虚無のその底

 

序、大絶賛

 

映画監督、高宮葵はアカデミー賞の舞台に出ていた。

昔は権威があったかも知れない。

今では権威を何か勘違いした連中による、内輪向け作品の品評会と化してしまっている場所で。

内心もっともここを馬鹿にしている高宮が呼ばれているのは。

実際には笑いたいところだが。

我慢しなければならない。

自作、アルティメットコメディーシリーズの九作品目。ホラーと称した虚無。幽霊がバッタバッタ被害者をなぎ倒していくのにまるで怖くない作品が、どういうわけかアカデミー賞を取ってしまったので。

いやいやながら来たのだ。

業界人が喜ぶ造りにはしているが。

アレを撮影しているときの俳優達の死んだ顔は忘れられない。

途中からは幽霊役の役者までも死んだ顔になっていて。

本当の意味で死人みたいだなと、不謹慎なことを考えてしまった程である。

まあともかくだ。

いつものようにスピーチを秒で終わらせ。

更に主演女優賞に選ばれた幽霊役の俳優が。

困惑しきった様子でトロフィーを受け取るのを見て。どうしたら苦笑いを隠せるだろうかと、そればかり考えていた。

その後立食パーティになるが。

すぐに引き上げる。

マスコミに絡まれるとうっとうしいし。

他の、少なくとも此処に呼ばれるような連中と関わり合いになりたくないからだ。

本心は勿論口にしない。

敢えて奥ゆかしさを表に出しておく。

更にマスコミをまくための最高効率の脱出先も見つけてある。

こう言う場所で高宮を捕まえられない。

それはマスコミにとってのジレンマになっているらしいが。

既にマス「コミ」ではなく、マス「ゴミ」になっている連中が

どう苦労しようが。

高宮の知った事ではなかった。

ともかく外に出ようとするが。

やはり居心地が悪かったらしい主演女優。つまり幽霊さんがマスコミに要領が悪く捕まってしまっていた。

あれはちょっと寝覚めが悪いか。

ちょっと外から、声を掛けてやる。

「高宮監督見つけたぞ!」

「えっ!」

一斉にマスコミが散り、探し始める。

さっと高宮自身は逃げる。

この時の声色は男声を敢えて作った。

女性は声の音域が広く。

少年役を女性声優がやっている事が多いのは有名だが。

高宮も、似たような事が出来るのだった。

さて、主演女優は助けたので、自身も脱出。

先に確保しておいたタクシーで、さっとその会場を離れていた。

奥ゆかしいと思わせておけば良い。

そのまま謎である方が良い。

高宮と話しても、どうせSAN値をゴリゴリ削られるだけだし。何よりも高宮が相手と話したくない。

そのまま自宅に向かうが。

タクシーの運転手はパーカーで眼鏡とマスクの高宮を乗せて。

幽霊でも乗せたのかと思い込んだのか、びびり倒しているようだった。

まあ気の毒だが。

少しでも酒を入れた以上、この方が良い。

適当に家の近くまで運転して貰った後、自宅に戻る。

それにしても敢えてつまらなく作ったあの作品が、アカデミー賞ねえ。

ラジー賞の方が良いと思うのだが。

もうその辺りは、正直どうでもいい、というのが本音だ。

これをラジー賞として出すくらいだったら、多少は見直したのだけれども。

どうもやはり、身内受けする映画にしか興味が無くなっているようである。

業界人という連中は。

それについては。もう色々思うところもあるし。

諦めてもいる。

だから、高宮は自宅に戻ると。

今日はそのまま寝ようと思った。

そして、夢を見た。

今撮影しているアルティメットコメディシリーズの十一作目である。

歴代シリーズでも、もっとも不可解な映画にしようと考えている。

今度やろうとしているのは、人間が一切登場しない作品だ。

人間の顔さえついていない立方体や円錐が主人公で。

そのまま哲学的な言葉を話しあい。

そして背景も狂気的という。

見ているだけでSAN値が底をつくような作品の予定である。ていうかもう撮影を始めている。

なおこれらの立体は全てキグルミなのだが。

内部に入れている俳優の名前はすべてクレジットするつもりだ。

そして演技も俳優にやらせる。

立方体には手足すらもなく。

演技力の難易度は文字通り激甚。

本来なら俳優陣の腕の見せ所のはずなのだが。

誰も彼もがつらそうである。

安っぽい動物のキグルミよりぜんぜんいいと思う。

演技指導とかがとにかく適当なので。

演じていて理解出来ないだろうし。

何よりやっていて錯乱しそうになっているのが時々分かるのである。

ちょっと可哀想だが。別にサディズムに基づいてやっているわけではない。作品をつまらなくするためにやっているだけだ。

それでも定時には上がらせてあげているので。

それで可と思って貰うしかない。

他の撮影現場の過酷さを知っている俳優は、いつも高宮の現場を知ると驚いて喜ぶが。まあそういう現状だ。

撮影の様子を夢に見ていたが。

起きだすと。大きく伸びをして。歯磨きうがい。

そしてコーヒーを淹れながら着替えた。

コーヒーを撮影。

SNSに乗せる。

あっと言う間に拡散されるのは、恐らくはアカデミー賞の影響だろう。

よりにもよって高宮がアカデミー賞。

ラジー賞では無くて。

そういう呟きがSNSでは散見される。

まあ当然の呟きだと思うので、何もいうつもりはない。

そう反応するのが当たり前だと高宮は思うし。

そもそもだ。

業界人だって、そう反応するのが、客観的に見た場合の反応だと思うのだが。どうも意識がすっかり高い所に行ってしまった連中に、そういう客観性というものはないようだった。

