銀の傲岸

 

序、降り来る巨神

 

マザーシップナンバーイレブンは爆発四散した。宇宙の卵とやらは、粉々に消し飛んだのだ。

その爆発は凄まじく、空から雲が消し飛んだほどだった。

だが、その爆発の中に。

人が浮かんでいる。

補給車から、武装を取りだし。怪我の応急処置をする壱野。あれは、間違いない。

あの凶悪な悪意。

いや、敵意。

恐らくだが、敵の首魁。

総司令官と見て良い。

トゥラプターの話を総合する限り、そもそも敵、プライマーの首脳部は地球に来ていない可能性が高い。

あれは現地に派遣された将軍だろう。

だが、それでも倒せばどれだけのダメージをプライマーに与えられるか分からない。

そして、嫌な予感がする。

実力はトゥラプター並みか、それ以上か。

それ以下だとしても、何をしてくるか分からない。

「神話にある神そのものの姿です……!」

「コマンドシップの乗組員だ! 拘束しろ! 抵抗した場合は射殺してかまわない!」

成田軍曹に比べて、千葉中将の言葉は苛烈極まりない。

それはそうだろう。

無条件降伏まで打診したのに無視して殺戮の限りを尽くした邪悪の権化だ。

敵が無条件降伏を無視して、結果殺された人間の数は知れない程である。

もはや、和解など不可能だ。

人型が降りてくる。

同時に、ばらばらと兵士達が駆けつけてきた。

恐らく、グレイプに乗って来た支援部隊の兵士達だろう。壱野は、すぐに叫んでいた。

「あれはとてつもない危険な相手だ! すぐに距離を取れ!」

「それでも、少しでも役に立ちます!」

「ニクスの修理、少しでもやります!」

「くっ……」

ニクスの修理を頼む。

一華機もボロボロなのだ。少しでも動かせる方が良い。兵士達には、其方に回って貰う。

一人でも、生還させないと。

見上げる。

敵の首魁らしき巨人は、全体的にはコスモノーツに似ている。

だが通常種のコスモノーツよりも、何倍も大きい。

人間と同じく二本ずつの手足。

顔には目がなく、口しかない。

そして、全身は完璧なまでの美を誇る男性的な裸体。まるでギリシャ時代の彫像のようだ。

全身は銀色であり、何かしらの装備をつけている様子はない。

そして、全裸にもかかわらず。

生殖器の類は見受けられない。

これはコスモノーツもコロニストもそうだ。

コロニストは雰囲気的には恐らくだが、改造されてそうなっているのだとは思うのだけれども。

コスモノーツは、恐らくは違うと見て良いだろう。

地上近くまで、装備もつけていない巨人は降りてくると。空中でぴたりと止まる。

「宙に浮いているぞ!」

「どうやって飛んでいるんだ……」

「距離を取れ! 何をしてくるか分からない!」

「わ、分かりました!」

兵士達が、分隊ごとに散り始める。その動きが遅いので、とにかくやきもきさせられる。

弐分に目配せ。

最悪の場合、気を引くのは弐分の役割だ。三城にも。

三城には、大火力を担当して貰う。

一華は。

まだニクスを修理中だ。

あのニクスを破壊されると困る。

中には、一華の戦力の半分を担っている、手組みのPCが搭載されているのだ。

「何もしてこない……」

「降伏するつもりか?」

「いや……来る!」

壱野が、殆ど反射的に飛び離れると同時に。

緑色の光が。多数その場を抉っていた。

銀の巨人が放ったものに間違いない。

それは壱野が避けた先で、グレイプに着弾。一瞬にして、粉砕していた。

「攻撃してきた!」

「なんだ今の攻撃は!」

「かまわない! 抵抗の意思ありということだ! もはや話し合いの余地などない! 射殺しろ!」

「くそっ! やってやる!」

兵士達が、一斉に射撃を開始する。

弾は当たっているはずだ。

だが、効いている様子がろくにない。

壱野がライサンダーZを叩き込んでも、けろっとしている。走りながら、様子を確認する。

浮遊する巨人は、余裕の様相で手を拡げる。

まるで、何かに祈りでも捧げているようなポーズだ。

おちょくっているのか。

その可能性はある。

弐分が接近して、スピアを叩き込み、一撃離脱する。奴はその場から動きすらせずに、光を放つ。

それは弐分を追尾。

高機動装備をフル活用して何とか回避する弐分だが。

緑色の光線は弐分を外しても、今度はその先にあったキャリバンを直撃。大破に追い込んでいた。

にやりと笑う巨人。

いや、顔がそう動いたのでは無い。

そういう気配を感じたのだ。

明らかに笑っている。

貴様らが例え避けても。貴様らの守ろうとしたものを、悉く殺し尽くしてやる。そんな凄まじい悪意が感じられる。

三城がファランクスを叩き込む。流石に超高熱を浴びて銀の巨人も面白くないと思ったのか離れるが。

同時に、光の球を多数放つ。今度は緑色ではないが。ゆっくり追尾してくる。

三城のようなタイプには、非常に面倒な攻撃だ。

しかも雷撃銃で叩き落とす事もできない様子だ。

「一華、解析できるか!?」

「ちょっと待ってほしいッス。 しばらくは三人での攻撃を!」

「好きかってやらせるかっ!」

228基地から持ってこられていたグレイプに乗って、兵士達が巨人の周囲を走り始める。

マザーシップナンバーイレブンの攻撃で破壊されなかったものが、何両か存在していたのだ。

流石の快足だが、とてもではないが勝てるとは思えない。

「危険だと思ったら即時脱出してくれ!」

「了解! 速射砲、喰らえっ!」

グレイプの速射砲は、かなりの火力を持つ。今動いているグレイプは最新型ではないものの、怪物数体くらいなら寄せ付けないだろう。

それでも。

その速射砲が体中に直撃しているのに、巨人はけろっとした顔をしている。

兵士達は、必死に射撃し続けているが、滑稽なだけに思えた。

また緑色の光が迸る。

一撃でグレイプが横転して、そのまま兵士達が逃げ出す。

光の球が追撃を仕掛けて。

グレイプが爆発四散した。

「畜生っ! なんなんだあいつ! なんなんだよ!」

兵士達が絶望の声を上げた。

その間も、壱野はひたすらにライサンダーZの弾を叩き込む。走りながら。

弐分も諦めずに、機動戦を続け、スピアを叩き込み続ける。

傷はついている。

だが、コスモノーツと同等か、それ以上の速度で回復し続けているのだ。こんな存在は、流石にいくら何でも想定外である。

ただ、コスモノーツもコロニストもそうだが。

回復には限界がある。

あのアーケルスだって、頭を潰せば死んだのだ。

こいつだって、回復には限界があると見て良いだろう。

三城がビルの残骸すれすれを飛び。

追尾していた光の弾が、ビルの残骸を擦って爆発する。なるほど、対処法はあれか。すぐに共有するよう一華に指示。

少しずつでも、確実に情報を蓄積していかなければならない。

千葉中将が、戦略情報部に無線を入れる。

「解析をしてくれ! 奴の攻撃はなんだ! レーザーのようだが、ホーミングしているように見えるぞ!」

「現在解析中ですが、不可思議な事があります」

「不可思議な事だらけだ!」

「落ち着いて聞いてください。 あの巨人からは、金属反応が感じられません。 つまり、生身と言う事です」

生身、か。

アーケルスも死ぬと、あっと言う間に骨になっていった。

何かの代償がある力か。

それとも、人間が到達していない超テクノロジーか。

いずれにしても、まともにやりあって勝てる相手ではなさそうだ。

だが、勿論屈するつもりはない。

巨人が何か声を発している。

それが恐らく、此方を馬鹿にするものだろうことは分かる。

口に銃弾を叩き込んでやる。

流石に怯んだのか、少し顔を歪めるのが分かった。

即座に反撃を壱野に向けてぶっ放してくる。

パワードスケルトンの補助で多少足は速くなっているが。完璧なタイミングでないと、あの緑の光は避けられない。

光弾も一緒に来るが。

それは三城がやったように、ビルのギリギリを走り、全て誘爆させた。

空をひらひらと舞っている巨人。

それほどの高度を飛んでいる訳ではないが。

それでも、此方が攻撃出来る高度だ。

おちょくっているとしか思えない。

「言葉が通じていることは分かっている。 貴様らが此方の言葉を発する事が出来ることもな。 喋ったらどうだ」

「……」

「そうか、どうやらトゥラプターと名乗ったあの赤い戦士と違って、どうやらメンタリティは平均的な地球人と同じようだな。 自分より下の相手を必死に探し、それを馬鹿にする事で精神衛生を保つ。 地球人と同レベルの相手に、侵略を受けていたと判断して良さそうだ」

勿論挑発だ。

だが、相手は乗ってこない。

余裕が余程あるという事だ。

バイザーに。一華当てに通信する。

「まだ切り札を使うな。 奴は本気を出していない」

「了解ッス。 此方も解析にはまだ時間が掛かるッスよ」

「かまわない。 ギリギリまで弾丸を温存してくれ」

走る。

遠くに逃がした大型移動車。

生き残りの兵士達。

彼らを巻き込みかねない戦闘だ。とにかく出来るだけ急いで敵を追い詰め、そして切り札を引き出させないといけない。

いずれにしても、舐めて掛かっていたら勝てないと認識させる事が急務だ。

また光を放ってくる。

だが、それを回避して。カウンターで口の中に弾丸を叩き込んでやる。

またのけぞる。

やはり、効くには効いていると見て良い。

「戦略情報部! 奴の武装はなんだ! まだ分からないか!」

「分析の結果は出ません。 つまり、われわれの常識外の兵器と言う事です」

「どういうことだ」

「あまり科学的な言葉とは言えませんが……金属装備もなく空を舞い。 光を操り物質に干渉する。 そんな力は、サイコキネシスとでも言う他ありません」

サイコキネシスか。

それくらい、エイリアンなのだ。使っても不思議では無いだろう。

なお、祖父はそういった力には極めて懐疑的だった。

殺気に対しての論理的な説明をした後、祖父はいったものだった。

超能力というものは、少なくとも見た事がない。

古流武術ではインチキじみた技を使う流派もあるが、それには全てからくりが存在していた。

だから、それに惑わされず。

正体を必ず見極めろ、と。

だが、これは流石にからくりや手品でできる事だとは思えない。

いや、例えばだ。

余所から強力な干渉をしていて。それによって使えるようにしている可能性は。

それに、コロニストは戦車砲にも耐えていた。初期のブラッカーのものに限定はされたが。

文字通り戦車を貫く戦車砲の攻撃に、赤いα型も最初の頃は余裕を持って耐え抜いていた。

それを考えると、あの巨人がタフなことはまあ理解出来なくもない。

体格はアーケルスほどではないが、それに近いほどもある。

アーケルスと同じ改造を体に施しているのであれば。

何かあっても、おかしくは無いのだ。

成田軍曹が、神を前にした何かの宗教の信者のように呟く。

「光を纏い、空を飛ぶ。 神話にある神そのものです……」

「神か。 だがエイリアンの神だ。 それに神話の神々が、今まで地球に何をもたらしてきた。 既得権益層の権利の担保、僧職についた者達の特権と富、それに差別と排他性、何よりも身勝手な正義の担保。 素朴な信仰は確かにあるが、少なくとも神を名乗るような連中や、強権を持って広められた宗教にろくなものがなかったのが事実だ! そんな神など必要ない! 地球にはな!」

