最終防衛ライン到達
序、最後の怪生物
敵部隊を蹴散らして、もう誰もいない街に入る。電光掲示板が虚しく避難指示を出している中。
七隻の大型船が浮かんでいた。
そして、敵はエルギヌスを前衛に、堂々たる陣を張っている。
味方部隊も、街に続々と入り込んでくる。プロテウス隊が足並みを揃え、バリアスが戦列を整える。
他の二隊よりも数がかなり少ないのは、ストーム隊がそれだけ活躍する事を期待されての事。
此処で、敵を突破し。
敵の最終防衛ラインに到達する。
敵は最終防衛ラインに到達すれば、マザーシップを投入してくる可能性もある。それすらも打ち砕いて進まなければならない。
そして、そもそもだ。
この敵陣が、極めて頑強。
突破は困難を極める。
一目で。壱野にはそれが分かっていた。
「敵大型船、大型の怪物を転送しています!」
「エルギヌス接近!」
「俺がやる。 エルギヌスは任せろ」
ダン少尉のフォースターが前に出る。
既に連戦で傷だらけだが、それでも戦う意思を捨てていない。ずっと東京基地を守り続けた、闘将の中の闘将。
それが今、最後の突破口をこじ開けようと動いてくれている。
エルギヌスも、強敵と一目で認めたようだ。
フォースターと、がっぷり組み合う。
凄まじい膠着の一瞬。
だが、次の瞬間には、力を受け流したフォースターが、地面にエルギヌスを叩き付けていた。
「ダン少尉!」
「バルガ、バトルオペレーション! 一気に畳みかける!」
「二匹目が迫っている! 気を付けてくれ!」
「分かっている!」
起き上がったエルギヌスに、上半身を回転させつつのハリケーンパンチを叩き込むフォースター。
数度の拳をモロに喰らったエルギヌスは、それで倒れる。
昨日殲滅したエルギヌスより若干小さい。
恐らく、予備にとっておいた若年個体だったのかも知れない。
いずれにしても、脆かったのは事実だ。
そして、二体目が。
もうフォースターに迫り。
大型の怪物が中心に、迎撃に出てくる。
壱野はすぐにフーリガン砲に飛び乗る。そして、既に撃てる状態になっていたそれを、速射。
たちまちにして。大型船が一隻火を噴いて落ちる。
味方部隊は、大型を中心とした敵を食い止めつつ。スーパーアンドロイドと激戦を繰り広げている。
あまり、もたついていられない。
フーリガン砲は、以前は欠点だらけで。兵器としてはとても使い物にならなかったが。
今のフーリガン砲は速射性、弾数。火力。全てが実戦に使えるレベルにまで強化改造されている。
そのまま、第二射。
二隻目も撃沈していた。
「エルギヌス、三体目が来ます!」
「プロテウス隊、足止め用意!」
「駄目です、大型が多すぎて、手が足りません!」
「くっ……」
呻きが漏れる。
ならば、やる事は一つしかない。そのまま、一隻ずつ敵大型船を撃沈していくことだけだ。
弾丸の自動再装填をしながら。フーリガン砲を動かして、狙撃をしやすい地点へと移動する。
その間、弐分が護衛についてくれる。
柿崎が最前衛で、数体のスーパーアンドロイドと同時に交戦して、互角以上に渡り合っているようだが。
正直数体を抑えるのがやっとだ。
恐らくストームチームを屠るために作られたあのハイグレードアンドロイドは。
今でも充分に脅威である。
「くそっ! 赤いアンドロイド、強いぞ!」
「あらゆる全てが強いが、所詮アンドロイドだ! ブレイザーの火力を集中していればいずれ倒せる!」
「エイレン、支援してくれ!」
「くそっ! キングが至近まで……!」
戦闘は決して有利では無い。
激烈な戦闘が至近で続いていて、プロテウスも損害を受けている。バリアス隊も、次々に損耗している様子だ。
二匹目のエルギヌスを、フォースターが倒す。
喚声が上がるが、すぐに三匹目がフォースターの目の前に現れていた。幾ら若年個体とはいえ、エルギヌスはエルギヌス。
どうせ体も弄られているのだ。
すぐに倒せる相手では無い。
それでも、エネルギー消耗がただでさえ早いフォースターで。ダン少尉は勇敢に戦ってくれる。
「そろそろ限界だぞ。 怪生物以外の大型は皆で何とかしろ!」
「ダン少尉は!」
「エネルギーはほぼないが、それでもどうにかしてやる! フォースター! 俺に力を貸してくれ!」
フォースターが、蒼く塗装されているウォーバルガが、吠え猛るように軋みを挙げる。それに呼応して、エルギヌス三体目も吠え猛った。
苛烈な格闘戦が始まる中、壱野も三隻目、四隻目の大型船を立て続けに撃沈する。それで、多少は敵の大型の猛攻も収まるかと思う。だが、大型船は恐らく、機体の限界以上の出力で、大型を転送開始。
まずい。
乱戦が、更に加速する。飛行型の群れも出現。
空から、激しい攻撃が来る。
フォースターに攻撃が雨霰と降り注ぐ。これは、もうフォースターは戦闘には出られないだろう。
各地の戦役で、夥しい戦果を上げ。
ここ数日の決戦でも、多数の怪生物を倒して来たカスタム機。
一華ほど技量はないかも知れない。
だが、恐らく壱野が記憶しているプライマーとの戦役で、もっともエルギヌスを倒したバルガ。
アイコンとしての存在だ。
例え倒れるにしても。
破壊させる訳には、絶対にいかない。
周囲を見る。
次々現れる大型に、手が開いている者はいない。
今、山県少佐が要請したテンペストが、敵陣のど真ん中に着弾。数百匹の怪物をまとめて消し飛ばし。
更には木曽少佐が高機動を繰り返しながら、マルチロックミサイルで敵の軍勢を蹴散らしている。
柿崎は最前衛で、数体のスーパーアンドロイドを相手に全く退かずに立ち回っているし。
弐分は上空から、敵の大物を。
三城はライジンでの的確な狙撃を続けている。
一華は最前衛で、エイレンWカスタムを駆って暴れているが、周囲に気を配る余裕はないし。
何よりも壱野は、このフーリガン砲搭載の自走砲をどうにかしないといけない。
次の弾丸の装填までの時間を使って。
いや、駄目だ。フーリガン砲は非常に脆い兵器で、壱野が目を離すわけにはいかない。ならば、やる事は一つ。
敵を可能な限り一瞬で倒す事だ。
再装填まで十五秒。
攻撃を受けて煙を上げながらも、フォースターがエルギヌスを殴り倒している。だが、確実にパワーが落ちている。
味方の一部が、フォースターに集る飛行型をブレイザーで撃墜しているが、乱入してくるスーパーアンドロイドの数が減っていない。敵大型船から、次々と補給されているとみて良い。
一体だけで小隊単位のブレイザーで武装した兵士を壊滅させかねない奴だ。
エイレンとプロテウスが反撃して何とか押し返しているが、とてもフォースターにかまっている余裕は無い。
こういう、兵器に感情移入するやり方は、日本人特有のものだというのを何処かで聞いたような気がするが。
個人的に、壱野はそうは思わない。
銃などに関しては、拘りを持っている人間も多いだろう。
とにかく、今は。
アイコンとしてのフォースターを守るためにも、速攻で大型船を潰さなければならないだろう。
弾丸装填。
五隻目、六隻目の大型船を立て続けに粉砕。それで、あからさまに敵の勢いが弱まった。
墜落し、爆散する敵大型船。
かなりの数の怪物や、出現させたばかりのスーパーアンドロイドも巻き込んでいるようだが。
それでも、生き残りが攻めこんでくる。
冷静に計算する。
この自走砲で最後の一隻を落とすのが早いか、ライサンダーZで連射して、大型船を落とすのが早いか。
フーリガン砲の方が早い。
そう、壱野は判断していた。
悔しいが、そのまま移動しつつ、敵の猛攻を避ける。最後の一隻は、多数のキュクロプスを出現させている。恐らくだが、そういうプログラムが組まれているのだろう。
三城が、最後のクイーンを撃墜していた。
キングがまだ多数いる。マザーモンスターも。
今もプロテウス隊、エイレン隊が苦戦の真っ最中だ。とてもではないが、他の部隊を支援する余裕は無い。
焦るな。
言い聞かせながら、フォースターに乗っているダン少尉を信じる。
ダン少尉が、ついに三匹目のエルギヌスを撃ち倒す。
骨になり、全身がグズグズに腐敗していくエルギヌス。
やはり、体に様々な細工をされていたのだ。
これが、未来の地球の生物かは分からない。
原種はここまで大きくなくて、生物兵器として巨大に成長するように改造されたのかも知れない。
いずれにしても、地球で普通に生き物として。
それが猛獣であったとしても、普通にくらしていただけの生物だ。
こんな無惨な死に方をしなければならない理由はないだろう。
人間が、プライマーにこんなやり方を教えてしまったのだとしたら。
負の連鎖を、何処かで断たないといけないし。
人間が今後種としての進歩を、今までの一万年と同じく一切拒むのだとしたら。
やはりフォリナが、外宇宙に出るのを防ぐのも、止められないかも知れない。もしそうなれば、地球人はプライマー同様の目に会うだろう。
だがそれは、もはや壱野が知った事では無い。
壱野がやるのは。
この不毛で。どうしようもない戦争を終わらせるまで。
そこまでだ。
フーリガン砲の弾丸再装填完了。
前衛が押し戻し始めている。歩兵達がフォースターを援護しているが、正直焼け石に水である。
フーリガン砲を速射。
最後の大型船一隻を粉砕。そのまま、大急ぎでバックさせる。この後の戦線にも、大型船が出現する可能性が高い。フーリガン砲搭載自走砲は、貴重な大型船を瞬殺出来る手段だ。
味方に任せて、飛び降りる。
そして、そのままTZストークで、フォースターに集っている飛行型を片っ端からなぎ倒す。
アサルトだが、此奴の射程は並みのスナイパーライフル並み。
また、壱野が支給されているこの銃は、ブレイザーと同じバッテリー式で。レーザーによる攻撃を行う次世代型だ。
そのまま、飛行型を根こそぎ叩き落とす。
だが、既に全身からフォースターは煙を噴いていた。
ダン少尉が呻く。千葉中将が、ダン少尉に必死に声を掛ける。
「くっ、フォースターはこれ以上動けそうにない。 脱出する」
「ダン少尉、よくやってくれた。 フォースターは回収し、整備に回す!」
「もう使う機会がないと良いのですが……」
「君自身にはプロテウスカスタムが用意してある! 負傷がないようなら、乗り換えてくれ!」
まだこき使うつもりですか。
そう皮肉を言うと、ダン少尉は脱出ポットでフォースターの背中から脱出。
一華が無線を入れてくる。
「敵の新しい部隊が出現したみたいッスね。 多分この戦線で、できる限り此方を削るつもりッスよ」
「スカウトの情報か」
「もう面倒なので、展開しているスカウトのバイザーから情報を分析してるッス。 どうせ今日明日で片をつけるつもりっスから、出し惜しみは無しッスわ」