そういえば。コーヒーの写真をアップしてから思い出す。

ある新聞記者だが。

記事が著しく客観性に欠ける、という指摘を受けた後、発狂したように反論を書いていた。

客観性など記事には必要ない、というのだ。

要するに記事は自分の主観でまず事実を決めて、それに肉付けするために書いているものである。

もしくはスポンサーが望むように書くものである。

それが記事というものであって。

サラリーマンである以上、記者がやるのはそれで当然だし正しいというのである。

この言葉に、何の違和感も持っていない様子だったので。

映画とは別のジャンルの記者が相手ではあったが、本当に高宮もげんなりしたものである。

アカデミー賞を決めた業界人どもも同じだ。

少し前までは、それでも観客動員数とかをある程度参考にしていたとは聞く。

だが今では、もうすっかりそれもなくなり。

自分達の狭い世界での意識高い価値観。

つまりバリバリの主観で。

勝手に「良い作品」を決め、それが正しいと疑ってやまない。

それははっきりいって、目が節穴というのと全く変わりが無いと思うのだが。

まあ要するに。

「権威ある賞の選定者」という器では無い場所に座ってしまって。

壊れてしまっている。

そしてみんなそうなってしまっているから。

すっかり駄目になっている、ということなのだろう。

いずれにしても、SNSの方では通知は切っているので。

余程重要な連絡でもない限りは、全く反応はしない。

そもそもコメントされても返信しないとSNSのプロフに書いているくらいなのである。

まあたまに、本当に重要なコメントとかメッセージとかには反応したりするけれども。

それはそれだ。

朝の作業が終わったので、撮影所に出向く。

今日も驚きの安全運転だが。

車通勤をしている以上、いつか違反切符やらを切られる覚悟はしていた。

まあ警察もねずみ取りなんてのをやって点数稼ぎをしているくらいである。

この国の治安は世界で見ても一番良いレベルなのに。

何だか、みんな贅沢なんだなあと思う。

それに世界で見ても一番良いレベルかも知れないが。

人間という生物が、そもそも治安なんてものを構築するのに決定的に向いていないと高宮は思うから。

その辺り、警察という仕事は最初から損をしているのかも知れなかった。

黙々と運転して、スタジオに到着。

スタジオをしっかり確認していく。

朝一番に高宮がスタジオに来るという事だけは調べたのか。

記者らしいのが数人スタンバっていたが。

それらを避けるように、文字通り幽霊のように気配を消して、すっとスタジオに入る。

後は関係者立ち入り禁止。

記者共が気づいたときにはもう遅い。

後はミーティングなどをする。

基本的に取材についてはお断り。

どうしても必要な取材は受ける事はあるけれども。

そもそも自分の主観で決めつけた「事実」を記事にして、それを真実だと思い込んでいるような連中を相手に。

飛び込み取材なんて、受けてやるつもりはさらさらなかった。

ミーティングもいつも通り速攻で終わり。

どうやら外のマスコミ連中は、流石に諦めて帰ったようだ。

こういうスタジオは性質状不審者も入りやすいので、警備も堅めである。

それもあって、入るに入れなかったのだろう。

今日もメガホンを握る。

俳優達は立方体のキグルミを来て、そもそもどういう風に動いたら良いのかもよく分からない様子で、必死に演技をしているが。

カメラマンとかすらも困惑していて。

もしも高宮が、つまらない映画を意図的に撮ろうとしていなかったら。

NGを何度も出していたかも知れなかった。

だが、基本的に今回はCGで非常に楽に編集が出来る。

だから、俳優のミスは高宮がカバーすれば良い。

今は丁度、円錐と三角錐が哲学的な会話をしているシーンである。

これぞアルティメット。

これぞコメディ。

ただし深淵から這い出てきた邪神が手を叩いて笑うようなものだが。

今撮っているのはまさにそれなので。

なんの問題も無い。

昼飯時がくる。

なぞのキグルミを来て演技をしている俳優達は、別にハードスケジュールでもないのに疲れきっている様子で。

それをスタッフは全員、同情しているようにみていた。

他のスタジオでは、勘違いした意識高い「大御所俳優」が怒鳴り散らしていて。

超ベテランの縁の下の力持ちである「大部屋俳優」を、頭ごなしに馬鹿にしているようだった。

大部屋俳優と言われるような人でも、はっきりいって良い仕事をするヒトはいる。

少し前に亡くなってしまったが、「十万回斬られた」と呼ばれている大部屋俳優がいて。

時代劇で悪役を常にはり。

悪の用心棒を主にやって、将軍とか剣豪とかにばっさばっさ毎回斬られる素敵な人だったのだが。

この人だって、ネットがなければ話題になる事もなかっただろう。

なお晩年は色々あって有名になった結果。

ハリウッドにまで出張ったのだが。

それで満足してしまったようだ。

元々欲が少なかったのかも知れない。

こういう人材を抜擢できないのが今の業界だ。

穴をお偉いさんに掘らせて出世する。

そんなだから、演技力皆無の俳優がデカイツラをする。

見ていて不愉快だし。

そういうのも含めて、さっさと潰してやりたかったが。

今は我慢だ。

「またあの人怒鳴ってるね……」

「しっ。 そんな事言ったら駄目だよ。 何されるか分からないもん……」

「うん……」

若い女優二人がつらそうに言っている。

この、今の撮影現場。

高宮の撮影現場は極めてホワイトだ。

誰も怒鳴らないし。

ましてや殴るようなことだってない。

プロがどうのと口にして、客観性皆無の独自主張を誰かに押しつけるようなことだってないし。

高宮自身も、演技を俳優達に一任している。

それなのに、遠くからスタジオで聞こえる別班の怒鳴り声につらそうにしているというのは。

ちょっと高宮としても見過ごせなかった。

ましてや今は休憩時間である。

無言でそっちの撮影現場に行く。

まだ若い監督の撮影現場、と言う点では同じだ。

スポンサー様が出すように指示した、要するに売りの俳優。

大物俳優として、四十年この業界にいて。

そしていつの間にか、半分精神の病に足を突っ込みかけているオッサンがまだ周囲を怒鳴っていた。

スタッフにまで当たり散らしているので。

肩を掴む。

喚きながら振り返ったそいつは、高宮の幽霊みたいな姿を見て、絶句。

流石に押し黙っていた。

「他の撮影現場まで怒鳴り声が響いていますよ。 少し静かにして貰えますか?」

「……」

話が通じる相手ではない。

以前幽霊を題材にした映画を撮影したとき。高宮は幽霊の格好をしている俳優よりも。素で幽霊みたいだと言われていたくらいである。

ましてや今は意図的に圧をかけた。

それなりにIQがある高宮は、効果的な圧のかけ方を知っていた。

「す、すまなかった」

「いいんですよ。 ただもしこれ以上ぎゃんぎゃん怒鳴るようだったら、帝王石鹸さんに苦情を入れますので」

「お、おいっ」

「貴方の怒鳴り声、此方でも録音しています。 自分一人で怒鳴るなら兎も角、他の撮影にまで迷惑掛けないでくださいね?」

視線を叩き込む。

文字通り、千年呪ってくる凶悪な怨霊の視線だ。

それを見て完全に沈黙した「大御所俳優」。

後はその場を後にする。

近年は柔軟に、動画配信サイトなどで活動をして。それなりに受け入れられているベテランもいる中。

大御所という立場に胡座を掻いて。

実力でのし上がったわけでもないのに。コネを使ってのし上がってきたことを実力と勘違いし。

更には心の病気まで発症した挙げ句。

こうやって暴れ回る大御所もいる。

どっちにしても病んだ業界だ。

なんとかしなければならないとおもっている監督は他にもいて欲しいものなのだけれども。

撮影現場に戻る。

ずっとわめき散らしていた「大御所俳優」が静かになったので。

皆、多少は高宮に感謝していただろうか。

いや、幽霊のようにふらっと戻ったので。

そもそもそれを高宮がやった事すら、気付いていないかも知れない。

いずれにしても圧はかけた。

更に奴のスポンサーの名前を直接出した。

昔なら兎も角、今は「アカデミー賞」受賞監督だ。

はっきり言ってへそで茶が湧くレベルでなんの感慨も持ってはいないけれども。これは利用できるのも事実である。

だから高宮はバカを遠ざけるために利用する。

もたついていたらバカが近寄ってくるだろうが。

遠ざけるために使い。

例え虚名であっても。

効果的に利用してやろうと、高宮は思っていた。

 

1、場外乱闘

 

どうやら余程取材がしたかったらしい。

撮影を取材したいという正式ルートでの依頼が来て。

基本的に断っているのだけれども。

とうとう配給会社が折れたようだった。

どんなコネを使ったのか知らないけれども。

まあロクな方法では無かったのだろう。

この時点で、高宮からすればいわゆる「絶許」案件ではあるのだけれども。更に不愉快な事実があった。

記者の名前を見て知る。

以前、高宮が見ていて不快感を感じた記者だったからだ。

基本的に具体的な事はなんにも書かず。

ただひたすらに抽象的なことを書いて、それを高尚な記事だと思い込んでいる輩である。それも編集長だとかにコネがあるだのなんだので、そんな記事が基本的に平然と通っている。

まあテロをやった人間を賛美するような記事を、大手新聞が載せる時代である。

こんなのがいても一切合切不思議では無いし。

それがコネを使って強引に取材を通してきたと言う事で。

高宮としては、不快感が既にマックスだった。

昼過ぎから堂々と乗り込んでくるその記者。

傲慢そうな顔をした中年男性だ。

「修羅場をくぐってきた」的な雰囲気を出しているが。

「聖職」であるという事を盾に、やりたい放題をしてきた連中というのが、今の新聞記者の実像である。

此奴は例外ではないどころか、その典型。

はっきりいって目をあわせるのもいやだが。

ともかく配給会社様のご依頼だ。

ある程度はあわせてやらなければならないだろう。

まあ高宮も、クソ映画を撮って税金から補助金を貰っている身だ。

ある程度は我慢我慢。

若手の俳優のように、ホテルに連れ込まれてそれでやっと仕事が貰える、というような状況ではない。

だから、まだマシなのだとも言えるかも知れない。

「いやー、ガードが堅いですね高宮監督。 ははは、流石アカデミー賞の取得者」

「……」

なんだこのなれなれしさは。

マスコミ関係者の勘違いの一つはこれだ。

自分達を貴族か何かと勘違いしている。

自分達の取材次第で、なんでも事実を勝手に作りあげられると思い込んでいる。

そんなだから、どんな新聞社も今では株価が右肩下がり。どんどん売り上げが落ちているのだが。

それにさえ気付けない。

そして学歴的にはこれがエリートに分類されるというのだから。

まあ色々終わっていると言える。

「取材は彼方でやってください。 此方は仕事中ですので、答える事はありません」

「五分でいいので答えてくださいよ」

「……」

五分のタイマーを出す。

それを見て、露骨に顔を不快そうに歪める新聞記者。

だが、周囲に録音機器などもある。

もしも余計な事をしたら即座に取材は中止する。

それは配給会社に伝えてある。

そして高宮がそれをやることは、配給会社も知っている。

それでもなお強引に取材を通してきたと言う事は。まあ覚悟は出来ているのだろう。出来ているようにはとても見えないが。

ともかく取材とやらを受ける。

何だか適当な話をされるが。

この様子では、恐らくだが適当に途中を編集して、自分の好き勝手に記事を書き換えるのだろう。

よくこの手の輩に取材を受けた人が。

そんな事を言っていないとネットで暴露して、炎上騒ぎになっているが。

昔はそのやり方で通じていたのだろう。

ネットは欠点も多いが、超巨大な井戸端会議のようなものだ。

だから一瞬で世界中に情報が拡散される。

マスコミが目の敵にしているのもそのせいである。

連中の書いている新聞が、それによって相対的に価値が暴落しているからだ。まあネットで素人が書いているような記事にも劣る代物を書き散らして貴族を気取っているのだから、当然と言えば当然だろうが。

ともかくだ。

主体性がないうえ。

記者が書きたい記事通りに喋らせたいのが見え見えだ。

録音しているというのを時々見せながら。

相手の言う通りには一切答えない。

誘導尋問がバレバレなのである。

更に五分経過。

取材を打ち切った。

「では出ていってください」

「まだ取材の途中なので、もう少し」

「駄目です。 撮影再開」

手を叩いて、周囲に指示。顔を真っ赤にする取材記者。勿論羞恥からではない。怒りからだ。

此方は録音している。

その上、今はネットでの炎上が簡単に起こる。

こいつも新聞記者なら、高宮が筋金入りの変わり者であり。

むしろネットでは、なぞのコーヒーアカウントとして不思議な人気がある事くらいは調べているだろう。

「もしも発言をねじ曲げた記事を書いたら即座にネットに拡散しますので、それは承知おきください」

「……」

凄まじい眼光でにらみつけてきたが、ガン無視。

しっしっと犬でも追い払うように手を振って、以降は撮影に戻った。

流石に警備員が来たので、分が悪いと判断したのか、記者が戻っていく。

ああいうのが。

意識が高い俳優を更に勘違いさせたり。

今のクソみたいな業界人を勘違いさせた上でおかしくさせている元凶だろうに。

そう思うとハラワタが煮えくりかえるようだが。

はっきりいってどうでもいいと考え直す。

後は撮影を続行だ。

一応記者が出ていったのは確認。

その後は、淡々と撮影を続ける。

それにしても、自己中心的な輩である。あれのどこが取材か。ひたすらに奴が望む事実を記事にしようと、誘導尋問を繰り返していた。

たった五分で、である。

あれだと、無理矢理取材を受けさせられた人が、どれだけ苦痛を受けたかは想像を補ってあまりあるだろう。

度し難い話だが。

はっきり言って、まあそんなものだと思って諦める他無かった。

撮影を終えて、定時で上がっていく俳優達を見る。

もう、隣のスタジオから怒鳴り声は聞こえてこなかった。

 