千葉中将が過激な言葉で返すが。

まあ、壱野もだいたい同感だ。

インドに墜落したエイリアンの船。

それが、もしもインドにヒンドゥーの思想をもたらしたのだとすれば。

カースト制度という最悪の代物を地球に持ち込んだ可能性も高い。

そうなってくると。

あの「神」の顔面には、億人単位の拳を叩き込んでも足りないだろう。そうでなくても、奴にはどれだけの拳を叩き込んでも気が済まない。

弐分が光を回避しながら、接近。スピアを叩き込む。叩き込んだのは関節部だ。其処に、同時にピンホールショットを決める。

傷が露骨に出来る。

巨人は痛がってすらいないようだが。

「良くない報告です」

「なんだ」

「マザーシップが移動を再開しました。 マザーシップナンバーイレブンが撃墜されてからしばらく停止していたのですが」

「なんだと!」

千葉中将が立ち上がったらしく、無線の向こうでがたがたと音がした。書類か何かが落ちたのかも知れない。

マザーシップはナンバーイレブンの他に一隻が偶然撃墜されたが。それでも九隻が残っている。

更に四隻は大破しているものの、五隻はほぼ無傷のまま、我が物顔に此方に向かっているのだ。

「戦闘可能な部隊を探します! 誰か、誰かいませんか! 返事をしてください!」

悲痛な成田軍曹の無線。

だが、何処の基地も怪物による間断ない攻撃で、手の撃ちようがない筈だ。

何とか、地力でどうにかするしかない。

「東京基地は!」

「ドローンがひっきりなしに押し寄せています! 対処で手一杯だ!」

「くそっ! 打つ手なしか!」

「この機会を逃したら、もはや次はありません。 ストームチーム……いけますか」

不意に、話が此方に向く。

壱野は射撃を繰り返す。

さっき傷が出来た巨人の足に、何度も叩き込む。

更に其処へ、三城がファランクスを叩き込む。

巨人の右足が、膝から吹き飛び、消し飛んでいた。

勿論、コロニストやコスモノーツの事を考えると、手足が吹っ飛んだくらいなんともない可能性もある。

事実、巨人は苦しんでいる様子もない。

「傷はつけられることが分かった。 何とかやってみる」

「分かりました。 その言葉、信じます」

「何……」

「オペレーションオメガを発動します」

また、がたんと音がする。

今度は成田軍曹の方らしい。

なんだ。オペレーションオメガ。何かとても嫌な予感がする。

この世でもっとも強烈なのは、人間の悪意だ。

それを身を以て知っている壱野は。それに対して、止めなくてはならないという印象を抱いた。

「や、やめてください! 少佐、それだけは、それだけはやめてください!」

「いったい何をするつもりだ! 私の権限でもそんな作戦は確認できないぞ!」

「正真正銘最後の作戦です。 作戦コードは最上位。 今……臨時総司令の許可も下りました」

「一体何をするつもりだというんだ!」

千葉中将が叫ぶ。

壱野は、一秒でも早く敵の能力を解析し。

叩き潰さなければならないと。

この時、確信していた。

「弐分、三城。 次は右腕だ。 集中攻撃を浴びせろ。 一華、ニクスの戦闘継続時間はどれくらいになりそうだ」

「五分、もてば良い方ッスね」

「分かった。 敵が全力を出してから、動いて貰うぞ」

「了解……」

レールガンは全て先のマザーシップ戦で行動不能になった。

ニクスには無事な機体もあったにはあったが、戦えるような状況ではなかった。

長野一等兵は負傷していることが確実。

尼子先輩は、そもそも戦力に数えられない。

だったら、なんとしてでもこの巨人を此処で、屠るしかない。ストーム1の四人だけで。

一華は切り札をまだ一枚持っているようだが。それをまだ切るわけにはいかない。

敵の全力をまず引きずり出してからだ。

足が見る間に再生していく巨人。余裕の様子で、また光を放ってくる。

だが、光を放つのに使う右手に、弐分のガリア砲が直撃。それによって、光が暴発して、掌がまとめて吹っ飛んだ。

肘にライサンダーZの弾を叩き込み。更にファランクスの一撃が打ち込まれる。

吹っ飛ぶ巨人の右手。

すっと距離を取ると。巨人は、流石に頭に来た様子だ。そう、それでいい。此方を侮れない事を見せてやる。

巨人が、空を仰ぐようなポーズを取る。右手が肘から先がないが、関係無いという感じだ。

同時に、巨人の背中に。

巨大な光の曼荼羅か何かのような。模様が出現していた。

何かの装置を使っている様子はない。

こいつがサイキッカーだというのは、どうやら間違いはないらしい。舌なめずりをする。

威圧感が数段上がった。

恐らくだが。

ここからが、本番だ。

 

1、それぞれの最後の戦い

 

弐分の目の前で、巨人が浮き上がる。

これは、まずい。

そう判断した直後。

巨人が、地面に凄まじい蹴りを叩き込んできていた。

さっき砕いてやった足を使って。

つまり、再生はなんの問題もなく行えている、ということだ。

地面に亀裂が入るほどの凄まじい蹴りである。こんなものを喰らったら、一撃即死確定である。

戦車やニクスですら、もたないかもしれない。

「な……巨人が姿を変えたぞ!」

「あれが、巨人の本来の姿なのかも知れません。 周囲に設置してあるレーダーや計器が、無茶苦茶な数字をたたき出しています。 まるで小さな恒星があの場所に出現したかのようです!」

