喇叭は空に響く

 

序、終焉は始まる

 

ついにフランスの映画賞に二度目の挑戦で大賞を取得。

高宮映画、世界の頂点に立つ。

このニュースは、世界を駆け巡った。

それはそうだろう。

そもそも海外でも、高宮映画の見る睡眠導入剤ぶり、一切合切中身がないぶりは噂になって来ていたのである。

それなのに、業界人だけは勘違いしている。

そのいびつな構造も、話題視されていた。

ハリウッドでは是非ラジー賞をという声も一部で上がっているようだったが。

残念ながらハリウッドで作った映画ではないし。

それはどうしようもない。

ただ、クソ映画マニアですら。

どう評価して良いか分からないと発言する代物だという事もある。

どうしてこれが大賞を取ってしまうのか、という嘲弄はあるのだが。

一方で、じゃあだめな所を具体的に挙げろと言われても。口をつぐんでしまうのも事実なのである。

まさに得体が知れない邪神そのもの。

映画を邪神に仕立ててしまう達人。

それが高宮であり。

そして高宮は、ついにその技を極めたのだった。

更に、だ。

大賞を取り。

授賞式から帰宅した翌日。

早速、同志を集めてテレビ会議をする。

同志に加わって貰った黒田も。この間から、強引に同志に引きずり込んだ日野もテレビ会議に出て貰う。

日野は計画について告げると。

完全に目が死んだ。

高宮が恐ろしい事を目論んでいる事は、何となく分かっていたようだったのだけれども。まさか此処までとんでも無い事だとは思っていなかったのだろう。

そして日野は散々計画に荷担した。

もう逃げる事も出来ない。

だから、死んだ目で同志に加わる事を同意した。

人形のように頷いて。

それで高宮は充分愉悦を感じたし。満足もした。

この辺り高宮は。

もう心身共に、邪神になってしまっているのかも知れない。

それはそれで一向にかまわないのだが。

「それでは、これより全てをひっくり返す作品の作成に入る」

「ついにやるのか」

「やる」

井伊に答える。

日野は、青ざめているが。

やがて手を上げた。

「あの、高宮監督。 本当に面白い映画なんて作れるんですか?」

「ふっ、心配ない」

「……」

心配そうにする日野。

そもそもだ。

巨匠だって駄作を作るのである。

意図的に面白い映画なんて本当に作れるのか。

そう顔に書いている。

だが、高宮はこうも思うのだ。

巨匠が駄作を作ってしまうのは。

周囲の関係が整理できていなかったり。スポンサーが横から余計な口を出したり。或いは器では無い場所に行ってしまった巨匠が調子に乗って、意識が高くなってしまったり。そういうときだと。

高宮は計画的に全てを進めてきた。

だから、これで上手くいかせる。

少し前に三十路になった高宮だが。

まだまだ人間としてはこれからの年齢だ。

これから一気に計画を邁進し。

この業界そのものをひっくり返し。

面白い映画は正当に評価される、映画戦国時代を作り出すのである。

業界人どもは面子を完全に潰され。

そして闇へ消える。

それが運命である。

その運命に奴らを叩き込むために、高宮はずっと準備を続けて来た。そして準備は完成したのだ。

「今回は、撮影に関しては密閉スタイルで実施します」

「はあ……」

日野はあまりぴんと来ないようだが。

たまに、大型映画とかではこう言うスタイルをとって、外部に情報を漏らさないようにする。

また、既に配役は決めている。

高宮が作った事務所から人員は選抜する。

今回も、人数少なめの低予算映画だ。

それでいいのである。

それで面白いものを造れば良い。

そして作るノウハウも、高宮には備わっていた。

「黒田には、CG作成の人員を預けるけれども、此方について何か問題は?」

「いえ、特に。 今回は流石に私だけでは無理っぽいので」

「ん」

それならそれでいい。

黒田には編集も手伝って貰う予定だ。

後は井伊だが。

井伊は警察などにどんどんコネをつくって、周辺をガチガチに固めてくれている。

既に高宮は人食い監督と暴力団関係者から言われているようだ。

近付こうとすると、何故かそれを先に察知し警察が動く。

内通者がいるのではないかと調べても、誰も出てこない。

今、もっとも売れている監督だ。

金は相当に溢れているから、どうにか接触したい。

暴力団そのものや、その傘下にあるインチキ業者はそれで必死に気を揉んでいるが。近付こうと考えるが、そもそもどうやっても接触できないし。「何もしていないのに」警察が踏み込んでくる。

困惑した連中は、もう高宮には近付かないようにしようと判断したらしく。

今では、だいぶ周辺は落ち着いてきているようだ。

井伊はよくやってくれたと言える。

小野寺が、続いて発言する。

「後は重役達ですけれど」

「何か動きが?」

「専務に対して変な人達が一時期接触しようとしていましたね」

「ほう」

社長の代わりに、事実上会社を回していた専務。

芸がない二代目である現在の社長と違って、「出来る社会人」ではあったのだけれども。

高宮が配給会社を事実上乗っ取ってからは、完全に精彩を欠いていた。

一時期は何とか抵抗しようとしていた様子だが。

ある時期に心が折れたようで。

それっきりだ。

それなりに順調な人生を送ってきたのだろう。

挫折を味わった事がないと、そうなる。

結局の所、中年以降に味わってしまった挫折で。

何もかも自信を失っていたのだろう。

「で、それは暴力団とか?」

「いいえ。 特に関係がないカルトですね。 本人の意思で勝手に入信するなら……と思ったのですが」

「駄目」

「分かりました。 対応しておきます」

軒先貸して母屋を取られる。

文字通りの事態になる。

カルトの末端信者はアホだが。

カルトを使って稼いでいる連中はアホでは無い。

それについては、何度も目にして良く知っている。

連中は詐欺のプロだ。

近年では人権屋も同じやり口を使っている。

前面に出る信者は文字通り思考停止したアホの群れだが。

支配して金を動かしている連中は違う。

カルトなんてアホの集団だという言葉はまったくもって正しい。

しかしながら、そのアホの集団を動かしている連中は違っている。だから、気を付けなければならない。

そういうものである。

「それに、スキャンダルになる可能性もある」

「……小野寺が言っていたカルトについては、それほど規模が大きいものではない。 専務の地元にある小さなカルト団体。 背後についているのもせいぜい市議会議員。 潰すなら出来る」

「ならば潰しておいて」

「了解」

カルトを資金源にしている政治家なんて幾らでもいる。

特にカルトを資金源にするだけではなく票田にするケースも多い。

実際問題、今の日本ですら。

カルトを票田にしている政党や。

カルトがスポンサーになっている政党は普通に存在している。

日本で当選するには、三バン。「看板」「鞄」「地盤」が必要とされている。

看板は知名度。鞄は鞄に詰めた現金。地盤はそのまま。

その内鞄と地盤を満たせるという事もある。

カルトと政治家の癒着が多いのも、ある意味当然だと言える。

そういう意味では、この国では民主主義なんてまともに動いていないとも言えるし。

他の民主主義国家でも。

それは同じなのだと言えるだろう。

馬鹿馬鹿しい話だが。

それに対して、高宮が迷惑を受けるのは御免被る。

さっさと対応して。

お帰り願うだけである。

「後、問題は?」

皆に意見を聞いておく。

圧を掛けるようなつもりは無い。

此処にいるのは同志だ。

皆に忌憚ない意見を言って貰ってかまわない。

なお、新しい映画については、石山にかっつり記事を書いて貰うつもりだ。

勿論提灯記事にするつもりはない。

かといって、酷評だけをさせるつもりもない。

好き勝手に書いて良い。

そういうと。

石山はそれが一番難しいんだよと、顔に書いていた。

後は、映画賞の腐敗についても書いて貰う。

これについては、別に違法な取材など一切しない記事で、である。

ただ公開するにはまだ早い。

高宮の次の映画が、映画業界を徹底的に揺るがし。

そして高宮に対する評価を腸捻転させてからである。

「では、これで会議は終わり。 皆、次が最大の正念場。 頑張ってもらうからね」

テレビ会議を終える。

さて、では最後となるかも知れない映画撮影だ。

これが完成した暁には、もはや全てがひっくり返る。

今まで我が物顔に好き勝手をしていた映画業界人は完全にその立場を失い。

顔色を窺っていたマスコミもしかり。

権威というものが、完全にひっくり返り。

「高尚な芸術」とやらを作ろうとして娯楽を忘れ。

単なる自己満足に落ちようとしている映画という文化が。

息を吹き返す切っ掛けが出来るのである。

それは、文字通りのブレイクスルーでありパラダイムシフトである。

このまま行くと、映画という文化は意識高い系の連中に制圧された挙げ句。

その利潤を全て吸い尽くされ。

挙げ句に捨てられる。

今、ゲーム業界が似たような憂き目に会っているが。

それよりも大規模に。

徹底的に寄生虫に全てを貪り尽くされる事になるだろう。

それだけは許されない。

今までも、色々な文化が寄生虫に好きかってされてきた。

その結果、徹底的に利潤が吸い尽くされ。

残ったのは意識が高いタダのアホと。

それによる排他的で攻撃的な環境だけだった。

映画がその道を辿るのは。

映画を愛する一人の人間として。

絶対に許すことが出来ない。

だから守るために。

敢えてずっと道化を演じ続けてきた。

それもこれで終わりだ。

此処からは、牙を剥く。

這い寄る混沌として、周囲に怖れられていたかも知れない。だが、それはあくまで高宮を知る人間だけの話。

ここから先は。

全てが終わる。

寄生虫どもにとっては特に、だ。

さあ。最後の段階まで来た。

ついに、終わりの時間だ。

 

