精兵到来

 

序、魔球の群れ

 

もう、関東も安全では無い。

マンション地帯に、テレポーションシップが我が物顔に侵入。大量のγ型を投下し始めた。

現地に村上班は、日本から帰って即座に出向く。

各地の戦線は大苦戦の最中。

特にγ型は、戦闘のデータが足りない事もあって。兵士達も苦戦しているようだった。

現地で、一分隊だけ兵士が合流する。

たったこれだけだ。

それも、練度が高い部隊にはどうやっても見えない。それでも、生かして返さなければならなかった。

「今日は何カ所戦線をまわるんスか?」

「関東の戦線で破綻している場所が幾つかある。 可能な限りだ」

「そうっスか……」

一華がぼやく。

兵士達に、壱野は指示。

「γ型は凄まじい速度で接近して来るが、コンクリート建造物を粉砕するほどの突進力はない。 マンションに隠れて、そこから狙い撃て」

「い、イエッサ……」

「しかし、テレポーションシップは」

「それなら、俺たちが落とす」

既に、テレポーションシップからは数百を超えるγ型がおとされている。これらが周囲に拡散すると大変だ。

しばらくは、激戦が続く。

壱野はアサルトでγ型を片っ端から倒し。三城と弐分はテレポーションシップの前に、今いるγ型を徹底的に駆除。

マンションを利用して、内側から攻撃を続ける。

雷撃銃が効果的な様子で、γ型がまとめて焼き払われているのが見える。弐分のスピアも、数体まとめて串刺しにしている様子だ。

また、一華の展開した自動砲座も、γ型を寄せ付けない。一華のニクスが大暴れして、敵をどんどん片付けて行く。

そろそろだな。

そう判断したので、弐分に声を掛ける。

「テレポーションシップが増援を出してくるぞ。 開いた所を叩き落とせ」

「任せてくれ」

「三城、援護を」

「分かった」

そのまま、壱野も支援を続行。

次々に爆ぜ割れていくγ型。

一隻目が、完璧なタイミングでハッチを開き。至近に迫った弐分が、γ型の妨害を受けつつも。

撃墜に成功していた。

そのまま離れる。他のテレポーションシップは一旦動きを止めた。

地面に落ちて、爆発するテレポーションシップ。

ひいっと、兵士が悲鳴を上げていた。

千葉中将が、通信を入れてくる。

「村上班。 共有しておきたいことがある。 先進科学研の調査で判明した事だ。 戦闘続行しつつ、話だけ聞いておいてくれ」

「お願いします」

「うむ。 不可解だと思っていたのだが、プライマーはマザーシップの主砲を積極的に使ってこない。 あれを乱射されていたら、とっくにEDFは全滅していたはずだ。 奴らはマザーシップ下部に迫られたり、マザーシップの至近で戦闘中の部隊が苦戦しているときだけ主砲を使う。 それにだ。 奴らほどのテクノロジーを持ちながら、どうして大量破壊兵器を使ってこない。 人間を皆殺しにするつもりなら、核などの大量破壊兵器を使うのが効率的なはずだ」

「確かにそれはその通りですね」

アサルトで射撃して、視界内のγ型を全て片付ける。

ハンドサイン。前線を押し上げた。テレポーションシップが二隻同時に開いて、大量のγ型を投下。生き延びている奴も、前線にせまってくる。

だが、完璧なタイミングで、三城がライジン型レーザー砲の直撃を決める。

ひとたまりもなく、テレポーションシップ一隻が落ちる。

更に、壱野も狙撃して、ライサンダーの弾をテレポーションシップの一隻のハッチ内に叩き込む。

閉口したのか。ハッチを閉じるテレポーションシップ。だが、煙を噴いている状態だ。

大量のγ型が来る。

また、同じように迎え撃つ。

千葉中将は続ける。

「先進科学研から調査結果が上がって来た。 今まで出現した怪物……コロニストもそうなのだが、共通して特殊なバクテリアが体内から見つかった。 このバクテリアは、大気や土壌、そればかりか海中の化学物質による汚染を除去する。 それだけでは無い。 プラスティックを分解し、放射能汚染すら緩和する能力を持っていることが判明した。 放射性物質の半減期を、何十分の一にもする能力を持っていたのだ」

