不思議な映画監督の謎

 

序、追跡

 

小野寺晴は、「アルティメットコメディシリーズ」の9作目を見て思った。これは敢えてクソ映画にしていると。

このシリーズを作っている高宮葵監督のことは業界ではクソ映画監督として有名だが。

しかしながらその一方で。

レビューをしている人間にも、敢えてクソ映画にしていると指摘している人間は見た事がない。

これについては確信に変わっているので。

どうしてそれに周囲が気づかないのか。

一度気づいてしまうと、どうにも不快感がまとわりついて離れなかった。

自分だけ真実に到達したとか、そういう事では無い。

なんというか、不安が色々と大きいのである。

主観によって変なものを見てしまっているのでは無いのか。

そういう疑念がつきまとう。

思い込みほど危険なものはない。

だいたい人間世界は個人の思い込みで回っているし。

主観を正当化する人間は大勢いる。

それらの主観を正当化する思想が。

今はポリコレやらフェミニズムやらの暴走を招いている。

自分もそうなっていないか。

少しばかり不安だった。

小野寺はSNSに複数のアカウントを持っている。

一つは基本的に学校向けのもの。

これはいわゆる明るい話題だけしかしないし。

陽キャらしい話題しか上げない。

だが、他のアカウントでは違う。

使い分けにはいつも苦労しているが。

別アカウントでは、人気が出ている映画のシナリオに対する不満とか、攻撃的な話題も扱う。

何度も炎上したことがある。

だから炎上には慣れているし。

人間のどうでもよい愚かしさにも、高校生の段階で既に気づいていた。

まあはっきりいってすこぶるどうでもいいけれども。

しばらく悩んだ末に。

親友に連絡する。

別の学校にいる親友だ。

中学時代に知り合ったとても頭が良い子で。

今では進学校に通っている。

東大に合格は確実だろうと言われているが。

とにかく見かけが子供っぽく気むずかしい。

基本的に会うときは、学校からかなり離れた駅にしている。

もしもクラスメイトに見つかると面倒くさいからだ。

SNSのメッセージ機能を使ってやりとりをする。

相手は、小野寺の趣味を知っている数少ない一人だ。

「晴がそんな風に悩むのは珍しいな」

「どう思う?」

「私も晴に言われてくだんのシリーズは一応目を通したが、なんというか敢えて煙に巻くような造りをしているなとはいつも思ってはいた」

そうか、そうだろうな。

この子は確かIQが180とか190とかあるとか聞いている。

小野寺が主観にて偏見を持っていないかと悩んだときには、相談する相手になっている。

この子も主観によって世界を決めつける愚かしさは良く知っている。

というか。

この子と話していて。

それを小野寺は理解した、といってもいい。

「仮に意図的に駄目な映画を作っているとして、意図は分かるか?」

「ううん、見当もつかない」

「そうだろうな。 駄目な映画を作っている奴は、技術が足りないか、頭が硬くなっているかのどっちかだ。 そしてだいたい自分の映画を傑作だと思い込んでいる」

「そうなんだよね。 不思議な事なんだけれど、高宮監督って、その辺りを一切口にしない事で有名でさ」

俳優の間では、ホトケの高宮といわれているとか。

これは揶揄半分でもある。

基本的にどんな駄目な演技でも余程の事がない限りNGを出さない。

逆に殆ど何も関与してこないこと死人のごとし。

故に俳優の間ではホトケの高宮と言われているのだ。

また、SNSではコーヒーで有名だ。

朝の決まった時間にコーヒー。

それもインスタントの奴の写真ばっかり上げるので。

時計とか、botとか言われたりしている。

まあコーヒーの写真と同時にどういうメーカーのコーヒーか説明を入れ。一言感想もいれているので。

恐らくはbotではないのだろうが。

「高宮という監督のSNSアカウントは見たが、SNSでの立ち回り方を知っていると私はむしろ思ったな」

「どういうこと?」

「独自のキャラを確立している。 余計なことはいわない」

「ああ、なるほど……」

そういえば。

高宮監督のアカウントが炎上したことは、あるにはあるが。

発言内容などで炎上したことは一切無い。

映画の出来があんまりにもあんまりなので炎上する事は時々あるのだが。

コーヒーの写真を何事も無かったかのように次の日も上げるので。

誰もが困惑して。

毒気を抜かれてしまうのである。

中には、今日はどんなコーヒーの写真が上がるかなと、楽しみにしている人までいるということだ。

そういう意味でも得体が知れない。

そういえばマスコミの特集記事でも、顔は殆ど露出しない。

取材時も眼鏡とマスク、更には場合によってはパーカーで人相を隠しているので。

長身の細身の女性ということしか分からない。

更に殆ど話をしてくれないこともあり。

マスコミからは取材が短くて助かるが、撮れ高もないと思われているようだ。

つくづくこうして考えると謎が多い。

ましてや意図的にクソ映画を作っているとなると。更に謎は深まる。

「ともかく、情報を此方でも集めてみる。 もう少し情報を仕入れた方が、きちんとした結論が出るだろう」

「分かった、よろしくね」

「……」

通話を切る。

とりあえず、小野寺の方でも色々と調べて見たい。

映画ファンという事もあるのだが。

その一方で、意図的にクソ映画を作ると言う事には興味があるのだ。

別にクソ映画ばかり見ている訳では無い。

名作と呼ばれるような作品だって、嫌になる程見てきている。

それでも、色んな映画を見て知見を深めたい。

ただしそれはあくまで趣味における話。

創作には作者の思想がどうしても反映される。

余程どうでもいいとでも思って作っている作品でもない限りは、だ。

まだ若く。

持ち上げられてはいるが、天狗になっている様子も無い。

そんな人が、どうして意図的にクソ映画を作っているのかは。

はっきりいって、小野寺には見当もつかなかった。

家で横になって、次に何を見るかを決める。

クソ映画を見る比率がどんどん増えているが、たまには名作も見ている。

これは映画という文化そのものが好きだから、というのもあるのだが。

例えばラーメンが好きだからと言って。

三食全部ラーメンとか、そういう事をする気は無いと言うのと同じである。

ただ映画は好きだし。

それを周囲にカミングアウトするつもりはない。

ましてやクソ映画が好きだなんて。

絶対に親友以外にはいわない。

得体が知れない、つかみ所がない、でいい。

勿論ある程度つきあいには応じるが。

それだけである。

現時点で、小野寺がクラスで孤立していたりする事は無い。ちなみにクラスで虐めはあるが、それに小野寺は関わっていない。

この虐めもスクールカーストによって生じたもので。

ヘラヘラ笑いながら教師まで荷担している。

そんなものに誰が荷担するか。

そして、クラスの他の生徒に迎合する気も更に失せる。

思うに。

小野寺は、人間の醜い部分を理解出来る程度の知能を持ってしまったから。

却って人間の美しさを書こうとする作品よりも。

実際に人間の本性を描いている、クソ映画に興味が引かれるのかも知れない。

つまらないかも知れないが。

そこに詰まっているのは大概ナルシズムか、原作に対する嘲弄か。

それとも才能の欠如か。

いずれにしても、醜悪な人間の本質ばかりだ。

その例外とも言える作品を作っている高宮という人物に、小野寺が興味を持つのも不思議ではないのかも知れない。

自宅で、しばらく情報収集をする。

高宮の作品群、アルティメットコメディシリーズを通してレビューしている物好きなブログを発見。

記事の内容はごく平凡だが。

他の映画に混じって、きちんとこの睡眠導入剤映画をレビューしているのは、それだけで立派だ。

ざっと目を通してみるが。

ただひたすらに困惑が感じられる。

「一作目は日本では珍しいサメ映画だ。 サメ映画は金字塔とも言えるジョーズシリーズですらも後半になるとどんどんつまらなくなっていったが。 映画好きの何かの琴線に触れたらしく、以降もアニマルパニックのB級C級映画を量産するジャンルとなった。 勿論名作もあるのだが、それ以上にカルト映画としての面が強い」

そう最初のサメ映画について触れ始めている。

その後で、高宮の映画について触れている。

「高宮監督のサメ映画でありデビュー作である「アルティメットコメディ1、砂浜の決闘」はサメ映画ではある。 ビーチに集まった人々をサメが襲っていくというものなのだが、ともかく内容がサメ映画の約束をことごとく外している。 豪快に人々がサメのエサになっていくのはあるのだが、ともかくその過程が異常なのだ」

水着で海に入っていたり、船の上にいたりするのをサメが襲って食っていくのはサメ映画の基本。

カルト映画になると空飛んだり地面泳いだりするサメと称するなんか変な災害が、人々を無作為に襲うが。

この作品では、なんと砂浜で謎のダンスをしている集団を横からサメが襲って食っていったり。

サメが来ているのに逃げもせず、なにか不可思議な朗読を天に向けてしている人をサメが食ったり。

それを見ているにもかかわらず誰も悲鳴を上げず、なにやら組み体操を始めたりと。

あらゆる意味で全てが狂っている。

それならそれで、見ていて逆に面白そうなものだが。

何というか絶妙に意味不明な会話が挟まれることや。

不可思議極まりない台詞を独り言のように呟いたりして。

それで作品を絶妙に、圧倒的につまらなくしていると。ブログのレビュー者は困惑しながら書いている。

結構感性が近いなと思うが。

このレビューをしている人間は、高宮が意図的につまらなくするためにそれらをしているとは思っていないらしい。

かといって、高宮が業界人に絶賛されても、まるで嬉しそうにしていないことも小野寺は知っている。

何が目的なのだあの謎監督は。

「意味不明に近いサメ映画だが、特別なメッセージ性があるとして業界人には大絶賛されたのも不可思議である。 凄まじい売り上げを世界中でたたき出した作品に対してバッシングをしたり、賞を取ったら嘲笑したりする連中だ。 意識が高くなりすぎてまともな客観性を失っているのは事実だが。 それにしても何が業界人を引きつけるのかは理解に苦しむ。 いずれにしても、ただの意味不明映画ではなく、何かしら怪物的なものを感じてしまう」

