新しい翼

 

序、欲望の果てに

 

その動物は、趣味によって滅ぼされた。

スポーツハンティングである。

動物の名前はアメリカリョコウバト。

一時期は五十億に達する数を誇った、家畜化されていない鳥類の中では、地球上で最も繁栄した一種である。

それが人間に。

狩ると面白いと認識されたのが、運の尽きだった。

アメリカリョコウバトの群れは、黒い帯のように空を覆って飛ぶほどの凄まじい規模だったが。

其処に適当に銃弾を撃ち込むだけで、簡単に落ちてくる。

一応食用や油を取るためにも狩猟をしたようだが。

あまりにも簡単に狩る事が出来るため。

面白がった人間達によって、片っ端から殺されていった。

死体が大量に出ても。

使い路が無いため。

積み上げて燃やしていた、という事まで起きていた。

つまり人間は。

「面白い」という感情を満たすためだけに。

一つの種族を徹底的に殺戮したのである。

この辺りの暗い感情を人間は、動物だけでは無く、同族にも向ける生物ではあるのだが。

動物に対しては、より容赦がなくなるのも事実だ。

生きるために食べるならまだ良いだろう。

それしか食糧が無いのなら仕方が無いだろう。

生態系から逸脱してしまっているとは言え。

人間はそもそも雑食。

適切な量の肉は食べなければならない。

それに関しては、仕方が無いとは言える。

だが娯楽のために。

面白いからと言って、大量虐殺し。

あげくに殺戮した死体を燃やして処分すると言う事が。

本当に正しいと言えるのだろうか。

挙げ句の果てに。

アメリカリョコウバトは悲惨な末路を迎えた。

とうとう劇的な数の減少によって、アメリカリョコウバトの絶滅が目に見え始めた頃。最後の大規模な群れが見つかったのである。

その時人間はどうしたのか。

これが最後の狩りのチャンスなどと「愛好家」が集まり。

最後に生き残った群れを。

徹底的に殺戮し。

「レジャー」を楽しんだのである。

その結果、一つの種族が地球から消えた。

近年では、「生態系のニッチはすぐに埋まる」等という噴飯モノの理屈で大量殺戮を正当化する理論を唱える者もいるが。

その「すぐ」は、下手すると千年以上だと言う事を忘れている発言である。

生態系は一度乱されると。

簡単には修復できない。

よって、今。

ようやく地球人類は宇宙に出た後。

地球の環境再生をするべく。

力を絞り始めていた。

やはりというかなんというか。

宇宙から来た文明の手助けによって、宇宙にコロニーを作って汚染されつくした地球から離れた人類は。

一旦地球の軌道上に移り住むと。

地上の再建計画に着手した。

宇宙にたくさん住んでいる宇宙人達の連合体が。

見るに見かねて手を貸したのである。

それはある意味。

資産の再建事業にも似ていた。

文明が遙かに進んでいる宇宙人の監視艦隊に、常に監視されながら。

人類はようやく。

自分がしてきた事に向き合い。

本来住むべき場所の浄化作業を始めた、とも言える。

監視を受けるのは屈辱だという人間もいたが。

そもそも自分の住処を散々汚してきて、他の生物にも迷惑を掛けまくってきたわけであり。

それをただすのは当たり前の話である。

食事のためなら兎も角。

娯楽のために大量虐殺をして来たのだ。

最低限その償いをするくらいは当然で。

地球に干渉をした宇宙人達も。

それが出来るまでは、地球人を太陽系から出すつもりは無い様子だった。侵略するつもりもまたないようだったが。

ともかく、である。

宇宙文明の資金援助と物資援助で、どうにか絶滅を免れ、宇宙に進出した地球人類は。

本星となる地球を今。

必死に修復している。

その修復作業には、多数の科学者が関わっており。

それらの下には、基本的な労働で、多数の単純労働を、通常の労働者達が行っている。

皮肉な話だが。

人口爆発は、地球が滅ぶずっと前から抑え込まれていた。

これに関しては、各地の経済環境が悪化しすぎて。

誰も子供を作りたくなくなった、というのが最初らしい。

先進国と呼ばれる国々で最初に始まったこの現象も。

特に人口爆発の中心地点となっていた国々が。

そろってその傾向を示し始めた結果。

現在も改善が見込めない。

もはや今や。

結婚も。

家庭も。

そして子供も。

何処の国でも、珍しいものになりつつあった。

放っておけば超高齢化社会がやってくる。それも、地球規模で、である。

宇宙人から提供された遺伝子保存技術(※人間のみ)で、再生は可能だと言っても。彼らは地球を再生するプランを立て、それに沿って地球を修復しない限りは、支援を打ち切るとまで言っているし。

何より戦ったら100%勝ち目が無い。

抵抗の意思を示す人間もいたが。

太陽系外で監視している宇宙人の艦隊は、想像を絶する規模で。その気になれば太陽系ごと消滅させることも可能である事が分かっている。

その状況では。

抵抗という選択肢は存在しなかった。

かくして地球人は。

絶滅を免れた一方で。

偉大なる先人達の残した負の遺産を消し去るべく。

四苦八苦を重ねていた。

 

実のところ。

遺伝子操作実験による、絶滅動物の再生計画は、地球人がクローン技術を開発する前後から話題には上がっていた。

元々絶滅した動物の遺伝子の痕跡は存在していたため。

この痕跡をたどるように現存する生物の交配を行い。

絶滅動物を復活させる、というものである。

マンモスに関しては、これが実用の寸前まで行ったのだが。

結局の所、地球環境の悪化。

更に世界的な気象異常。

資源の枯渇など。

様々な要素が重なった結果。

何処の大国も、そのような事を「する余裕が無くなり」、計画は頓挫した。

他の絶滅動物についても同じ事だ。

基本的に大国による資源の略奪が、宇宙人が見かねて到来する前には非常に激しく行われており。

あらゆる資源が奪い奪われ。

多くの血が流され。

更には、無駄に浪費もされた。

現在、宇宙コロニー225から見下ろす地球は真っ赤。

平均気温五十度を超える地域がそこら中に存在し。

とっくに南極も北極も氷は溶け果て。

海面は80メートル近く上昇し。

朽ちたビル群が海面から虚しく墓標のごとく顔を出している。

大陸はほぼ砂漠。

森林の類はコロニーの中には存在するが。

それ以外は、乾燥に強いごく一部の植物だけ。

地上には埋葬もされていない人間の遺骨が数十億人分散らばっているとされるが。

これは宇宙に出る寸前。

大国同士が第三次大戦を始めたからである。

この世界大戦は、人間の数を減らすことだけを目的に行われ。

あらゆる大量破壊兵器ばかりか。

いわゆるABC兵器が総動員される凄惨なもので。

結果として、地球に今降り立つことは出来ない。

まずは地球の環境を再生しろ。

核戦争を力尽くで止め。

生き残った地球人を衛星軌道上のコロニーに掬い上げた宇宙人達は。

そう指示し。

遠巻きに見守っている。

私は宇宙で生まれた世代だが。

科学者の中では若い世代で。

宇宙人の乗るUFOが大量に地球に降下してきたときの話や。

核兵器が飛び交っていた頃の話は。

噂にしか聞いていない。

学習装置というものがもたらされたため。

現在地球人は、それを用いて、ポテンシャルをフルに発揮できるようになって来ており。それぞれの得意分野を全力で生かせるようになっている。

私もそれは同じで。

もっと若い世代で。

同じように、研究分野で仕事をしている者もいる。

なお、学習に時間が掛からなくなった事もあり。

児童労働に関しては昔と比べて非常に緩和され。

資格さえ持っていれば。

子供でも労働が可能だ。

その一方で、労働法はガチガチに定められており。

違法時間の労働や。

違法内容の労働をすると。

厳しく罰せられる。

ただでさえ人類が減りつつある現状である。

人材を失う訳にはいかない。

地球が滅ぶ寸前には、愚かしい人材の無駄使いが世界中で行われていたらしいのだが。

今は人材はそれぞれがフルに力を発揮し。

それでも足りない状態、というのが正しい。

これがディストピアなのかは分からないが。

いずれにしても、生まれながらの格差というのは。

面白い話で、結果として解消された。

それぞれの得意分野をフルに生かせるようになった上。

先天性の遺伝子異常は、そのまま改善することが出来るようになったためである。

学習機関というシステムそのものが消滅した反面。

人間は煩わしい村社会や共同体ルールに縛られることもなくなり。

結果として、前に比べて緩やかな衰退をしながらも。

差別や偏見もなくなった。

これだけは。

宇宙に出てから、良くなったことなのだろう。

「春風博士」

声を掛けられたので、顔を上げると。

宇宙人から提供された技術の一つ。

高度AIを搭載した、小型ロボットのU11が来ていた。

この小型ロボット群は、円筒形に複数の触手が生えた姿をしており。地球人が作り出したどんなAIでも出来なかった、「人間に反抗しない」「人間を的確にサポートする」「勝手に人間を支配しない」といった全ての要素を満たしている。

