希望はあるそして絶望も
序、最前線
アフリカ、西海岸。
揚陸艇数隻から、次々と戦車が降り立っている。ニクス隊も。そして、虎の子のレールガン。
三百名ほどの兵士。
これだけしか、準備できなかった。
最低でも千人はほしかった。
だが、此処に集まった兵士は。ストームチーム。それと戦車十二両。ニクス四機。レールガン一両。
そして、補給車数台と、キャリバンは二両だけ。
最低でもこの三倍はほしい。
そう壱野は思ったが。
これでどうにかするしかないだろう。
幸い、最新鋭のニクス四機はいずれもレーザーを主力兵装としている強力な機体であり。一華が更に手を加えている。
この四機に加えて、ストーム1にはカスタム機が二機。一華の高機動型と、相馬大尉のバランス型。
相馬大尉も使い心地は今までのニクスで最高だと太鼓判を押してくれていた。
ブレイザーについては、むしろ好転している。
荒木軍曹に支給されたブレイザーは、先進科学研が何とか作りあげたもので。
前と同じ出力で、かなり軽くなっているらしい。バッテリーに関しても、小型化が成功し。安定度も増しているそうだ。
移動基地に肉薄できれば、勝機はある。
そう言い聞かせながら。壱野は展開する部隊を見やる。
更に、潜水母艦が浮上。
潜水艦隊も。
少ないが、巡航ミサイルも準備されている。空軍は無理だ。流石に、航空機を作る余裕はない。
無人の偵察ドローンは既に現地に飛んでいるが。
移動基地は相変わらずの防空能力を誇り。
近付く偵察ドローンは、容赦なく破壊されている様子である。
一方で、敵が放ってくる戦闘用ドローンは姿が確認されていない。
移動基地の備品ではなく。
あれも、転送装置から飛ばされてきていたのかもしれなかった。
先に、確認をしておく。
このアフリカの移動基地は、英国で二段構えの作戦の末に逃がしてしまった機体だ。あの時一緒に戦ったジョン中将は、兵士達には嫌われていたが。それとは別に優れた手腕を持つ、有能な将軍だった。
指揮を執ってくれれば、どれだけ有り難かっただろう。
あの作戦の時、多少移動基地の砲塔は破壊したのだが。
今ドローンからの遠距離撮影したかなり粗い映像を見る限り、移動基地は殆ど無傷の状態になっている。
つまり、自動修復機能を有していると見て良いだろう。
厄介な相手だ。
それに、これだけの部隊が接近している事に気付く可能性もある。
最悪アウトレンジでの攻撃を受ける可能性もあった。
不安要素は他にもある。
ストーム3とストーム4は再建された。
ジャンヌ大佐はかなり無理なリハビリの末に、どうにか戦場復帰した様子だ。ジャムカ大佐だって、体の彼方此方にガタが来ているが。それでも戦える。
だが、補充メンバーが、何とも未熟だ。
一応ストーム3も4も十名程度の人員がいるが、いずれもが何とか戦える、程度の技量しかない。
他の兵士達にいたっては、訓練を受けた兵士とは思えない程の素人集団に過ぎない。
これは、勝てるかどうか五分五分だな。
そう、壱野は思っていた。
兵力が用意できなかった理由は幾つもあるが。
世界中で、怪物によるハラスメント攻撃が苛烈だったからだ。
日本でも。
東京近郊は、連日嫌がらせのように怪物が姿を見せた。
今でこそ、何とか再編制した部隊で対応は出来ているが。関東の外に出ると、もう手が回らない。
新鋭戦車やニクスを全て連れていくのは止めてくれ。
そう東京基地では散々戦略情報部と揉めた末に、兵力を絞られ。千葉中将が取りなして、どうにか連隊を編成出来るだけの部隊が出て来たのだ。
米国や中華のEDF基地から派遣されるはずの兵力も、絞りに絞られ。特に米国のEDFは、ほぼ兵力を出してくれなかった。ストーム3の派遣すら揉めた程である。
どこもかしこもが兵力をけちった結果。
このような状態になっている。
幸い、十二両いる戦車は全て最新鋭だ。
プロトタイプということももうない。
散々最前線で戦ってデータを取ったので、戦力については申し分ないと断言しても良いだろう。
また、ニクスの戦闘力も上がっている。以前とは比較にならない程に。
不安要素もあるが。
良い要素もある。
少なくとも、最初に移動基地とやりあった時よりは良い筈だ。
敵の手の内は分かっているし。
此方だって、油断もしていないのだから。
「此方戦略情報部、少佐です」
「こちらストームチーム、荒木」
「怪物が集まりつつあります。 少しずつ、確実に前線を進めてください」
「了解。 前線を押し上げつつ、移動基地へ接近する。 作戦は予定通りに」
作戦、か。
敵の対空能力を担う大型砲を破壊した後、巡航ミサイルで敵の対空戦闘能力を奪う。
その後は、敵が逃げ出した所に下へ潜り込み、ハッチを攻撃して粉砕する。
これで、倒せるはずだ。
問題は、移動基地には名前通り移動能力があること。
既に兵士達には、大阪での戦闘の様子を見せて、如何に強力な相手かは周知してあるのだが。
それでも、まだ油断は出来ない。
移動開始。
補給線を切られては意味がない。
敵は内陸四百qほどの地点にいる。潜水母艦から、無人ドローンでの輸送体制はなんとか作ってもらったが。
当然補給車ほどの物資積載量はないので。
確実に拠点を作りながら進んでいくしかない。
そしてこれは、アフリカにおける人間の再進出の道でもある。一度放棄した土地を取り返すのは、本当に大変なのだ。
そしてアフリカで主導権をとりもどせば。
怪物の最大繁殖地を抑えられる。
ロシアや欧州も無人地帯が拡がっている状態だが。
調査の結果、怪物は主にアフリカで繁殖し。
各国に、あの地下の転送装置で送り込まれていることが分かっているのだ。
恐らくだが。
アフリカが、怪物がいた星に環境が一番近いのだろう。
思えば、EDFがそれほど防衛に熱心では無かったという事もあるとしても。
アフリカが真っ先に陥落したのは。
そもそも、プライマーにそういう意図があったのかも知れない。
兵は少ないとは言え、それでも旅団は用意できなかったが。連隊は用意できた。
訓練をある程度はこなせた兵士達をスカウトにして、周囲に展開しながら進む。壱野達村上家の三人は、それぞれの最前線を周りながら、悪意を確認。
敵までは、陸路をそれなりにいかなければならない。
移動基地はまだ見えない。
今日は、ここまでだなと判断。
「荒木軍曹。 今日はここまでにしましょう」
「わかった、進軍を停止する。 各部隊、奇襲に備えて防衛設備を設置。 それぞれ交代で休憩に入れ」
「イエッサ!」
幸い、今でも夜に怪物の動きが鈍ることには代わりは無い。
前線を見回って敵の気配がないことを確認してから、本営に戻る。
荒木軍曹とジャムカ大佐、ジャンヌ大佐と。弐分と三城、それに一華も既に戻って来ていた。
一華は電子戦を部隊中枢で担っている。
指揮車両であるタンクと連携しながら、周囲の情報を集めているのだ。
なお今回の作戦指揮は、荒木軍曹に一任されている。
カスター中将も項少将も。それに、千葉中将も。
各国での指揮で手一杯。
特に今回は、EDF虎の子の兵器を根こそぎ出した。
各国の守備は、特に気を張っている状態だ。
作戦の失敗は許されない。
軽く状況を話した後、本題に入る。
「この様子だと、あと数日で移動基地にたどり着けると思います」
「問題は其処からだな」
「はい」
一華の話によると。
ここしばらくの怪物の動きは、おかしすぎるという。
米国に依頼を受けて、幾つもの繁殖地を潰した後、一華は各国での怪物の動きについて調査したそうである。
まあデータの集まりは良くなかったようだが。
その結果。
明らかに、怪物は何かしらの力で抑制されている。
それが分かったそうだ。
もっと無作為に無茶苦茶に繁殖されていたら、人類はもっと押し込まれていた筈だ、という事だ。
それが、敵はどういうわけか、殆ど繁殖を抑え込んでいる。
人間が復興しすぎないように。
逆に、怪物が増えすぎないように。
そうしているとしか思えない。
目的が分からない。
あれほどの殺意で人類を抹殺に掛かっていたプライマーがである。
どうして。
怪物に、プライマーの意思が介在しているのは確定だ。
現在、怪物は人間の天敵ではなく、地球における競合存在になっている。
ならば怪物としては、枷を外して繁殖し。
厄介な競合相手を叩き潰すのが、生物的な戦略としても正しい。
どうしてそれをやろうとしない。
不可解な事の裏には、何かがある。
そう一華は、皆に警告していた。
「皆、凪少佐から聞いていると思うが、幾つか懸念事項がある。 やはり怪物の動きは、おかしいと言わざるを得ない」
「そうだな。 どうにも奴らには殺気が足りない。 俺も米国で奴らの残党を散々狩ってきたが、殺しつくそうという気迫がない」
ジャムカ大佐はいう。
再生医療で、左腕を丸々治したという話だ。
そのため、ジャムカ大佐はしばらく義手で戦っていたという。最終戦での負傷が故である。
何しろ殆どフェンサースーツと一体化した大型パワードスケルトンを着込んでいて、顔くらいしか見せてくれない人だ。
気づくのは、かなり遅れた。
「私も中華で戦闘を続けていたが、怪物がとにかく小出しに戦力を出しているのは感じていた。 そのため小規模な基地でも持ち堪えられていたのは事実だが……何か恐ろしい意図があるのだとすれば、気を付けなければならないな」
ジャンヌ大佐も同意してくれる。
荒木軍曹は頷くと、更に付け加えた。
「中華の移動基地は情報が錯綜しているが、アフリカの移動基地はまだ残っているプライマーの拠点の一つだ。 これを壊せば、怪物が一斉に活性化する可能性もある」
「それは、手に負えないかも知れないな……」
「然り。 帰路もしっかり確保するのはそれが故だ。 それに相手は移動基地。 油断は絶対にしないでほしい」
その通りだ。
そもそも、大阪で移動基地を初撃破した時だって、もっと戦力はいたと思う。
ニクスやタンクの戦闘力は比較にならない程同時と比べて上がっているが、それでも数が少なすぎるのだ。
これに加えて、移動基地以外の敵。
まあ怪物だが。
それらがどう動くか、全く見当がつかない。
そう考えると、この兵力では少なすぎる。
しかし、地球中で跋扈する怪物をある程度制御するには。
やはりアフリカにいる移動基地をどうにかするのは、急務。
空軍の復興が当面無理な現状を考えると。
飛行型が無作為に繁殖したときなどに備え。
アフリカの敵は、叩かないとまずいのだ。
アフリカの制空権さえ抑えられれば、どれくらいの規模の巣穴があるのかなどを、ある程度解析できる。
