痛撃快打

 

序、街への侵攻

 

大気圏外にいたクラーケンの群れが、突如降下を開始した。

敵の数は二十体以上。それも、全てが日本に向かっている。当然ヘイズの群れも従えていた。

現在、EDFの首脳部は対クラーケン戦術を練っているようだが。現在考案の段階で、とても実戦には使えない。

現地に向かう。

流石に東京を直撃で狙っている訳ではない様子だが。かなり危険な状況だと言える。

狙われているのは神戸市だ。

大阪が何度か大規模な攻撃を受けたと言う事もあって住民は避難しているが、大阪基地は今かなりの怪物の群れに襲われていて、支援どころでは無い。

現時点での味方は東京基地で集めてくれた支援部隊少し。敵は二十体に及ぶクラーケン。これに加えて。コロニストとコスモノーツ多数を相手にしなければならなかった。

現地に到着。

応戦を試みた部隊が、撤退した後が残っている。

「α部隊の放棄した兵器か」

「はい。 ケブラーが無事なようですが、ケブラーだけでは……」

悔しそうな成田軍曹の声。

まあ、そうだなと思う。

一緒に来た兵士は、歩兵とウィングダイバーの部隊が少数。どちらも実績を上げている部隊だが。

しかし今回は相手が悪すぎると言える。

皆、青ざめている中。

α部隊の残党から、無線が来た。

「敵はクラーケンとコスモノーツが連携して、情け容赦のない攻撃をして来た。 敵はまさに悪魔だ。 君達もすぐに撤退してくれ」

「ここを敵に落とされると、大阪基地にクラーケンの攻撃が届く」

壱野が返すと。

皆、黙り込む。

そうだ。

此処を放置しておくと、日本でも重要な大阪基地が陥落しかねない。今ですら、守るので精一杯なのだ。

それがクラーケンとコスモノーツの精鋭まで加わったら、文字通りどうしようもなくなる。

この間使用した一華用単座式プロテウスは、今改装中。とてもこの戦いに間に合わない。

今は、エイレンWカスタムでやるしかない。

いずれにしても、この少人数での戦闘だ。無理は禁物である。

「αの仇を討つ」

「よし。 皆、指示通りに動いてくれ」

「イエッサ!」

神戸は、大地震で根本的な補修が入った都市だ。地盤が非常にしっかりしていて。都市としても頑強である。

村上班は、敵をまず釣り出す。

問題は、クラーケンにコスモノーツ部隊が随伴していることだ。

ヘイズもである。

この三者連合の攻撃は極めて厄介だ。

とにかく、少しずつ数を減らさなければならない。

まず、ウィングダイバー隊と。歩兵隊が連携して、神戸の周囲の偵察に出向く。

大阪基地では戦闘が続いていて、此処まで戦闘音が来ているが。

まだまだ余裕を持って持ち堪えられる様子だ。

敵の配置が分かってくる。

大型のビルを中心に、周囲を見下ろすようにクラーケンが展開。コスモノーツはコロニストを引き連れ、小隊単位で巡回している。

ヘイズはかなり密度が薄く、好き勝手に飛び回っている様子だ。

問題はコスモノーツの一部が、大型のレーザー砲を何かごそごそやっていることであり。

ひょっとすると、広域攻撃用の戦略兵器かも知れない。

あれを持ち込んで、攻撃中の大阪基地にとどめを刺しつつ。

クラーケンが率いる本隊が乱入して、一気に制圧するという事か。

だとすると、あまりもたついてはいられない。

兵士達が戻って来て。

情報をバイザーから吸い上げて、一華が地図を形成。そのまま、全員に再配布する。

すぐに戦闘を仕掛けたい所だが。

一華が、厳しい現実を突きつけてくる。

「クラーケンは全てが相互監視の態勢にあるッスね。 下手に仕掛けると、全部来るッスよこれは」

「何か手はないか」

「いつもの釣りをするにしても、コスモノーツの群れが来る可能性が高いッス」

「厄介だな……」

舌打ちすると。

壱野は幾つか案を出す。

話を進めている内に、補給車からC90A爆弾を取りだし。山県少尉に渡して、指定の場所に仕込む。

よし、まずはこれで第一段階。

次は釣る順番だが。

当然、最大の危険を誇る緑クラーケンから始末したい。問題は、奴が一番監視を広くしている事で。

他のクラーケンも、奴を見ている。

見た所、二体の緑クラーケンがいるが、残念ながら後回しだ。

一番外側にいる青クラーケンから始末する。

まずは、狙撃。

即座に位置を変える。

撃つのはシールド。

これで、クラーケンだけを反応させる事が出来る。ただ、様子を見てコスモノーツが来るかも知れない。

一旦距離を取る。

クラーケンは下に向けての目が非常にいい。地上にいる獲物を狩るためなのだろう。

しかしながら、横方向の視界が非常に弱いらしく、こうすれば少しずつ敵を削ることが可能だ。

音にもそれほど敏感ではないらしい。

至近距離を弾がかすめても、特に気にしていないのを見た事がある。

或いはだが。

耳に相当する器官が、人間とだいぶ構造が違う可能性もある。

「来ました!」

「もう少し引きつけろ」

「い、イエッサ!」

青クラーケンでも、装備しているのはプロテウス同様の硬X線ビーム砲だ。直撃なんかしたら、人間がどうなるかは言う間でもない。

各地でクラーケンの被害が増える一方の今。

既にクラーケンは、以前のクルール同様、恐怖の対象となっていた。

「闇の魔物だ!」

「随伴歩兵になっている分だな。 もう少し引きつけたら、後退しつつ応戦!」

「くっ、やるしかないのか……!」

「αチームを蹂躙して奴らは調子に乗っている! 反撃して仇を討つ!」

隊長格の兵士がそういう。

今も兵士達の指揮は高い。

つまり、失われた五ヶ月もなく。

かなり早い段階からプロテウスも配備されていると。

これだけ兵士達は、まだやる気を出せると言う事だ。

現金なものだなと、壱野は思う。

感情で上下する戦闘力は一割程度。これは壱野が一番良く知っている。だが、それはそれとして。

感情が下に振り切れると、人間はあらゆる全てを投げ出す。

これについても事実だ。

結果として、相手の感情を折るという行動は。相応に、意味があるものだったのかも知れない。

ヘイズが来たので、戦闘開始。

紫のヘイズに対して、まっさきに三城がライジンを叩き込む。流石にライジンに耐える事は不可能で、一瞬で紫のヘイズは蒸発した。

他も速度を上げて迫ってくる。

空を泳ぐ此奴らに対し、兵士達が戦闘を開始。

さて、クラーケンだ。

もう、上空に来ている。

やはり泳ぐのは相当に早い。

少し前に、会議で千葉中将がぼやいていた。

このクラーケンに重大な疑念があると。

クラーケンの死体は当然回収されて、調査がされている。死ぬとき風船のように力無く空を流れるのを、壱野も見ている。

ところがだ。

地面に落ちた後のクラーケンは普通に重い死体となり。

クルールは当然。装甲をまとったままのコスモノーツよりも、更にずっと体重があるという。

それがどうして浮いているか分からない。

サイコキネシスではないかという意見も上がったが。

千葉中将も、馬鹿馬鹿しいとぼやくばかりだった。

だが、馬鹿馬鹿しいのだろうか。

壱野は、サイコキネシスとしか思えない代物を。以前撃ち倒したプライマーの司令官が用いているのを目にしている。

それどころか奴は恐らくサイボーグ化していたのだろうが。

それにしても、無から物質を創造したり、物質を転移していた。

恐らくそれらはオカルト所以の力ではないのだろう。

人間が、まだ到達できていない。

いわゆる、「魔法と見分けがつかない」レベルの科学の力なのだとみて良い。

クラーケンはそれを持っている。

そして不思議な事に。

人間でも抵抗できるギリギリの範囲で、それを使って来ているのだ。

エイレンWカスタムが前に出て、クラーケンのシールドにレーザーを浴びせる。

それを防ぎ、エイレンWカスタムにそのまま反射し始めるクラーケン。周囲はヘイズとの戦闘で阿鼻叫喚だが。木曽少尉が奮戦して、マルチロックミサイルでヘイズを撃ち倒している。

煙幕を突き抜け、クラーケンの至近に躍り出る弐分。

クラーケンはシールドをオーバーヒートさせかけられていて、分が悪いと判断したのだろう。

泳いで距離を取ろうとしたが。

同時に壱野と弐分で動く。

そのまま狙撃して、泳いでいる最中のクラーケンの武器を壱野が叩き落とし。

弐分が電刃刀でシールドを持つ腕を両方とも叩き落とした。

凄まじい悲鳴を上げるクラーケンの顔面に、ビル壁をジグザグに蹴って其処まで飛んだ柿崎のプラズマ剣が突き刺さる。

そのまま、真っ二つに切り裂かれたクラーケンは。

やはり力無く漂い、そのまま死んでいった。

ヘイズの残党を片付けるが。銃撃。

やはり、コスモノーツの部隊だ。

兵士達は、さがりながらヘイズの残党を始末するように指示。此方を狙っているヘイズを見もせず打ち抜きつつ、敵の数を味方に伝える。

「重装が一体、残りは通常アサルト装備のコスモノーツだ。 慌てず火力を集中して、一体ずつ倒せ」

「スモークがあるのになんで分かるんだ!?」

「あの人はそういう人なんだよ……」

「プライマーもお手上げだな……」

そのまま、乱戦に入るが。

アサルト装備のコスモノーツは、現時点では初遭遇時ほどの脅威ではない。さっきの反射レーザーを受けたとはいえまだまだ余裕があるエイレンWカスタムが、そのままレーザーを浴びせて一体ずつ集中的に仕留める。

背後に回り込んだ三城が、ファランクスで重装を仕留めてしまうと。後は一方的な戦いになる。

兵士達の火器だって火力が上がっているのだ。

一度慌てると、後は集中砲火を喰らって追い立てられるのはコスモノーツの方。

ヘイズもほどなく全滅。

敵の一部隊は、これで片付いていた。

「此方千葉中将。 無事だろうか」

「此方村上班。 無事です」

「少し早いが、壱野少佐。 君は今日から中佐だ。 弐分中尉、三城中尉、一華中尉はそれぞれ大尉に。 柿崎少尉、山県少尉、木曽少尉はそれぞれ中尉に。 昇進が確定した」

「それは、ありがとうございます」

まあ、階級が上がれば動きやすくなる。

それはそれで、今なんでそれを連絡してきた。

味方の被害を確認しつつ、補給車から物資を出し。補給と応急手当をしている所だ。この街。敵の要塞と化している。

ここからが、本番だと言う所なのだが。

「こんな時にすまないな。 これから、僅かだけだが援軍を送る。 それで必ず持ち堪えてくれ」

「分かりました。 なんとかして見せます」

「すまない。 本当はもっと大規模な部隊で戦うべき相手なのだが……」

「敵の用兵は巧妙です。 各地に的確に兵力を貼り付け、出血戦を強いてくる。 守りに長けていると同時に、じわじわと真綿で首を絞めるようにも攻めてくる。 くれぐれも油断はしないでください」

