最後の集結

 

序、戦地にて

 

巨大な怪物の軍団を屠られて、プライマーは相当に慌てたのだろう。怪物の群れを、徹底的にかき集めた。東京以外の地域にいた怪物が、露骨に減っている。衛星画像からも、地球にいる怪物の密度が、わかり安い程にまで減っているという報告があった。

それらの怪物は、静岡に上陸したテレポーションシップの艦隊から投下され。大軍団を形勢。

進軍を開始。

小田原を通過して、東京基地に迫りつつあった。

横浜での戦闘は既に厳しい。

町田で迎え撃つ。

敵の進路も、何度も部隊が壊滅した横浜は避けている。町田を抜けて、東京基地を直撃するコースを取っていた。

東京基地を潰されれば、東京の地下でひっそりと暮らしている市民達は皆殺しの憂き目にあう。

戦前から蓄えられていた物資で、皆何とか生きていられるが。

それも限界が近くなってきている。

そろそろ敵の本隊を潰すか。或いは敵の総司令官を屠らなければ。恐らく東京は壊滅し。地下にいる人々も皆殺しにされるだろう。

そして、あの戦闘にしか興味が無さそうなトゥラプターですら、これは必要な事だと言っていた。

つまり。

もはや、言葉は不要。

戦い、勝ち残るしかないのである。

先行したストーム4が囲まれていると通信が入る。町田には、今全ストームチームと、残った東京基地の戦力が向かっている。

もう廃墟と化している町田だが。それでも、戦前は世界でも栄えていた都市の一つだったのだ。

都市を利用しての戦闘は可能。

まだ、ストーム4はやれているはずだ。

急ぐ。

大型移動車を止める。此処からは、徒歩で行く。一華の高機動型ニクスは、フルスペックは出せなかったが。それでも長野一等兵が可能な限り改造してくれた。兵士達はジープに分乗。壱野は、皆に指示を飛ばす。

「敵は恐らく、ストーム4を意図的に生かしている! 此方を囲んで波状攻撃を仕掛けてくる筈だ! 総員、周囲から攻撃がいつ来ても良いように備えてくれ!」

「イエッサ!」

ジープには機関銃を装備しているが、どれもがあまりいい武装では無い。怪生物相手にジープというのが、既に無理なのだ。

最低でも歩兵戦闘車、出来れば戦車。

戦車ですら、あのM1エイブラムスの後継機であるブラッカーが当初は歯が立たなかった程である。

ジープに乗った歩兵では、あまりにも相手が悪すぎる。

それでも、やるしかない。

壱野はバイクに乗ると、GOと叫ぶ。

弐分、三城が先行。

一華も、ニクスで後続から続いてくる。一華の高機動型はかなり無理をして動いているが、何とか最後までもたせる。

荒木軍曹には指示を受けている。

レールガンは、敵の総力が結集するまでは温存すると。

それは壱野も同意だ。

あのレールガンは、本当に切り札になりうる存在だ。

恐らくだが、マザーシップの弱点が本当に下なのであれば。恐らく撃墜も視野に入れられる筈。

本当だったら、EMCがあればなお良かったのだが。

残念ながらもはやEMCを作る力は、人類には残されていない。

急ぐ。

悪意を感じる。右方向からだ。

どうやら敵は相当に焦っているらしい。ストーム4と合流してから、仕掛けて来ればいいものを。

「敵だ! 三時方向! 飛行型多数!」

「私がやる」

「頼むぞ三城」

三城がジープの一台の上にぽんとのると、誘導兵器をぶっ放す。更に改良が加えられた様子だ。

先進科学研の、最後の改良である。

凄まじい火力で、一気に飛行型が叩き落とされていく。プライマーとしても温存していた飛行型の群れだろうが。

容赦なく叩き潰させてもらう。

更にジープ部隊も、対空機関砲を乱射しながら移動。運転手以外の兵士は、アサルトライフルで応戦。

γ型も来る。

だが、此方は弐分が出る。

機動戦をしながら、翻弄しつつスピアで貫く。

更に追いついてきた一華が、機銃で文字通り蹂躙。ただ補給車を狙っている個体もいるので、一華に任せながら進む。

「急ぎすぎるな! 陣列を伸ばすのは避けろ!」

「イエッサ!」

「此方ストーム4!」

「此方ストーム1。 戦況は概ね予想通り。 其方は!?」

ジャンヌ大佐は、ふっと笑う。

余裕だ、という雰囲気だ。

現在もうストーム4の人員は五名を切っている。新人のウィングダイバーを加えて戦力を水増しさせる事はさせなかった。

今回の戦闘では、ストーム隊と、既に家族がいない兵士だけで戦う。

ウィングダイバー隊は各地で殆ど生き残りがいない。だから、生き残った少数の新兵は東京基地に残す。

もしもストーム隊が敗れた場合、東京基地を守るため。

そのために、どのストームチームも。

少数の。

今までの激戦を生き抜いてきた最精鋭だけで。

この作戦を突破し、成功させるつもりだ。もはや守られるものは何処にもいないのである。

少なくとも、この戦場には。

「飛行型排除!」

「おおっ! 流石だ!」

「後続と合流! ストーム4の救援に向かう!」

「イエッサ!」

進軍を続行。

時々壱野はバイクの上から狙撃して、遠くにいるγ型を叩き伏せる。γ型はよく分からないのだが、時々止まってじっとしている事がある。

ひょっとするとだが。

本来はこんなに激しく活動する生物ではなく。

生物兵器として改造された今でも。

こんなに激しく運動するのは、負担が掛かっているのではあるまいか。

いずれにしても、見つけ次第殺す。

残しておけば、無抵抗の市民が襲われ殺されるのだ。

此奴に轢き殺された人間は、それこそ二目と見られないほど悲惨に殺されるのである。それを許してはならない。

悪意を排除しながら進む。

程なく、空戦をしているストーム4が見えてきた。すぐに集っている飛行型を、遠距離からの狙撃で叩き落とす。

元々ストーム4も、空中戦ではもはや並ぶ者がない。

それに飛行型との戦闘も慣れているだろう。

残りの人員が例え少数であっても。

たかが飛行型の小さな群れ程度が相手だったら。

遅れを取る事はない。

そのまま合流。

兵士達はジープから降りて貰い、周囲に展開させる。ニクスが追いついてきたのを見て、自動砲座を展開。

周囲は悪意まみれだ。

わざと罠に飛び込んでやったんだから当然だが。

ここで。

此方を確実に仕留めに来ようとする敵を。

徹底的に叩く。

そうすることで、敵の主力にダメージを与え。最終兵器を引っ張り出させる。

それで、やっと勝負が出来る。

逆に言うと、このチキンレースに臆していたら、絶対に勝ち目は生じない。

怪物は地上で繁殖までしている。

プライマーの頭に血を上らせて。

放置しているだけでそのうち人類を滅ぼせると言うことに気づかせてはならない。

いや、トゥラプターの言葉を分析する限り、ひょっとすると何かもっと違う理由で自棄になっている可能性もあるが。

それはそれ。

これはこれなのだ。

「自動砲座、展開完了!」

「あ……あれは……!」

「全方位に敵!」

「来たな」

すぐに追いついてきたキャリバンに怪我人を任せると、壱野は出る。皆に展開してもらう。

せめてもう少しニクスがいれば、少しは違うだろうに。

ただ、今までの戦場で、記録的な数の怪物を叩いてきた。それが明らかに効いている。飛行型、タッドポウルはそれほど数が多くない。β型もα型も、数が中途半端だ。EDFの戦力が充実していた頃なら、余裕を持って迎撃できる程度の数でしかない。

近付く前に、エメロードミサイルを連射して、可能な限り敵を削る。弐分も三城も。高高度強襲ミサイルと誘導兵器で、同じように近付く前に敵の戦力を削り。更に二人は突貫して、敵の攪乱に移る。

最初に来る飛行型を、一糸乱れぬレーザーの連射で叩き伏せていくストーム4と、必死にアサルトを連射する歩兵隊とともに迎撃。

タッドポウルは一華のニクスに任せる。

ジープに大量の飛行型の針が突き刺さり、兵士が逃げ出した背後で爆発四散。流石にジープ程度ではどうにもならないか。

だが、敵の数はみるみる減っていく。

下手に包囲したことで、一方向から来る戦力が減っている。

それだけじゃあない。

此処町田は、まだまだ周囲に建物がかなり残っている。戦闘をするには、怪物には不利で。人間には有利だ。

そのまま攻撃を続行。

射撃を続けて、敵を追い払い続ける。

怪我人は出来るだけ急いでキャリバンにいかせ。

その間も壱野は仁王立ちし。ずっと射撃を続けて。一秒ごとに敵を屠り続けた。容赦なく敵を撃ち倒し。死骸の山を積んでいく。

エイリアンは姿を見せない。

もうエイリアンがいなくても勝てると思っているのではないだろう。

もはやこの戦場に、出す余裕がないという事だ。

「敵、更に来ます!」

「弾薬は充分! 迎撃しろ!」

「イエッサ!」

兵士達が奮い立つ。

まだ至近まで接近されていない。飛行型やタッドポウルは仕方がないにしても、α型やβ型は、接近どころでは無く狩られているし。そもそも容赦のないミサイル攻撃で近付くことさえ出来ずに爆散していく怪物だって多い。

戦闘を続行。

第二波を撃滅。第三波を壊滅させる。少し時間が開いたので、ニクスの補給を急がせる。ニクスの装甲へのダメージはもう仕方がない。この敵群を全滅させてから、補給については考える。

