世界はまた書き換わる

 

序、エイリアンアタック

 

壱野は皆と一緒に「D地点」に到着。既に相当数の部隊が展開し、敵も姿を見せ始めていた。

凄まじい数のエイリアン、怪物、それにアンドロイドである。

それに対してエイレンが多数展開。レールガン部隊も展開をおえ、其処にケブラーも並ぶ。

ストームチームは、少数の負傷者がストーム3とストーム4からでたが、負傷者は後退させる。

即座に、戦域に展開。最前衛に並んだ。

「敵の規模は今までに無い程だが、間もなくプロテウス隊が到着する。 人類の歴史上、最強の兵器だ。 それまで、最前衛を支えてくれ」

千葉中将の通信。

壱野は頷くと、群がる敵を見た。

接近して来る。

程なくして、戦線の指揮を任されている荒木大尉が、声を張り上げていた。

「よし、レールガン部隊、撃てっ!」

「レールガン部隊、攻撃開始」

「バリアス隊も射撃開始!」

一斉攻撃開始。

敵はアンドロイド全種が揃っているが、凄まじい大火力が正面から叩き付けられる。特に水平射撃されたレールガンは、文字通り敵を貫通して行く。コロニストの特務もいるが、容赦なく撃ち倒される。その凶悪な装備を披露する暇もない。

ドロップシップが来る。

どうやらコスモノーツが乗っている様子だ。

だが、関係無い。

レールガン部隊が一度後退。エイレン隊が壁を造り、敵に猛攻を加える。

それだけではない。

「此方フォボス。 攻撃を開始する」

「おっ、フォボスも来ているのか。 豪勢だな」

「この辺りは焼け野原になるが、怪物に蹂躙されるよりはマシだ。 やっちまえっ!」

兵士達が歓声を上げる。

フォボスが敵に爆弾の雨を降らせ、消し飛ばす。火力は存分に上がっていて、今ドロップシップから降りたばかりのコスモノーツも、鎧を砕かれてもがいていた。其処をエイレンのレーザーが仕留めてしまう。

だが、敵は続々と来る。

レールガンが弾丸の再装填を終えて前に出るタイミングで、上空に多数の敵影。飛行型だ。

ケブラーが射撃して迎え撃つ。エイレンの一部もそれに加わるが、それで前衛の圧力が薄くなる。

其処を突くようにして、大量の擲弾兵が来る。

「凄い数の擲弾兵だ!」

「見ての通りだ。 油断するとこうやって虚を突かれる。 戦場では常に初心を忘れるなよ!」

「海野曹長は噂通りだな」

小田大尉が苦笑しながら、擲弾兵をブレイザーで撃つ。

壱野も大型擲弾兵を撃ち抜いて支援。

次々爆散させる。エイレンの至近まで迫られてひやりとしたが、それでもどうにか押し返しきる。

クルールも来た。

だが、クルールは優先して撃ち抜いてしまう。敵は大きな被害を出しながらも、何が何でも此処を突破しようとしている様子だ。

レールガン部隊の一部が、敵の攻撃を受ける。

元々自走砲だ。装甲はあまり強くない。

「レールガン部隊、攻撃を受けている! 歩兵隊、支援を頼む!」

「予想以上の数だ。 このままだと前線を喰い破られるぞ!」

「敵のアンドロイド部隊が接近している様子です。 此処とは別の方角。 既に配置されている自動砲座の戦線は突破されつつあります」

「ちっ、仕事が増えそうだな」

山県少佐が呟く。

まあいい。

壱野はやることをやるだけだ。

悠々と迫ってくるキュクロプスの目玉を撃ち抜き、爆散させる。大型アンドロイドが多数来ているが、接近させない。ブラスターを撃たせると厄介だからだ。

敵は数で平押しして来る。飛行型がわんさかいるから、航空機は接近できない。ケブラーでも、倒し切れないほどの数だ。

これほどの戦力をまだ温存していたとは。

流石に侮れないな。

そう思いながら、壱野はひたすら射撃を続ける。

三城が飛行型の駆逐に回った。正面の敵が勢いを減じたと判断したのだろう。弐分は、逆に前衛に突っ込んでいった。柿崎は既に最前衛で大暴れしている。ミサイルが次々に飛行型に着弾。木曽少佐によるものだ。

「くそっ! このままだとまずい!」

「キングだ!」

「攻撃を集中しろ! 近付かせるな!」

「そんな事言われたって……!」

主に新兵が浮き足立つが。

ストーム4が動く。

一斉にモンスター型レーザー砲を叩き込んで、接近してきていたキングを蜂の巣にする。もう一匹。だが、一匹を倒した瞬間に隙が出来た。

そのもう一匹は、態勢を立て直した兵士達がブレイザーを叩き込み、黙らせる。だが、敵は更に来る。

「まだ来るぞ!」

「プロテウスはまだか!」

「酷い戦況ですね。 開戦当初を思い出します」

「ああ、そうだな」

浅利大尉に、荒木大尉が返す。

確かに開戦当初はこれくらいの戦況が当然だった。そして、敵の過去改変を許してしまえば、恐らくはまたこうなる。

だから、怖れない。

ひたすらに狙撃を続ける。飛来したクイーンを、ライサンダーZで叩き落とすと、兵士達が歓声を上げ。少しは士気も戻る。

ただし、レールガン部隊がかなり被害を受けている。一度後退。エイレン隊も、損害が増え始めていた。

どれだけ技術が上がっても、物量には勝てない。

これは真理だ。

エイレンVが戦場の主力になって、強力な電磁装甲で怪物相手には殆どやられることはなくなったが。

それでも、やはり大量に集られると、酸の飽和攻撃で倒されるケースはある。

どれだけ火力と装甲を揃えても、この未来の生物はそれを上回ってくる。

余程過酷な環境にいたのか。

それともプライマーが手を加えて生物兵器として強化したのか。

それはよく分からない。

激しい乱戦の末に、飛行型の群れを駆逐。

隙を見て、フォボスが突入。大量の爆弾を叩き込み、敵を一掃するが。一掃された端から、更に敵が来る。

北陸の一角から、次々来ている様子だ。

どうも地下に密かに転送拠点を作りあげていたらしい。

凄まじい数である。

「まだ来るぞ!」

「負傷者は下げろ! 補給を急げ!」

「エイレン、三割損耗! レールガン四両大破!」

「プロテウスはまだか!」

兵士達が声を荒げるが、荒木大尉が咳払い。

それで、皆がぴたりと黙る。

荒木大尉は最前衛で戦い続けている。

人間相手の近代戦では狙撃があるから絶対できない事だが。怪物を相手にするEDFなら出来る。

現場指揮官が最前列にて戦っているのだ。

兵士達は、当然退くわけにもいかない。

「隊列を整え直せ。 無事な戦闘車両を前に、被害が大きい部隊は急いで下げろ。 ベース251の予備部隊は」

「間もなく到着します!」

「よし。 プロテウス隊が来るまでもない! 押し返すぞ!」

「EDF!」

もう一度指示を出すと、そのまま怪物に相対する。その間も壱野は、淡々と敵を狙撃で削る。

怪物がわっと押し寄せてくる。エイリアンもアンドロイドもいる。雑多に来るが、危険度が高いものから倒して行く。

この三年で、ライサンダーZは新調した。

今使っているのは、弾丸自動装填機能があり、更に銃身の冷却機能が強化されている。

つまり今までより早く連射できると言う事だ。

一方で使った兵士は、皆ゲテモノと口を揃えている様子で。これを使いこなす壱野は何か別の生物かのように見えるらしい。

まあ、どうでもいい。

自分にとっての最良武器。

それを使っていくだけだ。

また敵を撃ち抜く。

倒れるエイリアンの特務。他のエイリアンが、数を頼みに平押しにし。その間に強力な武器で後方から、という考えだろうが、そうはいくか。

そのまま狙撃を続行。

大型アンドロイドを吹き飛ばし。接敵までに、危険な敵を可能な限り削る。

接敵後は、渡されているTZストークを使う。

海野曹長がいうように、これはとても使いやすい、しかも使う場所を選ばない銃だ。自動装填機能のおかげで、マガジン交換もとても早い。

至近の敵はこっちで片付ける。

ライサンダーZも、その合間に使う。

二丁の銃を使いこなしながら、壱野は戦況も見る。

クイーンだ。

即座にライサンダーZで立て続けに狙撃を浴びせてやる。此方に飛来しようとしていた飛行型の女王は。

その圧倒的な破壊力を振るう暇もなく、撃墜されていた。

ベース251から予備部隊が来る。

エイレンUを中心とした二線級の部隊だが、今は猫の手でも借りたいほどだ。総員突撃。そう指示をして、陣列に開いた穴を埋める。

怪物の死体が山を為す中、まだ敵が突貫してくる。

大型アンドロイドがかなりの数いる。

あれが全部ブラスターを発射し始めたら、とてもではないがエイレン隊も耐えきれないだろう。

射撃を続行して、蹴散らす。

大型を優先して削って行くが、通常アンドロイドは当然そのまま来るし。少数だがスーパーアンドロイドも混じっている。

高機動型も来た。

ストーム4が無言で応戦に掛かる。ストーム3も、装備を柔軟にブラストホールスピアからデクスターなどの中距離武器に切り替えて、前線に突貫。

何度目かの敵の大攻勢を撃退。

そのまま、更に敵の大軍が来るのを見やる。

「さ、流石に限界です!」

「待たせたな!」

千葉中将が、安堵の声を上げる。

どうやら、ようやく辿りついたらしい。怪物の群れは今までの規模をあわせたほどのものだが。

試験用のものに立ち会ったから知っている。

あれが来たなら。

もはや敵ではない。

ビルをなぎ倒しながら進んできたのは、エイレンより背が倍も高く若干細い体に蒼い装甲を纏った巨人の群れ。

プロテウスだ。

足回りの問題は、当初八人乗りを基本としていた機体を細身にし、四人乗り制御にすることで最終的には解決した。その分防御力は低下したが、代わりに時速四十キロ程度で走行する能力と、柔軟に機体を曲げて全方位を攻撃する火力を手に入れた。面制圧能力としては、人類が開発したもので歴史上最強の代物である。

現在バルガの強化計画も進んでいるようだが。

もしこっちが日の目を見るとしたら、「次」だろう。

次はないと思いたいが。

それでも、準備はしておかなければならないのが、壱野の立場の厳しい所だった。

「駆除チーム、到着!」

「駆除チームの連中、もったいつけやがって!」

「聞こえてるぞ。 そういうんじゃねえよ。 長距離の行軍は何しろ初めてでな。 色々トラブルもあったんだ。 だが、もう任せろ。 行くぞプロテウス隊! 最強のコンバットフレームの完成形の力、見せてやる!」