そうブログの書き手は締めていた。

まあこの辺りは結論が似ているが。

ただこのブログの書き手は、ここまで書いていながら。

わざと高宮がこれをやっている可能性には気付けていないようだ。

二作目以降のレビューも見て行くが。

それについては同じだった。

最新作のレビューが昨日出ていた。

流石に高宮の作品を観ているとSAN値がゴリゴリ削られていくらしく。

文章の最初が愚痴から始まっている。

愚痴が数行続いていたので。

疲れているんだったら休めと言いたくなったが。

小野寺はそのまま愚痴を読み飛ばして、本題に移った。

「さて、アルティメットコメディと題するまったくコメディだかなんだか分からないシリーズの九作品めである。 文化保護法だとかで予算が出ているらしく、客がまるで入らず関連グッズもマニアくらいしか買わないながら、それでも九作品目がついに出てしまったというべきか。 そしていつも通りシリーズ九を歌っている割りには、今までのシリーズと共通点は無く、シナリオにつながりもなく。 通して出ている役者もいない。 役者は棒読み演技というよりは、理解不能な脚本に頭がやられてしまっているようにしか見えない」

苦笑する。

確かにそうだ。

エドウッドの映画では、たまに役者がカンペを明らかに読んでいるシーンがあったりする。

それはそれとして、高宮の映画でも役者があからさまに酷い演技をしているシーンがあるのだが。

これらは小野寺から見ると、どうも理解不能な脚本に困惑し。

どう解釈して良いか分からずに、結果演技が酷くなっているように見えるのだ。

演技が駄目な場合、だいたい演技指導がまずい。

特にアニメ映画の場合はそれが顕著で。

演技指導をしっかりしていないと、監督の自己満足に過ぎないカスみたいな演技になりやすく。

特に俳優やらアイドルやら大御所芸能人とかが呼ばれた場合に。

その状況がよく起きる。

さて高宮の映画についての酷評は、ブログで続いている。

「映画の内容は、江戸時代を舞台に何故か民主主義について哲学的な話題をするというものだが。 役者が空中を歩きながら会話をしたり。 天井から逆さにぶら下がりながら会話をしたり。 井戸から這いだしてきながら会話をしたりと、意味不明を通り越して撮影しているのが邪神か何かの類ではないかと思ってしまう。 しかもこれだけ意味不明だと逆に笑えそうなのに、あらゆる意味で絶妙につまらない。 どうしてこんな意味不明なシーンだらけでシュールな笑いにつながらないのか、それが却って気になってしまう」

ブログの描き手は困惑しながらそんな風に書いているが。

まあそれも分からないでもない。

撮影現場は阿鼻叫喚だったのでは無いかと書きつつ。

俳優の間では、ホトケの高宮と呼ぶばれている事に気づいたのか。

それはないかと書き直している辺りは、分かっているのだろう。

事実映画に出た俳優が、幾つか証言しているが。

高宮はともかく撮影所では非常にホワイトな職場を作ってくれていて。

俳優に怒鳴ったりするようなスタッフは即座に問答無用でクビにするし。

なんと定時退社出来るようにスケジュールを組んでくれるしで。

これほど過ごしやすい職場はないという。

まあ意味不明な演技をさせられるのが苦痛ではあるのだが。

それさえ我慢すれば非常にいい職場で。

ホトケの高宮と呼ばれるのも納得だという話だ。

もっとも、NG等をほぼ出さないと言う事で。

死人のようだという意味も含めて、ホトケの高宮と言われているそうだが。

まあはっきりいって、それについてはどうでもいい。

エドウッドの再来と言うだけで、相当な罵倒になるし。

才能がないなりに大まじめに映画を作り。映画を作る才能はなかったものの、本人は優しく周囲の人間関係にも恵まれていたエドウッドと高宮は、クソ映画を作るという以外にはあまり共通点は無いと小野寺は思っている。

ブログを読み終えると、そこそこの時間になっていたので。

今日はもう晩飯をとって寝る事にする。

両親はどっちも比較的ブラック気味な職場に勤めていて。

夜はどっちも帰りが遅い。

昔はアフターファイブが本来の仕事よりも大事だった時代があったらしいが。

今ではそれどころではなく。

ひたすら酷使される皆が。

死んだ顔で働いている、総ブラック企業の時代だ。

両親のどっちもブラック労働をしているのも、仕方が無いのかも知れない。

夕食分の金が置かれているので、それでコンビニで食事を買ってくる。

だいたいは弁当だが。

一応近年はコンビニに材料もあるので。

それを使って料理をしたりもする。

流石に弁当ばかりだと体に悪いと言う事もあるからだ。

適当に食べ終えると、小野寺は寝る。

つかみ所は無いが、華やかな美人として知られている小野寺だが。

決して素の姿は綺麗でもないし。

幸せでもない。

 

1、素に迫れば素に近付く

 

ホラーというものは。コメディと紙一重だ。

これについては、色んなクソ映画を見てきた小野寺には断言することが出来る。

クリーチャーだとか幽霊だとかがバーンと出て来て脅かすだけのものは、ホラーとしては下も下。

人間心理の底をくすぐって来るような映画が一番怖いのだけれども。

それはそれ、なのだろう。

例えばゾンビ映画は、ホラー映画に分類されることがあるが。

正直小野寺は、違うのでは無いかと思っている。

あれはゾンビ映画というジャンルであって。

別にどんだけゾンビが出て来ても、グロテスクなシーンがあっても。

それはホラーとは違うのではないか。

そう思えている。

また、ホラーを歌っている映画でも。

色々なシーンで外してしまうと。

それが全く怖くなくなり。

逆に笑えるシーンになってしまう。

それに、結構怖いと評判の映画でも。

怖くない人には全く怖くなく。

むしろ笑いにつながってしまう。

ホラー映画とか、ホラーゲームとか。ホラー小説でもなんでもいい。

ホラーを怖がる人は、多くの場合出てくる幽霊だのを怖がっているのでなく。

その作品の雰囲気にやられてしまっている。

そのケースが多いように思える。

まあそれはそれだ。

座っている小野寺の横に積んであるアルティメットコメディの五作目のDVD。本格ホラーと業界人が大絶賛した作品だが。

当然客入りはガラガラ。

一応DVDもBlu−rayも発売されたが。

小野寺のような超物好き以外は見向きもせず。

たしか千数百本程度しか売れなかったと聞いている。

それでも税金で映画を作るための補助金が出るのだから、世の中は分からないものである。

今、見終わったのもその作品で。

あらゆる意味で、ホラーとしてはつまらなすぎる。

一応幽霊に扮した俳優とかは出てくるのだが。

ともかくことごとくつまらなくなるようにツボを外している。

SNS等に流れてくる評いわく。

これで恐がれる人間は希少種だろう、だそうだ。

小野寺もそれについては全面的に同意するが。

役者は結構頑張って、意味不明な脚本を理解しようとしているし。

頑張って演技をしている。

それでも、あらゆるシーンで幽霊が出てくる所はシュールきわまりない。

シュールだったら笑えそうなのだが。

笑わせてさえくれない。

ともかく、えもいわれぬ疲労感を覚えた小野寺は、横にこてんとなると。あーとかうーとか唸りながら。

しばらく周囲を転がっていた。

家には誰もいないとはいえ。

学校では美人とされている小野寺である。

それゆえに、こんな姿は見せられない。

ただでさえスクールカーストがクソなのである。

今の学校で素の姿を出すなんて、バカのやる事だ。

「んー」

ぼやきながらスマホをとる。

着信音だ。

今日は休日。

朝から高宮映画の分析をしていたのだが。丁度親友から連絡が来ていた。

親友も高宮映画に興味を持ってから、真面目に分析をしているらしい。

小野寺と話があうので助かる。

学校では、小野寺とはあまり話すことはなかったが。

学校外では今でもこうやって結構濃厚にやりとりをしているし。

実は家に入れたことがある他人はこの親友だけだ。

「今いいか」

「OKー。 それでどうしたの」

「今高宮監督の五作品目をチェックしてな」

「ああ、うちも丁度見終わってSAN値を別の意味で削られたところ」

それは災難だったなと、他人事のようにいう親友。

まあそれはそれでいいか。

親友は淡々と言う。

幾つかのシーンに、不自然な点があるという。

いや、全てが不自然だと思うのだけれども。

しかしながらこの親友は相当に頭が良い。

名門大学出を売りにしていながら、すっかり老害になってしまってバカ丸出しになった芸能人などもテレビに出ているが。

そういうような輩よりも余程出来る。

「順番に言うと、五分十七秒のところだ」

「はいはい、どれどれ……」

調整して、そこを見る。

この映画では、幽霊にブッ殺される被害者俳優がたくさん出てくるのだが。

人をバリバリ殺す幽霊がいるにも関わらず、逃げる事もせずにシュールな会話をひたすらに続ける。

業界人達はこれを現在日本の風刺だとか抜かしていたが。

実際にそれについて、高宮自身はノーコメントを貫いている。

映画館で見た時は、確か開始して五分くらいで、既に客は寝始めている者すらいたくらいなのだが。

このシーンでは、なんか哲学的な話をしていた若者二人の首が、揃ってねじ切られる。

普通だったら残酷シーンになりそうなのだが。

シュール極まりない展開になっている。

そして首がねじ切られて倒れても、会話を死ぬまで続けるのだ。

もしもこんなシーンに遭遇したら、やった殺戮幽霊の方が困惑してしまうだろう事疑いない。

「このシーン、ちょっと間違うとコメディになるし、或いは普通に怖いホラーになってしまうんだが、此処を見て欲しい」

「どれどれ……」

「ここだ」

写真がSNSで送られてきて、矢印がつけられている。

CGで加工されているという。

要するに、意図的に加工までして。

持ち味を意図的に殺しているというのだ。

「つまりコメディでもホラーでも無く、敢えて無にしている。 これをやったのは間違いなく高宮監督の指示だろう」

「そうなるとやっぱりわざとやってる……?」

「そうだとみて良い」

「……」

他にも十数カ所、似たような場所を見つけたという。

幽霊役の役者が後半ではとうとう困惑し始めている様子が露骨に分かるようになりはじめる。

それだけ現場でも、意味不明な脚本でSAN値が削られていたのだろう。

ちなみにこの幽霊役の役者。

翌年に純愛ドラマのヒロインに抜擢されて有名になっている。

この映画のことを話したがらないのは。

恐らく世間での評判を知っているのと同時に。

それ以上にこの映画の撮影でSAN値をゴリゴリ持って行かれたトラウマがあるのだと小野寺は見ている。

たまに後半でも頑張って殺戮幽霊をしているシーンがあるが。

これは単に撮影順が最初の方だっただけだと、小野寺は分析していた。

「少しでも気を抜くと怖くなったりギャグになるシーンを、恐らく後からの特殊効果やCGで念入りに潰して虚無にしている。 この映画監督、実は相当に計算して作業をしているとみていい」

