加速する敗色
序、傘のアンカー
ついに日本にも大型の敵船が出現した。しかも場所は、横浜近辺である。神奈川の半分を既にを灰にし。関東近辺におぞましい数の怪物を送り込んでいるプライマーは。どうしてもそのまま東京を潰したいらしい。
銀のクラゲに似た大型船は、一度洋上に出現すると。多数のドローンを盾にしながら移動を開始。
横浜に到着した、と言う事だった。
日本に戻ってきたばかりの荒木班。更には、戦車部隊と合流。戦車部隊の指揮官は、関東の防衛で戦果を上げ続けたダン少佐である。壱野が知っているとおり、今回も頼りになる指揮官だ。
戦車三両、歩兵三十名と少し兵力は寂しいが、荒木班と合流したことでエイレンが二機いる。
それに、だ。
あの大型船が来たという事は、アンドロイドを投下しに来る可能性が極めて高いと見て良い。
今度こそ、弱点をどうにか見つけなければならない。
あの大型船には、何か秘密がある。そうでなければ、逃げる事はなかっただろう。攻撃が悉く効かなかったのに、である。
「あれが、敵の新型船か……」
ダン少佐が、指揮車両であるバリアスから顔を出して呻く。
バリアス一両とブラッカー二両。エイレン二機に加えてバリアスも出している。千葉中将も、できる限りの事はしてくれている。
荒木軍曹が、雨が降ってきた中、皆に急ぐよう促す。
出来るだけ近くで、敵を殲滅しないと危ない。アンドロイドは、文字通り自由自在に動き回るのだ。
この場の指揮は、ダン少佐が執ることに事前から決めている。
ダン少佐が、前進と指示。
皆が動き出す。
程なくして、大型船が動きを止めた。クラゲのような船は、此方を見据えるように空中で触手をうごめかせていたが。
ほどなくして、傘を空に向け始めた。
「!?」
「今までに確認されていない動きです。 注意してください」
クラゲが、水面に向けて浮き上がるような態勢を取った大型船。
程なくして、その大型船は。
機体の一部を。そう、あのオレンジ色の転送装置らしいものごと。切り離していた。人間で言うなら、脊髄を引き抜いて地面に落とすような感じだろうか。驚かされる行動である。
地面に突き刺さったそれは。
より形状が複雑になったアンカーのようだった。
壱野は即座に狙撃。
だが、アンカーの上部には、シールドが生じている。シールドに、ライサンダーZの弾は防がれていた。
「何ッ!?」
声を上げたのは、荒木軍曹である。
敵が危険であることを、兵士達に知らせたのだろう。
機体のかなりの部分が、新型のアンカーに付随している。以前、タイプスリーを出現させた時にやってきた、攻撃装置。それもだ。
つまり、遠距離からの破壊は出来ず。
更にレーザーで近づくものを攻撃までしてくるというわけか。
アンカーが今まで、空爆や狙撃で破壊し放題だったから、というのもあるのだろうが。
それら全てを防ぐための改良、というわけだ。
「アンドロイドが!」
「戦車隊、エイレン、攻撃を開始! アンドロイドを蹴散らせ!」
「しかしアンカーにあれでは近づけません!」
「……俺が行きます」
壱野はバイクを取りだす。
結構乱暴に扱ったりもしているが、それでも此奴の性能は折り紙付きだ。エイレンのバックパックから取りだす。
「見る限り、アンカーの下部にはシールドがありません。 至近距離から、下から撃てば恐らくは」
「危険すぎる……」
「やるしかありません」
無言で、荒木軍曹が頷く。
一華が進み出る。支援をしてくれる、ということだ。
アンドロイドが既に相当数出現している。しかも、此処に向かっている敵船は一隻ではない。
アンカーを切り離した後、敵船は消えていく。
あのアンカーを補充して戻って来られたら、文字通り手がつけられないことになる。
今、此処で。
破壊するしかない。
「ダン少佐!」
「分かった! 総員、アンドロイドを攻撃しつつ、可能な限り村上班を支援! 村上班を死なせるな!」
「イエッサ!」
兵士達が射撃を開始。アンドロイドが火線の雨を浴びながらも、うねうねと動き迫ってくる。どれだけ傷つこうと、死なない限りは絶対に止まらない。怪物もそれは同じだが、それ以上に人間の恐怖を煽る姿形なのが問題だ。
バリスティックナイフを放とうとするが、エイレンの相馬機が搭載している追尾レーザーで近付くアンドロイドを一網打尽にする。ただ、それでも数が多すぎる。
三城が上空から、プラズマグレートキャノンを叩き込む。
大量のアンドロイドが吹っ飛び、隙が出来る。
壱野はバイクに跨がると、バイクの機銃を乱射しつつ突貫。隙は一瞬だけだ。一気に懐に潜り込みながら、真上に狙撃。
ライサンダーZの弾が、オレンジ色の。若干球体寄りの、長四角いオレンジ色の転送装置に突き刺さっていた。
爆発四散する転送装置。
アンドロイドの転送も止まる。
そのまま、バイクで駆け抜けつつ、敵は皆に任せる。敵を抜けてから反転、ストークで敵を撃ち抜く。
十字砲火に誘いこんだアンドロイドの群れを薙ぎ払う。流石に、初期消火に成功したと言う事もある。
程なく、アンドロイドは全滅したが。
しかしながら、すぐに次の大型船が来る。
まだ部下にはなっていないが。成田軍曹の声が聞こえた。この声、覚えている。もう成田軍曹は戦略情報部で活動しているのだ。
そして村上班は、既に最強の特務として。
戦略情報部の無線が聞こえる位置にまでは来ている、という事も意味する。
「遠くからの狙撃や爆撃、更には接近する歩兵に対策を取っているアンカー。 歩兵の対空兵器に耐えるドローン。 これらはどう考えても偶然ではありません! 意図的な兵器の改良です!」
「馬鹿な。 いくら何でも改良が早すぎる」
千葉中将が呻く。
言いたいことは分かる。
実際、地球でも国を挙げた兵器開発をしていても。あの第二次大戦の時ですら、こんなに短時間での対策は出来なかった。
プライマーが、実は未来から来ているとすれば納得が行く。
相手はそれぞれ新しい武器を作ってから、あのリング経由で自分が好きな時間にそれを送り込んできている。
分からないのは、EDF設立の前にどうして攻めてこないか、だが。
それについては、プロフェッサーもよく分からないようだ。
「プライマーは人間と戦争なんかしているつもりはなくて、ただ効率よく害虫を駆除しようとしているだけにすぎないんだと思います!」
「分かった。 その可能性はある。 だが、同時に何かつけいる隙だってあるはずだ」
成田軍曹は思い込みが前の周回でもそうだが激しかった。最後は思い込みの挙げ句に倒れて、そのまま意識を取り戻さなかったと聞く。
今のだって、そうなのかは微妙だ。
トゥラプターのことは覚えている。
彼奴のいう話を聞く限り、害虫駆除をしているような雰囲気ではなかった。むしろ、もっと切実な。
必要だからやっている。
そういう雰囲気だった。事実奴も、そう口にしていたっけ。
「敵大型船、上空を向きます!」
「またあの新型アンカーを投下してくるつもりだ! 展開急げ!」
荒木軍曹が指示を飛ばし、戦車隊が加速する。歩兵も走る。
壱野はバイクで相手のアンカーの射線を確認。あの様子だと、何を出してきてもおかしくはない。
あれだけ露骨な新型だ。
ビッグアンカーのように、複数種類の敵を一気に出してきてもおかしくは無いだろう。
バイクを加速し、アンカーが切り離されるのを見る。その時、気づく。アンカーが切り離される瞬間。
シールドが展開されていない。
即座に反応して撃つ。
急所は撃ち抜けなかったが、空中でアンカーの一部を抉り取る。なるほど、更に火力を上げれば。
切り離した瞬間に、アンカーを撃墜する事は可能とみた。
傷つきながらも、傘つき触手つきのアンカーが地面に突き刺さる。
わっと沸いてくるタイプスリードローンとアンドロイド。それらは皆に任せて、壱野は突貫。
滑り込むようにしながら、アンカーの下に潜り込み。
とどめを刺していた。
爆破。
おおと、本部から声が上がっていた。
「流石だ……」
「壱野を支援しろ! 総員、アンドロイドとタイプスリーを攻撃! 一機も逃すな!」
荒木軍曹がすぐに指示を出してくる。壱野もストークで迫ってくるアンドロイドに応戦しながら距離を取るが、結構危ない角度でバリスティックナイフが飛んできていて、全てを弾き返すのは厳しい所だった。
戦車隊の射撃と、更に荒木班の射撃。エイレン二機の攻撃で、山と現れたアンドロイドを悉く殲滅する。
激しい戦いだったが、短く。そして、負傷者も出る。
すぐに負傷者を後方に下げる。
また、大型船が出現。
荒木軍曹に無線を入れる。
「一つ、分かった事があります」
「む、もう弱点を把握したのか」
「いえ、弱点ではありませんが、あの大型船がアンカーを切り離し、地面に激突するまでにはシールドは展開されていないようです」
「……なるほどな。 だがその間も、上空では傘のように大型船が守っている。 衛星兵器やミサイルを直撃させるのは難しい」
その通りだ。
だが、大火力の武器であれば。
「三城、ライジンで狙い撃てるか」
「やってみる」
すぐに三城が補給車に走る。
大型輸送船は、隙を与えぬと言わんばかりに、すぐに数機が展開を開始。壱野も勿論、アンカー切り離しの瞬間を狙う。
三城が間に合い、モンスター型の更に火力を上げた超火力狙撃兵器、ライジンにエネルギーを充填し始める。
フライトユニットが焼き付きかねないほどエネルギーを食う兵器だが。此奴の火力はライサンダーZすら凌ぐ。
これならば、恐らく一撃であのアンカーを粉砕できる筈だ。
今度の大型船は、二隻同時に来ている。更に、アンカー発射の態勢に入ると同時に、更に二隻が来る。
兵士達がおののくが、荒木軍曹が声を張り上げた。
「アンカーが投下され、地面に突き刺さるまでは無防備だ! 戦車隊、狙えるか!?」
「バリアスの射撃システムなら、或いは。 ブラッカー1、2、リンクシステムで射撃対象を狙え!」
「この様子だと、恐らくこの位置に落ちると思います」
壱野は、そのままバイザーに予想投下地点を送る。
大型船が、アンカーを切り離した。
迸った超高出力の熱線。
ライジンによる一撃だ。
アンカーが、切り離された瞬間に粉砕される。大型船が、大きく揺動するのを壱野は見逃さなかった。
アンカーごと爆散はしなかったが、それでも今まで何をやってもダメージを与えられなかった相手だ。
価値ある情報である。
更に、もう一つのアンカーに、ライサンダーZの狙撃と、皆の狙撃を集中させる。
どれが致命打になったかは分からない。弐分もガリア砲で狙撃していたからである。
だが、いずれにしてもそれも空中で爆発四散。
千葉中将が、喚声を挙げていた。
「おおっ!」
「素晴らしい戦果です!」
「まだだ、更に二本来る!」
一本は至近に、戦車隊の真ん中に落ちる。兵士達が攻撃を開始するが、大型アンドロイドが出現した。
ブラスターを放とうとし、至近のバリアスを狙う大型。もう一本のアンカーは、流石に攻撃する余裕がない。
兵士達の猛攻にも余裕で耐える大型だが、流石にライサンダーZの弾丸の直撃を貰って、装甲が爆ぜる。
装甲が爆ぜた場所をもう一発撃つと、倒れる。
だが複数大型はいる。
