終末の入口

 

序、空覆う悪夢

 

九州の戦線を壱野はストーム1の皆とともに転戦する。何カ所かで敵を撃破し、基地を救い。

包囲されている友軍を救出して。

そのまま、今度は長崎へ。この辺りは、対馬経由で大陸から主に人食い鳥が入り込んで来ている。

人食い鳥はアンカーやテレポーションシップからも投下はされていたのだが。

ここに至っては、既に壊滅した中華の幾つかの地域から、普通に空を飛んで流れ込んで来ているようだ。

坂が多い街だが。

戦いやすいもなにもない。

幾つかの戦線で勝利して、基地を救った。

それで、あの機嫌がいつも悪そうな大友少将も、どうにか支援部隊を出すつもりになったらしい。

今まで関東ばかり守りやがって。

そんな風に呟いているのも聞こえたが、確かに九州の戦線の悲惨さを考えると、無理もない話だ。

一応、レンジャー部隊が二分隊。フェンサーの一部隊。更にはタンクが二両来ている。

ただ。タンクに関しては、他が良かったかも知れない。

対空戦能力を有しているタンクだが。

空を覆う人食い鳥の数が多すぎるのだ。

奴らは周囲を気にもせず、飛び回っている。

見た所、三種類いる。

通常の個体。黄色い、少し小さな個体。そして青紫の、二回り大きな個体。

報告は受けている。

黄色い個体は飛ぶ事に特化していて、小さい分脆く、その代わり火力が高いそうである。

一方二回り大きな個体は鈍重だが、どにかくタフで、火力も非常に高いのだそうだ。

コロニストに彼方此方のパーツが似ている事もあって。飛行エイリアンと呼ぶ声もあるのだが。

その割りには、怪物以上に貪欲に人間をくらいにくる。

あれがエイリアンの亜種とかかと思うと、おぞましい話である。

「此方戦略情報部。 少佐です。 状況を確認しました」

「ふん、九州は見捨てたと思ったぞ。 やっと助けを寄越しおってからに」

「各地で戦線は破綻寸前です。 この間まで、ストーム1も苛烈な戦闘をずっと繰り返していました」

「わかっておる! それで!」

戦略情報部に大友少将が応じている。

頭の血管を切りそうな程に不機嫌な様子である。

兵士の間でも、不機嫌少将とか渾名を付けられているそうで。嬉しそうにしている様子を見たことがないとか。

千葉中将とも知り合いのようだが。いずれにしても、誰に対しても平等に常に不機嫌なので。

評判は悪いが。

一線を越えて評判が悪いことはなかった。

作戦指揮は粘り強くやっているようだし。むしろ壱野は大友少将に対しては、それほど不快感は感じない。

「以降、あの空飛ぶ怪物をタッドポウルと呼称します」

「タッド……なんだ」

「幼生体という意味です。 あれはコロニストの幼生体である事が判明しました。 しかしながら卵を持っていたり、或いは繁殖行動をしているコロニストは今まで確認されていません。 恐らくはプライマーは、戦闘用のコロニストとは別に。 コロニストの子を戦闘兵器として改造したのだと思われます」

「随分と姿が違うようだが」

「遺伝子データを先進科学研が研究したところ、あの後何度かの変態を経て、最終的にコロニストになるようです。 本来コロニストになるためには二十年ほどがかかるようなのですが……」

そもそも幼生体を放つというのは、どういうことか。

戦闘に、それだけ手が足りない、というのは違うだろう。

あの空飛ぶ人食い鳥。いや、タッドポウルは充分に高い戦力を持っている。他の怪物に遜色ないどころか、銀のα型辺りよりは明確に強い。

疑問には、戦略情報部の少佐が。あくまで仮説だがと前置きした上で応えてくれる。

「先進科学研の分析による仮説ですが、これは恐らくプライマーが地球環境に適応するための一端としてやっていることだと思われます」

「本気で地球に居座るつもりだというのか! ごろつきどもが!」

「必ず倒してください。 適応されれば、大きな脅威になります」

「もう少し戦力があればな……各地の基地を守るだけで手一杯だ」

悔しそうに大友少将が言う。

更に、付け加えてくれる。

「ストーム3が其方に向かっています。 到着次第、合流し、敵と交戦してください」

「了解」

「空飛ぶエイリアン……しかもあれはコロニストの子供なのか。 俺は九州に来て初めて見た……」

「俺はこの辺りの基地で戦ってるから、何度も見た。 食われそうになったし、夢にまで出て来やがった。 彼奴らはエイリアンの子供なんてかわいいものじゃねえ。 知的生命体ではなくて猛獣だ」

兵士達がぼやいている。いずれにしても、倒さなければならないのは確定だ。

それに、知的生命体というなら、コロニストもコスモノーツもそうだろう。

得てして、そういうものだ。知的生命体なんてものは、猛獣より野蛮で危険だったりするものなのである。

周囲を見回して、壱野は戦闘地点を決めた。

「あの場所まで後退。 自動砲座を展開し、敵を迎え撃つ」

「イエッサ!」

飛行するエイリアン、タッドポウルの弱点。

それは、奴らの炎は強烈だが、建物を。特に鉄筋コンクリートのビルを破壊するほどの火力はないということだ。

それを説明して、ビルが盾になることを告げる。

兵士達は、納得していた。

「確かに、奴らの炎でビルが崩れるのは見た事がない……」

「タンクとフェンサーチームは前に出て壁になってくれ。 近付く敵は、俺たちが迎撃する。 一華、ニクスの火力で編隊飛行する敵を撃滅してほしい。 三城、誘導兵器でそもそも敵を近づけるな。 弐分はいつもどおり最前衛で攪乱。 俺は狙撃に徹する」

すぐに役割分担。

兵士達も、ストームチームの話は聞いているのだろう。

すぐに的確な指示を受けて、そのまま動く。フェンサー隊は重厚な盾を構えて、前列に。

ただ。あの人食い鳥ことタッドポウルは、盾ごとくらいにくる。

だから、そもそも炎を防ぐのを主軸に考え、接近させないことを第一にする。

隊長をしている兵士が言う。

「その、ビルの中に隠れるのは駄目でしょうか」

「敵はビルの中にも正確に火焔をねじ込んでくる。 あくまで鉄筋が有効なのであって、ビルの中での戦闘は勧められない」

「分かりました」

「ただ、ビルそのものを傘にするのはいい。 敵の群れが突っ込んでくる様子を見たら、群れの突入角度を見て、敵の射線から隠れるようにしてくれ」

困惑する兵士達。

いずれにしても、戦闘を開始する。

真っ先に狙うのは、あの大きめのタッドポウルだ。ライサンダーZを叩き込んでやるが、確かに一撃で落ちない。

速度は遅いが、とんでも無いタフネスだ。

すぐに大量のタッドポウルが反応。

一斉に襲いかかってくる。

自動砲座が起動。

弾丸の雨を、雑多に向かってくるタッドポウルに向けて放ちはじめる。

その間、壱野は冷静に青紫の大型タッドポウルに二射目を叩き込む。二撃で、撃墜は出来る様子だ。

誘導兵器の射程内に来た。

三城が誘導兵器を起動して、一気にタッドポウルを叩き落としていく。あの青紫の奴以外は、それでぼとぼとと地上に落ちる。

比較的雑に放って雑に制圧出来る便利な兵器のように思えるが。

実の所、使える人間は殆どいないらしい。

三城にも話は聞いているし。

先進科学研からも話はされている。

だから、これはあくまで最新鋭兵器を駆使している、というだけだ。

落ちてもタッドポウルは大半が死んでいない。体勢を立て直すと、大口を開けて突貫してくる。

それを突貫した弐分が次々串刺しにしていく。

一華のニクスも、冷静にタッドポウルの群れを叩き伏せ続け。

盾を構えて戦列を作っているフェンサー部隊もしかり。

数がかなり多いな。

二匹目の大型タッドポウルが接近する前に落とした壱野は、そのままアサルトライフルに切り替えて、タッドポウルの殲滅に移行。

この間まで渡されていた三点バーストから、またフルオートに戻っている。やはり、この方が良い。

実はあの三点バースト、弾を無駄にしがちな兵士のために工夫したものだったらしいのだが。

それを使えるかどうか、試すのもストーム1の仕事なのだろう。

そう割切って、不満は飲み込む。

見る間にタッドポウルが減っていく。最前衛で攪乱戦をしている弐分に翻弄されているタッドポウルの群れだが、それでも弐分は機動戦を駆使して耐え抜いている。その負担を減らす。

