巨神対怪生物

 

序、地下へ

 

ベース228の地下へ降りる。相変わらず凄まじい斜度だ。

壱野は最前衛を行く。

一華はデプスクロウラーで。ニクスを使わないのは、外での戦いに温存するためである。大量のエイリアンが此方に向かっているのは既に分かっている。

外には兵員は残していない。

補給車も一緒に運び込んでいる。補給車の運転席には尼子先輩がいて、不安そうに周囲を見ていた。

この基地で襲われて、命からがら脱出したという点では同じだ。

恐怖が蘇ってくるのかも知れない。

「相変わらずとんでもねえ坂だぜ」

「AFV用の坂だ。 斜度を作る事によって、敢えてテロリストなどに対しての防壁としたらしい」

「紛争の記憶がこんな所にも残っている訳だな」

EDFにとって、「紛争」は苦い記憶だ。

あの時、なかば無理矢理世界中が変革され。反発した既得権益層の一部がテロリストに大量の資金を流したことが分かっている。

それらの金持ちはほぼ全員が「不審死」を今では遂げている。

外道が報いを受ける。

それだけでも、今までの世界よりはマシだとも言える。

情けない話だが。

それまでの地球人類は、悪徳を喜び。真面目に働く人間を馬鹿にし。暴虐を振るう存在を格好良いとして拍手してきた存在だった。

それが多少なりとも緩和されたのは良いことなのだろうと壱野は思う。

とはいっても、すぐにプライマーが攻めてきたし。

そう考えると、必ずしも良い事だとも言えないか。

「滑り落ちて死んだら笑えるな」

「空中戦において我等の右に出る者はない。 お前達こそ気を付けろ」

ジャンヌ大佐に、マゼラン少佐が煽りを入れる。

ジャムカ大佐の副官は、まだ結成に納得がいかないらしい。

まあ、すぐに仲良くは無理だろう。

それに、本当に仲が悪いようには思えなかった。

隔壁の前に到着。

無言で、自動砲座を長野一等兵がばらまきはじめる。

壱野が警告しておく。

「相当数がいます。 気をつけてください」

「ああ、頼りにしているぞ。 それにしても、本当にその勘、便利だな」

「そうですね。 ただ、もっと五感を研いでおきたいですが」

ジャムカ大佐が呆れた様子だが、これは本音だ。

極限まで五感を研げば、もっと勘を磨ける。

そうなれば、助けられる人だって増える。

それを考えると、五感を研がない理由がないのである。

荒木軍曹が、隔壁の操作を横で見ている。カードをかざす必要もあるが、それ以外に色々やらなければならないのだ。

一華が操作しているが、程なく頷いていた。

「隔壁が開く! 総員戦闘準備!」

「ライトを全開に照らすから、それを頼りに戦ってほしいッス!」

「うむ……!」

「行くぞ!」

隔壁が開く。

凄まじいライトに、目つぶしされたコロニストが顔を覆うのが見えた。勿論二秒後には蜂の巣だ。

大量のα型がいるが、所詮α型。

この面子の相手では無い。そのまま射撃を叩き込み、一気に片付けてしまう。

まずは、制圧完了。次だ。

部屋の中に入ると、この部屋の制御PCを手際よく見つけて、一華が弄る。

物資が山積みにされていて、特に手出しはされていない様子だ。

本当に、プライマーは人を殺す事だけにしか興味がないのだなと、壱野は少し呆れた。こういう物資を破壊すれば、少しはダメージになるだろうに。

それとも驕りか。

いや、どうも違うように思う。

「これだけの物資が手つかずか。 怪物どもは本当に普段は何を食ってやがるんだ? 人間を襲うことは確認されているが、他の動物には見向きもしないんだろ?」

「そうだな。 此処にある食糧が手つかずなのは不可解だ」

「いずれにしても、詮索は後だ。 次に向かうぞ」

部屋の把握確認。

更に部屋で見つけた自動砲座を何カ所かに仕掛ける。一種のブービートラップである。勿論対人に作動しないようにはしておく。

一華がこの辺りは頼りだ。

内部に新型のデプスクロウラーはない。また、内部にはまだ何機かニクスがある可能性があるようだが。

いずれも旧式と判断すべきだそうだ。外に並んでいたニクスも、その点は同じである。

なお、バルガを一華が首尾良く操作できる場合。

浅利大尉が、一時的に一華の高機動ニクスを使うそうだ。

浅利大尉もライセンスをとったらしい。

流石に一華ほどの活躍は出来ないだろうが。それでも、最新鋭ニクスと、この基地に放置されていたニクスとでは、いまや性能が天地の差だ。

必ず、エイリアンとの戦いで役に立つ。

「よし、隔壁の制御、把握したッス」

「総員、戦闘準備!」

荒木軍曹が声を張り上げる。既にカードによる認証は済んでいる。

隔壁の前に皆集まり。開けると同時に、一斉に射撃。ライトに照らされたγ型の群れが、文字通り爆ぜ割れる。

粉々に砕かれていくγ型の大軍。次々に這い上がってくるが、この立地だ。敵にとっては死地に等しい。

ただニクスを地下に持ち込めばより完璧だったと思うのだが。

ここから先、そうも行かないのだろう。

デプスクロウラーも、前は頼りなかったが。今は凄まじい高火力の射撃で次々怪物を薙ぎ払っている。

確実に機体は強くなっている。

頼もしい話だ。初期のニクスよりは、明らかに性能がもう上だろう。

「片付きました」

「よし、この先の坂を降るのだったな」

「はい。 経路はバイザーからいつでも見られるようにしてあるッスよ」

「助かる」

また急勾配だ。

クリアリングをしながら進む。

悪意は周囲にまだまだ満ちている。怪物がいつ壁を喰い破って奇襲してきてもおかしくはない。

負傷者は順次下げる。

この戦闘だと、いつ負傷者が出ても不思議では無いだろう。

このため、補給班がおいていったキャリバンを、最初の部屋に運び込んでいる。さっきブービートラップで自動砲座を仕掛けた部屋である。

外の無人ニクスも、入り口を重点的に守るように一華が配置した。

恐らく、基地内外で一番安全なはずだ。

途中、また怪物が少数群れているが、遭遇し次第片付けてしまう。複雑な経路を進んでいく。

壁に大穴。

怪物が開けて入ってきた跡だ。

核戦争に備えて作られたこの基地は、とてつもなく頑丈に作られていたはずだ。だが怪物の酸は、それを的確に喰い破って来た。

故に被害も大きくなった。

壁の穴の周囲に、多めに持ってきてある自動砲座を配置。

確認するが、もう怪物もこの穴は使っていない様子だ。奧に悪意や殺意は感じ取ることが出来ない。

そのまま進む。

「勤務していた時も思ってたが、本当に迷宮みたいな基地だぜ」

「そうだな。 元々敵が入り込んだときに、この地形を利用して迎撃する予定だった」

「古い時代の城と同じですね」

「古い時代から人間の戦争はやり方が基本的に変わっていない。 それだけのことだ」

小田大尉と浅利大尉に、荒木軍曹が返している。

確かにその通りだ。

西南戦争では、「あの」加藤清正が築いた熊本城が近代兵器の攻撃にびくともせず、圧倒的な防御力を見せつけている。

熊本城を落とせなかったことが、西南戦争で蜂起軍の敗因となったほどであり。

要するに基礎を押さえる事は、今も昔も戦争の基本なのだ。

この基地も、人間の攻撃に対しては強かったかも知れない。

だが、相手は怪物だった。

それが、悪かったと言う他無いだろう。

隔壁の前に出る。

「此処ッスね。 さっき監視カメラを確認した限り、かなりの数がいるッスよ」

「了解だ」

「皆、戦闘準備!」

「皆、命を無駄に捨てるなよ! 次の戦いで死ね!」

荒木軍曹がカードを取りだす。

ジャンヌ大佐とジャムカ大佐が口々に言う。

大佐三人、准将一人が参加している特殊任務だ。

それだけEDFにとっての最高レベル作戦だと言う事でもある。

既に負けが確定しているこの状況だ。

それでも何とか持ち堪えるには。

敵の強みを一つずつ潰して行くしかないのである。

その一つを潰せるのであれば。

バルガがその一助になるのであれば。

此処を多数の命の危険を引き替えに、奪還する意味はある。

隔壁が開く。

わっと、怪物が押し寄せてくるが、皆での集中攻撃で焼き払う。そもそも隔壁が如何に巨大でも、其処から出てくる時は一点集中になる。

此方は四方からそれを攻撃出来る。

いわゆる死地だ。

敵はそれでも突貫せざるをえない。

しかも荒木軍曹のブレイザーが。怪物を盾に奧に控えていたコスモノーツを撃ち抜く。短時間で鎧を抜かれたのを見て、エイリアンが瞠目し。後方にさがろうとするが、壱野がヘッドショット。

ヘルメットを砕かれると、内部は無事でも流石に一瞬動きを止める。

続けて浅利大尉のスナイパーライフルでの射撃が綺麗に決まって、コスモノーツは後ろに吹っ飛びながら首と胴体が泣き別れになった。

敵が減ると同時に、グリムリーパーが突入。

部屋の壁や天井にいる怪物を、スプリガンが的確に薙ぎ払って行く。

デプスクロウラーが侵入すると同時に、後方に殺気。

今通って来た通路の分岐から、別ルート経由で怪物が来た。

だが。残念だが挟み撃ちにするには遅かった。

部屋の中にいた怪物は殲滅が完了。

後方に転じて、今度は部屋の中で敵を迎え撃つ。

死地に飛び込んできた大量のβ型を、そのまま迎え撃つ。この地形では、β型はその浸透能力を生かすことも出来ない。

跳躍しても天井や壁に貼り付いてしまい。

もたついている間に撃たれ。

防御のもろさを露呈して、次々に倒されていく。

β型の駆除完了。

だが、更に殺気だ。

「さがってください。 下から来ます」

「!」

「さがれ!」

床の一部をぶち抜いて、赤いα型が姿を見せる。

連続しての攻撃だが、本来は乱戦に持ち込んで一気に仕留めるつもりだったのだろう。

だが、指揮官であるコスモノーツが早々に倒され。

全ての時間差攻撃が狂った。

赤いα型は、穴から出てくるところを次々射すくめられ。動きも取れない所にグリムリーパーと弐分のスピアをくらい。

更に三城が真上に上がると、地下に向けてマグブラスターを叩き込む。

「いる。 下にコスモノーツ」

「よし」

下から、反撃が飛んでくるが、勿論三城は攻撃を受けない。

今度は弐分が出る。

高機動を駆使して穴の上に出ると、真下に向けてガリア砲を叩き込む。

この様子では、決まったと思う。

気配が、かなり薄れた。

更に、赤いα型の動きも、露骨に鈍る。

残りは掃討戦だ。

赤いα型を蹴散らし終えると、自動砲座を要所において、更に進む。

まだだ。

脱出するときは最短ルートで進んだ。

今回は、基地内に確認されている敵の拠点をつぶしながら地下へ向かっている。

これは、後続部隊の危険を減らすためである。

マザーモンスターとかが入り込んで、卵を植え付けていたりしたら最悪だったのだが。幸いまだそこまで地球環境に適応は出来ていない様子で。水がないこの基地には、奴らが入り込んでいる様子はないと一華は言っていた。

