僅かな希望へ

 

序、復興が始まる

 

プライマーが消えた後、まず最初に始まったのは喪だった。EDFの戦士達は、最終決戦までに大勢死んだ。

それだけではない。

この戦役で、世界の人口の三割が失われた。

新しいテクノロジーがもたらされたが、その分地球の資源も限界まで絞り尽くし。多数の文化も業火に消えた。

まずは、皆の心を落ち着かせるために。

散って行った者達を弔うのが、最初に行うべき事だった。

それが終わった後。

荒木は。

昇進人事を受けた。

最終決戦における、最高の功労者。そういうことで、准将から少将に。年齢から考えると、異例の出世だ。

虚しい戦勝パーティーに出た後、戻る。

違和感がある。

ストーム1の三人。柿崎、山県、木曽。この三人は兎に角強い。これについては、誰もが認めるだろう。

だがこの三人でも及ばない誰かがいなかったか。

違和感はどうしても消えないのだ。

頭を振る。

そして、部下達の所に戻った。

三人とも、既に病院を退院している。より重傷の患者が幾らでもいる。軽傷の人間は、薬とどうすれば良いかだけの指示を受けて、休息を指示された。

それだけだ。

最終決戦は凄まじい激闘だった。

だから、三人とも負傷したが。しかし、奇跡的に軽傷だった。

というよりも、何とどう戦ったのかの記憶が曖昧なのだ。歴史の修正力というのが働いたのは分かっているのだが。

ストーム隊以外の兵士達は、皆曖昧な証言をしている。

そして、ストーム隊は。

解散が決まった。

それぞれ准将に昇進したジャムカとジャンヌも、もう会うことはないかも知れない。それぞれが、フェンサーとウィングダイバーの総司令官に就任した。

ストーム1は。

はて。隊長がいなかったか。

どうしても、思い出せない。非常に、それが苦しかった。

「荒木大尉、あまり面白く無さそうですね」

「ああ。 いわゆる位打ちという奴を受けたからな」

「なんだそれ」

「相手を地位は高いが実際の権限がない職に据えることだ。 リー元帥が害虫駆除をだいぶ頑張ってくれたが、それでもまだまだ害虫は世界中にいる。 そして戦争が終わった今、どんどん好き勝手を始めようとするだろうな」

少将と言っても、特務部隊総司令というよく分からない地位だ。

特務なんてそんな大した規模はないし。

少なくとも、もう戦闘に関する自由行動権。いわゆるグリーンライトも渡されていない。

全ては終わった。

だから、「英雄」は黙っていろ。

そういう意図が透けて見える人事だった。

ジャムカやジャンヌも同じだ。

それぞれの兵科の総司令官と言っても、それで具体的に何かが出来ると言う訳ではない。

英雄は戦争が終われば排斥される。

もう、それが始まった、と言う事だ。

何だろう。

何かを忘れている気がする。

大事な誰かがいて。

その誰かに、とても大事な事を聞かされた気がする。

それはプロフェッサー林ではない。

分かっているのに、思い出せない。その事が、戦争が終わって這いだしてきた害虫どもと同じく。苛立ちを煽るのだった。

「それで俺たちも中佐になったわけだが、仕事はなんなんだ? もうプライマーはいねえぞ」

「一応、あの最後の戦闘で出現した「不可思議なエイリアン」についての対策会議を今重ねているようだ。 EDFは世界政府もろとも、今後も継続で決まりだそうだ。 ただ、やはり世界政府は役割を果たしたのだから解散すべきだとか、わめき散らしている連中が増えているようだがな」

「バッカじゃねえのか」

「同感ですね」

小田と浅利が、それぞれいう。フォリナの存在は、荒木も覚えている。小田や浅利、相馬もそれは覚えていた。ジャムカもジャンヌもだ。

だからこそ、憤りが募る。

地球をフォリナが本格的に監視するのはこれからだ。

外来性侵略生物としての地球人が、宇宙に拡散すると困る。ただそれだけの理由である。そして、それに荒木は反論できない。

戦争が終わった途端に、これなのだから。

相馬はずっと黙っていたが。コーヒーを淹れて出してくれた。

軍用のものだからあんまり美味しくないが、それでも落ち着くにはいい。しばらくは、それでゆっくりする。

今までと違って、暇な時間が来た。

もうやる事もない。今までがあまりにも忙しすぎた。それにこれから荒木は、間違いなく閑職に回される。

憮然としていると、プロフェッサーから連絡が来る。秘匿回線での通信だった。

今更秘匿回線。あれ、この回線、こんな高度な仕様だったか。誰が組んだのだったっけ。

「荒木大尉。 今いいだろうか」

「ああ、かまわない。 皆揃っている」

「そうか。 あの戦いを生き抜いた。 流石だな」

「……そうだな」

無言が続いた後。

プロフェッサーは聞いてくる。

「村上という名前。 凪という名前に聞き覚えは?」

「……」

なんだろう。

それは、絶対に忘れてはいけない名前だったような気がする。どうしても、思い出す事ができないが。

冷や汗が流れる。

歴史の因果が収束した結果、何がとんでもないものを失ってしまったのではないのか。そう感じた。

「村上はよくある名前のように思えるが、凪は珍しい名前に思う。 だがそれ以上に……どこかで聞いたことがあるような。 歯切れが悪くてすまない」

「そうだろうな。 千葉中将も同じ反応だった」

「……誰か、共通の知人なのか?」

「この歴史の因果で、失われたものがある。 君には、それを覚えておいてほしい」

無言になる。

どうしても、それがとても悲しい事に思えてきた。

バイザーを通じて、小田達も聞いている。

皆、神妙に口を引き結んでいた。

「歴史の……プライマーが時間改変戦術を失敗した事で、我々もまた失ったものがあるということだ」

「一体それは。 いや、ものではなく人ではないのか」

「そうだ。 真の英雄四人がこの世から消え果てた。 私は、どうにかして四人とまた会いたいと思っている」

「……」

四人。

村上が三人で、凪が一人。

村上の方は、兄二人と妹という組み合わせで、兄弟だったという。

そう具体的な話を聞くも、どうしても何か頭の中で拒否している。ずっと、反発があるように思う。

「プロフェッサー。 貴方はその四人と親友だったのか」

「親友ではないな。 虚弱な私は何度も何度も、数え切れない程その四人に助けられてきた。 私は憎悪に狂って何もかもに色眼鏡を掛けてものを見ていたが。 それを間違っていると丁寧に指摘された。 科学者であるのに、私には記憶力しか取り柄がない。 私が作った武器にも、何度も丁寧に駄目出しをしてくれた。 それで、皆が使っているとても強い武器に仕上がっていった。 エイレンWシリーズの完成度の高さやプロテウスの性能をおかしいとは思わなかったか」

「確かに、あまりにもオーパーツ的だ。 他にも、ライサンダーシリーズ。 あれには何か特別な縁を感じる」

「そう、だろうな」

悲しそうにプロフェッサーが言う。

荒木も、自分に怒りをふつふつと覚え始めていた。

「私の立場は、もう危うくなりはじめている」

「どういうことだ」

「戦争が終わって、私は危険分子と判断され始めた、ということだ。 閑職に回されている君達はまだまし。 私はもう、用済みと思われているのだろう。 今まで散々汚職官吏の悪事を告発もしてきた。 それに対しての復讐の意味もあるのだろうな」

「分かった、此方でセーフハウスを用意する。 今はそれくらいの権限はある」

嬉しいが、君は既に監視されている。

そう、プロフェッサーが指摘。荒木も、周囲を見回して。それには同意だと返すしかなかった。

もしプロフェッサーがいうように、真の英雄がいたのなら。

良くて幽閉され。

悪ければ、毒でも飲まされて謀殺されていただろう。

今後、荒木やジャムカ、ジャンヌだっていつそうなってもおかしくない。

それにおかしいとは思っていた。

ストーム1が三人。

この事実に、どうしても違和感がぬぐえなかったのである。それもみんな同格の少佐である。

今後中佐に昇進するようだが、三人ともそれぞれ閑職に回される様子だし。

しかも監視もうけるようだ。

千葉中将が中心になって、ストームチームの構成員にもっと報いるべきだと声を上げているようだが。

告発を逃れた連中や。更には混乱の中で周囲から金をむしり取ってのし上がってきているケダモノどもは。

早々に英雄に退場を願いたいようで。

既におぞましい陰謀が開始されているようである。

リー元帥も身が危ないと聞いている。世界政府の要人の中にも、既に暗殺されたと噂されている人物がいた。

「どうするつもりだ、プロフェッサー」

「四年前から用意していた設備がある。 私は其処に篭もる」

「いざという時のために、俺にだけでも場所は教えてほしい。 最悪の場合は、必ず駆けつける」

「ありがとう大尉。 いずれ、頼むときが来るかも知れないな」

無線が切れた。

荒木は、大きなため息をついていた。

この様子では、もうその施設にいるのかも知れない。愛妻家だったプロフェッサーである。

家族も一緒に、だ。

「なあ大尉……」

小田が最初に口を開く。

いつも、この陽気で不平屋のムードメーカーが、重い空気をどうにかしてくれた。軍で一番大事なのはムードメーカー。

そういう言葉もあったらしいが。その体現者である。

「今の英雄がいなくなったって話、俺も覚えがあるんだ。 俺はそいつとは絶対に喧嘩したくないと思っていた気がする」

「同感です。 俺にも、とても優れた戦士がいたように思えています」

「俺は……とても優秀なエンジニアと知り合いだったような気がする」

皆、口々に言う。

消えてしまった英雄は、文字通り世界そのものからいなくなってしまったのだろう。ストームチームの面子は、絶対に英雄と深く関わり続けていたはずだ。

荒木も、ずっと違和感がある。

ひょっとして、英雄は。

荒木を、認めてくれていた。荒木も、英雄を最高の存在だと認識していたのではないのだろうか。

だとしたら、戦いには勝ったが。

とても大事なものを皆は失ったように思う。

大きな溜息をつく。

そして、皆に今日は上がって良いと告げた。事実、これ以上やる事もない。そして、これ以上此処に屯していると。

どんな風な事を企んでいるのかと、戦争が終わってから這いだしてきた連中に、勘ぐらせてもおかしくはなかった。

 