無線を切る。

敵の戦略について、やっと分かってきた事がある。

これは精神戦だ。

ひたすらに人類の精神を削りに来ている。

まあ、それもそうだろう。

今までの戦闘で、もっとも効果があったのが。負け戦が嵩むこと。それで人類は、戦意をどんどん失っていった。

仮に敵司令官を仕留めても、兵士達は腑抜けのようになっていた。

今までの周回で散々見てきた事だ。

そして、敵側もそれを見ていたという事だ。

それらは敵に分析され。

人類は手強いが、心を折れば村上班以外はどうにでも出来るとプライマーは判断したのだろう。

故に、戦力が拮抗してきた今も、こうやって心を折りに来ている。

スカウトが戻って来た。

一華がまた情報をまとめて、バイザーに送ってくる。敵の配置が多少乱れたが、それでもかなりの数だ。

簡単に仕留められる相手では無い。

だが、次の相手が決まる。

若干孤立した赤いクラーケンである。ホーミングレーザーが厄介な上に、複数体の紫ヘイズを連れている様子だが。

それでも、どうにかするしかない。

全員を展開して、その後で射撃し、仕掛ける。

シールドを撃ち抜かれた赤いクラーケンは、此方に気付いて移動開始。三城が頷くと、充分に近付いたところで紫ヘイズをライジンで叩き落とす。ヘイズがわっと逃げ散り、同時にクラーケンがホーミングレーザーを放ってくる。

今までの経験だと、あのクラーケンの強力なシールドは、オーバーヒートまで追い込まないとかなり軽率に機能を回復する。

一華がレーザーでシールドを打ち始めると、クラーケンは守りつつ、ホーミングレーザーを放ってくる。

建物をえげつない火力で抉ってくるレーザー。

流石に見えていない相手には着弾させられない様子だが、あれも喰らったら人間ではひとたまりもない。

先ほど回収したケブラーで、勇敢に兵士が仕掛ける。

クラーケンのシールドがオーバーヒートする。

同時に、弐分と息を合わせて、クラーケンを撃ち抜く。

額にピンホールショットが決まり、クラーケンが色を失ってその場に漂い始めるのが見えた。

だが、今の攻撃で、ケブラーは反撃を喰らい穴だらけ。

傷だらけの兵士を山県少尉が手際よく引っ張り出して助け出している。少しでも、エイレンWカスタムの負担を減らそうと判断したのだろう。

エイレンWカスタムの一華は無言でレーザーを用いて、ヘイズの群れを焼き払っているが。

それでも、被害はどうしても出る。

空中を泳ぐという、地球の生物がやらない行動。

それに、自由自在に泳ぎ回るその動きそのもの。

それがどうしても、ヘイズを見た目よりずっとタフで厄介な生物にしている。当たれば殺せるが、当てるのが兎に角難しいのだ。

ヘイズを片付けると、コスモノーツ数体が向かってくるのが見える。

都合がいい。

片付けてしまう。

レーザー砲持ちを即座に見つけると、ヘルメットを撃ち抜く。一撃では倒せないが、ヘルメットは砕ける。

そこに、三城がライジンを叩き込む。

文字通り頭を消し飛ばされたコスモノーツが、前のめりに倒れる。

隊長を真っ先に倒されたコスモノーツの小隊が慌てるが、其処に猛攻を加えて、味方の被害を抑え込む。

突貫した柿崎が、実に嬉しそうに数体を切り捨てて。

その時には、勝負はついていた。

また一度距離を取り、味方の被害を確認。数人が、かなりの重傷を受けている。キャリバンを呼んで、後方に下げる。

歩兵部隊の被害が特に大きく、指揮官は悔しそうにしていた。

「もう少し兵がいれば……」

「α部隊と合流できていれば、少しは楽に戦えたのだが」

「見つかって攻撃を受けてしまったというのは事実だ。 以降は被害を減らすべく、立ち回らないと」

「しかしこのままだと、どう考えても此方がすり減らされる方が早い」

隊長格の兵士がぼやく。

その通りだ。

このままだと、村上班しか残らないだろう。それでは意味がない。今までの歴史と同じく、そのままどんどん負けに味方は引きずり込まれていく。

敵の指揮官は、被害を出しつつも、確実に勝ちへと駒を進めている。

非常に厄介なタイプの指揮官だ。

単純に優秀だった前の指揮官とは違う。勿論、でくの坊に過ぎなかった最初に倒した指揮官とも違う。

とにかく、三体目に仕掛ける。

敵の分布を謀っている内に、無線が来る。成田軍曹からだ。

「増援到着。 合流してください」

「重武装の部隊か」

「いえ、残念ながら。 しかし、腕は確かです」

部隊が来る。

確かに、腕は確かだ。

マゼラン少佐が率いるグリムリーパー体の一小隊。更に、シテイ中尉が率いるスプリガンの一小隊。

どちらも指揮官は来ることが出来なかったが、クラーケンの群れを仕留める好機と言うことで、千葉中将が説得したのだろう。

今日、湿っぽいことを言っているなと思ったら。

恐らくだが、相当神経が参っていたとみて良い。

この増援を寄越すよう交渉するのは、大変だっただろうから。

「グリムリーパー、現着! 一つ貸しだ」

「スプリガン現着! 敵は手強いらしいな。 気を抜かずに行くぞ」

「現在、まだ敵は多数が健在です。 各自、注意してください」

敬礼して、情報を一華からバイザーに送って貰う。

これならば、或いは。

ともかく、やるしかない。このままだと、神戸は敵の手に落ち。連鎖的に大阪基地も落ちる事になるのだから。

 

1、神戸は赤く染まる

 

五体目のクラーケンをリーダーが釣る。

一華はエイレンWカスタムの様子を見ながら、相手が此方に来るのを確認。味方は散って相手の様子を窺う。

当然だろう。

一番危険な緑クラーケンだ。

敵の城塞を崩して、やっと引っ張り出せたのである。そして広域攻撃持ちの此奴は、クラーケンの中でも危険度が頭一つ抜けている。

無言で待ち受けつつ、装備の状況を確認しておく。

現在電磁装甲はまだいける。

バッテリーを補給車で、かなりたくさん持ってきている事もある。エイレンシリーズは昔バッテリーの不足と継戦力が課題だったが。プロフェッサーが何十年分も改良してくれたおかげだ。

問題は他の武器類。

レーザーを反射されると、どうしてもダメージを受ける。現在、レールガンがかなり危ない状態だ。

下手に撃つと暴発するかも知れない。

敵を半分まで削ったら、一度さがりたい位だが。

クラーケンの反射能力を考えると、エイレンWカスタムがこの場を離れる訳にもいかない。

タチが悪いことに、クラーケンの反射能力は完全反射ではなく、ある程度散らして反射してくる。

これが厄介極まりなく、確実に避けるという事ができないのだ。

リーダーはあれは勘とかで避けている。それも、相手を奇襲した時限定である。

至近だと、多分リーダーでも出来ないだろう。

泳いで来る緑クラーケン。

リーダーが。舌打ちしていた。

「2−4小隊、二ブロック後退」

「りょ、了解!」

「い、急げッ!」

兵士達がばらばらとさがる。そして、直後彼らがいた地点を、殺戮の嵐が蹂躙していた。

緑クラーケンが装備している範囲攻撃を可能とする殺戮毒ガスだ。

クラーケンが両手を挙げて、ケラケラと笑っているのが見える。これで、各地で兵士を殺傷してきたのだろう。

或いは市民をだろうか。

ヘイズが迫ってくる。

緑クラーケンは敵の中でも精鋭らしく、特に多数のヘイズを連れている事が多い。今回もそのパターンだ。

緑クラーケンが、迫ってくる。

だが、泳ごうとした瞬間。

リーダーが狙撃。

奴のシールドを持つ手を、撃ち抜いていた。

同時にライジンが一閃。

緑クラーケンの体を貫き、悲鳴すら上がらぬまま、色を失わせていた。

流石の連携だ。

だが、ヘイズがそれで狂乱状態になり、一斉に迫ってくる。地上からは、コスモノーツも来た様子だ。

まだ毒ガスの竜巻が周囲を蹂躙している中。

ヘイズが突貫してくる。

そのヘイズに、一糸乱れぬレーザーとマグブラスターの攻撃が直撃。生き残りは逃げ泳ぐが。

逃げた先にも、追撃が行く。

スプリガンによるものだ。

更に、突貫してきたコスモノーツに、獰猛に襲いかかるグリムリーパー。装備も強化されていて。最近はブラストホールスピアだけではなく、有用性が確認されたスパインドライバーを装備している隊員も増えている。

どうもジャムカ大佐は、それぞれにあった武器を自由に使っていいと考えるタイプである様子だ。

勿論戦果を上げることを求める傾向はあるが。

それでも、何を使っても良いから戦果を上げろというのは、指揮官としてはかなりおおらかだ。

猛烈なグリムリーパーの攻撃に、蹈鞴を踏むコスモノーツ。エイレンWカスタムは今の戦闘ではほぼ無傷だったので、レーザーで支援。

コスモノーツの装甲を打ち抜き、動きが止まった相手を更に皆がとどめを刺す。

更に、別のコスモノーツ部隊が来るが。

其奴が側背に回ろうとした瞬間、リーダーがC90A爆弾を起爆。

モロに起爆範囲に巻き込まれたコスモノーツ部隊が、文字通り消し飛ぶようにして消滅していた。

これで、三分の一か。

ヘイズを片付けつつ、敵の残党を処理。味方の損害を最小限に抑えられたが。それでも、毒ガスにやられた町並みは酷い状態だ。コンクリも溶けている。これを人体がくらったらどうなるかは、考えたくない。

負傷者を下げる。

まだ歩兵部隊はやる気だ。かなり数を減らしているが。

また、最初からいたウィングダイバー隊は、そのままスプリガン麾下に入って貰う。

かなり練度は高いが、流石にスプリガン隊に比べると劣る。

だが、これは仕方がないし。

何より、負けが続いていた世界では。スプリガン隊ですら、素人集団になっていた。スプリガン隊に戦闘力が高いベテランが揃っているこの世界は、それだけ戦況がいいと言える。

スカウトに行って、戻ってくる歩兵部隊。

一華は受け取ったデータを皆に再配布する。

この作業を、口頭でやらなくて良いのがいい。

バイザーが見て拾ってきた情報は嘘をつかない。敵も学習していて、神戸の電気設備は既に死んでいるが。

それでも、バイザーは別系統のネットワークで動いているし。

口頭での伝達によるミスもない。

敵の配置を確認。

リーダーは頷くと、次の敵を指示。

青クラーケンだ。

コスモノーツの部隊も、かなり減ってきている。今までの戦闘で削り倒して来たからである。

狙撃。

そのまま、散開して敵の到来を待つ。

まずはヘイズが来るが。それはスプリガンに任せる。

空中戦なら負けられない。

そう言っているスプリガンは、かなりやはり良い腕をしている。ヘイズ初登場時はかなり苦戦していたが。

今では戦闘経験を積んで、ここに来ている隊員は皆怖れずに、互いの視界をカバーしつつ。死角を守りあってヘイズの攻撃を事前に防いでいる。

コスモノーツは、動いている。

これについては、リーダーから時々無線で連絡が来る。だから、先に備えておく。

ぬっと、青クラーケンが姿を見せる。

ビルの影をぬうようにして、飛んできていたらしい。

もうシールドを構えている。ならば、やるしかない。

レーザーで、シールドに攻撃。反射してくるレーザーを。出来るだけエイレンWカスタムで受け止める。

見る間に負荷が揚がっていくが、それでも凄まじいレーザーを浴びながら、青クラーケンも攻撃を出来ないのだろう。

程なく、シールドがオーバーヒート。

此方も、エイレンWがアラームを鳴らしている。

リーダー達が、クラーケンを仕留めてしまうのを横目に、ダメージをチェック。電磁装甲を再起動して、と思った瞬間。

ヘイズが数体、エイレンWカスタムに集中攻撃。

電磁装甲の残りの防御力を、全て持って行かれていた。

まずい。

更に攻撃を受けたら、多分エイレンWの内部までダメージが通る。スプリガン隊が対応して、ヘイズを追い払ってくれるが、慌てて残ったバッテリーを使って装甲の再起動に入る。