ほどなく飛来するタッドポウルはいなくなるが、周囲に落ちた奴は彼方此方にまだ生きている。

背後に向けて射撃。

味方兵士を背中から襲おうとしていた一匹を撃ち抜く。そのまま、ビルの上から駆け降って来ようとしていた一匹も。

弾は一発だって無駄にしない。

数匹倒した時点で、どのくらい叩き込めば倒せるかは見切る。

三種類いるが、それでも同じ事。

また個体差が多少はあるが、それでも見切る範囲内にいる。

同じように倒して行く。

「よし、クリア。 補給を済ませてくれ」

「まだ飛んでいるように見えますが……」

「あれには補給後に仕掛ける」

「……」

兵士達は呻く。

周囲のタッドポウルが、攻撃されると反応するのは他の怪物と同じか。

タッドポウルが編隊飛行をするのには条件があるようで。今は少なくともそれを満たしていないらしい。

空を雑多に、多数が舞っている。

「レンジャー51、補給完了!」

「フェンサー班もだ!」

「此方一華。 ニクスも補給完了したっスよ」

「よし、次に仕掛ける」

即座にライサンダーZをぶっ放し、一匹を叩き落とす。

相当な数が反応するが、先に比べるとかなり少ない。

今のは実験だ。

あの青紫の大型は、反応する範囲も広いようだ。

ひょっとするとだが、犬笛のように人間に聞こえない音で警告を出しているのかも知れないが。

ちょっとそれの正否は分からない。

射撃を続けて、飛んできた連中を迎え撃つ。

順調に撃退出来ているなと思った時。成田軍曹から、通信が来た。

「此方成田! ストーム1、敵の増援です! 数分後に接敵します!」

「敵の種類は」

「タッドポウルの編隊です! 大陸から来たばかりの集団ですが、まっすぐ其方に向かっています!」

「……なる程、感じ取れた。 総員、指示通りの位置に移動してくれ!」

一華も指示通りの場所に動き始める。

周囲がビルに囲まれている、狭い路地裏に兵士達には逃げ込んで貰い。ニクスはビル街の真ん中にある大きめの道路に。

自動砲座は急いで再展開。兵士達の中心に。

フェンサー部隊も、路地裏に入り込んで貰った。その反対側を、タンクに固めて貰う。兵士達が直接食われそうになるのを避けるのと。対空火器をフルに生かすためだ。

その間、再展開を壱野が支援する。アサルトだけで残ったタッドポウルの群れを撃退して行くが。

全てを処理する前に、敵が来る。

翼で羽ばたいているのに、音速近くで飛んでいるのだ。

はっきりいって反則だろう。

残りを片付けながら後退、味方の方に急ぐ。

弐分は既に攪乱戦に備えて移動を終えていて。最後まで三城が誘導兵器で支援してくれていたが。

焦っていたのか、フライトユニットが緊急チャージを始める。

「三城、此処は良いから皆の支援を」

「分かった」

「空軍の支援があれば、多少はマシなんすけどねえ」

一華が愚痴るが。

それに対しては、無言しかない。

また、何度かタッドポウルの編隊に大きな成果を出したスプライトフォール衛星砲だが。それも簡単には恐らく使えないだろう。

「一華、衛星砲は」

「要請したけれど、却下されたッスね。 他の戦場で今ちょうど使ってるみたいッスわ」

「それならば、俺たちでやるしかないか」

「来た来た。 とりあえず編隊で飛んでいる間に可能な限り撃墜するッス」

ニクスの射撃音が響きはじめる。

地面に落ちた後もタッドポウルはまだまだ元気だ。息の根を止めない限り動き続ける、恐ろしいタフネスを誇る。

これは成体のコロニストが、手足をちぎってもまた生えてくるのと同じなのだろう。

とんでもなく生物としてタフなのだ。

或いは、この仕組みをアーケルスに生物兵器として組み込んでいるのかも知れない。或いはコスモノーツにも。

ともかく、今できる事は。

横やりを入れられないように、大量のタッドポウルを殺し尽くす事だ。

向こうでは戦いが始まっている。

ばたばたと落ちていくタッドポウル。自動砲座での迎撃。弐分と三城が落ちてきた敵を掃討。

だが、それでも感じる気配が多すぎる。

さがりながら、二度目に釣った敵の撃滅を確認。

だが、落としきれなかった編隊飛行していたタッドポウルの群れが、壱野の上空で拡散。

炎を噴きながら、急速落下してくるのが見えた。

急いで走りながら、着弾点を避け。更に落ちてきた奴を射貫いて倒して行く。

この様子だと、相応の数を引きつけられたはずだ。

それだけ他の味方の負担が減る。

それはとても良い事だと判断するべきだろう。

四方八方からタッドポウルが襲いかかってくるが、その気配を察し、時間差で各個撃破していく。

また、飛び立とうとする奴。上空にいる奴は、優先的に叩き落とす。それを続けながら下がり。敵を削りつつ戦闘を続行していく。

手堅いやり方だが。

これ以外にしらない。

兵法とは元々地味なものだ。

射撃を続けている内に、味方のレンジャー部隊が路地から顔を出す。そして、支援射撃をしてくれる。

タッドポウル達が次々に撃ち抜かれるが、それでも撃破効率があまり良いとは言えない状況だ。

射撃を続行。

次々に撃ち倒す。

「此方成田! ま、まだ来ます! 更に多くの群れが、其方に向かっています!」

「何て数だ!」

「繁殖しているんじゃないのか!?」

それはないだろうなと、壱野は思う。

というのも怪物もそうだが、これは尋常な生物ではない。明らかに改造をされていると見て良い。

両生類、という生物について。一華に少しこの間聞いた。

わずかに生き残っている現生種は、かなりの数の卵を産んで、それの成長を天に任せるという。

つまりそれは、弱い生物の生存戦略だ。

コロニストは、恐らくかなり強力な生物の筈で。

大量の子孫を残すとは考えにくい。

似ているといっても、生態はかなり変わってきているだろう。

「同じ位置で戦闘を続行! そこが一番、被害を抑えられる筈だ!」

「い、イエッサ!」

「此方、ストーム3。 現着」

良い所に来てくれた。

壱野も追いすがって来る怪物を叩きながら、皆と合流。道路に出ると、今丁度編隊飛行して向かってくる大軍が見えたところだった。

凄まじい数だ。

これは、とてもではないが。あの大型生物の繁殖形式ではないだろう。

仮にそうだとしても。

だとしたら、コロニストの生存していた惑星は、どれだけ過酷な場所だったのか知れないし。

そんな環境だったと仮定しても。

恐らくエサが足りないだろう。

元グリムリーパー、ストーム3が来る。ジャムカ大佐が、通信を入れてきた。

「凄まじい数の敵だ。 地獄を楽しんでいるか?」

「俺は何とかなるでしょう。 ですが他の兵士達を守らなければなりませんので」

「ふっ。 お前はメサイアコンプレックス持ちには見えないのだがな」

「出来る範囲でやれることをやっているだけです」

面白い奴だ。

そう言うと、ジャムカ大佐は合流し、そのまま前衛に突出していく。他の隊員達もそうだ。

ジャムカ大佐も、既に相当数、タッドポウルとの戦闘を経験している。

ストーム3は、タッドポウルとの戦闘におけるスペシャリストと行っても良い実績を積んでいるようだ。

実に頼もしい。

そのまま、戦闘を続行し。

最後のタッドポウルを撃墜したのは、夕方だった。

最初に合流した兵士達は、全員が負傷していた。食われかけて、空に連れ去られそうになった兵士もいた。

間一髪で救助したが。

その兵士は、戦闘開始前に食われそうになったと嘆いていた兵士だった。

キャリバンで手当を受けている。

もう少し、反応速度などを磨けていれば。

そう思ってしまう。

流石に三城は限界のようで、迎えに来た大型移動車に引っ込むと、其処で座り込んで休んでいる。

成田軍曹も、相当に参っているようだった。

「ありがとうございます。 かなりの数のタッドポウルを削る事が出来たようです。 この規模のチームの戦績とはとても考えられません」

「他が多少はマシになるならそれでいい」

「……はい」

もう、それでどうにかなる戦況じゃない。そう告げられているのも、同じだった。

ストームチームを結成して。そしてアーケルスも倒した。だが、アーケルスを倒す手段に辿りついたのが、遅すぎたのかも知れなかった。

 

1、翻弄

 

東京基地に三城は戻る。

ますます多数のバルガが運び込まれている。話によると、既に安全と言える基幹基地は、東京基地だけらしい。

米国の基幹基地は、どこも間断なく攻撃を受け続けていて。

中華は更に状況が悪いとか。

インドなどは、既に地上の基地の大半を放棄。地下に潜っての、ゲリラ戦に移行している様子だとか。

というのも、電子戦機であるインペリアルドローンが多数展開していて、状況が飛び飛びにしか分からないそうである。

また、三城から見ても。マーク1以外のバルガは、突貫工事で動くように仕上げている、ようにしか見えない。

ウォーバルガなどと銘打って、戦闘用のものだとアピールはしているが。多分これでは、マーク1と性能は大して変わらないのではあるまいか。

マーク1はというと、ダン中佐が乗って戦地に赴いたようだ。

生還出来るといいのだが。

一瞥だけして、自室に戻る。

いつ次の任務が来るかも分からない。

ベッドに転がって、ぼんやりする。

輸送車に積んであるクラゲのドローンを持ってくるべきだったかな。そう思ったけれども、どうにもそんな気にすらなれない。

疲れているだけだ。

疲れると、何もかもがおざなりになる。

分かっているが、悲しい事だ。

無言で目を閉じて、少しでも休んでいると、外しておいていたバイザーが鳴る。一華がつけてくれた機能である。

本部は黙認している様子だ。

バイザーをつける。大兄からだった。

「ねむっていたか、三城」

「うん」

「すまないな、仕事だ。 栃木の山間部で、突如不可解な数の怪物が湧出した。 現地の部隊が無人機を突入させたが、巣穴が小さく、マザーモンスターが入り込んだ形跡はないらしい」

