三度誰も救えず

 

序、赤い壁

 

プライマーの移動基地が行動を開始。ついに、動き出した。それと同時に、五万を超える怪物を先頭に、プライマーの軍が動き始める。

敵は大きく部隊を二つに分けた。

一つは怪物の軍団。もう一つは、アンドロイドとエイリアンで構成された部隊。アンドロイドとエイリアンで構成された部隊は、先行している怪物達と一旦離れると、北関東から東京を狙う動きを見せていた。一方で。怪物の群れは、そのまま箱根を超えて、決戦地点に想定された小田原を目指している。

小田原での決戦をすれば、恐らく勝てるだろう。小田原に向かっている敵には、である。

ただし。その場合アンドロイドとエイリアンの大軍は無傷のまま、ほぼ壊滅しているEDFの主力部隊に襲いかかってくるだろう。

既に戦略兵器は存在しない。

砲兵は弾がなくて動けない。

航空機も殆ど出られないし。何より、怪物には飛行型も多数いる。爆撃どころではないのが実情だ。

兵を二手に分かる。

そう、千葉中将は決断。

小田原で怪物を迎え撃つ。これは部隊の大多数。規模的にも、そうするしかない。此方は大内少将が指揮を執る。

これに対して、信州にてエイリアンとアンドロイドを相手に、ストームチームと僅かばかりの機甲部隊で戦闘を行う。

兵を分けるのは愚策だが、敵が戦力の集中を許してくれない。時間差で各個撃破するしかない。

かくして、壱野はストーム2、ストーム3と。ストーム1の皆とともに、信州に出向く。小さな街がある。

小さいと言っても、世界政府によるてこ入れで、ある程度は街の規模はある。なお、実家のある街とはかなり離れているが。

小田原の方には、上空から無理矢理輸送したEMCも来ているらしい。エルギヌスが来た場合は、これを使うしか無い。

そして、どちらでも勝たないと。

負けは、確定だ。

移動基地がまだ敵には控えている。敢えて敵は戦力を分散させることで、此方の壊滅を狙っている。

移動基地さえ無事なら、世界中から援軍をまだまだかき集められるのだ。

それに対して人類は、最後のメガロポリスが東京という有様。

もはや、どうしようも無い。

敵の前衛が見え始める。

此方信州方面軍は、ニクスが二機に戦車が六両。それに歩兵が百五十名ほど。

ストームチームが来ているから、この程度で充分だろうという判断らしい。

まあ、実の所壱野も同感だ。

あまり多数、兵力を裂かないでほしいと、千葉中将に頼み込んだほどである。

そして、小田原の方には、レールガンも向かっている。レールガンはどうにかして、北米から送って貰った。

四両だけだが、怪物相手だったら絶対的な殺傷力を発揮できる筈。

ただし、決戦に間に合うかは微妙だ。

間に合うとしても、味方の被害は小さくはすまないだろう。

少なくとも、移動基地を粉砕し。その後も戦線を支えるだけの戦力は、残さなければならない。

それが出来なければ。結局人類は負ける。

そういう戦いだ。

無茶に無茶を重ねているが、それでもやらなければならない。なぜなら。壱野はEDFだからだ。

いや、それだけではないだろう。

道場のこともある。

それ以上に。

プライマーを殺さなければ生きる未来すらもない。あのトゥラプターとの問答を重ねるごとに、それがはっきりしていく。

相手は侵略とか屈服とかの為に来ているのでは無い。

必要だから、絶滅させに来ている。

そんな相手とは、残念ながらわかり合う事は出来ないのだ。

幸い、決戦の少し前にストーム4が東京に到着。此方に向かっている。

だが、気休めにしかならない。

とにかく今は。

やるしかない。

「此方スカウト! 敵軍勢、多数!」

「敵の編成は」

「雑多に攻めてきています! コロニスト、コスモノーツ、クルール。 アンドロイドはまだ姿が見えません」

「好機だな」

壱野は前衛に出ると、バイクに跨がる。ライサンダーZで、早速此方に歩いて来ているコロニストの頭を撃ち抜く。

吹っ飛んだ頭が切っ掛けに、戦闘が開始された。

ストーム隊のエイレン二機を中心に、味方が集中攻撃を開始する。まずはクルールを集中攻撃。危険性が高いのは彼奴らだ。コスモノーツも、ショットガン持ち、重装を優先的に狙う。今のところ特務のコロニストは見えないが、いたら優先的に撃ち抜く。

壱野は崩れかけたビル街をバイクで走り周りながら、敵の気を引き、更に敵を狙撃していく。

次々に崩れ落ちるエイリアン。ニクスの攻撃をシールドで防いでいるクルールの側頭部を撃ち抜き。

こっちを見た他のクルールは、一瞬の隙を三城のライジンで貫かれ、頭が消し飛んでいた。

クルールとコスモノーツが足踏みする中、コロニストだけは突貫してくる。だがそれは、集中攻撃を当然誘発する。

蜂の巣になって内臓をぶちまけながら倒れていくコロニスト。これでいい。火力が集中でき、遊兵を作らず戦えている。味方の補給車も、今のところしっかり守れている。

だが、当然プライマーは、余裕などくれない。

「戦場二時方向、敵影多数! 高機動型アンドロイドです!」

「数が多い! 対処できる数ではないぞ!」

「そのまま戦闘を続けてくれ。 三城、一華、頼むぞ」

「りょうかい」

三城が動く。一華は既に、仕込みを終えている。

二時方向から、数千とも思える数の高機動型が来る。だが、其奴らの機動力を、根こそぎ粉砕する。

途上にあったビルに、仕掛けておいたC90A爆弾を一斉に起爆。後退していたエイリアンも一部、爆発が巻き込んでいた。

文字通りはしごを外された高機動型アンドロイドに、襲いかかる三城の誘導兵器。更に相馬機の全火力が叩き付けられ。更にストーム3が突貫。

地面でふらついている高機動型を、根こそぎに刈り取っていく。柿崎もそれに混じって敵に突入。

トゥラプターとやりあった直後とも思えない。

むしろつやつやしているほどだった。

雨が降り始める。

硝煙で雨雲が出来はじめたのだろうか。いや、それはどうでもいい。とにかく、戦うだけだ。

雨が降るとコロニストは元気になるが、どうもクルールも似た性質を持っているらしい。まだ残っているビルの残骸を巧みに利用しつつ、此方に攻撃を投射してくる。だが、数はそれほど多くはない。

顔を出した瞬間、壱野が撃ち抜く。

高機動型の殲滅が終わった頃には、敵の第一陣は全滅。だが、この程度で終わるわけがない。

「ストーム4、現着!」

「来たか」

荒木軍曹が、補給と負傷者の手当てを急げと声を掛ける。

今の戦闘でも、被害が出ていないわけでは無い。戦車の一両は擱座しかけているし。ニクスも一機は腕が落とされている。長野一等兵が大型移動車で乗り付けると、すぐに修理を開始。

相変わらず勇敢な人だ。

成田軍曹が無線を入れてくる。

「上空に大型船出現! ドローンを伴っており、高度も……」

「……あれか」

壱野は即座に射撃。

成田軍曹が絶句する中、三城に座標を指示。三城も頷いて、ライジンを叩き込んでいた。

更に、長距離運用を前提としているガリア砲を弐分が叩き込む。もう一撃、ライサンダーZを叩き込んだ所で、手応えがあった。

上空で爆発音。

大型船、一隻をまた落とさせて貰った。

少しだけ間を開けて、バラバラになった大型船が落ちてくる。ついでに、クルールの死骸も。

気配はまだあるが、これ以上落とすのは難しいと判断せざるを得ないだろう。

「クルール来ます!」

「総力戦態勢! 補給、修理の人員はさがれ!」

「ぎりぎりまで粘る」

「……さがるんだぞ」

荒木軍曹が声を張り上げるが、長野一等兵はギリギリまで本当に修理を続けて、腕を失っていたニクスを修理してくれた。これでかなり戦力が回復したと言える。そして、大型移動車に大破している戦車を乗せて、急いでさがる。

見えてきた。クルールのドロップシップだ。

壱野が即応して、空中にいる間に三機を叩き落とす。落としてもクルールまで殺せる訳ではないが。

落ちてきた至近に、三城がタイミングを合わせてプラズマグレートキャノンを叩き込む。

遠近に優れた武器を持つクルールでも、流石に空中での移動は出来ない。文字通りの「着地狩り」である。

吹っ飛んだクルール数体。時間差をつけて放たれたプラズマグレートキャノンが、更に数体を粉みじんに消し飛ばす。

それでも、着地したドロップシップから、クルール十数体が現れる。うち数体が、危険極まりない炸裂弾持ちだ。

どうやら此方を囲むように落としてきたようだが。後方にもっと分厚く落とす予定だったのだろう。後方に落ちてきたのはドロップシップ二機。出て来たクルールも四匹だけだ。

荒木軍曹がブレイザーで集中攻撃。更に荒木軍曹に習って、後方至近に来たクルールを、味方が集中攻撃する。

新型マグブラスターで、飛来したばかりのジャンヌ准将が、一体の首を刈り取る。危険な炸裂弾持ちだったから、非常に有り難い。壱野も狙撃を続け、遠距離にいるうちに、盾をもっていない砲撃クルールを刈り取っておく。

弐分が突貫。

盾になるためだ。

同時にストーム3と。更には柿崎も突撃する。

炸裂弾持ちが牽制射撃。地面が文字通り爆ぜ割れる。凄まじい火力だ。だから、絶対に接近はさせられない。

砲撃が、味方に何カ所か着弾。

戦車が文字通り車体を浮かせるほどの衝撃だ。随伴歩兵が、吹っ飛ばされるのが見える。アーマーがあっても耐えられるかは分からない。

ニクス隊が奮戦しているが、どうしても新型旧型が入り交じっている上に、数が足りていない。

敵司令官はストームチームが無視出来ない戦力を投入して動きを封じ。

その間に主力部隊を潰すつもりだ。

大内少将が簡単に負けるとは思わないが。焦りがどうしても出る。壱野は連続して射撃し、クルールの盾をオーバーヒートさせる。

勇敢に炸裂弾装備のクルールの懐に飛び込んだ柿崎が、袈裟懸けにクルールを真っ二つにする。

流石にクルールもこれではどうしようもないらしく、凄まじい絶叫とともに、雨の中事切れた。

乱戦の中、ストーム3にもストーム4にも被害が出ている。エイレン相馬機にもダメージがどんどん蓄積している様子だ。

雷撃銃を持ったクルールを、三城が撃ち抜く。

一華のエイレンUが前に出て、戦車を砲撃からかばう。あの砲撃は実弾を使っていない様子で。機体で体を張って防ぐしかない。そのまま、エイレンUは戦闘を続行。電磁装甲でも限界がある。

まだまだ敵は来る。

クルールが壊滅しかけると、スカウトがかれた声で連絡を入れてきた。

「此方スカウト! こ、高機動型です! 十時方向!」

「分かった、対応する。 すぐに下がれ」

「も、もう無理そうです! 勝ってください! EDF!」

通信が途絶する。スカウトの運命は明らかだった。

壱野はバイクを全力で飛ばしながら、まだ残っているビルの残骸に残り少ないC90A爆弾を仕掛けていく。これが尽きたらC80爆弾を使うしか無い。弾薬も、古いものだったらなんぼでもあるのだけれども。

こういう新型兵器は、どうにもならない。

山県が前に出て戦っていたが、戻ってくる。走りながら、何かを撒いている様子だ。程なくして、凄まじい数の高機動型が来る。

クルールの残党も、それに応じて反撃に出ようとするが。

突貫していたストーム3と柿崎が、そうはさせない。

更にストーム4も、高機動型の囮になるべく前進を開始。壱野から無線を入れて、爆破のタイミングを伝える。

敵の前衛が爆破地帯にさしかかった瞬間。

C90A爆弾が。高機動型の足になる建物を、根こそぎ粉砕していた。

破損した高機動型の破片が散らばる中、総力での攻撃を加える。此奴らは人間の上を取ってくる関係上、非常に危険性が高い。数で平押ししてくる通常アンドロイドよりも、危険度は高い。

