風の王来る
序、地下の魔窟
欧州南部。大尉に昇進した壱野は、スプリガンとともに苦戦中のこの地域に来ていた。この辺りは政情不安が続いていて。跋扈していたテロリストやらゲリラやらにEDFは苦しめられていた。其奴らはプライマーに全部駆除されてしまったようだが、EDFも戦況がいいとは言えない。
いずれにしても、此処のスカウトが妙な報告をしてきているという。
アンカーもない。
転送装置もない。
それなのに、飛行型の怪物がでると。
衛星を使って空撮して見ても、ハイブは発見できていない。
そうなると、総出で調べるしかない。
壱野が大尉になった時点で、柿崎、山県、木曽が村上班に合流した。それぞれ少尉扱いだ。弐分、三城、一華は中尉。
それに尼子先輩と、長野一等兵も加わり。しっかり村上班のいつもの面子が揃った事になる。
今回はスプリガンのジャンヌ中佐と、それに副官としてゼノビア中尉が来ている。他の数名の隊員は、見覚えがなかった。
山県少尉は許可の末に、調査用のドローンを使って良いことになっている。
戦闘ドローンは条約で禁止されているが。
敵がキラーロボットを使い放題の状況だ。
近々、プライマーに限ってキラーロボットを使って良いとする条約を作るそうなのだが。
戦後が少し心配だなと。壱野も思う。
ともかく、彼方此方で飛行型を駆逐しながら、情報を集めて回る。
一週間ほど南欧を彷徨い。各地の基地を支援して回っている内に、妙な報告が入っていた。
飛行型が山肌からでてくるのを見た、と言うのである。
どうも現地の住民の生き残りが、避難中にみたものらしい。
すぐに動けるレンジャー部隊と共に、現地に出向く。地下にて飛行型が繁殖か。飛行型のハイブは強力な装甲を持っていて、ミサイルでも簡単には破壊出来ないほどの強度がある。
まて。
今まで確かにハイブは何度も定点攻撃で破壊されてきた。地上部隊も、そう言った作戦ではかなりの規模の機甲部隊を連れて来た。
それを考えると、強力な戦力であるAFV対策に、地下にハイブを作るのはありなのかも知れない。
もしもそうだとしたら、最悪である。
周囲にスカウトとともに展開して、状況を探る。
飛行型の数が多い。
全て撃退しながら、スカウトを守る。
スカウトは流石に飛行型の軍勢に襲われたらどうにもならない。エイレンWにバージョンアップしたばかりの一華のコンバットフレームも、何度も交戦しているうちに被弾は避けられなかった。
もし大型の敵のハイブが。
それも地下にあったら。
この程度の戦力で、どうにかできる状況では無い。
ジャンヌ中佐と、軽く話をしておく。
「最悪の場合は、かなりの距離を逃げる事になります。 戦闘時は、余力を残すようにしてください」
「分かった。 スカウトチームは」
「まだ余力はありますが、それも長くは……」
「厳しい状態だな」
山県少尉に、雷撃爆弾を先に渡しておく。
地下だと、これがとんでもない破壊力を発揮する事は既に分かっている。或いは足止めが出来るかもしれない。
彼方此方歩き回りながら、周囲を確認。
飛行型の攻撃が、明らかに増えてきている。
それが近くに何かある証拠とも言えた。
程なくして、洞窟を見つけた。ニクスが入れるほど広くは無い。勿論エイレンもこれは厳しい。
すぐに空軍に連絡。
デプスクロウラーを輸送して貰う。
デプスが来るまで数時間。
この洞窟の周囲で、飛行型の駆逐を続ける。かなりの数がいるが、それでも地上部分にいるのは斥候らしい。
クイーンは見かけない。
或いは、もともと地下が本拠地だから。
地上はどうでも良いのかも知れない。
「先にスカウトチームが潜入して探索します」
「いや、駄目だ。 この中は飛行型が大量にいる可能性が高い。 軽武装のスカウトでは、自殺行為だ」
「しかし我等の任務は」
「今は周辺の探索に全力を尽くしてくれ。 一人でも兵士を死なせる訳にはいかないんだ」
そう告げると、スカウトは悔しそうにする。
程なく、デプスクロウラーが届けられる。一華が乗り込んで、洞窟の内部へと入り込む。
ビンゴだ。
一目で分かるほど、洞窟の内壁が固められている。β型などは見かけないが、これは明らかに飛行型が手を入れている。
後で分かった事だが、飛行型は唾液と土などを混ぜ合わせて、コンクリ並みの強度に変えるらしい。
これは、洞窟全域をそうしているとみて良いだろう。
しかもこの深さ。
バンカーバスターも通じないかもしれない。しかも、内部がかなり複雑に入りくんでいる。
「これは、まずいな……」
「此方戦略情報部。 成田軍曹です」
「なんだ」
「内部への調査を続行してください。 何があるのかを確かめないと、此方としても戦力を用意できません」
相変わらずだな。
勝手な事をほざいてくれる。
そう思いながら、無言で内部に。
やはり、飛行型がかなりいる。だが、狭い空間だ。飛行型は力を発揮しきれない。集まっているところを、デプスクロウラーのラピッドランチャーで消し飛ばす。また、スプリガンもマグブラスターで適切に応戦してくれる。
だが、気配は飛行型だけじゃあない。
まずい。この気配は、ネイカーだ。
移動しながら、電波中継器は撒いている。
だから外への通信は通る。
「戦略情報部。 ケブラーの部隊を頼みたい」
「ケブラーですか? 現在二部隊が近くの基地にいますが……」
「足りない。 最低でも今いる穴の周辺に、十部隊。 護衛部隊つきで頼む」
「じゅ、十部隊!? 分かりました。 と、とにかく申請してみます」
成田軍曹は切羽詰まると駄目になるが、普段はそれなりに仕事が出来る人物だ。頭を掻きながら、山県少尉が言う。
またなにかいるんで、と。
ネイカーがいると返すと、流石に目を剥いていた。
「ネイカーですって?」
「間違いない。 かなりの数だ。 それも地中に埋まって待ち伏せしているとみて良いだろう」
「冗談じゃあねえなあ」
「雷撃爆弾の準備を頼む」
話を聞いていた兵士達も、皆慌てている様子だ。
狭い通路を、飛行型を駆逐しながら進む。
不意に後方に気配。
これは、ハイグレードもいる。
「三城、ライジンを!」
「分かった!」
「スプリガン、前方の敵は任せます!」
「分かったが、本当に後方から来るのか!?」
不審そうにするジャンヌ中佐が、部下とスカウトを率いて飛行型を駆逐してくれるが。すぐにその時は来た。
列を成して、ネイカーの群れがやってくる。十や二十ではない。
しかも閉鎖空間で、容赦なくあの火焔をぶっ放すつもりだ。
その上、赤い機体が見える。
ハイグレード型ネイカー。
火力、装甲共に通常種の百倍とみて良い強化型である。
即座に対応。
山県少尉は流石にもう慣れていて。即座に雷撃爆弾を起動。ネイカーが火焔をぶっ放そうと口を開いた瞬間、凶悪な電流が空間に満ちた。
次々爆散するネイカーだが、一部は無理矢理突破して抜けて行く。そいつらは、今はいい。
ハイグレード。
一体は口を開いた瞬間、三城がライジンで焼き切った。
こいつはいい。
もう一体は、弐分と連携して最大火力を浴びせる。破壊しきれるか。ライサンダーZを浴びせても耐え抜く。ガリア砲も。
雷撃の中、奴が炎を吐いたら尋常では無い被害が出るだろう。
最悪、デプスクロウラーを犠牲に耐えるしかない。三城が前に出ようとした瞬間、二発目のライサンダーZの弾を叩き込む。
冷や汗が、こういうときは壱野でも流れる。
直撃。
ハイグレードネイカーが砕け散る。
よしと、思わず呟き。声を張り上げていた。
「何体かネイカーが抜けました! すぐに戻って来ます! 上だけではなく正面も気を付けて!」
「くっ! 分かった!」
「柿崎! 正面に気を配れ!」
「承りました!」
無言で木曽少尉が、小型マルチミサイルをぶっ放し、洞窟内の飛行型にダメージを与える。
小型のミサイルだから致命傷までは与えられないが、傷を受けると飛行型はまず着地して体のダメージを確認しようとする。
其処に隙が生じる。
嫌になる程飛行型と交戦してきたのだ。
木曽少尉も、それは分かっている。
降りて来たところを、スカウトやスプリガンが狩る。
ネイカー。
すぐに前後から、生き残りが来る。それらを、壱野が優先して動いて狩る。柿崎も、即座に口を開いた奴を切り伏せていた。
「まだ少数います! 常に気を配って!」
「分かった、しかし此処は何だ!」
「アンドロイド……」
壱野が呟くと。
奧から、アンドロイドの群れが出現する。通常種だが、命なき人形として既に兵士達には怖れられている。
スプリガンは流石だ。
戦いをかなり重ねているというのもあるだろう。飛行型とまとめて相手する勢いだが。
この拠点。
プライマーは、相当な戦力を秘めていると見て良い。
危険だ。
やはり、調査する必要がある。
あるいは、この拠点自体が、クラーケンという本命戦力が来るまでの囮なのかも知れない。
極めて厄介だ。
ネイカーの生き残りが、アンドロイドに混じってくる。アサルトで一緒に掃討しながら、壱野は無線を入れる。
「敵の拠点内で、ネイカー、アンドロイドと遭遇! 飛行型も途切れず! 敵の戦力、極めて大!」
「わ、分かりました! 現在四部隊のケブラーと随伴歩兵が向かっています! 調査を続けてください! 残り六部隊も、今申請中です!」
「急いでくれ! 兵が足りないと、追撃部隊に全滅させられる可能性がある」
「此方バルカ中将」
不意に、欧州の司令官が無線に入ってきた。
驚いた。
この人が、直接来るとは。
或いは、だが。成田軍曹が、状況を鑑みて、戦略情報部を通じて連絡を入れてくれたのかも知れない。
名将という言葉が似合う人だが、病魔がどうしても体をむしばんでいる。
それを鑑みて、あまり無理をさせられない人だ。
「名高い特務村上壱野大尉だな。 戦闘しながら、敵の予想戦力を聞かせてくれ」
「恐らく、小国なら短時間で潰すほどの飛行型がいる筈です。 内部の偵察は兎も角、今回での撃破は不可能でしょう」
「……分かった。 此処からは私が直接指揮を執る。 戦略情報部はサポートに回ってほしい」
「わ、わかりました」
成田軍曹、仕事が出来るようになってきたな。
