よどんだ深海のもの

 

序、その日

 

ベース251を出る。壱野も東京基地に一応支援要請はしたが、多分援軍が来る事はないだろう。ダン大佐は東京を守るので精一杯。大友少将、大内少将、筒井少将は、皆それぞれの担当地区から離れられる状態ではない。

今やEDF基地の地下が、人間の生息圏なのだ。

東京にしても、基本は地下でないと生活はできないのである。

それくらい厳しい状況だ。

こんな関東の辺境に、援軍など寄越す余裕はEDFにはない。

基地からは、修理が終わったテクニカルニクス四機、戦車四両とケブラー四両を出す。ほぼ全戦力だが、これでもちょっと物足りない。

今回、プライマーは相当に気合いを入れてリングを守りに来ている。

あのエルギヌスの事もある。

何が出て来てもおかしくない。山県大尉にケブラーの一両を任せ、プロフェッサーも乗っていて貰う。

兵士達も、出せるだけ出して貰った。ベース251には、最低限の守備要員しか残っていない状態だ。

「警戒しろ。 スカウトが、邪神だけでは無く、コスモノーツも確認している」

「宇宙服野郎……」

「動きはコロニスト以上に俊敏だ。 警戒して当たれ」

海野大尉は、コスモノーツとの戦闘経験もあるらしい。壱野としては、これだけ経験を積んでいる人はもっと抜擢するべきだと思うのだが。

そうもいかないのだろう。

上官をこの周回でも、海野大尉は二度もぶん殴ったそうだから。

確かに怖じ気づいて兵士を見捨てて戦線から逃げ出そうとする上官なんて、殴られて当然だが。

それでも、色々面倒なのが組織という奴だ。

コスモノーツを発見。コロニストの特務と一緒にいる。

コロニストの特務は、それほど頭は良くないが、装備は強力だ。一緒に仕留めてしまうのが良いだろう。

弐分に頷く。

弐分に狙って貰うのは、ショットガン持ちのコスモノーツだ。

壱野はコロニストの特務を狙う。

彼奴が装備している武器は尋常では無く強力で、さっさと倒さないと大変に面倒な事になるのだ。

「仕掛けます」

「よし、ニクス隊も戦闘準備。 戦車隊、ケブラー、いつでも射撃を出来るようにしろ」

「イエッサ……」

壱野が、コロニストの頭を吹き飛ばす。

同時に弐分が、デクスターを連発してコスモノーツを鎧の上からまとめて粉砕した。まだ生き残っているコロニストに、ニクスとケブラーが火力の滝を叩き付ける。建物の裏に逃げようとしたコロニストを、一華のエイレンUが足を焼き切り。動きが止まった所を、柿崎が首を刎ねていた。

敵、沈黙。

射撃を海野大尉が止めさせる。

「弾を無駄にするな。 敵がこの程度で済むとは思えん。 進むぞ。 スカウト、連絡しろ」

「此方スカウト。 クルールと少数のアンドロイドがいます」

「……すぐに行く」

アンドロイドか。また呼んできたのか。

すぐ近くに、クルールがいた。倒れたビルの上で遊んでいるかのように、伸び縮みしている。

触手を束ねて移動するクルールは、時々遊んでいるように体を伸び縮みさせている。リラックスしているからやっているのか、それともああやって視界を確保しているのかは分からない。

ただ、普段じっとしていないのは確かだ。

何をしているのかは、クルールにしか分からないが。

奴らもコスモノーツ同様、言語をもっていて喋る事が確認されている。なお言語については解読は上手く行っていない。

「炸裂弾持ちがいます。 そいつから片付けます」

「よし。 ニクス隊、壱野の攻撃に続いて集中砲火。 アンドロイドはケブラーと戦車隊でどうにかしろ」

「イエッサ……」

兵士達の戦意は高くないが。

それでも、やっていくしかない。どうせ、そろそろこの辺りにリングが来る。だからこそ、これだけクルールが来ているのだろう。

スカウトの話によると、クルールの小隊がかなり目撃されているようである。これは本格的に、この辺りを封鎖するつもりとみて良いだろう。

ならば、少しでも敵を削っていくしかない。

狙撃。

炸裂弾持ちクルールの頭が消し飛ぶ。他のクルールには、エイレンUが先頭になってレーザを浴びせ。ニクス隊が続く。

アンドロイド部隊は、崩れかけていたビルごと戦車砲とケブラーの機関砲で吹き飛ばされていく。

ケブラーも火力だけならニクスに劣っていないのだ。

更に気配。

アンドロイドの増援部隊か。集中攻撃でバラバラにされるクルールを横目に、バイクに飛び乗る。

あの気配は、間違いない。

擲弾兵だ。

かなりの数が来る。バイクで移動しながら射撃。来る前に、可能な限り爆破する。後方にも、気配。

どうやら、クルールの本隊が此方に来ている様子だ。

戻りつつ、後方の擲弾兵をケブラー隊に指示を出し、任せる。山県大尉が乗るケブラーともう一両が、擲弾兵部隊の前に出ると、射撃して片っ端から撃破していく。数はそれほどでもない。この程度の数なら、擲弾兵も恐るるに足りない。ケブラーのパイロットは山県大尉を除くとベテランとはとても言い難いが。そもそも射撃管制の支援システムは一華が組んでいる。

パイロットの腕はそれだけで、相当に補えている。

前から来ているクルールの部隊。それにコスモノーツの重装まで混じっている部隊が本命だろう。ドロップシップから落ちてきた所を、三城がプラズマグレートキャノンで着地狩りするが。流石に重装コスモノーツは耐え抜いてくる。それでも鎧の一部を粉砕する事には成功する。

壱野は前衛を皆に任せ、遠距離から狙撃。重装の装備はコロニストの特務ほどではない。昔だったら脅威だったが、今はニクスにも強化が入っており、エイレンUもいる。テクニカルになっていても、この程度の数なら捌ききれる。むしろ危険なのは、炸裂弾などのクルールの兵器だ。

雷撃を放とうとしたクルールの頭を吹き飛ばす。瓦礫をジャンプ台にして、バイクが浮き上がる。空中で狙撃。もう一体、クルールの頭を吹き飛ばす。クルールが何かが来ると悟ったのだろう。一斉に此方を見るが。その隙に、三城がプラズマグレートキャノンをクルールの小隊の足下に叩き込む。

吹っ飛んだクルールの群れ。コスモノーツの部隊も来るが、ニクス隊が火力を全開に迎え撃っていた。

爆発。

迫撃砲か。

危険度が大きい敵から対処していく。バイクをジグザグに蛇行運転しながら、狙撃を続行。

敵は迫撃砲で射撃しながら、何か喋っているようだ。どうでもいい。その頭を吹き飛ばす。

クルールの数は相当に多い。

だが、今回此方も総力戦態勢だ。雷撃を浴びた戦車が擱座する。だが、ケブラーが前に出て、コスモノーツを滅多打ちに。

後方の擲弾兵を片付けたケブラーも加わる。「宇宙服野郎」が鎧を剥がされ、内部の貧弱な体を穴だらけにされるまでそう時間も掛からない。

バイクを乗り捨てると、狙撃を続行。

まだクルールが何体かいる。ショットガン持ちのコスモノーツを、丁度デストブラスターを装備した三城が片付けた所だ。コスモノーツの重装は、エイレンUのレーザーで次々焼き払われている。アンドロイドは戦車隊やケブラーの弾幕で応戦中。

充分だ。敵もまさか、これほどの戦力が残っているとは思っていなかったのだろう。

更に木曽少尉の放った大量のミサイルが、アンドロイド部隊に着弾。まとめて吹き飛ばしていた。

「ブリキ人形どもなど恐るるに足りない! 徹底的にぶちこわせ! 不法侵入者どもの玩具なんぞ、地球には不要だ!」

「イエッサ!」

兵士達が、青ざめながらも射撃をしている。

アンドロイドが本領を発揮するのは数を揃えたときだ。今、此処には中途半端な数しかいない。

更に味方にはニクスもケブラーも戦車もいる。

移動基地でもみくちゃにされてストームチームが全滅したときとは、文字通り状況が違う。

此処にいるアンドロイドとは関係がないが。

悪いが仇も同じだ。破壊させて貰う。

壱野はアサルトに切り替えると、徹底的にアンドロイドを壊滅させていく。

地面に勢いよくアサルトを突き刺すと、ライサンダーZに切り替え、頭を出して射撃しようとしたクルールを即座に撃ち抜く。シールド持ちだったが、この距離だったら防がれる恐れもない。

弐分が飛んでいって、まだ隠れていたクルールを刈り取った様子だ。

アンドロイドの部隊はまだ来ているが。これでエイリアンはほぼ全滅。兵士にケブラーを任せると、山県大尉は降りて来て、ロボットボムとリムペットガンで戦いはじめる。この方が、やりやすいのだろう。

そろそろ頃合いだ。

「一華、頼む」

「了解ッス」

瓦礫に紛れていたそれが、前衛に出てくる。

そう。フーリガン砲だ。ベース251で埃を被っていた自走式のものである。海野大尉は、これが何なのかも知らなかった。

それでいい。もしも知っていたら、戦場で使おうと試みていたかも知れないからである。

何しろ、あのテレポーションシップを上空から破壊出来る怪物砲だ。壱野が狙撃のデータを幾らかとって改良はしたものの、それでもまだ壱野が操縦した方が当てる事が出来るだろう。

更にエイレンUは、レールガンを搭載している。

これも弾が二発入っている。換えは利かないが、それでも充分過ぎる程だ。

「なんだあれは!」

「ばかなばかなばかな!」

兵士達が叫び、動揺する。

そう、来たのだ。リングが。

降り来た、あまりにも巨大な円環。来る事は分かりきっていた。だから、既に準備をしていた。

敵も、この辺りを制圧してから、ゆっくり大型船を通すつもりだったのだろう。

だが、今回は先手を打たせて貰う。

「なんだあの巨大な兵器は!」

「空母、移動基地の新型、何かしらか!? 新しい拠点とでもいうつもりかよ!」

「マザーシップすら手に負えないんだぞ! 援軍なんか今更呼んでくるな!」

「……なんだか妙だな」

パニックを起こす兵士達と裏腹に、冷静極まりない海野大尉。

やはりか。

どうも周回を重ねるごとに、影響を受けている人間が明らかにいる。ストーム2、ストーム3、ストーム4の各員もそうだし。こういう歴史の転換点にいる人。各地で奮戦している名将。みんなそうだ。

「壱野、あのばかでかいものは何だと思う」

「分かりません。 はっきりしているのは、この辺りをプライマーが制圧しようとしていたことは、どう考えても無関係ではないということです」

「……そうだな。 総員、周囲を警戒しろ! まだ敵の援軍が来る可能性がある!」

リングをたたき落とせればいいのだが、流石にリングの真下には接近できないだろう。敵も更に分厚く戦力を展開している可能性が高い。

案の定、増援が来る。

多数のアンドロイドの部隊。補給急げ。海野大尉が叫んだ。一華と山県大尉、プロフェッサーが連携して各車両に補給を急ぐ。戦車の応急処置もしていく。

すぐにアンドロイドに対処。

壱野も、大型を優先して撃破していく。かなりの数だ。ひょっとしたら、リングの守備隊から裂いているかも知れない。ただ味方の戦力が今回は充実している。この程度なら、苦労はしない。

木曽大尉の放ったミサイル第二弾が、また多数のアンドロイドをまとめて吹き飛ばす。そこに戦車砲が容赦なく追い打ちを掛け。充分に間合いに入ってからケブラーの射撃が開始される。