弐分と三城、それにエイレン二機の猛攻を受けても、それでもブラスターをぶっ放してくる。
バリアスが壁になって、全力では無いにしても凶悪な火力を受け止める。勿論小型も沸いてきている。
しかももう一機のアンカーは野放し状態だ。わんさか小型が湧き、此方に迫ってきていた。
柿崎が突進し、小型を次々斬り伏せる。
それで出来た隙間を通すようにして、大型一機を壱野が狙撃し粉砕。更にバイクに跨がると、アンカーに突貫。
アンカーから放たれているレーザーだけでも、戦車に大きなダメージを与えているのだ。即座に破壊しないとまずい。
大型が此方を向くが、一華がエイレンの全火力を叩き込み。
突貫した弐分がスピアを打ち込んで、粉砕に成功。
小田少尉の打ち込んだロケットランチャーが、小型を蹴散らし。荒木軍曹の使うオーキッドが、至近から勇敢にアンドロイドの群れを撃ち抜く。死ぬまで動き続けるアンドロイドだが。
逆に言えば、近距離で絶大な火力を発揮するオーキッドの火力は、アンドロイドには天敵に等しい。
その隙間をぬって、壱野が行く。
そして、アンカーを粉砕していた。
残りは一機だ。
傷つきながらも、戦車隊が隊列を組み直し、射撃を開始。
残敵を相当しつつ、迫るアンドロイドの群れに射撃を浴びせかける。あのアンカーを放置したら、辺りはアンドロイドだらけになり。全てが終わるだろう。
それは、させてはならない。
幸い、他の地域で殆どあのアンカーは報告されていない様子だ。余程重要な地点にしか投入できない、高級なアンカーなのだろう。これだけの機能を搭載しているのだ。それは当然と言える。
「近距離のアンドロイド、掃討!」
「もう一つのアンカーが遠い! 援軍がほしいが……」
「俺が行きます」
「そうだな。 危険だが、頼むぞ」
これだけアンドロイドがいると、弐分に頼むしかないだろう。
最大限の支援はする。
アンドロイドの群れがそれこそ波のように押し寄せてくる。新型だけあって、輸送能力も凄まじい様子だ。
戦車隊は砲列を並べて攻撃するが、バリアスのダメージが予想以上に大きいようだ。それはそうだろう。大型の攻撃を、至近でモロに食らったのだ。それが全力ではなかったにしろ。
アンドロイドが、バリスティックナイフを放ってくる。
兵士が何名か、モロに喰らって悲鳴を上げた。アーマーがあるから即死とはいかないにしても。
生身の人間だったら、そのままスライスしてしまう火力があるのだ。
戦車隊もエイレンも、激しい乱打を浴びるが。それに対して、此方も徹底的に反撃を返す。
建物を利用するのは悪手と判断。
奴らは建物を好き勝手に登る。市街戦での運用を、明らかに想定している。
むしろ相手のホームグラウンドに等しく。
其処で戦うのは止めた方が良いだろう。
壱野は前に出ると、敵の中枢にスタンピートを叩き込むが。なんと数体が前衛に出ると、バリスティックナイフを一斉に射出。
グレネードが分散する前に、爆破してきた。
これは、スタンピートに対する戦術をインプットされているのか。
だとすると、プライマーは壱野に対策してきているということか。
それはそれで光栄だが。
此奴ら相手に、スタンピートは使えない。少なくとも、現状のままでは。それが、よく分かった。
爆風を斬り破って、アンドロイドが迫ってくるが。
バッテリーの交換を終えた相馬機が、一斉に追尾レーザーで敵を切り裂く。更に三城の誘導兵器が足を止める。
其処へ戦車隊の一斉砲撃と、兵士達の射撃で、アンドロイドを食い止める。
まだか。
流石に冷や汗が出る。
ライサンダーZで、まだ遠くにいる大型を狙撃。更に狙撃を続けて、大型は近づけさせない。
かなり遠くからでも、危険な射撃をしてくるのだ彼奴は。
近付かせてはいけない。
壱野も冷や汗が出るのを感じたが。次の瞬間、弐分がアンカーを粉砕に成功。アンドロイド軍団もこれで打ち止めだ。
後は激しいが短い戦いの後、敵を粉砕し殲滅する。
大型は合計六機を破壊。
小型は4桁近い数が、この短い時間に出現していた。タイプスリー数十機もである。
この新型アンカーが、如何に危険な相手か。よく分かったと言える。
「何とか勝利できたか。 負傷者を収容し次第、引き上げてくれ」
「以降、この新型のテレポーションアンカーをテイルアンカーと呼称します。 テイルアンカーは非常に破壊しづらく、転送してくる敵の数も多いようです。 以降、各自最大限の注意を払ってください」
「敵が此方の上を行くなら、更に上を行くしかない、ということだが。 それにしても、厳しい戦いだ。 村上班と荒木班が揃っていなければ、どうなっていたことか……」
千葉中将が呻く。
既に、歴史は相当にずれてきている。以降何が起きるのか、プロフェッサーも分からないと言っている。
それに、敵司令官も状況に応じて柔軟に動くだろう。前のでくの坊とは違うのだから。
バリアスからダン少佐が降ろされるのが見えた。かなり出血しているようだ。キャリバンで運ばれて行く。
命に別状は無いという話ではあったが。それでも、やはりバリアスでも大型の相手は厳しい。それを思い知らされる結果となっていた。
1、ブルージャケット再び
大型船はそれから各地に姿を現したが。あのアンカーを投下してくることはなかった。ただし大型船は各地でアンドロイドをばらまき。此方が反撃に出る前にその場を去る。そういうハラスメント攻撃を繰り返して来た。
既にロシアは瀕死の状態まで追い込まれ。
中華もダメージが大きい。
南米は陥落寸前。オーストラリアも殆ど同じくらい戦況が酷い。
北米はどうにか踏ん張っているが、それも時間の問題とみられていた。
そして、最悪なのが欧州である。
また、欧州へ飛ぶ。
村上班も荒木班も、である。欧州での戦況が著しくまずく、火の催促がされているのである。
今度の戦闘は、ブルージャケット隊との合同任務だ。英国の精鋭部隊だが。前の周回で、一緒に戦闘した事がある、と記録にある。生憎、記憶の定着が曖昧な一華は、あまり覚えていなかった。
危うくβ型の群れに飲み込まれるところを、連携し一緒に撃破した。そういう記録を見て、なるほどと頷き。
現地で合流する。
指揮官のウィリアム「大尉」は、リーダーに対して敬礼する。既にリーダーは少佐。まあ、当然の行動だ。
前に共闘したのは英国らしいのだが。今回は違う。
今回はイタリアの南部。既に住民は避難しており、敵を迎え撃つには絶好の場所だ。
アフリカからわんさかと押し寄せてくる怪物に対する最前線になっている此処では。狙撃戦特化のブルージャケットは、最精鋭として猛威を振るっているようだが。怪物の数に辟易し。
更に今回は、類を見ない巨大な群れが来ていると言う事で、欧州を転戦中の村上班に声が掛かったのだ。
ブルージャケットに合流した戦車は六両。
これに対空だけでは無く、対地でも活躍出来る事が分かっているK6ケブラーが十両合流した。
それぞれ独立部隊だが。
これなら、エイレンでもまわしてほしいなと一華は思う。
しかも、既に各地での戦闘で空軍は半壊状態。
爆撃機については、とてもまわす余裕がないという連絡が来ていた。
そしてプライマーも軍事衛星には良い思い出がないのか。
大気圏外にいるマザーシップは、せっせと軍事衛星を破壊して回っているらしい。
勿論新しい衛星を打ち上げる暇などない。
フォボスを要請して、断られ。
一華は不機嫌なまま、エイレンのコックピットで口を尖らせていた。
「リーダー、状況はどうっスか」
「まずいな」
「伏兵ッスかね」
「それも全方位にな。 このままだと完全に囲まれて全滅する」
なんだかどこかで見た事があるような経験したような覚えがあるような。
記録をざっと調べて見ると、なるほど。前のブルージャケットとの戦いでも、似たような展開になったようだ。
だが、その時はリーダーが敵中突破を行い、敵をまとめて殲滅した。
しかしそうなると、敵は同じ動きをしてくれないだろう。
「前回も、似たような状況だったみたいッスね」
「ああ。 だが今回は空爆もできない。 より状況は悪いな」
「なら、試してみたい兵器があるっスけど、いいッスかね」
「新兵器が来たのか? 俺は聞いていないが」
いや、ちがう。
説明をすると、リーダーは少し無言になった。だが、「ドローン」ではない。仕方がないと判断したのだろう。
まず、射撃戦の準備をしているウィリアム大佐に。リーダーが説明を始める。
その間に一華は、弐分に頼んで、仕掛けを始める。戦闘が行われる地点とは、だいぶズレた場所に、それを仕掛けに行く。
弐分は何も言わない。
一華がこういう所で非常に悪知恵が働く事を、知っているからだろう。
「正面に展開している敵だけでも二千はいる。 更に彼方此方から集まっていると見て良いだろうな」
「一応その辺りは前と同じッスね」
「……ああ、そのようだな」
「なら、敵は必ず動きを変えてくるッスよ」
同じ失敗を敵はしない。
今回の司令官は有能だ。損害が大きいようだったら、それにあわせて怪物を撤退させもする。
そう考えると、同じようにやって勝てるとは考えない方が良いだろう。
仕掛けが終わったので、戻る。
ウィリアム大尉は、腕組みしていた。軍人らしい軍人だ。リーダーの評判を聞いても、にわかにはいそうですかとは動けないのだろう。
「村上班の壱野ありと噂は聞いているが、そのように敵が本当に現れるのか」
「既に殺気が充溢している。 必ず来る」
「……分かった。 各地で恐るべき戦果を上げている壱野少佐の言葉だ。 よし、皆後退するぞ!」
戦車に狙撃兵が分散して乗り込み、移動を開始する。兵士達は小首を傾げているようだったが。
数qをさがった頃には。
怪物の群れが見え始めていた。
なるほど、そういうことか。
β型だけではない。よりにもよって、鎧コスモノーツがいる。しかも装備しているのは、噂にある多段迫撃砲だ。
それだけではない。
β型の前衛には、あの赤いα型がいる。数は少ないが、完全にファランクスを展開している。
これは厄介極まりない相手である。
「混成部隊だと……!」
「そのまま隊列を保ったまま後退。 歩兵は戦車かケブラーにタンクデサンドを」
「くっ、どうやら本格的にまずいな!」
「撃って来る!」
多段迫撃砲持ちの鎧コロニストが射撃。
灼熱の太陽コロナを思わせる赤い火線が、うねって飛んでくる。それも十発以上とみた。
着弾地点が炸裂し、文字通り一列に爆破跡が出来る。あんなもの、くらったらひとたまりもない。
リーダーが狙撃して。十q近く先にいる鎧コロニストの頭が冗談のように落ちたのを見て。それで兵士達が二度見する。だが、鎧コロニストはまだまだいる。
更にさがるようにリーダーは指示。
狙撃して、鎧コロニストを更に削る。迫撃砲持ちを削っている間に、敵が距離を詰めてくる。
エイレンもそのまま後退を続けるが、まだか。
爆撃が出来るんだったら、そのまま敵を固めてドカンといけるのだが。もうまともに動けるフォボスはほとんどいない。
恐らく前周で暴れすぎたのだろう。
空軍基地への敵の攻撃は、苛烈極まりなく。対策が出来る状態ではなかった。
敵は余裕を持って此方を嬲りに来ている。