EDFの解散が、早速世界政府に申請された。

EDFは、それを最終決戦時に少しだけ姿を見せた謎のエイリアンを理由に拒否。それに対して、人権擁護派とか名乗る輩が。

世界政府の議会で、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。

「EDFの戦力はあまりにも非常識で過剰だ! それにEDFにはプライマーとの戦争の前に、虐殺を行った嫌疑が掛けられている!」

見苦しいな。荒木はそう思う。

うんざりした様子で、ジャムカ「准将」が質疑の場に出る。

うんざりしていても、あの戦争を最前線で生き抜いた勇士だ。更には、その「紛争」で生き抜いた勇士でもある。

フェンサーでコンバットフレームを三機破壊した。

それだけで、フェンサーという存在の優位性を示し。

近代兵器ですら防ぎ抜き、プライマーとも戦える兵科に仕上げたのは、事実上のこの男である。

何度も戦闘をともにしたが。

憎まれ口をたたき合う仲だった。一応、その程度は仲が良かったとも言えるのだろう。

「俺はあんたが口にしている「紛争」の場にいたがな。 あんたもその時には政界にいたはずだ。 あんたは一体その時、何をしていた」

最前線で戦い抜いた戦士の言葉に、明らかに恐怖で竦む人権屋。

そもそも紛争は、EDFが利権を独占すると困ると考えた人権屋どもと。更には世界政府の樹立に不満を持った勢力が中心になって起こした事が分かっている。

この人権屋野郎は、その時も金儲けの事だけ考えていた。

金儲けは別に良いだろう。

だが、世界の富の過半を手にしても、まだ飽くことなく金を求め続けるのは明らかに異常だ。

そして此奴は、その異常者の一人だった。

競合相手が大勢消えたから這いだしてきて。

議会でこうしてわめき散らしている。

どうしようもない輩である。

「あんたは俺たちがプライマーの生物兵器と仲間を大勢失いながら戦っている間も、ずっと地下にいただろうが。 しかも戦争が終わった途端に出て来て偉そうに人権がどうのと口にしている。 そんな人間に、何をいう資格があるか。 あんたに恥が少しでもあるのなら、人権を語る事なんてできっこないと思うがね」

「ふ、ふざ、ふざけるなよ……」

「静粛に。 ここは議会の場です。 ですが、ジャムカ准将はあの苛烈な戦いの中でも、信じられないほどの数のエイリアンを撃ち払った英雄の中の英雄。 少なくとも、彼が死んでいたら貴方はここに生きて立っていなかったでしょうね。 此処にいる大勢も、皆そうだ」

静かに、議長が言う。

顔を真っ赤にして反論しようとする人権屋は、ジャムカに鋭い視線を向けられて黙り込んでしまう。

やがて、議長は大きくため息をついた。

「いずれにしても、どんな組織にも脛に傷はある。 その傷を告発するならともかくとして、脛に傷があるから組織を全て解体するというのは暴論に過ぎるし、何よりもまだ未知のエイリアンがいる。 当面はEDFが必要だというのは私も同意見だ」

議長が解散、というと。

議会は一旦解散になる。

大恥を掻かされた人権屋が、ジャムカ大佐を睨もうとしたが。にらみ返されて。ひいっと声を上げて逃げていった。

これは、暗殺者でも雇いかねないな。

そう思う。

人間はどんなに強くてもライフルで頭を撃ち抜かれれば死ぬ。ジャムカだって荒木だって、ジャンヌだって。それは同じだ。

消えてしまった英雄。

今、いたら。

きっととっくに殺されているのかも知れない。

そうとさえ感じる。

ニュースが入ってきた。

ニューヨークでデモが起きている、というのだ。どうも反EDFの連中が、さっそく色々と始めているらしい。

デモなんぞにまともな市民が参加する時代はとっくに終わっている。

今は既に人権屋の連中が、世論操作のためにやっているケースが殆どだ。

世界政府が出来てから、少なくとも相当に富は均一化された。その前に比べれば、だが。

それが不満な連中が、「民意」を騙って好き勝手をしている。

戦争には勝った。

だが、これが勝った結末か。

たくさんのテクノロジーを手に入れた。

だが、それで人類が未来を得られたのだろうか。

荒木には分からない。

通信が入る。小田からだった。

「大尉。 休暇はいつまでだっけ?」

「今の時点では、しばらく仕事は無い。 暇だったら、訓練でもするか。 つきあうぞ」

「そうだな。 このままだと体が鈍りそうだ」

「決まりだな。 皆連れて、ベース228……」

そこまで言いかけて、黙り込む。

何故、ベース228。

確かに東京基地を守る重要な基地の一つではあるが、それにしてもどうしてだろう。

消えてしまった英雄に関係があるのだろうか。

咳払い。そして、ベース228に集まるように告げて。荒木は無線を切る。

どうしても、苦しい。

誰かが何もかも削りながらもたらしてくれた平和が。これほど醜いものになるとは。荒木は分かっていた筈だった。

それなのに。

とにかく、にがくて苦しかった。

 

1、英雄は消える

 

戦艦プライマーにとどめを刺した瞬間。

壱野は、すっと何か致命的なものが消えるのを感じた。

それが自分の肉体だと言う事を理解して。

今は、宇宙空間で地球を見ていた。

実体は無いが、感じる。

弐分も三城も。それに一華も、側にいるようだった。

「大兄、俺たち勝ったんだよな……」

「ああ」

「でも、地球の様子。 ストームチームのみんな、幸せそうには見えない」

「最初から、分かりきっていた事ッスよ」

どうやって会話をしているのか。

それすらもよく分からない。

ともかく、精神体というものにでもなったのだろうか。しばらくぼんやりしていると、声が聞こえてくる。

「君達が勝ったか。 恐らくは、そうなるだろうと思ってはいた。 戦争の末期からは、だけれどもね」

「貴様は……」

「フォリナッスね」

「まあその端末の一部に過ぎないが」

フォリナ、か。

やっている事は全て正しいが。結局の所、プライマーも人類も破滅に何度も追いやった元凶とも言える。

しかしながら、破滅を引き起こしたのはフォリナでは無い。

フォリナは会議をする場すら設けてくれた。

そういう意味では、恨むのは筋違いだ。

だから、怒りを抑え込む。何だか分からないが、肉体がない状態でも、怒りは沸いてくるんだな。

そう思うと、不思議だった。

「で、これどうなってるッスか我々。 幽霊?」

「簡単に言うと君達は一つ上の次元にシフトした。 宇宙の歴史修正力から、あまりにも強力だと見なされたのさ」

「あんたがそうし向けたのか」

「リーダー、落ち着くッスよ。 此奴らは、宇宙の管理にしか興味がない。 悪意を持って他者に接する存在ではないッス」

一華がなだめる。姿も分からないが。

ともかく、上の次元にシフトしたというのがよく分からないが。

もう、人間では無いと言うことも良く分かった。

「慣れてくれば、形を取る事も出来る。 だが、それでも基本的に人間に真実を告げたり、歴史を変えることは許されないけれどね」

「幽霊と同じだな」

「大いに違う。 君達は強いていうならば神になった。 君達の言葉でいうなら、他には英霊とでもいうべきかな」

「……」

反発する弐分に、淡々と応えるフォリナ。

やがてフォリナは、着いてくるように促す。

ついていくと言っても、と思ったが。なんだか自然に、ついていけているようだった。

太陽系を一瞬で抜けて。光速の何億倍のスピードで宇宙を飛んでいるのが分かった。何万光年も直径がある銀河を、一瞬で飛び越えていく。上位次元にいるからこそ、出来る事なのだろう。

やがて、強い光が見えてくる。

そして、その光の中に。

壱野は、皆と一緒に溶け込んでいた。

何となく、力の使い方が分かり始めてきた。慣れれば形を取れるかも知れない。

光の中から、二人の人間が歩いて来る。

フォリナでは、なさそうだ。

地球人にとてもよく似ているが、少し違うようにも見えた。

少し老け込んだ男と。非常に幼く見える女性。だが、どっちも同年代なのだと、一目で分かる。

きっとこの二人も、一つ上の次元にシフトした存在、とやらなのだろう。

「誰?」

三城が聞くと。

男の方が咳払いしていた。

「俺は嵐一郎。 そちらは姉貴の嵐はじめだ」

「よろしく」

「……それであんた達は」

「一つ前の宇宙で、同じように地球を守って……その後色々あったが、最終的には英霊になった存在。 そういう意味では君達と同じだ。 フォリナに前の宇宙が終わる時に請われてな。 今では連中の手伝いをしている」

そうか。

ただ、一郎という男の話によると、戦った相手はフォリナだったという。

それは、より困難な闘いだっただろう。

壱野は話を聞いて、ちょっと同情してしまった。

案内すると言われて、頷いてついていく。

宇宙の彼方此方が見える。

知的生命体が、何個もの銀河に渡る文明を作っている。それも幾つも、そういったものがある。

その一方で、星系に閉じ込められた文明も幾つもある。

地球のような、凶暴な知的生命体が住んでいる星なのだろう。

知識が凄まじい勢いで増えていく。

なるほど、特定動物を管理するか。

言い得て妙なわけだ。

壱野も感情的には反発を覚えたが、もしも彼らを産まれた星から解き放ったら、どれだけの惨禍が巻き起こされるかは今は分かる。

戦争を肯定する論調は無意味だ。

今は色々な惨劇が見える。

星ごと消し飛ばすような兵器とか、最悪宇宙を崩壊させるような兵器ですらも、知的生命体は平気で使う。

そんな存在は、確かに抑えなければならない。

ましてや地球人は、見かけで相手の何から何まで否定していいと考えるし。目先の利益のためだけに、他の全てを殺し尽くしてもいいと本気で思っている種族だ。

確かに、宇宙に出すわけにはいかないだろう。

「む……」

別の気配。

銃を手に取ろうとして、何もできないことに気付く。

一郎が、紹介してくれる。

「しっかり話し合った事はなかったのでは無いのか」

「……まさか、トゥラプターか」

「お前達は……」

なんだか、肩の力が抜ける。

そうか、トゥラプターも。死んだ後、上の次元にシフトしていたのか。

確かに特異点存在としては、充分過ぎる程だった。こうなってしまっていても、おかしくは無かっただろう。

もう、苦笑しか湧いてこない。

席を外すと、一郎はいった。ずっと、はじめという方は口を開かなかった。

文字通りの光の国で。

英雄と。殺し合うしかなかった好敵手は。

やっと、静かに話し合う事が出来る場を手に入れていた。

 

少しずつ、慣れていく。やっと最初に具現化できたのは、ライサンダーZだった。これでは、人間の形を取るのは当面先だな。

そう思い、壱野は苦笑する。

弐分も三城も苦戦している中、一華はもうとっくに人型を取ることに成功している。最初は真っ裸になってしまって、大慌てで姿を消していたが。なんというか、今更色気もなにもないし。そもそも知っていたが、本人も言っているとおり頭にしか取り柄がなかったのだ。

