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序、大型アンドロイド

 

情報の通りだ。大型アンドロイドが来ている。壱野は軽く舌なめずりした。現在の戦力では。全員を生き残らせるのはかなり厳しい。

単純に手強いのだ。

レッドカラーのタイプワンや、インペリアルドローンほどではないが、プライマーの傑作兵器。

それは間違いない。

形状はもっとも多数を占めるアンドロイド軍団の尖兵小型アンドロイドと違って、どちらかというと上部が膨らんだT字型をしている。ただ全体的に丸っこい縁をしているから。やはり装甲は傾斜装甲として機能している。

大型は現在何種類か確認されているが。その全てが「ブラスター」と呼ばれる強力な射撃兵器を装備しており、その火力はアンドロイドの中でも特に危険だ。ブラスターといっても、連射してとにかく弾幕を張るタイプ。プラズマ弾を連射して爆破に特化したもの。迫撃砲に近い挙動をするもの。この三種類が中心である。その火力たるや、接近を許すとニクスでもあっと言う間に破壊されるほどで。特に連射型の火力は、遠距離からニクスと撃ちあって勝つほどである。

しかもそれが、小型同様に細い足を使って自由自在に立体的に動き回り。壁を這い上がり、悪路を好き勝手に移動する。

つまり、ニクスの火力を持つ敵が、好き勝手に立体行動をする、ということだ。

「此方支援部隊! 到着した!」

「よし、有り難い」

前衛に立って敵の様子を見ていた海野基地司令官が頷く。

一華のニクスも出してきているが、これは此処の大型を粉砕した後、リングに一気に接近するからだ。

ただし、戦闘はリングの周辺でのみ行う。

今回も一華は、バギーに乗って。

ドローンで戦って貰う。

より戦闘力に問題があるプロフェッサーに、デプスクロウラーは使って貰う。ただ、一華は何があっても守らなければならないが。

支援部隊が来た。

十数名だが、いずれも歴戦の兵士ばかりだ。

その中の一人に、壱野は見覚えがあった。

「久しぶりです、壱野准将」

「久しぶりだ、ケン」

そう、ケンである。

熟練兵の一人になっているケンだが、まだ若い。それなのに、この五年の戦役で鍛え上げられて、すっかり貫禄も出ていた。

准将と聞いて、兵士達が困惑するが。

ともかく、海野基地司令官が咳払いする。

「今は現場指揮を俺が執る。 壱野もそれは承知してくれている。 指揮系統の混乱は負けの要因だ。 皆、それは理解してほしい」

「イエッサ!」

「まずは至近の敵から片付けて行くぞ。 大型は知っての通り強い。 気を抜くな」

さっと展開する。

すぐ近くのクレーターに二体。

クレーターの内部には汚染された水が溜まっていて、その中を悠々と歩き回っている。

一体を、ライサンダーZで狙撃。

装甲がはじけ飛ぶが、倒すには至らないか。

流石にタフだ。

もう一体が反応し、此方を見た。

だがその時には、既に三城が音もなく敵の背後に降り立ち、ファランクスの火力を叩き込む。

一瞬で焼き切られる大型。流石にファランクスの接射には耐えられない。

今ダメージを与えたもう一体は、熟練兵達が一斉射撃を浴びせ。更に弐分が突貫して、スピアを叩き込んでとどめを刺す。

此奴らは装甲も分厚いのだ。

強いていうならば、装甲を剥がしてしまえば。後は内部にダメージが通り、動きも鈍くなるが。

それをいうなら、コスモノーツも同じだ。

要するに、此奴らは量産されて使い捨てが効くコスモノーツのようなものである。ブラスターの火力を加味すると、レーザー砲持ちコスモノーツが小型化され量産化されたようなものだ。

文字通り、最悪である。

「よし、クリア」

「おい、壱野准将って確か……」

「今は後だ。 敵の殲滅に注力するぞ」

そのまま、次に向かう。

大型は点々と散っている。どうやら、生き残りをさがしているらしい。この辺りの地下に、確か数十人が潜んでいるはず。それを察知しているのかも知れない。

海野基地司令官がバイザーに目標を指定してくる。

頷くと、立射。

直撃。メインカメラごと、装甲を消し飛ばす。だが、それでも死なない。大型アンドロイドは此方を向き、ブラスターを撃とうとする。

更にもう二体が反応。

海野基地指令が、声を張り上げた。

「さがりながら攻撃! 奴らの火力はニクス並みだ! まともな交戦は避けろ!」

「サー、イエッサ!」

「くそ、こうなったらやってやる!」

一斉に射撃し始める熟練兵達。皆、アーマーもボロボロ。パワードスケルトンだって、整備が上手く行っていないだろう。

基地を守るのだって必死だったはず。

それを、駆けつけてきてくれたのだ。死なせる訳にはいかない。

三城の放った雷撃銃が、一体の装甲を剥がす。そこに、熟練兵達が連続して射撃を叩き込む。

もう一体には、弐分が接近戦を挑んでいる。

そして、一華が急いでキーボードを叩き。ドローンを飛ばしていた。

機銃がついているタイプだ。それが、攻撃行動に出ようとする大型を都度射撃して、怯ませている。

火力は申し分ない。

大型も、そのブラスターを撃てなければどうにもできない。

更に二射目で、一体の大型を倒す。

その時には、残り二体も、集中砲火を受けて倒れていた。

「流石だな、壱野。 皆、少し休憩をしてから次に行くぞ」

「イエッサ……」

「まるで先手先手を取っているかのようだ。 もしあれがストームチームだとすると……」

「余計な希望は持つな。 ……東京が全滅したから、こんな辺境まであいつらは来ているんだろうしな」

兵士達がぼそぼそと呟いている。

皆ベテランの筈なのに。

完全に心が折れている。

壱野は、不思議と心は折れていない。弐分も三城も、それに一華も。

むしろ怒りに満ちている。

此処までされて、やるしてやれるものか。

そういう怒りが、むしろ心を冷やしていた。

「この地点を防衛線とする。 全員、伏せて狙撃戦闘の準備」

「サー!」

「壱野、少しずつ釣り出してくれるか」

「了解。 攻撃のタイミングは、指示をお願いします」

昔は鉄道の高架だった場所がある。今は、ただの朽ちた土手だ。

そこに皆伏せて、敵の動きを確認する。一匹、大型アンドロイドがフラフラと動いているのが見えた。

海野基地指令のバイザーに位置を送る。

許可が出る。

「よし、やれっ!」

「了解」

ライサンダーZを放つ。

当ててから放っているから、外すこともない。銃身も少し傷が増えてきているが、それでもまだまだこの銃はやれる。

壱野の怒りが乗り移ったように。

敵を撃ち抜き、叩き伏せる。

撃ち抜かれた大型は、体勢を大きく崩す。かなり離れていた一体が反応。その前面装甲が光る。

同時にブラスター。

そう呼ばれる、凶悪な熱線兵器が。連射され。一瞬で土手を激しく抉っていく。

「傷ついた一体に集中攻撃! くそっ、相変わらずあのアンドロイドども、挙動がよく分からん!」

「もう少し近付いたら反撃します」

「ぎゃあっ!」

兵士の一人が、吹っ飛ばされた。

一人が手当てに向かう。

土手越しでも、凄まじい爆発が連鎖している。ブラスターの攻撃が直撃した地点は、赤熱して溶岩化している程だ。

ニクスが撃ちあって負けるというのも道理である。

プロフェッサーの話によると、大型の残骸を調査したそうだが。生体部品を使っているとは思えないような構造になっていたらしく。

アンドロイドは壊れるまで人間を殺せばそれでいいというコンセプトで作られているらしい。

大型もそうで、生体部品を焼き尽くす勢いであのブラスターを放っている。

射撃の合間を縫って、敵が近付いてくるのを確認。かなり距離があったのに、土手が半壊している。

至近でブラスターを撃たれたら、戦車でもニクスでも一瞬で破壊される。

それが分かるから、冷や汗も出る。

もう一機の大型は、既に味方が粉砕していた。

壱野は、相手がブラスターをはなつ瞬間を狙い。

狙撃を入れていた。

ブラスターの発射口の一つに直撃。

その瞬間、凄まじい爆発と同時に、大型が消し飛んでいた。

「なんだ、自爆か?」

「……いえ」

恐らくは違う。

あの大型は、恐らく既に傷ついていたのだ。つまり新規に投入されたアンドロイドではなく、ずっと地球を彷徨って、人間を殺し続けていたのだろう。

そして、誰かがつけた傷があって。

それに壱野の狙撃が致命傷を与えた。

誰か。分からないが。仇は討ったぞ。

そう呟きながら、位置を移す。この辺りは、もうバリケードとして機能していない。

「負傷者は無事か!」

「命に別状はありませんが、戦闘は……」

「分かった、寝かせておけ。 残りを片付けるぞ」

「壱野、狙撃のタイミングは……任せる」

海野基地司令官も、相当に参っている様子だ。

真っ赤な空。

勝てる訳もない敵。

これでは、心が折れそうになるのも当然だ。だが、兵士達のためにも、海野基地司令官は気丈に振る舞う必要がある。

大変だなと思う。

壱野みたいに、怒りが恐怖を遙かに凌駕しているのならいい。

だが、そうでないものもたくさんいる。

壱野にしたって、人類を守るつもりなんてない。少なくとも、手が届く範囲の相手を助けられればそれでいいし。

それは自己満足だとも思っている。

何より最終目標は道場の復興だ。

それ以外に、考えている事はない。壱野は無敵のソルジャーでも人類の希望でもない。ただのエゴイストだ。

それは分かっている。だから、驕るようなことはしない。

狙撃。

反応する大型は無し。撃たれた奴は、傷つきながら、此方に向かってきている。他の兵士が手を出す必要もなく、壱野が片付ける。

次を撃つ。

次の奴は、数体と同時に反応した。これはまずいなと判断。すぐに弐分と三城が飛び出し。一華がドローンを動かす。

「結構距離はあった筈なのに! どういうことだ!」

「或いは我々が知らないテクノロジーでデータリンクシステムを搭載しているのかも知れないッスね」

「だとしたら群れ全体が反応しないのは何故だ!」

「見た感じ、新しい機体と古い機体がごたまぜッス。 あれ、どうみても使い捨てッスし、部隊単位でしかリンクは機能していないんじゃないっスか? 仮説ッスけどね」

一華が淡々と言いながら、ドローンを操作。

なる程、とプロフェッサーが頷いていた。

海野基地司令官はいまいちよく分からないようだが。それでも一華の言葉は信用しているようで。

機械人形の事情は分からんとぼやきつつ、それでも狙撃銃で傷ついたアンドロイドの行動を確実に阻害していく。

壱野は淡々と、元気なアンドロイドに狙撃を加えて、ダメージを与えていくが。

それでも数が多い。

時々アサルトに切り替えて、敵の行動を阻害しないと、ブラスターをぶっ放されるタイミングが何度かあった。

此処は熟練兵ばかりだが。

もしもプロフェッサーが言う通り過去に戻れたとして。

その時に、此奴と初遭遇の兵士達が、まともに対応できるとはとても思えない。

どうにか、今のうちに対策をしておかなければならないだろう。

反応している最後の一体を、弐分のスピアが貫く。

爆発四散。

まだ敵の群れは残っているが、少数だ。

問題は、大型アンドロイドが距離があっても凄まじい弾幕を張ってくることで。射程距離だって尋常ではないことだ。

此奴らの本領は、小型と組んだとき。

小型が壁になって押し寄せてくる間に、大型は狙撃地点を確保して、そこから容赦の無い射撃をしてくる。

危険極まりない相手だ。

今は、幸い此奴らの盾になる小型がいない。

故に、普段よりはマシなのかも知れない。

短いが、激しい戦いの後、大型をどうにか駆逐に成功する。

プロフェッサーの乗っているデプスクロウラーも、どうにか無事だった。機銃は、あまり当てられていなかったが。

「ビークルなのに、もう少し頼りにならないのか」

「私に戦闘力を期待しないでくれ。 自転車にも乗れないくらいなんだ」

「学者先生は細くていかんな。 まあいい、それに乗ってろ。 それに、これからリングへの攻撃を敢行する。 今、此処にいる熟練兵と、リングについて多少は分かる学者先生、最後の機会だと言って良い」

