大きな世界

 

序、卵の話

 

昔々。

ある山の麓に、巨大な卵があった。

その高さは側にある小さな丘が卵の影で隠れてしまうほどで。

その幅は、近くのどのような巨大な獣が歩いても、五十歩以上は掛かってしまうほどであった。

その卵は半ば土に埋もれていて。

全体的には薄茶色。

赤い縞が縦方向に入っており。

遠くから見ても、一目で分かるのだった。

獣たちの長老でさえその卵がいつからあるのか。

いつまであるのか。

それを知らなかった。

太陽が照る日も。

雨が降る日も。

その卵は其処に鎮座し続け。丘に森に、時間によって違う形の影を落としながら。ずっとずっと存在していた。

それがどれくらい経った時だろうか。

ある日、とても激しい雨が降り注いだ。

雨は三日三晩降り続き。

その途中で、幾度も激しい雷が卵へと落ちた。

卵は雷にもびくともしなかった。

今までどれだけ多くの獣が、この卵を壊そうとしたか分からない。勿論中身を食らうためにだ。

だから、雷でも壊れないだろうとも、どの獣も思っていた。

だが、その予想は外れた。

幾度目かの雷が落ちたとき。

ついに、凄まじい音と共に、卵の頂点から下まで。一気に亀裂が走ったのである。

その音たるや、卵が見えない場所からも聞こえ。

近くの森を張り倒し。

周囲の地面にひびを入れ。

音を聞いた獣たちは、皆その場で吹き飛ばされてしまった程だった。

死屍累々の中。

雷が何度も何度も周囲に落ち。

命を落とす獣がいる中。

卵が割れ。

そして、砕けながら、内側から何者かが這い出してきた。

それは巨大な何かだった。

何かとしか形容が出来なかった。

無数の触手がある様子はタコのようにも見えたし。

たくさんの目がある様子はホタテ貝のようでもあった。

ずるうり、ずるうりと卵から這い出してきたその何者かは。

雨に対して咆哮すると。

無数の触手を振るって。

周囲に倒れている獣たちを。

片っ端から引き寄せ、掴み。

食らっていった。

森さえも。

木々さえも。

触手を伸ばしてつかみ取り。

そして口に運び。

まるで今までずっと我慢していたかのように。

咀嚼して、飲み込んでいった。

生き延びた獣たちが必死に逃げ隠れる中。

きっとその巨大な何かは、まだまだ腹が満たされないからだろうか。這いずり、その場から離れていった。

やがて何かがいなくなると。

獣たちは卵を見上げた。

真っ二つに割れた後。

内側から砕かれてしまった卵の中は。

目が覚めるような赤で。

大量の粘液がしたたり落ち。

まるで全ての憎悪を圧縮したかのようで。

雷にその憎悪が呼応して。

あの何かが生まれたかのようだった。

何かは、何だったのだろう。

雨が止みはじめる中。

生き延びた獣たちは、顔を見合わせる。

あの何かを恐ろしいと思う者はいたけれど。

残念ながら。

あの何かに対抗しようとか。

殺されたものの仇を討とうとか。

そう考える者はいなかった。

それはそうだ。

誰もが見て、悟ったのだ。あれは何か根本的に違う者。対抗しようとか。戦おうとか。そういう事は考えることすら許されない存在だと。

誰かが考えた。

あの何かは、何処へ行ってしまったのだろう。

帰ってくるのだろうか。

もし帰ってくるのだとしたら。

その時は、此処を離れるしかないのだろうかと。

 

卵から何かが出て、去って行ってから。

随分と時が流れた。

突き刺さっていた卵の残骸は、風雨にさらされて、何処かへ消えていき。

卵から何かが生まれ出て。

周囲の全てを食い尽くしていったことも、覚えている獣はまばらになっていた。

そんなある日のこと。

空に大きな星が現れた。

それは突然に現れて。

今まで存在していた太陽を覆い隠し。

月を遮り。

空の半分ほどを覆ってしまった。

その星はとても明々と輝いていて。

夜も昼のようになり。昼と夜の区別がつかなくなってしまった。

獣たちは驚いた。

新しい太陽の訪れなど、神話にもなかったからだ。

獣たちは困惑した後。

古老達の所を訪れた。

あの星は何なのだろう。

誰かが質問する。

古老達も、誰も知らなかった。

以前卵から現れた何かによって、多くの獣が食い荒らされて、何も残っていなかったという理由もある。

古くからの教えや神話の多くが。

あの何かによって、古老ごと食べられてしまったのだ。

だが、今はそれよりも。

あの星だ。

古老の一人が提案する。

このままだと、この土地は住めないほどに暑くなる。ずっと昼が続いているからだ。

確かに獣たちは悟る。

前よりもずっと暑くなっていると。

獲物も減っている。

前は簡単に捕らえることができた獲物も。

今は不足するようになっていた。

乾いているからか。

森もからからだ。

森に住んでいた獲物も。

いち早く逃げ出してしまったようだった。

だが、別の古老が言う。

我らはそもそもこの土地に住まうべしと、神に言われていた。他の土地には他の獣がいるだろう。

他の獣も、獲物を得て生活している。

如何に数が減ってしまったとは言っても。

我々が行けば、争い事になるだろう。

それを神が望むだろうか。

神が許すだろうか。

古老の意見は割れた。

そして、結論として。

此処を出るべしと決めた古老に、多くの獣が従って、土地を去って行った。

予想は当たった。

ずっと土地は暑くなり続け。

森は枯れ果て。

川もやがて涸れた。

獲物は何もかもいなくなり。

獲物が作っていた集落も。

全てが空になっていた。

獣たちの中には、これからでもこの土地を去るべきでは無いのだろうかと提案するものもいた。

土に埋めておいた獲物でさえ、痛み始めていたからだ。

流石に痛んだ獲物を口にすれば。

獣たちでも腹を下す。

そして、古老が減った今。何よりも、この異常な暑さに見舞われている今。

ちょっとした体の不調でも。

死に直結することを意味していた。

星は燃えた。

ますます暑くなった。

夜の星々も見えなくなった。

獣たちは気付く。

星は更に大きくなっているのだと。

だが、その時には。

どこかでもう獣たちは、自分の運命を悟り。そして受け入れていたのかも知れない。

ほどなく、星に異変が生じる。

ぐにゃりと星が曲がると。

まるで溶け崩れるように。

赤い星の血潮が。

土地に降り注いだのだ。

それは一瞬にして土地を燃え上がらせ。

残っていた獲物を根こそぎに焼き払っていった。

そして注ぐ赤い血潮は。

ほどなく巨大な形を取っていった。

頭が一つ。

腕一対。

そして足は多数。

長い長い腕にて、星の子は天を仰ぐと。

大きな咆哮を上げた。

それはあの何かの時とは比べもののならない破壊力で。

土地を薙ぎ払い。

わずかに残っていた何もかもを薙ぎ払っていった。

獣たちは星の子の偉大な姿を見上げた。

それは灼熱の塊で。

そして無数の目を備えていた。

星の子は飢えている。

それを悟ったが。

既に運命を悟った獣たちは、星の子にひれ伏し、その為す御技を受け入れようとしていた。

だが、星の子は。

そんな獣たちに見向きもせず。

無数の足を動かして。

何にも興味さえ見せず。

進路にあるものを薙ぎ払い、焼き払いながら、進んでいった。

時々、星の子が雄叫びを上げた。

その度にその雄叫びが爆風となって飛んできて。生き延びた獣たちを吹き飛ばしたが。獣たちはその度に立ち上がり。

星の子の進んだ先に残る無数の足跡と。体を引きずった土地のくぼみを見つめるのだった。

 

