邪神の這う世界

 

序、地下の戦い

 

ベース251近くの地下商店街。

ここに、今壱野達はいた。とても要塞とは言えない、貧弱な守り。此処に、元特務の馬場中尉が部下達とともに籠もっている。此処にいる兵士の中には、昔ベース228に赴任していた物部伍長という人物もいる。

いずれにしても、少数ながら精鋭の筈だが。

戦意は落ちきっているのが分かった。

歴史が書き換えられた。

それは分かっているが。リングが歴史を改編した直前くらいの記憶から、その後の記憶が混濁している。

逃げ込んだ此処で、敗戦後戦っていたような記憶もあるが。

同時に、三年間最前線で暴れ回っていた記憶もある。

プロフェッサーは、三年間最前線で壱野達が暴れていた記憶を失っている様子だ。どうも記憶については、個々人で差が出るらしい。

柿崎はほぼプロフェッサーと同じだが、もう少し細かく覚えている。

一華はそれについて、考えをまとめている様子だ。

弐分と三城、一華については。どうも壱野ほどではないにしても。プロフェッサー以上に、戦闘の記憶を残している様子だ。

いずれにしても、記憶をすりあわせている時間があまりない。

それぞれ、最低限の装備は持ち込めた。

だが当然一華はエイレンを失い、今はボロボロのケブラーに愛用のPCを乗せている状態だ。

この地下商店街には、ニクスなんて上等なものはないし。

あったとしても、狭い通路で動き回る事は厳しいだろう。

そして外は。

既に、もう壊滅していた。

プライマーが歴史を書き換えた結果。外は邪神と呼ばれる存在が闊歩する、地獄と化している。

レッドウォール作戦と呼ばれる決戦で敗れたEDFは、以降は邪神に蹂躙され続け。東京も三年前に陥落。逃げ延びていた市民も、そこで皆殺しにされた。東京の司令部も潰され。千葉中将も恐らくもう生きていない。

邪神の戦闘力は圧倒的で、対策のしようがなかった。

兵士達は、邪神をみれば恐怖で正気を失うとまで言っている。

まるでクトゥルフ神話の邪神だなと壱野は思う。

事実、その装備性能はコロニストやコスモノーツをも凌ぐ強大なもので。苦戦はストームチームですら免れなかった。

だが。それを覆す。そのために手は出来るだけ打つ。

馬場中尉が来る。壱野はここに来たときには、馬場中尉より階級が上になっていたが。此処の指導者が馬場中尉であること。あくまで自分達はよそ者である事を認め。それで相手も納得してくれた。

馬場中尉は凄腕だが、早期に負け戦を予感して地下に籠もった人物だ。

元々特務で、しかも後ろ暗い仕事をしていたらしく。

顔は海野大尉以上に険しい、いわゆる「四角い男」である。見かけが筋肉質なだけではない。

その戦闘力は本物で。荒木班ほどでは無いが、馬場班として転戦していた頃は、他の特務より一回り上の戦果を挙げ続けていた。

「ストーム1、来てくれるか。 プロフェッサーも」

「はい」

「本当に助かる。 階級を盾に偉そうにされていたら、此処の結束が崩れるところだった」

「いえ、貴方が此処をまとめ、市民達を守っているのはれっきとした事実です。 ここでは俺は、いや俺たちは。 ただの一兵士として考えてください」

馬場中尉は頷く。

この人は市民のために、あらゆる手を尽くした。まだベース251が健在だった頃、海野大尉と連携して物資を確保し。市民を可能な限り匿った。

近隣では、此処ほど市民を保護できている場所はないだろう。

地下には五百人も生き残りがいる。

だが、記憶している限り。歴史を書き換えられる前は千人の生き残りがいた。

周囲ではドラム缶に燃料を突っ込み。燃やしている。

ドラム缶のほのかな暖。周りに、敗残兵が集まっていた。

兵士達は顔に敗北感を貼り付け、恐怖に全身を包まれていて。みられたものではない。

プロフェッサーがパワードスケルトンを修理して、馬場中尉は喜んでくれたが。兵士達は、これでまた戦わなければならないのかと。愚痴まで言ったほどである。

もう、それほどに負けの記憶が強いのだ。

馬場中尉が、周囲を見回す。

「幾つか、話をしておく事がある。 まずは物資だ。 現在、利用できていた倉庫の幾つかにつながる通路が崩落し、物資が更に枯渇しつつある。 地下にいる市民は、みな飢え始めている。 医薬品もミルクも足りない」

そうだ。

前周でも、このくらいの頃は既に人類がやっと生きているという状況だった。

今周は更に酷い。完全に負けた結果、もはや人類の命運は風前の灯火。地上に街は既に存在せず。地下に点々と逃げ延びた人々が生きているだけ。それも、全世界で数十万人いればいいほう。

それほど、追い込まれている。

「地上への偵察もストーム1に行って貰ったが、やはり相当数の邪神がいる。 流石の手際で仕留めてもらったが、この辺りに奴らは目をつけていると見て良い。 物資の確保が急務だ。 俺たちの戦いは、生き残る事そのものだ」

馬場中尉がそう、力強く言う。

この人も、何があっても戦死しそうにはないな。

そう壱野が思う中。おずおずと、弱々しく物部伍長が手を上げた。

「倉庫そのものは無事なはずだ。 馬場中尉、俺だけで行ってくる。 ケッテンクラートがある。 物資……医薬品だけでもほしい。 地下の市民の間にかなり危険なウィルス性の病気が流行り始めているって噂が出ている。 そうでなくとも、いざという時のために少なくとも抗生物質だけでも確保しないと……」

「焦るな。 状況は切迫しているが、今地上に出ることはゆるさん。 邪神共の危険性を考えろ。 プロフェッサーと協力して、どうにか数日中に重機を動かせるようにする。 それで崩落した地点を崩し……」

「それでは間に合わない! 地下には俺の妻もいる。 死なせる訳にはいかないんだ!」

物部伍長は、確か地下の市民の一人の夫だ。

元々戦闘力に長けた人ではなく、事務関連の仕事をEDFでしていたらしい。妻に関しても、同じ後方勤務の人員だったそうだ。

今では事務どころではなくなり、逃げている間に此処に流れ着いたようだが。

今も、事務仕事のノウハウを生かして物資の管理をしているのが、物部伍長の妻であり。それが故に、状況の切迫を知っているそうだ。

プロフェッサーが、助け船を出す。気持ちは嫌と言うほど分かるのだろう。

「伍長、無理をしないでくれ。 此方には、多数の邪神を倒して来た歴戦のストーム1もいる。 だから……焦らないでほしい」

「……」

伍長は恨めしそうにプロフェッサーをみる。

この人は、戦闘力に長けているわけでもなく。ずっと地下で生き延びてきただけの人だ。

敗軍は生存者の階級がどんどん上がるもので、前線で戦っていただけで大尉や佐官になっているものもいる。

そんな中、ずっと伍長のまま。

そもそも、階級なんて何の意味もない状況で。

だから、不満を押し殺せているのはあるだろう。

だが評価もされず。

提案も却下され続けるのでは、不満が溜まるのも仕方がないのかも知れない。

だが、そもそも馬場中尉の言う通りだ。

この周辺には、既に邪神が姿を見せるようになって来ている。あれが本当に邪神なのかは、壱野も分からない。

だがその能力は圧倒的で、出現時には初期消火に失敗し、以降はEDFは為す術なく敗戦を重ねた。

勿論同じ失敗をするつもりはない。

今では倒し方の経験を蓄積している。

柿崎が、頬を撫でる。

緒戦で派手に抉られた傷が、其処に残っていた。

「まずはプロフェサー、重機の修理を頼む。 俺たちは倉庫の安全を確保するべく、重点的に見張りを……」

アラームが鳴る。

またか。

この地下街が襲撃を受けたのは初めてではない。壱野が来てから、一人も兵士達は倒させてはいないが。

それでもどうしても負傷者は出る。

そのまま、即座に武器を手にとる。

壱野はライサンダーZを背負う。もう、ボロボロだ。

それに加えて、壊れかけのPAというシリーズのアサルト。終戦間際に支給されていた一般兵向けのもの。とにかく量産が効き、怪物相手になんとか戦える性能を確保した代物で。

新兵を中心に配られた品だ。

後から調達できたのが、これしかなかった。

性能はTZストークの半分どころか四分の一程度だが。

ライサンダーZさえ無事なら、なんとか邪神と渡り合う自信はある。

ましてや、地下に奴らは入り込めない。

大きすぎるからだ。

弐分も三城も、すぐに戦闘態勢を取る。

一華は、ケブラーにもう飛び乗っていた。

地下の狭い空間も、小柄な歩兵戦闘車の車体であるケブラーなら、動き回る事が可能である。

ただしやはり軍用車両。

足下が怪しい場所もあるので、ケブラーが振動を察知して崩落を引き起こさないように。既に一華は改良を加えているのだった。

「出られるッスよ!」

「よし、すぐに対応する! 皆、続け!」

馬場中尉が、真っ先に出る。

馬場中尉は特務での戦闘をずっと続けていたからだろう。スナイパーライフルが専門の様子だ。

昔は或いは。

対人戦闘を主体に、戦場で指揮官を狙っていたのかも知れない。

この人も年齢がよく分からないのだが。少なくともEDF設立時には軍人をしていたらしく。

しかも自衛隊では無く、どこかの国の外人部隊にいたらしい。

そういうものだ。

だからこそ、EDFでも特務として重宝したし。今でも、柔軟に生き残り優先の戦略を採ることが出来ているのだろう。

「地下には五百人の市民がいる! 苦しい状況だが、此処を通したら邪神の手下は無抵抗の市民を食い荒らす! 敵を殲滅するぞ!」

「とうとう邪神が此処に目をつけたのか……」

「奴らは此処には入ってこられない! アンドロイドの可能性もあるが、恐らくは怪物だろう!」

なお、警報システムは一華が作った。

ここに来てから時間があったので、色々センサーを弄くって作ったのだ。更には、敗戦以降、ずっと色々プログラムを組んでもいた。

その記録は、ボロボロの記憶媒体に詰め込んでいる。

「こっちだ! かなりいる!」

兵士が手を振っている。

猛然と壱野は突貫。

地下外の闇に輝く目に対して、容赦なく発砲。光からして、どうやらα型。それも茶色の様子だ。

反撃を許さず、即座に殲滅。

反対側の通路には、既に弐分が突入して、電刃刀を振るっている。これもそろそろメンテの限界が近い。

三城が来ると、ファランクスで突入。

足止めを喰らっていたα型を、まとめて焼き尽くし。

更に別通路に、柿崎が乱入して暴れ始める。

ケブラーが到着。

天井の穴に、射撃を開始。

そこから入り込み続けているα型を叩き落とし始める。流石はケブラー。耐久はともかく、火力はニクスと並ぶだけの事はある。

更に馬場中尉達が必死の射撃を続け。

攻撃を逃れたα型を、蹴散らして行った。

ほどなく、敵の攻撃は止まる。

誰か兵士がぼやく。

「やったか……?」

「その言葉は止せ! 不吉だ!」

「す、すまない」

「前にも何度か怪物共は来た。 地上を放棄したのだから、奴らが闊歩し地下を掘り進めているのは当然だ。 だがこの規模は……今までにないぞ」

馬場中尉が呻く。

壱野は、すぐに追加の敵を察知。

提案する。

「俺が先行します。 まだいると見て良いでしょう」

「分かった、先鋒は壱野准将に任せる。 皆、ケブラーの随伴歩兵に。 柿崎中佐は後衛で、後方から敵が現れた場合即座に対応してくれ。 それ以外のストーム1は、皆散ってそれぞれに対応を」