「今までは、小手調べですらなかったという事か! おのれ……!」

「戦闘可能な部隊を探します! 誰か、誰か応えてください! このままでは、ストーム1が!」

成田軍曹が、泣きながら喚いている。

だが、返事などない。

228基地だって、無理をして兵員を出してくれたのだ。その兵員だって、こんな戦いに巻き込まれたら秒で全滅である。

また、強烈な蹴りを叩き込んでくる巨人。

三城を狙ったようだが。間一髪でかわす三城。だが、擦っただけで吹っ飛んで、ビルの残骸に叩き付けられていた。

三城と叫びながら、敵に間を詰め。相手の足に再びスピアを叩き込む。更に即座に武器を切り替えて、ガリア砲を打ち込む。

大兄のライサンダーZが完璧なタイミングで同じ位置に刺さり、巨人の足が吹っ飛ぶが。

あからさまに、巨人がにやりと笑うのが分かった。

即座に離れる。

大兄も、すぐに全力で走る。

巨人がぐっと後ろにさがるように浮き上がると。

凄まじい勢いで突貫してくる。

衝撃波すら放ちながら、全身で突っ込んできた巨人。

地面が抉れ、周囲のアスファルトが煮立っていた。

「何という化け物だ……! とても倒せる相手では無いぞ!」

「巨人の力は更に上昇しているようです! 計器類が指し示すデータが、どんどん上昇して、一部は振り切れています!」

「何のトリックを使っている! サイコキネシスなどというものがある筈がない!」

「認めてください。 サイコキネシスでは無いとしても、確実に地球人類が到達していない未知の力です」

少佐の言葉通りだ。

こんなのは、いくら何でも不可能だ。

特撮に出てくる光の巨人でも連れてこないと、本来だったら絶対に対抗できないだろう。

大兄がいるから何とか出来る。

いなかったら、とっくに弐分はやられている。

今度は再生した右手を空に掲げ、レーザーを放ってくる巨人。

凄まじい火力で、瞬時に追尾してくる。

狙っているのは大兄か。

だが。大兄は陰に隠していたらしいバイクを使って、即座に回避。非常に巧みなバイク捌きで、攻撃を回避しきる。

その間に、弐分は接近。

敵の後頭部に、ガリア砲を叩き込んでいた。

「弐分、三城! 距離を取れ!」

「!」

巨人が、手をぐるりと大きく回す。

同時に。

虚空から、数体のコスモノーツが出現していた。

虚空から、である。

隠れていた兵士が叫ぶ。恐怖に声が上擦っていた。

「エイリアンだ!」

「どういうことだ! 何もないところからエイリアンが出現したぞ!」

「空間転移でしょうか……」

「そんな力まであるなんて……!」

成田軍曹の声が死んでいる。

コスモノーツは、レーザー砲持ち二体が混じった強力な編成だ。しかも、明らかに即座に戦闘態勢に入った。

ガムでも噛みながら、殺戮を楽しみに来たと言う風情ではない。

本気で此方を殺すつもりで来ている。

大兄が即応。

レーザー砲持ち一体の頭を、即座に撃ち抜く。ヘルメットが砕ける。

そこに、三城の放ったプラズマグレートキャノンが着弾。

だが、エイリアンは鎧を砕かれながらも、旺盛な戦意で反撃してくる。ショットガン持ちもいて、周囲の隠れている兵士達を確実に見つけ出し、狙っているようだ。

「くそっ! エイリアンを相手にする戦力など、今あの場所にいる兵士達にはないぞ!」

「……俺たちが行く」

「ストーム3!」

「なあに、痛み止めはもう打った。 これ以上寝ていると腕がさび付くのでな」

「此方もいける。 二人だけだがな……」

ストーム4もか。

それだけじゃあない。

マザーシップナンバーイレブンとの戦い最後で、通信が聞こえなくなった荒木軍曹の声もした。

「こっちは処置に手間取っていたが、なんとかなる。 其方に向かう。 持ち堪えてくれ」

「しかし、重傷の筈です!」

「重傷などといってはいられんさ。 映像は共有して此方でもみているが、凄まじい化け物だ。 流石のストーム1も、四人だけでは手に負えないだろうよ」

「それに、ストーム1のおかげで私は希望を貰った。 今度は此方が希望を見せてやらなければな」

希望、か。

ジャンヌ大佐に、希望をあげていたか。

そうか。

そう思うと、少しだけ誇らしい。

巨人がまた浮き上がろうとするが。後頭部にガリア砲をたたき込み。動きを阻害する。エイリアンが一斉に攻撃をしてこようとするが。

レーザー砲持ち二体目の頭を、大兄が撃ち抜く。

どちらに対応しようかと、一瞬の躊躇をするエイリアンども。

そこにまた、プラズマグレートキャノンが着弾。

全滅までは追い込めないが。

それでも、手足を失ったコスモノーツどもが、必死に再生しようと四苦八苦している。そこへ、遠くから凄まじい勢いで来る数名の戦士。

ストーム3とストーム4だ。

エイリアンが手足を再生して、戦闘態勢を取る。

乱戦状態になった。

「俺たちを盾にしろ!」

「あのデカブツをやれっ!」

ストーム3の兵士達が口々に言う。

上空から、マグブラスターの熱線が迸り、コスモノーツの手足を消し飛ばした。

数体のコスモノーツと乱戦を繰り広げるストーム3とストーム4。

巨人は嘲笑うように、蹴りを叩き込もうと浮き上がるが。

大兄が、その顔面にライサンダーZの弾を叩き込む。

動きを阻害された巨人が、背中の光から、無数の光弾をぶっ放してくる。ガトリングのような凄まじさだ。

最初は本当に遊んでいただけだったのだとよく分かる。だが大兄は、バイクで機動力を稼ぎ、それを全弾回避しつつ、カウンターに一撃を入れる。あの背中の光は、それ単独で攻撃ができるらしい。

手数が敵は倍に増えていると言う事だ。

戦略情報部の少佐が、こんな時に淡々と言う。

「マザーシップの内、大破している四隻が大阪に集結。 残り五隻が、各地から日本に集まりつつあります」

「もう戦力は無い……」

「戦力はあります。 オペレーションオメガを発動しました」

「戦力などない! 何をした!」

千葉中将が激高する。

何となく、嫌な予感がしていたのだが。

しかし、それはすぐに現実のものとなった。

「各地の市民に既に訓練を施してあります。 最低限の武器とアーマーも」

「なんだと……! 民間人を戦わせるつもりか!」

「マザーシップはどの機体も直衛を失っています。 人間の群れを発見した場合、周囲の部隊を集め、直衛にしようとするはずです。 主砲に対する攻撃がマザーシップに致命傷になりうることは、先の大阪の戦いで確認されました。 どれだけ貧弱な装備であろうと、敵は動きを必ず止めます」

「今すぐ止めさせろ! 全員が死ぬぞ!」

その通りだ。

マザーシップの直衛には、怪物もエイリアンも来る筈だ。

数が減っているといっても、戦車が出て来てやっと相手に出来る存在だ。

それを、多少の訓練を施し。

ごまかしの武器を渡した程度で、どうにか出来るはずもない。

全員死ぬ。

その通りの結果になるだろう。

「誰もいない地球を守るつもりか! カミカゼを祈って彼らを特攻させるつもりか! 二次大戦の時に行われた愚行を拡大再生産して何になる! 殆どなんの効果もなかったことは知っている筈だ!」

「確実に僅かな時間を稼ぐことは出来ます!」

珍しく、少佐が感情的に反論している。

千葉中将の言葉と、激しい火花を散らしていた。

「地球環境の再生は、エピメテウスに積み込んだ物資で、数世代に分けて実施する事が可能です! しかし今ここでエイリアンの首魁を仕留めない限り、その未来の可能性すら存在しなくなるのです! この行為には、それだけの意味があります!」

「民間人を守らなくて何が軍隊か! 守るべき民間人を軍に仕立てるようでは、エイリアン以下ではないか!」

「それでも……それでも! 勝つための手段は、全て打たなければなりません!」

成田軍曹が泣いている。

ああ、そうか。

分かった。

だったら、そのオペレーションオメガとやらで、地球上の市民が皆殺しにされる前に。

このデカブツを仕留めてやるしかない。

蹴りを放とうと浮き上がる巨人に、ブースターを噴かして接近する。顔面近くまで来たのを見て、流石の巨人も驚いたのだろう。

同時に、傷だらけになっている三城も、同じ高度まで飛んでいた。

巨大な顔面だ。

顔だけで、人間よりずっと大きい。

その顔面に、至近からガリア砲を叩き込み。後頭部に、三城がファランクスを叩き込んでいた。

初めて、巨人が苦痛に顔を歪ませる。

更に、巨人の右側頭部に、大兄がライサンダーZの弾を叩き込む。

今の蹴りは、エイリアンと乱戦中のストーム3とストーム4を狙っていた。

させるか。

隠れていた兵士達が、わっと出てくる。

そして、必死にエイリアンへの反撃を開始する。

傷だらけのストーム3とストーム4が、必死になって攻撃していたエイリアンの全身から血が噴き出す。

兵士達に支給されている武器はアサルトライフルだけだが。

怪物戦を想定したものだ。

鎧が禿げたコスモノーツだったら。ダメージは与えられる。

反撃しようとしたコスモノーツの首が吹っ飛ぶ。

腕が消し飛ばされる。

「よそ見している余裕などないぞ! 貴様らの側には死神が見える!」

「ふっ。 北欧神話のワルキューレかもしれないな!」

「そういえば、飛んでいる者達がいるな」

「そうだ。 そして死した勇者エインヘリアルもいるではないか」

こんな時まで、悪口を言い合わなくてもいいだろうに。

気を反らされたコスモノーツが、次々倒される。必死にショットガンで反撃しようとしたコスモノーツが、三方向からスピアを喰らって、バラバラになる。

兵士達が歓声を上げた。

反撃を受けて、その兵士の一人がミンチに消し飛ばされる。

だが、直後に最後のコスモノーツが、撃ち倒されていた。

殆ど同時に。

頭への三点集中攻撃を食らった巨人が、背中から地面に激突する。

立ち上がろうとする所に、バイクで至近距離にまで来た大兄が、

立ち上がろうとした巨人の側頭部に、ゼロ距離からライサンダーZの弾丸を叩き込んでいた。

浮き上がりながら、頭をこきこきとならす巨人。

流石に、怒り心頭という雰囲気だ。

「皆、あの巨人の体は相当な耐久力を有している! 回復力も高い! 指示する一点に攻撃を集中してほしい!

「任せろ!」

「容易い話だ!」

大兄が言うと。

恐らく一華だろう。

すぐに指定位置が来る。

巨人が右手を空に掲げて、凄まじい光を集め始めるが。弐分がストーム3と一緒に、一斉にスピアを敵左足に叩き込む。

士気を取り戻した兵士達も、一斉にアサルトで射撃。

更に装備をドラグーンランスに切り替えたストーム4が、立て続けにランスを叩き込んでいた。

ストームチーム仕様の最高火力ドラグーンランス。

凄まじい暴れ馬だが、破壊力は折り紙付きだ。

膝から足が吹っ飛び、体勢を崩す巨人。

光の球を背負っている光から放ちつつ、ふわりと浮いて距離を取ろうとするが。その背中に、周りこんでいた大兄が、ライサンダーZでの射撃を叩き込む。

今度は敵右足、

全員で集中攻撃を浴びせる。

そうだ、怒れ。

どんどん苛立ちを募らせろ。

大兄の射撃は、確実に頭を狙い。そのダメージは、全て一華が解析してくれている筈である。

それならば、必ずこのまま仕留める事が可能なはずだ。

あのアーケルスですら、一華は倒した。

敵に先に切り札を切らせろ。

それが、戦いに勝つコツ。

凄まじい火力が、更に敵に集中し。敵右足が根元から消し飛ぶ。血が噴き出していたが、すぐに止まる。

左足の方は、もう再生している。

だが、誰も諦める様子はない。

今度は右手。

射撃を続けて、敵の行動を逐一阻害する。

三城はファランクスとプラズマグレートキャノンを交互に使い分けながら、敵の動きを上手に防いでいた。

とにかく、下手に飛び回らせない。

それが、この戦いの必勝策だ。

それは何となく弐分にも分かってきた。生き延びた兵士達は、少しずつ射撃の精度を上げて行っている。

ストームチームの猛烈な戦闘に、恐らくは勇気を貰ったのだろう。

だが、無情な作戦は。今も続いているのだ。

「北米にて、マザーシップ足止め作戦開始。 ロシア、中東、東南アジア、印度でも、それぞれ直衛の戦力との戦闘が開始されました」

「味方被害甚大……」

「現時点で、全ての地球人は一時的にEDFの兵士として扱います。 その覚悟で、全ての戦力をマザーシップの足止めに使います。 大阪にて、義勇兵が停泊中のマザーシップへ攻撃を開始。 マザーシップ、上空への離脱を始めています」

「……」

千葉中将は怒りで言葉が出無い様子だ。

一秒を稼ぐのに、何万という命が失われている筈だ。

北米でも作戦が行われていると言う事は。

恐らく、あのジョエルも戦っているのだろう。

老人と子供ばかりだといっていた。

みんな、怪物に食い殺されるのが関の山だ。それでも、一秒でもマザーシップを足止めするために。

巨人の顔面に、また大兄のライサンダーZの一撃が直撃する。

銀の巨人は、凄まじい雄叫びを上げていた。

思わず気圧される。

相手が人間などではとても勝てる訳がないと、その雄叫びだけで分かる程だ。それでも、引くわけにはいかない。

倒さなければ、ならないのだ。

再び、指示が来る。

今度は口か。

良いだろう。

恐らくだが、一華が全員に、何処に攻撃するか指示を別々に送っているはず。事実さっきから、ストーム3とストーム4は、別々に動いている。

ブースターを使って、奴の顔面至近に出る。

雄叫びとともに、目が本来ある位置にガリア砲を叩き込む。

そうした理由は、奴が手を動かして防ぎに来るのが見えたからだ。

手を使って、ガリア砲を防ぐ巨人。

だが、こっちは囮だ。

ストーム4のジャンヌ大佐と、ゼノビア中尉といったか。二人とも包帯塗れだが。二人が、同時にドラグーンランスで、巨人の口を貫いていた。

鋭い悲鳴が上がる。

のけぞった巨人が、後ろに倒れ、地面に激突していた。

やはり、弱点は頭か。

コロニストもコスモノーツも、流石に頭を貫かれたら死んだ。こいつも同じと言う事だ。

一華から通信が来る。

「今ので確認できたッスよ。 奴を倒す方法が、ほぼ確定したッス」

「おおっ!」

「ただ、奴はまだ切り札を残している可能性が高い……苦しいっスけど、もう少し耐えて欲しいッス」

「ふっ。 もう少しでいいのか? 余裕だな」

ジャムカ大佐は、こんな時まで無茶を口にする。

ジャンヌ大佐も、負けてはいない。

「北欧神話もギリシャ神話も、神は予言の出来事に逆らう事は出来ない。 今、此方には現在の予言者がいる。 さあうすらデカイ無能な巨人! お前の最後が予言されたぞ!」

「おのれ……さっきから手加減をしていれば、調子にのりおって!」

不意に、凄まじい声が迸った。

銀の巨人が、身を起こしながら、人間の言葉を発したのだ。しかも英語である。

どうやら、完全に頭に来たらしい。

かまわない。完全にキレたのなら、最終奥義でも最終形態でも使ってくるはずだ。その後は、一華の切り札でどうにかする。

「「いにしえの民」よ! 我等はあらゆる意味で既に貴様らを超えている高次の存在である! 高次の存在が滅べといったら滅べ! それが貴様らの宗教観に植え付けられた思想であろうが!」

