乃に潰されたのは、あくまで過激派だけ。その気になれば、本気での攻勢を掛ければ、まだまだ陽菜乃には余裕で勝てる。

しかも彼奴らは、どうも新しく目覚めた能力者を無理にでも囲おうとは思っていないようだし。

交渉決裂しても、幾らでも手札は準備できる。

問題は、内部分裂が本格化した場合。

鎮圧の初期消火に失敗すると、厄介なことになりかねないのだ。

「ちなみにお前は、誰が造反の首謀者だと思う」

「ダンクルオステウスでは」

「彼奴は違うな」

彼奴については、以前一度やらかしてから、しっかり監視を付けている。更に、逆らった場合に備えて、幾つか手も打ってある。

それを、ダンクルオステウス自身が知っている。

余程のことがない限り、今更再造反はしないだろう。

「スタウリコサウルスはどうでしょう」

「あいつか……」

欧州支部で頭角を現した新人である。

前にいたスタウリコサウルスが死んでから、欧州で覚醒した。日本で覚醒した能力者に比べて、向こうでの能力者は性能がおとなしめなことが多いのだけれど。此奴に関しては例外だった。

何しろ、最初の恐竜の一角である。

地上の覇者の先祖としての、高いポテンシャルは、歴代スタウリコサウルスの能力者が、例外なく秘めていた。

此奴の厄介なところは、その野心もある。

私も首輪を付けて制御するのに、ひどく苦労していたが。

今でもそれに変わりは無い。

「これより内偵を進めます」

「ん」

ギガントピテクスが、コーヒーだけ飲むと、席を立つ。

流石というかなんというのか。

まずいともうまいとも言わなかった。

カルボナーラを食べ終えると、会計を済ませて、店を出る。

これからが大変だ。

大型組織は今、岐路を迎えようとしている。

 

1、天下統一に向けて

 

古くから、能力者はいた。

今ほど数はいなかったけれど。

それでも、各地で神々と呼ばれたのは。大体は、いにしえの覇者達の能力を秘めた者達だった。

彼らは多くの場合、圧倒的な力を振るうことを厭わず。人間にとっての、脅威となり続けていた。

エンドセラスの先祖もその一人。

もっとも、先祖の能力は、エンドセラスでは無かったが。

丁度二代前の先祖は。

その戦闘力では無くて、不老不死を上手に活用して、巨万の富を築きあげた。米国の軍産複合体に勝とも劣らないレベルの富である。

これが、回り回って今のエンドセラスの資金源になっている。

実のところ、最初はこうはいかなかった。紆余曲折を経て先祖の財産を手に入れたときには、既にエンドセラスの手は血みどろになっていた。

苦悩の末での相続。

鮮血をぶちまけた上の玉座。

昔から、修羅としていき。

修羅として死ぬ。それが、エンドセラスという存在の定めでもある。

とにかく、この現状の資産は、桁外れだ。

陽菜乃の組織の、貧弱な資金とは根本的に違う。

その気になれば軍でも国家でも動かせるのは。この資金に裏付けられた、力があるから、なのだ。

エンドセラスがアジトの一つに入ると。

日本にいる主な部下が、あらかた集まっていた。

パーカーを被った青年が、此方ですと案内してくる。

ディメトロドンである。

此奴本人よりも、その先代に世話になった。親から同じ生物の能力を引き継いだ珍しい奴で、それが故に面倒を見ているという事情もある。能力はまだまだ平々凡々だが、かなり特殊な使い方が出来るので、今後は伸びる可能性も大きい。

主なメンバーと一緒に、会議室に。

既に、テレビ会議の準備は整っていた。

軽く主要な幹部と挨拶を交わす。

欧州にいるスタウリコサウルスも、当然出席していた。まだ子供のような姿をしているが、既に年齢的には成人している。

実力は伸び盛りであり。

その厄介な能力とあわせて、造反されると面倒極まりない相手でもあった。

欧州支部のボスも、制御に苦労しているようである。

「ボス、今日の御用事は」

「ティランノサウルス、山内陽菜乃とアクセスした」

「ほう」

ナンバーツーをしているセイスモサウルスが、声を上げていた。

セイスモサウルスは、言うまでも無く最大級の雷竜。現在でも大型草食獣の方が、肉食獣より戦闘力が高いが、恐竜の時代もそれは同じだった。セイスモサウルスはあまりにも巨大すぎる体をフルに活用して、同時代では寄せ付けるもののない圧倒的な力を誇った雷竜である。

主力となっていたのは、主に尻尾だが。

その破壊力は、ティランノサウルスでさえ、直撃を受ければひとたまりもなかったほどなのだ。

セイスモサウルスは現在米国にいて、アメリカ政府とのやりとりと、財産の管理を任せている。

勿論常に収支には目を光らせている。

ついでにいうと、アメリカ政府もCIAを常に周辺に張り付かせているため、此奴が造反する可能性は低いだろう。

見かけはでっぷり太った、いかにもワルっぽい中年だが。

実際にはそれは見かけだけ。

内心は誠実で穏やかな男で。実は私財を使って、孤児院に寄付をずっと続けている。これについては、私しか知らない。

部下の弱みは、晒してからかうものではない。

いざというときに、有効活用するものだ。

皆を見回すと、私は告げる。

一端、ティランノサウルスとの戦闘状態を解除すると。

反応は様々だった。

「それは、どうにか一息付けますな」

胸をなで下ろした様子なのは、始祖鳥。言うまでも無く、最古の鳥だ。

この始祖鳥の能力者は消耗が激しく、エンドセラスが知るだけでも、四回ほど代替わりしている。

この始祖鳥は、日本で覚醒した後、第三セクターの要人としてアフリカに渡り。エンドセラスの資金を背景に、勢力を広げる役割を果たしている。

温厚そうな青年だが。

実際にはバリバリの武闘派で、実力は相当に高い。

現在、アフリカで二つの国を掌握。

更に三つの国を制圧するべく、勢力を広げている最中だ。

勿論、表だってそんなことはしていないが。

ちなみに、陽菜乃の被害を一番受けているのが、この始祖鳥である。配下の武闘派を今までに、二十五人も潰されている。

現状の陽菜乃の実力がそれだけ圧倒的だと言う事でもある。

「問題は、何を交渉の材料としたか、ですが」

疑念を呈したのは、まだ発言していなかったメガテウシス。

勿論言うまでも無く。

日本における右腕だ。

各地の支部長も、メガテウシスのような立場を経てから、出向しているものが殆どである。

出身地から動いていないのは、スタウリコサウルスくらい。

「利害が一致したのだ。 現在、第三勢力の介入が深刻化しているのは、向こうも同じようでな」

「なるほど、納得がいきました」

「それでは、第三勢力を、これから徹底的に潰すんですか?」

好戦的な声を上げたのは。

オーストラリア支部のボスに最近就任した、アンキロサウルスである。

此奴も比較的最近覚醒した能力者だが。

実は部下としては古株である。

人間の部下もエンドセラスはそれなりの数抱えているのだけれど。その中の一人だったのだ。

能力者による世界支配。

それを目指す過程で、取り込んだ勢力は幾つもある。

その中の一つ。

欧州の古参マフィアの、幹部だった男だ。

能力者が支配する世界の、利権を握りたい。そう考えてはいたのだろう。

ただ仕事そのものは良く出来るし、誠実な行動もあって、重宝していた。

だからこそ、実験台にしたのだ。

人工的に、能力者を造り出す実験の。

それは上手く行き。

晴れて倒されていた先代に代わって能力者となったアンキロサウルスは、オーストラリア支部にて現在トップを務めている。

アンキロサウルスはオセアニア地域全域に睨みを利かせており。

現状、三つの国を掌握。

更に二つの国に、攻勢を掛けている状態だ。

「いや、第三勢力はまだ底が知れん。 下手な介入を許すと、面倒な事になる可能性が高い。 そのため、一端ティランノサウルスと我々、それに第三勢力で、三竦みの状態を造り、それから対処に入る」

