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業火の後は何も残らず
序、奇襲戦
各地で激戦が続く。
リー元帥の指示があったのだ。
これから政財界を上げて戦争を支援する。現在プライマーは、恐らく全ての手札を出してきている。
敵は本国から離れており、敵の兵器の様子を見る限り既に新作を開発する能力もない様子だ。
そうなってくると、後は総力戦で殴り合った方が勝つ。
今は少しでも。
敵の拠点を挫き。
戦況を好転させる。
それが今だと。
確かに、南欧。日本。どちらでも、プライマーの重要拠点をつぶし、敵に小さくない被害を与えた。
攻勢に出るのは今だろう。
壱野はスプリガンと現地に急ぐ。
現地は欧州の古い鉱山街だ。
今は廃棄されているが、此処に10隻を超えるテレポーションシップが停泊していると報告があった。
現在荒木班も此処に向かっている。
だが、敵はテレポーションシップを停泊させている様子で、まとまった戦力を投下しているとみて良い。
南欧での戦いは、かなりの被害を欧州EDFに与えた。
以前の周回で、欧州のEDFが全滅する様子を何度も壱野は見た。
何度も何度もやらせるか。
怒りがたぎる。
スプリガンも、無言で戦場に急ぐ大型移動車に乗り込んで、周囲を見ている。今の時点では、味方の勢力圏だ。
だが、それもいつ変わるか。
不安なのかも知れない。
ジャンヌ中佐は無言で威厳を保っているが。
それも、内心は分からなかった。
「それにしても、スカウトの報告がいい加減だな。 敵の規模がこれでは実際にはよく分からない」
「少なくとも、我々でも油断出来る相手では無い……それが分かるだけでも充分かと思います。 エイリアンもいるとみて良いでしょう」
「……そうだな」
「1隻ずつ確実に潰しましょう。 罠かも知れません。 噛み破るためにも」
頷くジャンヌ中佐。
程なく、山の中に乗り入れる。
山の中を二時間程走って、夜明け。
現地に到着していた。
これは。
凄まじい光景だ。
山の中が、まるごとプライマーの基地になっている。とんでもない規模の巨大な基地である。
エイリアンも多数。
クルールがいる。
既に世界中に出現し始めているクルール。特に装備が強力で、兵士達に怖れられ始めている。
コスモノーツは、コロニストを従えて分隊となっている。
これは、この戦力だけで落とせる規模の拠点では無い。
本来なら、だ。
やるしかない。
他の地点から増援を引っ張って来たら、それだけ其処が不利になる。敵は援軍をよこせないように的確に戦線を維持しつつ、こういう拠点を構築してきている。つまりまだ地力はプライマーが上と言う事だ。
プロテウスがもっと量産されれば話は変わってくるだろうが。
それもまだ量産されていない今は画餅である。
ならば、やるしかない。
幸い此処には、村上班とスプリガンがいて、荒木班も加わる。
出来れば荒木班が加わってから仕掛けたい。
まず。尼子先輩をさがらせる。
戦闘になったら、この山は消し飛ぶことを覚悟しなければならない。
それを告げると、尼子先輩はすぐに戻ってくれた。
荒木軍曹にも無線を入れる。
急ぐ、とだけ返事があった。
まずは、敵の配置を確認。
山の起伏に沿って、段々にテレポーションシップが停泊。
落としている怪物は飛行型とβ型が中心。一部にα型がいて、厄介な事に1隻金α型を落としているテレポーションシップがいる。
しかも航空戦力として、ヘイズが周囲を滞空している。
クラーケンの姿は無いが。
問題はそのヘイズに、濃い紫の個体が混じっていることだ。
改変された世界で、僅かにだけ見かけた変異個体だ。
銀のβ型並みのタフネスを誇り、火力も高い変異種である。或いはヘイズの成体や。一般に見られるヘイズとは性別が違うのかも知れないが、それを知る術はあの世界ではなかった。
とにかく、かなりの激戦が予想される。
スプリガンと手分けして、敵陣を確認。
敵の配置も確認した。
「山陰に隠れてわかりにくいが、大型アンドロイドがかなりの数いる。 いずれも凄まじい制圧力を持つ難敵だ。 クルールもいる。 どちらから撃破するべきか……」
「テレポーションシップを落としたいのは山々ですが、まずは換えが効かない敵を駆逐していくべきでしょう」
「なるほど、そうだな……」
「俺が超長距離からの狙撃で、テレポーションシップの護衛部隊を削ります。 ついでに敵も引きつけます」
「なるほど、その留守を我々が突くと」
「はい。 ただし敵もそれはある程度承知しているでしょう。 柔軟に戦術を展開していくことになると思います」
良い言葉で言えば臨機応変だが。
実際には行き当たりばったりだ。
ただし、居留守戦法は悪くない。そしてそれを柔軟にやれるのはスプリガンくらいだろう。
荒木班はもう少しで到着する。此処は、合流を待つ。
弐分と三城が手分けして細かい所を見て来る。それで地図を作る。
一華が地図をすぐにまとめてバイザーに送ってくる。なるほど、敵は隙がない布陣をしている。
この間の地下のハイブ。ディープハイブと戦略情報部が名付けたあれも、とにかく攻めづらい仕様だったが。
今回の敵将は、とにかく守りを固めることを意識するようだ。
それについては、認めなければならない。
手強い相手だと。
ただし、会話をする気がない以上、戦うしかないし。
相手のやり口を考える限り、どちらかが滅ぶまで戦いは終わらない。
最初の周回で、地球人側から仕掛けた可能性が高い。
その事は壱野だって分かっている。
プライマーは見た所、殆ど戦争をした経験もないような種族なのではないか。
それについては、壱野は前から思っていた。
もしそんな種族が、タチが悪いことこの上ない地球人類みたいなのとネゴシエイトさせられた挙げ句。
いきなり核を叩き込まれたら、それは以降一切話を聞かなくなるのも納得は確かに出来る。
壱野の周囲にもカスターみたいなクズはいたし。
むしろ千葉中将みたいな責任感の強い人物が日本のEDFのトップをしていることの方が奇跡的な事だって分かっている。
何より三城を取り巻く状況や。
気にくわないという理由だけで、道場を本気で焼いて殺すつもりで押し寄せてきた半グレ共の事は忘れてもいない。
連中の中には未だに逆恨みをしている輩もいるかも知れない。
人間というのはそういう生物だ。
だから、壱野はその辺りはもう興味をなくしている。
相手が人間だろうが。
仕掛けて来たら叩き潰す。
それだけだ。
荒木班が来る。これで戦力がかなり補填された。
情報を共有後、山から少し離れる。山の全域に、死角なく敵は展開していて、テレポーションシップも高度を下げている。
要するに要塞化している訳で。
簡単に仕掛けられる相手では無い。
既にフーリガン砲は実用化されているが。
のこのこ飛んできたら、敵も即座に察知して迎撃部隊を出してくるだろう。ヘイズの飛行……浮遊というべきか。速度は見た目よりずっと早いのだ。
其処で、壱野が釣りをこれから開始する。
敵を引きつけ、スプリガンが居留守作戦に出る。
自衛戦力を持つスプリガンと。
この少数で、敵の猛攻に耐えられる村上班と荒木班。
この三つが揃って、初めて出来る作戦だ。
「よし、良いだろう。 ブレイザーの火力は、この間のハイブ戦で確認できた。 今回も容赦なく振るわせて貰おう」
「敵はあらゆる種類の怪物がいます。 油断だけはしないようにお願いします」
「ああ、分かっているさ」
「行きます」
狙撃。
山裾を見張っていた大型アンドロイドを撃ち抜く。大型アンドロイドの目の部分を、特定角度から撃ち抜くと、一撃撃破出来る。
距離関係無し。
今回も、同じようにして粉砕する。
爆発四散する大型アンドロイド。
案の定、話に聞いていたとおり、数体がぬっと姿を現す。此方を補足したとみて良いだろう。
スプリガンが後退開始。
まずは、敵を荒木班と村上班に引きつける必要がある。行動開始が早いと敵部隊が食いつき兼ねないからだ。
ヘイズの群れが来る。
飛行型も。
壱野は赤紫のヘイズを優先してライサンダーＺで狙う。勿論確殺で当てるが、なんと耐え抜く奴がいる。
どんな体内構造をしているのか。
今回はまだ戦況に余裕がある。
死体を回収して、調査して貰いたい所だ。
少しずつ後退しながら、接近して来る敵を捌いていく。まずは飛行型を叩き落とし尽くす。
三城の誘導兵器と自動砲座の地雷原に引きずり込んだから、それほど難しくは無い。
問題はヘイズで。
此奴らも飛行型に混じって飛んできていた。
つまりスモークが焚かれたと言う事で。
そのスモークを抜けて、β型と金α型を含むα型が来る。
更にスモークなんかどうでもいいとばかりに、クルールの雷撃砲が飛んでくる。伏せろ。荒木軍曹が叫ぶ。あれの火力は、かなり危険だ。その上、正確極まりないのである。
更にさがりながら、敵を自動砲座の地雷原に誘導。
壱野は危険なのから優先して排除していく。
二枚シールドを持ったクルール。炸裂弾持ちを発見。
自動砲座の攻撃をシールドで防いでいる間に、頭を吹き飛ばす。
他のクルールが集まってシールドで身を守ろうとするが、自動砲座の攻撃が却って集中する。
其処に小田少尉が、完璧なタイミングでロケランを叩き込み。
クルールの触手が、派手に吹き飛んだ。
悲鳴を上げるクルールが、自動砲座に連射されて蜂の巣になる。
だが、まだまだ。
突撃を仕掛けて来るものや、背後に回ろうとしてくる金α型を撃ち抜きながら、この辺りを決戦の場と定める。
危険な敵から優先的に排除。
壱野はひたすら、周囲に五感の網を伸ばす。
「此方スプリガン。 そろそろ仕掛ける」
「了解。 くれぐれも気をつけて行け」
「任せろ。 虎の子を取りに行くぞ」
スプリガンが大きく迂回して敵陣背後に到着。
流石の手際で、早速1隻テレポーションシップを撃墜した。
おおと、声が上がる。
浅利少尉だ。
「流石にやりますね……」
「よし、俺たちも攻勢に出る。 守勢のままでいたら、恐らくは敵は今度はスプリガンに狙いを定める！」
「軍曹、あぶねえ！」
「！」
一瞬早く、躍り出た柿崎が。至近まで迫っていた金α型を真っ二つに切りおとしていた。
そのまま、無言で乱戦の中に戻る。
確かに危なかった。
本当に暗殺者だ。
「助かったぞ柿崎少尉」
「いえ。 次は私をお助けください」
