因果の終末点

 

序、最後の巨大戦艦

 

いるだろうことは分かっていた。プライマーの最終決戦兵器。全長一キロ以上ある、SFものの宇宙戦艦と遜色ない代物。

しかもそのプレッシャーは、今まで感じた全ての敵よりも大きい。

文字通り、プライマーは滅びを避ける為に、あれに全てをつぎ込んだのだろう。

凄まじい雄叫びのような音が響き渡る。

あの龍の船が、吠えている。

無茶苦茶に飛び回るそれは、大量の艦載兵器をばらまきながら、レーザーを放ちまくっている。

それほどの火力のあるレーザーでは無い。

更に主砲。

主砲はずっと放たれていて。

着弾点を、深々と抉るほどの火力があるようだ。まともに何かを狙っている気配はないが、いずれにしても直撃は死を意味するとみて良いだろう。

兎に角、撃つ。

戦闘機隊が来る。

そして、空対空でタイプスリーをまとめて片付けてくれる。それは、とても助かる。地上戦力は、狙撃が苦手な人はブレイザーで高機動型アンドロイドの相手を。狙撃が得意な人は、それぞれの得物で上空の龍型を狙撃し続けている。

まだ相手は、本気どころか、小手調べすらしていない。

口の周囲を集中的に撃つ。

それでも、壊れるのは装甲だけ。黄金の装甲を幾重にも重ねた。文字通り最凶の装甲である。

破壊は出来るのだろうが。

それまでに、一体何人が生きていられるか。

「駆除チーム、あわせてほしいッス!」

「了解! バイザーに来た指定地点に、収束モードで主砲を撃てば良いんだな!」

「その通り! 行くッスよ!」

「うらあ、くらいやがれ化け物戦艦っ!」

二機のプロテウスが。

しかも一華のプロテウスカスタムは、ミサイルを小型化する代わりに主砲の威力を上げている特殊仕様。

そのプロテウスの、遠距離攻撃用の火力収束モード。それが、プライマーの最終兵器に容赦なく一点集中射撃を浴びせる。狙うは、顔に当たる部分だ。

頬に当たる場所が、次々と爆破。

黄金の装甲が、剥離していくのが見えた。

粉々に砕ける装甲。

痛みかどうかは分からないが、凄まじい雄叫びを上げる龍の戦艦。

ほどなくして、収束射撃が収まる。

というか、これをやるとかなりエネルギーを消耗するらしい。すぐにプロテウス二機が、前哨基地に後退する。

「む……」

「大兄、どうした」

「見えるか?」

きょとんとしている三城。

見えているのは、壱野だけか。

奴の。龍型戦艦の口の中に、オレンジ色の何かが見える。今、頬に当たる部分を粉砕して、見えるようになった、ということだ。

あれは恐らくだが、改良型のあのリングの防衛装置。主砲に近いもの。

さっき、成田軍曹が言っていた。

今までのテクノロジーの最終形態があの龍型戦艦だと。

だとすれば。

「敵の口、頬を特に重点的に狙って攻撃してくれますか」

「何か考えがあるんだな、壱野」

「はい」

「ふっ、そうか。 どのみち普通にやりあっても勝てそうにもない。 本物の死神であるお前の言葉に賭けてみる価値はある」

ジャムカ大佐が、ストーム3に指示。

おうと、ストーム3の荒々しい隊員達が吠える。

更に、ジャンヌ大佐も、装備を切り替えるよう指示。

マグブラスターはそのまま。

今回の決戦用に準備してきた、ライジン型の廉価版があるそうだ。ただし、はっきりいって安定していないので。使うのは賭けになると言う。

「戦闘前にも説明したが、「今日まで」実戦での使用は一度もしていない兵器だ。 ライジンを使うには、飛行特化の我等のコアは向いていない。 あまり多く攻撃の機会はないかも知れない」

「それでも充分です」

「よし、総員攻撃開始! もはや黄金の装甲は無敵では無い!」

「やってやらあっ!」

小田少佐が、ロケランをぶっ放す。

龍の頬に直撃。それを皮切りに、集中攻撃が始まる。

龍が主砲を放ちながら、体をくねらせる。効いているのか。不快がっているのだろうか。

いずれにしても、このまま攻め立てる。壱野も、ライサンダーZで狙う。やはり、オレンジ色の何かが見える。

それを集中的に狙っていく。

「装甲剥離! 効いています!」

「主砲が直撃する可能性がある! 出来るだけ急いで主砲だけでも黙らせるんだ!」

「イエッサ!」

千葉中将のアドバイス通りだ。あれが直撃したら、人間なんて形も残らないだろう。だが。

オレンジ色の何かに、壱野は確実に当てていく。龍型戦艦が、体をよじって、明らかにそれを嫌がっている。

弱点見たり。

そのまま狙撃を続行。

オレンジ色の何かに、確実にダメージが蓄積して行く。

主砲が、途切れる。

「何かオレンジ色のものが龍の口の中に見えるぞ!」

「それが戦艦プライマーの、主砲の弱点かも知れません。 壱野大佐の攻撃が、何度も直撃していました。 何度も撃てば破壊出来る可能性があります」

「よし、集中的に狙え!」

「EDF!」

兵士達の攻撃が再開されるが、すぐにまた主砲が放たれる。やはり相当にタフに作られているとみて良い。

至近に、高機動型。

だが、即座に柿崎が斬り伏せる。別のを斬りにすっ飛んでいった。

まあ、柿崎が狙っているのは知っていた。好きなように、敵を斬らせるだけだ。

高機動型程度では、柿崎に狙われた時点で終わりだ。

それに、攻撃が届かないのも、肌で分かっていた。

感覚はとっくに人間を超越し始めている。

プロフェッサーが言った事もあるが。

もう頭打ちだった能力が、更に上がっているのが実感できる。弐分も三城も、動きが更に鋭くなっている。

一華も殆ど無駄なく動いている様子だ。

柿崎、山県、木曽の三人も、いつもより動きが良い様子である。

リングが崩壊した事による、因果の収束。

歴史の改変を、人類とプライマーが争ってやった結果。

無茶な乱用を繰り返したリングが崩壊したからこそ。

そのつけも、強烈に来ているのだろう。

恐らくだが。

人間としてこうしていられる時間は、あまりないと見た。

だからこそ、出来るだけ急いで勝負を付けなければならない。

だが、それは相手も同じだ。

あの玩具が、長く地球にとどまれるとは思えない。因果の収束の影響とやらもうけるだろうし。

そもそも今のEDFだったら、戦略兵器で破壊出来るはずだ。

ただし、それまでにとんでもない被害が出ることも確定だろう。

億人単位で人が死ぬ。

だからこそに、あれは落とす。

これ以上、犠牲は出させない。

「向かってくるぞ!」

「前哨基地、退避準備!」

「物資の格納庫はシールドで固めろ! 人員はあの攻撃の直撃を避けるように動いてくれ!」

「くっ、象対蟻だぜ畜生!」

小田少佐がぼやきながら、ロケランを叩き込むが。

それは主砲に触れた瞬間、蒸発した。

正面からは無謀だ。走りながら、側面を狙う。既にパワードスケルトンの補助ありきとはいえ、とっくに陸上選手の世界記録を超えた速度で走り回りながら、超精密射撃が出来るようになっている。