家に戻ってメールをチェックすると、会社から連絡が来ていた。

何かあったかな。

そう思って内容を確認すると、クレームが来ているという事だった。

クレームねえ。

そもそも映画の内容に対するクレームだったら、わざわざ高宮の所までメールはとんでこない。

一般客にとってのアルティメットコメディシリーズは見る睡眠導入剤であることは分かっているし。

敢えてそう作っているからである。

つまらなかった、と抗議を入れてくる奴は意外とすくないのだ。

というのも、見ても殆ど耐えられずに途中で寝てしまうからである。

要するに抗議しようにも内容を覚えていない。

その結果、抗議できないのである。

まあ世の中には、内容を知りもしないのに作品を批判するという阿呆もいることにはいるが。

流石にそこまでの阿呆は、会社の方で弾いているようだ。

それだけは出来るようなので、バカだと思ってはいるが。仕事はしているのだなと評価はしていたのに。

ともかく、テレビ会議に出る。

社長はいるが重役は少なめだ。

つまり全社的な問題では無い、ということだろう。

「高宮君、新聞記者を追い払うようなマネをして、恫喝までしたということだが本当なのかね」

「いいえ事実ではありませんね。 とりあえず録音してあるのでどうぞ」

まず、録音を聞かせる。

その内容は編集とか一切していない。

そもそもスタジオに押しかけてきて撮影とか、はっきりいって迷惑極まりない話なのである。

その方が余程非礼だと思うのだが。

その程度の事も、あの新聞記者様には通じなかったのだろう。

録音を聞いて、社長は黙り込む。

多分聞かされていたことと、あまりにも違ったのだろう。

「聞いての通り、そもそも急がしいスタジオに押しかけてきた上、自分の望む記事にするための誘導尋問をするばかり。 はっきりいってこれは取材と呼べる代物ではありませんね」

「そ、そうか……」

「むしろ新聞社に厳重注意をしてください。 此方としては、あの記者は完全に出禁にします」

「……」

痛烈な高宮の言葉に。

流石に社長も二の句が告げないようだった。

重役の一人が言う。

専務だったか常務だったか。

まあどっちでもいい。今の気弱な二代目の社長を支えている、実質上のこの会社のトップだ。

有能では無いが。体育会系のイエスマン重役ほどの無能ではない。まあ普通である。

「高宮くん、今回の抗議は記者からではなくて、会社から来てね。 事実は君の言う通りなのだろうが、もしもその話をするとなると、恐らくは広告会社なども巻き込んでの戦争になる」

「その辺りの判断はお任せします。 いずれにしても、あの新聞記者の取材は二度と受けませんので」

「それについては、確かにそう君が言うだけの根拠はあるようだな」

「……」

視線を素早く社長に送る重役。

高宮としてはこの茶番をさっさと切り上げたいのだが。

なんだかんだでアカデミー賞をとったのである。

国の税金で。

ろくでもない悪法で映画を撮ってはいるとは言え。それに加えて、悪評で有名な高宮とはいえ。

それでも、無名だったり。

すっかりクソ映画しか撮らなくなり、会社の評判を下げるばかりの映画監督よりはましなのである。

なにしろ高宮の映画は悪い意味で有名だからだ。

それでも、そもそも見向きもされない駄目実写映画よりは話題性はあるし。

それに業界人には注目はされている。

それだけの価値があるということである。

皮肉極まりない話だが。

「別の記者に取材をして貰う事になると思う。 高宮くん、君の指定の条件で取材を受けてほしい」

「却下と言いたいんですが、取材を受けるのは確定なんですかね」

「今回、複数の映画の宣伝を取材を申し込んできている新聞社がすることになっているんだよ」

「ああ、そういう」

それで、業界でも謎とされている高宮の実態をすっぱ抜けると思ったのか。

新聞とラジオで戦争を煽っていた頃から、何にも変わっていないんだなこの業界と高宮は苦笑する。

二次大戦の時も、散々煽りに煽っておいて。

戦争が終わった途端に、掌を返した連中なだけはある。

勿論これは本邦だけの問題では無い。

何かしらのスポンサーが噛んだ時点で。

マスコミというのは、価値を無くす。

何しろ、スポンサー様の意向に沿った記事しか書けなくなるからだ。

なんでそんな生ゴミの取材を受けなければならないのか。

「分かりました。 此方の指定する条件で良いんですね」

「あまり無茶を言ってくれるなよ……」

「別に無茶なんて言いませんよ」

どっちにしてもスケジュールに余裕はある。

ハイペースでどんどん映画を撮っている高宮だが。緻密な計算のもとスケジュールは組んでいる。

この辺りは他のどの映画監督よりも上のつもりだ。

更に言うと、仕上げは全部高宮がやっているのが大きい。

このため、ある程度の柔軟性を持たせる事も可能なのである。

「それならば、日時をしていします。 撮影が一段落したところで、取材を受けましょうか」

「今回は、くれぐれも穏便にな」

「……」

勿論、穏便に済ませるつもりなんぞない。

徹底的に叩き伏せさせて貰う。

日時を指定。

それが結構先の日だったので、皆驚いたようだった。

それはそうだ。

スタジオでトラブルが起きまくるのはこの業界における当然のお約束なのである。それなのに、それすらも予定に組んで撮影をしていると分かるのだから。

一方で、そんな風に撮影をガチガチに丁寧にやっているにも関わらず。

どうして見る睡眠導入剤が出来てしまい。

しかもそれが不思議な知名度があるのだろうかとも。皆困惑しているのだろう。

困惑し続けろ。

それがお前らにはお似合いだと高宮は思った。

テレビ会議が終わった後、クソ映画を適当に見ながら夕食を撮る。

今回見ているのは、最近一気に知名度が上がってきた監督のクソ映画である。

とにかくあんまりにもあんまりな映画を撮る上。

驚きの低予算だと言う事が話題になっている。

勿論、今までの映画の歴史でも、低予算映画はあった。

そういう低予算映画でも、名作と言われているものは普通にある。

だけれども、このクソ映画は信じられない低予算の上。

ついでにとんでも無いレベルのクソ映画なので。

ある意味愛好家の心を鷲づかみにして、今やすっかりクソ映画マニアの話題をひっさらっている。

高宮もそれなりに好きだ。

クソ映画であることは確かなのだけれども。

見ていて楽しいのも事実だからだ。

こういう映画監督はいわゆる鬼才というのか。

ひょっとしたら、いずれ潤沢な予算が手に入ったら化けるかもしれない。

だから、期待しながら見ているのだけれども。

最近公開されたという映画を見ていて。

本当につまらないし、まるで進歩していないので。

どうやら望みは薄そうだった。

まあ、クソ映画を基準にすればそこそこに面白いので。まあそこそこ良い気分だ。見おえた後は、風呂に入って夕食を取る。

あくびを一つ。

寝る前に、SNSをチェックしておく。

さっとコーヒーの写真についたコメントを見て。一部あんまりにも礼儀を知らないものはブロックしておく。

温厚だと思われている高宮だが。

流石に度を超して非礼なコメントなどはさっとブロックはするようにしている。

これも話題になっていて。

高宮を怒らせるレベルという言葉があるらしい。

ホトケの高宮に続く言葉である。

実際には、高宮は他人に見せていないだけで結構怒りっぽいのだけれども。それはどうでもいい。

主観の世界というのはそういうものだとわかっているので。

わざわざそれについて、どうこういうつもりはない。

ともかく高宮にブロックを受けたような連中は、相当にヤバイという認識が出回っているのは良い事だ。

ざっと見て行くが。

なんだか妙なアンチコメントを見つけた。

いや、アンチコメントは散々湧いてくる。

ここはSNSである。

そもそも高宮が意図的にやっているのだが。ともかく誰もがクソ映画を作っている監督だと高宮の事を知っている。

そりゃあアンチは連日湧く。

それでも余程タチが悪くなければ放置しておくのだけれども。

見ていて変なのが見つかったのだ。

妙に内容が詳しいのである。

少しそのアカウントを調べて見る。

どうやら、あの新聞記者か、その取り巻きのものだなと判断。

寝に入る時間を延長。

そのまま、スクリーンショットを取って残しておく。

相手が高宮だけじゃない。

かなりの暴言を吐き散らかしまくっている上。

あらゆる点で色々な傲慢な発言を繰り返しまくっている。

SNSの会社は、こういうのを通報しても何もしない。

無差別大量テロを予告しているようなアカウントを完全放置する上に。誰かが苦しむようなものでもない。単にアホが「気持ち悪い」と騒ぎ立てるだけの絵を描いた人のアカウントを凍結するような連中だ。

まともな思考能力なんて存在しない。

SNSはただの井戸端会議として、誰もが割切って使っているのはそれが理由なのである。

証拠はがっつり押さえた。

もう今日は遅いので、明日で充分だろう。

まあ明日の朝一に、証拠をことごとく会社にメールして。

それからどうなるかが楽しみだ。

取材については、こちらがかなり有利にやる事が出来るだろう。

実に楽しそうで、わくわくしていた。

 

翌日。

朝、メールを送ってから、撮影所に。

スタジオに入ってからは、連絡を絶つ。

これについては、高宮が会社に話を通してあるので、いつものことである。

余程の事がない限りは絶対に連絡は通らないようにしているし。

何よりも、高宮は両親共に既に鬼籍に入っている。一族だっていない。

だから、余程の事はまずおきない。

撮影を淡々と済ませると、家に戻り。

そしてスマホの電源を入れると、連絡が即座に飛んできていた。

テレビ会議に出る。

昔は色々煩わしかったのだが。業界人どもがやたら持ち上げるようになってから、会社側は高宮の言葉にある程度理解を示している。

それにアカデミー賞を取った今となっては。

更に高宮は会社に対して高圧的に出られる。

さて、テレビ会議に出ると。

社長はさっそく顔を真っ青にしていた。

「高宮君、メールは拝見したが、これはその……」

「幾つかのコメントなどから間違いありません。 警察に連絡して、即座に対応をお願いします。 SNSの運営会社はこういうのは警察からの連絡でないと、一切動きませんので」

「よ、よく見つけたね……」

「いや、言動がおかしいアカウントには結構絡まれますので。 一応様子がおかしいのは、相手の言動をかくにんしてから対応するようにしているんですよ。 そうしたら出るわ出るわ……いずれにしても機密漏洩は確定ですので、相手の新聞社に連絡を入れた方が良いでしょう」