壱野は頷く。

その通りだ。

流石に、壱野達四人とプロフェッサーだけでは、リングの守備隊を排除するのは不可能だろう。

リングまではそう距離もない。

逆に言うと、だからこそ大型が集まっていたのかも知れない。もたついていると、もっと規模の大きなアンドロイド部隊が来る可能性もある。

「負傷者の後送、終わりました」

「よし、全員続け。 リングへの攻撃作戦を開始する。 敵はもう完全に勝ったと思って油断しているはずだ。 そこをつく。 リングに接近し、あのデカブツを叩き落としてやるぞ」

「サー……」

新兵達は青ざめている。

熟練兵達ですら、あまり自信は無さそうだ。

リングはこの位置から、既に見えている。

直径数キロもある巨大な円環。あれが来てから、最後の時が始まったと言っても良い。ただ、海野基地司令官達の意識は違うようだ。

プライマーが最後に送り込んできた最終兵器。

そういう印象のようである。

確かに、それを破壊出来ればプライマーも大慌てするのは事実だろう。だが、人類が滅ぶのは変えられない。

ならば。

プロフェッサーが言う、事故に頼るしかない。

過去に戻り歴史を変える。

それしか、現状を打開する手はないのだ。

「リーダー、ちょっといいッスか」

「どうした」

一華がバギーを寄せてくる。

そして、耳打ちされた。

「仮にプロフェッサーが言う事が全て事実だとすると、あれはタイムマシンの可能性が高いッス」

「……そうか、それで」

「もしも、過去に飛べて。 次の周回でも、こういう作戦をする時になったら。 やって欲しい事があるッス」

「聞かせてくれ」

一華は。

あのクラゲのような超大型船が消えていった穴に、弾丸を撃ち込んでほしいと言う。その弾丸には、可能な限りの情報を詰め込んでほしいと。

確かにあれがタイムマシンだというのなら。そうすることで、或いは。

いや、情報を暗号化しておかないと、敵に発見されて。逆に利用されてしまうだろう。それについては、プロフェッサーと話をしておかなければならない。

いずれにしても、もう時間的に間に合わない。やるなら、「次」でだ。

そして、あのクラゲのような大型船は、記憶がどうにもぼやけているのだが。どうにも、「今回」から各地に現れたような気がする。というか、彼奴が現れてから、アンドロイドが投入されたのだ。

彼奴がアンドロイドを虚空から呼び出しているという報告もあった。

それならば。確かに、あの穴の正体について、調べておく必要があるだろう。

部隊を再編制し。弾丸を可能な限り補給する。

もう、基地に戻る時間はない。

敵の次の部隊が来る前に。

リングへと、急ぐ。

それしか、今できる事はなかった。

 

1、始まる

 

リングの至近に到達。守備隊はそれほど多く無い。だが、上空にはあの巨大なクラゲのような船がいる。

あれが攻撃能力を持っていることを、壱野は知っている。

それだけではない。

敵のドローンも中空に浮かんでいた。

ヒトデのような形をした、通称タイプスリードローン。ヒトデ型の下部に球体がついていて、それに生体パーツが詰まっている。

そういう意味では、空飛ぶアンドロイドなのかも知れない。

頑強さは他のドローンの比では無く、カスタム型と思われるレッドカラーやインペリアルほどでは無いが。完全に他二種のドローンとは別物のタフネスを誇る。更には、レーザーの火力も凶悪極まりない。

タイプスリーを見ただけで。兵士達はおののく。

彼奴が五本の先端部から放つレーザーで、焼き殺された兵士は多数いるのだ。

地上にはアンドロイドもいる。大型もいるが、蹂躙するために迫ってくるほどの群れはいない。

これなら、排除できる可能性が高い。

「なんて巨大さだ……勝てる訳がない!」

「知ってる。 もうとっくに負けてるんだ」

「……まずは守備隊から片付けるぞ。 人類の歴史に残る、最後の反攻作戦だ」

海野基地指令が言うと、兵士達は生唾を飲み込んだようだった。

プロフェッサーも緊張している様子だ。

既に時計は合わせてある。

プロフェッサーが言った時間は、丁度二時間十二分後。

そのタイミングで、あのリングの下部に接近し。赤い装置を破壊しなければならないのである。

そういう意味では、足が遅いプロフェッサーは、デプスクロウラーに乗っていて良かったのかも知れない。

この悪路では、とても走れなかっただろう。

パワードスケルトンの補助があってもだ。

まずは、上空にいるタイプスリーを、壱野が叩き落とす。

数はどうということもない。

此奴らも、戦闘力は他のドローンと同じく、数で補うタイプだ。強いと言っても、金銀の怪物ほどではない。

それに、あの球体を粉砕することで、一撃必殺で叩き落とす事が出来る。

これについては、随分多数の犠牲を出しながら、発見したことだった。

恐らくだが、生体パーツが詰まった球体は、脳みその役割を果たしているのだろう。見た目も脳みそににているが。

だとすれば、どうしてそんなものを分かりやすい位置にぶら下げているのかがよく分からないが。

それはそれ、これはこれだ。

ともかく、順番に面倒な位置に浮かんでいるタイプスリーを排除していく。

排除しながら、進む。

弐分と三城には先行してもらって、アンドロイドの駆除をして貰う。

「広域攻撃、行くッスよ!」

一華がドローンを操作して、雷撃を広域にぶっ放す。

戦闘に気づいたらしいアンドロイドの群れが来ていたが、モロに雷撃ドローンに巻き込まれて、次々爆発四散する。大型も例外ではない。

ただ、大型は踏みとどまって射撃しようとするので。

壱野が撃ち抜かなければならなかったが。

抵抗を排除しながら、進む。

三十分が過ぎた。

クラゲのような大型船は、此方に見向きもしない。

気づいていないのか。

それとも、歯牙にも掛けていないのかも知れない。

事実、今の人類の火器でリングを破壊するのは不可能だ。核兵器ならともかく。そんなものは、開戦直後の攻撃でほとんど全て破壊されてしまっている。

「み、見ろ! テレポーションシップだ!」

兵士の一人が指さす。

テレポーションシップがリングに向かって行く。

そうすると、以前見たように、リングが鏡面のようになり。そこに開いた穴に、テレポーションシップが吸い込まれていく。

何隻も、だ。

悔しいが、どうにもできない。

一華に頼まれた事をやるとしても、次だ。

今回は、まずは前に進むことを考えなければならない。

「アンドロイド部隊! 後方から接近しています!」

「前方にアンドロイド部隊! 数はそれほど多くはありませんが……大型がいる模様!」

「撤退しましょう! 今からでも遅くありません!」

「少しでも敵を削ることに代わりは無い! 敵の本丸が攻撃されたとなれば、プライマーのクソッタレどもも作戦を見直す! この攻撃は最後の機会だ! それに失敗しても、それだけ時間は稼げる! 各地に残る人類が再起する可能性だって上がる!」

海野基地司令官が、部下に怒鳴り返す。

そして、激しい戦闘が開始される。

弐分も、三城も。

倒されるような事は、恐らくはない。壱野が見ていて、安心できるほどの戦闘能力だ。

だが、それでも時々支援しないと危ない。

まずは前方から来た群れに集中攻撃を加え、片付ける。

一華が、最後の電撃ドローンを飛ばして、後方のアンドロイドの群れを一気に粉砕する。それでも生き残りがいる。だが、それは兵士達に任せて。前に進む。

残り一時間。

兵士達が恐怖で足を竦ませている。

間近で見ると、文字通り山よりも巨大なリングの姿は凄まじすぎる。

それの側に、何機もあのクラゲのような大型船が浮かんでいるのだ。

近付けば死ぬ。

そう考えるのも、当然なのだろう。

壱野は、敬礼した。

海野基地指令には、公私ともに世話になった。

「海野基地指令。 此処からは俺たちだけで行きます」

「なんだと! 死ぬ気か!」

「違います。 生きるためです」

「どういうことだ……」

困惑する海野基地指令に、ご武運をと言う。

弐分と三城も、同じく敬礼する。プロフェッサーは、世話になった、とだけ言った。

一華も、バギーから温存していたニクスにPCを移しながら、ぎこちなく敬礼する。

「多分、凄い数のアンドロイドが来る筈ッスよ。 すぐにこの場から退避した方が良いッス」

「何をするつもりだ!」

「大丈夫、特攻とかはしません。 勝つために、行きます」

「……分かった」

海野基地指令が、皆をまとめる。

そして、その場から離れ始める。

壱野は頷く。

皆も、頷き返した。

「前回は、リングの破壊作戦で生き残れたのは、俺とプロフェッサーだけだった。 だが、その戦力では多分足りない。 だから、今回は皆で生き残る。 次はもっと戦力を増やして状況をよくしてここに来て、歴史を変える。 一番良いのはあのリングを叩き潰す事だが……そこは柔軟に考える」

「大兄、任せてくれ」

「私も、まだいける。 必ずやる」

「まあ、リングを見せられた以上、もう疑う余地は無いッスね。 行くッスよ私も」

ストーム1の皆が、口々に応えてくれる。

プロフェッサーが。デプスクロウラーの内部から言った。

「よし、いこう。 始めるぞ」

突貫。

この四人なら、一個師団の敵にも勝てる。プロフェッサーを守りながら、だ。

走る。

クラゲ型の船が。ぼとぼととアンドロイドを落とし始めた。かなりの数だが、舐めて貰っては困る。

そのまま、蹴散らして進む。

ニクスはここぞとばかりに機銃をぶっ放し、迫るアンドロイドを蹴散らして行く。弐分と三城も凄まじい働きで、敵を倒していく。

プロフェッサーを狙うアンドロイドも少なくないが、一匹も通さない。

激しい戦いが短い時間続き。大型船が、困惑しながら距離を取るのが見えた。

見たぞ。

距離を取ったという事は、危険を考慮したと言う事だ。

つまり、あいつは無敵じゃない。

時間が足りなくて試せなかったが、倒す方法はあるはずだ。ならば、必ずそれを見つけ出す。

アンドロイドを蹂躙し尽くす。海野基地司令達は、既に逃げ延びたようだ。ならば、もはや遠慮はいらない。

徹底的にアンドロイドを倒しながら進む。恐れを知らない筈のアンドロイド達が、火の玉のように迫る壱野達を見て、尻込みするようだ。こんな動きをする人間がいる筈が無い。そう判断して、バグを起こしているのかも知れない。そんな事に配慮してやる必要はない。徹底的に叩き伏せる。

