絶望のリング

 

序、消耗を続けて

 

マンションの跡地に向かう。壱野は、これはまずいなと思っていた。まだ目的地は見えていない。

だが、敵の規模がかなりまずいのである。

単独で弐分を先行させるか。そうとさえ思い始めたが。昨日の戦闘で、飛行型はかなりのダメージを受けたはずだ。

昨日と同等程度の戦力なら。皆を生還させられる。

バギー「ガンワゴン」が来ている。所詮は軽戦闘車両。ニクスと並んで動いていると、その小ささがよく分かる。

バギーにはニクスの機銃が据え付けられていて、あからさまに車体のバランスが取れていない。

これは正直な所、役にはあまり立たないだろう。

多少の飛行型は落とせるかも知れないが。

あくまで多少の相手だけだ。

兵士達は、うんざりした様子である。

まずいレーションにはみな慣れているのだろう。食糧は現在、配給制だ。野菜も肉も、東京でも新鮮なものはでない。

東京では地下プラントで野菜や肉の製造をしているが、とても量が追いつかない。たった五年前には、誰でも安値で卵を簡単に手に入れられたことを思うと、悲惨過ぎる状況である。

ましてや此処のような辺縁の基地には、良いレーションすら届かないのが実情だった。

それでも兵士達が逃げないのは。

逃げても、逃げる場所なんて何処にも無いからである。

「海野大尉、飛行型が来ました」

「うむ。 偵察部隊か」

「そのようですね」

飛行型の姿。数匹。

飛行型はα型同様に社会性を持つ生物のようだ。これは一華の話によると、飛行型によく似ているギアナ高地で発見された「蜂」という昆虫もそうらしい。蜂についてはそこそこ知られている昆虫だが。

偵察部隊まで出してくるとなると、もういっぱしの軍隊だ。

そのまま、ライサンダーZで叩き落とす。

立射で三匹を落とした頃には、もう接敵。

戦闘は開始されたが、一華のニクスが即座に全て焼き払ってしまった。ただ、装甲の補充が心許ない。

「よし、幸先が良いぞ。 増殖が早いといっても、敵の数は一瞬で何倍にもなる訳ではない。 敵が偵察部隊を失って右往左往している間に巣に接近し、破壊する」

海野大尉が、周囲を勇気づけるように言う。

プロフェッサーが、ぼやいていた。

「昨日のレーションは酷い味だった。 豚でももう少しマシなものを食べているのではないのだろうか。 妻の料理が恋しいな」

「プロフェッサー」

「ああ、分かっている。 今は戦いに集中しないとな」

「気さえ付けてくれれば、俺たちで守ります」

愚痴を言うのは、悪い事では無い。

というか、愚痴すらいう権利もないような場所の方が、余程おかしいというのが事実なのだろう。

ただ、プロフェッサーは根本的に戦士では無い。

それもあって、戦場は辛いのだろう。

マンションが見えてきた。

周囲の住宅街の残骸にも、飛行型の巣が見える。

土を唾液と混ぜて、飛行型はあれを作る。それが強化コンクリート以上の強度なのだから、色々と困る。

上空に出た三城が、位置関係をバイザーに送ってくる。

海野大尉が絶賛した。

「流石だな。 怪物共の偵察部隊なんぞとはものが違う」

「どう攻めますか」

「まずはこの一つからだ。 だが、巣を攻撃されると飛行型は反応することが多いと聞いている」

その通りだ。

プロフェッサーが、呟く。

「仮説だが、恐らくは一種のフェロモンで意思伝達をしているのだと見て良いだろう」

「何かそれを抑える方法はあるッスか?」

「いや、ないな。 飛行型の死体は調べた事があるが、多数の毒物が含まれていて、それを調合して体から出しているようだった。 どれがどう使われるかは、生物学者が何年も研究しないと分からないだろう」

まあいい。

ともかく、少しずつ進む。

ガンワゴンとニクスを兵士達が囲んで、随伴歩兵の役割を果たす。昨日直した戦車も持ち出そうと海野大尉はしたのだが。

それは基地の副司令官に反対された。

まともな防衛用の兵器も無い状態だ。

やっと戦車が来たのなら、おいておきたいと。

それに戦争後期に投入された対空も出来るブラッカーならともかく、一華が直したのはかなり古い型式だ。

飛行型を相手にするのは分が悪いとも。

基地に残った老兵達の不安も理解は出来るのだろう。海野大尉は、その話を聞いて戦車は基地に残したのだった。

出来ればもう少し兵器を基地に増やしたいが。

残念ながら、もうそれほど時間が残されていない。

プライマーの恐怖の兵器が間もなく来ると言うのなら。それを即座に攻撃出来るように、可能な限りの準備をしなければならない。

飛行型の巣に接近。

C70爆弾があれば良いのだが。

残念ながらもう手元にはない。あれは重要な物資で、東京基地でも足りていないのだ。此方に持ってくる余裕はなかった。

其処で、三城がファランクスで一気に焼き払う。

小さい巣が、廃マンションに貼り付いている状態だ。

一瞬で焼き尽くされ。必死に外に逃げ出て来た飛行型は、燃えながらクルクルと飛んでいたが。

やがて落ちてきた。

案の定、周囲にある巣の飛行型が反応する。

海野大尉が、冷静に指示を飛ばす。

「丁寧に片付けて行くぞ! 反応した飛行型だけを始末してから、次へ行く!」

「ひえっ!」

「マンションの残骸を有効に使え! 奴らの針は、コンクリを貫通は出来ない!」

正確には新品ならしてこない、だが。

今は兵士達の士気を保つ必要がある。

だから、壱野はそれに何も言わず。

ストークで。飛行型を叩き落とす。ガンワゴンが被弾。すぐに煙を噴き始めた。

「ガンワゴン被弾!」

「後退! 射撃は中止! 射撃すると飛行型の気を引く!」

「了解!」

まあ案の場か。

軽武装の車両では、怪物の相手たり得ない。

最低でも歩兵戦闘車くらいの装甲はないと。

ただ、それでも重要な兵器ではある。破壊させる訳にはいかないのだ。

そのまま飛行型を迎撃し、叩き落とす。

一華のニクスのレーザーだけで対応できるようになった所で、三城に次の巣を破壊させる。マンションの残骸に貼り付いている巣は、大炎上。マンションも本来なら火事になっていたかも知れないが。

流石に飛行型塗れで、しかも巣まで作られている状態だ。

ここに市民がまだ生き残っていると、海野大尉も思わないようだった。

二つ目を焼き払う。

怪物の中では例外的に感情らしいものを見せる飛行型は怒り狂って攻撃してくるが、既にかなり数が減ってきている。

三城はこの程度の数の飛行型の攻撃なら喰らわない。

弐分もそれは同じく。

前衛で二人が暴れ回っている間に、反応している飛行型を片っ端から叩き落として行き。数が減ってきたら次の巣を破壊する。

壱野もライサンダーZで巣を粉砕する。

巣から、ぼろぼろと死んだ飛行型が出てくる。

巣に叩き込んだライサンダーZの弾は、携行用艦砲とまで言われる代物だ。

射撃時に収束した衝撃波が、巣の中に潜んでいた飛行型をそのまま張り倒し。即死させているのである。

「ライサンダーを使いこなせる兵士は終戦までついに殆ど現れなかったな」

「鍛え方が足りない、ということでしょう」

「いや、そうか……そうなのかも知れない」

プロフェッサーが愚痴る。

壱野はそのまま射撃を続行。

海野大尉は兵士達を励まして、対空戦を続ける。後方に、ガンワゴンは無事にさがることが出来たようだった。

「せめて戦車が前衛で気を引いてくれれば、もう少しは活躍出来たんだが……」

ぼやく海野大尉。

気持ちは分かるが、戦車がいてもどうせ結果は大して変わらなかっただろうと思う。

戦車もすぐ中破くらいまで追い込まれ、後退せざるを得なかっただろう。

マンションにあった飛行型の巣を破壊し尽くすと。とりあえず襲ってきている飛行型を全て蹴散らす。

兵士達は、だいぶ息が上がっているようだった。

「無事か……?」

「生きてるのが不思議だよ」

「腹減ったなあ……飛行型、食べられないのか?」

「やめとけ。 ギアナ高地にいる似たような姿の生物は、幼虫だったらおいしく食えるらしいんだが……飛行型は巣の中ですら幼虫が発見されていない。 それに、飛行型は頭の良い奴が研究したらしいが、他の怪物と同じで毒だらけでとても食べられる代物じゃないらしい。 腹を今こわしたら、致命的だぞ」