「お断りだ」

「そんな事を押しつけてくる神などいらんし、従うつもりもない!」

ジャンヌ大佐と、ジャムカ大佐が、それぞれ即座に啖呵を切る。

大兄が、静かに言った。

「既得権益層の利権を保護するため、人間は最初は救いの思想だった宗教を、どんどん複雑なものとし、手が届かぬものとし、やがては神格化して変えてはいけないものとしていった。 全ては既得権益層の利権を保護するためだ。 宗教というものは、本来人を救うものであろうが。 神を気取り、高次の存在だと名乗るなら、まずは人を救って見せろ!」

「おのれ、小賢しい口を叩くか小蠅どもが!」

「あなたはかわいそうだね。 自分が凄いと信じてやまない。 自分より劣っている存在を探して必死になっている。 散々見て来た、おろかな人達と同じ」

三城が珍しく、どストレートに強烈な直球を叩き込み。

一華も、一言あるようだった。

「あんたが高次の存在だかなんだか知らないッスけど、戦術家気取りで散々被害を出しまくった醜態は忘れていないッスよ。 あんたがもうちょっと頭良ければ、私達はとっくに滅んでたッスね。 そのうすらデカイ図体と頭は飾りっスわ。 今なら見逃してあげるから、その情けない背中を見せて逃げると良いんじゃないッスか」

ぶちりと、何か切れた音がした。

一華の言葉が決定打になったのだろう。

それは、まあそうだろうな。

バカに対して、お前はバカだというのが一番効くのは当たり前。

そして一華が言うとおり。

此奴が総司令官だったのなら。戦術家を気取って散々被害を増やした挙げ句、とうとう自分自身が出てくるはめに陥ったのだ。

まあ、控えめに見ても無能である。

それを、直接告げたのだ。

更に此奴の精神構造は、もう指摘されているように人間と大差ない。

それだったら、頭に来るのは当然なのだろう。

「良いだろう……「火の民」族長、スラースニールの真の力、これより見せてやろう……!」

凄まじいプレッシャー。

巨人の全身から、光が迸る。

安い挑発にのるものだな。

そうとだけ、弐分は思った。

 

2、オペレーションオメガ

 