「そうだな。 総員、押し込め！ 敵に戻る余裕を与えるな！」
引きずり出されてきていた敵に、猛攻を加える。
だが、敵はまだ余裕を残していた。
三隻目が撃沈されると同時に、ドロップシップが飛来。乗っているのは、これは。コロニストの特務だ。
最悪の砲兵はいないようだが、それでも三個小隊はいる。
村上班が来た事に気付いたな。
そう壱野は察するが。
何も言わずに、攻撃を続行。戻ろうとする大型アンドロイドを背中から撃ち抜き。更に何度か撃って爆散させた。モノアイを撃ち抜けないと、ライサンダーＺにも数度は耐える装甲持ちだ。
厄介極まりない。
必死に群がってくるヘイズだが、スプリガンから連絡が入っている。
どうもテレポーションシップから出て来ている様子がないと。
そうなれば、ヘイズは倒してしまえば此処にいる分で終わりだろう。
優先的に抹殺するべきだ。
他の戦場には当然まだまだいるだろうが。
少なくとも、ここに来ているヘイズを倒しきるだけで、繁殖される恐れだってなくなるのだ。
これ以上に良い事もあるまい。
濃い紫色のヘイズを優先的に仕留める。
他のヘイズは凄まじい勢いで飛び回り攻撃してくるが、自動砲座と他の皆に任せる。
地上戦力は、あらかた柿崎が刈り取ってしまったし。
他の敵も、弐分と三城。二機のエイレンがあらかた掃討を完了した。
問題は、もう此方に気付いていて。
陣列を整え、迫っているコロニストの特務だ。
「どうするコロニスト共は」
「スプリガンはテレポーションシップの撃破に専念してくれ。 コロニストは俺たちでどうにかする」
「わかった。 死ぬなよ」
「問題ない」
陣をくみ直す。
自動砲座も展開し直す。
敵特務も、綺麗なくさび形の陣で此方に向かってきている。まずは、先頭の一体の頭を吹き飛ばす。
同時に激しい戦闘が開始された。
特務だけあって、持っているアサルトもショットガンも強力だ。
前身に纏っている装甲も強い。
頭を集中的に狙う。
それで倒せる事は分かってはいるが、それでもこの数である。随分思い切った数を出してきたものだ。
エイレンⅣカスタム二機に、攻撃が集中しているが。
今までの戦闘で、かなりダメージを抑えられた。
全てのダメージを引き受けるつもりで、暴れて貰う。
敵後方にて、雷撃爆弾炸裂。
更に、既にヘイズと飛行型の排除が終わっている隙を突いて、突入してくるDE204。DE204が、制圧破砕砲を連射。一度に数体の敵特務に大きなダメージを与えていく。
だが、仲間が倒れても昔の戦列歩兵のように敵特務は怯まない。
そのまま隊列を維持して、凄まじい射撃を放ってくる。
中には、首がすっとんでも射撃を止めないで。倒れてやっと止まる奴までいて。
皆を戦慄させていた。
「まるでヤク中の兵士だな……」
「小田少尉、見た事が？」
「ああ、あるぜ。 俺は掃きだめみたいな部隊にいたからな」
「そうか……」
山県少尉が、俺もだと言うと。
自動砲座を展開。
横殴りに来た射撃に、一瞬だけコロニストの特務達は反応したが。火力が大した事がないこと。
装甲で耐えられることを判断したのか、正面への猛攻に切り替える。
更に、敵のドロップシップが見える。
どうやらこの地点を、本気で敵は守るつもりのようだった。
１、空舞う稲妻
四隻目のテレポーションシップを落とすと、ジャンヌ中佐は点呼をしつつ、次に向かう。
テレポーションシップは今も怪物を落とし続けている。つまりもたつけばもたつくほど、戦闘は不利になる。
あの怪物が奴らの本国（そういうものがあるらしい）から来ているのか。それとも地球に既に確保した繁殖地から来ているのか。それは分からない。
分かっているのは、この辺りをこのままでは敵に奪取され。
周辺にある全てが蹂躙される、ということだ。
猛々しい。
妖精と言うより悪魔。
そう言われてきたジャンヌだが。
それでも、別にかまわない。
まず今は、悪魔になろうがどうだろうが。
敵を倒し、撃ち倒さなければならない。
そういえば、同じ名前の偉人も。魔女呼ばわりされて火あぶりの系に処されたのだったか。
或いは、用済みになった後。
自分達も。
いや、余計なことは考えるな。
とにかく、今は。
敵を倒すことが第一だ。
突貫して、テレポーションシップの次を狙う。少し後ろを追随してきている兵士が叫ぶ。
「飛行型です！」
「散開して対処！ 通常種の飛行型程度に遅れを取るなよ！」
「イエッサ！」
ジャンヌ中佐は部下達に飛行型は任せる、
流石にあの程度の数の飛行型に遅れを取るような柔な鍛え方はしていない。
問題は、それよりも。
麓にあるテレポーションシップだ。
どうもさっきまでの記録での、撃破した大型アンドロイドと、偵察の過程で確認した大型アンドロイドで、数があわないのである。
どこかにまだ大型がいるかもしれない。
ブラスターをぶっ放されると危険だ。
ジャンヌが、一番警戒をしていなければならなかった。
そのままテレポーションシップに接近。
専用の、大火力マグブラスターで一気に焼き切る。
下から、ハッチ内部を狙う。
それだったら破壊出来る。
これが当日に分からなかったら、どれだけの被害をEDFは出した事か、末恐ろしい程である。
手にしているマグブラスターは、火力を上げる代わりに燃費を悪くしている特注品であり。
フライトユニットと相談しながら撃たなければならず。
それだけ熟練の技量が必要とされる。
当然非常に使うのは難しいので。
ジャンヌや一部の精鋭にだけ、試験的に渡されている武器だ。
だが火力は見ての通り。
そのまま、味方と合流。飛行型や、僅かに残っているヘイズを始末する。
「全員無事か！」
「二名負傷！」
「よし、負傷者は安全経路を通ってさがれ。 残りは部隊を再編制し、私に続け」
「イエッサ！」
ウィングダイバーはとにかく脆い兵科だ。負傷については、仕方がない部分がどうしてもある。
だからそれを気にするつもりは無い。
ジャンヌだって負傷はする。
負傷は恥ではなく、負傷を隠して死ぬ事が恥だ。
そう皆にいつも言い聞かせているし。
なんどもジャンヌがそうやって負傷した兵士を確認して、さがらせている。勿論戦場での負傷は名誉だと言う事も言い聞かせているから、兵士達は素直にさがる。
そうでなければ、残ると言い張る奴もいるかも知れない。
次を狙う。
次は通常種α型のテレポーションシップだが、コロニストの特務が本隊を集中攻撃しているのが遠目にも見える。
村上班と荒木班が揃っていて不覚を取るとは思えないが。
それでも最悪の場合は、一度救援に向かう必要があるだろう。
テレポーションシップが、α型をぼとぼとと落とし始める。
全員で中空から急襲して、一気に数を減らす。マグブラスターを再充電しながら、着地。走りながら、充電完了を待つ。
その瞬間、嫌な予感が当たった。
岩陰に貼り付くようにして、ブラスターを大型アンドロイドが発射しようとしていたのである。
反射的に、奴のモノアイを撃つ。
他の隊員は反応できていなかった。
「α型よりあいつを優先しろ！」
「イエッサ！」
大量の火線が、敵大型アンドロイドに炸裂。
しかし、それで倒れる様子はない。
踏みとどまると、ブラスター発射の態勢に入る。
散れ。
叫ぶと、自らは突貫。
アンドロイドも、突貫したジャンヌを狙って来る。
ブラスターは制圧兵器で、一点へ集中して攻撃をしてくるわけではない。だがそれでも、一点から発射されている以上、近付くほど被弾リスクは当たる。
マグブラスターを更に集中して、敵のモノアイに叩き込む。敵の全身が赤熱し、装甲が砕けていく。
それでも踏みとどまろうとする大型。
だが、切り札を使う。
武器を切り替え、既にチャージが終わっているモンスター型レーザー砲を叩き込む。
同時に、大型は消し飛んでいた。
呼吸を整える。
味方を集める。幸い負傷者はいない。ジャンヌは、自身の右二の腕を包帯で少し乱暴に巻く。
今での、かなり抉った。
幸い骨まで行くほどではなかったが、指先にしびれがある。
「ジャンヌ隊長！」
「出血量からして、後三十五分は戦闘出来る。 今のうちに、残る敵船を全て叩き落とすぞ！」
「い、イエッサ！」
「まずはこいつからだ！」
総員で攻撃して、α型のテレポーションシップを叩き落とす。
そのまま、金α型を落としていたテレポーションシップを狙いに行くが。敵テレポーションシップが、動きを見せる。
全てが集まり始める。
なるほど、怪物の密度を上げて身を守るつもりか。
だが、そうはさせない。
踏みとどまると、再チャージが終わったモンスター型で、移動中の1隻を叩き落とす。こいつは軽い代わりに消耗が激しいのが問題なプロトタイプで、いずれスプリガンのサブウェポンとしての支給が検討されている品だ。
残念ながら、現時点での性能では無理らしい。
銃身が焼け付いてしまったので、捨てる。
そのまま、次のテレポーションシップを落としに向かった。
金α型のテレポーションシップの攻略は困難を極めた。敵が落としてくる金α型はそれほど多く無いが。
此奴を悠々と相手出来る村上壱野がおかしいのである。
特に闇夜に赤く光る目を見た者は、それだけで恐怖に背筋が凍るとまで言われる。ジャンヌだって、夜闇で金α型を相手にするのは、少し緊張するほどだ。
他のα型もそうだが、金α型はとにかく奇襲と暗殺に特化した敵だ。
現実で言うスナイパーに近く。しかも教育やら訓練やらが必要な人間の兵士と違って、卵からなんぼでも産まれてくる。
プライマーが繰り出してくる怪物の多くは、昆虫というギアナ高地やらに僅かに棲息している生物が近い姿をしているとジャンヌも聞いているが。
それと同じように、金α型も卵で産まれてきて。
そして殆どの行動を本能で補っている。
つまり最初からインプットされた行動に従って動いている訳で。
人間のように学習などしなくても良いわけだ。
それだけで厄介極まりないが。
それが暗殺特化になっているとなればなおさらである。
金α型を一通り仕留め終えると、上空から数名は周囲の警戒に当たるように指示。自身は数人の手練れと共に、テレポーションシップの至近に攻撃を仕掛ける。
無線が入る。
「スプリガン、連絡だ」
「どうかしたか」
「敵の特務の一部が、其方に向かっている。 テレポーションシップ数隻が身を固めたのも、此方から確認した。 今攻撃中のテレポーションシップを落とし次第、一度此方に合流してほしい」
