マザーシップ撃墜作戦
序、苦戦EDF
壱野は東京基地で呼び出しを受ける。既に、ディロイの大軍と数度交戦した後である。何度も戦い。そして敵ににげられて。
戦線を崩す事は出来るが。
敵はすぐに別の場所に戦線を構築して、いたちごっこが続くのだった。
ともかく、千葉中将と話をする。
千葉中将も、この状況を良いとは思っていない様子である。
まだプロテウスの量産が上手く行っていない。
そうなると、いずれ地力で押し切られるのはEDFの方だ。
各地で勝ちを重ねていると報道は景気よく言っているが。
実際には敵は勝てる所で勝ち、負けるところではさっと逃げている。
人類に出血を強いている訳で。
とてもではないが、有利な状況にはまだ遠い。
時間改変船団を破壊してコレだ。
まだまだ、プライマーの地力は高い。
とてもではないが、勝ったとはいえないし。
どんな鬼札を相手が用意しても、不思議では無かった。
「なるほど。 そうなると、ストームチームとしては、敵のマザーシップを落とさないと埒があかないと判断しているのだね」
「はい、そうなります。 このままだと兵力を再編したマザーシップが交互に降下してきて、その度に味方は精鋭と兵器を失うばかりでしょう」
「そうだな。 それについては、既に懸念があった。 出来れば、何隻か敵を落としたい所だが」
「考えがあります」
聞こう、と千葉中将が身を乗り出す。
まず、壱野の作戦はこうだ。
どうせ近いうちに、日本にもマザーシップが降りてくる。その時に、試してみたい事がある、と。
「具体的には何かね」
「プロテウスとフーリガン砲です」
「ふむ」
コマンドシップ以外のマザーシップは、防御スクリーンを展開しない。黄金の装甲は、核以外では貫通できないからだ。
というか、防御スクリーンですら核は防げない節がある。
事実前の周回では、月にいたコマンドシップが核を搭載したN6の攻撃により、大破して沈黙したのだ。
あれは事実上撃沈したとみて良い。
そして、敵の特徴を既に壱野は掴んでいる。
一華が言う上位者の指示なのか、どうなのかよく分からないが。
人類が対処できる兵器しか出してこないのだ。
現時点で、マザーシップは主砲が唯一の弱点となっているが、恐らくそれ以外でも撃墜は可能な筈。
だから、その好機を作る。
まず、マザーシップは降りてくると直衛を展開する。
これについては、基本的に同じだ。
そして手強い敵が来ると判断すると逃げる。
だが、それは戦闘の経過をみながら、の雰囲気がある。
簡単にフーリガン砲は近付く事が出来ないだろう。
だが、プロテウスなら。
それに、戦闘機に搭載するタイプのフーリガン砲はともかく。地上から撃つタイプであれば。
プロフェッサーが、既にフーリガン砲は幾つかのバージョンを開発している。
それもあって、不可能な作戦では無い。
作戦の経緯を説明すると。
腕組みした後、千葉中将は頷いた。
「よし、分かった。 それで試してみよう。 航空機が近づけないマザーシップだ。 試す価値はある」
「必ず勝てるとは限りません。 それだけはご承知おきください」
「ああ、分かっている。 だが、君達ならなんとかしてくれるだろう」
「……」
敬礼すると、部屋を出る。
そして、荒木大尉に連絡を入れた。
今回は、かなり厳しい状況に晒されて、それで味方戦力を守らなければならなくなる。ストームチームの協力が必要だ。
準備を幾つかした後。
一応保険も入れておく。
マザーシップを何隻か撃墜しないと、多分コマンドシップを引きずり出すことは出来ないだろう。
此処で言う引きずり出すとは、戦闘形態を出させて。どっちかが死ぬまで戦うという覚悟をさせるという意味だ。
フラフラ逃げ回らせないためにも。
確実に一度、敵マザーシップを撃墜しておかなければならない。
前周でも撃墜例はあるが。
いずれも、かなり敵が混乱していて、今周とはかなり状況が違っている。
だから、慎重にやらなければならなかった。
皆を集めた後、作戦を説明。
その後、マザーシップの動向を確認する。
近いうちに、良い感じの場所に降下してくるマザーシップがある筈だ。というのも、マザーシップは基幹基地の近くに降りてくる傾向がある。
それならば、この作戦は勝ち目がある。
プライマーはEDFのデータを多数持っている。それは時間改変船団を粉砕された今も変わらないはずだ。
だが、それでも。
知らないものは、どうにもできない。
ましてや、今周の敵将は、かなり出来る人物なのは間違いないが。それでも発展途上だ。それならば。つけいる隙はある。
プロフェッサーにも連絡を入れておく。
今回はプロテウス、もしくはフーリガン砲をかなり危険な目にあわせることになる。先進科学研としても、知っておくべき事だからだ。
プロフェッサーは、やってくれといった。
実際問題、時間改変船団を封じられても頑強極まりない抵抗をし。逃げる様子もないプライマーには。プロフェッサーも、困り果てていたのだろう。
これで、一通りの準備は整った。
下ごしらえがおわれば。
後は、料理の時間だ。
まずは現地に出向く。
今回は、アフリカ北部だ。
現在、かわりばんこに地上に降りてきている敵マザーシップ。各地の戦線が、それで更に引っかき回されている。
マザーシップはキャリアとしても優秀であり、存在するだけで非常に危険である。初日からテレポーションシップを撃墜しているこの周回でも。そもそもテレポーションシップをどうにかするのがかなり大変なのは、どこの部隊でも理解しているのだ。
マザーシップはそんなテレポーションシップの元締めみたいな存在だ。
この周回では主砲を使って見せていないが、それは恐らく、初日のベース228の攻防で、壱野達が過去転移していることを理解したからだろう。使っても、ダメージを受けるだけだと判断したという事だ。
だから、相手が主砲を展開しなくても破壊出来る事を、示さなくてはならない。
人類が苦しみ続けた、敵の黄金の装甲。
その不敗神話を。
貫くときが来た。
まずは、偵察を行う。かなりの数の敵兵力が、マザーシップナンバーセブンの直下に展開している。
基幹基地には幸いタール中将(昇進した)がいて。
大変物わかりが良くて助かる。
すぐに、先進科学研から指定のブツが来るので、作戦を実施する旨を告げ。
そのために、適当な練度の部隊を借り受ける。
この部隊は弾よけを兼ねるが。
勿論生かして返さなければならない。
その上で、適当に苦戦も装わなければならないので、色々と面倒だが。とにかく一つずつやっていく。
アフリカの戦線の幾つかで、敵が攻勢を強める。
一機プロテウスが着任したようなので、さっそくタール中将はそれに乗って、戦線の一つに出向く。
プロテウスの実力はもう知っているだろうが。
それでも、更に新しくプロテウスが着陣したことを、敵に見せつけておく必要がある。
敵の物資は無限じゃない。
特に大型船を壱野に潰された今は、各地の繁殖地すら危うい状況で。事実何度もEDFは怪物の繁殖地の攻略に成功している。
ならば、敵との消耗戦を制すれば此方の勝ちだ。
前線に出向いて、敵の戦線を崩しに掛かるタール中将の判断は、間違っていないと言えるだろう。
今回はストーム1だけで戦闘をする。
木曽大尉は既に病院から戻ってきており、コンディションはほぼ万全。
しかも、一日余暇が出来たので。その間にエイレンWカスタムも修理が終わって戦える状態だ。
先に、スカウトにマザーシップ直下の戦力を確認して貰う。
今回は、いかにも素人臭い部隊を装って、敵の比較的直下に接近しなければならないのである。
幸い、この辺りはアフリカでも開発が進んでいるので。
作戦自体に、支障はない。
「此方スカウト! 敵はエイリアンを中心に布陣している様子です!」
「エイリアンは何か」
「はっ! クルールが多数!」
装備についても報告してくるスカウト。
それなりに慣れた部隊だ。
雷撃砲持ちのクルールが数体と、ショットガンが一体。それ以外は、通常レーザー装備だ。
ショットガンは非常に危険だ。
ショットガンの弾全てが炸裂弾仕様になっていて、至近でぶっ放されるとプロテウスですら電磁装甲を一発で持って行かれかねない。
今でも危険な事に変わりなく、真っ先に仕留める必要があるだろう。
他にも敵の編成を確認しておく。
エイリアンだけ、と言う事はあり得ないからだ。
それによると、通常型アンドロイドが、相当数。
これに加えて、主にタイプワンドローンが、多数周囲を飛んでいるという。
一部ヘイズもいるようだ。
タイプワンドローンを防空に利用したのは。単に、防空にはそれで充分だから、と言うのがあるだろう。
タイプワンは火力さえ低いが、航空機にとっては危険極まりない相手だ。もしも接触事故なんか起こしたらひとたまりもないし、タフとは言えない航空機は、レーザーの飽和攻撃に絶えられない。
ましてやヘリは更に脆い。
接近するのは自殺行為である。
このため、ケブラーと戦車隊、エイレン数機を主体に編成を組むように見せかける。
敵に対して威力偵察を行う風を装うのだ。
ストーム1も、特徴的な格好は特にしない。
それで、充分に敵を欺けるはずだ。
半日後、物資が届く。
プロフェッサーが準備してくれた、フーリガン砲だ。
形状としては自走砲に近いが、フーリガン砲は未だに小型化に成功しておらず、二次大戦の頃の突撃砲にちかいずんぐりした姿になっている。
全部で五両いる。
これで恐らくは、充分だ。
作戦通りに行けば、である。
このフーリガン砲は、そもそもとして敵の攻撃を防ぐことを考えていない。また内部は極限まで簡略化をしているため、そもそもとして人が乗って操縦をすることを考慮していない。
つまりリモコンとして動かす。まあ今風に言えばドローンであり、操作は一華が行う事になる。
一華に見せて、操作を軽くやってもらう。
距離を取っても、特に操作は難しく無い様子だ。幸い、既に工兵隊が、準備を進めている段階である。
ただ工兵隊が怪物と遭遇する可能性がある。そうなると危険だ。
早い段階で、作戦開始に踏み切る必要があるだろう。
タール中将の許可を取る。
前線で戦っているらしく、凄い砲撃音が無線に混じった。どうやらタール中将は、恐らく指揮用のバリアスに乗って、指揮を取っているらしい。最前線が常に居場所である、この人らしい。
「よし。 貸し出す部隊はまだ練度がそれほど高いわけでは無いが、育てば一人前の兵士になる者達ばかりだ。 絶対に使い捨てにするなよ」
「分かっています」
「ああ、お前達はそういう奴だ。 全員、とまでは言わない。 だが、無駄に犠牲は絶対に出すな」
「イエッサ」
相変わらずの好漢だ。
感心しながら、まずは部隊の所に出向く。
先に訓戒する。
無線であっても、ストームチームという単語は使わないこと。勿論村上班も。