北米。

今、上空にいるマザーシップがナンバー幾つなのか、知らない。周囲にいるのは、訓練だけ受けた浮浪児とホームレスばかり。

ジョエル軍曹は、生唾を飲み込むと。

集められた兵士とは名ばかりの。

武装だけさせられた民間人の中で、絶望を見上げていた。

主砲を既に展開しているマザーシップに、攻撃を開始するように指示が降る。誰もが恐怖で動けない中。

作戦の目的を知らされているジョエルは、動いていた。

今、日本で。

あのストームチームが、マザーシップの旗艦を叩き落として。敵の総司令官を引きずり出した。

しかし、敵は総司令官を守ろうと、マザーシップを集結させようとしている。

そのうち四隻は既に日本に上陸したが、いずれもが大きなダメージを受けていて、動けない。

問題は残り五隻。そのうちの一隻が、今頭上にいる奴だ。

東欧にて戦闘をしていたマザーシップらしい。東欧での戦闘では、足止めをついにできなかった。

それが欧州を横断し、北米に上陸。

カナダの残っていた都市を焼き払い。

そして、北米を襲撃していたマザーシップの後追いで、此方にきた。

それが今、目の前に小賢しい虫共を見つけて足を止めた。

それでいい。

それに、である。

見た所、東欧で戦闘していた部隊は、決して無駄に命を散らしたわけではない様子だ。

話には聞いている。

マザーシップの主砲は、三つの構造体に支えられていて。それを破壊するとダメージが通るようになる。

具体的なテクノロジーは解明できていないが、ダメージを吸収しているのか、或いは何か。いずれにしても、そういう技術なのかも知れない。

その三つの構造体の内、二つに大きな傷がついている。

東欧のレジスタンス達は、無駄に命を散らしたわけではなかったのだ。

その中の一つを、ジョエルが撃つ。

ロケットランチャー。それも型落ちだが。それでも射撃する。

それを見て、一斉に訓練を受けた兵士達が動き出す。

子供達が最初に動いたのは、ある意味皮肉な話だった。

子供といっても、体が出来上がっている年頃の子は、みんな前線にかり出されてしまって残っていない。

殆どが年齢一桁も行っていない子供ばかり。

軍の倉庫から取りだしてきたパワードスケルトンを無理に調整して、そんな幼子でも武器を持って動けるようにした。

そして今、彼ら彼女らが、一斉に体より大きな武器で、攻撃を続ける。

マザーシップの主砲に次々と着弾。

誰かが悲鳴を上げた。

マザーシップが、残っている怪物を集め始めたのだ。だが、思ったよりも、ずっと少ない。

効いて来ているのだ。

ストームチームが各地で削りに削ってきた。

それに、ストームチームを倒すために、敵の旗艦は各地から無理矢理怪物やらエイリアンをかき集めていると聞いていた。

他の部隊も、必死に怪物を倒して来た。

だから集まってくるのは、α型やβ型。

それも、ニューヨークを滅ぼした時とは、比べものにならない少数の怪物ばかりである。

それでも殺傷力は甚大だが。

各地からかき集められた市民達は、必死に支給されたり、軍の倉庫からかき集めて来た武器で応戦。

何とか、応戦できている。

マザーシップが、業を煮やして主砲を放とうとする体勢に入ったようだが。

ジョエルの目の前で、マザーシップの主砲を支えていた構造体の一つが、爆発四散して崩落していく。

おおと、喚声が上がった。

「やった!」

「マザーシップにダメージを与えたよ!」

「そのままやっちまえ! 怪物どもも蹴散らせっ!」

兵士として訓練をろくに受けていない場合。古代の兵士などは特にその傾向が強かったらしいが。

一度恐怖が伝染すると、もう立て直せなくなり、ただの群衆となってあとは殺戮されるだけ。そんな光景が見られたそうだ。

だが。今回は状況が違う。

集められてきたときは、みんなもう終わりだという顔をしていた。

だが、あれだけ圧倒的な敵だったプライマーは数を減らしているし。

何よりも、マザーシップが傷だらけになっている。

ジョエル軍曹は、更に攻撃を集中するように叫ぶ。

空に向けて、残り少ない弾薬が次々に叩き込まれる。狙いは煩雑だが、確実にマザーシップの主砲を支える構造体を傷つけていく。

二つ目が爆発四散。

マザーシップが露骨に揺動する。

怪物にも猛射が浴びせられる。

多くの市民が犠牲になっていくが。

同時に、あつまってきた数少ない怪物も、猛烈な攻撃を受けて片っ端から撃破されていく。

凄まじい消耗戦だ。

完全に頭に血が上った市民達は、もう死んだ怪物にも攻撃を叩き込み続けている。

ジョエル軍曹は、上空への攻撃をと叫び。

やはり、子供の方がそれを良く聞いた。

だが、その時。

マザーシップが主砲をぶっ放す。

怪物が崩れ始めていたが。その崩れ始めていた怪物を追っていた市民達の真ん中に、主砲が着弾していた。

数千人が、一瞬で消し飛んだ。

思わず顔を覆う。

人体の部品だったものが大量に飛んでくる。怪物も大量に消し飛んだようだが。どうでもいいのだろう。

悲鳴を上げて、逃げ惑う市民。

痛い。

手がない。

助けてくれ。

叫び声が聞こえる中、それでも歯を食いしばってジョエル軍曹は、上空に攻撃を続ける。ロケットランチャーの弾薬が切れる。

周囲を見回す。何とか次がある。

補給車から取りだして、すぐに封を解く。これは、酷い品だ。それでも、何とかやるしかない。

上空に向けてぶっ放す。

三つ目の。敵マザーシップの主砲を支えている構造体が、ダメージを受けて火を噴いていくのが分かる。

だが、一部の市民はパニックを起こし。

必死に逃げ惑う有様だ。

子供の方がまだ頑張っている。

そんな中、いかにも南部の農民という感じの頑固な老人達が、周囲を怒鳴りつけていた。

「俺たちの国を土足で踏み荒らす奴らを許してるんじゃあねえ! 俺が手本を見せてやる!」

ショットガンをぶっ放し。生き残っている数少ない怪物を消し飛ばす老人。

混乱の中、少しずつ反撃が行われていくが。その度に凄まじい被害も出ていく。

また、マザーシップが主砲をぶっ放す。

わらわらと集まって来ている市民や。

雑多な装備が積まれたトラックなどが、文字通り引き裂かれて光の中で消滅していった。

まだだ。

まだ、人類はやれる。

ここで引いたら、ストームチームの所にマザーシップが殺到する。

作戦を聞いた時、戦略情報部は人の心があるのかと、本気で思った。

AIという噂は本当なのでは無いかとも感じた。

だが、散々家族を殺され。

市民も殺され。

そして今、最後の希望まで殺されようとしている。

それだったら、戦って死ぬ。

ニューヨークを灰にしたマザーシップを粉々にしてやる。

射撃を続ける。スナイパーライフルに振り回されながら、幼い女の子が必死に空に銃弾を放っている。

パワードスケルトンがあるとは言え。

こんな作戦を採るしかないなんて。

何度目か。歯を食いしばる。

そして、一撃をマザーシップの主砲を支える最後の構造体に叩き込んでいた。

多分、ジョエルがやったのではない。

何しろ火線が飛び交っているからだ。その中の一つが、ついにマザーシップの主砲を支えていた最後の構造体を消し飛ばした。

崩落していく構造体。

露骨にマザーシップが慌てるのが分かる。上空へ逃げようとしている。

だが。完全にヒステリーを起こしている市民は、無茶苦茶な攻撃を上空へと続ける。それが、主砲をどんどん傷つけていく。

主砲が罅だらけになり、火を噴き始めた。

怪物も、ほとんど残っていない。マザーシップが逃げ始めた今、集まる理由もないということなのだろう。

さっき叫んでショットガンをぶっ放していた老人は。

手だけ残っていた。

側には、粉々になった赤いα型の残骸。

老人の運命は明らかだった。

二度にわたって、劣悪な装備しか持たない市民に核に等しい攻撃をぶっ放したマザーシップは、ふらつきながら上空に逃げていく。

怪物も、もう周囲には残っていなかった。

ジョエルは。

生き延びてしまった。

もう死んだ怪物に射撃している市民を止めて回る。

辺りは地獄絵図なんて言葉が生ぬるい有様だ。世界の五箇所で、こんな光景が広がっているのか。

マザーシップは大破させてやった。

あの主砲の有様では、恐らくストームチームとやりあっても、まともに戦う事なんて出来ないだろう。

「まだ化け物の生き残りがいるぞ!」

誰かが叫ぶ。

ジョエルは冷静にアサルトに切り替えると、それを見る。

よりにもよって。金のα型だ。

雄叫びを上げながら、射撃を浴びせる。だが、劣悪な火器で倒せるような相手では無い。ぶっ放される酸が、敵は一体だと侮って囲んだ市民を、一瞬で粉々に消し飛ばす。凄まじい火力だ。

だが、負けていられるか。

誰かが放ったロケットランチャーが直撃。

ジョエル軍曹も、必死に射撃を浴びせ続ける。

無線が入った。

壊れかけとはいえ、バイザーはまだある。其処へ。戦略情報部から通信が入ったのである。

「マザーシップの足止め作戦を続行せよ。 そのままマザーシップを追跡して、攻撃を続行」

「被害者多数! すぐに救援を回してくれ!」

「救援を回す余力は無い。 怪我人はその場で処置せよ」

「畜生っ!」

バイザーを投げ捨てる。

本当に、血が通っているのか戦略情報部は。

勿論、そうしないとストームチームが戦っている敵の首魁を仕留めるための時間が作れないことは分かっている。

だが、こちらは金のα型一体に蹂躙されているような有様なのだ。

「駄目だ、信じられない強さだ! 逃げろ!」

「攻撃が効かない! 見た事もない怪物だ!」

「あれはα型の変異種だ! 戦場では何度も見た! 強いが殺せる!」

「ぎゃあっ!」

必死に射撃を続けるが、それでも倒せる様子がない。それを見て、市民が逃げ惑う。

ジョエル軍曹は踏みとどまって射撃を続ける。

ジョエル軍曹も、EDFの志願兵だった。戦況が悪い事はすぐに分かった。あっというまに軍曹に昇進したからだ。

それからも、仲間はばたばたと倒れていき。

運が良かったから生き延びられた。

それだけだ。

そしてその運も、今尽きようとしている。

金のα型が、抵抗を続けるジョエル軍曹を見る。

尻を持ち上げる。

その金のα型に。

顔を真っ赤にした老人が、トラックで突っ込んでいた。

体格的には殆ど互角だが、それでも装甲にダメージを受けていたからだろう。トラックに横殴りの突進を受けた金のα型が、鋭い悲鳴を上げて横滑りする。トラックの運転手がトラックを飛び降りる。

今だ。

叫んで、皆で攻撃を浴びせる。

誰かが手榴弾を投擲して。金のα型はついに死んだ。

頭が消し飛んだ金のα型が動かなくなったのを見て、皆、呼吸を必死に整える。

ジョエル軍曹はバイザーを拾い直して。

じっと見つめた。

「どうすればいいんだよ……」

「皆、自分がいた場所まで戻ってくれ。 俺たちは……できる事はやれるだけやった」

「怪我人は……」

「医者はいないのか」

誰か。

医療の知識は持っていないか。

叫ぶが、誰も返事しない。

それはそうだろう。

医者なんて、最後の一人まで軍に連れて行かれている。そして、軍基地は激しい攻撃を受け続けているのだ。

助からない。

そう思うと、怒りと哀しみが、今更ながらにわき上がってきた。

周囲はあらゆる死体がばらばらに散らばっている。

撤退してくれ。

そうとしか、ジョエル軍曹は言えなかった。

このままでいると、怪物が集まってくる可能性もある。そうなったら、今度こそもっともっと被害が出る。

わんわん泣いている子供もいる。

ジョエル軍曹が隠れていたシェルターから出撃した義勇軍は。

四分の一も残っていなかった。

これが、マザーシップへの決死の攻撃の結果。

世界中で、似たような光景が広がっているはずだった。

 

「北米にて、東欧から西進を続けていたマザーシップナンバーフォーに義勇兵の部隊が攻撃し、中破に追い込みました。 マザーシップは高度を上げ、市民の攻撃を避ける動きを見せています」

「東南アジアで義勇兵がマザーシップナンバースリーに攻撃中! 記録的な被害を出しているようです……」

「攻撃を続行させてください」

「は……はい……」

五箇所で、マザーシップとの戦闘が続いている。

此処はエピメテウス。

成田軍曹の勤務場所だ。

もう、成田軍曹は、周囲で聞こえてきている惨劇に、耳を塞ぎたくなっていた。

成田軍曹だって自覚している。

ストレスが激甚すぎて、正気を失いつつある事は。

それはそうだろう。

これまで、どれだけの死を見て来たか分からない。

戦略情報部には情報が集まる。

マスコミが開戦前に垂れ流していたような、スポンサーに都合が良い意味のない文字列ではない。

戦闘の何の飾りもない事実だけだ。

そしてそれがあまりにも、成田軍曹には残虐すぎた。

時にはその情報が加工され、プロパガンダとして垂れ流され。

時には被害を極小に報告しなければならず。

それが、とても心を痛めつけた。

そして戦況が悪化するにつれて。どんどん非人道的な作戦を採らなければならなくなっていった。

オペレーションオメガは、実の所随分前から用意されていた。

冷酷極まりないこの作戦には、流石に戦略情報部の内部からすら、反対の意見が出たほどだ。

それでも、現在指揮を執っている少佐は。

それらの意見を全て封殺。

更には、宇宙の卵を探すべきだと提案していた、参謀、少佐につぐ戦略情報部のナンバースリーだった大尉は。

少佐自身が、撃ち殺して黙らせたのだった。

それ以降は、恐怖で何も言えなくなった。

少佐は普段からマスクとサングラスで顔を隠していて、女性だと言う事しか分からない。美しい女性だという噂もあるが、それも噂でしかない。少なくとも、成田軍曹は、素顔を見た事がない。

たまにマスクやらを外していることもあるが。

どうやら顔を合成皮膚で隠している様子で。

素顔を知る者はいないという話らしかった。

「マザーシップナンバースリー、義勇兵が大破に追い込みました。 マザーシップは上空に逃れ始めていますが、市民を怪物が襲っています!」

「支援攻撃は出来ないんですか!」

「不要です。 ストームチームの支援をするのが精一杯。 作戦に参加した戦力は、その場で対処させてください」

「……っ」

この人でなし。

そう叫ぼうとして、出来なかったのだろう。

同僚の気持ちは苦しいほど分かる。

中破にまで追い込まれていたマザーシップナンバーフォーを、ハワイで決起した義勇兵が迎撃開始。

ハワイでは元々怪物がストームチームに殆ど倒されていたこともあり。

戦闘はある程度成立しているようだった。

ただし、元々市民は殆ど生き残っていないし、軍関係者もほぼ他の地域に移動済である。

あまりにも、戦闘は絶望的だった。

「インドカシミールでのマザーシップ迎撃作戦、失敗! 集まった市民達は、全滅です……」

「すぐに次の部隊に迎撃準備をさせなさい」

「……はい」

全員が吐きそうな顔をしている。

それはそうだろう。

こんな非人道的な作戦。神風特攻隊とか、そういうものと同レベルの代物だ。こうまでしないと勝てないのか。

勝てないんだ。

分かっている。

せめて、最初の五ヶ月。好き放題テレポーションシップによる攻撃を許さなければ。ここまでの事にはならなかっただろうに。

「日本に集結した四隻のマザーシップが動き始めました!」

「市民に攻撃を指示。 大破している状態です。 そのまま攻撃が通るでしょう」

「し、しかし」

「指示しなさい」

少佐の声は冷徹極まりない。

というか、少し声に機械音が混じっている様子だ。

ひょっとするとだが、この声すらも作り物なのかも知れない。

この人がAIではないことは知っている。

だが、ひょっとしたらだが。

サイボーグなのかも知れないとは、成田軍曹は思った。

成田軍曹は、ストームチームの戦闘を支援するようにだけ命令されている。

錯乱して何度も鎮静剤をうたれたのだ。

それも仕方がないかも知れない。

次に錯乱したら処置を相応にする。

そうとも脅されている。

「凄まじい光を放った敵巨人は、ストームチームとの戦闘を続行。 ……ストーム2、全員が戦場に向かっています!」

「そうですか。 そのまま、戦闘をモニタしてください」

「分かりました……」

同僚が泣いている。

そんな中、少佐だけが冷酷に振る舞っている。

勿論、そうしないと戦況を維持できない事は分かっている。

だが、こんな人類全部をつぎ込んでの特攻作戦なんて、無茶苦茶だ。

幾らストーム1に全部賭けるしかない状態だとしても。

あまりにも、おかしすぎる。

「中華、南京にてマザーシップと義勇兵の戦闘開始! マザーシップを中破に追い込んだ模様です!」

「各地の戦況から、予想されるマザーシップのストーム1がいる地点への到達時間は」

「……三十分もありません」

「分かりました。 成田軍曹、ストーム1に無線を入れるように。 三十分で決着をつけるようにと」

ぐっと、泣き言を堪える。

成田軍曹だって、こんな作戦。絶対にやらせるわけにはいかない。

少佐の倫理観が狂っている事なんて、戦略情報部に入ってすぐに分かりきっていた。やばい人だとは思ったが。

それでも、この人が論理的に作戦をくみ上げていき。悪化する戦況を可能な限り改善させていったのも事実だと知っていた。

だが、もう心が持ちそうにない。

後三十分で、勝負を付けてください。

そう伝えると。

ストーム1、壱野大佐は。了解とだけ応えた。

成田軍曹の声が、恐怖と絶望と哀しみに震えている事に、気付いたのかも知れない。

だが、だとしても。

どうにもならないのが、この場にいるものの宿命だった。

エピメテウス含め潜水艦隊は、既に巡航ミサイルを使い果たしている。再生産には、当面時間が掛かる。

もはや此処にいても、何もできない。

それが現実なのだから。

 