「イエッサ!」

すぐに全員で動く。

一華がぼやいた。

「役に立たないと思ってたッスけど、せめてデプスクロウラーがあれば話がだいぶ違ったッスねえ」

「デプスクロウラーも、戦闘に殆どが持ち出されて破壊されたと聞いている。 此処にケブラーがあるだけでも良しとしないと」

「それも、私達が地上で破壊されたのを持ち帰って、直したものッスけどね」

「そうだな……」

プロフェッサーがぼやきながら、ケブラーの随伴歩兵をする。

記憶のすりあわせが、難しい。

どうしても全員で差異があるから、何とも言えないのだ。

不思議な事に、プロフェッサーは。歴史を書き換えられ、完膚無きまでに負けた戦いの記憶はどれも完璧に持っている様子で。

それに、一華や壱野が記憶している記憶を追加して、必死に戦いに役立てようとしてくれている。

完全記憶能力の持ち主であるから、どうにか出来る事なのだろうが。

それでもぞっとしない。

狭い地下街を走り周り、出会い頭に怪物を撃ち抜く。かなり性能は悪いが、それでもPAは扱いやすいアサルトだ。初心者でも使える。ただし火力が決定的に足りない。せめて、もう少し良いアサルトがあれば。グレネードでも良い。戦術的に使えるC80爆弾があれば、もっと違うのに。

「此方弐分、敵殲滅! 此方にはもういない様子だ!」

「此方三城。 おわった」

「よし、合流してくれ」

「凄いな……流石に最後まで抵抗を続けた最強の特務だ……」

特務だったはずの兵士が、生唾を飲み込んでいる。

馬場中尉の部下は、皆各地で歴戦を生き抜いた猛者達だ。それがこんなに怖れきっている。

とにかく。生き延びなければならない。

データはとる事が出来た。

敵大型船は落とせる。

落とし方については、プロフェッサーにも説明した。一華はその辺りの記憶が曖昧になっていたが。理屈は壱野がしっかり覚えていた。

残念ながら、歴史を書き換えられてから。とてもではないが、大型船を落とすどころではなかった。

しかし過去に戻ってから、教訓を生かす。

同じ失敗は二度としない。

今度の戦いで、プライマーは移動基地も投入してきた。それへの対策が上手く出来なかった。それが決定的な敗因になり。更にはレッドウォール作戦での敗退が致命傷になった。

同じ歴史を繰り返させない。

また、歴史は変えてやる。敵が何度塗り替えようと、だ。

怪物を駆逐。

あらゆる通路の穴から出てくるが、先手を打って叩き伏せる。茶色のα型は、銀のα型に比べて好戦的で、酸も強力だ。

ただ、数はどうも銀のα型の方が多いようで。

プロフェッサーいわく、どうも地上で繁殖するのには向いておらず。

プライマーが持ち込んでいる分で全てらしい。

或いはだが。

プライマーが生物兵器として、奴らの本拠で培養して持ち込んでいるものなのかも知れなかった。

通路の奧。

巨大な空間が出来ていた。

まずいな。

そう壱野はぼやいていた。

凄まじい数の敵の気配だ。すぐにバイザーに手をやる。

「全員集まってくれ。 恐らくだが、ここに相当数がいる」

「おいおい、まだいるのかよ……」

「壱野准将の勘は確かだ。 全員、マガジンを再装填! 備えろ!」

「くそっ、やってやる!」

弐分と、すこしおくれて三城が来る。柿崎が、じっと目を細めてみているのは、途中で大穴が開けられた水道管だ。

一華のケブラーが来たので、先に指示を出しておく。

「恐らくは緑のα型だ。 即時殲滅を」

「了解。 相変わらずッスねえ」

「もう散々戦ったからな。 気配で分かる」

「ハハハ……レーダーより凄いッスわその勘」

展開完了。

同時に、一網打尽にしてやると言わんばかりに、どっと水道管から緑のα型があふれ出てくる。

本来だったら全滅を覚悟する状況だが。

出現と同時に、一華が手を入れているケブラーが火を噴き、一気に敵を殲滅。猛烈な砲火をかいくぐった緑のα型に、猛然と柿崎と弐分が突進。電刃刀で敵を蹂躙する弐分。柿崎は、超高速の敵を更に高速のプラズマ剣術で仕留めていく。

三城はファランクスでα型を蹴散らして回るが。

やはり兵士達がα型に対応しきれていない。

それを壱野が補う。

「プロフェッサー、背後に」

「すまない。 君が守ってくれなければ、私は一瞬で殺されてしまうな」

「貴方の絶対記憶能力が頼りだ。 だから死なせない」

「本当に……すまない」

激しい銃撃。ケブラーの射撃をかいくぐってくる敵を蹴散らし続ける。

程なく、敵が途切れ始める。

もう、残りは少ない。

馬場中尉も、それを悟ったようだ。

「いつも賭けている。 俺たちが食い殺されるのが先か、物資がなくなるのが先か。 だが今回の賭は、俺の……俺たちの勝ちだ!」

正確な射撃で、緑のα型が吹き飛ぶ。

ケブラーが射撃を止める。

敵の増援は止まっていた。

そして、三城が告げてくる。

「物部伍長がいない」

「!」

「無事か、物部伍長!」

慌てた様子で、馬場中尉がバイザーに。このバイザーも、殆どはプロフェサーと柿崎が直し。独自のリンクシステムを組んで動くようにした。

しばしして、伍長の返事がある。

「無事だ……。 俺は地上に行く!」

「よせ、地上には邪神共がいる! ストームチームでもやっとの相手だぞ!」

「食糧と医薬品がいる! ほんのちょっとの距離だ! 俺だって、歴戦を経てきているんだ! 絶対に帰る!」

無線が切れた。

舌打ちする馬場中尉。プロフェッサーが頷いた。

リングはもういる。そして、そろそろやらなければならない時期だ。

そして、地上にはどの道出る必要がある。地上に何度か出て、センサーをばらまいて来た。

それを使って、リングを探知していたのだが。地下からだとどうしても出力が足りなくて、結果を分析出来ない。

地上には、出る必要がどうしてもあったのだ。

何人かの名前を、馬場中尉が呼んだ。皆、元馬場班の精鋭だ。

「俺と、ストーム1と一緒に来てくれ。 地上に出る」

「正気か……!?」

「困ったことに、EDFは仲間を見捨てない。 物部伍長を救出し、状況に応じて戻るぞ」

もし出来るなら、物資を回収する。そういうことだ。

いずれにしても、時間はない。

すぐに、伍長を追う。

もう、今や。

地上は、人間が支配している場所ではないのだから。

 

1、狂える世界

 

一華はケブラーから頭を出すと、空を見上げる。

空は真っ赤だ。

彼方此方に生えている、奇っ怪な建造物。それらから、ガスのようなものが出ている。

どういうわけか、コロニストは殆ど姿を見かけない。終戦時、奴らはまだまだいたというのにである。

コスモノーツがいないのはまだ分かる。

だが、尖兵であるコロニストがどうしていないのかは、なんとも分からなかった。

実は怪物も、それほどの数はいない。

プロフェッサーと相談したのだが。

どうもプライマーは、地上を改造しているらしい。

いわゆるテラフォーミングの一環では無いのだろうか、という話だったが。

どうにも腑に落ちないことが多い。

例えば、プライマーの母星が色々と駄目になっていて、地球に引っ越そうというのは可能性としてある。

だがテラフォーミングの技術があるなら、金星でも火星でも、抵抗を受けずに住めそうな星は太陽系にある。

なんなら、あれだけ大型の母船を作れるなら、コロニーで暮らせば良い。

少なくとも太陽系内を移動出来る文明はあると見て良い。

アステロイドベルトに到達できれば、大量の資源を確保できるだろう。地球なんか、犠牲を出しながら侵略する意味がない。

それにプライマーだって、攻撃で無傷の訳ではない。

敵の邪神と呼ばれる存在が、実はそれほど大軍では無く。個体数ではコスモノーツ以下であることは既に分かっている。

ならば、敵としても相当な精鋭を投入してきているわけで。

理由を掴めば、絶対に反撃の糸口を掴めるはずだ。

リーダーほどの記憶の安定がないのが口惜しいが。

それでも、既に一華は。

素の身体能力はともかく。

その辺の兵士よりも、パワードスケルトンとビークルこみでなら、役に立てる自信だけはついていた。

兵士達が怯えきっている。

一華も、ケブラーに頭を引っ込めて、周囲の探知をする。

いつ邪神が現れてもおかしくない。

何度か皆で地上に上がったが。毎回数体の邪神と交戦し。やっとの事で撃ち倒してきたのである。

今までとは、文字通りレベル違いの相手だ。

レーザー砲装備のコスモノーツの方が、まだかわいげがあるかも知れない。

「静かにしろ。 奴らに見つかる」

「しかし、馬場中尉!」

「地上は邪神に支配されている! 俺たちはいかされているだけに過ぎないんだ!」

「落ち着け、パニックになるな!」

兵士の一人が、恐怖から叫びだし、馬場中尉が慌ててなだめる。

この真っ赤な空。

既に支配者では無くなっている人類。

新たな支配者邪神。

これらの状況が揃っている上、明日をも知れない状況で立てこもっているのだ。

それは、正気が限界に近いのも仕方がない。

「み、みたものは正気を失う……俺たちだって……」

「心配するな。 正気など必要ない。 俺たちは、EDF設立時の紛争で、散々要人の暗殺をして来た。 正気なんて、あの時捨ててきた」

「クルール……」

「邪神の名を口にするな! 不吉だ!」

兵士達が浮き足立っている。

一華は足下のPC。自分のもっとも大事なものを一瞥だけすると。

どうしてかまったくぼろぼろにならない梟のドローンを頭に乗せていた。

これが、一華なりの戦闘態勢だ。

「リーダー。 どうッスか」

「いる。 二体。 周囲を偵察している」

「狙えそうッスか?」

「……まて。 相互補完できる距離にいる。 一体を撃ち抜くのは容易だが、もう一体の攻撃が厳しい。 少し様子を見る」

移動を開始。

兵士達は、その場で吐き戻しそうだ。

不思議と、空気はこんな真っ赤な空の下でもとても綺麗。

高原のような爽やかさである。

動物とかも普通にいる。

この間は、野ウサギを見かけた。鹿や熊もいるらしい。

相変わらず、プライマーは人間と家畜以外にはなんの興味もないらしく。そういった動物を、邪神が無視しているのを見た事がある。動物はクルールを見て最初は怯え逃げ惑っていたようだが。

最近はクルールが来ても何もせず、敵と認識していないようだった。

これも、考えて見れば妙な話だ。

プライマーは、なんで人間だけに狙いを絞る。いや、恐らく狙いを絞っているのは、緑のα型などの存在からして、人間の文明だ。

しかも、彼方此方に半端に残っている文明の残骸を見る限り。

徹底的な駆逐をしようと思っているとは思えない。

奴らは何を狙っている。

見えてきた。

兵士達が、ひっと声を上げていた。

クルールだ。

巨大な頭。頭の下から、多数の触手が地面に伸びている。

その内一本の手に武器を持ち。もう一本の手には円形の透明なシールドを装備している。このシールドが兎に角厄介なのだ。何しろ、あらゆる攻撃を防ぐ。ライサンダーZの弾すらも。