それで、ずっと戦闘は楽になるはず。
ともかく、やるしかない。
「装備については、皆には今EDFが用意できる最高のものを支給している。 ……基地との戦いは激戦になる。 気を抜かずにいこう」
「任せろ」
「腕は鈍っていないつもりだ」
ジャムカ大佐もジャンヌ大佐も頼もしい。
壱野も無言で頷くと、その日は休ませて貰った。
しかし、翌日。
昼少し前。
スカウトが、血相を変えて戻って来た。
何か、ろくでもないものを見つけたのは、確実だろう。
すぐに最前衛で話を聞く。
「此方スカウト! 作戦の中止を提案します!」
「何を見たが、具体的に話して欲しい」
「て、撤退を! 急いでください!」
「何があった」
冷静に話を聞きつつも、壱野はストームチームのバイザーに情報を共有する。
慌てきった様子ながら。
それでもスカウトは、恐怖そのものに染まった声を吐き出していた。
「飛行型の巣です! それも三つ! 移動基地を守るように配置され、飛行型もかなりの数がいます!」
「!」
「この数の飛行型に発見されては、とても攻撃どころではありません! 急いで撤退を!」
「バイザーの映像を回してくれるッスか」
一華の声が割り込んできた。
分析を開始したらしい。
壱野は進軍を停止して貰い。移動基地と、敵の部隊について丁寧に解析を開始する。
なるほど。
飛行型の巨大な巣は、そもそも移動基地を守るように配置されている。
それだけではない。
移動基地の周辺には、多数のα型β型γ型もいる。
これは、恐らくだが。近くに地下巣穴もあると見て良いだろう。
大型の姿は見受けられない。
だが、これだとクイーンがいてもおかしくはない。
ここ半年ほどで、相当数のマザーモンスターやキング、クイーンを撃破してきた。
だがこの巣の規模だと。
飛騨にあった巣ほど、一つずつは大きくない。
だが、クイーンがまだいても、おかしくはなかった。
すぐに戦略情報部に情報を打診。
これは。作戦中止も視野に入れなければならないだろう。
今回は威力偵察で。軍事衛星が死んでいる今、これだけの情報を入手できたと言うだけでも大きい。
少しずつ各国の復興を進めながら、好機を待つという手もある。
だが、壱野は別の考えもある。
これほどの巣だ。
放置していたら、怪物の繁殖は手に負えない事になる。
そして、怪物の数が減ったと安心していたときに。不意にプライマーが戻ってでもきたら。
それこそ、今度こそ人類は終わりだと判断していいだろう。
しばらく考え込んでから、荒木軍曹に全てを話す。
考え込む荒木軍曹。
だが、陽気な声が割り込む。
「なんだ大将。 あんたらしくもなく、随分と弱気だな」
「小田大尉」
「俺たちが支援する。 あんただったら、移動基地もあのクソッタレな飛行型の巣を潰す事も可能だろ。 世界中でみなが怪物の被害に苦しんでる。 だったら今、ここで少しでもその根元を潰す。 それしかねえだろ」
「そうだな。 危険ではあるが、まだこの程度で敵の規模は済んでいるとみるべきなのかも知れないと俺も思う」
浅利大尉もか。
相馬大尉は無言。
荒木軍曹の意見を待っていると見て良い。
いずれにしても、戦略情報部の判断次第か。
まあ、あまりにも分が悪いようだったら、それを無視して撤退をするが。
ほどなくして、戦略情報部から連絡が来る。
「作戦は続行します。 怪物の巣の規模は、想像を超えています。 これは今後、放置する方がリスクが大きいと判断します」
「せめて増援は出ないだろうか」
「残念ながら。 ただ、製造されたばかりのテンペストミサイルの使用について、貴方方に一任します。 巡航ミサイルと合わせて、敵の撃滅を謀ってください」
そうか。
一華にミサイルの使用について、全て一任する。
一華は、複雑な指示を出し始めて。戦略情報部は、その通りにミサイルを発射すると確約してくれた。
「……前進する。 今回で、地球に巣くった怪物共の根拠地を粉砕する」
「根拠地か。 どうせ地下にはまだまだ巣があるんだろう。 まあ、少しはマシになるんだし、何より大将がいる。 負けはないさ」
「そうだな」
小田大尉の言葉には、嫌な空気がある。
嫌みを言っているのではない。
此処が人類にとっての分水嶺だと悟り。
勝負を挑もうという覚悟が感じられるのだ。
そして、あの巨人との戦いで生き残った小田大尉は。それで運を使い果たしたらしいと、以前どこかでぼやいていた。
それ以降、どんな賭け事でも勝てなくなったとか。
壱野は頷く。
皆と戦い、生きて帰る。
此方には一華もいる。
弟も妹も、それぞれの兵科の頂点といっていい実力者にまで成長している。
それだったら、絶対に勝てる。荒木軍曹のブレイザーもある。製造されたばかりの、最新鋭ミサイルテンペストも発射許可が出た。
これで、勝負を決める。
小規模な怪物の群れを排除しながら、前進。
敵の拠点は。
すぐ近くにまで、近付いていた。
1、魔軍
見えてきた。
この作戦は、無謀だ。
一華はそれが理解出来ていた。
そもそも、見えている飛行型の巨大な巣だけで三つ。移動基地の地下には、何があってもおかしくない。
移動基地は英国からアフリカに移動したもので間違いないが。
それでも、武装は殆ど回復している様子だ。
現地に各部隊が展開する。
作戦の総指揮は荒木軍曹が執る。
だが、作戦そのものは、一華に一任された。
これは有り難い。
スカウトが展開して、可能な限り情報を持ち帰る。怪物どもは、此方にとっくに気付いている様子だが。
しかけられるまで、動くつもりはない様子だった。
兵士達は青ざめている。
士気は一秒ごとにさがるだろう。
バイザーを通じて、皆に作戦を伝える。
一華は、前ほどでは無いにしても。
それでも、そこそこに仕上げてきたPCを足下に。キーボードを叩く。
このニクスは。もう少し改良したら、次世代型のコンバットフレームとしてまとめあげるらしい。
次世代型はエイレンという名にするそうだ。
これはその試作品。
性能に関しては、全ての面でニクス型を上回る他。新型のバッテリーを使う事により、実弾兵器を用いない特徴がある。
これによって、旧型のニクスとともに作戦行動が可能であり。
旧型が弾薬を使い切る頃には、エイレンを配備しきって、戦況を変えられるということだ。
更に足回りの情報がバルガの運用によって集まった結果。
以前、少しだけ触った欠陥兵器、プロテウスにも根本的な改良が入れられるという。
新型プロテウスは、文字通り単騎で怪物の群れを蹴散らす戦闘力を想定しているということで。
先進科学研は、今必死に設計だのを進めているそうだ。
まあ、そもそも物資も人員も足りなくて、開発をそもそも出来ないのだが。
それはまあ、ご愛敬だ。
いずれ、出来るようになるだろう。
少なくとも、この戦いに勝たなければ。
人類は復興どころではないし。
先進科学研が言うように、もう間もなくプライマーが戻ってくるのだとしたら。
その時には、対応どころではなくなる。
スカウトが戻って来た。
周囲の地形情報を確認。
測量なども、バイザーを通じて行った。陣形を再編。作戦は、それほど難しいものではない。
いずれにしても、もう始まっている。
「作戦開始は五分後丁度。 お願いするッスよ」
「了解した。 任せておけ」
「頼りにしているぞ。 いわゆるナードについてはあまり良い印象がなかったのだけれどもな。 お前と出会えて良かった」
ジャムカ大佐は相変わらず頼もしい。
そしてジャンヌ大佐は、そんな事を言ってくれる。
まあナードなのは事実か。
だがそれはそれとして。
一華は、此処で勝たせて貰う。
飛来するテンペストミサイル。巡航ミサイルも多数。それらは、移動基地の砲台と、飛行型の巨大な巣を挟むように飛来。
飛行基地の迎撃システムを塞ぐように佇立している飛行型の巣に。
それぞれ、同時に着弾していた。
戦術核並の爆発が巻き起こり、戦車もニクスも激しく揺動する。
怪物が大量に消し飛ぶのがモニタに映り込む。
本来は、移動基地を攻撃するために用意されたミサイルだったのだが。しかしながら、今回はこう使う。
それだけだ。
飛来するミサイルは打ち止め。半壊した飛行型の巣二つ。その二つに、タンク部隊が一斉攻撃を開始。
残る一つに、荒木軍曹がブレイザーを叩き込む。
それだけではない。
ファランクスを装備した三城とストーム4が肉薄。
飛行型の巣は強化コンクリートを凌ぐ強度を有しており。この火力で三つ全てを破壊しきるのは不可能。
そう判断した一華は、二つをミサイルで粉砕し。
残りに集中攻撃する。
それを作戦として考えた。
今の時点では、上手く行っている。
移動基地はとっくに稼働を開始。怪物も動き始めているが。前衛に出たニクス隊が、レーザーで応戦。
射程距離も火力も、今までのニクスを遙かに凌ぐレーザーが、怪物を次々に薙ぎ払って行く。
今の時点では。戦況は悪くない。
「此方タンク部隊α。 飛行型の巣、崩壊寸前! 飛行型が出て来ます!」
「砲撃続行! とどめを刺すまで撃ち続けろ!」
「イエッサ!」
「前衛、飛行型を叩き落とせ! 兎に角空に向かって撃ちまくれ!」
ブレイザーをモロに喰らっている最後の一つの巣も、既に炎上を開始。ぼとぼとと、焼け死んだ飛行型が巣から落ちてきている。
更に三城が一番に巣に辿りつくと、ゼロ距離からファランクスを叩き込む。
ストーム4も燃え上がっている巣に怖れている兵士もいる中、ジャンヌ大佐が真っ先にファランクスでの近距離攻撃を開始。
巣が、文字通り丸ごと焼き上がり始めた。
飛行型の大軍勢を、ニクス隊で迎え撃つ。
これほどの数の飛行型を見るのは久しぶりだ。
そういえば、ニクス型の次世代には、追尾レーザーポッドをミサイルの代わりに装備する計画があるという。
もしそれが成功すれば。高価な兵器の見本であるミサイルを減らす事が出来、予算をだいぶ圧縮できるはず。
ただしそもそもニクスの時点で大変に高価な兵器で、戦闘機と大して価格は変わらない。
つまりこれ一機で一億ドルくらい。要するにあのEMCと同じくらいのお値段はする。
その分は、働かなければならないだろう。
「敵飛行型、まだ来ます!」
「ニクス3後退! ダメージ大!」
「ニクス2、此方も損傷大きい!」
「後退しつつ装甲の補強を! 残ったニクスにて、後退したニクスをカバー! 随伴歩兵は援護!」
荒木軍曹が。ブレイザーのバッテリーを換え。
そして、ついに全ての飛行型の巣が倒壊した。