アンドロイドが食い止められるが、またドロップシップ。コロニストの特務と、レーザー砲装備のコスモノーツも乗っている様子だ。

厄介だが、この戦力なら。

「コロニストは俺が即座に処理します。 ニクス隊はレーザー砲持ちのコスモノーツを」

「分かった!」

「宇宙服野郎め、バラバラにしてやる!」

荒くれの駆除チームが展開し、ドロップシップから降りて来たコスモノーツを即座に集中砲火。

レーザー砲持ちは、射撃すら出来ずに本当にバラバラになった。

他のコスモノーツも降りたった瞬間三城のプラズマグレートキャノンで着地狩りを受けて、鎧を全損。

つづけてニクス隊の射撃を受け、おさえこまれる。

コロニストの特務は、特に危険な迫撃砲持ちをまずは即殺。あの武器は、量産が利かないらしく。特務の中でももっている個体は希だ。或いは、持つ事で確実に狙われるというのを、プライマーも統計から知っているのかも知れない。

他の特務も強力なアサルトとショットガンをもっているが、それでも頭がお留守なのはいつもどおりだ。

そのまま叩き落としてあの世に直行願う。

その間、エイレンUが最前衛で、鬼神のように暴れ回る。

そろそろ、来る頃だな。

後方から大きめの気配、多数。百隻を遙かに超える規模で来ている。

それはそうだろう。

前周、今周と合計して三十隻弱は落とした。だが、敵は前々周末期から五十隻くらいずつあの大型船を追加してきている。

今回五十隻を追加しているということは、当然百二十隻以上はいるだろう。

「ストーム1! 出来るだけ頼む!」

「分かっています」

すぐにフーリガン砲に乗り込む。

味方は大型船にかまっている暇は無い。ただ、あれが装備しているテイルアンカーの撃破例がストームチーム以外では殆ど無いことや、新兵器を運んでくる事は知っている様子だ。

どれだけ戦場経験が少なくとも。

恐怖の噂は聞いているのだろう。

「敵の大型船だ!」

「あの輪っかみたいなのほどじゃないが大きい! あれがアンドロイドやクルールを運んでくるのか!」

「包囲される! 逃げるべきだ!」

「いや、この時の為に装備を用意してある! 総員、周囲の敵を食い止めろ!」

海野大尉が、兵士達の尻を叩くようにして叱咤。

自らも最前衛に立って、凄まじい腕前でさがろうとしていたコスモノーツの足を粉砕。

転ばせて、ニクスの集中砲火のエジキにさせた。

兵士達が、それを見て勇気を出す。

そういえば、改変された前々周の世界でも。三年で何百機もアンドロイドを倒したと言っていたな。

あの時以降、更に強化が入っているとすれば。海野大尉はもうストームチームの皆に匹敵するくらい強いのかも知れない。

そうでなくとも、祖父の盟友だった人だ。

祖父に技の手ほどきなども受けているだろうし、弱い訳がない。

壱野も、歴史が改編される度に記憶が曖昧になる。だが、覚えている部分も多い。他の皆よりも、覚えている要素は多い様子だ。

胸元に入れている記憶媒体。

これは、確定で持って行ける。改変先の歴史世界に。

だから、それを利用して。

少しでも、戦況の悪化を防ぐ。今するのは、それと。可能な限り、あの不愉快なクラゲ船を叩き落とすことだ。

アンドロイドとエイリアンを相手に交戦している皆を見下しながら、大型船の大艦隊が来る。

「合計122隻。 概ね想定通りの数ッス」

「よし。 予定通りやるぞ!」

フーリガン砲、射撃。

先頭にいた大型船を直撃。かなり当てやすくなっている。プロフェッサーも、改良を進めてくれていたのだ。

火を噴きながら、墜落し始める大型船。あれに、追撃は必要ないだろう。

更にもう一撃。

二隻目が火を噴いて、墜落し始める。一華のエイレンUも、レールガンを叩き込む。大型船にこれも直撃。皆が火力を集中して、空中で爆散させる。

四隻目。フーリガン砲が直撃。当たり所が良くなかったのか、ぐらりと傾いた程度だ。フーリガン自走砲から降りると、そのままライサンダーZを叩き込んでやる。まだ落ちない。フーリガン砲に弾を再装填したいが、出来るか。山県大尉には、やり方は既に教えてある。頼むと、ライサンダーZで、今傷ついた四隻目にとどめを入れる。空中で爆散する大型船。あの大型船には、どうやら技術的な強化は入っていない様子だ。

そういえば、不可思議とは言える。

敵の新型兵器は、どれも既存兵器の派生型だ。発展型じゃあない。

やはり、何か敵には秘密がある。

あんなリングのような奇怪な兵器を開発できる連中なら。もっと容赦の無い兵器を開発できる筈だ。

それがどうして、生物兵器だのアンドロイドだのを主力に攻めてくる。地球の環境を汚染しないにしても、他に方法はあるだろうに。

一華のエイレンUの、レールガン二発目が直撃。其処に集中攻撃を加えて、五隻目を落とす。

更に、エイレンUの全力を投入した収束レーザーが炸裂。大型船が大きく揺らぎ。そこに、三城がライジンの火力を叩き込む。ライジンが貫通するのが見えた。やはりダメコンをしているだけで、装甲を破られると脆いようだ。

これで、六隻。

まだだ、もう少し落としたい。

木曽少尉が、大型ミサイルを発射する。

リバイアサン型だ。個人携帯できる兵器としては最強の火力を誇る。一華がエイレンUから飛び出してくると、レーザー誘導装置を用いる。飛んでいった大型ミサイルが、敵大型船を直撃。

大きく揺らぐ。効く。

そいつにも集中攻撃して、更に一隻を撃墜。

敵の艦隊は算を乱すが。それでも、リングの中に鏡面が出来。そこに飛び込み始める。

「フーリガン砲、再装填完了!」

山県大尉が叫ぶ。

手際が良くて助かる。周囲は半狂乱になった敵の猛攻を捌くので精一杯。後三隻は落としてやる。

フーリガン砲に乗り込む。

一華も、エイレンUに乗り込み、残った電力で敵の浸透を必死に防ぐ。

放熱の時間が惜しい。こうしている間にも、どんどん大型船がリングの鏡面に吸い込まれているのだ。

放熱完了。表示が出る。

そのまま速射。最後列にいた三隻に、それぞれフーリガン砲を直撃させる。皆での攻撃を集中し、そのまま撃沈。

こうして、合計十隻をリング手前で叩き落とした。

だが、それでも。

一華の言葉が正しいなら、百十二隻が、あのリングを通り。過去世界へ飛んでいった事となる。

空の色が変わり始めた。

歴史が改編されているのだ。もう何度も、この光景に立ち会った。記憶から欠落したものもあっただろう。

プロフェッサーが覚えていて、壱野が覚えていない周回も存在しているのだから。

「恐ろしい光景だ」

プロフェッサーが呻く。海野大尉は、呆然と色が変わる空を見上げている。

アンドロイドは糸が切れたように動きを停止し、その辺りで止まっている。敵兵は、潮が引くようにさっと逃げた。

「かなり皆健闘はしてくれた。 だが、百隻を超える敵の大型船が過去に飛び去り、歴史をこれから変えはじめる。 食い止める手段は無い。 敵は此方の動きも物資の位置もしっていて、好き勝手に後出しで行動できる。 酷いペテンだ。 歴史を好き勝手に書き換えて、我々の負けを確定させる」

周囲の光景が歪み始める。

プロフェッサーが、また生きてあおうと言う。

頷く。

こうして、また負けたが。

確実に、プライマーへは対抗できるようになっている。

次がある。

本来ならない次が。

だから、それで確実に勝ちを拾いに行く。それだけが、壱野に出来る事。プライマーには、一泡も二泡も噴かせてやる。

そう、薄れる意識の中。壱野は誓っていた。

 

1、灼熱の地底

 

恐らく、歴史を変えられたんだな。

一華はそう思った。

此処は、見覚えがある地下商店街だ。一気に色々な記憶が頭に流れ込んでくる。そして、悟る。

ベース251にすらたどり着けず。此処に結局逃げ込んだ。その過程を、ありありと思い出せる。

前よりも、明らかに記憶が鮮明になっている。

書き換えられ、無くなった筈の周回の記憶がしっかりある。今まで覚えていた事も、忘れていない。

これは、周回を重ねているからだろうか。

周囲を見る。

山県大尉も、木曽少尉もいる。プロフェッサーも生きている。記憶の整理を、今必死にやっているようだ。

そして、壱野准将。我等がリーダー。

黙々と、ライサンダーZの手入れをしている。彼奴がいるなら、まあ何とかなるだろう。

どうやら。ストーム1として一緒に戦った面子は、全員生き残ったようだ。この、最果ての歴史でも。

そして、この歴史の事も何となく分かる。

「人魚」と兵士達に怖れられる存在が投入された。それだけが理由ではないが。いずれにしても人類は敗れた。

この周回で決定打になった敗因は別にあるのだが、それについてはもうどうでもいい。それは地下には来られない。

それに、そいつはプライマーでも制御が効かない事が分かっている。

ならば、リングをぶっ潰すのに問題は無い。

地上には、既にエイレン「V」を隠してある。これは、歴史を改ざんされる事を想定して、既にやっておいたことだ。

今一華がやっているのは。これも先に手を打っておいた事。

デプスクロウラーをこの地下商店街に運び込んでおいた。

先にここに来ていた馬場中尉の。いつもここに立てこもり、市民とともに生き残りを目指すあの人の。

特務が発見して先に使い倒していたようで、ボロボロになっていたが。

一華が手を入れて修理を進める。

これなら、もう少しで完全に動くようになる。

問題は、この周回で敵が投入してきたのは、生物兵器だけではないということだ。機械兵器でも、悔しいが傑作と呼ばざるを得ないものが投入されている。

随分そいつに兵士も市民もやられた。

馬場中尉は、黙々と残り少ない物資を分けてくれる。一華の事は噂に聞いていたのかも知れない。

戦場で「エイレンV」を駆って、不利な戦況の中数限りないプライマーの生物兵器を葬った英雄。

今も、壊れかけているデプスクロウラーを、動く寸前まで直してくれている。

これがあるとないとで、兵士の生還率は別物になる。

それは分かっているのだろう。

馬場中尉が来る。

周囲には、燃料をくべたドラム缶が並べられている。地上を放棄したと言うよりも。もはや、人間は一万生きているかも怪しい。

前周の、改変後の世界よりも更に苛烈だ。

もう、この地下商店街で保護している市民も三百人だけ。

前周は五百人だった。

それは、はっきり一華も覚えていた。

桁外れに悪くなる戦況。これは、次はないかも知れない。敵も必死なのだとよく分かる。

「一華大佐。 デプスは直りそうか」

「何とかなるッスよ。 それよりも、物部伍長は」

「ああ、何とか抑えてある」

「……」

この周回でも。物部伍長は此処にいる。

ベース228。あの始まりの基地にもいたことがあるらしいから、ひょっとしたらその時会ったかも知れないが。悪いが一華は覚えていない。

一華が分かっているのは、この下にいる市民に物部伍長の奥さんがいて。

更に、物資がある倉庫への通路が崩れてしまっていること。

地下商店街の崩落は、敵の攻撃が更に苛烈になったのを示すように更に進んでいて。更に多くの倉庫が使えなくなっていた。

「PCを運び込むので、脚立を抑えていてほしいッス」

「分かった、これでいいか」

「問題なしッスね」

相棒のPCを、デプスクロウラーに運び込んだ。此奴は余程一華と縁が深いのだろう。絶対に次の周回があったとしても来てくれる確信がある。

デプスクロウラーのシステムと接続。

よし、問題なし。デプスクロウラーを動かすと周囲に告げて。そして、実際に動かしてみせると。

兵士達が、おおと叫んでいた。

「やったぞ……!」

「これで、多分倉庫にいける!」

「物資を回収出来るぞ! 弾薬なんかどうでもいい! メシが食える!」

特務だったはずの兵士達が、そんな情けない事を言う。

勝つ事なんて、もう誰も考えていない。

悲しい話だった。

目を離さないようにと注意しておいた物部伍長が来る。完全に青ざめているのが分かった。

「地下の市民への食糧がもう数日分しかない。 このままだと、乳幼児に餓死者が出始めるぞ。 みんなガリガリに痩せてる。 一秒でも早く倉庫を取り戻さないと」

「分かっている」

「悠長に地下通路の復旧なんてやっていられない。 一週間は掛かると聞いたぞ。 デプスは直ったらしいが、そいつの火器でだって崩れた通路を突破するのは無理だ。 地上をいこう。 此処は海から離れてる。 人魚だってきっといない!」