昔の古典SF作家が見たらよだれを垂れ流すような高性能AIであり。

当然のことながら、現在人間にとって最高のパートナーとなっていた。

実のところ、出生率の低下の原因だと声高に否定する者もまだいるのだが。

実際問題、此奴らは本当に優秀で。

研究の助手として、これ以上も無いほどの要員だ。

私は今、鳥類。

特にアメリカリョコウバトの再生実験をしている。

まず最初に地球の環境を安定させ。

温室効果ガスを減らし。

その結果、地球の平均気温を三十度下げる。

南極と北極に氷を復活させた後。

全滅状態になっている生態系を再生させる。

計画は段階を踏んで実施していく予定だが。

私が受け持っているのは。

その二段階目。

環境安定後。

各地の生態系復活のための作業だ。

なお、博士と呼ばれているが。

現在生存している三十八億ほどの人類の中で。

博士と呼ばれている人間は二億人ほどもいるので。

私は天才でも何でも無い。

一番若い博士は七歳だとか言う話だから。

そういう奴に比べると、ボンクラも良い所だ。

「何か用か」

「卵に注入した遺伝子データに異常が見られます。 恐らくは、全て失敗してしまっているかと」

「またか」

うんざりして、データを確認。

幸い物資については、宇宙人が定期的に提供してくれるので、そこまで心配することはない。

実際問題、銀河系を統治している知的生命体の連合政権らしいので。

それこそ地球人類がやっていくための物資なんて、それこそ朝飯前に用意することが出来るのだろう。

彼らとは、地球人の首脳部しか接したことが無いが。

様々な種族が入り交じっていて。

相当な高度文明らしい。

まあそれは、U11を見ていても分かるが。

パーソナルスペースに与えられている研究スペースへ移動。

鶏の卵を利用した実験だが。

どうも遺伝子データの適合が上手く行かない。

本当なら種的に近い鳩を使いたかったのだが。

鳩そのものが絶滅しているので。

そういうわけにもいかないのだ。

「無精卵を使っているのに、どうして上手く行かない。 何か意見は無いか」

「過剰なテクノロジー提供は禁止されています。 また、そもそもメモリにテクノロジーが存在しないため、助言しか出来ませんが」

「それで構わない。 言ってみろ」

「恐らく、拒絶反応でしょう。 そもそも近縁種を使っても難しい実験の上、貴方達地球人類の技術は彼方此方歯抜けになっています。 多くのテクノロジーが愚かしい戦争で失われた現在、試行錯誤でそれらを取り戻していくしかないと思われます」

つまり。

地道にやれ、という事だ。

そんな事は分かっている。

頭を掻くと、手をヒラヒラ振って追い払う。

様々な論文を見るが。

これらの論文のデータも。

世界各国が核をぶっ放し合ったとき、相当数が失われ。クラウド化していたPCの大半が放射線でやられたため。

最新の論文ほど残っておらず。

年老いた科学者達の生き残りが。

どうにか覚えている内容を書き下ろし。

其処から少しずつ、再生しているという状態なのだ。

あらゆる文化は死に。

今宇宙に逃れている地球人類は。

殆どが洋服を着て。

ベットで眠り。

単一言語となった「地球語」を用いている。

これは言語として未完成だった英語を分かりやすく改良したもので。

現時点では、地球人はこの言葉しか使っておらず。

他の言語はデータベースにしまわれている状態だ。

つまり、地球人は。

文字通り、自分の足で歩くことさえ出来ない状態まで落ちている。

宇宙人が見かねて助けてくれなければ。

今頃灼熱地獄になった地球の一部に張り付いて。

原始人として生活する以外の選択肢が無かっただろう。

多くの技術が失われている。

提供された技術も。

ブラックボックス化されているものが非常に多く。

とにかく、何から何まで再生しなければならない、と言うのが現状なのだ。

「仕方が無い、一つ前の段階に研究を戻すか」

ぼやく。

まずは鳩から。

そして次にアメリカリョコウバトだ。

鳩の再生計画についての論文が無いかを確認し。無い事を確認した後、申請する。

こっちは絶滅したとは言え、データはかなり詳細に残っている。それだけ人間に近しい生物だったからだ。

鳩の再生は簡単だろうからと後回しにされていたのだが。

結局此方を再生した方が早い。

申請して。

すぐに通った。

なお、現在地球人類は政治に関わっていない。

基本的に難しい事は銀河系の外側に展開している宇宙人の艦隊にある何かが処理しているらしい。

それがスパコンやAIなのか。

それとも宇宙人の偉い人なのか。

そんな事さえも分からないのが。

今の地球人の実情だ。

認可が出たので、作業を始める。

遺伝子データからの生物の復旧は。

想像以上に、難しい作業なのだと、今更ながらに思い知らされた。

 

1、先人と今人

 

それぞれの宇宙コロニーは、スペースデブリを宇宙人達が根こそぎ処理した後、軌道衛星上に綺麗に並べて作られた。

いずれも疑似重力を有しており、それぞれのコロニーに1000万人が住むことが出来る。これが現在400個存在しており、私が住んでいるのはその中の225。なお、コロニー同士の行き来は出来るが。