敵四群が出現。

飛行型が主体ではあるが、数はそれほど多く無い。地上部隊は少し遅れて来ている。いずれにしても撃滅するだけだ。

三城がビルの上に上がると、其処から誘導兵器で飛行型を叩き落とし始める。

凄まじい殺戮の効率だ。

ばたばた落ちていく飛行型。積み上がっていく死体。

弐分は前衛で大暴れして、飛行型を相当数引きつけ。

引きつけている間に、皆で狙撃して片付けてしまう。

遅れて来た地上部隊は、制空権もない。

上空から弐分と三城が交互に強襲を仕掛け。

そのまま壊滅させてしまった。此方からは、狙撃をするだけで事足りた。

「補給を急げ!」

「イエッサ!」

兵士達も必死の形相で戦闘を続行している。今回、補給車は幾つか連結したものを連れてきている。

激戦になるのが目に見えていたからだ。

ビルの影に退避させた補給車は、相当量の物資を積んでいて。当面は戦い続けることが出来る。

ただ時間が開かないと、ニクスの補給は厳しいし。

更に言うと、ニクスに根本的なダメージが入った場合は、どうすることも出来ないだろう。

ストーム2が合流すれば、ニクスは二機になる。

そうなれば、少しはマシになるのだが。

「敵、更に来ました! タッドポウルです!」

「一度にぶつけて来ればいいものを」

「……」

余裕の様子で壱野が応じているのを見て、兵士達が青ざめる。いずれにしても、どうでもいい。

富士平原の戦場に出現した敵規模からすれば、児戯に等しい戦力だ。

蹴散らしてくれる。

編隊を組んで飛んできたところを、ニクスの機銃で片っ端から叩き落とし。更には落ちてきたところをアサルトで滅多打ちにして仕留めていく。

タッドポウルは怖れられている怪物だが、数がこの程度だったら怖れるに足りない。

悪意を感じる。

なるほど、其方からも来るか。

「三城!」

「わかった!」

三城が飛んでいく。後方から、緑のα型が迫っている。ビルを食い尽くすつもりなのだろう。

地面を喰い破って現れたα型の群れに。三城がプラズマグレートキャノンを叩き込む。

吹っ飛んだ緑の怪物の死骸が、大量にばらばらと周囲に落ちるが、どうでもいい。残りの処理は自動砲座に任せる。

更に敵が来る。

波状攻撃のつもりだろうか。

一度に叩き付けてくれば、此方は対処のしようがないのに。本当に戦術家気取りと言う奴は。

更に続く三波を撃退。応急手当を終えた兵士が、キャリバンから出て来て戦闘に加わるが。そろそろ歩兵達の限界が近いかも知れない。ジャンヌ大佐も、戦闘の合間にレーションをがつがつと貪っていた。あんまり余裕がないのだ。それくらい、疲弊が激しいという事である。

壱野はまだいける。

だが三城や一華には、気を配らなければならない。

「疲れている者は順番に休め! まだ敵は来るぞ!」

「ストーム3、現着!」

来てくれたか。

九州での戦闘で、凄まじい戦果を上げ続けていると聞いたが。ついにこの決戦の場に来てくれた。

そのまま、生き残ったストーム3は、一直線に来る。ただこれは、敵がわざと通した可能性が高い。

合流。

敬礼もそこそこに。

早速敵のもう第何群か分からない軍勢が来る。勿論、ご丁寧に此方を包囲していた。だが、わざと包囲網に誘いこもうとしているのは分かっていたし。

その間に此方は休ませて貰っていた。

「ようストーム1。 相変わらずの暴れぶりだな。 ストーム4は、まだまだやれそうか?」

「今はもう憎まれ口をたたき合っている場合ではなかろう」

「ふっ、それもそうだな。 だが、楽しむ余裕がなくなれば、それでおしまいだろうな」

「それについては同意だ」

ジャムカ大佐とジャンヌ大佐は相変わらずギスギスだが。

それでも、敵が来ると一斉にそれぞれの仕事をしてくれる。

ほれぼれするほど美しい連携で、レーザーが飛来する敵を撃ち抜く。

敵に全く怖れず突貫するストーム3が、ブラストホールスピアで敵を次々に貫いていく。

ストームチームが一丸となっての戦闘をそのまま続行。更に四波。途切れずに来る敵の軍勢を、容赦なく蹴散らした。

町田が怪物の死骸で埋まりそうである。

それでも、まだまだ敵が来る。

編隊を組んだタッドポウル。だが、それが此方に飛来する前に。一閃した赤いレーザーが、全てを焼き尽くしていた。

来てくれたか。

「ストーム2、戦闘に参加する!」

「遅かったな。 もう立食パーティーは始まっているぞ」

「すまないな。 千葉中将の護衛と、司令部への護送で手間が掛かった」

「まあいい。 合流してくれ。 敵はまだ来るぞ」

相馬大尉のニクスが見える。

やはり一華のと同様、激烈な連戦で相当なダメージを受けている様子だ。それでも動いている。

メカニックが、必死に直してくれたと言う事だ。

まだまだ敵が来る。

怪物の全てを。地球にいるもの全部を叩き付けてくる勢いだ。アフリカで散々増やしただろうに。

それらが全て此処で死んで行くのかもしれない。

プライマーに連れてこられて。改造された怪物達はどう思っているのだろう。

だが、敵に同情している余裕は無い。

ストーム2と合流。

ひっきりなしに全方位から来る怪物を、ビルを盾にしながら撃退し続ける。

小田大尉が来た。

「よう大将達! 無事なようでなによりだぜ」

「小田大尉も。 総司令部を守ってくれて助かりました」

「なあに、大将達の戦場に比べれば天国も同じよ」

「これについては小田大尉と同感ですね。 ここからが本番と言う事でしょう」

浅利大尉も元気そうだ。

そのまま戦闘を続け、敵を片っ端から片付ける。

壊滅していく敵を見やっている暇は無い。

更に次が来るからだ。

ストーム2も補給車を連れてきていたが。これは、予想よりも来る怪物が多いかも知れない。

タイミングを見計らって、補給車を一度戻す必要があるか。

歩兵達の疲弊も激しい。

一度、兵士達にも休息を入れたい所だが。プライマーはもう此方を逃がすつもりはないだろう。

敵の襲撃が途切れた合間に、残っているビルのトイレなどを利用してもらう。

休憩で仮眠を取って貰う。

夕方になるまで戦闘は続き。

何度もアーマーを取り替えながら、ひたすらに怪物を駆逐し続ける。

戦いはまだまだ始まったばかり。

プライマーは本気になってストーム隊をつぶしに来ている。それを、受けて立たなければならなかった。

 

1、NO11

 

