飛騨は赤く

 

序、ニューヨークの天蓋

 

輸送機から降り立つ。

出迎えたのは。ごくわずかな兵士だけだった。

「ジョエル軍曹です。 よろしくお願いします」

そう名乗ったのは、最近EDFに入ったのが丸わかりの若々しい兵士だ。それを見て、弐分は苦い思いをした。

弐分だって同じように若いまま、軍に入ったが。

このジョエルという人物は、明らかに普通の市民だったのに。軍に入れられたとしか思えない。

なんでもEDFに入隊すると、一時金5万ドル、半年後に50万ドルを支給するとか言うとんでもないニュースが流れているが。

既に金なんて紙屑だ。

使う場所がないし。

使った所で、何の意味もない。

金というのは、政府が保証して初めて意味が出てくる。都市がもう機能不全になっている今。

金をどれだけ積んだところで、もはや意味はない。

もはや殆どの兵士は、無理矢理そうさせられて。短い訓練だけ受けて、前線に送り込まれていく。

古くはロシア式などと呼ばれていた方法だが。

既にロシアは滅び。

そのやり方だけが、地球中に拡散している有様だった。

ここはニューヨーク。

何度もプライマーの猛攻を受け、既にこの地区はこの程度しか兵士がいないという事を意味している。

米国の各地戦線は瓦解しつつある。

中華も酷い状態だが。米国も同じだ。何度も救援に来て敵を押し戻しているが。何しろ欧州から怪物が際限なく来ているのだ。

大西洋という壁も、テレポーションアンカーやシップの前には何の意味もない。

米国は。

南北戦争の時の何百倍か知れない惨禍に、見舞われようとしていた。

「基地からタンクやニクスは出無いのか」

「既に全機破壊されました。 貴方たちがディロイ部隊を壊滅させてくれていなければ、とっくに住民も全滅していたはずです」

「……」

「今、ニューヨークは生き残りが地下に逃げ込んで、必死に兵士がレジスタンス活動をしている状態です。 各地の救援部隊も期待出来ません。 そんな中、アラネアが大量に現れています。 それだけではなくテレポーションアンカーも。 プライマーは、ニューヨークを破壊し尽くすつもりのようです」

弐分は、何も言えなかった。

プライマーの戦術の残虐性は理解していたつもりだが。

それでも、これは心が痛む。

人類も、ちょっと前までは似たような事をしていたのではないのか。

そういう意見もあるが。

それにしても、これはいくら何でもやり過ぎなのではないのだろうかと思えてはくる。

他人と折り合いがつけられなければ苦しいだけだ。

そういう言い方はあるが。

他人とやっていくのがどうしても苦手な人間はいる。

ましてや、その他人が、相手と折り合いをつける場合が無い時はどうすればいいのだろうか。

一時期、舐められたら終わりだから相手を何が何でも殺せという言説が流行った時代があった。

それは古代だけではなく、結構最近でもあった。

どういうことかというと。

人間が一度舐めた相手を人間扱いしないという事だ。そういう生物なのだから、どうしようもないと。

人権という概念も、近年では人権屋に好き勝手に扱われている有様。

プライマーも或いは。

人間と話し合うつもりなんて毛頭ないだけで。人間と、根は同じなのではあるまいか。それが、余計に弐分の絶望を加速させる。

見る。

大量のアラネアの巣だ。テレポーションアンカーも見える。

「α型β型γ型……飛行型以外は勢揃いだな」

「あの辺りの地下には、多数の民間人がまだ生存しています。 お願いします」

「分かった。 ニクスの後方から、攻撃をして援護を頼む。 まずはアラネアから叩くが、怪物が間断なく来る。 あまりもたついている余裕は無さそうだな」

「空軍は……支援できないそうっスよ」

一華が言う。悲しそうにも、皮肉混じりにも聞こえた。

まあ、支援がこの状態で来る訳もない。どうにか、此処の戦力でやっていくしかないだろう。

「この位置がいいな」

大兄が移動した地点は、どうして其処が良いのか、弐分にはよく分からなかった。

だが、大兄が良いと言うのならいいのだろう。

「三城、プラズマグレートキャノンを隙を見て打ち込んでくれ。 地面には絶対に当てるなよ」

「イエッサ」

「弐分、いつものように前衛を頼む。 一華。 怪物を絶対に近づけるなよ」

「何とかしてみるッスわ」

そのまま、配置につく。

戦闘を開始。

わずかなニューヨークEDF守備隊の生き残り達も、戦闘に参加するが。マガジンを取り落とすわ。迫る怪物相手に明らかに腰が引けているわで、見ているだけで不安になる。これが現実だ。

その上、兵士達には若さすらない。

恐らくはスラムでこそこそやっていたような、チンピラ上がりだっただろう奴も混じっている。

そういう者まで、団結して戦わなければと思える程に、状況が悪くなっているのだ。

もはやこの世界に、「優秀な金持ち」なんて存在しない。

金にそもそも意味がなくなってきているからだ。

いち早くシェルターに逃げ込んだような連中の末路は悲惨で。あっと言う間に怪物に「頑強な」シェルターを喰い破られてエジキになってしまった。

無能な既得権益層がごっそりいなくなったことだけは、地球のために良かったのかも知れない。

それ以外のダメージが大きすぎるのが問題だが。

無言で、戦闘を開始する。

大兄が、次々とアラネアを撃ち抜く。最初に来たのはβ型の群れだ。こいつに飽和攻撃されるのは面白くない。

だから上手に引きつけながら、スピアで貫き。確実に仕留めつつ、糸を受けないよう立ち回る。

続いてα型の群れが来る。

タンクの一両もあれば少しはマシなのだが。それすらもない。とにかく機動戦で、ひたすら敵を削る。

「あれがストーム1……」

「あの映像、合成じゃなかったのかよ……」

兵士達がぼやいている。

まあ、そういう噂があることは弐分も知っていた。無言で暴れ回りながら、とにかく敵の気を引く。

徹底的に攻撃を繰り返し。

そのまま、襲いかかってきた赤いα型の群れも撃退する。

文字通り生物のバリアとして、周囲を幾重にも覆っていたアラネアの巣が、少しずつ壊されていく。

怪物と同じだ。

一定のダメージを受けると、爆ぜるように壊れる。

怪物が生物兵器であるように。

恐らくは、あの巣も何かしらの共通点があるのだろう。

プラズマグレートキャノンの爆破に耐え抜く巨大な巣もあるが。

それも何発も受けていると、その内壊れて行く。

そして、露出したアンカーに。

大兄が、絶対外さない一撃を叩き込む。この狙撃の妙も、誰よりも信頼していいものである。

爆発四散するテレポーションアンカー。

絶望が一つ砕けた。

そのまま、更に狙撃を続ける大兄。

必死になって沸いてくる怪物の群れも。弐分が通さない。通ったとしても、一華の展開した弾幕が通行止めだ。

兵士達はもう自棄になって攻撃を続けている。

前に出ないようにと、大兄が何度も指示を出していた。

それでいい。

大兄は狙撃を続けながら、敵の戦力を確実に削って行く。

ほどなく、最後のアラネアが爆ぜ飛ぶ。

ブルックリン地区は開放された。

「や、やった……」

「信じられない……あの戦力を……!」

「すぐに次に行く。 ジョエル軍曹、他に苦戦している地域を教えてくれ」

「わ、分かりました!」

一華がその間に、補給車を手配。

というか、弐分にすら分かる。

ニューヨーク全土がこれはもう駄目だ。

苦戦している地域、なんてものはない。ニューヨークのEDFそのものが完全に機能不全を起こしている。

補給車も何とか来たものの、それもニューヨークの外からで。ストーム1が申請したのでなければ、絶対に来なかっただろう。

もうここは。

EDFに見捨てられてしまっているのだ。

摩天楼の合間に、大量のα型がいるのが見える。

金のα型の姿もある様子だ。

テレポーションアンカーは見えない。手をかざして周囲を観察するも、どうもない様子だった。

さっき破壊したテレポーションアンカーから、沸いてきた怪物どもなのだろう。

「……この位置だとまずいな。 2ブロック後退して、防衛線を構築。 遠距離から可能な限り削る」

「わ、分かりました」

一華が送った街のデータを見て、即座に大兄はそう言う。

一華は何かあった場合は作戦立案をするが。

それ以外では、殆ど口出しをしない。

ただニクス乗りとして、徹底的に敵を薙ぎ払う。

兵士達は、一華に頼まれてニクスの弾倉交換をする。どうも高機動型としては、今一華が乗っているものがニクスの完成形らしい。

だとすると、これ以上の進歩は望めないだろう。

それこそ、コンバットフレームの世代を上げるしかない、と言う訳だ。

二ブロックさがった後、自動砲座を展開。

そのまま、大兄が皆にどの位置に移動するか、細かく指示。

その後、立射で八qほど先にいる金のα型を、ライサンダーZで撃ち抜いていた。

相変わらずだ。

そのまま襲ってくる敵は、主力を弐分がいる地点まで到達するまでに削られ。

それでも意気旺盛に迫って来るも。

弐分が攪乱戦に入った頃には、既に金のα型は全て撃ち抜かれていて。

銀と赤のα型を、弐分が捌けば良いだけだった。

しかも高層ビルや立体的な地形が敵に却って徒となり。

その進行速度は逆に遅れてしまっている。

順番に敵の戦列を崩し。

片っ端から叩き伏せていく。

射撃を続けて敵を削って行くと、奧に大きな気配。

「大兄!」

「ああ、分かっている」

奧に姿を見せるのは、マザーモンスターだ。そのまま、手下を従えて、此方に迫ってくる。

大量にα型を殺されて、頭に来ているのだろうか。

いや、明確に怒りを見せるのは飛行型だけ。

どうも、α型はそういうのは見せず。

淡々と此方の命を刈り取りにくる。

ひょっとすると、飛行型は原種のまま、プライマーが地球に連れて来たのかも知れないが。

まあその辺りは、弐分にはあまりよく分からない。

「弐分、前進してマザーモンスターを引きつけろ。 三城、俺と一緒に支援狙撃」

「了解!」

「わかった」

「他の皆は、周囲の警戒を続行。 α型は音もなく背後に忍び寄ってくる。 まだ周囲に気配はある。 いつ来るか分からない。 気を抜くな。 その壊れかけのアーマーで、酸をまともに食らったらろくな死に方が出来ないぞ」