更に作戦の内容についても告げる。
かなり無理な強行突破作戦だ。
それを、適当に苦戦している風を装いつつ、敵にある程度戦力を誤認させる必要がある。
このため、旧式のバリアスを何両か借りてある。
この周回でも、バリアスは段階を踏んで強化してきたのだが。その最初の方のものであり、今ではブラッカーと同じく基本的に訓練用に使われている車両だ。余程の事があった場合は、基地の防衛などに着かせることもある。
これらを偽装して、最新型に見せかけている。
これも、今までの余裕のある時間で、急ピッチで済ませた。
ちなみに此奴らも、一華が操作する。
負担が増えるが、一華曰く余裕だそうだ。これくらいの同時操作は、正直愛用のPCのサポートもあって、それほど苦にはならないらしい。一華の組んだ膨大なプログラムを、完全に性能を引き出せる自作。
億単位の金が掛かっていると聞いているが。まあ一華は大言壮語をしない。
信頼していいだろう。
「最も危険なショットガン持ちのクルールは、最初に戦車隊の集中攻撃で始末してしまう予定だ。 その後は、雷撃砲持ちのクルール相手に苦戦を装いながら、アンドロイドの群れを捌きつつ、敵陣の奥に進む風を装う」
危険な任務だが。
やる価値はある。
上手く行けば、敵の基幹基地に等しい主力兵器を、一隻潰せるのだ。
フーリガン砲の火力も、壱野が初めて見たときとは別物に上がっている。大型船を一撃撃墜出来るほどだ。
最初の頃とは、システムも違っているらしい。
初めて見た頃には、バンカーバスターのような強力な徹甲弾で。どちらかというとチラン爆雷に近い代物だったようだが。
現在のフーリガン砲は、極限まで強化した一種のレールガンで。イプシロン型よりも更に極端な仕様になっており。
実にマッハ40まで加速した実体弾を、敵に叩き込む代物のようだ。
この実体弾もマッハ40で徹甲弾としての性能を失わないものとなっているらしく。
質量兵器としても、徹甲弾としても、相当に凶悪な代物である。
空気抵抗が強すぎて、実用化するのが大変だったと、プロフェッサーがぼやいている程だ。
また、フーリガン砲を搭載する自走砲は、装甲がほぼ存在せず。
その全てがフーリガン砲を実現するための、強力なバッテリーで構成されている。
自走機能すら、極限まで削っている程なのだ。
火力100、装甲0の自走砲であり。
敵の攻撃を浴びたらおしまいだ。
敵が異常に気づく前に、一撃で始末する必要がある。
そういう意味でも、ストーム隊にしか、この仕事はできない。
また、もし敵が主砲を展開してきた場合は、柔軟に行動する。
主砲に対する攻撃タイミングは、既に身に付けている。
主砲の構造体を破壊した後、攻撃タイミングをあわせて撃ち抜けば。
マザーシップを撃墜が可能だ。
何段階にも組んでいる作戦だが。
問題は敵も、そろそろ何か仕掛けて来ると読んでいてもおかしくは無いと言う事である。だからヘイズを呼んでいるのかも知れない。
必ず勝てる、などという事を壱野はいわない。
だが。必ず勝たなければならないのだ。
だから、此処でも勝つ。
それだけである。
作戦を皆に説明。
負担が大きいことを、兵士達は理解したのだろう。しかも、ストームチームが来ていると、敵に悟らせない必要がある。
勿論、隠れて支援はする。
だが、それでも限界はある。
青ざめている兵士達に、壱野は告げる。
「厳しい作戦だ。 作戦を下りる事を止める事はしない。 もしも生きて帰る自信がなかったり、この戦いは無謀だと判断したら、降りてくれてかまわない」
「……」
兵士達は、青ざめたまま整列しているが。
しばし待っても。
脱落者は出なかった。
「名高いストームチームの決死の作戦、同行するのは光栄です!」
まだ若い兵士がそういう。
頷くと、壱野はそれでは出立、と告げる。
大型移動車数両に分乗して、戦地に向かう。
さて、此処からだ。
マザーシップを撃墜する事で、コマンドシップを引きずり出す。
最初の一歩を、しくじるわけには行かなかった。
1、雷霆咆哮
一華はコックピットに多数据え付けているキーボードを忙しく叩きながら、戦況を見ていた。
敵との接触が数分前。
練度が普通の部隊が、アンドロイド部隊と交戦を開始。戦車隊の火力と、エイレンの武装を使って、敵を少しずつ押し始めている。
そうこうするうちに、クルールが出てくる。
兵士達が、何か叫んでいる。
翻訳ソフトによると、悪魔だ、というらしい。
邪神と呼ばれたり悪魔と呼ばれたり、忙しい事である。
ただ、一華が調べた所によると。
最初に頭足類が深海で発見されたとき、そのあまりにも他の生物とかけ離れた姿から、悪魔と呼ばれたという記録がある。
クルールは間違いなく頭足類から発展した知的生命体だ。
だとすると、悪魔呼ばわりの方が。
むしろ邪神呼ばわりよりも、事実に近いのかも知れない。
とはいっても、悪魔と言う存在に一番近い生物は、どう考えても人間だが。むしろ、悪魔の方が。
人間をみて、此奴らには及ばないと謙遜してしまうだろう。
それくらい、ろくでもないデータを、一華を負けた世界で見て来た。
既得権益層の願望は、いつも決まっていた。
自分達以外の人間を全部奴隷化したい。
それだけだ。
日本でも、20世紀にはタコ部屋なんて代物があって。それこそ、奴隷労働そのものをやっていたし。
21世紀に入ってからも、一部の企業ではどうにかして社員を奴隷化しようと動いていた節がある。
体育会系というのか。
そういったシステムの部活で洗脳した人間を、縦社会に組み込むことによって。上に立つ人間のお気持ちと行動を絶対正当化する社会の構築。
それを狙っていたらしい。
幾つかの論文で、その実態を見て。
世界政府が出来なければ、それらが実現していただろう事を思うと。
一華としても、うんざりしてしまう。
しかもこれは日本に限った話では無い。
色々形は違うが。
どこの国でも、同じような有様であったそうだ。
プライマーがどうして過去に船を墜落させたかは、本人達に聞かないと分からない。プロフェッサーがあしざまに罵るように、神を気取って娯楽目的で飛んでいたとはとても思えない。
それにはリスクが高すぎるからだ。
プロフェッサーは、何度も奥さんを殺された事で、プライマーに対して強い怒りと偏見を抱いている。
それは、プロフェッサーに何度も指摘したが。
怒りがどうしても上回っているのだろう。
プロフェッサーも、頭では理解していても、どうしても追いつかないのだろうと思う。
一華だって、自分が一種の実験で作り出され。欠陥品として放り出された人間だという事は知っている。
それに対する恨みはある。
だが、それはそれとして。今はプライマーと戦わなければならない。
戦後はろくなことになりそうもないが。
それはそれだ。
とにかく、忙しく空っぽの戦車隊を操作して、苦戦を装う。兵士達は必死に戦って貰う。
苦戦するフリが出来る程、敵の物量が甘くないのだ。
リーダー達がアシストしているが、それでも負傷者は出る。負傷者は適宜下げながら、少しずつ戦線を押し上げる。
程なくして、クルールが射程に入る。
ショットガン持ちが、ヌルヌルと此方に来る。エイレンWカスタムを狙っているとみた。
彼奴の持っている炸裂弾式ショットガンは、対人兵器としても凄まじい殺傷力を誇る。プライマーの作り出した万能兵器といっていい。
だから、存在そのものを許さない。
偶然を装い、中破している戦車も含め、一斉射を浴びせる。シールドで防ぐどころではない。
一瞬にして全身を粉々にされたクルールが消し飛ぶ。
それを見て、雷撃砲持ちのクルールが、傷ついた戦車から仕留めに掛かってくるが。やはり反応が変だ。
前に遭遇したクルールどもは、もっと感情的で。叫び声を上げたりすることも結構あった。
それが、此奴らは淡々としすぎている。
やはりクローンで、脳を弄っているとみて良いだろう。
一両目が大破。
ただ、これはそもそもデコイだ。別にかまわない。エイレンが集中攻撃して、クルールを一体ずつ仕留める。
他のエイレンに乗っているパイロットも、戦闘機乗り並みのエリートだ。
リーダーの指示にはしっかり従っている。
クルール部隊を確実に削り。
群がってくるアンドロイド部隊を押し返しつつ。戦車部隊が消耗していく。それでも、敵マザーシップナンバーセブンの直下に近付く。
作戦地点は。
もう少し先か。少し焦りがある。舌なめずりしながら、デコイを犠牲にしつつ、血路を開く。
兵士達が、負傷者を大量に出しながらも、アンドロイド部隊を撃退。エイレンと連携して、クルールをついに全滅させた。
普段だったら、この程度は問題にならないのだが。
苦戦を装わないといけない。
今回はエイレンWカスタムの武装もわざと通常型エイレンと同じにして、塗装まで落としてきているのだ。
リーダーの指示である。
少しでも、ストーム隊が来ていることに気づかれない工夫をしろと。
プライマーにして見れば、人間なんかどれも同じに見えているだろう。
ましてやAFVなんかは特にそうだろう。
そこに、つけいる隙がある。
大きな被害を出しながらも、マザーシップ直下に。そろそろいいだろうかと、マザーシップが動き出す。
実は、此方も作戦地点に到達した。
リーダーが、声を張り上げた。
「よし、此処からは全力だ! 接近する敵を全て叩き伏せろ!」
「了解。 斬り伏せてまいります」
柿崎がすっ飛んでいき、敵陣に突っ込むと。瞬く間にアンドロイドがバラバラに切り裂かれて、次々に千切れ飛ぶ。
弐分と三城も敵陣に突入。
マザーシップが大量にアンドロイドを投下し始めるが。
その全てが、瞬く間にスクラップになっていく。
そして、地面が爆発。
そこから。五両の自走砲型フーリガン砲が姿を見せる。プライマーとしても、見た事がない兵器の筈だ。
それに、いきなり直下の部隊が凶悪化した。
木曽の放ったマルチロックミサイルが、まとめてアンドロイド部隊を爆散。
更に、展開された自動砲座が、辺りのアンドロイドをレーザーで打ち抜き、次々倒して行く。
これを見て、マザーシップは上昇を開始しようとする。
だが、その動きも計算済だ。
既に展開を終えているフーリガン砲。
勿論、発射態勢に入った状態で、地上に出て来ている。
つまり、いつでも攻撃は出来るという事だ。
「よし! 今だ、撃てっ!」
「ファイアっ!」
フーリガン砲五門が、真下からマザーシップを直撃する。それぞれが黄金の装甲を喰い破り、凄まじい火花を上げた。
即座に、第二射装填、発射準備。
煙を噴きながら、ぐらりと傾くマザーシップナンバーセブン。
ぼろぼろと、アンドロイドを投下してくる。
これは、恐らく船体に致命傷が入ったな。
そう思いながら、一華は次弾装填を急がせる。
「総員、指定通りの撤退作戦準備!」