冷や冷やする。

このタイミングは、殆ど動けないのだ。

エイレン型はそもそも電磁装甲による装甲強化で、二足歩行を可能にしているという現実がある。

この技術はプロテウスにも使われ、継承されているものだ。

逆に言うと、エイレンは電気がないとほぼ何もできないのである。

それは身を守ることもそう。

自作のPCでフルパワーの支援を行うが、それでもちょっと危ないかも知れない。電磁装甲を、無理矢理再起動。

だが、かなりのエラーが出ている。

至近、目の前に傷ついたヘイズ。

一瞬早く、レーザーで斬り裂く。

真っ二つにされたヘイズは、空中を漂いながら地面に落ちていく。その目は、人間にそっくりだ。

「一華、無事か」

「なんとか。 ただヘイズ、これはエイレンWカスタムの弱点を知っているとしか思えないッスね……」

「そうだな。 ある程度高い知能があるのかも知れない」

「……」

そういえばだ。

数少ない、現在生きている頭足類に関する生物学的なレポートを全て見た。それだけレポートも数が少ないのだ。

だから幾つか知っている事がある。

四億年以上前から、海にいる生物と言う事もあるのだろうか。

頭足類は知能が非常に高く。例えば瓶に入れた蟹を見ると、普通に瓶の蓋を開けて食べてしまうと言う。

陸上で暮らした化石の類は存在しないが。

陸に揚げると、実に巧みに体を動かして、海の中に戻っていくともいう。

この辺りの恐ろしい潜在能力の高さが、頭足類が火星のテラフォーミング計画で選抜された要因らしく。

もしも人類の肉体が、どれだけ弄くっても過酷な火星に馴染まなかった場合。

頭足類の遺伝子を取り込んで、火星に定着して、地球の文明を存続させる。そういう判断をさせた理由であるらしいが。

正直、今その計画の後継者だろうクラーケンやクルール、更にはヘイズを見ていると。あまりその判断はしないでほしかったとしか言えない。

リーダーが、無線で指示。

一度休憩を入れると。

全軍少し下がって、大型移動車と合流。長野一等兵にエイレンWカスタムを診てもらう。また、少しの追加人員が来た。α部隊の生き残りを再編制したらしい。有り難い事に、数両のバリアスもいる。

ただ乗る人間がいないので、一華が使うしかないだろう。遠隔操作だ。それくらいは、難しく無い。

長野一等兵は、相変わらず不機嫌そうだ。

この人には、ずっと頭が上がらないかも知れない。

「この機体は同系統のコンバットフレームの完成形に近い。 それなのに、どうしてこう扱いが雑で乱暴なのか」

「はは、すいませんッス」

「分かっているならもう少し丁寧に扱ってやれ。 エイレンが可哀想だ」

返す言葉もない。

その間に食事や排泄を済ますようにとリーダーは指示。

大型移動車にはそれらの設備も揃っているので、すぐに出来る。

リーダー自身は、再び敵陣を見に行く。

連続して攻撃を受けて、多少戦略を変えてくる可能性がある。それが懸念事項であるのだろう。

一華も軽くコーヒー牛乳を入れる。

まだ戦況が悪化していないので、こういう嗜好品が前線に回ってくるのだ。

一部の腐敗した部隊は、薬を入れたりしている様子だが。

そんな刹那の快楽で一生をだいなしにするくらいなら。

コーヒー牛乳でも飲んで、甘くて美味しい気持ちを味わう方がマシだ。

何事も快楽の限度を求めて行くときりがなくなる。

それは、負けた世界で、兵士達が危険な薬に手を出して。完全に壊れてしまっているのを何度も見たから知っている。

一華も、もう肉体年齢はともかく。

経験してきた時間と。

精神年齢は、そうではないのだ。

そのまま、エイレンの応急処置が完了。皆の休憩も終わって、次の戦闘に。

リーダーと合流。

まあこの人は、体力からして無尽蔵だ。

疲れると言うことはないのだろう。

「敵の配置は」

「今情報を送る」

バイザーに情報を貰ったので、それを全員に共有。クラーケンの部隊は、意地でも神戸を維持するつもりらしい。

そうなればある程度は楽だが。

問題は、敵の狙いだ。

ここの部隊は、決して規模が小さくない。

何を狙っている。

恐らく敵の狙いは、村上班の誘引と拘束だ。ざっと、全域で敵の作戦について確認する。

プロフェッサーにも連絡を入れておく。

なにか、敵がする可能性を懸念しておく。

それが大事だからだ。

「今の時点では、どこの作戦も膠着状態ッスね。 大規模な敵の動きに対しては、味方も対応できているッス」

「……大型船は?」

「いや、可能性がある日時は至近ではないッスね」

「分かった。 ならば、一秒でも早く此処を解放する」

リーダーの言葉ももっとも。

敵の狙いが読めないのなら、先に行動して此方に優位な状況を作っておく。ただでさえ大阪基地は大苦戦しているのだ。神戸に村上班が来た時点ではまだ余裕があったのだが、今は攻撃が更に苛烈になり、もう余裕もないという。

出来れば、早めに救援をしたい。

リーダーが指示したのは、次はコスモノーツ部隊の撃破だ。

クラーケンはかなりまばらになってきている反面、コスモノーツ部隊がかなり厄介である。

問題はクラーケンの目が、下に対してかなり良いという事。

下手な狙いかただと、クラーケンも反応するだろう。それも複数。

そこで、リーダーがビル街の合間にいるコスモノーツを狙う。

それも、クラーケンの視界外にいる所をだ。

当然ヘイズはある程度反応するだろうが、それも先に始末しておけばかなり後の戦闘が楽になる。

まだ、此処で勝ったわけではないのだ。

コスモノーツを、リーダーが撃ち抜く。

相手は重装、それもレーザー砲持ち。一撃でヘルメットを貫くのは厳しい。だが、ヘルメットを砕いたところに、弐分と三城がタイミングを合わせてそれぞれガリア砲とライジンを叩き込む。

文字通りのトリプルピンホールショットである。

この前には、流石に指揮官級だろう重装コスモノーツも、どうにもならなかった。

糸が切れた人形のように倒れる重装。

反応したコスモノーツが、わらわらと来る。従えられているコロニストや、ヘイズもである。

さがって距離を取りつつ、戦闘地域をクラーケンから離す。

クラーケンに奇襲を喰らったら、一瞬で全滅しかねないからだ。

コスモノーツには、レーザー砲持ちもいる。

グリムリーパーに突出しないようにリーダーが指示を出しつつさがる。マゼラン副隊長も、流石に村上班の事は聞いているのだろう。

素直に指示を受け、強化されているシールドで敵の攻撃を捌きながらさがる。

コスモノーツの部隊が十字路に入った瞬間。

横殴りに、バリアス隊が射撃を開始。

怯んだコスモノーツ部隊に、皆で襲いかかって、全方位から攻撃を浴びせる。どうもパニックになるとどうにもならなくなるのは、コスモノーツも人間も同じようだ。袋だたきにされて、あっというまにコスモノーツの部隊は壊滅した。

後は纏わり付いてきているヘイズだが、それはエイレンWカスタムのレーザーと、スプリガンを中心に対応する。

どうもヘイズはコンバットフレームを狙って来る傾向があるらしい。

それだけ敵も、エイレン型はかなり危険と見なしているのだろう。

光栄な話ではあるが、集中攻撃でボロボロにされるのはあまり気分的にいいものではない。

敵を駆逐完了。

やはり負傷者は出る。特に再編制を終えて戻って来たばかりのα隊の生き残りの一人が瀕死の状態で後送されていくのを見ると、あまり良い気分はしない。

それでも、やるしかない。

敵の地上戦力と空中戦力を、交互に叩く。

リーダーの指示は的確で、敵は確実に密度を減らしていく。

クラーケンが残り五体を切ったとき。

敵は、撤退を開始した。

 

神戸の街に、工兵部隊が来る。電気系統の復旧が主な仕事だろう。まず村上班は、グリムリーパーとスプリガンと連携して大阪基地の敵を撃ち払った。残念ながら借りたバリアスは、クラーケンのシールド対策の過程で全両中破させてしまったが。これについては、仕方がないダメージ。いわゆるコラテラルダメージと言う事で、誰も文句はいわなかった。クラーケンをこの数仕留めて、被害も最小限に抑えた。それだけで充分だと言う事でもある。

大阪基地に来ていた敵も、神戸の部隊がやられたと判断したのだろう。

即座に後退を開始。

怪物すらもが、無謀な突貫をやめて引き揚げて行く。敵の部隊はテレポーションシップを使って怪物を回収すると、そのまま撤収していった。悔しいが、大阪基地は陥落寸前で。とても追撃の余裕はなかった。

筒井中佐は生き残っていたが。

手酷く傷を受けていて。指揮車両に使っているタイタン(大破まで追い込まれていた)から、医療班に引っ張り出されていた。

そのまま、軽く情報交換をする。

軍医が睨んでいたが、仕方がない。筒井中佐が、手短に済ませるとだけ言ってくれた。

「神戸を守ってくれてありがとなあ。 だけど、殆ど全部電気系統はやられてしもうたらしいな」

「敵も人間が電気系統を重要視して、インフラの最重要項目にしているのは知っているようです」

「せやな。 大阪基地への攻撃でも、基地内の電気設備を執拗に狙っておったわ。 くわしい経緯は、タイタンのPCにはいっとる。 そこにおるんやろ、一華中尉。 もうすぐ大尉だったか? あんたがデータを引っ張り出すのが一番早いやろ。 その後、ちゃんと千葉中将に届けてくれれば、それでええ」

「了解ッス」

こういう形で、もとハッカーが信頼して貰えるのはとてもありがたい。

とりあえず、血だらけのコックピットの中から、ブラックボックスとPCを取りだす。タイタンに搭載しているPCはしょうじき性能があまりよろしくなく。はっきりいってパスワードを知らなくても、内部情報を引っ張り出す自信がある。PCは生きているし、パスワードも聞いているので、それはしなくても良かったが。

配線をつないで、情報を引っ張り出す。

その間、エイレンWカスタムの修理と。バリアスの返却はリーダーに頼んでそれぞれ長野一等兵と、大阪基地の兵士に引き継ぐ。

一華も黙々とデータを漁って。

やがて、戦闘データをあらかた回収出来た。

指揮車両だけあって、戦闘の経緯はあらかた集中していた、という事もある。

回収は難しく無かった。

シテイ中尉と、マゼラン中佐がリーダーに敬礼している。

「流石の戦いぶりだった。 また戦おう」

「今度は俺たちの窮地を救ってくれ」

「はい。 是非」

リーダーが敬礼している。心から。

以前、メキシコで人間が落ちるところまで落ちるとどうなるか、みたいなのを見た。一華はそういうのを前から知っていたが。三城はカチキレる寸前まで行っていたし。リーダーも、腐敗を平然と肯定するアホを一撃でぶちのめしていた。

