風神の世界

 

序、迫り来る悪意の空

 

地下街を出ると、其処にあるのは激しい破壊の痕だ。

こんな破壊され尽くした世界で、三年間戦い続けてきた。結局ストームチームは、歴史改変後、ストーム1しか生き残らなかった。

どれだけ歴史を優位に進めたとしても、また変えられてしまう。

その悔しさは、そうそうないだろう。

ただ、プライマーも余裕があるとは見えない。

実際、前周に比べて。敵の物量はそこまで極端に多いようには思えなかった。

壱野が前線で暴れて倒して来た敵の数を考えると、やはり前周がピークだったように思える。

今回、敵大型船の出現地点を特定出来れば。

恐らく決定的な打撃を与えられる。

問題は風神だが。

それも、絶対にどうにか出来るはずだ。

乾いた大地を歩く。

抵抗が激しかった日本は、徹底的に蹂躙された。赤い大地。赤い空。そして優先的に生やされたらしい、テラフォーミング……いやマルスフォーミングとでも言うべきか。とにかく巨大な環境改変装置。

恐らく風神、クラーケンはじきに姿を見せるだろう。

送り込んだ部隊が全滅したことはすぐに分かったはずだ。

奴ら自身が出向いてくる。

いずれにしても、迎撃にでなければならなかったのだ。

プロフェッサーに視線を送る。

デプスクロウラーの中から、プロフェッサーは頷いていた。既に探索を始めているらしい。

リングはいつも微妙に位置を変える。

今回も概ね同じ位置だろうが、少しずれているようだ。

確実に辿りつくには、位置を知らなければならない。

幸いと言うべきか。

あのリングには、優秀な移動能力は備わっていない様子で。

到来後は。

殆ど場所を変えることはないようだが。

馬場中尉の部下達は、全員死人の顔色をしていた。

やがて一人が叫び出す。

「地球はクラーケンに支配されている! 俺たちは生かされているだけにすぎないんだ!」

「落ち着け! パニックになるな!」

「戦ったものは闇に包まれて死ぬと聞いたぞ……」

「そうだな。 その通りだ。 まずは、闇の魔物から排除する必要がある」

冷静に馬場中尉が言う。

確か馬場中尉は、数少ないストーム隊以外のクラーケン撃墜例を出した一人だ。ストーム4が命と引き替えに倒し方を編み出してから、それは一応世界に拡がってくれた。それで、少数例ながら、クラーケンの撃墜例が出たのだ。

故に、細かい事を知っている。

この辺りは、流石特務と言うべきだろう。

「クラーケンは随伴歩兵として闇の魔物を連れている。 これは特定地域でしか繁殖できないが、その代わりクラーケンの身を守るために周囲を滞空している。 攻撃力も凄まじく、二本の触腕と呼ばれる腕での攻撃は、コンクリの壁に穴を穿つほどだ。 一方で大きさは他の怪物と大差なく、非常に脆い。 問題は倒した時に、周囲にスモークを撒く事だ」

「頭足類のデータを調べたっスけどね。 連中は体内に墨を持っているらしくて、煙幕に使うそうっスよ。 恐らく、其処から発展した能力と見て良さそうッスね」

「一華中佐、なるほど、ありがとう。 ともかく、まずは闇の魔物を排除する。 その後にクラーケンだが。 シールドに気を付けろ。 奴らのシールドは、テンペストですら反射してくる」

これも本当だ。

開戦当初、空軍のミサイル攻撃がまるで通用せず。観測のためにテンペストを放ったら、それを反射され。

近くに展開していた部隊が、文字通り壊滅した事がある。

そういう意味では、クルールのシールドより高性能だと言える。

銃弾を反射してくるシールド。

文字通りの悪夢だ。

ただし、オーバーヒートはする。

ダメージ覚悟で攻撃を続け、シールドをオーバーヒートさせ。本体を狙う。

それだけが、唯一クラーケンを仕留められる攻撃だ。

ただし。

これを闇の魔物を倒した後行う必要がある。

クラーケンも自衛能力を当然備えていて、それも尋常な代物では無い。

装備している火器の火力が、他のエイリアンの比では無いのだ。

故に、クラーケンを倒す事は非常に難しく。世界中で被害が増えていくばかりになったのである。

「とにかく俺たちは、クラーケンを倒すストーム1の支援。 闇の魔物を兎に角倒せ」

「わ、分かったよ……」

「気が狂いそうだ」

「心配するな。 こんな世界だ。 みんなとっくに狂ってる」

馬場中尉が小粋なジョークを言う。

だが、笑う余裕は誰にもなかった。

身を伏せながら、急ぐ。一華はエイレンWカスタムを、瓦礫の影から引っ張り出して来た。

これでも必殺とは行かないのがクラーケンの恐ろしいところである。

エイレンどころか、プロテウスですら破壊されるケースがあった。クラーケンと闇の魔物は、文字通り最凶の組み合わせ。

これに多数の怪物の支援が加わるのだ。

文字通り、どうしようもないというのが壱野にとっても本音だが。

それでもどうにかするしかない。

どうにかしなければ、こういう風に。

人類は負けるのだ。

見えた。

空を舞う。巨大な姿。

クルールより十倍は巨大で、二本の腕が長く肥大している以外は、姿もよく似ている。

頭足類という生物については、壱野も調べたが。

確かに面影がある。

あれがクラーケンだ。

見た所、硬X線ビーム砲を装備したスタンダードなタイプだとみて良いだろう。スタンダードであっても、手強いことに代わりはないが。

「クラーケンだ!」

「なんて姿だ! 邪悪すぎる! 恐怖ですくんで戦えねえよ!」

「中尉! 見てください!」

兵士が逃げてくる。

物部伍長だ。

当然、倉庫にまでたどり着けなかったのだ。クラーケンは元々、馬場中尉が立てこもった地下を狙って来ていた。

怪物が全滅していたのにも気づいていただろう。

当然、出向いてくると言う訳だ。

数は二体。

当然、仕留める。

幸い、クラーケンの周囲を飛んでいる闇の魔物は少数だ。これなら、勝ち目はある。

「馬場中尉、闇の魔物を」

「分かっている!」

クラーケンが攻撃を開始する前に、此方から仕掛ける。相手が装備している硬X線ビーム砲は、プロテウスでも長時間は保たないほどの火力を誇る。好き放題に撃たせるわけにはいかない。

馬場中尉達が、闇の魔物を撃ち始める。

クラーケンよりずっと小型で、他の怪物と大して大きさは変わらないが、とにかく俊敏だ。

幸いそれほど強度は無いので、対物ライフル弾が直撃すれば落ちる。

そのまま攻撃をしてもらうが、空がスモークに包まれる。

倒せば視界妨害だけではなく、電波妨害まで行ってくる。

それがこの闇の魔物が、怖れられた所以だ。

此奴の繁殖を許してしまった故に、空は敵の手に渡り。

そして人類の勝ち目はなくなった。

兎に角今は、倒すしかない。

エイレンが。近い方のクラーケンに攻撃を開始。デプスクロウラーも逆方向に回って攻撃開始。

エルダークルールと同じように、二つシールドを持っているクラーケンは、それを全て防いでくる。

しかもクルール以上の反射神経を持っていて、ライサンダーの弾でも防いでくるのが確認されている。

攻撃機が機銃を浴びせたら。

反射されて、蜂の巣にされるという事件もおきている程なのだ。

その図体と裏腹に、此奴は鉄壁なのである。

エイレンもデプスクロウラーも、攻撃を反射されて少なからず傷つく。だが、エイレンのレーザーが、ついにシールドをオーバーヒートさせる。

「三城!」

次の瞬間、三城がライジンをぶっ放す。

クラーケンの巨体に直撃。流石にこれはどうしようもない。硬X線ビーム砲で反撃しようとしていたクラーケンが、吹き飛んで空に力無く漂う。どうやって浮いているのかはよく分からないが。死ぬと風船のようにああなる。

もう一体が来る。

此奴も通常装備だ。その通常装備が尋常では無く厄介なのだが。それはそれで別にかまわない。

とにかく攻撃はAFVで行い、ダメージ覚悟でシールドをオーバーヒートさせる。

クラーケンも、攻撃を受けている間は攻撃の精度が多少は落ちる。だが、馬場班は闇の魔物との戦闘で手一杯。

弐分もそれに加勢。

木曽少佐には、今の時点ではミサイルを温存して貰う。

恐らくリングには。

複数のクラーケンが、守りについているとみて良い。

敵だって、そろそろリングにトラブルが起きていることに気付いている筈だ。クラーケンを倒すには、手札が一枚でも多く必要だからだ。

山県少佐が、ワイヤーをクラーケンに打ち込むことに成功。本来には刺さらなかったが、触手の一本に刺さった。

凄まじい電流が流れ込む。

クラーケンが身をよじって、凄まじい咆哮を上げた。

それだけで、人間が勝てる相手では無いと分かるが。壱野は無言で、動きが鈍った瞬間。

シールドを持つ腕を、撃ち抜いていた。

腕が吹っ飛び、シールドが消える。

エイレンWカスタムがここぞとばかりに収束レーザーを叩き込み、クラーケンを粉砕。流石のクラーケンも、この規模の火力を前にすると、どうしようもない。

後は、闇の魔物を、さがりながら掃討する。

物部伍長を庇いながら後退。

どうせ、この程度で終わるわけがない。

「無事か、物部伍長」

「すまない、俺のせいで……」

「いい。 EDFは仲間を見捨てない」

「ううっ……」

普段は冷徹な顔さえ見せる馬場中尉だが、この辺りが部下に絶対の信頼を抱かせる要因だろう。

最後に飛び出してきた闇の魔物を、壱野がストークで撃ち抜く。

空中を俊敏に飛び回るこの闇の魔物。

確か戦略情報部は、ヘイズと呼んでいたな。

「掃討完了」

「酷いスモークだ」

「電波障害まで引き起こす代物だ。 少し離れて、スモークからの敵の攻撃を警戒しろ」

「まだ来るのかよ!」

怯えが混じった兵士の声。

そもそも、クラーケンを倒せたと言うだけでも奇跡的なのだ。

更に、姿が見える。

増援だ。

四体のクラーケンが、此方に向かっている。

「一華、電磁装甲は」

「復旧確認。 問題は、バッテリーの残量が限られているって事ッスね。 地下街の炉に戻らないと、補給できないッス」

「そんな時間はない。 蹴散らして行くぞ」

「どの道逃がして貰えそうにもないな。 どの個体から片付ける」

馬場中尉の言葉に、壱野は指さす。

クラーケンには、蒼い体、赤い体、緑の体の持ち主がいる。

クラーケンの種族が違うと言うわけではなく、単なる識別信号として味方に示しているらしい。

というのも、クラーケンの装備は火力が大きく、敵を巻き込みかねないからだ。

なお通常種は蒼い体をしている。

赤い体のクラーケンは、誘導レーザーを装備していて。これがどういう技術なのか空中で曲がってホーミングして来る。幸い一撃の火力は大した事がないのだが。それでも凄まじい凶悪さだ。