「……」

腕組みするアンキロサウルス。

不満があるようだが、口にするほどでは無い、という事か。

此奴は元々、海千山千が蠢く欧州の犯罪組織にいた人間だ。誠実な仕事ぶりと裏腹に野心は強いし、好戦的でもある。

三すくみになると、色々と勢力拡大がしづらくなると言う事情もあるだろう。

「いずれにしても、これで一端休戦とする。 各地の支部でも、勝手な攻撃は控えるように」

命令を伝えると、会議を終えた。

テレビ会議を片付けさせると。

メガテウシスとギガントピテクスを順番に呼び、内偵の結果を聞く。

こういうのは、メガテウシスが得意なはずなのだが。

どうにも歯切れが悪い。

「どうにもおかしいです。 本当に、造反勢力など、いるんでしょうか」

「お前ともあろう者が珍しいな。 勿論、造反勢力のターゲットは選ぶな。 私の側近であっても構わぬから、メスを入れろ」

「はあ」

何とも煮え切らない。

此奴は。こんな奴だったか。

腕組みした私は、不満があるなら言うようにと促す。

しばし躊躇った後、メガテウシスは言う。

「ギガントピテクスを、重用しすぎでは無いでしょうか」

「ふむ、不満か」

「強いていえば、です。 奴がそこそこに使えることは、私も分かっています。 しかし、ここのところ、ボスがあのゴリラを愛人にしているのではと言う噂もあり」

「バカを言うな」

流石にそれは呆れてしまう。

老人ホームでも、惚れた腫れたで喧嘩になる事があると私は聞いたことがあったけれど。それに近い話だ。

私もこういう仕事をしているから、刹那的に快楽を求めることもあるけれど。

面倒くさい立場の部下と、面倒くさい恋愛をするほど、脳みそが花畑では無い。

というかそんなオツムをしていたら、此処まで組織を拡大できなかっただろう。

それを説明すると、メガテウシスは、まだ不満なようだけれど。一応は、引き下がることにしたらしい。

咳払いすると、付け加える。

「不満があるなら、ギガントピテクスも内偵して構わん。 というか、複数の人間に内偵させているのは、全ての者を洗うためだ。 私の側近であっても、例外では無い」

「わかりました」

肩を落として、メガテウシスは下がる。

これは、何か不満を秘めていると見て良いだろう。

代わりに、ギガントピテクスが来る。

此奴の報告は、常に機能的だ。

今のところ、各地の支部長は皆何かしら腹案がある。だが、これだけの大型組織になれば、それも当然だ。

目くじらを立てるような話では無い。

メガテウシスも無能では無い。

大体の話は、奴と被ったが。

一つ、気になる報告があった。

「セイスモサウルスに、ティランノサウルスが接触している!?」

「はい。 確かな筋の情報です」

「見せろ」

今更、彼奴がそんな事をするとは思えない。誰が知恵を付けたにしても、妙な話である。

確かに会合している写真。

しっかりティランノサウルスが写っている。見た感じ、合成写真では無いと判断して良さそうだ。

舌打ちすると、私は下がるように指示。

セイスモサウルスを、個別で呼び出す。

「どうしました、ボス」

「一つ聞いておきたい」

「何なりと」

「ティランノサウルスと、個別に接触したな」

小さく悲鳴を上げるセイスモサウルス。

元々、気が小さな奴なのだ。

返答次第では殺すと、私が言っていることに気付いているのだろう。

「内容次第では怒らん。 素直に話せ」

「は、はい。 実は、例の孤児院の件でして」

「ふむ」

「ティランノサウルスの方から、あぶれた能力者、まだ力を良く制御できない子供を預かって欲しいと言われて、承ったのです。 私は正直どうしようもない悪党ではありますが、子供が好きなのです。 子供が不幸になるのは、どうしても見ていられないというのが本音でありまして」

つくづく此奴は。

呆れた私は、順番に話を聞いていく。

どうやら嘘はついていないらしい。

ちなみに、そう判断した基準は、私の能力にあるのだが。それはセイスモサウルスには黙っておく。

私の能力の詳細は。

側近にさえ教えていないのだ。

「まあいいだろう。 今回の件は不問にしてやる。 その代わり、仕事にはこれ以上に励むように」

「わかりました」

テレビ会議を切る。

これで、振り出しか。

内偵はまだ、進めさせなければならないだろう。

 

会議が終わった後、欧州に飛ぶ。

直接スタウリコサウルスにあっておこうと思ったからだ。一応念のために、側には手練れを何名か控えさせておく。

ギガントピテクスとメガテウシスは日本で内偵を続行。

今回は、普段の側近は連れて行かない。

これは、もしもスタウリコサウルスが余計な事を考えていた場合、わざと隙を見せる事で、行動を誘発させるためだ。

さて、どうでる。

一端ドイツの空港に着陸した後、アウトバーンを使って、移動。

流石に時速三百キロで走り回る車の中だと。能力者も形無しだ。この速度で走れる能力者は、あまり多くない。

時速制限が無いと言うだけあって、凄まじい加速を見せつけている車も多い。

いずれもが、高級車ばかりだ。

欧州支部は、ドイツの片田舎にある。

今時連絡はネットを使えば簡単だし、わざわざ都会に作る必要がないからだ。

かといって、ものには限度がある。

ネット回線が整備されていないような田舎では問題だし。何より、交通の便が悪すぎると、それはそれだ。

アウトバーンを降りて、近くの道路に。

運転手に指示して、物資を補給させた。

今回乗って来ているのは、頑丈なアメリカ車だが。それでも、能力者同士の諍いに巻き込まれてしまうと、ひとたまりもない。

物資は確保して置いて、損は無いのだ。

「程なく現地に着きます」

「うむ」

適当に部下に返すと、私は。

サングラスを外して、着け直した。

気分次第で、幾つか持ち歩いているサングラスを変えているのだ。

戦闘時と、普段でも変えているし。

場所によっても気分次第で変える。

ヤクザな生き方をしているのだ。

こういう、誰にも言わないオシャレくらいは、自分の好きにしたいというのが、私の本音なのである。

到着。

寂れた田舎町だ。

石造りの道と家々が並んでいる。きっと古くは、要塞としても機能していた街なのだろう。

アジトの近くに車を着ける。

周囲では、色々な言語で遊んでいる声が聞こえた。

欧州では、移民が大きな問題になっているが。この町でも、それは例外では無いのだろう。

「此方です」

案内されて、歩く。

誰にも言っていないが。

既に、能力は全力で展開中だ。

奇襲を受けても対応できるように備えておくのは。能力に覚醒してからは、ずっとしている事なのだ。

「スタウリコサウルスは息災か」

「おかげさまで」

案内をしているのは、普通の人間の組織構成員。いずれ能力者にして貰えるかと思っているのか、或いは私がねじ伏せた組織の構成員だったのか、詳しいことは知らない。ドイツ語を私が使えることにも、驚いてはいないようだ。

スタウリコサウルスはこの街で生まれた。

欧州を転戦しているが、基本的に暮らすのはこの街で。その生活に、変化はないらしい。

理由はよく分からないが。

或いは、それが代償なのかもしれない。

能力者には、それぞれ厄介な能力代償が伴うことが多い。

有名なのは、アースロプレウラだろう。

陽菜乃の右腕である彼奴が、暇なときにシダの葉を噛んでいることは、私の部下達の間でも有名だ。

妙に、近代的な。

周囲の石造りの家から見て、明らかに浮いているコンクリ作りの家に到着。大きさも、周囲の家々より、三倍はある。

此処が、スタウリコサウルスの住処だ。

そして、私の組織の、ドイツ支部でもある。元々は別に支部があったのだが、スタウリコサウルスが武勲に対する報酬として、此処をドイツ支部にすることを要求したのだ。大きなテロ組織を二つも潰した武勲としては安いとして、受けてやったのだが。

