先手奪取

 

序、速攻

 

記憶の混濁が壱野にも起きている。プロフェッサーは、不思議と敗戦の記憶ばかり覚えているようだが。

壱野達は違う。

一華は仮説を出したようだ。

どうやら、この歴史は安定していない。

そもそもプライマーが行っている歴史改変というのには相当な無理が伴う可能性が高い。

だからあんなばかでかいリングをもってきている。

プライマーが歴史を積極的に改編できるのなら、EDF設立前に攻撃すれば良い。それをしないのは。

多分あのばかでかいリングが、歴史に生じる致命的な誤差を修正しているからだ。

だがそれにしても、プライマーの行動は不可解極まりない。

ともかく。敵の勝利条件を掴めば、出来る事はぐっと増える。

此方の勝利条件は決まっている。

プライマーを徹底的に叩きのめし。

あのリングを発動前に撃墜する。

それだけだ。

山道を、大型移動車で行く。夜の山道だ。尼子先輩は、こんな時にもきっちり運転をしてくれている。

乗せている二機のニクスは、かなり古いバージョンに見えたが。

人類は歴史に介入できていないのだ。

こればかりは、プロフェッサーにもどうにもできない。

無線が入る。ストーム1専用。

壱野達だけに伝わるものだ。

「此方プロフェッサー。 数日のずれが生じたな。 だが、それは数日分、此方が有利になったとも言える」

「はい。 此方は一秒でも早くテレポーションシップを叩き落とします」

「危険だ。 歴史に変化が起きる可能性が高い」

「プライマーは歴史を好き勝手に変えています。 此方が変えることに、何の問題があるでしょうか」

その通りだと、プロフェッサーは呻く。

はて。似たような話を以前したような。いや、したのかも知れない。記憶の混濁が要因だろう。

ともかく、要所は覚えている。

アンドロイドの時と同じだ。

敵の初期消火を徹底する。クルールが初出現した戦いで、日本のEDFは全滅的なダメージを受けた。それを回避するように動く。

そして北米で行われたレッドウォール作戦で、EDFは継戦能力を喪失。

以降は、敗残兵が移動基地に蹂躙されていく事になった。

この歴史を変える。

勿論、各地での転戦で。少しでも戦況をよくする必要もある。それだけではない。ある人物を、部隊に加えたい。

その人物は、山県軍曹。

珍しいエアレイダーの一人だ。

この直後くらいに戦死してしまうのだが。空爆支援を主任務にするエアレイダーだが、戦闘も出来る珍しい人物で。ビークルに乗るよりも、戦闘をしながらの戦略支援を得意とするそうだ。

ただし、酒癖が悪いは女癖が悪いわで、周囲からも嫌われていた人物であるらしい。

かなり癖の強いおっさんだが。もしも救出できたら、かなりの戦力になる筈。

また、空爆が出来なくとも、設置爆弾の管理など、マンパワーの分散もこれで測ることが出来る。

柿崎は勝手に軍基地に来てくれるから、後で村上班に合流して貰えばいい。

合流してしまえばこっちのものだ。

しかし、山県軍曹はちょっと時間が厳しい。テレポーションシップ撃破作戦を遅らせたら、多分間に合わないだろう。

見えてきた。

相当数のα型がいる。スターライトスコープで状況を確認。予想よりも、ぐっと敵の数が多い。

思い出してきた。

この異常な数を駆逐するのに随分手間取ったのだ。それで、テレポーションシップの撃墜が遅れた。

それ以降、ずるずると戦況が悪くなっていった。

今、柿崎がいないが。

それでも、荒木班が代わりにいる。

更に、少し旧式だがニクス二機もいる。一華のと、相馬軍曹の分だ。一華は既に、プログラムのアップデートを終えたようである。

「すげえ数だ……」

「だがα型ばかりだ。 いけるはずです」

「大将がそういうならやってはみるぜ。 だがな……」

「一秒でも早くあのテレポーションシップを叩き落とさなければならないのは、最優先事項だ。 もはや各地の基地は、持ち堪えるだけで精一杯の状況だ。 怪物の相手だけで打つ手がない。 プライマーは恐らくまだ幾つも手をもっている状態だ。 テレポーションシップの撃破が出来るようになれば、戦況は変わる。 変えなければ、確実に我々は負ける」

荒木軍曹が、小田軍曹に諭す。

どう攻める、と聞かれた。

壱野は、手元にあるもう限界近いライサンダーZをみる。アサルトは一応ストークに変わっているが。これも正直、PAと殆ど変わらない性能しかない。

撃墜作戦と。山県軍曹の救出作戦を、速攻で成功させるしかない。

今回も、綱渡りに綱渡りを重ねることになるだろう。

「弐分、三城。 囮を頼めるか。 敵の数が少しばかり多すぎる。 ニクスでも、突破は難しい」

「分かった、任せてくれ大兄」

「やってみせる」

三城は自分から、彼方に行くと言い出し。弐分が驚いた様子である。

そういえば、三城は少しずつ、自分で何でもやるようになりはじめている。三城も大人になっていると言う事か。

いや、それは当然だろう。

実際の精神年齢は、肉体年齢とかなり離れ始めている。

勿論肉体に精神年齢は影響を受けるが。それでも、それだけの年数三城は戦って来ているのだ。

「よし、それぞれ頼む。 狙撃は、俺がやります。 ニクスで敵をこじ開けつつ、α型の駆逐をお願いします」

「分かった。 任せるぞ」

GO。荒木軍曹が声を掛ける。雪の中、霜柱を踏み砕きながら、進む。先行した二人が、既に暴れ始めている。

テレポーションシップの周辺のα型が、一斉に二人に向かう。数百、いや千数百はいる。夜闇に銃火が閃く。怪物の悲鳴。壱野もニクスを守りながら、全速力で進む。敵は混乱している。

今が好機だ。

テレポーションシップはハッチを開けっ放し。

これは、恐らく無理をして攻めこんでくるとは思っていなかったのだろう。

ひょっとすると、二日後に来ると判断していたのかも知れない。

歴史を奴らは知っている。

それが、却って徒となる。

それでも、奇襲を受けて慌てたのか。更にα型を落とし始めるが。

その時には、テレポーションシップの一隻のハッチに、ライサンダーZの弾が突き刺さっていた。

爆発。

轟沈。

「やったぞ!」

荒木軍曹が、皆を鼓舞するように叫ぶ。

多少動きが遅くなっているとは言え、α型は一斉に来る。だが、ニクスが周囲に猛威を振るい始めており。

小田軍曹の放つロケットランチャーが、怪物をまとめて吹き飛ばす。

荒木軍曹のアサルトも、浅利軍曹のスナイパーライフルも、確実に近寄るα型を蹴散らして行く。

前衛の二人も、この程度のα型には、もう遅れなんて取らない。

「なんでかわからねえが、妙に体が軽いぜ!」

「ハイになっているのかも知れないな。 危ないから気を引き締めろ!」

「ああ、分かっているぜ! だが良い気分で暴れさせて貰う! 油断はしねえ!」

やはりだ。

過去に戻って来ているわけでもない荒木班の皆、動きがとても良くなっているような気がする。

前周でも同じ印象を受けた。

ひょっとしてこれは。

過去に戻る事で、何か他の人達にも影響が出ているのではあるまいか。

一華が言っていた。

これだけ歴史を好き放題に変えているのに、タイムパラドックスが起きている形跡がないと。

タイムパラドックスの理論そのものが間違っているのか。

それともリングが何か悪さをしているのか。

もしもリングがタイムパラドックスを抑え込んでいるのだとしたら。

それを攻撃して過去に戻った場合。

ただ過去に戻るだけではなく。

もっと大きな影響が出ていても、不思議ではないだろう。

α型を蹴散らしながら、弐分と三城に無線を入れる。

「テレポーションシップが動きを変える可能性がある。 俺が二隻目を落とすと同時に、三隻目を落としてくれるか」

「わかった。 私がやる」

「よし、三城、俺が支援する」

「頼むぞ」

わっと押し寄せてくるα型。もし翌日まで待っていたら、テレポーションシップは更に進軍を続け、まだ避難民が逃れ切れていない地域まで来ていただろう。それを怪物駆除を優先しつつ戦う事で、安全策を採りながら撃破するしかなかった。

今回は強攻策を採った。

それで、逆に作戦は上手く行ったと言える。

群がってくるα型は、暗くて見えづらいが。スターライトスコープである程度補完する限り、どうも茶色のようだ。

戦闘力が高い茶色のα型を、こんなに配置しているとは。

或いは。此処でテレポーションシップを落とされる歴史すら、変えるつもりだったのかも知れない。

どれだけプライマーは欲を張っているのか。

ただ、あの切れ者の司令官だ。

全ての負ける可能性を、つぶしに来ているのかも知れない。

だとすると、次に過去に戻るのが、上手く行くとは限らないし。

柿崎だって先手を打って殺されるかも知れない。

此方が歴史を変えれば。

敵だって柔軟に動きを変えてくるはずだ。

「此方戦略情報部」

無線が入る。

どうやら少佐のお出ましだ。

このくらいのタイミングだと、荒木班に積極的に話を振ってきてはいなかった筈だが。テレポーションシップを叩き落としたことで、多分急いで出て来たのだろう。寝ていたところを叩き起こしたかも知れないが。知った事では無い。

「作戦を前倒しで行っていると聞きました。 しかし、この戦果は特筆に値します」

「まだだ、残りのテレポーションシップも落とす!」

「……信じられない戦闘ぶりです。 この戦闘力、特務一部隊とはとても思えません」

「俺たちよりも強いのは彼奴らだ」

荒木軍曹が謙遜。

充分に荒木軍曹も暴れ回っている。

α型を全く寄せ付けない。ニクスも互いの死角をかばい合って、敵を猛烈な射撃で寄せ付けない。

また、弾倉の交換についても、きちんと互いのカバーをしながら行っている。

α型が混乱する中、隙が出来る。

壱野は、声を掛けた。

「行くぞ。 撃て」

慌ててさがろうとしていた二隻目のテレポーションシップを叩き落とす。更に、三隻目が同時に火を噴き、爆散した。

おおと、喚声が上がる。

轟沈したテレポーションシップが、周囲を明々と照らす。落下に巻き込まれたα型も、相当数いる様子だ。

「これで怪物ともおさらばだぜ!」

「いや……これは」

もう、手を打ってきたか。

びりびりと感じる。

混乱を続けるα型を駆逐しながら、マガジンを変える。

「どうやら増援です」

「なんだと」

「すぐに備えてください」

この気配、α型ではないな。すぐに弐分と三城にも、残敵の掃討から此方に戻るように促す。

テレポーションシップ。更に数隻くる。それだけではない。α型に混じって転がってくるあれは。

この時期にはまだ出現していなかったはずの、γ型だ。

「なんだあれは! 見た事もない怪物だ!」

「プライマーめ、相当に慌てているようだな。 テレポーションシップは世界中で確認されているのに、たった三隻を落とされただけで援軍を出してきたか」

「好都合です。 撃破してしまいましょう」

「大将、流石に肝が据わってやがるな。 アンノウンが相手だっていうのに」

小田軍曹が呆れる。

一華がすぐに、自動砲座の展開を要請。荒木軍曹が、手早く自動砲座を並べていく。

γ型が凄まじい勢いで転がってくる。その数は千近いと見て良いだろう。だが、γ型だったら。

今までの戦闘で、十万は殺している。

三城が上空から、誘導兵器をぶっ放す。これも性能がまだまだだが、三城自身が誘導兵器を使い慣れている。

足を止められた戦闘のγ型の集団に、ニクス二機の水平射撃と、更に自動砲座の猛烈な攻撃が襲いかかる。

夜闇の中、ただでさえ動きが鈍っているγ型は渋滞を引き起こし、α型と押し合いへし合いをしている。

其処に、壱野がスタンピートを叩き込む。

文字通り、一瞬で敵軍が半壊した。

上空でテレポーションシップがハッチを開ける。其処に、完璧なタイミングで壱野は狙撃を叩き込む。

四隻目。

撃墜されたテレポーションシップが、右往左往するγ型の群れに直撃。もろともに爆散していた。

更に五隻目、六隻目と落とす。敵は増援を、更に投入してくるが。このタイミングで、本部も動いた。

「此方タイガー1。 支援に来た。 テレポーションシップを派手に落としていると聞いたが、どうやら本当のようだな」

タイガー1はニクスと随伴歩兵の部隊だ。EDFはもう大きな被害を受けているとは言え、まだニクスの部隊を動かせる。それだけは有り難いと言える。

タイガー1に続いて、ウィングダイバーの部隊も来る。荒木軍曹が、すぐに指示を出す。様子を見て、尼子先輩も大型移動車ごと来てくれた。陣地を構築する必要があると判断したのだろう。