ジョエルをはじめとして、兵士達はぞっとしたようで。慌てて周囲を警戒し始める。

怪物に人が食われる所なんて、嫌と言うほど見ただろうに。

今更ながらに、怪物がそうすることを思い出したのだろう。

弐分はその様子を見て、まあ隙は突かれないだろうなと判断。

そのままブースターとスラスターを噴かし。

全力で突貫する。

マザーモンスターが、酸をぶちまけ始めるが。

残念ながら、酸が反射しない地点で接敵するように速度を調整している。

懐に潜り込んで、スピアを叩き込みつつ、一撃離脱。

気を敵が反らした瞬間。

大兄の狙撃が、マザーモンスターの腹に直撃していた。

悲鳴を上げてのけぞるマザーモンスターだが。

弐分が何度も接近しては一撃離脱の攻撃を繰り返すから、大兄の方へといけない。随伴歩兵も少数いるが、こんな程度は弐分の敵ではない。

程なくして、マザーモンスターにライジンの高火力レーザーが突き刺さり。致命傷となった。

マザーモンスターが横倒しになる。

後は残党を駆除して終わりだ。

次の地区。

大兄がジョエルにいい。ジョエルはすぐに案内を始める。

皆と合流。

補給車を見るが、かなりカツカツの様子だ。これは、戦うのを避けるべきではないのかと一瞬思ったが。

今も地下でふるえている生存者がいるのだ。

可能な限りは、できる事はやっておきたい。

ビルにβ型が貼り付いている。

いや、違う。

あれはキングだ。

もうプライマーは、ニューヨークは制圧したと考えているのだろうか。もの凄く雑に怪物を配置している。

最初に倒したアラネアの群れが一番手強かったくらいである。

手をかざして、大兄が様子を見る。

ジョエルが仕掛けましょうとか言うが。大兄は、首を横に振る。この様子では、罠でもあるのか。

「狙撃地点を変える。 此方に移動してくれ」

「わ、分かりました……」

「どうして色々先に分かるんだ?」

「さ、さあ……。 サイキックか何かなのかもな」

ひそひそと兵士達が話している。

まあ、そんな風に思うのも仕方が無い。

開けた公園のような場所に出る。というのも、周囲は怪物の亡骸だらけで、人骨も散乱している。

ここが公園だったかどうかは分からない。

プライマーの攻撃が激しくなってきた頃、此処で頭がお花畑の連中が、プライマーに平和を訴えようとかデモをしたそうだ。

そしてプライマーは容赦なくそれを襲い、皆殺しにしたそうである。

その時の骨かどうかはわからない。

いずれにしても、此処で激しい戦いが何度も行われたのは。周囲の地形が滅茶苦茶になっている事からも確定だろう。

「此処で戦う。 敵は見えているよりずっと多い。 だが、此処での戦闘で生還出来れば、少しの間ニューヨークの敵は考えなくて良くなるはずだ」

「わ、分かりました……」

「俺にはその場にいる敵を排除することしか出来ない。 俺からも、米国軍の指揮を執っているカスター中将には連絡を入れておく。 だが、それ以降のことは、俺にはすまないがどうにも出来ない。 許してほしい」

「……」

戦闘開始。

残りの弾薬も少なくなってきている。

弾丸も爆薬も余っているはずなのに。

物資があっても、輸送する余裕がもはやないのだ。車の運転手にすら、もはや人類はことかくようになってきている。

キングはそもそも柔らかい事もあって。この超長距離からの狙撃には対応できず、糸を放つことすらできずに沈黙した。

だが。その代わり大量のβ型が出現。

此方に迫ってくる。

「弐分、三城」

「分かっている!」

「誘導兵器で数を減らす」

三城が補給車に走って、装備を切り替える。その間の時間を、弐分が稼ぐ必要がある。

この地点に大兄がさがるように言ったのも納得だ。さっきの地点だと、モロにβ型とのガチンコになっていた。

一華も前衛に出るようだ。

というのも、もう自動砲座が弾切れなのである。

兵士達は後方から狙撃に専念。

ビルの上から、三城が誘導兵器をぶっ放す。これもどんどん進歩している様子だ。使えるウィングダイバーはごく少数。元から少なかったのに、更に減って。もう三城以外にはどこにいるかもわからないようだが。

攻撃をそのまま続行。

接敵した弐分は、機動力を駆使しながら、可能な限りβ型を食い止める。

予想以上に多いが。だが、これだけ駆除すれば。少しは敵もダメージを受けるはず。そう信じる。

夕方近くまで激戦は続き。

最後のβ型一体を一華のニクスが薙ぎ払った時には、既に夕暮れになりつつあった。

摩天楼だったものが、大きな影を周囲に落としている。

自由の国とは名ばかりのこの国が。

ある意味、何も無い自由だけの国になった。

世界中どこもそうだ。

もはや人類にとっては自由がある。それ以上に死への恐怖が大きすぎるが。少なくとも、搾取する無能な権力者はいない。

人類に出来るのは、戦うか死ぬかを選択すること。

そういう意味では、はっきりと二択で。自由だけがあるとも言えた。

「クリア。 周辺に怪物の気配はない」

「あー。 リーダー。 カスター中将と通信がつながったッスよ」

「分かった。 話す」

大兄が、一華のつなげたホットラインで、カスター中将と話し始める。元はそもそも総司令官の秘書だった人物だと聞いている。だとすると、戦場に立つ指揮官ではないし。指揮手腕も知れている。

それが悲しい現実だ。

「ありがとうございました。 貴方方が来てくれなければ、俺たちには明日すらなかったでしょう」

そうジョエル軍曹がいい、兵士達が敬礼する。弐分もそれに返礼する。

それしか、出来なかった。

 

1、巨大巣破壊作戦

 

壱野は皆と一緒に日本に戻る。かなり急いでの事だ。

ストームチーム全てが参加する大型作戦である。内容は、勿論分かりきっている。飛行型の巣を破壊する作戦だ。

ついにアーケルスの排除が終わり。

各地での戦線の整理と。AFVの整備なども完了し。

あの巨大な飛行型の巣を破壊出来る好機が巡ってきた。

その上、飛行型の巣を破壊する事で最大の懸念事項となっていたあのクイーンも、少し前の作戦であらかた駆除が終わっている。

現在スカウトが調査しているが、巣にクイーンの姿はないということだ。

つまり、仕掛けるなら今しかない。

東京基地に到着。

既にストーム4は来ていた。ストーム2は少し遅れてくるらしい。ストーム3は作戦が長引いていると言う事で、現地で合流だそうだ。

ジャンヌ大佐が、ミーティングルームで皮肉な笑みを浮かべる。

「ニューヨークではまた大暴れしたそうだな」

「恐縮です。 ただ、あの様子では……」

「分かっている。 ニューヨークには少数の守備隊を送ると言う事だが、どれだけ守りきれるかどうか……」

「カスター中将の迷惑そうな声が忘れられません」

ニューヨーク全域から怪物を駆除した。

そう説明したとき。カスター中将は、心底嫌そうにありがとうと言った。まさか出来るとは思っていなかったのだろう。

逃げ帰るストーム1に恩を売れるとでも思っていたのか。

それとも、また戦線が拡がって、無駄に戦力を失うとでも思ったのか。

米国では、各地での対立がある。

南北で全然違うという話も聞いているし。

そういうアレコレで、ニューヨークのことを良く想っていなかった可能性もある。

いずれにしても、カスター中将は指揮官の器では無いなと壱野は判断した。

秘書官だったら、有能だったのだろう。

だけれども、秘書官としては、だ。

「リー元帥も高齢だ。 それでもよく頑張ってくれてはいる。 だがもうEDFには、将官すら枯渇しつつある」

「我々が指揮を執るような形になるのでしょうか」

「さあな……」

ジャンヌ大佐も投げ槍だ。

程なくして、千葉中将がミーティングルームに来る。

地区司令官である少将も、皆リモートでミーティングに参加するという。今回の作戦は、それだけ重要なのである。

それはそうだろう。

飛行型は時速800q程度で空を飛ぶ。

あの巨大な巣の中で、幾らでも繁殖する。

エサなんてない筈だ。人間はもう、各地でほとんど全滅し掛かっている。生き残りだって、基地の地下や。そうでなくても山奥に散りながら隠れているのだ。

あれだけの数の飛行型が沸いてくること自体がおかしいのである。

それなのに、奴らは大量に増える。

ならば、巣を破壊するしかない。

プライマーが運んでくる飛行型は、その都度撃破するしかない。

それしかないのだ。

「それでは、作戦を説明する」

皆が席に着き。

更に少将クラスの指揮官達が揃って、千葉中将がミーティングを開始する。

説明をするのは、何とか言う大佐だ。

見覚えがない顔だが、まあともかく千葉中将の秘書官をやっているようである。

「飛騨に存在する飛行型の巨大な巣に対する破壊作戦の具体的な手順を説明します。 まずは包囲網を形成。 包囲網には、それぞれの部隊にネグリングを配置。 更にクイーン対策として、レールガンも配備します」

「レールガンを出せるのか」

「新しく生産された新型を四機用意しました。 しかしネグリングも含め、数が決定的に足りません」

「潜水母艦からの支援があればな……」

誰かがぼやく。

潜水母艦は、今マザーシップに追い回されながら、インドや東南アジアなどの戦線が著しく危険な地域で戦闘を続けている。

日本に来る余裕はない、ということだった。

「このため、包囲網は基本的に全ての角度をカバーできるように、何カ所かに分散して兵力を集め。 主に定点目標を攻撃するミサイル、砲兵の部隊を護衛するのが目的となります」

「とんだ包囲網だな……」

誰かが呆れるが。

まあ壱野も同意見だ。

更に、作戦の説明が続く。

「ストームチームを主力に、ニクス十二機、タンク三十両の部隊で前線に進軍。 作戦には各地からの参加戦力およそ五百名が加わります。 この部隊で、敵の巨大巣を直接攻撃し、可能な限りの飛行型を引きつけます」

「飛行型の群れはとんでも無い数だ。 正面からやり合うのか!?」

「故にありったけのニクスを集めました。 巣の破壊を行うのは、定点攻撃を行う包囲網の各部隊の使命です。 飛行型を刺激し、敵の注意を惹くためには、肉薄するしかありません」

「……分かった」

前線での指揮は、荒木軍曹が取る。

実階級は准将だ。

最前線での指揮を執るのは、別になんら不足は無い。

作戦の総指揮は千葉中将がとる事になるが。

この作戦に失敗したら、恐らくは日本のEDFは壊滅的な被害を受けることになるだろう。

動員される戦力、兵器の規模から考えても。

この作戦に、日本の命運がかかっている。

いや、日本だけでは無い。

世界の命運をかけた戦いでもあると言っても良いだろう。

「それでは解散。 皆、生きて帰れ!」

立ち上がって敬礼。

そのまま、大型移動車に乗って、現地に向かう。

現地までのルートは、既に安全が確保されている。途中で、荒木軍曹から無線が入っていた。

「壱野、久しぶりだな」

「軍曹もお久しぶりです。 無事にやれていましたか?」

「なんとかな。 エリアB8で合流する。 その後、細かい話はしよう」

「イエッサ」

そのまま移動を続行。

途中で、続々とニクスやタンクが合流してくる。

各地の基地からかき集められた部隊だ。

ニクスは可能な限り対空装備をしているようだが。それでもあの巨大な巣だ。どれだけの飛行型が出てくるか分かったものではない。

壱野は悩んだ末に、今回はアサルトとライサンダーZの他に。エメロードミサイルを用意してきている。

短い間隔で多数のミサイルを発射する携行兵器で、ミサイルの補給が課題だったのだが。よく分からない技術で、あまり弾数は気にしなくて良くなったらしい。多数の飛行型が現れたら。三城の誘導兵器とこれで、とにかく叩くしかないだろう。