一華がひゅうと口笛を吹く。

赤く塗装した専用機で、この苛烈な戦場でも平然と生き延びている一華からすれば、不遜に聞こえるのか。

それとも、そもそも一華のエイレンWがプロテウスの先祖だからか。

いずれにしても、超一流の人材を集めて、それで四年以上掛けて問題点を洗い出し、ついに量産が開始された最強機。

そして次に持ち越さなければならないとしても。

プロテウスの技術データは。プロフェッサーと一華が持ち込む事が出来る。

そうなれば、恐らく戦闘中期には、プロテウスの軍勢が戦場を闊歩することになるだろう。

陣列を整えた巨神にもおそれず、怪物もアンドロイドもエイリアンも突貫してくるが。

次の瞬間、全てが光に包まれた。

プロテウスが装備している硬X線ビーム砲の主砲二門が、一斉に撃ち放たれたのである。

今までもこの主砲だけを搭載した実験車両は見た事があるから、破壊力については良く知っている。

文字通り、一撃で敵陣が灰燼と化していた。

キュクロプスが消し飛ぶ。怪物が消滅する。装甲で身を守ったエイリアンが、文字通り融解する。

駆除チームが高笑いしながら、ミサイルを連射。

このミサイルも、オートホーミング機能付きで、しかもクラスター弾である。主砲一斉射の合間を縫って突撃してくる怪物に、ミサイルが無慈悲に降り注ぎ、消し飛ばしていく。一撃の破壊力が、ネグリングのそれの比では無い。

MLRSの後継機であるネグリングは、文字通りの面制圧を行える火力を持つが。

プロテウスはそれ数両分の火力を背負っているのだ。

ただし、プロテウスも無敵では無い。

味方部隊はプロテウス周辺に再展開。近付く敵を蹴散らしに掛かる。流石に接近されると、プロテウスだって破壊される。

ただその防御能力は、エイレンWや。今相馬大尉が使っているエイレンWカスタム重装甲タイプですら、比でないほどの代物だが。

「て、敵軍みるまに消滅していきます!」

「噂通りの凄まじさだ。 量産されたら、人類の勝ちが確定するという話は本当のようだな……」

「皆、気を引き締めろ! プロテウスは圧倒的だが無敵では無い! とにかく周囲を固めて、どんな敵にも接近させるな!」

「イエッサ!」

兵士達がばらばらと陣列を組み替える。

そして、陣列を組み直した頃には。

プロテウスがロックする敵は、戦場にはいなくなっていた。

「一華くん、協力に感謝する。 君がエイレンWで足回りのデータを収拾してくれたおかげだ。 それに硬X線ビーム砲も、君がどんどん試験運用してくれなければ、ここまでの完成度に出来なかっただろう」

「いえ……ただこれ、人間同士での戦闘で使われたらと思うと、ぞっとしないッスね」

「……そうだな」

プロフェッサーが同意する。

ここまでの圧倒的勝利は、壱野もあまり経験がない。

これではどちらがエイリアンか、分からない程だ。

ただし、特に開戦当初は、人間がこういう風にやられていたのだ。

やっと、敵に対してやり返せるようになった。

そう思うと、因果応報と言えるのか。

怪物は不運だなと思う。

未来から来た上に、体を無茶苦茶に弄られて。挙げ句の果てに、こんな怪物兵器の相手をさせられる。

人間も軍馬などを改良してきたから、他人のことは言えないが。

「殲滅完了だ。 ヒャッハ! ご機嫌な性能だぜ!」

「俺たち駆除チームは無敵だ!」

「プロテウスを倒したければ、エルギヌスでも連れてくるんだな! バルガにやられてもうほとんど残っていないだろうけどよ!」

ギャハハハハと、駆除チームが品のない笑い方をする。

相変わらずの荒くれ達だ。

少し荒木大尉が呆れたが。壱野は、個別で無線を受ける。

成田軍曹からだ。

「敵のアンドロイド部隊が進軍しています。 このままだと、プロテウス隊を無視して、市街中心部を直撃する構えです。 進行を許すと、ベース251が強襲されます」

「分かった、俺たちで対処する」

「此処は任せろ。 敵は進軍を停止したが、すぐに此処を明け渡すわけにもいかないだろう」

「ありがとうございます」

荒木大尉に此処を任せ、すぐに現地に向かう。

大型移動車がすぐ来てくれた。尼子先輩も、この辺りはとても気が利く。

「すぐに次の戦場だって?」

「ええ、この近くですよ」

「そうか。 大佐にもなったのに、君も大変だね」

「俺が行かなければ、基地に隠れた市民や、市街の中心部が全滅します。 それに敵の主力はまだ控えている可能性が高い。 あの地点をそのまま前哨基地にして、一旦布陣するしかないでしょう」

見れば、プロテウスがなぎ倒したらしいビルやら何やらが多数見受けられた。

美しい都市が台無しだが。これも色々仕方がなかったと言える。

次は、プロテウスが行動する事を前提に、都市計画を進めるしかないだろう。

それにプロテウスの製造コストは、確かEMC六両分と聞いている。

戦闘機だと更に高いものがあるのだが。

恐らくは地上兵器では史上最高額の代物だろう。

簡単に破壊させる訳にはいかない。

今、現地に展開しているプロテウスは八機。これに、更に総司令部から八機が合流する。

その後は、リングの降臨にあわせて、作戦行動開始。

リングを通ろうとする敵大型船を、可能な限り叩き落とす。

一個小隊ほどの兵が待っていた。

アンドロイド部隊が迫っているが、ブレイザーを装備した彼らは怖れていない。

「ストーム1。 待っていた」

「アンドロイド退治に関してもプロだと聞いている。 期待しているぞ」

「よし。 何人か手伝ってくれ」

山県少佐が、すぐに自動砲座を撒きはじめる。木曽少佐は手をかざすと、近場のビルの上に、フェンサースーツのブースター機能を使って飛び乗っていた。

一華はエイレンWカスタムで最前列に。

そのまま、DE204も来てくれている。

壱野は手をかざして敵を確認。これも、かなりの数だ。いわゆる陽動攻撃だろうが、それでも手は抜かないと言う事だろう。

「厳しい戦いになる。 弐分、三城、遠距離戦闘武器も用意してくれ。 柿崎は突入しすぎるな」

擲弾兵がかなりいるから、そういう指示を出す。

そして壱野は既に皆が展開している間に、敵への攻撃を開始。大型を、削り始めていた。

 

1、機兵大侵攻

 

一華はエイレンWカスタムの中で、梟のドローンを頭に乗せたまま、キーボードを叩いていた。

愛用のPCはそのまま。

バージョンアップしなくても、余裕でエイレンWカスタムの搭載PCよりも性能が上である。

伊達に何千万も掛けていない。

無言で敵の配置と進軍経路を割り出す。

相当数のアンドロイドがいるが、何とかなるか。

空軍機は、さっきの戦場でかなりの爆弾を使って、現在整備中。

このアンドロイド部隊には間に合わないだろう。

敵の前衛が見え始める。

リーダーが削っているから。狙撃に耐えて突入してきた連中と言う事だ。早速、弐分と柿崎が突貫。仕掛ける。三城も少し遅れて、雷撃砲で攻撃を開始。接近までは、これでやるつもりだろう。

ミサイルが敵陣に降り注ぐ。

木曽少佐が。ビルの上から攻撃しているのだ。更に。山県少佐が、攻撃地点を皆に指定。

さっと離れた皆。同時に、電撃が周囲を悉く破壊し尽くす。

雷撃トラップである。

以前、一華がエイレンのバッテリーを使って作ったものと同じだ。作り方を教えたら、いいねと言って使い始めた。

ただ効果範囲が著しく微妙で分かりづらい。

使いこなせているのは、山県少佐だからであって。一華はあまりもう使いたいとは思わなかった。

「す、すげえ……」

「見とれている場合か! ブレイザーで射すくめろ!」

「い、イエッサ!」

兵士達もブレイザーで応戦開始。アンドロイドの群れが、次々爆散していく。

キュクロプスが来るが、エイレンWカスタムのレールガンで一撃でモノアイを粉砕してやる。

横倒しになって倒れ、爆発するキュクロプス。

三年分の武器強化に対して。

恐らく敵の兵器強化は、リングを通った後はそのままだろう。その分、今は有利に立てていると言う事だ。

赤いブレイザーの熱線が迸る戦場で、エイレンWカスタムを更に進め、敵を蹴散らす。皆、それぞれの武器で前衛を単騎で支えている。間もなく、ふつりとアンドロイドが尽きて。代わりに高機動型が来た。

ビルの合間を飛びながら迫ってくる高機動型。

エイレンWカスタムの武装を切り替える。

全機補足。

発射。

パルスレーザーとCIWSを組み合わせた、一種の誘導レーザー兵器戦術。

対空ミサイル兵器として一時期期待されていたものと同じだ。ただし、一度に補足できる敵の数が違い過ぎる。

一瞬で数十機の高機動型アンドロイドが汚い花火と化し、更に数十機が一射で後を追う。

おおと、三城が声を上げていた。

「すごい。 誘導兵器いらない」

「その誘導兵器のデータから造ったッスよ。 それと、出来れば支援してほしいッス」

「分かってる」

三城が誘導兵器で、敵を叩き落とし始める。本家本元流石に強い。

敵がばたばたと落ちて来る中、凄い動きで柿崎が敵を斬り伏せて行く。これはもう、なんというか。

人斬りの擬人化か。

それとも殺意の権化か。

薄笑いを浮かべて敵を斬り伏せまくる柿崎には、兵士達もぞっとしているようだ。よくしたもので、柿崎は最近は「人斬り姫」とか「殺戮こけし」とか言われているらしい。まあどうでもいい。

本人も、人斬りと言われると喜ぶのだ。

もう何というか。

最初からそういう人間なのである。

高機動型の大軍を凌いでいる内に、成田軍曹から無線が入る。

「擲弾兵です! 凄い数……!」

「ブレイザーの火力を敵先頭集団に集中してくれ」

「りょ、了解!」

「柿崎、さがれ。 遠距離戦用意」

リーダーが指示をしたので、ブレイザー隊は驚いて、すぐに態勢を立て直す。

戻って来た弐分が、NICキャノンに切り替える。木曽はずっと変わらず、ミサイルを叩き込み続けていた。

「よし、今だ山県少佐」

「へへ。 いくぜっ!」

山県少佐が、レバーを踏み込む。

同時に、一斉に爆発が引き起こされる。

凄まじい爆発に、擲弾兵の一部が消滅するのが見えた。更に、爆発の余波で生じた熱に擲弾兵が突っ込み、次々消し飛ぶ。

C90A爆弾によるものだ。

自動砲座を操作しながら、リーダーの指示で仕掛けて回っていたらしい。

更に、弐分がNICキャノンで次々と擲弾兵を花火に変える。それでも突貫してくる擲弾兵を、リーダーと三城、それに一華のエイレンWカスタムで爆破して、敵を絞っていく。敵は自然に集まっていき。