海野大尉は、小声で話している兵士達に何も言わない。

怪物を食べる研究だったら、壱野も一応大佐だし、聞いたことはある。

いずれの種類の怪物もうまくいかなかったそうだ。

怪物は地上を浄化するバクテリアをばらまくのと同時に。逆に自分に汚染を集める傾向があるそうだ。

そのため水銀などをはじめとする有害物質だらけになっているそうで。

それを体内のバクテリアが浄化しているから生きていられる、というようなレベルで汚染された体になっているそうだ。

当然食べるのは無理。

壱野も、誰かが怪物の死骸を食べようとしたら、止めるしかないと考えている。

「よし、休憩は終わりだ。 残りの飛行型を退治するぞ」

「サーイエッサ!」

「赤いα型の群れが発見されたと、今朝連絡があった。 規模はかなりのものだと聞いている。 駆除チームも来る。 明日も大変になるぞ」

「ひえ……」

兵士の一人が呻く。

赤いα型は、最初に遭遇したときの事は壱野もよく覚えている。戦車砲すら弾く装甲を持つ生物。

とんでもない怪物だ。

ブラッカーの強化が進んで、以降は貫通できるようになったが。それでも歩兵の火器では満足にダメージを与えられない。

今壱野が手にしているようなライサンダーZのような超火力火器や。

あるいはショットガンの近接射撃。それも対怪物用のものを使う必要が出てくる。

その上赤いα型は、赤い津波と言われる程に数を揃えて迫ってくる。

それを一度でも見た事があるのなら。

怖れるのは当然だろう。

だが、今のうちに恐怖させ。

戦う事に覚悟を決めさせる。

海野大尉の判断は悪くないと、壱野は思うのだった。

一華が通信を入れてくる。

「リーダー。 どうしても装甲のダメージを修復しきれないッスよこれは」

「そうだな。 装甲の換えが此処では用意できないだろう」

「本命の戦闘まで、ニクス温存するッスか?」

「いや、そんな余裕は無い。 基地に何か使えそうな兵器はあったか?」

なかった、と一華は即答。

壊れかけのデプスクロウラーがあったようだが。それくらいしかなかったそうだ。だとすると、それを使うしかないかも知れない。

直すのは、プロフェッサーに手伝って貰っても一日かかるという。

対費用効果の面では、確かに一華が渋るのもよく分かった。

「分かった。 今日の戦闘を切り上げたら、それを直してくれ」

「了解ッス。 エイリアンの兵器が本当に来るとしたら、ニクスは温存したいッスからね……」

「そうだな。 改造は、好きなようにしてしまっていいぞ」

「了解ッス」

地下戦闘車両、デプスクロウラー。

装甲も火力も、ニクスには遠く及ばない。

ただし、多足歩行と言う事もあって安定度は高く。

足回りはニクスよりもむしろ軽快だ。

ただ。洞窟内での戦闘を想定してだかしらないが、壁や天井に無節操に貼り付くことができるため。

この機能が暴発して、上手く動かせずにやられてしまうパイロットは珍しく無かったそうだ。

海野大尉が、次の攻撃地点を指定してくる。

もう誰も住んでいない住宅街に、点々と小さな飛行型の巣がある。

端から一つずつ潰して行く事になる。

その前にガンワゴンとニクスを移動。

兵士達も、それぞれ崩れかけている廃屋の影に潜んだ。

「よし。 一つずつ潰せ!」

海野大尉の指示に従って、攻撃を開始。

壱野が仕切るつもりはない。

この基地の兵士達の命を預かってきたのは海野大尉だ。それに、指揮官としても有能である。

だったら、任せてしまうのが良い。

あくまで壱野はよそ者だ。

海野大尉はおっかないと思われているようだが、指揮手腕は確かだ。それを兵士達に見せて信頼させた方が、長期的には良いはずである。

三城が巣を粉砕してきて、さがってくる。

さっきまとめて反応したせいか、飛行型はそれほどの数飛んでこない。

後は消化試合だな、と判断したが。

それでも油断はしない。

容赦なく、残党狩りをしていき。

最後の一つを破壊したときには、昼を少し回っていた。

「よし、片付いたな……」

「上空から確認。 飛行型の巣、全部こわれた」

「すぐの行動、中々にいいぞ。 では撤収する。 ガンワゴンは思ったより頼りにならなかったな……」

「軽武装の戦闘車両です。 怪物相手には、どうしても厳しいですよ」

壱野がフォローすると。

海野大尉は、渋い顔で頷いていた。

それでも、必要だ。

必要だから、守った。

それだけである。

ともかく。今日も全員生きて帰る事が出来た。

EDF統合前の自衛隊では、戦闘時などには相当量の食事が出たらしいと聞いているのだけれども。

案の定、レーションや缶詰しか基地ではでない。

カップラーメンも前はまだ残っていたらしいのだが。

残念ながら、美味しいものから食べられてしまって。今では評判の悪いものが僅かな量しか残っていないそうだ。

東京基地にはまだある程度のカップラーメンがあるし。

工場でもレーション扱いで生産しているそうだが。

残念ながら、こんな辺境基地に回す量は無い。東京にはまだまだ大量の難民がいて、彼らへの配給物資を生産するだけで一苦労なのだ。

一華が、無言でプロフェッサーを連れてデプスクロウラーを修理に行く。

もう好き勝手に魔改造をしてかまわないと言ってあるので。本人達が好き勝手にするつもりだろう。

見た感じ、一華とプロフェッサーはあまり馬があわないようだが。

それでも互いの技術者としての力量は認めている様子だ。

ただ、クリエイターである一華に対して。

プロフェッサーは、本人が自嘲していたように技術者としては三流で。絶対記憶能力が武器となるようである。

そうなってくると、やはりリードするのは一華なのだろう。

それでかまわないだろうなと、壱野は思う。

それよりも、だ。

プロフェッサーが言っていたこと。

タイムトラベルして、何度も戦っている事が本当だとすれば。

次に勝つためには、人材をもっとストーム1に集めなければならないだろう。

もしこの時点で、敵の新規拠点が攻めこんできたら、もはや人類が抵抗する方法なんてない。

ストーム2、3、4が無事だったらまだしも。

ストーム2の四人も。ジャムカ大佐もジャンヌ大佐も。もうこの世にはいないのだ。

ストーム1の戦力を増やさないと、恐らくは厳しい。

そして壱野達がどれだけ頑張っても、手数はどうしても限定されてくる。同じくらいとまでいわないにしても、出来るだけ戦える兵士がほしいのだ。

壱野は自室に戻ると、東京基地のデータベースにアクセス。

奮戦した兵士のデータを確認する。

もしも、開戦当時に戻れたのだとしたら。テレポーションシップを速攻で撃墜して、人類のダメージを相当抑える事が可能なはずだ。

怪生物に無駄に犠牲を出すこともなく、バルガを持ち出してそれで撃退することも出来るだろう。

だが、それが出来るとは思えない。

プロフェッサーの話によると、タイムトラベルで毎回開戦から五ヶ月後……。

テレポーションシップを初めて叩き落とした辺りのタイミングに戻っているそうである。

そうなると、もしもプライマーもタイムトラベルをしているとなると。

出遅れて、不利になる一方だ。

だとすると、戦闘を生き延びた猛者を探すしかない。

しかし、データを探してみても。

なかなかそういう人物はいなかった。

生き延びた。

それだけしか、取り柄がない人物しかいない。開戦当時は、かなりの猛者が各地にいたようだが。

残念ながら。そういう人物から真っ先に未知の敵との戦いにかり出されて、命を落としていった。

戦闘開始から一年後くらいを中心に、各地で戦闘した兵士達のデータを調べてみるが。

基本的にストーム3やストーム4に所属していたり。

或いは、接点のないところで命を落としている兵士ばかりだった。

そうなると、民間で探していくしかないか。

開戦前のデータまで遡って、色々調べて見る。

だが、どうにもぴんと来ない。

壱野だって何でも出来るわけではない。人を見る目に関しては、或いは三城の方があるかも知れない。

バイザーの通信で呼ぶ。

三城はすぐに来てくれた。

「大兄、どうした」

「プロフェッサーの言葉、信じるか?」

「今の時点では、信じるしか無い。 確かに妙に武器の開発が早かったのは事実」

「そうだな。 ならば此方も、ストーム1の人員を増やして、戦力の底上げを図っていきたい」

こくりと三城は頷く。

データベースの検索権を三城にも渡す。三城もストーム1の一員で、少佐という高官に部類される人間だ。

だから、アクセス権も検索権もある。

調査を頼むと、壱野はレポートを書いて東京基地に送っておく。

見るのはごく一部の人間だけだが。

それでも、最悪の事態に備えて。

やるべき事はやっておかなければならなかった。

 

1、罠

 