足を止めた私に、護衛が緊張する。

これは、気付いたかもしれない。

私は、この家に入りたくない。

「どうしました。 中でスタウリコサウルス様がお待ちです」

「……」

「どうしたのです」

「呼んでこい」

部下を顎でしゃくる。

小首をかしげながら、部下が家に入っていく。

護衛に連れてきている部下の一人、ドリオドゥスが咳払いした。彼の能力の由来は、まだ海の中で有力では無かった時代の、最古のサメである。

ちなみに彼自身は、中肉中背の黒人男性だ。

黒人男性だが、覚醒したのは日本で、である。

こういうケースは珍しくない。

能力者覚醒をするのに、何故か日本で、というケースは多いのだ。このため、私の部下にも、日本出張を願う者は珍しくない。

「エンドセラス様、どういたしましたか」

「罠だ」

「なんと」

「私に対するものかはわからないが、この家はスタウリコサウルスの巣と言っても良いだろうな。 あまりにも奴に有利すぎる場所で会談するのは、好ましくない」

しばしの沈黙。

緊張する部下達を嘲笑うように。

スタウリコサウルスが、家から出てきたのは、その時だった。

「お久しぶりです、ボス」

慇懃に挨拶したのは。

人形のような、という形容が似合うメガテウシスとはまた趣が違う。いかにも、活発さを凝縮して、女の子の形にしたような子供だ。

此奴が、スタウリコサウルスである。

見かけは十歳前後の子供だが、実年齢は二十三歳。

欧州の台風の目。

実力は、私や陽菜乃ほどでは無いが、かなり高い次元にある。欧州支部を任せている男も、制御が難しいと、いつも嘆いているほどだ。

今日も活発さを見せつけるように。

褐色に焼いた肌を、ショートパンツと半袖の、動きやすさだけを最重視した衣服に包んでいる。

足下はスポーツシューズ。

本当に、サッカーをそのまま始めかねない容姿だ。

「正装で出てこいと言われなかったか、スタウリコサウルス」

「お前には話していない」

ドリオドゥスに、非常に冷たい声で言うスタウリコサウルス。実際にも、年齢はスタウリコサウルスの方が上なのだ。

戦歴、経歴、戦闘力。その全てで下回っている相手に、敬語で話す意味もないという訳なのだろう。

別にそれは構わない。

私としては、幾つか気に入らないところがある。

「スタウリコサウルス、場所を移そうか」

「エンドセラス様ともあろう方が、どうしました。 怖いんですか?」

次の瞬間。

私の拳が、スタウリコサウルスの顔面を捕らえていた。

二十メートルも吹っ飛んだスタウリコサウルスが、近くの広場に直撃。クレーターを作るが。

勿論、周囲は誰も気付かない。

後で、クレーターが見つかって、騒ぎになるだろうが。

その時は、もうどうでも良い。

「場所を移すぞ。 二度は言わぬ」

「……はあ。 わかりましたよ」

スタウリコサウルスが立ち上がると、埃を払う。

私も手加減したし、スタウリコサウルスはダメージを受けていない。

この程度は、高位の能力者同士ではただのじゃれ合いだ。

どん引きしている案内人を促して、喫茶に向かう。

流石に此処の喫茶は何というか、雰囲気がある。石造りの家を店にしているのだから、当然だろうか。

ただ、コーヒーが出てくるまでは時間が掛かったし。

ざっと見る限り、衛生観念は、日本の店ほどではないようだ。

スタウリコサウルスと向かい合って座る。

他の部下達は、近くの席に分割して座った。

コーヒーを私が注文すると、他の皆も同じものを注文するのが面白い。スタウリコサウルスだけは、紅茶を注文したが。

やっとコーヒーが出てくると、一息付ける。

幸い、インスタントでないコーヒーは、香りも味も中々に深みがあった。此処での戦闘は避けたいところだ。

「それで、どうしたんですか、ボス。 こんな僻地まで」

「別にお前に会いに来たわけじゃあない。 今、各地の支部を、直接視察して廻っている」

「はあ、それはまた面倒な事を。 ティランノサウルスとの一件が片付いて、暇になったんですか?」

「相変わらず、口が減らない奴だな」

へらへらとしているスタウリコサウルス。

此奴、私と言うよりも。

周囲の全員を舐めて掛かっていると見て良さそうだ。

私の能力は既に展開しているから、此奴は嘘をつけない。至近にいる状態だ。嘘をつけば、すぐにわかる。

「お前、造反者を知っているか」

「組織に造反者が? まあ、今までも何回かあったとは聞いていますが、少なくとも欧州支部にはいません。 おかしな動きをする人は、支部長が潰しちゃってますから」

「……」

此奴は。

嘘をついていない。

私の能力の性質上、此奴は嘘をつけない。いかなる能力で隠蔽することも、不可能だからだ。

今更、誰かがクレーターに気付いたらしく、外で騒ぎが起きているが、放っておく。

此奴を制御できていないとはいえ、支部長にしている能力者も、実力の方は本物だ。実際此奴でも、簡単に処理はできないだろう。

だが、どうにも何かが引っかかる。

「欧州を離れる気は無いか」

「おや、スカウトですか」

「私の側近として連れていきたい」

「……私の能力代償が、家にいること、なんですよ」

これも、嘘では無い様子だ。

スタウリコサウルスは、にへらにへらと笑っているが。どうして此奴は、こうも悪意をいちいち感じさせるのか。

私が加速度的に不機嫌になっているので、戦々恐々としている護衛達など知ったことでは無いと言う風に。

更に、スタウリコサウルスは爆弾を場に放り込む。

「あ、そうそう。 お土産です」

「普通お土産というのは、私の方が持ち込むものだがな」

テーブルにどんと置かれたのは。

今、欧州で暴れているテロ組織のボスの生首だ。

勿論私の能力で周囲の人間は気付いていないが。此奴、いつの間に、こんなものを準備していたのか。

「褒めてください。 頭をなでなでしてください」

「……」

頭に来たので、黙り込む。

にへらにへらと笑みを浮かべ続けているスタウリコサウルスは、私がどうして怒っているかは察しているようだった。

 

2、暗い影

 

一端ホテルをとって、其方に移る。

「得体が知れない奴です」

不安そうに、ドリオドゥスが言う。

無理もない。

彼処まで、スタウリコサウルスがつかみ所のない奴だとは、思っていなかったのだろう。私も、今までに何度かあった事はあるが。毎度つかみ所のない性格に、困り果てていたのだ。

これでは、支部長も苦労するはずだ。

しかし、どうしてだろう。

此奴が腹に一物抱えているのはほぼ確実なのに。

造反勢力が此奴だという確信は持てないし。

むしろノーだと思えてくるのだ。

「生首が本物か解析しろ」

「わかりました」

本物かの解析が終わる前に、私としてはやっておくことがある。

何名かの欧州支部の武闘派を招集。

スタウリコサウルスがボスを殺したテロ組織に、殴り込みを掛けるのだ。勿論、皆殺しにするためである。

潜伏人員も全員洗い出させておく。

素性さえ知れれば、しめたもの。

後は私の能力でどうにでもなる。

テロ人員の数は数百程度。

皆殺しにしてしまうならば、半日と掛からないだろう。

準備がもう半日。

つまり、明日の早朝には片付く。

私自身も、情報収集を開始。

大規模組織のボスだからと言って、椅子にふんぞり返っているようなことはしない。倒せる相手は、自分で倒す。

これは、実は私の能力代償にも関係している。

海の王者であったエンドセラスの、高い戦闘意欲も。或いは、関係しているのかもしれない。

当時の海で最強。

勝ちうる存在はなく。

出会った相手は、全て餌か、或いは同胞。

死ぬ事があるのは、同胞との諍いか、病と老衰だけ。

そういった存在だったエンドセラスは。

海で王者として我が物顔に生き。そして死んでいった。

覇者たるものの思考が故に。

エンドセラスは、逆に前線に立つことを好むのだ。

能力も、戦闘時は使用を惜しまない。解析しづらい能力だと言う事もあるし、何より使わないとさび付く。

それに、使った方が。

効率よく、敵を殺せる。

「メンバーの招集、終わりました」

「敵の情報は」

「おかしいですね。 半分ほどが生命反応を感じられません」

ネットの向こう側で、通信ソフトを使って話している筆石が小首をかしげているのがわかる。

此奴は電子戦専門の人員。

此奴でわからないようならば、他の誰にもわからないだろう。

「生きている奴だけでも洗い出し、情報を寄越せ」

「はい。 直ちに」

生命反応が感じ取れない。

生きているときの写真データはすぐに上がって来ているから。それを使って、私の能力で解析。

ふむ。

思わず唸ってしまう。

今、行方がわからない奴は。全員が死んでいる。

多分、だけれども。

スタウリコサウルスの仕業だとみて間違いないだろう。ボスを殺すついでに、組織人員の半数も、処分していった、という事だ。

鮮やかな手際とみるべきなのか。

彼奴の能力については知っている。

他の部下達には知らせていないが。まあ、私がそう言う能力の持ち主なのだから、当然だろう。

しかし、これはどういうことか。

彼奴には、人間の居場所を探知するようなことは、むしろ苦手なはず。

筆石辺りが協力したのか。

いや、考えにくい。

前に色々あってから、筆石は首に縄を付けて、私の下で厳重に能力を管理させているからだ。

そうなると、地力で見つけ出したことになるが。

欧州支部が協力したとも、また考えにくいのである。

とにかく、武闘派メンバーの配置が終わるまで、しばしかかる。

その間に私は。

部下の運転する車で。自身も配置につくべく、移動した。

 