それとも貸しにして。

今後色々交渉するときに有利にしたらどうだと言うと。

社長は押し黙った。

本当に芸がない二代目だな、と思う。

もう少し此奴がしっかりしていたら、こんな肥だめに集る蠅みたいな記者の取材を通す事もなかっただろうに。

まあともかくだ。

集めたスクリーンショットについて有効活用しろと、もう一度念押しする。

そもそも新聞なんて、今はもう紙束くらいの価値しか無い。

広告が載っても殆ど意味がない程度の代物だ。

咳払いした重役。

例の専務だか常務だかだ。

高宮にとっては、その程度の存在でしかない相手である。

「いずれにしても、確かに高宮監督がいうように、これで相手の会社に対して大きな貸しを作れるでしょう。 今までも広告費が異常に高くて制作費を圧迫していたのですから、ね」

「確かにそうだが、新聞社を相手にして大丈夫なのか……?」

「もう新聞社の社会的影響力なんて知れていますよ」

社長に重役が言う。

実に飯が美味い。

後は任せてもかまわないだろう。

そして数日後。

高宮は、例の新聞記者が懲戒免職されたこと。例のアカウントが消えている事。そして、何より取材の依頼を新聞社がキャンセルしてきたことを知らされた。

実にいい気味である。

ネットはいつも誰もが見ている。

それを理解出来ずに使えばこうなる。

それが理解出来ていない輩が、新聞記者として偉そうに振る舞っている。

それがこの世の縮図であり。

どうしようもない現実なのだ。

そう、また高宮は思い知らされ、暗澹たる気分になったが。

それはそれとして、バカが排除されて気分が良かったのも事実だった。

 

2、俳優の正気度を守ろう

 

撮影が終わって、高宮は家に戻る。

これでだいたい撮影は終わった。

後は自分での編集だが。

これについては、会社には全て自分でやる事を前から告げてある。

アカデミー賞を取ったことで、更に今後は無理を通せるだろう。

はっきりいって、現状における業界人に対する権威なんて、すこぶるどうでもいい代物だが。

利用できるのなら利用する。

それだけである。

結局の所、目が節穴の業界人と。今いる配給会社の重役は同じ穴の狢である。だから、利用できる。

そんな程度の代物だ。

とったことに誇りなんて感じないし。

むしろどれだけ目の穴が節穴なのかと、溜息が出る。

今の時点で、高宮は。

わざとつまらない映画を作っていると指摘してきた業界人にあったことがない。

其奴らはそこそこの学歴を持っている事が普通だったが。

其奴らの中に、知性を感じたことも一度もなかった。

勉強は出来る、という説もあるが。

実際には裏口入学が横行している事もあり。それすらも怪しいのでは無いかと高宮は疑っている。

そういえば自称「SF作家」とやらが、相対論は簡単とか言っておきながら。実際には学者から、お前の相対論理解は間違っていると指摘される事件もあったか。

今の時代、教養というのは全て眉に唾をつけて聞かなければならないのかも知れない。まあ、自分が反論できる材料を用意してからだが。

今後もアカデミー賞取得という実績は。

ささっと利用して、今後も利用を続ける。

それだけのことだ。

ダカダカキーボードを叩いて編集作業を進める。

大変シュールなシーンが続いていて、CGを担当した会社の人間も本当にこれでいいのかと、何度も困惑しながら連絡してきたくらいだ。

コレで問題ないと答えると。

死んだ目で、そうですかと答えるので。

高宮はちょっと気の毒になった。

ともかく、可哀想なCG担当についてはいい。

黙々と編集をしていると、直接重役が高宮の所に来た。こればっかりは、会社のサーバを使わないと無理なので仕方が無い。

手を止めて、話を聞く。

「高宮監督。 実は少し話したいことがあってね」

「はあ、伺いましょう」

「今回の君の映画に出た俳優達が、どうコメントをしていいのかと困惑した様子で相談してきてね」

意外と口調は丁寧だが。

それは此奴らが、現在脂が乗っている(業界人的に)高宮を手放したくないからである。

なお此奴は確か人事関係。

昔はこの手の奴らは、若手の俳優を食い散らかして、それを自慢しくさっていたような連中だったが。

現時点で、此奴にその噂は無い。

噂はないだけで、うまくやっているだけかも知れないが。

「雑誌に取材を受けたそうで、それで対応してくれるかね」

「分かりました。 話を聞きましょう。 セッティングをお願いします」

「分かった、そうしておくよ」

いなくなるのを確認すると、再びモニタにかぶりついて。データをキーボードを激しく打鍵しながら編集していく。

マクロなども利用しながら最高速度で打鍵していくので。

キーボードは消耗品だ。

常に新品を複数用意してあるのは。

映画一本作るのに、一つか二つは駄目にしてしまうからである。

かといって力そのものはそれほど掛かっていないようで。

いわゆるキーパンチャー病に掛かる気配はない。

そのまま激しく打鍵していく。

この作業の時は、連絡しても聞かないと話はしてある。

だから、さっきわざわざ重役が来たのだろう。

というか、この作業時の高宮は鬼気迫った様子らしく。

新人達が怪談にしているらしい。

まあ、元々が幽霊みたいな容姿の高宮だ。

髪を振り乱して激しく打鍵を続ける様子は、幽霊に見えても仕方が無いのかもしれない。

とはいっても定時内でしか作業はしていないので。

昼間っから出陣する生真面目な幽霊と言う事になってしまうが。

ダン、とエンターキーを押し。

幾つかの作業を同時に走らせる。

これでしばらくは待ちか。

トイレ休憩を入れつつ。

甘いものを口にする。

コーヒーばかり飲んでいるわけではない。

会社では炭酸飲料を飲むことも多く。

それで糖分を補給している。

会社での映画編集作業は相応に脳を酷使する。脳を酷使する仕事の人間なら、糖分が如何に重要かは周知だろう。

一方でエナドリの類は飲まないようにしている。

あれは命の前借りだ。

絶対に体を壊す。

だから、それらを口にするつもりは一切無かった。

トイレを済ませると、再び作業に戻りたいところだが。

処理がまだ終わっていない。

作業をどうするか少し悩んでいたが。

ほどなくして、作業が一つ終わり。

それで次の作業を出来るだけのリソースが開いた。

また、打鍵を開始する。

それを夕方まで続けた。

 

セッティングされた俳優達とのミーティングの話は、家に帰ってからメールで確認した。

テレビ会議で、出来るならすぐにでもやりたい、ということだった。

ふうんと頷くと。

そのままテレビ会議を受けて、ミーティングを実施する。

主演俳優達が、テレビ会議に揃っている。

高宮としてもあんまり面倒なのは避けたい。

というか、そもそも面倒な賞を取ったのが要因か。

会社だのスポンサーだのに強く出られるのはいいとしても。

こういうのは考え物だなと思ってしまった。

ましてや、である。

今回は俳優が全員露出していないのである。

そりゃあ、全員が正気度を失いかけているのも、仕方が無いのかも知れない。

「高宮監督、私はどうしても分からない事がありまして!」

抗議するように言うのは、最新作のヒロイン役の俳優だ。

とはいっても、最新作はそもそもとして、「ポリコレ対策」と銘打った作品にしている。

だから登場するのは全て立方体という状況で。

人間なんぞ一人も出てこない。

立方体のキグルミが、それぞれ好き勝手な言語で哲学的に喋る(全て翻訳はつく)という作品であり。

五分で寝ると言われる高宮の作品にて。

三分でねむらせる脅威の記録を作り出したい所である。

今回はつまらなさに自信がそれなりにあるのだけれども。

それでも俳優達にとっては、そんな事情は分からないだろうし。

ましてや立方体のキグルミで、どうやって演技をすれば良いのかという悩みはあるのだろう。

気持ちは分かる。

「そもそもこの映画は何なんですか! 最後まで演じてみて、何一つ分かりませんでしたっ!」

「はっきりいうね」

「全員の意見なんです! 高宮監督の作品が高い評価を受けているのは分かるんですが、演技を丸投げにされても本当に困るし、それに何より出来た映画についてこれからコメントを求められるんです! どうしたらいいのか、本当に分からなくて……」

泣きそうな顔のヒロイン役。

主演に至っては真っ青になっていた。

まあヒロインと言っても濡れ場なんてないし。

そもそも立方体どうしが会話をするだけの作品で、どう濡れ場が云々となるのかも分からないが。

それにだ。

俳優達はあまり立場がよくない。

声優に比べればまだ全然立場が良い方だが。

それでも、もしもスポンサーやらの機嫌を損ねると一瞬で干されるし。

今はちょっとした言動のミスで、あっと言う間に大炎上する。

というわけで、今回はインタビューを受けると言う事もあって、たまりかねて相談に来たのだろう。

まあ、ならばアドバイスをするか。

咳払いすると、順番に答えていく。

それぞれの役について。

役者の全員がメモを取ったり録音機能をオンにしたりしているのが分かった。

だが、説明を終えた後も。

全員が狐につままれたような顔をしていた。

「……」

「というわけだ。 理解出来たかな」

「いえ、まったく……」

「ともかく、私がこういったことをそのままインタビューでは答えるようにしてね。 なんなら今の説明について、そのまま記者に録音したのを聞かせてもいい」

平均的な人間という奴は。

自分より下と見なす人間を血眼になって探すものだ。

そして自分より一度下と見なしたら、二度とその相手を人間だとは認識しない。そういう生物である。

実にくだらないが。

一方で俳優達は、そういう風に見られないためにも。

今後言動に気を遣う必要がある。

プロ意識とかそういうものではない。

そもそもそうしないと、命が危ないのである。

芸能界は魔窟だ。

アイドルなどでトラブルを起こすといつの間にか業界から消えているケースが珍しくもないが。

アレは本当にこの世から消されているケースがある。

昔から芸能界と犯罪組織の癒着は有名だし。

そういうのを利用して、業界に邪魔な人間は殺してしまう。それが、芸能界関係者のやり口だ。

最初からそういう場所なのだこの芸能界というパンデモニウムは。

だから俳優達も必死なのである。

そしてのし上がった頃には、精魂尽き果てて老害になってしまう。

なんとも、厄介な場所という他ない。

「こういう説明を受けて演技しました、ということだけ話せばいい。 相手が理解出来ていなくても、業界人に絶大な支持を受けている私の説明だ。 それで充分だと思うけれどね」