「なんだ、自分の身を守る自信がなくなったか」
いつもながら、どうしてこう自分の口は憎まれ口ばかり出てくるのか。
ジャンヌはまああまり良い家庭で育っていないこともあって、お口が悪い事は自覚している。
それでも、時々自分で呆れる。
「……敵は明らかに各個撃破を狙っている。 先はコロニストの特務で此方を圧殺しに来たが、無理だと判断した今はお前達を狙っている様子だ。 今、更にドロップシップが来ていると報告があった。 少なくとも兵を再編制して、対応に当たる」
「了解。 其方と合流する」
「ジャンヌ隊長！」
「！」
またテレポーションシップが金α型を落とし始めた。まずい。集中攻撃を指示し、そのまま自分は突貫。
マグブラスターだと若干時間は掛かるが、プロトタイプのモンスター型を捨てた以上他に手がない。
金α型は攻撃を受けつつも、散ろうとしている。
その中に飛び込むと、一瞬の隙を突いて、真上を撃ち抜く。
テレポーションシップ、撃墜。
そのまま逃れようとするが。更に一撃が掠める。
まずい。
今のは体には当たらなかった。その代わり、フライトユニットを傷つけた。
ぐらりと傾く。
失速する。
いやに世界がゆっくり動いているのが見える。それはそうだろう。逃げ遅れれば、テレポーションシップに潰されるのだから。
それでも、ジャンヌは動く。
まず、手近にいる此方を狙っている金α型を、マグブラスターで撃ち抜く。
更に地面を走りながら、もう二匹を撃ち抜く。
そして、横っ飛びに。
横転しつつ、飛び退く。
それで、不意に体感時間が戻った。
テレポーションシップが爆発。大半の金α型が、今のに巻き込まれ。残りも、テレポーションシップを囲んでいた兵士達に撃ち倒されていた。
呼吸を整える。
今のは走馬燈だったのか。
違う。
恐らく今のが、ゾーンに入ると言う奴だ。
スポーツ選手などがまれにあると聞いているが、ジャンヌも経験したか。ただ、任意でコントロール出来るものでもないだろう。
とにかく、声を張り上げる。
「全員、後退！ 荒木班、村上班と合流する！」
「イエッサ！」
隠してある補給車まで急ぐ。
フライトユニットの換えに切り替える。ただでさえ脆いウィングダイバーは、換えのためのフライトユニットを多数持っているのが現実だ。それも自分用にチューンしたものを、隊長格は基本的に身に付けている。
ジャンヌも例外では無い。
手当ても本格的に行う。更に増えた負傷者を、一度戻らせる。作戦開始前よりも、戦闘要員は八人も減っているが。
それでも今回は戦死者を出していない。
それだけで、充分過ぎる。
「よし、味方を助けに向かうぞ！」
「イエッサ！」
「相手は特務コロニストだ。 くれぐれも接近はするな。 それぞれ遠距離から、頭だけを狙え！」
そう言って、自身も装備をモンスター型に切り替える。
さっきまで使っていたプロトタイプではなく、性能が安定し陳腐化したものだ。
火力はプロトタイプよりも劣るものの、性能については使い慣れているこっちの方がいい、と言いたいところだが。
プロトタイプはとにかく軽く、もう一つ武器を持てるという利点があった。
出来るだけ急いで完成してほしいものだ。
そのまま、戦地に急ぐ。
特務コロニストの群れが、まだまだ苛烈に戦っている。斜め後ろから、敵の軍に強襲を仕掛ける。
十字砲火に晒されたコロニストは、振り返ろうとして倒されたり。
そのまま背中を向けたまま倒されたり。
ばたばたと倒れていく。
鎧も関係無い。
確かに胴体部分へのダメージは防いでくれるが、頭部のどうしようもない脆弱性が分かってしまっているし。
それを改善しようという雰囲気がない。
である以上、死ぬ気なのだとしか思えない。
上空から、攻撃機。
また数体の特務コロニストの命を刈り取っていく。敵に回すと攻撃機ってこうも恐ろしいんだな。
そう思う。
半包囲し、更に壊滅に追い込んでいくが。
敵の増援が来ている事が分かっている。
さて、どこから来る。
何名かは、将空を飛ばして偵察させている。今の時点では、反応無し。敵は壊滅寸前だが、味方だって被害は小さくない。何より、敵はまだ数機のテレポーションシップを残しているのだ。
「ジャンヌ隊長！」
「見つけたか！」
「はい！」
映像が入ってくる。
どうやら山のこちらがわからみて裏側に、コスモノーツの特務は降り立った様子だ。あんな所で何をするつもりだ。
迫撃砲でも、此処までは届かない。
連中の装備している連装迫撃砲の恐ろしさは語りぐさになっているが。
それも届かなければ無意味である。
「何か新兵器があるのかも知れない。 油断せず、見張りを続行」
「イエッサ」
「残りは、敵の残党を掃討する！」
既に半包囲に追い込んだ敵の特務を、更に包囲して壊滅させる。
最後の一体が倒れ、合流。
荒木班も村上班も、かなりダメージを受けているようだった。このままの攻勢は不可能と判断。
一度後退して、補給と修理を行う。
同時に戦果について、戦略情報部に連絡を入れた。
「現時点で、敵のテレポーションシップ数隻と、特務の恐らく一小隊が残っている。 これから攻撃をするためにも、人員の補充と武装の補給……」
突如、爆発音が響いていた。
無線の向こうからでは無い。
この近くだ。
無線に割り込んできたのは、凪一華。
村上班にいる、昔EDFにハッキングを決めたことがあるとかいうとんでもない経歴の持ち主である。
「あ、えーと。 事態一変ッス」
「何が起きた！」
「敵テレポーションシップが逃走。 恐らく特務も。 そして連中は、自分達がいた跡地を、爆破していったッス」
「何だって！？」
無線を放り出し、ジャンヌも外に出る。
夜闇の中。
敵陣があった山に、きのこ雲が上がっていた。
敵を、逃がしたのか。
いや、違う。
多数の敵はたたいた。特務のコロニストは各地でそれほど大軍が見られるわけでもない。撃墜したテレポーションシップは実に7隻。
戦果としては、間違いなく勲章ものだ。
それに加えて、敵を守ろうとしていたヘイズ、変異ヘイズをはじめとする大軍。
これを全て始末した。
残った数隻のテレポーションシップと、後から来た敵特務の僅かな一部隊だけを逃がしてしまった。
勿論悔しくないと言えば嘘になるが。
完全勝利は得てして得づらいものだ。
これで、納得するしかないのかも知れない。
「そういうことか……」
「どうした、村上壱野少佐」
「特務の一部だけ敵が別行動させた理由がわかりました。 あれは戦闘の分が悪いと判断して、別働隊のスプリガン隊の攻撃を抑えるための布石として動かしたんです。 そして動きが止まった瞬間を見計らって、残存戦力を撤退させたと」
「……それが本当だとすると、敵の司令官はかなりきれるようだな」
頷く壱野。
そうか、なるほど。
どうやら。プライマーはかなり司令官からして頭が切れるらしい。
いずれにしても、これからの戦いも厳しくなる。
それは、確定と見て良かった。
翌日。
荒木班、村上班と別れ、欧州の指令本部に出向く。現在は色々と戦線が動いた結果、パリ基地になっている。
ただ、名将バルカ中将は現在入院中。
ガンが発見されて、それの治療のためだ。
現在戦線は膠着状態。クラーケンの対策が早めに見つかったため、どうにか膠着に持ち込めたが。
それももし発見が遅れたら、どうなっていたか。
今はジョン中将が出て来て、欧州の指揮を執っている。
その前にいたなんとかいう大将は、無能な事が何回かの会戦で明らかになり、今ではお役御免となっていた。
ジョン中将の司令室に出向く。
兵士の評判が良くない人物で、兎に角不快感を加速させると言う事だが。別にジャンヌはどうとも思わない。
どうも人間という生物は、見栄えが良いサイコ野郎と見栄えが悪い無害な人物がいた場合、後者を迫害して前者を絶賛する傾向があるようだが。
ジャンヌはそんな連中と一緒になるつもりは無い。
ジョン中将は少なくとも仕事は出来るし、見栄えは悪いが兵士達を虐待とかもしていない。
ならば、それでいい。
見栄えだけ良くて役に立たないでくの坊よりも何倍もマシだ。
世間的には、９割以上の人間がその意見には賛同しないのだろうが。
「先日の戦闘では敵の一部を逃がしてしまったようだな。 だが主力は撃破した。 流石という所だ」
「ありがとうございます。 それで今日は何の任務でしょうか」
「うむ。 負傷から復帰した隊員と合流し次第、オランダに向かって貰う。 オランダに、相当数の飛行型が出現。 現地の部隊が苦戦している。 君達に、苦戦打破の切っ掛けを作ってもらいたい」
「イエッサ」
敬礼すると、基地を出る。
昨日、病院送りになった隊員は八人。
今回、戻って来たのは五名。
五名を再度加えて、隊を再編成する。このまま戦況が悪化していくと、戦死者が嵩み。スプリガンは規模を小さくしていくことになるだろう。
作戦目的を隊員に伝え、高速大型移動車で現地に向かう。
さて、この先の戦いも、楽ではないだろう。
せめて、荒木班や村上班並みに出来る連中と一緒に戦闘出来れば、今後も少しは楽を出来るのだろうが。
恐らく、そう簡単にはいかない。
ましてや、敵司令官は石橋を叩いて渡るタイプだ。
戦略的目標を捨て石にするにしても、此方の手指くらいは持っていくし。
逃げるにしても、完全に追撃を封じてから去って行く。
厄介な相手だ。
まるで老獪な老将を相手にしているような。
或いは、本当にそうなのかも知れない。
そう考えると、少しジャンヌはおかしくなった。
「どうしましたか、隊長」
「いや、気にするな」
老獪、か。
実際には、老獪という言葉を本当に得られるような。つまり老いを強さに換えられるような人間は一部も一部と聞く。
殆どの人間がなるのは老獪では無く老害で。
しかも、はやければ三十代で老害になりはじめると言う。
だとすれば、老獪になったのならそいつは強敵だ。
油断せず、当たらなければならないだろう。
オランダに到着。
輸送機を使うまでもない。
戦闘も、すぐに開始する。凄まじい数の飛行型だが、前線だ。ケブラーが多数出て来ている。
昨日の戦闘に比べれば、厳しいものでもなんでもなかった。
２、大攻勢
北米。
既にかなりの規模の部隊が集まっている。各地を転戦してきた一華は、壮観だなと思った。
何しろプロテウスまでいるのである。
メキシコで暴れていた敵部隊が、北上を続けている。