流石にサーカスが出来なくなった関係上、高機動型はその足を殺され。猛烈な砲火に晒される。クルールもそれを見て二の足を踏むが、敵は更に援軍を繰り出してくる。

猛烈なプレッシャー。

間違いない。タイプスリーの、ハイグレード型だ。

それだけではない。

拠点破壊用アンドロイド。キュクロプス。

どちらも二機ずつ来ている。

更に怪物の群れだ。テレポーションシップまでおまけに来ている。高機動型は今一方的に足を止めたところを射すくめているが、まだ全てを倒せている訳ではない。

「くそっ! 大乱戦だ!」

「補給を頼む! 弾がない!」

「補給車、急げ!」

そう叫んでいる荒木軍曹も、必死にブレイザーで戦っているが、もうバッテリーがもたないだろう。

ストーム4が突撃。ジャンヌ准将が、他のストーム4隊員達と見事な連携でテレポーションシップを叩き落とし。投下されたα型がまとめて下敷きになって粉々に吹き飛んだ。だが、敵は大乱戦なのを利用して、前線に突入してくる。

ニクスも自衛のためにα型と応戦しなければならなくなり。高機動型もクルールも、更に迫ってくる。

特にクルールの兵器は火力が大きい。それにハイグレードも放置出来ない。

弐分がハイグレードの一機を翻弄しつつ、デクスター散弾銃で連続射撃を浴びせている。もう一機は、壱野が相手するしかない。

三城と一華に、一機ずつキュクロプスを任せる。

その間も、怪物が押し寄せてきている。一秒でも早く、敵を倒さないと。

「ニクス2、限界だ! 脱出する!」

「戦車隊、もうだめだ! 後退する! 支援してくれ!」

「くそっ! 後退を支援! 皆、全力を尽くせ!」

「軍曹、やばいぞ!」

小田大尉の声。

壱野も、ハイグレードと激闘を繰り広げながら見る。

背後からも、怪物の群れが迫ってきている。今の戦闘の隙に、迂回してきたのだろう。

前線に達したクルールの側頭部を、反射的に撃ち抜く。ハイグレードのレーザーは、もう勘でかわす。クルールが、それを見て度肝を抜かれた顔をしていたが。直後、浅利大尉の狙撃で、頭を吹き飛ばされていた。

ハイグレードが上空から射撃してくる。地面を抉る強烈なレーザーを紙一重でかわす。

こいつが味方に絡んでいたら地獄絵図だ。今以上の。

射撃を続けて、ついに叩き落とす。キュクロプスも殆ど同時に、三城が粉砕。少し遅れて、一華ももう一機を潰していた。

不意に、怪物がばたばたと倒れ始める。

あれは、なんだ。

「山県大尉、何をした」

「ああ、許可はもらっていやすよ。 毒ガス」

「毒ガス……」

「もうEDFも手を選んでいられないって話らしいんでね。 デスバード型腐食性毒ガスとかいうらしいですぜ」

怪物が苦しんでいるが、実の所毒性は人間を即殺するほどでもないらしい。この星の環境にすらなじめないでいる生物だ。

毒ガスの有効性は、強烈と言う事なのだろう。

さっき撒いていたのはこれか。

ハイグレードに射撃。ついに爆散。弐分はまだ、苛烈な戦闘を続けている。

柿崎には後方に回った怪物に対処して貰い、壱野は突撃。ストーム4の支援に向かう。相当数の怪物を相手にしてくれているストーム4に直接向かうのでは無く、やりたい放題に怪物を落としているテレポーションシップを狙う。通り過ぎ際に、射撃。完璧に決めたピンホールショットが、テレポーションシップを叩き落とす。おおと、兵士達が声を上げていた。

爆発を後方に、更に突貫。もう一隻のテレポーションシップを狙う。クルールが不意に姿を見せる。これ以上はやらせるか。そういう雰囲気だが。壱野はアサルトに切り替えると、速度を落とさず突貫。

雷撃銃の一撃を紙一重で交わすと、銃弾をしこたま叩き込む。全てシールドで完璧に防いで見せるクルールだが、それが故にオーバーヒート。直後に、全身の触手を撃ち抜かれ。更に頭を蜂の巣にされて息絶える。

勝つために必死なのは分かる。

だが、それでもいかしておく訳にはいかない。

テレポーションシップを叩き落とす。

怪物が大混乱している中に突入すると、射撃射撃射撃。向こうで、弐分がハイグレードを叩き落としているのが見えた。

「怪物、更に来ます!」

「今其方に向かう」

「壱野、味方の被害が大きい」

荒木軍曹の冷静な声。

ニクス隊は既に半身不随。戦車部隊は全滅状態。歩兵も、追い詰められている。

舌打ち。そのまま、皆に声を掛けて、押し寄せる怪物に突貫。更にコロニスト、コスモノーツが来るのが見える。

ストーム隊を釘付けにする。

そのために、どれだけの被害を出しても気にしない。

そういう鉄の意志を、敵からは感じる。

「血路は開いた! 負傷者はさがれ!」

「ストーム隊!」

「俺たちができる限り敵を潰す! 敵は俺たちを無視出来ない! 追撃される恐れは無いから、安心して引け!」

「……せめて補給車は残していきます! ご武運を!」

半壊した機甲部隊が後退していく。そのまま、壱野は敵の大軍に乗り入れると、戦闘を続行した。

 

1、苦闘の末に

 

雨は激しくなるばかり。

一華は、無言でエイレンUの中で膝をかかえていた。頭を使いすぎて、何もできない。長野一等兵が、黙々と修理をしてくれている。

夕方過ぎに、ようやくプライマーは一度攻撃を停止した。クルールだけで三十体以上、コロニスト百十七体、コスモノーツ二十五体に加え。ハイグレードタイプスリー二機、キュクロプス四機、高機動型アンドロイド千、怪物二千、テレポーションシップ三隻、それに大型船一隻。これだけの損害を出した。圧倒的物量を誇るプライマーでも、無視はできないほどの損害の筈だ。

これに対して、ストーム3とストーム4は更に被害を出した。最前線で戦闘を続けていたストーム3は、戦死多数。現在では戦闘出来るのがジャムカ准将とマゼラン少佐だけ。ストーム4も、ジャンヌ准将とシテイ少佐だけが残った。ゼノビア少佐は戦死した。夕方少し前、敵がだめ押しと言わんばかりに投入してきた金α型銀β型の部隊との戦闘で、ついに力尽きたのである。

もう一人だけ、ストーム4に生き残りがいる。

以前見た覚えがある。

結構背が高いウィングダイバーで、体重制限を非常に苦労しているとか言う奴だ。フェンサーへの転向を進められた事もあるという。

戦闘では、綺麗な連携を見せて戦闘をしていた。

他の隊員がばたばたと倒れていく中、生き残ったのだ。

しかも向いていない兵科で、である。

それだけの凄腕と言う訳でもなく、単に運が良かっただけのようだ。

どうして今までの周回で見かけなかったのか。

何かしら、理由があるのかも知れない。

荒木軍曹が戻ってくる。一華も、ブドウ糖のまずい錠剤を口に入れると、エイレンUのコックピットを出た。

頭が働かなくても、話は聞かなければならないだろう。

「小田原の方も、戦闘は一段落したそうだ」

「結果は」

「大内少将の奮戦で、敵を撃退することには成功した」

「……」

含みのある言い方だ。

恐らく、味方の被害も甚大と言う事だろう。

「味方の損害は20%を超えたそうだ。 それに対して、敵は移動基地が迫ってきているという。 既に岡崎に入り、現地を破壊し尽くしたらしい。 東海道をそのまま東進してくる構えのようだ」

「もう人がいない都市とは言え、やりたい放題しやがって……」

「もしこの移動基地に直撃されたら、大内少将の部隊は全滅する。 俺たちで、移動基地をどうにかするしかない」

「そうだな。 どうやら死に場所が来たようだ」

腰を上げるジャムカ准将。

ジャンヌ准将も、まったく悔いがない顔をしている。

一華は、無言になる。

この世界でも。

二人を助けられないのか。

過去に戻った時点で、四割の人間がやられていた時点で。既に勝ち目は無かった。だから、覚悟だってしていた。

それなのにこの怒り。ぶつけどころが分からない。

一華は可能な限り現実的に作戦を提案してきたし。立ち回っても来たはずだ。

だが、報われない。

どうすれば報われる。

分かっている。

敵の大型船は落とせるようになって来ている。

更に多数を落としつつ、もっと過去に遡る。出来れば、プライマー来襲の日が良いだろう。

あのリングでの事故は、もう少しデータがほしいが。出来ればもっと前に戻れるように、計算をする。

この間少し意図的にリングの装置の破壊時間をずらしただけで、今まで戻っていた「開戦五ヶ月後」の三日前に過去転移した。

それならば、計算さえしっかりすれば。プライマー来襲の日に行く事だって、可能な筈だ。

ベース228をそもそも陥落させず、いきなり怪生物にバルガをぶつける事が出来れば。怪生物相手の無駄な被害だって抑えられる。何よりも、プロフェッサーも余裕がある状態で、より強力な対プライマー兵器を戦場に投入できるだろう。

一華が無言でいる中、荒木軍曹は言う。

「補給をしてくれ。 明日の朝には、移動基地は動き出すはずだ。 敵の先手を取って、進路にて待ち伏せする。 恐らく決戦の場所は、箱根から静岡になる筈だ。 夜の間に移動して、敵の到来を待つぞ」

「まてよ軍曹。 その進路を行くって事は……」

「途中、嫌になる程怪物と遭遇するだろうな」

ジャンヌ准将が、怖いかと小田大尉を呷る。

小田大尉が、怖いに決まっていると吠えた。

当たり前だろう。

一華だって、ぞっとしない話だ。リーダーが、その時挙手していた。

「グランドキャニオン戦と状況が違うのは、味方の支援がないと言う事です。 移動基地は倒せるでしょう。 しかし、此処にいる皆は生き残れないと思います」

「それでもやるぞ。 大内少将の部隊と合流した場合、敵は全てが一点に集まる。 その場合には、敵を捌きながら移動基地と戦う事になる。 その方が、勝ち目がなくなる」

「分かりました。 それならば、作戦があります」

リーダーが言う作戦は簡単だ。

接近する移動基地の砲台を、接敵前に可能な限り削る。

敵は自衛のために怪物やエイリアンをかき集めてくるが、それを可能な限り皆で食い止め。ハッチに攻撃を叩き込む。

全火力を叩き込めば倒せる。それは、グランドキャニオン戦で証明されている。

それを聞いて、そのまま荒木軍曹は頷いていた。

「よし、それでいくぞ」

「無茶だ……」

「分かっている。 他に方法が無いんだ」

「エイレンの整備を頼む、長野一等兵。 出来るだけ、時間を稼げるようにしてほしい」

無言で頷く長野一等兵。

これは、尼子先輩も、先に逃げるとは言わないだろうな。長野一等兵もだ。

また、みんな死ぬ。

それが分かっていて、一華は非常に悔しかった。

 