補給車の中身も確認しておく。

大量の自動砲座がある。

これは、最前線で飛行型を可能な限り引きつけるための武装だ。

飛行型の大軍と、巣の至近でやり合うなんて、正気ではないが。

定点目標に対する攻撃を行おうにも、凄まじい速度で飛んできて襲ってくる飛行型を対処するために。

少しでも、敵を引きつけなければならないのだ。

そう考えると、これだけの自動砲座を用意してくれたのは有り難い話ではある。

前線に急ぐ。

エリアB8……まあ実際には信州の一角だが。

信州の一角で、ストーム2と合流。

荒木軍曹も、小田大尉も浅利大尉も、相馬大尉も健在だ。

また、白いニクスは更に武装が追加されているようである。12機のニクスに加えて。一華の高機動と。相馬大尉のバランス型が加わる。14機ものニクスが出る戦場は、久しぶりかも知れない。

軽く話しながら移動。

移動している間に、部隊はかなりの規模になりはじめた。周囲もタンクが相当数いる。本当に本部がこの作戦に賭けているのがよく分かる。

荒木軍曹の話によると、各地の戦線で反攻作戦も行うそうである。

可能な限り敵の目を引きつけるためだ。

これで、やっと「戦闘」が成立する。

ただ、そもそも「包囲網」が敵を逃がさないようにするためのものではない事。

大陸での戦線が著しくよろしくない事もある。

大陸から、敵の増援部隊が飛んでくる可能性は充分にある。

その場合、砲兵隊は敵との交戦を避けるしか無く。前衛となる部隊への負担が増すことは確実だ。

「そういうわけで、俺たちが揃って前衛に出る。 死ぬなよ」

「はい」

「頼もしいことだな。 それでストーム3は?」

「中華でのバルガのデータ取りに参加していた。 バルガは怪物の飽和攻撃に為す術がないのが実情でな。 マーク1を用いてのデータ取りで、バルガの支援任務に手練れが必要だった」

なるほど、それなら仕方が無い、とも思う。

いずれにしても、戦闘に間に合えばそれでいい。

そのまま山を越えて、飛騨に迫る。

怪物とぶつかる事は殆ど無い。何だか嫌な予感がする。

これだけの部隊の動きだ。

プライマーは、ひょっとして此方の作戦に気づいているのではあるまいか。

だが、それならスカウトが知らせてくるはず。

或いはだが。

飛行型の巣の防衛能力に、余程の自信があるのか。

「リーダー、いいッスか?」

「どうした」

「スプライトフォール衛星砲の発射許可が下りたッスわ。 これ、多分本部何か知ってるッスよ」

「……そのようだな」

一華が言うとおりだ。

この様子だと、本部は何かを接近戦部隊に隠していると見て良いだろう。

ともかく、やるしかない。

此処の飛行型の繁殖の基点を潰すだけで、どれだけ周囲への圧力が減るか分からない程なのである。

人間の安全圏を一つでも確保できれば、其処を基点に反撃作戦を画策できる。

だが。今はそれすら出来る状態ではない。

だから出来る状態にする。

それだけなのだ。

「もう少しだ。 この山を越えると、飛騨に入る。 そこからは山だらけだ。 壱野、敵を感じ取れるか?」

「……大型巣に凄まじい数の悪意が集まっていますが、その周囲に敵の気配はありませんね。 不思議なくらいに」

「分かった。 少なくとも、現地にまでは抵抗を受けずにたどり着けそうだな」

「はー。 なんだか罠の予感しかしねえぜ」

小田大尉がぼやく。

壱野も同じだ。だが、やるしかない。

先行していたスカウトが戻ってくる。

「此方スカウト! 敵は巣に凄まじい数が密集しています! 恐らく、数千はいるかと思われます!」

「数千……」

「分かっていたことだぜ。 だがクソ、やってらんねえなあ」

絶句した浅利大尉に、珍しく小田大尉が言う。

普段は小田大尉の方が、こういう風にたしなめられるのに。

「地図を共有するッスよ」

一華が、スカウトのバイザーの画像などから、最新の地図をすぐにつくって、此方に回してくる。

なる程、これはかなりしんどい地形だ。

敵に効果的に攻撃出来るのは、巣の目の前の盆地だけ。

それ以外は山になっていて、わずかに少し後方に道路と谷がある。

これは部隊は展開出来るものの、巣との交戦を始めたら文字通り袋叩きにされながらの過酷なミッションになるだろう。兵士達は多数戦死する。もう、それは壱野がどれだけ頑張ってもどうしようもない。

前に来たときよりも、この盆地が拡がっている。

どうも飛行型が削り取って巣の材料に変えたらしい。土と木、それに自分の唾液。それで強化コンクリート以上の強度を作り出せると言う事だ。

巣も、以前に見た時よりも一回り大きくなっている様子だ。

「此方千葉中将。 大回りして、道路側から巣の前に展開してほしい。 攻撃を開始しなければ、飛行型は動かないはず。 無闇に発砲しないように気を付けてくれ」

「イエッサ!」

既に集結していた部隊は方向転換。かなり大回りになるが、国道に出て。其処を使って再展開し、敵の前に出る。

まずはタンクが前衛になり。その後からニクスが展開する。

見ると、タンクもニクスも全てが最新鋭のものではない。

それはそうだろう。

これだけ戦況が悪いのだ。新型だけで、戦闘をするのはかなり厳しいと判断するべきである。

兵士達の展開をしている間に、ストーム3が到着。

ジャムカ大佐は側に来ると、呆れたように巣を見上げた。

「ふっ。 相変わらずの死地だな」

「此処を潰さない限り、そもそもの勝機が存在しません。 やるしかありませんよ」

「ああ、分かっている。 お前達となら、やれる」

ジャムカ大佐らしい激励だ。

ともかく、作戦については細かい修正は入るものの、大まかには変わらない。

初手で、砲兵隊による一斉攻撃。それで、巣の表面についている飛行型と、巣に出来るだけのダメージを与える。

それが着弾するのを確認し次第、ニクスとタンクで総攻撃を開始。

反応した飛行型を、一斉に射すくめる。

後は敵の動きを見ながら、可能な限りの短時間で巣を破壊し尽くす。

それしかないのだ。

「各部隊、展開完了!」

「砲兵隊、いつでもいけるぞ!」

「歩兵部隊は」

「問題ない。 いつでも戦闘可能だ」

千葉中将の問いに、それぞれが応える。だが。壱野が見る限り、周囲にいる歩兵は不慣れな者も目立つ。

この戦況だ。

こんな重要な戦地に投入される兵力すらもが、素人同然のものが混じっているという事なのだ。

悲しい話だ。どれだけ彼らを生かして返せるか分からない。

ともかく、戦闘開始だ。

「よし、まずは作戦通りに行く! 砲兵隊、攻撃開始!」

「大型榴弾砲、発射!」

「カノン砲、発射ァ!」

千葉中将のかけ声とともに、砲兵が攻撃を開始。本来だったら、定点目標なんて火力の敵にはなり得ない。

それが近代戦の基本。

だから戦車ですら、機動戦を行うし。発見される前に敵を撃破するのが基本となっていた。

しかしプライマーが来て、それらの常識は全て変わってしまった。

まもなく、大量の砲弾が、恐ろしい音と共に飛来し。飛行型の巣を直撃する。

吹き飛ぶ飛行型多数。巣も、炎に包まれる。

だが、次々着弾する砲弾にも、巣そのものが瓦解する様子は見えないし。

今の攻撃に頭に来たらしい飛行型が、飛び立とうとする。

荒木軍曹が指示を飛ばす。

「よし、ニクス隊、対空攻撃開始!」

「ミサイル一斉射! これは対空特化型だ! ミサイルを味わえ!」

まだ味方には余裕がある。

飛び立とうとする飛行型に、ニクスの機銃が刺さり。ミサイルが直撃する。

タンク部隊も対空装備で飛行型を撃ちつつ、主砲で巣を攻撃し始める。だが、見ていて分かる。

硬い。

赤いα型に、228基地から逃げ出して初めて遭遇した時の事を思い出す。戦車の主砲が弾かれて、兵士達が恐怖の声を上げたっけ。

プライマーの生物兵器に。

人間の装備の常識なんて、通用しないのだ。

やはり、敵の大型巣も同じか。

飛行型が、此方に狙いを定める。大量の針を飛ばしてくる。

弐分が前衛に飛び出す。ストーム3も。もっている間に、可能な限り叩き落とせ。そういう事だ。

三城が誘導兵器を発動。目だった動きをしている飛行型を一斉に叩き落とす。

壱野も同じく、エメロードミサイルで飛行型を狙う。次々に叩き落とされる飛行型。数百人いる兵士達も、一斉に飛行型を射すくめる。

一華のニクスが前に出る。

既に自動砲座は展開してあるが、まだ敵の手札が分からない。動かすべきではないと思っているのだろう。

相馬大尉のニクスは後方で控えて、近寄ってくる飛行型を撃墜し続けている。

今は、まだこれでいい。

今の時点では、作戦通りに進んでいる。

だが、どうにも感じる嫌な予感は何だ。それも、どんどん大きくなってきている。

砲兵隊の凄まじい攻撃を受け続けて、巣が若干ダメージを受けた様子だ。戦略情報部も、作戦の推移を確認しているらしい。

少佐の通信が入る。

「巣にダメージを確認。 そのまま重火砲での攻撃を続けてください。 ストーム1、一華少佐。 スプライトフォール衛星砲を利用しないのは何故でしょうか」

「敵は手札を見せていないッス。 今の時点で此方の手札を全て見せるのは悪手ッスわ」

「……分かりました。 作戦にトラブルはつきものです。 現時点では被害もなく戦闘を続行できています。 温存を……」

「劉中将より連絡あり!」

なんだ。

何故いきなり中華の地区司令官から連絡がある。

しばしして、その事についての詳細が分かる。

「緊急事態発生。 中華より、クイーン四体、更に飛行型およそ千が飛来中。 恐らくは、大型巣を守るためと思われます!」

「クイーン四体だと!」

「同時に攻撃を受けるとひとたまりもありません。 進軍路にいるネグリング部隊は退避させてください」

「くっ、分かった! 前線の部隊に告ぐ! クイーン複数が其方に向かっている! 多数の飛行型もだ!」

更に、である。

兵士達が恐怖の声を上げる。

飛行型の巣から、大量の。

数えることが出来ない程の飛行型が噴出し始めたのだ。

噴出するのは、巣の幾つかの穴のようだ。その一つに機銃をフルパワーでたたき込み、最高効率で飛行型を叩き落としながらも、一華が言う。

「マズいッスよコレ……! とりあえず、自動砲座は展開するッス!」

「各自、身を守れ! 上空の敵を叩き落とせ!」

「全方位を囲まれてる! ネグリング部隊は何をやってるんだ!」

「クイーンが来るって話だぞ! 畜生、どうすれば良いんだよ!」

パニック状態になる兵士達の頭上に、文字通り空を覆う数の飛行型が展開。針の雨を降らせ始めた。

ニクスが一斉に射撃して叩き落とし。

自動砲座も火を噴き、飛行型を叩き落とし続けるが、とてもではないが手が足りない。

「此方砲兵隊3!」

「どうした!」

「敵部隊、大陸から飛来中の飛行型の接近を確認! 攻撃を停止して避難する!」

「分かった。 一旦攻撃を停止して、身を守れ」

「敵は恐ろしい数だ! 攻撃部隊、気を付けろ!」

周囲は阿鼻叫喚。

飛行型の中には、更に戦闘力が高い赤い個体がいるが。それも多数混じっている。

タンクもニクスも見る間に消耗していく。兵士達も、次々に傷ついていく。

そんな中でも、三城は誘導兵器で敵を屠り続け。一華は最高効率での射撃を続けている。激しい戦いの中、どうにか巣から出現した飛行型を撃退し、攻勢に出る。一華がデータを送ってきた。