「……わかった。 いく」

起き上がると、最低限の身繕いだけする。

関東に敵はどんどんちょっかいを出してきている。

九州で転戦して、危険だった戦線をことごとく回って。攻めこんできているディロイ部隊を含め、多数の敵をここしばらくで撃破してきた。

地区司令官の大友少将は、ずっと不機嫌そうだった。

それはそうだろう。

こんな戦力がいるなら、どうしてこんな状態になるまで回してくれなかったのか。そんな風に、千葉中将に食ってかかっているのが聞こえてきていたほどだ。

だが残念だけど。ストーム1は四人で行動して真価を発揮できる。

三城だけ行っても、活躍は出来なかっただろう。

四人で一人前と言うべきなのかも知れない。

大兄だけは、或いは違うかも知れない。

だが、三城は違う。

大型移動車が来ていたので、乗り込む。補給車と、デプスクロウラー。ニクスも乗せられていた。

洞窟任務か。久しぶりだな。

そう思いながら、説明を聞く。

「出現している怪物はα型と飛行型です。 近くにはアンカーもなく、エイリアンが活動していた形跡もありません。 内部調査を行って、可能なら怪物を撃滅してください」

「了解。 現地でも突入作戦の準備を急いで欲しい」

「分かりました」

大兄は冷静だ。

長野一等兵が、一華に説明をしている。

「装備の幾つかが刷新されている。 機銃については、更に火力が上がっているようだ」

「うーん、問題は足回りっスねえ」

「それについても改良が入っているらしい。 戦地で試してみてくれ。 俺の分かる範囲で、メンテナンスはしておいた」

「いつも有り難いッス」

小兄は、無言でいる。

補給車に積んでいるクラゲのドローンを取りだして、ぎゅっとしていると。誰も話しかけて来なくなる。

これが随分とすっきりする。

やっぱり。寝る前に持ち出してくるべきだったか。

そう思って、しまい直すと。

大兄が話しかけてきた。

「戦闘データが送られてきた。 共有する」

「……みょうだね」

「ああ。 この穴の大きさからして、どうしてこの数の怪物が出現する。 内部にマザーやクイーンはいない筈だ」

「穴のサイズが微妙で、デプスクロウラーしか入れないッスねこれ。 まあそもそも、穴から出てきた怪物を掃討するためにニクスが必要ッスけど」

その通りだ。

現地に到着。東京基地から先行していた戦車部隊と歩兵部隊、それにニクス数機が既にいた。

こんな近くに敵の巣穴が不意に出来たのなら、多少無理をしても兵を出すだろう。

敬礼をしてくるのは、ベテランらしい部隊だった。

「ストーム1。 今回、突入作戦を一緒にさせていただきます」

「よろしく。 まずは穴から出てきている敵の掃討からだな」

「はい。 後方で待機していても」

「いや、我々も参加する。 被害はあらゆる形で可能な限り減らしたい」

大兄らしい答えだ。

別に博愛主義者でも、地球を救おうと思っている訳でもない。大兄の願いは、道場の復興。

これは今でも変わっていないはずだ。

それを身勝手と言う奴もいるかも知れないけれども。

人類が滅んだら、そもそも道場を復興も何も無いし。

プライマーがいる限り、それもまた出来ないししても意味がない。

だから戦う。

三城もそれでいいと思う。

既に戦闘は開始されている。

α型の群れは、タンク部隊の整然とした射撃をくらって足を止めており。更に飛行型も、ニクスに次々に叩き落とされている様子だ。

ネグリングがいないな。

そう思ったが、この間のベース228基地での戦闘で。無理に制空権を取るために、殆どが消耗し尽くしたらしい。今では生き残りも、ドッグで修理中だそうだ。

東京基地のメカニックが、過労死しないか不安である。

そのメカニックすら、前線に引っ張り出されかねない戦況なのである。

戦闘に参加する。

一華が最前列に出ると、機銃で敵を薙ぎ払い始める。

足回りは確かに更に改善されているようで、かさかさと凄い勢いで歩いた。中々に大したものである。

跳躍も試しているようだが。一華は満足げだ。

「やーっとこれはニクスの完成形になったッぽいッスね」

「ワンオフ機に近いそうだ。 データを出来るだけ取ってくれ」

「了解ッス」

完成形か。

そうなると、更なる強化には恐らくニクスの世代を次に上げなければならなくなることだろう。

小兄も続けて前線に躍り出ると、α型を薙ぎ払い始める。

大兄は狙撃で敵を確実に削り。

三城も敵を中空から、雷撃銃で薙ぎ払う。

味方部隊の奮戦もあって、怪物達は次々に蹴散らされ。まもなく、地上に出ていた敵は消滅した。

すぐに突入部隊が来る。

「流石です。 突入作戦を開始します」

「了解。 我々から、くれぐれも離れないでほしい」

「イエッサ!」

ストーム1の戦闘画像は、兵士達の間でかなり出回っているそうだ。

あれはおかしい。CGかなにかの合成映像だという陰口もあるそうだが。

実際にアーケルスを倒している事や。

同じ戦場に立った兵士が、むしろあれは大人しい方などという証言もしている様子で。いつもの大本営発表とは違うと、概ね好意的よりに受け入れられているらしい。

それに、皆希望がほしいのだろう。

この戦況だ。

何か、希望が無ければやっていられないのかも知れない。

無線を聞いていた大兄が、告げてくる。

「三城。 あの河野というウィングダイバー、戦死したようだ」

「そう……」

「歪んだ成功体験があんな性格を作り出してしまった。 ある意味、スクールカーストなどというものが正当化される環境を作り上げた連中による犠牲者だったのかもしれないな」

大兄は優しいな。

そう三城は思う。

同じ状況ならざまあみろと思う人間の方が多いだろうし。三城も、あまり今の言葉に興味を抱けなかった。

大兄はなんだかんだで、助けられる範囲の人間は助けている。

だからこそ、今の言葉が優しいと感じられるのかも知れない。

デプスクロウラーにPCを積み替えた一華が来る。流石にこの短時間で新型は用意できなかったらしい。

この間の228基地の地下に乗り込むときに使ったのと、同じ基地だ。

コンテナも引っ張っている。

輸送車を地下には持ち込めないし、これは仕方が無い事なのだろう。

そのまま突入を開始。

それほど長くもない通路の先に。

短時間で突貫工事したらしい、細長い通路と。広い空間が拡がっていた。

小兄が、通路の強度を踏みつけて確認しながら言う。

「怪物の数はそれほど多くないな。 大兄、どう思う」

「やはり女王個体もいない。 見回す限り、アンカーもない様子だ」

「見てください!」

一緒に来た兵士が指さす。

何やら、光っているものがある。殆ど反射的に大兄が狙撃。向こうで火を噴いて、それが壊れるのが分かった。

怪物が、わっと現れる。

今までは確実にいなかった。

「さがって囲まれないように陣を組んでくれ。 弐分、三城、攪乱戦を頼む!」

「了解!」

「わかった!」

言われたまま、兵士達がさがってデプスクロウラーも射撃を開始する。α型と飛行型ばかりである。

数も、凄まじいと言うほどではない。

フライトユニットも改良が重ねられている。飛行型を相手に壁を蹴り、場合によっては天井も蹴って飛行技術の粋を尽くしながら。ランスと電撃銃を叩き込んで、確実に一体ずつ撃破していく。

小兄もブースターとスラスターを同時に噴かして、飛行型を翻弄。α型に至っては、時々足場にしている。

攪乱される敵は、大兄の射撃のエジキだ。

しかも、大兄が狙わない敵は、だいたいデプスクロウラーの正面に集まって来ている。それらを駆逐しながら、少しずつ様子を確認する。

ライトが照らした方向に、一瞬金属光が見えた。

「大兄、今の映像」

「共有。 なるほど、そこか」

また狙撃。

破壊音がした。

怪物がまた沸いてくる。だが、数は確実に減っている。

だが、こう言うときが一番危ない。有利になったと思った瞬間に、怪我をする事は多いのだ。

そのまま、苛烈な戦いを続ける。

洞窟の中を立体的に飛び回り、苛烈な戦闘を続行。飛行技術がどんどん上がって来ているのが分かる。

そういえば、河野の飛行技術について、少し見たけれども。

大会でやっていた飛行技術と、殆ど進歩していないのを見て驚かされた。

ジャンヌ大佐が、味方を盾にして生き残るようなことを何度もしていた、というような事を言っていたが。

それでは進歩しないのも当然だろうか。

確かに大兄の言う通り。

スクールカーストなんてもので歪んだ成功体験を積んだ結果、産まれてしまったモンスターなのかも知れない。

だとしたら、確かに犠牲者なのだろう。

ただしその犠牲者に、盾やおとりにされた人達の事を考えると、三城は大兄ほど優しくはなれなかった。

敵を駆逐したので、前進を開始する。

至近距離で、それを見つけた。

なんだか、機械で作られたフジツボのような代物だ。そして、そこからわっと怪物が沸いてくる。

至近距離だが、パニックになりかける他の兵士達の前に出ると、大兄が速攻で敵を制圧する。

それで、味方がパニックになるのは避けられた。

千葉中将が呻く。

「な、なんだこれは……」

「恐らくですが、別種のテレポーションアンカーかと思われます。 形状などから考えて、或いは地中に潜って、自動的に地下空間で怪物を発生させるのに適した地点を見つけるのかも知れません」