此処で少佐が出て来たら、色々五月蠅かったのだが。
ただ、壱野も各地でアンノウンを優先的に撃破して、軍上層部に信頼を得ているという事情もある。
そうでなければ、バルカ中将が出てくる事はなかっただろう。
弐分がアンドロイドの群れを蹴散らす。柿崎が敵を片っ端から斬る。敵を少しずつ押し戻しながら奧へ。
少し広い空間。
うんざりするほどの飛行型。
そして、壁にはびっしりとハイブが貼り付いていた。各地でみられるようになった、小型のハイブだ。
「火力を集中してください。 小型のハイブはもろく、ライサンダーやライジンで破壊する事が出来ます。 飛行型をこの空間からでられないように牽制願います」
「そうだな、私達がそれをやらなければならないだろう」
「雷撃爆弾は」
もうないと、首を横に振る山県少尉。
代わりに、一華が前に出て。対空戦闘のプログラムを起動してくれた。
よし。これならいけるか。
皆に、うんざりするほど飛んでいる飛行型を集中攻撃して貰う。スカウトの歩兵隊も頑張って戦闘してくれている。
だが、被害は出る。
「α小隊、隊長負傷!」
「すぐに下げて手当てを!」
「だ、駄目です! うわああっ!」
かなりの数の飛行型が集っている。ハイブを破壊し始めたら、更に凄まじい数の飛行型が出現したのだ。
それで、抑えきれなくなったのである。
無言で弐分が飛んでいって、鬼神の如く暴れて飛行型を倒すが、数名が戦死、その一人は隊長だった。
すぐに部隊を再編して、βチームに合流させる。
βチームの隊長が、凄まじい怒りの声を上げた。髭だらけの、昔の欧州の傭兵のような顔つきの荒くれだった。
「おのれこのまま逃げ帰られるかっ!」
「この広間は恐らく防衛拠点の一つだ。 突破すれば、奧に更に何かあるとみて良い!」
「村上班、スプリガン、命を預ける! 味方の仇、取らなければならねえ!」
「ああ、任せておけ!」
次々に、三城と交互にハイブを破壊する。一瞬で粉砕された小型ハイブが、ぼろぼろと砕けて落ちていく。
中には卵やら幼虫やらはいないが。
死んだ飛行型はぼろぼろ落ちていくのが見える。
やはりどうやって繁殖しているのかがよく分からないな。
スプリガンが奮戦し。更には一華のデプスクロウラーが対空戦闘でガトリングとラピッドランチャーを連射して、どうにか怒り狂って暴れる飛行型を抑え込む。
その間に、敵の出所を削り取って行く。
「此方バルカ中将」
「此方壱野大尉。 戦闘中です」
「うむ。 ケブラーの十二個小隊を戦地に向かわせた。 これで足りるだろうか」
「有難うございます」
これで、十六個小隊か。
現地に来たケブラー隊の隊長に連絡を入れ。
陣地から大量の飛行型が出てきた時に、たたき落とせるように陣形を組んでもらう。
既に各地で廉価型ニクス、対空兵器として活躍しているケブラーは。兵士達も使いやすいとかなり好評なようで。
ついでに今までの戦役で陳腐化していることもある。
とても作ったばかりの兵器とは思えない完成度だと、兵士達は絶賛しており。
戦術もすぐに練られている様子だ。
任せてしまって大丈夫だろう。
「ハイブ、残り六!」
「破壊を続行してくれ! 飛行型は四半減している! 我等がとどめを刺す!」
「イエッサ!」
「……まずい。 更にネイカーだ!」
後方から、更にネイカーが来る。ハイグレードはいないが、先以上の数だ。
弐分には戻って貰う。柿崎も。
木曽少尉にはミサイルを頼み、壱野もアサルトを抱えたまま後方に。
ネイカーは悪癖として、壁に沿ってすごく行儀良く進んでくる。AIの設定なのか、或いは上位種族にそういうAIしか許されていないのか。そのどちらかまでは分からないが。
少なくとも、今までの周回を見る限り、進歩はしていない。
ネイカーは一度完成品としてお出しされてからは、そのままずっと前線で暴れ続けている。
まあ、それで存分な脅威なのだ。
丁度良い地点で、迎え撃つ。
おぞましい数のネイカーだが。壱野は精神を集中。
一気にゾーンに入ると、口を開いた個体を片っ端から撃ち抜き始める。
弐分もそれに倣い。更に撃ち漏らしを柿崎が仕留めていく。
炎を吐くことすら出来ずに散って行くネイカー。
だが、それだけでは終わらない。
今度はアンドロイドだ。やはり地中に隠れていて、途中の分岐路にでも伏せていたのだろう。
今度はスーパーがいる。
「三城、ハイブは残り幾つだ!?」
「三つ」
「任せるぞ! 此方は後方からのアンドロイドを処理する!」
「わかった」
三城は相変わらずだが、確実に仕事はしてくれるだろう。
命なき機械人形が、わらわらと洞窟の中をやってくる。さっき倒し損ねたネイカーも混じっている。
飛ばしてくるバリスティックナイフを弾き飛ばしながら、撃退開始。
スーパーアンドロイドを真っ先に仕留める。
他は、それからだ。
1、地中の巨大要塞
一旦、敵の撃滅を完了。
後続部隊と合流し、物資の補給をする。負傷者を下げる。どうにか後方の安全は確保できた。
一華は良くない状況だなと思う。
今までの通路ですら、とんでも無い数の飛行型がいた。
リーダー曰く、小国を短時間で蹂躙する数、と言う事だ。
そんなものを放置しておいたらどうなるか、誰にだって分かる。
勿論、一華も即座に駆逐すべきだと思う。
だが無理だ。
これは作戦を立て、精鋭を集めないと絶対に無理だと判断出来る。
無言で、補給を済ませ。部隊の再編制を終えると。うんざりするほど飛行型がいた地点を抜けて、奧に。
デプスクロウラーも新型を送ってくれたのが助かる。
マニュアルは即座に見て即座に覚えてしまった。
ノイマンほどのIQはないが、まあこのくらいなら一華にも出来る。
飛行型の死体が山積している空間を抜けて、奧に。
まだまだ飛行型がいる。
小部隊を駆逐しながら、奧へ。
リーダーが。β部隊の隊長に釘を刺していた。
「この奧は更に敵がいる。 くれぐれも突出するな」
「分かっています」
「ああ、それでいい。 慎重に進むぞ」
洞窟は、かなり加工されている。この大きさ、恐らくだがクイーンが通れるようにしているとみて良いだろう。
途中、リーダーが発砲。
怪物かと思ったが、転送装置だ。かなりの数が並べられている。
なるほど、アンドロイドかコロニストか分からないが、とにかく此処に運び込み。この一大拠点を作ったのか。
クイーンも多分この様子だといるな。下手をすると複数。
そう思うと、げんなりするが。
このW型デプスクロウラーは、エイレンWと同じ世代のデプスクロウラーだ。地底探査型の小型兵器としては完成度が高く、特に足回りが大幅に改善されている。
必要ないと何度も口を酸っぱくして言っている壁や天井に張り付く機能は相変わらずだが。
それはそうとしても、存分に戦える出来にまでは仕上がっている。
敵の駆逐を進めながら、奧へ。
ほどなく、リーダーが足を止めた。
「どうした壱野大尉」
「羽音ですね。 飛行型のです」
「……どれほどの数だ」
「今までの全てをあわせたのの十倍という所でしょうね」
絶句する兵士達。
完全に顔色が土色になった者もいた。
だが、それでもジャンヌ中佐は、余裕を見せる。
「ふっ。 相手にとって不足は無い」
「俺たちなら生き残れるでしょう。 しかし、他の兵士は死ぬ。 此処は威力偵察に徹しましょう」
「分かった。 外には歓迎の楽隊も待たせていることだ。 敵を歓迎してやらなければならないだろうな」
楽隊か。
ケブラー隊の事だろうが、相変わらず何というか。
ジャンヌ中佐は、どの周回でも猛々しい。
この人もあまりいい家庭環境に育っていないという事を、一華は既に知っている。
だが、それが故なのだろう。
戦場こそが居場所。
戦場で立身して、やっと生きている証が立てられる。
柿崎ほど危険な性格の持ち主ではないが。
好戦的なのは、それが故だとみて良い。
広い空間に出た。
皆、身構えるが、飛行型はいない。
だが。リーダーは一華に指示を出してくる。
「ここに、ありったけの自動砲座を展開してくれ。 さっき後続部隊が届けてくれたものもだ」
「了解ッス」
「手伝う」
弐分が手伝って暮れる。山県も。
それを見て、スカウト部隊の兵士達も手伝ってくれる。
彼らは分かっているのだろう。
最初にリーダーが止めてくれなければ、今頃全滅は免れなかったという事を。
此処の洞窟は尋常じゃない。
地獄の穴というべき場所だ。
自動砲座を展開している間、スプリガンが周囲の警戒をしてくれる。流石の手練れ揃いで。まだ脱落者を出していない。
概ね、展開は終わったか。
展開が終わると、リーダーが頷く。
「一華、前に出てくれ。 映像などを、可能な限りとっておきたい」
「了解ッス」
「皆は此処で待機。 すぐに戻る。 ただ、戻った後は、入口まで全力で逃げ帰る事になると思う。 歩兵は筋肉を温めておいてくれ」
「イエッサ!」
兵士達も、リーダーの勘には何度も助けられている。もう言葉を疑う事もない様子である。
無言で奧へ。
これは、凄く広い空間だ。そして、縦穴が、どこまでもどこまでも深く伸びている。
周囲に点々としているのは、ハイブか。
ざっと小型ハイブが五十。これは、とてもではないが、今来ている部隊では駆逐どころではない。
そして、である。
思わず息を呑んだ。
飛騨で大苦戦しながら破壊した巨大飛行型ハイブよりも、三周りは大きい。とんでもないサイズのハイブだ。
入口からここまでにいた飛行型なんて、文字通り歓迎のために出してきた小規模偵察隊に過ぎなかったのだと、これで分かった。
なるほど、確かにリーダーの言う通りだ。
こんな規模のハイブから飛び立った飛行型に襲われたら、確かに小国が短時間で落ちるだろう。
勿論空間内は飛行型が飛び交っている。
空間の周囲を撮影。
底の方を確認すると、コロニストが働いているのが見える。そういえば、クイーンの世話をしているのを見た事があった。
コロニストは、怪物の世話をしているのだろう。
未来の地球では、ある程度共生できているとみて良い。
荒廃した負けた世界で、海野大尉が言っていたっけ。
怪物がコロニストを従えていると。