飛行型は怒り狂って飛び回っているが、レーザーによって次々に叩き落とされている。移動基地は、まだ本格的に攻撃はしてきていないが。味方の被害は決して小さくない。
「飛行型の巣を破壊した後は、戦車隊は移動基地の大型砲台から狙え! 今の戦車の主砲の火力なら、充分なダメージを与えられる!」
「イエッサ! 俺たちでニクスの壁になるぞ!」
「おおっ!」
「無理はするな! 最新型とは言え、装甲には限界もある! もしも無理だと判断したら脱出しろ!」
荒木軍曹の言葉に応えるように、勇壮に戦車隊が前に出る。
そのまま凄まじい射撃が移動基地に浴びせられる。飛行型の死体で周囲が埋め尽くされていく中。
リーダーが、呻く。
「嫌な予感がする。 俺が前に出る」
「……総員、周囲に警戒!」
飛行型をあしらっていた弐分と三城も、それを聞いて本隊と合流。リーダーの勘は化け物じみて当たる。
一華も生唾を飲み込むと、あらゆる事態に備えながら。
飛行型を落とす。
補給車の周囲で、必死にニクスの補修が行われている中。
移動基地が立ち上がる。
その下には、巨大な穴が開いているのが分かった。
怪物が、出現する。
α型とβ型ばかりだが。
その全てが、黄金のα型と。銀のβ型だ。
此奴らの恐ろしさは、兵士達にも周知されている。兵士達が、恐怖の声を上げていた。
「金銀の化け物だ!」
「移動基地、攻撃を開始!」
「くっ……!」
荒木軍曹が呻く。
わっと襲いかかってくる金のα型と銀のβ型。他とは一線を画する怪物のなかの怪物ども。
まだ地球に、こんなに残っていたのか。
一華も最前衛に出ると、最高効率で敵をたたき始める。
リーダーは最前衛で、スタンピートを使って敵を吹き飛ばしまくっているが。それでも足りないだろう。
弐分と三城も加勢。
敵の進軍速度を可能な限り遅らせる。
「移動基地は後回しだ。 とにかく金銀を叩け!」
「後方より敵! これは……飛行型の群れです! クイーンもいます!」
「俺が対処する」
相馬大尉が後方に回る。
相馬大尉のニクスも、エース機として有名だ。
更に、荒木軍曹が、後方に何部隊かを割く。その間も、死闘が続く。
金銀の火力は凄まじく、次々に最新鋭戦車が倒されていく。ニクスも接近を許し、次々に被弾。ダメージが蓄積して行く。
更にストーム3もストーム4も、経験が浅い兵士は次々に落とされている様子だった。
まずい。
敵も、今までこれだけの戦力を温存していたと言うことだ。
これを少しずつ出して、どうしてか分からないが、人類にハラスメント攻撃を続けて来ていた。
その本拠を叩かれたから、反撃に出た。
それだけに思える。
「敵移動基地、主砲が稼働を開始したようです!」
「あいつは野放しには出来ないッスね……」
「私が行く」
三城がすっ飛んでいく。
まだ残っている飛行型の群れを突っ切ると、移動基地の凄まじい対空砲火をかいくぐって、プラズマグレートキャノンを叩き込み。敵基地の砲台を幾つも同時に黙らせる。黄金の装甲はこの程度では破壊出来ないが。それでも、敵の対空砲火は弱まる。
ジャンヌ大佐が、激しい乱戦の中躍り出ると、その支援に回る。マグブラスターの熱線で、三城を狙う飛行型を次々に叩き落とす。
だが。黄金のα型の一体が。
文字通りのスナイパーとして。
ジャンヌ大佐を、射貫いていた。
あっという間もない。
ジャンヌ大佐が、乱戦の中に消える。
歯を食いしばる。
危険な任務だと言う事は分かっていた。だが、それでも。
もう切り札と言えるものはない。可能な限りの効率で、敵を削っていくしかない。
敵移動基地の主砲が爆散する。
しかし、敵は全身が砲台だらけ。凄まじいレーザーで、辺りを掃射に掛かって来ている。更に金銀だけではない。
大穴から、怪物が多数溢れ始めている。
まずい。
このままだと、脱出すらできずに、全滅すら覚悟しなければならない。
レールガンは、ある。
だが、乗務員が未熟だ。このタイミングで、移動基地のハッチに当てる事は不可能だろう。
リーダーにバイザーで通信。
もう、手は残されていない。
「分かった。 それしかないなら、それでやろう」
「話が早くて助かるッス。 荒木軍曹、いいッスか」
「……ああ。 頼む」
声に咳が混じる。
この咳、嫌な音だ。
乱戦の中、キーボードを叩いて、全軍を再編制。そのまま、一華は最前衛にいるニクスの最後尾にレールガンをリモートで移動させると、突撃を開始。
その切り込み役に、ストーム3が出る。
ジャムカ大佐が、銀のβ型を薙ぎ払いながら突撃。
リーダーは、一番敵の密度が多いところを、弐分と三城と一緒に、移動しながら抑え込んでくれている。
恐らく、好機はもうない。
残った戦車とニクスをまとめて、全軍で突貫開始。
移動基地も緩慢に動きながら、向きを変えてくる。足下に巨大な穴があるから、自由に動けないのだろう。
それにしても、恐らく転送装置だろうあの下部のハッチ。
どうして、穴に直結させるような真似をしていた。
いずれにしても、チャンスは一度きりと見て良い。
ストーム3の、入ったばかりの隊員が次々に倒れていく。最高効率で、レーザーでβ型を焼き払っていくが。金のα型だってまだまだ多数いる。生半可な怪物と比較にならない化け物だ。
乱戦は短いが、激しく。
被害は大きい。
道が開かれる。ストーム3のシグナルが消える。
ジャムカ大佐。
そう呟きながら、最前衛に躍り出る。多数のβ型が纏わり付いてくるが。珍しく感情的に、一華は叫んでいた。
「邪魔だ、どけええっ!」
ニクスで踏みにじり、レーザーで焼き払い、壁をこじ開ける。
ニクスに移動基地のレーザーが降り注ぐがどうでもいい。壁になって、前進。
移動基地がハッチを開ける。
そこから、飛行型が大量に出てこようとするが。悪いがチェックメイトだ。
横に移動。
レールガンが、無傷のまま前に出る。
そして、一撃を。
ハッチに叩き込んでいた。
マザーモンスターを一撃貫通し即死させる、EDF最強の地上兵機の一つである。文字通り、貫通した。
凄まじい炎が噴き上がり、移動基地が内側から爆裂するのが見えた。
ハッチから投下されていた飛行型多数が、その余波で燃え上がり、ぼとぼとと地下へと落ちていく。
追いついてきたニクスが、レーザーでハッチを撃ち始める。どの機体もぼろぼろである。
一華のニクスは、周囲の怪物を片っ端から叩き伏せる。
そして、緩慢な動きで、体勢を低くしようとする移動基地に対して。
とどめの一撃を、レールガンをリモートで操作して、叩き込んでいた。
移動基地が、内側から爆発する。一度目の爆発とは、比較にならない規模。
今度こそ、移動基地の最後だ。
砲台が全て沈黙し、何もかもが崩落しながら崩れていく。
それは巨大な怪物共が住まう穴に、崩れかかっていき。
燃えながら、それを塞いだ。
慌てて穴から逃げ出そうとする怪物を、全て蒸し焼きにしながらも。移動基地は小規模な爆発を繰り返す。
一華は、大きな溜息をつきながら、後退と指示。
生き残っている部隊は、後退を開始した。
周囲の怪物は、もうあらかた片付いていた。
村上三兄弟が、こうやって怪物を駆除してくれなければ。
ジャムカ大佐が、命がけで怪物から道を作ってくれなければ。
それこそ、突破は百%不可能だっただろう。
「荒木軍曹!」
「……」
返事がない。
エラーを吐いているニクス。ともかく、必死に復旧しつつ、周囲の残敵を片付けて回る。
まだ残っている怪物はいるが、既に形勢は逆転。大穴は塞がれ。それどころか、燃えながら移動基地は大穴へと崩落。
内部で、大爆発を引き起こしたようだった。
大穴にいた怪物は、内部で爆発が反響して全滅だろう。
夕方近くまで戦いは続き。
そして終わった。
生存者は七十二名。
破壊を免れたニクスは三機。タンクは六両。
そして、生存者の中に。
ストーム2の四人は、いなかった。
無言で、膝を抱えてニクスのコックピットの隅でいじける。
あの巨人との戦いを生き残ったストームチームの主力が。こんなにあっさり。
でも、それも仕方が無い。
これほどの規模の敵だったなんて。誰も、分かる筈が無い。
それに、何よりも。
各国のEDFが、戦力の供与を渋った。
そもそも、リーダーは千人は必要だと言っていたはず。それを、どこもああだこうだ理由をつけて、三百人しか結局出さなかった。
千人出していたら。結果だって違っていたはずだ。
三城が通信を入れてくる。
「一華、お葬式する」
「……分かったッス」
いつまでもいじけていても仕方が無い。
ニクスから出て、軍式の略葬に参加する。
ストーム2の四人は、信じられない数の飛行型と、四体におよぶクイーンと相討ちになって果てていた。相馬機は文字通り、剣山のような有様になっていた。
ジャンヌ大佐は体に大穴を開けて、それでも満足そうに果てていた。
ジャムカ大佐は、全身を銀のβ型の糸に貫かれながらも。笑顔だった。
敬礼して、略式の葬儀を行う。
怪物のエサにしないためにも、遺体は火葬しなければならない。
キャリバンが、後方に生存している負傷者をどんどん輸送して行く。小田大尉が生きていれば、こんな無謀な作戦を立てた奴を殺してやると言っただろう。
一華も、同意だ。
葬儀が終わると。千葉中将から通信が来る。
千葉中将は責められない。
カスター中将や、欧州の橋頭堡拠点や、ロシアの橋頭堡拠点の将官と違い。可能な限りの兵を出してくれた。
大友少将や、大内少将、筒井大佐の遺志を汲んで、戦闘に参加してくれた日本のEDFの兵が、三百人の大半を占めていた。
「言葉もない。 君達にもっと援軍を遅れなかった私を許してほしい」
「いえ、千葉中将は良くやってくれました。 貴方に責任は無い」
「……葬儀に参加できない自分が口惜しい。 今、東京基地にかなりの規模の襲撃が行われている。 それへの対処で手一杯だ」
「分かっています。 今回の作戦、千人で出ても多数の被害を出す事には代わりは無かったでしょう。 七百人分と、足りない兵器の分。 荒木軍曹……いや荒木准将と。 ジャムカ大佐と。 ジャンヌ大佐が埋めてくれた。 そういう事です」
リーダーは、怒ると無茶苦茶怖いが。
少なくとも、怒りは千葉中将に向けてはいないようだった。
それから、戻る。
エピメテウスは作戦が「成功した」という事もあり、さっさと引き上げたようだった。戦略情報部もだ。
少佐が、いけしゃあしゃあと通信を入れてくる。
「大きな損害を出しました。 しかし、これで人類は……攻勢に出ることが出来るでしょう」
「言いたいことはそれだけか」