明け方。

先回りして、静岡の街に到着。静岡の街は、怪物の中継地点となっていた。

点々と浮いているテレポーションシップ、それに護衛。わざわざ怪物を歩かせるのではなく、テレポーションシップで前線近くに輸送している、と言う事だ。

千葉中将が、作戦を聞いて無線を入れて来た。

「ストームチーム。 話は聞いている。 無茶な作戦を……」

「これ以外に策はない」

「分かっている。 大内少将が、状況を見次第援軍を送るそうだ。 もしも援軍が到達できそうなら、合流して敵と戦ってくれ」

「了解」

無線終了。

敵はとんでもない大軍だ。それだけではない。敵には、金α型がいる。それに加えて。おぞましい金女王。それも変異種らしいのがいた。

また、無線が入る。

「DE203、戦闘に参加する」

「制空権は大丈夫なのか」

「昨日の戦闘であらかたのドローンが撃墜された様子だ。 移動基地が来てしまえばもう支援は無理だろうが……何度でも往復して、支援攻撃をさせて貰う」

「山県大尉、任せるッスよ」

一華は、もう山県に判断を回す。途中で寄った前哨基地で、使えそうな物資はあらかた集めて来た。

補給車は三両いるが、それでもエイレンUのバッテリーは恐らく移動基地との戦闘中に尽きるだろうし。何よりも、ブレイザーのバッテリーが足りない。

荒木軍曹は、此処からは通常アサルトで戦うと言っていた。移動基地戦に温存するという事だろう。

オーキッドは結局、今荒木軍曹が装備しているものが現時点での最新鋭となった。

ともかく、この四部隊だけで。移動基地を迎え撃つ準備をしなければならない。

箱根に相手が入る前に待ち伏せできたのは幸いだった。最悪の場合、箱根の山中で怪物と乱戦しつつ、移動基地と戦闘しなければならない可能性もあったのだ。移動基地も夜には動かない。

それが、此方にとって有利になった。

多数浮いているテレポーションシップ。その全てに、金のα型が護衛として貼り付いている。

リーダーが、敵のテレポーションシップを指定。

十数隻いるが、一隻ずつ叩き落として行く、と言う事だ。

それも、護衛から。

移動基地が迫っているから、あまり時間もない。犠牲覚悟で、やっていくしかない。

GO。

声が掛かると同時に、皆が動く。リーダーは狙撃で、金α型を次々に撃ち抜いていく。接近を許すわけにはいかないからだ。

どっと押し寄せてくるのはγ型だ。此奴らなら、もう此処にいる面子なら敵ではないだろう。

ジャムカ准将が突入。ひょいひょいとγ型をかわしつつ、ブラストホールスピアで貫いていく。

弐分が上空に躍り出ると、デクスターでγ型を拘束。

更には急速になれてきているらしいスパインドライバーで、見事に撃ち抜いていた。

「その武器、中々に射程が長いな」

「ジャムカ准将も使いますか」

「いや、俺はブラストホールスピアがあっている。 間合いもこれに調整して戦って来たからな。 戦い慣れた武器が一番強い」

「分かりました。 気が変わったら言ってください」

γ型を蹴散らすと同時に、三城が敵船の真下に飛び込む。

そして、上空にプラズマグレートキャノンを叩き込んでいた。

爆発四散するテレポーションシップ。

まずは一隻だ。

落ちてくるテレポーションシップを見て、気づいたのだろう。どうやらこの中間拠点を任されているらしいクルールが来る。しかも、金α型を引き連れている。数は十人程度だろうか。

何処の星出身だか知らないが。

今一華達がやっている作戦が、いわゆる「中入り」と呼ばれるもので、作戦行動としてはあまり成功率が高くない事は理解しているのだろう。

飛んで火に入る夏の虫といわんばかりに、しかも最悪の随伴歩兵と一緒に始末しに来たと言うわけだ。

「金α型をまずは掃討。 それまでは、回避に専念してください」

「分かっている。 金α型を近付かせるな!」

リーダーの言葉に、ジャンヌ准将が叫ぶ。ジャムカ准将も、流石に金α型相手に接近戦は挑まない。

皆で射撃戦に徹し、近付いてくる金α型を優先的に仕留める。その間。エイレン二機でクルールに牽制攻撃。

レーザーを装備しているエイレンに、クルールは注意喚起でもされているのかも知れない。

集中攻撃してくる。

電磁装甲の負担が見る間に上がって行くが、それでも金α型を接近させるよりはずっとマシだ。

リーダーが次々確殺していくのを横目に、一華はレールガンをぶっ放し。クルールの頭を吹き飛ばす。炸裂弾持ちだったし、接近させる訳にはいかなかった。

相馬機も、多数装備している武器を駆使して、クルールの気を全力で引く。

まだ金マザーモンスター変異種は動いていない。

彼奴も一緒に来ると最悪だ。

上空から飛来音。DE203である。そのまま、バルカン砲を叩き込んでいくが。クルールがシールドで余裕の様子で防ぐ。だが、防いだ瞬間、顔面にレーザーを打ち込んでやる。クルールが絶叫。そのまま、顔に大穴を開けられて死んだ。金α型が接近してきているが。それも、全て焼き払って倒して行く。

かなり消耗。

だが、三十分ほどで何とかクルールと金α型の始末に成功。死者はいないが、皆疲れきっている。

すぐに補給車に駆け寄り、弾丸などの補給を行う。大型移動車も側に付けている。もう逃げ場はないと、長野一等兵が判断したからだ。尼子先輩も、嫌そうな顔はしていたが。それだけだ。

「エイレンの整備をする」

「お願いします」

相馬機の整備が入る。元々多数の実験武器を搭載しているかなり複雑な重装甲型だ。長野一等兵が、丁寧に整備している。

ストーム2は別行動をしていた時期も長い。

その間、この相馬機がまともな整備を受けていたとも思えなかった。

二隻目、三隻目と。金α型をまず駆除しながら、テレポーションシップを落としていく。六隻目を落とした時点で、かなりの時間が経過していた。移動基地は、確実に近づいて来ているはずだ。

小田原からの無線が入る。

「此方大内少将! 無事か!」

「無事だ。 其方の戦況は」

「悔しいが此方は防戦が精一杯じゃけん。 今ダン大佐が、決死隊を募って其方の支援に向かおうとしちょるが、期待はせんでほしい……すまん」

「いや、問題ない。 其方の防戦に専念してくれ」

通常兵器でエルギヌスを初撃破した時の共闘相手。あの猛将大内少将が、防戦一方か。悔しいが、どうにもならないと言う事だ。

リーダーが。右手を挙げる。そして指さしたのは、金マザーモンスター。六隻目のテレポーションシップに彼奴が近い。

つまり、次が総力戦になる。

「マザーモンスターは接近されるとエイレンでもひとたまりもない。 ましてやあの金色、その上見た所変異種だな」

「ふっ。 なかなかの相手だ。 それはそうと、どう攻める」

「遠距離から可能な限り削ります。 接近後は、むしろ中途半端な位置が一番危険です」

「近距離戦か、任せろ」

勿論、随伴歩兵として金α型も連れている。これをどうにかしないと、接近戦どころではない。

幸いなことに。テレポーションシップから金α型が投下されている様子はない。

流石に、金α型を大量に培養するのは難しいのだろう。それに、金α型を増やしていた洞窟は以前に潰した。

其処から収穫した金α型がいたとしても、此処にホイホイ投入するほどの数はいないとみて良い。

無言のまま、リーダーが相馬機の整備完了を待つ。

程なくして、相馬機が戻って来たので、全員で一斉に仕掛ける。

射撃を集中的に浴びせて、まずは金α型を倒す。そこで、不意に敵が動きを変えた。

伏せていたらしいアンドロイドが、一斉に姿を見せたのだ。それも、擲弾兵と高機動型である。地面に潜って隠れていたらしい。

なるほど、奇襲を受けることを想定していたか。

エイレンUの火力を全力で展開する。相馬機も前に出ると、全兵器を一斉に展開していた。

幸いなことに、先の戦闘で戦ったほどの数はいない。だが問題なのは、金α型。それに、金マザーモンスターが迫ってきていると言う事だ。

リーダーの狙撃でも追いつかないだろう。

今、ライジンの熱線が迸り、金マザーモンスターを直撃したが。此奴のタフネスは、通常種のマザーモンスターの比では無い。上空からDE203がありったけの弾丸を叩き込むが、それでも倒せない。

悠々と迫ってくる様子は、まさに無敵の王を思わせる。

金と言っても下品な配色では無く、強さを意識させる上品な色合いなのも、また腹立たしい。

高機動型と接敵。元々この辺りにはビルもない。柿崎が弐分と一緒に撃破し続けているが。

それでも、金α型の撃破を優先しなければならない。

必死に火力をたたき込み続けるが、どうしても敵を削りきれない。上空からまたDE203が来るが、弾切れだ。後退すると言い残して、飛び去る。

もう爆弾も殆ど無い。そんな中、山県が動く。また、例の毒ガスだ。金α型が、悲鳴を上げて動きを止める。一瞬だが、それでも充分だ。

「リーダー! レールガン行くッスよ!」

「頼むぞ!」

残り少ない弾を、使わせてもらうことにする。

搭載しているレールガンを発射。敵を何匹も貫通しながら飛んでいったレールガンの弾が、金マザーモンスターに着弾。

悲鳴を上げて、ついに金マザーモンスターが絶叫。

毒ガスをものともせずに突貫してきている怪物に、痛打が入った。

更に、三城のライジンが突き刺さる。

傷口を更に抉られた化け物が、悲鳴を上げる。エルギヌス以上の怪物と見て良さそうだが。それでも皆怖れていない。

ジャムカ准将が突撃。マゼラン少佐が続く。

他の皆は、動きを鈍らせている金α型の掃討に全力。リーダーも、必死に擲弾兵を近づけないように襲撃。

む。

毒ガスが、アンドロイドにもどうやら効いている様子だ。これは後で調べる価値があるかも知れない。

金マザーモンスターが。酸を撒きはじめる。

接近された事で、相当に腹が立っているのだろう。山県が叫ぶ。

「そろそろ虫除けが切れるぞ!」

「くそっ! 往生しやがれ化け物っ!」

小田大尉がロケランを叩き込む。また、金マザーモンスターが悲鳴を上げる。エイレンUから、収束レーザーを放つ。バッテリーの消耗が厳しいが。あいつを接近させる訳にはいかない。

ついに、金マザーモンスターが倒れる。

動きを止められていた金α型が、再び動き出すが。その数は僅か。掃討戦を急ぐ。その間に飛んでいった三城が、テレポーションシップを叩き落としていた。

毒ガスが晴れ。皆が戻ってくる。

マゼラン少佐がいない。

ジャムカ准将が、首を横に振った。

「くっ……」

「俺はどこまで行っても死神だ。 ついにグリムリーパーは俺一人になってしまった」

「次だ。 次の敵を仕留める」

荒木軍曹が、皆を鼓舞するように言う。顔が怒りと哀しみで歪んでいるのが分かる。どれだけ戦ったら、プライマーを撃破出来るのか。

まったく分からない。

 

夕方近くに、近辺にいたテレポーションシップの撃破は完了。だが、まだ箱根近辺にもテレポーションシップがいて、怪物を転送し続けていると言う。

更に、移動基地が迫っている。

補給車も、ついにカラとなった。まあレーションなどはあるが、ストームチームが使うような最新鋭兵器の弾は尽きてしまった。

リーダーが提案する。

「此方から、移動基地に接近しましょう」

「理由を聞かせてくれ」

「この地点で大規模な戦闘があったことは、プライマーも把握しているでしょう。 中間拠点が破壊し尽くされたことも。 ならば、移動基地は此方を避ける可能性があります」

「確かに、その通りだ」

ジャムカ准将がチューハイを口にしている。

この間、山県大尉から貰って、それからはまったらしい。まあ安酒で痛み止めになるなら、それはそれで良いだろう。

ジャンヌ准将が、二人の部下を一瞥だけしてから言う。

「問題は移動基地の護衛部隊だな」

「恐らく敵の護衛部隊には最精鋭がついているとみて良いでしょう。 あの赤いコスモノーツ……トゥラプターと名乗る個体もいるかも知れません」

「ふっ、上等だな」

「我々のことは眼中にない様子だ。 痛烈な一撃を入れてやるのも痛快だろう」

浅利大尉が、珍しくぼやく。

その口調は、疲れきっているようだった。

「もう充分働いた」

「浅利大尉……」

「分かっている。 EDFは敵に背中を見せない。 それに、我々が作戦を放棄したら、東京は終わりだ」

「ダン大佐の援軍が到着できる可能性は低いだろう。 それに、敵に予期できない動きをした方が、移動基地に接敵出来る可能性が高い」

荒木軍曹がフォローを入れてくれる。

ずっと楽しそうに戦っていた柿崎でさえ。さっきの戦闘では傷だらけになっているのである。

本人はむしろ嬉しそうだったが。

それが逆に、荒木軍曹には痛々しく見えるのかも知れない。

「敵の護衛部隊も、夜になれば動きは鈍るはずだ。 今のうちに接近して、出来れば夜襲を仕掛けたい」

確かに、それもそうだ。

プライマーは夜間に動きを鈍らせる。

全員、意見が一致した。

ヘリが飛んでくる。無線も同時に入った。

「此方ダン大佐」

「ダン大佐、どうかしたか」

「東京基地で、エイレンのバッテリーを急遽調達した。 実働作戦部隊を向かわせられるか分からないが、他にも多少の物資を無理をして調達してある。 今、無人ヘリが其方についた頃だ。 受け取ってくれ」