「駄目だ。 ストームチームに外を駆除して貰って、人魚が来ている事は既に分かっている。 奴らには海からの距離なんて関係無いんだ。 ストームチームは生き残れるだろうが、俺たちは死ぬ。 そしてこの地下商店街は、要塞でもなんでもない」

いつ怪物が来てもあれがきてもおかしくない。

そう、馬場中尉が言うと。

青ざめたまま、物部伍長は俯くのだった。

この人の気持ちは良く分かる。

この人の奥さんも、元々EDFの後方職員だったのだ。だから、下の階の市民達の惨状は一番よく分かっているのだ。

だが、馬場中尉の言葉もまた事実。

もしも伍長が言うように外に出ても、もうどうしようもないのである。

「伍長、無理をしないでくれ」

「……分かっている」

「馬場中尉、倉庫へは我々で行く。 物資を回収するなら、デプスで今までとは比較にならない量を運ぶ事が出来るはずだ」

「そうだな。 準備が整い次第頼む」

プロフェッサーも残酷なことを言う。

デプスの機能をチェックしながら、一華は思う。

プロフェッサーは変わった。恐らくだが、三年間精神的に地獄を見続けたのが大きかったのだろう。

プロフェッサーは、どうしてか改ざん前の記憶についてはかなり曖昧になってしまうようなのだが。

それでも、影響は確実に出ている。

地上に出て、リングを探す。プロフェッサーの目的はそれだけだ。恐らくだが、地下にもう戻る気はないかも知れない。

この世界は捨てる。

そういうつもりなのだろう。

どうせ誰も救えないのだ。

そんな風に考えるようになってしまった。鬼が宿ったというのは、こういうのを言うのかも知れない。

整備完了。もしも、来るならそろそろか。

アラームが鳴る。案の定、来たようだった。

兵士が来る。煤だらけで、完全に青ざめていた。

「奴らだ!」

「武器を取れ!」

馬場中尉が叫ぶ。リーダーはアサルトを。山県大尉は、黙々とサプレスガンを手にしていた。柿崎はむしろ嬉しそうに立ち上がると、プラズマ剣を抜く。

この地下空間だ。しかも下には市民が隠れているシェルターがある。あまり大火力の火器は使えない。

デプスに搭載しているラピットバズーカも使用を控えるように言われている。木曽少尉は、ミサイルを使いようが無いので、フェンサースーツを生かして物資運搬を担当するように言われているほどだ。

馬場班も元は特務だ。

隠れていて怯えていても、皆動きはいい。

すぐに展開して、備えを取る。

「とうとう奴らが地下に入ってきたのか!」

「いや、人魚ではないだろうな。 あの図体だ、地下に入る事は出来はしない。 恐らくは怪物かロボットだ。 怪物だったら相手は楽だ。 機械の場合、アンドロイドだったらまだいいんだがな……」

「まさか「貝」……」

「可能性はある。 覚悟は決めろ」

そのまま、地下商店街を走る。

負けが確定すると、馬場中尉が立てこもる此処は、ベース251に近い位置にあり。ベース251に近づけないほど戦況が悪い場合は、ストームチームも物資を手土産に此処に来る事になる。

そして此処は要塞とはとてもいえない。

馬場中尉と特務が立てこもっているから、市民がなんとか生きていられる。そんな場所だ。

この世界でも、既に地上に人間の居場所は無い。

三年前の決戦で敗れてみんな死んで。それから、彼方此方を逃げ回ってきた。ストーム1が生き残れたのは奇蹟に等しい。プロフェッサーを助け出せたのもだ。

だから、敵が定期的に来る。

この場所に人間が生き残っている。

それを敵は、知っているのだ。

「ネイカーだ」

「ひっ……」

リーダーが呟く。兵士が悲鳴を飲み込む。リーダーの勘が外れたことがない。既に馬場中尉の部隊も、それは知っている。

だから、皆青ざめる。

ネイカー。地底掘削ロボットと言われている存在。

プライマーの傑作兵器である。今回の周回で、恐らくもっとも多くの市民達を殺した凶悪兵器だ。人間を殺戮するために作られた、各種ドローンの上位互換とも言える駆逐兵器である。

通路に出る。そいつは、既にいた。

見かけはいわれている通り二枚貝に近い。地面スレスレを浮かび、周囲を警戒している。

普段貝は閉じられていて、その装甲はなんとレールガンすら防ぐ。ただ破壊するとただの金属に戻るので、恐らくだが内部にある制御装置で、何かしらの手段を用いて防御力を上げているのだろう。

リーダーが皆に頷くと、一発だけアサルトを撃って敵に当てる。

ネイカーが、一斉に気づき。此方に来るのが見えた。

「まだ撃っても無駄だ! 近付くまで待て!」

「ひ、ひっ!」

「来るぞっ!」

口を開けるネイカー。

この口の中にあるのは、超高出力の火炎放射器。温度は八千度に達し、太陽の表面温度を上回るほどだ。

多数の兵士達を焼き殺してきた、恐怖の兵器である。

だが、これが展開したときだけ。ネイカーは弱点を晒す。

一斉射撃が、至近からの射撃で此方を殺そうとするネイカーの内部を撃ち抜く。この情報が手に入るまで、どれだけの兵士が倒れたか。ネイカーは内側への射撃に弱く、レールガンを防ぐ殻が嘘のように簡単に破壊する事が可能だ。勿論斬撃も通る。柿崎が、撃ち漏らしを全て切り伏せる。

だが、ネイカーの恐ろしさはそれだけではない。

数体が、射撃をせず、素早い動きで空を泳ぎながら、背後に回り込もうとする。

リーダーが言う。

「弐分」

「任された」

そのまますっ飛んでいった弐分が、ネイカーに追いつく。

一定数のネイカーは、攻撃を敢えてせずにああやって背後をとろうと動く。これが非常に厄介で、対応できない兵士はどうやっても対応できない。

そもそも、喰らったら消し炭確定な火炎放射器を放つ寸前の数秒で、至近距離から敵を破壊しないといけないのだ。

それが出来る兵士はほんの僅かだけ。

実は、対策を一華が考え。プロフェッサーが実用寸前まで研究したのだが。その完成寸前にラボがやられてしまった。

だが、リングをぶっ潰して過去に戻り、そのデータを使えば。

戦況を変えることが可能なはずである。

弐分が追いついたことで、ネイカーが反撃をしようとし、破壊されたようだ。音だけしか聞こえない。

いずれにしても、少数のネイカー程度に彼奴が遅れを取るわけもないので、心配はしていない。

「三城、分かっていると思うがプラズマキャノンは控えろ」

「分かってる」

「一華も、ガトリングだけで応戦してくれ」

「問題ないッスよ」

リーダーが、まだいるといい。兵士達が、恐怖で顔をくしゃくしゃにした。

ネイカーの存在はトラウマになって彼らの心を苛んでいる。まあ当然だろう。倒すのにとんでもない度胸がいる上に、此奴に焼き殺された人間の悲惨な有様を見た事がない者などいないのだ。

馬場中尉は汚れ仕事も特務時代にやっていたらしいが。

そんな人物ですら、怖れるほどの怪物兵器。悔しいが、兵器というのは如何に効率よく殺傷をするかだ。

敵ながら、傑作を作ったとしか言いようが無い。

弐分が戻って来たので、移動を開始。奧に群れているネイカーを仕留める。ネイカーはその平べったい形状で何処にでも入り込んでくる。だから、彼方此方の基地が此奴に侵入を許し。

多くの兵士が殺された。

特に閉所の場合、あの火炎放射器をぶっ放されると、一瞬で空気が無くなる。酸欠で殺された兵士も少なくないという話である。

アンドロイド以上に、人間を効率よく殺傷することだけを追求した兵器。それが、ネイカーなのである。

奧で群れているネイカー。

かなりの数だが、リーダーが誘き寄せ、最前線で戦う。後方から、ひたすら支援に徹する。

猛烈な砲火を抜けてくる奴がいるが。それは弐分と三城が対策。

ネイカーに対しては、かなりこの三人が手慣れている。一華はまだどうしても慣れない。PCで支援プログラムを作ってどうにか対応できているが、それでもやはりというかなんというか。エイレンの方なら話は違うのだが。

このプログラムをさっさと過去に持ち込んで、戦況を変えたい所である。

天井にある穴から、大量のネイカーが奇襲してくる。リーダーはそれも見切っていたようで、即座に射撃。皆叩き潰す。

炎を吐こうとして、自分が粉砕されて粉々に消し飛んでいくネイカー。

それを見ていると、色々複雑だ。

機械の究極は効率化にある。

それを思うと、このネイカーの事は。エンジニアの端くれとして、一華としても思うところがある。

更に奧に。

リーダーが言うには、まだいる。ならば、全て撃破しなければならない。弱音を吐く部下を、馬場中尉が叱咤する。

「一体でも下の階に行ったら市民は皆殺しにされる。 此処で俺たちが全て倒し尽くすんだ。 それしか道は無い」

「分かったよ……」

「!」

青ざめた兵士達が足を止める。

それはそうだろう。そこにいたのは。銀β型だ。こいつの恐ろしさを知らない兵士などいないだろう。

リーダーが即座に武器の切り替えを指示。今は、銀β型しかいない。だが、怪物も入り込んでいるとなると。

業を煮やしたプライマーが、精鋭を送り込んできた可能性がある。

もしそうだとすると、金α型がいてもおかしくは無いだろう。

幸い、数は多くない。

リーダーがライサンダーZで狙撃。こんな近距離からでも耐え抜く銀β型。本当にどういう生物なのか。だが、そのままデプスのガトリングで弾幕を張り、敵を近づけさせない。射撃を全員で続けて、とにかく接近をさせない。糸がそれでも飛んでくる。抉られた兵士が悲鳴を上げるが、馬場中尉は叫ぶ。

「出来るだけ怪我はするな! 医薬品はもう残りが少ない!」

「畜生、地上はくれてやったんだ! 出て行けよ! 俺たちは地下にいる! これ以上何が不満なんだ!」

「人間がよっぽど嫌いなんだろうぜエイリアンの奴ら」

誰かがぼやく。

違う。

それについては、一華は知っている。トゥラプターは、むしろリーダーを好敵手と見なしていたし。

攻撃についても効率性を優先していて、好き嫌いの主観は混じっていないと分析出来る。

単純に人間の存在がプライマーにとって害悪なのだ。

どうしてそうなのかは分からないが、もしも未来でプライマーが何かしらの災害に見舞われていて。それが人間が原因になっているとすると。

ううむ、それも変か。

現時点の太陽系では、プライマーは存在していない。未来から来ているのは確定だとしてだ。

問題はその先である。

銀β型を仕留めて、更に進むと、やはりα型がいる。金もいるのを見て、馬場中尉すらも呻いた。

数は少ないが、それでも容赦してやれる戦力ではない。

殺し尽くす以外に、生き残る術は無かった。

「この空間なら、下の階とはあまり関係が無いッスね。 プラズマグレートキャノンは止めた方が良いッスけど、多少の大きめの武器なら平気ッスよ」

「分かった」

リーダーがコンテナから取りだすのは、ロケットランチャーだ。火力を重視したゴリアス型である。

有無を言わずにぶっ放すリーダー。

金α型は火力については最強だが、流石にこいつを耐える耐久は無い。そもそも戦車を一撃で粉砕するロケットランチャーである。多少通常種のα型よりも頑健な金だが、それでも一発だ。