補給車が降りて来たので、すぐにマガジンを取りだす。

接近を謀るα型を、次々に撃破しつつ。次を狙う。どうやら相当に敵はムキになっているらしく、テレポーションシップを次々に繰り出してくる。

荒木軍曹が、叫ぶ。

「テレポーションシップのハッチだ。 下から撃つ事で撃墜出来る。 既に六隻を落として実証した!」

「し、しかしハッチを狙うには真下に……」

「ハッチを攻撃するのは俺たちでやる。 支援を頼む! 怪物を近づけるな!」

「了解! 任せろ!」

タイガー1が展開し、周囲の怪物を射撃で掃討し始める。上空から、ウィングダイバー隊がマグブラスターで攻撃を行う。

無線が入る。

プロフェッサーからだった。

「柿崎君を含め、皆の武器を数日以内に手配する。 それまで、激戦になるだろうが持ち堪えてくれ」

「大丈夫、それぞれの最も得意な武器は手元にあります」

「そうだったな……。 幸運を祈る」

テレポーションシップが、またハッチを開く。かなり角度がギリギリだが、それでも射撃を通してみせる。

怪物を落とす事も出来ず、テレポーションシップが爆散。

それを見て、兵士達が歓声を上げた。

怪物に対しての攻撃が、更に苛烈になる。兵士達も熱狂して、ありったけの火力を混乱し動きも鈍い怪物に叩き込む。慌てて引き戻さないと、フレンドリファイヤを起こしそうな兵士までいた。

既にγ型の群れは壊滅。

α型も、多数が攻めこんできているが統率を欠く。

荒木軍曹が前進を指示。そのまま、α型の群れを蹂躙しつつ進む。夜間での戦闘とは言え、此処まで敵を踏みにじれるのはいつぶりか。

弐分が一隻を撃沈。三城が殆ど間髪なく、もう一隻を落とした。

更にテレポーションシップが来る。丁度良い。此奴らが近隣に及ぼすはずだった被害を、此処でなかったことにしてやる。

確か今周での戦況では、東京付近でもこの時期に敵が好き放題怪物をばらまいていて。それに被害を大きく出し続けていた筈だ。

それをなくしてやる。

今度は五隻同時。此方を囲むように布陣しているが。荒木軍曹は気にせず更に前進を続け。

テレポーションシップがハッチを開けた瞬間に、壱野が撃墜。

弐分と三城が連携して、更に二隻を落としに掛かる。柔軟に進路を変えつつ戦闘を続行。

今度はβ型を落とし始めたテレポーションシップだが、それも容赦なく蹂躙する。夜間では、怪物は全力を発揮できない。

やがて、テレポーションシップの損失数が三十隻に達した頃、敵はついに戦線維持を諦めた様子だった。

既に日が昇り始めている。

徹夜での戦闘になった。

周囲には朝日が昇り始めている。辺りには、万を超える怪物の死体が散らばり。三十隻のテレポーションシップの残骸が、無惨な姿をさらしていた。

戦略情報部が通信を入れてくる。

「これは戦略情報部からのプライベート通信です。 戦略情報部は、荒木班に所属する貴方たちの戦いぶりをみて興味を持ちました。 これより私の部下一人を専属でつけさせていただきます」

「……」

「それに加えて、貴方たちを村上班として独立部隊とします。 壱野中尉、貴方の階級も明日の内に大尉に昇進の人事を行いましょう」

「それはそれと、すぐに最前線に出向きたいのですが。 一番戦況が厳しい所にお願いいたします」

少佐はそれを聞いて、少し驚いたようだったが。分かった、と言った。

まずは関東の状況を落ち着かせる。

今回、未曾有の被害をプライマーは出した。それも、恐らく敵にとっては完全に不意打ちの形でだ。

すぐに東京に戻ると、柿崎が入隊希望を出してきているのを確認。村上班編制のために、入隊の許可をしてもらう。

更にもう一つ、やる事がある。

「一華、武器などがプロフェッサーから届く筈だ。 受け取っておいてくれ」

「はあ、それはかまわないッスけど」

「俺は弐分と三城と、即座に山県軍曹を救出しに向かう。 今の時点だったら間に合うはずだ」

呆れた様子で一華は此方を見る。まあ徹夜で、万を超える怪物を駆逐して、三十隻のテレポーションシップを落とした直後である。

前周もテレポーションシップを落としてから、即座に行動して多数の敵拠点を潰したが。今回の敵の損害はそれ以上だろう。

今なら、新規戦力を得られる可能性がある。

すぐにバイクで出る。弐分と三城は、そのまま来て貰う。途中の前哨基地で補給すれば、そのまま着いてくる事が可能だ。

「徹夜になってすまないな。 眠くは無いか」

「へいき」

「そうか……」

三城に少し無理をさせる事になるが。

それでも、ストーム1の戦力増強のためだ。

ただでさえ、既に人類の四割が失われている戦況である。これ以上戦況を悪化させないためにも。

敵の出鼻を、徹底的に挫かなければならなかった。

 

1、不良エアレイダー

 

山県軍曹は、これは駄目だなと思った。

頭が硬い司令官の下について、静岡の戦線で戦っていたのだが。既に周囲は包囲されている。

爆撃機を呼ぼうにも、身を守るので手一杯の筈だ。此処には来られないだろう。

ある程度戦闘には自信があるが、周囲の敵が多すぎる。どうにもならねえな。そう自嘲して。山県は此処で死ぬ事にした。

死ぬ覚悟なんて、とっくに出来ている。

自衛隊時代から、山県と言えば不良隊員の見本だった。

生真面目な周囲の隊員から睨まれつつ、酒にギャンブルに、若者の見本にならない事ばかりをしていた。

普段も若い女性隊員を口説きまくったりと素行は最悪だったし、それで上官に何度も文句を言われた。

一方で戦績は上げて来た。

EDFになってからは、前線で大暴れを続けて。「紛争」では誰にも文句を言わせない戦果だって上げた。

怪物が攻めてきてからだって、的確な爆撃指示で何度も味方を救った。

その割りには、まるで評価されなかったが。

それだけ嫌われていた、と言う事だ。

今、テレポーションシップ数隻が周囲に展開し、怪物が多数群れている。とてもではないが、囲まれている状態からの脱出は無理だ。

ニクスは既にやられてしまった。生き残りの兵士は、ビルの中でちびりそうな顔をしている。

山県は、チューハイを取りだすと、兵士達の前で呷る。

別に自前で持ち込んだ品だ。

死ぬ前くらいは良いだろう。

海外の人間が、大麻が駄目でどうしてこれが許されているのか分からないと称する強烈な安酒だ。

自分のような奴には、これがぴったりだと。

山県は思っていた。

「テレポーションシップが落ちた……?」

「ああ、無線でそう流れてる」

「戦術核でも使ったのか?」

「いや、地上部隊からの攻撃らしい。 しかも一晩で三十隻だとよ。 やったのはあの特務の荒木班らしい」

荒木班か。いわゆる肝いりの部隊だ。

少尉くらいから始まる幹部候補のエリート部隊は何処の軍隊にもある。EDFではこれが基本的に軍曹から開始される。兵士達の現実を知るためだ。

肝いりの部隊は、色々と後ろくらい噂がある。なんでもEDFが発足する前に研究されていた、遺伝子を弄った強化人間だとか。国家が裏で進めていた、優秀な遺伝子を掛け合わせて作ったデザイナーズチルドレンの集団だとか。

