終わった世界での再会

 

序、プロフェッサー

 

ベース251に到着。出向いた壱野を見て、兵士達は敬礼する。階級章は隠す。一応壱野は大佐だ。相当な高官になる。あまり、辺境基地の兵士は良い印象を高官に持っていないだろう。

敬礼を返して、奧に。

何だか、此処は知っている気がする。いや、知っている。間違いない。此処だ。

この基地の周囲に拡がっていた街なら知っていた。基地には来た事がなかった筈だ。だが、これは明らかに記憶にある。例の夢のもの。間違いない。

相変わらず無駄に広い構造。

ビークル類を内部で動かす事を想定して、EDFの基地は巨人が内部で動けるようなスケール感になっている。

此処も、それは同じだ。

ただ、ベース228に比べるとだいぶ規模は小さい。

サテライト基地として建造中に戦争が始まったということで。内部は色々と雑然としていた。中途半端な完成度が故に戦力も低く。

皮肉な事に、それが故に敵に目をつけられずに。生き延びた基地だと言う事なのだろう。

基地に入ってすぐに目についたのはバラックだ。

戦車隊が配備されていてもおかしくない空間に配置されたバラックは、人が住んでいる様子がない。

あるいは、人が住んでいたのかも知れないが。

もう住んでいないのだろう。

疎開したか。なくなったか。

いずれにしても、内部に小さなマンション並みのバラックがある。それくらいのスケール感がある。

そして、それを片付けていないと言う事は。

此処の人員が、限界まで削られているか。

もしくは、削られた後補充されていないことを意味していた。

内部を見て回る。

電気は生きている。

物資もそれなりには蓄えられている。

籠城して戦闘することも可能だろう。

だが、此処は最前線としては貧弱すぎる。守り抜くことは厳しいし。それに、ざっと見た所。

配備されている兵器類は、歩兵の軽火器だけだ。

戦車もいない。

一華がニクスを連れてきてくれるから、それを待つしかない。

何とも悲しい話だ。多少のトラックや軽武装車両はあるようだが。それしかないとしか、言いようがなかった。

黙々と歩く。

通路に入ると、流石に人間用のスケール感のものがある。

自動販売機も存在していて。

ジュースやタバコもあった。

ジュースは殆どが売り切れてしまっていたが。

やはり、最低限の物資しか、補給されていないと言う事なのだろう。嗜好品が切れているのは、東京の基地も同じだった。

此処も、同じと言う事だ。

一室で、男性が待っていた。

戦士の肉体では無いと一目で分かる。

だが、パワードスケルトンを身につけている。

戦う覚悟はあるということだ。

着込んでいるのはスーツ。

眼鏡を掛けた、細い中年男性だ。

見覚えがある。

何度も見て。

最近どんどんクリアになって来た夢に出てくる人だ。

確か、名前は。

「久しぶりだな。 前はただの新兵村上壱野だった。 だが今は、大佐か。 君の活躍は聞いていたが、少し心配したぞ」

「……林主任?」

「ああ。 記憶の持ち越しは成功しているようだな」

「……」

記憶の持ち越し。

何だか、よく分からないが。

林主任は言う。

「ストーム1の活躍を耳にしない日は無かった。 他の三人も、遅れてこの基地に来てくれるのか?」

「はい。 弟も妹も、俺に劣らぬ戦士です。 それにもう一人のメカニックは、世界最強のニクス乗りです」

「頼もしい話だ」

そう、破顔する。

どうみてもこの人は戦士ではない。そして、色々とおかしな事を言い始める。

「初めて会った訳では無い。 ただし、この世界では初めて会う」

「妙な話ですね。 貴方はそもそも誰ですか?」

「私は先進科学研の主任、林だ。 プロフェッサーと呼ばれている。 先進科学研で対プライマー用の兵器を開発した。 フーリガン砲やブレイザー、EMCの実用化をしたのは、私のチームだよ。 君達のチームに、可能な限り指定の武器も送った」

「そうですか。 随分と助かりました」

林主任はそう言うと、来て欲しいと言う。

そして、人間用の通路を歩きながら話した。

「マザーシップを核では無く地上からの攻撃で落とすとは。 しかも旗艦を落とす事が出来たのは、私の記憶でも初めてだ」

「……」

「凄い戦士だな。 いや、凄い戦士達、か。 本当に、君がいれば希望が生まれるようにすら思える」

何だかおかしな事ばかり言われている気がする。

林主任は、なおも言う。

「どうも「事故」に立ち会う度に、記憶の定着は強くなるようだ。 私も最初の事故は、殆ど巻き込まれた形だった。 だが私は絶対記憶能力の持ち主でね。 同じ事をすれば、事故を再現出来ると判断した。 そして、同じタイミングで同じ事をして。 そして周回した。 出来れば……開戦時に戻りたかったが。 そうもいかなかったがな」

何を言っている。

ちょっとよく分からないが。いずれにしても、この人が狂人では無いことは、明らかだろう。

「あのマザーシップを、正面から倒し。 そしてプライマーの前線指揮官を撃ち倒すほどの戦士が一緒にいてくれる。 これならば、絶対に悲劇を回避できる。 そう、私は確信したよ。 これほどの条件が整う事はないだろう。 ならば、後は試行回数を重ねていくだけだ」

「言っている事がよく分かりませんが」

「まだ記憶の定着が浅いからそう思うだけだ。 恐らく、「今回」でプライマーに勝つのはもう不可能だろう。 だが、私は覚えた。 今回進展した技術を。 敵が使って来た戦術を。 次回は、どこから始まるのか分からないが……それでもやれるだけのことはやってみせる。 君達という奇蹟が生じた。 だから、まだ希望を捨てるのは早い」

やはりよく分からないが。

この人の事は、やはり知っているように思う。

二十メートル四方ほどの別室では、数名の兵士達がいた。天井が低い部屋だ。怪物に入られたとき、対処をしやすくするために後から作ったのだろう。

一目で分かる。

兵士はいずれも新兵ばかりである。

三城が少し遅れて、別の戸から入ってきた。弐分も。

ウィングダイバーはもう今時ほとんどいない。フェンサーもである。

兵士達は驚いた様子で見ていた。

「お、おい、ウィングダイバーだぞ」

「可哀想に。 もっとも致死率が高い兵科だ。 何日もつんだろうな……」

「それよりもフェンサーだ。 今時良く装備があるな……」

「どういうことだ。 こんな辺境基地に」

兵士達のひそひそ声が聞こえる。

弐分と三城が来て、不可解そうにプロフェッサーを見る。

紹介する。

先進科学研の主任と聞いて、ああと三城は呟いた。

「君達が壱野大佐の弟と妹だね。 私は林。 プロフェッサーと呼んでくれればそれでいい」

「分かりました、プロフェッサー」

「装備についてはいいたいことが山ほどあるけど、ブレイザー作った事は感謝してる」

「そうか。 分かっている。 君達からの苦情はいつも目を通していた。 とにかく、「今回」は勝てないだろうと私は考えていた。 だから途中からは、実験兵器を作って君達に回し、技術の進歩をひたすら進め。 それを私が覚える事に終始した。 すまない」

一華がまだ来ていない。

だが、もうすぐ来る筈だ。

一華の名前を聞いて、プロフェッサーは頷く。

「あの子か。 過去の経歴が私の権限でも参照できなかった。 だが、EDFにハッキングを世界で初めて成功させた怪物的なハッカーだと言う事は知っている。 兵器に関する注文も色々多かったな」

「最初はともかく、今ではすっかり俺に比肩する戦士となっています。 彼女が初めてアーケルスを倒した事は聞いているでしょう」

「ああ、聞いている。 バルガを使ってアーケルスを撃ち倒したあの映像は……希望になったよ」

一華が来たら、残りの話をしよう。

そういうと、どう見ても体力が無さそうなプロフェッサーは、席に着く。

憔悴しきっている様子だ。

そもそも、この辺りは日本でももっとも怪物による汚染が酷い地域の一つだ。新潟の近辺がかなり危険度が高く。怪物の出現頻度が高い。

恐らく巣があるのだろうが。

関東を保持し、周辺を少しずつ安全にするので東京基地は手一杯。

大阪基地や鳥取基地、福岡基地も、遠征の余裕などはない。

それにアフリカにおける移動基地攻撃作戦での壊滅的な被害を考えると。

現在のEDFは、あまり冒険には出たがらないのだろう。

そんな場所に、先進科学研の人間が来る。

記憶にうっすらある事が事実だとすれば。

此処は最前線になるし。

その最前線に、プロフェッサーはいる必要があるという事だ。

「大兄、来る途中で見かけた怪物は全て始末してきた。 コロニストを見かけた報告があるらしい。 駆除が必要だろうな」

「気の毒な連中だが、介錯してやる他あるまい」

「完全に壊れた武器を放棄して、自分達で新しく武器を作ってる。 情けを掛けていたら、こっちがやられる」

「そうだな」

壱野も見ている。

コロニストは洗脳が外れてはいないのだろうが。それでも戦う意思を捨てていない。

残党は少数ずつ集まっては、鉄骨などを組み合わせて、原始的な武器を作っている。原始的といっても岩を撃ち出したりするような仕組みになっていて、歩兵にとっては充分な脅威だ。

ましてやコロニストは怪物を集めて、その群れを使って身を守っている節がある。

生き残るために、コロニストは必死なのだろう。

それを、死ねと言う事はできない。

コスモノーツに連れてこられて、使い捨てにされたのだ。

だが、同情していれば殺される。

だから、介錯してやるしかないのだった。

「一華くんが組んだプログラムについては、全て見せてもらった。 文字通りの天才だな」

「ニクス乗りとしての技量も恐らく世界最強です」

「ああ。 運動神経だけが駄目、か。 私には絶対記憶能力くらいしか、他人に自慢できるものがない。 だから、彼女の事は同じ技術者として羨ましく思うよ」

「一華は、きっと社交的な貴方に同じ事をいうと思いますよ」

苦笑いするプロフェッサー。

そして、プロフェッサーは大きく嘆息した。

「私には妻がいた。 殺された」

弐分も三城も黙る。

殺されたのは、開戦からそれほど時間が経過していない頃だそうだ。

開戦から五ヶ月後に、核以外の手段で初めてテレポーションシップが撃墜されるまで。人類は史上類を見ない程の凄まじい攻撃に晒された。

好き放題な場所に好き放題な怪物を落とされたのだ。

文字通り、対抗手段など存在しなかった。

その過程で、主に市民を中心に、記録的な被害を出していくことになった。

EDFの兵士達も、責任感のある人物から倒れていったし。

必死に市民を守るために、この期間に各地でもっとも兵力を消耗した。

後に怪生物が出て来て、これを倒すのに躍起になって更にEDFが兵力を減らしたのが、決定打になったと見て良い。

人類はプライマーを追い出したが。

負けた。

その要因だ。

「おい、ニクスが来たらしいぞ。 それも新鋭機らしい」

「おいおい、新鋭機だって? 東京にも数機しかいないらしいが……」

「お偉いさんが来ているのかもな」

「こんな基地にか? 東京近郊の治安さえまともに維持できていないって聞くぞ。 ここは関東の端っこだ。 決戦でも東京基地の奧でふるえてたお偉方に、そんな度胸があるのかよ」