その集まった地点に、ブレイザーの一斉射が炸裂。

まとめて全てが、一瞬にして誘爆。

消し飛んでいた。

大量のアンドロイドの破片が降ってくる。

おぞましい臭いだろうなと思いながら、一華は収束レーザーの準備。来る。赤い姿。スーパーアンドロイドだ。

リーダーがストークに切り替えると、即時射撃。兵士を狙ったスーパーアンドロイドのバリスティックナイフが弾き返されていた。

気づいた兵士達が射撃するが、ぬるぬると避けまくるスーパーアンドロイド。

だが、その動きを全て読み切った一華が。

敵が避けた先に、収束レーザーを叩き込んでいた。

スーパーアンドロイドが体を半分抉られて、次の瞬間に砕け散る。更にもう一体を、リーダーが無言で狙撃し。ビル影にいた所を吹き飛ばしていた。

「クリア」

「こ、この戦果は無茶苦茶です……。 レポートになんと書けば良いのか……」

ほっとしたのか、成田軍曹がぼやく。

まあ、勝ったのならそれでいい。

残敵もいない様子だ。

ただ。街の一部は消し飛んでしまった。この辺りは、再建が必要だろうなと、一華は思った。

 

前線基地に戻る。

プロフェッサーが話を千葉中将としていた。

「以前、敵が時間戦術を使っている話はしたと思う。 信じてくれたとみて良いのだろうか」

「それについてはもう疑っていない。 事実不可解な事が多すぎた。 大型船が突如消える現象については、各地の部隊から報告もあった。 あれは超高速移動ではなく、時間跳躍していたのだとすれば説明もつく。 超高速移動だったとすれば、ソニックブームがどうして生じないのか、説明が出来なかったからな」

「その通りだ。 そして計算によると、奴らの基点がもう数日以内にこの辺りに来る」

「それももう疑っていない。 ただ、私も前線で指揮を執る。 もしもその基点をどうにもできなければ、また歴史を変えられてしまうのだろう?」

頷くプロフェッサー。

千葉中将は、これからダン中佐の部隊とともに、ここに来るつもりらしい。

残り八機のプロテウスとともに、だ。

いずれにしても、あの硬X線ビーム砲の火力。

大型船でも耐えられる代物ではないだろう。

プロフェッサーが。この場で半数は撃墜してやると息巻いていたが。

確かにその通りになると見て良い。

問題は別にある。

先の大軍は、恐らく尖兵だ。

敵は地球に展開している、人間に把握されていない兵力を片っ端から集めて来ていると見て間違いない。

そうなると、リングが来る時には更に大軍が来ると判断して良いだろう。

プロテウス八機を守りきれるか。

勿論、フーリガン砲などの部隊もフェイクとして展開はする。

ただそれ以上に、敵の攻撃意欲が強い事が気になるのだ。

もしも歴史を変えられるのなら。

大型船以上の、何かもっと新しいものを使えば良い。

リングがロストテクノロジーだったり、或いは借り物だったとしてもだ。

大型船については、プライマーが製造しているものだろう。

どうしてそれを新型にしない。

どうにも、分からない事が多すぎる。

分からない事は危険な事でもある。

勿論分からないから嘘と決めつけるような、猿同然の事はしてはいけない。

敵が未知の要素を持っているのなら。

それを危険要素として備える。

それが、今やるべき事だった。

リーダーが、今日は休むように指示。既に前哨基地が作られていたので、そこで休ませてもらうことにする。

梟のドローンを降ろして、ふうと溜息。

エイレンWカスタムの内部空間は、かなり快適だ。エイレンWに乗り換えたばかりと違って、冷房もしっかり効いているし、足回りが改善されて激しくシェイクされることもなくなった。

前は険路を行く時とか、結構酷い振動で参ったものだが。

今はそれもなくなっている。

「はー。 それにしても参ったッスね」

独り言。

プライマーの目的と、底力がまだ分からない。

複数のマザーシップを撃墜して、それでマザーシップの底力については知れた。あれはもう、キャリアとして以外は恐れる要素もない。

主砲も各地の部隊で落とせるようになった。

だったら、それでかまわない。

風呂に入ってから、自室に。プレハブだが、遮音性はしっかりしている。自分のPCを組み立てて、ぼんやりと情報をみやる。

今日の快勝についても、既にニュースになっていた。

味方の被害も報告はしているから、前よりは良心的だろう。味方が有利だとかプロパガンダを流していた頃は、本当に酷かった。

報道の二人組が、何やら話をしている。

プロテウスについての解説らしい。圧倒的な強さで、千の怪物を単騎で相手に出来るとか言っている。

まあその通りなのだが。

それでも無敵では無い。金銀の群れとかに襲われたら危ないし、飛行型の大軍に集られても長くは保たないだろう。

駆除チームはあれでかなり良い腕をしているが。

それでも、絶対はないのだ。

ネットでの情報収集を終えると、ベッドに転がる。

軍用の簡易ベッドだが、まあ眠れる。昔よりレーションの質も上がった。やはり転機はコマンドシップを大破させたときだろう。

あれ以降は、各地でプライマーの動きが露骨に鈍くなり。

地上で暮らせる街も少しずつ増え始め。

やがてレーションの味も良くなった。栄養も。

ぼんやりしていると、いつの間にか夢を見ていた。

宇宙みたいな所に浮かんでいる。

茫洋としていると。

声が聞こえてきた。

前にも聞いたことがあるような気がする。

「不思議な子だな、君は。 ずっと見て来たが、それでもおかしなことばかりだ」

「誰ッスかあんた」

「凪一華。 いや、N11679。 一種のデザイナーズチルドレンとして、クローン技術開発の過程で軍にて作られた廃棄品。 知能以外の性能が著しく低いとして、監視役の家庭に預けられた事は既に知っているんだろう」

「……」

その通りだ。

凪一華というのは実名では無い。

幼い頃の記憶が微妙なのも当然だ。そんなもの、覚えていたくなかったのだから。

一華は普通の人間ではない。

EDFが設立する前後くらいに、世界政府やその前身は、色々やっていた。今、肝いりと言われている軍曹から開始する士官達は、そもそも何故肝いりなのか。そもそもどうして揃って有能なのか。

それは、選別されたからだ。

だが、それだけではない。

選別の際には、人工的に強力な戦闘力と指導力を持つ個体を作り出そうというプロジェクトがあった。

それが、「神の手」計画。

荒木大尉は、その最初の段階に選ばれた孤児の一人。

荒木大尉はデザイナーズチルドレンではないが、それでも軍に異常に依存しているのは。インドでプライマーの船が発見される前後くらいから、世界政府のもとの組織が動き始めていて。

各地の孤児院で、データを集めていたから。

また、各国の軍研究施設にて。

クローンやデザイナーズチルドレンの研究について集めていたから。

それで、選ばれた。

ダン中佐も同じらしい。

一華は孤児から選抜されたのでは無く、科学的に作り出された子供達の一人。

さっき言われた番号で呼ばれていた。

そして、同時期に行われた実験は、悉く失敗に終わった。

雑な統計データで、優秀な親からは優秀な子供が生まれるなんてほざいていた阿呆がいたが。

残念ながらそれは大嘘だと分かったからだ。

優秀な親の遺伝子を掛け合わせても、優秀な子供なんて生まれない。産まれる確率は他と同じ。

そもそも優秀なんてのは主観に過ぎない。

古代の人間の方が、実は現在の人間よりもあらゆる点で優れていた、という研究結果があるように。

別に優秀な人間が、劣った人間を淘汰するなんて事も無いし。

高いIQの持ち主を組み合わせても、高いIQの子供が生まれるわけでもない。

それが、デザイナーズチルドレンの研究ではっきりしてしまったのだ。

一華のように部分的に優れた要素が出来る子供もいたが。

軍が求めていたような、何でも完璧な。

それこそ漫画に出てくるような新人類が造り出されることはなく。結局、計画は頓挫した。

ただ。子供の頃からしっかり調査していた結果。高いIQの子供は見つかった。

IQしか高くならなかった、ということで一華同様お払い箱にされたその子らを。

一華は集めて、先進技術研に送ったのだ。

そして、それがプロテウスの完成に一役買った。

リーダを見れば分かるが。

リーダーの親父は、結局の所ろくでもないカスだった。

そのカスの子供が三人とも、揃いも揃って親と似ず。戦闘力でも全く別物であることを考えると。

血統信仰なんてのは、近親婚を繰り返して滅びへ向かったハプスブルグ家やエジプト古代王朝と同じ。

ただの、カビが生えた妄言に過ぎないのだ。

「君は捨てられた事を恨んでいないようだね」

「どーでもいいッスから」

「人間が気にするプライドはあまりないのかい?」

「私は自分で生活するには困らないだけのお金はもっていたし、悪戯で懲りもしたッスからね。 後は真面目に生きるだけッスよ。 身の丈にあわないプライドなんて振りかざしたって、苦労するだけッス」

夢の中。

だから、本音を口にする。

それにしても、変な夢だ。

これは、本当に夢か。

そう思うと、妙な気持ちになって来た。

「お前は何者ッスか」

「夢の中での問答をする相手に素性を聞くのかい?」

「……プライマーでは無さそうッスね」

「……」

黙り込む相手。

ほどなく、相手はまた話しかけて来た。

「君は、現在存在する人類の中でもかなり知能が高い人間だ。 人間はプライドとともに生きてきた生物だ。 特に君達女性は、群れの中での序列を異常に気にする。 君はその辺り、興味が無さそうだな。 どうしてだい?」

「くっだらねーッスから」

「……」

「スクールカーストだのなんだの、反吐がでるッスよマジで。 ましてやキモイだ何だので相手の人権まで否定して良いし、何なら殺しても良いとか思うとか。 そんな風なのと一緒になりたくないッスね。 私にプライドがあるとしたら、多分そういうのと同じになりたくないって所ッスよ」