体の方も、それは同じだった。

いずれにしても、もうどうでもいいことだ。

今は、服を着た状態で具現化することに成功している。しかし、軍服なのは。もう軍人であった時代の記憶の方が長いからだろう。

それに、一華はいつだか言っていたっけ。

まともな私服なんて、もっていないと。

トゥラプターが、人型を取ることに成功し、服まで着た一華を見て、呆れたように言う。

「器用なものだな。 あんな原始的な人型兵器で、俺の攻撃を凌ぎきっただけの事はあるな」

「やはり、相当地球に持ち込んだ文明は制限が掛かっていたッスね」

「そうだ。 俺の麾下の親衛隊も、皆こんな原始的な武器で戦わなければならないのかって、いつも嘆いていた」

「あんたに至っては剣だったものな」

はははと、笑いあう。

もう、互いに恨んではいない。

程なくして、互いの文明についての話をする。

トゥラプターは、火星が如何に貧しい星だったのかを教えてくれた。それはそうだろう。壱野も既に膨大な情報を得て分かっている。

火星はテラフォーミングに成功したとしても、アフリカ大陸程度の土地しか確保できないのである。

そこに生じた文明だ。

千万年単位でテラフォーミング船が頑張って文明構築まで進めたとしても。それでも、やはり苦しい生活が続いただろう。

そしてテラフォーミング船のPCが丁寧な平和的生活の指導を続けた事。

協力しないとやっていけないこともあり。

プライマーはとても穏やかな文明を構築していたのだそうだ。戦争を経験する事すらなかった。

だが、宇宙に進出してから全てが変わった。

物資が増えた事により、プライマーはどんどん親元から脱出する思考を持つようになっていった。

やがて、知恵のリンゴを口にした。

それは、悪魔に囁かれてというよりも。

むしろ必然の結果だったのだろう。

以降は知っての通りだ。

「火星って、やっぱり寂しい場所だったッスか?」

「娯楽の類は全く無かったな。 何周か地球で戦闘している内にお前達「いにしえの民」の実地調査を進めて、娯楽の無意味なほどの豊富さに驚いたものだ」

「娯楽は、あんまり興味ない。 空飛べればいい」

「三城は少し変わっている。 確かに普通の人間は娯楽がないと、生活が貧しいと感じるものだ」

三城の言葉に、弐分がフォローを入れる。

武術について、興味があったので話を聞いてみる。

トゥラプターは一応説明してくれたが、とにかく実戦一辺倒で。その世代の者が記録して、後に引き継ぐ。

それだけだったそうだ。

流派のようなものは存在しておらず。

とても寂しいものだったと言う。

まあ、戦士階級が出現してからは、大急ぎで整備され。トゥラプターの時代にはそれなりに充実はし始めていたようだったが。

「それにしても、お前達とこんな所で一緒になるとはな。 もう、俺たちには時間も空間も関係無かろう」

「争う理由もない」

「馬鹿な上役に苦しめられたのはお互いだ」

「そうだな……」

壱野は、実は上役に恵まれたと思っている。

だが、EDFの最上層部は。そこまで有能だっただろうか。

千葉中将。一緒に戦った何人かの指揮官達。それにリー元帥は責任感のある立派な人だった。

バヤズィト上級大将も、悪い印象は無い。

だが、やはり無能な指揮官はいた。そういう連中は、兵士を使い捨てて平然としているような輩だった。

「あのでくの坊も、そういう奴だったのか」

「でくの坊? ああ、あいつか」

それで通じてしまうのだから大概だ。

そういえば、彼奴は此処にいないのか。

まあ、いないだろう。

カリスマもなければ、勝利に貢献してきたわけでもない。歴史を動かすような特異点でもない。

最後の戦いでも、生体ユニットとして使われただけだ。

いないのは。当然と言える。

「俺たちは「火の民」と呼ばれる種族だが、あいつはその族長。 やがて「長老」と言われる種族の最高幹部になりうる存在でな。 だが何度も何度も無様をした挙げ句、貴様らに倒されて正式にクビにされた。 そういう事だ」

「プライマーも世知辛い」

「そういうな。 お前達だって、無能な指揮官の下にいる兵士達がどれだけ哀れかは知っているだろう。 身体のスペックを上げれば強くなると思い込んでいる阿呆だぞ」

「確かに、無茶苦茶な攻撃はしてきたけれど、強くは無かったッスね」

もう。互いにわだかまりは無い。

話している間に、壱野も人型を取ることに成功。服も、すぐに具現化することが出来ていた。もっと時間が掛かるかと思ったのだが、意外にすぐに出来た。すっとコツが頭に入ってきた印象だ。

せめて、プロフェッサー達には挨拶してきたい。

そう思うが、恐らく宇宙そのものがそれを許してはくれないだろう。

出来るとすれば。

いまわの際、くらいだろうか。

千葉中将。ジョン中将。バルカ中将。タール中将。

大友少将。大内少将。項少将。

筒井大佐、ルイ大佐。

上級指揮官では、このくらいの人達には挨拶したい。

それに、ストーム隊の皆。

皆にも、いまわの際には声を掛けたかった。

この場に来ていないということは、皆世界の歴史の修正力から弾かれるような存在ではなかったのだろう。

でも、それで良いのかも知れない。

壱野達は、もう幽霊よりも何もできない存在なのだろうか。

いや、違うな。

肌で感じる。

恐らく、宇宙そのものと半分一体化している。フォリナは更に上の次元で一体化しているようだが。

要するに、宇宙そのもののために今後はこき使われる。

そういう事と判断して良さそうだった。

「俺はもう少し苦戦しそうだな。 人というのは、それほど自分の似姿に自信があるということか?」

「いやあ、色々手入れが大変何ッスよ」

「……」

三城が黙り込む。

そういえば思い出す。

あのカスの所から三城を助け出した直後、風呂を三城は嫌がったっけ。傷に痛みが染みるから、とかいう理由だったはず。

確か遠縁だという女性を呼んで、風呂での体の洗い方とかを指導して貰って。

それでも、あまり風呂を好きにはならなかった。

一華はそういうのはなかったようだし。

多分、色々複雑なのだろう。

他の人間がいる場所で、最初失敗して裸のまま具現化したくないのかも知れなかった。

「後で、武術について詳しく教えてくれ。 俺の攻撃を凌ぎきったお前達だ。 俺は今後、ゆっくりお前達と武術について学びたい」

「ああ、幾らでも俺で良いなら教えるさ」

「ありがとう。 では一時失礼する」

トゥラプターが行く。

恐らくだが、仕事だろう。

それも分かる。

宇宙そのものとしての仕事。知的生命体が認識出来ない存在になっている壱野達は。決して暇をしているわけでもないし。

恐らくだが、今後も暇はないだろう。

三城に、席を外すと告げる。

弐分も何となく分かっていたようなので、一緒に席を外す。

一華は三城に指導するという。

まあ、コツを知っている奴が教えるのが一番か。

家族と言っても礼儀もある。一華だって、最初に失敗したときは流石に気まずい雰囲気になった。

三城は更に心がデリケートだ。

体が強いとは言っても、それでも限界はある。最後まで兄離れを試みてあまり上手く行かなかった事もある。

せめて、此方から距離を取らなければならないだろう。

一旦、二人を認識出来ない場所に離れる。その間に、弐分は人型を取ることに成功し、着衣も身に付けていた。

弐分の場合はフェンサースーツだ。

やっぱり。どんな服よりも着ていた時間が長いから、なのだろう。

色々な意味で、狂った生き方をしてしまった。

何度も歴史を巻き戻して。

その度に、どんどん傷ついて。

戦いに勝って人間のままでも、どうせろくな結果が待っていなかっただろう。それは、何となく分かった。

程なくして、三城が来る。

ちゃんと人型をして、服を着込んでいたが。ウィングダイバーの姿ではなくて、競技用のフライトユニットを身に付けた姿だった。

ふふんと、少し嬉しそうな様子である。

「大兄、小兄、周囲を飛んできて良い?」

「ああ、好きにしてくると良い。 だが俺たちは……」

「それは分かってる。 でも、今は……やっと思う存分、ただ普通に飛ぶ事ができそうだと思って」

「そうだな……」

行ってこい。

そう告げると、三城は飛び始める。

普通に飛んでいるのでは明らかにないけれども。それでも、殆ど笑う事さえなかった三城が、最初に満面の笑顔を浮かべていたのは。フライトユニットの大会だった。

それを良く知っている壱野は。

その様子を、目を細めて見守る。

事情は告げてある一華も、羨ましそうに見ていた。

「うわあ。 本当に満面の笑みッスね。 あの子があんな顔浮かべられるなんて、知らなかったッスわ」

「俺たちもフライトユニットの大会まで、知らなかった」

「そっか。 そっちも大変だったッスね」

「一華は趣味とかはなかったのか?」

あったにはあったけどと、一華は言う。

一華の趣味は言う間でもなくハッキングやプログラミング。要するに趣味を実用にしていたわけだ。

だがそれ以外にも、一応いわゆるポップカルチャーを嗜んでいたそうだが。

今になると、やはりハッキングやプログラミングの方が楽しいそうだ。

「だから、もう事実上何もできないッスね」

「そうか……」

「いや、そうでもない」

不意に割り込むフォリナの声。

ずっと聞いていたのか。

より高位の次元にいるのだ。それもまた、普通と言う事だろう。

「覗きか? 趣味が悪いな」

「プライバシーを守るべき場所では守る。 それよりも、プログラムなら是非やってほしい事が幾つもある」

「この状態で?」

「君に前の宇宙から存在している無数のプログラムについて渡そう」

え、と明らかに一華の声のトーンが変わる。

まあ、それもそうだろう。

此奴にとっては、文字通り垂涎の代物だろうからだ。

「それらについて、改修と効率化、バグ取りを任せたい。 勿論前任者達が手がけてきているのだが、それでもやはり何度でもチェックは入れた方が良いだろう。 君ほどのエンジニアなら、きっと改良が出来る筈だ」

「……ま、まあやってやるッスよ」

「お願いする」

また、フォリナの気配が消える。

やれやれ。この様子だと、ずっと監視されていると見て良さそうだ。きっと見抜いてもいるのだろう。

フォリナのことを、心の奥底では恨んでいる事も。

だが、フォリナをどうこうするつもりはない。当然、反旗を翻すつもりなど一ミリもない。

実際問題フォリナがやっている事は正しい。滅びかけた種族に、自分に仇なした存在であっても手をさしのべた。

凶暴で残忍な地球人にも平等に接している。どちらも、絶対に地球人にはできない事だろう。

だが、嫌いなものは嫌いだ。それでも、これから上手くやっていく事を、考えなければならないだろう。

それが、壱野のこれからの仕事だ。

嫌いだから殺す。

嫌いだから排斥する。

自分のエゴのためだけに、他者をどうすることもかまわない。

それでは、愚かしい。戦争を引き起こした連中と同じだ。

それが起きないようにするように何とかしたい。壱野は、心の底から。恐らく軍神とでも呼べる存在になっただろうに。

考えるようになっていた。

 

2、どうにか道を

 

セーフハウスに移動したプロフェッサーは、まずは専用の回線以外は全て遮断した。既にプロフェッサーが、散々告発をしたこと。更には、全世界に邪悪な既得権益層がやってきた事を全て公開したことが、つけになっている。