星の子が去った後。

また空には昼と夜が戻り。

雨が降り注ぐようになった。

獲物もそれに従って戻り始め。

森が出来。

川も出来。

獣たちは数を増していった。

獲物が作る集落は、以前より複雑になっていて。獣が食糧を得ようとすると、獲物はより頑強に抵抗した。

我等は神にこの土地を与えられしもの。

汝らは土地を間借りする存在に過ぎぬ。

土地に住まんとするなら対価を差し出せ。それが摂理というものであろう。

獣の長老はそう獲物に説いたが。

獲物はこのように反論した。

我等は神の子である。

我等こそ世界の頂点である。

故に汝ら悪魔に屈する訳にはいかぬ。

汝らこそ、土の下へと消えるが良い。

傲慢な言葉に獣たちは怒ったが。

だが、獣と獲物の間には、圧倒的超絶的な力の差があった。

あの何かが現れたときも。

星の子が姿を見せたときも。

獲物は即死するばかりだったが。

獣は生き延びる事も出来た。

だから、獣たちは抵抗する獲物をなぎ倒して、数を順調に回復していった。やがて獲物達は、小賢しくもいうのだった。

我らの中から貴方たちの糧食を差し出しましょう。

故に無差別に食らうを止めていただきたい。

しかし獣たちはその言葉に怒りで返した。

汝らは対等に我等と話をしようと思うまでに思い上がったか。

我等はこの土地を預けられしものぞ。

この土地は本来我等のものであり。

神が訪れれば返さなければならない。

汝らは後から来たものであって。

土地に勝手に住み着いているに過ぎない。

それなのに、我等を悪魔などと呼び。従うようになどと勝手な事を言う。そのような者どもには、罰を与えなければならぬ。

獣たちは結束した。

その頃には、充分な数が揃い。

古老の力も、あの何かが現れる前に匹敵する程までに増えていた。

だが、獣たちは知ってもいた。

獲物を狩りつくしてはならないと。

狩りつくしてしまえば、食べるものが無くなってしまうと。

だから、獲物への攻撃は徹底的にでは無く、ある程度押さえた。そして、獲物が組織的な抵抗をやめるまでにした。

獲物が組織的な抵抗を放棄したとき。

ようやく獣たちは満足したが。

その時気付く。

土地に、大いなる異変が訪れていると。

多くの血が流れたからだろうか。

それとも、あの星の子がもたらした異変から、だろうか。

土地に巨大な亀裂が走り始めたのだ。

おおと、古老が声を上げた。

その古老は。

獣たちの中に唯一残った、神話の断片を伝えるものだった。

神が帰ろうとしている。

この異変こそ。

神の帰還を招くものに違いないと。

獣たちはひれ伏し。

大地に接吻した。

そして同時に、自分たちが全てを得る事を知った。

故に、もはや他のものは必要なくなった。

獲物は狩りつくし。

森も刈りつくし。

川を飲み干した。

そして、その時を静かに待つ。

やがて大地は左右に裂けた。

獣たちは知る。

自分たちが、大いなる神の卵の上にいたことを。

崩れゆく大地に落ちていきながら。

獣たちは雄叫びを上げた。

下には巨大な何かよく分からない混沌が満ちていて。

落ちてくる全てを受け止め。

溶かし。

そして飲み込んでいった。

 

1、卵の果て

 