戦いは。

いや、戦いとも呼べない襲撃は、一瞬で終わった。少なくとも、私の担当部署では、である。

相手は存在すら掴むことが出来ずに、首をへし折られて即死である。容易いと私は思ったけれど。

わざわざ、口に出すような真似はしない。

アジトになっていた廃屋には、銃火器がゴロゴロ。

これらは、一般市民に向けるものだったと思うと、うんざりする。

有効活用するでもなく、本来の意図とは真逆の使用法では無いか。

まあ、テロリストというのは、そんなものだ。

手をはたいて埃を落とすと、周囲を確認。

アジトにいた五人の男女は、私が全て殺戮。その中にはまだ十代前半の少年もいたけれど、関係無い。

この手の組織が、少年兵を使うのは日常茶飯事。

手心を加えていたら、死ぬのは自分の方だ。

しかも薬物中毒などにして言うことを聞くようにしているケースも多い。組織ごと潰すしか、手は無いのである。

周囲を念入りに確認。

潜んでいる人員はいない。

この組織には能力者がいるという話も聞いていない。

これで抵抗は終わりだろうか。

アジトを出てから、やっと周囲に気配を出す。

此処は、ベルリンの一角。

石造りの、重厚な古き良き時代の建築。少し前までバーとして機能していたらしいのだけれど。

この不況の煽りで店は潰れ。

廃屋には、こんな大鼠共が住み着いていた、と言うわけだ。

移動しながら、連絡を取る。

その間は、また気配を消した。

「各チーム、状況を」

「α、攻撃完了。 敵殲滅」

「β、敵の反撃を受けたものの、敵殲滅完了。 損害無し」

「γ、現在作戦処理中」

各チームから、順番に報告が上がってくる。

私は頷くと、戦果におおむね満足した。大体これくらい出来ていれば、充分だろう。目標にしていた組織は全滅。

更に背後関係などのデータも、全て回収した。

これを元に、更に処理を進めていく。

そうすることで、各国に恩を売ることが出来るからだ。

一端部下達を集結させた。

集結地点は、ベルリンの一角。

ある公園。

私の能力で、周囲に人間を近寄らせないようにしているから、問題ない。なお、真っ正面から見られても、正常に事態を認識できない。

部下がおいおい集まってくる。

当然皆無傷だ。

その中には、敵の死体をわざわざ回収してきた者もいる。

これはどういうことかというと。

私が、新鮮な死体であったら、情報を回収できるからだ。ちなみに私が先ほど首を折った連中からも、データを回収してある。

何体かの死体を順番に確認。

確認後は、焼却。

人間が焼ける臭いを嗅ぎながら、説明をする。

「どうやら、やはりスタウリコサウルスが組織を半減させていたようだな。 得体が知れない襲撃者に恐怖する記憶が残っている」

「しかし、一体どうやって」

「お前、欧州支部の人間で、しかも彼奴とは古いつきあいだろ。 わからないのか」

「わからない! 彼奴は確かに天才的な素質があったが、此処までの戦闘力はなかった!」

攻撃チームのメンバーが、泡を食っているのがわかった。

此奴らも歴戦の能力者だ。

それなのに、これである。

彼奴には一体何が起きたのか。

手を叩いて、皆の注目を集める。

「とにかく、戦いには勝った。 これより欧州支部はドイツに恩を売り、更にパイプを強くすることが出来る」

「はい、ボス」

「一端解散だ。 私は今一度、スタウリコサウルスにあってくる」

部下を連れて、戻る。

釈然としないけれど、こればかりは仕方が無い。

車で移動しながら、私は、可能性について幾つか順番に、考察を進めていく。やはり、考えられるのは、一つ。

スタウリコサウルスの能力が、進化した、という事だ。

彼奴はどうにも周囲に味方を作ろうとしているとは思えない。

支援者がいるとは、考えづらいのだ。

それでいて、あれだけの戦果を短時間で。しかも、エンドセラスにもわからないうちに挙げている。

元からの能力では、どうにも考えにくい。

だが、能力の進化など、あり得るのか。

実はエンドセラスも聞いたことが無い。能力を磨き抜いて展開力を上げる事なら、誰でもやっている。

しかし、能力そのものを進化させるとなると。

事例があっただろうか。

これでも、長い年月この生き方を続けているのだ。

能力については、誰よりも詳しいつもりなのだが。

今回の件については、前例がないとしかいえない。

しかしながら、前例が無いからと言って、それがあり得ないと切り捨てるほど、エンドセラスは偏屈では無い。

何かからくりがある可能性も高い。

実際、エンドセラスのように、元の能力を圧倒的なレベルまで発展させている場合、進化しているように外から見えるだろう。

ただ問題は、スタウリコサウルスがそれほどの高齢能力者ではないということ。

どんなに天才でも、やはり経験の差には勝てない事が多いのだ。

スタウリコサウルスは天才か、私には何とも言えない。

出来る奴だとは思っている。

だが、出来ると言っても、エンドセラスの想定範囲内だ。異常速度での能力強化をこなせるとは、考えにくい。

しかし、どちらにしても。スタウリコサウルスが別物と言って良いほどに進化しているのは、事実だ。

アウトバーンを使うから、到着にはそれほど時間も掛からない。

しかし、その間に。

アフリカ支部から、連絡があった。

「エンドセラス様」

「どうした」

「指揮下においた国で、クーデターが発生しました。 今の時点で情報はまだ確保できていますが、危険な状況です」

舌打ちする。

これはスタウリコサウルスに構うだけでは無理か。

欧州支部の支部長を呼ぶと。スタウリコサウルスに監視を付けるように指示。

見たところ、まだまだ充分に押さえ込むことが出来る。

「わかりました。 本人にもそれは告げますか」

「そうだな。 告げておけ」

「よいのですね」

「かまわんさ」

スタウリコサウルスが恨むようなら、それまでだ。

エンドセラスとしても、一個人の恨みを受けることくらいは、慣れっこである。それに今更、スタウリコサウルスも外の組織では生きてはいけない。奴はそれだけ、よそで恨みを買いすぎたからだ。

私も、それは同じだが。

行き先をベルリン国際空港に変更。

此処からは、時間との勝負だ。

 

