孵化する破壊神

 

序、破滅の作戦

 

この日が来てしまった。

何度かの攻撃作戦で、サイレンにダメージを与え続け、ついに北米の一角に追い詰めた。村上班は全ての作戦に参加して。壱野が指揮を執る事で、味方のダメージは可能な限り抑え込んだ。

今、サイレンは大きな駅ビルに陣取って眠っており。

攻撃部隊として、EMCが四両。ケブラー八両。それにニクス四機と、バリアスとブラッカー合計二十両が出て来ていた。

少し少ないと思ったが、例の北米派閥が内部で揉めているらしい。

どうも村上班をこの作戦に参加させたくない連中がごねたらしく、参戦させる兵員を減らさざるを得なかったそうだ。

馬鹿馬鹿しい。

作戦が失敗したら、村上班のせいにでもするつもりなのだろう。

どこまでおろかなのか。

壱野は呆れるが。

ともかく、今回は荒木軍曹とスプリガンが来ている。荒木班のエイレンVは、今回はレールガンを装備してきている対空仕様だ。一華のエイレンVと一緒に、活躍が見込めるだろう。

また、今回は試作型のイプシロン自走式レールガンを一両だけ配備することに成功した。

これについては、扱いを山県少尉に任せる。

なお、作戦の少し前に、弐分、三城、一華は大尉に昇進した。どうでも良いことである。動きやすければ、それでいい。

必要なだけ地位があれば、それでいいのだ。

「EMC、前進せよ!」

「もう目の前だ! 近すぎる!」

「でかすぎてそう見えるだけだ! EMCのエフェクティブレンジは思ったよりも短い!」

「くそっ! あんなの相手に本当に戦えるのか!?」

兵士達が呻いている。

恐らくだが、サイレンはこの後スキュラを呼び寄せるはずだ。

此処は海から近く、サイレンが呼べばスキュラは現れるだろう。勿論、その対策のために、戦車隊やニクスを集めているのだ。皆にも周知はしてある。

だいたい部隊が配置につく。

今回は、サイレンの護衛部隊がいない。

おかしい。

やはり、プライマーも、既にサイレンに何をEDFがしようとしているか、察知しているのではあるまいか。

前の時は、休眠中のサイレンにスキュラが集っていたし。

護衛の部隊もかなり多かった。

あれは、EDFのやろうとしていた攻撃……爆破がサイレンに有効だったことを、察知していたからではないのか。

プライマーは衛星軌道上から、EDFの動きを常に監視しているとみて良い。

そう考えると、恐らくだが。

今回の作戦は、失敗する。

「荒木軍曹、ジャンヌ中佐」

「どうした」

「何か問題か」

「普通、サイレンは護衛の怪物を侍らせます。 スキュラも。 あの無防備な状態で、どうしてそれをやっていないのか。 罠とみて良いでしょうね」

荒木軍曹は頷く。

問題は、罠の性質だなと、ジャンヌ中佐も応えた。

話を聞いてくれるのは助かる。

話が早いからだ。

「罠として、どういうものが考えられる。 誘き寄せて大軍で一網打尽か?」

「いや、この戦力に加えて村上班もいる。 恐らく敵も、それは狙ってこないだろう」

「だとするとなんだ?」

「バスターを撃たせることだと思うッスね」

一華が話に加わってくる。

荒木軍曹には、バスターがまずい事は告げてある。荒木軍曹は、なるほどと呟いていた。

「わかった。 では、念入りに注意しよう。 いずれにしても、作戦が開始される。 サイレンを殺せるなら、それでいい。 殺せない場合は……」

「此方戦略情報部」

「?」

「なんだ」

作戦指揮を執っているのは、今回はジェロニモ少将だ。

ジェロニモ少将にも、バスターがまずいという話はされているらしい。だが、それでも戦略情報部の方針だ。

戦略情報部トップの参謀は、政治的な駆け引きに関する怪物だ。

今回の件も、それで承認しているのだろう。

そして、現時点では。

戦略情報部の権限は大きく、少将くらいでは逆らえない。

「先進技術研から、作戦中止の要請が入りました」

「例の主任ですね、 バスターの使用が危険だという話ですが」

「参謀に確認します。 先進技術研は多くの兵器開発で効果を上げており、その発言は無視出来ません」

どうやら、少佐の態度も多少は軟化しているか。

いずれにしても、サイレンにバスターを撃ったら同じなのだが。

とにかく、今は結果を待つしかない。

数分後。

希望は砕かれる。

「作戦は予定通りに行います。 サイレンへの攻撃を開始してください。 これは参謀の指示です」

「分かった。 EMC、戦車部隊、ケブラー、コンバットフレーム、各部隊攻撃準備!」

指揮車両の強力なカスタマイズを受けたニクスに乗っているジェロニモ少将が、声を張り上げると。一斉に兵器群が攻撃態勢に入る。

そして、EMCが電磁崩壊砲を発車すると同時に。

全軍での攻撃が開始された。

サイレンも、流石に一瞬で飛び起きる。凄まじい唸り声を上げて、中空に飛び立つ。やはり、見た所EMCがダメージになっているようには見えない。とにかく、レールガンを主力に、実体弾主体で攻撃を続行する。

サイレンは炎を吐き散らす。その度に、兵士達がわっと散る。

かなりサイレンは弱っているはずだが。それでも炎の火力は落ちる気配もなかった。

「とんでもない火力だ!」

「とにかく移動し続けろ! まともにアレを喰らったら、アーマーが一瞬で溶ける!」

「攻撃! 続行!」

「くそっ! さっさと落ちろクソ害鳥っ!」

兵士達が逃げ回りながら、射撃を続ける。

カスターの派閥は、余程熱兵器にこだわりたいらしく。EMCの他にもいわゆるHEAT弾を戦車に主力として装備させている様子だ。後はエイレンに装備しているレーザーもニクスに搭載させている。

当然それらは通用していない。

ジェロニモ少将は嘆く。

「駄目だ、効いている様子がない。 このままだと貴重な戦力が大きく損なわれるぞ」

「一華」

「了解ッス。 ジェロニモ少将、私達で落としてみせるので、恐らくやってくるスキュラに全力で対応してくれるッスか?」

「村上班のニクス乗りか。 分かった、そうしてみよう。 それにしても誰だこんな作戦を立てた奴は。 殺してやる」

ジェロニモ少将は分かっている。

だが、敢えてこの言葉を兵士達に聞かせているのだ。

そのまま、荒木班とスプリガンにも無線を入れる。

「見ての通りです。 作戦通りに行きます」

「分かった、支援する」

「ここまで実体弾兵器で追い詰めたというのに、何で今更このような愚策を採る。 熱兵器が効かない事は何度も実践で確認されているだろうに」

ジャンヌ中佐がぼやく。

そのまま、村上班、荒木班はレールガン主体で攻撃を開始。

また、スプリガン隊は電撃銃。それも遠距離攻撃用に開発された電撃銃を主体に攻撃を開始。

サイレンに、此方は明確に効く。

サイレンが、レールガンが傷口を抉ったことで、悲鳴を上げて跳び上がる。

そして、空に向けて咆哮していた。

霧が出始める。

それなりに内陸なのに。

スキュラだ。

来る事は分かっていた。だから、相応の戦力を揃えてきている、と言う訳だ。

「スキュラだ! 総員、サイレンは後回しだ! スキュラに集中しろ!」

「イエッサ! 何が人魚だ! 全部焼き魚にしてやる!」

恐らく兵士達も、サイレンに熱兵器がまるで通じていないことは感じていたのだろう。それに、スキュラが現れる事は織り込み済みだ。

まずは周辺に設置してある地雷がお出迎えである。

この地雷は踏んだ相手を何でも爆破するような代物では無く、サーチした上で爆発するようになっている。

今回は対スキュラ用のセンサをつけたC90A爆弾だ。

スキュラが押し寄せてくるが、複数がこれに引っかかり、文字通り粉みじんに消し飛ぶ。流石のスキュラも、事前に設置されたC90A爆弾を前にしては、どうしようもない。問題は、スキュラは単騎では来ないと言うことだ。

地雷原を強行突破して、更に来る。

それを、EMCが出迎えた。

電磁崩壊砲は、サイレンには通用しないが、他の怪物や勿論スキュラにも絶大な火力を発揮する。

それだけではなく、戦車隊やニクスも一斉攻撃を開始。

スキュラは既に世界各地に現れ、対抗戦術も少しずつ練り上げられている。兵士達が自動砲座を展開し。少しでもスキュラの足を止めると、集中攻撃を浴びせてその突進を押しとどめる。

接近されたら終わりだ。

それはもう既に、兵士達の間では周知されている。だから、全員で必死に攻撃を浴びせて防ぐ。

「タンク、前に出ろ!」

「了解!」

そんな中でも、やはり突撃してくるスキュラを、戦車が全力で迎え撃つ。勿論かなり分が悪いが、それでも一瞬でも足を止められるし、凶悪な毒霧にも多少は耐えられる。

至近から戦車砲を浴びせても倒れないスキュラだが、決死の覚悟で足止めしている戦車を掠めるようにして、電磁崩壊砲が直撃すると、流石に悲鳴を上げて飛び退く。そこにニクス隊が、一斉射を浴びせて倒す。

被害を受けた戦車は次々に後退。

スキュラは、どうにか食い止められている。

壱野はひたすらライサンダーZで狙撃。エイレンV二機によるレールガンの攻撃と。更にはスプリガン隊の電撃砲による集中攻撃。弐分のガリア砲。三城のプラズマグレートキャノン。山県少尉が使っているプロトタイプのイプシロンレールガン。ただイプシロンは改良が不十分で、斜角をあまり取れないので攻撃機会が限られる。

