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炎と嵐
序、因縁の激突
村上壱野は見た。
エイリアンの一群がいる。コスモノーツとクルールで編成されている連中だが、戦意というか気配が違う。
そしてその先頭にいるのは。
あのトゥラプターだった。
此処で、来るか。
既にリングまで一㎞を切っている。マザーシップを撃墜し、ここまで来た。敵も、最後の切り札を切ってきた。
ただ、それだけのことだろう。
そしてトゥラプターとの戦いは、此処で終わらせておきたい。
奴は珍しい、話が出来るプライマーだ。
だが同時に、圧倒的な戦力を持ち、ストーム隊以外で相手をするのは無理だろうつわものでもある。
此処で仕留めなければ、他の戦線が崩されかねない使い手だ。
会話は出来ても、それで和解が出来るかは話が別。
倒さなければならないのだ。
この狂った戦争に勝つためにも。
リー元帥が努力してくれている。無能な既得権益層は、既に勝った後の事ばかり考えていたようだが。
その中でも特にタチが悪い連中は、あらかた始末してくれたようだ。
中華EDFでも今、問題を起こしそうな将官の処分を開始したと連絡があった。元々内戦を始めかねない勢いだったらしいし、仕方がない処置だろう。勿論そいつらのバックにいる金持ちも、同じ運命だ。
文字通りの人類の恥。
だが、其奴らを消しても。
一万年にわたって、何も進歩してこなかった人類という事実はまったく変わらない。
進歩したのは技術だけ。
人間という生物は、何一つ進歩などしていない。
手を横に。
ついてきている、エイレンや戦車の部隊を止める。ストーム隊だけで前に出る。
あのエイリアンの部隊との戦いに巻き込まれたら。対リング戦のために残ったこの戦士達は、ひとたまりもないだろう。
一人でも、生きたままリングとの戦闘を開始したい。
だから、距離を取って貰う。
「まった。 俺は出るぞ」
「海野曹長！」
流石だ。
生き残っていたのか。
確かに、気配はあったが。だが、此処で前に出てきてくれるとは思わなかった。
「気配でわかる。 あのじいさまの気配に近い。 とんでもない化け物どもだ。 流石に、若造共に任せてはおけん。 お前達と俺で、彼奴らを倒す」
「分かりました、助力頼みます」
「壱野、いいのか」
「この人は祖父と肩を並べてマル暴の最前線で戦った闘士です。 残虐な人権屋ともずっと渡り合ってきました。 この戦場で戦うだけの力はあるかと思います」
荒木大尉が、頷く。
そして、全員の覚悟を決めたところで。
前に出る。
敵も、進んできていたが。足を止めた。
両手に剣を装備しているトゥラプターが。四ツ目を、少し細めたようだった。
「やっとこの時が来たな、ストーム１。 いや、俺の相手は村上壱野、貴様が務めてくれるか？」
「ああ。 貴様だけは、俺が相手しなければならないだろうな」
「……俺の鎧の一部に、お前達がほしいだろう情報が入っている。 こっちにとっての機密では無い。 ただの真実だ」
「そうか。 助かる」
トゥラプターが喋るのを聞いて、驚く面子もいたが。
ストーム３やストーム４の隊長以外の隊員。それに海野曹長だ。エイリアンが喋る。それを初めて見たのだろう。
トゥラプターをたしなめるように、隣にいるクルールが喋る。クルールも、流ちょうに喋る事が出来ることは何となく分かっていたが。壱野もこれには驚いた。
「トゥラプター、貴様……なんのつもりだ」
「首をくれてやる、とはいかないだろう。 俺たちが何故戦争をすることになったのか、少なくとも勝った方は知るべきだ。 そして俺は負けるつもりは無い。 ただ、負けたときのために備えている。 それだけだ」
「なるほどな。 分かった。 まあ、良いだろう」
「行くぞ。 相手は一騎当千の無双の英雄達だ！ 夢にまで見た、本物の神々との戦いだぞ！」
おおっと、エイリアン達が声を上げる。
これだけでも、今までのクローン中心の連中とは違うことが分かる。
クラーケンはいないが。
恐らく、最後の戦力として控えているのだろう。
それも、喋るとみて良い。
というか、プライマーは皆無駄だから喋らなかっただけ。人間の言葉くらいは、既に全て解析済だったとみて良い。それならば、こういう風に。戦士とされるような連中は、敢えて自分を高揚するために、喋っても不思議では無かった。
にらみ合いは。
ゼロコンマ二秒の末に、終わった。
全員が散開する。
戦闘が開始されていた。
壱野は走る。既にトゥラプターは残像を残して移動。だが。気配は追えている。側面から後方。更に頭上。
上空で加速して、こっちに飛んでくる。
振り返りつつ、ライサンダーで狙撃。
だが。トゥラプターはそれを剣で防ぐ。ただ、剣にかなりの負荷も掛かった様子だ。弾いただけで凄まじい。流石だと、舌を巻く。更にアサルトを乱射。剣で全て弾き返して来る。
一瞬、遅い。
飛び退いて、剣の一撃を避ける。
ざっくりと、地面が抉り取られていた。
そのまま、切り上げてくる。
わずかに擦っただけでも即死だろう。だが、擦らせない。ミリ単位で避ける。アサルトを浴びせつつ、バックステップを繰り返す。
相手の一歩に比べれば小さいが、それでも意味あっての動きだ。トゥラプターは動きが大きい。
何度かの戦闘を分析して、それを知っている。
勿論、あまりにも早いから、普通の戦士では戦闘にさえならない。
だが、壱野だったら。
村上家の人間や。AFVに乗った一華だったら。
話は違うことを見せてやる。
再び間合いを詰めてきたトゥラプターが。ブレードを振るって来るが、それをライサンダーで狙撃。
ガンと、凄まじい音がして。
トゥラプターが弾かれ、態勢を崩す。
此奴は恐ろしい程早いが、他の最精鋭はそれほどでもない様子だ。ただし、ストームチームの皆は、全員が総力戦を繰り広げている。今までのコスモノーツやクルールとは完全にレベルが違う。
「素晴らしい！ 前に戦った時も俺の攻撃を回避して、俺の動きを見切っていたが、更に洗練されている！ 俺の戦士としての、使いどころがなかった腕が喜び泣いている！ 行き場がなかった猛る血が吠えている！」
「そうか。 お前は悲しい存在だな」
「ああ、そうかも知れん。 だからこそに、悲しいながらに生き抜くだけだ！」
凄まじい速度でバックステップしたトゥラプターが、一度距離を取るが。間髪入れず、そのままジグザグに加速しながら迫ってくる。
アサルトで応戦し、弾は全て当てるが。その弾全てをブレードで弾いて、体へのダメージを避けてくる。
それだけではない。
通り抜け様に、斬り伏せに来るが。
二連撃を、ミリで見切ってかわす。
そしてだめ押しの大上段からの一撃を、ライサンダーＺで防ぐ。
渾身の一撃に対して、ライサンダーであわせる。
次の瞬間、トゥラプターの右腕のブレードが、ついに砕けていた。
大きくのけぞるトゥラプターに、アサルトの連射を叩き込む。全身の装甲に弾丸が食い込むが。そのまま飛び退くと、態勢を立て直すトゥラプター。
小さな口が、にやりと笑う。
今の乱撃で、かなりの弾丸が鎧を貫通して体に入っているはず。
タフで回復力が高いコスモノーツ。しかも目が四つある事から考えて、体を弄っているとしても。
まともに今のストークを喰らったら、無事では済まないはずだ。
それでも笑っている。
あまりにも、戦えている事が嬉しい、と言う事だ。
ストークのマガジンを無言で交換。
この戦士は。
本当に、戦える相手がいなかったんだな。そう思って、同情すら覚えた。
もっとまともな対応を、最初にプライマーが地球に来た時に。世界の金持ちどもや、政界の要人がしていれば。
こんな事はせずに、別の出会い方もしていたかも知れないのに。
今は、どちらかがどちらかを殺すしかない。
それが、現実だ。
「村上壱野大佐！」
成田軍曹が、悲鳴に近い声を上げている。戦闘を見ているのだろう。まあ、こんな相手、勝てる訳がないと判断するのは分かる。
だが、それはそれだ。
今、此処で。
此奴は倒しておかなければならない。
この戦いを早々に終わらせて。
何もかもに、一段落をつけるためにもだ。
「極限まで磨かれた武！ どうやら俺はテクノロジーに驕っていただけに過ぎなかったらしいな。 これでも鍛錬を欠かした事は一度もなかったのだが」
「いや、貴様は強い。 ただ、間が悪かっただけだ」
「そうだな。 間が悪かった」
「……」
それでも、戦わなければならない。
それは、トゥラプターも理解しているようだった。
至近でライジンが迸り、凄まじい勢いで四つのシールドを次々展開していたクルールに直撃。
悲鳴も残さずに、頭を吹き飛ばされて倒される。
他のエイリアンが、そのクルールの名前らしいのを叫ぶ。だが、そいつもストーム３の連係攻撃に撃ち倒されていた。
激しい戦いで、エイリアンが次々に倒れている。
トゥラプターは残った左手のブレードを構え直すと、態勢を低くする。
次の攻撃は、更に速くなるとみて良い。
顎でしゃくる。
来いと、いう意味だ。
互いの距離は八十メートルほど。
それが、コンマ一秒で詰められた。
予備動作もなく、ブレードを振るって来るが。その動きも、既に見切った。ライサンダーＺであわせて、弾く。
だが、弾かれた瞬間、トゥラプターはブレードを捨てた。
横っ飛びに飛び退く。
一瞬遅かったら、拳に叩き潰されていただろう。
飛び退きながら、アサルトを乱射。残像を作って動くトゥラプターだが。全弾当てる。後ろに回り込んでくるが、此方もサイドステップとバックステップを駆使して、確実に弾を当てていく。
離れるトゥラプター。建物の残骸を利用して射撃を遮ると。
今度は上空に出る。
ライサンダーで狙撃。
トゥラプターの左腕が消し飛ぶ。
再生していくが、それよりもアサルトでの射撃で傷をつける方が速い。体中を撃ち抜かれても、トゥラプターは笑っていた。
「これだけの体格差があっても、インファイトで俺に遅れを取らないか！ お前と、本国で勝負がしたかった！ 体格が同じだったら、絶対に一瞬で俺がやられていただろうな！」
「そんな事はやってみなければわからん」
ゼロ距離。
右手で、トゥラプターが渾身の拳を地面に叩き込む。
衝撃波で、流石に吹っ飛ばされる。
追撃の回し蹴り。だが。その足を、ライサンダーＺで迎撃。足が砕け、吹っ飛ぶ。
鎧が穴だらけになっている上に。至近でのライサンダーＺでの一撃だ。喰らって無事だったあのブレードがおかしいのである。
弐分が、激しくやり合っていたコスモノーツを倒すのが視界の隅で見えた。
エイレンⅣカスタムに乗った一華と、苛烈な戦闘を続けていたクルールが、ついにズタズタに倒されるのを見る。
