謎の映画監督

 

プロローグ、謎の映画作家

 

映画館に人はほとんど入っていない。

映画が上映しているのに、中はガラガラ。

そして数少ない観客もあくびをしているか、寝ていた。

あまりにもつまらないのだ。

映画が終わって、次の映画のためにスタッフが寝ている客を起こして回らなければならないほど。

それほどに、この映画には人が入っていなかった。

それでも何故か。

この映画は、シリーズ8。

なんと8作品も続いているのである。

そしてそのシリーズを作っている監督は、全て同じ人物なのだった。

しかもだ。

「アルティメットコメディ」というジャンルを勝手に名乗っているこの映画シリーズ。ジャンルもバラバラ。

なんと一作目はサメ映画で、二作目はスプラッタ映画。三作目はなんといきなりスペースオペラと、統一性が全く無い。

それなのにシリーズ化しているという、意味不明な代物である。

ともかく映画館の館長は嘆いていた。

「文化保護法だか何だかしらんが、なんでこんな映画が堂々と作られているんだよ。 しかも国の税金がつぎ込まれてるんだぞ」

「余所の国のを真似したらしいですね。 結果つまらない映画の量産につながったと」

スタッフが皮肉を込めて言う。

ただ、映画館館長にしてみれば。

客が全く入らない映画なんて、困るもの以外のなにものでもなかった。

しかもその法によって、映画館で放映はしなければならないのだ。

本当に迷惑な話である。

「DVDだかBlu−rayだかで売ってくれよもう。 マニアならそれで買うだろうよ……」

「文句はこの法を通した政治家さんたちにいってくださいよ。 まあ大御所とかいうジジババのコネで通したらしいですけど」

「意識高い系の映画作ってるジジババが、どんだけ邦画衰退させたと思ってるんだ。 その上こんな睡眠導入剤みたいな映画作りやがって。 映画館を潰す気か」

「知りませんよそんなの。 さ、次は人気のアニメ映画ですから、掃除もしっかりしましょう」

スタッフに言われて、年老いた館長はブツブツぼやきつつ掃除をする。

そんなに大きな映画館ではないが、スタッフは今時だし人手不足。

館長も掃除に協力しなければならない。

椅子などのチェックが終わったので、次の映画を入れる。

もう十何作とシリーズが出ているアニメ映画で、わっと人が入る。

意識高い系の映画監督が失笑しているらしいが。失笑されるのは自分達だと言う事がわかっていないらしい。

映画館の人間からして見れば。

実際問題つまらない映画を作っておいて。

それでいて巨匠を気取っている連中は、はっきりいって度し難いとしか言えなかった。

ともかくこっちは金になるからいい。

映画館の館長は自室に戻ると、何かあったら呼んでくれといって休む。

それにしても凄いなこっちは。

今回の作品も、数十億は軽く売り上げを出すこと確定だそうである。

実写がすっかり駄目になった邦画だが、アニメ映画は大好調。

少し前には世界記録を塗り替える作品が出た。

それらを馬鹿にしている自称巨匠が作る映画なんて、それこそ誰も見ない。

それが映画界隈の現実だ。

しばらくぬれタオルを被って休んでいた。

もう年だし、疲れがなかなか取れないのだ。

ともかく、次の仕事をと思って体を起こす。

軽くスポーツドリンクを飲んで、体力を補給しておく。

小さな映画館とはいえ、最後の上映は7時になる。

映画館も、それなりに激務なのだ。

「それにしてもさっきのつまらん映画、作ったのは例の……」

「まだ若いのに意識高い系の映画人に謎の絶賛を受けている新進気鋭の作家ですよ」

「なーにが新進気鋭だ。 SNS見るとでてくるが、エドウッドの再来とか言われてる奴だぞ」

「エドウッドはとても良い人だったらしいのに、そいつは筋金入りの変人らしいですね」

はあと溜息が漏れる。

子供達は大満足してアニメ映画を見終えたようだ。

否。

客には大人も相当数いる。

そう、大人も楽しめていると言う事だ。

ただ、その分部屋も荒れる。

スタッフ総出で掃除をする。椅子を破損とか、そういう酷いのはなかったのが救いだが。

たくさん客が入ると、椅子を壊したりするような輩がどうしても出るようになるのだ。

次の映画は、まあそこそこ知られている海外映画だ。

客はそれなりに来ている。

ただ、吹き替えの評判が最悪だ。

本職の声優を使えば良いのに。「客が来る」とかいう理由で、演技指導もロクにしていない素人同然のアイドルだのを使っている。

それでも演技指導とかをきちんとすれば、ちゃんとしたものになるのだが。

演技指導をロクにしないのだからタチが悪い。

自然な演技だかなんだか知らないが。

そういうのだって、本職もやろうと思えば幾らでも出来る。

そんなことは年老いた館長ですら知っているのに。

映画業界の老衰ぶりは、館長よりも酷いようだった。

というわけで、その海外映画は字幕で公開である。吹き替えの方は惨状がすぐに分かったので、一回だけ流して後は全部字幕に変えた。

問題はその字幕も翻訳者が業界にコネがあるあんまり腕が良くない人物が担当した事で。

トンチキな翻訳のせいで映画の魅力を半減してしまっている。

頭を抱えたくなる事態だが。

我慢するしかない。

ともかく、館長は今日も一日乗り切った。

幸い、最近はそこそこ映画館は儲かっている。

全体的に不況が酷い今の時代だが。

それでも何とかくっていけているのだから、可とするべきなのだろう。

上映が終わったので、色々な後始末をしていく。

パンフレットを見つけて、うげっと声が漏れた。

例の映画監督が。

次の映画を出すらしいのである。

どうせ「業界人」には大受けする事確定だ。

多分映画館では放映しなければならないのだろう。

しかも内容は「社会派」らしい。

初作がカルト映画の代表格となっているサメ映画だったのに。

なんで続編が社会派映画になるのか理解出来ない。

しかも「社会派」といえば、つい最近も「業界人」だけしか評価しなかった、マスコミ賛美作品があったりと、ろくな代物では無い魔郷である。

思わず館長は溜息を漏らしていた。

「まだ若いらしいのに、どうしてこんな訳がわからん映画ばっかり作ってるんだこの人はよ……」

誰もそれには応えてくれない。

それはそうだ。

スタッフ達も、うんざりしているのだから。

 

某所。

ある映画施設。

少し前までは、時代劇が毎週放送していた時期もあったのだが。それらのレギュラー番組が悉く終わってしまった。

理由は簡単。

視聴者があらかた鬼籍に入ってしまったからだ。

たとえば、ある江戸幕府の副将軍が日本中で世直しをする時代劇。

あれなどは、老人がいつ死んでも分からないから、毎週いつ見ても楽しめる内容にしてほしいという要望が多かった。

それ故に、毎週日本中で似たように世直しをする話になっていたのだが。

視聴者がみな鬼籍に入ってしまえば、当然誰も見なくなる。

つまりは、そういう事である。

今は歴史映画やら、国営放送の大河ドラマやらでセットが使われることが多いが。

前ほどの活気は無い。

だから、利用するのも。

正直、楽で良かった。

退屈そうにメガホンを握っているのは、ひょろんと長身の女性である。何というか目の下に隈がいつも浮かんでいて、退屈そうな表情。しかもつまらなそうにしているので、男が寄りつかない。

この人こそ。

「業界人にだけ」高評価の映画を作り続けている謎の人物。

高宮葵だ。

映画ファンからは「現在のエドウッド」等と呼ばれる事もあるが、勿論それは嘲弄の意味である。

意識高い系の映画監督とかは、批判に対して顔を真っ赤にして反論し。挙げ句の果てに「理解出来ない方が悪い」とか抜かしたりするのだが。

高宮は繰り返される批判にも一切合切無関心である。

そもそも映画ファンは高宮の素顔も知らない。

マスコミに顔を露出しないからだ。

その上無気力そうで退屈そうな表情もあって、いわゆる性的な魅力はゼロ。一時期は俳優や若手の監督にに枕営業を強要していたような「業界の重鎮」たちも見向きもせず。とにかく、「業界人」に圧倒的な好評を得る一方で。