「なんだと! そんなものを野放しにしたら……」

「今は情報収集を最優先してください」

千葉中将が嘆くのが聞こえる。

気持ちは分かる。こんなものが大量にばらまかれたら、もはやどこに怪物が現れても不思議では無い。

それこそ東京基地の隣にも、だ。

とにかく、機械はその場で破壊してしまう。幸いなことに、非常に脆い様子で、すぐに壊れた。

だが、機械を壊すと、わっと怪物の気配が沸く。

要するにこの機械への攻撃が。怪物転送のトリガーとなっているわけだ。それだけではない。

放っておいても怪物は出てくる。

いずれにしても、厄介極まりない話だった。

「一旦後退して、敵を迎え撃つ。 飛行型に飽和攻撃を受けたら、デプスクロウラーが耐えられない」

「イエッサ!」

「弐分、三城、飛行型の足を止めろ。 α型は数を減らしている。 俺だけでどうにかする」

大兄はそのまま、足を止めて射撃を開始。狭い通路を渡ってくるα型を、どんどん叩き落としていく。

飛んでいて、見つける。

死角になっている場所に、また機械がある。

大兄に、映像を送る。

「三城、破壊出来るか」

「やってみる」

「頼むぞ」

飛行型が来るが、大兄が支援射撃して叩き落としてくれる。

三城は飛行技術の粋を尽くしながら飛び、少しずつ高い所へと移動して行く。

間違いない。

これも例の機械だ。

電撃銃を浴びせて、破壊してしまう。破壊と同時に、大量の飛行型が出現したが。電撃銃で飛ぶ前に焼き払ってしまう。

不意に、飛行型が真横に現れたが。通路をつかって視界の影から来ている事は分かっていた。

針を放つ前に、ランスで撃墜する。

ばらばらになって、虚空へと飛行型は落ちていった。

「敵撃墜、完了」

「嫌な予感がする」

「!」

「弐分、三城の所まで急げ。 俺たちは全速力で前進!」

大兄の勘は、当たりすぎるほど当たる。

そして、三城も、一瞬遅れてぞくりと来た。

壁から、大量のあのフジツボみたいな機械がせり出してくる。小兄が飛んできた。どうやら、この巨大空洞の支柱になっている壁に、たくさん埋まって隠れていたらしい。

出現するのはα型β型。α型には赤いのもいる。

即座に電撃銃を浴びせて、片っ端から機械を破壊する。走りながら、大兄も狙撃して機械を次々と粉砕してくれている様子だ。

だが、一度沸いた怪物はどうにもならない。

「俺が引きつける! 三城、機械の破壊に専念しろ!」

「小兄、たのんだ」

「任されたっ!」

そのまま、機械を片っ端から破壊する。大兄も、螺旋状になっている細い通路を味方とデプスクロウラーと駆け上がりながら、支援をしてくれる。

柱の全周に機械が出現しているとなると、フライトユニットのエネルギーがもたない。赤いα型が多すぎて、着地したらその瞬間に狩られる可能性が高い。

だが、それでも隙を見つけて着地し。

がっと襲いかかってきた赤いα型の攻撃を、とんぼを切ってかわす。

此奴に食われたら、文字通り真っ二つにされてしまう。だから、結構危なかった。そのまま、ランスで赤いα型を粉砕し。

バックステップを繰り返しつつ、フライトユニットのエネルギーをチャージしていく。

大兄の方にも、怪物が到達しつつある。

三城が頑張らないと。まだ、かなり転送装置らしい機械はある。

「ストーム1、無理なようなら撤退しろ。 今、君達を失う訳にはいかない!」

「千葉中将、問題ありません。 確実に敵を倒して生還します」

「本当か……」

「何とかします」

そう言われてしまうと。

奮起せざるを得ない。

体勢を低くして、飛ぶ。α型の群れをつっきる。何度か地面を蹴って更に加速し、噛みついてきた赤いα型の顎を蹴って跳躍。

そして、ランスで機械を一つ粉砕。

壁を蹴ると、空中に。

電撃銃に切り替えて、自動落下しながら四つ、機械を粉砕していた。

怪物がかなり減ってきている。

小兄が、阿修羅のように奮戦しているからだ。

だが、それでもまだ追加が来ている。どこだ。

新しい気配。

上。

かなり見えにくいところに一機あった。

一旦飛ぶ事に注力。壁に向かって飛び、壁を蹴って飛行距離を稼ぎ。そのまま上を目指す。

フライトユニットで飛ぶというよりも、壁を走るのを手伝って貰う。

飛ぶだけじゃない。

フライトユニットは、こうやって活用する事だって出来るのだ。

壁から跳躍。

怪物が出現。α型。酸を飛ばしてくるが、当たってやるか。

そのまま、雷撃銃を叩き込み。機械を粉砕する。これで、もう全て転送装置らしき機械は破壊出来た筈だ。

ゆっくり降りながら。まだ戦っている怪物を撃ち抜いていく。

着地と同時に、小兄が赤いα型をスピアで貫いていた。そいつが、最後の一体だった。

「クリア。 洞窟内の怪物を殲滅した」

「ストーム1、よくやってくれた……」

「これより先進科学研の調査チームを向かわせます。 疲労しているところすみませんが、護衛をお願いいたします」

「了解」

大兄が、ふうと息を吐く。

一緒に来ていた部隊には負傷者が何名か出ていたが。外にはかなりの規模の部隊が来ている。

当然キャリバンもある。

「一華、負傷者の後送を頼む」

「あい。 それにしても、相変わらず人外じみた勘ッスねえ」

「俺からして見れば、その操縦技術はとても真似できないがな」

「同感」

三城も、一華は自分を過小評価しすぎだと思う。

一華は何も言わずに戻っていく。

三人だけになったので、怪物の死骸だらけの中座り込む。周囲の気配を、しっかり確認しておきたかった。

お代わりで、転送装置が地中から現れるかも知れないからだ。

「最後のはお手柄だったな三城。 それにフライトユニットをもうお前が一番使いこなしていると思う」

「それは、まだわからない。 でもありがとう」

「ああ。 俺たちの自慢の妹だ」

そう言ってくれると嬉しい。

だけれども、今はそうやって家族団らんをしている暇は無い。

程なくして、先進科学研の調査チームが来ると言う連絡が来た。入り口近くまで迎えに行く。

内部には怪物の死体だらけである。

ろこつに、不慣れそうな若い調査員は顔をしかめていたが。黙々と、機械の残骸の所まで行くと、回収をしていく。

また、ソナーなどで地中の構造なども確認している様子だ。

地中の状態は、様々な方法で確認できる。勿論それなりの装備や設備が必要になってはくるが。

先進科学研は、当然それを持っている。

作業をしている周囲を、護衛する。

外の部隊が襲われる可能性もある。それに備えなければならない。

一華が戻って来た。

「自動砲座、どうするッスか。 回収しておくなら、もう回収するッスけど」

「そうだな。 一華はどう思う」

「……自分がプライマーだったら、もう此処は放棄するッスね。 これだけ目をつけられたら、怪物を送り込む拠点としては再建は無理っスわ」

「俺も同感だ。 俺たちがいざという時に備えて残るから、機材類などは回収をしてしまってくれ」

頷くと、一華は黙々と作業を開始する。

出入りする機密マークの小型車両。それに、先進科学研の調査員がどんどんデータを運び込んでいる様子だ。

周囲を無心に警戒する。

どうやら、一華の考えが当たったようである。新手が来る様子はない。

「回収は完了です。 撤収します」

「了解。 此方も撤収する」

「念のために、この空洞は爆破します。 撤収後は離れてください」

戦略情報部の少佐がそんな事を言うが。

多分今後は地下シェルターの方が重要なはずだ。

残しておいた方が良いように三城は思ったが、まあ確かにまた怪物の転送装置を送り込まれる可能性もある。

破壊した方が良いだろう。反発する理由も、あまり大きくは無かった。

最後まで護衛をしっかりすませ、巨大な怪物の巣穴を出る。

そして、爆破にも立ち会った。

幸い、弾丸や爆弾は足りている。

それだけ、戦前の人類が殺戮用の兵器だけは蓄えていたという事である。それもまた、複雑な話だった。

 

2、凡人の戦い

 

ダン中佐は、どうにもならなくなっている中華の戦線に来ていた。元々EDFは各国の軍を統合合併した経緯がある。このため、成立当初は派閥争いがかなり苛烈で、それが「紛争」を過酷なものとした要因の一つでもあった。

陰湿なことで知られる戦略情報部のトップ「参謀」だが。

少なくとも参謀は、その手の利権解体にはとても巧みで。

自分の利権はしっかりまもりつつ。

各国の軍をそれぞれ再配置していくことにより、今まで存在していたコネなどの一部解体を行い。

更には人員の抜擢や給料の見直しなどを行って。

EDFという軍隊が、しっかり機能するように仕上げた。

あくまでそれは側面ではある。

実際問題、参謀の陰険さは結構有名なのだから。

いずれにしても、今中華は。

劉中将がほとんど表に出たくないと公言している程の戦況で。

ダン中佐がバルガとともに到着した戦場では、ねむっているエルギヌスを遠巻きに、うんざりした様子で部隊が様子を見ている有様だった。

敬礼して、挨拶をする。

項少将がくる予定だったのだが。今回来ているのは、違う人物だ。孫少将という。この人物については聞いている。

余り良くない噂ばかりだが。

ただ、噂は噂。

実際には、側で見極める必要があるだろう。

「ダン中佐です。 怪生物を撃破した実績のある兵器とともに現着しました」

「孫少将だ。 通称鉄屑か。 本当に大丈夫なのかね」

「映像は見せたと思いますが」

「あれはプロパガンダ用のPVではないのかね」

違うと言うが。

それも、疑っている様子だった。

本当は、凪一華少佐がもっとデータをとり。それから調整を入れて、ダンが乗るべきだったのだろう。

しかしながら今、旧村上班、現ストーム1は。

各地の戦場で引っ張りだこだ。

それだけ戦況が悪いという事であり。

凪少佐も、ニクスを駆ってあり得ない数の敵との戦闘を続行しているだろう。

とてもではないが、こんな余技みたいな事に、引っ張り出している暇は無い。

ダンのような凡人が。

エリートではあるが、技量はストーム1に比べて著しく劣る人間が。

どうにかやってみせなければならないのだ。

「味方の戦力は」

「一応、破壊を免れているタンク12両、ニクス三機を連れてきている。 だが、いずれもメンテが不十分だ」

「了解です。 バルガはちょっとやそっとの攻撃では壊れません。 攻撃行動に入ったエルギヌスに対して、それを防ぐように火力を集中させてください。 その際バルガを巻き込んでもかまいません」

「……何とかやってみるが、失敗しても助ける余裕は無いぞ」

かまわないというと、やっと孫少将は安心した様子だ。

なるほど、これは評判が悪いわけだ。

今のも、別に現状から考えれば、ごく当たり前の事を言っているに過ぎないが。それにしても、この状況で口にする言葉ではないだろう。

自分の保身にばかり熱心な奴。

そういう悪評が立つのも、やむを得ない話なのだろうと思う。

無言でバルガの元へ行く。

エレベーターの慣性がきついとレポートにあったが、確かにぐんと上に持って行かれる感触がある。

そのままコックピットまで移動。

一応先進科学研が、凪少佐の提供してくれたデータを元に組み、プログラムも仕込んだPCが既に接続されている。

今後何とか戦えるようにまでした「ウォーバルガ」に対しても、同様のPCを積み込み。プログラムを仕込むそうだ。

まあ、そうでもしないととても凪少佐同様には戦えない。

いや、それでも凪少佐の半分程度くらいの戦力にしかならないだろうか。

ちなみに、現時点では脱出装置は無い。

特に怪物にバルガが撃破された場合。

死ぬしか無い、と判断するしかないだろう。

システム起動。

周囲に分かるように、叫ぶ。

「バルガ起動。 バトルオペレーション!」

「各員展開。 バルガを援護するようにフォーメーションを組め」

やる気がなさげな孫少将の言葉に、若干練度が低い部隊が展開を開始する。

ニクスは特に重装型と軽装型の悪い所を足したような動きをしている。損耗が激しすぎて、本当にまともにメンテナンスが出来ていないのだと一目で分かる。

それでも、なんとかやるしかない。

歩み寄る。同時に、何とか孫少将が、援護のための陣形をくみ上げる。

エルギヌスが、揺れを感じて起きだしたようである。

それだけで、バイザーに味方のおののきが伝わる。

「EMCもなしでエルギヌスとやるのかよ!」

「例のストーム隊は通常火器で倒したらしいが、あれは例外中の例外だ! 普通に出来る事じゃねえ!」

「とにかく、あのデカブツを援護しろ! 負けたら俺たちも逃げ切れないぞ!」

「ちっ。 いちいち取り乱しおって……」

舌打ちする孫少将。

陰険な性格が伝わってくる。

まあ、指揮さえしっかりしてくれればそれでいい。

前に進む。

エルギヌスも、じっとバルガを見ていたが。程なくして、敵として認識したようだった。

ニクス乗りとして名を馳せたダンも、流石にここまでサイズが違う人型はちょっと勝手が違うが。

だが、それでもやらなければならない。

体勢を低くすると、突貫してくるエルギヌス。

拳を振り上げ、両手を組み合わせると。

タイミングを合わせて、エルギヌスの脳天に振り下ろしていた。

タイミングは完璧とはいかなかったが、それでも超質量がエルギヌスの脳天をたたき割る。

文字通り地面に叩き付けられたエルギヌス。

それに、確かな手応え。

これは、効いている。どうやらアーケルスだけではなく、エルギヌスにも充分な戦果を出せる様子だ。

立ち上がろうとするエルギヌスに、追撃の右拳を。バルガの上半身を回転しながら叩き込む。

本当は左拳も叩き込みたかったのだが、恐らく間合いが微妙だったのだろう。ただ、右拳だけで充分で、立ち上がった所を思い切り吹き飛ばされたエルギヌスは、吹っ飛んで転がった。