「ああ、なるほど……」

「少なくとも君達にヘイトが向くことはないよ。 更に言えば、一般視聴者はみんな同情してくれるだろうさ」

高宮の言葉に。

何ともいえない表情を、その場の全員が浮かべた。

泣きそうになっている奴もいる。

まあ、SAN値をゴリゴリ持って行かれているのだから、仕方が無いのだろう。

笑い出したら色々危ないが。

今の時点でそこまで恐怖を感じている者はいないようだった。

まあそれはそれでいい。

「というわけなので、以上。 インタビューには今の通り対応してね」

「……あの、高宮監督」

「なに?」

「その、高宮監督は、一体何をどこまで計算して映画を作っているんですか?」

んなもん全部に決まっている。

脚本をこっそり自分で書いている事からもわかるように。

敢えてつまらない映画をつくり。

意識が高い系の連中が大喜びするようにもしている。

スタッフにも負担が掛からないようにしているし。

これ以上映画監督としてできる事はない所までやっているつもりだが。

何が不満だというのか。

「そ、その、怒らないでください。 でも、なんというか、高宮監督はその……業界での絶賛と裏腹に、一般ではその……」

「クソ映画の監督として有名だねえ」

「わ、分かっていらっしゃるんですか」

「当たり前だろ。 今時マスコミの言う事真に受けたりSNS覗かない奴なんて、どっか拗らせたジジババくらいだよ」

困惑した様子の俳優達に、ずばりと言う。

まあ言ったところで別になんでもない。

そもそもテレビ局ですら、映像を今は動画投稿サイトに頼っている有様なのである。

それでいながらネットを馬鹿にする発言をしているのだから、はっきりいって脳が腐っているとしかいえない。

今時ネットを利用していない人間なんていないし。

いると自負していても、自分では気づいていないだけで実際には利用している。

そういうものだ。

「その、一般層の評判を、取ろうとは思わないんですか?」

「そんなのは知った事じゃない」

「ご、ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいい。 ただ、私は私なりに考えて行動してる。 ああ、今のやりとりは公開したら許さないよ。 あくまで雑談の範囲内の話だ。 もしも漏れたら、今いる全員に連帯責任取って貰うからね」

ぞっとした様子で硬直する俳優達。

まあ今のは喋りすぎたかな、とも思う。

だが、今の時点でアカデミー賞監督である高宮である。

駆け出しの俳優達にとって。

怒らせる事は、それこそライオンを逃げ場がない状況で挑発する兎に等しい。

文字通り秒で業界から干されることになる。

彼ら彼女らにとっては死活問題なのだ。

「他に何か質問は?」

「い、いえ、ありません……」

「なら、それで解散」

「……」

ぐうの音もでないのか。

皆、通信を切った。

さてはて、面倒な話である。

いずれにしても、これで何とかなったか。

重役にはメールを入れておく。

後は、俳優達が言われた通りにインタビューに答えればいい。

ただ、SNS等では荒れるだろうなと思ったが。

全員相当追い詰められているようだったし。

これで多少は楽になるだろう。

それにしても、スケジュールに影響が出なくて良かった、というのが素直な所である。

勿論かなり余裕を持って編集作業をしているとはいえ。

映画が完成するまでには、それなりにまだまだ大変な作業をこなさなければならないのだから。

 

俳優達がインタビューを受ける番組のDVDが送られてきた。

そもそも、である。

高宮が殆ど報道番組を観ないことは、公言していることであり。

それが自分に関係する番組でも同じであることは、配給会社では知られている事でもある。

フリーランスの映画監督というのもいるが。

流石にアカデミー賞をとった監督に、会社を抜けられると困る。

会社にとってはそれだけ損失が大きいからである。

一応経済活動に噛んでいる以上。

その程度の事は、映画の配給会社だろうが何だろうが、理解はしてい……理解してもらわないと困る。

今回は幸い、理解しているようだったので。

何よりだった。

近年は動画配信サイトを利用した新しいタイプの芸人が一気に知名度と社会的な影響力を伸ばしているが。

それらはまだ未熟な会社が運営していることもあり。

金の卵を潰してしまう事が珍しくもない。

それを見ていると、まあ業界関係者なんてのはそんな程度のスペックしかないのだということがよく分かる。

というわけで、今回は理解しているという事が分かったので。

それで可とする。

「一応高宮監督も目を通しておいてください。 今の時代、どんなトラブルが起きるか分かりませんので……」

そう、DVDを送られた後。

メールが来た。

まあ面倒くさいけれども、俳優達を色々な意味で守るためだ。

取材を受けた番組を見てみる。

ろくでもない番組であるのはまあ分かりきっているのだけれども。

とりあえず順番に見てみることとした。

まず最初に、アナウンサーとやらのそれなりに年を取った人が。なにやら高宮の映画を解説している。

「ホトケの高宮」と呼ばれているとか言い出したので、まあそうだけれどさとぼやきたくなったが。

まあそれは良いとする。

問題は此処からだ。

テレビで高宮をどう報道しようが、はっきりいってどうでもいい。

そもそも高宮自身が取材をまともに受けてくれないから、こうやって俳優にターゲットを切り替えたのだろうし。

それもまたどうでもいい。

連中の姑息なやり方は昔からで。

視聴率を稼げれば、人を社会的に物理的に殺してもいいと考えているのもずっと昔からだ。

そんな連中の作る番組なんて興味はゼロなのだが。

仕方が無いのでみる。

退屈だなと思いながら、横になってスポーツドリンクを口にする。

やがて俳優達を紹介して。

次の映画で主演などをした俳優数人が呼ばれていた。

高宮の監督した映画出演を俳優デビューとした者は何人かいて。全員が全員ではないが、それなりに出世している者もいる。

かといって、高宮の映画にまた出たいと思う者もいないようで。

そういえば二度同じ俳優を使ったことは無かったか。

アイドルだの芸能人だのは使わない。

デジタルアイドルだったら、多少は使ってもいいと思うのだが。

「主演俳優の……」

俳優達が名乗り始める。

ずらっと並べてそれぞれに質問をしていくスタイルのようだ。

高宮に対する印象とかを聞いているので。まあそれについてはどうでもいい。

ホトケの高宮という言葉通り、現場は滅茶苦茶ホワイトでしたと俳優達は答えているが。

既に目が死んでいる。

何だか相当神経をやられたんだな。

他人事のように同情しながら、高宮はそのまんまくだらんインタビューの続きをみていくことにする。

「世間一般での評価とあまり変わらない、ということですね。 コーヒーはのんでいらっしゃいましたか?」

「いや、高宮監督は現場ではいつもスポーツドリンクだけ口にしていました。 コーヒーは朝に一杯だけのようです」

「そうなんですね」

「はい。 お昼の時とかもそれは同じで……」

高宮の悪口を言っている様子は無い。

まあそれならそれでいい。

あくびをしながら、そのまま続きをみていく。

本当にくだらん。

この質問をしているのは、確かニュースキャスターだったかから転向した人間だったはずだが。

昔ニュースキャスターといえば、花形も花形。

ルックスだのなんだのを散々求められた存在であったが。

近年では価値が暴落する一方で。

最近ではパワハラによって放送事故を起こしてしまった者もいるなど。

テレビ業界が終わりつつある事を如実に示している存在となっているようだ。

実際問題、今俳優達に質問しているこいつについても、まるで人間的な魅力とか、そういうのは感じない。

はっきりいってどうでもいい。

それが見た時点での本音である。

もうそろそろいいかなと思って、リモコンの停止ボタンに手を伸ばしかけたが。

ようやく本題が始まった。

「それで今回の映画のテーマなどを、高宮監督から伺っていますか? いつもとても哲学的な作品が話題になる方なので、それぞれ伺いたいのですが」

「!」

俳優達が青ざめる。

さて、ちゃんと指示通りに出来たかな。

もしも余計な事を言ったら干す。

そう高宮が断言したことを、忘れてはいない筈だ。

唇まで真っ青にしながら、まずは主演から、指示した通りに答え始める。

ともかく、煙に巻く解答を用意してある。

リモコンで番組を一時停止すると。

ポテチを持ってきて、袋を開く。ついでなので、麦茶も用意しておくとしよう。

るんるん気分で再生を押す。

さぞや気を揉んでいるだろう配給会社側。

ついでに俳優達。

SAN値が尽き果てないように、此方でも一応配慮はしてあげなければならないけれども。

それでも見ていて、少し楽しいのは事実だった。

ポテチを口にしながら、リモコンの再生ボタンを押す。

さてさて、どうなる。

俳優達は、それこそ泣きそうな顔で、高宮が言った通りに答え始める。疑問を呈された場合は、こういう風に答えろとも言っている。

その通りに出来るかな。

文字通り牛乳を買いに行く子供を見守る気分だが。

それはそれ、これはこれだ。

俳優達はみんな今後の仕事に関わっている。

だから、全員が必死の様子だった。

完全に青ざめている様子を見て、流石に質問している奴も顔を強ばらせている様子である。

業界でも高宮の変人ぶりは知っているのだろう。

一方で、俳優達がいう哲学的な言葉を、こいつらが独自で考えたとも思えなかったのかも知れない。

そこだけは、正解だ。

なんども練習したのだろう。

一字一句、全員が間違いなく言えたのを聞いて。

高宮は拍手していた。

ポテチでちょっと手が脂っぽくなっているが、それははっきり言ってどうでもいい。続きを見る。

この茶番も、そろそろ終わりだ。

「なるほど、今回もとても哲学的な命題と、それにそったテーマがあるんですね」

「はい、そういう風に指示されて演技をしました」

「わかりました。 それでは最後に……」

なんだか良さそうな映像と音楽が流れて、それでインタビューした奴が変なポエムみたいなのを流して番組が終わる。

はあ良かった。

拷問が終わった。

とりあえず、会社にはメールを送っておく。

恐らくは、俳優達は今頃胃が大変な事になっているだろうから、早めに送ってあげた方が良いだろう。

「そうか、問題はないか……良かった」

「というわけで、そのまんま俳優としての仕事を続けるように言ってあげてください」

「分かった、此方から連絡をしておくよ」

「頼みます」

メールでのやりとりを終えると。

高宮はあくびを一つ。

さて、明日に備えるか。

ポテチの袋を閉じて、洗濯ばさみで固定。冷蔵庫に入れる。

麦茶もしまって。

後は後処理を済ませたら、寝るだけだ。

それにしても今回、俳優達には気の毒なことをしたなと、少しばかり高宮も思ってしまったが。

まあこの業界は一度メギドの火で浄化しなければならないのだ。

その程度の犠牲は仕方が無いだろう。

そう、ベッドに向かいながら、高宮は思うのだった。

 

3、いざ映画が公開された後

 

アルティメットコメディシリーズ最新作。

放送目前!スペシャルインタビュー!