そして、今飛来したDE203による機関砲。

これらが全て直撃し、消耗していたサイレンの傷を更に深くしていく。

無駄にEMCや熱攻撃を浴びせたこともあり、サイレンは多少回復してしまっているが、それでも効いている。

ただ、炎を吐いて暴れ回っているのには変わりはない。

悲鳴を上げて地面でもがいている兵士や、モロに火球を喰らって大破するAFVで周囲は地獄絵図だ。

それでも、必死に攻撃を続ける。

木曽少尉の放ったリバイアサンミサイルがサイレンに直撃。山県少尉のレーザー誘導によるものだ。

柿崎は、時々スキュラに押されている味方を支援させている。

壱野が、今ミサイルが直撃した地点に、ライサンダーZの弾をねじ込む。

同時に、最大級に火力を上げているロケットランチャーゴリアスの弾を、小田少尉が叩き込んでいた。

流石にロケランの名手だ。

「よし、効いているぞ! 攻め立てろ!」

荒木軍曹が、大型対物ライフルで射撃を続行。

サイレンも、逃げようとし始めるが。そうはさせるか。

この時の為に、準備はしてきてある。

一華のエイレンVに、山県少尉が補給車から用意してきた大型のバッテリーを接続。

エイレンVのレールガンは破損するが、代わりをつければ良いだけのことだ。

レールガンというのは、電磁誘導砲というように、早い話が電力で撃ち出す鉄砲である。それはどういうことかというと。

電力を上げれば破壊力が上がると言う事だ。

今一華のエイレンVに搭載しているレールガンは、一華が長野一等兵と一緒にカスタムしたものだ。

長野一等兵は、こんな高価な兵器を使い捨てにする気かと声を荒げていたが。

それでもサイレンの強さは知っていたのだろう。

最終的には協力してくれた。

エネルギーチャージを開始。

その間、傷口を兎に角抉って、ダメージを蓄積する。

周辺は、悲鳴を上げ続けていた。

「限界だ! 撤退指示を!」

「サイレンの炎を浴びながらスキュラと戦うのは無理だ!」

「もう少しだ! サイレンが落ちる!」

ジェロニモ少将の乗るニクスが、サイレンの炎の直撃弾を受けたが。それでもジェロニモ少将は踏みとどまり、兵士達を叱咤する。

クーラーの効いた部屋で指揮だけしている奴の言う事を、兵士達が聞くだろうか。

更に敵はスナイパーを有していない。

だったら、指揮官が前線に出るのが筋というものだ。

ジェロニモ少将は、この戦いが始まる前にそういい。実際に自分で示す事で、カスターの派閥に対して批判をしているという事だ。

カスターはこれを見ても、何とも思わないだろう。

元々あいつは、そういう奴だった。何周も前の世界から。

秘書官としてだけ仕事をしていれば、リー元帥の補佐をそれなりに出来る奴なのだろう。だが、それ以外をさせてはいけない。

そういう輩と言う事だ。

霧はもうかなり薄くなっている。EMCも中破して後退していく機体があるが、それでもまだ戦闘中だ。

スキュラは傷つきながらも、まだ上陸して此方に迫っているようだ。

サイレンのダメージを感じ取っている、と言う事だろう。

一華が、待ちに待った一言を叫ぶ。

「レールガン、チャージ完了!」

「よし、やってくれ!」

「総員、距離を取れ! 凄まじい衝撃波が出る筈だ!」

ジャンヌ中佐が注意を促し、炎が降り注ぐ中必死の戦闘を続けていたスプリガンが慌てて飛び離れる。

柿崎はスキュラを切り刻んで遊んでいる様子だが、そろそろ頃合いだな。

壱野はそう思いつつ、エイレンV一華機の周囲が、一瞬暗くなったようにすら思える光を、軽く手で遮っていた。

複数つないだバッテリー。それもイプシロン自走レールガンや、EMCにも使用する大容量の。その電力を一度に使う、究極の大火力レールガン。ただし一撃しか撃てないし、砲身が破損する。

ストッパーで地面に固定していたのに、エイレンVがもろに後方に吹っ飛ぶように衝撃を喰らっているのが、壱野からも見えた。

イプシロンのレールガンを遙かに凌ぐ一撃だけの大火力レールガンが、サイレンの首筋を直撃。

鮮血をぶちまけながら、サイレンが墜落するのが見えた。

「サイレンが落ちる!」

「すぐにサイレンから離れろ!」

ジェロニモ少将が声を張り上げる。

これには二つの意味がある。

一つはバスターの直撃を避けるため。

もう一つは。

それについては、いい。

ともかく。地上で動きを停止したサイレンを確認し。戦略情報部が通信を入れてくる。

「地上部隊の奮戦に感謝します。 収束衛星砲、バスター、発射してください」

「了解。 此方管制センター。 バスターを発射する!」

上空から、破滅の光が来たる。

ああ、止められなかったか。

壱野は呻く。

一華がこれを土壇場で使って。前のプライマーの指揮官に致命傷を与えた。

それである以上、プライマーが対策をしていない筈がない。

光の柱が、地面で倒れているサイレンを直撃。文字通り、サイレンの全身が燃え上がっていた。

「直撃!」

「凄まじい熱だ! 火事場にいるみたいだぞ!」

「全員距離を取れ! スキュラは!」

「現時点で交戦中のスキュラはもう片付きます!」

ジェロニモ少将が、急いで片付けろと指示。

サイレンは光の柱に地面に押しつけられ、もがいているように見える。本来だったら、接触した物質を全てプラズマ化する程の凶悪な熱量だ。事実、空中で何度も爆発が起きている。

空気をプラズマ化させ。その熱量が爆発を引き起こしているのだ。

そんな中、サイレンがもがいている。白目を剥いて、泡を吹いている。

「サイレン、炎上!」

「よし、これで死なないはずがない!」

「……」

バスターの光が止まる。

そして、サイレンが、それと同時に。変化した。

全身が凄まじい、血塗られたような赤に変わったのだ。それどころか、周囲に「火事場のような」熱を発し続けている。

グラウコスだ。

この世界線でも、此奴がグラウコスに変わる事は阻止できなかったか。

口惜しいが、どうしようもない。

とにかく、此処からだ。

既にレールガンの交換は終わっている。

空に舞い上がるサイレンだったもの。兵士達が、恐怖に声を上げていた。

「なんだあれは!」

「サイレンは無事だ! それどころか、形態変化しやがったぞ!」

「燃えたまま飛んでやがる! 燃えているのに生きているのか!」

「周囲の気温が上昇しています! サイレンの体表温度は、数百……いや数千度にも達する模様です! こんな熱量を帯びながら、どうして生きていられるのか!」

成田軍曹が警告も兼ねて叫ぶ。

ともかく、今はやることは一つだ。

「撤退だ。 総員、撤退開始。 あれはもう、サイレンでは無い。 いや、怪生物ですらない。 今は撤退して、被害を減らせ」

「イエッサ!」

「村上班、頼むぞ」

「了解……」

ジェロニモ少将には、この件の証人になって貰わないとならない。

実は、作戦開始前に話をした。

最後まで残るとジェロニモ少将は言ったのだが。それを壱野が止めたのだ。

燃え上がった赤いサイレンだったものは、凄まじい炎を吐き散らす。温度も攻撃範囲も、サイレンの時とは桁外れだ。

攻撃を再開する。レールガンを叩き込むと、効く。ライサンダーZの弾も直撃すれば傷を穿つ。

だが、サイレンだったものは、痛みを感じないように飛んでいる。白く濁った目からしても、これはもう、本当は生きていないのかも知れない。

「大将がいる所では、いつも何かがおきやがるな!」

「だから俺たちがいる! 奴はどうみても正常な状態ではない! 少しでも戦って、データを取るぞ!」

荒木軍曹が叫び、射撃。

絶望の邪神が。世界に降臨した瞬間だった。

 

1、グラウコス

 

エイレンVから、一華はやっと這いだした。電磁装甲が完全にやられてしまっている。周囲は焼け野原も同然。

何とかグラウコスは行ってくれた。というよりも、もう何が何だか分からなくなっていて、ただ飛び去ったという感じだ。

何発か打ち込んだレールガンの弾には細工がしてあった。

毒が通じないことは分かっていた。だから、超耐熱仕様の弾丸にして、打ち込んだ後に情報を得られるように細工したのだ。

戦闘中、様々なデータが飛んできていたが。

どうもサイレンは、体内を無茶苦茶に弄られているらしく。

もう生物と言うには、無理のある存在になっていて。

脳に至っては既に生物としては動いておらず。仕込まれたらしいナノマシンか何かで、無理矢理動かされていることが分かっていた。

文字通りの生物兵器だ。

それでいながら制御が効かないのだ。

プライマーは、どれだけ無茶苦茶な改造をあの生物だったものに施したのか。

戦略情報部が通信を入れてくる。

「此方戦略情報部。 村上班、荒木班、スプリガン、無事ですか」

「村上班、全員生存。 ただし負傷者が出ている」

「荒木班、右に同じ」

「スプリガンもだ。 すぐに救急班を寄越してくれ。 それと、この作戦を立てた奴も連れてこい。 新型兵器の実験台にしてやる」

ジャンヌ中佐は完全にブチ切れている。

まあそれもそうだろう。負傷者の中にはゼノビア少尉もいて、意識が戻っていない。手足を失った隊員もいる。

事前に何度も、バスターを撃ち込むなと言う警告はされていた。

熱兵器は効かないという現場からの声も上がっていた。

それなのにバスターを使用する事を強行した。

それが、許される筈がない。

「今、救急班を回しています。 スキュラは恐らく去ったと思いますが、油断だけはしないようにしてください」

「ああ、そうだな。 したくてもできん」

「此方EDF総司令官リー元帥。 戦闘の経緯は見せてもらった。 バスターの使用停止を求める嘆願が再三来ていたのに、作戦を強行したようだな」

そうか、リー元帥は作戦の事を知らなかったか。

知らなかったフリをしているだけかも知れないが。

或いはカスターが握りつぶして情報が上に行かないようにしていた可能性もある。

いや、カスターの単独犯では無い。

北米閥という、どうでもいい軍内の派閥ぐるみの失態だ。それも、別に北米のEDFの高級軍人がまとまっているわけでもない。

北米の軍産複合体をはじめとする政財界の有力者が作った、軍にも関係がある派閥に過ぎない。

一華は溜息をつく。

エイレンVに乗っていたのにボロボロ。口から煙が出そうである。

頭に乗せている梟のドローンを降ろす気にもならない。その場に座り込んでしまう。周囲の地面は、何カ所も溶けてしゅうしゅうと音を立てていた。よく未来のストームチームに死者を出さずに乗り切ったものだ。

スキュラの処理に当たった兵士達は当然被害を出した。

それも含めて、このずさんな作戦を立てたアホは、万死に値すると一華も思う。

「まずは順番に状況を確認する。 サイレンに何が起きた、戦略情報部」

「先進技術研の見解では、サイレンは元々熱を吸収する体質だったと言う事です。 熱を吸収して力に変える怪生物が瀕死の状態にまで追い込まれ、その状態で極大の熱エネルギーを吸収した結果。 あのような姿に変貌しただろうという仮説のようですね。 ただしあの姿、寿命を犠牲にしながら変化を遂げたようではありますが」

「その寿命はいつ尽きるのかね」

「分かりません。 サイレンはどうみても、数年であそこまで巨大化する生物ではないように思えます。 本来の寿命は数千年にも達するかも知れません」

これはありうる話だ。

鯨の仲間には、数百年も生きる品種がいる。深海に住むサメなどにも、似たような長寿命種がいる。

「数年やそこらでは寿命は尽きそうにもない、ということだな」

「そうなるかと思います」

「奴は何故にこの場を離れた」

「流石にこれほどの変化を遂げたのです。 サイレンはダメージを休眠して癒やす習性がありました。 あの状態の元サイレンに、ダメージを癒やせる機能が残っているかはわかりませんが……本能に従ったのだと思います。 現在、攻撃機がサイレンを追跡中です」

リー元帥が大きなため息をついた。

それはそうだろう。

此処までの事態になるとは、誰も思っていなかったのだろうから。

優勢に戦況を進めていた。

それが、一発でひっくり返った。

あの超生物が、生半可な相手では無いことなど、誰にでも分かる。サイレンですら、手に負えなかったのだ。

「以降、この状態のサイレンをグラウコスと呼称。 最大級の脅威と認定し、マザーシップを上回る危険度をもつ存在として判断します」

「グラウコスか。 スキュラと関係が深いギリシャ神話の神だな」

「はい。 グラウコスは自由自在に空を移動し、見た所傷を受けても怯む様子すらもありません。 熱核兵器などの熱兵器は通じる見込みが薄く、存在するだけで周囲を焼き尽くす生きた災厄です」

「それを産み出した者達については、相応の処罰が必要だな。 参謀につないでくれるか」

そこで、無線は切れた。

キャリバンと大型移動車が来る。

痛い痛いと呻いているスプリガンの隊員を、キャリバンが回収していく。あんな化け物を相手に戦ったのだ。この程度の被害で済んだのは、幸運かも知れない。

それに、である。戦略的に見ても悪い事ばかりではない。

EDFにまだ余力があるうちに、サイレンはグラウコスに転化した。

ということは、対策できる可能性があるという事だ。

計算上、チラン爆雷三十発全弾を叩き込めば、グラウコスの身体構造を完全に破壊する事が可能だ。

あれはもう生き物じゃない。

生き物を殺そうとしていたから、無理があったのだ。

今後は燃える体を持った邪神を、この世から完全に破壊し尽くす事を目的としていくしかない。

エイレンVが運ばれて行く。

荒木軍曹が、一度基地に戻るぞと、皆に声を掛けた。

分かっている。

これからが、大変なのだと。

 