どれだけ一戦場で、戦況をひっくり返しても無駄。
そう言うかのように。
事実戦略的に負けているのだ。
どれだけ戦術的に勝利を重ねても、その状況をひっくり返すのは厳しい。
もう少し前に戻れないものだろうか。
開戦当日とはいわない。
開戦当日に戻れたら。初日からテレポーションシップを落とせる。そうなったら、それこそ戦況を一気に変えられる。
人類の三割が既にやられている状態に今周では戻った。
その時点で、既にどうしようもないダメージを受けて、取り返しがつかない状態にまで人類は行っている。
仮に次があったとして。
次の周回は、どうせプライマーは更に工夫を凝らしてくる。
今回のように開戦五ヶ月後に出たら、五割、六割と人類はやられているかも知れない。
事実コスモノーツも出て来ていないのに、人類は相当なダメージを受けて。もう継戦能力が怪しくなりはじめているのだ。
どの戦いでも、負ける事は許されない。それが、非常に厳しいと言えた。
「来る。 三時方向。 バイザーに陣列を送る。 その通りに動いてくれ」
「なんだか釈然としないが、そうしろ」
ウィリアム大尉は不満そうに指示を出すが。
直後、その三時方向の地下から、わんさかとβ型が出現する。度肝を抜かれたらしいブルージャケットだが。即座に戦車隊が砲撃開始。ケブラーも、猛烈な砲火を叩き込む。
奇襲するつもりがモロにゼロ距離射撃を貰ったβ型が混乱する中、ブルージャケット隊も攻撃を開始。
柿崎が突貫。パワースピアをぶち込む。
三城も上空から、誘導兵器を放ち、ゼロ距離射撃を免れたβ型を拘束。そこへ弐分が突入し、散弾迫撃砲を叩き込む。
その間もリーダーは、追ってくる敵本隊に狙撃を続けていたが。
そろそろ頃合いか。
一華もゼロ距離でβ型にレーザーを浴びせていたが、キーボードを叩き。それを起動させた。
追ってきている敵本隊のど真ん中で、雷撃が爆裂した。
そう。敗戦後に作った電気ドローン。丁度エイレンのバッテリーが潤沢にあるのだ。
ドローンでなくて地雷ならいいだろう。
そのまま、敵の大軍に大穴があく。あの電撃は、アンドロイドですら爆ぜ割れるのを確認している。
β型が陣列を大きく崩すのが見えた。奇襲部隊は、既に殆ど全滅状態。兵士達が歓声を上げた。
「あれは新兵器か!? 怪物共が爆ぜ飛んでるぞ!」
「新兵器、ばんざーい!」
「敵の数が減ってる! つるべ打ちにしてやるぜ!」
調子に乗り始める兵士達だが。まだ敵は来る。リーダーは冷静に、皆にバイザーで指示をしていた。
どうやら、更に伏兵が接近している様子だ。
「一qほど後退し、指示通りに陣列を組んでほしい」
「し、しかし交戦中ですが?」
「いいから言う通りにしろ」
ウィリアム大尉が、若干不満そうに指示。まあ、気持ちは分かる。全く指示の理由が分からないし。
しかもそれが次々図に当たるのだ。
ウィリアム大尉は経歴を見て知っているが、ブルージャケット隊という合理の塊みたいな狙撃部隊を率いて戦歴を重ねてきた人物だ。教本のどこにもないような、こんな戦い方。認められないと思っているのだろう。
だが、歴史に名が残る名将の中には、獣以上の勘で敵の張った罠を回避して、戦闘に勝利したものがなんぼでもいる。
それを恐らくだが、ウィリアム大尉は知っている。
だから、不満ながら従っている。
そういう事だと判断して良さそうだ。
「後退、後退っ!」
「なんだよ、勝ってるのに!」
「いいからさがれ! 敵が背後から迫っているらしい!」
「うえ、畜生、本当かよっ!」
狙撃しながら、ブルージャケット隊もタンクデサンドし直す。そのまま戦車隊、ケブラー隊、ともに後退を開始。
更に、一華はもう一つ、埋めておいた電撃地雷を発動。
大量のβ型が消し飛び、更に進軍がいびつになる。しかも電撃が一瞬迸って終わりではない。
しばらくは、その場を雷もびっくりの雷撃が蹂躙し続けるのだ。
リーダーが狙撃。斜め後方。
エイレンに備え付けられているカメラで確認。体勢を低くして伏せていた迫撃砲持ちのコロニスト。鎧の奴では無いコロニストが、頭を吹き飛ばされていた。
伏兵がばれたと気づいたのだろう。コロニストが立ち上がり、走って此方に迫ってくる。
それに気付いて、ウィリアム大尉は蒼白になる。
まあそれもそうだ。
これを感知していたのは、ちょっと普通では考えられない。
「ば、化け物か……」
「うちのリーダー、怪物より怖いッスよ」
「そ、そうだな……。 射撃しながら後退! 脱落したら死ぬぞ! 死ぬ気で敵を狙撃して撃ち抜け!」
「イエッサ!」
慌てながらも、ブルージャケットは狙撃を続行。
流石に良い腕だ。次々にβ型が消し飛んでいく。後退しつつ敵を削り、更に後退していく。その過程で此方を囲むつもりだったらしい敵は、いつのまにか正面にだけ展開していた。コロニストが全滅した事や。散々雷撃地雷で吹き飛ばされ、陣列を乱されたのが大きいのだろう。
逆に此方は単縦陣に組み直し、敵を存分に迎え撃つ体勢が完了する。
戦車隊とケブラーも、先行させていた補給車から補給を受け。一斉攻撃の態勢を既に終えていた。
「よし、後は存分に狙撃を」
「うむ。 皆、徹底的にやれ! 怪物共を生きて帰すな!」
「俺たち、ワーテルローの戦いに居合わせたみたいだな……」
「ああ。 無敵のナポレオンを信じていた兵士達は、今撃たれてる怪物みたいな気分だったのかもな」
兵士達が狙撃を開始。コロニストは、既にリーダーが全て片付けている。
あの場所で戦っていたら、ひとたまりもなく全滅だっただろう。それを、リーダーがひっくり返したのだ。
火線の乱打を浴びながらも、β型はその高い浸透力を生かして迫ろうとしてくるが、流石にこれは相手が悪い。
ケブラーの火力も非常に高い事もある。
一華も、エイレンのレーザーで、存分に怪物を焼く。
ほどなく、形勢不利と判断したのか、怪物が引き始める。手をかざしてそれを見ていたリーダーだが、追撃を指示。
珍しいなと思いながら。一華はエイレンで先陣を切る。柿崎も突出しようとしたが、リーダーが止めた。
狙撃で徹底的にβ型の群れを削る。
夕方まで追撃を続け、イタリアの平野はβ型とコロニストの死骸で埋まった。敵のうち、逃げ延びたのは数百程度。
大地は五千近いβ型の死体で埋まっていた。
弐分に協力して貰って、エイレンのバッテリーを掘り出す。回収して、また充電して使うのだ。
ちょっと弄くったが、それは外付けの装備でやったこと。
別に軍の備品を勝手に改造はしていない。
怒られる理由もない。
兵士の負傷は多少出たが、それだけだ。完勝と言って良かった。問題は、あの迫撃砲持ちの鎧コロニストだ。あれの戦闘力は尋常では無い。間違って接近を許せば、一部隊が秒で蒸発するだろう。
負傷者を後送。
ウィリアム大尉は、敬礼してその場を離れた。
腑に落ちないという表情だったが。厳しい戦いばかりをしていたのだろう。此処までの完勝をしたのも事実だし。
どうこうと、不満を口にする気にはなれないのかも知れなかった。
バルカ中将から無線が入る。
「村上班、見事な戦いだった。 今回の戦況を見ていて、ブルージャケットの全滅も覚悟したのだが。 敵を逆に全滅に近い状態に追い込むとは……」
「いえ。 アフリカから、まだまだ敵は上陸してくるでしょう」
「そうだな。 苦しい話だ。 それにもう一つ、厳しい話がある。 日本の方で、プライマーが攻勢を強めている」
そうか。
荒木班はしばらく欧州で活動するそうだ。
一方。村上班は戻してほしいと、千葉中将から急報があったらしい。勿論、バルカ中将としても、すぐには厳しいという所だろう。
落としどころが必要というわけだ。一華は、そう意地悪く考えていた。
「分かりました。 欧州EDFが苦戦している戦場を一つ片付けます。 それで我々が日本に戻る。 それで如何ですか」
「そうだな、それが適切だろう。 すぐにヘリを送る。 移動の準備をしてくれ」
「イエッサ」
リーダーが話している間に、一華は情報を探っておく。
どうやら、まずいことになっているようだ。
ロシア上空に多数の大型船が飛来。アンドロイドを落としているようである。数は文字通り、数十万という単位のようだ。
このアンドロイド軍団はそのまま南下を開始。
苦戦を続けている中華のEDFとの交戦を始めたらしい。
このままだと、近いうちにコスモノーツが出て来たら、文字通りのだめ押しになるだろうな。そう一華は思う。
いずれにしても、詰みだ。
ロシアは既に壊滅状態。今向かっても、数十万のアンドロイドをどうにか出来る訳がない。
如何にリーダーでも無理だ。
ただ、この数十万は恐らく状況からして、敵の主力部隊だと見て良いだろう。
これを潰せば、或いは。
あの、もはや絶対に勝ち目がない未来は、変えられるかも知れない。
リーダーに、それを告げる。
無言でリーダーは、次の戦場のことを考えてくれと言った。一華も、何となく気づく。リーダーも。かなり疲弊しているのだと。
欧州での戦線は、主に南部での激戦が続いていた。
ルイ大佐が必死の指揮を執っているが、欧州全域にそもそも戦禍があるのだ。落とせるようになったとは言え、テレポーションシップは連日飛んでくる。更には、以前のような無様でコロニストが壊滅した訳でもない。
撃墜不可能なドロップシップに乗って、旺盛に主要都市への強襲を仕掛けて来るコロニスト。
更にこれにドローンが加わる。
かろうじて、まだ欧州でのアンドロイドの跳梁跋扈は許していないが。厳しい状況に、なんら代わりは無かった。
指示を受けた地点に赴く。
パリ近郊の戦場だ。
いかにも観光で食べていますという雰囲気の都市だが、既にコロニストが蹂躙し、市民を薙ぎ払っていた。
対話が通じるとか。
愛するべきだとか。
そういうのが無理だと一目で分かる。とはいっても、こういう一方的な殺戮行為は、歴史上人類も散々やってきた事だ。
どうにも、コロニストの所業は、それに被って見えるのである。
リーダーが舌打ちする。
この様子では、急いで来たにもかかわらず、現地の部隊は壊滅してしまったという事だろう。
或いは、敵の数が想定以上だった可能性もある。
「俺が狙撃をする。 皆は突入し、コロニストを蹴散らせ。 市民の救助より先に、敵を殺して被害を減らす」
「了解!」
「それにしても、この地の守備部隊はどうなされたのでしょう」
「無線を拾う限り、ここに来ていた市民団体ともみ合いになっている所を、コロニストに強襲されたようだな」
呆れた話だ。
この手の市民団体は、人権屋と言われる悪辣な連中が背後についているのが普通だった。連中は美辞麗句で周囲を煙に巻きながら、人権というものを盾にして弱者から金を搾取し、儲けている人間のクズの中のクズだった。
プライマーが攻めこんできてから、状況は一変。
真っ先に逃げ出した金持ちの中に人権屋どもも含まれていたし。そいつらはプライマーに真っ先に殺された。
結果として、制御不能になった人権屋の手下達。思考停止して、美辞麗句に酔い。自分の正義を信じて疑わないおろかな者達が。こうして現実を無視して、状況を悪化させているという訳だ。
救う価値などないように思えるが。