夜が明ける。

その間、兵士達も皆も、交代で休んだ。

大兄は寝ていたのかちょっと心配だったが。三城が聞いたところ、小兄が寝ている所を確認したという。

それはよかった。

ともかく、夜明けとともにまた悪意が近付いてくる。

朝にはまた仕掛けて来るだろう。

それは大兄が既に皆に告げていた。

夜の内に、補給車はリモートで東京基地に戻し。物資を入れ替えて戻って来させた。夜の間に、長野一等兵にも来て貰い。ニクスの応急処置をして貰った。

怪物はまだまだ来る。

これは確定事項だ。

そして怪物を殺せば殺すほど、敵の戦力は削られる。

さっき戦略情報部から連絡が入ったが、中華でもロシアでも。敵の数が露骨に減っているという。

南米もだ。

プライマーは各地で人間を全滅させるために展開させていた怪物をかき集めて、此処に叩き付けてきている。

つまり此処で勝てば。

敵の地球全域の戦力を、相当に消耗させられると言う事だ。

そして怪生物がもう出てこない事や。

結局マザーシップがこれ以上出てこない事から考えても。

敵の戦力は恐らく枯渇しつつある。

これについては、別に楽観でも何でもない。

状況証拠全てが告げている、ただの客観的事実である。

「敵です!」

「……α型とβ型が主体か。 飛行型もタッドポウルも……γ型も姿が見えないな」

「しかし数が……」

「大したもんだいではない。 あの程度なら、昨日の間何度も捌いてきた」

大兄がすぐに指示を出し、狙撃手なども配置につく。

皆不慣れな素人ばかりだが、それでも昨日の戦闘を生き延びているのだ。

すぐに接近して来るα型だが。まずはストーム3の突貫により散々に陣列を乱され。赤いα型が次々に撃ち抜かれていく。

後方から来る銀のα型と、大量のβ型には。ミサイルが雨霰と降り注ぎ。爆発の中次々に四散する。

そして前衛の赤いα型が崩れた瞬間。

ニクスによる火力投射が開始され。

次々に敵がちぎれとんで行く。

敵の密度が高い場所には、三城がプラズマグレートキャノンを次々に叩き込み、最高効率で敵を吹き飛ばす。

それでも敵は距離を詰めてくるが。

大兄がバイクで突貫。敵の中を抜けながら、右に左にグレネードを叩き込み、吹き飛ばしまくる。

三城も負けていられない。

小兄とストーム3と一緒に突貫。

陣列が崩れた敵を、レイピアで焼き払いながら散々に蹴散らす。

残りはビル群を陣地にしている味方に任せる。

狙撃兵もよく敵を撃ち抜いてくれている様子だ。

他の歩兵も、逃げる場所なんてないことを知っているのだろう。

アサルトやショットガンで、必死に怪物を撃ち抜いてくれていた。

敵が途切れる。

夜の合間にかき集めていた部隊だったのだろう。

規模はそれなりだったが。

逆に言うと、夜の合間に仕掛けずかき集めた部隊でこの程度だと言う事だ。

多少息が乱れたが、その通り。

大兄に休憩するように言われて、すぐに横になって目をつぶる。

仮眠を取れるなら。少しでもとっておくべきである。

夢なんて見ない。

三十分も休めれば御の字だからだ。

「起きろ、三城」

「……うん」

バイザー越しに大兄に起こされる。

風呂に入る暇もない。昨日の夜には、ぬれタオルで体を拭いたが。それくらいだ。

トイレがなんぼでも使えるのだけは救いか。トイレットペーパーもある。廃棄されたビルのトイレは、まだ生きているものが多いのだ。

熱いお湯に浸かりたいなあ。

そう思うが、そんな余裕は無い。

シャワーなんて浴びているくらいだったら。湯船でリラックスしたい。

だけれども、怪物の数がそれを許してくれない。

起きだしてから、手をかざして敵を見る。

いるわいるわ、随分といる。

ただ、やはり飛行型は殆どいない。

もうプライマーも、なりふり構わず敵をかき集めて来ている、ということなのだろう。どうでもいいことだが。

ともかく、最初に飛んでくる飛行型を誘導兵器で足止めして。その間に皆で叩き落としてしまう。

包囲を縮めてくるα型の群れにはミサイルの雨が降り注ぐ。

おっと、一華が声を上げた。

「どうした、何か朗報か」

「DE202の修理が終わったようッスよ。 ひょっとしたら、要所で加勢してくれるかも知れないッス」

「そうか。 判断は一華、任せるぞ」

「いえっさ」

DE202か。

攻撃機の火力は存分に理解している。

敵に集中的に狙われて、フォボスやカムイはもう稼働出来る機体が残っていないと聞いているが。

攻撃機は、まだ無事だったか。

今、一華が色々調べてくれている様子だ。

衛星砲も、あるいは使えるかも知れない。

いずれにしても、今は。迫り来る怪物にめがけて飛ぶ。怪物の大軍がわっと寄ってくるが。

其処へレイピアの火力を全開に突貫。

焼き払っては離れ。また焼き払い。ヒットアンドアウェイで敵を翻弄する。怪物の包囲網が簡単に崩れるのは。怪物に高度な組織戦が教えられていない証拠。

人間を殺すのには恐ろしい程悪知恵が働く。

初期に行っていた作戦行動らしいのも、恐らくは今になって思えばプライマーが指示を出していたのだろう。

だが、数だけ揃えて突撃させれば。

結果はこの通りだ。

陣列が乱れたところから、ニクスやロケランの火力で敵が消し飛んでいく。

赤いα型は、文字通りストーム3が鎧柚一触に蹴散らしていくし。目立つ動きをする奴は大兄が狙撃して倒してしまう。

大兄はバイクで戦場中を走り回って、グレネードとライサンダーZを使って敵を翻弄。徹底的に叩いて回っている。

吹っ飛ぶ怪物の残骸は四方八方に散らばり。

彼方此方で山になっている程だ。

それでも怖れずに突っ込んでくる怪物だが。

それだけ、他の地方での戦闘が楽になっているはず。そう信じて、戦闘を続行し続ける。

「此方千葉中将」

「此方ストーム2、荒木軍曹」

「皆無事か」

「問題ない。 戦闘は続行可能だ」

千葉中将は、今埼玉の地下施設で指揮を執っているらしい。

狙われることを想定済だ。

この地下施設は地下鉄の一部になっていて、最悪の場合司令部ごと地下鉄で一気に別の駅に逃れてしまう事が可能だそうだ。

東京の地下で息をひそめている無抵抗な市民達を守るために。敢えて埼玉に司令部を作っている。

そうすることで、市民を守るためだ。

今、世界中で怪物が大混乱に陥っている。プライマーが所構わず引き抜いて回っているからだ。

各地で潜伏していたEDFも、反撃を開始する好機だ。

だから、連絡は取り続けている。

「今軍事衛星での確認を行っているが、怪物の群生地からどんどん怪物が減っているのが分かっている。 プライマーは彼方此方から、怪物を引き抜いて其方に向かわせているのが確実だ。 北米、中華、ロシア、アフリカ、南米だけではない。 どうやら中東や東南アジアからも怪物を集め始めている」

「各地での反撃作戦はどうなっている」

「現在、戦略情報部が生き延びている戦力との連絡中だ。 軍事訓練を行っていた部隊や、各地でビークルやAFVを整備していた部隊もいる。 そういった部隊が、反撃を開始する牙を研いでいる」

敵軍の残りを、ストーム3がヒットアンドアウェイで蹴散らして潰している。

一度味方の所に戻ると、水を補給。トイレに行きたいので、その話をしてビルの中に。

人がいないビルはひんやりとしていて。

トイレはまだ生きているから、それを利用する。

彼方此方には、オフィスだった場所の名残。

誰ももう残っておらず。

書類もPCも散乱していた。

「休憩終わり。 戻る」

「ああ、そうしてくれ。 どうやら次の敵群だ」

「好都合」

「そうだな。 ただ……まだ釣れる様子がない」

大兄の狙いは、怪物じゃない。

敵の首魁だ。

業を煮やして出てくるのを待っているのだ。

恐らく、そろそろ流石に出てきてもおかしくは無いとおもう。ここ二日だけで、既に殺した怪物の数は七桁に迫っている筈だ。

ただこの戦場だけでの損害である。

プライマーとしても、地球で人間を殺し尽くすための作戦に、これでは支障が出始める筈である。

ビルを出る。

今度はα型だけか。金が少数混じっているようだが。それはもう大兄が即座に狙撃して片付けている。

三城は無言で上空に出ると、高さを速度に変えて急降下。そのまま敵群を強襲していた。

 

また夕方が来る。

怪物の死体が山になって、彼方此方に積み上がっている。異臭が凄まじく、此処まで漂ってきていた。

溶けてしまっている怪物の死体もあるが。

そうでもないものもおおい。

また、敵は夜の間に数をかき集めてくるはずだ。そう考えると、いつまでも此処に固執は出来ないか。

いや、そろそろ状況は動く。

怪物の損耗は、敵にとってももうそろそろ看過できないはずである。

「此方戦略情報部」

体をタオルで拭いて、ビルから出て来た三城は。バイザーの無線で聞く。ストームチーム宛の連絡だ。

つまり、重要情報である。

連絡を入れてきたのが例の少佐だと言う事も。重要情報であることを示してきていた。

「確認されていた大規模質量物体の正体を確認。 マザーシップで間違いありません」

「懸念していた事が事実になったか……」

「地上へ降りはじめています。 周囲には10隻以上の護衛のテレポーションシップが集結。 また、怪物の群れも集まっているようです。 そればかりか、エイリアンも……」

「好都合だ。 重要な戦力だと、自分で喧伝しているようなものだ」

大兄は余裕の様子である。

まあそうだろうな。

三城もそう思う。

事実、敵も焦っていると見て良いだろう。本来だったら、こんな戦況なら。敵の重要戦力なんて新たに投入する意味がない。

世界中に怪物を繁殖させて解き放ち、そして時を待てば良い。

怪物の繁殖を食い止め続ける手段なんて、もう人類には残っていない。

後は勝手に怪物が、人間を駆逐してくれる。緑のα型が出て来た以上、都市の再建だって厳しいだろう。

それをやらないということは。

出来ないと言う事だ。

あのトゥラプターも、不本意ながら必要だと言っていた。

何が必要なのやら知らないが、要するに地球人を滅ぼし尽くす事がプライマーには絶対に必要なのだ。

そしてそれには幾つも制限がある。

怪物が地球環境を浄化し。更には緑のα型にいたっては、都市を完全に滅ぼし尽くすために動いている。

何もかもマザーシップの主砲で消し飛ばさないでそんな回りくどい事をしていることからも。

敵の取り得る選択肢が、意外に少ないことを示している。

「敵の位置は」

「貴方方のすぐ近くです。 恐らく、決戦は町田近郊になるでしょう」

「分かった。 兵士達は存分に休ませておく」

荒木軍曹が、無線を切ると。

皆を集めた。

疲弊しきった兵士達。

既に負傷兵は後送済。東京基地で、治療を受けている。

だが。そもそもだ。もう、負傷していない兵士の方が少ない位なのである。敵も追い詰められているが。

それは此方も同じ。

東京基地に支援を廻せる基地は、他に存在していない。

荒木軍曹には、東京基地の虎の子の戦力である、ニクス二機、更にはレールガン三両の動員判断が為されているようだが。

それも恐らく近いだろうなと、三城は思った。

「最後の戦いが迫っている。 敵はマザーシップを降下させ始めた。 以前、マザーシップの主砲にダメージを与えて以降、敵はマザーシップを反撃能力がある部隊の頭上に展開させないようにし始めている。 それどころか、主砲を展開もしてない。 それが、此処で方針を変えてきた」

頷く。

三城の知る限り。その通りだ。

マザーシップの主砲は破壊的な威力を誇るが、その分致命的な弱点にもなっていると見て良い。

問題は、宇宙から来たような文明が、どうしてそんな欠陥兵器を前線で運用しているか、だが。

これについては正直分からない。

分からないものについては、考えていても仕方がない。

一華ならいずれ解明できるかも知れないが。

三城には分からない。

「敵は怪物をけしかけるだけで人類を潰せる筈だ。 それがどういうわけかストームチームにここまでの執拗な攻撃を仕掛け、それが上手く行かないと判断するやマザーシップを動かしてきた。 それも、今回初めて姿を見せる新戦力を動員してまで、だ。 これは何かが敵にもある。 プライマーの戦術はどちらかというと稚拙だが、それでも本丸を敵に晒すような真似だけはしてこなかった。 それが、今回そうしてきたということは……敵はそれだけ追い詰められていると言う事だ」

荒木軍曹の言葉に、兵士達は不安そうに視線を交わしている。

とても信じられない、という雰囲気だ。

だが、これについては事実だと三城も思う。

「どんな事柄でもそうだが、自分から切り札を切るのは悪手だ。 プライマーはそれをやった。 ここで敵の切り札を叩けば、勝機が見える。 皆、最後の戦いに備えて、存分に休んでほしい。 以上だ!」

「イエッサ!」

兵士達は解散し。

皆、思い思いに休みはじめる。

ニクスのコックピットを開けると、一華が大きく伸びをした。

「はあ。 ちょっと背中が痛くなるけれど、もうニクスの中で寝ていていいッスか?」

「好きにしろ。 明日はお前と相馬大尉のニクスが、エイリアンとの戦闘で切り札になるだろうからな」

「まあ多少のエイリアン程度ならどうにでもなるッスけどね。 どうせ出てくるッスよ、重装とシールドベアラーが」

「それでもお前達ならどうにか出来ると信じている」

大兄の言葉に、ちょっとバツが悪そうにすると、コックピットを閉じ直す一華。

まあ、明日のために休んで貰わないと困る。

夕方になってから、物資をそのまま基地に戻し。また、基地から弾薬を補給して貰う。

皮肉な事に、弾薬だけはなんぼでもあるのだ。

弾薬だけは。

もう使う人間がいないだけで。

明日は恐らくだが、今までにない規模の決戦になる。荒木軍曹が、皆と話をしている。ストームチーム用の回線で話をしているから、話そのものは三城にも聞こえた。

「ニクス二機は明日既に使ってしまうつもりだ」

「ゴーン部隊ですね」

「ミサイルを搭載した万能型のニクス二機。 パイロットもそれなりに経験を積んでいる戦歴のある兵士だ。 投入して勝率は少しでも上げておきたい」

「まだレールガンは投入しないんですね」

大兄の言葉に、荒木軍曹は無言で頷いたようだった。

そもそも、バルガがまだ無事だったら。

もう少しは、作戦に幅も出たかも知れない。

残念ながら、東京基地に回収されたウォーバルガは、まともに動く機体が残っていない状況だ。

それは三城も知っている。

マークワンは、あの最強のアーケルスとの戦いで果てた。

見事な最後だった。

切り札を敵が先に切ってくれたのは、幸運だったのかも知れない。

「マザーシップナンバーイレブンは、恐らく直衛をぶつけて様子を見ようとするはずだ。 ストームチームを怪物だけではどうにもできない事はもう分かっている筈。 ここで敵を可能な限り削って、敵の全戦力を出させる。 先に最後の切り札を切らせれば……」