怪物の死体だらけになったが。

コンテナに怪物やコスモノーツが手をつけた様子は無い。

「本当に物資はそのままだな……」

「旧式だがブラッカーがある。 流石に装甲などの問題で、今はとても使えたものではないだろうが、それでも改装すれば一から作るよりコストを抑えられる筈だ」

「装備類などを研究していた様子もないな。 一体連中は何を考えている……」

皆が口々にいっている。

その間に一華が部屋のメインPCに接続。

キーボードを叩いて。更に映像を確認していた。

「基地に入り込んでいた怪物の相当数を今ので撃退したみたいッスね。 あとは残り半分程度ッスわ」

「分かった。 ありがとう、一華少佐。 隔壁の向こうは怪物がいるか?」

「いや、大丈夫ですね」

「了解した。 隔壁を開けてくれ」

一華が頷くと、カードを荒木軍曹がかざし。隔壁を開ける。

更に奧には、長い通路が続いていた。

白骨化した兵士の死体や。

酸を浴びて溶かされてしまった兵士の死体もある。

途中で、結城という人の死体があった場所に通りかかった。

そうだ。酸を受けて死んでしまった人だ。

死体は、殆ど何も原型がない状態で残されていた。

戻って来たぞ結城。

そう、荒木軍曹が声を掛けていた。殺された部下や兵士の事を、この人は覚えているのだろう。

だが、感傷に浸っている暇は無い。

「来ます。 γ型のかなりの群れです。 あの通路の向こうからです」

「好都合だ。 弾幕を展開して、一匹も逃さず駆逐する」

全員が戦闘態勢を取る。

壱野の勘を疑わないのは嬉しい所だ。

デプスクロウラーを主軸に、全員が射撃出来る態勢を取り。大量のγ型が迫ってくる所へ、一斉に弾幕を叩き込む。

γ型も、飽和攻撃で一斉に高速で来るのなら恐ろしいが。

こういう狭い地形で数だけ来ても、それこそ火力のエジキだ。

来るだけ全てが撃退されていく。

荒木軍曹は、ブレイザーを使う事もなく。普通にアサルトライフルで戦闘を続けていた。此処はブレイザーを使う局面では無いという判断だ。

一華がタンクを遠隔操作で動かす。

さっきの部屋に数両あったものだ。

装甲は役に立たなくても、主砲の120ミリ砲は充分な火力を持っている。主砲には、弾が装填されたままだった。

前はよくもやってくれたな。

そう言わんばかりに、タンク四両が一斉に砲火を浴びせ、迫るγ型にとどめの射撃を浴びせる。

ほどなく通路は静かになる。

溜息が漏れた。

タンクは、弾薬を使い切っていた。

「お疲れ様ッス。 前はろくに戦えなかったけれども、随伴歩兵が機能すればこんなモンッスよ」

タンクに声を掛けている一華。

兵器の二足歩行化にはあまり興味がない様子だが。兵器そのものや、メカは普通に好きなのだろう。

荒木軍曹が、バイザーを確認。

経路を見る。

「更に一階層降りる。 もう少しで最深部だ」

「かなりいますね。 恐らく、最後の防衛線を展開していると思います」

「そう、だろうな。 重装もまだ姿を見せていない」

「それに来ました。 恐らくγ型と挟み撃ちにするつもりだったのでしょう」

今度はβ型の大軍だ。

タンク部隊をさがらせる一華。全員が展開して、また狭い通路をしょうこりもなく来る怪物を一斉に撃ち抜く。

この部隊に支給されている兵器が、いずれも最新鋭だと言うのも大きい。

弐分は足を止めてガリア砲でβ型を数匹同時に貫いていたし。

三城は雷撃銃を反響させ、β型を容赦なく駆逐していた。

数がいても、狭い通路を来るのでは、その力を生かし切れない。

デプスクロウラーが射撃をずっと続けていたが、不意に弾が止まる。だが、それで不安感はない。

弾を使いきったのだろうし。

すぐに長野一等兵が動いて、迅速に弾の補給を済ませてくれる。

隅っこでふるえている尼子先輩だが、それでかまわない。

逃げ出したりしないだけ立派だ。

「よし、クリア」

「下の階層にまだいます」

「……片付けるぞ。 この基地の奪還を済ませて、まずは其処からだ」

進む。

あと少しだ。

また急勾配の坂を降りる。

小田大尉が、ぐちぐちと言う。

「鉄屑拾いに、超危険な基地の中を行く。 俺たちの命に価値はあるのかねえ」

「泣き言を言うな。 現状アーケルスを倒す手段がない以上、命を賭けてみる価値はある」

「それはそうだけれどよ……」

「それにバルガを動かすのは一華少佐だ。 地上最強のビークル乗りだ。 もしそれで倒せないなら、他にもう手段はないだろう。 作戦に意味はある」

小田大尉のもっともな愚痴に、そう荒木軍曹は応えていた。

壱野は手元のライサンダーZを見る。

此奴の弾丸でも、アーケルスに致命打が通らなかった。質量兵器としては小さすぎるのである。

だが、バルガのデータを見る限り。倒せる可能性は確かに出てくる。

だから、やる。

地下の隔壁を開ける。

金のα型、銀のβ型を含む怪物が、いきなり出待ちしていた。出会い頭での攻撃になるが、此方の方が早い。

即応した壱野が、金のα型を撃ち抜く。他の皆も、概ね理想的な動きをした。

怪物が構築した前線の後方に、重装のコスモノーツがいる。二体。

此奴らを倒せば。

この通路の先に、ギガンティックアンローダーが配置されているはずだ。雄叫びを上げながら。まずは厄介な金銀から片付ける。

短いが激しい戦いの中で、デプスクロウラーが被弾。ひやっとしたが、重装のガトリング数発程度で装甲が貫通されることもなかった。

荒木軍曹のブレイザーが火を噴き、重装の装甲を短時間で焼き切る。慌てた様子で鎧を失った重装コスモノーツがさがろうとするが。同時に壱野も射撃。

文字通り後ろに倒れる重装コスモノーツ。

もう一体いる重装コスモノーツには、怪物の群れを負傷者を出しつつも突破したグリムリーパーが肉薄。四方八方からスピアを叩き込み。

更に留めに弐分がスピアを叩き込んで、撃ち倒していた。

残党を壱野がストークの最新型で射撃しながら撃ち倒す。

このストークはちょっと失敗作だな。そう思いながら撃つが、それでも総合的な性能は向上している。

三点バーストの機能はでもいらない。

恐らくは、弾を無駄にしないようにするための工夫なのだろうが。それでも、はっきりいって必要なかった。

やがて。基地の中から悪意は消える。

「クリア。 基地の中に悪意はもうありません」

「よし……。 一華少佐、念のために確認を頼む」

「今監視カメラなどを全て確認しているッスけど……確かに大丈夫そうッスね」

幾つかの端末を経由して、一華は司令室にまでアクセスしていたらしい。其処を中継地点にして、基地の電力を復旧させた様子だ。

程なく、暗かった基地に灯りが点る。

おおと、皆が声を上げた。

「よし。 行くぞ。 これでエレベーターも動かせる筈だ」

荒木軍曹はこんな時もリーダーシップをしっかり取ってくれるな。

有り難い話だ。

 

1、鉄の巨神、始動

 

それはあまりにも無骨な人型だった。

なぜクレーンを人型にする意味があったのかはよく分からない。ただ、二足歩行のシステムの進歩には寄与したのが確実だった。

負傷者は既に手当を受けている。

最初の部屋に来ているキャリバンには、医療関係者も乗っている。そこで応急処置はしてくれているのだ。

勿論重傷者は戦闘には参加させない。

ここから先は。

弐分達がやる。

見上げる巨大な人型。

全体的には黄色で、胸の部分には安全第一と書かれている。

本当に軍用ではないのが分かって少しばかり微笑ましい。

確かにクレーンというのは色々使い方が難しいという話は聞いているが。それでもこの巨大さは。

怪生物に見劣りしない。

本当に、どういう意図で作られたのか。

ニクスの歩行システムの改良に役立ったというのは本当のようだなとは思ったが。

天文学的な開発費が掛かったことも、一目で容易に分かる。

部屋には大量の物資もある。

この部屋から、いずれ運び出すことになるだろう。

今はあらゆる物資が、あるだけ必要なのだから。

「よし。 尼子一等兵」

「はい。 コード入力ですね」

荒木軍曹に言われて、尼子先輩が動く。こう言うときの動きは、案外手早い。

この時のために来ているのだ。流石に、これ以上足を引っ張りたくはないのだろう。

更に電力を一華が復旧させている。

それもまた大きい。

まず生体認証をかけて、それからパスコードを慣れた様子で入力している。ほどなくして、認証のボイスが流れた。

「エレベーターの進路上に障害物なし。 これより、指示があり次第搬送用エレベーターを地上へと動かします」

「よし。 一華少佐、頼むぞ」

「了解ッス」

一華はデプスクロウラーを降りると、そそくさとバルガの足下に行く。

見るとバルガの足に小型のリフトがついているらしく、それで操縦席まで行く事が出来る様子だ。

一緒に長野一等兵が行く。

恐らくだが、PCを運んだりするための手伝いのためだろう。

「操縦席に侵入。 マニュアル通りッスね。 長野さん、其処にPCをおいてほしいッス」

「分かった。 このデカブツの割りには、小さな操縦席だな」

「衝撃を殺すための機構が操縦席の周囲に複雑に展開されているんスわ。 そうでもしないと、歩くだけで電車にぶつかるような衝撃がパイロットに来るものでしてねえ」

「なるほどな」

長野一等兵が降りてくる。

一華はまだPCの操作や、操作系統のチェックをしている様子だ。

「本当に放置されていたみたいッスねこれ。 メンテナンスをしていた形跡がまったくないッスよ」

「動かせそうか」

「やってみるッス」

荒木軍曹が言っている間に。

地上付近の部屋に戻っていた。負傷したスプリガンの一人が来る。

この様子だと、ろくな状況ではあるまい。

「伝令!」

「聞かせてくれ」

「外にエイリアンのドロップシップが展開! コロニストおよそ三十が降りて来ました!」

「三十、か」

かなりの数だ。

わざわざ中華から運んできたと言う事もある。

それに、コロニストは使い捨てだろう。本命に事前情報通りコスモノーツの部隊が来ると判断して良い。

村上班、いやストーム1だけなら、勝つ自信はある。ただしボロボロになりそうだけれども。

弐分も、開けた場所でコロニスト三十とやりあうのは、あまり良い気分がしない。

しかも敵には増援が確定で来るのだ。

「無人ニクスを動かして時間稼ぎするッスか?」

「いや、そのままにしておいてくれ。 それよりも、起動を急いで欲しい」

「んー。 多分フルパワーの五十%程度しか出せないッスけど、動かすだけならいますぐにでも」

「ならばそれでいい。 試運転としては丁度良いだろう」

荒木軍曹が手を叩く。

皆が、注目した。

「我々は最短経路で地上に戻る。 データを見る限り兵員用のエレベーターはワイヤーをやられて破壊されているが、もうこの基地の地下に怪物はいない。 歩いて行けば良いだけだ。 デプスクロウラーは俺が運転する。 負傷している者は乗せるが、大丈夫か?」