今こうして、大量に殺されている人々が、その市民団体と関係があるかは分からない。
とにかく、一華もやるしかない。
エイレンでヘリからそのまま飛び降りると、レーザーで射撃。ブースターで落下速度をコントロールしながら、コロニストの首や腕を切りおとしていく。
こっちを見るコロニストだが。
即座に接近戦を挑んだ柿崎が首を叩き落とす。そのまま矢のように突貫していく柿崎。一華は支援。コロニストの腕や目を潰して、柿崎が射撃を喰らわないようにする。弐分や三城は心配ない。
支援しなくても、存分にコロニストを狩っている。リーダーはヘリに残り、上空から街中のコロニストを片っ端から撃ち抜いていた。
鎧コロニストがガアガアとないて反撃を促すが。
その頭が次の瞬間には消し飛ぶ。
エイレンを進めて、コロニストの頭を切りおとしながら街の中心部に。大量の市民の死体が散らばっている。コロニストの持つ武器は凶悪だ。擦っただけで即死。助かる事もない。
市民が集会か何かやっていたのだろうが。
それが、まとめて死体の山に変わってしまった、というわけだ。
監視カメラのサーバにアクセス。
情報を確認。
どうやら此処の街では、元々かなりの貧困者が暮らしていて。今回の戦争がその原因だと、誰かが言い出したらしい。
それで警官隊などが暴徒を抑えていたらしいのだが。その警官隊もEDFに徴収されて抑えが効かなくなり。
とうとう暴発した、ということらしかった。
暴徒はもはや完全に凶暴化し、関係無い市民の店などを襲って略奪を繰り返し。鎮圧に駆けつけたEDFの部隊ともみ合いになっている間に、コロニストが来たと言う事であるらしい。
一部の市民は、コロニストに白旗を振ったそうだが。
その白旗ごと、消し飛ばされてしまった様子だ。
やりきれない話だが。いわゆる集団ヒステリーと言う奴なのだろう。もうこの街は、だいぶ前から駄目だったのかも知れない。
話によると、中華でも幾つかの都市で似たような状況になっているようだ。
元々世界政府が世界を無理矢理統一する直前、中華はかなり危険な覇権国家になっていたらしい。
21世紀にこのまま突入したら、それこそ世界最悪の独裁国家になっていた可能性も高いと言う推察もあり。
その時の名残が、色々と世界にまだあるのかも知れない。
プライマーは決して無能では無い。そういったほころびを、何らかの形で事前調査し、突いてきたのだとすれば。
それは厄介極まりないなと思った。
コロニストは、今までとレベル違いの相手が来た事には気付いたようだが。そもそも指揮官級の鎧コロニストが始末された後だ。対抗策は無い。そのまま、片っ端から殲滅されていく。
三城がファランクスで最後の一体の首を狩った頃には。
エイレンに、わらわらと市民が押し寄せ、騒ぎ立てていた。
「何でこんなに来るのが遅れた!」
「人殺し! 役立たず!」
「何が地球の守護者だ! 街から出ていけ!」
「言われなくても出ていくッスよ。 命令で守りに来ただけッス」
そう、冷静に返す。他の村上班も、はっきりいってこの状況には言葉も無い様子だった。
地球には、守る価値があるのだろうか。こういう愚かしい人間の本性を見せられると、どうしてもそう思ってしまう。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ市民には、正直呆れ果てたが。それでもリーダーは、彼らを威嚇射撃で黙らせるようなことはしなかった。
ただし。市民もリーダーを見て、その行く道をふさごうとはしなかった。
本能的にわめき散らす彼らも、流石に相手が悪すぎると判断したのかも知れなかった。
2、漂流するもの
三城は皆とともに日本に戻る。欧州の戦況は悪くなる一方。だが前周に比べても。本来の今周の歴史に比べても。日本の戦況が悪すぎる。それだけ、プライマーが苛烈に攻撃してきていると言う事だ。
荒木班はしばらく欧州で転戦するという。
その代わり、村上班は北米で戦闘した後、休む暇も無くそのまま日本へととんぼ返りする事になった。
荒らされている九州で何カ所かの戦線をつぶし。
怪物を多数駆逐して、そのまま中国、近畿、東海と移動。怪生物は各地で暴れているようだが、どうもアーケルスは出ていないようで。
それが、どうにも理由が分からなかった。
エルギヌスだけで充分と言う事だろうか。
おかしいと言えば移動基地だ。
移動基地も、今回は姿を見せる様子がない。
強化改造を施しでもしているのか。
それとも、他に何か理由があるのか。
いずれにしても、三城は兵法についての基礎は祖父に習ったけれど。あまり詳しい事は分からない。
一華がいつも作戦時に提案してきて。それを大兄が聞いて作戦を決めるのをみて。そんなものなのかと思うし。
作戦はだいたい図に当たるので。
一華の方が兵法に適正がありそうだとは思っていた。
関東に戻り、驚く。
驚くほど、荒廃が進んでいた。
中華が今、アンドロイド部隊と本格的な交戦に入っていること。北米も中華ほどの規模では無いにしても、大規模なアンドロイド部隊が各地で殺戮の限りを尽くしていることもある。
怪物駆除ですら手一杯だったEDFは。
文字通り、追い込まれつつあった。
まだ開戦から一年程度しか経過していないのに。既にEDFは瓦解しつつある。既に潜水母艦パンドラ、セイレーンも撃沈され。エピメテウスは、目だって姿を現すことが減り始めていた。
多摩の街に、出向いてほしいと言われる。
経験が浅いフェンサー部隊が一分隊だけついてきたけれども。
隊長ですら開戦後に編入された兵士であり。
戦意も低く、頼りにはなりそうもなかった。
空にいるのは、タイプスリードローンである。
あいつの戦闘力は、既に兵士達の間で恐怖とともに知られている。更に、街にはα型が入り込んでいる。
先に、数百匹単位の群れを潰して来た直後だから。大した相手には見えないが。
一個分隊の経験が浅いフェンサーが相手出来る敵ではない。
かといって、もうエイレンはおろか、戦車部隊すら枯渇しつつある。
エイレンは各地の戦闘の最前線に投入され、結果殆どが破壊されてしまっており。ニクスが必死に戦線を支えている状況。
戦車も、バリアス型は殆ど残っていないという話だ。
EDFは東京基地の工場を必死に守って、そこで武器の生産をしているが。今周は東京への物資搬送が上手く行っておらず。
結果として工場では食糧を中心に生産せざるを得ない状況で。
それだけでも、EDFはかなり追い詰められているという話を、ダン少佐から聞かされた。
酷い話だが、それでもどうにかしていくしかない。
現地で、大兄が手をかざす。
そういえば、この程度の戦場に村上班が投入されたのもおかしな話だ。
千葉中将からの無線が入る。
「この規模の戦場であれば、まだ対応できる部隊がいる筈だが」
「敵の戦力だけを見ればそうなのですが、此処では不可解な現象が先日から起こっています」
「不可解な現象?」
「はい」
戦略情報部の少佐が応じている。
なんだ不可解な現象って。プライマーのいるところ、不可解な現象だらけでは無いのかと三城は思ったが。
そのまま話を聞く。
「何も無いところから、突如エイリアンが出現した、という報告です。 しかも一件や二件ではありません」
「なんだと!」
「この辺りにはテレポーションアンカーやテレポーションシップもなく、あの大型船も近寄った形跡がありません。 もしもエイリアンが転送されたのだとすれば、装置無しで好きな場所に何でも転送できる技術を、プライマーが完成させた事になります」
「そんな技術があったら、文字通り手の打ちようが無い!」
千葉中将が呻く。
そういえば。
うっすらと記憶にあるのだが。前周でブチ殺したあの銀のでくの坊は、エイリアンを呼び出していたような気がする。
だけれども、彼奴は自身を基点にエイリアンを呼んでいたように見えた。
そうなると、更に上の技術なのだろうか。
いずれにしても、タイプスリーがまずは脅威だ。片付けてしまうのが先。多少のα型もいるが、それはフェンサー隊と、柿崎に任せる。
三城もモンスター型レーザー砲を持ち出す。
そして、大兄の指示と同時に、一斉に対空攻撃を開始。フェンサー隊は盾を構えて、前に出た。
タイプスリーはたまに地上に着陸して休んでいる光景が見られるそうだが、基本的空を巡回している点では、他のドローンと同じだ。そして弱点があると言う他のドローンには無い性質上、奇襲に極めて弱い。
瞬く間に数機が落ち。更に反応して此方に飛んでこようとする間に、次々と火を噴いて落ちていく。
攻撃を開始しようとするタイプスリーだが、エイレンのレーザーが弱点を的確に焼き払う。
元々それほどの数がいるわけでもない。
地上では、α型が来ているが。銀のα型。もっともスタンダードなタイプだ。
フェンサー隊が盾を構えて防ぎつつ、柿崎が暴れているのを横目で見ているだけでいい。このα型も、そう大した数はいないのである。
戦闘は一方的なものとなり。
間もなく元からいた怪物の駆除は完了した。
こんなものか。
そう思いながら、モンスター型レーザー砲を冷やし、更にはフライトユニットのコアも温めておく。
情報通りなら、何が起きてもおかしくないからだ。
大兄が、ハンドサイン。
表情から見て分かる。何か、嫌な予感を覚えている。
そして大兄の勘は当たる。というか、ほぼ確定で当たる。
何かあるというのは、ほぼ確実だろう。
上空に三城は出て、周囲を観察。
奇怪な事が起きたのは、その時だった。
空に、穴が開く。
そして、降り注いで来たのは、ボロボロの。傷だらけの、コロニストだった。
何体かは着地に失敗して、その場で潰れて死んでしまう。
何体かは必死に着地したが。
老人のように周囲を見て、ぼんやりと立ち尽くしている有様だ。
「情報通りです……!」
「あ、ああ。 確かにその通りだが……なんだあのコロニストは」
「現在分析中です」
一目で分かった。
この傷だらけの様子。武器さえ、鉄骨を組み合わせたいい加減な代物。このコロニストには見覚えがある。
前周の末期。
リングが降りてくる直前、日本に集まってきていた敗残兵コロニストだ。
怪物の群れと一緒に行動して、むしろ人間から身を守り。
プライマーから見捨てられ、武器も供給されなくなり。使い捨てにされたのを、必死に生き残ったコロニスト達。
リングが来る直前に見たからか、曖昧な記憶の中では比較的鮮明に記憶にある。
なんで、此奴らが。ここに来るのか。
「リーダー、此奴らは……」
「ああ。 分かっている。 気の毒だが、殺すしかないだろうな」
「大兄、まだ来る」
「数が増えると、あの装備でも面倒だ。 片付けるぞ」
動揺しているフェンサー達に、戦闘開始と大兄が告げる。
元々装備はボロボロ。
手足がすぐに生えてくるような再生能力を持っているにも関わらず、全身が傷だらけになる程過酷な状況で生きていたコロニスト。
動きも遅い。
それどころか、落ちてきた奴の中には、生々しい傷がまだある奴もいた。こんな状態でも傷は治るはずなのに。
これはひょっとしてだが。
前周の最末期に、交戦中にリングに消えた奴らなのだろうか。
可能性は低くない。
