天地の強者

 

序、怪魔

 

ビッグアンカーを大量に落としていったマザーシップは、そのまま海上に抜けた。ビッグアンカーは全て破壊し終わったが、問題が発生している。最後に破壊したアンカーから、アンノウンが出現。

それも複数。

戦闘を避けるように指示をしたおかげで味方の被害は小さかったが。それでも尋常な相手ではなかったという。

そのアンノウンは、以前移動基地が居座っていた大阪の街に逃げ込み。

そして現在、復興どころではない大阪にて、我が物顔に居座っている、と言う事だ。

更に、そのアンノウンはβ型ににており。

β型が大量に、それに追随しているという。

破壊したビッグアンカーから出現したものの生き残りだ。

筒井大佐は、バイザーの画像などを共有してくれる。

「これは……巨大なβ型、ですか!?」

「恐らくはそうや。 ただでさえ危険なβ型やし、放置は出来へん。 今、大阪基地は戦力の再編制と武器の生産で手一杯や。 頼めるか?」

「分かりました。 なんとかしてみます」

壱野は敬礼をかわす。

そろそろ、荒木軍曹を准将にという声が上がっているらしいのだが。

それもまた、先になりそうだとか。

いずれにしても、EDF上層部は混乱しているようだ。

北米と中華は、各地で撤退戦を続けている。

中華では、項少将が必死の抵抗を続けているそうだが。あの重装コスモノーツを主力とした部隊に、各地で押されているという。

無理もない。

あれと戦うには、更に強力な武装が必要だ。

今、壱野もライサンダーの強化型を先進技術研に頼んでいる。

今持っているF型も充分に強いが。

それでも恐らく足りなくなる。

アサルトの強化も更に必要だろうと思う。

先進技術研も、ストークの完成型を作るべく、改良を急いでくれているらしいが。

前線では、その完成型が届く前に、兵士が残っているかどうか。

ともかく。大阪基地を出る。

移動用大型車両に一緒に乗り込んで来た兵士達は、フェンサーの一部隊。一分隊だけだ。

一人も出せる状態ではないのを、それでも無理矢理捻出してくれた、と言う事である。

感謝しなければならないだろう。

そしてプライマーには鉄槌をくれてやらなければならない。

現地に到着。

大阪の中心部では無く、高槻の辺りだ。

かなり中心部から離れているが、怪物にはその方がむしろ心地よいのかも知れない。

凄まじい殺意を感じる。

これは、危険だ。

「総員警戒。 三城、ファランクスとライジンで武装しろ。 一華、野戦陣地を今のうちに構築してくれ。 フェンサー隊は、自動砲座の展開を手伝ってほしい」

「イエッサ!」

「フェンサースーツのパワーは装甲車並みです。 運搬ならお手の物ですよ」

「助かる」

スコープを使って、今のうちに敵を確認しておく。

五体、とんでもないのがいる。

あれがアンノウンで間違いないだろう。

足を拡げた大きさは八十メートルほどもある。

α型の女王がマザーモンスターだとすれば。

あれはβ型の女王だろうか。

しかも、一体銀色の巨大なβ型がいる。あれは更に格上の相手だと判断するべきだろう。とんでもない難敵だ。

「自動砲座、展開完了!」

「出し惜しみ無しで頼むぞ、一華」

「……リーダーがそういうって事は、よっぽどの相手ッスね」

「よっぽどの相手だ」

そのまま返すが。

それ以外に、言葉がないほどの危険な敵だと一目で分かる。とにかく、危険すぎる相手である。

β型そのものが既に危険なのだ。

あのサイズ。

まともにアレが放つ糸を喰らったら、タイタンでも恐らく無事ではすまないのではあるまいか。

「よし、端から削る。 すぐにとんでもないのが来る。 皆、備えてくれ」

「シールド構え! 村上班を支援する!」

「おおっ!」

フェンサー隊の士気は高い。

或いはだが、以前大阪の移動基地破壊作戦で一緒に戦ったのかも知れない。いずれにしても、やるしかない。

狙撃。

まずは、一匹のβ型を叩き。他を反応させる。

多数のβ型が此方に向き直り、一斉に来る。

これは危険だな。

そう思うが、しばし引きつけてから。一斉に射撃を開始。今回は三城は、誘導兵器で足を止める係ではない。

自動砲座はまだ使わない。

使うのは。

「よし、今だ! 自動砲座、展開!」

「展開!」

「う、うわああっ!」

フェンサーの一人が悲鳴を上げる。

それはそうだろう。

音もなく、足を拡げると八十メートルはある巨体が至近距離に降り立ったのだから。

とんでもない化け物だ。

足が多い生物を嫌う人間はいるらしいが。

そういう人間が見たら、卒倒しそうな姿をしている。

だが、それも一斉に自動砲座が撃ち据え。一瞬の隙に三城が接近。ファランクスの大火力を押しつける。

凄まじい悲鳴を上げる巨大β型。

更に、壱野が狙撃。弐分も、一華も。それぞれの攻撃手段で一気に攻撃を叩き込む。

大きいといってもβ型。

マザーモンスターほどの強度はないようで、それで倒れる。

凄まじい量の体液が周囲に流れる。

異臭で、卒倒しそうになっている兵士もいるようだ。

だが、こいつ一匹で終わりではない。

先進科学研から、先にファランクスの最新鋭型が送られてきた。

それもあって、迅速に倒せた、という事はあるだろう。

壱野は悩んだ末に、釣り用のスナイパーライフルと、ショットガンに切り替える。

これも新型だ。

実戦で使い心地を試してほしいという話だったから。

とりあえず。使ってみるしか無い。

他の部隊が使ったら、生きて帰れないだろう。

だからこそ、壱野が使うのだ。

「自動砲座を一旦回収! 戦闘地点を移動する!」

「さ、サー……」

「弱気になるな! 俺たちが彼奴らを退治しないと、市民が襲われるんだぞ!」

隊長が兵士達を鼓舞してくれた。

その隊長も、さっきの怪物の前には殆ど何もできていなかった。

恐怖で声も上擦っている。

だが、それでも。

やる事をしてくれたのは、好感度が高い。

無言で淡々と戦闘すべき地点を変える。

成田軍曹から、無線が入った。

「コスモノーツが接近しています! β型を引き連れているようです!」

「規模は?」

「ごく少数のようです。 ただβ型には、銀色の変異種の姿も確認されています」

「フォボスを要請できるッスか?」

一華が通信に割り込む。

なんとかしてみると、成田軍曹は言うと、無線を切った。

フォボスは空軍の主力兵器として、地上戦力に対しては圧倒的な破壊力を誇るが。

それでも重装コスモノーツや、そもそもコスモノーツ相手には非常に相性が悪いと話を聞いている。

各地でプライマーは空軍基地への攻撃を激化させており。

そのため、フォボスも戦場で見かける事はどんどん少なくなってきていた。

戦闘地点を構築。

少し前線を進める。

まだまだ多数のβ型がいる。

あれらが人を襲い喰らうことを考えると、手心を加えるわけにはいかない。

まずは、端の方にいる奴を狙撃。

撃ち抜く。

当然反応してくるが、襲い来るβ型の数はそれほど多く無い。上手に大型のβ型も釣れた様子だ。

ニクスが前に出る。

β型を、皆で射すくめる。ショットガンはかなりリロードに癖があるが、火力そのものはあるタイプのようだ。

スローターと型番が振られているが、リロード時間以外は非常にいい。

先進科学研には、リロード周りの改善を頼むとするか。

そう思いながら、ショットガンで近寄ってくるβ型を確殺していく。どの道敵は接近戦を挑んでくる。

β型には相性が良い装備だ。

前線で暴れ回っていた弐分が、警告の声を上げてくる。

「大型が!」

「!」

大型が、凄まじい量の糸を叩き込んでくる。

一華のニクスが前に出て何とか壁になるが、それでも兵士達を直撃する。

盾で防ぐが、喰らった兵士達は文字通り吹っ飛んでいた。

なんだあれは。

「一気に装甲が危険ラインまで持って行かれたッスよ!」

「凄まじい火力だな……」

「焼く」

三城が飛び出していく。

頷くと、スナイパーライフルで狙撃して。

マンションの上に這い上がり、狙撃してきた大型の目を狙う。

目に直撃すると、流石に八十メートルある大型も怯む。その瞬間に、三城が接近する。

まだ倒し切れていないβ型の駆除で、一華は機銃を掃射している状況だ。

それも、機体から煙が出ているのが見える。

これは、くらったらひとたまりもないな。

そう思いながら、スナイパーライフルで、ひたすらに援護を続行。

「負傷者はさがらせろ!」

「皆、意識が……」

「ならば、意識がある兵士が引きずって連れていってくれ! 後方にはキャリバンも控えている!」

「い、イエッサ!」

動きが悪い兵士達を横目に。

ファランクスの火力を、三城が全解放。一気に巨大なβ型を焼き払っていた。

凄まじい悲鳴が轟く。

そして、文字通りマンションを抱きかかえるようにして、巨大なβ型の死体が横たわり。それは大量の体液を、もう誰も住んでいないマンションにブチ撒けていた。

周囲のβ型の掃討も何とか終わるが。

なるほど、どうやら来たらしい。

「後退。 二ブロック」

「どういうことでしょうか」

「増援だ。 西から来る」

「……」

唖然とするフェンサー隊の隊長。話には聞いていたのだろうが。

殺気が凄まじい。

恐らく、この巨大なβ型に好きかってさせるのは、プライマーの計画の一つなのだろう。

三城の話を聞く限り、プライマーは人間の言葉を理解しているし、文化についても知っている。

恐らくだが、怪物は性能が高いのもそうだが。

人間に恐怖を与えて戦意を鈍らせることも目的として作られているようだ。

それならば、コスモノーツがこの巨大なβ型を守ろうとするのも道理である。

「フォボス!」