中には二本の手に武器を持ち、シールドを二つ持っている個体もいる。

姿は頭足類という、四億年も前に地球にいた生物に似ているが。

それとは微妙に違う気もする。

此奴らが恐ろしいのは、どうやらサイボーグ化しているらしいこと。それもあって、凄まじい反応速度を誇り。

マッハ20近い弾速を誇るライサンダーZの弾を、発射されるのをみてから防ぐという離れ業を、距離次第ではやってくるということだ。

マッハ20といえば大陸間弾道ミサイルの速度である。

そしてクルールは多数の触手を生かして、地面を滑るように移動してくる上に。

他のエイリアンと違い、環境汚染に弱そうな雰囲気も一切見えない。

「伍長発見」

三城が呟き、位置をバイザーで送ってくる。どうやら既にクルールに一度発見され、必死に隠れているようだ。

近くに破壊されたケッテンクラート。

いわんこっちゃない。

だが、気持ちは分かるし、とにかくやれるだけやるだけだ。ケブラーだと、クルールの攻撃に長時間は耐えられない。

「リーダー」

「物部伍長の位置からして、すぐに発見される。 流石のクルールも、みていない弾は避けられない。 やるぞ」

「大兄、ガリア砲の残弾が少ない」

「分かっている。 危険だが、狙うしかない」

頷く柿崎と三城。そして、馬場中尉。

リーダーが、一体の頭に狙いをつける。馬場中尉も、皆を叱咤。もう一体の頭に狙いをつける。

あの頭がクルールの弱点だ。

シールドのせいで、撃ち抜くのは至難の業だが。それでも、やらなければならない。

クルールの顔には巨大な目が一対。口は半笑いのように開いていて、それがより恐怖を刺激するらしい。

死骸の調査によると、あの口からは液体しか得られないらしく。体内にも液体状の物質しか見つからなかったそうだ。あの体である。消化器官などは、極限まで圧縮されて頭に一緒に詰まっているのだろう。

殺した人間をすり潰して喰らっているという噂まであった。

ただ、それについては。体内から人間のDNAや残骸などは見つかっていない事からも。嘘の可能性が高い。

だいたい他のエイリアンが宇宙服を着てきているのだ

そんな環境にいる地球人なんて、如何に宇宙服がいらないエイリアンだとしても、わざわざ好きこのんで食うとは思えない。

生物圧縮で、どれだけの毒物が蓄積されているか分からない。

人間で言えば、どぶ川に住んでいる生物をそのまま食うようなものだろう。

兵士達の恐怖は分かるが。

それでも、話を聞いたら、クルールも苦笑するかも知れなかった。

「GO」

「てえっ!」

リーダーが言うと同時に、全員で狙撃。立射で狙撃を平然と当てるリーダーと違い、馬場班は伏せた上で、観測手がついて狙撃をしていた。馬場班の方が普通だ。リーダーがおかしすぎるのである。

直撃。

流石に、シールドがない状態では、まともにライサンダーZの弾が当たれば耐えられない。

頭が吹っ飛ぶクルール。だが、もう一体は、当たりはしたが耐え抜く。即座に反応して、此方を見る。盾を構えられた。

即応して、レーザーのようなものを放ってくる。

だが、飛び出した三城が、間一髪で囮になり、かわしてみせる。

続いて、地上近くから接近していた柿崎が、至近から斬撃を叩き込む。

滑るように地面をさがるクルールだが、触手数本を切り裂かれる。だが。シールドでプラズマ剣を受け止める。

シールドが変色する。

黒くなると、その位置から動かせなくなる。一種のオーバーヒートだ。

ただしその間もシールドとして機能はするし、十秒もせずに復帰する。とにかく、とんでもない代物だ。

柿崎を狙うクルールだが、時間差を置いて接近していた弐分が、電刃刀で首を刎ねていた。

流石にこうなると、クルールもひとたまりもない。

倒れ、散らばる。

頭がどんと、地面に落ちて。血だまりが拡がっていった。

「恐ろしい! 奴らの最後だ!」

「実弾は効く! 奴らはエイリアンだ。 邪神なんかじゃない!」

「で、でも……」

「物部伍長! 出てこい! 急げ!」

馬場中尉の言葉に、気まずそうに物部伍長が出てくる。

プロフェッサーに視線を送る。

必死にボロボロのノートPCを操作して、センサからの情報を集めていた。小型のデバイスでは性能が足りないのだ。

「もう少し、時間を稼いでくれ」

「なんだ、どういうことだ」

「……そもそも撤退させてくれない様子だ」

馬場中尉の疑問を、リーダーが押し潰す。

新手だ。

それも三体。しかもそれは先鋒で、後続で二十体以上がいる様子だ。

「二十体だと!」

「正確には先鋒3、後方に包囲するようにして二十四体。 この数はレッドウォール作戦や、奴らが初出現した時、迎え撃ったEDFが壊滅した時以来の規模だ。 奴らがこれほど集まるのは、何かがあると見て良い。 全て撃滅すれば、当面は安心できる」

「勝つ気なのか」

「勝つ」

リーダーが、ライサンダーZの弾を込め直す。

物部伍長が、青ざめて指さした。

「や、奴らだ! 助け、助けてくれっ!」

「馬場中尉、奴らの足下を狙ってほしい。 一華、同じようにしてくれ」

「了解」

「くっ……どの道逃がしてくれそうにないな!」

この戦術を編み出すまで、随分苦労した。

だが、その戦術を編み出した今。その記憶を持って、過去に戻れば。戦況を変えられるかも知れない。

驚くほど滑らかに、地上を滑って迫ってくるクルール三体。多足である上に、二十メートル以上とコスモノーツを超える巨体でありながら。

その動きは、まるで地上に適応し。最初からここに住んでいたかのようだ。

馬場中尉が、五百メートル以上先からの狙撃を連続して決めてみせる。だが、先頭のクルールは、嘲笑うようにその全てをシールドで受け止める。

後方にいる二体も近付いている。

このまま接近を許すのはまずい。

一華もケブラーで射撃開始。

馬場中尉の攻撃とあわせて射撃をするが、凄まじい動きでクルールは盾を動かし、その全てを防ぐ。

リーダーや柿崎なら、飛んでくる銃弾を刀で切り裂きかねないが。

いくら何でも、あれは反則だ。

兵士が戦意を失うのも当然だろう。

だが、シールドは案外限界が早い。

シールドが黒くなり、オーバーヒート。次の瞬間、またレーザーみたいな光線が飛んでくるが。

三城がそれを紙一重でかわしてみせる。

クルールは、一番近い敵に攻撃する習性がある。だから、こうやって戦う事は可能である。

ただし、三城レベルの飛行技術が必要になるが。

そして、リーダーがクルールの頭を撃ち抜く。

まずは一体だ。

頭を抱えている物部伍長を庇いながら、少しずつさがる。戦闘態勢に入っているクルールの一体は、両手に武器持ちだ。更に、もう一体が見えてきた。二十体以上が続いているという話だった。どんどん現れても不思議では無い。

更に、あの武器。

まずい。

「炸裂弾ッスよ」

「一番危険な奴か!」

両手持ちではない方のクルールが手にしているのは、炸裂弾。

ショットガンに近い武器だが、なんと着弾地点で炸裂する二段構えの武器である。

兵器としてはEDFで実験段階だったバスターショットと呼ばれる強力な散弾銃に近い。また一部で使われていた、ミニオンバスターと呼ばれるアサルトライフルが、炸裂弾方式を採用していた。

それを、あの巨体が乱射してくるのだ。

まともに食らうと、ニクスでも一瞬で粉砕される。

それほど危険な武器である。

「走れっ! 狙いは適当で良いから撃てっ! 足が止まったらやられるぞ!」

「プロフェッサー!」

「私は此処に隠れている! リングの位置を特定出来なければ、どの道人類は負けだ!」

「はー、分かったッスよ!」

ケブラーを出す。

三城が凄まじい飛行技術でクルール二体の猛攻を凌いでいるが、長時間は耐えられる訳がない。

そもそも三城のフライトユニットは、壊れたのを直し、を繰り返している品だ。

いつまでも、フルパワーを出していたら今度こそガス欠を起こしかねない。

接近する柿崎に、先手を打つように二丁持ちのクルールが撃って来る。ウィングダイバーの使う雷撃銃のような攻撃だ。火力は凄まじく、これも戦車が一撃でダウンさせられたという話がある。

三城の飛行技術は、あのジャンヌ大佐が絶賛するレベルだ。

それに、既に恐らくは二度。記憶が曖昧だが。五年間戦い抜いているし。敗戦に書き換えられた歴史の分も含めると、もっと戦闘経験が蓄積している可能性が高い。

もう、それだけ絶倫の技量で飛んでいると言う事だ。

だが、それでもマシンパワーには勝てない。

急がないと、手遅れになる。

「クルールのシールド、オーバーヒート!」

「撃ち抜く」

リーダーが、狙撃。

一体の頭を撃ち抜く。だが、遠くから、更に二体が近づいて来ている。両手持ちが、上空に回った三城を狙っているが。接近した弐分が、シールドを持つ腕を電刃刀で叩き落とす。

更に柿崎が、その隙から踊り込み、頭にプラズマ剣を突き立てていた。

凄まじい絶叫を上げながら、クルールが倒れる。

おぞましい断末魔に、悲鳴を兵士が上げた。

「恐ろしい、奴らが来る、奴らが来る……!」

「奴らを殺せる! だが……」

ケブラーが激しく揺れる。

迫撃砲か。

クルールは三十q先から攻撃可能な超長距離迫撃砲を持った個体が存在する。まあ戦略兵器というか砲兵だからだろう。そういうクルールは、両手に迫撃砲を持って火力を上げる反面、シールドを手にしていない。

接近さえ出来れば、どうと言うことはない相手だが。

サイボーグ化しているクルールは、恐らくだが情報を相互リンクで得ていると見て良いだろう。

リーダーが、渾身の一射を叩き込み。

クルールの頭を吹き飛ばしていた。

距離次第では、シールドなど関係無い。ただし、それだけ接近しなければならない。危険な賭だ。

更にクルールが迫ってきている。

プロフェッサーが、顔を上げていた。

「よし、位置を特定出来た。 さがるぞ!」

「いや、どうやらもう遅い」

馬場中尉が呻く。

周囲に、多数の影が見える。完全に囲まれた。

クルールはコスモノーツ以上に優れた連携戦術を採る。手足は凄まじい距離まで伸び、近くのクルールを致命傷から守る事もある。

つまりクルールは多数が集まっていると、もっとも倒しにくい最強の壁を作りあげてくる。

戦略兵器で一気に吹き飛ばせば話は別なのだろうが。

今は、そんなものの手持ちはない。

エイレンのバッテリーによる電撃地雷があればいいのだが。残念ながら、バッテリーは持ち込めなかった。

「近くの建物に隠れろ! 必ず救出に行く!」

「畜生! 邪神とかくれんぼかよ!」

「終わりだ、殺される!」

「俺たちは三年隠れた! それを忘れるな! 俺たちを探し出せる奴なんて、どこにもいやしない!」

馬場中尉の言葉ももっともだ。

そのまま、周囲の崩れた建築物の影に隠れる。ケブラーは残念だが、放棄するしかないだろう。

クレーターの後に飛び込むと、乗り捨てる。PCは持ち出した。梟のドローンは頭に乗せたまま、である。

そのまま、パワードスケルトンの助けを借りて走る。

クルールが、ケブラーに寄ってくる。

遠隔操作で、攻撃開始。一体を蜂の巣にしてやる。

集まってくるクルール。

ありがとう、ケブラー。

助かったよ。

そう呟きながら。一華はケブラーを自爆させていた。

流石にこれには、クルールもひとたまりもない。リーダーには伏せていたが、内部にはC型爆弾の最新鋭。C90A爆弾の試作型を積んでいたのだ。雷管が不安定だったので、ちょっと心配だったが。