「それは、凄まじい生物兵器ですね。 特に放射性物質に干渉する能力は凄まじい……」

「いや、驚くべき事にこれはどうも手を加えられていないらしいのだ。 恐らくだが、怪物はコロニストもそうだが、同じ場所から来た生物なのだろう。 そしてこれをばらまいていると言う事は、プライマーは環境を汚染せず、むしろ浄化しようとしているということになる。 人間を殺した怪物は、また自身も人間に殺され。 環境浄化のバクテリアをばらまくのだ」

そういうことか。

だとすると、プライマーは極端な思想のエコテロリストなのだろうか。

いや、どうも違う気がする。

プライマーが地球を欲しがっている、というようにはどうにも壱野にも今まで思えなかった。

それについては、ずっと不可解だった。

地球をほしいのなら、幾らでも手はあるのだ。

それが、どうしてこんな不毛な戦争を仕掛けて来る。

プライマーのテクノロジーだったら。それこそあっというまに人類を壊滅させることだって出来ただろうに。

手段を選ばなければ、だが。

だが、もしもそれが環境改善を目的としているのだったら。

確かに、分からないでもない。

「アフリカなどでは、スラムだったりした場所が、汚染が完全除去されているのが衛星写真などから発覚している。 どうもプライマーの目的は読めない。 村上班も、気を付けてほしい」

「分かりました。 そうします」

「では、戦闘を頼む。 君達なら不覚は取らないだろうとは思うが」

「此処はすぐに片付けます」

マンションに大量にぶつかってくるγ型。まだ経験が浅い兵士達は悲鳴を上げているが、壱野が冷静に対処することによって、彼らの恐怖を抑え込む。

四方八方から襲ってくるγ型は。

やはり数をどんどん増している様子だ。

「く、くそっ! 化け物そのものの大きさなのに、あんなに身軽に襲いかかってくるのかよ!」

「まだ新兵なんだな。 プライマーの怪物はどれも此奴以上に強い。 此奴らは戦いにくいだけで、他に比べるとまだマシだ」

「本当ですか隊長……」

「だが見ろやれる! 村上班は事実此奴らの群れを捻っている!」

隊長だけは熟練兵なのだろうか。

比較的落ち着いて銃撃をしている。

それで、部下達も必死にそれに習う。たまにアサルトの弾が着弾すれば良いくらいだけれども。それでも充分過ぎる。

射撃を続行。

襲いかかってきていたγ型が減ってくる。テレポーションシップがまた開いた瞬間、指示を出す。

「弐分、やれ」

「任せてくれ」

直後。

テレポーションシップが爆散。

撃沈していた。

おおと、声が上がる。

テレポーションシップの恐怖を知らない兵士なんていない。

誰もが、目の前での撃沈を見ると。ましてや新兵なら。それは驚くのも道理なのだろう。

そのまま、マンションから壱野が飛び出し。飛びかかってきたγ型を見もせずにアサルトの射撃で吹っ飛ばす。飛んでいった其奴を、一華のニクスが空中で打ち砕いていた。

「よし、反撃開始だ! 全て叩き伏せる!」

「イエッサ!」

「敵の伏兵の可能性は」

「大丈夫だ、それについてはない」

壱野が率先して前に出て、レンジャー部隊がそれに続く。

一華が後方を堅め、弐分と三城が中空から敵を警戒。

そのまま、殆どを片付けて行く。

しばしして、マンションには静謐が戻る。

もう、誰もいない。

住んでいた住民は殺され尽くしたか。生き延びていたとしても、東京の地下に作られようとしている基地に逃げ込もうとしている。

既に機能している都市、というものはない。

ほとんどの人間は地下に逃げ込み。

そこで工場の作業に従事している状態だ。

特に飛行型と空飛ぶ人食い鳥が拡散し初めてから。

どこの街だろうが。

もはや外を歩くことは出来なくなった。

火事場泥棒すらいない。

文字通り、完全に自殺だからだ。

自殺「行為」ですらない。

生きて帰った火事場泥棒なんて、存在しないのである。怪物達の人間を探知する能力を考えれば、まあ当然と言えるだろう。

「クリア。 村上班、敵制圧完了」

「流石だ。 すぐに次の戦線に向かってほしい」

「イエッサ」

敬礼すると、今協力してくれた部隊とは別れる。

それでいい。

そもそもこの部隊は戦力としてカウントしていなかった。戦闘を生き残る事で、最低限の経験を積ませたい。

それが本部の考えである事は分かっていた。

大型移動車に向かう。

ニクスはかなりγ型に体当たりを喰らっていたので、装甲を長野一等兵が無言で補修し始める。

尼子先輩は、トラックの窓から顔を出す。

「遠くから見ていたけれど、γ型ってのは怖いね……」

「ええ。 プライマーはまだ試験段階で使っているだけでしょう。 もしもこれが他の怪物と当たり前のように一緒に出てくるようになるとぞっとします。 事実マザーシップへの攻撃作戦では、既にそれを行って来ました」