此処にいるのは、ストーム1の四人。ストーム2の四人。グリムリーパー、いやストーム3が五人。スプリガン、いやストーム4が四人。

他は負傷して、今手当を受けている状態だ。

ジャムカ大佐とジャンヌ大佐は無傷。

この辺りは流石と言える。

「問題ない」

「よし、尼子一等兵。 タイミングを指定するので、そのタイミングでこのエレベーターを地上に上げてくれ」

「分かりました。 その、僕は……」

「地上の敵を掃討できなければ詰みだ。 勝利を祈って、此処で静かにしていてくれ」

ええ、と悲しそうに尼子先輩が言うが。

実際問題、それしかない。

空軍は勝利したかも知れないが、エイリアンに致命打を浴びせる程の攻撃機や爆撃機を出す余裕は無いだろう。

それくらい、厳しい状況での勝利だったことが通信からも分かっている。

弐分にもそれくらいの判断は出来る。

「よし、移動開始。 バルガの性能を試しつつ、地上の敵を掃討する!」

移動開始。

先を争うこともなく、そのまま地上へと移動する。

既に明るい基地の中には、兵士の残骸だったもの。此処で襲われて、果ててしまった警備会社の人だったものが、点々としていた。

黙祷を捧げたいところだが。

今はその時間がない。

此処で敵に決定的なダメージを与えれば、そのあと来る部隊が相応の処置をしてくれるだろう。

時々ブースターとスラスターを噴かしながら、弐分も皆についていく。

大兄は生身なのに、驚くほど足が速い。

最初の部屋まで辿りつく。

負傷兵が、自分達も戦うと言う。だが、荒木軍曹がデプスクロウラーを降りて、皆に指示をしていた。

最悪の場合は、これを主力に立てこもってくれ。

救援部隊が来るまで持ち堪えろ。それが任務だと。

此処にいる兵士は、みなストーム隊の精鋭だ。負傷していて、それが原因で死んだら本当に大きな損失になる。

だから、荒木軍曹の言葉は正しい。

無言で、そのまま坂を駆け上がる。駆け上がりながら、エレベーターを起動するように、荒木軍曹が指示。

弐分は、速度を上げて。

ストーム3と一緒に地上に出ていた。

かなりの悪意だ。

多数のコロニストが、基地の周辺を彷徨いている。

無人のニクス部隊はそのまま放置されたかのようにおいてあるので、興味を持っていない様子だ。

或いは、旧式のニクスだから、いつでも破壊出来ると思っているのかも知れない。

相馬大尉と浅利大尉が、それぞれニクスに乗り込む。

これは事前の打ち合わせ通りだ。

コロニストの死角で、皆が展開。大兄も、狙撃の体勢についた。

弐分にも分かる。

だから、荒木軍曹に告げる。

「これは、相当数の怪物も迫っていますね。 この基地を何が何でも渡したくないのでしょう」

「バルガは怪物の相手には向いていない。 怪物は俺たちで片付ける」

「ふっ、仕事ができたな」

「同感だ

ジャンヌ大佐とジャムカ大佐が、そんな事をいう。

いずれにしても、ここからが本番だ。

エレベーターが動くと、流石にコロニストも大きな音に気づいて其方を見る。

せり上がってきた、黄色の巨人。E1合金で覆われた。ギガンティックアンローダーバルガ。

こんなとんでもない巨体が、地下にしまわれていたのだと思うと驚きである。

ただ。コロニストどもは、一斉に銃口を向けて、じっと見ている。好機だと、荒木軍曹は判断した様子だ。

「一華少佐。 ニクス部隊、タンク部隊、攻撃を開始させてくれ」

「了解! 私も地上にエレベーターが上がり次第行くッスよ!」

「頼む!」

一斉にニクスとタンク部隊が射撃開始。

コロニストが数体、蜂の巣になる。

更に、旧型を守るように新型ニクス二機が前に出て。コロニストどもに一斉射を浴びせていく。

もともとコロニストは敗残兵だ。ぼろぼろになるまで使い倒されていた上。

装備も更新が掛かっていない様子である。

コスモノーツや、重装コスモノーツの使っている凶悪な武器との交戦を想定して作られたニクスが相手になると。コロニストでは荷が重い。

更に大兄が狙撃して、次々敵の頭を吹き飛ばす。

装備を途中で切り替えた三城も、プラズマグレートキャノンを叩き込み。数体のコロニストを一瞬で吹き飛ばしていた。

突貫するストーム3。後方から一斉射を浴びせるストーム4。見る間に大混乱に陥るコロニスト達の中で。

地上に上がったバルガが、多少遅いながらも歩き出す。

おお。

まさに巨神だ。

歩きながら、ぐんと腕を振るったバルガ。上半身を倒しながら振るわれた拳は、初速はそれほど早くなかったが。

インパクトの瞬間には、確かに時速二百キロは出ているように見えた。

それこそ、コロニストがなぎ倒されるように吹っ飛ぶ。

おおと、声が上がった。

成田軍曹が通信を入れてくる。

「バルガはE1合金製です。 多少の攻撃は気にせず攻撃を続けてください。 地上部隊は支援をお願いします」

「これは、想像以上だな」

「誰だこいつを鉄屑とかいったのは」

「まあ、近代兵器の飽和攻撃を受けたら、どうしようもないのは事実だ」

小田大尉がぼやき、浅利大尉が付け加える。

バルガが更に拳を一薙ぎ。

上半身は回転させられるようで、拳は驚くほどスムーズにコロニストの群れを薙ぎ払っていた。

体格が三倍近く違う巨体が、拳を振るってくるのだ。

もう型落ちになっている武器で必死に抵抗するコロニストが、文字通り蹂躙される。E1合金というのも伊達ではないようで、コロニストの射撃を受けてもまるで効いている様子がない。

其処に、ストームチームの攻撃が加わるのだ。

殆ど一瞬で、コロニストの部隊は壊滅する。凄まじい破壊力だ。これをもっと早くから投入できていれば。

顔を上げる。

「どうやら来たみたいです」

「荒木軍曹、怪物です!」

「よし。 バルガはさがれ! 怪物は俺たちで相手をする!」

「よっしゃ! 仕事だ仕事っ!」

小田大尉が嬉々として前に出る。

大量のα型だ。しかも銀色だけ。これは、この付近の敵戦力は枯渇していると見て良い。それくらい、ストームチームは多数の敵を蹴散らしてきたのだ。

一華が遠隔操作で、ニクスとタンクを並べて。一斉射撃を開始させる。その弾幕でα型が足を止めたところに、一華がプラズマグレートキャノンを叩き込み。更に最新鋭ニクス二機の火力と、接近戦の挑むストーム3。更に遠距離から美しい連携でレーザーを叩き込むストーム4が、怪物をなぎ倒す。

弐分も前衛に出ると、敵の纏まっている地点に散弾迫撃砲を叩き込み、まとめて消し飛ばす。

怪物も、想像を絶する抵抗にあって、流石に右往左往するが。

それでも殺す事だけしかない生物だ。

突貫してくる。

一部、周囲に回り込もうとする個体もいるが、それらは容赦なく一華が遠隔操作のニクス部隊で片付けて行く。

「やっぱりプライマー相手には、戦闘ドローン解禁すべきッスよ」

「そうだな、この戦闘力を見る限り、その意見にはある程度同意できる!」

「だけど、その後が多分地獄になる」

ぼそりと三城が言う。

その通りでもあると弐分は思う。

いずれにしても、プライマーを撃破してからが全てだ。

今は、一華がリモートで操縦しているニクス隊と戦車隊の火力がないと。流石にこの数は凌ぎきれない。

大兄が、進む。その分、α型が蹴散らされていく。

弾が一発も無駄になっていないのだ。撃てば撃つほど敵が的確に削られていく。

普通、射撃。特にフルオートの銃火器は、一割も弾が敵に当たらないという話を聞いている。

大兄は狙撃手の精度でフルオートの銃火器を使いこなしている。

正直気が違った精度だが。

だからこそ、ストーム1なのだ。

だが、弐分もそれは同じ。

高機動でα型を翻弄しつつ、数が多い地点に散弾迫撃砲を叩き込む。

とにかく怪物をバルガにも、基地にも近づけさせない。

それが大事だ。

「敵ドロップシップ接近! 乗っているのはコスモノーツのようです! 数は三十を超えています!」

「どうやら本命がお出ましのようだな」

「怪物と同時にコスモノーツを相手にするのは分が悪い! 怪物を一気に片付けるぞ!」

成田軍曹が警告を入れてくる。

荒木軍曹が言うように、怪物の駆逐を急ぐべきだ。

それだけじゃあない。

ジャムカ大佐がいうように、敵の本命戦力が来たと見て良いだろう。

まとも相手に出来る数じゃない。コロニストならともかく、コスモノーツとなるとかなり厳しい。

しかもこの数、ショットガン持ちや、レーザー砲持ちもいるだろう。

彼奴らをまともに動かすと、旧型のニクスなんか瞬殺。新型でも、かなり危ない。

E1合金と言う事だが、大丈夫だろうか。

冷や汗が出るが、ともかく怪物の殲滅を急ぐ。ニクス隊も前に出てきた。殲滅を急ぐためだろう。

怪物との距離も当然近くなる。

無人とは言え、モロにタンクが酸を喰らう。装甲が融解している。最初期のブラッカーだから仕方がない。

ニクスも、何機か被弾して、大きなダメージを受ける。

決着を急げば、ダメージは増えるだけだが。

今は、急ぐ以外に選択肢がない。

散弾迫撃砲を叩き込んだ後、地上戦に移行。

ブースターをフルで噴かして地上に降りると、スピアで薙ぎ払って回る。ストーム3と途中で合流。

一緒に、α型の怪物を蹴散らして回った。

程なく、ドロップシップが見えてくる。

EDFももう、アレに対する撃墜は諦めている。あらゆる兵器が通じないのだから、仕方がない。

「α型、撃退九割!」

「後は俺が全て片付けます。 俺の方に集まるように仕向けてください」

「壱野大佐、本気か!?」

「本気ですよ」

大兄が飛び出し、恐ろしい精度でα型を駆逐していく。

一華も呆れていた様子だが。それでも言葉に会わせて、ニクスでの火力を偏重させ。敵を孤立させると同時に、大兄の方へと追い込んでいく。

ストームチームも、もう連携が出来はじめている。

それぞれがその意図を察して、即座に動いて。大兄の方へと敵を追い込む。

この辺りは流石に歴戦の精鋭だ。

大兄の方に、α型があらかた向かう。大兄なら、あの数を相手にどうにでも出来る筈である。

そう信じる。

ニクス隊がさがり、タンクも動けるものは後退。

バルガが前に出る。

バルガはかなり足が遅いように見えるが、何しろ巨体だ。実際に近くで見ていると、かなり足は速い。

ドロップシップが戦列を組む。

その至近にまで、バルガはもう迫っていた。

「レーザー砲持ちだけは仕留めて貰えるッスか?」

「一華少佐、大丈夫か」

「コロニストをぶん殴ってみて分かったッスけど、このバルガの拳はコスモノーツの鎧でも防げないッスよ。 奴らの鎧は攻撃を受けた時に自壊することでダメージを減らしているみたいッスけどね。 この拳なら、鎧の上からそのまま中身を潰せるッス」