こっちを向く戦艦。

やはり、覚えがある気配だ。

いや、悪意というべきか。

そうか、お前はそんな風にして、責任を取らされたんだな。

プライマーが時間改変船団を送っていたとしたら、開戦の前の船団とみて良いだろう。そうなると、あいつも生存している状態に戻っていたはず。

そして、彼奴を倒した次の周回から。

露骨過ぎる程に、プライマーの指揮官が変わった。

非常に有能な奴で。随分と苦労させられた。

そうなれば、あいつは更迭されたか、解任されたか。

今この気配を感じる限り。最後の自爆特攻兵器に乗せられた、というところなのだろう。

哀れみは感じない。

彼奴は無能の上に傲慢だった。

プライドを持ち、研鑽を怠らず、基本的に強者しか相手にしなかったトゥラプターとはまるで違う。

プライマーにも当然クズはいた。

その見本となる存在だった。

ならば、あの戦艦。

あいつもろとも落とすだけだ。

凄まじいビームが、至近を直撃。追ってくる。複雑に走ってギリギリを回避しながら、無線を入れる。

「よし、今だ。 狙える」

「まかせて、大兄」

「やってやるっスよ!」

三城と一華がそれぞれに言い。ライジンと、収束型のプロテウスカスタムの主砲、硬X線ビーム砲を龍型戦艦の顔に叩き込む。

直撃。

また頬の装甲が剥がれる。

多層型の装甲だが、いずれは壊れ尽くす。黄金の装甲は、かなりの高コストで作っている筈。

そのままにょきにょき生えてくるような代物ではないし。

破壊しても再生する事は出来ないだろう。

ならば、破壊し尽くせば此方の勝ちだ。

龍型戦艦が、危機を悟ったか、身をそらして口中への攻撃を避けようとするが。

最大限上昇していた弐分が、殆ど水平の位置から、バトルキャノンを二発、立て続けに撃ち込む。

悲鳴のような凄まじい音が響き渡り。

敵の主砲が一瞬止まる。

その隙に、壱野もライサンダーZで狙撃。口中にある、更に狙いやすくなったオレンジ色の部分を撃ち抜く。

また、隙が出来る。

ストーム隊が、一斉攻撃をする。

今度は小田少佐が、正確にロケランを着弾させる。

ストーム2も、それぞれ自分に合った狙撃銃と、相馬機からは収束レーザーでの狙撃。

ストーム3はガリア砲の一斉射撃。

そして、ストーム4による廉価型ライジンによる斉射。

これらが全て直撃すると、オレンジ色の結晶が、凄まじい音を立てて融解し始めるのが見えた。

「効いています! 恐らくあの巨大砲台と同じで、攻撃を行うためのシステムは脆弱なのだと思います!」

成田軍曹が叫ぶ。

だが、壱野の見解は違う。

フォリナがそう作るように指示しているのだろう。

本来プライマーのテクノロジーは、地球なんか一日で征服できる程度のものだったはずである。

フォリナの作ったリングに至っては、その気になれば何をやっても傷つける事すら出来ない仕様に出来ただろう。

内戦になる可能性がある以上。

破壊出来る仕様にした。

そうみて良い。

フォリナはそういう種族だ。

フェアではある。

とても、容認できるフェアネスでは無いが、人間とは存在としての立ち位置も思考回路も違っているのだから仕方がないのだろう。

主砲が、完全にとまる。

ケンが大型狙撃銃ファングでの攻撃を、正確にオレンジの結晶体に当てて見せる。この場に揃ったのは最後までこの戦いを生き抜いてきた猛者達だ。

もがいて動き回っている龍型戦艦の口の中に、当てていく猛者がいる。全員が当てられる訳ではないが。

海野曹長も、ストークをおいてきて、今は扱いやすいKFF型狙撃銃を持ちだしている。

流石古強者。

何度も正確に命中させている様子だ。

当たらないとしても、龍の口の周りにある黄金の装甲はその度に傷つき、苛烈な攻撃で剥落していく。

更に駆除チームのプロテウスの主砲が直撃したことで。

ついに龍型戦艦の頬に当たる部分の装甲が全て剥落。

完全に、オレンジ色の結晶が露出していた。

「今だ、やれっ!」

「……敵の兵器の傾向からして、主砲を破壊しただけではとまらない可能性が高いと思われます。 気をつけてください」

千葉中将が叫ぶ横で、戦略情報部の少佐が冷静に言っている。

いつも苛立たされる事が多い少佐の発言だが。

今回ばかりは、壱野も同感だ。

龍型戦艦が空に向けて飛び始める。これでは狙えないが、主砲をこっちに向けて放つ事も出来ない。

逃げたな。

そう判断しつつ、壱野は走る。一華が、バイザーに幾つかの点を送信してくる。

「む、一華中佐、これは」

「戦艦の動きのパターンを解析したッスよ。 恐らく、これらの地点が絶好の狙撃ポイントになるッス!」

「助かる! 総員、それぞれこの点を目指して走れ! 一華中佐の力量は知っている筈だ!」

「マジで人間か!? プログラミングってのは、どんな凄い奴でも何十時間も掛けてバグに泣かされながらするものだって聞いていたが……」

まあ、一華は。

そういう風に「作られた」存在だ。

オツム以外に取り柄がないという理由で、当時のEDFの研究陣に捨てられたようだが。それは、連中に見る目がなかっただけである。

頭も良いし運動も出来ると言う人間は確かにいるが。

そういった完璧な存在に見える奴にも、何かしらの欠点は必ず存在している。

走る。

壱野はさっき、バイザーに個別で通信を送られてきていた。

あの戦艦は、明らかに壱野を狙って来ている。ならば、このバイザーでの狙撃地点指示を更に完璧にするために、この地点に移動してほしいと。

かなり遠いが、今の脚力なら、到達は難しく無い。

瓦礫を飛び越え、ライサンダーZを構える。

ライサンダーZから、光の粒子みたいなのが立ち上っているのが見える。

恐らく、因果の収束とやらの影響とみて良いだろう。

別にかまわない。

どうせこの戦いが終わったら、地球を去るつもりだったのだ。フォリナも、これで全てを手打ちにさせるだろう。

それでいい。

やはり、一華の読みは当たる。

戦艦が、ぐるりと遙か頭上で旋回すると、壱野を狙いつつ姑息に動いてくる。

ここまで綺麗に読みが当たるとなると、乗っているのは今まで指揮をしていたプライマーの司令官ではないとみて良い。

あいつだ。

ストーム1が四人だった頃に撃墜した、コマンドシップに乗っていたでくの坊。

だったら、だいぶ楽だ。

もしもずっと壱野を苦戦させ続けた、今のプライマーの指揮官があれを操縦していたら。勝てなかったかも知れなかった。

主砲を龍の戦艦が放ちはじめる。

これでとどめとばかりに、壱野を狙って来る。

冷静に、機会を伺う。

それぞれ一華の指定地点に散った兵士達を見て、荒木大尉が叫んでいた。

「よし今だ、やれっ!」

主砲を気持ちよく放っている龍型戦艦に、一斉攻撃が炸裂。

そして、その内六割ほどが着弾していた。

オレンジ色の結晶体が、明らかにひび割れた音がした。それが聞き取れるほど、感覚が更に鋭くなっている。

主砲が止まる。

龍型戦艦が、身をよじってまた逃れようとするが、そうはさせるか。

見える。

まだ数キロ先にいる龍型戦艦の、口の中にあるオレンジ色の結晶体が。それに走っている、罅が。

そこに、ピンホールショットを叩き込む。

龍型戦艦が停止。

凄まじい光が迸ると。

オレンジ色の結晶が、龍型戦艦の頭部ごと、爆発四散していた。幾つかの節も、それに巻き込まれたようだった。

「やったぞ!」

「……どうも倒した感じがしねえなあ」

兵士達に混じって、冷静に小田少佐が言う。

馬場中尉も、周囲に警戒を促していた。

「小田少佐の言葉通りだ! 皆、気を付けろ! あの形状はダメージコントロールを意識している可能性が高い!」

「……!」

戦艦が、動く。

破壊を免れた節。頭部にみえる部分の、幾つか後ろにあった節は、一際大きくなっていたのだが。

それが開く。

そこには、見覚えのある奴があった。

そう、据え付けられていた。

以前より遙かに巨大になり。額に巨大な目を据え付けられていたが。間違いない。彼奴だ。

恐らく本国に連行され、生体改造を受けた挙げ句、あの戦艦の制御ユニットにされたのだろう。

「な、なんだあれ……」

「ばかでかい頭だ……」

「恐らくは生体制御ユニットです! プライマー兵器の特徴から考えて、あんなものを露出したと言う事は……」

成田軍曹が、すぐに警戒してくださいと叫ぶ。

同時に、戦艦の全火器が解放されたらしい。今までとは比にならない密度の超火力が、辺りに降り注いでいた。

 

1、愚かしき者の末路

 

戦艦プライマーだったか。戦略情報部がそう呼んだ敵戦艦が、ついに真の姿を現していた。

一華は、哀れだなと思う。

まちがいなく、あれは覚えている最初の周回で倒したあのでくの坊だ。名前も名乗っていた。

それなのに、今は雄叫びを上げながら、兵器を全力稼働させている。

そして、露骨に晒されているあの頭部。

放熱の意味もあるのだろうが。

フォリナがプライマーに使用を許す兵器傾向からして。これだけ強力な戦艦であるのなら、あれだけ露骨過ぎる弱点も必要と、設定したのだろう。

あれが弱点とみて良い。

「リーダー。 あの無駄にデカイ頭が弱点の筈ッスよ」

「分かっている」

冷静にリーダーが。額の目に一発叩き込む。だが、なにしろ頭だけで百メートルどころか、もっとありそうな巨体だ。

当たった所で、全然効いているように見えない。

いや、きちんと傷はついている。

画像をプロテウスカスタムの中で分析しながら、それを悟る。一目でそれを理解し、プログラムを急いで組みながら、解析できるほど頭が回っている。

体から、さっきから光の粒子みたいのが立ち上っているのだが。

それが原因かも知れない。

辺りは地獄絵図だ。

戦艦の全火器が解放されただけではない。

恐らく、この戦艦に最初から積載されていただろう空挺兵。まずはコロニストがわんさか降りてくる。

そいつらは殆どが通常のコロニストだったが、特務も混じっていた。

今の傷ついた皆には、この相手でも厳しいだろう。

「コロニストどもだ!」

「くそっ、こっちには戦車もいないしエイレンも……」

「俺たちが盾になる!」

相馬少佐が前に出て、エイレンWカスタムがレーザーで敵を迎撃。現在のエイレンWはコロニストなんか相手では無い。ブレイザーだってそう。コロニストの手足なんか、あっと言う間に破壊する事が出来る。

更に駆除チームのプロテウスが出る。

「遠くのデカブツを撃つのは任せるぜ英雄! 俺らはこういうのを相手にするのが性にあってる!」

「そういうことだヒャッハア! さあ踊ろうぜ、不細工なエイリアンども! 俺たちもおんなじくらい不細工だし、文句言うなよ!」

なんだか変なダンスの誘いをしながら、プロテウスがコロニストを薙ぎ払い始める。一華は冷静に特務コロニストを、収束主砲で瞬時に薙ぎ払って。それから、冷静に上を見る。巨大な頭には、リーダーがどんどこ狙撃を決めている。ならば、一華がするのは。

ミサイルを、まずは全弾発射。

レーザーやらプラズマ弾やらを放っている砲台を、片っ端から粉砕するためだ。小型にして積載量を増やしているミサイルだ。もう一回斉射できる。

どうだ。

よし、小型砲台はこれで粉砕できる。

だが、敵兵器の発着口はそうもいかないだろう。

それに、今のコロニスト。

戦艦の節の随所にある発着口から出て来たとは、とても思えなかった。

恐らく、あのでくの坊が使った空間転送技術だ。

もう、サイコパワーも何もない。

ただの演算ユニットに成り下がった。

そして、それが一番あれが役立てる方法だったのだろう。そう思うと、何だか哀れにすら感じる。

だが、哀れんでやる必要はない。

ぶっ潰すだけだ。

「生体制御ユニットだと!? プライマーは何を考えている!」

「恐らくだが、あれに据え付けられているのはプライマーの重要人物か、もしくは今まで……歴史に介入する過程で、失敗した上級軍人だろう。 その死体を、ああ改造したのかも知れないし、或いは生きたまま改造した可能性もある。 いずれにしても、人類にとって途方もない脅威だ。 いま見ているだけでも、空間転送などのテクノロジーを使っている!」