「でも、君達なら……」

「何事にも絶対はありませんよ。 ……次に行きましょう。 多くの人が、もたつけば死にます」

すぐに移動開始。

此処からそれほど離れていないマンション群が次の戦場だ。

さっきのテレポーションシップは、いどうしながらγ型の群れをまき散らしていたらしいのだが。

それを片付けなければならない。

これも本星から飛ばしてきているのか。

それともアフリカやロシアで増やした奴を、送り込んできているだけなのか。

それすら分からない。

いずれにしても、片付けなければ人が殺される。

フェンサーですら、まともに喰らったらかなり危ないのだ。

γ型の群れが、ビル街に貼り付いているのを遠くから確認。

対応に向かっている部隊は、いない。

「此方千葉中将。 その辺りにいる敵を一掃して欲しい」

「支援はないということでよろしいですか」

「すまない。 他で手一杯だ」

「いえ、むしろ好都合です。 それだけ自由に暴れられる」

戦闘開始。

まずはスナイパーライフルで挨拶の弾丸を一発。一匹が文字通り、爆ぜ飛んだ。

一斉に此方に来る。

だが、その時には一華が展開した自動砲座の戦列が、γ型の怪物を一斉に迎え撃つ。凄まじい弾幕が、突貫してくるγ型を押し返す。

それでも抜けてこようとする奴は、三城の誘導兵器が押し返す。

そして、敵の足が止まった所に、壱野はスタンピードを叩き込んでいた。

歩兵用携行面制圧兵器。

そんなとんでもない代物は。

文字通りの殺戮の猛威を振るい、足を止められて渋滞していたγ型を消し飛ばしていた。

大量の肉片が飛び散る中、敵の第二陣が来る。

音と、血の臭いに引きつけられたのだろう。

来るだけ全て片付けるだけだ。

「尼子先輩。 もう少しさがっていてください」

「わ、分かった。 車を下げるね」

「一華、補給車は呼んでおいてくれ。 思ったより群れの規模が大きい様子だ」

「分かったッス」

最初の群れを掃討している内に、第二群が来る。

飛行型はダメージを受けると一旦着地し、それが大きな弱点になっているが。

γ型もダメージを受けると、丸まったまま一度止まるようだ。

また、攻撃によって過剰に吹き飛ぶことにより。

ダメージを軽減する性質を持っているらしい。

つまり、γ型は見た目ほど頑強では無い事を、動きなどの性質で補っているという事である。

それを皆に周知しながら戦闘する。

一華はそれに対して言う。

「調べて見たッスけどね。 海底にいるグソクムシの仲間は、普通に甲殻を装甲として活用している生物みたいッスわ。 要するにγ型とは似ていても、かなり違うと見て良いッスね」

