浸食する深淵

 

序、触手は全てを食い荒らす

 

二度目のアカデミー賞を取ってから、高宮映画への客足は更に伸びた。

アカデミー賞で興味を持った人間もいるのだが。

既にSNSなどで、評判は知り尽くされていた。

「不愉快にならないクソ映画」。

「見る睡眠導入剤」。

それが高宮作品への評価であり。

見にいった人間の大半が、それに関して全く異論をもたないようだった。

最近では映画マニアや、クソ映画レビューを書いているネットブロガーですらも、高宮映画には匙を投げ始めている。

とにかくレビューを書くのが大変だ、というのだ。

まず寝ずに見るのが本当に大変。

普通の人は開始三分で寝るのだ。

それを必死に起きて最後まで見ても、何一つ残らないのである。

虚無だけが其処にある。

だから、正気度が一気に地に落ちる。

その状態で、何も残らず。

何を書けば良いのか。

必死に映画を見続けても、とにかく何一つ頭に入ってこない。それで頭に来ればまだ記事だって書けるだろうが。

それすらもさせない。

というわけで、映画レビュー泣かせとして、高宮映画は既に有名になってきていたし。

SNSでは、高宮作品を見にいって快眠しようとか言う妙な運動まで始まっている始末だった。

まあ今の時代、本当に皆疲れきっている。

二時間千五百円で爆睡出来るのだったら、それはそれで美味しいのかも知れない。

睡眠障害は、既に国民病だ。

心療内科や精神科には、今では予約を入れないと行く事が出来ないし。

そうしないと、治療も受けられない。

睡眠障害というのはそれほど厳しい病気なのだ。

それでいながら偏見もまかり通っている。

故に、である。

快眠を約束してくれるというのは。

それだけ良いことなのかも知れなかった。

というわけで、アカデミー賞受賞後に放映された「ミュージカル」と自称するナニカは、相変わらず多くの客足を集め。

映画館はたくさん助かった。

そして映画館の従業員もである。

何しろ客が一切騒がず大人しく寝ているだけなので。

後は起こして回るだけでいい。

映画上映後に、汚れなどをチェックする作業は従業員にとって結構大変なものなのだけれども。

高宮映画の場合、露骨にそれが無く。

子供ですら騒がずすっきり寝てしまうので。

各地の幼稚園や保育園で採用されているという話まで出て来ている。

なお、迂闊に見ると保育士まで寝てしまうので。

注意が必要なのだそうだが。

高宮は単純にまとめられたデータを見て、頷く。

確実にフェーズは進行してきている。

今、高宮の映画は邦画で圧倒的な一強状態になっている。ただし、アニメ特撮映画を除いてだが。

世界的な競争力を持つアニメと特撮は完全に別格。

だが、今の映画業界ははっきりいって穀潰しが上層部を牛耳っている状態。

この穀潰しどもを黙らせるには。

アニメや特撮レベルまで、売り上げを上げなければならない。

いずれにしても、現状のアニメと特撮を除く邦画に対しては。

高宮は、潰す以外の事を思っていない。

そうすべきだし。

それ以外に道だってない。

穀潰しが権威を握り。

何もかもが完全に娯楽から乖離した映画なんぞになんの意味がある。

芸術を気取って誰も楽しくない代物を作り。

それを理解出来ない凡夫が悪いなどと嘲笑う連中に。

娯楽であり文化であるものに関わる資格など無い。

言葉は厳しいが。

それが高宮の本音だ。

無言で、売り上げについて確認したあと。株価の推移も見る。

アカデミー賞を取ったことで、高宮のいる配給会社の株は更に上昇。実は早い段階から株を買っておいたのだが、既に価値は五十倍以上に跳ね上がっている。

まあ大株主ではないが。

現在高宮のいる配給会社の株は、色々と凄まじい事になっており。

文字通りの安牌である。

ただし、今後の展開次第では簡単に暴落もする。

だから、気を付けなければならなかったが。

なお、これらの情報は石山が集めて来た。

相変わらず記者とは思えない情報収集能力だ。

既に新聞記者というのは蔑称になりつつある言葉だが。そういう意味でも石山は完全に別物。

石山という魔物であって。

記者とは別と考えるべきかも知れなかった。

一通りデータを見た後、軽く今後の戦略を練る。

次の映画は勿論撮るが。

それ以外にもやっておく事がある。

既に高宮は、個人資産を相当蓄えており。それを知っている連中から、連日変な電話が会社に掛かってくるようになってきていた。

これに対しては、対策が必要だと判断。

まあ不動産だの何だの、金に群がる蛆虫どもだ。

反社とつながっているような連中だって多い。

そして、急成長した配給会社には。その手の連中への対策が出来る人間が不足していた。

社長と久しぶりに話す。

今回は、井伊もテレビ会議に来て貰う。井伊については、社長も知っている様子だが。露骨にびびっていた。

まあ高宮がどこかから見つけてきた怪物。

あっと言う間に別の会社の映画監督を社会的に抹殺した手際の持ち主。

それ以降も、あらゆる汚れ仕事を引き受けている。まあ怖がるのも当然か。

「高宮くん。 顧問弁護士を雇うというのは本当かね」

「ええ、というか配給会社にいなかったのがおかしいくらいなんですが」

「そ、それは……そうだな。 もううちも大企業だし、それくらいは……」

「というわけで、既に手を回しています」

井伊に目配せ。

頷くと、井伊はすぐにリストを提出。

それを皆で見た。

テレビ会議は本当に楽だ。

紙の書類なんて無駄なものを人数分印刷しなくてもいい。

こうして一気に皆で情報を共有することが出来る。

呻いたのは専務である。

かなり高い、と思ったのだろう。

今回、井伊は法律事務所一つを囲うつもりだ。

専属契約、というやつである。

あまり大きな事務所ではないが。

それでも所属している弁護士は十人ほど。

そのうち三人が、うちの専属になる。

こうすることで、法律関係に関してうちの会社はぐんと強くなる。ただし、これらの弁護士が買収されないように気を付ける必要がある。

「経歴は確認済み。 下手な大手よりも実績はいい」

「そ、そうか」

「会社が大きくなれば必要な人材も増える。 弁護士は必要経費」

「……し、しかしもう少し安くならないのかね」

専務が精一杯の抗戦を試みるが。

高宮が咳払い。

それだけで黙り込んだ。

以前は反発する気もあったらしい専務だが。此奴が、この配給会社で一番状況が見えている。

もはや、高宮に逆らえる存在は。

この配給会社にはいないのだ。

社長も含めて、である。

そうやって、時間を掛けて会社を乗っ取った。

此処はもう高宮の私物である。

勿論、私物だからって社長に靴を舐めさせたりするつもりはないし。経費を私物化して好きかってするつもりだってない。

あくまで自分の計画の土台として使うだけだ。

会社にいる他の映画監督に圧力かける気も無い。

まあ、経営陣に関しては。

こうやって恐怖を定期的に与えて。正気度を失わせておくつもりではあるけれども。

ここは高宮にとって都合がいい活動拠点であればいいし。

心地よければそれでいい。

だから、そういう風にテラフォーミング……高宮フォーミングとでもいうのか。

そうするだけの事である。

「分かった。 確かに変な電話が掛かってきていて、電話口の人間も困り果てているのは事実だ。 その内タチの悪い団体とかが会社に押しかけてくる可能性もある」

「そういうことです。 弁護士を雇って抑止力にしておきましょう」

「……」

社長は同意。

専務もしぶしぶ同意した。

というか、だ。

そもそも高宮が言い出す前に、やっておくべき事だろうにこれは。

こんな事を言わないと出来ないという時点で、此奴らに「大企業」をまわす能力はないと判断出来る。

何とも情けない話ではあるが。

それにしてもどうしようもない。溜息ばかり出てしまう。

テレビ会議を終え。

井伊に後は軽く話をしておく。

「それで法律事務所は大丈夫?」

「判例を見る限り、かなりいい仕事をしている事務所」

「お……」

「ただ同志には引き込めないと思う。 恐らく理解は得られない」

先読みしたように井伊が言うので。

そうかと、少し落胆してしまった。

まあいい。

次だ。

幾つか、先に手を打って置くべき事がある。

映画の興行収入は中々に稼げているが。

それにともなって、そろそろ本格的にスポンサーの押し売りをしようとしてくる輩が増えてきているのだ。

まあ弁護士をやとって対応させるつもりではあるが。

それにしても、高宮と連絡が取れないと聞くと、電話口でどなり散らす輩も出て来ている。

それらについては全て録音して警察に提出済だが。

相手が大きめの企業になると、簡単に警察が動く事もない。

まあコレばかりは仕方が無いだろうとも思うが。

それにしても、である。

高宮という名前だけほしくて。

金儲けのネタにしたがる輩が、どれだけ多い事か。

金になる芸術には、蛆虫とダニが集まる。

これは昔からそうだ。

映画という文化は膨大な金を生む。