「くっ……。 だが、弱点が非常に大きく露出もしている!」

「その通りだ。 今までの兵器と同じとみて良い」

プロフェッサーが、冷静に言うが。

まあこれは知っているのだから当然か。

プロフェッサーも、あのでくの坊との戦いは見ていたのだ。遠隔で、だが。

だから、彼奴が如何にどうしようもないカス野郎で。

そして無能であるかは理解している。

ただ、スペックだけは無駄に高かった。

それ故に利用されたのだが。

「コロニスト、更に出現!」

「ストーム隊、戦艦は任せる! コロニストは俺たちが!」

「……ストーム3、今から接近戦に加わる」

「此方柿崎、同じく接近戦に専念いたします」

ストーム3が、わんさか出現するコロニストに突貫。そもそもブラストホールスピアを振るい。

前線で大暴れするのがストーム3の最も得意な戦闘だ。

柿崎も、同じように最前線で暴れるのがもっとも得意な戦闘方法。

遠距離狙撃戦では役に立てない。

荒木大尉が、コロニストとの肉弾戦を開始した皆を見て、叫んだ。

「よし、皆にコロニストどもは任せる! 俺たちであの戦艦を落とすぞ!」

「へへっ、大将がいなければ勝てる気がしねえ! だが大将がいる以上、負ける気がしねえぜ!」

「同感だ。 だが壱野大佐も無敵ではない! 俺たちで援護する!」

「そうだな。 この場での俺たちの仕事は、それだけだ!」

小田少佐、浅利少佐、相馬少佐も、それぞれの決意を口にする。

そして、露出している巨大な顔に、攻撃を叩き込む。

空が、色がおかしくなってきている。

だが、ワームホールがある訳でも無さそうだ。山県少佐が、リーダーにバイザーで話しかけていた。

「ねらうが、いいかね」

「ああ、やってくれ」

「潜水母艦、潜水艦隊、例の一斉射頼む! こっちで着弾地点は指示する!」

「よし、此方バヤズィト上級大将! 全艦隊、一斉に人類の仇敵を狙って攻撃を開始せよ!」

戦闘機隊も出たようだ。

まずは空対空ミサイルの群れが来た。

発艦し続けているタイプスリーの群れが、横殴りのミサイルで多数叩き落とされる。もう、プライマーに余剰戦力は無い。

あの戦艦に乗っているので全てだ。

更に、一華は敵の全身にミサイルを叩き込み。更には主砲の収束モードで、発艦口を狙っていく。

リーダーほどの狙撃は無理だ。

てか、あれは人類の誰も真似は出来ない。

だが、自作の。自慢の自作PCの手を借りて。

そして何だかわき上がるこの力と連携すれば、やれる。

主砲が直撃。敵戦艦の発艦口が爆散するのが見えた。おお。誰かが喚声を挙げる。だが、完全に有効だというわけでは無い。

敵は空間転移技術を持っている。

だが、それを使うと言うことは。生体ユニットに負担をかけると言うこと。

更に無駄に頭がでかくなったとは言え。

スペックには生物である以上限界だってある。

上空にまた逃れる龍型戦艦。稼働している砲台をあらかた失ったが、痛痒を感じているようには見えない。

空が、どんどんおかしな色になっていく。

そして、かなりの上空で。

山県少佐が指定した、潜水母艦、更には海軍の一斉攻撃が敵戦艦の頭部、生体ユニットに着弾していた。

およそ450発の極超音速ミサイルが、全て着弾したのである。

恐らくだが、マザーシップですら無事では済まないほどの攻撃だろう。それくらい、今のEDFの戦闘力は上がっている。

だが、一華も感じる。

びりびりと、嫌な気配が。

煙が晴れると、多少傷はついているが、それでも無事な生体ユニット。恐らくは、防御シールドを展開したな。

もしくはサイコキネシスで防いだのかも知れない。

「今の一斉攻撃で、あの程度しか傷つかないだと……!?」

「敵は先ほどから、転送技術を使っています。 ひょっとすると、それ以外にも地球ではオカルトと認識されていた能力を展開出来る可能性があります」

「くっ、文字通りの化け物と言う事か」

「いや、ダメージは通っている。 である以上、殺せるはずだ」

千葉中将を、プロフェッサーが励ます。

これは、何かあったのかも知れない。

或いはフォリナの手下のあいつが、プロフェッサーの所にも現れたとか。

可能性は、否定出来なかった。

また、此方に向かってくる戦艦。十キロほどの高度から、此方に向けて降りてくる。そして、エイリアンをまたわんさか出現させる。

それは。

クルールだった。

「クルールだ!」

「コロニストだけでも厄介だというのに!」

「……コロニストが新たに出現している様子はないッスね。 多分もうコロニストは出てこないッスよ」

「よし。 一旦戦艦への攻撃を中断、コロニストに集中攻撃! クルールはエイリアンとしては足が遅い。 接敵までにコロニストを片付けるぞ!」

荒木大尉が叫ぶ。

そして、前哨基地が全砲台を展開。

迫るクルールに向け、総攻撃を開始した。クルールも、見た感じクローン兵士のようである。

装備は様々だが。

少なくとも、リングで戦った気迫のある強力な戦士達と比べると、比較にならない程プレッシャーが弱い。

一華も荒木大尉の指示に従って、すぐに対空戦から対地戦闘に切り替える。

「コロニストは任せるッス。 こっちはクルールの足止めに徹するッスよ」

「頼む。 前哨基地を守り抜いてくれ!」

上で、吠えているでくの坊。

もう、吠えるくらいしか自己表現が出来ないのだろう。

哀れな奴だな。

そうまた思うが、手加減をしてやるつもりもまたない。そのままプロテウスカスタムの、硬X線ビーム砲で、クルールの群れを迎え撃つ。前哨基地の前に、歩きながら進んで。

プロテウスは、ある程度相手の攻撃を受けることが前提の兵器だ。だから、これこそが正しい使い方だ。

だが、クルールの火力は、コロニストの比では無い。

凄まじい攻撃が応射で飛んでくる。

クルールの盾は、硬X線ビーム砲も短時間なら防ぐ凄まじい性能だ。勿論オーバーヒートすると動かせなくなるが、クルールの群れは相互補完で互いを守りながら、此方に迫ってくる。

アラートがなりはじめる。

次々に被弾しているから、電磁装甲が負担を訴えているのだ。再起動が必要か。だが、それには隙を作らないと。

不意に、クルールの群れの中で、一斉に自動砲座が起動。

混乱するクルールを、敵群の中から撃ち据え始める。山県少佐が仕込んでいたものだな。苦笑すると、そのまま応戦。必死に、敵の浸透を防ぐ。

前哨基地も、次々被弾している。シールドが一部崩れるのが見えた。砲台を操作しているのは工兵達だ。もしも接近されたら、ひとたまりもない。それどころか、火薬庫に誘爆する可能性だってある。

「敵戦艦、装甲を一部パージ!」

「!」

成田軍曹が警告してくる。

すぐにモニタの一つを確認。どうやら、装甲をパージして、火器をいくらか解放したようである。

クルールで此方にダメージを与え、更に隠していた火器で仕留める二段構えか。だが。

木曽少佐が、ありったけのミサイルを、出会い頭に叩き込む。

それぞれが着弾し、せっかく再出現した兵器群の何割かをまとめて粉々に消し飛ばしていた。

悔しそうにでくの坊が吠える。

あいつは、意思を失っても無能だな。そう冷静に考えながら、必死にクルールの群れを食い止める。

柿崎が、すっ飛んできた。続いて、ストーム3も。

ストーム4の廉価型ライジンによる一斉射撃が、複数のクルールを瞬時に灰にする。

味方部隊が、コロニストを殲滅した、と言う事だ。

「よし、総員反転! 負傷者は前哨基地にて手当てを受けろ! 戦える者は総力でクルール部隊を殲滅する!」

「イエッサ!」

「一華中佐、まだ長丁場になると見ていい。 プロテウスの応急処置を!」

「了解ッス」

リーダーや弐分、三城もクルールの群れに襲いかかる。敵の数も多いけれども、それでもこれは相手が悪いだろう。

一華は後退しながら前哨基地に入る。まあ、最後に残ったミサイルを全弾、上空の戦艦にくれてやったが。

途切れなく落とされてくるクルール。

だが、あれもコロニストと同じだとみて良い。

海野曹長が、ブレイザーでクルールのシールドをオーバーヒートさせ。馬場中尉がシールドを失ったクルールの頭を焼き切るのが見えた。

完璧な連携だ。

任せて大丈夫だろう。

基地に入ると、すぐに移動式クレーンで長野一等兵が来た。すぐに応急処置にかかってくれる。

工兵も、バッテリーの交換と補給を開始。

凄く手なれている。

多分、相当な手練れの工兵チームを回してくれたのだろう。長野一等兵ほどではないが、頼りになる。

「バッテリー交換完了!」

「ミサイル補給完了しました!」

「電磁装甲の一部が破損している! 一旦電源をきれ!」

「了解、修理を頼むッス!」

長野一等兵の指示通り、電磁装甲を一度落とす。

その間も、バイザーで戦闘の様子は確認。クルールとの激戦で次々に負傷者が出ているが、被害を最小限に抑えて勝っている。

でも、負傷者は出る。

もう一機のプロテウス。駆除チームのプロテウスも、ダメージは相応に受けている様子だ。

出来るだけ、修理は急いで貰わないとまずい。

キャリバンが飛び出していき、倒れている負傷者を救助して戻ってくる。その間にクルールの雷撃砲の直撃を受けるが、それでも怖れている様子はない。キャリバンの装甲を信頼している運転手が、勇敢に働いていると言う事だ。