クーデター部隊について、調べさせる。

アフリカはアフリカの年と呼ばれる争乱の時代の後も、ずっと混迷の中にある。欧州の植民地としての搾取の時代。彼らに人権も自由もなかった。

そして独立を果たした後。

彼らには自由が与えられたが。

代わりに、富が決定的なまでに不足した。

支配者階級の人間達を優遇して残せば、今までと同じ搾取が待っていたけれど、ある程度は豊かな生活を甘受できた。

支配者階級の人間達を追い出せば、自由は得られたけれど。その代わり、富が尽き果ててしまった。

悪夢のような二律背反。

今でも、解決できていない問題である。

エンドセラスはアフリカに着くと、頑丈な軍用ジープに乗って、現地に向かう。アフリカ支部の部下達は既にこの国に集結。

首都を制圧しているクーデター部隊に、私が命令を下せば、すぐにでも攻撃を加える態勢が出来ている。

ただ、事はそう簡単では無い。

クーデターが起きた理由を確認し。場合によっては、クーデター派に、首をすげ替える必要がある。

アフリカでは、今も過酷な時代が続いている。

殺し合いは日常茶飯事。

少年兵が戦場で使い潰され。

過酷な労働で少年少女の奴隷が日々落涙している。

そう言う世界だ。

エンドセラスが事実上掌握している幾つかの国でも、それは同じ。というか、エンドセラスに掌握されるような国だと言う事だ。

エンドセラスは、この国では有名人である。

だから、すぐに顔を出すわけにはいかない。

気配を消したまま、ジープを進ませる。

既に集結している部下達から、連絡が来ていた。

「クーデターを起こしたのは、若手の将校達です。 現在の権力層に大きな不満を持っているようです」

「それだけか」

「はあ……」

「クーデター後の政権に関するビジョンや、政策に関する具体的な見識を持っている奴はいないのか」

言葉に詰まる様子に、私は呆れた。

ブレインを見つければ、それだけ有利になる。

当たり前の事だ。

「すぐに若手将校のブレインを探し出せ」

「わかりました。 直ちに」

「ちっ……」

通話を切ると、エンドセラスはジープを止めさせる。

辺りは戒厳令そのままの状況だ。

第三諸国でしかもう見られないような骨董品兵器が、首都にみちみちている。

国会が開かれる建物は、クーデター軍が占拠。

その周辺は、既に十重二十重に囲まれていた。

彼方此方で散発的な抵抗が行われているようだけれど。

どうも、政権側の方が有利なように見える。

問題は、若手将校達のブレインだ。

単純に、血気盛んなバカ共が暴発したというのなら、話は簡単。そいつらを殺して全てが終わる。

だが、黒幕がいて、何かしらの事をさせる目的で、若手をたきつけたのなら。

面倒極まりない事態になる可能性がある。

大統領は、国会を脱出成功。

現在、軍の指揮を執っていると情報が来た。

徒歩で、指揮所に向かう。

一応、それなりに厳重な陣地が構築されている。町中に、である。どこぞの資本で作られた劇場跡を、陣地に利用している様子だ。

ふんぞり返っている大統領は、似合わないオーダーメイドのスーツを着込んで、汗を拭き拭き。

だから、私がいきなり真後ろに立つと。

小さな悲鳴を上げた。

「ひっ! エンドセラス様!」

周りのSP達が慌てるが。

元々私のことは。この国の上層部にいる人間なら、誰もが知っている。今更声高に名乗る必要もない。

ふんぞり返っていた大統領が、見る間に小動物がごとく、私に胡麻をすり始めたので。

呆れた私は、咳払いした。

「場所を移す」

「よ、喜んでっ!」

見苦しい奴だ。

この国は、経済も権力基盤も資本も、全てエンドセラスが握っている。大統領は案山子に過ぎず、普段はアフリカ支部によって監視されているだけの存在に過ぎない。

勿論わざわざ政策にまでは介入しないが。

余計な事をすれば、すぐにつぶせるように、準備もしてある。

だが、それ故に。

此奴は自分の立場を理解していたはずだ。どうしてクーデターが起きるまで、若手の不安を放置していたのか。

理由次第では消す。

部屋を移して、SP達を外に出す。

二人きりになると。

しきりに平身低頭する大統領に、咳払いした。

「で。 事情を話せ」

「それが、跳ねっ返り達が、余計な真似を」

「お前の脳は三歳児並みか。 そんな事は来た時点でわかっている。 どうして若手がクーデターなどを起こしたのかと聞いている」

「申し訳ありません、皆目……。 強いていうならば、若手の間に、変な宗教が流行っているようだ、ということでしょうか」

苦し紛れの嘘では、ない。

此奴は少なくとも、そう信じている。

私の能力は、こういうときに、相手の嘘を見抜くことが出来る。今も高精度で、この話が嘘では無いと確認できていた。

すぐに電話して、部下達に連絡。

大統領はびくびくしていたが。

私が電話を終えると、泣きそうな顔をしていた。

「ど、どうかご勘弁を」

「これから、クーデターを起こした青年将校どもの所に向かう」

「ひっ……」

「双方の話を聞いてから決める。 包囲はこのまま維持。 私は包囲など関係無く、その中には入れるからな」

そして私は。

気配を消した。

周囲を慌てて見回す大統領。

目の前に私がいるのに気付いていない。この盆暗の首をへし折ったら面白い音がするだろうかと、一瞬だけ思ったけれど。

そんな事をしても、一文の得にも成らない。

すぐに陣地を出ると。

今度は国会に。

既に部下達は何時でも動けるようにしている。

クーデター軍を制圧することも。

正規軍を蹴散らすことも。

双方を皆殺しにすることも。

この小さな国家ならば可能だ。

だが、どれも気が進まない。面倒だから、いっそクーデター側の鎮圧を命じてしまおうかと思ったけれど。

それも駄目だ。

一時の感情で動くようでは、組織など回せない。

此処の大統領のような案山子になりたくなければ、

常に決断と判断を続けなければならないのだ。

えらいからえらいのではない。

能力が高く、指揮をする事が出来るから、組織のトップにいる。腕っ節だけでも駄目だし、頭だけでも駄目だ。

私という絶対支配者が。

長い経験に基づいて、得た結論。

それは今の時点では、覆る可能性は無い。

 

クーデター派の制圧している国会に潜入。

能力者の気配は無し。

つまり、此奴らは自分の頭で考えたにしろ、ブレインにそそのかされたにしろ。此処に能力者無しで来て。

戦闘を経て、制圧した、という事だ。

エンドセラス麾下の能力者に遭遇していたら、その時点で壊滅していただろう事を考えると。

ある意味、運が良かったとも言える。

忙しそうに動き回っている若者は。

いずれもが、絶望していない。

つまり、まだ計画には、先があると言う事だ。

気配を現す。

不意に姿を見せた私に、青年将校達は最初驚き、続けて一斉に銃を向けた。発砲されてもどうにでもなるが、敢えて、周囲を見回してみせる。

「で?」

「何者だ!」

「エンドセラス」

その場にいる全員が、唾を飲み込む。

流石に私のことくらいは、知っていると言うことか。

「影の支配者、女魔王か」

「それはまた、大げさな呼び方だな。 で、このパーティの主催者は」

「オレだ」

進み出てきたのは。

目に強い光を秘めた青年だ。

国会を占拠する過程で抵抗する敵を殺したのだろう。制服には、返り血がべっちりついていた。

見た感じ、この地方にいる平均的な黒人の青年である。

ただ、青年といえども、実戦経験者だし、何より見かけ以上の実力が、ひしひしと感じ取られるのだ。

或いは、この目からして、チャイルドソルジャー出身者かもしれない。

「名前は」

「アゼロ」

「そうか、ではアゼロ。 お前達の主張を聞こうか。 場合によっては、私が便宜を図ってやる」

「何を好き勝手な……!」

喚いた部下を、アゼロが抑える。

視線だけで部下を黙らせる様子は。彼がこの集団内における、絶対的リーダーである事を示していた。

ある程度のカリスマは有しているらしい。

そう思うと。

案山子として立てた大統領が、哀れにさえ思えてくるのだから不思議だ。彼奴は自分が案山子だという事を理解もしているし、独創的な政策は何一つやっていない。それなのにクーデターなど起こされたら、たまったものではないだろう。

アゼロは銃を下ろすよう、周囲に指示。

しぶしぶ従う周囲を一瞥すると、部屋を変える。

国会だから、それなりに内部は広い。

と言うか、こういう事態に備えて、意図的に複雑化しているのだ。それにもかかわらず、あっさり陥落させられたのは。現場指揮官の無能を示すものだろうが。

着いてきたのは、アゼロと秘書官らしい若い士官。

此奴も、エリートだろう。

「口頭で説明するのも何だから、ばらまこうと推敲していたビラを渡す。 これだ」

「ふむ」

手渡されたビラに、ざっと目を通す。

内容は、ごくありふれている。

特に変わった主張があるわけではない。

差別を緩和し。

給料を増やし。

独占している権利を分け与えろ。

それだけだ。

「あんたが黒幕なら、簡単なはずだ。 すぐにでもやって欲しい」

「自由を、か」

「そうだ」

「昔、この国が独立したときと、同じ主張だな」

アゼロが眉をひそめる。

知らなかったのか。

まあ、無理もない。もう六十年も前の話なのだから。

こういう貧しい国では、歴史なんてものは図書館に行かないと触れられないだろう。テレビなんて媒体はまず生きていないし、生きていたとしても政権主導側の言いなりに情報を流すだけ。

或いは地下放送のようなものもあるかもしれないが。

あったとしても、歴史だの教養だのを流すことはあるまい。

「この国が独立したとき、そういって白人達を追い出した。 その結果、極端に貧しくなったこの国は、今でも艱難辛苦を味わい続けている」

「……」

「主張はもっともで、ごく正論だがな。 ただしその正論は、分け与える富がある時だけに動くのだ」

この国は、エンドセラスが制圧して。

来るべき能力者のための世界のための土台にするべく、調整を続けてきた。

ようやく富も、少しは増えてきたのだが。

それでも、まだまだとうてい足りない。

支配している他の国々も似たようなもの。

そんな有様だから、エンドセラスに抑えられるのだ。

今、エンドセラスが広域のネットワークを使って、少しずつ物流を行い、有利な条件で富を増やしている。

それでも、まだまだ先は長い。

その上、今回のクーデターだ。

まだこの国が、トンネルを抜ける日は来ないだろう。

「しばらくは我慢しろ。 悲惨な現状はわかっているが、我慢しないと、もっと悲惨な国のようになるぞ」

「我慢できるか!」

興奮した一人が銃を抜くが。

その銃が、中途から切りおとされたのを見て、愕然とする。

ちなみにやったのは私だ。

このくらいは、造作も無い事である。

「さすがは女魔王だな」

「もう一度言っておく。 便宜は図ってやるから、降伏しろ」

「何度でも言うが、断る」

「……」

はて。

此奴らの強気はどこから来る。

何かしらのブレインがいるのか。そうだとすると、どうして無謀だとわかりきっている行動に出させた。

連絡が来る。

部下達からだ。

「ボス、一大事です」

「どうした」

「クーデター部隊には、ブレインと呼べる存在はいないようです。 ただ、妙な話がありまして」

部下の一人に、捕まえた人間の脳を、ダイレクトに覗く能力者がいる。

此奴は私に心酔しているし、嘘を言う可能性は低い。

「外部から、予言者なるものから、指示が時々出ていたとか」

「そいつがブレインでは無いのか」

「それが、おかしな事に。 時々、おおざっぱな指示を出すだけで、思想などの誘導はしていなかったようなのです」

それは確かに妙だな。

平然と連絡を続けている私を、アゼロは油断なくにらんでいるが。

私が通話を切ると、咳払いする。

「それで?」

「予言者とやらの素性に心当たりは」

「予言者だと?」

全員が顔を見合わせる。

なるほど、そう言うことか。

大体からくりがわかった。

このクーデターを主導しているのは、誰かしらの人間では無い。恐らくは、音波を操作する能力者だ。

そしてその正体も、ほぼもう分かった。

気配を消す。

そして後は、機械的に全てを処理した。

 