ああいう論外な隊員もいるが。

こうやって尊敬できる隊員もいる。

尊敬できる隊員には、敬意を忘れない。

そういう筋の通し方なのだろう。

リーダーは、筋を通す事が出来る人間だ。そして筋を通すと言う事を出来る人間が、ごく少数である事を一華は知っている。

そういえば、あのトゥラプターも、あいつなりの筋を通す奴だったな。

敵なのがもったいない。

ため息をつきながら、レポートを書く。まあデータをコピペして、それで終わりなので有り難いが。

千葉中将に、データを送る。

千葉中将から、すぐ返事がバイザーに来た。

「ありがとう、一華中尉。 いや、もう大尉だな。 大阪基地の激戦については聞いていたが、此方でもかなりの規模の敵が動いていてな。 君達の救援が遅れていたら、どうなっていたか」

「いえ、此方も援軍がなかったら危なかったッスよ」

クラーケンのシールド。

あれは本当にどうにもできない。

今回も、バリアスによる遠隔射撃で削り、それでリーダー達がとどめを刺したが。他の戦場では、ダメージ覚悟で集中攻撃を仕掛け、仕留めきるくらいしか有効な戦術は存在しないだろう。

事実、あのリーダーですらそうやって戦っているのだ。

正直、どうすればいいのか。

プロテウスですら破壊しうるクラーケンの武器の火力は、あまりにも次元が違いすぎると言える。

そして敵にまだどれだけクラーケンがいるか、よく分からないのである。

戻って来て欲しい。

そう言われて、リーダーの所に行く。

リーダーも同じ指示を受けたらしく、大阪基地を軽く見回ってから、東京基地に引き上げる事とした。

ヘリで、東京基地に引き上げる。

問題は、今回の敵の動き。

大阪基地をあわよくば潰したいと考えていただろう事は分かる。

だが、それ以上に、村上班を誘引していたのも確実だ。

クラーケン十五体。百体以上のコスモノーツ。随伴歩兵のヘイズ。どれもクローンだろうが、装備も含めると、相当なコストになる筈。それらを失って、それ以上に奴らは得るものがあるのか。

そうとしか思えない。

今回の敵の指揮官は、石橋を叩いて渡るタイプだ。

だとすると、そうと考える以外にはないだろう。

問題は、狙いだが。

村上班の戦力については、既に奴らも理解している筈だ。プロテウスについても、既に場合によっては村上班が使う事も分かっているはず。

だとすると、やはり誘引か。

それとも、何かしらの弱点を探るための、敢えて必要な犠牲か。

とにかく、見極めないとならない。

プロフェッサーから連絡が来る。当然、リーダーが応じた。

「三週間後、スイスの山間部に敵大型船の艦隊が出現する可能性がある。 プロテウスについては、私から手を回した。 どうにかいけるように、君達の方でも交渉をしてくれるだろうか」

「分かりました。 千葉中将に掛け合ってみます」

「頼む。 戦略情報部にパイプを確保したつもりではあるが、かなり政治の世界は今の私にも怖い。 事実上EDFの最高戦力である君達からも動いてくれ。 それが、一番確実だ」

政治の世界が怖い、か。

政治の世界は、金をどう動かすかの世界だ。本来はそれを国を富ませるために用いたが。

いつのまにか、権力の綱引きのために金をどう動かすかに変わってしまった。

まあ政治の世界が怖かったのは、ずっと古い時代から変わっていない。

一華もそれは知っている。

「今回の件は、外す訳にはいかない。 俺の勘がびりびり来ている。 恐らく次は、当たるとみて良い」

「ほう」

「一華、切り札を幾つか切る。 政財界を掣肘できるようなスキャンダルの手札を頼めるか」

「了解ッスよ」

負けた世界で。

怪物と戦いながら世界を彷徨い。各地のもう停止してしまった重要施設を幾つも発見した。

それらを修復して、データを回収したのは一華だ。

だからEDFだけではない。

世界中の醜聞を知っている。

だから、此処では一華が役に立てる。

幾つか、醜聞を渡しておく。これで、政財界を黙らせることは可能になる。後は、千葉中将と話し合うだけだ。

クリーンな手だけで勝てるなら、苦労はいらない。

一華は、皆と一緒に負けた世界で、地獄のような戦闘をくぐり抜け続けた。そして勝ち取ってきた情報だ。

今使わずして、いつ使う。

まだ問題がある。

敵がどう動くか分からない、と言う事だ。最重要戦略目標であるあの大型船を守るために、色々な行動を取ってくるはずである。

それに対しても。

備えなければならなかった。

 

2、死神は敵を刈り取る

 

ジャムカ大佐は、ウィスキーを傾けて。痛み止めにしかならないなと思った。

だが、昔より痛みは薄れている気がする。

それほど時間が経った気はしないのだが。

おかしな話だった。

いずれにしても、ウィスキーを適当に頭にだけ入れておく。泥酔はしない。適度に酔っていると、手元が非常に滑らかになる。

似たような感覚の持ち主はかなり多いらしく。

少しだけ酒を入れることで、むしろ強くなる兵士は珍しくもないらしい。

ウィスキーがおいしいから飲んでいる、などと言うことはない。

酒は大人の趣味なんて口にする奴がいるが、てんでお笑いだ。ジャムカに言わせれば、こんなものは腹に入れば全部同じ。

肝臓が苦労して毒物判定した酒を分解し。

頭を多少鈍らせて、恐怖や痛みを和らげる。

薬学上は麻薬に分類されるだけの代物。

それが、酒だ。

だから、ジャムカを酒好きと認識している部下はいるようだが。それについては違うんだがなあといつも心の内で思っている。

だが、他人をどう認識しようと、勝手にしろともジャムカは思っている。

これについては色々諦めている。

村上班の村上壱野と軽く前に話したが。

この辺りは、ジャムカと話があう。

村上班には、山県という同じように酒で痛みを紛らわせている奴がいて。奴が教えてくれたストロング何とかとかいう酒も。痛み止めとしては丁度良かった。

値段なんてどうでもいい。

酒なら、それでいいし。

いつもと違う酒なら。それはそれで良いと思うくらいに。酒なんてどうでもいいと、ジャムカは思っていた。

大型移動車で、戦地に出向く。

プライマーの猛攻が続いている。出来れば世界中に村上班が来て欲しい位の状態だが。

どういうわけか、今回は村上班は出られないと言う。

それどころか、欧州の片田舎に極秘で出かけたそうだ。

どうしてかは分からない。

まあ、兎も角。

この戦場は、ジャムカが支えなければならなかった。

大型移動車には、この間村上班と一緒に無茶な戦場に出てきた副官、マゼランも乗っている。

今回、グリムリーパーは総力だ。

仲間を死なせるな。

次の戦場で死ね。

それは生きろ、生かせという意味だ。

いつもこの訓戒だけは。ジャムカは、戦う前に忘れなかったし。部下達も、諳んじる事が出来るのだった。

現地に到着。ざっと降りて、皆が展開する。

ジャムカが最初に降りて展開を終えているのはいつもの光景。

戦場では、既にかなりの数のエイレンと戦車隊が出ていて。少なくない被害が出ている様子だ。

ニューヨークに執拗に攻撃してきているプライマー。

数はかなり多く、味方は苦戦している。

プロテウスも何機かいるようだが、それでも苦戦する程の数と言う事だ。これは戦いがいがある。

俺を殺してくれるかもな。

そう呟きながら、司令官をしている少将に話を聞く。一番苦戦している戦域を聞くと、すぐに其方に出向く。

苦戦、するわけだ。

一目で分かる。

飛行型とβ型が、交互に完璧なタイミングで其処を攻めている。ケブラーが飛行型に応戦しているが、数が足りない。戦車隊も、β型を仕留めきれていない。敵は傷口を拡げるように、どんどん増援を投入してきている。

それに対して、味方は波のように押し寄せ引き上げする敵に、翻弄されるばかりである。

この間、メキシコ国境付近で五十万の敵を退けたジェロニモ少将ほどの技量は期待できないにしても。

もう少し使える奴を将軍閣下にしろよ。

そう思う。

ジャムカだって、前線で戦うために妥協して大佐のままでいるのだ。

無能な将軍閣下に殺される兵士の気持ちは嫌と言うほど分かっているし。

それを許容するつもりは無い。

β型が攻勢に出る。

若干苦手な相手だが。ジャムカは、ブラストホールスピアを構え。フェンサー用の強力な大型パワードスケルトンのブースターを全開に。最前衛で突貫した。

ジグザグに移動しながら、敵への間合いを詰める。

ブラストホールスピアは、お気に入りの武器だ。

二段の攻撃で、ほとんどの怪物を一瞬にして仕留める事ができる。射程が課題だが、もしも遠くにいる敵と戦う場合は、ガリア砲なり他に選択肢がある。ミサイルはあまり好みではないが。

まず最初に、攻撃しようとしていた銀β型を貫き、踏み込みつつ更にもう一撃を叩き込む。

この二段攻撃を、パワードスケルトンと連動して出来るようになっているのがブラストホールスピアで。

大きな隙を作る反面、火力については申し分ない。

最近開発されたスパインドライバーという射出ハンマーも、かなり良い感じなのを知っているが。

結局、極めた武器が一番いい。

まずは銀β型を血祭りに上げると、β型の攻撃をスラスターでかわしつつ、踏み込み次を仕留める。

次、更に次。

高機動で動き回りながら、次々に敵を仕留める。

兵士達が歓声を上げる。

「死神部隊だ!」

「態勢を整えろ! 飛行型を可能な限り攻撃して数を減らせ! その後、水平射撃でグリムリーパーを支援!」

「イエッサ!」

態勢を立て直す時間を作ってやる。

派手に暴れ回りながら、β型を駆逐して回る。糸を盾で弾き返す。

この盾も、どんどん新しいのが来る。

アイコン化している髑髏のマークは必ずデザインに入れさせているが。一度、敵の攻撃を自動で反射するシールドを提案されたことがある。

部下には、自己判断で装備させた。

ジャムカが装備しているのは。

フェンサーの巨大なスーツに相応しい、タワーシールドだ。敵の攻撃を軽減することだけを考えている盾で、ある程度攻撃のベクトルも変更することが出来るが。それは意図的にやっていると、攻撃の手が鈍る。

あくまで盾として、使うようにしていた。

三十匹を倒した時点で、声を掛ける。

皆、生きているな。

応。

返事が上がる。

そのまま、β型の群れを蹴散らし、更に機動戦で飛行型の群れを攪乱。たまに対空でブラストホールスピアを叩き込み、低い位置まで降りて来た飛行型を刈り取る。またケブラーの弾を受けて降りて来た飛行型は、生かしたまま離陸させない。