最後の仕事を、してくれた。

数体のクルールが吹っ飛んだことで、敵も慎重になったらしい。

二丁持ちのクルールが、周囲に何か喋っている。そうすると、数体ごとに部隊を組んで、奴らは分散していった。

残党狩り、というわけだ。

建物に隠れた一華は、三城がいるのをみて安心したが。三城のフライトユニットの翼は、赤熱していた。

それだけ危なかったのだ。

「よく、耐えられたッスね」

「悔しいけれど、このフライトユニットだとあれで限界。 もっと速度を上げられたら……」

「それは、過去に戻ってからプロフェッサーに頼むッス」

「そうする」

一華は、三城と話しながら位置を確認。この辺りの地形は調べてある。何度かクルール退治で出て来たからである。

よし。実は、以前調査に来た時に発見していたものがある。修理する時間がなくて、何より狭くて地下には持ち込めなかったのだが。

丁度良い具合に、此処がその場所だ。

三城に見張りを頼んで、奧に。

あったあった。ニクスだ。ただし、装甲が殆どやられてしまっている。代わりに、野ざらし雨さらしにはなっていない。

正規軍が装甲を殆ど失ったニクスを使うほど、末期のEDFは疲弊していた。さっと確認する。かなり破損は酷いが。

リングを壊すまでもてば良い。

すぐにコックピットに乗り込むと、PCをセット。起動。バッテリーは結構ギリギリ。だが、踏破性は申し分ない。

装甲は駄目だが、幸い型式は悪くない。一華が組んだCIWS等のシステムを、全てダウンロードし、更にインストールしていく。

ただし、リング近辺の敵との戦闘で使いたい。ざっと調べるが、弾などが長期戦をやれるほど残っていないのだ。勿論予備のマガジンなどない。

近くに、白骨化した兵士の亡骸があった。ある事はしっていた。これをどうにか動かそうとして、力尽きてしまったのだろう。以前はかなり厳しい状況で、埋葬する暇もなかった。

ニクスの武装を確認する。試作機だったらしく、面白いものを搭載している。レールガンだ。ただし出力は弱め。撃てて二発くらいだろう。レールガンは電気をやたら食う兵器だが。このレールガンはニクスと電源を別にして、それで独立装備となっている様子だ。

「使えそう?」

「……リングとの戦闘に、なんとか」

「分かった。 その人は、今私が葬る」

「その間、見張るッスよ」

自動で診断プログラムを走らせ。マクロ任せでシステムのインストールとアップデートをしていく。

リーダー達も逃げ延びているはず。まずは。リーダーが暴れるのを待つ。それが、今一華にできる事だ。

三城がニクスのバックパックからシャベルを取りだし、乾いた地面を掘り返し始める。

そして、白骨死体を、嫌な顔一つせずに埋めた。

手を合わせているのを横目に、一華は自分の仕事をする。このレールガン、出力は弱いが使える。

マザーモンスターを殺すには足りないが、恐らくクルールの無防備な頭くらいなら一撃確殺出来る筈だ。

「三城、無事か」

無線が入った。リーダーからだ。

当然、応答はしておく。

「此方一華。 三城と一緒ッス。 前に発見したニクスの場所に隠れたッスよ」

「よし。 此方はプロフェッサーと物部伍長と、それと馬場中尉と一緒だ。 ざっとみた感じだと、その位置の周囲にクルールはいない。 近辺に散ったクルールを駆逐しながら、救助に向かう。 少しもちこたえてくれ」

「了解ッス」

埋葬と祈りを終えたらしく、三城が顔を上げる。

一華は嘆息すると。さて、何人助けられるかなと。現実的に考えたのだった。

 

2、邪神の宴

 

弐分は柿崎と、他二名の兵士と一緒に廃屋に隠れていた。一旦散るようにと言われたが。ともかく単騎でクルールに挑むには装備が足りない。

倒せる自信はあるが、その間に他の兵士はやられてしまうだろうし。

何よりも、複数のクルールが来たらまずい。

大兄とは連絡が取れた。

此処から、連携して各個撃破していく。

兵士達は怯えきっている。

無線で、大兄達の会話が聞こえてくる。

「みんな消えてしまった……邪神に食われてしまったんだ……」

「隠れているだけだ。 ストーム1の五名の戦闘力は私が保証する。 あの負け戦の中でも、多数のクルールを倒して来た凄腕の精鋭達だ。 この程度の事で、死ぬような戦士達じゃない。 他の皆も、きっと無事だ」

プロフェッサーが、物部伍長を励ましている。

プロフェッサーだって、悲惨な負け戦と、物わかりが悪い戦略情報部のせいで家族を失ったのだ。

内心穏やかではないだろうに。

それでも、どうにか必死に他の人を励まそうとしている。

あの悲惨な地下商店街でも、生き残るために必死に努力をしてくれた。この時の為である。

リングの位置は特定したと言っていた。

そして、間もなくリングに仕掛けるタイミングだ。

まずは、リング近辺の警備をしていて。仕掛けて来た人間を殲滅しに来ただろう此処のクルールどもを殲滅する。

リングの守りが薄くなった所に奇襲を掛ける。

海野大尉がいてくれれば更に心強かったのだけれども。

残念ながら、そうもいかないのが口惜しい所ではある。

「よし、救援に出る。 周囲のクルールが分散してきた。 連携しながら各個撃破すれば、どうにかなる筈だ」

「無理だ……!」

馬場中尉に、物部伍長が呻きながら否定。

完全に負けが心に染みついてしまっている。

クルールによる蹂躙は、コロニストやコスモノーツの比では無い凄まじさだった。しかも今周回では移動基地も投入され、更に厳しい戦況での蹂躙が続いた。生き残った兵士達は。それぞれが心に強い傷を負い。総司令部の全滅がとどめになった。

深海にはエピメテウスがまだいる筈だが。

これでは人類の再建どころではないだろう。

「手足が何本もあった! 奴らはたくさんの武器とシールドを同時に扱える! 勝ち目なんかない!」

「勝ち目ならある。 事実今、何体も倒しただろう」

「それは……」

「まずは皆を救援する。 合流して、全員で地下に戻るぞ」

馬場中尉はいつもリアリストで厳しい事を言うが。こう言うときは、きちんと仲間の保護を優先する。

地下の市民達の物資不足だって、決して快くは想っていない筈だ。

救援ができない事を、悲しんでいるのは多分馬場中尉も同じだろう。

この世界で生き残る。

それは、とても厳しい事なのだ。

「わかった……やろう。 俺のせいなんだ……」

「物資を回収しようと、俺ももっと努力するべきだった。 物部伍長、すまなかった」

「……」

「壱野准将、頼むぞ」

大兄が動き出したようだ。

間もなく、指示が来る。

周囲のクルールの様子を確認。此処からは、時間との勝負でもある。

銃声。

音からして、クルール一体の頭が消し飛んだようだ。数体が移動を開始する。

「よし、仕掛けてくれ」

「了解!」

弐分は飛び出す。兵士達は腰が引けているが、それについては無視。

そのまま躍りかかる。

柿崎はプラズマ剣で、弐分は電刃刀で、それぞれ一体ずつクルールに奇襲。首を刎ね飛ばす。

一体が反応して、此方にショットガンを放ってくるが。高機動で回避。空中に飛んでいったショットガンの弾を横目に、スピアを叩き込む。シールドで防がれるが。そのシールドに、柿崎がプラズマ剣を叩き込む。

シールドがオーバーヒート。

ぬるりとさがって距離を取ろうとするクルールだが、残念だがさがらせてはやらない。

そのままブースターとスラスターを同時に噴かして、一気に間合いを侵略。頭の真ん中にスピアを叩き込んでやる。

頭が潰れて、そのまま倒れるクルール。

触手が、しばらくびたんびたんと地面を叩いていた。

シールドはクルールが死んでも機能が健在な様子で、地面でしばししてからオーバーヒートが解除された。

厄介な仕組みだ。

また狙撃音。

混乱しているクルールを、大兄が馬場中尉と連携しながら、倒しているのだろう。

バイザーに指示が来る。

移動。兵士達にも声を掛ける。

覚悟を決めてください。そう言うと、兵士達は特務だったことが信じられないくらい、腰が引けた様子で出て来た。

それだけ、クルールを怖れているのだ。

「あの廃墟に向けて移動します。 出来るだけ態勢を低くして、ついて来てください」

「奴らに見つかる!」

「見つかったら倒します」

「……」

兵士達は恐怖で失神しそうだ。

そのまま走って貰う。廃墟までもう少し。

ぬっと、クルールが廃墟の影から顔を出すが、その側頭部を狙撃が貫いていた。

大兄だ。

建物に、兵士をどんどん飛び込ませる。

内部には、数名の兵士が隠れていた。馬場班の残りだ。

「見捨てられたかと思った!」

「大丈夫、地下に戻りましょう」

「あんた達は……強いな」

強いものか。

弐分は唇を噛む。

強かったら、荒木軍曹達や。ジャムカ大佐やジャンヌ大佐を死なせないで済んだ。

歴史改変前も改変後もそれは同じだ。

どちらもうっすら記憶に残っている感じで、改変前の記憶はより薄いのだが。それでもみんな死なせた。力不足で。それは覚えている。

「一華、狙えるか」

「了解」

ニクスの射撃音。

モロに不意打ちを食らったクルールが一体、蜂の巣にされた様子だ。もう一体が反撃しようとして、頭上からファランクスで急襲を受け、焼き切られたようである。こういう戦いの経験も、大兄は積んでいる。

記憶がどうにも曖昧だが。ここ三年の戦いの他にも、前にもあったような気がする。

どうしても、この歴史改変の度に、全ての記憶を持って行けない事が口惜しい。

ただ、体には戦闘経験が染みついている。

「これで皆が分散してからキル8」

「点呼構わないか」

「了解です。 すぐに済ませてください」

馬場中尉が点呼を開始。

ストーム1は全員無事だ。一華に至っては、前に見つけたニクスを使えるようにしたようである。

馬場中尉が嘆く。

二人、足りていないそうだ。

「近くに隠れているはずです。 クルールの様子からして」

「分かった、探そう」

「もう逃げるべきだ!」

「俺たちが逃げていたら、お前は助からなかったんだぞ」

据わった馬場中尉の声を聞いて。バイザー越しに逃げる事を提案した兵士が黙り込む。今のは、本気で怒っていたな。

馬場中尉はあれでいて、仲間のことは本気で大事なのだと分かる。

とはいっても、その範囲はあまり広くない。

助けられる範囲で、なのだろう。

それに関しては。村上家も同じだ。

弐分にとっては、大兄と三城が一番大事だ。

だから、気持ちは分からないでもない。

クルールが来る。数体が、滑るように地面を歩いて来る。この様子が、とても非生物的で恐ろしいらしい。しかも体をうねうねと動かすので、頭が弱点でも中々狙いづらいのである。