3、魔王の帰還

 

青ざめている部下達の元へ戻る。

国会は既に正規軍が制圧。

中にいたクーデター部隊は、皆殺しにされていた。というか、エンドセラスが皆殺しにしたのだが。

別に武勇など必要ない。

相手から認識されない能力を持っていれば、バカにだって出来る。この能力を散々磨き抜いたのは私で、地獄のような鍛錬と膨大な戦闘経験の末に辿り着いた極みの局地である。

これを使って敵を蹂躙することを。私は躊躇うことがない。

更に、私には武勇も加わる。

並大抵の相手には負けない理由がこれだ。エンドセラスの能力を知り尽くしていたとしても、簡単には罠を張ることもできない。

それにしても、今回の黒幕の悪辣さはどうだ。

意図も読めている。

これはただの時間稼ぎだ。

時間稼ぎのために、血の気が多い若者達を、捨て駒として利用したのである。

えぐいことをする。

苦笑いしてしまう。

だが、そういった行為は、実のところ嫌いでは無い。

部下達に、指示を出す。大統領は盆暗だ。政権を再安定させるためには、幾つかの指示を出しておく必要があるのだ。

それが一通り終わると。

側近達に告げた。

「欧州に戻るぞ」

「は」

彼らはこう考えただろう。

視察の途中に急用が入ったから、欧州に戻るのだと。

違う。

今回の黒幕が、はっきりしたからだ。

それは、欧州にいる。

というよりも、考えてみれば簡単だったのだ。そしておそらく、これはデモンストレーションでもあったのだろう。

生意気なことをする奴だ。

表向き憤りながらも。私は、面白いと思っていた。若い奴は、これくらい謀反気があった方がいい。

それくらいの方が、伸びるのである。

ただし、面白い頼もしいと思うのと、生かしておくのは別の話。これだけのことをやらかした以上、組織の長として許してはおけない。

既に、先ほどのクーデターと鎮圧は、ニュースになっている。空港では、騒然としていて。国連の職員が、大騒ぎしていた。

まあ、連中は放置で良い。

問題は米国をはじめとする大国だが。

連中には、エンドセラス麾下の国家が、盤石だと言う事だけを見せておけば問題は無いのである。

飛行機が取れた。

ただし出るのは三時間後だ。

しばらくラウンジで時間を潰す。

緊張した様子の側近達に、交代で休憩するように指示。私はその間、アフリカ支部の部下達に、細かい指示を幾つか追加で出しておいた。

この貧しすぎる国で。

平等に人権を分配したら、全員が貧困に溺れ死んでしまう。

民主主義の限界が此処にある。

もっとも、エンドセラスの場合は、支配が目的だから。ある程度は貧富の格差があったほうが好ましいのだが。

それにも限度がある。

今回のような事件が起きないようにするためにも。

もう少し、この国の最低生活水準は、上げておかなければならないだろう。

指示が終わり、通話を切ると。

丁度飛行機が来たところだった。

これから欧州にとんぼ返りだ。

そして小生意気な「天才」能力者に。

しっかりと、灸を据えてやらなければならない。

ただし、当然相手も状況はわかっているはずだ。油断だけは、してはならないのだが。

部下達は、アフリカを離れられる事で、ほっとしているようだが。

此奴らはわかっていない。

下手をすると、これから。

組織は内部分裂の危機に直面する。

ひょっとして、だが。

ティランノサウルス、陽菜乃がわざわざこのタイミングで和平を申し出てきたのは、このためか。

いや、そのようなはずは無い。

もしも、ティランノサウルスと彼奴がつながっていたとしたら、考えるのも嫌な事態が確実に到来する。

だが、その可能性は悲観楽観関係無しに、低いとエンドセラスは判断した。

判断の基準は幾つかあるが、もっと可能性が大きい奴が後ろにいる事を想定した方が早いからである。

常に最悪の事態を想定する。

だからこそ、私は、生き延びることが出来てきたのだ。

この、修羅の世界で。

飛行機に乗り込むと、安心して談笑を始めた側近達は無視して、PCを起動。気配を消しているので、気付かれない。

さっと、検索を済ませておく。

どうやら、間違いは無さそうだ。

久しぶりの、実力が均衡した相手との実戦になるかも知れない。

昔だったら、血がたぎったかもしれないが。

今は私も、落ち着きを身につけた。

だから、楽しみと言うよりも。面倒だなという感想が、最初に出てしまうのだった。

 

欧州、ベルリンに到着。

一休みしたい様子の部下達は無視。

さっそく、欧州支部の支部長に連絡を入れる。

「ボス、お早いお戻りで。 クーデターは処理できたようで何よりです」

「ああ。 すぐに其方に向かう」

「わかりました。 ささやかながら、宴の準備をしておきます」

宴か。

それはおそらく、血が降るものとなるだろう。

現場に行く途中で。

側近達には、告げておく。

「これより戦闘がある。 全員、総力戦用意」

ぴたりと談笑が止む。

当然だろう。

私が、冗談でこのような事を言うはずが無いからだ。それ以上、エンドセラスは何も言わない。

サングラスを一回だけ直すと、助手席に深く腰掛けて、ぼんやりとした。頭を休ませるためだ。

此処からの戦闘は、それだけ厳しくなる。

慌てた様子のドリオドゥスが聞いてくる。

「く、詳しくお願いいたします」

「もうわかっているんじゃないのか? 今回のアフリカでのクーデター、おそらく欧州支部の不穏分子が決起する時間稼ぎだ。 私が欧州に来ているときにわざわざ起きたのも、露骨すぎるほどのタイミングだな」