「分かりました。 敵の手の内が全て分かった時には、俺がどうにかします」

「頼むぞ」

会議が終わる。

皆、休みはじめる。

此処からは、下手をすると数日は戦闘が続くかも知れない。世界各地で反攻作戦を企図しているようだが。

それも上手く行くかどうか。

三城も休む。

とにかく、今は睡眠を貪る事にする。

兵士達も、もう全員が限界だ。食事と排泄以外、する余裕もないだろう。

三城もかなりグロッキーになっている。一華はあれから、一切話しかけてすらこない。

それを考えると。

ある意味、今は一番安全なのかも知れなかった。

 

早朝。

起きだすと、既にそれは見えていた。

今まで見たマザーシップよりも、一回り大きい。

あれが恐らくは。

プライマーのマザーシップ、隠し玉。マザーシップナンバーイレブン。直衛に10隻以上のテレポーションシップが見えている。

ディロイは、いないか。

だが、マザーシップが直上にいるのだ。

その気になれば、ディロイだけではなく。テレポーションアンカーだろうが、インペリアルドローンだろうが、平気で投入してくるだろう。

ビルの上で手をかざす。

大兄に、報告する。

「テレポーションシップ11、重装コスモノーツ10、通常コスモノーツ30、コロニスト20。 タイプワンドローンが、直衛としておよそ……300前後」

「了解。 スカウトの報告と一致するな。 ただドローンは気にするな。 数に数えなくていい」

「わかった」

ビルから降りる。

そして、既に準備を終えている皆の間に立つ。

敵の戦力は文字通り甚大。増援も予想される。

だが、この明らかに一回り大きいマザーシップ。普通のマザーシップではない。どうみても、違う。

此奴こそが、恐らくは旗艦だ。

成田軍曹は宇宙の卵、宇宙の卵と繰り返していたが。

卵には似ていない。

いや、ひょっとすると。

気のせいか。

ちょっとだけ、中央部分を切り離したら卵ににているかも知れないと思ったのだ。ただ、こんな大規模艦艇が墜落するとも思えないし。わざわざこれを過去に運ぶとも思えないのである。

これは明らかに戦闘艦。

未開文明人を嘲笑うための遊覧船などではない。

それにおかしな事は多い。

まだまだ、分からない事だらけだ。

或いは、トゥラプターを完膚無きまでに叩きのめして、完全勝利したのなら。奴が何もかも喋ってくれるだろうか。

いや、厳しい。

はっきりいって、大兄と小兄と、一華と三城。四人がかりでも、彼奴を捕らえる自信なんてない。

不殺なんてのは、実力に差があるからできる事であって。

実力差がこうも拮抗している相手だと、とてもではないができっこない。

良く警察の発砲事件にギャアギャア喚く「人権がどうの」と口にする輩がいるが。

そういう連中に、実際に刃物を持った犯人が襲いかかる訓練をさせてみると。

実際の警官より軽率に発砲するというデータも出ている。

それくらい、不殺というのは難しいのだ。

いずれにしても。

今の力量では不可能である。

「敵は接近してきている。 各自、総力戦用意。 これが人生最後の戦いになると思って挑め!」

「イエッサ!」

荒木軍曹の声に、恐怖に上擦った返事。

兵士達は、怯えきっている。だが、砲火が一度開かれると。戦場の狂気が恐怖を押し流してしまう。

そういうものだ。

祖父にそういう話は聞いていたが、目の前で見て実際にそうなのだと知った。

三城も、装備の点検をする。

軽く打ち合わせをするが、やはり攻城戦で行くしかない。優先破壊順位は、テレポーションシップ、シールドベアラー、エイリアンだ。

重装の数が多いが、残念ながら奴らは動きがそれほど速くない。

此方の動き次第では、存分に各個撃破が可能だろう。

コロニストなんて、大兄が毎秒片付けてくれるはず。

レーザー砲持ちが危険だが。それでもどうにか片付けるしかない。

敵との相対距離が一qを切った。

間もなく、戦闘が始まる。

 

2、陽動作戦

 

千葉中将の所に連絡が来る。バヤズィト上級大将からだ。

潜水母艦エピメテウスの艦長であり、現在生きているEDFの最高位官職持ち。潜水母艦は生き延びている各国の要人も受け入れる提案もしたのだが。既に二隻が撃沈されている事もあって、誰も彼もが二の足を踏み。

結果、乗っているのはEDF関連の高官のみだった。

「千葉中将。 日本ではまだ抵抗作戦が続いている様子だな」

「ええ。 私が前線に赴くべきなのでしょうが……」

「いや、指示通り戦力を保持したまま動いてほしい。 作戦がこれから開始されるのでな」

「何をなさるつもりですか」

バヤズィト上級大将は、元々海自で経歴を積んだ歴戦の指揮官で。潜水母艦の艦長に任命されてからも、過不足なく潜水艦隊を運用してきている。各地で大きな戦果を上げ続けており。