申請が必要になる。

何でも生活に必要な物資は揃っているが。

その一方で、何もできないのが、今の人類なのである。

それも先人の偉大な行動の結果だ。

赤い地球を見下ろす。

もっと頭が良い人達が、今ロストテクノロジーになってしまったテクノロジーの復旧を行っていて。

それらが上手く行ったら。

ある程度、地球人類は、衣類やら食糧やらに関して、自由が与えられる事になる。

これはどういうことかというと。

早い話が、衣類を作る技術とか。

家畜などが。

そもそも失われてしまったからである。

見るに見かねて宇宙人が介入してきたときには。

既に致命的な事態にまで状況は悪化しており。

文字通り地球人類は、着の身着のまま宇宙に脱出。殆どのテクノロジーを失ってしまったのである。

これでは、どうにもならない。

実際今私が着ている白衣だって。

宇宙人がよく分からないテクノロジーで作ってくれたものだ。

シルクなんて、蚕という生物そのものが絶滅してしまったので。

どうにも再現できない。

今、私より頭が良い「博士」が、こういった基幹産業を必死になって復旧しようとしているが。

「約束の日」によって、宇宙コロニーに人間が退避してから今にいたるまで。

ろくな技術が復旧出来ていない。

コンピュータに関しては特に酷く。

結局持ち出せたものをベースに、それをデッドコピーするのがやっとという有様で。

宇宙人がその気になったら。

人類なんて、すぐにでも滅んでしまうのだ。

黙々と研究を続ける。

鳩の遺伝子データはどうにか発見できたので、それをベースに再生を試みるが。これもやはり難しい。

遺伝子の完全なデータは見つかったが。

だからといって、再生には手間も暇も掛かる。

現在、豚の再生にはどうにか成功しているらしいのだが。それも非常に技術が不安定らしい。

牛はまだ。

鶏の再生には成功しているが。

魚類は大半が駄目。

こんな様子で。

家畜ですら満足に再生出来ていない状態だ。

他の成功したデータを確認するが。

それらの大半も。

たまたま上手く行った、というだけで。

その後は、クローンを「上手く行った」個体から繰り返すばかりで。ベースになった個体が死んだら、後は劣化コピーを繰り返すことになってしまう。

宇宙人は、本当に最小限のことだけはしてくれた。

最小限が。非常にありがたい最小限だったのだが。

それ以降に関してはとても冷淡だ。

恐らく人類が、有史以降まったく進歩しなかったことを。

彼らは何処かで見ていたのだろう。

ともあれ、成功したデータをベースに。

少しずつ実験を進める。

今使っている鶏の卵でさえ。

そもそもクローンで量産された雌鳥の産んだ無精卵なのである。

ある意味、上手く行かないのも。

当然なのかもしれなかった。

卵そのものに問題がある。

そう判断した私は。

鶏の再生が上手く行った際の論文を見るが。

それもたまたま。

遺伝子データから作り出した受精卵が。

偶然発育を始めた、というもので。

つまり強引にオス化した遺伝子とメス化した遺伝子を組み合わせ。

同じ個体を交配させた結果。

卵として育ったという。

とんでもない代物だった。

なるほど、確かにこれはベースにするのはちょっとまずいかも知れない。卵として食べる分には良いだろうが。

いずれ見直しが必要になる筈だ。

今の時点では、遺伝子異常は見つかっていないらしいのだが。

こんなもの、何処にどんなまずい異常があるか知れたものではない。

U11に相談し。

幾つか案を出す。

「多分この鶏の卵を使った事がまずかったのは間違いない。 しかしながら、鶏の再生記録を再現するのもまずい」

「偶然に頼らないのですね」

「当たり前だ」

「そうやって先を目指す心は大事です。 地球の惨状を見る限り、地球人類にはそれが足りなかったのでしょう」

それについては、言葉もないと言うか。返す言葉が見つからない。

実際問題、眼下にある真っ赤な地球を見る限り。

地球人類に、その言葉に反論する権利は無いだろう。

海は前より拡がっているが。

それも汚染物質まみれで。

住んでいる魚も、取り尽くしてしまって激減している。

滅茶苦茶になったのは地上だけでは無い。

深海に至るまで。

地球は荒れ果ててしまっているのだ。

特にメタンハイドレードが資源として着目されてからは、対海中用バンカーバスターが開発され。

資源開発をしていた大国のプラントに容赦なく叩き込まれた結果。

非常に凶悪な環境汚染を引き起こした。

現在の地球の苛烈な環境も、これによるものが大きい。

地球に人類が再び降り立てるまで、一体何年かかるのかさっぱり分からないが。

降り立った頃には。

恐らく原生生物は、細菌くらいしか残っていないだろう、というのがもっぱらの噂である。

まき散らされたABC兵器によって、ネズミやゴキブリさえ絶滅した程なのである。

人類が滅んでもゴキブリは滅ばないとか。

そんな事を言われていた時代もあった。

だがそれは過去の話となり。

現在では皮肉にも。

ゴキブリの再生計画も、棚上げはされているがあるのだ。

様々な論文を見るが。

生物の再生に関係した論文は、どれも偶然成功したものが多く。それも母数自体がとても少ない。

一通り見終えて。

結論する。

従来のやり方では駄目だ。

私よりも頭が良い科学者が。

一人として、二種類以上の生物の再生を成功できていない。

それが事実を物語っている。

やり方がまずいのだ。

中には、遺伝子をこねくり回している間に、とんでも無い怪物が誕生してしまい。必死に焼却処分する、という事故も起きている。

これもとてもではないが。

他人事だとは言えないだろう。

幾つかの論文を見ていたが。

駄目だ。

参考になりそうなものはない。

気分転換に。

地球から持ち出せた、数少ないデータを閲覧する。

その中には雑誌などの電子データも存在していた。

科学系の雑誌などに、参考になりそうなデータは残っていないだろうか。

少なくとも、地球が滅亡に向けて第三次大戦をやっていた頃の雑誌については駄目だ。此奴らは、それぞれの国におもねるか。それとも何も考えずに批判だけをするか。それしかしていない。

政治的、思想的バイアスが掛かった記事ほど。

使い物にならないデータは存在しないのだ。

それについては、人類はようやく地球を失って思い知らされた。

今後もマスコミについてはタブーそのものになるだろう。

情報だけを収集し。

それをそのまま機械的に放出する。

それだけが求められるようになる。

他の時代の雑誌は。

かなり少ないが。

古い時代の科学情報誌になると。

それなりに、当時最先端だった技術や。

科学などについて触れているものがある。

現時点では、殆どのテクノロジーが歯抜け状態なので、あくまで参考にする、以上の事は出来ないのだが。

中に興味深いものがあった。

ふむと、腕組みしてしまう。

豚を利用して。

人間の手足や内臓を造り。

医療に役立てる、というものだ。

残念ながらロストテクノロジーになってしまっているが。

第三次大戦の頃には一応実用化され。

高級士官などの治療用などとして、実際に使われていたらしい。

一般の兵士には、縁がない技術だったようだが。

今は、それが実用化された、という事だけが分かれば良い。

生き延びている人間のサーチを行う。

当時から生きている科学者は非常に少ない。

というのも、第三次大戦の際。

どの大国も、見境無しに敵国のテクノロジーを破壊することに夢中になったからである。

古典的なハニトラなどを駆使しての暗殺から。

研究施設への容赦ない核攻撃まで。

あらゆる手段で、科学者研究者を殺して回った。

このためテクノロジーの欠損、ロストテクノロジー化に拍車が掛かったのだが。

とにかく、生き残りはいないか。

確認するが。

どうやら難しそうだ。

特に軍で応用できる技術を研究していた人間の生存率は、異常なほど低いのが現実で。

生き延びた人間は、殆どが貧困層だった事もあり。

直に具体的に何をしていたか。

聞く事は出来なさそうだ。

いずれにしても、手探りでやっていくしか無いか。

豚の遺伝子を用いて。

単純に肉の塊を作り上げる。

豚を再生するのでは無い。

遺伝子データから。

豚の細胞の塊を作るのである。

これに関してはさほど難しくない、筈だ。

論文を見る限り、再現性のあるデータが出ている。

確認をすると。

確かに出来る。

続いて、同じようにして。

鳩の肉塊も作って見る。

確かに肉塊だけなら出来る。

びくびくと痙攣しているが。

非常に人間の目から見て不気味だ。

三十センチほどの肉塊は。

栄養液を満たしたシャーレの中で。痙攣を続けているが。

これそのものは、鳩の細胞の塊に過ぎない。

役割分担も出来ておらず。

単純に鳩肉とさえ呼べない。

強いて呼ぶならブロブか。

食用にも適さないと、成分を確認した結果、U11は容赦なく言うのだった。

まあそれについては同意だ。

こんなもの、食べろと強要されたって、口に入れたくは無い。

「それで、これをどうします」

「鳩の遺伝子細胞を増殖させることが出来る事は分かった。 後はこれらを、それぞれ内臓などのパーツに分岐させることが出来れば……」

「恐らくそれは、生物が受精卵から成長する際のメカニズムを理解していないと出来ないのでは」

「しかし、豚を利用して、人間の臓器などを作成する研究が行われ、実用化されていたという話もある。 工夫次第ではできる筈だ」

そう、出来るはずなのである。

問題はそのテクノロジーが、歯抜けなことで。

色々な雑誌なども漁ってみたが。

それらしいものは見つからないという事だ。

頭を抱える。

電気ショックでも与えてみるか。

無駄だ。

ホルモンか何かか。

いや。それも難しいと見て良いだろう。

クローン再生が成功しているデータも、いずれも偶然から出来たもので。それぞれの生物によってやり方が違っている。

そうなると。

腕組みして考え込んでいる私に。

U11が休憩を入れるようにと警告してきた。

労働時間は決まっている。

私は鷹揚に頷くと。

パーソナルスペースを出て。

森林スペースに移動した。

森が作られている。

地球で残っていた数少ない植物が、丁寧に宇宙人の技術で保護され。この中で、静かに過ごすことが出来る。

わずかな昆虫類も放たれている。

危険な毒などを持つ昆虫については。隔離された森に入れられている。

いずれにしても、人間の目は緑を好む。

休憩している人間は、私以外にも見受けられた。

昼寝をするのも良いだろうとU11に言われたので、横に転がる。彼方此方に、昼寝をするためのスペースがあり。

人間が無防備になる場合は。

護衛用のU11だけではなく。

監視カメラなども動いて周囲を見張る。

今の時代、男女の距離は遠い。

第三次大戦の頃からそうだったのだが。

恋愛結婚、何てする男女は殆どおらず。

少子高齢化に歯止めが掛からない。

400ある宇宙ステーション全てがそうらしいので。

いずれ人間のクローンが始まるだろう。

ぼんやり横を見ると、珍しい若いカップルらしいのがいた。上手く行くと良いねえと、他人事のように思いながら、あくびをする。

そして、二時間ほど眠った。

目が覚めると。

かなり暗くなっている。

地球と同じように。

昼夜の概念を、こういったコミュニティスペースでは導入しているのだ。

U11はずっと側で護衛してくれていたが。

コレも実際の所は。

監視なのかも知れない。

人間一人につき、必ずサポート用のU11がついている今の時代だが。

それも、馬鹿な事をしでかす奴がいたら、必ず止めるように、緊急プログラムが仕込まれている。

犯罪は滅多に起こらないが。

それは宇宙人が導入している監視プログラムが完璧だからで。

未然に防がれている犯罪はたくさんあるだろう。

今も。私は昼寝をしていたが。

地球時代だったら、文字通り何をされていたか分からない。

そういうものだ。

起きだすと、パーソナルスペースに戻る。

労働可能時間は、残り二時間半ほどか。

兎に角、データを調べて駄目なら。

実践しか無いか。

鳩の肉塊を分化して、複数のシャーレに分けると。

様々な刺激を与えてみる。

電気なり。

薬品なり。

色々、だ。

上手く行かないのは百も承知。

他と違って、再現性のあるクローン再生を行いたいのである。

もしもそれが成功したのなら。

きっと、人類にとって。

大きな一歩になる。

正確には、もうとっくに昔誰かが成し遂げていた一歩を、再び埋め直すことが出来る。

さて、続けるぞ。

自分に言い聞かせながら。

鳩の肉塊を増やし。

そして、実験を続行した。

どれもこれも上手く行かない。

だが、その程度で。

いちいちめげてなどいられなかった。

 

2、苦悩

 