「古いバッテリー、こっちに移しておくよ!」

「了解!」

尼子先輩も、あまりてきぱきではないが動いている。

いざという時に動ける人だが、こう言うときはあまり役に立つ印象は無い。だが、今尼子先輩がするべき事はその「いざという時」のための待機だ。

だから、働いてくれているだけでも有り難い。

補給完了。応急処置完了。

長野一等兵が、伝えてはくれる。

「装甲は修復したが、あまり高出力で主砲を使うなよ。 戦闘でのダメージが蓄積しているからな」

「見抜かれていたッスか」

「ああ。 いざという時は、切り札があるんだろう」

その通りだ。

だが、それはそれこれはこれ。

プロテウスカスタムも、戦いの為の兵器で。そして、恐らくは出来るだけ、この戦争が終わったときに残りがいない方が良い。

戦場に戻る。代わりに、駆除チームのプロテウスが戻ってくる。

「頼むぜスーパーエース!」

「任せるッスよ!」

「頼もしいぜ」

「本当にな。 一人でプロテウスを動かすなんて、人間業じゃねえ」

駆除チームとも腐れ縁だ。

負けた世界で、ベース251に集合する前に行って、ニクスを修理したり。兵器類のメンテナンスをしたり。

随分と関わってきた。

最終決戦で一緒に戦う事になるとは思わなかったが。それでも、今はその技量については信頼している。

余程餓えていたのか、兵器を修理中の一華の尻だの見ていたのは許せないが。

まあそれも、今はいい。

あらゆる意味で餓えると、色気皆無の一華にもあんな風な視線を向けるんだな。

そう思って、ちょっと面白かったし。

前線に出る。かなりクルールは削られていたが、増援がまだ来ている。

一華が戻って来たのを見て、荒木大尉が叫ぶ。

「壱野、戦艦への攻撃を再開してくれ! こっちは俺たちでどうにかする!」

「分かりました。 頼みます」

「よし、総力でクルール共を始末する! 火星から来た事を後悔させてやれ!」

「焼きクルールにしてやる!」

海野曹長が、完璧なタイミングでブレイザーを放ち。炸裂弾クルールの手を吹っ飛ばしていた。

既にシールドをオーバーヒートさせられ守りを失っていたクルールは。シールドを冷やそうとさがるが。

今度は浅利少佐が、クルールの頭を焼き切りとどめを刺す。

海野曹長はしぶい戦い方をするな。

あれだけ血の気が多いのに。

そう思うと、ちょっとこれも面白い。

全身から立ち上る光の粒子が増えている。これは恐らくだが、この妙な興奮状態とも無関係ではないだろう。

「壱野大佐、戦艦にテンペストを当てられそうだ。 やってもいいか!?」

「分かった、誘導を頼む。 プロフェッサー!」

「了解だ。 バレンランドに要請する!」

プロテウスでクルールを薙ぎ払いつつ、負傷兵を守るように前進。時にはクルールを踏みつぶす。

上空から、強烈なレーザーを喰らう。

戦艦の艦載砲か。

不利を悟り、更に火力を増してきたか。だが、電磁装甲で防ぎ抜く、まだだ。プロテウスカスタムも万全では無いが、それでもこの程度でやられるか。

踏みとどまると、クルールの駆逐を続ける。

クルールが供給される頻度も減り。更に味方が押し始める。

駆除チームのプロテウスが戻ると同時に、相馬少佐のエイレンWカスタムが戻る。更に、補給車が来るのが見えた。

「左右両翼の戦況は!」

「此方、タール中将。 敵とは互角の戦闘だ。 だが、敵が鈍り始めているように思う!」

「! 戦闘車両を主戦場に送れないか!?」

「残念ながらそれは無理だ。 兵を割いて動かせば、確定で其処から崩される!」

左翼はそんな戦況か。

右翼は凄まじい格闘戦の最中のようで、少しジョン中将が連絡に出るのが遅れる。

ジョン中将は、不機嫌そうだった。

そんなだから、兵士達に嫌われるのに。

「此方ジョン中将。 敵との激戦中。 余剰戦力は無い。 ストームチームを支援したいのは山々だが」

「分かった、そのまま戦闘を続けてくれ。 皆のおかげで、ストームチームに敵の全軍が殺到しないで済んでいる」

「イエッサ!」

「任せてくれ」

深呼吸すると、更に前に。クルールが狙って来るが、硬X線ビーム砲で消し飛ばす。周囲から、ブレイザーが飛んできて、次々にクルールを飽和攻撃で仕留めてしまう。

「クルールは例え二枚のシールドを持っている個体でも、多角的な攻撃に弱い! 基礎を守って戦え!」

「イエッサ!」

「……この様子だとコスモノーツやクラーケンもくるかもしれねえな」

小田少佐がぼそりと呟く。

皆が青ざめたが、こういうのは先に認識しておくべきである。

だから、一華はそれでいいと思った。

クルールの群れを蹴散らすと、再び対空戦闘が開始。見て驚く。相当に、あのでくの坊の頭が傷ついていた。

だが、それでもあいつは落ちる気配がない。

「くっ、とんでもないタフネスだ!」

「戦略情報部。 オペレーションオメガの実行を申請したい」

「……分かりました。 この戦局、何処かが崩れれば一瞬で破綻します。 敵戦艦は余力充分、味方は満身創痍。 手を打つしかないでしょう」

「しかし、本当に大丈夫なんですか!?」

成田軍曹が食ってかかる。

オペレーションオメガの内容については、聞いている。

最初は、火星に毒性汚染物質をまき散らし。決定的なタイムパラドックスを起こすものだったという。

だが、そもそも火星にテラフォーミング船が飛ばないという時点で、タイムパラドックスは起きていた。

だから、それにこれ以上とどめを刺すと、何が起きるか分からない。

「我々はプライマーを殆ど何も理解出来ていません! 仮にオペレーションオメガを実行したことで、プライマーを根絶やしにするようなことがあるのなら、それは絶対に許されないし、そんな事をする権利は誰にもありません!」

「そうだな。 敵が帝政国家や軍事国家で、民間人が何も知らずに搾取されているだけという可能性も高い。 そんな場合、もしも相手を根絶やしにする作戦を実施したのなら、それは歴史上に存在した邪悪な侵略者と同じ。 プライマー以上の悪だと言える。 だからこそ、このオペレーションオメガを行う。 今、改変しすぎた歴史が、収束し始めている。 それは恐らく、結実点に到達した後、整合性を取るために分岐するだろう。 この世界は、我々の勝利にする。 プライマーは、別の世界で生きれば良い。 そのための……オペレーションオメガだ」

「よく分からないが、何をするつもりだ」

流石に困惑する千葉中将。

それに対して、プロフェッサーが静かに。怒りを押し殺した様子で応じる。

本当だったら、全てを滅ぼしてやりたかっただろう。それが、言葉から嫌と言うほど伝わってくる。

「そもそもプライマーは火星にテラフォーミング船……EDF発足前にあったブルーマルス計画によって送られた船により、数千万年掛けて火星がテラフォーミングされたことによって出現した種族だ。 ならば、ブルーマルスという名前の、全く別の用途の船を送ったらどうなると思う」

「タイムパラドックスが起きる?」

「そうだ。 それは、この世界では「ブルーマルス」という名前のテラフォーミング船が火星に降り立たないことを意味する。 結果、歴史の分岐は我々とプライマーを切り離すんだ」

そうなる保証はないと言いたいが。

実は、実際問題そうはならない。フォリナがプライマーを滅ぼさず保護する。その言葉を信じて、致命的タイムパラドックスを起こす。それだけのことだ。

そして、火星にテラフォーミングをせず、更には毒物を撒かないと言う事は。

新しい可能性を、火星に生じさせるという事を意味する。

それはより、建設的な方法と言える。

フォリナは恐らくだが、別の時代でプライマーの元となった「種」とでもいうべき原型を。つまりは頭足類が変化した姿などを既に保全しているのだろう。歴史を遡って、だ。

それで、プライマーはフォリナの手の内で残る。

更にそれで恐らく人類とプライマーは二度と会うことはない。

可能性は極小だが。

どっちも他の種族とやっていけるようになったら、或いは何処かフォリナの見守る宇宙で再会する事はあるのかも知れない。それも平和的に。

だが、人間を見ている限り。

その可能性は低そうだと、一華は思う。

「総司令部より、オペレーションオメガ実行の許可が下りました」

「やるしかないのか」

「やるしかありません。 この悲劇を終わらせるためにも。 人間にもプライマーにも、どちらにとっても、よりよい未来を作る為にも」

「……っ。 そうか……」

千葉中将は辛そうだ。まあ、それはそうだろう。

人間もプライマーも、どっちも知的生命体、文明としては未熟すぎた。だからどっちも、こんなばかげた戦争を始めて、泥沼から足を引き抜くことさえ出来ない。

もう、会うことはない。

それでいいのだろう。

「火星にブルーマルスが降り立ちます。 ただの探査艇です」

「……」

「3、2、1。 着地に成功」

さて、どうなるか。

一華は、まだ吠え猛っているでくの坊の巨大な頭を見て、そう思うのだった。

 

2、別れの始まり

 