「敵が出てくる巣の穴を解析したッス。 この穴に、攻撃をぶち込めないッスか。 出来れば砲兵のを」

「砲兵隊、やれそうか」

「……少し時間をくれ。 ここまでのピンポイント攻撃となると、支援プログラムだけでは無理だ。 名人芸が必要になる」

「よし。 準備が出来次第、やってくれ」

荒木軍曹がいいながら、ブレイザーで飛行型を焼き尽くし続ける。壱野もエメロードからスナイパーライフルに切り替える。

理由は簡単。

クイーンが見えたからである。

「クイーンだ!」

「無理だ! 逃げた方が良い!」

「怒り狂ってる! 殺し尽くされるだけだ!」

「三城、息を合わせろ。 一瞬で叩き落とすぞ」

壱野はライサンダーZを「当てる」。頷いた三城が、ライジンに装備を切り替え、エネルギーチャージを開始。

同時に、ぶっ放していた。

狙っている場所は、言う間でもなくどちらも同じ。

完全なピンホールショットが決まり、猛り狂ったクイーンが文字通り、空中で爆発四散する。

おおと、声が上がった。

更に連絡が入る。

「此方レールガン部隊」

「間に合ったか!」

「レールガンは足回りが良くないし、飛行型の攻撃を受けると厳しい。 クイーンだけをピンポイントで狙撃し、離脱する。 それ以降は任せる!」

「それだけで充分だ。 頼むぞ!」

更に二体、クイーンが見えるが。

飛来したレールガンの弾が、それを即座に撃ち抜いていた。

より頑強なマザーモンスターを数体まとめて撃ち抜くような火力だ。クイーンではひとたまりもない。

わっと喚声が上がるが。

しかし、兵士達が喜ぶのも束の間。最後の一体も姿を見せる。

それはクイーンでは無い。

より禍々しい配色のデスクイーン。更に、多数の飛行型が、頭上から一斉に来る。随伴歩兵だ。女王を失って、怒り狂っているのが確定である。

見る間に被害が増えていく。

巣からも、次々に飛行型が飛び立ってくる有様だ。

既に周囲は地獄。

準備を徹底的にしていたのにこれか。ストーム4も、敵の数が多すぎて手が回らない様子だ。ストーム3も、大苦戦を隠せていない。

「くそっ! 敵の数が多すぎる!」

「巣への攻撃は考えるな! 身を守ることを第一に、上からの攻撃を防げ!」

「上全部に飛行型がいる! タンクももうもたないぞ!」

阿鼻叫喚の中。

壱野は飛び出していた。

相当数の飛行型が、壱野に注目する。

今、こうするしかない。

そう、壱野は判断していた。

 

2、瓦解

 

信じられない。

三城は素直にそう思った。

大兄がアサルトライフルで、片っ端から迫る飛行型を叩き落としている。あからさまに飛行型が狙いに来ているのに、攻撃の瞬間を見切って撃ち。或いは怯ませ。或いは叩き落としている。

誘導兵器のエネルギー消費は激しい。

デスクイーンも迫っている。

ライジンを一発叩き込んで、倒せるかどうかも分からない。

そんな中、大兄が前に出る。

「三城」

「どうすればいい?」

「俺が時間を稼ぐ。 お前が、デスクイーンを落とせ」

「……分かった」

誘導兵器での味方支援は後だ。

ライジンの火力は、ライサンダーZにもそうそう劣らない。ただし、フライトユニットへの負担が大きい。

連発しすぎると、砲身が壊れる。

それは今も変わっていない。

だが、それでも。

今はやるしかない。

集中。小兄が、機動戦を駆使して、三城に向かう飛行型を全て駆逐してくれているが。それでもギリギリの様子だ。

まずは一発目。

直撃。身をよじって、デスクイーンが耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げる。凄まじい怨嗟に満ちている声だ。

「デスクイーンに直撃!」

「おおっ!」

「この状況で……!」

兵士達が士気をわずかに取り戻す。その間に、第二射の準備。緊急チャージもはさみながら、フライトユニットをフルに酷使して。ライジンにエネルギーチャージをしていく。

デスクイーンが、再び高度を上げようとしている。

もうすぐ奴の射程範囲に入る。

だが、そうはさせない。

至近距離に飛行型が来る。針を発射する態勢。もしも喰らったら即死だが、もうそっちは見ない。

小兄が、スピアでぶち抜いて。その飛行型を叩き落とす。

周囲ではどのタンクが大破した、ニクス何番が限界だと、悲鳴が上がり続けているが。それらも全て無視。

意識を、狙撃だけに集中する。

真っ暗な闇の中の世界。

そんな印象を受ける。

大兄は、こんな世界で、狙撃をしているのだろうか。

そうか。

それならば、当ててから放っているのもよく分かる気がする。

そのまま、射撃。

直撃。

デスクイーンに、ピンホールショットを入れる。それでも流石にデスクイーン。悲鳴を上げながらも、まだ即死しない。

だが、フライトユニットがこのままだと焼け付く。

大兄が、その時に声を張り上げていた。

「今だ! 高度を下げたデスクイーンに、全戦車砲を叩き込め!」

「戦車部隊了解! 一斉射!」

「撃て撃て! あの高度なら当たるぞ!」

戦車の斉射がデスクイーンを直撃する。凄まじい数の戦車砲。しかも徹甲弾を喰らって、デスクイーンが悲鳴を上げて身をよじる。

さらに高度を落としたところに。

ストーム4のモンスター型レーザー砲の斉射が突き刺さっていた。

デスクイーンが悲鳴を上げながら身をよじるが。それが奴の最後となった。

砕けながら、爆散するデスクイーン。

そして、わっと喚声が沸く中。

成田軍曹が、悲鳴に近い報告を挙げてくる。

「衛星軌道上にマザーシップNO8が到達! テレポーションアンカーを射出しました!」

「タンク4、全力で後退!」

「わ、わかりました!」

タンク4が下がり、その後ろにいる兵士達も慌てて散る。そして、タンク4がいた地点と。もう一箇所に。

ビッグアンカーが突き刺さる。

だが、その片方。

タンク4がいた場所に落ちたビッグアンカーには。

一華が温存していたものが、もろに突き刺さった。

「座標よし! 頼むッスよ!」

「うふふ、エアレイダー。 貴方見る目があるわ」

「それは光栄ッス……」

「ファイア! 神をも滅ぼす光の槍をくらいなさい! この兵器を扱える者、つまり私こそが神!」

狂った高笑いが響き。

衛星砲の光が、ビッグアンカーを直撃した。タンク4は至近距離でそれを見て、流石に絶句したようで足を止めてしまった。

光の暴力にビッグアンカーは数秒抵抗したが。

多数の飛行型を巻き込みつつ、ビッグアンカーは爆発四散。更にもう一本のアンカーには、ほぼ完璧なタイミングでライジンを三城が差し込む。

怪物が多少転送されてくる。ドローンも。

だが、更にストーム4がモンスター型レーザー砲の斉射を叩き込んでビッグアンカーを粉砕。

出現した怪物は、傷だらけになりつつもストーム3が迫る。

幸い変異種はいない。

「よし、狙い定まった! 砲兵隊、行くぞ!」

「ははは、この距離からの狙撃は初めてだな! 外れてもあまり文句は言ってくれるなよ!」

「誰も彼もねじが飛んでいやがる……」

呆れたように小田大尉が言う。

三城も同意見だ。

だが、いずれにしてもぶっ放された砲兵隊の斉射。その一発が、巨大な飛行型の巣の穴の一つに。

砲弾をねじ込んでいた。

凄まじい炎が、飛行型の巣から噴き出す。

内側からひびが入り、燃えながら飛行型が多数逃げ出してくる。

どうもα型と同じように、成体で産まれてくるのか。

幼体の飛行型は見受けられない。

燃えながらも、まだ生きている奴は此方に襲いかかろうとするし。

今まさに兵士達と交戦している飛行型は、凄まじい怒りに燃え上がって、更に苛烈に攻撃をしてくる。

だが、今のがまさに巨大な巣に対する致命打になったのは明らかだった。

「飛行型の巣、大破! もう少しです!」

「此方攻撃隊! 被害甚大! このままでは全滅します!」

「踏みとどまれ! あと少しだ! あと少しで飛行型の脅威から、日本全土が解放される!」

千葉中将が喉をからして叫ぶ。

増援は期待出来ない。

戦車隊は、三城が見たところもう半数も動けない。ニクスも稼働できていない機体が同数程度。兵士達も死傷者を多数出している。

そんな中、文字通り不死身の戦士として、大兄が前衛で怪物を引きつけて暴れ回っている。

飛行型が次々と大兄に叩き落とされているのを見て、生き残っている兵士の中で、動ける者は闘志を燃やしている。

「くそっ! ストーム1に続け! そうするしか、生き残れないぞ!」

「巣にもう一度砲兵隊で斉射を喰らわせる! それで完全に破壊する! もう少し、耐えてくれ!」

「!」

巣から、更に飛行型が出てくる。

即応した一華のニクス。更に荒木軍曹のブレイザーが、穴の二つを完全に射撃で封鎖。出てくる飛行型を全部その場であの世に送った。

だが、他はどうにもならない。

しかし、一瞬遅れて相馬大尉のニクスも、穴から次々噴出する飛行型を撃破し始める。

ストーム3が最前衛に出て、大兄を支援。

空中を小兄が高機動で飛び回りながら、飛行型を片っ端から叩き落として回る。

更にストーム4も、空中戦に移行。

三城は少し後方に出ると、ライジンを放り捨て、誘導兵器に切り替える。

こうなったら、フライトユニットが焼け付くまでやってやる。

全力でぶっ放す。

味方を襲っている飛行型が、凄まじい勢いで落ちていく。

だが、フライトユニットも、限界を超えつつある。

煙を噴いていると、誰かが叫んでいる。

それだけじゃない。

脳波誘導兵器といわれるものを今フルパワーで使っているのだ。

これは、廃人になる兵士が出るのも納得だ。

幻覚が見えそうである。

脳への負荷が分かる。頭に凄まじい血が上っている。というか、甘いものがもの凄く食べたい。

それでも、踏みとどまった。

十秒程度で、五十匹以上の飛行型を叩き落とした。

多数の飛行型が此方に向かおうとするが。それを小兄が、片っ端から叩き落としているのが見える。

ブドウ糖の錠剤。

まずいと一華が嘆いていたそれを取りだすと、無理矢理かみ砕いて飲み下す。

覚醒剤だとか、もっと危険な薬だとかよりはマシだ。

バイザーに表示されているエラーを確認。

かなりダメージが酷い。フライトユニットも、誘導兵器も、もう一度フルパワーでぶっ放したら壊れるだろう。

だが、それでもやるしかない。

不意に通信が入る。

「此方で負荷を分担して支援するッスよ」

「出来るの?」

「お任せあれッス」

「……頼むね」

一華が通信を入れてくる。

愚痴を言いながら、小田大尉が飛行型の大軍と渡り合っている。浅利大尉も、もう言葉を発せず。ひたすら飛行型の大軍と渡り合っている。

だが、二人とも危ない。

相馬大尉のニクスが、もう壊れそうだ。

一華のも、集中攻撃を受けて火を噴いている。

だったら、やるのは今しかない。

フライトユニットが壊れるのを覚悟の上で、全力で誘導兵器をもう一度ぶっ放す。十秒程度、光の矢が飛行型に突き刺さり続ける。身をよじる者、一瞬で砕けるもの、焼き尽くされるもの。

