リングの最期

 

序、リング猛攻

 

壱野には分かる。

リングはまだ切り札を隠している。

制御装置を二つ破壊され、中枢制御装置であるスピネルにダメージを受けていてもなお、プレッシャーを感じるからだ。

そして壱野の勘は当たる。

今のうちに、負傷者は手当てを。

叫んで、自身は触手砲台を狙う。

片っ端から叩き落としながら、味方の負担を減らす。スピネルはなかなか開かない。制御がかなり厳しい状態だろうに。恐らく知っているのだ。此方も、既に弱点を看破していると。

あれはプライマーの兵器では無い。

フォリナの兵器ですらない、ただのタイムマシンだ。

恐らく本来の機能は、タイムマシンとしての能力だけ。武装については、プライマーが装備したのだろう。

それについては、言われる前から分かっていた。

「スピネルの熱量反応、上昇しています! 恐らく数秒以内に、放熱のために開くと判断して良いかと思います!」

「よーし、放熱どころではなくしてやるか……」

「山県少佐、頼むッスよ」

「ああ、まかせておきな」

山県少佐が、攻撃地点を指定。

まだ来る高機動型と、少しずつ増援が出ている触手砲台を粉砕しながら、機会を伺う。プロテウスが来てくれた事。

更には、プロテウスカスタムが控えている事。

これが大きい。

此方は殆ど、全滅寸前だったのだ。

それが、此処で一気に戦力を得た。これ以上、好き勝手をさせるものか。絶対に此処で終わらせる。

プライマーもそのつもりだろう。

この泥沼に首まで浸かった両者の戦い。

ましてやプライマーは戦争も今までろくにしたことがない文明だ。

一度人類の無茶な凶暴性に晒されてしまったら。

その影響を受け。

怪物と化してしまうのも、仕方がないのかも知れない。

そして、そんな生物を外宇宙に解き放つわけにはいかない。

そう判断するフォリナも、また間違っていないのかも知れなかった。

スピネルが開く。

露骨に周囲の気温が上がる。

山県少佐が、完璧なタイミングで衛星兵器の起動を指示。空から、一筋の破壊光線が撃ち放たれた。

「バルジレーザー、照射!」

無線で、その言葉も聞こえる。

バルジレーザーはスピネルを直撃。高出力のレーザー兵器だ。大型の敵も短時間で灼ききる火力だが。

スピネルは耐える。

だがストーム2の三人がブレイザーを同時に。壱野もライサンダーZを撃ち込む。弐分がバトルキャノンを、三城もライジンを。

ストーム3は周囲の露払い。

ストーム4は、モンスター型で集中攻撃。

駆除チームのプロテウスも、主砲でスピネルを撃ち抜く。

それぞれスピネルを狙い撃っていた。

何度も超高熱で、スピネル周辺の空気がプラズマ化して爆発を引き起こす。これなら放熱どころではないし。

何より絶対にスピネルにダメージが通る。

だが、それでも。

バルジレーザーが発射を終えた時。

スピネルは、まだ空中に浮いていた。

傷は、ついている。

だが、これでも落とせないのか。とんでもなくタフな兵器だ。驚かされる。ともかく、無言で戦闘を続行。

小田少佐がぼやいていた。

「くそ、倒せる気がしねえ……」

「必ず倒せる! マザーシップですら、俺たちは落として来た!」

「そうだな……」

「今のうちに負傷者の手当てを! この様子だと、まだリングは戦闘力を残しているとみて良い!」

荒木大尉が声を張り上げ、大型移動車のキャリバンを利用して負傷者が応急処置を受ける。

こんな所に飛び込んでくるキャリバンも、民間から来てくれた医師も凄い。

死なせる訳にはいかない。

尼子先輩は、全く怖れずにここに来てくれた。

本当に、先輩と呼ぶ事に抵抗がない人だ。戦闘力は低いかも知れないが。それは馬鹿にする事には一切関係ない。

勇気を確実に持っている戦士だ。尼子先輩は。

だからこそ、ストームチームの一員と言える。

戦闘を続行。敵の攻撃は若干弱まっているが、まだまだ増援は来ている。嫌な予感がしている。

これは恐らくだが、敵も敢えて攻撃に緩急をつけている。

不意を突くためとみて良い。

いつでも、最終攻撃に出てもおかしくない。

そう判断して、気を張っていると。

ほどなく、再びスピネルが開く。

そして、それと同時に。

今まで出現していた触手砲台が、一気に伸びた。古い触手砲台は独立して浮遊を開始。巨大ななんらかのビームを放つ主砲を持つ砲台が、八本。新たに出現していた。

「!」

「見た事がない武装です! 極めて危険な兵器だと推測されます! 即座に破壊してください!」

戦略情報部の少佐が、警告を飛ばす。

先端の巨大砲台は、虹色に輝いていて、凄まじい殺意を放っていた。この警告は妥当だ。そう壱野も判断する。

交戦開始。

荒木大尉が叫ぶ。全員が、一斉攻撃を開始する。

虹色の砲台は今までにない巨大さで。さっきの巨大砲台よりも、火力が異次元に大きいのが一目で分かった。

だが、対処できるはずだ。

出来ないものを、フォリナは持ち込む事を許さない筈だからである。

フォリナに対する信頼、なんてものはない。

単にルールを把握しているだけだ。

マザーシップも、落とせるようになったら普通にどうにでも出来る代物だったし。大型船だってしかり。

「負傷者は建物の影に隠れろ! 恐らく大出力の砲だが、建物を破壊出来る性能は持っていない様子だ! プラズマ砲だけに注意しろ! それ以外の人間は指示をした砲台に集中攻撃!」

「イエッサ!」

「ばかでかい気色悪い代物たくさん生やしやがって! 全部叩き落としてやる!」

駆除チームのプロテウスが、主砲で全力で応戦。

強大な触手砲台への反撃を開始する。

凄まじい火力だが、何とか応戦は出来る。次々に爆発が巻き起こる。倒れる兵士。盾を構えたストーム3の隊員が、盾が一瞬でやられてしまうのを見て唖然とする。ジャムカ大佐が吠える。

「盾は使い捨てだ! すぐに捨てて戦闘に戻れ!」

「い、イエッサ!」

「恐ろしくタフだぞ、畜生!」

「同感だ! なんて兵器を作りだしやがる!」

小田少佐がぼやき、浅利少佐もそれに珍しく同意する。

壱野も、淡々と、一箇所にピンホールショットを決め続ける。総力を挙げての攻撃が実を結び、ついに巨大砲台が一つ、火を噴きながら爆発四散。

だが、辺りは虹色の殺意に満ちあふれ。薙ぎ払う砲台からの攻撃は、手当たり次第に周囲を蹂躙していた。

アンドロイドも多数巻き込まれている。

「常時移動を続けろ! 負傷した兵士は、補給車に詰め込め!」

「火力が大きすぎます!」

「泣き言をいうな! 元々無茶苦茶な作戦だ!」

馬場中尉が叱咤。

いつも、これで最後だ。

そういいながら、リング攻撃作戦に参加してくれた人だ。

これだけ優勢な世界でも、中尉止まりだったのは。恐らくは不平屋だったことが、悪目立ちしていたからなのだろう。本来は佐官になっていても不思議では無いくらいの実力者である。

壱野は狙撃しながら、相手の動きを観察する。

何となく、分かってきた事がある。

「荒木大尉!」

「どうした!」

「あの巨大砲台は、此方を狙っていません。 無差別に攻撃を続けています。 しかし他の砲台は、此方に集中狙いをしているようです」

「……なるほど、分かった。 いずれにしても、巨大砲台を破壊するのが最優先事項だ!」

荒木大尉は、即座に状況を把握。

一華が、忙しくキーボードを叩いている。これは、ひょっとすると。

巨大砲台の動きを解析しているのか。

三城がライジンを叩き込み、巨大砲台の一つに大きなひびが入る。攻撃は、あらゆる種類が通るようだ。

これが、フォリナが使用を許可した理由かも知れない。

ジャンヌ大佐が、あわせろと叫び。

ストーム4が、モンスター型の一斉射を行う。応急処置をして戦闘復帰したばかりのシテイ少佐も、完璧なタイミングで砲台の傷にモンスター型の火線をねじ込んでいた。

文字通り、砲台の内側から炎が噴出し。

そして炸裂する。

虹色の、明らかに目に優しくない光。

まるで、クトゥルフ神話の邪神が暴れ回っているかのようだ。元は素朴に己を創造した神に憧れていた素朴な種族だっただろうに。

神の真実を知った結果化け物になり。

その末路がこれか。

だとしたら、人間はどこまで罪深い。

自責論でプライマーを糾弾するのは簡単だ。

だが、その場合。

プライマーをこんな輩にしてしまった人間にも、等しく責任がある。

フォリナの言い分を全面的に正しいというつもりはないが。

それは確かに、筋は通っているとは言えた。

とはいっても、今は戦う事が最優先だ。

「出来たッスよ!」

「おう参謀、何が出来たんだ!」

「今、全員のバイザーに共有するッス! あの巨大砲台の攻撃、どうも動きに一定のパターンがあるみたいッスから! 危険地帯を表示する支援プログラムを組んだッス!」

「ありがてえ!」

一華の言葉に、小田少佐が調子が良い応じ方をする。

ムードメーカーは、こう言うときに大事だ。

アンドロイドの残党は、柿崎が全部まとめて片付けてしまい始める。それを見て、荒木大尉は砲台への全力投射を指示。

この場に生き残っている兵士達だ。

みんな、それに応じて動き始める。

弐分が行く。

巨大砲台の攻撃パターンが読めるのなら、接近戦が一番良い筈だ。突貫すると、凄まじい何かの極太ビームを放っている巨大砲台に、ゼロ距離からデクスターの射撃をしこたまたたき込み。更にスパインドライバーの凶悪な質量を叩き込んで、その場を離れる。巨大な傷が穿たれた巨大砲台。