弐分が見ている前で、露骨過ぎる程の異変が起き始める。空がまばゆく輝き始める。あのリングの中にあった、禍々しい虹色の空と同じ。

それが、空全域に拡がっていくのが分かった。

何となく分かる。

因果の収束が起きている。

タイムパラドックスが極限にまで達したと言う事だ。

宇宙には歴史の修復作用がある。億年単位では、余程のパワーで干渉しない限り、歴史というものは星系単位では殆ど何も変わらないのだとか。

恐らく、宇宙そのものが。

強力に歴史の修復を開始したのだ。

今まで好き放題に歴史を変えてきたことに対するカウンター。それが、この空の様子なのだろう。

凄まじい雄叫びを上げる巨大戦艦。

あの皆がでくの坊と呼び。そして弐分もそう思うあのプライマーの司令官の頭が、わめき散らしている。

声は聞こえない。

ただ、吠えているだけだ。

前に戦闘した時は、一応言葉は喋っていたのに。ある意味、哀れ極まりない姿だった。

「!」

大兄が、警告を飛ばしてくる。

巨大戦艦の周囲に、凄まじい光が収束。そして、前に。最初の周回で、奴と戦った時と同じように。

光の図形みたいなものが、奴の首の周りに出現していた。

それが、強烈な何かのビームを放ってくる。

さっきまでの戦艦の主砲と、殆ど出力は変わる様子がない。

更に見える。

奴の全身。

戦艦の船体全てから、光の粒子が立ち上っている。弐分達と。ストーム1最初の四人と同じだ。

「くっ! 全員散開! 攻撃を再開しろ!」

荒木大尉が叫ぶ。

さっきまでは小賢しく回避行動を取っていた巨大戦艦だが、もうそれすらする気がなくなったようだ。

積極的に突っ込んできて、ビームで全てを薙ぎ払おうとして来る。

前哨基地に退避指示が飛ぶ。

補給車も工兵も、皆逃げ出す。

尼子先輩が、大型移動車に乗るように促しているのが見えた。

ビームの出力は、先以上だ。

それに、あの様子では。前に戦った時と同じように、隕石でも降らせて来かねない。

反撃開始。

高機動で飛び回りながら、バトルキャノンを叩き込む。巨大な頭に直撃。守りを固める様子はない。

きちんと効いてもいる。

だがこれは、本当に倒せるのか。

「どういうことだ! 奴は消えていなくなるのでは無いのか!?」

「歴史が分岐しようとしているんだ。 因果が収束すると言う事は、此処で勝負を付けるという事なのだろう」

「つまり、この戦いに勝てば……」

「歴史のメインストリームは此方の……地球人類のものとなる。 負ければ、或いはプライマーが更に戦闘を続行するのかも知れない」

なるほどね。

確かに、理論としては間違っていなさそうだ。

一華も何も言わない。

それにしても、最初にそもそも仕掛けたのは地球人だし。プライマーに悪影響を与えてこんな化け物を作り出したのも元は地球人だ。

戦う意味を、本当に疑ってしまう。

だが、それでも。

大兄達はやる気だ。

それに、三城だってもう主体的に動いて戦っている。

弐分が迷っている暇はなかった。

「! 怪物多数! ドローンもアンドロイドも! コスモノーツもいます!」

「なんだと!」

「明らかに艦載機の域を超えています!」

「これも因果の収束の結果か!?」

千葉中将の声に焦りが聞こえる。

だが、むしろ荒木大尉達は冷静だった。

「総員、応戦開始。 話を聞く限り、敵は歴史の亡霊……因果の果てに集まった幽霊みたいなものだ。 ゾンビより更に格下。 さっさと片付けるぞ!」

「ふっ。 そういえば死神の仕事は、寿命が尽きた者を迎えに行く事だったな」

その通りだ。

ジャムカ大佐が、死神に戻るぞと叫び。

ストーム3がおおと叫ぶ。

「あのデカブツはストーム1に任せろ! 私達は地上の敵を掃討する!」

「私もそれに加わります」

「ああ、前衛は頼むぞ! 幽霊払いを始めるぞ!」

「フーアー!」

柿崎とストーム4も、戦闘を開始。

ストーム2は、兵士達を叱咤すると、最前衛でブレイザーをぶっ放す。

怪物が次々になぎ倒されていく。

明らかに、本来の怪物よりも弱くなっている。

倒される度に揺らぎ、消えていく。

やはり、因果が収束している結果。この世界に無茶な投入をされた存在が、消えていっているのだろう。

なら、援護は任せる。

奴が、弐分を見た。何かの凄まじいビームは、五連で出現していて。奴の顔の前にて収束。

前方に投射されているようだ。

原理は分からないが、多分科学的な兵器……少なくとも人間が解析できている兵器ではないだろう。

だが、狙って来るなら好都合だ。

「此方だ。 来い」

「ウォアアアアアアア!」

怒りの籠もった雄叫びが、それに応える。明らかに弐分を狙って来る。

フェンサースーツの能力をフルパワーで高機動戦を挑む。弐分を狙っている間は、大兄と三城、それに一華が奴に攻撃を叩き込んでくれるはず。

凄まじい痛みを訴える叫び。

大兄のライサンダーZが命中しているのだ。

剥き出しの頭だ。

当たれば、何処だろうと効く。

視界の隅、タイプスリードローン。

だが、マルチロックミサイルが撃墜する。

木曽少佐のアシストだ。随分とまた、頼りになる。

「此方潜水艦隊! 攻撃準備整った!」

「山県少佐、任せるッスよ!」

「おう! まかされた!」

あのダウナーな山県少佐も、全力で応じる。そして、凄まじい数のミサイルを、奴に、頭に着弾させて見せた。

悲鳴を上げて、身をよじる巨大戦艦。いや、戦略情報部の言葉に習うのであれば、戦艦プライマー。

何だか、体が軽い。

全身から溢れる光の粒子。

これも、恐らく因果の収束の影響だろう。

「あれだけの極超音速ミサイルが着弾したのに!」

「しかし、確実にダメージは蓄積しています! プライマー特有の再生機能も働いていないようです!」

「リング戦と同じです。 根比べをするしかありません」

「ストームチーム! 頼む! 物資は可能な限り支援する! 耐え抜いてくれ!」

千葉中将が叫ぶ。

もう、それしか出来る事がない。

左右両翼の部隊だって、まだまだ敵との死闘の最中だ。此方に予備部隊を回す余裕なんてないだろう。

殺気。

いや、違う。そんなものは存在していない。

感覚が、大兄並みに鋭くなっている、と言う事だ。

空から、やはり隕石が降り注ぎ始める。だが、隕石そのものはぶれている上に、速度も遅いようだった。

中には、途中で消えてしまうものもある。

それだけ存在が不安定になっている、ということだ。

「観測出来るデータが無茶苦茶です! 実体があるのかないのかすらもわかりません!」

「滅茶苦茶に改変し合った歴史が、今収束しようとしているんだ! どんな怪現象が起きても不思議では無い!」

「それにしてもこの数値は……」

「もはやこの戦いは、プライマーの代表者と、人類の代表者との戦いと言っても良いだろう。 我々は、介入すら許されない。 最小限の支援しか出来ない」

至近。掠める。

それだけで、かなり吹っ飛ばされる。

だが、空中で態勢を立て直した。

体が限界近い。

そもそもここ数日の連戦で、相当無茶苦茶を続けていたのだ。本来だったら、とっくに死んでいる。

今の攻撃が擦っただけでも、本来だったら蒸発している筈だ。

人類の代表者、か。

人類に対して、これほど強い疑念を抱き始めているのに。逆に、だからこそ代表者に相応しいのか。

ふっと、何だかおかしくなって笑う。

今度は三城を狙い始める巨大戦艦。いや戦艦プライマー。その頭に、バトルキャノンを連続で叩き込んでやる。

悲鳴を上げながら、身をよじる。

弾丸が効いていると言うよりも。

因果の収束で、どんどん奴が不利になっている、という印象だ。

「おのれ、「いにしえの民」ども……」

声が聞こえる。

恐らく恨み節だ。だが、そんなもん、聞いてやるつもりは無い。

もう、不思議な話だが。

道場を潰されたこと以外、プライマーに怒りは感じない。それに、道場の再建はもう無理だとも分かっている。

だが、此奴に関しては別だ。

徹底的に叩き潰す。

高機動で、接近を謀る。かなり速いが。それでも、相手の動きを読みながら、接近を寝狙う。

三城もいつも以上に動きがキレッキレで、あの極太ビームを完全に回避している。だが、それでも何とか殺そうと、四苦八苦している敵。

させるか。

至近を取った。

まず、スパインドライバーを叩き込む。明確な手応え。

ただし、物理的な手応えはあまり感じない。

むしろ、何か沈み込むような。

手元に引きつけるような、そういう手応えを感じる。

これが、歴史が勝利に近付いている感触か。

「くそっ! 本当に幽霊と戦ってるみたいだ! 倒したら消えちまうし、いつの間にか側にいる!」

「普段の敵よりずっと脆い! だからとにかく、攻撃し続けろ!」

「プロテウスの火力で焼き払ってくれるわ!」

「もう少しでいい! エイレンWカスタム、もってくれ!」

それぞれの戦う声が聞こえる。弐分も、雄叫びととともに、ゼロ距離の戦艦プライマーの頭に、デクスター散弾砲をしこたま叩き込む。

凄まじい斥力で、吹っ飛ばされる。

サイコキネシスの応用か。更に、隕石が擦った。

本来だったら数回は死んでいるが。今はむしろ体が熱いくらいだ。ただ、攻撃を貰うと、何だか相手に引っ張られるような感じがする。

向こうに、歴史の主流が引き戻されようとしているのか。

そうは、させるか。

「おっと、今度は私を狙ってくるッスか」

一華の声。

いや、これは。

恐らくだが、集中攻撃をしてくれ、と言う指示だろう。

確かに戦艦プライマーは一華のプロテウスカスタムを狙っている様子だが。それはつまり、大兄と弐分、三城がみんなノーマークになった事を意味する。

隕石もどうでもいい。

サイコキネシスも怖くない。

バトルキャノンをぶっ放して、ありったけの攻撃を叩き込む。

空より降り注いだ、一筋の超火力レーザー。山県少佐による衛星兵器の支援だ。更に、DE204が戦場に突入してくる。

「雨ではなく隕石か。 だが、それでもなんとかして見せる!」

「無理はするなDE204!」

「ああ、分かっている。 105ミリ砲、喰らえっ!」

DE204からの、猛烈な機銃掃射が巨大な頭に叩き込まれる。DE204は、そのまま離脱。空域に留まり、支援する余裕なんてない。隕石が降り注いでいるのだから、それは当然だろう。

地上部隊も苦戦が続いている様子だが。それでも幽霊どもを抑え込む事には成功している様子だ。

荒木大尉の凄まじい奮戦を筆頭に、ジャムカ大佐もジャンヌ大佐も、みんな猛烈な戦闘で敵を蹴散らしている。

コスモノーツが豆腐のようにプロテウスの硬X線ビーム砲で薙ぎ払われて引き裂かれ。

多数の怪物が、精鋭達のブレイザーに薙ぎ払われる。

海野曹長が、若い兵士を守りながらキャリバンを呼び。

キャリバンもそれに答えて、負傷兵を収容。戦場を逃げ回りながら、治療を続けている様子だ。

補給車は、一華がどうにか逃がしながら戦っているようである。

マルチタスクにも程があるが。

それも、このわき上がる力。

因果の収束。

人類の代表者状態だからこそ、出来る事なのだろう。

一人乗りプロテウスを操作しながら、それだけの事を同時に出来るのは、一華だけだろう。

連続して、攻撃が戦艦プライマーを直撃するが。

それでも、奴はまだ吠え猛る。

隕石が降り注ぎ。

無茶苦茶にレーザーやら謎ビームが辺りを乱舞する。

何度も打ちのめされ。

何度も傷口を抉られる。

それでも、立ち上がる。大兄が、そうだったように。弐分だって、これ以上好き勝手させるつもりはない。

バトルキャノンを、やられた以上に敵にぶち込んでやる。

一華のプロテウスカスタムは、それ自体が光を放っている。

一華という英雄が乗る最終兵器。つまり、人類側の最終兵器として、歴史の因果に選ばれたのかも知れない。

さっき、モロに戦艦プライマーの放つ謎ビームの直撃を喰らっていたが、それにすら耐え抜いた。

もう、あれはプロテウスの領域すら超えている、といえる。

「ストームチーム、善戦しています!」

「……歴史を人間とプライマーが修正しあっている内に、因果の収束地点……特異点が生じたのかも知れない。 或いは、それこそが。 ストーム1なのかも知れない」

「俗な言い方をすれば、伝説の勇士と言う所か?」

「そうなる。 だが、勇士だけでは勝てないかも知れない。 千葉中将。 いや、その戦場にいる皆、力を貸してほしい!」

プロフェッサーの声。

EDF。凄まじい声が轟く。

この場にいる人間だけの声とは思えない。

凄惨な歴史改変合戦に巻き込まれて死んでいった、多数の人々の声。そうなのかも知れない。

勿論、プライマーも雄叫びで返す。

それには、そもそもどうしてただ火星にテラフォーミング船を送って欲しいと言うだけの交渉にあんな非道で返してきたと。

そんな意思が籠もっているのが分かった。

その通りだ。確かに、最初の非は人類にあっただろう。人類の経済を牛耳っている、既得権益層がこの戦争の発端だ。

だが、一度の交渉失敗で後はそれに見切りをつけて戦争という手段を選んだことにも問題はないか。

問題はないのか。

そう心中で問いながら、バトルキャノンを叩き込む。丁度戦艦プライマーが。此方を見た。

額の第三の目に一撃が直撃する。

奴の頭に、罅が入る。

罅からは、おぞましすぎる虹色の光が迸っていた。

「敵戦艦大破! 制御ユニットに、致命傷が入った模様!」

「いけるか!?」

「いや、因果の収束体だ! 尋常な手段では殺せないはず! まだ油断はするな!」

プロフェッサーが叫ぶと同時に、空に無数の影。

隕石では無い。

あれは、クラーケンか。それだけじゃあない。飛行型もヘイズもいる。おぞましい程の数が、空の彼方から此方に向かっている。

あれもゴーストという訳か。

戦艦プライマーが吠え猛る。

負けてなるものか。

そう叫んでいるのが分かる。もう、あのカス野郎の人格は残っていないと言う事なのだろう。

既に、プライマーが歴史の主流から外れ始めている事。

それに対して、プライマーという種族が、必死に抵抗の意思を示していると言う事。それが、あの凄まじい大軍だ。

戦艦プライマーの主砲が、更に火力を増す。

皆で総攻撃を叩き込み続けているが、それでもなおも止まる様子がない。

それどころか、弐分を狙って体当たりを仕掛けて来る。見た目よりずっと速い。回避が精一杯。横を通り過ぎながら、ゼロ距離でバトルキャノンを一発だけ撃ち込むのでやっとだ。

地上に降りる。

辺りは、ゴーストだらけ。

それを、生き残っている兵士達が必死に薙ぎ払っている。

側に、尼子先輩の運転する大型移動車がつけた。

「大丈夫弐分くん!? フェンサースーツの代わりならあるよ!」

「大丈夫です尼子先輩。 それに……もうそれは、用を為さないでしょう」

「お前、その体の光……壱野や三城、一華のプロテウスもそうだが……」

「俺は、俺たち兄弟と一華はこの装備もろとも人間を止めつつあります。 柿崎や木曽少佐、山県少佐は俺たちほどこの狂った戦争に関わった時間が長くない。 だから、多分人間のまま戦えているんでしょう」