面白い、と言われる。

そして、見て来たとおりだ、とも。

ふと、それで正体に気付く。

なるほど、こいつは。

それで。

ただ、正体には気づくが。「何者か」までは分からない。それを知りたい。

「三城の所の奴とは別ものッスねあんた。 で、私に貼り付いて、何を知りたいッスか」

「……君はもう気づいているみたいだな」

「今ので確信したッスよ、梟のドローン」

「ふっ、流石だ。 それで、私が何者かを知って、どうしたいんだい?」

決まっている。

恐らくだが、十中八九此奴はリングをプライマーに渡した勢力だ。

リングはプライマーが作ったものじゃない。

もしもプライマーが作ったものだったら、以降の歴史干渉があまりにもお粗末すぎるからである。

確かに前周は大苦戦したが。

それも、うしなわれた五ヶ月に加え。クルールという存在が出現したのが大きすぎると言える。

今周に至っては、グラウコスという最終兵器が出現したにもかかわらず。

プライマーは明らかに制御出来ておらず。

上手くグラウコスを利用して戦況をコントロールしようとしたが。それも、上手くはいかなかった。

そして、コマンドシップに恐らく敵の司令官が乗っていたのだろう。

以降の戦闘は、お粗末もお粗末。

現状維持だけを考えている有様。

その間に人類は、敵大型船に対する備えを進めつつある。

その大型船にしても、初めて見たときから進歩がまるでみられない。プライマーが歴史の果てにいる存在なら。

毎回改良計画をしてきても、おかしくは無いはずなのに。

「リングみたいな危ない代物を、プライマーのようなド低脳に渡して、どういうつもりッスか」

「随分というね、君も」

「応えろ」

「理由は一つ。 知的生命体は宇宙に出現するのが極めて珍しい存在だからだ。 だから、出現した星系には絶対に手出しをしない。 滅びようとした場合には手をさしのべる」

その結果。

今度はこっちが滅びそうになっているのだが。

そう言うと。

相手は、静かに返してくる。

「君は分かっているのではないのか。 プライマーの正体についてうすうす」

「なに……」

「私達は、文明連続体どうしの内戦には関与しない。 君達も歴史を知っているのなら、内戦に介入しても何も良い事がないことくらいは、知っているのではないのかな?」

内戦、だと。

そうすると、やはりか。

プライマーは。

飛び起きていた。

冷や汗をぐっしょり掻いている。かなりうなされていただろうなと思いつつ、一華はタオルで顔を拭いて。水を飲んだ。

しばらくごくごくと喉をならして水を飲むと。

頭が冷えてきた。

あれは、夢じゃない。

梟のドローンが、いなくなっている。

そして、全てが分かった。

ぴたりと、パズルのピースが当てはまったような感触だ。

記憶が残っている。彼奴は、一華を試したかったんだ。だから、ずっと一華の側にいた。そして、まだ仮説の段階だが、分かった。

プライマーの技術。

あれは、恐らくだが。抑え込まれている。

一定ライン以上のものを出せないように、更なる上位者から締め付けを喰らっているとみて良い。

そういえば、おかしいと思ったのだ。

改良型の兵器が、どうしても出てこない。

例えば、ネイカーにしても。全部ハイグレードになったりしたら、それこそ手に負えなかったのに。そういう様子がない。

怪物だってどんどん品種改良して強くしてくれば、いずれ手に負えなくなっただろう。その様子もない。

クルールの武装で気づくべきだった。

彼奴らと人類には、何かしらのつながりがある。

千万年を隔ててはいるが。

あの梟ドローンは、「文明連続体」といった。

人類の過去文明の影響を受けた、だけとは思えない。というか、最初に記憶にある周回で戦闘したあのでくの坊。

あいつには、人間の馬鹿なところを煮詰めたような、何とも言えない愚かしさを感じたのである。

それに、トゥラプターはなんというか。

柿崎ととても話があいそうな。

戦闘狂である事だけを除けば、人間と普通に会話が出来そうな雰囲気すらある。要するに、ホラーSFに出てくる宇宙人のような、会話が通用しない「異質さ」は感じない。

あらゆる全てのパーツが埋まっていく。

そして、意図的に。

あの梟のドローンの背後にいる奴は、そう誘導したとみて良い。

急いで、メモを取っておく。

過去改変されたら、記憶が消し飛ぶ可能性がある。だから、少しは残るように、やることはやる必要がある。

メモを取り終えると、リーダーに呼ばれる。

任務らしい。

近くの窪地に、アンドロイドがいるそうだ。だが、敵の拠点らしい場所に近い事もあって、罠の可能性がある。

駆逐を頼みたい、ということだった。

頷くと、出ることにする。

とりあえず、思考をまとめるのは後回しだ。

あの梟のドローンの行動からして、多分プライマーを縛り上げている存在は、更に上位。恐らくは、外宇宙の超文明だろう。

そして、あらゆる全てで合点がいった。

あの梟は、その外宇宙の超文明の産物。一華を観察するために、プロフェッサーや戦略情報部が送ったとデータを改ざんして手元にきたもの。

クラゲの方は分からない。

ただ。そっちも人類の手ではないものの可能性が大きい。

更に更にだ。

これではっきりした。プライマーは。恐らくだが。

人間の文明を何かしらの形で受け継いだ。

人類文明の、直系子孫だ。

 

2、業火

 

弐分は、それを見て即座に罠だと判断した。

その場所は、周辺としてはかなりの低地で。以前の激しい戦いの結果、クレーターになっている。

水が溜まることもある様子だが、今はとりあえず乾いているようだ。

そこに、アンドロイドが数十体ほどいる。大型も二体いるから、あまり見逃すことは出来ないが。

のこのこクレーターに降りて行けば、敵に取り込まれるだけだ。

近くにある廃ビルに上がって、大兄が周囲を見回していたが。やがて、一点で視線を止めていた。

「一華、あの辺りに伏せてくれ。 山県少佐、あの辺りに砲座とデコイを」

「……」

「一華?」

「あ、いや、何でもないッス」

一華が動き始める。あの様子だと、一華はなにかとんでもない事に気付いたとみて良いだろう。

とりあえず、後で話を聞かせて貰う。

まずは、リングが降りてくる前に。

周辺の脅威を、根こそぎに叩いておく必要がある。

此処もそう。

アンドロイド部隊による陽動攻撃も、あれも一歩間違えば危なかった。今ではほとんど市民が殺戮されることはなくなっているが、惨事に発展していた可能性だってあったのだ。

油断はしてはいけない。

弐分は気を引き締める。

一応、ベース251には既に増援が到着。負傷者の後送なども終わった。

リング到着時は、今のEDFの全力でプライマーをお出迎えすることは出来るだろう。それで充分だ。

「それにしても相変わらずでやすねえ。 うちのリーダーは、もう未来が見えているレベルだ」

「本当に、何かの超能力者ではないんですか?」

「どうも違うらしい」

一緒に来た三個分隊ほどの兵士達に、山県少佐が話をしつつ、作業を手伝ってもらっている。

既に大型移動車は退避させた。

「実はな、古い時代の人間の方が、スペックは高かったって話は聞いたことがあるかい?」

「そう、なんですか」

「そういうことだ。 現在の人間は、身体能力もオツムの出来も、古代の人間よりもスペックが低いらしくてな。 おかしな話だぜ。 過酷な戦争と淘汰に晒されてきたのなら、スペックが上がっていると思うのだがなあ。 現実はこうだ。 結局のところ、優秀な遺伝子と優秀な遺伝子からは優秀な子供が出来るなんてのは、既得権益層の人間の地位と財産を保証するための詭弁に過ぎねえってことよ」

けらけらと笑った後。

山県少佐は本題に入る。

「俺たちのリーダーは、そんな古代人も真っ青のスペックを持っていて、それを極限まで磨いているそうだ。 だからちょっとしたことでも五感が働く。 あくまで人間の範囲内の能力だとかで、それを磨き抜いた結果あらゆる事が分かるそうだ」

「それはもう超能力の範疇に思えますが……」

「確かにな。 だが本人曰く違う。 そういうものなんだろうよ」

「……」

布陣が終わる。

大兄が来ると、皆に話をした。

「あのアンドロイドは囮だ。 あの辺り、あの辺り、あの辺りくらいに、大量のネイカーが伏せている」

「!」

「そんなことまで分かるんですか!?」

「ネイカーとはさんざん戦って来たからな。 俺がアンドロイドを引っ張り出す。 皆は応戦してくれ。 すぐにネイカーが出現する。 それは俺たち全員で対応する」

三城と、大兄が声を掛ける。そして細かい指示を出していく。すぐに三城が飛んでいく。戦場がこれからどうなるか、大兄には全て見えている。それを知っているから、三城も疑わない。

弐分と柿崎が務める。こう言うときの最前衛は。予想通りに指示が来る。それぞれ、別方面の戦線を担当だが。

木曽少佐も、既にミサイルを準備し始めている。一華も、エイレンWカスタムを動かして、戦闘準備をしていた。

どんと、強烈な狙撃音。

二回、立て続けに。

大型を葬ったのだろう。そのまま、クレーターから離れてくる。兵士達も全員ブレイザーを手にしている。

もう、ブレイザーは珍しい武器ではないのだ。

「来るぞっ!」

「アンドロイドどもめ、あのクレーターをそのまま墓穴にしてやりたかったが、上官の指示だ、仕方がねえ!」

「よし、顔を出し次第撃てっ!」

アンドロイドがクレーターから這い上がってくる。そのモノアイが獲物を捕らえる前に、ブレイザーの熱線が突き刺さり、粉砕する。

アンドロイドも初めて出現した時は、兵士を好き放題にあのバリスティックナイフで蹂躙した恐怖の存在だったが。

今ではこの通り。

出現するアンドロイドを、兵士達が次々にブレイザーで焼き払っていく。数がおかしくなければ、対応はもう難しくは無いのだ。

やがて、弐分はぴりぴりと感じた。

ネイカーだ。

大兄が言った通りの地点から出現する。接近するまで撃つな。そう言う。同時に、弐分が前に出る。

大半の個体の、攻撃行動を誘発するためだ。

ネイカーどもが人間を見つけて口を開ける。

デクスターでまとめて薙ぎ払いながら、横っ飛び。自動銃座が、ネイカーをまとめて貫いていく。

凄い大軍でも、口を開けていれば脆い。

この弱点さえ知っていれば、対策はある。だが、一度仕留め損なうと、あっちこっちに散らばる。

口を閉じている時は、テンペストでもない限り攻撃に耐えるのが此奴らだ。

危険極まりない。出来るだけ、速攻してしまわないといけない。

「周囲全方位警戒! レーダーに注意して、接近してきたら口を開くのを待ってから撃て!」

「い、イエッサ!」

「円陣を組め! 足手まといにだけはなるな!」

兵士達の隊長が声を張り上げる。開戦時からの生き残りだろう。かなりの年配の兵士に見える。

そのまま、向かってくるネイカーを迎撃。

一華のエイレンWカスタムが、容赦なくレーザーで口を開けたネイカーを薙ぎ払って行く。

冷静だが、妙に淡々だ。

大兄も、異常には気づいているようだった。

三城が上空から小型のプラズマキャノンを連射。口を開けたネイカーを、十匹くらいずつまとめて消し飛ばす。

このプラズマキャノンも性能がかなり上がって来ている。

兵士達も、装備はブレイザーだ。

これに自動砲座と、ネイカーならひっかかるデコイが仕込まれている。

ネイカーは次々に倒れていくが。

増援だ。

凄まじい数である。

弐分は最前衛を柿崎とともにはりながら、ネイカーを粉砕、炎を避けて回る。襲いかかってくるネイカーはとにかくとんでも無い数だ。

散弾迫撃砲を叩き込み、まとめて消し飛ばすが。それでも爆炎の中から現れる。

兵士達も青ざめている。

大兄がアサルトで片っ端から口を開いた相手を撃ち抜いているが。

それがなかったら、もう何人かはあの世だろう。

一華が前に出て、ネイカーの炎から兵士達を守り。レーザーで即応して焼き殺す。赤いエイレンWカスタムの話は、兵士達をこれで更に鼓舞するだろう。ミサイルが、ネイカーの群れに着弾。