大兄くらいだ。クルールに百発百中出来るのは。

「一度移動してくれ。 場所は……」

指示通りに動く。

兵士達には、先に告げる。

「俺たちの移動は、囮を兼ねます。 一瞬クルールが一斉に反応しますが、冷静に対応してください」

「おいおい、嘘だろ……」

「皆は守ります」

「くっ……分かったよ」

柿崎が半笑いで様子を見ている。

自分の圧倒的な実力を確認できて嬉しいらしい。

この娘がリアル人斬りに等しい精神性の持ち主である事はもう分かっている。勝つために、柿崎の力が必要な事も。

必要なら誰でも斬る。

そういう考え方の持ち主だ。

全ての鍛錬は、武術のため。そして武術を殺しの技術と考えれば。今の状況は、柿崎にとってはむしろパラダイスなのだろう。

三城ですら、地下生活はつらいとぼやいていた事があったのに。

柿崎は暇なときは正座をして精神修養をしていた。まるで地下生活を苦にしていなかったのは、いざという時戦闘が出来るし、磨き抜いた武を敵にぶつけられるから、なのだろう。

柿崎が先行して、クルールが一体気づく。

まるで猪のように、凄まじいカーブを効かせて戻ってくる柿崎。

飛行は苦手だが。その代わり機動に特化したフライトユニット。

猪が、猪突の言葉とは裏腹に、走りながら超精密にカーブが出来るのと同様。柿崎も、そういった動きを得意としている。

クルールが射撃しようとした瞬間、その頭が消し飛ぶ。大兄による狙撃だ。

だが、他のクルールも集まって来ている。乱戦になるが、クルールは残念ながらクロスファイヤーポイントに誘いこまれている。

こうなると、自慢のシールドも役に立たない。

一撃離脱で、弐分はクルールにスピアを叩き込む。シールドをオーバーヒートさせれば、即座に大兄がクルールを撃ち抜いてくれる。

ニクスの射撃の火線が見える。

クルールも必死に防ぎつつ反撃しようとするが、腕を上げた瞬間に馬場中尉の狙撃がそれを吹き飛ばしていた。

クルールの腕も他のエイリアン同様再生するが。

その腕は、内部に機械部品が詰まっている事が分かっている。毒素もだ。

怪物同様、食べる事は出来ない。

そう分かっていた。

数体のクルールを殲滅後、集まる。大兄も負傷していない。プロフェッサーも無事だ。すぐに移動を開始する。

パワードスケルトンありでも、プロフェッサーは走るのが辛そうだ。

だが、それでも走って貰う。

廃墟の一つが見える。可能性があるとしたら、彼処だ。

クルールが周囲を巡回しているが。大兄が出会い頭に弾丸をプレゼント。クルールは強いが、奇襲や全方位攻撃には弱い。そんな状況は、残念ながら中々作り出せないが。

馬場中尉が、廃墟を覗き込む。

兵士が二人、怯えきった様子で、周囲を見回しながら出て来た。

「じゃ、邪神がそこに……」

「もう倒した」

「そうか……」

「地下に戻るぞ」

ひっと、兵士が悲鳴を上げる。弐分は、大兄に一瞬遅れて反応。数体のクルールが、迫ってきている。

総力戦をやるしかないか。

残りの敵は半数を切っている。

それならば、勝ち目はある。あれを倒せば、残りは数体の筈だ。

「建物の背後に隠れろ! 出会い頭に敵をたたく!」

「くそっ! 彼奴らの反応速度は知ってるだろ中尉!」

「だが此方には、ストーム1がいる!」

「畜生……やってやる!」

兵士達が、クルールの銃撃に追われて、建物の向かいに隠れる。クルールは二分隊に別れて、大きく迂回しながら追ってくるようだが。

それは却って、思うつぼだ。

一分隊の視界が切れた瞬間、弐分は三城と一緒に飛び出す。ニクスが支援射撃をしてくれる中、クルールの凄まじい雷撃銃をどうにか回避しつつ、懐に飛び込む。ニクスの射撃でシールドは既にオーバーヒート。頭にスピアを叩き込んでやる。

さがろうとするクルールを、三城がファランクスで焼き切る。更に一体を、電刃刀で斬り伏せる。もう一体。二つの手に雷撃銃を、更に二つの手にシールドをもっている。三城を狙っている。かわしきれない。

だが、弐分がその顔面に、一瞬早くスピアを叩き込む。

のけぞったクルールが、上空に二発の雷撃銃をぶっ放し、三城に当たらず逸れた。ニクスの射撃は続いている。もう一体を狙っているのだろう。

すぐに戻る。

大兄が出会い頭に一体は倒しているだろうが、敵はそこまで簡単に倒せる相手じゃない。以前試してみたが、ガリア砲だと確定で防がれる。それくらい、クルールの反応速度が凄まじいのだ。流石にクルールでも光線兵器はどうにもならないようだが。それでも最初の一瞬の照射以外は防がれてしまう。

敵の背後に回り込む。クルールは既に二体にまで減っていた。此方に気付いて、反撃してくるクルール。高機動を駆使して、必死に回避。

これを回避できずに、多数のフェンサーやダイバーが倒されていったな。

そう思いながら、クルールに電刃刀で斬り付ける。シールドで防がれる。だが、ニクスの射撃が、クルールを蜂の巣にしていた。

そして、三城がその時には。既に最後の一体を撃ち倒していた。

合計八体のクルールが倒れて死んでいる。

兵士の一人が。ゲーゲー吐き戻していた。それを誰も咎めない。悲鳴だけでもおぞましいという兵士がいる。

地上の生物と根本的に違う体の構成。

それは、怖れるのも当然だ。

「まだ数体います。 片付けましょう」

「分かった。 地下の安全確保のためだ」

「……分かったよ」

「すまないが、聞いてほしい。 その作業が終わったら、別の場所に用事がある」

プロフェッサーが片手を上げる。

馬場中尉が不審そうに視線を向けるが。プロフェッサーに散々地下の機械を直して貰った恩がある。

無碍にも出来ないのだろう。話してくれと馬場中尉は言った。

「リングに対して、我々は有効な攻撃手段をもっている」

「リングって、最近現れたらしいプライマーの超巨大母艦か!」

「そうだ。 どの道地下に籠もっていてもいずれは死ぬ。 我々だけ、近くに送り届けてくれればそれでいい。 頼めないだろうか」

「……送り届けるだけだぞ」

馬場中尉は、舌打ちしながら同意する。

これで、多少は接近が楽になるか。

クルールの残りは、慌てた様子で周囲を見回っているようだ。大兄が狙撃して、早速一体を仕留める。

残り数体はさがりながら、味方への報告に戻ろうとしているようだが。既に弐分と三城が、柿崎と一緒に先手を取り。

敵の退路を塞いでいた。

大兄の狙撃を防ぎ、シールドがオーバーヒートしたクルールを。即座に電刃刀で首を刎ねて殺す。

他のクルールも、程なく片付いていた。

何とか、倒し切れたか。

この規模のクルールとなると、旅団規模の戦力でも半壊を覚悟しなければならないだろう。

それくらい、此奴らは強い。

バリアス型タンクの射撃でも防ぐのを見た事がある。

レールガンの弾ですら、シールドはオーバーヒートするものの防いでくる程なのである。

生物の領域を超えている。

そういえば、前のプライマーの敵司令官に対して、戦略情報部の少佐がそう称しているのを聞いたっけ。

考えて見ればあれも、こういう風に体内を色々弄っていたのかも知れなかった。

「大兄、気配は大丈夫か」

「ああ。 近隣のクルールは全滅した。 此奴らはリングの守備隊の一角を担っていた筈で、リングの守備戦力をかなり減らせたはずだ」

「だといいんだがな……」

「クルールはそもそも数が少なく、勝ちに奢った今の状態ならなおさら世界中に散っている筈です。 これはここに来るまで各地を転戦してきた我々が断言します」

楽観では無く、客観だ。

それが分かったのか、馬場中尉は咳払いした。

「それで、どこを護衛すれば良い」

「この近くに一番坑道という場所がある」

一番坑道。

古い時代、日本は金の国だった。世界規模の金鉱脈が幾つも存在していて、黄金の国ジパングなどと呼ばれた程である。

江戸時代には掘り尽くされて枯渇してしまったものの。

戦国時代などには彼方此方で金が掘られ。そのために今でも、彼方此方に巨大な坑道が残っている。

この辺りには有名な坑道があり。

内部にはニクスも乗り入れられるほど広い。

しかも、地上をのこのこ行くよりも。地下を行くのが苦手なクルールがいない坑道を行く方がマシだろう。

「ただ、坑道の途中には怪物の巣が確認されている。 地下街の安全を確保するためにも、駆逐してしまおう。 以前、私が調査に出向いたときには三人死んだ。 だが、この面子なら、さほど苦労せず撃滅できるはずだ」

「分かった。 地下の安全を確保するためだ。 それに、これだけクルールを倒せば、安全に倉庫の物資も回収出来るだろう。 協力はする。 ただし、リングへは自分達だけでいってくれ」

「それで充分だ。 ありがとう」

すぐに移動開始。

程なくして、立ち入り禁止のバリケードが張られている坑道が見えてきた。

バリケードを、弐分がどかす。

フェンサースーツのパワーなら、簡単極まりない。ニクスは、さっきの戦闘でかなり被弾したのか、或いは元からボロボロだったのか。あまり状態が良く無さそうだ。

「一華、そのニクスは大丈夫か?」

「何とか無事ッスよ。 リングを壊すまではもたせて見せるッス」

「……」

馬場中尉は、不満そうだ。

恐らくだが、リングなんかに近付いたら絶対に死ぬと思っているのだろう。

その気持ちは良く分かる。

あのリングの凄まじい異様。地下に潜んでいても、知っているのだろうから。

リングをみた兵士は、皆が絶句し。

その巨大さに恐怖していた。

マザーシップをしのぐその巨体。

例え攻撃してこなくても、プライマーの凄まじい戦闘力を思い知らされるには、充分過ぎるほどなのだから。

坑道に入る。

入口付近で、一番二番三番とある。

途中の経路は違うが、最終的には同じ場所に出る。

一時期は観光客が入るための観光名所になっていたのだが。怪物が出るようになってしまってからは、閉鎖しかなかった。

今では危険すぎて踏み込めない状態だが。怪物の巣が出来ているのでは、あの地下もいずれ脅かされる。

もう、地上どころではない。

どこの生き残りも、地下に籠もって必死に嵐が過ぎるのを待っている状態だ。

そしていずれは殺される。

だが、その未来は来させない。

此処から、逆転させて貰う。

弐分は、多くの死んでいった人達を思い出しながら。そう思った。

 

3、坑道に住まうもの

 

一番坑道と書いてある場所へ三城は皆と進む。内部はニクスがギリギリ通れるくらいの通路。時々広くなっているが。

そういう場所にこそ、怪物がもう出張っていた。

だが、狭い通路だ。

電撃銃が猛威を振るう。

電撃銃で怪物を薙ぎ払っていると、馬場中尉が呻いた。

「やはり考え直せないか。 リングに近付けば死ぬぞ。 あんたが天才といわれていた事は知っているし、作ってくれた武器が戦況の悪化を随分食い止めてくれたことだって俺も知っている。 だが、いくら何でもあんな化け物兵器に勝てる訳がない」

