ベース251での集結

 

序、撃墜

 

地上近くに追い込まれてきたマザーシップナンバーツー。既にコマンドシップを含め七隻が撃沈され。

これは残った四隻の一隻。

残るマザーシップが減る度に、衛星軌道上での戦闘は有利になった。今、このマザーシップを、衛星兵器の連射で追い込んでいる所だ。衛星兵器のレーザーも地上近くまで行くと、空気抵抗でダメージが減る。

だが、高度が落ちた先には。

ストームチームが待っている。

他も同じようにして落としたわけではない。

毎回。苦労しながら作戦を展開し。被害を出しながら、マザーシップを撃墜してきたのだ。

だが、それが実り。

六隻目を落とした頃からは、かなり楽に戦闘を展開出来るようになってきていた。

ただし。それも敵が油断を誘うためにわざとやっている可能性もある。

このまま落とす。

そして、敵の損害を増やす。

それだけだ。

既に展開している部隊が、高度を落として来たマザーシップを確認。衛星兵器の容赦ない攻撃で、かなり煙を上げている。

既に黄金の装甲は無敵では無い。

大気圏内にいるテレポーションシップを衛星兵器で落とすのには工夫がいるが。

歩兵が下に接近して苦労して落とさなくても。

フーリガン砲で撃墜出来るテレポーションシップは増えてきていて。

今後も更に増える事は確実だ。

マザーシップが、ふらつきながら地面近くまで降りてくる。荒木大尉が、壱野を見る。

壱野は頷く。

荒木大尉が、声を張り上げた。

「よし、いまだ! 撃てっ!」

総攻撃がマザーシップに突き刺さる。

今回の戦場にプロテウスは来ていないが、それでも充分過ぎる程だ。マザーシップが弱点である主砲を展開するのを待つ必要すらない。

何しろ、改良を重ねている自走式フーリガン砲が今回は十門来ている。

装甲は相変わらず問題だらけだが。

火力に関しては折り紙付き。

もはや、フーリガン砲で落とせない黄金の装甲装備の敵はいない。もしも未来から新しい敵が来れば話は別だろうが。

壱野は知っている。

もう恐らく、次は無い。

来るとしても、それは最終兵器。

そいつを倒せば、此方の勝ちだ。

次々にフーリガン砲の直撃を喰らったマザーシップの、装甲に嘘のように穴が開いていく。

無敵を誇ったマザーシップも、これほどのダメージを受けていくのだ。

他の敵は、いうまでもなし。

どうやら、中枢にダメージが通ったらしい。

爆発が巻き起こる。何度も爆発しながら、マザーシップが制御を失い、墜落を開始していた。

すぐに全員が撤退を開始。

周囲はアンドロイドや怪物の死体だらけ。

この地点に、マザーシップは最初から避難することを想定していたのだろう。敵をわんさか展開していた。

それを全部潰したのだ。

そして、味方部隊も、マザーシップは既に落とし慣れている。すぐに避難をし。それは手慣れていた。

程なく、地面の下に逃げ込んだ皆。

爆発をやり過ごす。

また、マザーシップを撃墜した。

これで、敵は有力なキャリアを、また失った事になる。仮に敵がある程度予定通り作戦を進めているとしても。

それでも、大きな勝利である事に、違いはなかった。

 

ストームチームが、近くの基幹基地に戻る。

喚声は上がる。

生きた伝説。

エイリアン殺しの英雄。

そういう喚声が、どこか虚しくなってきているのを、壱野は感じた。

散々、彼方此方の戦場で味方を助けてきた。

それ以上に敵を殺した。

結果はどうだ。

味方からは、怖れられ始めている。

確かにこれは、この先は。恐らく英雄として祀り上げられることなどないだろう。そもそも、壱野は随分と既得権益層に逆恨みを買っているようだから。

人間には、客観などどうでもいいと考える連中が多数いる。

頭が良いはずの既得権益層の人間は、間違いなくそれだ。

そして、其奴らがこの戦争を始めた。

馬鹿馬鹿しいので、もう考えるのは止めている。

とにかく、プライマーを片付ける。

今やるのは、それだけだ。

今回の戦闘は、中東はアラブでの事だった。かなり装備に砂が入って、メンテナンスが大変である。

メンテナンスは長野一等兵がするということなので、任せる。

そのまま、壱野は休ませて貰うことにした。最近は、レポートも成田軍曹が書くようになっていた。

壱野は自分が作ると言ったのだが。

成田軍曹が作る方が良いのだと、ごり押しされたのである。

まあ、いいか。

魂胆は知れているのだから。

ベッドに横になって、少し休む。しばしして、無線が入った。

千葉中将からだった。

「今回も活躍だったようだな、ストーム1、壱野大佐」

「いえ。 いつものようにやっただけです」

「それがまた凄い」

「ありがとうございます」

千葉中将は、味方をしてくれそうな数少ない人間の一人だが。それも最近は疑い始めている。

いわゆる疑心暗鬼という奴かも知れない。

千葉中将は、今まで何周も世界を見て来て。

一度も裏切ったことがない人なのに。

そんな風に、心がすさみ始めていることを、壱野もあまり喜ばしいとはおもっていなかった。

「先進科学研のプロフェッサー林から連絡があった例の件だが、既にほぼ配備は完了している。 プライマーの歴史改変攻撃の起点が、それほど遠くない未来に来ると言う話だからな。 総力を挙げて迎え撃つ」

「ありがとうございます」

「例の最新兵器も配備が終わっている。 多数の怪生物が攻め寄せる可能性があるから、というのもあるし。 プライマーに、自分達の時代が終わったことを思い知らせる意味もある」

「……」

確かに、あの兵器なら。

今、ここに来ているプライマーには、ほぼ対応できるだろう。

だが、プライマー本来の技術力には遠く及ばないだろう。

そもそも連中は、技術力を相当に制限されて、この時代に来ているのだ。

本来はブラックホールを自分で生成したり、兵器転用するようなテクノロジーを持っていたのだ。

間違いなく、現状のEDFよりも格上の存在と言える。

千葉中将ですらこうも舞い上がっているとは。

危険な傾向だ。

何もかもが、狂い始めていないだろうか。

勿論、皆よくやってくれている。

だが、今までとは比較にならない程の勝ちに近い戦況。

それが、何もかもをおかしくしている。

そう、壱野には感じられていた。

「ともかく、今回のマザーシップ撃沈で、EDFは更に実績を積むことが出来た。 敵の最終攻撃があるとしても、対応は出来る筈だ。 現在、敵の歴史改変装置の出現地点と見なされる信州を中心に、各国の最精鋭が集結している。 君はチームとともに、出来るだけ早く戻って来てくれ」

「イエッサ」

「うむ……」

頼もしそうに、千葉中将は頷いたのだろう。

そして、無線を切った。

千葉中将に悪意は感じられない。

悪意は感じられないが、油断は感じられる。それがまた、不安でしかなかった。

ともかく、皆と合流する。

ストーム2は少し居残り。事後処理があるそうだ。

ストーム3とストーム4とは、別経路でベース251に向かう。各地でまだ燻っている戦線がある。

それらでの、敵を片付ける必要があるからである。

勿論壱野達も同じだ。

敬礼して、別れると、すぐに専用の輸送機で移動する。

コマンドシップを落として半年くらいで、これが配備された。コマンドシップを落とした直後は、まだプライマーも激しい抵抗をしていたが。それも、更にマザーシップが追加で撃沈されると。

どんどん各地で抵抗が弱まっていった。

それでも定期的に敵は攻めてくる。

テレポーションアンカーやテレポーションシップ、転送装置も活用して、正規軍を用いたゲリラ戦を行ってくる。

それがまた、厄介極まりない。

だが、それでも対応できる範囲にある。

しかし、不審にも思うのだ。

敢えて不自然では無く弱っているように見せ。此方を油断させようとしているのではないかと。

そしてこれが勘である以上。

恐らく当たっていると見て良い。

勿論皆には話してある。

プロフェッサーにも。

だから、リングが出現する地点には、今までにない戦力が既に到着しているのである。それこそ、何が現れても対応できるように。

リングそのものは、そもそも「外」が作ったもののようだが。

武装についてはプライマーが追加したものだと判断していいようだ。一華の話によると、分析した所コマンドシップの砲台と武装のテクノロジーが酷似していると言う。

そしてそもそも、リングに「外」は固執していない。

破壊されてしまっても、全くかまわないと考えているだろう。

むしろ破壊されたら、その時に「内戦」を強制的に終了させるつもりかも知れない。

いずれにしても、関係無い。

壱野は、「外」と関わる気は無いし。

リングを落とした後、巻き起こるだろうどうしようもない混沌に、つきあうつもりだってなかった。

道場を再建できれば良かったのだけれども。

今では、道場があった地点には軍事拠点が作られている。これは少なくとも、戦争が終わるまで撤去できない。

それに戦争が終わった後には、どうせろくでもない事が始まる。

道場を再建する事は、不可能と判断して良かった。

「最近、口数が減りましたね……」

木曽少佐が、不安そうに声を掛けて来る。

頷いて、問題ないと応える。

木曽少佐は比較的まともな感覚の持ち主だが。

そもそもまともな感覚の持ち主が、人間には少なくない。

まともという概念そのものがおかしいのだと壱野は思うのだが。わざわざそれを木曽少佐に講義するつもりはない。

無言で、そのまま移動する。

そういえば、昔も三城は隅っこでこう無言でいたっけ。

なんとなく今は。

あの頃の三城の気持ちが、分かるような気がした。

中央アジアの基地で降りる。

険しい山岳地帯に、攻撃しにくい地点を選んでプライマーが拠点を作っている。怪物とドローンばかりだが、現地のEDFはまだやっと戦況のコントロールを取り戻したばかりである。

激しい戦いが行われていた地点や、人口密集地では殆どEDFが主導権を取り戻しているが。

こういう田舎では、まだまだEDFがプライマーに押されていたりする。

兵士が来ないし、兵器の配給も遅いからだ。

プロテウスなんて論外、エイレンすら揃っていないケースすらもある。

それに悪路が加わるのだ。

それは、現地の兵士達も苦労する。

テロリストだの宗教原理主義者だのは、プライマーが全部駆除してしまったので。横やりは気にしなくていい。

ただ、淡々と敵を駆逐するだけだ。

現地に展開していた、ケブラーしかほとんどいない部隊と合流。

現地のやる気が無さそうな少佐と敬礼をかわし、話を聞く。話していて分かったが、日本人だ。

多国籍の軍人を、敢えて多国籍に配備しているEDFだ。

こういうところで日本人に会うのも、まあ不思議ではないか。

「自分の故郷のド田舎が、大都会に見えてくるほどの場所でさ。 地形が厳しくて、とても仕掛けられねえんすよ。 ストーム1の力で、どうにかならないですかねえ」

「勿論俺たちも戦う。 だが、君達も当然死力を尽くして貰う」

「それは勿論、ねえ」

「……一華、分析結果を頼む」

頷くと、全員の。やる気がない現地隊員のバイザー達にも、情報を強制共有。バイザーの機能が起動して、現地隊員達は驚いたようだが。ある程度の戦場でのハッキングは、必要時はもう一華は認められている。