「……ありがとう。 其方も幸運を祈るぞ」

軍基地の炉でない限り、エイレンのバッテリーの補給は不可能だ。そして今、軍基地の炉は工場のラインを動かすのでフル活用している状況である。地下に避難している市民の生活物資を削ってまで、軍工場を動かしているほどなのだ。それで、バッテリーの補給を捻出するのは、どれだけ調整が必要だっただろう。

ヘリから、パラシュートつきの荷物が投下される。すぐに中身を確認する。まだ戦える分の物資は入っていた。

一華は天を仰ぎたくなる。

まだ、敵の防衛部隊はいるはずだ。

すぐに、相馬機にもバッテリーを補給する。亡くなったマゼラン少佐の弔いを急いで済ませると、その場を後にする。

これからは、敵の動きが鈍る時間だ。

可能な限り敵を倒し、移動基地に接近する。

そして、移動基地を粉砕すれば。

流石に、敵も帳尻が合わないと判断して、大攻勢を停止するはずだ。

もう、ジャムカ准将も、ジャンヌ准将も、生きて戻る事は考えていないようである。

だが、それでも。

一人でも生き残って、あのリングの所まで辿りつきたい。

そう、一華は思った。

 

2、移動基地までの険道

 

西に移動する。移動基地の位置は、衛星から判明している。だが、その途中に何がいるかはよく分からない様子だ。

敵の動きは、夜には鈍くなる。

それを三城は知っている。

だから、最前衛を急ぐ。だが、これは。

ぴりぴりと来る。

「大兄。 いる」

「どうやらそのようだな」

「おう大将、何がいやがるんだ」

「……この静まりかえった様子。 恐らくは、緑のα型ですね」

全員が戦闘態勢を瞬時に取る。

緑α型。建物を食い荒らす文明破壊兵器とも言える生物兵器。その恐ろしさは、誰もが知っている。体は柔らかいが、恐らく怪物の中でも最速。火力も通常種α型に遜色ない。

この周回では、数ヶ月前から出現して、各地で猛威を振るっている。中華や南米では特に被害が酷く、殆どの都市の跡は残っていないそうである。

「山県大尉、あの毒ガスはあるか」

「いえ。 効果的でしょうが、残念ながら打ち止めでさあ」

「……そうか。 自動砲座も、もう弾がない様子だな」

「あるにはあるッスけど、移動基地との戦闘に温存したいッスね」

ジャンヌ准将に、一華が応じる。三城は誘導兵器に切り替えると、出来るだけ高い位置に陣取る。

此処は再開発地帯だったようだが。放棄されているクレーンの上に降り立つ。ここなら、誘導兵器をフル活用出来る。高い事は怖くない。むしろ高さを速度に変えられるので、心強いほどだ。

ほどなくして。

どっと、朽ちていたビルが崩れる。大兄の予想通り、大量の緑のα型だ。恐らくだが、ここから更に東に進み、小田原にいる大内少将の部隊を強襲するつもりだったのだろう。だが、そうはさせるか。

ただでさえ夕方で動きが鈍い状態だ。

負ける事は許されない。

上空に出ると、まずは挨拶代わりにプラズマグレートキャノンを叩き込む。敵の先頭集団が、粉みじんに消し飛んだ。

真っ先に突入するジャムカ准将とストーム4。柿崎と小兄も。

「囮は引き受ける!」

「立食パーティーだ。 食い放題だぞ!」

「陣列を組んで、エイレンに敵を近づけるな! 射撃開始!」

荒木軍曹がそのまま射撃を開始。エイレンも、レーザーで緑のα型を薙ぎ払い始める。大兄は、アサルトに切り替えると、射撃射撃射撃。三城はクレーンの上から、誘導兵器での制圧に入る。

地上で柿崎が猛威を振るっている。文字通りの当たるを幸いだ。ただでさえ緑α型が柔らかい事もある。片っ端から斬り伏せて行く様子は、殆どいにしえの鬼神のようである。其処にストーム4がマグブラスターを浴びせつつ、空中戦を仕掛ける。更に正確極まりないストーム2と大兄の攻撃が着弾。

小兄はお気に入りになったらしいデクスターで、制圧射撃を浴びせている。デクスターの制圧射撃はどうしても広域に拡がると火力が落ちるのだが、それでも柔らかい緑α型には充分過ぎる殺傷力を持つ。

問題は、緑α型がこんな程度の数では出てこないと言う事だ。

「ナパーム、行きまさあ!」

山県大尉が、ガソリンから作ったナパーム弾を投擲。結構肩の力が強いんだなと、フライトユニットのコアを冷やしながら思う。派手に火柱を上げた火焔弾は、そのまま壁になる。緑α型はうっかり接近すると、一瞬で黒焦げ。元々、この部隊では大型移動車くらいしか、ガソリンを使わない。ナパームは、合理的な判断だと言える。

コアと相談しながら、誘導兵器での制圧を三城は続ける。どうしてもこれだと戦線が維持しきれない。そういったところに、凶悪な誘導兵器で緑α型を拘束し、まとめてねじ伏せていく。

エイレンも二機とも活躍している。バッテリーがあるから、ある程度強気にでられる訳だが。

このバッテリーも、改良が必要だ。

次の周回にたどり着けたら。

プロフェッサーに、何とかしてもらうしかない。ブレイザーと同じく、どうしてもこればかりは改良が絶対に必要である。今でもかなり前周よりはマシになっているようだが、まだまだ実用的に大量生産できる状況にない。

ブレイザーが量産出来れば、戦況は変わると思う。

そう考えると、今の状況はよろしいとは言えなかった。

「三城、指定のビル」

「わかった」

大兄から、座標が送られてくる。即座にプラズマグレートキャノンに切り替え。そして、ビルが崩壊し、緑α型が大量に現れると同時に、叩き込んでいた。

一瞬で数百の緑α型が消し飛ぶ。

おおと、声が上がった。

「相変わらず大食いだな!」

「敵の半数は消し飛んだ! だが……」

「三城、次だ」

「まかせる」

大丈夫、分かっている。

すぐにチャージ。指定されたビルに、タイミングを合わせて爆破を叩き込む。

プラズマグレートキャノンは、個人に携帯がどうして許されているのか分からないような兵器である。

破壊力は戦車砲どころか、ミサイル並み。

流石に大型のミサイル、テンペストなどには及ばないが。それでも火力は尋常ではない。だから多用する。

ただし、これは素人隊員には渡せない。

現状、どうしてもストーム隊専用の装備となってしまっている。

前衛が、また格闘戦を始める中、三城は再び敵の出落ちに成功。

「やるなあ。 流石大将の妹だぜ!」

「……ありがとう」

小田大尉が褒めてくれるが。そろそろ三城も自分の足でしっかり歩きたいと思っている。

今のも大兄が指定する前に、地力で特定して、敵を叩き潰したかった。まだ、足りない。背伸びでは無い。

もう経験している時間は、コドモのものとは違う。

誘導兵器で、敵を再び蹴散らしに掛かる。更に悪寒を感じる。前衛は、まだ全然大丈夫だろう。

小兄と柿崎もいる。ジャムカ准将もストーム4も、頼もしい。

再び、プラズマグレートキャノンにチャージ。

大兄は、タイミングだけ指示してくれた。

今度は二箇所同時。その内一箇所を、出落ちして叩き潰す。

緑α型は燃費が悪い生物兵器で、エサが無いとすぐに餓死してしまう。ナマケモノという生物は腹一杯でも消化が遅くて餓死してしまうケースがあるらしいが。それとは少し違うのだろう。

或いは何処かの星にいたα型を、徹底的に弄くりまわして作り出した生物兵器なのかも知れない。

生命の尊厳云々の言葉が出てくるが。

人間も馬などを幾世代にわたって弄くり回して、戦争の道具にしてきたという実例がある。犬や猫は同じようにして愛玩動物にして来た有様だ。あまりプライマーの事をどうこう言う訳にもいかない。

更に緑のα型が来る。多分味方が散々殺されて、フェロモンだの何だのがまき散らされているから、どんどん目覚めているのだろう。ただし動きは若干鈍い。入れ食いの好機である。

此処からは、誘導兵器で足止めに徹する。時々フライトユニットのコアを冷やす。

エイレン二機を、荒木軍曹が下げさせた。補給車に走って、アサルトライフルのマガジンの交換を何度もしている。

そのまま射撃して、緑のα型を順番に蹴散らして行くが。やはり遅くなっていても油断出来る相手では無い。

前衛の体力だって無限では無いのだ。

敵の侵攻路に、またナパームが投じられ。緑のα型が押し潰されるようにしてそれに突貫。

一瞬で大量に焼き払われていた。

「ウェスタを呼べれば、もっと殲滅効率はいいんですがねえ」

「いや、的確な位置への攻撃、まさにエアレイダーだ。 そのまま続けてくれ」

「へいよ」

山県大尉も、ただの酔っ払いでは無い。上手くすれば、この戦いを生き残れるかも知れない。

日が落ちた頃、敵の動きが止まった。前衛組が戻ってくる。数千から万の緑α型を、この戦闘で葬った。

これだけで、大内少将への負担を相当に減らす事が出来る。

連絡を荒木軍曹が入れている。

「緑のα型じゃと……!」

「進軍路にいたものを撃破。 其方の状況を」

「助かる。 今此方も、山中での死闘の最中じゃ。 動きが鈍った怪物共をスカウトと連携して狩っとるんじゃがの、中々手強い。 ただ、戦線の維持は今の状況では可能じゃけん、そのまま進んでくれ」

「了解。 そのまま進軍する」

緑のα型の死体は、そのまま放置。先に進む。大型移動車にエイレンを乗せて、少しでもバッテリーを節約。

夜の間に進むが、途中何度も怪物の群れに遭遇した。

その群れはどれも決して小さくは無く、いちいちの戦闘を強いられた。

途中で、荒木軍曹は行軍を断念。

数時間、休憩することを提案。皆、それを飲んだ。

飲まざるを得なかった。

 

早朝。起きだすと、食事を済ませて。排泄も済ませておく。

皆の顔に疲れが見えている。まだ、移動基地はかなり距離があるとみて良い。一華が、皆のバイザーに通信を入れる。

「今、衛星にアクセスして確認したッスけど、ちょっとマズいッスねこれ」

「夜間に移動基地が移動していたのか」

「いや、移動基地の進軍路は想定通りッス。 エルギヌスがいるッスよ」

「!」

一気に緊張が走る。

しかも、エルギヌスは二体いると言う。

「そういえば、移動基地の護衛に三体のエルギヌスがいると言っていたな」

「一体は何処へ行ったか知らないッスけどね。 少なくとも二体は、どうやら移動基地の直衛をするつもりのようッス。 幸いというべきか……移動基地からかなり前に出てきていて、今なら各個撃破が可能って事ッスけど」