アンドロイドの異臭を放つ死体を踏み砕きながら、更に前に。

残り三十分。

遠くから、とんでも無い数のアンドロイドが迫ってくるのが見える。十個師団規模くらいはいるだろうか。

だが、ここに来るまで三十分以上は掛かる。

ならば。勝ちは確定だ。

「此方だ! 急いでくれ!」

プロフェッサーが、率先して前に出る。生き残っていたアンドロイドのバリスティックナイフがデプスクロウラーを直撃したが、内部にはダメージが通らなかったようだ。

そのまま、急ぐ。

時々、皆の名を呼ぶ。

返事がきちんと返って来る。

リングの真下に、赤い装置が見えた。装置と言っても、赤く光っていて、細部はよく分からない。

それだけでも、百メートル四方はありそうな巨大さだ。

「よし。 破壊を開始してくれ!」

「最後の砲弾、ごちそうしてやるっスよ!」

一華のニクスが、肩砲台から射撃を開始。もう残弾がほとんどない兵器だが、この時のために温存していたのだ。

装置に直撃。

青白い光が迸る。

壱野も射撃を開始。

弐分も、壊れかけのガリア砲で射撃を始める。三城も雷撃銃で、装置を攻撃し始めた。

アンドロイドの群れが迫ってきている。

後二分。

機械が悲鳴のような音を上げている。何となく分かる。もう少しで破壊出来ると。銃弾を再装填。ライサンダーZをぶっ放す。

後十五秒。

皆の攻撃のペースを見ながら射撃を続ける。

ほどなくして。

世界に、光が迸っていた。

赤い装置に閉じ込められていたような、清浄な光。それが、全てを洗い流すようにして。世界を覆っていた。

「よし! 成功した! 始まるぞ!」

プロフェッサーが言う。

光に溶けて行くように、呆然とアンドロイドの群れが此方を見ているのが見えた。

残念だったな。

壱野は、そう光の中で呟いていた。

 

光が収まる。

無言で、壱野は立ち尽くしていた。

雪が降っている。

そうだ。思い出す。

此処だ。

開戦から、五ヶ月後。初めてテレポーションシップを落とした戦場だ。思えば、この辺りのタイミングから、少しずつ変な夢を見るようになった。

あれはプロフェッサーが言う所の。何度も周回を繰り返しているほど、記憶が鮮明になる。その結果だったのだろう。

記憶はある。

そして、其処には。

懐かしい。とても頼もしい人達がいた。

「どうした壱野少尉。 ぼんやりした様子で」

「荒木軍曹」

「大将らしくもねえなあ。 これからたった八人で、無茶な作戦をやらされるんだぜ?」

「頼りにしていますよ」

そう。そこにいたのは。

荒木班。後にストーム2と呼ばれる人達。

荒木軍曹。この時点での階級は中尉。それに小田曹長。浅利曹長。相馬曹長。皆、戦いで死んでいった。最強の戦士達だ。

思わず、涙が出そうになるが。それは何とかしなければならない。

人間をほぼどうでもいいと思っている壱野でも。

例外はいる。家族達と、わずかな尊敬できる戦友。その僅かな例外に含まれるのが、この荒木班の面子だった。他にもいるが、この場所にはいない。

本当に戻ったのだ。

それを確認し、装備も確認する。ライサンダーZの持ち込みは成功している。ただ、ストークは古い型番のものにもどっていた。

側を見る。

弐分と三城もいる。二人は、まだ若干混乱しているようだが。

それでも、見て分かる。

戦いの記憶は、体にしっかり残っている。

今度は、以前のような無様は晒さない。

ニクス。一華のものだ。

前回と違って、プライマーとの戦いがより激しかった事もある。この時点で一華はニクスのカスタムを認められるようになっていて。

機体を赤くぬっていた。

「PC、それにメモリの持ち込み、成功ッスよ」

「? 何の話だ」

「いや、此方の話です。 それよりも……」

雪の降る中、浮かんでいるのはテレポーションシップだ。そして、その周囲には、既にα型が展開していた。

だが、どうもおかしい。

α型について、今更疑念が浮かぶ。

α型は、記憶が混濁しているのだが。あんな色だったか。

散々戦った相手だ。見間違えるはずはないと思うのだが。今見えているα型は、焦げ茶色をしていて、全身に毛が生えている。

何より彼奴の放つ酸は、橙色ではなく緑色だ。

何かがおかしい。

だが、散々戦った相手だ。

負ける訳には、いかない。

荒木軍曹が、咳払いする。

「何かあったようだが、気持ちの整理は出来たか?」

「はい、荒木軍曹」

「よし、では行くぞ。 怪物を駆逐する」

「悔しいが、それしかできないからな。 なーにが新型機だ。 空軍の役立たずがよ……」

そうだ。

この記憶は、ある。

五ヶ月。何も人類はテレポーションシップ相手に出来なかった。その間、やりたい放題に怪物を落とされて、世界は大きなダメージを受けた。

テレポーションシップを撃墜するためにフーリガン砲が開発されたが、それを最初に搭載した実験機は機動力に問題があり、全滅。

戦術核による攻撃でテレポーションシップを一隻落とすのだけが限界だった。

その辺りの話が、無線で流れてくる。

今にしてみると、荒木班だったから。この無線が流れてきていたのかも知れない。

千葉中将が、疲弊しきった声で戦略情報部の少佐と話している。

「新型機は全滅した。 何か手は無いのか」

「今の時点では、なにも。 戦術核のある戦略基地をプライマーはどういう手段かで探知しているようで、もはやそれに頼る事も出来ません。 各地の基地は、息を潜めて核を守ろうとしていますが、それすら探知して攻撃してきています」

「敵が此方の重要戦略拠点を知っていると言うのか!」

「敵には何か此方の知らない高性能レーダーがあるのでしょう。 いずれにしても、もはやテレポーションシップを落とす手段はありません」

記憶の混濁がある。

だが、ある程度はっきり覚えている。

前は、戦術核だとテレポーションシップの残骸が回収出来ないとか言っていたような気がする。

だが、今度は落とせないときたか。

それだけ、戦況が悪くなっていると言う事だ。

そしてこの戦術、どうも不可解だ。あのでくの坊。倒した事をうっすらと覚えている、銀の巨人。

彼奴の作戦指揮だったら、ここまでスマートにはいかなかっただろう。

指揮官が代わったのだ。

そう判断する他ない。

「この五ヶ月で、人類は総人口の三割を失いました。 特にアフリカでは奮戦を続けていたタール将軍が戦死したことで、もはや絶望的な状況です。 欧州は攻撃を受け続けている所に、アフリカからの怪物が押し寄せることが確実とみられていて……」

「打つ手無しという訳か……」

「いえ、あります」

「! 君は、村上班の」

壱野は、咳払いして。

そして、荒木軍曹に目配せした。

手は、ある。

この時点で、荒木軍曹も見ている筈だ。

「可能性としてはある。 テレポーションシップの下部ハッチの内部に攻撃すると、火を噴いた事があった。 撃墜にまではいけなかったが、落とせる可能性はある」

「荒木軍曹! しかしそれは、怪物が守る中をかき分けて行くと言う事になるぞ」

「俺が落とします」

「村上壱野少尉、君か……。 各地での凄まじい働きは聞いている。 分かった、健闘を祈る」

千葉中将が無線を切る。

後は、雑多な無線が流れてくる。

プロパガンダ報道。

新型機がどうのとか。テレポーションシップを落としただとか。そういう報道だ。

人類の三割が既に失われている。

いや、これも少し違和感がある。前はこの時点で二割だった気がする。要するに、それだけ攻撃が苛烈になっている、ということだ。

一刻の猶予もない。

今は、とにかく。此処にいるテレポーションシップを叩き落とす。そして、近隣にいるテレポーションシップも、可能な限り叩き落とす。

それだけだ。

「怪物を蹴散らし、とにかく道を作れ。 ……時に壱野、その狙撃銃は見覚えがないが、新型か?」

「はい。 こいつなら、テレポーションシップを落とせます」

「分かった、信じよう。 それだけの実績を、今までお前は上げて来ている」

「有難うございます」

弐分はスピアとガリア砲。三城はレイピアとプラズマキャノンで来ている。一華のニクスもこの時点での最新型だ。

後は、プロフェッサーが持ち込んだ記憶で、どれだけの速度で新型機を開発できるか。

それに掛かっている。

突貫。

茶色いα型が此方に向き直る。やはり、禍々しい姿だ。だが、関係無い。先行して突貫した弐分と三城が、次々に蹴散らす。荒木軍曹は相変わらず確かな腕で、バックアップをしてくれる。

やはり少し記憶が混濁している。

α型が記憶より硬いような気がする。これは変えられた歴史の残滓か。ただ、倒せない相手では無い。

蹴散らしながら進み。

完璧なタイミングで、ライサンダーZの狙撃をテレポーションシップのハッチに叩き込んでいた。

直撃。爆散。

燃えながら落ちてくるテレポーションシップが、困惑するα型の頭上に。そして、大量のα型ごと、爆裂していた。

「おおっ! やったぜっ!」

「流石ですね。 支援のしがいがあります」

「安心して背中を守れる」

小田曹長、浅利曹長、相馬曹長が口々に言う。

そのまま、一瞬の隙を見逃さず、二隻目を立て続けに撃破。その間に一華のニクスが、弐分と三城が取りこぼした分の敵を掃射し終えている。

走る。全力で。

三隻目が、もう少しでハッチを開ける。

そして、開けた瞬間。

壱野はそれを撃墜していた。

前回のこの戦闘よりも、かなり時間を短縮できたはずだ。この地点で戦った怪物も、記憶よりも少ない。

少しだけだが、歴史を変えられた。

「素晴らしい。 噂通り、いやそれ以上の腕だ!」

「全世界にこの勝利を報告します。 これは歴史的に価値のある勝利です!」

千葉中将が疲弊から一転、あからさまに興奮し。そして喜んでいるのが分かった。

千葉中将は、敬意を払える上官の一人だ。壱野も嬉しい。

そしてこの情報が伝われば、少しは戦況もマシになる。

だが、油断は出来ない。

指揮官が代わったのだとすれば。

何かあったら、即座に対応している可能性が高いからだ。手を打たれる前に、出来るだけの事をしておくべきだろう。

「荒木軍曹、出来るだけ近場のテレポーションシップを落としましょう」

「そうだな。 敵が対応できていないうちに、落とせるだけ落とすべきだ。 本部、指示をほしい」

「分かった。 ……そこから東に、今八隻のテレポーションシップが停泊し、怪物を投下し続けている。 今ニクス隊が駆除に向かっている所だが、支援しつつテレポーションシップを撃墜してほしい」