「イエッサ!」
工兵部隊が既に彼方此方を爆破。
地下に逃げ込むための通路を作っている。
そう。此処は基幹基地の近く。
地下もある、都市だ。
今回は、地下鉄を利用した。
工兵部隊で地上までの通路を構築し、其方へ逃げられるようにと、準備を終えていたのである。
勿論、フーリガン砲は此処から投入した。
地下を通って、本命の兵器を真下に投入する。
基幹基地の側で、ハラスメント攻撃に徹している。それで成功体験を得ている。
相手の指揮官はかなり有能だが、それでもどうしても素人である事は隠せていなかった。だから、成功した作戦だ。
「フーリガン砲、次弾装填完了!」
「早いな」
「改良型ッスから」
「よし、撃てっ!」
傾きつつあるマザーシップナンバーセブンに、更に五発のフーリガン砲が炸裂する。同時に、マザーシップ中枢部分で、致命的な爆発が起こるのが見えた。
墜落が始まる。
リーダーが、声を張り上げていた。
「総員、撤退! 負傷者も取りこぼさず、近くの退路から地下に逃げ込め! 急げ!」
「アンドロイドも来ます!」
「かまわない! 地下通路で撃滅する!」
「い、イエッサ!」
まだわずかに残っていたデコイ戦車を盾にして、とにかく敵を防ぎつつ、地下に味方を逃がす。
負傷して動けない兵士を、弐分が数人まとめて担いで地下に飛んでいくのが見えた。アンドロイドも地下に入り込んでいるが、はっきりいって撃退不可能な数じゃない。
エイレンが兵士達を庇いながら地下に。
かなり、墜落してきているマザーシップナンバーセブンが近い。
墜落しているマザーシップは、直衛の筈のドローンを次々に接触事故で爆破していた。ヘイズはというと、マザーシップから離れて逃げ出している。
そういう指示が飛んだのだろう。
ただドローン、特にタイプワンは使い捨てだ。
わざわざ逃げる指示を出す事も無いと言う事か。
「最後の一人、地下に逃げ込みました!」
「よし、我々も退くぞ!」
「空が近い!」
フーリガン砲も、先に逃がしてある。途中でアンドロイドに壊されるかも知れないが、それはそれ。
作戦は成功させたのだから、どうでもいい。
リーダーを最後尾に、地下に逃げ込む。地下ではアンドロイドと戦闘が続いていたが。柿崎が片っ端から切り伏せて回っていて、一華が手を出す必要も無さそうだ。まあ、楽しそうで何よりである。
「工兵隊!」
「イエッサ!」
工兵隊が、開けた穴に仕掛けておいた爆薬を全て爆破。
地上への通路を塞ぐ。
そして、全員。アンドロイドを蹴散らしながら、走る。負傷者はタンクやエイレンに乗せ、急ぐ。
残ったアンドロイドが、必死に追いすがって来るが。全て斬り伏せるか、リーダーが撃ち抜いてしまう。
アンドロイドの死屍累々たる地下通路。
途中の戦闘で、フーリガン砲が一門やられたが、仕方がない。
装甲もろくにない兵器だ。
乱戦になれば、破壊されてしまうのは、仕方が無い事だと言える。
マザーシップナンバーセブンが、地上に激突。
そして、爆発した。
ずんと、すごい揺れが地下に来る。
どうやら、最初の一歩は上手く行ったらしい。
そう思って、一華は冷や汗を拭っていた。
アンドロイドの殲滅を終える。その時点で、リーダーが被害を報告させる。
相手にはクルールもいた。
それに、あれだけの乱戦だったのだ。
死者はどうしてもでた。それでも、最小限に抑えた。
負傷者はかなり多い。作戦部隊の中の、五割近くが負傷。エイレンも殆どが。小破以上の損害を受け。戦車隊は、デコイ以外のものも、かなり被害を受けていた。
フーリガン砲も、一門潰されてしまった。
だが、これは仕方がない被害だ。
そして、今回の事で分かった。恐らく当たり所次第で、この改良型フーリガン砲で、充分にマザーシップは落とせる。
ただ空気抵抗など、色々な問題がある。
航空機に搭載したり、遠距離からの砲撃で、マザーシップを撃墜するのはどうしても難しい。
至近距離で撃つ必要は、あるだろう。
別の周回では、マザーシップを大半落とした。
だがそれは、敵が主砲を出して抵抗してきたからだ。
今周では、マザーシップは主砲を出す事はほぼない。だから、こうやって撃墜していくしかないのだ。
そして恐らくだが、敵は出血戦を強いるために、キャリアとしてのマザーシップを活用する必要がどうしても出てくる。
故に、この作戦で。
まだ何隻か、落とせるはずだ。
リーダーがタール中将に連絡を入れている。
「作戦は成功です。 マザーシップナンバーセブンの撃沈に成功しました」
「ああ、此方でも見ていた。 マザーシップを……ついに撃沈したんだな」
「ええ。 ついに」
此方は、初めてではない。
だがこの周回で、EDFは初めての戦果だ。
また、プロパガンダ報道が五月蠅くなるだろう。
そして、黄金の装甲の解析が、また進む事になる。そうすれば、リングが来る前に。大半のマザーシップを、撃沈出来る可能性が増えるのだった。
地下鉄跡を通って、地上に。
マザーシップは粉々になっていて、残骸どころではなかった。
爆発の跡地はまだ大炎上している。
或いはバカなのが、もう少し無事に鹵獲出来なかったのかとかわめき始めるかも知れないが。
そういうのの相手は、タール中将や千葉中将にやってもらう。
とにかく、基幹基地に急ぐ。
各地の無線を確認する。
どうやら、アフリカの各戦線では、敵が統制を失っている様子だ。味方が徹底的に押し込んでいる。
この機に、一気に敵を削りきるべきだろう。
だが、そうもいくまいか。
基地に到着。
まずは負傷者を軍病院に。
そして連れて帰れなかった兵士達のネームタグを引き渡した。
勝った。
だが。完勝とは程遠い。
ほろ苦い気分だ。
しばしして、呼び出しがある。前線から戻って来た、タール中将からだった。
ストームチームで、揃って顔を出す。
タール中将は相変わらず向かい傷が凄く怖いが。
ただ顔が怖いだけで、精神性まで野獣というわけでは無い。
「よくやってくれた。 後始末は、俺の方でしておく。 総司令部や戦略情報部が、早速色々言ってきているようでな」
「残骸をもっと残して破壊しろとかッスか?」
「戦略情報部ではそういう意見は出ていない様子だ。 総司令部のカスター派閥の生き残りが、そういう寝言を言っているようだが。 リー元帥が黙らせたようだな」
そうか。
リー元帥も、仕事をしてくれているんだな。
少しだけ安心する。
それから、幾つかの指示を受ける。軍報道の取材がすぐに来るだろうが、ストームチームは激戦の後だと言う事で、タール中将が引き受けてくれるらしい。次の作戦が来るまで、休むように、ということだった。
とりあえず、これで手持ちの装備の補給や補修。更にプログラムの改良が出来る。
今回のデコイ戦車多数操作のプログラムは、まだ改良の余地があるとみた。元々EDFの戦車は、ブラッカーの時代から支援プログラムのおかげで一人で動かせるようになっており、それにちょちょいと手を加えれば一人で数両の戦車を動かす事が可能だったのである。
今回はそれを実施した。
だが、出来ればもっと多くの戦車を同時に動かしたい。
そうすれば、型落ちになっている戦車を活用出来るし。これを利用すれば、他の戦線でもちゃんと戦えるデコイが前線に投入できる。
それはとても有益な筈だ。
リーダーが、適当に休むようにと見越して言ってきたので、はいとだけ応えておく。
そして、残業して無理をしないように。
適当にプログラムを組んで。
それで休む事にした。
しっかり眠る事が出来たので、多少は体調も回復したと思う。
起きてバイザーを確認すると、既にストーム1には、作戦指示が来ているようだった。
幾つかの敵戦線が後退を開始している。
その隙に、敵の繁殖地を叩きたい。
今まで流動的に動いていた戦線のおかげで、アラビア半島にある繁殖地をどうしても攻撃出来なかった、
だが、今回が好機だ。
タール中将の部隊とともに。敵の繁殖地を叩いてほしい。そういうことだった。
さいですか。
そう呟きながら、出撃の準備をする。
黙々淡々と動いて、バンカーに。途中何度か敬礼を受けたので、きちんと返しておく。昔はなんだあのひょろっちいのはと馬鹿にされていたが。最近はどうやら顔が知れ渡って来たらしい。
まあ最初から大暴れしているし。
世界最強のコンバットフレーム乗りと言われるようになって久しいし。
素顔なんか別にどうでも良いのだが。
それでも、こうやって馬鹿にされないようになった事だけは、多少は気楽かも知れない。
エイレンWカスタムをみる。
万全に仕上がっていた。
これと、タール中将直下の精鋭となら。敵の繁殖地を撃破するのは難しく無いだろう。後は、幾つか先進科学研にプログラムのデータを送っておくか。念の為だ。何かに使えるかも知れないし。
ともかく、集合して、現地に向かう。
移動中に、必要なメールなどは出しておく。
リーダーもレポートなどは出し終わっているようで。先に作戦の説明をしてくれた。
幾つかのハイブがあるそれなりに大きな繁殖地のようだ。ただし、繁殖地に引きずり込んで被害を強要する悪辣な戦術をプライマーは使うようになっている。
先に、状況を確認しないといけないだろう。
いつの間にか部隊が合流して、師団規模の戦力になっている。幾つかの戦線で、敵を追い散らしたから集められたらしい。
プロテウスもいる。
そういえばストームチーム用のプロテウス、改良を続けているんだっけ。いずれにしても、今回の作戦では利用許可は下りなさそうだ。
そう、一華は思いつつ。
事前に、打ち合わせをしておく。
マザーシップが一隻落ちたことで、敵は強力なキャリアを失った。このキャリアには主砲もあって、戦略的な価値は計り知れなかった。
多分だが。
これから、マザーシップには大型船が随行し。接近してきた相手には物量での防御をぶつけようとするはずだ。
だが、その分各地の戦線は縮小せざるを得ない筈。
時間改変船団を潰した今。
過去にプライマーが大量の物量を送ることは、困難になっている。
ならば敵の戦力には限りがある。
いずれにしても、マザーシップを落としたことは、充分に戦略的に意味がある事だ。しかしどうしてだろう。
なんだか漠然とした不安があるのだ。
リーダーを一瞥。
リーダーの勘は人外の域だが。それでも何年も先まで見通せるものではないようだ。一戦場限定のもののように思える。
だとすると、一華のこの漠然とした不安は、ただの杞憂か。
だとすればいいのだが。
マザーシップを落とされた程度で、敵は痛痒にも感じていないという事でもない限り。人類には勝ち目があるはずだ。
戦場が見えてきた。既に師団規模の部隊が展開している。相当数の怪物が、陣列をくみ上げて待ち構えているのが見える。
エイリアンもいる。
これは、相当な規模の決戦になるだろう。