現在、あらゆるデータは、それぞれ科学者が閲覧することが出来るようになっている。昔は機密扱いだっただろうデータでも、それについては同じである。

今はそれぞれが隠しごとをしている場合では無い。

人間全てで。

歯抜けになっている技術を再構成し。

そして地球を再生しなければならないのだ。

宇宙人がいつまで寛容でいてくれるかも分からない。

少なくとも、地球を住める星にしない限り。

人類には未来どころか、希望すら存在しないのだ。

見る。

ロケットが、地球に降りていく。

温室効果ガスを吸収し、地球の気温を下げるための実験だ。勿論実験の優先度は最高。まずは地球の気温を下げ。

その後に汚染物質を取り除く。

温室効果ガスといっても、見境無しに地球中にばらまかれたものは文字通り数百種類もあり。

それら全てに対応していかなければならない。

また、二酸化炭素のように、残さなければならないガスも存在するため。

実験は数百回、或いは数千回繰り返さなければならないだろう。

ちなみにロケットに関しては。

宇宙人達が、提供してくれたものを使っている。

地上で実験をした後は。

すぐに戻ってくる優れものだ。

実験が上手く行くと良いが。

大気圏内に突入し、摩擦で赤く燃えているロケットを一瞥すると、自分の実験に戻る。黙々と色々やっている内に。

偶然、翼に細胞が分化。

完全に偶然だが。

データを取る。

細胞を増殖させると。

翼がみるみる肥大化していった。

非常に不気味だが。

翼だけが際限なく膨張していく。

データとしては有用だなと思いながら。ある程度の所でデータを停止。細胞の増殖をストップさせた。

それにしても。

一メートル以上に巨大化した翼を見ると。

鳩の翼でも。巨大化すると、非常に威圧的なのだなと、苦笑してしまう。これだけのサイズになると、鷺やペリカン、猛禽などの大型鳥類になってくる。これらの鳥類は、非常に戦闘力が高いケースが多い。

ペリカンなどは、ユーモラスな姿とは裏腹に、非常に獰猛で。

多くの小型動物を、隙あらば丸呑みにしてしまう。

鳩も巨大化すると。

或いは獰猛になるのかも知れない。

鳩の細胞の塊についても。

複数種類準備して。

それぞれに様々な刺激を与えている。

その結果、幾つか分かってきたことがあるので、それぞれメモを残す。

分かってきたことは、極めて簡単だ。

恐らく、細胞の変化は。

極めて単純な反応で行われている。

体が複雑な脊椎動物でもそうだが。

恐らくはもっと原始的な生物でもそれは同じだ。

「春風博士」

「何だ」

「細胞が変化を始めました」

「!」

確認。

今度は足か。

それも左足だけ。

鳩の左足だけが出来ていく様子を見ると、不気味ではあるが。

上手く行ったのは何よりだ。

だが、受精卵を作って。

其処から何とか普通に発生させることは出来ないのだろうか。

腕組みして。

小首を捻る。

難しい。

それしか結論は出ない。

「データに関連性は」

「恐らく、受精卵が成長する際に、何かしらの指示を出す部位があって、其処から刺激を細胞に与え、それぞれ分化させているのでしょう。 その刺激が偶然再現された、というところでしょうね」

昔はそもそも、クローンがある程度実用化されていた。

そのデータさえ残っていれば、こんな試行錯誤をしなくても良かったのに。あの大戦争さえなければ、である。

溜息をつくと。

とにかく再現するかどうかを確認。

技術として再現できるようになれば。

これだけでも、かなり有利になってくる。

順番に作業を進めていくと。

どうやら再現は出来るようになった。

ここからが問題だ。

まず受精卵をどうつくるか。

同一個体の遺伝子を無理矢理雄雌にして、というのは論外だ。かといって、遺伝子データから色々なパーツを作るのがそもそも非常に難しい。

鳩の遺伝子データはあるのだけれども。

個体数があまり多く無い。

これの多様性がもう少しあれば良かったのだが。

苦悩している内に。

鶏の再生に成功した科学者から連絡が来た。私よりもかなり年上の科学者で。元はまったく生物科学など分からなかった人だ。

調べて見たのだが、この人は元々全然違う分野の科学者だが。

宇宙人の学習装置で適正を見いだされ。

生物科学の方に進み。

そこで四苦八苦しながら、色々試している内に。

偶然鶏を再生出来た、という状況らしい。

それでSNSを使って話してみると。

どうやら本人も相当な無茶の結果、という事は理解しているらしく。

私の指摘にもっともだ、と頷いていた。

「そもそも偶然から此処まで出来たのが不思議で、私の作り出した研究がベースにならないのも仕方が無いのだと思う」

「優秀な科学者が一人でも生きていればこんな事には……」

「あの戦争の末期には、敵国の人材をどうやって潰すかと言う事を、どの国も夢中になってやっていた。 本当に宇宙人が来なければ、人類は滅んでいただろう。 何もかもが遅すぎた」

「……」

幾つか情報交換をして。

互いにアドバイスをしあう。

なお、論文にするのは、全てAIを搭載しているU11がやってくれる。

現在人類が再構築しているテクノロジーは全て閲覧可能なデータベースに収められているが。

其処にアクセスして、類似の論文が無いか等を調べた上で。

分かり易い論文に仕上げてくれるのだ。

昔は手作業で論文にしていたらしいが。

ともあれ、体のパーツの再生についての論文は全てU11が仕上げてくれるので。此方は他の研究者との情報交換と、自身での実験に注力できる。

気分転換に地球環境の再生計画を見ているが。

どうもこれも上手く行っていないらしい。

温室効果ガスが多すぎること。

固定化が思った以上に難しい事。

何より、ほぼ植物が全滅状態であることなどもあって。

下手な小細工をしても。

そもそも環境を改善する、の前段階にまでたどり着けない様子だ。

みんな、苦労しているのは同じか。

私はごしごしと顔を擦ると。

考え方を変えることにする。

「あらゆるパーツを作り上げて、それを全てつなげる事は可能だろうか」

「不可能でしょう」

即答される。

まあ当たり前か。

例えば、鳩のパーツを全部作ったとする。

だがそれには、血液や神経、様々な免疫器官などもある。

鳩一羽分のパーツを全部作ったとして。

組み合わせても、文字通りのキメラになるだけだ。

そもそも、パーツを全て作り上げたところで。

それを組み合わせられなければ意味がないわけで。

U11の返答は正しいと言える。

「それなら、卵細胞と精子だけを再生するのに注力するべきか」

「良い案だと思いますが、問題はそれをしたところで、遺伝子プールが徹底的に足りていないと言う事です。 現在データにある鳩の遺伝子は20羽に満ちません。 この数だと、例え再生してもあっという間に近親交配による弱体化で絶滅します」

「むむ……」

「近親交配による弱体化については、このようなデータがあります」

U11が出してきたのは。

幾つかの王朝についてだ。

エジプトの古代王朝では、「王の優秀な血を保存するため」に、積極的な近親交配が繰り返されていた。

その結果、非常に遺伝子的な弱体化が進み。

多くの遺伝病を抱えた王族は、様々な問題を抱えていたという。

近年だと、ハプスブルク家が似たような例としてあげられる。

データを見た瞬間分かるが。

近親婚をやり過ぎた結果、みな同じ顔になっているのだ。男性も女性も、である。

その結果何が起きたか。

エジプト王家と同じだ。

「遺伝子の多様性を確保するのは、多くの外的問題に対応するために必要な事です。 例え役に立たなさそうに見える遺伝子でも、どんな風に役に立つか分かりません。 これは多くのデータが証明しています」

「分かっている。 だがまずは再生からだ」

「そうですね。 遺伝子の変異についても、その後に研究しなければならないでしょう」

「宇宙人には頼れないのか」

駄目ですと即答される。

そもそも、宇宙人達は、まったく進歩無くテクノロジーばかりを奇形的に肥大化させた地球人類のあり方そのものを問題視している。

それを解決しろというのが。

彼らの考えだ。

故に物資も最低限の生存技術もくれるが。

それ以上はまず母星を再生してからだ、と門前払いされている。

色々と説を出してみるが。

やはり卵細胞と精子をまず遺伝子から作り出すところからだ、という結論に至る。

これに関しては、恐らく昔は技術があった筈だ。

だがそれも失われてしまっている。

なお、鶏の場合は。

偶然出来たものを掛け合わせて作っているため。

再現性無し。

逆に効果が無かった実験などのデータを取り寄せ。

其処から逆算してやっていくしかない。

人間の遺伝子データなども見て。

どこら辺からが生殖細胞のDNAなのかを確認し。

それを再生する。

気が遠くなるような作業だが。

私には有能なAIであるU11と、古い時代のスパコンなんて鼻で笑う性能を持つPCが供与されている。

やるしかないのだ。

試行錯誤を繰り返している内に。

脳やら尾羽やらの再生に成功。脳に付属して目玉も再生出来た。

しかし、これらのデータは、あくまで参考にしかならない。

テクノロジーが失われるというのは。

こういうことなのだと。

私以外の研究者達も、皆今頃頭を抱えているだろう。

SNSを見ると、実際問題愚痴ばかりが溢れていた。

 