今回の宇宙人どもとの戦闘でも、幾つかの特務は活躍しているが。

荒木班は、肝いりの中では間違いなく一番活躍しているだろう。二番は東京で活躍しているダンとかいう奴か。

「三十隻ねえ。 いくら何でも大本営発表が過ぎるんじゃねえかな」

「いや、それが最近は殆ど大本営発表がなくなっていた。 事実、各地でテレポーションシップが右往左往しているそうだ」

「ふーん。 それで、俺たちは助かるのか?」

「それは……」

ひひひと笑って、山県はぐいっとチューハイを呷る。

いやはや、末期の酒としては悪くない。

さて、最後に一暴れしてやるか。

サプレスガンと呼ばれるショットガンを手にする。超近距離でしか使えないが、怪物でも直撃させれば即死確定の武器だ。

周囲に武器になりそうなものはない。

怪物を多少道連れにするのが精一杯だろう。

それでも、何人かは逃がしてやれるか。ビルから状況を伺う。

「お前ら、走れるか」

「?」

「俺が敵の気を引いてやる。 すぐに逃げろ」

「どういうつもりだ」

不信感の籠もった視線。

まあ、そうだろうが。女癖が最悪で、いつも酒浸りでも。軍人として恥ずかしい事はした覚えは無い。

妻にはとっくに逃げられた。親権は妻に持って行かれた。

娘も物心ついた頃には、山県をとことん軽蔑する目で見ていた。

それが何もかも、どうでも良くなった切っ掛けだったかも知れない。

とはいっても、離婚の切っ掛けは妻の不倫だったし。離婚までは、山県は女遊びの一つもしなかった。

妻の不倫相手がよりにもよってホストだった事もあって、はっきりいって何もかもどうでも良くなったのかも知れない。

山県が女に対してだらしなくなったのは、その時からだ。

一応示談金はふんだくったが、そんなものどうでもいい。

何もかもどうでもいい人生で。

最後くらいは、まあ軍人として勲章だかを貰えるように頑張って見るか。そう考えただけである。

「俺みたいな酔っ払いの不良軍人が、気まぐれで敵を引きつけてやるって言ってるんだよ」

「……」

「良いから行け。 どうせ此処に閉じこもっていても、全員死ぬだけだ」

「分かった。 ただしお前の事は信じていない。 お前が逃げようとして囲まれても、助けないからな」

そうだろうな。

だが、どうでもいい。

信頼なんてものがどれだけどうでもいいかは、妻がホストに狂った時点で理解したつもりである。

それまでは浮気の一つもせず。飲み会なども断ってきっちり家に戻るようにしていたのに。

思っていたより給料が安いだの。

家事の手伝いをしないだの。

妻は好き放題を抜かした挙げ句。生活費を必死に稼いでいる山県の悪口を周り中にばらまいた挙げ句。

ホストに入れ込んで、借金まで作った。

しかも浮気で離婚する場合、女が示談金を貰えると何処かのバカに吹き込まれていたらしく。

自分が金を払うと知った後は半狂乱になり、子供に暴力を振るうようになって。今では子供は施設にいるとか。

勿論何処の施設にいるかも、生きているかも分からない。

こんな状態だ。山県は、自分の命なんて、どうでも良かった。

怪物が周囲を歩き回っていたが、やがて隙が出来る。極めて簡単な巡回コースを通っている上。

此方の戦力を見越しているのか、伏兵もいない。

好機だ。そのまま飛び出すと、サプレスガンで数体を粉砕する。強烈なショットガンだ。なかなかの火力である。

「行け! GOGOGO!」

「くそっ! やってやらあ!」

「走れ!」

わっと寄ってくる怪物を、サプレスガンで次々撃ち抜きながら、味方を逃がす。負傷している兵士もいるから、とにかく時間を稼がなければならない。

アサルトで射撃しながら、走って逃げる兵士達。

だが、怪物の方が明らかに早い。支援してやらないと、逃げるのは無理だ。

走りつつ、怪物を次々に倒す。怪物も、こんな酔っ払いが此処まで暴れるとは思っていなかったのだろう。

最初は逃げる兵士を追おうとしたが、十体を倒された時点でターゲットを変えて来る。一斉に怪物が来るのを見て、それでいいと山県は呟き、サプレスガンの弾を再装填する。さて、何匹を巻き添えに出来るかな。

そう思った瞬間だった。

どこからも分からない狙撃が、α型を消し飛ばす。

更に強烈な砲撃音。これは、フェンサーに支給されているガリア砲か。

怪物が一瞬動きを止めた瞬間。

閃光のように飛来したウィングダイバーが、ファランクスで周囲の怪物を焼き切る。なんだ、まだ子供じゃないか。

小柄な女兵士が多いウィングダイバーだが、子供まで駆りだしているのか。

呆れた山県だが、次の瞬間背筋が凍るかと思った。

その子供の目。

とてもじゃないが、普通じゃない。戦場を見過ぎて、濁り始めているような奴の目に近い。

バイクが側に付けて、敵の残党をアサルトで蹴散らす。

凄まじい集弾率。こんな凄腕、滅多に見るものじゃない。

「山県軍曹ですね」

「ああ、そうだが……」

「俺は村上壱野大尉。 今日付で大尉になったばかりですが」

「大尉だあ? あんた特務か」

其奴は、ばかでかい狙撃銃を背負っていて、凄まじい戦気を発していた。群がってくるα型が、たちまち駆逐されていく。

これは、もう少し待つべきだったな。

そう思って、山県は失策を悟ったが。だが、それはまあ仕方がないといえるだろう。

更に、とんでもない機動でフェンサーが来る。

噂に聞くグリムリーパー以上の動きではないかこれは。ブースターとスラスターを同時に利用して、超加速している。

中の人間は、どんな空間把握能力をしているのか。

「大兄、兵士達は逃げ延びた」

「よし、ついでだ。 あれを落としていく」

「ちょ、正気か」

「正気ですよ」

テレポーションシップのハッチが開くと同時に、壱野大尉とやらが、完璧な動きで狙撃。ばかでかい狙撃銃を、体の一部みたいに扱っている。

冗談みたいに、テレポーションシップが爆発四散。

みると、その狙撃銃は。何十年も使っているかのように、ボロボロだった。

更にフェンサーも、ガリア砲に切り替えると、もう一隻のテレポーションシップを叩き落とす。

本当だったのか。

テレポーションシップが落ちたというのは、本部のプロパガンダ報道だと思っていたのだが。

荒木班がやったとか聞いたが。

違う。

多分、やったのは此奴らだ。

「すぐに撤退します。 この周辺には敵が多い。 一度戻って、戦力を立て直す必要がありますので」

「あ、ああ分かった。 だが近くの前哨基地は確か今攻撃を受けているとか聞いたぞ」

「それなら既に潰して来ました。 怪物も、攻撃をしているドローンの部隊もね」

「……」

絶句。

そのままバイクの後ろに乗せて貰い、戦場を離れる。前哨基地には逃げ延びた兵士達。基地はボロボロだが、どうにか生き延びたようだった。

基地司令官の少佐が、壱野大尉とかに敬礼をしている。

青ざめているのは、それは当然だろう。

周囲にある怪物の死体、ドローンの残骸、いずれも尋常では無い数だ。

此奴らだけでやったとすれば、文字通り化け物の仕業である。とても人間がやったとは思えない。特務で強い奴がいると噂は聞いていたが、これは噂にいる連中ではないだろう。なんだか別の、魔物か何かだ。

「救出完了しました。 他に孤立している部隊はありますか」

「偵察に出ているスカウト6が孤立している。 救援を出す余力はない。 救援を頼めるだろうか」

「分かりました。 行ってきます」

敬礼をすると、凄まじい勢いですっ飛んでいく村上壱野とやら。今、場所を聞いたか。呆然としている兵士達。

しばしして、ボロボロのジープと、スカウト6が戻ってくる。

全員無事だ。

村上壱野とやらも、怪我一つしていなかった。

「た、助かった。 しかし場所などはどうやって……」

「もう一人、頼りになる仲間がいますので。 では、他の場所の支援に向かいます」

「ああ、ありがとう」

「次は俺たちを助けてください」

敬礼すると、村上壱野とやらと、その部下だか仲間だか二人は颯爽と去って行く。

唖然としていた兵士達だが。

何度か、基地司令官が咳払いをした。

「た、態勢を整えろ。 怪物は一時退けたが、すぐに次が来る可能性がある。 場合によっては、前哨基地を畳んで、撤退をすることになる。 物資のまとめ、補給、全てをすませておけ」

「イエッサ!」

「おい、今情報が来たぞ。 あの荒木班から、村上班って特務が独立したらしい。 昨日のテレポーションシップ艦隊の壊滅は、其奴らが主にやったらしいぞ」

村上。

まさかな。いや、間違いないだろう。

山県は、大きく嘆息すると。チューハイの缶をゴミ箱に放り捨てて。水を飲みに行った。

ちょっと頭を冷やすか。

命を拾った。

だが、それが偶然とは思えない。

すぐにバイザーを操作して、戦況を確認する。今日だけで、既に八隻のテレポーションシップが撃墜されている。一隻はロンドンでだが。残り七隻は日本で。それも、東京基地からこの前哨基地の間の地区で展開していたテレポーションシップばかりだ。

東京近郊で我が物顔に飛んでいたテレポーションシップは、慌てて関東を離れているようである。

戦力の再編制が必要だと判断したのだろう。

それはまあ、そうか。

日本に来ているテレポーションシップは百隻程度と聞いている。四割弱を失ったら、それは全滅判定だ。

一度再編制して、動きを変える必要があると見て良い。

しばしして、前哨基地の撤退が決まる。

あまりビークルは得意ではないのだが。酒を抜いていたのはこの時の為だ。

すぐに牽引用の車両を出してくる。壊れた戦車に接続して、牽引を開始。ニクスは殆ど駄目だが。これは持ち帰れるだろう。

更にコンテナもつなぐ。

フォークリフトで、兵士が幾らかの物資を積み込み始めた。

基地司令官に、後から許可を貰う。

「牽引車両で、直せば使えそうな戦車をもっていきますわ。 かまいませんよねえ」

「勝手にしてくれ。 コンテナにも一応物資を乗せていってくれ」

「分かっていますって。 ただ、敵も逃げるばかりじゃない。 補給車やキャリバンを行かせるなら、急いだ方がいいでしょうな」

「分かっている」

基地司令官はあまり気分が良い奴ではなく、無能なくせにどうやって少佐になったのかよく分からない輩だったが。

それでも、今は味方と合流しないとまずい事くらいは分かっているのだろう。

次々に補給トラックが前哨基地を出る。兵士達も、トラックに乗って移動を開始。

生き残れただけで万々歳だ。

山県も、すぐに牽引車両で基地を出る。少し長めの車列だが、もう渋滞もなにもない。この辺りの街には生存者がいないのだから。

無線がまた入る。

「更に二隻……いや三隻のテレポーションシップを撃沈。 千葉に展開していた敵部隊が壊滅。 やったのは、結成されたばかりの村上班のようです」

「凄まじい活躍ですね」

「ここのところ良くないニュースが続いていましたが、テレポーションシップ撃墜の報告に加え、この撃破数。 一気に此処から巻き返したい所でしょう」

EDFの広報官が好きかって言っている。

最近はプロパガンダ報道をする余裕も、そもそも良いニュースもなかったのだ。

それはここぞとばかりに報道をするだろう。

我先に逃げていく味方部隊をみると、とてもそうとは思えないが。

これで、多少は時間を稼げるのかも知れない。

数時間ほど掛けて、東京基地に到着。

基地で、壊れた戦車を引き渡す。東京基地もドローンの波状攻撃を受け続けてボロボロだけれども。

それでも、なんとかまだ継戦能力はある。

何だか物資が運び込まれているのが見えた。

先進科学研のマークが見える。

或いは、新兵器かも知れない。

待機を指示されて、部屋を与えられる。一応士官だから、それなりの部屋を貰ったが。酒を入れる気にはなれなかった。

横になっていると、バイザーに呼び出しが入る。

まあなんでもいい。

ともかく、出向く事にすると。

待っていたのは、人事をやっている佐官だった。

出世するような事はしていないのだが。ともかく、敬礼して話を聞く。そうすると、とんでもない事を言われた。

「山県軍曹。 今日付で曹長に昇進だ」

「はあ。 何か俺しましたか?」

「兵士達を救出するために身を張ってくれた。 それに、大混乱する基地から、貴重な物資を冷静に持ち帰った」

「まあ、それくらいは一応これでも空爆コードを知らされている程度の人員ではありますので」

呆れた様子で山県をみると、その佐官は更に続けた。

今日付で、辞令だと。

その内容がまた、驚愕ものだった。

「また最前線ですか?」

「最前線も最前線。 あの村上班からご指名だ」

「はあ……村上班」

「昨日だけでテレポーションシップ三十隻を落として、今日は更に九……さっき十隻目を落としたとか言う、とんでもない部隊だ。 特務の秘蔵っ子らしいが、本官にも詳しい事は良く分からない。 ともかく、戦略情報部が戦略規模の戦闘力がある部隊として着目しているらしい」