「大丈夫だ。 既に検証済の手がある」

「検証済だと!?」

「……もう時間があまりない。 いこう」

少し広い場所に出た。

わんさかα型がいる。

更に、β型の気配だ。これは、壁などから湧き出してきてもおかしくは無いだろう。

ニクスを少し下げると、大兄がアサルトで射撃。

わっと寄ってくるα型。それを、皆で一斉に射撃して片付ける。柿崎も、流石にこの密度の敵に突っ込むつもりにはなれないらしく。パワースピアを放り投げて、支援に徹する。

小兄はスピアと電刃刀での一撃離脱を続け、かなりの数を屠るが。

それにしても凄い数の怪物だ。マザーモンスターがいても不思議ではないだろう。

ただ、大兄がそれを先読みしたように言った。

「近くにマザーやキングの気配はありませんね。 多分二番か三番坑道にいます」

「そんな事まで分かるのか。 あんたの勘は本当に化け物じみてるな」

「まだ足りない。 もっと研ぐ必要があります」

大兄が、マガジンを換えている隙を、三城が補う。電撃銃で、押し寄せてきているβ型を蹴散らす。

ニクスが前に出ると、残り少ない機銃弾を叩き込む。

それで、殆どの怪物がいなくなった。

怪物の死体だらけだ。茶色のα型とβ型の死体だらけ。アンドロイドが入り込んでいてもおかしくなさそうである。

「化け物屋敷そのものだ。 ホラーゲームの方がまだかわいげがありやがる」

「無駄口を叩くな。 帰路を考えると、出来るだけ急いだ方が良い」

馬場中尉が部下を急かす。

やはりまだ、リングへの攻撃については懐疑的な様子だ。

それに地下の守りに、ストーム1がほしいのだろう。

気持ちは、嫌と言うほど分かる。

「この坑道は、昔は金が取れたんだな」

「この辺りは日本最大というほどではないが、そこそこ金が取れたらしい。 ただ流石にもう枯渇してしまっている。 更に深い所まで坑道は続いているが、それらは崩落したりして、危険だから入る事は推奨されない。 一応無人の偵察小型ロボットを送り込んだが、怪物も入り込んではいないようだ」

「いざという時には逃げ込めるか?」

「止めた方が良い。 汚染された水と、よどんだ空気の地獄だ。 怪物の繁殖には水が必要なようだが。 そんな怪物達でも見向きもしない環境だ」

また広い空間に出た。

大兄が右手を横に。皆が止まる。

奧に大量のβ型がいる。

アサルトでおびき出して、少しずつ削る。β型はとにかく浸透力が危険だし。こう言う場所では放ってくる酸を含んだ糸も危険だ。しかも今相手している茶色のβ型は、雷撃を含んだ糸を放ってくる。

体内に放電器官をもっている生物は自然界にそれなりに存在しているが。有名なデンキウナギなどは、体の殆どが放電器官になってしまっている。それくらい、放電は難しいのだ。

此奴らは、遺伝子操作でもされたのか。

或いは、放電が必要なくらい、危険な環境にいたのかも知れない。

数が多い。とにかく、徹底的に駆除する。

放置していたせいだ。非常に増えている。地下街に来たのは、此奴らで間違いないだろう。

「駆除完了!」

「いや、まだだ。 上から来る」

「!」

慌てて、兵士達がさがる。

広間の上の方にあった穴から、またわんさかとβ型が出現して襲いかかってくる。大兄が警告していなければ、相当数が犠牲になっていただろう。

すぐにさがって射撃開始。此方の陣取った通路に攻めこもうとβ型が押し合いへし合いをしている所をみると。ある程度戦術的な行動をとれても、やはり頭そのものはそこまでは良くないことが分かる。

ニクスが前に出て、掃射開始。

β型が、片付いていた。

「酷い場所だ。 生きて帰れる気がしない」

「だからこそ、余計に今、怪物を出来るだけ減らしておこう」

「そうだな……」

馬場中尉が、皆に呼びかけ、前に出る。

負傷者が出始めている。クルールとの連戦だ。仕方がない。負傷も、殆ど応急処置しか出来ない。

医療品が足りないのだ。

弾薬だけは足りていたEDFだが。あの地下街は、倉庫と閉ざされて。今やその足りていた物資すら不足している。

ベース251と合流することを、真剣に検討するべきだと三城は思う。

いずれにしても、今のうちにコアを温めておく。

この地形だと、プラズマキャノンは使えないか。

しかし電撃銃とファランクスだけだと、外に出たときに色々と困る。せめてプラズマグレートキャノンも使えれば。

だが、地下に籠もった前後で、壊れてしまった兵器も結構多い。

プラズマグレートキャノンはどうにか持ち込めたのだが。既に安定性が不安定になっていて。

もう使う事は、諦めた方が良い状態だった。

ライジンもそうだ。

うっすら記憶にある歴史改変前だと、ライジンは性能が安定していて、抜群の使い勝手を誇ったような気がするが。

それも過去の話である。悲しい事に。

だが、技術の蓄積は出来ている筈だ。

地下で、一華とプロフェッサーはデータの交換をしていた。プロフェッサーは、過去に可能な限りの技術を持ち帰れる。

それで歴史を可能な限り書き換える。

少なくとも、この状態だけは。絶対に改善しなければならない。

不意に、無線が入ってきた。

大兄が、周囲にしっと声を上げないようにいい。

バイザーの出力を、一華が調整する。

「生存者に告げる。 此方ベース251守備隊。 俺は隊長の海野大尉だ。 今日、俺たちはリングへの攻撃作戦を決行する。 歴史に残る、人類最後の反攻作戦だ。 近隣の基地、潜んでいる兵士、誰でもいい。 参加できるものは、参加してくれ。 生存者に告げる……」

海野大尉。生きてくれていたのか。

歴史改変で、会えなくなってしまった人。坑道を抜けたら、またシロ坊とか呼ばれるのだろうか。

それはもういい。

とにかく、自分の意思で。

必ず勝つ。

それには、あらゆる手管が必要だ。人手も。海野大尉がいてくれれば、心強い。

「ベース251だと! まだ生き残っていたのか!」

「彼処の海野大尉は有名な問題児でな。 警官からEDFになったおっさんで、中途で入ったのにべらぼうに強くて、でも何度も無能な上官を殴って戦場での活躍をフイにした名物男だ。 だが、部下を死なせるような上官は死ねば良いと思うし、悪い印象はあまりないな。 そうか、生き残っていたのか……」

馬場中尉がぼやく。

この人は特務で、荒木軍曹とかと同じで本部に目を掛けられていたはずの人物だ。

それが中尉止まりと言う事は。

或いは海野大尉は、似たような境遇の人なのかも知れない。

「急ごう。 海野大尉は血の気が多い。 あまりもたつくと、無駄に死なせるかも知れない」

「……分かった。 急ごう。 プロフェッサーも海野大尉を知っていたのか」

「ああ、色々とな」

行軍速度を上げる。

怪物が辺りの坑道を弄くったのか、かなり地形が峻険だが。ニクスは何とか進軍できている。

程なくして、かなり広い空間に出たが。ろくでもないものも同時に見えてきた。

アンドロイドだ。

かなりの数がいる。

しかも、大兄が、隠れて手をかざして呟く。

「大型がいる」

「くっ……まずいな」

「俺が大型は仕留めます。 一華、残弾は」

「ちょっと心許ないッスね。 温存できない感じッスか?」

柿崎が前に出る。小兄も。

そうなれば、三城もやるしかないだろう。

「ニクスはリング戦に温存する。 前衛を三人で頼む。 皆、狙撃戦を準備してください」

「分かった、どうにか突破する」

「アンドロイドが地下に来てるのかよ!」

「だが通常アンドロイドだ。 高機動型じゃない。 高機動型だったら、ちょっと勝ち目がなかったが、これならなんとかなる」

馬場中尉が言う高機動型。

そう。歴史改変後に出現した新型だ。アンドロイドをプライマーは気に入ったらしく、どんどん新型を出してきている。

高機動型は都市戦に特化したタイプで、地面をうねうねと物量で押し込んでくる通常型と違い。

同じくバリスティックナイフを用いる点では共通しているが。それを使ってワイヤーアクションで攻めこんでくる。

特にウィングダイバーの天敵と言われ。

此奴を散々退けた三城は、英雄呼ばわりされたっけ。大兄が、それを褒めてくれたけれども。

高機動型に対応できずたくさん味方が死んだから。あまり嬉しくなかった。

とにかく、やるしかない。高機動型でないのは、確かに好都合だ。

それに、アンドロイドが地下に来ていると言う事は。

プライマーが、地下での活動について。アンドロイドでも出来るかと、実験している可能性がある。

確か記憶が曖昧だから何とも言えないが。ベース251も、擲弾兵が地下から壁を喰い破って攻めこまれたような気がする。前の周回か、それとも改変前かちょっと記憶が曖昧だが。

もしも、アンドロイドが地下を自在に移動出来るようになったら。

地下から来るのが怪物かアンドロイドか、対策が変わってくることもある。厄介極まりない。

全員が配置につく。

そして、大兄が狙撃。

反応し、突撃してくるアンドロイド。凄まじい数だ。

三城はファランクスを片手に突貫。柿崎がすり足で接近すると、次々にアンドロイドを斬り伏せる。

狭い通路だ。

飽和攻撃も出来ずに右往左往するアンドロイドを、皆の狙撃と、更に小兄の電刃刀が斬り裂きまくる。

さらに三城も突貫。

ファランクスで、片っ端からアンドロイドを蹴散らす。

大型が、来るのが見えた。

ブラスター発射の態勢に入っている。

アンドロイドごと、撃ち抜いてくる構えだ。だが、大兄の狙撃が早い。既に急所は見抜いたと言っていた。

その言葉通り、大型が一撃で撃ち抜かれ。爆発四散。

だが、大型は一体ではない様子だ。

前衛で飛行技術の粋を尽くして暴れながら、必死に敵を削る。馬場班も、応戦をしてくれている。

馬場中尉の狙撃技術はかなり優れている。ボロボロの狙撃銃なのに、大したテクニックである。

やはり、色々問題行動を起こして、あの戦況で出世出来なかったのだろう。

それについては、何となく見当がつくが。

それは、口にしない方が良いだろうなとも思った。

「まだ来るぞ!」

「やっぱりアンドロイドは地下への適応能力を得つつある! 出来るだけ駆逐しないと、地下街に来るぞ!」

「こんな数が来たら、一瞬で地下は終わりだ!」

「ならば此処で片付ける!」

兵士達を必死に鼓舞する馬場中尉。三城も、凄まじいバリスティックナイフの攻撃を回避しつつ、隙を見てファランクスで刺す。

それにしても、柿崎の地面スレスレでの機動はとんでもないな。

武術を強化する事に特化したパワードスケルトン。それにフライトユニット。

それが、柿崎を彼処まで強くしている。

本来大技を放てば人体構造などから隙が出来るが、それを全てあの装備が潰している。つまり隙無しで、大技を次々放っていける、と言う事だ。武術を囓っていれば、それがどれだけ凄まじいかよく分かる。