「まもなく到着する! 爆撃座標を!」

「了解ッス!」

一華にフォボスによる空爆は任せる。

そのまま、ダメージを受けたニクスを一度下げ、自動砲座を再展開。

ニクスは大型移動車で、応急処置を受けて貰う。

三城は急いで誘導兵器に切り替え。

程なくして、敵の増援が一斉に姿を見せる。相当数のβ型と、コスモノーツは二体いる様子だ。

だが、きんと特徴的な飛行音がして。

フォボスが大量の爆弾を降らせていく。

完璧なタイミング、それに位置だ。

コスモノーツは爆撃に耐えるが鎧を吹き飛ばされ。

β型も、銀色の奴以外は全て消し飛んだ様子である。

「これほど効率的にダメージを与えたのは久しぶりだ! 空爆指示をした士官、感謝する!」

「いーや、こっちこそ助かったッスよ!」

「フォボスの恐ろしさに次も期待してくれ!」

話を聞きながら、壱野はコスモノーツの頭を狙撃で粉砕。

鎧を砕かれた以上、どうにもならない。

奴らは機敏に動いて場合によっては空爆すら回避する様子だが。今回は一華の指示がより的確だった、ということだ。

「う、噂以上だ村上班……」

「負けるな! 俺たちもフェンサーの意地を見せろ!」

フェンサー隊も奮起。

自動砲座で足を止められている銀のβ型を次々に撃ち抜く。

程なくして、増援部隊は沈黙。

後三体、大型が残っている。

ニクスが応急処置だけして戻って来た。流石長野一等兵。兵長に昇進を打診しているのだが。

本人が下っ端でいいと言っているので、通るかは微妙だ。

そのまま戦列を組み直す。

β型は大きな群れだからか、射撃しても全てが一斉に反応してくる事はない。

いずれにしても凶悪な敵だ。

油断は出来ない。

ニクスも、応急処置をしただけなのだ。

「次行くぞ。 大型は想像以上に機敏に動き、高所も積極的に取ってくる上、攻撃射程も長いようだ。 油断するな」

「イエッサ!」

「よし」

そのまま、狙撃。

また敵を釣り出す。

今度は大型を釣る事は出来なかったが、かなりの数のβ型が迫ってくる。銀色のβ型もいる。

こいつも村上班が出無い戦場では、殆ど見かけないという話もあるから。

此処がそれだけ重要な戦場、と言う事なのだろう。

自動砲座による火力の網と。ニクスの機銃を主力に迎え撃つ。

それでも接近戦を挑んでくるβ型の浸透力は凄まじいが。

取りこぼしは全て壱野がショットガンで処理する。

兵士が至近から此奴の糸をくらうと、ほぼ助からないのは今も同じだ。

アーマーが強化されていることによって、どんどん生存率は上がってきているが。

それでも、死ぬときは一瞬だ。

開戦時から、現在のアーマーが普及していれば、どれだけ熟練の兵士を失わないで済んだのだろう。

そう思うと口惜しい。

射撃を続け、銀のβ型も含め全てを片付ける。

フェンサー隊は、負傷者を出しつつも。それでも士気は高い。

「移動する。 次は此方だ」

「イエッサ!」

壱野が後退を指示し、道にまで出る。

一度自動砲座を変えて、弾丸を補給。

この辺りはまだ民間家屋が誰もいないとは言え残っていて、かなり入り組んだ地形だ。

だが壱野は、殺気を感じ取って反撃できる。

むしろ、大型のβ型とやりあうには、此処が良いだろう。

しばらくスナイパーライフルのスコープを覗き。

そして隙を見て、射撃。

β型を一匹吹き飛ばし、敵を釣る。

大型が、来る。

よし、良いだろう。

「一華」

「任せるッス。 座標に、八秒後に空爆!」

「任せろ! フォボスの恐ろしさを分からせてやる!」

また飛来したフォボスが、大型のβ型を巻き込みながら、敵を縦断して爆撃を叩き込む。

凄まじい数のβ型が、一瞬で吹き飛び。複数の爆弾を受けたからか、大型のβ型もダメージを受けた様子だ。

其処へ狙撃で追撃を入れ。

接近戦を挑む弐分と三城を支援する。

自動砲座が一斉に展開。

此方に浸透攻撃を仕掛けてこようとするβ型を、一斉に中途で迎え撃っていた。

三匹目の大型が倒れる。

戦略情報部が、通信を入れてきた。

「此方戦略情報部、少佐。 以降、巨大なβ型をキングと呼称します」

「キング? 女王個体ではないのか?」

「実はβ型の女王個体は別に発見されています。 あれほど大型には成長せず、戦闘力もありません。 別の国で巣穴が攻略された際にサンプルが得られています。 β型は巨大な王個体を中心に、多数のメスが集まって繁殖する生物のようです」

「その辺、姿が似ている蜘蛛とは真逆ッスね……」

一華が呟く。

一華が調べた所によると、蜘蛛は雌の方が基本的に大型で、しかも繁殖が終わると雄を食べてしまうと言う。

兵士達はぞっとしたようだが。

自然界では、こういう生態の生物は珍しく無いと一華は言うのだった。

いずれにしても、後二体だ。

うち一体は、銀色の大型個体である。

気を緩めるわけにはいかなかった。

 

1、束の間の休憩

 

銀色のキングとの戦闘は死闘を極めた。

何とか撃破して。そしてそれ以上の戦闘は無理と告げると。本部も流石に帰還を許してくれた。

先進科学研がサンプルを取りに来たが。

あまりにも巨大な死体をどうしていいのか、困惑していた様子である。

一応、その回収作業まで立ち会い。

それから大阪基地へ帰還する。

大阪基地では、炊き出しを用意してくれていた。

地下に避難した市民が中心になってやってくれている様子だ。

まだこの市民達を戦場にかり出さなくていい。

それだけは有り難い。

とりあえず、本場のたこ焼きやらを有り難くいただく。

ただ材料があまり良くないらしく、皆苦労しているのは分かった。

それでも一生懸命作ってくれたのだ。

有り難くいただくことにする。

兵士達がどれだけ過酷な戦闘をしているのか、皆知っているのだろう。

最近では、EDFを不甲斐ないとかいう市民も、殆どいなくなっているようだった。それはそうだ。

どんな市民でも、あの恐ろしい怪物達は目にしているのだから。

しばらく黙々と食事をする。

熱々のご飯もいただく。

貴重な食糧だろうに。

最近はレーションばかりだったから。これは有り難い。

一華は自室に引きこもって、其処で食べているようだ。

別にそれでかまわない。

誰もが、皆で食べるのが良いわけでは無い事を、壱野は理解している。

「筒井大佐が戻ってきた!」

「かなり手酷くやられたらしい……」

一気に場がしんとしたが。

だが、筒井大佐の声らしい通信が入る。

「大丈夫、わしは無事や。 皆、今食事を楽しんでいるところやろ。 気にせずみんな食べてくれ。 わしからのおごりや」

兵士達は多少安心したようだが。

これは、ちょっとまずいかも知れないな。

ただ。食べ物を無駄にも出来ない。

こんなご時世なら、なおさらだ。

さっさと食事を済ませると、壱野は筒井大佐の所に様子を見に行く。壱野の事は兵士達も知っている様子で。皆敬礼して、道を空けてくれた。

大阪基地の地下は、かなり雑多としている。

かなりの市民が、開いている空間を利用して、雑多に雑魚寝している他。

一部の空間では、地下農場を作っているようだ。

大阪基地の拡張もしている様子だが。

横に拡げていくと怪物がいつ察知して入り込んでくるか分からないし、変な場所に掘り当たってしまうかもしれない。

かといって下に掘れば基礎を壊すだけだ。

土砂が運び出されている場面には何度も遭遇したが。

少し心配になった。

ほどなくして、病室にいく。

やはり筒井大佐は、大けがをしていた。

左足を失ったらしい。

点滴を受けていて、痛々しい姿だった。

「おお、壱野中佐。 見苦しいところを見せるなあ」

「大変でしたね」

「いや、そうでもないわ。 村上班が倒してるような敵と戦ってたら、もう今頃怪物の腹の中やで」

「……」

そういうと、寂しそうになくなった足を筒井大佐は見る。

幻視痛があるのかもしれない。

これから、再生医療を試すそうだが。

それでも一ヶ月は動けなくなるそうだ。それまでは義足でやり過ごすのだとか。

「関東も大変らしいが、近畿もや。 キングなんて訳が分からない新型を投入してきおってからに」

「プライマーは、人間のダメージを見ながら新戦力を投入しているように見えます。 戦争には意外に不慣れなのかも知れません」

「そうか。 それならいいんやけどな」

「ええ……」

あの喋る赤いコスモノーツの事は言わない方が良いだろう。

敢えて壱野は言葉を濁した。

軽く話をする。

筒井大佐はさっき、コスモノーツのそれなりに大きな部隊と交戦したという。

交戦して大きな被害を出し、指揮車両のブラッカーも破壊され。その時に足を持って行かれたそうだ。

悲しい話だが。

戦闘をしていれば、いずれそうなるのも道理である。

あまり、どうこうはいえない。

「休憩を終えたら、何カ所か頼みたい戦線があるんや。 本当にすまん」

「いいえ。 お任せを」

「堪忍な……」

俯く筒井大佐。

何というか、移動基地相手にも果敢に立ち向かった勇将らしくもない、弱々しい姿だった。

傷を受けると、こうも人は気弱になるのか。

色々と考えさせられてしまう。

ともかく、まずは皆の所に戻る。その間に、バイザーに戦線の指定は来ていた。数時間後でいいので、敵の拠点を潰して来て欲しいという事だ。

やるしかないだろう。

大阪基地の戦力だって、枯渇しつつあるのだから。

 

大阪の食事は粉ものが多かったが。

缶詰とレーションばっかりだった最近では、一番マシだったと思う。

本場の調理をしても、素材が悪くては味は良くならない。そう、厨房を任されている元店主だったらしい料理人はすまなそうに言っていた。別に問題はなかったと思うけれど。料理人のプライドの問題なのだろう。