そのまま貫き、吹き飛ばす。

飛行型はβ型以上に脆い。

相手としては苦手だが。

それでも、そうそう負けてはいられなかった。

β型を駆逐し終えて、一度後退。負傷者を申告させ。さがらせる。

グリムリーパーは重装甲の部隊だが。そもそも近距離用の武器を持って、高機動戦をするという点で、どうしても負傷者が多数出る部隊でもある。

三名負傷者が出た。

今回は六十名ほどの部隊で来ているから、被害は小さい方だ。

ただ、一人は腕が千切れかけている。

再生医療が必要だろう。

すぐに後方に下げて、部隊を再編制。

味方部隊が熱狂的な攻撃で、敵部隊を退けているが、すぐにスカウトから連絡が来る。

「此方スカウト! γ型の怪物確認! エイリアンとともに戦区C4に進軍中!」

「エイリアンの種類は!」

「クルールです! あ、発見されました! すぐに逃走します!」

「無駄に死ぬな! 急げ!」

スカウトが蜘蛛の子を散らすように逃げ散る音。

すぐに、ジャムカはウィスキーを追加。

多少、頭を鈍らせる。

これでいい。

これが、一番動ける。

「自由の女神がフランス製だと言う事を知っているか?」

「はあ、まあ。 北米のシンボルである事に代わりはないですが」

「そうだ。 フランス製だろうが、北米を照らす灯りを持つ存在だ。 そんな女神に、地面を転がりながら謁見しようとは太い連中だ。 これから、全て叩き潰しに行く」

「なるほど……」

ここで笑えばいいものを。

兵士達は、真面目に頷いている。

こういう辺りは、兵士としての適正があるのだろうが。それはそれとして、ユーモアもほしいものだ。

ムードメイカーの兵士が、戦場ではもっとも大事にされると聞くが。

グリムリーパーにもそういう奴がほしいものである。

或いはジャムカが萎縮させてしまっているのだろうか。

その可能性はある。

だとしたら、ある程度空気がやわらぐ方法を、考えなければならなかった。

来る。

γ型の群れが来る。

戦車隊が、一斉射撃を浴びせた後、飛行型の駆逐を終えているケブラーが水平射撃を開始。

γ型はAFVの天敵とまで言われているが、接近されるとまずいのはどの怪物も同じである。

ただ、ケブラーのように弾幕を張るタイプのAFVは、γ型に対してもかなり強い。

ケブラーが押し返している間に、グリムリーパー突撃。

ブースターを噴かす音が気持ちいい。

そのまま突撃して、次々に敵を貫く。

γ型はそこそこの装甲を持つが、ブラストホールスピアの攻撃に耐えられるほどではない。

突貫してくる相手は、シールドで防ぐ。

普通、大きさ的に防げる相手ではないのだが。

相手とのインパクトの瞬間、シールドは色々な機構を展開して、攻撃を防ぐように動く。それで、巨大な怪物の突貫や。赤いα型、或いはタッドポウルなどの噛みつき攻撃にも耐え抜ける。

防ぎながら、攻める。

攻めながら、防ぐ。

γ型は攻撃を受けると、かなり軽率に吹っ飛ぶ。

ケブラーの機銃弾一発では仕留める事ができないのだが、それでも敢えて恐らくなのだろう。

軽率に吹っ飛んで、彼方此方に散らばる。

このためどうしても乱戦になりやすく、味方の被害も大きくなりやすい。

AFVが苦手としている理由の一つがこれだ。

歩兵達には、AFVの随伴歩兵に徹するように指示。

γ型を駆逐して回る。

本命は此奴らじゃない。

半数ほどを力戦して撃破した時。

ぞわりと、嫌な気配がした。

「シールド、構えろ!」

「イエッサ!」

並んで、戦列を作り、シールドを構える。

同時に、辺りが一斉に爆裂していた。

最悪だ。

これはクルールの中でも、最悪の種類。炸裂弾を発射する散弾銃持ちだ。このタイプのクルールは二枚のシールドを持っている事も多く、敵の精鋭部隊なのだろう事は分かる。

AFVはγ型の相手で手一杯だ。

クルールの数は、幸いさほど多く無い。

「クルールは集中攻撃に弱い! 敵の攻撃を受けると思ったら、シールドで防ぎ、攻撃されている仲間の作ってくれた隙を生かして突貫しろ! そして多方向から貫け!」

「イエッサ!」

「突貫!」

総員で突撃開始。

クルール部隊が、目を細めて武器を構えるが。

一瞬早く懐に入ったジャムカに、驚きさがろうとする。

ブースターとスラスターの併用による高速機動だ。これも慣れると、とんでもない速度で動ける。

ジャムカのフェンサースーツに仕込まれている強化機能により、この高速機動を更に強化する事が出来ていて。

特に短時間なら。

あの村上班の超腕利き。

村上弐分以上の速度で動くことも可能だ。

ただし。機械が耐えられても、中のジャムカ自身が耐えられない。どれだけ鍛えても、Gによる強烈な負荷や。

それ以上に、Gで生じる血流の圧迫。

レッドアウトやブラックアウトなどの、危険な気絶現象からはさけられない。

だから、どうしても個人での高速機動には限界があるし。

出来る奴には才能がある。

懐に入ったクルールに、電刃刀で一撃。

渡されている武器だ。既にお墨付きと言う事で。

触手をまとめて数本切り裂くと、次へ。ジャムカにクルールの攻撃が集中するが、させてやっているのだ。

後方では、今触手を刈り取ったクルールが。味方になぶり殺しにされている。

危険なショットガン持ちはもう二体。

一体に肉薄。

恐怖の表情がクルールに浮かぶ。

此奴らの顔は何だか分かりやすい。ちょっと愛嬌があるなと思う事もある。まあ、それとは関係無く殺す。

ここは戦場だ。

相手に躊躇したら。

殺されるのは自分なのである。

残像を作って移動しつつ、背後から電刃刀の一撃で、触手をまとめて刈り取る。

エラー音。

そろそろ限界が近いと、フェンサースーツが告げてきている。

分かっている。

限界なんて、いつも近い。PTSDに近い状況だと、医師にも言われている。紛争で受けた心の傷は、ずっと治らない。

逝ってしまった仲間達。

生き残ってしまった自分だけ。

同じように、初期のフェンサースーツを着込んだ仲間だと言うのに。

叫びながら、前を遮ろうとするクルールの触手をまとめて斬り伏せる。電刃刀がオーバーヒート。装備を切り替えて、再びブラストホールスピアで突貫する。

後方では、必死にジャムカを止めようとクルールが右往左往し、ジャムカの部下達に猛々しく狩られているようだ。

それでいい。

そのまま突貫し、ショットガン持ちクルールと接敵。

明らかに怯む相手。

貰った。

突撃しつつ、一撃目。シールドで防がれる。二撃目。これもシールドで防がれる。勝ったと、甲高い声を上げるクルールだが。その頭が、バリアス戦車の砲撃で文字通り吹っ飛んでいた。

味方のために盾になる。

それが、フェンサーの仕事だ。

パニックに陥ったクルール隊を、そのまま殲滅する。フェンサースーツの警告に従って、速度は落とす。

クルールが大慌てでぶっ放した銃の一撃を冷静にシールドで防ぎ抜き。

そしてブラストホールスピアで仕返し。

生き残ったクルール部隊が、ぬるぬると滑るようにして下がりはじめる。残念ながら、追う余力は無い。

そのまま、残敵を掃討。

彼方此方、クルールの死体だらけだ。穴だらけになっていて、愛嬌のある顔も完全に台無しだった。

部下達を集める。

戦死1、負傷4。

分かったと告げて、すぐに負傷者を後方に下げる。戦死したのは、戦場以外ではまだ笑う事も出来る兵士だった。

ムードメーカーになれるかも知れないと思って期待していたのだが。それもかなわなかったか。

嘆息すると、軽く休憩を入れる。

グリムリーパーも負傷しての途中離脱率が多い部隊だ。彼方此方で戦績を上げたフェンサーがどんどん入ってくるが、次々に抜けて行く。負傷で抜けるならまだいいが、戦死するケースの方が多い。

それは、何とも言えないことだった。

ウィスキーを呷ってから、立ち上がる。

部隊の再編制が終わった。

敵が来る。

今度はまたβ型か。どうしてもこの地点を抜きたいらしい。だが、そうはさせるか。

味方の増援部隊。

まだ若い兵士が混じっている。

「新兵か?」

「ジョエルと言います。 ニューヨークの志願兵部隊の者です」

「よし、AFVの随伴歩兵をしろ。 AFVは怪物の接近に弱い。 怪物の接近を許したときに、最後の盾になるのはお前達だ。 そもそも怪物を近寄らせるなよ」

「イエッサ!」

まあ、銃社会で生きてきた若者だ。

それは、気合いくらいは入っているとみて良い。

β型の群れ。

少し遅れて、飛行型が来る。ケブラーに任せるしかない。工兵も来ていて、飛行型の攻撃の中、必死に傷ついたAFVの応急手当をしている。何人か支援に回したいところだが、β型の攻撃が苛烈だ。それどころじゃあない。

それにしても、さっきの電刃刀。

村上弐分が使いやすいと言っていたから、使って見たが。なかなかのものだ。忍者は世界中で人気だが。同様にして刀剣という武器の中でももっとも美しいと言える日本刀も人気がある。

最初のコンピューターゲームの一角であるウィザードリィで、忍者やサムライが重要な職業だった事からも分かるように。

それだけ日本刀は愛されているのだ。

電刃刀は日本刀とはだいぶ形状が違うが、それでも刀を振るう高揚感は確かにある。

これからも、時々使うか。

ジャムカは、β型の群れを蹴散らしながら思う。

更に飛行型を背後から撃ってAFV部隊を支援し。

六時間にわたって戦闘を続行して、敵の攻勢を退けた。

やはり夜になると、敵は動きを止める。それに沿って、味方も兵力の再編制。

視線で探したのは、あのジョエルという兵士だ。

良かった、生きている。

志願兵なんかを死なせて自分が生き残ったら、それこそ申し訳が立たない。嘆息すると、部下達にも休憩を命じる。

今回も、部下に大きな被害が出る。

今の時点では、被害を補填できる程度だが。このまま戦況が悪化したら、それもどうなるかは分からない。

自室で、チューハイを口にする。

山県からもらったものだ。これもまた、酔うなら用途として適しているな。そう、苦笑いしていた。

 

3、決定打入る

 