基地に戻り、まずは作戦会議を行う。グリムリーパーも急いで招集を受けて、基地に来ていた。

前に少しだけこの周回では顔を合わせた。

ジャムカ大佐は、いつものように皮肉を言う事もなく。大変だったなと、それだけ言った。

リーダーも無言で頷く。

荒木班も、浅利少尉が負傷して軍医の治療を受けている。軽く、情報交換を行うこととする。

荒木軍曹が戻ってきた。

荒木軍曹だって疲れきっているだろうに。しっかり情報を集めてきてくれているのは流石だ。

「グラウコスは早速暴れている様子だ。 滅茶苦茶に飛びながら、進路にある人工物全てを破壊している様子だ。 それは何も人類の都市に限らず、プライマーの繁殖地も例外ではないらしい」

「完全に理性を失っているようだな」

「ああ。 飛ぶ速度も前より更に上がっている様子で、迎撃戦を挑もうにもそれどころではない様子だ。 何より火力が尋常では無い。 映像が来ている。 見てくれ」

攻撃機が撮影した映像だ。

グラウコスが、マザーモンスターが守る怪物の繁殖地上空にさしかかると。文字通り一撃で繁殖地を焼き尽くしていた。マザーモンスターはα型ごと一瞬で粉みじんに消し飛んだ。

それに加えて、大火力のミサイルにも耐える怪物の卵が一撃で粉々である。勿論中身ごと、だ。

「敵も味方も見境なく、か。 ふっ、倒しがいがある害鳥だ」

「現在、チラン爆雷という兵器を使って、奴を倒す計画が進行中であるらしい」

「よく分からないが、それは通用するのか」

「ああ、それについては私から説明するッス」

一華が挙手。

軽く内容について説明する。

究極の徹甲弾と、衝撃波を敵体内に直接叩き込む兵器であることを。

これで貫通できない装甲は存在しないし。

この衝撃波なら、内部からであればグラウコスの肉体を破壊する事も理論上は可能であると。

ジャンヌ中佐が挙手。

相当に頭に来ている様子だ。

「それで、バカ共はどうなった」

「参謀が直接動いている様だ。 カスター准将は解任。 幾つかの政治家とEDF高官のパイプが摘発され、複数の逮捕者が出ているらしい。 リー元帥はかなり立腹しているようでな。 今後同じ事が起きないように、権力の統合と指揮系統の一本化を行う様子だ」

「それだけは救いか……」

「ああ……」

ジャムカ大佐は咳払い。

この人は、元々権力闘争には興味もないのだろう。

より現実的な話を始める。

「まずは害鳥からどう身を守るか、だな」

「それについても、戦略情報部が話をしている。 各基地、各シェルターはグラウコス接近が予測された場合は地下に避難。 グラウコスの火力は圧倒的だが、流石にシェルターで守られた地下にまでは攻撃は届かない様子だ」

「そうか……」

「問題は怪物やエイリアンに対する作戦行動だ。 作戦行動に出る部隊は、エイリアンや怪物ごとグラウコスに焼き払われる危険が常に伴う」

その通りだ。

実際、一華が記憶しているこの周回では。グラウコスは見境なく何もかもを焼き払っていった。

それはグラウコスの様子を見る限り。

もう見境もないし。

或いは、自分をこのようにした全てへの、怒りなのかも知れない。

ただ、スキュラにだけは攻撃しない様子だ。これは理由はわからないが。元々スキュラとは関係が深い生物なのかも知れない。

とにかく、これからが大変だ。

戦略を根本から見直さなければならない。

流石にグラウコスも一日中飛んでいる訳ではない様子だが。それでも、かなりの時間活動している。

全身に常に痛みを感じ続けているのかも知れない。

まずはこの基幹基地で、負傷をいやしてから。各地に散る事になる。

恐らくだが、グラウコスを仕留める作戦が発動するまでは、もうこのメンバーで……少なくとも全員が一度に集まることはないだろう。

皆が行ってから、一華はリーダーも交えて。プロフェッサーと話をする。

プロフェッサーは、憔悴しているようだった。

「歴史にはやはり修正力があるとしか思えない。 これだけ手を打ったというのに、グラウコスが出現してしまうとは……」

「今の状況であれば、潜水母艦も全て無事、更にはまだまだ味方には充分な戦力が残っています。 グラウコスを倒すなら、むしろ今でしょう」

「そうだったな。 君はいつも私に勇気をくれる」

「……」

リーダーはあまり嬉しそうでは無い。

プロフェッサーはあまり体が強くないことは分かっている。

手段を選ばないようになったのも分かっている。

だけれども、なおもまだ弱気な部分がある。

こういう所を直さない限り、絶対に勝てない。そう感じているのだろうか。その可能性はある。

もうリーダーは人間の領域を外れ始めている。

それに対して、プロフェッサーは人間だ。

その差が、どうしても出てくるのは、仕方が無い事なのだろう。

「一つずつ、問題を解決していこう」

「了解。 具体的にお願いします」

「まず、チラン爆雷だが、車両に乗せて運び、グラウコスに打ち込むのは現実的ではない」

それについては、一華も同じ意見だ。

エルギヌスに試作品を使って倒した時は、眠っているときに接近。近くから打ち上げて、直撃させたらしい。

それでエルギヌスを殺せる事は確定した。

問題はチラン爆雷がとても重いという事だ。

恐らく、海上船舶を用いるしかない。

そして、現時点でもうすぐ完成する三十発。これを全て打ち込まないと、グラウコスの破壊には手が届かないだろう。

ならば、それが出来る船舶は限られている。

「潜水母艦はエピメテウスを使いたい所だが、現時点ではパンドラが一番活発に活動している。 幸いカスター准将と取り巻き、御用学者がいなくなった事で、戦略情報部は動きやすくなったようだ。 しかし、問題がある。 歴史の修正力だ」

「パンドラと言えば、だいたいいの一番にマザーシップに潰される潜水母艦ッスね」

「そういうことだ。 まずはパンドラをまもらなければならない」

「守るといっても、毎回パンドラ撃沈の場所も経緯も違っている筈です。 歴史の修正力とやらでパンドラが撃沈されることに異論はありませんが、どうやって」

プロフェッサーは、無言である。

とにかく、まずはパンドラを撃沈できる好機がプライマーに訪れること。

それを阻止すること。

この二つがセットになるという。

まあ、それもそうか。

一華は嘆息。

マザーシップの撃沈そのものは、多分いける。というのも、村上家の三人が、既にタイミングを覚えたようだからだ。

コマンドシップは主砲を破壊されても本体にダメージはいかない。

だがそれ以外のマザーシップは、主砲をタイミング良く破壊する事で、本体ごと爆沈させる事が可能だ。

それについては、既にこの周回の最初で、確認も取れている。

あと少しで、撃沈まで追い込むことが出来た。

今度こそ、失敗は出来ない。いや、いずれにしてもパンドラを狙って来たマザーシップを返り討ちにすればいいのだ。

それだったら、どうにかなるだろう。

サイレンに致命傷を与えた使い捨て極限火力レールガン。あれも、改良すれば普通に撃てるようになる筈。

プロフェッサーにもデータは回してあるし。

何よりも、先進技術研にここ数日で、優秀な人材が複数人回されたという。開発の速度が、それに伴って上がっているそうだ。

それならば、もっと早くいけるかも知れない。

「その後は、グラウコスを弱らせて、チラン爆雷が全弾着弾するようにする必要があるのだが……」

「問題ッスか」

「チラン爆雷を搭載するVLSは特注品で、パンドラの巨大な船体から発射するとしても、一度に十発が限界だ。 グラウコスを逃がさないようにその場で撃墜し続け、少なくとも三回、直撃の好機を作らないといけない」

「……それについては何とかしてみます」

リーダーはそういうが。

サイレンでもあの強さだったのだ。グラウコスになられてからは、もう逃げ回るのだけで精一杯だった。

幾ら人の摂理を超え始めているこの人でも。

多分無理ではあるまいか。

いや、それを一華が考えては駄目だ。此処で、どうにか現実的な現地での戦術を考えなければならない。

使い捨てレールガンは駄目だ。

そうなると、イプシロンを揃えるしかないだろう。しかしイプシロンだって、そもそも万能兵器ではない。

怪生物や大型には絶対的な力を発揮する一方で、小型には完全に無力だ。護衛の部隊が必要になる。

壮絶な総力戦を想定しないと駄目か。

恐らくだが、総司令部直下の部隊全部をつぎ込むくらいの覚悟が必要になるだろう。そうなると。

「プロフェッサー」

「どうした、一華くん」

「エイレンWの開発と、Vの各地配備を急いで貰えるッスか。 後は、イプシロンレールガンの量産ッスね。 ケブラーの性能も、更に向上させてほしいッス」

「理由を聞かせてほしい」

総司令部の直下部隊を全て動かせるくらいの、戦略情報部の信頼を勝ち取ってほしいからだ。

そう告げると。

プロフェッサーは、一番疲れた声で応えてきた。

「政治の世界の恐ろしさは少し前の件で知ったはずだ。 私も何度か、実際に危ない目にあった。 運良く護衛の人員が守ってくれたが、それでもあまり増長しているように見えると、何をされるか」

「だからこそに、実績を上げるッスよ。 プロフェッサーの兵器が各地で実績を上げれば、戦略情報部が何があってもプロフェッサーを守ってくれる筈ッス」

「……」

「それと、こっちの方で幾つか手を打っておくッス」

リーダーを見る。

佐官になったら、動いて貰う。

その約束を果たして貰う時だ。

全てが滅ぼされた終わった世界で、各地のデータセンターから集めたスキャンダルがある。

これを活用する。

EDFには闇がいくらでもある。

その暗部を全部、この際片付けてしまう必要があるだろう。

ただそれも、一辺にやると多分EDFという組織が機能不全を起こしてしまう可能性がある。

カスターが消えた今が好機だ。

出来れば千葉中将やリー元帥と共同して、膿出しをしたい。

そうすれば、プロフェッサーはもっと動きやすくなるし。

ストーム隊の結成も早くなる可能性がある。

そして、ストーム隊が自由に動けるようになれば。その時は、プライマーに、一矢報いる事が更に容易になる筈だ。

一度、基地を離れる。

輸送機で、日本に戻る。

日本の方でも、大きめの会戦が想定されているという話だ。なんでもコロニストが多数ドロップシップで飛来し。

ベース228を中心に、大軍で集まっているという。

連中が動き出すとしたら、北陸か静岡。恐らく、要塞地帯として活用出来る静岡だろう。

静岡を一度落とされると厄介だ。

どうにかして、敵の動きを食い止めなければならない。

グラウコスが出現した混乱を利用して、プライマーは可能な限りEDFにダメージを与えようとしている。

まずはその出鼻を更に叩き潰し。

相手の動きを止めてから、戦術を練り直さなければならない。

輸送機で、移動を開始する。

皆、大なり小なり怪我をしている。それでも、あまり休んでいる時間がないのが、悲しい事実だった。

幾つか、皆と話をしておく。

「以降の戦闘で、グラウコスが現れた場合、生物を相手にするのでは無く、戦闘機械を相手にしていると思ってほしいッス」

「戦闘機械って、どういう意味だね」

「あれはもう生きていないッス。 耐熱弾からデータが来てるッスけど、脳波は検知できないし、何よりも体が明らかに妙な細胞の塊。 生物として一つの単位になっている訳ではなく、生物兵器として凶悪な細胞が固まっていると考えた方が良いッスね。 それも数千度の熱を発して、自壊しない細胞が」