おおと、兵士達が声を上げる。

バルガの足を上げ、エルギヌスの尻尾を思い切り踏みつけた。跳び上がろうとするエルギヌスに対して、完璧なタイミングでさっき外した左を叩き込む。

尻尾が引きちぎれ。大量の鮮血が噴き出す。

エルギヌスは蹈鞴を踏み、怒り狂って電撃を蓄え始める。少し距離があるか。

データを取るように言われている。別に喰らってもかまわないし。

今後怪生物との戦いになる事を考えると。エルギヌスの得意な雷撃を受けて一撃沈黙するようなら。

バルガは元から駄目だった、と言う事だ。

味方部隊が必死にエルギヌスを攻撃するが、尻尾をちぎられて余程頭に来ているのだろう。

無視して雷撃を叩き込んでくるエルギヌス。

びりびりと機体が揺れたが。

アラームは点灯していない。

E1合金の装甲は複合になっていて。絶縁体が入っているらしいのだが。

それによるシャットアウト効果だろう。

とはいっても、それにも限度がある。

ダメージは、ある筈だ。

むしろサイドステップして、回り込もうとしたエルギヌスが。叩き込まれる砲撃で、足を止めたのが大きい。

全周スクリーンで動きを確認しつつ、確実に歩み寄る。

エルギヌスはかわそうとするが、尻尾を引きちぎられたのが災いして、上手く動けないようである。

踏み込むと同時に、凪少佐も使っていた大ぶりからの拳を上から叩き込む。

凄まじい一撃が、エルギヌスの頭をたたき割る。

エルギヌスが再び地面に叩き付けられ、大出血した。

EMCによって撃破されるときに体が紫に鬱血していく事は知られているエルギヌスだが。既に全身がそうなりつつある。

立ち上がったエルギヌスが、最後の反撃とばかりに、体当たりを仕掛けて来る。

揺れは小さいが、機体の傾きはそれなりに大きい。

更に千切れているとは言え、尻尾を叩き込んできた。

まあ、尻尾を持っているなら使ってくるか。

オオトカゲや蛇でも、尻尾を攻撃活用する種類はいると聞いている。

エルギヌスのあの立派な尻尾は、動くためのバランスを取るために使っているものなのだろうが。

それでも攻撃には仕える筈だ。

象の鼻などもそうだが。

あれは筋肉の塊なのだから。

バルガが踏みとどまる。

かなりの負荷が掛かるのが分かった。アラームが鳴る。

黄色のアラームは、損傷部位あり、のものだ。

赤いアラームは、バルガが破壊される危険有り、になる。

いずれにしても、未完成のまま戦場に繰り出されるウォーバルガに乗る兵士達の事を考えて。

少しでもデータを取らなければならない。

「行くぞ! 地球に来た事を後悔するんだな!」

最後の反撃をしたエルギヌスに、踏みとどまったダンはそのまま、下段からのカチ上げを叩き込む。

凪少佐も両手でのカチ上げは失敗していた。

だがダンは、両手で上手いこと、エルギヌスを思い切りたたき上げる事に成功した。

文字通り竿立ちになるエルギヌス。

完全に、グロッキーになっている。

更にとどめと、回転しながらの拳を叩き込む。

両手が今度はヒットし。二回目に当たった左拳は、特に相手の首をへし折る手応えが確かにあった。

おおと、喚声が上がる。

何度かふらついた後、どんと倒れるエルギヌス。

その体は青黒く鬱血していて。

やがて、再生力を超えたダメージを受けたからだろう。全身は崩れていくのだった。

バルガのダメージを確認する。

何とか、もう一戦、二戦はいけるだろうが。

いずれにしても、今回はこれで充分だ。戦闘データを持ち帰るのが先である。

周囲にエルギヌスを守ろうと怪物が来る事はなかった。少なくとも展開しているスカウトからの連絡は無い。

バルガから降りると、孫少将がさっきとは真逆の満面の笑顔でまっていた。兵士達も、概ね好意的な視線を向けている。

「いやはや、素晴らしい! 本当にEMCなしで怪生物を、しかもあれ一機だけで倒すとは!」

「いえ、かなり苦戦しました。 パイロットの技量によっては負ける事もあり得るでしょうね。 これは、もっとデータを取らないといけないと思います」

「それならば、エルギヌスがまだ中華にもう一匹いる」

「……検討しましょう」

いずれにしても、近くにある基幹基地の一つ。重慶基地に移動する。

此処は激戦地で何度も怪物に攻めこまれた事があるのだが。項少将が迎撃して、とったり取り返したりを繰り返している場所だ。

そのため基地設備もかなりやられているが。

バルガを運び込んだ後。既にバルガを修復し慣れているスタッフが、すぐに対応をしてくれた。

「此方ダン中佐。 ミッションオーバー」

「よくやってくれた」

「……参謀」

「戦略情報部でもバルガには着目している。 スペシャルの人員以外でも、怪生物を倒せるかも知れないと言う意味でな」

まさか参謀が直接連絡してくるとは。

ダンも参謀とは面識がある。今、ストーム2のリーダーをしている荒木同様、肝いりの一人だからだ。

将来の幹部候補をどうやって選出しているのかはよく分からない。

だが、苛烈な訓練を受けて肝いりとして選別されていき。

そして各地の戦場で軍曹から軍務を経験していき。

最終的にEDFの幹部として、現場もしっかり知っている指揮官として完成する。それを期待されている人材だ。

残念な事に、肝いりも戦場で多くが戦死しており、今生き残って活躍しているのは荒木とダンを除くと少人数しかいない。

肝いりとして軍曹に就任したとき。

参謀から、それぞれ声を掛けられたことを思い出す。

老獪というよりも妖怪じみた老人で。

事実妖怪と渾名されていることは、ダンも知っていた。

「今回は、エルギヌスのメイン武器である雷撃を受けてもバルガが即座に破壊される事はないということが理解出来ただけでも価値のある勝利だった。 中華に今、展開しているエルギヌスがもう一体いる。 孫少将からの要望があったようだが、倒してくれるかね?」

「それは勿論。 ただ、中華にいたエルギヌスは二体でしたか?」

「最近怪物やコスモノーツとともに、ロシアから南下してきた個体だ。 移動を続けていて、北京を狙う動きを見せている」

「分かりました。 怪物だけはどうにかしてもらわないといけませんが、コスモノーツももろともに相手出来ると思います」

「そうだな。 バルガの戦力を見ると、特にコスモノーツに対しては圧倒的な破壊力を誇るようだな。 頼むぞ。 君には期待している」

通信が切られる。

いずれにしても、修復には十二時間かかるという事で。それまではメカニックに頼む。後はレポートを書いたり、データを送らなければならない。

それらの作業を済ませ。

修復の様子を見にいった後、休む。

今、関東は別の佐官が指揮を執っているが。何しろあのストーム1が大暴れして関東近辺の敵拠点はあらかた片付けてしまったので。ダンはあまり気にせず戦う事が出来る。これはとても大きな事だった。

一眠りして、起きだす。

丁度時間か。様子を見に行くと、装甲もしっかり直されていた。

メカニックと軽く話をする。

「E1合金は流石だな」

「はい。 ただ、何度もあの雷撃を受けると流石に耐えられません。 基本的に複数のエルギヌスとの戦闘は避けてください」

「分かっている……」

だが、プライマーはカウンターウェポンを投入する事が得意な敵だ。

恐らく、エルギヌス複数は、想定しておかなければならない事態だろう。

最悪な事に、もうEDFにはまともに動くEMCすら不足してきている状況だ。

米国などで、散々戦場に投入しているから、というのが理由だが。

おかげで、バルガが間に合わなかったら。

各地は怪生物に蹂躙されてしまっていただろう。

アーケルスも各地で暴れているが、エルギヌスと違って数が其処まで多く無いし。人がいなくなった地域で縄張りを守るだけの個体もいるようだ。

そう考えると、積極的にプライマーに駆使され、彼方此方に積極的に現れるエルギヌスの方が厄介だと言える。

修理完了と同時に、感謝の声とともに手を振る兵士達に敬礼し。

基地を後にする。

ヘリに輸送されていくバルガにもう乗り込んだまま、現地に行く。

これは、落下の衝撃を自分で体感する事なども、ミッションの一つだからだ。

バルガを兎に角徹底的に使って見て。

一般の兵士でも使えるかどうか確認しろ。

それが上層部の、ダンに対する要望だった。

無茶苦茶にも思えるが、戦況はそれだけ切迫しているのだ。今、日本はストームチームのおかげで善戦できているが。

他の国はこのような状態。

しかも中華はまだマシな方なのだ。

インドは既に首都が陥落したそうである。以前行った、無謀で無意味なマザーシップへの攻撃作戦の結果、兵力を消耗したからである。

これ以上、プライマーに好き勝手はさせられない。

作戦地点に降下。

劉中将が出て来ていた。

落下時の衝撃は、ダンには殆ど無かった。これなら、兵士を乗せたままバルガを空輸出来るだろう。

エレベーターから降りて、敬礼する。

それで、驚いた。

それはそうだ。劉中将は気むずかしい人物だと聞いていたが。それにしても、恐ろしい程老け込んでいた。

過酷な戦闘とストレスが、彼をまるで別人にしてしまったのである。

「来てくれて助かる……」

「劉中将。 療養をするべきではありませんか」

「かまわん。 どうせ誰が指揮を執っても同じだ。 あの項ですら、今は匙を投げ掛かっている程だ」

寂しそうに劉中将は笑う。

これは、心が折れ掛かっている。指揮官がこれでは兵士達に大きな影響が出る。咳払いすると、作戦だけを伝える。

「エルギヌス、それにエイリアンはバルガだけでどうにかします。 既に伝わっているかも知れませんが、エルギヌスの回避行動や攻撃行動の際に集中攻撃を加えて、行動を阻害してください」

「分かった。 ちなみに、今此処にいるのが、今北京基地から出られる全戦力だよ」

薄く笑う劉中将。

確かに、以前五千を超えるコロニストを撃退した北京基地から考えると、信じられないほど少ない。

それだけ無茶苦茶に消耗していると言う事だ。基地にまで何度も攻めこまれていると聞く。これなら、それも頷ける。

ダンも、無言にならざるを得なかった。

ともかく、出る。

エルギヌスの周囲には、コスモノーツが多数いるが。バルガを見ると、一斉に反応する。恐らくは、既に情報を聞かされていたのだろう。

「バルガ、バトルオペレーション!」

「ダン中佐、無理はするな!」

「この戦力では、北京が落とされかねません。 そうなったら、更に戦況は悪化します」

「分かっている……」

千葉中将が苦々しげに言う。

分かっている。

無謀だと言う事は。

拳を振るって、コスモノーツを片っ端から蹴散らす。腕を振るう度に、コスモノーツが拉げ、砕け、吹っ飛ぶ。

ある意味爽快な光景である。

だが、コスモノーツだって反撃してきている。

レーザーとショットガンを中心に狙い、全て片付けてしまい。後は無視。エルギヌスもゆらりと起き上がると、雄叫びを上げていた。

まだ此方に射撃を続けているコスモノーツを無視し、或いは踏みつぶしながらエルギヌスへ接近。

雷撃を放とうとするが、今回はやらせない。

そのまま踏み込んで、雷撃を放とうとするエルギヌスを、脳天からかち割るようにして拳を叩き込んでいた。

口の中で雷撃が暴発した上、凄まじい勢いで殴られたエルギヌスは、凄まじい絶叫を上げたが。

更に踏み込みつつ、カチ上げる。

慣れてきた。

流石に初見で使いこなした凪少佐と違い、ダンは何度もシミュレーションをした後動かしているが。

実戦でも、この速度で使えるようになれば。

ひっくり返されたエルギヌスを見て、兵士達が歓声を上げ。コスモノーツは逃げ腰になる。

後でまとめて蹴散らしてやる。

そう呟きながら前に出る。

エルギヌスが起き上がって、飛びかかろうとしてくるが。これは恐らく習性なのだろう。そしてその動きは、前にも見た。

左、右、左、右。

相手の動きを先読みしながら、次々に拳を叩き込む。

エルギヌスも素早く動いて頭突きを叩き込んでくるが、踏みとどまる。

そのまま両手を重ねて、振り下ろす。

文字通り、頭蓋骨が砕けた音がした。

しばらくふらふらしていたエルギヌスだが、回転しながらの拳を思いっきり喰らって、吹っ飛ぶ。

全身が青黒く鬱血していて。もう死が近いのが分かる。

コスモノーツが逃げ始め、味方がそれを背中から撃つのに夢中になりはじめている。ちょっと良くない状況だ。

けりをつける。

いきなり飛び起きたエルギヌスが、雷撃を叩き込んでくる。

アラームが鳴った。

かなり有利に戦えていた筈だが。

破損箇所をチェック。

そのまま、凄まじい勢いで、最後の攻撃に打って出るエルギヌス。突貫してくる。

冷静にバルガを操作して。フルパワーでの拳を叩き込む。

地面に叩き込まれたエルギヌスは。

周囲に地震のような揺れを引き起こしたようだった。

「バルガから煙が上がってるぞ!」

「エルギヌスは倒せたようだが……」

一転して、冷や水をぶちまけられたように黙り込む兵士達。

とにかく、ダメージの状態を確認する。

エルギヌスは既に死んで、体が崩れ始めている。だから、それはもう無視。通信が入った。

戦略情報部の少佐からだった。

「此方戦略情報部、少佐。 どうやらバルガの不調の理由は二度、同じ場所に雷撃が直撃した結果のようです。 バルガは怪生物との正面戦闘を前提とした運用を今後もしなければなりません。 改良を施します」