「……分かった。 レーザー砲持ちは、確実に始末する」

荒木軍曹が呆れつつも、ブレイザーに武器を切り替える。

ドロップシップから、三十体を超えるコスモノーツが投下された。

その瞬間。バルガは、拳を振るっていた。

凄まじい光景だ。

数体のコスモノーツが、文字通り全身をグシャグシャに潰されて吹っ飛んだ。

さっきのコロニストへの一撃とは違い、鎧で中途半端にダメージを削っているのが更に悲惨なダメージになっているのだろう。

消し飛んだ仲間を見て、コスモノーツが唖然とするが。

その瞬間、第二撃が彼らを襲う。

また、数体のコスモノーツが消し飛ぶ。

更に、指揮官らしい一体を、荒木軍曹がブレイザーで消し飛ばす。レーザー砲持ちだったが。

降りて来た瞬間を狩られてしまえば関係無い。

全員が遠距離武器に切り替える。ストーム3すらもだ。

遠距離から、バルガと戦闘を開始したコスモノーツに射撃を加える。こっちを向こうとする個体がいるが。次の瞬間にはバルガの攻撃で消し飛んでいる。

バルガはあらゆるコスモノーツの攻撃に耐える。

ショットガンすら効いている様子がない。凄まじい防御力だ。

「かなりの数だ、大丈夫かと思ったが……いけるぞ!」

戦況を見ていたらしい千葉中将が、興奮した声を上げる。

まあ、それもそうだろう。

プライマーとの戦闘開始以降、ここまで一方的な戦闘。それもエイリアン相手に、なんて。初めてなのだろうし。

しかもプライマーは今回、戦闘に戦力を出し惜しみしていない。

それを、正面から粉砕しているのである。今回の戦闘は、今までとは根本的に状況が違うと言えた。

また拳が振るわれ、数体のコスモノーツが壊れた人形みたいに吹っ飛ぶ。

更に、バルガが足を上げると。側背に回り込もうとしていたコスモノーツを、文字通り踏みつぶしていた。

圧倒的だ。

どうしてこれを兵器転用しようとしなかったのか、理解に苦しむ。

弐分もガリア砲に切り替えてコスモノーツを次々撃ち抜いているが。より大きな脅威に反撃するコスモノーツが、ずっとバルガを見っぱなしだ。面白いように撃ち抜ける。鎧が砕けるコスモノーツ。次の瞬間にはニクスの肩砲台や、誰かの狙撃がとどめを刺している。

あまり長距離戦が得意ではないように見えるストーム3ですら、それは同じである。

「んー、凄いっすけど、まだ整備が必要ッスね。 このまますぐにアーケルスとやりあうのは無理、ッスよ!」

拳一閃。バルガの一撃で、また数体のコスモノーツが、鎧も関係無く消し飛ぶ。

非常に残酷な光景かも知れないが。

これ以上の残虐行為をプライマーは続けて来たのである。

それを考えると、あまり同情は出来ない。

コスモノーツの最後の数体は、バルガの後方に回ろうとしていたが。

戻って来た大兄が、狙撃を開始。更に、ニクス隊もタンクも攻撃を集中させ、コスモノーツ達はほとんど身動きできない。

そこに、上半身を文字通りぐるんと旋回させ。

体ごと吹き飛ばす攻撃を、一華は叩き込んでいた。

背後も死角無し、というわけか。

必死に抵抗していたコスモノーツが、文字通り蹂躙されて消し飛ばされる。

周囲の敵は、綺麗に片付いていた。

呆然とするように浮かんでいたドロップシップが逃げていく。まあ中身はカラだが。

「敵、全滅です!」

「此方戦略情報部、少佐。 戦況を確認しました。 バルガの戦闘性能は想像以上のようです。 ストーム1、凪一華少佐が操縦したから、というのもあるのでしょうが」

「これならアーケルスとも戦える可能性が高い!」

「そのようです。 ただ、凪一華少佐の話によると、整備が必要だそうです。 空軍の輸送機で東京基地に運び、整備を最優先で行います。 その後、アーケルス撃滅作戦に移行します」

空軍がすぐに輸送機を手配してくれるそうだ。

また、後続部隊が到着した。

此処の物資は殆ど手つかず。更に此処を基点に、関東へ敵は相当な兵力を送り込んできていた。

何かの痕跡などが見つかるかも知れない。

殆ど、今では奪われた版図を取り返すことはなくなっていた人類だが。

小さいが。この勝利は、確実に大きいと弐分も思った。

後続部隊が来るまで、敵に備えて周囲を警戒し続ける。まず最初にヘリが来たので、負傷者を後送する。

続いて関東から相当な規模の部隊が来た。ダン中佐が率いている部隊だ。敬礼して、状況を引き継ぐ。

ダン中佐も、ほろ苦い笑みを浮かべていた。荒木軍曹と、元は二人は同僚だったのだ。それも本部の肝いりと言われる将来の幹部候補。

ダン中佐と最初にあったのも、此処だった。

「俺たちが此処から逃げ出して、随分経った気がする。 まだ二年も経過していないのにな」

「ああ。 此処を取り返せたのは大きい。 後は静岡にいるアーケルスさえ倒せば、関東はかなり安全になるはずだ」

「そうだと良いんだがな……」

後続の部隊は相当数の工兵もいるようだが、明らかに不慣れな兵士が多い。

幸いこの近辺の敵は、結成されたばかりのストームチームがあらかた片付けた。

だから、安全だ。

少なくとも、しばらくは。

程なくして、大型の輸送ヘリが四機編隊で来る。あれでバルガを吊って輸送するらしい。

豪快だなと、弐分は思い。

そのまま、荒木軍曹に呼び集められて。話を聞く。

「此処から一旦東京基地に戻る。 アーケルスが再び行動を開始するまでの時間は、今までの行動パターンから見て、今から二十四時間前後という話だ。 それまでにバルガを突貫工事で直し、勝負を仕掛ける」

「私が一応工事には立ち会うッス」

「本当は休んでほしい所だが、頼むしか無さそうだな。 長野一等兵、可能な限り頼むぞ」

「了解しました」

敬礼する長野一等兵。

そのまま、ヘリに乗って東京基地に戻る。

大量のクイーンを撃墜したこともある。近辺にいる人食い鳥もあらかた片付けた事もある。

殆ど直線距離で、ヘリは東京に向かったようだった。

 

2、激突

 

突貫工事で九時間。

何処を直せば良いか、東京基地のバンカーに来た先進科学研の技術者に一華は説明をして。

自分でも修理に立ち会った。

E1合金というのは、基本的にチタンとモリブデンを中心とした強力な合金らしく、今の時点でもっとも強力なものの一つであるらしい。

欠点として尋常でなく重く、そのためにクレーンとしては落第の烙印を押されていたのだとか。

とはいっても、実際に乗って見た印象では。一華はバルガが重いとは感じなかった。

むしろ、出来すぎるほど出来ている。

それにしても、実際に二足歩行のロボットを操縦する事になるとは思わなかった。ニクスも二足歩行ではあるが。ニクスは二足歩行の人型ロボットというわりにはスケールが小さいから、何というか普通に馴染んでいた。このバルガは、アニメのロボットと比べても見劣りしないサイズである。ちょっと非現実的にすら思える。

コックピットの揺れについては警戒していたのだけれども。

しかしながら、あれだけ激しく殴ったり蹴ったりをしても、殆どコックピットの揺れはサスペンダーが吸収していたらしい。それだけ強力なシステムで、コックピット周りが守られていると言う事だ。

システムについては調べて見たが、いわゆるダイラタンシー流体を利用している様子であり。

それを馬鹿馬鹿しい規模でやっている。

まあ、それなら人型ロボットをコックピットに乗って動かせるのも納得である。

九時間ぶっ通しで長野一等兵とともに整備をしたあと。

少しねむるように言われて、そうする。

アーケルスも予想では24時間は動かないようだけれども。プライマーだって今回の事態を軽く見てはいないだろう。

それにベース228の奪還作戦で、かなりの負傷者だって出ている。

その全員が、作戦に参加できるとは思えない。

中には再生医療で失った体のパーツを補填しなければならない兵士だっているはずだ。それを思うと、アーケルスとの戦いはかなり厳しくなる。

梟のドローンを取りだす。

基本的にこいつは頭に乗せるだけ。

三城もクラゲのドローンをぎゅっとはするようだが、あまり話しかけたりはしないようである。

一華はたまに話しかけたりはするが、たまにだ。

兎に角無理にでも軽くねむって、それから起きだす。

顔を洗って歯を磨いて。最低限の身繕いだけしたら、すぐに出るように無線が入った。寝ている所を監視でもしていたのだろうか。

バンカーに出向く。

千葉中将が来ていた。バルガの突貫工事は一旦終えた。長野一等兵は徹夜だったらしい。

長野一等兵が、寝不足らしい据わった目で、バルガを指す。

「装甲は補填した。 問題は中身だが、70%から75%の力は出るはずだ。 勝てるか」

「ストームチームの戦力もかなり減っているッスし、ちょっと何とも」

「……そうか。 厳しくなりそうだな」

「最大の懸念は、アーケルスが想像以上に俊敏に動く事なんスわ」

そう、それこそが最大懸念事項だ。

バルガの拳は多分効く。仮に70%の出力だったとしても、それに代わりはないだろうと一華も思う。

だが、アーケルスは敏速に動き回る。

EMC部隊が奴を仕留められなかったのも、それが理由の一つだ。エルギヌスよりも遙かにアーケルスは俊敏で、活発に範囲攻撃を繰り返す。タフネスもあるのだが、それが今まで倒せなかった原因なのである。

「リーダー。 とにかく奴の先手を打って、動きを止めてくれるッスか?」

「分かった。 三城、俺とお前で奴の足を止めるぞ」

「うん」

「弐分は恐らく来るだろう怪物の対処だ。 静岡はまだわんさか怪物がいる筈で、九割以上の確率で横やりを入れてくる。 絶対にストームチーム総出でバルガを守りつつ、アーケルスを足止めする」

千葉中将が頷く。流石にこれほどの鉄の巨神だ。側で見ているだけでも圧倒されるのだろう。

足の部分に乗り込むための小型エレベーターがあり、其処から操縦席に乗り込むことが出来る。

この乗り込むときがかなり怖いのだが。

まあ、今更だ。

散々一華も怪物やエイリアンとやりあってきたのである。

もう、それくらいはどうにも思わない。

「それでは作戦を開始する。 アーケルスを倒せた例は今まで存在しない。 幸運を祈る!」

敬礼を受ける。

そのまま、ストームチームはヘリで移動。やはり負傷者がすぐに復帰するのは厳しかったようだ。ストーム3もストーム4も三人ずつだけである。穴埋めという訳ではないのだろうが、数名の狙撃手が一緒に現地に赴くと言う事だ。

現地の地図がすぐにバイザーに送られてくる。

確認するが、静岡にある工場地帯の一角である。

アーケルスもお気に入りの寝床があるらしく、その一つだそうである。工場に囲まれていると安心するのかも知れない。

だとすると、アーケルスは鉄の臭いが好きなのだろうか。

いずれにしても、工場をあまり踏みつぶしたりはしていないらしいので。気に入っている場所なのだろう。

地図を頭に入れておく。

どう戦うか、シミュレーションしておく。

まだバルガの出力は七割と判断する他無い。

幸い今回は、後方に守るべき負傷者などはいない。

それだけが救いか。

輸送ヘリが並行して飛んでいる。バルガを一緒に運んでいるのだ。

程なく、現地に着く。

やはりプライマーは空軍戦力でアーケルスを守るつもりがないらしい。ただし、飛騨の飛行型の巨大巣から、増援が来るかも知れない。テレポーションシップだって来る可能性がある。