それはそれは。

むしろ、最前線ではあるが、安全な場所かも知れない。

敬礼して、不可解だなと思いながら、自室に戻る。今、埼玉の前線にその村上班が向かっているらしい。

埼玉最大の団地だが。今はプライマーが攻めこんできているところだそうで。避難を急いでいるとか。

テレポーションシップはいないようだが。此処で一気に攻勢に出るべきだと本部も判断したのだろう。

新型のコンバットフレームまで出す様子だ。

かなりの本気で作戦を行うらしい。

元気なことで何よりである。

いずれにしても、まだ作戦の指示は出ていない。だとすれば、寝ていれば良いだけだ。それに、一日で三十隻もテレポーションシップを落とすような化け物部隊に赴任したとなれば。

まともに休む事も出来なくなるだろう。

今のうちにねむっておく。

それが賢い行動だと、山県は知っていた。

これでも、歴戦の兵士なのだ。

歴戦を生かす事は出来ず。今までずっと、あらゆる意味で燻ってきたが。

四十を過ぎて、やっと或いは。人生に転機が巡ってきたのかも知れなかった。

 

2、反撃と反撃

 

埼玉の巨大団地地帯。アジアでも最大規模の集合住宅。大型移動車で、村上班は到着。

此処で何度も戦ったな。そう思いながら、一華は急いで支給されたエイレンに、アップデートを行っていた。

今回は戦況が更に良くない事もあって、村上班結成後すぐに一華は中尉に昇進。リーダー達は山県という人の救出には成功したらしいが。それはそれとして、柿崎が心配だ。今の時点では、柿崎は既に軍基地に来ているらしいが。

当然敵も動きを変えてくる。

合流までは、一切油断は出来なかった。

急いで試作中のエイレンをプロフェッサーが送ってくれたのは良いが、これは軍の機密コンバットフレームである。主任であるプロフェッサーも、かなり無理をしただろう。

更に現状では彼方此方中途半端で、とにかく手を入れなければならない。本格的な部品の生産には一週間ほど掛かるという事で。それまでは彼方此方ダメダメの状態で、なんとか回さなければならないだろう。

ただし、今回はプロフェッサーがかなりの情報をこの時点に持ち込んできている。

多分二ヶ月もすれば、エイレンUにまでバージョンアップが出来る筈。

どうにか戦線を凌げば、兵士達の武器もかなり改善する事が出来るだろう。

とにかく、出来るだけ早くアンドロイドとクルールに対応できる装備を支給しないと、話にならない。

勿論ブレイザーを全兵士がもつくらいが理想的なのだろうが。

あれは流石に、簡単に量産出来る品ではないし。そもそもどうやって電力を確保するかが問題だ。

更には、先進科学研はエイレンシリーズを更に強化して、プロテウス型の実戦投入を行いたいらしいのだが。これにはもっと時間が掛かる。

ともかく今は、村上班が可能な限り最前線で暴れ。味方の被害を減らさなければならなかった。

出来るだけ急いで欧州に出向く事も考えなければならないだろう。欧州ではじきにアンドロイド部隊が来る。

そして、今周の記憶では。

アンドロイド部隊を必死に抑え込んでいる間に、とどめとばかりにクルールが出張ってくるのだ。

一連の流れをどうにかして抑え込まない限り。

人類に勝ち目は無い。それでいながら。同時に敵大型船の対策も進めなければならないのである。

既に敵大型船の弱点というか……破壊可能な火力は分かっているが。それでも、更に効率化を進めたい。

それと、プロフェッサーが暗号電波を発信している弾の解析をしてくれている筈だ。

それ次第では、敵大型船の出現座標もいずれ分かるようになる。

とりあえず、基礎部分のアップデートは終わった。武装のレーザーについては、正直現状の火力で我慢するしかない。

ただし、CIWSなどのプログラムを入れているから、前周最初に乗ったときより性能は上の筈だ。

その代わり、村上班は発足したばかり。

千葉中将も、戦略情報部も。まだ興味を持ってくれている、程度の段階。

好き勝手は、まだあまり許されない立場だ。結構気を付けて動かないと、村上班そのものが潰される可能性もある。

しばらく戦績を重ねて、戦略情報部に村上班の戦闘力を見せつけなければならない。

そうしないと、重要な戦局で。

歴史をひっくり返せないだろう。

「一華、エイレンは大丈夫か」

「何とか。 前に初めて乗った時よりは使える筈ッスよ」

「そうか。 ちょっと……敵の数が多いな」

リーダーが手をかざしてみている。

現在、作戦予定地点の団地地帯にて。後続のウィングダイバー隊を待っている所だが。作戦を早めたことで、こういう誤差も生じている。

そしてリーダーがこんな事を言うほどだ。

尋常では無い状態だと判断して良いだろう。

「敵の数は、五桁とかっスかね」

「ああ。 後続のウィングダイバー隊を巻き込むと、助けられないかも知れない」

「確かにすごい威圧感」

三城も手をかざしている。五桁か。敵を集めてフォボスでどんとやってしまいたい所だが。

本部に申請しているが、動かせるフォボスがこの時点で殆どいないと解答されている。

それもそうだろう。

プライマーは、今周では最初に。前周より更に激しく各地の戦略基地、空軍基地を叩き潰したのだ。

誰も記憶にない最初の周回、或いはその次だろうか。

空軍に徹底的にやられたのか。

核兵器で徹底的にやられたのか。

そのどちらかか、或いは両方なのだろう。

事実、開戦五ヶ月後の時点で、既にEDFは既に核攻撃能力を失い。唯一のテレポーションシップ撃墜例すら歴史から消し去られていた。

敵は完全勝利を狙っているようだが。

それにはどうも、潔癖とかそういうのとは違う何かを感じる。

「必要」。

あのトゥラプターの言葉は、どうしても気になり続けていた。

「フォボスの要請は降りそうにないか」

「無理ッスね。 というか、そもそも物理的に動かせそうに無いッスわこれ。 DE203は何とか呼べるようにしたッスけどね」

「柿崎が現着するまで、まだ二週間以上は掛かる。 即戦力にはなってくれるだろうが、それでも山県曹長が馴染むまでは時間が掛かるはずだ。 この団地にいる人々を守るためにも、俺たちでどうにかするぞ」

「しかし、万に達するα型ッスよね。 どうやって……」

一華も作戦の立てようがない。

夜間で奇襲とか、更にコンバットフレームがいるとか。荒木班がいるなら、まだ何とか出来るのだが。

リーダーが望んでいるのは、味方の損害無しの完全勝利。更に市民の被害も出さないようにしたいだろう。

そうでもしないと、此処から戦況をひっくり返せないからだ。

テレポーションシップは大慌てで再編制をしていて、この辺りに飛来することはないと見て良い。

その代わり、大量の怪物が時間稼ぎに出て来ているし。

恐らくは、前周の最後で回収した怪物も、いきなり投入してきているのだろう。

敵の数は、明らかに増えている。

例え過去に戻って早々に、日本に来ているテレポーションシップの四割を落とそうと同じである。

ただ、今なら時間を稼げば、東京基地などでは設備を復旧して、戦力を再整備出来るかもしれない。

全く可能性がないわけではないのだ。

周囲の地形をサーチ。リーダーと話し合いながら、どうにか作戦を決めていく。

かなり厳しい戦いになる。

尼子先輩と長野一等兵にも来て貰う。

これは、ギリギリの戦闘になるだろう。

作戦を決める。まず、後続で到着したウィングダイバー隊と合流。更に、歩兵二部隊とも合流した。

彼女ら彼らに、先にリーダーが説明する。

「敵の数は一万を軽く超えている。 この補給車と大型移動車は拠点になる。 必ず死守してほしい」

「い、一万!?」

「そんな、いくらなんでも無理です!」

「やらなければ、避難が遅れている団地の人々は皆殺しにされる」

現在、警官からEDFに無理に編入された部隊が、避難に当たっているが。彼らは軽武装で、とてもではないが戦えない。

団地は背後。

ここでやるしかないのだ。

「弐分、三城。 悪いが前衛を頼むぞ」

「了解」

「わかった」

いつものように、二人には前衛で敵の気を引いて貰うのだが。

ちょっと違う動きをして貰う。

弐分は機動戦を更に極めてきている。

つまり、攪乱役は弐分だけでやって貰う。三城は敵陣にプラズマグレートキャノンで空爆を実施。

地中に潜んでいる敵を、片っ端から掘り出して貰う。

今の三城は、相当に勘が冴え渡っている。リーダーがおかしいだけで、三城も相当に凄い。

多分、敵が潜んでいる地点くらいは特定出来るはず。

そして、押し寄せる敵を、可視化出来るようになるだろう。

リーダーが取りだしたのは、スタンピート。それにロケラン。それを補給車から取りだし、並べていく。

爆発物で、最大効率での殲滅を目指すと言う事だ。

兵士達にも、この大型移動車を守るようにだけ指示。

大型移動車も、移動しながら戦う。

緻密な作戦は立ててもどうしようもない。

とにかく、戦闘しながら、少しずつ敵を削っていくしかない。だが、此処に集まっている敵を全て片付ければ。

関東は一段落できるはずだ。

せめてダン中尉(現時点)の部隊がいれば、もう少しはマシなのだけれども。

残念ながら、東京基地は連日ドローンにハラスメント攻撃を受け続け、かなり深刻なダメージを受けている。

AFVも相当数がやられてしまっていて。

とてもではないが、増援など出しようがない。

その分は。

村上班で、補うしかなかった。

戦闘開始。そう告げると同時に、三城が飛び出す。かなり低い高度から、一気に高度を上げつつ。

プラズマグレートキャノンを地面に叩き込む。

大量のβ型が地面から噴出してきた。リーダーがロケットランチャーで、瞬時に全て吹き飛ばす。

残党はアサルトで片付けながら。大型移動車で移動開始。

これが切っ掛けになって、彼方此方からわんさか怪物が出現し。全方位から大型移動車を狙って来る。

「弐分、あのα型の部隊を頼む」

「了解!」

「尼子先輩、この道路をまっすぐ。 敵は俺と一華が蹴散らす」

「分かったけど、大丈夫!?」

エイレンが起動すると、レーザーの雨を敵に浴びせかける。長野一等兵が、すぐにバッテリーを取りだし、様子見。

リーダーは珍しくロケットランチャーを使っているが、これは範囲爆破に敵を巻き込んで、少しでも殲滅効率を上げるためだろう。更に集まって来たところを、スタンピートを叩き込み、一斉に粉砕する。