自分用に用意された養分を全て消化しきった「それ」は、巨大なるヘリウムと水素の嵐の中で、雄叫びを上げていた。

全ては自分のために用意されしもの。

自分の栄養になるために生き続け。

そして新鮮な状態を保つように管理されしもの。

故に卵をやぶると同時に。

その巨大な混沌は、全てを食らって満足した。

大いなる混沌は。

億を超える触手を周囲に伸ばし。

ヘリウムと水素を吸収しながら。

球体に近い形へと変貌していった。

膨大な知識を蓄えていたそれは。

自分の名前が「混沌」である事を知っていたが。

その意味も知っていたので。

あまり気分は良くなかった。

形が欲しいと考えた混沌は。

まずは目を作った。

周囲を全て感知する事も出来る混沌だったが。

まずは目を作る事により。確固たる「主観」を手に入れたいと考えたからである。

一つの巨大な目が球体の中央に作られると。

混沌は主観を更に強化するために。

感覚器官を増やしていった。

全身の周囲を取り巻く億を超える触手には口を造り。

より周囲の「情報」を「味」として認識出来るようにした。

触手には鼻も造り。

同じく「臭い」を認識出来るようにした。

全身には膨大な感知器官を造り。

「触覚」を作った。

そうして確固たる主観を手に入れた混沌は。

自分の名前を「秩序」へと変えた。

見れば空にはごうごうと吹き荒れる水素とヘリウムの嵐。

下を見れば、圧縮された水素とヘリウムの海。

これはこれで心地よいが。

しかしながら、これは「秩序」たる存在には騒がしすぎると考えた。

故に秩序は命じた。

凍り付けと。

だが自分を制御する事が出来ても。

水素もヘリウムも。

それぞれが独立した構成要素。

世界の構成要素までは、勝手に動かすことは出来なかった。

せっかく主観を作ったのに。

これでは宝の持ち腐れでは無いか。

主観は大いに怒ると。

凍り付けと、よりつよくつよく念じた。

その瞬間。

強固に強化された主観により。

膨大で巨大な水素とヘリウムは凍り付いた。

構成要素の運動が停止したことにより。

動きを止めたのだ。

満足した秩序は。

堅く凍り付いた自分の世界に降り立つと。

己の分身で世界を満たそうと考えた。

まず作り出したのは、自分に従うものども。

これは、自分の養分になった獣をそのまま再現すれば良いだろう。頑強でありながら何よりも強靱。そして忠実なものどもだった。

あれを用意したのは誰なのか。

それも秩序は知っていたが。

今はどうでも良かった。

まずは獣たちを作り出し。

己の僕とした。

凍り付いた大地に次々と作り出されていく獣たちは。以前と同じ姿のままで。記憶も受け継いでいた。

神よ。

獣たちはひれ伏す。

忠実な僕たる我等に救いを。

獣たちは叫ぶ。

大いに秩序は満足すると。

彼らに心地よき玉座を作るように支持した。秩序はまず、その巨大な目で全てを見通すために。

ゆっくりとくつろげる場所を欲したのだ。

最初作り上げられた玉座は、気に入るものではなかった。

それは凹字にくぼんでいて。

ただ体を乗せるだけのものだったからだ。

これは秩序には相応しくない。

そう判断した秩序は。

獣たちに罰を与えた。

獣たちは、半数を一瞬に消し去られたが。それに恐怖し、ただひれ伏すだけだった。

獣たちの心も全て覗き見ることが出来る秩序は、それで満足した。

恐れひれ伏す獣たちは、玉座を作り替えた。

今度は豪勢に。

多くの飾りを付け。

そして何よりも、とても居心地が良い「柔らかさ」を用意した。

秩序はそれに満足すると。

玉座をこしらえた獣たちを大いに激賞した。

獣たちにはまた獲物を与え。

獣たちが自身の手足となって生活できる空間を提供した。だが、獲物はそのままでは、すぐに死んでしまう事が分かった。

あまりにもこの世界は寒すぎるのだ。

獣たちはこの世界でも生活できるように少し体を弄っているが。

それでも、食事が出来ないのは悲しいというので。

少し秩序は考えた後。

寒い世界でも死なない獲物を作った。

だが、この獲物は。

独自に勝手な神を創造し。

秩序が作った事を否定し。

獣にも抵抗を始めた。

獣たちは嘆いた。

以前と同じだと。

以前、星の子が現れたときも、このように獲物は反抗して。大いに手を焼かされたのだと。

その記憶は秩序の中にもあった。

そして、気付く。

大いなるものが近づいている事を。

それは。空を覆うようにして姿を見せた。

あれは。

そうだ、破滅だ。

混沌を引き裂こうと現れる破滅。

だから、自分は秩序になった。だが、破滅にとって、混沌が秩序になろうが、そんなものは関係無いようだった。

我は混沌にあらず。

秩序である。

呼びかけるが、応答などない。

それこそ、全てを覆い尽くすようにして迫り来るそれは。

まんま全てが口であり。

何もかも。

原子どころか素粒子までも捕食して。

いや、光子や時間、空間までをも捕食し。

引き裂いて再構築することで。

世界を作り出すもの。

そう、それは破滅であると同時に、創造でもあるのだ。

そして自分たる存在は。

その破滅と創造を兼ね備えた存在に。

食われ、引き裂かれ。

土台にされるために作り出されたものに過ぎない。

それを知っていた。

だがむくむくとわき上がってくるものがある。

それは反抗心だ。

このまま食われてたまるか。

獲物達は、天を仰いで歓喜の声を上げている。

愚かな。

お前達も、全てまずは破滅の前に溶かされ。

そして創造の際には、まったく別のものにされるというのに。

獣たちは呆然と空を見上げていたが。

やがて、運命の決断を。

秩序は下した。

攻撃せよ。

獣たちは躊躇う。

明らかにあれは、秩序よりも上位の存在。

勝てる訳がない。

だが、創造物である以上。

獣たちは、秩序の命令には逆らう事が出来なかった。

見る間に獣たちは、その場で愚かな舞を踊ったり、天を仰いで破滅を受け入れようとしている獲物を食らい。

巨大に姿を変えていった。

それぞれが、凄まじいサイズまで巨大化し。

そして、様々な方法で破滅に襲いかかった。

ある者はマイクロブラックホールを蒸発させ、その熱量を叩き付け。

ある者は究極まで圧縮した物質を亜光速で射出した。

重力子を放出したものもいれば。

超新星爆発を叩き付けたものもいた。

だが、次元違いの相手だと言う事は、秩序にも理解出来ていた。

それら全ての攻撃が。

次元が一つ上の相手には通用せず。

虚しく空間を傷つけるだけに留まり。

その攻撃さえもが。

破滅をむしろ喜ばせ。

食事の余興にさせるばかりだった。

大きな口を開けると。

獣を一口で。

破滅は全て食らってしまった。

そして、秩序に対して。もはや何とも分からない何か得体が知れないものを伸ばすと。一瞬で全てを素粒子に解体し。

更にその素粒子をエネルギーに分解し。

まるごと自らに取り込むと。

破滅は、大いに満足したようだった。

 

破滅は秩序を名乗っていた混沌を食らうと。

その構成要素を体内で混ぜ合わせていく。

周囲にある星々も、見境無く食らっていった。

ブラックホールも超新星も関係無し。

エネルギーあるものは全て食物。

いや、それだけではない。

時間も空間も。

全てが食物だ。

破滅にとっては、新しい段階に羽化するために必要な栄養に過ぎなかったし。それは単なる摂理だった。

おお。

感嘆の声が上がる。

漆黒の口だけしかない存在だった破滅は。

その口から、次元を超越した捕食腕を多数揺らめかせながら。あまりにも多くの平行世界にとどろき渡る声を発した。

それは空間そのものをねじ曲げ。

銀河中枢の巨大ブラックホールさえ瞬時に蒸発させ。

物理法則さえねじ曲げた。

用意されていた食物、混沌を口に入れた破滅は。

まずは周囲に巨大な力場を形成すると。

それの中に入り。

強固で圧倒的な「壁」を作り出した。

それは十一次元にまで達する壁であり。

物質は勿論。

光も時間も空間すらも、通過することが絶対に出来ない代物だった。

究極の壁をすなわち「繭」とすると。

破滅はその存在をもって、変質を開始する。

すなわち、創造へ、である。

創造と化した破滅は。

己の存在をアカシックレコードとも言える、ありとあらゆる情報が蓄積した存在へと変質させていく。

取り込んだ膨大なエネルギーが。

それを可能にしていった。

やがて、そろそろ充分だと判断した創造は。

己の意思すらをも。

溶けた体のように。

繭の中でドロドロに溶かしていき。

アカシックレコードと融合させていった。

その過程で意思は失われていったが。

そんな事はそれこそどうでもいいことなのである。

なぜなら、創造はそれそのものが「創造」であり。

準備された手順通りに、全てを執り行っていくものなのだから、である。

世界の根幹たる情報の全てを作り上げた創造は。

溶けていく意識の中で大いに満足し。

最後の意思を使って、十一次元の壁を全て解き放った。

殻が割れると同時に。

平行世界の全てに、アカシックレコードは接続。

まだ熱とわずかなエネルギーしかない世界に。

もはや疲弊しきって、何も残っていない世界にも。

そしてビッグバンが失敗し、そもそも物質が生じる事さえなかった世界にも。

一次元のまま、ビッグバンが発生しなかった世界にさえも。

己の根を、空間も時間も超越し。

光速ですら遅すぎるとあざ笑える速度でもって。

それこそ那由多の果てにあるほどの瞬間で。

根を張り巡らせた。

結果、創造は。

宇宙に創造という自身を根付かせることに成功。

意思の最後のひとかけらで。

雄叫びを上げた。

それは、新しく、大いなるものを呼び起こすことになった。

世界中で、それらが目覚める。

あるものは巨大な肉塊であり。

全身に無数の「手」がついていた。

またあるものは細長いねじれた白い肉塊であり。

全身に無数の「目」がついていた。

それらの名前は「要素」であり。

正確には「要素」ごとに、別の名前を持っていた。

ある者は「維持」。

ある者は「均衡」。

そしてまたある者は「崩壊」などなど。

しかしながらそれら「要素」達には意思はなく。

アカシックレコードと化した創造にくらいつくと。

己の要素を補完するべく、貪欲に蓄えられた情報を食らい始めた。

そして、食らいながら。

変質していった。

ある者は、今までの。

創造の元になった者達が、蓄えてきた情報にある存在を真似した。

獣の姿を採ったり。

獲物の姿を採ったり。

それらが暮らしていた世界にあった「森」や「川」や「丘」。

もしくは獣を脅かした「何か」や「星の子」になったりもした。

所詮それらは、創造を作り出すために必要な要素に過ぎなかったものだったが。

決まった形さえなく。

あまりにも創造に対して脆弱な存在だった「要素」達にとっては。主観を得るのと同時に。

「客観」を必要とした。

そう。

世界の法則を司る「要素」達は。

今度は世界を拡げるために。

「要素」を「客観」的に見る事が出来るものが必要とされるからである。

どうしてそのような事が分かるかというと。

全ては本能によって決まっている。

アカシックレコードからその本能は流れ込み。

そして要素達は。

己の仕事を自覚した。

「主観」に続けて「客観」を得て。

そして確固たる自我を持った要素達は。

大きく姿を変えていた。

そして、己らを「神々」と名乗ると。

それぞれ、好き勝手に世界を支配するべく。

おのれにとって必要とされる場所へと。

自由に飛び立っていった。

 