そして今、この防衛拠点に迫ろうとしている。
それが、概要だった。
リーダーが戻ってくる。
そして、作戦について説明された。
「敵の数はα型β型だけだが、数はおよそ五十万。 上空にはヘイズがいて、航空機の接近を警戒している」
「ヘイズは厄介ッスねえ……」
「そうだな。 最近の調査で、クラーケンを狙った長距離砲の飽和攻撃を群れになって防ぐ行動まで確認されている」
ヘイズはクラーケンの手足だ。
それもあって、対航空機の戦術を一通り身に付けているし。遠距離攻撃からクラーケンを守る動きまでする。
クラーケンの感覚を強化している節まであり。
非常に厄介極まりない怪物だ。
それはそれとして。
五十万、か。
空爆支援もないなか、それを相手にするのは厄介極まりない。
最前衛は、当然村上班。
そして、来る。
ジャムカ大佐だ。
この間の地下ハイブ攻略作戦で一緒に戦ったが、残念ながらその時は殆ど口を利くことはなかった。しかしながら感じが悪いと言う事はなく、いつもの周回に比べて、更に雰囲気も柔らかい。
「村上班だな。 俺はジャムカ大佐だ。 最前衛をともにつとめる。 頼むぞ」
「村上壱野少佐です。 よろしくお願いします」
「うむ」
「他にも少数のレンジャー、ウィングダイバーが戦線に参加します。 此処で敵を減らす、というよりも。 此処で敵を壊滅させてしまいましょう」
ふっと、ジャムカ大佐が笑う。
それも面白い、というのだ。
そして今回。
此方には切り札がある。
ついに支給されたのだ。まだプロトタイプだが。今後の作戦の肝になる機体が。
一華は満足げに見上げる。
本来のプロテウスより若干大型だが、それは一人で動かすためだ。基本的に機械というのは、性能が同じでも余計な機能をつければ大型化する。
このプロテウスは、一華の能力と、手持ちの愛用PCの性能を鑑み。
本来四人乗り。
指揮官用なら五人乗り、六人乗りになる所を、無理矢理一人乗りにしている。
その過程で幾つかのシステムを追加しているため、大型化している他。
移動速度が若干落ちているなど、量産が開始されているプロテウスよりも性能が落ちているのが実情だ。
だが、此奴のデータを取れば。
これから大型船狙いで各地を転戦する内に。大型船を、まとめて撃破する好機も出てくるだろう。
流石にまだ敵は、一人乗りのプロテウスがロールアップしたことまでは知る筈がないのだから。
「一人乗りのプロテウスだと」
「うちには世界最強のコンバットフレーム乗りがいましてね」
「噂には聞いている。 この間の洞窟攻略戦でも、的確に硬Ｘ線ビームをハイブに当てて溶かしていたと聞く」
「頼りになりますよ。 今回の戦いでもね」
リーダーに、ジャムカ大佐が頷く。
あれほどの人に認めて貰えるほど、嬉しい事はない。
ともかく、調子に乗らないように気を付けないと。
まずは、作戦だ。
今回は、いわゆる鶴翼に陣を展開し、接近して来る怪物を受け止める。左右両翼にはプロテウス、エイレン、それに多数の戦車隊が展開。正面から突貫してくる敵をまともに受け止める。
左右両翼の戦力は、北米の主力部隊の一角で。
ジェロニモ少将が指揮をしていて、数は合計して四万にも達する。師団どころか軍団規模の兵力だ。
敵もそれ相応の戦力なのだから、此方もそれに相応しい数を出すべき。
今は、それが出来るという事だ。
敵としても、それが狙いなのだろう。
兵力を引きつけておいて、全体的な作戦をスムーズに動かすと。
多少踊らされている気がして不愉快だが。
それこそ、下手にゲリラ戦に足を突っ込んで全滅に追い込まれた正規軍のような被害を出させてやる。
今回の作戦の肝は、左右両翼の部隊が、わざと穴を開けている、という事である。
つまり敵の主力を此処に誘引している、ということだ。
また、左右両翼の部隊に見境なく噛みついて、撃退された部隊もこっちに流れてくる。それらをしとめるのが、此処の部隊の仕事である。
幾つかの打ち合わせをする。
そうこうするうちに。
既に前線では、戦闘が開始されたようだった。
「左翼部隊、戦闘開始！ 予定通り戦車隊、エイレン隊を前に出し、プロテウス隊に敵を近づけるな！ 攻撃をする前に、敵を消し炭にしてやれ！」
「少数金銀が混じっている！ 絶対に近付かせるな！ 一瞬で殺されるぞ！」
「数がとんでもねえ！」
「予備部隊のケブラーは、手が足りない戦域に出向いて敵を薙ぎ払え！ 一匹たりとも前線を浸透させるな！ 随伴歩兵はもしも前線に入り込んで来たβ型がいたら、確実に仕留めろ！」
指揮が飛び交っているのが聞こえる。
ネイティブ出身のジェロニモ少将は、冷静極まりない指揮を執っていて、全軍が乱れている様子はない。
敵は五十万と言っても、流石にエイレンやプロテウスの数が揃い始めたEDFは一で十を相手に出来る。それも余裕を持って、だ。
プロテウスに至っては、キングやマザーモンスターを単独で複数仕留める実績をもう既にたたき出しており。
今回の戦場でも、遠距離用のミサイルで敵の中枢に大穴を穿ち。
硬Ｘ線ビーム砲で近付く怪物を薙ぎ払い。
八面六臂の活躍をしているようだった。
「此方右翼部隊！ 左翼部隊に続いて戦闘開始！ 話には聞いているが、とんでもない数の敵だ！」
「敵の数は五十万、最初から分かっていたことだ！ 此奴らをぶっ潰せば、メキシコでやりたい放題している怪物共を蹴散らす足がかりになる！」
「メキシコか。 俺の従姉妹は、メキシコから流れてきた薬のせいで……」
「今は忘れろ！ 人間にもすくいようがないカスはいるが、今は人間全部の敵を倒すときだ！」
まあ、その通りだな。
一華は、戦況を分析。
最初、手当たり次第に左右両翼の陣に噛みついていた怪物だが。何度か弾き返される内に、少しずつ組織だって動き出した様子だ。
そして、開いている戦域に殺到し始める。
「来たな……」
「グリムリーパー、行くぞ！ AFVに敵を近づけるな！」
「イエッサ！」
「俺たちも負けるな！ 一斉射撃開始！」
最初に見えてきたのはα型の大軍勢だ。展開しているエイレンと戦車の隊列から、猛烈な砲火を浴びせかける。見た所、此処に来た時点で傷ついている怪物が珍しくもないようである。
今回、リーダーはいつものライサンダーＺの他に、スタンピートを持ってきている。
敵が想像を絶する大軍である、というのがその理由だ。
砲撃に耐えて突貫してきた怪物が目にしたのは、リーダーがぶっ放したグレネードの群れである。
赤いα型すらもが回避しようとしたが。
既に遅く。
まとめて、爆破に巻き込まれていた。
それでも生き残りが突貫してくるが、グリムリーパーが突貫。容赦なく、刈り取りに掛かる。
ブラストホールスピアが唸り、怪物を穴だらけにしていくのを横目に。一華はプロテウスの操作を確認。
一つずつ、機能を自分で試していく。
なるほど、これは荒くれが大喜びするわけだ。
まずはミサイルだ。
当然マルチロック機能がついているが、搭載しているミサイルの大きさが違う。
発射されるミサイルが、遠距離にいる怪物の群れに直撃。まとめて吹き飛ばす。MLRSを肩に複数搭載しているようなものだな。そう思って多少呆れた。
これは足回りの開発が遅れるわけだ。
このミサイルだけで、下手なAFVより重いだろうに。
前に出ながら、硬Ｘ線ビーム砲も試す。
怪物が、文字通り溶ける。
いや、本当に溶けているわけではないが。
敵群が、ばたばたと消えていく。
元々あの敵大型船を撃墜するために作り上げられた砲だ。こんなもの、生身の生物が耐えられるわけがない。
怪生物ならいざ知らず。
それ以外の怪物では、どうにもならない。
「プロテウスの射線にはでるなよ！」
「分かっている！」
「怪物が、戦車砲すら弾き返す奴がいるのに……」
「とんでもねえな。 確かに人類の切り札と言われるだけはある……」
兵士達が戦慄する中。
プロテウスと同等か、それ以上に暴れている人外の者もいる。
勿論リーダーだ。
そっちへも、称賛の声が飛ぶ。
「撃破記録のレコードを乗り換えている奴がいるって聞いていたが、彼奴か！」
「噂の村上班だ。 南欧の巨大なハイブも主力として潰したらしい」
「凄まじいな……」
リーダーにまけじと、グリムリーパーも大暴れしている。
此方も凄まじい。
見えた。
マザーモンスターだ。二体いるが、どちらも乱戦の中猪突してきたようで、傷ついているようだった。
三城がまずライジンを叩き込んで、一体を屠る。
文字通り爆ぜ飛んだマザーモンスターを見て、兵士達が歓声を上げる。
更にもう一体は、敵を斬り伏せまくりながら接近した柿崎が、文字通り頭から尻まで、唐竹に斬り割る。
悲鳴を上げながらもがくマザーモンスターも、全身から体液をぶちまけつつ倒れる。
大量のマルチロックミサイルが、混乱する怪物に降り注ぎ、片っ端から爆砕。木曽少尉によるものだな。
更にそこに、弐分が突撃。
グリムリーパーも顔負けの凄まじい機動戦を見せて、片っ端から怪物を蹴散らしていくのだった。
ほどなく、第一陣の駆逐完了。
ジェロニモ少将が、無線を入れてくる。
「敵の第一陣を予想外の速度で片付けたようだな。 すぐに補給部隊を送る。 恐らく第十陣くらいまでは来る筈だ。 都度対応を頼む」
「イエッサ！」
「ふっ、任せて貰いたい」
「頼りにしている」
必要な事だけを言うと、ジェロニモ少将は通信を切る。
向こうも前線の指揮で忙しいのだろう。
大量のα型の群れをリーダーが確認。生きている奴がいるかも知れないからだ。たまに、ライサンダーＺで吹き飛ばしている。
そういう、生き残って隠れていた奴を見つけたのだろう。
流石に運が悪い。
相手は人外の探知能力持ちだ。
一旦戦線を下げて、負傷者の手当て、補給を済ませる。弾丸の再装填、装備の点検。やる事は幾らでもある。
プロテウスは専用の大型補給車が来ていて。
ミサイルなどは、ブロック単位で分けて補給し。
全身には何カ所か小分けにされているバッテリーがあり。
そこに蓄積電力をそれぞれ分散していて。しかもある程度どのバッテリーに電力を蓄積するかをコントロールできるらしい。
前はとんでもないポンコツ兵器だったのだが。
一華も幾つか指摘して。
プロフェッサーも、本職の学者達と連携して、徹底的に改良を繰り返したのだろう。
一華は乗っているだけでいい。
こういう兵器は、開発黎明期ほどパイロットに複雑な知識が要求されてしまうものなのだけれども。