「……なんでそんなことするんだろう」

「さあな。 本気でホラーを作ろうと思えば、出来る筈だ」

「……」

だとしたらもったいないなあ。

そう思う。

意図的に良い映画を作るのは、本当に難しい。

良い監督を連れて来て。

良い役者を連れて来て。

どれだけ予算を掛けても。

駄目な映画はどうしても出来てしまう。

現場では大まじめに作っていても、それは同じ事なのだ。

映画ファンなら、絶対にそういう映画に遭遇する。

クソ映画を好んで見る小野寺だが。そういう良い監督が作ってしまったクソ映画は何本、いや何十本とみてきた。

普段は名作を作る監督ですら、たまにとんでもないのを作ってしまう。

そういうものなのだ。

そういう世界なのに。

意図的に、クソ映画を作り続ける。それも、一歩間違うと普通に怖かったり笑えてしまうようなシーンだらけなのに。

それらを全て的確に潰している。

これは逆に匠の仕事である。

「同じように、コメディだって作れる筈だ。 この映画監督の経歴を見たが、どうにも謎が多いな」

「そこまで名門では無い芸大の出なんだよねこの人」

「ああ、そうなる。 だがな……」

動画が出てくる。

それはどうやら、ネットで探してきたものらしい。

本人がバババとキーボードを叩いている動画だ。

まあ、キーボードを叩くのが早い人なんて幾らでもいる。

ただ、その様子が極めてシュールだ。

何処かの職場。

あるいは映画配給会社のオフィスだろうか。

そこで一人でデスクにはりついて、もの凄い勢いで仕事をしているのである。

それも、周囲に誰も寄せ付けていない。

「かなりアングラなサイトで見つけてきた。 この配給会社の社員が撮影したものだそうだ」

「なかなかの仕事ぶりだね」

「噂もある。 なんでも高宮監督は、映画の撮影が終わると、後は自分一人で映画を完成させるそうだ」

「はあ!?」

ちょっとそれは初耳だ。

今の時代、CGをふんだんに映画に使うのは当たり前だし。

編集作業だって、一人で簡単ポンにできるようなものではない。

勿論例外はある。

超低予算の映画とかなら、話は別かも知れないが。

それはそれ、これはこれだ。

高宮の映画は、シリーズが毎回億前後の金が掛かって作られている筈であり。

その映画の規模だって、二時間弱ほどはどの作品もある。

それを毎回単独で編集している。

聞いていて、頭がクラクラしてきた。

それは人間業なのか。

それも、高宮は多作で知られている。

まだ二十代なのに、既に九作品目だ。

それもデビューしたのは芸大を出てからすぐである。

普通だったら、こんなハイペースで映画なんて作れない。今も、「アルティメットコメディ」シリーズの十作品目の撮影をしているらしく。

それについては、配給会社の方でアナウンスしていた。

誰も喜んでいないが。

クソ映画のマニアですら、高宮の映画は見ていてSAN値がもりもり持って行かれるとか。

睡眠導入剤としておぞましく強力だとか。

酷評の嵐なのだ。

「つまり、元々つまらなく作った映画を、更に自分一人で編集して、虚無にしてるってこと!?」

「そうだとみて良い」

「……人間?」

「さあな。 どっかの深淵から這い出てきた邪神でももう私はおどろかん」

それについては小野寺も同意だ。

更に腰が抜けるリーク情報についても教えてくれる。

「脚本も高宮監督が一人で書いているらしい」

「え」

「脚本には毎回正体不明の冗談みたいな名前のペンネームを持つ人物が上がっているが、あれはブラフで、全部高宮監督が書いているそうだ」

「何から何まで計算尽くで、しかも仕上げは全部自分でやってると」

そういうことだと、親友はいった。

くらっと来たが、なんとか持ち堪える。

いろんなクソつまらないクソ映画を見てきた。

見ていて怒りを覚えるもの。

ホラーだというのに笑ってしまうもの。

見終えた後、疲労困憊したもの。

色々なものがあったが。

見終わって真相を知った後、恐怖を感じた作品は始めてかも知れない。

「大丈夫か」

「ちょ、ちょっとやすませて」

「ああ、そうしろ。 私もこれは驚異的だと思ったからな」

通話終わり。

どっと冷や汗が流れて。

どっと疲れが押し寄せてきた。

高宮葵。

本名のまま映画監督をしているこの新進気鋭といわれる人物は、一体何者なのか。

深淵から這いだしてきた邪神ではないのか。

そうとさえ感じて。

小野寺はぞっともう一つ震えていた。

 

