灼熱地獄

 

序、大地は焦がされる

 

敵が動き始めた。

β型の大軍勢を前衛に、キングも見える。それどころか、ディロイもいる。味方は弾薬だけはある。

弾薬だけは。

まだ仕掛けるな。

そう、荒木軍曹が周囲に指示。

だが、壱野が頷くと、攻撃開始の指示を出してくれた。

「オープンファイヤ!」

「撃て撃て撃てっ!」

ニクス四機、更に自動砲座の陣地が、一斉に火を噴く。

前衛になっていたβ型の怪物が文字通り爆ぜ散る。更に、ロケットランチャー部隊が攻撃をキングに集中。

本来、こんなものを耐えられる生物などいないが。

それでも、キングは耐える。

これでも大型怪物の中では脆い方なのだから、何もかも嫌になるが。それでも戦闘は続行する。

攻撃を続ける。

射撃している間に、どんどん敵は距離を詰めてくる。

壱野はまずは荒木軍曹とバイザーを通じて連携しながら、ディロイを潰して行く。至近弾が何度もあるが、ディロイの遠距離砲は賑やかしだ。接近さえされなければ、どうにもでもなる。

兵士がひいっと悲鳴を上げる。

爆発の余波で、ジープが破損したからだろう。

ジープではプライマーと戦えない。

持ってきたはいいが、兵器としての力不足を見せつけてしまっているだけだった。

狙撃を続行。

ディロイを粉砕。次に行く。

赤い熱線が空を迸り、ディロイを焼き尽くす。だが、バッテリーが残り少ないと聞いている。

荒木軍曹も、ディロイ以外にブレイザーを使うつもりはない様子だ。

「キングの射程範囲に間もなく入ります!」

「任せるッスよ」

一華が少し前に出ると、ニクスの肩砲台を叩き込む。この火力は凄まじく、キングの足が数本吹っ飛んだ。

体勢を崩したキングに、小田大尉のロケランが直撃。

キングが鋭い断末魔を上げながら、ばらばらに砕け散った。

そのまま射撃を続行する。

包囲をしようと展開して来るβ型だが、全方位に自動砲座が展開してある。浸透力の高いβ型で一気に勝負を付けようとしたのだろうが、そうはさせるか。

ディロイが爆発四散。

以降は、コスモノーツを狙う。かなり距離を取って建物の影に隠れている一体を、ヘッドショット。

慌てて距離を取ろうとするが、もう遅い。

射線は通っている。

逃がしはしない。

頭を吹き飛ばし、一体を仕留める。

そのまま狙撃を続行し、次々に敵を葬り去る。

重装が一度だけ姿を見せてから、出てくる様子がない。冷静に指揮を執っているのだろうか。

決定的にペースを乱したいのだが。

「ストーム隊が攻撃を受けています! 誰か、支援を、支援部隊を!」

成田軍曹が大慌てしているが。

東京基地からは、出せる分の人員を出して貰った。

ならば、ストームチームでどうにかするしかない。

β型のうんざりするほどの大軍を片付ける。すぐに自動砲座を展開しなおす。悪意はまだまだ接近している。

世界中から、怪物が集められているのだ。

「γ型、飛行型、来ます!」

「ニクスは飛行型に集中! γ型は集中砲火を浴びせて接近させるな!」

「イエッサ!」

「それにしても大軍だ。 本当になりふり構わずに集めて来たようだな」

前衛で暴れながら、ジャムカ大佐が言う。

ジャンヌ大佐も、高所を取ると、其処からレーザーでの狙撃を続けていた。次々にコスモノーツがあぶり出され。

壱野の狙撃で、頭を撃ち抜かれていく。

γ型が無数に宙に躍り出るが。

この動きは一華が以前確認している。

自動砲座が即応。

γ型を、空中で射貫き。全てまとめて叩き落としていた。

流石だ、

「怪物は残念ながら学習できないッスからね。 人間をどう殺せば良いか本能的には知っているようッスけど。 流石に同族内での法を如何に破るかとインチキをどうやってするかを一万年研究した生物には及ばないッスよ」

「流石に言い過ぎだろう……」

「最後なんだから、全部不満くらい吐き出させてくださいッスよ荒木軍曹」

「……まあ、それもそうだな」

荒木軍曹も呆れながら、一華の毒舌を認める。

まあ壱野も口には出さないが、今の言葉には概ね同意だ。モラルの欠片もない連中が作り出した社会が、今になって負の遺産を全て吐き出している印象もある。

だから、戦う。

そんな連中には、関係無い壱野が。

そしてそんな連中は今後の時代に必要ない。

まあもはや実権力も何もないのだ。だから、どうでも良いことではあるが。

「γ型、更に来ます!」

「飛行型は……もう壊滅か。 しかしタイプツーが来るようだな……」

この独特の気配で分かる。

すぐに荒木軍曹が、ニクスには対空戦の続行を指示。

更に来るγ型を、全員の弾幕で押し返す。更には、自動砲座も弾薬を吐ききる勢いで、突貫してくるγ型を押し返す。

「兵はいい! 補給を頼めないか!」

「弾薬については、補給車に詰め込んである! しかし戦闘地域は危険すぎて送り届けられない!」

「くっ……!」

それもそうだ。

しかもこの戦闘。

下手な事を言うと、決死隊が無理に突撃してきて。物資を無駄にしかねない。少しでも、敵の戦力を削って。それからだ。

壱野は前に出ると、殺到しようとしていたγ型の群れに、スタンピートを叩き込む。

歩兵での面制圧を可能とする大量のグレネードを発射するこの兵器は、使いこなせる兵士がほぼいなかったが。

壱野は早々にものにした。

「当ててから放つ」ほどの繊細な技術は必要なく。

適当に面制圧が出来るのが好みだ。

重すぎるのが問題だが。

まあ正直、パワードスケルトンの補助も受けている壱野の力なら、どうとでもなる。

グレネードが一斉に起爆し、γ型が数百という単位で消し飛んでいた。

ニクスのうち、ゴーン2が下がりはじめる。弾薬を使い切ったのだ。

それだけ弾幕が薄くなるが。

それは他のニクスと、皆で支援してカバーする。

「ゴーン2、補給を開始する!」

「随伴歩兵隊、頼むぞ!」

「了解!」

「タイプツードローン接近! 多数です!」

全部叩き落とす。

壱野はそう言うと、ライサンダーZで確実に一機ずつ叩き落とす。勿論反撃をしてくるが。

ストーム1全員が完璧な相互連携で互いをカバー。一華も最近は連携が非常に上手くなってきている。二年間、ずっと一緒に連携してきたのだから当たり前か。弐分と三城は元々ちょっと声を掛けるだけで充分だ。

ストーム3が前衛に出て、敵の注意を惹く。

ストーム3のフェンサースーツのダメージがそれでもなお大きい。

正直、急いで勝負を決めないと危ないだろう。

「こちらストーム3、マゼラン少佐! 戦闘に復帰する!」

「無理はするなよ。 今日死なれると困る」

「分かっています!」

ジャムカ大佐がもう残り少ないストーム3の一人を指名してさがるように指示。負傷がひどいと判断したのだろう。

ストーム4は、モンスター型レーザー砲が焼け付く勢いでタイプツードローンを焼き払っているが。

それでもやはり数が多い。

ゴーン1がミサイルを全弾発射。

二十機を超えるタイプツードローンが一瞬でバラバラに打ち砕かれた。

代わりに残弾を使い切ったゴーン1が後退、補給に入る。

「ゴーン2、補給はまだか!」

「足回りに不具合発生! 今調整中!」

「私が見るッス」

「頼むぞ……」

荒木軍曹と一華が会話をしているのを聞き流しながら、最前衛で次々に敵を落とす。一定数を切ると、皆の攻撃が集中するようになる。群れてきていたタイプツードローンがばたばた落ちていき。