他の兵士達は、大型移動車の荷台から、必死の射撃を続けている。もう指定された部隊を殲滅した弐分が、次に遅い掛かっている。

立体的な攻撃を前に為す術がないのは、人間も怪物も同じらしい。

叩き込まれた散弾迫撃砲を回避も出来ず、α型の群れが文字通り爆散した。

だが倒れている敵はほんの一部。

長野一等兵が、スタンピートの弾丸補給をしている。それくらい、状況が切羽詰まっていると言う事だ。

いずれにしても、凄まじい暴れぶりをする村上班を、怪物は完全に敵認定したのだろう。β型の群れも迫ってくる。

というか、マザーモンスターもいる。

前もいたような気がするが、ちょっと数が多くないか。

「一華、雑魚は任せる。 俺は大物から潰す」

「いえっさ。 はー、これはハードな一日になりそうッスね」

「DE203は」

「今、大物に狙いをつけて貰ったッスよ」

よし、とリーダーはいい。

DE203が急降下爆撃を仕掛け始めたのとは、別のマザーモンスターを撃ち抜き始める。

もうボロボロでも、ライサンダーZはZだ。火力は凄まじく。途中にいる怪物を全て貫通しつつ、マザーモンスターに痛打を叩き込んでいく。

エイレンのレーザーは。散々改良プログラムを組んだこともある。

キーボードを叩きながら多少調整してやるだけで、怪物を殆どオートで駆逐してくれている。

凄まじい火力だが、接近されるとこの数では危ない。大型移動車だって、そんなに足が速い訳でもない。

接近して来る敵の内、β型を優先して潰す。

浸透力を警戒し、先に回らせないようにするためである。

後、プロフェッサーにレールガンを要請している。

未来世界で、ちょっと使って見て、いいなと思ったのである。

駄目なら、別に火薬式でもかまわないが。

エイレンは基本的に装甲から何から電気式だ。武装に、電気を使わない兵装は使いたくないだろう。

妙なところでプロフェッサーは凝り性だし。

ああ見えて、変な拘りもある。

ニクスの人型歩行にこだわらなければ、もっと早くケブラーを普及させることが出来ただろうし。

そうなれば、量産したケブラーで怪物をもっと効率よく駆逐出来たはずなのに。

「その道を左折してください、尼子先輩」

「か、怪物が増える一方みたいだけど!?」

「大兄、敵のあぶり出し、終わった。 隠れてるのこれで全部」

「よし。 後は駆逐するだけだ」

三城は、そのまま遊撃で敵をたたくと言い出す。

少し悩んだ後、リーダーは許可した。

この辺り、妹が自立しようとしているのを察知して。最近は促す方向で動いているようである。

妹にベタベタというわけでもなく。きっちり自立を促すように動けるのは、立派だと思う。

人間が口にする愛とか言うものは、異性愛にしても家族愛にしても基本的に一方通行だ。

それを一華は色々な例をみて知っている。勿論例外はある。

その例外としての家族愛をみているようで、一華は若干嬉しくはある。

いずれにしても、最高効率で敵をたたいても、まるで埒があかない。とんでもない数である。

逐次投入されてくるのではない。

万の敵が、一気に来るのである。

「一華、例のものを」

「了解ッス」

移動しつつ。歩兵達に頼んで、自動砲座をばらまいて貰う。

投げるだけで地面に吸着し。

周囲の怪物を薙ぎ払い始める自動砲座。混乱する怪物に、更にエイレンのレーザーと、リーダーの容赦ない攻撃が襲いかかる。

そこへ弐分が、横殴りに何度も飛んできて、スピアで貫き散弾迫撃砲を叩き込む。

電刃刀については、まだ調整中だ。

一応未来から持ち込めたのだが、何しろ電刃刀自体を散々酷使したのだ。

プロフェッサーが。バージョンアップを兼ねて修正する、と言う事だった。

尼子先輩に速度を落とすようにリーダーが指示。

敵を翻弄しつつ、片付けて行く。

マザーモンスターは、既に二体目が倒れた。三体目をDE203が集中攻撃している。マザーモンスターもやられっぱなしでは無く、上空に向けて酸を放っているが。DE203のパイロットは相変わらず流石の腕前で、被弾する様子はない。

リーダーがライサンダーZをぶっ放すが。

直後に舌打ちしていた。

「どうやら限界のようだな」

「見せてみろ」

長野一等兵が、ライサンダーZを受け取る。

眉をひそめたのは、どれだけ使い込んだのか分からない程だからだろう。

リーダーは別の狙撃銃。より威力が落ちるライサンダーFを手にすると、それでマザーモンスターを撃ち始める。

やはり火力が数段落ちる。無理をして持ち込んでいる装備には。やはり相応の無理が出てしまう。

今後、考えておかなければならないだろう。

多分、今回の周回でも、勝つのは無理だ。

だからこそ、次に備える。

敵大型船への対策もする。

そうしなければ、なんどでも負け戦を繰り返すことになる。どんどん戦況は悪化して、やがてストーム1でも生き残るどころか、リングに接近すらできなくなる。そうなったら、文字通り終わりだ。

敵だって、リングが何か不具合を起こしていることくらい、そろそろ気付く筈だ。

プロフェッサーはリングが事故を起こすことはプライマーも「起こっていない」から気付けないと言っていたが。

一華は意見が違う。

未来からプライマーが来ているなら、リングの不調については気付いている筈だ。

ましてやあの環境改変装置を見る限り。プライマーは掌握した地球で何かしらを行うつもりである。

移民、とは考えにくい。

いずれにしても、未来に敵の本国があるとすれば全てのつじつまが合うし。

未来に敵がいるなら。リングに何かあれば、絶対に気付く。

プロフェッサーも、どうしてこういうことが分からないのかが不思議だが。科学者としては限界があると言っていたし。そういうものなのだろう。

敵にあわせて速度を落とし。

集まった所を、スタンピートで一気に駆逐。

兵士達にエイレンのバッテリーを変えて貰い。敵の駆逐を続ける。

リーダーはひたすら射撃を続け。回り込もうとしてくる怪物や。集まっている怪物を、片っ端から駆逐している。

万の敵が半減するまで三時間。

其処からは更に殲滅速度が上がり。

四時間半ほどで、戦闘は終わった。

補給車とキャリバンが来る。スカウトも来た。先進科学研の技術者らしいのも来たが、凄まじい数の怪物の死体に、呆然とするばかりである。経験が浅そうなのが吐いているのが見える。

線が細いなと、一華は思った。

「味方損害無し」

「す、凄まじい戦果です。 どうやら連日の対テレポーションシップ戦での戦果は、偶然ではないようですね」

「可能な限り戦況が悪い戦線に我々を派遣してほしい」

「分かりました」

戦略情報部の少佐が、呆れている。

あいつ、感情があったんだな。

そう、一華もちょっとだけ思った。

 

東京基地にハラスメント攻撃に来たドローンを、もののついでに撃破していく。エイレンの対空システムはほぼ完璧に仕上げてあるし、その対空システムをも超えるリーダーの狙撃が、容赦なくドローンを叩き落とす。

東京基地の対空防御が殆ど仕事をしなくても良かったほどで。

わんさか押し寄せてきていたドローン部隊は、途中で引き揚げて行った。成果を出せないと判断したのだろう。

東京基地では急ピッチで戦力の再編制を進めている。

基地に戻ると、幾つかの武器が戻って来ていた。

リーダー用にライサンダーZ。

触ってみて、リーダーは調整が甘いとぼやく。長野一等兵が受け取り、すぐに調整に取りかかってくれた。

弐分用には電刃刀。

みたところ、更に刃の部分がえげつなくなっている。弐分は変形機構などを試して、これはいいと頷いていた。

プロフェッサーも喜ぶだろうか。

いや、奥さんが兵器開発に反対していたと言う話だった。

一度だけ一華も話したが、優しそうな人で。責任感も強そうだった。

そうなってくると、プロフェッサーとしては。こんな殺意の塊みたいな武器は、作るのに躊躇があるかも知れない。

三城には中距離戦闘用の武器。デストブラスターが支給されていた。

これは以前もたまに見た事があったが。かなり改良が施されている。

ショットガンのように使える光学兵器で、かなりフライトユニットのエネルギーを食うものの、連射が効く。

扱いは難しいが、火力は凄まじく。大物も狩れるそうだ。

試すと言って、三城が演習場に出る。

もう夕方だが。リーダーはそれに対して、何も言わなかった。

そしてリーダー用には、もう一つ武器が届いている。

ストークの新型だ。TZではないが、かなりの性能のようである。

兵士達に支給される武器の性能もどんどん上げていく。

そうしないと、今後来たるアンドロイドやクルールには対抗ができない。だから、ストーム1……今は村上班だが。村上班は実験部隊だ。

あらゆる武器を試して、それを用いた戦術を確立。

兵士達が真似できるものはどんどん広め。敵に対する対策も深めていく。

そうして総合力を上げないと、EDFは勝てない。

一華には。

エイレン用の強化パーツが幾つか来ている。指定した部品は一応これで六割くらいは揃ったか。

クレーンを動かして、自分で組み立てる。

プライマーは夜間奇襲を殆どしてこない。たまにしてくる事もあったが。それも大規模な攻撃では無い。

或いは、プライマーという文明では。

夜勤は非人道的な労働として禁止されているのだろうか。

まあ、想像だ。

そんなことは、流石にないと思う。

実際、コロニストなどは夜間でも警戒作戦を実施しているのが確認されている。あくまで、夜間での攻勢などは避けているだけなのだろう。

「一華、いいか」

「何ッスか、リーダー」

「フォボスを見て欲しいと言うことだ。 エイレンが終わったら、みてやってくれるか」

「了解ッス」

望むところだ。

空軍基地がやられたことで、フォボスの生き残りは少ない。東京基地の地下には、迂闊に出られなかったり。或いは大きな被害を出して修理途中のフォボスが十数機ほどねむっていた。

エイレンの追加装備をつけ終えた後、バンカーから地下格納庫へ。

地下格納庫と言っても、航空機用のエレベーターと直結し。更には滑走路と直結もしている。

東京基地には滑走路が三本有り、エレベーターで航空機を三機ずつ出す事が出来る。

とはいっても、昔は空軍機の花形であった戦闘機は、今は出番が著しく減ってしまっていて。

攻撃機と爆撃機が、主に此処を使用しているようだが。

一華が行くと、あまり歓迎していない視線が来る。

ここのエンジニア達だろう。ひそひそと声が聞こえた。

「あれが村上班の……」

「ハッカーだったのをEDFに入隊させたらしいな。 強いのは認めるが、信用できるのかよ」

「今は猫の手でも借りたいんだろ」

「ちっ。 俺たち空軍と言えば、軍の花形だってのによ」

不満が聞こえてくる。

まあ、気持ちは良く分かる。

米軍では空軍は文字通りエース。自衛隊でもそうだったはずだ。空軍機はそれこそ一機一億ドルとか、もっとするものもある。

それを扱うのだ。エースや士官でないと、乗せられないというのは事実としてあるのだろう。

だがそれが、エリート思想を拗らせたら駄目だ。

ましてやこの戦況で、拗らせたら。

それは負ける。

フォボスを見に行く。マニュアルは暗記してあるので、どう直せば良いかはすぐに分かるが。

部品もクレーンも足りていない。こっちを遠巻きに見ているパイロット達。不審そうに距離を取っているメカニック。

どっちも役には立たないか。

まあいい。とにかく遠隔でフォークリフトを呼び、部品をささっと集める。黙々と修理を開始。

非力な一華でも、パワードスケルトンのおかげで修理程度は困らない。そのまま、さくさくと直していく。

コックピットに乗ると、すぐに計器類を確認。

更に専用のプログラムを動かして診断。

信じられない嫌がらせがされている。コードを一つ、意図的に切ったようだ。誰がこんなバカをしたのか。

一旦コックピットを出ると、即座にメンテナンスハッチを開けて、コードを取り替える。唖然としている様子の整備班。

彼奴らか。

自分の職場を侵されたとでも思ったのだろうか。

だとしても、やり口が幼稚すぎる。

ともかく、直した上に、プログラムのアップデートも掛けておいた。そのまま、直せそうな機体は修理をしておく。

整備班が、不愉快そうに近寄ってくる。

「村上班のエアレイダー」

「凪一華中尉ッス」

「そうか中尉どの。 俺たちはもういらないという事で良いのか」

「くだらない嫌がらせをする暇があったら、一機でも飛べるフォボスを増やしてほしいッスね。 アンタっスか? さっきコードを一つ切ったの」

図星か。

絶句する相手に、修理が終わったことを告げて。三機目を直そうとしたとき。リーダーから呼ばれる。

どうやら、柿崎が此方に向かっているらしい。明日には合流できるそうだ。これは予想外のアクシデントである。良い方向の。柿崎がもう来てくれるなら、頼りになる。柿崎が得意の地上戦主体のフライトユニットとパワードスケルトンくらいなら、準備もできるだろう。