スタジオを借りた後。

箝口令を敷く。

これから、シリーズの集大成となる作品を作る。

更に。俳優は高宮の作った配給会社直属事務所の人間だけ。スタッフも配給会社の人間のみ。

皆、小野寺が一通り話をした者だけ。

意思疎通の達人である小野寺は、人を見る目にも長けている。

つまるところ。

隙は一切無い。

高宮がコーヒーの写真をSNSにアップしている間。

一応噂は流れた。

高宮が、今までのシリーズの集大成を作る、という話をだ。

それはフランスの映画賞でついに大賞を取ったという事もある。

日本のアカデミー賞に至っては三連続で大賞受賞だ。

だから、SNSの反応は。

極めて冷ややかだった。

「集大成ねえ。 今までの高宮映画でいいんだけどな」

「見る睡眠導入剤。 不快で無いクソ映画か。 確かに俺も最近は、疲れきった日はBlu-rayで高宮映画を流して、そのまんま寝てるわ。 本当にそのまま眠れるから、無茶苦茶たすかるんだよなあ」

「まあどっちにしても、もし変な方向に行っても、今までの高宮映画は普通に見られるしなあ。 いいんじゃね」

「それに高宮映画に期待してるの、賞とか出してる連中だろ。 あいつら完全に意識高い系の言動しかしないし、まともに映画を見る目もねえ。 だから放置しておいて大丈夫だろ。 最悪でも、今までの高宮映画観ればいいだけだしな」

理想的な反応である。

そういうことだ。

そして、こういう反応をしているからこそ。

高宮が次に作る映画は、文字通りの強烈な衝撃を世界にもたらすのである。

その時が実に楽しみだ。

高宮はどちらかというと、やはり愉悦を感じる方である。

だから、その時が楽しみでならない。

SNSの情報を集めてきた井伊に礼を言うと。

スタジオに入る。

勿論最初にやるのは。

小道具大道具の徹底的なチェック。

高宮は、ある意味誰も信用していない。

信用しているのは、同志にしているものだけである。

そして、余程の事がない限り、同志になど加えない。

なんだかんだで既に三十路。

商業映画を作り始めてから、もう10年弱が経過したか。

その間、ずっと計画的に作業を進めてきて。

それがついにかなおうとしている。

戦国時代。

一地方に地盤を作るには、それこそ一世代掛かった。

今は時代のスピードがどんどん上がって来ている。

だから、それはそれでかまわない。

高宮としても、計画を一代で完遂できるし。

何もかも安泰だと思って胡座を掻いている連中を、文字通り世界から一掃できるのだから。

スタジオの確認を終えた後。

今回も滅茶苦茶をやらされるに決まっていると覚悟を決めて死人の顔色になっている俳優達と顔合わせ。

高宮映画の現場における評判は既に浸透しているらしい。

全員、これから精神的に死ぬんだと、覚悟の決まった目をしていた。

それはもう、あきらめの境地に近い目だった。

高宮は、顔合わせの時は。

基本的にこうとしかいわない。

脚本の解釈はそれぞれに任せる。

演技指導はしないから、一球入魂で演技をしろと。

だが、今回は最初からそのやり方を違える事を宣言した。

「今回の映画撮影は、今までと少し違うので注意してほしい。 噂を聞いている人は、それで驚くかも知れないけれども。 先に説明はしておきますよ」

何が違うのか。

どうせ意味不明の演技をさせるだけなのだろう。

それは分かっている。

そう顔に書いている俳優達に、淡々と説明。

やがて、俳優達は完全に青ざめていった。

更に厳しい要求が来る。

それを理解したのだろう。

そして、彼らは更なる恐怖に、胃痛に苦しむ事になる。

高宮は、それを見て笑っていればそれでいい。

そして、作るのだ。

新しい時代の礎となる映画を。

クソ映画の代名詞と言われた高宮映画は。

此処から変わる。

 

1、超絶の変貌

 

八ヶ月に及ぶ撮影が終わる。

今回の高宮映画は、大河シリーズだという宣伝がされたが。

SNSでの評価は、当然のように冷ややか極まりなかった。

「大河シリーズっていってもなあ」

「今まで、どんな高宮映画も同じに見えたんだよな……」

「うん」

「とりあえず、即寝か最後まで見ても一切理解出来ないかだろうし、枕もって映画館いくわ」

そうか、枕をもって映画館に行く事すら定着しているのか。

それはそれで面白いが。

まあ今回は寝かせない。

黒田と一緒に、極秘で雇ったスタッフとともに編集作業を行う。

黒田は今まで、今回の映画のために少しずつ作業をやってもらっていた。

流石に体の問題があるから、酷使するつもりは無い。

入念に準備しておいたから。

定時内の作業で、充分にやっていく事が出来る。

淡々と作業を進めていき。

高宮映画としては異例なことに。

撮影が開始から一年後。

ようやく映画が完成した。

さて、此処からだ。

映画館にて、公開を行う。

さっそく睡眠障害に困っている人や。どんなお化け屋敷が見られるのだろうと思っている連中が。わんさか押し寄せる。

今回も満員御礼だ。

そして、その満員御礼は。

そのまま、驚愕の坩堝に叩き込まれることになった。

高宮は知っている。

人間の感情を揺さぶる方法を。

映画における感動というのは。

人間の感情を揺さぶることだ。

感情を揺さぶることはとても健康にもいいし。何よりもその作品の事を人間の脳へと焼き付ける。

それでいいのである。そのまま、ただひたすらに心を掴み、揺らしてやれば良い。

今回は大河映画だ。

内容は、ある人物が一代でのし上がり。最後には立身出世を遂げるも。自分がやってきた事が全て帰ってきて。

家族にすら見捨てられ。

今までやってきた全ての悪行を悔いながら、孤独に病室で死んで行くという話だ。

それはとても悲しい、立身出世の現実。

その人物は、立身出世に手段を選ばず。

家族ですら使い捨てた。

母性信仰が未だにまかり通っている世界で、強烈な描写を徹底的に入れていく。

そんなものはない。

そう厳しく断言する描写を、容赦なく叩き込んでいく。

日野は強烈な悪女役を丁寧にやってくれた。

本当にこんなアクが強い役をやるんですか、と日野は脚本を見た時に驚いて聞き返してきたが。

内容を今までと違い、分かりやすくしている。

だから、すぐに内容を理解し。

予想できる範囲内で最高の演技をしてくれた。

映画の完成品に、それが完璧に出ている。

なお、映画の編集に加わって貰ったスタッフは。

それぞれ相応の謝礼を出す代わりに。

一定期間、ネットとも外界とも接触を断って貰った。

それくらい、徹底したのだ。

情報が漏れるのを防ぐために。

そのため。

この日は、文字通り革命の日となった。

映画館から帰った人間が、驚愕のコメントをSNSにて残し。

それが瞬く間に爆発する。

爆発するように拡散される、ということだ。

今まで高宮映画は、じわじわと「見る睡眠導入剤」「不快で無いクソ映画」というのが拡がっていき。

いつの間にかその認識が完全固定されていたが。

今回は経緯が真逆と言えた。

「い、今も信じられない。 無茶苦茶面白かったぞ……」

「ど、どういうこと!? 高宮映画だろ」

「分かりやすいし、何というか心を揺さぶられた。 最初の三分で寝るだろうと思って枕までもってったのに、枕が最後にはずっと涙を吸ってた……」

「お、おいおいホントか!? お前工作員じゃないだろうな」

困惑の声もあるが。

すぐにそれが、素直な感想に取って代わられる。

「シナリオはどっちかというとダークな内容だったけど。 今までと違って退屈さを呼ぶようなイミフな会話とか組み体操とかは一切無くて、一人の人間があらゆる手段を使って栄達して、その最期に徹底的な破滅を迎える話だった。 とにかくバランス感覚が絶妙で、本当に面白い映画だった。 単純に面白いし、誰が見ても最後まで釘付けになると思う」

「おいおいマジかよ! 高宮映画だろ!」

「俺も驚いてる! ともかく映画館いってこい!」

「……分かった。 前に三分で寝たけど、今回は違うと思って見にいってみる」

爆発する評判は止まらない。

そのまま、今までとは真逆の映画に対する評価がどんどん蓄積されていく。

クソ映画のブロガーも、驚愕している者が多かった。

「ちょっと待って。 これは本当に高宮映画ですか? あの、クソ映画のマニアですら理解不能な内容で匙を投げることで有名な!? むっちゃ分かりやすい上に、最後まで見入ってしまったぞ……」

「クソ映画のレビュワーが、揃って名作だと声を上げてる。 クソ映画要素がミリもない上に、滅茶面白いって意見が一致してる」

「俺も見て来た。 これ、普通に人生で見た映画の中でも五指に入るぞ。 心に刻み込まれた感じだ」

「今までの高宮が作ってた映画は何だったんだよ! もしこういうのを作れるのに、クソ映画作ってたんだったらなんだったんだあいつ!」

怒号が巻き起こる。

まあそりゃあそうだろう。

高宮がわざとクソ映画を作っていた。

それがついにわかったのだから。

そしてその気になれば、名作も作れる。

それも理解したのだろうから。

ともかく、しばらくは阿鼻叫喚の巷が続いた。

SNSでのトレンド上位は、全世界で四日間、高宮映画が独占した。

海外のファンもわざわざ日本に高宮の映画を見に来て驚愕したようで、そちらでもSNSでは話題になっていた。

海外の翻訳版も、一週間後に公開。

向こうでも「見る睡眠導入剤」「不快では無いクソ映画」として有名だった高宮映画なのに。

蓋を開けてみると、評判は向こうでも爆発した。

「何だこれ! ファック! 普通に面白いぞ畜生!」

「幾つか高宮の映画は見たが、どれも頭に全く頭に入ってこなかった! これはまるで別物だ! 俳優は殆ど完璧な演技してるし、内容だって非常に印象深い! 社会の闇をモロに暴くような内容では無くて、平凡な人間が栄達と引き替えに闇に墜ちていって、最後に全部報いを受けるってのは新鮮だ。 俺が見た映画の中でも、十……いや五本の指に入ってくるぞ」