プロテウスはニクス型、エイレン型すらも陳腐化し。
完成に近付いているコンバットフレームの技術の上に作り出された兵器だ。
今の時点で、一華がやることはなかった。
激しい戦闘の状況が聞こえてくる。
どこかの戦域でプロテウスが中破した様子だ。β型の軍勢が猛攻を浴びせて、一部が崩れたらしい。
すぐに予備部隊が穴を埋めたが、被害はやはりどうしてもでる。
敵の数が数だ。
しばしして、伝令が来る。
無線を通じても、連絡が来ていた。
「敵の第二陣が来る！ 総員、備えろ！」
「よし、迎え撃ってやる！」
「こっちにはプロテウスもエイレンⅣもいる！ 簡単に突破なんぞさせるか！」
「油断するな。 本隊が敢えて誘引している敵の精鋭だ。 気を抜くと喉を喰い破られるぞ」
ジャムカ大佐が部下達に低い声で脅しとも言える言葉を掛ける。
程なく、敵が見え始めた。
今度はβ型の群れか。
かなりの数だ。
しかも、後方にはキングもいる。
上空ではヘイズが待機していて、航空機の動きを封じに掛かっている。このβ型は、爆撃無しで地上戦力だけで対処しなければならない。
だが、それも不可能では無い。
まずは、キングからだ。
ミサイルについては全て分かった。まずは敵の密度が高い地点に、まとめて残り全弾ぶっ放す。
ミサイルは一発ずつが火力も破壊範囲も大きく、銀以外のβ型は巻き込まれたら文字通りひとたまりもない。
しかも此奴は、多重ロックも出来るようにしてある。
一華がちょっと手を入れたのだ。
結果として、後方から来ているキングには、それぞれ十発ずつミサイルをプレゼント。当然、一発も外さない。
直撃したミサイルに、大きく怯んで態勢を崩すキング。
文字通り隙だらけだ。
戦車隊とエイレンが敵の前衛を抑えている間に、またライジンが直撃し。キングの一体を撃破。
もう一体は必死に逃れようとするが、そうはいくか。
弐分がすっ飛んでいく。
そして、キングの至近から、デクスター散弾銃をしこたま叩き込んで、それで終わりにしてしまう。
おおと、声が上がる。
流石だ。
村上班、凄まじい。
こういう声が上がるのは、それだけ戦況に余裕があるという事だ。
激しい攻撃と、グリムリーパー隊の奮戦でβ型の群れを撃退して行く。敵の群れはかなり多いが、それでもどうにでもなる。
流石に接近してきたので、注意喚起してから、硬Ｘ線ビーム砲を叩き込む。
β型は高い浸透力を持つが、空中では流石に自由に機動できない。
空中にいる間に溶かされてしまう仲間を見て、流石の怪物達も動きを一瞬止める。そこを、更に追撃して仕留めていく。
リーダーが完璧な角度から、スタンピートを叩き込み。硬Ｘ線ビーム砲に追われて来た敵を、まとめて吹き飛ばしていた。
残敵の掃討を開始する。
柿崎が、物足りなさそうに嘆息して戻ってくる。
何しろプラズマ剣だ。
相手は怪物だ。
剣を舐めるわけにもいかない。
相手の実力が物足りない場合は、何とも言えない気分になると、以前言っているのを聞いた事がある。
そういう気分なのだろう。
敵の掃討を完了。
すぐに補給部隊が来る。
今回、北米のEDFは相当に作戦に気合いを入れているとみて良い。普段だったら、ここまで景気よく補給部隊は来ないのだが。
一度、部隊をまとめる。
負傷者を後送。本隊もかなりダメージが増えてきている様子だ。一方で、敵部隊も既に半減しているらしい。
流石の規模だ。
援軍を出す余裕も敵にはない様子で、この五十万……もう二十五万程度にまで減っている部隊を、まるごと使い潰すつもりの様子だ。
それだけEDFに弾を使わせ。
人員も兵器も損耗させればそれでいい。
そういう考えなのか。
或いは上空にいるヘイズどもを、頃合いを見て降下させ、攻撃に加えるつもりなのか。
ヘイズがいると言う事は、クラーケンが後から参戦して、前線を荒らしに来るつもりなのか。
いずれにしても、まだ油断などは、とても出来ない。
補給を済ませる。
その間にミサイルの値段を確認して、うっとなった。
火力があるとは思っていたが、一発ずつが巡航ミサイル並みの値段だ。
こういう兵器は大量生産でローコスト化が測れると聞いているが、プロテウスはまだ流石に厳しいだろう。
この規格のミサイルとなると、海軍兵器が使っているか……というところだろうし。
それほどの数は今までは量産していなかったはず。
以降は当然、プロテウスが陸上戦の主力になっていくのだろうから、ミサイルも量産されていくのだろうが。
それでも、ちょっと今のお値段は見たくなかった。
苦虫を噛み潰しながら、次に備える。
敵第三隊、接近。
またα型の部隊だ。
敵は雑多な混成部隊を作るつもりはない様子で、かなり部隊を種族ごとにまとめているらしい。
α型とβ型で共食いしないことは、今までの調査で分かっているが。
それでも、完全に連携しながら戦闘するのは、怪物やそれを操作しているプライマーでも難しいのかもしれない。
α型の軍勢は、態勢を低くして、最大戦速で向かってくる。
此処での戦況は、既に指揮を執っている奴。
誰かは分からないが、いずれにしても既に知れているのかも知れない。
ともかく、集中攻撃で前衛から潰す。
リーダーのスタンピートで多数が消し飛ぶが、それでも接近して来るα型の大軍勢。
戦車隊、エイレン隊。いずれも突進を止められず。
敵最前衛にいる赤いα型は、体が欠損しても平然と突貫してくる。それを怖れる兵士がでるのは、仕方が無い事だろう。
「ぐ、グリムリーパー！」
「もう少し削れ。 これはまだ突入には早い」
「ならば、ちょっと削らせて貰うッスよ」
若干ぶきっちょにプロテウスを前に出す。プロテウスの自走歩行システムはエイレンほど機敏ではないが。普段は体を折りたたんで、コンパクトに隠して輸送する事が可能なくらいには柔軟である。
そのまま、敵の前衛に硬Ｘ線ビーム砲を叩き込む。
如何に恐れを知らなかろうが。
如何に欠損していても突撃して来ようが。
この攻撃を受ければ、赤いα型でもひとたまりもない。
まとめて消し飛び、敵陣に穴が開く。
そこに、グリムリーパーが突入。
柿崎も、突入部隊に混じっていた。
リーダーが支援射撃を開始。弐分が突入。
手をかざして大物がいない事を確認した三城は、少し後ろから突撃。三城を、木曽のマルチロックミサイルが追い越していった。
敵陣の真ん中にて、電撃爆弾が炸裂する。
ずっと自動砲座の展開に終始していた山県少尉の仕業だ。
そのまま射撃を続けて、敵陣を粉砕し続ける。
赤いα型中心で組まれていた敵群だが、それでもこの猛攻の前にはどうしようもない。文字通り刀折れ矢尽き。
やがて力尽きて、辺りに死体を散らかすこととなった。
「すぐに次が来る！ 態勢を整えろ！」
「くっ！ 負傷者も出ている！ 増援は……」
「味方本隊の消耗も激しい！ 此処にだけ増援は厳しいだろう」
リーダーが冷静に言うと、兵士達は納得して黙った。
敵本隊と、ガチンコの勝負をしているのが味方本隊だ。
それも左右両翼に別れているから、敵の動き次第では大きな被害をどうしても食い止める事ができない。
勇敢にキャリバンが乗り付けて、負傷者を回収していく。
リーダーは時々狙撃を続けていて、やはり死んだフリをして奇襲の機会を狙っている敵を仕留めてくれている様子だ。
まだまだ。
一華にも、やるべき事がある。
バッテリーの消耗。
ミサイルの火力。
実際に使って見た感触のデータを、今のうちにレポートとしてまとめておく。勿論利用履歴や、戦場のカメラなどで破壊力は先進科学研に送られているのだが。それでも、専門家中の専門家として判断されている一華の所感は非常に重要だ。
世界最強のコンバットフレーム乗りと言われているのだ。
それ以外の誰が、これ以上ない完璧なコメントを出来るだろう。
レポートをまとめている間に、次の敵部隊が来る。
若干数が少ないが、これは。
銀β型の群れだ。
非常に厄介な相手である。
すぐにリーダーも、警告の声を発する。
「銀β型の群れだ！ 集中攻撃をして、絶対に近付かせるな！」
「い、イエッサ！」
「暗殺者の金、不死身の銀……！ 戦場で直接群れに相対することになるなんて！」
「村上班やグリムリーパーが来ているんだ！ 遭遇する覚悟はできていた筈だぞ！」
司令官が、兵士達に叱責している。
そのまま、接近して来る銀β型に、猛攻を浴びせる。
一体も、生かして此処から逃がすか。
此奴らは恐らくだが、他のβ型よりも生産コストが相当に高いはず。群れ単位で失えば、プライマーには大きな損害になる筈だ。
それについては金α型も同じ。
物量戦を得意とするプライマーが、一度の戦場で多数を出してこないのが良い証拠だ。
恐らくだが、敵は此処に主力がいる事にとっくに気付いている。
だったら、それを気づいた上で。
更にその上を行くだけだ。
防御力が異常なだけで、火力や機動力は、銀β型は通常種とそこまでは変わらない。元々β型の火力は非常に高いので、相対的に脅威になる。それだけである。
突撃してくる銀β型を、一体ずつ集中攻撃で仕留める。
グリムリーパーも対抗戦術はもう身に付けている様子で、一体ずつに集中して攻撃を浴びせ。
他の個体からの攻撃はシールドで防いで攻撃中の隙を埋める。
そういう風に、部隊単位で連携して動いている。
柿崎はもう何というか、人斬りムーブで残像を作りながら斬って斬って斬りまくっているので、それでいいのだろう。
意外といい仕事をしているのが木曽のミサイルで。
ミサイルの爆圧で、銀β型を確殺とは行かなくとも動きを封じることが出来ている。一瞬でも動きを封じれば、そこをエイレンや戦車隊の集中砲火で仕留める事が可能だ。
悲鳴が上がる。
銀キングだ。
ただ、やはり相当な乱戦の中を無理矢理突破して来たのだろう。相当に全身が傷ついて、美しい銀の毛並みもボロボロだった。
とどめを刺してやる。
無言で前に出ると、全力で硬Ｘ線ビーム砲を叩き込む。
それでも多少は耐えた銀キングだが。
やはり生物。
十数秒後には、ついに装甲を貫通され。凄まじい悲鳴とともに、砕け散っていた。
激しい戦いだった。
すぐに皆をまとめる。
無線が入ってきた。
「敵残存戦力、３０パーセントを切りました！」
「敵の消耗が想像以上に早いな」
「プロテウス隊の力でしょう」
「……だと良いのだがな。 作戦はこのまま続行する。 勝っているからといって深追いはするな。 深追いすることで負けた戦なんて幾らでもある」