更に連射して、金α型が此方に来る前に全て片付けてしまうリーダー。

その間に弾幕を展開して、他のα型は接近前に仕留める。

しばしして、敵の駆逐は完了。

途中で更にネイカーが出現したが、いずれも大した数では無かった。だが、此処は知られたとみるべきだろう。

リングへの攻撃時間まで、まもなく。

前にプロフェッサーが指定した時間より遅らせると、より過去に戻る事が分かってきている。

既に、プロフェッサーともそれは話してある。

「五ヶ月後」では無理だとも。

だから今回は、「開戦当日」に戻るべく賭けをする。

どの道、下手なタイミングに戻っても、ネイカーと人魚が出て来ている以上、戦況をひっくり返すのは厳しい。

更に外には、究極最悪の怪生物であるあいつがいる。

あいつについては、EDF敗北の直接原因と言っても良い。あいつを誕生させてしまったのはEDFで。今度は絶対に食い止めなければならないことだ。

最後のネイカーを粉砕。

閉所で柿崎は大暴れしていたのだが。最後にネイカーを、横一文字に斬った。満足げである。

「クリア」

「もうこりごりだ……」

「馬場中尉! 物部伍長が!」

プロフェッサーが叫ぶ。邪魔にならないようにと、後ろからついてきていたのだが。恐らく、こっそり行くのをわざと見逃したとみて良い。

今のプロフェッサーは手段を選ばなくなってきている。

それをやっても不思議では無い。

「物部伍長! 戻れ!」

「食糧がいるんだ! 餓死寸前の乳児と子供がいる!」

「それについては俺たちの食糧を減らす! だから……」

「あんた達が戦えなくなったら何もかもが終わりだ! 必ず戻る!」

無線が切れた。

一華は、変わったなと呟く。

プロフェッサーは、顔に凄まじい鬼相が宿っていて。今の通信を聞いてもなんとも思っていないようだった。

リーダーは元から壊れていた。一華もそう。

柿崎もそれは同じだ。

だが、プロフェッサーもこちら側に来てしまったか。

少しだけ話したプロフェッサーの奥さんのことを思い出す。

あの人が悲しむだろうな。

そう、一華は思った。

「地上に出るぞ。 地上には人魚共が徘徊している。 物部伍長は戦闘力に関してはほとんどないに等しい。 救出する」

「イエッサ」

「馬場中尉、地上に出たら私は単独行動させて貰うッス」

「どういうことだ」

エイレンVの部品をかくしてあって。もう少しで組み上げが終わると聞くと、馬場中尉は呆れたように頭を振った。

確かに、必須と言って良い装備だ。

「分かった、好きにしてくれ。 壱野准将、伍長を助けるのを手伝ってほしい」

「任せてください」

さて、此処からだ。

はっきりいって、デプスクロウラーの火力ではとてもではないが人魚には対抗できない。ストームチームですら現状は苦戦する相手なのだ。

エイレンVがないと、多分リングの下にすらたどり着けないだろう。

外に出ると、空は真っ赤。

そしてプライマーの機械が、相変わらず好き放題に生やされている。この三年間で調査したが、どうもこの環境はコロニストに最適化されているらしい。コロニストが何か指示されて、作っているのを目撃もした。ただ、なんでかしらないが、ロケットのようなものを作っているようなのだ。

同時に、今まで世界を絶対に汚染しなかったプライマーなのにおかしな行動も取っている。敢えて人間の街などから有毒物質を集め、世界中に撒いているようなのである。それも、意図がよく分からない。

プロフェッサーは興味がないようなので、一華がしっかり見ておかなければならない。

この記憶を持ち越すことで、敵の目的が見えてくるかも知れないからだ。

目的が見えれば、対処も出来るかも知れない。気は進まないが、和平の道だって開けるかもしれないのだ。

木曽を借りる。どうせ人魚相手だと、現状だと手元にないリバイアサンなどの大型ミサイルでないと話にならないのだ。

フェンサースーツでの力仕事を手伝って貰う。

エイレンVが隠してある廃墟に急ぐ。此方にも、いつ人魚が来てもおかしくない。組み立てはあらかた終わっているとは言え。

僅かな時間が足りなくて、死ぬ事は。いつでも想定しなければならなかった。

 

2、陸海の境界が失われた世界

 

空気はまずくはないのだが。どうも妙な臭いがする。だから、三城はあまりこの地上が好きでは無い。何よりも、飛んでいても面白く無さそうだからだ。

周囲は真っ赤。土地は有毒物質が撒かれている。

プライマーは、人間以外の動物に興味を示さなかったが。今もそれは同じだ。毒物を撒いているようだから。もう地上は生態系からして無茶苦茶だろう。

一華の話によると、コロニストに最適化されていると聞く。

なんでコロニスト向けに地球を最適化するのか、これがよく分からないが。

ともかく、今は。

リングに対する攻撃作戦を、成功させるしかない。

プロフェッサーの様子が、露骨におかしくなってきている。他人が壊れるのを見ると、三城だって気分は良くない。

大兄もどんどん鬼神じみてきているが。

それとは別方向の壊れ方だ。

頼まれたので、上空に出る。

大兄は、周囲全域に人魚がいると言っていた。それはそうだろう。彼奴が世界中を焼き尽くして。その後を人魚が蹂躙した。

エルギヌスやアーケルスですら、あそこまでの圧倒的破壊力はなかった。

今回の周回は厳しい。一華の作戦しか頼りになるものがない。

開戦当初にもどる事が成功して、やっと五分の戦いを挑めるかどうか、と言う所だろう。

程なく、見つける。

物部伍長だ。

地面に降り立つと、すぐに馬場中尉に頷いた。

「見つけた。 やはり倉庫の辺りにいる。 今、ケッテンクラートに物資を詰め込んでる」

「人魚は」

「気づいている。 急がないとくわれる」

「わかった。 もうウィングダイバーは君達二人しかいないと思う。 高空からの偵察が出来るのは強みだ」

そうだな。その通りだと思う。

ベース251だって、全滅している可能性を覚悟しなければならないのだ。

馬場中尉は、常に現実的に話をする。

故に時々イラッと来る事もあるが。馬場中尉が憎まれ役も買ってくれていることは分かっているので。

だから、何もいうつもりはなかった。

そのまま、出来るだけ音を消して急ぐ。

兵士の一人が、恐怖に耐えかねて叫び始める。

「地上は人魚に支配されている! 俺たちは生かされているだけに過ぎないんだ!」

「落ち着け、パニックになるな!」

「人魚か。 あの霧、仲間が大勢やられた。 それにタフすぎて、撃っても撃っても死にやしねえ」

「人魚はどうせ来る。 いいか、作戦はいつも通りだ。 散開して、誰かを狙ってくるだろうが、かまわず集中攻撃しろ。 接近されたら全力で逃げろ。 霧に巻かれたら死ぬ」

馬場中尉が、もう一度分かりきっている事を促す。

三城は、ライジンに切り替える。

此奴に耐える小型は普通存在しないのだが。人魚は例外だ。とはいっても、人魚は怪生物に分類されていたし、耐え抜くのはある意味正しいのかも知れない。

他の怪生物と違って、数で平押ししてくるのだが。

ほどなく、物部伍長を見つける。

そして、その後ろには、鯨ほどもある巨体が悠々と追ってきていた。

物部中尉はケッテンクラートを放棄して走って逃げてきている。だが、大きさが違い過ぎる。

人魚は。悠々と歩いて追いついてきている。

「人魚、スキュラだ!」

「奴は遠距離攻撃手段ももっているが、本命は近距離戦だ! 全員展開! スナイパーライフルで斉射を浴びせろ!」

「い、イエッサ!」

そう。人魚、EDFでの名称はスキュラ。

人魚と言ってもいわゆるマーメイドやセイレーンなどに代表される、下半身が魚になっている人間のような存在ではない。

まんま鯨サイズの巨大な魚にぶっとい手足を生やした凶悪な見た目の生物だ。

こいつは海の中を好き勝手に泳ぎ回るだけでは無い。地上でも平然と歩き回り、動きが鈍ることもない。

それどころか、水が必要なそぶりすら見せない。

恐らくだが、水中にいる間に大量の水分を取り込んで。地上では、それを利用して長期間動き回れる。

そういう仮説をプロフェッサーが立てていた。

もう一つ、プロフェッサーは価値ある発見をしている。

プライマーの、侵攻拠点。

地球に近く。

それでいながら発見がどうしても困難だったそれを、ついに見つけたのである。

この情報を過去に持ち込めれば。勝ち目は出てくるかも知れない。

今は場所を知っていても、どうにもできないのだ。

発見は一華が仮説を上げて。それを色々なデータから精査した結果だったようなのだけれども。

それはいい。

ともかく、今はスキュラを仕留める事だ。

ライジンを叩き込む。

凄まじい悲鳴をスキュラが上げた。此奴の親分と同じく、悲鳴がとにかく凄まじいのである。

当然、仲間に危険を知らせる役割も果たす。

大兄のライサンダーZが続けて突き刺さるが、それでも死なない。柿崎も、ギリギリまで接近戦はするなと指示を受けている。それほど、此奴相手の接近戦は危険なのである。

遠距離から、強烈な毒液をはきかけてくるスキュラ。数百メートルは余裕で飛んでくる。幸い毒性はそれほど強烈ではないが、巨体から発射されるのだ。水圧が凄まじく、文字通り喰らうと吹っ飛ばされる。

小兄がガリア砲を叩き込み、それでやっと倒れる。だが、すぐに二匹目が姿を現していた。

「くそっ! もう次が来たか!」

「は、早く地下に戻ろう!」

「相手に居場所は既に特定されている! このまま逃げ込んだら、スキュラが呼び寄せたネイカーと怪物の大軍が来るぞ! せめてこのスキュラどもだけでも片付けないと駄目だ!」

「そんな……」

ライジンのチャージが少し遅い。

ライジンの改良が進み、火力が更に上がった。今三城が手にしているのは、ライジンαと呼ばれる強化型で。熱線兵器としては究極型とも言われている。

ただしその分、一撃のエネルギーも膨大に食うため、今まで以上に安易に使えない最終兵器だ。

今もフライトユニットが警告音をピーピーならしている。

だがそれでも。ファランクスなどですら、接近戦を挑むのは危険すぎる相手なのだ。

二体目が、文字通り突貫してくる。

魚が海中を泳ぐように。スキュラは地面を泳いで突貫してくる。その凄まじい速度は、初速からして時速二百キロを軽く超える。遠くにいたはずだったのに、一瞬で至近距離に詰められて。そのまま跳ねられる。しかもスキュラの体格は、トラック並みだ。高速鉄道並みの速度ですっ飛んでくるトラックにはねられて、無事な人間なんていない。

必死に全員が散開する。兵士の一人が狙われているが、助ける余裕は無い。ライジンをぶっ放して、必死に動きを阻害するので精一杯だ。皆での狙撃が集中して、兵士の一人を丸かじりしようとしていた巨大人魚が、炎上する。