「了解。 奴らに目にものをみせてやる!」

すぐに大型移動車に乗って、移動を開始する。

大型移動車を運転しているのは尼子先輩だ。この時点でもうこの周回では荒木班に加わっていたのか。長野一等兵もいる。ニクスを見てくれる。

長野一等兵は、厳しい表情だった。

「ニクスをかなり無理に動かしたな。 いや、これはニクスの性能がお前さんの実力においついていないんだな」

「そうっスね。 応急処置で良いんで、リミッターとか外せるッスか?」

「このニクスは戦闘機並みの値段がする。 それは本部と掛け合え。 とりあえず、俺は応急処置だけする」

「はあ、そうっスか」

荒木軍曹は、それをじっと見ていた。

なんだか違和感を覚えている様子だ。

だが、真相について話すのは、少しばかり早いだろう。今は、とにかく戦えることを嬉しく思うしかない。

まもなく、テレポーションシップ八隻がいる地点に到着。現地のニクス四機と、随伴歩兵一個小隊と合流する。

敵の数はα型が主体に数百というところか。

これなら、勝つのはそれほど難しく無い。三城がこくりと頷く。それを見て、弐分が提案する。

「四隻ずつ、同時に落とします。 その間、支援をお願いします」

「また大きく出たな。 だが大将達なら出来そうだな」

「やってみせます」

「……そうだな、新兵の蛮勇とは違う。 よし、敵の主力は此方で引き受ける。 敵に泡を吹かせてやってくれ」

頷くと、壱野はバイクに跨がって突貫。敵の主力は、まずは前進して攻撃開始したニクス隊に集中し始める。荒木班が、敵を上手にいなしながら食い止めてくれている。

良い腕だ。相変わらず。

突貫した壱野が、針の穴を通す一射を放つ。勿論、一瞬で「当ててから放って」いる。

この銃が馴染んでいることもある。壱野の腕が上がっている事もある。バイクになれている事も大きい。

いずれにしてもその一撃は、瞬く間にハッチを開こうとしたテレポーションシップの下部装甲の隙間に入り込み。

テレポーションシップを、為す術無く撃沈していた。

兵士達が歓声を上げる。

「落ちたぞ! クソ船が!」

「すげえ! 荒木班は凄い精鋭だって聞いてたが、人類の希望だ!」

人類の希望か。

アンドロイドがこれから攻めこんでくる事を考えると、とてもそんな事は言っていられない。

ともかく、今日中に出来るだけ戦況を好転させる。

大混乱に陥ったβ型の群れは、ニクスの猛攻で蜂の巣にされ。まだ残っている熟練兵達の攻撃で吹き飛ぶ。

この時期は、既に怪物への対策が出来始めている頃だが。

やはり、既に三割の人口を喪失しているダメージは大きく。兵士にも、負傷をおして無理に出て来ているものが目だった。

更に四隻が慌てて増援を投入しようとした所を、追撃。ハッチを撃ち抜いてそれぞれで爆破する。

指示は一華が出してくる。それぞれ、指定の船を落とすだけで良かった。

またたくまに八隻が撃沈されて。

プライマーが、大混乱に陥るのが分かった。

後はβ型の怪物を徹底的に駆除する。戦闘は、それほど時間も掛からなかった。

更にその日のうちに転戦し。

荒木班は、日本で好きかってしていたテレポーションシップを、一日で十八隻撃沈したのである。

 

2、早期の接触

 

テレポーションシップ、十八隻の撃沈。一日で。

大混乱に陥っていた関東の戦況が、これで一気に傾いた。日本でのプライマーは行動を一旦停止。

各地で、兵力を整える余裕が生まれた。

村上班は、部隊として独立。

前回もそうだったなと、一華も思う。

うすらぼんやりとしか覚えていないが。

だが、リーダーはそのまた前回の事を、ほとんど夢のようにしか覚えていないと聞く。それだけではない。

前回の事について、明らかに一華や弐分、三城よりもはっきり覚えている。

これはどういうことだ。

プロフェッサーの話と微妙に食い違っているが。

それについては、あまり気にしないことにする。

とにかく、未来から持ち帰った記憶媒体と。

手元にあるPCを使って、データを解析する。

データはそのまま残っていた。

やはり、戦況などの履歴を見ると。あの五ヶ月後の戦闘時点で、人類が受けていたダメージは二割。

プライマーが歴史に干渉したのは間違いない。

未来での記憶では、マザーシップは一隻すらも落とせなかった。

それに対して、この記録では司令船の他に一隻を落としている。その一隻を落としたのはストーム1ではないが。

それでも、価値のある情報だ。

この記憶媒体は、今後持ち歩く他無い。

大型移動車で、基地に戻る。

基地では、廊下などで死んだように寝こけている兵士が目だった。連日、凄まじい猛攻に晒されていたのだ。

当然だろう。起こさないように、一旦食堂の一部を借りる。

荒木班は別の戦場に出向いている。

休憩するように、と村上班は言われていた。

「!」

「どうした、一華」

「プロフェッサーからの通信ッスね」

「分かった、俺が出よう」

バイザーに、秘匿通信が来る。

そういえば、この通信が来るのは初めてか。この時点で、歴史は既に変わっているのかも知れない。

少なくとも、記憶にあるこの周回でも。

プロフェッサーが通信してきた覚えは無い。

「私だ、プロフェッサーだ。 合い言葉を頼む」

「凶蟲バウ」

「よし、どうやら間違いないようだな。 これは凪中佐……今は曹長か。 ともかく凪中佐が組んでくれた暗号化通信を使っている。 極めて独特な代物だから、解析されることはないだろう」

「随分と慎重ですね」

司令部にも、今は真相を知られない方が良いとプロフェッサーは言う。

きちんと実績を積んだ後でないと、狂人扱いされて病院に放り込まれるのがオチだと。

確かにその通りだ。

まずは、プロフェッサーの方で、できる事はしてくれるという。

「君達、荒木班、スプリガン、グリムリーパー。 後のストーム隊となるチームに、急いで再現した第六世代型の武器を送った」

第六世代型。

リングが来る直前くらいまでに開発を進めていた技術と兵器。

たとえばコンバットフレームで言えばエイレン型が相当する。

武器なども、かなり改良が加えられている。

五年分の進歩。

それも、完全記憶能力持ちのプロフェッサーが送ってくるのである。

しかも、プライマーが書き換える前の記憶の分もある。両者のいいとこ取りをしたのなら、更にその分強化が入る、と言ってもいい。

「ただ、私は研究者としては三流も良い所だ。 今回の技術提供で、いい人材を可能な限りラボに回してもらうつもりだ。 それで何とか、武器の進化を加速させる。 新型が出来次第、其方に送る」

「ありがとうございます」

「時間転移はやはり、昨日か?」

「そうなります」

リーダーが応えているが。そうなると、リーダーは歴史を書き換えられる前の前回も。うっすらとだけ、未来の記憶を受け取った可能性が高い。

周回すればするほど、記憶の定着は強くなる、か。

手を見る。

既に戦いが染みついている手だ。

一華は筋力こそ弱いが。

ニクスを使っての戦闘でなら、もう誰にも負ける気はしない。

「エイレン型の配備を急いで進める。 それに加えて、拠点防衛用にグラビス型という重装甲モデルも提案中だ。 フーリガン砲も、予定より早く投入できる。 それと……苦しいところだが、歩兵戦闘車にニクスの機銃を搭載した、K6ケブラーという戦闘車両を配備する事を進めるつもりだ」

やっと決意したか。

それでいいと思う。

通信を終えると、千葉中将に呼び出しを受ける。

リーダーは中尉に昇進。

村上班の発足を認定された。

一華と弐分、三城はそれぞれ少尉へと昇進。

まあ、あの活躍を考えれば当然の人事だ。

今後は階級を上げながら、発言権を上げていかなければならない。

これについては、戻る前の未来で話をした。

発言権を上げて。

あのアンドロイドが来る日に、対応するべく備えておく必要がある。

欧州がアンドロイドに壊滅させられるのを防ぐ。

そのためには、出来るだけ今のうちに、やれることをやらなければならないのである。

「さっそくだが、埼玉の団地に怪物が押し寄せている。 避難できていない住民も多数いる状態だ。 救援に向かってほしい」

「イエッサ!」

「うむ。 まさか一日で十八隻ものテレポーションシップを落としてくれるとは、信じがたい戦果だ。 今後も期待しているぞ」

千葉中将は、まだ全幅の信頼を寄せてはくれていない。

まあ、それもそうだろう。

肝いりの荒木軍曹がプッシュしてくれていたから、名前くらいはこの時期でも覚えてくれていたかも知れないが。

それはあくまでも、出来る兵士、くらいの認識の筈。

これから、一気に以前より戦歴を上げて。

本部の信頼を勝ち取るしかない。

多分、一華の認識では。

今回勝つのは厳しいと思う。

アンドロイド部隊の初動を食い止める事で、敵への対抗策をどうにか練ることが出来るだろうか。

逆に言うと、できてそれが精一杯。

敵の司令官が替わったのだとすると。

とてもではないが、勝つ事は無理かも知れない。

それでもやるべき事をやる。

そして、少しでもいいから。勝利への可能性を模索していくしか無かった。

 

埼玉の巨大団地地帯で、ウィングダイバーの部隊と合流する。この頃は、まだまだウィングダイバー部隊も多くいたっけ。

そう思いながら、支給されたばかりのエイレン型に一華は乗り込む。

来たばかりなので、まだ塗装を赤く出来ていない。

エイレン型は装甲の性質がどうのこうので、基本的に青い塗装を施されていて。それが兵士達を勇気づけた記憶がある。

なお、配備され始めた頃には。

もう戦況は、どうにもならないくらいに不利になっていたが。

「それは見た事がないニクスだな」

「いえ、ニクスでは無いッス。 エイレン型という、次世代型ッスよ」

「最新鋭か。 これは頼もしいな」

「ふふ、基本的に装備はレーザーで、バッテリーで武装も動力もまかなえるッスよ」

先に、バッテリーの交換方法について説明をしておく。

第二次世界大戦の時、もっともたくさん作られた戦車はM4という。このM4戦車は誰でも動かせると言われるほどUIが良く出来ていて、それが故に世界最高のベストセラーになった。