そうか、一華もかなり無茶をしているようだな。
無言で前衛に進みながら、迫ってくる怪物を片っ端からなぎ倒して進む。壱野が進むだけ、敵が消し飛んで消えていく。
ライサンダーZで、此方に迫ってきたスーパーアンドロイドを撃ち抜く。回避しようとした所を直撃。
のけぞった所に、TZストークで連射を浴びせてとどめを刺す。
更にもう一体来るが、同じようにライサンダーZを叩き込んでやる。
凶悪なスーパーアンドロイドのバリスティックナイフも、ライサンダーZの前には紙切れ同然。
弾丸はバリスティックナイフごと、敵の体に食い込み、凶悪な電磁装甲を一瞬で半壊させ。
そこにとどめを刺して、けりをつけた。
最前衛に踊り込むと、雑魚をまとめて片付ける。かなりの高機動型がいるが、もう敵ではない。
バリスティックナイフの軌道を読みながら、片っ端から片付けて行く。
兵士達の負担を、少しでも減らすためだ。そのまま、敵を一気に押し切る。
最後に踏ん張っていた敵キュクロプスのモノアイをライサンダーZで撃ち抜いて、爆発四散させる。
それで、とどめとなった。
敵陣が崩れる。
兵士達が、やったぞと吠えているが。
すぐに、敵の増援が出現。
バリアス隊が戦列を作り、突進してくる赤α型に猛射を浴びせる。味方が態勢を立て直すまでの時間稼ぎだ。
猛射が終わると、柿崎が突貫。
片っ端から、赤α型を蹴散らして切り刻む。
散発的に仕掛けて来る敵の部隊。
これは、恐らく今の戦闘で、此方の部隊規模を見切ったと判断して良い。数は少ないが、放置出来ない相手ばかりだ。
射撃して、次々に倒す。
フォースターが、輸送機で後方に曳航されていく。ダン少尉は無事だったようで、それだけは良かった。
まだ怪生物が温存されていたら最悪だ。
どうにかして、倒す手段を考えないといけない。怪生物単体だったらどうにでもなるのだが、どうせ空前の規模の敵と一緒に出てくる。
後方で温存しているアーマメントと、一緒にどうにかしないといけないだろう。
「此方ストーム3」
「此方荒木大尉。 どうした」
「ああ、敵の前衛に大型が見える。 あれは恐らくだが、金マザーモンスターだな」
「厄介な奴が出てきたな……」
プロテウス、攻撃用意。
荒木大尉が、声を張り上げる。
プロテウスがすぐに、攻撃の準備。他の兵士達は、距離を取りながら、さっと散らばる。流石に練度も高い。
金マザーモンスターは、火力と言う点で最強の怪物だ。その酸は極めて王水に近く、電磁装甲でも長くはもたない。
対策は近付く前に倒す、それ以外にはない。
特に閉所では手に負えない相手だが。此処は幸い、閉所ではなかった。
金マザーモンスターが来る。
バリアス隊が一斉射撃を浴びせた後、さっと散る。
そして、プロテウス隊が総攻撃を浴びせる。金マザーモンスターの随伴には多数の金α型がいるが、それらはプロテウスの猛攻に巻き込まれて殆どが一瞬で蒸発していた。
兵士達もブレイザーで攻撃を加え、金α型を片付ける。
それでも、金マザーモンスターは突貫してくる。あいつに酸を撒かれたら、記録的な被害が出る。
壱野が、その瞬間。
プロテウスがつけた金マザーモンスターの傷に、ピンホールショットを決めていた。
流石に悲鳴にのけぞり、動きを止める金マザーモンスターに、全員が集中攻撃を浴びせて、撃ち倒す。
残党の金α型も、そのまま近寄らせずに処理。
なんとか、片付いていた。
「一段落したか?」
「此方スカウト! 敵は小規模部隊を次々に繰り出して来ています!」
「兵力の逐次投入だ。 何の意味がある?」
「此方の体力を削れるだけ削るつもりでしょう。 この部隊の戦力規模を、敵はこの戦線を使い捨てにして見切った、と言う事です」
千葉中将が、クソッと呻いていた。
ともかく。敵を迎撃するしかない。
間断なく来る敵の部隊。
リングは見えている。
大型船が、それを通るのも阻止できた。
だが、リングまでの距離が。
果てしなく、遠く感じられた。
1、ストームチームのために
タール中将は、左翼部隊の猛烈な戦闘の中、無言で最前線にいた。それだけで、どれだけ兵士が安心するか分からない。
最激戦区の一つであったアフリカで、常に最前線にあった猛将。
顔にある凄い向かい傷と強面が、兵士達に恐ろしい印象を与えるが。
古くから、恐ろしい姿のものを家に飾り、魔除けにする風習があった。兵士達は、タール中将の姿を見て、逆に安心する。
敵が怖れると思うからだ。
タール中将自身も、その仕組みは知っていた。
だから、敢えてそのまま恐ろしい風に装っている。
「此方大友少将」
「何か問題か」
「ああ。 どうも敵は戦力に偏差を設けているらしい。 儂の前の陣地にいる敵は、どうも明らかに密度が薄いな。 舐め腐ってくれているようだ」
「分かった。 対処する」
大内少将、大友少将。
この国日本にいる指揮官で、千葉中将麾下の猛将として知られる二人だ。当然、タール中将も名前は聞いている。日本はストームチームが本拠にしているからだろう。プライマーの猛攻に晒され、数々のアンノウンが最初に投下された土地だ。
そこで生き残ってきた指揮官である。
名前を聞いていなければモグリだ。
「大内少将」
「おう、タール中将、どうしたんじゃ」
「其方に攻撃が集中しているはずだ。 指示通り動いてくれるか」
「ふむ、分かった。 確かにやたらとさっきから雑魚が平押ししてきて、辟易しておってのう」
やはりか。
敵はいわゆる斜線陣を組んできている。
あの古代ギリシア最強を誇ったスパルタ軍を屠った、新戦術。
意図的に横列陣に兵力の偏差を設ける事で、敵陣の一点突破を狙う戦術だ。これにより、元々腐敗し弱体化が進んでいたスパルタは破滅の一途を辿ることになる。そして斜線陣戦術は、世界史に名を残す事になった。
怪物という、戦車砲でも倒せるか分からない敵が現れ。
制空権が絶対では無くなった今。
戦争は、昔のものと様相が似てきている。
ボタン戦争なんて言われた時代からは、逆行したというべきか。それとも、火力だけが異常に進歩していた時代が終わったのか。
仮にプライマーを追い払ったとして。その後、安直に平和が来るとタール中将は思っていない。
何年かは平和が来るだろう。
だが、人類は三割を失っていて。
更に言うと、プライマーの技術という新しい利権が生まれている。
アフリカの地は、多数の利権が入り乱れる地獄の土地だった。世界政府が誕生してからも、長い間それに変わりはなく。タール中将も人間社会の闇の底をその目で見てきた。
だからこそ言える。
世界政府は、恐らくそう長い時間平和を維持できない。
EDFだって、そう長い間腐敗せずいられはしないだろう。
戦後何年かは復興で忙しいだろうが。
その後は、すぐに新しい利権が戦争の火種となる。
特にプライマーが持ち込んできたネイカー。
あれはテロに最適な兵器だ。
絶対にネイカーをテロに使う組織が出てくる。
それだけじゃあない。
レールガンやアーマメントが人間同士の戦闘で使われる事は、ほぼ確実とみて良いだろう。
人類は宇宙に出られるのか。
出たとしても、その後上手くやっていけるのか。
どうにも、不安しかない。
いずれにしても、この戦争に勝たないと、そういう不安のある未来すら来ない。
とにかく、やるしかない。
斜線陣戦術の破り方は、決まっている。
敵と同じように、戦力を偏差させることだ。
下手をすると、互いの尻尾を食い合う蛇のような消耗戦になってしまうが。勿論その愚は犯さない。
勿論、下手に陣形を変えると隙を突かれる。
後方に待機している部隊に連絡。
ベトナムから来た部隊だ。
「すぐに大内少将の後詰めに回ってくれ」
「了解」
「敵の攻撃を跳ね返すことだけを考えてほしい。 敵は攻勢に長けた大内少将の部隊に攻撃を加え、前線を瓦解させる事を狙っている。 守勢に長けた君達の活躍を期待する」
「任されたし」
ベトナムから来た部隊の指揮官はまだ中佐のようだ。ベトナムでは怪物がまだある程度残っているらしく、本隊は其方で戦闘中のようである。
殆どの怪物が日本に集まっている現状だが。
まだまだ世界各地で、無視出来ない程度の怪物が、この最終決戦に参加しているという事である。
アーマメントは、三機が配備されているが。まだ後方でカッパー砲を冷やしている状況である。
怪生物との乱戦で、どのアーマメントもメンテナンスが必要な状態だし、何よりカッパー砲は二日続けての乱用で相当に無理が来ている。
そもそも、反物質兵器なんか乱射するからそうなる。
最悪の場合は、カッパー砲が破損するのを覚悟した上で、アーマメントを出さなければならないだろう。
ベトナムの部隊が、大内隊と合流。
戦闘を開始。
大友少将は冷静に戦闘を続けていて。敵陣が薄いからといって安易に前進したりはしていない。
そもそもいわゆる浸透戦術が怪物には通用しない。
それで何とか出来るような相手だったら、とっくにどうにか出来ている。
タール中将は、眼前にいる敵を蹴散らしながら、確実に敵の被害を増やしていく。
ほどなく、大内少将から無線が入る。
「よし、一旦敵は撃退じゃあ!」
「よく耐えてくれた。 問題は敵が次にどう出るか、だが」
「恐らくだが、わしの所からの反撃はないと考えておるじゃろうよ」
「ふむ……」
確かにそうだ。
陣列に偏差を作って攻めこんでくる程度の戦術は知っている相手だ。今の猛攻で、大内隊にダメージを与えたと判断しているはず。
そうなると、恐らく今度は大友隊か、タール中将の中軍に仕掛けて来るとみて良い。
浸透戦術は無意味だが。
或いは。
「よし、指示通りに動け。 上手く行けば、一気に敵に大ダメージを与えることが可能な筈だ」
「了解!」
「敵、多数出現! 中軍を狙って来ています!」
「やはりな」
大内少将の勘は当たったと言う事だ。
プロテウス隊が前に出て、敵の猛攻を抑え込む。エイレン隊も奮戦してくれているし、兵士達の指揮も高い。
新兵も、必死にブレイザーで敵を抑え込んでくれている。
火線が飛び交う中、無数のアンドロイドが前衛になって、突撃してくる。悪名高い擲弾兵だ。抑え込めなければ、一体逃すだけで凄まじい被害が出る。しかも擲弾兵に混じって、大型アンドロイドがいる。
あのブラスターを放置は出来ない。
作戦通り、味方が動き出す。
此処で踏ん張ることが、最低条件だ。
タール中将が指示。
指揮車両であるプロテウスカスタムを、更に前衛に出す。
「こ、この状況で更に陣を進めると!?」
「勘違いするな。 司令部を最前衛に動かすだけだ。 総員、密集隊形で敵を迎え撃つ!」
「い、イエッサ!」