海上からのアウトレンジ攻撃で、多数のエイリアンや怪物を屠り去って来た。

一方で軍人らしい苛烈な作戦を実施する所もあり。

情がない、と兵士達に言われる事も多かった。

嫌な予感がすると、千葉中将は思う。

だが、日本の指揮を執る事しか出来ない千葉中将には、どうすることも出来なかった。

ストームチームが攻撃を受けている。

東京基地から、残った兵力を必死にやりくりしながら援護させているが、それでも驚異的な活躍だ。

実は、他にも戦力はある。

これは荒木軍曹にも知らせていない事なのだが。

北海道、北陸、近畿、中国四国、九州には。まだ少数の兵力が生き延びている。どれもが虎の子と言って良い温存された戦力だ。

ただニクスやEMCなどの強力なものはない。

あくまで戦闘経験がある僅かな人員だけである。多少の戦車はあるにはあるが。それらも、あまり実戦に耐えられるような代物ではない。

各地の部隊は、それぞれの担当指揮官である少将達が把握しているが。

彼らからは、何度も突き上げを受けていた。

ストームチームを支援するべきだと。

だが、何度かバヤズィト上級大将に指示をされて。

それで温存をしてきたのだ。

「戦略情報部の少佐に代わろう」

「はあ……」

「以降の話は任せる」

「了解しました」

少佐か。

苦手な相手だ。

戦略情報部が、今大変な事は分かっている。

この間連絡を受けたが、どうも戦略情報部のトップである「参謀」が戦死したらしく。それによって組織の制御が取れなくなったらしい。

成田軍曹だけではなく、かなりの人数が「宇宙の卵」だとかを探すのに躍起になっており。

大混乱に陥っているとか。

敵が実情を知ったら、指をさして大笑いするだろう。

悔しいが、負ける寸前でも。

敵がいても。

団結できない奴は団結できない。

勿論、それでもある程度は20世紀に比べればマシではあるのだが。

それでも、こういう事例は出て来てしまう。

それを、千葉中将は見せつけられていた。

少佐は淡々と。

混乱している戦略情報部にいるだろうに、言う。

「近々陽動作戦を実施します」

「陽動作戦……?」

「はい。 プライマーは近々、ほぼ確定でストームチームの前に最大戦力をさらけ出すと判断されます」

「それについては同感だ。 プライマーの指揮官は相当に焦っているようだからな」

ストームチームに託すしかない。

そのために、虎の子のレールガンも、最後に残ったニクスも出すつもりだ。

そしてニクスは出撃していった。

戦況がどうなっているかは分からない。

富士平原の戦いで破壊されていったニクスは、もう戻らない。

新しく作る事だって出来ない。

仮に作っても、パイロットがいない。

こんな状況で、陽動作戦とは一体何だ。

訝しむ千葉中将に、少佐は言う。

「現状、プライマーにとっての最大戦力であるマザーシップは、各地で一度停止したのを確認しています」

「停止した? 何故だ」

「恐らくですが……ストームチームの抵抗が予想以上に苛烈で、各地に展開していた部隊がどれだけ投入しても撃破されているからだと思われます」

「確かにプライマーは憶病なほどにマザーシップの下側を守ろうとするな」

そうだと、少佐は言う。

要するに、直衛戦力まで削り、ストームチームへの攻撃をしているという事だ。

事実マザーシップナンバーイレブンが降り立った周囲には、なんとアフリカからも兵力が集められているという。

勿論物質の転送技術がある以上、プライマーには地球上の距離なんて誤差に過ぎないのだろうが。

それでも各地を好き放題に蹂躙していたり。人間が出て来ても即座に殲滅できるように展開していた兵力まで集めているのだ。

他のマザーシップが動かなくなったのは。

下側に攻撃を受ける可能性を考慮し。下手に動くべきでは無いと判断したから、という可能性はある。

だがあくまで可能性だ。

それに賭けるのは危険すぎる。

「現在、各地のレジスタンスや武装市民との連絡を取っています。 各地の地下に籠もった部隊とも」

「彼らは自分の身を守るだけで精一杯の状況だ。 作戦行動など、とてもさせられたものではないぞ」

「分かっています。 そのために、これまで此方から人員を派遣して、訓練をつづけさせてきました」

「そういう問題では無い……」

そもそも訓練を続けても、武器が劣悪なままだ。

怪物もエイリアンも。ストームチームがおかしいだけで、他の部隊からすれば凄まじい脅威なのだ。

戦車部隊がいても、怪物の数次第ではあっと言う間に蹂躙されてしまう。

ましてやマザーシップの直衛戦力などとやりあったら、ひとたまりもないはずだ。

「ストームチームを援護しなければなりません。 あらゆる手を尽くして」

「だから、何を彼らにさせるつもりだ」

「作戦名はオペレーションオメガ。 作戦の具体的な内容については、作戦実施のタイミングで連絡します」

「待て!」

通信が切れた。

極めて嫌な予感がする。

大きなため息をつくと、千葉中将は頭を振り。日本の各地にいる指揮官達と連絡を取る。

激しい波状攻撃に晒された九州の福岡基地が、一番被害が大きく。指揮官の大友少将は生きているのが不思議なくらいだ。

他の指揮官達も、疲弊の色が濃い。

ストームチームが彼方此方を駆け回って救援を続けたおかげで生きている者がほぼ全員である。

今、ストームチームがプライマーの主力を立て続けに相手にしている状況。

誰も助けには来られないという事が。

彼らの疲労を更に増やしていた。

「千葉中将、何用か。 此方は負傷者だらけで、増援など出す余裕はないぞ」

不機嫌そうに。

いつものように不機嫌極まりない顔で。大友少将が言う。

いつも怒っていると兵士達に勝される大友少将だが。

今日は本当に不機嫌そうだった。

まあ、それはそうだろう。

ストームチームについては、大友少将も(不本意そうな顔をしながら)いつも褒めていたのだ。

それを救援にもいける状況ではなく。

負傷者の手当てをしつつ。工場をフル稼働させて、地下に潜った人々の生活物資を生産するのがやっと。

そんな状況で、軍人として気分が良いわけがない。

戦車やニクスも殆どが壊れかけ。

とてもではないが、支援に出せる余裕などないだろう。

これは何処の基地も同じだ。

東京基地だって、負傷兵を無理矢理前線に出して、ストームチームの支援をさせている状態なのである。

「戦略情報部から妙な連絡があった。 共有しておこうと思う」

「彼奴らはいつも妙だ。 なんだか宇宙の卵がどうのこうのとほざきおって」

「それについては同意だ。 混乱しているようだな……」

「全く、錯乱しやがって。 前線に出て戦っている兵士達の士気が、どれだけ下がると思っているのか」

かなり粗っぽく大友少将が言うが。

それを誰も咎めない。

正直、皆が相当に頭に来ているのだろう。

千葉中将だって頭に来ている。

もっとも客観的に情報を分析し、正解に近いデータを導き出さなければならないのが戦略情報部だ。

それなのに、一部はカルトに近いものを作り出し、そこに逃げ込もうとしている。

千葉中将も、面罵してやりたいくらいだが。

今はそれよりも先にする事がある。

陽動作戦の事を、皆に伝達しておく。

陽動作戦だと、と言ったのは大内少将。

以前、ストームチームと連携して。通常火器で初めてエルギヌスを屠った猛将である。

彼も中国地方の兵を糾合して、なんとか身を守ることに専念している。何カ所かの局地戦では、優れた戦果を上げていた。

「ストームチームを援護するための作戦なら賛成じゃけんのう。 だが、そんな余力がどこにあるんじゃい。 戦略情報部のアホンダラどもは、その辺り理解しているのか不安じゃ」

「大内少将の言う通りだ。 私もそれは気になっている」

「嫌な予感がするのう。 戦略情報部に対しては、サボタージュが必要かもしれんけん」

「……」

そこで。皆を集めたのだ。

咳払いをする千葉中将。

先に、皆に告げる。

「今、ストームチームはマザーシップナンバーイレブンとの死闘に赴いている。 直衛部隊との激戦を続け、テレポーションシップを既に何隻か撃墜したそうだ」

「おお……」

「やりおる……」

皆が感心する中、故に告げる。

以降の行動は任せると。

「現在戦略情報部は、レジスタンスや武装した市民、各地の敵に制圧された地域で地下に潜っているEDF隊員に対して連絡を取り、何かの作戦を指示しているようだ。 陽動作戦というが、正直何をさせるつもりなのかは見当もつかない。 そこで、皆には全てを一任する」

「一任、とは」

「私にも前略情報部が何を目論んでいるかは分からない。 だから、戦略情報部がもしもあまりにも無意味だったり、非道だったりする作戦を指示してきた場合は。 ボイコットするかどうかは、自由とする。 各自で判断してほしい」

皆が黙り込んだ。

それはEDFに対する反逆行為に等しいからだ。

ただ、此処にいる面子は。

EDFの狗では無く。

市民のために軍服を着ていると、千葉中将は信じていた。

だからこそ、今の提案をした。

「分かった。 わしもストームチームには仮がある。 戦略情報部の提案してくる作戦次第では、わしの好きなように動かせて貰う」

「わしもじゃあ。 そうさせてもらうけんのう」

大友少将と大内少将がそれぞれに言う。

他の少将達も、同意した。

ただ、それでも。

千葉中将としては、言っておかなければならない事もある。

「ストームチームが交戦している今、敵はどんどん兵力を各地から引き抜いてストームチームにぶつけている。 この隙に、可能な限り市民の救出、戦力の整備、状況確認など、その後に備えた行動を取ってほしい」

もしもストームチームが負けたら。

その時は、もう人類には為す術がないだろう。

しかしながら、ストームチームが勝っても。プライマーは何を今後しでかすか分からない。

その時のために。

備えておく必要があるのだ。

通信を切る。

その後、通信を切り替える。

千葉中将自身、幾つも怪我をしている。この間栃木で攻撃を受けた時。ストーム2が来るまで交戦していたときに。指揮車両に何発も直撃弾を受けたのだ。

今も頭には包帯を巻いているし。

医師には、あまり無理をしないようにとやんわり釘を刺されている。

それでも、どうにかしなければならない。

前線と連絡を取る。

激しい銃撃の音。どうやらゴーンチームが戦闘している様子だ。最後の、日本で動くニクスである。

残りは壊れかけか、もしくは組み立て途中。

組み立て途中のものを完成させる事が出来る日は、来ないかも知れない。

「現在エイリアンと交戦中! ストームチームの所に、死んでも辿りつくつもりです!」

「ストームチームは!?」

「まだ姿が見えません! 敵の包囲網は分厚く……!」

「くそっ!」

ニクスを送るどころか、これでは鴨葱だ。東京基地の砲兵隊と連絡。砲兵はもう基地から動けない。

外に出ようものなら、怪物に狙い撃ちされるのが関の山だからだ。

「ゴーンチームの戦闘地点周辺の状況を確認後、支援砲撃を実施してくれ」

「分かりました」

「頼むぞ。 ストームチームはいまだない規模の敵と、少数で孤独に交戦を続けている筈だ。 増援は何があっても届けたい」

「了解。 任せてくれ!」

野太い声。

砲兵を任せているのは、ごつい男達である。

砲兵が繊細な兵種であるのと裏腹に。あまり余計なことを考えずに、測量して計算した通りの地点に攻撃する事だけが任務だからだ。

あまり頭の良い兵士は必要ない。

そういう事である。

東京基地にも全力でバックアップをさせる。

様々なデータを分析した結果、どうやらゴーンチームと交戦中なのは、コロニストの一団だと言う事がわかった。

そうなると敵の出がらしか。

ゴーンチームがまだ全滅していないのも、納得だと言える。

すぐに敵と味方の現在位置を割り出させ。

そして、砲兵で支援砲撃をさせた。

ゴーンチームにも、砲撃の危険を喚起する。

ほどなくして。

ゴーンチームから連絡が来た。

「砲撃着弾! コロニストどもを多数巻き込み、殲滅しました! 今、残党を掃討中!」

「よし、片付き次第、ストームチームへの補給を確保しろ! 補給車をなんとしても送り届けるんだ!」

「イエッサ!」

これで、まずは一つ。

次はレールガンだ。

少し前に、アーケルスとバルガが相討ちになった。ストームチームの報告によると、今まで交戦した事がないほど手強いアーケルスだったそうだ。

その戦いの時に、レールガンが出た。

なんとかレールガンは生還したが。一度東京基地に戻り。そして今は整備中である。

現在他の三両は、最終的な調整をしている。

細かい部品などをチェックするだけではなく、出来ればバージョンをアップしておきたいのである。

最後の決戦兵器となるレールガン三両は。

出来るだけ、万全の状態で。いつでも出られるようにしておきたい。

ストームチームが最前線で戦い続けているのだ。

プライマーに一撃を食らわせるためにも。

レールガンをやらせるわけにはいかないのだ。

通信が入る。

ストームチームからだった。

「此方ストーム2、荒木軍曹」

「ストームチーム、戦況は」

「現在、敵の直衛と交戦中。 敵のテレポーションシップを撃墜し、エイリアンを数体仕留めた。 敵は巧妙にシールドベアラーと連携して、此方の攻撃を防ごうとしているが……ストーム1が奮戦して、確実に敵を倒してくれている。 通信が通ったのは、或いはインペリアルドローンを落としたのが原因かも知れない」

「奮戦感謝する。 今、ゴーンチームが其方に向かっている。 補給物資もある。 絶対に死なないでくれ」

了解と、短く荒木軍曹は応えた。

できる事が少ない。

ただ、今ので通信が通じた。支援攻撃を、届かせることが出来るかもしれない。

すぐに連絡を入れる。

東京基地の、測量士官にだ。

「無人機を出来るだけ飛ばせ。 マザーシップナンバーイレブン付近の戦況が分かれば、砲兵で支援が出来るかもしれない」

「しかし、ドローンが」

「此方も無人機だ。 ストームチームの生存に比べたら、無人機など……」

確かに現在、無事に残っている兵器は貴重だ。

だが、ストームチームの戦闘力に比べれば、塵芥に等しい。

すぐに残りありったけの無人機を出させる。敵はインペリアルドローンを落とされたようで、無線がまた通じるようになっている。

連絡が入る。

無人機が、次々に撃墜されている様子だ。

だが同時に、敵の状態もわかり始める。

「敵はマザーシップ直下を守るように、重層的に布陣しています。 コロニストの生き残りを、ありったけ集めて来たかのような有様です。 無人機に対空砲撃をしてきます!」

「好都合だ。 砲兵隊、無人機が集めた情報に従って砲撃! とにかく、少しでもいいから敵を減らせ!」

千葉中将も必死だ。

勿論コロニストも黙ってやられっぱなしでは無いだろう。報復に東京基地に押し寄せてくるかも知れない。

プライマーも相当に焦っている。

その行動を阻止できない可能性もある。

だが、それは逆に好都合。

東京基地にコロニストを引きつけられれば、それだけストームチームは戦いやすくなる筈だ。

ゴーンチームも、現地に到着するのが簡単になるだろう。

東京基地にはまだ要塞砲が幾らかある。

生き残った兵士も僅かに詰めている。

その全てをもって、コロニストが来たなら迎撃する。

それだけだ。

「無人機、損失78%!」

「全てを投入し、支援を続行! 全て失ってしまってもかまわない!」

「わ、分かりました!」

砲兵隊も、凄まじい火力での連続攻撃を続けている。

町田付近は瓦礫の山になりそうだが。

マザーシップが来ている時点で、それはもはや予定調和。これ以上、どうしようもない事でもある。

そのまま、砲撃を続けさせる。

ストームチームを少しでも有利にするために。

これ以上、敵に好き勝手はさせない。

戦略情報部が何を目論んでいるかは分からないが。

それとは関係無く。

此方としては、勝手にやらせて貰うだけだ。

 

3、直衛部隊

 