静岡は敵の拠点となっていた期間が長い。

怪物が散々現れる可能性もある。

バルガは怪物にはほぼ対応能力がない。皆には、怪物が現れた時に戦って貰う事になるのだ。

一華は黙々とデータを見ておく。

弐分に言われた。

「今はすっかり肝が据わってるな」

「まあ、鍛えられたッスから」

「そうだな……俺たちもだ」

「はあ。 まだ強くなるんスね……」

正直、今の状態でも村上三兄弟は揃って化け物だと思うのだが。これ以上力が増していくのか。

そう思うと、ある意味ホラーである。

小田大尉が、げんなりした様子で言う。

「少しはその強さを分けてほしいぜ。 俺たちは人間の範疇でやっていくしかないんだからよ」

「いえ、皆鍛えられているはずですよ」

「そうかねえ」

「それについては、弐分少佐の言う通りだ。 俺が保証する」

荒木軍曹がそんな事をいったので。

へいへいと言いながら小田大尉は黙る。

今回は、高機動型のニクスは持っていかない。

ニクスは相馬大尉が使っている奴だけ。これは、戦闘時にニクスを多数展開出来ないのが理由である。

的になったら、集中的に狙われる可能性がある。

今回一華はニクスを使わないので、それもあっての判断なのだろう。戦力は落ちるが、仕方がない。

それに、浅利大尉に言われた。

癖が強すぎて、振り回されているようだった、と。

良くも悪くも、前に長野一等兵に言われたことを思い出す。一華の性能に、ニクスがついてこられていないのだと。

何となくだが。一華も充分、周囲から見れば村上三兄弟と同レベルの怪物に見えているのかも知れないと察する。

困惑して頭を掻いている内に、アナウンスが入った。

「間もなく作戦地点上空です。 着地後、迅速に離れてください」

「アーケルス、起きた模様! 行動を開始しています!」

「なお迅速にヘリを出無ければならなくなったな」

ジャンヌ大佐がそんな事をぼやく。

一華は困る。あんまり足が速くないのである。バルガを落とされて、すぐに乗り込むとしても。

お行儀よくアーケルスが待ってくれるかどうか。

近年では特撮番組でも、変身中に攻撃してくる敵はザラだ。

ましてや、プライマーは特撮番組の敵よりずっと行儀が悪いのである。

参ったな。

そう思いながら、ヘリが結構強引に降りるのを確認。すぐに展開する皆を見る。慣れているなあ。そう思いながら、降りる。今回はバルガを使う事を大前提としているので、相棒のPCはまだバルガのコックピットだ。

バルガを運んできた輸送ヘリが上空に展開。バルガを水平に保つ。

見えている。アーケルスが、起き出しで機嫌が悪そうに此方に歩いて来る。

もう戦闘態勢にいつ入ってもおかしくないだろう。

荒木軍曹が展開、と声を掛け。

皆がざっと散る。

見上げている先で、輸送ヘリが四機動時にバルガを吊っていたワイヤーを切り離し。バルガが地上へと放たれていた。

着地はスムーズだ。

結構な高度から落とされても、オートで着地をしっかりするようにプログラムが走っているのである。

要するにとっくに起動している。

バルガの背中にはロケットエンジンがあるが、それを使うのは倒れたとき。起き上がるために用いる。

高高度から降ろされた時程度は、足のサスペンションでノーダメージで着地できる。

本当にクレーンなのか極めて疑問だが、ともかくはこれで戦っていくしかない。

工場の一角を文字通り粉砕しながら降り立ったバルガに、もたもたと走り寄る。急げと、荒木軍曹が視線を送ってきているのを感じる。

壱野と三城は既にそれぞれ散った様子だ。

アーケルスは、寝起きだからか。ぼんやりと自分に比肩する巨神の到来を見つめていたが。

やがて吠え猛る。

ああ、お気に入りの寝床に邪魔者が来たと認識したか。

アーケルスのことだから、多分人間なんかは敵とすら認識していない。

ストームチームに散々痛い目にあわされた……というのは人間の主観。たまに五月蠅い小さいのがいる、くらいにしか考えていなくてもおかしくは無い。

事実一度も有効打を与えられていないのである。

そんな風に考えても、不思議では無いだろう。

鉄骨とかが散らばっている中を、もたつきながらエレベーターに到達。息を切らしながら、エレベーターに捕まって、一気に上に上がる。

ぐんと引っ張られるような加速。

多少は滑らかにした筈なのに。これがまた、随分と怖い。掴まるための手すり以外は、殆ど墜ちるのを阻害するための構造物がないのもまた怖い。

だが、怖い怖い言っていられない。

これから、アーケルスと。バルガでやり合うのだから。

そのままコックピットにエレベーターで直入。

コックピットの中は計器だらけという事もなく、警告ランプと全周型モニタ。それにレバーが幾つかと、足下には愛用のPC。

そして、あんまり尻に優しくない堅さの椅子。

そこそこ広いので、最初長野一等兵に作業を手伝って貰ったが。もうそれも必要ないだろう。

問題はPCを運び出す時だが。

あんまりそれは考えない事にしておく。

アーケルスが歩み寄ってくる。

席に着くと、声を掛ける。

周囲に、拡声器越しに一華の言葉が伝わる。

「バルガ起動! バトルオペレーションッス!」

「巻き込まれるぞ! 距離を取れ!」

「まるで映画か何かだな……」

ジャムカ大佐の警告に、少し呆れた様子でジャンヌ大佐が返す。

それぞれがポジションに着く。これも決めていた通り。

壱野と三城がアーケルスの動きを可能な限り阻害。他の面子は一定距離を取りながら、怪物に備える。

さて、既に操縦はバルガの初陣で覚えている。

一華の取り柄はオツムだけだ。

顔が別に整ってるわけでもない。髪が綺麗な訳でもない。

飛び級で行っていた学校では、同級生が陰口をたたいていたっけ。あの手の天才少女ってだいたい美少女なのに、あれは違うよなって。

へいへいその通りでございます。

そう思いながら転がり突貫してくるアーケルスに対し。

いきなり上半身をフル回転させつつの、強烈なパンチを叩き込んでいた。

凄まじい手応えだ。

このコックピットが衝撃吸収に全振りした構造でなかったら、多分壁に叩き付けられて赤い染みになっていただろう。

いずれにしても、バルガの拳はアーケルスを直撃し。

なんと、今まであらゆる攻撃を受けつけなかったアーケルスを、思い切り張り倒して横転させていた。

喚声が上がる。

東京基地では、この様子を恐らく見ているのだろう。

「アーケルスに直撃! 皮膚に甚大な損傷を確認!」

「あの鉄の巨人、すげえぞ!」

「誰だ鉄屑なんていった奴は!」

「いや、あれは乗っている奴が凄いらしい。 村上班のエアレイダーらしいぞ」

無言で前に進み、意外と器用に立ち上がろうとするアーケルスに対して。

今度は踏み込みながら、大ぶりの拳を叩き込んでやる。

大ぶりにするのは、それだけ加速させるためだ。

一華は村上三兄弟みたく古武術をやっているわけでもないので。格闘戦は、あんまりよく分からない。

とにかく動かせる範囲で、有効打になりそうな攻撃をしていく。

それだけだ。

拳がアーケルスの顔にモロにめり込み、凄まじい悲鳴を上げながらアーケルスが地面に叩き付けられる。

また喚声が上がる。

それはそうだろう。世界中でこいつを相手に、どれだけの兵がやられたか。有効打すら与えられなかったのだ。

倒れているアーケルスを踏みつけようと足を上げるが、逃げられる。

顔から大量の血を流しているアーケルス。

明らかに再生が追いついていない。

それに、モロに脳を揺らされたからだろう。頭を振って、必死に周囲を見回している様子だ。

斜め後ろに回り込まれたが、どうでもいい。

向き直ろうとして見せると、アーケルスは大量の火焔弾を叩き込んでくる。爆発でバルガが揺れるが。

この程度はダメージにならない。

ただ、放置されている他のバルガは、あまり状態が良くないものもあると聞いている。

それらが同じ攻撃を受けた時、耐えられるかは正直分からない。

いきなり痛打を二度も食らったからか、アーケルスも慎重に立ち回るつもりの様子だ。そのまま飛びさがろうとするが、背中にプラズマグレートキャノンの一撃が文字通り直撃する。

あの背中、或いは弱点か。

アーケルスの背中には、火焔弾を発射するための穴が多数開いているのを見かける。ひょっとしたら、彼処に大きめの質量を叩き込めば、バルガでなくても倒せる可能性があるかも知れない。

いずれにしても、バックステップし損ねたアーケルスに対して。

再び踏み込むと、今度は両腕を振り上げて、ひっくり返すようにする。

左手はわずかに外れたが、右手はアーケルスの顎を直撃。

凄まじい手応え。

無敵を誇ったアーケルスが、再びひっくり返される。

口から凄まじい量の血が流れているのが見える。

明確に効いている。

「此方成田軍曹! 周囲に怪物の反応あり! α型多数です!」

「いや、それだけではないな……」

壱野がぼやく。

いずれにしても、作戦通りだ。怪物が来る事はある程度想定済。それだったら、対応は任せるだけである。

何か敵はそれに加えて出て来ていると言う事か。

いずれにしても、アーケルスは此処で仕留める。

周囲で、凄まじい戦闘が開始される。相馬大尉のニクスを主戦力に、迫る大量のα型を薙ぎ払い始めるストームチーム。

「バルガは頑丈だから、もしもα型が近付いたらもろともに撃ち抜いてしまってかまわないッスよ!」

「分かった、任せておけ!」

「善処する」

一応周囲に伝えながら、立ち上がったアーケルスに接近。

アーケルスはサイドステップしようとしたが、そこに壱野の狙撃。更に狙撃手の攻撃が入る。特に壱野のライサンダーZの一撃は、アーケルスの左目を潰した。すぐに再生するといっても、アーケルスのダメージは深刻だ。