駆除チームが来る。テクニカルになっているとはいえニクス六機を連れてきているから、かなりの本気編成と言える。

弐分と三城が前衛になって、指定の座標に進む。巨大なクレーターが見えてきた。

以前、マザーシップが主砲をぶっ放した後だ。底には普段は水が溜まっているそうだが、最近は雨が降っていない。

今は荒野と崩れかけたビルだらけ。

そして、赤いα型が。その周辺で群れていた。

弐分は、随分いると思った。

上空にブースターで上がって確認するが、これは恐らくだが、地下にもかなりの数が伏せている。

そればかりか、此処を中心に、周囲に悪意がある。つまり戦闘になれば集まってくると言う事だ。

皆と合流して、説明しておく。そうすると、駆除チームが文句を垂れた。

「赤い奴は硬いから苦手なんだよなあ」

「その上連中は陣形を組んで攻めこんでくる。 一箇所でも崩せなかったら、一気に押し潰されるぞ」

「群れの規模が大きい。 気を付けろ」

駆除チームに、海野大尉がそう注意を促し。

そして、兵士達が皆ショットガンを装備しているのを確認。

兵士達は青ざめている。

危険度では赤い方が上。そう考えているようだった。

実の所、弐分が思うに怪物では珍しく、赤いα型は危険度が他のα型に劣ると思う。

奴らは他の怪物の前衛となって、盾として活動する事で最大の脅威となる。

だが此処は赤いα型しかいないようだ。

地中に隠れているのも、気配からして同じ赤いα型だろう。

プライマーが怪物をこの辺りに集めているのは事実のようだが。少なくとも金のα型や、銀のβ型は見かけない。

「よし、壱野。 撃て」

「イエッサ」

大兄が、ライサンダーZで赤いα型を撃ち抜く。

同時に反応した赤いα型の群れが、どっと押し寄せてくるのが見えた。

テクニカルニクスが、一華の最新鋭高機動型とともに単縦陣を組み、横一列になって猛烈な射撃を開始。

ニクスの本命は機銃と装甲。

そういつも一華が言っているのも、これならば納得出来る。

更にニクス隊の周囲には歩兵達が集まって、最初はアサルトライフルで無作為に射撃を浴びせ。

接近してきてからは対怪物用のショットガンを連射する。

とにかく一撃が重いのだが。それでもパワードスケルトンの補助がある。

射撃で吹っ飛ぶような兵士はいなかった。

弐分は今回は、大型ガトリング砲を持ってきている。歩兵が持てるような火器では無いが、フェンサーの大型パワードスケルトンなら可能だ。

両手のガトリング砲で、近付く赤いα型を片っ端から射すくめる。

ニクスの火力に負けていない。

上空から、三城がプラズマグレートキャノンを、攻めあぐねて渋滞している赤いα型の群れに叩き込む。

消し飛ぶ怪物ども。

程なくして、敵の突進は止まった。

赤いα型の突進が止まると言う事は、敵が全滅した事を意味している。

一旦ガトリングを冷やす。

ニクスのコンテナから、銃弾を補給している間に、三城が上空から敵を確認する。

「クレーターの底にまだいる」

「罠ですね」

「そうだな……」

海野大尉が、大兄の言葉に頷く。

クレーターの内部に突入したら、赤いα型が四方八方から袋だたきにくるだろう。文字通りの愚策である。

幸い、荒くれの駆除チームは一華の言うことは聞くようだ。

ニクスを使えるようにしてくれたから、なのだろう。

先に手を打っておいたのは正解だった。

なんだかんだで、根回しは重要なのだろう。いずれにしても、駆除チームが血気盛んにクレーターに突入する事はなかった。

「壱野、狙撃してクレーターの底にいる怪物を引きずり出してくれるか」

「お任せを」

「他のものは隊列を崩すな! どこから怪物が来てもおかしくないぞ!」

「い、イエッサー!」

兵士達が青ざめているのが分かる。

昨日、弐分は兵士の一人がトイレで戻しているのを見た。コックだったとか話をしていた兵士だった。

それはそうだろう。

もう殆どなりふり構わず、皆兵士にされている状態だ。

戦闘訓練も最低限しか受けていない。

それで、他よりも酷い状態での戦闘をしているのである。同情してしまう。

大兄が狙撃。

赤いα型が反応して、向かってくる。大兄が、ハンドサイン。下がれ、という指示だ。

一華がすぐに動いて、単縦陣のままニクス隊が動き出す。

同時に、わっと赤いα型が、周囲中から現れる。

「くそっ! 何て数だ!」

「チョウチンアンコウと同じだ。 エサをちらつかせて、獲物を釣る! だが俺たちは、そんな手には屈しない!」

「くそっ! 戦争を生き延びたのに、こんな所で怪物のエサかよぉ!」

「俺たちが誰かを思い出せ!」

敵は包囲をしてきているが。

流石に、戦争末期の頃。ストームチームに叩き付けられてきたほどの物量ではない。いや、あれには及びもつかない程少ない。

一華のニクスを先頭に、積極攻勢を掛けて一点突破。

兵士達が必死に走ってついてくる。

転んだ兵士を海野大尉が助け起こして、走りながら叫ぶ。

「俺たちは何者だ! 叫べ!」

「EDFです、サー!」

「そうだ! プライマーを地球からたたき出し、奴らの円盤を叩き落とした! 俺と一緒に吠えろ! EDF!」

「EDF! EDF!」

とにかく分かりやすい叫び声。

コンバットソングと同じだ。

これによって、兵士達の士気は分かりやすく上がる。

なんでもそうだが、分かりやすいものが一番効果があるのだ。

だからこそ、EDFという叫び声は、戦意を上げるために重用された。今も重用されている。

敵の包囲を突破すると、そこから抜けて、陣形を再編する。

その間、弐分と三城が敵を可能な限り引きつける。

高機動型の装備に切り替えると、スピアで赤いα型を蹴散らして回る。赤いα型が混乱している間に、ニクス隊は再び陣列を組み直し。

一斉射撃を開始していた。

凄まじい勢いで、赤いα型が撃ち抜かれていく。

兵士達が歓声を上げて、攻撃に参加。

弐分もさがると、ガトリングに再び切り替え、接近する敵から蹴散らして行く。敵の密度が高い地点には、三城がプラズマグレートキャノンを叩き込み。

一華も惜しみなくレーザーを打ち込んで、赤いα型を焼き払っていった。

赤いα型は、エサを逃すかと言わんばかりに、それでも無謀に突貫してくるが。既に包囲網は破られている。

「ヒャッハー! 良い的だぜ!」

「メカニックの姉ちゃんがニクスを使えるようにしてくれなければ、俺たち今頃全員怪物のエサだけどな!」

「だけど現実はこの通りだ! ザマアみやがれ!」

「違いねえ! 蜂の巣にしてやるぜ!」

荒くれの駆除チームはテンションが上がったまま、射撃を続けている。ほどなくして、最後の一体を大兄が撃ち抜いて。戦闘は終わっていた。

だが、今日はこれで終わりでは無い。

この間出現したマザーモンスターが残したらしい繁殖地が見つかっている。

すぐに、駆除しに向かわなければならない。

一度、ベース251に寄って弾薬を補給。

皮肉な話だが。

弾薬だけは豊富にある。

弾薬を補給している間に、最後の調整をしたらしいデプスクロウラーを出してくる。駆除チームが、ケラケラと笑った。

「なんだそのムシみたいな奴」

「ああ、地底用の戦闘マシンッスよ。 私が壊れてるのを直したッス」

「流石だなあ。 もう少しこっちの基地に滞在して、他の兵器も直してくれねえか?」

「それは東京基地に申請してほしいッスね。 私もしがない組織の歯車なんスから」

デプスクロウラーは、プロフェッサーに任せる事にする。

憮然としたプロフェッサーだが。

明らかに彼は戦闘では役に立てていない。それならば、操縦方法を知っているデプスクロウラーの方がマシだろう。

それに此奴は、なんだかんだで火力はニクスほどではないにしてもそこそこには出るのである。

役に立てていないプロフェサーが。これで戦闘で活躍出来る。

「学者先生、それの操縦は出来るか?」

「出来るには出来るが、エース級のパイロットほど動かせはしないぞ」

「分かっている。 そのニクス乗りが特別なだけだ。 俺も前線で、ニクスが怪物の群れに飲まれるのは何度もみたからな」

「……出来るだけの努力はする」

海野大尉の言葉に、プロフェサーはそう応える。

大兄は、そういえば言っていた。

もしもプロフェッサーの言う事が正しいのなら。

プロフェッサーも、なんとか生き延びなければならないと。

基地に籠もっていてくれればいいのだが。

どうもプロフェッサーは、必死に戦闘経験を積めるときに積んでおきたいらしい。

それならば、出て貰うしかないだろう。

生身での戦闘が厳しいなら。こうやって、ビークルを用意するのが一番だ。

すぐに、怪物の繁殖地に向かう。

これで、どうにか近場の怪物は。

あらかた、片付くはずだ。

 

ビルは見かけない。恐らくは、商店街だった場所なのだろう。

マザーモンスターが生み付けて回ったらしい怪物の卵が、彼方此方にへばりついているのが見える。

酷い光景だなと、弐分は思った。

やる事は決まっている。

さっき、ベース251に寄ったときに装備は変えてきた。ガトリングから、火炎放射器にである。

このフェンサー用の火炎放射器は、ヘルフレイムリボルバーという。

実際問題、通常の火炎放射器というのは。その残虐性を敵に見せつけて、恐怖から敵の戦意を削ぎつつ、虐殺を行う事を主目的にしている兵器だと聞く。

だがこのヘルフレイムリボルバーは、凄まじい火力をたたき出す事で。近距離限定とはいえ、充分に怪物と渡り合える火力を実現した兵器である。

その破壊力は凄まじく、頑強な銀のα型を殆ど一瞬で叩き潰し。更に分厚い装甲で守られたコスモノーツでも、接近さえ出来れば一気に火だるまにする事が可能だ。

接近できれば、だが。

よくしたもので、重装コスモノーツも火炎放射器を装備している個体がいた。

あれは恐らく、人間の戦意を削いで、恐怖で逃げ出すように仕向けるものだったのだろう。

今回は怪物の卵の掃討が主体と言う事で、近距離用の武器として持ってきた。

商店街の入口で、一度止まる。

土地勘がある海野大尉が、状況を見定める。

三城が飛んで、状況を確認。

すぐに重点的に怪物の卵がある地点を、バイザーに送ってきた。

「コロニストもいる」

「やはりな……」

「連中、怪物を食ってるって噂がある。 やっぱり本当なのかも知れないな」

「羨ましいなあ。 腹が減ってしょうがないんだよ……」

何だかアンバランスな体型の兵士がぼやく。

元は太っていたのかも知れない。

だけれども、こんなご時世だ。配給でしか食事は手に入らない。嫌でも、痩せてしまったのだろう。

「間違っても怪物の卵に迂闊に近付くなよ。 以前お前のように言っていた兵士が、怪物の卵に近付いて、その場で食われたことがある」

「ひっ!」

「本当だ。 奴らは生まれた時から成体で、見た瞬間に人間を殺しに来る。 どういう仕組みなのかは分からないがな」

海野大尉の声の様子からして、今のは脅しではないだろう。

それと、怪物が卵から産まれるとすぐに成体なのは本当だ。何度も見てきた弐分も知っている。

まずは、コロニストから駆除するべきだろう。

射線が通る位置まで移動。

周囲を歩きながら、コロニストが見回りをしている。

商店街は一部だけが残っていて、それ以外は殆どが崩されてしまっている。ぽつんと残っているガソリンスタンドが目立つが。あれも恐らくは、ガソリンを回収されてしまっているだろう。

「射線、問題なし」

「よし。 頼むぞ壱野」

「イエッサ」

ドンと、凄い音がして。大兄の狙撃が行われる。

文字通りの一射確殺。ボロボロのコロニストの、頭が消し飛んでいた。

数体のコロニストが、こっちに集まってくるが。残念ながら射線が通る位置での戦闘を開始した此方が有利だ。

敵の攻撃射程に入る前に、全て片付けてしまう。

「よし。 では次の段階に入る。 怪物の卵は、危険を感じると一斉に孵化することがある」

海野大尉が、兵士達に説明をしていく。

これもストームチームだったら周知だが。他の兵士達には、そうではないのだろう。

各地で怪物の小規模な群れと戦った兵士は増えているだろうが。

敵の繁殖地を潰す作戦に参加した兵士は、多くはないはずだ。

海野大尉は、何処かで参加した。

そういうことだ。

「今は近付かない限り無害だが、下手に卵を残して戦うと、後で囲まれる事になる。 そこに更に既に孵化した怪物も来る可能性がある。 だから、繁殖地の端から卵を駆除して、少しずつ削って行くぞ」

「サー、イエッサー!」

「面倒くさいが、囲まれて溶かされるよりマシだよな……」

「ああ……」

駆除チームの兵士達も、怪物に包囲されることの恐ろしさは良く理解しているようだった。

すぐに展開して、端から怪物の卵を割って回る。

怪物の卵は刺激を与えると割れるが。強度が強烈で、ちょっとやそっとの攻撃では内部の怪物ごと殺す事は出来ない。

そういう説明も、海野大尉はしていた。

そして、何度も兵士達に注意をする。

「卵に攻撃して、出て来た怪物を集中攻撃しろ。 奴らは生まれた時から既に殺戮マシーンだ。 産まれたばかりでも、絶対に手を抜くな」

「サー、イエッサー!」

「……流石に慣れているな」

「いえ」

弐分はヘルフレイムリボルバーで卵を焼き払いつつ、進む。

三城は上空に出て、卵の位置について都度更新してバイザーで送ってくる。ちょっと遠めの場所にある卵は、弐分が片付けて行く。

この卵も、考えて見れば不自然だ。

マザーモンスターは或いは、卵を産んでいるのではなく。

繭を産んでいる可能性もある。

だが、マザーモンスターの体内から卵が発見されたという話も聞かない。

怪物について。

人類は、あまりにも知らなさすぎるのだ。

「コロニスト接近」

「よし、卵への攻撃は中止。 後退して、射線が通る位置までさがれ」

「忙しいな」

せわしなく動き回って、兵士達の補助をしていたプロフェッサーのデプスクロウラーだが。

動かし方は分かっているようで。ちゃんと部隊と連動して動けている。

問題は、一華のように短時間で進歩は出来ていない事だが。

しかしながら、一華があれは例外なのであって。

プロフェッサーは、本人が言う通り、完全記憶能力こそが武器なのだろう。

コロニストは、食糧兼護衛役が倒されて頭に来ているのか。それなりの数が来ているが。あくまでそれなりだ。

北京での決戦で大負けして、以降は見捨てられたコロニスト達は。その後も作戦行動で使い捨てられてばかりで。

むしろプライマーを怖れているのかも知れない。

彼らは人間と同等程度の知性を持っている可能性があるが。

だとすれば、それはそれで。

洗脳され、戦闘兵器と仕立てられたことを、悲しく思っているだろう。

いや、そんな感情さえ消されているかも知れない。

「射線、通った」

「よし、壱野、出来るだけ減らせ! ニクス隊は射程に入り次第、不法侵入者どもを蜂の巣にしろ!」

「了解! 簡単簡単!」

強気な駆除チームが、陣列を組む。

大兄が狙撃を開始。一体ずつコロニストを仕留めていく。コロニストは必死に障害物を利用して攻撃を避けるが、次々に撃ち倒されていく。

此処は商店街だ。

ビルほどの大きさの建物はなく、コロニストも上手く身を隠せない。

戦闘訓練をあからさまに受けているコロニストだけれども。それが故に、逆にこういう状況では上手く対応できないのかも知れない。

「コロニストめ、ペットが殺されて頭に来ているみたいだな!」

「違うぞ。 コロニストが、怪物に付き従っているんだ。 あれはペットと飼い主ではなく、いわゆる共生関係というやつだな。 コロニストは怪物をある程度エサにする代わりに、卵などの世話をする。 代わりに怪物はコロニストの走狗となって敵を討つ。 俺たちと犬の関係に似ているかもな」