「収斂進化とはいえ、海底と地上だ。 違ってくるのは不思議では無い」

「それはそうなんスけど……何かおかしいと感じるんスわ」

「いずれにしても、今は全部潰すだけ」

三城がぼそりと呟く。

以前共闘したシテイ中尉が戦死したことを知ってから。

更に三城は寡黙になった気がする。

弐分がその辺りを心配していて。

この間相談された。

だが、これは三城が乗り越えなければならない事だ。

仇だなんだ言っていても意味がない。

人間の歴史は、殺し殺されの歴史だ。

まずは攻撃を撃ち払ってから、相手と交渉する。そもそも攻撃されないだけの武力を持ち侮られないようにする。

そうしないとたちまちにして暴力で全てが奪われる。

人間はどこの文化圏でもそういう生物だった。

だから、こうも殺し合いばかりで歴史が構築されている。

祖父はそういう話をしていた。

壱野もそう思う。

三城はまだ、そこまで割切ることはできないのだろう。

だが、三城もいずれ。

第二群も先と同じように撃破する。自動砲座の弾がそろそろ尽きることか。だが、殺気はまだまだ周囲に充溢している。

「次の自動砲座か、補給を」

「いや、これで今回持ってきた自動砲座は打ち止めッス」

「そうか。 弐分、三城」

「分かった、任せてくれ」

三城が。ただでさえ口数が少ないのに。更に少なくなっている。

それで不安なのだろう。

弐分が真っ先に飛び出していく。

機動戦で、更に来るγ型の第三波を撃退するためだ。

一華も前衛に出て、機銃で敵を薙ぎ払い始める。第三波の数も、かなり多い。

その間。スナイパーライフルで前衛を支援しながら、壱野は支援を要請。

部隊ははいらない。

補給車だけほしい。

だが、それすら手配できないと言う事だった。各地での敵の攻勢が凄まじく、関東の要所が次々に襲われている。

必死の交戦で何とか持ち堪えているが。

それも限界が近いのだと。

「すまん。 村上班が、一番危険な敵とやりあっているのも分かっている。 だが、補給物資も無限では……」

「分かりました。 次の戦場で、補給をお願いします。 ここはどうにかしますので」

「分かった。 手配しておく」

「お願いします」

射撃を続行。

γ型の群れが見る間に消し飛んでいく。

程なくして、充溢していた殺気は消えていた。

次の戦場に移動する。

そう告げるが、皆無言だった。

それもそうだろう。

今の千葉中将とのやりとりは、聞いていたのだろうから。

村上班にすら、補給がこない。

比較的安全だった関東ですらこれだ。

アーケルスが暴れ回っている静岡をはじめとした中部地方や。

他の国に至っては、どれほどの戦況なのか、考えたくないだろう。

それは成田軍曹が病むわけである。

最近また成田軍曹は倒れて休んでいたが。

それも無理はない。

大型移動車で、すぐに移動を開始する。あの三隻のテレポーションシップがばらまいたγ型の怪物は全滅させたと判断して良い。

ニクスの補給を頼む。

長野一等兵は、難しい顔をした。

「弾薬はどうにか出来るが、装甲のダメージが深刻だ。 後何回も戦闘出来ないぞ」

「分かっている。 それでも無理を承知で頼む」

「このまま無理をさせると此奴は死ぬぞ」

ニクスを一瞥して、長野一等兵はそう言う。

機械が死ぬ、というのもおかしな表現ではあるのだけれども。

しかしながら、恐らくだが根本的なチューンをしてもどうにもならなくなるという意味なのだろう。

「金を掛けて贅沢に新しいニクスを用意するのも良いがな。 そんな余裕は今の地球にはないはずだ」

「分かっている。 その通りだ」

「……何とかはして見る。 だが、無理をこれ以上重ねると、いきなり折れる可能性がある。 本当に気を付けてくれ」

一華は黙って聞いていた。

色々、思うところがあるのだろう。

職人芸で、ニクスをそのまま修理し始める長野一等兵。

もういなくなったと思われた、頑固な職人の背中がそこにあった。

 

1、星の騎士

 