顔だけでも、既に哀れな程グシャグシャになっている。

そのまま、両手を組み合わせると。

踏み込みつつ、降り下ろす。

アーケルスの脳天を、両拳が直撃。

凄まじい悲鳴を上げながら、地面に倒れ臥すアーケルス。今のは、相当な手応えがあった。

だが、アーケルスは飛び起きると、凄まじい勢いで回転しつつタックルをかけてくる。やはり、俊敏さは凄まじい。それに執念も、だ。

文字通りバルガが押し倒されたが、全く嬉しくない。

立ち上がるためのブースターを起動。倒されてもコックピットには影響がないのが嬉しい所だが。

そのままアーケルスは、はたき倒しに来る。

立ち上がりかけているところを、強烈な負荷が掛かって、流石に一華も眉をひそめていた。

「凪一華少佐! 大丈夫か!」

「んー、平気ッスよ。 ただやっぱりまだこの機体、本調子ではないッスねえ」

「あれだけ動けてかよ……」

千葉中将の声に応えると、基地にいる兵士がぼやいた。

まあそうだろう。

これだけ動く人型巨大クレーンが、怪生物に有効だと知っていれば。今まで散々無駄死にする兵士を出さずに済んだのだ。

バルガがどうして過小評価されていたのか分からないが。

いずれにしても。

アーケルスは、仕留めさせて貰う。

「大兄! あの赤いコスモノーツだ!」

「!」

「俺が相手に行く! 大兄はそのままバルガの支援を!」

「分かった。 無理はするな!」

あの律儀に此方へ名乗った奴か。難儀な場所に来る。彼奴はあの壱野が大苦戦した相手である。無事に済めばいいのだが。

ともかく、壱野と三城はアーケルスに掛かりっきりである。

立ち上がろうとするところに、更に追撃を仕掛けて来るアーケルスだが。その腕に壱野の狙撃が直撃。

更に、今度は横っ腹にプラズマグレートキャノンの巨弾が炸裂。

悲鳴を上げて、アーケルスがさがる。

なんで横っ腹にと思ったが、どうやらα型が想像よりも多いらしい。自動砲座も展開して対応している様子だ。

舌なめずりすると、アーケルスに間を詰める。

かなりグロッキーになっている筈だが、それでも俊敏に動いて距離を取ろうとする。格闘戦では勝てないと判断したのか。

「三城、背中狙えるッスか?」

「分かった、やってみる」

「お願いするッス」

アーケルスが再び火焔弾を放ってくる。それも広範囲にばらまいた。

かなりグロッキーになっていて、周囲がよく見えていないのかも知れない。まとめて爆破という訳か。

だが、広範囲にばらまいたおかげで、煙幕でアーケルスが隠れない。

そのまま爆破をものともせずに進む。

アラームが点灯した。ダメージが何処かに出たと言う事だ。まあ、あれだけ強烈なのを喰らえば仕方が無い。

ともかく歩く。逃れようとしたアーケルスの背中に、再びプラズマグレートキャノンが直撃。

悲鳴を上げるアーケルス。

やはり、背中が弱点と見て良い。だが、今はそれよりも。再生能力を超える力で殴り殺す。

踏み込みつつ、最大火力を乗せた右の拳の振り下ろしを、完璧な間合いで叩き込む。

回復しかけていたアーケルスの左目ごと、奴の頭が半分ほど潰れた。凄まじいダメージだ。

頭蓋骨を割った手応えがあった。鮮血がまき散らされる中、アーケルスは必死に回復をしようとしているが。

傷口に壱野の狙撃が叩き込まれ。

更に、今度はそのまま右、左、右と交互に拳を叩き込んでいく。

アーケルスの全身が、ぼろぼろになって行くのが分かる。

これは恐らくだが、再生能力が限界を超えている。体のダメージをどうにかするために、全身を犠牲にしている。

末期の病気になると、体のいらない機能をどんどん切り捨てて生存に回すのが人間らしいのだが。

アーケルスも、似たような事をしているのかも知れない。

頭を半分潰されて、なおも生きているのは凄まじい。

だが、動きは確実に鈍ってきている。

α型が、かなり来ている。ストームチームが蹴散らして回ってくれているが、それでも相当量の酸をバルガが喰らっている様子だ。

かまわない。α型を踏みつぶしながら、アーケルスへ距離を詰め。

上半身をフル回転させつつ、拳を二度。連続して叩き込む。

一撃目で頭の傷がぐしゃりと嫌な音を立て。

二撃目で、頸椎が完全に砕けたのが分かった。

しばらく棒立ちしていたアーケルスだが。

地面に、文字通り崩れ落ちる。全身が凄まじい勢いで腐食している。まだ生きている可能性がある。あれだけのタフネスを見せたのだ。

半壊しているアーケルスの頭を踏みつぶす。

それが恐らく、とどめとなった。

アーケルスの全身が、崩れ始めた。

何となく分かってきた。アーケルスの不死身の正体が。この異常な再生能力、恐らく全身になんかの細菌とかがいて。それが超高速でアーケルスの全身を補強していたのだ。

だが、それももはや終わりである。

見下ろす。散々戦った、日本中を、いや世界中を苦しめた怪生物の最後だった。

「やったぞ! アーケルスを仕留めた!」

「EDF! EDF!」

「戦略情報部、少佐です。 バルガが怪生物に有効な事がこれで証明されました。 非常に意義ある勝利です。 これより、世界中に放棄されていたバルガを可能な限り回収し、強化改造を施します。 今回の戦闘データを元に、対怪生物の切り札として活躍が見込めるでしょう」

少佐はそう言うが。

しかし、エルギヌスに同じように戦えるかは分からないし。

何よりこのPCの支援がなければどうなっていたかも分からない。

更に、このバルガは動かして見て分かったが、まだ出力の68%程度しか出ていない様子だ。

100%状態の戦闘データが取りたい。

一応、後でレポートを出すが。

兎も角、今は周囲の援護だ。

「みな、無事ッスか!」

「ストーム2、全員無事! 負傷者無し! 狙撃部隊も全員生還!」

「此方ストーム3、全員無事だ。 まあまあの敵だったな」

「此方ストーム4、同じく全員生還! なかなかの映画を楽しませて貰ったぞ」

壱野の返事がない。

弐分もだ。

三城が、声を掛けて来る。彼方だと。

爆発が連続で起きている。バイザーの情報を確認。弐分が、あの赤いコスモノーツとやりあっている。

とんでもないスピードでの攻防だ。あんなのと壱野は戦ったのか。

「支援に行くぞ!」

「いや、奴はもう逃げるつもりらしいですね。 大丈夫です」

「村上三城といったな。 そこにいるか?」

不意にバイザーに割り込んでくる威圧的な声。明らかに声に愉悦が含まれている。

あの赤い奴の声か。

バイザーに割り込むとは、ハッキングも出来るのか。まあ、出来て当然とみるべきだろう。プライマーのテクノロジーは、人類を遙かに超えているのだ。

「今回来るつもりはなかったのだがな、あまりにも面白そうな事をしているからついつい参加してしまった。 まさか「お前達が言う所のアーケルス」を倒すとはな。 今戦ったお前の名前は?」

「村上弐分……」

「フッ、俺が出る価値がありそうな戦士だ。 また相手をさせて貰うぞ」

ふつりと通信が切れる。

ログを確認するが、どうもストーム1の回線だけに割り込んできたらしい。目をつけられたっぽいな。げんなりする。

いずれにしても、これで作戦は終了だ。

大きくため息をつく。

既に骨になっているアーケルス。これは、再生能力には余程大きな代償があると見て良いだろう。

思い起こせば、エルギヌスも恐ろしい死に様を晒すのだった。あんな巨大生物なのだ。しかも明らかに常軌を逸した性能を持っている。何か、色々と改造されているのだろう。

黙祷してやるつもりにはなれない。こいつにどれだけの人が蹂躙されたか分からないし。此奴にその痛みも伝わる筈が無いからだ。

無言でいる。東京基地の司令部は、千葉中将も一緒になって大騒ぎしているようだった。

まあ、無理もない。

ずっと負けっ放しだったのだ。

そこに一筋の光明が差した。

それだけで、喜ぶのは充分過ぎる程なのだから。

 

3、巨神の帰還

 

東京基地に到着。三城が見ている前で、バルガが輸送ヘリから切り離されて、バンカーに。

戦闘時のように荒っぽくでは無いが、着地していた。

わいわいと周囲に人が集まっているが、すぐにメカニックが来る。

アーケルスの攻撃を結構貰っていた。

整備が必要なのだろう。

エレベーターが先に降りて、大兄が上がる。コックピットから、PCを運び出すのを手伝ったのだ。

一華は周囲の視線を浴びて恐縮していた。

別に、今くらいは賛辞を浴びても罰は当たらないと思うのだが。

千葉中将が、直に出迎える。

「流石だストームチーム。 よくやってくれた」

「いやー、ハハハ。 バルガだけだったら、多分勝てなかったッスわ」

「分かっている。 援護あっての勝利だ。 それと、戦闘に関しての問題点などはレポートにして上げてくれ。 休んでからでかまわない」

「そうさせて貰うッス」

一華が疲れきった様子で自室に向かう。兵士達は、あんなひょろそうなのが、と視線に書いていたが。

大兄が咳払いすると、全員すぐに散って行った。

みんな仕事があるのだから。

三城も仕事がある。大兄と小兄と一緒に、千葉中将の執務室に出向く。

そして、バイザーの通信情報を提出。戦闘情報も一緒に。

画像で見ると、凄まじい。残像をつくって動いている。他のコスモノーツは機敏だが、動物の範疇に入る動きだった。

だが、赤いあのトゥラプターという奴は違う。まるで別物だ。

千葉中将は唸っていた。

「またあの赤いコスモノーツが現れたのか……」

「同じ個体で間違いないです。 凄まじい機動力で、他のコスモノーツとは一線を画する戦闘力でした。 しかも武器は剣のようなもの。 あれほどの強力なコスモノーツは初めてです」

「剣を装備したコスモノーツが最強か。 それもまた、不思議な話だな。 ショットガンやレーザー砲を装備した者より強いのか」

「明らかに強かったです」

小兄が心配だ。

戦闘時、かなり無理のある動きをしていた。

大兄も、あいつに目をつけられている。三城にも、いずれ勝負を挑んでくるかも知れない。

「スピア以外の近接戦闘装備が欲しいです。 ハンマーは彼奴には当てられないでしょうから、それ以外を。 回して貰えますか」

「ああ、先進技術研が剣や刀をフェンサー向けに作ろうとしているようだ。 確か剣の方は試作品があると聞く」

「剣……」

「そうだな。 西洋剣よりも刀の方が使いやすそうだ。 此方でも、話をしておこう」

今は休むように。

そう言われて、頷いて執務室を後にする。

「小兄、大丈夫?」

「何度も刃が直撃しかけた。 一華やお前も狙って来る可能性が高いと見て良いだろうな」

「それはいい。 体の方は?」

「……まあ、寝ていればどうにかなる」

小兄も寝室に向かう。

大兄は、大きく嘆息していた。

「敵は他のプライマーのエイリアンと違うな」

「確かに別物」

「そういう意味では無い。 会話というものには、何段階かあってな」

「?」

大兄が難しい話を始めた。こういうのは、だいたいおじいちゃんの。祖父から引き継いだ言葉である。

なんでも大兄によると、基本的に人間の中で、会話をしていても。意思を疎通している個体はあまり多く無いのだという。

自分より上か下か。

それで人間は態度を変える。

九割以上の人間はそう。

そして自分より下と見なした相手には、意思を押しつける事はあっても、基本的に相手の意思などどうでもいいと考えもする。

それが人間だという。

まあ、頷ける話だ。三城も学校では周囲の生徒の恐怖の視線を向けられていたが、あれは多分上とも下とも判断出来ず、困惑していたからだろう。

人間の使う言葉というのは、殆ど意思疎通のツールとしては機能していない。それは何となくは分かる。

実際問題、交渉などはほぼ利害がない限り成立しないのだ。

言語というのは、それだけ未成熟なコミュニケーションツール、という事である。

「あのトゥラプターという戦士は、明らかに此方に意思を向けてきていた。 それどころか、お前の意思も聞いて来ただろう」

「うん」

「要するに俺たちを同格と見ていると言うことだ。 プライマーは基本的に、人間に対して侮蔑と殺意しか向けていない。 その点でも、あいつは違っている」

「……あの政治家のおばさんじゃないけれど、あいつとは会話できないのかな」

会話は出来ないと、大兄は言い切った。

恐らくだが、戦闘で意思を疎通するしかないだろうとも。

そうか、それは残念な話だと思う。

もしも多少なりと話が分かるプライマーがいるのなら、少しは譲歩したりとか、何故人間を殺すのが必要なのか聞いたりとか。場合によっては対策したりとか。出来るかも知れないのに。