つまらん学校の授業を終えて、帰る。

家が逆方向だからと、一緒に来ないかと誘ってきたクラスメイトに返す。

家が大変だという話はしてあるので、流石にしつこく誘っては来なかったが。

まあそのうち埋め合わせをしてやるか。

スクールカーストのクソみたいなお気持ち地獄では、ある程度機嫌をとってやらないといけない。

そうしないとすぐ虐めが開始される。

そういう事実がある。

はっきりいって、猿の同類がやるような虐めに荷担するのも、それに巻き込まれるのも嫌である。

というわけで、回避手段は用意しておかなければならなかった。

自宅で、ごろんと横になると。

大きな溜息が出て来た。

何者だ。高宮葵。

あの後、親友に見せてもらったデータを元に、色々調べて見た。

高宮はそもそも露出が極端に少ない人物で、言うならば自己顕示欲がほとんどというほど存在しない。

自己評価が低い人なのかと思った時期もあったのだが。

多分これは、本人の体質的な問題なのではないだろうか。

いずれにしても、恐らくだが。

クソ映画を意図的につくり。

それでいながら業界人の心を鷲づかみにしている手腕は、生半可なものではないということだ。

はっきりいってスペックは自慢の親友に負けていないのでは無いのか。

そうとさえ思え始めていた。

ネットで高宮を馬鹿にしているアカウントを結構見る。

これなら俺の方がもっとマシな映画を作れるとほざいていた素人もいた。

だが、そんなのは論外にしても。

いずれにしても、これは舐めてかかれる相手ではないし。

見ていて別の意味で怖いと感じるようになってきていた。

頭を振って、意識を集中し直す。

高宮という存在が怪物に思えてきたが。

そんな事では駄目だ。

客観的な分析には、自分すら律する冷静な心が必要だ。

そもそも人間は。特に近年の人間は、あまりにも客観性を軽視しすぎていると小野寺は思う。

高校生ですらそう感じるのは、恐らくスクールカーストか言う主観で作られたおぞましい邪悪な代物を間近で見てきたからだろう。

これなどは客観性皆無のお気持ち地獄であり。

自分達がどれだけ邪悪な事をしているかという客観性など微塵もない。

本物のクズしかいない。

だから小野寺は加わらないようにしているのだ。

客観性を失えば、スクールカーストを構築して、猿山のボスになっている連中と同じになってしまう。

それだけは避けなければならない。

無言で小野寺は頬を叩くと。

色々と高宮の作品に関する情報を仕入れていく。

現物というか。

映画のDVDは全て持っているので、一次資料は全て手元にある状態だ。

これが大変ありがたい。

レビューなどはたくさんみるが。

殆ど参考になるものはない。

多数のクソ映画を見ていて。

小野寺ではとてもかなわないなあと思わされる人ですら。高宮の作品に籠もっている狂気には気付けていない。

これは実に恐ろしい事だと小野寺は思う。

自分だけが気付けた、というと。

何かの陰謀論者になってしまうが。

親友にとんでもない知恵者がいて。

その知恵者が分析した結果を、理解した上でそう判断している。

だから、それについてはいい。

問題は、その先である。

しばらく考え込んだ後。

検索の方向性を変えてみる。ただレビューを探すだけでは駄目だ。そう判断したからである。

実際問題、高宮の作品がつまらないのは客観的な事実だ。

好意的な評価も、ごくごく希に見つかるが。

それはどちらかというと本人が何が起きても一切合切承認欲求を見せつけないし。謙虚に振る舞っていることに対してであって。

高宮の映画作品に対して、ではない。

ともかく、学校の宿題とか片付けると。

後はぼんやりと、高宮の意図について考えてみる。

勿論高宮のSNSアカウントは知っている。

いつも朝の同じ時間にコーヒー。それもインスタントの奴の写真を上げて。それに対するコメントだけをしている。

たまに炎上が起きた時などには、夜にも写真を上げる事もある。

このためbotとか時計とか言われている恐るべきアカウントだが。

アカウントの説明に、映画などに対する質問には答えません。返信もしませんと明記されているので。

此方に何か質問を送っても、返事はまずこないと判断して良いだろう。

しかもこの高宮のアカウント。

フォロワーはうん万単位でいるのに。

フォローしているアカウントは、天気予報くらいである。

この天気予報は信用できるのでは無いか。

そういう噂が流れて、その天気予報のアカウントのフォローが爆増したという事もあるらしい。

変な意味で、ネットでは影響力を持っていると言える。

「このコーヒーに意味があるとか?」

自分で呟くが。

深淵を覗き込んで、深淵に覗き返されたのでは無いかと思って、はっと我に返る。

必死に首を横に振って、恐怖から逃れようとする。

私は正気だ。

そう言い聞かせようとするが。

中々難しかった。

呼吸を必死に整えて、なんとか平常心を取り戻す。

そして気付けた。

高宮の作品はコメディと言っているが。

実際にはホラーなのではあるまいか。

作品そのものは一切合切怖くも何ともないが。

この事実に気付いてしまったときに、とんでもない恐怖に襲われてしまう作品なのではないか。

そう感じてしまった。

心臓が痛い。

恐怖で飛び跳ねるようだ。

親友にSNSから連絡を入れる。

親友は、淡々と応じて来た。

「しばらく高宮監督の事は考えるな」

「やっぱそれがいいよね……」

「ああ、それがいい。 ちょっとこれは、中々手強い相手だと思う」

「うん……」

親友のアドバイスは的確だ。

これにどれだけ救われたことか。

昔は勉強を見てもらった事があるが。

中学時代に、既に大学レベルの高等数学を楽々と解いていたし。既に四カ国語をぺらぺら喋っていた。

読み書きが出来るだけでも四カ国語で、話すだけなら七カ国語いけるという。

そういう奴だ。

それが手強いと言う程なのだから。

まあ相当に厳しい相手なのだろう。

高宮の事はしばらく忘れる。

そして、寝る事にした。

何もかもが不意に楽になった気がする。

明日からは、分かりやすいクソ映画を見よう。

そう思うと、小野寺の心からは枷が外れ。

一気に楽になったように思えた。

 

2、襲い来る更なる恐怖

 

高宮葵、十作品目公開。

その言葉がSNSを駆け巡ったが。

本人はいつものようにコーヒーの写真をアップしており。

一切合切ぶれていない。

その様子を見て、カルト映画の愛好家は安心し。

今回もどんなヤバイクソ映画が来るのかと、わくわくしている強者もいるようだった。

ともかく体調を崩しかけてから二週間。

小野寺はしばらく高宮の事を忘れていたが。

その記事によって、思い出してしまった。

家に帰ってからで良かった。

今日も一人の家だ。

誰もいないので、醜態を誰かに観られる事も無い。

ただ一人で悶絶していられた。

やがて友人からメールが来る。

「大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃない」

「じゃあ、軽く話をしてやろう。 多分高宮監督は、誰かを怖がらせる意図で作品を作っていない」

「!?」

顔を上げる。内容を見ると、更に続きがあった。

「最初はわざとクソ映画を作ることによって、真意を悟った人間を恐怖のどん底に落とす高度な技かと思ったんだがな。 今まで公開されている九作品を全て見てみた感じでは、恐らく違うな」

「だとすると、何が目的なんだろう」

「幾つか思い当たるが、ひょっとしたら……自分の周囲にいるハエみたいな業界人に対して、色々思い当たる所があるのかも知れない」

「……」

業界人、か。

ハエみたいと親友はドスレートな言葉を使ったが、実際問題小野寺もあまりいいイメージは無い。

特に映画関係の賞は、関係者受けする作品が評価される傾向がある。

その辺りは、お堅い小説のプロ向けの賞なども同じなのだろうが。

そうなってしまうと、後は衰退するだけだ。

純文学などはその傾向が既に強い。

未だにクズ人間のカス人生を緻密に書くことにこだわる純文学は。既に娯楽ではなくなりつつある。

本来は奔放に想像力を働かせて書く、娯楽だった筈なのに。

「とりあえず、晴は少しばかり高宮監督について考えすぎていると思う。 気楽に考えて見た方がいいと思うぞ」

「うん、そうしてみる」

「……」

軽く話をして、やりとりを終える。

親友に対しての信頼は篤い。

クソみたいなスクールカーストを構築する事だけで頭がいっぱいの周囲の人間に対する反発からだろうか。

この、スクールカーストなんか一切関係なく。

ハイスペックで我道をいく親友は、小野寺の希望でもあった。

いずれにしても、親友の言葉で随分と気が楽になった。

あまり肩肘張るなという事かも知れない。

まあ、そもそも映画だってそういうものだ。

肩肘張って業界人が喜ぶようなものを作っても意味があるのだろうか。

実際には、見に来る人を楽しませるものが映画だろう。

業界人が映画に対してトンチキな了簡を述べ。

それが賞などにつながる現状は。

一部のファンなどが攻撃的な言動を繰り返して排斥を繰り返し。

新規参入者を追い出して悦に入っている、一部のジャンルの趣味に近いものがあるのかも知れない。

いずれにしても、それに対して腹に一物あるのだとしたら。

高宮監督がやっていることは、面白い事なのかも知れなかった。

連日のコーヒーの投稿も。

自分は世間の評価も業界人の評価も何処吹く風、という意図なのかも知れない。

勿論何の意図もないのかも知れない。

もっと気楽に考えて良い。

そう思えば、楽で良かった。

そうだ。

クソ映画を楽しむようになったのだって、面白いと感じたからだ。

他人には一切勧めない。

そもそも、である。

自分が好きな事は、他人が好きなこととは違うし。

好きを他人に強制することは、最低最悪の行為だ。

何かが好き、というのは全ての人に違う答えがあるのだし。

何よりも誰もがそれぞれ違った嗜好を持っている。

それが人間というものであろうに。

それなのに、正しい表現がどうのこうのと口にし出す時点で、何もかもが狂っていると言える。

海の向こうではポリコレだのがそういう事を言い出して、却って自由が失われるという事態がおきているし。

うちの国でも、それは徐々に波及しつつあるように思える。

実際には正しくもなんともないのに。

言葉尻だけ見ると正しく思えるのがタチが悪い。

がん細胞のように業界を蝕むこの思想は。

はっきり言って、今後大きな影を落とすだろう。

そして小野寺も。

危うく娯楽というものから、足を踏み外しかねない所だった。

怖くて見られていなかった高宮の映画を見てみる。

相も変わらず。

見る睡眠導入剤と言われるレベルのつまらなさだ。

だけれども、意図的につまらなくしているのだとしたら。

別にそれが他者を怖がらせるのではなく。

何かの意図があるとしても。

仮にそれが悪意だったとしても。

別に小野寺ら、一般視聴者を怖がらせているのではないのなら。

何ら怖れる事などない。

ただ見ていればいい。

そう思うと。

他のクソ映画と同じように、楽しむ事が出来る。

そう小野寺は思った。

随分気が楽になったからか。見ていて、以前のような恐怖は一切感じなかった。それで良いのだと思う。

そのまま、他の有名なクソ映画を見ていく。

どれもこれも酷い映画ばかりだが。

それが好きなのだから別にかまわないし。

好きである事を他人にどうこう言われる筋合いは無い。

小野寺は知っている。

深海魚が好き、といった人間が。

周囲から気持ちが悪い趣味だと言われ、暴力を振るう排斥が正当化され。

学校をやめていった事がある。

学校をやめた頃には、その人間の一挙一足が全て気持ち悪いものとされ。

悪口を言う事は「正しい」とされていた。

周囲のそのおぞましい様子を見て。

人間の掲げる正義と。

正義と言う名の棍棒が。

どれだけ醜悪なものかを、小野寺は学習させられたのである。

そしてそれを正当化するスクールカーストや、企業体質などに対しても大きな疑問を持つ事になった。

現在の人間は石器時代と脳みそがまったく変わっていない。

これはファーブルの言葉だったか。

違ったか。

いずれにしても、その言葉は全くの真実だ。

どれだけの偉人が苦労して、明文法と不文律で必死にゴミみたいな人間共を矯正しようとしても。

差別が大好きで。

正当化された暴力が大好きな人間共は。

一瞬で堕落する。

人格含めた他人の全てを否定する事は、九割以上の人間にとっては代え難い快楽なのである。

そんな人間を少しでもマシにしようと頑張って来た人間達は、変人だの異常者だのと言われて来たし。

逆に上っ面良い事ばかりを述べて、背後でドス黒い邪悪な行為ばかりをしていた連中は、聖人と祀り上げられてきた。

そんな生物だ人間は。

親友に前説明されたことだが。

今小野寺もそう思うし。

何よりも、自分自身もそう落ちかけた所が恐ろしかった。

落ちるのなら。

そんな連中とは別の場所に落ちたい。

そう思って、その日はひたすら。

娯楽として。

自分が好きなクソ映画を見続けた。

流石に高宮の映画をずっと見続けるのは精神に負担が色々大きいので。単に笑って見られる軽いクソ映画を主体に。高宮の映画も混ぜてみていく。

見ているだけで強烈に眠いのは、高宮の映画はエドウッドのと同じだ。

だが、そこに映画を面白くしようという情熱は無く。

自分のパッションをぶつけようという意図がないのなら。

やはり別物なのだと。小野寺は感じるし。

親友の言う事も正しいと思う。

その日はぐっすり眠れた。

小野寺は親友ほど頭が良くないし、かなり単純だ。

だから、精神構造もそれに比例して、単純なのかも知れなかった。

 