「分かった。 いずれにしても、もう今日の戦闘は無理だろう。 撤退を進言したい」

「了解しました。 マーク1は貴重なデータを多数とる事ができました。 今後、対怪生物の切り札としてバルガが活躍する際に、このデータが多くの命を救うでしょう」

本当だろうか。

プライマーも馬鹿じゃ無い。

短時間でアーケルスが一体、エルギヌスが二体倒されたのだ。

ぬくぬくとやられっぱなしでいてくれるだろうか。

怪生物を大量の怪物で守らせるとか。

大量の怪生物を一箇所に集めるとか。

奴らなら、やってきかねない。

劉中将に挨拶してから、すぐに日本に戻る。破損は結構深刻な様子だが。それでも、四肢欠損していたり。装甲がまるごと駄目になっている回収した他のバルガに比べればマシだとは言える。

輸送ヘリに揺られて。関東に戻る。

指揮官を任せていた少佐から、指揮を引き継ぐ。関東の戦況はほぼ平らになっている。だが、九州や東北の戦況は、お世辞にも良いとは言えない。特に九州は、またストーム1の派遣が要求されているようだし。

近畿もこれからストーム2が出向き、作戦を行うそうだ。

バルガを見ると、確かに煙を噴いている状態だ。また、E1合金での装甲にも、しっかりダメージが入っているのが分かる程だった。

E1合金は無敵でもなんでもない。

それが分かった時点で、大きな意味はある。大けがをする前に、それを解析できたのだ。充分過ぎる成果だ。

そうやって自分に言い聞かせるが。

しかし、現状の戦況を思う限り。

ダンには、この事が。教訓として生かせる余裕があるのかは。著しく疑問に思えてならなかった。

 

3、魔球蹂躙

 

各地で転戦して、また九州に来た。

一華は若干うんざりしていたが。それでも、何とか今まで押し込まれていた分をどうにかしなければならない。

飛騨の飛行型の巣を破壊する作戦は、今大詰めだという。

戦力を集めて、決戦に向けて準備をしているようだが。

そのためには、少しでも近隣の戦況をよくする必要がある。

九州を蹂躙している怪物の群れを幾つも潰して来たが。今回は中央部の山岳地帯に巣くったγ型の駆除だ。

相当数がいるらしい。

迅速に駆除してほしいと、大友少将に不機嫌そうに言われて。一華もげんなりしたけれども。

ともかくやるしかない。

現地近くで、フェンサー隊と合流。この間、タッドポウルの大軍とともに戦ったチームである。

向こうは此方を信頼してくれているようだが。

問題は、要するに同じ部隊がこれだけ転戦しなければならないほど、戦況が逼迫していると言う事だ。

九州の各基地では、半ば無理矢理集めた兵士達を訓練している途中らしく。

壊れたAFVや特にニクスを、突貫工事で修理しているらしい。

それくらい追い詰められていたと言う事で。

どうにか体勢を立て直すためにも。

ストーム隊には来て欲しい。それが、大友少将の本音らしかった。

リーダーが話しかけてくる。

「一華、対γ型の戦闘だが、どう思う」

「なんとも。 ただこの地形……よろしくないッスね」

「ああ、それについては同感だ」

γ型はそれこそ、悪路など気にもしない。

更に人間が今展開しているのは、狭隘な谷間だ。

例えば、ベース228の通路で戦った時のように。狭い通路での射撃戦だったら、γ型はほぼ敵になり得ない。

だが、此処は違う。

谷間の前後から来る程度なら。まあ村上三兄弟だけでどうにでも出来てしまうだろうと思う。

だがこれは、上からもくると見て良い。

周囲の地形をサーチ。

確認した所、もっともまともそうな戦場が一つだけあった。

背後に滝があって、しかも周囲がとても狭い。

これなら、滝の上から来る奴だけを警戒すれば、迫るγ型をあらかた正面火力でどうにか出来る。

背後については弐分か三城がどうにかするしかないだろう。

提案すると、リーダーは頷いてくれた。

「そうだな、そうするのが良さそうだ」

「γ型の数と配置は」

「移動を繰り返していて、此方にはまだ仕掛ける様子はないようだな」

「さいですか」

要は、もう位置が分かっていると言うことか。

相変わらず人間離れしているなあ。

とはいっても、弐分も三城もその辺は分かっているようだし。まあ一華だけが凡人と言う事だ。

ともかく、フェンサー部隊ととに、川縁を移動する。フェンサー隊は、こんな奥地に行くのかと不安そうにしたが。

前後左右からγ型にもみくちゃにされる可能性が高いと言うと。

無言で後はしたがった。

恐らくだが、もうγ型の恐ろしさは周知されているのだろう。

他の怪物に比べて速度が圧倒的で、とにかく行動阻害を徹底してくる厄介な怪物なのである。

特に動きが遅いフェンサーの場合、まともに突貫を喰らって足を止められたら。後は一方的に蹂躙されるだけだ。

高機動で動き回れるストーム3や弐分が例外なのは、普通のフェンサーを見ていれば良く理解出来る。

ならば、陣列をくんで火力で敵を押し返すしかない。

危険でも、そうするしかないのだ。

「此方スカウト。 γ型、集まりつつあるようです」

「急げ。 もう少しだ」

「分かりました!」

フェンサー達も、ジャンプブースターは装備していることがおおい。このフェンサー達もそうだ。

これは足が遅くて障害物などに弱いので、装備していると言う事が多い。

スラスターは高速機動が出来るが、コレを使える兵士は極めて限られている。中の兵士が耐えられないからだ。

とにかく、急ぐ。

滝が見えてきた。

それほど大きな滝では無いが、それなりに落差はある。

三城が滝の上に上がる。今の時点では、狙撃用の装備を持ってきているようで。つまり背後から、敵が来てはいないという事だ。

自動砲座も展開。

ほどなく、大量のγ型が、転がってくるのが見えた。文字通り、小川を蹂躙し尽くす数である。

どおんと、何か大きな音がする。

「なんだ今のは!」

「此方戦略情報部、成田軍曹。 近くにあったコンクリート製の橋が崩落したようです!」

「ざまあみろ! 奴らも巻き込まれたはずだ!」

「怪物がそんな程度で死ぬものか! 来るぞ!」

自動砲座を展開。

一斉に射撃を開始させる。

高機動型のニクスは、浅利大尉に言われたが。やはり相当にピーキーらしい。今一華はそうは思っていないが。

ともかく、足を取られるのは致命的だ。

この場所をバトルポイントに指定したのは一華だ。

少なくとも、足は引っ張れない。

大量に来るγ型を、片っ端から火力で押し返す。リーダーの射撃は凄まじく、火力ではニクスに勝てる筈が無いのに、同数以上のγ型を的確に撃破している。アサルトの射撃で、どうやってこれだけ倒せるのか不思議極まりないが。

当ててから放っているらしいし。

まあこんなものなのだろう。

弐分も最前衛で暴れ回っている。

今回は衝撃波を放つ事が出来るハンマーを持ち込んでいて。それを振るってひたすらγ型を叩き潰し、潰せなくても吹き飛ばしている様子だ。

凄まじい戦闘を続けつつ。

寄ってくるγ型を片付ける。フェンサー隊の一部が突貫に耐えきれずに崩れるが。それも、リーダーがカバーして。負傷者を補給車まで下げさせた。

凄い数だが、それでも攻撃が単調だ。単調だからこそに恐ろしいとも言えるのだが。今回は敵を捌ききれる。

だったら、単調な攻撃はむしろ対処しやすい。

少し前に出る。自動砲座が黙ったからだ。弾を使い尽くしたのである。

そのまま、盾になりつつ射撃を続行。

しばしして、γ型は全滅していた。

「今のうちに補給を急げ!」

リーダーがそう言っているということは。まだまだ次が来る、ということか。

げんなりするが、ともかくやるしかない。

補給車から、急いで自動砲座を出して貰う。補給車にはそれなりの自動砲座を積んで来ている。

これが防衛線構築に有用なことは、何度もの戦いで示されているからだ。

本部でもこれを生産はしてくれているようだが。

やはり物量が違い過ぎて。

敵を食い止めきるのは難しい様子である。

「うあ……」

兵士の一人が呻く。

まあ、そうだろう。地面から湧き出すようにして、γ型が現れる。そして、此方に向かってくる。

既に周囲は山のようなγ型の死体だらけである。

それでも、まだ来ると言うのか。

「呆けていたら死ぬ。 気迫を保て。 気迫だけで敵は押し返せないが、それでも気迫を保てば気が抜けた瞬間に死ぬ事は避けられる!」

「イエッサ!」

「射撃開始!」

再び少し下がって、自動砲座と連携して敵を徹底的にたたく。凄まじい数のγ型が転がってくるが、先と殆ど同じだ。

少し違うのは、滝の背後にも少数が廻って来ているらしいこと。

三城が戦闘している様子だ。

まあ、少数なら。

あの三城なら、大丈夫だろう。

そう思って、無心に最高効率での射撃を続ける。

フェンサー達も必死に射撃を続けているが、敵の数が数だ。

じりじりと押し込まれていく。そこを、何とか支援しながらバックアップする。

弐分も凄まじい勢いで暴れていて。

リーダーもそれに劣らない数のγ型を駆逐し続けている。

敵にして見れば、たまったものではないだろうなと思いながら。攻撃を続行。とにかく、γ型を蹴散らし続ける。

「更にγ型、来ます!」

悲鳴混じりの声を、成田軍曹が上げる。

どうやら残ったのが全部来るらしい。そんな事を、リーダーが呟く。この山にはどれだけγ型が潜んでいたというのか。

「フェンサー隊、自動砲座の展開を頼むッス!」

「りょ、了解!」

その間、ニクスで抑え込むしかない。

リーダーもマガジンを何度も変えながら、踏ん張っている。そろそろニクスの機銃も弾が尽きる。

これはちょっとばかりまずいかなと思う。

その上、空軍の支援も、期待出来ない。

もうそれだけ、空軍がいないのだから。

いずれにしても、やるしかない。戦闘を、そのまま続行する。

 