「擲弾兵はエイレン隊が抑えろ! プロテウスは大型アンドロイドを中心に片付けろ!」
大型の数が多い。
ブラスターの凄まじい火力で、プロテウスにも弾幕が襲いかかってくる。恐らくだが、この部隊は本命の突破戦力。
敵は三つに分かれた部隊の内、左右両翼のどちらかを崩し。
退かせて、そして中央にいるストーム隊を揉み潰すつもりだと判断して良いだろう。
そうはさせるか。
擲弾兵の爆発が、どんどん迫ってきている。歩兵隊も必死にブレイザーで応戦してくれているが。基本的に擲弾兵は数が多すぎる。経験が浅い兵士が、悲鳴を上げてさがろうとしている。
だが、さがれば後ろから大型アンドロイドのブラスターで撃ち抜かれる。
それを知らない兵士は、其処で終わりだ。
一人ずつに声を掛ける余裕もない。
プロテウスにも、爆発が次々と起き始める。電磁装甲があるから、ちょっとやそっとの擲弾兵の爆破にやられるほど柔ではないが、あまり面白い状況では無い。エイレン隊も、苦戦している。
被害は、覚悟の上だが。
それでも、かなり厳しい。
もう少しの筈だが。
あくまで腕組みして、冷静さを装う。そのまま、味方に指揮を行う。全軍が必死に踏みとどまっている中。副官である少将が具申してくる。
「アーマメントを出すべきです!」
「まだだ。 もう少し踏みとどまれ」
「しかしこのままだと、前線が文字通り全滅します!」
「それは敵の方だ。 どうやら上手く行ったようだな」
え、と副官が行った瞬間。
敵の前衛が、文字通りまとめて消し飛んでいた。
横殴りに飛来したレールガンの弾が、文字通り貫通したのである。
ここぞとばかりに、大友隊が戦列を整える。一斉射撃、十字砲火の準備だ。
再編制を進める大内隊に紛れて、後方から迂回したレールガン部隊が、高所を確保。そこから、一方的にアウトレンジでの攻撃を敵に浴びせかけ始めたのだ。
戦列歩兵がいた時代の戦争に戻った。
だったら。此方にむしろ分がある。
ボタン戦争なんてものは、ごく最近始まったもので。
ずっと人類は。
そう、一万年、こういう戦争をしてきたのだ。如何にプライマーが優れた技術の持ち主であり。
今のプライマーの軍を指揮している敵将が優秀であっても。
一万年分の戦闘経験値は跳ね返せない。
火線の乱打を浴びた大型含むアンドロイド部隊が、文字通り壊滅するまで、それほど時間も掛からない。
更に、火力の滝に押された敵部隊は、大友少将の軍勢の前に押し出され。
丁度猛攻に出た瞬間の大友少将の部隊の牙に掛かった。
次々と爆散していく敵アンドロイド部隊。
タール中将は冷静に指示を飛ばす。
「よし、敵は一旦引いて次の作戦に出るはずだ。 今の間に補給と負傷者の後送、AFVの補修を急げ」
「イエッサ!」
「流石タール中将だぜ……」
「初期のあの戦況でアフリカを守りきっただけの事はあるな……」
兵士達の声が聞こえている。
あまり良い気分はしない。
おべんちゃらは好きでは無い。
アフリカで利権を貪っていた連中は、暴力とおべんちゃらを使い分けていた。地元の有力者にはおべんちゃらで応じ。
金で懐柔した有力者の後ろ盾を得るやいなや、今度は弱者に容赦ない暴力を振るって、利権を貪り喰っていた。
世界政府が出来て、その寄生虫共はある程度静かになったが。静かになっただけだ。どうせ戦争が終われば、すぐにまた表に出てくるだろう。
最前衛で、味方の再編制の指揮を執る。
次の敵部隊が出現するまで、それほど時間は掛からない。
無線が入る。
千葉中将からだった。
「タール中将、其方の戦況を聞かせてほしい」
「今、敵の第一陣を蹴散らしたところだ。 だがすぐに第二陣が迫ってきている」
「そうか。 そのまま戦闘を続けてくれ」
「ストーム隊は」
今、一番大事なのはストーム隊だ。
あの部隊だけで、一個軍団規模の戦力がある。リングに接近さえさせれば、必ず破壊してくれるはずだ。
それについては。タール中将も信頼している。
特にストーム1。村上班だった時代から、彼らの凄まじい活躍を目の当たりにしているからだ。
あの部隊だけは、摂理から外れている。
摂理の極みにないといけない軍だが。
それでも、タール中将は、例外をそうだと認識し。尊重できる程度の頭は持っていた。
「ストーム隊も敵の第一陣を突破した。 第二陣が今、間断なく攻撃を仕掛けてきている所だ」
「やはり主力が少数だと見抜いたな」
「うむ……」
「だが、彼らなら打破してくれるはずだ。 後は俺たちが、少しでも道を作って勝利につなげる。 それだけのことだ」
うむと、千葉中将も頷いていた。
増援は味方も来る。北米の部隊は戦闘開始には遅れたが。今はようやく調整が終わったのか続々と到着している様子だ。また、聞いた事がない小さな国からも増援が来る。
小さな国だからといって嬉しくない、などと言う事はない。
プライマーの侵略を受けなかった国など存在しない。どんな国も、怪物による攻撃と蹂躙と殺戮を受けた。
戦争をしたことがない国などないように。
それらの国から来た軍勢も、タール中将は勿論歓迎する。
すぐに戦闘に加わって貰う。
実際問題。何処の戦線にも、余裕などないのだから。
「敵第二陣接近! ヘイズ多数! 地上はβ型を主力としているようです!」
「厄介な組み合わせだな。 エイレン隊、ケブラー隊と連携して対空戦闘用意! レールガン部隊は一度後退! プロテウス、攻撃は地上に集中しろ! β型は火力と浸透力は高いが、防御に劣る! 水平射撃で一斉に蹴散らせ!」
「イエッサ!」
総員が敵に猛攻を加え始める。
歩兵部隊の練度は高い。大友少将も大内少将も、部下には相当な熟練兵が揃っているようである。
両者の部隊の水平射撃の精度は、タール中将が見事と呟く程で。迫るβ型の群れを文字通り蹴散らして行く。
だが、戦況はそれでも好転しない。
プロテウスも次々とダメージを受ける。ヘイズの群れの駆逐効率は決して悪くないのに。敵の数が多すぎるのだ。
撤退を請う通信と、悲鳴が入り交じる中。
更にタール中将は敵を撃破し、敵の第二陣を半壊に追い込む。流石に疲れてきた。レーションとして支給されている菓子を食う。三角錐のチョコクッキーだ。なんでも竹とか言うやたら頑強な植物の芽をかたどったものらしい。
竹は極めて危険な侵略性外来生物の一つとして知られているので。
それの芽の菓子というのはちょっと面白い。
何にしてもこれは美味いので、タール中将も気に入っていた。
日本の菓子だが、なんでもキノコを象った菓子とファンがライバル関係にあるとか。よく分からない派閥が世界にはあるものである。
頭に糖分を入れて、多少思考の精度が上がる。
「味方の被害を報告せよ!」
「味方の損害、決して小さくありません! 一度後退しての再編制を具申します!」
「まだストーム隊が前進する時間を稼げていない。 苦戦しているのは敵も同じだ」
プロテウスが踏みにじるのは、怪物の死骸だ。エイレンも同じ。歩兵達も、怪物の残骸を片付けて、必死に視界を確保している。溶けてしまう怪物の残骸だけでは無い。結構怪物は、殺しても残骸が残るケースがある。
負傷者を下げて、どんどん予備部隊を呼び込む。
結論としては、左右両翼は最悪最終的には敵の左右両翼部隊と、膠着状態に持ち込めればいい。
本命はあくまでストーム隊だ。
突破が必要なストーム隊よりも、負担はずっと小さい。
そう考えれば、部下の泣き言は、聞いているわけにはいかない。
ただし、部下の言う事を一切聞かない訳にもいかない。
「敵、更に出現!」
「キングだ!」
「β型が主体か。 レールガン、前衛に出ろ。 接近までに、徹底的に削れ。 プロテウス隊、ミサイル全弾発射。 発射後、工兵は補給を急げ」
細かく指示を出す。
β型の部隊は、接近さえさせなければどうということもない。とにかく、近付く前に削れるだけ削る。
熟練兵の部隊が、既に迎撃の準備を整えているが。
やはり実戦経験が少ない部隊はもたついている。其処に怒鳴るようでは駄目だ。ただ。最前衛に泰然とあることで、少しでも落ち着かせる。
ここに来ている兵士は、訓練は受けているのだ。
後は、落ち着けば力を十全に発揮できる。
パワードスケルトンの補助もある。
昔の時代の、男を全部かき集めて槍だけ持たせて戦場に繰り出していたのとはちがうのである。
β型の群れが、猛射を突破して前衛にまで来る。
レールガンを即座に下げ、格闘戦に移行。β型が相手だと、ある程度の被害は覚悟しなければならない。
ストームチームがいる主力は。
もう少し進んでいる様子だ。ならば、此方ももう少し前線をせり上げなければならないだろう。
あの巨大なリングは、此処からもよく見える。
本当に、ばかでかい兵器だ。
あれを落とす手段は想像もつかない。核でも破壊出来るかどうか怪しいし、カッパー砲でも厳しいかも知れない。
だが、それでもやらなければならないのだ。
どんなに未来に希望がなくても。
そもそも、未来を作らなくてはいけない立場なのだから。
敵の第五陣を喰い破って、流石に一旦停止。
敵の第六陣が、既に姿を見せている。此方が停止したのを見て、様子を窺っているようである。
周囲にはテレポーションアンカーが複数。
上空に多数のドローンがいて、航空機が接近できない。プロテウスやレールガンでどうにかするしかない。
スカウトが戻って来た。
少し飲み物を入れて休んでいたタール中将は、そのまま報告を聞く。
「敵の後方に大型船。 恐らくリングを守る最終部隊と思われます」
「大型船の位置は」
「ここよりかなり先です。 まだ最低でも五つの部隊が分厚く縦深陣地を敷いているようです」
「分かった。 いずれにしても、それらが主力に行かないように、我等で手を打たなければならないな」
兵士達の状況は良くない。
そろそろ、アーマメントを出す頃合いか。
後方に連絡。
アーマメントの状態を確認。
アレはあまり使うべき兵器では無いが、それでもこの戦いでは必要だ。確認をしたところ、あまり面白くない話が帰って来る。
「アーマメント全機に共通して、不具合が確認されています」
「どういうことだ」
「カッパー砲のシステムが、想像以上に脆いようです。 恐らく、基本的なシステムから見直さないといけないでしょう。 この戦闘では、次以降の戦いでは出力を落として使用しなければなりません」
「分かった。 その話は頭に留め置く」
どこかで、安心している自分がいる。
タール中将は、それに気づいて苦笑しかけた。
あれは人間の手に余る兵器だ。
完成していなくて良かった、という他無い。ただし、カッパー砲のシステムに問題があるのなら。
それに敵も気づいている可能性が高い。