山県「曹長」は明日から本格的に参戦してくれるらしい。

「其方はもういい。 エイレンの部品がまた届いている。 少しでも、バージョンアップを進めてくれ」

「了解」

その場を離れる。

凄まじい憎しみの視線を感じた。

こんな状況でも、人類は部署がどうの、プライドがどうので。くだらない争いをしているのか。

プライマーがこなければ、EDFは瓦解していたかも知れない。

そういう話は聞いていたが。

今までに無く、その話がリアルに思えたのだった。

 

3、地獄の巣山

 

関東を転戦して、三城は各地の怪物を倒して行く。

大兄は、三城が作戦を提案すると。だいたい好きなようにやらせてくれる。大兄は優しい。それは分かっている。

だが、いつまでも甘えていてはいけない。

作戦を任されたと言う事は、責任を負ったと言う事だ。

たまにいるバカ。偉い奴は、偉いから偉いと勘違いしている輩。地位についているということは、相応の責任が生じる事を理解していない阿呆。

それと一緒になってはならない。

大兄が任せてくれたのなら。言い出した作戦は、きっちりやりとげる。

それが自立の第一歩だ。

そう、三城は考えていた。

手をかざして、山の上からみる。まずい状況である。

以前、ボロボロのコロニスト達が逃げ込んだ場所だ。戦国大名も使った、有名な温泉である。

それが、巨大なネットで覆い尽くされていた。

巨大な網。それに這い回って、好き勝手に周囲を睥睨する、β型に似ている一回り大きい怪物。

そう、アラネアだ。

先行した三城は、先にスカウトに指示を出す。

「すぐに撤退を」

「りょ、了解……」

「あんな恐ろしい網を張る怪物、見た事がない……」

兵士が呟く。

それも仕方が無いだろう。

彼奴らアラネアは、前周では出てこなかった。恐らくだが、増やすのがとても大変なのだろう。

プライマーもここぞという所でしか投入してこない。

だが逆に。倒せばそれだけの戦果になる。

さっとみるが、伏兵がいる。これはγ型だろう。それに、奥の方に見えているのは、飛行型の巣か。

小型だが。多数が分散している。それなりの数が出てくると見て良い。

装備は幸い、ここ数日で何とか最新鋭のものが整った。

今回は支給を受けたデストブラスターをためすつもりである。エネルギー管理が非常に難しい一方、中距離から接近戦まで縦横無尽に活躍させることが出来る強力な武器だ。使いこなせれば、また力になる。

ましてや三城は、航空戦闘が好きなのだ。

これを使えば、中距離を保って仕掛けて来る飛行型と、かなり有利に戦う事が出来るだろう。

フライトユニットのエネルギーをどか食いする誘導兵器よりも、遙かに効率よく戦える筈だ。

一度戻る。

此処に偵察に入る筈だった二個分隊の兵士達と合流。

柿崎は、既に専用の装備を貰っていて、早く敵を斬りたくてうずうずしている様子だ。山県曹長は、そんな柿崎の様子を見て呆れていたが。

いずれにしても、こどもに手を出すようなろくでなしでは無さそうだし、それでよしとすべきなのだろう。

「アラネアか。 それにγ型もいると」

「まちがいない。 奧には飛行型もいる」

バイザーに、敵の配置を送る。

アラネアを初めて見る柿崎は、へえと感心していた。恐怖よりも、どう戦うかでわくわくしている感触だ。

一方山県曹長は、無精髭だらけの顎を撫でながら言う。

流石に酒は入れていない様子だ。

「それでどうするので大尉どの。 下手に突入したら、あの巣に引っかけられたりしてな」

「いや、それよりも下手に刺激する前に、伏兵から片付ける」

「ほう」

「まずは後方から処理する」

既に部下になったからか、大兄は山県曹長に厳しめの口調で話している。いや、これは山県曹長が、そう接してくれと言ったからかも知れない。

エイレンが、即座に後退を開始。兵士達も慌てて従う

後方から来た、追加の一分隊と合流。更に後退しつつ、戦略情報部に連絡を入れる。

「アンノウン発見」

「映像を確認。 アラネアと呼んでいる怪物です。 広大なネットを展開し、酸を含んだ糸を飛ばして獲物を捕獲し、巣に貼り付けて捕食します。 この温泉街は既に住民が避難していたので幸い占拠されるだけで済みましたが、出現した地点では住民の全滅を覚悟しなければならない相手です」

「了解。 駆逐する」

「くれぐれも気をつけてください」

そう戦略情報部の少佐は言うが。

大兄は、前々周で散々アラネアを駆逐してきたスペシャリストだ。勿論小兄も三城も、一華も。

今更遅れは取らない。

すぐに大兄が、狙撃。

山肌の一角を撃つと。どうしてばれたとばかりに、わんさかγ型が出現する。ひっと声を上げる兵士達。

一華のエイレンが即応。レーザーで。転がってくるγ型を、そのまま撃ち抜き始める。

荒木班にも、後数日でエイレンが届くそうだ。荒木班もそろそろ人員を追加すべきだと思うのだが。

いずれにしても、アラネアと戦闘中にγ型に攻撃されていたら最悪だった。さっさと処理するに限る。

三城も早速デストブラスターを試す。

以前、同じ名前の武器は使った事があったが。かなり改良されている。攻撃の指向性が高くなっていて、γ型を即殺出来る。

これはいいな。

レイピアだと弾き飛ばされたγ型が死なずに飛びついてくる事があった。だから、これがより良い。

ただし、これは万能武器だが。特化武器には及ばない。

空中戦用には、より良い武器があるかも知れない。色々試すべきだなとも、三城は思う。

今の段階で満足していたら駄目だ。

もっと力をつけるためにも、どんどん戦闘をこなさなければならない。

柿崎はすっかり慣れたもので、転がってくるγ型を片っ端から一刀両断にしている。体液をまき散らしながら両断されたγ型が悲鳴を上げる。兵士達も射撃を続けているが、柿崎一人で兵士十二人よりも明らかに敵を倒している。

大兄は、淡々とアサルトで敵を処理。

程なく、γ型は壊滅した。

「クリア」

「す、すげえ。 新型のコンバットフレームがいるとはいえ、こんな短時間で……!」

「ここからが本番だ。 行くぞ」

大兄が、進むように指示。今回は補給車だけを連れてきている。

此処を片付ければ、関東近郊は落ち着く。後は関西に遠征して、九州まで敵の拠点を潰して回りたい。

アンドロイドが近々欧州に来るのは分かりきっている。

敵は日本での想定外の被害を見て、或いは日本に大型船を飛ばしてきて。日本からアンドロイドで潰そうとするかも知れないが。

戦況を見る限り、やはり欧州からつぶしに来るだろう。

ただ今回は、中華が既に壊滅状態になっていて。米国の消耗もひどい。

それに移動基地を落としてくる可能性が極めて高い。記憶している歴史通りなら、日本には二機が落とされてくる。

それをどうにかしない限り、勝ち目がないことを考えると。

少しばかり、戦況の悪化が痛い。

もう少し兵力がほしいなと、周囲をみながら思うのだ。

まずは、大きめのネットを発見。

自分から提案する。

「プラズマグレートキャノンで、アラネアを吹き飛ばす」

「よし。 当ててくれ」

「わかってる」

そのまま、チャージを終えていたプラズマグレートキャノンを即座に発射。

弾速は早く。巣の上でくつろいでいたアラネアが気づいたときには、瞬時に木っ端みじんになっていた。

プラズマグレートキャノンを選んだのは、巣にもダメージを与えられるからだ。

まずは、一匹。

まだまだアラネアはいる。

「なんて恐ろしい怪物だ!」

「糸を出して、ネットに貼り付けて食うのか! 恐ろしすぎて、戦えねえよ!」

「あんなもん、人間が作り出した対人トラップに比べればどうってこともねえがな」

山県曹長がぼやく。

なお、今回からDE203の管理は山県曹長に任せている。しばらくは、DE203は連携して動いてくれる。

一華がエイレンの操縦に全力投球出来るように、負荷は分散した方が良い。

大兄が狙撃して、アラネアを駆逐。小兄も同じように、アラネアを駆除。

兵士達は進ませない。

そろそろ、増援が出てくる筈だ。ぴりぴりと肌で感じる。殺気、と言う奴だが。祖父が言った通り。感覚が敵の存在を告げているだけ。殺気なんてものは存在しない。

七匹目のアラネアを駆除して、巣を破壊した時点で。

どっと山肌に、γ型が湧く。

無理に突入していたら、全滅は免れなかっただろう。

「またγ型だ!」

「!」

エイレンが前に出て、飛んできたアラネアの糸を防ぐ。流石にエイレンは引っ張れないと判断したのか、アラネアが糸を離し。その直後、アラネアをDE203が巣ごと蜂の巣にしていた。

殺到するγ型を、そのまま駆逐する。

少なくとも、ちゃんと動くべき場面は理解しているらしい。

山県という人の実力はまだ全てみたわけでは無いが。一応熟練兵なだけはあるということだ。

殺到するγ型を駆逐しながら後退。

山間にある土地を上手に利用して、アラネアの射線を切る。

γ型は上から前から後ろから押し寄せてくるが、全てが中途半端。アラネアとの連携だったら厄介だっただろうが。

ここまで条件が悪いと、どうにもできない。

そのまま駆逐を続け、γ型の殲滅を完了。

大兄が右手を挙げ。全員で前進する。

程なくして、見えてきた。

飛行型の巣が、何カ所か斜面に貼り付いている。あのサイズなら。何とか一撃で破壊は可能だろう。

少し大兄が考え込んでいる。

現在、大兄、小兄、三城がそれぞれ、一個ずつ巣を一撃粉砕できる。アラネアの巨大なネットが巣を守っているが、そんなものは間を通せば良いだけだ。

アラネアを先に駆逐するべきか。

飛行型の巣を先に粉砕するべきか。

前者は飛行型が絶え間なく襲ってくる中、消耗戦を強いられる。

後者は事故の可能性が生じる。

いずれにしても、妙手とは言えないだろう。

山県曹長が手を上げる。

「あんたら、狙撃には相当自信があるようだな」

「……何か策があるなら提案してほしい」

「あんた達が狙撃すると同時に、俺がアラネアを片付けるべく空爆要請を出す。 それでどうだ。 どうせコンバットフレーム乗りの嬢ちゃんは、反応する飛行型の対応で手一杯だろ」