それが有用で、多くの隊員を救ってきた実績があるからだ。

「敵の配置はこうッスね。 で、どう攻めるッスか?」

「……正面から俺たちが。 ケブラー部隊は、この地点を中心に攻撃してほしい」

「はあ、敵はいないようですが?」

「すぐに分かる」

現地に展開。エイレンWカスタムを見て、兵士達がひそひそ話していた。

各地で活躍しているってカスタムだ。

エイレンWよりも、桁外れに強いらしい。

あんなのが配備されてたら、こんな戦線に貼り付きにならないのになあ。

そういう声が聞こえて、苛立ちが募る。

エイレンWカスタムが強いのではない。あの機体も、何度も何度も大破や擱座に追い込まれてきた。

負けている世界では、あれを必死に隠して。

リングとの戦いで、殆ど破壊されつつも、必死に戦力を上乗せした。

エイレンWカスタムでは無く、それに乗って戦って来た一華が強い。

そう説明したいが。

いちいちそう怒ったところで、どうにもならない。

展開を終えると、攻撃を指示。

まずは、木曽少佐が、リバイアサンミサイルを敵の巣穴に叩き込む。山県少佐のレーザー誘導は完璧で。

巨大なミサイルが直撃。

山が、文字通り揺動した。

消し飛んだ怪物はともかくとして、巣穴からワラワラとα型が出てくるが。皆で集中攻撃を浴びせて次々に撃ち倒す。

ケブラー隊が待機している辺りからも、怪物が出現。

慌ててケブラー隊が射撃を開始。怪物を薙ぎ払う。

斜面での戦闘だ。

どうしても戦いはやりづらい。だから、先にどこから出てくると指定していたのに。動きが鈍い。

EDFも、こういう末端に、あまり出来が良くない兵士や指揮官を回しているのだろう。

その辺りは、何というか。

組織の駄目な部分が出ているとしか、言いようがなかった。

「くそっ! 本当に当たったぞ!」

「なんでこんなの分かるんだよ! 諸葛亮かなにかか!」

「壱野大佐のは、そういうのじゃなくて勘ッスよ。 昔は五感を研いでいたから分かったらしいッスけど。 今はもう自分でもなんで分かるのかよくわからんのだそうで」

全部聞かれている。

一華の冷えた声を聞いて、兵士達はそうようやく悟ったらしい。

全力で必死の攻撃を加え。担当地点の怪物を駆逐する。

壱野は淡々と、敵を屠るだけだ。

ほどなくして、斜面から現れる敵はいなくなるが、まだだ。

更に、リバイアサンミサイルを叩き込む。

そうすると、山を揺るがすようにして、マザーモンスターが出現する。逃げ腰になる兵士を、壱野は叱咤。

「マザーモンスターの酸は、かなり広範囲に致命的に拡がる! 酸をばらまかれたら死ぬぞ! 集中攻撃して、とにかく怯ませろ!」

「ひ、ひいっ!」

「畜生、やってやらあっ!」

若い兵士が、むしろやる気を出す。

ケブラーの機関砲で、猛攻を加える。それでいい。そう思いながら、壱野もライサンダーZの弾を叩き込む。

もはやこの銃に、改良点はない。

あるとすれば、更に近距離での火力を上げる、くらいだが。

あまり意味はないし、このままでいい。

もう、既にこの銃は壱野の一部だ。

だから、これでいいのである。

突貫した柿崎が、もがいているマザーモンスターの首を刎ね飛ばし。それで戦闘は終わった。

流石だ。

最近は、プラズマ剣に鞘の部分を作って、抜き打ちの威力を上げている。プラズマで鞘を作ると言う意味不明な注文に、四苦八苦の末にプロフェッサーが応じてくれたのである。結果として、更に抜き打ちの威力は上がった。

真剣での勝負に限れば、壱野を超えるかもしれない使い手になった柿崎は。

更に人斬りとしての凄みを増していた。

「クリア」

「す、ストーム1。 残敵は……」

「今ので最後だ。 卵も恐らくない。 ただし、スカウトは入れてくれ。 俺の勘が外れることは今までなかったが、ゼロとは言い切れない」

「わ、分かりました……」

完全に態度が変わった司令官を、呆れた目で一華が見ている。三城はもう、ああいう人間は冷え切った目で見るようになっていた。

弐分はその様子を見て悲しそうにしている。

きょうだいが変わっていく様子を見て、弐分は一番人間らしい悲しそうな様子を最近見せていた。

人間らしいと言うのが、本当かは正直壱野にも分からないが。

「念の為、スカウトの調査が終わるまで滞在する。 その後、予定通り移動」

皆に告げると、交代で休むように指示。

後は。もう何もする事はなかった。

 

1、恐らく最後の集合

 

ベース251に到着。

中央アジア、中華辺境で戦闘をして。それで到着した。

三城はほとんど移動を苦にしなかった。

大兄と小兄。一華以外の人間とは、あまり話をしたくない。プロフェッサーは多少話をしてもいいかなと思う。後は海野大尉……この世界では曹長か。あの人は恩人だ。どんなに心が荒んでも、恩知らずにはなりたくなかった。

恩知らずか。

恩を仇で返す人間だらけ。

それを三城は知った。

戦場で数え切れない兵士を助けたが、その代わりに帰って来るのは、恐怖の視線ばかりだった。

三城自身が化け物みたいなものを見る目で見られるのはまだ我慢が出来たが。大兄がそう見られるのは許せなかった。

三城は険しい表情になる事が多くなった。

どんどん、この三年で、表情は険しくなった。

軍の広報が取材に来た時、視線を向けただけでびびって逃げていったことがある。どうでもいい。

どうせプロパガンダ報道で、適当極まりない事をほざきまくっていた連中だ。

正直、何の興味もなかった。

ベース251は。負けている世界と違って、近代化された強力な基地になっている。まずは、内部に。

先に、海野曹長と話をしておく。

三城を見て、少し不安そうな顔をした海野曹長だが。だが、それでも立派になったと褒めてくれた。

多少、表情筋が緩んだかも知れない。

いつぶりのことだか、分からないが。

一華が、既にここに来ている専用のプロテウスの所に行く。だが、今回は専用プロテウスすらも使わない局面を想定しているという。

現在開発中の、EDFの最終兵器。

既にプロトタイプの試験につきあったから、それが何かは三城も知っている。

この基地にそれも運び込まれているので。今から軽く試運転だという。一華を見送って、それで控え室に。

一華はバイザー越しだが。

皆で、話す。

プロフェッサーは、先に来ていた。

いつも、時間には正確だ。先進科学研だって忙しいだろうに、それでも時間を完璧に造ってくれていると言う事だ。

「お久しぶりです」

「ああ。 皆、無事で何よりだ」

軽く話す。

プロフェッサーが、ほろ苦い表情を作る。

「チーズバーガーがうまくないんだ」

「……」

「どれだけ食べても、チーズバーガーだけは飽きないと思っていた。 それが……飽きてしまった」

大きなため息をつくプロフェッサー。

哀しみは、何となく分かる。

この人にとって、どれだけ世界を繰り返したかの指標。

見た目とは違う時を生きてきている事の証左。

味に関する好みというのは、年齢によって変わる。他人のことを子供舌だとか言って馬鹿にするケースがよくあるが。

そんな好みは、人の数だけある。

何を好もうが個人の勝手だ。

プロフェッサーは、チーズバーガーを食べながら最強の兵器を開発してきたのである。誰が、それを馬鹿に出来ようか。

だが、それすらも飽きてしまった。

もう、考えられないくらいの時間を、経験しているということだ。

此処にいるストーム1。特に最初の四人とプロフェッサーは。

「奥さんは無事ですか?」

「妻は無事だ。 だが、私が恐ろしい兵器ばかり開発していると、いつも悲しそうにしている」

「……」

「分かっている。 いつも、妻に説明している。 妻も、分かってくれていると信じてはいる。 だが、悲しませていることも事実だ」

それに。

ここからが本番だ。

EDFが勝った後。恐らく、英雄の座なんてあっと言う間に蹴落とされる。

この世界を去ると、大兄は考えているようだが。

具体的にどうするつもりなのか。

ちょっとそれは分からない。

問題はプロフェッサーだ。

家族の事も、おくさんの事もある。

この世界を去るわけには、いかないだろう。

「大型船への備えは大丈夫ッスか?」

「ああ、それは問題ない。 例え何隻来ようが、一隻も残さず撃沈出来るほどの戦力を揃えてある」

「それなら良いッスけどね。 多分プライマーは、今までにない規模で仕掛けて来るとみて良いッスよ」

「分かっている。 例の兵器も、可能な限り配備している。 リングでさえも、君達の手を患わせない可能性さえある」

そうか。

そこまでの自信があるか。

だが、プロフェッサーは完全記憶能力はともかく、科学者としてはそれほど優れている訳ではない。

その辺りは、話半分に聞いておくと良いだろう。

席を立つ。

新兵達が集まっている部屋に向かう。

時間が来たからだ。

既に、海野曹長が訓戒を始めていた。

相変わらずの鬼軍曹ぶりだが。あまり理不尽な兵士へのしごきのたぐいはしないとも聞いている。

その辺りは少し心配だ。

兵卒へのしごきは、恨みを買うだけで、効果がない。

実際にろくでもない事件を幾つも引き起こしているという話で。厳しく鍛えることと、理不尽を浴びせることは違う。

それを、海野曹長は理解していると言う事だろう。

新兵達の後ろで、訓戒を聞く。

程なくして、荒木大尉が来る。

これも、時間通り。完璧である。

「荒木大尉どの!」

「海野曹長、久しぶりだな。 この基地の兵士達を訓練してくれて、いつもありがとう」

「はっ!」

ストーム2。

伝説の英雄だ。

そういう声がひそひそと上がるが、荒木大尉は咳払い。

大兄と、三城達の方を見た。

「予想通りだ。 残っているマザーシップ全てが日本上空の衛星軌道上に集結、記録的な規模の敵が出現している。 これから迎え撃ちに出向く。 ついてきてくれ」

「分かりました」

「プロフェッサー林、貴方も」

「ああ、分かっている」

プロフェッサー用に、今回もプロテウスが用意されている。プロフェッサーが操縦するのではなく、助手席で戦況のサポートするためだ。

軍用兵器を開発する人間が、前線の状況を知らなくてどうする。

そう言って、プロフェッサーは時々前線に出てくる。

それを聞かされているのだろう。

兵士達は、誰も驚いていなかった。

ただ、いつものように、小田少佐は皮肉を言うが。

「いくらなんでも、後ろで見ていていいと思うけどな。 指揮官って訳でもないし、科学者なんだから。 クーラーが効いた部屋で見ていても、流石に誰も文句は言わないだろうぜ」