そして緑の体のクラーケンが、もっとも注意しなければならない。

此奴らが装備しているのは、殺戮の範囲攻撃を引き起こす代物で。要するに毒ガス噴霧器だ。

この毒ガスはAFVにも甚大な損傷を与える代物であり。

直撃を受けるとちょっとどうしようもない。

これによって、兵士達がなぎ倒されるのを、壱野も何度も見てきた。それほどに危険な武装なのだ。

勿論壱野が指さしたのは、緑のクラーケンだ。幸いこの場には一体だけである。

「そうだな。 総員、彼奴から片付ける! クラーケンの動きは大きさのせいで勘違いしやすいが、見た目よりずっと速い! 急げ!」

「い、イエッサ!」

皆、一丸となって走る。緑のクラーケンが毒ガスをぶちまけようとした瞬間、柿崎が突貫。

プラズマ剣を抜いて、いきなり直上に。

クラーケンが、それを見て毒ガスをぶちまけるが、今度は柿崎はフルパワーで地面におり、更に突貫。

柿崎は飛ぶ事にあまり興味を見せない変わったウィングダイバーだが。

クラーケン戦を経験してからは、ああいう風にフライトユニットを使うようになった。

とにかく、好機だ。

突貫した柿崎に、闇の魔物が群がる。

それを遠くから、馬場班が撃ち抜く。スモークが出来る中、クラーケンが第二射の毒ガスを準備し始める。

あの範囲攻撃で、連射まで効くのだ。

だが、その時には、エイレンがレーザーでの攻撃を開始。クラーケンも、シールドで防ぎ始める。

シールドがオーバーヒートした次の瞬間。

壱野は、クラーケンの武器を持つ腕を撃ち抜く。二回、立て続けに。

それで、放たれた毒ガスがあらぬ方向へと飛んでいき。一つに至っては、もう一体のクラーケンを直撃しかける。

クラーケンがわめき声を上げる中、三城がライジンで貫く。

緑のクラーケンも、色を一瞬で失い。

風船のように漂いながら、命を落とした。

「闇の魔物、掃討!」

「そのまま包囲網を抜けるように走りながら、あの赤いクラーケンの随伴を叩いてください!」

「分かった!」

「! レーザー、来ます!」

赤いクラーケンが、ホーミングレーザーを放ってくる。

一華のエイレンWカスタムが、とっさにそれを引き受けて、モロに着弾。電磁装甲の復旧に、バッテリーを大量にくいそうだ。

だが、デプスクロウラーが次の瞬間、ミサイルを乱射。

赤いクラーケンに直撃。爆破し、シールドを激しく傷つけ、オーバーヒートさせる。

隕石弾のように周囲に反射攻撃が着弾するが。

壱野は冷静にそれを見切り、狙撃。

シールドを持つ腕を、叩き落とす。

三城が再びライジンをぶっ放し、クラーケンを撃墜。おおと、声が上がっていた。

「す、すげえ……!」

「まだ二体残っている! あいつら単騎でディロイやクルールの小隊を上回る戦闘力を持っている! 油断するな!」

「イエッサ!」

兵士達の声が、少しずつ生気を取り戻していく。

闇の魔物を射すくめている間に、柿崎と並んで弐分が突貫。蒼いクラーケンに、近接戦を挑む。

流石に無謀かと思うが。クラーケンが視線を逸らした瞬間、壱野が狙撃して支援。シールドが弾を弾き返すが、直接却って来ない。視線を背けたからだ。

今ので、シールドが消耗する。更に、エイレンWカスタムのレーザーが集中し、シールドの一つをオーバーヒートさせる。

弐分がその隙に、出来た死角からクラーケンにデクスターの弾をしこたま叩き込み。

悲鳴を上げるクラーケンを、文字通り穴だらけに。

更にそのクラーケンに、先ほど山県少佐が使った電撃ワイヤーが突き刺さり。痺れながら、クラーケンは絶命していた。

最後の一体が、硬X線ビーム砲を放つ。

だが、その一撃は柿崎が機敏に避ける。凄まじい怒りの声を上げるクラーケン。どうして当たらない。

そういう声だが。

柿崎はビームを避けているのでは無い。

手の動きを見て避けているのだ。

そもそもクラーケンにしても、あんな装備を使っている時点で。一華の言ったとおり、人類文明の直系子孫であることは間違いないのだろう。

闇の魔物へ、馬場班が攻撃を集中。

そのまま、壱野が狙撃。

視界から狙撃されたことで、クラーケンの巨体にライサンダーZの弾がもろに突き刺さる。

絶叫するクラーケンの直上。

柿崎が、自由落下しながら。プラズマ剣で唐竹にクラーケンを切り裂いていた。

風船のようになって、飛んでいくクラーケンの死骸。

後は闇の魔物を片付けて終わりだ。

だが、これでもまだ終わるとは思えない。

「一華、バッテリーの交換を」

「例の勘か?」

「はい。 確定で来ます」

「くっ、総員闇の魔物を倒しながらさがれ! 急ぐんだ!」

急いで態勢を立て直す。

だが、既に遅い。

周囲には、十体近いクラーケンの姿が見えていた。完全に包囲されている。

既に六体も仲間を殺されたのだ。

クラーケンが猛り狂っているのは間違いないだろう。

ただ幸いなことに、急いで出て来たからだろう。闇の魔物を随伴していないクラーケンが目立つ。

これは、勝機だ。

 

1、風神の贄

 

クラーケンに追い回され、そのまま隠れる。

デプスクロウラーは、途中で山県少佐が運転を代わり、何処かに隠れた。

馬場班の兵士達も散り散りに。

今、一華は。

リーダーとともに、エイレンWカスタムで、廃墟の一つに隠れている。

弐分と三城はいない。柿崎も。

木曽少佐はいるが、まだ戦力を温存してほしい状況だ。ミサイルは、極めて貴重な兵器で。

残り弾数も少ないのである。

馬場中尉と物部伍長はいる。

だが、流石に戦力不足だった。

バイザーを調整して、無線を整える。

何とか、デプスクロウラーと連絡は取れた。

弐分と三城も一緒にいるという。

「無事なようで何よりだ。 とにかく、今此方は身動きが取れない」

「分かりました。 俺が血路を開きます。 幸いエイレンWカスタムが側にいる。 シールドを潰せば、クラーケンを殺す事は難しく無い」

「無茶だ!」

物部伍長が呻く。

この人は、相変わらず憶病だな。

そう一華は思うが。

これが普通の反応だ。

調べて見たのだが、頭足類はあまりにも姿が異質だからか。見ただけで恐怖を覚える人間が多いと言う。

考えて見れば、頭足類の遠い子孫であるクルールや、恐らくはコスモノーツも。兵士達は見て、恐怖を訴えていた。

特にクルールは、直接的に狂気を発してしまう兵士もいた。

それを考えると、クラーケンは。更に頭足類らしい姿をしているあのプライマーの支配者階級は。

普通の人間には。もはや正視しがたい怪物なのかも知れない。

「クラーケンと戦って生き残った人間は殆どいない! クルールと同じように手足がたくさんあって、多数の武器を使ってくる上に、防御まで完璧だ。 あんな化け物、どうしようもない……」

「さっきまでに六体も倒しただろう。 倒し方はある」

「……」

「生きて帰るぞ。 恋人を悲しませたいか」

馬場中尉の言葉は冷静だったが。

それで、物部伍長は、多少は心が冷えたようだった。

「わかった……俺のせいなんだ。 これ以上は……迷惑を掛けられない」

「弐分、三城、そこにいるな。 連携して動く。 馬場班の兵士達も、バイザー越しに聞いているならそれぞれ役割を果たしてくれ。 主に軽武装の馬場班の役割は、反応している闇の魔物の掃討だ。 奴らを倒す事は、極めて重要だ」