3、全力の死闘

 

巨人が光を放つ。

とんでもない光を、背中に背負った図形から放っていた。それは曼荼羅を背負う仏教系神格。

いや、少し違うか。

いずれにしても、後光を背負う人型は。

明らかに、神々のモデルになった姿と分かる。

だが、こんな愚かしい輩に、古代の人々は本当にひれ伏したのだろうか。

いや、そこまで血で血を洗う抗争を繰り返していた古代の人間はあまくないだろう。

そう三城は思う。

現在ですら、世界は血で血を洗う時代が続いていたのだ。

EDFと世界政府が多少緩和したが。それでも三城のように、血縁のある親だとか言うのに虐待を受け続けた者は存在していた。

人権なんて概念がなかった時代は。

それは更に過酷で悲惨で。

金を持っている連中は、伝承に残る悪魔やら悪鬼やらが、それこそ鼻をつまんで視線を背けるような邪悪だったはずだ。

むしろ、此奴を見たのだとしたら。

古代の人間はこう思ったのではあるまいか。

これは、使えると。

実際問題、宗教というものは。発生当初から、既得権益層に有利な思想ばかりをばらまいていた。

始祖はともかくとして、発展の過程でそうなっていった。

どんな宗教でも例外はない。

醜悪なカースト制度でしられるヒンドゥー教だが。

既得権益層に都合が良い思想をばらまいたり。思想そのものを複雑怪奇にして煙に巻くようなやり方をしていったことは、どこの宗教も代わらない。

此奴はひょっとして。

神と言われたことでむしろ調子に乗ったような輩では無いのだろうか。

世の中にうごめいている毒虫どもは。

そんなに甘くは無いのである。

「私を怒らせたな。 神の怒りを見せてやろう……!」

「自分で神を名乗るような輩は、ゴミ以下だ」

「まだいうか! 神の怒りを知れ!」

大兄が一刀両断。

それでも、神を自称する巨人は己の優位性をひけらかす。どれだけ滑稽であろうとも。

バイザーに攻撃指示が来る。

すぐに全力で敵との間合いを詰める。

両手から、光を乱射してくる巨人。凄まじい威力だが、飛行技術の粋を尽くして全て回避。

いや、何カ所も擦る。

だが、動ける。それだけで、充分だ。

至近を抜けながら、ファランクスの最高火力を足に叩き込む。

同じようにして、ストーム4も敵に接近。

ファランクスの熱量を叩き込み、足を吹っ飛ばしていた。

だが、巨人は怯む様子もない。

何度も手足を吹き飛ばされながら、平然としている。

やはり、頭をどうにかするしかないのか。

だが、奴の頭には、大兄がライサンダーZの弾を何度も何度も叩き込んでいる。普通の生物だったら、脳がとっくに破壊されているはずだ。だが、奴は平然と動き回っている。

やはり、何か決定打が必要なのか。

巨人の右手が吹っ飛ぶ。

だが、再生速度が上がっているのが分かる。

ストームチームの決死の総力攻撃を浴びながら、それでも巨人は平然としている。そして、再生させた両手を、天に掲げた。

空から降ってくるのは。

隕石か。

冗談じゃない。

だが、隕石にしては遅い。

隕石は確か、相対速度でマッハ20くらいで飛んで来ると言う話を聞いたことがある。視認すら本来は出来ない筈だ。

ひょっとすると、何処か遠くにあるものを、そのまま呼び寄せて。多少の指向性を与えているだけか。

「隕石だと……!」

「こ、こんなの無茶苦茶です! 反則です! 勝てる訳が……!」

おののく千葉中将。

泣き言を言う成田軍曹。

ゆっくり降ってくる隕石を、プラズマグレートキャノンで迎撃。爆発四散。というか、破壊出来る。

それを示すと。

すぐにストーム4が、真似してマグブラスターで迎撃し。直撃コースにある奴を粉砕し始める。

「なーるほど、少しずつ分かってきたッス」

「一華、やれそうか」

「……もう少し情報を。 確信がほしいッス。 それと、参戦するッスよ!」

一華の高機動ニクスが来る。

最後の、人類が投入できるニクスだ。

巨人が隕石に慌てて距離を取るストームチームを見て、両手をぐるんと回す。あのポーズは、エイリアンか。

出現する重装の群れ。

流石に、少し厳しいか。

だが、重装が動き出す前に、プラズマグレートキャノンを叩き込んで出鼻を挫いてやる。

それだけじゃない。

遠くから一閃。赤い炎が、足を止めた重装の装甲を、一瞬にして焼き切っていた。

ブレイザーだ。

荒木軍曹が、来てくれたのだ。

火だるまになって倒れる重装。ストーム3と小兄が重装の部隊に肉薄。肉弾戦を挑む。

「くそっ! また増援を呼んだぞ!」

「この状況で出てくる敵戦力です。 恐らくは親衛隊というところでしょう」

「ストームチーム! 総力を挙げて迎撃しろ! 手強いぞ!」

「分かっているッスよ……」

一華が前衛に躍り出ると、全弾をぶっ放す勢いで重装の足止めをする。

ストーム4の二人も前に躍り出て、ドラグーンランスを叩き込む。

彼奴らの武装をまともに動かしたらおしまいだ。

近接戦に移行したのを見て、三城も前に飛び出す。

小兄を狙っている一体のヘルメットを、後ろからファランクスで焼き払う。ファランクスの火力は流石で、一瞬で重装の二重のヘルメットが粉砕され。中にある頭ごと、焼き払っていた。

だが、敵は踏みとどまると反撃を開始。

それだけではない。

巨人も手から光を放ち、嘲笑ってくる。

「そうらそうら! 私の力はまだまだ上がるぞ! いつまで避けられるかな! それにお前達が言うマザーシップだって近付いている! お前達の終わりはもう少し……」

顔面を横殴りに、ライサンダーZの弾で張り倒される巨人。

苛立った様子で、首をこきこきとならす。

荒木軍曹と、ストーム2が走りながらこっちに来るのが見える。

「此方ストーム2! 戦闘に参加する!」

「最後の敵は神気取りのアホか! ぶっ飛ばしがいがあるぜ!」

「全くだ。 神を気取るような輩は、ろくでなしのクズと昔から決まっている!」

「そうだな。 同感だ」

巨人が、無言で両手を空に向ける。

再び、飛来する大量の隕石。

だが、一華は慌てている様子はない。

バイザーに指示が来る。

かなり厳しい指示だが。やり遂げるしかない。

全員で、重装に総力戦を挑む。

凄まじいガトリングの射撃が、狙って来る。飛行技術の粋を尽くしても、かわしきれるかあまり自信がない。

視界の隅で、ストーム4の一人。

ゼノビア中尉が、避け損ねて。余波だけで吹っ飛ばされるのが見えた。

隕石が次々と地面に着弾し。

ストーム3の一人が、吹っ飛ばされるのが見える。

親衛隊とやらの重装にも、隕石は直撃している。

それでも、戦意が挫けない様子を見ると。

余程忠義心が熱いのか。

それとも、狂信的なのか。

敵重装の顔面に肉薄。蹴って頭を越えながら、ファランクスで焼く。

着地。

首から血を噴水のように噴き出しながら、竿立ちになった重装が。倒れ臥す。

残った重装は僅か。一体が、狙って来るが。

大兄の射撃で武器を吹き飛ばされ。

肉薄したジャムカ大佐のブラストホールスピアでヘルメットを破壊され。

そこを、小兄の散弾迫撃砲で頭と最後のヘルメットごと吹き飛ばされていた。

視界の隅で、もう一人のストーム3隊員が、火炎放射器を盾で受けつつも、斥力で吹っ飛ばされるのが見えた。

重装にも火炎放射器を装備している奴がいる。

ブレイザーの超熱量が、倒れている隊員に追い打ちしようとした重装を、背後から焼き払う。

重装が全て倒れ。

それでも、巨人は余裕の様子だ。

「ははは! 満身創痍ではないか! 私はまだまだ力が上がっていくぞ!」

「それはどうッスかねえ」

「……なんだと」

「あんたの力はもう打ち止めッスよ。 その証拠に、上がり続けていた数値がさっきから変動していない」

巨人との戦闘時。

この形態になってから、戦略情報部の少佐が言った。

途方もないエネルギーを無から生み出している超生命体。生物の領域を超えている、と。

更には、この生物は、個として数万年も自己強化を続け。それでこの力を手に入れたのかも知れない、と。

だが、さっき。

一華がそれを否定する無線を、バイザーに飛ばしてきた。

こいつは、見かけ倒しだと。

此奴の使っている能力は、正体は分からない。いずれにしても、機械を使っていない。人類がしらない。それ以上でも以下でもない。しかしそこに存在するなら、それはオカルトではないと。

そしてこうも通信してきた。

冷静に、巨人から放たれる熱エネルギー、光を調べていたが。

隕石を降らせるようになってから、完全に力は上昇を止めたと。

あれだけ頭に血が上った状態で、力の上昇が止まったのだ。もはや、これ以上力は上がらないのだと。

最後の切り札を。

切るときが、来たとも。

全員のバイザーに、攻撃地点の指示が来る。

巨人が、再び隕石を呼び出そうとしてくる。

絶望的な無線が入る。

「マザーシップ九隻が、各地の抵抗を振り切り、此方に向かっています。 到達までの予想時間は五分少し……」

「くそっ! あと五分しか……」

「そんな、あれだけの犠牲を払ったのに! みんなはなんのために!」

「投入できる戦力、0。 チェックメイトです」

歪んだ愉悦に満ちた笑み。

巨人が笑っている。

だが、三城は知っている。これらの無線は、敢えて流すように一華が頼んだものだ。

巨人は聞いている。無線の内容を。

だから、此方が絶望していると思わせる。

それが、此方の最後の作戦だ。

全員が、一斉に動く。

隕石を落とそうとしていた巨人は、驚きに顔を見張っていた。

 