一華は伸びをすると、整備が終わったニクスを見る。

一眠りして、ある程度疲れも取れた。

とりあえず。これから戦場だ。

壱野の指示で、そのまま移動。大阪近辺にある、敵に占拠された地点を幾つか奪回に掛かる。

この間のビッグアンカー迎撃作戦と同時に敵は動き。

幾つかの地点に居座って、手が出せない状態になっているという。

それをどうにかしてほしい。

それが村上班への依頼だ。

さっさと片付ける。

そう壱野はいう。

何かあったな。

それはすぐに悟った。だが、わざわざそれについて指摘するほど、一華も野暮ではなかったし。

なにより他人のプライバシーに興味もなかった。

大型移動車で行く。

今回は、他に歩兵はいない。

まあ、村上班で全てやってしまっていいという意味でもある。

戦力が枯渇しているというのもあるだろうが。

村上班がノーダメージで敵拠点を潰せば。

それだけ味方が楽になる。

そう思って戦うだけだ。

英国で、戦線を任されて。

一華も少し思うところがあった。

他人はどうでもいいとまでは言わないが。それでも、一華が的確に動く事で、人がたくさん死なずにすむ。

それは間違いのない事実であって。

助かった人は、その後の人生を進む事が出来る。

戦場で怪物に殺されるよりも、ずっとその方が良いだろう。

だったら、一華が頑張るだけ。

それだけの話だ。

見えてきた。

コロニストが数体。

かなりボロボロの装備になっている。

補給も何もうけていないのだろう。ひょっとしたら、エサも食べていないのかも知れない。

彼奴らは怪物をエサにしているらしいという噂があるが。

一華は結構敵を見て来たが。

実際に怪物を食べている所は一度も見ていない。

あれににている空飛ぶ人食い鳥は、積極的に人間を食い散らかしにくるのに。

コロニストが人間を食うところもまた見た事がない。

何を食べているのやら。

良く分からない話だ。

そして、怪物が相当数いる。

大阪から少し離れた郊外だが、飛行型が百以上はいると見て良いだろう。

α型が地上戦力の主力で、少数のγ型もいる。

そうなると、厄介だ。

「これは空軍支援は厳しいッスよ。 どう戦うッスか?」

「……此処でいい。 自動砲座を展開。 俺が狙撃してコロニストを片付ける。 一華は三城と一緒に対空戦を行ってくれ。 その間自動砲座を展開し、γ型の接近を防ぐ」

「了解ッス」

「分かった」

なるほど、時間差各個撃破か。

コロニストに仕掛ければ、まずは飛行型が来る。これを三城の装備している誘導兵器で足を止め、ニクスの機銃で片付ける。

当然此方を邪魔しに来るγ型は、自動砲座で蹴散らす。

後は遅れてやってくるα型を、全員で迎撃というわけだ。

「大兄、高高度強襲ミサイルの新型が来た。 試してみたい」

「分かった、やってみてくれ。 着弾と同時に、俺がコロニストを始末する」

「了解」

弐分が、巨大なミサイルポッドを両手に持つ。

高高度強襲ミサイルの新型か。

破壊力が大きい上に、最近はだいぶ癖がなくなってきているそうで、実用装備にそろそろカウント出来るそうだ。

これを装備したフェンサーを大量に準備出来きれば。

文字通り、少数で敵を一方的に制圧するのも夢ではないという。

ただ、もうそんな生産力がないかも知れない。

精鋭には最新鋭兵器が回されているようだが。

新兵は型落ちを順番に回されているのが実情だ。

まあ、それでは今後も被害は増え続けるだろう。

そんな状況を少しでもマシにするために。

村上班が、暴れ回らないといけないのだ。

攻撃開始。

壱野が叫ぶのと同時に、大量のミサイルが上空に打ち上げられた。それが敵陣に到達。爆発が連鎖する。

同時に、壱野が狙撃でヘッドショットを決めたようだ。

コロニストの頭が吹き飛ぶのが、一華のニクスのコックピットのモニタでも確認できていた。

相変わらず無茶な腕だ。

この間は十キロ……稜線を考えると限界距離の狙撃を決めていたし、人間離れが加速している。

それでも敵を確実に倒し。

味方を救っているのだ。

一華には、どうこういうつもりはない。

それに話に聞く赤いコスモノーツ。

奴とまともにやりあえるのは、壱野だけだろう。一華だったら、多分まともに戦うどころじゃない。

生き残った飛行型が、一斉に飛んでくる。

さて、ここからが出番だ。

自動砲座を展開。主目標は地上戦力に固定。

その程度の指示は出せる。

そのまま、飛来する飛行型を、三城の誘導兵器の光が迎えうつ。足を止めた飛行型を、機銃で片っ端から駆除。

そういえば、飛行型対策に対空特化型のニクスをつくる計画があるとか。

ニクスでなくて車両でいいだろと思うのだが。

先進科学研に、何度か送ったレポートは、少なくともあまり重要視されていない様子だ。

γ型が突貫してくる。

だが、自動銃座の火力の網に取り込まれ。吹き飛ばされて近づけないでいる。また、それほど重要な戦場では無いと判断したのだろうか。

今こっちに突進してきているα型を見ても、金色はおらず。銀と赤が中心だった。

「飛行型、残り少数」

「援護に加わる」

コロニストをアウトレンジから全て片付けたらしい壱野がアサルトライフルに切り替えて、飛行型を叩き落とすのに加わる。程なく。飛行型は沈黙。

赤いα型が先陣を切って突貫してくる。

ニクスの火力で敵前衛を潰している間に、またミサイルが降り注ぎ。α型が凄まじい悲鳴を上げながら大量に吹き飛んでいた。

まだ、リロードに問題があるなあ。

そう思いながら。機銃で傷ついた敵を更に鏖殺していく。

射撃を続けて敵を殺す。

しばしして、敵は綺麗にいなくなっていた。

「クリア。 補給後、次の戦場に向かう」

「はー。 結構な規模だったッスよ」

「俺たちから見れば大した相手では無い。 増援が来る事を想定していたのだがな」

「はあ、そうっスね……」

ちょっと呆れた。

ともかく、補給をしておく。今回は装甲も殆どダメージを受けなかった。良い感じだ。

このニクスもそろそろバージョンアップが掛かるらしいが。

それが一華の所に来るかは分からない。

次の戦場に大型移動車で向かうが。途中で補給物資が届けられた。今は守勢に回っているのもあるが。

プライマーも、それほど積極的に動いていないらしく。

物資を届ける余裕はある様子だ。

少し進んで、山間に出る。

小川が流れている小さな寂れた街。

シャッターがどの店にも降りていて、限界集落という印象だ。

かなりの数の怪物が、我が物顔に彼方此方を徘徊していて、ディロイも数機見かけられる。

だが、ロングタイプはいないようだし、まあそれほど苦戦しないだろう。

増援がなければ、だが。

 

敵の拠点を数カ所潰して、基地に戻る。

一華は自室に戻ると、ネットを見る事にする。

すっかりネットも寂れてしまった。

ネットは現実世界と陸続きだ。

古くはネットにアクセスする事が出来る技術を持つ人間が限られていて、ネットはネット、外は外というものだったらしいが。

ネットを誰でも使えるようになってからは。

SNSを使っていない人間なんていなくなったし。

ネットはただの巨大井戸端会議になった。

それはカオスそのもので。

ネットを使って悪さをする奴もいるし。

ネットでは別人のように邪悪な事を繰り返す輩も大勢出るようになった。

だが、一華はそんなカオスを見て来て面白いと思ったし。

根っからの、悪人なのかも知れない。

いずれにしても、ネットが寂しくなっている、ということは。

もう多数の人間に、ネットにアクセスする余裕が無いという事を意味している。

世界政府の公式アカウントすら、更新がまばらになっている程だ。

これはいよいよヤバイかなあと、一華は思った。

ただ。動画サイトなどは現在も閲覧できる。

もう流石に新しい動画などは殆ど上がっていないようだが。

それでも、昔の楽しい動画はいくらでもある。

気分転換である。

現実逃避だと口から唾を飛ばして喚く輩もいるかも知れないが。ぶっちゃけ、どうでもいい。

心に余裕がなくなれば、人間は死ぬだけだ。

一華はそうはなりたくなかった。

しばらく無心に、推しだったネットアイドルの動画を見ていると、壱野から連絡が入る。

何かやらかしたかと不安になったが。

幸い、そういうことでは無かった。

「一日休暇が入った。 俺たちが今日拠点を潰して、敵が動かない事もある。 敵が大攻勢でも仕掛けてこない限りは、一日休んでいいそうだ」

「それは有り難すぎて涙が出るッスね」

「そうだな。 だから好きに過ごしていい。 ただ夜更かしだけはするなよ」

「了解ッス」

嘆息すると。

適当に動画の視聴を切り上げて。

やっておこうと思ったニクスの支援プログラムを組んでしまう。

すぐには実用化はできないが。

何しろ、自分のニクスがある。

これで試して、文字通りの実戦運用でプログラムを走らせることが出来るのだ。これほどのプログラム試験もないだろう。

幾つかのプログラムを組む。

流石に支援ツールを使いながら組むのは、一華でもバグは出すからだ。

黙々とプログラムを組んでいるうちに、ブザーがなった。

ブザーの指定をするようにと壱野から言われているのだが。

これは夜更かしを避ける為だ。

見ると、もう結構な時間である。

仕方がない。

寝るとする。

一眠りすると、この間の重装コスモノーツとの戦闘を夢に見る。夢だと分かっていても、恐ろしかった。

最後の方は、本当に泥仕合になった。

普通のコスモノーツと違って、奴らは引くことを知らなかったからだ。

ニクスが破壊されて。もう駄目だと思ったが。

その時、殆ど相討ちになって相手が倒れた。

流石に冷や汗を掻いた。

長野一等兵は、破壊されたニクスを見て、こいつはもう死んだと冷たく言った。

機械でも、死ぬ。

そういうものだと。

一華はそう言われて、なんというかとても悲しくなった。ニクスをどれだけ死なせてきたのだろう。

そう思うと、悲しいのは事実だった。

無言で起きだす。

今日は休みだ。軍用の食堂にいって、食事だけ貰って部屋に戻る。

歯磨きしたり顔を洗ったりした後、軍用のあまり美味しくない食事を口にする。外で走り回る兵士達と、一華のようなニクス乗りは運動量が違うので、食事も違っている。まあ、要は量が少ない。

だが、別にたくさん食べる方でもないし。

それでかまわない。

食事を終えると、そのままプログラムを組み始める。

淡々とプログラムを組んだ後、仮想OS上で走らせてみて。出て来た問題を洗っておいて、バグ取りをする。

支援ツールを使ってもどうしてもバグは出る。

プログラム構築はバグとの戦いだ。

これは仕方がない話である。

バグを一通り取り終えた後。食事のトレイを食堂に返しにいき。

ニクスにPCを積み込んで、バンカーで試験を幾つか行っておく。

休日だが、ぶっちゃけ普段は実戦で新しいアプリを試しているので。戦闘の外で楽しみとしてこういうことをしておきたい。

普通の兵士だと、軍用の備品には触らせて貰えないらしいのだが。

一華が夥しい戦果を上げている村上班の一人であると言う事と。

大尉と言う士官である事も理由となって。

これが許されているそうだ。

ちょっと職権乱用な気もするが。

その辺は、それだけ皆の命を救えるようになるのだと思って、勘弁してほしい所だった。

良くしたもので、長野一等兵も来た。

この人も休みらしいのだが。一華が一通り動かした後、ニクスの整備を始める。

「まったく、相変わらず乱暴に使いやがって……」

「いやー、すんません」

「まあ、こいつがあんたの能力に追いついていないというのも事実ではあるけどな。 先進科学研とやらにいって、もっと性能を根本から上がった機体を寄越して貰え」

「分かってるッスよ」

まあ、先進科学研も一杯一杯だろうなとは思う。

少なくとも、今乗っている高機動型があらゆる意味で一杯一杯なのは事実だ。世代を一つ挙げるくらいのバージョンアップが必要だろう。

とくに足回り。

何も二足歩行である必要はない。

多足型にしても良いし、無限軌道でもいい。

もう少し先進科学研は柔軟に考えても良いと思うのだが。どうしてか、その辺りに拘りがあるのか。

小首を傾げていると、長野一等兵がぼそりという。

「噂に聞いたんだが、歩行システムの開発に天文学的な金が掛かったらしくてな」

「へえ?」

「そもそもコンバットフレームの歩行システムは、もっと稚拙なものだったらしい。 それがなんだかいう巨大クレーンの計画で、大型の人型歩行システムについてのプロジェクトが持ち上がったそうだ」