敵の最精鋭戦士は戦意が高い。
皆、トゥラプターと同じように、餓えていたのだろう。
話を聞く限り、そもそもプライマーは戦争なんかやった事もなかったような種族だったのだ。
戦士階級だって、下手をすると人間の負の影響を受けてから、出現した存在なのかも知れない。
だとすれば、戦う相手だってろくにいなかっただろう。
特に闘争本能が強い戦士が揃っていたのだとすれば。
肩身は狭かっただろうし。
何よりも、戦う相手もおらず。
鬱屈だって溜まっていたのは間違いない。
人間とは違った。
それが、これだけでも分かる。
人間だったら、戦う相手なんか別になんぼでもいる。その事実が。こういうことからも分かってくる。
足を再生しながら、トゥラプターはバックステップする。悪いが、再生する余裕は与えてやらない。
ストークで追撃しながら、ライサンダーＺの次弾装填を待つ。
全身に更に弾丸を浴びつつも、両足を再生。鎧は殆ど壊れてしまっているが。それでも、赤い装甲が体の彼方此方に残っていて。
トゥラプターが、火の星から来た戦士であることを、示しているかのようだ。
「来い」
来たのは、時々トゥラプターが乗っていたタイプワンのハイグレードドローン。つまりレッドカラーだ。
アレに乗って撤退するのを何度かみたっけ。
別に二対一でもかまわないと思ったが、違った。
レッドカラーが落としていったのは、巨大な槍だ。
とことん近接戦闘にこだわる奴だ。
あの速さだと、銃など悠長に使っているのが馬鹿馬鹿しいのか。それとも産まれたばかりの戦士という文化の中で。
徒手空拳で強い事が誇りになっているのか。
それは分からない。
「大きさが違い過ぎるから、貴様と格闘戦ができないのが悔しいな。 調べはついているが、貴様は格闘戦でも地球人類最強なんだろう？」
「最強かは分からないが、強いようだな」
「謙遜をする。 ……いくぞ。 この得物は、この戦いのためにしつらえた俺のためのポールウェポンだ。 どんどん長老達が新兵器を持ち込む中、俺が唯一本国から持ち込んだ武器よ」
「そうか」
使う機会もなかったのだろう。
だが、凄まじい闘気が分かる。
ストークを下げる。
さっきの衝撃波で吹っ飛ばされた時に、此方も相応のダメージは受けている。勝負は、次の一瞬で決まる。
トゥラプターも、強がっているがあれはもう限界が近い。
全身の鎧がボロボロになる程、今のストークの射撃を浴びているのだ。普通のコスモノーツだったら、とっくに死んでいる。
裂帛の気合いと共に、突っ込んでくるトゥラプター。
もう小細工は無しだ、というわけだ。
良いだろう。
受けて立つ。
戦士として、環境に恵まれなかった存在。
性別さえない火星のエイリアン達の中で、闘争本能の行き場もなく。戦力として最後の最後まで出ることすら許されず。
ひたすら不遇をかこった戦士。
今までにない速度で、来る。
壱野でも、見切るのが精一杯だ。
恐らく、祖父以外で、これほどの戦士を見るのは初めてかも知れない。それでも、悪いが勝たせて貰う。
横薙ぎに、一閃を狙って来るトゥラプター。
避けようがない一撃だ。
だから、その長柄をつぶしにいく。
ライサンダーＺで狙撃して、手を粉砕する。更にアサルトをしこたま叩き込んで、もう片手も。
だが、長柄は最初から囮だった。
或いは対応されることは想定済だった。
そう言わんばかりに、全身で押し潰しに来るトゥラプター。ライサンダーＺの弾は、まだ撃てない。アサルトで射撃しながら、バックステップ。間に合うか。流石に、冷や汗が流れる。
その時。
完全に暴発した。トゥラプターの手から落ちた長柄が。
横薙ぎに、壱野を擦って吹っ飛ばす。
受け身は取ったが、正直どうして今の衝撃を殺せたか分からない。刃の部分も外れた。両手からすっぽ抜けたも同じだから、当然だろう。
吹っ飛んだ先に。
幸運が味方したのか、崩れかけていた建物が。
それに突っ込む。それが衝撃緩和の役割を果たす。
両腕を失い、更に全身に弾丸を浴びながらも、立ち上がって此方を見るトゥラプター。これで、終わりか。
そう思う心と。
こんなで終わるはずがない。
そう猛る心とが。
混ざり合って、沸騰しているようだった。
そうだな、これでは終わらない。
瓦礫を押しのけて立ち上がると、流石に今のは効いたぞと、にやりと笑ってみせる。トゥラプターはかっと口を開けて笑うと、周囲を超高速で回転し始める。
「お互い、体力は限界とみた！ アサルトで俺を殺しきるのは困難だぞ。 俺に、当てて見せろ！ 次の瞬間が決着だ！」
全方位から。
本当に嬉しそうなトゥラプターの声が聞こえる。
戦う。それ以外に、価値は何一つなかった存在だ。だから、それを否定する訳にはいかない。
そして壱野は、この戦士に見込まれたことを、不愉快だとは思わない。
境遇は、嫌と言うほど分かるからだ。
周囲では、もう戦闘が終わりつつある。ストーム３が、見事な連携戦でショットガンを両手持ちしていたクルールの戦士を葬った。ストーム４が、飛翔装置を身に付けていたコスモノーツを倒した。
ストーム２が、六本の腕に武器を、更に六本の腕にシールドを装備していたクルールを倒していた。
海野大尉が、単騎で。巨大な武器を装備した、コスモノーツを撃ち倒す事に成功していた。
皆、ギリギリの勝利だった様子だ。
後は、ここだけ。
ならば、勝負を付ける。
「行くぞ地球最強の戦士！ 村上壱野！」
「来い火星最強の戦士トゥラプター！」
雄叫びが交錯する。
そして、ライサンダーＺが。
後方、４時方向から迫っていたトゥラプターに。弾を直撃させていた。
１、リングとの戦いが始まる
すぐに、全員が補給車で物資を受け取り、補給と治療を受ける。一華も、無言でかなりやられたエイレンⅣカスタムから降りて。レーションを口にしていた。
見ていた。
とんでもない動きをするトゥラプターに、それでも確定で当てていくリーダー。
何度必殺の一撃をかわされても。
それどころか、どうしてそれを当てられるという攻撃を受けても。
それでも本当に心の底から楽しそうだったトゥラプター。
狂っている、というのは簡単だ。
否定するのは誰にだって出来る。
だが、火星の環境は、恐らくそれしかあり方を許さなかったのだろう。本来だったら、戦争なんて事すら縁がなかった星。
貧しくて、静かに複数の種族が共存出来ていた星。
それをこんな侵略国家にしてしまったのは地球人類だ。
トゥラプターだって、人生を狂わされていた可能性が極めて高いとみて良い。一華も、既得権益層に人生を狂わされた側の存在だ。だから、気持ちは何となくわかる。
だから、トゥラプターをどうこういうつもりにはなれなかった。
リーダーが来る。
あんな動きをする戦士と、最後まで激烈な死闘を繰り広げ。全身傷だらけなのに、一番元気に見える。
渡されたのは、チップだ。それもUSB対応の奴。
地球産のものに見えるが、恐らくは敢えてそうしたのだろう。
回収した地球産の記憶媒体に、トゥラプターはデータを埋め込んだのだ。無言で、一華は頷くと。
自作のPCにて内容を読み込む。
内容は。
あの夢とは思えない夢の中で。フォリナに言われた事と、ほぼ同じだった。無言になる。どうやら、全て事実だった事が、これで確定した。
プロフェッサーにデータを送る。
千葉中将が、無線を入れて来た。
「喋るエイリアンは、君達を知っていたようだが……」
「後で私から話す。 今は、少しでも休憩をストーム隊にさせてやってほしい」
「分かった。 そうだな」
左右両翼の戦線は、今の時点では膠着状態に陥ったそうだ。
休んでいる間にも人が死ぬ。それは分かっているが。今の状態で戦うのは、あまりにも無理がある。
大型移動車が来る。
長野一等兵が、無言で皆の装備とエイレンⅣカスタムの修理を開始してくれた。プロテウスカスタムは、まだ修理の途中のようだが。こっちが優先という訳だろう。
もう至近距離にリングがいるのに。
尼子先輩も。
長野一等兵も。
怖れている様子は、一切なかった。
「横になって寝ていろ。 全く、相変わらず乗騎に無茶をさせおってからに」
「へへ、すいませんッス」
「謝罪は俺では無くエイレンにしろ。 此奴も毎回やられて泣いているぞ」
そうだな。そうかも知れない。
ともかく、レーションを口にした後、横にして休む。リングは、まだ防衛装置を起動させていない。
恐らく敵としても、あの戦士の集団。
最精鋭だっただろう部隊が全滅したことで、相当に動揺しているのだろう。それから立ち直るまで、少し時間が掛かるが。
その間、此方も少しでも休むしかない。
少しだけ、仮眠を貰った。
一華の相手も、相当に手強かった。もう一度戦って勝てるかと言われたら、分からないとしか言えない。
トゥラプターは、以前やり合った時よりも更に強くなっていた。
再戦を夢見て、本当に凄まじい鍛錬を続けていたのだろうということは、端から見ていても分かる程だった。
そして、楽しそうだった。
本当に、戦う以外に何もない戦士が。最後の一滴まで己の強さを振り絞ったのである。満足だっただろう。
目が覚める。
他の戦士達も、起きだしていた。
一華はブドウ糖の錠剤を頬張る。こんだけ甘いだがまずいものを口にしているが。太る気がしない。
頭を使いすぎているからだ。
荒木大尉が、周囲に声を掛ける。
「皆、いけるか」
「問題ないぜ。 大将達についていけるのは、俺たちしかいねえよ。 今回も、それを証明するだけだ」
「その通りだ。 あの最強のエイリアン達ですら、俺たちは倒せた」
「リングまで、後一㎞」
冷静に、相馬少佐が告げる。
皆の視線が、浮いている巨大なリングに向かう。
あれを落とさないと、戦いは終わらない。
何もかもが、無駄になるとみて良いだろう。
「支援部隊、先の戦いでの被害はなかったか」
「問題ありません！」
「よし。 これよりリングへの直接攻撃を開始する。 左右両翼では、まだジョン中将と大友少将が苛烈な戦闘を指揮している。 一秒ごとに、味方が被害を増やしていることを忘れるな」
「イエッサ！」
この場に残った僅かな兵士達。
恐らく戦略情報部も混乱しているとみて良いだろう。
成田軍曹は、さっきから何も通信をしてこない。後方に、大型移動車はさがる。補給車三両を守るようにして、味方のわずかな支援部隊が動き出す。
生きて帰れる望みは少ない。
それでも、此処に集った戦士は皆、後悔などしないだろう。
「戦略情報部、ありったけの情報とリソースを回して、ストーム隊と支援部隊を支援してくれ」
「了解しました」
「さっきの喋るエイリアンの言葉の解析などは後だ。 とにかく、今は全EDFの能力でストーム隊を支援する」