「小田少佐」

「分かってるよ」

すぐに全員で、基地の入口に向かう。

ストーム2は、全員がブレイザーで武装しているが。途中で、バンカーに寄り。そこで相馬少佐がエイレンWカスタムに乗る。

一華のエイレンWカスタムほどではないが、世界中で活躍してきた最強のエイレンの一つである。

知らない兵士は、いないだろう。

一華も今回は、最初はエイレンWカスタムで出る。

プロテウスが必要になるのは、戦闘中盤からだ。まずは、乗り慣れたエイレンWカスタムで、肩慣らしである。

どうせすぐにリングが来る。

だったら、それで戦闘に関して、体を慣らしておいた方が良い。

一華はかなり無理をして戦場にいる。

もともとからだが頑丈では無いのだ。

負けている世界では、一華は結構辛そうにしていることがよくあった。それでも、一華は不平を口にしたが、へまをする事はなかった。

更に、バンカーでストーム3、ストーム4とも合流する。

マザーシップを落としてすぐだから、再会したという印象では無いが。

ともかく、地球最強のチームが揃ったことになる。

それだけで、充分過ぎるだろう。

ベース251の入口へは、AFV用のきつい斜度の坂が続いている。此処を利用して、訓練をするそうだ。

走り上がる。

まあ、別に三城は飛んでもいいのだけれども、走り上がる。普段から、ライジンをよく使うのだ。

走りながらチャージをする事は多いし。

足腰は鍛えておいて損は無い。

そして、入口を出た。

美しい町並みが拡がっている。

既に世界の半分ほどは、戦争開始前以上に発展していた。

プロフェッサーが、「プライマーの技術を解析した」技術が、民間に転用された結果である。

勿論真相は違うのだが。

それをわざわざ口にする必要はない。

電光掲示板には、避難経路と、これより戦闘があることが記されている。小型の円筒形のロボットが移動して周囲を監視し、逃げ遅れた市民がいないか確認をしっかりしているようだった。

敬礼する多数の兵士達。

そして、林立するプロテウス。

これだけの戦力があれば、確かにどれだけのプライマーが攻めてきても、文字通り蹂躙できるだろう。それが、あまりにも異常な数でなければ。

「プライマーの最後の総攻撃のようだな。 だが奴らを迎え撃つ準備などとうに出来ている。 マザーシップが全部同時に降りて来た所で、敵ではない」

ジャンヌ大佐が、相変わらず自信満々の様子で言う。

この人の自信がどこから出てくるのかはよく分からないが、とにかく頼もしいのは事実だ。

そして武装していない時の様子を見て驚いたのだが。

実は普段着の場合は、背丈は三城とあまり変わらない。

ウィングダイバーには小柄な女性がなることが多いのだが。周囲の兵士達をまとめるには、相応に苦労しているのだろう。

「今日は入れ食いだ。 獲物は皆で平等に分ける」

ジャムカ大佐も言う。

好戦的な様子は相変わらずだが。

昔は死神と言われていたのに。最近は守護神と言われている様子だ。

本人が丸くなった様子はない。

そうなると、戦況がそれだけ良くなっている、ということだ。

何度も何度も世界中で戦い。

世界を巡った数だけ負けを経験してきた。

今回、ようやくたぐり寄せた勝利の道。

絶対に、手放してなるものか。

「プロテウス隊、既に戦闘準備完了しています」

「よし、それぞれ随伴歩兵として展開してくれ」

「イエッサ!」

兵士達が展開する。

プロテウスは、基本的にエイレンW四機を随伴し。更にそれをブレイザーを装備した兵士で護衛する。

この一戦闘単位は、怪物千体に相当する戦闘力を持つと言われていて。実際に多数のエイリアンや怪物を苦もせずひねり潰す。

見た所、今回はプロテウスが二十機以上は来ている。

そしてエイレンだけではない。

新型のレーザー装備のケブラーや、更に火力が上がったレールガンもいる。此処にはいないが、例の新兵器も来ている筈だ。

進軍を開始する。

敵の浸透はかなり早く、既に幾つかの敵部隊が此方に迫っているそうだ。

民間人の避難は既に終わっている。

この辺りは、戦争で散々鍛えられたということもあるが。人類の三割を失った今までの五年で。

それだけのマニュアルが作られて。実施されてきたと言う事だ。

「プロテウスは強力だが、無敵では無い! 俺たちの支援が必要だ! 各自装備を点検しつつ前進! すぐに接敵するぞ!」

「イエッサ!」

「流石ストーム隊だ。 これだけ戦闘が有利になっているのに、油断している様子がねえ」

「今夜は祝勝会だな!」

浮かれている兵士達が目立つ。

まあ、多少は良いだろう。

これだけの戦力を揃えても、絶対に死者は出る。そう考えると、今夢を持つことくらいは良いはずだ。

問題は、勝って帰るとき。

ますます近づいて来ている。その日が。下手をすると今日明日の可能性すらある。とても、笑顔を作る気にはなれない。

兵士達が、アイドルグループがどうのとか話している。

そういうのを見る余裕が出てきている、と言う事だ。

一瞬視界に入って、驚いた。

そのグループに入っているのは、あの河野だ。

そうか、何というか。アイドルになる事をこの世界線では選んで。しぶとく生き残ったのか。

まあなんというか、元々生き馬の目をぬく世界だと聞いている。

それはそれで、ありなのではないかと思う。

勝手にやっていてくれ。

此方に関わらなければ、それでいい。

「敵、広域に展開して接近中。 最前衛は特務コロニストの部隊です!」

「応戦準備! 戦闘態勢を取れ!」

荒木大尉が叫ぶと、兵士達がさっと戦闘態勢に入り。すぐに展開を開始する。すぐに見えてきた。

装甲に分厚く身を覆ったコロニストだ。

その装甲よりも、持っている兵器が凶悪極まりない。

だが、今回は。

相手が悪すぎた。

展開しているプロテウスが、硬X線ビーム砲を斉射する。それだけで、文字通り特務コロニストの群れが蒸発していた。

エイレンや歩兵が手を出す必要さえない。

街だったものも、同じように蒸発したが。

こればかりは、仕方がない犠牲だろう。

「て、敵先鋒、消滅……」

「あれは敵の最前衛だ。 すぐに次が来るぞ! プロテウス隊、張り切りすぎるなよ!」

「イエッサ!」

プロテウスもバッテリーを消費して戦闘する。

最初から全力で主砲を斉射していたら、それこそバッテリーが幾つあっても足りないだろう。

接敵までの時間を利用して、プロテウスがバッテリーを幾つか排出。それを兵士達が取り替えている。

今の主砲を、あのバッテリーで撃てるなら安いものだ。

すぐに、各地で戦闘開始の連絡が届き始める。

此方にも、多数のアンドロイドと怪物、それにエイリアンが押し寄せてくるのが見えた。

攻撃開始。

荒木大尉が叫ぶと。殆どの兵士に行き渡っているブレイザーが火を噴き、片っ端から敵を焼き払っていく。

勿論、ストーム1も先陣を切る。

柿崎が加速して前衛に出る。小兄も。大兄は狙撃を淡々と繰り返し、三城もライジンで大物を狙う。

重装コスモノーツが、ライジンの一撃で腹に大穴を開けて倒れるのを見て、兵士達が歓声を上げる。

大兄の狙撃が。盾で防ごうとしたクルールの頭を吹き飛ばすのを見て、また喚声が上がる。

今の時点では、味方が圧倒的優勢だ。

戦車隊が前に出る。

既に街だった場所になっている。そこへ、水平射撃で、全てがバリアスになっている戦車隊が、主砲の雨霰を叩き込む。

怪物も流石にひとたまりもない。

ブラッカーが、怪物に接近されるとひとたまりもなく溶かされてしまっていた時代とは、まるで別物の戦闘力。

本来の、戦場における戦車の役割を全うできている、といえる。

戦車隊が交代すると、レーザー装備のケブラー隊が前に出る。上空から来ているヘイズとタッドポウルを片付けたので、前に出たのだ。

レーザーと言っても照射し続けるタイプでは無く、いわゆるパルスレーザーだ。これが凶悪で、怪物を穴だらけにして地面に叩き付けていく。

エイリアンの装甲も、次々に穴だらけにする。

しかも、一華が組んだプログラムを入れていて、フレンドリファイヤが起きないようにもしてあり。

コラテラルダメージはほぼ心配しなくてもいい。

少し前線が接近してきたな。

そう思った三城は、デストブラスターに装備を切り替える。

「大兄、私も出る」

「ああ、いいぞ。 暴れてこい」

「分かった」

デストブラスターを片手に、飛び出す。

既に前衛では、フェンサー部隊が格闘戦を開始しているが。不慣れな兵士は、巨大な怪物の予想以上の大きさに驚き、シールドを喰い破られてしまうことが多い。どれだけパワードスケルトンが補助しても、本人が腰を抜かしていたらどうにもならない。

そういう新兵が散見される。

勝利が限りなく近付いているから、こういう光景が出てくる。

まるで開戦当時だ。

なんだか、大坂夏の陣で大苦戦した東軍は、こんなだったのではないかと三城は思ったが。

まあそれについては一次資料をもっと調べないと何とも言えない。

関ヶ原の戦いの定説が覆ったばかりなのだ。

大阪の陣についても、もっとしっかり調べる必要があるだろう。

デストブラスターで怪物を薙ぎ払いながら、飛び回って暴れ回る。雀蜂のようだと言われる事もある三城の機動。

地面スレスレを基本的に移動して、敵を斬りながらジグザグに暴れ回る柿崎とは、色々対照的だ。

デストブラスターで怪物を薙ぎ払いながら、味方を支援。殺されそうになっている新兵を助け、さがるよう指示。味方がどんどん前進してきて、敵を蹴散らす。兵器の威力は凄まじいが。