ただ、あのトゥラプターという赤いコスモノーツ。

同族に対しても、侮蔑の意思を向けているような気がした。

これはあくまで勘だ。

本人に聞いてみないと、分からないだろう。

「勝てば話をしてくれるかな」

「戦闘は避けろ。 はっきりいって、俺も勝てるかかなり怪しい。 緒戦はどうにか乗り切ったが、次も乗り切れるかは分からない」

「大兄に其処まで言わせるほど……」

「そうだ。 もしも挑まれた場合も、極力無理はするな。 絶対に支援に行く」

こくりと頷く。

後は休むようにと言われたので、そうする。

基地はどうやら、お酒とかも振る舞われているようだけれども。あの時々ウィスキーを傾けているジャムカ大佐すらさっさと寝室に直行した様子だ。流石に厳しい戦いが連続しすぎた。

三城も、休む事にした。

 

目が覚めて、起きだす。時間はある程度余裕がある。身繕いを済ませると、バルガの様子を見に行く。

周囲に足場が組まれて、急ピッチで補修がされていた。

どうやら、東京基地にバルガをあつめるつもりらしい。既に数機か、集められているようだった。

他のバルガはかなり損傷が激しいようだ。四肢が欠損している機体もある。

E1合金というのが、かなり貴重なのもあるのだろう。

全身をダークグレーに変えて、いかにも戦闘用という風にバルガを作り直しているようだが。

ひょっとしたら、ベース228から持ち帰ったものが、一番状態が良かったのではあるまいか。

あくびをしながら一華が来る。

おはようと言うと、もうひとあくび。バイザーも顔から外していた。

「バイザーはつけた方が良い」

「ああ、分かってるッスよ。 一応アラームをつけて、外しているときに何かあったら音が出るようにしておいたッス」

「そんな機能あったっけ?」

「追加でつけたッスよ」

呆れた。

EDFの備品に、何をしているのか。

一華は三城の隣に立つと、集まりつつあるバルガを見上げる。そして、バイザーをようやくつけて操作していた。

「ええと、回収出来る範囲にあったバルガはベース228以外のだと14機。 その全てに損傷……E1合金がなくなっているものもあったと。 なーるほどねえ」

「どうしたの?」

「恐らく、ベース228にあったバルガが一番マシな状態の可能性が高いと、戦略情報部が判断したッスよこれは。 だからストームチーム結成も兼ねて、彼処を攻略させたと」

「……」

一華は更に言う。

この様子だと、本来のバルガの性能は多分どれも出せないだろうと。

ベース228から回収したバルガは、今後マーク1と名付けるようだ。他のバルガはウォーバルガと名付けるらしい。

八機はそこそこ状態が良いようだが、改良にはそれなりに時間が掛かる。

残り六機はかなり損傷が酷く、動くようになるまで更に時間が掛かるのだとか。

ダン中佐が来た。

敬礼する。一華も遅れて、ちょっとぶきっちょに敬礼した。

軽く社交辞令をかわしてから、話をする。

「マーク1の戦闘、見事だった。 しばらくは、マーク1は俺が預かることになった」

「戦闘データを取りに行くッスか?」

「ああ。 君達はこれから彼方此方連戦して貰う事になる。 怪生物がいる地点は、中華にも米国にもある。 幸い輸送ヘリで運べる範囲内に作戦地点があるから、凪少佐のデータを元に、俺が動かして見る」

「あー、それ何スけど。 多分アーケルスの弱点、背中ッスわ」

真顔になるダン中佐。

元々荒木軍曹に比べて、かなり表情が豊かな人ではあるが。それでもやっぱり驚いたらしい。

「まだ確証は持てないッスけど、背中にプラズマグレートキャノン叩き込んだ時、思いっきり怯むんスよねえ。 もしもどこかでアーケルスとやり合う場合は、背中を支援部隊に狙って貰って、動きを止めないと勝てないと思うッス」

「ありがとう、参考にする。 ただ、最初に戦うのはエルギヌスの予定だ。 エルギヌスは通常火器で君達が倒した記録まである。 バルガの試運転に丁度良いだろう。 何とかしてみるさ」

ダン中佐は敬礼して去って行く。

まあ、いますぐに、ではないのだろう。

そもそもマーク1だって、万全の状態ではないのだから。

大兄が来る。任務だなと、すぐに分かった。一華に視線を送る。ああと、一華も察したようだった。

「任務だ。 ストーム1だけで出る。 高機動型ニクスは、長野一等兵が万全の状態に仕上げてくれた」

「ありがたい話ッスねえ。 それでどんな任務ッスか?」

「俺たちがベース228を叩いている間に、九州の戦線が押されていた。 それを押し戻しに行く」

地図を見せられる。

佐賀県の一部に、ビッグアンカーが多数突き刺さっていて。そこから大量の怪物とドローンが来ていると言う。

現地の部隊はもう殆どまともに機能していない。

それだけ九州の戦線がまずいと言うことだ。

ディロイの部隊が来ていると言う話もある。更に、人食い鳥も。

飛騨の飛行型の巣を叩きに行くまでに、まだ少し準備が掛かる。その準備の間に、九州の戦線を本部は押し戻したいらしい。

「現地で合流する戦力……一分隊の歩兵だけッスか」

「ストーム2は東北、ストーム3は米国、ストーム4は中華にそれぞれ支援に行く。 またストームチームはバラバラだが、仕方が無い。 それだけ、各地の戦況がまずいと言うことだ」

「大兄」

小兄が来る。

急いでいる様子だから、ろくな状況ではないと見て良いだろう。

「マザーシップが衛星軌道上に来ているらしい。 例の作戦目標地点に近付いているそうだ」

「そうか、作戦を前倒しだな。 行くぞ」

「わかった」

すぐにヘリに出向く。

もうヘリにはニクスと補給車、大型移動車が積み込まれていて。いつでも出られる状態だった。

これで福岡の基地まで飛んで、そこからは大型移動車で行く。

というのも制空権が確保できておらず、陸路を行くしかないらしい。

九州はもうドローンだらけで。

各地の基地も、そのドローンの対処だけで手一杯。怪物による猛攻を受け、陥落寸前の基地もあるそうだ。

それならば、確かに前倒しで急がなければならないだろう。

飛騨の飛行型の基地を攻撃する作戦が遅れるのも問題だが、それ以上に九州の各地が危ない。

もう人々は基地の地下に生き残っている状態だ。

基地が落とされるというのは、市民がそのまま虐殺されることを意味している。

どんどん街からは人が消えている。

基地の地下や、山などに逃れているのである。

ましてや九州は、敵の攻撃が特に激しい状態だ。中華や米国は、どこもそんな状態なのだろうが。

それでも守れる所から、守って行くしかない。

インドもオーストラリアも南米も、更に酷い状態の戦線は幾つもある。

それらも救える限りは救いたい。

ただ、救っても感謝されるとは一切思っていない。

それは、そういうものだと三城は考えているからかも知れない。

ヘリが全速力で飛ばす。その間に、ニュースが入ってくる。バイザーを通して、軽く見ておく。

アーケルス撃破の報告は、世界中で好意的に受け止められているようだ。

まあそれはそうだろう。

アーケルスに対して、人類は途方もない被害を出してきた。機甲師団を幾つ潰されたかもしれない程だ。幾つもの基幹基地も蹂躙された。市民も文字通り、踏みつぶされてきたのである。

アーケルスという怪生物には、あらゆる兵器が通用しなかった。それに対する撃破報告である。それは、嬉しいだろう

ただ、アーケルスを一体倒しただけだ。

まだ世界中にいる。

それをこれから、どうにかしないといけないのは。乗り物を扱うスペシャリストである一華ですら、あれだけの苦戦をしていたのを見ていると。複雑な気分である。

現地に到着。

かなり荒れ果てていた。

九州は前にも転戦したが、各地が酷く荒らされている。EDFの日本支部が関東近辺を守る事に注力していたから、というのもあるのだろう。

飛行型の巨大巣への攻撃作戦の準備もあった。

開戦当初のEDFの戦力だったら、そんなことはすぐに出来たのだろう。

だが今は全戦線で押し込まれ、徹底的にやられている状態だ。

前とは状況が違っている。

周囲を見回す、戦闘の。それも一方的な虐殺を受けた跡がたくさん見られる。

これでは、兵士達はやる気を失うだろう。

現地で待っていた、恐らくスカウトだろう一分隊と合流。

幸い、それなりに経験を積んだスカウトのようだ。

あくまで、それなりにだ。

開戦後に徴用されて、数戦を生き延びた。

それだけでも、今は貴重な人材と見るしかない。

大兄が敬礼。相手も返してくる。

「村上班、いや今はストーム1でしたね。 よろしくお願いします」

「よろしく。 それで状況は」

「まるでビッグアンカーの森です」

データが送られてくる。

現在進行形で、ビッグアンカーが送られてきているという。

今は怪物の転送はされていないが、それも時間の問題だと言う事だった。

「元々九州では、アンカーを落とされてはそれを何とか破壊するという作戦の繰り返して、戦力をすり減らされてきました。 作戦の過程でニクスやタンクも大半がやられてしまって……」

「分かっている。 今回は、俺たちが来た。 全員を生還させ、このアンカーも全て叩き落とす」

「た、たったこの人数で!?」

「仕方が無い。 みんな、死んじまったんだ……」

愕然とする一人に。

静かに、悲しげにもう一人が返している。

まあ、そう返すのが普通だろう。三城だって、その哀しみは分からないでもない。その哀しみだけは。

さて、ビッグアンカーが相手か。

大兄はどう出る。

ライサンダーZで一本ずつ折っていく感じだろうか。

「一華、航空支援は呼べそうか」

「いえ、無理ッスね。 各地の戦線がこうも押し込まれていると。 それにベース228の奪還作戦でのダメージも小さくないッス」

「分かった。 それではニクスで前衛を張ってくれ。 自動砲座の展開位置タイミングについては、後で指示をする。 弐分、いつものように最前衛で攪乱。 体の調子は万全か?」

「大丈夫だ」

小兄は、軽く体を動かしている。

この間の赤い奴の襲撃で、相当に肝を冷やしたようだが。

逆に、緊張感を喚起されたと言う事で。

かなり引き締まっているそうだ。

そういえば、三城も同じかも知れない。

また、愉快犯的に、奴がいつ仕掛けて来てもおかしくは無いのだから。

「この辺りにあるビッグアンカーは見た感じ最新式で、耐久力も相応だろう。 俺と三城でへし折って、その後は押し寄せてくる怪物を順番に捌いていく事になる。 攻城戦だが、シールドベアラーがいないだけマシだ。 一つずつ潰して行くぞ」