千葉中将の言葉が頼もしい。
恐らくだが、何処かに残った部隊がいないか、必死に検索してくれているとみて良いだろう。
近付いていく。
空に浮かんでいるタイプワンドローン。リングから次々に出現している。だが、たいした数では無いし。
そもそも最重要戦略目標を守るのがあれという時点で、敵の戦力が枯渇しているのは明らかだ。
ある一線を越えた瞬間。
タイプワンが、一斉に反応。
襲いかかってきた。
「対空迎撃戦用意！」
「相手はたかがタイプワンだが、油断するな！」
「イエッサ！」
「いや、タイプワンだけではないようですね」
リーダーが告げると同時に。
リングから、大型船が出現する。リングから直に、である。
「大型船が！」
「恐らく、未来から直接送り込まれてきたばかりの船かと思われます。 敵の増援を乗せている可能性が高いでしょう」
「ストーム隊、最優先で破壊しろ！」
「イエッサ！」
三城がライジンをぶっ放し。一華も収束レーザーを叩き込む。
レールガンは、さっき補給して貰ったが、当面使うつもりは無い。ここぞという時だけ以外では、使うべきではない。
弾を補給できない以上。
今は使ってはまずいからだ。
相馬少佐も、収束レーザーを大型船に叩き込む。集中砲火を浴びた大型船の一隻が火を噴き。
やがて爆沈していた。
だが、もう一隻が、高機動型アンドロイドを放出し始める。また、リングも凄まじい勢いでタイプワンを吐き出し続けていた。
「雑魚はこっちに任せろ！ 大型船の撃沈を最優先で行ってくれ！」
「イエッサ！」
「どうした、大尉殿。 ブレイザー捌きが鈍っているようだが？ 階級が「上がって」、腕でも落ちたか？」
「そうだな。 お前も死神から守護神になって、優しくなったか？ 攻撃の荒々しさが弱まっているように見えるぞ！」
不意に憎まれ口をたたき合う荒木大尉とジャムカ大佐。
最後まで、ジャムカ大佐は「大尉」と名乗る荒木大尉の心理を理解出来なかったようではある。
だが、本音から馬鹿にしている様子はない。
あくまでも、憎まれ口をたたき合っているだけだ。
ジャンヌ大佐が呆れた。
「こんな時にまで。 馬鹿馬鹿しいが、これがストーム隊でもあるな。 とにかく、我々もドローンを駆逐する！」
「高機動型は此方にお任せください！」
支援部隊のエイレンが、対高機動型の戦闘プログラムを起動。迫ってくる高機動型を次々叩き落とす。
少しずつ、リングへと進む。
そして、三城がライジンのチャージを終えて、敵大型船に熱線をたたき込み。
エイレン二機が同時に収束レーザーを撃ち込み。
敵大型船を、撃沈せしめていた。
「リングに接近したとして、どうすればいい！」
「既に偵察機で調べてあります！ 敵の下部に、制御装置らしい赤い装置が存在しています！ それを破壊してください！」
「了解……！」
これについては、リングとの戦闘は既にこなしていること。どうやって過去に飛んだかの具体的な内容。いずれも前にストーム隊の面子には話してあるのだが。
整合性をとるためだ。
敢えて、荒木大尉が聞いてくれた。
成田軍曹も、これくらいしかやる事がない。それで、応えてくれたのだと言える。
「ただ、敵の本当の制御装置は、恐らく真ん中にあるあの菱形の装置、スピネルかと思われます。 既に巡航ミサイルを撃ち込んではいますが、効果が見られません。 まずは赤い装置の破壊から開始してください！」
「分かった、試してみる！」
「敵ドローン、更に増大！ これは、タイプスリーも混じっています！」
「かまわん、全部叩き落とせ！」
支援部隊が、必死の対空砲火を続ける。
大型船を潰した事で余裕も出来た。一華も、対空戦闘プログラムで、戦闘を開始。そのまま、次々とドローンを叩き落とす。
性能は全力の七割くらいだろうが。それでも、長野一等兵がプロテウスカスタムを仕上げてくれるはずだ。そして、戦場に送り込んでくれるはず。
その時まで、エイレンⅣカスタムで耐える。
いや、それもまた、失礼な話か。
エイレンⅣカスタムは有能な機体で、何よりずっと一緒に戦ってきた愛機だ。特に最近は、ずっとこれを乗騎にしている。
今でこそ、愛機を信頼しないでどうするというのか。
タイプスリーにハイグレードは混じっていない。
一方、レッドカラーは少数いたので。そいつらはストーム隊で相手する。三城がライジンで一機を叩き落とし。
弐分がガリア砲を直撃させ。それで揺らいだ所を、リーダーが狙撃して叩き落とすのが見えた。
一華が出る暇もない。
とにかく、雑魚を蹂躙して道をこじ開ける。
リングがあまりにも巨大すぎる事もあって、距離感が狂いそうだが。それでも、確実に進んでいく。
この辺りは再開発中の都市だったのだろう。既に無人になっているが、辺りは極めて雰囲気が雑多だ。
綺麗な看板が残っていたが、それもドローンのレーザーで瞬時に切り裂かれていた。
そのドローンも、即座に一華が叩き落とす。
「バッテリー交換、頼むッス！」
「分かりました！」
支援部隊の兵士が、バッテリーを交換してくれる。エイレンⅣカスタムは、バッテリーさえあればなんぼでも動くが。バッテリーがなくなれば何もできない。その辺りは、極めて極端ではあるが。
分かりやすくもあった。
相馬機もそろそろ限界だ。
それに、である。
敵にはまだクラーケンの最精鋭部隊が控えていると判断して良いはずだ。とてもではないが、油断どころでは無い。
バッテリー交換、完了。
前に出て、相馬機にバッテリー交換を促す。
ブレイザーの火線が空に迸る度に、ドローンが落ちる。
もう本国は瀕死の筈なのに。
プライマーは、次々とドローンを回してくる。少しでも消耗させる事が出来ればいい。そう言っているかのように。
未来の物資とは言え、資源は資源。
もはや無駄遣いとしか思えない。
火星は本当に滅びかけているのだろう。地球に来ている可能性が高い司令官が、どう命じているのかは分からないが。
それでも、この無策な戦力の無駄遣いは異常だ。
いや、本命の防衛装置を出す前に、少しでも消耗させるつもりか。
それならば分かるが。
いずれにしても、一華も冷静に動かないと。敢えて、在庫処分のつもりで、消耗させるためだけの攻撃をしている可能性だって低くないのだ。
「ストーム１、全員無事か！」
「イエッサ！」
「リングの下部は、まだ何か見えないか！」
「リングの下部と言っても、下から見えそうな範囲だけで数㎞はあります！ その赤い装置と言うのも、簡単に見つかるか……」
浅利少佐が気弱な事を言うが。
これは。逆に言えば客観的な意見でもある。
それに対して、誰か文句を言うこともない。纏わり付いてくるドローンを蹴散らしながら、更に進む。
「右翼部隊、果敢な突破作戦の末に敵とリングの間に回り込むことに成功！ 一旦敵との交戦を停止し、にらみ合いに入りました！」
「左翼部隊、苦戦の末に敵を半包囲に持ち込みました！ 現在、十字砲火で敵の動きを止めています！」
左右両翼も頑張ってくれている。
後は、一押しほしい。
一華も、移動しつつ、さっきトゥラプターが残したデータを見る。
どうプライマーがフォリナに負けたか。
フォリナとは絶対に戦ってはいけない。
そう言ったことが書かれている。
それは分かっている。あれは戦ってはいけないし。仮に手段があっても、勝ってはいけない相手だ。
相手は人間が特定動物の拡散を防ぐように行動しているに過ぎない。事実人間の悪影響をモロに受けたプライマーが外宇宙に拡散したら、文字通り宇宙規模での大虐殺が行われていただろう。
その惨禍は、今地球で起きているものの何億倍も酷い代物になった筈だ。
そして地球人が今後、「万物の霊長」とかいう妄想を捨てずに外宇宙に出た場合だって同じだ。
フォリナの存在からも、外宇宙には多数の文明があるのは確実。
それらに対して、地球人は大航海時代の海賊共がやったような蛮行を持って接し。あらゆる全てを奪い尽くし。
尊厳から何から、全てを否定して嘲笑う事だろう。
そんな事は。
許してはならないのだ。
だが、だからといって今の戦いに負けるわけにはいかない。
この後の時代、ひょっとしたら人類はフォリナが認める外宇宙に出られる種族に変わるかも知れない。
外宇宙で虐殺を繰り返さないような生物に生まれ変われるかも知れない。
勿論可能性は極小だ。
それに、この戦いが終わったら、地球をどうにかして去ろうと思っている一華には関係無いが。
多分残るだろう木曽少佐や山県少佐の事を考えると、あまり無体なこともできないし、言えもしない。
敵ドローンの勢いが弱まる。
木曽少佐のマルチロックミサイルが、多数を一辺に撃墜したからだ。そのまま、距離を詰める。
リング真下が見えてきた。
赤い装置はかなり大きいはず。いつも、下に行けばすぐに見えた。だが今回は乱戦であるし。
何より荒野で戦っている訳ではない。
再開発地区で、壊れかけのビルも結構多い。
視界を遮るものも少なくないから、すぐに赤い装置が視界に入り込んでくるかはなんとも言えない。
案の定。かなり近付いているのに、赤い装置は見えない。
ドローンも遮蔽物を得て、むしろ生き生きとしているように飛んでいた。
「ドローンが邪魔だ！ 畜生っ！」
「小田少佐」
「ん、なんだ大将」
「この辺りの建物は整地した方がいいと思います。 勿論持ち主には悪いとは思いますが」
そう聞いて、小田少佐はすぐにロケランに切り替える。
そして、ロケランで、周囲の建物ごとドローンを爆破していく。
さてはリーダーの人外じみた勘。
何かを察知したな。
それはそれでかまわない。
苦戦が減るのだから。
とにかく、今は周囲の敵を可能な限り蹴散らす。蹴散らして、前に進む。周囲を確認する。
程なく、ストーム４の一人が叫んでいた。
「見つけました！ 恐らくあれです！」
「すこし距離があるな。 総員、纏まって其方に移動！ 何があるかわからん、注意を払え！」
「イエッサ！」
戦車隊も、小田少佐の様子を見て、戦車砲で建物を崩し始める。周囲の見晴らしが良くなると、やはり赤い装置だと分かってきた。
この地点から、リーダーが狙撃を開始する。
もう時間を気にする必要はない。
撃ってしまっても、全く問題は無いだろう。そのまま、三城もライジンを叩き込む。恐らく万全の状態だからか。それでも壊れない。
「いつもよりだいぶタフッスね……」
「いや、恐らくいつもも破壊は出来ていなかったのだろう。 ただ、不具合を起こさせていた。 それだけだった、ということだ」
「なるほど」
「だが効いてはいる。 攻撃を続ける」
リーダーがまたライサンダーＺを叩き込む。
ストーム４が補給車に移動すると、モンスター型を取りだし始めた。