そう題された例の番組が放送された後、SNSでは早速反響があったようだった。

「さっぱり分からないけれど、高宮の映画ってそんなに高尚なテーマがあったの!?」

「ええと、ガチ勢これらの翻訳頼む」

「間違ったことはいってない。 結構マニアックな哲学者の理屈を一応通してはいるみたいだし。 ただ内容はまだ映画が放映されていないからなんとも言えないが」

「そうか。 高宮は少なくともバカじゃあないんだな……」

なんだかとんでも無い番組を期待していた視聴者共は肩すかしを食らったようだが。

はっきりいってこっちとしてはどうでもいい。

朝のコーヒーをSNSに上げると。

早速コメントがたくさんついたし拡散されたが。

日常行事なので、これもどうでもいいことだった。

安全運転で会社に。

一度後ろから煽られたが。

追い越し禁止の道路で、凄まじい勢いで追い越していったその車は、お巡りに捕まっていた。

ぎゃんぎゃん吠えているようだったが。まあどう見ても法定速度を四十qはオーバーしていたし。

一発免停だろうあれは。

二度と車に乗るんじゃねえ。

そうぼやきながら、会社に出た。

煽られても一切法定速度を崩さず安全運転をしたことについては、自分を褒めたい高宮である。

まあ、というわけで。

今日もダカダカと打鍵をして編集作業の締めに入る。

立方体のキグルミ達が、哲学的な話を延々と意味不明の空間で続けるこの映画だけれども。

まあ実際に俳優達にこういえ、といった思想についての命題は盛り込んでいる。

盛り込んではいるが。それが映画が面白いかどうかとは、全く話が別の問題である。

敢えてつまらなくする。

そのための小道具として使っているだけだ。

哲学をありがたがる人間もいるが。

そもそも宗教という劇物によって、ようやく秩序を作れるようになった人間とかいう欠陥生物が。

その先に進むためになれたかも知れない存在だったのが哲学であり。

それでいながら、結局言葉遊びの何の役にも立たない理屈になり果てたのが哲学でもある。

哲学の中に、社会を良い方向に変えたものが一つでもあるか。

結局の所、言葉遊びの域を全く超えていない。

宗教はいずれ人間が脱却しなければならないものではあるが。

二次元で残虐行為を繰り返すヒールが、見たら自分でもこれよりはマシだと即座に断言するレベルの蛮行を繰り返していた人間に秩序を与えたという歴史的に大きな意味は存在はしている。

勿論今はその存在意義も失われ。

カルトがそれに取って代わろうとしているが。

いずれにしても、哲学的命題なんて、盛り込んだところで何の役にも立たない。

それが高宮の冷酷な持論である。

ともかく。

番組の評判はそれなりだったようで。

編集作業を激しく行っている高宮の耳にも、ひそひそ会話が届く。

「あの番組見た……?」

「なんだかネットでの解説みないと、何言ってるか殆どわからなかった……」

「高宮さん、得体がしれないけど頭が良いんだね。 なんだかとにかく狂った人だと思ってた」

「いや、もう少し声抑えて? アカデミー賞とった監督で、うちに籍をおいてくれているんだよ!?」

全部聞こえてマースとか叫んだら、それはそれで面白そうだが止めておく。

いずれにしても、エンタキーをターンと叩くと。

それでびびったらしい社員達は、そそくさとその場を後にしていった。

よし、これでOK。

できた。

あとは最終チェックだ。

通して何度も映画を見る。

自分で作った映画だ。それにしても、本当につまらなくできている。実につまらないので、最高である。

つまらなく作ったのだから。つまらなく出来ているなら、それは最高のものだと言える。当然の理屈だ。

そういえば。アカデミー賞を取ったという事で。

今後はカンヌとかの国際賞を取りに行こうという話もあるらしいが。

はっきりいって興味が無い。

国際映画だって、今は国内の映画と同じで。

意識高い系の業界人が乗っ取って。

面白いかは全く別で、映画を評価する風潮が広まっている。

そんなもんには興味はまったく無い。

娯楽というのは、面白いかどうかが重要なのである。

それを忘れ果てている時点で論外だと高宮は考えているし。

その考えは、恐らく多数の人間も同意するだろうとも思っている。

いずれにしても、何度も通しで見る。

勿論編集中に飽きるほど通しで見ているのはみているのだけれども。

それはそれ、これはこれ。

徹底的に通しで見て、頭の中に即座に場面を構築できる程のレベルにまで、内容を落とし込んでいく。

その結果。

自分の一部として、この映画が溶ける。

深淵の邪神が人間を取り込んでしもべにしてしまうがごとく、である。

いい感じに映画が溶け込んだ。

そう思ったので、高宮は満足した。

ただ、流石に二十七回通しで自分の敢えてつまらなくした映画を見るのはそれなりにつらかったが。

まあそれはもういい。

ともかく、映画が出来た事を重役に連絡して。

データの引き渡しを行った。

 

映画館による、高宮のアルティメットコメディシリーズ最新作、第十一作目の発表が始まった。

今回はアカデミー賞受賞の後と言う事もある。

流石にいつもよりも多かったようだが。

早速SNSは、阿鼻叫喚の舞台となっていた。

「つまらないとは聞いてたが、まさかこれほどとは思わなかったぞオイ……」

「最初の三分でもう周囲から寝息が聞こえてたぞ」

「どういうことだよ。 必死に耐えて最後までみたけど、なにひとつ内容が理解出来なかったぞ畜生! そもそもなんで立方体達が、好き勝手な言語で喋りまくって背景も意味不明なんだよ。 翻訳もカタコトだし、ストーリーはどこに放り投げてきたんだよ!」

「業界人はこれぞ新時代の映画とか絶賛してるらしいぜ。 こんな新時代、頼むからこないでほしいんだが……ポリコレ対策としても、いくら何でも流石に前衛的すぎるだろこれ……」

SNSはこんな調子である。

見ていてニヤニヤしてしまう。

全員、意図通りに踊ってくれているからである。

一方で、一つだけ。

とても面白い意見があった。

「これ、わざと面白くなく作ってる」

「わざと!?」

「理由は分からないけれど、ほとんど確実。 こんな前衛的な映画だけれど、シュールギャグにしようと思えば出来るし、場面ごとに面白くする工夫は幾らでもある。 それなのに、それを敢えて全部自分から潰している。 今までの高宮監督の映画は全て共通してそう。 それも意図的にやっている可能性が高い」