クズが集まってくるのもまあ、仕方が無い事なのだろう。

スポンサーの言う通りの映画なんて作っていたら、それこそゴミになる。

映画にしてもゲームにしても、大手企業の作る商品が、急につまらなくなったりする事があるのだが。

これはスポンサーが過去の成功体験を生かすように強要し。

挑戦をするのを避けるように指示する事が原因となるケースが多い。

金が動くとそういう事が普通に起きるようになる。

勿論その先に何があるかは。

創作というものに興味があれば、誰でも知っていることだ。

確かになにか凄いものを作る為に、潤沢な資金を出せるスポンサーというのは必要だけれども。

それに依存しきってしまうと、創作は駄目になる。

これもまたジレンマだ。

高宮は低予算映画で稼ぐという荒技でそれを乗り切っているが。

その稼ぐという行為自体が、クズを呼び寄せる。

難しい話ではあった。

幾つか手を打った後。

次の映画の撮影の準備を進める。

また、映画会社の広報で連絡をしておく。

法律事務所との専属契約の締結について。

これについては、大企業となった事もあり。今後は社会的な責任を果たす必要があるためだという事を記載したが。

効果はてきめんだった。

高宮自身は、以前も名誉毀損を仕掛けて来た相手を、一瞬で社会的に屠った実績があった。

だが高宮のいる会社は、そこまで法律に強くないと言う事は、何処かで知られていたのだろう。

結果として、翌日から。

ぴたりとクズみたいな電話は止まった。

まあそれはそうだろう。

対抗策を練られてしまえば、後はどうにもならない。

この国では、ヤクザは結局の所警察には勝てないのである。

警察は上層部が腐敗しているが。

それでも、他の国よりまだまだ全然マシなのだ。驚くべき話ではあるのだが。

数日を過ごし。

そしてふらっと撮影予定のスタジオを見に行く。

この間の「ミュージカル映画」も相変わらずの評判で。

客はそれなりに入ったが。

その一方で、良い評判は一切聞かない。

よく眠れるという評判は相変わらずだ。ミュージカルなのに、である。

ただ高宮がミュージカルだと言えばそれはミュージカルなのだ。

映画館は困惑しつつも、ミュージカルとしてそれを放映せざるを得ず。

高宮映画だと言う事がわかっている客は。

みんな二時間ぐっすり眠って満足して帰っていく。

そんな不可思議な映画を。次も撮る。

それだけである。

スタジオは何回か使ったものだが。

視察に行くと、スタジオのオーナーが自ら出迎えに来た。

映画監督なんか幾らでも来るから、オーナーなんてわざわざ来ない事が多いのだけれども。

それでも来たという事は。それだけ社会的な影響力が大きくなっている、という事である。

それに高宮の姿は、知っていればそれなりに目立つ。

タッパはあるし不審者全開の姿だし。

まあ、それで高宮だと分かれば。理由さえあればすっ飛んでは来るだろう。

媚びる様子が露骨なオーナーを見てげんなりするが。

そのまま、次の映画のセットを見せてもらうことにする。

次は「本格時代劇」の予定だ。

チャンバラである。

とはいっても、高宮が撮るチャンバラである。

トチ狂ったものになるのは最初から決まっている。

なお。大部屋俳優の星として有名な、十万回斬られた人が存命だったら出て貰おうと思っていたのだが。

残念ながら既にあの世に旅立ってしまった。

それだけは、ちょっと悲しかった。

もっと早くに有名になっていれば、出て貰えたかも知れなかったのだが。

「高宮監督、それでどうでしょう。 うちのスタジオとの長期契約などはできませんでしょうか」

「それはうちの井伊に話をしてください」

「は、はい……」

一刀両断である。

こいつもオーナーなら、既に知っているだろう。

井伊が恐ろしく手強い相手だと言う事は。

同志に迎えた人材には、恐ろしい程凄い待遇を用意する代わりに。

この手の輩には徹底的に容赦が無い。

高宮の方針を井伊は良く理解している。

まあ高宮と同等かそれ以上に頭が良いのだから、当然とは言えるだろうか。

スタジオを自分で見て回る。

セットを丁寧に確認している後ろに、きんぎょの糞をしているオーナーは。ある意味滑稽だった。

スタジオの関係者が此方をちらほら見ている。

高宮は昔からこうだったので。

今こうなったわけではない。

とにかく恐ろしくマイペースで、まるでつかみ所がない。

だから、オーナーもどうしていいか分からないようだった。

「とりあえず次の撮影でも使わせて貰いますけれど、出迎えとかは結構です。 セットなどの確認は一人でやりますし」

「……はい」

「それでは失礼します」

そのまま、スタジオを後にする。

井伊にメールをした後。

小野寺に連絡を入れておく。

弁護士達との顔合わせを任せたのだ。先に話を聞いておく必要がある。

メールも即座に戻ってくる。

変なローカルルールを作ると、メール一つ飛ばすのにも大変だったりするのだけれども。

小野寺とは普通に個人メールでやりとりしているので、その辺りは問題は無い。

「三人とも生真面目な弁護士で、好感が持てましたね。 裁判に勝つ事が弁護士の仕事とか抜かして、どこからどう判断しても極悪人な犯人を平気で野放しにするような人達とは違うようです」

「それなら結構。 ただ、弁護士になると言う事は相応に頭が良いことも事実だから、猫を被っているかが不安かな」

「はい。 しっかり見ておきます」

「頼むよ」

小野寺の意思伝達能力は天賦の才能だ。

任せてしまって大丈夫だろう。

さて、次だ。

石山は大きな記事を書いたばかりで疲弊しているだろうし、今は連絡するのは酷か。

黒田は今回の件にはあまり関係がない。映画を作るときなどに協力して貰うが、それ以外では自由にさせてあげたい。体内がただでさえメタメタなのだから。

一つずつ確実に手を打っていく。

ただ、それでもまだまだ計画の成就へは遠い。

確実に進めていると思う時こそが危ないのだ。高宮は、此処こそが気合いの入れどころだと。

己に言い聞かせ直していた。

 

1、剣劇

 

今回も高宮は自身でオーディションを行い、新人の劇団出身の俳優数名を選んだ。当然その際には、しっかり背後関係も洗った。

とにかくオーディションにもダニと蛆虫が紛れ込むようになってきている。

こうしないと、危なくて仕方が無いのである。

あらかたゴミを払った後。

残った数人。

いずれもが。どうして選ばれたのか分からないと言う顔はしていたが。

職場はホワイトだという評判と。

高宮に要求されることが無茶苦茶だという噂は聞いていたのだろう。

みんな青ざめていた。

また、今回は演技指導の一人に。剣術家を呼んである。

江戸時代の剣術を研究している人間で、それなりに実績を積んでいる人物である。

よくある時代考証、とかの人間がいるが。

まあその手の人物であると思えば良いだろう。

ともかくとして、演技指導を一人追加という点でも、今回の高宮映画は色々と奮発していると言える。

他の映画会社がどれだけ予算を掛けても真似できない独自の高宮ワールドは。

今回もこうして作られるわけだ。

勿論日野茜も出て貰う。

今回の時代劇では。この手の作品では出現がお約束の忍者は一切いないが。

その代わり、水売りに出て貰う。

これは風俗業ではない。

江戸の街では、水を売る事が商売となっていた。

これは水が原因で時々疫病が流行ったからで。

上流から持ち込んだ水が、いい商売になったのである。

他にもマニアックな職業を幾つも出す事を決めている。

一方でチャンバラもやるが。

これに関しては、劇団でチャンバラの経験がある俳優をきちんと選んだ。チャンバラといっても、派手なのは入れず。

江戸時代に起きていただろうやりとりをできる限り忠実に再現したモノ、とする。

この辺りは、高宮の拘りだ。

なお、既に老境に片足を突っ込んでいる剣術の演技指導役は、前衛的な映画を撮ると聞いていて。何をさせられるのか困り果てていたが。

話を聞いて、現実に近い剣劇の指導を頼むと言われると。

ぱっと顔が明るくなった。

まあ、チャンバラのシーンでしか呼ばないつもりだし。

こんな年老いたヒトに高宮映画の撮影シーンを見せたら、それこそ正気度が一瞬で底をつくかも知れないので。

そんな可哀想な事はしない。

顔合わせが終わった後。俳優達を集めて軽く話をしておく。

「聞いていると思うけれど、私は殆どNGは出さない。 しかも私の映画は、今かなりの人が見に来るようになっている」

それだけで緊張する俳優達。

まあそれはそうだろう。

ただし、人は見に来るけれども。

映画の内容は、誰も覚えていないのだけれども。

だって、九割は、開始三分でねむってしまう。

残りだって全部見ても、内容が全く頭に入らないのだから。

「だから大根演技をしたら一生の恥になると思って、一回一回のシーンで入魂の演技をしてほしい。 脚本については、既に渡したとおり。 内容について、各自で独自に解釈してかまわないので、その解釈通りに演技してね」