地上戦用に、あれを三城も注文するか。

いや、いい。

三城は空中戦のスペシャリストだし。

何よりも、空を飛んでいて楽しい。

楽しく空を飛べれば。

ふと、何か思い当たる。

そういえば。最初は。

空を飛んでいて、初めて楽しいと思えたのではなかったが。それは、村上家に引き取られて嬉しかった。人間になる事が出来た。そう思ったが。

純粋に楽しいと思ったのは、空を飛んでからだったじゃないか。

天井を蹴ると、地面に強襲を掛ける。

面食らった様子のアンドロイドを、ファランクスで焼き切る。

そのまま乱戦を無理矢理ねじ伏せた。

辺りには、アンドロイドの残骸と。その内部部品である内臓が、飛び散る地獄が現出していた。奧から現れた大型は三体だったが。いずれもが、大兄の狙撃で瞬殺されていた。

大兄が呟く。そして、残り少ない弾を、ライサンダーZに装填していく。

「クリア」

「流石だな。 俺たちだけだったら、勝てたかも怪しい」

「いえ。 それよりも急ぎましょう」

大兄が急かす。

流石にリングもいつもいつも簡単に直下にいけるとは限らない。常に最悪の事態を想定しなければならない。

しかも相手の指揮官は切れ者だ。

此処を放置していてくれればいいが、必ずしもそうとは限らない。

更に先ほどのクルールの部隊が全滅したことを受けて、増援が来る可能性だってゼロではない。

敵としては物量を用意すれば簡単に守る事が出来るのだ。

手を抜くとも思えない。

ただ、プロフェッサー曰く。

事故はまだ「起きていない」。

プライマーは、未来にも過去にもいけるだろうが。ここのリングを使った時間の円環からは逃れられない。

その可能性が高いと言う。

そもそもプロフェッサーが最初に過去に飛んだ事件の時も、核兵器が偶然直撃して、という状況であったそうだし。

以降も、そこまで守りが堅くはなっていないという。

確かにうっすら覚えている前回のリングでの事故の時も、慌ててアンドロイドの部隊を送ってきた、という雰囲気だった。

一華もそれについては否定していない。

だとすれば、ありうるのかも知れない。

ともかく、坑道を抜ける。

いかにもな巨大な穴に出る。上の方に、出口が見えた。

この辺りは怪談のスポットとして有名だそうだ。何でも金山の存在を隠すため。金山にて仕事をしていた労働者をたくさん殺しただの。その幽霊が出るだの。

ただし、EDFが負けてからその手の話は聞いた事がない。

何でも、日本も二次大戦に負けた後、十数年ほどは怪談の空白期間があるらしく。

要するに生活や精神に余裕がない限り、怪談というのは生じないらしい。

今が丁度その状況なんだなと。三城は周囲をみて思った。

大兄が目を細めて、手をかざしている。

馬場班は、後方を確認してくれていた。

ここは三つの坑道が最後に行き着く終着点。要するに、他のルートにいる怪物が来る可能性があるのだ。

「伏兵はいませんね。 今ならいけます」

「かなり斜度があるが、ニクスはいけるか一華くん」

「問題ないッス」

「よし、行くぞ。 海野大尉と合流して、現地で作戦行動を開始する」

すぐに動き始める。プロフェッサーは、かなりモタモタと、厳しい斜度の坂を上がる。

馬場中尉が、呆れて声を掛けて来た。

「今からでも間に合う。 考え直せ」

「有難う馬場中尉。 だが、此処でどうにかしなければ、人類は確実に負けてしまうんだ」

「とっくに負けている……」

「そうだな。 だが、それをひっくり返せる。 信じて待っていてくれ」

プロフェッサーが、ずっと世話になった馬場中尉に礼を言う。

まだ何か馬場中尉は言いたそうにしたが。

悔しそうに、俯いていた。

坑道を抜ける。

相変わらず真っ赤な空。

周囲は完全に廃墟。そして、見える。

リングだ。

かなり移動している。ベース251の至近に以前は現れたような気がする。だが、これは何故だろう。

手をかざして見る。

リングの周囲には、今の時点では数体のクルールがいる様子だ。そして良くない事に、上空に大型船が控えている。

大型船は、あのテイルアンカーを落としてくるだろう。或いは大型船から、怪物やアンドロイドを直接投下してくるかも知れない。クルールを落としてくる可能性もある。

アンドロイドはいない。ひょっとすると、各地に転々と配置しているのかも知れない。

ベース251から来た部隊は、これではろくな戦力を用意できないだろう。たどり着けるかすらも怪しい。

「大兄」

「ああ、分かっている。 まずは近付く」

リングが来る位置は、いつも違っている。

斜面から、降って急ぐ。ニクスもかなり無理をさせているのが分かる。多分だが、殆どまともに戦えないだろう。

最悪でも、ストーム1全員と、プロフェッサーだけでもあの装置の側にいかないと。

ニクスは、むしろ援護しなければならないか。

そうなると、大きな的になる。

積載火力も限界が近いことを考えると。直接戦闘力が皆無に等しい一華のキャリアと考えるべきだろうか。

接近していくと、見えてきた。

トラックが来ている。かなりボロボロだが、確かいつかみたようなみていないような。ガンワゴンと言う奴か。

ガンワゴンから降りて来た人は。

かなり窶れてはいたが。間違いなく、海野大尉だった。

「ストーム1、作戦に参加すべく現着しました」

「! お前達……村上家の!」

「お久しぶりです」

感情がこみ上げてきたらしい海野大尉。だが、いつもみたいにわんわん泣くことはなく、ぐっと堪えた様子だ。

むしろ、此処で最高の助っ人が来てくれた。

そんな認識に切り替え。

戦意を引き上げたのだろう。

周囲にいる兵士は十人程度か。ベース251から、これだけしかこられなかった、ということだ。

ガンワゴンも二台だけ。

これに至っては、もはや戦闘車両というのも烏滸がましい程度の戦力にしかならない。役には立たないだろう。

一華やプロフェッサーがたどり着けないと、ベース251は此処まで戦力が落ちるのか。いや、極限まで負け戦の中兵を出したのだろう。その結果がこれだ。

三城は、慄然とせざるを得なかった。

それでも、気持ちを切り替える。むしろベース251の人達が、生きている事だけでもよしとするべきなのだろうから。

「まずは守備隊を排除する。 それにしても噂にだけ聞いていたストーム1が、お前達だったとはなあ」

「光栄です」

「海野大尉!」

兵士の一人が声を上げる。

まだ来る。

その兵士達をみて、海野大尉はおおと声を上げていた。

来たのは、馬場中尉達だ。

まさか、そのまま戻らずに、来てくれたのか。想像以上に、義理堅い人達だ。三城も、これは予想していなかった。

「バカが多すぎる! こんな無謀な作戦に参加して、命を捨てる気か!」

「そういう馬場中尉も来てくれたな」

「海野大尉、敵の気を惹く程度しか出来ないぞ。 それも長時間は保たないからな」

「分かっている。 壊れかけとは言え、この辺りのビークルで使えそうなものは集めたんだ。 何とかこれでやるしかない」

そうだな。

海野大尉の言葉通りだ。

そして、大兄が一緒だったら。

どんな作戦だって、無理矢理にだって成功させてみせる。

そしてレッドウォール作戦や、移動基地の攻撃で決戦兵力を壊滅させられた歴史をひっくり返し。

更にはクルールへの対処方法を編み出すまでに、大きな被害を出した歴史もひっくり返せば。

恐らくだが、戦況は持ち直すことが出来る筈だ。

問題は、戻った時の人類のダメージである。開戦五ヶ月後に戻ったとして、人類がどれだけダメージを受けているかがちょっと分からない。

大兄は三割五分と言っていた。

プロフェッサーは三割七分と言っていた。

絶対記憶能力の持ち主であるプロフェッサーの言葉だ。本来ならプロフェッサーの言う事を信じるべきなのだろうが。

どうも一華曰く、歴史が安定していないようなのである。

揺らぎの中に歴史があるとすると。

戻った時には、更に状況が悪くなっている可能性もある。

急がなければならなかった。

大兄が作戦をすでに立案。海野大尉達に説明している。海野大尉も、馬場中尉も、すぐに納得してくれた。

一華が、切り札をもってきているという。

ニクスに搭載しているレールガンだ。弾は二発のみ。火力は自走式のイプシロンほどのものではないが。それでもクルールの頭くらいは吹き飛ばせると言う。

頷くと、大兄が作戦を説明。

さあ、失敗は許されない。

だが、バイザーに不意に一華が耳打ちしてくる。

「はっきり言うッスよ。 「開戦五ヶ月後」に戻っても、勝ち目は無いッス」

「……それで? 何か試したいのか」

「装置を撃破するタイミングを、プロフェッサーの指定からわざと数秒ずらしてほしいッス。 今回は少し遅らせて貰えるッスか?」

「分かった、善処する」

もし、これで戻る時間がずれるのなら。

ひょっとすると、過去に戻るタイミングをコントロール出来るかも知れない、と一華は言う。

確かに、開戦五ヶ月後より開戦四ヶ月後に戻る方が、人類のダメージだって抑えられる筈だ。

やってみない意味はない。

大兄が、声を張り上げた。

「作戦を開始します!」

戦い開始だ。

リング周辺の敵戦力を粉砕し。リング下部の装置を破壊する。

それによって、過去に記憶と一部装備だけを持ち込み。

プロフェッサーはプロフェッサーで。

ストーム1はストームチームと連携で。戦いをして、勝ちを狙うのだ。

この様子だと、まだ一華は勝てないと思っているのかも知れない。だが、三城は大兄を信じる。

大兄と一緒だったら、どこでも勝てる。

だけれども、それと同時に。三城はそれだけでは駄目だとも思い始めている。

自分の頭でもっと考えるようにしなければ。

一華の言うことも、しっかり聞いておいた方が良い。それに、出来ればプロフェッサーの支援もしたい。

今のうちに、やれることは。全てやっておかないといけないだろうなと、一華は思い始めていた。

 

4、リングは再び火を噴く

 