「此方を消耗させる置き石の罠という可能性がある訳か」

「可能性というか、ほぼ確実にそうっスね」

一華の言葉に、皆が黙り込む。

怪物だって、まだまだいるだろう。その状態で、エルギヌス、それも二体。今のこの火器で、エルギヌスを倒せるか。少なくともレクイエム砲並みの火力が必要になってくる。それも集中投射しないと厳しい。

エルギヌスは再生能力が低い代わりに、突進力などが優れていて、この面子でも蹂躙される可能性がある。

特にエイレンだと、攻撃を避けられない可能性が高いだろう。

だが、やるしかない。

「一華大佐、計算してくれ。 ブレイザーとライジン、それにエイレンUのレールガンを一箇所に叩き込んで、エルギヌスを倒せるか」

「……多分。 ただし、移動基地を相手にかなり厳しい戦いをする事になるッスよ」

「敵の狙いはそれだろうな。 だが、やるしかない。 残り一体のエルギヌスがどこに行ったかは知らないが、ともかく此処を突破出来ないと、敵に肉薄すら出来ない」

「一度、大内少将と合流すべきじゃねえのか。 火力を集中しないと、倒せる相手じゃねえぞ」

小田大尉が言う。

憶病から来る言葉じゃあない。合理的な判断だ。

浅利大尉も同意する。シテイ少佐も。

だが。ジャンヌ准将は反対した。

「私はこのまま進むべきだと思う」

「同感だな」

ジャムカ准将も。

二人によると、このままだと移動基地に怪物が集まり、手がつけられなくなる可能性があるという。

怪物の主力部隊は大内少将の作った戦線に引きずり込まれ、激戦を繰り広げていて此方に手を出す余裕が無い。

アンドロイドの部隊もかなり消耗していて、今ならつけいる隙がある。

大内少将の部隊と合流したときには、移動基地が箱根を蹂躙して小田原に乱入し、更にはアンドロイドやエルギヌスが其所に加わる事になる。

文字通りの地獄絵図だ。防衛戦など、維持できないだろう。

「補給車にモンスター型レーザー砲があるはずだ。 一体を兎に角集中攻撃して仕留めてくれ。 私達がモンスター型で、もう一体を足止めする」

「分かった、頼む」

「俺もデクスターで足止めに参加します。 此奴の火力は、近接距離からだと怪生物にも通用する筈です」

「無理だけはするな」

小兄も、ストーム4の支援を申し出る。

柿崎が挙手。前衛で最初に狙うエルギヌスの気を引くという。それにジャムカ准将も加わる。頷くと、荒木軍曹は、進軍を決めた。

廃墟になっている静岡を行く。要塞都市と言われ、必死に怪物の猛攻に耐えてきた此処も、限界が来て放棄された。

緑α型に食い荒らされたらしく、ビルも街も殆ど残っていない。緑α型を全滅させたとは言え、胸が痛む光景だ。

見えてきた。エルギヌスだ。それも二体。そして、怪物も直衛に従えている。エルギヌスが、此方を見る。そして、凄まじい雄叫びを上げていた。

「! ストームチーム、エルギヌス二体と接敵!」

起きだしてきたらしい成田軍曹が、今更に気づいてオペレーションを開始。千葉中将が、慌てて無線を入れてくる。

まあ、慌てるのも当然か。

前衛は、柿崎とジャムカ准将に任せる。ストーム4と小兄が、一体の足止めを開始。猛然と突っ込んでくるもう一体を前に、三城はライジンのチャージを始める。大兄は、連続して射撃し。直衛の敵兵力を削り始める。

「ストーム隊、何をしている! エルギヌス二体は無理だ!」

「此奴らが小田原の戦線に突入したら地獄絵図になる! 此処で食い止めるしかない!」

「誰か、援軍は……」

「此方ダン大佐、箱根の戦線を突破! しかしニクス隊の消耗が激しい! 現在、必死に工兵部隊が修理中!」

千葉中将が呻く。

そうこうしているうちに、四つん這いで突貫してくるエルギヌス。怪物もかなりの数だが。まずは此奴からだ。

充分に引きつけて。

顔面に、ライジンを叩き込んでやる。

更にブレイザーと、エイレンUのレールガンが直撃。エルギヌスが、悲鳴を上げて横転。倒れるが、まだ死んでいない。ライジンを急いでチャージ。あまり長引かせると、ストーム4も全滅しかねない。

ジャムカ准将が、エルギヌスの顔面にブラストホールスピアを叩き込み。一撃離脱。少しでも、傷の回復を遅らせるためだ。荒木軍曹は、既にブレイザーを放棄。そのまま、ショットガンに切り替えて、連射し続けている。

エイレンUのレールガンはもう弾がない。収束レーザを使うと、多分移動基地を潰せなくなる。

ライジンで、とどめを刺すしかない。

顔が半分消し飛んでいるエルギヌスだが、必死に立ち上がろうとしている。

背中に走っているスパーク。

此奴は超高圧の電撃を吐く。

生物とは思えない性能だが、出来るのだから、出来るという判断をして対応するしかない。

ライジンのチャージを続ける。大兄が、必死に近付いてくる怪物を蹴散らしてくれているが。

アンドロイドが見え始める。

通常型だが、数が多い。かなり厄介な状況だ。恐らく、エルギヌスの交戦を察知して、移動基地がわんさか送り込んできている。このままだと、恐らくはドローンも来る。

だが、その時。

上空から、飛行音がする。

「DE203、補給を済ませて戻って来た!」

「DE203、指定座標に攻撃頼む!」

「任せろ!」

急降下攻撃で、エルギヌスに一斉射撃。山県大尉が指定したエルギヌスの頭に、全弾が叩き込まれ。それが恐らく原因だろう。発射しようとしていた雷撃が、エルギヌスの顔で自爆していた。

凄まじい雷撃が周囲に迸る。

柿崎とジャムカ准将は無事か。

エルギヌスは、今ので頭が吹き飛んで即死したようだ。そのまま一旦上空に避難するDE203。それを狙うように、雷撃が飛ぶ。もう一体のエルギヌスが、ぶっ放したものである。

「DE203!」

「主翼をやられた! くっ、もう一回だけ、攻撃を試してみる!」

「無理なら引いてくれ!」

「あんたらも無茶苦茶をしているだろう! こっちだって、やれるだけはやらないと人類が負けるなら、やってやるさ!」

ライジン、チャージ完了。

モンスター型の集中投射を浴びながら、もう一体のエルギヌスが暴れ狂っている。二条しか、モンスター型のレーザーが見えない。ぐっと歯を噛むと、山県大尉に叫ぶ。

「狙うは頭」

「OK任せな。 DE203、頼むぞ!」

「……全火力、一気に叩き込む!」

首を振るい上げて、吠え猛るエルギヌス。大量のアンドロイドが殺到して来る中、三城はライジンを叩き込む。

元々傷ついていたエルギヌスが、それで右目の辺りを消し飛ばされ。悲鳴を上げる。そこに、全弾丸を叩き込みながら、DE203が突貫する。駄目だ。主翼どころか、機体が燃えている。

「DE203、もういい、脱出しろ!」

「さっきので脱出装置がやられている。 グッドラック、ストームチーム!」

全弾丸を叩き込んだ直後。

DE203が、エルギヌスの頭に特攻。

爆散。エルギヌスが、悲鳴を上げながら横倒しになる。凄まじい闘志のまま、全員が迫り来る怪物とアンドロイド軍団との戦闘を続行。

二時間ほどの激闘の末に、全ての殲滅に成功。ただし、全員が負傷。そして、ストーム4のシテイ少佐は、戦死していた。

エルギヌスの足止めをしている間に、不意を突かれて怪物の酸を浴びたのだ。死体は見ないでやってほしいと、ジャンヌ准将が呻く。

荒木軍曹は、全員に手当てと補給を指示。

誰も、それに文句を言えなかった。

一番辛いのはジャンヌ准将の筈だ。

それに、DE203だって。

無言で補給をする。此処で、誰かが指示を出さなければまずい。

「ジャムカ准将」

「何とかやれる。 痛み止めが足りないが……」

「……」

ジャムカ准将は、乱戦の中で暴れ狂っていた。恐らくだが、もう致命傷を受けている。気配でわかる。

あれだけの数のアンドロイドを相手に、前衛で暴れ回っていたのだ。

無事で済むわけが無い。

更に、切り札にとっていたエイレンUのレールガン、それにブレイザーもまるまる失った。

移動基地との戦闘が、更に厳しくなった。

だが、それでもいくしかない。

ざっと見る。

柿崎は手傷が増えているが、平気だ。致命傷になるような傷は受けていない。ジャンヌ准将は、ちょっとまずい。あのエルギヌス相手に格闘戦に近い事をやっていたのだ。やはり怪物から横やりを入れられたのだろう。足と腕に、大きな傷がある。応急処置はしているが。これは、次の戦いを超えられないかも知れない。

いや、それだけじゃない。

見せてはいないが。おなかにも傷を受けている。

駄目だ。本来なら、即座に病院行きの傷だ。止めるべきか。そう思ったが、ジャンヌ准将は先に三城に言う。

「もう次の機会はない。 今、此処に我々が集まった」

「そうだな。 これが運命だ」

「二人とも……」

「お前達とともに戦えて光栄に思うぞ。 地球最強のチームと一緒に戦える。 そしてプライマーどもに一泡吹かせられる」

ジャンヌ准将は言う。

人間相手に、この武器を振るう事が怖かった時期があると。

空を自由に舞うつもりで、この部隊に入った時期もあったと。

結局泥沼化していく戦争の中で、何もかも忘れていった。だが、それでも今は満足だという。

ジャムカ准将も、ウィスキーを傾けていたが。

やがて瓶を懐に入れると、ふうと嘆息した。左目が潰れている様子だ。それでも、まだやれるという。

「有終の美を飾るとするか。 もうどの道助からん」

「俺に力がもっとあれば……」

「お前の武は人類最強のものだ。 これ以上は望めない」

大兄は、今の戦いでも。エルギヌスの先手を悉く打って可能な限り動きを阻害しつつ、怪物をしこたま仕留めたのだ。

これ以上の活躍など、望むべくもないだろう。

小兄は、ずっと無言でいる。

最後に残ったストーム4の隊員は、後退するようにジャンヌ准将から指示を受けた。負傷もしていたし。流石につきあわせるわけにはいかないという事だ。

本人は目を伏せたが。指示を受けて、やがて後退する。

敬礼して、その後ろ姿を見送る。

次の戦いが、最後。

移動基地を仕留めなければ、そのまま小田原の戦線を喰い破られて。東京も蹂躙されるだろう。

大内少将と最後に連絡を取る。

現在固定砲台にしているEMCと、大内少将のエイレンを中心に、押し寄せる怪物を薙ぎ払っているそうだ。

戦況は互角、とまではいかないが。どうにか食い止める事は出来ているらしい。

逆に言うと、それが限界と言う事である。ダン大佐の部隊は、現在修理を必死に進め。数部隊に別れて、此方に向かっているそうだ。

最悪でも、敵を攪乱し、その足止めにはなる。

ダン大佐の部隊に、ゴーン隊もいると聞いて。三城は複雑な気分になった。

前々周、前周と一緒に最後の戦いを戦ったニクス隊。

だが、今回は間に合いそうにないな。

そう、思った。

今回も、誰も助けられそうにない。最後の瞬間まで、長野一等兵は、エイレンの整備をしてくれている。

一華は何かキーボードを叩いていたが。

それが何になるかは、ちょっと分からない。本人も、全力で集中しているようなので、声は掛けられなかった。

 

3、三度救えず

 