俳優達は緊張の後。

噂通りの爆弾を投げつけられて蒼白になる。

この顔は大変に愉悦を刺激されるが。

それはそれである。

いずれにしても、高宮は俳優を甘やかすつもりもない。

そして高宮映画に出た俳優は、他の映画やらドラマやらで活躍している者がかなり多いのも事実だ。

此処さえ乗り切れば。

そう顔に書いて、必死に正気を保とうとしている俳優も何名かいた。

じつに可愛くて結構な事である。

思わず触手でがんじがらめにして、深淵に引きずり込んでやりたくなるが。

それはそれで我慢する。

ともかくとして、幾つかの注意事項を告げた後、初日は解散とする。

ああだこうだと説教をするつもりはない。

要点だけを告げて、それでおしまいだ。

定時よりもだいぶ早いけれど、それも気にする必要もない。

さっそく日野が俳優達に捕まって質問攻めにされていたが。まあそれは日野がどうにかすることだ。

高宮はさっと帰る。

スタジオを後にすると、そろそろ10万キロを走る軽を駆って、家に。

車通勤の唯一の欠点はガソリン代が相応に掛かってしまう事だが。

まあそれはそれでかまわないだろう。

別に今はそれで困るほど、資産に困窮していないのだから。

自宅に戻った後、井伊に幾つかCG関係の注文をしておく。

今回はチャンバラが出てくるが、チャンバラのシーンにはCGを使わない。正確には、チャンバラをやっている役者には、である。

背景とかにはどんどんCGで加工を入れる。

また、チャンバラの内容そのものも、客が瞠目するような代物にはしない。

実際の剣でのやりとりというのは、大変淡白なものだ。

十年以上の研鑽が、一瞬で散る。

才能がどれだけの努力をもいとも簡単に凌駕する。

なにもかもが全て一度で終わる。

そういう厳しい世界である。

ましてや鎧兜を着けていたのが当然の戦国時代だったら兎も角。着物が普通だった江戸時代ならなおさらである。

江戸時代以降の剣術と。

それ以前の戦闘術。いわゆる古武術では。

そういう意味で、何もかもが違ってきているのだ。

「黒田さんの技量はほんもの。 今回も映画をつまらなくするために使うのは、なんだか可哀想」

「大丈夫。 最後にはその技量を生かしてあげる」

「はあ。 まあいいけど。 それよりも、早速弁護士達が仕事をしている。 いるだけで既に迷惑電話が来なくなった」

「ああ、それは晴から聞いてる」

小野寺はそういうのは逐一連絡してきている。

しばらく弁護士が詐欺電話に出るようになってから。もうその手の連中の間で、高宮の映画会社では手強いのが来たという話が伝わったのだろう。

とはいってもだ。

この手のダニと蛆虫は、どのような手口で攻めてくるか分からない。

人間は法を破るときに、一番頭を使う生物だ。

普段は異性と酒のことしか考えていないような連中が、詐欺の時だけ急に頭が良くなるのも。

その辺りが理由である。

「囲い込むのに金は掛かるけれど、確かに効果はある。 ただし今後もしっかり稼いで欲しい」

「まあ何とかしてみる」

「頼む」

井伊は現実的だな。

そう思いながら、通話を切る。

実際、高宮映画はどこまで行っても現時点ではクソ映画だ。

まだまだブームに乗って集客は出来ているが。

油断して急に炎上したりしたら、いきなり客が来なくなる可能性も高い。

今の時代はそういう時代だ。

油断など、して良いはずもない。

黙々と、幾つか作業を済ませた後。

軽く出来合いを食べて、風呂に入って寝る事にする。

頭をフルパワーで使っているからだろうか。

むしろ、最近は眠りの質があまり良くない状態が続いていた。

夢の内容も少しずつ鮮明になってきている。

混沌そのものの夢が多い。

それでいて、朝起きると不快感だけが残っている。

苛立ちを発散する方法もない。

理解のある彼くんなんて生物はこの世にいないし。

ストレスをぶつけるために、サンドバッグでも買おうかと検討し始めているほどである。

勿論高宮のパンチなんて、サンドバッグを揺らすことすら出来ないだろうが。

スタジオに出向く。

幾つか途中で国道を通るので、多少時間は前後する。渋滞するときは、文字通りぴたりとも動かなくなるからだ。

ただ都心のスタジオではないので、充分に予定時刻に着く。

今日も一番にスタジオに出ると。

セットのチェックをしていく。

そのまま、セットを丁寧に調べて行き。問題がないかを確認。

自分の撮影で使うセット以外も、しっかり調べて行く。

また、弁当屋などの注文についても軽く目を通しておく。

こういうのを監督がやるのも不思議な話だが。

低予算映画である。

監督がやって、予算を圧縮する意味もあるし。

井伊ほどではないにしても、IQには相応の自信もある。

はっきりいって、下手なマネージャーなんか雇うより、自分でやってしまう方が早いのが実情だった。

朝の確認作業終了。

伸びをして、俳優達が来るのを待つ。

最初に来たのはやはり日野茜だ。

あの事務所を抜けた後は、すっかりフリーランスとなったが。

一方で事務所でのトラブルはそれなりに噂になったのだろう。

日野の元上司は今は既に実刑判決が出て、刑務所にいるが。

まあそんなのはどうでもいい。

日野は今は、俳優としてはCMを中心に出ている様子で。

ドラマなどの出演に、声は掛かっていないようだ。

映画俳優としてやっているという認識も、世間的にはあるのだろう。

そして映画の俳優を掛け持ちするのは、現場的に色々と厳しいものがある。

ハイペースで映画を撮り続ける高宮に囲われているというならなおさらだ。

だから、CMで日野を知って。

高宮映画の常連だという事を後から知る人間もいるそうである。

まあそれはそれ。

日野の存在感は少しずつ大きくなってきているし。

フリーランスから、高宮が作る事務所に移った頃には。

相応に足下も固めているだろう。

日野はもう知っているので、高宮の確認作業とかに口出しをしてくる事は無い。

スタジオの隅の方で、ストレッチとかをして体を温めている。

三々五々、スタッフが来始める。

中には馴染みのスタッフもいるが。

高宮とあまり話をする事はない。

小野寺は会社の方を任せているから、ここには来ないが。

小野寺を呼んでいたら、或いは数日で此処のスタッフ全員とコネを造るかも知れない。

それもまた、面白そうだ。

弁護士が来た事で、配給会社の方は隙が減った。

今度、小野寺を呼んでちょっと様子を見るか。

そう思いながら、人が揃った所で、撮影を開始する。

今回も、人数がいるうちに組み体操のシーンを全て撮ってしまう。

高宮映画名物、組み体操。

今回も炸裂である。

俳優達は困惑するばかりだが。死んだ目で、日野がどんどん先導してやっていく。この目が死んでいる様子が。

実に見ていて愉悦をそそるが。

マスクで口元を隠しているし。

目はサングラスで見えないので。

俳優達には伝わっていない。

それでいいのである。

組み体操といっても、今回も危険なシーンは一切撮らない。

また、危険なシーンになりかねない場所は、全て徹底的に準備をして、事故にも備えている。

俳優なんて使い捨て。

スタントなんてどうなろうと知った事ではない。

そう考えている監督もいるようだが。

高宮は、そういうのと一緒になるつもりは無い。

俳優は仕事として演技をしているだけ。

監督は仕事として俳優に演技をして貰っているだけ。

それ以上でも以下でもないから。

相手より偉いわけでもなんでもない。

それらを理解出来ていない人間が、ブラック企業で上司になる。

そういう連中と同じにならないためにも。

高宮は、常に自分を律する事を忘れないようにしなければならなかった。

撮影が一段落して、昼になる。

前に気に入った個人経営の弁当屋に今回も頼んでいる。

スタジオに弁当を届けるのは初めてだと、前に言っていたっけ。いずれにしても美味しいので、この時だけは俳優達もみんな生き返ったようになっている。

良い事である。

普段はもっと苦しんでいるという事の証左でもあるが。

定時で上がらせてあげているのだから、文句を言わせはしない。

昼休憩もきっちり取り。

午後の撮影を開始。

組み体操は、これから数日の間に全て撮ってしまうつもりだが。

逆に言うと、それだけ組み体操のシーンがあると言う事でもある。

狂っているが。

これは意図的に狂ったものを撮っているのだから。

気にする必要は一切無い。

定時の少し前で、撮影を切り上げる。

組み体操を散々やらされた俳優達は、みんな疲れきっていて。とにかく目が死んでいた。

体力とは別の意味でハードな消耗を強いられる職場だと言う事は聞かされていたのだろうけれども。

ここまでだとは思わなかったのだろう。

良い事だ。

ここを耐え抜けば、後の人生はぐっと楽になるし。

此処で正気度を失う訓練をしておけば。

あとでどんな無茶ぶりの演技指導を喰らっても、耐える事は出来るだろう。

だからこれでいいのである。

ましてや体を壊すような仕事は一切高宮はさせていないのだから。これ以上ああだこうだと言う事も無い。

皆が帰っていった後。

日野が、ふらふらと此方に来た。

「高宮監督……」

「どしたの?」

「みんな泣きそうです……」

「今のうちに泣いておきなさい」

身も蓋も無いが、俳優として大成するには、狂気に触れる事が必須だと思う。

高宮の持論だが。

これは案外間違っていないと思う。

濃厚な狂気に触れておけ。それで人間の深淵を一度見ておけ。

フラフラと帰っていく日野。

あの様子だと、事務所を抜けたときに受けた精神ダメージがまだ回復しきっていないか、

まあそれはそれでかまわない。

回復したときには。

きっと逞しく成長している筈なのだから。

 