大兄が頭を撃ち抜いて、一体を倒すと。此方に反応するコロニストだが。困惑して、それどころか逃げようとし始める有様だ。
千葉中将は、どういうことだと呻く。
「コロニストは戦術的な撤退行動を取ることがあるが、これは異常だ。 ここまで戦意が無いコロニストは初めて見る」
「それだけではありません。 身に付けている機械は傷だらけ。 装備に至っては、鉄骨を組み合わせて岩を撃ち出すようにした、手作りとしか思えない原始的な兵器です。 コロニストそのものも全身が傷だらけで、とても他と同じとは思えません。 強いていうなら、傷つき疲れ果てた老敗残兵、でしょうか」
「敵を転送してくるなら、それこそ精鋭を投入してくるはずだ。 これは何かの実験なのか?」
「分かりません……」
戦略情報部が混乱している様子だが。少佐の分析は流石に的確だ。
三城も上空から、コロニストの頭をモンスター型レーザー砲で撃つ。更に次々コロニストが空から出現。
「三時方向、奇襲だ」
「!」
見ると、どこからともなく現れたボロボロのコロニスト達が、ガアガアと鳴いている。
さっき出現した連中とは違うようだ。
その声を聞いて、必死に其方に逃げ出すコロニスト達。一体何が起きている。
「村上班、可能な限り撃破してサンプルを取ってください。 状況から考えて、とてもではありませんが奇襲作戦だとは思えません。 何かの新兵器の実験かも知れません」
「だとしても、どうして前線兵士のコロニストでも、精鋭を使わない。 あの鎧を着たコロニストが不意に出現していたら、苦戦どころではなかっただろうに」
「わかりません……」
「とにかく、村上班。 これから先進科学研を送る。 可能な限り、コロニストを撃破しろ」
イエッサと応えると、大兄はコロニストを撃つ。
それを見て、首をすくめて、逃げ始めるコロニスト。三城には分かる。奴ら、明らかに大兄を見て怯えている。
これはやはり。
リングに吸い込まれたコロニストなのではあるまいか。
更に数体のコロニストが空中に出現したが。
一体は着地に失敗。それどころか、鉄塔に突き刺さって、モズのハヤニエになってしまった。
流石に無惨な光景に、フェンサー隊の兵士が呻く。
十数体は屠ったが、それでも確かあのリング出現の場には、数十体のコロニストが生き延びていたはず。
まだ三十体以上は、いると見て良いだろう。
コロニストの出現は、幸いそれで止まった。
一華が考え込んでいる。
先進科学研が来たが。不慣れそうな若い学者で。護衛の兵士も、あまり戦い慣れしているようには見えなかった。
勿論、村上班には周囲を見張ってほしいと言われる。
なお、逃走したコロニストは、何処かに向かっているそうだ。関東からは離れているので、今は放って置いていいと言われた。戦闘力も、現時点の弱り切ったEDFでもどうにかできる程度であるのだし。
周囲を見張りながら。村上班専用の回線で話す。
「リーダー。 あれ、確実にリングに吸い込まれたコロニストッスよ。 リーダーのこと、覚えているみたいだったッスし」
「そうだな。 だが、どういうことだ?」
「……やはり、今回の周回で勝てなかった場合。 あの大型船が吸い込まれたリングの穴みたいなのに、弾丸を撃ち込んでおく必要があるッスね。 今のうちに、プロフェッサーと相談して準備しておくッス」
「そうか、頼む」
三城には分からない所で話が進んでいるが。
小兄が、咳払いする。
「一華、どういうことだ」
「ええとッスね。 あのリングは恐らくタイムマシンだろうって事は分かるッスよね」
「そうだな。 それ以外には考えられないだろう」
「そうなってくると、ひょっとするとッスけど。 そもそもプライマーって、遠い宇宙から来たんじゃないんじゃ、て仮説が出てくるッスわ」
えっと、小兄が呟く。
大兄も、驚いたようだった。
小兄は、困惑している三城をフォローしてくれたつもりだったのだろうが。藪をつついたらとんでも無い説が出て来た。
驚くのも、当然だろう。
「そもそも、プライマーの侵略規模っておかしいッスよ。 あのトゥラプターは必要な事だって言っていたし、恐らくは何かしらどうしようもない事情があって地球に攻めてきているッスね。 それが、その割りにはこの程度の侵略規模で済んでいる。 恒星間航行が出来るような文明だったら、もっととんでもない物量が来たはずッスよ。 マザーシップ百隻とか」
「マザーシップ百隻!?」
「それなのに、ちまちま新兵器を開発したりして、EDFも如何にプロフェッサーが数年分の技術革新を持ち込んでいるとは言え、対応できている。 これは、プライマーって文明が、想像を絶する超巨大星間国家なんて代物では無い証拠ッス」
確かに、言われて見ればその通りだ。
プライマーはどうもおかしな事が多いのだが。
確かに、恒星間航行なんて事が出来るんだったら、もっとあり得ない物量で攻めこんでくる筈だ。
三城も聞いた事がある。
銀河系には二千億から四千億の恒星があるそうだ。恒星だけで、である。
当然それらの多くは惑星系を伴っているはずで。仮に資源が足りないなら、誰も生物がいない惑星系にいって、資源を漁れば良い。
確か地球の数光年四方でも、それなりの数の恒星があるはずで。
生物のいる可能性はあまり高くないそうだが。それでも資源なんて幾らでも手に入る筈だ。
あのプライドの高そうなトゥラプターが嘘をつくとも思えない。
こんな頓珍漢な規模での侵略が「必要」だというのは、おかしすぎる。
もし種族の存亡が関わっているような状況なら、確かにマザーシップ百隻とかを出してきてもおかしくないし。
侵略はもっと容赦ないものとなるだろう。
「つまり、どういうことだ」
「タイムマシンの存在を考えると、ひょっとするとプライマーは未来か過去か、どちらかから来ているのかも知れないッスね」
「……プロフェッサーにそれを話しておいてくれ」
「了解ッス」
先進科学研の技術者が、ボロボロのコロニストのしがいを回収していく。モズのハヤニエになっている死体は回収出来そうにないと言われたので。そのまま大兄が狙撃。二つに千切れたコロニストのしがいは、地面にぐちゃりと落ちた。気の毒ではあるけれども、そうしないと掃除もできない。
一度、撤収する。
まだ、周辺で片付けてほしいと言う戦場が幾つもある。
そのまま、数時間だけの休憩をしてから向かう。欧州で戦闘を続けている間に、随分と日本を荒らされていたのだ。
北関東に出向いて、β型の群れを片付ける。
まだウィングダイバーが少数残っているが、それでも損耗を覚悟しなければならない相手だ。
どうにか、できる限りは駆除する。
三城は誘導兵器に切り替えて、多数のβ型をその場で拘束。他の皆で、可能な限り効率よくβ型を狩る。
だが、ウィングダイバー隊は不慣れで、中には飛ぶのがやっと、という劣悪な技量の隊員もいる。既に人類の四割半から五割が失われていると聞く。アンドロイドが出現してから、一気に損耗が加速したのだ。
兵士は更に損耗が酷い。
それでも、実戦を経験させ。
生き残って貰えれば、或いは少しは戦況がマシになるかも知れない。
だから、必死に戦闘で生き残れるように、支援する。
柿崎は、もう殆ど大丈夫だ。
見ていなくても、殆どの相手に的確に立ち回れるようになって来ている。遠距離戦は苦手なようだが、それは仕方が無いだろう。
夕方までβ型を削り、追い立てて殲滅し。
負傷者が出ているウィングダイバー隊を基地に送り届ける。
東京基地に戻ったのは、日が暮れてから。
すぐに休むように、大兄に言われた。
風呂に軽く入って、ベッドでぼんやりしていると、バイザーが鳴る。バイザーをつけると、プロフェッサーが通信を入れてきた。
「疲れている所すまない。 一華大尉から話は聞いている」
「それで、どうッスかこの考え」
「確かにありうる話だ。 プライマーの文明規模は、確かに彼らの必死な様子から考えるとちぐはぐだ。 ひょっとすると、太陽系の別の惑星に生じた文明のエイリアンなのかも知れない」
「そうなるとエウロパとか?」
エウロパは、木星の衛星の一つだそうである。何でも太陽系の星でもっとも生物がいる可能性が高いとかで。
惑星では無いが、何かしら生物がいる可能性があるとしたら、此処では無いかと言われているとか。
火星とか金星はどうなのかなと思ったが。
プロフェッサーが説明してくれる。
「現時点で金星は論外。 400℃を超える気温に、90気圧。 これに加えて、強酸の雨が降り注ぐ環境だ。 ここに生物が出現するとは考えにくい。 かといって火星は、水はあるにはあるが、大気がなく、宇宙放射線がモロに降り注ぐ環境だ。 バクテリアが発見されたと20世紀末に話題になった事があるが、これは結局探査艇にもとから付着していたものだったようだ」
「そうなると、やはりエウロパ?」
「いや、エウロパは星としての規模が小さすぎる。 過去にしても未来にしても……可能性があるとしたら、或いはテラフォーミングが行われた火星だろうか。 もしくは金星の可能性もあるが、金星の場合はテラフォーミングを行うにしても、火星よりずっと時間が掛かるはずだ」
難しい話をしているので、三城にはよく分からない。
とにかく咳払いすると、プロフェッサーは言う。
「興味深い意見を聞かせて貰った。 確かにリングはタイムマシンの可能性が極めて高いし、一華大尉の意見ももっともだ。 私も何名かの科学者に、今の説について意見を求めてみる。 君達も、戦闘を続行してくれ」
「イエッサ」
「それでは、此方も努力は続ける。 今回も、勝つ気迫で……最後まで頑張ろう」
勝つ気迫か。
プロフェッサーがどんどん新しい武器を開発していると話題になっているようだが。それも限界が近い。
何しろ新しい武器を作った所で、量産が出来ないのだから。
勝ち目は失われつつある。
せめてもっと早い段階に戻れたら、状況を変えられたかも知れないが。それでも、ここからどうにかしてやっていくしかない。
バイザーを外すと、ねむる事にする。
明日も、苛烈な任務を多数こなさなければならないはずだ。それと、柿崎が対空戦をできない事は大兄も理解しているだろう。対策が必要になってくる。
柿崎が装備しているフライトユニットとプラズマコアは特注の品らしく、安易に対空装備を持つ事も出来ないし。柿崎は元々剣術主体の武術家だったらしく、弓に対してはそれほどの造詣もないと聞く。
だとすると、小兄のような攪乱戦をやってもらうことになるか。それにはまだ少し技量が足りない気もするが。
いずれにしても、柿崎を失う訳には行かない。もう少しで、皆と同じくらいまで仕上がるのだ。
あくびが出た。
ちょっと限界かも知れない。
連日の疲れが、小兄や大兄ほど体力がない三城を蝕んでいた。
本当に体を壊すと、眠れなくなると聞いている。
そうなる前に。
さっさと眠るしかない。そう三城は判断した。
3、大侵攻
世界中にタイプスリードローンが展開した後、それでも他のドローンがいなくなったわけではない。
まだまだタイプワンやタイプツーも多数が空を舞っていて。特にミサイルや航空機に対しては、大きな脅威になっていた。