壱野が、一番深い傷を即座に撃ち抜く。

それが致命傷になり。

おぞましい光を放ちながら、巨大砲台が爆発。

四散して、ばらばらに破片が落ちていった。

これで、三つ。

バイザーに表示される危険地帯が、露骨に減る。

「一華、プロテウスに乗り換えないのか」

「今は、まだ此奴で……エイレンWカスタムで相手をするッス!」

「了解。 それがずっと、相棒だったものな」

「分かっているじゃないッスかリーダー!」

一華のエイレンWカスタムも、収束レーザーを叩き込んで、確実に敵にダメージを与え続けている。

四つ目の砲台に集中攻撃が続く。

倒れる兵士が増える。

砲台からの極太ビームに倒される兵士は殆どいない。むしろ、触手砲台の節を為している大量の小型砲台。

更には、先の戦闘で破壊された残骸。

浮いている、小型砲台の群れ。

これらが、巨大砲台の超火力に紛れて。

確実に、兵士達に負傷を蓄積させていく。

また誰かが悲鳴を上げて倒れた。プラズマ砲の直撃を受けて、吹っ飛ばされたのである。

壱野もトゥラプターとの戦闘で、口にはしていないが彼方此方洒落にならない痛みがある。

本来なら手当てを受けるべきだが。

此処を最後だと決めている。

だから、もう必要ない。

「ストームチーム、良いだろうか」

プロフェッサーが無線を入れてくる。

先進科学研も戦略情報部も、総力を挙げて敵の解析をしている筈だ。総力戦の最中であるのは、向こうも同じだろう。

雑談では無さそうだと思って、耳を傾ける。

「リングの防衛装置は、明らかに過剰だ。 恐らくだが、これは君達だけを屠るためにプライマーが用意した装備だとみて良い」

「俺たちだけを相手にするために? それはまた随分と豪勢な話だな」

「君達の戦闘力は軍団規模の兵士に匹敵する。 これくらいでも足りないだろうさ。 それに戦闘の様子を見ているが、敵にはタフネスが明らかに足りない。 プロテウスの主力部隊だったら、なぎ払える程度の戦力でしかない。 最終防衛装置とみて良い。 それさえ潰せば、もう敵には後がない!」

「そうか、そうだと良いんだがな……」

荒木大尉が呻く。

既にストーム3、ストーム4からも負傷して一旦後退する人員が出始めている。馬場中尉が連れて来た特務も、半数ほどが補給車で手当てを受けているか、脱落した状況である。

左右両翼の戦闘についても、無線が入ってくる。

「右翼部隊は大混戦が続いていますが、ジョン中将の必死の指揮でどうにかやや有利の戦況を維持! 左翼部隊は大友少将と大内少将の連携で、必死に敵の猛攻を食い止めています! あ、タール中将が……タール中将が復帰しました! 負傷がひどいという話なのに!」

「タール中将、無理はするな!」

「俺にも出来る事はある。 最後の残存戦力と、助っ人を連れてくるくらいのことだがな」

「ジェロニモ少将、現着! これより右翼部隊の戦闘に参加する!」

左翼にはジョン中将が。

右翼にはジェロニモ少将が。それぞれ一旦撤退した兵士を再編制して、それぞれ戦闘に参戦。

プライマーの猛攻を押し返し始める。

どちらも、一部隊でも敵を取り逃したらストーム隊は終わりだ。

人類は総じてろくでもないが。

それでも、決死の覚悟で指揮をしている。一緒に戦ったこの人達は立派だと、壱野は思う。

だからこそ、壱野は。

この戦いが終わったときには。

この星を、早々に去らなければならないのだろうが。

四つ目の巨大砲台に、相馬少佐のエイレンWカスタムが収束レーザーを叩き込む。そこに、駆除チームがプロテウスからミサイルを乱射。大型ミサイルの群れが、周囲の小型砲台ごと、巨大砲台を直撃。

更に、雄叫びと共にぶっ放されたプロテウスの主砲が、大型砲台を直撃。

爆散させていた。

呼吸を整えながら、次の砲台を撃つ。目立つ動きをしている、小型砲台の群れも、順次撃ち抜く。

小型砲台は、どれもライサンダーZで一撃粉砕できる。

柿崎が周囲を飛び回って、アンドロイドはまとめてねじ伏せているので、全て任せてしまう。

山県少佐が、上空に雷撃爆弾をぶち込む。

攻撃だけしか考えていない小型砲台が。次々と炸裂する強烈な電気の嵐に巻き込まれて、爆散していった。

木曽少佐が戻って来て、ありったけのミサイルを上空に。

取り柄がないと嘆いていた木曽少佐だが。

実際には、単純な瞬間殲滅火力だったら、この中でトップだ。

多数のマルチロックミサイルが、小型砲台を一撃確殺する。だが、次々に増援が湧いてくる。

アンドロイドが増えてきている。

小型砲台の代わりはないようだ。砲台は、どんどん数を減らしている。

五つ目の巨大砲台に集中攻撃をする。流石に硬いが、どんどん傷が増えていく。

無線が入った。

「こちら特殊作戦コマンド」

「む、確か潜水母艦の直下部隊か」

「間に合いました!」

成田軍曹の声と同時に、大型ヘリが戦場に乱入してくる。輸送用の大型ヘリは、プロテウスを積み込むことも出来る程のものだ。

このタイプのヘリは、確か小型の前哨基地をそのまま展開出来るはず。

潜水母艦から、途中の基地を何度か経由して、飛んできたのだろう。

「潜水母艦から四百q飛んできたぞ! 英雄と戦うために!」

ヘリが若干乱暴に着地すると、一個中隊ほどの兵士達が、ばらばらと降りてくる。戦闘要員は半分ほどのようだ。

即座に一華がバイザーに情報を展開。

それを見て、指揮官らしい人物が頷く。

工兵が展開。

前哨基地を作り始める。分厚い装甲を連ねた壁だ。すぐに補給車と大型移動車が、其方へ移動を開始。

見覚えがある兵士がいる。

ケンだ。

中尉まで出世したらしい。

ブレイザーを抱えていた。

「参戦します!」

「許可する! 指示をした忌々しい砲台を片付けてくれ!」

「よし。 半数は工兵を支援! クソアンドロイドどもと、砲撃から工兵を守って迅速に前哨基地を作りあげろ!」

「イエッサ!」

戦闘が更に過熱していく。

発狂したかのような色で輝き続ける巨大砲台。まずは、あれを全て破壊しないと、いつ戦況が逆転するか、分かったものではなかった。

 

1、リングの総力

 

六つ目の巨大砲台が落ちる。プロテウスが集中攻撃を受けて、後退。バッテリーも限界なのだろう。

一華のエイレンWカスタムも、既に傷だらけだ。

そもそもリング直下で待ち構えていた精鋭エイリアンとの戦闘でも、相当にダメージを受けた。

相棒のエイレンWカスタムが、まだ動いているのは奇蹟に近い。

アラートとエラーが鳴りっぱなしだ。

もう、このエイレンWカスタムは駄目かも知れない。

だが、この戦闘が終わるまで。

更には、恐らくだろうプライマーが用意しているだろう最終決戦兵器を潰すまでもてばいい。

それ以上を、一華は望まなかった。

増援部隊が前哨基地を作り、逃げ回っていた補給車と大型移動車が、其処へ逃げ込む。

恐らくフェンサーのシールドの技術を大規模にしたらしい、かなり豪華な防壁で守られた砦だ。

あまり規模は大きくないが、塹壕なんぞよりずっとマシ。

急いで其処に避難する兵士も多い。

壁の内側から、ブレイザーで敵を薙ぎ払う。

一方。リーダーは荒木大尉と同様、歩兵でありながら最前線でずっと戦い続けている。

無傷じゃあない。

ずっと小型砲台の猛攻に晒され続けている。

アンドロイドは柿崎がとても楽しそうに斬り伏せまくっているが。それでも、いつ狙われてもおかしくない。

舌なめずりする。

相馬少佐のエイレンWカスタムがさがる。バッテリーの交換のためだ。前哨基地は、もう完成していて。補給車の物資を、トーチカ状態にした格納庫に全て積み降ろしているようだった。

忙しく各種情報に目を通しながら、ゆっくりさがる。

弐分が飛び回って小型要塞と、高機動型アンドロイドを叩き潰しまくっているが。一華はあそこまで最前衛でアグレッシブに動けない。

そのまま、少しずつ下がり。

相馬少佐のエイレンWが戻って来たタイミングで、一気に後退。前哨基地に逃げ込んだ。

すぐに工兵が来て、バッテリーの交換を開始。

長野一等兵が、小型のクレーンに乗ってこっちに来る。そして、機体のパーツを無言で幾つか交換した。

「自分でも分かっているだろうが、応急処置が精一杯だ。 こいつはもう助からんぞ」

「分かっているッスよ。 エイレンWカスタム、すまないッスね。 もう少し、頑張ってほしいッス」

「日本人は機械に愛着を本当に持つんだな……」

ブレイザーのバッテリーを交換に戻って来ていた馬場中尉の部下がぼやく。

負けている歴史の地下街で何度か顔を合わせた人物だが。

確か、欧州の小国の出だったはずだ。

負けている歴史では、その小国は住民の一人も残さず殺されたとか。

なお、負けている世界でいつもクルールやスキュラやクラーケンにSAN値チェックを失敗していた人物でもある。

だがこの世界では、最後まで戦ってくれそうだ。

「よし、応急処置だが終わった。 行ってこい!」

「長野一等兵。 今まで聞いてこなかったッスけど、家族は?」

「妻はいた。 だが何だか言う変な団体と思想にはまって、娘と一緒に出ていった。 後で娘は妻の所を離れて、俺の弟の所に逃げ込んだらしい」

「……」

ああ、道理で。

長野一等兵は、何というか厳しすぎると思っていたが。

それは家族への接し方を間違えたという罪悪感から来ていたのか。いや、家族と言うよりも他人ヘか。

この人、ひょっとしたら昔は優しいおじさんだったのかも知れない。

だけれども。

今聞いた団体の名は、最悪のフェミニズム団体として知られるカルトの一つだ。そんなのに妻を走らせたのは、自分の考え方が原因だったと思うなら。

そう考えるのも、不思議ではないのかも知れない。

「そういうお前は」

「私はずっとひとりぼっちッスよ。 具体的な話をすると、多分身に危険が及ぶッスわ」

「そうか」

「行ってくるッス」

何となく、一度長野一等兵にこれだけは聞いておきたかった。

何だか何だで、ストーム1のメンバーは、家庭環境が色々特殊な人ばかりなのかも知れない。

村上三兄弟にしても、リーダーと弐分、三城は腹違いだ。

柿崎は元々あんな感じで狂っていたようだし。

山県少佐は、軍で拾われなかったらホームレスにでもなっていてもおかしくない。

唯一まともそうに見える木曽少佐だが、家庭の話を聞くと全く応えてくれない。

尼子先輩だって、似たようなものらしい。

尼子先輩がどれだけ勇敢に、負ける歴史の度に皆の盾になって死んで行ったか。尼子先輩を馬鹿にしている連中は、最後まで知らなかっただろう。

一華は、集中し。

切り替えると、出る。

七つ目の巨大砲台が、暴れ狂っている。だが、危険範囲はしっかり見切った。

攻撃を集中しているリーダーに加勢。

収束レーザーを叩き込む。

だが、壊れない。プロテウスは、今修理の真っ最中だ。この状況で、敵が更に増援を繰り出してくるとあまり嬉しくは無い。

弐分が戻ってくる。そして、前哨基地に直行。

最前線で暴れ回り続けていたのだ。

フェンサースーツも、既に限界が近かったのだろう。パワードスケルトンに不具合でも生じたら。それこそ一瞬で消し炭になりかねない。珍しい、盾を使わないフェンサーなのである。