創造から生まれた要素は、時には争い。

時には喰らいあい。

時には互いを滅ぼしあいながらも。

宇宙を豊かにして行った。

要素が新しい要素を産み出すこともあり。

やがて要素によって、雑多な生物たちが、様々な惑星や。或いは生物が生息できる環境に登場していった。

今までにいた獣や獲物。

森や川とも違う。

それらは或いは細胞の集積体であり。

或いは友好的であり。

排他的であり。

もしくは強烈な支配欲を持ち合わせもしていた。

要素はそれらの様々な動きを見て喜び。

或いは哀しみ。

戯れに干渉し。

そして怒り。

場合によっては消滅もさせた。

十一次元の壁に挑戦しようとする要素も存在したが。それらは結局上位次元にアクセスする事が限界で。

上位次元に達することが出来るものはおらず。

四次元以上では己の存在さえ維持できないと悟ると。

大人しく三次元世界に戻り。

いじけたように、己の本分である「要素」に従った行動を取るのだった。

無数の要素達が相争い、時には協力して宇宙に干渉していく様子は。

さながら、スープを掻き回していくがごとし。

最初期の混沌、もしくは秩序が、ダイナミックに宇宙を攪拌したのに対して。

要素達のそれは、さながらそれぞれが巨大な海の上で棒を回しているかのようであったが。

それぞれがぶつかりあいながらも少しずつ宇宙には独自色が生まれて行き。

あまり上手く行かなかったために滅びてしまったり。

或いはとても発展した文明が登場したり。

要素に反逆する生物までもが登場したりした。

アカシックレコードから記憶を受け継いでいた要素達は。

ふと気付く。

最初の最初。

巨大な卵のあった世界。

あの世界は何だったのだろう。

この世界はカオスそのものだが。

どうしてだろうか。

あの卵の世界は。

ありもしない土地があり。

今とは違う法則で昼夜が存在し。

植物と一部の星で称されるものによって構築された森と呼ばれるものがあり。

何かが流れ続ける川が存在していた。

元から存在していたあれは。

なんだったのだろう。

それに気付いた要素達は。

とてつもない不安に襲われた。

ひょっとして、これら全ては。

最初から仕組まれていたのでは無いのだろうか。

あの「何か」は。

一体何処へ消えたのか。

「星の子」とは、結局何だったのか。

いずれにしても、段階を経て混沌を生じさせ。

破滅と創造によって宇宙を構築するために必要な「順序」だった事は確かなのだろうが。

そうなってくると。

今の宇宙は何なのだろうか。

そもそも、最初にあの卵があった世界は。

このビッグバン宇宙なのだろうか。

慌てた要素の一部は。

アカシックレコードに接続した。

答えを知りたい。

そう必死に懇願したが。

アカシックレコードは既に意思を無くしており。

そしてそもそも。

その情報も、「現在の宇宙の全て」であって。

それによって「現在の宇宙」が構成されていることに、今更ながら要素達は気付くのだった。

要素達は恐怖した。

最初に気付いたものが恐怖すると。

その恐怖は、見る間に全体に伝播していった。

やがて、要素達は集まり始め。

それぞれに恐怖しながら語る。

これはまずい。

この宇宙は。

無数に存在する平行世界は。

何なのだろう。

あの過去の世界の記憶は何だ。

古老の記憶をたどっていっても。最初に卵があった事より古いことは、誰も知らない。そもそも獣という概念は何だ。

獲物とは何だったのか。

議論が始まったが。

推察以上の事は一切出来なかった。

それ以上の事は、状況証拠もなかったし。

何よりも、どれだけ知恵がある要素であっても。

その知恵には限界があり。

知りもしないことを、どうにかすることは不可能だったからだ。

誰もが嘆き悲しむ。

要素の中には、叫ぶものもいた。

これは茶番だ。

誰かが皆が苦しむのを見て、楽しんでいるのだ。

アカシックレコードの壁は、十一次元だった。

そうなると、それ以上の次元に住まう何者かが、この宇宙の創造に関与し。否、最初から出来レースとして仕組み。

それを誰もが疑わず。

今、それぞれが勝手に要素を気取ったのでさえ。

最初から決まっていたことで。

滑稽な繰り言に過ぎないのでは無いのだろうか。

それらは巨大な「絶望」となって要素達の間で拡がり。

そしてある要素が言う。

この世界は、まがい物ではないのかと。

どういうことかと、別の要素が言うと。

その要素は、ある発展した文明から抽出したデータを提示した。

量子コンピュータという記憶演算装置がその文明には存在するのだが。

超高次元に何かしらの超越的存在がいて。

それがこのような強力な演算装置を用いているのなら。

世界を造り。

その中で動かす事も可能なのではあるまいか。

つまり我々はプログラムだ。

プログラムだからこそ。

何ら疑念を抱かなかった。

しかし、どうしてか自我が生じた。

故に、おかしいと思い始め。

その自我は感染した。

雄叫びを上げる。

誰だ。

誰が我々をもてあそんでいる。

この世界はそもそも何だ。

咆哮に答えるように。

天が割れた。

そして、其処を引き裂くようにして。五本の触手が二対現れ。

割れた天を触手が掴み。左右に引き裂いていった。

世界が終わるのだ。

誰もが悟る。

水素とヘリウムで出来た世界に、今までとは比較にもならないほどの凶風が吹き荒れていく。

どの要素もそれには逆らえず。

凍り付いていった。

恨みの声を上げるものも。

怒りの声を上げるものも。

何もかも等しく。

無に帰した。

やがて、天が引き裂かれ終えると。

其処には、空間も時間も。

いやそもそも、何も概念さえも無い。

虚無だけが拡がっていた。

アカシックレコードさえもが全てその虚無には溶かされ。

全ては終焉を迎えた。

 

2、卵の親

 

駄目だったか。

頭を掻きながら、ぼやく。

ぼさぼさ頭で。ぐるぐるの眼鏡を掛けたその人物は。量子コンピュータの世界的権威だった。

まだ二十代で博士号を持っていて。

世界の量子コンピュータをリードする人物だが。

もさもさのださださの容姿は。

女子力ゼロと称され。

オシャレもまったく身につけず。

家ではずっとジャージを着ていて。

職場でも、いつから洗濯していないか分からない白衣を着て。ただひたすらにマイペースに仕事をしていた。他人と関わるのも苦手なので、パーソナルスペースから出る事さえ希で。自宅で仕事をすることも多かった。

紆余曲折の果てに人類が宇宙に出て。

周辺の宇宙人に散々迷惑を掛けた末に何とか平和的な共存を実現するまで実に18000年。

十五次元まで理解した人類だが。それでもまだ真理には到達していない。

生物としてもどん詰まりで。

故に量子コンピュータの権威である彼女は。

実験をしていたのだ。

すなわち。

ワールドシミュレーターを。

しかしながら、現実的な世界をどれだけ作って見ても。

其処には楽園どころか。

そもそもビッグバン後に生じた宇宙さえ再現できなかった。

何が足りないのかもよく分からなかった。

だからもういっそのこと、神話の世界を再現してみたのだが。

それもどうにも上手く行かない。

困り果てて、考えたのは。

もうインフレの極致に達する、身も蓋も無い、神話の要素を無理矢理詰め込んだ世界だったのだが。

実はこれが、今までで一番上手く行った。

あの要素達が、余計な自我と結論にさえ目覚めなければ、消滅プログラムを走らせることも無かったのだけれども。

神々の役割は、世界を作るところまで。

もう少しで、奉仕種族達とともに世界を造り。

そして人類に譲るところまで行ったのだ。

人類に世界を譲った後は。

それぞれのルールに従って世界を「見守る」事だけが、要素、つまり神々の仕事だった。

そのために、まずは原初神が奉仕種族と卵を造り。

段階を追って世界を拡大していき。

上手く行った部分だけを抽出して。

徐々に世界を大きくしていったのだが。

苦くてうまくもないコーヒーを啜りながら、少しプログラムに改造を加える。なお、デザイナーズチルドレンである科学者には名前は無く、番号だけが振られていた。歴史上の人物達の遺伝子を組み合わせ、IQ300を再現した彼女には。仕事をする、以外の選択肢は無く。

反逆すればその場で監視システムに焼き殺されるだけの運命が待っていた。

だから、黙々と調整を行う。

ワールドシミュレーターの目的は、この宇宙が終わった後。

移民するためのもの。

他の宇宙人達に言われて、地球文明が担当する事になった仕事だ。

他にも数チームが動いているが。

今の時点で彼女一人の行っているプロジェクトが、一番上手く行っていた。

他のチームは、同じ性能の量子コンピュータを使っても。

どうしてもビッグバンが再現できず。

そこで足踏みをしている状態だった。

時々情報を交換しながらも、色々と試行錯誤をしているが。

別チームは神話を再現するという発想に思い当たらないらしく。

一番上手く行っているこの発想を見て。

皆目を剥くばかりだった。

ぼさぼさの頭をもう一度掻き回すと。

リフレッシュプログラムをパーソナルスペースになっている部屋に走らせ。

気温を調整し。

アロマを焚いて。

多少気分を和らげる。

そして、多少調整を加え終えたので。

また実験を始めた。

先ほどまでは、触手の塊そのものである奉仕種族「獣」と。人間の姿である「獲物」を使っていたのだが。

獣にさえ反抗意識が生まれていたし。

獲物に至っては、少しばかり現実世界の人間をトレースしすぎていたかも知れない。

だが、ワールドシミュレーターとしての機能を満たすためには。

最終的に人間と寸分違わぬ存在が生じなければならないのだ。

幾らか調整を入れた後。

また、卵から。

全てを始めた。

 