嘲笑が混じる。

一華が来たのだろう事は分かった。

ただ、千葉中将をはじめとして。日本のEDF首脳部は、皆勇敢に戦った。ここにいる新兵達はそれを知らない。

その事は、壱野には残念だった。

程なくして、一華が来る。

相変わらず、人の視線はあまり好きではない様子で。更に知らない相手も苦手のようだ。プロフェッサーを紹介すると、こくりと頷くだけだった。

ただ、先進科学研の主任と聞くと。

ああと、呟いていた。

「私が送ったレポート、殆ど返事がなかったッスね」

「すまない。 私は実の所、技術者としては三流も良い所なんだ。 部下の技術者達や、各地の研究施設が作りあげていくテクノロジーを記憶する。 それだけが、私の取り柄でね。 部下達に君のレポートを見せて、改善は図るネゴはした。 だが、それ以上は出来なかった」

「そうだったッスか……」

「ただ、君がくみ上げたプログラムは全て記憶している。 コードの一行に至るまで全てだ。 今後、それを生かして役立ってみせる」

完全記憶能力か。

それは心強い。

問題は、此処からだ。

部屋に年老いた軍人が入ってくる。

気むずかしそうな、険しい顔をした人物だ。パワードスケルトンは身につけているが、邪険に扱っている様子である。

時々いる、人間力に自信を持つタイプか。

いや、違う。

年老いたが、覚えている。

知っている人物だ。

「この基地の指揮官を現在やっている海野大尉だ。 続きは、後で話そう」

「集合の時間だ! クズ共、並べ!」

威圧的な声。

これではっきりした。

この人だ。

新兵達が慌てた様子で並ぶ。どの新兵も、明らかに軍人では無いのを、新たに軍人された様子が明らかだ。

いずれも戦う人間の体をしていない。

それでもしっかり並べるのは。

この国の人間だからだろう。

平和なときから、日本の市民を見た他国の人間は。その統率に驚いたという話を聞いたことがある。

必ずしも良い国とは言い切れない日本だったのだが。

それでも、この統率だけは。他の国よりも優れていたのだろう。

「む。 そこの大きい二人。 まさか村上家の長男と次男か」

「はい。 お久しぶりです」

「そうなると、そこのダイバーは……シロ坊か! よく生き延びたな! よく、よくいきのびたな!」

不意に、巌のような顔がくしゃくしゃになる。

涙を拭い始める海野大尉を見て、兵士達が困惑する。

そう。

この人こそ。「実の親」に虐待を受けていた三城を助けるときに。祖父とともに、奴の巣窟に乗り込んだ刑事だった人だ。

「実の親」はその場で逮捕して刑務所に放り込んでやったが。祖父とこの人が止めてくれなければ、それこそ殴り殺していたかも知れない。

その後、ぐだぐだな裁判所の対応に頭に来たらしく。警察を辞めたと聞いていたが。

EDFに就職し。

そこで激しい戦いを生き延びたと聞いた時は、驚かされたものだった。

この人はいわゆる「生え抜き」ではないし、壱野達のようなスペシャル扱いだったわけでもない。

それでも大尉になっていると言うのは。

戦闘で兵士達が殆ど生き残れず。

結果として、生き残った兵士が出世した。

というだけの話である。

目をしばらく擦っていたが。やがて大きく咳払いすると、海野大尉は周囲を見回す。

「あー、おほんおほん。 知り合いがいたのでな、取り乱して済まなかった。 ベース251へようこそ。 此処は最前線だ。 今、この基地は深刻な問題を抱えている。 人手不足だ」

それはそうだろう。

どこだって、人手不足なのだから。

海野大尉は、恐らくストーム1が今来ている事を知らない。

ただ、壱野達には厳しい視線を向けなかった。

恐らくだが、歴戦の兵士だと一目で見抜いたのだろう。

「近年、コロニストとか言うごろつきどもが、怪物を引き連れてこの辺りの町を彷徨いている! そこで精鋭を寄越せと東京の基地に掛け合ったが……なんだこのヒョロガリ軍団は! 兵士どころか、銃を持つのも初めての連中ばかりではないか! これから鍛え直してやる!」

それから、全員で走る。

パワードスケルトンがないと、走るのも無理とプロフェッサーは言っていたが。

そこはパワードスケルトンの力。

フェンサー用の大型ほどの性能はないが。それでも誰でも銃を持って走り回れるくらいまで、身体能力を上げてくれる。

これが普及していなければ、人類はもっと悲惨な戦闘を強いられていただろう。

今でも充分に悲惨だが。二年前の決戦で、全滅していた可能性だって高い。

入口付近の大きな部屋に到着。

一華が乗って来たらしい、最新鋭のニクスがいる。兵士達は、赤いニクスだと目を見張った。

噂には聞いているのかも知れない。

視線をちらちらと感じる。だが、その兵士達を、海野大尉はどなり飛ばしていた。

「出来る奴も少しは来ているようだが、お前達はこれから鍛え直しだ! お前からだ、来い!」

一人ずつ、順番に呼び出され。

的をアサルトで撃ち始める。スナイパーライフルも渡され、使う。グレネードも。

基礎的な武器は揃っているらしい。弾薬だけは、どこにも豊富だ。

最後に、壱野が呼ばれた。

頷くと、そのまま前に出て、手本を見せる。兵士達が、おおと頷いた。

「流石だ。 古流の達人だけあって、「当ててから放つ」を銃でも出来るんだな」

「恐縮です」

「お前達、今の境地に達する必要はない。 だが、身を守れる程度まで鍛えろ! では、今日はここまでとする!」

緊張していた兵士達が弛緩する。

だが。すぐに、入口の大きな扉が開く。何かあったことは確実だ。

熟練兵らしい一人が来て、海野大尉に耳打ちする。

見る間に、真っ赤になって海野大尉が怒り狂うのが分かった。

「来たなゴロツキどもめ! 皆、銃を取れ! 不法侵入者を取り締まりに行く!」

そうか、コロニストが来たのか。

それはまた、運がないことだな。

そう、壱野は思った。

 

1、荒廃世界

 

関東の最北西。この地域は、古くから土地も痩せていて、それでいながら関東の入口になるため、何度も戦いが起きてきた場所だった。

土地は豊かでは無いが、戦略的な価値はある。

そういう場所だ。

ベース251はそんな場所にある。

この辺りには小さいが、それほど治安は悪くない街があったのだが。

それは今は過去の話となっていた。

来る途中に見たが。

もはや。ここに人は住んでいない。

ただ、三城は目を細めていた。

この辺りは覚えている。あの実の両親とか言うケダモノが、この辺りの一角に住処をこさえていたからだ。

ろくでもない仕事をしていたらしく、立場が弱そうな人間を怒鳴りつけて、金をむしり取ったり。

或いは暴力を振るっているのを何度もみた。

ヤクザだかの手下になっていたらしく。それで児相だとかいうのも対応が遅れたと聞いている。

結局、マル暴とかいうのに所属していた海野刑事と、警察に強いコネがある祖父が動いて。

やっと三城は救出された。

その時、海野刑事はわんわん泣いてくれた。そして大兄小兄と一緒に怒り狂ってくれた。何より、二人をしっかり止めてくれた。

結果として。ゴミクズは刑務所に放り込まれたが。

母親の方は、ある意味より悪辣だったのに、裁判官が変な判決を下したせいですぐに出て来て。

それを見て、海野刑事は警察に手帳を返したと、後で聞いた。

悪い印象は無い。

ただ。最初に三城を男の子と勘違いしたらしく。シロ坊と呼ばれたのは閉口したが。

しかし助け出された当初は、世話を面倒くさがった「実の両親」によって乱雑に頭をバリカンで丸刈りにされていたし。性別も分からないくらい痩せこけていたから。それも仕方が無かったのだろう。

ただ、未だにシロ坊呼ばわりはちょっと心外である。

ニクスを中心に、数人の兵士で出る。

せっかく新鋭機が来ているのだ。持ち出さない理由はないだろう。

兵士達はリラックスしている。

全員が新兵だが。しかし、ぼろぼろになっているコロニストなんて問題にならない新鋭機がいる。

それも、各地の戦線で伝説になっている赤いニクスだ。

それは、気も大きくなるだろう。

だが、そんな兵士達を、海野大尉は一喝する。

「ニクスは強いが無敵では無い。 俺は前線で、ニクスが怪物どもに集られて破壊されるのを何度も見た。 アフリカでの戦いでは、こいつと同じ最新鋭のニクスも何機もやられたらしい。 俺たちが、ニクスの死角をカバーする。 それを忘れるな!」

「イエッサ!」

兵士達が気を引き締める。

何でもこの海野大尉、祖父と若い頃に武術の大会で覇を競った仲らしく。マル暴では、「人間兵器」とか呼ばれて怖れられていたらしい。ヤクザどもも、海野大尉が来ると聞くと、青ざめて即座に逃げ出すほどだったのだとか。

プロフェサーも出て来ている。

ちょっと心配だが。まあ、一華のニクスもいる。守りきる事は出来るだろう。

「お前コックだろ。 やれそうか?」

「やるしかない。 それに、ニクスも来てくれている。 やれるさ」

「そうだな……」

「無駄話をしている余裕は無いぞ! ごろつきどもは武装し、我が物顔に俺たちが守った町に入り込む! そして其処に怪物を呼び込み、勝手に自分達の領土にしようと目論む!」