よくそんな事知ってるな。

長野一等兵は階級から言っても知る事が出来る立場には無さそうだが。

或いは、彼方此方で整備兵として頼りになると思われていたり。

独自の人脈があるのだろうか。

「そのクレーンだかなんだかは、盛大に計画が失敗して、担当者の責任問題にまでなったらしいが……歩行システムはニクス型に受け継がれて、それで此処までニクスが動けるようになったそうだ」

「何処情報です、それ」

「いえん」

「まあ、そうだとしても不思議ではないッスね。 天文学的な金が掛かっているから、今更後に引けないか……。 もしもそうだとすると、バージョンを上げて対応するくらいしか、思い当たらないッスわ。 私のニクスの戦闘データ、運用データ全部回してるから、それを活用出来ないかなあ」

長野一等兵は、まあ頑張って見るんだなと言うと。黙々とニクスの手入れに戻る。

PCを取りだすと、そのまま自室に。

そして、後はぼんやりすることにした。

疲れが溜まってる。

一華はそれほど体力があるほうではない。村上三兄弟はどんだけ戦ってもけろっとしているが、あんな化け物じゃない。

ベッドで横になって、ぐったりしてると。

通信が入る。壱野からだ。

「明日から九州に出向く。 明日の0600にヘリが来るから、少し早く起きておいてほしい」

「何かあったんスか?」

「現地にいた部隊が消息を絶ったそうだ。 或いは新型敵の可能性もある。 荒木班も向かうそうだ。 荒木班なら大丈夫だとは思うが……それでもあまり遅れるわけにはいかないだろう」

「了解ッス」

まさか、あの赤いコスモノーツではあるまいな。

だが、話を聞く限り、あれは重度のバトルジャンキーだ。多分村上班が必ず来る場合にしか出てこないだろうし。他の兵士には見向きもしないだろう。

「というわけで、夜更かしはするなよ」

「へい。 あーそうそう。 先進科学研に、私が送った今までの戦闘データで、ニクスのバージョンアップを図ってほしいってレポート入れて貰えないッスか?」

「もう何度か送ってはいるが、どうも芳しくないらしい。 歩行システムのアップデートには、まだデータが足りないらしいな」

「別に歩行しなくても、というか二足歩行しなくても良いと思うッスけどねえ」

壱野が苦笑するのが分かる。

壱野も、あまり二足歩行ロボットには興味がないらしかった。

 

2、火力の嵐

 

九州に出向いた。

大雨の中、三城は思わず口をつぐむ。

荒廃が凄まじい。

各地の戦線は酷い荒れようだった。海外で転戦したときは、恐ろしい程に荒れ果てた土地を何度も見た。

だが、此処は日本。まだ戦況は他に比べてマシなはずだ。

しかも、九州を前に訪れてから少ししか経過していない筈である。

それなのに。これはどういう有様か。

街は瓦礫の山と化している。

生存者はEDFの基地の地下に逃げ込んだか。それとも世界政府が用意したシェルターから出られないか。

いずれにしても、これではもはや。

無言でいると、無線が入ってくる。

「此方荒木班、小田! 早く救援を回してくれ!」

「此方村上班! 現着!」

「おお大将っ! いつも良い所に来やがるな! あー、おほんおほん、急いで来てくれ!」

「了解。 今の通信で座標も把握した。 出来るだけ急ぐ」

朝六時にヘリに乗り、此方に飛んできた。

確か戦闘開始時間は三十分程度しか差がないはず。それで、荒木班が追い詰められているのか。

だとすると、とんでもない相手だ。

しかも今回、九州では部隊が消息を絶ったことを問題視して、虎の子のレールガンを出している筈だ。

来る途中のミーティングで、それは聞いている。

だとすると、もしもやられたのだとすると。

レールガンですら、倒せない相手と言う事になってくる。

大兄は、新型のスナイパーライフルをやっと支給されたらしいが。

まだ試験段階で、上手く動くかは分からないと先進科学研に言われているらしい。しかも、試射する余裕もこれでは無さそうだ。

いきなり実戦投入か。

それを思うと、色々げんなりする。

ヘリから、大型移動車もろとも降りる。

一華のニクスと、それに追随してくる補給車。一華はキャリバンと、DE202にも声を掛けているようだ。

九州基地は大混乱している様子である。

九州がこんな有様だ。

各地の戦線も、好き放題にやられているのだと判断して良い。いずれにしても、移動しながら指示を出す。

三城は、前から何ともいえない嫌な気配を感じていた。

やがて、銃撃音が聞こえはじめる。

見えた。

擱座している重装型のニクス。更に強化されているだろうに。多分相馬中尉が乗っている奴だ。

手を振っている小田中尉。

再生医療は上手く行ったのだろう。もう松葉杖はついていなかった。

最初に小兄が、そして三城が降り立つ。

少し遅れて、大兄と一華が。

同時に。

文字通り、それはぬっと現れていた。

禍々しい気配のタイプツードローンだ。配色が違うし、一回り大きい。赤黒いそのカラーリングは、殺意の塊のようだった。

「くそっ! 一機ついてきやがった!」

「まずは此奴を何とかしないと!」

「任せてほしい」

大兄が、早速新型のライサンダー。ライサンダーZをぶっ放す。

だが、撃つまでに時間が掛かった。

これはひょっとして、大兄でも「当てる」までに一手間掛かる程のものか。

だが、ちゃんと命中。

空気を切り裂く音が凄まじい。

色が違うタイプツーは、既にダメージを受けていたようだが、それで装甲に亀裂が入る。

逆に言うと。

新型ライサンダーの狙撃にすらも耐えると言う事だ。ダメージを受けた状態で。

更に一華のニクスの肩砲台が叩き込まれ。

小兄のガリア砲が入って、それでふらついた所に、三城が大火力のファランクスを叩き込む。

それでやっと大人しくなった。

煙を上げて地面で転がっているそれを見て、生唾を飲み込む小田中尉。

「雨に紛れて襲って来やがったんだ。 とんでもねえ強さのドローンだ」

「一緒に来ていた部隊は散り散りだ。 これでは恐らく先行部隊はもう……」

「軍曹は」

大兄が、不安そうに周囲を見る。

浅利中尉が緊迫した様子で言う。

「皆を逃がすためにおとりになってくれた。 あの軍曹だ。 まだ生きていると思う!」

「分かりました。 すぐに向かいます」

「頼む!」

浅利中尉も、顔をくしゃくしゃにしている。

相馬中尉も、補給車をあさってライサンダーを取りだす。

ニクスは、これから長野一等兵が見てくれるようだ。

ひょっとしたら。応急処置くらいは出来るかもしれない。

「弐分、三城」

「了解」

「わかった」

具体的な指示を受けなくても分かる。跳躍して、高く飛ぶ。空から、雨の中、周囲を見やる。

破壊されたタンク。

さっきのドローン、撃たせる前でよかった。もしも撃たせていたら。あんな風になっていたのか。

ぞっとするほどの火力だ。

世界政府が出来る前も、ドローンに爆弾をつけて投下したりといった方法で、タンクを破壊した例はあったらしい。

戦闘ドローンが条約で禁止された所以だ。

だが、それらの弱点も、ブラッカーはカバーしているはず。

つまり、火力が単純に巨大すぎると言う事だ。

「発見した! 座標を送る!」

「総員急げ!」

雨の中、飛ぶ。

見えてきた。

とんでもない弾幕を展開している奴がいる。文字通りの化け物。

さっきのタイプツーだ。

全体的に赤黒い。そして、機体の両端から。超火力のパルスレーザーを雨霰と展開出来る様子だ。

狙っているのは多分軍曹だろう。

させるか。

まずは突貫。

雨の中。雨粒を切り裂いて飛ぶ。少し早く小兄が仕掛ける。雨の中でも、小兄の凄まじい動きは健在だ。

空中で、スピアをもろに直撃させるが、少しよろける程度だ。

やはり軍曹は生きていた。

そのまま、物陰から顔を見せると、手にしているスナイパーライフルを雨の中でも正確に当てて見せる。

だが、まだまだ余裕の様子で飛んでいるドローン。

その真上に、飛び乗ると。

足下に向けて、ファランクスの全火力を展開した。

文字通り、押し出されるようにして下に落ちるドローン。装甲が、ゆっくり融解していくのが見える。

ファランクスのチャージエネルギーを使い切る。

多少移動は遅いものの、以前戦ったレッドカラータイプワン以上の装甲だ。

まだ生きていて、反撃に出ようとしてくるドローンだが。

通信が入る。

「弐分、翼を全力で上から踏め」

「任せろっ!」

小兄が高機動して、上空に躍り出る。

そして、左側の翼を、全力で踏んだ。というよりも、ブースターで加速していたから、体当たりをしかけたに等しい。

ぐらんと、バランスを崩す赤黒いタイプツー。

それで、さっき三城が融解させた部分が露出。

雨で急速に冷えているが、それでもまだ赤熱している其処へ、大兄の狙撃がピンホールショットで決まっていた。

内部から火花を散らしながら、落ちていく赤黒いタイプツー。

地面に落ちると同時に、爆散していた。

降り立つと。荒木軍曹は呼吸を整えながら、助かったと言う。

この人を失ったら。

多分今後の戦いは、勝てなくなる。

「来てくれたか。 たった三十分でこれだ。 相手は化け物だ」

「何とかしましょう」

「……雨の中で奇襲を受けた。 奴らは梟のように音もなく飛んできて、皆が散り散りになった。 丁度索敵中で、レールガンから乗組員が降りていてな。 乗組員がやられて、それで皆パニックになった」