やがて静かになった。

荒木軍曹が、すぐに指示を出す。

「リモートで補給車の一両を戻せ! すぐに待機中の補給車を!」

「此方でやるッスわ」

「一華少佐、負担を掛けるな。 すまない」

「何、負けたらみんな死ぬッスから、負担は同じッスよ」

ニクス部隊が補給を開始。歩兵達も、残った物資から必死に補給を行う。

補給車と一緒にキャリバンが、負傷兵を満載して戻る。

ストーム3とストーム4からも、戻る事になる負傷者が出ていた。火力が下がる一方だ。荒木軍曹も、ブレイザーのバッテリーがそろそろ切れるとぼやく。

「ゴーン2、復帰した! いつでも戦闘可能!」

「ゴーン1、同じく!」

「此方相馬機。 少し不具合あり。 今調整中」

「くそっ。 流石に騙し騙しも限界か……」

一華の高機動型と並んで、相馬大尉のバランス型もそれなりにピーキーな機体なはずだ。

そもそも他の兵士達の盾になるため、敢えて目立つ白い塗装をしている。

これもあって、被弾が余計に多い様子だ。

装甲もそれなりに分厚い仕様の筈だが。

今では白い塗装が、彼方此方くすんでいたり、禿げたりしている。それだけ激しい攻撃を受けていると言う事だ。

「流石に敵も戦力が尽きたか?」

「そうとは思えないな。 α型が主体とはいえ、世界中に展開している怪物の数は既に十億を超えていると聞いている。 地球人よりももう数が多い、と言う事だ」

「マジかよ。 ここにいる一個小隊程度の戦力で、後何匹倒せばいいんだ?」

「怪物を全て殺すのは不可能だろうな。 敵がたまりかねるまで、根比べを続けるしかない」

荒木軍曹が、そうやって小田大尉に諭す。

そうだ。

根比べしかない。

補給を続けていると、連絡が来る。

僅かな数の兵がスカウトに出てくれていて。

その兵士達が、決死の覚悟で連絡を入れてくれるのだ。

「β型の大軍を発見! 其方に向かっています!」

「分かった。 くれぐれも発見されないように。 特に交戦は絶対に避けてくれ」

「了解!」

「もう次か。 流石に数がいるだけあって、体力があるな」

ジャンヌ大佐がぼやいている。

流石の女傑たる彼女も、疲れきっている様子だ。

それでも体力を絞り出して立ち上がる。

まだまだ町田の街には、ビルが残っている。それらを活用して、戦っていくしかないのだ。

壱野がビルの一つに上がって、手をかざす。

見えた。

何処かの国を荒らし回っていたβ型の一群を、まとめて集めて来たという雰囲気だ。数千はいそうである。

すぐにバイザーを通じて、敵の規模と進軍路を荒木軍曹に伝え。壱野自身は狙撃を続行。

流石に距離がある。接敵までに、敵を百体は削りたい。連続して、ライサンダーZが火を噴く。

まだ敵前衛とは八qほど距離があるが、確殺していく。

銀のβ型はいない。

それだけでも、どれだけ楽か分からない。

「ニクス隊展開! 自動砲座は!」

「補給車到着! 何とか間に合いそうです!」

「よし……」

荒木軍曹も、補給車に走る。

バッテリーがあったらしく、良かったとぼやいているのが聞こえた。東京基地の大出力動力炉は健在だ。

それでしか、ブレイザーのバッテリーは補充できないのである。

軍基地の動力炉だけあって、町一つ分の電力を消費するというブレイザーのバッテリーもどうにか補える。

凄まじい出力だ。

「壱野大佐、キングの姿はあるか?」

「いえ、キングはいないようですね」

「そうか、ならば俺も狙撃銃で戦う。 ブレイザーは可能な限り温存する。 どんな大物が姿を見せるか分からないからな」

「了解。 近付く前に、もう少し削っておきます」

一方的な狙撃を受ければ、普通どれだけ優秀な軍隊でもパニックになって最悪潰走するものだが。

流石に生物兵器の軍団だけあって、逃げる様子はない。

β型はどれだけ仲間を失おうと、平気で攻め寄せてくる。

そして、一斉に自動砲座が起動した。

β型の怪物が、凄まじい猛射を浴びて足を止める。其処に、ニクス四機の機銃掃射が猛威を振るう。

これは、前衛での攪乱は必要ないな。

そう思い、壱野は弐分と三城に前に出ないように指示。

ジャムカ大佐も同じ判断をしたらしく。

ハンドキャノンを用いて、遠距離からの攻撃に専念しているようだった。

β型の怪物は、文字通り火力の壁に阻まれて前進できず。たまに無理矢理突破して来た奴も、冷静に弐分や三城が処理する。

反撃はそれなりに飛んでくるが、全てニクスが引き受ける。一華は特に冷静に立ち回って、装甲の被害を最小限にしながら味方を守り抜く。

射撃が収まると、其処には山のようなβ型の死体が残り。

そして負傷者も、また増えた。

すぐにキャリバンに負傷者を詰め込む。

壱野は前に出ると、無言でそのまま射撃。

ビル影に隠れて隙をうかがっていたらしいコスモノーツが、ふらふらと出て来て。そして倒れた。

浅利大尉がぼやく。

「まだ隠れているコスモノーツがいたのか……」

「逃げ出すことも出来ず、隙をうかがっていたのでしょう。 気配自体はずっとありましたが、射線が通りましたので」

「……補給を今のうちにすませろ。 使い切った物資は、指定した補給車に乗せろ」

「イエッサ!」

荒木軍曹が指示を出すが。

無事な歩兵はどんどん減ってきている。

特にゴーン2の歩兵隊の被害が大きい様子だ。増援も小規模ずつ東京基地からくるが、その数もどんどん減ってきているようだった。

補給車の一両から物資を降ろすと、使い切った物資を乗せ直し、東京基地に戻らせる。

敵の気配はないが。すぐ近くにマザーシップナンバーイレブンが滞空している状態だ。此処を離れる訳にはいかない。

その場で休憩の指示が出る。

壱野は無言で近くのビルに上がって、様子を窺う。

マザーシップナンバーイレブンの方に強い悪意を感じるが。

それ以上のものは分からなかった。

ただ、まだまだ何度も攻撃を仕掛けてくるつもりなのは確定だろう。

今は、三時か。

日没になると、敵は作戦行動を控える傾向がある。

もう少し耐えれば。恐らくは一休みをする事が出来るはずだ。だが、どうもその一休みは少し先になるらしい。

悪意がわっと接近して来るのが分かる。

「スカウト、敵の接近を感知。 其方ではどうなっている」

「敵……多数!」

「くわしく報告を」

「α型を主体に、β型、ディロイ、それに少数のγ型もいるようです! 先よりも大規模な軍勢です!」

すぐにスカウトには逃げるように指示。

壱野はバイクを引っ張り出すと、前衛に出ると皆に言った。ハラスメント攻撃で、数を減らしてくる。

特にγ型は、この状態の味方には出来るだけ近づけさせたくない。

「多少時間を稼いできます。 その間に、防御陣地を固めてください」

「死ぬなよ」

「勿論です」

「大兄、俺も行く」

弐分が申し出る。少し悩んだ末に、許可した。

そのままバイクで、ボロボロの道路を行く。弐分もブースターを噴かしてついてくる。

敵の悪意は炸裂するような凄まじさだ。

今までに見た事がないほどの数がいる。

バイクを止めると、もう少し先での攪乱戦を指示。

そのまま壱野は、バイクから降りてビルに上がり、その屋上から狙撃を開始する。

まずはγ型を狙う。

その後はディロイ。

β型。少しずつ、優先順位を下げていく。

ディロイは最初に投下した千機以上の大半を既に失っている様子だ。小出しで、少数ずつ出してくる。

ストームチームだけで随分と破壊したし、敵も泡を食っているようである。

ならば、更に撃滅していくだけ。

γ型、掃討完了。

つづいてディロイを撃ち抜く。この距離なら、狙い放題だ。確実に本体部分を撃ち、破壊していく。

弐分が敵前衛と接触。

攪乱戦を開始。散弾迫撃砲で、集まって来た敵をまとめて爆破して回っているようである。

ディロイをあらかた撃破したところで、ビルを駆け下りる。周囲にC70爆弾を撒くと、弐分に撤退を指示。

ついでに、熱源を内部に持つデコイも設置した。

これは人間の臭いを出すようにした怪物ホイホイである。ある程度の効果はあるらしい。今回、補給車に積まれていたので使うことにした。

戦車などのデコイも実在するらしいが、殆どは張りぼてである。今回使うデコイは、風船と音と臭いを出す簡素な装置がセットになっている。

ビルに仕掛けて、退避。バイクでさがりながら、追いすがって来る敵をアサルトで撃ち抜く。

更に、頃合いを見計らって、C70爆弾を起爆。数百体のα型が、一瞬で消し飛んだようだった。

デコイは使えるようだな。そう、壱野は学習する。今後、使う機会があったら使おう。そうとも思った。

 

1、灼熱地獄の近くで

 