それは一面においては正しいだろうと三城も思う。

だが、コロニストにしてみれば、見捨てられた上にこんな土地にいるのだ。

孤立を避けるには、そうするしかないのだろう。

可哀想な話だ。

その上、どこの星出身だかしらないが、こんな所では体も長くはもたないだろう。

とにかく、一刻も早く介錯してやるしかない。

「奴らと戦うときの必須事項を教えておく! 奴らが抵抗したら撃て! そして奴らは必ず抵抗する! だから撃て! 故に奴らを見たら即座に撃て! 以上だ!」

「無茶苦茶ッスね……」

一華が聞いて呆れているが。

コロニストだって、そもそも十メートルを超える巨体を誇り、初期は戦車砲の直撃にも耐えていたほど体が頑丈。その上、巨大な体に巨大な武器を持ち抵抗してくるのだ。

情けを掛ければ死ぬのはこっちだ。

これくらいの覚悟でいないと、新兵を守れないのだろう。

海野大尉の言い分は無茶苦茶だが。

此方も分かるには分かる。

ただシロ坊呼ばわりはちょっといただけない。

そこは譲れない。

まあ結局三城は、五年間戦い続けて。その間に殆ど背が伸びなかった。それもあって、ウィングダイバーが苦労しているらしい体重制限には殆ど引っ掛かる事がなかった。

成人式も戦場で迎えることになったが。

だからといって、見かけが大人っぽくなることもなかった。

小学校時代には高校生男子をぶん投げた三城だ。

高校時代には、男子空手部の主将を秒殺して。それで更に周囲から怖れられるようになり。クラスの生徒は怖がって視線も合わせてくれなくなった。

半グレのチームを一人で皆殺しにしたとか噂も流れていたが。

それをやったのは大兄と小兄で、しかも殺してはいないとか。ばからしくて反論する気にもなれなかった。

基地の周囲をまず回る。

戦車がひっくり返っている。この辺りでも、戦闘があったのだろう。

一華が。バイザー越しに海野大尉に言う。

「大尉どの。 あの戦車、戦闘後に牽引して持ち帰っていいッスか?」

「ニクスのパワーなら可能か。 持ち帰って、直せるか?」

「こっちには優秀な技術者がいるんで、設備があれば。 燃料と弾薬は大丈夫ッスかね」

「それなら問題ない。 分かった、少しでも兵器はあった方が良い。 ただ、それはゴロツキどもを片付けてからだ」

多分、少し遅れて技術者というのが自分だと気づいたのだろう。

プロフェッサーは渋い顔をしていた。

程なく、気づく。

いる。

大兄と小兄と頷くと、上空に出る。

小兄も、ブースターとスラスターを噴かして、前衛に出た。

海野大尉は、それを止めない。

多分、肌で歴戦の猛者だと分かっているから、だろう。兵士達は動揺するが、海野大尉は一喝した。

「周囲警戒!」

「さ、サー!」

「この辺りはゴロツキどもが隠れるには丁度良いな。 いるとしたら、確かにこの辺りだ」

周囲には、倒壊したビルが見える。

世界政府がこの辺りにも投資して、それなりのビル街を作ろうとした計画があったらしい。

残念ながら、計画の途中にプライマーが来てしまった。

それ故に、それどころではなくなったのだが。

「みつけた。 四体。 位置をバイザーに送る」

「おう、シロ坊。 流石だな。 ふむ……よし。 ニクス、左手に回ってくれ。 俺たちが奴らの気を引く。 弐分、機動戦ができるようだな。 背後に回ってくれるか」

「おっと、大丈夫ッスか」

「この辺りのビルは崩れかけている。 下手に固まると、一瞬で全滅する可能性がある」

地の利は我にあり、か。

一旦地上に降りると、兵士達と一緒に行動。海野大尉は、年齢からは考えられない鋭い動きで、体勢を低くして走っている。

元々武術の達人。その上マル暴で鍛えていたというのもあるのだろうが。

パワードスケルトンによる補助もある。

兵士達と、大兄。それにプロフェッサーもついてきている。

倒壊しているビルの影で、周囲を警戒しているコロニスト、四体。

一体は、ビルの上に器用に上がって、周囲を見て回っていた。

ただ。どの個体もボロボロだ。

上空にいる三城に気付けなかったくらいに。

建物の影に全員が入る。プロフェッサーは、息が上がっているようだった。

「私は兵士じゃない。 こんな重労働は無理だ」

「パワードスケルトンがあってその有様か? 研究も体力勝負だろう。 随分と情けないな」

海野大尉が正論をぶち込み、プロフェッサーは黙り込む。

まあ、そうやってしっかり気を引き締めさせないと、すぐに人が死ぬ。

相手の装備が、非常に危険なのだから。

「俺たちが数が少なく、無謀な攻撃を仕掛けてきたと見せかける。 奴らはそうすれば、正面に出てくる。 そこをニクスの火力で一網打尽に片付ける」

「イエッサ!」

「壱野、そのデカイ狙撃銃は、奴らを仕留められるな」

「勿論です」

頷く海野大尉。多分、大兄の階級は知らないのだろう。だけれども、別にそれでいい。基地司令官は海野大尉だ。

今回は助っ人に来ているのだから、指示に従う。

それに、今の時点で間違った指示は出していない。

「弐分は取りこぼしを片付けてくれ。 シロ坊は奴らが出て来て、ニクスが攻撃を開始してから、奴らを攻撃してくれ。 期待しているぞ」

「了解。 善処します」

「わかった」

「よし、いくぞ! GOGOGOGO!」

アサルトで射撃を開始。

コロニストに着弾。

海野大尉の腕前は流石だ。作戦があるから、三城はそのままフライトユニットを温める。

良くも悪くも豪傑的な人だ。

シロ坊は止めろといっても止めないだろう。

まあ、それについては今はいい。後で一言言えば良いのであって、それは今では無い。

ともかく、射撃を受けたコロニストは一斉に反応。

手にしている鉄骨を組み合わせた無骨な武器で、反撃してくる。その火力は流石だ。質量兵器が、なんだかんだで一番怖いのである。

岩がビルに着弾して、兵士達がひいっと悲鳴を上げる。

そんな中、腰を据えて射撃をしている海野大尉の技量は流石だ。ただ、敵への殺意が凄まじい。

コロニストが足を吹き飛ばされて。横転。他の兵士の弾は殆ど当たっていない。コロニストは教本通りに、一体が囮に。他が此方のいるビルを囲もうと動き始める。そして、コロニスト全員が射線に入った瞬間。

海野大尉が、指示を出していた。

「今だ、ニクス乗り、やれっ!」

「了解ッス!」

一華の高機動ニクスがレーザーを放ち。瞬時にコロニスト一体が火だるまになった。そのまま燃え崩れていくコロニストを見て、完全に嵌められたと悟ったコロニストが、ニクスに反撃をしようとする前に。大兄が飛び出して、一体の頭をヘッドショット。更に、三城も接近して、一体をファランクスで焼き切っていた。

足が再生しつつある一体が逃げようとするが、そこに小兄が突貫。

スピアで頭をはねる。

銃声がやむ。

経験が浅い兵士が、撃ち続けていたが。

海野大尉が、声を張り上げてやめさせたのだ。

「みろ、お前達。 お前達は頼りないが、これが歴戦の猛者という奴だ。 ニクスがあっても、経験が浅い奴だったら、あの岩を何発か喰らって、装甲を修繕しなければならなかっただろうな」

「サー、イエッサー!」

「よし。 まだごろつきどもはいる筈だ! 見かけ次第撃て! 取り締まりを続ける!」

それはもう取り締まりとは言えないのでは。

三城はちょっと呆れたが。

ともかく、コロニストの排除は急務だ。

今でこそボロボロで、装備も劣悪だが。

此奴らが最初に現れた時、欧州で交戦し。

指揮を執っていたルイ大佐が、戦車ごと蹂躙されたのを三城だって覚えている。

移動を開始する部隊。

転々と、死体が転がっている。ビルも酷い有様だ。

道路も整備どころじゃない。

日本中がこんな状態だ。

そして、他の国はもっと酷い。

中華はインフラが全滅状態だという話を聞く。項少将が虎部隊と名付けた親衛隊を率いて各地を転戦しているらしいが。

基地周辺の怪物を掃討するので手一杯で、それ以上の事はできないらしい。

米国も酷い有様だと聞く。

カスター中将には色々言いたいことがあるが。

アフリカでの決戦で兵力を出さなかったことにより被った被害が、日米のEDF間に亀裂を産んでいる。

いずれにしても、このしこりはすぐになくなることはないだろう。

七億いるかいないかの人類は。

今も彼方此方で脅威にさらされながら、必死に生きている。

都市は少しずつ再建されているらしいが。

少なくとも、此処はまだ再建どころじゃない。

それに、再建されつつある都市に、怪物が押し寄せるという話を三城は何回か聞いた事がある。

恐らくプライマーは、どこかで指揮を執り。

そのままハラスメント攻撃を続けているのだ。

兵士達がこそこそ話している。

「コロニストの奴ら、遠い星から連れてこられて、捨てられたんだろ。 哀れな連中だな……」

「対話はできないのか?」

「いや、お前も知ってるだろ。 対話を目論んだ市民団体が何されたか」

「ああ……それもそうだったな」

また、見つける。

三体とさっきより数は少ないが、危険な事に代わりは無い。

「まだ気づいていないようだな……」

「俺が一体、一華が一体、三城が一体、それぞれ瞬殺しましょうか」

「いや、こんな町でも市民がいるかも知れない。 できるだけ引きずり出して、周囲に被害が出ないように倒したい」

「分かりました」

海野大尉は、この街を愛しているんだな。

それが分かる。

三城には、この街に良い思い出なんて一つも無い。まあ、そもそもとして学生時代だって正直ろくな思い出がなかった。家にいるときだけが家族とともにあって幸せだった。だから、この街に限ったことではないのだが。

ビル街の残骸が、まだ周囲に拡がっている。

土地勘があるのだろう。

海野大尉は周囲を見ていたが。やがて、作戦を出してきた。

「壱野、狙撃に自信はあるか?」

「はい」

「頼もしいな。 指定地点に移動して、其処で狙撃をしてくれ。 残り二体が反応して動き出した所を、それぞれこの地点、この地点で仕留める。 移動開始」

なるほど。

商店街から出るようにコロニストを誘導し。

それぞれを仕留めるという訳か。

だが、この商店街。

人がいるとは思えない。気配の一つも無い。逃げ遅れた難民なんてもういないと見て良いだろう。

「戦闘には慣れない。 血の臭いも苦手だし、銃を撃つのはもっと苦手だ。 覚えるのは得意だが、その通りに体は動かせない……」

「どういう事情で学者先生が来ているのかはしらないがな。 特別扱いはできんぞ。 死にたくないなら、とにかく不法侵入者を取り締まれ」

「サー……」

暑苦しい海野大尉に押し切られるように、プロフェッサーもたじたじだ。

いずれにしても、とにかくやるしかない。

大兄が所定位置についた。

狙うのは、周囲を見回している個体。

個人商店だったらしい店の屋上に上がって、周囲を見ている。手にしている武器も、一番出来が良さそうだ。

一番性能が良い敵から潰す。

或いは、一番確実に倒せる敵から倒す。

今回は前者だ。

「狙撃準備完了」

「配置についたか」

「此方問題なしッスよ」

今回も、ニクスとその他で別れる。三城は指示を受けて、敵の後方に回った。

これは逃げようとした敵を狩るのではなく、周囲の生存者探索と。更には敵の増援が姿を見せた場合の早期警戒のためだ。

警察手帳を返しても、どうやら昔とあまり変わっていないらしい。文字通り、戦士のままだというわけだ。

マル暴は腐敗が激しい職場だったと聞いた事がある。

こういう昔気質の、戦士として社会悪と戦っていた人は。とても居心地が悪かったのかも知れない。

「よし、狙撃!」

大兄が狙撃。勿論確殺。

頭が吹き飛んだコロニストが、落ちていく。残り二体は、慌てて動き始めて。一体は一瞬でニクスのレーザーをくらい、そのまま炎上して崩れ臥す。凄まじい出力だが、このレーザーは多くの戦線で多数の犠牲者を出したコスモノーツのレーザー砲を基にしていると聞く。

それは火力が出るのも当然だろう。

更にもう一体を、小兄がガリア砲で狙撃。動きを止める。

兵士達が射撃するのに、敢えて海野大尉は任せているようだ。

そして、完全にコロニストが沈黙した所で、射撃を止めさせた。

「それぞれ、マガジンを交換。 次の取り締まりに備えろ」

「サー、イエッサー!」

「良い見本がいる。 動きから戦いへの心構えまで、全てな。 パワードスケルトンが、足りない筋力や瞬発力は補ってくれる。 お前達は、ただ強くあろうとしろ。 市民の盾になることだけを考えろ」