「リーダー。 一旦さがって補給と休憩を」

「分かった。 頼むぞ」

一華が最前列に出る。

もってくれよ電磁装甲。

いこう、エイレンWカスタム。

ずっと同じ戦場を駆けてきた。一華がずっと無茶ぶりをしたのに、それに答え続けてきた。

最後まで使って壊してやるのが、道具への供養だという話は聞いたことがある。

だが。エイレンWカスタムは酷使しすぎた。

今壊してしまうのは。

自己満足に過ぎないだろう。

だから、最後まで一緒に戦う。アラームが一際大きく鳴った。みると、レールガンがもう駄目っぽい。

細かい破損が蓄積して、レールガンへの電気供給が怪しくなり始めている。だが、さがるわけにも行かない。

ならば、温存していたレールガンは、此処でどうにかしてしまうか。

ストーム2、ストーム3が、リーダーと弐分の穴を埋めるべく前に出る。三城がライジンを叩き込んだが。

まだ巨大砲台は壊れない。

ピンホールショットを決めないと駄目か。

機械でも無理な狙撃を決めるリーダーみたいなのがいないと、彼奴は倒せないというのか。

上でぱかぱか開いているスピネルが、此方を挑発しているかのようでちょっと苛立つが。そんなものは、今までの戦いに比べれば何てこともない。

精々くだらない挑発をしていろ。

そう思いながら、一華は無言で、レールガンをぶっ放す。

勘違いしている人がいるが、レールガンは立派な質量兵器。電磁誘導によって弾丸を加速して撃ち出す、いわば電気式の鉄砲だ。

その加速力は凄まじい反面、おぞましい程電気を食う。

だから、世界中の軍事ノウハウを蓄積したEDFですらも、実戦投入にはだいぶ時間が掛かった。

それをプロフェッサーが改良したのが、現状のレールガンだ。

正確には、先進科学研がプロフェッサーの持ち込んだデータを元に、改良していったものだが。

レールガンの弾は凄まじい速度で、文字通り一瞬で着弾する。

反動が小さいのもレールガンの特徴だ。

何しろ弾を火薬を炸裂させて打つのではなく、加速して放り投げるのが実際には近いからだ。

だが、それでもエイレンWカスタムが揺れる。

すまない。

でも、もう少しだ。頑張ってくれ。

敵の巨大砲台は、今ので明らかに致命傷を受けた。其処に、小田少佐がロケランを熟練の技で直撃させる。

ロケランの大火力がとどめになり。

巨大砲台、七つ目が沈黙。爆散していた。

「イヤッホウ!」

「二人とも、グッドキル!」

「もう、レールガンが壊れるッスわ。 次の一発にも、あわせてほしいッス」

「任せろ! 俺は大将の代理としてはちいとたよりねえがな。 それでも、あれだけ戦い続けた大将が戻ってくるくらいまでは、踏ん張って見せらあ!」

小田少佐はそう叫ぶが。

ふっと笑って、ジャムカ大佐がガリア砲を集中射撃し、最後の巨大砲台に淡々と大穴を開ける。

ストーム3も全員息ぴったりである。ストーム4によるモンスター型の集中投射も、更に傷を穿っていた。

エイレンWカスタムのレールガンを放つ。

同時に致命的エラーが発生。

レールガンが、自動でパージされていた。

明らかに目に悪い虹色の爆発が、視界を覆い尽くすので。思わずバイザーの光量を調節していた。

元々、最後の巨大砲台もダメージを受けていたのだろう。今のがとどめになった、ということだ。

「一華中佐!」

「大丈夫、レールガンがやられただけッスよ! 私もエイレンWカスタムも、まだいけるッス!」

「流石だな。 だが、タイミングを見てプロテウスカスタムに切り替えろ!」

「分かっているッス!」

あの設備が充実した前哨基地だ。プロテウスカスタムも、七割程度の性能から、フルパワーまで仕上げられるかも知れない。

駆除チームのプロテウスが戻ってくる。

空には、まだ多数の自動攻撃砲台が浮いていて。しかもそいつらは、パターンを作って攻撃してきていた巨大砲台と違って、好き勝手に動き回っている。

荒木大尉が、即座に切り替える。

「まずはあの砲台を駆逐する! ある程度数が減ってきたら、スピネルへの攻撃を再開するぞ!」

「イエッサ!」

「へへ、衛星兵器行くぜ! 皆、さがりな!」

山県少佐が、ぐいっとチューハイの缶を飲み干すと、座標を指示。

酒をいつも入れているのに、あれでちゃんと正確な攻撃誘導が出来るのだから不思議である。

直後、拡散型の衛星兵器であるスプライトフォールが、空から破壊の光を降り注がせる。まとめて数十の自動攻撃砲台が爆発四散していた。

「素晴らしい! これを作った者はまさに天才! そう、つまり私こそが天才よ!」

高笑いが聞こえてげんなり。

コレを作ったらしい女科学者さんは、相変わらず楽しそうで何よりだ。

しかも既婚者で子持ちらしい。

結婚制度というのはまったく分からんな。

そう、今後結婚する気は一切ない一華は思うのだった。

とにかくだ。敵の制空権に穴が開いたのは事実。更には、東京基地から来たらしい戦闘機隊が。

低空飛行から、空対空ミサイルを放って戻っていく。

援護としてはほぼ完璧。

空中の自動砲台が、更に多数撃墜される。

リーダーが戻って来た。弐分も。

今しか、好機は無いかも知れない。

「村上壱野、戻りました!」

「同じく村上弐分、復帰!」

「よし、皆は対空攻撃を続けてくれ! 相馬!」

「おう!」

相馬少佐のエイレンWカスタムもダメージは酷いが、武装は無事だ。

更に駆除チームのプロテウス。

こっちも、主砲をフルパワーでぶっ放せる。

スピネルが開く。同時に、大量の小型浮遊砲台が、リングから出現。もう触手状の形態を保つ事さえしていない。好き勝手に飛び回りながら、攻撃をしてくる。コマンドシップの砲台のようだ。