夕方まで戦闘を続けて。どうにかγ型の駆逐には成功した。

キャリバンが来て、フェンサー隊を収容していく。結果として自動砲座を全て使い切り、フェンサー隊は全員が負傷した。

だが、あれだけの数のγ型を駆除できたのは大きい。

あれが野放しになっていたら、どれだけの基地が蹂躙されていたか。

大型移動車まで戻ると、通信が来る。

「此方大友少将。 また随分と派手にやってくれたようだな」

「何か気に触ることがありましたか?」

「いや、そういう意味では無い」

「とにかく、基地に戻ります。 全員かなり疲弊していますので」

リーダーも機嫌が悪そうだ。

一華も嘆息している。案の定、長野一等兵はもっと機嫌が悪い。最後の方は、ニクスを肉壁にしながら、必死に敵の猛攻を凌いだのだ。その後ニクスがどうなったかなんて、いうまでもない。しかも重装型ならともかく、高機動型なのだ。

それはそれとして。勝ち残ったとき。成田軍曹が青ざめて、怪物が怪物がと呻いていた。

まあそれはそうだ。

あの戦況で生き残るのだ。どっちが怪物か分からないと言いたくなる気持ちは、分からなくもない。

基地に到着。前はもう、明日は死ぬんだとみんな顔に書いていたが。ここ数日で幾つかの敵拠点を潰して来たからか、兵士達の顔に多少希望は戻っている。ただし、フェンサー隊は全員入院という話を聞くと、やはりとも顔に書いているようすだ。

ともかく、整備は長野一等兵に任せて一華は寝る。

長野一等兵はなにか言いたそうにしてはいたが。ただ。苛烈な任務でフェンサー部隊を負傷させはしたものの生還させ。

大量のγ型を駆除して、多くの命を救ったこと。

これは事実なので、恐らく何も言えなかったのだと思った。

一眠りして。

それから起きだす。

呼び出しがないし、少し時間もある。

軽くニュースを見ておく。

中華でダン中佐が二体のエルギヌスを、あのマーク1バルガで倒したというニュースが入っていた。

他にもコスモノーツを多数撃破したという。

最近はプライマーに押される一方だった中華では、画期的な戦果と言う事で。EDFの隊員達も感心を寄せている様子だ。

同時に、先進技術研にアクセス。

作戦行動のログを見せて貰えないか、頼む。

一華が組んだプログラムの有用性を理解しているらしい先進技術研は、しばし悩んだ末にログを見せてくれた。

なるほど。

バルガの性能は現時点で80%ほど引き出せているようだが。それでも、やはり一華の組んだPCとサポートプログラムで支援しないと、結構手間取るのだなと言う事がログからわかる。

ましてや、手練れのダン中佐がこれでは。しょうじき素人ばかりのパイロットでは、怪生物に勝てないだろう。

少し悩んだ末に。

格闘戦では恐らく一華より……というよりも、一華とは比べるべくもない次元にあるだろうダン中佐の操作ログをベースに、プログラムを組む。

格闘戦なんかろくに出来ない一華が、勘だけで動かしたバルガと。

格闘戦のプロフェッショナルであるダン中佐の動かしたバルガでは、恐らく相当に癖が違うし。

何より、極めれば多分後者の方が強い。

だったらダン中佐の操作ログをベースに、支援プログラムをある程度てこ入れするべきだろう。

しばらく無心になってプログラムを組む。

そうこうしている内に、呼び出しが来た。

「一華、出撃するぞ」

「了解ッス。 今行くんで、ちょっとお待ちを」

プログラムの作業記録だけして、PCを落とし、すぐに出る。

九州南部の街に出向く。この辺りは相当数の怪物に蹂躙され放棄された地帯であるが、一方で戦略上の要衝でもある。

此処を取り返す……というかここに居座っている怪物を駆逐出来れば、九州の戦線は一段落する。

そこで、頼みたい。

そういう大友少将の依頼を、千葉中将が承諾したそうだ。

地球全域で戦況が悪化し。たとえストーム1がどれだけ苦闘してもひっくり返す目処がつかない今。

こういう細かい戦場で少しずつ勝ちを拾っていく事くらいしか、できる事はないのが事実だ。

大型移動車で移動中に、ニクスの機内でプログラムのくみ上げを続行する。

バグ取りをする前にまずはくんで、それからだ。

一華のお手製バグ取りプログラムもあるが。

それでも、バグは取り切れないものなのである。

戦地に到着。

山の上から見下ろす地形だ。周囲に道が延びていて、確かに一目で要所である事が分かる。

かなりの数のα型とβ型がいる様子だ。

一旦プログラム組みは終了。

皆が展開している。ちなみに、一緒に来てくれた兵士はいない。ストーム1だけでこの任務をこなす必要がある。

「尼子先輩、指定の位置までさがってください」

「了解。 君達、また四人だけでやるの?」

「尼子先輩と長野さん、それに成田軍曹も一緒に戦っているから、七人ですよ」

「そうだね。 ……僕を人数に入れてくれるのは、本当に嬉しいよ」

そういって、大型移動車は引いていく。

すぐに地形から、どう攻めるべきかを割り出していくが。

リーダーは言う。

「尼子先輩は忠実に動けるから、実の所軍人としては理想的だ。 勇気がないかも知れないが、兵隊としては指示通りに動けることが重要なのだがな」

「今はみんな強い兵士を欲しがってる」

「ああ、そうだな」

三城にそう言われて。

リーダーは思うところでもあるのか、バイザーに送った地形と、どう攻めるべきかの図を見る。

周囲を見回しているのは、潜んでいる怪物などを勘で探知しているのだろう。

地中に潜っていても不思議ではないからだ。

「少し多いな」

そうリーダーが言うと言う事は。

少しだけではないという事を意味している。

もううんざりし始めたが。地形を送っておく。其処から作戦を考えるのはリーダーの役割だ。

「一華、指定の地点に自動砲座を展開。 弐分、手伝ってくれ」

「了解。 ニクスのバックパックにあるので、お願いするッス」

「分かってる」

即座に動く。少しの間設置作業などをしてから、リーダーが展開状態を確認。頷いて、作戦開始。仕掛ける。

リーダーが狙撃。

相変わらず六q程度先の敵を、当たり前のように狙撃してしかも必中させている。金のα型も、流石にライサンダーZで狙撃されてしまえばひとたまりもない。

動き始める敵だが、此方に来る前に散々狙撃される。

人間の軍隊だったら潰走しかねない状態だが、それでも戦列を崩す様子も見えないのは、流石と言うべきか。

そして怪物達が、わっと山道にさしかかった瞬間。

仕掛けられていた爆弾が、一斉に起爆。

凄まじい爆破と轟音、それに振動で周囲を蹂躙していた。

先にリーダーが仕掛けにいった新型爆弾。C70爆弾である。ポータブル型の爆弾としては凄まじい火力を誇り、いわゆるC4プラスティック爆弾ともまた次元違いの破壊力を誇っている。

怪物の残骸が辺りに散らばる中。

それでも、爆炎を斬り破って怪物が攻め寄せてくる。

流石だが、残念。今ので戦力を相当に削られた上。焦って出て来た山中の怪物達も、悉く自動砲座の罠に引っ掛かる。

更に、混乱している所をリーダーの狙撃と。

そこまでの精度はないにしても、弐分と三城の遠距離射撃で悉くが屠られ。

近づいて来ても、一華のニクスが火力でお出迎えだ。

ただ、今回は準備ができていた、というのも大きい。

敵にしても、エイリアンがいないし。

恐らくまともな指示を受けていなかったのだろう。

怪物はエイリアンの指示で、驚くほど的確に動くし。奇襲などもこなせることが分かっているが。

本能だけで動く場合は、猛獣と同じ。

勿論象よりも恐ろしい猛獣だが。

それでもこうやって対処は可能なのである。

しばしして、射撃を停止。

敵の動きが、止まっていた。

「クリア……ではなさそうっすね」

「……一部が地下に潜りはじめたな。 迂回して背後に回り込むつもりだろう」

「はー。 面倒な……」

「そのまま攻撃を再開。 前進して、背後から出て来た敵を逆に奇襲する」

地下に潜って移動開始したのは少し不安だが。

まあ、流石に尼子先輩達が襲われる事はないだろう。かなり余裕を持ってさがって貰っているからだ。

程なくして、リーダーが移動した後の地点を、怪物達が一斉に地下から襲撃するが。

既にその時には半包囲が整っていたし。

何より敵の頭数も激減していた。

攻撃がからぶりした事に気付いた怪物を、アウトレンジから一方的に射すくめる。それでも、激しく抵抗してくるが。

ほどなく、敵は今度こそ完全に沈黙した。

村上三兄弟は一糸乱れず動いている。

三人とも、敵の動きは理解出来ていた。

だからこそなのだろうが。

一華にしてみれば、頭が痛い話だ。

それでも念のため、周囲を探って、残党がいないかどうかを確認する。リーダーがお墨付きを出したのは、三十分ほど後だった。

「問題ない。 この地点にいた怪物は全滅だ。 多少クレーターが出来たがな」

「任務、お疲れ様です。 基地まで戻って補給を済ませ次第、次の作戦に向かってください」

「了解。 次も国内か」

「まだ分かりません。 今、千葉中将が調整しています。 想像より早くストーム1が全てを片付けてしまうので、それで彼方此方で、支援をという声が上がっているようです」

それはそれは。

プライマーにも目をつけられそうである。

そしてカウンターウェポンを作るのが得意なプライマーだ。

その特性を生かしてくる可能性も、決して低くは無いだろう。

尼子先輩と合流。

今回は、それほど無茶な作戦ではなかったので、ニクスのダメージも小さい。長野一等兵も、ニクスを見てそれほど不機嫌そうにはしなかった。

ニクスの整備は任せる。

しばらくは、無心でプログラムを組んだ。プライマーからすれば、怪生物を立て続けに、バルガだけで倒されている状態だ。

黙ってはいないだろう。

怪生物をわんさか出してくるか、それとも怪生物と怪物を一緒に出してくるか。

或いはその両方か。

もし地球にいる怪生物を根こそぎ集めて来たのなら。それに勝利すれば、勝ちの道筋も見えてくる。

レールガンもEMCも、機甲師団の護衛付きで怪生物相手にだけ使うことは必要なくなってくるし。

それらを怪物相手に使えば。

マザーモンスターやクイーンであっても、ほぼ瞬殺である。

それがどれだけ被害を減らすかは言う間でもない。

恐らく、少しずつだが戦況を有利に出来る筈だ。

マザーシップが降りてこなければ。

もしも、マザーシップが降りて来て、本格的に攻撃を開始する場合は。

それは。怪生物の軍団が屠られて、決定的に不利になるか。

或いは、人類側の継戦能力が失われて。

とどめを刺しに来る頃だろうと、一華は分析している。

いずれにしても、怪生物を各個撃破されることをプライマーは望まないはず。ならば、バルガを少しでも生かすため。

性能を引き上げるための、プログラム構築は必須だった。

基地に着いた後も、事情を説明。

リーダーは話を聞いた後、アラームをセットするように言う。

「そのアラームの時間までは作業をしてくれ。 アラームが鳴ったら寝ろ」

「分かったッス。 ちょっとくらいは残業しても……」

「駄目だ。 一華は体力的に一般人の域を超えていない。 いつ総力戦が来るか分からない状態で、しっかりねむっていない状態で戦わせる訳にはいかない」

厳しく言われて、首をすくめる。

有り難い話ではあるのだが。

自己管理が出来ていないと言われているのも同じか。まあ出来ていないから、ぐうの音も出ないのだが。

やむを得ない。

アラームをセットして、作業を開始。

後は、無心でプログラムを組み続けた。

 