アジア圏では、広く犬食の文化があった。

第二次大戦後くらいまでは、東北や九州、沖縄でも残っていた地域があった、という話を弐分は祖父に聞いている。

ユーラシア大陸や東南アジアでも一部では21世紀まで残っていたそうだし。

つい最近まで逆に言うと、人間は犬を食べていたのだ。

確かに、この関係は、それとにているかも知れない。

コロニストの最後の一体が、頭を吹き飛ばされて果てる。同時に、卵が一斉に孵化していた。

だが、計画的に駆除していた事もある。

後から現れる怪物もろとも、後はニクスの圧倒的な火力で薙ぎ払って、それで終わりだった。

海野大尉の的確な指示、流石だ。

これだったら、戦場での問題行動がなければ。本当に基幹基地の司令官をしていてほしいほどだ。

EDFがもう少し柔軟な組織だったらなあと、弐分は思う。

勿論、士官候補生がいきなり尉官から始まって、戦場で戦っている兵卒達を馬鹿にしているような軍隊よりはずっと柔軟だろう。

軍曹から開始して一般兵卒を率いて行動し。彼らと触れともに戦う事で士官としての経験と、現場の実態を知る。

それをやっているだけで、EDFはだいたいの軍隊よりマシだ。

「よし、引き上げるぞ。 一応もう一度卵がないか、確認しておく。 駆除チームと、何より壱野達との連携で随分この辺りの怪物は減った。 市民は安心するはずだ」

「……もう、此処に市民は」

「いずれ市民が此処に溢れるときが来る。 お前達の孫の世代か、その孫の世代にはな」

だから、その時のために。

戦い続けろ。

そう海野大尉が言うのを聞いて。

兵士達は視線を下げ。

駆除チームすら、何も言わなかった。

立派な人だ。頭に血の気が登りやすすぎる事を除けば。

この人は、恐らくだが。能力に相応しくない地位についている奴を許せない立場なのだろう。

それについては、弐分も分かる。

問題は。

プロフェッサーの言葉が事実なら、もうそんな時間はないということだ。

実の所、弐分も今のところまだ半信半疑だ。

だが、それでも。もしも本当だったとしたのなら。

備えなければならない。そして、対策を考えなければならなかった。

 

2、君臨する絶望の円環

 

コロニストが集まりつつある。

その報告が、スカウトからもたらされていた。

どうも日本全国に、散っていたコロニストが集まりつつあるという。数は数十体にも達するそうである。

すぐに駆除チームも動く事を決めたらしい。

まあ、当然だろうなと一華も思う。

ただし、東京から援軍が来るということもないらしい。

金銀の怪物の群れとかなら兎も角。今の疲弊しきったコロニストの群れなら、対応可能と判断したのだろう。ストーム1もいるのだ。

ダン中佐はプライマーを追い払ってからの三年、可能な限りの便宜を図ってくれたし。千葉中将もそれは同じ。

彼らが、一華達を冷遇しているということはない。

信頼して、場を預けてくれているのだ。

それに、先進科学研の主任が出向いているとはいえ。その話を真に受けて、いきなりプライマーの本隊が戻ってくると言う言葉を信じることも出来ないのだろう。

それについては、一華だってまだ信じていないのだから。

一華は、すぐにニクスの整備を切り上げて出る。デプスクロウラーで、プロフェッサーも出てくれていた。

「操作方法は分かっているのに、分かったとおりに動かせない。 私には完全記憶能力しかないことが分かって、こう言うときは悲しいな」

「それよりも、今日、ッスよねえ」

「そうだ。 今日の戦闘中にプライマーの新型拠点が現れる。 それは巨大なリングの姿をしている」

「……」

この人がほら吹きなのか、それとも。

まあ、ともかくやってやるしかない。すぐに、基地の人員とともに出る。戦車については、今回も残すと言う事だった。

「まったくあの敗北主義者が。 この辺りで動員できる戦力は、全部出すべきだって言ってるのに、聞きやせん」

「し、しかし、基地の守りはいかがします」

「この分厚い隔壁と、複数に隔離されている区画がある! この基地だって、ちょっとやそっとで落ちるものではないわ! あの忌々しいコスモノーツどもに武器を支給されていた頃のコロニストならともかく、今のコロニストどもは敗残兵だ。 だからこそ、大胆に駆除に出るべきだというのに」

まあ、その通りだなと一華も思うので。何も言わない。

リーダーは無言でいて。

三城が、むしろバイザーで通信を入れてきた。

「面白そうな人をピックアップしてみた」

「どれどれ……」

開戦からの半年で、死んでいった人間にも有能な人はいただろう。だが、最大限プロフェッサーの言う事を信じるとして。恐らく戻る事になるのはテレポーションシップを叩き落とす直前くらいだ。

つまり、一番人類がダメージを受けた時期に死んだ人間はカウント出来ない。

最初にピックアップされたのは、新潟の隅の山奥にいた人だ。

年齢は一華達と同年代。

なんでも居合い特化型の剣術を代々受け継いでいる一家の一人娘だとかで、開戦一年後くらいに家の近所に現れた怪物に町が襲われた時に戦闘に出向き。

その戦闘で、代々伝わっている刀。

有名な鍛冶師が作ったようなものではなく、単純な殺しに特化したもの。いわゆる人斬り包丁で、なんとα型の頭をたたき割って倒しているという。しかも三体。

ただ。そこで奮戦虚しく、酸をモロにくらい。息絶えてしまったそうだが。

それでも、三体のα型を、銃器でもなく人斬り包丁で。

これは、惜しいと思った。

開戦後一年くらいまで生きていたというのなら、迎えに行く好機はあると見て良いだろう。

ただし、プロフェッサーの言う事が事実だったら、だ。

写真とかのデータは殆どないが、いわゆる姫カットに髪の毛を切りそろえている、小柄な可愛い子だ。目以外は。目が据わっているので、村上三兄弟の同類と見て良いだろう。ちょっと本当なら、あまり近付きたくない感じである。

兵科とするならウィングダイバーが適切だろうか。

そういえば、プロフェッサーがウィングダイバーのサブウェポンとして、超高熱の刀を開発していると言っていた。

三城用に開発していたらしいが。

見た感じ、三城は空間把握能力に特化している感じがする。

飛行技術の粋を生かして戦っているから、この判断は間違っていないだろう。ただ三城は。近接戦闘も出来るが、ウィングダイバーとしての戦闘の極限にいっている気がする。空飛ぶ切り込み役が一人いると、だいぶ違いそうだ。超高熱刀は、その子向けかも知れない。

もう一人は、もう少し早い段階で死んでしまった兵士だ。此方は、プライマーとの戦闘開始から七ヶ月目に戦死している。

珍しいエアレイダーの一人で、前衛で戦えるエアレイダーとでもいうべき兵士だ。

気むずかしい熟練兵だったようだが、最前衛に出て敵とスプレットガンという専用のショットガンで戦いながら、至近距離に爆撃を要請するようなスリリングな戦闘をしていたらしい。

かなりのエースチームに入る候補として動いていたようだが。怪物の大軍との交戦でMIA。

生きていたら、或いはEDFはもう少しマシな戦いをやれたかも知れない。

他にも三城は何人かピックアップしてきていたが。

いずれも開戦後三ヶ月ほどで戦死している。恐らくは、スカウトする余裕すらないと見て良いだろう。

「よくこんな面白い人達見つけるッスね」

「私は友達あんまりいなかったから。 逆に面白そうな経歴の人間はむしろ探しやすいかも知れない」

「そッスか……」

友達皆無だったのは、一華も同じだが。

三城の場合、強いので同格の友人が出来なかったパターンだ。

話には聞いているが、小学生の頃に喧嘩慣れした高校生男子をぶん投げたりだとか。小柄なのに戦闘能力がいかれている。

それでは、周囲の自分より上か下かでしかものを判断出来ないような「普通」の人間は、そもそも怖がって近付かないだろう。規格外だからだ。スクールカーストとか言うクソみたいな代物にすっかり飼い慣らされた連中にとっては、三城は怪物にしか思えなかった筈である。

一華の場合は、周囲が如何にして自分を見下すかばかり考えている事もあって、あまり関わり合いになりたくないと思ったタイプだ。

飛び級を重ねて大学も出て。

その後株式で稼いで家に引きこもった後。拗らせてハッカーになったのもその辺りが理由である。

幼い頃の記憶はどうにも曖昧なのだが。

いずれにしても、強いとしても一華と三城は方向性が真反対である。

学校に行っていた頃。飛び級を重ねた結果、二回りも年上の人間から良く言われたっけ。社会を舐めているだとかどうのこうの。

そんな連中に、尊敬できる要素なんか一つも無かった事を覚えている。

すぐに連中を超えて、上の学級に飛び級するとき。

とにかく凄まじい怨念とねたみの籠もった視線を受けた事だけはしっかり心身に刻まれている。

村上三兄弟や、ストームチーム。周囲の何人かの大人は、ある程度信じられるようになった今だけれども。

故に今では、あの時。EDFにハッキングを仕掛けたとき、捕まっておいて良かった、と思っていた。そうでなければ、尊敬できるごく僅かな少数にすら出会えなかっただろう。

「三城、このデータ、プロフェッサーに送ったッスか?」

「ああ、受け取っている。 もう全て記憶した」

「流石ッスね……」

「一応念のためだ。 君達にも渡しておく」

小型の記憶媒体を渡される。

もし何かあったとしても。肌身離さず持っていれば、影響は最小限に抑えられるはずだ、というのである。

なるほど、承知した。

一華も、データを其方に移しておいた。

先進科学研で用意した、頑強さを最大限まで上げたもの。しかも規格は古いPCにも対応しているらしい。

この状況には、最高の媒体だろう。

基地の外で、まずは整列。一華のニクスを最前衛に、後衛にプロフェッサーのデプスクロウラーを配置して。手近にいるコロニストを駆除に向かう。

海野大尉が。やる気が露骨にない兵士達に檄を飛ばす。

「今日も取り締まりだ。 今回は不法侵入者どもが、どういう意図かこの辺りに集まってきているそうだ。 今までの数倍の規模になるらしい。 どうやら日本中から集まって来ているようだな」

「ええ……」

「逆に好機だ。 ここでコロニストどもを叩き潰せば、日本中はかなり安全になる。 怪物退治に集中できる。 そうすれば、戦闘でも色々とやりようが出てくる。 確実に復興は早まるぞ。 駆除チームも既に総力戦態勢で此方に向かっている。 この強力なニクスの戦闘力も、皆が見ている筈だ。 勝てる! 信じて銃を取れ!」