「化け物か」

三城がぼやくが。

気持ちはわからなくもない。

化け物と言うよりも、もはや邪神だ。

グラウコスはギリシャ神話ではスキュラとの胸くそが悪い逸話がある程度の普通の神だが。

現世に降臨したグラウコスは、その比では無い。

世界を焼き尽くす、本物の終焉の使者と化してしまった。

「一華も色々準備をしてくれている。 今は、とにかく味方の形勢不利をひっくり返すべく、俺たちが頑張るしかない」

「そうはいうがな。 こんな使い方をされると、エイレンももたないぞ」

珍しく、長野一等兵が口を挟んでくる。

この人は階級が上の相手でも、一歩も引かない。

それが必要なのだ。

正論を毛嫌いする人間が増えてきている世の中。こう言う人がいてくれないとこまるのである。

「エイレンは近々W型がロールアウトするッスよ。 しばらくは恐らく私の専用機になるッスけど」

「やれやれ、負担が増える一方だな」

「皆も、支援を頼む。 しばらくは厳しい戦いが続く。 グラウコスに対する効果的な攻撃手段についても、求められるだろう。 戦術をどうにかして練り上げるしかない」

リーダーの言葉に、皆俯く。

あんな化け物を見た後だ。

それはまた、仕方がないのかも知れない。

だが、弐分が最初に顔を上げていた。

「分かった。 大兄を信じる」

そうか、そういうものなんだな。

一華は、少しだけ。羨ましいと思った。

なにせ一華には。

実際には、親も家族もいないことが、あの終焉の世界でわかったのだから。

 

2、富士平原燃ゆ

 

富士平原に、東京基地から出撃した部隊が展開する。

敵はかなりのコロニストを集めてから動き始めた。実際に弐分が日本に一度戻ってから、一月後の事である。

その間、日本各地で転戦し、怪物やコロニストを駆逐した。

ネイカーの撃破も各地で実施し。戦況をある程度改善した。

移動基地がこの周回では何故か出現していないので、その分若干楽ではあったけれども。

隙を見れば大気圏外からマザーシップがアンカーを落としてきて、それで被害が出るので。油断は出来なかった。

グラウコスとは戦わないという事が本部の方針で決まり。戦闘は徹底的に避けるようになっている。

今の時点では、航空戦力を中心に攻撃して誘導する戦術で被害を減らすようにしているようだが。

そもそもグラウコスの攻撃範囲が広すぎる事もあって、どうしても被害は出る。

少しずつ、確実に人類は追い詰められている。それにグラウコスはとにかく何も考えていないように飛び回ることもあって、どうしても市街地に被害が出ることを避けられなかった。

スキュラは思ったほど出てくる事はないようだが、グラウコスが移動した後に上陸してくる事はあった。そういう時には、被害覚悟で迎撃しなければならなかった。

グラウコスの活動範囲は、文字通り世界中。

特に北米が被害が酷く。

ここ一週間ほどは、中華を中心に暴れ回っており。

日本にも二度上陸。

避難が早かったから被害を抑える事は出来たが。

それでも、複数の街が灰燼と帰した。

一方で、グラウコスの通り道にいた怪物やコロニストも容赦なく焼き払われており。もはやこの破壊の神には、なにも見境がなくなっているのがよく分かる。

展開した部隊は、千葉中将が直接率いている。

タイタン四両を主力に、エイレンU八機、バリアス四両、ブラッカー十二両、ニクスカスタム八機、ケブラー二十両という本気の入れようである。これに加えて、歩兵は合計五千を超える。

敵コロニストの数は千二百に達するという話もあり。

このコロニスト部隊を押し返し、更には敵の手に落ちたままのベース228を奪回する。それが目的の様子だ。

東京基地の戦力はまだまだ温存できている。

関東は比較的安全で、グラウコスが現れた時も、地下壕に避難することで街は焼かれたが被害は極限まで抑えることが出来ていた。

ただ、不安要素もある。

上海辺りを通過したグラウコスが、フラフラと海上を飛び回っているようなのである。

この会戦は出来るだけ急いで勝負を付けなければならない。

そう、弐分は思うし。

大兄も、ずっと厳しい顔をしていた。

富士平原で会戦をするのは何度目だろう。

記憶が曖昧だから、どうにも何回と断言することは出来ないが。

東京を狙うプライマーの軍勢と、此処で随分と戦った気がする。

とにかく、その殆どで辛酸を舐めさせられた。

今回こそは、その歴史の修正力だかを、ひっくり返したい所である。

「コロニスト、先頭部隊出現! 砲兵隊が中心のようです!」

「予定通りに」

「イエッサ!」

千葉中将が、指揮車両にしているニクスカスタムから指示を出す。このニクスカスタムは、防御力と電子戦能力を最優先しているタイプで、戦闘力は高くなく。操縦者はダン中尉である。

EDFでも一華につぐコンバットフレームの操縦者と言う事もあり、信頼感がある。

最悪の場合でも、千葉中将を守ってくれる筈だ。

「砲兵、攻撃開始!」

「大型榴弾砲、発射!」

「カノン砲、発射ァ!」

砲兵隊の火力投射から、会戦が始まる。

この火力は、歴代最強のものだろう。一瞬にして、敵の前衛が文字通り蒸発していた。コロニストを最初に見たときは、随分苦しめられたものだが。既に兵士達は、この巨人達を相手に、互角にやり合えるようになっている。

続けて、フォボスが来る。

失われた前衛部隊の穴を埋めるように突撃してくるアサルト装備のコロニストの上空から、大量の爆弾が叩き込まれる。

更に此処にウェスタも来る。

敵やや後方に、ナパームの弾幕を展開。噴き上がった炎が、コロニストを分断。ダメージを受けた前衛部隊が孤立する。

其処に、千葉中将が攻撃を指示した。

「総員、火力投射! 敵を確実に削り取れ!」

「レクイエム砲、撃て!」

「バリアスの150ミリの火力、見せてやる!」

「エイレンU部隊、前進! 電磁装甲で味方を守れ!」

味方が前進。火力も、記憶にあるものの中で最大だ。コロニストとの激しい火力の応酬が開始されるが、まったく力負けしていない。

分断された前衛を、瞬く間に味方が蹂躙する。エイレンU部隊の奮戦は凄まじく、レーザーの各種兵器が、次々にコロニストを焼き切る。

コロニストも特務が来ているが、それは大兄が片っ端から仕留めていく。

敵の怪物が出現し始める。流石に凄まじい数だ。

柿崎と共に突撃。柿崎が片っ端から切り始めるのを横目に、スパインドライバーとデクスターを使い分けて、次々に強めの怪物から仕留める。

早い段階からマザーモンスターが前衛に出てくるが、一華が任されているエイレンWプロトタイプが搭載しているレールガンが咆哮。

イプシロンレールガンほどの火力では無いが、それでも充分だ。マザーモンスターが、冗談のように倒れる。

あれは変異種だったように思えるが、それだけプロフェッサーが戦闘に有用なデータを覚えて活用しているという事。

対策を練っているということだ。

ニクス隊も奮戦し、怪物の群れを前衛に接近させない。

歩兵部隊もそれぞれが敵に火力投射して、敵を前衛に接触させず。千を超えるコロニストを相手にしても、それでもなおも優位に立っている。

「敵、ナパームを突破」

「隊形を整え直し、横列陣を組め。 そのままつるべ打ちにして、敵の陣列を乱してやれ」

「イエッサ!」

「レールガンは!」

グラウコス戦で有効性を示したこともあり、イプシロン自走レールガンの大量生産は、先日始まった。最初の量産でロールアウトした十両ほどが、現在此処に向かっている。

現状はまだまだプロトタイプとは言え、元々レールガンの知識は持っているプロフェッサーが中心に開発したものだ。

その戦闘力は、今までの周回で使われたレールガンと変わらない。

こういった平原では、文字通り敵を平原の彼方まで貫通することが可能だろう。一華のエイレンWプロトタイプのレールガンですら、あの威力なのだ。

コロニストは凄まじい火力を浴びても、平然と前に迫ってくる。

怪物を盾にするようなこともない。

サイボーグ化されたときに、脳まで弄られているのだろう。

なんとも哀れな話だった。

敵陣にミサイルが着弾。

木曽少尉の放ったものだ。更に、もう一度空爆が炸裂する。此方は、山県少尉が指示した。

どれも効果的に機能している。

更に飛行型の怪物が来るが、三城が誘導兵器で拘束。

慣れたもので、水平射撃していたケブラーが、一気に片付けてしまう。

ケブラーは各地で大きな戦果を上げている。今回も、かなり活躍は見事だった。安価な分脆いが、しかしながら火力はニクス並みだ。量産されて、各地の戦線で充分に活躍出来ている。

「これは、レールガンは必要ないかもな」

「油断するな。 ロシアに新しいエイリアンが降下したって話がある」

「現地の部隊が苦戦しているってあれか。 何でもロボットみたいな装甲を身に纏っているとか……」

「其奴らが来るかも知れない。 とにかく、油断だけは絶対にするなよ!」

兵士達の会話が聞こえる。

優勢なまま会戦は推移しているが、どうにも嫌な予感がする。

大兄に無線を入れた。

「プライマーにしては作戦に工夫がなさすぎる。 いつも奴らは、大規模会戦では仕込みを入れて来ていた」

「ああ、その通りだ。 最大級の警戒をしてくれ」

「了解」

再び、わっと怪物が来る。ベース228に大量に突き刺さっているアンカーから、次々呼び出しているのだろう。

コロニストも、怖れる様子がない。

隊列を再編制し、補給車を忙しく行き来させながら、味方は敵の波状攻撃を捌く。砲兵隊は後退。

ドローンがそろそろ出現してもおかしくないからだ。

味方の増援が来る。

左右に展開した敵を、更に外側から包囲する。

あれはグリムリーパーだ。

リー元帥が、カスターを中心とした連中を罷免してから、風通しが抜群に良くなった。大規模戦闘では、柔軟に各地の部隊が集まるようになっている。半包囲をしようとしたコロニスト部隊が、蹴散らされていくのが見える。