本人のことは誰も知らないと言う。

謎極まりない人物となっていた。

連れてきている俳優も、近年はレベルが下がる一方だ。

意識が高い系の人間は、どうも声優の事が未だに不愉快でならないらしく。アニメ監督でも、年を取ってきて脳がバカになってくるとそうなってくるケースが多い。

オタクと呼ばれる存在が社会的に「差別して良い」とされていた時期が存在していたのは高宮も知っている。

その時期の脳みそのまま、未だに動いているのだろう。

無気力の権化である高宮にとっては、どうでもいいことだ。

実の所、高宮はエドウッドと比較されるのをとても困惑している。

エドウッドは映画を作る才能に関しては皆無だった。

それについては、映画を知る人間だったら誰もが同意するだろう。

しかし映画に対する情熱に関しては人一倍だったのだ。

それについても、エドウッドを少しでも知る人だったら、誰でも知っていることである。

だから、そんなエドウッドと無気力の塊が比べられるのは、不愉快極まりないというのが事実だ。

エドウッドに失礼である。

それにだ。

無気力な高宮が、意味不明で前衛的な映画ばっかり取っているのにはしっかり実は意図がある。

まあ、それを公表するつもりはないのだが。

「はいカット」

「カット! 休憩五分!」

映画のセットの中で、色々なスタッフが動いている。

売れもしない映画なのにスタッフがいるのは、補助金が出ているからである。

文化保護法とか言うものだ。

欧州でも似たような法律がある国が存在する。その法を悪用して、クズ映画を量産している監督がいるのも事実だ。

それなのにこの国も、「何でも欧州のものは素晴らしい」とか考えている阿呆どもがそれを真似し。

この法を作ってしまった。

そのため、初作で「業界人」に絶賛されるサメ映画を作った高宮は。安泰のままゴミ映画を量産する事が出来ている。

勿論それが税金から賄われていると思うと色々心苦しい所もあるが。

少しばかり目的のためにお金を使わせて貰いたい所である。

「監督、その、すいません」

俳優が来る。

手には、しっかり何度も真面目に読み込んだらしい脚本。

まだ若い俳優だ。

若い俳優が現在登竜門としているのは、特撮番組とされている。

現在勢いを盛り返している特撮番組は、一時期ほどではないにしても社会的な現象になっており。

特に若手俳優にとっては登竜門だ。

だがそれに出たからといって必ずメジャーになれるというわけではなく。

そのまま仕事がこなくなり。

挙げ句ストレスからカルトに落ちてしまう俳優もいる。

この業界は魔窟だと高宮は知っている。

特に枕営業は未だに蔓延っている状況だ。

まあ、そういうものなのだから仕方が無いが。

そんな中でも、情熱を持っている俳優がいるのは立派だ。

「このシーンなんですが、どうしてもこの台詞の意図が理解出来なくて……」

「理解出来なくても頑張って」

「……」

「理解出来なくても頑張って」

敢えて二回繰り返すと。

項垂れて、俳優は戻っていった。

最悪のやり方である。

どうすれば良いか聞いて来た相手に、「努力しろ」というのは最低のやり方である事を高宮は知っている。

どうすれば良いかと聞いてくるような人間は、意欲があるのだ。意欲はあるが、対応策が分からない。

それに努力しろというのは、はっきりいって最悪の悪手だ。

更に言えば、非効率な努力は人間を簡単に裏切る。

下手をすると、努力の果てに何も残らないと言う事なんてザラに起きてしまうのである。

そんな事は敢えて分かった上で、高宮は相手を突き放した。

ああいう子には、こう接するように決めている。

間違っても、高宮を凄い映画監督と勘違いされると困るからだ。

しばらくの休憩の後、撮影再開する。

今取っているのは、社会派映画。

「業界人」が大好きなそれだ。

社会派といっても舞台は江戸時代。

江戸時代と言う割りには色々とおかしな点があるのだが、それについてはまあどうでもいい。

問題は、江戸時代で民主主義を題材としているということで。

はっきりいって無茶苦茶にも程がある。

そして高宮は敢えてそれを理解してやっている。

勿論一般視聴者は何の興味も湧かないだろう。

アルティメットコメディシリーズと言えば、クソ映画の代名詞と化しつつあるのだから。

しかしながら「業界人」は大絶賛している。

その温度差が。

高宮には、意図して作りあげたものだった。

会話も内容が色々とおかしい。

これも意図している。

脚本家に書かさせているのではない。

脚本は全部高宮が書いている。

脚本というのは、専門の人間がいるが。あのハリウッドですら、意味不明の脚本がしばしば上がってくるのである。

ましてやもはや魔窟とかしてしまっているこの日本では。

敢えて言うまでもないだろう。

だから自分で書く。

それだけだ。

そして脚本家に無駄な金を払わなくてすむと言うだけで。

他のクソ映画監督よりは、税金を無駄遣いしていない。

そういう意味では、高宮は多少マシなのかも知れないが。

あくまで多少。

大した違いはない。

俳優達も困惑しながら演技をしているが。

高宮は殆どNGを出さない。

このため、「ホトケの高宮」とか俳優達には言われているらしい。

これは恐らくだが。

何も文句を言わない優しい監督だという意味と同時に。

死人のように何もしないという意味もあるのだろう。

中々これは面白い比喩だと思う。

時々SNSを覗くと。高宮のやり方を擁護して炎上し、周囲に噛みつきまくっている「業界人」がいるのだが。

そういうのの狂態を見るのは、高宮の楽しみの一つだった。

なお高宮もSNSをやっているが。

朝飲むコーヒーの写真しか上げないので。

「謎のコーヒーアカウント」として知られている。

映画監督なのに、自作の宣伝すらしないと言う事で。カルト映画のファンですら困惑しており。

しかもインスタントコーヒーばかりなので、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだとぼやいているアカウントも時々散見する。

それでいい。

下手な事を抜かして炎上するよりも。

得体が知れない意味不明な存在でいる方が良いからだ。

やがて撮影が終わる。

肉体的な意味ではあんまり疲れていないだろうが。

意味不明な台詞と意味不明な演技をさんざんさせられて、SAN値をゴリゴリ削られた俳優達が、疲れきって帰っていく。

それでいい。

あくびをしながら、ふらっと高宮も帰る。

そして、帰路で思うのである。

今日も、つまらない映画を予定通りに撮れた。

そう。

高宮は。

意図的につまらない映画を撮っているのだった。

 

1、謎の映画作家の一日

 