「はい。 私の役目は、勝つための準備をすることです。 今回も、日本からの出兵から反対する各国の司令官を説得し、少数ながら兵力を出す事が出来たのも」
「もういい」
乱暴に通信を切るリーダー。
悪いが、今日は一華も止める気にはなれなかった。
揚陸艇に乗り、日本に戻る。
カスター中将は、弔意も送ってこなかった。米国で随分転戦してくれたストーム3のジャムカ大佐が戦死したのに、である。
項少将は、再編中の虎部隊から精鋭を送ってくれたこともある。
弔意を送ってくれたが。
それでも、やはり色々ともやもやがあった。
本気でEDFが兵力を出していれば、こんな結果を避けられたはずだ。
それが、どいつもこいつも。
あれだけの恐るべき脅威だったプライマーの事を、たったこれだけの短時間で忘れたとでもいうのか。
聞いた事がある。
確か日本でも、関ヶ原の戦いの後。大阪の陣まで十年ほど平和が続いたが。
その十年で、著しく平和呆けが進行し。歴戦の猛将達を悩ませたという話があるとかないとか。
最近は、怪物の圧倒的大軍とやり合うことは確かに減ってきていた。
だが、それで。
それだけで、こうもどいつもこいつもバカになるというのか。
何だか非常に虚しくなる。
一華は、しばらく誰とも喋りたくなくなった。
元々一華はそれほど他人と喋るのが得意ではない。だから、それから日本に戻るまで、誰とも喋らなかった。
2、屍はもはや
誰もが怒っていた。
一華があれほど声を荒げるのは、初めて聞いたかも知れない。
三城も、不快感で胃が焼けそうだったけれども。
それでも我慢した。
何しろ、兵力を一番割いてくれた日本の東京基地に、相当数の攻撃があった。
隙を突かれた。
それは分かっていた。だから、日本に帰還して最初はそれへの対処になった。
かなり攻めこまれていたが、日本に戻った頃にはストーム1の武装も全て修復を終えていた。鬼気迫る表情で、一華が直してくれたのだ。もはや、ストームチームそのものになってしまったストーム1。他のストームチームは、無謀な作戦でいなくなってしまった。ストーム3やストーム4に急あしらえで再編された人員の生き残りは、別の班に配置されることになった。
ストームチームそのものの解散はないようだが。
いずれにしても、今後戦力の半減は避けられない。
悔しさと悲しさを飲み込む。
日本にはついたのだ。
後は怪物共を叩き伏せるだけだ。
怪物は士気も何も無く、ただ殺すために攻めてくる。
東京基地周辺を回って、無言で怪物を皆殺しにする。
EDFでは、久しぶりに。プロパガンダ報道をしているようだった。
「アフリカで、怪物の巨大な巣と移動基地を、英雄ストームチームが破壊しました。 これにより怪物の繁殖を大幅に抑止することが可能となりました。 以降、復興に弾みがつくものと思われます」
三城は無言。一華も何も言わない。
復興に弾みがつく。本当にそうだろうか。それに、先進科学研の言う通りプライマーが戻って来たら。一体どうなるか、知れたものでは無い。
兵士達は、プライマーが戻ってくる可能性なんて、考えたくも無いという顔をしている。時々放送で、プライマーが戻ってきた時に備えて、復興を急がなければならないと千葉中将や。新しく総司令官に就任したバヤズィト上級大将が演説しているのだが。それについても、兵士達は聞きたくないと顔に書いていた。
悔しいが。
敵の首魁は倒したとしても、戦争には負けたのかも知れない。
それにあのトゥラプターの態度からしても。
あの銀のでくの坊は、前線司令官程度の存在だった可能性が高い。
もしも敵が引いたのなら、何か理由があるはず。
備えなければならないのは、事実だった。
バンカーに戻る。
半壊した新鋭機は、曳航されて戻って来ている。
それらの修理からだ。
新鋭機の戦闘力は、皮肉にも今回の戦闘で証明された。確かに強い。金銀の群れを相手に、あれだけやり合えたのも。新鋭機が強かったからだ。
だが、先進科学研も、修理のための部品を工場に作らせきる事は出来ておらず。
まずは故障が少ないニクスから。
順番に、それぞれの専属スタッフが修理していくことになった。
一華は無言で、不機嫌そうに自室に戻っていく。
大兄も小兄も、帰ってから目だって口数が減った。
アフリカでの戦いで、現実を見せつけられた。
それが原因かも知れなかった。
千葉中将から通信が来る。
最大限の兵力を出してくれた千葉中将には、あまり怒りの矛先は向けられなかった。
「ストーム1。 いや、今や君達がストームチームだな。 私の力が至らなくて、本当にすまない。 日本に戻って心の整理が必要だっただろうに、早速君達に支援をしてもらう事になるとは……」
「いえ。 それで何かありましたか?」
「ロシアで巨大な怪物の巣が見つかった」
「!」
今回、アフリカで敵の大規模拠点が破壊されたのは事実だ。
実際、現在総力を挙げて潜水艦隊が無人機を飛ばしていて、アフリカの怪物について調査しているが。
現時点では、飛行型の巨大な巣などは見つかっていないらしい。
あの移動基地を中心に怪物が繁殖し。
結果として、移動基地もろとも、記録的な数の怪物を屠ることが出来た。それについては事実なのだろう。
だが、プライマーには。
どうやら簡単には勝たせて貰えないらしい。
「無人機に余裕が出てきたから、世界各国の偵察を進めているのだが。 この他に、南米にも巨大な巣がある可能性がある様子だ」
「すぐにでも潰しますか?」
「いや、戦力が足りない。 各国の再興中のEDFでも、兵力を出せる状態ではないと返事が来ている。 今回で新鋭機は致命的なダメージを受けた。 これらの部隊を再建するには、悔しいが半年以上は掛かる。 ストームチームに至ってははどうにもできない……」
その通りだ。
ジャムカ大佐とジャンヌ大佐。
何よりも荒木軍曹と三人の部下。
この損失は、EDFにとってあまりにも大きすぎる。
三城も、恨み事を言いたくなったが。
今回は、ぐっと堪えるしかない。
「今は監視だけをつけて、発見されている小規模な怪物の巣から順番に対処して貰う事になると思う。 それと、無人機を飛ばして世界各国の巨大な敵の巣穴についても発見していく事を優先すると思う。 しばらくは……忙しいままだと思うが、許してほしい」
「大丈夫です。 慣れていますので」
「……すまないな」
「いえ。 ただカスター中将は正直顔面を一発殴る権利を貰えませんか」
千葉中将は、ぐっと言葉を飲み込んで。
もう一度だけすまないと言うのだった。
三城はため息をつくと、自室で膝を抱えて座り込む。
実は、日本に戻る途中で連絡が来た。
「実の両親」の消息が分かったのだ。
三城が救出された後。「実の父親」の方は刑務所。母親の方はなんだかよく分からない病院だかに入れられていたのだが。
どちらも、プライマーが暴れていた開戦当初半年の間の混乱期に死んでいた。
それについては、はっきりいって安心した。
ふらっと現れて、英雄が持っている金を寄越せとか言い出したら、本気でその場で殺していただろうから。
血縁が絆につながるとは限らない。
絆なんてものは、ふわっとしたものにすぎない。
実際、ベタベタにくっついている夫婦が。数年経つと関係が冷え切っている例など珍しくもない。
三城は。血縁などと言うものが使い物にならないことを。
身に染みて知っている立場だから、そう断言できる。
いずれにしても、人間を殺さなくていいのは助かった。
各国では、警察が再組織されはじめているようだが。それもまだろくに機能していない様子だ。
人口はまだ増加に転じたとは言え、僅かずつしか増えていない。
通信が来る。
戦略情報部から。
それも、データだけだった。
大兄から、通信が来る。
「皆、出るぞ。 デプスクロウラーは、最新鋭のものが用意されている」
怪物の巣穴が見つかった。
恐らく、地下の転送装置があるタイプだ。
場所も、静岡の山奥。
かなり関東から近い。
今までは、小規模の怪物相手も怖くて、スカウトがろくに活動できていなかった。
敵を跳ね返し続ける事で、熟練兵も少しずつ増えてきていて。
やっと、こういうことが出来るようになった。
「それで、どうするッスか。 兵士は連れて行くッスかね?」
「一華」
小兄が、一華に苦言じみて名を呼ぶ。
一華も、恐らくはかなり心に傷がついたのだ。
それで、黙り込んでいた。
「周辺にいる怪物の掃討は、東京基地から新人のチームと戦車部隊を連れて行って行う事になるな。 内部の怪物は、俺たちで始末する。 コスモノーツはもういないだろうから、それだけが救いではあるな」
「それで、敵の規模は」
「今まで戦って来た敵とは比べものにならないほど小規模だ。 少なくとも、スカウトが確認している範囲では、な」
「……」
部屋を出る。
そのまま、バンカーに向かう。
一華が、既に来ていて。
大型移動車に、クレーンで物資などを積み込んでいた。戦車部隊のうち。新鋭機ではない修理されたポンコツが何両か集まってくる。
大兄が来ると、集まって来ていた兵士達が敬礼する。
戦争末期に招集され。
もう、すっかり一人前扱いになっている兵士達だった。
「いつでも出撃できます! ストームチーム!」
「了解。 各自、敵を倒し必ず生還する事を第一に考えてくれ」
「イエッサ!」
そのまま、東京基地から陣列をくんで出る。
現地まで数時間。
もう電車は動いていないが。
渋滞もないし。
そもそも、人がほとんどいないのだ。
各地に復興中の都市はあるが。
それらも、EDFの通行を妨げる要素にはなりえない。
各地の国道の残骸も、少しずつ整備されていて。転々と散らばっていた自動車の残骸は少しずつ片付けられ。スクラップにされ再資源化されていた。亡骸も少しずつ、葬られていた。
戦車隊とともに、現地に到着。
歩哨の怪物はいるが、確かに数はそれほど多く無い。だが、びりびりと感じる。
結構気配が強い。
大兄は手をかざして見ていたが。
やがて、後退を指示。
戦車隊は訝しみながらも、指示通りに展開。兵を伏せ終えると、大兄は立射のまま、ライサンダーZで八qほど先にいる敵を、そのまま撃ち抜いていた。
わっと怪物が反応し。
巣穴からわんさか出てくる。
「弐分、三城、前線で攪乱。 一華、敵を近づけるな」
「了解!」
「わかった」
「いつも通りッスね。 自動砲座がもう少しあれば、ちっとは楽なんスけどね」
一華の新鋭機は、あの激戦を生き延びた。
今回も伝説に拍車が掛かったらしい。
赤いニクス。