アメリカリョコウバトから鳩にデータを切り替えて。研究を開始して、随分と時間が経った。

他の研究者達の中にも、成果を上げている者もいるけれど。

地球は相変わらず赤い星のままだ。

温室効果ガスが多すぎる。

植物が全滅状態。

プランクトンさえ死滅しているのだ。

此処から地球を元に戻すのは、自然の浄化作用を駆使する場合、億年単位で時間が掛かるだろう。

だが、そんな時間はない。

宇宙人達も、腕組みして様子を見ているし。

彼らがいつしびれを切らすか知れたものではないからだ。

U11がデータを持ってくる。

私の研究データをベースに。

人間のパーツの再生を出来るようになった、というのである。

しかも自力でだ。

「遺伝子の特定部分の再生に関する論文として、春風博士の研究が大いに注目されています。 応用で様々な活用が出来そうです」

「牛の肉についても?」

「いえ、それはまだですが」

「あそう……」

早く家畜を再生させてくれ。

そうSNSでは多くの声が上がっている。

冬眠状態にしている鶏も。

いつ死ぬか分からないのだ。

これが死んでしまった場合、偶然再生出来た鶏は、また一から作り直さなければならなくなるだろう。

卵にしてもそう。

テクノロジーが歯っ欠け過ぎて。

あまりにも穴埋めしなければならない場所が多すぎるのだ。

鶏の場合は重要な食糧動物として、宇宙人がクローンしてくれているだけであって。

それもベースになっている鶏がいなくなれば、即座に中止だろう。

「地球環境の再生は?」

「上手く行っていません」

「成果は全く無いの?」

「今温室効果ガスのうち最悪のメタンに関しては、固形化する技術がようやく実用化できそうですが、地球上にまき散らされたメタンハイドレードを全て固形化するとなると、どれくらい時間が掛かるのか分からない状態です」

ああそうだろうよ。

いい加減苛ついてくるが。

此方としても、色々やるしか無い。

鳩のパーツは色々再生に成功したが。

肝心の生殖細胞関連はまだだ。

偶然で再生出来た鶏の肉や卵は出回っているが。

これも結局の所は偶然の産物。

コレでは駄目だ。

再現性完璧で。

手順さえ踏めば、誰にでも出来るものでなければならない。

赤血球や白血球など、免疫系の再生は出来ているのに。

どうして生存に関係する生殖細胞を作れないのか。

実は偶然、二三回出来たは出来たのだが。

いずれも再現性が無い。

つまり、実質上上手く行っていないのである。

「他の科学者は」

「落ち着いてください。 春風博士の論文で、かなり進展はしています。 他の生物でも、多くのパーツが再生されていて。 今度牛の肉について、かなり美味しい部分を再生出来るかも、という論文が出ています」

「再生は出来ていないのか!」

「出来ていません」

そう言われると。

もう天を仰ぐしか無い。

出来そうだ、では駄目で。

出来る、しか結果は必要では無いのだ。

嘆息すると。

データを集める。

失敗データだ。

今の時点でも、偶然出来た生殖細胞を掛け合わせて、鳩を作る事は出来るには出来るが。再現性がなければ意味がない。

失敗データを確認し。

膨大な実験を並行でやっていくしか無い。

何しろ遺伝子は非常に複雑だ。

その中には、使われていない「封鎖領域」と呼ばれるものもある。

これらは遺伝子が変化していく過程で作られたものとも言われているようだが。

実際には諸説あったらしく。

しかもその諸説を唱えていた科学者が例の戦争で皆殺しになっているので。

結局手探りで真実に近づいていくしか無い。

色々と試してみると。

どういうわけか、両生類の足っぽいのが出来たり。

魚の鱗っぽいのが出来たりする。

これが遺伝子の封鎖領域の悪戯なのだろうか。

確かに魚から両生類、そこから爬虫類、更に其処から分化して鳥類が(実際にはもっと複雑だが)生まれてきた、と言われているし。

封鎖領域に、それらのデータが残っていても不思議では無い。

しかも再現性があるので。

謎の生物のパーツが鳩の遺伝子から出来ました、という。意味不明にも程がある論文をU11に書かせなければならない。

他の科学者も同じような事をしているのだと思うと。

砂を噛むようである。

また変なのが出来た。

一応鳩のパーツのようだが。

どうやら消化器らしい。

もう鳩のパーツが、どれだけ出来るか自分でも把握できていない。三年も研究を続けていれば、まあそれもそうか。

「ちなみに、やっぱり組み合わせても鳩にはならない?」

「無理です」

U11の言葉は冷たい。

だが嘘は言っていない。

こっちだって分かっているけれども。

突き放されると頭にも来る。

しばらく休憩に行く。

ぼんやり上を眺めている。宇宙コロニーだが、擬似的に空も再現されている。これはストレスを減らすためだ。

溜息をまたつくと。研究に戻る。

かといって、進展するかと言えばノーだ。遺伝子の深淵をどんどん覗いている気にはなるけれど。

それは深淵を覗いて。

覗き返されるのと。

大して変わらなかった。

 

3、光明

 

遺伝子の深淵を覗き込むようにして。

膨大なデータを掛け合わせ。

それらの中から正解を探していく。

その過程で無数のキメラが登場しては、消えていく。

色々と神経を削る仕事だ。

私の実験による論文は既に200を超えた。鳩を再生するだけでこれだけ大変なのだ。殆どデータが無いアメリカリョコウバトを再生するなんて、最初はどれだけ無茶な野望を抱いていたのだろうと。今更ながらに思い知らされる。