神奈川の西。
小田原付近まで出向く。
ここ一週間ほどの連戦の結果、どうにか関東の戦況は持ち直した。少しずつ、安全圏を拡大したい。
それが千葉中将の意向だ。
小田原付近は既に焼け野原で、生きている民間人などいようもない。だから、敵を追い出すだけの戦いだ。
現地に到着。スナイパーチームが来ている。
空には、多数のドローン。
弐分は手をかざして、まずいと思った。
タイプワンばかりだ。それは別にかまわないが。問題は、レッドカラーがいるということだ。
レッドカラードローン。
タイプワンとは色違いだが。次元違いの戦闘力を持つドローンだ。あいつのレーザーは、文字通りコンクリのビルを両断する。
一華の乗っているエイレンの装甲でも、なんども直撃を受けたら耐えられないだろう。
「小田原にドローンが集まって来ていると聞いていたが、タイプワンばかりか!」
「俺は二十機のドローンを一回の戦闘で破壊したことがある! 今日は記録を更新してやるぜ!」
兵士達は威勢がいい。
だが、この数。しかも、レッドカラーは見た感じ十機以上はいると見て良い。
他のドローンは、レッドカラーの壁役だろう。
多数で飛び回って此方の狙いを逸らし、ハラスメント攻撃を行い。
その間にレッドカラーが。本命の一撃を叩き込んで来ると言うわけだ。
レッドカラーは耐久力も高い。多分大兄のライサンダーZでも一撃確殺は厳しいかも知れない。
しかもプライマーは兵器を改良し続けているのだ。
なおさら、状況は厳しいと言わざるを得ない。
千葉中将から無線が来る。
「村上班、聞いているか」
「イエッサ」
「現在、千葉の海岸線にタイプツーを主体としたドローンの軍勢が来ていて、ダン少佐がケブラー部隊を率いて応戦中だ。 また、北部からはタイプスリードローンの軍勢が攻め寄せている。 ただ、これらには強化機体は存在していない。 恐らく君達がいる所が本命と見て良い。 レッドカラーの大軍を東京上空にいれたら、計り知れない被害が出る」
その通りだ。
此処で必ず撃墜しなければならない。
「残念だが、此方に余剰兵力は無い。 奮戦を……期待する」
千葉中将も、どうやら関東北部の部隊の指揮を直接とるようだ。
それだけ、ドローンの数が多いという事だろう。
大兄が呟く。
「ざっとタイプワンが千機というところか。 この上空には百五十ほどだが、西から近付いている」
「レッドカラーもそれだけいるということか」
「レッドカラーも後から来るだろうな。 合流を許すと勝ち目はなくなる。 叩き潰すぞ」
三城に大兄が指示。
頷くと、三城はライジンを取りだす。
モンスター型をも超える超火力の熱線砲。これだったら、レッドカラーも一撃粉砕が出来る。
プロフェッサーが改良を加えて、安定度も抜群に増している。
今後、量産したいところだそうだが。
残念ながら。今の状況では厳しいだろう。
弐分もガリア砲を装備。
雑魚に関しては、一華に任せる。頷くと、一華は歩兵と連携して、周囲に自動砲座を撒く。
この自動砲座はスナイパータイプ。
ドローンに対してはかなり高度な対策プログラムが組まれていて。攻撃体勢に入ったドローンを集中的に狙ってくれる。
それだけではなく、自動砲座としては砲身が大きく。タイプワンなら一撃で粉砕する事が可能だ。
タイプワンなら。
砲座の展開が完了。兵士達も、それぞれ家屋に隠れる。
頷くと。
まずは、三城が狙いを定め。レッドカラーにライジンの火線を直撃させる。
瞬時に爆散したレッドカラー。あの頑強なレッドカラーも、文字通りひとたまりもない。
だが、それで一斉にドローンが反応。
交戦開始。
とにかく、敵の後続が来る前に、可能な限り数を減らす必要がある。大兄がバイザーにターゲットを送ってくる。
頷くと、ガリア砲で狙撃。
偏差射撃も駆使して、高速で飛び回るレッドカラーに叩き込む。流石に大兄ほどの一射確殺は無理だが。
弐分にもこれくらいなら出来る、
傷ついたレッドカラーが一瞬ふらつくが。その隙を見逃さず、大兄が傷口にピンホールショットを決め。
空中でレッドカラーが、派手に爆散していた。
その間、エイレン一華機が、空中に寄って集ってくるタイプワンを叩き落とし続ける。スナイパー型の自動砲座も猛威を振るい、次々にドローンを叩き落としている。タイプワンは動きが速いが、地上戦は苦手だ。これはあくまで、多数で射線を阻害して。ミサイルの着弾を防いだり。大量の数でレーザーの雨を浴びせて、戦闘機の接近を防ぐ目的のドローンだ。
ただ、最近は自爆特攻をしてくるようになっている。
これが、軽武装のケブラーなどには脅威になっていて。
狙撃兵も、気を付けるように注意されているようだった。
「すぐに退避しろ!」
「えっ! うわあああっ!」
家に隠れて狙撃を続けていた兵士達が、慌てて飛び出す。家にドローンが突っ込み、爆発四散した。
これだ、怖いのは。
狙撃兵が隠れられて。ドローンの直撃に耐えられるような大きな建物はこの辺りに残っていない。
朽ちかけている民家を使うしか無い。
それもあって、弱いとは言え全長十メートルあるタイプワンが自爆特攻をしかけてきたら、文字通りどうにもならない。
「まだまだ敵は来る。 居場所を察知されたら、今のように襲撃されると考え、冷静に射撃を続けてくれ」
「い、イエッサ!」
「弐分、後ろに回り込んだ」
「了解!」
ブースターとスラスターを使って空中に。
飛んできたタイプワンを蹴って更に上空に出ると、ガリア砲を連射。弐分の後ろに回り込もうとしていたレッドカラーに、上空から二発叩き込む。これでも落ちてこないが。その代わり、動きが一瞬止まり。其処を大兄がピンホールショット。
爆発四散。流石である。
三城のライジンは、安定性さえ増したが。一発撃つと砲身を冷やす必要があり、更にエネルギーを充填するのに時間も掛かる。
レッドカラーを確殺出来る火力を確保できたが、自爆特攻の危険もある。どうしても、支援がいる。
今のも、三城をガードするための行動だ。
激しい戦闘の末に、タイプワンはほぼ壊滅。レッドカラー最後の一機も、大兄が鉄塔の影に隠れた所を、文字通り針穴を通す狙撃で爆散させた。だが、すぐに次の部隊が来る。
「此方対物ライフル班A9! 支援に来た!」
「よし、指示通りの地点にて狙撃を頼む!」
「了解!」
兵員もいないだろうに。それでも千葉中将は増援を出してくれたか。
そのまま狙撃戦を続行。タイプワンは編隊を組んで飛んできて、そのまま一斉射撃を浴びせてくる。
だが、そもそもEDFのアーマーは、酸やレーザーに対しての高い耐性を既に有していて。この程度ならどうにでもなる。
問題はそれらに紛れてレッドカラーがいることだ。
最初から、殺意全開で向かってくる。
「エイレンのバッテリー交換頼むッス!」
「すぐ対応してくれ」
「イエッサ!」
「はー、こっちもドローン使っていいと思うッスけどねえ」
一華がぼやいている。
とにかく、レッドカラーを上空からデクスター散弾銃で射撃して、射線を逸らす。無茶苦茶に高火力のレーザーが彼方此方を切り裂くが、味方への被害は出させない。デクスター散弾銃は配備が進んでいる使いやすい広域制圧武器で、フェンサー用に口径がえげつなく大きい。
レッドカラーも、喰らえば体勢を崩すし、射撃の精度もずれる。
そのまま、激しい戦闘を続ける。
二時間ほどで第二陣を蹴散らすが、兵士達の消耗が激しくなってきた。
最初のチームにはさがって貰う。
第三陣が来る。
どうやら、各地から相当数のドローンをかき集めてきているらしい。特にタイプワンは近年戦果を上げていないと言う事もある。敵指揮官としては、逆に傑作兵器であるレッドカラーをどうにかしていかしたく。こうやって壁にしているのだろう。
射撃を続行。
補給車に飛び込んで、弾薬を補充。
とにかく、凄まじい数のドローンが飛んでくるが、全て叩き落とす。大兄が、手をかざして。そして呟く。
「最大の規模の部隊が来るな。 次が本命だ」
そういえば、柿崎は。
見ると、低空飛行してくるドローンに狙いを絞り。接近してから抜き打ちで真っ二つにしている。
レッドカラーはこの機動をしないこともあって、タイプワンばかりを仕留めているが。
動きが速くて柿崎をタイプワンは狙っていない。また、これでかなり自爆特攻を防げている様子だ。
ドローン相手に、ああいう戦い方もあるのか。
弐分は少しだけ感心する。
とにかく、次の部隊と合流される前に出来るだけ敵をたたきたい。そのまま射撃を続けて、レッドカラーから叩き落とす。
かなりの数のレッドカラーを粉砕している。今日だけで、だ。
此奴一機で相当な被害を覚悟しなければならないのだ。本来は。
だが、三城のライジンによる大火力と。
大兄による正確極まりない狙撃。
雑魚を確実に排除していく一華。それに柿崎。
いざというときは機動戦でドローンに追いつける弐分。
この五人が揃えば。レッドカラーもそれほどの難敵では無いと分かってきた。
だが、油断は禁物だ。
とにかく、片端から徹底的に叩く。
どうやら本隊が来たようだ。空が真っ黒に見える程の数。大兄が呻く。
「当初いた数より多いな。 何が何でも此処を突破するつもりらしい」
「に、逃げた方が……」
「此処を通せば、東京はこのドローンに占領される。 そして地下に隠れている人々も、制空権を取られれば怪物によっていずれ殺される」
兵士に、大兄がそう訓戒する。
その通りだ。
あの程度の数。どうにでもなる。
そう自分に言い聞かせ。弐分は機動戦で、まずは前に出た。少しでも此方に来る前に、敵を削り取りたい。
雨霰とレーザーが来るが、レッドカラーの奴以外は無視。
とにかく時間を稼ぐ。
ざっと見た所、レッドカラーは二十機はいる。これを全て片付けてしまわないと、とても戦えはしなかった。
丸一日の戦闘が終わって、東京基地に戻る。
記録的な数のドローンを一日で処理し。その中には四十機を超えるレッドカラーが混じっていた。
大佐に昇進の打診が荒木軍曹に来ているらしいが。
大兄にも、中佐への昇進の話が来ているらしい。
まあ、それもそうか。
村上班の戦果を考えれば当然だ。
東京基地で、一晩休む。三城は精根尽き果てた様子で、戻った頃には船を漕いでいたし。一華はエイレンの中で戦闘終了と同時に寝こけてしまったらしい。
彼奴はエイレンを操作するのに各種デバイスだけではなくキーボードまで使っているようなので、仕方が無いだろう。
ハッカー数人分の電子戦を、戦闘をしながらやっているともいう。
頭が疲弊するのも仕方が無い。
かなり貴重になっているブドウ糖の錠剤を貰っているらしいのだが。それもまあ、特別扱いは許されるのだろう。
柿崎も流石に疲れたようで、無言で寝室に。
見た所総合力では三城に劣るが、体力だけは柿崎の方があるようだ。
まあ、あの戦闘技術を見る限り、それもそうだなと納得出来る。
ガタイが同じだったら、弐分では勝てないかも知れない。大兄だったら勝てそうだが。
疲れたので、食堂に出向いてココアを口にする。
更にまずくなっていたので、辟易した。
この時間だ。食堂には誰もいない。
向かいに大兄が座る。