「さあて、フィニッシュと行くッスよ!」

一華は独りごちる。

頭に乗せている梟のドローンの据わりがいい。

ただし、高機動型ニクスはもはや破壊寸前だ。さっきから散々巨人による攻撃を浴びている。奴の放つ光の直撃弾を何発も浴び、装甲は限界。

隕石も自動で迎撃させているが。

それも、弾が尽きたら終わりだ。

今は、全てのPCのリソースを、計算に回している。

秘匿通信で、暗号化して送った。

この暗号は、スパコンだろうが解析は無理。

現地で用意してある暗号鍵を使わないと、解除できないものだ。

それを使って、絶望的な無線を演出するよう、台本まで送った。

そう、ここからが。

此方の切り札の見せ所だ。

ストーム2、3、4の全員が。それぞれ総力での攻撃を叩き込む。此処まで、調整して貰っていたのだ。

重装を仕留めた瞬間。

均等に、両手足にダメージが行くように。

既に分析は終わっている。

あの巨人、完全破壊されるまで肉体の再生はしていない。正確には頭部以外は。

頭部が弱点であり、破壊されると困るというのはあるのだろう。

だが、それ以上に。

リスクを怖れている。

幾つもの動作を見た。

必要ないのに頭部を庇う場面が幾つもあった。

この巨人は、戦闘慣れしていない。スペックは圧倒的に高いかも知れないが、そもそもそれに胡座を掻いて、生かし切れていない。

頭脳についてもそうなのだろう。

多分性能そのものは高い筈だ。それが全くという程、ノイズだらけで生かせていない。

スポイルされた天才。

二十歳過ぎた神童。

そういう言葉が思い浮かぶ。

両手両足が、一度に消し飛んだ巨人。

そして此奴は。

手足を失った瞬間。再生に全力を注ぐ。

全員が、巨人から離れる。

巨人は、手足を即座に再生させたが、逃れる隙は無い。

この形態になっても、手足を再生させるときには、一瞬の隙が出来ることを既に確認していた。

四本全部を同時再生するときにも、隙が出来るのはそれなら確定だ。

そして、隙が出来た瞬間。最後の切り札を、切らせて貰う。

最後の切り札。

現在、動かせる全ての衛星砲を同時斉射する。

おあつらえ向きに、衛星軌道上にマザーシップはいない。全ての敵兵器が、衛星軌道から離れている。

つまり、今こそが。

千載一遇の好機。

敵が此方に接近している今だからこそ、撃てる最強の攻撃。

計算には、凄まじいマシンパワーを使う。当然だろう。六機の衛星兵器とシンクロし。同時に斉射して、最高効率で一点に対する破壊を行うのだ。

自慢のPCだけでは足りない。

ニクスの動きが止まる。ニクスのPCも、フルで使わせて貰う。

それだけでも足りない。

まだ生きているネットワーク経由で。

まだ生きているPCのCPUを借りさせて貰う。

熱暴走を起こしているのが分かる。株式取引で作った金にものを言わせて作った最強の筈の自組みPCがが。

ニクスもフル出力で稼働。

本来だったら軍用スパコンでも使うべきなのだろうが。

今は、これでやるしかない。

敵が、危険を察知した瞬間。

リーダーが、敵の顔面にライサンダーZを。しかも口の中に直撃させる。

その瞬間、準備が整っていた。

「バスター、発射!」

六機の衛星砲が、全力で火力を投射。

その全てが、一点に。

巨人へと、叩き付けられていた。

瞬時に周囲が爆裂するかのような熱量に包まれる。

流石というか。

無駄にスペックだけはあるというか。

それでも、巨人は。

瞬間的に背負っていた光を、盾にして上空から来る絶対的熱量の嵐を防ごうと努力して見せるが。

熱量をものともせずに、ストームチームが総力での攻撃を叩き込む。

荒木軍曹は、最後のブレイザーを総力で叩き込み。

ジャムカ大佐は敵に突入すると、土手っ腹にブラストホールスピアを。

逆に背中に回り込んだジャンヌ大佐はドラグーンランスを。

弐分は至近から散弾迫撃砲を。

三城はファランクスを。

更にリーダーはバイクで突貫する。バイクには、山ほどC70爆弾が搭載されているのが見えた。

バイクから横っ飛びに離れるリーダー。

全員が、巨人から距離を取る。

全火力で全身が傷ついた巨人が、ついに光の盾をフルパワーで展開する。その巨人の顔面に。

C70爆弾の、残り全てを搭載したバイクが突っ込み。

爆発していた。

光の盾が、砕ける。

バスターが、巨人を直撃していた。

「ぎゃあああああああああっ!」

凄まじい悲鳴を上げる巨人。

なんでこんな理不尽な攻撃を受けるのだと、言わんばかりの絶叫である。

こいつのくだらない見栄と作戦のせいで、どれだけの命が無駄に消し飛んだか分からないのだろうか。

熱がかなりまずい。ハッチを開けて、強制的に冷却。凄まじい熱が吹き込んでくる。PCは、これは駄目かも知れない。そう思いながら、一華はそれでもキーボードを叩き、悪あがきを続ける。

全ての衛星兵器が焼き切れた。

呼吸を整える。

「うふふふふ! まさにこれこそ神の力! 私こそ神!」

例のマッドサイエンティストさんがとても楽しそうに無線で笑っている。

まあ神を名乗る阿呆を叩きのめすのに、自称神の作った兵器が役立つというのは皮肉である。

ニクスをとにかく立て直す。

回路の大半が焼き切れてしまっている。

巨人が、全身を必死に再生しようとしているが、間に合っていない。

「苦しんでいます! 巨人が、確実にダメージを受けています!」

「やれ! 今しかない!」

千葉中将が叫んでいる。

コックピットが開いたまま、一華はニクスを何とか立て直すと。全弾発射。

全ての弾を、巨人に叩き込む。

更に、巨人の至近にリーダーが躍り出る。

手にしているのはスタンピートか。

巨人が、口しかない顔に、あからさまに恐怖を浮かべた。

「こ、この野蛮で低劣な「いにしえの民」めがあああああっ!」

「そうだな、俺たちは野蛮だ。 だが、その野蛮な民にお前達がした事は、俺たちがやってきた事と全く同じだ!」

スタンピートが至近から叩き込まれる。

全弾炸裂。巨人の手足が吹き飛ぶのが見えた。

胴体だけになっても浮き上がって逃げようとする巨人に、全員が残った力をフルに叩き込み続ける。

もうストーム3もストーム4も、誰もまともに動ける状態じゃない。

荒木軍曹も、ブレイザーを放り捨てて、狙撃銃で戦っている。

ストーム2の四人が、包帯だらけなのが見える。

それくらい、もう皆傷だらけなのに。

バスターの放った高熱の中、誰もが歯を食いしばって戦っている。

上空。

凄まじい回転ごと、弐分がハンマーを振りかぶり、巨人の頭に振り下ろすのが見えた。

既に光の輪は消失している。ハンマーの直撃を貰った巨人が、無様すぎる悲鳴を上げた。

突貫する三城。

至近距離で、何かぶっ放して。そのまま巨人の背後に抜ける。

あれは。

敵の顔面に、プラズマグレートキャノンを叩き込んで。速度差を利用して逃れたのか。

何ていう無茶を。だけれども、そっか。それなら負けていられない。

エラーだらけのモニタを一瞥。一華も鼻血がダラダラ出るくらい、頭をフル活用しているが。

最後だ。ブドウ糖の錠剤をまとめて掴んで、口に突っ込む。

そして、キーボードに拳を振り下ろしていた。

「やれ! ストーム1!」

「ストーム1!」

「終わらせてください! この悲劇を!」

まかせろ。

りょうかい。

まかせて。

わかったッス。

四つの声が、重なった。

 

壱野は見る。

目の前で、巨人が苦しみ抜いている。

その頭に。

いや、その良く動く口に。

狙撃を叩き込む。

分かっている。もう、ストーム2も3も4も、みな動ける状態じゃない。

更に此奴は、恐らくアーケルスと同じシステムで、その再生能力を可能としていると見て良い。

異常に頑丈な頭を。

今破壊しきるしかない。

全員タイミングを合わせろ。

そう、壊れかけのバイザーに向けて叫ぶ。

ずっと戦い抜いてきた四人だ。

一華も、既にこの四人の身内に等しい。

だから出来るわけじゃない。

単に、戦闘を重ねに重ね。信じられないほどの過酷な戦場をともに生き抜いてきた。だから、できる事だ。

身内だからではない。

ともかく、今はやるときだ。

弐分と三城が突貫する。

先以上の回転を加えて、フルパワーでのハンマーをたたき込みに掛かる弐分。

更に、フライトユニットが壊れるのもかまわず。ファランクスに全エネルギーを投入する三城。

一華は、残った全弾を叩き込みに掛かる。

全てが、巨人の頭に集中。

タイミングを完璧にあわせ。

まだ何か繰り言をほざきまくっている巨人の口に、ライサンダーZの弾丸を。吸い込ませるようにして。

壱野は叩き込んでいた。

四つの光が、交錯する。

皮肉な事に。

それは、十字架が空に生じたように見えた。

恐らくは、あの巨人は自己正当化の権化たる一神教の神のモデルにもなっているだろうに。

これ以上の皮肉があるだろうか。

絶叫が、やむ。

どれだけ戦場で聞いて来たか分からない断末魔が、それに取って代わった。

離れろ。

叫び。とどめの一射を叩き込む。

巨人の内側から、光が噴き出し始める。

巨人の頭が、アーケルスが死んだ時と同じように。

瞬時に腐食し、崩れ始める。

凄まじい勢いで巨人の手足が再生するが。その再生した手足は、腐り果てていた。腐り果てた両手で、空を仰ぐ巨人。

「どうしてだ、どうして……私が……このスペック差で……負け……」

皮肉すぎる話だ。

最後に変な風に力が暴発したのだろう。

巨人に、巨人自身が呼び出した隕石が直撃していた。

それが完全にとどめになった。

隕石は速度が遅く、大気との摩擦で発火することも、超火力で爆発する事もなかったが。それでも死にかけの巨人の頭を完全に粉砕するには、充分だった。

首から上を失った巨人の体が、見る間に腐食して崩れていく。

内部にあったのは骨ですらない。

骨すら、必要ないくらいに、体を改造していたのかも知れない。

トゥラプターも目をたくさん増やしていた。

そういう改造が出来ても、不思議では無いのだろう。

テクノロジーで体を弄くりに弄くって、最強の体を手に入れて。

人間なんかが勝てる訳がないとたかをくくって。その結果が、この有様というわけだ。

全てが崩れていく。

千葉中将が、叫ぶのを聞いた。

「やったぞ……! ありがとう……ありがとうストーム1!」

「マザーシップが来ます!」

成田軍曹が呻く。

だが、悪意は感じない。

見ていると、大阪に集まっていた大破した一隻のようだ。それが、酷い有様になるまで腐食した巨人に、光を浴びせる。

そして、巨人の亡骸が浮き上がっていく。

死体は、マザーシップに回収されていった。

「全世界で、コスモノーツがマザーシップやドロップシップに回収されている様子です」

「怪物は」

「……基地への波状攻撃はやみました。 ただ、怪物そのものは……。 コロニストも、残されていったようです」

ぼろぼろになったマザーシップが、大気圏外まで飛んで行く様子だ。

勝ったんだな。

そう、壱野は思った。

だが、嫌な予感は消えていない。

まだ、何かあるのかも知れない。何かあるとしたら、それはきっと。

どう考えても、プライマーに関する事だ。

何より気になるのはトゥラプター。

あいつが、どうしてこんな戦場に出てこなかった。いや、あいつが喜びそうな戦場は幾つもあった。

マザーシップナンバーイレブンが姿を見せて以降、彼奴は現れなかった。

一体何を考えている。

彼奴の性格だったら、あの無能な巨人を背後から切り裂いても不思議ではなかっただろうに。

それに彼奴は、「必要」だと言っていた。

それがどうして、諦めた。今だって、どうして出てこない。疲弊しきった壱野には、彼奴を倒せる自信はない。此処にいる皆は、もう半死半生だ。束になっても、奴に勝つのは不可能だろう。