凄まじい悲鳴を上げながら転がり回っていたが、やがて動かなくなった。

悲鳴混じりの粗い呼吸が聞こえる。

こいつに蹂躙される軍の様子を、誰もが見ているのだ。

戦車はほぼ論外。

ニクスですら、接近されると非常に分が悪い。数機のニクスで集中攻撃をしかけて、やっと倒せるかどうか。

それくらい、分の悪い相手だ。

今でも、有効な対策は距離を取るくらいしか見つかっていない。

或いはレールガンを揃えれば何とかなるかも知れないが。そのレールガンにすら、一撃は耐えてくるのだ。

あのマザーモンスターを一発で仕留めるレールガンにだ。

プライマーも、とんでもない代物を地球に持ち込んでくれたものだ。

しかも此奴らの親玉は、此奴らの比では無い危険生物。

正直、洒落にならない。

物部伍長を、馬場中尉が保護する。

一華はまだか。

そう思いながら、三城は周囲を確認。

だめだ。更に数匹がもう来ている。この様子だと、もっと集まってくるだろう。

「すまない。 すまない……」

「分かっている。 倉庫の物資は必要だ。 それにお前もな」

「き、来たっ!」

兵士がふるえながら指さす。今度は二匹同時。大兄が、すぐに指示を出す。

流石に、馬場中尉も。こう言うときは最ベテランで最強兵士の大兄に従う。

「俺が左を、三城が右を対処する。 弐分、俺と一緒に左を集中攻撃。 他の皆は、三城に続いてください」

「分かった! 散開しつつ、右のスキュラに集中攻撃!」

「イエッサ!」

兵士達は完全に怯えきっているが、それもそうだ。ライジンの直撃に耐え、しかも数を揃えて攻めてくる相手だ。

スキュラが突進の姿勢を取ろうとした瞬間、ライジンを叩き込んでやる。柿崎が態勢を低くして、突撃の姿勢を取る。

一華が来てくれないとちょっとまずい。

山県大尉が、デプスクロウラーのラピッドバズーカで射撃開始。小型ミサイルをわんさか喰らっているのに、スキュラはけろっとしている。大兄のライサンダーZでも、一発や二発では埒があかない。

突貫してくるスキュラ。

それに対して、柿崎も同時に突貫。兵士達が射撃をし続ける中、一瞬の隙を突いて横に飛び、ギリギリで回避。柿崎は、敵を斬っていた。

派手に切り裂かれて、大量に血をしぶきつつ。スキュラは全身から霧を発し始める。霧だ。兵士が叫ぶ中、三城もプラズマ剣を抜き、わずかに動きが鈍ったスキュラの額に突き刺す。

そして、とどめにファランクスを叩き込んで。仕留めきった。

プラズマ剣を引き抜き、すぐにスキュラから離れる。同時に紫色の猛毒ガスが周囲に噴出される。

退避。

馬場中尉が叫ぶ。

あの毒ガスは、口から吐くものとは比較にならない危険性を誇り、文字通り全身を融解させる。

骨も残さず溶けてしまう兵士達を見て、戦意を失うものは多かった。

スキュラは人間を食うために襲っているのでは無い。

見つけ次第殺すために襲っているのだ。

大兄は。

何とか毒ガスの範囲から逃れて其方を見ると、既に仕留めていた。小兄のデクスターが足止めして。その間にライサンダーZを六発もたたき込み、やっと仕留めたようである。本当に、どうしようもない難敵だ。

更に四匹。

兵士達が、悲鳴を上げる。

「も、もう無理ですっ!」

「……後退して距離を取りつつ狙撃を。 スキュラは遠距離戦が苦手です」

「よし、分かった。 総員さがって距離を取れ。 エイレンVはまだか」

「簡単に組み上がるものでもありません。 ここに密かに部品を運ぶのですら大変だったんですから」

大兄が苦言を呈しながら、狙撃開始。

凄まじい悲鳴を上げるスキュラ。この様子だと、恐らく血路を開いて逃げないといけなくなるな。

そう思いながら、ライジンを叩き込む。

スキュラを引きつけて可能な限り殺せば、恐らく地下にいる人間よりも優先して此方を狙って来る筈だ。

それに、である。

リングを破壊して過去に戻る時には、どの道馬場中尉達とはもう別れなければならなくなる。

冷酷なようだが、その時にはもう。

地下の市民には、かまっていられなかった。

どんどん冷徹になっている自分が分かる。

だが、自分で決めたことだ。

自分で何でも決められるようにならないと駄目だ。それが分かっていたから、別に苦にはならなかった。

一体が、遠距離での攻撃で倒れる。

だが、スキュラ三体は、味方の死骸を踏みにじりながら迫ってくる。二足であの巨体でありながら歩き回る様子は、凄まじい。しかも突進速度からして、全身の筋肉の強度は地球にいるどんな生物よりも上だ。

アフリカ象なんか比べものにもならない。

恐竜が今の世界に生きていても、スキュラにはとてもではないが勝てないだろう。一目見ただけで、逃げを選択するはずだ。

ライジンのチャージに時間が掛かる。スキュラの一体が突貫してくる。大兄が狙撃しているが、止めきれない。

スキュラの横っ腹に、収束レーザーが着弾したのは、その時だった。

「お待たせしたっス」

「遅かったな。 もうパーティーは始まっているぞ」

「魚の躍り食いパーティッスね。 あんまり好きじゃ無いけど、混ぜて貰うッスよ」

一華のエイレンVが来た。

エイレンVは、エイレンUの高機動型と、重武装型エイレン相馬機が蓄積した大火力型の蓄積した戦闘データから作りあげたミックス型であり。

高機動を維持したまま、多数の装備を搭載している傑作機である。

その代わり製造コストが尋常ではなく、結局一華が今乗っているような強力なミックス型はあまり生産されず。強力なレーザー砲だけを搭載したタイプが戦場の主流に……ならなかった。

エイレンVを量産する余裕は既に人類からは失われていて。

戦場に投入された機体も、みんな破壊されて。あれだけしか今は残っていない。

エイレンVはバッテリーの効率も更に上がっていて、収束レーザー一発だけでガス欠になるような事もない。

ただし、多数のスキュラ相手に圧倒できるほどの戦力もない。

さがりながら、攻撃を続行。スキュラが吐いてくる毒液を、エイレンVが受ける。電磁装甲で防ぎ切ってくれるのはありがたい。ただ、エイレンVでもスキュラの突貫をまともに喰らうと危ないのは変わらない。とにかく、集中攻撃を続けるしかない。

「ラピッドバズーカは温存するぜ」

「ああ、そうしてくれ。 山県大尉は降りて戦闘を。 プロフェッサー、接近された場合だけ、ガトリングで反撃してください」

「了解、そうさせてもらう。 後、悪いが少し時間を稼いでくれるか」

「時間なら幾らでも稼ぎます」

ありがとう。

そういうと、プロフェッサーの乗っているデプスの動きが鈍くなる。多分操縦をオートにして、機械類を操作し始めたのだろう。

まだ生きているセンサーを操作して、リングの居場所を探っている。

このために、わざと物部伍長を行かせて、地上に行く理由を作ったのだ。

こんな人ではなかったのにな。

そう思いながら、戦争でみんな狂っていく様子を思う。

スキュラ二体目を、ライジンで仕留める。だが、まだ二体が健在。一体が、突貫してくる。

エイレンVの収束レーザーを頭に直撃させてもしなない。大兄と小兄はもう一体に掛かりっきり。ミサイルを無駄にするなと木曽少尉は言われているので、三城と柿崎でどうにかするしかない。

その時、山県大尉が動く。

ドローンを飛ばすと、機銃がスキュラを乱射した。数機のドローンがスキュラに纏わり付いて、射撃を始める。

鬱陶しそうに、ドローンを払おうとするスキュラ。更に毒ガス噴射の態勢に入る。

毒ガスを全身から噴射しているときは動けない、ということもなく。毒ガスを噴射しながら突進してくる奴もいる。

無茶苦茶だが。

ドローンは相手の場所を、視界関係無く把握できる。

突貫した柿崎が、パワースピアを投擲してスキュラを貫く。更に一華のエイレンVが、大火力のレーザーでスキュラを撃ち続ける。

霧を纏ったまま、埒があかないと突貫してくるスキュラ。

だが足を一瞬止めたのが命取りになった。

側頭部を大兄のライサンダーZが撃ち抜いて、その場に倒れる。

補給急げ。

馬場中尉が叫んでいた。

それはそうだろう。周囲に、白い霧が立ちこめ始めている。

これは誰もが知っている。

スキュラは地上に出るとき、そもそも全域の視界を阻害するためか。或いは湿度を維持するためか。

全身から毒性がない霧を噴出して、周囲の視界をゼロにしてしまう。

「よし、発見した!」

プロフェサーが叫ぶ。

どうやら、概ね想定通りの位置にいるらしい。それを聞いて、大兄がすぐに指示を出した。

「俺が指定する方向に血路を開きます。 その後は。スキュラを倒しながら移動します」

「くっ、まずは生き延びる事が先決か」

「足を止めないようにしてください。 接近しているスキュラの数は三十を超えます」

「三十だって!?」

兵士が悲鳴を上げるが、馬場中尉は冷静だ。皆をそれでも叱咤して、大兄が言う通りの方向へ血路を開く。

三城も既に、この程度の霧はハンデにならなくなっている。流石に大兄ほどの勘はないけれども。

霧ごしにスキュラを撃つくらいは難しく無い。

デプスクロウラーに飛び乗ると、そのままライジンをぶっ放す。

山県大尉もデプスクロウラーに乗ると、急いでリモコンを操作する。恐らくだが、近いスキュラから攻撃するように自動指示を出したのだろう。

集中攻撃を受けて、進路にいる一体が倒れたのが分かる。だが、敵のタフネスは異常だ。ちょっとやそっとで殺せる相手では無い。

そのまま射撃を続ける。

皮肉な話だ。

枯れ果てた大地に闊歩するのが、おぞましい姿をした人魚で。

その配下の機械の貝は、炎を吐いて全てを焼き尽くすのだ。

この人魚どもだったら、失恋くらいで泡になって消える事もないだろう。

それに、である。

此奴らスキュラの名前の由来を、三城は知っている。

極めて悪趣味な逸話も、である。

そしてスキュラの親玉の名前も、だ。

血路を開き、そのまま突破。霧をブチ抜くように突貫してきた一体に、小兄がデクスターをしこたまたたき込み。更に柿崎が頭をたたき割る。

霧を撒き始める前にさっさと逃げる。

後方から毒液が散々飛んでくるが、エイレンVが壁になって防ぎつつ、レーザーで敵を牽制してくれる。

ドローンが正確な位置を教えてくれるので、一華も射撃には苦労していない様子だ。

再び、ライジンをぶっ放す。

一番近くにいた奴を撃ち抜く。一華のエイレンVのレーザーを散々受けて弱っていたようで、倒れてくれた。

だが、追撃してきている奴はまだ二十五体もいる。大兄が狙撃を続けて少しずつ減らしてくれているが、それでも敵の足が速い。

ただ幸い、敵は遠距離戦にはあまり強くない。

毒液は、エイレンVの最新鋭電磁装甲なら、ある程度は耐えられる。

ただ、エイレンVの装甲でも、毒の霧はどうにもできない。機械にも、強烈な腐食作用があるのだ。電磁装甲でも貫通してくる。本当にとんでもない代物を、プライマーは地球に放ってくれたものである。

「もう走れない!」

「パワードスケルトンの調子が悪いのか!」

「違う! 怖くて足が動かないんだ!」

「だったらEDFとでも叫べ! 何も食っていなくて動けないならともかく、俺たちは優先して食ってる! 市民もそれを容認してくれている! それを忘れるな! 俺たちは市民を守るために生き延びているんだ!」

馬場中尉が叱咤。

そのまま、移動を続けながら戦闘を続ける。

スキュラの追撃部隊十二体を仕留め、どうにか一息ついたときには。

夜になっていた。

 

3、空舞う破滅の鳥

 