三日掛けて、関東各地での戦闘に参加。プライマーの大侵攻を各個撃破して、村上班は夥しい戦果を上げた。

三城は口数が更に減っているのを自覚しているが。

それはそれで、別にかまわない。

もうこうなったら。

これ以上被害が出る前に、村上班で敵を殺し尽くすしかない。

そう物騒な事を考えていた。

怪物の群れは追い詰め、更に小田原にまで押し返すことに成功。これで関東全域で怪物と戦闘していたEDFは、どうにか一息つくことが出来たようだった。

コンバットフレーム二機と、更に荒木班と合流。

荒木班は、やっと中華から帰ってきた。

おぞましい数の空飛ぶ人食い鳥と戦ったらしく。

うんざりしたと、荒木軍曹は言っていた。

ただし、そのおかげで色々とノウハウは蓄積できたという。

後で展開してくれるらしい。

有り難い話だった。

ニクスを一瞥。

機械にはあまり詳しくないが、一華のもそうだが。かなりダメージが蓄積しているように見える。

修理もそこそこに出て来た、という感じだ。

もう静岡に対してちょっかいを出すのを、EDFは諦めている印象だ。

アーケルスに対して、有効打がないからだ。

一度だけ無線で、村上班をぶつけてみてはとか冗談じみて言っているのを聞いて。流石に噴き上がりそうになったが。

千葉中将が代わりにブチ切れてくれたので、三城は溜息をつくだけですんだ。

スカウトが戻ってくる。

「敵、コスモノーツ六体。 指揮官らしいショットガン持ちがいますが、それ以外に敵影はありません」

「妙だな。 前線が悉く押し返されたことは理解している筈だ。 どうして怪物を静岡から呼ばない」

「敵の戦力が尽きている可能性は」

「あり得ない」

荒木軍曹に、相馬中尉が聞くと。即座にそう軍曹は返していた。

三城も同感だ。

あの物量を誇るプライマーが、こんな所で息切れするわけがない。

関東に対する大攻勢の間だって、他の地域で散々攻勢を掛けてきていた。つまり地球全土に同時攻勢を掛けられるほどの戦力があると言うことだ。

それなのに、何故指揮官級のエイリアンだけでぽつんと孤立している。

「罠だな」

大兄が言う。

小兄もそれに頷いていた。

「俺も同感ですね軍曹。 敵は恐らく、何かまたとんでもない新種を呼ぼうとしているのではないでしょうか。 或いは新兵器か」

「そうだな。 幸いなのは、俺とお前達、更にニクスが合計四機もいることだ」

追加で来てくれているニクス二機に加えて。一華のと、更に相馬中尉が乗っている重装型ニクス。

この戦力は大きい。

特に重装型は更に凶悪な火器を積んでいるのが一目で分かる。

アーケルスに歯が立たなかったことが余程悔しかったのだろう。相馬中尉も、それにEDFの科学者陣も。

次にアーケルスが来たら爆破してやる。

そのくらいの気迫が、機体から感じ取ることが出来た。

「ショットガン持ちは俺が片付けます。 他は頼みます」

「そうだな。 ショットガン持ちは別次元で危険だ。 皆、一体ずつ片付けるぞ。 ニクス隊、分かったか」

「了解。 ブラッド1、前進する」

「ブラッド2、同じく。 状況開始!」

そのまま、小田原の荒れ果てた街の中を進む。

遠くに小田原城が見える。

基幹駅の一つだった小田原駅もすっかり荒れ果てていて、もはや電車の気配もない。開戦当時は、まだ時々動いていたらしいが。

もはやまともに動かす電力も廻せないらしい。

各地で怪物によって電気の伝達が妨げられているし。

何より発電のための施設が優先的に攻撃を受けている。

EDFの基地にある原子炉から、電気が各地に供給されている状態で。

ここまで、電力を安全に確保できないのだ。

「ブラッドチーム、俺が射撃するのと同時に仕掛けてくれ。 ショットガン持ちは自由にさせると危ない」

「了解した。 射撃のカウントを頼む」

「展開完了。 此方も同じく」

大兄は頷くと、器用にビルに上がって。ショットガン持ちに狙いを定める。

カウントが始まると同時に、ニクスが前進。

相馬機も少し遅れて追随。

一華のニクスは、少し路地裏を回り込んでいるようだが。まあ単独行動をさせてもかまわないだろう。

「上空には敵のドローン無し。 一応、念のためにDE202を呼んでおくッスわ」

「了解。 適宜支援を頼む」

カウントが0に。

同時に、大兄がライサンダーで、見事にショットガン持ちのヘルメットを吹き飛ばしていた。

最大級の嫌な予感がする。

とにかく、三城はやれることをやるだけだ。

 

弐分が戦闘態勢に入ると同時に、ニクスが射撃を開始。

近くを運悪く通りかかったコスモノーツが、ニクスの圧倒的な機銃での攻撃を受けて竿立ちになり。穴だらけになって吹っ飛ばされる。

反撃にコスモノーツが出てくるが、それも十字路に引きずり込まれ、片っ端から機銃の弾を食らわさせられていた。

一部隊、ロケットランチャーで武装している部隊もいて。

彼らも旺盛な戦意でコスモノーツと交戦している。

今の時点では、順調だ。

弐分も前衛に出ると、ビル影から奇襲しようとしていたコスモノーツを上から強襲。フラッシングスピアで、蜂の巣にしてやる。

ショットガン持ちのコスモノーツは、既に大兄にヘッドショットを決められ、地面に転がっていた。

成田軍曹が無線を入れてくる。

「敵残存数、2。 しかし気をつけてください。 エイリアンのドロップシップが接近しています」

「む……」

「ドロップシップの数は二隻。 十体前後の増援が予想されます。 更に、中華と米国に先日新しい敵戦力が出現したという報告があり、大きな被害が出ているようです。 気をつけてください」