「サー、イエッサー!」

兵士達も自棄だ。

ただ、恐らくは相当な犠牲が出るだろう事を覚悟していただろうに。ニクスがいるとはいえ、現在完勝に近い状況だ。

逆に、それで気が緩まないように。

海野大尉は、しっかり兵士達に声を掛けているのかも知れない。

この人は頑固者だが、士官としての自覚をしっかり持っている。

そういう意味では、今まで会ってきた士官の中では好感がかなり持てる。

それに、身内だからと言って贔屓していない。

的確に戦力を見極めると、即座に適所に投入して使う。

そういう意味でも、しっかり士官をしている。

まあシロ坊呼ばわりは気にくわないけれど。それ以外は、ほぼ満点と言って良いだろう。

周囲を軽く偵察する。

まだ悪意はあるし、コロニストはいる。

それはそれとして、生存者を探すが。

痕跡がそもそもない。

生存者がいる場合、どうしても痕跡が出てくるものなのだが。この周辺には、それらしいものは一切見当たらない。

つまり、誰もいないという事だ。

地下も確認したいが、これでは確認する必要すらないだろう。

目を細めて、周囲を確認。

足跡なども、ない。

この街にいた人は、みな疎開したか。

それか、殺されたのだ。

それを認められていないことは。海野大尉の、欠点なのかも知れなかった。

戻る。市民がいない事を告げると、海野大尉は、そうかとだけ言った。

「よし、移動を開始する。 最近ゴロツキどもの活動が活発になり、北陸から流れ込んできていると聞く。 此処を好き勝手にされたら、次は復興の拠点である東京が潰される事になる。 何よりもゴロツキどもは町に存在してはいけない連中だ。 全部まとめてたたき出す」

海野大尉がそう厳しく言うと。

兵士達は、困惑しながら視線をかわした。

今生きていくだけで精一杯なんだよ。

そう言いたいのだろう。

通信が入る。

「此方スカウト! 奴らが其方に向かっています! 数は6……いやもっといます!」

「おろかな奴らだ。 最初から全部まとまっていれば、まだ勝ち目はあったかも知れないのにな」

「い、如何しますか!?」

「移動経路を詳しく知らせろ。 この辺りは俺の庭だ。 全部まとめて、故郷の星に叩き返してやる! 肉体からおさらばの状態でな!」

また、随分と。

だが、冷静に反応しているのも事実。

そのまま指示通りに動き、後退。少し開けた場所に出る。それぞれに、細かく指示を出して、狙撃戦の準備をしていく海野大尉。

一華のニクスは、隠れるように指示を受けた。

「素人考えで申し訳ないッスけど、最初から正面で迎え撃った方が事故が減るのでは?」

「ニクスは奴らも警戒している。 もしもニクスの存在に気づかれると、奴らは最初から逃げの手を打つ可能性がある。 この街から追い払うだけでは意味がない。 奴らをこの街から、地獄に追い払うことが大事なんだ」

「なるほど、その考えなら同意できるッスね」

一華の言葉に、海野大尉は特に不満そうな顔をしない。

祖父の言葉を思い出す。

確か海野大尉はかなり血の気が多いと聞いている。だから、反対意見なんて出たら、激高するかと思っていたのだが。

祖父が思っている以上にこの人は冷静だ。

いや、ひょっとするとだが。

或いは、戦闘では、とても頭が冷える人なのかも知れない。

コロニストが来る。

「市民の被害に気を付けろ! 無駄弾は可能な限り控えろ!」

「周囲に市民の姿、ありません!」

「そうか、それは却って好都合だな……だが、お前が気づいていないだけかもしれない事は忘れるな」

「サー、イエッサ!」

兵士達が配置につく。ぞろぞろとコロニストが現れる。十体か。かなりいるな。だが、この程度の数なら。

攻撃開始。

海野大尉が指示。大兄が即座に一体の頭を撃ち抜き、小兄が前衛に出る。コロニストに、新兵達が射撃を開始。海野大尉の射撃はかなり集弾率が高く、見る間にコロニストにダメージを与えているようだ。

流石の古強者だ。これは三城も負けてはいられない。

前衛で猛烈な暴れぶりを見せている小兄に加わる。

そのまま、背後を見せている一体を斜め上から強襲。ファランクスで頭を焼き払い、命を刈り取る。

孤立し。もはや繁殖も出来ず。

ただ朽ちていくだけ。

このコロニスト達には、地球人以上に未来がない。

哀れなのは、確かなのかも知れない。

しかし、油断すれば殺される。

それに、哀れなのは。此奴らに会ったが最後の民間人だ。まだ開戦前の一割が、地球には生存しているのだから。

大兄の狙撃が、容赦なく一体をつぶし。

そして、横殴りに一華のニクスが、残りを片付けて行く。

ほどなく、辺りには焦げたコロニストの臭いが漂い始める。

焼けている肉の臭いは、世辞にもいいものではなかった。

「今日はここまでだ。 お前達、良く生き残った」

息が上がっている兵士達に、海野大尉が言う。

そして、一華が目をつけていた。擱座したタンクを回収しながら、ベース251に撤収するのだった。

 

2、不可思議な話とプロフェッサー

 

戦闘が終わった後、夜更かしはしないようにと大尉に言われる。人員がいない事、疲労を蓄積させないことも必要だから。

夜の見張りは、少数の老人が行う。

もう戦えない老人兵は、昼間ねむっていて。夜に起きて監視カメラを使って外の様子を確認する。

場合によってはサイレンをならす。

そうすることで、昼間戦う兵士達の負担を減らすのだ。

老人兵達は皆酷く戦傷を受けていて。

再生医療も受けられなかったことは確実だった。

大戦末期に招集された兵士達が殆どで。

彼らの目は、あらゆる全てへの恨みに満ちていたが。

それでも、今はプライマーと戦うべきだという事に関しては。若い兵士よりも意識が強いようだった。

部屋は貰ったので、プロフェッサーと話す。

海野大尉ともいずれ話しておきたいが。

此方の方がみんな階級が上とか話しても、無意味だ。

今は、この基地を預かる海野大尉が、指揮を執る方が良い。

今日見たが、海野大尉は指揮能力に関して充分に優れている。

マル暴の刑事としてはずっとヒラだったらしいが、それは当時の警察の腐敗も原因の一つなのだろう。

それに日本の警察はキャリアでないと出世出来ないシステムが採用されていた筈で、有能なたたき上げというのはいなかった筈だ。

その上検察と場合によっては足を引っ張り合い、更には警察を敵視してどんな凶悪犯でも「弁護士は依頼人を勝たせるのが仕事」などとうそぶきながら無罪にしようとするような極悪な弁護士や裁判官なども実在していた。

そういう連中が幅を利かせている警察に見切りをつけて、EDFに入った海野大尉は、ある程度目端が利くのかも知れない。

いずれにしても、弐分は今のままでいい。

それを話すと、プロフェッサーは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「良く君達は階級がずっと下の相手に子供扱いされて我慢できるな」

「実際俺たちは子供ですよ」

「大兄の言う通りですね」

「私もおなじく」

プロフェッサーは、弐分達の答えを聞いて呆れたようだが。

一華を見ると。一華も、別に不満は無さそうだった。

「色んな指揮官を戦場で見て来たッスけど、あの人出来るッスよ。 私としては、あの人がリーダーシップを取ることに反対はしないッス。 荒木軍曹がいてくれれば、最高だったッスけどね」

「ああ、ストーム2の。 彼は残念だった……」

「できる限りの事をプロフェッサーはしてくれた。 許せないのは軍を出すのを渋った各国と、無謀な作戦を強行させた戦略情報部の阿呆どもだ」

大兄の言葉は厳しい。

プロフェッサーは頷くと。

本題に入りたいと言った。

本題か。

そもそも、どうもこの人の気配は妙だ。話は聞いておく必要があるだろう。それに、そもそもこの人は面識だってない筈。大兄が、ベース251にこの日に行くと言い出したときは、どうしてだろうと思った。

最前線なら他にもあるからだ。

この人は、大兄がわざわざ千葉中将らと交渉して、ここに来るのを承諾させたほどの相手となる。

それに、此処がこれから最前線になるともいう。

だとするとなおさら分からない。

「カードは全て出しておこう。 私は簡単に言うと、この時間を既に二回……正確には三回経験している」

「!?」

「記憶だけだがな」

「仰ることがよく分かりませんが」

弐分が言うと。

頷くプロフェッサー。

ホワイトボードを出してくる。

そして、具体的な日時なども話し始めた。

「これから、数日もしないうちに、プライマーの新兵器がこの付近に降りてくる。 戦闘能力は無いが、とんでもなく巨大な兵器だ。 それを切っ掛けに、この付近にプライマーが集まる。 恐らくは、それが第二次地球攻撃作戦の開始の合図なんだ」

「はあ。 まさかタイムトラベラーだとでも言うッスか?」

「そういうことだ」

「……」

一華が可哀想なものを見る目でプロフェッサーを見るが。

しかし、大兄が妙な事を言っていたことに気づいたのだろう。すぐに周囲を見て、見方を改める。

「この巨大な兵器の下部には赤く光るパーツがあり、それを特定の日時に攻撃する事で、周囲一定範囲にいる人間の記憶を過去に飛ばす事が出来る様子だ。 いや、正確には本人を直接飛ばし、過去の自分と融合するような事が起きている、と判断していいだろうな」

「そんな事をいきなり言われても信じられない」

「この中で、それを経験しているのは、私とそこにいる壱野大佐だけだ。 しかもこの時間転移は、繰り返すほど記憶が鮮明になる様子だ。 私は時間転移を複数回経験済みだから、前回の周回で何が起きたのかはしっかり記憶している。 壱野大佐は、何となく私とここに来る約束をしたくらいしか覚えていないだろう?」

頷く大兄。

だが、その記憶は相当に鮮烈だったと言う事なのだろう。

「今、壱野大佐に匹敵する使い手が三人も追加された。 これはとても素晴らしいことだと思う。 この五人で過去に飛べば、或いは戦局を変えられるかも知れない」

「幾つか聞きたいことがあるッスけど。 そもそも、どうしてそんな現象が発生すると分かったッスか?」

「一回目は偶然だ。 一回目の時は、うっすらとしか覚えていないが、核が飛び交う悲惨な戦争が五年続いた。 世界中が滅茶苦茶になり、プライマーも殆ど兵器を引き上げていたと思う。 そして私は調査のために此処に来ていて、そして巨大な兵器の降臨を間近でみた。 私は調査部隊とともにその場に出向いたが、既にEDFは連携が取れていなかった。 撃ち放たれた核兵器が、私もろともその巨大な兵器に攻撃をして。 それが切っ掛けで、私の記憶だけが過去に飛ばされた。 僅かな記憶だけがな」

なるほどな。

そうなると、二回目の時に鮮明な記憶を持って過去に戻った、というのが分からないでもない。

というのも、弐分もおかしいとは思っていたのである。

EDFの兵器開発が早すぎると。

特にブレイザーの実用化は大きかったと思う。

粒子加速器の小型化なんて、簡単にできるはずもない。

それが出来るくらいのテクノロジーの進歩。五年分の進歩の記憶を、完全記憶能力の持ち主が持ち帰ったのだとすれば。

あの異常な技術発達も、頷けると言えば頷ける。

「君達もその場に居合わせれば、私と同じように最初はうっすらとだけ記憶を引き継ぐ事が出来るはずだ。 だが、その次は更にはっきり記憶を持ち越せる筈だし、何より僅かな物資くらいは過去に持ち込めるかも知れない」

そういって、プロフェサーは写真を出す。

笑顔を浮かべた、綺麗な女性の写真だ。

中年のプロフェッサーより若干若いように見える。

「妻の写真だ。 一回目の過去転移の時に、肌身離さず持っていた。 最初の時はもうほとんど覚えていないが、既に三回私は彼女の死に立ち会うか聞かされた。 この写真を見る度に、怒りを強く思い出す」