弐分は皆と激戦を続けながら、移動基地に接近。恐らくは、意図的に移動基地は進軍を遅らせているとみて良い。

此方の消耗を誘っているのだ。

エルギヌス一体は何処へ行ったのか分からないらしい。

あるいは、移動基地とぶつかり合って、消耗しきった所を強襲してくるつもりかも知れないし。

小田原の戦線を狙っているのかも知れない。

どちらにしても。

移動基地を、さっさと屠らなければならなかった。

補給車の内二両は既に完全に空になったので、一両に物資を集約。

ただ、その二両も。山県大尉が仕掛けをしていた。

夕方になった。

見えて来始める。移動基地だ。直衛に、十数体のクルールを連れている。浅利大尉が、呟いた。

「移動基地まで、五百メートル」

「よし、戦闘を開始する」

「大将、いこうぜ。 あの無駄にうすらデカイ蟹をバラバラにして、エイリアンどもの心をへし折ってやるんだ」

「ええ、そうしましょう。 まずは作戦通り。 直衛を排除しつつ、砲台を破壊します」

グランドキャニオン会戦の時と状況は似ている。違うのは、此方に殆ど戦力がない事。支援部隊がいない事だ。

クルールが来る。

大兄が、真っ先に突貫する。ジャムカ准将と、ジャンヌ准将。そして柿崎が続く。

三城と一緒に、弐分は此処から砲台破壊だ。既に移動基地は、多数の砲台で攻撃を開始している。

その砲台を、確実に削る。

エイレン二機が弐分と三城を追い越していく。

ストーム2も、その随伴として続いていった。

少しでも、エイレンの火力を担保する。

それが、目的だ。

「ストーム隊、移動基地とエンゲージ! 誰か、支援をお願いします! もうストーム隊は、戦闘力を殆ど残していません!」

「現在ダン大佐の部隊が向かっている!」

悲痛な成田軍曹の声。

半分諦めている千葉中将の声。

激戦が前で始まっている。クルールは精鋭部隊の様子で、ちらっと見えるだけでも殆どの個体が二枚の盾をもっている様子だ。それでも大兄は、一射確殺していく。ジャムカ准将が突貫して。神業に近い動きで敵の攻撃を回避し、或いはシールドで防いでいる。柿崎は上手に立ち回って、敵を確実に殺す方向で動いている。この辺りは、性格が出ていると言うべきか。

ジャンヌ准将は、無言でマグブラスターによる射撃を続ける。

次々とクルールが倒れていく。

敵の砲台も、大きいのから潰す。

仮に此処で倒れるとしても。少なくとも移動基地の主砲だけでも潰さないと、話にならないのである。下手すると、味方が一発で蒸発する。

大兄のバイクが壊れるのが見えた。だが、大兄なら、その程度でどうにかなる筈も無い。炸裂弾を浴びたようだが、バイクを盾に間一髪で避けたようだ。炸裂弾持ちのクルールが、即座に反撃を受け、撃ち抜かれて倒される。

一華のエイレンUのレーザーによるものだ。

相馬機が、集中攻撃を受けている。ストーム2が激しい応戦をしているが、クルールの攻撃は苛烈。

だが、任されたことをするしかない。

ガリア砲で、敵の主砲を粉砕。火を噴きながら、内側から爆散していく敵主砲。クルールが後退して、移動基地の下部にあるレーザー砲台の防衛範囲に入ろうとする。その瞬間、一華が叫ぶ。

「山県大尉!」

「任された!」

普段のええかげんなオッサンとは雰囲気の違う声で、山県大尉が座標を指示。

恐らくだが、最後の衛星砲だろう。

それも、凄まじい火力だ。

前々周で、プライマーの指令をしていたでくの坊に決定打となったバスターという収束衛星砲ほどではないが。

凄まじい光の槍が降り注ぐ。

だが、あの科学者は戦死したのか、それとももう無線に入ってくる余裕も無いのか。高笑いは聞こえなかった。

文字通り、移動基地の一部が融解する。クルールはもろに射撃に巻き込まれて全部消し飛んでいた。

「よし、前進する!」

「軍曹!」

「かすり傷だ。 行くぞ!」

エイレンが進む。三城が放ったライジンが、また主砲を消し飛ばす。弐分もガリア砲をひたすら連射して、敵の大型砲をつぶし続ける。大兄はライサンダーZで、下部のレーザー砲台を叩き潰し始める。

移動基地はその足も武器になるが、結局の所ハリネズミのように生えている武装そのものが凶悪なのだ。

これを全てかっぱげば。

或いは大内少将の部隊だけで、撃破は可能かも知れない。

「此方ゴーンチーム!」

無線が入る。

だが、それは明らかに、良い報告では無かった。

「エイリアンと遭遇! 随伴歩兵とともに応戦中!」

「此方スーパー8! 怪物の群れと遭遇! 掃討戦を開始!」

「此方メイル2! タンクによる突破を試みたいが、怪物が多すぎる! 味方と連携しながら撃破と自衛に努める!」

「くそっ! コンバットフレームも戦車も現地にはたどり着けそうにない!」

ダン大佐の声は、血を吐きそうなほどだった。

だが、逆に言えば。

それらの部隊に、敵が足止めのために兵力を割いていると言う事だ。

主砲を全てつぶし終える。

「三城、先に行け。 俺は副砲を潰したら追う」

「わかった」

三城がすっ飛んでいく。移動基地はβ型の怪物をわんさか投下しているが、前衛の敵ではない。

だが、あの程度で済むはずが無い。

それに、味方の消耗は、もう限界に近いのだ。

ドローンが飛来する。尋常な数ではない。移動基地を守るために、世界中からかき集めて来たのだろう。タイプワンが主体だが、それでも侮れる規模の戦力ではなかった。

山県大尉がロボットボムを投げまくって対応しているが。それでも、とても敵を倒しきれない。

徐々に、皆の負担が限界に近付いていく。

それでも大兄が確実にレーザー砲台をつぶし。

弐分も、ついにおおきめの砲台は全滅させる。そのまま、ガリア砲でのレーザー砲排除に動く。

弐分の武装では、移動基地下部に潜り込んでの接近戦はあまり有利とは言えない。

「尼子、行くぞ」

「エイレンが危ないのかい、長野さん」

「そうだ」

「分かった。 弐分大佐、じゃあ俺達はいくよ。 必ず勝って」

待て。

そう言おうとするが、既に遅い。大型移動車が、突貫。エイレンの側にまで行く。相馬機が、もう破壊される寸前だ。

敵の数が多すぎるのだ。殺傷力が低いタイプワンドローンでも、傷ついた皆には、脅威になる。

「レーザー砲、駆逐完了!」

「よし、移動基地下部のハッチを狙う! 敵を減らせ!」

「……」

「小田大尉っ! 返事をしてくれっ!」

β型の大軍勢が相手だ。もみくちゃの戦闘になれば、どうしても無理が出る。

全力で前衛に飛ぶ。それを追い越していく、補給車。そう、細工をした補給車である。

補給車は、怪物やドローンの優先破壊対象になっている。これは、戦闘で見ていれば分かる事だ。敢えて敵のど真ん中を突っ切る補給車。あまり頭が良くないドローンやβ型が、相当数引っ掛かる。

そして、補給車は自爆していた。

もろに敵の多数が巻き込まれた。分かっていても、敵は補給車を放置出来ないのだ。敵の圧が、弱くなる。

弐分は雄叫びを上げる。突貫しつつ、デクスターで敵を制圧して回る。β型がみるみる減っていく。慌てたのか、移動基地がハッチを開いた。瞬間、三城がライジンを。大兄がライサンダーZを叩き込む。移動基地が、凄まじい軋みを挙げた。

だが、恐らくこの移動基地は改良型だ。あらゆる部分が強くなっている。

まだ破壊には至らない。

それどころか、大量のアンドロイドを投下し始める。恐らく彼方此方に散っていた奴を、アンカー経由で無理矢理集めているとみて良い。

凄まじい数だ。とてもではないが、打ち込む隙など普通は無い。だが、それでも大兄は打ち込んでいる。更にダメージが蓄積する。

たまりかねて、移動基地がハッチを閉じる。この戦力なら、殲滅は充分。そう思ったのかも知れない。

エイレン相馬機が大破。相馬大尉は、脱出してこない。アンドロイドに四方八方から猛攻を喰らったのだ。コックピットまで、ダメージが通っていたのだろう。浅利大尉も、もうシグナルがない。

アンドロイドが。感情の見えない機械の兵士が。数にものをいわせて圧殺しに掛かってくる。

大兄が凄まじい勢いで削っている。柿崎が手当たり次第に切り伏せている。そんな中、どうしても無理な死角から、大兄を狙うアンドロイドのバリスティックナイフ。その盾になって、ジャムカ准将が貫かれる。続いて、全身にアンドロイドのバリスティックナイフが突き刺さり、串刺しにしていた。

「ストーム3、シグナル途絶……」

成田軍曹が、茫然自失のていで言う。

更にだ。

上空から飛んでくるドロップシップ。とどめとばかりに、クルールの増援が来た。荒木軍曹が、飛び出していく。アンドロイドを蹴散らしながら。一華が、レーザーで敵を蹴散らしながら、クルールを二体、即座に片付ける。だが、残ったクルールが、炸裂弾を向けてくる。

飛び出したのは、ジャンヌ准将だ。

クルールの顔面に、マグブラスターの一撃を叩き込む。悲鳴を上げながらも、クルールが炸裂弾を放つ。

掠めただけ。

それでも、充分だった。

最後の一瞬で、ジャンヌ准将は満足そうに笑っていたように思えた。

クルールが倒れると同時に、ジャンヌ准将も空中で爆発四散。あまりにも無惨な最後だ。

弐分は奥歯を噛みしめると、全力で飛ぶ。そのまま、デクスターとスパインドライバーで、増援として送られてきたクルールを片っ端から始末して回る。見ると、アンドロイドが見る間に減っていく。

二両目の補給車が突撃してくる。最後のクルールがそれを見て、炸裂弾を叩き込む。爆発しながらも、補給車がクルールに突貫。

もろともに爆発。

クルールが、己が放った炸裂弾の余波もあって、消し飛んでいた。

「ストーム4、シグナル停止……」

成田軍曹のオペレーションに罪はない。

だが、頭に来るのも事実だ。

もう、自分でも訳が分からない速度で飛び回りながら、アンドロイドどもを粉砕して回る。

大型移動車は。

もう、ズタズタだ。最後まで、エイレンの支援をしたのだろう。運転席も、既に潰されていたし。

エイレンを庇ったのだろう。

クレーンなどの設備も、既に倒壊していた。

大兄も三城も、凄まじい勢いでアンドロイドを蹴散らして回っている。完全に皆、怒りで人間を越えた動きをしている。

明らかに、アンドロイドが怯んでいる。

そんな中、荒木軍曹が叫ぶ。

「開くぞ!」

「! 一華!」

一華のエイレンUも大破寸前だが、この時を待っていたのだ。そして、大兄を含めてこの場の全員が、ハッチが開いて移動基地が支援部隊を出そうとしていることに気付けていなかった。

荒木軍曹だけが。

気付いていた。

エイレンUが、全ての電力を収束し。最後の切り札。収束レーザー砲を叩き込む。

更に大兄がライサンダーZの弾を立て続けに叩き込み。

移動基地が、致命的な爆発を起こすのがわかった。

それでも、必死に移動基地が、態勢を立て直そうとする。まだ、ハッチ内の転送装置を稼働させようとする。

其処に滑り込んだ弐分が、ガリア砲を撃ち込み。

更に三城も、無理矢理態勢を立て直して。ライジンを撃ち込んでいた。

それがとどめとなる。

移動基地が、膝から崩れ落ちる。

ドローンが大混乱して周囲を飛び回っているのが見えた。こんな風に混乱するドローンは初めて見た。

或いは、移動基地がコントロールしていたのか。

エイレンUのコックピットを開けるのが精一杯の一華。自前のPCを抱えている一華をすぐに引っ張り出して、大兄が走って逃れる。柿崎が、一転して血路を開くべく、邪魔なアンドロイドを斬り伏せて周り始める。