「サー……」

兵士達のかけ声は元気がない。

それはそうだろう。今までに無い規模のコロニストの群れ。

対するは、ニクスはいるものの今まで兵士ですらなかった者達が大半。

それに、どうしてか前線に出て来ているプロフェッサー。

士気が上がる要素がない。

基地のかなり近くで、コロニストを発見。丁度良い。各個撃破していくだけである。数体ずつの小規模の群れを、蹴散らしながら進む。

今回は状況が状況だ。

海野大尉も、殲滅を急ぐように指示。

市民については、あまり口にしなかった。状況が切迫していることを、海野大尉も理解しているのだろう。

数体の群れを、何度か殲滅しつつ進む。

ビルがもののみごとに崩れ、横転している。激しい戦闘に巻き込まれたのだと一目で分かる。

その崩れたビルの上に、我が物顔にコロニストが登って、周囲を見回している。

相変わらず目が良くないようで。接近してきている此方は視線に入っているのに、戦闘態勢を取らないが。

そういえば、一華は聞いたことがある。人間の生物としての強みの一つは、目だと。

人間の目はバグもあるがかなり良く出来ている代物らしく、他の生物に比べても劣らない代物であるらしい。

持久力にしても毒耐性にしても、人間以上の生物なんて幾らでもいる。特に身体能力は、人間は村上三兄弟みたいな例外中の例外を除くと下から数えた方が早いほど低い。そんな中、目だけは例外的に高性能だそうだ。

いずれにしても、コロニストの目は。

他の生物同様、それほど優れてもいないのかも知れない。

ともかく、射撃して攻撃開始。

ニクスのレーザーで、一体ずつ焼き払う。

必死に抵抗してくるコロニストだが、どうもいつもほど好戦的ではないように思う。何だか、必死に身を守ろうとしているような。

ともかく、今は叩き伏せる。

焼き払いながら前に出て、他の兵士達の盾になる。

覚えはあまり早いとは言えないが、プロフェッサーのデプスクロウラーも、機銃を掃射してどうにかコロニストに牽制は出来ていた。

「駆除チーム、到着したぜ!」

「火力の違いを見せてやる」

「よし、合流してくれ! どうも今日はコロニストどもの動きがおかしい! 各自気を付けてくれよ!」

「分かった! 数も多いと聞いている! 皆、油断せずに行くぞ!」

何度かベース251の部隊と一緒に戦闘して、駆除チームの面々もそれなりに思うところがあったのかも知れない。

ここのところ、怪物の規模が色々とおかしいと。

東京近郊より怪物が多い関東の辺縁とは言え、近年としては多すぎるのだ。

彼らもアフリカでの決戦などの噂は聞いているはず。それにだ。そもそも、プライマーが引き上げる前には、この比では無い戦力との戦闘が、何度もあった。それを思い出してもらうしかない。

戦闘を続けて、抵抗を続けるコロニストを片付ける。ニクス六機の火力は流石で、あっと言う間にコロニストは沈黙した。

「円陣を組め! 敵は周囲からこの地域に集まってきている! 何をするつもりか分からないぞ!」

「了解! 展開する!」

「ニクス乗り、最前衛を任せる! 頼むぞ!」

「了解ッス」

一華が前に出る。

兵士達は今回も生き残ったと顔に書きながら。無惨に死んでいるコロニストをこわごわと伺っていた。

乾いた大地にコロニストの血がしみこんでいる。

もう、彼らを弔うものは何処にもいない。

吹き飛んだ首が落ちていて。目から涙のように血が流れていた。気の毒だとは感じるが。やらなければ殺される。

同情は出来なかった。

「此方スカウト。 かなりの数のコロニストが、集まって来ています!」

「数と方向を精確に知らせろ!」

「はい、今バイザーに……」

「どうした!」

空。

それだけ、悲鳴に近い声が響いていた。

そして、見上げる。

そこには、何か、とんでもない代物が来ていた。

生唾を飲み込む。

本当だったのか。

空から降りてくるそれは、リングとしかいいようがない代物だった。文字通りの輪である。

ただしその巨大さは、文字通り桁外れだ。マザーシップよりも大きい。あまりにも大きすぎるので、輪と言ってもその幅は百メートル以上はあるかも知れない。直径は、恐らく数qに達するだろう。

「そ、空を見ろっ!」

「ばかなばかなばかな!」

兵士達も気づいて、絶叫する。

荒くれ揃いの駆除チームも絶句して、どうしていいか分からないようだった。

それはそうだろう。

武神としかいいようがないリーダーですら青ざめている様子だ。

マザーシップ以上の巨大な兵器。

手をかざして見ていると、どうも中央部分に菱形の立方体がある。それも、かなり巨大なようだ。

何かの機構で支えられている様子はない。

文字通り、宙に浮かんでいるが。これはプライマーの兵器には共通していたことで。そして、アレも同じだ。

「時間通りだ……場所も想定通り。 やはり来たな……!」

プロフェッサーが呻く。

兵士達が、パニックに陥る。

「奴らが戻ってきた! また戦争が始まるっていうのかよ!」

「今日を生きるので精一杯なんだぞ! ごちそうなんて何年も食べてねえ! これ以上はやめてくれ!」

「戦う力なんて残ってない! どうして攻めてくるんだよ!」

「落ち着け!」

海野大尉が一喝。

すぐに、指示を飛ばしてくる。

「ニクス乗り、すぐに東京の本部に映像と座標を送れ! EDF総司令部とも情報を共有する必要があるだろうが、俺のバイザーからだと通信が届かん!」

「わ、分かったッス!」

「あ、あれはなんなんでしょう。 武装は、していないように、見えますが……」

「マザーシップも最初はそう見えた。 どんな武装を隠しているか分からん。 それにコロニストどもが此処に集まっているのも、偶然だとは思えない。 お前達、此処をまず死守し、コロニストどもを片付けるぞ!」

流石だな。

一番最初に心を立て直した海野大尉は、すぐに激励を飛ばす。

兵士達はこれで多少はまともに戦えるだろう。

みえはじめるコロニスト。見た感じ、武器を引きずりながら、必死に集まって来ている様子だ。

此方に気付いたようだが。あの巨大なリング。徐々に高度を落としているそれに向かう事を優先しているようである。

怪物も引き連れていない。

「コロニストは此方を攻撃してきません。 あの巨大なものへと向かう事を優先しているようです! あれは救助船かもしれません! だとすれば、戦いを避けられるのでは……」

「そんな保証はどこにもない! この場に纏まった戦力がいるのはむしろ好都合だ。 状況を確認し、敵の正体を確かめる! 少しでも情報があれば、それだけ戦闘を有利に出来る筈だ!」

「ひっ……」

「歯を食いしばれ! まだ東京には多数の市民がいる! 開戦当初みたいに、好き勝手に蹂躙させていいのか! 俺たちがいるのが最前線で、最終防衛線だ! 行くぞ!」

頷くと、リーダーが狙撃。コロニストの頭を粉砕する。

それで、群れになって傷ついた体を引きずっていたコロニスト達が一斉に振り向いて、戦闘態勢に入る。

ニクス隊が猛攻を開始。

コロニストは身を隠そうともせず、リングへとむかいながら反撃をしてくる。そのままニクス隊の先頭で、一華は距離を詰めながらレーザーで敵を焼き払う。コロニストが次々と倒れていくが、かなり数が多い。百体近くいるのではないのか。

日本中に潜伏していた全ての生き残ったコロニストが集まって来ている。そうとしか思えない。

しかしながら、この動きは不可解だ。

彼らは、リングに向かうのを優先している。普段なら、戦術的な行動を取るのに。

おかしいとは、リーダーも思ったようだ。

「どういうことだ……軍事訓練を受けた連中の動きとは思えない」

「とにかく敵を削れ! あのばかでかい何かよく分からない代物の情報を少しでも集めるんだ!」

「イエッサ!」

兵士達もやっとやる気になる。

至近距離に何度かコロニストの鉄骨を組み合わせた武器から射出された岩が着弾するが、どうにでもなる。

リーダーの狙撃も冴え渡っていて、次々にコロニストを仕留める。

ニクス隊も猛烈な攻撃で、敵を次々に撃破していくが。弾が足りるか少しばかり心配である。

射撃を続けながら、敵への距離を詰めていく。

リーダーが足を止めた。

「何か来る」

「!」

後方。

空を覆うようにして、巨大な船が来る。それも一隻や二隻ではない。これも、全てプロフェッサーの言葉通りだ。

コロニストが、ガアガアと鳴いている。

それは、救いを求めているように思えた。

「なんだあの船は……敵の新型か!?」

「大きい! テレポーションシップより何倍もある!」

「弱点さえ分かればでくの坊だ! とにかく、今は確実にコロニストを倒し尽くせ!」

「い、イエッサ!」

一華はそのまま、無言で射撃に移る。

どうやらこれは、荒唐無稽な話を全て信じなければならないようだ。だが、それでもやるしかない。

タイムトラベルか。

もし、戦後五ヶ月に戻れるのだとしたら。

その時点から、戦況をひっくり返せるのだろうか。

いや、厳しい。

その時点では、EDFは既に有能な兵士達も指揮官も多数失い。民間人も含め人類は二割も削られていた。

勿論、今の状態にまで成長した村上三兄弟と一緒に一華が行けば、赴いた戦場ではそれぞれ勝つ自信はある。

だが、荒木軍曹や三人の部下達。

ストーム3やストーム4は、その状況から強くなっているわけではないのだ。

そう考えると、かなり厳しいと言わざるを得ない。

プロフェッサーが、最新鋭の武器をいきなり作りまくり、それを前線に配布したって結果はあまり変わらないだろう。

五年分の進歩を還元できたとしても。

敵の戦力は、それ以上に大きいのだ。

リングが光る。

正確には、リングの内側が光っている。

リングが鏡になったかのようだ。赤紫に発光する巨大な浮遊する輪の内側。それも、無節操に光を放っているのではなく。

まるで、リングに不意に鉄板か何かが張られたかのようである。

コロニストは三十体を切る程度まで削ったが、まだ生き残りがいる。

空を、我が物顔に行く巨大な船。

「皆、覚えているな。 攻撃すべきは今じゃあない……」

「幾つか試してみます」

「分かった」

リーダーが、リングに向かう巨大船に射撃。

兵士達は青ざめて動けない様子だ。戦闘力において最強のリーダーが、まずは動かないと駄目だろう。

巨大船は、下から見るとクラゲのように思えた。

なんだか形状が似ているのである。形状だけでは無く、動きも似ている。

ニクスのレーザーの出力を絞り、ピンポイントで一華も狙ってみる。

三城がプラズマグレートキャノンを叩き込む。

弐分はガリア砲で射撃をする。

だが、全てがノーダメージだ。触手のような部品ですら、ダメージを受けている様子が見えない。

あの巨大船の弱点ではないということだろう。

せめてフーリガン砲があれば。

空軍がいれば。

普通の空爆では、テレポーションシップ同様傷を与えるのは厳しいだろう。

だが、フーリガン砲を叩き込めば、或いは結果は違ったかも知れない。ただアレは、特別な空軍機から発射するものである。

「ニクス乗り、映像を全て東京基地に送っているだろうな!」

「それは任せてほしいッス」

「よし! 攻撃を続行! 奴らの計画を暴くぞ!」

「み、見てくださいっ!」

攻撃をものともせず飛んでいた巨大船。

リングの鏡のようになったおかしな空間に、明確な「穴」が開いた。

そこに、巨大船が次々に吸い込まれていく。

なんだあれは。

何をしている。

「プロフェッサー、前もあれはあったッスか?」

「ああ、私の覚えているとおりの光景だ。 船団の規模があの半分程度だったが……」

もしも。いや、もう疑う余地はない。

プロフェサーの言う通りだとすれば、あのリングは時間に関係するものではないのだろうか。

だとすると、プライマーは何の目的でこんな事をしている。

仮にだ。あれがタイムマシンか何かだとして。プライマーはもう戦争に勝っている。前と同じ規模の戦力を連れてくるだけで、もう人類の殲滅は難しく無い状態になっているし。その気になれば怪物をそのまま人間にけしかけるだけで、時間を掛ければ勝つ事が出来るだろう。