深呼吸をする。

尼子先輩が、顔をくしゃくしゃにした。長野一等兵が。むっと口をつぐんで、帽子を下げる。

「俺たちはいい。 皆の支援を頼みます」

「そんな、君は誰よりも頑張ったじゃないか! それなのに、こんなのはあんまりだ!」

「尼子っ!」

「長野さん、言わせて貰います! こんなのは理不尽だ! 君が一体、何をしたっていうんだよ!」

珍しいな。

尼子先輩が、感情的になってる。

いつも静かな運転をして、いつも穏やかな言動をしていたのに。

少しだけ、それが寂しく感じた。

「大丈夫。 俺は勝ちます。 俺たちは……必ず勝ちます」

「でも、人間でなくなったら、意味がないじゃないか!」

「そもそももう俺たちは、体感時間でどれだけ戦っているか分からないくらいです。 とっくに人間じゃありませんよ」

そう告げると、休憩を終える。尼子先輩と長野一等兵にも事情は告げてある。だから、別にこれは知られても良い。

再び、空に舞い上がる。

上空から、逆落としを掛けに来る戦艦プライマー。大兄が、全ての弾を確実に当てている。

傷が、どんどん拡大しているのが、此処からも見える。

叫びながら、上空へとどんどん加速。

戦艦プライマーが、主砲を発射しようと光を集めているのが見える。敢えてジグザグに動き。

そして、狙いを絞らせない。

喚きながら、戦艦プライマーが主砲を発射してくる。狙いは三城か。僅かに擦ったようだが。

三城はそれでも平然と、ライジンで応戦している。

もうそれだけで、充分に人間の状態ではない。

三城も、もうとっくに。

弐分と同じ状態だと見て良かった。

「キュクロプス出現!」

「空も地上も化け物だらけかよ!」

「此方戦闘機隊!」

空軍か。

また補給をして戻って来たのか。

「これより、敵航空部隊にミサイルを全弾叩き込む!」

「よせ、クラーケンがいるんだぞ!」

「反射されるようなら戦闘機から脱出する! 戦闘機なんかよりも、今は勝つ事が大事だ!」

「此方ヘリ部隊! 戦闘機隊が突入後、此方も空対空ミサイルで支援する!」

空軍も総力を挙げてきたか。

一瞬おいて、凄まじい数のミサイルが飛来。

ゴースト化しているクラーケンと、ヘイズ、飛行型、更にドローンを直撃。殆どが、一撃で打ち砕いていた。

だが数が多すぎる。

それに、クラーケンは弱体化していても、やはり反射能力を持っている様子だ。普通に攻撃を反射している。

ただ、正確に反射することは出来ず、戦闘空域外に適当に飛んで行く様子だ。

本来のクラーケンなら、あんな無様はしないだろう。

戦闘機隊は後退。

更に、戦闘ヘリ部隊が、空対空で支援攻撃。

こっちは主に小物狙いだ。

多数の飛行型やヘイズが、一瞬で爆散。反撃を回避するためか、それとも左右両翼を支援するためか。

ヘリ部隊も、すぐに離脱する。

「此方バヤズィト上級大将。 そろそろミサイルの備蓄が尽きる。 基地にもどれは補給は出来るが、既に現在装備しているミサイルは尽き掛けている状態だ」

「もう一度、一斉支援攻撃は可能だろうか、バヤズィト上級大将」

「なんとかして見せる」

潜水母艦と海軍も、支援攻撃の準備をしてくれているが。もう補給をしないと厳しいというわけだ。

それでもどうにか支援をやってくれると言っている。

だったら、それに応えなければならないだろう。

「弐分、三城、一華」

大兄の声。

耳を傾ける。

バイザーを通じて、座標が表示される。どうやら、敵の。戦艦プライマーの頭には、一際巨大な亀裂が走っているようだった。

「あそこを狙う。 既に奴は自我を失い、ただ攻撃を行うだけの生物兵器と化している」

「ああ、そうだな」

「道場を潰されたことは今でも許せん。 だが、それよりも……今はもう、あのおろかな奴を楽にしてやろう」

「……わかった」

三城だって、道場のことは大好きだった。

というよりも、大兄や弐分よりも、道場のことは好きだったかも知れない。

最初は、殆ど喋る事もなかった三城が。やがて、無表情ながらも道場内で落ち着いた様子を見せるようになって。

祖父も、大兄も、弐分も。

みんな安心したものだ。

あの血縁上の両親とか言うゴミカスから解放することで、やっと三城は人間になることが出来たと言える。

その人間としての生活の象徴が道場だったのだ。

そんな三城も、分かったと言ったのだ。

ならば、弐分だって。

此処は、譲らざるを得ないだろう。

「任せろ、大兄。 後、接近戦を狙えるなら、狙ってもかまわないよな」

「ああ、頼むぞ」

突貫。バトルキャノンを何度もたたき込み。何度も謎ビームを掠りながらも、敵へと距離を詰める。

もう、チキンレースだ。

それは分かりきっている。

だから、どうなろうと奴を倒す。

三城の言葉で吹っ切れた。大兄の発破でもう迷いは消えた。

今はただ一本の刀となり。

奴を倒す。

それだけだ。

 

3、全てが終わる時へ

 

戦艦プライマーに、小兄が肉弾戦を挑んでいる。デクスターをしこたま叩き込んで、すぐに離れている。

小兄は、大兄とくらべて気性が穏やかだ。

それでも、今は最後の戦いだからだろう。全ての闘争本能を解き放っているようだった。

一華が、無線を入れてくる。

どうしてか、三城にだけだ。

「ちょっといいッスか?」

「すごいマルチタスク。 よくあれだけ補給車を動かしながら、プロテウスも操縦して、話しかけてもこれる」

「まあ、今は全員因果収束の影響で、人間止めてるッスからね」

それもそうだ。

何度かの極太ビームをくらった。擦っただけだが。それでも、本来だったら蒸発だっただろう。

大兄も、何度か同じように至近に隕石が落ちているのを見た。

あれも絶対無事で済む筈がない。

あれでもどうにかなっているのは、答えは一つ。

もうみんな、人間を止めている。

どちらかというと、精神生命体として宇宙と一体化している、フォリナと同じようなものなのだろう。アレに比べると、規模が小さすぎるが。

そして、それは敵も同じ。

今は、どっちが勝つかの力のぶつけ合い。多分だが、この武器を使っての戦いも。実際には精神戦が近いのかも知れない。

「恐らくッスけど、奴はシンボルとなる何かを破壊しない限り絶対に死なないッスよ」

「それは何となくわかる。 私達の場合は闘志がそうだと思う」

「そう。 そして敵の場合は恐らくは……」

一華は言う。

黄金の装甲が、そうだろうと。

あの頭は、あくまで演算ユニットに過ぎない。あの戦艦がもうとっくに普通の兵器ではなくなっている今。

恐らく、あの演算ユニットを破壊するだけでは、敵を倒せないと言うのだ。

「それなら、どうすればいい」

「プロテウスカスタムの出力を、一回だけ二百パーまで上げられるッスよ」

「でもそれは、命の次に大事なPCが壊れるって」

そう。三城は一華に、それをぼそりと言われて覚えていた。

この戦闘が始まってからだ。

あの超巨大戦艦を見た一華は、既に覚悟を決めていたのかも知れない。己のもっとも大事な相棒を失う覚悟を。

無言になる三城に。一華は少し寂しそうに言う。

「もう武装もろとも人間止めてる以上、これはどうでも良いことッスよ。 ひょっとしたら、その影響で相棒も壊れないかも知れない」

「それは楽観論」

「でも、やるしかない。 衛星兵器でもあの程度のダメージしか与えられない以上、このプロテウスカスタムの主砲……それもゼロ距離射撃での主砲でしか、多分実現できないッス」

バイザーで、攻撃予定地点が示される。

巨大戦艦の頭から数えて三つ目の節。

巨大戦艦は、今までの戦闘で、かなりのダメージを受けている。恐らくは、貫ける可能性は其処だけ。

一華はそう考えたのだ。

確かにマザーシップを黄金の装甲で覆っていたり。

今では貫通できないものではないのにも関わらず、黄金の装甲を複合装甲でこの戦艦に装備していたり。

プライマーにとって、黄金の装甲はシンボルそのものだ。

だったら、それを真正面から。

それも、最高の黄金の装甲を真正面から貫くことによって。やっとそのシンボルを打ち砕くことが出来る。

敵は圧倒的な力を見せつけ続ける事で、此方の闘志を砕こうとしている。

今や、意地の勝負だ。

戦闘が長引けば、きっとみんなもたない。

特に尼子先輩や長野一等兵は、最悪の事態になれば何のためらいもなく一華や三城を守るために命を捨てるだろう。

だから、今やるしかない。

「それで、どうしてそれを私に」

「気づいていないッスか。 さっきから一番奴が狙っているのは、三城ッスよ」

「……なるほど」

装甲が一番薄いウィングダイバー。

そういう事もあって、確かになんか狙われているなと言う自覚はあった。敵としても、皆の心をへし折るためにも。

まずは一番簡単に倒せそうな相手、と考えているのだろう。

いや、もう考えてもいない。

本能から来る行動と見て良さそうだ。

「じゃあ、行くッスか!」

「わかった。 頼む」

「任せろ!」

全力で飛び出す。

一華は、自分の命の次に大事なものを捨てる覚悟を決めた。元ハッカーで。今でも最高のプログラマーでエンジニアである一華だ。エースエイレン乗りという顔よりも、そっちの方がどうしても三城にはしっくりくる。