学校は本当につまらんが。

一つだけ、その日は良い事があった。

スクールカーストの頂点に位置していた女子生徒が。いわゆる援助交際。今はパパ活だとか言われる奴をやっていた事が判明していたのである。

虐めに主導的に関わっていた下衆であり。

それに教師も荷担していたというクソみたいな教室であり。

しかも自分が悪い事をしていると言う自覚すらないという、救いようが無いカスだったのだが。

いずれにしても、「誰でもやっている」という理由で。

パパ活とかいう言い方でソフトにされた行為が全てばれたのだった。

ばれた理由は。そのパパ活だとかをやっていた相手が、薬物の所持で逮捕されて。その連絡先にクズ生徒が混じっていたから。

警察が調査した結果、特殊関係人(要するに逮捕された奴は妻帯者だった。 浮気相手をこう称する)が複数浮上し。

その一人が未成年だったクズ生徒だった、ということだ。

すぐに指導が入ったが。

狂気じみた顔で、クズ生徒はわめき散らした。

誰だってやっている事だ。

金がほしいんだから、やって良いんだ。

そうわめき散らす生徒だったが。そのパパ活している相手とホテルで一緒に薬をやっていた事がばれた。

以降は、少年院行き確定だった。

まあそれはそうだろう。

「気持ちが良くなる薬」だの言われて、精力剤かなにかと思って飲んでいたとか証言していたが。

そんなもん、猿でもヤバイ薬だって分かる。

それが分からないようなのがスクールカーストの上位を占めていて。

挙げ句虐めで人間を死の寸前まで追い込んだ挙げ句。

他には何人も転校させ。

更には教師までそれに荷担していたと。

あまりにも不愉快すぎて口にしたくもない輩だし。

滅びてせいせいした。

以降の人生は、スクールカーストの上位にいたという負の成功体験が足を引っ張り続けるだろうし。

下手をすると少年院から出てくると。

今人権屋の格好のカモとされているフェミニストになっているかも知れない。

まあそれはそれで良いのだろう。

あのカスには、相応しい末路だと思う。

それにしても、誰でもやっているんだから良いだろうとわめき散らしている様子はこっそり撮影したのだが。

これはかなり面白そうである。

SNS等には、パパ活とやらを肯定的に語る阿呆が相当数いるようだが。

今度目だけ加工してアップしてやろうかなと思う。

いずれにしてもとても気分が良かった。

スクールカーストは案の定崩壊。

教師も、意図的に虐めに荷担していた事がばれてどっかの別の学校に飛ばされそうになったが。

警官を学校の外で捕まえて、何をしていたか小野寺が全て話し。

今まで貯めていた証拠も渡しておいた。

そうしたら。別の学校に飛ばされるという話が。いつのまにかぴたりとやんで。

教師はどこかにいなくなっていた。

まあいい気味である。

そのまま何処かでのたれ死んでほしいものだが。

流石にそこまでうまくはいかないか。

大変気分良く帰宅した。

他の生徒達は全員が青ざめていたが。

あの様子だと、スクールカーストに参加していた。特に上位の方だった連中は、恐らく何人かパパ活とやらをやっていたのだろう。

薬をやっていたのもいるかも知れない。

そんな連中がどうなろうと知った事では無いし。

むしろ潰されろ。

そう思う。

学校の生徒がいなくなった辺りで、後はるんるん気分を隠さずに帰宅する。

嗚呼本当にせいせいした。

あんなのが社会の上層に蔓延っている時点で、今の時代が終末の時代と言われるのも当然に思えるし。

それを改善しようとも思わず。

個人が変わらなければならないとかぬかすような輩が跋扈している時点で、色々とこの世界は終わっている。

小野寺はそんな世界で、隙間を抜けるようにして生きてきたが。

今回は、とても気持ちが良かった。

もしもアレが維持されるべきだと口にする奴がいるのだったら。

それは地獄の最深部に落ちて、永久に苦しむべきだと思う。

いずれにしても。

「普通の人間」に対する興味は薄れるばかりだった。

自宅に帰ると、宅配が来ていた。

映画のDVD。

勿論、高宮の十作品目だ。

はっきりいってジャンルはどうでもいい。

どうせアルティメットコメディと称する睡眠導入剤である事には変わりがないのだから。

ともかく内容を見てみると。

今度はワニ映画らしかった。

ワニ映画は、パイは小さいものの。実の所サメ映画以上の魔窟として知られているらしい。

サメはまだまだ海にたくさんいるものの、それほど身近な存在ではないので。

まあある程度は、人間と距離がある存在だ。

だからファンタジー的な題材として、好き勝手に扱える。

たまにサメに殺される人間はいるものの。

いわゆるホホジロザメに食い殺される人間なんか。蜂に刺されて死ぬ人間よりずっと少ない。

これに対してワニは。映画の本場である米国でも普通に見かける猛獣である。

米国にも何種類かが存在しているし。

何しろ待ち伏せ型の生物なので、獲物を選ばず襲いかかってくる。

パワーも凄まじく、知能も低くはない。

更にあの見た目で、かなり俊敏に動き回る。

そして体が大きい。

一番小型なコビトカイマンという品種でも、一メートルくらいはある。

一番小型な品種ですらそれで。今地球にいる最大種のイリエワニになると、六メートルを遙かに超え。

古代に生きていた最大種になると、十五メートルと恐竜並みのものが存在しているのだとか。

そういう事もあって、ワニ映画はファンタジーの産物にするのは中々難しい所があり。

それが理由で、余計に色々とこじれるらしい。

さっそく高宮のワニ映画を見てみると。

なんと実物のワニを使って、色々と撮影をしている。

映画の内容は、ワニに対して哲学的な話をしながら。

その話をしている最中から片っ端からエサ役の役者がばくばく貪り喰われ。

となりで人が食われているにもかかわらず、平然と役者がワニに対して哲学的な話を繰り返し。

次はエサになると言う。

シュール極まりない代物だった。

ちょっと工夫すればシュールなギャグ作品に出来そうなものなのだが。

高宮はやはり、意図的にこれを面白くしないようにしているのだろう。

また、スプラッタシーンに関しても。

工夫すればある程度面白く出来るだろうに。

それにも興味はないようだった。

肩肘から力が抜けたからだろう。

確かに細かく見ていると、此処をこうすれば面白くなりそう、という場所を。どこもかしこも意図的につまらなくしているのが見て分かってくるようになってきた。場所によってはCGなどを使って、意図的につまらなくしている様子だ。

それだけじゃあない。

ワニに本気で恐怖している俳優のシーンもたまにある。

実物のワニ。

ざっと見た感じでは五メートルはありそうなおおものだが。

勿論役者に危険は生じないようにしているだろうが、それでも間近で撮影している事を考えれば。

まあ確かに恐怖が顔に浮かぶのも納得は出来る。

その恐怖の表情を、上手に効果的に使えないようにしている。

恐怖は観客にリンクする。

ホラー映画でも、上手な演出だとこの恐怖の表情を効果的に使ったりするものなのだけれども。

この高宮のワニ映画では。

恐怖する俳優の演技を。

全部潰す方向で、CG等を丁寧に使っているのが分かった。

なるほどなるほど。

これは色々面白いなあ。

そう思った。

意図的にこのつまらなさを作り出していると知ったときには恐怖さえ感じたものだけれども。

撮影中、ゴリゴリSAN値を削られただろう俳優には悪いが。

これは恐らく、高宮が全て意図したとおりなのだと思うと。

ちょっと面白くなってくるのが実情だ。

一通り見終わる。

全員エサ役が食い尽くされた後、あっさりハンターがワニを退治して映画は終わった。そのあっさり退治がもう本当に素っ気なくて。ラストですらも徹底的に容赦なくつまらなくしている。

チャンスがあれば映画館に見に行くのだが。

今回は中間テストとかと重なって見に行けなかったのだ。

そういえば、あの後中間テストをもう一回やった。

実は不正が見つかったらしい。

あのクソ教師が警察で何か吐いたのかも知れない。

どうせお気に入りの生徒のテストの点数を嵩まししていたとか、そういうろくでもない事だろう。

そのお気に入りの内容も、あまり考えたくない。

いずれにしてもあのゴミカスどもは綺麗さっぱり学校からいなくなったので、それでいい。

酒を飲める年代だったら。

今頃乾杯、としているところだ。

とりあえず映画を見て、ああつまらなかったと楽しんだので。

早速親友に連絡を入れる。

SNSのメッセージでやりとりをするが。

案の定、もう親友も見ていた。

幾つかのシーンで、流石に鋭い指摘を入れてくる。幾つかの指摘は、歴戦のクソ映画マニアである小野寺も気づいていなかった部分で。

その辺りは唸らされた。

流石である。

「それにしてもワニが一番可哀想だったな。 ワニですら空気を察しているのか、退屈そうにしていた」

「そんなの分かったの?」

「ハエですら気分次第で羽根を振るわせたりする。 ワニだって退屈くらいは感じる」

「へえ……」

そんなものなのか。

ちょっと面白かったので、聞き入ってしまった。

他にも幾つかのシーンについて話をするが。

どうも面白くなったり怖くなったりするシーンは、意図的に全て潰しているのが確定だと親友は言い切った。

まあそうだろうなと小野寺も思うので。

話は素直に全て聞いておく。

「少し高宮監督の経歴について細かく調べて見た」

「うん、何か分かったの」

「芸大時代に、ある映画監督が講師として招かれているな」

「!」

その映画監督について、名前を聞いて。

最近クソ映画の常連監督になっている人物だと思い出した。

昔はそれなりに切れ味のある良い映画を撮る人物だったのだが。

今ではすっかり意識高い業界人に洗脳され。

クソ映画ばかり撮るようになってしまっている。

皆を楽しませようとか。

皆を唸らせたいとか。

自分のパッションを映像にしたいとか、そういう情熱は既に消え果てているようで。

SNSでもすっかり腫れ物扱い。

アカウントを見ると、ひたすら同僚や事件、政治家などに対する悪態をつき続けていて。これは頭が壊れかけているなと、一目で分かってしまうほどに酷い。

クリエイターは堕落する。

それは知っている。

業界人におだてられたり洗脳された結果、嘘みたいに作る映画がつまらなくなった監督は何人もいる。

のし上がったのはいいが。

人間には器があると、親友はいう。

その器にあわない場所に行くと、人間は簡単に壊れてしまうのだと。

そのパターンだったのだろうと。

「授業の内容も調べて見たが、とにかく芸大にいる生徒達の作品に対してひたすら駄目出しをして、攻撃的に貶すだけのものだったようだな。 評判も最悪で、二三回呼ばれただけで後は門前払いを喰らったようだ」