数日かけて組み体操の撮影を終える。

これで、組み体操は終わりだ。

そして此処からは、哲学的な台詞を話すシーンを散々入れて行く事になる。

これは敢えてやっていることであり。

映画を退屈にする工夫である。

哲学的には間違っていない。

それなりに芸大時代に哲学については学んだ。

結果として分かったのは。

哲学というのは現状、単なる言葉遊びになってしまっていて。何の社会的な意味ももたらしていないと言う事だ。

勿論今後哲学は、偉大な学問に昇華する可能性もある。

だけれども、少なくとも人の精神的な規範になる事は出来ていないし。

誰かの精神的な平穏を作る事も出来ていない。

深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いているといった人物は。

自分が深淵に引きずり込まれてしまった。

そういうものだ。

というわけで、哲学的な台詞を散々役者に喋らせるが。

棒読みにならないように俳優達は必死にやっているが。

それだけである。

はいカット。

そう告げると、全員がぐったりした様子で休憩に入る。

そのまま次のシーンに入って貰うが。

まだまだ。

もっと苦しんで貰おう。

深淵に人を引きずり込むこの快感よ。

そしてこうして苦労した映画をどんどんつまらなくする編集時の楽しさよ。

更には敢えてつまらなくした映画を、凄い凄いと褒めている業界人どもの滑稽さよ。

いずれもが、高宮には最高の娯楽だし。

最後にそれら全部をひっくり返す事が、今から楽しみで仕方が無かった。

幾つかのシーンを撮影した後。

午後から剣術の指導役に来て貰う。

かなり気合いを入れて指導役は来てくれたので。真剣ではないにしても、模造刀を握る俳優も空気が変わったことを悟ったらしい。

良い事だ。

指導役には、珍しく理論的に説明をする。

「通り抜け様に斬り捨てるシーンを撮影します。 こういう風にすれ違うので、どう動くべきか俳優に指導してください」

「おお、分かりました。 こちらで全部指導していいんですな」

「お願いします」

うきうきの様子の指導役。

こんな風に全権を放り投げられるとは思っていなかったのだろう。

今までの研究成果を見せるべきだ。

そう思ったのだろう。

俳優達に、どう刀を抜くか。

どう斬られた方が倒れるか。

丁寧に全部自分で動いて見せて実演してみせる。

流石だ。

この人は実績があることを確認してから呼んだのだが、本当に出来る。

江戸時代にいても、普通に違和感なく混じったかも知れない。それくらい、決まっているのである。

今時和服で出勤してきた事からも、気合いの入り方は尋常では無いが。

剣を抜くときの気迫は確かに凄まじく。

今に蘇った剣豪そのものだった。

これはいい。

そう思って、指導を続けて貰う。

俳優も当然本職だ。これほどのプロに指導を受けたのは初めてだったのだろう。全員が、指導の様子にかなり熱を込めて見入っている。

何度か練習したいと日野に言われたので、許可する。

これほどのプロの指導を受ける機会。

俳優としては、見過ごせないと思ったのだろう。

まあ気持ちは分かる。

だから好きにさせる。

「こういう風に抜くんですか?」

「いや、もう少し低い体勢で、こう……」

「こうですか?」

「もう少し、初速を上げる事を意識して……」

指導は丁寧だ。

教える側も楽しいのだろう。

江戸時代のリアル剣術なんか研究していても、それはただの変人だ。誰もが見栄えがいいものを知りたがる。

二刀流とか、である。

二刀流は確かに格好がいいが。そもそも江戸時代にもっとも実際に刀を使ったのはヤクザ者だろう。

そういう連中が一切二刀流を使ったという記録はない。

それに強いなら、誰もが二刀で戦う。

二刀流で強い剣客もいたかもしれないが。

それはその剣客が素で強かったのであって、二刀流が強かったかというと別の話だろうと高宮は思う。

だからこそ、此処に本職の研究家を。

ずっと周囲に内心馬鹿にされつつも、研究を続けた人を呼んだことには意味があるのだが。

それを他人にいうつもりはない。

いずれにしても、今日は定時までこれをやらせるかな。

そう思っていたが。

流石に本職だ。

覚えが中々に早い。

「そうそう、それでかまわない。 それで……」

二時前ほどには、全員がだいたい満足出来る状況にまで仕上がったようだ。

勿論剣の速度とか、そういうのはどうしようもない。あくまで演劇だ。それっぽく見せるためのものだ。本当に強いかは別にどうでもいい。

現在でも居合いなどを実際に習得して、剣術などに知識を深める俳優もいるにはいるのだが。

それが栄えるか。

江戸時代の武士が実戦で使っていたかは別の問題。

リアルな動きを出来るかどうか、と言う点で及第点にいったのだ。

更にそれを、本職の研究家が満足するレベルで皆出来るようになった。

これでいい。

まあCGで台無しにするのだが。

それはそれである。

満足げな指導役には下がって貰い、幾つかのシーンを撮影する。そのまま、順番に撮っていく。

中々に迫力のある剣劇、とはいかない。

一瞬で斬り捨てられて、終わるシーンの方が多い。

プロレスなどでも、実際に効く技と、見栄えが派手な技は違う。

時代劇でのやりとりも同じだ。

一瞬で勝負がつく過酷な世界を、そのまんま表現する。それでいい。

「はいカット。 素晴らしい」

通り抜け様に一瞬で斬り伏せるシーンを撮り終えて、そんな風に口から称賛が出た。

驚いて日野が此方を見る。

高宮が、そんな風に褒めるのは初めてだと思ったのだろうか。

事実初めてだ。

今回の指導役は、実は井伊が探し。小野寺が交渉して連れてきたのだが。大正解だったと思う。

今後チャンバラが必要なシーンには必ず呼ぼう。

そう高宮は、決めていた。

 

2、闇を這いずる

 

井伊は無言で、情報を集め続けていた。

SNSだけではない。高宮に対するアプローチを模索する与太者どもを、監視する必要があったから。あらゆる情報を周辺から探っていた。

やはりというかなんというか。

幾つかのいわゆるダークウェブ。

SNSの中でも会員制になっていて。

それらの中でも、特に犯罪組織の人間などが巣窟としている幾つかのものが、高宮監督に如何にして取り入り。

金をむしるかで相談をしているようだった。

「先手先手を打って来やがる。 頭の硬い顧問弁護士雇いやがって……」

「褒めてやるから金を寄越せってだけなのにな。 本当に不愉快な女だ」

「いっそのこと、事故に見せかけて殺すか?」

「それも厳しい。 パーソナルデータが、どれだけ調べても出てこない。 今調べているんだが、どこに住んでいるかさっぱりわからん」

それはそうだろう。

井伊が幾つかの物件を指定して、其処に住んで貰っている。

そもそも高宮監督は私物が少ない方で。

あんまり大きくないアパートでも充分なほどである。

「知り合いの過激派団体に声を掛けて、会社に押しかけさせるか?」

「いや、それも利が無い。 今まで特に問題行動を起こしていないし、ポリコレとかに抵触するような隙が無い。 あいつの映画見たことあるだろ?」

「ああ、とにかくすぐに眠くなるし、我慢して見てもまったく頭に入らないよな」

「そういうことだ。 騒いだところで、こっちにばかり非が出てくる」

舌打ちしている様子が浮かぶようだ。

井伊はとっくにこういう危険な連中が高宮監督を狙っている事を知っているし。

だから同志には時々注意喚起している。

それはそれとして。

動向はこうやって筒抜けになっているのだが。

多分連中は、自分達の会話が覗かれている事すら気付いていないだろう。

井伊は幾つものプロキシサーバを介してこの情報を盗み見ているが。

明らかに、日本人ではない者も混じっているようだった。

「それでどうする。 次の映画は更に売り上げが上がること確実と聞くが、好き勝手に稼がせておくつもりか」

「つけいる隙が無い。 強力な弁護団を抱えている大手企業なみだ」

「ちっ。 用心棒か何かで売り込めないか」

「無理だな。 正体不明の抱えの記者がいるだろう。 あれがとにかく鼻が利く。 あっというまに正体を嗅ぎつけられて、すぐに弾かれる。 とっくに試した奴がいるんだが、すぐに見抜かれた」

苛立ちが伝わってくる。

どうやら連中の上司が会話に加わったらしい。

結構大きめの暴力団の幹部かな。

そう思ったが。

まあ正体はすぐには流石に井伊にも特定出来ない。

「話は見せてもらったが、高宮葵に接近する方法は見つからずじまいのようだな」

「はい。 すみません」

「……これだけの金を泳がせておくのはもったいない。 とにかく何かしらの方法で回収出来ないか」

「隙が兎に角ありません。 広告会社を使うようだったらそこから中抜き出来るんですが、それさえ彼奴はやらないので」

悔しそうな様子だが。

犯罪組織の上司は案外落ち着いたものである。

「高宮葵の映画は見た。 あれは明らかにクソ映画として作っている」

「はあ……」

「分からないか。 本人が恐ろしくハイスペックと言う事だ。 お前達の行動を全て先読み出来るくらいにはな。 実際株を買い占めようとしたら、先手を打たれていただろう?」

「……」

ほう。

こういうのが出て来たか。

ヤクザもカルトも同じだが。末端はバカだ。

一方で、そういう末端を支配している連中は違う。

人を騙すプロである。

カルトやヤクザを侮ってはならないのは、そういうのが理由だ。学者ですら騙すような詐欺のプロ。

それがこの手の輩だ。

ヤクザは暴力を、カルトは信仰を道具として使っているという違いがあるが。

末端は猿の集まりで。

上層部はプロの詐欺師であるという点に代わりは無い。

「ただ、高宮葵だけで全てが出来るとも思えない。 側近がいる筈だ。 奴の配給会社の名簿を洗え」

「分かりました、そうしてみます」

「成果を今月中に上げろ。 出来なかったら上納金を五割増しにする」

通話がぷつんと切られたようだ。

流石に青ざめたようである。

さて、正確にこういう事をされると面倒だな。

少しばかり厄介な話になってきたか。

会社のHPに、小野寺や井伊は名前を出してはいない。

ただし社内の人間に、小野寺は既に知れ渡っているだろうし。

井伊の事だって同じだ。

井伊については恐らく取締役クラスしか知らないだろうが。

また、日野茜も少し危ないか。

今フリーランスになっている以上、社会的な立場はあまり強いとは言えない。

幾つか、先手を打っておくか。

まず、今の会話をしていた連中の素性を特定する。

順番にデータを調べていくと、結論が出た。

以前、日野茜の上司をしていた広域暴力団と関係をもっていた、営業部長。

その広域暴力団は、三次団体だったが。

その上の二次団体。

つまり、最大規模の広域暴力団の、直接傘下にいるかなり大きな組織の連中だ。

そいつらの名簿も洗い出す。

調べて見ると、幹部の中に一人。

知的犯罪を担当している奴がいた。

知的犯罪というのは、案外知られていないものなのだが。

ヤクザが基本的にケツ持ちをしている。

ヤクザがケツ持ちをして、それに上納金を納めているのが普通だ。ヤクザ本人はあまり出てこない事が多い。

リスクが大きいし。

犯罪が露見した場合、蜥蜴の尻尾斬りをして逃れられるからだ。

すぐに何名かの候補を絞り込むと、弁護士にさっきのデータを渡す。

そして、知り合いの警察に即座に連絡をさせた。

一般人からの連絡なんて、それこそ何の意味もないが。

今回は本職の弁護士を使う。

そうなると、通報には大きな意味が出てくる。

はっきりいってろくでもない話だが。

相手が此方の財布を狙うどころか。場合によっては命まで狙っている状態である。手段を選ばない相手に、こっちも手段を選ぶ必要はない。

データを渡して、警察に先ほどの参考名簿も渡す。

まあ匿名からの情報、ということだ。

こうすることで相手側を混乱もさせる。

内通者がいるのではないか、と疑わせるのである。

警察の方も手柄がほしいのは同じ。

末端の警官は真面目で有能だが。

キャリアは無能と言うのがこの国の不可思議な警察だ。

そういう無能なキャリアは、人々の生活を守るなどと言う事には一切合切興味などないし。

その代わりに学閥内での栄達や。

自分の名誉を何より大事にする。

そのために犯罪組織と癒着して財源にしたり。違法ギャンブルを見逃して上納金を入れさせるケースすらある。

だが今回は、その辺りに知識がある弁護士を使って通報させ。

犯罪組織と利害関係がないキャリアを動かして。

手柄をくれてやる。

そうすることで、利害が一致。

スムーズかつ電撃的に動く事になるのだ。

一週間もしないうちに、八人の逮捕者が出た。

一人は先ほど調べた広域暴力団の二次団体の若頭である。知的犯罪を担当している男で、半グレからここまでのし上がった「実力派」。いわゆるインテリヤクザだったのだが。それも警察が本気で踏み込めばどうにもならなかった。