今、ストーム2からストーム4までは、それぞれ各国で別々に戦っている。それぞれが、最強の精鋭として信頼されているからだ。
此処にはこないだろう。
「リーダー、罠は大丈夫ッスか?」
「特に感じないな。 此処は普通の敵の繁殖地だ」
「そうっすか。 なら、容赦なくぶっ潰すだけッスね」
「そういうことになる」
敵がまた戦線を構築し始める。急がないと、かなり危ない。
だから、すぐにタール中将は攻撃を指示。
戦闘が、開始された。
2、戦略情報部混乱
成田は、戦略情報部に所属する下士官だ。軍曹の地位を貰っているが。これ以上出世する事はないと思っている。
成田自身は、自分の出自を知っている。
EDFが設立時にやっていた、「肝いり」。
そのなり損ないが成田だ。
記憶力と、指示通りに作業をこなす事はそこそこだが。一方で、とにかくメンタルが弱い事が問題視され。
「肝いり」にはなれず。
その補欠として戦略情報部に回された。
サイボーグなんて噂されている恐怖の「少佐」が仕切る戦略情報部は、とにかく居心地が悪い職場で。
色々と背後に利権の紐がついている士官が派閥争いをしていたり。
いざという時は海底に潜水母艦ごと潜って、プライマーの隙を何世代でも掛けて待つ計画があったりと。
前線で戦っている兵士達に、申し訳がない気分になる事が何度でもあった。
政治闘争の世界が間近にある。
それはとても怖い事だ。
政治と政治闘争は違う。
政を持って治めるのが政治。お金を振り分けで、国を富ませ、民を幸せにするのが政治だ。
これに対して政治闘争は、税金をどうやってパイ取り合戦するかの争い。
自称現実主義者が、悪の限りを尽くす邪悪の場。
数多の国家が、これによって食い潰されてきた。
その悪しき歴史があるのに、どうしても人類は既得権益層を優遇する国家しか作れなかった。
それくらいは、成田も知っている。
だから、ここが究極の既得権益層の集合所であり。成田なんて、多少仕事が出来る程度しか取り柄がなく。逆に言うと、仕事が出来るかどうか何か此処でははっきりいって関係がない。
「参謀」の愛人説もある此処の支配者の少佐が絶対。
成田なんか、何か邪魔だと判断されたらたちまちに消されてしまう。
それも理解しているのだった。
とにかく。データを分析する。
ストーム1が、ついにマザーシップナンバーセブンを落とした。かなり派手に損壊したが、それでもマザーシップの残骸を回収することが出来た。結果は、黄金の装甲がテレポーションシップよりも更に厚く。複層構造になっている、ということが分かったというだけ。
要するに、タフなだけで。
破壊出来ない兵器では無い、ということだ。恐らく核なら破壊出来る。そう結論も出た。
だが、流石に核は最終手段だ。
核でどれだけの悲惨な被害が出るかは、此処にいる人間誰もが知っている。勿論それでも必要に応じて使わなければならないだろうが。
今は、それ以外に打てる手がある。
先進科学研からも、幾つも提案が出て来ている。
それらを現実的な範囲でまとめて、レポートにする。
今、何人かが戦略情報部で必死にそれをやっていて。
成田も、既に幾つかのレポートを出していた。
ストーム隊は、今日も大暴れしている。
レポートを出した後、今日の戦況を確認。また、ストーム1は七人という小規模チームにも関わらず。
一つの戦線を、このチームだけで瓦解させる。
これにストーム2からストーム4までのチームも加わったらどうなるのか。
正直恐ろしい破壊力だ。
プライマーも、マザーシップが破壊された事で、マザーシップをキャリアとして運用し、基幹基地に奇襲を仕掛ける作戦を一度見直しているのか。
少なくとも、今。
大気圏外にいるマザーシップは、動く気配がなかった。
一隻は後から姿を見せた事からも、恐らくは司令船……コマンドシップである事は確実視されている。
このコマンドシップを、どう引っ張り出すか。
それが、戦略情報部で考えなければならない事だ。
黙々と作業をしていく成田。
程なくして、少佐が来る。
とにかく人間として、何一つ取り柄がなく。
メンタルが落ち込んだら、あっさりカルトにでも引っ張り込まれそうな成田と違い。この人は、死ぬときまで鉄の女のままだと思う。
それに、「参謀」の愛人説。
あれも嘘だろう。
こんなおっかない人に手を出せるほど、多分あのお爺さんは実際には力なんて無い筈である。
なんというか、臭いで分かるのだ。
あのお爺さんが、実際には保身以外に取り柄がない、憶病な人だと言うことは。
EDF内で大きな権力を持っているが、それは元々既得権益層の人間にロクな人材がいなかったから出来た事。
金持ちなら優秀とか。
権力を持っている人間は優秀とか。
少なくとも、このデリケートな既得権益層の派閥が支配している場所では。それは大嘘だと。成田は理解出来る程度の頭は持っていた。
「成田軍曹」
「はいっ!」
「このレポートは、なかなか面白いですね。 少し修正点を入れておきましたので、それにそって修正したら再提出してください」
「分かりました!」
その程度で済んだか。
良かった。
いつもはけちょんけちょんに言われる事も多いのだ。
特にストーム1の戦績分析。前は村上班だったが……をしていた時には。
現実的では無いから書き直せとか。
無茶苦茶を言われて、何度も泣きながらレポートを書き直したものである。周囲はそれを見てせせら笑っていたし。
はっきりいって、もうストーム1の雑用にでもなって、此処を抜けたいくらいだった。
むしろ、ストーム1と一緒に戦えるのだったら。
前線で弾やらビームやら酸やら飛んでくるのだって、我慢できる。
ともかく、レポートを書き直す。
そうこうしている内に、プライマーは戦線を再構築。
無限とも思える物量を投入し。
しかも敗色が濃い戦線はさっさと下げて別の場所に戦線を再構築し。
転送装置と言う、解析してもどうにもならない技術を利用して、好き勝手をしてくる始末だ。
今まで、まったく侵攻の気配がなかった地点がいきなり蹂躙される事も珍しくなく。
それもあって、今は平和な基地も、いつでも戦闘出来るように常に連絡を飛ばしておかなければならなかった。
レポートを書き直しつつ、戦況を頭に入れる。
成田もいちおう、なり損ないとは言え肝いりだったのだ。
もしも肝いりになっていたら、今頃特務として前線にいただろう。
兵種はウィングダイバーだろうか。
或いはAFV乗りだったかも知れない。
運動神経にはあまり自信がないから、それでいい。とにかく特務として、厳しい任務の最前線にずっといただろう。
肝いりでも戦死者はたくさん出ている。
この戦況でも生き残って、ストーム2にまでのし上がった荒木准将がおかしいくらいなので。
もしも肝いりになっていたら、とても成田なんて、生き残れなかった可能性が高そうだった。
レポートを出し直して、それでやっと一息つく。
ベルがなったので、それで休憩に入る。
戦況が悪化したら、戦略情報部は潜水母艦に場所を移すことが決定しているのだが。
今は、ある基幹基地の地下施設で仕事をしている。
規模はそれほど大きくないオフィスで。
兵士達にも、どの部署かは正式には知らされていない。
だが、彼処が戦略情報部らしいという噂は流れている様子で。
「作戦の不備」で戦友が死んだ兵士が怒鳴り込んでくる可能性もあるかも知れないから、いつも冷や冷やしていた。
個室のベッドで寝る。
個室と言っても、私物をちょっと置いたら後は何も残らない程度の小さな部屋である。士官用の部屋とは程遠い。何段だかあるベッドで、寿司詰めにされている一般兵よりましと考えるべきなのだろう。
無言で横になっていると。
前線に出る夢を見た。
銃を持って、パワードスケルトンを身に付けて。
ストームチームに合流する。
頷くと、ストーム1は。
どうみても歴戦の兵士にしか見えない、この戦いが始まっていきなり考えられない戦果を上げた人は。
厳しい任務だが、生き残る事を優先するようにと、言ってくれるのだった。
目が覚める。
虚しい夢だ。
戦略情報部は、結局前線に出ることはない。
それに。兵士達に恨まれてもいる。
きっと、ストーム1だって良く想っていないだろう。
成田の弱い心を、恐らく見透かしているとみて良いはずだ。
心が弱いが。それでも出来る事はする。
それが、今、唯一の心の支えになっている。
ストーム1の活躍につながるのだから、なおさらだった。
戦闘が開始される。
ストーム1の専属オペレーターをしている成田は、必死に周囲から入ってくる情報をまとめ。連絡をしなければならない。
これが大変だ。
大量の情報が流れてくる。
気を抜くと、ログは一瞬で飛んで行ってしまう。
複数のモニタを確認しつつ、何か危険があったら即座に連絡を入れなければならない。この作業は、正直他のオペレーターには任せられないし。
ストーム1の作戦支援中は、少佐以外の人間は声を掛けないようにと。少佐が厳命している。
もしも増援とかを見逃したら、それこそ命取りになりかねないし。
ストーム1を死なせるわけには、絶対に行かないと。どれだけ色々な政治的闘争の坩堝になっている戦略情報部でも。それだけは、意見が一致しているからだ。
ストーム1の戦闘力は師団規模。ストームチームが揃った場合の戦闘力は、軍団規模とまで言われている。
それが嘘では無いことは、何度も成田は見て来ているし。
今も、それを見ていた。
凄まじい戦闘を繰り広げているストーム1の前の敵が、文字通り爆ぜ飛んでいる。
一体現れただけで、集中攻撃が指示される大型アンドロイドが、狙撃の一撃で消し飛んでいる有様だ。
あれは、村上壱野大佐にしか出来ない。
やり方については説明は受けているのだが。
モノアイを極めて微妙な角度で撃ち抜かなければならないのは、他のどんな狙撃兵にも出来ないらしく。
実際、幾つかの特務にいる腕利きのスナイパーが、ノウハウを聞き。
出来ないと、即座に答えていた。
大型アンドロイドが次々とスクラップにされ、緑の肉片をぶちまけている中。
大軍を相手に、ストーム1はさがるどころか、どんどん敵を蹴散らし前進。
金α型を含む危険な敵を、優先順位を設けて次々に撃ち倒している。
凄い、としか声が出ない。
しかも、敵を深追いもしない。
味方が態勢を立て直せるように敵を引きつけて。
そして叩き潰す。
叩き潰した後は、一旦さがって補給を忘れず。
苦戦している戦線に、超遠距離からの狙撃を叩き込んで、敵の主力級を意味がわからない場所から潰す。
十q先の敵を潰す事もざらなストーム1の狙撃だ。
基本的に一つの戦場で、届かない場所はないと言って良く。
プライマーからしてみれば、こんなインチキがあってたまるかと、言いたくなる代物だろう。
本当に味方で良かったと想う。
村上壱野大佐が、結構実は怒りっぽいことや。