流石はジャムカ大佐。

そう呟きつつ、前面に更に出現する敵をたたきに行く。今度はキングが複数か。味方も応戦しているが、コロニストの本隊がどうも来たらしい。少しずつ、押され始めている。

猛然と弐分は突貫。キングの一体の至近に出ると、デクスターを叩き込む。デクスターの火力は、接射したときに最大の破壊力をたたき出す。

キングが怯む。

其処に、レクイエム砲が直撃。文字通り、粉々に消し飛んだ。

ブースターを噴かし、更にスラスターも噴かして。飛んできたβ型の糸を全て回避する。

完璧なタイミングで、三城の放ったプラズマグレートキャノンが着弾。弐分を狙っていたβ型の群れが吹き飛ぶ。

おおと、喚声が上がる。

大兄は無言でライサンダーZでの狙撃を続け、キングの一体を怯ませ続け。其処にエイレンWプロトタイプから、レールガンが打ち込まれる。キングがまた倒れ、喚声が上がる。

「すげえな村上班!」

「まだ敵は来る! 気を抜くのは早いぞ!」

「グリムリーパー、第一目標を殲滅。 味方と合流し、乱戦に移行する」

「もう殲滅したのか。 頼もしいな。 前衛を任せる。 頼むぞ」

千葉中将もご機嫌だが。

やはり嫌な予感が消えない。

コロニスト部隊がまだまだ来る。千を超えていると言う話だ。それは、大勢仕掛けて来るだろう。

激しい戦いが、更に一時間ほど続く。

ドローン部隊が来襲するが、ケブラーが応戦。三城も誘導兵器で足止めし、次々に叩き落とす。

エイレンUは電磁装甲の利点を生かして、後方にさがっては補給を受けてまた前衛に戻ってくる。

その間タイタンが前衛で壁になり、敵の猛攻を防ぎ抜く。

流石に訓練を受けている正規兵の部隊だ。

いつも滅茶苦茶にやられて、訓練不足の兵士と義勇兵で応戦していた時とはまるで練度が違う。

戦車隊が敵をつるべ打ちにし、次々にコロニストが倒れる。

特務もいるが、それは全て大兄が一撃でヘッドショットを決めてしまう。

弐分もしばらく無心に暴れていたが。

一瞬で、戦況が変化する無線が入った。

「此方戦略情報部。 良くない情報です」

「聞かせてくれ」

「空軍が追跡していたグラウコスが、日本海側から富士平原に向かっています」

「なんだと!」

千葉中将が驚愕の声を上げる。まさか、そのような進路で来るとは。非常にまずい事態である。

接触時間を千葉中将が問いただすと、最短で三十分という報告があった。

これは、確かにまずい。

グラウコスは動きが予想できない。それに加えて、音速に近い速度で飛ぶ。だからどうしようもなかったとは言えるが。

それにしても、最悪の事態である。

「後方の支援部隊をさがらせろ。 各自、撤退を開始! レールガン部隊はどうしている!」

「小田原を通った所で、ドローン部隊の待ち伏せを受けました!」

「何ッ!?」

「恐らくは、グラウコスの行動も含めて作戦の一環です。 現在護衛のケブラー部隊が応戦していますが、進む事は困難です」

レールガンなら、グラウコスにある程度のダメージを与えることは出来る。

これは、この一ヶ月で証明はされている。

グラウコスは全身既にボロボロで、形を保っているだけ、という雰囲気だが。それでも、レールガンの弾が直撃すると、目に見えて体の形が崩れる。

何度か村上班が迎撃で応戦して、その際に確認したのだ。

そしてもう無駄だろうに、休眠を行う。

休眠を行っても、体が治っているようには見えないが。

ただ、そうやって体は崩れていても。

もしまともにやりあったら、グラウコスが完全に体を崩壊させるよりも先に、EDFの機甲部隊が全滅するのは確定だったが。

兵士達が下がりはじめる。

ここぞとばかりに調子に乗って追撃しに来るコロニストだが。後退しつつも、味方の砲撃は整然と秩序を保つ。更に、村上班とグリムリーパーで殿軍を務める。最精鋭による猛烈な反撃を受けて、敵が痛打を浴びた瞬間に、次々と味方を下げる。

「グラウコスめ、血の臭いにでも引かれたか」

「いえ、グラウコスはそもそも食事をしている様子がありません。 戦闘に呼び寄せられている様子もなく、あるとしたら……プライマーが漠然と誘導しているとみるべきでしょう」

「もしもそうならば、撤退は却って容易だ。 それぞれ散って撤退! 絶対にひとかたまりになるな!」

千葉中将の撤退指示は的確で、次々に部隊が戦場を離脱していく。追撃をしようにも、コロニストは大兄の狙撃に次々撃ち抜かれ、グリムリーパーの猛攻で穴だらけにされ。怪物の群れも、一華のエイレンWプロトタイプのレーザーと、三城の誘導兵器で身動きが取れない。

其処に、撤退しつつも砲撃を続ける戦車隊の射撃が横殴りに突き刺さり。

敵軍は前進出来ず、焼け鉢の突撃を繰り返すばかりだ。

タイタンも後退を開始する。

だが、その時。

ついに、奴が海側から姿を見せる。文字通り燃える怪物。兵士達が、恐怖の声を上げた。

「ばかでかい奴が来たぞ!」

「あれがグラウコスか! 燃えながら飛んでやがる!」

「タイタン、壁になる!」

「いや、もうタイタンでの撤退は無理だ! 車体を放棄して逃げろ! 一人でも生き延びるんだ! タイタンはまた造れば良い!」

千葉中将が指示を飛ばす。

コロニストや怪物が、グラウコスを見て慌てて足を止める。恐らく察しているとみて良い。

あれは、誰に対しても容赦なく殺戮を行う、文字通りの破壊神なのだと。

タイタンの付属パーツであるバイクに跨がって、パイロットが逃げ出す。グリムリーパーも、盾を構えつつ後退を開始。兎に角、グラウコスの進路を絶対に遮るな。そう指示して、千葉中将は撤退を支援。最後まで最後尾にいる。村上班も、敵の隙を突いて、撤退を開始。

だが、それでも巻き込まれる兵士はでる。

グラウコスが、上空に首を向け。

そして、富士平原に炎を放った。

一瞬で、富士平原が、黒焦げになる。比喩では無い。本当に、平原そのものが焼け野原と化したのである。

コロニストも怪物も、皆殺しだ。

放棄されたタイタンは四両とも、一瞬で破壊された。

「た、タイタン、全車全損!」

「嘘だろ! 動く要塞だぞ! しかも電磁装甲で強化だってされてる!」

「逃げろ! あんなの、勝てる訳がない!」

心が折れた兵士達が、我先に逃げ始める。

幸い、敵も同じように戦場を離れ始める。グラウコスは更に飛び回りながら、辺りを焼き始める。

撤退が遅れている部隊が、幾つかモロに巻き込まれる。

助ける事は、出来そうにもない。

「レールガンは……」

「間に合いません」

「分かった。 もはや手のうちようがない。 我々の負けだ。 撤退! 全軍、あの化け物から逃げろ!」

「殿軍は引き受けます。 急いで全軍を戦場から引き離してください」

大兄がそう言うと。千葉中将は死ぬなと叫んで、後退を開始。

さて、ここからが本番だ。

「全火力を叩き込んで、一撃離脱する。 ジャムカ大佐!」

「任せろ。 此方も準備は出来ている」

グリムリーパー隊が装備を切り替える。全員がガリア砲に換装。

更に、エイレンWプロトタイプは、レールガンの仕様を変える。あの、全電力収束型のレールガンだ。改良を行って、一発で破損しないようにはなった。ただし、一発撃つと砲身を五分ほど冷やさなければならない。

大兄が持ち出したのは、更に巨大な狙撃銃だ。

ライサンダーZとも少し系統が違うのだが、ファング型というものである。それの最新鋭タイプ。

弐分も、ガリア砲に切り替えていた。

「総力を叩き込め! 実体弾を浴びせかけろ!」

一華のレールガンが最初の一撃を叩き込む。

エイレンWプロトタイプが、後方にずり下がる程の破壊力だ。普通レールガンは反動が小さいのだが。それでもこの火力。

文字通り、空気をブチ抜きながら飛んだ巨弾が、グラウコスの体に穴を穿つ。だが、グラウコスは濁った目で、辺りを見るばかり。

其処に、グリムリーパー隊の猛攻が突き刺さる。弐分も、ガリア砲を叩き込む。

木曽少尉のリバイアサン型大型ミサイルが直撃。今の一瞬でドローンが焼き払われた事もある。

山県少尉が誘導して、DE203が上空から急降下爆撃。

ありったけの弾を叩き込む。

体は削れているが。

痛がっているようにはあまり見えない。

プラズマグレートキャノンが、グラウコスの顔面に直撃。それで、少しだけ動きが鈍る。

その隙に、全員で撤退。大型移動車が、戦場に滑り込んできた。

「乗って! 急いで!」

尼子先輩が、慌てて声を掛ける。

グリムリーパーも、負傷者を押し込むようにして乗せる。そのまま、戦場を離脱する。

途中までは完勝だったのに。

グラウコスが出て来てから、一瞬にして状況が変わってしまった。

今後もこんな事が起きていたら、戦いどころでは無い。

あの化け物をどうにかしない限り、大規模な作戦そのものが制限されてしまう事になるだろう。

「グラウコスは、追ってこないようだな……」

「俺たちには興味もない、というところだろう。 ふっ、舐めてくれたものだ」

「やむを得ませんぜ。 あの火力差だ。 それにあの野郎、ヤク中みたいに痛みも感じていないようですしな」

「そうだな……」

山県少尉とジャムカ大佐が普通に話している。

本当だったら階級差がありすぎて、声を掛けるのも色々と問題になるのだが。ジャムカ大佐は、別に不快感を感じていないようだった。

チューハイをとりだして、飲み始める山県少尉。それを見て、面白そうにするジャムカ大佐。

撤退の状況が、無線で入ってくる。

「タイタン四両の他にもかなり被害が出ています。 参戦兵力の一割をグラウコスだけのために失いました」

「急いで対策をしてほしい。 後、レールガン部隊は」

「ケブラーに守られながら、東京基地への撤退を終えました」

「……村上班のエイレンWプロトタイプによる大火力レールガンの一撃が、大きくグラウコスの体に穴を穿つのは見た。 しかもグラウコスは再生能力を恐らく失っている。 奴を倒すには、恐らくあれで動きを止めるしかない。 大型レールガンを作成出来るか」

先進技術研と相談するとだけ、戦略情報部の少佐は言う様子だ。

確かに、レールガンを主体に攻めるしかない。EMCでは、奴を落とすのは不可能だろう。

グラウコスは好き勝手に暴れた後、また海に逃れた様子だ。

もう自分が何をしているのかすらも分かっていないらしい。ただ、海に出たグラウコスを追随するように、スキュラが海面近くに多数確認されていて。グラウコスも、スキュラを攻撃する気配はないらしい。

安全圏まで抜けた。

そこで、味方と合流。キャリバンに負傷者を任せ。

その後は、輸送ヘリで東京基地に戻る。

タイタン四両を完全破壊されただけではなく、この損害だ。

ただ、今までの似たような平原での会戦に比べると、まだマシだったように思う。記憶が曖昧だからなんともいえないが。

分かっているのは、グラウコスの圧倒的な戦闘力を考慮して、千葉中将が早々に撤退を決断したのが大きかったのだろう。

何度も歴史を書き換える度に、それぞれの人員に影響が出ている。

それは弐分も肌で感じている。

この様子だと、千葉中将も例外ではないのだろう。どの周回でも、最後まで戦いを諦めない闘将だ。

東京基地に戻る。

被害を受けたAFVが次々にバンカーに収納されていく。流石に完全破壊されたタイタンはどうしようもない。

タイタンは一億ドルどころかもっとするらしいが。

正直な話、その程度の被害で済んだし。操縦者が無事だったのなら良かったと想ってしまう。

エイレンWプロトタイプは今回が初陣だったが。

相応の戦果は上げた。

怪物相手にもかなりの被害を強いることが出来たし。レールガンは一撃でマザーモンスターを粉砕。更には、グラウコスの体に埋めがたい傷だって穿った。

更に改良を進めれば、何とかなる可能性が高い。

敬礼して、ジャムカ大佐と別れる。

そのまま、千葉中将の所に出向く。

むっつりと黙り込んでいた千葉中将は、大兄を見てほっとしたようだった。

「流石だな。 あの状況から生還してくれた。 どれだけそれが救いになるか」

「いえ。 被害を受けた皆の手当てと、AFVの修復を頼みます」

「分かっている。 しばらく東京基地の工場はフル回転になりそうだ。 幸い、先進技術研が軍用炉を改良してくれたおかげで出力は上がっているが、それでもかなり厳しいだろう」

「……」

机を叩く千葉中将。

屈辱に、身を震わせていた。

「君達がいなければ、被害は二倍にも三倍にもなっていただろう。 次の作戦はおって指示する。 休んでくれ」

「千葉中将……」

「私は大丈夫だ。 グラウコスを倒すために、これから総司令部と作戦を詰める。 先進技術研が提案しているチラン爆雷というものを使う作戦について、幾つか案が出て来ている。 実現可能な段階まで、それを詰めないといかん……」

千葉中将も戦っている。

敬礼すると、その場を後にする。

エイレンWプロトタイプは破損したパーツを取り替えて。最優先で修理して貰った。後は戦場に出るだけだ。

グラウコスに対しては、千葉中将と意見が同じである。彼奴を放置しておいたら、いずれ全ての拠点が焼き尽くされ、作戦行動どころではなくなる。

とにかく、対策の立案を急がなければならない。今日、それを更に思い知らされることとなった。

 

3、人魚の群れ来たる

 