勿論独身で、当然交際している相手もいない高宮は。ぼんやりと早朝から起きだす。

起きる時間は五時。

農家みたいな時間だが。これは撮影によっては俳優もこれくらいの時間に起きているから、である。

それにわざわざあわせているのだ。

映画監督の中には、俳優なんて穴さえあればいいと思っているような輩がいるが。

高宮は俳優に相応の敬意を払っている。

勿論声優にも。

いっつも意識が高い「業界人」に高評価を貰っても、ごく短い返ししかしないので、一部の人間からは「bot」とか呼ばれている高宮だが。

その真意は、基本的に面に出す事はない。

朝の作業を一通り済ませると、日課であるコーヒーを一杯いただく。

そして写真を撮る。

今日のコーヒー。

そう呟いて、写真をSNSにアップした。

そうすると、不思議と拡散される。

なんだか一定数の人間が高宮の呟きには興味を持っているらしく。

更にコーヒーの写真を上げる時間がいつも同じのため。

こちらでは「時計」とか呼ばれているそうだ。

つくづく、すこぶるどうでもいい。

ともかくコーヒーを飲んでカフェインを頭に入れると。

一日開始だ。

着替えも済んでいるので、そのままふらっと家を出る。

車に乗って、撮影所に向かう。

高宮は絵に描いたような安全運転で、免許を取って五年経つのにずっとゴールド免許のままである。

一度同性の俳優を自宅に送ったことがあるのだが。

まるで機械が運転しているようだと、言われた事がある。

まあそれはそれでどうでもいい。

そのまま、撮影所に到着。

監督が一番だ。

撮影所の、今日使う所をチェック。

事故が起きないように気を付けての事である。

昔は、男一匹、なんて言葉を使うシーンが映画で散見された。

これはどういうことかというと、俳優は人間以下として扱われていたことを意味している。

それがどういうことか、映画文化がある程度根付いてくると。

今度は声優に対して、似たような視線が向けられるようになった。

あと何十年かして、アニメ映画がしっかり文化として根付いたら。

今度は差別の視線は何に向けられるのだろう。

はっきりしているのは。

人間というのは、自分より下の存在を作らないと怖くて仕方が無い生き物だ、ということで。

それは意識高く自分を優れた人間だと思い込んでいる輩ほど強い、という事である。

はっきりいって高宮には滑稽極まりないのだが。

正直どうでもよかった。

そんな連中は。

撮影所を見て回った後。

脚本をチェック。

今日撮影する分については、全て頭に入っている。

これについては。高宮の記憶力が図抜けているからだ。

一度会った人間は、基本的に絶対に忘れる事がない。

高宮は周囲には見せていないが、実はIQ診断……それもネットにあるようないい加減な代物ではないやつで、190をたたき出した事がある。

別に平凡な芸大を出た高宮なので、自分でも驚いたのだが。

そういえば、他人の顔を全く忘れないなという事を思い出したりして。

今では少し懐かしく思う。

無言で二番目に来た俳優達に目礼すると。

後はスタッフが来るのを、ぼんやりして待つ。

ホトケの高宮と言われるのには、もう一つ理由がある。

俳優などを怒鳴ったりする勘違いしたスタッフに対して、無言で首を通告するからである。

それがどれだけ有名な人間でも、だ。

勘違いしている阿呆はいらない。

それが高宮の持論だ。

何となく、それは伝わっているのだろう。

高宮の映画は、出来は最悪だが現場の空気はいい。

そういう評判は、どこからか流出しているようだった。

いずれにしても、スタッフが揃ったので撮影を開始する。

今日のスケジュールについて軽くミーティングをする。

これが普通の監督だったら、撮り直しだの何だので、いつも荒れに荒れるのだが。

高宮の場合は、基本的に余程の事がない限り一発でOKを通すので。

とてもミーティングは静かに進むのだった。

ともかくミーティングを終わらせて。

すぐに撮影を開始する。

皆一応プロだが。機材とかはかなり古くなってきているものも多い。

近年はCGなどを使う映画も増えてきていることもある。

何より邦画のパイがどんどん縮小してきていて。

映画でも海外映画を観るか。

アニメを見るかのほぼ二択になって来ているのが大きい。

そのアニメにしても、古参の監督の中には老害になってしまい。

意識が高いばかりで、クッソつまらない映画をとって鼻息を荒くしている連中がいるので。

まあこの業界は、一度ぶっつぶさないと駄目なのだろう。

高宮は幽霊のようにその場でメガホンを握って立ち尽くしながら。

ぼんやりとそんな物騒な事を考えるのだった。

今日の撮影が始まったが。

高宮がNGを出さないので、副監督が不安そうにちらちら高宮を見ている。

どうみても今のはまずいだろうと思っているのか。

それとも内容が理解出来ないからか。

どっちでもどうでもいい。

NGを出そうとする副監督を、高宮が止める事すらもある。

そして議論がそもそも成立しないので。

高宮の映画の副監督になる人間は、それだけでげっそりするようだった。

どうでもいいが。

兎も角撮影は進んでいく。

まだ映画の三割も撮れていないが。

すでに意識高い系の「業界人」は注目しているようで。ハイペースで新作を出している「業界の新星」が、また新しい映画を撮っているらしいとSNSに書き。

それにSNSのアカウント多数が、またかとぼやいているのだった。

中には物好きもいて。

高宮の映画のDVDやらを購入して内容をチェックし、レビューしている人もいる。

そういうレビューは必ず目を通すようにしている。

レビューの大半は酷評だが。

映画の内容に悪意があるとか、そういうものは一切無く。

とにかく意味が分からないと、レビュワーも困惑しているケースが殆どだった。

それでいいのだ。

何しろわざと訳が分からない内容にしているのだから。

「はい、OK。 じゃあ、皆さん昼食にしてください」

「昼食にしてくださーい」

手を叩いて、中年の副監督が周囲に声を張り上げる。

声が大きくて五月蠅い。

鬱陶しいなあこの人。

そう高宮は内心で思う。

俳優達は高宮の声を聞いて状況を理解しているのだから、それでいいだろう。

副監督は、そもそも結構有名な映画監督だ。

悪い意味で、だが。

途中まではそこそこの映画を撮っていたのだが。

途中から、業界人にでもおだてられたのか。意識が高い面白くもない映画ばかり撮るようになり。

更にある俳優と不倫関係にある事が週刊誌に暴露され。

仕事を干された。

結果として、二年ほど何もせず過ごしていたらしいが。

最近になって業界に復帰。

今回、配給会社側からの懇願で、副監督として使っている。

だが此奴ははっきり言って無能だと高宮は判断している。

情熱があった頃はよかったのだろう。

此奴が作った面白い映画は、どれもこれも何かしらの原作があるもので。

それに周囲のスタッフが優秀だった。

俳優達も初期の映画については、のびのびとやっていた。

学生時代には山ほど映画をみた高宮だが。

初期の此奴の映画と。

批判を受けるようになった頃の映画で。

あまりにも違い過ぎるので、そういうものかと逆に感心してしまった記憶がある。

副監督になった今も、時々若い女性俳優の尻を視線で追っているので、まあ懲りていないのだろうが。

いずれにしても、人間は器にないところに行くと壊れる。

こいつはその見本だったのだろう。

今回は副監督で使ってやっているが。

次回からは使わない。

それについては、配給会社に申請しておく。

どういうわけか業界人に絶大な支持を受けている高宮である。

会社の方も、たまに上がってくる陳述については聞くようにしているようだ。

連中は業界人を怖がっている。

まあコネがあるから、なのだが。

おかしな話だ。

実際にはもう業界人の映画評なんて、物笑いの種でしかないのに。

この間、世界記録をうち立てた日本のアニメ映画が、何かの賞を取ったのだが。

その発表が為された瞬間、業界人達は揃って失笑したそうである。

失笑されるのは自分達の方だと理解出来ていない。

そういう悲しい生物なのだと、高宮は。

自分にとっての庇護者である存在のことを、冷たく見ていた。

高宮は食が細い方だが、どれだけまずい弁当が出て来ても普通に全部食べるようにしている。

そして監督によっては俳優には豚の餌みたいなのをくわせて、自分だけいいものを食っているような場合もあるらしいが。

高宮は俳優と同じものを食べるようにしていた。

もっとも、昼食の時はふらっと消えて。

誰にも食事しているところを見せないので。

弁当屋しかそれは知らない事だが。

昼食と昼休憩が終わったので、午後の撮影に入る。

また副監督がそわそわしている中。

電波まみれの脚本に困惑しながら、俳優達が演技をしている。

酷い演技の子がいるが。

まあそれについても放っておく。

それでいいのだ。

わざとクソ映画を撮っているのだから。

演技指導についてもやらない。

そもそも、色々な映画で酷い演技が野放しにされているように。

演技指導なんて、その場で監督やらが気分次第でやっていることがしょっちゅうである。

中には自然な演技が云々と完全に的外れな寝言を抜かす、脳が老いきってしまっている老害もいるが。

そういうのは論外としても。

高宮は、敢えて演技指導なんてするつもりはなかった。

ただ。一つだけするようにしていることがある。

映画の撮影が終わった後。

俳優には通して、映画を見せる。

それによって、俳優がどう思うか。

もしも、酷い演技を自分でもしていると思ったのなら。恐らくはどうすればいいか考えるだろうし。

或いは専門家に意見を求めるかも知れない。

いずれにしても、高宮に聞いても無駄だと分かっているので、何かしら対策はする。

子役でもなければそうだ。

「はいカット。 次のシーンまで休憩」

「い、今のOKなんですか」

「カット」

二度繰り返す。

それで、有無を言わさずの雰囲気になったので。納得してない様子ながら、副監督は席についた。

スポーツドリンクとかは配るように指示してある。

俳優はかなりの激務だ。

撮影所にもよるが、場所によっては酷暑の下で仕事をしなければならない事もある。

だから、こういう配慮は常にしている。

高宮は体が頑丈なので。

自分に対しては、全くという程無頓着だった。

今回、高宮の映画に始めて出る俳優もいるようだが。

だんだん高宮がどういう人間かは、理解出来てきたらしく。

脚本が電波塗れでも。

今はもう、特に何も言わないようになっていた。

それでいい。

こうやって電波まみれの脚本になれておけば、後で酷い映画の仕事が来ても、対応は出来る。

しばし撮影を続けて、今日の予定は全部終わり。

機材トラブルを除けば、問題は一つもおきなかったのだ。

まあ撮影が早く終わるのも納得である。

不満そうな副監督が引き揚げて行く。

俳優達も、こんなに早く帰れる現場は初めてだという顔をしている。

男一匹。

それが昔の俳優が置かれていた立場を示しているし。

今でもそれは色々な形で、悪しき影響を後々まで及ぼしている。

さて、帰るか。

高宮は、今日も。

特に何も考えること無く、家路についていた。

 