そうか。

まだ半信半疑だが、何となく分かるような気はする。

いずれにしても、大兄は大まじめ。

それだけで、話を聞く価値はある。

「分かったッス。 いずれにしても、先進科学研がそろそろプライマーが戻ってくると言う話はしていたのだし、話には乗るッスよ。 そっちはリーダーがその気みたいッスし、もう聞くまでも無さそうッスね」

「一華少佐。 君は一笑に付すと思っていたのだが」

「今も正直哀れなものを見る目でいたい所ッスけどね。 散々訳が分からないものを見て来たし、プライマーの前線指揮官は超能力にしか見えない変な力も使ってきた。 それを間近で見ていると、嘘だと断言は出来ないッス。 まずはその兵器とやらを見てからッスね……」

「そうか、ありがたい」

いずれにしても、はっきりしている事がある。

疲弊しきったEDFと地球人類に、こんなタイミングでプライマーが戻って来たら、対抗する手段などない。

ひとたまりもなく壊滅させられる。

それだけだ。

だから、敵の前線基地が降りてくるのなら。

現状最強のこのメンバーで、迎え撃つ以外に手段はないと言って良いだろう。

具体的な日時と、攻撃のタイミングなどについては話をしておく。

一華は幾つか技術的な話をしていたが。

妙な話が出て来て、眉をひそめた。

「新型船?」

「そうだ。 敵の超巨大新兵器と同時に、前々回はともかく……少なくとも前回には、新型船が姿を見せた。 マザーシップよりは小さいが、テレポーションシップよりも数段大きいものがな」

「それが攻撃の尖兵となるッスか?」

「いや、何もせずに敵の超大型兵器に吸い込まれていった。 どうもその後、ぶつりと一旦記憶が切れるようなのだ」

なんだそれ。

ちょっと言っている意味が良く分からない。

ともかく、何か起きるというのは事実なのだろう。

頷くと、そういう事があると言うことだけメモをしておく。

ともかく、手順については話した。

無線が来ている。

どうやら、千葉中将からのようだ。

プロフェッサーの話を遮ると、大兄が代表して無線に出る。

「此方ストーム1、壱野大佐です。 何か起こりましたか?」

「驚くべき事が世界中で起きている」

「具体的にお願いします」

「うむ。 テレポーションシップが開戦以来の規模で飛来して、怪物を回収しているようなのだ」

怪物を、回収している。

つまり、各地で繁殖した怪物を、全て回収して持ち帰っていると言う事か。

嫌な予感がする。

トゥラプターは。あの会話可能なプライマーの戦士は。この侵略を「必要」な事だと言っていた。

此処で人類にハラスメント攻撃を繰り返している怪物をことごとく回収するだと。

それは一体、どういうことなのか。

「各地の基地が無視出来ない程度の数だけ残して、主要な怪物の巣から、カラになる勢いで怪物を吸い上げているようだ。 日本では殆どその光景は観測されていない。 いずれにしても、先進科学研が予見したプライマーの再攻撃日時まで殆ど時間がない。 君達も気を付けてくれ」

「分かりました。 此方は先進科学研のプロフェッサーと接触に成功しています」

「そうか。 其処の基地の海野大尉とは面識があるといっていたな」

「はい。 恩人です。 今も、優秀な指揮官ですね」

千葉中将は、そう聞くと黙り込む。

そして、此処だけの話だがと、声を落とした。

「海野大尉は問題児として知られていてな。 本人の腕も良いし基地を任せるにも充分な人材なのだが、同時に血の気が多すぎてな。 戦場で何回か、無能な上官を殴って降格処分を受けている」

「ああ、やりそうですね……」

「本来だったら、大阪基地か東京基地の指揮をしていたかも知れないな。 いずれにしても、君達の話を聞くと言うなら心強い。 新潟方面では怪物が活性化しているし、何より先進科学研の言葉通りだとすれば此方は出来るだけ急いで戦力を整備しなければならない状況だ。 恐らく君達にあまり大規模な援軍を送れないだろう。 その場にある装備だけで凌いでくれ。 頼むぞ」

「イエッサ」

通信を終えると、後は休む事にする。

一旦解散。

あまり体力が無さそうなプロフェッサーは辛そうだった。

海野大尉が来る。

一華がこくりと頷いて、席を外してくれた。

席に向かい合って、どっかと据わると。海野大尉は、バイザーを外す。もの凄い向かい傷が出来ていた。

不細工かも知れないが。

歴戦の男の顔だ。

警官として。

その後はEDFの兵士として。

限りない修羅場をくぐってきたことが、一目で分かる。

「本当に久しぶりだな、壱野、弐分。 それにシロ坊。 無事な姿を見て、本当に泣いちまったよ。 いつぶりだろうな」

「七年ぶりですね」

「ああそうだそうだ。 シロ坊もすっかり髪の毛が伸びて。 最初に会った時は、丸刈りにされた上に頭血だらけだったもんな。 本当に良かった。 健康が一番だ」

「一ついいたい。 シロ坊はやめて。 海野大尉は大恩人だけど、私は女だし、それだけは止めてほしい」

三城がたまりかねていうが。

海野大尉はガハハハと笑って。まあ良いじゃないかと言うのだった。

酒を飲みたい気分だと言うが。

残念ながら、アルコールなんて東京基地でも滅多にない貴重品だ。医療用のアルコールは有毒なことが多く、呑む事は推奨されない。

「それにしても凄い使い手になったものだな。 それであの一華というのは遠縁かなにかか?」

「いえ、EDFにハッキングを成功させたという凄腕ですよ。 アーケルスを最初に倒したバルガに乗っていたのが一華です」

「ああ、あの! ニクスが使い手の技量に追いついていないのが分かったが、その話を聞けば色々納得だ。 そうか、懲罰代わりに軍で働かされてたのか」

「今では頼りになる仲間です。 俺たち四人でチームを組んでいます」

そうかそうかと、涙を拭う海野大尉。

話したいことはたくさんあるらしいが。残念ながら時間だ。

兵士達に睡眠を良く取るようにと本人が言っているのに、自分で夜更かしをするわけにもいかない。

兵士達に厳しい事をいう分。

自分にも厳しい所を見せておかなければならない、と判断しているのだろう。

「いずれにしても此処は東京の周辺とは比較にならない激戦地だ。 本当にお前達が来てくれて助かった。 それにしてもあのヒョロヒョロの学者先生はなんだ。 戦場の視察か何かか?」

「そんなようなものです。 しばらくは、戦場で戦ってくれるそうです」

「はあ。 新兵どもを一人前にするためには、お偉いさんの道楽は迷惑なんだがな」

「そう言わずに、お願いします」

頭を下げる大兄。

頷くと、海野大尉は引き揚げて行った。

伸びをする三城。

少し疲れたか。

ただ、体が鈍るようなことはしていない。

ここ三年も、ずっと戦い通しだったのだ。睡眠を確保できる場合はする。そう、体がなっている。

すぐに、そのままねむる事にする。

プロフェッサーの言葉は繰り言なのか。

いや、多分違うだろう。

だとすると、そもそもプライマーは何を目的としている。

必要だというのはなんだ。

あれだけの戦力をうしなって、更に巨大兵器を投入してくる。

それは、一体どういう意味なのか。

嫌な予感は、消えない。

というか、周囲から感じる嫌な悪意はじわじわと強くなる一方だった。

 

翌日も、コロニストを撃破して回る。

朝一からだ。昨日兵士になったばかりのものもいるが。スカウトが今回は展開している様子だ。

スカウトはなけなしの熟練兵ばかりである。

理由については分かる。

コロニストが来たという事は。怪物も来ていると見て間違いないからだろう。

α型やβ型ならまだいい。

問題は飛行型がいる場合だ。

飛行型はクイーンと共同して巨大な巣を作り上げる事が多く、その破壊力は尋常ではない。

飛行型そのものが怪物としてα型の比では無い戦闘力を持っているし。

何よりも、最近は小型の巣を作って、女王無しでも繁殖する個体が散見されるようになっている。

日本でも何度か駆除した。

いずれにしても、現地基地の部隊では手に負えない相手であり。

早めの駆除が必要な事に代わりは無かった。

ニクスを中心に陣を組みながら進む。途中、コロニストを発見する。後発部隊だろう。焦げた仲間の死体を見て、呆然としているようだった。

洗脳が外れて、感情などが戻って来ているのだろうか。

いずれにしても気の毒だが、死んでもらうしかない。

数も四体程度。

相手にはなり得ない。

鉄道の高架を挟んで布陣する。

近くには、ぼろぼろになって。窓硝子も何も無いビルが、崩れかかっていた。

「あのビルは、中にいい飯屋があってな。 たまに気が向いたときに足を運んでは、安くてうまい豚カツ定食を食ったな……」

海野大尉がぼやく。

兵士達が小声で会話していた。

「コロニストの奴ら、こんな事をしている場合か。 彼奴らだって知らない星で孤立してるんだぞ」

「だから身を守るために怪物を侍らせているんだろうな」

「対話は出来ないんだな……」

「彼奴らは頭を弄くられているからな。 どうも戦う事しか知らないらしい。 可哀想な奴らだと言いたいが。 戦友を殺されてからは、同情は止めたよ」

海野大尉が、手を振る。

同時に、大兄が一体の頭を撃ち抜く。

一斉に仕掛ける。昨日よりは、兵士達の動きは良くなっているようである。

射撃の効率は上がっている。

弐分は逃がさないように、後ろに回る。三城の電撃銃で、コロニストの腕が消し飛ぶのが見えた。

傷だらけと言う事は、再生能力も鈍ると言う事だ。

コロニストは苦しそうに、ガアガアと鳴いている。

戦友を殺されたから、同情できないか。

それについては、弐分も同じ意見だ。

後方に、強い気配を感じる。

これは、いるな。

間違いない。怪物だ。それも、かなりの数がいると判断して良いだろう。

どうもプロフェッサーの言う事は本当らしい。

各地の基地がハラスメント攻撃で動けない程度の数を残している状態なのに、新潟から来る怪物だけは様子がおかしい。

敵は此処に橋頭堡を作る為に、着々と準備をしている。

そう判断して、良さそうだった。

ただ、新潟の幾つかの基地には、一華がここに来る前に出向いて。多くの兵器を直した筈である。

そもそもあの辺りは怪物の跋扈が激しいと言うこともあって、旧式も含めて東京から兵器が供与されたはず。

駆除チームなんてものが結成され。地元の荒くれ兵士達が乗り回しているそうだ。

眉をひそめたくなる話だが。

まあ、いずれにしても戦力は少しでもあった方が良い。それについては。間違いない事実である。

「掃討完了」

「此方弐分。 α型がいますね」

「何っ!」

「方角は彼方。 地上、地下、分散してかなりの数がいると見て良いでしょう」

海野大尉が怒号を発した。

怪物をやるぞ、と。

同時に、何人かの弾をコロニストに当てられた兵士には。激励をしているようだった。

良く当てた。

良い働きだ。

厳しいだけの人に見えるが、そういう風に褒めて伸ばす事も出来るわけだ。それはそれで、中々大したものである。

移動しながら、海野大尉は兵士達に言う。

「怪物はコロニストどもより厄介だ。 気を抜くんじゃないぞ。 奴らは共通して酸を吐いてくる。 アーマーがあっても、死ぬときは死ぬ。 今は怪我をしても、命取りになりかねない状況だ。 出来るだけ被弾はするなよ」