レポートを書いている途中のようだ。これは愚痴を言いたいんだなと思ったので、だまって聞く。
「弐分、昇進だ。 三人は少佐に。 柿崎閃は大尉に昇進が決まった。 俺は中佐になるようだな」
「そうなると、荒木軍曹の昇進も」
「そうなる。 荒木軍曹が准将に成り次第、特務を結成するそうだ。 例の如くの名前でな」
そうか、この周回でも。
スプリガンとグリムリーパーと合流して、ストームチームとなるわけだ。
ただし、状況が悪すぎる。ベース228を奪回する事は無理だろう。特務として、最悪の戦場にかり出される。
それは、覚悟しておかなければならない。
特にアンドロイドとの戦闘は、どうしても避けられない。
中華では、地区司令官の劉中将が戦死したそうだ。
更に多数いる少将も次々に戦死しており、北京の陥落も近いと言う。
恐らくは、ストームチームが結成されるとすれば。その中華で暴れているアンドロイド軍団を相手にすることになるのだろう。下手をすると、奴らは日本にまで攻めこんでくるかも知れない。
覚悟は決めておかなければならない。
無線が入る。レポートを書いている大兄も、顔を少し上げた。
荒木軍曹からだった。
「其方の時間ではもう夜か。 すまないな、壱野」
「いえ。 それで、何か問題ですか」
「欧州の戦線が著しく良くない。 スプリガンの戦力は既に半減。 米国でもアンドロイドが各地に出現し、グリムリーパーも苦戦を余儀なくされているようだ」
この状況下だ。
恐らくEDFは、最精鋭を集めて特務を結成する流れになるだろうと荒木軍曹は言う。
予想の通りだ。
問題は、現状逆転の手が思いつかない事である。
敵はもっとも手堅い手段での侵攻を選んで来ている。それも急がず、じっくり各地を攻めている。
まだコスモノーツも降りてきていない。移動基地も来ていない。
それなのに、人類の戦力は半減以下だ。
既に、此処からひっくり返す手段は無い。今更バルガを持ち出した所で、どうにもならないだろう。
そもそも今周回、プライマーは怪生物を重要視していないようなのだから。
「日本の戦況も良くないと聞く。 千葉中将がリー元帥とかなり揉めていると聞くからな……」
「そうなのですか」
「ああ。 日本に展開している米軍由来のEDFを、米国に引き揚げる話が出て来ているらしい」
それはひょっとして、あのカスター将軍……この周回の現時点では確か少将だったか。の提言ではあるまいなと弐分は思ったが。
そういうのを決めつけるのは、良くないだろう。
いずれにしても、荒木軍曹にも真相はまだ話せない。
タイムトラベルだの何だの、話して分かって貰える筈が無い。
それに、プライマーは人間の戦力を削りながら、確実に布石を打ってきている。今回のドローンによる大侵攻作戦もその一環だったのだろう。
まだ東京基地は落ちないと判断したら、違う手に出る筈だ。
或いは、戦力を引っ張り出して、有利な地点で撃破に掛かるとか。それとも、消耗戦を更に加速させるとか。
それとも、手を打たないかも知れない。
既に大量破壊兵器の類は壊滅している。この状況から、世界中で暴れ回っているアンドロイドを撃滅するのは不可能だ。
せいぜい、主力となっている巨大な群れを壊滅させる。
出来て、そのくらいだろう。
もしもそれが出来れば、或いはリングが到来するまでは、かろうじて前線を維持できるかも知れないが。
出来なければ。
知っている、暗黒の世界が来る。それだけだろう。
「日本での戦況を少しでも良くしてくれ。 そうしないと、お前達も動く事は難しくなるだろう」
「分かりました。 尽力します」
「すまないな。 頼むぞ」
荒木軍曹の無線が切れる。本当に信頼してくれているのがよく分かる。
大兄が嘆息した。
「千葉中将が疲れきっているようだったが、要因はこれか……」
「確かに今日本から戦力を引き揚げられたら、恐らく自衛は厳しいだろうな」
「古くは東西冷戦の戦略上の要地だった日本だが、戦略が根本的に違うプライマーが出て来た以上、EDFも固執する理由は確かにない。 ただ、日本の戦況が良くなれば、それだけプライマーも此処で撃破する事は出来る」
つまり、やるしかない。
そう大兄は言い。頷くしかない。
昔から、弐分は大兄に頭が上がらなかった。幼い頃からそうだ。勝てない事が分かっていたからかも知れない。
仕合としての武術だったら、お前の方が上だ。
そう何回か言われた事がある。だが、それでも道場で向かい合ってみると、文字通り虎のような気迫を前に全身がびりびり来たものだ。祖父も、まさに虎のような気迫と絶賛していた。
弐分は弐分で、他流試合を受けた時、相手の選手が青ざめて萎縮した経験が何回かあるので。気迫そのものは相応に放っているのだろうが。やはりなんというか。鍛えているうちに、見ているだけで相手の総合力は分かるし。それで勝てないとも分かるのだろう。
今も、結局自分の意見は言えていない。
これで、世界の危機に立ち向かえるのか。
弐分は、そんな事を、今更に思うのだった。
翌日から、更に戦闘の範囲を拡大する。プライマーはテレポーションシップを多数展開し、怪物を投下。場所は静岡である。
からくもエルギヌスの撃破に成功し。今回はアーケルスが出て来ていないとはいえ。
静岡近辺はエルギヌスに荒らされ尽くし、もはやまともな部隊が残っていない。この辺りは完全に敵地と言える。
同時に北陸、近畿、中部でも攻撃を開始したプライマーは、やはりハラスメント攻撃に徹することに決めたようだ。EDFが姿を見せると、さっとテレポーションシップは撤退していく。
そして別の地点から上陸してきたテレポーションシップが、怪物を落としていくのだ。
戦力を消耗させるだけの戦い。しかも無視すれば、それだけ怪物が跳梁跋扈し、場合によっては繁殖すらする。
もはや手の打ちようがない。
連日戦闘をして、各地の怪物を駆除する。各地の基地ともにダメージが大きく、戦闘の度にそれが蓄積して行く。
何処の基地でニクスがやられた、何処の基地に配属された戦車隊が壊滅した、そういう話を聞かされながら。
必死に各地で交戦し、敵を削る。
γ型の怪物もとっくに姿を見せており、各地で攻撃を仕掛けてきている。
いずれにしても、倒さなければならなかった。
弐分は無言でスピアを手に、戦場を駆る。
味方部隊は既に交戦中で、かなりの損害を出している状態だ。休む暇も無く波状攻撃が行われている。特にβ型がここのところ多数投下されているようで、その浸透力でダメージは増えるばかりのようだった。
それだけではない。
β型の群れを駆逐して、兵士達の噂を聞く。中華の戦線で、新型のアンドロイドが出現したという噂が流れているのだ。
「新型のアンドロイドだって?」
「ああ、なんだか知らないが、爆破に特化しているらしい。 大型以上の脅威と認識されているとか」
「爆破に特化ねえ……」
「或いはここにも来るかもな。 ユーラシア大陸は戦線をどんどん押し込まれて、中華に至っては総司令官も戦死したって話だろ」
アンドロイドは、多少の海くらいなら浮かんで渡ってくることも分かっている。朝鮮半島が落ちたら、其処を経由して九州に大挙して押し寄せてくるだろう。
そして、今のアンドロイドの話に。弐分は心当たりがあった。
擲弾兵だ。
この周回の戦闘末期に出現した、ローラー作戦用のアンドロイド。恐らく、近々交戦する事になるだろう。
彼奴は厄介だ。特に足が遅い歩兵にとっては天敵に等しい。ウィングダイバーやフェンサーなら兎も角、ビークル類も危ない。
柿崎を一瞥。
どう戦い方を仕込むか。
今までと基本は同じでいい。ただ、爆発の範囲を考えると、そう話は簡単では無い。ウィングダイバーでありながら近接戦を基本とする柿崎には、正直相性が良くない相手である。下手をすると死なせる事になる。
今のうちに、皆と相談しておく必要があるだろう。
そう、弐分は思う。
大兄が来る。次の戦闘だ。
今日中に四ヶ所の戦場で、敵を押し戻す。波状攻撃で此方の戦力を削ろうとしている敵を、逆に出血多量死させてやる。
そう大兄は、静かに押し殺すように言う。
相当に頭に来ているな。
そう悟って、弐分は苦笑していた。大兄がこうなら、まだいける。そう信じられるのも、また事実だった。
4、死の疾走
北京が陥落した。中華の主要拠点は、あらかた落ちた。既に中華のEDFは項少将を中心にゲリラ戦に移行。各地で、アンドロイドによる市民への無差別攻撃が行われ、天文学的な被害になりつつあった。
米国もそこまでではないが、南米を蹂躙し尽くしたアンドロイド部隊との徹底抗戦に移行。
各地で主要な指揮官が次々に戦死していく中、村上班はついに中華への派遣が決まった。中華での戦闘が山場になる事は分かっていたが。それでも、予想よりもかなり早かったと言える。
南京近くの、項少将が拠点にしている地点の近くに到着。
壱野は周囲と連絡を取る。項少将は、以前同様、いにしえの猛将のような雰囲気をもつ人物で。
壱野についても、到来を歓迎してくれた。
「欧州戦線で勇名を馳せ、各地の戦闘でも記録的な戦果を出している村上班の到来はとても有り難い」
「光栄です。 それで作戦は」
「既に此方の戦力はほぼ枯渇している。 三箇所に兵力を分散しているが、これはそれぞれの部隊が合流しやすくするためだ。 アンドロイドの兵力次第では、撤退も考えている布陣となる」
項少将が、こんな弱気な布陣をするのか。
現在開発放棄された戦場を囲むように、ガンマ、デルタ、イプシロンの三部隊が展開しており、ガンマ部隊にはタンクが。それも壊れかけのブラッカーが配備。イプシロン隊には、ニクスが配備されている。
項少将はイプシロン隊にて指揮を執る。要するにニクスは指揮車両を兼ねている、ということだ。
まずはα型の怪物を駆除して、戦線を確保。
此処に押し寄せる可能性が高いアンドロイドを迎え撃つ、という作戦だが。
壱野は知っている。
ここに来る。擲弾兵の大部隊が。
少し前に、功績が認められ。戦略情報部から、成田軍曹が専属オペレーターとして派遣されたが。
はっきりいってあまり役に立たない。
戦況が著しく良くないと言う事もある。
既に精神が崩壊気味で。
ブツブツ意味が分からないことを呟いていることも多かった。
戦略情報部と言えばエリート集団だろうに。
そんな事は関係無く、やはりメンタルに大きな問題があるようだった。なんというか、もったいない話である。
エイレンを見て、兵士達が色めき立つ。
まだ生き残りがいるのか、という雰囲気だ。
中華戦線では、凄まじい数の暴力に飲み込まれて、強力なAFVやコンバットフレームから次々破壊されていった。
特にタイタンやエイレンはもっとも厳しい戦場に投入され、ほぼ生き残りがいないという事だ。
そして一目で分かる、歴戦を生き抜いてきた何度も補修した跡。
特徴的なカラーリング。
噂の星のエイレンだと気づいて、兵士達の士気があがる。皆、諦めきっていたのに、である。
「デルタ、付近のα型の駆除を完了」
「イプシロンも完了」
「ガンマ、α型を発見。 攻撃を開始する」
戦車が前に出て、攻撃を開始。α型に対して味方の兵士も決して多くはないが、まあこの程度の数なら。