最強のコンバットフレーム。
通常の三倍以上強いらしい。そういう噂が兵士達の希望になっている。それだけで、充分過ぎる。
希望がある方がまだ兵士達の腰が引けない。
前衛に躍り出ると、やはりわんさかと沸いて出て来た怪物に対処する。
或いはだが。
アフリカの巣穴を潰された事で、どこかでまだ此方を見ているプライマーが。攻撃を強めて人類の力を削ぐように、地下の転送装置を調整したのかも知れない。
先進科学研の言葉が正しければ。
後一年もすればプライマーは戻ってくる。
その間。人類がまともに戦力を整えられなければ。物量で押し潰すだけで、簡単にプライマーは勝ててしまう。
その布石を打っているとすれば。
それに、だ。
プライマーの攻撃は、はっきりいって前より数段悪辣になっている。
あの無能なでくの坊がいなくなった事で、敵の指揮官が代わったのか。指揮系統が整理されたのか。
いずれにしても、怪物を遠隔操作するプライマーの手際が。
明らかに上がって来ている。
前衛で敵を蹴散らしながら、三城はかなり数が多いことに舌打ちする。
戦車隊は必死に射撃を続けているが、やはりかなりそのままだと肉薄される。一華のニクスがレーザーで焼き払っていなければ。そして小兄と三城が暴れていなければ。とっくに前線は接触。敵に味方部隊は蹂躙されていただろう。
大兄は黙々と歩きながら、時に狙撃し、時にアサルトライフルを使い。怪物を蹴散らしながら進んでくる。
まるで海の中にある大岩だ。
怪物がどれだけ寄ってきても微動だにせず。
むしろ怪物が避けて行く。
凄まじい破壊力で、ばたばたと怪物は倒されていくのだが。
その手際が人間業じゃない。
三城も負けてはいられない。
木の上に降り立つと、誘導兵器で一気に多数の敵を拘束。
それを、一華がレーザーで、全て薙ぎ払ってくれた。
「バッテリー交換するっス。 少し前線を支えてくれるッスか?」
「何の問題も無い」
「まかせて」
「頼もしいッスね……」
三城はもう1丁、誘導兵器で怪物共を蹴散らす。
かなり敵の巣に近づいて来た。反撃も厳しいが、大兄がかなり近くまで来ている事もある。
恐れを知らない筈の怪物が、避けて行くように見えるのは、きのせいだろうか。
小兄も、文字通り暴風のように暴れ狂って、怪物を蹴散らしまくっている。
兵士達はもたもたニクスの補給をしているようだったが。
それでも、交換はきちんと終わる。
整備性は、巨人との決戦で壊れたワンオフ機の頃に比べてぐっと上がっている。
バッテリーの交換も、簡単になっているのだ。
一華が散々とった戦闘データを元に、次世代機のプロトタイプとして新鋭機が回されているのである。それを更にカスタムしたのだ。
更には、この新鋭機そのものの戦闘データもある。
次の世代のコンバットフレームエイレンは、光学兵器による実弾兵器の脱却がコンセプトらしいが。
整備性の高さもコンセプトに含むつもりらしい。
その方が、整備兵の負担が減るのも事実だ。
方針としては、間違っていないだろうと三城も思う。
一華機のレーザーが怪物を再び薙ぎ払い始めた頃には、戦線は敵の巣穴にまで達していた。
α型が必死に守ろうとする巣穴付近を制圧。
戦車隊も、ようやく戦線を押し上げきった。
地下に怪物は潜んでいない。
どうやら、この穴の奧にだけいるようだ。
大兄が、追いついてきた部隊に指示を出す。
「中継器を撒きながら、俺たちで中に入る。 外で、怪物が出て来た場合に備えてほしい」
「イエッサ。 我々は中に入らなくてよろしいのですか?」
「ここまでで大丈夫だ。 後は俺たちで片付ける」
「たった四人で……これがストームチームか……」
生唾を飲み込む小隊長。
大兄は、それに対して何も応えない。
三城は、一華がPCをニクスからデプスクロウラーに移し替えるのを手伝う。
遅れて到着した補給車から、物資をコンテナに移し替え。それをデプスクロウラーに乗せる。
小兄が、装備を切り替える。
足を止めて敵と殴り合いをするための装備だ。
三城も、誘導兵器は補給車にしまって。雷撃銃と、それにファランクスに切り替えていた。
クラゲのドローン。
乱戦の中でも、結局失われなかった。
ぎゅっと抱きしめる。随分と落ち着く。
そのまま、皆に合流。
この忌々しい洞窟を早々に排除して。全てを終わらせる。
地下はそれほど空間も広くなく。
大型の怪物もいなかった。
だが、転送装置は複数存在していて。大兄の勘だよりに周囲を探索して、怪物を駆逐していった。
転送装置からは怪物がずっと沸き続けているが。
これは、アフリカのあの巣穴を潰した程度では、とても人類が有利になったなどとは言えないのだろう。
ロシアでも大規模な巣穴が見つかっていると言う。
それに、だ。
南米や中華だって怪しい。
中央アジアや中東は、かなり初期から戦線が混沌としていた。
この辺りも、相当に疑って掛かるべきだろう。
プライマーは、凄まじい数の怪物を置き土産に残していった。
コロニストについては、はっきりいってそれほど危惧はしていない。装備もボロボロだし、なにより繁殖も出来ない。
その証拠に、最終戦以降、ほぼタッドポウルは見かける事がなくなった。
あれは生物兵器として調整された、コロニストの子供だったのだろう。
少なくともコロニストが繁殖場を作り。
タッドポウルを育成している様子は、確認されていないという事だった。
最後の転送装置を破壊。
周囲から、悪意が消えるのを、三城も感じ取る。
これで、此処は潰したと見て良い。
外に出ると、戦車隊が万歳、万歳としていた。
「此方ストーム1、壱野大佐。 敵の拠点、掃討完了」
「ありがたい。 それでは、すぐに帰投してほしい」
「了解。 帰投する」
すぐに帰投の準備に入る。
大兄は、サインをねだられて、応じたりしているようだった。だが。大兄以外はそれほど露出が目立たなかったからだろう。
そもそも知られていない様子である。
赤いニクスについては知られていても。
乗っている一華については、あまり知られてはいない様子で。
パイロットはあんなヒョロヒョロなのかと、兵士達が驚いているのを何度か目にしている。
途中、怪物が出現しているという話がある甲府近くを通り、怪物を駆逐してから東京へと戻る。
兵士は一人も死なせなかった。
大兄は、疲れたのかすぐに自室に直行。
いや、肉体的には疲れていないだろう。
精神的に参っていると見て良い。
三城だって、それは同じだ。
自室で、昔のように。
膝を抱えて、じっとしている事が増えた。
大兄と小兄、祖父と一緒に暮らすようになってからは。三人とも、家族として三城に接してくれた。
それは恐らくだが、余裕があったから。
今は、みんなに余裕が無い。
兵士達に希望を分ける度に。
皆から希望がなくなっていく。
三城もそれは同じ。三城にはもともと希望なんてなかった。だから、最初に戻っただけとも言える。
ため息をつくと、顔を上げる。
無線が来た。
もう夜だから、明日以降の作戦についてだろう。最近は、EDFでも夜戦は避けているようだった。
兵士達の負担が大きいからである。
ただでさえ、再建の途上なのだ。
兵士達を使い捨てにはできないのである。
「千葉中将だ。 明日、朝一で戦地に赴いてほしい。 申し訳ない話だが」
「場所はどこでしょうか」
「志摩だ。 やはり怪物の巣が発見されている。 大阪基地の戦力とともに、撃退に当たってほしい。 それと……数日は大阪基地周辺の怪物の掃討作戦に参加して、敵を可能な限り減らしてくれ」
「了解しました」
ヘリを用意すると言う。
空軍の再建はまだだが、輸送ヘリについては新型が少しずつロールアップしているそうだ。
プライマーとの戦闘の末期には、ほとんどボロボロで。酷使の果てにいつ落ちてもおかしくないヘリだらけだったが。
新型機がロールアップしたのは有り難い話である。
とにかく、今日はもう休む事にする。
横になって、ねむる。
ねむる事ができるだけ、まだマシだろう。
ただ。悪夢を見る確率は、増えていた。
また、変な夢を見る。
何か見える。
光の円筒か。なんだか雲を貫いて、空に向けて伸びているような。
まて。こんな夢、何処かで見たような気がする。
巨大な人型があるようにも思う。
だが、ふわふわして。何が何だかよく分からない。
周囲に多数のものが浮かんでいる。
それは人間の死体。
ストーム3。ストーム4。それに荒木軍曹。荒木軍曹の部下達。
それだけじゃない。
数え切れない怪物。コロニスト。コスモノーツ。
ばらばらになった、あのプライマーの指揮官らしい奴。名前は忘れたけど、どうでもいいあいつの死体も浮かんでいるようだった。
吸い寄せられているのが分かる。
いや、違う。
これは、ひょっとして。
目が覚める。
頭を振るって、変な夢を見たと思う。
何というか、夢らしく漠然としていたのだが。どうにも妙に記憶に残る夢だった。だいたい夢なんて、起きると殆ど忘れてしまうのに。いや、実際忘れているのに。なんか変に印象に残る。
ため息をつくと、身繕いをする。
バイザーをつけると、一華からメールが来ていた。内容を確認。
フライトユニットの改善をしておいたそうである。
大兄がそれに返信をして。遅くまで仕事をしていないだろうなと、少し強めに怒っていた。
少しだけ、心が緩む。
まだ、三城は。
何もかも、失った訳ではないと、そう思った。
3、まだ何もかもが
やはり、アフリカの巨大な巣を叩いた事で、プライマーは意図的に攻撃を激化させていると見て良い。
志摩にあった怪物の巣も、大阪基地から来た部隊だけで対処できるような規模ではなく。
弐分も参加した作戦で、どうにかやっと撃破する事が出来た。
地下にあった転送装置はそれほど多くはなかったが。
それでも、やはり相当に戦闘そのものは厳しかった。
大阪基地からは、戦車隊と。以前、一華が広めたハイロウミックスのニクス。つまりトラックと組み合わせたニクスの部隊が来ていた。
足回りがどうしても復旧出来ずに固定砲台にされていたニクスは多く。
それがこういう形で、テクニカルとして正規軍で採用されている。
それは、どれだけ人類が厳しい状況にあるかよく分かるし。
何よりも、先進科学研もなりふり構っていられなくなった事を意味している。
何カ所かで、一日の間に転戦。
かなりの規模の怪物が出て来ていて。
夕方までに、激しい戦闘を幾度も行った。
兵士達は死なせなかった。
それだけで、充分だ。
ただ、そこからが違った。