まとめて消し飛ばし、吹き飛ばす。

木曽少佐も、ミサイルの扱いが完璧になって来ていて何よりだ。

「まだ来る!」

「だが、そろそろ打ち止めだ。 他の地域から、ネイカーが来ているという報告はない」

「なら、これを片付けてしまえば」

「東京基地の派遣部隊だけで、敵の転送装置を潰せるだろう。 一気に始末してしまうぞ!」

大兄が声を張り上げて、兵士達が気勢を上げる。

そのまま戦闘を続行。

敵を蹴散らし続け。

ネイカーの群れを、まともに相手にする。

多少は炎が擦るが、フェンサースーツはアップデートを重ねている。この程度の炎をちょっとくらった程度ならなんともない。

飛び回りながら散弾迫撃砲の破壊を撒き。

近くの相手はデクスターとスパインドライバーで消し飛ばす。

まとめて粉々にしながら。味方を支援し続ける。

ネイカーの動き回る独特のかさかさという音。

そして炎を吐こうとする時の音は。

夕方近くまで続いた。

戦闘終了。

ストーム2からストーム4までも、周辺地域での戦闘を続行している様子だ。この間の大侵攻にあわせて、敵がかなり活発に動いているらしい。

指定の時間までには戻ると言う事だが。

それでも、敵の動きが心配だ。

今までに無い程、必死になってリングを守ろうとしている。

或いは、此方の記憶にないだけで。

最初の頃、核兵器を人間が容赦なく使っただろう周回では。プライマーは非常な大苦戦を強いられていたのかも知れなかった。

「クリア」

「全員生還……」

「やった。 あの数のネイカーを相手に……」

「皆、家族に無事な顔をみせてやってほしい。 撤収する」

大兄の言葉とともに、その場を引き上げる。

ストーム2と、大兄は連絡して、状況を確認。

向こうでも、それなりの規模の相手と戦闘したそうだ。勿論死者など出していない。とりあえずは、完全勝利という所だ。

さて、此処からだ。

ベース251に戻る。

大兄が、プロフェッサーを呼ぶ。プロフェッサーは、リング攻略作戦の大詰めをしていたらしく。

かなり忙しそうだった。

だが、一華の様子を見て、すぐにただ事ではないと判断したのだろう。

一華も咳払いすると。

場に爆弾を投下していた。

「プライマーは、我々の文明の直系子孫である可能性が高いッス」

「何っ!」

「どういうことだ、一華くん。 説明してほしい」

一華は順番に説明をしていく。

そもそもクルールに顕著だが。あれだけ色々違う別文明生物が、人間が考えそうな武器をみんなで持っているのがおかしい、というのである。

収斂進化にしても妙だ。

特にクルールの場合は、異常さが際立っている。あれだけのスペックを持ちながら、どうしてあんな人間の延長線上の武器を使っているのか。

勿論証拠はそれだけではない。

「そもそもッスよ。 プライマーが宇宙船を落として回収出来なかった事件が今につながっているとして。 それがどうしてプライマーに不利益を与えるのか。 下手をすると、一千万年前以上前の文明ッスよ」

「確かにそうだ。 例えば、プライマーの出現地点を察知して。 そこに核攻撃を行うなどの事があれば話は別だろうが……」

「歴史の修正力を忘れたッスか。 ちょっとやそっとのことでは、多分プライマーの出現は止められないッス。 しかも千万年規模ッスよ。 実際に核兵器の悲惨な被害は皆が知っているとして……同時にその限界だって、皆知っているはずッス」

プロフェッサーに、そう一華が言う。

腕組みして、考え込むプロフェッサー。

一華は、咳払いした。

「プライマー=地球人の子孫では多分ないッスね。 ただ、EDF設立の結果失われたものが、プライマーにとって著しくまずいと見るべきッスわ」

「続けてくれ」

「例えば、EDF設立、世界政府設立の過程で、何か巨大プロジェクトが凍結したりしてないッスか」

「……分かった、すぐに調査してみる」

それと、と一華は言う。

そろそろ、確認を取るべきだと。

プライマーの死体は散々回収出来ている。

奴らが何処の星から来ているのか、知る必要があると。

「もしも、最悪の事態が発生した場合。 プライマーに対して、決定的な先制攻撃を仕掛ける必要があるッスよ。 少なくとも、それが出来る事を、我々が示さなければならない」

「まさか、それは」

「プライマーがこう執拗な攻撃を仕掛けてきていると言う事は、恐らく過去の自分達……まだ文明すら持っていない自分達の先祖に対しての攻撃。 つまり決定的なタイムパラドックスを引き起こされる事を怖れているとみて良いッス。 或いは既に引き起こされていて、それを元に戻そうと躍起になっているのやも」

「……分かった。 すぐに調べよう。 一華くんにも、Aクラス機密へのアクセス権を渡す。 すぐに戦略情報部の総力を挙げて調べて貰う」

プロフェッサーが立ち上がる。

そして、急ぎ足で部屋を出て行った。

大兄が、咳払い。

「一華、今のは本当か」

「本当ッスよ」

「つまり、俺たちはずっと未来の、地球人の文明を引き継いだ相手と戦争をしていたって事か」

「そうなるッスね」

大兄が、大きくため息をついた。

弐分も、そうしたい。

三城は、意外と冷静だ。

或いは、気付いていたのかも知れない。

「人類の馬鹿さ加減には、気づいていたつもりだった。 だが滅びてなおも、これほどの災厄を引き起こす存在だったとは、笑うに笑えないな」

「人間は今までも、地球に破壊的な変化をもたらしてきた生物ッスよ。 これほど破壊的な変化を地球にもたらした生物は、大気を酸素主体に変えたラン藻類くらいしか存在していないッス。 しかもラン藻類は億年単位で地球を変えていったのに対して、人間はたっった一万年ッス。 何をしでかしても不思議では無いッスわ」

「あの、良いですか……?」

「なんだ木曽少佐」

木曽少佐が、困り果てた様子で俯く。

何が何だか、分からないと言うのだ。

一華が呆れて。丁寧に説明し直す。だが、それを遮って、木曽少佐は言う。

「この世界を、プライマーが何度も改変していることはもう分かっています。 自分でも経験しましたから。 でも、最初から話し合いとか出来なかったんでしょうか」

「それができない事は、人類の過去の歴史が物語っている。 プライマーに対して一部の政治家が呼びかけがどうのと最初の方に喚いていたが、あれはプライマーとの権益を確保して、自分の地位がほしかったからだ。 人間は異文明と接触したとき、常に凶暴な本性を剥き出しにして、相手を蹂躙した」

そう、銃や爆弾でだ。

今は札束でそれをするようになっている。

嘆かわしい話である。

あの政治家の発言は、今でも覚えている。

銃や爆弾では無く、対話でプライマーと戦争を止めるべく努力をしよう、と。

だがあれは、実際には頭がパーなのか。もしくは、単にプライマーとのパイプを確保して、権力を得るためだったとみて良い。

恐らくだが、プライマーも試しているはずだ。

人間との最初のエンカウントは、むしろ交渉だったのかも知れない。

だが、それが人間側から無理難題と映った場合。

多分、人間は躊躇なく核攻撃に踏み切ったはずだ。

そうなれば、プライマーは後はもう反撃するしかない。そして会話が成立しないと判断したら。

絶滅戦争の始まりである。

「壱野大佐は、とてもなんというか……現実的なんですね」

「俺も弐分も三城も、色々見てきたからな。 世界政府が成立して、なんとか人類は持ち直した。 だがそうならなかった場合、21世紀の初頭にはもう人類の文明は致命的な事になっていたのでは無いかと俺は見ている。 そして第三次世界大戦が起きていた場合、人間に立て直す資源や余裕は、もうなかっただろうな」

「そういや、あの狂った世界でコロニストがロケットを作っているのを見たよな」

山県少佐が、不意に話を変える。

こくりと弐分が頷くと、山県少佐が、チューハイを傾けていた。

「それなんじゃねえかひょっとして」

「……」

「考え込んでいるな、一華」

「ちょっと調べて見るッスわ。 数時間ほど、貰えるッスか?」

大兄は頷いていた。

弐分は、こう言うときは何も出来ない。席を外す一華。大兄が、皆を見回した。

「戦争に正義も大義もない。 それは、皆分かっていると思う。 恐らくプロフェッサーや一華は、とんでもない情報を持ち帰ってくると思う。 我々がするべき事は、それを冷静に受け入れて。 静かに真実を受け止める。 それだけだ」

「イエッサ!」

「では、我々も一度解散する。 覚悟は、決めておいてくれ」

弐分は、この先。

ろくでもないことだけが、起きるように思えていた。

 

数時間休憩して、一華が戻ってくる。プロフェッサーも、戻って来ていた。

二人して、連携して動いていたらしい。

プロフェッサーの記憶。膨大な記憶の海から、一華が質問。それでヒントを絞り出し、少しずつ問題を暴いていったようだ。

そして、結論が出た、ということだった。

「恐らく、真実に辿りついたと思う」

「詳しく頼めますか、プロフェッサー」

「ああ。 一華くんからではなく、私から話そう。 まずクルールの体だけではなく、コロニストの体から、非常に特徴的な物質が見つかっていた。 それについて分からなかったのだが、一致するものが意外な所から出て来た。 NASAの宇宙開発だ」

「!」

火星だという。

火星は、プライマーの出身地の候補の一つ。

その話は、以前したことがあった。

弐分は話を皆と一緒に聞く。

なんでも火星という土地は、大気が殆ど存在しないという。これは星が地球の半分程度しかなく、既に大気が宇宙に離散してしまっているからだという。

その結果何が起きたかというと。

太陽からの宇宙放射線による、地面の直焼きだ。

そう、火星にはオゾン層がない。

その結果、火星の土壌は、生物を殺菌するような機能が生じてしまっている。以前NASAの探査艇が、それを確認。

地球に、データを送ってきていた。

ぴたりと、その成分が。コスモノーツやクルールから検出されているという。つまりプライマーは邪神などでは無い。

火星人。

マーシアンということだ。

だが、不可解である。

そんな環境で、どうして生物が誕生した。地下にでもいて、何かしらの大きな切っ掛けで表に出てきたのか。

それもまた、おかしな話だ。

一千万年程度で、そこまで生物の誕生に適していない環境から、生物が出現するのだろうか。

弐分でさえ思う事だ。

それにも、結論は出ていた。

「結論は分かったッス。 テラフォーミングッスよ」

「テラフォーミング。 そういえば、プライマーが地球を滅茶苦茶にしていたあれか」

「そうっス。 EDFが出来る前、世界は終わろうとしていたッス。 21世紀には文明がもたなくなる。 それについては、誰も理解していたッスね。 かといって、目の前に迫るプライマーのような危険もなかった。 だから各国は、宇宙に活路を見いだした」