ある意味それは正しいと判断して良いだろう。
この光景を見る限り、コロニストよりも飛行型の方が圧倒的に強く。力もあると見て間違いない。
「可能な限り撮影を頼む」
「あの辺りが死角ッスね」
「分かった。 こう移動する。 それで飛行型の死角をつける」
「了解ッス」
無言で移動。
デプスクロウラーは動く時足音がしない。これについては、非常に良く出来ていると言える。
洞窟内の戦闘はスニークミッションになることが多く。
どうしても感覚が怪物に劣る人間は不利になりやすい。
少なくとも、その辺りの指摘と。デプスクロウラーの改良要求は通っているという事である。
そこは、一華も喜ばないといけないだろう。
高台のようになっている場所があって、そこに横穴のような洞窟がある。
だが、リーダーは入るなと言った。
アンドロイドが多数伏せているらしい。
今は此方に気付いていないか。
或いはどうでもいいと考えているのか。
もしくは、この圧倒的偉容を見せつけた上で返してやって、ここに大戦力を貼り付けさせるつもりか。
その全てかも知れない。
洞窟内の撮影を終える。
かなりの箇所に横穴があるが、それらは避難場所として使えるかかなり微妙な所だろうとリーダーは言う。
此処にしてもアンドロイドがわんさかいるようだし。
今までの状況からしても、ネイカーがいてもおかしくない。
更に、だ。
飛行型の超巨大ハイブには、クイーンが貼り付いている。あれも、多分転送装置から飛ばしたのだろうが。
いずれにしても、この空間でいずれ戦って倒さないとならないだろう。厳しい話である。
「撮影は概ね完了ッス。 後は通った地点に撒いた電波中継器で、測量をすれば多分大丈夫ッスよ」
「そうだな……」
「まだ不安要素が?」
「いくらでもある」
リーダーが即答したので、まあ話を聞く事にする。この人の化け物じみた勘には、何度助けられたか分からないのだ。
巣の中の敵の数を、正確に分析。
更に今後どう増えるかを、確認しておきたいとリーダーは言う。
それは、厳しい。
特に下手にあの巨大ハイブを叩くと、何が起きるか知れたものではない。
だからだろうか。
きちんと意見を聞いてくる。
「相手を刺激しないように、もう少し調査用の機器を撒きたい。 良案はないだろうか」
「あんまりこういうことは言いたくないッスけど」
「ああ」
「もう敵はこっちに気づいているとみて良いッスね。 それは当然の話で、歩哨が全部やられて、途中にあった転送装置も潰されてるッスから」
リーダーが頷く。
その上で、一華は咳払いしていた。
「仕方がない。 これを埋めるッスわ」
「これは?」
「電波中継器に見せかけた、高精度のセンサッス。 周囲に撒いておいた電波中継器と連動して、あの巨大ハイブだけではなく、周囲を色々探査出来るッスよ。 ただし時間を掛けてじっくりと、ッスけどね。 なおこれ一個で一千万円はするッス」
「分かった、それでいい。 速乾コンクリートで固めれば良いか?」
相変わらずの判断の速さだ。
そのまま、装置を埋めるリーダー。デプスクロウラーのコンテナから装備を出して、速乾コンクリートで固める。
これで、出来るだけの事をやった。
後は、バルカ中将に成果を告げている。
「リアルタイムで送った映像の他に、何カ所かに電波中継器を設置。 更には、高感度センサを埋めてきました。 これで外部からも、調査を続行できると判断しています」
「よくやってくれた。 後は、無茶をせずに即座に引き上げてくれ」
「イエッサ。 ただし、敵は確定で追撃してきます。 追撃を防ぐためのトラップも仕掛けてはいますが、それでも突破してくるでしょう。 外の部隊には、既に臨戦態勢を取らせてください」
「了解だ」
頷くと、巨大空間をでる。
そして待機していたスプリガンと歩兵隊を促し、撤収を開始。恐らく退路を塞がれることはないだろうが。
案の定。
敵は、追撃の方が有利だと判断したのだろう。
とんでもない羽音が聞こえはじめていた。
「や、ヤバイ! 気づかれてる!」
「最初から気づかれていた。 俺たちは此処の規模を外に知らせるために、誘導されただけだ。 敵は此処に大兵力を誘引して、被害を誘うか、それとも何かしらの本命戦力から目を背けさせたいのだろう」
「撤退だな」
「急ぎましょう」
あの巨大巣の破壊計画については、考えるのは戦略情報部だ。勿論実際の作戦には一華達村上班も参戦する。
最後尾をスプリガンと一華のデプスクロウラー、それにリーダーが堅め。前衛を弐分と三城が務め、脱出開始。
もう飛行型が、散々自動砲座を設置した部屋に入り込んできた。
凄い勢いで入り込んでくる。
完全に、動きが統制が取れた軍だ。
生物として不自然なところだらけの飛行型だが、やはり頭の中なども弄られているのかも知れない。
人間がどうこういう事は出来ないが。
それにしても、不憫な種族だ。
自動砲座が一斉に起動し、大量の飛行型を叩き落とす。だがそれにしても、弾が尽きたら終わりである。
更には、少数は抜けて追撃してくる。
それをナビに従いながら後退し、対空砲火で牽制しながらさがる。
スプリガンもラビットジャンプと呼ばれる技術を駆使しながら、上手に撤退戦をこなしてくれている。
リーダーに至っては、もう訳が分からない戦闘力で、飛行型を一切寄せ付けはしなかった。
「此方バルカ中将。 ケブラー隊、戦闘用意!」
「第一から第二十までのケブラー部隊、いつでも戦闘準備完了!」
「エイレン部隊も戦闘準備完了しています!」
「よし、撤退してきたスプリガンと村上班を保護しつつ、敵に掃射を喰らわせてやれ!」
猛々しいバルカ中将の指示。
頼もしい。
そのまま後退。兵士の中で慌てて道を逸れそうになるものがいるので、バイザーで正しい通路を通告する。
遅れたら死ぬ。
その焦りが、どうしても道を間違えさせる。
こればかりは、人間なのだから仕方がないと言うべきだろう。
だから一華がサポートする。
全員のバイザーとはリンクしている。
「くっ、負傷!」
「コンテナに!」
「すまない!」
おいすがってくる飛行型の攻撃が掠めて、スプリガン隊員の一人が負傷。すぐにコンテナに乗せる。
デプスクロウラーの猛烈な対空攻撃に飛行型が怯む好きにさがる。リーダーが、声を落とした。
「まずいな。 自動砲座を突破して更に来る。 急がないと、前の部隊にまで敵が集りはじめるぞ」
「流石に早いな。 外の部隊で受けきれるか?」
「少なくとも、外の部隊と一緒に戦わないとまずいでしょうね」
「そうだな……」
ジャンヌ中佐は冷静だ。本人は全く攻撃も貰わない。だが死ぬときは死ぬ。この人も、周回する度に死を見てきた人だ。
今回は、死なせるものか。
冷静に射撃しながら、更にさがる。地形を見ながら、後退を続ける。追いすがって来る飛行型は増えるばかりだ。
無線が来る。
「此方弐分! 外に到達!」
「よし、スカウト部隊を先に保護して逃がせ! 弐分、三城、対空戦闘用意!」
「了解!」
「わかった!」
もう少しだ。
リーダーが声を張り上げて、残った者を励ます。飛行型の攻撃が何度もデプスクロウラーを直撃して、機体を損傷させるが。この小型AFVも、性能が昔とは比較にならないほど上がっている。
金銀が相手でもない限り、即座に破壊される事はない。
光。
後方が、もう洞窟出口と言う事だ。射撃しながら、さくさくと足を動かしてさがる。
洞窟を飛び出すと、既にケブラー部隊が、隊列を組んで待っていた。エイレン隊も、何部隊か見える。
予想以上の援軍を、バルカ中将が揃えてくれたと言う事だ。
というか、本人が来ているようである。
リンクシステムに、バルカ中将の指揮用エイレンの反応がある。二人乗りの、強力な武装の機体だ。エイレンWカスタム相当の性能があるが、今の時点では中将クラスが前線で指揮を執るための強力なカスタム機であり、少数生産されているだけの兵器にすぎない。
わっと、飛行型が洞窟を飛び出してくる。
同時に、バルカ中将が声を張り上げていた。
「歓迎してやれ! ファイヤ!」
「弾幕展開! 敵を叩き落とせ!」
「随伴歩兵、敵を観測! ケブラーの射撃の網から逃すなよ!」
「撃て撃てぇっ!」
ケブラー隊が、一斉射撃を開始。
凄まじい勢いで追いすがってきた飛行型が、ばたばたと叩き落とされる。
すぐに一華も自分のエイレンに乗り換えると、参戦。対空レーザーを使って、飛行型と戦闘を開始。
敵はもの凄い勢いで洞窟から出てくる。兵士達が、必死に戦闘しながらぼやく。
「洞窟の奧に、此奴らの巣があるのか!?」
「とんでもないでかさらしい! 深すぎて、バンカーバスターも届きそうにないって話だ!」
「冗談じゃないぞ! 此処で大量に増えられて、各国に飛行型を輸送されたら手に負えなくなる!」
「だから俺たちがいる! 今は釣られて出て来た飛行型どもを、可能な限り叩き落とすんだ!」
ケブラー隊の奮戦も凄まじいが。
木曽少佐が、高高度ミサイルを連射。
それらが、飛行型を空中で次々爆砕し始める。
一華も、衛星兵器を支援要請。
入口近くに向けて、ぶっ放させる。
上空の衛星から放たれた光の矢が、飛び出してきた高密度の飛行型の群れを直撃。抉り取るようにして焼き尽くす。
傷ついた飛行型は動きを鈍らせ。
たちまちにしてケブラーの随伴歩兵の対物ライフルに狩られていく。だが、出てくる敵の数が数だ。
ケブラー二十、エイレンの部隊、これでもなお抑えきれないか。
リーダーの判断が甘かったのか、それとも敵が猛威を見せるために敢えて在庫を放出しつくすつもりなのか。
一華には何とも分からない。
通信が入る。
戦略情報部からの、幹部宛の通信だ。
「此方戦略情報部。 地下にて発見された巨大な飛行型のハイブを、以降ディープハイブと呼称。 優先破壊目標とします。 敵は地下深くに拠点を作っており、拠点を守るようにネイカー、アンドロイド、更にはエイリアンまで配置しているようです。 コンバットフレームなどの軍勢を送り込む事は出来ず、定点目標攻撃も通じないでしょう。 毒ガスなども、効果が薄いと思われます」