燃えながらさっき巣から出てきた個体らしいのが、文字通り黒焦げになりながら地面に落ちていく。

ふつりと、何かが切れた気がした。

誘導兵器を取り落とす。

呼吸を整える。

体が、どうかなったのか。いや、大丈夫。意識が飛びそうだけど、壊れてはいない。壊れたのは、誘導兵器とフライトユニットだ。

「三城!」

誰かが叫ぶ。

飛行型が、怒髪天という勢いで至近に来ていて、針を放とうとしていた。フライトユニットは死んだ。もう手元には使える武器もない。

詰みだな。

そう思ったが、それでも最後の力を振り絞って飛び退く。

意識は、其処で暗転していた。

 

三城を狙った飛行型を叩き落とした一華は、エラーだらけでもうまともに動きそうにないニクスを見て、これはドヤされるだろうなと思った。

長野一等兵のブチ切れる姿が目に浮かぶようである。

それでもどうにかするしかない。どうにかするしか、生き残る道はないのだ。

再び、砲兵の一斉射が巣に叩き込まれる。

凄まじい音と共に、巣が倒壊し始めた。

やはり内側から粉砕されたのが大きかったのだろう。

内部の構造体が全部破壊され。

そして内部にいた飛行型の多数が、あの一撃で密閉空間で蒸し焼きにされたというわけだ。

ばらばらになりながら倒壊する飛行型の巣。

その破片すら避けながら、文字通りの阿修羅となってリーダーが暴れ回っている。

本当にあれは人間なのか疑わしいが。

ともかく今は、戦うしかない。

エラーを確認しながら、敵の残存勢力をひたすらに機銃で叩く。ニクスの大半は、もう機能停止している。

十二機もいたのに。

だが、これらが来ていなければ。

砲兵隊が襲われて、全滅していただろう。

「飛行型の巣、破壊完了です!」

「小型の巣は各地で確認され、破壊もされていました。 しかしこの規模の巣は他になく、破壊出来たのは壮挙です」

「まだ戦闘は続行中だ! 残党の飛行型を倒すためのサポートをしてくれ!」

勝った気でいる戦略情報部に、たまりかねて千葉中将が一喝するが。

今は揉めるよりも、勝つための具体的な指示をしてほしい。指示はいいか。荒木軍曹は、最大限味方の被害を減らすように動いてくれている。

既にキャリバンが来て、負傷者をどんどん輸送してくれている。

殆ど看護師は素人ばかりだろうに、最大限頑張ってくれている。

それなら、一華もやるしかない。

「もう一発、スプライトフォール撃てるッスか?」

「あら、二回戦がお望みかしら」

「あー。 まあともかく撃てるッスか?」

「やってみせるわ。 座標と発射時間を指定しなさい」

リーダーは、いいか。

あの人は、彼処で暴れ回って、可能な限り飛行型を引きつけてくれていればいい。

荒木軍曹に連絡を入れる。指定通り、可能な限り動いてほしいと。

ブレイザーのマガジンを取り替えながら、荒木軍曹は応えてくれる。

「分かった、どうにかしてみよう」

「頼むッスよ!」

「まだ動けるタンクは、それぞれ指定の位置に! ニクス7、9、それぞれ自走モードにして、上空に射撃! 操縦手は脱出しろ!」

兵士達がそれぞれ動く。

飛行型が、綺麗に誘導されていく。

二百匹ほどいるそれらが、追撃をしようとして。気づいただろうか。

一箇所に集まりつつある自分達に。

いや、気づけていないだろう。

あれは今、フェロモンか何か分からないが。

外敵に対する攻撃を促すなんかそういう物質に酔っている。ひたすらに殺す事だけを考えている。

だったら、殺意とともに地獄に落ちろ。

スプライトフォールの射撃を申請。

高笑いしながら、スプライトフォールを扱っている女科学者はなんか喜んでいた。

「雷霆の一撃をうけなさい! 私こそが神! ゼウスの稲妻を現在に再現したのだから!」

さいですか。

そう若干冷めながら、スプライトフォールの一撃が、大量の飛行型を焼き尽くすのを見やる。

火力だけで戦闘は決まらないが。

今は間違いなく火力が必要で。

そして、敵の主力は、これで消し飛んだ。

残りはわずかだ。

荒木軍曹が叫ぶ。

「よし、主力は片付けた! 残りを集中攻撃して蹴散らせ!」

「おおっ! EDF! EDF!」

叫ぶ兵士達。

傷だらけでも、必死に立ち上がって、飛行型に攻撃を乱射する。

中には看護師に引きずられながら、飛行型をそれでも撃とうとしている兵士までいた。

ドーパミンが出過ぎて、何が何だか分からなくなっているのだろう。

それでは、こっちもあっちも同じだな。

そう思いながら、一華も最後の一弾まで、飛行型を撃ち抜き続ける。

程なくして、最後の一体が地面に落ちる。

恐らく撃破数は万に達したはずだ。

記録的な大戦果である。

その代わり、代償も凄まじい。

近距離での攻撃を行った部隊は、文字通り全滅状態だ。ニクスは一華のも壊れる寸前。他のも、動いているのは二機だけ。二機はスプライトフォールの一撃に敢えて囮となって巻き込まれたし。残りは飛行型の猛攻を受け続けて、大破していた。

そんな中、一人だけ平然と立っているのは我等がリーダーだ。

ただ、流石にこの大乱戦の中、無傷とはいかなかったようで。

彼方此方に、かすり傷をうけていたが。

「此方ストーム1、壱野大佐。 三城少佐は無事か」

「無事です。 命に別状はありません。 キャリバンで後方に輸送中」

「そうか……」

「ただ、全速力でフルマラソンでもしたかのように栄養を消耗し尽くしています。 今、点滴を打っています」

一華もその通信を聞いていて、無事なら良かった、と思った。

ニクスはもう歩けそうにない。

大型輸送車が来て、タンクやニクスを運んでいく。

回収して、東京基地で何とか整備するのだろう。だが、整備している時間を敵が与えてくれるだろうか。

弐分も来る。

流石に疲れきっているようだった。

「俺が此処に残って、最後まで撤退を支援する。 他の皆は先に上がってくれ」

「弐分、お前もずっと機動戦をしっぱなしだっただろう」

「大兄、周囲を見てくれ」

ストーム4は全員物陰で座り込んでいる。

流石のジャンヌ大佐も、これほどの過酷な戦闘は初めてであったらしい。

ストーム3は、ビッグアンカーからでた怪物とも交戦したし。何よりも大量の飛行型に対して囮を続けてくれた。

消耗が相当激しい様子で、流石に疲れきっている。

ジャムカ大佐も、座り込んでウィスキーを傾けているが。あれは痛み止めだろう。

酒が飲みたい気分には見えない。

命を落とした兵士も回収されていく。

この規模の大乱戦だ。

全滅してもおかしくない状態だった。死者は15%に達したようだが。これは敗北のラインを完全に超えている。

巣を破壊するための大火力砲兵を守るための作戦だったが。それにしてもこの消耗はひどすぎる。

かといっても、作戦は他に無かったし。

壱野があれだけ大暴れしていなければ、もっと兵は命を落としていただろう。

「いい。 俺が最後まで残る」

「荒木軍曹……」

「これも指揮官の仕事でな。 何、俺の手傷は浅いし、どうにでもなる」

「軍曹、いつも無理ばっかりしやがって……」

小田大尉が呻いた。

いつも荒木軍曹に愚痴を言ったりするこの人も、本音では心の底から信頼していることを一華も知っている。

ともかく、議論している暇は、あまりない。

大型輸送車で、負傷が軽かったり。或いはもう命がない兵士を運んでいる有様なのである。

「皆、良く踏ん張ってくれた。 これで……どうにか飛行型による致命的な攻撃は回避できただろう。 良くやった……」

「千葉中将!」

通信の向こうで、ごとんと何かが倒れる音。

千葉中将も、精神を振り絞る勢いで指揮をしてくれていたのだろう。

各地の部隊による陽動や。砲兵隊の作戦指揮もしていたのなら。更にストームチームの過酷な戦況を知っていれば。そうなるのも無理はないか。

総力戦は制した。

だが。このビークル類の大ダメージ。

各地から借りてきたビークルだって多かったのだ。

それなのにこの損害。

勝つために払った代償は、あまりにも大きかったと言えた。

一華のニクスも、何とか大型移動車に自走して乗せる。尼子先輩が、車から顔を出した。

「凄い戦いだったね……後は僕が運転するから、ゆっくりねむっていて」

「分かりました。 後は任せます」

「三城ちゃんはなんか倒れちゃったんだって? 無事だって言うから良かったけれど、君達も無理したら駄目だよ」

「分かっています……」

リーダーも、流石に今日は疲れ果てたようだ。というか、常人だったらあれは何十回も死んでいただろう。いや、何十回程度で済んでいたかどうか。

ため息をつく。

後は、帰路。ぼろぼろになったニクスのコックピットでねむった。

一華も途中でブドウ糖の錠剤を何度も口に入れた。それくらい、苛烈な戦いだった。

生きてもどれるだけ幸運なのだ。

そう言い聞かせて。

多数の死者が出た決戦の事を、夢うつつ思うのだった。

 

3、戦いが終わって

 