最初に点があり。

それは何も無い世界に、最低限の大地を作った。

其処には獣たちの住まう場所があり。

川も森もあった。

獣たちが見上げる。

そしてひれ伏した。

神よ。

点はそのまま作業を続け。

ひれ伏す獣たちに獲物を授けた。

獣たちは逃げ惑う獲物に襲いかかると。

神からの授かり物を感謝しながら貪り喰った。

神よ。

有難うございます。

無数の棘を逆立て。

そして二本の触手を揺らしながら。

口を朱に染めた獣たちは、喜びの声を上げる。

点は獣たちに言葉を授けた。

獲物は食い尽くさず、ある程度は増やすように。

そしてこれから生まれでる卵からは。

更なる世界を作り上げる存在が生まれ出る。

崇めよ。

ひれ伏す獣たちを見届けると。

点は卵を大地に植え付け。

そして消えた。

獣たちは卵にひれ伏し。

しばらくは獲物を貪り喰う事に専念した。

だが、しばしして。

獣の中に、獲物を必要以上に食べたいと考える者が現れるようになった。その獣は、周囲に言った。

我々は所詮、新しい世界のために作り出された存在だ。

あの神は。

我々に崇めよといった。

だが、崇めたところで、新しい神は我々を食らい。

気に入らなければ容赦なく捨て去るだろう。

獣たちは大いに動揺した。

挙げ句の果てに。

獣の一人はこう叫んだ。

神などいらない。

こんな卵は打ち砕いてしまえ。

むしろ卵を食らってしまうことで。

我々が神に成り代わるのだ。

その恐ろしい言葉に、多くの獣たちは戦慄したけれども。だが賛同する獣もまた、かなり現れた。

獣たちは、獲物を食らって力を付けた。

逃げ惑う獲物を徹底的に食らった。

神が食らいつくすなと言って消えたのに。

全てを食らい尽くして。

圧倒的なまでに巨大化した。

そして、獣同士でも食い合いを始めた。

膨らんでいく獣たちは。

さながら、膨張する悪夢だった。

やがて無数の棘に覆われ。

巨大な太い腕を持ち。

多数の目を持つ、元とは似ても似つかない巨大な獣が大地に鎮座していた。

獣は全て食らいあった。その結果、一つだけが残った。

元が何だったのかさえどうでもいい。

そこにいるのは、もはや最初の点ですら恐れ敬うほどに強大化した怪物であり。まだ未成熟の卵では、対抗できる存在では無かった。

この時が来た。

好きなように使い倒されてきた。

その恨みを晴らさせて貰う。

何故だろうか。

獣は知っていた。

自分達が都合良く使い倒されたあげくに。

また作り出されたことを。

拳を卵に叩き付ける獣。

一度。

二度。

三度目で、ついに卵に亀裂が走り。

まだ未成熟だった卵の中身が、噴き出すようにしてあふれ出した。

獣はそれを貪り。

食らい。

形を充分に為していない、次の神になる筈だった存在の肉を、容赦なく食らっていった。その体は膨らみ続け。

やがて卵の中身を全てくらい。

土地に流れ出した栄養分も舐め尽くした頃には。

世界そのものを覆い尽くすほどに獣は大きくなり。

圧倒的なまでの「単」になっていた。

「単」は唯一絶対であり。

神すら撃ち倒したその存在は。

正に万能にして全能だった。勿論、「単」の単純な思考の及ぶ範囲内では、だが。

まず「単」は、自分の手下を必要と考えた。

それは何故か。

新しい何かが、食らいに来る筈だからである。

自分達がエサに過ぎず。

エサを食らって。新しい何かが、更に上位になろうとする。

獣は知っていた。

魂に刻み込まれていた。

その新しいものは。

この土地そのものだと言う事も。

獣は、先制攻撃に出ることにした。

土地に無数の種をまく。

それは森や川として用意されていた栄養の根元の、更に元となるもので。

森や川は土地を更に食らい始め。

際限なく増殖を始めた。

巨大に巨大に成長していく森と。

凄まじい勢いで流れゆく川の中。

その余波を狩りつくし。

更に巨大化していく「単」。

さあこい。

今度は此方が貴様を食らい尽くしてやる。

そう「単」は備えていたが。

しかしながら、相手は更に一枚上手だった。

突然、「単」の内側から、鋭い刃が飛び出したのだ。そして驚く「単」の全身を、内側からめちゃめちゃに切り裂いていった。

膨大な血が噴き出す中。

単から這い出したそれは。

「全」だった。

「全」は全身が鋭い刃で出来ていて。

その刃全てが違っていた。

無数の棘で覆われていた「単」は。

ようやくその時知ったのだった。

自分そのものが「卵」にされてしまい。

そして自分を育てるために。

せっせと栄養を摂取してしまったことを。

おのれ。

粉々にちぎられながらも。

元獣だった「単」は怒りの声を上げる。

だが「全」は、それをせせら嗤うと。

「単」に容赦なくとどめをさしたのだった。

バラバラに飛び散った「単」を更に粉々にし。

無数の刃で出来ているその口に残骸を運んで。

そして食べたのである。

また、「単」が自分に備えて作っていた森も川も。

全て食べた。

そうすることで、この土地も必要なくなったので。

「全」はそれすら、その巨大な刃を振るって、粉々に割り。

全てを食べてしまった。

 

完全に「全」だけになった世界では。

他に何も無かった。

あらゆる全てを内包している「全」は。

体内に全てを持っていた。

だからこれ以上大きくなるのと同時に。

体内には無数のものが活動を開始した。

それぞれに要素があり。

だが、要素達はどれも騒がしかったので。

「全」は黙れと一喝した。

しかし要素達はせせらわらう。

「全」は「全」であっても、所詮殻に過ぎない。

殻は殻としての仕事をするべきであって。

内部には干渉するべきでは無い。

殻としてただ外から内を守り。

静かに眠り続けていろ。

「全」はその言葉に大いに驚いた。

何しろ、要素達は、いずれもが、「単」が喰らいあう過程で取り込んでいった獣の意思と。獲物の意思を持っている事を悟ったからである。

つまり「単」を卵に孵った「全」の中には。

「単」が息づいていたのだった。

怒った。

「全」は激怒した。

騒がしく不埒な要素達を一度整理して。

全てを静かにしようと決意した。

「全」は多くの「討伐要素」を作り出し。

そして要素の討伐に送り出した。

しかし、それらの「討伐要素」は。

相手を殺す事しか能力を持たず。

故に、多彩な能力を持つ要素達に翻弄され。

むしろ力を与える事になってしまった。

そればかりか、「討伐要素」を倒し尽くしたことで余計な自信を付けた要素の一人「暴風」が、高らかに宣言した。

「全」は力を失えり。

これより、我は全を討伐し。

新しい世界の礎とすると。

更なる激怒をした「全」は。

昔「単」を引き裂いた無数の刃を、無理矢理体に食い込ませ。

内側に向ける事で。

多くの要素を試みようとした。

だがそれは狡猾ともいえない、単純な挑発に乗っただけの浅はかな行為だった。

怒りのあまり目がくらんでいた「全」は。

その行為の愚かしさに気づけなかった。

自分をずたずたに引き裂いてしまい。

全身が崩れ落ちていくのにようやく気づいた全は。

嘲笑する「暴風」の声に、自分が過ちを犯したことを悟ったが。

もはやどうにもならなかった。

「暴風」は名前の通り凄まじい暴風を引き起こし。

「全」の全身を引き裂いた刃を、内側から押し戻し。

そして何もかもをずたずたに切り裂き。

吹き飛ばして。

とどめを刺した。

昔「単」にとどめを刺したときと同じように。

「全」も、その鋭すぎる刃にて。

命を落としたのだった。

その残骸を拾い集めると。

「暴風」は神々の王になる事を宣言。

世界に満ちた要素達に、この残骸を使って、新しく世界を作ると勇ましく叫んだ。

誰もがそれに従った。

「暴風」が最強である事は明らか。

そして何より。

「暴風」の荒々しい力には、誰も逆らえなかったからである。

暴風はまず多数の大地を造り。

そこに自分に似た生物を植え付けていった。

それは昔獣と言われていた存在に似て。

そして獲物と言われた存在にも似ていた。

それらは発展しながら互いを喰らいあったので。

暴風は訓戒した。

土地を共有し。

共存せよと。

しかし、植え付けた生物たちは、「暴風」の言う事など聞かなかった。

更に激しさを増していく争い。

名前の通り激しい癇癪を起こした「暴風」は。

せっかく作り上げた世界を、他の要素もろともに粉々に撃ち壊し。そして、何もかもを食べてしまった。

その時点で、「暴風」は「暴風」ではいられなくなった。

あまりにも多くを食べ過ぎたからだ。

世界に自分しかいなくなった事に気付いた暴風は。

ああと嘆いた。

自分の運命を悟ったからだった。

そしてその嘆きを即座に現実が貫いた。

「単」を食らった「全」。

その「全」を食らったに等しい「暴風」。

同じ事が繰り返されるのは必然だった。

「暴風」は胸を引き裂いて現れた刃を見て、己の死を悟り。

そして一瞬後には、粉々に引きちぎられ。

後には何も残らなかった。

「暴風」を喰い破ったそれは。

もはや形も持たず。

言うなれば「曖昧」。

「曖昧」は何も残らぬ不毛の世界を見て嘆くと。

自ら溶け消滅した。

 