「今だ、叩き込んでやれっ!」

全ストームチームに加え。駆除チーム、馬場班、更には特殊作戦コマンドの総力を挙げての攻撃がスピネルに着弾。

一華も収束レーザーを叩き込みながら。プロフェッサーに連絡。

「テンペストの要請、いけるッスか?」

「ああ、何とかなると思うが……」

「もう一つ。 スピネルの開閉時間に予想はつけられるッスか」

今までの戦闘を見て、スピネルの開閉タイミングは全て把握している筈だ。完全記憶能力。

それがプロフェッサーの強みだからだ。

スピネルが閉じる。

まだ、これでも壊せない。だが、それは分かっている。最初に総攻撃を仕掛けたときも、衛星兵器まで叩き込んだのだ。

それでも壊れなかった。

まだ壊れないのは、予想の範囲内である。

「分かった、バレンランドと連絡して、恐らくスピネルが開く時間に其方にテンペストを飛ばして貰う! 誘導は頼むぞ!」

「と言う事ッス山県少佐」

「ああ、分かっているさあね。 それにしても、タフな四角錐だ」

再びスピネルの防御殻が閉じる。

これでも破壊出来ない事は分かっていた。ならば、テンペストでも叩き込むしかないだろう。

或いはランク2とかいう中途半端な代物らしいが。

これがタイムマシンだから、なのかも知れない。

タイムマシンというのは、それだけ非常に強力な出力を必要とする道具で。本来こんな程度の火器で破壊出来るものではないとしたら。

この異常なタフネスも頷ける。

「一華中佐、今テンペストを射出して貰った!」

「了解ッス!」

「敵増援!」

顔を上げる。

凄まじい数の砲台が出現する。小型ばかりだが、とにかく数があまりにも多すぎるのが問題だ。

「アンドロイドも多数!」

「くそっ! これ以上の増援は流石に無理だぞ!」

「アンドロイドは任せろ!」

前哨基地稼働。

多数の砲塔が動き出す。元々装甲が脆い高機動型の、この程度の数だったらどうにでも出来る火力とみた。

凄まじい火線が迸り、高機動型を始末し始める。

前衛の高機動型は、無言で柿崎が全部切り伏せていく。

ならば、やるのは。

次のスピネルが開くまでに、空を掃除することだ。

無数のブレイザーが空に火線を迸らせる。

マグブラスターでは届かないから、ストーム4はモンスター型で応戦。ストーム3も、ガリア砲主体での戦闘を続ける。

リーダーの狙撃は、文字通りの一射確殺。

その凄まじい技を見て、周囲の兵士達があからさまに動揺する。

噂以上だ。

そういう声を聞いて、一華もまあ黙ってはいられない。ちったあ、頑張らなければならないだろう。

エイレンW、もう少し頑張ってくれ。

支援プログラムを多数、愛用のPCで動かして支援し続けつつ。一華は空に向けて、収束レーザーを放つ。

電磁装甲を何度も再起動し。

バッテリーを何度も交換する。

足回りが危なくなってきた。

そろそろ限界か。

だが、もう少し。

スピネルが開く。プロフェッサーの予想通りだ。テンペストが、完璧なタイミングで姿を見せる。邪魔をしようと砲台が動くが。

木曽少佐が、マルチロックミサイルで、テンペストを狙っている砲台をまとめて消し飛ばす。

やるな。

そう思いながら、一華もテンペストを狙っている砲台をピックアップして、皆のバイザーに転送。

「あれらを優先して狙ってほしいッス!」

「了解!」

「噂以上に凄いエンジニアだな!」

「最強のエイレン乗り凪一華中佐。 どうやら英雄に会いに来て、本当に英雄を見られたようだ!」

そう褒めてくれるのは嬉しいが。今は、一秒でも早く、一個でも多く砲台を撃ち抜く事が大事だ。

エイレンWカスタムが、致命的エラーを複数吐き出す。どうやら限界だ。

大きく嘆息する。だが、それでも。

最後の収束レーザーを、展開したスピネルに叩き込む。

一部の自動砲台が、一華のエイレンWカスタムを狙って来る。

それでいい。

バックジャンプして、前哨基地に後退。後退しながら、連絡を入れる。

「プロテウスカスタム、いけるッスか!?」

「今、出力八割まで何とか修理を進めた。 それでいいか」

「ぐっじょぶっスよ!」

「そうか」

長野一等兵が、寂しそうに応えた。

年齢からして、娘がいるとしたら一華や三城くらいなのだろう。

そう考えてみると。

こんな死地で、一華や三城が戦っている事は。長野一等兵からすれば、あまり面白くない事なのかも知れなかった。

エイレンWカスタムが、ボロボロの機体で前哨基地に飛び込む。

すぐに、自作PCを抱えて、エイレンWカスタムから飛び降りる。機体の彼方此方がスパークしていて。

降りると同時に、キシュンと音を立てて機体が停止した。

そうか。

一華を安全に届けるまで、頑張ってくれたんだな。

お前の最後、絶対に無駄にしない。

PCを地面におくと。もう動かない機体に向けて、敬礼する。

そして、顔を上げる。

プロテウスカスタム。

一人で扱えるようにした。一華だけの専用プロテウス。

あらゆる戦場で、圧倒的な戦果を上げ続けた一華だからこそ許される機体。世界に一つしかない、文字通りのカスタムオブカスタムだ。

PCを据え付け直す。

何度か、深呼吸した。

プロテウスカスタムは、実は制御系の性能が少し足りていない。億単位の金を株式で稼いで作ったこのPCによって支援することで、やっと全力を発揮できる。

実は、誰にも開かしていないが。

自壊覚悟でフルパワーで動かす事により、超短時間だけ通常時の200%以上の出力を出す事が可能だ。

ただし、それをやると自作PCが。

一華の分身とも言える自作が、壊れてしまう事になる。

確実に熱暴走でお釈迦だ。

だから、最後の最後の手段。

プロテウスに乗り込む。

アーマメントに比べると、かなりコックピットは狭めだ。理由としては、四人乗りの機体を一人乗りに無理矢理改装しているからだ。

全周式のモニタに、明らかに無茶な位置に情報も表示される。

一華でなければ、欠陥機として秒で放り出すだろう。

ざっと見た所、確かに現時点での出力はおよそ八割、どうにか戦う事は可能だろう。敵の用意している最終兵器をどうにか出来るかは、此処からだ。

前哨基地を、威圧的に歩いて出る。

兵士達が、何名か随伴で着いてくれる。

エイレンWカスタムのような、機敏な動きは出来ない。プロテウスは、ある程度敵の攻撃を受けることを前提としている作りである。

代わりに、火力はエイレンWの数倍だ。

開いたスピネルに、多少対空砲火を浴びながらも、丁度テンペストが直撃する。

伏せろ。

荒木大尉が叫んだ様子だ。

兵士達が、凄まじい爆発から、伏せて身を守る。虹色に染まっていた狂気のリングの間が。

一瞬だけ、揺らいだように一華には見えた。

「どうなった!」

「分析中です……これは!」

千葉中将に、戦略情報部の少佐が応じる。

スピネルは、残念ながら破壊出来なかった。しかしながら、リングが明らかに傾いているという。

「リングが水平状態から傾き始めました!」

「また形態でも変えるつもりか!?」

「いえ、これは……リングの挙動、不安定です! 恐らく、スピネルに致命的なダメージが入ったのだと思われます!」

「そうか、ならば後はやることは一つだ! ストームチーム、とどめを!」

ぼとり。

何かが、落ちてきた。

砲台は、今のテンペストで殆ど消し飛んだ。一華は、冷静にそれを見て。

それが、体が崩れかかっているコロニストだと認識した。

コロニストだけじゃない。

α型を筆頭とする怪物達。

スキュラ。

みんな、体が崩れかかっている。或いは明らかに死体が動いているものが、多数落ちてきて。

そして、立ち上がって此方に向かってくる。

「な、なんだ此奴らは!」

「タイムマシンを無茶苦茶に壊しているんだ。 何が起きても不思議では無い。 これは恐らく……仮説だが、もうプライマーも状況をコントロール出来ていないのだろう。 彼らが用意していた予備戦力が、不完全な状態で此処に来ているのかも知れない」

「ゾンビ映画のようだな……。 だが現実にはゾンビは軍隊には勝てない! それを見せつけてやれ!」

千葉中将に、プロフェッサーが解説をする。

まあ、その可能性が高そうだ。

まずは、スキュラから。硬X線ビーム砲を叩き込んでやる。グラウコスは……それにサイレンは。お前達の主はとっくに地獄に行った。

そんな姿でこの世を彷徨っていないで、後を追うんだな。

そう呟きながら。一華はまずはスキュラから優先して駆逐していく。駆除チームのプロテウスも、大きいのがまずは危ないと判断したのだろう。それに習った。

歩兵隊は円陣を作り、迫る死者の群れを撃退する。

明らかに通常種の怪物やエイリアンより脆い。

これは、本当に敵も後がないとみて良い。

最終兵器が控えているとしても。

それでも、本当に此処でストームチームを削りきりたい。そう考えているのが、嫌でも分かる。

スキュラがまた落ちてくるが。

地面に落ちた瞬間、潰れてしまう。

それでもふらふらと立ち上がろうとするが、硬X線ビーム砲で薙ぎ払い、そのまま地獄に送る。

いや、生物兵器として作られたという点では、一華と似たようなものか。

三城が、デストブラスターに切り替え、次々と敵を屠る。

敵は、兎に角雑魚を大量投入してくる。弐分が飛び回りながら、バイザーにぼやいてくる。

「これは流石に哀れすぎる。 大兄、どうにか出来ないか」

「この戦争を終わらせるしかない」

「ああ……そうだな」

「弐分、上だ!」

あわてて飛び退く弐分。警告をしたのは荒木大尉だ。

上から降ってきた体が崩れたコロニストに、弐分が接触するところだった。

「化け物狩りは仕事だが、ゾンビ狩りはやったことがねえ!」

「ぐだぐだいうな! とっとと全部蹴散らせ!」

「考えがある! 俺の指示通り動いてくれ!」

リーダーが叫ぶ。

そして、経路が送られてくる。なる程と、荒木大尉が呟く。いずれにしても、死者の群れが多すぎて、これではスピネルに攻撃出来ない。

やってみる価値は、あると思って良かった。

「総員、バイザーでの誘導通りに動いてくれ!」

恐らく、戦いは最終局面だ。

こんな兵器を出してきている以上。多分もうリングは崩壊する。

その後に恐らく最終兵器が控えているのだろうが。それにしても、プライマーは相当に焦っているのが分かる。

戦略情報部の少佐も、そう感じたようだ。

「これは、プライマーは相当に混乱しているとみて良いでしょう。 未来から見境なく兵器を送っているようです。 恐らく培養中のものや、死んで廃棄したものを無理矢理何かしらの方法で動かしているようなものまで……。 これは、敵にもはや余剰戦力がないことを意味します」

「大規模な軍隊がいないというのはそうだろう。 だが、ストーム隊相手に、幾ら焦っているとは言え、こんな兵器が通じると奴らも思っていないはずだ。 まだ油断は禁物だぞ」

「それは分かっています。 いずれにしても、スピネルも恐らく限界が近いはず。 早く破壊してください」

「此方だってそれは分かっている!」

千葉中将も熱くなっているが。

逆に、プロフェッサーは少し冷静さを取り戻した様子だ。

「もう一発、テンペストを送った。 これで破壊出来るかは分からないが……それでも今も同じペースでスピネルは排熱している! 確実に……ダメージを与えてくれ!」

山県少佐にコントロールを渡す。

プロテウスカスタム、エイレンWカスタムの代わりに頼む。そう呟きながら、一華は戦場を制圧し続けた。

 

2、狂気の空

 