東京基地の病床で、ダン中佐は指揮を執り続けていた。

医師はあまりいい顔をしなかったが、それでもやるしかない。ダン中佐は意識があるだけで、殆ど体を動かせない状態だが。

千葉中将が全域の指揮を執っている以上。

東京基地の指揮は、ダン中佐がやるしかないのだ。

階級の上昇は、少し前に止まった。

だから、ずっと中佐のままだ。

もしもプライマーの移動基地を道連れに消し飛んだリー元帥達がまだ健在だったら。大佐に昇格して。基地司令官に相応しい地位になっていたかも知れない。

それももう。

昔の話だ。

「工場のラインが焼き付きそうです!」

「余った人員は全員を回せ! 前線で戦っているストームチームが物資不足で押し切られたら、東京基地はあっと言う間に全滅する!」

「補給車に物資の積み込み完了!」

「よし。 すぐにでも出す準備をしてくれ」

医師が来て、処置をする。

全身に管が突き刺さっている状態だ。左腕は肘から先がない。足もどうなっているか知らない方がいいと言われている。

覚悟はしている。

何しろ、富士平原の戦いでは。ウォーバルガに乗って、もっとも激しく怪生物とやりあったのだ。

怪生物のヘイトもそれだけ買った。

ウォーバルガもコックピットにはダイラタンシー流体での防護機能がついていたが。それでも足りなかった。

大破したウォーバルガから救出された後大手術が行われ。

ダン中佐は、生きているだけの状態になった。

だが、生きているならば。

銃を持てなくても、出来る戦いをしなければならない。

そう決めていたのだ。

プライマーを相手に、最後の最後まで戦う。その覚悟は、とっくに出来ていた。

生え抜きと言われた、総司令部に抜擢されたエリートは殆どが死んだ。今生きて前線にいるのは荒木だけ。

ダンは生きているだけ。

だが、生きているだけであっても。怪物に対して、最後まで食らいついてやる。

それがダンの覚悟だ。

「ブレイザーのバッテリーの充填、まだしばらく掛かります!」

「出来るだけ急いでくれ。 ブレイザーのバッテリーは、あればあるほどいい」

「了解しました。 ただ危険な物質を使っている事もあり、もしもバッテリーが破損した場合は……」

「そうだな……」

とんでもない電力を蓄電するバッテリーだ。

それは、相応に危険な物質を含有する。

当然の話である。

EDFが出来る前に、文字通り空の王者であったステルス戦闘機も。ステルス性を保つために相当な危険物質を全体に塗りたくっていた。

それだけミサイルが脅威だったと言う事になる。

軍隊と危険物質は切っても切れない関係にある。

ましてやブレイザーのような超兵器に至っては、なおさらだろう。

バンカーから連絡が来る。

「ニクスを一機組み立て完了。 これより動作試験を行います」

「共食い整備を行ったのか」

「はい。 ストーム1に所属していたメカニックが出来るといって、組み立ててくれました」

「……分かった。 寝かせておくよりはいい。 動作試験を行い、動かせるようなら前線に運ぶ準備を始めてくれ」

深呼吸する。

見ると、輸血パックもぶら下がっている。

これだって不足しているのだ。

医師がいい顔をしないのだって当然だろう。

東京の地下にいる市民達は、皆劣悪な環境で苦しんでいる。この程度の痛みは、耐えなければならない。

連絡が来る。

地上部隊からだ。

地上には要塞砲や対空砲の砲手が残っている。また、訓練不足の新兵達も多少は詰めている。

「少数のドローンを確認! タイプワン……と思われますが」

「接近してこないようなら放っておけ」

「いえ、接近してきます!」

「ならば攻撃しろ! 敵を特にバンカーには近づけるな!」

不慣れな兵士達が、攻撃を開始する。

敵ドローンを撃墜出来るか不安になるが。とにかく任せるしかない。

ほどなくして、前線から連絡が来る。

インペリアルが定期的に襲ってくるらしく。それもあって、無線が途切れがちだ。

「此方荒木」

「無事だったか」

「敵の攻勢は一旦止まった。 だが、敵はマザーシップナンバーイレブンの直下に、多数の戦力を集めている様子だ。 根比べはまだまだしなければならないだろうな」

「其方の被害は」

やはり、ニクスのダメージが小さくない様子だ。

また。C70爆弾は全てを使い切り。自動砲座もかなり厳しい状態だという。

どちらも、敵の軍勢を食い止めるために必須の兵器だ。全てを失ったら、一息に前線が瓦解する可能性が高い。

すぐに工場に連絡して、生産分を支給するように伝達。

また、今のうちに補給車を発進させ、キャリバンも往復させる。

負傷者を回収して、すぐに病院で手当てを。

かなり重傷者が多いらしい。

いずれもがベテランばかりなのだ。

損害は、数以上に大きいと言える。

「地上に来ていたドローンは、どうにか撃墜が完了しました……」

「被害報告を」

「待機中だった大型榴弾砲が破壊されました。 敵のレーザーの火力が高く……」

「そうか。 人的被害は」

負傷者が出たようだが、どうにか死者はなかったようだ。それだけで、どれだけ喜ばしいか。

話を聞く限り、来ていたのはレッドカラーだったのだろう。

普通のタイプワンには、大型榴弾砲を破壊するような火力は無い。

それを撃破出来たのだ。

喜ぶべきなのだろうが。

しかしながら、東京基地からかなり近い町田で戦っている味方を支援できる大型榴弾砲のロストは痛い。

すぐに、無事な砲兵隊の兵器を確認させる。

現在カノン砲がまだ少数残っているが、それも弾薬が殆ど尽きかけている様子だ。

そうなると、もうこれは色々な意味で駄目かも知れない。

地上の破壊された状況を確認させる。

うっと思わずうめき声が漏れた。

敵はどうやら、爆薬に自爆特攻を仕掛けて来たらしい。大型榴弾砲は、敵のレーザーにやられたというよりも。

自爆特攻でもろともに吹っ飛んだと言う事だ。

被害も予想以上に大きく。

バンカーに直結したエレベーターにもダメージが及んでいた。

すぐに少数だけ残っている工兵を回して、修理をさせる。工兵も練度が低い。時間がどうしても掛かる。

補給車はエレベーターからではなく。車両用の斜度の高い通路から出立させた。かなり迂回させることになるが。こればかりは仕方がない。

ストーム1の専属運転手をしていた尼子という兵士が、補給車の運転を買って出る。

まあいいだろう。

運転手ですら今は貴重なほどなのだ。やって貰えるなら、有り難い話である。

そのまま出撃させて、夜の内に可能な限りストーム1を支援させる。

敵がしびれを切らすのは、まだ時間が掛かると見ていい。

後は、基地を見回りたいところだが。

こんな姿を兵士達に見せたら、士気を下げてしまうだろう。それは、出来なかった。

千葉中将から連絡が来る。

「ダン中佐。 東京基地から、ストームチームへ随分支援をしてくれていると聞いているが……君の体は」

「何、頭だけになっても、最後は敵に食らいついて死にますよ」

「そうか。 無理だけはするな」

「分かっています……」

千葉中将も、負傷した状態で。

安全でもない埼玉の地下施設で、必死に日本全域の指揮を執っている、と聞いている。

現在各地の基地で、なにやら作戦の準備をしているらしい。

ひょっとしたら、マザーシップナンバーイレブン以外のマザーシップへ勝負を挑むつもりかも知れない。

だが。最低でもレールガンくらいはないと、とてもではないが戦いにすらならないだろう。

それを考えると、あまりその作戦には賛成できなかった。

医師に休むように言われたので、そうする。

全身が、生きているのが不思議なくらいダメージを受けているのだ。

張っていた気が緩むと。

あっと言う間に、眠りに落ちていた。

 

夜明けの少し前に起きる。

ダン中佐はすぐに状況を確認。東京基地も、殆ど不眠不休状態で、交代しながら働いている状況だ。

「ブレイザーのバッテリー、充電が順番に行われています。 ただ、六番バッテリーが破損しているようです」

「破損したバッテリーは有害物質を漏らす可能性がある。 マニュアルに沿って処置しろ」

「イエッサ。 他の充電が完了したバッテリーは、随時補給車に詰め込んでいます」

「よし。 いつでも前線に送れるように準備をしてくれ」

補給車に積むのは、軍需物資。銃や武器だけではない。

包帯や医療品もである。

レーションなども詰め込むことになる。

補給車は、どれだけあっても足りないのだ。補給車はどうしてもその性質上装甲を分厚くできないから。

破壊されないように、細心の注意を払わなければならない。

とにかく、夜の闇に紛れるか。

敵の攻撃を受けないようにするしかない。

護衛の部隊をつけられない今。

敵の隙を突く以外に、補給をする方法はなかった。

「敵の様子は」

「現在、前線とは連絡が取れません! 交戦中だとはおもわれますが……」

「分かった。 補給車は一度停止しろ」

「しかし」

補給車だって、既に在庫がそれほど多くはないのだ。

ストームチームを補給するどころか、途中で破壊されてしまったら損害はそれこそ計り知れない。

悔しいが。待つしかない。

八時を少し回るまで、とにかく工場への指示と。物資の整備を徹底させる。

時々地上に敵部隊がくる。

いずれもがドローンであるが。

昨日の事もあるから、色なども報告させている。レッドカラーは来なかったが、タイプツーがかなりの数来る。

ストームチームが引き受けてくれている以外にも、相当数が流れてきていると見て良いだろう。

ただ、タイプツー少数程度なら。まだ何とか迎撃は可能だ。

そのまま、対空砲に頑張って貰う。

もう破壊されて動けないニクスの機銃などを据え付けただけの、劣悪な対空砲も存在はしているが。

いずれにしても、撃破は可能だ。

八時過ぎに、動き。

前線から連絡が来た。

「此方ストーム1、壱野大佐」

「む、壱野大佐。 荒木准将はどうした」

「現在負傷して応急処置中。 敵の攻勢を一旦退けました。 すぐに補給車を送ってほしいところです」

「分かった。 荒木准将の負傷はどの程度だ」

本人はかすり傷だと言っていると、壱野大佐は言っていたが。

しかしながら、あの強情な荒木だ。

かすり傷の筈がない。

ともかく、すぐに補給車を遅らせる。同時に、戻って来た補給車。詰め込まれている、使用された医療器具はどれも血に染まっている。キャリバンに乗せられた兵士も、いずれも手酷く負傷していた。

処置について指示をしながら、ダン中佐は考える。

今、基地に残っている経験もろくにつんでいない兵士を出すべきか。それとも。

だが、出せば死ぬだけだ。

もう東京を守る人間はいなくなる。

今、東京の地下にいる市民は、いずれも戦う事など考えられない者達ばかりなのである。それを考えると、絶対に最低限の兵士は残さないとならない。

軍病院に連絡。

出せそうな兵士はいないかと聞くが。医師は皆、怒号を返してくる。

出せる兵士などいるわけがない。

医療品すら不足している状態だ。

再生医療も今は物資が足りなくて後回しにせざるを得ない。

トリアージまでしている状態だ、と。

分かっている。

だが、それでも最前線でやり合っているストームチームには、支援の部隊が必要なんだ。それを理解してくれ。

そう言いたいが。言えない。

分かっているからだ。惨状については、ダン中佐も。戻って来たキャリバンから運び出された兵士達の負傷は、どんどんひどくなっている。

とてもではないが、戦える状況では無い。

各地の基地も、何かの作戦の為に動いている様で、余剰戦力は存在していない。

ストームチームが全滅したら、文字通り何もかもが終わりなのだ。

「此方スカウト」

「む」

「マザーシップナンバーイレブンが移動を開始。 どうやらストームチームの上に移動をするつもりのようです」

「主砲を使うつもりか?」

分からないと、スカウトは言う。

いずれにしても、凄まじい物量を集めた攻撃を、早朝から行い。それが撃退されたばかりだ。

ストームチームも損害が著しく。

一方で、敵もこれだけの戦力をかき集めて叩き付けて、ストームチームを壊滅させられていない。

それは、そろそろ敵の旗艦がしびれを切らしてもおかしくは無い。

「砲兵隊」

「カノン砲は動けます」

「いつでも動けるようにしてくれ。 現地の映像と、砲兵隊との連結を頼みたい」

「分かりました。 オペレーター部隊でどうにかします」

嫌な予感がする。

今更主砲を展開するためだけに、マザーシップが動くとは考えにくい。どうもマザーシップはどの機体も。一度主砲が損壊してからは、抵抗能力を失った部隊にしか主砲を使っていない。

それを考えると。

ディロイか。

いや、ディロイももう数え切れない程破壊されているはずだ。

そうなると、テレポーションアンカーか。

此方の方が可能性がある。

エイリアンの精鋭部隊を投下する可能性も考えたが、恐らくは違うと見て良いだろう。既に相当数のエイリアンが、東京近郊の戦闘で命を落としているからである。

テレポーションアンカーだ。

そう、ダン中佐は結論する。

それも、通常のアンカーではないだろう。

すぐに、ストームチームと連絡を取る。

「ストームチーム。 連絡がある」

「此方ストーム1、壱野大佐。 マザーシップナンバーイレブンが此方に再度接近している事は此方でも把握していますが、それと関係することでしょうか」

「そうだ。 問題は敵の狙いだが。 此方はテレポーションアンカーを落としてくると見ている」

「なる程、可能性はありますね。 ディロイではどれだけ落としても無意味だとそろそろ悟ってもおかしくは無いでしょう」

その通りだ。

ストーム1は、村上班の頃から記録的なディロイ撃破数を誇っていた。他のチームがディロイに苦戦する中、単独で数百機という、常識外のキルスコアをたたき出してきた。今でもディロイ戦への習熟度は他の追随を許さない。

そろそろ、それを敵も学習したはずだ。

それならば、直接怪物との乱戦に持ち込む方がマシ。

そう考えてもおかしくは無い。

「既に此方ではカノン砲の斉射準備を整えている。 其方にいる凪少佐に、発射角や座標などの指示を頼めるだろうか」

「分かりました。 やってみましょう」

「頼むぞ」

看護師が額の汗を拭う。

だが、拭った汗には血が混じっていた。

いい加減に休め。

そう医師が、視線を向けてくる。

だが。此処を乗り切らなければ。ストームチームは恐らく生きて帰る事が出来ないどころか、次の攻勢を乗り切るのも厳しいだろう。

気を失いそうだが。

それでも、最後の指示を出しておかなければならない。

地上で待機している砲兵隊に指示。

「これよりストーム1、凪少佐から指示が来る。 それに沿って、迷う事なく射撃をしてほしい」

「あの凪少佐の指示でミスが出たことは聞いたことがない。 実に頼もしい。 遠慮なくやらせて貰います」

「頼む……」

再び、意識を失う。

ダン中佐は、もはや。

地上部隊に、全てを任せる他なかった。

 

一華は苛烈な攻撃を退け、必死に体勢を立て直している味方の陣地内で、計算を必死にしていた。

現在のマザーシップの位置。高度。

更に乱戦を狙って降らせて来る想定されるテレポーションアンカーの位置。

恐らくだが、十本や二十本程度ですませるつもりはないだろう。

敵の位置は、恐らく此方が下手に移動すれば、当然調整を掛けてくるはずだ。だから、動くわけにはいかない。

総力を挙げて対応するときが来た、ということだ。

だが敵も。

どうやら畳みかけてくるつもりになったらしい。

上空に敵の影。

かなりの数の、タッドポウルだった。

「こんなタイミングで……!」

「此方にはニクスが四機いる! 怖れるな!」

兵士達が、対応の姿勢を作る。ニクス四機の猛烈な対空砲火で、編隊飛行をして来るタッドポウルが次々に叩き落とされていく。

そして、無線が入った。

どうやら、全世界への無線らしい。

聞き覚えのある声だった。

「此方……EDFニューヨーク防衛部隊……。 今、全世界に通信を発している。 今、我々は破壊を免れた一角、ブルックリンの地下にいる。 知っているかも知れないが、ニューヨークはプライマーの執拗な攻撃を受け続け、破壊され尽くされた。 ストームチームの支援もあって、僅かな生き残りは出た。 俺もその一人だ。 ニューヨークから外に逃れる事が出来た市民もいる。 だが、此処には逃げ遅れた市民が……逃げる場所もなく集まっている状態だ」