呼吸を整えながら、ビル影に降り立つ。

弐分はゆっくり周囲を把握する。もう六時間以上戦闘しているだろうか。

重装を指揮官に、コロニスト数体、コスモノーツ数体の部隊を単独で引き受けた。辺りでは、大兄も三城も一華も。

ストーム2もストーム3も。

ストーム4も。

皆がそれぞれ散って、敵の分厚い陣地を崩しに掛かっている。

一点突破をする場合、敵の十字砲火が集中する陣形が組まれている。それが分かったからである。

故に彼方此方から攻撃を仕掛けて隙を狙う。

上空で、また1隻、テレポーションシップが爆発四散した。

マザーシップの直衛のエイリアン達は、右往左往したが。すぐに狙撃地点を確認して、其方に向かう。

普通の狙撃手なら、居場所を発見された時点で終わりだが。

大兄は違う。

弐分も。支援する。

大兄の方に向かおうとするエイリアン部隊の後方から突貫。スピアでコロニストの頭を叩き落とすと、散弾迫撃砲を敵に浴びせる。鎧を粉砕されるコスモノーツ。重装は平然と反撃してくる。

生き延びたエイリアン共は、建物を迂回して半包囲しながら迫ってくるが。

さっきインペリアルドローンが落ちたおかげで、連携は取りやすくなっている。

既にエイリアンの部隊の背後に回り込んだ一華が、ニクスで機銃掃射を叩き込む。コロニストが消し飛び。コスモノーツも、鎧を剥がされた部分を撃ち抜かれ。次々に倒れていく。