「……そうだな、それでいこう」

それぞれが、さっと配置につく。

兵士達も、少し距離を取り。建物の影に隠れた。

カウント開始。

3、2、1。0。

狙撃。

三つの飛行型の巣が同時に粉砕され。更には、上空から飛来したDE203が、しこたま105ミリとバルカンをアラネアに叩き込む。

粉々に吹き飛んだアラネア。

だが、まだ飛行型の巣は残っている。これ以上、DE203を滞空させるのは危険だろう。大兄も、DE203を退避させるように山県曹長に指示。

そのまま、アラネアの巣に攻撃を切り替える。

対空戦闘は一華と兵士達に任せる。かなりの数の飛行型が来るが、一華のエイレンのレーザーは的確に飛行型を焼き殺していく。

三城は誘導兵器使うかと思ったが、プラズマグレートキャノンで巣の攻撃に専念。

飛行型が割り込んでこようとしたが。生憎そんな手は食わない。

それに、建物の上に上がっていた柿崎が、飛行型を両断して回っている。飛ぶ事は出来なくとも、建物の屋根くらいの高さに来た飛行型は格好の獲物と言う訳だ。空中で使える技も、試したいのだろう。

何発かプラズマグレートキャノンを叩き込んだところで、アラネアの巣が崩壊。

完全に飛行型の巣に射線が通った。

後は大兄が狙撃して終わりだ。近付くことさえ出来ず、飛行型は叩き通されていく。完勝。

また、味方の被害を抑える事が出来た。

三城はプラズマグレートキャノンを降ろす。

大兄に、皮肉混じりに山県曹長が言う。

「DE203をどうして退避させたので? 俺が指示をすればもっと早く飛行型の巣を排除できましたがね」

「敵にはもう伏兵がいなかった。 攻撃機を無駄に危険にさらす必要はない」

「……まるで敵が何処にいるか見えているみたいですなあんた」

「見えてはいないが、怪物の気配は察知しやすい。 この周囲に既に怪物はいない」

まあ、信じられないのも無理はないだろう。

このまま転戦していくうちにじきに分かる。

ただ、そのまま頼られるようでは駄目だ。

救援したのに相応しい人材であると良いのだが。

すぐに指示が来る。

「近畿にて怪物の巣を発見。 かなりの規模です。 繁殖している様子もあります」

「大阪基地の状況は」

「連日の戦闘で、出せる部隊はいません。 村上班だけで駆逐出来ますか?」

「現地に行って、それから判断する。 デプスクロウラーだけは用意してほしい」

大阪基地で用意すると言う。

間もなく、大型ヘリが到着。兵士達と別れて、そのまま大阪に向かう。

大型ヘリで大型移動車両ごと行くのは楽で良い。

その間にも、一華のエイレンは、手入れを続けていた。連日少しずつ部品が届き、それをセットしているらしい。

「山県曹長は、ビークルは使わないの?」

「俺はあんまりのりものが得意じゃなくてね。 もう少し味方が有利だったら、空爆地点を指定して戦いたかったんだがねえ」

「現状、味方の損失は可能な限り抑えたい。 とは言っても、俺たちの戦闘力をまだ信用しきってくれていないようだな。 次の戦いでも戦闘力を見せる。 それを元に、できる限り戦闘での被害を抑えるように動いてくれ」

「へいへい」

山県曹長は噂通りの駄目なオッサンだ。ただ、ずっと酒浸りだと聞いていたが。それは止めた様子である。

そして戦闘時は、ずっと厳しい視線で此方を見ていたのも分かっている。

柿崎が半笑いで怪物を斬り伏せて回るのも。

三城が中空から敵を確実に屠って行くのも。

冷静にみて、戦闘力が実際にはどれくらいなのかを、謀っていた節がある。

まあどうでもいい。

むしろ山県曹長には、ここからが本番になるだろう。

一華がエイレンから出て来て、山県曹長に幾つかの装備を譲渡する。

リモコン爆弾だ。

ルンバのような自走式で、敵を認識してすっ飛んでいく。破壊力はかなり高く、α型の銀色くらいなら確殺出来る。

「ほう。 面白い武器をもっていなさるねあんた」

「私のお手製ッスよ。 あとこれも」

「これは?」

「まあ良い方に解釈すれば自動護衛装置」

一種のドローンのようだが、操縦者を守りながら常時自動で周囲を攻撃するようにしてあるそうだ。

本来軍事ドローンは禁止されているはずだが。有線式である事から、恐らくは「護身装備」として無理にEDFに認めて貰ったのだろう。

そういえば、思い出す。

地下に逃げ込んでから、組んでいたなこれ。

恐らくだが、一華は戻って来てから、すぐにこれを組み立てたのだろう。一華の技術と知識なら、すぐに作れる程度の部品。更には組んであったプログラムで、動くようにしたというところか。

「それに元から支給されている装備でどうにかしてほしいッス」

「分かったよ。 それで次は巣穴攻略だって? 怪物の巣穴なんて、攻略の成功例があるのかねえ」

「やらないと際限なく怪物が湧いて出てくる上、おそらくはまだ大した規模じゃあないだろう。 今のうちに潰せば、大阪基地を救える。 周辺の都市もな」

「ハ……」

大兄を笑う山県曹長。

何がおかしいのか分からないが。

まあ、命が簡単に吹き飛ぶ戦場で。随分と甘いことをとでも思っているのだろう。

それで正しいのだと思う。

この人は経歴をみたが、自衛隊時代からの熟練兵だ。紛争でも活躍している。空爆指示ではミスをした事がなく、多くの戦果を上げた。それなのに軍曹止まりだったのは、上官に気に入られる工夫を一切しなかったからだ。

それに家庭環境でもあまり良くない話を聞いている。

結婚していた頃は女遊びの噂は無かったが。離婚後は最悪のスケベ親父として悪名を轟かせているとか。

一体何があったのか。

まあ、三城には関係のない話だ。

それに、視線などで分かるが、三城や柿崎みたいなコドモには興味も無さそうだ。それだけは良心的ではあるが。

「前哨基地2-8に着陸します。 既にデプスクロウラーが来ていますので、受け取ってください」

「了解。 俺たちを降ろしたら、すぐに戻ってくれ」

「ラジャ」

ヘリのパイロットと最低限の会話だけして、前哨基地に降りる。かなり痛めつけられているのが分かった。自動砲座はボロボロ。兵士達は疲弊しきっていて、既に戦争末期のようにすら見えた。

大兄は、指揮官らしい少佐に敬礼すると、補給トラックをみる。

「これから特務村上班で、発見された怪物の巣を駆逐してきます。 その間、戦線の維持をお願いします」

「正気かね。 確かにあんた達の噂は聞いているが……」

「巣を駆逐し次第、この周辺の敵は全て片付けてしまいます。 それで一段落出来る事でしょう」

「……」

目を白黒させる基地司令官。

まあ、それもそうだろう。だが、ここからが勝負だ。敵が混乱している内に、可能な限り叩く。そうすることで、味方に反撃の余裕を作り。更に敵の歴史改変を台無しにするのだ。

すぐに前線に出向く。巣穴周辺には歩哨らしいα型が相応にいるが、即座にみんな片付けてしまう。

柿崎一人で充分だろうが。

それでも、少しでも経験を積む為だ。柿崎は更にフライトユニットとパワードスケルトンの強化を要求しているらしく。またプラズマ剣も、更に伸びるように頼んでいるとか。更に効率よく殺すためだ。どんどん人斬りとしての本性を隠さなくなってきている。

巣穴の入り口付近に到着。

エイレンから降りた一華が、デプスクロウラーにPCを移し替える。PCの値段を聞いて、山県曹長が呆れたように口をぽかんと開けた。まあ軍用PCとして使用が特別に許可されるほどの品である。その性能は折り紙付きだから、別に良いのだろう。一華がすぐにプログラムのインストールだのを始める。

三城はその間周囲を見張り。敵の巣穴の内部を覗き込んでいる大兄に話しかける。

「敵の規模どう」

「そうだな。 二千程度というところだ。 マザーモンスターもいる」

「おいおい、どうやって分かるんだよ……」

「気配」

また山県曹長は呆れる。

だが数回の戦闘で大兄の勘をみているから、何も言えずにいる。まあ、確かに非常識なのは否定しない。

三城だって、此処まで正確には把握できないのだから。

それだけではない。大兄は、周囲の地面を観察した上で言った。

「先行して奴らが入り込んでいる様子はない。 そうなってくると、やはり運んできた怪物を使っているな」

「? 何の話だ」

「その内分かる」

「……」

一華が終わったと、声を掛けて来る。

すぐに地下に入る。エイレンは、自動迎撃システムを起動。連動して、自動砲座も多数展開した。

コンテナを引きながら、デプスクロウラーが地下に。これを中心に、地下の巣穴を攻める。

大兄が即座に壁を射撃。

どうして隠れていたのが分かったと、困惑しながらβ型がもりもり湧いてくるが。柿崎と小兄が突貫し、さくさくと片付けてしまう。これも、今だから出来る事だ。おぼろげに覚えている分も含めて、蓄積した経験は多分十年分じゃきかない。プライマーが歴史を書き換えた事もある。書き換えられた歴史もうっすら覚えているから、逆に加速度的に此方の手練れが増しているのだ。

ただ、流石に巣穴の構造までは、大兄も外からは把握できない。

風が吹いている方向などで、ある程度の構造は近くに行けば分かるようだが。其処止まりである。

赤いα型が攻めこんでくる。

奇襲は無理だと判断したのかも知れない。

ファランクスに切り替えると、狭い通路で火力勝負に出る。フライトユニットと相談しつつ。

デプスクロウラーの機銃と一緒に、少しずつさがりながら敵を片付けて行く。

赤いα型の陣列を崩すと、茶色のα型がそれに続くが。

此奴らの卵は見かけない。

そういえば橙のα型の卵も見かけない。やはり、地球環境で繁殖できるα型ではないのか、それとも。

電撃銃に切り替える。

前方が立て続けに爆発。山県がまとめてロボット爆弾で粉砕したか。結構冷静に状況を見ているなと感心。

続けて、混乱する敵に柿崎が突っ込み、当たるを幸いに斬り伏せ始める。α型も、こんな化け物が懐に飛び込んでくるとは思わず、酸を浴びせようと動く前に斬られ。慌てるばかりだ。

更にそこへ、雷撃を叩き込む。

これの仕組みはよく分からないのだけれども、雷撃が洞窟内で反響する。今では、その反響も計算できるようになって来ている。

かなり遠くまで、α型をまとめて焼き払う。

調子良く進めているようにも見えるが、大兄が頼りだ。近場に伏兵が出るくらいなら三城や小兄でも察知できるが。

流石に迂回しての大規模な伏兵や落とし穴などまでは察知できない。

広い空間に出た。

水が流れている、というよりも半ば地底湖だ。雑に怪物が水脈を引き込んだのが分かる。水さえあれば良いのだろう。地底湖の中に島を作って、そこに卵を産み付けている様子である。