「へ、へえ……」

このアカウント面白いな。

ふむふむ。

オオノデラとでも読むのか。

ちょっと面白いので、別アカウントでフォローしておく。

後で全部発言内容をチェックしておくとしよう。

そのまま、コーヒーの写真をアップした後、本社に連絡をいれておく。

「次の撮影をもう開始しますので、スタジオなどの予約について準備をしておいてください」

「も、もう次を撮るのかい!?」

「はあ、いけませんか映画監督が映画を撮ったら」

「い、いや頼むよ。 今回も業界では大絶賛されているようだし、次の作品も期待出来るね」

若干声に恐怖を感じたが。

まあどうでもいい。

今日はそのまま横になって一日眠る事とする。

流石に今日くらいは休んでもいいだろう。

さて、脚本は、次はどれにするかなあ。

これにするか。

引っ張り出して来たのは、暇を見て書きためている脚本の一つである。

ちなみに次の作品はパニックホラーの予定だ。

勿論ホラーのほの字もないが。

定番のパニックホラーは色々あるけれども。

アニマルホラーはもうやったことがある。

病気は今の世情的にまずい。

というわけで、次のパニックホラーは得体が知れない何かに襲われていくという内容にしようと思っている。

勿論それも料理次第では大変に面白いものにはなるのだけれども。

それはそれ。

いかにつまらなくするのかが、高宮の腕の見せ所だ。

「これにすっかな……」

とりあえず、脚本は出しておく。

後は俳優か。

オーディションを開いてきちんと俳優を呼ぶ。

以前はアイドルだの芸能人だのお笑い芸人だのを出せとかスポンサーからそういう圧力があったらしいが。

今はもう高宮はアカデミー賞監督。

以降は、そういった圧力もはねのけられるだろう。

勿論つまらない映画に出すわけだから。

相応に覚悟が決まった俳優を出す事になる。

いずれにしても今日は休みである。

会社の方でも、高宮が凄まじい勢いで編集作業をしていたことは把握しているだろうし。文句を言ってくることはあるまい。

あくびをしながら、横になってSNSを見る。

俳優達のSNSアカウントも見てみるが。

案の定阿鼻叫喚だった。

「高宮監督の映画で円錐形をやっていましたね!」

いきなりドストレートな質問がとんでいる。

そう、この俳優はずっと円錐形のキグルミで演技を続けていた。

エンドロールに名前が流れなければ、誰がやっていたかさえもわからなかっただろう。

実はスタントを雇って安く済ませようとか、そういう意見もあったのだが。

キグルミの中から本人の声を出して欲しいという高宮の希望もあって。

全員にはキグルミに入って貰った。

そしてこの俳優には、スワヒリ語で喋って貰った。

他にも俳優達には国際色豊かな言語を使わせた。

なお、今回は演技指導を珍しく呼んだが。

演技そのものには干渉せず。

それぞれの言語のスペシャリストに、きっちり指導して貰う形で話を締めた。この点だけは妥協しなかった。

まあそれでも撮影現場自体はホトケの高宮のスタイルは崩さなかったし。

各言語の演技指導は。

それぞれが困惑したり、死んだ目で撮影風景を見つめていたが。

「もうスワヒリ語ぺらぺらですか!?」

なお、それぞれが何語を喋っていたかもエンドロールには記載した。

というわけで、寝ずに我慢して最後まで見て、しかもエンドロールまで耐えた猛者達がいるということだ。

頑張ったね。

そう褒めてあげたい所だが。

はっきりいって、敢えてつまらなくしているので。

寝ていてくれた方が良かったと想う。

俳優は困惑していたが、こう言うときにSNSの住人は。通常世界の住人がそうであるように。

相手が弱いと判断したら際限なくつけあがる。

ともかく途中で俳優の所属事務所からストップが掛かったらしい。

フレンド以外はコメント不可能の状態になり。

或いは鍵アカウントにもなったようだった。

いずれにしても、手慣れていないなあとみながら思う。

相変わらず高宮のアカウントはコーヒーを朝に乗せるだけ。

それ以外の事は一切しないので、botとか時計とか言われるばかり。

今回の謎作品に関して興味を持った人はそれなりにいるようで。

アカデミー賞効果もあるのだろう。

相応の人数が、映画館に出向いているようだ。

高宮の計算外だが。

つまらない映画なのに、人が来てしまった、と言う事だ。

しかもたくさんいるカルト映画ファンですら匙を投げる作品を作ったつもりだったのだけれども。

それでも人が来るという事である。

中々に業が深い話ではあった。

今までは出演俳優関係が荒らされる事はなかったのになあと思いながら、SNSでの推移を見ているが。

やがて会社からメールが入った。

テレビ会議に出てほしいと言うことだった。

まあ何が原因かは分かっている。

すぐにテレビ会議に出る。

やはり役者を提供した事務所のお偉いさんも出て来ていた。

「高宮くん、SNSの方は見ているかね」

「はあ、まあ」

「君の意見を聞きたい」

「私の意見よりも、専門家に意見を聞くべきでしょう。 そもそも私の映画が放映後にいつもこんな風になるのは周知の事実でしょうに。 自衛が少しばかり足りないのではありませんか?」

痛烈な意見を言うと。

皆押し黙る。

まあそれはそうだろう。正論というのは正しいから正論なのである。それを言う事をモラハラとかいうそうだが。

正論を聞けない人間のモラルが腐っていて人間が小さいというだけの事であって。

それ以上でも以下でもないだろうと高宮は思う。

いずれにしても、もう一言付け加える。

「この手の炎上は犯罪に関わっているわけでもありませんので、面白がっている連中が飽きれば鎮火します。 しばらく俳優さん達はSNSの利用を控えるのが一番でしょうね」

「やはりそうか……」

「私はそのままが一番相手の毒気を抜くので、そのままでいきます。 まあそもそも私になんで意見を求めるのかって話でしてね」

高宮の映画が、見る睡眠導入剤と言われるレベルでつまらない事は普通に知られているのである。

だから、高宮の映画がつまらなくて炎上しているのでは無い。

今回はアカデミー賞を高宮がとった事により。

普段も映画の後にはわらわら湧いてくる愉快犯と、それに便乗する連中がいつもより五月蠅いだけである。

この辺りの習性は、人間はハエと大して変わらない事をよく示していると言える。

もう少しまともな。

例えば自称しているような「知的生命体」だったら。

こんなばかげた事なんて、とてもできないのだろうから。

さて、意見を聞く事にする。

もう言う事は言ったからである。

俳優の所属事務所のお偉いさんは、冷や汗をずっとハンカチで拭っていた。

それはそうだろう。

高宮も、ある程度仕事を頼む事務所については調べるようにしている。タチが悪い事務所になると犯罪組織とかとつながっていたりするケースがある。

こういう犯罪組織とつながっているような事務所は、当然詐欺まがいの事も普通にやらかすし。

以前この手の連中が、アニメの製作委員会方式を利用して、金と女を得るためだけにクソアニメを作ると言う事をやらかしていた。

クソアニメの筈で作らせたアニメがとんでもない名作だったこともあり、何もかもが台無しになってしまったのだが。

映画業界だけではなく、まあ犯罪組織と関わっているような連中がいる会社とは、触らないのが一番だと言う事である。

それは知っているので、事前に調べて。

背後関係も調べてある。

この会社はクリーンだが。

そもそも芸能界と犯罪組織の癒着は古い。

男一匹なんて言葉があった時代から、俳優にはヤクザまがいのやヤクザそのものが混じっていたりもしたのだ。

そういうのが映画に紛れ込むと、流石にトラブルが起きたときに面倒ではすまなくなる。

実際ドラマなどでは、その手のが犯罪を起こすと。後で随分と苦労して編集したりすることになったりもするのだ。

というわけで、今後もしっかり精査はするつもりだ。

犯罪者は高宮の映画に必要ない。

犯罪組織関係者も同じく。

それだけの話である。

「とりあえず、これから俳優達に指導して、すぐにコメントなどはやめさせます」

「裏アカウントを作っている人もいるでしょうし、そういうのは簡単にばれますので、気をつけてください」

「はあ、分かりました。 言い聞かせておきます」

「それでは終わりで良いですか?」

高宮が圧をかけると。

もう反論できる者はいないようだった。

テレビ会議終了。

すぐに連絡が行ったらしく、鍵アカウントになったりしばらく更新停止しますとの書き込みがあったりで。

俳優達は全員自衛に移ったようだった。

まあそれで正解である。

あくびをしながら、以降の様子を眺める。

本当に俳優の事務所何だったら、自衛処置やら教育やらしておけってのに。

そうぼやきながら様子を見ていると。

やはり噛んでいた何人かのαユーザーがやる気を無くすと同時に。

その取り巻きも、すぐに静かになっていった。

勿論まだまだしばらくは荒れるだろうが。

数日の我慢である。

いずれにしても犯罪絡みではないのだ。

むしろ、すぐに俳優に絡んでいたアカウントに対する批判意見が出始めた。

「〇〇さん、クソ映画に出ただけだってのに、お前らちょっといい加減にしろよ」

「ちょっとやりすぎだよなあ。 過去の書き込み見る限り、問題行動も起こしていないし、ファンに対しても真摯な人じゃん。 しかもまだまだ若いのに」

「これは騒いでいた連中が全面的に悪いな」

「どうせ他人を貶すことしか能がないんだから、そう言ってやるなよ」

こうなってくると、此奴ら同士での争いが始まる。

はっきりいってどっちもどっちだし。

いずれにしても干渉する気は無い。

勝手にやってくれ、という所だ。

ただこういうやりとりの末に逆恨みをするような輩も出てくるので。

それはSNSというものの。

いや、掲示板やパソコン通信時代からの。

インターネットの恥部と言うべきものなのかも知れなかった。

さて、今日は寝るか。

いずれにしても、高宮はこんな連中と関わるつもりは無い。

高宮の所にも攻撃的なコメントやらなにやらが出ていたが。自称プロの筈の俳優事務所のお偉いさんにもきちんとアドバイスはしたし。

それで会社の方でも方針は決めたようだし。

できる事は全てやっている。

可視化されていないだけだ。

インターネットでは人間の業が可視化されやすい傾向が極めて強いものなのだけれども。

今回の件は、可視化されなかった。

それだけだ。

世の中には、まだまだ見えないものがいくらでもある。

人間が言葉とか言うええかげんなコミュニケーションツールを卒業して。

もっと凄いもの。

例えば意識を直接交換するとか、そういうシステムを開発でもしない限り。

恐らくこの手の問題は、ずっと残り続けるだろう。

それについては高宮は疑っていない。

そして、それを題材にして映画を作るつもりは無い。

高宮は人間に一切期待はしていないし。

説教なんてするだけ無駄だと思っている。

ただ、それだけだ。

 