重装が反撃に転じようとするが。気が逸れたが故終わりだ。

至近から、散弾迫撃砲を浴びせてやる。

面制圧をするための兵器だ。

それを一点集中で喰らわせればどういうことになるか。

右腕が吹き飛び。胴体部分も傷だらけになった重装が、歩きながら建物の影に逃れようとする。

再生して、まだ戦うつもりか。

だが、それに剽悍に躍りかかると。

胴をスピアで貫いていた。

大量の鮮血をぶちまけながら、重装は仰向けにあおれる。

周囲に血の池が拡がっていった。

「よし、片付いた。 次!」

「弐分、指定の位置に。 一華も」

「了解!」

「分かったッスよ!」

それぞれ別方向に移動。エイリアンがかなりいるが、この程度の数。今はそう思ってしまえる。

補給車が隠してある地点からはかなり距離があるが、そもそもフェンサースーツの機動力なら苦にならない。

疾駆しているエイリアンどもに追いつくと、上空から散弾迫撃砲を喰らわせて。すぐに建物の影に退避。

エイリアンの分隊が猛烈な反撃をしてくるが。

地面に倒れているコロニストは、もがきながら立ち上がれずにいる。

それを、射撃を続けているコスモノーツが蹴って起こそうとしていた。

極めて不愉快な光景だ。

コロニストは弾よけだと言う事は分かっていたが。コスモノーツにとってのストレスの発散口なのかも知れない。

躍り出る。

銃撃が追尾してくるが、気にしない。そのまま接近して、コスモノーツの頭を撃ち抜きながら敵の群れを抜ける。

ビル影に逃れると、凄まじい射撃でビルが見る間に崩壊していく。

どんと、音がした。

かなり遠くからだ。

連続して音がしている。なんだ。テレポーションアンカーの落下音とは違うようだが。

「大兄、この音は」

「この音は聞き覚えがある。 砲撃の音だ。 恐らく支援のために、東京基地に居残っている砲兵が動いてくれていると見て良い」

「苦労を掛ける……」

再び動く。

ビルを挟むように動いていた敵の部隊の正面に出ると、散弾迫撃砲を叩き込んで即座に離れる。

顔を覆っているコスモノーツの背後に回り込むと、後ろ頭をスピアで撃ち抜く。

かなり切れ味が落ちてきた。

そろそろ引き時か。

敵の射撃をかわしながら、更にヒットアンドアウェイ。連続して戦闘を続け。十数体を屠って一度皆で集合する。

激しい戦闘で、皆大小の傷を受けていた。

応急処置をしおがら。大兄は顎でマザーシップを指す。

「先ほど、更にコロニストとコスモノーツが追加された。 敵は余剰戦力を、全て使い切るつもりのようだな」

「好都合だな」

「ああ」

ジャムカ大佐とジャンヌ大佐が、それぞれに言う。

事実弐分も同意見だ。

此処で可能な限りエイリアンを叩き潰しておけば。他の戦線が有利になる。

少しだけ考えてから、大兄は指示。

「敵はかなり防衛線を縮小した。 体勢を立て直す前に、補給を済ませてくれ。 装備を切り替えるのも今のうちがいい」

「味方の増援部隊はどうなっている」

荒木軍曹にそう言ったのは、ジャンヌ大佐だ。

荒木軍曹は、頷く。

ジャンヌ大佐は代表して聞いただけ。増援としてのニクスについては、皆が熱望しているからだ。

「今、ゴーン隊が此方に向かっている。 エイリアンがかなりの数周囲に展開しているようでな。 砲兵隊が支援して、突破口を開いてくれているようだ」

「東京基地には感謝しなければならないな」

「今まで守り続けたから、これだけの事が出来る力が残っている。 EDFは仲間を見捨てない。 そういうことだ」

「……そうだな。 そう堂々と言えるのは立派だ」

確か河野だったか。

ストーム4の前のスプリガンの時にいたウィングダイバー。

地区大会での優勝者で、三城を一方的にライバル視していたあいつは。

もっと不純な動機で軍に入ったようだったし。

スプリガンにも、不純物は多かったのだろう。

「敵も相当にダメージが大きいようだな。 主導権はこっちが取った。 今のうちに休んでおいてくれ」

「イエッサ!」

それぞれ散る。

横になって眠り始める者もいる。ジャムカ大佐は座ると、ウィスキーの瓶を傾けていた。

流石にやっていられないか。

だが見た所、戦闘でのダメージがあるらしい。

ひょっとすると痛み止めか。

そう思うと、何とも言えなくなった。

「弐分少佐だったな。 何か俺にようか?」

「いえ。 流石にこのタイミングでの酒は剛胆ですね」

「ふっ。 お前が実際に考えているのは違うだろう。 そしてそっちの方が正解だ。 痛み止めだよ、これは」

見抜かれたか。

まあ、苦笑する他ない。

ストーム3はエイリアン部隊、特に重装相手に猛烈な戦闘を繰り返していた。

生きているのが不思議なくらいである。

手傷は散々受けているだろう。

それだったら、痛み止めを口にするのも当然か。

「せっかくだったらうまい痛み止めの方がいいからな。 まあ俺が佐官になった頃には、これに文句を言う奴もいなくなった」

「色々、大変でしたね」

「ああ……みんな死んじまったからな」

それ以上声を掛けられなかった。

しばし休んで、それから作戦行動を再開。

大兄が大きく回り込んで、戦闘地点を変更する。移動中に、哨戒していたらしいコロニストを片っ端から片付けて。そして狙撃地点を切り替える。

テレポーションシップを次々に撃墜していく大兄。

もう、敵はテレポーションシップをこれ以上呼ぶつもりは無さそうだ。3隻が、上空に逃れていく。

怪物の群れは大した規模では無い。エイリアンどもが、シールドベアラーとともに進軍してくるが。

ビル街に入りこんで、不審そうに周囲を見回す。

まずは、最初の一撃。

連中の中に踊り込むと、シールドベアラーを同時に全て粉砕する。

エイリアン共が大慌てになった所に大兄が狙撃を開始。コスモノーツのヘルメットが次々に破壊される。

大兄は移動しながら、狙撃を続行。

コスモノーツのヘルメットは次々に撃ち抜かれ。そして露出した頭を、ストーム4のモンスター型レーザー砲が刈り取る。

次々に倒れていくコスモノーツの中で、重装だけが冷静で。

一箇所に集まると、周囲にガトリングで弾幕を形成する。

だが、上空に出た弐分が。

フルパワーで回転しながら、ハンマーを叩き込んでいた。

ボルケーンハンマーの最新型だ。

その火力は凄まじく、鎧の上からも親衛隊と言われる程士気が高いコスモノーツの頭に痛打を入れていた。

更に、飛び出した三城が、ライジンをぶっ放し。一体の胴に風穴を開ける。

一転して包囲された重装コスモノーツは、射撃を続けながら下がりはじめるが。彼らは最後まで気付けなかった。

誘い混まれていたことに。

C70爆弾が一斉に起爆。

抵抗を続けていた重装コスモノーツが、根こそぎ消し飛ばされる。

他の、コロニストを盾にして逃げ惑うようなコスモノーツと違って。最後まで引かずに勝利を掴もうとする執念が見られる精鋭達だったが。

だからといって、此方も負けてやるわけにはいかないのだ。

まだ死にきれず、生き延びていた一体を。大兄が介錯する。狙撃で頭を吹き飛ばしたのだ。

大兄は、必要以上に残酷には振る舞わないな。

そう思ったが。

三城が傷つけられたときには悪鬼になっていた事を思うと。

そうでもないかと、考え直した。

マザーシップが動く。

直衛のエイリアンが全滅した事を悟ったのだろう。今度はエイリアンでは無く、大量の兵器を撒きはじめる。

タイプツードローンを中心に、ディロイも落とし始める。

生き残っていたシールドベアラーも、マザーシップ直下に集まり始める。

何より、インペリアルドローンがいる。

電子戦を妨害しながら、時間を稼ぐつもりか。

「最優先はインペリアルドローン! 集中攻撃で叩き落とせ!」

「ディロイは此方に任せろ!」

流石に此処で即座には落とせなかったのか、ロングタイプの厄介なディロイはいない。すぐに荒木軍曹が、ブレイザーで焼き始める。

温存していたブレイザーだ。

一気に大火力を叩き付けられ、小型のディロイはひとたまりもなく爆散する。だが、対人殺傷力が高いタイプツーが多数展開している状況だ。油断は出来ない。

怪物も集まってくる。

まだどこから連れてきたのかと言いたくなるほどに来る。

だが、弐分が前衛に出る。

更にストーム3もそれに続いた。

攪乱戦だ。

α型もβ型も、必死に食い止める。

一華と相馬大尉のニクスが、必死に対空射撃でタイプツードローンを叩き落としている間に。

敵の数を少しでも減らし。

少しでも進撃を遅らせる。

「ディロイが更に来る!」

「数秒待ってくれ! ブレイザーのバッテリーを交換する!」

「軍曹だけに任せてはいられねえ! 俺たちの狙撃もくらいやがれっ!」

小田大尉のロケットランチャーが、完璧にディロイを直撃。更に浅利大尉の狙撃も続けて直撃。

ディロイが大きく損傷して歩みを止め。

その間に、大兄の狙撃がとどめを刺していた。

インペリアルドローンは流石にぽんぽこ出しては来られないのか、もう姿を見かけない。その代わり、ディロイがかなりの数来ている。

もう本当に見境無しなんだな。

そう思いながら、徹底的に攻撃を続ける。怪物も、散々集まって来ているが。これなら、どうにでもなる。

「ぐっ!」

「マゼラン少佐!」

「傷口が開いた……」

「さがれ。 次の戦場で死ね」

ジャムカ大佐の言葉。冷酷なようだが、次まで生き延びろ。誰かのために命を使えという意味だ。

死神部隊。

その苛烈な渾名の所以がこの言葉にある。

すぐにマゼラン少佐がさがる。

その代わり、弐分が彼の分も敵の気を引きつける。

ハンマーを振るって、次々と敵を叩き潰して回る。だが、ハンマーもそろそろ限界だろうか。

次はブレードに切り替えるか。

不意に、見える。

大量のミサイル。敵、違う。味方のものだ。

怪物の群れに着弾。気がつくと、既にディロイの部隊は壊滅していた。

さがれ。そう叫ぶ声を聞いて、全力で後退する。

展開された自動砲座と、ニクス二機の猛烈な射撃を前に、怪物達が次々に打ち砕かれていく。

すぐに補給。

ハンマーは、もう駄目だ。ブレードに切り替える。ブレードも駄目になったら、またスピアを使うしかないだろう。

大兄達が持ち堪えている内に補給完了。

負傷者の分、弐分が頑張らなければならない。

三城が上空に出ると、誘導兵器をぶっ放す。怪物達が足を止めて、その場で撃ち倒されていく。

大兄ですら補給に手間取っていた。

それだけ疲れきっている、と言う事だ。

更に増援。

ディロイだ。だが、此処が踏ん張りどころだろう。タイプツードローンもまた続々と出てくる。

無線が来る。

戦略情報部だ。

「此方成田軍曹……敵の数が多すぎます! 対応できる相手じゃありません! 逃げてください!」

「此処で逃げたら、皆殺されるだけだ! 対応できるように指示を出せ!」

荒木軍曹が怒鳴りながら。早速ディロイを一機焼き払う。ブレイザーは大物相手だけに使っていたが。

そろそろその余裕もなくなりつつある。

流石に直衛がいなくて、敵も余裕がないのだろう。

更に増援を投入してくる。

そして、やはりと気づく。

あの主砲。

マザーシップには、最大火力であると同時に、弱点であるのだと。

「大兄。 敵がこれだけ攻撃してきているのに、主砲を出さないと言うことは……」

「間違いない。 だが、どうしてそんな欠陥兵器を作った?」

「なんとも分からないが……」

「とにかく蹴散らすぞ! 少しでも敵を削り取れ!」

相馬大尉のニクスにタイプツーの攻撃が集中。装甲が見る間に削られて行っている。一華のニクスだってかなり危ない。

仕方がない。

装備を切り替えると、ガリア砲にして機動力を殺しながらも、敵を削る事に専念する。

怪物の相手もこなしながらだから大変だが、そうする他にない。

ディロイ。

至近に落ちてきた。

やむを得ない。ディロイにガリア砲を叩き込む。

大きくぶれたディロイだが、そこに大兄の狙撃が直撃。爆発四散していた。

危なかった。

立ち上がって足の砲台を展開されていたら、恐らくひとたまりもなかっただろう。そのまま、苛烈な戦闘を続ける。

更に大量のタイプツードローンをまき散らしながら、マザーシップは様子を窺うように戦闘を続ける。

そんなとき。

ついに来る。

「よし、突破したぞ! 待たせたなストーム隊!」

「む、増援か」

「此方ゴーン1、ゴーン2! 敵の包囲網を突破した! これより参戦する!」

ニクス二機。歩兵十数名。

更には補給トラックも来ている。

ニクスの追加は大きい。

対空砲火に、ニクスの装備する機関砲は文字通り圧倒的な火力を誇る。見る間に集っていたタイプツードローンが撃沈されていく。元よりタイプワンは火力が足りないからものの数では無い。

ただ、ニクスも無傷では無い。

それは遠目からも分かった。

「合流を急いでくれ」

「了解した」

「対空攻撃を続行! 怪物は此方で引きつける!」

弐分が更に前に出て、怪物を食い止める。かなりの数がいるが、それでもマザーシップは恐らく形勢不利とみたか。

上昇を開始していた。

だが、悪意が上から消えていない。

恐らくは、逃げないだろうな。そう思う。

というのも、マザーシップが直にきて。ついでに直衛の部隊をあれだけ連れてきていながらこの為体。

総司令官が恐らくプライマーという存在の首魁でない限り。

成果を出せなければ解任ものだろう。

泡を食っているはずだ。

「マザーシップの動向は!」

「マザーシップナンバーイレブン、高度を保ち停止!」

「やはりな……」

「逃げはしないということか。 ストームチームにとどめを刺すつもりのようだな」

千葉中将が、無線に入ってくる。

憔悴した声。

何かあったのかも知れない。

いずれにしても、此処で戦いは一段落した。ここから先は、意地の張り合い。チキンレース。

臆した方が終わりだ。

「ゴーンチーム、援護に感謝する。 良く来てくれた」

「此方こそ感謝する。 流石だストームチーム。 人類の意地と本気を見せてくれて嬉しい。 このまま敵を駆逐してやろう」

「ああ……」

荒木軍曹が応じているが。

正直、これだけの物量に続けて攻撃を受けると余力はない。

全員一旦移動して、比較的無事なビルに。

内部を利用して休む。トイレもまだ水洗のものが生きていた。食事もする。レーションを何人分でも食べて良いと荒木軍曹が言った。それが何を意味するか、皆分かりきっていたが。

それでも喜ぶフリをする兵士がいるのは、弐分から見ても痛々しかった。

最大の懸念であるトゥラプターは仕掛けてこなかった。

あいつは好き勝手に振る舞っているようだが。それでも仕掛けてこなかったというのは何故だ。

最後の機会だと思ったとか、前回三城との交戦時に言っていたらしいが。

それは何かを知っている、と言う事か。

シャワールームがあった。夜勤で人間をこき使うためのものであるらしい。順番に使わせて貰う。

流石に連日の戦闘が続いている状況だと。タオルで体を拭くだけだと限界がある。浴槽があるならもっと良かったのだが。各国出身者で使い方が違うから、トラブルになりかねないか。

シャワーだけ軽く浴びて、多少さっぱりする。

ただ流石に湯は出なかった。今が冬でなくて良かった、としか言えない。

後は、寝る事にする。

東京基地からスカウトが出た。それによると、どうやらまた敵は大軍を集結させている様子だ。

波状攻撃で散々削り取ろうとして失敗。

マザーシップと直衛で押し潰そうとして失敗。

今度は大軍を叩き付けてくると。

本当にこれが朝令暮改という言葉の見本なのだろう。

マザーシップに乗っているのが誰だか知らないが。まあ指揮官としてはド無能というのが明らかである。

さっぱりして、外に出る。荒木軍曹が来たので、敬礼して話をする。

「各地から怪物が消えているそうだ。 本気で此処に戦力を敵は集めていると見て良いだろう」

「此処で勝てば、プライマーの劣勢は決定的になりますね」

「……そうだな」

「マザーシップの弱点は間違いなく主砲です。 そして敵の指揮官は追い詰められています」

荒木軍曹はちょっと呆れたようだが。

ほろ苦い笑みを浮かべた。

「本気で勝てるつもりでいる者が味方にいるのは心強い。 実の所、俺も心が何度も折れそうになっているんだ。 お前達と話していると、随分と勇気が湧く。 いや、これは希望と言う奴だろうか」

「俺なんかが希望になれるなら」

「……俺は正直、生還を諦めている。 だが、それでも後方にいる市民達は何があっても守らなければならない。 奴らもそれを承知で兵を集めている。 だからこそ……余計にな」

「生還してください。 経験も何も足りない兵士達を導くには、貴方が絶対に必要なんです」

そう告げると、そうだなと荒木軍曹は話を切った。

そうだ。

戦いに勝っても。人類は生きていて、開戦前の一割いるかいないかだろう。

もはや各地での損害は考えられないほど。

EDFで機能している部隊は殆ど存在しない。地下に潜って、必死に敵をやり過ごそうとしている部隊が大半なのだ。

それでも、ストームチームはやれている。

それがどれだけ大きな意味を持っているか。

わざわざ、話すまでもない。

順番にねむる。

途中で長野一等兵が来て、ニクスの整備をしてくれた。それと、バイクを持ってきてくれた。

機動戦に使えるかも知れないといって、尼子先輩はジープを持ってきてくれた。先の戦闘で使ったものと同規模のものだ。東京基地の倉庫で埃を被っていたらしい。まあ怪物との戦いが主体になってからは、戦車ですら装甲は不足な状況が続いていたのだ。ジープなんて、役に立たない。

それでも引っ張り出して来たのは。

多少はマシになると考えての事。

最後の最後まで、EDFは兵器を絞りだそうとしている。

「東京基地の兵器で、使えそうなものはもうありませんか?」

「残念ながらないな。 一ヶ月頑張れば、なんとか壊れていた戦車などで動かせるようになるものが出るだろうが」

「弾薬や食糧以外の物資がかなり危険な状態だと」

「そういうことになる様子だな」

工場とやりとりをしている長野一等兵だ。

その言葉は、現場を理解していると見て良いだろう。

大兄が来る。

「長野一等兵。 明日は恐らく決戦になります。 今までにない規模での決戦です」

「分かっている」

「東京基地に引き上げた後は、バンカーを閉じて防御に徹してください。 くれぐれも、俺たちの救援をしようとは思わないでください。 尼子先輩もです」

「僕は……怖くてとても戦うなんてできないよ」

尼子先輩はそういうが。

釘を刺しておかないと、多分二人とも来る。

釘を刺しても来るかも知れない。

大兄は、厳しい言葉を敢えて口にしたのかも知れない。

「東京基地にはメカニックが足りません。 戦いに勝ったとしても、とんでもない損害が出るのは確実……誰かが生き延びて、技術を継承する必要があるんです」

「それなら、凪がいるだろう」

「あいつは前線向きです。 メカニックとして、黙々と機械いじりをするのはむしろ向いていません」

「……何だか世知辛い話だな。 俺みたいな枯れたオッサンがさがらなければならなくて、あんな小娘が前線に出なければならないなんてな」

戦争はそういうものだ。

大兄はそう言って。二人を戻らせた。

そのまま、弐分にも休むように言う。大兄もきちんと休んでいるかと聞くと、ふっと笑った。

「大丈夫だ。 ちゃんと動ける程度にはねむっている」

「本当か……?」

「俺の心配よりも自分の心配をしろ。 昨日も随分攻撃を貰っていたじゃないか」

「それは……俺は最前線での機動戦と攪乱が仕事だから」

言葉は濁る。

それはそうだ。

大兄のいうとおり。

疲労のおかげで、喰らわなくてもいい攻撃を、随分と食らってしまったのだ。それは見透かされているということだ。

やむを得ない。

言われた通り、休む事にする。

たまたまだろうが、雰囲気で分かる。此処の部屋にいる兵士達は、みんなベテランばかり。いずれも、泥のように寝こけている。

弐分もオフィスだったらしい場所の一角で、毛布にくるまってねむる。敵がどんな風に動くか分からないが。

それでも、今はしっかりねむっておかなければならなかった。

後方にいる、もはや戦う事すら出来ない市民のために。

戦える市民は、もう最後の一人まで軍にかり出されていると見て良い。

そんな状況で。

市民を守る事は、何よりの優先事項だった。

 