性能が世界最強だったかは話が別だが。

それはそれとして、誰でも動かせるというのは。兵器としては、極めて重要な機能なのである。

団地の合間を進む。

怪物が次々に現れる。勿論、そうなることは知っている。知っているし、対策だって出来る。

リーダーが怪物を察知しては撃破していくが、やはり色々となんだか違う。違和感が大きい。

β型も、以前とカラーリングが違っている。茶色が主体なのは同じだが、より攻撃的な配色だ。

更に放ってくる糸は電撃を帯びている。

電気を体内で発生させる生物は確か実在しているが。

それにしても、なんだかこのβ型には、違和感を覚えてしまうのである。

ともかく、やるしかない。

エイレン型はまだ整備不十分だが。

その分は、一華お手製のPCで補う。

リーダーは当然。弐分も三城も、送ってこられたばかりの新型スピアやランス、電撃銃で敵を蹴散らして回っている。

一華だって負けてはいられない。

最初の数分で、補正だの何だのは終了。後はレポートに書いて、先進科学研に送る必要があるだろう。

レーザーで、地中から次々に現れるα型、β型を駆逐する。

後から来た歩兵部隊にも頼んで、民間人の避難を行って貰う。

戦闘だけ、此方でやれば良いくらいだ。

「荒木班に所属していたとは聞くが、本当に入って半年程度のルーキーか!?」

「すごいあの子。 あんな飛行技術、見た事もない」

「あっちのニクスも、動きが軽快だ。 あんなに素早く動き回るニクス、初めて見た」

「よそ見をするな! 我々は我々のするべき事をするぞ!」

ウィングダイバー隊の隊長が声を張り上げて、部下達を掣肘する。

この部隊、なんか記憶と違うような気がするが。

あれだけ大暴れしてテレポーションシップを叩き落としまくったのだ。

或いは、それで既に歴史にズレが生じ始めているのかも知れない。

ともかく、連携しながら。

村上班で怪物を駆除して行き。ウィングダイバーと歩兵隊には、民間人の避難を優先して貰う。

怪物は地中から現れては奇襲を試みようとするが。

既にリーダーがどこから出てくるかを伝えてくるから。

出て来た瞬間をプラズマキャノンで消し飛ばされるか。

或いはレーザーで焼き払われるかだ。不意を打とうとして、不意を逆に打たれる。怪物も混乱しているのが分かる。

だが、容赦はしてやるつもりはない。

このエイレン型は電磁装甲という新型の装甲を導入しているものの、無敵ではないし。レーザーだって、まだまだ出力が足りない。バッテリーだって、容量がそれほど多いわけでもない。

一度壊すと整備がまだまだ大変なのだ。

そろそろ、怪物が業を煮やして集まって来て。包囲網でも作って来る頃合いだろうか。

リーダーが、警告を飛ばした。

「揺れを検知した。 怪物の群れが来ている可能性が高い。 数は、百や二百ではないだろう」

「なんだと……」

「避難を急いで欲しい。 此方で、どうにか食い止める」

「分かった、避難を急ぐ。 持ち堪えてくれよ」

歩兵隊の指揮官が、慌てた様子で返してくる。

敵も、流石にこれだけ先手先手を取られると、狙うべき相手は村上班だと判断したのだろう。

怪物はある程度の判断力があるが。

どうも微妙に記憶と違う、この禍々しいα型とβ型は、戦術判断能力も上がっているとみて良さそうだった。

「怪物、恐らく千二百はくる。 それも第一陣だ。 近隣の怪物が集まって来ている」

「これは、藪をつついたッスかね」

「関係無い。 つぶす」

「大兄の言う通りだ。 蹴散らしてやる」

おおこわ。

そう内心で一華は思った。

村上三兄弟は、全員が殺気立っている。一華はエイレンのコックピットを開けると、弐分に手伝って貰って、周囲に自動砲座を撒く。

これも支給されてきた品だ。

展開を終えると同時に、α型の大軍勢が姿を見せる。以前と少し出現位置が違うような気がするが、関係無い。

粉砕するだけだ。

無線が流れてくる。戦略情報部の少佐だ。

「戦況報告です。 新たにニューヨークで一隻、ロンドンで二隻のテレポーションシップの撃破に成功しました。 この他、各地で合計八隻のテレポーションシップの撃墜に成功し、プライマーは一旦動きを止めたようです。 思わぬ反撃に、浮き足だったと思われます」

「そんな簡単な相手なものか。 すぐに対策をしてくるぞ」

「はい。 現在、既にその徴候が見られます。 各地で動いているテレポーションシップが、兵士達を避けるようにして怪物を投下している様子が確認されています。 テレポーションシップは高機動が可能ですが、それをフル活用しているようです」

「一撃離脱戦法か。 ただでさえ撃墜が難しいのに、厄介だな」

戦闘開始。

団地を覆い尽くすような数で攻めこんでくるα型。村上三兄弟は一歩も引かず、自動銃座が凄まじい勢いで駆逐を開始する。

ウィングダイバー隊が戻ってくるが。流石におぞましいまでの数に躊躇する。リーダーが冷静に、彼女らに指示を出す。

「我々の戦闘地点から後方より、マグブラスターでの支援を願いたい。 団地の屋上からなら、いざという時も退避がしやすいはずだ」

「了解、そうさせてもらう」

「頼む」

彼女らのプライドを傷つけないように配慮しながら、リーダが凄まじい勢いで暴れ回る。

怪物は前進できず、更にエイレンのレーザーで焼き払われ。プラズマキャノンで吹き飛ばされ。飛び回る弐分を捕捉できず、スピアで次々に貫かれていく。

更にリーダーがぶっ放したスタンピードで、数十匹がまとめて消し飛ぶ。

団地の地形を利用して戦う此方を、立体的に動くことで追い詰めようとする怪物だが。

先手先手を次々取られて、どんどん屍に変わっていく。

歩兵部隊も戻ってきて、屋上に展開。伏せて、狙撃の態勢を取る。

狙撃での支援を開始してくれると、更に戦況は良くなるが。

まだまだ怪物はくる。

丁度良い。

この辺りの怪物を、今日中に片付けてしまうとするか。

「エイレン、バッテリーの交換で後退するッス」

「よし。 敵の第二隊はまだ来ていない。 今のうちに行ってきてくれ」

すぐにさがる。後退も楽々。この時期に一華に支給されていたニクスより、この試作型エイレンの方がずっと足が速い。

大型移動車に到着。

長野一等兵に整備を頼みながら、持ってきているバッテリーと交換。エイレンにもバックパックはあり。そこからカラになったバッテリーを預け。そして中身が充填されているバッテリーと換える。

エイレンのバッテリーは容量が凄まじく、基地の軍用動力炉でないと充電が出来ない。これはブレイザーも同じだ。

ブレイザーについても、量産を計画しているらしい。

ただ、それは流石に、まだしばらく掛かるだろう。ブレイザーはまだまだ問題が多いらしく。

戦況がこの記憶媒体にある世界より更に悪い現状。

また、1丁作れれば良い方だという事だった。

「よし、応急処置は終わった。 行ってこい!」

「ありがとさんッス! 尼子先輩、怪物が来たらすぐに通信くれッスよ」

「分かってるよ。 僕に出来るのは、逃げ回ることくらいさ」

いや、貴方は立派だよ。

最後だって。

いや、それについては今言っても仕方が無い。

ともかく、前線に急ぐ。ニクスと違って足が兎に角速い。これは非常に有り難い事だ。

途中見かける怪物の小規模な群れは、鎧柚一触で蹴散らす。

前線に戻る。

自動砲座も補給してきた。

もう、小細工を使わなくてもいい。

敵を真正面から迎え撃てる程、村上班は皆が強くなっているからだ。

正面からの力押しで勝てるなら、小細工なんか使わないのが一番。下手に小細工をすると、却って事故を起こす可能性が高まる。

そういうものだと、一華も思い知らされている。

「怪物、45%以下に減少!」

「凄まじい……」

「いや、今のうちに補給を。 同規模の敵が間もなく現れます。 振動があります」

「! わ、分かった!」

総司令官。リー元帥が、演説をしている。

内容は、以前聞いたものと同じだ。

マザーシップが十隻いること。

正確には十一隻だが、それはいい。

マザーシップを叩き落とす事が、この戦争の勝利条件である事。

それも違うのだが、それもいい。

とにかく、今は戦う。

リー元帥が生きているうちは、EDFは相応に組織的に抵抗できていた。後は要所要所で、敵を潰していけばいい。

味方の損害を減らし、敵の損害を増やすように戦っていけば。それだけ、味方が有利になる。

敵の司令官が前よりも有能なのは気になるが。

ともかく、今はできる事をやっていくしかないのだ。

わっと、凄い数のα型が沸いて出てくる。

赤いα型だが、これもトゲトゲしていて、何よりも色がオレンジ気味だ。非常に禍々しい印象を受ける。

何だか違和感があるが、ともかくやるしかない。

レーザーで焼き払うが。やはり記憶にある赤いα型よりもタフな印象を受ける。敵も生物兵器をアップデートしているのか。

いや、なんだか違和感がある。

何か、根本的な所で、勘違いしていないだろうか。

要請が通る。

まだ、この時期は空軍が生きているのだ。

きんと、聞き覚えのある声。

戦闘末期では、ほとんど聞けなかった音だ。

フォボスである。

「此方フォボス! 指定地点に爆撃を開始する!」

「フォボスが来たぞ!」

兵士達が歓声を上げる。

フォボスの圧倒的な破壊力は、兵士達も良く知っているのだ。

丁度、弐分と三城が機動戦の粋を尽くして、敵を集めてくれていた。其処に、一華が完璧なタイミングで、フォボスの爆撃地点を指定した。

大量の爆薬が、最高効率で怪物を消し飛ばす。

程なくして、壊滅した怪物の群れが、殲滅されていくだけになった。

そうなれば、もうリーダー達がゴミのように残党を蹴散らしておしまいだ。

味方の被害無し。

完勝である。

三城に、目の色を変えてウィングダイバー隊が声を掛けていた。

「すごい! うちの隊に入らない!?」

「嬉しいけれど、ごめんなさい」

「そう……。 でも気が向いたら声を掛けてね!」

手を握られて。ブンブン振り回されている三城。

まあ気持ちは分からないでもない。

三城が出るだけで、並みのウィングダイバー数十人分の活躍はする。

生き残る確率だって増える。

人口密集地帯にまで侵攻を許している現状だ。プロパガンダ報道と裏腹に、味方が不利なことなどみんな分かりきっている筈。

だったら、生き残るために少しでも人材がほしい。

それは、当たり前なのだろうから。

無線が入る。

千葉中将からだった。

「村上班、見事な戦闘だった。 あの規模の敵を相手に、負傷すらしないとは……」

「いえ、偶然です。 それよりも、何かありましたか」

「ああ。 千葉の辺りに、十隻のテレポーションシップが向かっている様子だ。 迎撃に出向いてほしい。 出来るだけの数を落としてくれ。 既に現地には、ニクス隊が展開を終えている。 増援を向かわせてもいるが、敵は戦法を変えた可能性がある。 急いでくれ」

「了解です」

恐らくだが。

記憶と違う方法で、敵は動いてくるかも知れない。

敵の司令官は、戦術家気取りだったでくの坊……ではない。少なくとも記憶媒体にあった敵の指令はそういう奴だったが。明らかにもう違う奴が指揮をしていると見て良い。

それならば、柔軟に戦術を変えてくるだろう。

すぐに大型移動車に。補給車から、クラゲのドローンを取りだして、三城はぎゅっとしている。

一華も、そういえばと思い出して。梟のドローンを取りだして、頭に乗せてエイレンのコックピットで安心した。

この重みが、非常に安心感をもたらしてくれるのだ。

これで、更に戦える。

現地に向かう間に、長野一等兵がエイレンの整備をしてくれる。一華が手伝うことを申し出ても、一人でやる方が早いと言ってやらせてくれない。まあ、他の装備などの手入れは一華がやるので、それで良いのだろう。

長野一等兵の整備で、まずい方向に動いたことは一度もない。

信頼は、して良いのかも知れなかった。

 

3、戦術転換

 