「それはまた、酷い話だね」

「ひょっとしたらだ。 その頃には、もうクソ映画を作るようになった監督や、そういう監督にしたててしまう業界そのものに。 高宮監督は、何か思うところがあったのかも知れないな」

なるほど。

他にも芸大時代の情報を調べてみたが。

殆ど消されてしまっていて、なにも出てくるものがないという。

それは残念な話である。

高宮の芸大時代か。

今も相当な変人のようだから、さぞや凄かっただろうなと思う。

まあ高宮はまだ二十代の筈で。

そういう意味では、まだまだ充分に尖っているといえる年頃なのだろう。

それはそれで、面白いかも知れない。

「此方ではもう少し調べて見る。 晴はどうする?」

「面白そうだから、クソ映画を見つつ高宮監督についてネットで色々と調べて見ようと思ってる」

「分かった。 もう少し精度が高い情報を仕入れられればいいんだけれどな。 晴、いっそエキストラで高宮監督の映画に出てみるか?」

「それがあの人、エキストラ殆ど募集してないんだよね。 調べて見たけど、初期の二作品だけエキストラをごく少数だけ出して、今はそれもないの」

そうかと親友はいうと。

一旦通話は切った。

さて、学校は楽しくなったし。

クソ映画を見ていてごはんも進む。

好きなものを好きと言って何が悪い。自分から見て気持ち悪い、なんてのは主観に過ぎない。

主観を全てに優先している時点で、人間なんてのはカスだ。

それについては、クソ映画という業が深い趣味を持っている小野寺はいやというほど思い知っている。

だからといって。この趣味を止めるつもりは無い。

好きなものを好きというのが悪だというのなら。

小野寺は悪で充分だ。

 

3、せまれどつかみ所はなく

 

案の定、高宮の十作め。ワニ映画の評判は散々だった。

クソ映画専門のレビューをしているブログや批評サイトは幾つか存在していて、小野寺も通っているのだが。

それらを見る限り、これほどつまらないワニ映画は初めて見るとか。魔郷に咲いた誰も近寄らないラフレシアだとか。

ともかくもの凄い勢いで罵倒されていた。

高宮の映画を全作レビューしている強者でもそれは同じ。

困惑しながら、歴代シリーズで面白い作品は一つとしてなかったが。これは歴代で最高値を更新するかも知れないとか書いていた。

勿論その最高値とは。

つまらなさポイントの事である。

100点評価で映画を批評しているサイトもあるのだが。

高宮の映画はのきなみ10点以下。

今回のワニ映画に至っては、3点という評価だった。

ただ。この批評サイト。

酷評については本当に容赦なく、凄まじい罵倒を浴びせていて極めて攻撃的な論調なのだが。

高宮の映画に対しては、攻撃的に批判すると言う事はしない。

むしろ見ている批評者がダメージを受けているようで。

「砂でも噛んでいるかのよう」「眠気を我慢するのに、思わず手を噛まなければならなかった」「見終わった後、襲ってくる眠気を必死に退治するためにコーヒーを飲んだ」とか、苦労の跡が伺え。

更には攻撃的な批判の文章はなく。

全編にわたって困惑が書き連ねられていた。

まあそうだろうな。

そう小野寺も思う。

親友が、意図的にこうしている、という指摘をしなければ。

小野寺だって、ずっと変な映画監督だなあとしか思っていなかっただろうし。

何より今だって、一切合切分からない事ばかり。

仮説しか立てられないのだから。

一次資料があるのに、仮説しかでないというのもまた変な話である。

歴史にしても考古学にしても。

一次資料というのは、それまでの定説をひっくり返すパワーがあるものなのである。

それなのに、高宮の映画は本当に、見ればみるほど見ている人間の精神を容赦なく抉り取っていく。

睡眠導入剤として有能なだけではなく。

さいころなんかよりもよっぽど効果的にSAN値を抉り取っていく。

実際小野寺もやられかけたので。

その、別の意味での怖さについては実感していた。

さて、一通りレビューを見た後は学校に行く。

ゲームでも、クソゲーマニアというのはそれなりにいるらしく。

やはりレビューサイトが存在している。

そういうレビューを書く人の中には。

今では稀少品になっているゲームハードをわざわざ購入し。何万もするようなクソゲーを平然と購入して。

それでレビューを書く猛者までいる。

クソ映画マニアも、その辺りは同じなのかも知れない。

事実小野寺だって。

今まで渡されている小遣いは、殆ど必需品以外は。クソ映画のDVDなどにつぎ込んでいるのだから。

学校に出ると、教室の空気が嘘みたいに良くなっていた。

あのクズ生徒の後、何人か生徒が消えた。

学校側は一切説明しなかったが。

どうやらパパ活やら、薬やらが原因であるらしい。

半数は少年院に。

半数は警察で聴取のため自宅待機だそうだ。

更に虐めについても警察で告発した人間がいるらしい。

虐められていた何人かは。すっきりした顔をしている。

まあ虐めの主犯は一人も残っていない。

それは気持ちも楽だろう。

虐めは、虐められる方が悪い。

そんな寝言をほざく輩がいるが。

虐める方が悪いに決まっている。

そんな事も分からない人間が、のうのうと社会に出張っている時点で。教育なんて上手く行っていないのである。

その程度の事は、小野寺でも分かる事だが。

どうやら「社会人」をやっている人間にも。この程度の事が分からない輩が多数いるらしい事は。

嘆かわしい事実だ。

まあこの学校の場合。

教師からしてそうだったのだから。根が深い問題とは言えるだろう。

新しく担任になったのは見るからに険しい顔をした老教師で、まだまだ現役という風情である。

とにかく授業は引き締まった。

今までは授業中に堂々と暴力を含めた虐めをしている生徒がいて。それをみてケラケラ笑っている奴もいた。

何しろその手の輩の脳内では虐められる方が悪いのだ。

そういう理屈が蔓延すると、人間はそうなる。

だが、今は授業中は静かだ。

それはそうだろう。

スクールカーストの上位を独占していたカスは消えて。

教師もスクールカーストなんか容認しない人間になった。

それは静かになる。

そして小野寺には、この方がとても空気が良く感じられた。

昼食なども、以前はグループでガチガチに食事を取る風にしていたので。鬱陶しいから外で理由をつけて食べるようにしていた。

だが今はそれもない。

何しろスクールカーストの崩壊に伴って、女子の陰湿なグループも全て崩壊したからである。

ざまあみろという所だが。

いずれにしても、外で食べる事に変わりは無い。

なお、隙を他人に見せないため。

一切クソ映画関係のものは学校に持ち込まない。

小野寺は学校というものを一切合切信用していないし。

周囲の生徒に人間性なんてものがあるとは思っていなかった。

実際、虐めで殺人があった学校でも。

殺人をした連中は。

即座に次の生徒を殺す勢いで虐めを始めたという証言が残されている。

「普通の人間」なんてのはその程度の生物なのだ。

信用するもなにも。

美点なんぞ一つも無い。

食事を終えると、教室に戻る。

それにしても無機質な授業の心地よさよ。

何だか教室が息苦しいとかほざいている生徒がいたので、窓から外に放り出したくなったが我慢する。

あの教室が心地よかったというのなら。

それはもう、人間と呼ぶに値しない。

猿だ。

猿は放り出すに限る。

 