多分、バカみたいな時間、ずっと一緒にいたからだろう。

腐れ縁か。

男子だけのものだと思っていたのだが。

女子でもあるんだな。

そう思って、三城は飛ぶ。

ライジンを叩き込む。小兄を狙っていた戦艦プライマーが、傷口をモロに焼かれて絶叫する。

いちいち大げさな悲鳴を上げる奴だな。

そう思って、ライジンをチャージしながら、プラズマ剣を抜く。

まさか接近戦を挑んでくるとは思っていなかったのか、戦艦プライマーはこっちを向こうとしたが。

その動きすら利用して、プラズマ剣でざっくりと顔を抉ってやる。

勿論、あくまで挑発のため。

ある程度の痛みはあるだろう。実際、やられて戦艦プライマーは絶叫している。そして、此方を見る。

三城は、敵を誘導しながら、高度を落とす。

大兄が敵の移動ルートを、三城がさっき組んだプログラムで予想して走り始める。小兄も、敵を追うのでは無く先回りするように動く。

低高度にいくと、どうしても皆の苦戦がよく分かる。

ブレイザーでも、数の暴力を押し返し切れていない。それでも、荒木大尉達の心は折れていない。

ジャムカ大佐が、凄まじい動きで次々とコスモノーツを倒している。幾ら弱体化が掛かっているとはいっても、相手はコスモノーツである。弱い訳がない。

ジャンヌ大佐とストーム4が、完璧な連携でライジン廉価版で敵を貫いている。

その一斉連携は非常に美しい。

重装だろうがキュクロプスだろうが、大型アンドロイドだろうが、文字通りひとたまりもない。

後方から、雄叫び。追ってきている戦艦プライマーが、主砲発射の態勢に入ったのだ。主砲なのかすらももはや分からないが。

真横に逃げる。

敵もそれを追ってくる。そして、主砲が薙ぎ払われる。また擦って、弾かれる。地面に叩き付けられてバウンド。だが、すぐに態勢を立て直し、飛ぶ。振り返り際に、指定されている場所にライジンの火線をねじ込む。

悲鳴を上げた戦艦プライマー。

大量の隕石を降らせて来る。

怪物もエイリアンも。ゴーストが、隕石に潰されているのが見えた。

もはや、敵も味方も関係無しか。

ゴーストだから、どうでもいいということか。

ぐっと、唇を噛む。

三城も大兄と同じ。

事情を知り。

人間の愚かしさを知った以上。もう今更、プライマーに対する恨みは感じていない。道場を潰したことも、恐らくはただの偶然だっただけで。意図的にやったわけではないのだろうし。

三城にとってやっと人間になる事が出来た場所。

それを潰したのだから頭に来ているが、プライマーという種族に対しては、もう恨みはない。

人間も、同じくらいどうしようもないとしっかり理解出来ているからである。

だが、それはそれこれはこれ。

この下衆は叩き潰す。

道場に押し寄せてきた半グレと同レベルのカスだ此奴は。前は大兄と小兄に、隠れていろと言われて。

勝利を祈って待つ事しか出来なかった。

今は違う。

勝利を、実力で掴み取ってみせる。

勝利への道筋を、自分の頭で考えてみせる。

戦艦プライマーが、追ってくる。押し潰そうと言うのだろう。

だが、その時。

一華が、完璧な位置取りについていた。

「プロテウス、バーストモード! 全力照射!」

出力200パーセントの、硬X線ビーム砲の全力照射。技名をわざわざ叫んだのは、此処では闘志が何よりも大事だから、だろう。

一瞬にして敵船に着弾した硬X線ビーム砲は、黄金の装甲をバターのように溶かす。

照射されていたのは、七秒ほどだけだったけれども。

それでも。

七秒で、敵の節を一つ、まるごと真正面から打ち砕いていた。

複層構造という性質上、恐らく核兵器でも破壊するのは難しかっただろう装甲を、である。

これは、今までの攻撃が蓄積していたのも大きい。

文字通り節を切り離された戦艦プライマーが絶叫。今までのとは、明らかに違う絶叫だった。

痛み。苦しみ。

何よりも、絶対視している黄金を破壊された事に対する困惑。

黄金の装甲は、恐らくプライマーにとって、シンボル的なものだったのだろう。

明らかに動きがおかしくなる戦艦プライマー。

同時に、今まで以上の勢いで、怪物やエイリアンのゴーストが出現し始める。

戦艦プライマーは、ダメージコントロールの過程で、節を切り離し。後半部分と再連結したが。

その間に全員で、頭にしこたま攻撃を叩き込む。

空軍がその間にもう一度きて、だめ押しのミサイル一斉射。

クラーケンを全て撃墜。

更に、飛行型やヘイズも、まとめて相当数を薙ぎ払っていた。

「近場の基地のミサイルは撃ち尽くした! 支援は最後だ!」

「充分だ! 助かる!」

荒木大尉が応じている。

更に、ここぞとDE204が突入してくる。恐らく、ミサイル発射と同時に山県少佐が要請したのだ。

DE204が、ありったけの弾を戦艦プライマーの全身に叩き込んでいく。今のを見て、節を破壊出来ると判断したからだろう。

そこに、木曽少佐もあわせる。

雑魚敵を片っ端からマルチロックミサイルで粉砕していた彼女が、ここぞとリバイアサンミサイルを撃ち込む。

山県少佐が着弾支援。

リバイアサンが、戦艦プライマーの顔面を直撃。炸裂していた。

既に奴の顔は傷だらけ。

額の第三の目も、既に見られたものではないほどに傷ついている。

悲鳴を上げながら、もがき苦しむプライマーの因果の収束体。確実に、こっちが押している。

「……一華、まだやれるか」

「どうにか……」

「そうか。 総攻撃を続ける! あの頭を、破壊し尽くせ!」

「イエッサ!」

一華ももう余裕がない。口調で分かる。

だが、それは三城も同じだ。

ライジンを再び傷口にねじ込む。もう、貫通していてもおかしくない筈だが。それでも、まだ破壊しきれない。

大兄の狙撃が、傷口に入り込む。かなり効いたようで、戦艦プライマーは。奴は絶叫する。

もう、感情がグチャグチャになって、どうしようもない状況なのだろう。

だが、こっちもそろそろ限界だ。

闘志が砕けたとき、こっちも負ける。

それに、被弾する度にどんどん心の中で燃え上がる炎が消えているのが分かるのである。大兄の言葉は正しい、ということだ。

呼吸を整える。

精神論は排除。今は、戦闘意欲だけを保持することを考えろ。

武術だってそう。

心技体、とよくいうが。それは精神論を意味する心、ではない。どんなときでも冷静さを維持する心だ。

祖父は古武術家にしては珍しく、村上流の伝承の内、オカルトは殆ど教えてくれなかった。

あんなものは役に立たない。

そうとまで言い切っているのを何度か聞いた事がある。

祖父の教えは。

三城の中で、生きている。

ライジンを更に叩き込む。奴の心も限界。だが、こっちも闘志をいつまで燃やせるかどうか。

不意に、突っ込んでくるスキュラ。

まずい。地面に降りてチャージしていて。とっさに動けない。

あいつは本当にタフネスの塊だ。

如何に幽霊同然の状態でも、それはあまり変わらないだろう。

嫌にゆっくり、周囲の光景が流れる中。

目の前で、突っ込んできたのは。尼子先輩の大型移動車だった。

スキュラがそれに激突する。

今まで、何度も似たような光景を見て来た。

何度も何度も。

負けた世界で。どうしても敵を捌ききれなくなって。そして三城や、大兄や。他の誰かを守るために。躊躇なく、尼子先輩と長野一等兵は。

思わず、心臓が止まるかと思った。

だが、スキュラが大型移動車に、至近距離から猛毒の霧を叩き込もうとした瞬間。駆除チームのプロテウスが主砲で薙ぎ払い、倒す。

「尼子先輩!」

「大丈夫、目を回しているだけだ。 俺もあの若造も無事だ」

ボロボロの長野一等兵が立ち上がり、帽子を捨てる。頭から血が流れているが、死にそうにはない。

尼子先輩は。確かに、エアバックで目を回しているが、それだけ。

長野一等兵は嘆息して、運転席から尼子先輩を引っ張り出しつつ言う。

「いけ、もう時間がないんだろう」

こくりと頷く。

そして、三城は飛んでいた。

こっちを狙って、また戦艦プライマーが向きを変えた。主砲を発射されたら、多分大型移動車は助からない。

案の定、こっちを狙って来る戦艦プライマー。

一瞬おいて、主砲がぶっ放される。

間一髪、回避成功。直撃していたら、多分流石にもたなかった。そのまま、乱気流を利用して離れ。

そして、ライジンをぶっ放す。

直撃。悲鳴を上げる戦艦プライマー。徐々に、敵の攻撃が途切れがちになってきている。効いている。確実に。

それを見て取ったのだろう。

要領よく走り回って攻撃を回避していた山県少佐が叫ぶ。珍しく。

「海軍の最後の支援攻撃、使わせて貰うぞ。 みんな、さがれ!」

「座標指定は任せるッスよ!」

「わかってるぜえ。 食らえ、吹っ飛べやぁ!」

山県少佐も、相当に熱量が高い。

指定後、海軍から、一斉攻撃が来る。極超音速ミサイルの群れが、次々と、完璧に戦艦プライマーに直撃。

全身が明らかに脆くなっている戦艦プライマーの、黄金の装甲が凄まじい音を立てながら爆ぜる。

複層構造だから、全部を一瞬で破壊とは行かないが。

全身を、ズタズタにすることに成功する。

「これが、今ここにある最後のリバイアサンミサイルです!」

「やってくれ!」

「いきますっ!」

木曽少佐も、リバイアサンミサイルを発射。

誘導された超火力ミサイルは、極限の苦痛で全身をねじっている戦艦プライマーの頭を直撃。

ついに、頭が崩れ、崩落し始める。

それでも脳が露出したりするようなことは無い。

やはり。因果の収束だとかが原因で、もうあれは生き物ではない。脳みそとかがあっても、関係無い。

あの頭そのものが、全て演算ユニットなのだろう。

まだゴーストが降ってくる。

ネイカーだ。

アンドロイドも来る。

幾ら弱体化していても、それでも限界がある。倒れて、運ばれて行く兵士が見える。ケンが叫んだ。多分その兵士の名前だろう。

キャリバンが、戦場を離脱する。次が、突入してくる。だが、何度も行き来している車両だろう。

既に、装甲が限界近いのが分かる。

ゴーストになっても、キャリバンは優先的に狙う思考は残っているのだろう。

怪物共が集ろうとするが。

キャリバンの運転手はむしろ大胆に囮になって、敵を誘導。その意図を理解したらしい荒木大尉が、一斉射撃で敵をまとめて屠る。

「くそっ! 因果の収束だかしらないが、プライマーはどれだけ歴史を改変してきたんだよ! こいつらはその結果なんだろ!?」

「皆、気を付けるんだ。 プライマーは、この戦場にいない怪物も使役していた可能性がある。 それらが出現する可能性もある」

「これ以上は腹一杯だぞ……」

小田少佐に、プロフェッサーが無線で応じる。

それに対して、激戦で疲弊気味の荒木大尉が、流石に疲れきった様子で反応していた。

とにかく、やるしかない。

一秒でも早く。

みんながもっている内に。

大兄の狙撃で、更に戦艦プライマーの頭が欠損する。次々に欠片が剥落してくる。それでも、あのでくの坊を改造したらしい生体ユニットは、叫ぶ。

それはあまりにも痛々しい姿。

だが、許すことは出来ない。

プライマーも、結局は人間と同じ。トゥラプターのような誇り高い戦士もいた。責任感のある人物だって、平和を願う者だっていたのだろう。

だが彼奴は違った。

地球人にもたくさんたくさんいた。三城の血縁上の親とかいうカスと同じ。

だから、引導を渡す。

引導を渡すことは、恐らく慈悲になるが。

それでも、慈悲をくれてやらなければならない。

勝つためにも。

ライジンを叩き込む。

戦艦プライマーの頭の、顎から下が消し飛ぶ。叫ぶ事さえ出来なくなったが、それでも口をぱくぱくと動かしている。

小兄のバトルキャノンが直撃。

額にあった第三の目が、ついに欠片もなく消し飛んだ。

それでいて、鮮血が噴き出すような事もない。

彫刻でも床に落として砕いたかのように。ただ、剥落してどんどん地面に落ちていく。地面に落ちると、光の粒子を発しながら消えていく。

戦艦そのものの全体から、光が生じ始めている。

押し込んでいる。

呼吸を整え、走りながらライジンをチャージ。怪物は、全て味方に任せる。柿崎が、もう人間を止めているかのような動きで敵を斬りまくっている。柿崎も、影響は当然あるのだろう。