その結果。

ある計画が立ち上がったという。

ブルーマルス計画。

火星のテラフォーミングを行い。生物が住める星にするというものだという。

この計画が頓挫した理由は簡単だ。

まず第一に、物資を宇宙に運び込まなければならない。現在でも、人工衛星の打ち上げは非常に大変である。

宇宙ステーションなんて代物、簡単には作れない。

ましてや、テラフォーミングを長期間にわたって行う宇宙船なんて、どれだけの予算を食い潰すことか。

更に、21世紀初頭に、プライマーの宇宙船が見つかった事で。この計画は凍結させられ。

そして、より現実的な計画に、予算と物資は振り分けられたのである。

それが、潜水母艦計画。

そう、潜水母艦計画の前は。

火星にテラフォーミングをする計画があったのだ。

恐らく、あのプライマーの船がインド山中で見つからなかったら、この計画はそのまま進んでいただろう。

そして、何千年、下手をすると何万年もかけて。

搭載予定だった超耐久型のPCは。

火星をテラフォーミングしたのだ。

「ブルーマルス計画では、地球人の遺伝子データとともに、頭足類の遺伝子データを持ち込む予定だった。 深海に存在が限定されているのが不思議なくらいの高い潜在能力を持つ種族だ。 火星に適応出来る可能性は高いと考えていたのだろう」

「へへ、ちょっと待ってくれやプロフェッサー。 てことは、その宇宙船を火星に送らなかった今は……」

「プライマーは、存在そのものが揺らいでいるとみて良い。 それも、破滅的な揺らぎが生じているということだろう。 だから、此処まで必死に攻めてくる」

「なんてこったよ……」

ぐしゃりと、山県少佐がチューハイの缶を握りつぶした。

流石に、正気ではいられないか。

皆、黙り込む中。

咳払いを、プロフェッサーがしていた。

「これから、クルールの遺伝子データをもう少し解析してみる。 もしも、ブルーマルス計画に搭載されるはずだった頭足類の遺伝子データが発見されたら……決まりだとみて良いだろう」

頷く。

やっとだ。

正体不明のエイリアンが、ついにその正体を晒そうとしている。

弐分からしても、これは画期的だ。

そして悲しくもある。

潜水母艦は人類の切り札。それに、人類自身の性質もある。

結果として、プライマーと人類は、出会ってはいけなかったのだろう。だが、それはそれ、これはこれだ。

戦わなければならない。

一方的な侵略ではないと言う事が分かった。相手も、滅ぶ瀬戸際と言う事だ。

おかしいとは思っていた。プライマーが脳天気に時間旅行か何かをしていて、事故を起こしたというのなら。大慌てで救助船が来たはずだ。勿論船の残骸だって回収していっただろう。

それが出来なかったのには、理由があった。

恐らくだが、プライマーは。

そもそも、過去に飛んで時間旅行などしていなかったか。もしくは、致命的な理由で、過去の残骸を回収出来なかったのだ。

ヒヤリハットの極地と言うべきか。

プライマーを邪悪の権化として断ずるのは簡単だ。おろかで無能な種族と断じるのも。

だがそれは、人類のおろかさ加減を、プライマーに押しつけているだけとも言える。

弐分も、或いは人類の価値観で、プライマーを謀っていたかも知れない。

もう、和解の道は無い。

地球側から呼びかけても、もう相手は応じてくれることはない。これについては、既に過去に分かっている。

どちらかが、絶滅するしかない。

その結論が出てしまった以上。

身を守るためにも。弐分はやるしかなかった。

 

3、リングと……

 

プライマーの部隊、侵攻中。

恐らく、全世界の部隊が一度に動いているレベルだという。

その隙を突き、各国のEDFは攻撃を開始。

敵に痛打を与えている様子だ。それでも、日本の北陸に相当数のプライマーが出現。EDFの艦隊、更には各地から集結したEDF日本支部の部隊が、戦闘を既に開始していた。

今日、リングが来る。

プロフェッサーは、恐らく戦略情報部には、敵の時間戦術についてしか話していないのだろう。

三城は上空から敵を確認しつつ、その会話を聞いていた。

「今日が、話にあった日だったな」

「はい。 プライマーの大型船が、この時間帯この場所を基点に行動しているという話です。 既にプロテウス隊、フーリガン隊、レールガン隊は待機。 行動開始した敵の主力らしき部隊に、艦隊が攻撃を始めています」

「うむ。 可能な限り削ってくれ」

「それにしても不可解な点が多いです。 プライマーは、どうしてこうも執拗に……」

少しだけ時間をおいて、千葉中将が話す。

その言葉はほろ苦い。

「人間が恐ろしいのかも知れないな」

「これだけの文明差がありながら、ですか」

「考えても見ろ。 奴らは地球に来ることが可能な文明だ。 広さの感覚が違っているだろう。 開戦前はこの小さな星に80億、現在では50億前後にも達する人間が密集し、その全てを容易に殺し尽くせる武器を貯蔵し、更にはプライマーが来るまでは各地で紛争が絶えなかった。 プライマーの時間を書き換える戦術に比べて、我々の戦争は泥臭く残虐だ。 奴らのスマートな戦い方は、洗練されていて芸術的ですらある」

「そうでしょうか。 プライマーの戦闘には、どうにも素人臭さが透けて見えていると私は考えます」

少佐は容赦ないな。

そう思いながら、相手の配置を確認。

高機動型とコロニストの特務が前衛だ。既に味方部隊は展開を開始している。

この辺りは灰燼と帰すだろうが、仕方がない。

エイレン部隊が前列を作り。

更にはレールガン部隊、プロテウス部隊が陣取る。

これだけで充分過ぎる戦力だが、念の為だ。

バイザーの情報を共有。

山県少佐が、フォボスを呼んだ。まだ敵ドローンは到達していない。日本海に展開している艦隊の対空クラスター弾で、ドカドカ叩き落とされているのだ。

「プライマーの用いる時間戦術というのも、本当にスマートと言えるのかは私には分かりません。 実際には地球と同じように、血塗られた歴史の末に開発したものかも知れませんし、或いは開発したばかりで使いこなせていないのかも知れません。 プライマーは歴史を好き勝手に変えられる割りには戦術がどうにも人類ほど洗練されておらず、マシンパワーと物量に頼る節があります。 我々は、プライマーの事を何も理解出来ていないのです」

プライマーはほぼ確定で火星人だ。

そんな事を告げたら、千葉中将は目を剥くだろうな。

そう思いながら、ビルの上に着地。

フォボスが来て、爆撃を開始。凄まじい爆発が、ビル街もろとも高機動型の群れと、コロニストの特務を消し飛ばしていた。

生き残りもでるが、これで視界はすっきりした。

「攻撃開始! 敵残党を蹴散らせ!」

「プロテウスはエネルギーと弾を温存しろ! 俺たちだけで充分だ!」

「了解。 これから敵の本命が来ると聞く。 主力に備えて力を温存する」

プロテウス隊は、今日はダン中佐が指揮を執っている。

それもあって、かなり引き締まっているようだ。

あの荒くれの駆除チームも、ダン中佐がしっかり手な付けているとみて良い。

エイレン隊が、生き残りに攻撃を開始。三城も上空から、誘導兵器で敵の足を止める。

大兄が、更に迫るアンドロイドに、超長距離射撃を決め始めた様子だ。それを見て、おおと兵士達が声を上げる。

「あの人だけで、ミサイルより長距離の敵を簡単に沈めるな」

「それは、エイリアン殺しの英雄にもなるぜ」

「負けていられないぞ! 次の英雄は俺たちだ!」

「イエッサ!」

敵を蹴散らし続ける。次々に増援が来るが、エイレン隊だけで今の時点はどうにかなっている。

勿論随伴歩兵も勇戦している。

ブレイザーの熱線が雨霰と敵に降り注ぐ中。

プロフェッサーが、声を掛けて来る。

「来るぞ」

頷く。

そして、空を見た兵士の一人が、恐怖の声を上げていた。

「おい! 空を見ろ!」

「ばかなばかなばかな!」

そう。そこには。

君臨するリングの姿が。

空から降りてくるそれは、マザーシップよりも巨大。円環の絶望。全てを書き換えるものだ。

「本当に来たか!」

「位置も時間も、予想通りです」

「敵軍勢、侵攻中!」

「よし、予定通り迎え撃て! エイレン隊、総力を挙げろ! 海上に展開中の艦隊、サブマリンも巡航ミサイルで支援! 一体も近づけるな!」

今回、千葉中将は前線で指揮を執っている。

プロフェッサーも、指揮用のプロテウスの中にいる。

敵を近づける訳にはいかない。

凄まじい爆発を浴びつつも、ドローンも含む敵が来る。エイレンが戦列を並べてレーザーで応戦。

ドロップシップも、砲火の中来る。

敵特務が降り立つが、即応して足下にプラズマグレートキャノンを叩き込んでやる。其処に、味方が寄って集って攻撃し。即座に全滅させる。また、無事に降りて来た敵特務も、十数機いるプロテウスにはどうしようもない。硬X線ビーム砲の直撃を浴びて、その場でばたばたと倒れていくだけだ。