この声は、確か。

ニューヨークでともに戦ったジョエルという軍曹か。

まだ若い軍人だった。

そう思うと、一華も思うところがある。

計算を急ぐ。

対空攻撃は、PCのアプリに任せる。キーボードの打ち間違えが許されない状況だ。冷や汗が出る。

目の前のスクリーンで、大量のマクロのウィンドウが開いては閉じ続ける。

ブドウ糖の錠剤を掴んで、口に放り込む。噛むなと言われているが、そうも行かない。流石の一華も、頭をフル回転しないと鼻血がでそうな状況なのだ。はっきりいって、糖分はなんぼでもいる。

「現在地下施設には二百人ほどがいるが、殆どが老人と子供ばかりだ。 体力のある大人は逃げるか、或いは兵士として戦って死んでいった。 この通信をしている俺はジョエル軍曹。 皆の為に戦闘訓練をしている。 幸い放棄されたEDFの駐屯所からパワードスケルトンは回収出来た。 銃も弾薬も、皆の分はある。 全員が、対怪物用のアサルトライフルくらいは使えるだろう。 非戦闘員を戦わせなければならないのは心苦しいが、無抵抗のまま虐殺されるよりはましだ」

何を言っている。

どうにも、嫌な予感がしてならない。

タッドポウルは大半を叩き落としたが、青紫の変異種がいる。壱野の狙撃でも落ちてこないタフな奴だ。

あっと声が上がる。

ゴーン2に集中的に青紫のタッドポウルが攻撃。凄まじい火力だ。脱出しろ。荒木軍曹の声が掛かるが、それよりゴーン2が炎上する方が早い。

火力を集中して、降り立ってきた青紫タッドポウルを粉砕するが。火だるまになって飛び出してきたゴーン2のパイロット。ニクス、ゴーン2はその直後に爆発四散。無理を重ねて戦っていたのだ。

破壊されるのは当然だったのかも知れない。

まだジョエル軍曹の通信は続いている。

「俺たちは大した戦力になれないかも知れない。 無駄死にするだけかも知れない。 それでも俺たちは此処で戦った。 それだけを、世界中のEDFの生き残りは覚えておいてほしい。 此方ニューヨーク、ブルックリン地下。 以上だ」

通信は切れた。

敵が通信を傍受している可能性が極大の今、どうして位置まで知らせながら通信を入れた。

やはりおかしい。

残ったタッドポウルを駆除しながら、計算を済ませる。

声を、壱野が張り上げた。

「全員、身を伏せろ! 恐らくはテレポーションアンカーが来る! それも多数だ!」

「大変です! 上空のナンバーイレブンがテレポーションアンカーを射出! 数は……数え切れません!」

「そう来るだろうと思っていたっスよ!」

計算終了。連絡を東京基地に送る。

即座に、砲撃が来る。驟雨のように降り注いでくるテレポーションアンカーを、砲撃が横殴りに迎撃していた。

落ちてきた瞬間に、大量のアンカーが粉々に粉砕される。アンカーから出現した怪物も、東京基地の総力を挙げた砲撃によって瞬間的に粉砕された。それでも、まだ全ては破壊しきれない。

第二波のテレポーションアンカーはこない。

マザーシップナンバーイレブンが、総力を上げてテレポーションアンカーを投擲してきたと見て良いだろう。

搭載している全て。

つまりこれをへし折ってしまえば、奴の直衛はネタ切れだ。

肩砲台を放って、残っているアンカーの一本を粉砕する。まだ数本のアンカーが残っているが。

いずれもがビッグアンカー。

中でも、今の砲撃を耐え抜いた巨大な一本は。真っ黒で。ビッグアンカーよりも更に一回り大きい。

「奴ら容赦ってものがねえぞ!」

「焦るな! アンカーを一本ずつ破壊する! 総力を挙げて、怪物を迎撃! アンカーの破壊はストーム1に任せろ!」

「イエッサ!」

全力でアンカーへの攻撃を開始。東京基地からの第二次砲撃はない。恐らくドローンによる攻撃を受けているか、弾薬を全て撃ちきったか。それとも両方か。

怪物はあらゆる種類が出てくるが、今の一瞬で殆どのアンカーが粉砕された事もあって、それぞれの数は少ない。

一華は迫る飛行型を迎撃しながら、冷静に計算を進めていく。

流石にこの状況、敵も既に戦力を吐き出し切っているはず。そうなれば、後できる事は。

今のうちに、全てのシミュレーションをしておかなければならなかった。

 

2、焦げ行く大地の先に

 

各地の基地に、怪物が襲来している。だが、その数はいずれもあまり多くはない。迎撃をしながら、千葉中将はおかしいと感じていた。

戦略情報部と連絡を取る。

妙な事に、随分と通信がクリアだ。

エピメテウスもろとも戦略情報部が深海に潜ってから、通信を接続するのが随分と大変だったのに。

「各地のまだ健在な基地に怪物が攻撃を仕掛けてきている。 日本での応戦は出来ているが……」

「やはりそう動きましたか」

「?」

「此方でも、各国の残存戦力との怪物との交戦を確認しています。 レジスタンスのいるような雑多な基地ではなく、各地の正規兵の生き残りを中心的に狙って来ているようですね」

どういうことだ。

奴らは今まで、EDFの残党を知った上で見逃していたというのか。

その割りには。この攻撃は小規模だ。

何か、作戦でもあるのだろうか。

「規模が小さいと言っても、相互支援が出来る状況では無い。 エピメテウスと潜水艦隊を活用出来ないか」

「非常に厳しい状態です。 エピメテウスはこれ以上深度を上げるわけにはいきません」

「彼らを見殺しにするつもりか!」

「対応可能な戦力です。 対応して貰います」

冷酷極まりないいいようだ。

「参謀」が戦死して、完全に少佐のものいいにはストッパーがなくなった。そういう印象を受ける。

戦略情報部が混乱するのも道理かも知れない。

かといって、水上の艦隊はもはや港に釘付けか、破壊された後だ。海軍も開戦当初はそれなりに頑張っていたが。今ではもはや、各地に残骸を晒すばかり。

「緑色のα型を確認。 ……基地を避けて残存した都市に迫っているようです!」

「民間人は……」

「既にいない状況です。 いたとしても、把握できていません」

「くっ……」

緑のα型は、文字通り都市を食う。

奴らは人類が一万年かけて作りあげてきた生活基盤そのものを、全て破壊していく存在だ。

それを許すわけにはいかない。

だが、各基地が。少ない兵力で、怪物に応戦している状況だ。

とても倒すどころではない。

「マザーシップ10隻が行動を開始。 まだ形を残している都市に向かっています」

「守備隊は」

「どの都市にももう……」

「そうか……」

緑のα型とマザーシップ10隻が、人類の痕跡を揃って大掃除に掛かっている、ということか。

実の所、緑のα型は自動砲座とそれなりの兵力がいれば特にこれといった脅威にはなり得ない。

明らかに脆すぎるからだ。

速度はそれなりにあるが、それもあくまで常識的な範囲。航空機よりは遙かに劣るし、戦闘ヘリが一機でもいれば、それで充分に殲滅可能な程だ。

つまりは戦闘目的ではなく、掃除目的で作られた怪物だと思われる。

それも繁殖している形跡がない。

元から大量に用意されていて。それが今、彼方此方の都市を喰い漁っているという雰囲気である。

プライマーの目的はなんだ。

今でも、人類は無条件降伏の通信を打診している。

それを受けている筈なのに、プライマーは攻撃を続けている。

結果抵抗せざるを得ない。

もしも人類を全滅させたいにしても、無条件降伏を受け入れてプライマーには損がない筈だ。

既に開戦前の一割と推定されるまで人類は減っている。

その状況で無条件降伏を受け入れれば、そのまま人類を絶滅させることが出来るだろうに。

不審に思いながらも、作戦の指揮を執る。

日本の各基地は、散発的に迫る少数の怪物を、どうにか要塞砲と各基地のわずかな人員で撃退出来ている。

だがそれも、時間の問題だろう。

怪物はストームチームとの戦闘で削り続けられているとは言え、それでも圧倒的な数がいるし。

ストームチームがおかしすぎるだけで。

それこそ数百という数が押し寄せるだけで、普通の兵士にはとても対応できないのだから。

「少佐。 君はどうおもう。 敵側のこの行動について」

「戦略情報部は半ば機能していません。 その上でよろしいのでしたら、個人的な見解はあります」

「聞かせてくれ」

「恐らくですが、人類の残存戦力を釘付けにすることがプライマーの目的です。 各基地を押さえ込めるだけの戦力を叩き付けて動きを封じ、その間に人類の残ったインフラを全て消し去る。 こうすることで、人類の交戦能力を削ぐ。 そういう意図があると見て良いでしょう」

どうも違和感がある。

本当にそれだけか。

だったら、どうして今のタイミングでそれをやっている。

更に通信が入った。

「ロサンゼルスに、マザーシップナンバーワンが攻撃……主砲により、地上に残っていた都市の残骸が消滅しました。 同じように、各地で主砲による攻撃が開始されている様子です」

「もはや一刻の猶予も無しか」

「いえ……どうもマザーシップは、やはり抗戦能力を残している基地を避けて、都市を破壊して回っているように見えます」

「……」

どうしてそこまで憶病に行動する。

敵の指揮官は、朝令暮改な作戦を繰り返しているが、ひょっとして気分屋かなにかなのだろうか。

それとも、ただ遊んでいるとか。

いや、今までの作戦で奴の手足だろうコスモノーツや、重要戦力であろう重装コスモノーツが多数死んでいる。

それを考えると、遊んでいるだけとは思えない。

どんな独裁者でも、手足になる親衛隊などについては。言う事を聞く人材を配置するし、何もかも殺す事はまずない。

20世紀に存在した最大最悪の独裁者、サロットサルことポルポトでさえ、自分の手足として育成した洗脳済の子供達は大事にしたのだ。

史上様々な極悪独裁者は存在しているが。

それらですら、自分の手足になる実働部隊は厚遇しているものなのだ。

戦略情報部に話は流していないが。

トゥラプターと名乗るあの赤いコスモノーツの情報を総合する限り、明確にプライマーは社会を作っている。

だとすると。

何か、明確な目的がある筈。

何かがちぐはぐだ。

それを見抜けないだろうか。

戦略情報部は混乱しきっている。今の彼女らには期待しない方が良いだろう。

ともかく、現場での作戦指揮を続行。

撃退しても撃退しても、各地の基地には小規模ずつの戦力が押し寄せてくるようだ。まるで、抑えるのに適切な数を常に揃えるように。

戦力が枯渇しているから、それしかできないという風にも考えられるが。

それにしてはおかしすぎる。

「此方東京基地」

「戦況に変化か」

「マザーシップナンバーイレブンより投下された多数のテレポーションアンカーと、ストームチームが交戦中。 交戦によりゴーン2が破壊され、多数の怪物相手にストームチームが苦戦中です」