道場を潰しに来た半グレの大軍を、村上弐分少佐と一緒に容赦なく叩きのめして少年院送りにしたことは、既に調べがついている。
銃を持つ前から、もう人間離れしていたのだ。
強いのには、説得力がある。
プライマーは一度後退して部隊を再編制し、そしてまた全域で攻勢に出る。だが、攻勢に出ているのは一部の様子で。明らかにストーム1の前には、捨て石らしい部隊を展開していた。
当然、連絡を入れる。
「敵密度、薄いです。 突破の好機かと思われます」
「ああ、そのようだな」
「作戦はお任せします」
「任せるもなにも、今攻勢に出ている敵は捨て石だ。 本隊は既に引き始めている」
文字通り、一瞬で前面の敵を粉砕すると。
ストーム1は、誰がどうというまでもなく展開。
周囲にいる怪物やアンドロイドを、文字通り蹴散らし始める。
その強さはちょっと想像の外にあって。
はっきりいって、みているだけで寒気が走るほどだ。
エイリアン殺しの英雄と言われて、兵士達はストーム隊が来ると喚声を挙げるが。しかしながら、戦場で実際に活躍をみると。歓喜の声の前に恐怖する、と言われていた。実際、目の前でストーム隊に肉片にされるエイリアンやら怪物やらをみて、喜ぶ前に青ざめて硬直する兵卒は、なんぼでも成田もみている。
村上壱野大佐の言葉通り、敵の主力は一部の囮を使い捨てながら後退。そのまま、テレポーションシップで引き揚げて行った。
この戦線は勝利だ。
幾つもの繁殖地も潰して来ているし。敵の物量だって無限ではないはず。無限に思える物量が投入されているが、それでも無限なんてある訳がない。
どうやらプライマーは火星から来ているらしいという話が、先進科学研から来ている。それも、未来の火星らしい。
もしもプライマーの母星が火星だとして。
太陽系全域に文明が拡がっていると、物量が多いのは当然といえば当然だ。
ただし、火星そのものの大きさは地球の半分程度しかなく。
仮にテラフォーミングしても、アフリカ大陸程度の広さしか確保できない、という話も聞いたことがある。
そういう話を聞くと。
プライマーにも、勝ち目があるのでは無いかと思えて来る。
既にプライマーの歴史干渉戦術も封じている。
それならば、なおさらの筈だ。
「クリア。 敵は撤退した」
「ありがとうございます。 指示が出ますので、それに従ってください」
「ああ……」
やはり、村上壱野大佐はぶっきらぼうだ。
最初からそうだった。
何となくだが。
成田の弱い心を、最初からずっと見抜かれている気がする。かといって、心なんて強くなるものでもない。
実際、村上班の。ストーム1の、あまりにも桁外れな活躍をみて、それに心奪われているのだ。
冷静に誰よりも客観的でなければならない戦略情報部にいる成田が、である。
はっきりいって、戦略を考える人間に最も必要な冷静さと客観性が欠けているのは理解出来ている。
理解出来ているからこそ。
それでも、なんとかしたいと働くしかなかった。
レポートをなんとかまとめて、提出する。その間に、ストーム1は補給を済ませて、別の戦線に出向く。
レポートを提出した時には、既に戦闘が開始されていた。
プライマーは夜になると動きを止めるが、逆に言うと夜以外はずっと動き続けているし。なんなら地球で昼になっている地域では、どこでも活動している。
成田はそういう意味では、ほぼ24時間働き詰めだったのだが。
ストーム1の専属オペレーターになってからは。ストーム1のスケジュールに沿って動くようになったので。
どうにか、多少は緩和されたと言える。
今度は、そこそこの規模の繁殖地だ。
さっきの戦線を崩したことで、幾つかの部隊が合流。ストーム1を先頭に、攻撃を開始している。
大量の飛行型とヘイズが守っているが、ストーム1に配備されている赤いエイレンWカスタムの戦闘力は凄まじく、元々柔らかい飛行型もヘイズも、ほとんどCIWSのシステムを組み込んだレーザーに近づけない。
これにマルチロックミサイルや、デスバード型毒ガスによる範囲攻撃が加わるのである。
プライマーも、一定の戦力を集めないと、ストーム1には手が出せない。
大型の怪物が来る。
クイーンだ。
それも、ストーム1が担当している戦域では無く、後方から。
連絡を即座に入れる。
「クイーンです! 強力な変異種が1、通常種が3! いずれも後方から接近しています!」
「……三城」
「わかった」
三城少佐がライジンを構える。
まさかと思ったが。
一瞬、世界から光がかき消え。
凄まじい熱線が、空を蹂躙していた。
変異種クイーンに熱線が直撃。そのまま、身をよじって高度を落としていく。後衛の部隊が展開をしおえ。
降りてくる変異種クイーンに、数両のケブラーが集中攻撃。元々傷ついていた変異種クイーンを、叩き落としていた。
更にライジンが続けて撃ち放たれる。
先進科学研の努力のおかげで安定性がましたこの超火力兵器は、三城少佐に支給されている大容量フライトユニットのコアのおかげで、連発とまではいかないとしても、排熱とエネルギー供給さえ済ませれば、安定して射撃出来る。
火力は大きく、テレポーションアンカーや、大概の大物も一撃で葬ることが出来る程である。
それにしても、敵までの距離は四qほどもある。
村上壱野大佐ほどでは無いが。
三城少佐も、大概である。
二発目のライジンは、クイーンを一発で粉砕。文字通り上下に千切れたクイーンが、炎上しながら落ちていく。
兵士達が、呆然とその様子を見ているが。
まだクイーンは二体残っている。あれの攻撃は火力が大きく、ケブラーだと直撃を受けるとかなり危ない。
「後二体クイーンがいます!」
「いや、四体だ」
「え……?」
「ハイブから大量の怪物出現! クイーンもいます!」
迫撃砲でハイブを攻撃していた他の部隊が、飛行型の大軍を前に下がりはじめる。ケブラーとエイレンが応戦を開始。凄い数だが、ストーム1が散って、戦闘を開始する。そんな中、三城少佐は淡々と、三匹目のクイーンを血祭りに上げていた。壱野大佐も狙撃して、別のクイーンを怯ませている。
壱野大佐愛用のライサンダーZの一撃にクイーンは耐えるが。それでも艦砲なみの火力である。
怯むのは避けられないし。
そのまま、何度も狙撃されて、撃墜されるのがオチだ。
最初の頃のEDFだったら、この規模の飛行型に襲われたら、記録的な被害を出していただろうが。
大量のケブラーや、デスバード型が普及した今。数さえ揃っていれば、対応は出来るようになっている。
ましてや部隊中央にいるプロテウスの火力が、怪物を近寄らせない。
プロテウスも無敵ではないが。
今は随伴歩兵が、しっかりプロテウスを守っている。
壁を突破出来るほど、プライマーの戦力は充実していなかった。
三城少佐が、後方のクイーンを全て片付けた。淡々と戦う様子は、まさに仕事人である。
敵には地上戦力もいるが、リアル人斬りと言われて戦略情報部でも危険視されている柿崎大尉が、ばっさばっさと斬り倒しまくっていて。とてもではないが、村上壱野大佐に近づける怪物はいない。
あまりにも斬るのが早いので、ドラッグでも入れているのでは無いかと言う噂があるのだが。
一応本人が知らない間にトイレのチェックをした結果。薬物の類は検出されていないし。
何よりも、こんな人でも何度か軍医の世話になっていて。
採血をした軍医の話によると、薬物の類は一切確認されていないらしい。
恐らくだが、脳内麻薬が凄まじい量出ているのでは無いか、という話で。
そういう体質なのだろう。
敵ハイブが崩壊開始。
ハイブを守っていたエイリアンが、撤退を開始すると。怪物もそれに従って逃げ始めた。
残念ながら、大量の飛行型やヘイズが来るので、追う余裕は無い。
繁殖地は潰したが。
また、勝ちきる事はできなかった。
夕方が来ていたこともあり、ストーム1の今日の仕事はここまでだ。夜戦を頼む事もあるのだが、今日はなかった。
というか、夜戦で敵の動きが鈍る事を前提に作戦を組む事そのものが、ほぼなくなりつつあった。
それだけ。真正面からEDFは敵と戦えていると言う事だ
問題は、もう一隻程度はマザーシップを引きずり出さないと、恐らくコマンドシップに手が届かない事だが。
それについては、成田に考えがある。
ストーム1に大きな負担を掛けてしまう。いや、ストームチーム全体に、だが。
しかしながら、それでもやる価値はあった。
工兵部隊が、敵ハイブの後を確認している。
レポートを書きながら、今度はその工兵部隊を支援する。ただ、これは成田だけがやるのではない。
成田の今の仕事は、レポートが主体。
現在は、工兵部隊を支援しているオペレーターのサポートが仕事。
基本的にこう言う仕事は、二人以上の態勢でやるのが普通。
どんな人間でも、絶対に見逃しはする。
だから、見逃しが許されない仕事では、二人以上が支援任務に当たるのが、基本となっている。
成田も、最初に叩き込まれた事だ。
どんな優秀な人間でも絶対にミスをする。
プログラムなどを組んでみると分かるが。どれだけIQが高い人間でも、絶対に組んだプログラムにはバグが出る。
人間はそういう生物だ。
だから、二人以上の態勢で仕事をする。
自分は絶対ミスをしないと考えているような人間が一番危ない。そういう人間は、ミスに気づいていないだけだし。決定的なミスをしたときに、リカバリの仕方も知らない。
だから、絶対にミスをしないという考えの元、作業をするような人間は。
この職場に必要ないと。
少佐に、最初にそう言われたとき。
不満そうにしていた同僚は、みんないなくなった。
みんな、致命的なミスをして。それをリカバリ出来なかったのだ。少佐は容赦なく、そういった部下には厳しい査定をした。
戦略情報部を首になった後、そういう同僚がどうなったのかは知らない。
機密性が高い部署だ。
多分厳重に注意された上で、別の部署にいったか。
それとも口封じされたか。
ちょっと、あまり考えたくない事だった。
「メインオペレーター、気になる反応を見つけました。 ログ234-6を見てください」
「此方メインオペレーター。 ……確かに妙な反応ですね。 分かりました、現地に確認を取ります」
工兵部隊の護衛が展開する。
直後、土の中から、金α型が突如出現。だが、既に護衛部隊が展開していて、特にエイレンがレーザーを叩き込んだ事で。即座に仕留める事ができた。
「ありがとうオペレーター。 おかげで被害を出さずに済んだ」
「引き続き作業をお願いします」
そのまま、成田はレポートを書きながら、メインオペレーターの支援を続ける。
仕事が終わったのは、夜の九時過ぎ。
疲れたが、明日も朝四時には起きなければならない。
最近は、昔は眠るときにやっていた事。ストレッチやらホットミルクやらも、効きが悪くなってきている。