それでも、油断すればやられる。

今も、数体のα型に接近され。パニックになったエイレンWのパイロットが滅茶苦茶な動きをしている。

ちょっと遠いなと思ったら。

小兄が、デクスターで瞬く間に集っていたα型を蹴散らしてしまった。

「損耗が大きい。 さがって交代を」

「あ、ありがとう! 助かった!」

「礼は良い。 次は同じ失敗をしないようにしてくれ」

「い、イエッサ!」

エイレンWが、やっと態勢を立て直して下がりはじめる。初陣はみんなこんなもんなのが普通だ。

三城はデストブラスターで敵陣を荒らしに荒らし回った後、後退。フライトユニットを冷やしながら、様子を見る。

大きいのが出て来た。

マザーモンスターが数体出てくる。そういえば。キングもマザーモンスターも、以前の周回より出る数が増えている。

プライマーが大型船で最初に持ち込んだのか。

或いは通常種から、成長させる技術を会得したのか。

どちらかは分からないが。とにかくあれに接近させるのは危険だ。ライジンで一体を撃ち抜く。

凄まじい悲鳴を上げたそれに、戦車隊が攻撃を集中。

粉々に消し飛ばしていた。

一匹も近付かせない。

そのまま、走りながらライジンをチャージ。フライトユニットの消耗は極限まで減らす。ウィングダイバーには体力が少ない兵士も多く、どうしても戦闘をフライトユニットだよりにすることがあるが。

三城はアドバイスを求められたとき、足腰を必ず鍛えろと応えている。

パワードスケルトンとフライトユニットの支援で、着地時のダメージは軽減される。それは確かにある。

だがそれはそれ。

こうやって、フライトユニットをフルパワーで使う局面はどうしてもある。

大火力武器は、ウィングダイバーの十八番だ。

フル活用には、こうやって時には走り周りながら、武器を振り回さなければならないのである。

それには足腰が必須だ。

ライジン二射目。また、マザーモンスターを撃ち抜く。今度は元からダメージを受けていたようで。傷ついて倒れた。

千葉中将と戦略情報部の少佐の声が聞こえる。

「全戦域で、これほどの敵が来るとは……」

「いえ、これはまだ前衛にすぎません。 敵の本隊は、まだまだ後方に控えている模様です」

「分かった。 プロテウス隊を惜しみなく投入し、敵を蹴散らす。 前哨戦で消耗する訳にはいかない。 東京基地からも、できる限りの増援を出す」

「お願いします。 此方でも、支援部隊を手配します」

千葉中将は動いてくれているが、そもそもあんなにプロフェッサーが警告していただろうにな。

まあ、今回は半信半疑でこれだけの兵力を揃えてくれた。それだけで、充分とも言えるが。

とにかく、敵を蹴散らす。

まだまだ、敵は前衛にすぎないのだ。それも、全然小手調べ程度にしか思っていないだろう。

大兄の勘は当たった。

恐らくコマンドシップは完全に使い捨て。その後、兵力を減らしているように見せて。決戦の為に戦力を温存していたのだ。

それが全て、今日本に来ている。

コレの対処は難しい。

そう思いながら、三城は機動戦を続けた。

 

2、縦深陣地

 

最前衛少し後ろ。一華はエイレンWカスタムに乗って戦いながら、周囲の兵士達の声も聞き流す程度に拾っていた。

意外にも。

あの海野曹長は、あまりいい印象をストーム1に持っていなかったようだ。

「どうせあの映像はプロパガンダだと思っていたんだがな。 間近で戦うのを見ると、認識が変わる。 間違いなく三城はあのじいさまの孫だ」

「曹長、ストーム1の活躍はでっち上げだって言っていましたっけ」

「さっきまでそうだと思っていた。 壱野や弐分ならともかく、三城がプロパガンダで祀り上げられているだけだったら、助けなければならないとも思っていたんだがな」

「さいですか……」

そうか。

警官時代も、こんな調子だったのだろう。

確かに、ストーム1の活躍には、軍広報が尾ひれをつけて報道している。だから、活躍が大げさになる。

しかしながら、ストーム1全員をあわせた時の戦闘力が、軍団規模になるのは今でも変わっていない。

プロテウスですら、短時間で破壊出来る。

その自信がある。

いずれにしても、もう少し前に出るとするか。

「新兵のみなさん。 もう少し前に出るッスよ。 初陣で死なないように、気合いを入れてほしいッス」

「い、イエッサ!」

「敵、とんでも無い数だぞ!」

「だが味方もプロテウスがこれだけ来ている! 必ず押し返せる!」

海野曹長が、そう言って皆を励まし。

ブレイザーが普及しているのに、TZストークを手に前衛に出る。動きは機敏で、とても定年直前の人物とは思えない。

マル暴で武闘派としてならしていたのは伊達では無いと言う事だ。

こんな人材を放り出して。

当時から、この国は人材の扱いがド下手くそで有名だったらしいが。この人が、生きた見本と言えるだろう。

或いは、人権屋とつるんだキャリアにでも目をつけられたか。

可能性はありそうだ。

ただ。いずれにしてももう長い時間、人類社会とは関わる事はないだろう。だから、もうどうでもいいが。

最前衛に出て、戦闘に参加。

怪物がひっきりなしに来る。アンドロイドも。ブレイザーの光が飛び交い、プロテウスが主砲を容赦なくぶっ放している。

廉価型の兵器はこの状況でも多数出て来ている。

例えば主砲を硬X線ビーム砲に変換した戦車。

レールガンの廉価型兵器として作られたものだが、これが意外に強く、かなりの数が出ている様子だ。

他にも、最近はかなり戦闘が減っていたこともある。

多数、ゲテモノ兵器が出て来ているが。

大半が殆ど役に立たずに、すぐに後方にさがっているようだった。

「此方バイパー! 空軍が敵ドローン部隊に穴を穿った! これより空爆する!」

「了解。 指定地点より後方にさがれ」

「十七秒後に空爆する! 行くぞ!」

エイレンWカスタムの足を止めて、周囲の敵を薙ぎ払う。

レーザーの出力は更に上がっていて、怪物にも効くし。特にアンドロイドには、悲惨な程刺さる。

次々輪切りになっていくアンドロイドを見ると、哀れな程だが。

勿論反撃も飛んでくる。

兵士達も、バリスティックナイフを喰らったら即死まではいかないが。それでも手傷は受ける。

アーマーがどれだけ進歩しても、あんな凶悪なのをまともにもらったら、無事で済む筈がない。

そんな中でも、頭を上げろ。銃を撃てと叫んでいる海野曹長は立派だし。しかも、戦果をしっかり上げている。

集中砲火を浴びせて、アンドロイドを次々倒している様子を見て、口笛を吹く。

流石にどんな劣勢な世界でも生き延びているだけの事はある。

大したものだ。

勿論そのままだと危ないので、支援はする。

レーザーで支援攻撃をしつつ、警告する。

「海野曹長、もう少しさがってくださいッス。 爆撃に巻き込まれるッスよ」

「分かっている! だがこの地点を確保しないと、後方に敵がなだれ込む!」

「なら、せめて三秒後に伏せてほしいッス」

「分かった!」

3、2、1。

爆撃。

目の前が真っ白になる。

凄まじい数の敵が、クラスター弾の直撃を受けて消し飛んでいた。大型も例外ではない。更に、攻撃機が来て、生き残った大型を刈り取っていく。DE205にまで進歩している攻撃機の火力は凄まじく、マザーモンスターやキングですら、集中攻撃を受けるとひとたまりもない。

おおと、喚声が上がるが。

すぐに敵の次の部隊が来る。

今度は擲弾兵か。

この辺りが完全に更地になるのは避けられそうにない。しかも、一華も一戦場でこんな数を見るのは初めてだ。

「擲弾兵だ!」

「総員、訓練通り陣列を組んで、集中攻撃! エイレンやプロテウスが大半を片付けるから、近い奴を狙え! 爆発はするが、びびるとモロに巻き込まれる! 爆弾は押し返すくらいの勢いで戦え!」

「い、イエッサ!」

「精神論は何の役にも立たないが、それでも腰が引けて動けなくなるよりはマシだ! 総員、ぶっ放せえ!」

海野曹長は、自分が最前線に立って兵士達を鼓舞。

それでいて。よく戦っている。

プロテウスがさがるのが見えた。敵の数が多すぎるのだ。別のプロテウスが穴を埋めるが、確かにこれはプロフェッサーの言う事をきちんと聞いていなかったとみて良い。

プロフェッサーは言っていたはずだ。

今までに無い程の規模で敵が来る。

敵は最重要戦略目標を、死ぬ気で守ろうとするはずだ。

作戦行動で動いていた今までとは違う。

敵も滅びを回避するために必死で動いている。

だから、可能な限りの戦力を、この地点に集めてほしい。

そう、告げていた筈なのに。

確かに量産されたプロテウスが、過剰に見える程集まっている。

だが、それでもまだ足りていない。

東京基地からの増援が来るまでは、まだ少し掛かるだろう。ここで、踏ん張って、更に前進するしかない。

「ドローン、飛行型、ヘイズ、タッドポウル、多数来ます!」

「ネグリング追尾レーザー型展開! 叩き落とせ!」

「地上部隊は、大型の敵航空戦力を叩け! 特にクイーンは絶対に近寄らせるな!」

現在、ストームチームは全てが散って戦闘中だが、いずれも芳しい情報は入ってきていない。

それどころか、一番右側にいるストーム3から連絡が来る。

「敵部隊の一部にアラネアがいるようだな。 激しい攻撃を続ける部隊を尻目に、陣地を構築している様子だ」

「アラネア!」

「これは厄介だ。 多数のテレポーションアンカーも投擲しているようだぞ」

アラネアか。

奴らの張る巣は、今でも非常に強力だ。場合によってはミサイルにも平然と耐え抜く程に。

元になった蜘蛛という生物も、極めて頑強な巣を張るという話だが。

それが過酷な環境に適応したのなら、それくらいは出来るようになって当然なのかもしれない。

ただ、元は所詮生物だ。

生物兵器として、改良を加えられているのだろう。

もしも、人類が勝った場合。数千年後の地球にいる新しい生物たちや、コロニストはどうなるのか。

コロニストは元々、クローンで生成された上に、此方に連れてこられただけの知的生命体だ。

元々のコロニストが、此処まで好戦的かどうかははっきりは分からない。

「〇〇の民」と言う風にあのトゥラプターは色々称していた。もしそうだとすると、火星出身では無い知的生命体として、プライマー文明に後から取り込まれ。立場が悪い状況に置かれているだけの可能性もある。