全身傷だらけ。体力も限界が近い。

それでも三城は飛ぶ。

無数の砲台からのレーザーが何度も何度も体を掠り、少し抉り。既に血だらけだが、それでも空を舞う。

空を舞う事そのものは楽しい。

殺すために武技を振るう柿崎も、こういう感覚なのだろうか。

いずれにしても、下では柿崎がプラズマ剣で、雑魚狩りを兎に角嬉しそうに続けている。そして、彼奴がいないと勝てないのも事実だ。

「三城、テンペストが来るッスよ!」

「わかった」

急降下して、地面スレスレに。

地面スレスレで加速しながら、デストブラスターで前にふらふら出て来たコロニストを粉砕。

信じられないくらい柔らかい。最近は特務コロニストとばかり戦っていたから、違和感がある程だ。

大兄の指定して来た位置に、そのまま低空で移動。敵がついてくる。動きは鈍く、戦車を追い越すα型とは思えない。

β型も動きが鈍くて、浸透能力はゼロに近く。

γ型に至っては、上手く丸まる事もできないようだった。

飛行型もいる。

だけれども、羽根が欠損していたり。針状の酸を撃ち出す腹部が欠損していたりで、やはり無理矢理死体を動かしているとしか思えない。

そして、見ていて思う。

ゾンビ映画の残虐で殺しても良い生きた死体と違う。

こうやって無理矢理動かされている死体達は、泣いているようだ。

殺してくれ。

これ以上はもう嫌だ。

そう叫んでいるようにしか、三城には見えなかった。

いつの間にか。

前哨基地の機銃による攻撃と、味方による一斉攻撃の十字砲火に、死者の群れが挟み込まれている。

三城もライジンに切り替えると、まだ落ちてきているスキュラを狙う。

十字砲火に次々になぎ倒される怪物達。

だが、倒されて溶けて砕けて行く怪物は、みんな安堵しているように見えた。

もっとも安価な兵器、か。

なんかの本で読んだ言葉だった。

だが、この非人道性ときたらどうだ。

そしてプライマーが使った以上、多分人間も今後は使うとみて良いだろう。はっきりいってうんざりだ。

テンペストが飛んでくる。

スピネルは限界近いらしく、そうだと分かっていてもどうにも出来ない。

既に浮遊砲台は殆どおらず。いてもごく少数。

防御殻を開いたスピネルに、テンペストが直撃。再び、周囲を衝撃波が蹂躙していた。

更に、遅れて飛んでくるのは。

DE204だ。

まだスピネルは健在だが。

DE204のパイロットが。猛禽のような鋭さで攻撃を開始。

一気に多数の傷を穿っていく。ありったけの弾丸を叩き込んでいったようだ。

「もう敵に防空戦力はないようだな! どんどん呼んでくれ! 危険は承知の上だ!」

「了解。 へへ、良い腕してるぜあんた」

「そうだろう? 何の取り柄もないが、それだけが自慢でね」

「取り柄、あるじゃあないか」

山県少佐とDE204のパイロットが、なんだかトンチキな会話をしている。

いずれにしても、あの人とも長いつきあいだ。目の前で死なせてしまった、負けた周回もあったっけ。

今回は、死なせない。

死なせてたまるか。

「リング、更に傾きました! スピネルが防御殻を閉じましたが、恐らく次が……次が勝負になるかと思います!」

成田軍曹が叫ぶ。

分かっている。

尊厳を極限まで冒涜された死者の群れ。無言でそれらを倒し続ける。前哨基地の機銃掃射が続く。それだけで倒せる程度の相手だ。

味方も容赦なくそれにあわせて、もう思考能力も死んでいるらしい敵の群れを掃討し続ける。

また落ちてくる。

今度はクルールやコスモノーツ。クラーケンもいる。

だが酷く体は崩れ落ちていて、思わず呻く。

プライマーにしてみれば同じ人間の死体だろうに。

こんなものを投入してくるほどに、焦っているというのか。

死体はどれも動きが鈍く。

クラーケンはかろうじて浮いているだけ。

クルールも、盾を使いこなせている様子はない。

「終わらせてやろう」

「イエッサ!」

流石に気の毒に思ったのだろう。荒木大尉がそういう。大兄も、それに応えると、クルールの頭をライサンダーZで撃ち抜いていた。

もう一発、テンペストを撃って貰ったと、プロフェッサーから無線。

だが、死者の群れは、呻きながら更に近づいてくる。

激しい射撃で押し返すが、数が増えている。

今までの戦争で、プライマーも散々死者を増やしてきたのだろう。エイリアンも怪物も、だ。

それらを使って来ているとしたら。

それは、たくさん出てきても不思議では無い。

「ありったけの弾丸を使え! 人員は足りていないが、弾丸は補給できる! 惜しむな!」

「今、補給車が三両、此方に向かっています! 戦闘車両は最後の一両まで出払っていますが、それでも!」

「勇敢だな。 死なせる訳にはいかない!」

荒木大尉に、ケンが応えている。

最前線にでると、海野曹長が、ブレイザーで敵を薙ぎ払う。スキュラがかなり接近してきていた。

そいつを、確実に焼き滅ぼす。

馬場中尉も、それを支援する。

海野曹長は、相変わらず老練そのものの警告を飛ばしてくる。

「油断するな! 窮鼠猫を噛むだ! 前は俺たちが鼠だったが、今は向こうがそうだ!」

「相変わらずしぶい例えだな、教官殿!」

「お前も相変わらず良い腕だ。 馬場中尉殿!」

「ため口でかまわんさ!」

馬場班も、傷だらけなのに奮戦してくれている。

特殊コマンドも、負けじと敵を倒し続ける。

消耗が一番激しいストームチームも、応急手当を受けて何度でも前線に出てくる。ストーム3は火が出るような勢いで敵を倒し続けているし。ストーム4の連携はいつ見ても美しい。

スピネルが、開く。

山県少佐が、ミサイルを誘導。

上空に、体がボロボロのサイレンが跳び上がって出てくる。あれはどう見ても、生きているように見えない。

舌打ちした山県少佐が、サイレンの死体にテンペストを叩き付ける。

壊れかけたドローンの群れも出現していたが。それらが全て、まとめて巻き込まれて爆発していた。

サイレンも消し飛んだが。テンペストはスピネルに届かなかった。

「くっ! テンペストは不発か!」

「ならば我々が火力を代理する!」

バヤズィト上級大将の声だ。更に、DE204がまた、Uターンして戻ってくる。

ありったけの弾丸を、DE204がスピネルに叩き込み、即時離脱。そして、潜水母艦からの極超音速ミサイルが。

合計二十七発。

スピネルに着弾していた。

崩れ始めるスピネル。熱を持ちすぎて、溶け始めているのが見える。溶けるなんて生やさしいものじゃない。

周囲の空気が、あまりの高熱にプラズマ化し。小規模な爆発を繰り返しているのが見える程だ。

防御殻が閉じようとしない。

三城にも分かる。これは、もう終わりが近い。

怪物の群れが、落ちてくるが。落ちてきた瞬間に潰れてしまう。エイリアンもだ。

もはや、リングが制御出来ていない。

元々借り物の技術だ。

プライマーも、致命的エラーが出たらどうにも出来ないし。

フォリナに至っては、そもそも此奴を戦争に使っている時点で、生暖かい目で人間とプライマーを見ているのだろう。

だから助ける事もないし。

そもそも文明規模から言って、フォリナからすればこんなものは玩具以下。

壊れようが失おうが、どうでもいいのだろう。

「残敵を掃討し次第、補給に移ってくれ!」

「リングめ、アホほどしぶとかったが、もう終わりだな!」

荒木大尉が素早く指示を出し、皆が後退しながら補給を開始。更に、戦場に補給車三両がなだれ込んでくる。

掃討戦開始だ。

一体残っていたスキュラをライジンで焼き滅ぼす。

此奴だって、もとは普通の生き物だっただろうに。猛獣だったかも知れないが、所詮猛獣だ。

こんな悲惨な使い方をされる理由は無い。

今のプライマーの指揮官は頭が良い奴だとは思っていたが。これは或いは、本国に残った無能がやっているか。もしくはもう本国が機能していないのかもしれない。

怪物の群れは、特殊コマンドが片付けてくれている。

流石に戦い続けたストーム3も、後退。

ストーム2も後退開始、相馬機を修理に掛かる。

工兵が来て、一華のプロテウスカスタムの補給を始める。戦力ががた落ちするが、敵はそもそも、もう戦える兵士が殆ど残っていない。

柿崎が、片っ端から斬り倒している。

柿崎にしたって、あのレーザーやプラズマ砲の雨霰の中で、傷を受けていない筈もない。それなのに。

脳内物質がドバドバでていて、全く痛くないのかも知れなかった。

「三城、お前も補給してこい。 俺もこれから補給に戻る」

小兄に促されて、さがる。

柿崎は、ほっとけと言われた。

確かにあいつは、格闘戦の能力だけなら既に大兄以上だ。だったら、引き際を誤る事もないだろう。

残り少ない怪物を、特殊コマンドと馬場班が殲滅。

その間に、補給を済ませる。

ライジンは、昔は不安定だったな。そう思いながら、長野一等兵に見てもらう。その間に、ウィングダイバーの装備を取り替える。補給車に予備が乗せられていた。弾薬と物資だけは潤沢にある。

戦闘車両と人員が足りないのだ。

「左右両翼の戦況は!」

「敵に対して、やや有利だが、其方に兵力を回す余裕はない! 敵も凄まじい勢いで交戦を続けている!」

「分かった。 此方は此方でどうにかする」

「頼むぞ」

荒木大尉が、ぐっと空を見る。

スピネルが、自壊を開始している。リングの外縁部は、確かに三城が見ても分かる程に、ぐらついているし。

落ちてくる怪物は、そのまま地面で潰れてしまう程に脆くなっている。

或いはリングを通したときの副作用かも知れない。

リングが崩壊寸前だから。無理に通すと、ああなると言う事か。

長野一等兵が、ライジンを渡してくる。頷くと、応急手当を終えた体で、最前線にまたでる。

水は飲んだし、レーションも食べた。トイレも済ませた。

後は、スピネルにとどめを刺すだけだ。

周囲の空気が小爆発を繰り返し。更にスピネルは溶け落ちて、地面に穴を穿ち始めている。

あれがどういう物質なのか知らないが。

とんでもない高度テクノロジーの産物なのは間違いない。

それが溶け始めているというのは異常だ。

どんな処理を行っていて。

内部はどれほど無茶苦茶苦になっているのか。

三城に聞いた。

今のPCは、昔ほど熱暴走には弱くないが。それでも熱暴走を引き起こすと、致命的だと言う。

あれがどれだけ人類の使っているPCよりも進んだ計算装置だとしても。

あんな無茶な熱暴走を起こして、無事でいられるはずがない。

三城はライジンを構えると、立て続けに叩き込む。

大兄が、柿崎にさがるように指示。不服そうだが、柿崎がさがる。すれ違いにちょっとだけ見たが。

やはり全身ぼろぼろ。

本当にこのままだと、死ぬまで戦っただろう。

産まれた時代も場所も完全に間違えたんだ。柿崎は。

古代の北欧だったら、キノコ無しでバーサーカーになっていただろう。キノコの幻覚作用で凶暴化し暴れ回ったことが知られているバーサーカーだが。柿崎は多分、素で全部のリミッターを外せるし。

技量だけで、化け物みたいな図体のヴァイキング男性戦士を捻り殺した筈だ。

さぞや伝説になっただろう。

どうして今になってあんな子が産まれたのか。

それは、三城にもよく分からない。

スピネルはまだ、原型を留めているが。補給を完了した一華のプロテウスカスタムが主砲を叩き込み始めると、流石にそうもいかなくなったようだ。

駆除チームのプロテウスも、同じように主砲を撃ち込み始める。

大兄がライサンダーZを、一番欠損が激しい部分に叩き込んでいく。

補給から戻って来た兵士が、どんどん攻撃に参加する。

ずっと暴れていた海野曹長もさがる。

その代わり、今まで負傷していた兵士達が、応急処置を済ませて戻ってくる。一方で、やはり何名かは無理と医師が判断したのだろう。

キャリバンが負傷兵を乗せてさがっていく。

代わりのキャリバンが、この戦況下でも此方に向かっているようだ。

医師みんなが立派なわけでは無いが。

それでも、頭が下がる。

「空が!」

「!」

空に、黒い巨大な穴が開き始める。

リングの円環内部にだ。

プロフェッサーが呻く。

「或いは、ワームホールかも知れない。 まだ実際には観測されていないものだが、地球上で見る事になるとは……」

「それで、ワームホールとやらが出来るとどうなるんだ」

「本来、そんなものが出来る状況では無い。 ただ、近付いては駄目だ。 あれはブラックホールにも等しい危険な天体現象の筈。 航空機を近付かせず、射撃だけでスピネルを攻撃してくれ」

「分かった、では此方は近くの基地で待機する。 ワームホールとやらがいなくなったら、また支援に呼んでくれ」

小田少佐に、プロフェッサーが応え。

そして、DE204もしっかりそれに応じていた。

皆の連携が綺麗にとれている。

更に言えばこの状況だ。

もはや、死人の兵士はいない。

「死人兵、全て排除完了!」

「よし、総員でスピネルを攻撃! くれぐれも下には近付くな! 空にも出来るだけ上がるなよ!」

「イエッサ!」

荒木大尉が主導権を握り、指示をしてくれる。

大兄は、淡々と狙撃を続行。

無数のブレイザーの火線が迸り、次々にスピネルに着弾。もはや防御殻を閉じることすら出来なくなったスピネルは、更に溶けて小さくなっていく。それに従って、空間が明らかにおかしくなっているようだった。