これは近いうちに、睡眠障害で軍医に掛からないといけないかも知れない。
戦略情報部では、睡眠障害になる人間が多く。
睡眠障害の恐ろしさは、既に周知されていた。
馬鹿な人間は、睡眠障害を甘く見ているようだが。基本的に自律神経が壊れていたりしてなる病気だ。
下手をすると、数年棒に振る事になる。
それを考えると、早めに手を打った方が良い。
憂鬱だな。
村上壱野大佐の側で戦いたいな。
そう思う。
向こうは迷惑だと思うだろう。多分、成田ではあんまり役に立てないだろう事だって、分かっている。
だけれども、それでも。
今、唯一心の支えになっているストーム1の側の方が。
この職場よりも、まだ命を燃やすのに足る。そう、思える事が多かった。
勿論、分かっている。
一番役に立てるのは、この場所だと言う事は。
それでも、願望はある。
願望を抱く事くらいは、自由の筈だった。
3、コマンドシップ誘引作戦
千葉中将の元に、作戦書が送られてくる。
これは、無謀だ。
そう思ったが、確かにコマンドシップらしい船が確認されていて。それを潰せば、プライマーに決定的なダメージを与えられる。
対コマンドシップのための部隊は、既に用意されている。
プロテウス三機を含む、強力な部隊だ。
新規で製造されたプロテウスを、このためにわざわざ準備しているのである。総司令部と、戦略情報部の本気が伺える。
だとすれば、千葉も相応に努力しなければならないか。
嘆息すると、千葉はダン中佐を呼んだ。
ダン中佐は、各地で指揮を取り。バルガを駆って、怪生物を倒している。このままだとダブルスコアの撃破数に届くのでは無いかと言われているが。ただ、バルガについてもダメージが毎回大きく。
少なくとも、凪一華中佐のような圧倒的な実力では無いと、本人も認めていた。
「お呼びですか、千葉中将」
「うむ。 ストームチームとの合同任務だ」
「今、日本にそれだけの敵戦線はありましたか?」
「いや、だからこそだ」
現在、日本では主に負傷から復帰した筒井大佐、大友少将、大内少将の三人が中心になって、各地の戦線を撃破している。
この結果、プライマーは戦線の再構築に追いつけていない。
勿論味方の被害も小さくないが。戦意が高い兵士が多く。また、新兵もどんどん訓練を終えていた。
結果として、日本の戦況は悪くない。
だからこそ、誘引の罠が作れるのだ。
千葉は聞かされている。
荒木准将から、である。
他には言わないようにと、念を押されたが。
その話は、確かに驚くべきものだった。
村上壱野大佐とストーム1の面々は、未来から来た。
それも、人類の負けが決まった未来から、歴史をやり直すために。
プライマーが歴史に介入して好き勝手をしているように。此方もそれを利用して、何とか勝機を掴もうとしている。
そういう話だ。
「日本全域で、ストームチームも含めた全軍を展開し、敵の戦線全てを粉砕する。 プロテウスも含め、全戦力で出てほしい」
「厳しい作戦ですね。 かなり衰えているとは言え、敵の戦力はかなり強大です」
「分かっている。 だから君にも声を掛けた」
「……分かりました。 何とかしてみましょう」
今、日本にはエルギヌスが二体いる。こいつらをどうにかすることが、ダン中佐の仕事である。
一体はストーム1に任せるとしても。
他の敵戦線を放置する訳にもいかない。
そのまま、敵を撃破するために、各地に部隊を展開する必要がある。
幾つかの手続きをした後。
日本のEDF幹部、それにストームチーム各隊長と、テレビ会議をする。
すぐに本題を説明すると。
大内少将が、豪放に笑った。
「日本から一旦プライマーどもをたたき出すじゃと? これは爽快じゃけんのう!」
「そうだな。 連中の尻を叩いて追い出してやれば、確かに気分が良さそうだ」
大友少将も、淡々と言う。
咳払いすると、筒井大佐が言った。
「それはそれとして、戦力は足りていますんで?」
「そのためにストームチームに来て貰った。 ストーム1には、エルギヌスを含めて敵が展開している戦線を一つ潰して貰う」
「我々は、他の戦線の手伝いか?」
「そうなる」
ジャンヌ大佐に、そう答えておく。
そして、対応する戦線をそれぞれ指示。
少将級の指揮官も何人かいる。全員が有能とはとても言えないが、それぞれに連携して戦線を担当して貰う。
日本は、かなりプライマーの旗色が悪い。だから奴らは二体も怪生物を投入している位だ。
だからこそ、此処で致命傷を与え。
敵に大規模な戦線構築をさせるために、マザーシップを引きずり出す。
マザーシップの何番が来るかは分からない。
というか、そもそもマザーシップの番号は、人類が割り振ったものだ。プライマーには関係無いだろう。
ともかく、もう一隻叩き落とせば。
マザーシップではなく、コマンドシップを投入してくる可能性が極めて高くなるとみて良い。
そしてコマンドシップは、後から姿を見せた事からも。敵の司令船であり。
司令船である以上。マザーシップ以上の戦闘力を持ち、ストームチームとの正面戦闘を受けて立つ可能性が高い。
そこに、隙が生じる。
ストームチームに頼る事になるが、それは仕方がない。
この少人数で、軍団規模の戦力に匹敵する部隊だ。
このために結成された、人類の切り札。
それを無駄に遊ばせておく余裕なんて、今の人類にも、EDFにもないのだから。
「作戦は以上だ。 敵を釣り出すための作戦だ。 無意味に戦死だけはしてくれるなよ、皆」
「応っ!」
会議を終えると、それぞれが散る。
さて、千葉はこれから総指揮だ。
手元にある水を飲み干す。
緊張のため、喉が渇いて仕方がなかった。
それに、だ。
ストームチームに負荷を掛けすぎないように、適宜援軍を投入しなければならない。
他の戦域から、そのまま敵をスライドさせないためにも。近隣地域や国家でのEDFも、総力戦態勢に入っている。
これは、日本だけで行っている作戦では無い。
EDFを上げての。
極めて大規模な、敵に対する一本釣りなのである。
戦闘が開始される。
まず先陣を切ったのは、やはりストーム1が率いるチームだ。怪物に守られている怪生物へ、攻撃を開始する。
エルギヌスにはバルガを持って当たるべし。
アーケルスには、バルガと機甲戦力をあわせて当たるべし。
これが、現在の基本となっている。
また、現在サイレンとよばれる怪生物が確認されているが。これは数度目撃されただけで、被害も小さくよく詳細がわかっていない。
エルギヌスの二倍もある巨体で空を飛び回ることもあって極めて危険だが。実は既にストームチームが一度撃墜しており。倒す事は可能だと分かっている。故に、殆ど目撃されていないこともあって。そこまで危険視はされていなかった。
つづけてダン中佐が率いる東京守備隊が、エルギヌス含む敵部隊に挑む。
それぞれ各地の部隊も戦闘開始。
ストーム2からストーム4までの各部隊は、北海道などの有力な将官がいない地点での戦線補佐に出向いて貰っている。
最初に大きな動きを見せたのは、やはりストーム1だ。
ライジンを叩き込んで、エルギヌスの顔面に大きな傷を穿ったのだ。悲鳴を上げて、飛びさがるエルギヌス。
相変わらず、巨体からは考えられない俊敏さだが。
頭の一点を集中して、ストーム1は攻撃を続けている。
エルギヌスは爆撃すら耐え抜く程のタフネスの持ち主だが。それは超再生力でやっていることは既に分かっている。
バルガでストーム1、当時は村上班がエルギヌスを一方的に。それも恐らくは、尋常では無い強化個体を叩きのめしたときに。
誰もが、あまりの効果に驚かされたが。
今のストーム1は、バルガすらエルギヌス退治に必要としない、と言う事か。
一方、ダン中佐も戦闘を開始。
味方の支援を受けながら、敵を蹂躙しながら進む。
エルギヌスは、ダン中佐の乗るバルガ、カスタムタイプであるフォースターに雷撃を浴びせるが。
カスタムタイプは、対エルギヌス、対アーケルスを想定して様々な改造が施されている。ちょっとやそっとで倒される柔な性能では無い。
ただ、その分エネルギー消耗が大きく、搭載しているバッテリーでも補いきれないケースがある。
現時点では、一体を倒した場合はさがるようにしているが。
それは、それだけ消耗が大きく、バッテリーの交換が必要になってくるから、である。
これでも軍基地の専用路並みの出力が出る代物なのだが。
バルガが、それだけ巨大で。
それだけエネルギーを食うと言う事だ。
ダン中佐は、早速エルギヌスと格闘戦を開始する。エルギヌスも迎え撃つが、流石にダン中佐だ。
相当に手慣れている。
相手の動きを見切りつつ、懐に強烈なフックを入れ。
よろめいたところに、大ぶりからの降り降ろしを叩き込む。
拳がエルギヌスの頭を砕く音がした。
大量に鮮血をぶちまけながら倒れたエルギヌスの頭を、フォースターが踏みつける。このエルギヌスは、それほど戦闘経験が多く無かったのだろう。
それで、とどめと成り。
一度びくんと大きく痙攣した後、動かなくなった。
「またダン中佐がやったぞ!」
「おおーっ!」
「エネルギー消費が激しい。 エイレンW指揮官用カスタムを準備してほしい」
「イエッサ!」
ダン中佐がそのままバルガでさがる。
怪物がそれでも抵抗を続けるが、ダン中佐は即座にエイレンWカスタムに乗り換えて戦闘を続行。
どんどん追い詰めていく。
歴戦の指揮で大友少将が、続けて敵部隊を粉砕。被害を最小限にして、この時間で勝つのは流石だ。
大内少将は、とにかく荒っぽい攻撃で、敵の陣地に次々に穴を開けていく。
中華、オセアニア、ロシア東部でもそれぞれEDFの特務が攻撃を開始している。特に中華では、この間の戦闘で自慢の麾下、虎部隊を半壊させられた項少将が、凄まじい暴れぶりで敵を追い詰めている様子だ。香港での戦闘だが、その戦果が千葉の所にまで伝わってくる。
皆、頑張っているな。
そう思いながら、苦戦している地域に増援を送る。
東京基地を空っぽにしかねない勢いだ。
昼過ぎには、敵の戦線四つを壊滅させる。更に二時間で、日本にいたプライマーはあらかた片付いていた。
さて。これで敵は動かざるを得ない筈だ。
どう出る。
ほどなくして、戦略情報部から無線が入る。
「マザーシップナンバーファイブ、日本に降下を開始。 多数のテレポーションシップを伴っています」
「降下地点は」
「横浜近辺です。 これは……各地にビッグアンカーを乱射しています!」
「分かっている。 それぞれの部隊に対応させる!」
横浜近辺か、好都合だ。
敵としては、マザーシップそのものを囮に使いつつ、戦線の再構築をしようというのだろう。
EDFもこの作戦で、被害がゼロというわけでは無い。かなり押していたとは言え、日本でのこの規模の作戦。
プライマー側も、無理があると理解している筈だ。