日本の近海をグラウコスが移動し続けた結果、相当数のスキュラが海岸近くで目撃されるようになった。

一部は上空から航空機で攻撃して仕留める事ができたが、流石にスキュラは知能があるようで、攻撃を受けると水中に潜ってしまう。

爆雷による攻撃でもあまり大きな効果を出す事が出来ず。

勿論サブマリンを含め、海上戦力は近付く事も出来なかった。

既に何度か、潜水母艦とサブマリンの艦隊が攻撃を受けて、大きな被害を受けている。水中でのスキュラは潜水艦と互角以上にやりあう戦闘力をもっていて、しかも数が多い。文字通り手に負えない状態だった。

ただ、流石に深海で手当たり次第に増えている様子はない。

恐らく最初に敵大型船が投下した分で全てだろうとも言われてはいたが。

それにしても数が多い。

単騎で、恐らく大型の怪物のどれよりも。金のマザーモンスターや銀のキングは流石に例外としても、それ以上の強さをもっている。

それが多数、群れになって攻めてくるのだ。

その脅威は、計り知れなかった。

柿崎は、グラウコスが現れてから、実は退屈していない。

鼻歌交じりにプラズマ剣を磨く。

というのも、作戦行動に迅速さを求められるようになったからだ。それは限られた時間で、敵を殺し尽くす技術を磨くように求められていると言う事で。

柿崎には大歓迎の状況だった。

今日は。九州に向かっている。

スキュラの群れが上陸する可能性が高いと言う報告が上がっている。

結局グラウコスは、富士平原での戦闘に乱入して移行は、日本に上陸はしなかった。今も、中華にまた舞い戻った様子だ。

しかしながら、スキュラのかなりの数が、今長崎近辺に向かってきている。

あの不機嫌そうな大友少将が、迎撃準備を整えているらしく。

更に、試験運用として、現在レールガンが向かっている様子だ。

スキュラの数が数だ。

今回、九州の戦力を総出で迎撃する事になるだろう。

現地でグリムリーパーも参戦すると言う事だが。

スキュラが相手となると、なおさら腕を磨くにはいい。

深追いしたら終わり。

霧を出す前に、接近して斬り伏せる。とどめを刺せそうになかったら引く。この肌がひりつくような緊張感。

まさに生きている実感を、柿崎にくれる。

程なく、福岡基地に到着。既に、出撃の準備が整っていた。ニクス、戦車隊、ケブラー。それに歩兵部隊。

九州に配備されている殆どの部隊が集まっているようだった。

そういえば。

改変された歴史では、スキュラとの決戦に敗れたのが、最終的な敗北の切っ掛けになったのだった。

あれでストームチームが壊滅し。

以降は蹂躙を許すばかりになった。

しかしながら、今回はスキュラの大軍勢を相手にする時期がだいぶ早い。恐らく、好き勝手な蹂躙を許すことはないはずだ。

味方の戦力も多い。

そして、大友少将が、不機嫌そうに訓戒している。

「スキュラとの戦闘データはかなり集まって来ている。 基本は接近するな、だ。 奴がばらまく毒霧は、短時間で人間を骨も残さず溶かす。 また、奴は巨体だが、陸上でも好き勝手に跳ね回る。 接近は自殺行為だ。 AFVと連携して火力を集中し、上陸した所を集中砲火で仕留めろ」

「イエッサ!」

「接近された場合は、もう周囲にかまわず逃げ散れ。 そうすれば誰かは助かる。 ただし最初から逃げようとするな。 逃げる奴を、スキュラは優先的に狙う事も分かっている」

「サー、イエッサ!」

兵士達が若干怯えているように見えるのは、仕方が無い事だろう。

スキュラの殺戮能力の高さは、他の怪物の比では無いのだ。

小型の怪生物という呼び方はまさに正しいだろう。しかも数で攻めてくるのである。

スカウトから、連絡が来る。

「スキュラの群れが海岸に接近! 上陸をするつもりのようです!」

「やはり来たな。 ゴロツキ害鳥にひっつく害魚どもが。 全部まとめて、焼き魚にしてやる」

出撃。

そう大友少将が声を張り上げる。

同時に、壱野少佐が連絡を東京の本部に入れる。

「レールガンはどうなっていますか」

「現在、輸送機で現地に向かっている。 輸送機にはファイターの護衛がついているから、ドローンに撃墜されることはないはずだ」

「聞いていると思いますが、既にスキュラが上陸の気配を見せています。 出来るだけ、急いでください」

「分かっている。 其方も、できる限り時間を稼いでくれ」

前線に赴く。

九州の全戦力が海岸線に展開。とはいっても砂浜はない。長崎の辺りは開発が進んでいて、恐らく今回は出島での戦闘が主体になる。

鎖国していた江戸時代の、唯一の海外への窓口。

今度は其処が、地獄の入口となるというわけか。

ともかく戦車隊は展開を終える。それに続いて、ニクス隊が展開。エイレンUも展開し。指揮車両であるエイレンVカスタムに乗った大友少将が前に出る。操縦しているのは、九州でもトップのコンバットフレーム乗りだそうだ。

周囲は既に深い霧に包まれている。

スキュラがいる証拠だ。ほどなく、大量のスキュラが、霧の中から余裕の様子で姿を見せる。

これは、今まで見た中で、最大の規模かも知れない。

「来たぞ! 人魚だ!」

「戦車をひっくり返す奴だぞ! こんな数、相手に出来るわけがない!」

「このたわけどもが! 何度も言わせるな! 此奴らに家族を食い荒らされたくなかったら、ここで踏ん張れ! 総員攻撃開始! 徹底的に叩き潰せ!」

大友少将のエイレンVが、収束レーザーを叩き込み、戦闘が開始される。スキュラは凄まじい咆哮を上げると、突貫を開始。戦車隊がつるべ打ちにするが、戦車砲を喰らっても平然と突撃してくる。

少しずつ味方がさがりながら、先頭に出て来ている敵から狙っていく。

不意に、一体の横っ腹に大穴が開く。

エイレンWカスタムによる全力レールガンの一撃だ。ぐらつく其奴に、柿崎は接近して、上下に切りおとす。

おおと、声が上がった。

「すげえ! スキュラが真っ二つだ!」

「見たか! 奴らは不死身でも無敵でもない! ブッ殺せ!」

「おおっ!」

これは、味方の士気が上がったか。

殺到してきたスキュラからさがって逃れつつ、グロースピアを投擲。時間を稼ぎつつ、斬れそうな相手を狙う。

次々に霧の中から突撃してくる人魚どもだが。

どうも霧なんか関係無いらしく、壱野少佐はどんどん敵を撃ち抜いている。

この間から使うようになったファングという更に火力が大きい狙撃銃でもスキュラは殺しきれないが。

それでも、ダメージは更に大きい様子である。

というか、なんつうばかでかい狙撃銃か。普段はライサンダーZを相変わらず愛用しているようだが。

最近はファングを、この手の大物相手には使うようになったようだ。

前衛で弐分大尉とともに飛び回りながら、スキュラを狩る。戦車砲の集中攻撃を受けて動きが鈍ったスキュラに、三連続の斬撃を入れる。ハラワタをぶちまけながら倒れる其奴は無視して、即座にすり足でさがる。突貫してきたスキュラが、死んだ仲間に突っ込んで、汚物みたいな液体をぶちまけた。またすり足でさがる。

突撃してきたグリムリーパーが、寄って集ってブラストホールスピアで貫く。

勿論、即座にさがる。

スキュラの恐ろしさは、彼らにも周知なのだ。

「ほう、これでも死なないか。 しぶとい人魚だ」

「西洋の人魚は知りませんが、日本では人魚の肉は不老不死の薬という話があります」

「それは面白い伝説だ。 人魚姫がいても、たちまち食われてしまうな。 ましてやお前達日本人が相手ならなおさらだ」

「いや、我々も流石に何でもは食べません」

ジャムカ大佐と軽口を叩きながら、スキュラを捌く。だが、流石にそろそろ危ないか。

彼方此方から上陸してくるスキュラに押し込まれ始めている。接近を許すと、あの毒霧を出してくる。

霧の火力は凄まじく、戦車の装甲が溶ける。兵士達は逃げ惑うが、そのまま踏みつぶされたり、毒液をはきかけられたりで、次々と被害が出る。ニクスが突撃を喰らって擱座して、そのままなぶり殺しにされるのを見る。

エイレン部隊も頑張っているが、電磁装甲でもあの巨体の突貫は、殺しきれるものではない。

被害が増える。

だが、血がぶちまけられるほど、柿崎は酔う。

血に酔えば、動きも鋭さを増す。

一撃離脱でスキュラを斬りつつ、すぐに次に。次を斬ったらすぐに次に。更に次。倒せなくても、兎に角プラズマ剣の一撃をお見舞いする。

向こうで、凄まじい光が迸った。

多分三城大尉のファランクスだろう。スキュラが絶叫して、倒れるのが分かる。

流石三城大尉。

自分よりも強い同年代の女子がいると知らしめてくれた恩人。三城大尉がいなければ、こんな楽しい宴には参加できなかっただろう。

舌なめずりしつつ、次を斬る。

頭をたたき割ったスキュラが、地面に力無く伸びる。

数体が突貫してくるが、横っ腹に戦車砲を喰らって、五月蠅そうに振り返る。其処に懐へ飛び込み、腹を抉ってやる。毒霧を放出するスキュラだが、すり足で逃れる。貰ったら即死。

そう思うと、ぞくぞくする。本当に楽しい。

更に霧が濃くなる。凄い規模の群れだ。だが、スキュラが増えている形跡がない以上、これだけ片付ければ後の戦いが楽になる。

それはちょっと面白くないが。柿崎だって、あの退屈な荒廃世界で、風呂も入れない生活を三年も続けるのは嫌だ。

楽しいときは祭のようなもの。

しっかり片付けて。

皆殺しにする。

それで。楽しい時間は一度締める。

それが大事だ。

「右翼部隊、被害甚大! 救援を!」

「左翼部隊もダメージは小さくない! 救援の余力無し!」

「東京の援軍はどうなってる!」

「もう少しで到着します!」

大友少将が苛立ちながら、正面の部隊を右翼に振り分ける。レーザーが飛び交っているのが見えるが、多分一華大尉も相当に大暴れしているのだろう。

柿崎も、負ける訳にはいかない。

至近を飛んでいった弐分大尉が、デクスターでスキュラを蜂の巣にして、離れる。正面にスキュラがかなり集まっているのに、互角以上にやれているのは、村上班とグリムリーパーがいるからだ。

それだけじゃあない。恐らくだが、大友少将は、意図的に正面に敵が集まるように仕組んでいる。

それでぴんと来た。

ああなるほど。

そういう狙いね。

ならば、策がなる前に、楽しく最後に斬り伏せるとするか。

突貫。数体を、すれ違い様に斬る。殺せなくてもいい。とにかく、この斬る時の手応えがたまらない。

暴れ、悲鳴を上げて跳ねるスキュラ。

其処に、戦車隊の砲撃や。恐らく壱野少佐の狙撃が突き刺さる。スキュラが次々に倒れ、左翼や右翼に展開していたスキュラが中央に集まってくる。

無線が入った。

「前衛部隊、後退しろ。 急げ、巻き込まれるぞ」

「了解。 グリムリーパー、後退する」

「了解! 柿崎少尉、後退だ!」

「承りました」

まあ、仕方がない。

これで終わりだ。

突入してきたのは、レールガン部隊。普通の周回なら、もっと遅くに登場する兵器だけれども。

この周回では、早くからプロフェッサーが兵器の技術を持ち込んでいる。よってもう完成した。

イプシロンレールガンは、コンバットフレームよりも大型のレールガンを装備しており、その火力も甚大。

このサイズのものが。エイレンWプロトタイプが搭載しているレールガンのように、全力射撃を行ったらどうなるのか。

ちょっと柿崎も興味があった。

確かにグラウコスにも致命傷を与えられるかも知れない。それほどの火力を人類が手にしたら。

それはそれで。また戦闘が激化するだろうし。その中でどれだけ柿崎が通じるのか、試してもみたい。

「イプシロン自走レールガン、現着!」

「よし! クソ魚どもは正面に集中している! 一気に撃ち抜いてやれ!」

「了解! 射撃開始!」

レールガンの射撃音は、思ったほど大きくない。だが、火力については折り紙付きである。そもそも使う電力が大きすぎて、中々実用化出来なかった曰く付きの兵器なのである。

文字通り、スキュラが貫通される。

やはり、スキュラにも有効だ。この自走式のレールガンは、安定度も抜群。コンバットフレームに搭載するよりも、本来の力を発揮できる。やはり車体に搭載するのが、兵器は一番本来の力を発揮できる。コンバットフレームは確かに強いが、やはり車体という安定性抜群の土台は大正義。