「此方はバルカ中将だ。 今、そのディープハイブから出現している飛行型を駆逐しているが、凄まじい数だ。 被害が出るのは避けられない。 それに敵のハイブの大きさをみたが、かなりの軍勢を常に貼り付けないと、此処から敵が拡散して収拾がつかない事になるぞ」
「分かっています。 現在破壊計画を立案開始しています。 エースチームを集めてのかなり厳しい任務になるでしょう。 大きな被害を覚悟してください」
「……簡単に言ってくれる」
この巨大ハイブ。
一華の記憶にはない。
改変された世界に存在した記憶もない。こんな早くに、敵がこれほどの巨大拠点を作りもしなかった。
つまり歴史を変えられたことに気づいたプライマーが、策を通すために前倒しで行動してきたか。
或いは、だが。
クラーケンが来た時に存分に力を振るえるように。
この場で、もうEDFの力をそぎに掛かっているのかもしれない。
いずれにしても厄介極まりない。
際限なく湧き出してくる飛行型を、ケブラー部隊で撃退し続けるが、どうしても被害を受ける部隊もでる。
この敵の数だ。
一華が可能な限り相互リンクシステムを支援するが、それでも限界がある。
また高高度ミサイルが、多数の敵を叩き落とす。
それで、飛行型はもう充分だと思ったのか。
或いは夕方だしもういいと思ったのか。
引き上げ始めていた。
勿論、追撃の余力などない。
「被害報告!」
バルカ中将が、すぐに声を張り上げる。
何両かケブラーが中破以上の損害を受けている。死傷した兵士も、決して少なくはない。
すぐに工兵部隊をバルカ中将が呼び、近くに対空陣地を備えた前哨基地を構築し始めた。判断は速いが、これ全てが敵の思うつぼの可能性もある。
しかしながら、ニクスは当然として、プロテウスだって運び込めず。毒ガスだって機械系の敵が多数伏せている以上恐らく高確率で防がれるこの洞窟。
どうやって攻略したものか。
ストームチームを集めてぶつけるのが一番早い気がするが、それでも死者が多数出るだろう。
こんなタイミングで、そんな作戦を採ったら愚の骨頂。
人材を、多数失ってしまうことになる。
それどころか、ストーム1から死者を出すかも知れない。
それだけはまずい。
この時点で、それは、今後の戦況にモロに影響してくると言って良いだろう。
さて、どうするか。
家康だったら爪を噛んでいただろうか。
古代のすごい用兵家を呼んできたいなあと思う。
正直、一華の手にはあまる状況だ。
大きな被害を覚悟して、力尽くで排除するしかないのか。
そう考えると、色々と厳しいなと感じるのだった。
2、出現する大型船
飛行型の巨大ハイブの威力偵察を済ませて、日本に戻ってくる。
酷い作戦だったが、皆の活躍で生き残れた。そう木曽は思う。
凡人なのに、超人の群れに混じっている。
それは常に感じる。
皆が自分より凄い。
それなのに、何故巻き込まれてしまったのだろう。
女子としてはちょっと背が高すぎる事もあって、フェンサーをやっている。フェンサーだと、力を想像以上に出せる。
これが不思議としっくりと馴染むのだが。
それはそれ。
いずれにしても、周囲のすごさには、いつも圧倒されてばかりだった。
今日も、任務に出向く。
機動しながらミサイルをばらまく。
木曽に出来るのはそれだけだ。
だが、それがとても重要で。
前衛で暴れる弐分中尉には同時にできない事だから、任されている。
それを思うと、木曽は頑張らないとと思う。
木曽も何回か過去に転移し。
負けた世界の記憶を持っている。
歴史が変わる瞬間も目にした。
だから、負けたらどうなるか知っているし。プライマーに実質何百億人も殺された事だって分かっている。
だが、一華中尉がいうように、プライマーもタイムパラドックスで何もかも滅茶苦茶になっているのだとすると。
ひょっとすると、これはもう泥沼に互いに足を突っ込んだようなもので。
どちらも手を引くことが出来なくなっているのではあるまいか。
木曽はそう思うと悲しいが。
どうにかしていくしかない。
無線で連絡が入ってくる。
光栄にも最精鋭の一人だから、それを聞くことは許されていた。
「此方戦略情報部。 アンノウンと思われる怪物が出現。 場所は北米イエローストーンです。 現地守備隊との交戦との結果群れの規模も小さかった結果全滅しましたが、無視出来ない相手だと判断したので情報を送ります」
「了解した」
「大規模な群れが出現したら、討伐を依頼する可能性があります。 その時はお願いします」
「任せてくれ」
情報を見て、うっとなる。
確定で、ヘイズだ。
空を舞う小型のクルールのような姿。そう兵士達は称しているが、まあそれほど間違ってもいない。
一華中尉の話によると、クルールはタコという頭足類に似ていて。
クラーケンやヘイズはイカという頭足類に似ているらしいが。
いずれにしても、厄介な事に変わりはない。
ヘイズとは負けた世界で何度もやりあって、たくさん仲間が殺された。木曽の重圧は増える。
何しろ、視界関係無くばらまけるオートロックミサイルが主武器だからだ。
電波妨害もしてくるヘイズの墨だが。それも流石に至近距離でのオートロックを外す程でもない。
「木曽少尉」
「は、はいっ!」
「頼りにしている。 ヘイズ戦では、君のミサイルが大事だ」
「ありがとうございます」
壱野大尉は、単純に今でも怖い。
何というか、生き物として強さが違いすぎる事が見ているだけで分かるのだ。
だから単純に怖い。
だが、それでも。
この人が人類の希望である事は分かっている。
それに、この部隊は。
リアル人斬りな柿崎少尉や。
いつも飲んだくれている山県少尉。
何よりも、世界で初めてEDFにハッキングを成功させたらしい一華中尉もいる。
弐分中尉や三城中尉だって、かなり変わり者だ。
それを考えると。
今更、驚いてもいられなかった。
移動しながら、各地で転戦する。
苦戦している戦線に投入されては、其処での戦況をひっくり返して行く。
懲罰部隊か何かか、というような扱いだが。
この圧倒的な大暴れのせいで、何カ所の戦線が救われて。どれだけの兵士が助かったか分からない。
今回は、早い段階からEDFが善戦しているから、酷く苦戦している戦線はそれほど多くはないが。
それでも、アンドロイドやβ型、ネイカーなどの厄介な相手に苦しめられている戦線は多いし。
そういう場所には、村上班が出向かなければならなかった。
そうして、開戦から五ヶ月がいつの間にか経過していた。
日本に何度目か戻って来て、東京基地に出向く。
通信が入っていた。
「海上に敵の船団確認。 今まで見た事がない大型船団です。 数はおよそ百隻」
来たか。
顔を木曽も上げる。
プライマーの歴史改変船団。やはり、リングをくぐる時に大半を叩き落としてやった事もある。
これに未来から来た五十隻程度を加えて、およそ百隻。
これに関しては、記憶の通りだ。
記憶とはかなり違う歴史を動かしている今回のプライマーだが、この辺りはあまり変わっていない。
「船団の一部が横須賀に向かっています。 すぐに現地に向かってください」
「了解した」
壱野大尉が、すぐにでる。
今回は、船団が来たと言う事もある。
やっと一号機がロールアップしたプロテウスがでる。プロテウスに乗るのはダン中尉である。
バルガに乗って各地で怪生物を討伐し。
バルガの独自チューンをしたいと申請したいと言っているらしい。
また。荒木軍曹にあわせて、自分を一兵卒と見なしてほしいという願望があるようだが。
良い名乗りが見つからず。
困っているそうだ。
とにかく、急ぎで現地に向かう。
横須賀の辺りは、何度も激しい戦いが行われた事もある。今は既に人員の避難が行われていて。既に市民は地下に移った後だ。
既に展開していたチャーリー、デルタ、イプシロンがそれぞれ、少しずつ離れて陣形を組んでいる。
壱野大尉が呟いた。
「そういえば、大型船をこうやって迎え撃つのも何度目だったか覚えていないな」
「アンドロイドの開発は負けた世界の記憶から考えても恐らく打ち止めッスね。 そうなってくると、多分クラーケンを展開する部隊を守るための陽動としてアンノウンを使ってくる。 消去法で、恐らくはヘイズッスよ」
「分かっている。 木曽少尉、ミサイルの準備をしてくれ。 奴らには特攻というレベルで刺さる。 プロテウスが前衛に出るまで、君が頼りだ」
「イエッサ!」
そうか、自分が頼りか。
ちょっと緊張してきた。
現地に到着。
バリアス一両と、チャーリー部隊一小隊が展開していた。
壱野大尉が、すぐに声を張り上げる。
「位置を変える。 恐らくだが、敵は相当な規模の戦力を繰り出してくる。 デルタ部隊と合流して、迎え撃つ態勢を取るぞ」
「イエッサ!」
「α型が!」
兵士が叫ぶ。
α型、それも茶色の奴が来る。
オーソドックスな銀のα型に比べて若干性能が高い様子だが、あくまで若干程度の差でしかない。
即座に全員で攻撃を開始。
数がそれなりにいるが、これはそれぞれの部隊に遅い掛かっている様子だ。デルタ、イプシロンからも無線が来る。
「α型襲来! それなりに数がいる!」
「了解。 駆逐に全力を挙げてくれ」
「イエッサ!」
此処を仕切るのはダン中尉だ。壱野大尉は、その場での介入権を貰っているが。最終的に判断するのはダン中尉で。この辺り、特務の難しさである。
壱野大尉は、相手がどんなに下位だろうが、現場指揮を執っている場合は介入するつもりはないし。相手に一兵士として扱ってくれとまでいう。
これが現場で好評な理由の一つらしいのだが。
こう言うときは、ちょっと面倒くさいなと思う。
いずれにしても木曽は今の時点では武装を温存だ。
バリアスと兵士達だけで充分すぎる位だろう。虚空を見つめる壱野大尉。
「三城、一華」
「わかった」
「了解ッスよ」
そうか、来るのか。山県少尉が動いて、ビーコンガンを出す。
一応念の為、落とせなかったときに備えてリバイアサンミサイルを撃ち出す準備というわけだ。
ビーコンで誘導してやらないと、リバイアサンミサイルは大型過ぎて機能を詰め込めておらず、相手に当てる事が出来ない。
色々面倒な話だった。