大阪基地から、トラック部隊が出てくる。いずれもクレーンを装備しているトラックばかりである。
「ストームチーム。 大阪基地では、各地の戦闘で破壊された兵器を集めて、それから部品を集めている。 スクラップ工場のような場所にもなっているが。 同時にプライマーの技術解析や、何よりまだ使える兵器の再利用も進める研究所となっている。 部隊を護衛して、物資を集める手伝いを頼む」
「分かりました。 それぞれ散って護衛します」
「頼む。 ここ最近は、彼らも命がけで、作業も遅れがちだったそうだ。 すこし遅くまでの仕事になるかも知れないが、手伝ってやってくれ」
「なんなら、大型移動車で支援するッス」
一華が申し出るので、助かると千葉中将は言う。
それだけで、どれだけ弐分も救われるか分からない。
そのまま、支援任務を開始。
大阪基地は、何度もストームチームと連携しての戦闘を行った、と言う事もある。
比較的、ストームチームにたいしては好意的な雰囲気があった。
「この辺りは、怪物だらけで近づけなかったさかいな。 精鋭中の精鋭のストームチームが来てくれるのは、本当に助かるわ」
「有難うございます。 出来るだけ急いで作業を進めましょう。 多少の力仕事なら支援できます」
「そうやな。 出来る範囲でお願いするわ」
何も荷台に積んでいないトラックも来る。
そして、戦場だったらしい場所で、物資をどんどん運び出しに掛かる。
この辺りで、戦車部隊が怪物にやられたらしい。スクラップの有様からして、恐らくは最初の半年の間だったのだろう。
ボロボロの戦車が。破壊された戦車を牽引して行く。
あの戦車も、前線には立てないにしても。牽引車両としては使えると判断されているものなのだろう。
他にも、破壊されて放置されているディロイやらドローンやらも回収していく。
ディロイの足の部品は、強力なレーザーを産み出すシステムとして。先進科学研が研究材料として幾らでも欲しがるそうで。
逆に言うと、大量に集めておくと。
先進科学研が、優先的に戦車などをまわしてくれるそうだ。
日本に来たディロイは、大半が村上班時代のストーム1で破壊した。
だから、ここで掘り返されているディロイも、或いはいつか破壊した機体なのかも知れないが。
もう、流石に全ての戦場は覚えていなかった。
「大漁や。 だけど、大阪基地の倉庫の方が整理できへんそうや。 引き上げるで」
「了解。 以降は車列の護衛に入ります」
「ありがとさん。 本当に頼りになるわ」
コンボイというにはあまりにも貧弱な車列を護衛して、大阪基地まで戻る。
大阪基地に到着した頃には、夜中になっていた。
大兄が、すぐに休むように皆に指示。
一華は少し回収した物資を調べたいと言っていたが。駄目だと大兄が言って、無理矢理休ませた。
弐分も、その様子を苦笑して見守る。
「大兄、リーダーがすっかり板についたな」
「もう四年やっているからな」
「いつまで、続くんだろうな」
「節目は来年だろうな。 先進科学研が言う事が正しければ、だが。 三城はもう休ませた。 お前も寝ろ」
頷くと、支給されている部屋に行く。
あまり良い部屋では無いが、贅沢も言っていられない。
夕食も、一応レーションでは無いものが出たが。
コックが以前嘆いていたように。
あまり美味しいものでもなかった。
とにかく、眠れるだけしっかり眠っておく。
プライマーが。夜動かない性質で良かったと想う。
よほど、夜に問題があったのだろう。
ともかく、がっつり眠って。
朝、しっかり起きた。
大兄は流石で、もう起きだしていた。外に出ると、軽く村上流の調練をする。三城も起きて来たので、一緒に調練をする。
一通りの基礎的な動き。
三城はかなり小柄だが、頭二つ大きい素人の男くらいだったら余裕を持って対応できる。今なら、格闘戦でも本職の余程強い軍人以外だったらまず負けないだろう。
村上流は古流とはいっても、別に独特の武術というわけではない。
祖父が言っていたが。特にそれほど不可思議な事をやるわけでもない。村上義清公の子孫が作りあげたかも怪しいし。その思想や武術を伝えているかも怪しい。江戸時代に生きていくために、作りあげられた兵法である可能性が高いと。
だから。祖父は実践的な部分だけを取りだし。
それを練り上げた。
実際には、祖父が完成させたのかも知れない。
漫画に出てくるような、伝説的な武術ではない。
だからこそに、堅実なのだ。
黙々淡々と、ひたすら体を動かして。基礎的な部分を練る。村上流が強いのではない。大兄が強い。
それについては、インタビューを何回か受けたが。その度にそうやって応えている。だが、それが報道された事はない。
EDFの時代になっても、マスコミはカスだなと思う。
最近も、ちょっと気を抜いたらまたプロパガンダ報道をするようになってきている。
つくづく、しようもない。
一通り、ルーチンを終える。
こういうご時世だ。いつもルーチンが出来る訳ではない。武術は一日さぼると、取り返すのに三日掛かると言われる世界だ。
だが、この四年、戦闘をしなかった日の方が少ないし。
そういう日は、ルーチンを必ずやっている。
だから、別に体が衰えたとは感じない。むしろ、圧倒的な戦闘経験で、磨かれてはいると思う。
これ以上伸びるのか。
ちょっとそれについては分からない。
一華によると、弐分も三城も、そろそろ装備を刷新しないと駄目だそうである。
どちらもだが。装備の方が、本人の力についてこられていないという。
これについては。一華が自分で装備を弄ってみて、よく分かったそうだ。
一華の言うことなら信頼出来る。
また。一華自身もだが。
現時点のニクスの性能には、満足できていないらしい。
そういえば長野一等兵が言っていたような気がする。
一華の能力に、ニクスがついていけていないと。
今後エイレンという次世代型のコンバットフレームが出て来た場合。
それが一華の能力に追いつけるのか。
それがちょっと、分からない所だ。
恐らくだが、フェンサースーツやフライトユニットについても。今後はバージョンアップが必要なのだろう。
惜しむらくは。
最悪の予想が当たった場合。
そんな技術開発をやっている暇がない、ということか。
「よし、朝の調練終わり。 今日は昨日の続きで、大阪近辺の怪物を掃討して回る」
「了解」
「わかった」
「へーい。 起きたので、其方に向かうッスよ……」
眠そうな一華の声も加わる。
まあ、良いだろう。
ともかく、しばらくは千葉中将の指示通り、大阪近辺の駆除作業だ。
上手く行けば。
隠れている敵の拠点も発見できるかも知れない。一つ転送装置を潰せば、それだけで随分と安全度が上がる。
そういうものだ。
大阪近辺では、なんだかんだで随分戦った。
移動基地を最初に破壊したのが大阪だった、という事もある。
それに伴って、大阪周辺の敵を掃討する作戦を、随分やったものだ。
巨大な飛行型の巣を最初に破壊したのが日本だった、ということもある。
なんだかんだで、村上班が日本で最大の戦闘経験を積んだのも、必然だったのかも知れなかった。
無言で怪物を駆逐して回る。
確かに言われて見ると、まだまだ速度を上げられそうである。戦場を飛び回りながら、怪物を駆逐して回る。
α型ばかりだが、β型も少数いる。
γ型はほぼ見かけない。大阪近辺では、ここしばらくみていないのだそうだ。
飛行型は最近はタッドポウルともどもほぼみない。
ロシアにある巨大な巣穴も、α型とβ型が主体だという話だし。
或いは、飛行型の巨大な巣は、もうないのかも知れないが。
それは楽観というものだ。
軍人がもっとも忌むべきは楽観で。
それは弐分も、戦闘経験として身につけていた。
敵撃破。
大兄が、次、と叫ぶ。
すぐに次の戦場に出向く。
大阪基地は、壊れかけとは言え戦車部隊を必死に整備して準備している。先進科学研が一台だけ、最新鋭を最近回してくれたそうだ。
恐らくだが、集めた大量のプライマーの兵器の残骸と交換するような形で手に入れたのだろう。
強かな話である。
敵を壊滅させて回っていると、連絡がある。
ダン中佐からだった。
「ストーム隊、無事か」
「はい。 何か問題がありましたか?」
「大阪周辺での敵掃討が終わったら、ユーラシアに回ってほしい。 ロシアに橋頭堡を作った部隊が、苦戦しているようだ」
「敵の巨大な巣が発見されています。 苦戦も当然でしょう」
大兄はつれないが。
だが、ダン中佐はあくまで冷静だった。
「今、EDFは無為に犠牲を出すわけにはいかない。 思うところはたくさんあるだろうが、恩を売るためにも此処は頼む」
「……分かりました。 此方の戦線が一段落したら向かいます」
「頼む。 ロシアの後は、中央アジア、中東、アフリカと転戦してもらうつもりだ。 威力偵察と、各地の橋頭堡部隊の支援も兼ねてな」
「東京基地は大丈夫ですか?」
大兄の声には、皮肉がこもっていた。
まあそれはそうだろうなと弐分も思う。
それだけ、思うところがあった、ということだ。ただ、流石に顔も見たくないと公言するようになったカスター中将などとは、大兄の対応がだいぶ違うが。
「其方はどうにかする。 それに……最悪の場合は戻って貰う事になるだろう」
「先進科学研の見解は聞いていると思います。 プライマーが戻って来た場合、どうするつもりですか?」
「その場合は……どうにもならないだろうな」
「同感です」
無線を切る。
そして、後はひたすらに。
迎えが来るまで、戦闘を続けた。
それから、世界各地を回った。一応補給は都度届けられた。最新鋭の装備で戦えるのだからマシ。
そう思うしかなかった。
最初にロシア。
既に冬が来ていた。寒さを怪物はものともしないらしい。一華の話によると、怪物の姿に似ている昆虫とか言う生物は寒さにとても弱いらしいのだが。こいつらは違うと言う事だ。
ロシアには少数だが飛行型もいた。
それ以上に、全盛期のソ連軍か何かのように、とんでもない物量の怪物を久々にみた。あのアフリカの忌々しい戦いの時よりも、質は低いが数だけは多かったかも知れない。
遅滞戦術を使って、数日がかりで敵を撃滅。
巣については、近付かない方が良いと本部が判断。
ストーム1まで失う訳にはいかないと、考えたと言う事なのだろう。
橋頭堡基地には、ろくな装備も人員もなく。
救助をしたことは随分と感謝された。
だが。少数の人間が感謝してくれても。それ以外がどう出るかはよく分からない。
事実、米国でも随分戦ったのに。カスター中将はアフリカでの戦闘で、恩を仇で返すような真似をしてきた。