「サー、イエッサ!」

「怪物です!」

相当数のα型がいる。

手をかざして見ていた海野大尉だが、すぐに配置を指示してくる。

従う。

機動戦で弐分が気を引きつつ、少しずつ敵を誘導。集まった所で、総攻撃で一気に片付ける。

敵を誘導するのは、やはり市民への被害を懸念しているのだろう。

もう、この街に市民なんていない。

それは海野大尉も、どこかで分かっているだろうに。

いずれにしても、この程度のα型なんて敵ではない。各地で此奴ら以上の数を蹴散らして来たのだ。

ジグザグに移動しながら接近し。

スピアで貫きながら、α型を翻弄。集まった所に散弾迫撃砲を叩き込み、さがりながら指定の位置に誘いこむ。

手強いと見たか、地中からもα型が出てくるが。それもまとめてあしらいながら引きつけていく。

程なくして、十字砲火に敵を引きずり込む。

ビルの上から、三城が誘導兵器をぶっ放す。一斉にα型が拘束されて、身動き取れなくなる。

其処に。全員で射撃射撃射撃。

兵士達も、身動き取れない状態のα型だ。流石に外さない。其処に、一華のニクスが容赦なくレーザーを叩き込む。

幸いニクスの武装のバッテリーは、ベース251の軍用炉で充電できる様子だ。

ほどなくして、α型は綺麗に片付いていた。

「やっと治安が戻ったな。 いずれあの店がまた出来たら、お前らを全員連れて行ってやる。 安くてうまい良い店だ。 お前達もきっと気に入る」

海野大尉はご機嫌だが。

しかし、目が笑っていないのはすぐに分かった。

怪物はもっと押し寄せてくる。

先に無線を少し聞いたのだが、既に新潟の基地に、駆除チームの派遣を要請しているそうである。

確かに、現状の見かけだけのベース251の戦力では対応できないだろう。

判断としては間違っていない。

基地に戻る。

海野大尉は、兵士の前では機嫌がよさそうにしていたが。多分心中穏やかではないはずである。

店の話だって。今でも店主が生きているとは思えない。

やりきれない話だった。

 

3、備え

 

タイムリープ、か。

一華はプロフェッサーの話を聞いて、納得はしていない。ただ。リーダーが言っていたこともある。

無碍にするつもりはなかった。

今のうちに、PCのデータをメモリに叩き込んでおく。

このメモリの規格は、敢えて少し古めにしておく。

もしも過去に持ち込めるなら。

この五年で組んだプログラム。

それに、自分自身で経験した戦闘のこと。

全てを記録しておいた方が良い。

残念ながら、金に任せて作った相棒のPCは、あのプライマーの前線指揮官であるでくの坊との戦いで壊れてしまった。

HDDは救えたが、他の部品はあらかた駄目だった。

だから、軍にパーツを提供して貰って、多少品質が落ちるものを使っているが。やはり。遅いと感じる。

ニクスも少し動きが鈍い。

もしも過去に戻れるのであれば。

或いは、最初からニクスを最適化出来るかもしれない。

長野一等兵と尼子先輩も生きているだろう。

二人を早々に呼べれば。或いは。

いずれにしても、やっていて何をしているんだろうという気持ちになるのも事実ではある。

そもそも本当なのか。

敵が来る可能性が高い、という点については同意だ。

一華だって、もしも侵略が何らかの理由で必要なのだとすれば。そう、あのプライドが高そうなトゥラプターが言うように必要なのだとすれば。人類が体勢を立て直す前に、先以上の大軍で攻めこむ。

だが、プライマーにそんな軍勢があるとは思えないのである。

そもそも必要なのなら、全軍を最初から出してくればいい。

それなのにプライマーの軍勢は。半年近くも地球を攻めて、人類を二割程度殺す事しか出来ない程度の規模だった。

もしも星間文明だったら、もっとやり用はあるはず。

だから一華は結論する。

プライマーは、恐らくだが。星間文明としては極めて小規模。

だが、一番近い恒星系でも四光年程度は離れている。

そこを渡って来たとすると、それはそれでおかしい。わざわざ地球なんかを攻める事が、必要だとは思えない。

それだけではない。

そもそもとして、酸素で呼吸する生物はそれほど多くないのではないのか、という話も聞いたことがある。

地球でも、最初は酸素で呼吸する生物は存在しなかった。ラン藻と呼ばれる生物群が地球上に酸素をばらまきはじめて、地球の環境お改造していくまでは。多くの生物は酸素呼吸などしていなかったのだ。なぜなら酸素は猛毒だからである。

プライマーはなにものだ。

規模の割りにはおかしな侵略。

何もかもが噛み合っていない。

これらの情報も、メモリに突っ込んでおく。作業が終わったら、休む。どうせ翌日も、怪物退治だ。

幸い、怪物は夜中にはあまり動かない。それだけが救いだ。

夢は、見なかった。

なんだか少し疲れが溜まっている様子だ。朝はその分、すっきりともいかない。

起きだして顔を洗って、皆の様子を見に行く。村上三兄弟は元気に朝の調練をやっていて、呆れた。

低血圧ぎみの一華には、真似できない元気さだ。

「一華も混じるか?」

「遠慮させていただくッス。 ニクスの整備をしてくるッスわ」

「今日は怪物の退治だが、かなりの数が予想される。 備えておいてくれるか」

「この次世代型の前身、プロトタイプのニクスだったら、マザーモンスター程度だったら相手にならないッスよ。 ましてや此処には、単騎で大型を攻略する猛者がこれだけ揃ってる。 今のプライマーの軍勢なら、どうにでもなるッスわ」

リーダーが咳払い。

油断だけはするな、と厳しく言われたので、首をすくめる。

まあ、それはそうか。

確かに、もしプライマーがこの辺りで兵力を集めようとしているのなら。思わぬ戦力が出てくる可能性が高い。

油断だけは。

してはならなかった。

 

ニクスの整備を終えて。戦場に出る。

α型の小さな群れを見かけては、順番に駆除して行く。

少数の群れならば、別に苦労する事もないし。

新兵達も、少しずつ銃になれている。

ただ、リーダーのことを知っている兵士は、あまりいないようだった。

「EDFの最精鋭が敵のマザーシップを叩き落として、そっから出て来た巨人も倒したって話、信じるか?」

「さあ、どうなんだろうな。 確かにプライマーの円盤は見かけなくなったし、本当なんじゃないのか?」

「だとしたら、この状況は何だよ。 勝ったと言えるのか? 人口は一割に減って、コロニストと小競り合いして。 怪物が増えないように命をすり減らしあってる。 俺たちは負けたんじゃないのか?」

「不満は分かるが、大事なのは未来だ。 三世代か四世代先には、復興が見えてくる」

兵士達に、海野大尉が諭す。

その声は厳しいが、希望を持たせようとしているのは分かる。この人なりの、不器用なやり方ではあるが。

「それよりも油断するなよ。 怪物はどの種類もそうだが、数で攻めてくる。 一部の変異種以外はな。 流石に変異種が出てくる事は考えにくい。 だが、怪物一体でも、俺たちを油断すれば一瞬で殺す。 周囲に常に気を配れ」

「サー、イエッサ!」

「気にしなくてもいい。 君達がいなければ、我々はみんなとっくに怪物のエサだ。 だから、気にするな」

プロフェッサーが、そうバイザーに通信してくる。

一華は無言で頷く。

いずれにしても、怪物はまだまだいる。

基地の周囲を転戦しながら、駆除して回る。

この、群れを小分けにして消耗戦を強いるやり方。散々三年で見て来た。

だが、今日は群れの規模が少し大きい気がする。

一応。リーダーに警告はしておく。

「ちょっと群れの規模がいつもより大きいッスよ。 新兵だと、油断すると一瞬で命を狩られるかも知れないッスね」

「分かっている。 それに、恐らくこれはあるぞ。 アンカーが」

「!」

鋭いリーダーが、悪意が継続的に発生しているのを感知した、ということだろう。

三城がひゅんと飛んでいく。

そして、バイザーに通信を入れてきた。

全員宛にだ。

「テレポーションアンカー確認。 二本」

「なんだと!」

「稼働中」

「よし、俺たちが支援する。 破壊するぞ」

テレポーションアンカーと聞いて、兵士達が青ざめるのが分かった。それはそうだろう。

それ自体が弾道ミサイルとして機能する、恐怖の怪物転送装置。

最近は地下に設置されるタイプの転送装置の方が猛威を振るっているのが実情ではあるのだが。

テレポーションアンカーは、兵士達なら誰もがそれが降ってくる恐怖の光景を見ている筈である。

それにだ。

強い悪意を感じる。

リーダーは気付いている様子だ。これは、テレポーションアンカー程度ではすまないだろう。

瓦礫だらけの町を行く。

その中に、煤だらけのテレポーションアンカーが見えた。

怪物が確かにまだ出現している。地球の何処か別の場所から来ているのだろう。だが、千葉中将の発言が気になる。

これは恐らくだが、どうにも出来なかったロシアや中央アジアの巨大巣穴から来ていると見て良い。

だが、それらからプライマーが怪物を吸い上げているらしいという話だ。

最低限の守りすら削って、此処に送ってくる。

それだけ、此処に飛ばしてくるらしい兵器とやらが重要なのか。

可能性は否定出来ない。

兎も角、破壊する。

リーダーの通信を受けた三城が、海野大尉に無線を入れる。

「南に敵。 多数」

「なんだと! このクソ忙しい時に!」

「私が回るッスよ。 このニクスなら、α型の百や二百なら相手が可能ッス」

「そうか、では頼むぞ。 すぐに支援に行く!」

さて、指示通りに動く。

後方では。もう一個目のアンカーが粉砕された様子だ。それはそうだろう。あのリーダーがライサンダーZを持っているのだから。

見えてきた見えてきた。

かなりの数だ。

射程に入り次第、レーザーで駆逐を開始。

これほどの規模の群れは久しぶりだ。少しずつさがりながら、確実に敵を捌いていく。後方で、爆発音。

二つ目のアンカーが粉砕された様子だ。

躍り出てくる弐分と三城。

前衛になってくれるというわけだ。有り難い。いつもの連携である。そのまま、α型を滅茶苦茶に駆除して行く。

そこに、リーダーの狙撃も加わる。

後方から駆けつけてきた新兵達も、微力ながら射撃を開始。海野大尉も射撃を続けて、敵を掃討する。

そろそろバッテリーが厳しいか。

そう思い始めたタイミングで、リーダーが言う。

「まだ来るぞ。 それもデカイのが率いている様子だ」

「!」

「あ、あれは……!」

兵士達が恐怖の声を上げる。

それはそうだろう。

マザーモンスターだ。

この辺りの兵士は、見るのは初めてかも知れない。圧倒的な戦力を誇るα型の女王。地下巣穴で初遭遇したときは、この面子でも苦戦した相手だ。レールガンをはじめとする兵器が充実して来てからはさほどの脅威でもなくなってきたが。それでも黄金のマザーモンスターの戦闘力は、今でも侮れない。

兵士達に指示して、バッテリーの交換を急いで貰う。補給車はいないが、それでもバッテリーはニクスのコンテナに入っている。以前のニクスに比べて小型で、交換も簡単である。