「あのサムライ映画の巨匠の映画を見たとき、衝撃を受けたのを良く覚えてる。 本当にあれは凄かった。 あの時以来の衝撃を受けてる……」

「俺もだ。 畜生、どういうことだ。 今まで高宮はヤクでもキメてて、急に素面にでも戻ったのか!?」

困惑している海外勢。

ふふふ。

思うつぼである。

そのまま、映画の公開は全国で一気に拡がっていき。

高宮映画史上。

最高の売り上げを記録していた。

 

激震は、すぐに業界にも拡がった。

高宮が、分かりやすい上に面白い映画を作るなんて、業界人は誰も思っていなかったのである。

自分達ごのみの。

意識高い人間が喜ぶ。

彼らが軽蔑している一般人を突き放した。

難解で哲学的な映画を作ってくると思っていたのである。

だが、それが全く違う結果に終わった。

それが、あまりにも衝撃的だった様子で。

しばらく、彼らは黙りこくっていた。

その気になれば、高宮はこういう映画を作れる。

どこかで、その意識が無かったのかも知れない。

結果として意識高い業界人達は。

完全な不意打ちを食らい。

茫然自失から立ち直る前に、更に高宮の不意打ちを受ける事になった。

高宮は、ある日。

朝、コーヒーの写真を上げるのでは無く。

SNSで初めて。

長文のコメントを掲載したのである。

それは衝撃とともに、SNSで拡散されたのだった。

「最新の映画、楽しんでいただいているようで何よりです。 私は今まで、意図的に面白くない映画を作ってきました。 これについては理由があるのですが、今回はその理由が消滅しました。 故に、誰もが楽しめる映画に切り替えた次第です。 今後は誰もが楽しめる映画に絞って撮影を行っていきます。 次回作以降もお楽しみに。 なお睡眠導入剤がほしい方は、前作までの映画をお楽しみください。 撮影した私がいうのも何ですが、中身はどれも似たようなものですので」

文字通り、激震が走る。

当たり前だろう。

これが公式のコメントなのである。

そして、SNSでは。

大爆発が起きた。

「み、認めやがった。 今まではわざとつまらない映画作っていやがっただと……」

「要するに何か。 本人が意図的につまらん映画を作っているというのに、アカデミー賞やら海外の賞やらをだした連中は、それを凄い凄い哲学的で奥が深い高尚だって、ベタ褒めしてたって事か」

「そういう事になるんだろうな……」

「要するに、あいつらには見る目がないって事だな」

嘲笑が混じる。

そしてこのコメントは、即座に世界中に拡散された。

なお井伊が監視して。

悪意ある翻訳がされる前に、先にきちんとした各国語で訳して拡散した。

その結果。

また、SNSのトレンドは。「高宮監督のコメント」が、上位を独占する結果となったのだった。

当然、こうなるともはや誰も止めることはできない。

そこにだめ押しが入る。

石山による、映画賞腐敗の実態を暴く記事について、である。

石山の記事は、膨大なデータに裏付けされたもので。

如何に映画賞が、意識高い業界人がふわっとした理由でつけているか。

その裏に政治的なものがあるか。

場合によっては金が動いているか。

それらを全て暴き出したものである。

国内のアカデミー賞だけでは無い。

海外の賞についても、だ。

アカデミー賞についても、ずばりと斬り込んだ内容になっており。

審査員の経歴から、受賞についてのコメントまで全てを切り抜いて丁寧に解説を行っており。

真面目に読むとそれだけで一時間は掛かるような代物だった。

ほぼ論文に近い代物だが。

これは石山が、文字通り入魂して書いた記事であり。

連日妄想で新聞記者どもが。

自分の主観を裏付けるために適当な取材をし。

その主観に我田引水して作った記事とは根本的に違っている。

石山の記事に対する信頼度は、今までの記事の正確性から高くなっており。

これもまた、強烈な衝撃を業界に走らせた。

M8クラスの直下型地震が、立て続けに映画業界を襲ったようなものである。

業界の寵児と、業界人共が持ち上げていた高宮監督によるネタばらし。

更にはスポンサーのケツを舐める事を仕事にしている新聞記者が絶対に書かない冷徹かつ情け容赦ない分析記事。

この二つが。

短時間で、映画業界の権威を破壊し尽くしたのだ。

その間も、高宮監督の最新映画は興行収入を伸ばし続け。

ついに、全世界で1000億の売り上げを達成。

更に伸びる勢いを、見せ続けていた。

 

皆が集まって、テレビ会議を行う。

完全に足下を掬われた業界人共は右往左往するばかり。

SNSでは虚無だと作者が断言した作品を、ベタ褒めしていた彼らを嘲笑するコメントで爆発寸前。

もはや言論の統制どころでもなくなり。

火消しも機能しない状態になっていた。

なお、会社の方にも驚くほど何も抗議の電話とかは来ていないらしい。

もはや対応できない状態だ、ということだ。

逆に、アカデミー賞の審査員などに、突撃してコメントを寄越せと迫る週刊誌が激増しているようだ。

連中はどうでもいい。

問題は、これからである。

だから、テレビ会議で話をしておく。

「いや、まさか。 本当に高宮監督が、面白い映画を作れるとは思いませんでした……」

そう失礼な事を言ったのは日野である。

だが。別にどうでも良い。

高宮が涼しい顔をしているのを見て、日野は青ざめたまま俯いていた。

まあそれはそうだろう。

日野にしてみれば、言いたいことは山ほどあるのだろうから。

「井伊。 それで状況は?」

「めぼしい大御所の動きは全て監視済。 協力関係にあるマスコミと協力して、反撃の記事を書かせようとしている奴もいるけれど。 既にそもそも新聞のいうことなんて誰も信じないし。 何より……」

「映画関係の雑誌はとっくに終わってる?」

「そういうこと」

映画関係の雑誌は、以前石山が精度が高い分析記事を書いたことにより。ほぼ壊滅に陥った。

今ではもはや映画の評価は、ブロガーが担っている状態である。

まあ、プロが書く評価と。

その辺の野良素人が書く評価が。

殆ど同レベルなのだ。

それだったら、わざわざ有料の雑誌なんて誰も買わない。

それが当然の現実である。

そんな状況だ。

高宮映画を批判しようにも。

そもそも手札がないのである。

ましてや、今や影響力のある業界人など存在しない。

既に影響力で逆転しているのを確認した。

だから高宮は、計画を前に進めたのである。

その結果がこれだ。

これは奇襲攻撃は奇襲攻撃でも。

少数の戦力で、一気に中枢を落としたとか、そういうものではない。

入念に準備した大兵力で。

一気に敵国全土を蹂躙した。

そういう奇襲攻撃だ。

もはや敵には何もできない。

「一人だけ、自分のSNSで恨み事をブツブツ呟いているアカデミー賞の選考員がいるけれども、それもすぐに炎上してる」

「まあ、そりゃそうだろうね……」

「というわけで、放置しておいていいと思う。 醜態しかさらせない」

「それでも油断はしないように」

こくりと頷く井伊。

これに乗じて暴力団なり反社組織が動き。

進退窮まった業界人を取り込んで。

ポリコレとかの運動を始めるかも知れないからだ。

意識高い系に陥ると、人間という生物はどうしてかプライドが極限まで肥大する傾向にある。

このため、簡単に墜ちやすくなる。

まあ、今後はなにかにだまくらかされて、資産をあらかた失うかも知れないけれども。

今まで映画界隈で生き血を散々啜ってきたのだ。

せいぜい酷い目にあうがいい。

それくらいしか、高宮には言う事はなかった。

他にも幾つか話を終えると、テレビ会議を終える。

そして、その後。

社長にメールを送った。

「次の映画の撮影を開始します。 スタジオや役者は此方で手配しますので、許可だけお願いします」

「分かった……。 高宮君、なんだか凄い騒ぎになっている様だけれども、大丈夫なのかね?」

「大丈夫ですよ。 全て此方にお任せを」

「……」

困惑した様子の社長。

もう、彼にはできる事は無い。

専務も同じだ。

既に配給会社は高宮の私物も同然。

他の監督達に干渉するつもりは無い。

他の監督達の分も高宮が稼ぐ気はあるが。

いずれにしても、もはや全てが予定通りに動いている。

これ以降。

高宮の邪魔をする奴はいない。

全てが崩れ始めていて。

その大崩落は、止める事が出来ない。

最終的に来るのは。

新しい時代だ。

風呂に入って、ニュースを見る。流石に全世界で一千億稼いでいる映画に対して、無視はできないのだろう。

大新聞も渋々という感じでネット記事を載せていたし。

ポータルサイトでも、大々的に連日売り上げを更新していく高宮映画について記事が出ていた。

流石に映画ブロガー達も、本腰を入れ始めている。

幾つか、大真面目な記事が上がり始めていた。

「今までの映画をわざと虚無に作っていたと言い放った高宮監督だが。 確かに今回の映画は普通に面白い。 普通にと言うか、はっきりいって相当に高レベルな作品だ。 一人の栄達と破滅までを描く大河作品で、とてもではないが低予算映画とは思えない傑作である」

「全体的に表現技法などもレベルが高く、どうして今までこれをやってこなかったのかが非常に残念である。 いずれにしても、もはや世界の高宮となった高宮監督の格に相応しい映画だと言えるだろう」