壱野はライサンダーZで面倒な動きをしている奴を、優先的に撃ち抜く。また、後ろに回り込んでくる奴も殺気を察知して、容赦なく撃ち抜く。
皆には告げてある。
此処には項少将と、中華における最後のまとまった抗戦戦力がいて。それ故にプライマーが狙って来る可能性が高いと。
プライマーも、苛烈な抵抗をしている項少将については目をつけているはずだ。
あの大型船が来る可能性は、決して低くは無かった。
ほどなく、敵の駆除は完了。
エイレンが酸を浴びるような数でもない。そのまま駆逐して終わりだ。
「よし、アンドロイドが来る可能性が高い、各自周囲を……」
「敵船です!」
兵士が叫ぶ。
空中に、突如。大型船が出現した。
やはりだ。既に擲弾兵は各地に出現しているようだが、此処で本格的に項少将の部隊を片付けるつもりなのだろう。
項少将が呻く。
「地球侵攻軍の第二部隊か。 直接アンドロイドをばらまいて来るつもりだな。 各部隊、合流を……」
「敵が!」
敵船は横倒しに突如出現したが。案の定、クラゲの傘の中央部に見える箇所を開き。其処から大量のアンドロイドをばらまきはじめる。
開口直後に一発叩き込んでやるが、案の定効きやしない。大型船とは何度か交戦したが、あからさまな弱点と思われる場所にも、それ以外の場所にも、傷一つつける事には成功していない。
交戦データはプロフェッサーと一華が精査している。いずれ弱点が見つかる。そう判断して、攻撃を続ける。
だが、大型船への攻撃はここまでだ。
落としてきているアンドロイドには、見覚えがあった。
胴体部分は、他のアンドロイドと同じだ。問題は両手に持っている武器である。バリスティックナイフではない。黄色い球体だ。
「なんだあのアンドロイドは!」
「擲弾兵と呼ばれるアンドロイドです! すぐに距離を取ってください!」
成田軍曹が叫ぶ。
擲弾筒というのは、本来小型迫撃砲の事を指す。なんでもこのアンドロイドが擲弾兵と名付けられたのは。交戦後のデータを検分し、凄まじい爆発が起きた形跡が確認されたからだそうだ。つまり交戦した部隊は生き残らなかった。
それが違うと分かったのは、交戦データが積み重なってから。此奴が両手に持っているのは爆弾。
それも、相応の耐久力を持つ。
その上、擲弾兵にも大型がいる。大型擲弾兵の持つ爆弾は、火力も耐久力も凄まじい。何より此奴らは、数で真正面から突貫してくるのだ。
命がないアンドロイドは、本当に死を怖れない。そのまま、突撃してくるのである。結果は、何が起きるかは明らかだ。
「擲弾兵か。 すぐに距離を取れ! 奴らの両手の武器は爆弾だ! 接近を許すな!」
項少将が叫び、すぐにガンマ部隊が後退を開始。デルタ部隊も、交戦準備を始める。
壱野は即座にストークに持ちかえ、相手の爆弾を撃ち抜く。
爆発。それが連鎖して、多数の擲弾兵が吹き飛ぶが、気にせず進んでくる。この有様が、兵士の恐怖を誘う。
「なんて火力だ!」
「自分が吹き飛ぶことも、仲間が吹き飛ぶことも、なんとも思ってない!」
「まるでゾンビ映画だ!」
「とにかく逃げろ! 合流して、火力を集中しないと戦いにならない!」
エイレンが前に出て、レーザーで擲弾兵を薙ぎ払う。タンクもその横に並んだ。ボロボロのブラッカーだが、それでも操縦手が勇敢なことは事実のようだ。弐分も三城ももう此奴の相手の仕方は知っている。近付かず、距離を取りながら、まとめて爆破する。それ以外にはない。
「柿崎大尉!」
「はい」
「自動砲座を。 長い時間は持ち堪えられないだろうが、それでも配置してくれ」
「承知いたしました」
壱野はストークで次々擲弾兵を爆破しながら、少しずつさがる。三城がプラズマグレートキャノンをぶっ放し。数十機がまとめて吹っ飛ぶ。だが、アンドロイド擲弾兵は、他を圧倒する数で攻めてくる。通常種のアンドロイドよりも、更に狂った物量が常に投入されるのだ。
これが、生存者が出ない理由。
此奴らは、文字通りEDFを自分ごと爆破し。地球を更地にするつもりで戦っているのである。
本来の歴史……記憶にある前周では、此処で項少将は戦死した。多数の擲弾兵に一斉爆破され、ニクスごと。何も残らなかったと聞いている。つまり壱野は此処に居合わせる事が出来なかった。
だから、今回は歴史を変える。
エイレンのレーザーは、こまめに発射したり停止したり。かなり細かく動いている。これは、恐らく専用の対策プログラムを組んでいたな。そう思いつつ、兵士達を急かしてさがる。
全方位に隙を作るわけにはいかない。
柿崎には、絶対にアンノウンに、この場合は擲弾兵に考え無しに近付くなと厳命してある。こう言うとき、インファイターは不利だ。柿崎も、一応パワースピアを投擲して接近した擲弾兵に対応しているが。それも相手の数が増えると、どうなるか。
さがりつつ、確実に擲弾兵を削る。
程なく、先行していたデルタ部隊が攻撃を開始。
対物ライフルで、ガンマ部隊を追ってくる擲弾兵を貫き始める。流石に、どの兵士も爆弾を的確に打ち抜けるわけじゃない。爆破の効率が悪いことには目をつぶるしかない。
とにかく踏みとどまって、擲弾兵部隊を爆破し続ける。程なくして、第一波は消滅する。
怪物と違って、此奴らは爆発するまで止まらない。だから、全滅は容易に察知できるのが救いだ。
兵士達が、真っ青になっているが。
恐らく本番はこれからだ。
ガンマとデルタが合流し、すぐに補給車に兵士達が駆け寄る。だが、即座に次が来る。
「敵船、飛来!」
また、来る。合流した部隊の真上だ。もう一撃、敵船にライサンダーZの弾を撃ち込んでやるが、まるで通用しない。すぐにさがるよう、項少将が指示。イプシロンと合流しろと、かなり焦った声が飛んできた。
凄まじい数の擲弾兵が落とされる。射撃して爆破し続けるが、見えた。
大型アンドロイドの体に、紫色の爆弾を両手に持つ大型種。見た瞬間、爆弾をライサンダーZで撃ち抜く。一発、耐える。あの爆弾の中身が何かは分からないが。凄まじい強度の外殻で。
爆発の時に、それで火力が上がるのも、また事実なのだろう。
二発目で爆発。大型の爆発は文字通りビルが消し飛ぶ代物で、多数の小型も巻き込む。周囲が、爆風で煽られた。
「後退、後退っ!」
「殿軍は引き受けるッスよ!」
「私もだ。 歩兵は先に行け!」
タンクも最後衛に残る。エイレンが次々近付く敵を爆破する中、柿崎は不意に妙な動きを見せた。
敵の真ん中を、高速で突っ切ったのだ。
それを見て、爆破体勢に入る擲弾兵達。ああ、なるほど。だが、それは出来れば、止めた方が良い。
敵陣を抜ける柿崎。
その背後で、爆破が連鎖した。
最高速度だったが、かなり危なかっただろう。ただ。今ので敵陣にムラが出来、それが隙につながる。
「柿崎大尉」
「はい」
「今のは面白い作戦だったが、味方の射撃で擲弾兵が爆発していたら確実に巻き込まれていた。 指示したタイミング以外ではやらないように」
「承りました」
まあいい。結果オーライだ。それに、言われた事はちゃんと柿崎は聞く。以降は、皆と歩調を合わせてやっていけばいい。
ビル上に陣取った三城が、プラズマグレートキャノンを叩き込み、多数の擲弾兵が吹っ飛ぶ。
エイレンとタンクが最後尾に立って、敵をどうにか食い止めつつさがるが。爆発が連鎖。エイレンの少し後ろで戦っている壱野は、何度か眉をひそめた。補給車は先に大急ぎでイプシロン隊に合流。ニクスが出てくる。
一回り大きい、指揮官機だ。項少将の指揮車両だろう。虎のマークが刻まれている。もう虎部隊は全滅状態だと聞いているが。まだいると、中々に激しい自己主張だ。
「急いで合流しろ! 火力で敵を近づけず、蹴散らす!」
「小型の相手をお願いします。 何機か大型がいる。 俺はそれを撃ち抜きます」
「分かった。 君の腕は知っている。 任せるぞ」
ニクスはカスタムされているらしく、凄まじい火力だ。擲弾兵が次々に花火と化していく。
その中、壱野は爆発で感覚が鈍るのを感じつつも。それでも大型の爆弾を射貫く。二発は撃たないと爆発しないのは厳しいが、それでも爆発させれば周囲の擲弾兵をまとめて消し飛ばせる。
対応中に、三隻目の大型船。
三城が、振り向き様にプラズマグレートキャノンを叩き込む。出現したばかりの大量の擲弾兵が、巻き込まれて船ごと爆発したが。煙が晴れると、大型船は涼しい顔で、大量の擲弾兵をばらまきはじめていた。
正面は無理か。それとも、マザーシップの主砲のように、なにか条件があるのか。
いずれにしても、応戦するしかない。
「ありったけの自動砲座をばらまいてほしいッス!」
「りょ、了解!」
「此処で迎え撃つ! 総力戦だ!」
吠え猛る項少将。本当に、いにしえの猛将そのままの人だ。凄まじい火力で擲弾兵を爆破し続ける。
きっと、壱野がたどり着けなかった歴史では。
このまま、擲弾兵の海に飲まれてしまったのだろう。
だが、そうはさせない。
最後の大型の爆弾を撃ち抜き、周囲ごと爆破。以降は、小型をストークでひたすらに破壊し続ける。
文字通り死を怖れずに突っ込んでくる怪物。
兵士達が、戦い慣れているはずなのに、恐怖の声を上げる。
「生きた誘導ミサイルかよ!」
「過激派カルトのテロリストみたいだ! いかれてやがる!」
「来るな、来るなーっ!」
「冷静になれ! 村上班の火力もある! 対応可能だ!」
パニックになりかける兵士を、項少将が叱責。かなり至近にまで来られてひやりとしたが。エイレンが凄まじい効率で敵を爆破していき、押し返す。程なく、敵の群れがまばらになりはじめた。
成田軍曹が、泣きながら通信を入れてくる。
「こんなの、酷すぎます! プライマーは今までは地球の環境を汚染しないように戦っていました! でも戦略を変えたんです! 人類の抵抗が激しすぎるから、何もかも爆破して消し去るつもりなんです!」
さあ、それはどうだろう。
もしそうなら、アンドロイドは全て敵弾兵になっていてもおかしくないはずだ。
更に一隻、大型船が来る。
だが。大型船は戦況を見ると、そのまま去って行った。此処で擲弾兵をばらまいても無意味と判断したのかも知れない。
残敵を掃討。
煙を上げていたが、ブラッカーは生き抜いた。
兵士達もだ。
だが、戦いを生き抜いたと悟った瞬間、へたり込んでしまう兵士が多数。この擲弾兵は、やはり。
恐らくだが、人間の恐怖を煽るための兵器だ。
兵士の一人が呟いていた。まるでカルトのテロリストだと。
その通りなのかも知れない。
もしもプライマーが、人間のテロリストのやり口を真似たのだとしたら。その効果は絶大と言える。
或いはプライマーは。
人間をもっとも効率よく殺してきたのは人間と判断し。
その真似をしているのかも知れない。
だとしたら、もっとえげつない攻撃を今後はしてきてもおかしくない。
怒りと同時に。
一種のあきらめが浮かんでくるのを、壱野は感じた。
もしも今の考えが当たっているのなら。
恐らく、人間の戦争の歴史が。
今後、EDFに牙を剥くのは、間違いないのだから。
(続)
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