やはりかと、荒木軍曹がぼやく。

どうやら予想が最悪の意味で当たってしまったらしい。

ともかく、敵を合流させるわけにはいかない。

二体のコスモノーツが後退しながら、威嚇射撃で足を止めようとしてくる。

三城に声を掛け。

側面から回り込んで、同時に仕掛けた。

二体を殆ど同時に屠った時には、四機のニクスが戦列を組み。荒木軍曹が兵士達を展開し終えていた。

大兄も狙撃の体勢を整えている。

万全の体制だ。

普通のコスモノーツが出てきた所で、問題にもならないだろう。

だが、無線が入る。

千葉中将からだった。

「荒木班、村上班。 北米と中華に出現したのは、見た事がない武装のコスモノーツの部隊だそうだ。 恐ろしい戦闘力を誇り、既に複数の基地が陥落したという連絡が入っている」

「なんだと……」

「今、君達がそこに揃っていて良かったのかも知れない。 北米から送られてきたグリムリーパーを其方に向かわせている。 例の最精鋭部隊構築の構想が上手く行って、来てくれた。 相手が何者か分からない。 だが恐らく、北米と中華で暴れている新型が来る可能性が極めて高い。 要注意で当たってくれ」

「了解した。 総員、気を引き締めろ! 相手は現在もっとも戦力がある北米と中華に投入された精鋭の可能性が高い! 手強いぞ!」

荒木軍曹がそう指示する事で、皆引き締まる。

弐分と三城は、ビル影をぬって移動し、敵ドロップシップの後方に回る。

ドロップシップが停止。

前もドロップシップから降りて来た新型に、EDFは大きな被害を出した。コロニストの時も、コスモノーツの時もそうだ。

まだまだプライマーは手札を隠している。

本当に、どれほどの戦力を有していると言うのか。

「此方弐分大尉。 位置についた」

「此方三城、同じく」

「よし、敵が落下し次第、総力での攻撃を仕掛ける。 一華大尉、DE202はもう来そうか」

「いや、まだッスね。 連日酷使していて、機体の整備が追いつかないみたいッスわ」

荒木軍曹は、そうか、とだけ呟く。

いずれにしても、やらなければならないのだ。

程なくして、敵もドロップシップ二隻を展開。

それの底が、開いた。

降りて来たのは、とんでもなくずんぐりとしたコスモノーツだった。今までのは、見るからに細身でスタイリッシュな鎧を着ていた。だが、これは何というか、見るからに圧倒的にヤバイ。