だとしたら、散々だ。

今、計画している最終作戦が実行でもされたら。

巻き込まれただけの彼らまで、この世から消滅することになる。

そんな事をする権利は、人類にはない。

溜息が漏れる。

「此方ストーム2」

「大尉どの、どうした」

「エルギヌスだ。 凄まじい数が確認されている様子だ。 今、総司令部が大慌てでバルガをかき集めている」

「そうか……」

エルギヌスの大軍か。

以前の周回。一華の記憶にあるもっとも古い周回で、敵がそういうものをぶつけてきた事があったな。

その時はアーケルスも混じっていたが。

今回もそうならないとは限らない。

いずれにしても、この戦場を早々にけりをつける必要がある。

時々、バックパックや補給車からバッテリーを補給しながら、どれだけ倒されても向かってくる怪物を仕留め続ける。

キーボードを叩きながら、彼方此方のモニタにも目を通す。

敵の数はこれは本当に天文学的だ。

恐らくリング周辺には、最終的には百万を超える数が集まるとみて良い。いや、下手をすると一千万に達するかも知れない。

クラーケンはまだ出て来ていない。

それも、嫌な予感を更に加速させるのだった。

「敵、まだ来ます! 赤いα型を前衛に、突破をはかろうとしています!」

「押し潰せ! もう赤いα型なんて、盾にもならないことを見せつけてやれ!」

「此方中国方面軍、大内少将」

「!」

まずは、大内少将か。

まあ妥当なところだろう。

日本EDF支部最強と言われる猛将だ。真っ先に援軍に来るなら、この人だろうというのは予想がついていた。

「どうやら敵はお祭り騒ぎで浮かれているようじゃのう。 わしらも混ぜて貰うとするか!」

「大内少将、もう到着したのか!」

「まだ全軍ではないが、留守居の部隊以外は順次戦場に到着する! わしの配下の荒くれ達は甘くないでな! 怪物共、覚悟せえや!」

左翼方面に出現した大内隊が、敵に対して猛攻を加え始めたようだ。プロテウスは流石に其処までの数はないだろうが、それでも練度と士気が高い。大内少将の部隊に配属されると、歴戦の兵士に育って戻ってくると言われていて。それだけ評判が高い。それは生き残れることも意味している。

味方が、押し込み始める。

だが、敵部隊はまだまだ来る。

マザーシップが次々とテレポーションアンカーを投下。

そこから、ありったけの怪物を送り込んできている様子だ。金銀もかなり混じっているようである。

「ヘイズ接近! か、数が多すぎる!」

「ヘイズどもか。 いちいち煙幕をはりおって、面倒な奴らだ……」

不機嫌そうな声。

同時に、横殴りに叩き付けられたミサイルの群れが、ヘイズの大軍をあらかた煙幕に変えていた。

無線に声が入る。

「此方大友少将。 九州から、主に砲撃戦用の部隊を連れて来た。 随分と苦戦しているようだが」

「大友少将か。 助かる」

「千葉中将、兵力を出し惜しみしたのでは無いのか。 確か事前の情報では、この程度の敵は来ると言う話だったが」

「すまない、分かってはいたが。 中々内部での調整が大変でな」

「そうか。 まあ足を引っ張ったバカ共はリストアップしておくことだな。 戦犯として、後で軍事法廷にかけてくれ」

物騒な事を告げると。

大友少将が連れて来たらしい戦車隊が、前線に乱入してくる。どれもバリアスのカスタムタイプだ。

色々な武装を乗せているゲテモノ兵器だが。

大友少将のことだ。

多分使える兵器を、厳選して乗せているのだろう。

押され気味だった前線が、押し返し始める。

後方にさがっていたプロテウス隊も、応急処置を終えて戻ってくる。プロテウスを軸に、反撃を開始。

敵を文字通り薙ぎ払う。

数を頼りに、どれだけ犠牲を出しても気にせず攻めてきていた敵軍だが、其処で一旦、ぴたりと止まった。

不気味なほどの静かさだ。

味方も、一度足を止める。

既に焼け野原になってしまっている街で、両軍がにらみ合うが。不意に、怪物やアンドロイドはきびすを返し、後退を開始。

千葉中将が、無線を入れてくる。

「よし、今のうちに補給と応急処置、負傷者の後送を頼む。 これは、敵が作戦行動を変えたとみて良い」

「なんじゃあ。 これからが面白い所だったっちゅうのにのう」

「そういうな大内少将。 プロテウスも何機か中破している。 敵の規模は想像を遙かに超えている」

「ストーム隊は無事か?」

声を掛けて来る大内少将。

リーダーが、点呼。全員無事だ。ストーム3やストーム4はちょくちょく戦死者負傷者を出すのだが。

今回は最精鋭の最精鋭を揃えてきたらしく。全員が無事である。

「流石じゃのう。 この状況で、よう生き延びたもんじゃ」

「ありがとうございます。 ただ、これは前哨戦にすぎません」

「わかっておるわ。 とりあえず、全部隊を合流させる。 筒井大佐も、そろそろ来る筈じゃい」

「筒井大佐だけではない」

バルガ隊が来る。

文字通り、鉄の巨神の群れだ。

既に改良が重ねられたバルガは、灰色の威圧的な塗装をされている。いわゆるウォーバルガである。

性能は元に比べて、それほど上がっている訳ではない。

バルガという代物は、元がクレーンだ。色々と一華がプロフェッサーと話し合って使いやすいようにUIを弄くったが。

根本的な所では、あまり変わっていない。

それでいながら、凶悪極まりない怪生物と渡り合えるのである。

不可思議な話ではある。

まるで、怪生物と戦うために、用意された兵器かのようだ。

まさかとは思うが。

「外」の連中が、何か仕込んだのだろうか。

いや、考えにくい。

偶然。

それも、最高の偶然とみるべきだろう。

「東京基地のバルガ隊、到着。 指揮官ダン「少尉」だ」

「おお、東京基地の守護神登場だな」

「大阪の部隊、到着や」

少し遅れたが、大阪基地の部隊も到着。

大阪は、この戦争が始まってから、ずっと過酷な戦闘に晒されてきた。だから、兵士はみんな古強者だ。

今になっても、それは変わっていない。

最新鋭の兵器で揃えられているわけでは必ずしもないが、かなりの安心感を感じさせてくれる。

更に、東京基地から増援部隊が合流。

数q後退して、陣列を立て直したプライマーの一大軍団と向かい合うことになった。

千葉中将も現地に到着。

リー元帥も、遠隔で支援をしてくれるという話になる。

どうやら、やっとEDFも事態が飲み込めたらしい。

問題は、ここからリングが来るまで、どこまで前線を押し上げられるか、だ。

リングは、今日か明日にはもう来る。

この日時がずれる現象については、よく分からない。恐らくだが、歴史改変の影響を、抑え込んでいるからではないかという説がプロフェッサーから上がって来ている。「外」の文明規模を考えると、リングなんて玩具も同然。しかも使い捨てのものだ。

そんなものだから、性能も最低限しか備えていないのだろう。

別に、不思議な話ではなかった。

一華は呼ばれたので、会議に出向く。

千葉中将をはじめとして、日本のEDFで歴戦を重ねた指揮官が皆揃っている。ベース251ではなくて、前線近くに作られた前哨基地で、皆で集まる。

相変わらず不機嫌そうな大友少将。

そして、また生傷が増えている筒井大佐。

大内少将は、なんというかちょっと悪そうな雰囲気だが。実際には豪放な豪傑という所が正しい。

皆の人となりは知っている。

人間を見た目で判断する事の愚かしさを良く知っている一華は、皆の能力を疑ってはいない。

ただ、千葉中将も、今回の戦力調整は上手く行かなかった。

それは、落ち度だとは言える。

千葉中将が、最初にそれを皆に謝罪する。

別に良い。

そう、皆が言う。

実際問題、総司令部の頭の固さは、最近ますます酷くなってきている。

どうも参謀がやる気を完全になくしたか、或いは引退したからしい。どうも姿を殆ど見せなくなったとかで。

軍産複合体の連中が旗手を一切失って、パニックになっているらしい。

リー元帥がどうにか抑え込んでいるが、その過程で色々ともめ事が起きているそうであり。

一部は今まで完全に黙っていたマフィアなどの生き残りを活用しようという動きまで見せているそうだ。

北米の歴史において、マフィアは負の歴史の塊だ。

北米のEDFまでもが、その轍を踏もうというのであれば。

どうにかして、止めなければならないだろう。

上手く行くかはしらない。

一華がやる事では無いからだ。

一応。プロフェッサーは、負けた世界で各地のデータセンターの残骸を一緒に漁った。だから、醜聞の類や。実はマフィアの顔役だった輩については全員知っている筈だ。

だが、地位を確立したプロフェッサーでも、全部暴露すると流石に身が危ないかも知れない。

ただでさえ。戦争が終わったらもう用済みとなりかねない立場なのだ。

慎重に動かないといけないだろう。

「敵の規模を、もう一度見直さなければならない。 今、スカウトからの情報を戦略情報部が分析している」

「どうみても百万ではおさまらんのう。 本当に一千万いるんではないか」

「そうだな。 いてもおかしくはなさそうだ」

大内少将の言葉に、大友少将も同意する。

筒井大佐は、無言。

千葉中将は咳払いすると、戦略情報部の少佐に変わった。

少佐はまた、幾つかのデータを分析した後で、告げてくる。

「敵の中枢となっている地点までに、複数の防御陣地が確認されています。 これら全てを突破しないと、敵の中枢には近づけません。 多数のドローン、怪物が空中に確認されており、航空機による攻撃も厳しい状態です。 遠距離砲も、途中で防がれてしまうでしょう」

「衛星兵器は」

「現在残ったマザーシップが全て日本上空におり、衛星兵器も防がれる可能性が非常に高いです」

「ふむ……」

大内少将が、歴戦の猛将らしく目を光らせる。

苛烈な戦闘をこなし続けた大内少将らしい、戦争に生きる男の目だった。

リーダーと同じである。

「先進科学研の情報だと、ここが歴史改変作戦の中心点じゃいう話やけん。 そうなると、もっと戦力を集めて、決戦を挑む他になかよ。 もしもまた歴史改変されたら、何がおきるやらわからんけんのう」