「分かっている。 砲兵隊はどうなっている」

カノン砲部隊により、テレポーションアンカーの過半を粉砕した通信は千葉中将も聞いていた。

流石は各地でその手腕を発揮した凪少佐だ。

下手なスパコンより頭の回転が速いとか言われているが。

そういえば。

あの娘は、元々前人未踏のEDFへのハッキングを達成した元ハッカーだという話も聞いている。

だが、それもまた妙だ。

経歴を洗ってみたのだが、どうも出生関連がトップシークレットになっている様子で。

しかも先進科学研がその情報を所有しているようなのである。

千葉中将の権限ですら閲覧できなかった。

そうなると、先進科学研のトップ、戦略情報部で言えば戦死した参謀くらいしか閲覧権はないはず。

困惑しながら話を聞くと。

東京基地の砲兵部隊隊長は通信を返してくる。

「保持していた弾薬は全て使い切った上に、今ドローンが来ています。 対空攻撃部隊が叩き落としていますが、それでも工場から弾薬が上がってくるまでは何もできません」

「くそっ!」

「自分が行きましょう」

「!」

今のは。

DE202のパイロットか。

戦況が悪化してから、殆ど出番がなかった。それもそうだ。ストームチームが暴れ回っている戦場以外で、活動して貰っていたからだ。

攻撃機や戦闘機は、大半がやられてしまった。

敵は空軍戦力を、ドローンの数で押し潰す戦術を採ってきた。その結果。どれだけドローンに対して優位性を持っていても。レーザーの飽和攻撃で、どの戦闘機も次々に落とされていった。

ステルス技術もプライマーには通じなかった。

レーザーは文字通り光速で飛んでくる。例え一機ずつはゴミクズのように蹴散らせる性能差があっても。

相手は戦闘機一機に対して、それこそ三桁規模のドローンで飽和攻撃をする事が出来るのだ。

「ドローンの数が減り次第出ます。 もう攻撃機で残っているのは私の機体だけらしいですからな。 出撃を許可願いますか」

「分かった。 ただし、無理だけはしてくれるなよ」

「分かっています。 戦果を上げずに落とされるようなへまだけはしませんよ」

厳しい状況だ。

東京基地には、すぐにドローンへの集中攻撃を指示させる。同時に、凪少佐に連絡を入れる。

凪少佐は、そうですかとだけ返してきた。

返事の様子からして、戦闘中で頭をフル活用していて。それどころではないという所なのだろう。

「全力でストームチームを支援したいが……全世界へのこの同時攻撃……とても余剰戦力などないぞ」

呟く。

プライマーは殆どの戦力をストームチームに叩き付けている筈だが。それでもまだまだこれだけの兵力が残っている。

恐るべき相手だ。

これ以上、戦闘を続行するのは厳しい。

その現実が、嫌と言うほど突きつけられているのを。千葉中将も感じていた。

 

DE202は万能攻撃機で、A10サンダーボルトをベースに改良を重ねたEDF最新鋭の攻撃機である。

多数の武装を積み込んでいる上に生存性を重視している機体であり。主に搭載している105ミリ砲とバルカン砲は、短時間での再装填が可能な上に、戦車部隊をまとめて薙ぎ払う火力を有している。

その火力で、開戦当初は怪物の群れを気持ちよく薙ぎ払ってきたものだが。

しかしながら同胞は次々に落とされ。

もはや、東京基地に温存された機体は一機だけだ。

パイロットとして乗り込む。

これから、ストームチームへの支援を行う。

滑走路の先にいるドローンは全て駆逐したが。まだまだ基地の周囲にはドローンがいる。

計器類をチェック。

燃料は大丈夫。

機体は万全とは言えない。

各地で戦闘を繰り返して、相当にガタが来ている。

それでも、各地で制空権さえ取れば、不死身の活躍を見せてきたA10の後継機とも言えるDE202だ。

ちょっとやそっとの攻撃では落ちない。

同胞が落とされたのは。それだけ苛烈な攻撃を受け続けた、ということだ。

「進路確保! DE202、発進する!」

「対空砲火、集中! DE202の発進を支援しろ!」

「イエッサ!」

ぐんと強烈なGが掛かる。

DE202も相当に不満を抱え込んでいるのかも知れない。

倒せど倒せど敵は来る。

どれだけ撃ち抜いても戦況は良くならない。

やっていられるか。

耐Gスーツを着込んで、そういう風には感じる事もあるが。それはそれだ。この不満を抱えている機体に言い聞かせるように。

戦闘が行われている町田へ急ぐ。

見えてきた。

町田は指呼の距離。

凄まじい数の怪物と、ストームチームが交戦中だ。今、インペリアルドローンが破壊されて、落ちていくのが見える。

同時に、通信が入った。

「お久しぶりッス」

「凪少佐か」

「指定地点の攻撃、お願いするッスよ」

「了解だ。 プライマーめ、随分と節操なくアンカーを生やしてくれたものだな。 へし折ってくれる!」

上空から、急降下を開始する。

制空権は十分ではないが、それでも一撃離脱で叩き潰す。

速度を上げて行くと、ドローンと何度かすれ違う。タイプツーが主体だ。これは有り難い。

実の所、タイプワンの方が航空機に対しては脅威度が高い。

指示を受けた先にあるのは、黒いアンカーだ。見た事もない。何だか分からないが、新型のアンカーか。

いずれにしても、関係無い。

まずは105ミリ砲をしこたま叩き込んでやる。

弾が弾き返されるようだが。そのまま無視してバルカン砲も叩き込む。

砲を冷やしながら、旋回。ドローンが多少追いすがって来るが、タイプツーはどちらかというと対地攻撃用のドローンだ。

もう対空戦闘が必要ないと判断したのか。

この場所には、タイプツーばかりがいるようである。

「ありったけの弾を叩き込んだが、恐ろしくタフなアンカーだな。 続いての攻撃を指示してくれ」

「了解ッス。 もう一度、あの巨大アンカーに頼むッスよ。 座標をすぐに送るッス」

「任せろ」

上空に出る。

それにしても、本当にタフなアンカーだ。あれだけの巨大さだと、何を出してきてもおかしくないだろう。

ドローンを振り切って、上空に。

問題はバードストライクだ。

ドローンは非常に巨大で、高速で敵地に突貫すると、それだけでとんでもない危険にもなる。

レーザーが主な脅威ではあるが。

ドローンに体当たりされて、そのままバードストライクで落とされた同胞はいくらでもいる。

自衛隊時代からパイロットを続けているが。

そのレベルのベテランでも、そんな風に落とされた奴が何人も同僚にいる。

それだけ、危険と言う事だ。

加速。

また上空から、アンカーを狙う。

見えた。

しこたま攻撃を叩き込んでやる。ありったけの弾丸を叩き込む勢いで、擦るほどの近距離まで近付きながら、射撃を続ける。

さっきの距離では駄目だったが、今度はどうか。

すれ違う。

アンカーはまだ破壊されない。

再び上昇に移る。

思わず舌打ちが零れる。ドローンが多数、アンカーを守ろうと集まって来ている。それだけではない。

あの巨大アンカーから現れたらしいキングが、此方に糸を飛ばしてきているのが見えた。機体を巧みに左右にずらして攻撃を回避する。

キングの糸は。容易に攻撃機を撃墜する程の火力を持っているのだ。

「なんてタフなアンカーだ」

「DE202、無事ッスか!?」

「何とか無事だ」

ダメージはある。

糸が機体に擦った。それでも、どうにか飛べる。此奴はあの不死身の攻撃機、A10の後継機なのだ。

この程度で、落とされてやるものか。

「指示を頼む。 残った武器全ての弾薬を、次の攻撃で叩き込む」

「分かったッス。 頼むから、特攻とかは止めてくれッスよ」

「分かっている。 そもそもそんな事をする意味がない」

凪少佐から座標が来る。上空に躍り上がると。

可能な限り燃料を節約しながら、上空にて機を謀る。やはりというか、かなりの数のドローンが追従してくる。

対地用のドローンと言っても、対空戦が出来ない訳ではない。

得意ではないが。それでもレーザーは脅威になる。

その追従してくるドローンが、壱野大佐の狙撃らしいもので次々撃墜爆破される。敵が混乱し、隙が出来た。

仕掛ける。

高度を下げながら、速度を上げる。

次の攻撃が最後だ。

ありったけの武器を展開し、全ての弾丸を叩き込む。途中、遮ろうとしたタイプツードローンを鎧柚一触に撃墜しつつ。その破片を浴びながらも突貫。かなりのダメージが機体に出ているが。

大丈夫、お前ならやれる。

そうE202に言い聞かせながら、目標へ飛ぶ。DE202もそれに応えるようにして飛ぶ。

傷だらけのDE202は速度を更に上げる。射程範囲。そのまま、ありったけの武器を展開して。

残弾すべて、くれてやる。

火花が散るのが見えた。明らかな亀裂が、巨大アンカーに走るのが見えた。

同時に、その亀裂にストーム1、壱野大佐の射撃が食い込む。

直後、空に巨大な火球が出現していた。

「イヤッホウ!」

流石だ。

流石は壱野大佐。

何度も戦闘をともにして、その神がかった狙撃の腕前は知っていたつもりだったが、今のはまさに神の一射だ。

神話の戦いを見ているような気分になり、心が躍る。

「弾は撃ち尽くした。 帰投する」

「ありがとうDE202。 生きて戻るッスよ」

「それは上官としての命令かな、凪少佐」

「当然ッス」

なら、それに従わなければならないだろう。

少数のドローンが追撃を仕掛けて来るが、全て振り切る。そのまま、東京基地に到着。

まだ東京基地の周囲には少数のドローンがいたが、それらに落とされるほど、今更運をなくしていない。

滑走路に降り立つと、機体から出る。

そして、気づく。

DE202は機体から煙を上げていて。もう飛べる状況ではなかった。

壊れ行くタイプツードローンを突っ切ったこともある。

それに、アンカーに攻撃を仕掛ける際に、散々反撃だって受けた。それらが蓄積した結果だ。

それでも、ダメージを感じさせない飛行を見せてくれた。

思わず、その場で敬礼する。

最後の空の王者。

猛禽A10の子、DE202。

本当に立派だった。

ありがとう。お前のおかげで、ストームチームは、恐るべき巨大なアンカーを破壊する事に成功した。

「此方DE202、生還! しかしながら、機体は破損大。 恐らく戦闘継続は不可能!」

「分かった。 あの超巨大アンカーを粉砕してくれたのは流石だ。 以降は対空攻撃の支援をしてくれ。 対空砲塔を任せる」

「イエッサ!」

すぐに次の仕事か。

耐Gスーツを脱ぐと、現地に急ぐ。

対空砲塔は全てが稼働している訳でもない。また、怪物が来た場合は、水平射撃で撃破もしている。

対空砲での戦車撃破というのは、古くにも記録があるそうだが。

今でも似たような使い方はするわけだ。

無事で戦い抜けよストーム1。いや、ストームチーム。

そう呟きながら。対空砲の砲手として。

東京基地の守備作戦に参加する。

以降は、ベテラン兵として。

この東京基地を、なんとしても死守するだけだ。

 