壱野は起きだすと、まずは体を動かした。

基地に戻るやいなや病院に連れて行かれて。手当やらをさせられて並行していたのだけれども。

とりあえず唾でもつけて治る傷でもないし。

好きなようにさせておいた。

色々血液だのを採取されたけれども。

今更そんなものを採取して何になると言うのか。

ともかく手当が終わった後は寝るように言われて。しっかりねむって。

今起きたのだ。

朝の日課である鍛錬だが。

流石に今日は、東京基地も静かだった。いつもだったら、二十四時間態勢でヘリが飛んできたり、戦車が行き交ったりしているものなのだが。

プライマーも、流石に記録的な敗北をしたという事もあるのだろう。

今日は動けないのかも知れない。

いや、本当にそうか。

アフリカやロシアで培養した怪物の事を考えると。

敵はまだまだ、余裕で物療をぶち込んで来られるのかも知れない。

そう思うと、あまり良い気分はしない。

無言で体を動かしていると、弐分が来た。

軽く話をする。

「三城はまだねむっている」

「誘導兵器は呪われた武器と言われていたらしいな。 恐らくあの様子では、試験運用の段階で廃人になるものが出たというのも噂だけではないだろう」

「……出来ればもう使わせたくない」

「ああ、そうだな。 だが、それは三城の意思次第だ。 あいつが使うと決めたなら、そうさせてやるのが俺たちの仕事だ。 勿論、先進科学研に苦情を入れるのも込みでな」

鍛錬を終えると、一度戻る。

そして、レポートを仕上げた。

作戦が無謀だったことは否めない。かといって、砲兵隊で攻撃して、どこまでも追ってくる怪物を凌ぎきると言うのもそれはそれで無謀だっただろう。

怪物の嗅覚は異常に優れている。

或いは嗅覚ではないのかも知れないが。

一度狙った相手は、絶対に逃さずに殺し尽くす。

砲兵隊も、基地の前で頑張っていた部隊が全滅したら。次には攻撃を受けて叩き落とされていただろう。

それほど、リスキーな戦いだったのだ。

レポートを仕上げると、千葉中将の所に顔を出す。

千葉中将はもう起きていた。

脳の血管を切るようなことが無くて良かった。

それだけは、救いだったと言える。

「ストーム1。 良く無事で戻ってくれた」

「ありがとうございます。 他のストーム隊は」

「負傷者は出ているが、戦死者はいない。 君のおかげだ。 まさにワンマンアーミーだな」

「……俺の力はまだ足りません。 事実三城はまだ目を覚ましていません」

敬礼すると、作戦指示を貰う。

一応、日本はこれでどうにか守りに徹すれば、どうにかできる状態に落ち着いたという。

米国が危ない。

中華も危ないが。どうやらより戦力を多く保持している米国に対して、プライマーは攻撃を集中しているらしい。

ストーム3もストーム4もこれから米国に出向くという。

「君達は、一日休んでくれ。 幸い三城少佐は命に別状もないようだし、起きた時に側にいてやれなければ辛いだろう」

「分かりました。 それでは、そうさせていただきます」

「うむ……」

司令室を出る。

一度、自室に戻って戦況を確認。

ニューヨークは怪物の脅威から解放されたが、その一方でEDFも部隊を殆ど派遣していない様子だ。

もう一度攻撃を受けたら終わりだ。

だが、ニューヨークは苛烈な攻撃を受け続けていて、市民は避難するかみんな地下に潜っている状況。

これ以上、戦略的にも守る意味はない。

そうEDFは判断しているのかも知れなかった。

総司令部はまだ健在で、地下を移動しながら作戦指示をしている様子だ。先進科学研のラボは、近いうちに東京基地に本部を移転するつもりらしい。

どうも各国にあったラボが片っ端から潰されているらしく。

東京基地が今のところ一番安全だろうという考えに至った結果だそうだ。

正確には、東京基地の真下に来るわけではないようだが。

いずれにしても、最高機密の部隊がそんな事をするのだ。

各地に、もはや安全な場所などない。

そういう事なのだろう。

バルガについては、改装が進んでいるようだ。

回収された時点で、手足がなかったような機体もあったのだが。それらも全て、一応完成形にはなったそうだ。

問題は装甲。

更には動かすためのプログラムだ。

今、一華が結合試験をしているらしい。丁度様子を見に行くと、バルガを動かしているのが分かった。

一華はプログラムのログを見ながら、ああだこうだと指示をしている。

先進科学研の人間は、それを見ながらレポートを書いているようだった。

バルガは一華が操作したものほどではないが、それでも一応きちんと動けてはいるようである。

エルギヌスなら、多分勝てるだろう。

問題は、エルギヌス以外の相手が来た場合だ。つまり、アーケルス。そして、多数の怪物。

アーケルスとの戦いは間近で見たが、あれはバルガ単独では勝てるかかなり怪しいと見て良い。

一華もそう思っている様子で。

先進科学研の人間と、話をしていた。

「機動力をもっと上げられないッスか」

「足回りを変えないと無理ですね。 そしてそれをやっている時間はありません」

「参ったな……。 アーケルスは複数確認されているって話を聞いているッスけど、それらが一辺に来たら、ストーム隊でも手に負えないッスよ」

「アーケルスが複数? まさか……」

嘲笑おうとした先進科学研の研究員だが。

一華が全く笑っていないのを見て、それで引きつったらしい。

一華の戦績を知らない奴はもういない。更に、一華が送ったプログラムを見て、その力量を理解出来ないようなポンコツもいないと思いたい。

壱野が歩いて近付くと。

先進科学研の研究員は慌てて立ち上がって敬礼。

以前は舐めた態度を取るエリート様もいたが。もう、ストーム1の名前は、先進科学研でも知られているようだ。

話が早くなるので助かる。

名声なんてどうでもいいが。軍では面倒な利権の調整だのが結構大事であることは色々な事例を見て知ったし。

動きやすくするためだったら、多少の汚い事は仕方が無いとも、壱野は思うようになってもきていた。

それで大勢の兵士を救えるなら、易いものだ。

「一華、それでどんな様子だ」

「アーケルスと戦うには力不足ッス。 私やダン中佐なら、このプログラムの結合試験が終われば何とか……という所ッスね。 エルギヌスが相手でも、一対一なら、というのが素直な所ッスかねえ。 複数が相手になると厳しいッス」

「そうか。 改良は出来そうか」

「何とかやれるだけはやってみるッスけど、こればっかりはハードウェアの根本的なバージョンアップがないと……」

ニクスの方を見る一華。

ニクスはもう、バージョンアップをしないとどうにもならないと聞いている。現状では一華の実力について行けていないことを考えると。

まあ、バルガも同じようなものということか。

壱野からも提案はしておく。

「怪生物を今後プライマーが集めて一気に此方をつぶしに来る可能性はある。 その時のために、集団戦を想定したプログラムを組んで貰えるか」

「また無茶を……。 とりあえず、この結合試験が終わったらやってみるッス」

「頼むぞ」

自室に戻る。

三城が心配だが。あまり過保護になっても鬱陶しがられるだけだ。

とりあえず起きるのを待って、それから会いに行けば良い。

大佐としての仕事をこなし。

昼少し前になるまで、鍛錬もこなしておく。

程なく、三城が目を覚ましたと連絡があった。むさい男が二人同時に押しかけても面倒だろう。

心配していた弐分に先を譲る。

その後、昼少し後に、三城の病室に出向く。

三城は動く事そのものは問題が無いようだが。医者が倒れた理由が分からないので、今日は安静にさせておくようにとか抜かした。

まあ、それも仕方が無いか。

先進科学研に、クレームのレポートは送り済である。

誘導兵器を使えるウィングダイバーがもっと増えれば、戦力は激増することだって分かっている。

というか、あれを人間に依存しないで。フライトユニットのプラズマエネルギーコアから制御して車か何かに乗せて兵器化したらどうだろうか。多分機関砲あたりを積んだテクニカル辺りよりも、数十倍は役に立つと思うのだが。

先進科学研としても、なんだか二足歩行システムの開発に相当な金が掛かったとかで、完全に自棄になっているようだが。

実際にニクスが強いのは、二足歩行だからではなくあの機銃が強いのである。

最強のニクス乗りである一華がそう断言している程なのだ。

ならば、専門家の意見を聞くべきだと思うのだが。

まあいい。

ともかく、三城の無事は確認できた。

明日からは、また任務に出向く事になるだろう。

今日だけは、適当に過ごすことにする。

疲れが溜まっているからか。昼寝をしたら、もう夕方になっていた。まだ鍛え方が足りないな。

そう、壱野は思った。

 