「わかった」

「皆は、ニクスの随伴歩兵となってほしい。 ニクスも多数の怪物に接近されると厳しいのはタンクやグレイプと同じだ。 常に周囲を警戒してくれ」

「イエッサ!」

作戦を開始する。

今回は、同じ型番のライジンを二本持ってきている。

耐久力に問題がある。

その指摘をした所。壊れると判断したら、次を使ってほしいと二つ寄越してきたのだ。

つまり耐久力の欠点はカバーできなかった。

まあいい。今回は一華が全力で弾幕を張ること。更には小兄が前衛で攪乱戦をする事もある。

装備はこのライジンと、小回りがきく電撃銃で行く。

物量が予想以上に多いようだったら、誘導兵器に切り替える。それで良いだろう。

スプリガンの一斉レーザー攻撃を見て、三城も思うところがあった。

技量については、ジャンヌ大佐を除くとそこまで凄いとは感じなかった。

だが、連携しての戦闘力は非常に高い。

そう考えると、あの技量については研究する余地がある。貪欲に強くならないと、生き残る事すら無理だろう。

「三城。 行くぞ」

「うん」

バイザーに狙うアンカーが転送されてくる。

朽ちかけているビル街に、林立しているアンカーの一つを、まずは打ち砕く。

他と離れているアンカーだ。撃ったことによって、どう反応するかを大兄は見てもいるのだろう。

ライサンダーZの弾は、更に火力が上がっている様子だ。

更に其処にライジンを同時に叩き込む。

凄まじい火力が一点集中して、ビッグアンカーも一気に消耗した様子だ。怪物がわっと出てくる。

γ型か。

他にも、もう一本のアンカーも、反応したようだった。ビッグアンカーだから、出てくる怪物も多い。α型が銀赤金と、勢揃いである。

「弐分、金のα型から優先。 一華は支援。 三城はγ型を絶対に近付かせるな」

「イエッサ!」

全員が即座に動く。

三城はビル上に跳び上がると、自動砲座の一斉攻撃で弾き返されているγ型を、一匹ずつ雷撃銃で狙って粉砕していく。

硬そうだが実際にはそうでもないので、砕くのは難しくは無い。

ただし。此奴らの真骨頂はβ型以上の機動力だ。

β型は凄まじい浸透戦術を得意としているが、それとは違う硬質的な移動で。文字通りボーリングの球のように飛んでくる。

このため、γ型はもう他の怪物と同レベルの危険な相手として、兵士達には認知されているようだった。

ほどなく、大兄のライサンダーZの二弾目が、ビッグアンカーにとどめを刺す。

小兄は。

α型多数を相手に奮闘中だ。

今回は、試験的に大きな剣のような武器を持ってきている。回転しながら振るう事で、文字通り人斬り包丁として使っているようだが。まあ人斬り包丁というか、怪物斬り包丁だ。

「剣術というが、やはり日本刀のようには扱えないな」

「無理はするなよ、弐分」

「大丈夫だ大兄、それより供給源を叩いてくれ」

「ああ、分かっている」

指示が変わっていない。まだγ型がいるから、一華と連携しながら処理。

兵士達も必死にアサルトを射撃して、敵を近づけないようにしている。

人間相手だったら必殺の兵器であるアサルトライフル。いや、だいたいの生物に対しても、深刻なダメージを与えられるものだが。

怪物がおかしすぎるのだ。

激しい射撃の末に、最初のアンカーから短時間の間に落とされたγ型を駆逐し終える。そのまま、α型への攻撃に移動。

一華のニクスが前進を開始。補給車も追随している。

拠点を変えるということだ。戦況が動くまでは、自動砲座を回収する余裕だってないだろう。

「三城! 隙を見て稼働中のアンカーにライジンの一撃を叩き込んでくれ!」

「わかった、すぐにやる」

「気を付けろ」

分かっている。金のα型が、また数体落とされた。あれに接近されると、ニクスですら危ないし。

何より巧妙に殺意を込めて背後から忍び寄ってくる。

金のα型だと、兵士が叫んでいるのが聞こえる。

兵士達の間でも、既に恐怖とともに浸透しているらしい。それはそうだ。彼奴らは、文字通りの暗殺者である。

本職の暗殺者なんて、日本からは絶えて久しいだろうが。

だからこそ、逆にその脅威は計り知れない。

金のα型の攻撃を何とか大兄がしのぎながら、隙を見てライサンダーZの一撃をビッグアンカーに叩き込む。

同時に、別のビッグアンカーが反応。どうやら、連鎖反応するように意図的に位置を調整されているようだ。

大兄が無言で攻撃を続ける。

ドローンがわんさか出てくる。アンカーからドローンが出てくるのは前にも見たことがあるが、これでもう航空機は何にしても呼べなくなった。

他に出て来ているのはβ型だ。

厄介な組み合わせである。

「一華、ニクスをもう少し前進。 皆は補給車から自動砲座を出して指示通りの位置に展開してくれ」

「敵のど真ん中ですよ!」

「支援はする!」

大兄の正確極まりない射撃で、α型がもりもり倒されていくのを見て、兵士達も不満を飲み込み、

必死に自動砲座を撒きはじめる。

一華はそのまま、隙を突いてチャージしたエネルギーで。ライジンの火力をビッグアンカーに叩き込む。

更に大兄が、これまた隙を突いてライサンダーの弾を撃ち込んだことで。

ビッグアンカーは崩壊していた。

だが、わんさかα型が寄せて来ているのだ。β型もこれに加わり、タイプワンとは言えドローンまで。

とてもではないが、油断出来る状況ではない。

ドローンがレーザーを放ってくる中、建物の合間に逃げ込む。雷撃銃で確実に敵を落としていく。

一華の負担が大きくなっているが、それでも一華の射撃は正確で。火力も凄まじい。

マンパワーでどうにかしている大兄と違って、独自のサポートプログラムと専用に組んだPCでどうにかしているらしいが。それはそれで、強さの一つだろう。

金のα型、掃討完了。

雷撃銃で、隠れながら進んでいた一体を倒して、そう呟く。

赤いのと銀のは小兄に任せてしまって大丈夫だろう。そのまま、次のアンカーを狙うべく、ライジンにフライトユニットからエネルギーをチャージする。大兄も、射撃の隙をうかがっているようだった。

 

4、末路

 

ストームチームが結成された。

河野はそれを聞いて、畜生と呟いていた。

最後の最後で放り出された。

実力主義のチームで、実力を見せていたから大丈夫。そう思っていた。だがジャンヌ大佐は。

あの鉄の女は、どうやら何度か新人を捨て石にして、河野が生き延びていたことを良く想っていなかったようだった。

そんなの、戦場では当たり前では無いのか。

河野だけじゃない。

他の兵士を盾にして逃げ出す奴なんて、河野はなんぼでも見た。

EDFは敵に背中を見せない、か。

そんなの、嘘だと戦場に出てみて、すぐに分かった。

スプリガンですら、怖じ気づいて逃げだそうとして。そのまま怪物に食われた奴はいたのだ。

それを河野がやって、何が悪いというのか。

最後の最後ではじき出された。

ただ、それでも良かったかも知れないと最初は思った。

どうせストームチームとやらは、これからずっと過酷な最前線をたらい回しにされるのだろうから。

そう、思っていた。

河野は今。単独で、戦場に放り出されていた。

総司令部としても、今までの行状が行状だと思っていたのだろう。

河野が死のうが、どうでもいいのか。

或いは、連携しての戦闘が出来ないと判断している可能性も高そうだ。

米国の、小さな街。

味方の連携もなく、そこに放り出されて。すでに巣くっている怪物どもを全部駆除してこい。

一人で。

そう言われた。

そして、指示をしたカスターとか言う中将は言ったのだ。

お前の戦歴は見た。何度も味方を盾にして戦っているな。そんな状況では、お前に背中を預けられる者なんていない。

せいぜい一人で生き抜くんだな。

逃げようとしても、装備類には追尾のシステムが入っている。どこにいても分かるからな、と。

もう河野には。

生き残るために戦うしかなく。

そして今。

自分が如何に、ジャンヌ大佐や同僚達に助けられ。更には大して技量も将来性も変わらない同僚を使いつぶしながら逃げ回っていたのか、悟るのだった。

逃げられない。

倒し切れない。

必死に逃げながら、攻撃を続けるが。

怪物の攻撃は、こんなに巧妙だったのか。

飛んできたγ型が、確実に退路をつぶしに来る。

「此方独立部隊河野! 支援を要請する!」

「余剰戦力無し。 其処で作戦を全うせよ」

「ちきしょうっ!」

メッキが剥がれて本性が出る。だが、大量に集まってくる怪物が、そもそも退路をくれない。

飛んで逃げればいい。そんな風に思う奴もいるかも知れないが、ウィングダイバーのフライトユニットはそこまで自由に飛べない。

更に、翼が砕けた。

今、β型の攻撃が、擦ったのだ。

見る間に高度が落ちていく。

かろうじて着地には成功。だが、地面に叩き付けられるのを避けただけ。

その上怪物が周囲を包囲していた。

そして、絶望する間もなく赤いコスモノーツが現れる。なんだ、こいつ。赤いコスモノーツなんて、見た事もない。

「なんだその戦いぶりは。 あの愉快な戦いの直前に、つわもの達の集団から離脱した奴がいると聞いて見に来たが……外れか。 はっきりいって話にもならんな」

喋った。

コスモノーツが。

しかも、手にしているのは剣だ。両手に剣のような武器を装備している。コスモノーツ特有の鎧は赤いだけではなく、ブースターを各所に着けていて、速度を上げるのにも使っている様子である。

「ちっ。 独立して活動させる意味がある戦士だったら、あいつらと同格かとも思ったんだが、とんだ無駄足だったな」

「た、助けて!」

「あん?」

「なんでも喋る! ストームチームのことも、知ってることは全部!」

言葉が通じる。

それならば。会話が成立するかも知れない。

卑屈に相手に許しを請うのは、実の所初めてだった。河野はジャンヌ大佐に高圧的に指示を受けることはあったが。

それ以外では、基本的に高圧的に振る舞う方だった。

金は持っているが無能な両親は、どっちも河野のいい金づるだったし。

学校では河野は文字通り好き勝手に振る舞う事が出来ていたからだ。

河野は会話には自信があった。

だから、乗り切れるはずだった。

鼻で笑った赤い奴。

その次の瞬間。河野の意識は、文字通り微塵に砕けていた。

 

まさか命乞いをするとはな。

それに、あっさり味方のことを売ると来たか。

反吐が出るクズだ。

無能な先祖のように。

トゥラプターは、剣を振るって一瞬で粉々に消し飛ばした敵兵の残骸を汚物のように見やり。味方に通信を入れる。

「帰還する。 指定の位置に揚陸艇を飛ばせ」

「了解しました」

いわゆる親衛隊。

精鋭で構成された部隊は、トゥラプターの麾下にある。それだけの評価を受けている戦士なのだ。

戦士と言ってもピンキリだが。この危険な作戦で、確実に勝つために投入された戦士の中の戦士。

それがトゥラプターだから。

族長にも洒落臭い口が利けるし。

本国の長老どもも、行動を容認している。

程なく来たドロップシップ。さて、戻るか。

次もあいつらが苦戦している所に押しかけて、勝負を挑むとするか。

今殺したのと同じ兵種。前に軽く喋った相手がいたか。三城といったな。

それを次に狙うとしよう。

今のようなゴミと違うと良いのだが。

そう、期待を込めながら。トゥラプターは考えていた。

トゥラプターは自覚しているが、戦闘にしか適正がない。そして、戦闘することでしか、自己を確立出来ない存在だった。

それを誇りに思っていたし。

戦士でありながら、それが出来ない奴を心の底から軽蔑もしていたのだった。

 

(続)