ある程度接近したところで、戦車砲が斜角を挙げる。ドローンの相手はエイレンに任せ。皆で総攻撃を開始すると言う事だ。
ストーム３もガリア砲に換装。
荒木大尉が叫ぶ。
「よし、撃てっ！」
随伴歩兵がブレイザーで一斉射撃開始。戦車砲も、一斉にあの赤い装置を狙って射撃をし始めた。
これほどの火力で、あの赤い装置を攻撃したことは、過去の周回にない。
リーダーもライサンダーＺの弾を叩き込み続けている。更に、ストーム４もモンスター型を、ストーム３もガリア砲を。それぞれ叩き込んでいた。
弐分はこの時の為に用意された決戦兵器、バトルキャノンを持ち出し、装備。それによって射撃を続けている。
柿崎はグロースピアを投擲。
これも射程が伸びるように、今回のために調整されている。当然直撃が入っている。
とどめとなったのは、木曽少佐のリバイアサンミサイル。
山県少佐のレーザー誘導で、リバイアサンミサイルが赤い装置に直撃すると。今まで光を放ち続けていた赤い装置が、凄まじい音と共に砕けるのが分かった。
「やったぞ！」
「……まだ装置の上には同様の装置が、更にはリングの中央には中枢管理システムと思われるスピネルがある事が分かっています。 油断は、しないでください！」
千葉中将に、成田軍曹が警告を入れる。
確かにその通りだ。
この状況で、成田軍曹がこれほど冷静になるとは。カルト落ちしかけていた姿を何度も見ている一華としては不思議な気分だ。
すぐに、戦略情報部の少佐が警告をしてくる。
「リングが傾き始めました！」
「そ、そうか。 墜落の兆候は！？」
「いえ、まだなんとも。 ただ、スピネルを中心にして、回転しているように観測できます。 何が起こるか分かりません。 最大限の警戒を。 墜落する可能性もありますので、リング外縁部からは離れてください」
プロフェサーの淡い期待に対して、冷静な返事が返ってくる。まあそうだろうなと一華も思うが、黙っておく。
戦略情報部の指示は常に的確なわけではないが、今回については的確だとバカでも分かる。墜落した時に備えて、荒木大尉が皆に声を掛けて移動させる。ドローンは次々に、動いているリングに巻き込まれて爆発四散。
そもそもリングはフォリナの兵器だ。
プライマーのドローンなんかどうでもいいのだろう。
更に言うならば、フォリナの兵器であっても。地球のテクノロジーで破壊出来るようには作られている筈。
一華に話をしに来たフォリナの話を考えれば、だ。
ひょっとするとだが。あの「事故」で過去に転移したのも、偶然ではなかったのかも知れない。
戦争が始まった時点で、フォリナは或いは。
地球人にも勝つ可能性が生じるように、手を打ったのか。
だとすると、何というか。
悪意とは違うが。考え方が色々な意味で違うんだなと、思うしかない。
可能性を全ての存在に生じるように動いている。
それが、一番正しいようにも思えた。
人類はたまたまリーダーがいて、可能性を掴めた。その本質がどれだけ腐りきっていても。
プライマーは一度の過ちが、どんどん拡大していった挙げ句に、最終的には全ての可能性を掴めなかった。
何とも皮肉な話で。
そして此処で可能性を掴んでも。もしも調子に乗った人間が太陽系を出て周辺星域での暴虐の限りを尽くそうと考えたら。きっとプライマーと全く同じ運命が待っている。そしてその時には、もう可能性は味方してくれないだろう。
ほどなく、リングが水平になる。
落ちる気配はない。高度は下がらない。
更に回転を続け、一㎞ほど先に先は上にあった地点が下に来る形で、回転は止まった。
墜落はしない。
つまり、リングはまだ壊れていないと言う事だ。
「回転が止まった……！」
「分析の結果が出ました！ リングは安定しています！ 恐らくは、既に上空から確認されていた、もう一つの制御装置を破壊しないといけないのだと思われます！」
「くっ……」
悔しそうにプロフェッサーが呻く。
今までの作戦成功が、ただの事故を引き起こしていただけであって。リングを破壊出来ていなかったのだとはっきりしてしまったのだ。悔しく思うのも、当然だろう。
成田軍曹が更に分析を告げてくる。
「リングは直立しているわけではなく、少し斜めに傾いています。 現在地点から、また一㎞ほど先に弱点があります。 急いで突破してください！ 何が起きるか全く分かりません！」
「了解！ 皆、とつ……」
「いや、もう遅い！」
リーダーが叫ぶ。
リングから、直接凄まじい数のアンドロイドがわき始める。全て擲弾兵だ。
それだけではない。
以前、リング攻略戦で見かけた、触手のような連立砲台が伸びて出てくる。キュクロプスも、リングから出現していた。
未来から、ありったけの部隊を出してきていると見ていい。
つまり、ここからが本番だ。
２、絶えぬ猛攻
とんでも無い数の擲弾兵が迫ってくる。弐分は、真っ先に突貫していた。此奴らを味方に接触させるのは極めてまずい。それに大兄があの触手砲台を叩き落とすまで、何とか時間を稼がなければならない。
戦車隊、エイレン隊はほぼ温存できている。
それならば、今は。
大兄が、狙撃を既に開始をしているのを横目に、擲弾兵の真ん中に突っ込む。
次々飛びついてくる擲弾兵だが、弐分の機動力に翻弄され。勝手に自爆していくばかりである。
だが、砲台からのパルスレーザー、プラズマ砲が、次々周囲に着弾する。
動きはあまり速くないが、キュクロプスもいる。大型擲弾兵も。弐分も、油断出来る状態ではない。
ストーム３、ストーム４も、あの触手砲台が危険だと即座に判断。攻撃に移ってくれている。
三城もそれに加えて、今ライジンで極太のレーザーを放っている先端の砲台を粉砕していた。
戦車隊、エイレン隊は戦列を整え。随伴歩兵とともに一斉射を行い。擲弾兵をまず始末に掛かっているが。
誰かが気を引かないと、絶対に戦列に到達される。
擲弾兵の爆破火力は大きく、それをさせたら部隊は半壊する。
「敵の火力、極めて大！」
「リングには装備らしいものが今まで確認されていませんでした。 勿論自衛装備の存在は先進科学研から指摘されていましたが、これほどとは……」
「リングは時間改変船団の戦術の基点だ。 その気になれば、リングに直接敵は援軍を送り込める！」
プロフェッサーが呻く。
まあ、これについてはプロフェッサーが自分で見た事だ。
だから、ただ事実確認をしているだけである。
突貫して、片っ端から擲弾兵を引きつける。大型も弐分に食いついてきた。とにかく、今は時間を稼ぐときだ。
パルスレーザーが、フェンサースーツを次々に掠める。
上空の触手砲台のも、キュクロプスの攻撃の分もある。
不意に、キュクロプスのモノアイに。柿崎が飛びついて、プラズマ剣を突き刺していた。飛び離れる柿崎。
さっきも、精鋭エイリアンに接近した瞬間。敵がバラバラになっていたっけ。
凄まじい技の切れ味が、この時点で更に上がっているように思える。中々に、凄まじいと言う他無い。
更に、ライジンがもう一体のキュクロプスのモノアイに直撃。
瞬間で爆破粉砕していた。
ストーム２の援護射撃が来る。次々とブレイザーが擲弾兵を爆破している。大型から処理してくれているのは有り難い｡
だが、敵は相当に本気のようだ。
上空。
大型船が来る。
触手砲台も伸びた。
節になっている砲台が、根元から湧いてきたのだ。
未来からリングに敵は直接どんどん援軍を送ってきている。砲台を追加で出してくるのも、例外では無いと言う事だろう。
大火力レーザーが複数、弐分を狙って地面を抉ってくる。
さっきの精鋭エイリアンも、手強かったのに。
連日の連戦で、疲労も溜まっている。
このままだと。恐らくだが。
いつか大兄だって限界が来る。
弐分はまだいける。
図体と体力だけが取り柄だ。
だが、三城や一華は厳しいだろう。
だから、少しでも。取り柄を生かして戦う。それだけだ。
突貫して、次々に敵を引きつける。隙を見て、デクスターで爆砕する。まだまだ敵は擲弾兵を落としてくる。
触手にあわせて、大型船が敵を転送開始。あれはタイプスリードローンか。
「まずい、タイプスリーだ」
「今制空権を取られると負けるぞ。 大型船への攻撃を優先してくれ！」
「イエッサ！」
千葉中将の指示が飛ぶ。
エイレンⅣカスタム二機が、息を合わせて同時に一隻に収束レーザーを叩き込み。三城と大兄もそれに合わせる。
一瞬だけ抗った大型船も、この攻撃には耐えきれず、爆発四散。だが、もう一隻が残っている。
戦列を作っている戦車隊とエイレン隊にも攻撃が降り注ぐ。
元々あの縦深陣を無理矢理突破して来た部隊の生き残りだ。この場には項少将も筒井大佐もいない。
ダン少尉も一度引いて負傷の治療中だ。
この面子だけでこの規模の敵を相手にするのは厳しい。
それは分かっているが。
それでも、やらなければいけないのだ。
至近で爆発。
呻くと、それでも高機動を駆使して、連鎖爆発からは逃れる。
レーザーが危うく、一瞬遅れたら首を狩るところだった。
ひやりとさせられる。
敵の猛攻が、ちょっと度が外れている。それをまともに一人で引き受けているのだから、当然だろう。
「擲弾兵、出現停止！」
「よし、もう一隻の大型船も叩き落とせ！」
「くっ、損害が……！」
戦車隊も、エイレン隊も、あの触手砲台の攻撃を受け続けているのだ。精神論では、あの攻撃を受けて耐えられる訳がない。
漫画の主人公では無いのだ。
文字通り形も残さず消滅してしまう。
「退路はあります。 損害が大きいAFVと随伴は、そのまま指定の方向に逃れてください！ 残った敵のほぼ全てが、まだ左右両翼の部隊に引きつけられて、此処にかまう余裕がありません！ 指示通りに行けば逃げられます！」
「分かった！ ギリギリまで粘って、駄目そうなら撤退する！」
それでいい。
死地に最後までつきあうつもりは無い。
元々ストームチームだけしか残らないと思っていたのだ。それでも、此処まで来てくれただけで充分である。
荒木大尉が、ブレイザーでタイプスリーを落としながら叫ぶ。
「一華、プロテウスカスタムを使うか！？」
「いや、まだ様子見ッスね。 この様子だと、リングの真ん中のあのスピネルだとかいう制御装置が動きを見せていない時点で、此方の切り札を切るのは悪手ッス」
「分かった。 相馬もあわせろ。 もう一隻、大型船を頼む！」
「了解ッス！」
再び、エイレンⅣカスタム二機の収束レーザーと、大兄のライサンダーＺ、それに三城のライジンが同時に火を噴く。
この辺りの連携は、もう数限りなくやってきたから出来る事だ。
大型船も、多数落としてきた。
プロテウスカスタムがあれば、もっと多数の大型船も落とせるだろうが。今は、手持ちの戦力でやるしかない。