壱野は、一日だけの休みを堪能してから米国に出向く。

以前もディロイ部隊の攻撃があったが。その残党らしい戦力が、集結しているという。

残念ながら、今の米国のEDFには、迫り来るディロイの軍勢を押し返す力がもう残っていない。

だから、ストームチームでやる。

ストーム2は中華にまた移動。

ストーム3とストーム4は米国での戦闘に参加している。せめてこの三チームの誰かがいれば、少しはマシになるのだが。

相手がディロイと言う事で、今回三城にはプラズマグレートキャノンを持ってきて貰った。

ライジンはあの後調べたのだが、砲身が焼け付いて壊れる寸前だったようだし。

誘導兵器も焼け付いて壊れてしまっていた。

どちらも安定性に欠ける。

頭ごなしに罵るつもりは無いが。

もう少し安定性をどうにかしてくれと、先進科学研にはレポートを出してある。改良が出来るかは。

今の戦況では微妙だが。

米国の小さな都市にして、部隊と合流する。

あまり数は多く無い。

タンクすらいない。

ディロイの部隊は先遣隊だけで十数。確かに、この人数でどうにかできる戦力ではない。

しかも周囲の人間を既に殺し尽くしたのか。排除したと判断したのか。

ディロイは警備モードになって動きを止めていた。

「ストーム1ですね……」

「ああ。 この程度の数のディロイなら、どうにかしてみせる」

「ありがとう。 この街は俺の故郷なんだ。 どうにかして取り戻したい」

「分かっている」

米国人の身長は、日本人よりかなり高いと思われている様子だが。実際の平均身長はそこまで変わらない。

ただ体格が大きいものは、本当にどうにもならない程に差がある。

壱野はかなり米国の兵士に比べても長身で筋肉質らしく。

たまに鍛え方などを聞かれる事があるが。

それも、日常的に鍛えているとだけ応えていた。

今は村上流を喧伝するときではない。

それに、祖父もそんな事は望まないだろう。

「ディロイを大量の怪物が守っていやがる……」

「分かってる。 人類はもう駄目だ。 俺の部隊で、生き残ったのはもう俺だけ。 多分この街の出身者で、生きてるのも俺だけだ……」

「できる限り生きて帰す。 だから、皆生き残って、復興に備えるんだ」

ストーム1のこの言葉に兵士達は勇気づけられる。それだけしか、壱野には出来ない。

この間の飛行型との決戦でも、大勢の兵士を死なせた。それ以上に救ったという擁護もあるかも知れないが。

壱野がもっと強ければ、救えた命はもっともっとあった筈だ。

まだ力が足りない。

だから、更に貪欲に強くなる。

それだけだ。

一華が街の地図を送ってくる。壱野は頷いてバイザーで確認すると、それぞれの配置についてもらう。

なお、一華のニクスは突貫工事で直した。出来れば今回は盾にしないようにと、長野一等兵にくどくど言われている。

分かっている。飛行型との戦闘で、日本にいたニクスはもう殆ど残っていない。

他のニクスだって突貫工事で修理しているのだ。一華だけ、贅沢は言えない。

「まずはあの機体を狙う。 俺と三城で狙撃する。 他は全員で怪物に対処」

「イエッサ!」

「あんた達の噂は聞いてる! 希望を少しでもくれよな!」

「分かっている。 任せてほしい」

まずはディロイを一機片付ける。

ライサンダーZとプラズマグレートキャノンによる同時攻撃。小型のディロイなら木っ端みじんである。

大型のは、これでも壊れないことがあるが。それでも何発も入れれば耐えられるものではない。

そのままさがりつつ、敵を引きつけ攻撃をしていく。

もうこの街に生き残りはいない。

復興を考えれば、少しでも残しておくべきではあるのかも知れないが。

今は、それにかまっている余裕は無い。

「レンジャー部隊はそのまま左の路地に! 一華!」

「オッケーッス!」

レンジャー部隊をβ型の斉射から隠すと、火力にものを言わせてなぎ倒す。かなり良いペースで敵を蹴散らせている。

流れ弾なんて出さない。

ディロイの随伴歩兵をしていた怪物を掃討。γ型もいたが、そもそも近寄らせなかった。

「次行くぞ。 三城、様子を確認してくれるか」

「わかった」

ひょいひょいと跳躍して、建物の上に行く三城。フライトユニットを最低限しか使っていない。

ウィングダイバーがああいう機動をするのは初めて見たのか、兵士達が驚いている。

「サーカス団員か何かかあのウィングダイバー」

「鍛え方が違うだけだ」

「へ、へえ……」

驚いているようだが、それでいい。

恐怖を忘れてくれるなら、何でもする。コメディ映画でもバイザーに流しても良いかも知れない。

三城が戻って来て、映像を共有。

一華が即座に分析した。

「あー。 正面にいるディロイ、あれ罠ッスね。 まともに戦おうとすると、複数のディロイが一度に来るッスよ」

「そうか、ならば距離を取るだけだ。 八ブロック後退」

「俺は怪物達の攪乱をする」

「弐分、頼むぞ」

そのままかなり後退してから、じっくり距離を取って、狙撃。

二体のディロイが立ち上がったが、一体は立ち上がれず即座に爆発四散した。

ディロイは足が長い事もあって、移動速度が兎に角凄まじい。歩兵では絶対に追われたら逃げられない。

普通ならパニックになる兵士もいるだろうが、そうはさせない。

一華が前に出て、弐分と連携して怪物を薙ぎ払い始める。兵士達も、それに協力させる。

もう訓練を受けている兵士は、「古参」扱いだ。開戦直後にEDFに入った者も含めて。もはや生きている兵士は、殆ど開戦後に無理矢理兵士にさせられた者ばかり。

初期の苛烈な攻撃。

アーマーが進歩しない中での、怪物との無謀な交戦。

これらで熟練兵はばたばた死んでいった。

やっと怪物と戦える装備がまともに揃った頃には、人類は二割を失っていたのは、そういうことだ。

二体目のディロイを、三城と連携して粉砕。だが、三体目がかなり近づいて来ている。

一華のニクスが、ディロイの遠距離砲を受け止める。

何、アレは人間を怖れさせるための賑やかしだ。

ニクスで受けても大丈夫。

出来るだけ攻撃を受けるなと言われているようだが。それでもこの程度の被弾なら、長野一等兵も怒らないだろう。

三体目のディロイに攻撃を続ける。

ディロイは大型の戦闘ロボットだが、歩くときに本体が大きく揺れるので、狙撃兵でも外す者は結構多いそうだ。外すと即死だから、恐怖で狙いがそれるのかも知れない。それが、ディロイが好き放題してきた理由。

だが、此処ではそれは通用しない。

そのまま射撃を続けて、三体目を粉砕。

距離さえ取ればこんなものだ。そのまま、一華にナビゲートをして貰う。もっと広域の戦略について問題があるなら、成田軍曹が連絡を入れてくる。

入れて来ないと言うことは、周囲の怪物が集まっているとか、そういう事はないということだ。

もう一機を叩き落とす。

公園に我が物顔に居座っていた其奴は、恐らくそこに居座る過程でたくさん弱者を蹂躙して殺戮したのだろう。

ものいわぬ道具だ。

殺人のためだけに作られたロボットだ。

だから、ものを憎むのはおかしいのかも知れない。プライマーを憎むべきなのだろう。

しかしプライマーには分からない事が多すぎる。

少しだけしか奴らの事は、あのトゥラプターという奴の言葉から推察するしかないのだが。

むしろ原始的な社会体制を取っているとして。

皇帝制などを敷いていた場合。ひょっとすると、大半のプライマーはそもそも地球人と戦争をしている事すらしらないかも知れない。

搾取に晒され貧困に喘ぎながら、自分達の労働が一体何に使われているかも分からず。産業革命時代に使い殺されていた労働者のように。何もかもの尊厳もないまま、資本家のエサにされているのかも知れない。

だとしたら、プライマーを憎むべきなのか分からなくなる。

勿論今地球に攻めてきている連中は許すべからず。皆殺しだろうが。

其奴ら以外のプライマーは、顔も分からないのだ。

ディロイを粉砕する。更に一機が立ち上がったが、それも容赦なく潰す。少し下がって、戦いやすい場所に怪物を誘導。

一華と弐分の連携戦闘で、近付く前に叩いてしまう。

久々に、随分と楽な戦闘だ。だが、このまま終わるわけがない。もしそんな楽な戦闘なら、ストーム1が投入されるだろうか。

ディロイを更に一機叩き潰す。

成田軍曹から通信が入った。

「ストーム1! 現在戦闘中の地点に、ディロイの部隊が進軍中です! 数は……三十機を超えています!」

「そうだろうな。 グレイプを廻せるか」

「グレイプですか……どうにかしてみます」

歩兵戦闘車はタンクに比べて耐久で劣る事もあり、最近は殆ど見かけなくなった。兵士達の間では足ばっかり速い棺桶とか言われている有様だ。

ここで三十機を叩いておけば、更に他の戦線は楽になる。

崩壊寸前の米国の戦線を多少は立て直せれば、人類の反撃に多少は近づける筈である。

「あー、リーダー。 今、ディロイの進軍コースが送られてきたっすけど、マズいッスよこれ」

「だろうな。 どうまずい」

「いわゆる鶴翼ッスわ。 丁度此方を包囲するようにして、狙撃で削られているうちに他の部隊が迫ってくるように動いているッスね」

「想定通りだ。 だからグレイプを呼んでいる」

飛行型接近。

成田軍曹が通信で叫ぶ。この様子だと、更に敵の数は多いと見て良いだろう。

「後退。 少しずつさがりながら、ディロイを狙撃で削る。 三城、対空戦に切り替えろ。 弐分は攪乱戦。 俺は狙撃に集中。 一華はグレイプが来次第、リモートで操作してくれ」

「了解!」

「まかせて。 誘導兵器を使う」

「あーもう。 フォボスとか来てくれれば多少は楽なのに……」

ぼやく一華。

気持ちが分かるから、それについてたしなめるつもりは無い。

それよりも、三城に誘導兵器を使わせるのが心配だが。本人の意思は尊重する。もしもまた倒れるようだったら、先進科学研に凄い勢いでクレームを入れるだけだ。

十q。ギリギリの範囲にディロイを確認。立射で狙撃。流石に「当てる」まで少し掛かるが。

ライサンダーZの火力なら、当てて、きちんとダメージを入れられる。

直撃を確認後、飛行型の群れを即座にアサルトで迎撃する。ニクスも頑張ってくれているが、兵士達の負担が大きい。

「くそっ! どれだけ来るんだよ! 此処は俺の故郷だぞ! でていけ! でていけっ!」

兵士の一人が、泣きながら射撃を続けている。

心配になるが、とにかくやらせておくしかない。

三城も心配なようで、その兵士を上手にカバーしながら、誘導兵器で飛行型を拘束し続けている。

グレイプが来た。

即座にタンクデサンドするように指示。

今の時代は、アーマーが強化されているから、タンクデサンドする事は愚策ではなくなっている。

壱野もタンクデサンドする。

どうしても弐分や三城ほどの機動力は発揮できないからだ。

ニクスが後ろ歩きを始める。

グレイプも、バックしながら速射砲で飛行型を撃ち始める。同時に、一華は後方にいる尼子先輩達にも、移動するように指示を出した様子だ。

再び狙撃。

一機目のディロイを撃破。敵は気にする様子もなく、着実に進んでくる。壱野は少しずつ左側にずれつつ、狙撃を続行。敵は確実に距離を詰めてくるが。さがればさがるほど、敵の陣列は一箇所にまとまって行く。

所詮は機械だ。

鶴翼まではよくやったが、其処から先は上手に誘導してやればこの通り。

そのまま、次々に撃ち抜く。敵は渋滞をはじめており、かといって陣列を伸ばそうとすれば他に遅れる。

混乱しているディロイをさがりながら次々に撃ち抜いていく。

ミサイルが飛んできた。全てアサルトで叩き落とす。ディロイの対人ミサイルは想像以上に射程があるが。これは人間を怖れさせるためのハラスメント兵器に過ぎない。ただし、一般兵は怖がるから、叩き落としておく。それだけだ。

飛行型も、ニクスの猛烈な対空砲火で殆どが削られて。最後の一体が叩き落とされる。

飛騨にあった巨大なものほどではないが、小型の飛行型の巣は米国でも多数確認されていて。駆除がとても追いついていないという話だ。

この数が来るのも、やむを得ないのかも知れない。

狙撃。

ロングタイプのディロイを粉砕。

更にさがりつつ、ロングタイプを優先して破壊していく。三十機の内四機がそうだったが、近付く前に沈黙させた。

次はタイプBをやる。

対人ミサイルを放ってくるから、鬱陶しくて仕方が無い。ニクスは高機動型。グレイプは足回りが強い。

追いつかれる要素は無い。

距離を保ったまま、アウトレンジでの大火力攻撃を続行する。

追いついてきた敵は、飛行型では無くγ型だ。

「対地自動砲撃セット。 んー、ちょっとグレイプの残弾が足りないッスねこれは……」

「自動砲座は」

「さっきの街で全部使用済みッス……」

「仕方が無い。 弐分!」

弐分が地面にブースターを威圧的に噴かして着地すると、前衛に躍り出る。そして迫るγ型を、片っ端からスピアで貫く。

勿論そのままだとやられてしまうから。三城の誘導兵器と壱野のアサルトで支援。

一華のニクスも、そろそろ弾が限界か。

狙撃しながら、ディロイの数を確認。

残り八機。

八機でも、同時攻撃を受けるとかなり厳しい。此処で片付けてしまう。寄ってきている怪物もろともだ。

「此方成田!」

「どうした!」

「後方より敵部隊! ディロイ四機、それに……」

「大物か」

移動基地だという。

南米リオデジャネイロにいた奴だ。どうやら、南米は蹂躙し尽くしたと判断したのだろうか。

流石にストームチームが揃っていて。そして相応の部隊がいないと彼奴とやりあうのは無謀すぎる。

「更に護衛にテレポーションシップも連れている様子です! そのままさがると正面からぶつかります!」

「……分かった。 敵移動基地の進路を一華のPCに転送してくれ。 俺がそれでどうにかする」

「無茶です!」

「移動基地と戦うつもりはない。 ただしディロイは残り全て破壊する。 一華、尼子先輩に移動地点の指示を。 移動地点については任せる」

再び狙撃。

ロングタイプはいなくなったから、かなり脆い。ディロイが一機、粉砕される。

γ型の掃討をしつつ、隙を見ながらディロイを撃ち抜く。跳躍して来るγ型を見て、グレイプからずり落ちそうになる兵士を掴んで引き戻しつつ。アサルトで射撃して、叩き落とす。