「し、しかし、あのクーデターは」

「おかしいと思わなかったのか」

大統領が鈍い動きをしていたのは、別に構わない。

妙だと思ったのは、アフリカ支部の部下達だ。

どうにも話を聞く限り、要領を得ない事を言うばかり。ブレインについて思いも当たらず、そればかりかエンドセラスが行くまで、敵の内情を掴んでもいない始末。

しばらくの平穏で衰えたのかと思ったのだけれど。

実際には、違う。

外部から、気付かないうちに干渉されていたと見て良い。

そして、それを行っていたのは。

間違いなく、彼奴だ。

「首謀者はスタウリコサウルスだ」

「し、しかし」

「スタウリコサウルスの能力は、確か振動を操作して、戦闘に活用する事ではありませんでしたか」

挙手したのは、まだ戦歴が若い能力者。

今回側近として連れてきたのは、経験を積ませる意味もある。

かなり若い娘で、覚醒が早かったため、見かけの年齢は十歳前後にしか見えない。実年齢も十八と、この中では例外的に若い。

ふわふわの金髪を腰まで垂らしている子供だが。目つきが鋭すぎるので、可愛いとは言いがたい。

ちなみに、バリバリの戦闘タイプ能力者だ。

「クシクラゲ、覚えておけ。 能力は磨き抜けば、驚くほど活用範囲が拡がる。 私の能力がその見本だ。 そもそも私の能力は、戦闘タイプでさえなかった」

「それは、本当ですか」

「本当だ。 スタウリコサウルスの能力を吟味してみれば、確かに今回の件は、納得がいくものだったのだ」

車が止まる。

到着したのは、ドイツの郊外。

スタウリコサウルスの家だ。

周囲は石畳の美しい、閑静な古都だけれど。

残念ながら、此処は間もなく血まみれの地獄と化す。

「すぐに住民を避難させます」

「好きにせよ」

ドリオドゥスが飛び出していく。

二次大戦時の不発弾が見つかったとアナウンスして貰う。ドイツではよくあることなので、住民も慣れている。

すぐに住民の避難が始まる中。

私は能力を展開。

側近六名とともに。まるで世界から切り離されたように、周囲との干渉を断った。

勿論、私は、スタウリコサウルスだけが敵だとは思っていない。

「さて、そろそろ出てこい」

今、第三勢力と言われている、超古代の生物の能力を得ている連中は。それぞれが、文字通り桁外れの使い手ばかりだ。

あのアースロプレウラと片手間に、互角以上に渡り合ったというユリアーキオータの事もある。

今回、関わっている奴も。

恐らくは、それ以上の実力とみて良いだろう。

連中は、古代における神々に、最も近い存在。

既に加齢も止まっていることが多いので。見かけと年齢が、全く一致しないのが面倒だ。捕捉しづらいのである。

家から出てくるのは、スタウリコサウルス。

サッカー少年のようなラフな格好のまま。

私の側近達が戦闘態勢を取る中。奴は、もはや能力を惜しむ様子はないようだった。まあ、此処で能力を惜しんでも死ぬだけだ。

そんな阿呆なら、此処まで大それた事はしない。

「あれえ? どうしたの、そんなに殺気だって」

がくりと膝を折るドリオドゥス。

慌てた様子で、クシクラゲも、自分の体に起きた不調を、必死に分析しているようだった。

私は。能力に晒されていない。

不調にもなっていない。平気なのだ。

サングラスを外して、放り捨てる。

凶猛な武闘派。

組織最強の能力者。

そう言われてから、組織そのものの長になるまで。随分と戦った。その間に積み重ねた屍の数と、流した血の量は。

恐らくは、人類史上でも屈指だと自負している。

「言い残すことは?」

「いやですよ、死ぬ気なんてありませんもの」

「此処から生かして返すとでも思っているのか」

「……」

能力が効いていないことに気付いたのだろう。

他の側近達は、具合が悪い様子で、立っているのがやっとだ。もう少し戦力を連れてきたかったが。

多分欧州支部の能力者は、既に汚染されているとみて良い。

使えないだろう。

いつのまにか。

後ろに気配。

腕組みして、きざに建物に背中を預けている若造。非常にひょろりとしていて、背ばかりが高い青年だ。

此奴か。

見たことが無い能力者だ。

「貴様は?」

「テルモプロテウス」

「ほう。 好熱菌だな」

「いかにも。 古代から熱を好むものとして、我が一族は火喰い鳥などとも言われたが、実際にはあれはただの獰猛な鳥だ。 真に火を好むは、我らである」

なるほど。実際に好んでいるのは、ただの熱ではないというわけだ。

場に火を熾すこと。

戦乱。

それを好むから故に、真に火を好むなどと言っている訳か。

「この件、ユリアーキオータは知っているのか」

「彼奴は中道だ。 私はそもそも、お前達を積極的に潰すべきだと前々から言っているのだがな」

「なるほど、そういうことか」

ティランノサウルスを通じて、ユリアーキオータがこのことを知らせてくるわけだ。

私の勢力を削れるならそれだけで万々歳。

そして失敗したとしても。

面倒くさい跳ねっ返りのバトルジャンキーを、処分して、集団の動きを円滑に出来ると言うわけである。

「私がスタウリコサウルスを叩く。 お前達は、そのバトルジャンキーを押さえ込め」

「イエッサ!」

不調な様子の側近達が、それでも六人。

周囲に展開して、戦闘態勢に入る。

私はと言うと、余裕を見せつけながら、スタウリコサウルスに迫る。

スタウリコサウルスもスタウリコサウルスで、その場から動かない。

後ろで、戦闘が始まった。

凄まじい爆発。

やはり、熱を自在に操る能力者か。

ちりちりと、熱波が押し寄せてくる。背中を押す爆熱に、己の影を吹き散らさせながら。私は、にやりと三日月の笑みを作った。

飛ぶ。

向こうも。

蹴りが十字にぶつかり合う。

はじき返されるのは、スタウリコサウルス。体格もパワーも違うのだから、当然だ。だが地面に叩き付けられる瞬間、手を地面に触れる。

爆裂。

それが、クッションになる。

追撃の蹴りを叩き込む。スタウリコサウルスが地面に突き刺さる。想像以上に柔らかい。

今度はスタウリコサウルスが反撃。

首筋を狙って、容赦のない蹴り。

軽く手を挙げて防ごうとした私だが。途中で気分が変わった。ひょいと首をすくめて、相手の太ももを掴む。

もともと長身、大柄な私だ。良く言えばモデル並み。悪く言えばメスゴリラとも言える。

子供同然の体格の相手なら。股を掴むくらいは簡単である。

そのまま振り回し。

膝を挙げて、相手の体を叩き付ける。

血を吐くスタウリコサウルス。

手を離すと、今度は一撃蹴り挙げ。

空中で追いつくと、蹴りで叩き落とした。

地面に突き刺さるスタウリコサウルス。

振動で地面を爆砕して、受け身を採る余裕も無かったはず。

だが、この程度はまだまだお遊びだ。

「どうした、立て。 私に喧嘩を売ろうとしたのだ。 この程度ではあるまい」

「そ、その能力」

スタウリコサウルスが見ているのは、私の右。

無造作に顎を蹴り挙げる。

普通だったら、頭蓋骨が外れている蹴りだが。

吹っ飛びながらも、空中で態勢を整え直すスタウリコサウルス。肺に思い切り息を吸い込んでいるのが見えた。

「喝っ!」

指向性を持つ、凄まじい破壊力を秘めた重低音が、炸裂。

一瞬避けるのが遅れたら、粉々になるところだ。

膨大な粉塵が吹き付けて来る中、私の正確な位置を捕捉したスタウリコサウルスが、地面に着地。そのまま、地面に水平に飛び、躍りかかってくる。

避けきれない。

直撃を貰って、今度は此方が吹っ飛んだ。

丁度、スタウリコサウルスの家に突っ込み、全倒壊させる。

膨大な瓦礫が吹き飛ばされる中。

私は、血の混じった唾を吐き捨て。瓦礫を放り投げながら、立ち上がっていた。今のは、そこそこにダメージを受けた。

なかなかに侮れないでは無いか。

にやりと思わず笑ってしまう。

スタウリコサウルスは、振動を司る能力を、かなり進化させている。

振動を操作することで、音波を自在に操り。

それによって、周辺の人間を洗脳もすれば、ある程度まで自在にコントロールすることも出来る。

しかも、無意識下で、である。

いわゆるサブリミナル効果というのは、実際にはそれほどの力を発揮できないという話もあるが。

此奴の場合は、直接意識に手を突っ込んで、掻き回しているに等しい。

私はその能力を喰らっていないが。

それは何故かというと、存在の位置そのものをずらして見せているからだ。

スタウリコサウルスもダメージ甚大だが。

私も、今の一撃で、結構大きめの打撃を受けた。

だが、負ける気はしない。

向こうでは、私の麾下精鋭六名が、テルモプロテウスとの激しい戦いを必死に続けているが。六人がかりでも、テルモプロテウスには及ばない。

あちらはまだまだ、勝負がつきそうにない。

それならば充分。

テルモプロテウスにも攻撃を受けたらわからなかったが。

まだまだ、スタウリコサウルス程度の相手なら。

経験の差で、どうにでもなる。

もっとも。スタウリコサウルスも、それについては、わかっているようだったが。

口笛を吹くような音。

スタウリコサウルスの口元から出ている。

断続的に、彼方此方の地面が炸裂。

振動を操作して、順番に地面を爆砕しているのだ。

手当たり次第の無差別攻撃。

だがその真の意図は。

私の本当の位置を、帰ってくる振動波から、確認していると見て良いだろう。要するに一種のソナーだ。

しかしそれについては、エンドセラスも即座に対策する。

歩み寄りながら、時々地面に強く踏み込みを入れる。

軽めの衝撃波を発生させながら、ソナーを相殺するのだ。

至近。

スタウリコサウルスが跳び離れようとするが。

その寸前に、首根っこを掴む。

そして一気に突進して。

近くの壁に、スタウリコサウルスの小さな体を、叩き付けていた。壁が粉砕され、小さな体がめり込む。

もがいたスタウリコサウルスが、必死に私の豪腕から逃れようとするけれど。元々の握力が違う。

ばたばたと暴れる足が。

見る間に力を失っていく。

首をそのままへし折る。

そう、力を込めた瞬間。

横殴りに飛んできた一撃に気付いて。私は、跳躍した。

着地して、今までいた場所が、ごっそり抉られている事に気付く。

そうか。

そう言うことだったのか。

テルモプロテウスが、此方に手を向けている。そして、奴の姿が二つある。熱量操作の力を利用して、一種の分身を造り出したのだろう。

私を攻撃した分身が、溶けて消える。

だが、周囲の熱量は。

既に異常なまでに高まっていた。

「そろそろ引くぞ、スタウリコサウルス」

「げほっ! わかったよ、もう」

「勝負は預けておく。 いずれにしても、あまりやり過ぎると、ユリアーキオータのお嬢が五月蠅いのでな」

確かに、周囲は爆撃を受けたも同然の有様だ。

一応、事前に警報を出していたのだ。不発弾の爆発と言う事で処理は出来るだろうが。

これ以上は流石に隠し通すにも無理がありすぎる。

いつの間にか移動していたテルモプロテウスが、ひょいとスタウリコサウルスを掴むと、その場から消え失せる。

これも、熱量を使った技か。

面倒なほどに、技を磨いている。

この様子だと、エンドセラス級の実力者も、奴らの中には珍しくないのかもしれないなと、呆れてしまった。

側近達の様子を確認。

激しい戦いだったようだが、どうにか欠員は出していない。

「お前達、無事か」

「エンドセラス様は」

「私か? 見ての通りだ」

結構良い一撃をもらったが、まあこの程度は戦いがあれば当然だ。死ぬほどの事は別に無い。

オーダーメイドのスーツは台無しにしてしまったが。

それくらいは、どうでもいい。

この程度のスーツ、またオーダーメイドすれば良いだけのことだ。

「一度欧州支部のメンバーを全員集めろ」

「はっ!」

理由は聞かずに、側近達が彼方此方に連絡を始める。

何故集めるかは、当然決まっている。

全員、スタウリコサウルスの洗脳を受けているからだ。

 