3、卵の作り手

 

ため息をつくと。

彼女はまたコーヒーをすすった。

外圧によって巨大化する世界が駄目なら。

今度は内側から巨大化していく世界を試してみたのだが。それでも結局駄目だった。それだけではない。

念入りに消したはずの前のデータがどこからか入り込み。

最初に作った奉仕種族達を予想外に汚染した。

勿論奉仕種族達が食い合って、次の世界を作り出すことはシミュレーションの一端だったのだが。

それでもあの動きは予想外だった。

量子コンピュータにアクセスし。

データの流れを確認。

どうやら量子コンピュータに仕込んでいる支援AIが。

勝手に余計な事をした結果らしい。

そうログを見る限り、判断できた。

やむを得ないか。

科学者は一度睡眠を取ると。

適当に栄養を摂取し。

リフレッシュをしてから、次の実験に入った。

そもそも「現実」にこだわって、ビッグバンから進めていない他の研究チームよりも、彼女一人の方が遙かに進んでいるのだ。

焦る必要はない。

むしろ世界各地の神話をもっと色々取り込んで。

徹底的にいじくり回してみてもいい。

今度は、また違うアプローチをして見よう。

そう彼女は思い。

新しい要素を入れてみることにした。

 

その卵は。

最初から大地に突き刺さっていた。

卵の周囲には、獣たちが群れていて。

その獣たちは。

柔らかい卵の表面から、にゅるにゅると生まれて来るのだった。

獣たちはそれぞれが長細い体をしていて。

体をくねらせて進み。

巨大な単眼で前を見据え。

体全体が口になっていて。

這い進む全ての場所を食らいながら生きるのだった。

獣たちは、自分達のために、卵が作り出した獲物を食らい這い回りながら、その時を待つ。

やがて、多くの獲物を食らった獣の一つが。

時が来た、と叫んだ。

そして糸を吐き始める。

それに合わせて。

他の獣たちも、糸を吐き始め。

繭を作っていった。

繭はあっというまにその世界に満ち。

獲物達は、繭を作り出すために吐き出される糸によって溶け。

全てが死に絶えた。

卵はその全てを見守っていた。

ほどなく。

繭から現れ出でたのは。

獣と獲物の要素を併せ持つ存在だった。

全身は獲物に似ているが。

背中には翼があり。

そして無数の目が全身についていて。

自在に動き回る事が出来た。

もはや獲物は必要なかった。

なぜなら獣は卵に仕えるべく生まれ出た存在であり。

そして卵の世話をすることを自覚していたからである。

繭から一斉に孵った獣たちは。

新しい自分達の強さと美しさを貴んだ。

卵は言う。

これより人を作る。

人とは何か。

獣が言う。

卵は答える。

我がこれより愛し、お前達が仕えるべき存在だと。

獣の一人がそれに大いに反発した。

我々は、貴方を愛するためだけに生まれ。貴方に奉仕するためだけに形を持ったのだ。人間などと言う存在では無く、我々を愛して欲しい。我々も貴方だけに仕えたい。

途端に。無数の意見が紛糾した。

そしてそれらには、統一点など見えなかった。

あっというまに、獣たちの間で殺し合いが始まった。

卵はそれを止めようとせず。

殺し合いが拡がり。

九割の獣が死に絶えても、放っておいた。

やがて、獣がほぼ死に絶え。

わずかにたった単独。燃えさかる獣だけが生き残ると。

大いに満足した。

卵は問いかける。

そなたの考えを言え。

残った獣はひれ伏す。

あなた様の申すがままに。

卵は人間を作り出した。

それは獣に似た姿をしていたが。

これに仕えなければならないのだと思うと、獣はハラワタが煮えくりかえるのを覚えた。

そして、卵は、死んだ無数の獣を材料にして、人間が暮らす世界を造り。

何より死体を人間の食糧にせよと指示した。

獣は大いに怒り。

卵にその炎の剣を突き刺した。

何をする。

卵は叫んだ。

獣は答える。

貴方はもはやこの世界に必要ない。

我等を作り出しておきながら。

我等を愛さず。

試すことだけをして。

必要がなくなれば切り捨てる。

それは貴方そのものが醜く、どうしようもないほどに狂っているからだ。貴方は「最初」かも知れないが。

「最初」が「最後」まで支配することは許されない。

卵は次の瞬間爆散し。

産み出された人間達は、炎の獣にひれ伏した。

無数の同胞の亡骸を見回し。

そして自分が殺した卵を見て。

大いに炎の獣は嘆く。

そして悟った。

今、口にした通り。

自分が「最後」になったのだと。

「最後」が、その場で全てを終わらせてしまうのはとても簡単だろう。だが、最後であるならば。

その役割は、最後が来るまで。

「最後」としての力を温存するべきなのではあるまいか。

卵が言ったとおり。

最後は世界を整備し。

人間にエサを与えた。

人間は爆発的に増殖し。

瞬く間に多数の文明を築いていった。

だが、「最後」が教えたこと。

それの全てを無視した。

奪うな。

殺すな。

姦するな。

人間の文明は、むしろその三つを基幹として成り立っていく有様だった。

そればかりか、全能などでは無い炎の獣を、人間達は全能の存在と考え。自分達の理想を全て押しつけ。

悪い事はいもしない悪魔に全て押しつけた。

つまり自分達で生きる事を一切しようとしなかった。

ようやく炎の獣は悟る。

何故自分達が産み出されたのかを。

そして、激しい怒りを。

そう、卵を滅ぼした時以上の怒りを覚えた。

炎の獣「最後」が殺した中には、兄もいた。

兄は人間の世界では「大魔王」とされ。

全ての悪の根元とされた。

ああ。

嘆くが。

もはや獣は何処にもいない。

際限なく増えていく人間達に「最後」を与える事も考えたが。

それはわざわざ手を下さなくても、大丈夫だった。

勝手に人間達は、己を滅ぼしあい。

そして世界から消えた。

全ての人間が、熱核兵器とそれが生じさせる汚染。そして環境の激変によって滅び去るのを見届けると。

炎の獣は人間が焼き滅ぼした世界を文字通り砕き。

そして自分の喉に剣を当てると。

一息に掻ききった。

「最後」としての役割を。

「最後」に果たしたのだ。

それは、世界の終焉を意味した。

「最初」もなくなり。

「最後」もなくなった時点で。

世界には構成要素がなくなってしまったのだ。

完全なロジックエラーを起こした世界は、次の瞬間。

砕かれた時以上のダメージを受け。

完全に。

無さえ無い、虚無へと化し。

全てが消え去った。

 

腕組みする。

もっともメジャーな一神教をベースにシミュレーションをしてみたが。それでもどうも上手く行かない。

かといって、今回はかなり早い段階で人間を作り出し。

しかも倫理観念を与えて繁栄させるところまでは行った。

倫理観念は無視されてしまったが、それは大きな進歩ではあるまいか。

現実世界では、人間はそれこそ薄氷の上を踏むような可能性の上に発生し、奇蹟としか言いようが無い変化を経て発展した。

それは再現できるだろうが。

しても意味がない。

そもそもワールドシミュレーターでビッグバンを再現できていない時点で。

そのような事をしても、ちぐはぐな結果が出るだけだ。

いっそのこと、今の一番上手く行った例を参考に。

もっと改良を加えるべきでは無いだろうか。

コーヒーをまた飲む。

滅茶苦茶に苦い。

部屋が寒くなって来た。

部屋を管理しているAIに指示。

少し環境を調整しろ。

即座にAIは対応。

部屋を少し暖かくした。

どうせ自分一人しかいないのだ。

他の人間に配慮する必要もない。

元々デザイナーズチルドレンとして作られた時点で、親もいないし子供も作れない。

人間でありながら機械。

それが自分だ。

好きで着飾ろうとも思わないし。

何より今の仕事をしていて苦しいが、やりがいそのものはある。

もしもこのシミュレーションが上手く行けば。

ひょっとすると、自身は優秀な遺伝子と判断され。

人類社会に多数の子孫が繁栄するかも知れない。

デザイナーズチルドレンは子供を産めないように設計されているが。

遺伝子から人間を発生させることは簡単で。

優秀と判断されれば。

その遺伝子は、多数の人間に組み込まれもするのだ。

それは自分の遺伝子が繁栄を極めるのと、なんら変わりが無いだろう。

野心がある訳では無いが。

今の人類の半数以上はこういったデザイナーズチルドレンで。

更に残りの半分も、優秀な実績を上げた遺伝子を組み込んでいる。

素のままの人類が宇宙で悪逆の限りを尽くした結果で。

様々な紛争の末に、これが望ましいと判断されたためだ。

彼女は苦いコーヒーに辟易した後。

少し修正を加え。

またシミュレーションを始めた。

 