その通り。
呟くと、一華はダメージを確認。
銀キングを倒すために前に出たときに、多少プロテウスにダメージが入ってしまっている。
電磁装甲を貫通するほどのものだった。流石にβ型は侮れない。
補給班に応急処置を頼んだ後。幾つかの課題をまとめておく。
プロテウスの弱点はやはり機動力だ。
この火力のまま、エイレンサイズにまでまとめられないだろうか。
だが、現在の科学力では不可能か。
例えば、威力を絞ればエイレンに硬Ｘ線ビーム砲を搭載することは可能だ。事実硬Ｘ線ビーム砲は何度も搭載してきている。
だが、それで敵大型船をバタバタなぎ倒せるかというと話は別。
「敵第四陣、来ます！」
「き、金α型だ！」
「金色の暗殺者！ 最強の相手だ！ 油断を絶対にするな！」
「イエッサ！」
流石のジャムカ大佐も声に気合いが入る。
そして、そのまま戦闘が開始された。
３、業火の後
北米南部の大規模戦闘は、味方の勝利に終わった。村上班とグリムリーパーは、グリムリーパーに何名かの負傷者。共同して戦闘した味方部隊に少数の死傷者を出しつつも、敵を殲滅。
予定通り十度にわたった敵の突撃を全て弾き返し。
敵を全滅させる事に成功した。
ただし、この戦闘で味方の本隊はかなりのダメージを受け、一度基地での補給、補修、人員の確保が必須と成り。
また世界各地で、出血戦を強いられている人類は、EDFの人員増強を図らなければならなくなっていた。
無言で、三城は話を聞く。
基地ではジェロニモ少将が、思った以上に大きかった味方の被害についてわびている映像が流れている。
責任者が謝る方が、謝らないよりかは遙かにマシだ。
それでも、ジェロニモ少将は万全を尽くした。
少なくとも、あのカスターとかが指揮を執るよりは何十倍もマシだったと思う。
また今回の作戦と同時に、北米、カナダの何カ所かでプライマーによる猛攻が行われており。
リー元帥とメイルチームなどの司令部直下部隊はそれらへの対応に追われていて、援軍を送る余裕がなく。
それらの大規模作戦で兵を失いつつも。
まだまだ攻勢の余裕を残しているプライマーの恐ろしさが、今回は更に浮き彫りになった形だった。
いずれにしても、メキシコに攻め上がるどころでは無い。
基地を見ると、何機も破壊寸前まで追い込まれたプロテウスが見える。
一華に渡された待望のワンオフ機も、多少のダメージを受けたと言う事で、今バンカーである。
戦車隊、エイレン隊のダメージも小さくない。
最強の戦車、エイブラムスの後継機であるブラッカー。それを更に発展させたバリアスが、こうもダメージを受けているのだ。
人間が、如何に狭い世界で最強を気取っていたか。
その証明のような光景かも知れない。
無言で、基地を歩いて回る。
既に三城たち三人は大尉への昇進が決まっている。大兄はこの間の戦闘で、中佐への昇進が決まった。
ストームチームがこの世界でも結成される。
それは、とても良い事なのだろうと思う。
ただ、プライマーの動きがおかしい。
大兄も妙な感じがすると言っていたが。
三城も同意見だ。
プライマーは、何か今までとは違うことを考えているのではあるまいか。そう、感じてしまう。
「村上三城中尉！」
「？」
振り向くと、どうも志願したばかりらしいウィングダイバーが、数人いた。きらきら目を輝かせている。
こんな風にこんな場所で。
そう思うと、悲しくなる。
「私達と年も変わらないのに、活躍いつも凄いなって見ています！ サインください！」
「わかった。 でも、覚えておいて」
「はい！」
「私だって、いつ死ぬか分からない。 絶対に、どんなに有利な戦場でも油断だけはしないで」
サインを渡す。
そうすると、こくこくと頷かれた。
やっぱり英雄は違うね。
どんなときでも油断しないんだね。
そんな風な会話が聞こえる。仲良しグループなのだろう。今の三城は。もう何というか、学生という職業からは完全に乖離してしまった。
それに対して、あの子らは違う。
戦争が終わったら、学生に戻るか。或いは社会人になるか。恋人を作って、結婚するか。恋人は、もういるかも知れない。
目を細めて、違う世界の住民を見送る。
三城は、もう。
ああなるつもりはないし。
なることもない。
ただ今の希望は、自由に空を飛ぶこと。それだけは、今も昔も、変わってはいなかった。
メキシコに威力偵察に出向く。
村上班だけの仕事だ。今回は、いつものエイレンで出向く。
やはり一人乗りのプロテウスというのはかなり無理がある代物だったらしく、全体的にオーバーホールらしい。
それに一華がかなりああだこうだと注文をつけた様子で。
それらを改善するまでは、戻って来ないようだ。
全部問題点を解決して、改善という。
何かの漫画だかの台詞だったか。
確か悪役の台詞だったと思ったが。悪役の台詞としては、確かにまっとうで筋が通っている。
ただ、一華が現時点で最強の戦闘力を発揮できるのはエイレンだ。
あのプロテウスは、あくまでも対大型船。
それを考えると、「その時」までに仕上げてくれれば、それでいい。
現地に到着。
地獄絵図だ。
五十万からなる怪物が通ったのだ。二千万の人口を誇り、文字通り悪徳の都として君臨したメキシコシティは消滅していた。
メキシコのEDFは、マフィアやらゲリラやらの残党狩りが主な仕事だという話を聞いていたが。
それもあって、対応がかなり厳しかったのだろう。
まだ幾つかの前哨基地は残っている。
それらに、話を聞きに出向く。
現地の指揮官は。違う。指揮官だけではなく、兵士もやる気がなかった。大型移動車で到着した村上班を見ても、ぼんやりしている兵士が多く。
まだ大兄を知らないEDF隊員がいるんだなと、少し驚いてしまった。
「此処の指揮官は？」
大兄は不機嫌そうだ。
小兄が周囲に目を光らせている。
山県少尉がとても穏やかそうにすら見える不良隊員がウヨウヨいる。此奴ら、市民を守る事よりも、自分が逃げる事を優先するだろう。
そういう手合いにしか見えない。
あの活動屋どもや。
半グレとか言う連中。
三城の両親とかいうケダモノどもと同じ手合いにしか思えなかった。
北米ですら、既に三城にサインをねだるような世代の兵士が出始めて来ているというのにだ。
此処は、色々時間が止まってしまっている。
「俺だが？」
「俺は村上班、村上壱野少佐だ。 此処の指揮官と言う事は、前哨基地だ。 最低でも大尉の筈だが？」
「よく分かったなあ。 俺がここの指揮官であるピサロ大尉だよ」
けけけと、くすりでもやってそうな大男が笑う。
周囲もどっと笑った。
大兄は、これはちょっとブチ切れる寸前か。大兄が本気でブチ切れた場合、多分ジャムカ大佐でも畳まれる。
少し下がる。
本気でブチ切れた大兄を見た事は、何回かしかないが。
文字通り、周囲の空気がふるえる、というやつだった。そこにいるのは人間では無く、それを明らかに超越した存在だった。
多分、小兄と三城二人がかりでも大兄を止められないだろう。
勿論、そこまで怒るとは思えないが、念の為だ。
「少し前に、メキシコから北上した怪物の群れが北米で殲滅された。 五十万ほどな」
「ほー」
「それでその時お前達は何をしていた。 怪物の移動経路の連絡、住民の避難、何か一つでもやったのか」
「知るかよそんなもん。 薬も切れちまったしな。 俺たちはここでぼーっとしていれば良いだけなんでね。 総司令部からの連絡も、適当に聞き流しておしまいだ。 なんせ無理をすれば死ぬんだからよ」
顎をしゃくるピサロ大尉。
墓がずらっと並んでいる。一つずつの墓標には、たくさんの名前が書かれていた。
「ここに来て、アンタみたいなことを言ってた兵士達だよ。 みんな怪物との戦闘で死んだ」
「仇をとろうとは思わなかったのか？」
「だれが。 どこの国の知りもしない奴だぞ。 俺たちの国はもともと無茶苦茶だったし、何がどうなろうとどうでもいいね。 それこそ俺たちをそっとしておいてくれれば、プライマーが指導者だってかまいやしねえよ。 どうせだれがやったって、この国は薬漬けのクズしかいないカス国家なんだからよ！」
ピサロが狂ったように笑い始めると。
兵士達が同じように笑い始めた。
あ、これはキレるな。
さっと飛び離れる。
ドゴンと、もの凄い音がしたのと。ピサロが文字通り飛んだのは、次の瞬間だった。
一目で分かった。
今の音は、踏み込み。
同時に腹に一撃、更に顎に一発。腹の一撃だけでピサロは気絶。第二撃の顎への一撃で、真上にピサロは舞っていた。
勿論受け身どころじゃない。
大兄が軍靴で頭を受け止めてやらなければ、頭から地面に激突していただろう。
完全に泡を吹いているピサロを見て、兵士達が慌てる。遅れてヘリが来て、兵士達が展開する。
「村上壱野少佐、これは……」
「戦闘の放棄、民間人の保護義務の放棄、作戦行動の無視、再三にわたる情報収集要請の無視。 せめて実力が伴った発言だったら、少しは見直したんだがな。 確保。 此奴らにEDF兵士を名乗る資格もない。 違法薬物も確定で入れている。 即座に軍法会議の準備！ このピサロとか言う大尉だけでは無い！ 他の兵士達もだ！」
「イエッサ！」
悲鳴を上げて逃げ惑う兵士達だが。
木刀を取りだした柿崎が、残像を作って跳ぶ。
まあ、これは三城もやらなければならないか。
前哨基地にいた兵士達、百人ほどをまとめて畳むまで、十二分と少し。全員気絶させて、縛り上げた。
中には銃器で抵抗しようとした奴もいたが、それは一華がエイレンのレーザーを向けて制圧した。
流石にエイレンⅣに小火器で勝てると思うバカは、此処にもいなかった。
メキシコの戦況が最悪だったのは事実だ。
だが、こういう基地の存在が、更に被害を増やしたのも事実。
軍はみんな真面目な人がやっているなんて事はあり得ない。
そんな事は、三城だって分かっている。
だが、こういう人類の恥さらしもいて。そういうのが、余計に被害を増やしているのもまた事実なのだ。
大兄は、ふうと息を吐き出す。
頭に来たらしいが、完全にブチ切れるまではいかなかったか。
或いはだけれども。
それは、プライマーとの決戦の時のために、温存しているのかも知れない。
その後、更にMPが来た。大兄が通報したらしく、内容を聞いて流石に無視出来なくなったらしい。