「今までの高宮映画は快眠のために行くものだったが。 今後の高宮映画は、恐らくだが興奮して感動するためにいくためのものとなるだろう」

「今まで爪を隠していたのだとしたら、それを見抜けなかったのが口惜しい。 どういう理由で爪を隠していたのかは何となくしか分からないが、災いを呼びそうなので黙っておく事とする」

まあ、業界人達がどうにもならなくなっている事は、何となく知っているのだろう。

事実彼らは黙り。

そして、高宮の最新作が二千五百億の売り上げを達成した翌日。

日本アカデミー賞は、来年以降の休止を発表。

審査員全員の降板と。

来年以降は、アカデミー賞の編成変更が終わるまでの無期限休止を発表した。

事実上の降伏宣言。

更に、フランスの映画賞も同じく。

ほぼ同じ宣言をした。

かくして。

ずっと腐敗した土壌に作られてきた。汚物の城は瓦解した。

高宮の電撃的な作戦によって。

しかしその電撃的な作戦は、決して一昼一夜にして用意されたものではなく。

10年にも渡る準備の末。

ついに決行され。

そして忍耐の末に成功したものなのだと。

知る者は、ごく少数しかいなかった。

 

2、新時代が始まる

 

映画市場が大きく動き始めた。

混乱に乗じて、噴出する多数のスキャンダル。

とにかく権威というものが、根本的に失われたのが、あまりにも大きかったのだと言える。

まず邦画では。

大物だの大御所だのとされる映画監督が、俳優に対して枕営業を強要していた事件が一つどころではなく多数発覚。

早速メスが入る事になった。

業界人が根こそぎ権威を喪失し。

全員が寒空の下に放り出された事が影響しているのは明らかである。

どいつもこいつもがあっと言う間に今までの名声を失ったが。

それもおかしな話だ。

誰もが、誰もみないような映画ばかり作っていて。

業界人だけが絶賛し。

事実誰も映画を知らないような者ばかり。

それが「大御所」。

まさにへそで茶がわく話だった。

それは何も映画界隈に限った話ではない。

いつの間にか大物面をして居座っているクリエイターは幾らでもいる。そういう奴が、実際にどんな凄い作品を作り出したのか。

答えられない人の方が多い。

芸術も、人間が作る以上。

どうしても、駆け引きが美味い人間。

ただ他人に取り入るのが美味いだけの人間が。

いつの間にか財力だのコネだのを武器に偉そうな場所に居座り。

その結果、全体のレベルが低下することは珍しくもない。

映画に限ったことでは無い。

限った話ではないのだ。

高宮は、静かに崩壊していく映画業界を見つめながら。次の映画の撮影を始めるべくスタジオを予約する。

既に地蔵の高宮という渾名は消え失せていた。

今の渾名は。

文字通り「破壊神」。

それは、正しいかも知れない。

破壊神というのは、本来破壊とその後の再生を司る神格だ。だから、今の高宮はそう見えるだろう。

そして実際の所。

破壊神という渾名は、あながち間違っていないのかも知れなかった。

いずれにしても権威が完全に失墜したのは大きい。

ある大御所業界人は、既に失踪。

自殺が噂されているが、消息は不明だ。

他の大御所業界人は、権威を失うと同時に周囲から人も離れた様子だ。

事前に動向を調べてくれていた石山が、全てを知らせてくれている。

アカデミー賞やらを、主観でしか判断せず。意識高い内容でしか評価しなかった連中は。

こうしてどんどん消えていった。

その代わりに、何が生じるか。

そこまでは、高宮も分からない。

分かっているのは。

此処からは、多様性をもつ映画文化が花開き。

第二の黄金期が来るか。

映画という文化そのものが一気に衰退し。

そういうものもあったと、過去のものとして語られるか。

そのどちらかだろう。

映画は娯楽だ。

娯楽はあくまで人の心を豊かにするものであって。

それは人の命に優先するものではない。

それを理解していない連中が、高尚な芸術とやらに仕立て上げ。自分達で勝手に独占し。勝手に価値を決め。

そして利益を掠め取っていた。

映画に限った話では無い。

何種類かの文学もそうだし。

ゲームだってそう。

他にも幾らでも、こういった連中に台無しにされていった文化は存在している。

それらの末路は悲惨だ。

例えば庶民が楽しめる娯楽だった歌舞伎は、今はすっかり衰退してしまっている。

意識高い連中が高尚な芸術に仕立て上げた結果だ。

今ではほんの一部の人間だけが細々とやっているが。

それもまあ当然だろう。

他にも似たような運命を辿った文化はいくらでもある。

人の心を豊かにするものは娯楽であって。

意識高い者達の玩具でも、金づるでもない。

そうなった瞬間、全てが狂う。

今回、高宮は。

虚無映画を作り続ける事によって。

そして不意にそれを止める事によって。

嫌になる程、世間に示した。

勿論、それによって反発だって買った。だが、今も放映が続いている高宮の最新作によって。

何もかもが、全て封殺されている。

既に売り上げは全世界で四千億に達しようとしている。

他の映画が全て霞むレベルと言われる程に人気が出ていて。

もはや、アカデミー賞がどうのこうのとほざいていた連中は。

為す術も無い状態になっていた。

今は高宮も周囲にプロのSPをつけている。

そうしないと流石に危ないと感じているのもあるが。

そうすることで。

周囲に隙は無いと、アピールする意味もあるのだった。

スタジオの下見を終えると、会社に出向く。

自家用車で行くが、途中SPの車が前後を守っているので、少し辟易する。

だが、これも仕方が無いとはいえる。

まあこれはこれ。

それはそれだ。

別に偉くなったつもりはない。

ただの映画監督だ。

しかしながら、やたらと大金は手にしている。

会社をほぼ私物化している今は、なおさらである。

だから、身を守るための術はしっかりしておかなければならない。

これは、その一端に過ぎなかった。

会社に出ると、社長が出迎えてくる。

顔色は土気色だった。

もう。完全に力関係も逆転しているどころか。

もはや此奴は、高宮の犬に過ぎなかった。

「お久しぶりです、社長。 どうですかお体の調子は」

「……ま、まあまあ、です」

「別に敬語なんて使わなくていいんですよ。 それよりも、ちょっと会社に用事が幾つかありましてね」

そのまま、自分のデスクに出向く。

デスクの引き出しには鍵を掛けているし。

PCは特定の手順で機動しないとデータが消えるようにもしてある。

これは自宅のも同じだ。

まあ、流石にそれだとデータが飛んでしまって危ないかも知れないので。

一番大事なマスターデータは金庫に入れてあるし。

金庫は結構いいのを使っているので、流石に持ち出すことは不可能だが。

「ついてこなくてもいいですよ社長」

「し、しかしだね」

「別に機嫌を損ねたりはしませんよ」

「……」

そういうと、社長はしぶしぶという感じで自室に戻っていった。元々幽霊のようだと言われる高宮だが。

もはや社内では、映画に出てくる呪いの権化より怖いと言われているようだ。

どうでもいい。

そのままデスクにつくと、データを全て吸い上げておく。

以降の仕事は基本的に全部自宅で行う。

そのために、今日は全てのデータを吸い上げるために来たのだ。

また、鍵を掛けておいた引き出しからも書類を全て回収。

どんなくだらない書類も、一つ残らず回収しておく。

そして、それら全てをSPに渡しておく。

此奴らも高給で雇っているのだ。

相応の仕事はしてもらうつもりだ。

「はい撤収」

「分かりました」

PCのデータを吸い上げ。

更にPCを初期化し終えたので、引き上げる。

もうこれで。

恐らくだが、会社で仕事をすることはないだろう。

以降の作業は、全てスタジオか自宅で行う事になる。

その内、自分でスタジオを作ろうかなとすら思っている程である。

それもまたいいだろう。

車に戻ると、小野寺に連絡をしておく。

初期化したPCの処分と、デスクの片付けをやってもらうことにする。

デスクはそのまま、場所だけ空白にしておいてもらう。

実は社長が、特別に部屋を用意してくれるという話をしてきたのだが。丁重に断った。

そもそも会社の借りているレンタルサーバではちょっとあれだと言う事で。井伊に相応の性能のサーバを組んでもらったのである。

井伊が借りている家の一つにサーバはあるらしく。

たまに井伊がメンテナンスをしているらしい。

いずれにしても、データセンタにあるような強力なサーバであって。

それなりに維持費も掛かるしお値段もしたが。

以降は、誰に依存することも無く、映画の編集やCGの作成を行う事が出来る。

はっきりいって、それで充分だ。

自宅に戻ると、俳優に連絡。

自分の事務所の俳優を何人か見繕っておいた。

次の映画に出て貰う。

日野茜も当然出て貰うが。

彼女はこの間の映画で、渾身の演技をしたからだろうか。

まあまともな映画にやっと出られて、感涙だったというのもあるのだろう。

石山のように数キロ痩せて。

それでやっと体調が戻ったばかりだ。

無理はしないようにと告げてはあるが。

次の映画でも、期待値は高い。

ただ、無理はしないように、もう一度念押しはするつもりだった。

俳優達に、連絡のメールを入れておく。

そして、それが終わった後。

ようやく休む事が出来る。

SNSをぼんやり眺める。

相変わらずのコーヒーの写真ばかりを載せるアカウントに戻ったが。

しかしながら凄まじい荒れようだ。

通知は既に切っている。

そして、プロフィールにも、その旨は記載していた。

そうしないと、通知が凄すぎてあまりにも五月蠅いからである。

それでも、たまにコーヒーの写真にぶら下がっているコメントとかはたまに目を通しておく。

好意的なものも多いが。

最初からこういう映画を撮ってほしかった、というものも多かった。

馬鹿な連中だな。

映画界隈は、とっくに腐りきっていた。

だから、そういう連中を掃除するために。

荒療治をしなければならなかった。

自浄作用なんてものは、現実には残念ながら存在しない。

だからこうやって、高宮が無理矢理浄化しなければならなかったのだ。