「この装甲と火力では仕方がありません」

大兄が言う。

今、荒木軍曹がやりあっていた場所は、高架の土手だ。

もう電車は通っていないだろう、少し小高い場所。

しかしその土手が、文字通り抉り取られている。

あの赤黒いタイプツーが、それだけ非常識な性能を持っている、ということだ。

こんな火力、戦車砲なみだ。

それをあの凄まじい弾幕で展開するなんて、ちょっと非常識にも程がありすぎる。

「まだ生存者がいる筈だ。 奴らに気を付けながら、皆を探す」

「軍曹!」

小田中尉が、敬礼しながら叫ぶ。

普段のムードメーカーの雰囲気はない。浅利中尉も、相馬中尉もそうだ。

「生きてるって信じてたぜ!」

「まったく、こんな時にも貴方は不死身ですね」

「村上班も合流しました。 ニクスも今、急いで整備をして貰っています。 反撃に移りましょう」

「ああ、分かっている!」

軍曹が薄く笑う。

多分、軍曹も流石に肝を冷やしたのだろう。これほどの相手、この間の重装コスモノーツや赤い装甲のトゥラプターと名乗ったあいつといい。尋常では無い。

プライマーも、持てうる最強の手札を切ってきていると見て良い。

多分だが。人類にとどめを刺すつもりなのだろう。

戦略情報部の、少佐が無線を入れてくる。

「此方戦略情報部、少佐です。 戦闘データを確認しましたが、ハイグレードタイプのタイプツードローンとみて間違いなさそうです。 速度はそれほどではないものの、レーダーにも感知されない強力なステルス性を有しており、恐らく航空機がミサイルを当てるのは困難でしょう。 装甲は未知の合金や電磁装甲などの複合型のようです。 地球では再現が出来ない程の凶悪なものです。 攻撃用の武装はパルスレーザーですが、一弾ずつの火力が桁外れです。 タイタンですら、長時間はもたないでしょう」

「対策については」

「やはり一点集中で狙ってくださいとしかいえません。 以降、この新型をインペリアルドローンと呼称します。 今までで確認されたなかで最強のドローンです。 戦闘データをとってください。 他の兵士達を少しでも生還させるためにも」

「分かっている……」

荒木軍曹も流石に少し苛ついたか。そう返していた。

勿論ここでデータを取れれば、それだけ戦闘が楽になる。

一華がぼやいた。

「こりゃ駄目ッスね。 多分あのインペリアル、妨害電波も出してるッスよ。 バイザーの反応が滅茶弱ってるッスわ」

「目視で相手も確認するしかなさそうだな。 梟のように無音で来る。 皆、気を付けてくれ」

「……いますね。 一機。 ただ。 此方では無く、別の獲物を狙っているようです」

「よし。 不意を撃てるなら、撃つぞ」

大兄が早速一機感知したか。

流石だ。三城は気付けなかった。

大雨の中行く。

「妨害電波もそうだが、この雨だ。 奴らのレーダーはまるで鈍ることがなく人間を探して来やがる。 たいした性能だぜ……」

「熱心に殺戮マシンを開発してくる。 プライマーは余程勤勉らしい」

「でも、三城に話しかけて来たあの赤い奴はどうも話を聞く限りエゴイスティックな感じだったッスけどねえ。 真面目にも思えなかったし」

「プライマーという種族そのものが真面目で、そういう例外がいるのかも知れないな」

一華の疑念に、荒木軍曹がそう応える。

大兄が、頷く。

同時に、全員が展開。

大兄が狙撃する体勢に入るのをみて、荒木軍曹と相馬中尉がそれぞれ狙撃の体勢に入る。小田中尉はロケランを構えた。浅利中尉はショットガンを持ち出していた。奴に至近から仕掛けられれば、どうにかなるかも知れない。

小兄とは、左右に分かれて散る。三城が左側だ。

そのまま音を出来るだけ消して、低空を飛ぶ。

兵士達の気配。三人くらい。

それに、上空から襲いかかろうとしているインペリアルドローン。

赤黒い梟は、文字通り音もなく、パルスレーザー砲を開いていたが。

その直後に、ドンと、雨を蹴散らす音と共に。

大兄の狙撃が直撃。

遅れて、恐らく荒木軍曹のものらしい狙撃も当たったが。

流石にピンホールショットは無理だ。

相馬中尉のは外れたか。

雨の中、この距離だ。

仕方がないとは言える。

一気に速度を上げる。気づかれたと判断したインペリアルは、雨の中右往左往している兵士達に襲いかかる。建物の影に。叫びながら、中空へ躍りかかる。

先に敵に到達したのは小兄だ。全力で体当たり。思い切り姿勢をずらしたインペリアルドローンは射撃を思い切り外したが、道路を盛大に抉り取り、巨大な穴をたくさん穿つ。戦車がやられるわけだ。

行方不明になった部隊は、こんな風に奇襲を受けて、為す術なくやられてしまったのだろう。

更に、カチ上げるようにファランクスを叩き込む。大兄の開けた穴に、ねじ込む。火力を文字通り内部に直接注入されたインペリアルドローンは、一瞬だけ抵抗したが、それでおしまい。

一気に大炎上し。

燃えながらふらついて落ちていき。墜落して爆発していた。

「! 周囲の電波状況、多少クリアになったッスよ!」

「やはり奴らは電子戦機でもあるのか。 厄介だな……」

「本当に面倒くさい兵器ばっかり作りやがって!」

「……」

大兄は黙り込んでいる。

あの赤いコスモノーツの言葉が気になっているのかも知れない。

ともかく、三人の兵士と合流する。

逃げ散って、生きている兵士は他にもいる筈だ。

そう荒木軍曹がいうと、兵士の一人が青ざめたまま、指さした。

「あっちではぐれた仲間がいます。 救援が出来るなら……」

「分かった。 そう萎縮するな。 俺たちも逃げ惑って結局何もできなかったことは同じだ」

「……」

「レールガンは此処からもう少し先にある公園の側に放置されているだろうな。 回収出来れば、相手が複数でも対応できるかも知れない」

レールガンの火力は、以前富士平原の戦いでもみた。

ただあれは自走砲だから、上に向けて攻撃するのはあまり得意ではないはずだ。

少しずつ相手を仕留めながら、何とか味方を助けていくしかない。

急いで移動して行くと、人影を見つけた。

大兄に通信を入れると、すぐに来てくれる。そして、目を細めて、しばし集中した後。

廃ビルの中に呼びかけた。

「味方だ。 出て来てほしい」

「み、味方!?」

「助かったのか……」

何人か兵士が出てくる。

聞いていたよりも多い。恐らくは、昨日行方不明になった部隊の生き残りだろう。髭がぼうぼうになっている兵士がいた。

一人ウィングダイバーもいるが、完全に血の気をなくしていた。

「速く逃げるんだ。 あんな化け物、勝てる訳がない!」

「もう三機撃墜した。 残りも落とす」

「三機も……」

「村上班だ。 彼らとならどうにかなる」

それを聞いても、青ざめて俯いている兵士もいる。それだけ、怖かったと言うことなのだろう。

それを見て、臆病者とはいえない。

荒木班ですら蹴散らされた相手なのだ。

ちょっと今回は、相手が悪すぎる。

「AFVは何か生きていないか」

「タンクが真っ先にやられて、それで……」

「分かった。 補給車を連れてきている。 補給をそれですませてくれ。 負傷者は、指定する地点へ移動してくれ。 キャリバンがいる」

頷くと、数名の兵士がキャリバンの方へ行く。

さて、次だ。

一華が警告を飛ばしてくる。

「おっと。 また電波障害。 いるッスよこれは」

「壱野中佐」

「……いました」

構える大兄。

すぐに、小兄とともに左右に散る。

殺気は三城もほどなく感じた。

恐らくだが。あのビルを見張っていて。新しく来た人間……つまり救助に来た部隊を探知したから奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。