家について、SNSを見ると。

副監督のアカウントが荒れているようだった。

まあ、それもそうだろう。

不倫した相手が、かなり有名な俳優だった事もある。

それも枕営業で関係を強要し。

しかもズルズルと弱みを握って肉体関係を続けていた、というのである。

はっきりいって本来だったら裁判沙汰なのだが。

「本人達の問題」という謎の理屈で、見逃され。

最終的には謹慎処分だけで済んだという事態だ。

その過程で俳優の方は家庭崩壊し。

精神を病んでしまったらしいという噂を聞いているが。

副監督の方は二年を棒に振っただけで、堂々と業界に戻ってきたのである。

それは批判されるのも当たり前だろう。

挙げ句の果てに、今日は高宮の悪口を書きまくっていたらしい。

その上今の現場は自分が回しているとか。

俳優達の指導もしているとか。

嘘八百を書きまくっていた。

人間老いるとこうなるんだな。

そう思って、高宮はため息をついた。

この副監督だって、若く情熱があった頃は違っただろうに。

今は昔の全能感に溢れていた自分に引きずられて、精神の病を発症しかけている。

ちなみに、高宮は一切コメントしない。

SNSの方で通報が来ていたが。

連絡有難うございます、とだけ返しておく。

やはりbotではないのかと、そのメッセージを公開してアカウントが呟き。

それで更に炎上が延焼していたが。

やがて、夜だというのに配給会社から連絡が来た。

事実確認について、である。

面倒だが応じなければならない。

テレビ会議に出る。

勿論副監督も出ていた。

顔面蒼白だったが。

「ええと、炎上の件だが。 高宮君、状況については把握しているかね」

「はい」

「それで、どうすればいいと思う」

「副監督は基本的に現場で何もしていません。 というか、仕事が出来ないのが分かりきっているので、座っただけでいてもらっています」

スパンと言い切る。

それで、失笑が巻き起こった。

副監督は、青ざめるを通り越して、死人の顔色になっていた。

「分かった。 それでは公式見解として、副監督が嘘をついて現場を混乱させたと謝罪文を出し、副監督の方はアカウントを削除。 以降はSNSへの書き込み禁止でいいかね」

「別に何でもかまいません」

「分かった、ではそうさせてもらおう」

話が早くて助かる。

そう社長は顔に書いていた。

近年は炎上リスクが激甚である事もある。場合によっては株価が下がるし、それによって億単位の損害も出る。

副監督は、これが決定打になるだろう。

これから追加で説教タイムだろうが、その前にSNSのアカウント消去が先だ。

アカウントを今消去してしてほしいと告げると、副監督は何か言いたそうにしたが。テレビ会議とは言え、全員に睨まれている状態だ。

SNSのアカウントを削除。

自分の方でも確認した。

「それでは、後は謝罪文を出しておく。 高宮君、色々と済まなかったな」

「いいえ。 それでは失礼します」

通話を切る。

PCも落とすと。ぼやいていた。

クズが、と。

配給会社の責任だろうが。

そもそも完全に老害になっていて、問題ばかり起こすようになっている人間だと言う事は理解していたはず。

それがコネが何だで仕事を任せた。

だからこうなった。

分かりきっているでは無いか。

それに高宮は知っている。

高宮の映画の評判が、業界人だけにしか良くない。だから、会社側でも目付役を入れたいと考えているとかいう話がある。

それにあの副監督が選ばれたらしい。

最悪の人事である。

或いは副監督の方が、それを提案し。

会社内のコネで通ったのかも知れない。

会社が腐っているから、クソ映画が出来る。わざとクソ映画を作っている高宮も、それは知っていた。

まあどうでもいい。

SNSを見ると、副監督のアカウント削除と公式の謝罪文で、一気に炎上が沈静化していくのが分かった。

「あの野郎、やっぱり嘘ついてやがったのか」

「高宮の映画も酷いが、それ以上のカスに成り下がったな(笑)」

「いずれにしてももう映画業界からは追放しろよ」

「コネがあるから出てくるだろ。 犯罪者でもまた何食わぬ顔で戻ってくるような業界なんだからよ」

SNSでも辛辣な意見が飛び交っている。

まだ感情のままわめき散らしているアカウントもいるが。

もう鎮静に向かったなと判断。

何よりも、高宮が珍しくコーヒーの写真をアップしたこともある。

高宮が夜にツイートした、とか。

どうやら問題にもしていないらしい、とか。

そう言ったコメントが飛び交っており。

それで一気に炎上は沈静に向かったようだった。

その夜、寝る前にメールが来る。

副監督は降ろすそうである。

代任をどうするか、という話が来たが。

いらないと返事をしておく。

普通だったら、副監督は暴走しがちな監督を抑えたりと、色々と重要な役回りを求められるのだが。

今回については、映画の規模もある。

いらないと判断して良かった。

「しかし、いいのかね」

「かまいません。 これ以上変な人に現場に来られて、問題を起こされても困るので」

そう言い切ると、社長も返す言葉がないようだった。

とりあえず、寝る。

寝る前に少しSNSを見たが。

どうやら対応が早かったのが良かったらしい。

副監督のクビが伝えられたこともある。

もう、炎上は鎮火していた。

あくびをしながら眠る事にする。

まあ、これでいいだろう。

どうせいるだけだったのだし。

そう思いながら、高宮はもう一度あくびをして。そして、寝る事にした。

そのまま夢を見た。

高宮はかなり夢を見る方で。明晰夢を見ることが多いのだが。

内容はいつも狂気に満ちているのが普通だった。

今日の夢はサメ映画だ。

ただしサメに自分がなっていた。

いっただきまーす。

そういいながら、エサ役として用意された俳優をむっしゃむっしゃと食べる。

最低品質のサメ映画になってくると、一シーンだけサメが出てくれば良い方とか。

CGの質がPS1レベルとか。

そういうのが存在しているのだが。

今の時代はサメ映画が作りつくされていることもあり。

基本的にサメにできないことはない。

空は飛ぶ、地面を泳ぐ、霊体になると、それこそやりたい放題である。

とにかく三十人くらい無駄に用意されていたエサ役の俳優を食べ尽くして、それで気づく。

これは。

高宮がデビュー時に撮った映画では無いか。

それでこれがなんか業界人に大受けして。

一気に立場が良くなったのだった。

最初は殆どインディーズ映画のような感じだったのに。

それで変な注目をされたことで、カルト映画の愛好家にも目をつけられ。レビューを書かれたことで知名度は上がった。

ただし映画館はそれで泣くことになった。

誰も見になど来ないからである。

それについては、悪いと思っている。

目が覚める。

夢の内容は半分くらい覚えている。

サメになってたくさん人を食べたような気がするが、まあどうでもいいか。

歯磨きしてご飯を食べて。

そしてコーヒーの映像をSNSに上げる。

いつもの十倍くらい拡散された。

大炎上の翌日にも、いつも通りのコーヒーの写真である。コメントもかなりついていたが。

基本的にコメントはしませんと書いてあるので。返信は誰も期待していないようだった。

さて、今日も仕事だ。

クソ映画を敢えて作る。

それが、高宮が自分で決めている事だ。

これには理由も色々あるのだが。

ともかく、今はやることをやらなければならなかった。

 

2、映画への愛

 

創作家は堕落する。

それを最初に知ったのは、いつだったか。

思い出す。

有名なアニメ映画の監督の。映画を観たときだった。

創作家も人間だ。

どんなに素晴らしい作品を作っていても、どうしても弱さがある。

インナースペースが創作には出るものだが。

それでも内面を聖人のように鍛え上げられているわけではない。

だから、褒められれば調子に乗るし。

器ではない場所に行ってしまうと、完全に壊れる。

その映画監督は、最初の頃は素晴らしい作品を作っていた。

だがいつの間にかファミリー映画の巨匠みたいに扱われるようになり。

どこかで精神のブレーキが外れた。

ある一線を越えた辺りから、途端に作品がつまらなくなった。

そしてそのつまらなくなったことを。

年老いた本人がどうしても認めなくなった。

人は変われるというが。

悪い意味に変わっても。

良い意味に変わる人間なんて、殆どいないのが現実だ。

強い人間は良い意味で変われるかも知れないが。

そんな事が出来るのは、一部も一部だ。

残念ながら、晩節を汚す創作家の殆ども。そういう弱い人間だという事である。

高宮は、その映画監督の初期作品と。

最近の作品を見比べて。

それを実感したのだった。

今、ぼんやりと余暇にみているのは。

若い頃は迸るような情熱の元、荒削りだが見ていて面白い映画を作っていたのに。

年老いたら周囲の取り巻きに好き勝手を吹き込まれ。

あっと言う間に駄目になってしまった映画作家の作品。

高宮にとっても他人事ではない。

何しろ。

この作家は、自分がいた芸大に来た事があるのだから。

講師としてだが。

とにかくいやな男だった。

生徒の作品を徹底的に酷評するばかりで、褒めると言う事をしない。更に若い頃はもっとみんな出来たとひたすらあり得もしない比喩をしながら、生徒達の心に傷ばかり穿っていた。