擲弾兵の供給が止まったこともある。擲弾兵そのものはかなり減ってきている。
片っ端から奴らを片づけつつ、時間稼ぎに徹する。
大型船が、撃墜される音がした。
爆発しながら大型船は落ちていき、地面で炸裂する。後は、燃えながら砕けた残骸が散らばるばかりだった。
「タイプスリードローン、出現停止！」
「よし、エイレン隊、戦車隊はまずは擲弾兵を全て片付けて、その後はタイプスリーを処理して制空権を取り戻せ！ ストーム隊はその間、敵の防衛装置らしい連結した砲台を破壊しろ！」
「イエッサ！」
「正念場だぜ！ あの気色が悪い砲台、全部ぶっ潰してやる！」
小田少佐が、ロケランでそのまま砲台を撃つ。砲台が爆発して、数個同時に壊れて落ちていく。
戦車隊の水平射撃の的になるように、弐分は擲弾兵の軍団を誘導。
自爆特攻だけを目的に動いている擲弾兵どもは、それにモロに引っ掛かる。知能なんて存在しないのだ。
大型が残るが、それはスパインドライバーで粉砕。
爆発の範囲ギリギリで仕留める。
かなりひやりとさせられるが。
これで、敵地上部隊は片付いた。
フェンサースーツがかなり傷ついている。だが、体に致命傷は受けていない。
そのまま動き、今度はタイプスリーを相手にする。タイプスリーも、散々戦って来た相手だ。
手持ちの武器は若干相性が悪いが、そもそも木曽少佐がマルチロックミサイルで。更には彼方此方に山県少佐が電撃爆弾を仕掛けて。
それらに引っ掛かったタイプスリーは傷つき、落ちていくものも多い。
デクスターで充分相手に出来る。わざわざ裏側に装備しているバトルキャノンで狙うまでもない。
さあ来い。
俺はこっちだ。
そう口の中で呟きながら、タイプスリーに徹底的に仕掛けていく。鬱陶しそうに、タイプスリーが狙って来る。
これで戦車隊、エイレン隊へのダメージを減らせるためだ。
「タンク４、限界だ。 悔しいがさがる！ 負傷兵は乗るか、タンクデサンドしてくれ！」
「よくやってくれたタンク４！ 助かったぞ！」
「グッドラック！」
最前列に展開していた戦車隊から、限界を迎えた車両が下がりはじめる。エイレン隊も、これはあまり長くは保たないだろう。
更に、だ。
敵の増援が来る。
大型船が二隻飛来。それにあわせて、更に触手砲台が伸びた。
「畜生、進むどころじゃないぞ！」
「いや、冷静に見ろ。 敵の増援は、今までの気が狂った規模とは違う。 もう敵も、戦力が尽き掛けているんだ！」
兵士達が、敢えてそう楽観的な事を言う。
だが、それについては客観的な事実だと弐分も思う。
そして、増援が来たのは、敵だけではなかった。
「此方潜水母艦エピメテウス！」
「！」
「同じく潜水母艦パンドラ！」
「潜水母艦セイレーン！ 三隻とも、攻撃射程範囲に現着！ ドローンの排除も完了している！」
おお。
潜水母艦が、三隻とも。
日本近海にいるという話は聞いていた。だが、軍内の政治的なあれこれで、リングとの戦闘支援可能海域への到着が遅れていたのだ。
大兄はそれを聞いてむっとしていたし。
千葉中将も、済まないと言っていたのだが。
どうやら、リー元帥がどうにか調整を終えてくれたらしい。
エピメテウスの指揮官であるバヤズィト上級大将は、リー元帥が戦死してしまう世界線では、EDFの総指揮を引き継ぐほどの実績がある人だ。
バヤズィト上級大将が、声を張り上げる。
「リングの状況把握！ 全力での火力投射を開始する！ 全艦隊、三隻に続け！」
「EDF！」
「極音速巡航ミサイル発射！」
殆ど間をおかず。
数百発のミサイルが、一瞬にして大型船に着弾。大型船は何も敵を出現させる事なく、粉みじんになっていた。
更に、触手砲台にも多数のミサイルが着弾する。
わっと喚声が上がった。
粉々になって落ちていく触手砲台。
リングが、文字通りがら空きになる。
「味方の戦力は！」
「戦車隊４、エイレン隊３が健在です！」
「よし、そのまま突貫してリングの真下を取る！ 急げ！ 歩行はパワードスケルトンが補助してくれる！」
「イエッサ！」
荒木大尉が音頭を取り、兵士達が着いてくる。
この様子だと、更に増援が来る事も期待して良いかも知れない。だが、敵も当然黙ってはいない。
リングから直接、大量の高機動型が出てくる。
柿崎が前に飛び出すと、敵を片っ端から斬り始める。
また一旦足を止めると、戦車隊、エイレン隊が敵に猛攻を浴びせる。触手砲台は、もう出てくる様子がない。
「三城、近接戦武器に切り替えろ！ 何とか敵を突破する！」
「わかった」
「雑魚ばっかり出して来やがって！ 舐めてくれたもんだな！」
「いや、まだ敵は最終段階に到達していないのかも知れない。 今のうちに怪我だけはするなよ」
小田少佐に、浅利少佐が応じる。
その通りだ。
少し後退すると、補給車に。
水を飲み干して、更にはレーションもがっつく。体が栄養を寄越せと叫んでいる。
トイレも済ませておきたい。簡易トイレも補給車の中にあるので、すぐに用を足す。その間も、凄まじい戦闘音が響き続けていた。
呼吸を整えると、外に。
三両いる補給車を狙おうとする高機動型と。円陣を組んで、必死に防ぐ味方部隊。
ストーム隊は全員が一騎当千の活躍をしているが、それを物量で押し潰さんばかりの勢いだ。
バヤズィト上級大将から連絡が入る。千葉中将が応じる。
「僅かだが、無事な陸戦部隊を其方に送っている！ きっと助けになる筈だ！」
「感謝する！」
「支援攻撃が遅れて済まなかったな。 此方もバカ共に縛られる立場だ。 或いは、プライマーもそうなのかも知れないな」
気づいている人は、気づいているか。
この戦争は、一秒でも早く終わらせないといけないだろう。
それについては、誰もが意見を一致させている
恐らくは、プライマーもだ。
だが、それにはまだまだ流血がいる。
どっちも最早、泥沼から足を引っこ抜けない。
泥沼は鮮血に染まっていて。
それこそ、相手の民間人まで皆殺しにしないと収まりがつかないほど、互いの憎悪が溜まりきっている。
挙げ句にさっき一華にデータを見せてもらったが。
やはり、最初に手を出したのは地球側だった。
プライマーは、テラフォーミング船を作る物資、資金だけではなく。技術の譲渡まで地球側に申し出たそうなのである。
だが、利権で目が眩んだ地球側が、トチ狂った無差別攻撃を仕掛けた。
皆殺しにして、技術だけ奪えば良いとかんがえたのだろう。
その後は、全面戦争になった。
最初の周回では、プライマー側も殆どのマザーシップを失う程の被害を受けた、という記録が残っていて。
そうだったのか、と思う他なかった。
地球側も、平和を訴える使節団が皆殺しにされたとプライマーの非人道性を指摘していたが。
プライマーにしてみれば、何を今更という感じだったのだろう。
害虫としか人間を見なしていないと戦略情報部の少佐は分析していたが。
実際には、とんでもない背信行為の末に、相手の凄まじい怒りと敵意、更には行動を招いていた。
それが事実だったのだ。
だからこそ。
この戦争は、もう終わらせなければならない。
一華にアクセスしてきたフォリナの言葉が確かなら。戦争を終わらせれば、プライマーも破滅しないように色々と手を打ってくれると言う。
ならば、戦争を終わらせるべく。
最後まで、やり抜くだけだ。
高機動型の装備で、弐分はまた飛び出す。
デクスターを浴びせて。飛び回っている高機動型を粉砕して回る。
三城が同じようにして、デストブラスターの散弾で高機動型を次々に叩き落としている。もう三城は、大兄や弐分が守る必要はない。
一人で戦える、立派な戦士だ。
背中すら預けられる。
それくらい、頼もしい。
ストーム４も、マグブラスターで次々に高機動型を叩き落としている。練度は凄まじい。戦況が良かったから、練度が高い隊員が生き残り。更には、副官のシテイ少佐もしっかり生き延びている。
ストーム３は、触手砲台が落ちたから、またブラストホールスピアとシールドに装備を切り替え、高機動型に格闘戦を挑んでいる。
目の前から見る間に敵の姿が消えていく。
ストーム２も、ブレイザーを誰よりも使いこなしているし。
小田少佐は、ロケランを空中機動中の高機動型にぶち当てるほどの技量の持ち主だ。
エイレン隊も、戦車隊も、必死の奮戦をしている。だが、それでも脱落者は出る。
リングの下部まで、数百メートル。
二つ目の弱点が見えてきた。だが。リングも必死の抵抗をする。キュクロプス数機が直接リングから出現。
更に、恐らく残った残存機だろう。
タイプワンがわっと、リングから出現してくる。
今更、タイプワンだが。
数が多すぎる。
激しい戦闘が続く。キュクロプスを仕留めている間に、雨霰とレーザーが叩き込まれる。それで戦車隊が一部隊、エイレン隊が一部隊、撤退に追い込まれる。撤退を支援しつつ、対空攻撃を続行。
「此方戦闘機隊！ 支援を実施する！」
「頼む！」
「空対空クラスター弾、斉射！」
恐らく潜水母艦か、或いは展開中の海軍から飛来した戦闘機隊が、一斉に空対空クラスター弾を発射。
殆どのタイプワンが、瞬く間に消し飛んでいた。
この程度の数だったら、空軍でも苦労する事はない。元々プライマーのドローンは、数を揃えて制空権を無理矢理抑える兵器。
圧倒的なレーザーの密度で、どうしても防御力に欠ける戦闘機を圧倒する戦略で作られている兵器だ。
ここまで技術力が伸びた地球側なら。
この程度の数のタイプワンなら、空軍機で充分に対応できる。ただし、他二つの戦線はまだ苦戦が続いている。
此処だけに全ての戦力を避けないのは、弐分も分かっている。
「よし！ 無事な兵士は再編制を今のうちに実施！ 此処からは更に戦闘が厳しくなる可能性が高い！ 負傷兵は撤退をしてくれ！」
「わ、わかりました……！」
残ったのは、僅かな兵士だけだ。戦車二両、エイレン一機。そしてその随伴だけ。
その中に、まだ海野曹長が残っている。
海野曹長は、体力も若い兵士にまるで劣らないようだ。若い頃から、鍛え方が違ったからだろう。
「海野曹長、ストークに拘りがあるのが分かるが、此処からはブレイザーを使ってくれるか」
「はっ、大尉殿。 理由は如何に」
「恐らくだが、リングはまだ余力を残している。 ストークは良い銃だが、近距離から中距離を専門としたアサルトだ。 ブレイザーは、恐らくリングのスピネルが何かしらの弱点を晒した場合も、狙う事が可能だろう」
「分かりました！ 慣れない武器ではありますが、狙ってみます！」
敬礼すると、補給車に走る海野曹長。
荒木大尉は頷くと、リング下部にある弱点を見やる。
さあ、此処からだ。