そのためには、敢えて意識高い連中が喜ぶ虚無を準備しなければならなかったし。

それによってバカ共をつり上げた後は。

一気に駆除しなければならなかった。

そのやり方については異論がある人もいるだろうが。

残念な事に。

いい作品が観られるかというと、そうではないし。

いい作品が売れるかというと、そうではないのだ。

それについては。高宮も嫌と言うほど知っている。

名作と呼ばれている映画でも。

殆ど誰も見に行かず、後でやっと知られるようになったと言うものはそれこそ幾らでもある。

あのサムライ映画の巨匠だって。

世界的に知られるようになったのは、偶然の出来事が切っ掛けで。

そうでなければ、今でも世界中にファンがいる、などという程の存在にはならず。

日本で静かに消えていった事だろう。

そういうものなのだ。

だから、こんな変わったやり方で、荒療治をしなければならなかった。

とはいっても、である。

今の疲れきった時代に、睡眠導入剤として機能する映画を作ったのも事実だ。

それに価値が無いとも思わない。

虚無にするなら徹底的にやる。

そういう拘りがあったから。

今になって思えば、変な人気が出たのかも知れなかった。

感情的にわめき散らしているコメントも幾らか散見されるが、そんなものは最初からフル無視。

まあほぼ全てのコメントを無視するのだが。

興味がないので、すぐに忘れてしまう。

ただ、一つ気になったものがあった。

「高宮監督の映画に対する姿勢は、一種の舐めプだったように思います。 本気で最初から映画を作ってくれたのなら、正面から腐りきった業界を潰せたのでは無いかと思います」

そうか、まあそう思うならそう思えば良い。

あくびをしながら、SNSを見るのを辞める。

別に舐めプをしていたつもりはない。

だから、変な意味で人気が出たのだろうとも思っている。

だが。そう思うなら自由だ。

そう考えれば良い。

実際、凄まじい売り上げをたたき出している今の映画にも、公然とアンチを宣言しているものもいる。

それはそれでかまわない。

誰もを納得させる芸術など存在しないのだから。

それに高宮が作っているのは、娯楽だ。

芸術家気取りの阿呆が食いつくような今までの作品とは違う。

人の心を揺らし。

人の心の余裕を刺激する娯楽なのである。

だから、これでいい。

高宮にとっては、別に反発する人間の出現も想定内だったし。

今までの映画で舐められていたと激高する奴が出てくる事も想定内だった。

まあしばらくはそのままでいい。

問題はその後。

色々な、ポリコレだとか言う自由を歌いながら何もかもをしばるくだらない思想や。

芸術家気取りの先生方による意味不明の採点などない世界で。

自由に映画が花開けばそれでいい。

そうとだけ。高宮は考えていた。

 

映画の撮影を開始する。

以降の撮影は、全て密室スタイルでやる予定だ。

これはそもそも、スタジオに暴徒やら犯罪者やらが潜り込んでくる可能性があるから、である。

高宮のコメントで、無差別テロを予告してきた阿呆もいる。

それについては、高宮はガン無視。

井伊が雇った監視用のスタッフがコメントを精査して。問題があるコメントをした人間は片っ端から告訴させている。

現時点で二十七人が告訴され。

実名などが全て晒された状態だ。

本来はSNSの運営がやるべき事なのだが。

何しろ無差別テロを予告するようなアカウントに対してもガン無視するような運営である。

それでいながら、ただお絵かきをしているだけのアカウントを、フェミニストだとか言うカルトの言う事に従って凍結したりしているような阿呆どもだ。

まともな判断なんかできっこないので。

こうやって、対応は徹底的に行わせて貰う。

既に何件か、名誉毀損で実刑判決も出ている。

高宮は本当に容赦が無い。

そういうコメントも出始めていて。

急速に、中傷コメントの数は減っているようだが。

その代わりに、まだ危険は残っていると、井伊にも警告されている。

高宮もそれは分かっている。

井伊が時々そういうアカウントを探し出して、警察に捜査を頼んでいるらしいが。

その卓越したスキルも。

高宮が発掘しなければ、ブラック企業ですり潰されていたのだろうなと思うと。暗澹たる気持ちになる。

まあいい。

スタジオを自分で確認する作業から始める。

これは特に念入りにやる。

側で見ているSPは何も言わない。

そういう訓練をしっかり受けているから、である。

映画撮影中も、基本的に何も言わない。

そういう訓練を以下略。

SPはきちんとした金を払えば、こういうしっかりした人が出てくる。

まあ最悪の場合は肉盾になるのが仕事だ。つらい仕事ではあるが、それでも金はきちんと払っている。

頑張って貰う他無い。

俳優達が出勤してきた。全員が集まったところで、軽く話をする。

以前は好き勝手にやらせていた高宮だが。

今は違う。

かるくだが、今日はどのシーンを撮るか先に説明。

そのシーンは、どういうものであるかも先に説明しておく。

そうすることで、俳優はこれからどういう演技をすれば良いのか、頭の中に結構鮮明に浮かべる事が出来る。

これでも劇団からたたき上げているプロだけを選抜しているのだ。

案の定、凄まじい稼ぎをたたき出している最新作を見て、スポンサーを押し売りしようとしてくる会社が幾つか出て来ているが。

作品に口出しするようならスポンサーは必要ないと発言すると。

大半はその時点で手を引いてしまう。

なんだか情けない話である。

素人が口出しして、いいものが出来ると本当に思っているのだろうか。

というわけで、この映画にもスポンサーはいない。

どいつもこいつも。なんというか。

金が関わると、本当にろくでもない。

一度人間なんか、全部焼き払った方が良いのではないかと時々高宮は思ってしまうことがあるが。

思うだけにしておく。

「というわけで、撮影は今日も定時で終わらせるけれども、可能な限りスムーズに行うように」

「分かりました!」

「役作りのために十分あげる。 その後撮影開始」

まあ、事前に説明はしてあるので、役作りは出来ている筈。

その役に入り込むための時間だ。

以前、高宮映画で真っ青になりながらも。必死に無茶苦茶な脚本に沿って演技をしていた俳優達を選抜して事務所に勧誘した。

今では。無理な仕事で潰されないと言う事で、非常に有名になっている。

業界有数のホワイト事務所。

そういう評判だ。

とはいっても、高宮が目をつけたのは。しっかり狂った脚本に向き合おうとした俳優だけ。

そういう意味では、厳しい世界である事は間違いはないのだろうが。

淡々と、撮影をしていく。

以前と違ってNGも出すが。その場合はスケジュールを調整して、翌日以降に回すこともある。

緻密にスケジュールを組んでいるから調整は出来ている。基本的に、融通は幾らでもきく。

また、NGを出したからと言って。

俳優を怒鳴るような真似は一切しない。

基本的に俳優と比べて、監督が偉いわけでは無いと高宮は思っている。

その逆も然り。

相手が大物俳優だろうが、高宮が遠慮する気はない。

そういうものだと考えている事は、事前に俳優達に伝えている。

だから音響にも大道具小道具にも、撮影にも。

全員に、仕事をしている関係であって。

仲間だの絆だのはないし。

かといって手を抜く事もない。

また怒鳴ることもしないし。

プロとしての仕事だけはする。

そう徹底している。

故に皆、ドライに仕事が出来る。精神論で、全てを回すような職場にはならない。その結果、逆に快適になる。

それを高宮は。

幾つもの映画を撮りながら。

確認を済ませていた。

今まで撮っていたクソ映画は、そういった事を確認する実験、と言う意味もあったのである。

手を抜いてクソ映画ばかり撮っていたのでは無い。

あらゆる全てを、経験に変えていた。

それが高宮という存在である。

別に自分は天才でも何でも無いと考えている。

IQにしても、身近では井伊というもっと凄い怪物がいるし。

映画の才能にしても、例えば尊敬しているサムライ映画の巨匠などは、最初から相応の評価を受けていれば、もっと雄飛していたはずだと思っている。

驕らないこと。

それが老害にならないコツだし。

今後もそれを心がけていくつもりだ。

それを、撮影現場でも、理念として掲げる。

それこそが高宮のやり方だ。

「はいカット。 いい感じだよ。 では十分休憩後、シーン29を開始するからね」

「はい!」

俳優の一人が答えるが。苦笑いで返す。

気合いを入れるのは、演技に対してしろ。

それも何度か言っておいた事だ。

別に、そういう体育会系のやり方は必要ない。

やりたいなら自分だけでやれ。

他人には強要するな。

それが重要だ。

良くいる、娯楽を「遊びでは無い」とか抜かして。苦行にしてしまうような輩がいるが。そういう連中は娯楽にとっての最大の敵だ。

存在そのものが娯楽を衰退させる元凶とも言える。

そういう連中はいらない。

少しの休憩の間に、スポーツドリンクを口にしておく。

そして、撮影を続ける。

熱がある職場なのかというと、よく分からない。

ただはっきりしているのは。

熱があろうと無かろうと。

高宮は、この映画で俳優のスペックを全て引き出すつもりだし。

場合によっては小野寺に説得して貰ってでも。

その場に相応しい演技を引き出すつもりだと言う事だ。

実際、たまに小野寺を呼んで。

演技について伝わっていないと判断したら、俳優と話をしてもらうようにしている。

小野寺を素人と侮って話を聞こうとしない俳優もいるのだが。

そういう連中も、少し話すだけで小野寺はすぐに意思疎通を済ませる。

この辺りの手腕は凄まじく。

井伊と小野寺が、最初から本物の友人で。気むずかしい井伊と小野寺が大過なくやれているのも、何となく分かるのだった。

撮影は進む。

この様子だと、予定通りいけるだろう。

昼休みが来たので、皆をしっかり休ませる。弁当も、いつもの弁当屋から仕入れる。最近はどんな弁当が良いかと聞いてくるので、時々細かい注文をしたりもする。ほぼ個人営業の弁当屋であり。しかも此方は大口取引先という事もある。ある程度の融通が利くのが嬉しい所だ。