荒木軍曹。叫ぶが、荒木軍曹は既にアンドロイドどもの群れの中で、敵を道連れに事切れていた。

補給車が行く。ドローンは慌てた様子で補給車を追っていき。そして、爆発でまとめて消し飛んでいた。

もしも残ったドローンに襲撃されていたら。どうにもならなかっただろう。

「荒木少将のシグナルが……荒木少将が、倒れました……」

成田ァ。

思わず叫ぶが。弐分は大人げないと判断して。すまないと謝っていた。成田軍曹は無線の向こうで泣いている。

決して、悪気があった訳ではないのだ。

残って右往左往しているアンドロイドどもをまとめて巻き込んで、移動基地が爆発する。

残っていたドローンは、糸が切れた凧のように墜落し。そして爆発四散していた。

呼吸を整えながら、ヘルメットを取る。

畜生。そうとしか、いえなかった。

幾ら連戦で疲弊していたとは言え。これだけの装備強化があって、まだこの結果なのか。そして敵はまだまだ残っている。戦いが終わるわけでもない。何より今回の周回では、マザーシップを落とせてすらいないのだ。

大兄が無言でいる。

一番キレているときの表情だ。多分プライマーにでは無く、自分の非力さにだろう。皆、気持ちは同じだ。柿崎も、まだ修行が足りないなと言う顔で、爆発四散する移動基地を見ていた。

「此方ダン大佐。 敵の部隊が撤退開始するのを確認。 追撃する余力無し。 これより、ストームチームの生存者救援に向かう」

「此方大内少将。 敵部隊、殲滅。 だが、味方の損害も戦闘の限界じゃあ。 ダン大佐、生き残りの救援を任せるぞ。 わしらは負傷者を守りながら、東京基地に戻る」

「移動基地を破壊出来たことにより、敵の大攻勢を食い止める事には成功しました」

淡々と、戦略情報部の少佐が言う。

その方が、騒ぐだけで何もできない成田軍曹よりも、むしろ腹立たしかった。戦略情報部の幹部は、エピメテウスで今深海だ。プロフェッサーの提案を蹴った参謀も勿論そうである。

総司令部は今回の周回では何とか壊滅を免れた。

だが、EDFは全世界において、ほぼ実際の戦闘能力は失っている。

大攻勢は食い止めたかも知れない。

しかし、地球人は。

今回も負けたのだ。

それは、戦い抜いた弐分だからこそ。認めなければならない事実だった。そして次があるからこそ。次は繰り返してはいけない事実でもあった。

 

ダン大佐の部隊が来た。ダン大佐の部隊も酷い有様だったが、それでも物資の補給はしてくれた。間に合わなかった。だが、命がけで敵中突破を謀ってくれた。それは、ダン大佐の部隊のニクスの消耗ぶりや。何よりもダン大佐が受けている酷い負傷だけで一目で分かった。それに、ダン大佐の部隊に向かった敵が此方に来ていたら。全滅していただろう。

キャリバンは数両が無事で。補給車もあった。応急手当や埋葬などを済ませ、無言で東京基地に帰投する。ヘリを使いたい所だったが、もうまともに動くヘリは存在しないそうである。

途中小田原に寄る。小田原から箱根に掛けては、何も残っていなかった。最後の総力戦が行われた事が一目で分かる。顔だけあわせた大内少将は平然とした風を装っていたが。敵怪物の部隊を引き受けていた小田原の軍も、損耗率四割に達していたという。つまり、もう人類に継戦能力は残っていない。

大内少将は敬礼だけして見送ってくれた。この豪放な人物も、もう言葉がないようだった。

東京に戻ると、千葉中将が待っていた。

何も、言葉がないようだった。

無力ですまないと言われて。頭を下げられて。此方も返す言葉がない。戦略情報部と違って、千葉中将はやれることを全てやってくれた。

後は、三年間。何とか戦い抜くだけだ。

移動基地の最後に巻き込まれ半壊はしていたがなんとか回収出来たエイレンUの修理をバンカーのエンジニア達に頼む。エイレン相馬機はアンドロイドの攻撃でのダメージが酷く、廃棄が決まった。修理どころではない。大内機もダメージが酷く、当面前線には出せないそうである。

軽薄な山県大尉も、今回ばかりは黙り込んで、指定された自室に籠もってしまった。柿崎は、無言で稽古をずっとしているそうだ。

弐分は、どうすればいいのだろうと思う。

一つだけ、結論がある。やはり、「五ヶ月後」では駄目なのだ。

今回の周回では、かなりの数敵大型船を落とした。あいつが過去に物資やら情報やらを運んでいる元凶だと言う事は分かりきっている。あいつを落とせば落とすほど、過去へのダメージを軽減できるはずだ。

だが、一度の周回で五十隻程度追加されているとしたら。今回の周回での通算撃墜数ではまるで足りない。

戦況を好転させるには、もっと効率よく敵大型船を落とさなければならないだろう。

大兄が来る。

三城と一華。それに柿崎も集めて。軽く話をするという事だった。

山県大尉はまだタイムリープを経験していない。要するに、話はまだ出来ない、と言う事だ。

「皆、まずは傷を癒やしてほしい。 それからだ」

「これからも、プライマーの攻撃は続くと思う。 休んでいる暇などあるだろうか」

弐分が疑問を口にすると。

一華が、それについては恐らく問題ないと言う。

「特にアンドロイドについては、恐らくこの間の戦いで殆どが破壊された筈ッスよ。 それにプライマーが今回の戦闘で人類を殺しきれないと判断したら、次に持ち越すことを考える筈ッス。 次の周回で戦闘に使う怪物の培養や改良などに以降は徹する筈で、これ以上大胆な攻撃に出てくる可能性は低いッスね」

「それは楽観だ」

「客観ッス」

一華は幾つかのデータから、敵司令官が冒険をしない事を突き止めているという。敵司令官は頭が切れる人物だが、確実に勝てる局面を作り出す事にこだわる。

例えば、サイレンを今回は投入してこなかった。

あいつが移動基地の護衛に来たら、多分落とせなかった。

何故呼ばなかったのか。サイレンがまだ調整不足なのか、或いは。

撃墜された場合の損害が、計り知れないと判断したから。

その可能性は、極めて高いという。

一華は敵の司令官を最大限高く評価している。だからこそ、今までの戦術と戦略を分析している。

この予測があっている可能性は8割を超えるそうだ。

「恐らく此処からプライマーは、次の周回に備えて準備をするはずッスよ。 我々は敵のハラスメント攻撃を捌きながら、資源のある拠点や、敵の怪物繁殖拠点を可能な限り叩いていくだけで良いと思うッスね」

「……最後の戦い、トゥラプターは出てこなかった」

「あのお方は、単に戦いを楽しんでいるように思いましたが。 ひょっとすると、必要なデータを収拾したと言う事では」

「ありうるな」

大兄が呟く。

トゥラプターは戦闘狂だが、それでいて頭が悪い奴には見えなかった。ばれて困るような事を言ったことは無い。

むしろ、「必要」という言葉は。

ずっと此方を悩ませている。

「一華、頼みがある」

「なんなりと」

「先進科学研の支援をしてくれ。 現状の地位……大佐の権限があれば、ある程度の手回しは出来る筈だ。 それと千葉中将に手配して、プロフェッサーと先進科学研の研究内容を一華の所に回すようにする。 改善点などを確認してくれるか」

「了解ッス」

此方も、三年黙っているつもりは無い。

世界最後のメガロポリスになってしまった東京を最大限活用して、次の周回に備える。

前回の実験で、リングの装置に対する攻撃が何を生じさせるかは概ね分かってきた。攻撃のタイミングで、恐らく過去に戻る時間も変わることも。

それに、だ。

ストームチームの皆だけでは無い。EDFの兵士達が、全体的に実力を増している。

これは恐らく偶然では無いとみて良いだろう。

何度も繰り返している内に、何かが少しずつ狂い始めているのだ。

弐分はあまり考えるのが得意ではないが、そのくらいは分かる。

幾つか話をして、リングが来る時に備える。また、ベース251に三年後に行く。それは決定事項だ。

それ以外には、まずは傷を癒やし。武装を洗練する必要がある。エイレンの研究を更に進める必要がある。

先進科学研のラボは彼方此方で破壊されたようだが、東京のものは無事だ。中にいるスタッフも。

だったら、少しでも研究を進めて貰う。少なくともエイレンの研究を進めて、その後継機とみなされるプロテウスを実戦投入可能な段階まで強化出来れば、人類の勝ちは見えてくるのだ。

エイレンのバッテリーについても、研究が必要だろう。ブレイザーについてもだ。

解散してから、弐分も休む。

死闘の末だ。全身が酷く痛む。

また、誰も助けられなかった。いや、一人だけ、ストーム4のウィングダイバーが撤退したか。

背の高い、体重の制御に苦労しているという隊員だったな。

或いは、だが。

過去に連れて行けば、そのまま戦力に出来るかもしれない。自室でベッドに倒れ込みながら。弐分はそんな事を考えていた。

夢すら見なかった。

起きだすのは、習慣が故。

全身が酷く痛い。負傷したのは弐分だって同じだ。手当ては既に受けているが、心の傷の方が大きそうだった。

また誰も助けられなかった。

いや、一人だけ助けられたのか。

東京も救えた。

だが、プライマーが歴史を改編したら、この戦いも全て無意味になってしまう。何もかもが腹立たしく。

そして苛立たしかった。

 

大兄は起きて、無言で鍛錬をしていた。気合いの入り方が違うのが一目で分かって、近寄りがたい程だ。

三城も弐分より先に起きて鍛錬している。此方も、気合いの入り方が違った。

弐分も朝練を少し遅れて行う。

朝、兵士達は誰も基地にいない。

戦闘に参加した兵士の殆どは病院直行。僅かな生き残りも、皆息を潜めるようにしている。

市民を守る事は出来たが。守った市民に戦闘をさせられない。戦闘をさせられるような市民は、最後の一人まで戦場に狩りだしたからだ。

今回、人類の生存率は。

開戦前の5%ということだった。

今までの周回で最大の被害だ。調練を終えて、一華にこのデータを貰って、溜息が漏れていた。

まだプロフェッサーは逃げ延びている。だが、この様子だと怪物に襲われるか、或いは捕まって連れ戻されるだろう。

どの道プロフェッサーも、ほとぼりが冷めたら戻ってくる筈だ。

多少溜飲が下がった事はある。

例の戦略情報部の参謀は、心臓麻痺を起こして死んだそうである。これは戦略情報部の少佐からもたらされた話らしい。いずれにしても、戦略情報部は少佐が今後とりまとめていくそうだ。

なお、エピメテウスは相変わらずマザーシップに厳しく監視されているらしく。浮上は不可能だと言う事だった。

まずは、少しずつやれることをやっていくしかない。

千葉中将の所に出向く。

千葉中将は疲弊しきっていて、数歳は年を取ったように見えた。昨日……いやここ数日は全域の指揮を一日中取っていて、寝るどころではなかったのだろう。

大兄が姿を見せると、多少疲れが残る声で指示をくれる。

「ストーム1、村上壱野准将」

「はっ」

「すまないが、幾つかの地点で怪物の姿が確認されている。 関東、近畿、中国、東北、九州、四国、沖縄、北海道、日本全域でだ。 今、工場で移動用のヘリを何とか新しく作っている。 北米から物資は少しずつ此方に回されているからな」