何度も同じようにして、歴史を遡って戦って来た。

ただ三城達ほどの悪影響は受けなかった。

それだけだ。

プロテウスにネイカーが集っている。だが、火力はいつものよりだいぶ弱い様子だ。プロテウスもダメージを受けながら、どうにか対応している。

しかしながら、もう皆が限界近い。

勝負の時は、もうすぐ側まで迫っている。

ライジンを叩き込む。

更に、大きく欠損した戦艦プライマーの頭部が、剥落した。地面に激突し、光になって消え去る。

「ほ、報告です!」

「どうした!」

成田軍曹が、血相を変えている。

これは、何かあったな。

だが、三城はそのまま、目の前の戦闘に集中する。それだけだ。

「世界各地の戦場で、プライマー達から光の粒子のようなものが迸っているようです!」

「何……」

「それと同時に、動きが鈍り始めました! 左右両翼の戦場でも、同じような現象が起きている様子です!」

「……あの戦艦と同じだな」

千葉中将が、必死に指示を飛ばしているようだ。

誰か支援できないか。

だが、今は弱体化しているとは言え、大量の飛行型とヘイズが空域にはいる。DE204が危険を冒して突入すると言っていたが。一華が止めていた。

戦略情報部の少佐が、冷静に分析する。

「歴史を変え続けた因果の収束。 それが起きているとしたら。 恐らくは、その影響が地球全体に波及し始めているのでしょう」

「もうすぐ勝てると言う事か!?」

「いえ、ストーム隊……特にストーム1の体からも、同じような光の粒子が迸っているのが確認できています。 これは、どちらかが落ちると言う事だと思われます。 決着は近いでしょう」

「くっ、何か支援できるものはないか! 衛星兵器は! テンペストは!」

どちらも駄目だと返答がある。

敵が鈍り始めているとしても、左右両翼の軍は死闘を続けていたのだ。此処に増援なんて寄越す余裕はないだろう。

三城が。

皆が、ここであの戦艦を落とすしかないのだ。

大兄の狙撃が、更に敵の頭を砕く。

一華のプロテウスカスタムが、一度きりのフルパワー以上での攻撃をしてから、明らかに柔らかくなっている。

それ以上に。

恐らく、歴史をもっとも主体的に変えてきた大兄のライサンダーZの火力が、目に見えて上がっている。

あれはもはや神話に出てくる、必中の神々の武器。

それと遜色ない威力を有している。

数百発のミサイルに余裕で耐え抜いたあの頭が。次々と砕け落ちる様子を見て、皆が叫んだ。

「ストーム1! お前達は希望だ!」

「お前達こそ……本物の守護神だ! やってしまえ!」

「ストーム1、お前達は……地球最強の戦士だ! 撃ち抜け!」

ストーム隊の皆が、傷だらけで叫ぶ。

三城は、頷くと。

ライジンを叩き込む。

ついに、戦艦プライマーの頭の左半分が吹っ飛ぶ。それでも主砲を放とうとし、隕石を降らせて来る。

至近に隕石が直撃。

吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられるが。それでも立ち上がると、雄叫びとともにライジンをもう一発叩き込む。

更に残っている部分が剥落する。

「皆、あわせろ。 最後の一斉攻撃だ」

「了解!」

「わかった」

「任せろッス!」

一華は、動きが明らかに鈍くなっている。多分、愛用のPCが壊れたか、壊れていないにしてもかなり酷いダメージが出たのだろう。

それでも、もはや地球の守護神と化したロボット、プロテウスカスタムとともに、空への攻撃を続行し続ける。プロテウスカスタムも光を発しながら、主砲を撃ち込み続けていた。

四人での、最後の一斉攻撃。

全部が着弾。

同時に。

戦艦プライマーが。停止。

空中で、船体全部が、全て崩壊を開始する。

生唾を飲み込む。

こう言うときは、やったかとか言ってはいけないのだ。それは、三城も知っている事だった。

戦艦プライマーの全体が崩れ落ち。空の異常な色が収まり始める。

最後に、頭部の最後に残っていたものが落ちてきた。

それはなんだか分からない。

だが。何かのトロフィー的なものに見えた。

あいつの、誇りだったのかも知れない。あれでも、それなりに地位のある軍人だったのだろうから。

大兄が近付いていくと、それを至近から撃ち抜く。

粉砕されたそれが、最後のとどめとなったのだろう。周囲から、ゴーストが消えていく。

誰に言われずとも分かった。

勝った、と。

 

4、全てが終わり全てが始まる

 

勝報に絶叫する周囲。

成田軍曹は、それでも情報収集を続けていた。そして、不可解な情報が入る。

「! 世界中で、戦場に何か出現しました! 平べったい円形の飛行物体です!」

「なんだと」

「空軍のものとは思えません。 形状は若干プライマーの輸送船に似ていますが……より高度なもののようです」

ひっと、だれかが声を上げる。

それを、プライマーの援軍だと判断したのだろう。

もう、地球に戦う力なんて残っていない。そう言いたいのかも知れない。

だが、それらは攻撃などしなかった。

「現地より報告! 怪物が、未知の飛行物体に回収されているようです! 戦地に残っていたコロニストも同様の模様!」

「……」

プロフェッサーが黙り込む。

報告は。左右両翼の軍勢からも来た。

「此方ジョン中将。 なんだかしらんが、敵は撤退を開始したのか?」

「分かりませんが、刺激しないようにしてください。 あれはプライマーの兵器とはデザインなどに相違点がみられます。 恐らくは違うエイリアンです。 敵対行動を見せていない以上、今は刺激しない方向で動いてください」

「此方大内少将。 何とかタイタンはもったがのう、もう走れそうにも主砲を発射できそうにないのう。 それでなんじゃあれは」

「分かりませんが、とにかく様子見を……」

吸い上げられていくプライマーの軍勢。マザーシップは、数隻の船に囲まれるようにして空に。そして、宇宙へと消えていった。

元々動きが鈍っていた怪物やコロニストは、程なく掃除機がゴミを吸い尽くすようにして、全て消えていた。

そして、ふと気づく。

戦場を確認する。

ストーム1の三人。ストーム2、ストーム3、ストーム4。

全員が揃っているように見える。

違和感はなんだ。

誰か、嫌われても良い。

絶対に支援しなければならない人達がいた筈だ。その人達の姿が見えない。不安が押し寄せてくる。

「荒木大尉!」

「どうした、成田軍曹。 こっちはもう、ゴーストどもも消えたぞ。 今、トリアージと負傷者の手当てをしているところだ。 ありったけのキャリバンと軍医を寄越してくれ」

「は、はい! 手配します! そ、それで……ストーム1は」

「三人とも無事だ。 ……? なんだか違和感があるな。 柿崎少佐、山県少佐、それに木曽少佐……」

だが、すぐに荒木大尉は気持ちを切り替えた様子だ。

そして、成田軍曹も。

今は、とにかく一人でも負傷者を救わなければならない。そう判断し、手配を続ける。そうこうしている内に、謎の船は消え去り。

プライマーも、世界からいなくなっていた。

「因果の収束は終わった。 歴史は、決定した。 この世界は、人類の勝ちで……プライマーがいない世界で、固定されたんだ」

「プロフェッサー、貴方が恐らく最大の功労者だろう。 礼を言うぞ」

「我々からも、礼を言います。 戦略情報部は、必ずしも貴方を常に適切にサポート出来た訳ではありませんでした。 それについての謝罪もします」

「……ありがとう」

どうしたのだろう。

プロフェッサーは、何か言いたそうにして、そして飲み込んだ。

そして、急速に。

成田軍曹の中から、違和感も消えて行っていた。

英雄荒木大尉が、これから凱旋する。世界中はこれから復興に進む。

プライマーのテクノロジーは残った。

プライマーが持ち込んだ物資も。

これで良かったはずなのに。

何かが、足りない気がした。

 

プロフェッサー林は覚えていた。

全て、忘れずに覚えていた。

それはそうだ。村上家の三兄弟と。凪一華よりも一周多く、破滅の世界を経験しているのだから。

因果が収束した事により。あの四人は。戦艦プライマーとともに、歴史を安定させるための存在となった。

そして、歴史から消えた。

特異点が故に。

だが、あくまで人間から見えなくなった。高次元の存在となった。それだけなのだと思う。

これで、戦争は終わりだ。

だが、涙が止まらない。眼鏡を外すと、何度も拭った。悔しい。そう思うが。どうにもできなかった。

或いは、フォリナと同じような存在に、あの四人はなったのかも知れない。

その方が、まだ心に整理もつけられる。

何より、プロフェッサーの仕事は、まだ終わって等いない。

この戦争は終わった。

だが、人間は何一つ、変わって等いないのだ。

戦争が終われば、すぐに邪悪な毒虫共が地面の下から這いだしてくる。利権を独り占めにしようとする。

そうして、いずれ太陽系の外に、我が物顔に出ようとするだろう。

資源を略奪し、文明があった場合は侵略するために。

人間とはそういう生き物だ。

都合が良いときだけ人間は動物で自然の一部などといい。自分の蛮行を正当化する。

そして都合が悪いときは法の保護を求める。

それはもう分かりきっている。

これから、人類がプライマーと違う道をたどれる可能性は、決して高くは無い。放置していれば、絶対に同じ過ちを犯し。フォリナに一瞬でねじ伏せられるだろう。

そうならないように。

プロフェッサーは、あがかなければならない。

これからの戦いも、今までと同じか。それ以上に厳しいものへと変わっていく事は確定だろう。

それでもやらなければならない。

身も心も。

存在も。

何もかも削りながらも、戦い抜いた戦士達のために。

今地球に残っているストーム隊だけでは無い。

誰よりも勇敢で、最強だった。

文字通りの、人類史上最強の四人。そして、歴史の特異点だった、相棒達のためにも。

 

(続)