実際問題武術でも、どう踏み込むかが重要になる。

派手な空中技などは実際の所安定性に欠ける。

地に足がついていない程度の代物に過ぎない。

完全に前方に誘引されたスキュラが、次々にレールガンに屠られていく。大友少将が、すぐに続いての指示を出す。

「負傷者を後送! 戦闘力を残した部隊は、スキュラを逃がすな! レールガンを支援しろ!」

「イエッサ!」

「敵は此方の先手を打ってくると言う話だったが、レールガンの到着は邪魔されなかったようだな。 どういうことか分かるか、戦略情報部」

「なんとも。 プライマーは此方の手をある程度予想できるようですが、その力にも限界があるのでしょう」

霧が晴れてくる。

スキュラの大軍が、文字通り死屍累々の有様となって散らばっている。

味方の被害も小さくは無い。

だが、それでもこれは久々の完勝だ。

しかしながら、浮かれているばかりにもいかない。

「まだ少数のスキュラが残っています!」

「集中攻撃で仕留めろ。 レールガンは」

「全両無事です。 不具合なども起きていません」

「……そうか。 それは良かった」

大友少将が呟く。

そして、最後のスキュラが仕留められてから。全軍撤退が言い渡された。

 

福岡基地に戻る。

兵士達はかなり死傷者が出ていた。まあ仕方がない。スキュラが相手となると、死者を出さずに戦うのはほぼ不可能だ。

だが、相当数のスキュラを仕留める事ができた。

レールガンはスキュラに対する特攻兵器になる。EMCは相当に強力な兵器なのだが、何しろ運ぶのにも使用するのにもコストが激甚である。レールガンの量産が、今後の戦いにおいて重要となるだろう。

ココアを淹れて貰ったのでいただく。

あんまりココアは好きでは無いのだが、贅沢も言っていられない。できれば玉露がいいのだが。

まあ体は温まる。

しばらくぼんやりしていると、壱野少佐が戻ってきた。

「日本近海にいたスキュラは、これで殆ど片付いた様子だ。 今まで確認されていたスキュラの四割近い数だったようだな」

「解せないッスね。 こんな戦闘で、そこまでの大兵力をどうしてプライマーは使い捨てたのか」

「それについては、私が仮説を立てた」

プロフェッサーが無線に入ってくる。

この貧弱な人を、何度も荒廃世界で守ったな。そう思いながら、柿崎は話を聞く。一華大尉とこの人の会話は、仲が悪いとは思えない程噛み合っている。

或いはだが。

一華大尉の手段の選ばなさぶりを、プロフェッサーが真似始めているからだろうか。可能性はある。

「恐らくプライマーは、グラウコスを主力にEDFを壊滅させるつもりだ。 しかしグラウコスは既にプライマーにも制御が厳しくなっている」

「ああ、なるほど。 グラウコスに付随したスキュラも、少し削っておいた方が御しやすいと」

「恐らくはそうなる。 敵も敵で、苦労しているとみて良い」

「敵の司令官は無能では無い。 それがこれほどに苦労するとなると……プライマーも相当に混乱しているのか?」

壱野少佐が呻く。

確かに、今までの戦闘で敵の司令官は無能だとはあまり感じない。

そんな司令官が、こんな制御不能生物兵器を投入してきたと言う事は。余程プライマーの本国で大きな問題が起きていて。もはや手段を選んでいられないということなのではあるまいか。

それなら納得は行くが。

その一方で、何が原因でそんなに余裕がないのかが分からない。

「大友少将は」

「損害が大きかったこともある。 東京に援軍を要請しているようだが、各地でグラウコスの被害が深刻化している。 恐らく、EDFはそろそろグラウコスを本気で撃破する事を考えるはずだ。 援軍は期待薄だろう」

「東京で決戦兵力を整えるつもりと言う事ッスね」

「そうなる。 グラウコスを長時間休眠に追い込むには、恐らく相当な被害を覚悟する必要がある。 今のグラウコスには、テンペストですら休眠に追い込めるか分からない」

熱兵器は論外。

確かに、その通りであるだろう。

壱野少佐に連絡が入る。短く答えると、壱野少佐は立ち上がる。

「ロシアに出向く」

「そういえば、新しいエイリアンが姿を見せたとか」

「十中八九コスモノーツだろう。 そうなると、恐らくはクルールも近いうちに姿を見せるとみて良い。 敵はグラウコスをどう制御するつもりかは分からないが、EDFが大軍を出せないうちに特務を使って各地で破壊活動をするつもりとみて良いだろう。 その出鼻を挫く」

勿論グラウコスは、もうコスモノーツだろうがクルールだろうが関係無く攻撃に来るだろう。

敵もそれを承知の上で、少数精鋭部隊で各地を強襲しに来ている、というわけだ。

ロシアでは、モスクワ基地が猛攻に晒されているという。

今のうちに、救援が必要だろう。

まだ、EDFは各地で組織戦を行えるだけの正規兵を抱えている。だが、グラウコスが出現したことで、行動は大きく制限された。

皮肉な事に、プライマーも大軍での行動を控え始めている様子だ。グラウコスは見境無しに殺し焼く。そうなると、しばらくは精鋭同士での小規模戦闘が主体になってくるのかも知れない。

だとすると、村上班や荒木班、スプリガンやグリムリーパーの負担が当面は増える事になるだろう。

レールガンの数が揃うまで、しばらくは時間稼ぎが主体になるだろう。

それはそれで別にかまわない。

グラウコスとの戦闘は、何もできず退屈だからだ。だから、地上でコロニストやコスモノーツを斬る方が楽しい。

柿崎としては。

何の問題もなかった。

 

4、極北の地で

 

モスクワ基地。

あまり周回を重ねていない山県だが、それでも此処が毎回コスモノーツに陥落させられている事は知っている。

ロシアは元々民度の点で著しい問題があり、世界政府が出来る前から、ハッキングのやり方を教えるような学校があったりと。ろくでもない治安と民度で、犯罪者が跋扈し良民は苦しみ続けていた。

この辺りは中華も大差がない。

幸い中華では、現在項少将という奇跡的に出現した猛将が大活躍してくれてはいるけれども。

その項少将も、何人かの無能な同僚に足を引っ張られてうんざりしているようだ。

カスターの阿呆が失脚したからといって、EDFの膿出しが全て終わっている訳ではないのである。

山県もカスターは嫌いだ。

エリートが別に嫌いなわけじゃない。出来るエリートもいる。それは軍組織にいれば、目にする。

だがああいう「コネも実力のうち」だとか抜かして、権力を貪り自分だけが生き残る事を考えるような輩は、何もかもを駄目にする。

人類はあの手の輩をずっと放置し続けて来た。

だからこそ、グラウコスが湧いた。

そういう意味では、そろそろ人類のあり方を考え直す時なのかも知れない。

酔っ払いである山県は、そう思いながらシベリアの地を行く。

まだモスクワ基地は陥落していない。

今なら、救援は間に合う。

現地近くで、壱野少佐が右手を挙げる。

ああ、もう察知したのか。流石だなと思いつつ、戦闘準備。ロボットボムと、自動砲座に素早く目をやる。

多少酒が入っているが。

今ではアルコールが入っている方が、手元がぶれない有様だ。

「いるな。 数は十体。 モスクワ基地から思わぬ反撃を受けて、奇襲からの陥落から、攻城戦に切り替えたという所か。 締め上げるために、基地周辺の街でゲリラ戦を気取っている訳だな」

「へへ。 それでどうなさるんで」

「各個撃破する」

「了解……」

エイレンWがでる。

ようやく、「プロトタイプ」が取れたが、まだ課題だらけの機体だ。特に装備関連をカスタム出来るのは良いのだが、足回りが良くない。どうにも過剰な重量の武装を搭載させられていて、足回りが上手く動いていない様子だ。

だが、これの倍もある兵器を今開発しているそうで。

バルガの足回りや、このエイレンWのデータを参考に、完成させる予定らしい。

そういう意味では、この機体はまだプロトタイプなのかも知れない。

いずれにしても、戦闘経験は必要だ。

エイレンWに隠れながら、壱野少佐のハンドサインに従って移動。壱野少佐は、姿を消す。

まああの人は、もう単独行動しても無類に強いだろう。

はっきりいって化け物だ。

自動砲座を指示通りに展開。伏せているコスモノーツに対して。上空から三城大尉がプラズマグレートキャノンを叩き込む。

数体が、それで飛び出してくるが。

一体はエイレンWのレーザーで、瞬く間に鎧を貫通され、蒸し焼きにされる。

数体がエイレンWに集中攻撃するが、電磁装甲は想像以上に強力で、アサルト程度ではびくともしない。

ただショットガン持ちに接近されると危険だろう。

そう判断したのか、指揮官個体らしいショットガン持ちには、音もなく弐分大尉が接近して。

そもそもプラズマグレートキャノンで粉砕されていた鎧の合間を縫ってスパインドライバーを叩き込み。

一撃であの世に送っていた。

ハンマーを叩き込まれて潰された死体が吹っ飛ぶ。

コスモノーツどもは、展開しつつ反撃するが。だいぶコロニストよりも動きに感情がでている。

無言で自動砲座を起動。

逃げ込もうとしたビル影から射撃され、大慌てで回避しようとした一体の首が、柿崎中尉に刎ね飛ばされ。

更に一体は木曽中尉のミサイルの集中攻撃を浴びて、爆発の連鎖の中に消えた。

そのまま、混乱する敵の小隊を始末してしまう。ロボットボムを投げ続けている間に、敵は壊滅していた。

「攻撃やめ」

「イエッサ」

「……三ブロック前進する。 補給はすぐに済ませてくれ」

無言で、自動砲座の弾丸を補給。補給車から弾丸を取りだし、重労働を行う。自動砲座は残しておけと言う指示だ。

黙々と木曽中尉は小型ミサイルを補給している。

すっかり手つきは熟練兵のそれだ。

それはそうだろう。

実際に、それだけの時間を戦闘し続けているのだから。

無言で三ブロック前進。

コスモノーツと味方が銃撃戦をしている。ボロボロのニクスが何とか応戦しているが、コスモノーツは的確に攻めて、もうニクスは破壊寸前のようだ。市街の各地にバリケードがあって、それらを使ってどうにか敵の猛攻を凌いでいるようだが。これは長くは保たなかっただろう。

無言で壱野少佐が狙撃。

指揮官らしいレーザー砲持ちのコスモノーツが、背中から鎧を粉砕され。振り返る暇もなく、一華大尉の収束レーザーで焼き切られた。上下真っ二つになって、血をぶちまけながら倒れるコスモノーツ。バリケードの向こう側の兵士が、援軍だと叫ぶ。コスモノーツが一斉に振り返って射撃をしてくる。まあ判断としては悪くない。壊れかけのニクスよりも、こっちのが余程脅威だ。