その部下七人が即座に逮捕された。

実際問題、高宮監督に対する犯罪未遂だけでは無い。

散々色々な詐欺に手を染めていた事が叩けばすぐに出たので、あっと言う間だった。

弁護団を暴力団も雇ったが、流石にこれは分が悪いし。

そもそも米国ならともかく、この国では警察が逮捕したら99パーセントは裁判で勝つ。

こうして、危険は一つ取り除けたが。

まだまだ危険は存在している。

井伊は弁護士に礼を言うと。

報復に備えるように注意を促して。

他にも高宮監督を狙っている連中が出ないか、監視を続けるのだった。

 

広域暴力団の二次団体から八人の逮捕者。更に増える模様。

そのニュースは、新聞の隅っこにだけちょこんとのった。

まあ、コンビニとかに置かれているカス雑誌では、暴力団とかを格好良く書いたりとかするようなのがマスコミである。

暴力団が資金源になっているケースすらある。

スポンサー様のケツを舐めるのが仕事だと思い込んでいる以上、悪くは書けない。それがマスコミというものであって。

まあ飼い慣らされた犬以下ということだ。

人間であるというのに。

その尊厳を全て捨ててしまっている、と言う事だ。

井伊は一応顛末を高宮監督に連絡して。即座に引っ越しをして貰った。家については幾つも用意してある。

残念ながら、簡単に尻尾など掴ませない。

また、小野寺もそろそろ危ないなと思い。

会社への出勤から。

テレワーク主体へと切り替えて貰うことにした。

悪いが引っ越しもしてもらう。

それだけ、大きな金が動いている場所というのは危険なのである。井伊はそれを良く知っていた。

別に井伊が金持ちの出身というわけでもなんでもない。

こんなこと、ちょっと考えればすぐに分かる程度のものだ。

別にIQが高くなくても分かるだろう。

ただ、考えたくないから考えない。

人間とはそういうものである。

全ての処置が終わった後、高宮監督からメールが来る。

「とりあえず事前に害虫の駆除ありがと。 会社の方は?」

「すっかり迷惑電話はなくなった。 ともかく下手に手を出すと火傷すると、雑魚は判断したみたい」

「そっか」

「だけれど、そうなると大物が仕掛けてくる可能性がある」

少し昔の話だが。

日本で独自のOSが開発された事がある。

その頃、OSはある企業のものが一強状態であって。

他のOSに対してあらゆる圧力を掛けて潰している状態だった。

当然、日本で開発された独自OSに対しても、極めて非合法的な手段でつぶしに掛かった。

結果として、その独自OSは、メジャーになる事も出来ず。

今では細々と。様々なマイナージャンルで生き残る事だけを続けている。

メジャーな商品ですらこれだ。

もしも何かしらの大きな勢力が本気で目をつけたら。

なりふり構わずつぶしに来る可能性がある。

そして、高宮監督は今、丁度一番危ない状態だ。

こういう時期こそ。危険な連中が取り入ろうとしてくるし。

更に大きな勢力がつぶしに来る可能性もある。

金が絡むと人間はどんな野獣よりも凶暴になるし。

その残忍さは恐らく宇宙一だ。

それを井伊は理解しているから。

一切合切気を抜けないことを、皆に周知もしていた。

「ともかく、大きめの犯罪組織が動き始めているのは事実。 今回は運良く先手をとれたけれど、今後はどうなるか分からない。 いざという時のために、備えてほしい」

「分かった。 ありがとう」

「ん」

メールでのやりとりを終える。

さて、次だ。

井伊は監視しているダークウェブの幾つかを見て行くが。

どうやら今回の電撃逮捕劇。

内通者が出たと、案の定判断した奴がいるらしい。

もめ事に発展していた。

「オジキがカンカンだぜ。 内通者の洗い出し急げ」

「分かりました。 すぐに取りかかります」

「どうせ三次団体か半グレのチンピラか、逮捕された連中の女だろう。 全部集めて吐かせろ」

「もうやってます」

そうかそうか。

まあ内乱を起こすなら勝手にやればいいが。これは恐らくだが血を見る事になるだろうなと判断。

また警察に連絡を入れておく。

だが、警察の方も。

今回の件で、マル暴(暴力団対策の部署)が動いているらしい。

腐敗した県警や府警のマル暴はまるで役に立たないが。

今回動いているのは、きちんとした連中だ。

とりあえず、後は任せてしまった方が良いだろう。

一応データは弁護士経由で渡しておく。

警察の方には素性は明かしていない。

凄腕の協力者がいる。

それだけ伝えさせておく。

別に凄腕のつもりはないのだが。

そういう虚像を作る事で、それが抑止力になるのである。

翌日、家で家庭内暴力を行ったと言う事で、何人かが逮捕されたようだが。勿論ニュースにもならなかった。

昔は何故か在日外国人が犯罪を犯した場合、本名では無い謎の名前で報道するケースがあったのだが。

この悪習だけは近年消えた。

流石にあまりにも背後関係が露骨過ぎるから、批判が殺到したからである。

どんなに間抜けの阿呆揃いでも。

マスゴミも、今は自分達が斜陽である事は理解しているのだ。

だから、必死にどうにかしようとはしているが。

別にこれが自浄作用から来ている事では無く。

単に金がほしいからやっている事だというのは、なんとも情けない話ではある。

いずれにしても逮捕者は出たし。

どうにか誰かが埋められたり沈められたりする事態は避けられただろう。

また、立て続けに問題を起こしたと言う事で、広域暴力団の一次団体にも家宅捜索が入り。

逮捕者も何人か出たようだった。

まあこれでいい。

これで圧力は掛かった。

今度は別の方向からの問題が起きていないか監視しなければならないだろうが。

それはまた後の話だ。

伸びをして。それから休む。

ちなみに今。

井伊は人口百七十人しかいない離島にいる。

此処からリモートで何もかもやっているのだけれども。此処は井伊のセーフハウスの一つ。

家賃は驚きの一万五千円。

電気代なども含めて月生活費は四万も掛かっていないので。

高宮監督に、この辺りは必要経費として渡されている予算から出しているし。

更に高宮監督さえ、現状の居場所は知らない有様だった。

さらにSPもつけている。

このSPも、自分が誰を警護しているか知らない様子だが。

それすらも、計算のうち。

いずれにしても、正体不明のナニカが見ている。

そう錯覚させれば、大きな抑止力になる。

それでいい。

人間は、正体が分からないものを一番怖れるのである。

その正体が分からないものになっておけばいい。

それこそが、人間を一番怖れさせ。

判断力を、鈍らせるのだ。

さて、引っ越しの準備だ。

また、別の離島に移動する。

離島は兎に角家賃が安い。

ものが手に入りにくいという欠点はあるにはあるのだけれども。生活費はとにかく安くて快適だ。

その代わり人間関係が最悪だが。

今いる離島も、とにかく異臭を放つような閉鎖的な人間関係が最悪で、井伊は外に出たくない。

そもそも両親も、今は井伊が何処にいるかさえもしらない。

両親は最初から最後まで、井伊をバカにし続けていた。

頭が悪いと本気で信じ込んでいた。

全国対応のIQ試験で、200近い数値をたたき出したときも。こんなものが何の役に立つと罵倒し、ぶん殴って破り捨てた。

その時の自分がとことん馬鹿にしている相手から侮辱された、と顔に書いている両親の顔は。生涯忘れないだろう。

ちなみに今何をしているか、両親は恐らく知らない。

まああんな両親、どうでもいいので。

どうなろうと知った事では無いが。

さて、引っ越しの準備も終わったので、腐りきった離島を離れる。

次の離島もどうせろくでもない場所だろうが。

別に気にしていない。

小野寺。つまり晴に直接会いに行けないのはちょっと悲しいけれども。

リモートでいつでも会うことは出来る。

だから、それでいい。

あまり井伊は個人的な欲望は強くない。

だから、それで良かった。

引っ越しをする。

荷物を梱包し終えると、フェリーで移動。

船での移動は時間が掛かるが。

チューンしたスマホで、その間も仕事をこなし続ける。

今の時点で、井伊はできる限り同じ場所にいない方が良い。同じ場所にいればいるほど、絶対にいずれ場所を特定され。

正体もばれる。

そうなると、後は色々と面倒だ。

ヤクザにしてもカルトにしても。

高宮監督に取り入ろうとしてくる連中は馬鹿では無い。

それこそ子供を連れて個人の家に押しかけて、宗教勧誘するような末端の阿呆はどうでもいい。

そういう連中は本物の阿呆だから怖れるに足りない。

だが、金持ちに取り入ろうとしてくる輩は超がつくほどの危険存在だ。

井伊も手口を研究しているが。

その危険性については、はっきりいって限度がない。

場合によっては国すら潰すような連中もいる。

キリスト教というのだが。

それだけではない。

いずれにしても侮る事は出来ない。

だから侮らない。

それだけの話だ。

井伊はフェリーに揺られながら、ちょっとこのフェリーは揺れが大きいなと思った。調べて見ると、少し海が荒れているらしい。

だが、目的の離島にはきちんと予定通りつく。

荷物も何社か信頼出来る輸送会社を経由して送って貰ってあるので。

地力で開封して、中身がなくなっていないことを確認。

勿論無くなる可能性はあるので、リスクを考慮してチェックリストもきちんと自作して、それで確認をするのである。

手慣れたものだ。

何度もやっているのだから。

作業関係を組み立てると。高宮監督に連絡を入れて、また作業を開始する。

井伊の仕事は、当面終わる事はないだろう。

だがそれでいい。

井伊はあくまで影だ。

今後も影であれば良いし。影はあくまで本体に常に貼り付いている。それが闇の中でもであるし。

影の主が邪神であってもだ。

井伊はそれで良いと想っている。それが自分のあり方なのであれば。

自分のあり方さえ見つけられない人は、それこそ幾らでも存在している。

井伊は今、自分のあり方を見つけられている。

それだけで、充分に幸せなのであった。

 