どの道あれは、航空機隊にも潜水母艦にも狙えない。歩兵部隊が、肉弾攻撃で破壊するしかない。
更に接近し、そして攻撃開始。
無数のブレイザーの火線が迸り、一斉に赤い装置を穿つ。
大兄の狙撃。
三城のライジン。
ストーム３はガリア砲に切り替えて射撃。
ストーム４は、モンスター型による斉射。
戦車二両も、ありったけの弾丸を叩き込む。エイレンⅣカスタムは戦力を温存。エイレンも、同じく。
そして弐分も、バトルキャノンで弱点を狙い撃っていた。
さっきの赤い装置よりも、更に硬い。
一斉射撃に耐え抜く。
元々リング上部に存在して、弱点を晒していたのだ。
上空からの攻撃を想定して、タフに造ってあるのかも知れない。
もう一度行くぞ。
荒木大尉が叫ぶ。兵士達が、バッテリーを変えに、守り抜いた補給車に走る。今も、左右両翼で激しい戦闘が続いているのだ。此処でもたついていたら。いつ何が起きても不思議では無い。
戦車隊も弾薬の再装填。
戦車の弾薬は、昔と違って再装填が容易になっている。補給車に積まれているコンテナと、更に簡易クレーンで、比較的簡単に補給ができるのだ。
補給完了。
一斉射開始。
ついに、赤い装置がひび割れ、光が生じ始める。やがて、それが爆発するように拡がると。
プロフェッサーが、歓喜の声を上げていた。
「よし！ これで制御装置を二つとも破壊出来た筈だ！ リングも無事では済まないとみて良い！」
「リングの墜落が懸念されます。 すぐにリング外縁から離れてください」
「よし、皆急げ！ 補給も済ませろ！」
「い、いえ……待ってください！ またリングが回転しています！」
成田軍曹が警告をして来る。
確かに、リングが傾いているが。落ちるようには見えない。
それどころか、今度は直立に近い態勢から、水平に近い態勢に変わりつつある。空をリングが全て覆っている。
ぞっとしない光景だ。
「くっ……小揺るぎもしていない！ リングはこれほどに頑強とは……！」
「敵の最重要戦略拠点です。 頑強であるのは当然であるかとは思いましたが……それにしてもこれは、単騎でマザーシップを凌ぐ戦力があるとみて良いでしょう」
「ストーム隊、いつ何が仕掛けられるか分からない！ 備えてくれ！」
プロフェッサーと戦略情報部の少佐がやりとりをしている間に。千葉中将が、冷静に指示を飛ばしてくる。
すぐに補給車を中心に、随伴歩兵で守りを固める。味方の戦力はかなり目減りしていて、ストームチームも負傷者が目立つ。
ストーム４も、副官のシテイ少佐が負傷して、今手当てをしていた。他の兵士も、軽傷者は手当をしている。
「リング、上昇しています！」
「墜落の可能性はなさそうだな……」
「！」
水平になったリングから、八本。
巨大な触手砲台が生える。
特にそれぞれの先端部分には、超巨大な大火力砲が据え付けられているのが見える。
それだけではない。
多数の高機動型。
それに、数体の、明らかに今まで見た事がない武装をしたクラーケンがいる。あれは、恐らく敵の最後の切り札。
精鋭クラーケン部隊だろう。
「なんだあの巨大な砲台は！」
「もう敵はなりふり構っていないのでしょう。 極めて危険な兵器と推察されます！ 即座に破壊してください！」
「分かっている！ 総力戦だ！ 全員、死力を尽くせ！」
「EDF！」
総員、戦闘開始。
これは生き残れるか、分からないな。そう、弐分は判断していた。
３、ブレイザーを手に
若い頃から強面で。曲がったことが大嫌いだった。だから周りは敵だらけ。不正だらけのこの世の中だ。
殴り合いの喧嘩ばかりしていたし。
喧嘩は強かったから、それでいつも暴力ばかり振るう奴として周囲からは認識されていた。
ツラがまともだったら、もてていたかも知れない。
人間は暴力を振るおうが何だろうが、ツラさえ良ければ好きになる傾向があるからだ。だからシリアルキラーやサイコキラーはもてにもてる。あの手の輩は、殆どの場合容姿が整っているからである。獲物を狩るための工夫なのだが。
正義感が高じて警官になって。
やがて、マル暴に転属になった。
以降は、同級生がヤクザに転落したのを取り締まったりもした。警察に入ってからも曲がったことは大嫌いで。上司の無能なキャリアとぶつかり合う事も珍しく無かった。
そうやって、海野は。
若い頃を浪費した。
やがて、村上家のじいさまと出会った。
喧嘩には自信がある海野だったが、じいさまの戦闘力は文字通り圧倒的だった。警察に格闘技術の講習に来てくれたじいさまは、天然記念物な堅物で。そういう意味では、海野ととても気があった。
やがて警察でも、じいさまの腕については認めたこともあり。
警察の協力者として登録し。
世界政府に切り替わった頃くらいまでは、一緒にマル暴の操作もした事があった。そうして、三城をあのクズ人権屋どもの手先となっていたカス夫婦から助け出したっけ。
じいさまがなくなった後も、村上家の三人とは交流を持った。
最初は坊主頭で、全く喋らなかった三城も。少しずつちゃんとしていくのを見て。本当に嬉しかった。
地元の半グレをまとめて壱野と弐分が畳んで、五十人を短時間で沈黙させたと聞いた時は。じいさまの再来だと、感涙まで流した。元々凶悪な半グレだった上に、村上家に火をつけて皆殺しにするつもりだと言う事を吐いたので。全員少年院送り。
半グレをまとめて叩き伏せた壱野と弐分は後で警察にて訓戒処分……要するにお説教を受ける事となったが。
そうしなければ皆殺しにされていたこと。
一方的な殺戮を半グレが目論んでいた事。
それらを告げて、訓戒処分にまでまとめたのは海野だった。
やがて警察は辞めた。
無能キャリアに従うのが馬鹿馬鹿しくなったのだ。
EDFに入ったのは、伝手によるもの。
教官でいい。
そう言われて、歴戦の猛者である海野がスカウトされた。軍曹待遇だったから、それなりだったのだろう。
ともかくEDFで若い奴を鍛えている内に。
村上家の三兄弟は立派になって。
プライマーが攻めてきた。
今、その最終決戦に参加している。
見届けなければならない。
あの、時代を間違えて産まれてきてしまったじいさまが。自分の全てを託した三人の孫達。
人類は、きっとこの三人。それに一華というメカニックを、戦後迫害する。
あまりにも規格外すぎるからだ。
だからこそ、その最後の戦いを誰かが見届けなければならないのだ。
海野は、故に最終決戦に着いてきた。
最初の教え子の一人である馬場。
あいつもいてくれれば、心強かったのだが。そうも行かないか。とにかく今は、慣れないブレイザーで戦うしかない。
リングから八本も生えてきている砲台と、間断なく出現する高機動型アンドロイド。文字通り雷神とその眷属のようだ。
ブレイザーで確実に、まずは巨大な触手砲台の先端部を破壊する。
先端部は、さっきから見ていると、とんでもない極太の何かを発射している。硬Ｘ線ビーム砲だか、重粒子だかはわからない。ただ、レーザーではないようだなと、あまり科学知識が豊富では無い海野にも分かった。
巨大砲台は、ブレイザーでダメージを与えられる。複数の兵士達が集中攻撃して、ついに巨大砲台を粉砕する。
だが、敵にはクラーケンもいて、そいつの相手はエイレンⅣカスタム二機と、弐分と三城が相手している。
クラーケンは装備からして、今まで見てきた奴と違う。
反射シールドは小型だが四つも装備していて、武装もそれぞれが四つ手にしていた。
恐らく、さっき戦ったエイリアンの精鋭の生き残り。
この形態にまでリングが追い込まれたときのために温存されていた。最終決戦部隊なのだろう。
激しい戦闘には、割って入る余裕は無い。
接近していた高機動型が、バリスティックナイフを射出する寸前に。海野はブレイザーで撃ち抜く。
バリスティックナイフが放たれていたら、兵士が一人、モロに首を狩られていただろう。
「た、助かった！」
「良いって事よ。 それより次は俺を助けろ」
「イエッサ！」
「手がたりねえなあ……」
ブレイザーのバッテリーを交換しながら呻く。
長大な砲台は、多数の節に別れていて。プラズマ砲やレーザ砲が無茶苦茶な攻撃をして来ている。
荒木大尉……実階級は准将だが。ともかく荒木大尉の指示で、移動しながら戦闘をしているが。
そうしなければ、いつあの極太なんかのビームに貫かれて、部隊が全滅していてもおかしくなかっただろう。
負傷した兵士が、ぎゃっと悲鳴を上げる。戦車に、手が開いている兵士がその負傷兵を突っ込む。
クラーケンと弐分が死闘を繰り広げているのを一瞥。クラーケンが、明確な隙を見せていた。
ブレイザーで貫く。
これは騎士道の戦いでも、武士道の戦いでもない。
背中から撃たれたクラーケンが、悲鳴を上げる。その瞬間、弐分がデクスターで、クラーケンの精鋭兵を文字通り穴だらけにしていた。
凄まじい怒りの声が聞こえる。
「おのれえっ！ 雑魚の分際で！」
「雑魚だと？ 貴様らはどの道じいさまの自慢の孫達には勝てん！ ちょっと死ぬ時間を早くしてやっただけだ！」
「何処を見てる。 こっちだ」
クラーケンの真上に、三城が跳び上がっていた。そのまま、急降下攻撃を繰り出そうとする。
必死にシールドを展開するクラーケン精鋭兵だが。
その横っ腹を、壱野の狙撃が抉っていた。
鋭い悲鳴が上がる。
「おのれ！ 我等「風の民」の戦士が歯が立たないとは！ このような事が、あって良いのか！」
「負けを認めたな！ だったらこの戦争もさっさと終わらせろ！ もう誰も……お前達だって、得るものなどない筈だ！」
絶叫するクラーケンに、複数のブレイザーの火線が突き刺さる。その内一本は、海野が放ったものだ。
炎上するクラーケンに、三城がデストブラスターでとどめを刺す。
そのまま、激しい乱戦を続ける。
海野も、何体高機動型を仕留めたか分からない。まずは、超危険な巨大砲台を一つずつ片付ける。
やがて。敵もやり方を変える。
リングから繰り出される赤いアンドロイド。最悪のが来た。海野も、あいつの危険性は良く知っている。
「スーパーアンドロイドだ！」
「くっ、この状況で！」
「エイレン、もう限界だ！」
「タンクも二両とも限界が近い！」
ここまで来た兵士だ。
皆熟練兵ばかりだが。それでも、かなり荷が重いだろう。荒木大尉が叫ぶ。
「よし、エイレン、タンク、さがってくれ。 無事な歩兵だけ、補給車を守って残ってくれればいい」
「し、しかし」
「死ぬな。 これは命令だ。 此処からは、俺たちが対応する！」
「分かりました！ 死なないでください、ストーム隊！」
僅かな歩兵だけが残る。
成田とか言う乳臭いオペレーターの誘導に従って、戦車とエイレンが撤退していく。敵はスーパーアンドロイドと、高機動型をひっきりなしに落としながら、まだまだ戦闘力を残している砲台で、此方を圧殺に掛かってくる。