何よりバルガは大物相手には強いが、小物相手には弱いし。何より対空戦闘手段がないのは、アーマメントも同じだ。
怪生物は、どうやら完全に駆逐されてしまったらしい。
そうなると、多少頑丈な壁として、アーマメントを運用する事を考えなければならないだろう。
無言で腕組みをした後、周囲の状況を確認。
主力部隊より少し先行しているから、時間はある。だが、味方の疲弊も決して小さくはない。
どうやら右翼部隊も、峻険な地形のせいもあって相当に苦戦しているようだが。それはどこも同じだ。
此処だって損害は小さくないし。
まだ敵は、タール中将が任された戦線だけでも100万以上が健在である。
アーマメントの破壊力を期待できなくなった以上、それを人力でどうにか抑え込むしかない。
突破が必要ないだけ、ストーム隊よりは状況がまし。
これ以上、負担を増やすわけにもいかない。
幾つか、部下から作戦の具申があるが。どれも小細工の域を超えないものばかりである。全て却下。
補給を急ぐように指示をして、敵とのにらみ合いを続ける。
リングを大型船が通るのは阻止したが、それでもいつまでもあんなデカブツを放置しておけない。
いずれにしても。
戦闘は再開しなければならなかった。
2、古代の英雄と今の英雄
項少将は、周囲からあまり良く想われていない。それは理解していた。
村上班だった頃からストーム1とは縁があり、何度も共闘した。実に強い戦士達で、こんな部下がほしいと何度も思ったものだ。
そう思ったののは理由もある。
項少将は常に最強であれと自分に課してきた。
火が出るようにいつも戦い。
必ず、味方以上の被害を敵に与えてきた。
だが、何度も麾下の虎部隊は壊滅し。
その度に、降格の話が持ち上がるのだった。
ただ、理想的な軍人でありたい。
民草を危機から守る存在でありたい。
そう思っていただけだったのに。周囲の将軍達は、「現実的ではない」と項少将の事を嘲笑い。
蓄財と利権漁りに励むのだった。
元々項少将のいた中華は、世界政府が樹立したときに、もっとも反発が大きかった国家である。
これから世界を征服できるかも知れない。
そんなぎらついた欲望が国内にたぎっていた。
古くから中華という文化圏は、文化圏内では強いが、外征にとにかく弱かった。それが、20世紀に入ってから札束を武器に経済的な侵略を進め、各地で大きな顔を出来るようになっていった。
その矢先の世界政府の樹立である。
各地にあった利権は殆ど取りあげられ。
反発した一部の勢力が、かの「紛争」の起爆剤になったのは、項少将も知っている。
紛争が圧倒的なEDFの軍に鎮圧されてからも、中華内部では不満が燻り続けていて。
将官クラスの軍人の間では陰湿な派閥争いが横行し。
如何に戦果を上げるか、ではなく。
如何に他人の足を引っ張るか、が重視されていた。
そんな中華での指揮官が嫌で、何度か項少将は転属願いを出した事がある。別の戦線に行きたいと。
だが、EDFからは却下された。
どうやらEDFも、中華で行われている魑魅魍魎の争いは知っており。関わる事でマンパワーを消費したくないと思っているようだった。
馬鹿馬鹿しい話だ。
項少将は。いにしえの項羽のように、他の将軍からは猿と呼ばれて馬鹿にされていた。そのくせ、他の将軍の功績はあまりにも小さかった。
それを考えると、どちらが猿なのか。
そう思ったが。口にはしなかった。
バカを相手にしていても仕方がない。「現実が」と口にする連中は、だいたい利己主義者だ。
少なくとも上級指揮官はそう。
収賄や利権漁りを目的に行動する輩は、戦争の勝ち負けよりもエゴを優先する。
こんな絶滅戦争でも、その性質は変わっていない。
今回の日本行きも、他の将軍は難色を示し。サボタージュさえ行う輩が何人もいた。項少将が挙手したとき、勝手に行ってくれとまで言われた。
だから、勝手に来た。
故郷は少しずつマシになって来ているが。それでも20世紀に広まった極端な拝金主義と。
中共が存在した時代に培われてしまった腐敗を肯定する風潮で。
人心は荒れ果てている。
文化大革命からずっと続いているこの風潮は、どうにかしなければならないが。それも何十年も掛かるのでは無いか。
そう項少将は思っているし。
それにたいして、何かできることがあるとも思っていなかった。
ともかく、今は戦うだけだ。
そういえば、戦争屋という言葉でも馬鹿にされていたっけ。
はっきりいってどうでもいい。
目の前に展開している部隊は、非常に強力だ。大型の怪物を多数揃えて、味方の攻撃に対して猛烈に反撃してくる。
これに対して、ストーム1が中心に、大型の怪物を次々に仕留めていく。
特に村上壱野大佐は、プロテウス何機分の働きをしているか分からない程だった。
「まるで四凶ですね……」
部下が生唾を飲み込む。
中華最強の妖怪達の事だ。
中華の妖怪はスケールが大きく、邪神クラスのものも多い。その中でも四凶は、特に有名だ。
圧倒的な暴威から、四凶と言われたのだろうが。
部下達を指揮しつつ、項少将はそれに応じる。
「違うなあれは。 あれは恐らく現在のナタクだ」
「……」
「荒々しいが、孫行者ではない。 元々ああいう存在で、そして魔をひたすらに撃ち払う暴風。 それ以外に形容はできまい」
「なるほど……」
中華でもっとも人気がある道教の神格を挙げると、項少将は部下の虎部隊を急かす。
ストーム1に遅れを取るな。
そのまま敵を食い破れ、と。
味方も意気上がり、猛攻を仕掛ける。だが、流石に弾薬がないのを補う事は出来ない。
不意に、部隊が来て、壁になる。
「今のうちに補給をするんや」
「む、後方支援部隊の」
「筒井や。 急ぐんやで」
「そうか、支援感謝する」
激戦区の大阪基地を守り抜いた闘将。何度も酷い怪我をしながらも、戦いを生き抜いたしぶとい男。
そういう意味では、にているかも知れない。
ふっと笑うと、一度部下を下げる。補給車がずらっと並んでいて、すぐに補給を済ませていく。
規律の低い軍だったら物資を盗んだりしたかも知れない。
それどころか、逃走したかも知れないが。
項少将の配下に、そんな恥知らずはいない。そもそも全員が中華出身でもないし。それが逆に、他の将軍に嫌われる要因ともなっていた。
「工兵隊、現着! AFVの修理に入ります!」
「急いでくれ。 筒井隊の消耗が心配だ」
「イエッサ!」
更に増援が来る。
北米の部隊が次々に到着しているが、その一部が来たのだ。流石に北米に展開していただけあって数が多い。
ただ見た所、練度はそれほど高くないし、装備もそれほど優れてはいない。大慌てで編成して、此処に駆けつけた。
そんな雰囲気だ。
「あれは、長くはもたないな」
「補給を急げ!」
副官が部下達を急かす。
そのまま部下達が補給を実施して。AFVのうち消耗が激しいものは後方に下げる。虎のマークが書かれた戦車がさがっていく。あの戦車は。クルールの奇襲部隊に苦戦していたときに、戦果を上げた数少ない戦車だ。
あの戦車があれほどやられる戦いか。
高揚よりも、不安が勝り始めるのを感じて。
項少将も、襟を引き締めていた。
「歩兵部隊、補給完了!」
「AFV部隊は!」
「エイレン隊はバッテリーを交換完了しました! 現在、プロテウス隊がバッテリーの交換を急いでいます! 戦車隊は消耗が激しく、再編制中です!」
「支援物資を要請しろ」
東京基地もかつかつだ。
来るかどうかは分からない。
それに、苛烈に戦い消耗する虎部隊の事は知られているだろう。物資を出したがらないかも知れない。
「エイレン隊、先に出ろ! 筒井隊を支援!」
「イエッサ!」
「プロテウス隊はバッテリー交換が完了した機体から順次前に出せ! 一機いるだけで戦局が変わる!」
「項少将!」
警告の声。
同時に、着弾していた。
プロテウスカスタムに、直撃弾。幸いこの指揮車両は既にバッテリー交換が終わり、これから動こうとしていたところで、周辺に工兵はいなかったが。モロに攻撃が直撃していた。
これは、クルールの砲兵だな。
すぐに察した項少将は、前線に警告を出す。
「クルールの砲兵がいる! 三十q先からも仕掛けて来る敵だ! 今の攻撃の映像を送るから、仕留めてくれ!」
「了解ッス」
今のは、凪一華中佐か。
頼りになる電子戦要員だ。
黒い噂がある人物で、EDFの暗部にも関わっていると言う話だが。それでも、別にかまうことは無い。
とにかく強くて、電子戦にも秀でている。
それだけで、戦場では充分だ。
また砲撃が来る。工兵に退避を指示。エイレン隊が順次出るが、遠距離砲撃を受けて電磁装甲で防ぐ。
プロテウス隊も出撃を開始。敵攻撃の弾頭はその都度見切り、一華中佐にデータを送る。
ほどなく、ぴたりと砲撃が止んだ。
「リーダーが……壱野大佐が仕留めたッス」
「そうか、流石だな。 補給、修復を急げ!」
「戦車隊、増援来ました!」
「何……」
北米部隊のバリアス隊だ。そのまま敬礼して、合流してくれる。それだけで、充分過ぎると言える。
指揮官はまだ大尉のようだが、荒々しい大男だった。
「噂には聞いています。 中華のいにしえの猛将。 戦いぶりには期待していますよ」
「どうやら、まだ俺の知る戦士が世界にはいるようだな」
「……」
「よし、準備が終わり次第前衛に戻る!」
虎部隊が動き出す。
獲物を仕留めるために。
プロテウスカスタムも前衛に出た。そして、筒井隊が防いでくれていた敵部隊に仕掛けるが。
大物は既に、殆ど片付いてしまっていた。
筒井隊は指揮車両のタイタンと、戦車隊を中心としたどちらかというと現在のEDF基準では軽武装の部隊だが、戦車隊を巧みに使い、歴戦の歩兵部隊と連携して粘り強く戦った様子だ。
だがそれでも、大物をこれだけ始末できているわけがない。
出来たのは、恐らくストーム隊が暴れ回ったからだろう。
今も彗星のように飛び回っている村上弐分中佐が、残像すら残しながらキングにデクスター散弾砲を浴びせて穴だらけにしているし。
柿崎少佐がα型の怪物を、当たるを幸いに薙ぎ払っていた。
「上、失礼、します」
プロテウスの上に、誰かが飛び乗る。
副官が吠えようとしたが、黙らせる。
村上三城中佐だ。そのまま、ライジンをぶっ放し。此方に迫ってきていたクイーンを叩き落とした。
また、前線では複数の火線が集中して、他のクイーンが撃墜されているのが見える。ストーム4による連携戦闘だろう。
ストーム3は、完全に一区画での戦闘で敵の浸透を防いでいるし。
ストーム2は、味方との連携で確実に敵を仕留めている。
中々どうして。
凄まじい兵士達だ。
項少将は、部下達に言い聞かせる。