丁度、ストーム1がエルギヌスを仕留めた。
タイミングとしては、丁度良い頃だろう。
「ストーム1、他のストームチームも、戦闘を切り上げて横浜に向かってほしい!」
「イエッサ!」
「頼むぞ! マザーシップは相当数のテレポーションシップを引き連れている! 東京基地が殆ど空なのもまた事実だ! こちらも東京基地を囮にして、敵を引きつけた状態だ!」
つまり、ここで押し負ければ。東京が落ちる可能性だって否定出来ないのである。
一応、対マザーシップ用に用意していた部隊はある。ただ、同じ方法……地下からのフーリガン砲での強襲は、通用しないとみて良い。
だから、今回は違う戦術を採る。
「マザーシップナンバーテン、東京の衛星軌道上に移動! 衛星兵器での攻撃支援を、防ぐ目的の様子です!」
「マザーシップナンバーツー、恐らくはマザーシップナンバーテンの支援のために衛星軌道上を移動! ディロイ投下の可能性もあります!」
「敵も本気だな。 簡単にマザーシップを潰させてはくれないか。 各地の部隊は、ビッグアンカーに対応! 一本も逃すな!」
「イエッサ!」
ビッグアンカーを乱射しながら地上に降りてくるマザーシップナンバーファイブ。相変わらず、大気圏突入を苦にもしていない。
ヘリで、現地に急いでいるストームチーム。
今回使う兵器は。
既に現地に向かわせている。現地で、ストームチームと合流して貰う事になるだろう。
問題は、多数のテレポーションシップだ。
相当な激戦になる筈だが。それでも、ストームチームならやってくれるはずだ。
「此方旭川! 敵が投下したビッグアンカー三! これより撃破に移る!」
「此方広島! 先行部隊が敵が落としたビッグアンカーを確認! わしの地元で好きかってしてくれるもんよ。 全部叩き折ってやるわい!」
「此方福岡! ビッグアンカー確認! 撃破に移る!」
「戦況は拡がっています! 敵も、相当数の怪物を転送している様子です!」
戦略情報部が、分かりきったことを伝えてくる。
そんな事は分かっている。
だが、それでもやらなければならないのだ。
横浜に、マザーシップナンバーファイブが降り立つ。テレポーションシップが展開し、大量のヘイズ、飛行型、γ型を投下し始めた。数は10隻以上いる。フーリガン砲で撃破出来る状態ではない。
更にマザーシップが、ドローンを展開。
とにかく対空攻撃に備えている状態だ。その上、衛星軌道上に二隻も支援用のマザーシップが展開している。
下手に軍事衛星は接近できない。
その上、ディロイが来る可能性もある。敵の数を考えると、ストームチームだけではなく、東京基地の全戦力を叩き付けるべきだが。
現在、東海地方に広く落とされたビッグアンカー相手に、ダン中佐の部隊が連戦を続けている。
呼び戻すことは、出来なかった。
ストーム1が到着。
遅れてストーム4が到着。ストーム2、ストーム3もそれに合流した。
戦闘が開始される。
猛然と怪物の群れと戦いはじめるストームチーム。連戦の筈なのに、苦にしている様子もない。
瞬く間に、テレポーションシップが撃墜される。
エイレンWカスタム二機が暴れている事もあるが、凄まじい。更に一機が落とされ。飛行型とヘイズが飛び交う中、ストームチームは敵を蹴散らしつつも、確実に前進している程だ。
此処からだ。
そろそろ、例のものが届く。
例のものが届いたら、一瞬で勝負を付けないとまずい。
今回は地下に逃げ込むことも難しい。というのも、この辺りは何度も戦場になっていて、地盤が非常に緩んでいる。
下手に地下に逃げ込んでも、もしマザーシップを撃墜した場合。多分地盤が耐えきれず押し潰される。
残念ながら、補強する余裕もなかった。
やるなら、速攻だ。
ストーム3が壁になり、柿崎大尉とともに暴れ回っている。凄まじい戦闘力だが、それでも限界がある。
ストーム4の空中戦はいつ見ても見事だ。ジャンヌ大佐に、空中戦で勝てる相手はいないように思う。
ストーム2は、歩兵戦の極みを見せている。
そして何より、荒木大尉(本人の意思を汲んだ呼び方)の持つブレイザーは。他のどの特務の手に渡っているブレイザーよりも、確実に敵を焼ききっている。
またテレポーションシップが落ちる。
大型の装甲トラックが、戦場に突入。
やらせてほしい。
そう頼んで来たのは、村上班の大型移動車を担当していた尼子。元は警備員だったのに、EDFに後から入隊。
とにかく村上班が推しているので、そのままずっと大型移動車の運転手を担当し。
実際問題、非常に評判が良い運転手である。
その運転手が、完璧な運転で、横付けする。途中、怪物の攻撃を多少受けたようだが、怖れている様子もなかった。
展開。
大型トラックの荷台が展開すると同時に、凪一華中佐がエイレンWカスタムを降りる。代わりに山県大尉が、エイレンWカスタムに乗り込む。
凪一華中佐が自作のPCを抱え、走って乗り込んだのは。
以前、時間改変船団を潰すのに使った、プロテウスカスタムだ。
あの時のダメージ。更に改良を幾つか加えたこともある。一人乗りのまま、性能は更に上がっている。
プロテウスが起動する。
流石に敵が、一斉攻撃を仕掛けてくる。プロテウスは、プライマーにとっても優先破壊目標に認定されているらしい事は分かっている。怪物も接近して、優先して殺しに来るほどである。
だが、プロテウスが起動すると。
鬱陶しいとばかりに、全身から放ったミサイルで、またたくまに集っていた飛行型とヘイズを叩き落としていた。
このミサイルは、もう護身用と割り切り。小型ミサイルを、積めるだけ積むようにカスタムしたのだ。
だから基本的に、ミサイルの性能はネグリングなどのものと変わらない量産品だけれども。
ミサイルを小型化した分、ミサイルサイロに搭載できる数も増加し。
こうやって、文字通り雑魚を一瞬で蹴散らすことが可能になっていた。それも、一発撃っておしまいじゃない。
全弾ぶっ放した後、第二弾がせり上がり、周囲にまき散らされる。オートロックのミサイルは、情け容赦なく飛行型もヘイズもドローンも、まとめて爆散させていた。
ただし、今の時点でプロテウスはトラックの荷台から動いていない。
ここからが、本番である。
プロテウスが上に砲台を向ける。
硬X線ビーム砲。
プロテウスの主砲だ。プライマーでも、クラーケンが主力武器として採用している。
だが、このプロテウスの主砲は、ミサイルとは逆に火力を上げている。
故に、トラックに乗せてきた。
まだ足回りを改良し切れておらず、敏速に動けないからである。
放たれる硬X線ビーム砲。
それが、マザーシップナンバーファイブの装甲に直撃。凄まじい光と熱を放つ。更にその地点に、ストームチームが狙撃を集中する。
黄金の装甲が。
融解し始める。
しかも、それだけではない。
今回、ストーム2のエイレンWに乗っている相馬大尉以外の全員が、ブレイザーを渡されている。
そのブレイザーの超高熱が、硬X線ビーム砲と一緒に炸裂する。
更に村上壱野大佐の狙撃が、間断なく装甲の穴に突き刺さる。弐分少佐のガリア砲と三城少佐のライジン。更にエイレンWカスタムの収束レーザー。それにストーム3もガリア砲に切り替え、一斉射撃。ストーム4も、モンスター型レーザー砲での集中射撃を行う。
ついにマザーシップが、炎上したのは。
次の瞬間の事だった。
装甲を打ち抜かれ、内側に火力が浸透したとみていい。
文字通り、炎がマザーシップ全体から噴き出す。内部から、ぼとぼとと落ちてくるのはヘイズの死骸か。
そういえば、先に撃破したマザーシップにも、ヘイズの死骸が確認されていた。マザーシップを主に動かしているのは、ヘイズなのかも知れない。どうやっているのかは、よく分からないが。
「よし、もう充分だ! あのマザーシップは落ちる! 総員、退避しろ!」
「作戦通り退避!」
「トラックに乗って! 急いで!」
尼子が促す。
ストームチームが、パニックになっている敵を蹴散らしながら、トラックに乗り込む。こう言うとき、少数精鋭チームは有利だ。点呼をすぐに終え。トラックが走り出す。
一部、飛行出来る怪物やドローンがトラックを追うが。
これはそもそも、強襲作戦仕様のトラックだ。
多少の攻撃にはタイヤ含めて耐えられるし。
何より乗っているのはストームチーム。
多少の追撃なんて、それこそ即座に叩き落としてしまう。木曽大尉の放ったマルチロックミサイルが、根こそぎ敵を叩き落としてしまうし。エイレンWカスタムのCIWSが、情け容赦なく追撃する怪物を薙ぎ払う。
ほどなくして、コントロールを失ったマザーシップナンバーファイブが、ぐらりと傾きつつ、大爆発を起こした。
炉か何かに引火したらしい。
それが、マザーシップへのとどめとなった。
高度を急速に落としていくマザーシップ。これはまずいと判断したのか、衛星軌道上の二隻は、即座に逃げ始める。
まだ何か、人間側に切り札があるかも知れないと判断したのだろう。
賢明な判断だ。
これで、容赦なくとどめを刺されたマザーシップを見守る事が出来る。
「マザーシップナンバーファイブ、大破。 撃沈」
「よし、立て続けのマザーシップ撃破だ! これでプライマーも、今までのように無敵のキャリアとして、マザーシップを利用できなくなる!」
トラックに乗ったストームチームが、荷台の装甲板を展開。更に、事前に準備されていた窪地に逃げ込む。
殆ど同時に、マザーシップナンバーファイブが地面に激突。
爆発していた。
核爆発のような、凄まじい爆発はしなかった。炉が既に爆発していたから、なのかも知れない。
ただ、構造体は丸焼きで、今回も内部の解析などは出来そうにない。マザーシップが近衛として展開していた怪物やアンドロイド、ドローンは99パーセント以上が墜落と炉の爆発に巻き込まれ、消し飛んでいた。
再び、トラックの装甲をパージ。
ストームチームが展開する。
「二次爆発の可能性がある! 敵の生き残りは、その距離から仕留めてくれ!」
「無理を言ってくれるぜ全く……」
「皆、狙撃銃に切り替えろ。 ストーム3、敵が接近してきたらシールドでの防御を頼むぞ」
「分かっているさ大尉殿」
皮肉混じりにストーム3のジャムカ大佐が言う。
そういえば、荒木「大尉」の名乗りの経緯を聞いて、呆れ気味だったっけ。謙譲の精神と言う奴は、どうにも日本以外では理解されがたいらしい。
残った敵の敗残兵は規律も何もない。
その場で、撃破されていくばかり。
また、日本全域で、いやその周辺地域での戦線でも。怪物やアンドロイドは算を乱して後退しており、
熱狂的な追撃戦が行われ、かなりの戦果が挙がっていた。
「やったんだな……」
千葉は呟く。
バイザーを外して、大きくため息をつく。
なんとも、凄い戦果だ。
流石はストームチーム。
初陣では相当な無理をさせてしまった。今回だって、特攻同然の作戦を頼んでしまったと言える。