それが、弐分だけではない。
皆の心に、大きな傷を穿っていたのは確かだった。
中央アジアに戦線を移す。
この辺りは、元々泥沼の戦闘が行われていたと聞くが。各地にまだ孤立した集落があり。EDFと連携して怪物となんとかやりあっている場所もあった。
怪物を蹴散らして周りながら、無人機での偵察を行う。
案の定、何カ所かに敵の巣穴が見つかる。
小さい規模のものは、その場で潰してしまうが。
二つ。
ストームチームだけでは、潰すのが厳しいものがあった。これについても、ある事が分かっただけで収穫だ。
ともかく、敵の大きめの群れは潰す。
何カ所かの戦いで戦果を見せると、現地の人間も信頼してくれるようにはなった。元々この辺りの人間は、極めてしたたかに大国間の抗争を生き抜いてきたような人々だ。悪い意味でも、である。
ただ、怪物は彼らにとっても直接的な脅威であり。
それを撃滅するという点でだけは協力できた。
そういうことだろう。
そのまま、中東へも移動する。
連戦が続くが、元々作られていなかった補給船をストーム1が確保していく事で。どうにか後方から物資は送られてきた。
それだけは、救いだと言えるだろう。
巣穴も何度も攻略したが。
やはりマザーモンスターは繁殖する場合、地上を選ぶ事が多い様子で。そもそも、人間による駆除を怖れていないというよりも。
何も考えていないように見えた。
これなら。何世代かかければ、いずれは怪物を駆除しきる事が出来る。
そう思うが。
どうも、大兄と一華は嫌な予感がすると言っているし。
何よりも戦略情報部の予見も気になる。
中東は中央アジアよりも更に酷い状態だった。
アフリカから大量の怪物が早期に流入していた、と言う事もあるのだろう。人の生きている集落は殆どなく。
怪物が少数の群れになって、人間を殺すべく徘徊しているような土地が何処までも拡がっていた。
少数の生存者を救出して周りながら、各地を転戦する。
怪物は集まって迎撃してこようというそぶりは見せず。
ただひたすらに、散らばって遅滞戦術を採っているように見えた。
少数規模の群れだ。戦っても殆ど何も問題は無い。文字通り、蹂躙同様に蹴散らしてしまう事が出来る。
それでも、こう群れの数そのものが多いと。
その全てをしらみつぶしにして行くのは、厳しいように思えた。
そして、一つ分かった事もある。
怪物は砂漠をどうも好まない様子だ。
特に繁殖場になっている場所は一つもなかった。
沿岸部には何カ所か、繁殖場を見つけて叩き潰したが。それも、それほどの規模のものではなかった。
こうして、およそ八ヶ月を掛けて世界中を転戦して。
そして日本に帰った時には。
戦略情報部が予見した、プライマーが再攻撃を開始する日時まで。
三ヶ月を切っていた。
日本に戻って最初に驚かされたのは、殆ど復興が進んでいない事だ。ストームチームが離れたとは言え。怪物の巣穴を何度も攻略し。それに、新鋭機も揃い始めているのを見ていたのだ。
どうしてこうも復興が遅れているのか。
基地にいる兵士達の顔もくらい。
また、ニクスの新鋭機も、あまり数が増えていないように思えた。
大兄が、周囲を厳しい目で見ている。
一華が、ネットワークにアクセスして。それで、結論を出したようだった。
「これは、完全に相手にしてやられたみたいッスね」
「どういうことだ?」
「要するに我々が出払っている場所を怪物は集中狙いしてきていた、という事ッスよ」
「……」
東京も例外ではなかった。
世界各地を転戦して、生存者を探しているうちに。怪物はストームチーム相手には無視できないレベルながら少数の群れを小規模ずつぶつけ。更に、転戦している地域周辺の集落や基地にも攻撃を続けさせた。消耗が大きくなりすぎない程度に、である。
人間の基幹基地には、大規模な戦力をぶつけ続けた。
結果戦いは泥沼化。
復興は、遅れに遅れている。
そういう事なのだろう。
あの巨人よりも、余程優れた戦略を行使してきている。それに、これでは復興は遠いと言わざるを得ない。
ともかく、千葉中将に会いに行く。
千葉中将は、更に老け込んでいるように見えた。
激務が原因だ。
わざわざ言う間でもなく、それは分かった。
「君達か……」
「千葉中将、ストーム1帰還しました。 どこの戦線に出向けばよろしいですか?」
「……いや、君達が帰還する少し前から、怪物共は潮が引くように日本から姿を消して、小規模の群れでの徘徊を開始した。 各地でのここ数ヶ月での激戦が嘘のようだ」
「……」
完全に馬鹿にされているとしか思えない。
アフリカでの死闘は、無意味だったのか。
確認できているだけでロシアに一つ。中央アジアにまだ二つ。ストームチームだけでは手出しが出来ない巨大な巣が発見されている。
これらを潰さなければ、更に怪物は増える。
それに、各地にはまだまだ地下に転送装置があるだろう。転送装置全てを潰さなければ、怪物はそれらの巣から転送され放題だ。
敵は好き勝手に自爆特攻をする事が出来。重要拠点やインフラをつぶし放題。
しかも、それをノーコストで行う事が出来る。
こんな戦いでは、勝ち目なんかある訳がない。
「君達が戻ってきたことで、日本は少なくとも安全がある程度……最低限は確保できたと見ていい。 戦略情報部と先進科学研は、このタイミングに戦力を整備するつもりのようだな」
「分かりました。 我々はどうすれば」
「……指示があるまで、休暇を取ってくれ。 君達を海外に派兵すると、また東京に大規模な襲撃が、それも散発的にあるだろうな」
そうか、休暇か。これほど嬉しくない休暇は初めてかも知れない。
当然成人していた弐分は、それなりの蓄えがあるとはいえ。それでも一応働いてはいた。
力仕事がメインだったが。働く姿を三城に見せておきたい、と思ったからだ。
三城が成人したら、好きな道を選べるように。どんな仕事が世の中にあるのか、調べてもおきたかった。
それは大兄も同じだろう。
だけれども、もう三城は成人して。
軍以外の道などなくなってしまっている。
これは、何の皮肉だろう。
そして休暇がこんなタイミングで来るか。小田大尉があの世で聞いたら、きっと真顔になる事だろう。
いずれにしても、大兄に休むように指示されて。自室に行く。
ストームチーム用の部屋はそのままに用意されていた。
ただ、大兄が妙な事を言う。
「既に申請してあるが、ベース251に近々出向く。 近隣の怪物も駆除する」
「ベース251……確かベース228から北に行くとある基地だな」
「ああ。 そこで三ヶ月後……正確には87日後の正午に集まる予定だ。 皆、それに沿って行動できるように申請はしてある」
「彼処って激戦地ッスか?」
頷く大兄。
一華がバイザー越しに疑問を投げかけてくる。
「確かに怪物は積極的に動いているみたいッスね。 でも、我々だったら二日もあれば全部片付けられるッスよ」
「いや、大物が来る」
「大物?」
「そうだ。 ずっと変な夢の話をしていただろう。 どうもそれの正体がはっきりしてきた感じだ。 先進科学研の見解は当たる。 恐らくベース251の至近に……プライマーが戻ってくる。 最前線が其処になる。 ならば、俺たちが其処に出向くしかない。 これは今までに無い程、濃い勘だ」
なるほど、それなら納得も行く。
二日だけ、休暇を貰う。
その後は、四人別々に各地に飛び。まだ調子に乗って攻撃をして来ている怪物を相手にすることとする。
大兄の勘を疑う奴なんて、ストーム1にはいない。
いや、上層部にもいないだろう。
弐分は、北海道に出向いた。
せっかく復興が始まっていた基地周辺にいる怪物と、また泥沼の戦闘が開始されていた。全て片付けて、蹴散らして回る。
現地の部隊には感謝されたが。
ストームチームがばらけて行動しているとプライマーが悟ったら、どんな動きをしてくるか分からない。
だから、敢えて「指定の日時」までは。各地をバラバラに転戦することにする。
三城はほとんど、愚痴を吐かなくなった。
まあ高校に入った頃から、たまに部屋の隅で静かにしていることはあったけれども。それ以外では、黙々とタスクをこなせるようになっていた。大きな心の傷がまだ残っているとしても。
既に克服している、ということだろう。
だから、大兄か弐分が三城の側についている必要もなくなった。
一華は元から心配していない。
あいつは、自己評価は低いが。
もうとっくに一人前の戦士だ。
しかも、支援や修理も出来る分、基地などに来てくれれば本当にありがたられるタイプだろう。
この間聞いたが、原子炉の仕組みまで理解しているらしく。東京基地では技師達に頼まれて、修理もしていた。
確かにパワードスケルトンがないとまともに戦えないくらい虚弱だが。
オツムの方は、戦略情報部なんか束になっても勝てないくらいには有能だろう。
それに、ニクスに乗ったときの一華は、ストーム1の他の三人とまるで見劣りがしていない。
そういう意味でも、もはや弐分も認める戦士であることは確実だった。
伊達に、あのトゥラプターとやりあって生き残っていないと言う事である。
いずれにしても。
もう三ヶ月とせず、プライマーは戻ってくる。
そう考えると、戦闘でもしなければ、やっていられなかった。
連日、ひたすらに殺しを続ける。
相手は怪物だ。
殺さなければ殺される。
それは分かっているとしても。
もはや戦いでしか、心の渇きを癒やせないというのは。自分でも末期だなと、弐分は思うのだった。
4、その時が始まる
退屈な三年だった。
「火の民」の戦士トゥラプターは。この席を温めるのもこれで最後だなと思う。もうすぐ到着すると、連絡があったからだ。
三年で一度だけ面白かったのは、「いにしえの民」が攻勢を掛けてきたとき。
指揮をしていて面白かったが、少しだけ心配になった。
あの戦士達が、死ぬのでは無いかと思ったからだ。
あの戦士達は死ななかったが。
しかし、それ以外は大勢死んだ。
トゥラプターは興味を持たなかったが、あの戦士達を支えた有能な戦士達が死んだようだった。
それから、あの戦士達は火がつくような勢いで戦っていた。
何度、降りて直に戦いたかったか。
だが、それも我慢だ。
トゥラプターだって、本国の惨状は知っている。
そして、本国にはできる事が少なすぎるのである。
「到着為されました……!」
「ああ、出迎える」
指揮シートから立ち上がると、本国から来た「戦闘輸送転移船」を出迎える。この船よりも一世代後の技術で作られた艦船で。様々な機能が搭載されている。