戦争が続いている間は良かった。

それが終わった今は、プロフェッサーは自分の身を隠れる事でしか守れなくなっている。

案の定、暗殺者がわんさかプロフェッサーを狙っていて。懸賞金まで掛けていると言うことだった。

そうしている間にも、散々やりたい放題をしてきた連中の裁判が行われて、有罪判決が次々と出ているが。

貧しい地域では、法も機能せず。

刑務所もまともに機能していないケースが多い。

悪知恵ばっかり働く連中は、そういった地域に逃げ込み。そう言った地域の刑務所に入ってから金をばらまいて。

実権力は何も失っていない。

それどころか、その地域を金の力で掌握してしまうケースまであるようだった。

だから、その手の輩から暗殺者が来る。

多分、今もそこにいたら。壱野達も暗殺者をわんさか送りつけられていただろう。その全てを返り討ちにしていただろうが。

千葉中将には、秘匿回線をつないだ。

あの人は信用できる。

ただ、セーフハウスの場所は教えていない。セーフハウスと言っても廃棄された地下シェルターの最深部。

更にその地下にあって。

基本的に発見は出来ないようにされていた。

百年は暮らせる物資はある。

老いた両親がいても、医療は問題ない。

何度も何度も周回する内に、現時点の地球の医療については全てマスターしていた。だから、もう必要な医療物資も全て揃えてある。

ただ、プロフェッサーには武力がない。

此処を発見されたら終わり。

この秘匿回線は一華くんが組んだVPNだ。簡単に発見されるようなことはないだろう。だが、それでも。

もしも発見されたら、殺される事は避けられそうにもなかった。

今朝の定時連絡をする。

千葉中将は、疲れきっているようだった。

「EDFに対して感謝の言葉を述べてくれる市民は多い。 しかしながら、プライマーとの戦争が始まる前に金を持っていた連中はどうも違うようだな。 今日もデモを行うとか息巻いているそうだ」

「とにかくテクノロジーの進展を急いで欲しい。 それに……出来るだけ富の不公正を減らした方が良いだろう。 資源がこのままでは枯渇して地球人は文字通り詰む。 そして宇宙に急いで出ても、あのエイリアンが……プライマーより進んでいるエイリアンが、見逃してくれるとは思えない」

フォリナの話は、千葉中将にはしていない。

ストームチームの者達も、覚えているかはかなり微妙である。荒木大尉達、とくにストーム1最初の四人と関係が深かった者達はある程度覚えているようだが、それも完全にではないだろう。

あの荒木大尉が、皆の事を忘れてしまったくらいなのだ。どうにも違和感は覚えているようだが。

いずれにしても、総意ではEDFは必要だという意識を世界政府は持ってくれているようだが。それでも、安定には程遠い。

これからしばらくは混乱が続くはずだ。

世界の人口は、プライマー戦役前に比べて三割減ったが。それ以上に都市部が破壊されているのである。

特にプライマーはインフラの破壊に積極的で。

今後、如何にインフラを復旧するかが重要になってくる。

それだけではない。

各地に、フォリナ……新たな謎のエイリアン戦に備えてという名目で地下シェルターを作り、避難訓練をする必要もあるだろう。

おろかな者達を抑え込むには、まだ戦争は終わっていないと認識させるしかない。

それにしても、だ。

たった一日。

戦争が終わった日しか、平和は保たなかったのかも知れない。

もともと地球では、プライマーが来る前は資本主義とは名ばかりの、愚かしい札束を使った戦争がずっと続いていた。

それはどんどん格差を拡大させ。世界政府がある程度それを抑え込んだのにもかかわらず、それでもまだまだ格差は拡大する一方だった。

古くから、どんな史書も伝える。

圧政を行う国には決まったパターンがある。

税金が高い。

官吏が腐敗している。

指導者が無能。

弱者を痛めつける。

これらがフルコンプされると、国は滅びに向かう。外圧によって潰される国もあるが、外圧が最後のとどめになる場合が殆どで。

実際には、国の状態が終わっていない場合は、どれほど強力な侵略者でもたたき出せるケースが多い。

プライマー戦役は流石に例外だとしても。

「それで我々はこれからどうすれば良いのだろう。 リー元帥も、地下に隠れるだけで何もしてこなかった連中をどうにかするために必死になっているようだが。 私はMPでもなんでもない。 ましてや民主主義の精神に背く行いは出来ればしたくない」

「弾圧はする必要はないだろう。 だが……やはり今まで法の手を金の力で逃れてきた連中は、しっかり告発して裁きに掛けるしかない。 渡してある資料を使って、出来るだけ悪党を仕留めてほしい」

「分かっている。 此方でも、準備は進めている」

世界政府に統合する前の日本でも、法曹は不平等だった。痴漢冤罪や親による子殺し関連などが有名だが、明らかに不公正な裁判が平然とまかり通っていた。

末端の人間は優秀だったが、いわゆるエリートのキャリア官僚はボンクラの集まりで、幾つかの官庁についてはそれがあまりにも顕著だった。

他の国に至っては、医療制度が崩壊しているも同然だったり。

法など機能しておらず、裁判が何の意味も成さない事も珍しく無かった。

あの世界政府の軸になった北米ですら、19世紀末から20世紀にかけてアルカポネという法の尊厳を根本から否定する極悪人を出しており。数百人以上を直接的間接的に殺しているにもかかわらず、終身刑にも死刑にもできなかったのである。

民主主義も資本主義も。

結局の所、まだまだ未完成であり。

ましてや共産主義など論外だったのだ。

だから、人間は次のステージに進まなければならない。

そうしなければ、確定でフォリナに喧嘩を売るだろう。そしてその先に待っているのは、プライマーと同じ運命だ。

「宇宙進出に関してはどうなっている」

「一応、現時ではプライマーの技術を先進科学研で解析中だ。 大量の残骸は残っているし、何より戦争で技術は奇形的に進歩した。 貴方がいなくても、スタッフまで拘留されたわけではないし、先進科学研は一応回っているよ」

「それは良かった」

「それにしても……戦争開始と同時に貴方が持ち込んだ技術はあまりにもオーバーテクノロジーにも程がある。 一体何処で見つけて来たのか、それとも、貴方ほどの天才がずっと温めていただけだったのか」

それについては、応えられない。

流石に何度も何度も歴史を繰り返している等と言っても、恐らくは狂人だと思われるだけだろう。

事実そう思われて、精神病院送りにされ掛けた事だってある。

だから、幾ら相手が千葉中将でも、それを告げるわけには行かなかった。

後は、幾つかの状況を聞く。

項少将は、中将に昇進。

凄まじい反発があったそうだが、何しろリングへの道をブチ抜いた最大功労者の一人である。

政治的な駆け引きばかりに明け暮れていた中華戦域の将官の中では、最大功労者であり。

何よりも、項少将が何度も麾下の虎部隊とともに苦戦を重ねたおかげで、助かった民も多いのだ。

反発をする連中はあの手この手で項少将を貶めようとしたが。

兵士達の間から、あらゆる証言が出て来て。完全に藪をつついて蛇を出してしまった。

項少将が中将に出世する過程で、MPに八人の将官が逮捕された。その中には、劉中将……中華戦域の司令官も混じっていた。

「そうか、項少将が中華の司令官になったか」

「だが、やはり今後は政治的な駆け引きが重要にもなってくる。 苦労するだろうな」

「あの人は本当に優れた指揮官だ。 EDFからも支援をしてほしい」

「分かっている」

他にも、大友少将、大内少将は近いうちに中将への昇格が検討されているという。千葉中将は、アジア圏の指揮官である大将に昇進する予定だそうだ。

最激戦区で、1000万に達するプライマーの大軍を押し返し。ストームチームをリングまで送り届けた。

その最大功労者であるのだから、当然だろう。

病気で引退したバルカ中将は。引退時に大将に昇進。

また、ジョン中将は大将に昇進し、欧州圏の総司令官になる予定らしい。ただし、ジョン中将は人望がない。

ルイ大佐を准将、更に少将にいずれは昇進させ。

サポートをする人事を今行っているそうだ。

ジェロニモ少将は、殆ど無人地帯になってしまったメキシコに赴き、中将に昇進する予定だそうである。

あまりにも治安が酷い地域では、警察より先に軍が駐屯し、犯罪者を制圧する必要が生じてくる。

メキシコは無人地帯になった後、山師の類が散々流入しているらしく。まずは秩序の構築が最優先、と言う事だった。

これらについての進捗を聞いた後、最後にストームチームの事を聞く。

千葉中将は、すまないとだけ言う。

それで、分かるので。千葉中将に謝る必要はないと告げた。

悪いのは。

この世界の仕組みそのものだ。

同じようにして、どれだけの英雄が用済みになった途端に消されてきたのだろう。

通信を切ると、プロフェッサーは頭を振っていた。

妻が料理が出来たと呼んでくる。

老いた両親とともに、席を囲む。なお、妻の方の両親は、既に他界している。子供も、体質的な理由でいなかった。

「あなた、難しい話をしていたようですけれど」

「ああ、大丈夫だ。 君には迷惑を掛けない。 いや、これ以上の迷惑を掛けない、というべきかな」

両親はもう呆けてしまっていて、幾つものクリティカルな病気があり、正直あまり長くは無い。

それは分かっているが、それでも最後まで一緒にいると二人は正気のうちにプロフェッサーに告げている。

だから、その意思を汲むだけだ。

「貴方が開発した恐ろしい兵器。 あれが人相手に使われるの?」

「今の時点では分からない。 だが、プライマー戦役で、そもそも武器というものの概念が変わった。 ゲリラでは、ニクスやエイレンには歯が立たないだろう。 だが、それらが反政府組織に回ったら大問題だ」

「それに、プライマーの兵器を使って悪さをする人も出てくるのでは無いか、という話でしたね」

「そうだな……」

戦争が終わった瞬間。

フォリナが生きているプライマーと動いているプライマーの兵器は、全て持ち去って行った。

だが、壊れた兵器までは全て持ち帰る事が出来なかった。

特に懸念されるのは、ネイカーだ。

多数の兵士を苦しめたあれは、最悪の意味での傑作兵器。もしもあれを動かせるように出来る奴が出てきたら。

確実に、テロに投入されるだろう。

それに、アーマメントやレールガンは、過剰火力にも程がある。

もしもテロリストが手に入れでもしたら、とんでもないことになる。

テロリストならまだいい。

もしも内戦でも勃発したら、地球は一晩で火の海になるかも知れない。それを防ぐためにも、「大企業だけで富を全て独占する」だの抜かすような、目先の利益だけしか見えていない自称現実主義者は、今のうちに始末しておかなければならないのだ。ましてや世の中には、大量殺戮兵器を売りさばいて、何の罪悪感も覚えないような輩がなんぼでも存在している。

そういう連中は、恐らく中古兵器の買い取りを、EDFに求めるだろうし。

或いは既に、腐敗した士官からの横流しを目論んでいるかも知れなかった。

まだ、戦争が終わってから、一月しか経っていない。

それなのに、地球は。

プライマーが来る前よりも、明らかに全てが悪化しようとしていた。

 