3、違和感

 

高宮が撮影を終えて自宅に戻ると。

石山から連絡が来ていた。

石山が連絡を寄越すと言うことは、面白い情報を見つけた時だ。そうでない場合は井伊から連絡が来る。

会社で問題が起きた場合は小野寺から来るし。

システム面で問題が起きた場合は黒田から来る。

なお。日野茜にはまだ個人のメールを教えていないので。

その辺りの連絡が来る事は無い。

「ちょっと面白いブログを見つけました。 目を通してくれると何よりです」

「了解。 確認してみる」

「お願いします」

石山が面白いと言うことは、相応に面白いものなのだろう。

興味が出て来た。

石山は今、ネットで「二次元記者」何ていわれている。

これは正体がさっぱり分からない事。

大手新聞の記事より余程面白いものを書くこと。

それでいて正確であること。

そして記者としての信念を明らかに持っている事、などが原因である。

二次元から来たようだ、という話が拡散され。

新聞記者の一部が、揶揄して二次元記者と言い出したら。

それが良い意味で拡がってしまった、というものである。

まあ実際、今のマスゴミの狂態には誰も彼もがうんざりしていた、というのが事実なので。

ある意味石山にとっても褒め言葉なのだろうなとは思う。

早速くだんのブログを見てみる。

内容はまだ始まったばかりの映画批評ブログだ。

たどたどしい文章からして、まだかなり若いブロガーだと判断して良いだろう。

個人での情報発信の場が、個人HPではなくなってからかなり経つ。

ブームは個人HPから色々と変遷していき。

その間にブログが存在していたのだが。

ブログはなんだかんだで生き残り。

こうやって個人発表の場として存在し続けている。

「噂になっている高宮監督の映画を見て来ました。 見る睡眠導入剤とか、クソ映画だけど不愉快ではないとか、頑張って見ても何一つ内容が頭に入ってこないとか色々聞いていましたが、噂通りの代物でした。 一回目見に行った時は、五分ももたず爆睡して、気づいたら映画が終わっていました。 これは凄いと思って他のも見てみました」

その後は、素直な感想が並んでいる。

とにかく虚無。

不愉快ではないけど虚無。

内容が最初から最後まで徹底的に理解不可能。

正気度がみるみる削られていくので、寝ている方が幸せ。

純愛ロマンス映画と銘打っている作品なのに、映画館ではカップルがみんな爆睡していて。

起きた後はみんなすっきりしたようすだった。

疲れきったサラリーマンらしい人も結構見かけたけれど。

みんな映画の間はすごく幸せそうに爆睡していて。

映画が終わった後、すごく満足そうで不思議な光景だった。

そういった事が。素直に書かれている。

これはとてもではないが、人にお勧めできる映画ではないけれど。映画ではないと判断すればお勧めできるかも知れない。

そんな事も書いてある。

意外に鋭いな。

そう思いながら。

石山が面白いと判断した理由を読み進めつつ探していく。

石山ははっきりいって、今の記者が出来ていない事を全て出来ている存在だ。だから二次元記者とか言われるのだが。

そんな石山が面白いというのだ。

何か面白い所があるのだろう。

実際問題、今までの部分は他の映画批評ブログでも見た事がある内容なのである。

別にここまでは、苦笑いすることはあってもはっきりいって面白い内容とは言い難い。少なくとも目が肥えている石山が面白いという事はないだろう。

内容を読み進めていくと。

最初の内はブロガーがあからさまに、異次元体験を面白がっているのが分かってきたけれども。

その内事情が変わってくるのが分かってきた。

まずこのブロガー。

こう切り出したのである。

「かくして一通り高宮監督の作品には目を通したのですが、違和感を覚えたのは私だけでしょうか。 どうもこの映画、なんか妙なんですよね。 まあ映画なのかすら不明ですけれども。 ちょっと違和感があるので、文章に起こして見ます」

その後、順番におかしいところを並べていく。

それが結構鋭いので感心した。

「まず頻繁に入ってくる組み体操ですけど、はっきりいってどうでもいいシーンだと思います。 特に初期の作品だと、やってる役者さんの目も死んでますし。 最近の作品でも、CG加工こそしていますけど、役者さんが明らかに死んだ目で演技をしているのが手に取るように分かります。 執拗に繰り返される組み体操。 ですがこれ、どうも安全なものだけ選んでいるようなんですよね」

それが何か不思議なのか。

ブロガーはずばり指摘する。

「学校とかで組み体操やるじゃないですか。 あれって生徒をルールの枠にはめ込んで、躾ける意味があるんです。 その過程で苦痛を与えて、生徒に上下関係を仕込んでいるんですね。 ところがこの作品における組み体操って、明らかに安全なものばかり選んでいるんです。 意図が違う。 はっきりいってシュールな光景なんですが、それをCGとか演出で、敢えて虚無にしている」

ほほう。

鋭いじゃないか。

石山を見いだしたのも、こういう情報を見たからだったな。

意図的に高宮が虚無映画を作っていることに気づいたからだ。

いずれ、他にも気づく奴が出てくるだろうとは思っていたけれども。

それでもついに出て来たか。

「「ミュージカル」と題する作品も同じです。 別に私はそれほどミュージカルが好きなわけではないですけれども、それでも不自然に感じました。 歌も踊りも普通は如何に楽しいものか強調するのがミュージカルの基本なんです。 なぜならミュージカルの主役何ですから。 それなのにこの映画では、ミュージカルシーンを全て虚無にしている。 演出とか全部、虚無に割り振っているんです」

その通り。

多分石山の記事を読んで影響を受けた、と言う事はあるまい。

というのも、見るだけみて、感想を書いているだけだからだ。

記事と呼べるものではない。

感想文だ。

だが、その感想文が。

本質を貫いているのである。

滑稽な話だ。

この人は、映画の専門家などでは無い。ただ映画が好きなだけの、一般ファンである。

それが映画ガチ勢を自称するアカデミー賞などを選定する業界人よりも、余程高宮作品の本質を言い当てている。

SNSなどでガチ勢とかいう自称をしている人間は、余程の事がない限りガチ勢とは程遠い。

この人は、どうなのだろう。

ちょっと面白くなってきた。

確かに石山が進めてくるのが分かった。

「なんだか、高宮監督の意図が分かりません。 映画を撮ろうとしているのか、なんか別のものを撮っているのか……。 いずれにしてもダイスを転がしたら正気度をごっそり持って行かれた感じです。 というわけで、感想はこれで終わりにします」

どうやら高宮作品と関わるのは、なんだか精神的に危険だと判断したらしい。

以降は無難な作品の批評にまた移っていた。

それはそうだろう。

深淵を覗けば深淵に覗き返される。

今、深淵を覗きかけていると気づいて。

慌てて離れたのだ。

それは正解だと言えた。

すぐに石山にメールを送る。

「確認した。 中々に面白いね」

「でしょう。 しかしながら、面白いとばかりは言っていられないんじゃないでしょうかね」

「……その心は?」

「一般映画ファンも気づき始めたって事です。 次のアカデミー賞を取った頃には、もっと気づくファンも増えるでしょうね」

来年次のアカデミー賞を取ったとする。

邦画で現在、国際的な競争力を持っている映画は、アニメと特撮くらいだが。

高宮映画が海外の「権威がある」賞を受賞した場合は。

それも過去の話になる。

高宮作品は、現在のエドウッド映画から。

権威ある人達が認めた権威ある「芸術」に変わるのだ。

そのタイミングで全てを明かす。

これは敢えて虚無に作っていて。

その気になれば面白いのも撮れるんだよ、と。

そうすることで、業界の権威は地の底に落ちる事になるだろう。

だが。一般ファンが気づき始めると。

そのどんでん返しが、通じなくなる可能性がある。

SNSで高宮映画を笑って楽しんでいるような層はどうでもいい。連中は同調圧力に流されているだけの藻だ。

まあたまに鋭い事を言う奴もいるが。

そんなものはSNSの濁流にあっと言う間に流されていくだけ。

だが、同調圧力で動くと言う事は。

もしもそれが一定の流れをもったときには。

侮れない事になる。

それを石山は指摘している。

高宮もそれは理解している。

どうやら、そろそろ事態を加速させるべきだろう。そう判断していた。

「分かった。 今の時代劇、次のカンヌに出す」

「また随分と急な……」

「いや、アカデミー賞は多分取れる。 というか、権威を気取ってる業界人どもは、出さざるをえない」

今、邦画には人材が枯渇している。

原作をコケにした実写化映画を撮るような監督。

原作が無い場合は、文字通り誰得な映画を撮って、自分は凄いとふんぞり返っているナルシスト。

アニメ映画と特撮映画は客商売と言う事を理解している。

だから国際競争力を持っているが。

芸術を作っているとふんぞり返ると。

客商売だと言う事を忘れ。一気に傲慢になり果て。作るものも質が落ちる。それがこういう世界の基本則だ。

だから、業界人も内心焦っている。

やっと自分達が芸術だと思う作品を作り。更に売り上げが爆増している高宮という存在が出て来たのだ。

高宮がいなくなれば、連中は困る。

出来れば、もう少し依存度を上げておきたかったのだが。

そろそろ、次の段階に行くべきだろう。

高宮はだから決断した。

「海外の賞に出すから、その時に備えて記事を準備しておいてくれる?」

「了解です。 そうなるとお上品な映画を取り寄せて散々みないといけないかなあ……」

「プロでしょ」

「はい、その通りデス」

それできちんと有言実行できるのだから、石山は立派だ。

確かに二次元記者という言葉が出てくるし、それが揶揄にもならなくなる。

今の石山は。

もう、石山という存在であって。

記者という存在からは逸脱しつつある。

さて、伸びをしてから、さきのブログをもう一回見る。

この感想は。

色々と間違っていない。

実際高宮は、敢えて映画を虚無にしているのだ。

かといって、このブロガーを同志に加えようとも思わない。

いずれ鋭い奴は気づくだろうと、思っていたからである。

多少鋭い程度のブロガーなんて、同志に加えても仕方が無い。今後は、更に同志を吟味するつもりなのに、である。

いずれにしても、動きは早くするか。

幾つかのスケジュールを、頭の中で組み直す。

そして、夜の残り時間を

そのスケジュール再構築に、全て費やしていた。

 