それなのに、なんであんなものを投入してくる。

頭を全力で使いながら、映像を東京基地に送る。

千葉中将もダン中佐も反応しない。電波障害が起きている様子はない。まだ向こうで、緊急事態に気付いていないのか。

やがて、巨大船は全て消えていった。

一隻も撃墜出来なかった。

それだけではない。

凄まじい勢いで、空にコロニストが吸い込まれていく。彼らは口を開けながら、もがきつつ空に飛んでいく。

人間が吸い込まれる様子はない。

何が、起きていると言うのか。

「奴ら、仲間を消しやがった!?」

「血迷ったか。 いや、違う。 何かおぞましい計画を目論んでいるはずだ! 油断するな! 周囲を警戒しろ!」

「み、見てくださいっ!」

兵士の一人が空を指さす。

空が、見る間に。

青から、赤へと変わっていく。夕焼けよりもなお赤い。文字通り血の色のような赤である。

空に血をぶちまけたような光景は、おぞましいとしかいいようが無かった。

いつの間にか、リングが鏡面のような状態から、ただの輪に戻っている。

全てを成し遂げたとでも言わんばかりの様子だ。

「また、どうにもできなかった」

「これで三度目、だったッスね」

「ああ。 状況を間近で確認するために私は毎日戦闘に出ていた。 今起きた現象は、私の手元の記憶媒体には残した。 だがこれは……」

頭痛。

文字通り、びりっと来る。

周囲の光景が揺らいでいるように見える。

まさかとは思うが。さっきの巨大船は。

一華が、その先を考える前に。

何もかもが、塗り替えられていた。

 

3、敗残の世界

 

三城は、一華が整えてくれた装備を身につける。此処はベース251。此処に辿りつくまでの記憶がどうも混濁している。

というか、妙なのだ。

マザーシップを落としたような気がする。

だが。それとは別の記憶がある。

前者はうっすらとしていて。

後者ははっきりしている。

ただ。それでも幾つか強烈な記憶は残っている。

荒木軍曹、小田大尉、浅利大尉、相馬大尉。ジャムカ大佐、ジャンヌ大佐の死。

神を気取る独活の大木をみんなで倒した事。

それに、筒井大佐がマザーシップを落としたこと。

それらについては、うっすらと覚えているが。どうにもおかしい。

五年間戦い続けた記憶が、二つある。二つあるうち、一つは非常にはっきりしていて、真実だと断言できる。

あのリングが現れた後、敗走してベース251に逃げ込んだ。

それに関しては事実だ。

だが、その前後の記憶もなんだかよく分からない。

その時何と戦った。コロニストと戦ったか。

いや、どうも違うような気がする。世界を滅ぼした、「機械人形」と戦ったような気がするのだ。

手元にある記憶媒体。

目を通したが、どうにもぴんと来ない内容ばかりが記載されている。

とにかく、装備は調えた。

一華が来る。ニクスはボロボロ。ここまで動いたのが不思議なくらい。

このまま外に出るのは自殺行為だから、プロフェッサーにはデプスクロウラーに乗って貰う。

幸い、操縦は出来る筈だ。

大兄と小兄が来る。

二人とも、装備はボロボロだが。大兄はライサンダーZを手にしている。小兄はスピアを装備していて。

二人とも、何が出て来ても戦える。

海野大尉が来る。

青ざめた兵士達を連れて。

此処は、隔壁のすぐ側。

外にあるのは、死の世界だ。

東京も壊滅状態。総司令部は連絡を取れない。深海に潜って、好機を待っているという話だ。

東京の千葉中将は、どうなったか分からない。

20世紀から存在していた地下シェルターに籠もっているという噂もあるが。連絡が取れないのは、事実だった。

ダン「大佐」は去年なくなった。

東京に「機械人形」が押し寄せて。それと皆で総力戦をやって。その戦いで、命を落とした。

一華が持ち込んだニクスは、恐らくEDF最後の一機。

エイレン型が全滅した今は。このエイレン型のプロトタイプであるニクスカスタムFを用いるしかなく。

そして、修理する方法もなかった。

「集まっているな、村上三兄弟。 凪「中佐」」

「イエッサ」

「いいんだ。 もう階級もクソもあったもんじゃ無い。 ……取り締まりに出る。 少しでも「機械人形」を減らす」

それだけで、兵士達がもう死んだ目をしていた。

誰かが呟く。

「おしまいだ……」

「海野基地指令、本当にやるんですか! 彼奴らは危険すぎます! 昨日、とうとう新潟の駆除チームからの通信も途絶えました! ニクスを配備していた駆除チームでもどうにもならなかったんです!」

「それでもどうにかするのが俺たちの使命だ! 此処で少しでも機械人形どもを駆逐して、それで東京基地が体勢を立て直す時間を作る! 敵を集めれば、他にいる機械人形どもだって削る事が出来る!」

「東京は、もう全滅しています!」

泣きそうな声。

兵士達は、皆敗北感に包まれている。

プロフェッサーは何も言わない。プロフェッサーが言う所の、「前回」も、こんな感じだったのだろう。

三城は、話半分にしか聞いていなかった。

だが、この記憶の混濁。

明らかに、何か起きたのだ。歴史に。

二つの記憶がある。そしてそれは錯覚じゃない。

そして二つ目の記憶では。人類はもう手も足も出ず。「機械人形」の圧倒的物量の前に大敗を喫し。

三年前の決戦で敗れて、文字通りEDFは壊滅。

何とか支えていた東京基地も、もう機械人形に蹂躙され。半ば機能していない状態だ。

人類は一億を切っているという話もある。

もっと少ないかも知れない。

うっすらと覚えているもう一つの記憶とは大違いだ。そっちとは違って。今ある記憶では、マザーシップの一隻すら落とせなかったのだから。

大兄は、もっと鮮明に二つの記憶を持っているようだ。

これも、プロフェッサーが言っていた。記憶の蓄積は、周回を重ねるほど強くなる。それが影響しているのかも知れない。

「隔壁を開けろ!」

「海野基地司令官、無謀です! 奴らは危険すぎます!」

「それがどうした! やるぞ!」

隔壁が、嫌嫌そうに開く。

さび付いた音。それとともに、隔壁が開く。

パワードスケルトンが何とかあるのだけは救いか。兵士達は、それで銃を持ち、走り回ることが出来る。

問題は、心が折れてしまっている事。

それは、どうにも出来ないだろう。

ニクスが前に出る。今までのニクスと違い、素人でも高機動戦闘が出来るようになったエイレンの先祖とも言えるカスタムとしては、信じられないくらい遅い。戦いの連続で、もう限界なのだ。

外に出る。

朱の世界。荒野が、どこまでも拡がっていた。

それだけじゃない。

遠くには、何か奇怪なものが見えている。それは何かの巨大な建造物のように見え。或いは生物の触手のようにも見える。そんな奇怪な代物が、得体が知れないガスを噴出し続けていた。

空は真っ赤。

今は朝。それも早朝ではない。もうずっと、この色だ。少なくとも、リングが来てからは、である。

「海野基地司令官、すぐに戻ってください! 今なら間に合います!」

「俺たちはEDFだ! それを忘れたか!」

「戻ってください! 我々は負けたのです! これ以上戦って、何になります!」

「俺たちがEDFだからだ! 戦う事で、少しでもこの世界のためになる! 市民の盾になる!」

海野基地司令官がどれだけ鼓舞しても。

通信を送ってきている基地副司令官を始め、皆の心は折れてしまっている。

三城は、まだやれる。

というか、三年前の決戦で無惨に殺された荒木軍曹や、ジャムカ准将。ジャンヌ准将の事は未だに心に焼き付いている。

いや。大佐だったか。

記憶が曖昧だ。とにかく、やるしかない。あの人達の分も。

装備はいずれもギリギリの状態。一華が整備してくれて、やっと戦闘可能な状況にまで傷ついている。

外に出ると、連中は隠れる気もないようだった。堂々と歩き回っているのが、もう見えていた。

楕円形の体を持ち。中央に一つ目。

小型も中型も、この一つ目。生物的な目では無く、カメラのような目を持っている事に代わりは無い。

手足はあるが、いずれも細く。手はいわゆるバリスティックナイフになっていて、飛ばしてくる。

兵士達は「機械人形」と呼ぶ。要はアンドロイドである。

その中でもっとも数が多い、小型アンドロイドだ。

中身は生体パーツで、機械の外皮を剥がすと脳みそのような内部が露出する。そして殺すまで、絶対に止まらない。

怪物以上のしぶとさとおぞましい執念。更に怪物以上の数で攻めてくる凶悪な敵。それがアンドロイド。

此奴が出現したのは、開戦から一年ほどした後。

欧州に出現して、必死に交戦を続けていた欧州のEDFを文字通り蹂躙した。以降は此奴に世界中が蹂躙され。

今では、わずかな抵抗を日本と米国の一部が行っているだけである。

「いたなポンコツども! スクラップにしてやる!」

「戻ってください基地司令官! 我々はもう三年も前に敗北しました! 機械人形達に蹂躙された所を、マザーシップ十隻による絨毯爆撃を受けて!」

「それがどうした! 俺の戦いを見ろ!」

海野基地司令官が射撃を開始。

アンドロイドどもが反応する。

そのうねうねとした動きは、非常に狙いづらく。なおかつ人間の生理的な恐怖を刺激する。

火力は、実の所怪物ほどではないのだが。

それでも、とにかく倒しにくく。

何より、兵士達の恐怖心を煽ることで。怪物以上に、人間を殺してきた存在だ。

少しずつさがりながら、集ってくる機械人形を討つ。大兄のライサンダーZなら、一撃で粉砕可能だ。

三城はプラズマグレートキャノンをもう壊してしまった。雷撃銃とファランクスでやるしかない。

接近戦は、小型が相手でも少しばかり危険だ。

電撃銃で、確実に倒していく。

「数が少ない! これなら勝てるかも知れない!」

一華は無言でニクスにて射撃を続けている。ニクスの機銃弾は流石の火力だが、どうもアンドロイドの楕円形の体は、それそのものがいわゆる傾斜装甲として機能している様子で、銃弾に対しての耐性が高い。怪物以上に、倒すのが難しい様子だ。一華に何度か、なかなか死なないと愚痴られたことがある。