弁当を食べ終えた後、黒田に連絡を入れる。

「現在の進捗はどんな感じかな」

「ええと……」

黒田が幾つかに分けられたフェーズについて、説明を入れてくる。

説明は五分以内に出来るように、という話をしているが。

これはお互い無駄な時間を避ける為だ。

黒田としても、だいたいの状況が分かれば良いと言うことだけ言われているということもある。

やりやすいようだった。

「少し遅れ気味だと」

「はい。 ちょっと今回は仕事量が多くて……」

「残業はしなくていいからね。 何が必要? 人手? マシンスペック?」

「後者ですね。 ちょっとサーバが重い気がします」

そうか。

今回はちょっと強めのCGを使う事もある。

井伊はかなりいいサーバを組んでくれたらしいのだが。増設が必要かも知れない。

井伊に話をしておくと言うと。黒田は頷いてくれた。

後は、高宮の仕事だ。

メモを残しておく。

サーバの位置や、どう増設するかを知っているのは井伊である。彼女は兎に角IQが高いので、ふわっとした注文でもかなり的確に対応してくれる。

これでいいのだと思いながら。

高宮は撮影に戻る。

俳優達も、既に役作りを済ませて待っている状態だ。

今日は石山も来ていないので、SPがいるくらい。撮影には支障はない。

「はい、午後の撮影始めるよ」

手を叩いて、皆に促す。

撮影が、始まった。

 

3、焼け野原の後に

 

高宮が文字通り焼き払った映画業界。

権威は全て失墜し。

ポリコレに狂っていた連中も、全員冷や水をぶっかけられて。そして一気に正気に戻ったようだった。

特に高宮が、スポンサーを必要としないスタイルで映画を作っていると言う事に衝撃を受けた者は多いようだった。

それが、歴史上最大のヒット作を飛ばしているのである。

今までの、スポンサーが天文学的な金を出し。

湯水のような金を使って、ひたすらにぎんぎらぎんに金まみれの映画を作るというやり方は。

どこか違っていると。

皆が気づき始めたのかも知れない。

それに、である。

高宮が、三分で眠れる見る睡眠導入剤を作っていたのに。その気になれば娯楽映画として史上最高の売り上げをたたき出す映画を作れることを知った者も、衝撃を受けているようだった。

まあそれはそうだろう。

高宮映画を馬鹿にしている連中は多かったが。

それは馬鹿にして侮るように仕向けられていたのだと、ようやく気づき。

そして気づいたときには遅かったのだから。

いずれにしても、高宮映画のロングランが続き。

売り上げ五千億を超えた辺りで、ようやく止まった。

それまでの史上最大興行収入が三千億程度の作品だから、これはそれだけ桁外れだと言う事を意味している。

そして、映画界に激震が走る。

また、高宮が新作を作っているというのだ。

既に、高宮映画が見る睡眠導入剤という評価は過去のものとなっていた。

しかも、この五千億の売り上げ。

今までと違って、スポンサーが湯水のような金をつぎ込んだ作品ではなく。

少数のスタッフが。

殆ど手作りで映画を作り。

それでたたき出した結果なのである。

利潤などの釣り合いが全く取れていない。

そういう意味では、あらゆる意味で高宮映画は、それまでの実績やら何やらを、たたき壊したと言えた。

そうして焼け野原になった映画業界は。

今、混沌となっていた。

石山が特集記事を組んだので、見てみる。

とにかく、今までの常識というものが完全に崩れ去った結果。

迷走と混沌の時代が始まっている様子だ。

スポンサーの言いなりになって、大作を作れ。

とにかく売れる作品を作れ。

金を稼げ。

そういう風潮に、高宮が直径十キロの隕石を極超音速で叩き込んだという事もある。それによって、一気に何もかもが変わり果てた。

石山の記事をざっと見る。

石山の記事は、とにかくデータ主義だ。

今までの売り上げをたたき出した映画について、全て丁寧に分析している。資料も非常に引用が多い。

それらの資料についても、納得がいくものばかりである。

その上で、こう断言している。

現在は、混沌の時代だと。

例えば、高宮が五千億の利潤をたたき出した裏で。

八百億をつぎ込んで作られた大作映画が、なんと二百億の売り上げしか(まあそれでも充分に売り上げは大きいが)出せず。文字通りの大爆死を遂げている。これによって、スポンサーは株価を激減させ。ハリウッドから手を引いたようだ。

他にも類例はいくらでもある。

大金をつぎ込んだ映画はむしろハイリスクである。

そう思わせるだけのものが、あったということなのだろう。

それに対して、インディーズ映画の隆盛が中々に凄い。

昔はインディーズ映画と言えば、それこそ本当に酷いものがピックアップされる傾向が強かったのだが。

勿論そんな中でも、名作とされるものはあった。

高宮映画が史上最高の売り上げをたたき出している影で。

インディーズ映画で、予算の数千倍、数万倍の稼ぎをたたき出している作品が十七本出現している。

これらは今までの大作指向の作品と違い。

映画監督がそれぞれ好き勝手な映画を撮り。

その結果、受け入れられたタイトルばかりである。

高宮もそれらは全て目を通したが。

中々どうして。

これらの作品を撮った監督が、どうして今までピックアップされなかったのかと、怒鳴り込みたい気分になった。

どれもこれも低予算だが。

個性が爆発していて面白いではないか。

映画は娯楽と言う事を忘れた連中が。

こう言う作品を追いやってしまったのではないのか。

そう弾劾してやりたくなった。

まあいい。

ともかく、こう言う作品が一気に勃興してきたのは良い事だ。

大作指向の弱点は、受け身に入ると言う事にある。

売れそうな作品を作れと言う事は。

過去のヒット作に近いものを作れ、という事だ。

この結果、とんでもない代物が出来てしまうことがあり。

あまりにも酷い映画に仕上がる事が珍しくもない。

同時に、冒険した作品もあまり作られることがなくなる。

スポンサーが何もかも口を出すような作品。

或いは、「社会的な風潮」を代表すると称するような輩がああだこうだとわめき立てる土台。

それらがある場所では。

どうしても創作の自由は殺されてしまうのだ。

結果として、こういう。

インディーズから、一気に這い上がる映画が出て来たのは、とても良い事なのだろうと高宮は思うし。

今後もこの傾向が続いてほしいとも思う。

それには、だ。

今回のヒットだけではたりない。

次も、今回と同等か、それ以上のヒットをたたき出す必要がある。

故に、手を抜くわけにはいかなかった。

映画の撮影は、既に終盤に入っている。

この映画は、ヒットが始まってから撮ろうと決めていた脚本の一つ。

圧倒的な大軍を前にして、少数で籠城を行い。

援軍が到着するまで持ち堪えつつも。

自らは命を落とした、名将を題材にした作品である。

この人物は実在していたのだが。

当時も高い評価を受けた名将の中の名将であり。

その人生は、知る人に高い評価を今も受け続けている。

映画のタイトルは風神、である。

それだけで充分だろう。

今回も、分かりやすく風神の人生を辿りながら。丁寧に話を進めている。

合戦のシーンなどは工夫しながら、CGなども活用してそれなりに迫力は出るようにしている。

それでマシンパワーが不足したのだが。

それについても、井伊が解決してくれた。

なお制作予算は一億も掛かっていない。

仮に興行的に大失敗したとしても。

それで充分だと言える。

ただ、勿論大失敗するつもりなどはない。

ここで、とどめを刺すつもりだ。

今までの腐りきった業界そのものに。

一回だけなら、偶然と考える輩が出るかも知れない。

此処で二回目の大ヒットを叩き込む事で。

一気に何もかも。

もはや時代が変わったのだという認識を。

映画業界そのものに、叩き込むのである。

さて、皆の演技も充分。

それで、映画の撮影の最終盤に入る。

途中、マスゴミが散々取材を申し込んできたが。

取材許可がほしいなら、以下の条件を呑むようにと。石山が取材をしたときの条件を提示。

それをマスゴミはどれも飲めず。

高宮への取材は、どこの大マスコミも実現しないという異常事態に陥った。

また。適当な事を書き散らし、怪文書をまき散らすような週刊誌に対しては法的処置を容赦なく執り。

これによって、最近は堕落する一方だった昔は硬派として知られた週刊誌は、廃刊に追い込まれることになった。

この週刊誌が廃刊に追い込まれた事はマスゴミに大きな動揺を走らせ。

それによって様々な記事が書かれたが。

いずれもが殆ど無視され。

もはや彼らの影響力など、無きに等しい事を知らしめるばかりだった。

撮影が終了。

今回も、八ヶ月にわたる長期撮影となった。

後はCG加工や編集などであるが。

これについては、井伊にも加わって貰い。高宮も自分で行った。

昔は編集は一人でやっていたのだ。

黒田が主にCG関係の加工はしてくれたが。

それでもまだ足りない。

何度も話し合いながら。

丁寧に修正を加えていき。

満足がいく出来に仕上がったのは。

映画撮影開始から丁度1年。

奇しくも。

その日は。題材になった人物の命日だった。

 