スイスの山麓に、村上班到着。既に戦闘が開始されている。少数の怪物がいて、それを味方部隊が撃破して回っている。だが、手が足りていない。

三城は突貫すると、デストブラスターで敵を蹴散らして回る。

さて、今回、この場所だ。

現在、世界中で敵の猛攻が繰り広げられている。中には、明らかに村上班を誘引している戦場もあった。

だが、それらは荒木班、グリムリーパー、スプリガンに任せている。

被害は出るだろう。

だが、此処は。

一緒に戦い続け。世界の終焉を同じ数だけ見て来た彼ら彼女らに任せるしかない。三城も、此処で全力を尽くす。

既に仕込みは終わっている。

一人山頂にスカウトが残されている。リンダという婚約者がいる兵士だ。

以前経験した周回でも救出したことがある。それは、小兄が救援に行っている。三城のフライトユニットでは、兵士を抱えて飛ぶのは不可能だ。

激しい戦いの中、α型の群れを蹴散らす。

そうすると、やはりβ型の群れが出現する。だが、出現した瞬間に、木曽がミサイルをまとめて叩き込む。

激しいミサイルの雨霰に晒されたβ型はまとめて吹き飛ぶ。

怪物の駆逐に当たっていた、小規模部隊も。それを見て、隊列を並び替え。そして、一斉射で怪物を蹴散らしに掛かる。

小兄が戻ってきた。

婚約者がいる兵士が、汗だくに成りながら感謝する。

「た、助かった。 ありがとう。 結婚式には招待するよ」

「今は、皆の支援を頼む」

「イエッサ!」

戦闘続行。僅かに生き残ったβ型が此方に来る。

さて、視界の隅。

地味なコンテナで偽装している移動車が来ている。恐らく、敵はあれの正体に気付けていない筈だ。

あのコンテナは、複雑な幾つもの装甲で偽装している。

パージしない限り、EDFでも内部に何があるかわからないだろう。

最悪の事態……EDFに内通者がいたり。内部のPCにハッキングされて、情報が盗まれている時に備えて。

一華が色々と手を打ったのだ。

結果として、作戦は上手く行った。

そして、三城も感じている。

びりびりと来ている。

大兄が、今回は勘が告げていると言った。大兄の勘は、もう一種の超能力に近い代物である。

そんな大兄がそうまで言うのだ。

今回は、来るとみて良い。

「敵の駆逐、完了!」

「β型の群れが伏せていると分かった時は危なかった。 他でも苛烈な戦闘が続いているというのに、本当に助かった」

「いや、これからが本番だ」

「え……」

兵士達が困惑する中。

大兄が、声を張り上げていた。

「来るぞ!」

上空に、無数の光が迸る。

この音は、聞いた事がある。

敵の大型船が、時間を超えてここに来るときの音だ。それも、一隻や二隻ではない。

パージ。

叫ぶと同時に、複数の障壁で隠蔽されていたプロテウス。それも一華専用に作られた、単座型のものが姿を見せる。

ついに、条件が整う。

ここに、敵の大型船が来る。それは、可能性の一つだった。今までも、何度かこの戦場は経験した。

今までに何度か、此処に敵の大型船が転移した。

それもかなりの規模で、

そのデータがあったからだ。

今回も、そのデータを分析して、ここに来る可能性をプロフェッサーが割り出していた。ゆえに、ここに来た。

重要な戦場を、仲間に任せて。

皆が、やってくれると信じて。

事実、荒木班もグリムリーパーもスプリガンも、やってくれている。各地で激しい戦いを制して、敵の猛攻を食い止めてくれている。

ならば。此処で村上班も勝利する。

完全勝利に、近付くためにだ。

上空に、三隻の大型船が出現、次々に続く。

だが、その三隻は。またたくまに、プロテウスの主砲である硬X線ビーム砲の直撃を受けて、甚大な損傷を受け。大兄の狙撃。小兄のガリア砲。そして三城のライジンを喰らって、爆発四散。

慌てた敵大型船が、前面のハッチを開けてアンドロイドをばらまきはじめる。

敵の大型船は、確実にプロテウスが撃墜してくれている。大兄が、叫ぶ。

「よし、俺たちの相手はあの敵のアンドロイドどもだ! 擲弾兵が混じっている! 近づけるなよ!」

「地雷原、セット完了でさ」

「よし、操作は任せる!」

山県中尉がばらまいたのは、ロケットランチャー型の自動砲座である。ロケットランチャーとはいうが、超小型のロケット。誘導兵器では無いのでミサイルでは無いのだが、とにかくそういうものを乱射し、敵を爆破する。

弾速が速い事もあって、特に擲弾兵を相手にするには非常に強力で。ある程度敵の弱点を狙う機能もある。

問題は自爆が時々見られた事で、それもあって使う兵士はあまり多くはなかったのだが。

最近プロフェッサーが改良型を送ってきてくれて、前線をある程度構築するには丁度いい性能になった。

爆破に次々巻き込まれて、粉々になる敵弾兵。

擲弾兵が持っている擲弾も、敵を巻き込んで次々に爆発。アンドロイドが、次々に四散していく。

「山が当たった!」

プロフェッサーが、興奮して無線を送ってくる。

それはそうだろう。

プロフェッサーにしてみれば、なんども夢にまで見た光景なのだろうから。

「敵は恐らく、この地点に君達を近付かせないつもりだった! だから立て続けに大規模な作戦を実施して、君達を疲弊し、拘束した! これについては、君達の予想が当たっていた! だが、この場に君達が居合わせたのは偶然じゃあない! 世界中を転戦し続けて、あらゆる可能性にぶつかってきた君達が掴み取った必然だ!」

そうだな。

そうだとも思う。

だけれども、それだけじゃない。

此処に今来られているのは、荒木班、グリムリーパー、スプリガンが。本来村上班が出向かなければならない戦場を抑えてくれているからだ。

皆のおかげで、可能性を掴めたのだ。

だから、ここで負ける訳にはいかない。

「敵大型船はダメコンに全力を注いでいる頑強な構造で、普通は簡単には破壊出来ないが、そこにはプロテウスがいる! 一華くんの指定通りにチューンして性能を上げたカスタム機だ! そのプロテウスの火力を軸に、可能な限り敵の大型船を撃沈してくれ! 頼むぞ!」

「了解!」

大兄が叫ぶ。

大型船の艦隊が、次々に爆破四散して撃墜されていく。これらは本来、過去に転移して、各地の戦線に戦力を送ったはずの船だ。今、タイムパラドックスが自分達の手で引き起こされている。

だが、だからといって世界が吹き飛ぶようなこともない。

タイムパラドックスには幾つもの噂がある。発生すれば宇宙が吹き飛ぶとか、運が良ければ銀河系が吹き飛ぶだけで済むとか。

逆に、誰かが過去に転移して、何か歴史を変化させるというのも実は何も矛盾しないという学説もあるらしい。

恐らくだが、実際には前者が近いのだろうが。

例の忌々しいリングのせいで、それも防がれているのだろう。

プライマーの上位者文明が何を考えているのか分からないが。

とにかく、一華の言葉を聞く限り、どうも人類に仇を為そうとしているわけでもないらしい。

味方でもないようだが。

とにかく、其奴らに話を聞くのは後だ。

今は、ここで勝利する。

また一隻、上空で大型船が爆散する。一華がカウントしているが、既に七隻が爆沈した。流石硬X線ビーム砲。敵も、すぐには過去への転移を出来ない様子で、陣形を密集させ、必死にアンドロイドと怪物、更にはドローンまで放って、抵抗を続けている。

だが鬼神と化している大兄の戦闘力は凄まじく、アンドロイド程度で止められるものではない。

立て続けに大型アンドロイド二体が爆発四散。

稜線からブラスターを放とうとした瞬間、弱点のモノアイを撃ち抜かれたのだ。それで、敵も覚悟を決めたらしい。

キュクロプスにクルールまで展開して来る。

「どうするっすか、支援するッスか?」

「ギリギリまでは大型船の撃沈に集中しろ! 雑魚は俺たちが始末する!」

「雑魚とはとても思えないッスけど、分かったッス。 破壊のコツは掴んだ。 ペースを上げて行くッスよ!」

八隻目が爆発四散。

それだけではない。

上空に、きんと鋭い音が響く。

「此方DE204! 攻撃機を近場からありったけ集めて来た!」

「よし、指定する敵船に火力を集中してくれ!」

「了解! 今まで良くもやってくれたな! 十倍返しだ!」

山県中尉が、一華と連携して更に大型船に大火力を叩き込む。飛来した攻撃機が、ヒットアンドアウェイで、ありったけの弾を叩き込んでいく。

次々に爆散する敵大型船。

どんどん未来から次の大型船が来るが。来た瞬間に攻撃に巻き込まれ、爆沈する艦まで出始めている。

これは、敵の大混乱が手に取るように分かる。

キュクロプスが来るが、大兄が余裕を持ってモノアイを撃ち抜いて爆破四散。だが、敵の小型が増えてきた。

小兄とともに、三城が飛び回って駆逐する。

木曽中尉のミサイルも、かなり敵を叩き落としてくれているし。柿崎はそれは嬉しそうに敵陣に斬り込んで、敵を切り刻みまくっている。

致命傷をおった大型船が、となりの大型船に激突。

もろともに爆沈する。

それで、恐らく敵も相当なショックを受けたのだろう。明らかに、吐き出す怪物やアンドロイドが無茶苦茶になりはじめる。それだけ慌てていると言う事だ。

更に、十隻以上が、一気に転移してくる。

欧州支部の指揮官であるジョン中将は、最初この作戦に懐疑的で。千葉中将と一緒に話をしたとき、渋面を作った。

そういう事をするから嫌われるんだと内心で思ったけれども。

今は、無線の向こうで興奮している。

「こんな数の敵大型船をまとめて撃破するとは! 増援を送る余裕はないか!?」

「近隣では幾つもの苛烈な戦場が! 援軍が欲しい位です!」

「くっ……村上班、物資だけは送る! 頼むから、可能な限り敵大型船を撃墜してくれ!」

「了解……」

大兄が呟く。

出来る人なのに、たまに不愉快だな。

そう呟くのを聞いてしまって、噴きそうになる。

大兄も、そう思っていたのだと思うと、ちょっとおかしい。

ただ、ジョン中将は有能な人物だ。

実績を確認した上で、ほぼフリーハンドで作戦を任せてくれた。攻撃機部隊だって、引っ張り出すのは大変だった筈だ。

だから、感謝はしている。

それについて、嘘は無い。

敵大型船が、次々に撃沈しながら下を向く。

なるほど、どうやら直接怪物を大量投下するつもりか。着地すると、ライジンをチャージ。

大兄が、指示を出してくる。

「小物は俺と柿崎中尉、山県中尉、木曽中尉で始末する! 弐分、マザーモンスターとキング! 三城、クイーンを優先的に始末してくれ!」

「了解!」

「皆、彼奴らの周囲で随伴歩兵になれ! 怪物を近づけないくらいなら、私達にも出来るぞ!」

「おおっ!」

婚約者にリンダさんがいる兵士も含めて、兵士達の指揮もピークに。全員で自主的に、村上班の周囲と、プロテウスの周囲に展開して随伴歩兵になる。特に怪物はプロテウスを狙って集中展開しようとするが、プロテウスが発射したミサイルが、容赦なくまとめて薙ぎ払う。

アニメなんかで、空中で爆発が連鎖する光景があるが。

あれがリアルで現出した。

「雑魚が、すっこんでろっ!」

一華の口調が珍しく荒い。

一華は滅多に口調が荒れることはないんだが、たまに本気でブチ切れたときにはああなる。

今はそうとは思えない。

恐らく、一華も見てみたいのだ。

この地獄の輪廻から抜けて。

勝つ未来を。

それを邪魔しようとする、意思なき生物兵器には、それは怒りも炸裂するというものなのだろう。

着地と同時にライジンをぶっ放す。

一撃でクイーンが爆発四散。敵大型船は、滅多矢鱈に怪物を放出しているが、逆にそれが逃げる事が出来る船を減らす結果につながる。自衛のために動けば逃げられない。かといって、逃げようとする船はプロテウスの硬X線ビーム砲で叩き落とされる。