かなり過ごしやすくなった学校を出る。途中で、見た事がない男子生徒が声を掛けて来た。

ガタイがいいが。運動部だろうか。

なんだ鬱陶しいなと思うが。

髪が綺麗だのなんだの言い出したので、用件はと少し声に圧を込める。

はっきりいって関わるのが一番面倒なタイプだ。

うるさがっているのを気づいたのか。男子生徒は好きだの何だの抜かし出したので。興味が無いと言って断る。

話しているうちにわかった。

こいつ、確かいなくなったスクールカースト上位の一人の彼氏をしていた男だ。

元は運動部だと言う事でもてたのだろう。

それでスクールカースト上位の女とくっついたと。

だが、そいつらは金があるが倫理観皆無のおっさん達に金目当てに股を開いていた訳で。金のないガキなんぞどうでもよかった、というわけだ。

プライドは粉々。

それで、見栄えだけいい小野寺に声を掛けて来たという訳か。

死ね。

そう言ってやりたいが。

まあ崩れ落ちて真っ白になっているので、どうでもいい。

そのまんま灰になって地上から消え去れ。

そういう言葉しかでない。

せっかく気分が良かったのに、なんだか不愉快だ。

家まで急いで帰る。

ストーカーとかに変わられたら困るし。途中で何回か背後を確認して、つけられていないかもチェックしたが。

まあそういうこともなかった。

自宅につく。

相変わらず両親はブラック労働の真っ最中。

これで裕福かというとそうでもないのだから、色々と終わっている。

うちの国だけの話じゃない。

今は1%の人間が、99%の富を独占している状態だ。

そんな状況では、みんなこうなる。

海外の人間はみんな裕福な生活をしているとかいう話を、親友は笑い飛ばしていたっけ。

そんなのは上層の一部も一部。

他は家すらなかったり。

スラムで身を寄せ合っていたり。

そんな状況だと。

自宅で、黙々とクソ映画を見る。

カスに穴さえあればいいみたいな勢いで告白されたのが本当に不愉快だ。相手次第だったらそりゃあ小野寺だって嬉しい。

だが彼奴は、スクールカースト上位の女と運動部という地位を利用してつきあい。

それがいなくなったら、代替を探していたような輩である。

別の股が緩そうな女を捜せよ。

そういう言葉しかでてこなかった。

ちょうど今見ているクソ映画も、本来の目的であるスプラッタホラーよりも。学生の生々しい生活が描写されている不思議な代物で。

みていてふーんという言葉しかでない。

なお米国の映画なので。

だいぶ学生達の様子も違う。

向こうの学生の不良ってのは、確か銃器で武装しているケースが多いので、スクールカーストにさえ入っていないのだったか。

何しろ刺激すると危ないからだ。

それにスクールカーストそのものも日本のと同じかそれ以上に危険らしい。

それはそうだろう。

何度もおきる学校での銃乱射事件を見れば、それはよく分かる。

どれだけ社会が病んでいるか何て、わざわざいうまでもないだろう。

ましてや他の国は更に酷い。

それらの腐敗を書いている部分の生き生きとしている様子。

映画としての本来の目的である、スプラッタシーンのどうでもよさそうな様子。

ある意味クソ映画だが。

考えさせられるクソ映画だ。

いっそのこと、スプラッタシーンはなくしたほうが良いのではないのかと小野寺は思ってしまった。

その方がこの映画は良くなると想う。

ただ、米国の映画界も腐敗は酷いと聞いている。

海外資本が入り込んだり、内部にはやはり意識高い系の業界人が巣くっていたり。

枕営業も当然あったらしい。

まあそういう世界だ。

スポンサーがこういう映画を作れといって。

作りたくない映画を作る監督だっているのだろう。

なんだかこの映画は悲しいな。

そうちょっとだけ、思ってしまった。

なおスプラッタシーンは本当にあくびが出てくる程、クソ映画好きの小野寺でもつまらなかったので、閉口。

あの高宮の映画も、最近は見ていて眠くなってきている程なのだが。

まだ鍛え方が足りないかも知れない。

これを。「映画の駄目さ」を目的で映画を見ている人達も、これには苦笑いだろうなあと思う。

まあそれはいいか。

とにかく映画は終わったので、次。

メールの着信音。

この時間と言うことか、恐らくは親友か。

見てみると、その通りだった。

「高宮監督がいた芸大の見学チケットがとれた」

「!」

「面白そうだから見に行くつもりだ。 いくか?」

「いくいく!」

すぐに返事を書く。

そして、スケジュールを組み込んだ。

はっきりいって、スクールカーストが崩壊した今。

つきあいで何処かに遊びに行くという事で、スケジュールが潰れる可能性は一切なくなった。

何の気がねもなく行く事が出来る。

警察の方も最近は学校に来なくなった。

叩いたら出まくっていた埃が、一段落したからだろう。

そういえば学校側は殆ど何も言わなかったが。

結局色々な新聞の隅っこの方にちょこっとだけ記載されている情報などを集めると。

主犯格の、スクールカーストのボスだった女生徒は実刑がほぼ確実。

教師も同じく。

他のも執行猶予はまずつかないそうで。

更には恐らく虐め被害者への賠償金は一千万はほぼ確定だろうということだった。

近年の最高裁では、虐めによる殺人で。賠償金四百万という、信じがたい判決をした外道裁判官が実在したのだが。

これを「弁護士が仕事をして有利な判決を引きだした」とか抜かして、弁護士を絶賛している連中がいて。

それが「知識人」を気取っていると聞いて小野寺も絶句した。

今回はそんなケースにはならないだろう事は幸いだ。

こんな裁判官と弁護士では。

まあ元々石器時代と変わらない平均的な人間のモラルが。

落ちるところまで落ちるのは、まあ仕方が無いのかも知れない。

ともかく、安心できると判断したので。

ばんばんスケジュールを組み込んでいく。

珍しく鼻歌がでる。

楽しいものは楽しいと感じる。

流石に小野寺を唸らせる程駄目なクソ映画は、近年高宮のものくらいしか見た事がないが。

それはそれで。

今回はその高宮の映画の原典かもしれない場所を見に行く事が出来るのだ。

だから純粋に楽しもう。

近年碌な事がおきていなかった小野寺の周辺だし。

今後も両親はどっちかが壊れてしまってもおかしくない。

ブラック労働は簡単に人を壊すし。

人が壊れた結果、どんどん社会から人材はいなくなってきている。

そのぶん残った人間への負担は増える一方。

小野寺もいずれ、そんな社会に出ることになる。

修羅場とか、かっこういい言葉を吐いている社会人がいたので呆れた記憶がある。

こんな状況は修羅場ですらない。

ただの破滅に向けて転がり落ちているだけ。

そんなものへ出ていく若者を、止めるのが大人だろうに。

スケジュールは決まったので、おもわずよっしゃと声が出た。

残念ながら小野寺は、芸大に行けるほど芸術的センスとかの色々が欠けている。親にも今の時点では普通の大学に行けと言われている。

一応金は出してくれるらしい。

それだけでも。

小野寺は幸せなのかも知れなかった。

 