いや、この間の大会戦で勝ったから、ここに来る余裕が出来たという理由もあるのだろう。
捕まえた兵士達を引き渡す。基地からは出るわ出るわ、コカインだのなんだののヤバイ薬物や、無茶苦茶になるメキシコで更に火事場泥棒をしていたらしいメキシコマフィアの遺物らしい金やら証券やらが出て来た。此奴らがマフィアと同じ事をしていたらしい証拠だ。
はっきりいって、こんなのと同じ仕事をしていたと思うだけで、反吐が出るレベルである。
意識を取り戻したピサロだかはわめき散らしていたが、大兄を見て悲鳴を上げ、泣きわめいて赦しをこう始末だった。
一瞬で、何を相手にしてしまったのか体で悟ったのだろう。
兵士達が縛り上げて、阿呆どもを連れて行く。
流石に、ここに代わりに来た兵士達が、気の毒でならない。
或いは彼奴らも、最初はやる気があったのだろうか。
だがどうにもならない戦局を見て、やがてマフィアと同レベルまで落ちていった。
だとしたら、救われない話だ。
元々は真面目だったのに、すぐに朱に染まった連中や。それをこばんで、謀殺された兵士すらいるかも知れない。
EDFの闇を今日は見た。
だが、それはまだ序の口だった。
メキシコはもともと、今の世紀に入るくらいには荒れ果てていた国だった。国内の政治は上手く行かず、経済が無茶苦茶になり。
結果としてマフィアが国を牛耳り。
薬物を作り、それで経済を回した。
この時期の事を三城は聞かされて驚いた。
コカインだのヘロインだのを肯定する人間がもの凄く多かったそうである。なんでも一部のロックシンガーだのなんだのが、作曲するには薬物が必須だとかほざいていたらしく。それを真に受けた阿呆が、本当にそれを肯定していたのだとか。
歴史上、薬物の力で芸術をやっていた人間など殆どいない。強いていうならばゴッホくらいだが、そのゴッホですら別に愛飲していたアブサンの力で芸術をしていた訳でも何でもない。
また、後々に証言が上がって来たが。
そもそも薬物をやるとハイになって良い作品を作れたような「気分になる」だけで。
実際に後で正気になってからその作品をみると、酷い代物で論外だった、と言う事が。そのロックシンガーだのが明言している。
つまるところ、これらの言説は薬物を売りさばいて金に換えていた連中が。それを肯定するためにプロパガンダを行い。
それを真に受けた阿呆が、薬を全肯定していた。
そういうことだった、と言う訳だ。
各地を見て回る。
プライマーが来るまで、EDFとゲリラやマフィアが小競り合いをしていたこの国は。北米の至近にあったにも関わらず、あっと言う間に蹂躙された国の一つだ。多くの難民が北米に逃れようとしたが。
北米が分からしてみれば、散々薬と犯罪を輸出してきた国だ。
良い感情がある訳もなく、難民が逃れるのは難しく。多くの難民が途中で殺された。
そんな中で、プライマーにこびへつらって生き残ろうとしていたマフィアは、なんと子供や老人を生け贄に捧げて自分達だけ助かろうとまでしていたらしいが。
プライマーは交渉などに応じず。
マフィアをまとめて皆殺しにしたので、そのようなばかげた取引は実現しなかった。
何故、それらを知っているか。
今、各地で廃墟になった街を確認して。
プライマーの怪物を駆逐しながらMPやらと調査を行い。
それで、上がって来た情報を見せてもらっているからだ。
一華が呆れている。
まあ、「負けた世界」で一華と一緒に世界を回っているとき。一華ですらうんざりするのを何度も見た。
ろくでもないものを見たのだろう。
そうその時は思っていた。
だが、今同じ顔を一華がしているということは。
これらと同レベルの事を、EDFがやっていた、という事である。
それは、顔をしかめるだろう。
これではどちらがエイリアンだか、分かったものではない。
はっきりしているのは、地球人が太陽系の外に出たら、未曾有の悲劇が宇宙規模で引き起こされると言う事。
此処でやったのと同じ事を。
地球人はなんぼでも繰り返すだろう。
地球人相手にすらこれなのだ。
他の生物相手だったら、どれだけの恥知らずな蛮行を繰り返しても、まったく顔色なんて変えないだろう。
うんざりして、首を振る。
吐くかと視線で小兄に促されたが、それも首を横に振る。
飲み込んでおかないといけない。
人類がもしもプライマーに勝てたとする。
何らかの形で、プライマーはもう地球に攻めてこなくなるのが確定するとする。
その後、待っているのは。
英雄に対する掌返しだ。
プライマーにへつらうことを決めたマフィアの連中の醜い顔。子供らを調理して、プライマーに差し出すことを提案したものまでいた。
それらの映像が残っている。
此奴らが皆殺しにされたのは、当然の結末だっただろう。
プライマーは許しがたい存在だが。
此奴らを地球から駆除してくれたことだけは、感謝しなければならなかった。
「メキシコからは、想像以上に怪物が駆逐されているようだな」
「その代わり、他の何もかもも、ですがね」
「そうだな。 マフィアの住居は地下空間まで容赦なく潰されている。 ひょっとすると、メキシコにおける最大軍事組織と思われていたのかも知れない」
「そうですね。 ある意味、それは間違っていなかったのでしょう。 武器を持つべきではない人間がいて。 それが武器を持つとどうなるか、よく分かる事例であるといえるでしょうな」
兵士達が話をしている。
いずれにしても、各地の要所は完全に更地。
薬の栽培の本場はもっと南の方らしいが。そういった所も、プライマーに徹底的に焼き払われて、何も残っていないそうだ。
別にプライマーは人間のためにそんなことをしたのではないだろう。
或いは、薬が人間にとっての嗜好品だと判断して、駆除したのかも知れない。
だとすると、ある意味では良かったのか。
そういえばインド辺りにある麻薬の大量生産地帯も、同じように全て焼き尽くされていると聞く。
そいつらも、そういえば子供を兵士に仕立てて、軍事組織を気取っていたとか。
潰されたのも、何となく同じ理由なのだと見当がついた。
いずれにしても、これでは生存者どころではない。
各地で必死に戦っているEDFもいる。むしろその方が多数だ。それなのに、この国のは。
南米のEDFはまだまだ健在だ。
組織的な抵抗を続けているし、何度か手伝いに行ったこともある。
だが、この辺りは一度全て何もかも焼かれてしまい。次は再建からしなければならないだろう。
そうすると、また訳が分からない連中がわらわらと群れてきて。
立場が弱い人間を暴力で従えて奴隷にし。
薬を作らせて周囲にばらまき散らし。
「買う方が悪い」「芸術には薬が必要」などとうそぶきながら、周囲の人間を徹底的に不幸にしていくのだろうか。
それとも、「薬を作って売っている人間だって人権がある」などと宣いながら。被害を受けた人間を踏みつけにして無視するのだろうか。
どちらも醜悪すぎて、見るのもいやだ。
三城は。大きなため息をついた。
多分。この醜態を見ていて気づいていたのだろう。
小兄が、肩に手を置く。
ありがとうと礼を言う。
いずれにしても、滅ぼされた連中は地獄行き以外はありえまい。
もしも連中が地獄に落ちていなかったら。
三城はあらゆる宗教を今後永久に認めない。
それだけは、事実だった。
４、その人の姿
クラーケンの群れが動き出す。
かなりの数だ。
当然ヘイズも伴っていて、EDFでは一気に緊張が走った。
当然航空機は手を出せないし、遠距離ミサイルは撃つだけ無駄だ。奴らのシールドの反射はそれこそ千㎞以上に達する事が分かっていて、仮にミサイルを放った部隊が無事であっても、周囲の何処に反射攻撃が着弾するか分かったものではない。それを思うと、奴らに迂闊に仕掛けられず。地上部隊での攻撃を仕掛けるしかなかった。
だが、大気圏外で観測される。
マザーシップに随伴していた大型船に、群れごとクラーケンが収納され。そのまま消えてしまったのだ。
何が起きたのかよく分からないが。
いずれにしても、もしもそのまま侵攻されていたら、何が起きたか分からないのが実情だった。
敵の兵が減った、と喜ぶ事も出来ない。
各地の戦線は膠着が続いていて、激しい戦いが連日続いている。
既にコスモノーツも含むあらゆるエイリアンが各地に出現しており、EDFと苛烈な戦闘を繰り広げており。
EDFも次々にプロテウスを戦場に投入して対応。
プロテウスを中心にして敵の撃退を続け。
それでも敵の圧倒的物量もあり。
戦線を保持するので、精一杯だった。
プロフェッサーは先進科学研で仕事をしていたが、戦略情報部に呼び出される。あまり戦闘のことは詳しくないのだけれどと思いながら、呼び出しに応じる。
今回、戦略情報部は。
特にそのトップである参謀は、コネを総動員して先進科学研を支援してくれている。
先進科学研が作り出したプロテウスが、各地で画期的な戦果を上げ。それによってやっと戦線が維持できているという事もある。
今回は両者の関係は悪くなく。
だからこそ、どんな呼び出しでも応じなければならなかった。
呼び出しをされたのは、東京基地の中にある殺風景な部屋。
会議室でもなく、かといって狭くもない。
オフィスとして使われている気配もなく、人気もない。
不可思議な部屋だった。
しばし待つと、見覚えがない人間が何人か来た。
黒服の護衛を連れているので、VIPだとは思うのだが。いずれも、今までの周回で見た事がない。
似合いもしないスーツを着て、バカみたいな上流階級の社交界とやらに出たことはあるのだが。
そこでも、見た事がない者達だった。
立ち上がって自己紹介をするが。
相手は、そのまま座っていてくれと言う。
「貴方方は……」
「EDFの上級大将達だ」
「！」
そう。
潜水母艦の艦長達。
上級大将というのは、一種の名誉職である。EDFにとって最大の戦略的重要兵器である潜水母艦の艦長を務める事もあり、一人しかいない元帥の直下という意味で上級大将の地位が与えられている。
そうなると、この中の一人が。エピメテウスに乗って最後までいつも生き残る、バヤズィト上級大将か。
あれ、確か写真か何かは見た事があるはずだが。
ひょっとしてあれはフェイク画像か。
上級大将達と向かい合って座る。
かなり不安だが。
話は聞かせて貰う。
「君が作ったプロテウスの性能は聞いている。 クラーケンを撃ちおとすのにもかなり貢献し、各地の戦線では千倍する怪物を単騎で蹴散らしているそうだな」