チャンバラのシーンが終わって、指導役は大満足した様子で帰った。謝礼金もしっかり出す。

たまにこういった指導役にロクな金も払わないような礼儀知らずもいるらしいし。中には映画の原作者にほぼ金を出さないような恥知らずな会社もあるらしいが。

高宮は違う。

作っているのはオリジナルの映画だが。

役者にも謝礼は出すし。

こういった専門家にも敬意を払う。

それがやるべき当然の事だからやっている。

それだけの話である。映画監督だろうが何だろうが、偉いわけでもなんでもない。するべき事はする。

どうしてか、時々社会では守られない不思議な話ではある。

この辺りで高宮の、映画撮影に関する評判が悪くないという話が出てくる。役者には正気度がなくなるような演技を強要はするが。環境そのものは悪くは無いという話が出てくるのもそれが故である。

高宮は敬意を払うべき相手には敬意を払う。

それが当たり前だからだ。

自分が偉いとも思わない。

それが事実だからだ。

それらをきちんと認識出来ないと、あっというまに老害になる。それも現実として見て来ている。

故に老害にならないために。

老害を一掃するために。

この業界をひっくり返すために。

今動いているのだ。

撮影を順番に進めていく。

チャンバラのシーンでは生き生きとしていた役者達も、もうボーナスステージが終わった事は理解しているのだろう。

目が死んでいた。

以降はひたすら哲学的な話が続く内容となる。

これが業界人にはウケがいいらしい。

この間。高宮映画の哲学的会話をまとめた論文を出した教授がいたらしく。業界人に絶賛されたそうだ。

はっきりいって馬鹿じゃ無いのかと思うし。

ついでに無駄な努力お疲れ様とも思ったが。

それについてどうこういうつもりはない。

真面目に論文を書いた学者は、単純に研究のためだったのだろうし。口に出してその努力を馬鹿にしてはならない。

如何に高宮の意図が映画をつまらなくするために哲学的な台詞を言わせているのだとしても、だ。

学者に責任も問題もないのだから。

ただ。論文を書くのに高宮の映画を何度も見ただろう事と。

いちいち台詞を全部まとめてそれを調査しただろう事は。

大変だっただろうなと、同情してしまう。

淡々と午後の撮影を終わらせて。

定時で上がって貰う。

定時で上がったとは思えない程に役者達が疲弊していたが、それはまあ仕方が無い事だ。

酒を飲むなり風呂に入るなりして、自分で解決してほしい。

高宮も戻る。

家に着くとスマホの電源を入れて。連絡が来ていないか確認した。

それなりの数の連絡が来ていた。

まず小野寺だが。

井伊のアドバイスで、これからはテレワークをするという。

ただ、そうなると会社の重役達の監視が出来ない。

このため、監視カメラを「防犯のため」という目的で設置。

彼方此方に集音マイクも仕込む。

「防犯のため」である。

これを小野寺に監視して貰う。

そして、状況に応じて重役とテレビ会議できる権限を社長と掛け合ってもらうことにする。

小野寺が凄まじいやり手である事は分かりきっているようだったし。

案外あっさり許可は下りた。

ただ、小野寺の新居に、色々金が掛かった。

テレビ会議なんて、今時ちょっとした設備で簡単にできる。

だが、流石に会社の監視システムを任せるとなるとそうもいかない。

なお会議室以外にも、喫煙所などにも監視カメラはきっちりある。

それだけ儲かっているのだから、防犯はしっかりしようという風に説得してつけさせたのだが。

まあ、会社に残った連中には居心地が悪いだろうなとも、高宮は思った。

更に、である。

高宮の家に、VPNをつなげ。更に会社の使っている高性能サーバにアクセス出来る環境を作る。

これは井伊が設計してくれたが。

これで、映画の編集を家で出来るようになる。

完全なリモート体勢の完成である。

まあ、高宮は会社にいると幽霊と間違われることも多かったので。

今後は完全リモートなら、社員も安心できるだろう。

業病が大流行したこともある。

時代はリモートだ。

元々、無駄な通勤でサラリーマンの命を削ることに何の意味があったというのか。

今回は業病で多くの人が苦しんだが。

リモートという働き方が見直されたのは、本当に大きいと高宮は考えている。

残念ながら、まだまだ完全普及には程遠いが。

それでも、高宮は率先してリモートを実施し。

周囲に示す。

これについては、取材を今度石山にさせようと思っている。

高宮の映画についての取材は今後幾つかさせるつもりだが。

これはむしろ、優先度を上げるべき内容だろう。

黙々とメールを確認していき。

必要な指示は出しておく。

その後は、風呂に入ってゆっくりする。

元々タッパが大きい高宮だ。家を何度か変えているうちに、風呂は必然と大きいものへと変えた。

比較的のびのびと風呂には入れるので、リラックスは出来る。

風呂から上がると、後は夕食。

今日はもう適当に出来合いで済ませてしまうが。

少し疲れが溜まっているか。

夕食を終えた後、肩を揉む。

もう少しだ。

もう少しで、目的が達成出来る。

そう言い聞かせて、疲れている体を叱咤する。

しかしながら、無理をするとどうしても後でリバウンドが来るし。最悪取り返しがつかなくもなる。

高宮の大望はもう少しで最終フェーズに取りかかる。

この腐敗しきった業界を叩き潰す。

そのためには、もう少し頑張らないと。

だが、高宮は労働は兎も角。頭を少しばかり使いすぎている。どうしてもだから疲労が取れない。

糖分を取ってもあまり回復はしない。

そういうものだと思って、高宮は半ば諦めてもいた。

頭を使いすぎている、か。

何でも頭を常時フル回転させている人と、そうではない人がいるらしいと言う話は聞く。

そう考えてみると、高宮はある意味生き急いでいるのかも知れない。

まあそれはそれで構わないか。

生きていて何もなせない人もたくさんいる。

何かをなせたというのなら。

高宮は、それは意味がある人生だったのだ。

そして、これからがその意味を作れるか。

ここで止まるわけには行かない。

食事を終えた後、大きくため息をついて。ぐったりして。横になる。

ねむるには少し早いのだけれども。

何とも疲れてしまった。

だからぼんやりと、横になって考え事をする。

かなり危ない連中が、高宮に集ろうとして始めている。

井伊がしっかり事前に処理してくれているけれども。

井伊にはかなり危ない橋を渡らせてしまっているなあとも思う。暴力団が絡んでいるとなると、実際問題危険だ。連中は人を殺す事など何とも思っていない。マスコミと同じように。

いずれにしても、同志を失う訳にはいかない。

井伊が簡単に誰かの手に掛かるような事はないとは思うが。

それでも気を付けて貰わなければならないだろう。

なんだかんだで。高宮も危ない橋を渡っている。

計画がばれたら大変な事になるのも確定だ。

いつ何が起きてもおかしくない。

それにだけは。

常に備えておかなければならない。

何度か寝返りをうつ。

杞憂であればいいのだけれども。

どうにも、不安でならなかった。

高宮だって超人ではない。

悩むこともあれば、不安だってたくさんある。

幼い頃は、周囲と自分が違いすぎる事が色々と怖かった。高宮は今はともかく子供の頃はタッパがあって女子としては腕力も強く、同年代の男子にはまず負けなかったこともあって、虐めを受けるような事はなかったが。

それでもあまり周囲の事を好ましいとも思わなかったし。

違うと言うだけで、ここまで排斥できる人間という生物に、色々と疑問も覚え。

そういう疑問を覚える自分も、色々と恐ろしかった。

今になって、そんな記憶が蘇ってくる。

上手く行っている。

今は間違いなく、人生で一番上手く行っている。

だが、このまま本当に上り坂が続くだろうか。

それはちょっと何とも分からない。

だから、高宮は不安なのだ。

何もかもが、一手の間違いから全て終わってしまうのでは無いかと。

また寝返りをうつ。

ため息をついた。

今日は、寝不足になるかも知れない。

 