「了解。 どうにかする」

兵士達も返事をしてくる。

さあ、ここからが反撃の時間だ。

見ると、緑のクラーケンは二体。いずれもがかなり距離を取っている。

ただし、下手に動くとすぐに集まってくるだろう。

あまり軽率に動くべきではないと、リーダーは判断したらしい。

まずは敵の配置を確認。

一華も、全力でそれを支援した。

「一体、かなりの数の闇の魔物を連れているッスね。 あれが他のクラーケンに分配されると厄介ッスよ」

「いや、あの多数の闇の魔物を連れているクラーケンは恐らくだが司令官だ。 出来れば速攻で仕留めたい」

「……勝算はあるッスか」

「ある」

リーダーの即答。実に頼もしい。

リーダーが狙撃して、一瞬だけ気を引く。

その隙に、ライジンで撃ち抜く。

以上だ。

問題は、他のクラーケンとの総力戦になりかねない事だが。

幸い、クラーケンはそれぞれ距離を置いている。

リーダーが狙いを定める。

既に地図は皆のバイザーに配布してある。

此処から、狙撃をすること。

連携して動く事は、不可能では無い。

リーダーが、カウントダウン開始。三城が、分かったと言う。そのまま、カウントが続けられ。

リーダーが発砲。

クラーケンの反応が流石に早い。

シールドで防ぎ、リーダーの至近に弾が撃ち返される。

だが、次の瞬間、闇の魔物を連れていたクラーケンは、ライジンに撃ち抜かれ。色を失って、空を漂っていた。

ヘイズが大慌てするなか、一華はエイレンを出して、レーザーで叩き落とす。ヘイズもこうなると、烏合の衆だ。

次々に叩き落とされて、やがて全滅。

ただし、クラーケンは黙っていてはくれない。一体が接近して来る。

「よし、総員予定通りに」

「い、イエッサ!」

「クラーケンは飽和攻撃に弱い、か」

「ああ。 彼奴らは制圧戦には向いているが、攻撃を集中されるとどうにもならない脆い部分もある。 普段はヘイズがそれをさせないが、今は違う。 各個撃破の好機だ」

リーダーが。仕掛けるよう指示。

弐分が躍り出て、緑クラーケンの至近に。

毒ガスをぶっ放す緑クラーケンだが、残念ながら弐分の機動の方が上回る。

エイレンが射撃して、それが反射されるが。何度か射撃している内に、シールドがオーバーヒート。

弐分が電刃刀で、シールドを持つ腕を二本とも両断。

次の瞬間には、リーダーが狙撃で仕留めていた。

まだ来る。

クラーケンも、攻撃を受け始めたことに気づいているのだろう。集まり始めるが、そうはさせるか。

電磁装甲の出力が低下しているが、無理矢理持たせる。射撃開始。緑のクラーケンが、毒ガスをぶっ放そうとしている。射撃して、中尉を引きつける。

打ち込まれる。

毒ガスが、エイレンWカスタムを蹂躙。

凄まじい勢いで負荷が上がって行く。

だが、どうにか耐え抜く。

その隙に、緑クラーケンを、三城のライジンが貫く。

流石に見事な手際だ。

彼方此方に伏せている味方戦力が連携しながら、敵を交互にたたいていく。クラーケンの反射速度も優れているが、その戦力はヘイズあってのものだ。

ヘイズがいなければ、ここまで弱体化する。

過去に戻り次第、徹底的にヘイズから叩いて、制空権を取り戻さないといけないだろう。

「クラーケン、残り五体!」

「一体ずつが強敵だ! 最後の一体まで油断するな!」

「イエッサ!」

「! 馬場班β! 狙われてる!」

わっと、崩壊しかけているビルから逃げ出す兵士達。直後に、硬X線ビーム砲が直撃し。

ビルをまとめて崩壊させていた。

クラーケンが勝ち誇って、次々と周囲の廃墟を粉砕していく。

だが、ライジンが迸って、一体を背中から焼き払う。

流石に真後ろを取られては、ライジンの速度を防ぐのは不可能だ。

そのままリーダーが狙撃。至近に弾が弾き返されるが、怖れている様子がない。エイレンも何とか電磁装甲の復旧を急ぎながら、支援射撃。更に一体が倒れる。

もう一体が倒れたときに、クラーケンは撤退を開始。

かくれていたデプスクロウラーが飛び出すと、背中に射撃を浴びせる。そのまま、シールドをかざして逃げようとしていたクラーケンが大慌てで振り向くが。

その時には。柿崎が背中に回り込んでいた。

三段。斬り技が入った。

クラーケンが、ぐらりとよろめくと。色を失って、風船のように漂い始める。生き残った一体が、凄まじい雄叫びを上げたが。全員が、全方位から攻撃を集中。

黙らせていた。

「クリア」

「たったこれだけの人数で、十六体ものクラーケンを……」

「流石だ」

「戦勝よりも、皆の体を心配しろ。 急げ。 デプスクロウラーには、残り少ない医療品も積んである」

馬場中尉が、皆に引き締めの言葉を発する。

皆もそれで我に返って、すぐに来て。手当てを開始していた。

ヘイズとの戦闘は、どうしても無事では済まない。

天然スモークを焚いてくる上に、奴らは飛行型に比べて火力は落ちるものの、俊敏極まりないのだ。

特にヘイズは仲間が撃たれると、凄まじい勢いで空を逃げ回る。その時に攻撃を当てるのは至難の業で。

必死に狙いを定めている間に、別のヘイズに倒されてしまう事が多い。

今回は乱戦にならなかったから倒せただけであって。

ヘイズを随伴しているクラーケンと乱戦になったら。かなり危なかっただろう。

応急処置を済ませる。

ストーム1の中でも、負傷者が出ていた。弐分である。本人は平気な顔をしているが。何度もクラーケンに接近戦を挑んだのである。

一方柿崎は無事だ。

この辺りは、流石という他がない。悪い意味で要領がいい。

「手当てが終わったら、すぐに地下街に……」

「待ってほしい。 先にやる事がある」

「なんだプロフェッサー」

「今、探査が終わった。 リングの位置が分かった」

だったらなんだ、と馬場中尉が不機嫌そうに言う。

それはそうだろう。

馬場中尉は、リングとやり合う事なんて考えていない。一華達にとって大事な事と、馬場中尉にとって大事な事は違う。

「これより我々はリングを破壊する」

「まて、正気か!?」

「プライマーは過去に戦力を送り込んで歴史を変えている。 今まで黙っていたが、リングを攻撃する事で、それを阻害できる。 我々の記憶を過去に飛ばすことが出来るんだ」

はあ、と呆れた顔を馬場中尉がするが。

リーダーが頷くのを見て、顔色が変わる。

リーダーの言葉だ。

信じないわけにはいかないのだろう。

「馬場中尉、支援を頼む。 君もこんな世界で、ただ死ぬのを待つのは嫌だろう。 此処からだと、近くの山に移動して、三番坑道を使うのが早い。 そこまで護衛してくれればいい」

「頭でもいかれたわけでは無さそうだな」

「残念ながら違う。 今、ベース251にも通信を入れた。 恐らく近場の生き残りは、全て攻撃作戦に参加するはずだ。 今しか機会がない」

「ちっ……」

馬場中尉が不満そうに呻く。

物部伍長を救えたのは事実。それどころか、近場のクラーケンをあらかた駆逐出来た。帰路に物資を補給できる。

要するに、壱野達を送り届けた後は。放棄していた倉庫から、物資を持ち帰る事が出来るのだ。

それに馬場中尉は、仲間を見捨てるような奴じゃない。

これについては、散々見て来た。

一華も、である。

一華にとっては、仲間意識はあまり強くはないのだが。たまに仲間意識をしっかり持っている立派な人がいることを知っている。

間違いなく馬場中尉はそういう人で。

自分と違う価値観の持ち主だから。そういう意味で、尊敬すべきだと、一華は思っていた。

それに、何よりだ。

リングとの戦闘は少しでもデータがほしい。

次の周回で、完全勝利を手に入れたとして。

その後やるべき事は、リングとの戦闘だ。

リングは前周も、よく分からない触手を伸ばして攻撃してきた。ああいう武装が他にもあったら、はっきり言って手に負えない。

だから、今のうちに戦闘データを習得しておく必要がある。

来るべき時に備えて、だ。

「三番坑道だ。 急ごう」

「分かった。 恩がある。 支援だけだぞ」

本当に嫌そうに、馬場中尉は言う。

だが。この人が裏切らない事を、一華は知っていた。

 

移動中、軽く話す。

馬場中尉は、プロフェッサーより一華を信頼しているらしい。これは一華が、常に最前線で命を張ってきたからだろう。

最強のコンバットフレーム乗りという称号は、この世界でも変わっていない。

その事を、馬場中尉は知っているし。

戦士だからだろう。

戦士に敬意を払う、と言う訳だ。

「一華少佐。 それでさっきの話だが……」

「ああ、本当ッスよ。 私達、何度も過去に転移してるッス」

「にわかには信じられない話だ」

「それはそうっスよ。 これを鵜呑みに出来る奴がいたら、そっちの方が個人的には心配ッスね」

違いないと、馬場中尉はぼやく。

流石に十六体ものクラーケンが倒されたからか、周囲は静かだ。リーダーも、敵襲を口にしない。

流石にクラーケンというプライマーの支配者階級を多数失って。

敵も多少は混乱していると見て良かった。

「過去も、こんな状態だったのか」

「いや、実は歴史を改編される前は、もっと戦況が良かったッスよ」

「何だって……」

「プライマーに歴史を書き換えられて、こんな状態にされてるッス。 相手の初見殺し兵器にいつも対応できなくてね」

そうか、と。

馬場中尉は、寂しそうに言った。

EDFの特務として厳しい任務を続けてきたのだ。だからこそ、それが通用しないという現実は悲しかったのだろう。

だが、それはそれこれはこれ。

軍人として、此処からは勝つ事を考えなければならない。

「リングとはなんだ。 タイムマシンなのか」

「ほぼ間違いなく」

「そんなものを持ち込んでいるなら、もっとスマートにプライマーは勝つ事が出来るはずだ。 奴らは無能と言う事か」

「……どうにもよく分からない事が多くてッスね。 どうにも奴らよりも上位の存在がいるらしいって事だけは分かっているッス」

呻く馬場中尉。

ここで、上位存在が敵かどうか分からないと言うことだけは告げない。

これ以上、混乱させたくないからだ。

いずれにしても、坑道の近くに到着。

かなり付近は荒らされていた。

元々坑道なんて、この国では掘り尽くされている。

戦国から江戸時代にかけては世界有数の黄金産出国だったらしいが、そもそも日本は立地からは考えられないくらいに進歩していた国だ。それもあって、黄金なんて掘り尽くされている。

その後も何種かの鉱物資源はでたが、掘り尽くされるのも早かった。

その分、国土が荒廃するのは避けられた、とも言えるが。

今では、坑道はただの観光地。

昔は此処で、多くの人達が使い潰されていたこと何て、考えられない。鉱山街の跡も、ほぼ残っていなかった。

兵士達が散って、周囲をクリアリング。

この手際は流石だ。

一華だって手際は上がっている。エイレンWカスタムのバッテリーの残量を確認。電磁装甲も復旧させる。

レールガンも一応まだ二発弾が残っているが、これは対リング戦用だ。どうせクラーケンも守りについている。

それに、リングのあの攻撃砲台。

恐らくは今回も姿を見せるのだろうから。

「周辺に敵影無し。 クリア」

「此方も問題なし」

「エイレンWカスタム、システムオールグリーン」

「デプスクロウラーの調子が少し良くない。 見てくれるか」

すぐに降りて、様子を見に行く。

コンテナから取りだしたキットを使って、山県少佐とプロフェッサーが状態を確認しているが。足回りに問題が生じている様子だ。

だが、すぐに理由は分かった。

PCを運んできて、接続。

内部のデータを軽く弄って、それで問題解決。

プロフェッサーが驚く。

「相変わらず凄いな。 君のエンジニアとしての力量には、驚嘆すら覚える」

「長野のじいさまが生きていれば、きっと喜んだだろうな」

「……」

そうだな。

実は、此処のプログラムは。過去に持って行けないタイミングで、一華が思いついたものなのだ。

プロフェッサーがそのまま流用してデプスクロウラーの性能を上げるのに使ったが、丸暗記しかしていない筈。

記憶は持ち越す度に、どんどん鮮明になっている。

プロフェッサーが覚えていないのも、これはまた仕方が無い事なのかも知れない。だからそれを、指摘するつもりはない。

何より、プロフェサーはそもそも一華が考えたプログラムを、全て暗記して過去に持ち帰っている。

記憶媒体も持って帰っているが、それでも安心できないから、という理由らしい。

完全記憶能力持ちでも、それでは流石に頭がオーバーヒートする。

ましてやプロフェッサーだって、どれだけ頑張ってもノイズが出る筈。

人間なのだ。

其処を責めるのは酷だろう。

「よし、動くようになった。 後は残弾が少し心許ないな」

「リング戦さえ突破出来ればどうでもいい。 頼む、乗り切ってくれ」

「ああ、分かってるさ。 俺もそこの最強コンバットフレーム乗りの天才ほどじゃないが、それなりには出来るエアレイダーのつもりなんでね」

天才か。

それもまた、虚しい言葉だ。

一華だって、ノイマンみたいなIQ300もあるような怪物じゃない。

一華以上の天才なんて、歴史上幾らでもいたはずだ。

自分を天才だなんて、一華は思わない。

それに天才だったら。

プライマーと、意思疎通をする方法を思いついた筈だ。今のように、相手が喋る気をなくしている状況でも。

交渉のテーブルに着かざるを得ない方法をだ。

「よし、準備完了。 いつでもいける」

「坑道の中は怪物だらけの筈です。 中には金銀もいるでしょう」

「ひっ……」

「放っておくと地下街に其奴らが来る。 だったら、此処で倒してしまうしかない」

馬場中将の言葉の通りだ。

頷くと、地下に。

坑道は三つに分かれている。今まで、一番と二番を使ったか。今回は三番を使う事になる。

だが、プライマーも気づき始めている以上。

恐らくだが。守りをがっつり固めてきているはずだ。

リングの前に、此処を攻略しなければならない。地上を行くだろうベース251の海野大尉。また曹長から大尉になっているだろうあの人も、苦労している筈だ。

此処で、一華たちが。

もたついているわけにはいかなかった。

 