「敵、増大中!」

「凄まじい数だ! だが迎え撃て! 勝機はかならずある!」

「イエッサ!」

大型アンドロイドが来るが、大兄が即応して撃ち抜く。だが、スーパーアンドロイドがかなりの数迫ってくる。

プラズマグレートキャノンを何度も叩き込んで数を減らすが、前線が乱戦になる。敵も必死だ。

本当に、徹底的に物量を投入してきている。

前衛の一部が崩れる。呼び隊がでる。

各地では、怪生物を相手にバルガ隊が戦闘中だ。此処にバルガを呼ぶわけにもいかないだろう。

一華のエイレンWカスタムが凄まじい暴れぶりで敵を削っているが、それでもとても足りない。

そろそろだな。

そう思い、三城は着地。ライジンに、エネルギーをチャージする。

前衛が激しく戦う中、空に来るもの。

そう、敵大型船だ。

数はおよそ150。凄まじい大船団である。

「あれは……」

「各地で目撃されていた敵の大型船です。 全てプロフェッサーの言葉通り。 歴史を変えるつもりなのでしょう」

「通過させるな! プロテウス隊、総力で攻撃を開始!」

「待ちかねたぞ! 硬X線ビーム砲、全力照射! ミサイル全弾発射!」

これに、サイレン、グラウコス戦で強化された対空レールガン部隊も加わる。

先頭の敵大型船が爆発四散。次々と、敵大型船が落ちていく。レールガン部隊も火力を集中。

三城もライジンを叩き込み、火を噴いている一隻を落とす。

一華のエイレンWカスタムも、収束レーザーで攻撃に参加。敵の殺到する部隊は、エイレン隊に任せる。

木曽少佐の放ったリバイアサンミサイルが、大型船を叩き落とす。

更に上空からDE204が特攻。火力の滝で、敵を落とす。

だが、それでも。

確実に、敵がリングに吸い込まれていく。敵の艦隊は穴だらけで、傷だらけの機体も多い。

それでも、抜けていく機体はどうしてもでる。

「くっ、全ては落としきれない!」

「せめてプロテウスが三十機あれば……」

プロテウスの量産は間に合わなかった。だが、目測だけでも、敵の数は半減、いやもっと減っている。

諦めずに、後列の敵も叩き落として行く。敵の大型船が減っている分、火力も集中される。

その分だけ、落ちていく。

「敵船、撃墜89、90、91……」

「くっ、それでも50隻以上は逃がしたか!」

「世界が……空が……」

兵士の絶望の声が上がる。

それはそうだ。

また、空が赤く染まり始めている。

撃破カウントは、最終的に96。その代わり、敵も50隻以上があのリングを通過していった。

そして敵は50隻を更に加えて、新規戦力を送り込んでくるだろう。

歴史は、また変えられてしまう。

プロフェッサーが、通信を入れてくる。

全てが変わりつつある世界の中で。

「覚えていた事は、全て活用する。 そして一華くんの方が、この歴史改変の中で、覚えていることが多いようだ。 壱野くんも」

「……」

「次の敵の攻撃は、恐らくもっと苛烈になるだろう。 生きて、また会おう。 絶対に、死ぬな。 絶対にだ」

チューハイの缶を捨てる山県少佐。

敬礼すると、ふらふらと何処かに消える。

木曽少佐は、最後の一隻をリバイアサンで落とした後、呆然と立ち尽くしていた。

世界が揺らぎ始める。

また、全ての抵抗が無駄になったと言うことだ。

「タイムマシン……! 林主席主任の言葉は真実か! プライマーは歴史を好き勝手に変える! 神の力だ!」

誰か、老人の声がした。

或いは、プロフェッサーがあつめた科学者の一人だろうか。

戦略情報部の少佐が、呆然と言う。

「あれがタイムマシンだとすると……今までの努力も……我々の抵抗も……全て無意味です」

「そんな馬鹿な……」

「いや、無意味では無い。 これだけの数の敵大型船を落とした。 敵の物量には限界がある。 次は……」

必ず勝つ。そう、プロフェッサーが言うのが。最後に聞こえた。

 

凄まじい被害を出した。

トゥラプターは例のものをくぐるときに、撃墜されても良いと思っていた。かなり焼け鉢になっていた。

例のものの中で、新たに追加された五十隻と合流。

五十隻程度しか残らなかったのを見て、「風の民」長老は驚いていた。

「これほど「いにしえの民」の抵抗が激しいというのか」

「これもあって、恐らくもう「外」は歴史改変を許さないでしょう。 「いにしえの民」がそれだけ過剰な力を持つ事になるからです」

「む……うむ……」

「風の民」は、あらゆる全てが優れている。

知略も戦力も。トゥラプターでも尊敬する戦士が何名かいるほどだ。その「長老」である。

実力は、最強といってもよかった。

「本国はどうなっておりますか」

「どうにもならん。 既にタイムパラドックスによる被害は甚大。 インフラも動くか動かないか、というところだ。 「水辺の民」による例のタイムパラドックス補完計画も上手く行っていない」

「「いにしえの民」が行ったテラフォーミング計画を代行させるというあれですな」

「ああ。 何しろ「いにしえの民」の抵抗が凄まじすぎて、歴史を安定させられないからな」

「風の民」長老は、しばし黙り込んだ後。

トゥラプターに謝罪した。

「すまなかった。 そなたが尊敬していた長老を死なせてしまった」

「……」

「代わりに私が全責任を取り、「いにしえの民」との競争を制しよう。 我等の先祖の失態とは言え、これ以上の被害も……未来なき世界も看過できぬ」

「分かりました。 俺も、全力でここからは事に臨みましょう」

もっと早くに来てくれていれば。

そう思う。

「水の民」長老は、自殺したようなものだ。

多大すぎる被害の責任を取って。

それに、だ。

恐らくだが、「ストーム1」と呼ばれるあの者達を仕留める好機は、最初しかないと思う。

地球人の数名だろうが、明らかに時間遡航している。

その際に持ち込まれた技術が、ついに硬X線ビーム砲による凄まじい掃射を可能にした。あれが過去に持ち込まれると、恐らくは負ける。

そして、そもそもこの「戦闘輸送転移船」の情報を与えすぎた。

下手をすると、過去に転移する際に叩き落とされる可能性すら生じてくる。敵があの硬X線ビーム砲搭載兵器を量産に成功したら。その可能性は更に飛躍的に高まるとみて良いだろう。

この戦いは負けたかも知れない。

だが、負けるにしても、最後までやりたい。

戦士であるから、そう思う。

仮に負けたとしても。

それは「いにしえの民」に負けたのでは無く、無能な先祖のせいだ。そう考える事も出来る。

もはや本国は破滅寸前。

今のトゥラプターに残っているのは、誇りというものだけ。

そんなもの、何の役にも立たない。

そんな事は、トゥラプターだって嫌になる程知っている。それでも、これだけが最後に残ったのだ。

だから、最後の戦いで、この誇りを。

敵に。

ストーム1に。

ぶつけるつもりだ。

「それでは、最後の「対いにしえの民」作戦を開始する」

「風の民」長老が、作戦の開始を宣言。

既に本国は滅びつつある。

「種族は滅ばない」。それについては、「外」が保証してくれた。そもそも「外」に対してバカをやらかした先祖のせいでこうなっているにも関わらず。連中は差別をせず。種族が滅ばないように一部のデータを保存してくれたのだ。

だが、その先にあるのは、閉ざされた世界での閉ざされた生物としての生活。

「外」は「いにしえの民」がいう所の神にもっとも近い存在だ。奴らは話によると、宇宙が出来る前から存在しているとか聞く。

だからこその技術力。

だからこその、保護行動なのだろう。

確かに、「外」の行動がなければ。宇宙は侵略と殺戮のたえない地獄になっていたのかも知れない。

だが、それでも。

戦士として、トゥラプターは外の事が最後まで好きにはなれそうになかった。

 

4、再びの地底

 

世界の揺らぎが安定した。

そう判断した壱野は顔を上げて、周囲を見回した。

此処はベース251近郊の地下商店街。

そう。

馬場中尉が立てこもっている場所だ。

記憶が一気に流れ込んでくる。少し時間を掛けて、整理していく。

プライマーはこの周回では、制空権を徹底的に取った。とにかく、ドローンなどと比較にならない航空戦力が出て来たのだ。これによって早期にEDFは空を失い。海を失うのとは比較にならないダメージを受けた。

後は上空からの攻撃で各地は徹底的に蹂躙され、この有様、である。

また歴史は改変され、人類は負けた。

だが、此処からだ。

勿論敵も、そろそろリングに何か仕掛けられている事は知っているだろう。それでも、突破して過去に戻らせて貰う。

装備類を確認。一華が頷く。エイレンWカスタムを近くに隠している。戦況の悪化を見て、早い内に手を打ったのだ。

この他にも、この地下街にデプスクロウラーを隠してある。

これは、プロフェッサー用だ。外に出しておくと危険なので、これでなんとか生存率を上げて貰う。

手元にはTZストークとライサンダーZ。

ただしライサンダーZは極限まで性能を引き上げている。恐らく、最高のチューン品だろう。

プライマーの技術に制限があるように。プライマーから技術を奪っているEDFも、これ以上の革新的な技術強化は難しい。

プライマーもそろそろ物資などが限界だろう。

次が勝負だ。

側では、プロフェサーが馬場中尉達に話をしていた。

「プライマーがどうも過去を改変しているらしいって話は、俺たちも聞いていた。 そのブルーマルス計画ってのが、奴らが地球に攻めてきた原因だっていうのか」

「そうだ。 クルールやコスモノーツの体から、決定的な遺伝子が発見された。 ブルーマルス計画で、火星のテラフォーミングで使用するはずだった頭足類……現在は深海に細々としか存在していない生物の、それも陸上に適応出来るように弄った形跡まである遺伝子が発見されたんだ。 これに加えて、火星で発見されている、宇宙放射線を浴びつづけた土壌も奴らの体から見つかっている。 他にも幾つかあるが、間違いない。 奴らは邪神なんかじゃない。 遙か未来の火星に、地球人がテラフォーミング船を送り込んだ未来に誕生するはずだった火星人。 マーシアンだ」

「それが、地球人が火星にテラフォーミング船を送り込まなかったから、地球の歴史を無理矢理変えに攻めてきたっていうのか」

「大筋ではそうなる」

馬場中尉は、少し呆れていた。

兵士達は、苦虫を噛み潰している。

それはそうだろう。

そんな話をされても、どうすれば良いのか分からないだろうから。ただ、物部伍長が余裕がない様子で言う。

「そんなことはどうでもいい! 奴らが火星人だろうが地底人だろうが、今は生きることが大事なんだ!」

「そうだな……奴らが火星人だと分かった今、もしも火星にロケットを送り込む事が出来れば、決定的なダメージを与えられるのだが」

「そうじゃない! 備蓄が尽き掛けてる! 食糧がない! 医薬品もだ! 地下には千人の人々が苦しんでいるんだぞ!」

千人、か。

一番酷いときは確か前々周。その時は三百人にまで減らされていた。

今回の周回では、最初の五ヶ月が失われなかった。

それでいながら、あの風神達が出現してから、人類は一気に此処まで追い込まれる事になった。

荒木大尉達が死力を尽くして奴らの繁殖場。

正確には、元々頑強で地対空攻撃にも強い風神達をまもるための「闇の魔物」を増やすための場所。

それを突き止めて、そして戦死した。

もしも、あそこで。

あの繁殖場を潰せていれば。

今では、風神の倒し方だって分かっている。ストーム4が決死の空中戦を挑んで、そして発見してくれたのだ。それまでは、文字通りどうにも出来なかった。

過去に戻る事さえ出来れば、風神どもを駆逐出来る。

闇の魔物も手強い。

だが、過去にさえ戻れば。

この周回では、プロテウスをかなり早期に建造できていた。それも、あまりの敵の攻撃の苛烈さに、配備が間に合わなかった。

敵の攻撃さえはねのければ。

全ての運命を逆転させることが出来る。

手を見る。

今度こそ。この手で。

敵を、打ち砕かなければならなかった。

いつもと同じように、物部伍長が喚いている。

地下に妻がいるのだ。

それは、必死になるだろう。

「崩落した通路はもうどうしようもない。 ストーム1がデプスクロウラーを持ち込んでくれたが、それでも通路を復旧する頃には餓死者が出始める! 地上を行くしかない!」

「地上に出た奴がどうなったか忘れたか! 奴らは猛禽より目がいい! 絶対に見つかって、視界を塞がれてなぶり殺しにされるぞ! エイレンでもプロテウスでも、奴らの火力にはどうにもならなかった事を忘れたのか!」

「で、でも……」

「物部伍長、無理はしないでくれ」

これから利用する相手なのに、プロフェッサーはそういう。だが、表情はとても辛そうだった。

三城が視線を背ける。

どんどん手を汚さなくなってきている自分に対する嫌悪感。

救ったはずの家族をまた失ってしまった痛み。

それらが、プロフェッサーの心をどんどん蝕んでいるのが理解出来るのだろう。

一華が咳払い。

「物資だったら、私がかならず倉庫までの穴を開けるッスよ。 だから、ひもじいのを我慢してほしいッス」

「あんた達は英雄だ! あの化け物どもに対抗できるのもあんた達だけだ! それは分かってるが、食い物だけはどうにもならない! 地下では伝染病まで流行り始めようとしている! 抗生物質がないと、手遅れになるんだ!」