シェルターの中だが、照明を調整してプロフェッサーは自分の仕事をする。一応秘匿回線は千葉中将と確保しているが。

それ以外にも、一華くんが組んでくれたプログラムを使って、ネットを介して情報を集めているのだ。

情けない事だが。プロフェッサーにはハッキングのスキルなど存在していない。

一応、負けた世界で一華くんにはノウハウを教わったが。あまりにも個人の頭脳と臨機応変の要素が強く。

ちょっとやそっとで真似できるような代物でもなかったし。

ツールは一応貰っているが。

それらを使ったからと言って、足跡を残さずハッキングが出来る訳でもない。

SNSで流れてくる情報なんて、実際には井戸端会議で流れてくる上澄みのようなものである。

実際には、もっとネットの深くに潜らないと分からない事は多いし。

今では命の危険もあって身を隠している状態だ。

迂闊に外に出ていくわけにもいかない。

連日、自分達だけ安全な場所に隠れていた挙げ句。地上に出て来てからは好き勝手をほざいている人権屋が次々逮捕されているニュースが流れているが。

プロフェッサーが情報を流した人物の内、一割もまだ捕まっていないようだった。

案の定。テロリスト予備軍に兵器の横流しをしようとした士官の逮捕例も出て来ている。

また、まだ兵器の残骸の回収が済んでいない激戦区の跡地にこっそり侵入しようとして、その場で捕まってしまう犯罪者も目立ちはじめている。

此奴らが、失敗している内はまだいい。

誰かが上手く行ってしまうと、恐らく歯止めが利かなくなるだろう。

EDFは最終決戦で、戦力の大半を失い。現在再建の最中だ。

あの最終決戦で、殆どの戦力を失ったのは、プライマーだけではなかったのである。

壱野達。

ずっと一緒にプライマーと戦った村上家の三兄弟達は、こういった仕事はあまり得意ではないだろう。

せめて一華くんがいてくれればな。

そう思いながら、少しずつ作業をし。そして、定時連絡を千葉中将と行う。

千葉中将は、声を聞くだけで。毎日窶れていくのが分かる程だった。

「混乱が酷いが、どうにか少しずつ負傷兵を復帰させ、技術の進展を行い、まずは月に基地を作る計画が進展している。 月の後は金星の衛星軌道上。 その次は火星にコロニーを作り、資源の回収計画を開始する予定だ。 実際に開始できるのは、月が二年後、金星が六年後、火星は十年後の予定になりそうだ」

「そうか。 随分と掛かりそうだな」

「EDFの再建をするには、まずは経済の再建が必要だからな。 それと腐りきった政治家達を、どうにかしなければならないだろう」

「あれらは政治家では無く政治屋だ」

「その通りだな」

政治家とは、税金を的確に事業に振り分け、国を豊かにする者のことを言う。

それに対して、政治屋というのは政治利権を争うためにあらゆる難癖を周囲につけて。自分の権力だけを欲する輩だ。

政治屋は自分の利権さえ確保できれば、多くの国民が不幸になろうが、明らかに失敗する事業だろうが。犯罪組織が肥えようが、テロリストが跋扈しようがどうでもいい。

高学歴だろうが、この手のエゴの怪物は幾らでもいるし。

自分は現実主義者だと思い込んでいるからタチが悪い。

「プロフェッサーが送ってくれたデータを使って、今日も何人かの摘発を行ったが、やはりまだまだ大変だ。 MPが暗殺されるケースも出て来ている。 一部の地域では、内戦の勃発が懸念されているようだ」

「出来るだけ抑え込んでくれ」

「ああ、分かっている」

「この戦いでは、あまりにも多くの犠牲が出た」

千葉中将も、そうだなと思うが。

実際に出た犠牲は、千葉中将が考えているものよりも桁が一つ違っている。いや、下手をすると二つか。

それを、間違っても。

ましてや人間の手で繰り返してはならないのだ。

「人類の文明は、建設的に進歩しなければならない。 幸い、世界中の兵士がプライマーに対して団結して戦えた。 今では出身地を問わず兵士達を彼方此方の基地に配置することで、国際交流も円滑に行えているケースもあるそうだな」

「ああ、それに関しては事実だ。 だが文化の違いが、やはり摩擦も起こす。 これはプライマー戦役時から同じだったな」

「どうにか、それらの諍いを克服してほしい」

「分かっているが、簡単では無い」

千葉中将も、政治将校のような行動は苦手なのだろう。

ましてや、元々がバリバリの軍事指揮の専門家だ。

クズをあぶり出して逮捕するような仕事は、正直苦手な分野に入るだろう。

「私の方でも、持っている手札は惜しみなく公開する。 今後、安全が確保できたら外にも出て、先進科学研をまた指揮しよう」

「分かっている。 その時のために、私も努力する」

「頼む」

通信を切る。

後は、無言で仕事を続ける。

それが、一年続き。

二年続いた。

予定通り、二年後には月にEDFの基地が完成。元々軍事衛星の技術は革新的に進歩していたのである。

月に降り立つことそのものは難しくもなんともなく。

基地には宇宙からの侵略者に備え、重武装が据え付けられた。

地球の混乱は、二年程度ではとても収まらなかった。

そのうちに、父が死に。

やがて、母も死んだ。

 

地下に潜って六年後。

リー元帥が亡くなった。暗殺の類ではなく、プライマー戦役で疲れ果て、消耗し尽くした結果の老衰死だった。

負ける世界線では、いつもリー元帥を助けることは出来なかった。

勝った世界である此処でも、リー元帥は戦後にも散々苦労をさせてしまった。

それが悲しくてならない。

あれほど責任感強く、最後まで戦い抜いてくれた人だったのに。

後任には千葉大将が周囲から推されたが。

色々政治的な駆け引きの結果、バヤズィト上級大将が総司令官に就任することが決定した。

まあ潜水母艦エピメテウスを駆っての活躍は。他の上級大将の誰よりも傑出していたのだ。

当然であっただろう。

その代わり、癌治療を終えて軍に復帰したバルカ大将が上級大将に昇進。潜水母艦を預かることになった。

そして、六年の間に二度、小規模な内戦が起きた。

一回は中華で。

もう一回は中東で。

中華の方は、やはり解任されたり告発された連中が、不満分子を煽って起こしたものであったし。

中東の方は、殆ど無人地帯になる程痛めつけられた中東になだれ込んだ山師達が。暴れただけの事件だった。

EDF設立前の紛争に比べると規模も小さく。

それだけ、皆が努力して新規秩序の構築にいそしんだことが分かる。

無駄に金だけ持っている既得権益層の内、金を得るためには何をしても良いとかんがえているような輩はあらかたが駆除されたが。

それでも、まだまだ危険がある。

千葉大将には、なんとか外に出られるように便宜を図ると何度か連絡があったが。

まだそれは実現していなかった。

火星と金星へのコロニーの作成は何とか進んでいる。特に金星の衛星軌道上には、マザーシップを思わせる巨大なコロニーが完成。

地球の衛星軌道上にも、実験的に大型のコロニーが作られ。

それらは軍事基地を兼ねることになった。

いずれもが、プライマーからの鹵獲技術によるものだ。

とはいっても、プロフェッサーを始め原理はよく分かっていないものも多い。まだまだ組み込んだだけの技術も少なくなく、それらは急いで解析をしなければならなかった。

「あなた、時間ですよ」

「ああ、そうだったな」

プロフェッサーは、六年分以上に年老いた。

勿論、あの戦いの日々は苦しかったが。それでも、ストーム1の四人という、同志達がいた。

今は、仲間が極端に少ない。

だから、とてもつらいと思う事があった。

一華くん。

せめて、ここをどうすればいいか、意見を聞かせてくれないかな。

そう、何度も呟いた。

あんな優秀なエンジニアは多分そうそう地球の歴史上に今後登場しないだろう。エンジニアとして優秀だっただけではなく、極端にIQも高かった事が分かっている。その上、ビークル類はどれも地球人最強の技量で乗りこなしていた。

それを、「頭が良いだけ」という理由で放り出したEDFの初期メンバーの無能さよ。

嘆息すると、千葉大将と連絡を取る。

進捗を幾つか話しあった後。

千葉大将は言うのだった。

「金星に派遣された荒木少将から連絡があった」

「そうだったな。 荒木大尉は金星に送られたのだったな」

金星の開拓事業を保護するための、EDFの先遣隊の隊長。

そういえば聞こえは良いが。いつ死んでもおかしくない危険な仕事だ。

基本的に金星は危険すぎて、テラフォーミングが出来る環境では無い。コロニー内で事故が落ちて、墜落でもしたら全滅は確定だ。

荒木大尉は。

この呼び方をするのも、もうプロフェッサーだけになってしまったが。

「旧ストーム2を中心に、どうにか金星の先遣隊は把握を完了したそうだ。 今は純粋に、開拓事業を進めているらしい」

「それは何よりだ」

「火星の方は、旧ストーム3と、ジャムカ准将が行く事になっている」

「……」

火星は更に大変だ。

火星はテラフォーミングが可能な惑星である。とはいっても、それこそ早くても何千年と掛かるだろうが。

重力も大気も足りない。水もない。

如何にプライマーの技術を利用したとしても、簡単にいくはずがない。

それもそ、人生の残り全てを使うはずだ。

「ジャムカ准将はなにか言っていたか?」

「やっとこれで政治屋どもや政治将校のくだらん争いを見ずに済むと吐き捨てていたよ」

「分からないでもない」

「そうだな。 私もいっそ……いや、まだ私は地球でやることがいくらでもある」

そうだ。

各地の格差は六年前よりだいぶマシになって来ている。

だが、それでもちょっと気を抜くと。戦後の時と同じように、すぐに元の木阿弥になりかねない。

プロフェッサーは通信をしながら、鏡を見る。

白髪が増えた。

目元の皺が深くなった。

随分と、年老いた。

妻もそうだ。

なんとか、破滅の運命から守りきった妻は。今も、プロフェッサーを静かに支えてくれている。

「それとプロフェッサー。 ようやく……なんとか外に出て貰えると思う」

「!」

「先進科学研のオフィスを、バルカ上級大将が指揮しているエピメテウスの内部に移す事にした。 核テロでもない限り、エピメテウスを沈めるのは不可能だ。 現在、内部人員の流動も極めて小さくしている。 その全員に、バルカ上級大将が丁寧に目を通している状況だ」

そうか。

それならば、安心か。

嘆息する。

だが、人類の文明が進歩したわけでもなんでもない。今後、どうにかして。他の種族とやっていける生物に人類を進歩させなければならない。

木星より先には、出来るだけ行かないようにしてほしい。

そう、プロフェッサーは先に促すつもりだ。

EDFの能力では、宇宙軍を編成しても、プライマーにすら勝てないだろうというのが理由ではあるのだが。

勿論実際には、太陽系を出ようとして、フォリナに叩きのめされるのを防ぐための行動である。

フォリナが今、プライマーをどう遇しているかはわからない。

監獄同然の惑星に幽閉したのか。

それとも、実際には火星よりもずっと静かな環境で。もとの静かな種族に戻って、大人しくくらしているのか。

それも分からない。

恐らく歴史が変われば、コロニストや怪物達も地球には出現しなくなるだろう。

その時には、フォリナが手を下すとみて良い。

勿論保護のためだ。

もしも、人類が今後進歩出来ることがあれば。プライマーやコロニストと、共存共栄出来るようになる可能性もある。

だがそれは、あくまで可能性。

今は、その可能性は、限りなく小さいのだ。

とにかく、この地下シェルターを出る準備をするように妻にも伝える。プロフェッサーは。六年の時間で使い込んだ機器類を見やる。

この機器類は、一華くんが組んでくれたものばかりだ。本当に凄いエンジニアで、六年経った今でも、全く外のPCやスパコンに対して力負けしていない。

みんなが忘れてしまっても、文字通りの地球の守護神として活動しているのかも知れない。

それを、プロフェッサーは、いつか誰かに伝えたい。

二ヶ月後、千葉中将が迎えの部隊を寄越してくれた。妻と一緒に、隠れ場所から出る。報道陣も来ていた。

見た感じ、プライマー戦役前に比べると、だいぶましになったようである。

「プロフェッサー林です! 腐敗した官僚による暗殺を避ける為、地下シェルターに潜伏していた伝説の科学者が出て来ました! 六年でかなり年老いたようですが……プライマー戦役の、戦勝にもっとも貢献した人物の一人です!」