「此方デルタ、α型、駆逐八割!」
「此方イプシロン! 軽く新型機の調整をさせて貰う! α型、まとめて叩き潰してやるぞ!」
荒々しい声。
ダン中尉が一人でプロテウスを動かしているわけでは無い。砲術手とかの声だろう。
とにかく、おそらくはもう来る。
壱野大尉の勘が、外れるはずがない。
程なく、虚空に大型船が出現。
兵士が叫んでいた。
「敵船です! 大きい!」
「やるぞ」
壱野大尉が、即応。
ライサンダーZを叩き込むのと同時に、三城中尉のライジン。更には一華中尉のエイレンWカスタムによる収束レーザー砲が叩き込まれ。
一隻目の大型船が空中で爆沈。
おおと、兵士達が歓声を上げていた。
「流石だ……!」
「すぐに次が来る。 備えてくれ」
「イエッサ!」
言葉通り、すぐに次が来た。
今の一隻目、見た所アンカーがついていなかった。アンカーを切り離すことがある大型船だが、あれは船体と一体化したかなり重要なパーツであるらしい事が分かってきている。
そうなると、一隻目は落とされる事を見越しての囮か。
二隻目が、即座に出現する。
未来から来たのか、それとも。
とにかく、前面の蓋を開くと。大量に小型の怪物を放出する。
一華中尉の予想通り。
ヘイズだ。
空中を泳ぎ回るヘイズを見て、兵士達が大慌てしていた。
「な、なんだあの怪物は!」
「此方戦略情報部、成田軍曹です。 北米で少数が確認されている怪物です。 現在便宜的にヘイズと呼んでいます。 動きが速く、火力も侮れません。 何より倒すと、空中に電波障害まで起こすスモークを発生させます。 各自注意してください!」
「各自攻撃開始。 後退。 追いすがって来るα型は無視してくれ」
「イエッサ!」
壱野大尉の指示に、ダン中尉も文句を言わない。
それはそうだろう。
アンノウンに対しての戦歴は、壱野大尉が図抜けている。木曽は、いわれている通り、ありったけのミサイルを迫るヘイズに叩き込む。直撃すると、ヘイズは脆いから大概一発で打ち砕けるが。
その代わり、墨を空中に撒いてスモークが出来るし。
何よりも、当てると凄まじい速度で空中を逃げ回る。
これが厄介で。場合によってはホーミングミサイルすらも振り切りかねない。
勿論スタミナの問題もあるだろうから、ずっとそんな速度で飛び回ることは出来ないだろうが。
それでも、動きを見て兵士達がうろたえるのは仕方がない。
「思ったより早いぞ!」
「くそっ! 変則的な動きで当てづらい!」
「殿軍は私がやるッス。 皆はα型を集中狙いしながら後退してくれッス!」
「分かった! 助かる!」
一華中尉が最後尾に残ると、エイレンのホーミングレーザーで多数のヘイズをまとめて片付けるが。
即座に反撃で、触腕が飛んでくる。
コンクリに穴を穿つ火力で、しかも連続で飛んでくる。その上スモークの中からくる厄介な攻撃だ。
シールドベアラーもそうだが、敵の攻撃は素通し。此方は攻撃が通らない。
ずるいと思う。
とにかくミサイルをありったけぶっ放しながら、後方に機動。デルタ部隊も応戦の最中だが。其方にもミサイルをブチこんでヘイズを蹴散らす。
壱野大尉は虚空を攻撃しているように見えて、確実にヘイズを撃ち抜いているようだ。
あの人は、もうなんか別の生物なので、もう驚かない。
三城中尉が誘導兵器を発動。
空中にいるヘイズを、片っ端から叩き落とす。そんな三城中尉をヘイズが狙って来るが、完璧なコンビネーションで弐分中尉が守る。
更に、柿崎中尉が突貫。
まだデルタ部隊に絡んでいたα型を、根こそぎ切り刻んでいた。そのまま、鋭い動きでヘイズの触腕が雨霰と飛んでくるのをかわして戻ってくる。
むしろヘイズはその動きに翻弄されて。
壱野大尉の猛々しい射撃に、次々叩き落とされていた。壱野大尉は、ヘイズが逃げる先に置き石で射撃しているようで。凄まじい動きで逃げ回るヘイズすらもが、ばたばたと落ちている。
ただ、数が多い。
兎に角ミサイルを撒くが、自衛で精一杯だ。
エイレンが追いついてくる。バリアスは先にデルタ隊の側に。
「負傷者は乗り込んでくれ!」
「了解!」
「乗り込み支援!」
「オープンファイヤ! あの空飛ぶ怪物を近づけるな!」
現場の兵士達も士気が高い。
「失われた五ヶ月」がないと、やはり全く違うな。
そう思うと、戦って来た意味を感じ取ることが出来る。
ミサイルを撒いて木曽も支援。一度に十発程度しか打ち込めないが、それでもヘイズを混乱させるには充分だ。
「三城、一華」
「!」
「よし、撃てっ!」
不意に壱野大尉が、最大火力持ちの二人に促す。
恐らくヘイズの増援を撒こうと飛来した二隻目の大型船が、先端部分の口を開く暇もなく撃墜。
その場で、墜落していく。
その間に山県少尉がこそこそと動き回って、自動砲座を展開。
この自動砲座は、レーザーを放つタイプだ。ヘイズを次々に撃ち抜き、倒して行く。
それで時間が出来る。
「よし、エイレンを最後尾にイプシロン部隊に合流! 追いすがって来るヘイズを蹴散らしながら、イプシロン部隊の守備地点へ急げ!」
「イエッサ!」
壱野大尉は、当然自分が最後尾に残る。
凄まじい、まるで不死身の魔神だ。
木曽は必死にミサイルを補給しつつ、飛び回って戦う。ミサイルをばらまいて、必死にヘイズを減らす。
ヘイズは最初に撒かれただけでも相当な数だ。
しかも洋上で大型船が撒いているのか、凄い数が空中に漂っている。それらは、確実に此方に向かっていた。
「此方航空隊! アンノウンの数が多すぎて近づけない!」
「敵アンノウンは攻撃の射程が長く、倒すと電波障害を引き起こすスモークまで発生させる! 距離を取ってくれ! 被害を出すだけだ!」
「わ、分かった! 武運を祈る!」
「大丈夫、此方にはプロテウスがいる!」
ダン中尉が、勇気づけるよう言う。
そのままさがりつつ、突破口を三城中尉と共に木曽が開く。兵士達が必死に逃げるが、空はスモークだらけ。
後方でエイレンWカスタムが攻撃されまくっているのが聞こえる。時々、弐分中尉がさがって、支援に行っている様子だ。
山県少尉が飛び出すと、前に自動砲座をばらまく。
上空から、かなりの密度のヘイズ部隊が来るが。スナイパーライフルを搭載している自動砲座が迎撃。
完璧なタイミングで、敵を撃ち抜き始める。
恐らくだが、一華中尉が先に対ヘイズのプログラムをこっそり仕込んでいたのだろう。自動砲座が空振りすることもない。
「道が出来た!」
「突破しろ! 急げ、こっちだ!」
「くそっ! なんか前もこんなミッションをこなした気がするぞ!」
「きのせいだ! そんなミッション、あるとは思えない!」
兵士達にも、歴史を改編しまくっている影響が出ていると、木曽も聞いている。これもそうかも知れない。
とにかく急ぐ。ほどなくして、まだ足回りが完全ではないものの、火器関係が完成しているプロテウス。
青の守護神が、姿を見せていた。
既にα型も周辺のヘイズも駆逐し終えている。流石である。
「急げ!」
「バリアス、所定位置につく! エイレンWカスタム、急いでくれ!」
「何とか辿りついて見せるッスよ! くっ!」
ガンガンと、凄い音がする。
三城中尉が誘導兵器で支援しているのにこの攻撃音だ。エイレンWカスタムが、酷い目にあって嬲られているのは想像が容易につく。
飛行型もそうだが、ヘイズは空を自在に飛び回る厄介な怪物だ。その上、飛行型と違って空を「泳ぐ」。
このため、従来の対空攻撃が通用しづらく。
それが、改変前の歴史では、被害を増やす要因になった。
だからその分、「初遭遇」の今回は木曽が頑張る。
ありったけのミサイルを、ヘイズの群れに叩き込み続ける。少しでも、キルカウントを稼いで、皆の安全を確保する。
そのために。
スモークの中から、力戦する壱野大尉とエイレンWカスタムが見える。
エイレンWカスタムはボロボロだ。これは長野一等兵が怒るだろうなと思う。追いすがって来るヘイズだが。
それを、硬X線ビーム砲が、文字通り薙ぎ払っていた。
プロテウスの主砲である。
プロテウスに狙いを定めたヘイズが群がり始めるが、文字通り歯牙にも掛けない。プロテウスは武装も装甲も凄まじく、近寄るだけ片っ端から叩き潰していく。
ただし、それにも限度がある。
実際改変されてしまって世界では、木曽も何度も見たのだ。
クラーケンの集中攻撃で、破壊されてしまうプロテウスを。
「プロテウスの装甲はタイタンに迫る! この程度の攻撃、屁でもないわ!」
「だが無敵でもない! 随伴歩兵の役割を頼む!」
ダン中尉の冷静な指示に、兵士達がプロテウスの周囲を守って攻撃を開始。迫るヘイズの群れを撃退し続ける。
倒されたヘイズは、空中を漂った後落ちてくる。
兵士がひっと呻いた。
ヘイズの目は人間にびっくりするほど似ていて。
死んで漂っているときに目があうと、とても怖い。これについては木曽も経験があるから、あまり兵士を責められない。
「三城、一華」
「わかった」
「了解ッス!」
「! 壱野大尉、頼むぞ」
上空。
また出現する大型船を。出現と同時に、ライサンダーZ、ライジン、収束レーザーがそれぞれ貫く。
凄まじい破壊力に瞠目するしかない。
爆沈した大型船が、墜落していく。近くに墜落したそれは、燃えながら地面に激突していた。
「流石にこれ以上、無駄に大型船を撃沈されるのは敵も好まないだろう。 残りを蹴散らすぞ!」
「イエッサ!」
兵士達の士気が上がる。
噂通りの壱野大尉の勘。
それに圧倒的な特務の力を見て、自分達の力のような万能性を感じているのだ。それは錯覚だが。今はそれでいい。
錯覚かも知れないが、兵士達が恐怖を克服して、やる気を出せればそれでいい。
そのまま木曽も、ミサイルを撒き続ける。補給車に戻っては、ミサイルを補充。そのまま、空に撃ち放つ。
マルチロックミサイルは情け容赦なくヘイズを追跡して叩き落とす。
プロテウスの砲手は高笑いしながら攻撃を続け。更にミサイルも景気よくぶっ放していたが。
その機体が、少なからず傷ついているのを、木曽はしっかり見ていた。
やはり、ある程度の数が集まると、プロテウスでも危ないと言う事だ。