それでいながら、本人が撮った映画がこれだ。

何度寝落ちしそうになったことか。

此奴の映画を観て。

こうも人間は駄目になるのかと思った高宮は。

色々研究。

くだんのアニメ映画監督の作品を観て。

人は器ではない場所に行くと駄目になるのだと、実感したのだ。

そして、そんな連中が幅を利かせているのが今の「業界」である。

映画業界だかなんだか知らないが。

すっかり意識が高い人間の巣窟となってしまい。

身内でだけ受ける作品を作る事に躍起になり。

娯楽の何たるかを忘れてしまっている。

これは映画に限った話ではない。

小説や絵画もそうだ。

どんなに素晴らしい作品を作る創作家だって。

器では無い場所に行くと壊れてしまうのだ。

そしてそんな人間をヨイショする連中が集まってしまうと。批評をする能力というものをまともにもつ専門家はいなくなる。

今では映画の批評は、ネットの記事を適当に漁った方が的確なくらいだ。

勿論、それもかなり出来にばらつきがあり。

正直酷い記事も多いのだが。

それでも、専門家を自称する業界人の……でくの坊どもが適当にほざいている評価よりはマシだろう。

高宮は朝の日課を済ませる。

最後にコーヒーの写真を撮る。

それをSNSに上げると。

少し前の炎上騒ぎの影響だろうか。いつもよりも、拡散やコメントが多少は多いようだった。

中にはかなり専門的なことを聞いてくる者や。

こんなクソ映画を作っていて恥ずかしくないのかと、義憤に駆られたコメントを飛ばしてくる者もいるが。

残念ながらSNSで他人と会話するつもりはない。

というか、普段から他人とは可能な限り会話するつもりはない。

だから無視である。

そもそもプロフィールに、コメントには基本的に応じませんと書いているのだ。

その辺は理解してもらいたいところである。

あくびをしながら、家を出て。

出勤。

今日でそろそろ、今の映画の進捗は八割、というところだ。

記録映像などをつぎあわせて映画を作っていたエドウッドと違って、一応全てのシーンは独自に撮り起こしているが。

それでも敢えてクソ映画として作っている事もある。

エドウッドよりも、自分の映画の方が出来が悪いと高宮は自認している。

ただそれを敢えて誰かにいうつもりは無い。

敢えてクソ映画を作っている理由について。

他人に口にすることがあれば。

それは恐らく、現在の業界に対する一般層の不満が極限に達し。

ぶちこわす最高の好機が来たときだ、と思った時が来たらだろう。

愛用の車で安全運転。

今日は前の車がかなり荒っぽく運転しているので、危ないと判断して速度を落とした。そうしたら、自転車を轢きかけていた。

自転車のほうもながらスマホをしながらの運転だったので、これはどっちもどっちだなと思いつつ。

そのまま言い争っている二人を無視して先に行く。

結果として、安全運転の方が早く目的地に着いたのだから。

おかしな話である。

現場に着くのは、今日も一番だ。

ささっと作業を済ませていき。

現場の状況を確認。

昨日は他の映画撮影班も使っていたようだが。

ろくでもない業者を使っていたのだろう、

セットの一部が手酷く痛んでいた。

小道具大道具の担当が来たので、話を軽くしておく。

二人は慌てて様子を見に行った。

まあ、最悪何かで隠せば良いだろう。

一昨日の時点ではあの瑕疵はなかった。

それについては、しっかり記憶している。映画の撮影をした連中も覚えている。

もしも反論された場合、証拠をしっかり残しておいて、対応できるようにしておく。

そういえば、高宮は記憶力が異常に良いと他の映画監督に知られているのだったか。

だったら、そこまでしなくても大丈夫かも知れない。

ともかく朝のミーティングをしておく。

その間に、映画のスタジオに連絡が行ったらしい。

朝の撮影をしていると。

鬼のような顔をして。昨日セットを傷つけた映画班の監督が、怒鳴り込んできていた。

撮影中だというのに非常識だなあ。

そう無気力なまま、高宮が応じた。

「てめえ、クソ映画ばっかり撮ってるど陰キャ女が、俺のやる事にケチをつけるとは良い度胸じゃねえか、ああん?」

「別に貴方のやることにケチなんかつけていませんよ。 セットに傷をつけたのが貴方のスタッフである事を指摘したことです」

「証拠はあるのかああん!?」

「ありますけれど」

逐一証拠について説明していくが。

だんだん目が狂気じみていく相手側の監督。

まあ時間は余っているからどうでもいいけれども。

「このど陰キャが! 社長に枕でもしたのか! 俺は巨匠なんだよ! てめーみたいな小娘が」

「ここ十年以上、アカデミーの候補にも挙がっていないのに?」

「ふ、ふざけ……」

スタッフに目配せ。

なお、今の発言などは全て録音している。

やがて、意味不明の奇声を上げながら、監督が殴りかかってきたが。

スタッフ数人が、必死に取り押さえた。

冷静に警察を呼ぶ。

警察がすぐに来るが、それでもなおも暴れていた相手側の監督。

これは今日の撮影は駄目だなと思いながら。

一応、やれることに関してはやるように指示を出しておく。

署で、証拠と。暴言の全てを録音したものを提出。

警官も、流石に暴言の数々に唖然としたようだった。

まあこれは正直擁護のしようが無い。

ただ、映画会社が介入するだろうし。

あの映画監督が逮捕されるかどうかまでは分からないが。

いずれにしても、電車を使ってスタジオに戻る。

昼二くらいにスタジオに戻った。

そこで何事も無かったかのように撮影を再開する。

撮影をしていると。

社長から電話が掛かってきた。

「またトラブルを起こしてくれたのかね」

「警察に証拠は全て提出しました」

「まずいよ……今スキャンダルが起きると、我が社は色々本当に大変なんだよ」

「そもそも、半分認知症の老人を未だに働かせているのが問題なのでは?」

ずばりと現実を指摘する。

あの映画監督、半分認知症になりかかっているも同然だ。

自分がいまだに巨匠だと思っているが。

そもそもここ十年以上、まともな映画を撮れていない。

近年撮っている映画といえば、漫画などの実写化映画ばかり。

それも原作に愛情があって、しっかり読んだ上で作っている作品だったらまだいいだろう。

「敢えて原作は読んでいない」などと抜かして原作に対する敬意を微塵も払わず。

スタッフも原作をバカにしきって作っている映画だ。

出来はお察しである。

案の定。漫画の原作のファンからも総スカンを食らっている有様であり。

それでいながらSNSで暴言を吐くわ。

現場で色々問題を起こすわで。

昔はそれなりに良い映画を撮ることもあったらしいのだが。今ではすっかり、その残りカスしかなかった。

「いずれにしても、警察と相談してください。 後スタジオに傷を色々つけたのは事実ですので、それについても保証はそっちでやってくださいね。 証拠だったら警察に出しておきました」

「……」

通話を切ると、撮影を再開。

どうせかなり前倒しに終わっているのだ。

今日くらいは別に撮影が殆ど潰れても何の問題も無い。

役者達の正気度がちょっと心配なくらいだが。

別にそれはいつものことだ。

それに流石にそろそろ映画の完成まで八割、ということろである。

慣れてきているだろう。

慣れて貰わないと困る。

定時で役者達を上がらせて、スタッフ達も順次上がらせる。

あの副監督がいなくなってから、本当にやりやすくなった。

無能な味方は有能な敵と同じくらい厄介だという話を聞いたことがあるけれど。

あれはまさにその典型例だろう。

あくびをしながら、帰ることにする。

家についてからSNSを見ると。

必死に警察沙汰になりそうになったのを、会社がどうやったのかもみ消したのだろう。

どこも問題にはしていなかった。

例の監督もだんまりである。

恐らく厳重注意くらいですんだのだろう。

ただ、警察には。

状況次第では告訴するかと聞かれているので。場合によってはそうさせてもらう。

すれば100%勝てる。

映画監督になる時。

業界が如何に腐っているかは、百も承知だった。

だから、法律の勉強もした。

判例についてもある程度調べた。

その結果、そうだと言い切れるのである。まあ、この辺りは高宮にとっては余技だ。敢えてクソ映画を作っているだけで、別にスペックが低いわけでも何でも無いのだ。

無言でSNSを見ていると。

高宮に対する悪口がかなり散見される。

いずれもが、映画が見ていて極めて退屈だ、というものが多く。

高宮本人の人格批判とかはあまりなかった。

ただ。たまにやる気があるのかとかほざいているのがいるので、失笑してしまう。

こっちが敢えてこうしている事にきづけていない。

まあそれならそれで別にかまわない。

そんな凡夫にかまっているほど、高宮も暇ではないのだから。

 