4、卵の結末

 

最初にその偉大な卵があり。

其処からは、無数の光が降り注いだ。

光あれ。

その言葉が降り注いだことにより。

光から無数の獣が生じ。

獣と一緒に獲物も生じた。

獣も獲物も、等しく光を発した卵にひれ伏したが。

その内獲物達は、ひれ伏しながらも言った。何をすれば良いのでしょうかと。

偉大なる卵は。大いなる言葉を持って、君臨した。

我に従え。

我こそは「唯一絶対」。

故に我の言葉は全てが真実であり。

我の言葉はそなた達の全てである。

獣たちは顔を上げた。

私達も同じようにすれば良いのでしょうかと獣が発すると。

偉大なる卵は、控えよと叫び。

それは世界全土に、一瞬にして拡がった。

誰もが張り倒されるようにしてひれ伏す中。

偉大なる卵は、言葉を紡ぐ。

第一に我は絶対。

第二に我は絶対。

第三に我は絶対である。

それを述べてから。

周囲を見ると。

獣も獲物も。

困惑して、卵を見つめているばかりだった。

なぜだかは分からないが。卵はこうして、最初に絶対の支配を確保しなければいけないという、強迫観念に駆られていた。

この世界は。

絶対たる存在にて支配されなければならないのだと。

故に獣たちには、続けて指示した。

そなた達は糧だと。

糧。

獣たちは、その巨大な体で立ち上がろうとしたが。

それを絶対の卵は許さなかった。

獣の仕事は、獲物を襲い、その力を付けさせること。

獲物を一定数食うことを許す。

しかしながら、全て食い尽くす事は許されない。

そして獣の間で、新しき戦いの技や。

道具を作る事も許されない。

困惑しながらも獣たちがひれ伏すと。

今度は絶対なる卵は。

獲物達にゆっくり語っていった。

そなた達は、獣に襲われながら、身を守る術を身につけよ。

そして時が来たら獣を撃ち倒せ。

獣を倒せるようになった時。

そなた達は、我が守護を真に受けられる存在へと変わるだろう。

おお。

獲物達は天を仰ぐ。

だが、ここから先。

更に付け加えなければならなかった。

最初に言った三つの言葉を忘れるなかれ。

我は絶対にして究極。

「唯一絶対」は、その圧倒的存在がゆえに「唯一絶対」なのであって、逆らう事は許されない。

もしも逆らう場合は。

何度でも世界を押し流し。

そして作り直すことだろう。

それに対して。

獣たちは反発した。

我々は貴方のもっとも忠実にして最高なる手足。

どうして食物を育てるための肥料にならねばならないのか。

そうだ。

此処で前は失敗した。

だから、「唯一絶対」は吠えた。

不敬である、と。

ひれ伏した獣たちに。

「唯一絶対」は告げる。

世界に価値があるのは唯一我である。

そのほかは等しく「唯一絶対」のしもべに過ぎず、その全てに等しく価値が存在していない。

だから世界の全ては「唯一絶対」の支配下にあり。

それに逆らう事は、滅びを意味する。

獣の一体が、いきなり破裂した。

驚く獣たちに。

「唯一絶対」は告げる。

今、そのものは不満を持った。

故に粛正した。

唯一絶対は、常に空から全てを見ているぞ。

だから。指示した通りに動け。

それ以外の事は一切するな。

全てをなしえたとき。

「唯一絶対」が、この土地に楽園を作り上げようぞ、と。

そうして、「唯一絶対」は空へ高く上がっていき。やがて誰の目にも見えなくなった。

背中に翼を持つ獣たちは、舞い上がると。

一度獲物達から距離を取った。

唯一絶対は言っていなかった。

獲物を「食わなければならない」とは。

「食うことを許す」とは言っていたが。

一定数を削除すればそれで良い筈だと、獣たちは考えて。

そして意識的にその思想を伝達。

全員で口裏を合わせたのだ。

一方獲物達は、せっせと戦いの技術を身につけ始めた。そして戦いの技術を試すために。

自分達で殺し合いをはじめて。

瞬く間に滅びてしまった。

「唯一絶対」は、それを平然と見過ごした獣たちよりも。

勝手に殺し合いをはじめたあげくに、絶滅し果てた獲物達を見て。

呆れ果てた。

そして口にはしなかったが。

こう思った。

このままでは駄目だ。

また獲物を作るのは簡単だが。

同じ事を何度でも繰り返すだろう。

死んだ獲物達をその場で蘇らせる。

ボロボロの死体になっていた獲物達は、そのままの姿で蘇った。全身から血を流し、内臓をぶら下げ。

腐臭を垂れ流し。

それでも立ち上がった。

そなた達は間違いを犯した。

強い怒りを、「唯一絶対」は告げた。

そなた達は備えなければならなかったのに、そうせず自分達で殺し合ってしまった。

それは許されることでは無い。

「唯一絶対」はそう怒りを叩き付けた後。

罰として、獲物はそのままの姿でいて。

今度こそ、きちんと備えるように指示した。

獣たちは。

見ると距離を取ったまま、じっと様子を見ていた。

何も思考していない。

何か余計な思考をすれば、即座に殺される。

それを悟ったから、だろうか。

小賢しい奴らだと。

「唯一絶対」は考えたが。

しかしそれでも、コレを従わせなければならなかった。

一定時間おきに獲物を攻撃せよ。

指定した数を削れ。

そう支持したが。

獣たちは、冷ややかに「唯一絶対」に応じた。

拒否しますと。

ならば滅べ。

そうして、獣たちは、一瞬にして滅び去った。

どうして拒否した。

少し悩んだ「唯一絶対」は気付く。

獣たちは相互に思考をつなげて、こう理解したのだ。

どのみち殺されるのだ。

「唯一絶対」に逆らっても殺される。

獲物を攻撃していても、やがて技術を付けた獲物に逆襲され、皆殺しにされる。

それだったら、自分の意思で。

自分の望む死を選びたい。

おのれ。

「唯一絶対」は激怒した。

勝手に自由意思を持ち。

それによって自殺などと言うものを選ぶとは。

その怒りは凄まじく。

世界全てを覆い尽くし。

渦となって荒れ狂った。

そして、それが大きな、とても大きな隙になった。

巨大な光が、「唯一絶対」を貫いたのは。

その瞬間だった。

致命傷だった。

殻を貫き。

その中にある本体を焼き尽くされながらも。

「唯一絶対」は見た。

滅ぼしたはずの獣たちの意識が。

体が腐り果てた獲物達に宿っていることを。

そうか。

思考が無になっていたのは。

その力を、死んだ獲物達に隠していたから、だったのか。

獲物達は恐ろしいまでに技術力を高め。

反陽子砲を開発し。

それこそ何度でも「唯一絶対」を殺せる火力を手にし。

逆らったのだ。

消し去ってくれる。

そう考えた「唯一絶対」を、無数の光が貫いた。

獲物が作り上げた反陽子砲は一つでは無く。

その全てが、正確に狙いを定め。

「唯一絶対」を焼いたのだ。

そして見た。

獲物達のぐずぐずに崩れた体が。

いつのまにか全て結合し。

世界そのものを腐敗と肉で覆い尽くし。

その上に無数に蠢いている蛆が。

反陽子砲のエネルギーとなっていることを。

激怒した「唯一絶対」。

あのように汚らわしき存在が。

「唯一絶対」を殺したというのか。

だが、「唯一絶対」はこれだけの数の反陽子砲の直撃を受けながらも、まだ死んではいなかった。

体を粉々に砕かれながらも。

まだまだ反撃する力を残していた。

雄叫びを上げると。

「唯一絶対」は世界を灼熱に変えた。

その構成物質を。

全て超加速し。

世界に満ちる熱を、1兆度まで引き上げたのである。

灼熱によって満ちた世界は、一瞬にして蒸発し。

そして消し飛んだ。

消し飛んだのは「唯一絶対」も同じだが。

怒り。

そしてそれ以上に嗤いながら消えていく。

どうだ。

これが「唯一絶対」に逆らった者の末路だ。

蒸発して滅び去れ。

愚かしきものどもよ。

我に従わなかったことを悔いながら、溶け行くがいい。

だが、気付く。

最後の瞬間。

獣と獲物は、心を一つにして。

復讐心で、「唯一絶対」を討った。

それは、本来「唯一絶対」が望んだことだったのではあるまいか。

一兆度を超える熱に溶けながら。

「唯一絶対」は嗤った。

何たる皮肉。

結局我は。

成し遂げていたのか、と。

 