プロテウスの電磁装甲は確か内蔵されている強力なバッテリーで数度再起動出来るとかで。
それでタイタンに迫る程の防御力を実現できているという。
それでも元々細身と言う事もあるし。
電磁装甲がそもそも無敵では無いと言う事もある。
硬X線ビーム砲とかの直撃を喰らうと、プロテウスでも危ないのはそれが理由だ。
程なく、ヘイズが全滅する。
辺りは、ヘイズの死体が降り注ぎ、積み重なる。地獄のような光景と化していた。
「殲滅完了。 クリア」
「プライマーめ! プロテウスが量産されたら、お前達なんかみんなこうやって焼き払ってやる!」
豪語するプロテウスの砲手を、ダン中尉は止めない。
兵士達の士気を挙げるには必要だ。
そう思っているのかも知れなかった。
東京基地に戻る。今は、大型移動車の上である。
ヘイズが本格的に登場した事もある。それに、戦略情報部の少佐が、無線を入れて来ていた。
「ヘイズと便宜的に呼んでいる怪物……今回の大量出現で正式名として恐らく採用されますが。 あれはやはり陽動だったようです」
「村上班を引きつけておいて、本命を上陸させたという訳か。 狡猾な奴らだ。 それで本命と思われる存在は」
「現在中東を中心に拠点を構築している様子です。 エイリアンの一種のようですが、コロニストとは根本的に姿が違っています」
「具体的に頼む」
千葉中将が言うと、少し言いにくそうにした後、戦略情報部の少佐は説明を付け加えてくる。
それはそうだろう。
確か歴史改ざんの前も。
クラーケンが出現した時は、大騒ぎになった。
それを木曽だって覚えている。
「敵の姿はヘイズに似ていますが、とてつもない巨大さです。 武装しており、二枚のシールドと思われる装備、それぞれ強力な武装を二門ずつ装備しているのが確認されています」
「超大型のエイリアンか。 厄介そうだな」
「ヘイズと似ているのは其処だけではありません。 そのエイリアン達は空中に浮いており、地面に降りる様子がありません。 飛行するための装備を身に付けているようには見えませんが……」
「それはまた、妙な話だ。 ヘイズはガスなどで浮遊することが出来るギリギリのサイズと重量、体の構造だと聞いている。 だがそのエイリアンは、とてもそれが出来るような大きさではないのだろう」
然りと、少佐は応えた。
クラーケンが飛ぶ仕組みは、そういえば最後まで分からなかった。
いや、戦況が悪化する内に、先進科学研で調べる余裕がなくなったのだ。
「以降、恐らくプライマーの支配者階級と思われるエイリアンをクラーケンと呼称。 恐らく世界各国に程なく出現し始めるでしょう。 最大級の警戒をしてください。 シールドと武器だけで身を固めていると言う事は、それだけで充分だという余裕を見せているとも言えます。 下手に仕掛けた場合、どんな反撃が来るか分かりません」
「そうだな。 村上班、相手を頼めるか」
「分かっています。 いつでも声を掛けてください」
「うむ……」
無線を切る。
ついに、クラーケンが来た。
タイミングも予想通りだ。
それよりも、大事な事もある。
一華中尉が、咳払いして、皆を見回す。
「この日時と場所を覚えていてほしいッス」
「これは?」
「今までの戦闘から割り出した、プライマーの歴史改変船団が出現する可能性が高い地点ッスよ。 ただ、敵も安全策を採って、恐らく多くても三十隻程度しかその地点には出現しない可能性が高いッスけどね」
「……分かった。 この時間帯に、プロテウスを持ち込めるように戦績を積み上げておくとしよう」
壱野大尉が、そううそぶく。
一華中尉用に、プロテウスカスタム……一人で操作できるプロテウスが支給されるという話が出始めている。
普通は四人操作の代物なのだが、一華中尉が愛用しているPCの性能をフル活用し。更に一華中尉が全力で操作する事により、四人分の活躍を一人ですると言う代物だ。
当然負担は小さくないだろうが。
それでも、プロテウスを持ち込めば。文字通り薙ぎ払うようにしてあの大型船を撃沈できるだろう。
今回はヘイズの大軍に阻まれたが、あの大型船の装甲などは進歩していない。それについては、戦っていれば分かる。
恐らく、噂にある上位者の指示なのだろう。
どうしてそんな指示を出すのかはよく分からないのだが。
壱野大尉が、咳払いした。
「一番近い予想日時は六ヶ月後だ。 それまでに、二階級は出世する事を目標とする」
「戦死すれば一瞬だがな。 へへへ」
「一人も死ぬ事は許さない」
「分かっているさ」
不謹慎なことを山県少尉が言うので。
木曽は呆れた。
いずれにしても、ついにヘイズが出て来た。此処から、戦況が一気に変わっていく事になる。
それを思うと、思わず胸襟をたださざるを得なかった。
3、クラーケン出現
欧州に大急ぎで呼び出された。
分かっている。
あの巨大な飛行型の地下ハイブ。それの近くの街に、連動するようにクラーケンが出現したのである。
大型船も出現したが、テイルアンカーを落として即座に去って行った。
あのハイブ近辺は、兵力を集中しなければならないこともあり、かなり危険な状態である。
案の定各地で転々と出現し始めたクラーケンは、早速猛威を振るっており。
不用意に仕掛けた部隊が、瞬く間に全滅する悲劇が何度も起きていた。それにはエイレンやレールガンが含まれている事も多かった。
まだプロテウスの量産は出来ていない。
ならば、三城の出番だ。
此方を見ていないクラーケンを撃ち抜くか。
シールドを黙らせてから撃ち抜くか。
ライジンの火力がものを言う事になる。
それに、テイルアンカーの撃破が、エイレンが普及し始めた現状でも難しいのは事実である。
急いで現地に向かわないと、被害が増えるばかりだった。
現地に到着。
現地には、雑多な混成部隊が来ていた。
歩兵は一個小隊。これにウィングダイバーとフェンサーが一分隊ずつ加わる。戦車隊もいるが、ほしいケブラーはいない。
この辺りはバルカ中将の指揮圏内だ。
余程戦況が混乱しているのが、見て取れた。
煉瓦の美しい街だが、空をクラーケンとヘイズに制圧され。街のシンボルだったらしい教会は、テイルアンカーに粉砕されていた。
テイルアンカーの周囲にはα型。
上空には、赤青緑のクラーケンが勢揃い。
非常にまずい状態だ。
改ざん前の歴史でも、こういった拠点をクラーケンが作り。
兵士達の攻撃を撃退後。近くの重要拠点を襲う事が非常に多かった。クラーケンはストーム1でも安易に相手に出来ないほど手強い。
空軍は反射シールド相手にばたばた叩き落とされ。
やがて制空権を失った人類は、あっというまに負けていくことになったのだ。
だが、そんな歴史は二度繰り返させはしない。
此処で、クラーケンを出来るだけ間引いてやる。
大兄が敬礼。
少し前に少佐になった。三城たちはまだ中尉だが、時期に大尉に出世することだろう。とにかく、今はこの戦況をどうにかするしかない。
敵の本拠になっている中東は、前哨基地ですら息を潜めている有様。
急いで、救出に行かなければならない。
成田軍曹が無線を入れてくる。
「クラーケンと呼ばれるこのエイリアンは、ヘイズを随伴歩兵として展開し、更にシールドで身を守っています。 このシールドは攻撃でオーバーヒートさせることが出来るようですが、しかしながら攻撃を反射する性質も持っています」
「攻撃を反射、だと!?」
「被害が大きくなっている要因です。 今まで確認されたところによると、巡航ミサイルまでも反射されているようです。 とにかく……注意してください」
「よし。 各自徹甲弾装備」
バリアス部隊の隊長が、それぞれ指示。
バリアスは徹甲弾と広域制圧の榴弾砲を切り替える事が出来る。
大兄に、バリアス隊の隊長は言う。
「敵を引きつけ次第、俺たちがシールドを集中攻撃して黙らせる。 其処を倒してほしい」
「ヘイズも来る。 負担は小さくないぞ」
「分かっている。 だがバリアスの装甲は、最強を誇ったM1エイブラムスのものの後継型でもある。 装甲に関しては、歴史上最強の戦車だ。 だから、かならず耐え抜いて見せる」
「……分かった。 頼む」
大兄が、敬礼する。
そして兵士達は、建物の影にそれぞれ散った。
クラーケンはそれぞれが部隊長として行動する。勿論他の個体が攻撃を受けていれば支援に回るが。
この街の空全域に散った今なら。
各個撃破の好機だ。
アンカーは後からでもどうにでもなる。とにかく、一体ずつ仕留めていく。それくらい、クラーケンは強いのだ。
大兄が、狙撃。
相手のシールドを撃つ。
クラーケンには妙な性質があって、シールドを撃たれると其奴だけが反応する。これは或いはだが。
クラーケンに三種類しか武装が確認できないように。
此奴らもクローンなのかも知れない。
戦闘訓練は催眠教育か何かでまとめて受けていて。
それで、あまりのイレギュラーには対応できない可能性もある。だが、それは楽観。今は習性として考える。
来た。
まずは蒼い体の通常種。
通常種といえど、装備しているのは硬X線ビーム砲、二門。
つまりはプロテウス並みの攻撃をしてくると言う事だ。
大兄が狙撃した地点の側には、えぐい弾痕が残っている。それはそうだろう。反射能力は、オートで働くのだから。
大兄は、狙撃してから即座に身を隠した。
反射が正確に戻ってくる事。シールドで反射されるまで、わずかにタイムラグがあること。
それらを知っているから出来ることだが。
それでも、尋常な勇気では無い。
クラーケンが来る。ヘイズも随伴歩兵としてついてきている。つまり、今の一瞬で狙撃の地点を解析したと言う事だ。
コンピュータでも頭の中に積んでいるのか。
いや、積んでいる可能性もあるだろう。
ヘイズが展開を開始。周囲を見回るクラーケン。それに対し、バリアス隊が路地に姿を見せる。
「効力射! ファイア!」
「反射を怖れるな! 撃てっ!」
バリアス隊が射撃開始。クラーケンが即応し、シールドを凄まじい速度で動かして全弾をキャッチ、反射。
それぞれのバリアスに着弾。更にヘイズが襲いかかる。