周囲を偵察していたクルールと目があう。同時に、大兄が撃ち抜く。

反応したもう一体が、ぬるぬると滑るように此方に迫ってくるが。その背後には、既に弐分が。

そして、前から、剽悍な猛禽のように三城が、それぞれ迫る。

三城に対して、ショットガンを放つクルール。炸裂する凄まじい音。勿論三城は全弾をかわす。

このショットガンが、どれだけのコンバットフレームを破壊したか分からない程だ。

振り返りざまに、シールドで弐分の電刃刀を防いでくるクルール。やはりコスモノーツより手強い。

だが、既にその時には、大兄が第二射。

クルールも、流石にこれには対抗できず、頭を撃ち抜かれていた。

敵が反応。

大型船が、上を向き始める。

「テイルアンカーが来るぞ!」

「ひいっ! ストームチーム以外では、殆ど撃破例がないって聞くぞ!」

「そのストームチームがいる! 全員、ストームチームを援護しろ!」

「い、イエッサ!」

相変わらず海野大尉は兵士達に怖れられまくっている。

弐分からみても、もう少し優しく接するべきだと思うのだが。

海野大尉はちょっと頭に血が上り易すぎるのだと思う。

有能な戦士なのに、それで滅茶苦茶損をしている。警察時代も、軍時代も、それは同じである。

警察時代は、ずっとそれが原因でヒラだったらしい。

反社から非常に怖れられていたという話もあるくらいなのに。

そんな人物を抜擢できない組織に問題があるのだというのも事実なのだろうが。誰か、支援できる人が側にいれば、結果はまるで違ったのでは無いかと思えて来る。

「ライジンがない以上、出落ちを狙うのは厳しい。 だが一つだけでも潰すぞ。 弐分、狙ってくれ」

「了解!」

大兄の言葉通り、遠くのテイルアンカーを狙う。

落ちてくる降下艇。ドロップシップである事は同じなのだが。クルールが使うものはコロニストやコスモノーツがつかうものと形状が違っている。

半分に切ったレモンのような形状をしていて。積載量も少ない。

破壊は可能なのだが。衝撃を吸収してしまうらしく、出落ちを出来ないように工夫している様子だ。

これは大兄に散々コロニストやコスモノーツが着地狩りされ。

それを戦訓にEDFが各地で似たような迎撃を行って、相当な成果を上げたから、対策してきたのかも知れない。

奴らは未来にも情報を送り。

それを元に、兵器を作りあげ、此方に送ってきていると見て良い。

だとすれば、クルールのドロップシップが、着地狩りを防ぐ仕組みになっているのは当然だろう。

その代わり、破壊可能になっているのは。それはそれで不思議ではあるのだが。

テイルアンカーが切り離される。

その内、奥まった一機を即座に撃破。

空中で粉砕されるテイルアンカー。それを見たというか。それに反応し。敵大型船が移動し始め。リングの中に消えていく。

しかしもう一機のテイルアンカーは地面に突き刺さり。

茶色のβ型をわらわら出現させ始めていた。

更に、クルールが合計四体、降り立ってくる。

その内一体を、ニクスのレールガンが撃ち抜く。降りた瞬間は、流石に爆破は無理にしても、対応が遅れたのだろう。

一体の頭が、綺麗に消し飛んでいた。

クルールが此方に来る。β型にクルールが何か聞き取れない言葉で話しかけると。β型も一斉に此方に来る。驚いた。β型を此処まで上手に操作できるのか。

バック。

海野大尉が叫び、ガンワゴンが下がりはじめる。ニクスはその場で。この戦場だけ、生き残れば良い。

そう一華は言っていた。

β型がその跳躍力から来る浸透能力で、一気に攻めこんでくるが。流石に馬場班は精鋭揃いで、β型を次々に撃ち抜いていく。海野大尉の部隊も、それなりに戦える様子である。海野大尉が単騎で強い。アサルトの集弾率がとにかく高い。

だがそれでも限界がある。ニクスとガンワゴンも支援攻撃をしているが、いつまでもβ型を押しとどめられないだろう。

敢えて迫ってきているクルールの足下にガリア砲を放つ。どうしても敵はシールドで防いでくる。

シールドがオーバーヒート。

大兄が狙撃。だが、別のクルールが、腕を数十メートルも伸ばして、ライサンダーZの弾を防ぎ抜く。

しかしながら、既に上空に回り込んでいた三城が、一体の頭を刈り取り。

更に柿崎が、クルールの足下至近に接近。

慌ててさがろうとするクルールの触手を、全部まとめてなで切りにしていた。その場で倒れるクルールの頭を、ガリア砲で撃ち抜く。

最後の一体が、雷撃銃を叩き込んでくる。

まずい。

全力で回避。

擦ったが、それだけで吹き飛ばされそうなダメージが来た。あの雷撃銃、ウィングダイバーのものを参考にしているという噂があるが。可能性は低くないと思う。そもそも、エイリアンが使う武器が、人間のそれに似過ぎているのだ。クルールなんて、まるで人間とは別物の姿なのに、人間のものと機能がそっくりの武器を使っている。

これは、弐分でもおかしいと思う。

「弐分!」

「回避した!」

「ニクス、そろそろ限界ッスよ!」

「分かっている!」

大兄が前に出ると、アサルトでクルールを滅多打ちにする。シールドがオーバーヒート。同時に雷撃銃を、弐分がガリア砲で叩き落とす。クルールも流石に慌ててぬるりとさがろうとするが、既に柿崎が追いついていた。

満面の笑みを柿崎が浮かべているのが見える。

クルールの頭が一閃の後、落ちていた。

どこから出ているのか分からない程の鮮血が噴き上がる。

同時に、テイルアンカーが爆発。

今の攻防の合間に、三城が迫って、ファランクスでやったのだ。

後はβ型を、全員で殲滅。ガンワゴン一台がやられ、もう一台も既に煙を噴いていた。そもそも戦闘車両ともいえない代物だ。特に火力が危険なβ型を相手にしたら、それも仕方がない。

「くっ、ポンコツが……」

「急ぎましょう。 見てください。 リング周辺はがら空きです」

「おっ……。 だが、罠かも知れない。 慎重に行くぞ」

大兄が急かす。

ずっとプロフェッサーは、黙り込んでいる。

何か、感じ取っているのだろうか。

いや、この人はそういうのとは無縁の筈だ。だとしたら、一華が言ったことに気がついたのだろうか。

可能性は、否定出来ない。

大型船がまた来るのが見えた。急いだ方が良いかも知れない。

ニクスが足回りを犠牲にしながら、速度を上げているのが分かる。弐分は先行しながら、確認。

「クルールの大軍を確認! 数は四十以上!」

「何だと!?」

「大型輸送船からも、数体のクルールが投下される予兆あり!」

「くっ、やはり罠か。 何という数だ……」

プロフェッサーが叫ぶ。

急いでくれと。

大兄も叫ぶ。

「此処までで大丈夫です。 後は俺たちでやります」

「なっ! 壱野、どういうつもりだ!」

「リングを破壊するのには、俺のもつような大型火器が必要です。 どの道あの数のクルールでは、一撃離脱が精一杯です。 大尉や中尉の持つ火器では、時間稼ぎすら出来ません」

「……その通りだな」

馬場中尉が自嘲的にぼやく。

海野大尉は、足を止める。

弐分が、プロフェッサーに手を貸すと、背負って飛ぶ。体格的に差があるというのもあるが。

これでもフェンサースーツだ。ただ。ブースターやスラスターで体を焼かないように気を付けなければならないが。

大兄は、元々パワードスケルトンの強化込みで、時速七十キロくらいで走る。前転しながら百メートルを九秒切る程である。

それでも、大慌てで駆けつけてきたらしいクルールの群れを考えると。

全速力で飛ばさないと、危ないだろう。

ニクスが全力で来る。

来る前に、大兄が、一発装置に射撃を叩き込む。三城は雷撃銃で。柿崎はパワースピアで。それぞれ攻撃を叩き込む。

一華が来るまで、後十七秒。

あれ、一華の奴。

ああ、なるほど。敢えて間に合わないように動いているな。

クルールが殺到してくる。既に迫撃砲を発射した個体もいるが、リングに当たるのを怖れてか、最初は威嚇してきている様子だ。無視。そのままガリア砲での射撃を続ける。

リング下部にある赤い装置が火を噴き始める。

クルールが目を剥く。

体こそ一華曰く「頭足類」なる四億年も前にいた生物に似ているらしいが。頭部にある二つの目と小さな口は。意外なくらいに感情を見せるのだ。会話が出来れば、案外色々と話せる連中かも知れない。

問題は相手に会話をする気が無いと言うこと。

人間にも、そもそも相手と会話をする気がない輩はかなりいる。その割合は九割を超えるかも知れない。

そういう輩は、自分の主張や意思を押しつけることだけに言葉を使う。

プライマーと同じだ。

ある意味、プライマーと戦争が最初に起こった切っ掛けは。

むしろ、人間のこういう極限まで行ってしまった独占性が原因なのかも知れない。

「くっ、あと少しなのに!」

「レールガン、最後の一発、行くッスよ!」

「一華くん、急いでくれ!」

「クルールが!」

クルールの先発隊が来る。既にショットガンを射撃する態勢に入っている。あれの直撃を喰らったら、エイレンでも危ない。

記憶では、基地の防衛用などにグラビスという重装甲型ニクスが採用され。それが各地で大きな戦果を上げていたのだが。

そのグラビスでさえ、あのショットガンクルールの攻撃には耐えられなかった。

要するに、いくら大兄でも、あれをくらったらひとたまりもないと言う事だ。

一華が、飛び込んでくる。

そして、レールガンを。

本人が言った通り。予定よりも数秒遅れて、ぶっ放していた。

着弾。

装置が、破壊され。凄まじい白光が周囲を蹂躙していく。クルールが、悲鳴を上げて顔を覆うのが見えた。

辺りが、何もかも変わっていくのが分かる。

ふと、気づく。

何か、見える。

リングのようなものだろうか。いや。それにしては何だか違う。円筒形の何か。たくさんの人型が周囲に浮かんでいる。

夢にみたような、みていないような。

人型は、人間だけじゃない、エイリアンも。

たくさんたくさん死んだ人の顔が見える。

いや、生きている筈の人の顔も見える。

なんだ、これは。

だがその光景も、一瞬で収まっていく。

激しい光が収まってくると。

周囲には、田園が拡がっていた。

此処は、間違いない。

雪が降っている。だが、時間が少しずれている。まだ夜だ。時計をみる。それで、驚いた。

あの、テレポーションシップ撃墜作戦を行う三日前。

たった数秒で、こんなにずれるものなのか。

この数日は、ずっと少量の雪が降ったり降らなかったりの日が続いた。作戦決行時には、霜柱が出来ていた程である。

一華が、ニクスから顔を出す。

そして、頷いていた。

「作戦は成功ッスね。 どうやら良い方に。 おそらくッスけど、プロフェッサーが装置を壊した時間よりも遅れた方が、もっと開戦近くにまで戻るッス。 この様子だと数分だけで、多分開戦時にまで戻れるッスわ」

「分かった。 いずれにしても、この時間からだと勝ち目が薄い。 次がある場合は、試してみよう」

「どうした、何かあったのか」

荒木軍曹。

歴史改変前でも改変後でも、無念の死を遂げたストーム2。この時点での実際の階級は大尉。

この時点では軍曹の、小田軍曹、浅利軍曹、相馬軍曹もいる。

やはり戻って来たのだ。

そう思うと、悲しくもあり。嬉しくもあった。

「荒木軍曹。 提案があります」

「どうした壱野。 周辺の怪物を駆逐しつつ、テレポーションシップに仕掛ける作戦だが」

「今すぐ仕掛けましょう。 夜、怪物は動きが鈍くなります。 そしてテレポーションシップを観察していて、気付いた事があります。 下からの攻撃で、ハッチを狙われることを怖れています」

「……確かにその様子は俺も気付いていた。 だが賭けになる」

少しずつ、記憶が整合していく。

この戦いで、二日掛けて押し寄せる怪物を叩き伏せ。そしてその後、やっとテレポーションシップに肉薄できたのだ。

だが。その歴史を変えれば。少しでも、状況を改善できるかも知れない。

記憶の整合が終わった。現時点で、既に人類は四割の犠牲を出している。一秒も、遅れは許されない。

柿崎についての話も、まだ陥落していない新潟の基地にしなければならないだろう。それには画期的な戦果が必要だ。

それに、だ。この周回では、人材を確保できる可能性がある。

それには、二日の時間があまりにも惜しいのである。

「既にアフリカは陥落。 中華も半壊。 北米も大きなダメージを連日受け続けています。 勝負に出るべきです」

「……分かった。 千葉中将に相談する」

「お願いします」

大きな戦果を上げている荒木軍曹だ。しばし相談し。やがて、疲れきった千葉中将の声が帰ってきた。

この周回では、既に核兵器が全てやられているはずだ。

つまり、テレポーションシップを一隻も落とせていない。

「分かった、作戦を許可しよう」

「有難うございます」

「荒木軍曹。 無理だけは……しないでくれよ」

「分かっています」

状況は文字通り最悪。此処からの逆転が出来たら奇蹟に近い。

だが、その奇蹟は。

地力で起こさなければならないのだ。

 

(続)