「は。 可能な限り、今後も性能の向上を図ります」
「うむ。 それでだ。 上空にいるクラーケンに、現時点でミサイルは極めて効果が悪い事が分かった。 故に、それ以外の対抗兵器を作ってほしいと思ってな」
「対抗兵器、ですか」
クラーケンへの対抗兵器、か。
シールドをまずどうにかしなければならない。
あのシールドは、巡航ミサイルすら跳ね返す。それもマッハ２０くらいで飛んでくる奴をだ。
思えばクルールの時から、極超音速兵器に対する備えを敵はしていた。
クラーケンの頭にかなり巨大な脳が詰まっていることは分かっている。だが恐らくだが、脳の性能だけで攻撃を防いでいるのではないのだろう。
戦場に出てきているクラーケンは、恐らくはクローン兵士で、しかもサイボーグだ。
プライマーの支配者階級に位置する存在をクローンし。
さらに元よりも更に性能を上げているのだろう。
恐るべき敵になるのも、仕方がないかも知れない。
敵としても、支配者階級が強い事を示す必要がある。
それは無茶な改造を施すだろうから。
「クラーケンは制圧行動に出てこないときは、不意打ちを避ける為か大気圏外にまで浮遊している事がある。 現在現実的に使えそうなのはミサイルくらいしかないが、効果がないのは既に証明済みだ。 君なら何か案があるのではないかと思ったが」
「衛星兵器はリスクが高すぎますね」
「その通りだ。 衛星兵器の担当者は、反射されたときの損失が大きすぎるといって、クラーケンへの攻撃には反対している」
そうなると。
幾つか、思いつく案はあるにはあるが。
実験をしていかなければならないだろう。
まず最初に思いつくのは高火力のレールガンだ。
元々ミサイルの代替品として、よりローコストのものをとして開発されたのがレールガンである。
ミサイル並みの射程と速度が出るのが強みだが。
電力消耗が凄まじすぎて、長らく実用には持って行けなかった。
現在では、大型のレールガンを作れば、大気圏外を狙撃することは可能だ。だが。結果はミサイルと同じになるだろう。
レールガンが実用化した今。
近距離用の超火力兵器としてレールガンは見直されているが。
巡航ミサイルの代替品としてのレールガンは、むしろ軍からはいらないと言われるようになってきている。
次に考えられるのがレーザー兵器だが。
レーザーもこれもまた問題がある。
出力が大きくなるのは当然の事なのだが。
光というものは、水の中などで特に顕著だが。
大気圏内でも、威力が減衰するのだ。
ライトなどを使って見ると分かるが。業務用だったり軍用だったりのライトを使っても、どこまでも同じように光が届くわけでは無い。
ましてや超高熱を武器にする軍用レーザーとなると、威力の減衰はあらゆる意味で致命的である。
大気圏外のクラーケンを狙い撃つとして。
反射の発射源への直撃は恐らく、怖れなくてもいいだろう。ただし、どこに反射が飛んでくるか分からないし。
何よりも、一発でシールドをオーバーヒートさせる火力を出したとしても。とどめの第二発が必要になる。
更に敵も黙ってばかりではなく。
地上から狙撃されたと分かれば、ヘイズを差し向けてくるだろうし。クラーケン達もまとまって、自衛のために務めるだろう。
宇宙空間では、レーザーは最大の火力と射程を実現できる。しかも文字通りの光速だから避けようもない。
しかしながら。クラーケンも正確無比に反射してくるだろう。
現時点では、あまり現実的な策はなかった。
「現時点で、必殺の兵器と呼べるものはございません。 これから持ち帰って、色々意見を聞いてみたいとは思います」
「分かった、そうしてほしい。 ただ、今回わざわざ呼び出したのは、クラーケンの能力が戦略級のもので、何かしらの決戦で大軍が集結した場合、特に大気圏外からまとまった数が何かをしてきた場合、対策が必要になると判断したからだ」
「分かっております」
この間の、クラーケンの群れが大型船に収納されて消えた件だろう。
敵は過去に物資を送るだけでは無い。
未来にも物資を送る。
いつもだいたい、開戦から二年くらいでEDFとプライマーは決戦を行い、戦況が一段落するのだが。
狙うのはその時か。
もしくは、更にその三年後。
リングが来るときかも知れない。
プライマーも、悟っている可能性がある。
リングへの攻撃が重なる度に、どんどん歴史がいびつに変化していることに。人間が、大きく変わっていることに。
ストームチームの皆は、昔ほどギスギスしていない。
最初にストームチームが結成されたとき。ベース２２８では、見苦しい反目をしていたと聞いている。
だが今では、別にスプリガンとグリムリーパーが顔を合わせる度に嫌みを言い合っているような事は無いし。
むしろ綺麗に連携して戦闘をしているという。
これは村上壱野からの証言だが。
前はとにかく性格がきつかったスプリガンのジャンヌ隊長は、いまではすっかり話が分かるそうだし。
グリムリーパーのジャムカ隊長は、昔は暴威という雰囲気で。どこか焼け鉢ですらあったそうだが。
今ではすっかり良き意味での豪傑として、頼れる格闘戦の第一人者だという。
歴史が蓄積される度に、皆にも変化が生じている。
記憶が蓄積されなくても、それ以外に。
プライマーはなんども。恐らくプロフェッサーが認識している回数以上に歴史を変えている。
これは確定だ。プロフェッサーの記憶にある一番古い周回でも、プライマーは核施設に的確な攻撃をしていた。
つまり。その前に全面核戦争をやったということで。
少なくとも、人類に先に核を撃たせないための行動を取っていた、ということなのだから。
今回は、ひょっとすると九回目とか、十回目とか、もっと多いかも知れない。
プライマーの方が、学習速度はともかく。この件については詳しいはずだ。
「それでは、時間も無駄に出来ない。 頼むぞ」
「分かりました」
頭を下げて、潜水母艦の艦長と護衛達が部屋を出て行くのを待つ。
一人になった後、プロフェッサーは嘆息した。
先進科学研に戻る。
その後、クラーケンについての対抗戦術を研究している者達を招集。此処にいるのは、科学者としてプロフェッサーより数段上の人間ばかりだ。
ただし彼らも絶対記憶能力の持ち主ではない。
どうも彼らはプロフェッサーが絶対記憶能力を持っていることに気づいているようなのだけれども。
それを最大活用して、新兵器を作る手腕を認めてくれているらしい。
また、自由な裁量を現実的な範囲で認めてくれることも気に入ってくれているようで。
反発されることは。滅多になかった。
軽く対クラーケン。
それも大気圏外にいる連中を叩くための戦術について話を聞く。
幾つかの意見が帰って来るが。
その中の一つに、興味深いものがあった。
「キラーロボットを使う？」
「はい。 具体的にはデスバード型ですね。 元々、速度を上げて質量をぶつけたり、レーザーで直接焼こうってのが間違っているんですよ」
そう述べる学者は、三城くんや柿崎くんよりも更に背が低い男性だ。
この子も確か、一華くんが色々と巻き込まれたろくでもない実験の犠牲者の、最終世代くらいの一人だとか聞く。
見た目通りの年だが、博士号を複数持っている天才だ。
しかし見た目通りの身体能力しかなく、「超人」を作る計画は、ついに頓挫することになった。
故にこの子をはじめとする「失敗例」は、民間に投げ渡されたらしい。
EDFの闇の歴史である。
「デスバード型はナノマシンを用いて、ヘイズに特に有効な毒ガスを指向性を持たせて放つ事が出来ます。 これは呼吸では無く皮膚からにも直接ダメージを与えるため、少なくとも大気圏外にいるクラーケンの随伴歩兵を一方的に鏖殺できます。 現在はロケットの技術がかなり進歩しているので、クラーケンによる迎撃に対して、飽和攻撃を仕掛けることが出来るでしょう」
「まずは外堀から、ということだな」
「冴えていますね。 その通りです」
ふふんと自慢げな学者。
性格が悪いと言われていて嫌われていたようだが。
まあ確かに性格は悪い。
だが、この間三城くんがメキシコで見たおぞましすぎる人間の業を見て、メールで愚痴を送ってきたが。
そういった人類の歴史的邪悪にくらべればなんぼかまし。
この子の性格の悪さなど、それこそなんでもないだろう。
「クラーケンはヘイズを伴わなくても大きな戦力を持ちますが、それでも長距離砲などへの対応能力は落ちます。 まずはミサイルによる飽和攻撃でデスバード型を叩き込んでヘイズを削り取り、その後は続けて長距離狙撃型の大型レールガン設備で飽和攻撃を浴びせる。 これで群れ単位のクラーケンを仕留められるでしょう」
「案としては悪くないが、コストが掛かり過ぎやしないかね」
「ざっと今計算しましたが、プロテウス十機分程度で済みますね」
「いや、掛かりすぎだ……」
学者達が議論を開始する。
とりあえず、案を何か皆で話し合って考えてくれと。その場に丸投げ。また、議事録は、録音データだけで良いとだけ告げる。
絶対記憶能力があるから、議事録は文字通り聞くだけでいい。
他にも、プロフェッサーにはやる事が山ほどある。
幾つかの作業を並行して進めていると、気がつくと夜中になっていた。
一度休まなければならないだろう。
チーズバーガーを注文して、食べる。
少し食べてから帰ろうと思ったのだが、そこで気づく。
まずい。
チーズバーガーは最高の好物だとずっと思っていたのに。
考えて見れば、精神的な年齢だけ何十年も重ねてしまったのと同じだ。その間、暇さえあればチーズバーガーを食べていた。
どれだけ偏食だって、飽きる。
いや、本当にそうか。
別のブランドのチーズバーガーも食べて見る。
だが、味は同じだ。
愕然として、そして大きな溜息が出る。
そうか、ついに。
チーズバーガーすらも、飽きてしまったか。
こうして、どんどんプロフェッサーの元からは、人間性が去って行く。それもそうだ。如何にプライマーを殺すかだけを考えて生きているのだから。人間性が消えていくのも当然だろう。
妻を守らないと。
唐突にそう思う。
どれだけ人間性を失っても、妻まで失う訳にはいかない。
それを、プロフェッサーは思い出し。
いそいそと、帰路につくのだった。
（続）
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