大型移動車両とキャリバンが来る。

東京基地から派遣されて来たものだろう。

「全世界に勝利を報告します」

「ああ……そうしてくれ」

千葉中将が、戦略情報部の少佐にそう返す。

最後の名演技も、立派だった。

いや、あれは半ば演技ではなかったのかも知れない。

実際問題、戦力は枯渇。

本当に、巨人の力はどう見ても、人間が勝てるものではなかったのだから。

それに、オペレーションオメガとやらで、命を落とした市民の数は凄まじいだろう。

その被害が、これから効いてくる。

何よりも。

周囲を見回す。

相模大野は、完全に更地になった。

此処だけじゃない。

地球上の栄えていたメガロポリスは、殆ど全てがこんな有様だ。話を聞く限り、怪物による組織的な攻撃はやんだようだが。それでも緑のα型はいるだろう。駆逐しないと危険だ。

まだ仕事は終わっていない。

何よりも、プライマーがいなくなれば。

挙星一致体勢だって維持できるとは限らない。

EDFは、まだ仕事を終えていない。

そういうことだ。

看護師が来る。壱野は立ち上がると、首を横に振った。

「俺はまだ余裕がある。 他の皆から頼む」

「分かりました。 しかし……」

「かまわないさ」

事実、体中が酷く痛むし。残りそうな傷も幾らでもある。だが、それでも死ぬ事はないと分かる。

弐分も三城も。それにもう運ばれて行っている一華だって、一生ものの傷を残してしまっているだろう。

それを思うと、悲しくてならない。

一華のPCも、ニクスがあの有様では壊れてしまっているだろう。

HDDのコピーは取ってあるという話だが。

それだって、一体どこまで復元できるか。

そもそも、同じPCを作る事は。もはやこの地球で可能だとは思えなかった。

最後の一人になるまで周囲を見張り、それでキャリバンに乗る。

千葉中将から連絡がある。

「壱野大佐。 幾つか話がある」

「はい。 伺います」

「マザーシップ九隻が、大気圏を抜けて地球を離れた事は確認した。 残っている天体望遠鏡でもそれは確認している。 少なくともプライマーの内、主力は地球を離れたと見て良いだろう」

本当だろうか。

あのトゥラプターの言葉が気になる。

だが、いずれにしても、やらなければならない。

「まずは復興からだ。 各地の基地から復興しつつ、周辺の住民が生活出来るように体勢を整える。 エピメテウスには物資があるから、それを利用して少しずつ、基幹となる工場を再建し、人類が生存できる場所を増やしていく予定だ。 それに伴い、地球に残っている怪物も駆除して行かなければならない。 君達に、それは頼む事になるだろう」

「分かりました。 指示を受け次第、すぐに出向きます」

「心強い……。 EDFは首脳陣の殆どを失った。 一線級の戦士も。 君達が……頼りだ」

ベース251。

その名前と。三年後のある日時。

それを思い出す。

いつだったか、夢で見たこと。

それが気になっていた。

先進科学研について確認すると、まだ存在しているそうだ。エピメテウスの内部に、だそうだが。

これから廃墟になった東京にラボを移し。

そこで可能な限り、技術解析と。復興のための様々な物資開発を行うそうである。

正直、そのラボに足を運ぶ余裕などないだろう。

治療を受けながら、壱野は弐分、三城、一華の事を聞く。

一番重傷なのは一華だそうだ。それはそうだろうなと思う。あの戦場で、一番鍛えていなかったのが一華なのだから。

だが、それでも命には別状ないと聞いて安心した。

しかし、世界各地には怪物の巣穴がまだまだある筈。それらを潰さないと、いずれ地球は怪物の巣になりさがる。

それを考えると。

休んで等いられないのも、事実だった。

 

4、先に備えて

 

ふっと、トゥラプターは失笑していた。

「火の民」族長の無様すぎる最後。

無駄に強化したスペックを一切合切生かせず、敵の強みを最大限まで引き出した挙げ句に、敗れ去ったド無能。

地球ではインチキだとかチートだとかいったか。

要するに元々自分のものでもない外部の力を体に散々移植した挙げ句。

その力を自分のものだと思い込み。

挙げ句の果てにろくに使いこなす事も出来ずに敗れ去った。

滑稽極まりない、愚物の末路だった。

まあ、こうなることは目に見えていた。

トゥラプターはこの作戦が決まったときから、ずっと戦い続けてきた。

まずは「いにしえの星」に降り立ち、今回の戦争で必要な生物兵器を確保。

その過程で、「いにしえの民」が「アーケルス」と呼んだあの生物も捕獲した。

奴は手強かった。

準備を整える間に、散々部下は死んだ。

それを、ふんぞり返って後ろで見ていたのは「火の民」の族長だ。

親衛隊も、奴には不満を抱えていたようだが。

親衛隊になると、どうしてこの戦いが必要か知っていたから。それでも不満は零さず、戦っていた。

今、船の一つ。

「いにしえの民」がマザーシップナンバーファイブと呼んでいた船の艦橋で、トゥラプターは指揮デスクにつく。

周囲の「火の民」は、若干安心したようだった。まあ、あの馬鹿が指揮を執るよりは、流石にマシだ。それは自画自賛でなくてもトゥラプターも思う。

通信が入る。

かなりノイズが多いが、これは仕方が無い事だろう。

何しろ「安定していない」のだから。

「「スラースニール」が倒されたようだな。 流石にこれは初の事態だ」

「は……」

相手は「風の民」の長老。

長老達の中でも、最強の力を持つ最古参。

風の民自体が一族の中で最強の存在だが。

おろかな先祖達が戦争に敗れ。その後に作られた新体制のなかで、再建を主導した人物である。

「風の民」は特権意識が鼻につく不愉快な連中だが、それでも実力はトゥラプターも認めている。

この長老は、有能だ。

それについては、ぐうの音もでない真実である。

「あれだけ発破を掛けておいたというのに、己のスペックに驕り負けるとは救いがたいおろかな輩よ。 ……予定通り、三年間の指揮は戦士トゥラプター、貴様に任せる。 「いにしえの民」の力を伸ばさぬように、ハラスメント攻撃を継続せよ。 そなた自身は出ぬように」

「分かっております。 「いにしえの民」の数は既に7億を割り込んでおり、生物兵器を繁殖させるだけで力を抑え込む事が可能でしょう」

「うむ。 問題は「前回」から理解不可能な事象が起きていることだ。 前々回も、核兵器が「例のもの」の至近に着弾するハプニングがあった。 ひょっとすると、何か「いにしえの民」が切り札を使ったのやも知れぬ」

「「いにしえの民」は、まだ技術力において時間に触れる事ができません。 恐らくは事故だとは思われますが……」

気になると、「風の民」の長老は言う。

そういうと言う事は。

トゥラプターは対策を練らなければならない、と言う事だ。

「いずれにしても、「例のもの」を降下させるタイミングで、大規模な干渉を行うのでしょう。 今度は単純に兵力を増やすのでしょうか」

「いや、今回の戦闘を見る限り、敵にはおそるべき実力を持つ戦士がいる。 その戦士の先手を打つ」

「ほう。 先手とは」

「新兵器を投入する。 戦士トゥラプターよ、そなたが収拾してきたデータが役に立ったぞ。 次回で、恐らく決着を付けることが出来るだろう」

新兵器、か。

テクノロジーは重要だ。

実際問題、精神論を最重視していた挙げ句。自己肯定の極限に到達していた先祖達は。文字通りその結果自滅したのだから。

勿論戦士としての経験を実際に積むのも大事だ。

どちらも疎かにしてはいけない。

それがトゥラプターの結論だ。

「新兵器について心配なのは、条約に違反していないか、ですが」

「それは問題ない。 既に監査も受けている」

「……」

「三年、油断するな。 何が起きているか、見極めておく必要があるからな。 それと、出来るだけ生物兵器は増やしておけ。 三年後のタイミングで回収して、「次回」活用する」

ノイズだらけの通信が切れる。

ふうと、トゥラプターは嘆息していた。

そして、指示を出す。

「各艦の補修を急げ」

「分かりました。 ただちに」

「落とされたのは二隻か。 初回は九隻落とされたことを考えると、長足の進歩といえるのかも知れないな」

「初回はまさかあれほどの核兵器をまとめて放ってくるとは思いませんでしたからな……」

ほろ苦い様子で応える「火の民」の部下。

先に通信を受けたが、どうやらあの無能族長は「次回」で更迭。

代わりに、「水の民」の長老が指揮を執りに来ると言う。

「水の民」の長老は、とにかく非常に冷酷で。シビアな頭脳の持ち主だ。トゥラプターも侮れないと認識している古強者である。

さて、恐らくあの壱野という戦士を筆頭とする四人。

気づくだろうか。

気付くことはないだろう。

もし気づいたら面白いのだが。流石に、そこまでの奇蹟が「いにしえの民」に味方するとは思えない。

まあいい。

まだまだ、戦う好機はある。

戦いだけが、完全に閉じ込められたも同然のトゥラプターを満足させてくれる。

そして、もしも自分を超える相手と戦って死ぬのなら。

それで。トゥラプターは満足だった。

 

(続)