陽が登る。

起きだした弐分は、陽光の中見る。

凄まじい数の怪物。ディロイ。それに大型が少数いる。

エイリアンもいるが、規模の割りに少ない。特に重装は、本当に僅かしかいないようだった。

このアンバランスな編成。

増援を更にかき集めてくるつもりなのか。

それとも、もうまともに戦えるエイリアンの部隊がこれしかいないということか。

どちらにしても、敵も必死だと言う事だ。

叩き潰させて貰う。

「ニクス、今のうちに起動を」

「了解。 ゴーン1、バトルオペレーション」

「ゴーン2バトルオペレーション」

「有効射程距離を保て。 ニクス四機の弾幕で敵を削る。 自動砲座は、昨晩の内に展開済みだ。 敵に突出して、早々にやられることだけは避けろ。 味方の兵力は少ないが、縦深陣地を既に構築済だ。 更に此方にはストーム3と、村上弐分少佐がいる。 いずれもが、敵前線を引っかき回す攪乱戦のプロだ。 数え切れない程の怪物もエイリアンも屠ってきた」

ゴーンチームの兵士達に、荒木軍曹が蕩々と諭す。

ニクスはともかく。ゴーンチームの兵士達は殆どが何度か戦闘を生き延びた、程度の実力しかない者達である。

こうやって、とにかく鼓舞して。

敵の大軍恐るるに足らずと、しっかり印象づけなければならない。

「東京基地から増援として来ました!」

「よし。 皆に加わってくれ。 指示通りに動き、敵中への突出は避けろ」

「イエッサ!」

二個分隊ほどの歩兵が来る。

いずれも、病院から出て来たばかりの兵士達だ。体は本調子では無いだろう。パワードスケルトンの補助で、どうにか戦うのがやっとの筈だ。

荒木軍曹は何も言わず、戦いに兵士達を加える。

敵の大軍は動かない。

まだ、戦闘をするつもりはないということだ。

大兄はライサンダーZを降ろす。

敵に悪意がまだ十分ではないというか。

仕掛けて来る意思無しと判断したのだろうか。

「これは、流石に年貢の納め時かねえ」

「大丈夫。 必ず勝てますよ、小田大尉」

「大将がそう言ってくれると助かる。 というか、大将がいなかったら、とっくに逃げ出してるぜこんな戦場」

「そうだな。 今回ばかりは俺も同感だ」

浅利大尉まで、そんな事を言う。

相馬大尉は、カスタム機の中で黙り込んでいた。

軽口すら叩く気になれないのか。

それとも。

「この大軍が相手で最前衛か。 悪くないな弐分少佐」

「はい。 ジャムカ大佐」

「今日、特に俺より先に死ぬなよ。 明日以降に皆のために死ね」

「分かっています」

ジャムカ大佐は、そんな風に弐分に言う。

ジャンヌ大佐も、三城に声を掛けている。

「この敵兵力、ラストフライトになる可能性が高い。 その場合、飛行時間の記録はお前が引き継いでくれ。 三城少佐」

「わかりました。 ジャンヌ大佐も、ラストフライトなんていわないで」

「心配するな。 ……それに、もう私にも分かっている。 ウィングダイバーとしてはお前の方が上だ。 ストーム4を上げて支援する。 敵の中枢を、焼き砕いてやれ」

戦いが、始まろうとしている。

全てを賭けた、最後の戦いが。

誰もが死を覚悟している。

だが、他を生かそうともしている。

この戦いに負ければ、他の大都市同様。地下に潜った東京も蹂躙され尽くされ。そして人々は殺し尽くされるだろう。

インドでも、基地の地下に逃げていた人々は皆殺しにされたと聞いている。

プライマーは人間を滅ぼすために戦っている。

それはトゥラプターの言葉からも明らかだ。

である以上、もはや妥協の余地も。交渉の余地もない。

殺し尽くすか。殺し尽くされるかだ。

敵にどんな理由があるかは分からない。だからといって、此方だって殺される訳にはいかない。

少なくとも。

何があったとしても、三城だけは絶対に生き延びさせる。

そう、弐分は誓っていた。

 

4、深海にて

 

バヤズィト上級大将は、潜水母艦エピメテウスの指揮デスクで、不機嫌そのものでいた。

それはそうだ。

こうやって隠れているのが仕事。

最悪の場合は、このまま数十年、もっと長い間隠れ潜み。

保存してある遺伝子データからクローンをつくって世代を重ねつつ深海で時を待ち。

プライマーの隙を見て人類の再生計画に着手する。

それが、潜水母艦の任務。

それを護衛するのが、潜水艦隊の仕事だ。

周囲に展開している潜水艦隊も、いずれもが長期間深海での活動が可能に設計されているものばかり。

プライマーは今までの戦いを見ても。

海面近くにいる時に攻撃してくることはあっても。

深海にいる船を攻撃する事は出来ない様子だ。

機雷という兵器が古くから存在しているが。

奴らには、そもそも機雷という兵器を作る概念が存在していないらしい。

海がない星から来たのだろうか。

その割りには、水があると生き生きしているという報告もあるし。

海岸線付近での戦闘では、海に潜って奇襲してきた怪物の話が報告されている。どうにもちぐはぐだった。

女が来る。

マスクをつけ、バイザーもつけているから人相は分からない。

ロングヘアの栗色の髪。白衣を着けていて、声すらボイスチェンジャーで隠している。

長身の女だが。

実際には醜いとか、色々と陰口をたたかれている人物だ。

この者こそ、少佐。

顔を見たことがある人間は、どこにもいないらしい。

戦略情報部が「参謀」を失った今。

彼女が、戦略情報部の事実上のトップだった。

「何かね少佐」

「作戦の開始時間が早まる可能性があります。 予定より少し早めに、深度500メートルまでの浮上をお願いします」

「マザーシップが活発に動いているのだろう。 危険ではないだろうか」

「それでもやる必要があります。 最前線で戦う兵士達の事を考えれば」

確かに、それもそうか。

中東系と日本系のハーフという生い立ちは。バヤズィトを随分と苦しめた。

各地の軍人と話をして、日本だけの話では無いと理解したが。

とにかく幼い頃は酷い差別に晒された。

どこの国でも異物を排除するために人間は大喜びで暴力を振るう。

バヤズィトもその醜悪な人間の本性を見て来た一人。

だが、それでも。

今は人間を守るための仕事に就いている。

恨みは当然ある。

虐めを行った側の人間は、何もかもけろっと忘れているのが当たり前だ。それはそうだろう。

一時の快楽に過ぎないのだから。

虐めなんてものはただの快楽である。

それは、バヤズィトも。

出世した後、いけしゃあしゃあと友人面して近づいて来た元虐めっ子を見て、良く理解していた。

SPに指示してつまみ出させたとき。

友達だろうとか。

友達甲斐がないだとか。

其奴はわめき散らしていたっけ。

後で軽犯罪で逮捕された後に聴取をされたらしいが。バヤズィトが証言した様々な虐めの記憶に関して、全てさっぱりと忘れていたらしく。

理解し合うのは絶対に不可能だと、バヤズィトは諦めたのを覚えている。

そして、それが当たり前の人間なのだと理解したとき。

人間への期待を、綺麗さっぱり失ったっけ。

以降は仕事人間としてひたすら任務をこなし。

それが評価されて、今の地位を得た。

だから、冷徹極まりなく振る舞う事も出来る。何もかも、どうでもいいと考えているからである。

自分の命ですら例外では無い。

自分も人間であること。つまりあの醜悪な輩の同類である事。それを理解しているからだった。

「分かった。 すぐに艦隊を動かそう」

「ありがとうございます。 オペレーションオメガを発動する可能性があります。 出来れば避けたいのですが……それにはこの深度では、作戦指揮を執りづらいのです」

「例の作戦か……」

「千葉中将やカスター中将もこの作戦は知りません。 中華では項少将が残存戦力をまとめ始めていますが、作戦の事を聞けば激高するでしょう。 直前まで、知られる訳にはいかないのです」

最高司令官だから、聞かされたが。

本当にろくでもない作戦だ。

そして、それを必要とするほどに、人類は追い詰められている。

千葉中将だって激高するだろうよ。

内心でそう呟く。

千葉中将は、普通の人間よりもずっと良心的な男で。日本で自衛官をしていた頃には、此奴は軍人には向いていないなと思った。

今回の決戦だって、本当だったら最前線に出向きたかっただろう。

いずれにしても。

立場が立場だから、やる事をする。

バヤズィトにとっては、それだけだった。

リー元帥が生きていれば、この作戦を止めたのだろうか。

いや、あの人も同じ状況なら作戦を止めなかっただろう。

これだけの劣勢。

絶滅寸前の状況。

狂気の作戦にゴーサインが出るのも、やむを得ないのかも知れなかった。ましてやサイボーグとかAIとか噂されるこの少佐である。

此奴に感情があるのかすらも疑わしいと、バヤズィトは考えていた。

指示を出し、潜水母艦が浮上を開始。

海面にまでは出ない。潜水艦隊は、全力で敵を警戒する。

以降は、下手に動くだけで危険になる。状況次第では、ずっと潜りっぱなしになる事だろう。

海面に出ることが、数十年先。或いはもっと先になるかも知れない。

いずれにしても、やるべき事はやらなければならない。

エピメテウスは方舟だ。

人類が滅びたときに、再建をするための。

方舟を滅ぼさないためにも。

バヤズィトは、全力で指揮を執らなければならない。

そしてもしも、ストームチームが勝ったなら。

その時はその時で。

全力で、世界の復興に向けて。動かなければならなかった。

 

(続)