ちょっとばかり、手が足りない。
スーパーアンドロイドは、手持ちのブレイザーで相手にするのは厳しい。ただ、壱野達と戦闘して傷ついている奴にとどめは刺せる。
とにかく、身に付けた老獪を駆使して、姑息に立ち回る。
年老いた身だ。
それくらいしか出来ない。
もう肉体能力は、全盛期からぐっと落ちている。
じいさまと一緒に、ヤクザの事務所を制圧していた頃の力はない。それでも、パワードスケルトンがある。
戦場にいることを、それが許してくれる。
ただひたすらに、走り回り、戦う。
負傷して悲鳴を上げた戦友を、補給車に突っ込む。補給車も次々に被弾して、彼方此方火を噴いている。
自動消火器が既に作動しているが、それでも火を消し切れていない。
弾薬に引火したら吹っ飛ぶ……と言う事もなく。今の補給車は、最悪の場合爆縮を行って被害を抑えるような仕組みになっている。
ブレイザーで、寄ってくるアンドロイドどもを仕留める。
至近をバリスティックナイフが掠める。ガンと、凄い音で地面を抉った。
スーパーだ。
殆ど無傷で、海野を狙っている。ブレイザーで応戦しながら走る。倒せるか、いや違う。精神論は論外。
此処は、どう倒すかを、考える時だ。
雄叫びを上げながら、横殴りにブレイザーの火線を浴びせ、走る。
どうやら、巨大砲台の最後の一つが粉砕された様子だ。それでも、触手砲台はどれも元気にうごめいている。
足を、ついで肩を抉られる。
どっちも触手砲台からのレーザーが擦ったのだ。
それでも、パワードスケルトンの支援がある。
気色の悪い動きで、スーパーが海野を仕留めようと何度も狙って来る。その度に、回避してやる。
少しでも、一体でも気を引け。
横っ飛びに飛び退いて、スーパーの攻撃が高機動型を抉るのを見る。ザマア見ろ。そう呟きながら、ブレイザーをぶっ放す。
更にダメージが蓄積。
此奴を相手にするのは、少なくとも三個分隊のブレイザー持ちの歩兵と、エイレンがいるという話がある。それくらい手強いのだ。
それを単騎で倒せる壱野達が凄まじすぎるだけ。
海野はじいさまの強さを見て、舌を巻いていた一般人の方だ。一般人としては強かったが、スペシャルじゃない。
そして今の壱野達は。
既にじいさまを超えている。
自分を孫が超えてくれたのだ。
天国だかどこだかは分からないが。あの世にいるじいさまも、喜んでくれるだろう。だったら、だ。
今此処で、それを悲しませる訳にはいかない。
足を止める。
スーパーが、ブレイザーを喰らいながらも、ゆっくり進んでくる。両手のバリスティックナイフを構える。
勝負は、一瞬だ。
右手。バリスティックナイフが発射される。
横っ飛びに逃れる。
左手。
その、逃れたところを狙って来る。
所詮は機械人形だ。そう来るだろう事は分かっていた。
即座にストークに切り替え、撃ち返す。激しい乱射の末に、バリスティックナイフが弾かれる。
態勢を崩すスーパー。
ストークを腰に差し直すと、ブレイザーを残りバッテリー分全て叩き込む。
何とか態勢を立て直そうとしていたスーパーだが。ついに装甲をブレイザーの熱が貫通し。
そして、爆発していた。
汚い内臓をまき散らしながら、電磁装甲とやらで身を固めたスーパーの残骸が辺りに飛び散る。
呼吸を整えながら、補給車に。
出火しては鎮火を繰り返しているようだ。いずれにしても、三両とも既にボロボロ。急いでバッテリーを取り替える。
また、何カ所かレーザーが掠める。
痛みがそろそろ洒落にならなくなってきた。だが、顔を上げる。
苦しいときは歌え。
そう、部下達に教えたっけ。
とにかく厳しく部下達を鍛えた。そうして一人前にまで育てた兵士も、大勢死んでいった。
戦争とはそういうものだ。
壱野だって多分運が悪ければ死ぬ。
だが、それをカバーして、防ぐ事だって出来る。
スーパーアンドロイドの戦闘力は、キュクロプスの比では無い。倒せれば、それは絶対に役に立つ。
ブレイザーのバッテリーを交換して、再び雨霰とレーザーが降り注ぐ戦場に。周囲を確認。
既に、もう歩兵は。
海野しか残っていない。
後は全員が、スペシャル。ストームチームだけだ。
無言で、アンドロイドを倒し続ける。
この状況を、最近ではゾーンに入るというのだったっけ。
じいさまはこう言っていたな。
修羅に入る、と。
雄叫びを上げながら、高機動型を片っ端から叩き落とす。その度に内臓をブチ撒け、アンドロイドが破壊される。
スーパー。ストーム２の小田少佐を狙っている。背後からブレイザーで撃ち抜く。動きを止めたところを、ストーム２が一斉攻撃で仕留める。ブレイザーの性能も、いいものを渡されている様子だ。
呼吸を整えながら、次々に敵を倒す。
敵も音を上げたのか、高機動型の出現が明らかに減る。だったら、次はあの忌々しい触手砲台だ。
散々彼方此方傷をつけてくれて。
体中痛くて、帰ったら温泉にでもいかないと割に合わないだろう。そんな暇も、今後あるかは分からないが。
ブレイザーで、砲台を一つずつ潰す。確実に、叩き潰していく。
やがて、スピネルとか通信で言っていたものが稼働を開始する。
装甲らしいものが開いて、放熱を始めていた。
「スピネルが開いています！」
「確か、中心にある中枢制御装置らしきもののことだな」
「はい！ 恐らくリングが攻撃を受けて、全力で姿勢を支えようとしているのだと思われます！ 原始的な放熱作業をしないと追いつかないほど、負荷が掛かっているとみて良いかと思います！」
「ならばスピネルを集中攻撃してくれ！ リングだろうが、無事では済まないはずだ！」
千葉中将が叫ぶ。
その通りだと思ったが。ストームチームがスピネルを攻撃する中、海野は走り回って露払いに徹する。
砲台の生き残りを粉砕し。まだ少しいる高機動型を片付ける。それで、少しでもストームチームの負担が減る。
じいさまの孫達は。
海野にとっても宝だ。
自分より遙かにもう強い。
だが、守る事は出来なくても。邪魔を排除することくらいは、この老骨にも出来る。
痛みは全身にある。
だが、自分の痛みは別にどうでもいい。
三城が全身に傷を作っていて。それをまるで意に介さない様子で戦っているのが、とにかく痛々しいと感じる。
それでは、あのクソ人権屋の手先になっていた血縁上の両親の所にいた時と同じだ。
この戦いは、一秒でも早く終わらせなければならない。
数体の高機動型が、流石に鬱陶しいと感じたか、同時に来る。
殆どを即座にブレイザーで焼き払うが、一体は逃す。死角。バリスティックナイフが飛んでくる。
前転で飛び退いて避けつつ、撃ち抜く。
爆散する高機動型。だが、足を止めた瞬間に、全身の数カ所を更にレーザーが抉っていた。
致命傷は無い。
冷静に判断しながら、無言で補給車に急ぐ。
既にボロボロだが、それでも何とか補給物資は無事だ。ブレイザーのバッテリーを換え、体の応急処置をする。
痛みが酷い。
レーザーで焼かれると、痛みは思ったほど大きくないのだが。
それでもかなり痛い。
敢えてそうするように、プライマーは作っている、と言う事だろう。
海野は若い頃、悪党との喧嘩に明け暮れて、鼻も何度も折られた。両手足は一度以上ずつ骨折したことだってある。それ以上に喧嘩相手にはダメージを与えた。陰湿な虐めをしている奴や、シンナーやもっとやばい薬を後輩に教えるカス野郎。野球部などの立場を利用して、女を食い荒らしている奴。そんなのが喧嘩相手だった。クラスぐるみで虐めを行ってる人間のカスと、それを黙認している教師を両方とも気絶するまで殴ったこともある。何度も何度も喧嘩をしたが、恥ずかしい喧嘩は一度もしたことがない。
だから、痛みは勲章だった。しかし、痛いものは痛かった。
色々な痛い思いをする病気だってした。もういい年なのだ。
それなのに、これだけ痛いと感じるほどだ。村上家の三人が、痛いと思わないはずがない。
それにプライマーもだ。
この戦役で、殆どの兵士が生還出来ていないのではないのか。
早く、こんな戦争は。
終わらせなければならない。
一方的に海外から侵攻を掛けるような戦争は確かにある。
大航海時代に、「探検家」を自称する海賊が各地でやっていたようなことだ。彼方此方の島が殺し尽くされ、奪い尽くされた。国ぐるみですら、この蛮行は行われ。大陸規模での殺戮が南北米大陸では行われた。
だが今回の戦役は違う。
呼吸を整えると、再び出る。また新しく出て来ている高機動型がいるが、数は極めて少ない。
ストークでやりたいんだがな。
口中でぼやきながら、ブレイザーで焼き切る。確かに射程も火力も凄まじい。
だが、これの時点で。
量産されて、大量に兵士達に出回って良い兵器ではないように海野には思えていた。故に、使うのには抵抗がある。
本当だったら、リボルバーくらいでいい。
引き金の重さ。
それで何が起きるか。
自分の体で、嫌と言うほどに分かるのだから。
激しいレーザーが降り注ぐ中、補給車の一両がアラートを発し始める。これ以上ダメージを受けると、爆発すると言う事だ。
バッテリーは危険物質の塊である。
仕方がない。
援護を。
そう叫ぶと、補給車に乗り込み。そのまま、別のビルの影に退避させる。まだ形を残しているビルはそれなりにある。
一両、二両、順番に移動させ。三両目も移動させる。
その間、ストーム３が支援してくれる。
シールドでレーザーやプラズマ弾を防ぎつつ、高機動型も次々に倒してくれた。とても助かる。
何とか、爆発前に三両とも、物陰に隠すことが出来た。
だが、全身の痛みは流石にかなり厳しい。
痛み止めを打つ。
これを悪用している兵士もいるが、これは薬用の痛み止めだ。だが乱用は許されない。広義では麻薬に分類されるからだ。
「くそっ！ スピネルとかいうの閉じやがったぞ！」
「恐らくですが、放熱のためだけに防御殻を開いているのだと思われます！ 現在制御装置は二つとも沈黙！ 恐らくは、そう遠くない未来にまたスピネルは開くと判断してよろしいかと！」
「分かった、それまで敵の五月蠅い触手砲台を黙らせる！」
「イエッサ！」
皆がわいわいと話をしている。
空に浮かんでいる、あの四角い奴か。四角錐とでもいうべきか。
確かにさっきまで開いていて、赤い中身を晒していたが。閉じてしまっている。だったら、その間は雑魚を処理して回るだけだ。
皆が触手砲台に集中して攻撃を開始する。だが、やはり触手砲台は順次補充されている様子だ。
危険度が高い砲台を狙え。
荒木大尉が叫んで、実際に高出力のレーザー砲から落としている。