やり口がいちいち気にくわない。

そんな事をさせるか。

敵の射撃が早い。建物を影に、ジグザグに逃げる。

途中、野犬が巻き込まれたようで。文字通り影も残らなかった。可哀想だが、助けられなかった。

家が粉みじんに消し飛ぶ火力だ。

前にビルを真っ二つに切ったレッドカラータイプワンのレーザーを見たが。パルスレーザーで一弾ずつこの火力と言う事は。総合出力はあいつよりも高いかも知れない。

必死に攻撃を回避しているうちに、射撃がずれる。

恐らくこのズレ方は、大兄の狙撃が入ったな。少しだけしかずれなかったからである。

だが、攻撃が止まる。

恐らくだが、大兄にターゲッティングしたのだ。

振り返りざまに、電撃銃をぶっ放す。

水の中だと流石に駄目だろうが、雨くらいなら問題ない。

直撃し、機体がわずかに揺れる。何度か電撃銃を連射しながら接近する。その間に、空中で小兄がスピアを入れたようだが。まるで通じていない。

射撃体勢にはいる。

まずい。一華のニクスでも多分あれをモロに喰らうと耐えられない。

だが。ロケランが直撃。小田中尉のファインプレーだ。一瞬だけ機体が上向きになる。

そこに、大兄がもう一撃、ピンホールショットを入れる。

火を噴いた所に、三城は至近にまで接近。

ファランクスを叩き込む。

収束熱線が、装甲に罅が入っていたインペリアルを焼く。

やがて、真っ二つにへし折れた殺戮機械は、火を噴きながら落ちていった。

爆発はしなかった。

何か、動力機構が存在していて。

それが致命傷を受けると、爆発するのかも知れない。

皆の所に戻る。

その間に一華が、色々調べてくれていた様子だ。

「この様子だと、荒木軍曹の言っていた公園付近に五機くらいはいるッスよ。 もう三機くらい、周囲にいるッスねえ……」

「ならば一機ずつ削るぞ。 補給は大丈夫か。 そのライサンダー、新型のようだが」

「弾は問題ありませんが、とんでもない悍馬で「当てる」のに一手間掛かります」

「相変わらず大将の言う事は人間離れしてるな。 「当ててから放つ」だろ? 映画のヒーローでも再現出来ねえよ」

小田中尉が、怖れきっている兵士達の恐怖を緩和するようにそういう。

怖くない筈がない。

それなのにこうやって振る舞えるのは立派だと思う。

移動する。

更に途中で、二人発見。家屋に隠れていた所を出て来た。

大勢やられたと、士官らしい人が嘆いていたが。これが相手では仕方がないと軍曹が言うと。

頷いて、武器を手にとる。

「来るッスよ。 電波障害が強くなってきた」

「どうやら、連携して戦闘するという事は考えていない機体のようだな。 一体一体が強すぎるのも問題だ。 壱野中佐」

「分かっています。 ……彼方です」

大兄が、左の方に向き直る。

公園とは真逆の方だ。この様子だと、回り込んできていたか。

だが、相手が悪かったな。

こっちには、自慢の大兄がいる。

また、小兄とそれぞれ、別方向に飛び離れる。戦術は同じだ。相手に大兄が狙撃を入れて。

攻撃が緩んだ瞬間に接近。

ファランクスの最大火力を叩き込む。

ファランクスを普通に入れるだけでは駄目だ。

多分傷を受けた箇所にいれないと、あの装甲を貫通することはできない。

恐らくだが、ブラッカーの主砲では十発くらいは当てないと貫通できないだろう。

とんでもない化け物だ。

大兄を狙っているインペリアルドローン。

やはり小兄が体当たりを喰らわせて、射線を狂わせる。大兄の射撃が、二回通るが、それでも落ちない。

ふらついた所を、兵士達が一斉射撃するが、あまり当たらないし。当たっても効く様子がない。

それを見て怖れる兵士達を一喝して、荒木軍曹が一撃を入れる。

今度はピンホールショットが入る。

良い腕だと思う。

隣を通り過ぎながら、ファランクスの火力をねじ込む。

全力でねじ込まなくても、ライサンダーの火力が二度続けて入った状態だ。すぐに爆発四散して、それで沈黙していた。

「……今ので気づいたみたいッスね。 また来るッスよ」

「よし、備えろ」

「む、村上班。 本当に何者なんだ……」

兵士の一人がおののく。

その声が、英雄に対する謝意では無く。

恐怖に満ちていることを、三城は感じていたが。だが、それについて指摘するつもりはなかった。

一華は索敵に全力を尽くしてくれている。

それならば、そのまま頼みたい所だ。

殺気。

いや。それは錯覚か。いずれにしても、来た。

地面を蹴ると、民家の壁を蹴って更に加速。音もなく来たインペリアルドローンが、狙って来ている。

Aー10サンダーボルトよりも凄まじい火力ではないのだろうか。

見る間に爆裂が近付いてくるのは、恐怖を感じても不思議では無い。

それが止まる。

大兄の狙撃が入ったのだ。

更に、小兄のガリア砲と、一華の肩砲台の直撃が続けてはいる。

流石にふらついた所に、荒木軍曹が狙撃を連続でいれて。相馬中尉の狙撃が入った。それがとどめになった。

落ちていくインペリアルドローン。

荒木軍曹が、声を張り上げる。

「よし、見たな! やれるぞ! 残りも片付ける!」

「EDF!」

叫ぶ兵士達。

そうでもしないと、怖くてやっていられないのだろう。本当にこの叫びは、色々と利便性が高い。

後は六機前後か。

複数を相手にすると厳しい。なんとか一機ずつ、引っ張り出したい所だった。

 

3、レールガン咆哮

 

インペリアルドローンが火を噴きながら落ちていく。大兄の狙撃が、三連続でピンホールショットしたのだ。

流石だなと、弐分は思う。

まだまだあの領域は遠い。

当ててから放つ、か。

弐分も、それが出来るようになりたいものだ。、どんな相手でも、どんな得物でも、である。

大兄の凄い所は、武器を選ばない所だ。

それでもこの活躍をして見せる。今回に至っては、プロトタイプに等しい武器で、である。

まあ大兄は撃つ度にしぶい顔をしているから。

これは戻ってから、すぐに改良しろとレポートを書くのだろうが。

「よし、電波障害が消えたッスね。 だけど、レールガンはどうするっスか?」

「レールガンよりも人命を当然優先する。 だが……」

「まずは、そもそもインペリアルドローンを可能な限り落とさなければならない、ですね」

「その通りだ。 村上班がいる今なら出来る。 それに、奴らの弱点も戦闘で分かってきた。 所詮は無人兵器。 どうやら無作為に此方の無線を妨害して、人間は見境なく襲うらしい。 先の様子を見る限り小賢しい戦術もプログラムされているようだが、それでもとっさの事態には対応できないだろう」

流石、荒木軍曹らしい冷静な分析だ。ただ、それが分かったからと言って、どうにかなる訳でもない。

あの火力、まともに食らったらニクスでもひとたまりもない。レールガンは自走砲だからタンクよりも装甲は厚そうだが。そもそもレールガンは電力消費がやばすぎるという話がある。

それは要するに、とんでもないバッテリーを積んでいる可能性が高く。

レールガンは装甲を貫通されると、それを最後に大爆発して果てる可能性が決して低くはなかった。

手を上げる。

この中で、おとりを買って出られるのは弐分だけだろう。

「複数体が来た場合は、俺がおとりになります。 その間に、各個撃破をお願いします」

「……分かった。 頼めるか」

「やってみます」

「頼む。 すまない」

荒木軍曹が、本当に申し訳なさそうに言う。

公園に接近すると、彼方此方に凄まじい戦闘の跡があった。

この辺りで、荒木班は敵と戦い、蹴散らされたのだろう。

死体も幾つも散らばっている。

今は、回収してやる余裕もないし。

それに、そもそも手足だけしか残っていないとか。頭だけしかないとか。そういう死体も多かった。

あの火力だ。当然と言えば当然だろう。

むごい話だが。

あの赤いコスモノーツの話を思い出す。

お前達が言うか。

そう奴は、三城に嘲弄で返したらしい。確かに人間も、こういった残虐行為は大得意な生物だ。

特に子供の頃は、残虐な個体の方がもてる傾向がある。

事実そういうのが弐分に目をつけて来た事が何度かあった。戦闘力が高く残忍な個体から見れば、どうみても自分より強い弐分は厄介だったのだろう。

手下もろとも捻ると大人しくなったが。

その代わり、クラスメイトは誰も話しかけてこなくなったっけ。

弐分は勉強は普通にしか出来なかったから、教師はむしろ弐分を無視するようになったし。

学校という場所が腐っている事に関しては、弐分も同感だった。

ただ大兄は、そもそも怖がって誰も近付かないくらいの状態だったらしいから。大兄よりは静かな学校生活だったのかも知れない。

これが、人間を鏡で映した姿。

そう思うと、少し気分は悪い。

一華が警告してくる。

「銃声ッスよ。 多分誰かが追われてるッスね。 或いは囮にして、わざと逃がしているのかも」

「バイザーに回してくれ」

「了解」

「……この音はフェンサーのハンドキャノンだな」

荒木軍曹が特定。

どうやらフェンサー部隊も生き残りがいるようだ。だが、あの火力だ。シールドでは防ぎきれないだろう。

だとすると、おとりの可能性が高い。

「弐分中尉、先行して様子を見てきてくれ。 敵の状態を確認しておきたい。 壱野中佐は、近くに伏せてくれ。 いつでも狙撃戦が出来る体勢に。 他の皆も、戦闘態勢をとってくれ。 おとりを使って、側背から奇襲を仕掛けて来る可能性がある」

「サー!」

兵士達が散る。

穴だらけになって荒れ果てた住宅街だが。それでも遮蔽があるだけマシだ。

弐分は無言で前に出る。

必死に下がって来ているフェンサーはすぐに見えた。空中に夢中になって射撃をしている。

叫んでいる兵士もいた。

「くそっ! 無線が通じない! 誰かいないか! 畜生っ!」

「聞こえるか! 救援だ!」

「救援っ!」

フェンサー隊は合計で五人。一人は重傷のようで、もう一人が肩を貸している。

さがるように言って、そのまま立ちふさがる。

さて、どこだ。

殺気。

真上だ。

かなりの高度を取っている。なるほど、パルスレーザーで一網打尽というわけか。ホバリングもする超耐久の攻撃機。極めて厄介極まりない。戦闘ヘリは脆いという決定的な弱点があるが、此奴はそれすら克服している。