「それは此方でも懸念しています。 現在、北米、中華など、近隣の地域から最精鋭を招集しています」

「急いでくれ」

「分かっています」

通信を切る。

そして、大きくため息をつくと。

千葉中将は、皆を見回した。

「ざっと分析した所だが、現時点での敵は、想定される最激戦交戦地点を中心にして、およそ950万から1150万。 今までEDFが倒して来た怪物を、全てあわせたほどの規模だ」

「此方も総力を挙げるべきだな。 前衛だけで、あれだけプロテウスを揃えたにもかかわらず、突破がかなわなかったのだ」

「大友少将が言う通りだ。 今から、東京基地の総力を挙げて増援を集める。 世界中から、プライマーが消えているという報告もある。 彼方此方から転送装置でかき集めているのだろう」

敵も本気だ。

そうなると、確実にトゥラプターが出てくる。

ずっと顔を合わせなかったが。

あいつの実力は本物だ。今のリーダーでも、戦って無事で済むかどうか。

ともかく、今するべきは。

敵の主力を突破すること、である。

程なくして、様々な情報があつめられ。敵の陣などが説明された。

「敵はまず、此処にアラネアを集結させ、強力な陣地を構築している。 多数のテレポーションアンカーが存在しており、真正面から攻撃をすれば被害は非常に大きくなることが想定される。 だが、此処を迂回した場合、敵が主力の横腹を突いてくるだろう」

「更地にするまで攻撃するしかないって事ッスね」

一華が物騒な事を言うと。

千葉中将は頷く。

そして、大内少将が前に出た。

「いいだろう。 そういうのはわしの得意分野じゃあ。 任せておきい」

「ストーム1、君達はここの支援に向かってほしい。 他の主力は幾つかに別れて、このアラネアの陣地を守っている敵部隊を粉砕に向かう。 敵は縦深陣地を敷いていて、一箇所を突破しても中枢にはたどり着けない。 ストーム2、ストーム3、ストーム4。 それぞれの部隊を支援してほしい」

「イエッサ!」

「フーアー!」

すぐに別れて、行動を開始する。

敵の数は空前の一千万。それでも、どうにか突破しなければならない。

リングが降りてくる前に、敵が守りを固めてしまったらおしまいだ。犠牲を出しながらでも、前進するしかない。

恐らくそれも、敵は織り込み済みか。

消耗させて、それで本命を使って叩くつもりとみて良い。

だが、そうはさせない。

こっちも、敵が知らない切り札を多数用意してきている。伊達に三年、各地を転戦していない。

ここからが。

本番だ。

 

3、英雄を支援するために

 

大内少将の部隊が動き始めた。元々激しい戦闘を得意とする部隊だ。兵士も荒くれ揃いである。

アラネアが展開した、ネットの要塞に、攻撃を開始。

もの凄い音が、荒木の所まで届いている。

荒木は大尉と結局名乗っているが、閣下である事に変わりはない。最近は、それを部下に困ると言われる事も増えてきていて。

その度に説明するのが、面倒になりはじめていた。

「大将達が暴れ始めたみてえだな」

「ああ。 我々の役割は、横やりを入れさせないことだ。 ストーム3もストーム4も、それは同じだ」

「では、いきましょう」

部下達が、それぞれ話している。

既に少佐にまで出世しているのに、一兵卒として活躍している三人。

そして、そのあり方が。

階級が上がろうと一兵卒であろうとするやり方が。

兵士達に、クーラーの効いた部屋で偉そうに指揮だけしている輩と違うと、身を以て示している。

荒木の担当する地域は、エルギヌスがいる。だから、ダン「少尉」がカスタム機で出て来ている。

例のフォースターだ。

エネルギー消耗が激しいが、一華を思わせる機敏で苛烈な動きが出来る。

一華はエイレンWカスタムや、プロテウスに乗せておくのが一番強い。

だから、バルガは他のメンバーに任せる。

余程の事がない限りは、だ。

このため、各地でバルガ乗りが育った。

エルギヌスの通算討伐数は、既に80体を超えている。それに対して、破壊されたバルガは現在までに14機。

如何にエルギヌスに対してバルガが優位を確保しているか、この数字だけでも明らかである。

それも一対一で負けたケースはなく。

基本的に多数と多数での戦闘で破壊されたケースしかない。

それだけ、EDFは怪生物に対して善戦出来ている、ということだ。

「行くぞ。 バルガ、バトルオペレーション!」

「総員、フォースターを支援! 周囲の怪物を近づけさせるな!」

「イエッサ!」

東京基地から来た部隊も、指揮は高い。プロテウス数機に加え、エイレンWが多数展開し、陣地に迫る人間を排除しようと迫る怪物を蹴散らす。エルギヌスが突貫してくるが。奴の相手はダン「少尉」が。勿論荒木を意識した自称だが。

ともかくダンがする。

「踏みつぶされないように気を付けろ!」

「エルギヌス、突貫してきます」

「好都合だ」

前に踏み出すフォースター。荒木はブレイザーで周囲の怪物を薙ぎ払いながら、フォースターの道を作る。

特にバルガが苦手とするのは飛行型だ。当然多数の飛行型が出て来ているが、此方はケブラーもブレイザーも充分に行き渡っている。フォースターに近付く前に、飛行型はばたばたと叩き落とされていた。

低い態勢で、四つ足で突っ込んできたエルギヌスを。

完璧なタイミングで、フォースターが拳を振り下ろし、地面に叩き付ける。

わっと喚声が上がった。

だが、跳ね起きたエルギヌスが、雷撃をチャージし始める。

「支援しますか」

「無用!」

ダン少尉がつっこむ。至近で雷撃を浴びるが、その時には拳を固めて、ハンマーパンチの態勢を取っていた。

振り下ろされる両拳が、エルギヌスの頭蓋を文字通り粉砕する。

もの凄い破砕音と共に、エルギヌスの頭蓋骨が砕け、脳みそが飛び散るのが見えた。それでも、まだ抵抗しようとするエルギヌスに対して。上半身を回転させながら、フォースターが複数回のパンチを叩き込む。

脳みそをばらまきながら、エルギヌスが地面に倒れる。そして、急速に腐敗して、溶けていった。

「流石ダン少尉だ!」

「バカ、実際には大佐だぞ」

「でも、本人がそう呼んでほしいって……」

「よく分からないよなあ。 常に最前線にいるって言う心構えらしいが……」

いずれにしても、またキルカウントを増やしたフォースターが、一度後退。大型のメンテナンス車両がすぐに接近して、バッテリーの交換などを開始する。フォースターの装甲まではどうにもできないか。

至近でエルギヌスの雷撃を喰らっても耐え抜くフォースターの装甲は、他のE1合金装甲のバルガよりも上だ。

火力も高い。

その代わり、連続稼働時間が短い。

確実に敵を仕留め、休める時に休む。

味方の支援が前提となるバルガであり。

数々の戦歴を重ねてきたが、その代わり欠点も明確だ。中には、一人では何もできないと陰口をたたく奴もいるが。

既に十体以上のエルギヌスを屠っているエースに対する悪口としては、あまりにも虚しすぎるものだった。

さがったフォースターを確認すると、敵陣を叩く。かなりの数だが、この戦線は東京基地が総力を挙げている。

更に、支援部隊が来る。

東京基地から、最低限の守り以外の部隊全てが動員されている。

予備部隊まで来ているようだ。

実験段階や。試作段階の兵器まで。

千葉中将も本気だ。

まだ効果がはっきりしていない兵器であっても、使えるかも知れないから持ち出す。そういう考えなのだろう。

ならば、此処で勝利する。

「大尉! 来たぞ、金のマザーモンスターだ!」

「! プロテウス!」

「分かっている!」

金のマザーモンスター。その戦闘力は、マザーモンスターとはあらゆる意味で別次元である。

だから、此方も容赦しない。

プロテウスが今まで相手にしていた雑魚を無視して、主砲を向け。斉射を叩き込む。接近させることすら許さない。

硬X線ビーム砲の斉射を喰らって、金のマザーモンスターが凄まじい悲鳴を上げる。それでも、抗おうとするが。

荒木は容赦なく、ブレイザーを叩き込み。

焼き殺していた。

更に敵が来る。

金α型、銀β型もいる。前衛では、彼方此方で激しい戦闘が行われ。死傷者も確実に増えている。

だが、負ける訳にはいかない。

「皆、分かっているな!」

「おう、金銀から先に潰すだろ!」

「大丈夫、基本中の基本です!」

「収束レーザー行きます」

相馬少佐のエイレンWカスタムが、収束レーザーで味方を襲っていた銀β型を吹き飛ばす。

とにかく、金α型と銀β型の危険性は桁外れだ。一匹も逃すわけにはいかない。徹底的に駆除。それ以外にはない。

激しい戦いが続く。

だが、プロテウスを軸にした戦力には、流石に雑魚ではかなわない。敵が、撤退を開始する。

だが、追撃する余裕もない。

一度、戦力を整える。とにかく此方がやる事は、敵の防御陣地を一枚ずつ剥いでいくことだ。

それには焦りは禁物。

勿論油断は論外。

補給が来た。負傷者を下げる。損傷が激しいプロテウスに変わって、東京基地から来たばかりのプロテウスが前衛に出る。

補給の途中に、不意にスカウトから連絡が来る。

「エルギヌス接近! 同時に敵の怪物も、活性化した模様です!」

「分かった。 エルギヌスは俺が相手する」

「頼むぞ」

「ああ、任せろ」

ダンとは同期。長いつきあいだ。

階級は兎も角、違う立場でずっとEDFとして戦って来た。ストーム1の真相。この戦争の真相については告げていない。

これは、告げるわけにはいかないからだ。

ダンは信頼出来る男だが、その周囲まではそうではない。

残念ながら、絶対に信用でき。更には、絶対に他者には情報を漏らさない場合にしか、これは公開できない。

ダンは軍人であり、優秀だ。

だが、だからこそに。もしも荒木が全てを話したら、千葉中将などにも話してしまうことだろう。

分かっている。

本当は、皆で共有するべき事なのだと。

この戦争が、如何に愚かしいものなのか、知るべきなのだと。

だが、今の人類はそれを受け入れられないだろう。

荒木から見ても、今の人類は主観で動いている。人を見た目では無いとかいいながら、人を見た目で判断している人間は九割を超える。

そんな種族では、いずれプライマーになるだけ。

プライマーは、話を聞く限りは、むしろ今の人類よりも善良なくらいの種族だったのである。

それを此処まで歪ませたのは。

人類という種族の業そのものなのだ。

だから、人類を優先するダンには話せない。口惜しいことだ。

フォースターが前に出る。まだ万全では無いが、あのエルギヌスを倒すくらいは、難しく無いだろう。

支援する。

バルガは怪物に群れられると、案外脆かったりする。これが分かっているから、支援が必要になる。

幸い怪物も、エルギヌスの戦闘に巻き込まれたくないのか。主に飛行型がバルガに仕掛けるが、他の怪物はバルガにはあまり近付かない傾向がある。ただ金α型はちょっと話が別だ。