映画が公開される。

初日から、記録的なヒットが飛んだ。

前回の作品で、全世界における興行収入五千億。

それを偶然に違いないと嘲笑していた業界人や自称ガチ勢は、それで一気に冷や水をぶっかけられることになった。

まあ、全世界で五千億もの興行収入を稼ぎ出しておいて、偶然もなにもあったものではないのだが。

それすらも理解出来ないような連中が、ガチ勢を自称していたと言う事をまざまざと見せつける事になり。

如何にガチ勢を自称する人間が、身の程知らずなのかを世に露呈することになった。

かくして、映画の専門家を称する人間の名声は。

文字通り地の底に墜ち果てたのである。

映画は好調を極めた。

題材になった風神が歴史マニアの中ではそれなりに有名な人物であることや。

何よりも映画としてはそれほど有名な作品がなく。

それが一つの地方の時代を変えた出来事であったにも関わらず。

城攻めをした側が、ある有名な戦国大名だったこともあり。

結果として、あまり陽の目を見る事もなかった題材だった。

故に、一気にブームが巻き起こり。

売り上げを更に後押しする事にもつながった。

「これ、前回のヒットはまぐれじゃないな。 風神の生き様、マジで感動したわ」

「伝説になってる西国無双の父親なだけはあるわ。 確かにこれは凄い。 どうしてこんな人物が、今まで有名な作品にもならなかったんだ?」

「まあ、それは色々となあ。 主君があんなだし、敵対したのが薩摩だし……」

「何回か見てきたが、何回見ても凄い。 これが低予算映画だってんだから、今後の時代は変わるぞ……」

SNSでは基本的に好評一択。

だが、黙り込んでいる映画マニアもいた。

恐らく高宮のアンチだろう。

しばらくしてから、文句を言うつもりだろうが。

別にそんなのは負け犬の遠吠えである。好きにさせておけば良い。

既に、勝敗は決していた。

初日で日本だけで五十億の稼ぎをたたき出し。

全世界同時公開の結果。

全世界では五百億の稼ぎをたたき出した程である。

満員御礼。

文字通り、その言葉通りの結果になった。

邦画が息を吹き返した、と口にした者もいたが、違う。

高宮映画以外の邦画は相変わらず鳴かず飛ばずである。

アニメ映画と特撮映画は健闘していたが。

それ以外は相変わらず、誰も見向きもしなかった。

「これが意味不明な組み体操ばっかり作中でやらせてた監督の作品か!? マジで驚いたんだが……」

「CG、これ予算をつぎ込んだんじゃなくて職人芸が主体だな。 前から高宮映画のCGを担当している奴と同じではあるみたいなんだが……本当につまらなくするためだけに以前はCGを使っていたんだな」

「何というか、回りくどい真似をする……」

「そう思う。 さっさとこれを使って面白い映画を作ってくれていればこっちとしても評価できたのになあ」

そういう嘆きの声もあるが。

だが、高宮の理屈に共感する声もあった。

「個人的にはこれでいいと思う。 高宮の言う事はちょっと過激だけれども、そもそもイミフな理屈でアカデミー賞を出していた老害どもを業界からたたき出すには、こうやって盛大な冷や水をぶっかける以外になかったんだと思う」

「あーあー。 俺が好きな文学ジャンルでも、同じ事してくれる奴いないかなあ。 やれ正しいテラフォーミングがどうの、宇宙で艦隊戦はおきないだの、このロボットアニメはこのジャンルに呼ぶと値しないだの、これはファンタジーであってそうではないだの、老害が好き放題ほざいて新しい作品が出るたびに群がりやがる」

「うちの方でもだよ。 うちの方はそもそも開祖であるドイルがエンターテイメントとして始めたジャンルなのに、いつの間にか鬱陶しい自称ガチ勢が密室トリックだけやってご満悦になるジャンルになっちまってる。 そもそもこのジャンルで売れてる作品はどれもエンタメ性が強いものばかりだってのによ……」

「老害が蔓延るようになるとどんなジャンルでも駄目なんだな。 高宮はそれを教えてくれたから、俺は感謝している」

連日爆発的な売り上げを続けていた高宮の映画だが。

当然、その裏では反発の動きもあった。

SNSで好きかって言っている奴は好きにすればいい。

感情的にわめき散らす奴が一定数いるのがSNSだ。

無差別テロを予告しても、何もペナルティを受けないのもSNSである。

まあ、監視をして度が過ぎている奴については当然告訴を逐一していく感じではあるし。

高宮はその手の輩に容赦しない、という話もしっかりしている事もある。

高宮映画に対してねちねち嫌みを言う奴はいるが。

映画館にテロを実施しようとか。

そういう事をいう阿呆はいなかったし。

不買運動とかを展開する奴もいなかった。

そうこうしているうちに、映画公開から一月で、前回の売り上げと並び。

二月で。

前人未踏の、売り上げ一兆円に到達。

以降は伸びは緩やかになっていったものの。

高宮は、ついにインディーズレベルの予算の映画で。

一兆円の稼ぎをたたき出すという偉業を達成したのだった。

SNSは更に過熱する。

「確か高宮の一つ前の映画が破った記録の映画が売り上げ三千億円くらいだったよな」

「ああ。 あの贅沢なCGを使った作品な。 俺もアレは見にいったが、非常に良い作品だったよ。 確かに三千億売れるだけの事はあった。 高宮のがアレより上かは議論が分かれるだろうが、映画界隈に台風を起こしたという意味では大きな意義のある作品だろうな」

「アカデミー賞は息してる?」

「とっくに死んだよ(笑)」

このタイミングで。

高宮は、敢えて今までどうしてクソ映画を撮っていたのかのツイートを、自分で上げ直した。

その結果、また大炎上が発生。

アカデミー賞を再興しようという動きは、完全に消えた。

また、石山が暴いた映画業界の黒い裏側についても、既にメスが入っている。

暴力団の幾つかは幹部を根こそぎ刑務所にぶち込まれており。

その過程で十数件の殺人事件も発覚していた。

ある山中では、二十数人の死体が埋められて発見されていた。

三メートル以上の深さに埋めると、動物も掘り返さない。

しかもブルーシートに包むという念の入れようである。

酸で死体を溶かすやり方もあるのだが。

これは以前有名なシリアルキラーがやった事もあり。

その時もあっさり残留物が発見されて死刑になった事もある。

実際には、それほど現実的な手法ではない。

死体が見つからないようにする、というのが一番の方法なのだ。

死体の中には、有名になる前に消えた俳優や。

金銭的なトラブルを起こした映画関係者。

更には枕営業を斡旋していた人物や。

ヤクザの金を使い込んだ俳優など。

錚々たる面子が揃っていた。

以前だったら、マスゴミが黙り込んでいれば、すぐに忘れ去られただろうが。これらが暴かれたことで。更に火に油が注がれ。

ついにマスゴミもこれらを大々的に取りあげざるを得なくなり。

その結果。二重三重に信用を失う事になった。

破壊的な変革が、何もかもを変えて行く。

相変わらず高宮自身はマスコミの前に一切顔を出さず。

代わりにマスゴミの記者達は配給会社の社長に的を絞ろうとしたが。

会社の前には警官が威圧的な壁を作っていて。

記者など、一人たりとも入れはしなかった。

井伊が先手を打っていたのだ。

マスゴミの内部も一枚岩では無い。

それはそうだろう。

人が殺されると分かっていて、テロを平気でやるようなカルトに情報を流すような連中である。

その性根は文字通り腐りきっている。

内部からの情報流出なんて日常茶飯事であり。

井伊はそれを利用しただけだった。

これらの様子を、高宮は対岸の火事として、楽しく眺めていた。

これだ。

これを起こしたかった。

既に権威は完全失墜した。

映画界隈を牛耳り。

ガチ勢を自称して、意味不明な理屈で賞を出し。

更には実際に稼いでいる作品に対して嘲笑を浴びせ。

「映画界に何の貢献もしていない」などと言い放つような猿の群れは、全部掃除されたのである。

昔は、ある程度は自浄作用は働いていたかも知れない。

だが今では、とっくにそんなものはなくなっていた。

新聞記者を神格化して、マスゴミを格好良く描いたような作品に賞を出すような連中である。

幾ら金を出せば賞を貰えるのか。

そういう世界になっていたのだ。

誰かが潰さなければならなかった。

今回は、たまたま高宮が潰した。

それだけの事だ。

今、高宮は誰も知らない無人島にいる。

井伊が用意したバカンスのための島だ。

個人資産は、前回今回のヒットで、既に二千億に達している。

はっきりいって、これで一生遊んで暮らせるし。

何なら悪い事をしようと思えば、幾らでも出来る。

この規模の資産があれば、小さな国ならそのまま乗っ取る事だって出来るし。

日本くらいの規模の国家でも、それこそ司法を買収してやりたい放題だって可能である。

米国なら更に簡単だろう。

いい弁護団を雇えば、殺人だろうが何だろうがもみ消すことが可能だ。

だが、そんなことをするつもりはない。

今は、ただ。

次の映画のために、英気を養っているだけである。

なお、次の映画も高宮が資産から制作費を出すつもりだ。

前回も前々回もそうだった。

そうすることで、五月蠅いスポンサーを一切介入させずに映画を作ることが出来る。

五月蠅そうなのは、井伊に任せてしまう。

それで充分である。

井伊から連絡が来る。

「日本最大の暴力団が、高宮監督を探してる。 連日、連中の手先の記者が高宮監督の居場所を探っている」

「で、見つかりそう?」

「いや、問題ない。 勘が良いのはいた場所を見つけられた奴もいるようだけれども、とっくにもぬけの殻か、もう別人が住んでる」

「まあ、そうだろうね」

いっそのこと。

この島で撮影しようかなあ。

そうとさえ思う。

今は全世界にネットが通じているのである。

それくらいは、別に出来る。

この島は五十億で買ったのだが。

そもそも誰も知らないような島だし。

何より二重三重に名義を偽装して購入している。

更には米軍が哨戒している。

マフィア程度では、近づける場所では無い。

「他の皆の安全にも気を使ってね」

「それは分かってる。 ただ、配給会社の人間までは守りきれるか分からない」

「まあ最悪の場合、資金は出すから警察のキャリア買収してくれる? 今動いているのは主に国内の暴力団でしょ。 あいつらも大概だし、場合によっては潰してもかまわないからね」