2、地獄の坑道

 

弐分は、足を踏み入れた瞬間、ぞわりと背筋に悪寒を感じた。

これはいる。

それも、かなり危険なのが。

大兄に視線を送る。

大兄も、それを受けて頷いていた。

此処にいるのは、相当に危険な怪物ばかりだ。敵は精鋭を集めて、防衛線を構築してきたとみて良い。

歴戦の海野大尉も、地上をいけるかどうか。

不安だが、彼方は彼方で任せるしかない。

馬場班が、前を行く。馬場中尉に、さっき一華が過去転移の話をしていた。もう、しても良い頃だと思ったのだろう。

弐分も同感だ。

馬場中尉は、それだけ事態に関わっている。

ハンドサイン。

大兄が、いると合図してきていた。

覗き込むと、確かにいる。いきなり黄金のα型のお出迎えだ。馬場班の誰かが、ひいっと声を上げていた。

「ここ、こんなところをいくのか! 正気の沙汰じゃないぞ!」

「地下街を守るためだ。 いずれ此処の奴らが、地下街に攻めてくる!」

「でも、此処の地の利なんて」

「あるッスよ」

一華が皆のバイザーに地図を送る。

現在の電波反響などからも、ほぼ地形は変わっていない、と言う事だった。

流石に用意がいい。

戦況が極端に悪化する前に、既に準備をしていた、と言う事だ。この辺りは、流石に何度も繰り返していないと言うことだ。

「電波中継器も既に撒いてあるッス。 この先が崩落していない事は確認できているッスわ」

「流石だな。 とりあえず、排除するぞ!」

「イエッサ」

銃撃開始。

即座に反応して接近して来る金のα型。奴らに接近を許せば終わりだ。火力を集中して、坑道であることを利用する。

α型は、平面での戦闘の方が力を発揮できる。

こう言う場所では、銃を持っている此方があらゆる意味で有利だ。

弐分もデクスターをこの場から乱射して、敵を近づけない。

時々スパインドライバーで吹き飛ばす。

はっきりいって、最初から金のα型が出てくるような状況だ。この後何が出て来ても、驚くに値しないだろう。それだけ、プライマーがここの守備に力を入れているという事でもあるし。

何よりも、リングへの攻撃を予期もしていると言う事だ。

一華の言葉はよく覚えている。

理解するべく努力もした。

結論としては、理由としてはどうしてか分からない所もあるが。プライマーとの戦闘状態になったのはどちらにも責任があり。

そしてもはや泥沼から足を引き抜くことは厳しいと言う事だ。

決定的な勝利を得ない限りこの悪夢は終わらない。

ならば、その勝利を得るしかない。

デクスターで。煙に紛れて接近して来る相手を打ち砕く。

後方は大兄が即応して、回り込もうとして来ていた金α型を、即座に粉砕していた。

クリア。

かなりの数がいたが、それでも排除成功。

もう泣きそうになっている兵士達を急かして、馬場中尉が先を急ぐ。下手をすると、背後を突かれるのだ。

広めの空間に出る。

やっぱり。わんさか金のα型がいる。

どうやら群れになってそれぞれ散っているらしい。繁殖できる場所を探しているのかもしれなかった。

「少し下がって、その坑道で迎え撃ちましょう」

「分かった、それがよさそうだな」

「帰りたい……」

「皆の命を守るためだ! 市民の命が掛かっている事を忘れるな!」

馬場中尉が皆を励ます。

そして戦闘を開始する。

まず、エイレンとデプスクロウラーでありったけの制圧火力を広間に叩き込み、さがりながら敵を引きつける。

流石金α型だ。

タフネスも通常種よりかなり高い。

攻めてくるそれらを狭い通路に誘引し、射撃を開始。

一気に仕留めていく。

当然手強いと感じるが。

それでも、接近させなければどうと言うこともない。

苛烈な射撃を浴びせて、一匹も近づけない。馬場中尉の部下達も必死だ。

接近されたら、文字通り鏖殺の憂き目に遭う。

エイレンだって、接近を許せばひとたまりもないのである。此奴らの戦闘力は、文字通り圧倒的なのだ。

「後方、数匹」

「くっ! 坑道を知り尽くしていやがる!」

「大兄、俺が行く」

「任せる」

柿崎は最前衛で暴れ回っている。金α型が酸を放とうとする隙を突いて、そのまま斬り伏せる。

凄まじい度胸というよりも。

脳内が脳内麻薬で満たされていて、恐怖よりも大喜びなのだろう。

弐分はそのまま後方に周り、出会い頭に敵の伏兵を排除。

どうやら土に潜っていたらしい。

このまま行くと、不意打ちは今後何度も喰らう事だろう。

程なく。敵の排除完了。

ベース251から通信が入る。

「生存者に告ぐ。 今日、俺たちはリングに攻撃を敢行する。 現在の俺たちの戦力を全て動員して、現地に向かう。 戦えるものは武器を取れ。 クラーケンに殺されるよりはましだ」

「本当に、攻撃をするつもりなんだな……」

「クラーケンの容赦のない攻撃は、人間が全滅するまで続く。 確かに抵抗した方がましだろうな」

馬場中尉に、大兄が応じる。

やれやれといいながら、山県少佐が最後の一本らしいチューハイを開ける。馬場中尉の部下達が羨ましそうに見た。

だが、これで品切れだ。

先に進む。

足を止めた大兄が、手を横に。

「キングだ。 それも複数」

「おいおい、冗談じゃねえぞ!」

「地下街に来られた方が冗談じゃあない。 此処で始末する」

また広い空間に出る。

キングがいる。随伴らしいβ型は、銀だ。当然、どちらも極めて手強い相手である。まともにやりあって消耗は避けられない。

それでも、どうにかするしかない。

装備も限られているのが痛い。

「山県少佐。 デプスクロウラーのラピッドランチャーで、キングとβ型を怯ませてくれ」

「OK任せな」

「他の皆は、接近を謀るβ型に攻撃。 三城。 ライジンでキングを可能な限り迅速に始末してくれ」

「わかった」

すぐに全員が展開。

いやいやと口にしていても、馬場中尉の部下は一部を除いて元特務だ。この辺りの動きは流石である。

戦闘開始。

流石に銀β型主体の戦力だ。

かなりしぶとく、時間を取られる。戦闘続行から七分後、キングが一体沈黙。二体目も、程なく沈黙する。

だが、β型が減ってくると、奧から出現するのは擲弾兵だ。

凄い数である。

坑道が崩れないか心配になったが、この広さだ。此処で勝負するしかない。

弐分が前に出る。

「俺が囮になる! 集まる瞬間にまとめて消し飛ばしてくれ!」

「くっ! やるしかないか!」

「行くぞ!」

スラスターとブースターをふかして、前衛に。

集ってくる擲弾兵を、大兄達が次々に撃ち抜いてくれる。爆発が至近で何度も起きて、生きた心地がしないが。

それでもやるしかない。

何度も至近で爆発が起こるが。

他の誰にも、この役割は任せられない。

デクスターで足止めもする。

何度も大きな爆発が起きて、坑道が揺れる。これは、坑道全体にいる怪物が反応してもおかしくない。

「β型、排除完了!」

「くそっ! デプスの残弾が残りすくねえ!」

「山県少佐、プロフェッサーを守ってくれ! 擲弾兵に攻撃を集中しろ!」

「畜生、やるしかねえ!」

兵士達が次々に擲弾兵を花火に変える。

その度に、天井からばらばらと石が落ちる。ひやりとさせられるほど大きな爆発も多い。

「後方! α型多数!」

「私が向かいます」

柿崎がすっ飛んでいく。まあ、坑道でなら相手出来るか。馬場中尉が指示を出して、数名を支援に向かわせる。

そのまま、擲弾兵最後を駆逐。

急げ。

前に進むように、大兄が指示。

辺りは凄まじい有様だ。

何もかも、爆破されて無茶苦茶である。だが、これは上手く誘引できれば。

「一華」

「分かっているッスよ」

「柿崎、戦闘しながら下がって来てくれ。 馬場班の者達は先に此方に」

「りょ、了解!」

前方も安全とは言い難い。

既に大兄が交戦し始めているが、紫色の変異赤α型が多数攻めこんできている。とにかくタフな変異種で、赤α型よりも更にタフである。

これを超える更にタフな紅色のもいるのだが、少数しか目撃例がないらしい。

とにかく、火力を集中する。エイレン数機が必要な局面だが。それでもどうにかするしかない。

わっと逃げ込んでくる馬場班の兵士達。

少し遅れて、金α型多数と戦闘していた柿崎がすっ飛んでくる。

同時に、一華が天井の一点を収束レーザーで撃ち抜く。

擲弾兵の爆発で脆くなっていた広間が落盤。金α型が、悲鳴を上げる中。土砂が降り注ぎ、そのまま埋葬していく。

広間そのものが完全に埋まってしまう。金α型も、これではひとたまりもない。

退路はなくなった。

勿論、坑道を出れば退路はある。

それに、これはむしろ有利な局面だ。

背後を突かれる可能性が減った。恐らく一番や二番坑道にいる怪物やアンドロイドも動き始めている筈だが。

前方で待ち構えるしかなくなっただろう。

前方に進む。

今度は金マザーモンスターか。流石にあれに接近戦を挑むのは危険すぎる。

距離を取りながら、集中攻撃。随伴のα型は、馬場班に任せる。

激しい戦いが続く。

金マザーモンスターを仕留めたときに、一旦馬場中尉が休憩を提案。

死屍累々の中。

皆、レーションを蒼い顔で頬張っていた。それはそうだろう。この臭い、地獄の光景としか思えない。

「退路はなくなっちまった。 もうどうしようもねえ」

「この先を行けば、坑道を抜けられるッスよ」

「あんたらはそうかもな。 だが俺たちは……」

「俺たちが守らなければ、地下街の市民は全滅だ。 必ず生きて戻る」

馬場中尉が、兵士達を励ます。

嘆息する木曽少佐。

ミサイル特化のフェンサーは、残弾をリング戦で使う事も考えて、今は出来る事がない。とにかくつらいだろう。

だが、我慢も仕事の内だ。

再度、前進開始。

窪地に出た。

すぐにさがるように、大兄が指示。

案の定、天井近くから。

ハイグレードを含むネイカーが、わんさか現れ始めるのだった。

 