無言で、海野はまだまだ少しずつ来る高機動型を始末するが。たまにスーパーも混じっている。
「スーパーアンドロイド！」
「柿崎少佐！」
「分かっております」
荒木大尉の指示に、柿崎が。
あの人斬りウィングダイバーがすっ飛んできて、数太刀で文字通りスーパーアンドロイドをバラバラにしてしまった。
はっと、鼻で笑う。
気にくわない女だ。
此奴は武人と言ってもじいさまとは真逆のタイプ。殺戮の為の武を極めたタイプの人間。どうして壱野がこんなのを部下にしているか。
決まっている。
強いからだ。
今は、少しでも強い奴が必要なのだ。この戦争を終わらせるためにも。それが狂った人斬りでもだ。
「ちょっといいですかい？」
「なんだ山県少佐」
「今、マザーシップは二隻とも左右両翼の戦線に出っぱなし。 そしてリングのスピネルは開く時に、全方向の防御殻を展開している」
「……続けてくれ」
山県とか言う酒飲みが、荒木大尉に話し始める。
此奴自身は、さっきからリムペットスナイプガンと呼ばれる癖が強い武器で普通に戦っている。
ミサイルをまき散らしている木曽というのと、時々連携しながらだ。
「恐らく、衛星兵器は通りますぜ」
「……千葉中将、使用の許可は貰えるだろうか」
「かまわない。 何でも使ってくれ」
「へ、へ。 ありがとうございますってな。 多分、広域攻撃型の衛星兵器は向いていないだろうなあ。 そうなるとバルジレーザーか？」
何でもいい。
海野は此処にいる戦士達みんなの支援をするだけだ。
だが、そろそろ限界が近い。
何度か、出血と痛みで意識が飛びかける。
そんなとき、無線が入っていた。
「こんな作戦を立てたバカは誰だ！ 命を無駄にするつもりか！」
「む、その声は特務の……」
「総司令部、特務メイルチーム、ハイド１！ 馬場中尉、戦場に現着！」
「おお！」
千葉中将が、歓喜の声を上げる。
海野も知っている相手だ。
馬場中尉。
腕は兎に角良いが、極端な不平屋で。各地での戦績の割りに中尉止まりになってしまっている人物。
いつも作戦を批判して止まない厳しい性格であることもあって、総司令部直下のメイルチームとしてはあまりにも異色の人物である。
ただし、馬場中尉は部下思いであり。
どれだけ厳しい意見をいつも口にしていても、部下が馬場中尉の下を離れたいと言ったことはないらしい。
何で知っているか。
最初期に面倒を見た、新兵の一人だからだ。
肝いりの一人だったらしいが、他の新兵と同じように面倒を見た。
その結果、散々文句は言われたが。
馬場中尉は信頼してくれたらしく、時々連絡は取り合っていた。
「戦場に突入する！ ストーム隊を援護しろ！」
「EDF！」
見ると、物部伍長もいる。
彼奴は確か、ベース228で後方士官をやっていたはず。この様子だと、彼方此方から戦える人間は何でもかき集めて来たのか。
そして、そんな人物をまとめるのだから。
馬場中尉が適任と言う事か。
「海野曹長！ 無事か！」
「そちらこそ、ぶじなようですな！」
「いや、教官の頃のしゃべり方でかまわない」
「そうか、では支援を頼む！ 手が足りていない！ 少なくとも、お前さんなら誰も無為に死なせないだろう！」
応と叫ぶと。
馬場中尉は戦場に乱入。
一個小隊ほどの兵士が一緒にいる。皆、ブレイザーを装備していた。
更に、プロテウスが一機。更には補給車も連れている。
プロテウスが補給車を守りながら、戦場に乱入してくる。プロテウスから声がする。
「これ、壊れたプロテウスから部品をかき集めた継ぎ接ぎなんだろ！？ 大丈夫か！？」
「つべこべいうな！ 俺たちが乗っていた奴は、みんなスクラップになっちまったんだからよ！」
「それもそうか。 だが今度はスクラップになるのはプライマーどものほうだ！」
「駆除チームも参戦だ！ ストーム隊だけにうまいところは持って行かせない！」
そうか、荒くれの駆除チームも来てくれたか。
この局面で、プロテウスは大きい。
エイレンⅣカスタムは、どっちも満身創痍である。
同時に、大型移動車が戦場に突入してくる。大きなコンテナも引いていた。
「尼子先輩！」
「分かってるよ、すごい敵だね！ すぐに物陰に移動する！ プロテウスカスタムを、出来るだけ仕上げてきた！ 一華さん、ここぞというタイミングに乗って！」
「了解ッス！」
「修理が必要な物資を回せ！ どうせみんな壊しまくってるんだろう！」
長野というメカニックが叫ぶ。
大型移動車は、二両の補給車を乗せているようだ。そのまま、崩れかけのビルの影に隠れる。
更に確か、特殊部隊が向かっていると聞く。
少しずつだが。
絶望的な戦場に、光が差してきた。
そう、海野は思った。
その瞬間、痛みが全身に来る。馬場中尉が、駆け寄って肩を貸してくる。
「見ていた。 相当無茶をしていたんだな、教官殿」
「みんな先に引き上げてしまったからな。 俺が戦うしかなかった、そういう事だ」
「まったく、本当にすごいじいさまだぜ」
「俺なんか凄くもなんともないさ。 警察の頃からそうだった。 村上家のじいさまと出会わなければ、謀殺されていたかもな。 腐敗が酷かったマル暴の中でも、浮いていた俺だ。 人権屋が絡んでくるような事件は余所の国のタチが悪い連中が糸を引いているケースが多くて、何度も俺はやり玉に挙げられた。 今生きているのは、村上家のじいさまのおかげ。 俺は、その恩を少しでも返しているだけさ」
大型移動車に運び込まれる。
補給車だけでは無く、キャリバンも乗って来ていた。民間の医師らしいのが、すぐに海野の手当てを始める。
「すぐに出る。 応急処置だけしてくれ」
「無茶だ。 こんな傷で、何をするというのか」
「恩人の孫達が、命を賭けてあの化け物みたいな巨大兵器と戦っているんだぞ！ もっとずっと迎えが近い俺が、こんな所でのんびりしていられるか！」
叫ぶが、暴れるわけでは無い。治療は甘んじて受け入れられる。
同じように髭が白くなっている老医が、呆れたようにして治療を続ける。
ストーム隊は、桁外れに強い。
それは事実だ。
だが、海野だって。
それを支援することくらいは、できるのだった。
４、嘆きは人だけに非ず
幸せそうな顔をしていたな。
そう、「風の民」長老は思って、大きなため息をついていた。
臨時指揮所で、戦闘を指揮し続けているが。
ついにあのトゥラプターまで倒れた。
倒れたときに、プライマーの機密まで渡していたようだが。それは、はっきりいってどうでもいい。
哀しみに、ずっと心が締め付けられていた。
この戦いは泥沼だ。
人類が仕掛けて来た、というのは確かにあるが。
そもそも人類のせいでフォリナに先祖が喧嘩を売り。
その尻ぬぐいを、今の「風の民」長老達がしている。
そういう意味では、みんな被害者だし。
人類にも責任がある。
それに、最初はごく友好的に話をしに行ったのだ。それが、核で全面攻撃をされて。誰が黙っているだろうか。
この戦争を終わらせなければならない。それについては、「風の民」長老も同意見だ。だが、それには勝利で終わらせたい。
まだ、負けていない。
最終兵器の準備は、既に終わっている。
だが、フォリナが投入を許してくれていない。本国から連絡が来ている。
もし投入したいなら、リングが破壊されたときだけ。
そして投入した最終兵器が破壊された場合は。
問答無用で負けを認めること。
それも、指示されていた。
「長老、戦士達は既に倒れてしまっています。 リングもスピネルが既に限界に近い状態です……」
「分かっている。 今、スピネルの最終防衛装置を起動させるべく準備をしている」
「あれをですか。 最終兵器に近い火力を持つ兵器の上に……」
「ああ。 本国に温存された最後の最後の部隊も投入されることになる」
実験用などに残していたスキュラも含めた部隊が、まだいるにはいる。だが、どれも不安定で、本来の実力は全く発揮できないだろう。それでも、やらなければならない。
勝たなければならないのだ。
「風の民」長老には、プライマーがこの後進歩出来るとは、とても思えなかった。
今後フォリナに何処かの惑星に幽閉されたら、きっとそれで種としてはおしまいだ。
種としての命運が尽きるまで、そこで物資の援助だけ受けながら、自治をして細々と生きるしかないだろう。
勝ったら、どうなるか。
太陽系で、同じ事をするだけだ。
だが、まだ本国が無事なだけマシだ。それだけ、多様性も確保できるし、未来に希望だって持てる。
トゥラプターは、本当に最後の戦いを幸せそうに終えていたな。
他の戦士達も、圧倒的な実力を見せつけるストームチームに倒されながらも。戦士としてのあり方を果たした。
今度は、「風の民」長老が。
長老としてのあり方を果たさなければならない。
何度か、深呼吸をする。
「「いにしえの民」、更にリングに戦力を投入している模様！」
「少数とは言え精鋭のようです。 まだこれだけの精鋭が残っていたとは……」
「フォリナに聞かされている。 何度も何度もランク２の歴史改変を繰り返している内に、因果が収束して、関係者の実力が上がっていると。 特に「いにしえの民」は顕著だそうだ。 時間を弄ぶ戦術を採っている我々に対して、宇宙が罰を与えているのかも知れないな」
「そんな……
水の民のオペレーターが、顔を歪ませる。
分かっている。
こっちだって、生き残るために必死なのだ。
先祖のおかした馬鹿馬鹿しい罪のせいで、今種族が滅びかけているのだ。だが、それは子孫が償わなければならないことなのか。
そういう思想も、「いにしえの民」にはあるらしいが。
それは理性や法治主義とは違う、オカルトそのものの思想だ。
そんなもの、クソくらえだし。
間違っていると断言できる。
何もかもが間違いから始まったこの戦争。
もはや、「いにしえの民」も、「プライマー」も、どっちも泥沼から足を抜く事が出来ない。
ならば、泥沼に浸かりきってでも。
自分が命を落としてでも。
この戦いに、何をしても勝たなければならないだろう。
果てしない数の命を散らしたのは、「いにしえの民」だけではない。「火の民」「水の民」「風の民」も同じだ。
生殖によって増える「いにしえの民」と違い、貧しい火星で産まれ育ったプライマーは、命すら機械でないと増やせない。
それが失われていくのは、とても悲しい事だ。
最後の勝負を付ける。
そう決めると。
「風の民」長老は、皆に指示を出す。
リングの最終形態を持ってして、勝負を付ける。勝負を付けられなくても、ストームチームに致命打を与える。
それで、この戦いに勝つ。
全てを、それで終わらせるのだ。
（続）
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