ベース251の至近に到着。この辺りにある街は既に徹底的に破壊し尽くされていて。海野大尉が愛した街は、欠片も残っていなかった。

弐分も、あまり気分は良くない。

更に、彼方此方に野放図に放置されている怪物の卵。

α型のものだ。

赤いものも通常種のものもある。

もうとっくに、これを駆除できる状態ではなくなっている。当たり前の話で、地球にはもう人間が一万いるかいないかなのだ。

「怪物の卵がこんなに……」

「地上はもう駄目だ……」

「嘆くな。 分かりきっていた事だ。 三年前の敗戦で、EDFは完全に継戦能力を失い、本部も何もかもがやられた。 地上は敵の手に渡った。 であれば、こうなるのは自明の理だ。 俺たちは今、怪物を駆除する事が目的ではない。 敵を各個撃破して、地下街に戻るのが目的だ」

馬場中尉が諭す。

だが、残念ながら。弐分も、既に察知した。

大兄が、咳払いをする。

「どうやら先回りされたようですね」

「くっ……」

「倒して進むしかありません。 ただし、どうやら敵は此方を見失っています。 不意を打って、各個撃破しましょう。 敵は追撃を続けた結果、散っています。 先に倒した数を考えると、近辺にいたスキュラは全て集まって来ている可能性が高い。 多少は安全に動けるでしょう」

「分かった。 ……怪物の卵を出来るだけ刺激するな。 気を付けながら戦え」

兵士達に指示する馬場中尉。

残念だが、スキュラが近付くと、怪物は反応して卵から出てくる事が多い。

幸い通常種のα型ばかりだ。倒すのは難しく無い。木曽少尉に、大兄が指示。怪物は任せると。

頷く木曽少尉。

やっと出番が来たと、少し嬉しそうである。

「地雷、撒いておくぜえ」

そそくさと、行動を開始する山県大尉。本当に搦め手が得意だな。

三城がライジンのチャージを完了。一華が、バッテリーはまだあると告げてきた。

前方、かなりの距離にいるスキュラに、大兄が狙撃。三城もそれにあわせる。弐分も、ガリア砲を叩き込む。

まずは一体。

だが、側にいた一体が、突貫してくる。距離があるが、途中にある怪物の卵を根こそぎ刺激しながらだ。

卵から出てくる怪物が、一斉に此方に来る。

上空に浮き上がると、ミサイルを大量に発射する木曽少尉。ミサイルが、怪物の頭上から襲いかかる。

足さえ止めれば、それでいい。

馬場中尉も、部下達も。みんな射撃を開始。怪物を優先的に狙う。α型でも、今はかなり危険な相手なのだ。

スキュラが来る。

さんざんライサンダーZとガリア砲の弾を食らっているのに、本当にタフだ。だが、山県大尉の敷設した地雷に、引っ掛かる。

爆発四散。

普通だったら倒せなかっただろうが、かなり弱っていたのが致命的だった。それにしても、この置き石戦法、流石だ。

流石に大ベテランなだけではないな。そう弐分は感心していた。

怪物に攻撃を集中しながら、先に。何回かスキュラが来るが、いずれも一体か二体。待ち伏せをしたり、回り込んだりする知恵はあるが。どうしてもそこまで頭が良いわけではない。

故に、各個撃破の好餌だ。

恐ろしい相手だが、それでもストームチームの総力を挙げれば。一体や二体の始末は難しく無い。

「怪物の卵が多すぎる!」

「もう地上は怪物のものってわけか」

「いや、むしろ少ない。 これは恐らくだが、コロニストが意図的に管理して卵を産ませているとみて良いだろう。 怪物が本能のまま繁殖していたら、こんな程度の数では済まないはずだ」

プロフェッサーが冷静に指摘。

皆が震え上がるが。弐分は、もっと嫌な気配を感じていた。

「大兄、これは」

「ああ、彼奴だな。 スキュラを始末できていて良かった。 だが、この様子ではおまけがくるだろうがな」

「あいつ、だと」

「全員、その場に停止して。 奴は動かないものは余りよく見えない様子ですので」

その場に伏せる兵士もいる。

全員、震え上がっている。

スキュラよりも恐ろしい、化け物の中の化け物。世界中を好き勝手に飛び回っている事は知っていただろうが。

それでも、まさかここに来ているとは思わなかったのだろう。

羽音が聞こえてくる。

翼長百数十メートルの巨体からの羽音だ。

更に、周囲の気温が上がり始める。

奴は、味方も敵もない。プライマーですら管理を諦めている、最強最悪の怪生物だからである。

見かけ次第、奴は何が相手でも殺す。何を食べているのかはよく分からない。捕食している様子が観察されていないからだ。

α型などの怪物も人間を襲って喰らうが、それが栄養になっているとは考えられない。何か、特別な生命維持機構が体内にあるのかも知れない。

やがて、見えてきた。

体から、剥離した爆発物を撒きながら飛んでくる其奴は。

サイレンに似ていた。

しかし、全身は真っ赤。常時1000℃以上の体熱を持ち、文字通り燃えながら生きている怪生物。

サイレンにある事をEDFがしてしまった結果変異した究極最悪の怪生物。

グラウコスだ。

グラウコス。スキュラとの悪趣味極まりない逸話で知られるギリシャ神話の神。そしてこの怪生物グラウコスも。スキュラを集め、従わせる。サイレンの時からその能力は持っていた。

ただ、前周ではそれを見る機会がなかった。

それだけの話だ。

「動くな。 気づかれたら終わりだ」

「スキュラと共生する化け物中の化け物め。 途中までは有利だったのに、彼奴が出て来てから全てが変わった! 戦略情報部のアホ共のせいで……!」

「どうやら、こっちには興味も無いようだな」

「……」

大兄が、じっとグラウコスを見送る。

あれは、寿命が近いのかも知れない。

グラウコスになった時に、彼奴は生命力の大半を消耗し尽くした。今は生きているが、弐分も見た。

目が白濁し、それに全盛期ほど発している熱も強くなかった。

そうか、やっと死ねるのか。

恐らくグラウコスが変異するように、作戦を組んだのはプライマーだ。だが、グラウコスは変異後、文字通り狂乱の極みとなり。他の怪生物や、プライマーの兵器も見境なく殺戮した。人類の方をより多く殺戮したが、プライマーもグラウコスが来るとあからさまに逃げるほどだった。

完全に理性もなにも失った破壊兵器。それはあまりにも哀れだった。だからやっと死ねるのだと思うと、少しだけ同情もする。

ただ。過去に戻ったら。その時はこの手で殺してやる。出来ればサイレンからグラウコスに変異する前に殺してやりたいが、それは歴史の修正力とかいうプロフェサーがいうものが許してくれるかどうか。

ただ。散々歴史は変えてきたのだ。

少しでも、悪化しない方向に状況は変えたい。

グラウコスの特性の一つ。

スキュラがその後を追う。

案の定。スキュラの姿が見え始める。数は四体か。かなり厳しいが、仕留めてしまうしかない。幸い、先ほどまでの戦闘で、どうにか周囲の怪物の卵は、邪魔にならない程駆逐は出来ている。

それに、ベース251が近い。

今、弾薬がかなりカツカツだが。

丁度良い。

どうせ海野大尉も生きていたら、リング攻略作戦には参加してくれるはずだ。今、声を掛けてしまうべきだろう。

「スキュラを片付ける。 グラウコスが行った以上、恐らく近場のスキュラは其方に向かうはずだ。 あれを始末してしまえば、もう近場にスキュラはそう多くはないはずだ」

「やっと戻れるのか……」

「彼奴らを始末したらだ」

すぐに装備を切り替える。

GO。

大兄が叫ぶと同時に、攻撃を開始。火力を集中して、一体ずつスキュラを仕留める。接近されると終わりだ。だから、ベース251の方へさがりながら行く。

弾がもうない。

泣き言を言う兵士に、プロフェッサーが声を掛ける。一応、まだ罪悪感は少しはあるのかも知れない。

「この近くにベース251がある。 彼処には敗戦後も抵抗を続けた闘将海野大尉がいるし、もしも全滅していたとしても弾薬まではなくなっていないはずだ」

「良く知っているな。 あんた科学者だけあって記憶力もいいのか」

「……私には記憶力しか取り柄がない」

「そうだったな」

自嘲的に、プロフェッサーがそう言っていることを、馬場中尉も知っていたのだろう。

それに、此処まで戦況が悪化しない世界線では、馬場中尉は時々海野大尉から物資を受け取って、市民を守っていたはず。

それほど相性は悪くないはずだ。

一体目を仕留める。二体目が突貫してくるので、毒霧を撒き出す前にデクスターを至近から浴びせる。此奴の連射は凄まじい火力を発揮し、流石にスキュラでも怯む。だが、怯もうが関係無く毒霧を撒いてくるのが此奴の恐ろしさだ。此奴の毒を浴びると、戦車も溶けてしまうほどだ。

離れつつ、スパインドライバーをおまけに叩き込む。

毒霧を撒くスキュラに大量のドローンが集って、機銃を浴びせる。スキュラが吠えているのが聞こえる。

乱戦の中、不意に無線が割り込んできた。

「基地の前でスキュラと戦闘しているバカは誰だ。 支援に行ってやるから持ち堪えろ」

「やはり生きていたな」

「うん? まあいい。 行くぞ!」

出て来たのはケブラーだ。そのまま、スキュラに猛射を浴びせ始める。

これも、敗戦を見越して配備しておいた機体だった。一華が色々と手を回していたのである。

だが、四両は配備していたはず。

もう、あれしか残っていないのだろう。

更に、テクニカルが出てくる。ニクスの機銃を乗せているが、一つだけ。車体はトラック。

テクニカルニクスですらない、更なる劣化型だ。

ひょっとすると、駆除チームの残党が合流した結果かも知れない。

ただ、ニクスの機銃はこの周回で更に強化されている。

テクニカルでも、スキュラと戦える。ただし、距離を取った状態ならだ。

「ほう、エイレンVか! まだ生き残りがいたんだな!」

「支援するッスよ!」

「各地で活躍した噂の特務か? まだ生きていやがったか! 流石というしかないな!」

海野大尉は嬉しそうだ。

そのまま、合流してスキュラに攻撃を続行。途中、テクニカルがモロに毒液を浴びる一幕があったが。

分厚く装甲を強化しているらしく、毒液はどうにか耐えられた。突進を喰らったり、毒霧を受けていたらどうにもならなかっただろうが。

大兄のライサンダーZが、次々に敵の先手を打って動きを止める。

突進さえ防いで接近させなければ、スキュラもどうにかなる。生身であの毒液を浴びると流石にちょっと危ないが。皆、生身ではない。

三城のライジンが、最後の一体にとどめを刺す。

その場で座り込んでしまう馬場中尉の部下達。馬場中尉も、疲れ果てている用だった。

「どうやら事情がありそうだな。 まずは基地に入れ。 しぶとく生き残っているのは、お互い様だ」

海野大尉は、相変わらずだった。

窮地は脱した。

だが、本番は、此処からだ。

 

海野大尉は相変わらずで。やはり三城に気づくと感極まって大泣きした。その後咳払いして、状況を聞く。

これからリングに攻撃をする。

その話をすると、馬場中尉は無言になり。

そして、海野大尉は大笑いした。

「ハッハッハ! それは痛快だ! あの忌々しいリングをぶっ潰す最後の反攻作戦だと!」

「正気の沙汰じゃない」

「だが、このままいてもいずれスキュラに殺されるだけだ。 市民の食糧も残り少なくなってきている。 それだったら、この星に来たことをプライマー共に後悔させて、そしてたたき出してやる。 それしか、生き残る道は無い。 幸い、此処には地球最強のチームにエイレンV、それにお前さん達特務もいる」