3、焼け野原の先に

 

黒い巨大なアンカーが粉砕される。此奴から、マザーモンスターやキングが次々に出現していたのを、三城は側で見ていた。

今、最後のキングに上空から襲いかかる。

対応しようと体の位置を変え、狙って来るキングだが。三城の接近の方が遙かに早い。

そのままファランクスを叩き込み。

熱量で、キングを焼き切る。

瞬時に火だるまになったキングは、甲高い悲鳴を上げると、そのまま四散した。

これで、大型は全滅。

後は小型の大軍を捌くだけだ。

「此方ゴーン1! 限界が近い!」

「相馬機、そろそろダメージがレッドゾーンだ。 後退して補給を受ける」

味方の損害は甚大。

当然だろう。怪物の数が多すぎる。ビッグアンカー四本がまだ健在で、それが次々に怪物を投下し続けている。

残った怪物を世界中からかき集めているのだろう。

ならば、ここで全て倒してやる。

無線が入る。

千葉中将からだ。

「ストームチーム、まだ無事か」

「大丈夫。 無事です」

「そうか。 ならば現状を伝えておく。 世界各地のEDFの残存戦力を抑え込むように、プライマーが怪物を展開している。 どの基地も、対処に手一杯だ」

妙だ。

敵は人類を皆殺しにする作戦に支障をきたすほどの怪物を繰り出して来ている筈である。それを考えると、更に此処で手数を減らすつもりだろうか。

如何に各地のEDFがもう交戦どころではないにしても。

敵もそれは同じの筈だ。

基地を破壊し尽くすほどの戦力があるとは思えない。マザーシップが、もう直に出て来ている程なのである。

「マザーシップと緑のα型が、EDFの残党を避けながら動いているのも確認した。 いずれも破壊を免れた都市を更地にして回っている様子だ。 現在、対策について検討中だが……」

「対策なんて、出来る訳が無いッス」

「……そうだな。 凪少佐の言う通りだ。 健闘を祈る」

「千葉中将も大変ッスね。 この様子だと、寿命を縮めるッスよ」

ぼやいている一華。

三城だって、少しは戦況を改善したいが。

はっきりいって、敵の数が多すぎる。

ストーム3と小兄が必死の攪乱戦をしているが、それでも手が足りない。

自動砲座が焼け付いて動かなくなってからは、味方の被害も露骨に増えている。

一華のニクスだって、もう限界が近そうだ。

大兄が超人的な活躍で近付く怪物を蹴散らしまくっているが。それでも捌き切れていない。

負傷者がどんどんキャリバンに収容されている。

此処は。

三城がいくしかない。

「ビッグアンカーを狙う」

「無茶だと言いたいが、どうやら他に手は無さそうだな。 小田大尉、浅利大尉」

「おう」

「イエッサ!」

乗ってくれたのは、荒木軍曹だ。小田大尉と浅利大尉とともに、支援をしてくれる様子である。

大兄は、大物を潰した後は、最前線に躍り出てムービーヒーローも真っ青の活躍を続けている。

どれだけの怪物が大兄に撃ち倒されているか分からない。

勿論散々攻撃を集中されているが。それを立ち回りでどうにかしながら、一発も無駄玉を出さない。

文字通り、敵にとっては悪夢に等しいだろう。

だが、そんな大兄だって、体力は無限ではない。

事実さっきから、大兄は完全に黙り込んでいる。戦闘をしながら、指示を出す余裕がないほど苦戦していると言う事だ。

小兄は、ストーム3達と敵の浸透を防ぐので精一杯。

ならば。三城が行くだけだ。

一度高度を上げる。もうタイプツードローンは殆ど残っていないが、飛行型とタッドポウルが少数ずつ、ビッグアンカーから現れている。

それらが脅威になる。

フライトユニットの消耗は可能な限り避けたい。

大兄が狙撃している余裕がないほどなのだ。だが、ストーム2の支援射撃によって、周囲の怪物が次々に落とされる。

ブレイザーの熱線が迸り、編隊を組んで飛んできていたタッドポウルがまとめて叩き落とされた。

よし、この高度だ。

高度を、速度に変える。

飛行技術の基本中の基本。そのまま、ビッグアンカーを狙い、飛ぶ。

民間用と軍事用のフライトユニットはパワーが違うとたまに聞くが、実の所それしか違いはない。

突貫。

飛行型が行く手を遮ろうとするが。小田大尉のロケットランチャーが一体を直撃。爆風が残りを消し飛ばした。

左右に何度も揺れるように飛びつつ。追いすがって来る敵は全てストーム2に任せる。支援は任せてしまって問題ないはずだ。

大兄が持ち堪えているうちに。

ビッグアンカーをうち砕く。

ファランクスにエネルギーを充填。危険を感じたか、ビッグアンカーからぼろぼろと怪物が出現するが、α型ばかりだ。

焦っているのは、敵も同じか。

それも、通常種ばかりだったら、もう敵じゃない。

そのまま突撃して、アンカーにファランクスを叩き込む。

凄まじい熱量が、見る間にビッグアンカーを赤熱させていく。頂点部分のクリスタルのような物質が結局何なのかはよく分かっていないそうだ。破片を回収して解析した先進科学研も、それが何なのかは結局理解できなかったらしい。

いずれにしても、粉砕する。

飛び退く。爆発が周囲に拡がる。それは、軋みだが。同時に悲鳴のようにも聞こえていた。

一旦まだ無事な近くのビルに降り立つ。

これで、味方への圧力はだいぶ減るはずだ。フライトユニットのエネルギーをチャージしながら。寄ってくる怪物を、電撃銃で処理する。バイザーを通じて、味方と連絡を取る。

「次にあのアンカーを狙う」

「よし。 俺たちも支援する。 かならず一撃で仕留めろ」

「いえっさ」

「まったく、大将の所は本当にバケモンしかいねえな。 勿論褒め言葉だぞ?」

小田大尉が冗談めかして言う。

まあ、冗談をいう余裕があるなら、大丈夫だろう。

フライトユニットへのエネルギーチャージ完了。

そのまま上空に出ると、次のアンカーを狙いに飛ぶ。

 

ニクスの応急処置だけ済ませると、相馬大尉は再び前衛に出る。

この機体は、多分もうそう長くは保たないだろう。補給車のクレーンを使って装甲を補填し。攻撃を受けた場所のメンテナンスをしながら、それは悟っていた。

だが、それでもやるしかない。

相馬大尉はあまり良い人生を送ってきたわけでは無い。

荒木軍曹に拾われるまでは、文字通り灰色の人生を送ってきた。

EDFに入った切っ掛けだって、ろくなものじゃなかった。

入ってからも、小賢しいとひたすらに目をつけられ続けた。

軍曹は正論を聞ける人物だった。

正論を聞けるというだけで貴重だと言う事を良く知っている相馬大尉は。小田大尉や浅利大尉の漫才を聞かされるのを煩わしいとは感じたけれども。それでも、荒木隊が居心地が良かったし。

戦闘で活躍すれば全うに評価してくれる荒木軍曹を、立派な上官だと思っていた。

たまに、荒木軍曹よりも出世してみせるというような事も言ってみたりもしたが。

それでも荒木軍曹は、何も文句は言わなかった。

荒木軍曹も、あまり良い人生を送ってきていないのだなと。その時、何となく感じ取ることが出来た。

だからだろうか。

以降、荒木班から独立する事は考えなくなった。

「相馬機、復帰!」

「よし。 三城少佐の突撃を支援する! ミサイルの残弾は」

「補給したので、二十発全て撃てます」

「では指示したタイミングまで、周囲の怪物を機銃で蹴散らしてくれ」

荒木軍曹の指示は的確だ。

周囲にはかなり怪物が浸透してきている。如何にストーム3と弐分少佐が超人的に暴れ回っても、限界があるのだ。

ニクスが敵を削るしかない。

そして敵のヘイトは、必然的にニクスが集める事になる。

そもそも、この戦場はニクスが三十機は必要だ。

それなのに、四機で戦闘を開始し。

今や三機にまで減っている。

さっき横目で見たが、ゴーン1はかなり復帰まで時間が掛かるだろう。しばらくは、一華機と前線を支えるしかない。

だが、圧力は。

さっきよりも弱まっている。

小田大尉と浅利大尉の攻撃が、次々に敵を叩き落としている。荒木軍曹も、バッテリーが残り少ないのにブレイザーを投入して、敵を削り取っている。炎上して落ちていく飛行型。