小兄は、果敢に接近戦を挑んで、スピアで敵を撃ち抜いている。

小兄のスピアは流石に効果覿面だ。

アンドロイドを次々打ち倒して行く。

機械装甲が剥がれる度に、脳みそのような青緑の中身が飛び出し、それでも壊れるまで人間を殺そうと動き続ける。

アンドロイドの殺意は、怪物以上だ。

程なくして、一群を殲滅。アンドロイドは殺すと異臭が怪物より遙かに凄まじい。これも戦意を削ぐ要因となっている。

兵士達は無事だ。どうにか。

息は皆上がっているようだが。ふるえながらも、銃を取り落としてはいなかった。

「最近は勝つ事は滅多にない……ついてるぞ」

「て、敵第二群接近!」

「ひっ!」

「落ち着け。 確実に一群ずつ仕留める!」

海野基地司令官の声は落ち着いている。確かに、その通りだ。そのまま前線に出て、敵を順番に蹴散らして行く。

アンドロイドの数は、先以上だ。一度接敵してからさがる。

アンドロイドは怪物同様、凄まじい悪路踏破性をほこり。人間の建物だろうがどんな悪路だろうが、その細い足で平然と登ってくる。

そして上を取ってから、バリスティックナイフを飛ばしてくる。

小型は数で攻めてくるから、銃火器は装備していない。

だが大型は非常に強力なブラスターと呼ばれる火器を装備していて。これにやられる兵士は、数も知れなかった。戦車ですら、ブラスターの攻撃にはほとんど耐えられなかったのである。

「海野基地司令官、逃げてください! 敵はロボット掃除機みたいなものです! 地球を徘徊して、人間を掃除する! そういう機械なんです! 倒して、何になります!」

「俺たちが此奴らを倒せば倒すほど、命を拾う民間人が増える! この辺りの地下にだって、まだ民間人が避難している! それを忘れるな!」

「我々が生き残る方が先です! エースチームまで失ったら、我々は……」

「敗北主義者め! 俺の戦いを見せてやる!」

海野基地司令官は流石だ。凄まじい射撃で、アンドロイドを次々に倒している。

ここ三年で、三百体を屠ったと言っているらしいが、まあそれは嘘では無いのだろう。大兄達は桁二つ多く倒しているが。それでも、戦況は変えられなかった。

幾つか、覚えていることがある。

戦力を補強しないといけない。

ストーム1の人員を強化する必要がある。それに、過去に戻るには数日後に、リングに攻撃する必要がある。プロフェッサーの言うには、タイミングがずれると事故は起きない可能性があるらしい。

三城の頭では分からないけれども。

もうこの状況、人類に逆転の手はない。

東京だって、近いうちに全滅が確定だろう。

プロフェッサーが言う事に賭けるしかないのだ。

第二群も殺意全開で攻めこんでくる。大兄は大暴れして敵を削っているが、すぐに第三群が姿を見せる。

物量に関しては、怪物より多いが。実際の戦力は、怪物の群れと大差ない。

だが、精神に直接抉り込んでくるようなこの嫌悪感が、怪物よりも兵士達を怖れさせる要因となった。

だから負けた。

負けないようにするには、どうすればいい。最初から、戦えることを示すしかないだろう。

アンドロイドが降下した日のことは覚えている。その時、欧州に現れたアンドロイドに、村上班も荒木班も間に合わなかった。

もしも間に合ったら、状況を変えられるかも知れない。

それまで、死ぬわけにはいかない。

ファランクスで、至近に来ていたアンドロイドを焼き切る。後方から多数来ているが、それは小兄がどうにかしてくれる。

一華のニクスは、バリスティックナイフの集中攻撃を受けてボロボロだ。とにかく避けづらいのだ。

銃撃で弾き返す事が出来るのだが、そんなのが出来るのは大兄くらいである。

一応一華もCIWSのシステムを利用して跳ね返すプログラムを組んだらしいのだが、敵は物量で四方八方から仕掛けて来る。その上、そのプログラムが行き渡る頃には、ニクス隊はほぼ壊滅してしまっていた。

「更に第四群出現! 此方に向かっています!」

「海野基地司令官! 逃げてください! もう戦って何になるんです!」

「それがEDFだ! 此奴らに何をされたか思い出せ! 生き残った人間が、今度は同じ事をされるんだぞ!」

兵士達が呻く。

ある兵士は言っていた。

家族が避難バスごと此奴らに殺されたと。

アンドロイドの殺意の凄まじさは怪物以上だ。それどころか、怪物よりもある意味鋭敏に人間を察知し殺しに来る。

地上に展開したプライマーのドローン。

ある意味、そういう存在なのかも知れない。

そういえば、タイプ「スリー」ドローンの中核部にも生体部品が使われている事を思い出す。

ひょっとすると、プライマーは何かしらの理由で、生体部品を使う兵器に注力し始めたのだろうか。

だとすると、その理由は何だろう。

「ニクス、そろそろ限界ッス!」

「俺が出る」

「大兄!」

「第二群は片付けた。 第三群の処理をしてくれ」

大兄が躍り出ると、うねうねと動きながら迫り来るアンドロイドの群れを蹴散らし始める。

凄まじい戦闘力は相変わらずだ。海の中の大岩。まさにその通りの存在である。

荒波でも砕く事が出来ない。

それこそ、ストームでも。

苛烈な攻撃を凌ぐ。

あまり役に立っていなかったが、それでもプロフェッサーも必死に銃撃を続けて、デプスクロウラーを駆ってアンドロイドを倒して回る。数機だけは倒せたようだ。他の兵士達と同じように。

小兄と連携して、敵第三群を蹴散らす。

凄まじい数だったが、どうにか潰しきることが出来た。

そして第三群を潰した頃には、大兄が第四群を滅ぼしていた。

兵士達は怪我をしている者が多い。

これは少しばかり、状況が良くないと言わざるを得ないだろう。

「点呼! 無事な奴は声を上げろ!」

本人も頭から血を流しながら、海野基地指令が声を張り上げる。

うめき声が周囲に満ちていた。凄まじい異臭の中。アンドロイドは全滅していた。兵士達も、大きな損害を受けていたが。戦死だけは出さなかった。

ただ、ニクスの損害が大きい。

次の戦いでは出せない。そう、一華は呟くのだった。

リングへの攻撃を考えると、それは仕方が無い事なのかも知れない。もう、数日しか、猶予は無いのだから。

 

基地で、一華が直したものはドローンだ。戦闘用ドローンは条約で禁止されている。だが、もうそれどころではない。

壊れてしまったエイレン型のバッテリーを利用して、広域を雷撃で一気に薙ぎ払う戦術兵器ドローン。

破壊力は一度見たが、文字通りアンドロイドの群れが爆ぜ飛ぶほどだった。

雷が広域に多数落ちるようなものだ。確かに戦闘ドローンが条約で禁止されたのがよく分かる凶悪さだった。

プロフェッサーは、次の戦いでこれを一華が持っていくと言っても、何も言わない。一華とプロフェッサーは何というか学者としての考え方が違うと言うか、インテリとしてのあり方が違うと言うか。根本的にあわないようだが。

それでも一華とプロフェッサーで、認識が共通しているのだろう。このままでは、戦いにさえならないと。

また、街に出る。ニクスの整備は、基地に残った負傷兵と老兵に任せる。決戦の際に、時間さえ稼げればいい。

前にプロフェッサーが試したようだが、過去に持ち込めるのは精々銃火器一本程度だそうである。

ならば、ニクスは持ち込めない。

重要な所でだけ、使えればいい。そう割切るしか無い。

海野基地指令が、周囲を見回しながら言う。

「新潟を滅ぼしたアンドロイド共が向かってきているという話だ。 駆除チームも、彼奴らに全滅させられたということだろうな」

「もうおしまいだ……」

「腹減ったよ。 アンドロイドの中身、食えないのかなあ」

「猛毒だとよ。 食ったら死ぬぞ」

兵士がぼやいている。

海野基地指令は止めない。気持ちは大いに分かる。もう、愚痴は言わせるしか無い。

物資の供給は当然止まっている。東京の地下工場もダメージが甚大らしい。まだ動いているラインはあるらしいが。それも僅かな東京の生存者のためだけに使われているようなものだろう。

「来たぞ……」

「怖れるな! 俺は擲弾兵と戦った事もある! そして生きている! アンドロイドは三年で三百体以上倒した! つまり倒せる相手だ!」

海野基地指令の発言は本当だ。だから、三城だって逃げる訳にはいかない。擲弾兵はある意味もっとも危険なアンドロイドで、これと戦って生き延びる兵士はそれほど多くはない。

海野基地指令が、どれだけ優れた兵士かが、これだけでも分かる。

必死に、なけなしの気力を振り絞らせようとしているのだろう。

それでも、精神論ではもうどうにも出来ない所まで来ている。それは、海野基地指令自身が分かっている筈だ。

アンドロイドの群れが見える。

小規模。怪物より小さい。そういっても、怪物よりも群れの規模は大きめで、しかも殺意が高い。

怪物はあからさまに生物兵器だが、それはそれとして生物だった。

アンドロイドは、生体部品さえ使っているが、生物ですらなく。ドローンのように人間を殺しに来る。

今日はバギーに乗って出て来た一華が、キーボードを叩きながら言う。

「海野基地指令、ビリビリを使うッス。 敵を引きつけてくれるッスか? ビリビリの範囲はこのくらい……」

「よし、分かった。 少しでも減らせると良いんだがな」

「善処するッス」

雷撃銃に切り替える。ビリビリと一華が言うあの電撃ドローンの範囲は広く、殺意も高いのだ。

近付くことは文字通り死を意味する。

兵士達を配置すると。大兄に狙撃をさせる海野基地指令。

アンドロイド一体が消し飛ぶ。

ぐるっと、一斉に振り向き。

多数の目が此方を見る。

それで、悲鳴を上げる兵士も少なくない。機械部品の目だが、モノアイである事が、恐怖を煽る。

アンドロイドに恐怖を覚える兵士の多くが、この単眼に一斉に見られる事をトラウマにしているようだが。

気持ちは分かる。

「そのままの位置で踏ん張れ! 敵にそのまま進ませろ!」

「イ、イエッサー!」

「広域攻撃が行く! そうすれば奴らは一網打尽だ!」

「殺戮兵器に非人道兵器で返すのかよ! これじゃあどっちも同じだ!」

兵士が喚く。

気持ちは分かる。

だが、そうしないともはやどうにもならない所まで来ている。この物量を凌ぐのは、小兄と三城が前衛になって囮をしても厳しいくらいなのだ。しかも怪物よりも、体感的にアンドロイドの攻撃のが避けにくい。