海野大尉は案の定大乗気だ。

プロフェッサーは咳払いする。時間がないのだ。

そして、プライマーもリングを無防備にしているとは思えない。

接近は、相変わらず坑道から行くしかないだろう。

「これから俺たちは、地下坑道を通ってリングに接近します。 怪物の巣になっているのは分かっていますが、他に手がありません」

「そうだな。 俺たちは地上の抜け道を行く。 動けそうな奴は全員連れて行く。 弾薬は好きなだけ基地の備蓄をもっていけ」

「ありがとうございます」

「立派になったな壱野。 じいさまも、きっと今のお前を見れば喜ぶ筈だ。 弐分も三城もだ」

そういって、海野大尉は立ち上がると、準備を開始。

馬場中尉は、大きく嘆息していた。

「地下街に戻らないと。 市民を放置しておけない」

「坑道での作戦行動を手伝っていただけませんか。 その後なら、恐らく海野大尉も帰還を支援してくれます」

「本気でやるつもりなのか。 リングは俺も知っている。 あのとんでもなく巨大な兵器に勝てると思っているのか」

「実は弱点があります」

大兄が軽く説明する。

リングが出現した時に、観測したこと。あからさまな弱点がある事。それを攻撃すれば、ダメージを与えられること。

プライマーの兵器には弱点がある。

露骨過ぎる弱点を、どういうわけか晒している兵器が殆どである。

これはどういう理由かはわからないが、周知の事実だ。弱点がない場合もあるが、その場合は基本的に何処に攻撃しても打撃を与えられる。

馬場中尉は、しばらく黙っていたが。

リングの攻撃作戦には参加しない、といった。

それも分かっている。

「坑道の突破がそれなりに大変になるかと思います。 その支援だけお願いいたします」

「分かった。 お前達のおかげで助かったことは一度や二度じゃない。 だから、其処までは支援させて貰う。 坑道はエイレンVも通れるのか」

「それは確認済みですが、ただ怪物がいます。 それだけは気を付けないと」

「……分かった。 どの道、地下を通って怪物が来る可能性がある。 今のうちに、片付けておかないといけないからな」

乗り気では無い様子だが。

馬場中尉は、最後まで支援をしてくれる。それが分かっているから。此処で頭を下げてでも頼む。

腐っても特務だ。

その戦闘力は高い。大兄を見ているから感覚が麻痺するだけで、馬場中尉ははっきりいってかなりの腕利きである。

一華が来る。

馬場中尉は、部下達の所に戻った。軽く、整備をしてきたらしい。

時間がないが。整備をした方が、リングの攻略確率は上がる。

「壊れかけていたケブラーとあのテクニカル、応急処置はしてきたッスよ。 後、物資と引き替えに、デプスクロウラーは海野大尉達に譲渡してきたッス」

「ああ、それでかまわない。 リングさえタイミング通りに破壊出来れば、それでかまわない」

「……この世界が改変されたとして、改変された世界はどうなるッスかねえ」

「さあな。 少なくとも世界線が変更されているとか、そういう風には感じないな。 もしも新しい世界線を作って好きかって出来るのだとしたら、プライマーはその世界線に自分達だけ行けば良いだけの話で、我々を巻き込む必要もないし、そもそもこの地球にこだわる理由もないだろうな」

プロフェッサーが、大兄の言葉に目を見張る。

しばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

「今の話、何処かで聞いたのか」

「いや、考えているとそうだなと思っただけですが」

「……私は何か思い違いをしていたのかも知れない。 プライマーが歴史を好き勝手に変える事が出来る筈が無い。 この時代にこだわっているのも不自然過ぎる。 それに、プライマーの兵器はその想定される技術力に対して未熟すぎるし、そもそも武装も地球のものに似過ぎている。 何もかもがちぐはぐすぎるんだ」

それは、ずっと思っていた事だ。

弐分も、おかしいとは感じていた。

クルールの装備が特に違和感が大きい。地球人が装備するような武器を、どうしてあんな全く違う体の構造なのに、使おうとしているのか。

しかも相手は「必要」で行動している。

此方を舐めているとは考えにくい。毎回、総力戦態勢で行動しているはずだ。だとしたら、何故か。

「君達が撃ち倒したという……私は記憶に残せていないが、三周前に出現したプライマーの指揮官は無能だったという話だ。 それについては異論もない。 だが、君達も認める以降の有能な指揮官も、どうして欠陥兵器を使い続ける。 プライマーの国家が腐敗していて、汚職や中抜きが頻発していて、兵器の品質が確保できていないのか? それとも何か理由があるのか?」

「それは俺たちには分かりません」

弐分が言うと、そうだなとプロフェッサーは応える。

一華は、更に分からない事がある、と言う。

「この環境改変も妙ッスよ。 地球人が抵抗するのを止めるまでは、地球の汚染を食い止める方向で動いていたのに、なんでまた新しく汚染し始めるのか。 一部では、コロニストに街を作らせている有様ッスよ」

「そういえば、見たと言ったな。 記録媒体にも確かにそんな情報があった」

「非武装の相手だから攻撃はしませんでしたが、確かに何か建造しているように見えましたね。 宗教的なオブジェクトなどではなく、何かの機械に見えましたが」

「……データは一応把握しているが、あれはどうも宇宙船の類に見えた。 プライマーが過去に来てまで、どうして地球で宇宙船を作る必要がある。 何か思い当たる事はないだろうか」

分からない。弐分には少なくとも。

トゥラプターの発言をまとめてみると、どうもプライマーはかなり原始的な社会を作っているようにも思える。

それに、である。

トゥラプターは、あの倒した司令官は「族長」であって、最高指導者である「長老」ではないと言っていた。

だとすると余計に分からない。

「プライマーの母星が太陽系内だとして、どこだと思うッスか?」

「確率としては幾つか候補があるが、火星、エウロパ、金星の順番だろう。 現時点では火星はそもそも大気が微弱で、宇宙放射線に常に晒されて生物が存在するには適さない環境だ。 エウロパは星が小さすぎて、生物はいるかも知れないが知的生命体にまで進歩するかは微妙な所だろう。 金星は現時点では論外だ。 とてもではないが、生物が生きていける場所では無い。 仮に火星だとして……何億年も後に、環境が激変して知的生命体が誕生したのか」

地球は最初に省かれている。

仮に未来の地球からプライマーが来たのだとしたら、現在の地球にちょっかいを出す事は致命的だからである。

「仮にッスよ。 火星がテラフォーミング出来たとして……」

「興味深い議論だが、時間が迫っている。 皆待っているだろう。 そろそろ出立しよう」

プロフェッサーが話を遮る。

既に馬場中尉の部隊と、海野大尉の部隊は、出撃準備を終えていた。

人類最後の反撃作戦。

これも、弐分の記憶にあるだけでも三回目か。

リングを攻撃して、本当に落とせているのかも実際には分からない。分かっているのは、リングの装置を破壊して機能不全は起こさせていると言う事。それである程度の武装と記憶ごと、過去へ跳んでいると言う事だ。

弐分には分からない事が多すぎる。三城は更にこういう話は苦手だろう。

山県大尉と、木曽少尉には移動しながら話をする。

山県大尉は、呆れ果てた顔で此方を見たが。しかし、二人ともプライマーによる歴史改変の現場は見ているし。

何より二人揃って、歴史改変前と後の歴史について、記憶があるのだ。

これについては、否定しようがない、というのが実情だろう。

現地に急ぐ。坑道に辿りつくまでに、更に二体のスキュラを倒した。

恐らく、グラウコスについていったのだろう。

近辺のスキュラが集まってくる事はなかった。

坑道の入口付近で、海野大尉達と別れる。海野大尉が率いる兵士達も、みんな顔は土気色をしていた。

それも当然だろう。

こんな状況。

生きて帰れると思う奴は、むしろおかしいと思う。

大兄の戦闘力を至近で見ているから。弐分は大丈夫だと思えるけれども。そうでなかったら。

兵士達を責めるわけにはいかなかった。

 

4、最後の賭は何度目か

 

また洞窟だ。

そう思ってげんなりしているのだろう。木曽少尉は、アームハウンドを見て溜息をついていた。

幸いベース251に補給物資はあったのだが。

地底で、低火力の足止め小型ミサイルを使用するしかできないのは、つらいだろう。外だったら、色々選択肢があるのに。

木曽少尉の武装は、基本的にフェンサースーツからしてミサイルを使用する事に特化している。

今更、普通のフェンサーらしい戦い方などできっこないのだ。

その様子を見ながら。柿崎はプラズマ剣の細かい手入れをする。

流石に壱野准将のような勘は柿崎にはない。だから、相棒にして現在の妖刀であるプラズマ剣を使って、接近戦に徹する。

それだけが、今柿崎に出来ることだ。

柿崎としても、人類に滅びられては困る。

人類の大半は否定するかも知れないが。柿崎は思っている。人間は極めて好戦的な生物で、特に弱者を痛めつけるのが大好きであると。

この習性を柿崎が持っているかは話が別だ。

ただ人類が概ねこの習性を持っているのは、あらゆる事象が裏付けしている。

故に、戦争は終わらない。

正義の衝突も終わらない。

結果として、柿崎が過ごしやすい世界が必ず世界の何処かにある。だから、柿崎としてはそれでいい。

プライマーに対して激烈な抵抗を続け、数限りない市民を救い、怪物を倒し続けて来たストームチーム。

その中にも、柿崎のような異分子がいる。

だが、それこそが多様性と言う奴なのではないのだろうか。

一時期多様性と口にしながら、実際には他人の権利を侵害していく奇怪な思想が流行りかけた事があったらしいが。

そんなものは多様性と呼ぶに値しないだろう。

柿崎のような人斬りが好き勝手に生きられてもいい。

それが多様性ではあるまいか。

つまり多様性とは、極めてハイリスクな思想なわけだ。柿崎は普段他人に持論を語ることは殆どない。育ちが良いお嬢様としての言動を崩さない。

だが、実体は誰よりも怪物……今地球を侵略している連中の事では無い……に近いのかも知れない。

しかしそれもまたよし。

どこぞの誰とも知らない輩が勝手に決めた善性だのよりも。

柿崎がおのれで決めた生き方を全うする。

それが全てだ。

他人に邪悪と言われようと知った事か。

その邪悪がどうのと口にしている輩は、あの醜悪なスクールカーストを否定したか。

むしろその中に溶け込んで、一緒になって低カーストの弱者を踏みにじってケラケラ笑っていたのではないのか。

自分の主観で醜いと決めつけた存在を、権利どころか生存まで否定して、徹底的に痛めつけてきたのではないのか。

生物として、人類は邪悪の塊だ。違う奴もいるかも知れないが、いたとしても現在の社会に溶け込んで生きていくのは難しいだろう。

だから柿崎は好き勝手に人斬りをさせて貰う。それだけである。

洞窟の入口に、エイレンVと一緒に入る。

馬場中尉が、うんざりした様子で言う。

「それで壱野准将、内部はどんな様子だ」

「怪物が相当数いますね。 出来るだけ離れず、エイレンVを中心に動いてください」

「分かっていると思うが、坑道の中を護衛するだけだからな」

「それでかまわない、馬場中尉。 ……いつもありがとう」

小首を傾げる馬場中尉。まあ、此処を通るのも初めてじゃあない。

今回は初めてのルートを通るが。それはそれ、これはこれだ。

壱野准将が右手を挙げる。早速か。

柿崎も視認。α型か。まずは全員で、アサルトで先制攻撃を叩き込む。接近してきたところに、柿崎が突貫。生き残りをさくさくと切り伏せた。

どうせリング戦では、あまり出番がないだろう。スキュラ相手に接近戦を挑むのは、柿崎でもあまりやりたくはない。突貫を許したりして、接近された場合にはどうしてもやる事はあるが。