ただ、プロテウスにも攻撃が集中してくる。ちょっとやそっとで壊れる機体ではないが、まだまだ陳腐化には程遠いのだ。

此処で不具合でも起きられると困る。

三城も雑魚狩りを支援。

そのまま、二匹目のクイーンを叩き落としつつ、デストブラスターで怪物を駆逐して回る。

何カ所も攻撃が擦る。

敵も凄まじい勢いで怪物を放出しているのだ。それは、少しくらいダメージを受けるのも当たり前だろう。

だがそれでも、此処で引くわけにはいかない。

あの銀の巨人を叩き落として。最初にリングを見た時から。

その思いは変わっていない。

理不尽の極限を叩き付けられて、なおも笑っていられるか。

三城は、笑ってはいられない。

「うわあっ!」

婚約者がリンダさんの人が、モロに攻撃を貰った。致命傷ではないが、どうにか自陣の奧に下げる。

大兄の暴れぶりが凄まじく、単騎で怪物の群れを正面から相手にしているが、それでも敵の数が多すぎる。

これは、一戦場に投入される怪物の数じゃない。

だが、それでも倒しきってやる。

プロテウスが、次々に大型船を破壊。それにともなって、戦闘も激化する。

上空に飛行型が舞い上がったので、攻撃機は一度撤収。代わりに、衛星兵器がぶっ放されていた。

空から降り注ぐ光の矢が、また大型船を一つ叩き落とす。そいつはクイーンを出していた船だ。

かなりのダメージになる筈である。

突撃。

デストブラスターで雑魚を散らしながら、敵の群れを攪乱。敵の攻撃をある程度察知し、致命傷以外は無視。

傷だらけになるが、気にしていられるか。

柿崎ですら踏み込むのを躊躇している敵の群れに突貫。

そこに、放り投げる。

今回みたいな戦闘の時、時間稼ぎ用に準備されてきた超兵器。

一度プラズマ球を投擲すると、周囲の怪物に対してホーミング弾を連射し続ける、原理がよく分からない拘束兵器。

名付けてグレイプニール。

北欧神話にて最高神を食い殺す最強の怪物フェンリルを、世界の終焉まで縛り付ける鎖の名前をつけられた。文字通り敵を拘束する事だけに特化した兵器だ。

そのまま敵を拘束させて、中枢に突っ込み。

此方に迫ろうとしていたキングを強襲。

キングは必死に対応しようとするが、デストブラスターで文字通り穴だらけにしてやる。怪物がグレイプニールに拘束されている間に、さっさと離脱。

動きが鈍った怪物を、憂さ晴らしのように柿崎が手当たり次第に切り伏せているのを横目に、戦局を見る。

プロテウスが、ちょっとまずい。

小兄は、マザーモンスター四匹を相手に死闘の真っ最中だ。三城しか、行く事が出来る者がいない。

すっ飛んでいく。

途中、更に傷が増える。

痛み。これは、かなり深く抉ったか。だが、今、プロテウスに集っている怪物を蹴散らせるのは三城しかいない。

雄叫びと共に、敵に突っ込み。まとめて薙ぎ払う。デストブラスターが唸りを上げて、敵を穴だらけにする。

かなり電磁装甲を持って行かれているプロテウスを必死に守っている味方の兵士達。みんな負傷している。

誰一人。

殺させるか。

プロテウスの装甲を蹴って上空に出ると、宙返り。

空は。三城のものだ。

敵の位置を把握。

上空から、猛禽そのものとなって、全てに襲いかかる。プロテウスが立て直し、ミサイルで迫る雑魚を吹き飛ばしながら、硬X線ビーム砲での敵船撃墜に戻る。ついに敵船撃破数が二十を超えた頃。

抵抗を諦めた敵大型船が、逃げ出しに入る。かなりの数のドローンと飛行型が護衛についているが。

二度目の衛星砲が、飛行型とドローンをまとめて吹き飛ばし。

更に、無理矢理跳躍したプロテウスが、ありったけのミサイルと主砲を放ち。更に五隻を撃墜していた。

残った怪物を駆逐しながら、後は待ち伏せしている空軍に任せる。

「此方空軍! ドローンと飛行型を撃墜し次第、敵大型船に集中攻撃を加える!」

「雑魚の露払いを頼む。 攻撃は攻撃機で行う!」

「分かった。 空対空ミサイル全弾発射! 後はヘリと攻撃機に任せろ!」

「此方プロフェッサー。 相手は最重要戦略目標だ。 いかなる手段を……核を用いてもいい! 撃墜してくれ!」

流石にプロフェッサーも焦っているな。

だが、核はやり過ぎだ。どれだけの汚染が入るか、ちょっと分からない。

三城は呼吸を整えつつ、最後の周囲にいる怪物を蹴散らす。小兄は電刃刀で縦横無尽に暴れ、合計七体のマザーモンスターと六体のキングを仕留めていた。流石という他無い。そして大兄に至っては、倒した怪物の数は、もはや算定不能だった。

「此方戦略情報部。 敵大型船、更に撃墜。 残り二隻」

「一隻も逃さないでほしい」

「いえ、残念ですが此処までです。 敵の飛行型、ドローン、更にヘイズの大軍が出現しました。 敵大型船を守っています。 これ以上の追撃は不可能でしょう」

「くっ……」

地面に降り立ち、傷を確認。

右手の肘近くから、血が滴っている。すぐに救急キットで応急処置するが、これは本職でないと駄目だろう。

鏡を見る限り手傷は相当に受けている。

だが、これはこの戦場にいた人全員がそうだ。

プロテウスすら、電磁装甲を何度も再起動したようである。

「合計で三十一隻撃墜。 敵の大型船団の総合的な規模から考えると、文字通りの致命傷ッスよ。 これで彼奴ら、過去に好き勝手にダメージを与えることはもう出来ないッスわ」

「分かっている。 だが、二隻だけでも逃がしただけで、どれだけの被害が過去に出るか……」

「違うッスね。 あの二隻、積んでいた怪物を殆ど放出した挙げ句に逃げたッス。 多分、すぐに歴史変わるッスよ」

空が、赤く染まり始める。

恐らくは、リングによる作用だろう。そしてこれは恐らくだが、歴史が変わった場に居合わせたから見ているものだ。

すぐに空の色も変わる。記憶も、若干追加されたか。

これは。各地での戦線が、大幅に味方有利になっている。それはそうか。敵は三割に近い過去に送る精鋭兵を失ったのだ。中にはヘイズやクラーケンも乗っていただろう。

今まで出来なかった事を、ついにやりとげた。

過去に飛んで、特定地点でデータを過去の敵に引き渡したり、物資を受け継いでいた敵大型船が。

途上で撃沈されたのだ。

これによって届かない情報。

更には、重要な戦地で展開しない怪物も出てくる。

倒した大型の数ですら、本来は一つの戦場で出てくるような規模ではなかったのだ。この勝利は、大きい。

とてつもなく。

キャリバンが来た。

順番に、傷が深い兵士から連れて行く。

婚約者がいる兵士は、リンダとうわごとで呟きながらキャリバンで運ばれて行く。意識が混濁するほどの手傷を受けていると言う事だ。だが、どうにか命に別状はないという事だ。

結婚式には招待して貰えるだろう。

一華がボロボロのプロテウスで周囲を見張る。敵は今頃大混乱の筈だ。地球人類主導で、歴史をリングが来る前にこうも大きく書き換えられるなんて、想定もしていなかっただろうから。

如何にあの堅固な敵将であっても、どうにもならないだろう。

今回ほど、明確な勝利はない。

だが、まだ地球人類は確定でプライマーに勝った訳ではない。かなり各地の戦況は有利になったが、まだそれだけ。

記憶にある限り、クラーケンはまだまだ猛威を振るっているし。

数は減ったものの、ヘイズだって各地の戦線にいる。

全ての敵を消し去れたわけではないし。また、今後敵が先手を取ってくることは減るだろうが。

それも、全てではないだろう。

プライマーは兵器などに明らかに欠陥を抱えたまま過去に来ている。これが一華いうところの上位者の指示なのかどうかは分からない。

あの大型船だって、全ての船が未来の情報を詰め込んで飛んでいるかも知れない。過去への情報の伝達を完全に防ぐのは不可能に近い。

だが、物資は確実に削り取れた。

空の色が、もう戻っている。

何事もなかったかのように。

多分、四年後くらいにくるリングが、全て影響を吸収したのだろう。そして敵がどれだけの大軍を仕入れてきても。

この戦況だ。

恐らく、もう大型船は、一隻もリングを通る事は出来ないだろう。それだけのプロテウスが用意できるはずだ。

三城の番が来た。応急処置を一瞥すると、軍医はフライトユニットを外して待っていた三城に、幾つかの処置を始める。

久々にかなり傷をもらった事もある。

血だらけのガーゼがどんどん捨てられていったり。その場で傷を縫われているのを見ていると。ちょっと複雑な気分になる。

「あんた達、各地で大活躍している特務だろう。 こんな戦場にばかり出ていると、一生ものの傷だらけになるよ。 特に心がね」

「だいじょうぶ」

「大丈夫じゃないよ。 とにかく、一週間は戦闘禁止だ。 見ると、手傷だけではなくて、体の彼方此方にガタが来ている。 こんなまま戦ったら、その内死ぬよ」

医師はかなり厳しい。

そのまま、キャリバンで運ばれる。

各地で相当な無理をしていた筈の戦況が、かなり有利になったこともある。各地の軍病院は、ある程度ベッドも開いている様子だ。

これが負けている周回だと、トリアージがずっと行われていて。死んだ兵士がゴミみたいに運ばれて行く光景が軍病院では当たり前だった。

今はそんな事もない様子で。

再生医療について医師が話し合っていたり。

兵士がいつ出られるんだと、看護師に戦意を伝えたりしていた。

ベッドで、バイザーをつけて話をする。

一華が、既に情報の分析を終えていたようだ。

「各地の戦線の内、四割近くで大きなダメージが敵に入り、その分味方が押しているッスね。 残念ながら、我々が参加したような大規模作戦については、そのままみたいッスけれども」

「敵は、かなりダメージを受けたとみていい?」

「はっきりいって致命傷レベルッスね。 特にクラーケンとヘイズが、明らかに減ってるッス。 各地で目撃されているクラーケンの数、半分割り込んでるッスね。 多分最初に叩き落とした数隻に、クラーケンが乗っていたッスよ」

そうか、それは助かる。

そうなると、以降は敵はクラーケンを対空防御戦で軽率に出してこられなくなる。ヘイズとの連携戦闘も厳しくなってくるだろう。

そうなれば、各地で大きな犠牲を出しながらクラーケンを倒していた過去は変わる。

勿論クラーケンの持つシールドが危険極まりないのは事実だが、それでも今までよりも集中攻撃でずっと楽に倒せるはずだ。

「プロフェッサーに、話をまとめて送っておいてくれるか」

「了解ッス」

「大兄、それで今後どうする?」

「どうするも何も、今回の件で奴らの顔面に拳を叩き込んでやった。 頸椎が折れるレベルでな。 後は今までされた事を、全て返していく。 それだけだ」

小兄に、大兄がそう返すのを聞いて、三城はちょっとぞくりとした。

この人は本気でそれをやりかねないし、いややるだろう。

大兄が、一番今までの戦いで怒っている。

それは確実なのだ。

滅多に人を尊敬しない大兄が、尊敬している人に限って毎周毎周殺された。勝って死なないようにしても、敵が歴史を書き換えてやはり殺された。

それが大兄を、どれだけ怒らせているか分からない。

プライマーは、全力で虎の尾を踏み続けていたんだな。

そう思って、ちょっとだけ敵に同情してしまう。

勿論三城も、プライマーには思うところがある。どうしてトゥラプターのような誇り高い戦士が、あんな文明に従っているかもよく分からない。

そしてトゥラプターも。

今までの様子からみて、もう和解は不可能だろう。

次の戦場であったら、多分どっちかが死ぬ。

それは、どうしても分かっている事だった。

看護師が、いつまでもミーティングをしないようにとがみがみ言うので、頷いてバイザーを外す。

しばらくは、休憩に没頭するべきだろう。

敵は恐らく、兵力の再編制に数週間はかかる。当然その間EDFは反撃に出るし、敵が戦線を再構築するのには相当な苦労が伴うだろう。

上手く行くと、大気圏外に逃れているマザーシップ。特に、コマンドシップを引きずり出せるかも知れない。

今だったら、敵の航空戦力を排除すれば、フーリガン砲や。或いは主砲を展開せざるをえない状態に追い込み。完全にタイミングを掴んだ撃墜方法で、叩き落としてやれるかも知れない。