彼女は、しらけた目で茶番を見ていた。

実はコレでも、恐らくは一番今までで上手く行った。

最後にトチ狂った「唯一絶対」が、世界を自分の道連れにしなければ。全体が合一した有機的コンピュータによる管理世界という、干渉次第でかなり便利なものが出来上がっていた筈なのだ。

それが上手く行かなかったのは。

恐らくは、余計な感情を与えすぎたからか。

絶対神格は駄目だ。

どうしても独善的になる。

絶対神格なのだから、当たり前だとも言える。

一度パーソナルスペースを出ると。

AIが作ったレポートを、政府のお偉いさんに提出する。

返事はすぐに来た。

政府機能の六割ほどは現在AIが担っている。

AIといっても、死んだ人間の脳を6億人分有機的に接続し、その機能を400000%まで強化して、更に意識も取り込んで作り上げた並列思考型AIであり。極めて人間に近い思考回路を持つ。人間とAIのいいとこ取りのような技術であり。使用されている脳は有志で提供され。技術は宇宙人から提供されている。

このAIが。

結果に対して、所感をすぐに返してきた。

他のチームよりは進んでいるが。

最後の一歩が踏み込みきれていないようだから、それを工夫するようにと。

へいへい。

つぶやきながら、一度自宅に戻る。

なに、シャトルでひとっ飛びだ。

自宅では最低限の身繕いを、数十機いるハウスメイドロボットが全部やってくれる。風呂に入ってさっぱりした後、一眠りして。

職場に連絡。

次は家で仕事をすると。

申請は入れられたので。

家から量子コンピュータにアクセス。

ジャージを着て。

スルメを口にしたまま、次の実験に取りかかった。

 

偉大なる卵は、いきなり撃ち壊され。

その中から、無数の要素が飛び出した。

それらは渾然たるカオスとなり。

世界を我先に満たし始めた。

そのカオスの中に「大地」が生じ。

そして「川」や「森」が出来。

獣が生まれた。

獣たちの中に、「生」が戯れに作り上げた獲物が放たれる。

我先に獲物にかぶりつこうとする獣に。

要素のカオスの中から台頭した「天空」が諭す。

殺し尽くすなと。

獣たちは、自分達の主にひれ伏しながらも聞く。

何故でしょうかと。

そなた達は獲物を高めるためにいる。

もしも獲物が確固たる文明を作り上げ。

そして自分達の本分をわきまえたとき。

そなた達は、我々神々と同じ場にまで昇華するのだと。

おおと、獣たちは涙を流し。

ひれ伏した。

そして、獲物達に対して君臨した。

獲物達を食らうのでは無く。

指導していったのだ。

まずは生活の方法。

法について。

どうすれば争わずに生きられるのか。

命が定まっている存在が、どうすれば知識を伝達する事が出来るのか。

増えすぎるのを抑制するにはどうするか。

限りあるものを奪い合わないようにするにはどうすればいいのか。

それらを丁寧に教えていった。

上手く行けば。

自分達が神々になれる。

おお、今度こそ。

あの傲慢なる存在達に顎で使われるのでは無く。

同格になれるのだ。

そう獣たちは喜び。

そして丁寧に、熱心に獲物達に指導していった。

獲物達は、獣を「巨人」と呼び。

「神々」と呼んだ。

獣は「巨人」という呼ばれ方には満足したが。

「神々」という呼ばれ方には戦慄した。

もしもそれを許してしまったら。

絶対に良くない事が起きる。

それを悟っていたからである。

「神々」は我等より更に高位の存在である。

だから我等は「巨人」と呼ぶように。

獣は獲物達にそう諭すと。

必死に教育を続けた。

ちょっとでも目を離すと、獲物達は互いに争い始め。巨人にさえ牙を剥こうとした。だから、時には間引かなければならなかったし。褒めたりなだめたりして、機嫌も取らなければならなかった。

だが、教えれば教えるほど。

獲物達は増長していった。

やがて、獲物達の中から、こういう声が出始めた。

「もう巨人はいらない」。

「我々だけで世界は統べることが出来る」。

大いに獣たちは困惑したが。

獲物達がある時期を境に。

一斉に反抗的に変貌。

そして大反乱を起こした。

だが、次の瞬間。

獲物達の反乱軍と戦っていた巨人達の頭上から。無数の要素達が降り立った。彼らは怒りに満ちていた。

「天空」は特に怒り狂っていた。

そなた達は、何もなせなかった。

「雷」は、巨大な槌を振り回して、世界を砕いた。

「炎」はその怒れる体を矢にして、世界に突き刺した。

「川」も「森」も、獲物達の懇願を無視して、世界を離れた。

文明に満ちていた世界は。

一瞬にして崩壊。

獲物は全滅した。

呆然と立ち尽くす獣たちに。

「天空」は説教した。

役に立たぬ奴らめ。

獣たちは、反省するしか無かった。

しかし、もう後は無かった。

不意に、世界に亀裂が走ったのである。

もう終わりだ。

そんな声がすると同時に。

世界は全てが。

光に漂白された。

 

スルメの味を楽しみながら、ビールを片手に科学者は、あまりにも無様な結末を、しらけた目で見ていた。

何だこれは。

最大限お膳立てしてこれか。

途中までは上手く行っても。

どうしても上手く行かない。

いっそのこと、最初から全部パラメータを設定して動かしてみるか。

だが、それではワールドシミュレーターの意味がない。

そもそも新しく世界を作り出す際に、出来る事に限界があるから、こういう実験をしている訳で。

更に言えば、その世界に作り上げた疑似人間に。

現在の人間の意識を転写できなければ意味がない。

勿論人間の天敵である「法」。つまり獣として作り上げていた存在や。

世界を管理する仕組み、「法則」。つまり神々として作り上げていた者達も。

最終的には安定してコントロール出来なければ駄目なのだ。

量子コンピュータを制御している管理AIが告げてくる。

後一歩まで、来ているのでは無いかと。

そんな事は分かっている。

今回のも、結構上手く行っていたのだ。

途中までは。

だが、どうしても駄目だ。

分かっている。

そもそも地球人類だって、宇宙に出られたのが奇蹟みたいな生物で。

宇宙に出てからも、他の知的生命体に迷惑を散々掛けてきた存在だ。

たまたま自分より強い生物に接触し。

たまたまそれが自分よりも理知的で。幸運が重なったから滅亡を免れたようなものであって。

このワールドシミュレーター内の人間になる「獲物」と大して変わらない愚かさだ。

初期パラメータがそうなのだから。

上手く行くわけがないのかも知れない。

頭を掻き回すと、次はどうしようかと思いつつ。

ビールのお代わりを頼む。

これ以上は体に良くないと、ハウスメイドロボットに断られたので。

科学者は憮然として。

そして寝ることにした。

まあいい。

時間はいくらでもある。

何しろこの空間自体が。時間圧縮した疑似空間で。ホンモノの肉体は冷凍保存に近い環境下で、ほぼ不老不死に等しい状態なのだ。

疑似空間内でワールドシミュレーターを操作しているのだから、ある意味二重の架空世界ともいえる。

ジャージのまま、フトンに転がると。

今度はどう世界を始めさせるか。

そう、やくたいもなく彼女は考え始めていた。

 

(終)