4、白日

 

誰もが当然のように。

自分が洗脳されていたことには、気付いていなかった。

非常に強力なマインドコントロール技術は、それだけ全員の判断力を喪失させていたのである。

一番ショックを受けていたのは、支部長だった。

支部長は背が高い中年男性で、見るからに紳士全とした人物である。実力的には、スタウリコサウルスに決して劣っていない。

だが、それでも。

長い年月を掛けて受けた洗脳の影響は、本人を大きく縛っていたのだ。

そもそもが、である。

スタウリコサウルスが持っていたあの首も。洗脳の能力をどれだけ使いこなせるかの実験だったのだろう。

テロリストどもの基地に直接乗り込んだのでは無い。

内部に洗脳音波を流して、勝手に殺し合わせたのだ。

おそらく配下にした者に、ボスの首を切りおとさせ、持ってこさせたと言うことだったのだろう。

あの組織が脆すぎたのも、それで説明が出来る。

アフリカでのクーデターも同様。

連絡手段を確保した後は、音波を操作して、内部にクーデターを起こすように、情報を流した。

それも、あまり多い回数では無かったのだろう。

だから本来有能だったはずのアゼロでさえ、ああも簡単にだまくらかされ。そして愚かしい行動に邁進してしまったのだ。

そして、スタウリコサウルスは、知っていたのだろう。

私が、能力の詳細にすぐ気付くと。

だから時間稼ぎのために、アフリカでのクーデターを引き越し。

私が其方に移動した隙に、テルモプロテウスを呼び寄せた、と言うわけだ。

大規模な造反どころでは無い。

下手をすると、組織丸ごとが。スタウリコサウルスに乗っ取られるところだった。

寒気さえするほどの手際。

そしてそいつが敵に回ったことを考えると。

ますます、下手な動きは出来なくなったとも言えた。

各地の支部を、一度徹底的に引き締める必要がある。

ティランノサウルスが、休戦を申し出てきたのは幸いだ。ただ、もう一つくらい、保険を掛けておきたい。

此方とて、手をこまねいていたわけでは無い。

スタウリコサウルスには。

鈴を付けておいたのだ。

戦いの最中、奴の固有生体反応は把握した。

首を掴んだときに、である。

このデータは、既にネットワークで共有している。奴が何処にいて、どの回線を使っているかは。

電子戦チームが総力を挙げれば、特定可能だ。

緊迫した表情で、ドリオドゥスが来る。

戦いで左腕をやられたドリオドゥスは、ギプスを付けていた。

「エンドセラス様。 一大事です」

「今度は何だ」

「ティランノサウルスの組織で、内乱があった様子です」

そうかそうか。

いつかは来るだろうと思ってはいたが。

「首謀者は」

「ユタラプトル麾下の、旧組織上層部です。 どうやらエンドセラス様の和平がどうしても気に入らない者達が、結託して起こした様子で。 現在、アースロプレウラを中心とする戦力が、鎮圧に当たっている様子です」

「これは好機では」

欧州支部の支部長が言うが。

私は鼻を鳴らした。

放っておけ。

そう言い残すと、米国支部へ向かうべく、準備を始める。

ここで介入すると、また争いが始まる。

ただでさえ強大化している第三勢力を、ますます利するだけだ。

ただ、これももし第三勢力の手による内乱だとすると。

奴らの目的は何だ。

今回の件で、エンドセラスの組織は、大きな打撃を受けた。支配下にしている国家は減ってはいないが、今後当分拡大も増加もさせられないだろう。人員に関しても、次代の主力と見なしていたスタウリコサウルスを失い、多くの人員に取り返しがつかないダメージが行っている。

恐らくは、ティランノサウルスの側だって、同じだろう。

今回のクーデター未遂での傷は、決して小さくは住まないはずだ。ユタラプトルはあれはあれで有能な能力者。クーデターを起こしたとなると、同意したメンバーは、少なくないはずなのだから。

更に言うと、アースロプレウラだ。

既に十年にわたってオルガナイザーをしているアースロプレウラが、組織内での影響力を拡大しすぎている。

勿論、ティランノサウルスの古参の親友と言う事もある。

今までは、水魚の交わりだった。

更に本人が特級の能力者ということもあって、生半可な手段では、手出しが出来ないという事もあった。

しかし、である。

もしも、アースロプレウラが離反したら。

ティランノサウルスの組織は、文字通り瓦解する。

腕組みして、ふむと唸る。

第三勢力は、何をもくろんでいる。今回の件も含めて、エンドセラスの組織も、ティランノサウルスの組織も、瓦解させようとしているのか。

その場合、何が起きるのか。

まさかとは思うが。

戦慄が背中を駆け抜ける。

すぐにPCを引っ張り出して、予測図を出す。

ティランノサウルスの組織から、アースロプレウラが離反した場合の、造反勢力と、残る戦力。内乱で減る戦力。

そして私の組織でも。

メガテウシスと、ギガントピテクス。それに支部の幾つかが離反した場合の、残り戦力図を確認。

寒気がする。

離脱者が、全て第三勢力に向かった場合。

その戦力は。

現状の私の組織の、五倍にも十倍にもなる。

そして現在確認されている第三勢力の人員を確認。いずれ劣らぬ魔人ばかりで、私でも簡単に倒せない奴ばかりだ。

これは、少しばかりまずいかもしれない。

ひょっとすると、今回の和平に関しても、これに関する伏線か。

一端動きを止めておいて、削りに掛かるという訳か。

だとすると、極めてまずい。能力者はいずれもがオーダーメイドで、簡単に作れるものではない。

勿論試験的に、人工能力者などは作り始めているけれど。

それも、あくまで実験体。

それほどの力は無い。

複数を束ねても、エンドセラスやティランノサウルスにはとてもかなわないし。何よりも量産に金が掛かりすぎる。

これはまずいぞ。

しかし、今はティランノサウルスの組織に連絡を取ろうにも、クーデターの真っ最中だ。そればかりか、此方の組織だって、どれだけ侵食されているかわからない。

問題はその先にもある。

第三勢力は、何をもくろんでいる。

エンドセラスとティランノサウルスを屈服させたとする。その先に、何をしたいのか。

連中は、いにしえの神々も同然の能力者ぞろいだ。

わざわざ世界征服などして、楽しいのだろうか。

いや、違う。

連中の目的は。

おそらく世界の支配では無い。

というよりも、連中がその気になれば、主要国の支配者を全て洗脳するくらい、容易いはず。

だとすると、何だ。

わからないが、一つはっきりしている事は。

このままだと、弱体化した二派閥は。第三勢力に丸呑みされるという事だ。

スタウリコサウルスがどうして離反したのかも気になる。

彼奴は野心は満々だったが勝てない喧嘩はしない主義だったはず。

それをどう丸め込んだのか。

困惑が重なる中、米国行きの準備が整う。

今は、まず手元にある案件から片付けるべきだろう。

手をこまねいていたら、長年掛けて作り上げてきた組織が、砂の城のように崩れていく。

不快だが。

それ以上に。何もかもが、むなしく感じる。

ひょっとして、滅びていった古代生物たちも、同じように感じていたのだろうか。

だとしたら。

この先には何があるのだろう。

部下達が来る。

米国行きの飛行機のチケットを渡されたので。頷くと、飛行機に向け歩く。

未来は漆黒。

だが、それでも。

最後まで、諦める気は無い。

野望は胸の中で燃えさかっている。この世界を、能力者による支配にまで持っていく。それだけが。エンドセラスが長年抱き続けた野望。そして、願いだ。

 

(続)