なお、論文に関しては、確か個人で7000近く出している博士がいるらしいので、それに比べれば私の論文なんてとても少ない。

鳩の研究に切り替えてから。

もう五年が経過しているが。

まだまだ地球は赤いまま。

温室効果ガスを減らす作業が始まっているが。

それでもぜんっぜん足りていないのだ。

科学者達は色々な実験をして、論文を出しているが。

あまりにも膨大なメタンが。

強烈な温室効果を引き起こしている。

温室効果の分かり易い例と言えば金星だが。

あれは温室効果ガスの結果、地表の気温が400℃を超えている、という凄まじい状態になっている。

鉛も溶ける温度であり。

地球もこうなっていても不思議では無かったのだ。

それこそ、地球が誕生してから何度も経験した、破滅的な状況を人類が引き起こしたに等しく。

それを帳消しにするには。相応の努力が必要なのも当たり前であった。

少し前に、ストレスで科学者が一人死んだ。

手篤くストレス対策のケアは行われているのに、それにも関わらず、である。

一応暫定統一政府のリーダー達は、これを重く見て、宇宙人に更なる改善請求をしているようだが。

それも通るかどうか。

そもそも私から見ても、手篤い保障はされている。

それでもどうにもならないのが実情なのである。

死んだ科学者のの研究はDBに残っているが。

閲覧すると、どれだけやってもどうにもならない試行錯誤の痕が垣間見えて、色々悲しくなってくる。

状況は私も同じだ。

地球の環境を再生しても。

そこに多くの生物がいなければ意味がない。

人類は誕生以降、周囲に迷惑をかけ続けてきたが。

ついにその尻ぬぐいをしなければならない時が来ていて。そして私は。まだそれで頭を悩ませていた。

宇宙人が持ち込んだ学習装置のおかげで。

世界には漫画に出てくるような超絶的な天才なんてものはいないという無慈悲な結論が突きつけられ。

人間の能力を極限まで引き出しても。

結局穴だらけのテクノロジーは埋められないという現実が、否応にものしかかってくる。

また変な生体部品が出来た。これは鰓、だろうか。

鳩の遺伝子からナニカの鰓が出来る。しかもこれも再現性ばっちり。

一体私は何の遺伝子をいじくって、細胞を培養しているのだろう。分からなくなってくる。

だが、それでもやらなければならない。

U11に論文を書かせ。

更に次へ。失敗は膨大に積み重ねたが。かの発明王の言葉を例に出すまでも無い。失敗にこそ意味があると思わなければならない。

そう前向きに思考を切り替え。

黙々と作業をしていく。

失敗例を積み重ねると言う事は。

もう同じ失敗をしない、という事だ。

昔ならともかく。

今は失敗したデータについては、全てAIがDBに登録して、同一条件ならアラートを鳴らすようにしてくれている。

だから、例え私がうまくやることが出来なくても。

私の跡を継ぐ人間が。

きっとやってくれる。

そこもかなり怪しいのだけれど。

そうに違いないと自分を奮い立たせ。

前向きに動く。

幾つめか、もう覚えていない実験をしていると。

細胞が分化し。

そして、卵の殻を形成し始めた。

ただし中身は空っぽ。

卵の殻だけか。

ますます迷走しているような気がするが。

それでも何とかするしかないだろう。

それに、膨大なDNAを調べていくという事は、それが他の生物にも応用できることを意味している。

或いは、宇宙人がブラックボックス化している遺伝子治療などについても。

人間の側で解明できるかも知れない。

「春風博士」

「なあに」

「そろそろ、肉体に変化を加えるかと、我々の主から伝達が来ています」

「それは光栄の極み……」

思わず嫌みを言ってしまうが。

それは要するに、超文明の持ち主から、評価されていることを意味するので。決して無意味では無いはずだ。

彼らは人間の寿命も操作できるし。

記憶を抽出して、クローン体に移すことも出来る。

これらのテクノロジーは人類に開示してくれておらず。向こうでブラックボックス化しているのだが。

今子供が殆ど生まれなくなっている状況を鑑みるに。

今後、人類はますます宇宙人のテクノロジーに頼らざるを得なくなる。

その時の事を考慮すると。

此方も解明し。

出来るだけ、依存度を下げておきたいものだ。

「まだ平気。 肉体年齢は30にもなっていないし」

「ですが、最盛期は過ぎています。 最盛期に固定する事も可能ですが」

「いいよ。 それはもっと困っている人や、現在温室効果ガスを四苦八苦して固定している人達優先に使ってあげて」

「分かりました。 そう報告します」

一瞥すると。

研究に戻る。

今の一言でも分かるが。

早い話、此奴らは地球人のパートナーとして活躍もしてくれているが。同時に宇宙人達の公認スパイでもある。

宇宙人達は、地球人を根本的な所から信用していない。

まあこれは当たり前だろう。

私が宇宙人でもそうするだろうし。

額の汗を拭うと。

作業を進める。

冷えているパーソナルスペースの筈なのに。

頭をフル回転させていると。

どうしても汗が出る。

あの組み合わせは駄目。

この組み合わせは駄目。

その駄目出しが出るケースも、非常に多くなってきていた。私と同じような研究をしている科学者は多く。

彼らにしても、同じような事はしている。

私だけが特別では無いのだ。

確かに現時点で一番多くの成果を上げてはいるが。

それだって、再現性のある実験を、偶然やれた、という事が切っ掛けになっているだけにすぎない。

私は特別では無いし。

神に選ばれた才能やら、ギフトやら何て持っていないのである。

研究も黙々とやっていくと。

いきなりアラートが鳴る。

またか、と思ったが。

U11が警告してくる。

「危険です。 すぐにストップを」

「分かってる」

状況を停止。

見ていると。長さ数メートルはありそうな触手が、凄まじい勢いで成長し、のたうち廻っていた。

今はロボットアームが押さえ込んでいるが。

なんで鳩の中にこんな遺伝子が。

カンブリア爆発が起きた頃。

色々とんでもない生物が誕生したという話を聞いている。

未だに人類どころか、脊椎動物の先祖についても正体は特定出来ていないらしいのだが。その謎の先祖は、こういう触手を持っていたのだろうか。

勿論本来はもっとぐっと小さかったのだろうが。

最初に培養した翼の例を出すまでも無く。

油断すると超巨大化するものだ。

触手を見ると。

吸盤の類はなく。

その代わり、無数の牙のような爪のような、強力な拘束用と思われる器官がびっしりとついていた。

これはおそろしい。

巻き取られたら、一瞬で締め潰されてしまうだろう。

U11が提案してくる。

「あれは焼却処分するとして、再現実験はしますか」

「勿論。 失敗例を蓄積するのが大事だからね」

「分かりました」

瞬時に、実験スペースが紅蓮の炎に包まれる。

流石に巨大な触手も、これにはひとたまりも無く、一瞬で黒焦げになってしまうが。

新しく再現実験をしても。やはり触手が誕生する。

何だこれは。

他の生物のDNAも調べて見るが。

脊椎動物にはあらかたこれと同じパターンが残っているようだ。つまりこれは、封鎖領域に残された、先祖の記憶と言う事だろう。

しかも、ちょっと調査してみて。

驚くべき事が分かった。

鳩の翼の時と違い。

それほど巨大化するまで放置していたわけではなく。

最初からこのサイズに成長するらしく。

二回目でも、あっという間に巨大化し、焼却処分したのである。

腕組みする。

そうなると、カンブリア紀にはこんなサイズの生物はいなかった、という定説が、そのままひっくり返るかも知れない。

実はとんでもない生物が海を泳いでいて。

ぱくぱくと小さな生物たちを捕食していたのかも知れない。

実際、カンブリア爆発の後、海には巨大生物が溢れるようになり。

体長十メートルクラスの生物も、程なく登場するようになっている。

或いは、そういった生物の中に。

魚類の先祖がいたのだろうか。

遺伝子の深淵に見られている気がして。

ぞくりと背中に怖気が走った。

いずれにしても、これは危険度非常に大の実験として、U11に注意を促す内容と共に、論文を書かせる。

あの蠢く触手の様子。

見ていて怖気が走った。

ひょっとしたら、だが。

地球で傲岸不遜の限りを尽くしていた頃の人類があれをみたら。

兵器転用を考えたのではあるまいか。

いや、今でも考えかねない。

勿論今は、宇宙人がしっかり見張っているから、馬鹿な事をする奴は出ないだろうけれども。

人間はルールの隙を突いたり。

法の裏を突く事に全力を費やす生物で。

それらをやった人間を、称賛する傾向さえある。

それを考えると。

私はパンドラの箱を開けたのでは無いかと、不安になる。

ただでさえ疲れ果てていた状況だ。

不意に、U11が、手元に薬を出してきた。

「ストレス緩和剤です。 飲んでください」

「でも……」

「春風博士、貴方は今相当な重度ストレスに陥っています。 これを飲んだ後、休暇を一週間ほど取ってください」

「……宇宙人が後どれくらい待ってくれるか分からない」

U11は。

不安の内容を理解したらしく。

そしていう。

「彼らの文明について詳しく話すことは禁じられていますが、少なくとも人類が生物として寿命を終えるまでは余裕で待ってくれます。 当然それは数百万年どころではない年月です。 ご心配なさらず、ゆっくりと実験をしてください。 最低でも、貴方がどれだけの手管を尽くして寿命を延ばしたとしても、その寿命が尽きるまでは待ってくれますよ」

「また今みたいなのを、兵器転用するバカが出るかも知れない」

「それもご心配なく。 あまりにも問題がある遺伝子は、既に取り除いてあります。 そもそも今回地球人類を彼らが救ったのも、文明を構築するまでに至った貴重な生命だから、という面もあるのです」

ぞくりと。

背筋に寒気が走った。

それは洗脳では無いのか。

だが、それを抗議する資格はもう地球人類にはないのも事実だ。

口を引き結んで拳を振るわせる私に。

薬を飲むよう、U11は促した。

 

突然降って沸いた休日。

ぼんやりSNSを見て過ごすのだけれども。やはり他の科学者達も、悪戦苦闘を続けているようだった。

金属加工の分野においては。

二次大戦の頃から、世界で様々な分野で活躍した便利金属、超超ジュラルミンの再現に成功していた。

これは強度はさほど大した事はないものの、兎に角軽くて丈夫という特徴を持っており。

兵器としての装甲とかにはあまり使えないが。

その一方で利便性に関しては驚くべき性能を持っている。

もっとも、あくまで利便性が高いだけだ。

もっと優れた合金や。

セラミックなども。

今後研究を進め。

再現していかなければならないだろう。

開発に成功したユザワ博士は、喝采を浴びていた。勿論再現性もばっちりである。

電池に関する研究も進んでおり。

かなりの電力を蓄積できる小型電池が実用化に移っていた。現時点ではまだコストが不安だが。

少なくとも、十数時間の連続使用に耐えるものが完成している。

これは大きな進歩と言えるだろう。

生物学的には。

遺伝子の配列をいじる事により。

ついに同じ生物の、別固体を作る事が理論的に可能になっていた。

まだ理論的に可能、でしかないが。

しかしながらこれを応用すれば。

今個体数が殆ど無い鳩のDNAを、爆発的に増やすことが出来る。

二百個体以上に増やせれば。

近親交配であっという間に全滅、という事態も避けられるはずだ。

ぽちぽちとSNSを見る。

このSNSも。

何より手元で動かしている小型携帯端末さえも。

宇宙人からの供与品だ。

似たようなものは大戦争前、世界中に普及していたらしいが。

それを再現する技術さえ、地球人類は失ってしまった。

これくらいは再現したいなと、ぼんやりしていると。

薬が効いて来たのか。

心がとても静かになった。

何度か深呼吸して。

更に心を落ち着かせる。

森林スペースに出る。

最近改良が加えられ。

鳥の鳴き声が聞こえるようになっていた。

勿論再生には成功していないが。

鳴き声だけは、記録したものが残っていて。

それを使っているのである。

寝っ転がっても大丈夫。

昔だったら、糞で服が悲惨な事に、何て事態も考えられたが。今はそれもない。何しろ人間以外の動物がいないのだし。植物にしても、ある意味作り物なのだから。危険な昆虫さえ存在していない。