「ん」

通信を切る。

嘆息すると、常夏とまでは言えないにしても。

一人で生活するには充分環境が整っている島で、高宮は伸びをした。

大望は叶えた。

人間は、今の時代に八十億人も地球にいる。

その中で、大望を叶えられる奴はどれだけいるのだろう。

好きな異性と結ばれる。

そのくらいの事ですら、今は中々ないのが実情だ。

こんな時代で。

同志にも恵まれ。

大望は叶えた。

そういう意味では、高宮はとても幸せなのかも知れない。

しばらくは、ぼんやり過ごすことにする。

なんなら、後は一生隠棲してもいい。

だけれども、高宮はそもそも映画が好きなのである。

なんだかんだいっても、映画を撮影するのが好きだから。映画監督になったし。

業界が腐敗しきっているのを見て、絶望した後憤怒した。

高宮はいつも静かに幽霊のようにしていたが。

結局の所、その行動力は、腐りきった世界を見た結果の怒りからくるものだった。

感情を表に出すのはあまり良い事では無いと高宮は思っている。

この怒りは秘めていればそれでいい。

だけれども、怒りはたたき込み。

そして、腐敗した肉に蛆が集っていた業界は、丸ごと潰した。

それで充分だ。

他の業界でも、似たような事が起きれば面白いのだが。

文化というものですら。

中々難しいだろう。

「自浄作用」なんてものは、まず働かない。

世界史を見渡しても、多くの場合既得権益の方が圧倒的に強いのである。

中華の歴史にいたっては、殷周の時代から既得権益とどう折り合いをつけていくか、というのが権力者の課題だった。

それは現在までずっと同じくして続いている。

残念ながら、自浄作用なんてものは働かないと判断するしかない。

ならばどうするか。

破壊的な行為で。

全てを一度焼き尽くしていくしかないのである。

そうしなければ、新しいものは芽吹かない。

混乱の時代は生じるかも知れないが。

それは腐りきった既得権益が、全てを独占してふんぞり返っているよりも、遙かにマシだろう。

だから高宮は動いた。

それだけの事なのだ。

大きく伸びをする。

今までため込んでいたものは、だいたいこの休暇で全て消化してしまった。

そろそろ動くとするか。

ちらっと見ると、日野は今、俳優としての演技力を買われて。別の映画監督の所で主演をやっているようだ。

その終わりのタイミングで、次の映画を撮影するとするか。

時間を作り。

テレビ会議をする。

次の映画の撮影を始める。

そう告げると。

同志達は、一斉に緊張したようだった。

「風神」は、最終的に全世界で一兆二千億の稼ぎをたたき出した。

これは言うまでも無く、映画の歴史で最大の利潤である。

次の映画を高宮が作る。

それだけで、既に日本政府が動くレベルになっている。

実体経済に大きな影響が出るから、である。

以前、ある漫画が中々終わらせてもらえなかった、という話があるが。

日本政府からお達しがあり。

実体経済に影響が出るから、やめないようにという指示があったという都市伝説が存在している。

これがどこまで本当かは分からないが。

今回の規模の話になると。

まあ日本政府が動くだろう。

別にどうでもいい。

高宮は、好き勝手に映画を作る。

それだけだ。

どうせ、どこの映画界隈だって腐敗はしているのだ。本場であるあのハリウッドですらそうなのだ。

ハリウッドでも枕営業の噂は昔から根強く。

近年とうとう告発まで行われた。

それなら、自分がやりやすい映画業界を作ってしまえばいいのであって。

「世界が気にくわないなら自分を変えろ」等という妄言に対して。

高宮は世界そのものを変えた。

高宮に続けと、今世界では多数のインディーズ映画が芽吹いている。

それらはあまり売れずに消えていくものもあるが。

中には相応のヒットを飛ばして、発掘されているものも増えている。

今まで超高予算映画で派手に稼ごうとしていた映画業界はこの流れに乗り切れておらず。

特に映画で稼いでいた、広告企業やスポンサーは。

流れの速さについていけず。

また安牌としてこれらの企業やらの株式などをもっていた連中は。

それが全て紙屑になって、路頭に迷っているようだった。

それもどうでもいい。

高宮としては。

映画界隈に未来があれば、それでいいのだから。

しばしして。

船が来る。

さて、これでまずは近場の島に行って、其処から空港に向かい。

飛行機で日本に行く。

その後は、スタジオで撮影を始める準備をする。

スタジオをとったりするのは、小野寺がやってくれる。

そのスタジオを徹底的に下見して。

更に俳優を吟味。

俳優に関しては、事務所に入れる奴の背後関係は井伊が洗ってくれているし。

石山のネット記事は、今や新しいものが出れば億単位でアクセスが来るのが普通になっていた。

全てが変わりつつある。

高宮の深淵から練り上げた計画は。

既に成就していた。

これからどうするかは、それぞれ次第。

映画の世界には。

新しい時代が、芽吹こうとしていた。

 

4、新しい時代は来るのか

 

高宮監督の最新映画を見て、感動のあまり涙を何度も拭っていた者がいる。

北条雪乃。

芸大の映画部に通う三年生である。

映画業界に行って、監督になろうと考える北条は。

俳優になるべきだと言われるほどに容姿が整っているのだが。

本人は監督希望だった。

だが、数年前まで。

映画業界が壊滅的な状況である事は、理解していた。

大量の予算をつぎ込んだ映画が、大失敗することが珍しくもなくなり。

スポンサーの露骨な意向が反映された内容がどんどん増え。

稼いでいる映画を嘲笑し。

意味不明な意識高い映画が評価される。

そんな時代に、北条も頭を痛めていた。

だけれども。

クソ映画監督として知られていた高宮葵監督が、何もかもを変えた。

衝撃を受けた。

まさか、映画業界が、一つの映画で文字通りひっくり返るとは思わなかったのである。

今では映画業界は完全に戦国乱世。

既得権益がばたばたと倒れ。

その灰の中から、新しくどんどん芽が出ている。

今までタブーだった題材を扱った映画がどんどん出てくるようになり。

ポリコレだのなんだので五月蠅かった制約を、無視した映画がどんどんヒットを飛ばしている。

3年なのがもどかしい。

今すぐ監督になりたい。

だけれども、残念ながらまだまだ実績も何も無い。

今は大人しく。

自主製作映画を撮って、それで我慢するしかなかった。

映画新人賞の話が、そんな折。

上がって来ていた。

どうせろくでもない賞だろうと思っていたが。

内容を見て、すぐに目が釘付けになる。

高宮監督が主催する賞である。

ただし、芸大の人間を対象。

3年か4年生のどちらか。

自主製作映画を作り。

送ってくるように。

そういうものだった。

何度か確認したが、高宮監督のもので間違いない。なお、映画の時間は二時間以内で。ジャンルは問わないとの事である。

禁止事項は一切無し。

未成年どうしの性描写だろうが。

殺人だろうが犯罪だろうが。

「映画としての表現」ならなんでもOK。

差別などの、タブーになっている題材を扱っても問題なし。

ただし、勿論俳優に実際に犯罪をやらせるのは禁止。

そういう事だった。

すぐに立ち上がると。

俳優科に行く。

北条は、どうして俳優科に来ないのかと言われるくらいの有名人だったので。出向くとそれなりに耳目を集めた。

そのまま、手を叩き。

そして告げる。

「あの高宮監督が、映画賞をやるそうです。 条件は芸大の三年か四年の人間が撮った自主製作映画であること。 俳優に実際の犯罪を行わせない限り、映画内でなにをやろうと自由と言う事です。 タブーと今までされていたような描写も全てOKと判断するのだそうです」

それを聞いて、俳優の何人かががたっと席を立った。

それはそうだ。

どんどん窮屈になって来ているのが今の映画界隈だ。

「見かけが未成年っぽい」というだけで叩かれる女優もいたし。

「胸が大きすぎる」という理由で、胸を小さくしろとか無茶苦茶をフェミニストを自称する破落戸に言われた者だっている。

それが現在の映画界隈。

その筈だった。

だが。高宮監督が全てをたたき壊して、焼き払った。

その結果。

窮屈だった全てが終わった。

そして、高宮監督が。

その凶悪な性格に相応しい内容の映画賞を募集しようとしている。

それどころか。

既得権益を全無視した、新人からの募集で映画賞を募集しているのである。

これは、出ざるを得ないだろう。

「どんな映画を撮るつもりですか!?」

「内容としては、ごく普通の時代劇にしようと思っています」

「私出ます!」

即答したのは、小柄で童顔の俳優候補生の一人だった。

真面目なのに容姿がこれだから、ポリコレだのフェミニストだのから叩かれるのでは無いかという懸念がされていたのだが。

高宮監督のおかげで、俳優科をやめずに済んだ一人である。

今では劇団に粛々と通って技能を磨いている。

「俺も出ます!」

「私も!」

何人か、先着順に選ぶ。

数人を連れてその場を離れながら。まずは脚本について。今まで温めていたものを出す事にする。

後はどう撮影するかだが。

あの高宮監督も、ずっと低予算でやってきて。

いまだってそうだ。

CG科に頼んで、ちょっと協力してもらいたい所だが。出来るだろうか。

考えながら歩く。

新しい時代が来ようとしている。

北条は。野心に満ちているわけでは無いが。

映画を愛する人間として。

新しい時代は、見たいと思っていた。

 

(続)