「皆、みておけ。 プロパガンダなどというものもいるが、これがストーム隊の生の戦いだ。 何度も壊滅した虎部隊だから、見た事がない兵士もいるだろう。 眼に焼き付けておけ。 そして末代まで語り継げ。 現在の戦神、それがあの者達だ。 そして、それを助けたのだとな!」
「おおっ!」
「行くぞ! 我等虎部隊も、遅れを取るな! のさばっている巨怪共を片付けろ!」
「EDF!」
叫んだ兵士達が、火線を集中。次々に敵を撃破する。苛烈に戦い。三十分ほどの戦闘で敵の戦線を喰い破った。
掃討戦に以降。
背後を突かれるとまずいからだ。
筒井大佐の部隊が、左翼方面に向かい。其方から支援攻撃をしてくれる。完璧な砲撃支援位置だ。
レクイエム砲が炸裂して、マザーモンスターが吹っ飛ぶのが見える。
掃討戦は程なく終わり。味方を再編制。
かなり被害は受けているが、まだいける。
「左右両翼は!」
「右翼部隊、苦戦中! 峻険な地形に阻まれ、敵航空部隊と激戦を繰り広げている模様です! 左翼部隊は逆に順調に進軍しており、予定通りのペースで陣を進めています! 敵の様々な戦術を、都度打ち破っているようです!」
「やるな。 指揮官はあのアフリカの獅子だったか」
「は……」
獅子と虎は古くからライバルと決まっている。
階級が向こうの方が上だが、それでもライバルだと認識している以上、負ける訳にもいかないか。
敵の次の陣地が見えてくる。
また厄介な陣地だ。都市の残骸を上手に利用して、盾にしている。アラネアは既に在庫切れのようだが。
アンドロイド部隊が、文字通り生きた壁となって、立ちはだかっていた。
スーパーもかなりいるようだ。此方からストーム隊が来るのを、知っていると言う事なのだろう。
ダン少尉の部隊が来た。
エイレン隊を中心として、かなり練度が高い。
流石にアイコンとなっているフォースターはいないが、あれはもうここ数日の戦闘で記録的な戦果を上げている。
これ以上は、無理をさせられないだろう。
「部隊を再編制して戻って来た。 これより戦線に参加する!」
「敵の戦力配置の分析は終わったか」
「今、スカウトを派遣中です」
「急げ」
千葉中将が、戦略情報部に急かしている。三方向からの攻撃。一方向の部隊でも作戦を失敗したら、全てが終わりだ。
敵はストーム隊をなんとしてでも阻止しようとして来るはずだが。
そうすれば、左右両翼に突破を許す。
ストーム隊程の戦力にはならないかも知れないが。それでもプロテウス隊にリングを直接攻撃されるのは面白くないはずだし。
一方面の部隊が全滅したら、各個撃破が行われる事になるだろう。
左右両翼の部隊は、よくやっている。
ならば、項少将も負けてはいられない。
「敵の配置確認。 各自のバイザーに送ります」
「これは、典型的な……」
「前面に弱い部隊を配置している。 突出を狙って袋だたきにするつもりとみて良いだろう」
「それならば、私がその隙を逆に突けるようにするっスわ」
凪一華中佐が出る。
あの機動力に特化したエイレンWカスタムで一度突出。そして敵が押し潰そうと殺到してきたところを、すっと逃げる。
後は敵を十字砲火に引きずり込んで、粉砕すればよい。
そういう説明を受けて、頷く。
それでいい。
小賢しい作戦には、それを正面から粉砕できるやり方で対応するだけだ。そして、それが出来る戦力が今存在している。
ならば、やるだけである。
「総員、指示通りの地点に展開しろ! 凪一華中佐を支援する!」
「イエッサ!」
「英雄の戦いの足を引っ張るわけにはいかないぞ」
「俺たち虎部隊の強さ、見せつけてやる!」
凪一華中佐のエイレンが行く。機動力は高く、見る間に敵を蹴散らして、正面突破に成功。
わっと押し寄せてくる敵をいなしながら、バックジャンプを駆使して即座に自陣に戻ってくる。
殺到してくる怪物、アンドロイド。
いずれも、細かい戦術を遂行できるほど頭が良くない。
そこへ、既に鶴翼に陣を展開した味方部隊が、一斉射撃を開始。
プロテウスの硬X線ビーム砲と大型ミサイルを中心に、味方が十字砲火を展開。その焦点に引きずり込んだ怪物を、殆ど一瞬で血祭りに上げていた。
「見たか、怪物共!」
「……どうも妙だな」
「同感です。 後退を」
「! 全軍、後退!」
壱野大佐から、無線が入る。それを受けて、即座に全軍に後退を指示する。
あの壱野大佐の勘については、項少将も知っている。動物的な勘どころか、動物どころではない。
即座に全軍が後退を実施。十字砲火に固執せず、すぐにさがる。
程なく、地面をブチ抜いて、多数のβ型が出現する。
なるほど、戦線一つを囮にして。β型との乱戦に持ち込み、それで被害を強いるつもりだったのか。
全軍で反撃を開始。
激しい射撃を浴びせて、地面から出て来たばかりのβ型を始末する。勿論かなり急いで後退したから、陣列はばらばら。それでも各自の練度が高い。
ストーム隊は大暴れしているが、それに負けられない。
そういう心もあるのだろう。
虎部隊の面々も、被害を出しつつも力戦。
ついに、敵の戦線をまたひとつ喰い破る。
だが、此処で息切れだ。
敵陣を片付け、掃討戦を終えたところで、千葉中将から連絡が入っていた。
「補給部隊を送った。 一時間ほど休憩して、補給と整備、負傷者の後送を行ってほしい」
「了解」
「右翼部隊も苦戦の末に、敵陣地を指定時間内に突破した。 足並みを揃えて、敵陣への攻撃を続ける。 左右両翼は、よく敵の主力を引きつけてくれている。 その苦労を無駄にしないでくれ」
千葉中将も、分かっているのだろう。
こうしている間も、相当数の兵士が倒れ続けていると言う事を。
敵はかなり減ったはずだが。まだそれでも三百万前後はいる筈だ。味方も各国からEDFの部隊が次々に送られているが。世界各地で、居残った怪物共と戦闘中の部隊もいる。全てが此処に来られるわけでは無い。
北米の部隊が、また到着。
プロテウス二機がいるのが有り難い。
どうしてこんなばらばらに送ってくるのか不審になったが。どうやら例の北米の軍産複合体の阿呆どもの解体もあって、かなり混乱しているかららしい。
中華の方でも、同じように金だけ持ってるゴミカスどもを駆除してくれないものだろうかと思うが。
そうなると、殆どの将軍が文字通りの首になるだろう。
勿論今膿出しをやっているのだろうが。
それと同時に、北米のEDF全部をまとめておくれない事情としては、確かに説得力があった。
プロテウスカスタムの中で、少し仮眠を取る。
一時間ほどの余暇だが。
それでも、何もないよりはマシだ。
少しだけ仮眠を取って、昔を思い出す。
軍人になるまでは、吃驚するほど何もないろくでもない人生だった。
丁度EDFが設立されて、軍人になって。
めざましい戦歴を上げて、紛争にも参加して。
そして、紛争で大戦果を上げたが。そうしたら、一部から裏切り者として後ろ指をさされるようになった。
中華ではあの悲惨な紛争を、どこかで歓迎する風潮があった。
やはり、世界政府とEDFが邪魔だという考えが何処かにあったのだろう。
暗殺者まで送られたことは無いが。
それでも、ろくでもない噂話は散々流された。今でも思い出すとはっきり言って不愉快だ。
目が覚める。
頭を振る。
理想的な軍人であろうとしているだけなのに。世の中というのは、どうにも上手く行かないものだな。
そう思って、大きくため息をつく。
流石に虐殺を繰り返した項羽と一緒の渾名で呼ばれるのは心外だ。項という姓だって、たまたまである。楚の覇王と血縁は無いだろう。
各地で戦果を上げ、佐官に昇進した頃にはやっと自分の部隊編成を出来るようになり。以降も各地で戦果を上げたが。
なんとも、この空虚な心はどうか。
ストーム隊は生き生きしていて羨ましい。
もし戦いに勝っても、故国では項少将は歓迎されまい。
それが分かりきっているから。
あまり、喜ぶ事はできなかった。
時間を見ると、丁度休憩は終わりだ。工兵隊も、可能な限りの事をしてくれた。彼方此方に立てられていた修理用のクレーンが引き揚げて行く。
ストーム隊専用の大型移動車両も後退していく。
そういえば、あの移動車両は村上班の頃からいたな。
あれも、ストーム隊の一員なのかも知れない。そう、項少将は思った。
「よし。 総員、戦闘準備は出来ているな」
「イエッサ!」
「スカウト、状況を」
「また敵陣です。 リングまでの距離が中々縮められません。 此方の敵配置をご覧ください」
確認する。
確かに、敵の配置が中々に面倒くさい。だが、ストーム1。村上壱野大佐が、ふっと笑った。
「これは、策に溺れましたな敵が。 むしろ此処で敵の損害を稼ぎましょう」
「簡単に突破出来るいうわけか?」
「はい。 このままの位置で待機していてください。 俺が狙撃して、敵を引きずり出します」
敵までの距離は五百メートル以上ある。
だが、そもそもこの地点からリングを狙撃することも村上壱野大佐は可能だろう。
任せる事にする。
狙撃を開始する壱野大佐。
とにかく外すことが絶対にない。それもあんな巨大な専用の対物ライフルを、立射で使っている。
文字通りの戦神。
程なく、遠くで大きな爆発が起きた。かなりの規模だ。これは、大型擲弾兵だなと思った。
同時に、かなり近くに、α型の大軍勢が地面から出現する。ネイカーも混じっているようだった。
しかし、それらは分かっていた。
即座に総攻撃を開始する。ダン少尉の部隊、筒井隊とも連携し。虎部隊の総力を叩き付ける。
ネイカーはそれでも耐え抜くが、前衛にはデコイが多数植え付けられている。自動砲座も、である。
次々に爆散する敵。
ネイカーの一部だけ相手すればいいが、此処にいる面子なら、側背に回り込んでくるネイカーにも対応できる。
なるほど、そういう事か。
さっきとほぼ同じ策を、敵は敢えて取った。
二回、同じ事はしないという判断を此方がするだろうと考えた訳だ。それを、壱野大佐に見抜かれた。
近代戦では、一人の人間が戦況をひっくり返す事は、まずない。これに対しては、いにしえの猛将を思わせるとか。現在の武廟六十四将だとか言われる(中華では揶揄も含んでいた言葉だったが)項少将も、同意できる純粋な真実である。
だが、ストーム1、特に村上壱野大佐は違う。
いにしえの戦いで存在した、ただ一人が戦局をひっくり返す奇蹟。
それを起こすことが可能な、恐らく現在でただ一人の人間だ。
戦闘が続く中、心中で声援を送る。
俺が虎なら、貴様は戦神だ。龍王の子すら引き裂く、武の権化。
だから、この程度の邪悪に負けてはならない。
そう思いながら、周囲の敵を掃討する。押し込んでいる。押し込んでいるが、まだ敵の戦線は食い破れない。