そうなれば、敵ももう諦めざるを得ない。

もしも、敵が尻尾を巻いて逃げる事だけを考えるようになってくれればそれで助かるのだが。

火星に送り込むはずだったテラフォーミング船が問題になっているのだとすれば。

敵は死にものぐるいになって、以降も反撃してくるだろう。

やはり、戦いは避けられないか。

空を、もっと自由に飛びたいな。

そう思って、三城は無言で目を閉じる。

いずれ、戦いからは完全に解放されて。大会とかも関係無くなって。ただ楽しむためだけに空を飛びたい。

勿論、大兄や小兄が道場を復興したいと言ったら手伝うし。

道場主が大兄なら。師範代を務めるくらいの実力はある。

ただ。それはちょっと厳しいかなとも思う。

どうせ、戦争が終わったら。

余計な思考を閉じる。

今は、ただ。

勝つ事だけを、考えなければならなかった。

 

4、記録的事態急変

 

戦士トゥラプターは、緊急事態と言う事で「風の民」長老の元に出向いていた。他の風邪の民のオリジナル戦士。つまりクローンの元になった戦士達も、雁首並べて既に席に着いている。

こいつらは、基本的に旗艦級の船を一隻ずつ任されている。

いずれもが体を無茶苦茶に弄くっていて、「いにしえの民」が言う所のサイコパワーを強大に操ることが出来るが。

それでも多分村上班とやりあったら殺されるし。

本人達もそれを理解しているとみて良い。

皆、ひそひそと話し合っていたが。

トゥラプターが円卓についたことで、「風の民」長老が話し始める。

「既に皆聞いていると思うが、過去転移中の「戦闘輸送転移船」第二艦隊が全滅に近い打撃を受けた。 これによって、本来輸送できた物資、人員がほぼ消滅。 各地の戦況が一気に代わった」

ついに来たか。

おそれていた事が起きた。

既に、そもそも「神の船」が本国にこない未来が確定しようとしている。歴史がそれだけ揺らいでいる。

もし「神の船」が、荒野だった今の時代の少し先の未来の本国だった場所。

「いにしえの民」が火星と呼ぶ星に降り立たなかったら。

プライマーは滅びる。

一応、その辺りは「外」がある程度手を打ってくれているらしいが。

恐らくだが。敵はもう、「神の船」の正体に気付いていると見ていい。今は敵は動いていないが。

もしも火星に「神の船」の代わりに毒物を積み込んだミサイルでも撃ち込まれたら。

歴史に決定的なタイムパラドックスが発生し。

プライマーと「いにしえの民」が呼ぶ文明そのものが消し飛ばされる。

それはあり得ない蛮行だが。

存在の是非を賭けて、あらゆる無茶をやってきたのは自分達も同じだと、トゥラプターは考えている。

「いにしえの民」が決定的に勝つために、最後の作戦をするのなら。

恐らくはそれだろうし。

もしも、「風の民」が予定通りに総力を挙げて。「例のもの」。「外」から提供され、「いにしえの民」がリングと呼んでいるらしいタイムマシンでの決戦を挑む場合。

その時には、あらゆる箇所に隙が出来る。

「いにしえの民」が入念に準備を進めていた場合。

恐らくは、其処で全てが終わる。

「外」も、「プライマー」が滅ぶことだけは防いでくれるだろうが。以降は小さな星で、犯罪種族として監視され。

種族の寿命が尽きるまで、提供された物資で暮らしていくしかなくなるだろう。

冗談じゃあない。

勿論、トゥラプターだって、過去の「いにしえの民」に影響を受けたアホな先祖どもが、よりにもよって「外」に喧嘩を売ったこと。「いにしえの民」が神と呼ぶ存在にもっとも近い力を持ち、宇宙全土を恐らく管理統括している究極の文明に戦争を仕掛けた挙げ句、五分で戦力を全滅させられ、本国を制圧された事は分かっている。

何度も警告を受けたのに、バイキングだの遊牧騎馬民族だのの歴史を学んだ先祖は、それを笑い飛ばし。

思うままに奪い。

主観のままに命まで否定し。

世界の東西をそれぞれの領土にするという勝手な条約を結んだスペインとポルトガルのように。宇宙の土地を、そのまま気分次第で自分のものにしていいと本気で思い込み。

その挙げ句に、やってはいけない戦争を仕掛けて、負けたのだ。

確かに、それまで少ない資源を必死に管理して生きてきた先祖達にとって。「いにしえの民」の余りにもエゴイスティックで、既得権益層があらゆる全てをやりたい放題にしていた文明のあり方は、非常に刺激的だっただろう。

「神の船」に関する情報だって、いずれは解析が済んでいたのだ。

その結果、先祖達がバカをやらかしたのも、仕方がないのかも知れない。

問題は、どうして子孫がその責任を負わなければならないのか。

今後は種族そのものが犯罪種族として、小さな星に閉じ込められることになる。

やはり何度考えても、理不尽極まりない話だ。

「総長老。 これは、今のうちに総力戦を挑むべきでは……」

「いや、戦略は変えない。 今回の件は、最悪の事態ではあるが織り込み済みだった」

「総長老……」

「風の民」は、「風の民」長老を総長老と呼ぶ。

これは「プライマー」という文明を牽引してきた支配者種族の長老であり、歴代の長老の中の長老を務めてきたのがほぼ「風の民」だからという事に起因している。

腕組みして話を聞いていると。

「風の民」の戦士達は、そんな誇りも投げ出しかねないほどのパニックに陥っている様子だが。

「「本国」から増援を呼びましょう。 これでは、本当に負けかねません」

「……既に「外」から連絡が来ている。 例の最終兵器を精査されてな。 これ以降、追加の兵器を作ることは許さないと言われた」

「何ですって……」

「既に何度ものタイムパラドックスと歴史改変の影響で、「いにしえの民」は本来あり得ない力を手にしてしまっている。 特異点戦士である「村上班」の強さは聞いていると思うが、今回の「戦闘輸送転移船」艦隊壊滅は、そもそもその影響によるものだ。 「いにしえの民」は、「戦闘輸送転移船」を撃沈できる兵器をかなり早い段階から量産出来るようになっている。 これを「外」は相当に厳しい事態だとみている」

淡々と、「風の民」長老は部下達に話す。

既に「外」は、「いにしえの民」が太陽系外に侵略を開始する事態に備えていると言う。

もしそうなったら、自分達と同じ運命になるだろうなと、トゥラプターは思う。多分、武器を使う事すらさせて貰えないだろう。

相手は、前の宇宙から存在していると言う超文明だ。

そもそも肉体をもう必要としないとかで、宇宙の管理をし。知的生命体をはじめとする文明の保護と、衝突の阻止だけを淡々とやっているという、文明の上位に当たるような者達。

確かシリウスやらαケンタウリやら、この近辺の星域には極めて温厚で「いにしえの民」の主観からはそれほど美しくない種族が住んでいるはずで。

彼らは戦争を好まない。

そうなると、もしも彼らと今の「いにしえの民」が接触すればどうなるか。

バイキングや大航海時代の海賊がやったように。

遊牧騎馬民が、敵と見なした相手にしたように。

確定で、大量虐殺と略奪と、文明レベルでの破壊が起きる。

それを防ぐのは、「外」の基本戦略だ。

「作戦は変えない。 最後の一戦で、全ての戦力を投入し、「いにしえの民」と「村上班」もしくは「ストームチーム」に勝つ。 そうすれば、少なくとも我々は太陽系文明として、そのまま存在できる。 「いにしえの民」は「外」に保護された僅かな数がほそぼそと別の星で生きる事になるだろうが、それは最初に話をしようと持ちかけた我々に核を叩き込んできた彼らにも責任がある」

皆が嘆息した。

おろかな先祖のために、どうしてここまでの苦労をしなければならないのか。

そもそも「いにしえの民」は、どうして「神の船」に細工をした。

彼らはいずれ、緑化が終わった火星に舞い戻るつもりだったらしく。

そこに生じた文明を奴隷として、自分達は神として復活するつもりだった事が分かっている。

ブルーマルス計画だったか。

「神の船」を解析して、それを阻止した先祖は偉いが。

それによって「いにしえの民」に対する盲目的な信仰が解けて。

分析の結果、原始的なタイムマシンで「いにしえの民」の実態を知った事は、結果としては不幸だったとしか言えない。

「プライマー」だって、そのまま太陽系の中で、今までと同じように静かにくらしていれば。

違う時代の文明同士、戦う事になどならなかった筈なのに。

戦士だから、トゥラプターは強敵と戦うのは嬉しい。

だが、こんな戦いは。

それに、何より自由に戦えない。

それが、一番苦しかった。

「作戦の根幹はそのままだが、細部は大幅に変える。 今後は敵との小競り合いを続けながら、兵力の消耗を可能な限り避ける。 それと、旗艦には「戦闘輸送転移船」を貼り付けろ。 常に護衛戦力を展開出来るようにしておけ」

「分かりました……」

「この総旗艦は、やはりくれてやるしかなさそうだな。 出来れば最終兵器と共に、「ストームチーム」にぶつけたかったが……」

解散と、静かに声が掛かる。

皆、それぞれの持ち場に戻る。

最後に席を立ったトゥラプターに。「風の民」長老は言う。

「戦士トゥラプター。 「外」が君に興味を持っているそうだ」

「でしょうね。 「外」の監視端末がたまに話しかけて来ます」

「……そうだな。 この戦闘を先に離脱するのなら、残った「プライマー」の長として、彼らを導いてくれないかという声が掛かっている」

「……」

それも、また手か。

「外」も、火星かそれ以上の星を用意して。「プライマー」がもしも他の星間文明と上手くやっていけるようになれば、文明接触の手助けをしてくれるかも知れない。

それには、この戦争の生き残りが必要だ。

どれだけおろかな戦争をして。

その挙げ句に負けたか。

語り継がなければならないだろう。

だが、首を横に振る。

それ以上に、「村上班」と全力でやり合って見たいからだ。

「……分かった。 私の一族を代理に立てておく。 すまなかったな」

「いえ……」

礼をすると、その場を離れる。

行き所がない怒りと、やり場のない鬱屈が。

煮えたぎって、腹の中で暴れているのを、トゥラプターは感じた。

 

(続)