激しい戦いを続けて、先に進む。

何とかネイカーの群れを撃退し。更に二度大物の怪物とやりあって、坑道の最後にまででた。

辺りにはアンドロイドの死体が死屍累々と積み重なっている。

凄まじい臭いに、馬場中尉が視線を背けた。

「学者先生。 こいつらはどうして生体部品を使っているんだ?」

「調べて見たが、どうやら人工肉の一種らしい」

「ああ、豚なんかで研究が進んでいる奴か」

「そうだ。 どこでかは分からないが、汚染に強くちょっとの衝撃では破損しない強い肉そのものを開発して、量産しているんだろう。 金属のガワも少量でいい。 兵器としては、合理的な代物だ」

大きな空間に出た。

多分、此処が最後だ。

此処は三つの坑道が合流している。全てまとめて、攻めこんでくるとみて良いだろう。

既に客がいる。

多数のアンドロイド。β型。アンドロイドにはスーパーもキュクロプスもいる。うえと、兵士が呻く。

だが、この位置でなら、戦いようがある。

「キングの気配がある」

「おいおい、まだいるのかよ……」

「俺たちだけではどうしようもないが、ここにはストーム1がいる。 今が好機だと、頭を切り換えろ」

「分かったよ……」

馬場中尉は不平屋に見えるが、結構頑張って兵士達を励ましているんだな。

そう、弐分は思う。

この人は、何というか本当に「コミュニケーション」とやらが上手ではないのだと思う。特に硬直した組織で好まれるような、どんなことでもやってのけるというような輩とは真逆なのだろう。

だからこれだけ出来るのに、中尉止まりだった。

本当だったら、もっと出世出来ただろうに。

「三城、スーパーをライジンで狙撃してくれ。 後は坑道に引き寄せて、各個撃破する」

「わかった」

「総力戦だ。 弾丸を使い切る勢いで戦ってくれ」

プロフェッサーが言う。

誰も、分かりきっている。

楽しそうな柿崎。

他の全員が、あまり楽しそうじゃない。

三城が。ライジンのチャージを完了。敵に紛れているスーパーアンドロイドを撃ち抜く。これも前のバージョンのライジンだったら一撃でいけたか怪しいが。今のならこの通りである。

更にもう一体を撃ち抜く。

スーパーアンドロイドは兵士殺しとして知られていて、通常アンドロイドよりもレベル違いの危険性を誇る。

こうやって、不意打ちで始末できたのは大きい。

一方キュクロプスはあくまで拠点破壊向けの兵器であって、スーパーアンドロイドに比べるとあまり危険性は大きくない。

後回しで大丈夫だ。

下がり、アンドロイドとβ型の群れを捌く。途中で、ネイカーも乱入してきたようだが、それでもどうにかする。

ありったけの弾丸を使い切る勢いで戦う。

通路が埋まりそうな勢いだ。

それくらいの勢いで怪物が攻めてくるが。それでも、怪物はまだまだ来る。前線を上げざるを得ない。

兵士達が負傷するのを、エイレンが壁になって防ぐ。

エイレンWカスタムの電磁装甲も、いくら何でも限界が近いように見えるが。それでも一華がどうにかしてくれている。

その間に、弐分達で。

危険な敵をどうにかしなければ。

ネイカーをハイグレード含めて始末完了。

来る。

キングが二体同時に、広間に突入してくる。一体を、三城がライジンで瞬殺。だが、三城を狙って、大量のバリスティックナイフが飛んでくる。

一華がエイレンWカスタムで庇う。

何発かのナイフが、装甲に食い込む。

「一華!」

「くっ! なんとかもたせて見せるッスよ!」

エイレンWカスタムも限界が近いか。くそ。ストーム2が、クラーケンの守るヘイズの繁殖地と相討ちになった戦いを思い出してしまう。

相馬機のエイレンWカスタムは重装甲型だったのに、ヘイズとクラーケンの集中攻撃を受け、文字通りのバラバラの残骸で発見された。

あの時の悔しさと言ったら、なかった。

プロフェッサーも泣いていた。

この装甲で、どうにもできないなんて、と。

そしてその時には、ヘイズの繁殖は世界各地で始まっていて、既に遅すぎた。弱点はわかったが、既に遅かったのだ。

だが、もうそうはさせない。

今度は、此方が過去を書き換え。

徹底的な敗北を味合わせてやるだけだ。

弐分は飛び出す。

恐らく、いわゆるゾーンに入った。

飛んでくるバリスティックナイフ、酸、全てがスローに見える。

全てをかわしつつ、キングの至近へと行く。

そして、キングが此方を視認した瞬間。

スパインドライバーを叩き込み。

更には、デクスターをありったけ叩き込んでやる。

キングもこれにはひとたまりもない。

だが、残党が辺りにわんさかいる。

それらを、大兄が弾を全く無駄にせず、高所から撃ち抜きまくるのが見えた。スローだと、その超絶ぶりがよく分かる。

叫びながら、片っ端から周囲の怪物やアンドロイドを打ち砕く。

程なくして。

周囲は、静かになっていた。

一華がどうにかして、エイレンWカスタムの応急処置をしている。プロフェッサーも協力して、装甲をある程度修復できたようだ。ある程度、だ。次の戦いを耐え抜くのは厳しいだろう。

エイレンWカスタムを過去に持ち込めれば。

だが、それは流石に厳しい。

タイムパラドックスどころではなくなるだろう。

ライサンダーZや。

現状の装備を過去に持ち込めているだけで、充分に凄いのだから。

安全になった広間。一番、二番坑道にいた怪物も全滅だろう。上から光が差し込んでいる。

赤い、禍々しい光だが。

見上げている弐分に、馬場中尉が言う。

「本当に行くつもりか」

「最後の好機です」

「死ぬぞ」

「大丈夫。 最悪でも、大兄は守ります。 そうすれば、大兄がどうにかしてくれますから」

そうかと、馬場中尉は呻く。

それもそうだろう。

馬場中尉も、大兄の凄まじい活躍は散々見て来ているのだ。

文字通りのワンマンアーミー。

ムービーヒーローでも、此処までの奴はいない。

そう言われるほどの凄まじさ。

そして弐分が見る限り。

大兄の強さは、更に増してきている。

恐らくタイムパラドックスだか時間改変だかの影響だ。

みんな、これで力を増している。

ストームチームの皆だってそうだ。

恐らく中心点になっている特異点そのものである大兄が、一番影響を受けるのは当たり前だと言える。

だから次は。

大兄は更に強くなって。

クラーケン共も、蹴散らして行く事だろう。

クラーケンども、怯えていろ。

すぐに大兄がそっちに行くぞ。

そしてお前達の負けが確定する。

なぜなら、村上家を。いや、大兄と一華を怒らせたからだ。

お前達の理由については知らない。何か、どうしようもない理由があって侵略してきているのかも知れない。

だが。それにしても、お前達は手段を選ばなさすぎた。

もう少し、人類と対話を試みるべきだった。

勿論、人類の方にも問題はある。

だが、プライマーの方が。今は明確に悪い。

休憩を終えると、坑道を出る。

赤い空の下。

また、無数の奇怪な建造物が建ち並んでいた。其処からは、得体が知れないガスもでている。

それらは或いは。

一華の説明を聞く限り、本来は人類由来のもの。

火星に生やされる、テラフォーミング装置だったのかも知れない。

それを改良して、コロニストが生活しやすい環境を作り出し。

タイムパラドックスが起きないようにするために、テラフォーミング船を作らせているのだとすれば。

確かに、全てのつじつまがあう。

あらゆる証拠が、プライマーが火星から来た事。火星はテラフォーミングでもしないと生物が住めない事。生物がいるとしても、あんな知的生命体にはなれないことを告げているし。

そして奴らも必死で、どうにか破滅を食い止めようとしている事が分かる。

だが、それはそれだ。

許される行動の限度を超えた以上、償って貰う他無い。

「帰路のデータをバイザーに入れたッスよ。 近隣の怪物は、さっきの戦闘であらかた片付いているから、今なら帰れるはずッス」

「分かった。 利用させて貰うよ」

「では、行ってくる」

プロフェッサーが、デプスクロウラーから敬礼。

馬場中尉はもう一度引き留めようとして。

そして諦めたようだった。

もう。リングが見えている。

その偉容は、何度見ても変わらない。

あれが人類を滅ぼすために降りて来たのではないのかもしれない。或いは、ひょっとするとだが。

人類とプライマーが共存出来ることを願って、一華が言う上位者が貸してくれたものなのかも知れない。

プライマーだって、無理難題は言わなかったはずだ。資源や資金、技術の提供くらいは口にしただろう。

交渉くらいは、やり方を知っていた筈だ。

だが、それでも地球の既得権益層は、それを蹴った。

怒りで見えなくなりがちだが。

プライマーも被害者なのかも知れない。

だが、それも行動で全て取り消しだ。

気持ちを整理する。

敵を殺す。

それだけに、頭の中を全て塗りつぶす。

見えてきた。

テクニカルニクス数機が見える。それに加えて、恐らくベース251以外からも集まったらしい、粗末な武装の兵士がいる。

というか、見覚えがある兵士がいた。

「ストーム1のみなさん!」

「ケンか」

「お久しぶりです」

歴戦の兵士であるケンだ。何度か歴史の節目で顔を合わせている。

そうか、ケンも来ていたか。

海野大尉と軽く話をして。三城のことを喜んで貰った後。リングを見る。

やはりクラーケンが防衛についている。それだけではない。ヘイズも相応の数がいるし、大兄の言葉によるとネイカーも伏せている様子だ。

それにリングには、恐らく防衛装置が追加されているとみて良い。

そういえば、あの防衛装置。やたらと脆かった印象がある。

多分あの防衛装置だけは、プライマー製なのだろう。

ちょっとだけ、その辺りの事情を想像すると、面白かった。

海野大尉が、大兄に指揮権を渡す。頷くと、大兄が作戦を告げた。

「まずはクラーケンを排除。 その後は、周囲に伏せているネイカーを駆逐します。 リングには恐らく、防衛装置もあるでしょう。 それら全てを破壊して、リングの真下を目指します」