3、後方の戦い
尼子は、階級的には曹長を貰っている。ストーム1、村上壱野大佐に助けられてから、縁を感じて。そして、志願してEDFに入った。
それまで、尼子がやっていたのはうだつの上がらない人生だった。
EDF基地で警備員をやっていたのだって、それほど大した理由では無い。ただ給金が良かったから。
警備会社はEDFと提携していたが。
開戦した瞬間に、提携を切って。そればかりか、粉飾決算が発覚。社長以下は逃亡。今は何処にいるかも分からない。
いずれにしても、EDFは歓迎してくれたし。
ベース228の事を知っていると言うだけで、充分によく扱ってくれた。何より、村上壱野が指名してくれて。
以降は、支援車両の運転手を任されることとなった。
今日も、必死に前線と後方を行き来しながら、物資を運んでいる。後方にさがるときは、負傷兵も乗せる。
中にはとぼとぼ歩いている部隊もいるので、そういう部隊には声を掛けて乗せる。大型車両には、分隊どころか小隊くらいは乗せられるスペースがある。敵の残党がいる可能性もあるし。その場合は反撃が期待できる。
互いにwin-winという奴だ。
また、補給拠点まで戻って来た。急いで組み立てたプレハブで、多少の銃座くらいしかついていない。
すぐに負傷兵を引き渡して、物資の引き受けを行う。
気むずかしい長野一等兵が、物資については確認している。前は尼子がやっていたのだが。長野一等兵が、俺がやると言い出してからは、任せるようにしていた。
「ミサイルが足りないな」
「他の部隊も使っていまして……」
「ストーム隊が使用する分だ。 とにかく東京基地にすぐ申請してくれ」
「わ、分かりました」
恐縮して引っ込む事務士官。
気の毒だが。一等兵相手にこうも下手とは。そもそも戦争に向いていないのかも知れない。
それについては、尼子も同じだ。
いつだって怖いなあと思いながら、村上班時代からストーム1を最前線に運んでいたし。今ではストーム隊をそのまま最前線に運ぶ事も多い。
ましてや、今は尼子でも分かる最終決戦。
負ければ人間は終わり。
プライマーを追い込んでいるように報道をしているけれども。とても勝っているようには、尼子には見えなかった。
最悪の場合は、盾になってでもストーム1を守らないと。
そういう決意はある。
だが、足が震えて仕方がない。
当然だろう。戦士でもなんでもないのだ。EDFに入った後は、パワードスケルトンの使い方や、基礎的な銃の撃ち方は教わった。
パワードスケルトンのシステムは非常に優れていて。ガタイが良い訳でもない尼子でも、重い銃を持てたし。
熟練兵顔負けの動きが出来るようになった。
パワードスケルトンは、EDFの最高傑作の一つ、等という言葉もあるらしいと聞いたが。確かに使って見て分かった。
これは、誰でも兵士に出来る装備だと。
だから、これをその気になったら老人や子供にも着せられると。
幸い、今戦況はそこまで悪化していないが。
なんだか、嫌な予感がするのだ。
これをみんな着せられて、戦った世界があるような。
そんなもの、ある訳ないのに。
「尼子曹長、行くぞ。 物資はどうにか確保できた」
「はい。 長野さんは、特に問題ないですか?」
「ああ。 それと、歩兵戦闘車が足りないらしくてな。 兵士を乗せていってくれ、といわれた」
頷く。
ガタイが良い大柄な兵士達が、ワラワラと大型移動車に乗り込んでくる。一個小隊くらいはいるだろう。
全員がブレイザーで武装している様子だ。
いいのではないのだろうか。
ブレイザーの火力は、尼子から見ても桁外れだ。バッテリーが実用化され。軍用炉が飛躍的に強化され。ようやく量産が進んだようだが。
それでも、これ一本で兵士の戦闘力が飛躍的に上がる。
一個小隊で、大型の怪物を倒せるし。
一人で、複数の怪物をそれほど苦労せず撃破出来る。
それが事実としてあるから、恐ろしい兵器だと分かっていても。尼子は凄いと思う事が出来た。
「車を出しますよ。 気をつけてください」
「……」
兵士達はみんな寡黙だ。
緊張しているのかなと思って、そのまま車を出す。
安全運転は、ずっと昔から心がけている。教習所で言われた事がある。基本的に、助手席に。大型車両の時は、荷物に。自分が最も大事なものを乗せていると思え、と。
それを愚直に守った結果、尼子は文句を言われたことが一度もない。
悪路でも、不思議と尼子の運転する大型移動車は殆ど揺れない。気を遣って運転しているから、というのもあるのだが。
それでも、不可思議な話ではあった。
或いは、これが才能なのかも知れない。
途中、多数の怪物やアンドロイドの残骸を見かける。味方の工兵部隊が、重機を使って片付けているが。
それでも、時々死骸を踏みそうになる。
戦車隊が前衛に移動しているのが見えた。邪魔にならないように気を付ける。大型移動車より、戦車の方が当然優先度が高い。この状況だ。当然の話である。
「急いでいるなあ。 擱座しないと良いけど」
「バリアス型は重心安定のシステムが優れていて、よほど変な操縦でもしない限り擱座はない」
「そうなんですねえ」
「ああ。 心配しなくて良い。 まだ不良品を前線に出すほど戦況は悪くは無いはずだ」
長野一等兵は相変わらず言葉が鋭い。
程なく、火線が見え始める。
戦場が近いのだ。
前哨基地が見えてきた。前哨基地と行っても、プレハブだけ。それも、酸を浴びた形跡もあった。
急いで構築して、押したり押されたりしている内に、怪物に接近されたと言う事だろう。それも、ついさっき攻撃を受けたようにしか見えない。
キャリバンが停車しているので、邪魔にならないように大型移動車を止める。
兵士達についたと告げる。ばらばらと、展開していく兵士達。最後まで、何も喋らなかったなと思いながら見送る。
「ストームチーム、物資を運んできたよ。 必要なら戻って来て」
「了解。 現時点では必要ない。 前哨基地に物資を配置して、兵員の輸送に協力してほしい」
「任せて」
「ありがとう尼子先輩。 貴方のおかげで、補給を心配せず戦える」
壱野大佐のそんな言葉に、随分と元気が出る。
そのまま、大型移動車に積載しているクレーンで物資を降ろす。コンテナに詰め込んでいるので、数回の卸しで充分だ。
そして、逆に使い切った武装や壊れた武器などを引き取る。最前線だ。血に塗れたものも多い。
負傷者の一部も引き受ける。
手足を失っているような重傷者はキャリバンが引き受けるが。
指を失っている程度だと、大型移動車で引き受けるケースが多い。それでも充分な重傷なのに。
十数名が乗り込んで、出てほしいと言われた。
「出来るだけ急いで後方の拠点に行きます。 我慢してください」
「畜生、いてえ……」
「ちょっと擦っただけなのに、俺の指が……」
「再生医療がある。 戦後には元に戻るから、心配するな」
兵士が励まし合っている。ウィングダイバーも一人乗っていたが、かなり服がぼろぼろになっていた
無理矢理包帯で胸やらを隠した形跡があったが。みんなボロボロの状態だ。視線を送る余裕もないようだった。
そのまま、後方に。
この大型移動車も、半年前からバッテリー式になった。流石にエイレンを動かしているバッテリーだけの事はあって、二ヶ月に一回くらい変えれば充分過ぎるくらいである。ガソリン時代はどれだけ給油に時間を取られていたか。
とはいっても、この大容量バッテリー、かなり危ない物質を使っているとか聞いている。あまり、便利だからといって、大量生産するのは心配だ。戦場ではバッテリーもたくさん壊れる。
戦場だった地点で、とんでもない病気とかが流行しなければいいのだけれども。
後方にさがる。兵士の一人が頭を抱えて喚き始めたので、長野一等兵が素早く取り押さえる。
他の兵士達は、見向きもしない。
PTSDになる兵士なんて、幾らでもいる。
ああ、可哀想にと思う余裕も無いという事だ。
我慢してね。
もうすぐ軍医に引き渡すからね。
そう呟きながら、大型移動車を運転。途中で、PTSDになった兵士が出たと後方の要員に連絡するけれども。
了解とだけしか、帰って来なかった。
前線は確実に押しているはずだけれども。何しろ、敵の兵力はまだ百万くらいはいると聞いている。それも、ストーム隊と、支援部隊の前だけで、である。
戦記物とかだと百万の軍勢とか良く言うけれど。
そんな軍勢が一つの戦場に集結した作戦なんて、人類史でもあんまり多くはないはずである。
それが、至近に三箇所もあるのだ。
ちょっと、ぞっとしない。
前哨基地で、物資の降ろしをしていると、遠距離砲部隊が来た。この辺りの安全が確保できた、と判断したのだろう。
荒々しいごついおじさんばかりだ。
カノン砲はあまり至近では見た事がないが、とにかく巨大で。鈍重そうである。タイタンより大きいかも知れない。
大型榴弾砲は、たくさん無限軌道がついていて。
素早く動く事は出来そうにないし。なによりも、敵の攻撃を受けたらひとたまりもないと、素人同然の尼子でも分かる。
すぐ近くの丘に展開を始める砲兵隊。
此方には関係無いな。
そう思いながら、物資の積み卸しを続け。そして、軍医にPTSDの兵士を引き渡してから、すぐに戻る。
長野一等兵が、血だらけの床を消毒して、掃除しているようだった。
これは感染症対策だ。
血が汚いとかではなくて、病気にダイレクトに直結する。だから、清潔にしなければいけないのである。
それが終わると、すぐに武器の手入れを始める。
運んでいる物資も、逐一チェックをしているようだった。
「バイザーの遮音機能をオンにしておけ」
「えっ? は、はい!」
長野一等兵が不意にいい。
あわてて遮音機能をオンにする。バイザーはよく出来ていて、色々な機能がついているので。
運転中にも、しっかりバイザーはつけるようにしていた。
次の瞬間。
バイザー越しにも分かるくらい、強烈な射撃音が轟く。荷台に載せている兵士達も、バイザーで遮音しているようだった。
後方で砲兵が射撃を開始したのだ。
山県少佐が、支援要請したのかも知れない。
前線のことは分からない。
ただ物資と人員を運ぶだけだ。
音も近すぎると、衝撃波を伴ったりするのだが。この距離だったら、大丈夫だろう。とにかく、砲兵隊から離れる。
砲兵隊が反撃を受けて壊滅したという話は、各地で時々聞く。
ストーム隊の戦場では聞いたことがあまりないけれども、混戦になっている戦場で、指揮官が混乱している場合は起きる事があるそうだ。
今回は、大丈夫だと思いたい。
ケブラーがかなりの数、周囲に展開している。
長野一等兵が、指示を出している。
「急いで突っ切れ」