「物部伍長、これ以上騒ぐようなら拘束するぞ」

「馬場中尉……」

馬場中尉はリアリストのように見えて、実は結構熱い心の持ち主だ。

壱野はそれを知っている。

「いいから、今は力を温存しろ。 まだ備蓄は尽き掛けているとはいえある。 絶対になんとかなる」

「分かった……」

さて、そろそろだな。

警報が鳴る。

兵士が来る。前々周に比べれば、まだ全然マシな装備だった。

「奴らだ!」

「どうやら先に片付けるべき仕事が出来たな! ストーム1、先頭を頼む。 俺たちは支援任務だ」

「イエッサ!」

「ブレイザーがあればな……」

兵士達が呻く。

量産されたブレイザーでも、風神を殺しきるにはいたらなかった。風神と闇の魔物の組み合わせが、対空、対地、両方でどうしようもなかったのだ。

しかも敵戦力は、それだけではなかった。

一度制空権を取られると、あとはどうにもならなくなったのは、仕方がない話であっただろう。

「とうとう奴らが、地下に攻めこんできたのか」

「風神共の体は巨大だ。 地下には入り込めない。 それに闇の魔物も、地下を嫌う傾向があるようだ。 そうなると、奴らの走狗……要するに怪物やネイカーだ。 ネイカーには特に気を付けろ」

「イエッサ……」

周囲を見回す。

柿崎はプラズマ剣を抜いて立ち上がっている。山県は自動砲座をケッテンクラートに乗せていた。

即席の小型牽引砲というわけだ。

その車を、フェンサースーツのパワーで木曽が押す。

地下では分が悪いミサイルフェンサーは、力仕事で役立つしかない。

一華はそのままデプスクロウラーに乗り込む。後部座席に、プロフェッサーを乗せる。

弐分は地下用にデクスターと、より接近戦に特化したフラッシュスピアと呼ばれる連射式のスピア。

三城は近接戦闘用のレイピア。ただし、ライジンは持ってきている。これが風神相手には特攻兵器に近い事を知っているからだ。だから、持ち込んでいる。

兵士達とともに、地下街を走る。

見えてきた。β型だ。

かなりの数だが。それでも所詮β型。しかも元々広い場所での浸透力を得意としているβ型だ。

地下では、そこまでの力は発揮できない。

全員で手分けして、片っ端から駆逐する。ただ、今回はかなり数が多い。アサルトをぶっ放しながら、馬場中尉が叫ぶ。

「かなり数が多い! 地下に入り込まれたら市民は全滅だ! 駆逐を急げ!」

「もうここ、ばれてるんじゃないのか!?」

「そうかもな。 だが、近場の基地と言えばベース251くらいだ。 あそこだって、此処より状況がマシだとは思えない」

「くそっ! 風神ども相手に、空軍がもう少し粘れれば!」

あまり、そういう事は言わないでほしい。

DE204のパイロットは、この周回でも奮戦の末に戦死した。空軍が不甲斐ないから負けたのでは無い。

相手の能力が初見殺しだった、というだけだ。

それに装備も凶悪極まりなかった。

硬X線ビーム砲、誘導型レーザー、広域殺戮用の毒ガス兵器。いずれもが、対地、対空ともに、対策必須の兵器だった。

それらに対抗が間に合わず、人類は負けたのだ。

だが、今は対策を知っている。

過去にさえ戻れば、壱野がどうにかする。

ストークでβ型を蹴散らし、どうにか地下街から一掃。だが、これは恐らく第一陣にすぎない。

「片付いたか!」

「いや、まだいる」

「くそっ!」

壱野の勘は馬場中尉も信頼してくれている。すぐにハンドサインを出して、弐分と三城を先行させる。

先に物部伍長が動かないように、最後尾に最初は見張りを立てる。今回は、あまり地下では役に立てない山県、木曽コンビで行く。

広い空洞にでる。

其処には、大量の。みたくもない連中がいた。

金銀である。

ひっと、兵士が悲鳴を上げる。

「金銀の怪物だ……!」

「出会ったものは死ぬ、か。 此奴らですら、風神にくらべれば雑魚も良い所だっていうんだから、どうしようもない……」

「片付ける。 少し下がって、そこを防衛線にする。 大丈夫、我々の火力なら、撃滅しきれる」

「そうか、有難う。 心強い言葉だ」

馬場中尉が、皮肉混じりに言う。

分かっている。

壱野だって、三年前の決定的な敗北を食い止められなかった。風神を三十七体も倒したが、それでもどうにもならなかった。

今、奴らはストームチームを必死に探している。

この三年で五十体以上を殺したが。その度に大苦戦した。

それに比べれば、金銀など、まだまだ。

銀のβ型をライサンダーZで撃ち抜いて、誘き寄せる。

わっと集まってくる金銀に対して、デクスターの凄まじい殺傷力がお出迎え。足を止めたところに、一斉射撃で仕留める。片っ端から金銀を倒して行くが、それでも敵の勢力はまだ奧にいると勘が告げてくる。

舌打ち。

恐らくだが、これは気づいたな。

風神どもは、姿がクルールに似ている。何よりも、他のエイリアンに指示を出しているのを何度か確認されている。

奴らはプライマーの支配者階級だ。それもクルールよりも更に上位の。

その代わり数が少ないが、その戦闘力は単騎でクルールの群れに匹敵する。

人間がプロテウスを開発して調子に乗っていたが。

それも、所詮は龍車の前の蟷螂の斧に等しかったのだ。

風神共は頭が回る。

此処に人間がいると判断し。

容赦なく、戦力を送り込んできているというわけだ。

だが、ここに来ている戦力を全滅させれば、少しは時間を稼げる。いずれにしても、リングの下に辿りつかなければならないのだ。

その時間は、かなり差し迫っている。

猛烈な戦闘を続行。

兵士達が何人か悲鳴を上げる。金銀の攻撃は擦っただけで致命傷になりかねない。何度か、それを受けたのだろう。

「負傷者は下げろ! 医療品はただでさえ残りが少ない! 治る怪我の内に後退しろ!」

「畜生、やられてたまるかよ!」

「どうせ此処で勝っても、外はクラーケンの天下なんだ! いずれ殺される!」

「その名前を口にするな! 不吉だ!」

クラーケン。

そう、風神のことだ。

例によって命名は戦略情報部。

ただ、どうして海の怪物の名前を、風神につけたのかはよく分からないが。

金銀をどうにか掃討。更に奧へと進む。

馬場中尉は無事だ。

流石の古強者ぶりである。

広い通路を抜けると、放棄された市街地にでる。此処は確か、倉庫が一つあったはずだ。それを告げて、物部伍長を安心させる。

ただ。正直此処にある倉庫だけでは、とても地下の人員を救うには足りないし。

他の軍用倉庫から物資を回収しても、いずれ物資は尽きる。

物部伍長は、それを知っている。

だから、此処を掃討しても、まだ先があると分かっているのだ。

来る。

「ネイカーだ!」

「口を開けるまで銃を撃つな! いいか、口を開くまで接近させろ!」

馬場中尉が叫ぶ。

接近して来る死の貝。

此奴らも、孤立した各地の基地を、物量で押しつぶしていった。クラーケンにより制空権を取られた後、攻撃は計画的になり。基幹基地はどれもやられてしまった。

だが。今更だ。

今の壱野が、此奴らにやられることは無い。

口を開いた瞬間、内側を貫く。

次々に爆散するネイカー。数匹は強引に押し込んでこようとするが、弐分と三城が火力を集中して押し返す。

後方からも来る。

そっちは一華に任せる。

デプスクロウラーにもCIWSのシステムは搭載している。ネイカーの群れくらい、今の一華の敵ではない。

敵を撃退しながら、じりじりと進む。

不意に、大穴にでる。

なんだここは。

地下商店街を目指すように、地上から作られている巨大な穴。ぞくりと、嫌な気配がした。

「さがれ!」

「くっ! 後退だ!」

「一華、前に出て弾幕を展開! 総力戦だ!」

陣列を組み替える。

その間にも、上空から凄まじい勢いで怪物が降り注いでくる。穴に飛び込んでくるのは怪物だけではない。

アンドロイドもいる。

全ての種類のアンドロイド。当然大型や、スーパーアンドロイドもいた。とんでもない大軍だ。

本気で、此処をつぶしに来ているという事だろう。

「くそっ! 数が多すぎるぞ!」

「奴らは基幹基地を一つずつ、過剰すぎる程の戦力で潰していたと聞いている! 多分基幹基地を潰し終えたから、こういう生き残りの街を同じようにして潰しているんだ!」

「くそったれ! 殺されてたまるか!」

「その意気だ。 むしろ、ここに来たことを後悔させてやる」

壱野は、射撃を続行。

徹底的に敵を討ち滅ぼす。

今のTZストークは実体弾を使わないバージョンになっている。弾は自動生成されるようになっていて。

バッテリーの充電も、小型の核融合炉が開発されたため簡単だ。

この地下商店街にも炉はある。

殆どの兵士も、このストークを使っている。ただライサンダーZなどは、弾丸が必要で。

いつまでも此処に籠もれるわけではないのだが。

「……」

五時間ほど、死闘が続いた。

そして、穴が埋まるほどの怪物の死体が積み上がった頃に。ようやく攻撃は止んだ。

物部伍長もいなくなっていた。

「物部伍長!」

「食糧がいるんだ。 さっきの廃棄地区のものだけでは足りない! 地上に出ればすぐにある!」

「戻れ! 死ぬぞ!」

「必ず帰る!」

通信がきれる。

馬場中尉が口惜しそうに歯を食いしばったが、どうにもできない。だが、そうするだろうと思っていたように。馬場中尉は、救出に行くと言った。

「地上はもはやクラーケンの世界だ。 急いで救出しにいかないと、物部伍長は殺されるだろう」

「俺たちが行っても……」

「此処には五年間の戦役で合計百体を超えるクラーケンを屠ってきた地球最強の特務ストーム1がいる。 皆、生還するぞ!」

「……イエッサ」

兵士達だって、分かっているのだろう。

ストーム1がいなければ、今の怪物の襲撃ですらどうにもできなかったことは。

地上に出る。

空は真っ赤。

そして、周囲の荒野には。

更に巨大化した、異形の建造物が建ち並んでいた。

「地球の環境を改変しているようだな。 今まで以上に大胆に……」

「いや、焦っているように見えるッスわ。 実際コロニストを虐待まがいに働かせて、ロケットを作っているのを何度も見たッスから」

プロフェッサーに、一華が指摘する。

だとしても。

今は、それに手出しをする余裕はなく。

リングに行くしか、道は無かった。

 

(続)