そろそろロールアウトだな。

そんな時期に来た。

ハイペースにクソ映画を作ることで知られている高宮だが。

現場はいたってホワイトである。

大残業をして役者の寿命や神経を痛めつける事もない。

スタッフを酷使して、奴隷のように扱うようなこともない。

まあ役者は別の意味で正気度を色々と失っているかも知れないが。

それらを除けば、この業界としては例外的なホワイト職場である。

高宮自身が色々と工夫し。

ブラック企業にならないように。手を尽くしているのだが。

それについて誰かにいうつもりはない。

いずれにしても、今日も黙々と撮影を続ける。

普段は基本的にNGは出さない。

だが、今日は違った。

カットと、私が途中で珍しく声を上げたので。役者達が驚く。続けて私は叫ぶ。

「逃げろ! 崩れる!」

わっと、役者達が逃げる。

セットの一部が崩落したのは、その時だった。

長年使っているセットだ。

どうしても脆くなってしまうのは、仕方が無い事だろうとは思うが。

それでもこれは事故だ。

スタジオに連絡を入れて、崩落事故について告げておく。警察にも連絡を入れておくべきだろう。

今日はここまでかな。

そう思うが、別に他のセットを使っても良いかと思い直す。

敢えてクソ映画として撮っているのだ。

背景くらい多少狂っていても問題は無いだろう。

ロールアウトまでもう少しだ。

多少は、皆の負担を緩和したい。

スタジオの関係者が来たので、説明をしておく。

昔はフィルムは大変な貴重品だったのだが。今はそんなこともない。というわけで、状況を見せて説明。

状況についてはばっちり残っていた。

いつもだったらしっかり目を通していく内に見つけているのだが。

今日はどういうわけか見逃していた。

いずれにしても、スタジオの人間は警察を呼び。

すぐに現場検証を始める。

事故だったらいいんだが。

人為的な殺人未遂だったら、大事だろう。

ともかく場所を変えて、撮影を再開する。

小道具大道具には迷惑を掛けるが、まあ時間がある内にできる事をやってしまった方が良いだろう。

そういう判断からだ。

無言で撮影を再開。

多少背景が違っているので、クソ映画のソムリエ達はその辺りをすぐに察して、レビューで書くかも知れないが。

まあそれについてはどうでもいい。

役者達はもうなんというか。

死んだ目で演技を続けている。

理解不能な脚本に。

殆ど丸投げの演技。

そもそも、説明を求めても。頑張ってとしか高宮はいわない。

だから、自分で必死に解釈するしかない。

だが、そもそも高宮は解釈なんてできないように脚本を書いている。

ごくたまに、いわゆる「業界人」に阿る意図でもあるのか、それとも意識高い系を拗らせたのか。

高宮の映画になんだか高尚なメッセージが仕込まれていると勘違いして。

素晴らしい壮大な感想を書く猛者がいるが。

そういう方々はまあ何か別の世界でも見えているのだろう。

よくある国語のクソ問題と同じだ。

このシーンを書いたときの作者の心情を答えろ、とかいう奴。

そんなもん、作者にしか分からない。

適当に筆を走らせていたかも知れないし。

キャラクターに感情移入していたかも知れない。

だというのに、不思議と勝手に考えている事を決めつけている輩というものは存在しているのだ。

だから、高宮としてははっきりいって。

そういう人達はいるものだと思って、諦めていた。

さて、ロールアウトまでもう少しだけれども。

残念ながら、撮影は今日では終わらなかった。

今日で終わらせるつもりだったんだけれどなあ。

そう思いながら、役者達を帰らせる。

こんな映画のために残業させるのも可哀想だし。アフターファイブとやらも楽しませてやりたい。

というわけで、帰らせるが。

今日は珍しく、高宮自身は残業をする。

さっきの事故に対する聴取に応じなければならないからである。

小道具と大道具にも残って貰う。

可哀想だが、これは仕方が無い。

とりあえず警察が来たので、話を聞く。

もう調査は終わったらしい。写真を見せながら、警官が説明をしてくる。

「この部品の経年劣化による崩落ですね。 恐らく事件性は……」

「それはおかしいですね」

「何故そう言いきれるんですか」

「その部品、朝に確認しています。 スタジオにも確認をとってください。 その部品はかなり新しかったはずで、経年劣化する要素がありません」

警官は警部だか警視だかの、かなり偉い人間だ。

それに、部下らしいのが耳打ちする。

少し頷いていた警官だが。

やがて、立ち上がった。

「分かりました。 以前にも何度かあなたの記憶力には助けられているという話が入っています。 此方で調べて見ます」

「よろしくお願いします。 ああ、上からへんな圧力掛かるかも知れないので、捜査は迅速に」

「……」

敬礼だけすると、真面目そうな警官はそのまま行く。

時計を見ると、定時をだいぶ過ぎていたが。

まあそれでも常識的な範囲内で、だ。

小道具大道具に、残業はきちんとつけておいて、と指示。

サービス残業とか言う邪悪な文化が蔓延っているこの業界だが。

うちくらいだろう。

残業代をきちんと出すように、監督である高宮が指示をしているのは。

ただ、その残業代は税金からほぼ出ているので。

あんまり喜ばない人達もいるかも知れない。

役者達の演技が終わった後も、編集作業だの何だので色々と忙しい。

更に「業界人」に注目されている高宮だ。

一部の雑誌とかが取材に来るだろう。

はっきりいってどうでもいいので適当にあしらっているが。

それが「すぐに取材が終わる」とかで、逆に評判がいいのだとか。

ただ、言った覚えもない言葉とかが勝手に雑誌に掲載されていたりすることが日常茶飯事なので。

取材の時は、記者達にも分かるように録音をしている。

そして、コーヒーの写真しか基本的にアップしないSNSだが。

それ以外の手段で、不当な取材をした場合は。

きちんとお礼をするようにもしている。

このため、高宮に対するインタビューとかは極めて短く完結にするしかないという面もあるらしく。

それが「bot」呼ばわりされる要因の一つになっているようだ。

まあどうでもいいのだが。

自宅に戻る。

コーヒーを飲みながら、映画をネットで観ていると。

警察から連絡があった。

経年劣化と思われていた部材に、指紋などが確認され。更には直前に入れ替えられた後も見つかったという。

ほぼ殺人未遂で間違いないと言う事で、其方で捜査をするという事だ。

後は此方でやるということなので、任せる。

スタジオとしては大パニックになるだろうなと思ったが。

まあそれはそれ。

これはこれだ。

十中八九犯人は、あのクソ監督かその手下だろうが。

あいつはそろそろ引退する時期である。

勝手に自爆してくれて助かったとも言える。

だとすれば、良い結果だと思うべきだろう。

それにしても酷い映画だなと、表情も変えずに高宮は思う。

敢えて酷い映画を選んでいるのだから当然だが。

前評判を遙かに超えるひどさで、いわゆる「草も生えな」かった。

ともかく、今後の参考にさせて貰うとする。

この映画。全くの素人が何も考えずに謎の自信で撮ったものらしく。

あまりにも酷すぎるCGと。

あんまりにも安直なエコ思想の押しつけが話題になっており。

興味が出て来たので見てみたのだが。CG云々以前に内容が酷すぎるので、出ている役者が可哀想になった。

まあ高宮の映画も似たようなものなのだが。

それでも、役者達は必死に何とか経験を積もうと高宮の映画であってもオークションに来るし。

何よりも高宮の映画が「業界人」に評価されていると知っているのだろう。

名前を売ろうとしているが分かって、色々気の毒にもなる。

いずれにしても、この映画についても終わりか。

次に作る映画はとっくに決まっているので、別に困る事は無い。

今の法律がある限り、映画を作れば食っていけるし。

ついでにいうと貯金も結構あるので。

その気になれば、二三十年は寝て暮らせる。

税金がドブに捨てられていると思うとちょっと悲しい所ではあるが。

税金だったら高宮だって払っているのである。

欧州の法律を真似て作った法なのだ。

なんでも欧州のものは素晴らしいと思っている議員様に文句を言うべきであって。

高宮の知った事では無い。

さて、ラストスパートだ。役者達にとっては。

後は、高宮が頑張るところである。

幾つか、仕事についてのスケジュールを頭の中で組んでおく。

その中には、トラブルシューティングでとられる時間も勿論組み込んでおく。

こうやって緻密に事前準備をしているから。

クソ映画であっても。

高宮は、ハイペースで映画を撮り続けることが出来るのだ。

 

3、今回も褒める所無し

 

スタジオには警察が入っていて、一部閉鎖になっていたが。

事前に使用予約を取っていたので、スムーズに撮影をすることはできた。

残っているのは大したシーンではないので、そのまま撮影を終わらせて、それで終了である。

役者達には激励とかをかける監督とか。

或いは飲み会で朝まで引きずり回す監督とかがいるかも知れないが。

高宮はその辺はやらない。

業病の蔓延もあって飲み会がやれないこともあるが。

その前から高宮は打ち上げとかいう文化が大嫌いだった事もあるので。

無意味に過剰なアルコールを摂取させるばかりの飲み会が大嫌いで。

基本的には開催しない。

終わったので、後は家に帰って休みなさい。

そういうだけだ。

役者達はみんな目が死んでいるが。

中にはほっとした様子の者もいた。

それはそうだろう。

毎日SAN値をゴリゴリ削られながら撮影をしていたのである。高宮が組んだ意味不明なプロットと脚本。

意識高い系の人間を意図的に錯覚させるように組んだ様々な内容。

それらのセットが、役者の精神を容赦なく痛めつける。

幸い肉体労働の過酷さはあんまりセットにはなっていないので。

多分次の仕事をやる頃には、正気度は戻っているだろう。

中には高宮の映画に何度も出ている強者もいるのだが。

その度に目が死んでいるので。

物好きなのか、高度なマゾなのか。

それははっきりいってよく分からない、としか言えない。

「高宮監督」

声を掛けて来たのは、別の映画を撮っていた監督だ。

ちなみに高宮に喧嘩を売ってきた奴じゃない。

高宮と同年代だが。

良い映画を作るのに、全く見向きもされない可哀想な人物である。

映画もあんまり客が入らないらしいが。

ただ、ちまたではそれなりに評価をしているレビューも見かける。

「知る人ぞ知る名作を作る人」ではあるのだが。

それではくっていけない事を示してもいる。可哀想な監督でもある。

「今度、私の映画の欠点とかそういうのを指摘して貰えませんか?」

「……貴方の映画は私のよりずっといいですよ。 自信を持ってください」

「しかし、誰も私の映画を見になんて……」

「それは私も同じです」

なんだかなあ。

こんな良い映画を作る監督がこういう風に自己評価を下げてしまうと言うのも、もったいない話である。

高宮は意図的にクソ映画を作っているが。

それはあくまで意図があっての事。

こういう真面目に良映画を作る人は、それなりに評価されるべきだろう。

「業界人」とやらがどれだけ仕事をしていないかの生き証人がこの人であり、高宮である。

似たような業界は他にもあるが。

それについては、まあ今はどうでもいい。

ともかく、肩を落として帰っていく監督を見送る。

何とか自信を取り戻せるといいのだけれど。

あの人もそこそこ良い芸大を出て、あの年で映画監督をしているのだ。

高宮以上に注目されてもいいだろうに。

それなのに、あの扱い。

もっと計画を急ぐべきだろうか。

いや、まだまだだ。

いずれにしても、もっと時間をしっかりかけないと。なにもかもやるには早すぎるという結果を招く。

だから、今はああいう悲劇から目を背け。

クソ映画を作り続けるしかない。

全ての作業が終わったのを確認して、早めに切り上げる。

明日からは別のスタジオで、CGとかも交えながら映画を完成させていくことになるのだが。

役者の演技については後からケチをつけるつもりもないので。

これで充分。

もう終わりである。

家に戻る。

SNSで炎上騒ぎが起きていた。

まあ連日のように何か炎上しているので、別に驚くことはないが。

炎上していたのは、前に私に喧嘩を売ってきた例の監督についてだった。

逮捕である。

なんかあの後も、社長と揉めていたらしい事はしっていたが。

どうやら配給会社でもかばえなくなったらしい。

警察側も、明確な殺人未遂となると、流石に逮捕しかないと判断したのだろう。

しかも偽装工作などが極めて悪辣で、未遂でもいわゆる第一級殺人目的。まあ有罪は免れない。

キャリアなどが介入したのならともかく。

それもなかったのだとすると。

まあ逮捕が妥当だろうとも思う。

これに対して、映画関係者が猛反発していて。不当逮捕だとか陰謀だとか喚いているが。

SNSの炎上騒ぎは、それに対する反発から来ていた。

今回、警察側は丁寧に事件の経緯や証拠などを開示しており。

裁判で勝つ確率を100%と判断しているのだろう。

それらを見て、SNSにたまに潜んでいる専門家が明らかに不当逮捕ではないと断言したこともあり。

映画関係者に対するバッシングが加速したのだ。

特に何人かの、問題発言を繰り返す人間が炎上したことで。

今は関係無い役者とかのアカウントまで、炎上が飛び火しているようだった。

これはもう終わりだな。

そう判断する。

この監督は、ここしばらくまともな映画を撮れていなかった事が有名で。

更に意識高い系統の映画を撮っては、客をバカにし。

漫画の実写化をしているのに、原作を馬鹿にするという。

最悪のスパイラルを繰り返していた人物だ。

もう映画業界から去って欲しいと言う声もあったが。

謎のコネで生き延びていた人物であるということもあって。

今では。もうファンと呼べる人物もほとんどいない。

昔の作品のファンはいるが。

今の作品は誰も見向きもしていない。

そういう悲しい状況だ。

この業界を変えるには、劇物が必要だ。

いわゆる老害。

今ではそういうのか。

年老いた、判断力も鈍って保身に全てを捧げている人間をどうにか排除するには。

ある程度、強烈な毒が必要になる。

そう思いながら、高宮はぼんやり炎上の様子を見て。

それで今日は寝ることにした。

この監督はこれで前科がつく。

それを会社が庇うかどうかは知らない。

いずれにしても、今後映画を作るときは、殺人未遂犯という揶揄の言葉が飛ぶ事になるだろう。

はっきりいって自業自得だ。

それについてどう思う事も無い。

なぜなら。

それが事実なのだから。

面白くもないものを何だかすごそうというふんわりとした理由で褒め称え。意味不明な理屈で煙に巻く。

面白いものを低俗だとか言う理屈で落としめ。

作者どころか純粋に楽しんだ者まで貶める。

業界が狭くなると起こりやすく。

更にその業界が老いると更に加速していく事になる。正直反吐が出る話だが。人間の歴史で散々繰り返されてきた事だ。

小さくあくびをすると、もう寝る。

明日からは、映画作成の本番だ。

出来るだけクソ映画に、今回の映画を仕上げなければならない。

たまにいる、何故かクソ映画として作っている高宮の映画を絶賛するようなファンですら困惑するような出来に。

今回の映画も、仕上げなければならない。

 

CG作成の会社には、既にだいぶ前から声を掛け。

何カ所かの仕事はしてもらってある。

それらを編集する作業を今日から始める。

これは本来専門のスタッフがやるのだが。

これに高宮も積極的に加わる。

技術的には、本職とそれほど変わらないので。

むしろここからが本番である。

編集作業は色々と大変なのだが。

それでもスムーズに進めて行く。

まあ映画の内容が空っぽだと言う事もあるのだけれども、まあそれはいい。ともかく、どんどんやっていく。

実はここからが大変だ。

可能な限り難解なシナリオにして。

見た人間を煙に巻くようにしなければならない。

難解な理論というのは、実の所崩すのがかなり難しい。

カルトが未だに猛威を振るっているのはその辺りが理由だ。

連中は自分達の理論をガチガチに固めて、専門家でも簡単には崩せないようにしている。

カルトの思想の内、世間に出回っているのはあくまで要約したものである。専門家が論破して遊んでやろうなどと出かけていくと、逆に洗脳されて信者になってしまうのも、その辺りが理由だ。