此処は森のように見えて。

偽物の森なのだ。

ゆっくり眠る。

そしてしばらく、徹底的にダラダラ過ごす。

その間。SNSで知り合いになった科学者達から、心配するメールがそれなりに飛んできた。

私が倒れたという情報が伝わっているらしく。

それで皆心配してくれているらしい。

嬉しい事は嬉しいが。

倒れる前に心配して欲しかったなあと、ちょっと大人げないことを考えてしまった。この辺り、私もやさぐれてしまっているのだろう。

一週間はあっという間に過ぎ。

U11のいる研究用スペースに出向く。

助手は、データをまとめて待っていた。

「すぐに幾つかの実験を実施できます」

「では、予定通りに」

「分かりました」

少し、気は楽になったが。

その一方で、少し不安がわき上がってきている。

遺伝子の封鎖領域には、今までの進化の痕跡が残っている。まるまると古代の生物が残っているわけでは無い。

勿論、研究は全てロボットアームで行われ。

ウイルスどころか分子一つでさえ逃さない仕組みが構築されているが。

とんでもない生物兵器とか。

細菌とかが。

これで再生されてしまわないだろうか。

遺伝子の大半は無駄で出来てしまっている。

それは分かっているが。

不安はやはり消えない。

順番に実験を進めていく。

また鳩のパーツが出来た。

今度は肝臓だ。

再現性を確認しつつ、複数の実験を同時に進めるが。どうしても決定的な成果は出てくれない。

他の科学者に先を越されるのはまあいい。

それよりも、今は。

人類全体の方が大事なのだから。

「! 危険です」

「何が起きた」

「あれを」

培養している細胞の一つが。

見る間にふくれあがっていく。

どうやら危惧していたことが起きたらしい。

かなり単純な構造ではあるが。

恐らく単細胞生物。

つまり、カンブリア時代よりも更に古いDNAの中に生き残っていた生物が、目覚めたらしい。

古い古い時代には、硬貨ほどもサイズがある単細胞生物が存在していたらしいのだけれども。

それよりも遙かにデカイ。

つまり発見されていなかっただけで。

もっとヤバイ単細胞生物がいて。

それが脊椎動物共通の先祖の、更に先祖だった、ということだろうか。

見る間にふくれあがっていくそれ。

体長は、直径六メートルを超えようとしていた。

培養槽を飲み込み。

無数の触手を蠢かせて。

金切り声のような音を立てる。

海中にいただろう生物だ。

全身が焼けるように痛いのだろう。

焼却処分。

U11に指示し、一気に焼き払う。流石に超高熱による殺処分だ。すぐに死ぬ。だが、これは。

もうそろそろまずいと考えるべきではないのだろうか。

鳩でさえこれだ。

人間のDNAを調べ始めたら。

一体何が出てくる事か。

慎重に再現実験をする。

再現実験成功。

巨大単細胞生物は。

想像以上のアグレッシブさで動き回り。

焼き払うまで、辺りを這い回った。

限界では無いのか。

再現実験まで成功してしまったことで、そう思えてくる。

どうしてここぞという部分だけが再現できない。

鳩の遺伝子データは残っている。

配列も全て分かっている。

それなのに、途中のテクノロジーが全て歯っ欠けになっているから、いちいち手探りしなければならない。

過去の生物を偶然再現できた、等と喜んではいられない。

ひょっとして、過去の海は。

想像を絶する場所だったのではあるまいか。

疲れ果てた私は。

甘い物を取ると。

休憩に出る。

休憩スペースにも、あまり人はいない。これはそれだけの広さがあるからだ。私ももう結婚出来る年齢になっているが。

他と同じく。

そんな気にはなれなかった。

少し前にデータでみたが。

今年結婚した人間は5000人たらず。

離婚した人間は5500人。死別500人。

生まれた子供の数は、とうとう1000人を割った。

38億も人間がいてこれだ。

本当にこのままだと、宇宙人が介入して、勝手に人間を増やし始めるだろう。誰もが子供を産まない世界が普通に到来し。

そして子供はよそから作られ。

U11のようなAIが教育し。

親などいなくても育っていくことになる。

地球人類は。

とっくに詰んでいるのでは無いのか。

そう思えてきた。

いや、元々詰んでいたのを。

横から膨大な物資をつぎ込んで助けて貰ったのだ。

これ以上の醜態をさらすことになる、が正しいだろう。

私にしても、他の人間に結婚しろだの子供をつくれだのは絶対に言えない。

多様な価値観。

これを一切合切理解出来ず。

自分こそは正しいと考え続けた人間達が。

歴史を終わらせた元凶なのだ。

だったら、自分だって。

何より、男と交わろうなんてまったく考えもしない。

更にぼんやりしてみながら見てみるが。

結婚したは良いが、子供を作っている夫婦はほぼいない様子である。

地球人類は。

もはや自力では、繁殖さえ出来ないのかも知れない。

能力はあるとしても。

意思は決定的に欠落してしまった、という事なのだろう。

これでいいのか。

良いわけがない。

立ち上がる。

まだ、まだまだ時間はある。

半永久的にあると言っても良い。

研究用のパーソナルスペースに戻ると。

私はU11に指示。

「研究のペースを上げる」

「どうしました」

「このままじゃあ駄目だ。 いちいち研究の結果に一喜一憂していたら、それこそいつになったら解決するか知れたものじゃ無い。 これから私は、心を無にして、徹底的に研究だけをする。 研究の鬼になる」

U11は反論しない。

それしかないと考えたのだろうか。

私は、鳩のDNAデータを立体映像で表示させ。

その全てを、徹底的に。

組み合わせては、調べさせることにした。

此処からは総力戦。

今までの数年は、研究にいちいち感情とか熱情を込めていたから駄目だったのだ。

どうせ肉体年齢は最盛期で固定されている。

自分で子供を作ろうと思ったら、いつだって出来る。

その気になれば、精子だけ提供して貰って、子供だって産んだらそのままAIに任せてしまっても良い。

人間性を捨てろ。

自分に言い聞かせる。

そうでもしない限り。

この研究は。

そして強いて言うなら、生物全体の再生につながるこの研究は。

恐らく私の手では成就しない。

それでもやらなければならないのだ。

これ以上宇宙人におんぶに抱っこされる訳にはいかないのである。

覚悟を決めた私は。

体を壊さないギリギリのスケジュールをU11に組ませ。

片っ端から。

徹底的に。

実験を始めた。

 

4、飛び立つ鳩

 