だが、その無理に相応しい戦果を上げてくれた。
色々と準備はしていたが。
それでも、ストームチーム以外にこの作戦を実施するのは無理だっただろう。文字通りの「不可能ミッション」だった。
それを成し遂げたストームチームを、もはや誰もが認めざるを得ない。
今頃、ストームチームの結成に反対していたり。村上班の頃から危険だ危険だと喚いていた連中は悔しがっているだろう。
他の誰も出来なかったマザーシップ撃墜を、二度立て続けに成功させたのだから。
そして、各地の戦線での大戦果。
これは、全員の階級を上げなければならないほどのものだが。
それでも、「階級のバランス」とかそういうのもある。
勲章をわんさか上げる事で、そのバランスを取るしかできないか。
ただ、千葉として出来る事もある。
ストーム1の、村上壱野と凪一華以外のメンバーの階級昇進だ。
そうすることで、ストーム1にくさびを入れて、内部にもめ事の種をまこうとしていたくだらない陰謀を潰しておく。
それだけが。
千葉に出来ることだった。
それに、ストーム2の面子も、荒木准将以外は全員階級上昇でいいだろう。
階級を上げても、給料くらいしか待遇は変わらないが。
それでも、それくらいしか出来る事はなかった。
「敵の敗残兵、クリア。 一度東京基地に戻ります」
外していたバイザーから、そういう無線が入る。すぐにバイザーをつけ直して、応答をする。
労いの言葉くらいは、掛けなければならなかった。
「ありがとう。 本当によくやってくれた」
「いえ。 恐らく本番はこれからです。 敵は恐らく、最大戦力をぶつけて来ると思われますので」
「ああ、そうだな。 敵旗艦は、他のマザーシップよりも戦闘力が高い可能性が先進科学研より示唆されている。 万全の態勢で、撃墜に臨むつもりだ」
「お願いします」
通信を切る。
後は、祝勝会の準備だ。
勿論、これからコマンドシップとの戦いが控えているから、アルコールなどは最小限に抑えなければならないだろうが。
一時的とは言え、日本から怪物を全て追い払う事に成功した。
各地に落ちたビッグアンカーも、あらかた駆逐が完了した様子だ。
日本周辺の戦線でも、記録的な勝利を収めている。
これなら、ささやかな祝勝会くらい。誰にも文句は言われないだろう。
各地の損害を確認。
エルギヌスをしっかりダン中佐は倒している。また、バルガでビッグアンカーを何本もへし折った様子だ。
かなりの怪物に集られて、バルガの装甲にダメージは受けたようだが。
同行した部隊が怪物を引き受け、バルガは小破程度に留まったようである。
一番被害が大きかったのは大内少将の戦線だが、もともと大内少将は兎に角戦いが荒っぽい。
所属部隊も、荒くれが揃っている事もある。
これは、仕方が無い事なのかも知れなかった。それでも、いつもよりだいぶ被害は小さい様子だったが。
東京基地に、ストームチームが戻って来た様子だ。
同時に、戦略情報部から無線が入る。
戦略情報部の少佐からだった。
「勝利おめでとうございます。 全域での指揮、見事でした」
「いや、それでこのタイミングで何かあったのか」
「……総司令部で、クーデター未遂がありました。 恐らく今回の先勝の結果で、カスター派閥の生き残りが、自分達の地位が致命的な被害を受けたと勘違いしたのでしょう」
「何だと!」
クーデター未遂とは、穏やかでは無いな。
いずれにしても、ストームチームの耳にもいずれ入るだろう。
今回、戦争は比較的有利に進んでいる。だからこそ、馬鹿な事をしでかす者も増えてくる。
無能が生き残っているからだ。
無能な味方の方が怖いと言うのは、こういうことをいうのである。
権力欲を、人類の勝利に優先する輩は。IQが高かろうが学歴が高かろうが(どうせ買った学歴だろうが)、無能だ。
とにかく未遂と言う事は、上手く行かなかったのだろう。
「リー元帥が事前に備えていたおかげで、蜂起寸前にMPとメイルチームが鎮圧に成功しました。 参加した人員には中将が二人含まれており……」
「分かった。 いずれにしても、対応は其方でやるのだろう?」
「はい。 リー元帥も、今回ばかりは相当に怒っているようです」
「……そうだろうな」
リー元帥は、どんな状況でも兵士達を勇気づけるために演説をして。どんなに不利な状況でも諦めずに戦う印象がある。
そして、こういうバカの処理もしなければならない、と言う事か。
大変だな。
本気で、千葉は心配していた。
とにかく、戻って来たストームチームを出迎えなければならない。
それと、工兵部隊を手配して。マザーシップの残骸を回収し、調査しなければならなかった。
4、一度の決戦を
「風の民」長老が、トゥラプターを含む軍の首脳部を集める。
旗艦級が二隻も落とされたことで、かなりの損害が嵩んでいる。各地の戦線も、戦況が良くない。
当然の事だろうなと、トゥラプターは思った。
特に今回は、「風の民」のお偉いさんが、それぞれの旗艦に乗っている。
撃沈されたときに、船と運命を共にしたのだ。
「風の民」は本国でも最高の能力を持つ種族とされており。
実際問題、新しく産み出すためのコストが極めて高い。
生殖というプロセスを経ず、遺伝子データから新しい個体を産み出している本国。これは、過酷だった時代に。生殖というプロセスでは遺伝子データのプールを確保しきれないと、先祖達が判断。
「神の船」のテクノロジーを利用して、作り出したシステムだ。
自分の遺伝子を優先して残そうとする輩もいたが、相互監視のシステムが働いていたことや。
何より本国の環境が、「いにしえの民」いうところのテラフォーミングが終わった後も過酷だったこと。
特に資源不足にずっと苦しめられ続けた事もある。
誰も、不正を出来た者はない。
トゥラプターは、少なくとも不正については聞いた事がない。
まあ、「いにしえの民」の歴史を知った後は、それで良かったのだとも思う。
血族が絶対などと言うのは大嘘だ。
「いにしえの民」は、どの王朝でも同族同士で散々殺し合い、場合によっては親兄弟で殺し合いを続けていた。
「血統主義」なんて代物が本国に根付かなかったことだけは。
トゥラプターも、良かったのだと想う。
いずれにしても、皆青ざめている。
それはそうだろう。
敗色が、より濃厚になったのだから。
「今から、「いにしえの民」と交渉できませんか」
「無理だろうな。 少なくとも画期的な勝利を収めてからでないと不可能だ」
「風の民」長老が言う。
それもそうだ。
最初の周回で、かなり下手に出た交渉は、完全に失敗に終わった。
「神の船」を打ち上げてくれ、というだけの交渉で。カネも出す資材も出すという話もしたのに。
既に数十兆ドルだかの資金を「潜水母艦」につぎ込んでいるだとかで。
巨大な利権が出来上がっていて。人類は揉めに揉めた挙げ句、要求がどんどんエスカレート。
挙げ句の果てに、奇襲同然に核を撃ち込んできた。
人間は「EDF」だの「世界政府」だのいう統一組織を作ってなお、利権で動く生物であって。
それを全体のために個を殺す判断が出来ているプライマーには、どうしても相容れなかった。
そもそも、こんな種族に関わらないのが一番だったのだと思うのだが。
先祖の愚行もある。
滅ぶのを避ける為に、どうにかしなければならない。
「敵の主力、「ストームチーム」をどうにか倒せませんか。 トゥラプターどのもいる」
「倒せるなら今までの9度の周回でとっくにやっている! 或いは倒せた周回もあったのかも知れないが……それも書き換えてしまった今は、既に詮無きことだ」
「ストームチーム」が姿を現したのは「五周目」から。
更に前の周回でもやたら強い兵士がいたらしいことは分かっているが。その周回では、戦闘力に比重を置きすぎた怪物を使った結果、制御が効かなくなり。更に「いにしえの民」が核を無差別に使った事で、地球全域の汚染がもはやどうしようもない所にまで進行してしまった。
結果として、例のものを用いて歴史を書き換えるしかなくなり。
「五周目」以降は、ずっと「ストームチーム」にいいようにやられている。
いいようにやられた歴史を書き換えても、また何かしらの方法で歴史を書き換え直されて。
そして「ストームチーム」に、人類の絶滅を阻止されている。
どれだけ戦況が良い状態に書き換えても、「ストームチーム」は暴れ続けて。各地で被害を出し続け。
「五周目」以降、倒せた記録は無い。
構成人員に損害を出させた記録はあるが、それ止まりだ。
あの村上班という連中は、どうにもならない。
トゥラプターでも、今は全員を同時に相手にするのは無理だろう。
「やむを得ない。 少し早いが、総旗艦を用いる」
「!」
「ただしこれは自爆特攻に近い。 総旗艦は脳改造したヘイズで遠隔操作する。 「いにしえの民」は総旗艦を破壊する力を既に確定で持っている。 奴らに勝ちを誤認させ、本国で作っている最終兵器が例のものを通ってやってくるまでの時間を稼ぐ。 あれを用いて、総力戦を挑み、「ストームチーム」を倒す」
そう来るか。
その時まで、トゥラプターの出番は無しだ。
「外」に何度も難色を示され。デチューンを散々したが。それでも、圧倒的な性能を持つ兵器だ。
これを投入して勝てないのなら、それで終わり。
「外」が戦いの終わりを宣言して。
本国は、犯罪種族として。後は小さな星で、「更正できるまで」或いは「種の命脈が尽きるまで」過ごす事になる。
恐らくだが、「いにしえの民」もこのまま戦いに勝ち、調子に乗って宇宙に出ようとすれば、同じ運命が待っているだろう。
「外」の理念は簡単だ。
「他の知的生命体と上手くやっていけるか」。
それだけ。
それが出来ない種族には、テリトリから出ることを許さない。テリトリ内には一切干渉しないが。
「主観で気持ち悪いもしくは劣っていると思った相手には何をしても良い」という概念を「いにしえの民」から学んでしまった先祖は、「外」に完膚無きまでに敗北したし。
今の「いにしえの民」も、その理屈を捨てているとはとうていトゥラプターには思えなかった。
解散、と「風の民」長老は言う。
何名かいる戦士も、腰が引けてしまっている。
「ストームチーム」の強さをみて、完全に退いてしまっているのだ。
まあ、それを攻めるつもりは無い。
トゥラプターくらいだろう。
奴らと戦う事を楽しみにしているのは。
自室に戻る。
しばらくは、退屈な日が続く。
それは分かっている。
だから、今のうちにストーム1。特に村上壱野との戦いでの、受け攻め色々考えておくことにする。
戦うからには、勝つ。
それは、戦士として。
当たり前の、心構えだった。
(続)
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