工事現場だ。

千葉の一角。これから、都市計画で何か作ろうとしていたのだろう場所に。ニクス三機と、歩兵部隊があつまりつつある。

此処をテレポーションシップが通るからだ。

この辺りは沿岸地域で、此処にしゃれた街を作る予定だったらしい。

バイザーでデータを調べて、三城はそれを知った。

手元の武器を確認。

プラズマキャノンは、充分な火力がある。前のグレートキャノン並みだ。フライトユニットは、未来から持ち込んだ。

一華が整備してくれていたものだから、充分過ぎる性能である。いずれ、更に性能がいいのが来たら、切り替えれば良い。

今回の戦闘では、機動力が勝負を決める。

そう、話は聞いている。

この戦闘の記憶は無い。

だから、何が起きるか分からなかったが。別にそれは今までも散々あったことだ。今更、未知の相手に臆することは無い。

恐怖は当然あるが。

制御する事は、難しく無かった。

ニクス隊は、一華のエイレンを見て、羨ましそうに唸る。、新型が配備されたと、さっき無線で兵士達に伝達されていた。

その新型が来たと悟ったのだろう。

ただし、それが。此処が凄まじい激戦地になる事も意味していると分かって。兵士達は戦慄していた。

「テレポーションシップの飛行速度がかなりのものだ! すぐに此処に到達するぞ!」

「各部隊、展開を急げ! フェンサー隊、前衛に! 狙撃班、配置につけ!」

「テレポーションシップは各地で落とされているらしいが、対策してきたのがあまりにも早すぎないか? 昨日の今日だぞ」

「敵の司令官はそれだけ有能なんだろうさ……」

兵士達がぼやいている。

いずれにしても、此処でも完勝させて貰う。

ニクスを一機でも。

兵士を一人でも。

多く生かして返すのだ。

そうすることで、戦況は少しでも改善できる。敵の戦力が、実は思ったより限られていることは、一華に言われずとも分かっている。全部叩き潰してしまえば。敵はそれ以上の兵力を出せない。

同時に、リングに対策する必要もある。

仮に、此処から勝ちに持って行けたとしても。

あの大型のクラゲのような船が現れて。何もかも書き換えられたら、それこそ全てが台無しなのだ。

見えてきた。テレポーションシップだ。回り込むようにして、この地点に迫ってきている。

剽悍な猛禽のような動きだ。

一華の分析が、すぐにバイザーに来る。

「此方村上班、壱野中尉」

「精鋭部隊として認可されたばかりの部隊だな」

「敵の動きを解析した。 指定通りの位置に移動してほしい。 指示がありしだい、攻撃を開始してくれ」

「了解。 頼りにさせて貰う」

兵士達は最初は雑多に散っていたが、一華の指示を受けてすぐにまとまって動き始める。

これでいい。

相手がα型にしてもβ型にしても、一対一ではあまりにも分が悪い。更には、ばらけることでニクスの引き受ける怪物の数が増える。

そして、この動きすらもが陽動だと一華が伝えてくる。三城は低空飛行で、急いで飛ぶ。

間もなく。敵の最初のテレポーションシップが来る。

抉り込むような急角度で、工事現場のある広場に来る。そして、ハッチが開いた瞬間。三機のニクスが一斉に上空へ射撃をしていた。

ハッチから火を噴くテレポーションシップだが、大量のβ型を落とし始める。それを囲んで、兵士達が射撃を続けるが。移動しながらβ型を落とすから、囲みきれない。

撃墜を免れたテレポーションシップが離脱しようとするが。

その瞬間、爆発四散していた。

おおと、声が上がる。

落としたのは、小兄だった。

「やったぞ! ざまあみやがれ!」

「今のテレポーションシップ、本当に早かったな。 あんな様子で飛んできて怪物を落としてきたら、落とすどころの話じゃないぞ」

「まずは今いる怪物を駆除しろ! 酸を喰らったらひとたまりもないぞ!」

「大丈夫だ、ニクスが三機、新型もいる! 怪物なんかもう絶滅危惧種だ!」

また、調子が良い事を言っている。

指定地点に到着。

そうしているうちに、味方は落とされたβ型を殲滅。皆で集まったこと、更に射撃の効率も上がったこともあって、被害は出ていないようだった。何より早期にテレポーションシップを潰した事で、落としたβ型の数が少なかったこともあったのだろう。

更に二機。

今度は、広場を挟むようにして、中高度を維持したまま飛んでくる。なるほど、β型を落として挟み撃ち、と言う訳か。

だが、既に其処には。三城と、大兄が伏せていたのだ。

急降下して、ハッチを守るようにしながら来るテレポーションシップ。だが、怪物を落とすには。ハッチを開かなければならない。

ハッチを開いた瞬間、三城がプラズマキャノンを叩き込む。

爆裂しつつ、体勢を崩すテレポーションシップ。それでも必死にβ型を落とそうとするが、無視してもう一撃を打ち込む。

今度こそ、内側から破裂して、撃沈されるテレポーションシップ。

怪物のバラバラになった残骸が、周囲にばらまかれ。

テレポーションシップは海に落ちると、盛大に大爆発していた。

大兄の方も、狙撃で一撃確殺したらしい。

まあ、大兄なら当然か。

ビルに隠れていた狙撃部隊が、周囲に落とされたβ型を叩き伏せる。数がそこまで異常でなければ、狙撃部隊は機能する。

「精鋭部隊と聞いていたが、本当に凄まじいな……」

「荒木班って肝いりで有名なあの部隊だろ。 そこで鍛えられたんだろうな」

「あの機動でえぐい動きをしていたテレポーションシップを落とすとは、負けていられないぜ!」

「怪物を駆除しろ! まだ次が来る!」

一華から、また移動の指示が来る。

次のテレポーションシップは三隻。今度は、三方向から、広場を突っ切って抜けるようにして来るようだ。

指示が来たので、移動する。

今度はかなりの低空を来るようなので、タイミングがシビアだ。

こんな様子で攻めてこられたら、他の部隊は対応が出来ないかも知れない。だが、やり方さえ示せば。

同じようにして、撃墜が出来る可能性が出てくる。

ニクスなどの迎撃プログラムを組むなどして、対策をする。

更には、ケブラーとか言う車両を量産して、配備する。

それで、対策は出来る可能性が出てくる。

怪物の駆除が終わると同時に、テレポーションシップが突っ込んでくる。三隻同時。それも、かなり落としてくる怪物の数が多い。

「くそっ! 動きが速い!」

「しかも怪物の数も多いぞ! 奴ら、街を一つずつ潰して行く気だ!」

「させるか」

大兄の声。

一隻が爆散。おおと、兵士達が声を上げた。

更に、一華のエイレンが肩砲台。といっても、高出力のレーザー砲のようだが。それを直撃させ。もう一隻を叩き落とす。最後は三城だ。敵と併走しながら、プラズマキャノンを叩き込む。

怪物の死骸がバラバラになって落ちて来る中。

冷静に狙い。

二発目を叩き込んだところで、テレポーションシップが落ちていた。

高速で飛んでいたから、火を噴きながら落ちていったテレポーションシップが、ビルに突っ込んで爆発四散する。

だが、ビルは無人。

被害がそれで済むなら、安いものだ。

急いで怪物の駆除に回る。

電撃銃で蹴散らして回るが、フェンサー隊の被害が大きくなってきている。ニクスも奮戦しているが、ダメージが蓄積している様子だ。

「テレポーションシップ、接近!」

「くそっ! 此処は落とせているが、他は大丈夫なのか!?」

「空軍の新兵器とやらがうまくいけばいいんだが……」

「空軍も、爆撃だけしてくれればいいんだがな。 どうせテレポーションシップの撃墜なんてうまくいかねえよ」

兵士達の間にも、初期型フーリガン砲の駄目さ加減は知られているようだ。どうしても、内部からのリークがあるのだろう。

一華がバイザーに通信を入れてくる。

「恐らく最後は、囲むように四隻が機動するッスね。 もし怪物を好きかって落とされたら、此処の部隊は全滅ッス」

「急がないと」

「指定地点に飛んでほしいッス。 私も急ぐので」

「しかし、此処は良いのか」

小兄がぼやく。今、三隻のテレポーションシップが落とした怪物は数が多く、味方の損害が決して小さくない。

ニクスも中破している機体が出ている。

このまま放置していると、大きな被害が出る。

だが、全滅よりはマシだと一華が言うと。

大兄が言う。

「俺が二隻落とす」

「リーダー?」

「弐分、お前は残って此処の兵士達を支援しろ。 一華、急いで計算を頼む」

「はあ、無茶苦茶ッスね……」

大兄なら、やれるか。

ともかく、最高速度で目的地点に急ぐ。

テレポーションシップ四隻が飛んでくる。そのまま高度を落とすと、やはり抉り込むようにして低高度から来た。

しかも、落としているのは銀のβ型か。

本気で殺すつもりで来ていると見て良い。こんなに早くに、銀のβ型を投入してくるとは。

しかも、知っている銀のβ型がどうも認識が歪む。

こんなに色がくすんでいたか。こいつも、或いは改良種なのかも知れない。

しかし、品種改良なんて、そんなにすぐに出来るのだろうか。

どうにも妙だ。

いずれにしても、プラズマキャノンにエネルギーの充填は完了。

そのまま、併走しつつ射撃を開始。

直撃。もう一つ。まだ落ちない。銀のβ型を落としてくる船だ。チューンがされているのかも知れない。

だが、三度目の射撃を叩き込むと、力尽きたか高度を落とし始め。

そして四度目の射撃で、爆発四散していた。

銀のβ型が集ってくる。装備をランスに切り替えると、一体ずつ始末していく。やはり、何だか硬いような気がする。しかも此奴も、糸に電撃を混ぜてきている様子だ。糸自体の切れ味が強烈な上に、これは反則だ。

大兄は、一隻を速攻でつぶし。今二隻目に向かっている。

三城は一隻を落とす事に成功。β型と交戦の途中のようだ。

大兄の支援に向かいたいが、此処にいる銀β型を交戦中の兵士達の所に向かわせる訳にはいかない。

一匹潰すのに、兵が何人やられるか分かったものではない。

必死にランスを放ってβ型を倒しながら、飛行技術の粋を尽くして飛ぶ。大丈夫、このフライトユニットはボロボロだが未来から持ち込んでいる。一華が整備した以上、簡単には壊れない。

そのまま、上空から躍りかかって一匹を叩き潰す。

その時、大きな音がして。

最後のテレポーションシップの一隻が、爆散していた。

「おおっ!」

「やったぞ! 敵の計画を台無しにしてやった!」

「ここだけで十隻も落とした! 俺たちは英雄だ!」

「まだ怪物がいる! 喜ぶのは生き残ってからだ!」

指揮官らしい兵士がたしなめるが。それでも、EDFEDFと、兵士達は歓喜の声を上げている。

それはそうだろう。

あのテレポーションシップを放置していたら、幾つの街が怪物によって汚染され、潰されていたか分からないのだ。

そしてそれらの街には、兵士の家族もいる。

まだ喜ぶのは早いと分かっていても。絶望的な戦況をひっくり返したのだ。気が緩むのは、仕方が無い。

大兄の方に向かう。案の定。相当数の銀のβ型とやりあっている。大兄といえど不利だ。

高度を上げる。

高度はそのまま速度に変える事が出来る。飛行の基本の基本だ。

上空から、猛禽そのものとなって銀のβ型に襲いかかる。

ランスで傷ついた個体から優先的に狙い、粉砕しつつ一撃離脱。壁を蹴って上空に上がりつつ、真下にいる個体をランスで撃ち抜く。反動さえ利用して、敵の攻撃をかわしつつ飛ぶ。