当日が来たので、うきうきしながら小野寺は親友と合流した。

まだ朝早いが。

どっちも相当に早く朝は動く。

これは学校のクラスメイトと遭遇するのを避ける為である。

その気になれば農家のような時間に起きて行動する事が出来るのだが。

親友曰く、この習性はのちのち使えるかも知れない、ということだった。

通勤ラッシュで場合によっては片道二時間半、とかいう世界があるという事なので。

それを考えると、確かにこの時間におきて動けるのは楽なのだろう。

リモートによる仕事だって、今はまだまだ普及しているとは言い難い。

確かに親友がいうように。

この朝早くからしっかり動ける習性は、有利かも知れなかった。

久しぶりに直接会った親友は、気むずかしそうな小柄な女の子だ。

同年代とは思えない。

華やかな外見をしているらしい小野寺とは対照的で。気むずかしそうな子供にしか見えないが。

実際にはスペックから何から、親友の方が上だ。

外では名前は呼ぶなと言われている。

典型的なDQNネームなので。その内名前を変えることを検討しているらしい。

何でも元手として十万ほど用意し、そこから株取引で現在500万程度まで増やしているらしく。

高校を卒業したら家を出て、改名もするそうだ。

そのまま、軽く話しながら芸大に向かう。

流石にこの時間はまだまだオープンキャンパスはしていないが

時間つぶしに喫茶店とかに入るのは、最寄り駅についてから。

これは電車でどんなトラブルが起きるか知れたものではないからだ。

一時期ほど電車に飛び込む人は多くは無いとはいえ。

今でも時々どうにもならなくなって、電車に飛び込む人は出てくるのが実情なのである。

この国の電車のダイヤは世界的に見て最も優秀だが。

それも、電車の運転手の過酷な労働に支えられている。

それらを考えると、色々複雑だし。

更に業病を避ける事も考えると。

早朝の電車にさっさと乗って。

最寄り駅に行っておくのが正解、というのも事実だった。

途中で親友と幾つか話す。

親友は外でもかなり硬いしゃべり方をする。

「高宮監督の映画だがな。 全部を何度か通して見たが、やはり結論は今のところ変わらないな。 わざとやっていると判断していいと思う」

「問題は理由だね」

「そうなる。 芸大の方では、卒業生の制作物なども見る事が出来るという話だから、参考にさせてもらおう」

「うん」

電車に揺られてそのまま移動。

芸大の側についた頃には、既に電車はかなりサラリーマンに満ちていた。

ただ、芸大の駅ではあまり降りる人もいなかったので。

周囲に声を掛けながら、どうにか降りるしかなかった。

幸い入り口付近の人が降りてくれたので。

そのまんま次の駅に、という事態は避けられたが。

これを連日繰り返していたら。

それは病むだろう。

その結論は、確かに簡単に出す事が出来た。

消毒駅を出してきた親友。

有り難く使わせて貰う。

業病が流行る一方で、代わりに今まで猛威を振るっていたインフルエンザが絶滅しつつあるという。

手洗いうがいの徹底に加え。

マスクをみんなつけるようにしたからである。

一方で、更に新しい邪悪な病気が流行り始めているという噂もある。

気を付けなければならないだろう。

近くの喫茶店に入る。

面接の類をしているらしいおっさんたちがいたが。

今時圧迫面接をしているらしい。

さっと隙を見て店を出る。

見ていて気分が悪いし。

あんながなり声を聞いて、気分が良いとはとても言えないからである。

別の店に入ると、幸い雰囲気がいい店で。

そこで安心して、やっと腰を落ち着けることが出来た。

「予定通りの時間だな。 きちんと予定通りに進むと気分が良い」

「まあ学生の生活は、規則正しくが基本だよね」

「勉強とかで徹夜とかはしないのか」

「いや、私は自分に出来る範囲でやっていこうと思ってるし」

親友曰く、小野寺は欲がとにかく薄いのだそうだ。

まあそれは、確かかもしれない。

欲が薄いというのは良い事だと思う。

欲望が強いと、どうせ碌な事にならない。

今の時代、強欲である事を褒め称える傾向があるが。

ハングリーさと強欲である事は必ずしも一致しないし。

ましてや性欲が強い人間は何でも強い、というようなトンチキな理論は、広めたフロイトとかいうおじさんを助走付きでぶん殴りたい気分である。

このトンチキ理論で勘違いした奴がどれだけいることか。

色んな作品を観てきて、執拗に繰り返されるベッドシーンを見て、うんざりしていた小野寺だ。

誰も彼もが好きだと思うなよとぼやきたい。

そして今度はポリコレである。

多様性を歌いながら、むしろ自由を殺してしまっている謎の思想。

人権屋が主導して、文化を積極的に破壊しにいっている邪悪の権化。

それらも、金が欲しいという欲望から来ているものだ。

何が欲望は最高なのか。

はっきりいって反吐が出る、というのが小野寺の本音である。

「それはそれとして、どんな風に見て回る?」

「スケジュールは作ってきた」

「おお、流石だね」

「晴もこの辺りはスムーズに出来るように経験を積んでおいた方が良いぞ。 どうせクズみたいな同級生にあわせて、適当してたんだろう」

それについては返す言葉も無い。

決定的な孤立を避ける為に、時々股が緩い同級生とつるむ事はあったのだが。

様子を見ながら、最低限だった。

合コンとやらに連れて行かれたこともある。

相手が高校生だと分かっているだろうに。

平然と持ち帰ろうとしている社会人がいるのを見て。

世の中病んでいるなと、呆れたものだった。

「私、論理的な思考、苦手だもん」

「それは知っている。 だがそれは後天的に鍛えることが可能だ」

「そんなものなの」

「そんなものだ」

親友曰く、論理思考は自分で鍛えたそうである。

とはいっても、元々天才肌の親友だ。

昔級友だったころからそうで。

聞いたことは忘れないし。

どんな意地の悪い応用問題が出ても、絶対に正解していた。

ただ。同級生だった頃。親友が百点を取る事はあまりなかった。

というのも、とにかく担任の教師が意地が悪く。

親友が丁寧に答えた論理的な問題を、難癖をつけて点数を引いていたし。

目の敵にして質問を振って。

正解を親友が答えても、難癖をつけて馬鹿にしていたからだ。

こういう教師は何処にでもいると。

親友と離れて、高校に入ってから思い知らされ。

教師とはどうしようもないのが相当数混じっているなと軽蔑したものだが。

多分今なら分かる。

それは教師に限ったことでは無いだろう。

「そろそろだな。 行くぞ」

「うん。 何だかデートみたいでわくわくするね」

「デートか。 興味が無いな。 単純に楽しめればそれでいい」

「うーん、そうなのかな」

頷く親友。

そのまま、オープンキャンパスに向かう。

それなりに未来の人材を募集しているらしく、芸大らしい凝った演出を彼方此方にしていた。

大学自体は、芸大としてそこまで有名なものではないのだが。

それでもそれなりに凝っている。

また映画や小説関係も存在していて。

中々に面白い場所だと、小野寺は思った。

ただ、映画にしか興味は無い。

過去の学生の作成作品を見に行く。

高宮は確か本名で活躍している筈。殆どの見学者が別のを見ている中、いち早く親友が高宮の学校時代に作成した作品を見つけ。

二人で見ることにした。

かなりの長編である。

二時間だから、全部フルで見たら多分芸大で時間はほぼ終わってしまうだろうが。

そもそもこれを見に来たのだ。

自主製作映画を見ることが出来るスペースが存在しているので。

其処に出向いて。映画を見せてもらうことにする。

昔はビデオテープすらも高級品だったらしいし。

映画のフィルムもかなり高級品だったので。

駄目な自主製作映画だと、NGシーンも普通に使い回したりするらしいのだが。

流石に近年はその辺りもかなり改善されてきているらしく。

NGシーンが入っているような事は無かった。

だけれども、NGシーンはそれはそれで。

そもそも高宮がNGを出さないのかも知れないし。

ひょっとしたら、適当なまま撮影されているものもあるのかも知れなかった。

さて、あのエドウッドは。

学生時代の自主製作映画から、殆ど進歩がなく。

後にファンがそれを見て、驚愕したという記録があるという。

流石に小野寺もエドウッド作品はコンプしているが、それはあくまで本人がプロになってから作った映画であり。

更にはエドウッドを題材に作った映画である。

なお後者はクソ映画どころか名作なので、見ていて普通にエドウッドという人物を好きになれる。

何事も愛情が大事で。

撮った監督が、エドウッドという映画の才能だけがなく他を全て持っていた可哀想だけれどもそれなりに波乱に満ちた人生を送った人を。心の底からすいているのが分かる内容だ。

良くいる、原作を馬鹿にしてカスみたいな実写映画を撮る連中とは根本的に違うし。

そういう連中を助走をつけて殴るべきだと理解させられる作品だった。

まあともかく、高宮の学生時代の映画だ。

どんな酷い映画なのか。

わくわくしながら、小野寺はフィルムを回して。

ちょっとした映画館気分で楽しみ始めていた。

 

4、結局謎は深まるばかり

 

映画が終わって。

小野寺は呆然とするばかりだった。

面白い。

いや、クソ映画好きからみて面白い、のではない。

普通に自主製作映画の範疇だが。

それでも充分に面白い映画だったのだ。

見終わって呆然としてしまった。

飯屋のレビューをするHPで酷評されていた店に入ってどんな酷いくいものが出てくるのか、楽しみにしていたら。

普通に美味しいものが出て来て。

食べ終わった後美味しいと思うのと同時に。

レビュー書いた奴、適当ほざいたなと思った。

そんな心境が近かったかも知れない。

いずれにしても、呆然としている小野寺を、親友が小突いていた。

「あ、あれ。 終わったね……」

「これではっきりしたな」

親友はずばりいう。

まあ、意見は恐らく同じだ。

はっきり分かった。

高宮葵監督は。

敢えてクソ映画を撮っている。

しかも、これはひょっとするとだけれども。

意識ばっかり高くて、面白くもない身内向けの映画を評価する体質になっている業界人を。

思いっきりコケにする目的で映画を撮っているのではないのだろうか。

しかもそんな業界人達は、自分達が徹底的にコケにされていることに気付けてさえいない。

だとしたら。

これほど滑稽な事は、そうそうはないだろうと思う。

しばらく虚脱していたが。

親友に言われて芸大を出る。

そのまんま。駅に向けて歩きながら、話す。

「良い映画だったね……」

「高宮監督の映画ということもある。 恐らく相当なマニアしか触れる気は無かったんだろうし。 その最初の一人が私達だった、ということだ」

「うん……」

なんだかもったいないなあ。

それが小野寺の感想だった。

親友が。意外な事を言う。

「晴。 いっそのこと、俳優になってみたらどうだ」

「ええー。 やだよ」

「タッパはあるし、それなりにルックスもいい。 俳優になったらそれなりに有名になれると思うけれどな」

「高宮監督の映画に出るのは良いけどね。 俳優がどんだけ大変な仕事か知ってるでしょ?」

以前、いわゆる大部屋俳優がふとした理由から有名になった事がある。

その時、大部屋俳優の希望とまでその人は言われたのだ。

逆に言うと。

それだけ俳優というのは、厳しい仕事である事を意味している。

今の時代はどんな仕事も厳しいのだろうが。

そんな中でも、更に厳しいと言う事だ。

「まあ、その気が無いならいい。 ただ、高宮監督は出演を歓迎してくれると思うけれどな」

「……そうかなあ」

一時期だが。

鉄道会社で。鉄道が好きな人間を、面接で落とすというような事をしていた事があるらしい。

ゲーム会社でも、ゲームが好きな人間を面接で落としていたそうだ。

その結果、人材が一切育たないという事態が発生して。

大慌てでその方針をやめたそうだが。

どこぞのコンサルが、どうせ適当な事をほざいたのだろうと小野寺も呆れている黒歴史の一つである。

高宮は筋金入りの変人と聞くが。

頭は古くも硬くもないだろう。

確かに申し込めば映画に出られる可能性はあるが。

ただ、正直俳優で食っていくことは考えたくない。

配給会社によっては、面接でホテルに連れ込まれるようなことすらあるらしい。

冗談じゃあない、というのが素直な所だ。

「分かった、晴がそういうならそうなんだろう。 それで、今後はどういう風に高宮監督にアプローチしていく?」

「そうだなあ。 何を目論んでいるかだけが知りたい。 本人の人格とかにはあんまり興味が無いかな」

「割とストイックだな」

「んー、そうだよ」

学校で周囲にあわせてヘラヘラしている小野寺は、仮面を被っているのに等しい。

心理学用語で言うペルソナだ。

ただ、それはストレスが掛かる。

元々の小野寺は、結構ストイックな性格なのかも知れない。

まあそれは自分でそうだというものではなくて。

他人が評価するべきものなのだろうが。

「とりあえず、合流地点で別れよう。 後はまた、SNSのメッセージでやりとりをしていこう」

「うん、そうしよう」

「帰りの電車は空いているはずだ」

「だといいけどねえ……」

遅くなりすぎると、また電車は地獄絵図だったのだろうが。

幸い早めに切り上げたこともあって、帰りの電車は空いていた。

電車の中で、軽く話をする。

親友は学校では空気そのものになっているそうだ。

普段は学校では一言も口を利かないそうである。

ただし、テストで点数はとる。

それに対して、教師が嫌みをいつも言ってくるとか。

勉強だけ出来てもなんの役にも立たないとか。

教師がそれをいうのかと、呆れてしまうが。

これが今の教育現場の本当、と言う奴だ。

一時期の若者向けの創作で、理想的な学校生活が散々描かれたが。

あれは現実がカス以下だから、というのが理由としては大きい。

今は異世界転生が流行っているようだが。

まあそれも、現実がカス以下だからと言うのは理由の一つとしてあるだろう。

とはいっても、ブームというのはよく分からないものだ。

これといった正解は、実の所無いのかも知れない。

駅で別れる。

小柄な親友が手を振ったので、軽く手を振り返す。

後は、家まで無言で過ごす。

そのまま、静かにしていると。

電車の中が、そこそこ混んできた。

早めに出ていて正解だったなと思うけれども。それはそれでまあ仕方が無い部分でもあったのだ。

いずれにしても、今は高宮が芸大時代に撮った映画の余韻を楽しむ事にする。

やはりそうだと分かっていたが。

その気になれば、いくらでも面白い映画は作れるのだ。

だとしたら、どうしてクソ映画ばかり作っている。

業界人が絶賛しているのもクソ映画だ。

それに関係しているのだろうか。

稼ぐため、ではないだろう。

自分の映画がどんな風に世間で扱われ。客が一切入らないことくらい、高宮だって知っている筈だ。

それなのにスタイルを変えないと言う事は。

やはり、何か理由があるのだろう。

いずれにしても勘違いした挙げ句、深淵を除くような真似はあってはならない。

それは身を以て分かっているので、今後も気を付けよう。

最寄り駅につく。

降りて自宅に向かう。

自宅まで黙々と歩く。

途中クラスメイトにすれ違った。

以前はスクールカーストの上位にいたやつだが。今は別人のようにやつれてしまっていた。

ざまあみろと内心で思ったが。

目礼だけしてすれ違う。

さて、家に戻った後は。

またクソ映画を見るか。

今日は驚きだった。;

クソ映画の愛好家である小野寺だけれども。

かといって、名作がきらいというわけでもないのである。

今日は久々にいいものを見た。

だから、ちょっとうきうきしていた。

 

(続)