だいたいプログラムが出来たのは、バルガでアーケルスを仕留めてから、一週間後の事だった。

北海道に出向いて敵の前線を突き崩したが。

既にその辺りのEDFには基地から出せる兵士はおらず。

基地に迫っている敵を、ストーム1だけで撃破する、という任務になっていた。

制空権も何も無いから、何とか守れている青函トンネルから移動して。其処から攻撃という陸路での戦闘である。

途中で何度も怪物の群れに遭遇したし。その全てを蹴散らして。まだ何とか生きている四ヶ所の基地を救援しなければならなかった。

その合間にプログラムを組んでいたが。

北海道の孤立した基地の兵士達は、想像以上に歪んでいた。

今までの基地の兵士達は、助けられれば礼くらいはいった。

だが彼らは。助けられたと言うことを感謝する様子もなかったし。

ぼんやりと戦闘の様子を見ているだけだった。

リーダーも何か察したのか、何も言わなかった。

普段だったら、激高していてもおかしくはなかっただろうに。リーダーが実の所、キレるとかなり怖い事を一華は知っている。

三城が大けがをしてしばらく離脱したときなんかは、本当にやばかった。

そのリーダーが何も言わないのだ。

何かあるのだろう。

「一華」

「へっ! ひゃい!」

「プログラムは組み終わったか?」

「概ね。 ダン中佐の動きを基にして、バルガのスペックを引き出せるように。 攻撃も効果的なものを繰り出せるようにしてくんで見たッスわ」

後はバグ取りや結合試験やらがあるので、実際にはすぐに動かす事はできない。

出来れば一華自身で動かして見たいが。

バルガが集められている東京基地に戻るのは、いつの事になるやら。

結合試験が必要だと言う話はしてある。

リーダーは掛け合ってみると、言葉短く言って。以降は何も言わない。これは相当に鬱屈してるな。

そう思ったが。三城が通信を入れてくる。

「大兄機嫌が悪い」

「あー、そうっスね。 ちょっと怖いッスわ」

「大兄、別に北海道の基地の兵士にも一華にも怒ってない。 だから、怖がらないでほしい」

「そう言われても……」

側でティラノサウルスが暴れ回っているようなもので、ついでに檻とか敷居とかもない状態なのだが。

慣れている弐分や三城はともかく。

一華が怖がらないのは厳しい。

今はバグ取りのプログラムを走らせている。

それが終わった後は、地力での確認が待っている。これが一手間どころか二手間以上掛かるのだが。

それはそれとして、どうにかしなければならない。

まあ、その間は何もする事がないので。

移動に身を任せるしかないのだが。

「大兄は、この状況そのものに怒ってる」

「状況? 不利なのはずっとじゃないッスか」

「いや、抵抗しても抵抗してもプライマーは攻撃を止めない。 プライマーは兵力を小出しにしているし、それは要するにマザーシップ10隻しか戦力がないか、もしくはあってもプラスアルファくらいしかない事を意味してる。 それなのに、プライマーは攻撃を止めない。 このまま抵抗を続ければ、被害が自分達も増えるのに」

「確かにその辺りは不可解ッスね」

それよりも、不可解な事は幾つもある。

洗脳されて戦闘用生物兵器に改造されているコロニストは、まあ分からないでもないのだけれども。

しかしながら、どうやら自我があるらしいコスモノーツは、戦闘で不利になると逃げようとする。

更にプライマーは、人間側からの呼びかけも理解しているし。

あのトゥラプターとか言う赤い奴は人語を喋りさえした。

自分達がこれだけの大ダメージを受けながら、やらなければならない「必要」とはいったいなんだ。

兵力を小出しにするわ、ダメージを受ける危険があると判断したら即座にマザーシップを引かせるわ。

プライマーの能力には。物量も同じく。限界がある。それも、限界は決してそう遠くない。

マザーシップが落とせるようになったら、恐らくは一気に瓦解を始めるはず。

それなのに、何を奴らは焦っている。

他にも、最近一華が気づいたおかしい事がある。

エイリアン達もそうだが、連中が持ち出して来ている武器には。SF的な超絶的なものがない。

マザーシップの主砲はともかくとして、エイリアンが持ち出してくる兵器は、恐ろしい程人間が使うものに似ているのだ。

収斂進化と言い切れるのだろうか。

どうにもおかしいと思うのだが。どうして戦略情報部はそれにきづけないのか。

「……それについては分からないから、情報を集めるしか無いッスわ」

「大兄の言う所によると、多分あの赤いコスモノーツ。 多分次は私か一華を狙って来る」

「はー。 勘弁してほしいっスよ」

「でも、彼奴は喋るし多分嘘もつかない。 彼奴は我々を同格の存在と見なしていて、戦士として敬意を払ってるっぽい。 人間を害虫としか思っていない他のプライマーとは違う」

「それでもしんどいことは変わらないッス」

バグ取りが完了。

さて、此処からはコードのチェックと結合試験だ。

戦略情報部に、結合試験の許可を貰う。東京にあるウォーバルガを使って、どうにか試したい。

意外にも簡単にOKが出た。

後は、これで少しでも人類の勝ち筋を増やして。

プライマーに対して、戦えるようにするだけ。

だが、どうにも不可解な事はまだまだ多い。気を抜くわけにはいかなかった。

 

4、三匹目

 

慣れてきた。

ダン中佐は全力での拳を、飛び起きつつ頭突きをいれようとしてきたエルギヌスの顔面にカウンター気味に叩き込む。

マーク1バルガは、ほぼ想定通りに動いてくれる。

勿論動きは重いから、基本的に置き石で行動しなければならないけれども。

それでも、エルギヌスの習性が分かり始めてきたこともあって。

かなり優位に戦えるようになってきた。

中華の南、昔荊州と呼ばれていた地域の一角で。

今、三匹目のエルギヌスと交戦している。これはタイから北上してきた個体である。

周囲の兵士は、喚声を挙げていた。

やりたい放題に暴れてくれていた怪生物が、ついに倒される側に廻っている。これほど嬉しい事はないのだろう。

だから、釘を刺しておく。

「岳将軍、兵士達が浮き足立っているようですね。 怪物にバルガは非常に脆い。 周囲の支援が必要です」

「分かっている。 今の時点で、怪物への備えはしている。 今は……兵士達を喜ばせてやってくれ」

「……」

確かに今の時点で、怪物は周囲にいない。

倒れたエルギヌスの頭を踏みつぶす。

必死に逃れようとするエルギヌスをわざと逃がし。踏み込みつつ、上半身をフル回転させて。

右左の拳を、回転させながら次々とエルギヌスの頭に叩き込む。

流石にこれがとどめになった。

エルギヌスの頭が砕けて、死ぬ感触はダン中佐も理解出来るようになった。

ふうと深呼吸すると。

エルギヌスが倒れ。

痛々しい紫に染まっていた全身が、崩れていくのを見やるのだった。

これで、倒したエルギヌスは三匹目。

だが、各地でエルギヌスの目撃報告が消え始めているという。

これは良い事ではないだろう。

プライマーのことだ。

バルガという対抗兵器が出てきた事を見て、怪生物を集めようとしている可能性は高いだろう。

それはつまり、各個撃破を許してはくれないということだ。

現在、ウォーバルガに改装中の、東京基地のバルガ。8機はある程度形になったが。6機の調整が遅れているという。

もう少しで完成しそうな8機の内、一機は回収当時足がまるまるなくなっていたらしく。調整に手間取っているという話も聞く。

幸い、あの凪少佐が。サポート用のプログラムを全力で組んでくれているらしい。

それで、多少は戦えるようになればいいのだが。

ウォーバルガなどと言いながらも、別にこのマーク1に比べて性能が勝るわけでもない。

勿論決戦になるなら、ダン中佐も赴くつもりだ。

しかしながら、その場合は。

大量の怪生物を相手に、EDFは血みどろの決戦を覚悟しなければならないだろうし。

結局凪少佐しか戦闘経験を積めなかった、アーケルスだって大量に押しかけてくる可能性が高い。

それに、プライマーはバルガが怪物に弱い事。特に飛行型には手を出せないことも理解しているだろう。

そんな決戦が来たら、EDFも大損害を受けることは覚悟しなければならないし。

同じ程度の被害を受けたのなら。

プライマーの方が、体力がある分有利になるだけだ。

バルガから降りると、岳少将と握手をする。

岳少将は、項少将と並ぶ猛将として知られていたが。攻めの項少将と違い、守りに長けることで知られていた。

そんな人が、どうにもできないと嘆いていたのだ。

怪生物の破壊力がよく分かる。

「ありがとう。 この辺りの戦線の戦力では、とてもエルギヌスを倒す事は不可能だった」

「いえ。 怪物が全く姿を見せなかったのが気になります。 敵はバルガの戦力を図っていただけかも知れません」

「可能性はある。 だが、あのエルギヌスを放置していたら、此処は今頃全滅していただろう。 それは事実だ」

まあ、それもそうか。

頷くと、敬礼をかわす。

そして、日本へと戻ることにした。

「此方ダン中佐。 これより帰投する」

「相変わらずの見事な手並みですね。 エルギヌスに対して受けたダメージも、著しく減っているようで感心しました」

「プライマーは恐らくバルガの戦力を図っていただけと思われる。 すぐにカウンターとなる戦術を使ってくるはず」

「戦略情報部でも、その懸念は抱いています。 まずは飛騨にある飛行型の巨大な巣を破壊するための作戦を進め。 決戦に備えて、戦力を温存して更に整備を進めます」

決戦か。

すれば不利になるだけだ。

前に北京で勝てたのは奇蹟に等しい。

そして奇蹟は何度も起きないだろう。

事実潜水母艦の一隻は既に撃沈されている。残り二隻も、いつ撃沈されても不思議ではないだろう。

ダンは大きくため息をつく。

バルガと怪生物が集結する決戦を、生き残る事は厳しいだろうな。

そう思い。

どうにか、ストームチームは確実に生き残らせなければならない。そのためには、捨て石になることも覚悟しなければならない。

そう、考えていた。

 

(続)