大兄ですら手間取る銀β型の群れだが、そこにニクス三機と、エイレンが応援にくる。流石に、こうなるとどうにもならない。

凄まじい火力が叩き付けられ、頑強な銀β型でもひとたまりもない。敵は、もはやテレポーションシップを送り込んでくる様子はなかった。

敵を片付け終えると、流石に疲れた。

体を動かしてみて分かった。

未来世界から、持ち込めている最大の資本は肉体だ。

戦闘経験だけではない。戦闘技能がまんま全身に残っている。

これだけは、とてつもなく大きい資産かも知れない。

特に大兄の場合は、ライサンダーZを持ち込めたことよりも、その方が大きいと見て良いだろう。

負傷者を先に戻らせてから、スカウトを周囲に派遣。

β型があれだけ落とされたのだ。

敵の残党がいるかも知れない。また、逃げ遅れた市民を探して、保護する意味もある。

しばらくは、大型移動車で待つ。

荒木軍曹から無線が入った。

「村上班としての任務、立て続けに素晴らしい戦果を上げているようだな。 頼もしい限りだ」

「ありがとうございます」

「俺たちの方にも、エイレン型というコンバットフレームが来た。 相馬曹長に渡して使って貰う予定だ。 俺自身には、かなりよいアサルトが来たから、それでしばらくはどうにかしてみる」

「分かりました。 武運を祈ります」

大兄に、通信は任せる。

荒木班もこれから、前より遙かに過酷な任務に立て続けに赴くはずだ。それを考えると、三城がああだこうだ口を挟む事は許されない。

そのまま、軽く横になって休む。

アンドロイドとばかり戦っていたからか。怪物との戦いは久しぶりに感じる。その分、手強いように思えた。

 

まだ東京基地が機能している、と言う事もあるのだろう。

補給車が来て、物資を運び出していった。弾薬だけでは無いのだ軍事物資は。特にエイレンの戦闘データは、一緒に先進科学研のあまり感じが良くない人も来て、一華と揉めた末に持っていったようだった。

そういえば、先進科学研も開戦当初はああいう人が結構いたな。

それを思い出す。

先進科学研はどんどん悪化する戦況で、人員が出てくる余裕も無くなり。途中からは人が直接出てくる事はどんどんなくなった。開戦当初は怪物の死体を回収したりとか、結構仕事をしていたのだが。

恐らくだが、それほど部署の規模が大きくないのだろう。

大兄が来る。カップを差し出してくる。良い香りだ。インスタントだけれど、ココアだろう。

「目が覚めたか。 ココアでも飲んでおけ」

「ありがとう、大兄。 まだココアがある」

「そうだな……」

戦況が悪化すると、どんどんレーションはまずくなり。物資も滞るようになっていった。今はまだココアが飲める。

ウィングダイバーの中には、太るのを避ける為に厳しい体重制限をしている人も多いようだけれども。

三城に言わせると、そんな事している暇があったら飛行訓練を少しでもした方がいいと思う。

技術を磨けば、それだけ死ぬ確率は減る。

実の所、民間用と軍用でフライトユニットのパワーはあまり変わらないと体感的に思う。ならば体重なんぞ気にしないで、如何にして空を切るかを考えるべきだろうに。

ココアを飲んで、体が温まってから、話を聞く。

大兄は積極的に激戦地を希望しているそうだ。これから東北で一戦。終わったら近畿に出向くそうである。

その時に、頼まれごとがあるという。

「三城が寝ている間に、プロフェッサーに調査して貰った。 例の生身で怪物を倒した子、まだ生きている」

「!」

「三城、スカウトに行ってくれるか。 場所は新潟の北部。 此処からの任務は、俺達で充分な程度だ」

「分かった。 戦力は一人でもほしい」

実の所、興味はあった。

生身で、しかも刃物で怪物を。全長十メートルで、場合によっては戦車砲も弾く怪物を三体も倒した同年代の女子。

しかも背丈や体格に恵まれている訳でもないという。

生身でやり合ったら、三城より強いかも知れない。

勿論三城は自分より強い奴がなんぼでもいる事を知っている。大兄も小兄も、とてもではないけれど生身では勝てっこない。多分純粋な肉弾戦だと、ジャムカ大佐にも勝てないと思う。

武器を持てば話は別だが、それは相手も同じ事。

かなり、興味がある。

そのまま、ヘリが来たので、移動する。何でも、小規模な怪物の群れをついでなので駆除してほしいと言う本部の要請だそうだ。

関東全域で、怪物の群れが既に行動している。各地の基地は駆除に毎日苦戦していて、テレポーションシップの被害が大きい今。人間が力を失った分、反比例して怪物は文字通り我が物顔に行動している、というわけだ。

北関東に移動し、一度数名の兵士とともに山奥に降りる。

手をかざして、確認。

ざっと三十と言う所か。

大兄だったら、正確な数を当てられただろうが。三城だと、ざっとしか分からない。これも、練度と才覚の差だ。

「特務の精鋭だと聞くが、子供じゃないか。 大丈夫なのか?」

「あの荒木班と一緒に行動して鍛え抜かれた精鋭中の精鋭らしいぞ」

「マジかよ。 荒木軍曹って、あのリアルワンマンアーミーとか」

「ああ。 余程何かの理由があるんだろうよ。 軍で作った生体兵器だったりしてな」

ひそひそと兵士達が話している。

一応確認するが、どうも三城が一番階級が上のようだ。咳払いすると、一華ならこうするだろうなと思いながら、兵士達に配置を指示する。

そして三城自身は上空に出る。

あの茶色いα型が十体ほど、群れで止まっている。時々地面を囓っているようだが、何かを食べている様子はない。怪物は人間以外は食べない。それについては、あの茶色い奴も同じのようだ。

高度を速度に変えて、音なく襲いかかる。

まずはプラズマキャノンを叩き込み、生き残りをランスで駆除。十体を葬るまで七秒半。だが、即座に背後に怪物が沸く。それを、伏せておいた兵士達が一斉に射撃。仕留める。一瞬の早業に、兵士達も疑念をすぐに消したようだった。

「素晴らしい。 すぐに次をお願いしたい」

「わかった」

「次の地点は、ヘリで輸送する。 すぐに乗り、補給も済ませてくれ」

指示を飛ばしてきているのは、関東基地の佐官だろう。ダン「少尉」はこの時点ではまだ前線で戦っているはず。

幸い、三城には好意的なようだ。

恐らくだが。タイムトラベルの前まで、戦績を充分重ねてきたからだろう。この世界でも、開戦から暴れ回ったのは同じなのである。

次の地点でも、数十体の怪物がいたが。これも蹴散らすまで、それほど時間は掛からない。そうやって、北関東で四ヶ所を転戦。合計百四十ほどの怪物を駆除してから。新潟基地にヘリは着地。

敬礼して兵士達と別れると。

EDFが派遣してきた、スカウト用の後方士官と合流した。

スカウトの士官はなんだか秘書っぽい感じのお姉さんで、それでも無理に戦闘に参加させられているようだ。

もう誰も、EDF隊員は戦闘とは無縁ではいられない。

戦略情報部でもない限り、武器を手に戦っている、というわけなのだろう。

軽く挨拶をする。

頭一つ三城より背が高い後方士官は、不安そうに言う。

「荒木中尉の推薦と言う事で話を聞きに行きますが、貴方と同年代の人間でしょう。 余程の事がない限り、好待遇は出来ませんよ」

「余程の事がある」

「そうですか」

相手の階級は曹長。だけれども、大兄だったら敬語で接しているだろうなと思う。年上だし。

だから、ちょっと自分の口べたが、こう言うときには悔しい。

此処からは軍のジープで行く。

普通車両で行かないのは、この辺りもいつ怪物に襲撃されてもおかしくないはずだ。ただでさえ戦況が良くないのである。

マザーシップが来ても、おかしくないだろう。

「ええと、柿崎閃。 高校一年生。 特にこれと言った実績はないようですが……田舎道場の娘さんのようですね」

「田舎道場といっても、私の実家より何倍も大きい」

「地元の有力者の娘ですか。 しかし、たかが道場の娘さんでしょう。 まあ親御さんが病床にいて、彼女が実質道場を回しているようですが」

「……」

その親御さんの治療が、あまり良い病院で行えていないらしい。

そこで、EDFで最新の治療をする引き替えに。

彼女にEDFに来て貰う。

本来は褒められた方法ではないのだが。文字通り、今は手段を選んでいられないのである。

なお、後方士官さんは、運転はとても丁寧だった。

ジープが道場近くに停車。この辺りは空き地も多く、車を停めていても都会のように迷惑にはならない。

出来るだけ、急いで歩く。

フライトユニットは、基地に預けてきてある。

生身で勝負して、相手を見極めるべきだからだ。

道場には、不安そうに十人ほど、地元の人間が集まってきていた。屈強な道場生がいる場所の方が、安全だと思ったのだろう。

前の周回でも。この周回でも。

此処はいずれ怪物に襲われ。避難してきていた人は皆殺しになる。それを防ごうとした柿崎閃という彼女も。怪物三体と相討ちに死亡。後は文字通り、皆食い散らかされた。

それを防ぐためにも、彼女をスカウトしたい。

広い道場だ。栄えていた頃は、相応に門下生もいたのだろう。

後方士官が名刺を見せて、話をすると。中に通して貰える。

奧から来たのは、動作が無茶苦茶しっかりしている。凄く厳しい教育を受けて。それでいながら、しっかりそれを受け止められた事が分かる。育ちが良い子だった。容姿は事前に調べたとおり。何だか腹が立つ。

同じ道場の子でも。

そこしか居場所がなかった三城とは、まるで真逆の環境にいることが分かる。

もう休校しているらしいが。お嬢様校に通っているときく。ああいう場所は、現実には腐りきった人間関係の温床だと聞くが。この子は本来の意味でのお嬢様学校に相応しいように見えた。

まずは士官がスカウトの話をする。

しばらく黙って聞いていた柿崎閃は。こくりと頷いていた。

「報道の割りに戦況が良くない事は知っていました。 私のような民間人をスカウトに来る程、危険な状況なのですね」

「それに、この道場に集まっている人達も基地か、その周辺の避難所に来ていただきたいと考えています。 いざという時に、此処では守りきれません。 生活は不便になりますが、我慢してください」

「……分かりました。 私が却って皆を危険にさらしてしまっているというのであれば、それは仕方が無い事だと思います」

此方を見る閃。

綺麗な子だが。目は戦士のものだ。

だから、一瞬で互いの意図が分かったようだった。

多少は髪を伸ばしてきている三城だけれども。人殺しの目をしているとか、周囲には時々言われる。小田(今の時点では)曹長とか、はっきりそう言ってきたことがある。勿論あの人に悪意はないから、気にするつもりはないが。