カルトを引き合いに出すのは少し気分が良くないが。

いずれにしても、今は敢えて意味不明の内容を作り込んで、映画に仕上げていく必要がある。

編集の際に、色々質問されるけれども。

それについては敢えて適当にはぐらかす。

本命の部分は自分で全部やるので。

その辺りはどうでも良いからである。まあこの辺りは、事前に情報がリークされるのを防ぐ意味もある。

防いだところで何の意味もないのだが。これについては気分という奴だ。

その後は、通して編集分の内容を何度か見る。

意図的に、何かのメッセージが込められているかのような演出をぶっ込んでいく。勿論本当ははったりだが。

この程度も見抜けないほどになっている連中がいるので。

それらには丁度良い。

編集作業は、デスクワークがむしろ得意な高宮には楽しい。

タカタカキーボードを叩き。

編集ソフトを操作して、ガンガン作業を進めていく。

そして、途中で何度か仕上がってきた映画を、順番に自分でチェックする。

この作業を怠る監督が結構いるらしいので、嘆かわしい話だ。

忙しいというのは理由にはならない。

小説ですら、誤字脱字はプロでも出すのだ。

映画を本人がしっかりチェックしなくてどうするというのか。

ましてや、今はクソ映画を意図的に作っているのだ。

ちゃんとつまらないかは、本人がしっかり確認しておかなければならない。勿論、深淵を覗き込んで深淵に覗き返されるのは防がなければならないが。

今日の作業終了。

編集作業のスタッフも定時で帰らせる。

どうせ映画の予定はじっくり組んであるのだ。

定時で終わって問題ない。

自分も切り上げてさっさと家に帰る。

そうすると、案の定SNSで、広告がぶたれていた。

「鬼才高宮葵脅威の新作! 今作は江戸時代を舞台に社会のあり方を問う驚愕の内容!」

さいですか。

どーでもいいので、作った本人が生暖かい目で広告を見る。

こんなアホみたいな広告に、幾ら会社が支払ったのやら。

見ているだけで頭が痛くなる。

広告を途中でスキップして、SNSの続きを見る。本人すら、広告に興味が無いのだ。そんな映画である。

それが国の策で税金が割り当てられ。

意識が高い人間だけがもてはやす。

こんな滑稽な喜劇はあるだろうか。

いや、喜劇というよりも悲劇と言うべきであろうか。

なんというか、情けない話である。

文化は文化。

それに貴賤はない。

それなのに、人は文化に貴賤を設けたがる。それが滑稽でしかたがない。

例えば、喰人の風習とかは文化としては残してはいけない。

そういったものは確かにある。

だが、世界中で忌避されてきた性に関する文化は。どうしてこうも抑え込まれてきたのか。

人間の数だけ好き嫌いはある。

だから他人の好き嫌いに干渉する事は、その人間に手袋を投げつけるに等しい。

勿論相手が弱ければその嗜好を表向き押しつける事は出来る。

だが、内心では嫌いになられるだけだ。

人の心はその人だけのもの。

映画だって同じ。

それなのに、いつの間にか映画は崇高な芸術で文化だと思うような輩がのさばるようになって。

あらゆる意味で、面白くない。

高宮はため息をつくと、明日の編集分を頭の中で組んでおく。

こうする事で、作業を更にスムーズにする事が出来るのである。

後は風呂に入って寝る。

誰から見てもド陰キャの高宮だ。

芸大時代は陰口を同性にも異性にも叩かれていたし。

映画で不名誉な実績を上げ続けている今も、周囲に友人はあまりいない。

今ではすっかり静かに一人で暮らせている。

それがとても快適なのだが。

話しても、なかなか理解されることは無かった。

 