翌朝。

そろそろ動くかと思って、朝の内に準備を色々済ませる。

動くというのは、当然次の映画の撮影について、である。

ハイペースで映画を撮り続ける高宮だが。

一応これでも、配給会社と色々と打ち合わせはしないといけない。

だから、最初の数日は会社に出向いて、色々と書類仕事をしなければならないのである。大変に面倒な話だが。

リモートで電子書類でいいだろうに。

この辺りは改革がいるなと思っているが。

流石に会社の経営には口を出せないし、出すつもりも無い。

ただ高宮が例えばカンヌとかで受賞したら、その時にはぼそりと口にして。会社側が旧態依然の体制を改めるかも知れないが。

それはまだ先の話。

現時点ではアカデミー賞をとったはとったが。

別に会社に対して売り揚げ面では其処まで貢献はしていないし。

何よりも税金で映画を作っていて、基本的に赤字である事に変わりは無いのだから。

コーヒーの写真をSNSにアップする。

予想はしていたが、既に俳優などに対する中傷はすっかり止んでおり。

高宮への攻撃的なコメントなども一切ストップしていた。

更には、予想されていた空中戦も、一部のバカがやりあっているだけで。大半は飽きてもう静かになっていた。

今回は別に犯罪絡みというわけでもないので。

まあ沈静化も早かった、と言う訳だ。

それに騒いでいた連中がただのアホだった、と言う事もあるのだろう。

まあ高宮にとってはどうでも良いことである。

そのまま車に乗って出勤。

この軽も壊れないので、しばらく乗り続けることになりそうだ。

黙々と車で会社に移動。

途中で、またマナーが悪い車がいるので。其処はねずみ取りの名所だぞと声を掛けてやりたかったが無視。

蛇行運転までしていたが。

やがて案の定捕まっていた。

まああれだけ危険運転をしていれば、それはそうだろう。

ざまあみろである。

ねずみ取りという謎の文化は大嫌いだが。

それでもこればかりはざまあみろという言葉が素直に出てくる。

近年はろくでもない法改正ばかりが行われている印象があるが。

少なくとも飲酒運転の厳罰化だけは良い法改正だったと思うし。

今後は、そういう方向でこの国の政府も点数を稼いで欲しいものだなあと高宮は思う。

まあ高宮はどちらかというと、税金を食い荒らしている方なので。

偉そうなことはあまり言ってはならないのかもしれないが。

会社に着く。

もう事前に連絡は入れてあるので、すぐに書類の作成に入る。

てか、基礎書類のフォーマットはあるので、それらを印刷しては。ハンコを押したり色々書いたりして、提出するだけだ。

最初の映画の時は、随分受理まで時間がかかったっけ。

今はアカデミー賞監督がいるということで、配給会社にもそれなりに仕事が来るようになったらしい。

高宮だけがこの会社にいる監督ではないし。

何よりもアカデミー賞作家は、もう年寄りになっているのが一人だけであり。当然ろくな映画を撮れなくなっている状況なので。

配給会社としては嬉しかったのだろう。

そもそも特撮とかでもそれほど名前が知られていない配給会社だ。

どんな形であっても。

名前が知られた監督がいるというのは、それだけ+になるのである。それが悪名であってもだ。

書類を出して、自分でチェックを入れておく。

自分用にチェックシートを作ってあるのだ。

何しろそれなりの数の書類を出さなければならない、と言う事もある。

チェックシートくらいつくって自衛しておかないと、無駄な手間が増えてしまうのである。

またこう言う書類は、受け取る側の性格が悪いと、難癖を散々つけられて何を書いても突っ返される事もある。

そういう意味では。

高宮がいるこの会社は。

そこまで性格が悪い上司がいないと言う意味で、ある程度は過ごしやすい場所なのかも知れなかった。

そのまま書類を提出後。

会社で幾つか事務作業をしておく。

フォーマットの整備とか、やれることはある。

作業をしている内に、書類申請が通った。

面倒くさいけれども、やっておかなければならないのである。

チェックシートに、申請が通った書類についてチェックを入れていくが。

やはりこういうのは手間が掛かる。

結局、全ての書類の申請が通ったのは、夕方だった。

まあ定時前ギリギリだったし、可としよう。

高宮としても、この時間に帰れるのだとしたら、充分な成果だ。

自宅へ車で戻る。

何しろ法定速度をきっちりまもっているので、ねずみ取りにも引っ掛かる事はまったくない。

無言で家まで到着すると。

今日は無駄な時間を過ごしたな、とぼやく。

後は、オーディションとかをして。

次の映画を撮るための準備を幾つかこなさなければならないが。

それはそれだ。

明日は少なくとも家で寝ていられるだろう。

それでいいと思うし。

個人的にはもう少し長期の休みを申請しても良いのだが。

高宮にはやるべき事がある。

そのためには。

どんどん敢えてつまらない映画を、量産していかなければならなかった。

 

4、卵の行く場所

 

ろくでもないオーディションばかり、日野茜は受けて来た。

茜は俳優の卵。まあ女優の卵というべきだろうか。

リアルアイドルがどんどん斜陽を迎えている今の時代だが。女優も正直な話あまりいい仕事ではない。

どんどんネットを主戦場にした人間が増えていく中。

時代に取り残されたテレビを主体に動く人間は、どんどん肩身が狭くなっていく一方である。

殿様商売を続け。

犯罪組織との癒着を隠そうともせず。

視聴者を馬鹿にした番組を作り続け。

挙げ句の果てに、自分達の方が偉いというのを示そうと、素人弄りとかいう愚行を続けた。

当然の結果、視聴者に見限られたと言うだけの話なのだが。

それを理解出来ない無能ばかりがマスコミを未だに牛耳っている。

そしてそいつらは高学歴で、頭が良いという事になっているが。

実の所、半数以上が裏口入学をしている連中で。

学閥を使って会社の上層を独占しているだけの、阿呆ばかりだった。

そんな事は茜ですら知っている。

その程度の事は、というべきだろうか。

いずれにしても、それでもだ。

茜はどちらかというと映画を主戦場に活躍したいと思っていた。

それなりに整ったルックスと。

それなりに出る声。

演技力も、中高大とずっと演劇部や劇団で頑張って磨いて来た。

それなりに努力は続けて来たけれども。

今はこうして一応事務所には入れはしたが。

入る時には枕営業をさせられるのではないかと冷や冷やしたし。

今でもその恐怖はある。

高校時代には肉体関係は持たなかったがカレシはいたものの。

その時代に男に色々幻滅したこともあって、愛に対しては一切合切なんの興味もなくなっている。

そういう見た目と裏腹の枯れた考え方を持つ女が、茜だった。

事務所から連絡が来る。

今、幾つかのオーディションを受けているのだが。どれも駄目だ。

基本的にオーディションは今、パイが極めて狭くなっている。

どこも不景気だからだ。

大手の事務所でさえ、食えないと判断した俳優をどんどん斬っている時代である。

その一方で、特撮は比較的元気だが。

そもそもその特撮は、作るのにテレビ局は一切関係していない。

今後特撮すら、ネットで公開をするようになるかも知れない。

そう考えると、色々と斜陽の時代にいて。

一番まずい仕事を選んでいるように思うのだが。

それもまた、自分で選んだ道だ。

場合によっては、さっさと事務所を抜けるのもありかも知れない。

そう思っていた。

家でぼんやりしている。

ここ数日で、十二件のオーディションを受けた。

中にはかなり怪しい会社のオーディションもあった。

恐らくろくでもない撮影だったのだろうが。

幸い、自分は選ばれなかった。

あれに選ばれていたら、何をされていたのだろうと思うとぞっとする。

今日はオーディションはないが。

明日はまた、営業がなんか持ってくるだろう。

ろくでもない話だ。

「……」

スマホが振動したので、確認。

営業からのメールだった。

そして知る。

あのクソ映画の巨匠であり。現在のエドウッドと名高い、高宮葵監督の映画のオーディションがあるという。

今映画公開中だが。

見始めて三分で寝る客が出るほどの驚きのつまらなさで。

逆にそれが話題になっているそうだ。

不眠症に悩む人物が、この映画にいったらよく眠れたという話をしているらしく。もはや映画とは何なのかと困惑させられる代物と化しているらしい。

勿論業界関係者だから。

茜もそれらは知っていた。

「高宮監督はホトケの高宮と言われるくらい撮影現場はホワイトだし、映画に出た俳優の中にも後にブレイクした人がいる。 その上アカデミー賞を取ったばかりで話題性も高い状態だ。 君は基礎スペックは高いのだから、今回は主演を狙っていこう」

「分かりました」

メールでのやりとりを終えると。

大きな溜息がついた。

もっと華やかな演技をしたいなあ。

そう思った。

学生時代には劇団にも所属していた。こういうのはだいたい自腹で所属するものなのだが。

その劇団も同じで。

かなり出自が怪しそうな人も、相当数混じっていた。

今は本職になったので、劇団は抜けたが。

結構危ない目にもあった。

だから今では、護身術を幾つか身につけている。

この護身術を勉強したおかげで。

一応スタントいらずにもなったのだけれども。

俳優の事務所には、そんなのはアピールポイントにもならないとか色々酷評されていて。

今までも、馬鹿にされたことはあっても。

褒められた事は一度もなかった。

アイドル事務所は、今は更にブラックだと聞いている。

それを考えると、これでもまだマシなのだろうとは思う。

それに、だ。

まだ仕事がとれない茜は、今の時点ではお荷物であり。

このままだと、恐らくは首を宣告されてもおかしくないだろうと思う。

ただ、その場合はむしろこの業界から足を洗える好機かも知れない。

今後、この業界に。

未来があるかどうか、茜は疑っていた。

ともかく、明日に備える。

これが最後かも知れない。

そう考えて、気合いを入れておく。

誰か忘れたが、戦国大名だか戦国武将だかの言葉だった気がする。常に次を最後の戦いと考えて戦場に臨め。

そうすればどんな戦いでも最大の気力で望めると。

いつも茜はそうしてきた。

だけれども、それでもあまり好まれることはなかった。

どれだけ真面目に俳優をやろうとしても、今まで大まじめに演技をしてきても同じ。

受かるのはコネがある子。

或いは枕営業を平気でする子。

そういう子ばかり。

ルックスも演技力も関係無い。

だからあからさまにおかしな俳優がドラマに出てくることになるのだが。それについてはもうどうでもよかった。

ともかく、明日だ。

準備を丁寧にして、明日を最後のつもりでオーディションを受ける準備をしていく。

ふと、高宮監督のアカウントを見てみた。

毎朝決まった時間にコーヒーの写真だけをアップしている。

ある意味異様なアカウントだった。

コメントはかなり荒れているというか、明らかに変なのもたくさんいるが、まるで反応していない。

暖簾に腕押し糠に釘だ。

だからこそ、なのだろうか。

高宮監督は、ネットではある程度面白がられてはいるようで。

ネットの使い方を理解している人なんだなと、思ってしまった。

まあそれはいい。

顔を叩くと、必要な情報は頭に入れていく。

食いっぱぐれる俳優がたくさんいる今の時代。

事前に役作りなんて出来る余裕は殆ど無い。

ましてやたくさん映画を作ることで良く知られている高宮監督だ。その映画の内容も奇怪極まりないと聞いている。

役作りもなにもないだろう。

ともかく、出てみるしか無いのだった。

 

(続)