何やらわいわいと騒いでいる。

迎えに来た兵士を見て、誰だろうと思ったが。

名乗られて、驚いた。

「成田少佐です。 今は戦略情報部を任されています」

「成田君か」

「プライマー戦役時は散々迷惑をお掛けしました」

「いや、いいんだ。 君はむしろ、平均的な視点から私達にアドバイスをくれていた」

最後まで、村上家の三兄弟は成田軍曹を嫌っていたようだったが。プロフェッサーは、そこまで嫌ってはいなかった。

どうしても精神面が弱い点はあったが。それはそれ。

今は、何もかもしっかりした雰囲気である。

六年で立派になったんだな。

そう思うと、色々と感慨深い。

そのまま、EDFの部隊と共に潜水母艦に急ぐ。タイタンに乗って移動しているのだが。昔と違ってとても足が速くて驚いた。

かなり技術が更新されている。

アンドロイドが。

驚いたが、プログラムを変えて、どうも自動治安維持用に改良したらしい。装備も、あの凶悪なバリスティックナイフでは無く、人間を気絶させるための電気ショックに変わったそうだ。

いずれにしても、このアンドロイド一体で、テロリストなんか簡単に制圧出来るという事もある。

六年では再建し切れていないEDFも。

人員の不足を、改良して人間の味方に生まれ変わったアンドロイドで補っているという事だった。

プロフェッサーとしても気分はあまり良くないが。それでも、プライマーのもたらしたものだということで、無意味に排斥はしなくなったことだけは分かる。それだけで、はっきりいってどれだけ大きな進歩か。

ネイカーがタイタンの側を移動して行った。

驚いて立ち上がりかけるが。あれも改良してキラーロボットではなくしたものだという。

非人道的な武装である火炎放射器を撤去して、あくまで監視用、偵察用のロボットとして再構築したらしい。

基本的に口は開かないそうだ。

だとすると、破壊するのは極めて困難だろう。あのテンペストにも場合によっては耐えるような兵器なのだ。

一応。これらの活用が進んでいる事は知っていた。

だが、それでも実用化をもうしているのを実際に目で見ると、驚いてしまう。

「エピメテウスもかなり改装が進んでいます。 いずれ、宇宙に打ち上げる計画もあります」

どこか、寂しそうに笑う成田少佐。

元々童顔である事もあって、六年であまり容姿は変わっていないが。全体的に悲壮感がある。

或いは。村上家の三兄弟と凪一華くんがいなくなったことに、何処かで気づいているのかもしれなかった。

「旧ストーム4は」

「現在、木星コロニーの指揮官として内定しています」

「そうか……」

鉄砲玉同然に使われているのは相変わらずか。

程なくして、港に着く。エピメテウスは既に現着していて、搬入口を開いていた。其処に、タイタンごと乗り入れる。

オフィスに案内される内に、エピメテウスは潜水開始。

オフィスには、懐かしい顔が揃っていた。先進科学研のスタッフ達だ。

「プロフェッサー!」

「皆、無事で良かった」

「本当ですよ。 なんどとんでもない嫌がらせを受けた事か。 千葉大将が庇ってくれなかったら、多分オフィスに手榴弾かテルミット弾投げ込まれていたでしょうね」

いや、プロフェッサーがオフィスにそのまま残っていたら、それよりも酷い事になっていただろう。

スタッフがみんな拷問の挙げ句に殺されるとか。そういう事態になっていてもおかしくは無かったはずだ。

六年と少し。

それで、戻って来た。

大きく深呼吸すると、まずは皆に六年の成果を見せてくれと頼む。完全記憶能力は健在だ。全てを即座に把握してしまう。

妻には告げる。

これからは兵器開発では無く、むしろ人々の為に兵器を改良していくと。

そして、いずれは。

人々にも、変わって貰わなければいけない。

いずれ火星出身、金星出身と言った人々が出てくる。そして人間がこのまま変わらなければ、必ず差別されるようになる。

それでも、太陽系から出なければ、フォリナは何もしてこないだろう。

太陽系から出る程文明が爛熟できた時。

フォリナに潰されないようにするために。プロフェッサーは、人類が進歩出来るように、種まきをしなければならなかった。

 

3、それぞれの時

 

荒木は、ぼんやりと霧の中を歩いていた。

何があったのか。

そうだ、過酷な任務を続けていく内に。小田も浅利も相馬も、みんな病魔に蝕まれていったのだ。

金星の開拓は過酷を極めた。

労働者を守るために、軍はとにかく過酷に働いた。小田は最初左遷ではないかと言ったが。

ある意味、特攻が近かったのかも知れない。

だが、これも人類の進歩のため。

そう思って、働き続けた。

やがて金星周回上のコロニーが二つに増え、三つに増え、四つに増え。十を超えた頃に、最初に浅利が命を落とした。

その頃には、金星からの資源回収。

更には金星の超長期でのテラフォーミング計画が軌道に乗り始めていたのだけれども。それまでに、体が酷く疲弊しすぎていたのだ。

ぼろぼろ涙を流して小田は泣いた。

相棒をなくしたのだから、当然だろう。

病魔に倒れ、浅利が最初に逝った。

虚しい国葬が終わり、ストーム2の生き残りは三人になった。

金星周回上に巨大なコロニーが建造された。それに、二十を超えるコロニーが連結され、人口は億を超えた。

そうなるまでに、四十年を費やした。

そして、その時には。

ストーム2の生き残りは荒木だけしかいなかった。

相馬が浅利の次に倒れた。無言で働き続けて、それ故に疲弊が蓄積するのも早かったのだろう。

相馬の場合は事故が原因で、一気に弱ったと言う事もある。

口数が少ない相馬が、悔しいと病床で言った。

何かを忘れている。それがとても悔しいと。

今や金星開拓用に強化の限りを尽くされたエイレンを駆って、どれだけの事故現場で労働者を救出したか分からない。

そんな英雄が、そう零したのだ。

荒木だって、それはずっと思っていた。何か忘れてしまっている事は、とても悔しいと。だから、俺も同じ気持ちだと言って。

部下の。いや、一緒に戦い続けた戦友の最期を見とった。

小田も倒れた。

明らかに、浅利が死んでから口数が減っていた。

病魔に苦しんでいたのもある。酒量も増えていたようだった。

やがて、開拓地で大きな事故が起き。それの救助作業に当たっているときに。労働者を守って、最後までエイレンを発展させた極限環境作業用の大型パワードスケルトンで踏ん張り。

それで、大けがをした。

そのまま、前線基地に運び込まれたが。小田は復帰できなかった。医師は手の施しようがないとだけ言った。

金星での作業で、ずっと病魔が体をむしばんでいたこともある。

病床で、小田は言ったものである。

「思い出したぜ軍曹……」

そう荒木を呼ぶのは。

古参の古参、大古参の部下だけだった。

旧ストーム2だけが金星の開拓に関わっていた訳ではない。戦争が終わった十年後にはケンが来てくれた。ダンは火星に向かったようだった。

ケンは頼りになる男だったが、それでもやはりずっと一緒に戦い続けた戦友ではない。そういう意味では、三人とは比較にならなかった。

小田は言う。

やっぱり、誰かがストーム1にはいた。みんな、凄く強かった。いるだけで、この戦いに勝てると思った。

だから、忘れてしまった事が悔しいと。

目も見えなくなった小田は、軍曹、軍曹と何度か呟いた後。

またバーベキューにでも行こうぜと、言って。それで命を落とした。

荒木は、一人になった。

そして、今霧の中を歩いている。

此処が何処かは分からないが。荒木も、金星衛星軌道コロニーの建造四十周年の記念式典で倒れたことは覚えていた。

だから、恐らく死んだのだと、荒木は思った。

ふと、思い出す。そうだ、小田の言った通りだ。頼りになる、最強の相棒達がいたじゃないか。

村上壱野、弐分、三城の三兄弟。そして、凪一華。

みんな、とんでもなく強い、文字通りのスペシャル達だった。それをどうして忘れていたのか。

霧の中で、涙を拭う。

ふと顔を上げると、誰かが此方に歩いて来る。

「荒木軍曹。 迎えに来ましたよ」

「壱野か……! 何処へ行っていたんだ!」

「俺は、歴史の因果が収束した結果、人間ではなくなってしまいました」

「そうだったのか……」

全て思い出した。壱野のしてくれた話を。

プライマーとの歴史改変合戦。何度も何度も負けて、その度にリングに仕掛けて過去に戻り。

そして戦い抜いた。

悪くなる一方の戦況でも、壱野達四人は諦めず。やがて柿崎、山県、木曽を加えて。プロフェッサーと八人で歴史を繰り返しながら戦い続けた。

更に言えば、フォリナという超高度文明が太陽系の外には拡がっていて。

下手に出ると、プライマーのように一ひねりにされると。

今の人類では、まだとてもではないが他の文明との共存は不可能だ。それは荒木も分かっている。

そうだ、他文明との共存が出来る事が、神にもっとも近い力を持つフォリナが知的生命体が星系を出ることを見守ってくれる最低条件。

フォリナのことは覚えていた。だが、フォリナについて教えてくれたのが誰か、今まで失念していた。

思い出して、荒木は何もかもが悔しくなった。

「おう、軍曹。 やっときたか」

「小田!」

元気な姿の小田だ。

浅利も、相馬もいる。ずっと一緒に戦い続けた戦友。

「すみません、最初に逝ってしまって」

「何を言う。 お前は何一つ悪くなどない」

「そうだな。 俺も、もう少し体の状態が悪いことを、相談すべきだった」

「二人とも、いいんだ。 俺が……もっとしっかりしていれば」

荒木は何度も目を擦った。

此処はきっとあの世の入口。死んだ後どうなるかは分からない。だがどうやら、地獄は多分あるのだろう。

壱野が促す。荒木は頷く。

そして、一緒に歩き出す。きっとこの先にあるのは、地獄だろうけれども。壱野が案内してくれて。

三人が一緒なのであれば、何も怖い事などなかった。

 

ぼんやりと、霧の中でジャムカは立ち尽くしていた。

火星に赴任して、コロニーを作りながら、護衛任務にずっとつき続けた。時々、地球に残った山県から新作らしいチューハイを送って貰って。それが随分と、楽しみになっていた。