全力で、指定位置に逃げるように指示。

同時に、真上に跳び上がると、左にスラスターで高速機動。

狙って来る。凄まじい弾幕が、残像を抉る。フェンサー隊を逃がすために、少しでもいいからおとりになる。

また殺気だ。

ブースターとスラスターを酷使しながら、高機動する。十字砲火に囲まれそうになるが、どうにか逃げる。

二機、いや三機か。

反応していると見て良い。

フェンサー隊を一瞥。やはり逃げたらしい。どうやら、囮にくいついてくる大物を待っていたようだ。

残念だが、弐分はまだ小物だ。

大兄が控えている。

お前達、これだけ攻撃して大丈夫か。

大兄がいるぞ。

そう呟きながら、高機動を続ける。攻撃は考えない。ひたすら逃げ回ることで、徹底的に生存を図る。

三機のインペリアルドローンが、音もなく飛びながら、射撃を続けてくる。

これが、公園に屯しているらしい奴らだろう。

いずれにしても、時間を稼ぐ。

一瞬の隙を縫って、ガリア砲を叩き込む。一機に直撃。そのまま、またガン逃げを開始する。

インペリアルドローンは機械だ。

怒りもなければ、執着もないはず。ただし、人間を見つけたら徹底的に殺しに掛かる。それだけだ。

その非生物的な執着が、逆に「蛇のように」とか言われる風評被害な執着とは違う方向で、悪く作用している。

要するに、とんでもなくしつこいし、諦める気配もない。

だが、それでも弐分は大兄を信じる。

絶対に、来てくれるはずだと。

大兄は、自慢の兄貴だ。

昔は普通に兄貴と呼んでいた。寡黙だったし、ガタイそのものは弐分より小さかったが。肌で感じていた。

自分より強いと。

何度か、実際に恐ろしいまでの強さを見た。

三城が小学生の時。自分に絡んできた高校生の半グレだかなんだかをぶん投げて沈めた事があった。

半グレは小学生に舐められてたまるかと、五十人くらいで仕返しに来た。

奴らは道場を焼いて村上家を皆殺しにするつもりだとすぐに分かったから、反撃に出たけれども。

その時も、半グレだかなんだかを倒した数は。大兄が四十を超えていた。

ただ。その事件の時はまだ祖父が生きていた。

祖父が出ていたら。

多分あの半グレたちは、一人も生きていなかっただろうが。

いずれにしても、祖父が優しくも警察のコネを使って全員少年院送りで済ませてやったようだが。

あの時も見たのだ。

雷光のように動き。閃光のように拳を叩き込む大兄の勇姿。

十人程度やられた所で、半グレは逃げ腰になり。リーダー格がワンパンでぶちのめされた所で逃走を開始したが。

一人も逃がさなかった。

大兄に対する絶対的な信頼が確固たるものになったのは、多分あの時だったと思う。

また隙が生じたので。ガリア砲を叩き込んでやる。

敵も執拗に狙って来るが、やはりこの火力のパルスレーザーを連射することは出来ない様子で、攻撃に隙がある。

高機動しながら戦闘を続行。

そのまま戦い続ける。

十分ほど、過ぎただろうか。横殴りに飛んできた一撃が、インペリアルドローンを粉砕する。

多少ダメージは入っていたとは言え。

あのインペリアルを。

「お待たせッス。 続けて行くッスよ」

この声は、一華か。

更に、狙撃が飛んでくる。恐らくは大兄のものだ。それが、弐分を狙っていたインペリアルドローンを揺るがし。

攻撃を高機動で避ける余裕を生じさせる。

それだけではない。

三機がかりの攻撃を回避することで、敵機体の癖が分かってきた。だから、二機ならもういける。

余裕を持ってガリア砲を叩き込む。

大兄が狙撃した機体だ。ピンホールショットまでは決められないが、それでも充分なダメージになる。

横殴りに、その機体に集中攻撃が入る。

もう一機が、射撃の体勢に入った瞬間。レールガンの攻撃が、直撃していた。

残りは手負いの一機だ。

そのままジグザグに間合いを詰める。恐怖を知らない機械の筈なのに、どうしてか逃げようとしているように見えた。

逃がすか。

そのまま、スピアを叩き込む。

二度のピンホールショットが入った傷にだ。

内部まで貫通した。

致命傷を受けたインペリアルドローンが、墜落していくのが見える。爆発しないなら、回収すれば研究できるかも知れない。

だが何か当たり所が悪かったのだろう。盛大に炎上し始める。そして爆発もした。

呼吸を整える。

やはり、来てくれた。

それだけで、充分だった。

「遅れて済まなかったな。 三体を引きつけてくれて、本当に助かった」

大兄が来る。

かなりの激戦を制したのだと、一目で分かった。

戦略情報部に連絡を入れる大兄。

「周辺のインペリアルドローンは全て片付けた。 残骸を回収し、以降の戦闘にて役立ててほしい」

「流石ですね。 村上班に勝てる敵は現時点ではマザーシップとアーケルスしか存在しないように思えます」

「いや、物量がもっとあったら負けていた」

「ともかく、物資は回収させていただきます。 戦闘データも。 このデータは、多くの兵士を救うことでしょう」

だといいんだがな。

戦略情報部の少佐は冷徹な割りには、たまにこういう発言をする。全体的な利益のために、冷酷に振る舞っている。

それが事実なのか、ふりなのかは。

人を見る目にあまり自信がない弐分には分からなかった。

周囲を探索して、生き残りの兵士を探す。

瀕死の状態で、家屋に逃げ込んだまま一日生き延びた兵士も見つかる。あの火力で、文字通り片腕を吹き飛ばされていて、意識ももうろうとした状態だった。インペリアルドローンのあの性質から考えて、これほどの被害を受けたのもやむを得ないのだろうとも思うが。やるせない話だ。

キャリバンを手配。

救急車に乗っている民間協力の看護師は、昔は手だれているのが一目で分かったが。

各地の戦場で、キャリバンも容赦なく攻撃を受けたのだろう。

今ではあからさまなくらい、手際が悪いのがよく分かる。

民間人へのダメージも大きいのだ。人類の六割が既に殺されている。そして一線級の人材から殺されているのだ。

昔は金持ちだった連中は、いち早くシェルターに籠もったが。今では何一つ役に立てない。

誰だったか。

金持ちは優秀だの、優秀な血統は絶対だの口にしていた輩は。

優秀なはずの金持ちは、今やただのモグラだ。

何の役にも立たず、基地に逃げ込んでいた場合でも周囲から白眼視されている状態だった。

負傷兵を見送る。

近くの公園は当然ながら無人。

此処で激しい戦闘が行われたのが、一目で分かった。

大兄が、何があったのか解説してくれる。

「公園の近くにレールガンが放置されていてな。 それを見張るように、二機のインペリアルドローンが伏せていた」

「なるほど、一華の言った五機という情報はあっていたと」

「そうなる。 三機はお前が引きつけてくれていたからな。 総力戦を挑んで二機を撃破した」

ただ、あの火力が相手だ。

かなり手こずったようで、負傷者がまた増えたと言う事だった。ほろ苦い表情の大兄。何もかもは上手く行かない。

そういう顔だ。

「一機を速攻で破壊出来たのは幸運だった。 もう一機を何とか軍曹達が気を引いてくれて、その間に一華がレールガンに乗り込んだ。 兵士達と一緒にPCを接続して、な」

「あの狙撃の正確さはそれで……」

「ああ。 レールガン自体には、一華も前に触った事があったらしくて、サポート用のプログラムは組んであったらしい。 一華の作業が間に合って、戦死者は出さずにすんだ」

だが、負傷者は出た。

それもあのインペリアルドローンの攻撃だ。

生半可な傷では済まなかっただろう。

それに、この公園の悲惨な様子。文字通りの暴虐に、踏みにじられた光景だ。

戻ろう。

そう言われる。

既に、荒木軍曹達が周囲を探索して、生き残りは見つけてくれていた。キャリバンが何回か行き来する。

先進科学研の人間も来て、インペリアルドローンの残骸を回収していく。前来た鼻につくエリートを振りかざした輩はそういえば最近見かけない。まああの様子では、何処かの戦場で味方に撃たれて死んでもおかしくないか。

先進科学研の科学者を護衛して、しばらくその場に残る。更に帰路も護衛についたので、それだけでかなり手間暇が掛かった。

その間、大兄に何度か連絡が来た。

千葉中将と、九州担当の大友少将がやりあっているらしくて。それが飛び火して、連絡が来たらしい。

九州担当の大友少将は、各地の戦線に村上班を出したい。

千葉中将は、全体の利益のために、インペリアルドローンの残骸回収を確実に行いたい。

こんな小さな事でも、利害は対立してしまう。コミュニケーション能力云々の問題ではないのである。

護衛を終えて、基地に戻る。

真っ赤な顔をした、ごっついおっさんが待っていた。くだんの大友少将である。荒熊とか言われているらしいが、九州で熊と言うと、あまり縁起が良くないような気がする。

「村上班だな」

「はい。 村上壱野中佐です」

「インペリアルドローンとか言う新型の破壊、ご苦労だった。 すまないが、幾つかの任務をこなしてほしい」

「我が班は千葉中将の指示で動いています。 許可は取れていますか?」

不機嫌そうに頷く大友少将。少将がわざわざ出て来て、中佐に対して。三階級も下の相手に、こんな事をいわなければならない。

それは、不愉快ではあるのだろう。

だけれども。大兄の実績はもはや誰も真似できない。グリムリーパーやスプリガン、名高い荒木班ですら及ばない。

だから、頼らざるを得ないのだ。

最強の特務として。

「分かりました。 作戦の内容をお願いします」

「頼むぞ。 九州の様子は見ていると思う。 各地の戦線も酷い状態だ」

「お任せを。 蹴散らしてきます」

「……」

若干青ざめながら、大友少将が頷く。熊が人に怯えている、か。

まあ大兄も、素手での格闘で熊には勝てないだろうが。武器を持ったら熊なんぞ相手にもならない。

怯えるのも、当然かも知れない。

さっそく、指定を受けた戦線の一つに出向く。

「なんで頼む立場なのに、あんなに偉そうなのか」

ぶつぶつ呟く三城。

最近は、一華がいるのにこういうことをいう事も増えてきた。

一華に慣れてきたのかも知れない。

三城は特別人見知り、と言う訳ではないが。

少なくとも、他人に素の顔を見せることは滅多にない。まあ、それは当然とも言えるのだが。

少しでも、素の顔を見せる相手が増えてきているのは、良い事だと思う。

「大友少将なりに、九州を守ろうと必死なのだろう。 だが、各地の戦線が酷い事になっているのも事実だ。 少ない人員、足りない兵器で守らなければならないし。 それも損耗する一方だろうからな」

「それにしても、もう少し違う態度だってあるだろうに」

「お前達も出るところか」

荒木軍曹が来るので、敬礼する。

弐分も勿論敬礼していた。

一人で残って敵を引きつけていた。偉そうに強いだの何だの自称している人間にはとてもできない事だ。

荒木班が、誰もが慕うのも当然と言える。

真の軍人だ。この人は。

「はい。 九州の戦線を、幾つか楽にしてきます」

「くだらない死に方をするなよ。 俺たちは先に一旦東京基地に戻って、関東の戦線に参加してくる。 ダン中佐が苦労しているようでな」

「はやくマザーシップどうにかしないと、勝ち目ないッスよこれ……」

「分かっている一華大尉。 俺は参加しなかったが、以前の戦闘でグリムリーパーとお前達が参加した攻撃作戦。 その時の映像は見た。 マザーシップの主砲にダメージを与える事が出来ただろう。 もしも低高度まで引きずり下ろすことが出来れば、勝ちの目はあるかも知れない」

マザーシップ主砲を支える構造体三つ。

あれを破壊したら、主砲がとたんに弱体化した。

それは弐分も見ていた。

上手くすれば、主砲に大ダメージを与えることが出来るかもしれない。

「あれ以降、マザーシップが来る事はあっても、主砲を展開する事は確認されていない様子だ。 要するに、効果があると自分で言っているようなものだ。 もしも、何かしらの方法で、マザーシップをおびき出すことが出来れば……」

「分かりました。 希望として、覚えておくッス」

「そうしてくれ。 一華大尉。 お前の頭脳は戦略情報部の連中よりも多分優れていると思う。 いつか、具体的な作戦立案を頼むかも知れないな」

「はー。 持ち上げても何も出無いッスよ……」

そのまま、荒木班と別れる。

皆、荒木班は機嫌が良さそうだ。

多分死に場所だと思っていたのに、命を拾ったからだろう。

それと、重装型ニクスについては、そろそろ高機動型と同じく限界が見えてきている感がある。

重装コスモノーツと正面からやりあってもどうにか出来るくらいの火力と装甲がないと、話にならないだろう。

だが、現時点でも、ニクスの歩行システムでは装甲、武装ともに一杯一杯だ。

素人の弐分の目から見てもそうである。

だとすると、何かしらのブレークスルーが必要なのだろう。二足歩行にこだわらないとか、色々あるだろうに。

大型移動車に乗って、戦地に向かう。

大量のα型が、波状攻撃を繰り返している状況だ。

現地ではタンクが数両展開して、その火力を主軸に防衛線を構築しているが、守るのがやっとの状況である。

ニクスすら。

まともに出せなくなってきている

この戦力なら、ニクスで撃退は難しく無いだろうに。

「村上班、現着!」

「おおっ! 数々の新型を屠っている!」

「エース部隊だ!」

「戦闘に参加する。 ここの最高指揮官は」

手を上げる。

また、険しい表情のおっさんである。

伊東というらしい。

「押されていて、かなり厳しい状況だ。 壱野中佐……となると私より上官だな。 君達に指揮を任せたい」

「了解です。 これより指揮を引き継ぎます、 一華、さっそくで悪いが壁になって皆を守ってくれ。 他の兵士達は、ニクスが敵を引きつけている間に補給車から自動砲座を取りだし展開。 弐分、三城。 前に出て敵を引きつけろ。 俺は……後ろの方にいる大物を狩る」