幾つか体にある傷跡は、バリスティックナイフの集中砲火で貰ったものだ。

戦争に負けてから、三年間各地でアンドロイドと戦ってまわり。それで受けた傷も多いが。

やはり敗戦の日。

ストームチームが1を除いて全滅したあの日に。

天文学的な数のアンドロイドにやられた傷が、どうしても一番多かった。

アンドロイドが、バリスティックナイフを放ちながら迫ってくる。凄まじい勢いで、建物が崩れる。破壊される。

兵士達は必死に反撃するが。一反撃すると十二十と返って来る。その度にバリケードにしている建物の残骸が壊されるのだ。

三城も雷撃銃で反撃しながら、敵を誘導すべく少しずつさがる。空中にも、アンドロイドの正確極まりない攻撃が飛んでくる。

「3、2、1、行くッス!」

青白い光が、アンドロイドの群れの中央で炸裂した。

雷並みの、超高圧電流だ。

アンドロイド達が爆ぜ割れる。

あれに人間が触ったらどうなるかは、推して知るべしである。

見る間にアンドロイドが減っていく。

そして数が減れば、アンドロイドの脅威はあからさまに薄れる。大兄が率先して反撃を開始。

アンドロイドは雷撃にも怖れず突っ込んできて。

それが却って数を減らす結果に終わる。

次々と爆散するアンドロイド。

「広域攻撃終了。 クールタイムは一分ほどッス」

「よし、今のうちに群れを殲滅……」

「此方スカウト! 更に大型の群れが接近! 傷ついているアンドロイドも目立ちます」

「新潟を滅ぼした奴らだな!」

海野基地指令が怒りの声を上げる。

ともかく、三城は小兄と一緒に前に出て、敵の残党を狩り倒す。今日は一華は戦略兵器担当だ。

ニクスを持ち出せない以上、どうにもできない。

一華自身の戦闘力は、本当にたいしたことがないのだから。

せめてデプスクロウラーがもう一機あれば、話は変わったのだろうが。

ファランクスで、最後に残っていたアンドロイドを焼き尽くす。

兵士達が、かなりへばっているのが見えた。

「スカウト! 接敵までの予想時間は!」

「二分弱です!」

「よし、ならば広域兵器がまた使えるな! ニクス乗り、頼むぞ!」

「了解ッス!」

海野基地指令が指示を出して、少し後退する。

工事現場の名残みたいな地点までさがる。この辺りにはさび付いた鉄骨などが放置されていて、さっきよりバリケードに出来るものが多い。

戦士としても、指揮官としても有能だな。

シロ坊呼ばわりさえどうにかしてくれればなあと。何度も三城は思う。

全員で後退して、陣を張り直す。アンドロイドが、わさわさと言う感じで現れる。動きはおぞましいと兵士に感じさせるには充分で。怪物と違って、秩序も一見無さそうに見える。

その実、立体的に全てを覆い尽くしながら攻めてくるのだ。

死も怖れない。

あらゆる点が、アンドロイドの恐怖を物語る。

「よし、広域攻撃頼む!」

また、雷撃が炸裂する。

アンドロイドの群れが、凄まじい勢いで焼き払われるが。雷撃の渦に巻き込まれなかったアンドロイドは、そのまま接近して来る。

激しい攻撃を、射撃して迎え撃つ。またバリスティックナイフが掠める。三城くらい腕を磨いていても、どうしても避けきれないのだこれだけの飽和攻撃だと。小兄も避けづらいといっていた。

大兄くらいだろう。

此奴らの飽和攻撃をどうにか抜けられるのは。

ただそんな大兄でも、大型アンドロイドには接近を避ける。

あらゆる意味で、危険すぎる相手だからだ。

幸い、今回の群れは小型ばかりだ。

射撃を続けて、必死に応戦する。

さがれ。そう指示を受けて、兵士達が指定の位置までさがる。工事現場は、多数飛んできたバリスティックナイフで滅茶苦茶にされていた。接近戦になると、文字通り蹂躙されてしまう。

それだけは、避けなければならないのだ。

「広域攻撃、第二弾いけるッスよ!」

「ニクス乗り、俺が指定した位置にやれるか?」

「お任せッス」

「よし。 やってくれ!」

まだまだ敵の群れは数が多い。ただ、傷ついているアンドロイドも多い。

此奴らは金属の外皮を破られて中身が出ても、機能停止するまでは人間を殺そうと動き続ける。

多少はダメージを受けていれば倒しやすくはなるが。

それだけだ。

再び、雷撃の渦がアンドロイドの群れを襲う。

これで多少は楽になるか。

「プロフェッサー。 これ、もっと積極的に使っていいッスか?」

「……厳しいだろうな。 少なくとも条約をEDFが守れる状況で使ったら、軍法会議ものだ」

「しゃーない、分かったッス。 そんなこと、言ってられる状況じゃなくなってからでは遅いッスけどね……」

「我慢してくれ」

二度の広域攻撃で、アンドロイドが相当数爆散して。かなりやりやすくなる。

一華が再び別のドローンを飛ばす。

機銃だけをぶら下げた無骨なドローンだが。味方をきっちり避けて、上空からアンドロイドを正確に狙い撃っていく。

それだけでなく、更に敵との距離が近付いたからか。別のドローンも同時に起動する。

自動砲座の在庫がないから、代替品として作ったらしい。

自動砲座ほどの火力は出無いが、一華の周囲を滞空して、接近するアンドロイドを射撃して応戦。CIWSの応用で、攻撃も弾き返す。

ニクスとの連携戦闘で使いたいらしいが。

今の電力事情だと、ニクスと同時に動かすのは厳しいらしい。

エイレン型のバッテリーをもう少し持ってこられれば状況は違ったらしいが。

大兄が手榴弾を敵の群れに投げ込む。

爆発して、数体が一機に消し飛ぶ。

文字通り、吸い込まれるように敵の中に飛び。爆発した。

流石大兄。

そう呟きながら、三城はアンドロイドの群れと応戦を続ける。

広域攻撃が停止。そう聞くと、小兄も大胆に前に出る。フェンサースーツはもう傷だらけだが。

それでも、小兄の闘志は薄れていないようだった。

ほどなく、敵の群れは全滅。

「弐分、シロ坊。 すまないが、偵察をしてきてくれ。 スカウトは一旦引き上げさせた」

「了解」

「わかった」

「皆、今のうちに休め。 まだ戦いがある可能性は低くない」

海野基地指令の言葉を背に、小兄と別方向に飛ぶ。

小兄も、装備が不十分な今は、色々不満があるようだった。

それにだ。

やはり小兄も、二つの戦いの記憶があるようで。

マザーシップを落としたことは覚えているようだった。

「三城、傷は大丈夫か」

「もんだいない。 小兄は? かなり擦ってるの見えた」

「俺は元々頑丈だからな……」

「そういって、腕の肉をごっそり抉られた」

小兄の右腕は、今パワードスケルトンを強化して対応している。三年前の最終戦で、腕の肉をごっそりやられたからである。

再生医療が出来る状態では既になく。

今はパワードスケルトンで誤魔化しながら戦っている。ただ、小兄はもう傷については気にしていないらしく。どうにでもなっているようだが。

「こちらは問題ないな。 強行軍で脱落したアンドロイドがかなり散らばっている。 とどめを刺して回る」

「こっちもたくさんいる。 削っておく」

「気を付けろ。 生きているのがいたら、多分反応してくる」

「わかってる」

新潟で駆除チームの残党とやりあって、アンドロイドも相応にやられたということだ。だが、新潟には多数の民間人が身を寄せていた。

生存は絶望的だろう。

無力すぎて悔しくなってくる。

壊れていないマンションの上に立つと、手をかざす。強い悪意を感じたからだ。

持ってきている小型のスコープを使って確認。

最悪の事態だ。

大型アンドロイドの部隊。

多分、あれが主力になって、新潟を潰したと見て良い。

「大兄、海野基地指令。 大型多数」

「……大型が相手だとこの人数だと無理だ。 分かった。 近隣の生き残りをかき集めて、明日対処する。 幸い大型は足が遅い。 この辺りに来るまでには、時間が掛かるだろうな」

撤退の指示が出た。

頷くと、三城も引く。

今の戦力で勝てないのは事実だ。しかし、近隣のサテライト基地だって、似たような状態の筈。

果たして人が来るのか。

それすら怪しいと、三城は思った。

 

4、絶望の中の希望

 

妻の写真を見ていたプロフェッサー、林先進科学研主任は。皆が来た事に気付いて顔を上げた。

ストーム1の四人は。

こんな戦況でも、無敵の戦神のように暴れ回っている。

しいていうなら暴風神か。

マルドゥーク神から始まって、悪役ではテューポーン、日本ではスサノオ。暴風を司る神は、凶悪な破壊の権化であり。善玉の場合はヒーローとしての強さを併せ持つ。

プロフェサーはヒーローにはとてもなれない。

だけれども。

このヒーローの支援だったら出来る。

覚えている。五年で進歩した技術を。

だから、それを全て過去に持ち込んで。

少しでも、戦況を良くするしかないのだ。

「来てくれたな。 明後日だ」

「リングに接近するのは難しく無いでしょう。 海野基地指令と相談して、リングへの攻撃作戦を立案したら乗ってくれました。 近隣のアンドロイドはあらかた片付けた事もあります。 大型を主力とした部隊さえ殲滅できれば、恐らくはリングへ接近が可能な筈です」

「そうだな。 前に経験があるというのに、胃が痛くなる。 タイミングは私が指示する」

「了解です」

壱野准将は相変わらずだ。

戦況がより悪いから、ついに准将になってしまった壱野大佐。

そしてうっすらと、プロフェッサーも覚えている。

彼がマザーシップナンバーイレブンを落としたことを。

だが、うっすらとしか覚えていない。

この現象は、恐らく。

プライマーが、リングを使って歴史を変えているからだ。

あの大型船は、今までの周回では。あのリングが出現した時にしか姿を見せなかったのだけれども。

「今回の」周回からは、要所要所で姿を見せるようになった。

そして撃沈は成功していない。

フーリガン砲を搭載した戦闘機が撃墜に向かったことがあるのだが。足が速くて逃げられてしまった。

少なくとも、フーリガン砲を装備した戦闘機を、もっと改良しないと話にならないだろう。

それに、だ。

奴らは強化型のアンカーと一体化していて。それを投下もしてくる。自衛能力ももっている。

あの大型船が前線に出て来たことも、EDFが負けた要因だ。

マザーシップによる一斉砲撃なんてのは、最後の仕上げに過ぎない。

抵抗力を失った相手に対して、殲滅行動を行う。

それがマザーシップだ。

過去に戻り。

前の敗戦の決定打になった戦いを勝利すれば。

或いはだが。マザーシップによる絨毯爆撃は、食い止められるかも知れなかった。

「とりあえず、仮に全てプロフェッサーが言う事が真実だとして。 幾つか、決めておきたいッスね」

「どういうことだね、一華中佐」

「次に生きて251基地に集まれるか、分からないって事ッスよ」

「そうだな。 ベース251に集まれない場合は、A44地点にある地下施設に集まるようにしよう。 ベース251から最も近い、地下商店街だ。 今でも少数の兵士が、千人ほどの市民と立てこもっている。 ベース251と連携するつもりはあまりないようだが、指揮をしている馬場中尉は、コマンド部隊の出身だ。 海野基地指令にくらべると皮肉屋だが、より現実的に動ける。 次の作戦にも一緒に来て欲しかったのだが……」

馬場中尉は、負けが確定するやいなや、さっさと地下施設を確保して、そこに籠もった。

この行動を、海野基地指令は責めなかった。

そうすることで、市民を守れる。

そう判断したからだろう。

海野基地指令は、無能な士官には厳しいし。上官を殴って何度も降格させられた人物ではあるのだが。

それでも、あの人が認める程の存在が、馬場中尉なのである。

「それでは、明後日の作戦を再度確認する。 リングの周囲には守備隊もいる筈だ。 気を付けてくれ」

現地に出向いたら、後は丁寧にやっていくしかない。

ストーム1が一緒にいるのだ。

出来る筈だ。

相手が如何に恐ろしいアンドロイドの軍団だとしても、である。

そしてやり遂げなければ。

人類は、この赤く染まった世界で。

滅びる他にはなかった。

 

(続)