少し下がりつつ、十体以上のコスモノーツを引きつける。

無線が入ってくる。

電波妨害の領域を抜けたと言う事だ。コスモノーツの部隊に、モスクワ全域で押されているようだ。

急がないと、基地ももたないだろう。

エイレンWを盾にしながら、立ち回る。数体が地雷原に踏み込み、C90A爆弾で粉々に消し飛ぶ。

それでも敵は戦意を失わずに射撃してくるが、

その頭を、煙の向こう側から壱野少佐が撃ち抜き、ヘルメットを砕く。其処に、三城大尉の放った電撃砲が炸裂する。

電撃砲。ボルトシューターの更に改良型。

超長距離まで電撃を届かせるためにプロフェッサーが開発していたものだが。現時点では溜めに時間が掛かるプラズマグレートキャノンしかグラウコスに有効打がない三城大尉のために、前倒しで実戦投入された。

火力はプラズマグレートキャノンの一割という所だが、その代わり一度エネルギーを蓄積すれば連射できるし。何よりも、収束地点での火力が減衰しない。どうやって電撃に指向性を持たせているのかは良く分からないが、ともかく実験段階ではかなり良い兵器に仕上がっているように山県にも見える。

少なくとも見た目よりずっと射程が短いマグブラスターよりも余程使い勝手が良さそうである。

雷撃砲の連射を浴びたコスモノーツが、頭を焼き切られて倒れる。更に、瀕死のニクスからの攻撃を受けて、コスモノーツが鎧を剥がされ。鬱陶しそうに振り返ろうとした所を。文字通り針の穴を通す壱野少佐の狙撃で倒れる。

混乱するコスモノーツ部隊を、村上班総出で片付け、バリケードに向かう。

バリケードに隠れていた兵士達は、かなり負傷者が多かった。

「た、助かった!」

「すぐに基地に後退を。 敵の攻勢が激しい地点を教えてほしい」

「どこも酷い攻撃を受けている! それに上空にインペリアルがいて、何度か航空機が撃墜されて……」

「分かった、それも対処する」

一華大尉が、あーと呻く。

既に回線に入り込んで、データをだいたい確認したのだろう。

「現在モスクワの西地区が大攻勢を受けているようッスね。 東地区はどうにか持ち堪えられているッスけど、これは急がないと西から基地になだれ込まれるッスよ」

「分かった。 道中で敵を始末しつつ、西地区に急ごう」

「それにしても酷い有様ッスわ。 街中の電子機器に変なウィルスがわんさか繁殖していて、雑草抜きをしないととてもではないけれど電子戦なんて出来ないッスね。 これもロシア時代のツケッスけど」

「世界政府になる時も、ロシアと中華はかなりの暗闘があったと聞く。 だが今は世界政府の時代になっている。 今は兵士達を救援するぞ」

壱野少佐が先頭に立って、時々ライサンダーZで狙撃しながら進む。

幸いグラウコスは現在、東南アジアで暴れているようで、此処にくる恐れはない。援軍も来る可能性は低い。

つまり、モスクワに展開している二百近いコスモノーツを、村上班だけでどうにかしなければならない。

泣けるねえ。

山県はぼやきながら、周囲を確認。電子戦機であるインペリアルドローンは、姿が見えない。低空にいるのか。

だとすれば、攻撃機で潰す好機だ。他のドローンは殆ど姿を見かけないから、である。

見えてきた。半壊しているバリケードを、コスモノーツが銃撃し続けている。反撃はまばらだ。擱座したニクスが、煙を噴いて倒れていた。一刻の猶予もない。

弐分大尉と柿崎中尉が突貫していく。それを後方から支援。指示を受けつつ、少し下がって路地に自動砲座を設置。

まるで敵が全部見えているようだな。

そう思いながら、壱野少佐の指示通りに自動砲座を撒く。

凄い金属音がしたが、多分柿崎中尉がコスモノーツを切り裂いたのだろう。つくづく恐ろしい姉ちゃんだ。

そのまま少し下がりつつ、ロボットボムの準備をする。

後ろに回り込んできたコスモノーツの部隊が、もろに自動砲座の十字砲火に引っ掛かり、蜂の巣になる。

完璧だな。

そう、呆れながら呟きつつ。さがろうとするコスモノーツにロボットボムを投擲。

自動で獲物に向かうロボットボム。慌てて迎撃しようとするコスモノーツに、容赦なく着弾。

足を吹き飛ばされたコスモノーツは這って逃げようとするが、容赦なく自動砲座がとどめを刺す。

後方に壱野少佐がさがってくる。臆病風に吹かれた訳ではないだろう。

後ろから数体が来るのを、出会い頭に撃ち抜く。更に、弐分大尉も戻ってきて、デクスター散弾銃で粉々に打ち砕く。

敵の動きが全部見えている。しかもこんな乱戦の市街戦で。

プライマーにとってはたまったものではないだろう。

「見つけた……!」

一華大尉が叫ぶ。

そして、バイザーにデータを送ってくる。

何を見つけたのかは、いうまでもない。この状況で一華大尉が探しているのは、一つしかない。

すぐにDE203に指示を送る。

「ビルの狭い合間だぞ。 そんなところに?」

「急いで欲しい」

「分かった。 指定の座標に、全弾叩き込む! 105ミリ砲、喰らえ!」

DE203の急降下攻撃が、吸い込まれるように叩き込まれる。勿論そこに潜んでいたのは、インペリアルドローンだ。

全弾が炸裂し、インペリアルドローンが半壊する。上空に上がろうとするが、流石にこれだけダメージを受けている状態なら、ドッグファイトでDE203が相手に出来る。

そのままひねりこみつつ射撃を浴びせて、インペリアルドローンに致命傷を叩き込む。

「あいつも、最初に遭遇したときはとても倒せる気がしなかったッスけどね」

「あらゆる兵器をプロフェッサーは強化してくれている。 それだけだ」

「まあ、そうなるっスかね」

インペリアルドローンが爆発し、墜落していく。

DE203が、旋回しつつ通信を入れてくる。

「撃墜した。 次のターゲットの指示をくれ」

「この様子だと、まだインペリアルドローンが隠れているとみて良いッスね。 発見し次第指示をするので、まずは弾丸の補給をしてきてほしいッスわ」

「了解した。 地上部隊の奮戦を祈る」

DE203が一旦後退する。

戦闘を続行。エイレンWが主体になって突撃し、コスモノーツを蹴散らす。また一箇所の戦線を救援完了。負傷兵だらけだ。戦える戦車もニクスも残っていない。

彼らに基地に戻るように指示しつつ、次の戦線に。

また敵の群れと遭遇。

だが、どうしても化け物じみた勘をもつ壱野少佐がいる以上、隙を突く事が敵には出来ない。

何度か奇襲を試みて、その度に先手を打たれ。コスモノーツも混乱している様子だ。そこを、容赦なく村上班が仕留めていく。西地区の敵を半数ほど駆逐した所で、やっとモスクワ基地から無線が来た。

どうも少佐くらいの階級の人物らしい。

大混乱の中、基地司令官だった少将と、ロシアの司令官だった中将は戦死。

高級士官も次々に倒され。彼が一番高位の指揮官として生き残っているらしい。

それはまた。

本当に陥落寸前だった、と言う訳だ。

「名高い村上班だな、感謝する。 すまないが、西地区を任せてもいいだろうか。 残りの全兵力を東地区に投入して、一気に戦線を押し上げる」

「いや、基地をからにするのは危険だ。 このコスモノーツだけが敵の戦力とは限らない」

「まだ敵がいるのか……!?」

「少なくともインペリアルドローンはいた。 この様子だと、苦戦を察したら更に戦力を投入してきてもおかしくない」

コスモノーツの部隊が来る。レーザー砲持ちもいるが、即座にレーザー砲を壱野少佐が叩き落とす。

文字通りの即応である。

西部劇の早撃ちガンマンが、瞠目するような手際だ。

しかもそれを拳銃ではなくばかでかい狙撃銃でやっているのである。

ついでに基地司令官と喋りながらだ。

呆れつつ、山県は自動砲座を並べつつ、在庫を頭の中で急いで計算する。追従してきている補給車にはそれなりに自動砲座と弾を積んで来ているが、それでもそろそろ厳しい状態だろう。

敵の攻勢がこれで終わるとも思えないので、自動砲座は設置したままにしている。

つまり、手持ちは減る一方だ。

支援部隊がくればいいのだが、この様子だとロシア全域が猛攻に晒されているだろう。此処を救ったら、次の基地にいかないとまずい。

一華大尉がまたインペリアルドローンを発見。

下水の水面スレスレにいた。

すぐにDE203が始末に向かう。一華大尉がぼやく。

「この様子だと、今のに加えてあと最低二機はいるッスね……」

「発見し次第位置を山県中尉に送ってくれ」

「了解ッス」

エイレンWに攻撃が集中。流石に電磁装甲にダメージがどんどん入っている。無敵とはいかないだろう。

それはそうだ。

だが、一華大尉の反撃が凄まじく。次々にレーザーがコスモノーツを倒しているため。それで結果的にダメージは抑えられている。

レールガンがぶっ放され。ショットガンを手に突撃しようとしてきていたコスモノーツが、くの字になって吹っ飛ぶ。

鎧で衝撃を殺したとしても、運動エネルギーはどうにもできない。

かなりの数のコスモノーツが集まって来ている。各地のバリケードを攻撃していた連中だろう。

これは総力戦だ。

舌なめずりしつつ、指示通りに自動砲座を撒く。

壱野少佐が走り周りながら狙撃している。背後に回ろうとしたコスモノーツが、ことごとく爆殺され。或いは自動砲座の罠に引っ掛かる。

敵は困惑しながら、少しずつ後退を開始。

攻撃は失敗と判断したのだろう。

そのまま、インペリアルドローンをあぶり出し、撃墜。

夕方過ぎに、戦闘は終わった。

モスクワ基地に行く。バンカーは大破したAFVだらけで、整備兵が途方に暮れていた。

一時期基地にまで入り込まれたようだが、それはネイカー対策に設置されていた自動砲座で撃退出来たようである。

兵士達はかなり損耗が激しい。

幸いインペリアルドローンは全て潰した。おかげで、総司令部と連絡が通るようになっている。

総司令部で無線に応じたのは、リー元帥だった。

この間の一件以降、村上班に興味を持ったらしい。

「モスクワ基地の被害は甚大だが、守り抜けたようだな。 すぐに部隊を送る。 それまで、二次攻撃に備えてほしい」

「イエッサ」

「村上班は激戦の後ですまないが、補給と休憩を済ませ次第、他の基地の救援に向かってほしい。 モスクワほどではないが、同じエイリアン……戦略情報部はコスモノーツと命名しているが。 それに攻撃を受けている。 ロシアの戦力はかなりダメージが大きく、このままだと陥落しかねない。 君達が頼りだ」

「お任せを」

すぐに次か。

大型移動車が来る。補給車に、モスクワ基地の備蓄物資を積み込む。さっき通信に応じてくれた少佐が来る。背が高いごつい軍人だが、何カ所かに痛々しい負傷をしていた。本来なら、病院のベッドで休まないと駄目だろう。

「ありがとう。 モスクワ基地はどうにか救われた。 地下にいる市民も……」

「すぐに備えてほしい。 次の攻撃がいつきてもおかしくない」

「分かった。 守備範囲を縮小し、援軍が来るまで持ち堪えてみせる」

「頼む」

敬礼をかわすと、軽く休憩。その後、次の基地の救援に向かう。

コスモノーツは今回もやはり重要な局面で出て来たか。しかし、モスクワ基地の陥落はさせなかった。

アフリカではタール中将が奮戦し、コスモノーツと互角以上にやりあっているようだし。現時点で陥落している大陸は無い。

敵もグラウコスを投入した上で、とどめを刺しに来ているのだろうが。

そうはいくか。

可能な限り抗ってやる。

そう、山県も。

悲惨過ぎる未来を見て来た人間だから、決めていた。

 

(続)