「真下だと?」

「観測で分かっています。 其処に弱点があります」

時間を確認。

かなり坑道で時間を取られたが、急げば間に合うだろう。

最後の決戦だ。だが、此処を突破し。過去に戻り。そして、プライマーに。今度こそ、決定的な敗北を味合わせる。

 

3、降り注ぐ光は何度目か

 

三城は言われたとおりに、まずはクラーケンを狙う。

リングを警備しているクラーケンは三体。この間の十数体が、この辺りに布陣していた主力だったのだろう。

まずは一体を仕留める。ヘイズが来る筈だが、応戦はテクニカルニクスの仕事だ。これらのニクスも、対空戦闘力は相応に備えている。更に、今一華がプログラムを送って、CIWSやスモークに紛れているヘイズを自動で打ち抜けるように調整をした。

これで、やれる筈だ。

少し下がって、陣列を組み直す。

大兄がハンドサイン。

頷くと、三城はまずは一番厄介な緑クラーケンを、背後から打ち抜いていた。

シールドで防ぎようがない背後からの一撃である。

文字通り消し飛ぶ緑クラーケン。

此方を認識したヘイズが集まってくる。充分に引きつけてから、一斉にニクスが攻撃を開始。

ヘイズを、瞬く間に叩き落として行く。

スモークが中空に出来ていくが、其処に更に射撃を続ける。つまり生き残りがいると言う事だ。

三城は次のライジンをチャージ。

大兄が、ハンドサインを出す。

頷くと、今度は赤クラーケンを撃ち抜く。それぞれが遠くに配置されているからか、気付けていない。

或いは、火星では。

視力は。あまり発達する環境ではなかったのかも知れない。

「ヘイズ第二波、来ます!」

「加勢する!」

横殴りの射撃。

馬場中尉達だ。

やはり、来てくれるか。来てくれる事は知っていた。

「バカが多すぎる! 俺たちも含めてな!」

「歓迎するぞ馬場中尉」

「ふっ。 まあ、今戻る訳にもいかないからな」

海野大尉と馬場中尉が軽口をたたき合う。流石に青クラーケンは此方に気付いた様子である。

三城は頷くと距離を取る。

エイレンが攻撃開始。青クラーケンの盾になってヘイズが倒れ、更に煙幕を作っていく。

しかも、シールドが攻撃を反射。もうダメージをそう受けられないだろうエイレンWカスタムの電磁装甲を、容赦なく打ち返しが削っていく。

だが、シールドがオーバーヒート。

しかしながら、クラーケンの周囲も、スモークで覆われている。

外したら終わりだ。

だが、外す訳にはいかない。

目を閉じて、開く。

迫ってきているヘイズ。

全て避けつつライジンをクラーケンに直撃させる。

当ててから、放つ。

大兄の言う、弓矢の極意。

今、それを、やるしかない。

勿論大兄のように出来る訳ではない。だが、それでも。その何分の一かでも。やってのけなければならない。

ライジンを放つ。

ヘイズを掠めて、噴き飛ばしつつ。

着弾。

クラーケンが、おぞましい悲鳴を上げる。流石に付け焼き刃だ。一撃確殺とはいかなかったか。

だが、大兄がライサンダーZの一撃でとどめを刺す。

流石だ。

だが、次は負けない。

そう思いながら、ヘイズから距離を取る。追ってきたヘイズは、横殴りのニクスの攻撃で塵になった。

「よし、前進! ネイカーに気を付けろ!」

「イエッサ!」

兵士達が、ニクスとエイレンW、デプスクロウラーを守るようにして陣列を組み前進開始。

ほどなくして、案の定リングから多数の触手が出現する。

明らかに、以前より強化されている。

やはり、攻撃を予想されているとみて良い。

「なんだあれは!」

「あれが防衛装置か!」

「ネイカー多数!」

「ネイカーは任せます。 弐分は周囲を支援。 三城、ライジンでの攻撃。 一華、ありったけの攻撃を防衛装置に」

柿崎はすっ飛んでいって、ネイカーを切り始める。

山県少佐は、デプスを動かして、残弾でネイカーに対応。

そして木曽少佐は、最後の切り札を使う。

リバイアサン型ミサイルである。

この時の為にとっておいたのだ。

発射されるリバイアサンが、文字通り敵の触手をまとめて消し飛ばす。だが、節ごとに機能が別れている触手は、粉砕されても中途で接合し直す。だが、それも次々と破壊していく。

触手が、またぐんとのびた。

巨大な砲台がある。放っているのは、多分硬X線ビームだ。あれを放置しておくわけにはいかない。

ライジンで一射、確殺。

だが、まだ他にもある。大兄もかなり冷や汗を掻きながら、巨大砲台を相手に勇戦している様子だ。

周囲は阿鼻叫喚。

ネイカーによる飽和攻撃が痛い。だが、兵士達もニクスと連携して、必死に対抗してくれている。

「くっ! 限界が近いぞ!」

「よし。 総員、後退してください」

「な、どういうことだ」

「此処からは、俺たちだけでやります。 敵の気配があります。 クラーケンだけで、三十体はいます」

絶句する兵士達。

そうか、此処からは時間勝負か。

「後を頼みます」

「ここまでということか……」

「分かった。 必ずリングを落とせよ」

「イエッサ!」

大兄が、馬場中尉に敬礼。

此処からは、ストーム1の時間だ。

突貫。

エイレンWカスタムを先頭に、攻撃を全て受けてもらいながら突撃する。周囲では、小兄と柿崎が、残像すら作りながらネイカーを斬り伏せている。これではネイカーもたまらないだろう。

ライジンで、また一つ巨大砲台を落とす。

だが、多数の砲台の攻撃をモロに食らっているエイレンWカスタムは、そろそろ限界が近い。

「一華!」

「攻撃はもう無理ッスね! 以降は防御に全力を回すッス!」

「頼む!」

砲台を次々に叩き落としながら、リングの下部を目指す。

リングの防衛システムも必死だ。砲台を再度接合しながら、攻撃を集中してくる。何度も攻撃が擦る。ネイカーも、狙って来る。小兄がインターセプトして、次々に倒してくれる。三城は、攻撃だけを考える。

木曽少佐が放ったミサイルが、まとめてネイカーを粉砕する。

だが。最後の一発は弱点用だ。

砲台の苛烈な攻撃で、エイレンWカスタムの砲台が吹っ飛んだ。更に、右腕も破損する。

それでも進む。

大兄が、ライサンダーZで敵砲台を破壊する。粉砕しながら、更に先へ進む。ただひたすらに。

ネイカーがいつの間にかいなくなる。

代わりに、遠くから。

大兄が予見していた、凄まじい数のクラーケンの気配。もう、時間がない。

「プロフェッサー!」

「予定時刻まで二分十七!」

「よし……!」

大兄が、突貫を指示。全員で、防御を捨てて突撃する。

弱点が見えた。

ライジンを叩き込む。

エイレンWカスタムから、一華がPCを運び出し、飛び出してくる。ありったけの弾を撃ちきったデプスクロウラーを捨てた山県少佐が、それを手伝いつつ。リムペットガンという狙撃銃で弱点を攻撃。

大兄がライサンダーZで狙撃。小兄がガリア砲で撃つ。

その度に、リングの弱点が悲鳴を上げる。

クラーケンがもう近い。奴らも必死だ。凄まじい勢いで接近してきている。もしも接敵したら終わりだ。

ライジンにチャージ。

残り十秒。

射撃。

一番近いクラーケンが、シールドで装置を守ろうとするが。ライジンの方が早い。違う。今のは、多分リムペットガンで。山県少佐が補助してくれたのだ。クラーケンの腕が千切れる。

そして、ライジンの火線が着弾。

更に、ほぼ同時に、木曽少佐が温存していたリバイアサンが直撃。

大兄が、最後のとどめの一撃をライサンダーZから叩き込むと。

ついに、リングの弱点が破損していた。

凄まじい悲鳴をクラーケン達が上げる。

光が周囲に降り注ぐ。

「よし、成功したぞ!」

「開戦当日、ベース228に戻るッス! 作戦は、事前の予定通りに!」

「分かっている!」

今回は、開戦当日。

ベース228にいるタイミングに戻るように、一華が計算してくれた。

その後は、二手に分かれる。

地下戦が得意な大兄と、バルガを担当する一華が地下を担当。バルガを奪回。

地上戦が得意な小兄と三城が地上を担当。押し寄せてくる怪物から、兵士達を一人でも守る。

そして敵がアンカーを大量に降らせてきたタイミングでバルガを基地の地上に上げ、そして其処で一華がバルガを使い。

アンカーを全て粉砕する。

ベース228は、N6ミサイルだけではない。バルガも重要だと言う事を、プライマーに見せつけてやる。

そして初日から。しかも重要拠点であるベース228への攻撃を失敗させることで、決定的にプライマーの作戦を乱してやる。

何より、クラーケンの情報を既に皆持っている。

今度は、同じようにはさせない。

白い光が、全てを消していく。

思えば、これはタイムパラドックスかなにかの影響なのだろう。

意識が薄れていく。

次は。

プライマーに、完全勝利させて貰う。

ただ、それだけだ。

 

意識が戻る。

間違いない。うっすらと覚えている。ベース228の更衣室。更衣室と言っても、パワードスケルトンを身に付ける場所だ。これから、先輩に会いに行く所である。皆、既に状況は理解しているようだった。

手元にはライジンとファランクス。

三城の仕事は、地上における攪乱戦だ。周囲の兵士達が、不思議そうに三城の武器を見ていたが。

それはそうとして。小兄と、すぐに外に出る。

先輩との顔合わせは後だ。

すぐに、怪物が来る。

血相を変えた三城と小兄を見て、兵士達が困惑する。

「どうしたんだ。 何かあったのか!?」

サイレンが鳴り響く。

そして、基地周囲の地面が盛り上がると、怪物がわっと出現する。α型ばかりだが、茶色の奴もいる。

しかも数が多い。

記憶にある襲撃よりも、最初の段階で三十倍はいるとみて良い。

そうか、どうやら最初から本気モードらしい。

呆然とする兵士達をおいて、三城は飛ぶ。

どうせ全員は助けられない。

だが、兵士達が戦闘態勢を取ることが出来る状態まで時間を稼げば、被害をどれだけ減らせるか分からない。

市民団体を襲う怪物を、ファランクスで薙ぎ払う。慌てて戦闘態勢を取ろうとする兵士達を怪物が襲おうとするが、それを小兄がデクスターで粉々にした。

「急いで戦闘態勢を!」

「わ、分かった! 君達は特務か何かか!?」

「えー、此方戦略情報部、ごほんごほん」

不意に一華の声が割り込む。

これはPCを使って悪さをしたな。まあ、好きなようにさせる。

「各地の基地に正体不明のアンノウン出現。 これは訓練では無い。 コンバットフレームの機動シークエンスを解除する。 各自交戦を開始せよ」

「な、なんだ今の通信!?」

「コンバットフレームが起動した! 戦闘を開始する!」

いずれにしても、緊急措置だ。

ベース228は初動の遅れもあって、行動不能に近い状態になり、怪物による蹂躙を許すことになったが。

そういえば、どうしても不審な事があった。

どうしてコンバットフレームの起動が遅れた。

起動シークエンスは確かに時間が掛かる。それは知っている。確か、テロリストやゲリラに利用されるのを防ぐため、だったはず。

だがそれにしてもおかしい。

ともかく、ベース228のコンバットフレーム隊が、押し寄せる怪物相手に戦闘を開始する。

怪物はあからさまに危険なサイズと速度、それに酸を吐くのが一目で分かる。案の定犠牲になる兵士もでるが、それで戦闘開始の判断を現場の士官達がした。コンバットフレーム隊が、応戦を開始。戦車隊も、砲列を並べて射撃開始。ただこの時点でのコンバットフレームや戦車は、怪物に対抗できる程の装甲がない。此方が支援してやらないと、ばたばたとなぎ倒されるだけだ。