「え? は、はい」
「急げ!」
もう一度言われて、速度を上げる。
見ると、飛行型の群れだ。案の定、敵の反撃が来たと言う訳か。ケブラー隊が、曳光弾を混じった弾幕を展開し始める。
あのくらいの飛行型なら大丈夫かな、と思ったが。
飛行型は、補給車を優先的に狙って来る傾向がある。此処でもたついていると、恐らく襲われていただろう。
荷台の兵士も臨戦態勢だったが、ケブラーの火力投射が凄まじく、飛行型は此方にかまう余裕がなく。
一匹も来る様子がないことを確認して、皆銃を下ろしたようだった。
荷台は殺気でぴりついているが。
長野一等兵が、兵士の一人に声を掛ける。
「その銃、到着までにメンテしようか」
「おっさん、あんた工兵か」
「ああ、メカニックだ。 ストーム隊のな」
「……分かった、頼む。 少し調子が悪いんだ」
長野一等兵は無言で受け取ると、手慣れた様子で銃を分解している様子だ。細かく見ている余裕は無いが、かちゃかちゃとバイザー越しに音がする。
数分もしないうちにおわったようで。何か技術的な説明をしている。殆ど、聞いていても理解出来なかった。
「ありがとう。 これで多少はマシに戦える」
「そうか。 それは良かった」
それだけ。
皆殺気立っている。それだけで、会話は終わった。
速度を少し落とす。どうしても踏まなければならない石があったからだ。がくんと少しだけ揺れたが。速度を落としたので、荷台への衝撃は殆どなかった筈だ。兵士もこっちを見る様子はない。
そのまま、また速度を上げて前哨基地に。
兵士達がばらばらと展開する。見ると、悪名高い飛行型がわんさか来ている。殺傷力が高い危険な怪物だ。
それだけじゃない。
空が煙幕で覆われていると言う事は、ヘイズもいるということだ。前哨基地にも、針状に撃ち出された酸が突き刺さりまくっていた。
工兵隊が来る。
物資を卸す。
こう言うとき、不思議と尼子はあわてない。無言で、積み卸しを待つ。
プロテウスを乗せられるかと聞かれたので、一機だけならと応える。電磁装甲を喰い破られたプロテウスが、曳航されてきた。
それを乗せる。ずしんと、一気に荷台が重くなった。
長野一等兵が、注意を促す。
「今までとはレベルが違う戦線に突入したようだな。 敵が一気に反撃に出た可能性もある」
「僕は、ただ運ぶだけです」
「そうだな。 それでいい」
落ち着いた様子で、長野一等兵が応える。
兵士もかなり乗せる。酷い状態の兵士が多い。キャリバンがすれ違って戻っていく。あの中には、更に酷い状態の兵士がいるのだろう。
飛行型が来る。前哨基地の兵士が、砲座で撃退するが、それでも反撃でまた基地が傷ついていた。
積み降ろし終わり。
そう声が掛かったので、すぐにバックして、帰路に。
ただ、指定された補給地点が随分と前線よりになっていた。これは千葉中将とかの司令部の人が、前線に来ているからかも知れない。
急ぎたいが、兎に角荷台には酷い状態の人もいる。
出来るだけ、荷台を揺らさないように気を付けなければならない。それに、プロテウスの事もある。
直せば戦線復帰出来る可能性だってあるのだ。
揺らして壊すわけにはいかなかった。
長野一等兵は、淡々とプロテウスの状態を見ているようだった。乗員は脱出したようだが。
主砲などはかなり手酷く傷つけられていて、せっかくカッコイイのと凄く残念な気持ちになった。
「ひ、飛行型だ!」
「ついて来やがった」
「問題ない。 そのまま進め、尼子」
「分かりました!」
速度を上げたいが、とにかく今は皆に負担を掛けられない。
長野一等兵が問題ないと言ったからには、何かあるのだろう。
そのまま全力で、荷台に負担が掛からないように逃げる。程なくして、トラックをケブラーが追い越した。
ケブラーの射撃が、傷つきながらも前衛を突破した飛行型を容赦なく落としていく。
荷台の兵士達が、ほっとしたようだった。
「た、助かった……」
「おっさん、あんた知ってたのか」
「ケブラーがかなり前線まで出て来ているのを来る時見た。 あの様子では、恐らく最前線まで行くだろう。 すれ違うのは分かっていた」
「そうか、寿命が縮まったぜ……」
無言で運転。
兵士の中には、かなり状態が危なそうな人もいる。
とにかく、前哨基地に。
傷だらけのキャリバンが待機していて、民間から軍に協力しているらしい医師が、すぐに傷だらけの兵士を引き取った。
キャリバンが後方に行く。
あのキャリバンも、かなり危ない目に会っているだろう。危ない目に会っているのは、尼子達だけではないのだ。
すぐにプロテウスが降ろされる。
プロテウスも、曳航用の砲塔が着いていない戦車で、後方に運ばれて行った。この前哨基地では、直す事が出来ないのだろう。
少し、またされる。
前線がかなり激しい戦いになっている事もあり、兵士がひっきりなしに歩兵戦闘車で前線に行く。戦車にタンクデサンドしている部隊もいる。
ヘリの部隊が、前線に飛んでいった。
戦闘機隊は厳しくても、小回りがきくヘリであれば。
だが、遠くで爆発音が続いている事から考えても。戦況は有利だとは、とても思えなかった。
物資の積み込みが終わる。
ストームチーム用の物資だけではなく、他部隊の物資も積み込まれている様子だ。その間も、黙々と長野一等兵は荷台の消毒をしている。血だらけの床を消毒した後、ホースで水を掛けて洗い流していた。
機械みたいだな。
その様子を見て、ちょっとだけ反発も覚える。
それでも、信頼が勝る。
物資の積み込みが終わり。
また前線に出向く事になる。
大丈夫。
最前線には、ストーム隊がいる。ストーム隊が負けるときは、人類が負けるときだと思う。
だから、大丈夫。
どうせその時は、尼子も死ぬのだから。
そう思っていれば。恐怖は小さくなる。
「よし、出してくれ」
「ではまた前線に行きます」
「ああ、頼んだぞ」
後方から、タイタンと戦車隊が来るのが見えた。タイタンは足が遅いが。今はとにかく兵がほしいのだろう。戦車隊が、タイタンを追い越して進んでいる。タイタンは前線につければいい。
それくらいの感覚なのだろう。
戦車隊を邪魔しないように、道を開ける。大型移動車は重要な兵員輸送手段だが、それでも直接戦闘を行う戦車隊の方が優先だ。戦車隊も煽るようなことはせず、普通に追い越していく。
戦闘はまだまだ苛烈さを増す。
戦車隊はバリアスばかりだったのが、近代改修されたブラッカーもまざるようになってきている。
バリアスに劣るとまでは言わないが、やはり改修では限界がある。
前線に出れば苦戦するだろう。それでもやらなければならないのだ。
戦車隊が行くと、今度は戦線から曳航車両が来る。エイレンを引いている。電磁装甲がやられてしまっているようで、格好良いのにもったいない。でも、戦闘では絶対に起きる事だ。
仕方がないとしか言えなかった。
カスタムでは無いから、一華中佐や相馬少佐のものではないだろう。
それだけは救いである。
ボロボロになった戦車が数両、それに追随していた。自走は出来るが、戦闘はもう無理という雰囲気である。
こんな感じで、他二つの戦線も酷い有様なんだろうな。
そう思うと、暗澹たる気持ちになるが。
それでも。
やらなければならない。
前哨基地に到着。前よりも更に血の臭いが濃くなっていた。無言で誘導に従って停車。すぐに一緒に乗せてきた兵士達が、ばらばらと前線に散って行く。乗せていた物資もすぐに降ろす。
戦闘の音が聞こえているが、流石に少しこの前哨基地からは離れたようだ。これだけの兵士がストームチームと一緒に戦っているのだ。
前線を押し込めるはず。
ただ、気になる。
「アーマメントってバルガはどうしたのかなあ」
「だいたい想像はつく。 あのポンコツは、恐らく不具合でも出たんだろう。 初陣でも主砲が不安定だった」
「そうかあ……」
「それにあれは人間の手に余る兵器だ。 この戦いで破壊されてしまった方が、良いのかもしれないな」
長野一等兵が、そんな厳しい事を言う。
だが、いつものことだ。
軍に対する批判でもないし、ただの不平だと言う事は分かっている。長野一等兵は、本来は佐官くらいの地位を用意するから、技術顧問をしてくれとEDFに何度も頼まれている人だ。
不平不満の言動があっても、それだけ実績が評価されている人なのである。
尼子の印象に過ぎないが。
今までも彼方此方の戦場を廻って来て。無能な指揮官とはどうしても会った。この人は無能だなと、尼子でも分かる人はいた。
だいたい金持ちのボンボンとか、先代の資産を食い潰しながら生きているだけの二代目とかで。
今流行りの、金持ちの子供は優秀だとか。
世襲政治家は優秀だとか。
謎の理論を、全部存在そのものが否定しているような人達だった。
長野一等兵は、多分そういう人間を見て来ているから、あまり偉くなりたくないのかも知れない。
不満ばっかり口にしていても。
このストーム隊の支援車両の仕事が、心地良いのだろうか。
尼子は、不満はないし。
此処は心地良い。
もし、妥協して此処にいるのなら、それはちょっと色々言いたいこともあるけれども。
ただ、長野一等兵の言うことも分かるから、何も言うつもりは無い。
荷物の積み卸しが終わるまで待つ。
長野一等兵が物資のチェックをしてくれる。尼子がするのは、状況の確認だ。最悪の場合は、急いで車を発車させなければならない。
ストームチームは無事だと思うが。
この苛烈な戦闘では、死者が出ていても不思議では無い。
覚悟は、しておかなければならないし。
怪物の群れがこの前哨基地を強襲してきたとき、一種のトリアージをして、助けられない人は見捨てなければならないケースや。逆に自分で無茶をして、助けなければならないケースもある。
尼子は、出来れば後者を選びたいが。
それも、状況を見ていなければ。選択の余地すらないのが現実だ。
「物資の受け取り完了! 後方にこれらの物資と、更に軽傷者をまた運んでくれ」
「分かりました!」
「この車両は手際が良くて助かる。 まだこの戦いは、数日かかるかも知れない。 その間苦労を掛けるかも知れないが。 君達のような支援、輸送の任務をする人間が、そういうときは一番力を発揮するんだ。 頼むぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってくれたのは、少尉くらいの熟練兵だった。
敬礼を受けたので、敬礼を返す。
そのまま、また後方の基地へ戻る。戦闘の音は、さっきより少し小さくなってきているか。
ストーム隊が暴れているのだ。どれだけ敵が頑張ったって、絶対に突破されるに決まっている。
最終的には、絶対に。