あれは流石に、柿崎でも接近戦を挑むのはハイリスク過ぎる。

奥へ進む。

金のα型が普通に群れているのを見て、これは面白いと舌なめずりする。壱野准将が、細かく指示を出す。

「俺が釣り出します。 狭い所で、火力を集中して迎え撃ちます」

「ああ、分かってる。 また金の怪物か、運がないな」

「今からでもいい、引き返しましょう」

「物部伍長」

物部伍長も、命を救って貰った恩がある。馬場中尉に促されて。黙るしかないようだった。

まあいい。釣り出して、集中砲火を浴びせる。流石に金α型を相手に火力を惜しむわけにもいかない。

釣り出されてきたところを、エイレンVの大火力レーザーがまとめて薙ぎ払う。金α型は接近さえ許さなければどうにか出来る。

多数が来るが、地の利は此方にある。後方。そう言われたので、すっ飛んでいく。舌なめずりして、出会い頭にα型を立て続けに斬り伏せて回る。後方から奇襲してくるつもりだったのだろうが、甘い。

それにしても壱野准将の勘は本当に人間か疑わしい。

というよりも、結局過去転移をして見て分かったが。或いは本当に、人間から乖離し始めているのかも知れない。

はっきり言って、柿崎ですら壱野准将と死合いをしたいとは思いたくなくなりつつある。それくらい、とんでもない実力をびりびりと感じるのである。しかしながらそこがまたいい。

機会はないだろうが、真剣勝負を出来たらと思うとぞくぞくする。勿論、プライマーに寝返ったり発作的に壱野准将を襲うつもりはない。全ては、プライマーを追い払ってからだ。

α型の駆除が進む。先に進めば進むほど、怪物が増えてくる。全て片付けながら進んでいくと、広い空洞に出た。

ああ、これは。

「上から来る」

「!」

「プロフェッサーも分かるようになりましたか?」

「……ああ」

壱野准将が、多少軽口を叩く。前もそうだったし、ある程度はわかってもおかしくはないだろう。

だが、上から。天井近くの穴からわんさか出現したのはよりにもよってネイカーである。

即座に山県大尉が、エイレンVのコンテナから、ベース251で回収出来た自動砲座を取りだし、周囲に展開。馬場中尉が叫ぶ。

「口を開いた相手から撃て! それ以外は無駄弾だ!」

「数が多すぎる!」

「大丈夫ッスよ!」

一華大佐が叫ぶと、周囲のネイカーがまとめて消し飛ぶ。対ネイカー用のプログラムを組んでいると言っていたが。エイレンVにインストールして、それで機能するものだということか。

レーザーの火力を絞って拡散する事で、攻撃態勢に入った前面にいるネイカーをまとめて薙ぎ払って粉砕する。おおと、兵士達が声を上げる。それに、自動砲座が追い打ちを掛けて、炎を噴出しようとする邪悪な二枚貝を破壊し尽くしていく。

だが、口を開かず後ろに回る奴がいる。

柿崎の相手は其奴らだ。追撃して、片っ端から破壊し尽くす。

良い手応え。

斬って破壊するまでは、ネイカーの殻はとんでもなく斬りごたえがあって、とても楽しい。

数体のネイカーを斬り伏せ、更に後方から来たネイカーを振り返りもせず刺す。

後方からの相手に対応する剣術だって、幾らでも手持ちにある。

ネイカーとの戦闘はまだ続いている。だが所詮は機械。戦力を惜しまずつぶしにストームチームが掛かれば、こんなものだ。

程なく、ネイカーは沈黙。

嘆息しながら、山県大尉がまだ使える自動砲座を回収していた。やる事が少ない木曽少尉がそれを手伝う。

今の戦闘でも、弐分大佐と三城大佐は、最前衛で大暴れしていた。

口惜しいが、武装の習熟度では向こうが上か。まあ、接近戦専門で此方はやっていくだけだ。

ファランクスやランスを使ってはどうかと言われた事もあるが。使っていて手応えがない武器はあまり好きじゃあない。

なんだかんだで、プラズマ剣は敵を斬るとじーんと手応えがあるのだ。

だから、これを手放す事はないだろう。

「敵の備えが分厚すぎる。 想定以上だ」

「あんなばかでかい要塞なのに、どうしてこんなに神経質に守備隊を配置しているんだ?」

「分からない。 やはり、何かあの要塞には致命的な問題があるのか」

「或いは、壊されると別の意味でまずいとか?」

一華大佐が言うと、はっとした様子でプロフェッサーが顔を上げた。

この林という人は、柿崎とは全くという程無縁の相手だが。見ていて面白くはあるし。何より絶対にものを忘れないという面白い特性も持っている。

面白い特性を持っている相手を異物扱いして迫害するような阿呆には、柿崎はなりたくなかった。

更に坑道を進む。

壱野准将が足を止めていた。

敵だ。

それも擲弾兵の大軍である。狭い通路に、びっしりひしめいている。大型もいるようだ。落盤でも狙っているというのか。

「爆発物の使用は厳禁で。 落盤が起きた場合には、全力で逃げられるように準備してください」

「分かった。 どの道、此奴らが地下に来たら終わりだ。 此処で片付けてしまう必要があるな」

「高機動型は地下にはいないってわけか。 重装甲型でなくてよかったぜ……」

「そうだな……」

重装甲型。

改変されたこの世界から投入された、新型アンドロイド。実力は傑作機といえる大型に匹敵し。より接近戦に特化している強力な機体だ。アンドロイド版のハイグレード機とも言える。

出てくる数は少ないが、とにかく動きが速く硬くバリスティックナイフの火力も尋常ではない。

集られたニクスがあっと言う間に破壊されるのを、柿崎も見た事がある。

やはり「五ヶ月後」では無理だ。

開戦当初から準備をしていけば、重装甲型……スーパーアンドロイドとも言われるタイプが出てくるころには、エイレンUの標準配備が進むだろう。エイレンVも相応の数が揃うかも知れない。そうすれば、対抗は出来るはずである。

なお、柿崎は重装甲型は大好きだ。斬る時の感触がたまらないからである。

ともかく、此処では出来る事はない。木曽少尉が前に出て、こくりと頷く。足止めのために、アームハウンドが必要だ。火力は足りなくとも、相手を足止め出来る。これがとても大きい。

GO。壱野准将が叫ぶと同時に、攻撃開始。天井からバラバラ細かい石が降ってくる。

それはそうだろう。擲弾兵が、連鎖爆発を起こしているのだから。

奧から大量に擲弾兵が出てくる。それも、次々に爆発していく。エイレンVのバッテリーは一つだけ予備があるが。現状のバッテリーは。この戦闘で使い切ってしまう事になるかもしれない。

柿崎もちょっとパワースピアを投擲して、擲弾兵を削るが、あの爆発の中に飛び込むつもりはない。

そのまま、皆が射撃をしていくのを見守る。

程なくして、周囲は静かになった。だが。この空間は、急いで抜けた方が良いだろう。

粉々になった敵弾兵の死骸を踏みにじりながら進む。擲弾兵がもっている黄色かったり紫だったりする爆弾は、内部に非常に爆発しやすい液体が入っていて。殻が破れると爆発する事が分かっているが。

擲弾兵が死んでも爆発する。恐らくは、何かしらの方法で擲弾兵本体から制御をしているのだろう。

最深部に出る。

三つの通路がつながっていて。奧に出口があるが。

これはまた。大量のネイカーがお出迎えだ。

壱野准将が、さがるように指示。皆が狭い通路に陣取った所で、エイレンVが前に出て。そして、自動砲座を撒く。

此処で、どうにか敵を突破しないと先はない。

先よりも、地形的な点でネイカーの対処が少し難しいかも知れないが。それでもどうにかするしかない。

壱野准将がネイカーを撃つ。

同時に、大量のネイカーが、どっと押し寄せてきた。

 

激戦の末、疲労困憊の様子の馬場班。皆、レーションを口にしている。レーションすらほとんどない状態なのだ。

地下の市民達が、どれだけ悲惨な生活をしているかは、いうまでもない事である。

そして、分けて貰ったレーションを手に、一秒でも早く戻りたい筈だ。

残念ながら、柿崎達は戻れない。それを、今は告げるわけにはいかない。

ネイカーの残骸を一瞥。

この邪悪な貝は、どれだけ憎まれているか分からない。それに、このサイズでこの殺傷力。

恐らくだが。更に次の周回があるとしたら、多分プライマーは此奴の量産を進めるとみて良いだろう。

アンドロイドを量産し始めたのも、人間を駆除するのに効率的だと判断したからの筈である。

一華大佐が言うように、もしもプライマーがかなり余裕がない状態だとすれば。当然ながら、効率を重視していく筈。

まあ柿崎としてはどうでもいい。斬りがいがある相手が増えるのは、良い事だ。

「補給、完了ッス。 バッテリーは、恐らく残らないッスね……」

「此処を出れば、すぐに海野大尉達がいる筈だ」

「突破出来ていればな……」

馬場中尉が呻く。

途中、海野大尉の放送が聞こえた。生き残りは集まるように。リングへの攻撃を行う、と。

恐らくだが、誰も来ないだろう。それでも。海野大尉はやる。

あの人も、大概だ。恐らくだが、村上家のお爺さまとは、いいコンビだったのだろう。色々な意味でだ。

そして柿崎には、海野大尉が警官時代に疎まれたのもよく分かる。

世界政府に統合されるまで、日本の警察は現場は優秀なのにキャリアがド無能と言う事で有名だった。

海野大尉のような跳ねっ返りの見本で、更に色々な意味での規格外では。学閥だの昇進試験だのにうつつを抜かして権力争いのことだけ考え、市民を犯罪から守ろうなどとは欠片も思っていない無能官僚達では手に負えなかっただろう。

柿崎が、鼻歌交じりにプラズマ剣の手入れをしているのを見て、馬場中尉は呆れたように首を振る。

そして、最後の警告だという感じで告げた。

「今からでも間に合う。 考え直せ。 はっきり言うが、絶対に勝てっこない。 道中ですらこれだぞ。 それにあんな巨大な兵器、弱点の一つや二つついた所で、撃沈できるわけがない」

「壱野准将は、あの移動基地すらも寡兵で叩き潰した」

「移動基地が化け物だったのは知っている。 だが、あのリングは更にレベルが違い過ぎる!」

「それでも壱野准将ならやってくれる。 有難う馬場中尉。 行ってくるよ」

不器用にプロフェッサーが敬礼。

それにあわせて、ストームチームはみな敬礼した。

後方の坑道の内、二つはまだ怪物がわんさかいる筈で。ここに長く留まることはあまりお勧めも出来ない。

大きく嘆息する馬場中尉。

前は、たしか諦め半分にリング攻撃戦を手伝ってくれたっけ。

敵はリングへの攻撃に気づき始めているし、手数は少しでも多い方が良い。それに、馬場中尉と部下達はみんな憶病な言動とは裏腹に手練れだ。

頼りになる。

来てくれれば、有り難い。

坑道を抜ける。

外に出ると、やはり赤い空が拡がっている。既に海野大尉は来ていた。流石である。ただ、テクニカルニクスは失ってしまったようだ。抜け道とはいえ、それでも敵の襲撃があったのだろう。

その代わり、デプスクロウラーは無事だ。

「来たか、壱野」

「はい」

リングがすぐ近くに浮かんでいる。周囲には、スキュラ数体が徘徊しているのみ。

これは、伏兵がいるな。そう思うと、壱野准将が鋭く周囲を見据える。

「ネイカーが伏せていますね。 それも相当数。 駆逐しながら進みましょう」

「分かった。 じいさま譲りの勘だな」

「そうなります」

「腕が鳴る。 ネイカーなんぞ、なんぼ来たって破壊し尽くしてやる」

海野大尉は相変わらず勇敢だ。

さあ、始まる。

過去にいけなければ、なにもならない。また、ギリギリの戦いを、こなさなければならない。

 

(続)