だから、三城が飛ぶ。

ファランクスで、怪物をなで切りにする。文字通りの超高熱カッターは、多少扱いが難しいが、それでも充分にこの時点での怪物など薙ぎ払うことが出来る。

小兄は、超高機動で飛び回って、怪物を文字通り蹂躙している。二人がそれぞれ、兵士千人分の働きをすればいい。

「なんだ彼奴らは!?」

「装備はEDFのものだが、強すぎる! 特務か何か!?」

「と、とにかく何でもいい! 彼奴らを支援しろ! 特務だかなんだか知らないが、此処は基幹基地の一つで、俺たちは其処に務める正規兵だ! 負けていられるか! それに敵は何が繰り出して来た生物兵器か知らないが、此処を攻めたことを後悔させてやれ!」

「EDF!」

兵士達が、俄然やる気を出す。この時点では非力な武器とアーマーでも、この基地は師団規模の人員を有する基地だ。数が集まれば、話は変わる。

怪物が物量に押し込まれ、逆に粉砕されていく。

話が違う。

そう怪物が言いたそうにしているが、三城は容赦してやらない。次々にファランクスで仕留めていく。

「敵が吐くのは強烈な酸だ!」

「情報をすぐに総司令部に送れ! 戦略情報部にもだ!」

「通信が……あれ? 通じました! すぐに情報を送ります! なんで通信がつながらなかったんだ?」

「敵のジャミングの可能性もある! 他の基地などの状態も知りたい! アンノウンを可能な限り倒して、データを集めろ!」

地下に敵が侵入した模様。

そういう通信が入る。

そうか、普段はこの通信を地下で聞いていたんだな。そう思いながら、戦闘を行って行く。

前衛で多数の怪物を引きつけ、ニクスやグラビスが射撃して倒すのに任せる。問題は、コンバットフレームやAFV、更には兵士達をとにかく基地から一旦遠ざける必要があることだが。

プロフェッサーが無線を入れて来た。

「成功したようだな。 私も今ラボにいる。 すぐに戦略情報部に情報を送り、プロテウスを始めとする兵器を段階的に開発する。 すぐにエイレンをロールアップ出来る筈だ」

「……プロフェッサー」

「積み重なっていく悲惨な記憶。 多数の人々が殺されていく。 これ以上、同じ歴史を繰り返させるものか。 どんな事情があろうと、今プライマーがやっているのは無差別殺戮だ。 奴らの顔面に一撃喰らわせて、全てを終わらせる。 そうだろう」

答えは、ない。

プライマーにも当然事情はあるだろう事は分かっていた。プロフェッサーは、もっと偏見に満ちた目で見て。

その結果、自業自得の破滅にプライマーが巻き込まれているのではないかと最初仮説を立てていたようだが。

多分三城が見る限りでも、それは違う。

だとしたら、こうまで必死にならない。

何がプライマーに起きたのかは分からない。ただ、一華が言うように、上位存在にプライマーが抑え込まれているのだとすれば。兵器の性能が上がらないことや、時間転移や介入の技術があまりにも稚拙なことにも説明がつく。

敵の数は凄まじい。

質だって低くない。

だが、今回は敵が完全に先手を取られている。プライマーは、それほど戦術家として優れていない。

前の指揮官は有能だったが、それも恐らくは月面で消し飛んだ。

今いる指揮官は違う奴だが。

恐らく前回の指揮官ほど、上手く兵を動かせない筈だ。

敵の大多数を、小兄と手分けして引きつけ、ニクス隊の火力で鏖殺する。どうやらしびれを切らしたらしく。敵が切り札を出してきた。

「デカイ奴がいるぞ!」

「十倍はでかいぞ! 羽が生えてる!」

マザーモンスターだ。それも五匹。なかなかにやってくれる。

地下でも、戦闘が始まっているようだ。だが、一華はともかく大兄がいるなら、α型の千や二千単騎で片付けてしまうだろう。

しかも地下にもニクスがあった筈。

だったら、なおさら苦戦する要素がない。

コンバットフレーム隊も、流石にマザーモンスターを見て恐怖している。この恐怖が、兵士達の銃口を揺らがせる。引き金を引く指を鈍らせる。

だから、三城がやる。

懐に飛び込むと、ファランクスで焼き切る。

マザーモンスターも最初に遭遇した時には、どうすればいいのかと本当に困り果てた相手だったが。

今だったら、この通りだ。

悲鳴を上げて身をよじらせるマザーモンスターに、更にファランクスでの一撃をねじ込む。

体内から融解して、断末魔とともに砕け散るマザーモンスター。

兵士達が喚声を上げ、攻勢に出る。

そう、基地の敷地から出てくれ。

多分一華も悪さをしているはずだ。兵士達が、不自然な追撃をしているのが見える。勿論彼らも死なせない。

猛禽のように、上空から怪物を立て続けに襲う。

小兄がデクスターを乱射して、別のマザーモンスターを撃ち倒す。

マザーモンスターが凄まじい酸を噴き出すが、ニクス隊がアウトレンジから機関砲で射すくめる。

この頃はまだまだこれが主力兵器だが。

正直、普通のマザーモンスターなら、数が揃ったニクスならこれで充分過ぎるくらいだろう。

三城が二体目のマザーモンスターを屠り。更に小兄も同じように倒した時には。ニクス隊が、マザーモンスターを倒していた。

戦略情報部から、やっと連絡が来る。

「ベース228、襲撃の状況を知らせてください」

「現在アンノウンと交戦中! 敵は見た事もない生物です! 全長は十メートルから十一メートル、大きいものは五十メートルはあるように見えます! 足は六本、酸を噴出し、体色は銀から茶。 攻撃は苛烈ですが……」

「何かあったのですか」

「恐らく特務と思われる精鋭が奮戦し、敵を撃退してくれています! 今、共同して戦闘中!」

戦略情報部の少佐が困惑した様子で。

分かった、と応えた。

そして、続ける。

「今、世界各地の基地が同時攻撃を受けています。 ベース228に援軍は送る余裕がありません。 もしも交戦が不可能だと判断したら、撤退してください」

「この基地は基幹基地だぞ」

「それでもです。 戦略基地、空軍基地が苛烈な攻撃を受けています。 アンノウンは複数確認されており、その数も戦闘力も強力です。 現在、敵について調査を進めている最中です。 アンノウンについての情報を可能な限り送ってください」

通信がきれた。

相変わらず薄情だなと、三城は思った。

また、次の敵部隊が来る。兵士達はベース228の敷地を守るように展開し、コンバットフレームと戦車隊を中心にして応戦。

どうやら、民間人の幾らかは逃がすことに成功したようだ。

物部伍長が連れて行ったらしいが。

後で救援が必要だろう。

β型が来る。

「新しいのが来たぞ!」

「足が八本もある! 跳ねていやがるぞ!」

「気を付けろ、浸透速度が早い! 近付かせるな! 射すくめろ!」

この様子だと、キングが出て来かねないな。

コンバットフレームは、特にβ型の接近に脆い。

三城は小兄と共に前に出て、β型の気を引く。

兎に角、今のうちに。

可能な限り、味方の被害を減らさなければならない。それは、今此処では。

村上家と一華にしか出来ない。

荒木軍曹達だって、今地下で戦っている筈だ。

三城達が、足を引っ張るわけにはいかなかった。

 

4、地下での死闘

 

相変わらず尼子先輩は脳天気な人で、壱野が持つストークとライサンダーZを見て、モデルガンとか聞いて来た。

そのまま倉庫に向かっている間に、一華と周囲を確認。どうやら物資などの配置は換わっていない。

バタフライエフェクトなどで、たまにこういう小さな事に差異が生じている事があるのだが。

今回に限っては、それもないようだった。

「君、細いのに軍人並みにパワードスケルトンを使えるんだね」

「一応訓練は受けてるッスから」

「そっか。 とにかく、この倉庫だよ。 何だか騒がしいけど、訓練じゃないって何があったんだろうね」

先に一華が、こっそり隙を見て仕込んでおいた警報を入れた。

その結果、EDFが本腰で先に動きだした。

確か壱野の記憶では、ここでジョージという人が食われてしまったはずだが、それもなくなったようだ。

兵士達が、規律を保って外に出撃していく。

既に戦闘しているようである。

弐分と三城が、今までの鬱憤を晴らすように大暴れしているのだろう。今回の最初の目的は。

ベース228の陥落を防ぐ。

これにより、焦ったプライマーは近隣の兵力を向けてくる。それら全てを返り討ちにして、周囲の基地の負担を減らす。

勿論今日中にテレポーションシップも落としてしまう。

ただ、今回敵はクラーケンがかなり早い段階から出てくる筈だ。

それまでに、プロフェッサーが出来ればプロテウスを。駄目でもエイレンVを。開発してくれていれば、勝機が見えてくる。

確かクラーケンが姿を見せたのは、開戦後五ヶ月後程度だったはず。

恐らくだが、そのターニングポイントでしか、敵も本命の戦力を投入できないのだろう。

歴史の修正力だか、もしくはリングの性能の問題かは分からない。

いずれにしても、タイムパラドックスを怖れるなら、そもそもリングを使って歴史に介入などしない。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。 この扉の奥が」