そう信じて、尼子は支援を続ける。
負傷兵と後方に送る物資を乗せ終えたので、発車。
今回はエイレン三機を乗せたので、かなり車両が重く感じるが。これくらいの重量なら、何度も経験したことがある。
警備兵よりも、トラックの運転手の方が天職だったのかも知れない。
ただ、警備員時代の方が、気楽だったのも事実だ。
もっとも、その頃から無能呼ばわりされていて。
それを笑って受け入れていたのも事実だったが。
今は、ストームチームが光栄にも先輩なんて呼んでくれて。仕事にもやりがいが出て来ている。
それに、なんというか。不思議とこの仕事は、妙に馴染むのである。
だから、苦にはならない。
さあ、物資を運ぶ。
帰路で、大型移動車とすれ違う。同じ型式の大型移動車はなんぼでもいるのだけれども、やはり運転があまり上手ではない運転手もいる。
すれ違いながら、擦らないかちょっと心配になった。
すれ違った大型移動車は、石を踏んでがくんと揺れて。
兵士が罵声を浴びせていた。
こっちの方は、負傷者だらけで。それどころじゃあない。呻いている声が聞こえているから。
揺らさないようにするのが精一杯だ。
こんな血だらけ、死体だらけの場所では、気を抜くとすぐに感性が麻痺してしまうから。尼子なりに気を付けてはいる。
戦闘機が飛んでいくのが見えたけれど。すぐに引き返していくのもまた見る。
多分前線に航空戦力がたくさん来たから、ミサイルか対空クラスター弾を撃ち込んで、戻っていくのだろう。
戦闘機の戦争における価値は、この戦争で暴落したと聞いている。
まあ、それもそうだろう。
兵士達の中に、かなり辛そうな人がいる。
雑念を払い。
とにかく、丁寧に輸送する事に、全力で集中することにした。揺らしたら、可哀想だからだ。
何度かの輸送任務を終えて、休憩を入れる。
一時間ほど休憩して、また前線に行って欲しいと言われた。この中間基地は工兵がどんどん大きくしていて。大型移動車が数両常に行き来している。安全が確保され。同時に前線がそれだけ戦力と物資を必要としている、ということだ。
バラバラになったプロテウスが戻って来たので、ああと尼子は嘆きたくなる。
プロテウスが破壊されるほど戦闘が激しいと言うことだ。
タイタンなどは、破壊されると曳航してくるか、爆破処理するしかないという話を聞いている。
戻って来られるだけ、マシなのかも知れない。
破壊されたプロテウスは、バンカーに運ばれて。使えそうな部品だけを改修されるようだ。
そして、中破などで済んだプロテウスが此処に戻ってきた時。
もしも共食い整備が出来るなら、それで整備して。また前線に戻る。
何機か、壊れかけのプロテウスがいて。バンカーで修理を受けているようだから。今の壊れたプロテウスで、それらが前線に復帰するのかも知れない。
尼子がそれを乗せていく可能性もある。
タオルを被って休む。
長野一等兵は色々と説得されて、やっと休んだ様子だ。
本当にタフな人だな。
そう思いながら、ぼんやり過ごす。
なんだか嫌な夢を見た。
ストームチームでもどうにもできない戦況。ばたばたと倒れていくストームチームのメンバー。
ストーム1すら危ないと言うときに。
尼子は大型移動車で飛び出す。
一瞬でも、盾になれればそれだけでいい。そう思いながら。長野一等兵も、覚悟を決めた表情。
怪物の猛攻に、ついに耐えきれなくなるストーム1を、大型移動車の車体で守る。だけれども、運転席に怪物の攻撃が飛び込んできて。
ぶつんと、意識が途切れる。
目が覚める。
一時間、経過していた。
栄養ドリンクを口にして。更には、一華中佐が愛用しているらしいブドウ糖の錠剤を口に入れる。
運転は結構脳細胞を使うので、これは必須になる。脳細胞は、糖分しか受けつけないグルメさんだからだ。
すぐに車を動かして、輸送任務に戻る。
後方士官が来て、物資の積み込みを開始。兵員も、ばらばらと乗り込んでいくのが見えた。
さて、仕事だ。
少しでも、ストームチームの役に立つぞ。
それにしても、あの変な夢はなんなのだろう。夢だとは思えなかった。まるで、実際に経験したかのようなリアルさだった。
まさかな。
そう思いながら。尼子は向かう前哨基地の座標と、移動経路を指示されて。頷いてそれに従う。
ともかく今は。
尼子の小さな力で、助けになる事を出来るだけやるだけだった。
4、最後の戦線
日中を全て使っての激烈な戦闘が終わる。文字通りEDFの総力を挙げた戦闘であり、プライマーもそれに応えた。
ジャンヌ大佐は疲れきっている部下達を先に休ませると、他のストーム隊幹部と軽く話をする。
幸い、すぐ前線近くに前哨基地が作られていて。
攻撃を受けた形跡もあるが。夜になって敵が引いたこともあって、ある程度は大丈夫な筈だ。
後方からは続々と兵士が到着していて、彼らが夜間の警備を担当する。
だから、ストーム隊は明日の戦いに備えて休むように。
そう言われた。
荒木准将。自称荒木大尉が、皆を見回す。ジャムカ大佐は、手傷を受けていたが。戦闘に支障はないと言うことだ。壱野大佐は無事。
ただ、流石に連日の激戦で、疲弊が隠せていない。
この男ですら疲弊するというのだ。
この戦闘が、人類史に残る過酷なものである事は。わざわざ言うまでもないほどであるだろう。
「情報を共有する。 今戦略情報部が連絡を入れてきた。 敵の残存兵力は、三つの戦線で合計二百三十万前後。 そしてこの先に、リングを守るための最終防衛ラインらしい強力な戦線が構築されている」
「ふっ。 悪くない話だ。 我々で喰い破る、ということだな」
「そうなる。 最終戦ではアーマメントを投入する。 しかし……」
「カッパー砲の威力が、落ちると言う事でしたね」
荒木大尉は、そうだと言った。
あまり気分は良く無さそうだ。
アーマメントは超兵器と言うにも程がありすぎる。あれははっきりいって、人類の手には余る。
ジャンヌ大佐もそれには同意する。
プライマーのように、文明の力で調子に乗り。
更には先祖の醜態を見て更に調子づき。
こうやって今、文明を滅ぼそうとしている有様を、人類は辿ってしまうかも知れない。
かといって、その真相を告げても、戦略情報部も他の人間も受け入れられないだろう。ただでさえ、用済みになった英雄は処分されるのが歴史の流れだ。
その時一番危ないのは、ジャンヌ大佐やジャムカ大佐ではない。
ストーム1だ。
人類のため、何度も何度も心身を削りながら戦って来た。もう途中からは或いは意地だったのかも知れないが。
少なくとも、それだけの事をしてきたストーム1のメンバーに対して。
人類は絶対に報いない。
それだけは、今までの歴史を見ても明らかだ。
戦後のために、考えをまとめておきたいが。
いずれにしても、今はそれよりも、戦闘をどうやって生き延びるかに思考のリソースを回さなければならなかった。
「この戦線の前衛には、まだ七十万以上の敵が健在だ。 この七十万には残存する大型船がいて、直上にマザーシップも三隻が残っている。 しかもリングがいる以上、未来から増援が直接来る可能性もある」
「ですが、恐らく大規模な増援はないかと思います」
「……そうだな。 プライマーの迎撃作戦を見る限り、余裕があるようには見えないからな。 恐らく、次が決戦になるとみて良いだろう。 右翼と左翼は、敵を引きつけるために戦闘を続行する。 その隙にリングを叩く。 リングについて、分かる事を出来るだけ教えてくれ」
「そうですね。 俺が何度も繰り返す歴史の中で、リングと戦った時は……」
壱野大佐が幾つかの説明をしてくれる。
伏兵については、恐らくは問題がない。
リングが降りてくる辺りの地点は、事前に調査をして、ガチガチに強化コンクリートで地面を固めてしまっている。
地面を突き破って敵の増援が出てくる可能性は無い。
壱野大佐が、ネイカーの大軍に地面の下から奇襲されたという話をしていたから。事前に皆で相談し。プロフェッサーの手も借りて、手を打ったのだ。
地中からの奇襲作戦はプライマーの十八番だが。強化コンクリートをブチ抜いて奇襲できる程、器用でもないだろう。
だから、これでいい。
「なるほど、防衛装置か……」
「ええ。 かなり強力です。 しかも今回は、リングの撃墜、完全破壊を視野に入れて動きます。 いつもよりも数段強力な防衛装置が出て来てもおかしくありません。 それだけではないかも知れません」
「最終兵器を出してくる、と言う事だな」
「はい」
プライマーの最終兵器か。
ぞっとしない話だ。
マザーシップ、いやコマンドシップを超える兵器なのだろうから。敵が降参しないのも。それで一気に戦況をひっくり返す自信があるのかも知れない。
「アーマメントは、一華に扱って貰います。 まだ二機が健在です。 恐らく、敵の何割かはこれで削れるでしょう。 その後は、一華にはプロテウスカスタムを使って貰う事になるでしょう」
「最強のパイロット用の一人乗りプロテウス、世界で一機しかいない特別機か。 流石に贅沢だな」
「だが、あのお嬢ちゃん相手なら悪くない。 世界最強のエイレン乗りだ。 本人は軟弱だがな」
「もう少し鍛えた方が良いと勧めたこともあるのだが、どうにもその辺りは苦手であるらしい」
ジャンヌ大佐が肩をすくめると。ジャムカ大佐は遠慮なく笑った。
ただ嘲笑では無い。
出来る奴にも欠点がある。
それを、笑っていると言うだけだ。
後は、幾つかの打ち合わせをする。
今回、身に付けているパワードスケルトンは特注だ。
手足が折れようと、補助して動けるようにしてある。
一部の護衛戦用の部隊。ガードマンとか言われている部隊が、似た仕様のパワードスケルトンを身に付けているらしいが。
ほぼそれと同じである。
これで、多少の怪我をしたところで、関係無く戦う事が出来る。
最後の最後まで。
ストーム隊として、前線に立つ。
この先の未来は、勝とうが負けようが。明るくは無いかも知れない。
人類はまるで変わっていない。一万年。
それが、今更外敵がいなくなった所で、すぐに変われるはずもない。
英雄は用済みになれば消されるのが人類史の通例だ。
今回も、きっと同じだろう。
だからこそ。
さっさとこの戦いは終わらせる。
正義なんてどうでもいい。神がいるとしても、そいつが不公平極まりない事は、ジャンヌ大佐はその人生で直接知っている。
まずは戦いを終わらせて。全ては、それからだ。
意識は集中できている。後は、最高のパフォーマンスを、最前線で発揮する。それだけだった。
(続)
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