ワームホールの中に、色々と見える。

プライマーの歴史だろうか。

火星に到達したテラフォーミング船。人類最後の希望。それが、まずは大気を作るところから始める。重力も足りていない。

百年やそこらで、環境を変えることなど出来ない。

火星はずっと太陽からの強烈な宇宙放射線に晒され続けた星だ。

生物を殺菌する効果のある土壌。

毒物なんかなくとも、そこにはバクテリアすら存在し得なかった。

それを、何千万年と掛けて、火星を変えていき。

やがて、苦労の末に重力を増加させ。

大気を作り出す事に成功した。

オゾン層が作られたことで、放射線が致死量を下回り。また二酸化炭素を多めにすることで、温室効果を発生させ。

いわゆるハビタブルゾーンまで持っていった。

その後、まずは細菌類から地表に降ろし。原始的な植物を根付かせ。徐々に高等なものへ変えて行き。

作りあげた海をベースにして、様々な生物を実験的に試し。

やがて、爆発的に適応した頭足類を主軸にして。

火星を命の溢れる星へと換えていった。

だが、それは脆い星だった。

火星は地球の半分程度しかない星だ。

故に、どうしても資源が足りなかった。文明がやがて出来た。その文明は、無邪気にテラフォーミング船を神と崇め。

そして、テラフォーミング船も、それに答えた。

或いは、何千万年もの作業の間に、自我が生まれていたのだろうか。

テラフォーミング船の中枢システムは、人類を火星に再生させることはなく。そのまま、新しい文明。

プライマーを慈しんだ。

だが、彼らは知恵の実を口にしてしまった。いや、知恵の実ではない。悪意の実、だろうか。

或いは時間の問題だったのだろう。

プライマーは地球にいた神。

そう、神の船を作った民の事を知ってしまったのだ。

文明を育てて行けば、やがて知る事だった。

惑星間航行を成功させたプライマーは、地球に行った。そこは巨大な生物と、それと共存する両生類の子孫である知的生命体がいるのみ。

神とはプライマーにはとても思えなかった。

だから、神の船をプライマーは調べ。

知ってしまったのである。

人間という生物の真実を。

それでも、神格化していた人間を知るために、プライマーはランク1タイムマシンを極限まで発達させ。

過去を見た。

そして、人間の邪悪な本性に、ダイレクトに触れてしまい。

影響をもろに受けてしまったのだ。

その一連の流れが、まるで万華鏡のようにして。ワームホームに流れる。これは、フォリナがやっているのか。

それとも、歴史の修正力やらの影響か。

分からない。

とにかく今は、このままスピネルを破壊する。これを破壊しない限り、戦争は終わらないからだ。

ライジンを更に叩き込む。

小兄が戻ってきて、バトルキャノンを乱射。どんどんスピネルへのダメージが蓄積して行く。

リングの外縁部が、高度を落としている。

それが、目に見えて分かる。

成田軍曹が警告してくる。

「リングが落ちています! この速度でならば、それほど破滅的な影響はないとは思いますが、それでも外縁部には近付かないでください!」

スピネルはもう終わりだ。

すっと、全ての万華鏡のような映像も。

それにワームホールも消える。

スピネルが、臨界点に達した。それが、素人の三城にも分かった。

とどめの一射を、大兄が叩き込む。

凄まじい悲鳴のような軋みが、周囲を蹂躙していた。

スピネルが、内側から光を放つ。それは、虹色の禍々しいものではなく。むしろ美しい光だった。

ふっと、スピネルが消える。

リングの外縁部が残っていると言う事は、リングが消えたわけでは無い。

或いは、フォリナがその超技術で。まだ人類には早いものを、回収したのかも知れなかった。

リングが落ち始める。

全員伏せろ。

千葉中将が叫び、言われるまでもなく皆伏せる。

リングがゆっくりと、確実に地面に近付いていく。直径数キロの怪物兵器だ。マザーシップよりも大きい。

それが、地面に接触。

凄まじい音を立てて、接触地点を押し潰していた。

「見ろ!」

衝撃が収まった後、兵士の一人が指さす。

リングの外縁部もまた、蒸発するようにして消えていく。これも、さっきのスピネルと同じだ。

ただの外縁構造物とはいえ、黄金の装甲など鼻で笑う程の強度がある代物だったのだろう。

人間に渡すには早い。

そう、フォリナが判断してもおかしくは無かった。

皆、立ち上がる。

周囲は、全て更地だ。

此処にあった再開発中の都市は。何もかもが消えてなくなっていた。

だが、犠牲者が出たわけでは無い。

点呼を開始する特殊コマンド。馬場班。

やがて、それが終わると。

戦略情報部が、通達してきた。

「周囲の空間に異常なし。 リングの撃墜、確認しました!」

「おおっ!」

「これで時間改変戦術は使えない!」

「勝ったぞ! 宇宙人どもめ、ざまあみやがれ!」

EDF。

誰かが叫ぶ。

だが三城は、じっと空を見つめる。

大兄も、そうしていた。

どうも嫌な予感がする。大兄もそのようだ。そして大兄の予感は当たる。荒木大尉は、冷静に大兄の様子に気づいていた。

「壱野、まさか……」

「来ます」

「! 総員、戦闘態勢! まだ戦闘は終わっていない!」

荒木大尉の言葉に、皆が青ざめる。

まだ、諦めていないのか。

プライマーは、まだ隠し弾を持っているのか。

そういう表情だ。

そもそも、プライマーは空間転移(しているように見える)大型船を保有しているような文明だ。

更に兵器を持っていてもおかしくはない。

ほどなくして、空の状況が変わる。

ずるりと、何か嫌な気配がして。空に、大きな罅が入った。

さっきの、スピネルの周囲にあったワームホールではない。何か、根本的に違うものが出て来ている。

今まで隠されていた。

或いは、リングが壊れるのを待っていた。

そんな雰囲気だ。

誰もが空の異常に気づく中。千葉中将が、まっさきに声を上げていた。

「何が起きている!」

「分かりません。 空間に重力場が発生しています」

「すぐに解析を」

「分かっています!」

珍しくあわてる戦略情報部の少佐。最初にコマンドシップと戦っている時に、あわてている様子をはじめて見たっけ。

ほどなく、それが現れる。

それは、あまりにも禍々しく。

そして、もはや、なんと形容して良いか、分からない代物だった。

 

3、来たれる最後の絶望

 

弐分は顔を上げて、それを見た。

空間に明らかな穴が開く。それが、ワームホールだと言う事は、今までの話から分かっていた。

皆が固唾を飲んで見守る中。

それは、この世界に顕現していた。

ドラゴン。

いや、東洋の龍が近いか。

あまりにも巨大なそれは、ワームホールを抜けてこの世界に出現すると、空を飛び回り始める。

リングほどでは無いが、マザーシップよりも更に大きいかも知れない。

プライマーの旗艦だろうか。

「なんだあれは……」

「プライマーの最終兵器とみて良い。 恐らくリングが破壊される事で、ここに投入される予定だったんだ」

「最終兵器……」

「け、計測が出来ました。 全長は一キロメートル以上。 多数の節に体を分けている事から考えて、恐らくはダメージコントロールを強く意識しています! 黄金の装甲を複数に重ねて装備しており、マザーシップやテレポーションシップの装甲技術を更に進歩させ、更にはリングの防衛装置に見られた連結型のダメージコントロール能力も取り込んでいると思われます!」

成田軍曹が解説してくれる。

更に、言う。

見た目よりも遙かに高速で動いている。

生半可な火器では、届かないほど遠い。大きすぎて、距離感が狂ってしまう。気を付けてほしいと。

「くっ……リングが敵の切り札ではなかったのかよ!」

「リングはあくまで時間改変戦術とやらの基幹装置だ。 こっちは戦闘用の最終兵器って事だろうよ!」

「あれだけ苦労してリングを破壊したんだぞ!」

「そうだな……だが彼奴がまだ残っている」

兵士達が口々に会話している。

解き放たれた龍は、黄金の鱗で空を泳ぎながら、凄まじい雄叫びを上げていた。

はて。

なんだかあの龍、覚えがある気配がするような。

いずれにしても、大兄が狙撃する。

一発で着弾させるのは流石だ。龍はゆっくり舞いながら、当然殆どダメージを受けている様子がない。

「恐らくコマンドシップを遙かに凌ぐプライマー最強の兵器です。 何をしてくるか分かりません。 総員、散開してまずは情報を集めてください!」

「分かった。 それぞれ散れ! まだ残っている建物の残骸や、前哨基地のシールドを使って凌げ!」

唖然としている兵士達の尻を、荒木大尉が言葉で叩く。

海野曹長が、応急手当を終えて戻って来て。そして、呆然と空を見ていた。

「おいおい、今度はドラゴンか? また無茶苦茶なものをプライマーは繰り出して来たものだな……」

「もう其方に送れる増援はありません! 左右両翼の戦況は激しく、各地でのプライマーの残存戦力も抵抗を続けています! そこにいる戦力だけで凌いでください! 補給物資、キャリバンはどうにかして見せます!」

「ふん、ストーム隊がいて勝てなかったら、どうにもならんさ!」

海野曹長が吐き捨てる。

そうだそうだと、兵士達も同意した。

いずれにしても、大兄が判断を下す。

「狙撃して距離を測りましたが、上空二キロから八キロの間を飛んでいます。 長射程火器に皆切り替えてください。 ブレイザーも自衛用に必要かと思われます。 搭載している兵器がいる可能性が高いですので」

「分かった。 それぞれ、前哨基地から長射程対物ライフルを持ち出せ!」

「宇宙戦艦相手に人間が戦うのかよ!」

「何を今更! マザーシップをもう九隻落としてるんだ! 彼奴だって返り討ちにしてやる!」

兵士達の心は、幸い折れていない。

それだけが救いだ。

最初にコマンドシップを破壊した周回のことは、弐分も覚えている。記憶が若干混濁しているが。

その時は、プライマーの指揮官であるでくの坊が出てきた時、兵士達は恐怖ですくみ上がってしまった。

今は、違う。

EDFはあらゆる敵を打倒してきた。

その成功体験が、兵士達を奮い立たせているというわけだ。

しかし、弐分は不安だ。

その成功体験が。プライマーと同じ過ちを。

すなわち己を万物の霊長と錯覚した挙げ句、フォリナに喧嘩を売るような真似につながらないか。

それが、心配だ。

いずれにしても、何だか体の様子がおかしい。

ふわふわするというか。あの龍がでてから。いや、リングが完全に破壊されてから、変な気分だ。

多分三城も同じ。

柿崎も、自分の手を見ている。

山県少佐と木曽少佐は、ここまで強い影響は受けていない様子だ。

そうなると。

「専用回線で話しかけている。 プロフェッサーだ」

無線が来る。

プロフェッサーからだ。

「体に違和感がないか。 恐らくだが、リングが破壊された事で、因果が全て収束しようとしている。 今まで散々歴史改変を繰り返し合った結果が、全部まとめて押し寄せようとしているんだ」

「それって……」

「いや、フォリナの説明を聞く限り、リングはランク2……星系単位、億年単位ではまるで歴史に影響がないレベルのタイムマシンだという事だ。 それにあの用意周到なフォリナだ。 最悪の場合で影響が出た場合にも備えているだろう」