「先輩、失礼します」

「え?」

尼子先輩が、倉庫の扉を開ける瞬間。

壱野が尼子先輩を片手で掴んで引き寄せ、同時にストークで突貫してきたα型を吹き飛ばしていた。

悲鳴を上げる尼子先輩を、一華が受け止める。

前は一緒に目を回していた一華だが。

修羅場のくぐり方が今では前とは違いすぎるのだ。

「そこで静かにしていてください」

「ひっ! なんだよこの化け物!」

「外で兵士達が戦っている相手です」

そのまま、ストークで数体を片付けてしまう。だが、奥にある穴から、多数が更に出現する。

少しずつさがりながら、ストークで応戦。

一華は倉庫の奥にあるコンバットフレームを見つけると、頷く。

荒木軍曹達が来るまでに、少し時間が掛かる。

それまでに、何とか戦える態勢を整えておきたい。

射撃。

α型を撃ち倒しながら、一華のいく道を作る。どちらにしても、バルガを操縦するのに一華が必要である。

自前のPCを抱えて、一華が走る。

もう一華もパワードスケルトンの扱いはお手のものだ。

前はもたついていたが。今は安心して見ていられる。

「誰か襲われてるぞ!」

「撃て撃てっ! オープンファイアっ!」

来た。荒木軍曹達だ。

勇敢にアンノウンに立ち向かう。壱野が銃を撃っていることについては、何もいわない。そのまま射撃して、一緒にα型を倒す。

小田(今の時点では兵長の階級をつけている)は、不可解そうにしたが。

「誰だ此奴」

「お前、特務か」

「後で話します」

「分かった。 今は戦える奴が一人でも必要だ。 未知の敵が侵入している! 一緒に戦ってくれ!」

ニクスが起動する。

ここのニクスはすぐに破壊されてしまう運命だったが、それを一華が今変えた。

あまり新型のものではないが、それでも充分。

一華が即座にアップデートを施し、機銃をしこたまα型に叩き込みながら、此方に来る。

「おいおい、コンバットフレームも操れるのかよ!」

「どこの特務だ?」

「後で事情は話すッスよ。 それよりも、地上は今別の特務が担当してくれているッスので、別の場所を目指すべきッスね」

「なんだと。 詳しく聞かせろ」

この時点で、無線は殆どやられていた筈だ。

だが、一華が自前のPCとコンバットフレームの出力で、無理矢理基地の中枢と通信をつないだらしい。

荒木軍曹のバイザーに、無線が入った。

「荒木軍曹、無事か!」

「司令官、状況はどうなっている!」

「今、多数のアンノウンと戦闘中だが、特務らしい二人が凄まじい暴れぶりで敵を蹴散らしている。 味方もそれと一緒に応戦中だ」

「分かった。 此方は此方で動く。 まずは地下の要救助者を救出する」

α型が片付く。

一華が即座に、α型が入ってきた穴にミサイルを叩き込んで塞いでしまう。手際が良くて、荒木軍曹も驚く。

コンバットフレームから出て来た一華が、バックパックを確認。倉庫にある物資を運び込む手伝いを頼む。

荒木班は流石で、てきぱきと動いてくれる。壱野も動く。

尼子先輩は、動きが悪くて小田兵長にどやされたが。浅利兵長が取りなす。

「彼は民間の警備員だ。 そう言ってやるな」

「でもよ、こんな状況で、しかも特務とは言え子供も戦ってるんだぞ」

「子供で特務の時点で普通じゃあない。 後で事情は聞こう。 それに俺たちの役割を忘れたか?」

「市民の盾になれ、か。 分かってるさ」

小田兵長が、恐縮そうにしている尼子先輩を睨む。

咳払いすると、一華は奥にあったケッテンクラートを運んでくる。かなりの物資を詰め込める。

「尼子先輩、これを操縦してついてきてくれるッスか?」

「こんなものまで乗りこなせるのかい? ま、まあ僕はライセンスを持ってるけど」

「そうか、ならば助かる。 ニクスのバックパックの積載量は限界があるからな」

「役に立てるな、警備員」

小田兵長が茶化すように言う。

すぐに、この場を離れる。一華がナビゲートして、地下に。途中、孤立している兵士達を何名も助けていく。

さっき出撃した兵士達は今外で戦闘中だろう。

残った兵士は殆どが軽武装の守備要員だ。しかも、怪物は地下から侵入してくる。このままだと全滅する。

ニクスの機銃が咆哮し、片っ端から敵を薙ぎ払うが。それでも数が多い。

壱野を見て、荒木軍曹が言う。

「凄まじい腕だな。 それにしては見た事がないが……」

「後で話します」

「必ず話せ。 それと、俺を知っているのか? ……いや、俺もお前を知っているような気がする」

「……それも話します」

やはり、歴史を何度も繰り返している影響が出ているとみて良い。

通路にでると、凄まじい数のα型が姿を見せる。文字通りすし詰めだ。

この様子だと、この奥にあった。前に一華が使ったコンバットフレームは破壊されてしまっているだろう。

途中で合流した兵士達と共に、コンバットフレームの火力も交えて迎え撃つ。

流石に死地になる場所に突っ込んでくるα型は、全方位からの攻撃を受けて次々と倒れていくが。

それでも酸を吐こうとする奴はいる。

それを壱野は優先的に仕留め、味方への被害を減らす。

「なんなんだ此奴ら! 動物園から逃げ出したのか!?」

「こんな生物見た事もないぞ。 どんな動物園だ」

「大型動物の動物園に違いないぜ! 多分軍とかが秘密にやってる施設か何かだ!」

「そんな動物園があるとは聞いていないな」

相馬兵長が呆れたように返す。

いずれにしても、それだけ会話する余裕があるという事だ。苛烈な戦闘だが、死者を出さずに乗り切る。だが、戦闘音を聞いて、四方八方からα型が集まってくる。

「此方荒木軍曹。 何処かしらの部屋に立てこもっている兵士は、そのまま通信を返してくれ。 現在の生存者数を知りたい。 そしてもう一つ。 決して安易に一人、もしくは少人数で部屋から出るな。 怪物の数は想像以上だ」

「い、イエッサ!」

「ニクスの弾丸を交換してくれ! それにしても、どこの国の生物兵器だ!」

「こんな見た事がない生物を使うんだ。 エイリアンだったりしてな!」

小田兵長があっさり真実に辿りつくので、苦笑。

そのまま、敵を押し込みながら進む。

ニクスの弾丸が何度かきれたが、ケッテンクラートに予備弾倉を積んでいる。それに、途中の部屋で何度か補給もした。

負傷者も何名か助けた。

動けそうにない人物は、ケッテンクラートに積んでそのまま一緒に行く。

目指すは、最深部だ。

恐らく、α型はまだ到達していない。到達されていても問題は無い。エイリアンが来るのは、もっと後だ。その時に、バルガを破壊してしまうのだろう。

いずれにしても、今回はそうはさせない。

早期に対怪生物、対アンカー兵器として有用である事を示せば。プロフェッサーも研究を進められる。

少しだけ聞いているが、バルガに攻撃用の火砲を積み込む案があるらしい。

圧縮した衝撃波を叩き込む兵器らしく、広域を一瞬で破壊し尽くす事が出来るほどのものだそうだ。

チラン爆雷のシステムを利用しているらしく。

火力は文字通り、怪生物を瞬殺するレベルであるらしい。

急ぐ。

恐らく地下に来たα型の本隊らしいのとぶつかる。

通路での戦闘だが、後方に回り込んでくる可能性もある。一華が苛烈な射撃を浴びせて足を止め。

小田兵長をはじめとするロケットランチャー使いが、敵を爆破して足止めをする。

壱野は後方からやはり来た敵を食い止める。

かなりの数だが。

この通路。

手持ちのストークだったら、遅れは取らない。

「まだか、特務!」

「この通路の奧ッスよ!」

「この通路の奧? まさかバルガを目指しているのか?」

「バルガ? なんだそりゃあ」

小田兵長がぼやく。

今は、説明は後だ。

兎に角射撃して、α型を蹴散らす。無線を聞く限り、どうも地上にはβ型まで来ているらしい。

そろそろプライマーもしびれを切らす頃だろう。

一華にバイザーごしに伝えておく。

「基地の敷地内から出るように、兵士達の誘導を続けてくれ」

「合点」

「それにしてもその手際、本当にどこの特務だ。 総司令部直下の連中は偉そうなだけで、腕前は俺たちに及ばない。 スプリガンやグリムリーパーと同等か、それ以上に見えるが……」

「必ず話します」

荒木軍曹なら。

絶対に分かってくれる。

それは、今の荒みきった壱野ですら思う。

最後のα型を撃滅。地下に、静寂が戻った。怪物の気配は地上にしかない。地下に潜り込んだ連中は、ここに集まった挙げ句に全滅したようだ。

一華にそれを伝え。一華が内部のネットワークを見て確認した、と言う風に説明。

荒木軍曹は頷くと、今のうちに指定地点に集まるように、兵士達に通信を入れた。

最深部。

懐かしい。ここに来るのは何度目だろう。

壱野の記憶もおぼろげだ。

多分、最初にここに来たとき。荒木軍曹から銃の手ほどきを受けた気がする。次はアーケルスを倒すために、此処にバルガを回収しに来た。

ストームチームを結成したときだ。

その次は、ベース228を奪回したとき。

バルガは破壊されてしまっていたっけ。いや、破壊されていないときもあったっけ。

記憶が混濁していて。

どうしても正確には思い出せない。

ただ。はっきりしているのは。

今、バルガは無事だと言う事だ。

「でけえ! なんだこの人型は!」

「ギガンテックアンローダーバルガ。 簡単に言うと人型のクレーンだ。 見ての通りのデカブツで、とにかく使い物にならなくて、建造したは良いが担当者の責任問題にまでなったと聞いている。 通称は鉄屑。 特務、こんなものを何の役に立てる。 そもそもこれを使うには複雑なシークエンスを……」

「大丈夫、それは私が何とかするッスよ。 そっちのニクス、アップデートを掛けておいたので、使ってくださいッス」

「わ、分かった。 相馬兵長、確かライセンスをこの間取っていたな。 使って戦闘してくれ」

一華がバルガに乗り込む。

咳払いすると、荒木軍曹は更に告げる。

「もう一つ、問題がある。 これを地上に運ぶには、この巨大な軍用エレベーターが必要になる。 だがこれには暗号キーが」

「ああ、そのキーなら僕が知っています」

「何っ」

「このエレベーターだけでなく、他のも毎日仕事で使っていますので」

呆れたように尼子先輩を見る荒木軍曹。

嘆息すると、言う。

「分かった。 兵士の点呼をして、それからこのエレベーターで全員で生きて地上に上がる。 地上では戦友達が苦戦している筈だ。 特務が言う程バルガが役立つなら、これで何とか出来るんだな」

「はい、荒木軍曹」

「やはりお前、俺を知っているな。 名前は」

「村上壱野と言います。 彼方の凄腕エンジニアは凪一華」

後で、外で戦っている弟と妹も紹介すると言うと。

荒木軍曹は、そうかと呟くのだった。

 

(続)