まずは近場の怪物から駆逐してほしい。

そう言われて、座標を回された。

エイレンUの修理には数日かかる。その間は、ケブラーを一両だけ用意できたので、それを使ってほしいと言う事だった。

エイレンUの修理だけでも、相当に工場側と揉めたと言う。

それはそうだろうな。弐分はそう内心で呟きながら、大兄に続いて司令室を出る。

そのまま、柿崎と山県大尉を呼ぶ。

もう一人。大兄が声を掛けていた人物が来た。

フェンサースーツに身を包んだ人物だ。だが、気配でわかる。あの、生き残ったストーム4のヒラ隊員である。

「木曽巴少尉です。 よろしくお願いいたします」

「よろしく。 ウィングダイバーからフェンサーに転向して貰った。 主に、小型ミサイルを主体に遠距離機動戦を行って貰う予定だ」

皆で敬礼する。

ストーム2、3、4のいずれかから生存者が出たのは初めてだ。これだけでも、出来た事はあったのかも知れない。

そして、ストームチームは瓦解。

ストーム1に、皆を併合することになる。

いずれにしても、ミサイル主体で戦闘するフェンサーというのは面白い。ミサイルは今まで使った事があるが、どうしてもミサイルは重い。頻繁に補給に戻らなければならないし。何よりも格闘戦装備と切り替えながら戦うのは色々と面倒である。

故に、専門家が一人いてくれればそれで有り難い。

なお、木曽少尉は何というか平凡で、印象に残りづらい顔だ。一目で分かるほどの美貌をもつ(しかし人斬りな)柿崎や。いつも不機嫌そうに口を引き結んでいる三城とはまるで違うタイプである。一華に至ってはお洒落に全く興味が無さそうなので、これもまた雰囲気が違う。

まあこういう女性の方が普通なのであって。うちの隊員がみんな変わり者だった、というだけだろう。

年齢も三城や柿崎、一華よりも一回り上のようだ。プライマーとの開戦からかなりして義勇兵として招集された人物らしく、招集された時点で既に成人していたそうである。それならば、年齢的に一回り上なのも当然か。

ともかく、戦闘に出向く、

出来れば死なせたくは無いが、まだ木曽少尉の実力ははっきりいって他のヒラの隊員と大差がない。

必死に努力して貰わないとまずいだろう。

まずは、箱根近辺に(これは残っていた)大型移動車で移動。周囲を偵察して、回収出来ていない戦車やニクスなどの残骸がないかを確認。使えそうな部品などを回収しつつ、怪物がいないかどうかを調べて回った。

この辺りは凄まじい激戦が起きたこともあり、怪物が再進出してきている可能性もあったのだが。

それはなかった。

そのまま、北関東へ移動する。

一日移動して回って、小規模な怪物の群れに何度か遭遇。

ベース251の近くにも寄る。

この辺りにも怪物はいたので、駆逐する。以前、放置されたままのテレポーションアンカーが残されていた事があったが。同じように突き刺さっていたので、破壊しておいた。いつ再起動して、怪物を呼び出しまくるか分かったものではないからだ。

既に馬場中尉は、例の地下街に立てこもったようである。

それを咎めるつもりは無い。ベース251の指揮官は戦死して、海野「中尉」が指揮を代わったようだった。いずれ大尉になるのだろう。三年、この辺りの平穏を守れば、出世くらいはする。

むしろあの地下街にいた伍長のようなのが例外なのだ。事務方専門だったとは言え、開戦初期から生き残っているのである。負け戦がこむ軍では、生き延びているだけで出世するものなのだが。

その日は関東全域を回って、威力偵察を終え。遭遇した怪物は全て駆逐して回った。

移動中に一華がケブラーのプログラムアップデートを済ませ、射撃精度は劇的に向上している。

エイレンUが戻ってくれば、多少の怪物の群れなど苦にもせずなぎ倒せるだろう。

ヘリが出来次第、各地に遠征して部隊の支援をする。現時点では、大友少将も本拠に戻れない状態なのだ。

東京も復興どころではない。

少しずつ、やれることをやっていくしかないのだった。

 

4、敗戦はどちらも代わらず

 

「水の民」長老は、あまりの損害に呆然としていた。

今回で確実に潰す。そのつもりだった。だから、虎の子の大型生物兵器まで出したのである。

各地の戦線からも、兵力を予定の六割増し集めた。

それで、一気に叩き付けたというのに。

また、殺しきれなかった。

村上班だったか、ストームチームだったか。いずれにしても、これはもはや「いにしえの民」の後進的な軍と考えるべきでは無い。

武装についても不可解だ。

あまりにも先進的すぎるのである。装備している「いにしえの民」がコンバットフレームと呼ぶ戦闘人型兵器も、恐ろしい程に高度な装備をしている。

勿論、「外」から技術力を制限されているというのもある。だがそれにしても、あまりにも敵の技術力がおかしい。

敵が時間を遡航している可能性については、トゥラプターに聞いてはいた。

だが。それでもこれは、おかしいと言わざるを得ない。

トゥラプターを呼ぶ。

戦士トゥラプターは、忠義を誓ってくれている。今も、それに変わりはない。

信頼している相手だ。そして、戦士のことは、戦士に聞くのが一番だった。あの「ストーム1」だとかは。既に戦士として見るべき相手だった。

「お呼びでしょうか」

「ああ。 先の戦いの結果、どう見る」

「凄まじい手際でしたな。 あれほどの戦力を、あんな少人数で倒し尽くすとは」

「……」

トゥラプターを投入しなかった理由は一つ。

やられる可能性があったからだ。

トゥラプターは、一対一の戦闘ならまだ余裕があると言っていた。だが、流石にあの四人……いや柿崎という戦士も含めると五人か。あの五人を同時に相手にしたら勝ち目は無いと断言していた。

トゥラプターほどのプライドの塊がそう言うほどの相手だ。

切り札を、幾つも切った。

これ以上は、失う訳にはいかなかったのである。

「まあ所感はこのくらいで。 敵は時間遡航で、技術も持ち込んでいるとみて良いでしょうな」

「そうだな。 「外」に報告した方が良いだろう」

「その必要はない」

不意に入り込んでくる声。

艦橋にいる皆が、一斉に周囲を見回すが。声は、艦橋のどこから響いているか分からなかった。

この声、間違いない。

「外」の監察官だ。

「既に状況は把握している。 もしも地球人類の技術力が看過できる範囲を超えた場合は、その時はこの戦闘そのものを中止して貰う」

「し、しかしそれは……」

「君達がタイムパラドックスで消滅しないように既に手は打ってある。 そもそも君達が引き起こした侵略行為が原因でこの事態が発生したことを忘れるな。 我々は「内戦」には関与しないが、あまりにも度が過ぎた歴史改変が起きるようならば話は別だ。 「例の装置」が破壊されるようなことがあった場合は、即座に手を引く」

「……っ」

以上だと言い残すと、声は黙った。

どこから監視されているのかすら分からない。

あまりにも、技術力が違い過ぎるからだ。

今は技術力が制限されているとは言え。此方の技術力が全盛期だった時でさえも。今のハッキングだか何だかを、感知できたかはかなり怪しい。いや、確実に無理だっただろう。

「本国に連絡をした方が良いでしょう」

ほろ苦い笑いとともに、トゥラプターが言う。

頷くと、「水の民」長老は、連絡を入れる。

必要なものは二つ。

一つは、「例の装置」への防御システム追加。

明らかに、何かが起きている。それも、「水の民」長老らが、過去に飛んだ後に、である。防衛部隊も残しているのだが、それも突破されているとみて良い。だとすれば。防御システムを、「外」が許す範囲で追加するしかない。

もう一つは、予備だ。

「外」から受け取った「例の装置」は、事象の因果をコントロールする。繰り返される歴史改変によるダメージを受け止める事が可能だ。

もしも、これが破壊されるようなことがあれば、その瞬間にタイムパラドックスは臨界点を超える。

その時には、確定で「本国」は破滅する。

「外」は有り難い事に、「水の民」をはじめとした「本国」の者達が滅亡しないように計らってくださるようだが。

そんな事は何の慰めにもならない。

此方で出来る範囲内で、手を打って置く必要がある。

「例の装置」程では無いにしても、最終防衛システムを建造する必要があるだろう。

少しでも、役割を代行し。

なんなら時間を稼ぐための。

設計などは「本国」の技術者に任せるしかない。もう、かなり追い込まれている状態に代わりは無いのだ。

手を抜いた覚えは無い。

敵の成長速度が早すぎる。

ひょっとするとだが。敵は科学者か何かも過去に時間遡航しているのではあるまいか。そうでないと、敵の兵器の異常な進歩に説明がつかない。

あのコンバットフレームだとか言うのに乗っている凪一華という人間の出自は掴んでいるが。

あれは常に戦場に出ている。

だとすると、やはり非戦闘員も時間遡航している可能性が高い。それが技術をどんどん持ち込んでいるとなると。

大きな落胆が浮かび上がってくる。

「外」は中立だ。ただし、それにも条件がある。

さっき介入してきたように。

「いにしえの民」の技術力が一定を超えたら、もうこの「内戦」を確定でストップさせるだろう。

そうなったら逆らいようがない。

奴らがその気になったら、そもそも道具類、武器も含めて……全て使い物にならなくなるのである。

「戦争」すら成立しないレベルの相手なのだ。

そんなものに調子に乗って喧嘩を売った先祖の愚かしさが、もはやどうしようもないと言わざるを得ないが。

ともかく今は現実的に動くしかない。

トゥラプターと話し合いの末に、「本国」に要点をまとめた情報を送る。「本国」の「風の民」長老は、了承したと行ってくれた。

後は、「例の装置」が来るまで。

可能な限り生物兵器を培養し、増やして次の周回に備えるしかない。

各地に手配をした。

この戦いは負けだ。

「いにしえの民」を滅ぼす事は出来なかった。その時点で、負けなのである。

「敵が反撃能力を備えるまでに、可能な限りダメージを与えなければならないだろうな」

「……それも上手く行くか分かりませんぞ」

「詳しく頼む」

「敵の反撃が予想よりも三日早くなっていたのを覚えておりますか。 次は三日で済むかどうか。 もしも俺が「いにしえの民」だったら、戦闘開始の日時に時間遡航する手段を調査し、出来るなら実行しますな」

思わずうめき声が漏れる。

あの戦力を、開戦初日から発揮されたら。大反撃を喰らって、下手をすると形勢を逆転されかねない。

もしそうなったら、もう勝利どころではない。

「外」が手を引くと言ったら、その時点で戦いは終わりなのだ。

現時点でも、既に死は間近にあるのだ。

確かに、「滅亡」は免れるかも知れない。

だが何処かしらの小さな星に閉じ込められ。何万年、下手をすると何十万年も要監視対象として不自由な生活を送る事になるだろう。「外」では、そういった種族が他にもいると聞いている。

それは種族としての敗北だ。

許されてなるものか。

「……開戦当日に、あの村上班だかストーム1だかを殺すしかあるまい」

「調査中ですが、どこにいたかは分かっていません」

「足取りを可能な限り追ってくれ。 彼奴らがあの異常な戦闘力を発揮さえしなければ、まだ勝ち目は存分にある」

「分かりました。 手配します」

トゥラプターが戻る。

「水の民」長老は、しばし黙り込んでいたが。

やがて、触手の一本を指揮コンソールに叩き付けていた。

珍しく、やり場のない怒りが全身を支配していた。

冷静に戦闘指揮を取って来た。

だが、こんな圧倒的暴力で数の差をひっくり返されるなんて事が、あってたまるものか。

確かにトゥラプターのような例外的戦力は味方にもいる。だが「いにしえの民」のあの数人は、明らかにおかしすぎる。

やむをえない。

制御不能を承知の上で、例の生物兵器を全力で暴れさせるしかない。そうなれば、奴らでもどうにもならない筈だ。

回収には手間が掛かるし、接近された場合はどうにかして味方を遠ざけなければならないが。

それでも計算通りに行けば、存在するだけで周囲を焼き尽くす最強の怪物になる。「いにしえの民」を滅ぼすには充分過ぎる筈だ。

薬を飲む。

頭部がかなりデリケートなのは、「水の民」の宿命だ。全ての内臓が詰まっているのだから、当然だろう。

大きくため息をつく。

敗北が迫っているのは「いにしえの民」だけではないのだ。

それを思うと、「水の民」長老にも、怒りのやり場がなかった。

 

(続)