バッテリー自体の単価は上がっているが、それでもこの性能でこの大きさなら、充分過ぎると言える。

「くそっ! 集まって来たか! 後退しつつ撃て!」

「駄目だ、全滅する!」

「いや、踏みとどまれ! もうすぐ増援が来る! 今日は増援を手配してある!」

弐分と三城が最前線で攪乱。リーダーはマザーモンスターをライサンダーZで撃ち始める。

なお海野大尉の言葉は本当だ。事前に説明を受けている。戦う意味はある。

かなりタフなマザーモンスターだが、それでもしっかり効いている。バッテリー交換完了。敵を薙ぎ払い始めるが。それでもじりじりと敵は前線を押し上げてくる。レーザーで薙ぎ払う。前衛の二人が暴れ回る。それでも怖れる様子がないのはα型が生物兵器だからなのだろう。

こいつらが怖れる様子を見せたのは、あの特殊個体らしいアーケルスに対してだけだった。

射撃射撃射撃。レーザーでひたすら撃ちまくる。怪物を次々薙ぎ払う。

程なくして、五月蠅いエンジン音が聞こえてきた。

トラックが来る。

やっと来たか。

「どけどけ、最新鋭ニクスのお通りだ!」

「怪物共め、ここに来たことを後悔させてやる!」

「最新鋭ニクス!?」

トラックの荷台に載せられているニクスの上半身。

そう。テクニカル型のニクスである。

元々、足回りが駄目になって動けなくなったニクスはかなりの数が存在していた。其処で一華が提案し、場合によってはその場で作業に加わって作りあげていったニクスがこれである。

ニクスの火力は健在。

更に言うと、日本製トラックの足回りは、テロリストが愛用するほどの悪路踏破性を誇る。

これが合わさると、その破壊力は絶大だ。

旧式とはいえ、ニクスの弾も余っている。凄まじい勢いで、怪物が駆逐されていく。中には火焔放射型のニクスもいるようだが、それを除くニクスは一華が改造したものだ。火焔放射型は、基地などでの接近戦用に作られたカスタムタイプである。本来はこうやって単縦陣を組んで敵を射撃するのには向いていないのだが。まあ、それは仕方が無いだろう。

マザーモンスターが、断末魔の悲鳴を上げて崩れ臥す。

リーダーが仕留めたのだ。

そのまま前に出ると、敵を蹴散らし始めるリーダー。流石だ。生身で、これだけのα型を相手にもしていない。

一華はそのまま陣列を組んでいるニクス隊の横に回り込むと、敵の脇腹を突く。足止めを喰らっているところに、横からのレーザー射撃で、渋滞している怪物がまとめて薙ぎ払われていく。

兵士達が歓声を上げた。

「EDF! EDF!」

「すげえ、あの数の怪物を一瞬で!」

「でも、あの不格好なのが新型なのか?」

「そういうな。 今の火力を見ただろう。 機動力だって、正直足がついていた頃だって大して変わらなかったしな……」

兵士達が銃を下ろす。

ニクスから降りると、ワハハハハと笑っていた荒くれの「駆除チーム」。ニクス乗りたちが、一華に手を振って来た。

「おー! メカニックの! すげえぜ此奴は。 イカスぜ! 固定砲台だった壊れたニクスがきちんと戦える!」

「怪物共がどれだけ来ても怖くねえ! 蹂躙してやるぜ!」

「ありがとうな! これでこの辺りの怪物は全部潰してやる!」

ご機嫌なことだ。

手を振り返すと、とりあえずリーダーにこくりと頷く。

恐らくだが、この程度で怪物の襲来が止まるはずがない。タイムリープだのはともかくとして。

近々プライマーが再度来訪してもおかしくは無いし。

その時、この辺りに何かヤバイ兵器を展開してもおかしくはない。

それについては、この敵の物量でよく分かった。

恐らくだが、地下にある転送装置をフル活用して、今回の軍勢をプライマーは用意していると見て良い。

その辺りで増えた怪物ではないだろう。

東京基地だって馬鹿じゃ無い。無人機を使って、各地を偵察して。最近まで、怪物の繁殖場は積極的に粉砕していたのだ。

少なくとも、関東に含まれるこの辺りはそうだ。

ともかく、一旦駆除チームと別れて、基地に戻る。

兵士達は、疲れきっていた。

あの怪物の物量を見て、ぞっとしたのだろう。だが、一華はあの程度の怪物は見飽きている。

今更驚くこともない。

「これが俺たちの日常だ。 出来るだけ急いで慣れろ。 死にたくなければな」

帰る途中の兵士達に、そう海野大尉は声を掛けた。

その様子には、強い憂いが出ていた。

今日のは、援軍が間に合わなければ危なかった。それを、海野大尉も理解しているのは確かなのだろう。

一華は生き残る自信があった。

しかし、それ以外の兵士は、厳しかっただろう。

散々悲惨な戦場を見て来た一華は、それを良く理解していた。

 

基地に戻る。自動販売機を試してみるが、どれもまともに動く様子がない。メンテナンスをしていないのだろう。

金を入れるのも面倒だ。

それよりも、運び込んだ戦車などの、ビークルの整備をやっておく。今日は早めに片がついた。

だから、出来る分はやっておく必要があった。

流石に基地だけあって、クレーンやリフトも揃っている。回収してきた戦車はブラッカーの中期型だ。内部に死体はなく、擱座したときに兵士は逃げたようだ。賢明な判断である。そのまま乗っていたら、戦車ごと酸で溶かされてしまっただろう。

全体的にダメージはあるが、修復は可能だ。パーツについても、予備がある。なぜなら、破壊された戦車があるからだ。其処からいわゆる共食い整備で部品を持ってきて、交換して動くようにする。

黙々と戦車を直す。

プロフェッサーが来たので、手伝って貰う。

力仕事は苦手だが、そもそもパワードスケルトンを使うし。クレーンは別に力仕事はいらない。

完全記憶能力があるというだけあって、クレーンを使うのはお手の物のようで。危なげなく手伝いをしてくれた。

問題は体力と。

それと、それ以上に壁だ。心の方の。

「あのニクスをあんな風にしたのはきみか……」

「そうっスよ」

「ニクス型の二足歩行システム開発に天文学的な予算が掛かったことは分かった上でやったんだね」

「ニクスの強さの秘密は装甲とあの機銃ッスよ。 足回りを使いこなせている兵士は、私も散々ニクスに乗って来たからいうけど、殆どいないッス」

高機動型のニクスで、トゥラプターと戦ったから分かる。

ニクスの足回りは、常人で使いこなせるものではない。一華はたまたま適正があったからやれただけ。

二足歩行で機動力を確保なんてのは、設計の段階で破綻してしまっているのだ。

市街戦でテロリストを相手にしている間は良かったかも知れない。

だが、一華は前線で見て来た。

足回りははっきりいって無限軌道にした方が全然いい。

これだったら、最初から機銃を戦車か歩兵装甲車の車体に積んだものを作るべきだろうとも。

そう言うと、プロフェッサーは悲しそうな顔をする。

「二足歩行は本当に開発に手間暇が掛かったものなんだ。 どうしてそんな事をいうんだ」

「気持ちは分かるッスけど、それは浪漫以上のものでは無いッス。 ロボットもののアニメだったらともかく、今必要なのはプライマーを倒せる兵器ッスよ。 それはバルガのようなよほど理由があるものでない限りは、無限軌道かタイヤで充分ッス」

「君は残酷なことを言うね」

「研究者には残酷かも知れないッスけど、前線で数限りなく破壊されたり死んだりしていくニクスや兵士を見たから言っているッスよ。 ニクスは主力とするとしても、その装備している機銃を搭載した、コストがだいぶ緩和できる車両を造るべきッスね」

そういうと、腕組みして考え始めるプロフェッサー。

拘りはあるようだが。

それはそれとして、勝つ事の方が大事に考える事は出来るか。

まあ、それならば話は通じるとみていい。

「分かった。 実はコストが上がりすぎるネグリングの代わりに、低コストで前線に出られる対空戦闘車両が戦争末期に考案されていた。 次の周回で……私が無事に戻れたら、引き継いでみよう」

「それ、本当なんスか。 どうも信じられないッスけど」

「君も戦場でプライマーが不可解な動きをしているのは見ている筈だ。 あまりにも彼らは侵略に……この星を攻撃するのになれすぎている」

確かに、それはそうだ。

元々前線指揮官が独活の大木なのに、あれほど動けるのは確かにおかしいといえばおかしい。

全部事前に知っていたとしたら。

いや、まて。

そうなると、プライマーも同じ事をしているという事なのか。

だとすると、勝てる訳がない。

ぞっとするのを、一華は感じていた。

相手はそれこそ、セーブ機能とロード機能を持っているようなものだ。余程のミスでもしない限りは、幾らでも巻き返しが利く。

そういう意味では、あの無能が最後の最後で前線に出て来たのも。

或いはやり直しが利くから、だったのか。

だとしたら、荒木軍曹やジャムカ大佐やジャンヌ大佐は、何のために死んでいったというのか。

手が止まりそうになる。

だけれども、散々修理をしてきた事。

それに、間近で長野一等兵の手際を見ていた事もある。

戦車を、動かせる状態にまで直した。

兵士達に、動かして貰う。

最初期型のブラッカーでは無いから、充分に怪物に対して頼りになる筈だ。酸も多少は耐えられる。

おおと、兵士達が歓声を上げた。

そのまま、動かせそうなビークルを探して回る。

牽引されてきたらしい兵器がいくらか倉庫で埃を被っていたが。

あまり、使えるものは無さそうだ。

それでも、何とか部品を見繕って、基地を守るために使えそうな武器を直していく。

自動砲座を幾つか作れそうだったから、修理をしていく。

基地の入口に配置して、監視カメラと連動して動くようにすれば、いざ基地に攻めこまれたときにもかなり時間を稼げるだろう。

修理を続けながら、話を聞いていく。

「それで、プロフェッサーは三回目、だったッスか」

「正確には二回、過去転移の記憶があるが正しいかな。 一回目は殆どうっすらとしか覚えていない。 ただ、今より状況が良くなかった事は確かだろうな」

「……」

「二回目は前回とでも言うべきか。 私が記憶している限り、最初に核兵器や空軍機が攻撃されたのは同じだ。 だが、今回に比べて、明らかに攻撃され破壊された核兵器や航空機は少なかった」

なるほど。

要するに攻撃の度に精度を増していると言うことか。本当だとすれば。

今でもあまり信じる事は出来ないが。

いずれにしても、プライマーがもしも本当にもうすぐ戻ってくるのだとすれば。その時に信じれば良い。

いずれにしても、まずは見て。

それから対策だ。

仮に過去に戻ったとして。記憶やらをそのまま過去に持ち込めるとしたら。

更に強くなったリーダーや弐分や三城が最初からいる。

かなり頼りにはなりそうだな、とは思う。

ただもしこの話が本当だとすると。

プライマーも、恐らくは更に攻撃を苛烈にして来るはずで。それを考えると、とてもではないが楽観など出来なかった。

幾つか兵器を仕上げる。

大物から仕上げて。

そして銃火器なども直していく。

壊れてしまっていたアサルトライフルやスナイパーライフルなども修理しておくと、海野大尉が見に来た。

「おお、随分直してくれたな」

「私達も、生き残るために必要ッスから」

「流石にあの壱野が認めているだけの事はある。 頼りにさせて貰うぞ」

顔はおっかないが、海野大尉は相応に公正な人物のようだ。ただ、声が大きくてちょっと苦手だが。

後は少し余った時間を利用して、不発弾とかを確認しておく。基地の周辺にも結構埋まっているのだ。

一応、この三年で殆ど片付けたらしいが。それでもたまに見かける事があるらしい。

ニクスで周辺を巡回して、見つけた不発弾はそのままレーザーで焼いてしまう。地面が溶けるほどの火力があるので、不発弾ごと焼き払ってしまうことが可能だ。プロフェッサーが持ってきた不発弾の発見器が役に立つ。そのまま破壊して見回り。日が暮れるまで基地周囲をパトロール。ついでにスカウトが戻って来たので、話も聞いておいた。