それはそれで腹が立つ話だが。

まずは、話を聞く必要がある。

「収束した歴史は、恐らく分岐を作り出す。 いずれにしても、不安定な歴史がどうにかなる前に、決着を付ける必要がある。 私はこれから、やる事がある。 既に準備は一年も前から始めていた。 大丈夫。 全ての真相を知った今。 ただ勝つための事をする、それだけだ」

「……」

「君達は、其処で勝ってくれ。 恐らく、その龍のような戦艦は、君達を研究し尽くして、全ての技術をつぎ込んでいるはずだ。 逆に言えば、それを失えばもはやプライマーに出来る事はない。 そして此処で君達が勝てば、全ての因果は……人類の勝利へと収束する事になる」

「分かりました」

プロフェッサーは、憎悪に心を支配されていた。

プライマーに対する考察は、まず最初に憎悪という色眼鏡が掛かっていた。だから、プライマーを内心では明らかに軽蔑していたし。それで真実から目が背けられていた。

フォリナによる解説は。

恐らく、人類に可能性を生じさせるために行われたのだ。

このままだと、どっちが勝っても。

どうにもならない。

人類が勝っても、どうせプライマーと同じ道を辿る。

だったら、どうしてこの戦争が起きたのか、それを人類が知れば。或いは、結果は変わってくるかも知れない。

可能性を、見いだそうとしている。

それが、フォリナの目的なのかも知れない。

知的生命体の相互理解。宇宙の平和。

それが目的だとすれば。確かにフォリナがやっていることは、何も間違っていない。自主性も、最大限保証しているのだ。

色んな神話に出てくる神よりも、ずっと人間に友好的で。

そして甘やかすつもりもない。

神らしい神。

それが、フォリナなのだろう。

「換装、完了!」

「プロテウスはどうすればいい! 硬X線ビーム砲の射程は、あんなところまでは届かないぞ!」

「収束モードをオンにしたッス。 長時間は撃てないッスけど、届く筈ッスよ」

「な、そんな機能があるのか!?」

また一華が好き勝手な事をしている。駆除チームのプロテウスにハッキングして、長距離用の武装を解禁したらしい。

まあいい。ともかく、これで全ての準備は整った。

ここからが、本番。

龍の戦艦も、此方を見る。

どうやら。最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

プロフェッサー林は、自分のラボで、オペレーションオメガの発動に掛かっていた。既に戦略情報部にも話はしてある。

本来は許される事では無い。

だが、こうするしか、他に方法は無い。

実は、もっと過激な方法を最初は目論んでいた。だが、今はこれで茶を濁すしかないだろう。

不意に。

目の前に、梟のドローンが現れていた。

こいつが、噂に聞くフォリナの端末か。

生唾を飲み込む。

周囲の誰も、梟のドローンは見えていないようだった。

プロフェッサーのデスクにあるモニタに音もなくとまるフォリナの使者。翼を繕うような動作をしながら、言う。

「作戦を変えたようだね。 最初は火星を毒性物質で汚染するつもりだったのだろう」

「ああ。 私にとって、プライマーは妻の敵だ。 何度も何度も妻を家族をそれ以外の人々を殺してきた相手だ」

「そうだね。 君の怒りはよく分かる。 だが、人間はプライマーを何も知らなかった」

「そうだ……」

一華くんにも諭された。

そして頭を冷やして考えて見ると、確かにその通りだった。

プライマーの社会がどうなっているかも分からない。

王や皇帝のような独裁者が支配する社会だったら。或いは軍が独走している場合は。

そう言った場合、庶民は搾取されているだけ。

そんな庶民を虐殺者の同類だと言って殺戮する権利など、誰にもない。

敵国だから、民間人も皆殺しにして良い。

そんな事を口にするようでは、大航海時代の海賊や、歴史書で実像が歪められている遊牧騎馬民族と同じではないか。

それに、プライマーによって虐げられていたコロニストはどうなる。

コロニストは別に何もしていない。プライマーに洗脳され、兵士として地球に連れてこられただけだ。

武器を持たされ、弾よけにされ。

その挙げ句が、一方的な憎悪をぶつけられて絶滅させられたら、たまったものではないだろう。

そんな間違いを。

プロフェッサーはするところだった。

誰よりも冷静で賢い、一華くんがいてくれて良かった。

いてくれなければ、きっと怒りにまかせて、取り返しがつかない事をしていただろう。

「プライマーの戦力は、あれが最後なんだな」

「まだ司令部が残っているが、あれが破壊されたら戦闘を諦めるようだ。 仮に翻意しても、私が連れ帰る」

「……分かった」

「君達は、もう生物として交わらない方が良いだろう。 そして分かったはずだ。 まだ君達は、他の文明とはやっていけない存在だと。 それが出来るようになったら、太陽系から出てくるといい。 それまでに滅ぶようなら、それもまた君達の運命だ。 自分達で選んだ運命だ。 何も、悔いはないよね」

無言。

相手は神だ。

神気取りのおろかものではない。

ビッグバン前の、一つ前の宇宙から存在している、超文明。文字通り究極の精神生命体。

そして、基本的に地球人にもプライマーにも、他の文明に攻撃を加えようとしない限りは放置したし。

何よりも、話し合いで解決するための場だって設けた。

それを台無しにしたのは地球人。

その後、戦争をロクにしたこともないプライマーが錯乱した結果、全面戦争になったのも事実だが。

それはそれ。

どちらもこの戦争には非がある。そうとしか、プロフェッサーに言えなかった。

だから、オペレーションオメガの内容については、一部改変した。

未来の芽を摘む事があってはならない。

同時に、この戦いを乗り切ったら。この戦争が人間のせいで始まった事も公開しなければならない。

勿論大きな反発を受けるだろう。

だから、場合によっては。身をずっと隠さなければならないのかも知れなかった。

いつの間にか、梟のドローンは消えていた。

過干渉する訳でもなく。

放置する訳でもない。

ただ知的生命体を見守り。

互いの権利を踏みにじらない限りは、穏やかに接する。

そういう意味で、地球人が既得権益層の保護をするためだけに作り出した宗教の神とは全くの別物だ。

フォリナのことは気にくわない。

だが、気にくわないという理由で相手を殺していたら、それは野蛮人そのもの。今でも、プロフェッサーは憎しみを抑えきれない。

だけれども。

それでも、此処は抑えなければならない。

自分よりずっと若い一華くんですら、冷静に状況を見て、分析が出来ていたのだ。妻もいるプロフェッサーが、それすら出来なくてどうするというのか。

如何に、一華くんが人類でもトップクラスの知能の持ち主だとしても、である。

嘆息すると、情報を頭に入れていく。

どうやら、龍型戦艦が戦闘を開始したようである。

ストーム隊なら勝ってくれる。

そう信じる。

ましてや彼処には、他の戦力もいる。以前の周回でプロフェッサーが経験してきた、破滅の戦場よりもずっと戦況はいい。

プロフェッサーには、今するべき事がある。

それを、進めていくだけだ。

 

成田軍曹は、幾つかのモニタを同時並行で確認しながら、戦況の分析をひたすらに続けて行く。

龍型の戦艦は、かなりの速度で飛び回りながら、レーザーを掃射し始める。また、口に当たる部分からは、超火力の主砲を展開しているようだった。既に更地になっている街が、もはや何も残らないレベルで溶けて行く。

この都市は再開発中で、最初から誰もいなかった。

だから無駄になるのは資源だけ。

それだけが救いだ。

リングでの攻撃で、完全に破壊され。また此処で龍型の戦艦とストーム隊、更に支援部隊との戦闘になる。

どれだけこの土地は呪われているのか。

いや。

死傷者は出ているが。それでも、他の土地よりはマシだ。この戦争で死んだ人間の数は、戦争開始前の三割に達している。

なんだか、これでも少ないのでは無いかと思ってしまうほど。

成田は感覚が麻痺していた。

周囲では色々な情報が飛び交っている。

怒号が飛び交う事もある。

それだけ皆殺気立っている。

それはそうだ。

この戦いが、文字通り全てを決めるのだから。

「龍型戦艦をこれより戦艦プライマーと呼称します。 敵の最終兵器と目してかまいませんので、それが妥当な名称でしょう」

「戦艦プライマーですか?」

「呼び名なんてどうでもいいと思います」

「そう、どうでもいい。 ただ、この戦闘が終われば恐らく敵に今までの状況からしても最早余剰戦力はありません。 倒すべき最後の敵として、相応の名前で呼ぶだけ、ということです」

戦略情報部の事実上の指揮官である少佐は、そう淡々と言った。

戦艦プライマーか。

それはそれで、なんともよく分からない。

いずれにしても、その分析を続ける。

少しずつ分かってきた。

「敵船体の側面から伸びている三角錐の無数のものは、砲台だと思われます。 レーザーを低火力ながら、正確に射出しています。 丸い何かは……今分析中です」

「分析急いでください」

「はい。 敵は口に当たる部分から……艦首から強大な主砲を発射し続けている様子ですが、それでストームチームを狙っているとは思えません。 リングが展開した巨大砲台のように、手当たり次第に辺りを薙ぎ払って、動きを掣肘するつもりなのかも知れません」

「もしそうならば、弱点も同じなのでは無いのか?」

千葉中将が、無線で会話に割り込んでくる。

前線近くの前哨基地で指揮を執っている千葉中将は、まだ援軍を送れないかと必死の努力を続けている。

また、力戦中の左右両翼に対しても、物資の支援を続けていた。

アドバイスはしたいのだろう。

成田もそれは分かっている。

「可能性はあります。 龍の口のようになっている部分は、戦艦としては構造があまりにも不自然です。 もしもあれが口なのではなく、単なる防御装甲だとすると……」

「タイプスリードローン出現!」

「!」

「艦載機だと思われます。 映像を確認! どうやら船体に着いている多数の丸い部分は、タイプスリードローンを出現させるようです! 或いは他の艦載兵器が存在するかもしれません! もし破壊出来るなら狙ってください!」