それだけではなく、何よりも内部に空間がある訳ではなく。
亜空間を内部に持っており。そこにとんでも無い量の物資を搭載する事と、更には輸送する事が可能だ。
敬礼して待つ。
程なくして、姿を見せた者がいる。
「水の民」の長老だ。
巨大な丸い頭部には、一対の目と小さめの口。そして、その下には八本の手足が、長く伸びていて。
それぞれが床にしなやかに伸び、体を支えている。
先祖たる存在は、水中での生活をしていた種族で。運に恵まれず、地上に進出がかなわなかったらしい。
だが母星で爆発的な発展を「促され」。
その結果、このような姿になった。
「水の民」の長老は切れ者で有名で、「風の民」の長老。事実上、現在母星を仕切っている最高指導者ですら一目おいている存在だ。
戦闘力も高い。
トゥラプターを戦士として抜擢し、「火の民」の長老にその独立行動権を認めさせたのもこの長老である。
それぞれの「民」に複数いる族長の中から、偉大な業績を残した者が一段上の「長老」になる。そしてこの長老は、数少ない有能な存在だ。
故に、トゥラプターが敬意を払い。
素直に上位の者と認める、数少ない相手だった。
恩を仇で返すような真似はしない。相手を認めたら敬意を払う。
それがトゥラプターの流儀だ。
まあ、尊敬している相手なんて殆どいない。本国のバカ共の事は、トゥラプターは軽蔑しきっていたが。これに関しては例外だ。
「お久しぶりです、「水の民」長老」
「ああ。 其方の体感時間では地球の時間で25年ぶり程度かな?」
「そうなります。 その程度の時間でも、色々とありました」
「分かっている。 此方も……それは同じだ」
疲労の顔が長老には色濃い。
「水の民」長老は切れ者として知られていて、元々戦闘力では「火の民」や「風の民」に劣る「水の民」が、前線で戦えるように装備を考案し。頭脳労働だけの種族では無いと周囲に存在感を示した傑物である。
そんな傑物がこれほど疲れきっているのだ。
本国は余程酷い事になっているのだろう。
しかも不愉快な事に。
バカをしでかした連中は、長老の前の前の世代だ。
今更どうにもできない。
「外の連中」の見張りは完璧。
最悪の場合、どこにいようが、それこそ違う時間軸にいようが。
そんなもの貫通して、全ての兵器を一瞬で沈黙させられるだろう。
それほど、とんでもない相手に対して。
先祖がバカをやらかしたと言う事だ。
「水の民」はそれ以降、どうにかして抜け穴がないか探しているようだが。
そういう相手の対応も「外の連中」は慣れっこらしく。あらゆる点で先手を打ってくる。
主に新技術を開発している「水の民」も、苦労が絶えないと聞いている。
「既に物資の回収は済んでいるな」
「は。 戦闘情報についても」
「では、例のものが予定時刻におり次第、今回も所定の作業を行え。 ああ、あの無能の……「先代」前線総司令官更迭の場には私も立ち会う。 捕らえるのはお前がやるように」
「承知」
「戦闘輸送転移艦」の艦隊が集まり始める。
ざっと60隻というところか。
長老が25隻を連れてきたことで、更に規模が拡大した。今の「いにしえの民」には観測も出来ない月の裏側に集結している。
このうち4隻は、別行動。
本国に戦闘データを送り、新兵器の開発と。更には生物兵器の培養などに役立てる。
残り56隻は、これから戦況を根本的に変えるために動く。
トゥラプターも、その作戦には参加する。
「それで事故については、何か分かったか」
「いえ。 しかしながら、手は打ちました」
「ほう?」
「既に「いにしえの民」は核攻撃能力を失い、更にはその戦力も徹底的に削り取ってあります。 以前の不可解な事故の直前、「いにしえの民」が少数の戦力で「例のもの」へ攻撃をして来たことが分かっています。 もしも共通する点があるとすれば、「例のもの」へのダメージです」
頷く長老。
トゥラプターを飼い慣らせるのは此奴くらいだろう。
そう長老達も話しているらしい。
勿論、飼い慣らされるつもりはない。
だが、恩は感じているし。
それを仇で返すつもりだってない。相手が、余程トゥラプターの自主性を踏みにじるような事がなければ、だ。
さて、開始するか。
「いにしえの民」はさぞや此方を。「プライマー」と呼ぶ本国の民達を恨んでいることだろう。
その恨みは仕方が無い。
馬鹿な先祖については、トゥラプターだってハラワタが煮えくりかえる思いなのだ。
だが。それについてはもはやどうにもできない。
「外の連中」による干渉がこれ以上無い程きつく。
そして、条約でぎちぎちに縛られている以上。
他に方法が無いのだ。
せめて、「いにしえの民」が会話が成立するような連中であれば結果は違ったのだろうが。
そんなものは成立しないと、「一回目」に嫌と言うほど思い知らされた。
もはや憎しみの連鎖はどうにもできない。
ただ、それで高揚する自分がいる事も事実だ。
次の周回でも。
ひょっとしたら、あの四人の戦士達は仕上がってくるかも知れない。
流石に、今回ほどの好条件が揃うとは思えないし。
あの無能が更迭され。指揮官として有能な長老がきた時点で、全てが変わるだろうが。
それはそれだ。
残念だが、諦めるしかない。
それに、ありがたすぎて涙が出ることに、「外の連中」は相応の手を打ってくれるそうだ。
それによって、互いの致命的な結果は避けられるだろう。
幾つかの指示を長老から受けたので、すぐに動けるようにする。
三年ほど、地球の時間で退屈に過ごしたが。
その間、身体能力が鈍るような真似はしていない。
いつでも、フルパワーで動ける。
トゥラプターは戦士である。戦士である以上、その責務を、いつでも達成出来るように、油断は一切していなかった。
壱野が無線を入れる。
弐分も、三城も、一華も無事だ。
予定の時刻がもうすぐ来る。
今、ベース251に向かっている。
移動には、バイクを用いる。
弐分と三城は途中で合流して、軍用のトラックで来るそうだ。その軍用トラックの運転手も、これから兵士としてベース251でこき使うらしい。
一華は今、ベース251の近く。
更に北の新潟にある基地で、現地の戦闘部隊。
怪物対策のために編成された「駆除チーム」のビークル類の整備を行っているらしい。
あの先進科学研と散々に揉めたハイロウミックスのテクニカルを作っているそうだ。
何でも新潟の基地には、足回り以外何とかなっているニクスが数機あるらしく。
これはもったいないと言う事で、一華が手入れしているとか。
もうすぐ終わると言うことで。少し遅れて合流はするそうである。
夢の事が、少しずつ濃くなってきている。
あれは、多分夢では無かったのだ。
空から降りて来た何か。
もやが掛かっているようだが、巨大な円環のように思えた。
それに対して、攻撃を仕掛ける。
その過程で、弐分も三城も死んだ。
その時は、だ。
夢の中だとは思えない。
どんどん夢がリアルになって来ている。
今は、その時と状況が違う。
弐分と三城は、戦士としてその時とは比べものにならないほどの実力を身につけているし。
一華という強力な戦士も加わっている。
だが、ストーム2も、ストーム3も。ストーム4も。みんな死んだ。
次は、死なせたくない。
そのためには、更に技量を磨かなければならなかった。
ボロボロの軍服。
パワードスケルトンも、整備が足りているとは言いがたい。
背負っているライサンダーZとストーク。
装備はこれしか持ち出せなかった。
ストークも、最新型はおいてきた。
最悪、ライサンダーZだけあればどうにでもなると思っているからだ。壱野の強みは、やはりこれ。
狙撃こそが、歩兵の華だと考えていた。
最新の武器は、他の兵士が使って東京を守れば良い。
「ここか……」
ベース251。
荒れ果てた、北関東にある町。
周囲の町は焼け果てていて。もはや原型を残していない。
市民など、一人もいない。
無事だった市民は東京に疎開した。
更に、近隣で小規模ながら怪物が繁殖していると言う事もある。
また、コロニストの目撃報告もあるそうだ。
残存しているコロニストは、この辺りに集まっているらしいと言う話もある。
復旧に全部のリソースを注いでいるEDF総司令部は、ストーム1が独立行動をするのにも、随分渋った。
それでも、どうにか独立行動が出来たのは。
ストーム1が出向く所の敵は確実に片付けられるし。
なにより復興の中核である東京から、ベース251が遠くないことも理由なのだろう。
さっとデータを見るが。
懐かしい名前があった。
そうか、この基地にいて。
EDFの隊員になっていたのか。
随分と世話になったな。
あの時。三城を助け出した時。クズを殴り殺そうとした壱野と弐分を止めたのは、祖父とその人だった。其奴を殺したら、そいつと同じになる。そういって、止めてくれた。
その後、裁判があまりにもグダグダでいい加減だったこともあって、警察に嫌気が差したという話はしていたそうだが。
EDFに入って、しかも転戦を続け、生きていたのか。
そうか。ただ、そろそろボケが来始めるときだ。
壱野の事を、覚えていないかも知れないが。
それはそれだ。
別にかまわない。
「大兄、此方弐分。 三城ともども、予定時刻に少しだけ遅れる」
「リーダー、一華ッス。 整備が終わったので、これから向かうッスよ。 到着は二時間ほど遅れるッスね」
「分かった。 かまわない」
バイクを走らせる。
どんな悪路でも、このフリージャーは進める。
そのまま基地の近くへ。
途中、完全に破壊されている商店街を通り。心が痛んだ。
守れなかった場所だ。
そしてこれからも恐らくは守れない。
もし守るとしたら、何か決定的な切っ掛けが必要になるだろう。
ストーム1に入れるくらいの人材を、もう何人か見繕うか。
戦闘で消耗して壊滅していくストーム3とストーム4の人員が生き残れるくらい、奮戦するか。
何より、ストームチーム中核の荒木軍曹が、もっと活躍出来るように場を整えるか。
それら全てを並行してこなすとなると。
もっともっと、激しく徹底的にプライマーを叩かなければならないだろう。
いずれにしても、もう出来ないことだが。
どうしてか、それに対しての絶望感はなかった。
ともかく、ベース251に向かう。
今までに無い、最悪の悪意と。
ほのかに点る希望が。
其処にある気がしていた。
(続)
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