あれの火力は異次元で、絶対にバルガに近付かせてはいけない。

射撃を続けて、敵を倒し続ける。

味方部隊も、補給を済ませた直後だ。

周囲を更地にする勢いで、怒濤の猛攻を加える。特にプロテウス隊の攻撃は凄まじく、金銀だろうが巻き込まれたら文字通り蒸発していた。

フォースターの拳が、エルギヌスに決まった。

地面に撃ち倒されたエルギヌスに、更に追撃を入れるフォースター。プロレススタイルではなく、容赦なくつぶしにいくマーシャルアーツスタイルだ。ただ。全体的にバルガという兵器は、人間を巨大化したものという印象では無く。もう少し、おおざっぱな作りになっている。

故に動きもおおざっぱになりやすく。

それを、ここまで敵を殺す動きに洗練させた凪一華の力量は、やはり図抜けていると言える。

勿論、その動きをインプットしているとは言え。

此処まで使いこなせているダンもだ。

立ち上がろうとするエルギヌスに、フルスイングでの拳を叩き込み、死ぬまで殴打を続けるフォースター。

元々質量攻撃で押し潰す兵器がバルガだ。

残酷にも見えるが。

元々兵器の大半が質量兵器であると言う事を考えると、これがそもそも戦争としては普通なのだと言える。

息絶えたエルギヌスが溶け始める。

フォースターが後退開始。ただでさえ怪物が群れている戦場だ。あまり、前線にいるのはよろしくない。

後退も、当然支援する。

後退しようとするフォースターに群がろうとする怪物を叩き落とし、戦闘を続行。まだまだ、敵は来る。

「大内少将の戦線はどうなっている!」

「今、砲撃を続けてアラネアの巣を剥いでいるそうです! まだアンカーが露出するには時間が掛かると! アラネアの数が多く、巣の強度、大きさ、いずれも尋常では無いという事です!」

「敵さん、相当に本気みてえだな」

「無理もありませんよ。 マザーシップも大半を失い、既に追い込まれているのは向こうの方なんです」

さあ、それはどうだろうな。

口中で呟きつつ、荒木は戦闘を続行。今度はヘイズの大軍が来る。兎に角、叩き落としていくしかなかった。

 

三体目のエルギヌスを倒して、敵の大軍をプロテウスが制圧して、ようやく戦闘は一段落した。

疲れきっている兵士達を、今のうちに休憩させる。かなり鈍っている兵士が増えている。そう荒木は感じた。

パワードスケルトンにより、かなり動きは補助される。

それは事実ではあるのだが。

体力までは、パワードスケルトンは補助してくれない。

とくにメンタル面の疲労は、どうにもならない。

これだけ苛烈な戦場で、一時間以上過ごせば。新兵はそれこそ、トラウマでも植え付けられかねない。

だが、それでも逃げて良いとは言えない。

それが、指揮官としての口惜しいところだ。

だから自分で示すしかない。

ダンが来る。

あまり、良い話とは思えなかった。

「無事か、荒木大尉」

「ああ。 俺もストーム隊の一員だからな」

「そうか。 良くない話がある」

「聞かせてくれ」

ダンの話によると、アラネアの部隊の後方。

凄まじい数の敵が集結している、と言う事だ。数はおよそ二百五十万に達するともいう話である。

二百五十万。

それぞれが戦車並みの体格を持つ怪物だ。

それが二百五十万というのは、凄まじい威圧感だろう。

「エルギヌスは其処から来たようだな。 既に其処にエルギヌス二体、アーケルスも確認されている」

「アーケルスもいるのか」

「恐らくだが、通常のバルガでは無理だ。 このフォースターでもな」

頷く。

確かに、それは事実。

だから、続きを促す。既にダンは手を打っているようだった。

「アーマメントを要請した。 今回は状況が状況だ。 恐らく総司令部も、寄越してくるだろう」

「ついにアレを使うのか」

「ああ。 はっきりいって、核兵器と大差ない破壊力を誇る怪物兵器だ。 出来れば使いたくはなかったが……」

「だが、事態が事態だ。 また歴史が改編されたら、どのような災厄が世界に起きる事か……」

それに、そもそも。

敵の戦力は、ちょっと今までとは気合いの入り方が違う。

このままだと、この部隊がそのまま進軍を開始して。EDFの主要拠点を蹂躙し始める、という事態が起きかねない。

EDFは世界各地で有利に戦闘を進めてきている。今の時点では。

だが、それでもそれは一瞬の優位で。

しかも錯覚させられていただけのものに過ぎなかったかも知れない。

軍人である以上、楽観では考えない。

荒木は、そう考えるように癖がついている。

「分かった。 いずれにしても、とにかくアラネアの陣を如何にして突破するか、が第一だな」

「しかも時間がないと聞く。 続いて二百五十万に達するという敵の第二陣。 その先にも、敵が陣地を構築していると聞く」

「一千万を超えるという話だ。 それも不可能では無いだろうな」

「ああ」

敬礼すると、お互いにその場を離れる。

おそらく、敵が来るとみて良い。案の定、二十分もしないうちに敵の新手が出現する。既に疲れが見え始めている味方に対し。

敵は数も減っておらず、気合い充分。

というか、怪物が疲れる姿なんて見た事がない。

それもまた、仕方が無い事なのかも知れなかった。

応戦開始。

補給は済んでいる。皆を叱咤しながら、戦闘続行。プロテウスを中心にして、敵の猛攻を弾き返す。

応急処置が終わったプロテウスが前衛に戻ってくる。その代わり、損傷が激しいプロテウスやエイレンがさがる。

プロテウスですら無事ではいられない。

それくらい、敵の物量が尋常では無いのだ。

小田少佐が音を上げはじめる。

「ちょっと洒落にならねえぜ! こんなんどうにかできるのかよ!」

「敵の本陣を攻略中のストーム1は更に大変な筈だ。 俺たちの仕事は陽動。 ストーム1にこれ以上負担を掛けさせるな」

「分かってるけどよう……」

「今の俺たちのような負担を、ストーム1はずっと背負い続けて来た。 そう思うと、少しは力も湧いてこないか?」

物資はある。

兵器もある。

だから、後は戦うだけだ。

そう言って、荒木は自ら前に出る。次々と、ブレイザーで怪物を叩き落とす。大物も来るが。ブレイザーの斉射の敵ではない。

またプロテウスが中破する。

だが、味方がその穴を埋める。すぐに増援が来る。叫んで、前線を必死に維持する。新兵は逃げ出そうとする奴までいるが。それはそれ。

今は、手本を示し続けるしかない。

ブレイザーもだいぶ元から軽くはなっているが、バッテリーという最大の弱点がある。それでも、昔よりずっと使いやすい。

荒木は踏みとどまる。例え、敵が数え切れない程でも。

荒木がそうしなければ。

新兵や経験が浅い兵が、どうして踏みとどまれようか。

「此方ストーム4」

「ジャンヌ大佐、無事か」

「此方はどうにかな。 其方こそ、大軍を相手にしていると聞くが」

「なんとか大丈夫だ。 支援部隊も来ている。 何とか持ち堪えてみせる」

援軍は不要。

それだけを、短い言葉の中で伝える。

そして踏みとどまると、ブレイザーで敵を焼ききる。

かならずや、あいつなら。

あいつらなら。

やってくれる。

そう信じながら。

 

何度も何度も波状攻撃をしてくる怪物は、まるで此方を嬲るかのようだ。それでいて。不利を悟るとさっと退き。新手を加えてまた襲ってくる。

巧みな組織戦を、いつの間にかプライマーは怪物達に学習させていたとしか思えない。それでも、敵の数は無限では無い。

後方にさがるプロテウス。

EDFも、ようやく事態を把握したのだろう。総司令部は、プロフェッサーの言葉をやはり甘く見ていたのだ。

日本支部の戦力だけで対応できると思ったのだろう。

今、慌てて各地から兵力をかき集めている。プライマーも、各地で次々に姿を消しているそうだが。

水を飲み干し、レーションをがっつく。

あまり他の兵士の視線にかまっている余裕は無い。

激しい戦闘での消耗が、あまりにも激しかった。

呼吸を整える。

軍用のまずいチョコレートを口にする。美味しくすると兵士達がつまみ食いするから、敢えてまずくしてあるという曰く付きのものだ。確かに、どうしてここまでまずくできるのか、不思議なくらいである。

一時期レーションは美味しくなったと評判もあったのだが。

こういった一部のレーションは、やはりまずいまま。

つまみ食いを避けるという理由もあるのだろうが。

何か、もっと別の理由もあるとしか思えない。

「くそ、運動不足が祟るぜ。 最近は楽な任務が多かったからなあ……」

「俺もです。 それに比べて、プライマーは鈍っている様子もない。 そればかりか、今まで見たこともない規模だ」

「やはり、決戦の為に俺たちの実力を見ていた。 そのためにコマンドシップまで使い捨てたんだな」

部下達が話しているが。

荒木は、加わる気になれなかった。

とにかく目を閉じて、集中する。

少しでも戦闘を有利にする事を考えなければならない。

味方部隊の増援が来たが、まだまだ足りない。警報がなる。敵が接近しているという事である。

すぐに立ち上がって、戦闘態勢。

まだやるつもりということだ。

「大尉、どうする。 ストーム1と合流すべきなんじゃねえか」

「そうもいかん。 ストーム1の方も、あの大内少将麾下の部隊と連携しているのにもかかわらず大苦戦しているようだ。 もしも此処で下手に動くと、敵は各個撃破を狙ってきかねん」

「例の兵器は投入しないのか」

「あれは、ギリギリまで調整が必要だ。 そもそもあれは……人間が本当に使って良い兵器なのか、俺もまだ悩んでいる」

実際には、既に完成しているし。

一華やプロフェッサーが話し合って、試運転はしてある。

だからこそ知っている。

あまりにも、度が過ぎている代物だと。

しかも既に十機以上が建造されている。もしもあれがプライマーとの戦争後、人類同士での戦いで使われでもしたら。

その災厄は、核戦争にも匹敵することになるだろう。

人間は幼稚園児が核兵器を振り回して遊んでいるのと同じ状態になっている。それくらい、今の人間の文明は精神的に幼稚で、無責任な自己責任論が跋扈している。そんな事は、荒木がわざわざ言う間でもない。