爆発で粉々になるタッドポウル。

それらの間を針の穴を通るようにして抜けて。

決して無傷では無い三城少佐が飛ぶ。

最初見た時は、いけ好かないガキだと思った。

これについては、誰にも言っていないが事実だ。

実力があるのはすぐに分かった。度胸についても、信じられないくらい据わっている事も、である。

だが、それはそれだ。

戦闘を重ねていくうちに、不審は敬意へと代わった。

圧倒的な数の敵を、容赦なく屠って行くプライマーの天敵。

まさに人類最強の空を舞う戦士。

ストーム4のジャンヌ大佐すら及ばないだろう。

「よし、相馬大尉! 今だ!」

「お任せを」

ミサイル、全弾射出。

三城少佐の行く手を遮ろうとしていた飛行型の一群を、まとめて全部消し飛ばす。

粉々に吹っ飛んだ飛行型の合間を抜けて、三城少佐が突貫。

一瞬後、ビッグアンカーが消し飛んでいた。

おおと、喚声が生き延びている兵士達の間から上がる。

同時に、ゴーン1が前衛に復帰。

まだ整備が不十分なようだが。それでも、前線に出るべきだと判断したのだろう。

「ゴーン1、戦闘に復帰する!」

「まだ整備が不十分なようだな。 それでも出てくれるか」

「何とかする!」

「よし、前衛の敵を火力で制圧してくれ! 残りのビッグアンカーは二つ! どちらも叩き壊せば、敵の損害は計り知れない!」

EDF。兵士達が歓声を上げる。

そして、反撃に転じる。

半減した敵を、次々と味方が撃破し始める。兵士達は皆ボロボロだが。それでも凄まじい闘志で怪物に立ち向かっていく。

壱野大佐が戻ってくる。かなり傷を受けているようだが、目に宿っている闘志は更に膨れあがっているように見えた。

応急処置だけ補給車でして、すぐに前線に戻っていく壱野大佐。

凄まじい。

まるで夜叉か羅刹だ。神話に出てくる悪鬼のごとき戦いぶり。破壊神や維持神ですら怖れるかも知れない。

「おっかねえ。 絶対に敵に回したくないぜ」

「同感だ」

「此方三城。 三つ目のアンカーを狙う」

「よし、三城少佐。 支援する。 確実に叩き落としてくれ」

軽口を遮るように荒木軍曹が言う。

頷くと、支援をするべく、更に前に出る。怪物を駆逐しながら、最前衛に。一華機もついて来た。

周囲の怪物を蹴散らしながら、壱野大佐を支援する。

装甲が厚いのは相馬機の方だ。だから、より前に出て支援をする。それに、一華機はより優れた操縦者が乗っている。

あのバルガマークワンの操縦で、最強のアーケルスを倒せたのは一華だけだっただろう。

だから、盾になる。

絶対に、ストーム1の四人は死なせない。

弾薬を使い切る勢いで、押し寄せる怪物を撃ち抜く。ストーム1の凄まじい戦いぶりには及ばないが、それでも少しは被弾を減らす事が可能になるはずだ。

射撃を続行しながら、通信を聞いて時々支援を行う。

飛行型もタッドポウルも少数ずつくる。彼奴らを自由にさせていてはまずい。

射撃して、落ちてきたタッドポウルにとどめを刺す。やはり地球上の別地域から呼ばれて来たらしく、衣服の切れ端らしいのが口に引っ掛かっていた。衣服を着ていた人間の運命は明らかだ。

無言で戦闘を続行。α型の接近を許す。一瞬の差で撃ち抜く。β型が来る。一華機を狙っているものを撃ち抜く。今度は一瞬遅れる。多数の糸を喰らうが、まだだ。装甲はまだいける。

β型を掃討。

空に赤い光が奔る。ブレイザーの炎。

現在の聖剣が飛行型の群れを焼き払う。

その隙間をぬって、三城少佐が突貫。

三本目のビッグアンカーを粉砕していた。

敵の圧力が露骨に減る。

「よし、さがれ相馬大尉。 後は遠距離戦で安全に仕留める!」

「了解!」

「弾幕を展開! 後は狙撃でアンカーを粉砕する!」

かなりニクスにガタが来ているが、相馬大尉だって今までニクスで各地を連戦してきたのである。

この程度で音を上げるほど軟弱では無い。

壱野大佐と連携しながら怪物を撃ち払い、そのまま皆の入る地点まで後退。

よく見ると、この辺りは公園か。

公園で殺し合いをしていたのか。

今更気づく。

そんな余裕さえなかった。

公園の端には看板が落ちていた。何々を禁止とか、散々書き込まれている奴だ。反吐が出る。

公園で遊ぶのを禁止しておいて、子供が運動不足だ何だとわめき散らす阿呆ども。ゲームのせいだとか抜かす脳タリン。

そういう連中はもう死んだのだろうか。

死んでいてほしいなとすら思ったが。

今は看板の残骸を踏みにじって戻る。崩れた看板の残骸をニクスが粉々に踏み砕いて、陣地を再構築。

ゴーン1も何とか復帰して、弾幕を展開。

三城少佐も、ストーム4も戻ってくる。

ストーム4はビルを利用し、そこからずっとマグブラスターやレーザー砲で戦闘してくれていた。

味方への被害が「甚大」程度で済んだのも、彼女らが最高効率でドローンを叩き落としてくれていたからだ。

後は、戦線を縮小して、ひたすらに狙撃を続ける。

程なくして、最後のビッグアンカーが粉砕されていた。

怪物の供給が止まる。

誰もが、荒く息をついていた。

ストーム3が戻って来た。弐分少佐も。

すぐに全員の手当てを開始する。また。敵がいなくなった事で、補給車も来る。すぐに物資の補給をする。

まだ、次の攻勢があるかも知れない。

「各自、休憩を実施! 交代で休んでくれ!」

「まだ働くのかよ……」

「マザーシップを叩き落とすまではな」

「くっそ……」

小田大尉がぼやく。それに浅利大尉が応える。

流石に、小田大尉に今回ばかりは同意だ。

ゴーン2は破壊され、パイロットも瀕死の重傷だ。キャリバンで後送されていく。

確か、ニクスがまだ一機残っているらしいが。今はそれよりも、何とか現存のものを補修するのが先だろう。

少し悩んだ末に、荒木軍曹が人員を呼ぶ。

ストーム1専属の長野一等兵だ。

長野一等兵はすぐにニクスを見て、修理を開始してくれる。ついでに、大型移動車で、汚物や廃棄物をストーム1専属の尼子とかいう運転手が運んでいく。

「敵の様子が知りたい。 マザーシップナンバーイレブンはどう動いている」

「現在確認中だ。 荒木軍曹。 君も早く休んでくれ」

「……分かった。 ブレイザーのバッテリーが其処をついている。 補充は出来るだろうか」

「再充填が終わった分は届けさせる」

荒木軍曹は頷くと、休みはじめる。

相馬大尉は一旦ニクスを降りると、周囲の手伝いを始める。他の兵士達よりは体力が温存できているはずだ。

一華少佐はあれはもう見るからに軍人の体をしていないし、力仕事には期待していない。パワードスケルトンありでも、最低限の動きしか出来ないだろう。

負傷者の後送を終える。

ゴーンチームは殆ど残らなかった。

代わりに、少数の歩兵だけがいる。それだけじゃない。

歩兵装甲車が来る。

ばらばらと降りて来たのは、フェンサー部隊。歩兵部隊もいる。

「む、貴官らは」

「ベース228守備隊より来ました。 此方では怪物を早期に撃退出来ましたので」

「無理をして兵員を割いて……」

「ベース228奪回で、周囲の集落がどれだけ安全になり、市民が救われたか分からないほどです。 僅かながらでも、力になりたく」

そう敬礼する兵士達を、荒木軍曹は拒むことは出来なかった。

どうみても、相手が殆ど軍事調練を受けていない素人ばかりだったとしてもだ。

ジャンヌ大佐が来る。

「うちの人員は三人が脱落だ。 残りは私含めて二名だけだな」

「あれだけのドローンを相手にしていたんだ。 仕方がない」

「そうだな……私はまた生き残ってしまった」

「生き残ってくれて皆喜んでいる。 次は敵がどう出るか……これほどの損害を出して、なおも勝負を挑まないつもりかも知れないが……」

荒木軍曹がぼやく。流石に限界が近い様子だ。

ジャムカ大佐も、側で座り込んで黙々とウィスキーを口にしている。痛み止めだ。聞かなくても分かる。

壱野大佐も、手当てを受けていた。あれだけ前線で暴れたのだ。当たり前の話である。ストーム3の被害も小さくない。意識不明のまま、運ばれて行く隊員が視界の隅に映った。

スカウトが戻ってくる。

もう夕方だ。

これ以降の戦闘はないと思いたいが。

明日、まだまだ怪物の大軍が仕掛けて来る可能性は否定出来ない。

それに、スカウトの練度だってあまり高くない。

今回の作戦に参加した大人以外は。

東京基地は、無理矢理招集された新兵ばかり。

オペレーターなどですらそうだと聞いている。

信頼性は欠けてしまう。

ましてや東京基地は、ありったけの無人機を出して、敵の情報を引っ張り出し続けてくれたという話だ。

責める事も出来ない。

「此方スカウト3!」

「ストーム2、荒木だ。 聞かせてくれ」

「はっ。 マザーシップは高度を落とし始め、視認できるようになっています。 3隻のテレポーションシップと、エイリアン少数を周囲に展開。 相模大野の焼け野原に陣取っています!」

「怪物の数は」

ほとんどいない、という。

ということは、ついに勝負に出るつもりになった、と言う事だ。

各地の基地から勝報も届いている。ただし、すぐにまた戦闘状態になっているようだが。

他の海外基地も、攻撃をひっきりなしに受け続けている。

どうやらEDFの残存戦力を釘付けにできればいい。

そう考えて、プライマーは動いている様子だ。

怪物なんてなんぼでも増える。

そういう意図もあるのかも知れない。

何処の星からさらってきたか知らないが、明らかに過剰な戦力としての改造を施した挙げ句。

消耗品としてぶつけ続けるか。

流石に普段はあまり感情を表に出さない相馬大尉も、苛立ちを隠せない。

プライマーのやり方は、SFに出てくる悪辣エイリアンの悪い所を凝縮したようなものだ。

そして、それはどこか人間のやり口に酷似している。

それが故に、余計に頭に来るのかも知れない。

更に連絡が来る。

他のスカウトも、マザーシップが低高度で停泊している事は確認している。怪物は、テレポーションシップが落としている少数だけらしい。

荒木軍曹が立ち上がる。

東京基地に連絡を入れた。

「動かせる全てのレールガンを出動させろ」

「ついに、勝負を賭けるのか」

「そうだ」

「了解した。 死ぬなよ」

ダン中佐の言葉に、荒木軍曹は敬礼で返す。

いい加減に休めと声も掛けられ。ああと頷いてもいた。

確か、まだ整備中のが一両。改良中が三両あった筈。

ある程度で切り上げて前線に出してくるとしても。リモートで操縦して、それで明日の早朝に相模大野に到着がやっとだろう。

イプシロンレールガンは足が速い兵器では無い。

レールガンという兵器を運ぶためのキャリアという側面が強く。装甲も踏破性も高くはない。

更にいきなり即座に出せるわけでもない。

まだ東京基地は散発的な攻撃を受けている。

ドローンを追い払う必要もあるし。

改良を加えているのなら。その手を止める必要だってあるだろう。どこで切り上げるかも、判断出来るメカニックがいるかどうか。

熟練者はみんな死んだのだ。

先進科学研だって、ラボが無事か分からないのである。

朝の二時まで、各自交代しながらの休憩を取るように、と連絡。

二時になったら、全員でマザーシップの直下に出向き。最後の決戦を仕掛ける事になる。

千葉中将に連絡が行き。

作戦のGOサインが出た。

荒木軍曹は流石にねむる。

相馬大尉も、そろそろ限界だ。寝る事にする。

しばらく無心に眠りを貪り。

アラーム機能で、無理矢理指定時間に起きる。

周囲の兵士達は死んだようにねむっている。此処からは見張りだ。

人間の作り出す光がなくなったからだろう。

空はこれほどまでに綺麗だったのかと、驚かされるばかりだ。

大量の流星が見える。

観測によると、プライマーのマザーシップは出現直後に、近くにある衛星軌道上の軍事兵器を全て破壊したという。

更にその後も、移動中に近くにあるデブリや軍事兵器を破壊し。更に衛星軌道上にあるものは全て大気圏内に放り込むように動かしてもいたそうだ。

このため、デブリだらけだった衛星軌道上は。

今やかなり汚染が緩和されているという。

地上だけではなく、宇宙空間まで綺麗にしてくださっているというわけで。

有り難すぎて涙が出る。

その結果が。この美しい星空と流星群だ。

そのために、どれだけの人間が犠牲になったのかと考えると、涙が止まらなくなりそうだった。

勿論皮肉だ。

奴らにこぶしを叩き込みたい気分は、相馬軍曹も変わっていない。

起きだした長野一等兵が、ニクスの整備をしてくれていた。

レールガンは既に到着している。更に。整備中だったニクスも出してくれた。これでニクスは四機。

「最後のニクスは動かせそうですか」

「ああ、大丈夫だ。 カスタム機ほどではないが、どうにか戦える程度にはしておく」

「ありがとう。 整備が終わり次第、東京基地に退避してください」

「いや、俺は残る。 明日あのデカイ船とやりあうんだろう? 負けたらどうせ人類は終わりだ。 それなら、俺だけでも前線で応急処置をする。 尼子のはな垂れも残るそうだ」