怪物がやはりかなり増えているという。

明日、朝に新潟からの部隊と合流して、それで攻撃を行うそうである。

怪物は怪物で、恐らくだがほぼ確実に待ち伏せしていると見て良いだろう。この辺りの人間を追い払いたい筈だからだ。

それに、である。

ここ最近は、大型の怪物は殆どみなくなった。

昨日マザーモンスターを見て、久しぶりだなと思ったほどである。

プライマーは、此処に各地から転送してまで怪物を集めていると見て良いだろう。

そうなると、厄介なはずだ。

血の気が多いあの駆除チームの手綱を握っておかないと、全滅させかねない。

単縦陣で動くとして、戦闘に一華のニクスが出るくらいしか、対策はないだろう。一応、一華の言うことはあの荒くれ達も聞くはずだ。今まで彼らも、バイクやトラックで前線に出て、アサルトライフルで戦っていたのだ。

ニクスが使えるようになって一華に感謝している。

感謝する程度の事が出来る。

それは、見て理解出来ている。

基地に戻ってから、海野大尉に無線を入れておく。

話を聞き終えると、海野大尉は分かったと言う。

「確かにここ最近としては異例の規模だったな。 飛行型が出てこなければ良いんだが……」

「スカウトがいるなら、周囲に展開した方がいいと思うッスよ」

「分かった。 明日の駆除は大事になりそうだ。 一応、新潟の方の基地司令官とも俺が話をしておく。 ただあそこの基地司令官は世辞にも有能とはいえない奴でな……」

ぶちぶちと海野大尉が言うが。

まあその辺りは、基地司令官の仕事だ。

後はリーダーと軽く打ち合わせをする。単縦陣の先頭に一華のニクスが立つことで、荒くれ達の行動を抑止する。

それについては、リーダーも賛成してくれた。

まあ、この状況だ。

テクニカルとは言え、貴重なニクスを失う訳にはいかないのである。流石に荒くれ達も、話は聞くはずだった。

 

4、前兆

 

壱野は憮然とする。一華の危惧は当たった。

調子に乗っている駆除チームに、単縦陣を組むように指示。一華が先頭に立つのを見ると、彼らはキャッキャと最初は喜んでいたが。

怪物は少数の群れでニクス隊を釣り。

地中からの大規模な増援で、粉砕しようと襲いかかってきた。

壱野がいなければ、奇襲を察知はできなかっただろう。

すぐに停止の指示を出し。そして、至近距離から昨日以上の規模の怪物との殴り合いになった。

最初道がどうのガソリンがどうのと軽口をたたき合っていた駆除チームだったが。

寸前で全滅する所だった事を悟ると。

後は、何も言わなくなった。

一華は身を以て彼らを守った。

幸い、最新鋭のニクスの火力と装甲が、怪物を防ぎ切った。多少の修理は必要ではあるだろうが。

「慣れたもんだなんてこたあねえと言いたいが、こんな規模の群れ、戦争中以来初めてみるぞ……」

「新潟の方でも相当酷い事になってるのに、どうなってんだ畜生」

「全員無事か! 歩兵は!」

荒くれとはいえ、皆あの戦争を生き残った強者達だ。すぐに気持ちを切り替える。

この戦闘はやばい。

それに気づいたのだろう。

海野大尉が冷や汗を拭っているのが見えた。

「危ない所だった。 壱野、助かったぞ。 じいさまの腕を引き継いでくれて本当に良かった」

「いえ。 祖父の教育がよかっただけです」

「そうだな。 あのじいさまは時々超能力か何かみたいな勘を見せて。 それで随分助かったもんだ。 一度はヤクザの鉄砲玉がナイフ抱えて突っ込んできたのを、その場でぶん投げてくれたことがあってな」

マル暴の中でも超武闘派だった海野大尉は、刑事時代に色々危ない目に会ったとは聞いているが。

確かにそれなら祖父と仲良くなるのも分かる気がする。

そのまま前進し、敵を蹴散らして行く。

α型はかなりの数が出て来ていて、昨日スカウトが言っていたよりも明らかに多い。さっきと同じ規模の群れが出てくるが、今度は冷静に対応。引きつけてから、ニクスの一斉射撃で片付ける。

ニクス隊も、壱野が手練れである事はすぐに理解したのだろう。

以降、文句は言わなくなった。

何人かは、ストーム1かと呟いていた。

こっちは、知っている奴もいるというわけか。

プロフェッサーは、何とか無事だ。きちんとアサルトライフルを振り回して戦ってくれているが。

ただ、お世辞にも腕は良くない。

マガジンをぶきっちょに交換しているプロフェサー。完全記憶能力があっても、体を記憶通りには動かせないのだろう。

「君達が成し遂げた事、知らない兵士も多い。 辛いな」

「いえ、大丈夫です」

「私は覚えている。 マザーシップを落とした君の事を。 それに、私の知る前回は希望の欠片もなかった。 そう思えば、今はまだこれでも……マシな方だ」

無言で頷く。

プロフェッサーの言う事が本当だとして。弐分や三城、一華は過去に戻れたとしても、である。

今回の壱野のように、うっすらぼんやりとしか覚えていない可能性が高い。

そうなってくると、一番危ないのが過去に戻った直後だ。

戦士としての実力がどれくらい発揮できるか分からない。ただ、一華は兎も角弐分と三城は相当に戦える筈だ。

それと、やはり確信できる。

ストーム1とプロフェッサーだけでは、過去を変えるのは無理だ。ある程度は有利に出来るかもしれないが。

それ以上でも、以下でもない。

千葉中将をこの場に連れてこられないだろうか。いや、それは無理だ。東京基地に腰を据えて、必死に各地の指揮を取っている状態だ。

一つの戦場での作戦は、一華が立てられる。

だが、広域戦略についての知識を持っている人間が、知っている限り周囲にいないのである。

プライマーを叩き潰すには、専門家が必要だ。

それに、戦士ももっとほしい。

アフリカでの移動基地との戦いで、あのような結果になったのは。

手練れが足りなかったからだ。

壱野並みとまではいかなくても。それに近い実力を持つ戦士がもう少しいてくれれば。悲劇は避けられたかも知れない。

α型の群れを再度駆除する。

既に、兵士達は真っ青になっていた。

「くそっ。 とんでもない規模だ。 東京基地に援軍を要請するべきなんじゃないのか」

「あの四人がそうなんだろ。 ニクスも来ているし、これ以上は多分送ってくれないと思う」

「畜生……怪物は倒せるかも知れないが、俺たちはもたないぞ」

「弱気になるな! 誰だって最初は素人だった。 お前達も、経験を積んで素人を脱却しろ!」

海野大尉が発破を掛ける。

周囲を回って、怪物の群れを駆除。

α型がやっと片付いたと思ったが。スカウトの悲鳴混じりの通信が入ってきた。

「海野大尉、逃げてください!」

「どうした!」

「飛行型です! 奴ら、巣まで作っているようです!」

「厄介だな。 生き残りの飛行型どもが、各地で小規模な巣を作ることがあるとは聞いてはいたが。 お前は可能な限り身を伏せて隠れていろ。 応戦は考えなくて良い」

ニクス隊も、陣形を変える。

一華が最前衛に出て、その後ろで二列になって並ぶ。

程なく、空中に無数の点が出現し始める。

立射で、早速一匹叩き落とす。距離があるうちに、可能な限り削っておきたい。

「良い腕だ。 だが、真似はできんな。 良いかお前達、アサルトライフルの間合いに入ったら俺が声を掛ける。 飛行型は傷を受けると一度降りてくる。 その習性を利用して戦うぞ。 まずは空に無作為に攻撃をばらまけ。 ニクスの援護もあるから怖れなくていい。 そのまま射撃を続けて、降りて来た飛行型がいたら集中攻撃で仕留めろ。 奴らの針は恐ろしいが、α型以上に柔らかい。 倒す事は難しく無いぞ」

「サー、イエッサ!」

飛行型の速度は早い。数匹叩き落とす間に、もう上空まで来ていた。

ニクス隊が一斉に攻撃を開始。一華のニクスが、空を薙ぎ払い始める。

ぼとぼとと落ちてくる飛行型だが、それでも反撃はしてくる。瓦礫に隠れた兵士達が必死に反撃をするが。

やはり至近に酸を高出力で噴出した針が突き刺さると、悲鳴を上げた。

それはそうだ。

そもそも飛行型だって、他の怪物に劣らない巨体を持っているのである。訓練を受けた兵士ですら、怪物を見て最初は逃げ惑っていたのだ。志願兵に等しい彼らが、対応するのは無理がある。

それでもニクスの火力と。何より一華の最新鋭ニクス。

三城の誘導兵器で、ばたばたと飛行型は叩き落とされていき。まもなく、周囲は静かになった。

「片付いたか……」

「此方スカウト。 飛行型の巣があります。 座標、送ります。 既にかなりの数があるようです……」

「分かった。 後は俺たちで対処する。 すぐにその場を離れろ」

海野大尉は立派だな。

駄目な指揮官だと、スカウトに死んで来いと言うような指示を出すような奴もいた。

海野大尉は、これできちんと兵士を生還させるべく、最善の努力をしている。

これが、立派な指揮官という奴なのだろう。

荒木軍曹が、全軍の指揮を執っていれば。世界がこんな風になるのは避けられたかもしれない。

いずれにしても。

此処が最前線になる可能性は。この戦闘を見ていると、充分にあり得る。

これほどの数の怪物が立て続けに姿を見せるのは久しぶりだからだ。

一度基地に戻って補給する。

補給車等というものはないからだ。

ニクス隊は飛行型との戦闘で消耗が大きい。その代わり、バギーを出してくれると言う話だ。

バギーといっても、破壊されたニクスの機銃を一つだけ乗せている、対空装備のものである。

ガンワゴンと呼んでいるそうだが。

まあ、それほど頼りには出来ないだろう。

一時間だけ休憩をくれた後、海野大尉は疲れ果てている兵士達に訓戒する。

「飛行型は増えるのが早く、しかもあっと言う間に拡散する。 見つけた今は逆に好機だと考えろ。 これから片付けに行くぞ」

「サー……」

「俺たちはこうして生きていく。 覚悟を決めろ。 逃げる場所なんか、どこにもないんだ」

そういう海野大尉は、何処か寂しそうだった。

いずれにしても、小規模な飛行型の巣なんぞ敵ではない。

さっさと片付けて。

ここに来るという、プライマーの巨大兵器に備えなければならなかった。

 

(続)