無茶を言っているのは分かっている。

そんなこと、村上壱野大佐以外には、出来る人間はごく僅かだろう。

巨大だからわかりにくいが、あの超巨大戦艦は凄まじい速度で空を飛び回っているのである。

しかも巨大すぎて距離感もおかしくなっている。

村上壱野大佐はスパスパ当てているが、あれは例外にも程がありすぎるのである。

「撃って来るぞー!」

「負傷者は前哨基地に避難させろ! キャリバンにも警告をいれておけ! 流石にキャリバンでも、あの主砲の直撃を受けたらひとたまりもない!」

「い、イエッサ!」

「前哨基地も、いつでも避難できるようにしてくれ! もしもあの主砲が直撃したら、多分長くは耐えられない! 定点目標である以上、注意が必要だ!」

荒木大尉が、矢継ぎ早に指示を出している。

その間も、ストーム1は淡々と、それぞれの方法で攻撃を続行。やがて危惧されていたとおり。

タイプスリーだけではなく、多数の高機動型アンドロイドが、戦艦からばらまかれはじめていた。

「くそっ! 敵の増援は打ち止めじゃなかったのかよ!」

「あの戦艦に搭載している分で最後なんだろ! 丁度良い、全部スクラップだ。 長距離狙撃が苦手な兵士は、ブレイザーで応戦しろ!」

「イエッサ!」

見える。

敵船体の側面に着いているレーザー発射用の円錐が、爆砕されて落ちていく。間違いなく、村上壱野大佐の狙撃によるものだ。

続けて、敵を発信させている円形のなにかも粉砕。

おおと、喝采の声が上がる。

「やはりあいつか!」

「じいさま、見ているか! あんたの孫は世界最強だ!」

「皆、続け! 敵に確実にダメージを与える! 此方も満身創痍だが、敵もあれが最後の戦力だ! 叩き潰せば戦いは終わる!」

「EDF!」

兵士達の士気が上がる。

だが、士気が上がっても、出来る事には限界がある。分析を進める。不意に、妙なプログラムが届いていた。

「此方凪一華」

「一華中佐!?」

「それ、さっきリングの展開した巨大砲台の稼働パターンッス。 ひょっとしたら、何かの参考になるかもしれないから、送っておくッスよ」

「あ、有難うございます!」

怪物的な知能の持ち主である事は知っていたが。

あの激烈なリングとの戦闘の間に、こんなものまで組んでいたのか。

すぐに分析。

螺旋運動に基づいて、あの巨大砲台は動いていたらしい。一応成田も、地頭だけはそれなりに悪くは無いのである。

見た瞬間、それはすぐに分かった。

少佐にも報告する。

少佐は頷くと、敵の動きを分析するように指示。

すぐに戦艦プライマーの分析に入る。

無茶苦茶に飛び回っているようだが、どうも腑に落ちない点が幾つかある。それを、先にストーム隊に告げる。

「ストーム隊! 敵について分かった事を幾つか報告します!」

「ああ、聞かせてくれ!」

「敵はどうも、旋回するとき以外は「上」にあたる部分が存在している様子です。 これが何を意味するか分かりませんが……或いは何かの武装があるのか、それとも誰かが乗っているのかも知れません!」

「了解」

相変わらず淡々とした応え。

成田だって気づいている。

嫌われていると言う事は。

それでも、成田は最後まで頑張る。

恐らくストーム1……特に村上三兄弟と凪一華。この四名が成田を嫌っている理由は、成田の心の弱さを見透かしているからだ。

確かにそれは弱点だと分かっている。それでも、この世界最強の英雄とともにありたい。それが成田の願い。

相手に嫌われてしまうのは仕方がない。

だけれども、支援だったら出来る。

邪魔にならないように、役に立てるように。

そうありたかった。

「それと、やはり龍の口に当たる部分へ攻撃を続行してください! あの強力な主砲が事故につながりかねないというのもありますが、不自然にあの部分の装甲は厚い。 何か攻撃が通る手段を試してみてください!」

「口の中、か。 主砲をずっと発射しているからよく分からない。 更に、凄まじい熱を帯びているようで、ライサンダーZの弾も何度か当てているが効果が実感しづらい。 非実体兵器は、何かしらの障壁で防がれているようだ」

「解析します!」

「そうしてくれ」

つれない返事だが。

それでも、めげるものか。

分析を続行。こうしている今も、大量のタイプスリーと高機動型と交戦しながら、ストーム隊と特殊作戦コマンド、それに馬場班は必死の戦闘を続けているのだ。敵戦艦はまだ余裕綽々。

砲台を多少潰され、発艦口を潰された所で、効いているようにはとても見えない。だから、分析をする。

主砲で辺りを薙ぎ払う、暴れ龍。

それが、微妙に側面を向いた瞬間、村上壱野大佐のライサンダーZが口の辺りを直撃する。

更に、ライジンとストーム4のモンスター型が斉射され。同じ箇所を全てが直撃していた。

装甲が、剥落するのが見えた。

「敵の装甲は、黄金の装甲のようですが……現在の兵器の火力であれば打ち破る事が可能なようです! ただし多重装甲になっています! 簡単には内部に致命傷を通せないと思います!」

「衛星兵器は?」

不意に通信。

山県少佐からである。すぐに解析を進める。フルパワーで何度か使った事もある。現在、衛星軌道上を移動させている衛星兵器も幾つかあるのだが。分析はすぐに終わった。

「今すぐに撃てるものはありません。 どの衛星兵器も破損が酷く、自己修復を急がせています。 発射できる衛星兵器が来るのは、三分後になります!」

「急いでくれな」

「はい!」

山県少佐が此方に話を振ってきたのは珍しい。

酒飲みだが、腕はとても優れている人だ。空爆の座標指定をミスしたことは見た事がない。

連絡が来る。

バヤズィト上級大将からだ。

「此方潜水母艦! 周囲の艦隊と共に、一斉攻撃の準備が完了した! 現在艦隊の火力の八割は左右両翼の支援に回しているが、極超音速ミサイルの一斉射撃が可能だ!」

「分かりました! ストーム隊にも連絡しておきます! 連絡があり次第、叩き込んでください!」

「任せておけ……」

ふっと、相手が笑ったように思えた。

成田の言葉が、妙に荒々しかったから、だろうか。

更に連絡。

空軍からだ。

「此方空軍! 補給を完了した! ストーム隊の支援にいきたい!」

「現在、敵の戦力はよく分かっていません! ただタイプスリーがそれなりの数います!」

「分かった、それではタイプスリーだけを空対空で処理する!」

「お願いします!」

何度か、深呼吸。

側にあるスポーツドリンクを口にする。

喉がかれそうだ。

だが、それでも何とか戦闘の支援を続けなければならない。成田だって分かっている。自分に出来る事が限られていることは。

それでも、やらなければならない。

プライドとかの問題ではない。

これでも成田も。この星を守ろうと思っている。

この星にいる人間が、問題だらけである事だって分かっている。それでも、そう思うのは悪い事だろうか。

すぐに分析作業に戻る。

想像以上に戦艦プライマーは強大だ。戦闘力はリング以上かも知れない。

だとしたら、どうあってでも。

勝ちの目を、探さなければならなかった。

 

4、撤収の時

 

「風の民」長老は、疲れ果てて戦場を見ていた。

ついに最終兵器が発動。消耗しきったストーム隊との戦闘を開始している。

あれに搭載しているのは。

まあ、それはいいか。

元々無能で、多くの部下を死なせた。

交渉はあいつでなくてもうまくはやれなかっただろうが、その後の戦いがとにかく著しくまずかった。

だから、今あれに生体パーツとして搭載している。

本人は嫌がったが。そもそもどちらにしても滅び往く本国で閑職に回されるか、或いは幽閉だっただろう。

勿論将来の長老の座など無し。

そう考えてみれば、あの姿はまだ救いなのかも知れなかった。

不意に、側に梟のドローンが降り立つ。

分かっている。

フォリナとしては、そろそろ切り上げろと言いたいのだろう。

「この司令部の隠蔽も、そろそろばれるよ。 撤退するんだね」

「フォリナか。 私達を弄んで楽しいか」

「それは逆恨みだね」

「……分かっている」

そんなことは、言われなくても分かっている。全て先祖の愚行の結末。それに、人類をあまりにも知らなさすぎたことの結末。

フォリナは危険な生物が宇宙に拡散するのを防いだだけ。

それは客観的にどう考えてもフォリナが正しい。

それどころか、滅亡を避ける為に直接交渉のための手段まで用意してくれた。

リングのことだ。

そんなフォリナを恨むのは、確かに逆恨みそのものだ。

「それにしても手段が無いとはいえ、非人道的な兵器だね」

「非人道的か。 貴方方がそれをいうのか」

「別に自分が人道的だなんて言っている覚えはないけれども?」

「……」

冷徹な宇宙の最高神。

だが、愛は無いが悪意もない。

ただ平等なだけだ。

分かっている。会話に応じてくれるだけでも、有情だと言う事は。本来だったら、プライマーは為す術なくタイムパラドックスで滅んでいただろう。

宇宙の理。億年単位の出来事とすれば、些事に過ぎない。

それに対しても、平等に機会をくれたのだ。

それを生かせず。地球人類もろとも、他の種族とはやっていける生物ではないと示してしまった。

そんな無能な自分達が悪い。

だが、だからこそに。

最後まであがかないといけないのだ。

「最後まで……あがかせてほしい」

「どの道あの戦艦じゃあ、ストーム隊と相討ちになるのが精一杯だと思うけどね。 それにもう分析出来ているんだろう? 今までリングが抑え込んでいた因果の収束が始まっている。 あの地点にいる特異点……村上壱野と村上弐分、村上三城と凪一華にね」

「あの戦艦でも勝てないと言う事か」

「それは断言は出来ない。 だが、その可能性は低くないだろうさ」

梟のドローンは、羽根を繕う。

そして、ぐるりと首を回した。

原種の梟も、そういう動作をするくらい、体が柔軟なのだったか。

「まあ良いだろう。 ただし、あの戦艦が落ちたら、此方で事後処理を開始させて貰うよ」

「勝った場合は」

「その時は戦闘を続行すれば良い。 ただし、今のEDFの海軍と空軍は殆ど温存されていて、戦力も充分だ。 最悪核も飛んでくる。 あの戦艦で、全てを相手にするのは無理だと思うけどね」

「……」

ふっと、梟のドローンが消える。

周囲の部下達は、固唾を飲んでやりとりを見守っていたようだが。

その中の一人が言う。

「我々は……どうなるのでしょうか」

「有り難くも我々も知的生命体だということで、「水辺の民」もろとも存在が消滅しないように処理はしてくれるそうだ。 その後は、フォリナに監視されながらどこかの知らない星で、種としての命数を使い果たすか、或いは他の生物とやっていけるようになるか、どちらかの条件を満たすまで過ごす事になる」

「本当に、そうなのでしょうか」

「フォリナが嘘をついている所は見た事がない。 それに……あいつらは、嘘などつく理由はないだろうよ」

人間ならともかく。

宇宙全てのルールを支配しているも同然の存在だ。

嘘をついて相手を玩弄する必要すらない。

気分を害したのなら、相手を消してしまえば良いだけだ。

そんな相手に喧嘩を売った先祖の愚劣さには、怒りを通り越して呆れすら感じる。

いずれにしても、最後の抵抗をするだけである。

左右両翼の軍勢をどうにか蹴散らせば、主戦場に残存戦力を全て突入させることが出来る。

そうなれば幾らストーム隊とやらもひとたまりもない。

負けているのは分かっている。

だが、最後まであがくのもまた。

プライマーの首長である、「風の民」長老の仕事だった。

 

(続)