部下達は次々と倒れた。

火星には大気がなく、太陽からの宇宙放射線がダイレクトに降り注いでいる。火星に生物が存在しないのはそれが理由。

文字通り、生物を殺菌してしまうのだ。

火星は時間を掛ければテラフォーミングが出来る。ただテラフォーミングをしても、アフリカくらいの土地しか確保できない。

それでも、人類の橋頭堡としては重要だ。

だから、此処の労働者や科学者を守る護衛部隊の任務は非常に大事。

それが特攻に近い使い捨て任務だとしても。

元々グリムリーパーだった時代から、その手の任務はお手のものだった。ましてや、今は。

より建設的な目的で、この任務に就ける。

無言で、ウィスキーを呷ろうとして。ジャムカはそれがないのに気づく。しばしして、大きく嘆息していた。

何となく、思い出してくる。

部下として、マゼランとダンが来た。マゼランは言う間でもなく、ずっと腹心だった。ダンは東京基地を守り続けた守勢の名将。最後の戦いでは、専用機バルガであるフォースターを繰って激しい戦いを繰り広げていた。

火星の衛星軌道上にまずコロニーを使い。火星の周辺にある小惑星や、更には衛星から資源をまず採取。

それらを活用して、火星に降り立ち。そして火星の地表にコロニーを作った。

灼熱地獄で酸も降り注いでいる金星と違い、火星は大気が殆どないこともあって、暑かったり寒かったりは時刻、場所によって違ってくる。

そして、労働者達は過酷な労働に晒された。

元々宇宙放射線が降り注ぎ。プレート移動がないから、オリンポス山等という超巨大火山が出来るような環境だ。

重力も地球より小さく、それが逆に怪我につながる。

事故が多発。

それも、後続のためだと割切って。ジャムカは淡々と軍人として働いた。此処だと五月蠅い政治屋や、政治将校もいない。

ただ護衛任務を続ければ良い。

それだけだから、むしろ気楽だったかも知れない。

だが、部下達も倒れ始めると、状況は変わってきた。やはり高濃度の宇宙放射線で、病気になるものがで始めた。

悪い話は重なるもので、金星の開発も苦戦しているということだった。荒木「大尉」の部下も死んだと聞いて、大きく溜息をつかされた。

やがて、マゼランが倒れた。

ずっと副官として活躍し続けた戦士。

グリムリーパーからストーム3が選抜されたとき。残されたチームの指揮を請け負った最古参の部下の一人。

そんなマゼランが、倒れた。

原因は工事現場の事故。

コロニーに運び込まれたときは、もう手の施しようがなかった。最後は一緒にいてやってほしいと言われて。ジャムカは無言でそうした。マゼランは、最後にいつものように呟いていた。

「誰かに散々借りを作った気がします」

「俺たちは戦場で背中を預け合った仲だからな。 だが……俺もそんな気がしている」

「ジャムカ大佐。 いや准将。 もう何人も仲間が死にました。 無駄死にには……しないでください」

「ああ、分かっている」

マゼランの命の火はそうして消えた。

その日は、酒を浴びるように飲んでも、どうにも怒りが収まらなかった。

程なくして、ダンに特使を頼んだ。

火星の状況が悪すぎる。もっと科学者をまわしてほしい。うなづいたダンは、すぐに地球に戻った。

技術が進んでいても、地球には片道四ヶ月かかる。

苛立ちが募る間に、更に部下が何人も死んだ。その間にも、無分別に労働者が送り込まれてきて。

コロニーの建造が進められていった。

地球からダンが戻って来た。ダンは、もの凄く悔しそうにしていた。

何を言われたのか、正確に聞く。

現在、地球のEDFはプライマー戦役の混乱時ほどでは無く。ある程度風通りも良くなり、落ち着いて来ているはず。

けんもほろろの扱いはないはず。

そう思っていたのだが。

「バヤズィト元帥は、こう言われました。 非常に苦しい立場なのは分かる。 可能な限り支援の人員は送る。 だが、それ以上は出来ない、と」

そうダンは言って、頭を下げた。

そうか。これが、可能な限りの人員か。

可能な限りの人命尊重作業か。そう思うと、人類の進歩なんて、ずっと先だなとジャムカは感じたし。

何か、違和感も覚えていた。

いや、ずっとあった違和感が、戻って来たというべきか。

何かを失っていないか。

誰かがいなかったか。守護神なんて言われているジャムカよりも、ずっと優れた守護神が。

それがずっと引っ掛かった。

それ以降は、心を殺して仕事を続けた。

「可能な限りの人員」とやらはいつも頼りなかった。科学者も来たが、あのプロフェッサーの足下にも及ばないようなカスばかりだった。プロフェッサーは自分は科学者としては三流だと言っていたが、此奴らはそれだったら五流以下だ。

自分を特権階級と勘違いしている奴もいて。

労働者を見下したり、命を無駄にするような計画を立ててくる奴もいたので。それらは全て却下した。

其奴らが、ジャムカの事を老いぼれの敗残兵とか罵っているらしいこと。更には地球に無能だから更迭してほしいと報告していることを聞いても、何とも思わなかった。

やがて、火星のコロニーはやっと安定しはじめて。火星のコロニーを経由して、木星に行く船が出始めた。

その時、久々にストーム4。ジャンヌ准将に会った。

最初に感じたのは、お互い老けたな、という事だが。

女性にそれをいうのは失礼だと思ったので、そういった言葉は避けた。

挨拶と社交辞令。更には憎まれ口をききあった後、幾つか忠告をする。

気を付けろ。

恐らくだが、自分達の死を望んでいる連中がいる。

既得権益層だったカスどもの恨みは散々買っているし、それ以上に戦争で活躍した名声が邪魔な連中もいる。

これから理不尽だらけの時が来る。

油断するなよ、と。

ジャンヌ准将も頷くと、木星に赴任していった。

そして、それからしばらくして。ダンは地球に永続的に戻った。有能な男だったが、それが余計に邪魔だと判断されたのかも知れない。

残った部下達も、コロニーの作成が軌道に乗ったとは言え、どんどん倒れていき。

やがて、荒木「大尉」が死んだと報告を受けた。

もう、戦争が終わってから。四十数年が経過していた。ジャムカはすっかり老人になっていたし。

火星のコロニーには、既に三億の人が地球から移り住んできていた。

だが、成し遂げた事を誰も評価はしなかったし。老いぼれと陰口をたたくものも増えてきていた。

最後に残った部下達は、ジャムカを守ろうと必死になってくれたが。

それでも、やはり深酒を長年続けた事が原因となったのだろう。

ジャムカは倒れた。病院では、冷淡な扱いを受けた。部下が来るまで、医師はあからさまにジャムカに対して治療をもたもたやっていたほどである。

恐らく、暗殺ではなかったと思う。

死んだ事を、ジャムカは何となく理解していた。

地球に戻ったダンは、何度か連絡を入れてきて。その度に、地球は少しずつマシになっていると告げてきていた。

少しずつか。

亀のような歩みだろうな。

そうも思う。

民主主義がやっと根付き出した時代でも、貴族制を全面肯定するような輩は普通にいたと聞いているし。

どんな時代にも。第二次世界大戦の後にも、主権国家や優生思想を絶賛する阿呆はいたらしい。

幸いジャムカの周囲にその手の腐れ脳みそはいなかったが。

それでも、人間が種族としてバカなのは、この頃にはもう分かっていた。

医師は治療の手を抜いたかも知れないが、多分暗殺はされていないだろうな。そして、いつの間にか。霧の中にいたというわけだ。

無言で歩く。

顔を上げると。どうして忘れていたのだろう。おお、どうして。思わず。足を止めてしまっていた。

そこにいたのは、敬礼する村上弐分。

世界最強のフェンサーとして認めた男。

あのプライマー戦役で、もっとも頼りになったストーム1の一人では無いか。

「ジャムカ大佐。 いや、最終的な階級は少将でしたか」

「村上弐分! わざわざ迎えに来てくれたのか」

「我々もいます」

進み出たのはマゼラン中佐だ。それにグリムリーパーだったころからの部下達も、みないた。

いまわの際に見た夢なのか、それとも。いや、違う。今まで忘れていたのがどうしてか分からないけれど。

それでも、村上弐分が迎えに来ているのだ。

あの世は、あったということなのだろう。

男泣きしそうになるが、ぐっと堪える。そして、部下達の敬礼の中、進む。

ろくでもない人生だったと思う。それでも、やるべき事は全てやった。だから、もう。胸を張ってこの霧の中に、行くだけだった。

 

木星に赴任したジャンヌが開始したのは、まずは統制からだった。

木星の衛星軌道上にあるコロニーでの仕事は、大量に存在している衛星の中から、小型のものを選び出し。

既にプライマーの技術で完成している強力なロケットを利用して、地球に向けて撃ち出す事。

つまり資源用の衛星を地球に向けて……正確には直撃しないように撃ちだして。地球側でそれをキャプチャ。

切り出して、資源にするための作業だった。

当然ながら、銅を一とする複数の資源は地球では枯渇が始まっていた。

元々この太陽系は二代目以降。そもそも鉄以降の物質は、末期の恒星の内部でしか核融合で生成されないという話がある。

逆に言うと、どこの星を掘っても似たような鉱物資源が出てくると言う事で。生物の生じる可能性もない衛星だったら、資源化することに何の問題もない、と言う訳だ。

幾つかの大気まである大きな衛星にコロニーを増やしながら、ジャンヌは統率を進める。当然のように、集まっている労働者は山師ばかり。

下手をすると独立国を作ろうとか。変な思想を持っている輩も、珍しくは無かった。

既にだいぶ老け込んでいたジャンヌは、「頑固頭のババア」と言われながらも、部下達を育成し。更には統制を続け。

何回か、実際に起きかけた反乱も鎮圧。

反乱分子は地球に送り返した。

まあこの程度の反乱の鎮圧など、プライマー戦役で鍛えに鍛えられたジャンヌと部下達には造作もない。

年を取っても、若い戦士に負ける気はしなかったし。

実際問題、フライトユニットは進歩する中。ジャンヌはそれを使いこなすのも難しくは無かった。

だが、どうしてだろう。

自分を超える凄まじいウィングダイバーがいた筈だ。

ストーム1の柿崎は、そもそも戦闘スタイルが根本的に違う。彼奴は桁外れに強いが、ウィングダイバーとして空を舞う事に関してはジャンヌが上で、ライバルと感じる事はなかった。