プライマーとの戦争で。

いや、ストーム1とプロフェッサーが何度も歴史を繰り返して、その記憶を蓄積したからか。

今の技術力は、人間が持つにはあまりにも過剰すぎる。

一華の話が本当だとすると。

人間の悪影響を受けて、宇宙全土の侵略に乗り出したプライマーが、外にある超文明によって返り討ちにあった結果がこれだということだが。

人類ははっきりいって、プライマーより悪辣だ。

このまま行けば、地球で破滅するまで殺し合うか。宇宙に出て、プライマーとまったく同じ末路を辿るだろう。

どうすればいい。

だが、今は悩んでいる余裕は無い。

アンドロイドの大軍。

それにネイカーが来ているのが見えた。

「ね、ネイカーだ!」

「エイレン部隊、対ネイカー攻撃プログラムを使え! プロテウス、歩兵はエイレン部隊を支援!」

「イエッサ!」

プロテウスの硬X線ビーム砲の直撃にすら耐えるネイカーが、群れになって突貫してくる。

あの装甲は、本当にどうなっているのか。

口を開けて内部をさらさない限り、倒す事はほぼ不可能だ。だが、エイレンの対策プログラムが、口を開いたネイカーを瞬く間に破壊していく。だが、少数が逃れる。この少数が、本当に厄介なのだ。

「側背に回り込んでくるネイカーに気を付けろ!」

「アンドロイドの数が多すぎる!」

「プロテウス隊!」

荒木も、ブレイザーで敵を薙ぎ払う。

だが、それでも数が多すぎる。

擲弾兵が、凄まじい数で来るのが見える。プロテウス隊の攻撃で、たちまちに爆発していくが。

逆にプロテウスは、其方にかかりっきりになる。

側背に回り込んできたネイカーが。彼方此方で歩兵を焼き始める。AFVも、接近されると見る間に大ダメージを受けてしまう。

叱咤しながら、応戦を指揮。

これは、簡単に勝つどころか、下手をするとこのまま押し切られるな。

荒木は、最悪の事態に備えつつ。

ブレイザーのバッテリーを交換していた。

 

4、余裕は誰にもなし

 

「風の民」長老は、指揮所で戦況を見ていた。いちいち細かく指示を出すこともない。練り上げた作戦を、丁寧に実施していくだけだ。

最大警戒対象であるストームチームは、現在順調に削れている。敵は凄まじい物量を繰り出して来ているが。

今回は此方も本気だ。

対空戦力を全部だし、遠距離攻撃と空軍の攻撃を防ぎつつ。更には攻撃衛星の戦略攻撃にも対応。

今まで培養し、強化した生物兵器を全て投入し。

本命のあの兵器が到着するまで、待つ。

「外」が提供した、「いにしえの民」がいうところのリングは眼中にない。

あれは、最終兵器の目印として、既にもう役割を終えている。

後は、少しでもストームチームを削り取ってくれれば、それでいい。

ストームチームさえ屠れば。

此方の勝ちだ。

「風の民」長老は、静かな生活だけを望む。

「外」に目をつけられた以上、プライマーはもう駄目だ。少なくとも、太陽系から出て、大発展する歴史は来ないだろう。

他の種族と仲良くする。

それは恐らくもう無理だ。

「いにしえの民」。自分達の親ともいえる種族とさえ、このように争っているのである。相手が最初に仕掛けて来たとしても。

それでも、歴史を何度も繰り返し。

数え切れない程殺した。

その分、此方も死んだ。

本国である未来の火星は、今タイムパラドックスの影響で、文字通り無茶苦茶になっている。

いわゆる無辜の民がどれだけの被害を受けているか。

その被害の規模は、「いにしえの民」と殆ど変わらない。

交渉がまずかった。

そういう考えもあるかも知れないが。

「いにしえの民」は、此方の姿を見てまず恐れ、気持ち悪がった。それが全てだった。

「いにしえの民」の中には、相手を見た目で判断しないようにするべし、なんて口にする輩もいるそうだが。

そんなのは、例外個体だと言う事がよく分かった。

いずれにしても、今はもう。

どちらかが勝つまで、やるしかないのだ。

どれだけ非人道的な事をしてもだ。

そうしなければ、永遠の牢獄送りのだ。民を預かる身として、それだけは絶対にさせるわけにはいかない。

「外」は文字通り、宇宙そのもの。力は恐らくだが、宇宙全てをあわせたよりも遙かに上だろう。

倒す手段は存在しない。

思いつくような手段の全てに対策を持っているし。即座に反射される。

そして不愉快な事に。

相手は正しいのだ。

部下が来る。

「戦況は概ね想定通りに進んでいます」

「ああ、見ているから分かっておる」

「このまま、圧殺出来るかもしれませんね」

「……その油断が、皆を死に追いやってきた。 相手は人知を越えた怪物だ。 くれぐれも油断するな」

すぐに部下がさがる。

今の言葉で、ストームチームの恐ろしさを思い出したのだろう。それでいい。

トゥラプターが来る。

更に強化したスーツを身に纏っている。

相手の消耗も考えて。村上壱野という「いにしえの民」と戦うために、作りあげたスーツである。

万全の状態で、これで勝てるかどうかだとトゥラプターは判断している様子だ。

同時に、「風の民」、「水の民」、「火の民」の戦士達もまとめてぶつける。

最終兵器の展開と同時に、である。

これで恐らくは勝てる。

「長老。 予定通り作戦は進んでいるようだが、もしも此方が勝つのが確定するようなら、俺は早めに出て良いだろうか」

「ああ、その時は好きにしてくれ。 だが、恐らくそうなることはないだろうな」

「……」

四つある目を細めるトゥラプター。

此奴は強者だが。

強者にしか敬意を払わない。

結局、「風の民」長老とは最後まであまり馬が合わなかった。ただ、最低限の敬意は払ってくれた。

既に部下に聴取をしているが。

「五周目」まで指揮を執っていた「火の民」族長に対しては、ろくに言う事も聞かなかったという話だ。

今の態度を見る限り、此方を認めてはくれているらしい。

「それにしてもくだらん戦いですな。 物量と超兵器をぶつけ合って、削りあうだけではないか」

「ああ、その通りだ。 だがそれが戦争の真理。 物量を適切に運用した方が勝つのが戦争だ」

「集団戦の時代になってからはそうなのだろうな。 だが、敵にいるあのストーム1の存在で、それも過去になったと思うが」

「だが、そのストーム1も、圧倒的物量にはこうして足を止めている。 「いにしえの民」の……人間の一万年の歴史を調べる限り、やはり戦争は物量だ。 どんなに強い人間でも、頭を撃ち抜かれれば死ぬ。 そういうものだ」

つまらんと言い残すと。

トゥラプターは出番を待つと言って、その場を離れた。

そうか、つまらないか。

そうやって伊達や酔狂で戦えるお前が羨ましいよ。

そう「風の民」長老は思う。

何もかもを背負った。

罪も罰も。

ただし、それは他の者には。後継者以外には、背負わせるつもりはない。

この戦いで。

その罪も罰も一緒に。

「風の民」長老は、地獄に持っていくつもりだった。

 

トゥラプターは。部下達の所に出向く。

「水の民」の技術者は、驚いたようにコンソールから顔を上げていた。

「トゥラプター様?」

「最終兵器の様子は」

「既に此方に向かっています。 「いにしえの民」がいう所のリングが破壊されるのがトリガーとなって、出現するように設定されています」

「そうか……」

リングの破壊がトリガーか。

ささやかな意趣返し、というわけだ。

生きて帰るつもりはない。

そういう事でもあるのだろう。

もう本国は、タイムパラドックスの影響で更地も同然になっていると聞く。影響が小さい海王星などのラボで、必死に政府機能を維持していると言う話だが。それももたないとみて良いだろう。

これでもタイムマシンとしてはランク2。

宇宙全体に影響を与える代物ではなく。星系内程度でしか影響は出ず。

しかも億年単位で見れば、歴史の修正力で全てなかったも同じになると言うのだから恐ろしい。

それだけ、宇宙というのは強靭で。

干渉するのは、難しいと言う事なのだろう。

さて、やる事がある。

既に戦士達は揃っていた。

今回は、出られるだけの戦士が出て来ている。

「火の民」「水の民」「風の民」。それに僅かだが「水辺の民」。

「水辺の民」はクローンを更に強化したものだが。他は違う。本国で名を馳せた戦士達ばかりだ。

いずれもが、最終兵器の出現とともに、ストーム1を仕留めるために動く。

軽く礼をすると、話をしておく。

「ストーム1……特に村上壱野は桁はずれの使い手だ。 此処にいる全員が、まっとうにやっては誰も勝てないだろう。 俺も含めてな」

「貴様が其処まで言う程の相手か」

「ああ」

「風の民」の戦士がおののく。

此奴にしても、本国では上位五名に入る戦士で。トゥラプターも敬意を払うほどの相手なのだが。

それでさえ。

もはやストーム1には及ばないだろう。

「俺も、手段を選ばずに挑むつもりだ。 全員、それぞれが最強の生物兵器を相手にしていると思って戦ってくれ」

「ああ、分かっている」

「それにしても、どうして此処まで追い込まれた。 「外」が依怙贔屓しているのではないのか」

「「外」が依怙贔屓していたら、「リング」なんてものを俺たちに渡さないさ。 簡単に好戦的な思想の影響を受けて染まった愚か者のレッテルを貼られて、後は下手をすると抹殺されていただろうよ。 歴史から、何一つ残さずな」

肩をすくめてみせる。

そして、咳払いした。

こう言う動作は、いつの間にか「いにしえの民」のしているものが移ってしまった。

「俺たちは戦士だ。 戦争なんかしたことがなかったとは言え、それでも武力が必要とされた。 そんな文化にて、見いだされた僅かな戦闘適性者。 無作為に遺伝子を組み合わせて作り出される俺たちの種族で、文字通り偶然に生まれ出た戦う者。 だからこそ、最後の瞬間は、誇り高くあろう。 全ての力をぶつけて、ストーム1を屠ろう」

「おう!」

皆が声を上げる。

こうすれば、思い残すこともない。

戦士なのだから。

最強の敵と戦って果てるなら、それで良いだろう。

後は、戦うときを待つだけ。

それだけだった。

 

(続)