無言で、道場に出る。

首を伸ばして、地元の人や門下生が見ていた。

向かい合って、正座。相手は、長い訓練用の薙刀……いや、長い刀に似た竹刀を出してきた。なるほど、人斬り包丁として使うのは、この様子では斬馬刀か。馬上などで使う、ポールウェポンに近い刀だ。相当な腕力が必要なはずだが。細い体の中に、インナーマッスルをそれだけ仕込んでいると言う事だろう。

互いに名乗ると、相手は此方を知っていた。

「聞いた事があります。 村上の虎と呼ばれる、すごい武術家兄弟がいると。 貴方が末の妹さんですね」

「知っていたとは光栄」

「しばらく前に、フライトユニットの大会で名前が出ているのを聞いて驚きました」

「……フライトユニットを使うと、武術に幅が出る。 技次第では、隙を潰して更に動けると思う」

表情を動かさなかったが、興味を持ったのが分かった。

そのまま立ち上がると、礼をする。

ひゅっと飛び退く三城。構えを取る。生身で、同年代の女子とやりあうのは初めてだ。此方は素手だけれども。力を見るには、丁度良いだろう。

殆ど残像を作って、飛んでくる閃。

自分の体を知り尽くして、極限まで鍛え抜いているからできる事だ。そのまま、低い体勢から、抜き打ちを叩き込んでくる。

なるほど、これなら怪物に人斬り包丁で対応できる筈だ。

すり足でさがりながら、抉りあげてくる一撃を伏せてかわす。突撃してからの抜き打ちに近い技だが。抜き打ちだと二撃目が本命。更に閃は踏み込みつつ、鋭角に竹刀を振り下ろしてくる。

かなりギリギリだ。相手が本物の刃物を使っていたら、避けられなかったかも知れない。

横に飛び退く。竹刀は床を叩かない。

ぞくりと、背中に悪寒が走った。

全力で跳躍して、胴を横から抉る一撃を飛び退きかわす。

なるほど、三段。

居合いは二太刀目が本命だが、今のを見ると踏み込みで力をため込みつつ。更に体内で練った気(ミスティックパワー的なものではない)を利用して。体を動かし、最後の一撃を放つわけだ。

これは凄い。必殺の技だ。ただし、三体しか怪物を殺せなかった理由も、これで分かった。

普通の使い手は初太刀すらかわせない。達人でも二太刀目は無理。剣豪ですら、この三太刀目をかわせるかは厳しい。

文字通りの剣術殺し。多分、三城の技量を理解していて、最初から奥義を叩き込んできたのだ。この年で免許皆伝か。凄い才覚の持ち主だ。多分「前回」だったら、勝てなかっただろう。

だが、今は違う。残念ながらこの技、三段目に無理が出る。大きな隙が出来ている。

反転して懐に飛び込むと、拳を鳩尾に叩き込む。

ただし、寸前で止める。

気がつくと、髪が数本舞っていた。かなりギリギリを掠め。竹刀の風圧で、髪が切れたという事だ。

これは、想像以上だ。

ストームチームに是非ほしい。最前線で、この人の力があれば、それだけ頼もしいはずだ。

全員が生唾を飲み込む中、二人離れて、礼。

三城も、閃も残心した。綺麗な残心だなと、三城は思った。

「分かりました。 貴方ほどの実力者が、まだ足りないというほどに戦況は逼迫しているのですね」

「そうなる。 是非、来て欲しい」

「分かりました。 手続きが終わり次第、合流させていただきます」

後方士官を呼ぶ。

完全に度肝を抜かれていたらしい彼女は、慌てて此方に来ると、スカウトの具体的な話を始める。

それにしても、今の剣筋。祖父や大兄、小兄の拳と同等の。実戦を想定したものだったなと三城は思う。

こんな使い手がまだいたんだなと驚かされると同時に。

この人を確保できて良かったと想う。

この人がフライトユニットを使いこなしたら、あの三段目で生じる隙だって潰せる筈だ。パワードスケルトンによる補助もある。文字通り敵軍に突貫して、バラバラに切り刻んで行くだろう。

バイザーだけは持ってきているので、外で大兄に連絡。

丁度戦闘中のようだったけれど、大した相手ではないようだった。

「凄い使い手。 フライトユニット覚えたら、最前線で大暴れしてくれる」

「朗報だな。 分かった。 彼女については、東京基地に移って貰って、すぐにフライトユニットの訓練をして貰ってくれ。 場合によっては、お前が見ても良い」

「いや、出来れば前線で戦いたい。 恐らく、一月も訓練には掛からないと思うけれど、その一月が惜しい」

「そうだな。 では、その子とともに東京基地に戻ってくれ。 一旦其処で、今後の対策を練ろう。 欧州に行くという話が来ている。 マザーシップが上陸を開始しようとしているようでな。 それも二隻」

苦戦中の欧州では、バルカ中将がまだ奮戦している様子だ。ジョン中将も、精鋭とともに健在らしい。

だが、まだコロニストが姿を見せていない。

それにだ。

どうも、こんなタイミングでマザーシップが欧州に上陸した記憶がない。ひょっとすると、立て続けに大量のテレポーションシップが撃墜されたことで。敵司令官が作戦を変えたのかも知れない。

そうなると、此処からは未知の領域になる。

此方が違う動きをすれば、相手だって対応してくる。当たり前の話だ。どうして相手が棒立ちで殴られてくれようか。

スカウト作業が終わる。冷や汗を後方士官のお姉さんはかいているようだ。まさか、姫カットの小柄な子が、こんな猛獣もかくやという凄まじい戦士だとは思っていなかったのだろう。

不満の声を上げる人もいるが、閃ですら怪物からは皆を守れないこと。基地の周囲の方がまだEDF隊員が駆けつけるのが速い事を知らせ。そのまま東京に疎開する事も視野に入れられることを説明し。それで納得させたようだ。

後は、基地まで移動。

移動中、閃はずっと目を閉じていた。ねむっているのでは無く、気を練っているのだと分かる。

三城より真面目な武術家なんだなと思って。少しだけ、感心した。

三城のモチベーションは家族であるという事から来ている。この子はそういう家に生まれたとは言え。本当に、大まじめに武術家をしている。それは素直に、尊敬できることだった。

 

4、朗報と悲報

 

弐分が東京基地に戻ったのは夜だ。

戦闘は全く問題なく終わった。何カ所かで戦闘したが、今の時点ではモグラ叩きも同然である。

というか、腕が自覚しないうちに上がっていたようである。

以前とは、怪物の殲滅速度が露骨に違っている。

それに、怪物には別に恨みもない。怪物は確かに人を襲うが、むしろ生物兵器として改造されたただの被害者だ。

憎むべきは、あのでくの坊のようなプライマーだろう。

それも、プライマーの全てがあんなのかどうかは分からない。

うっすらと記憶にあるトゥラプターのように、ある程度会話が成立する奴がいる可能性はあるし。

何よりも、敵の軍以外の存在が、何をして過ごしているか分からないのだ。

ひょっとすると、共産主義体制などに近い制度で生活している可能性もあり。

その場合、戦争をしている事すら知らないかも知れない。

三城が来た。

スカウトには成功したらしい。皆で、テーブルを囲む。

「閃と言う娘のスカウトには成功したそうだな」

「今、ウィングダイバーの教官に任せてきた。 丁度、プロフェッサーがウィングダイバー用のプラズマ剣を開発してると聞く。 多分あの子が使ったら、文字通り無双の活躍が出来る」

「お前が其処まで言うなら、凄い使い手なんだな」

「一目で分かるほど強い。 というか、薙刀が国際競技だったらメダル取れる」

「それほどか」

三城から説明を受けるが、斬馬刀を用いるかなり独特な剣術の使い手の様子だ。確かにフライトユニットとパワードスケルトンを使えば、技後の隙を潰したり出来る。切り込み役がもう一人増えれば。村上班。後にストームチームとなるこのチームは、大幅に戦力増強できる。

良い話だった。

咳払いする大兄。

一つ、良くない話をしなければならないのだ。

「もう一人、お前が目をつけていた戦士がいただろう」

「うん。 前線でバリバリ戦えるエアレイダー」

「残念ながらもう戦死していた」

「!」

三城が顔を上げる。

弐分も、これについては聞いて本当に悔しいと思った。一手の差だったのである。

一昨日、戦死したという。

場所は近畿の激戦区。最前線で空爆の要請を続け。囲まれて逃げられないと判断した所で。

多数の怪物ごと自分を爆撃させ、消し飛んだという話だった。

悲しい事だが。どうにもならない。

諦める他無い。一人でも助けられたのだから。閃を未来まで連れて行き。戦力の増強に当てる。

今できるのは、それだけだ。

東京基地は、まだしばらくもつ。

ただでさえ、日本の戦況はぐっと好転したのだ。欧州に行くまでに、もう少し苦戦している地域に出向いて、戦況をひっくり返しておきたい。

他に、何人か目をつけている戦士について聞いてくるが。いずれも、首を横に振る。調査の結果、皆、開戦してから早い段階で戦死していたのだ。

仕方が無い事だろう。

いわゆるバタフライエフェクトでの奇蹟も祈ったのだが。

そう現実は、上手く行かなかった。

通信が来る。千葉中将からだった。

荒木班同様、千葉中将直轄の部隊として、村上班を今後動かすらしい。なんでも、全員をそれぞれ別部隊に配属したいとかいう話が上がって来たらしく。慌ててそういう措置を執ったそうだ。

それはそれで動きやすくなる。

弐分としても、有り難い話だった。

「すまないが、大阪基地に移動してほしい。 昨日から怪物の攻撃が激しくなっていて、基地の損耗が限界に近い。 欧州に出向く前に、君達で対処をお願いしたい」

「分かりました。 すぐに出向きます」

大阪基地の筒井中佐(この時点)は、とても頼りになる指揮官だ。

死なせる訳には行かない。

すぐに出る準備をする。行く途中で寝るしかないだろう。

移動しながら、幾つかの決め事をしておく。

戦況が最悪の最悪を極めた場合。この中の一人でも、最悪生き残らなければならない。

その時は、誰かがベース251に出向いて、プロフェッサーとあって。あのリングへの攻撃を行う必要がある。

そうすれば、まだ僅かながら好機があるのだ。

実の所、プロフェッサーの役割は大きい。

数年分の進歩を全て記憶して。

過去に還元する。

それで、エイレン型などの最新鋭兵器を前線に送り出し。全体的な戦況をよくする。勿論アサルトライフルやスナイパーライフルに関しても、バージョンを上げることが出来るだろう。

ある意味、村上班、いやストーム1よりも重要な任務だ。

絶対に、生存したままベース251で会わなければならない。

弐分としても、胃が痛いと言ったプロフェッサーの気持ちが良く分かる。

だが、それでも。

何とかしていかなければならないのだ。

移動用の大型ヘリが来たので、乗り込む。三城に寝ておくように告げて、自分も眠りに入る。

その間も、長野一等兵が。エイレンの整備を続けてくれる。多分一華は、エイレンの中で寝ているのだろう。

この時点でも、既に戦闘は厳しい。

今後を考えると。

眠れるうちに、眠っておかなければならなかった。

 

(続)