もやもやがずっと引っ掛かる。

そうこうするうちに、木星は拠点になった。此処からアステロイドベルトに出かけるのだ。

アステロイドベルトは、文字通りの資源の山。レアメタルの宝庫。

ついに、人類は此処に到達したことで、資源の不足を解消することに成功したのである。

また、木星からの物資のくみ出しも開始。

地球とは比較にもならないサイズの木星は、種類は限られるが文字通り無尽蔵の資源があり。

まあ、少なくとも地球人が種の寿命を迎えるまでは余裕だろう。

そう、ジャンヌは判断していた。

その間に、荒木とジャムカが死んだ。

二人とも、人間の黄金期を見られなかった。地球にもう戻るつもりはなかったが。地球の映像は、全域が非常に優れた文明に覆われていた。

地球人も少しずつマシになっている。

そう、すっかり年を取り。最終的に元帥にまで登った千葉の後を継いだダンから、話が来る程だった。

それは、良かった。

皆が命を賭けて、プライマーから守った意味はあったんだな。

でも、荒木が生きている間に見せてやりたかったし。何よりも、報われたことを教えてやりたかった。

そう思ったが、どうにもならない。

シテイもゼノビアも、やがて逝った。

幸い事故死でも暗殺でもなかった。

宇宙放射線を克服する技術が火星などで進展して、医療も更に発展して。むしろ寿命は延びたほどだ。ジャンヌも八十を過ぎて、全く体に不自由は感じないほどだった。

それでも、限界は来る。

百歳が来た時、地球から引退の指示が来た。

ジャンヌも、これまでだろうと判断。三十代で、この時代最強のウィングダイバーを呼ぶと。

後の統制を任せて、地球に戻った。

もう何年ぶりの地球かすらもわからない。

そして、前に住んでいた星とも思えなかった。無言で、ジャンヌは彼方此方の激戦地跡を見て回る。

プライマーも、なにかどうしようもない理由があって、絶滅戦争を仕掛けて来ていたのではないのか。

過去のインドに船が見つかったというのも不自然。

この年になってもジャンヌは、やはり戦士のままだ。周囲を見ると、どうしてもどう戦いに活用するかを考えてしまう。

「みんな、先に逝ってしまったんだな……」

引退後に賞与として貰った家で、そう思う。全てロボットが看護関係はやってくれるということなので。元々苦手な家事関係は全て任せてしまった。

あの憎らしいアンドロイドを小さくしたようなロボットが、あくせくと人間のために働いている。

なんとネイカーの技術を利用したロボットも、平和に動いている。

EDFはまだ組織として健在。

何度か既得権益層に粉を掛けられた連中が小規模な紛争は起こしたそうだが、全て鎮圧されているし。

昔よりずっと法治主義はまともになり。どんな極悪人だろうが金持ちだろうが、しっかり捕まってしかるべき裁きを受けるようにもなっていた。

その一方で。ストームチームの関係者はみんないなくなってしまった。

ストーム1の柿崎も、山県も、木曽も。既に鬼籍に入っているそうだ。

テロやら暗殺やらの結果では無いが。それでも、あまり嬉しい事では無かった。

ただ、これが勝ち取った未来で。

人類は少しずつ変わりつつある。

プライマー戦役の最後に姿を見せたエイリアンが攻めてくる様子も無いし。むしろ今では、理性的にプライマーの研究が進められていることも確認すると。

むしろ、それで気が抜けてしまったのだろう。

一年ほどで、ジャンヌはあっと言う間に老け込んでしまった。

いつの間にか、霧の中にいた。

ああ、死んだんだな。そう思う。戦場で体を酷使し続けて。その後も木星の開発で百になるまで頑張ったのだ。

これ以上もない、大往生の筈だ。

気づくと、歩いて来る奴がいる。それは。

思わず、名前を呼んでいた。

「三城中佐……!」

「おひさしぶりです」

ちょっとたどたどしいしゃべり方。ああ、どうして忘れてしまっていたのか。

スプリガン隊の頃からの仲間も、みんないる。泣く事なんて、ないと思っていたのに。鉄の女とまで言われていたジャンヌは、思わず涙をこぼしていた。

いきましょう。

そう言われて、頷く。シテイとゼノビアが最初に敬礼し。隊員達がフーアーと叫ぶ。

みな、若い頃の姿に戻っていた。

本物の英雄が迎えに来てくれた。そして、少なくとも自分の時代は地球人が堕落するのを防ぎ切った。

仕事は、やれるだけやったのだ。後は。後続に任せるしかない。

地球人がまともになるには、多分何千年も、下手をすると何万年も掛かるかも知れない。

それでも、自分が出来る範囲でやれることはやったのだ。

悔いはない。

これからフォリナにもし喧嘩を売るようだったら、もう知った事では無いし。ジャンヌはやることは全てやった。

だからもう。

これでよかった。

 

一華は、順番に仲間を迎えにいった。

最初に迎えにいったのは、やはり長野一等兵。長野一等兵は、一華が迎えにいくと。ああそうだったのかと顔に書いて。

ため息をついた。

見ていたよ全て。

長野一等兵は、結局技術者として無理矢理高位のポストを用意され。其処につかされた。先進科学研に復帰したプロフェッサーと一緒に技術者としての歴戦の腕を振るって、さまざまな技術を作り出した。

武器を封印して、人類のために稼働するネイカーもその一つ。

やがて、人類の技術は進み。人類の文明も進んだ頃。荒木大尉達の前に、長野一等兵の寿命は尽きた。

長野一等兵は最後まで気むずかしかったし。迎えに来ても、嬉しそうにはしなかった。最後までこの人は孤独で。きっとそれが、本来の性質だったのだろう。

尼子先輩が次だった。

尼子先輩はEDFを抜けると、後は膨大な退職金で、余生を静かに暮らした。

見ていて知った。

元々家族にもあまり恵まれていなかったようだ。

こんな良い奴だったのに。

そういえば、一般的な感性の人間は、相手に優しさなんか求めないという話を一華は聞いたことがあったが。

同じように勇敢さも求めないのだろう。

自分に都合が良い奴隷だけがほしい。それが人間の本音だ。少なくとも、一華が知っている大多数の人間はそう。

だから、あれだけ立派に戦い抜き。最後までストーム1のために勇敢だった尼子先輩は、周囲から馬鹿にされ続けたようだった。

だが、本人も達観していて。

晩年にはもう何も思うところはなかったようだった。

迎えにいくと。

ああ、とやっと真実を思い出して。よかったと、最初にいった。

何が良かったのかと聞くと、尼子先輩は苦笑いする。

あのまま消えてしまって、何も残らなかったのではないかと思ったと言う。

まあ、その懸念も確かだ。実際問題、もう何も残っていないのと同じなのだから。

海野曹長も迎えに行く。ただ、海野曹長は、村上家の三人と一緒に迎えに行った。

年齢もあって、そもそも記憶のロスもある。晩年は寂しい人生を送り、早々にEDFから除隊していたようだ。

だが、老衰でなくなったあと。村上家の三人を連れて迎えに行くと。全てを思い出して、晴れやかな笑顔で光に戻っていった。

柿崎、山県、木曽は。それぞれの人生を全うした。

みんな、ストーム1として戦い抜いた事は覚えていたが。プロフェッサー以外に、それを話す事はなかった。

そして、やがて世界から消えた。

みんな最初の四人ほどでは無いが、歴史の修正力に影響を受けるほどの活躍をしていたのだ。

死んだわけでもないし。向こうから一華の所に来たので、驚いたくらいである。

また一緒に仕事が出来る。三人とも、そういって喜んでいた。

柿崎はテロリスト狩り。山県は深酒をしながらプロフェッサーの所で新しい兵器の試験運用。木曽少佐は、フェンサースーツを極限まで改良して、次世代歩兵の基礎を作りあげた。

なお、木曽少佐が次世代兵器をシミュレーターで試しているときに。なんとプライマーの使っていた偵察ドローン。つまりあのクラゲのドローンが。AIだけになってマリスと呼ばれたシミュレーターに巣くっていたことが判明したが。プロフェッサーがシミュレーターの電源を切ってしまって。解体処分した。しぶとくあの戦役を生き延びたAIだが、末路はあまりにもあっけなく、哀れだった。

みんな、何も言えなかった。

苦しい人生だっただろう。いや、柿崎だけは楽しそうだったが。

いずれにしても、みんな生を全うして。そしてこっち側に来た。以降は、ずっと一緒に働くだけだ。

千葉中将をはじめとした、世話になった将軍達もみんな迎えにいきたかったが、それは許されなかった。

成田も戦略情報部の司令官になってからは随分立派になって。見ていて驚かされるほどだった。

そして、プロフェッサーの時が来た。

奥さんが天寿を全うしてから、引退。そして、やはり因果の影響を受けていたのだろう。

完全に引退したのとほぼ同時に、こちら側に来た。

プロフェッサーは、みんなで出迎えた。

奥さんも一緒だ。

「みんな……」

そうとだけ、プロフェッサーは言った。

リーダーがそれに応える。

「やれることは、全てやってくれましたね」

「ああ、私にはそれしか出来なかった。 これから地球がどうなるか、地球人類が進歩出来るのかは分からない。 だがそれは……もう私の仕事では無い」

「いきましょう。 後は一緒に見守るだけです」

皆で、光の向こうにいく。

全ての戦いは終わった。後は地球人次第だ。そして、もしもフォリナに喧嘩を売るような真似をするようだったら。

その時は、一華達が対応しなければならない。

そんな時は見たくないが。

それでも、こうなった今なら分かる。それが宇宙全体にとっては、もっとも必要な行動であり。

無意味なカオスを引き起こさないために、必要な事なのだと。

ストームチームとしての仕事は終わった。

だが、一つ上の次元に来てしまったからには。最後まで、やるべき事はいくらでもあるのだった。

 

エピローグ、縁

 

地球の文明がオールトの雲にまで到達したと連絡があった。

壱野は様子を見にいく。

だいぶ、ましになっている。

壱野がいた時代から、二万年が経過。

干渉は一切していない。

知的生命体であるのなら。文明を構築したのなら。相応の責任を果たすべき。

その言葉は分かる。

フォリナの理屈に賛同するつもりはないが、正論であることは理解している。

そして、地球人のテリトリは太陽系までだ。

それを超えて、好き勝手に暴れ出すようだったら。その時は、相応の処置をしなければならない。

皆に声を掛けて、太陽系の全域を調査する。

激しい内戦をしているようなこともなく。差別や格差は壱野が生きていた時代よりもだいぶマシになっている。

それでも、まだ太陽系から出るのは早いだろうな。

そう、冷静に客観的な判断をしていた。

だが、不思議な事にも気付く。

この様子だと、オールトの雲を超えて。更に先に行くことだって出来るはずだ。だが、そうしようとする様子はない。

地球人を調べていた一華が、戻ってくる。

「どうやら、一種の新たな思考が生じているようッスね」

「どういうことだ」

「プライマー戦役の発生の要因を完全に解析した奴がいたんスわ。 私どころか多分ノイマンより頭が多分良いッスね其奴」

IQ300を誇った、コンピューターの基礎技術を作った超天才の名を挙げると。

一華は、見守ろうと言う。

どうやら地球人は、無体な拡大政策を採ることなく。他に全く違う思考や容姿の種族がいたとしても。

それらと上手くやっていくための準備を始めたらしい。

ただ、それが完全に上手く行くかはまだ分からない。

昔からいたような、ありのままの人間が一番素晴らしいとか抜かすような。人間は万物の霊長だとかほざく輩はまだまだ残っているようだ。

だが、希望は生じ始めているということだ。

それは、とても嬉しい事だ。

壱野だって、地球人が種の命運が尽きるまで太陽系に閉じ込められたり。フォリナに叩き潰されるのは見たくない。

そのまま、進歩してくれよ。

壱野はそう呟くと、一度調査結果をまとめる。

フォリナにそれを提出する。

フォリナは、充分に満足していた。

「地球の未来に期待している」

「それは俺たちも同じだ」

後は、見守る事しか出来ない。

地球人が、プライマーがやった過ちを繰り返さないことを。

この、もはや人ではないものが住む世界から。

もう壱野は。

誰にも手など下したくは無かった。

 

(地球防衛軍5&6二次創作、2022破滅輪廻、完)