どうしてこう。

皆、死にたがるのか。

溜息が漏れる。

そうため息をつくなと、長野一等兵は言う。

「工場の方は、ダン中佐が指示を出して、この作戦の為の弾薬やら部品やらを生産するのに全力を出すようにしてくれたからな。 ただし一日だけだ。 それとドローンから補給車を守るべく、なんとか体勢も整えた。 彼方此方に自動砲座を配置して、迎撃が出来るようにしてある」

「それだけのことを、一晩で……」

「これに加えて俺が現場に残るから、ニクスの事は心配するな。 これでも工場で鍛えられたからな。 そこらの軍人には負けねえよ」

「皆、無茶ばかりして……」

相馬大尉は、また大きな溜息をついていた。

二時。

荒木軍曹が起きだす。作戦開始だ。

兵士達を起こし、そして進軍を開始する。大型移動車も来て、ニクスを乗せる。四機のニクス。多少足は遅いが、レールガン四両。レールガンにはケンも乗っている。将来有望な若い兵士だ。

EMCもバルガもいない。戦車部隊もいない。

だが、それでもレールガンがいる。

レールガンはこの戦いの為に斜角を調整して、上空の敵を攻撃出来るようになっている。これについては既に説明を受けている。

そしてマザーシップはどうしても身を守りきれないと判断したら、恐らくもう逃げないだろう。

既に記録的な被害を出しているからだ。

敵が社会構造を作っていて。

トゥラプターの発言から見ても、マザーシップで前線指揮を取っているのが敵の最高地位者でないことがほぼ確実である以上。

これだけの損害を出して、結果も出せずに逃げ回ったら、それこそ処刑が待っているだろう。

敵は自分の命を守るために。

最後の決戦を挑まなければならないのだ。

此方も、あらゆる手管を尽くして戦いに応じる。

ストーム1を主力に、その支援をしていく。

たとえ何もかもを失おうとも。

それでも、絶対にマザーシップナンバーイレブンを叩き落とす。

このタイミングで出て来たのだ。

トゥラプターが明らかに小馬鹿にしていた司令官が乗っている旗艦である可能性は極めて高い。

叩き落とせば、敵に致命傷を与えられる。

というのも、明らかに敵の士気は極めて低いからだ。

親衛隊とトゥラプターが呼んでいた重装コスモノーツ以外は、こそこそと姑息な立ち回りを得意としていた。

勝ち戦の間は調子に乗っていたが、負け始めるとすぐに逃げ出すような連中ばかりだった。

そんな連中が総司令官を失ったら、後は逃げ散るだけだ。

コスモノーツでそれだ。

コロニストに至っては、もうがらくた同然。

装備も既に破損している連中が多く。自慢の再生能力も生かしきれないほど疲弊しきっている。

最後の勝機だ。

絶対にものにする。

戦略情報部から、ストームチーム宛に無線が入る。

専用回線での無線だ。

「戦略情報部、少佐です。 現在エピメテウスは支援可能な浅い海域にまで出て来ています。 要所で必要と判断したら巡航ミサイルを潜水艦隊とともに発射できます」

「それはありがたいな。 頼もしすぎて涙が出る」

荒木軍曹が毒を交えて言う。

気持ちは大いに分かる。

エピメテウスは敵にとっての最重要ターゲットだ。それが危険を冒して出て来てくれてはいる。

だがそれ以上に、やはり無茶な作戦ばかり指示してきた怒りの方が強いのだろう。

小田大尉なんて、作戦立ててる連中をいつかブッ殺すと息巻いていたことがあったが。

相馬大尉も、それに関しては同感だ。

「現地には既に無人の偵察機を配備して、偽装工作も完了しています。 此方で可能な限りの支援はします。 軍事衛星もかき集めました。 マザーシップが現在衛星軌道上にいないため、最後の賭として、です。 スプライトフォール衛星砲も、数発は撃てると思います」

「コントロールはこっちに回して貰えるッスか?」

「凪少佐ですね。 分かりました。 貴方の実績を考えれば、当然です。 コントロールを全て譲渡します」

「有難うッス。 ……切り札を、もう一枚用意するッスわ。 レールガンは敵も知ってるから、ひょっとしたら対策されるかも知れない。 だけれども……」

凪少佐の切り札か。

何をどうするのか分からないが、ともかく頼もしい。

実際、凪少佐のナビで、林立するテレポーションアンカーを昨日の戦いでは一瞬で壊滅にまで追い込んだのだ。今までも数限りない敵を、同じように屠ってきた。

いっそ、凪少佐が戦略情報部にいたら良かったのに。

そう、現地に向かいながら。相馬大尉は思った。

夜明けが始まる。

瓦礫と化している街に、日が差し込み始める。

その街と同等なほど巨大なマザーシップが、陽光を遮っている。

今から、あれと戦う。

負けは、許されなかった。

 

4、最後の戦いに向けて

 

千葉中将は、各地の戦線の状況を見ながら、指示を出し続けていた。

間断なくくる波状攻撃で、各地の基地は対応に手一杯。どこの基地も新兵と壊れかけの兵器しかない。

開戦当初と違って、それでも怪物に有効的な装備であるだけマシだ。

開戦からテレポーションシップを初撃墜するまでの約半年は、文字通り一方的に殴られるだけの戦いだった。核による撃墜例も、ほとんど意味がなかった。地上から落とせることがわかって、初めて意味が生じたのだ。

今はぼろぼろであっても。

怪物の弱点は分かっているし。

それに。

ベース228から連絡が来る。

「此方ベース228。 敵部隊と交戦中。 現在、敵をあしらいながら更なる増援を現地に派遣するべく準備中」

「無茶をするな。 兵員を君達は出したばかりだろう」

「この基地があるだけで、どれだけ近辺の兵士が助かったか分からない。 バルガがあった場所には神棚まで作って、皆でストームチームの勝利を祈っているほどだ。 もうなんの神にだか分からないが」

「……」

もはや、ストームチームへの信頼は。

信仰にまで行ってしまっている、ということか。

それはあまり良い事だとは思わない。

千葉中将は知っている。

ストームチームはみんな人間だ。

荒木軍曹は肝いりと言われるエリートの一人で、将来の出世が約束されていたが。それでも人間だ。

肝いりについてはなんだか情報が秘匿されていて、千葉中将の権限でも見る事が出来なかったが。

それでも、有能さはあっても。

苦境では歯を食いしばり。

味方のために命を賭けて戦う、理想的な戦士ではあったが。

同時に人間でもあった。

ストーム1だってそうだ。

村上三兄弟は、元々どちらかというと俗っぽい思考の持ち主で。道場の復興が入隊の条件だったことを、千葉中将は知っている。

三人とも道場を心の底から愛している様子で。

今でも、戦後は道場を復興したいと考えているようだ。

ストーム3のジャンヌ大佐は、過去を隠す気がない様子だ。

ろくでもない家庭に育ったことは知っている。

ジャンヌ大佐の苛烈な言動は、そこから来ている事も。

ジャムカ大佐だってそうだ。

昔は問題児の特攻男だった。

上司とぶつかりあい続け。戦場で凄まじい戦績を上げる事から死神と呼ばれて。結局大佐にまでたたき上げで登ってきた。

みんな、人間なのだ。

エイリアン殺しのいける伝説かも知れないが。

それでも、人間なのである。

崇拝は相手を見ないことと同じだ。ましてや信仰対象になってしまうと、それはもはや狂気と紙一重。

だが、今もう何もすがる者がない兵士達に。

そう諭す事も出来なかった。

だれも、何も信仰無しに生きられるほど強くはない。

何よりも、この状況だ。

すがりたくなる気持ちは分かってしまう。千葉中将だって、自衛隊時代からの古参とはいえ。

元々兵士達と一緒に訓練をし。

彼らと話をして、考えは知っている。

何より千葉中将の若い頃は、貧富の格差が一番小さいと言われた時代だったし。世界政府が出来てからは、その傾向が続いている。

既得権益層が自分を優秀だとか抜かしてふんぞり返ることもなく。

千葉中将も、ごく普通に育って彼らの特権意識に染まるようなことだってなかった。

「ともかく、何にしても基地を守るのを最優先にしてくれ。 支援は、手が開いた場合のみだ」

「了解。 また敵の小部隊が来たようです。 返り討ちにしてやります」

「頼むぞ」

通信を切る。

額の汗をハンカチで拭う。

血がついていた。

まだ千葉中将も、万全の状態じゃない。医師が厳しい目で見ている。休まないと死ぬぞと、何度も言われた。

だが、せめてマザーシップを叩き落とすまでは。

そうも言ってはいられないのだ。

思わぬ人物から連絡が来る。

カスター中将だった。

「千葉中将、無事なようでなによりだ」

「カスター中将。 其方こそ、よく無事だったな。 マザーシップがしらみつぶしの攻撃を続けていると聞いているが」

「なんとかな。 ストームチームがマザーシップを追い詰めて、ついに引きずり下ろしたそうじゃないか。 リー元帥の仇を討ってくれるだろうか」

「リー元帥だけじゃない。 今まで殺された皆の仇だ」

大勢が殺された。

誰も彼も見境無しに。

だが、それ以上に。

今は生きるために、マザーシップを叩き落とさなければならない。

「項少将も、作戦行動を開始するようだ。 インドの残存戦力も、行動を開始したらしい」

「何……」

「グッドラック。 ストームチームなら必ず勝てると信じているぞ」

それで通信はきれた。

嫌な予感が膨らんでいく。

だが、今は気持ちを切り替えなければならない。

これから、マザーシップとの総力戦が始まる。

それを、何があっても邪魔させるわけにはいかないのだ。各地との連携を取りながら。あらゆる邪魔を防ぐ。

それが、此処で。

千葉中将に出来る、全てだった。

 

(続)