眠りが浅く、あまり時間もとれなかった事もある。

かなりしんどいと高宮は感じつつも。

起きだすと、ルーチンをこなして行く。

着替え、食事。

顔を洗って最低限の化粧をして。

そしてコーヒー。

写真をSNSに上げる。

最近はコーヒーに何か意味があるのでは無いかとか考察をしている連中もいるようだけれども。

そんなものはない。

前に石山に馬鹿な考察をしている奴がいると聞いて、それを見にいったことがあるのだけれども。

確かに高宮が無作為に上げているコーヒーの写真に対して、変な考察をずっと続けていて。

少しは頭を冷やせと言いたくなった。

まあ、どうでもいい。

コーヒーの写真をいつも通りの時間にあげると、早速拡散されるし、コメントもたくさんつく。

もう高宮は。

日本でも、知らない者の方が少ない人間になっている。

それだけ謎映画の監督として知られてきていると言う事だ。

フォロワー数もこの間600万を超えた。

一方高宮はフォロー返しもしないとプロフに書いている事もある。

フォローしているのは天気予報とか一部のアカウントだけ。

はっきりいって。

どうでもいいことだった。

「この間高宮のアカウント見にいったんだけど、ずらっとコーヒーの写真が並んでいて軽く恐怖だった」

「お前、その程度で怖がってたら奴の映画観られないぞ。 ある意味そんなものより何倍も怖い」

「そ、そんなにやばいのか」

「理解不能という点ではな。 実際には映画館に見にいって、五分起きていられたら凄いと思う」

そんな会話が、ちょっとエゴサをしただけでも見られる。

まあどうでも良いことだ。

さっさと家を出る。

最近は朝方がかなり暗くなってきた。ライトをつけて、軽で人が殆どいない道を行く。そのまま無言で車を走らせる。

ラジオとかを聞きたがる人間もいるが、高宮はそういうのは一切使わない派だ。

車は集中して運転したい、というのもある。

音楽とかが聞こえると、はっきりいって集中が途切れる。

車は軽でも半トンもある。これは最大級のヒグマに匹敵する重さだ。

これがぶつかった時のダメージが致死的なのも当然だろう

だから、乗るからには責任がある。

故に、運転時は可能な限り静かにする。

それが高宮なりのやり方だった。

スタジオに到着。

井伊が探してきてくれる家を転々としている状況だが。基本的に車通勤が可能な家を探してくれている。

それはとても有り難い。

流石に映画撮影だけはリモートワークとはいかない。

ただこれも。

未来はVRの技術が発達したりして。

家にいながら、映画を全て作ることが可能になるかも知れない。

そうなると、今のこのシステムは。

過渡期の徒花なのかも知れなかった。

スタジオにつくと、いつものルーチンを開始する。

今日はマスコミがスタジオにいなくて快適だったな。そう思いながら、小道具大道具をチェックしていく。

一つ、少し古くなっているのを見つけたので、メモしておく。

危険はないとは思うが。

一応念のためだ。

やがて小道具大道具照明音響など、順番にスタッフが来るので。

大道具を呼んで、さっきのを伝えておく。

すぐに確認するとすっ飛んでいったので、後は任せる。

その後は、俳優も来るが。

基本的に高宮は、俳優が撮影開始までに何をしようと好きにさせる。

日野はストレッチとかして体を動かしているし。

他の俳優には談笑している者もいる。

だが、いずれにしても。

撮影では相応に本気を出して貰う。

時間だ。

撮影を開始する。

そのまま、撮影を開始する旨を告げ、自身は席を確保して座る。

なお、今日は石川が来ている。

幾つか取材をしていくということなので、好きにさせる。

アカデミー賞の事を考えると、幾らでも取材はしてもらってかまわないだろう。

何を取材するかは具体的には聞いていないが。

いずれにしても、石川は一切撮影の邪魔も休憩の邪魔もしないので、俳優達からは好評のようだった。

以前日野の記事を書いたときも。

太鼓持ち記事では無いという事で、日野も苦笑いしながらこれでいいと認めていたくらいである。

正確な情報は。

「見たい情報」よりも、好感を呼ぶ。

少なくとも、おべんちゃらを好む輩でなければ。

そういうものだ。

撮影が開始される。

淡々と、哲学的な会話が為されていくシーンを、順番に撮影していく。

いずれも退屈にするために撮っているシーンであり。

石山は熱心にメモを取っているが。

良く眠くならずに頑張れるなと、感心するほどだ。

高宮は脚本通りに喋っているかを確認しながら撮影の指揮を執っているから、眠くなるどころでは無い。

黙々と撮影を進め。

やがて、一段落したところでカット。

もう、俳優達は疲労が見えた。

五分休憩。

そのまま、次の撮影を開始する。

淡々と昼までやる。

今日は高宮が来ている。

それだけで、他のスタジオも相応に音量を抑えているようだ。以前ぎゃいぎゃい喚いていたのを放り出したことが原因だろう。

映画監督界隈では。

以前の訴訟の件も含め。

高宮の事はかなり怖れられている。

故に、高宮が撮影に来ていると聞くと。必然的に行儀が良くなるようである。

監督は萎縮するかも知れないが。

俳優達はそれで助かっているらしい。

高宮映画に出るのは出来れば勘弁してほしいが。

高宮監督がスタジオにいると空気が良くなる、というのは彼らの共通した見識であるらしく。

俳優の間では。

高宮はそれなりに、評判がいいようだった。

そのまま撮影を続ける。

一切表情を見せずに撮影を続けていく映画製作マシーン高宮。

だが、その高宮が野望を秘め。

苦悩も秘めている事を知っている人間は。

殆どいないのが実情だ。

これが現実。

人間という生物は、99パーセントが驚くほど単純だが。

それ以外は意外に精神が複雑に出来ている。

性欲と目の前の欲求だけ満たすことしか考えていない99パーセントの人間ほど。

自分が理解出来ない相手を、悩みが無さそうだとかいって嘲笑するものだが。

はっきりいって、高宮から言わせれば。

お笑いぐさも良い所だった。

 

4、波紋

 

海外の批評家が、高宮映画に評価をつけていた。

実に芸術的で哲学的である。

そういう批評をつけていたこともあって、海外でも高宮映画が知られるようになりはじめたようだった。

邦画の、実写映画の競争力の低さは前から問題になっていた。

芸術を作ったつもりになって調子扱いている映画監督も。

芸術を評価する審美眼をもったつもりになっている業界人も。

そればかりは認めていただろう。

勿論、それぞれの国には独自の文化が存在する。

非人道的なものでなければ、それらは尊重するべきであるものだが。

此処で問題にしているのは国際競争力という金の問題で。

そして映画というのは既に世界的な文化と言う事だ。

まあ国内の需要だけで大もうけ出来るような国家も存在はしているのだが。

それはそれ。

日本はそうもいかない。

アニメ映画などはその条件をほぼ満たせてはいるが。

それ以外の映画は、国内需要すら厳しい。

如何に芸術だのなんだのとイキリ散らかしてみても。

実際問題誰も見なくなってきているのは事実で。

広告会社がどれだけ宣伝しても。

アニメ映画以外視聴者は見向きもしない実写映画が増えているのは、事実だ。

それはそうだろう。

殿様商売をしていれば、必然的にそうなる。

芸術だとふんぞり返って、他の文化を見下し。視聴者も見下し。商売をしてやっている。コンテンツを提供してやっている。そんな態度でいれば、いずれそうなっていくのは必然。

文化に貴賤無しというのは、そういう意味でも重要なのだ。

そして、そんな状況だからこそ。

海外の批評家が高宮作品を高く評価したことは。

塩対応されて高宮作品に対してあまりいい印象がないらしいマスゴミどもさえも。

しぶしぶ、大きく取りあげたのだった。

だが、SNSでの評価は、嘲笑混じりだった。

「高宮の映画は確かに哲学的かもしれないし、芸術的かもしれないな。 問題はクッソつまらんということだ。 三分で眠れるレベルでな」

「映画ってなんなんだろうな。 なんで楽しんで映画を見ようって発想がこいつらにはないのだろうかね」

「そりゃ、意識が高いからだろ」

「そうだなあ。 自分達が高尚な芸術を作っていて。 それを理解出来る選ばれた人間だと思っているから現実が見えなくなるんだよ。 一部のジャンルの小説とかでも似たような事言ってる輩がいるし。 近年だとゲームとかでも似たような発言をする奴がたまにいたりする」

新聞は高宮にすりよっても酷評の嵐だ。

まあ全部自業自得だが。

はっきりいって、苦笑しか漏れない。

同情するつもりにはなれないが。

それはまあ、当然だ。

新聞が今まで何をしてきたかを考えれば。同情なんて、する余地はそれこそ微塵も存在しない。

一方、業界人は大喜び。

何人かの「大御所」が、高宮の所に「激励の言葉」を送ってきていた。

まあそういうのは返事が必要だろう。

社交辞令で礼を言っておく。

今の時点では。

此奴らには、相応に対応は必要だ。

それで満足したらしい。

業界人どもは、或いは。

高宮が自分のコントロール下にあると再確認するために行動し。そして満足したのかも知れなかった。

映画が公開される。

時代劇だ。

今回は、前の江戸時代に民主主義の話をする作品では無く。チャンバラという体で放映されたが。

やはりいつも通り。

見る睡眠導入剤として。

そしてクソ映画マニアですらもはやどうしていいか分からない代物として。

客が相応に集まった。

嫌われないクソ映画という不可思議なジャンル。

それがこうも定着するのは何故か。

ビジネス誌なども特集を組み始めているが。

いずれもが、石山の記事の足下にも及ばないゴミカスみたいな記事ばかり。

コンビニに並べられた、センセーショナルな文字だけを並べて中身スッカスカの酒に脳がやられている輩くらいしか読まないような雑誌やら。

キオスクに置かれていて、誰も真に受けないようなクズ新聞と同レベルの品ばかりだった。

見る価値も無いなと思ったが。

それでも全て集めて来た小野寺に免じて、一応目は通しておく。

そして予想通りなので溜息が出た。

二次元で神格化されていた時期もあったのに。

記者の実力とはこんなものか。

そう思って、雑誌を破り捨てたくなったが。我慢する。

石山が二次元から来たと言われるわけである。

これでは、本当に金を取ってコレを書いているのかと面罵したくなる。勿論記者だけではなく。

こんな記事を通した編集に対してもだ。

ともかく、こいつらは敵にはなり得ない。

映画雑誌が既に崩壊状態である今。

確実に高宮の目的に向けて、世界は動き続けている。

そしてこの先。

この目的を果たすか。

高宮が死ぬか。

その二択しか存在していない。

高宮が倒れた場合。

また邦画。いや、映画の世界は暗黒の時代に戻る事だろう。

ただでさえポリコレとか言う多様性を歌いながら実際には多様性を潰している醜悪な代物が蔓延している時代だ。

改革が必要なのだ。

それが、高宮にとっては映画。

それだけである。

さて。正念場だ。

海外にも注目され始めるのは時間の問題だった。

後は、如何にうまく業界人どもを騙していくか。

そろそろ高宮の計画も。

最終フェーズが見え始めていた。

 

(続)