「あいあい。 行くッスよ」

高機動型の赤いニクスが飛び出すと、機銃での掃射を浴びせ。α型の群れを文字通り薙ぎ払った。

そのままダメージを受けているタンク部隊の前に出て、更に押し寄せてくるα型を火力で拘束。

そこに、左右から弐分と三城が踊り込む。

敵が見る間に削られていくのを見て、自動砲座を兵士達が運び始める。

弐分は高機動でα型を次々に蹴散らしながら、すぐに気づく。

これは波状攻撃ではないな。

大兄が大物を狙うと言っていたが。

まさか。

どんと、新型ライサンダーが火を噴く。

まだ改良は当然加わっていない。凄まじい砲撃音は、戦車砲のものよりも凄まじいかも知れない。

戦車砲も雨の中などでぶっ放すと、音による衝撃が周囲の雨粒を吹き飛ばすのが目に見える程なのだけれども。

ライサンダーZというこの新型でも、恐らく同じ現象が起きるだろう。

何かを大兄は狙っている。この地点からは見えない。

悪意も感じない。

ただ、α型の気配は際限なく生じている。

と言う事は、だ。

可能性は、一つだ。

「またα型! 金色もいる!」

「弐分!」

「任せてくれ!」

手近な数体をまとめて片付けると、奧へ突貫。金色は三匹か。

兵士達の間でも、金の怪物としてもう名前は知られているようで。出会ったものは死ぬとまで言われているようだ。

それはそうだ。接近を許すとニクスでも殆ど瞬殺される凄まじい酸を放ってくる。

だが、悪いが接近させない。

奧へ突貫して、更に数体のα型を仕留めた後、急に後方へ飛ぶ。

そして、ガリア砲で、姿を見せた金のα型を狙い撃つ。

はじけ飛ぶ。

まずは一匹目だ。

かなり頑強だが、それでも赤いα型と同程度。ガリア砲を直撃させてやれば、見ての通りひとたまりもない。

更に高機動戦を続けるが、側面にいつのまにか金のα型が忍び寄ってきている。だが、悪意でバレバレだ。

そのまま、相手が攻撃態勢に入った瞬間、スピアで貫く。

慣性や攻撃時の重さが問題になるフェンサーの装備だが。

使いこなせば見ての通りである。

串刺しにした金のα型が、凄まじい悲鳴を上げるが。そうしなければ、一瞬で襤褸ぞうきんにされていたのは此方だ。

更にもう一体。

今の一体が倒される間に、至近にまで来ていた。

関係無い。

高機動で。発射された酸をかわす。この酸が凶悪極まりなく。文字通り地面に巨大な穴を穿つ。それを連続で放ってくる。それは、ニクスでもタイタンでも、接近を許せばひとたまりもない。

だが、一発目を外した時点で終わりだ。

横殴りにスピアで貫いて、金のα型は上下二つに泣き別れになった。

おおと、兵士達が歓声を上げる。

後方にさがってタンクは補修を開始。補給もついでにしているようだ。

兵士達はEDFと叫びながら、アサルトで近付くα型を滅多打ちに撃ち始める。狂騒が恐怖を圧倒したのだ。

更に向こうで大爆発の音。

恐らくアレは、ビッグアンカーだ。

「なっ! 何が爆発した!」

「ビッグアンカーです。 八キロ先にありました。 かなり分かりづらい場所だったので、発見できなかったのでしょう」

「……は、八キロ先……」

「まだ敵の伏兵は多数います。 全部片付けてしまいましょう。 それだけで、随分他の戦線も楽になるはずです」

無言で青ざめながら、伊東という少佐が頷く。

ほどなくタンクも戦線に復帰。

上空から雷撃銃で目立つ動きをしているα型を片付けていた三城が、警告の声を飛ばしてくる。

「地中から来る。 多分β型」

「!」

ひょっとしてだが。勘について、既に三城は弐分を超えたか。

大兄は既に分かっている様子で、一華にも警告を飛ばしている。

地面を、崩れかけているアスファルトの道路を粉砕して、多数のβ型が姿を見せる。ビッグアンカーがあったのだ。それは、β型がいても不思議では無い。

だが、近くに現れたのが却って運の尽きだ。

三城の誘導兵器がぶっ放され。攻撃に移ろうとしたβ型を一斉に撃ち据える。更に、弐分も散弾迫撃砲を叩き込み。

α型を掃討していた自動砲座も、β型に狙いを変える。

こうなると、地中から奇襲を狙ったことが却って徒になる。タンクも戦車砲でβ型を吹き飛ばし始め。兵士達も、アサルトでの射撃を集中させ、確実に敵を倒していく。

「まだ来る!」

「最初から結構厳しい任務だな、大兄」

「何、この分の物量を処理出来ると思えば、むしろ楽だ。 今日で一気に九州の戦線をひっくり返すぞ」

「村上班、噂以上だな……」

伊東少佐が生唾を飲み込んでいるのが分かった。

ともかく今は、戦うだけだ。

つづいて地上から。今まで温存されていたらしいα型の大軍が来る。もの凄い数だ。だが、逆に言うと。これを全部片付ければ、他の戦線がそれだけ楽になると言う事だ。

阿修羅になって、弐分は暴れ回った。

これでいい。

そう思いながら。

 

4、世代装備の限界

 

東京基地に戻る。武器のオーバーホールなどもある。ニクスについても、一部強化が入るようだった。

八時間ほど休憩を貰ったので、壱野は寝る事にする。

勿論レポートなどが終わってから、だが。

レポートは三十分程度で終わる。バイザーのデータをそのまま付与し。何があったか所感を書くだけでいい。

EDFで支給されているバイザーは、高度リンク機能やレーダーもかね、戦闘データも記録する優れものだ。

村上班だけにこれが支給されているわけではないので。

念入りに、EDFが開戦前から準備をしていたことがよく分かる。

まるでプライマーが来る事を知っていたかのようだ。

そう思う。

或いは知っていたのかも知れない。

千葉中将は、戦略情報部は何かを隠していると言っていた。

壱野も聞いているが、戦略情報部のトップは参謀と渾名される人物で。強力なコネを持ち、それでいながら正体も良く分かっていないそうである。

プライマーの手先では無いかと言う悪口も聞いているが。

それにしては、プライマーの攻撃があまりにも苛烈すぎる。

集団自殺でも図っているならともかく。

流石にそれはあり得ないだろうと、壱野は思っていた。

通信が入る。

なんと、リー元帥とある。

EDF総司令官のリー元帥か。IDを確認するが、どうやら間違いない様子だ。

「戦闘開けにすまない。 君が村上壱野中佐だね」

「はい。 村上壱野です」

「私はEDF総司令官のリーだ。 いつも、君達の活躍には驚かされている。 機甲師団に四人で匹敵すると前は言われていたようだが。 今では五個機甲師団に匹敵すると戦略情報部では認識を改めているようだ」

「流石に恐縮します」

で、用件はなんだ。

褒めて戦意を引き上げる事が目的、ではあるまい。

最高司令官である事は間違いないだろう。戦争の開始時などに、時々演説をしているのを聴いている。

まさか替え玉に演説をさせるわけではないだろうし。

恐らくは本物の筈だ。

「君からのレポートは戦略情報部経由で見ている。 先進科学研について不満があるようだが、私から説明しておこう。 今の時点で、先進科学研は実は五年先をいく装備を作っているのだ」

「五年先、ですか」

「そうだ。 凄い天才がいてな。 外には秘匿しているのだが、まるで五年先から来たように、次々に新装備を作ってくれる。 開戦直後に、フーリガン砲について開発を進めてくれたのも彼だ。 今まで厳しい戦線を支える事が出来てきたのも、彼の理論をどうにか戦場に投入できたから、というのが大きい」

「……」

だが、それでもまだ足りない。

そう感じる。

咳払いすると、リー元帥は続けた。

「私はもう、地下の基地を点々としながら、作戦指揮を執っている状態だ。 それもいつ見つかって殺されるか分からない。 だから言っておこう。 先進科学研のプロフェッサーと言われる人物。 正確には主任だが……彼の意見を、君だけでも聞いてやってくれるだろうか」

「分かりました。 もしも今まで送られてきた装備がその天才の手によるものだというのなら、感謝はしています」

「装備への不満が多いようだがね」

「それは、上を見たらきりがないという奴です」

互いに笑う。

そして、咳払いした。リー元帥の咳払いは、命を削っている音がした。

「君ももう感じているだろうが、こんな情勢になってもまだ政治的な駆け引きと言うのがEDFの足を引っ張っていてな。 まず、荒木班の通称軍曹を准将に昇進させる。 一月ほど後になるだろう」

「准将」

そうか、荒木軍曹もついに将軍閣下か。

それだけの高い評価を受けている、と言う事でもあるのだろう。

同時に、噂のブレイザーを支給されるそうだ。

戦場に常にいて、最前線で戦う。

兵士達の目線でものを見て。常に命を共有する。だから、軍曹と呼んでほしい。そう荒木軍曹は言っていたな。

これから将軍閣下になり。切り札といわれるブレイザーを支給されるとなると、その格は更に上がることにもなる。

「その後、君には大佐に昇進して貰う。 君のチームの……弟くんと妹さん、それにもう一人のEDFに悪戯を昔仕掛けて来た子もだね。 みな、少佐に昇進してもらう予定だ」

「それで、全部隊統合というわけですか」

「そうなるな。 戦略情報部は、君を高く評価しているようだが、君を恐れ始めている上層部の人間もいる。 だから、統率するために荒木くんをリーダーにしてチームを組むそうだ」

「荒木軍曹の指揮はとても安心感があります。 俺が全力を引き出せるのも、荒木軍曹の指揮を受けたときでしょう」

そういうと、そうかとだけ寂しくリー元帥は言った。

後は幾つか訓戒を貰って、通信が切れる。

丁度レポートも書き上がった所だ。提出した後は、寝る事にする。

メールを確認する。ライサンダーZに改良が入るそうだ。

まあ、正直今のままだと困る。火力も装填速度も、まだまだ足りないからだ。

出来ればもう一段階上を目指してほしい所ではあるのだが、そうもいくまい。

五年先か。

一体何があったのかがよく分からないが。

そんな天才がいるのなら、或いは少しは勝ち目もあるのかも知れない。

ともかく、今日はここまでだ。

明日からも、厳しい任務が次々に来る事だろう。

その時に備えて、今日はねむる。

そして、明日からまた戦う。

プライマーを徹底的に殺す。

それだけで、他の戦線の兵士が命を拾う。

プライマーに可能な限りダメージを与えれば、それだけ敵も壱野に兵力をぶつけて来るからだ。

それでいい。

壱野は、今の立場を。

不満に思ってはいない。

勿論、道場の再興はしたい。だが、知り合った人間を。壱野を認めている人間を。死なせたくないのも事実だった。

 

(続)