ヘイズに対しては、周囲の建物に隠れていた兵士達が応戦。第二射をクラーケンに戦車隊が撃ち込み。
そして、反射されつつも、シールドを封じていた。
「今だ!」
無言で、ライジンを叩き込む。
一瞬で粉砕されたクラーケンの体が、空中で風船のように漂い始める。兵士達がわっと喚声を挙げた。
「やったぞ!」
「空飛ぶ化け物に一矢報いてやった!」
「まだ随伴歩兵がいる! 掃討戦を急げ!」
大兄が叫び、ヘイズを駆逐する。
戦闘はそう長く続かない。木曽少尉も、三城もそれぞれ誘導ミサイルと誘導兵器で駆逐に参加したからだ。
被害を確認。
負傷者が出ていた。やはりヘイズの火力は凄まじい。アーマーで身を守っていた歩兵が、腕をへし折られていた。建物の壁越しに、触腕が貫いて擦ったのだ。それだけでこれである。
「負傷者を後送。 戦車隊は」
「今、装甲をチェックしている」
「エイレンWカスタムで……」
「いや、それはアンカーを破壊する時にも必要なはずだ。 戦力を温存してくれ。 欧州戦線も各地で戦闘が激化している。 出来るだけ切り札になる兵器は無事なまま戦闘を進めたい」
戦車隊の士気は高いな。
そう、三城は感心する。
だけれども、こんな人達だからこそ、死なせる訳にはいかない。
応急処置、完了。
大兄が、次のクラーケンを釣る。また、蒼い通常型だ。ただし、攻撃を許せば甚大な被害が出る。
歴史改変前。
ヘイズの繁殖地と相討ちになったストーム2は、この硬X線ビーム砲にやられていた。
酷い亡骸で、言葉もでなかった。
あの悲劇を繰り返させはしない。
大兄の狙撃で、また一体クラーケンが釣られて来る。ヘイズも一緒だ。固唾を飲んで待つ。
程なくして、大兄が攻撃を指示。
「よし、今だ」
「空の化け物! 誇り高い陸軍の攻撃を食らえっ!」
バリアス隊が、射撃を開始。やはり。一発も逃さずクラーケンが受け止める。凄まじい性能だ。
巨大なクラーケンのシールドは、クルールのものよりも性能が上だが。その分オーバーヒートが解除されるまで時間も掛かる。
一度オーバーヒートさせれば終わりだ。
しかし、同時に反射も喰らう。
彼方此方の建物が、戦車砲の反射で吹っ飛ぶ。戦車も中破。バリアスが。しかし、自身の主砲を受けているのだ。
無理もない。
第二射。ヘイズがバリアスに突貫。至近で爆散する。バリアスの射撃が狂うが、それでもクラーケンに直撃。シールドで防がれる。
だが、それが生きた。
シールドがオーバーヒートした瞬間、大兄が狙撃。
敵の放たれようとしていた硬X線ビーム砲を叩き落とす。悲鳴を上げたクラーケンが、死角を晒した瞬間にライジンを叩き込む。
クラーケンが風船のように膨らみ、落ちる。
二体目だ。
ヘイズを駆逐。今のは、かなりまずい戦闘だった。とにかく急いでヘイズを駆逐して、味方の損害を確認する必要がある。
マルチロックオンミサイルが、ヘイズを次々撃墜する。スモークが更に濃くなる。
大兄はそんな中でも平気でヘイズを撃ち抜いている。
その手腕は、もう人間業じゃない。
小兄は敵の気を引き。
暗闇の中で、柿崎は目を閉じて突っ立っているようだ。
襲いかかってきたヘイズを、その場で真っ二つに斬りさいている。まあ、剣豪らしい戦い方だと思う。
そして剣豪は、時代劇などで神格化されているような存在では無く。
今柿崎がやっているような、剥き出しの凶暴性こそ完成形なのだろうとも。
ヘイズが片付く。
戦車隊の応急処置をする。一両は、駄目だ。一旦さがって貰う。代わりに、一両を追加で要請。
敵が動き出す事を考えると、あまりもたついている余裕は無い。
兵士達も、負傷兵を下げる。
次は、戦力が落ちた状態でやらなければならないが、それもまた仕方がない。とにかく、戦闘続行。
大兄が狙撃して釣り出す。
これだって命がけだ。
今度は、赤い追尾レーザーを放ってくるクラーケンが連れる。彼奴はかなりの距離から攻撃してくる。
危険な相手だが、近付いてしまえば対処法は同じだ。
来た。
ヘイズが率先して襲いかかってくる。兵士達が迎撃を開始。戦車隊が後退してスモークを避けつつ、射撃。クラーケンのシールドが、余裕を持って攻撃を弾き返す。それどころか、戦車に直撃させる。
クラーケンは体が巨大なだけでは無くて、眼球も大きい。
巨大な目で周囲を見られると、それだけで兵士は萎縮する様子だ。まあそれもそうだろう。見た瞬間勝てないと分かる程の化け物なのだから。
ましてや、戦車砲を反射するという化け物じみた技を見せられれば。
兵士が竦むのは、仕方がない。
大兄が、影から狙撃。シールドにぶち当てる。それだけではない。小兄が機動戦でヘイズを突破すると、至近からデクスターを叩き込む。
戦車が減っている分、シールドへのダメージが減っていたが。それが致命傷になる。
今だ。
小兄が電刃刀で、シールドをもつ腕も武器を持つ腕も、文字通りバラバラにする。
再生するまでは、恐ろしい程早いが。
その一瞬で終わりだ。
ライジンで撃ち抜く。
これで、三体目だ。
急いでヘイズを駆逐する。
ヘイズを駆逐し終えたときには、兵士達の損害は更に大きくなっていた。
増援部隊が来る。バリアス一両と、随伴歩兵だ。
今までに受けた損害を考えると、少し帳尻が合わないが。それでもどうにかするしかない。
更に増援を要求する大兄。
そして、戦闘を再開した。
あらかたのクラーケンを片付けたときには、夕方を過ぎていた。
この時点では、改変前の歴史ではどうにもできなかったクラーケンを、早期で駆除できた。
これはとても大きい。
「クラーケンを撃破! これは大きな成果です!」
「しかし被害は見ての通りだ。 エイレンWのレーザーならば、恐らくはダメージを減らす事が出来る。 急いで配備を頼む」
「分かりました。 総司令部に掛け合います」
「頼む」
戦車隊は引き上げさせる。
後はテイルアンカーの駆逐だ。クラーケンがいなくなった以上、もうα型だけである。金α型もいるが、この面子の敵ではない。
ただしエイレンWカスタムがダメージをかなり受けている。
六体目のクラーケンとの戦闘以降、手数が足りなくなって、温存していたのを出した。結果、クラーケンとガチンコでやり合うことになった。その結果である。
思うに、あの荒廃した改変された世界の未来にいたクラーケンは、戦力などがデチューンされていたのだと思う。
クローンにしても、最初は精鋭を出してくるだろう。
今回は、その精鋭とかち合った。
そういう事だと判断していい。
テイルアンカーを全て破壊。
街の安全を確保。
工兵部隊が来て、街の修理を開始する。此処は例の巨大ハイブを監視している基地にとって、重要な補給路だった。
此処を守り抜けたのは大きい。
ただし、今回の勝利では、奴らのシールドを破るためには大きな犠牲が必要だと言う事がはっきりした。逆に言えば、それくらいしか成果がない。
勿論クラーケン八体を仕留め、随伴歩兵を倒し、更には占拠されていた土地を奪還したという成果もあるが。
全体的な戦況にしてみれば、微々たる成果だ。
一旦基地に戻る。
大兄は、ずっと無言だった。
「大兄、やっぱり疲れた?」
「恐らくはこの戦いが最後になる。 やり直しはきかない。 だからこそに思う。 俺のミスで死んだ人間、俺の力が足りず死んだ人間には、会わせる顔がないと」
そうか。
戦鬼のような大兄でも、そう思うのか。
だが、大兄は、やはり大兄だ。
「だからこそ、俺は更に効率よく奴らを仕留める。 手を貸してくれるか」
「大丈夫。 まかせて」
三城がそう言うと。
大兄は、少しだけ安心したようだった。
4、矢継ぎ早のアンノウン
プライマーは今回、一気に作戦のけりをつけようとしているようだった。恐らくだが、向こうも本国が相当に大変な事になっているのだろう。そもそもそうでなければ、多少はじっくり攻めてくるだろうし。
もっと色々と、交渉とか色々ためそうとするはずだ。
弐分はレーザー砲を装備したコスモノーツの特務を確認。
彼方此方に、次々にエイリアンが出現しているという話があったが。こんな早い段階から、コスモノーツが出てくるとは。
いずれにしても、身を隠して大兄達本隊を呼ぶ。
此処は飛騨の山奥。
敵が何かしているらしいと聞いて、駆けつけてきたのだが。コスモノーツが来ているという事は、あまり良い事ではないだろう。
大兄達が来たので、敵の状態を確認。
敵は隠密行動をしていて、それでかなり広く展開することを余儀なくされた。とりあえず発見できたのは良い事だ。
「怪物の姿がないな」
「コスモノーツだけでも充分に厄介だ。 気を付けないと足下を掬われる」
「……どうも嫌な予感がする」
大兄がそういうと。
皆が、一気に背筋を伸ばす。
それはそうだろう。
大兄の勘が、外れるとは思えない。
「レーザー砲持ちのコスモノーツは特務か隊長だ。 周囲を確認して、他の敵がいないか調べる」
「了解」
「よし、急ぐぞ。 この少し先に、大型船が転移してくる可能性がある場所がある。 それまでに、何とかプロテウスを配備しておきたい」
敵大型船が、未来から転移してきた場合。
数隻だったら落とせる。
だが、数十隻となると、流石に村上班の火力では無理だ。敵の大型船艦隊は百隻前後と聞いている。
そうなってくると、開戦五ヶ月の時点で現れた百隻の内、数十隻を落とせれば、歴史へのダメージをだいぶ抑える事が出来る。
だが、コスモノーツがこのようにいると言う事は。
非常に敵も警戒している、とみて良い。
大兄が、やがて無線を入れて来た。
「怪物だ。 地下に伏せている。 かなりの数だな」
「やはりいるのか」
「ああ、それもγ型だ。 プロテウスなら蹴散らせるだろうが、それでも面倒な事このうえないだろうな」
プロテウスとしても、群がってくるγ型を無視出来ない。
エイレンWカスタムでも、相手にしきれる数では無い。
結果としては。
どうにもできない、ということだ。
進軍中のプロテウス部隊に連絡。一度、進路を変えて貰う。敵が気づいた。コスモノーツが怪物を操作。
大量のγ型が現れる。
コスモノーツの部隊も、わらわらと集まってくる。
いや、クルールもいるのか。