映画の輪郭は概ね出来上がったので、後は高宮が主導でくみ上げていく。もう編集作業はだいたいおわりなので、バイトはもう上がって貰った。

高宮の映画の編集バイトは、基本的に誰でもいいとして選んでいる。

この辺り映画によってはかなり厳選したりするのだけれども。高宮はその辺りを一切気にしない。

というのも、高宮はそもそも作る映画が意味不明なので。

編集の人間が情報をリークしたところで、意味が分からない内容になるからだ。

一度リークされたことがあったのだが。

しかしながら、内容が意味不明すぎて、誰も理解出来ず。信じようともしなかった。

だが本編はそのまんまの内容だったので。

流石にクソ映画になれているSNSのクソ映画ソムリエ達も、SAN値を失ったようだった。

そんな過去があるので。

高宮は普通に安いバイトを雇って編集をしてもらっている。

それでいいのである。

困る事など、何一つないのだから。

まあ流石に、最後に完成した映画を見せることはしない。

それだけは、流石にやってはならないと思っていた。

だいたいの映画が出来てきたので。

後は一人でやる。

残ったスタッフも切りあげさせる。

この辺りは配給会社で人員をやりくりしているので、プロジェクト解散というのが近いかも知れない。

後は高宮が一人でやる。

これは高宮の映画製作における恒例行事になっていた。

まあ会社内のスペースは自動で使える。

流石に近年の映画のCGは家庭のPCでは動かせるようなものではないので、会社のサーバを使うのである。

この辺りの知識は独学で覚えた。

今時映画撮影には必須の知識だ。

この辺りの編集を一人でやっている事は意外と知られていて。

クソ映画ばっかり作っていると言われる高宮だが。

案外、ストイックなのかも知れないとフォローが入る事もある。

実際には他者に関わらせるのが面倒だから一人でやっているのだけれども。まあ好きに解釈すれば良いと思う。

淡々と仕上げていき。

やがて最後の仕上げが終わる。

細かい部分のブラッシュアップも自分でやる。

とはいっても、元が大した事がない映画である。

やる作業など、知れているが。

その後は、ひたすらに通して見る。

そして、つまらない事を確認する。

クソ映画として、徹底的につまらなく作ったのである。面白かったら駄目なのである。勿論どうすれば面白くなるとか、そういう意見も受けつけていない。

意図的にクソ映画を作っているのだ。

それについて、どうこう言われる筋合いはないし。

他人に理解だって求めはしない。

どうせ理解もされないし。

それについては、もうどうでもいいと思っている。

数日かけて、映画を何度も通して見て。

ブラッシュアップもしていく。

一人で黙々と作業をしている様子は、気味悪がられることも多い。

映画の発表から。

公開にかけての半月ほど。

こうやって高宮はいつも一人で会社のデスクに貼り付いて、ずっとキーボードを叩き続けている。

それは社内で悪い意味でも名物になっていて。

それをSNSで拡散する奴もいるようだった。

ともかく、最後の仕上げだ。

細かい所まで、つまらなくなるように徹底的にこだわる。

出来れば見た人間が怒り出すのではなく。眠り出すようなものを書きたい。

自身はねむらない。

細かい所まで自分を知り尽くしているし。

計算し尽くした上でつまらなくしているのだから。

後一週間ほどで仕上げなければならないが。

まあ充分だろう。

予定は充分に余裕を持ってとっている。此処で病気にでもならなければ平気である。

定時で上がる。

幽霊のようだと評される高宮が無言で出社して帰宅していくのは、非常に不気味な光景らしく。

それを見た社員が悲鳴を上げたことも何度かある。

どうでもいい。

そもそも見かけで相手を判断する文化が気にくわないし。

逆に言うと、見かけで相手を判断する程度の生物だから、人間なんぞはいつまで経っても進歩出来ないのだとも割切っている。

それに気楽だ。

最初から、何一つ期待していないので。

今後も、期待出来る要素が何一つ出てこないのだろうから。

流石に頭をフルに酷使したこともある。

少しばかり、すっきりねむれた。

夜勤だとか徹夜だとかは絶対にしない。

先達が、それで体を壊して廃人になるのを何人も見ているからだ。

業界によってはシフトなどで人間を使い潰しているが。

それを経験した人間は、体か心のどちらかを必ず壊している。

実際に例を幾つか見ている高宮は。

夜勤とかシフトをやらせておいて「みんな頑張っている」とか抜かすような輩を、徹底的に軽蔑していたし。

自分でもやるつもりは一切無かった。

朝起きて、夜寝る。

それが人間が健康である秘訣だ。

そもそも夜行性の動物ではないのである。

その上、無理に夜にずっと起きて仕事をしていて、体が無事で済む筈も無い。

まだ若い高宮ですら、これは命を削っているなと。

芸大時代に徹夜をしていて思ったことがある。

それを感じ取れないのは。

若くて体力があるのではない。

単なるアホだからだ。

故に、高宮は。

自分も。

自分が監督として関わる人間にも。

絶対に無理はさせないようにしている。

起きだしてから、いつものようにコーヒーの写真をSNSに上げる。

今日はちょっと珍しいコーヒーだ。

とはいってもインスタント。

マイナーな地方の企業が作ったインスタントコーヒーで。

はっきりいっておいしいものでもなんでもないが。

単に珍しいのと。

毎日同じコーヒーを上げても面白くも何ともないので。これを上げているだけである。

味についての感想なども素直に書いている。

珍しいコーヒーだが。

大手のコーヒーに比べてずば抜けて美味しいものでもない。

そうとだけ書いておいた。

流石に露出する立場なので、まずいとかはかかない。

それは高宮は、最底辺のマナーとして理解していた。

後は、幾つか時事問題とかをチェックしてから出社する。

映画業界がどんどんおかしくなっているのは、海外も同じのようで。

米国ではいわゆるポリコレが猛威を振るっていて、それに映画ファンがうんざりしているし。

他の国でもそれは同じ。

特にお上品な事で知られる欧州の映画は、もはや何が何だか分からない代物ばかり垂れ流しているようで。

完全に芸術家気取りの玩具になっているのが、日本から高宮が見ていても明らかなくらいだった。

幾つかそれらの情報があったので、うんざりする。

文学で言うと、いわゆる純文がクズ人間を如何に精緻に書くかを競う物になっていったように。

映画もこのままいくと、どんどんおかしな方向に行ってしまうだろう。

幸い、文学に関しては。純文以外では、まともにエンターテイメントしているものもまだまだたくさんあるので、それは救いだが。

ため息をつくと。

相変わらず幽霊のように、そのままふらっと家事を済ませて。

それから出社する。

もう少し。

もう少しで、このクソ映画も完成する。

そう思うと、高宮も少しだけ嬉しかった。

後、微調整を丁寧に繰り返して。

映画も完成だ。

出社するが、プロジェクトは既に解散。ずっと一人作業である。

だからすれ違う相手に挨拶する以外は、他人と関わらなくていいのがとても嬉しいところである。

更には、高宮の部署は幽霊屋敷などと社内では呼ばれているらしく。

若い社員は怖れて近寄らない事すらある。

まあ高宮のデスクは、奥の方にちんまりとあって。

そこにひょろっと背が高い高宮が、手以外はほとんど微動だにせず。

手だけは超高速で動かして、無言でずっと作業をしているし。

イヤホンをつけて作業をしているから、殆ど周囲に音は漏れていないし。

不気味と言えば不気味なのかも知れないが。

まあそうやって不気味がっていてくれ。

そう高宮は思いながら。

今も顔を引きつらせながら側を通って行った人間を無視して。

作業を続けていく。

微調整はだいたい終わりか。

後は映画を通して確認して、徹底的に頭に入れていく作業だ。

自分で作った作品だとは言え、これは創作家にしか分からない事だが。結構忘れてしまう事はある。

このため、作っていて矛盾が出てくる事とかがある。

これはどんな大作家でも同じだ。

ある日本でもトップクラスに有名な歴史作品で。同一人物が三回も死んでしまう事は有名な話だが。

この作品自体は、時代を越えた大傑作である。

そういうものなのだ。

だから高宮も気を抜かず。

丁寧に丁寧に。

作品を見返して、細かい部分を調整する。

役者の演技についても、特にああだこうだと文句をいうつもりはない。

というのも。

一部の阿呆が口にする「自然な演技」とやらをやらせているからである。

これを見てどう思うか。

それが全てだ。

役者達も困惑しながら、必死に意味不明な台詞と展開に沿って演技をしているが。それでいい。

撮影の時は時系列も無茶苦茶なので、余計に混乱が酷かっただろう。

勿論役者を苦しめるつもりはないが。

結果として、退屈極まりないものになっていて。

それは高宮にとって計算通りの展開だ。

無言で調整を終えて。

そしてデータを完成させた。

予定より四日前倒し。

今回も、映画は完成した。

すぐに連絡を幾つかの部署にとって、映画が完成したこと。

いつでもマスターデータを提出できることを連絡しておく。

高宮は「業界人」には知れ渡っている監督なので。

この辺りは、最近とてもスムーズで楽だ。

すぐにマスターデータを取りに来る人間に、データを引き渡す。

映画の上映は来月からだが。

それまでに、やらなければならないことが幾つでもあるからだ。

ちなみに試写会もやるが。

来るのはクズ映画マニアと。

意識高い系の「業界人」が半々。

マスコミも一応来るが。

連中は専門家でもないのに何故かやたら偉そうなので、高宮は大嫌いだった。マスコミには好かれているが、どうでもいい。

基本的に質問に対してはどうぞご想像にお任せしますとしか答えない。

取材が終わったので、一度家に戻る。

その後、メールで連絡が幾つか来た。

試写会のスケジュール。

それに取材について云々。

適当に応じて、スケジュールに組み込んでおく。

次の映画の撮影について、社長に連絡もいれておく。

今回の映画が映画館で放映(映画館には本当に同情するが、これも仕方が無い事なので諦めてもらうしかない)され始めた頃には、もう撮影を開始する。

脚本だったら、ある。

まだなんぼでもある。

アルティメットコメディシリーズは、幾らでも脚本の在庫があるからである。

これから、順番にやっていけばいいだけのことだ。

役者などについてのオーディションは、すぐに始める。

若手の俳優などを専門に入れる。

アイドルとか芸能人は使わない。

演技指導にもろくに従わないわ。

やたらと偉そうだわ。

それでいて、「客寄せのためには必要」だとかいう意味不明な理由で、それなりに有名な監督も使うわ。

それでいて、結果として作品の出来を下げるわで。

はっきりいって大嫌いだ。

それだったら、まだ必死に俳優として頑張りたいと思っている、情熱のある若手がいい。

まあ経歴の染みにさせてしまうかも知れないが。

ここからが少し忙しいが。

それでもしっかりスケジュールを組んでいるので、無駄に夜遅くまで作業をすることにはならないだろう。

伸びをすると、高宮は。

一作作りあげた事を、まあ可としようと思った。

 

4、クソ映画は映画館を蹂躙する

 

またアルティメットコメディシリーズの新作が出た。

そして「業界人」が大絶賛している。

映画マニアの小野寺晴は、無言で映画館に通っていた。

周囲からは陽キャの権化とか言われ。女子の陰湿なコミュニティでもさらっとカーストに組み込まれるのをかわし。

話しやすいけれどなんだかつかみ所がないと言われて来た小野寺は。

クソ映画の視聴を何よりの趣味にしていた。

エドウッドの作品はコンプしているし。

他にも近年は、クソ映画監督として有名な人物の作品は色々とコンプしている。

一人だけいる親友(他は人間関係を円滑にしていると見せかけるためだけの知人である)には趣味を明かしているが。

それ以外に話すつもりはない。

信頼出来ない相手に趣味を明かすというのが致命的な事である事は。

幼い頃から小野寺は、陰湿なコミュニティ内部での出来事を見て、良く知っていた。

それがどんな趣味であっても。

カースト上位の人間が気持ち悪いと一言でも口にすれば、以降は虐めの基点になるのである。

ヴァイオリンとかピアノとかでもそうだ。

気持ち悪いで無くても偉そうだ、とかでもいい。

いずれにしても相手の機嫌を損ねれば、一瞬で虐めの基点になる。

どんな趣味でもそれは変わらない。

そんな人間と、腹を割って話す気はない。

だから、つかみ所がない人間を小野寺は演じ続けているし。

それでいながら陽キャの権化と言われる程に、交友関係は広かった。

近年は高宮監督の映画は必ず映画館で見るようにしていたが。

既にエドウッドの転生とか言われている(だいぶ小野寺に言わせると違うが)高宮の映画のヤバさは知られていて。

映画館では、周囲から寝息が聞こえる。

しかもガッラガラ。

これでは映画館としても、頭を抱える他無いだろう。

そして映画の内容だ。

なんと江戸時代なのに、髷を結っている人物や日本髪に頭を固めている女性達が、民主主義について哲学的な会話をかわしている。

時々意味不明な演出が入るため。

これははっきりいって、役者達は正気度をゴリゴリ削られただろうなと、見ていて同情した。

それに小野寺は何となく分かるのである。

本当に駄目な映画監督は、自分が作った映画を素晴らしいと思い込んでいる節があるし。現場のスタッフもそう思い込んでいる事が多い。

この映画を撮った高宮葵は。

恐らくこれを、意図的に撮っている。

というのも、クソ映画特有のガバガバ脚本と言うには、やたらと細かい所が丁寧なのだ。

また、チープなCGも使っているが。

それが不愉快にならない程度に、配慮をしながら利用されている。

この辺りも、見ていてそれははっきり理解出来る。

無言で映画を見終える。

耐えられなくなって途中で映画館を出て行ったのが半数。

開始数分で寝落ちして、以降は終了までぐっすりだったのが残り半数。

ずっとおきて見ていたのは、小野寺だけだった。

スタッフロールを見るが、芸能人だのアイドルだのは一切出ていない。

正解だと小野寺は思う。

何が客寄せだかしらないが。

演技指導もまともに受けていない上。

自分を役者より上だとか思い込んで、偉そうに振る舞っている芸能人なんか、使わない方が映画のためにはいい。

まれにそこそこ演技が出来るものもいるが。

それはあくまで例外だ。

そこだけは、高宮監督の映画はいいと思う。

それ以外は、小野寺の予想では。

全て意図的にカス映画にしていると思う。

これは、まだ高校生でありながら。

クソ映画のマニアという、業が深い趣味に足を突っ込んでしまった小野寺が出した結論である。

既に千本近いクソ映画を小学生時代から意図的に見て来た小野寺は。

その殆どが、監督が自分で傑作だと思い込んで作ったか。或いはどうでもいい仕事と思い込んで作った事を知っている。

特に漫画の実写化映画などは後者が多い。

この高宮の気が狂った作品の数々は。

明らかに前者でも後者でも無いと、小野寺は結論していた。

映画館が明るくなって。

熟睡していた客の何人かはおきて。そのまま帰り始める。

小野寺はそこそこのロングヘアにしている黒髪を書き上げると、幾つかメモを取ってから、映画館を後にする。

小遣いはいつごろからか。

学校で必要とされるような必須品を買う以外は。殆どクソ映画のDVDやらBlu−rayやらを買う資金へと変わっていた。

これについては、一人の親友以外には話していない。

今後も、親友が増える機会は恐らくないだろう。

知人が増える事はあっても。

自宅に向かう電車に揺られながら、小野寺は思考を巡らせる。

陽キャのフリをしているのは、情報を集めるのに都合が良いから。

余所では素の顔なんて一切出さない。

小野寺にとってスクールカーストを構成してキャッキャと喜んでいる周囲の人間は猿にしか見えない。

これは傲慢でもなんでもなく。

人間の利点を捨てた愚かしい行動を取っているから、だ。

特にガチガチにスクールカーストでの上位下位にこだわる女子生徒は、特に酷いと思っているので。

周囲に絶対に隙は見せなかった。

無言で幾つかのメモを取っていると。

ふと思いついた事がある。

家に帰ってからまとめるとしよう。

そう思うと、後はスマホを弄ってSNSで時事問題を仕入れながら。

小野寺は同時並行で、文章を脳内で組み立てていた。

 

(続)