「大兄、そろそろフライトユニットが……」

「分かっている。 この戦力ならいけるな……」

再びライサンダーZで狙撃。正面のディロイは四機にまで減った。

γ型はほぼ全滅。

一華に指示して、反転攻勢に出る。グレイプを止め、追随していた補給車に飛び込む。兵士達にも、スナイパーライフルを持つように指示。慌てて武装を切り替える兵士達。弐分が手伝って、ニクスの弾倉を取り替えた。長野一等兵ほど上手に出来ないが、ニクスの武装はパッケージ化されているので、知っていれば弾倉の入れ替えは出来る。そのままグレイプにタンクデサンドし直すと、一華に指示。

「正面突破する。 三城、コアを切り替えろ」

「わかった」

「よし。 行くぞ!」

三城も、それだけで理解したのだろう。

嫌だろうが、まだ連射したら壊れるライジンに輸送車を漁って武装を切り替える。このまま、正面のディロイ部隊を突破する。敵の移動基地は此方を追ってきているようだが、高機動ニクスとグレイプの足の方が速い。

正面のディロイ部隊はもうショートタイプしかいない。片っ端から破壊する。三城のライジンが火を噴き、一機を粉砕。

更に後方から迫ってくるディロイ四機も、ロングタイプばかりだが。距離を取りつつ、狙撃で粉砕していく。

「前方に怪物の群れ!」

「強行突破する! 皆、掴まれ!」

「ああもう自棄だあっ!」

誰か兵士が叫ぶ。前方にはタッドポウルが舞い、更にβ型の群れも待ち構えていたが。ニクスが猛烈な弾幕を展開して近づけず。

更に弐分が真っ先に突貫して、その弾幕の中敵を貫き引きちぎり続けた。

タッドポウルが上空から仕掛けてこようとするが。

大容量の代わりに飛行能力が落ちるコアに切り替えた三城が、グレイプの上から誘導兵器で一機に蹴散らす。

炎は勿論至近に散々着弾するが、炎を吐くタイミングを見極めて、それるように一華がグレイプを誘導してくれている。

ぐらんぐらんグレイプは揺れるが。

兵士達はともかく、壱野と三城はその程度で狙撃を外す腕ではない。

兵士達も必死に弾幕を展開して、近付く怪物を撃ち抜いてくれる。最初からスナイパーライフルの方が良かったかも知れない。

敵の中央を突破。

後方から追いすがってきている移動基地も引き離した。後方の移動基地は、米国南部で一度停止。

以降は、そこに居座るつもりのようだった。

遠巻きに相手の動きを確認しつつ、成田軍曹に連絡を入れる。

「此方ストーム1。 可能な限りの戦力を集めてほしい。 あの移動基地を残しておくと、非常に危険だ。 破壊の手順は分かっている。 破壊したい」

「残念ながら、現在米国にはまともに動くニクスも、タイタンも……それを輸送する手段も、少数しかありません。 移動基地に対抗するのはとても……」

「EMCは」

「もう、稼働可能なものは日本に二両しか」

そうか。

そこまで、追い詰められていたのか。

確かに米国最大の都市の一つであるニューヨークがあの地獄絵図だ。それも当然なのかも知れない。

「総司令官に最大級の警戒を促してくれ。 あいつが来たという事は……恐らくは総司令部を潰すつもりだ。 あれはプライマーの兵器の中でもマザーシップに次ぐ戦闘力を持つ代物だ。 だがタイタンとニクスをかき集めれば、ストームチームだけで撃破してみせる」

「分かりました。 可能な限り善処します」

成田軍曹は泣いている様子だ。

そろそろメンタルがやられてきているのかも知れない。

だが、それを攻めるわけにもいかない。

一度引き上げる。ディロイ部隊は壊滅させ。相当な数の怪物も葬り去った。だが、南米からついに移動基地が北米へと来た。

南米はもう戦線崩壊しているという話だったが。

もう、全滅しているのかも知れない。

そして、もうアーケルス相手に戦力を消耗し続けた北米のEDFには、移動基地を迎え撃つ戦力がない。

せめてアーケルスを攻撃するために消耗した戦力が無事だったら、まだ対策は出来ただろうに。

尼子先輩の大型移動車と合流。引き上げを開始する。

街は守れたかも知れない。

だが、移動基地相手に、何もできずに撤退する事になる。それもまた、事実だった。

 

4、第二の希望が沈む

 

地下で活動していたリー元帥が報告を二つ受ける。すっかり老け込んでいることを自覚しながらも、それでも理性的に話を聞くことだけは出来ていた。

「此方戦略情報部、少佐です。 潜水母艦セイレーンが消息を絶ちました。 マザーシップナンバー6による追跡を受け続けていました。 その中で、必死の支援砲撃をしていましたが……ついに浮上した所を主砲によって撃沈されたようです」

「これで潜水母艦はエピメテウスのみだな」

「……」

人類最後の方舟。

深海に潜み、最悪の場合は人類を再生させるための役割を果たすためのゆりかご。

ダメージコントロールを考えて、三隻が用意されたが。

ついにその内二隻までが撃沈された、ということになる。また一つ、人類は切り札を失った事になる。

「残存している海軍は」

「各国で苛烈な攻撃に晒されています。 空母機動艦隊はもうほとんど……」

「分かった。 もう一つの報告をしてほしい」

「南米リオデジャネイロにいた移動基地が、北米に来ました。 四川にいた移動基地も、北京に移動を開始した様子です」

とどめを刺しに来た、と言う事だ。

中華のEDFにも連絡しておくようにと指示は出しておく。

向こうには猛将項将軍がいるが、それでも撃破は厳しいだろう。タッドポウルの苛烈な攻撃に晒され続け、更に重装コスモノーツの猛攻で各地の基地は壊滅状態に陥っている。ストームチームの超人的な活躍で彼方此方の戦線で敵を撃破しているが。この物量の前には、もはや為す術がない。

報告を、少し前に受けた。

怪物が地上で繁殖を開始した、というものだ。

マザーモンスターが。一部の地域で、とうとう地上に卵を産み始めたらしい。

それだけ現状の地球の環境に適応しつつあると言う事だ。

飛行型が地上に巨大な巣を作っている時点で、時間の問題だと言う事は分かりきってはいたが。

それでももはや、手に負えない状態がきつつある。

地下には例の移動式転送装置を送り込み。

地上で堂々と繁殖を行う。

それだけの余裕が、プライマーに生じ始めているという事を意味している。

アフリカで散々実験を繰り返したのだろう。

それだけの余裕を、奴らに与えてしまったと言う事だ。

抵抗を続けてきたつもりだった。

だがそれも、もう潰えようとしている。

怪生物を撃ち倒す事が出来た。

今日本で準備しているバルガ部隊が稼働して、怪生物を全て撃破する事が出来たとしても。

まだまだマザーシップが健在なのだ。

とてもではないが、勝ち目があるないの話では無い。

その気になれば、敵はお代わりで怪生物や移動基地を投入してきてもおかしくは無いだろう。

敵も消耗しているはずだ。

そういう意見が如何に楽観的かは、リー元帥が一番分かっていた。

ため息をつく。

そして、久々にテレビ会議を招集する。

殆ど、将官は生き残っていなかった。

「先に連絡をしておきたい。 私が死んだ後の後任を決めておく」

「……」

皆、この時が来たかと顔に書いている。

当然だろう。

この戦況では、いつ総司令部が潰されてもおかしくない。そんな事は、皆分かりきっている。

最初の内は、近代戦は敵の司令部を潰さないのが基本だとか言っている奴もいたのだが。

プライマーにそんな理屈は通用しなかった。

「バヤズィト上級大将」

「はっ……」

エピメテウスの指揮官、司令官であり艦長でもあるバヤズィト上級大将。

潜水母艦の司令官は上級大将である事が決められていた。今まで二隻撃沈された潜水母艦の上級大将達は当然戦死している。

元帥に次ぐ特別名誉職であった上級大将だが。

大将が既に全員戦死している事もある。

もう、彼しか適任はいなかった。

「私が戦死した場合の、次の総司令官は君だ」

「了解です」

「最後まで希望を持ち、戦い抜いてくれ。 特にストームチームと、先進科学研は絶対に生き残らせるようにしてくれ。 頼むぞ」

「分かりました。 命に替えても」

敬礼するバヤズィト上級大将。

アラブ系と日本系のハーフという出自でEDFで戦歴を重ね。上級大将にまで上り詰めた歴戦の勇士。

年齢も47と指揮官としては充分に脂が乗っている時期だ。

かならずやり遂げてくれると信じている。

指示を終えると、大きく嘆息する。地下を移動し続けて来たが、移動基地が来たとなると。今までに無い苛烈な攻撃に晒されるのは確定。

北米全土が、陥落を覚悟しなければならない。

更に、怪生物が各地で姿を消していると聞いている。

バルガが立て続けにアーケルスとエルギヌスを倒したのを見て、対策を立てて行動し始めたと見て良いだろう。

ストーム1にいる凪一華の意見によると。怪生物を全部まとめて叩き付けてくるつもりではないのかという事らしいが。

充分にありうる。

決戦の舞台は恐らく日本になるだろう。

プライマーとしても、最後に小賢しく抵抗している日本のEDFとストームチームを潰せば、もう勝利は確定なのだから。

永く生きた。

もう思い残すことはあまりない。

せめて、移動基地の一つでも道連れに。

そうだ。

思い出す。一つだけ、移動基地を道連れにする方法があった。移動基地を道連れに破壊すれば、まだ希望が生じる。

総司令部の人間を集めて、作戦を伝える。

若い人間は、この作戦には参加させない。結婚している者も、子供がいる者もだ。

相手が無条件降伏すら受け入れる様子がない以上。

徹底抗戦以外に策は無い。

そして策が無い以上。

やる事は、限られているのだった。

今は、最後にこの命をどう使うか。リー元帥には、それだけだった。

 

(続)