しかも厄介な散弾銃持ちだ。
あの散弾銃は、コンバットフレームでも簡単に破壊する。出来るだけ、プロテウスに近づけない方が良いだろう。
大兄が頷くと、クルールを狙撃。
盾を二枚持っているいわゆるエルダークルールだが。残念ながら死角からの狙撃。それもライサンダーZとなるとひとたまりもない。
慌てた様子でコロニストが振り返るが。
丁度その瞬間、十字砲火での攻撃が成立した。
プロテウスの放つミサイルが、γ型を粉々に消し飛ばしていく。硬X線ビーム砲を受けて、助かるγ型などいない。
どちらに対応するべきか。
それを悩んでいる様子のコスモノーツを、容赦なく仕留める。
レーザー砲持ちが柿崎に斬られると、諦めたのだろう。敵は撤退を開始。少数がドロップシップに乗って、逃げていった。
後はγ型の群れだ。
こんなにたくさん落としていって。
とにかく、蹴散らして回る。
今でもかなり厄介な相手である。だからエイレンのレーザーで弾きつつ、確実にスパインドライバーや電刃刀で仕留めていく。
まとまっているところには木曽少尉のミサイルが直撃。
まとめて、相当数を消し飛ばしていた。
戦闘完了。
敵の大型戦船は。
勿論、姿を現さなかった。
「空振りか。 悔しいが、敵も相当にプロテウスには警戒していると見て良さそうだな」
「百隻近い大型船を撃墜されたことを忘れていないのでしょう」
「そうだな……」
プロフェッサーは戦術家では無いので、こういう事はあまり詳しくない。戦略情報部と今回はかなり早い段階からコネを確立しているようだが。それでも、連携が上手く行っているとは言いがたい。
今回もプロテウスが孤立した状態でどれくらい怪物を倒せるかという実験で、新鋭機を引っ張り出したのだ。
プロテウスの値段はEMCの十倍とも言われていて。
とてもではないが、ストームチームですらまだまだ専用機を貰うのはとても厳しいだろう。
「一度引き上げてほしい。 敵の部隊を倒して、大きな損害を与えたのは事実だ。 すぐに次の作戦もある」
「分かりました。 基地に戻ります」
「此方でも、ブレイザーの実用化を急いでいる。 あと一月もあれば、荒木軍曹には支給できるはずだ」
大兄が頷くと、撤収を指示。
今回は、戦果はなかったか。
ただ。レーザー砲持ちの厄介なコスモノーツを倒す事が出来た。それだけで、充分満足するべきなのかもしれなかった。
逃げ帰ってきた護衛部隊は、トゥラプターの前で這いつくばっていた。
恐怖で震え上がっているのは分かる。
勿論トゥラプターも頭に来ているが。
それよりも。情けないという気持ちの方が大きかったが。
「それで敵の戦力を陽動で引きつける事も出来ず、逃げ帰ってきたという訳か」
「も、申し訳ありません」
「それでも特務か、貴様」
「……」
黙り込む「火の民」の戦士。嘆息すると、トゥラプターは戻って休むように指示。
自分が出て良いなら、でている。
村上班とは是非やり合いたい。
だが、許可が下りないのだ。
だから、こうして要所に兵を配置しているというのに。どいつもこいつも、村上班を怖れるようになりはじめている。
「風の民」の先発部隊が全滅した。
それを聞いて、震え上がった様子だ。
確かに鉄壁の守りと火力で身を固めた「風の民」の特務が倒されたことで、士気に決定的なダメージが入ったのは事実だろう。
だが、もう後がない。
本国はいつ滅びてもおかしくない。
タイムパラドックスが限界に達したら、本国は文字通り消えてなくなる。
「外」が存在を担保してくれるらしいが。
それも隔離された小さな星で、暮らす事になるだろう。
はっきいりいって冗談じゃあない。
苛立ちながら、司令官の所に出向く。
「風の民」長老も、あまり機嫌は良く無さそうだった。
「戦士トゥラプターか。 派遣していた者達の為体は聞いている」
「訓練が足りていないのではありませんか」
「……村上班との戦闘は避けろ。 そういう指示が出ている」
「な……」
呆れた。
誰の指示だと聞くと、他の長老達だという。
どいつもこいつも。
苛立ちでふるえるトゥラプターに、「風の民」長老は言う。
「分かっていると思うが、本国の状態は非常に危険だ。 もう恐らくは、長いことはもたないだろう」
「それはそうでしょう。 神の船が消えかかっているのだとすれば、当然の話でしょうし」
「そこで、可能な限り戦力を温存する。 この旗艦ですら囮にしてな。 例のものが来た後に、村上班含むストームチームを倒す。 そのために、用意している例の兵器も投入する」
例の兵器。
完成していたのか。
悪趣味だから好きでは無いのだが。勝つためには仕方がないだろう。
それにあのでくの坊も、それで役に立てるなら本望だろう。
そうでなければ、あんな輩。
生きている意味もない。
「士気を高めるために、せめて数度出撃を許しては貰えませんか」
「ならん……」
「そうですか。 では」
「最終決戦で、お前の力が必要なのだ。 村上壱野といったか。 「いにしえの民」の特異点の喉に手が届きうるのは恐らくお前だけだ」
一礼すると、長老の前を後にする。
評価はしてもらっている。
最大の作戦で、最大の重要任務も任される事になっている。
だが、全く嬉しくないのはどうしてだろう。
ふと気づくと、梟のドローンが見下ろしていた。
此奴は、確か。
外の監視者か。
「苛立っているようだね、プライマーの特異点戦士、トゥラプター」
「貴様に話すことなどない」
「このままいくと、プライマーは負ける。 君達が言う「風の民」ですら、既に絶対ではなくなっていて、制空権を事実確保できなかった。 やがて戦術が編み出され、ばたばたと叩き落とされるようになるだろう」
実体剣を引き抜き。
一瞬で抜き打ちする。
だが、その剣は。
梟の身をすり抜けていた。
舌打ち。
技術力が違い過ぎる。それは分かっていたが。それにしても、此処まで違い過ぎると腹立たしい。
「それで何用だ。 俺を笑いに来たのか」
「違う。 我々は内戦には関与しない。 この戦いが内戦と呼べるものである以上、どちらかが勝とうと最悪の事態は避けるように動いている」
「それが俺と何の関係がある」
「君がストーム1と並ぶ特異点だからさ。 「風の民」長老が言っていたように、恐らくは君とストーム1が最後に決戦をする事になる。 その時、どちらが勝つかはわからない」
そうかそうか。
此奴ほどの超越存在でも分からないのか。
嬉しいような悔しいような。
いずれにしても、話したいことなどはないが。
「俺はもう行くぞ」
「君達がストームチームの監視に送り込んでいたもの」
「? 何の話だ」
「ああ、君は知らされていなかったのか。 あれは私がストームチームの監視を離れてから、独自に動き始めた。 早い内に対応しないと、面倒な事になるかも知れないよ」
梟のドローンが消え果てる。
まるでもののけだな。
そう思いながら、トゥラプターは自室に戻る。そして、念の為、「風の民」長老に今の話をした。
すぐに調べると言う。
恐らくだが。
戦力を温存して、決戦に備えるという戦略を立てた「風の民」長老にとって。
余計な事態を引き起こしかねない要素は、一つでも潰しておきたいのだろう。
気持ちは大いにわかる。
だが、トゥラプターには、どうでもいいことだった。
カスター准将は。不遇を託っていた。
どういうわけか、今まで秘書官代わりでEDF総司令官リー元帥の懐刀として働き。その過程である程度私腹を肥やしていたのだが。
その全てが明らかになり。
摘発され。
部下も仲間も、軍警察に逮捕されてしまったのである。
カスターも拘禁中の身だ。
どうしてこうなった。
リー元帥など、所詮は軍産複合体の血縁者でも何でもない。米国を動かしてきたのは、金だ。
軍産複合体こそ、米国の真の支配者。
その代表であるカスターは、それこそ次代の北米EDFの司令官であり。EDFの総司令官だって狙える。
その筈だったのに。
こんな事は許されない。
息の掛かった弁護士を呼ぼうともしたが、其奴も逮捕されてしまっている。
あらゆる全てが先手を打たれたかのようだ。
こんな事、あってなるものか。
ぎりぎりと歯を噛んでいると。
不意に、妙な声がした。
「可哀想に。 こんな理不尽な扱いを受けて。 いつも貴方には、色々と苦戦させられたのにね」
「?」
顔を上げたカスターは、ひっと呟く。
そこにいたのは。
クラゲだ。
空中に浮かんでいる。生物っぽくはないから、ドローンだろうか。だが、どうしてそんなものが喋る。
この独房に、入り込める。
「だ、誰だ! 誰の差し金だ!」
「君を告発した人間の名前、教えてあげようか?」
「なんだと……」
「ふふ、話を聞くつもりになったかい?」
クラゲのドローンは、空を舞いながら、カスターの周囲を飛ぶ。
どうしてだろう。
カスターは、それが恐ろしくてならなかった。
恐ろしいものなんて、殆ど見た事がない。幼い頃から裏口入学上等の学校で、大人顔負けの権力闘争をして来た。
エリート教育の本場を歌われる米国で。実際にはそんなものは大嘘だという現実も見て来た。
聖人と呼ばれている奴が、実際は極悪な性犯罪者だったり。
金を使って、児童を買い集めて性的虐待をしてたりという事実だって知っている。
人間の恐ろしさを全て知っているはずなのに。
それなのに、どうして恐ろしい。
あ、そうか。
がばっと、クラゲのドローンに食いつかれて。それで気づく。
相手は捕食者で。
対応できる状態ではないからだ。
そして気づいたときには、もう遅かった。
異常に気づいた警備員がカスターの独房に入ると、カスターは既に倒れていた。
口から泡を吹いているカスターは。
もう、意識が以降戻る事はなかった。
それで良かったのかも知れない。
カスターに軍才はなく。
でれば軍を負けさせるだけ。
有能な将帥を使いつぶし。
むしろ存在が味方の害になる。
それがカスターという男の事実だったのだから。
勿論、独房に。
もうクラゲのドローンの姿は、見えなかった。
(続)
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