受精卵が出来たとき。

ぼんやりと、それを見つめているだけだった。

みずみずしい感動は無い。

タスクを倍増しにして。

どんなバケモノが偶然出来ようと無視。

中には巨大両生類や。

足が生えた、両生類の前段階の魚などもいたが。

それらも無視。

どんな作用を起こすか知れたものでは無い危険な細菌が発生したりもしたが。

それも無視した。

勿論論文は載せる。

SNSを見ると、私は研究の鬼とか言われているらしい事は分かったが。

だからなんだ。

知った事か。

兎に角、研究を進めるだけだ。

いつ頃だろう。

どうやらここら辺が最後らしいと当たりを付けて。

徹底的に集中攻撃を始めた。

そしてついに。

生殖細胞に関連するDNAを発見。

正確には、再発見だろうが。

それを達成することが出来た。

そして、別個体の鳩のDNAから、卵子と精子を作り出し。

受精卵を作ったのが今。

培養していくと。

すくすくと成長していく。

やがて、卵になる。

卵から孵ったのは。鳩だ。

再現実験も行う。

別の鳩の組み合わせで、実施をして見るが。

どうやら上手く行ったようだった。

「鳩の再生、完成。 しかも再現性あり」

「生殖細胞作成のDNA、発見される。 コレを応用することで、多くの動植物を再生可能か」

瞬く間にニュースが周囲を飛び交うが。

私は死んだ魚のような目で。

それを見ていた。

今は重要な実験があると。

マスコミが飛びついてきて、カメラの砲列を向けてくるような事も無い。

マスコミなんてものは。

例の戦争の頃には、既に周囲を煽るだけの情報暴力装置と化していたし。

SNSが究極的に発展した今は。

もう必要ともされていない。

鳩は十数羽が試験的に作成され。

更に冷凍睡眠させられた後。

遺伝子データの多様化を実施し。

それが実行出来次第。

交配して更に増やす事になった。

なお試験的に作り上げた鳩たちには普通に卵を産ませ。

それをベースに、やっとアメリカリョコウバトの再生作業に入る事が出来る。

随分遠回りしたが。

やっとだ。

アメリカリョコウバトの最後の個体は。

マーサという。

これの剥製は、なんと戦火に焼かれず燃え残り。

今も現存している。

何故かというと。

「無価値」だったからだ。

当時の人類は、自分達にとって「価値のある」研究や。テクノロジーだけを徹底的に奪い合っていた。

マーサの剥製は人間にとってはどうでもいいもので。

そう、例えそれが人間の罪の証であっても。

文字通り人間にとっては、自分が世界で一番正しいのだから、どうでもいい代物以外の何者でもなく。

故に偶然惨禍を免れ。

そして宇宙に現存している。

DNAデータも保存してある。

鳩のDNAデータと照合した結果。

殆ど変わらないことが分かっている。

これから応用で生殖細胞を取り出して、受精卵を作れば良いのだが。

問題は遺伝子の揺らぎをどうするか、と言う点で。

どの辺りの遺伝子が揺らぐのか。

鳩を見て、参考にしなければならない。

揺らぎについての研究は、他の科学者が既にやっている。その間に私は、マーサの遺伝子から、生殖細胞を作り出しておく。

応用と言ってもさほど難しくない。

とはいっても、私があまりにも膨大な細胞に関する実験を続けたから、だろうが。

ともかく、すぐに生殖細胞は出来た。

生殖細胞再生の論文が発表されたことで。

豚、牛、鶏といった主要な家畜動物は、全て再生に成功。

犬、猫といった、人間と生きる事を選んでくれた生物もしかり。

植物も、応用で次々に再生がされているという。

後は、地球上の環境を整え直して。

入植するだけだ。

中には、火星をテラフォーミングした方が早いのでは無いかなどという科学者もいたが。

流石にそれは、却下される。

当たり前だ。

今、宇宙人が監視している状態で。

人類には何の自由も無い。

まずは根拠地になる地球に入植するのが。

最低限の条件なのだ。

「春風博士」

「何だ」

ぼんやりと、揺らぎについての論文を見ていた私に。

最近はめっきり口数が減っていたU11が声を掛けてくる。

私に鏡を見せてきた。

かなり窶れていた。

栄養はしっかり取っていたはずだが。

「体調を回復させるために、二週間ほどカプセルでの休養を」

「……本気で言っているのか」

「春風博士。 貴方にとって、覚悟を決めて暴風のように働く事が全ての基礎になると、U11は判断しました。 故に無茶を見過ごしてきましたが、ついに生殖細胞の再生に成功した今、休むべきです。 遺伝子の揺らぎについては、数十人の科学者が今必死に研究をしています。 二週間もすれば、良い結果が出ているはずです」

「……」

少し抵抗がある。

カプセルというのは、宇宙人が持ち込んだ技術で。巨大な卵に似ている。

中に入ると強制的に体調を万全の状態にし。

肉体も全盛期に調整してくれる。

コレを使うのを拒否して死んで行く人間もいるが。

少なくとも健康診断は受けるようにと言われているし。

私は最近それも怠っていた。

やむを得ないか。

それに気がつくと、立ちくらみもするようになっていた。

肉体年齢は最盛期に戻してあるのに。

それなのに立ちくらみをするのだ。

色々と末期なのは事実だろう。

「分かった。 休む事にする」

「お願いします」

「ただ、私の研究はきっちり眠っている間も守ってくれよ」

「ご心配なく。 今は研究を盗んだり剽窃したりできないようになっています。 人間が社会を統治していた時代とは違うのですよ」

それもまた悲しい話だなと思うが。

私はただ。

今は、燃え尽きるまでやり遂げた事を。

喜ぶ事にした。

カプセルに入る。

裸で入る必要はない。

白衣を着たまま横になって、そのままぼんやりしていると。

催眠効果のある光の点滅で、勝手に眠る。

薬さえ睡眠に使わないのだ。

そのまま全身を調べ上げられ。

不具合がある箇所は、殆どの場合は体を傷つける事さえ無く外側からハイパーテクノロジーで修復。

どうしても仕方が無い場合だけ。

メスを入れる。

勿論本人は全身麻酔どころか、完全に意識が無い状態なので。

痛くもかゆくも無い。

ふと、夢を見た。

文字通り父も母もいない私だが。

何処かの家で。

そう、地上の家で。

電車のオモチャを動かして遊んでいた。

温かい家庭などでは無かった。

「女の子なのに、こんなオモチャで遊ぶんじゃ無い!」

上から降ってくる怒声。

父親のものだ。

母親も冷たい目で見ている。

私はこの電車のオモチャが大好きで。

仕組みを徹底的に知り尽くして。

分解しても直せる自信があった。

だが、両親は。

そんな私が何に価値を持っているかなんて。

どうでも良いとしか考えていなかった。

取りあげられる電車のオモチャ。

そしてそれは地面に叩き付けられ。何度も踏みつけられて、壊された。

「勉強をしろ!」

怒鳴られる。

泣いていると、今度は殴られた。

鼻から血を流しながら、勉強をする。大半が書き取りの練習とかで。一度でもミスがあったら更に殴られた。

「グズ! 役立たず!」

わめき散らす両親。

体に痣があるのを学校の教師は見てみぬフリをしたし。

同級生はピラニアと同じ。

弱い相手とみれば。

徹底的に嬲りに来た。

私は抵抗も出来ず。

あらゆるものをドブに捨てられ。

両親からは、「私がグズだから虐められる」「弱いのが悪い」と罵られ。更に何度も何度も殴られた。

そして私は。

年齢二桁を迎えること無く。

脳出血で。

死んだ。

 

目が覚める。

全身に冷や汗を掻いていた。

U11が、起きて来た私に言う。

「二週間分の新陳代謝があります。 風呂で流してくると良いでしょう」

「分かっている……変な夢を見た」

「変な夢ですか」

「ああ」

何だアレは。

正夢なのでは無いか。

気になったので、自分の出自を調べて見る。そうすると、色々と考えたくない事実が分かった。

中野春風。

九歳で2016年両親の虐待にて死亡。

遺伝子は国立のセンターにて偶然残っていたため、地球人類の数を増やすために宇宙人がクローンを作成。名前を春風とする。

それだけだ。

今の私は、春風という名前で。これが全て。

今の人間は名字を使うこともないし。

この殺された気の毒な春風さんは、地獄のような人生を送りながら、それこそ何の救いも無く生きていただろう。

今のは、本当に夢か。

遺伝子の記憶では無いのか。

ふと、嫌な予想に当たる。

鳩があれほど再生出来なかったのは。

ひょっとして、嫌がったから、ではないのか。

人間という生物と暮らすのはいやだ。

そう思ったからこそ。

あれだけ徹底的に調べても、最後の最後まで重要な生殖細胞が誕生しなかったのではないのだろうか。

いや、そんな筈は無い。

そんなものは、妄想だ。

頭を振って、ありえざる妄想を追い払う。

そして頬を叩くと。

決めた。

シャワーで汗を流す。

全盛期の肉体に戻り、健康体になっているから、気持ちが良い。石鹸で全身くまなく綺麗にして。外に出ると、随分とさっぱりした。

そのまま研究のデータを見る。

遺伝子データの揺らぎについては、他の科学者が実験を進め。犬や牛で既に成功例が出ていた。

良い事だ。

私もそれを利用して。

アメリカリョコウバトのマーサを調査し。

遺伝子の揺らぎを人為的に作り出して。

生殖細胞を造り。

卵を作り出す。

さて、どうなる。

受精はした。

だが、きちんと育ってくれるか。

しばし緊張の瞬間が続くが。

数日後には。

立派な卵になっていた。

孵卵器に移し。

孵化させる。

アメリカリョコウバトは。

再びこの世に舞い戻ったのである。

溜息が漏れた。

此処から、鳩の仲間を順番に再生していく。

中には遺伝子データの欠損しているものもあるが。

それについては、他の遺伝子データを見比べながら、再生していくしか無いだろう。

SNSではやんややんやの喝采。

私は何故か、凄く嬉しかった。

私の元になった人間が、誰にも愛されず、十歳になる事も出来ずに死んだから、だろうか。

だがそれは、所詮オカルトだ。

あり得る事では無い。

アメリカリョコウバトは繁殖力も低い。

大人にまで育てても、数を回復させるのは大変だ。

そもそも、地球がまだ赤いまま。

彼方を回復させるまでは。

ある程度再生しても。

眠らせておくしかない。

さて、此処からだ。

いつの間にか私は。

絶滅種再生の権威になっていた。

これからも、どんどん絶滅種を再生していこう。

そして地球におり。

人間が暮らせるようになった頃には。

前とは違う文明を構築し。

前とは違う結末を作りたい。

ふと、DBを見ると。

画期的な温室効果ガスの削減案が出ていた。

これならば、ひょっとして。

温室効果ガスを、徹底的に減らせるかも知れない。

私は頷く。

未来には。

希望が見え始めていた。

絶望しか無かった私の元の人間とは違って。

私は、希望の光を、今見ようとしている。

 

(終)