マザーモンスターは島で手狭そうにしている。

怪物はかなりの数がいるが、ざっとみた感じ金のα型や銀のβ型はいない。その代わり、広い空間の天井にびっしり。

いきなり踏み込むのは、自殺行為だ。

大兄が後退を指示。ついでに、マザーモンスターを狙撃。

広間に多数いる怪物が、一斉に襲いかかってくるが。残念ながらこんな狭い通路に殺到してきたら、いい殺戮の的だ。

ただ、撃破まで時間はどうしても掛かる。

そして卵を敷き詰めている以上、安易に広間に穴を開けることも出来ない。後方からの奇襲がある場合、大きく迂回しての行動になるだろう。

数時間の激闘の末。

攻めこんできていた怪物を押し戻す。

コンテナの物資がかなり心許なくなってきているが。これは大阪の基地から出して貰ったものだ。

大阪の基地では、随分世話になった覚えがある。

無駄には出来ない。

大兄が、右往左往しているマザーモンスターを容赦なく撃ち、怯んだ所を三城が突貫。ファランクスで焼き払った。

後は卵だ。

確実に片付けて行く。大兄が舌打ち。そろそろ弾が尽きると言う。

一華も同じ事を言った。まあ、ギリギリの弾薬しか用意できなかったのだから、仕方が無い。

そうなると、此処からは非実体弾を使う三城と。

弾を戦闘で消費しない小兄と柿崎の接近武器が頼りか。

殲滅の効率は落ちるが、それでも卵を駆除開始する。やがて一斉に卵が孵化した頃には夕方に。

その卵から出た怪物を駆逐し。

洞窟を安全にした頃には、夜になっていた。

 

夜闇に紛れて、彼方此方で動きを止めている怪物の群れを襲撃しながら、大阪基地へ向かう。

小規模な群れなど、夜間で襲撃すれば敵じゃない。

勿論敵の動きは鈍る反面、攻撃も見えにくくなる。そういう点では注意しなければならないが。

それ以外では、特に問題はないと言えた。

大阪基地に到着。

基地司令官の筒井中佐が迎えてくれた。やはり今周でも、この人が此処の指揮を執っている感じか。

「戦果はきいたで。 流石はテレポーションシップを落としてくれた英雄や。 おかげでこの辺りの戦況を、一気にひっくり返せる」

「今の時点では、戦力の回復に努めてください。 周辺の怪物は、俺たちだけで充分です」

「そうか、そう言ってくれるとありがたいわ。 言葉に甘えさせて貰うで。 ただ、それだけだと何だしな。 最低限の礼はさせてくれ」

そういって、まだ健在な大阪の街の料理を用意してくれる。

嬉しいな。

前は確か。記憶がおぼろげにしかないが。大阪を救援した頃には、既に大阪の街は滅茶苦茶にされていて。

地下に逃げ込んできた人達が、レトルトの素材を必死に美味しく調理するべく努力していたっけ。

本当に美味しい食べ物が出て来たので、しばしみんな無言になる。

戦闘中、地味に後方支援をしたり。敵が纏まった所を爆殺していた山県曹長は、しぶいが確実な働きをしていた。

だからこそ、思ったのだろう。

皆が食事を終えたタイミングで、山県曹長は言う。

「あんたらの力を疑うつもりはとりあえずない。 だがはっきり言って異常だ。 あんたら何者だ」

「俺たちはただの村上流ってマイナーな武術を伝承している一家。 それ以上でも以下でもない。 一華は飛び級を重ねた天才。 柿崎は実戦重視の武術を伝承してきた一家の出だが。 別にそれ以上の特別な事情はない」

「んなわけがあるかよ。 俺だって古流の使い手だって奴は何人も見てきたが、はっきりいって口だけの奴しかいなかった。 あんたらは剣豪とか達人とか、そういう次元の存在だろう」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、身の回りを守るのでせいいっぱいの未熟者だ。 大きな戦いでは、誰も助けられない程度のな」

大兄の言葉には怒りと強い哀しみが籠もっている。

大兄も気付いているのかも知れない。

この時点で此処まで戦況が悪いと、今回も一華が冷酷に進めていく「実験」で費やすことになるかも知れないと。

一華は頭の出来が違うから、この時間の円環の悪夢を少しずつ、確実に解き明かして行っている。

事実三日分の猶予が出来ただけで、敵を大混乱させ、本来なら戦死していた人員を救出できた。

次は更にうまくやれる筈だ。

多分、相当に色々抱えていると悟ったのだろう。

以降、山県曹長は何も言わなかった。

後はただ無心に休む。

クラゲのドローンを寝室に持ち込む。これは、いつも普通に無事なままある。

そういえば、これ。

不可思議な事があったな。

地下にいる間。どうしても時間があったから。プロフェッサーに聞いたのだ。

聞いた結果は、知らない、だった。

そうなると、戦略情報部が送ってきたのだろうか。

だが、それはなんのためだ。

このクラゲのドローンも。一華の梟のドローンも、どっちもお気に入りだから、別にいい。

プロフェッサーが調べた所、不審なところは無い、ラジコン同様の玩具ドローンだと言う事である。

だからこそ、分からない。

そんなものを、戦略情報部が送ってくるだろうか。

とにかくねむって、翌朝に備える。敵が態勢を整えるより先に、順番にやれることをこなしておく。

どうせすぐにコロニストが来る。

アンドロイドだって来る。

敵の尖兵をその都度叩いて、大きなダメージを与え続けない限り。

今周も、誰も守る事など出来ないだろう。

それは、嫌だ。

ストームチームの誰か一人でも、あのリングの事故に連れて行ければ。それだけで戦況は大きく変わるはずだ。

それを、三城は目指したかった。

 

4、混乱は双方に

 

「火の民」の戦士トゥラプターは、様子を見ていておかしいと感じた。

今、丁度「水辺の民」の戦士を投入したところなのだが。敵の対応が妙だ。殆ど完璧な着地狩りで、揚陸艇から降りた戦士達を即座に爆殺。

また、組織戦にもあの「村上班」はまるで動じず。

即座に対応して、次々に撃破している。

兵士達に、どう対応すれば良いかも享受している様子だ。更に「荒木班」という並び立つ精鋭も同じように動き。

殆ど損害なく、八十を超える「水辺の民」の戦士を討ち取っていた。

敵側の人型兵器、「コンバットフレーム」も明らかに進歩が早すぎる。

一瞬にして、一気に形勢が逆転しつつある。

どうにも妙だ。

いや、「村上班」が強くなるのはトゥラプターとしては大歓迎だ。出撃命令が出たら、即座に遊びに行きたいくらいである。

だが、同時に戦士としての冷静な観察が、おかしいという結論を引き出す。

敵の動きが良すぎる。

初見の敵に対応するものではない。

更に、敵は即座に対応戦術を展開し。混乱に乗じて作った時間で、装備をどんどん刷新している様子である。

混乱が続いていたのに、もう立て直して総力戦態勢に移行。

この様子だと、予定通りの戦力投入だと。先手を打たれ続けて、むしろ大きな被害を出すだけになるかも知れない。

呼び出し。

「水の民」長老からだ。

切れ者の長老だ。当然おかしい事には気付いているだろう。

トゥラプターが出向くと、案の定だった。

「戦士トゥラプター。 事態は分かっているな」

「は。 敵の反撃が異常すぎますな。 敵の所有する兵器も、刷新が早すぎます。 村上班は俺からみても面白い戦士達なのですが、今周はあまりにも動きが良すぎます」

「……ひょっとするとだが、我等と同じ事を敵もしているのかも知れぬ」

「可能性はないとはいえませんな」

この作戦に参加するときに、説明を受けている。

外から技術を制限され。その上で作りあげた装置には、幾つかの制約がある。

時間転移技術は、外では三段階に別れているらしいのだが。今回使う時間転移技術はその内の二段階目。

「過去をみる」「過去に移動をし歴史に干渉できるがあくまで局所に限られ宇宙そのものの歴史書き換えはできない」「宇宙そのものを書き換えて分岐させ平行世界を作り出せる」という定義の中で、真ん中のものとなる。

このタイプの時間転移技術は特定空間を閉じ込めて、その中で行う一種の蠱毒にちかいもので。

歴史は一定の流れを作ろうとし、常に修復作用を働かせる。

この修復作用を完全な意味で打ち破れるのが第三段階の時間転移装置。

だが、第三段階は絶対に起こりえない。

これについては単純に、引き起こす事が新しい宇宙を作り出すほどのエネルギーを要するかららしく。

いずれにしても、「全盛期」の先祖でも無理だっただろう。

仮に時間転移装置を破壊したとしても、そもそも宇宙を新しく作る事は出来ない。

そういうものだ。

そういう状態だから、トゥラプター達遠征軍が攻撃を苛烈にすればするほど。新しい戦力を投入するほど。「いにしえの民」側も修復作用の煽りを受けて、どんどん力を増していく。

それは分かっていたのだが。

何かしらの方法で、「いにしえの民」の一部が、過去に戻っていたら。

時間の修復作用が要因なのか。

それとも、或いは。

もしも、「村上班」の面子が戻っているとしたら。ひょっとしたら負けるかも知れない。

それはそれで、面白いとも思う。

完全に「外」に屈服させられたつまらん本国など、どうでもいい。

対等に戦える「敵」。

それこそが、戦士トゥラプターが望んでやまないものだったのだから。

「……予定を変更する。 戦力投入を前倒しにする」

「ふむ、なるほど。 「水辺の民」に敵が対応を早めているとはいえ、それに対応すべく力を使っている間に、次の戦力を投入すると」

「そうだ。 新型も含めた戦力を投入し、敵の出方をみる。 その出方次第では、この仮説を裏付けるものとなるだろう」

「それならそれで面白い。 もしも同じ連中が……特に村上班が過去に戻り続けているとしたら。 いずれ俺が本気で相手をしなければならない存在になるでしょう。 俺にとっては、ずっと望み続けた事だ」

呆れたように「水の民」長老はトゥラプターをみるが。

いずれにしても、指揮を執るように指示。

まだ地上には降りないようにとも、念を押してきた。

長老の言う事はもっともだから、当然従うが。

とりあえず作戦指揮で容赦はしない。

一部作戦を任されたのだ。

それについては、是非成功させたい所である。

また、「水の民」長老が指揮を執るようになってから、人事も柔軟になって来ている。すぐに何名か、オペレーターが寄越されてきた。

「例の新型は出来ているか」

「二機だけ作った試作品ですか。 確かに出来ていますが、あれは製造コストが大きすぎて、恐らく量産は……」

「そんなものは別にかまわない。 使わずしてなんの兵器か」

「確かにそうではあります」

投入の準備をせよ。

そう指示すると、トゥラプターはその装置の操作システムを確認。

トゥラプターが直に操作する。

これから、幾つかの作戦で「いにしえの民」の対応能力を確認。それと同時に、トゥラプターの方でも見極める。

それには、相応の兵器が必要だ。

これから投入するのは、遠隔で操作できる兵器で。

擬似的にあの村上班とやり合うことが出来る。

それは実に楽しみなことだ。

それだけではない。

戦って見れば分かるだろう。

歴史の修復作用だけで強くなっているのか。

それとも、明らかにそれ以上の理由で強くなっているのか、がだ。

どちらでも別にかまわない。

恐らく、「水の民」長老は、あんなでも本国を守ろうとしているだろう。それについて、どうこうというつもりは無い。

「水の民」長老の事を尊敬しているのは本当だし、考えは個体ごとに違って当たり前だからだ。

だがそれはそれとして、トゥラプターは戦士として戦いに生きたい。

それもまた、事実なのだった。

 

(続)