手にしている武器も、とんでもない巨大さだった。

「攻撃開始!」

敵は十一体。

降りてくると同時に、総力での攻撃が全員に直撃したが、鎧すら壊れていない。流石に愕然とする様子の兵士達。

「おいおい、なんて堅さだ……!」

「目標を指示する! 一体ずつ、攻撃を集中しろ!」

ぼやく小田中尉。

荒木軍曹が、指示を出す。その間に、飛び出した弐分は、全力で加速しながら敵の背後に回り、相手にフラッシングスピアを叩き込む。

流石にこの火力の前には、でかい奴も怯むが。

しかしながら、それでも鎧がまだ壊れない。

なんてタフネスだ。

敵が反撃を開始。

手にしているのは、ミニガンのような超巨大射撃兵器だ。

回転を始めたと思うと、凄まじい弾幕が展開される。あれは、人型がもって良い武装じゃない。

ニクスの一機、ブラッド1に火力が集中。瞬く間に、装甲が赤熱していく。

「こ、こちらブラッド1! とても耐えきれない!」

「後退しろ! 相馬中尉!」

「了解!」

重装型の相馬中尉のニクスが前に出るが、それを待っていたように更に別の兵器をコスモノーツが展開して来る。

先端が開くのを見て、嫌な予感。

大兄だって狙撃を続けている筈なのに、まだ鎧が剥がれた敵すらいない。

三城が、ライジン型レーザー砲をぶっ放す。

それで、やっと一体の鎧が消し飛んでいた。

中身はやはりコスモノーツのようだ。

青白い肌と、細い体は同じ。だが、鎧が一部砕けても、怖れている様子もない。むしろ動きは極めて機敏である。

敵が射撃開始。

それは、ロケットランチャー。

しかも多段式。

とんでもない火器だ。

「なんだあれは!」

「凄い武器を持ってるぞ!」

「ロケットランチャーだ!」

放った瞬間、大兄が狙撃を行って、手元に当てた。

それで多少は外れたが、一発ずつが放置されて劣化しているとは言え、ビルを粉砕する火力だ。

相馬中尉の重装型が正面で攻撃を受け止めるが、モロにずり下がるのが見えた。

「くっ! 火力が大きい! 敵の撃破を急いで!」

「今やっている!」

「くそったれえ!」

凄まじい射撃が繰り返される中、確実に敵は進んでくる。

さっき三城が鎧を粉砕した敵に、一華がニクスの肩砲台を叩き込む。これでやっと一体。

集中攻撃を浴びせて気づく。

此奴ら、鎧を二重に着込んでいるのだ。

その上、鎧は普通のコスモノーツのモノ同様。どんな攻撃でも確実に一度は耐えるようである。

とんでもない重装だ。

「エイリアンの重装歩兵……これが北米と中華に大量に降下した敵新戦力の正体か!」

「此方戦略情報部。 映像を確認しました。 恐らくは、それで間違いありません。 幸い通常のコスモノーツに比べて個体数は少ないようです。 恐らくは、敵の親衛隊か特殊部隊のような特務なのだと思われます」

「当たり前だ! こんな奴らが大量に降下してみろ、我々など一瞬で全滅だ!」

「……既に相当数が北米と中華に降下しました。 各地での戦闘では、我々が一方的に蹂躙されています」

二体目の鎧が、大兄の射撃で粉砕される。

そこに、荒木班の攻撃が集中。二体目が血の海に沈んだ。

他のエイリアンは、戦闘が不利とみると回避行動を取るが。此奴らは違う。確実に反撃を狙って来る。

戦意も旺盛ということだ。

精鋭部隊と言うだけあって、何かしらのプライドとか、職人意識とか。そういうので、恐怖を抑え込んでいるのかも知れない。

厄介な相手である。

弐分も確実に狙って来る。

敵の大型銃の火力はとんでもなく、高機動で回避しながらも冷や汗が流れる。こんなのが多数投下されたのか。

「こ、こちらブラッド2! 限界だ、後退する!」

「無理だと思ったら脱出しろ!」

「了解!」

「ロケットランチャー持ちを狙え! 恐らくはあれが指揮官個体だ!」

その言葉の直後。

二体いるロケットランチャー持ちのコスモノーツの片方のヘルメットが吹っ飛んでいた。

移動しつつ狙撃を繰り返している大兄の狙撃が、モロに入ったのだ。何度も繰り返して当てたのだ。

逆に言うと、アレのヘルメットは二重で。一枚剥がすのにもライサンダー級の攻撃がいることになる。

あんなのが前線に出て来たら、タンクなんかまるで役に立たないだろう。

だが、総員の射撃が集中。

兵士の中には、巨大銃の弾丸を喰らったり、ロケットランチャーで吹き飛ばされて地面に倒れ動けない者もいるが。

此処に集まったのは、元々何かを想定していた精鋭だったのだろう。

だから全員が、戦意がまだ高い。

二枚目のヘルメットが打ち砕かれると、やはり露出するのはコスモノーツの頭部だ。頭髪はなく、目に白目はない。

大兄の射撃が通り、ヘッドショットで吹っ飛ぶ。前のめりに倒れる重装型。

「なんて奴らだ! これだけの攻撃を繰り返しても、まだこれしかダメージを与えられていない!」

「強固な装甲に重武装。 近年ずっと火力偏重だった地球の軍隊の弱点をモロにつくような敵です。 歩兵部隊にとっては、文字通りの天敵といって良いでしょう」

「くそっ! エイリアンめ!」

「以降、この敵を重装コスモノーツと呼称します。 今までの敵とは次元が違う陸上戦力です。 くれぐれも注意してください」

注意しろって言われても。

弐分は今、二体の重装コスモノーツに追い詰められ、ビルが凄まじい射撃で崩壊しつつあるところだ。

やむを得ない。

飛び出すと、敵の懐に飛び込み、散弾迫撃砲を至近距離から叩き込んでやる。

流石にこれには視界を奪われ動きを止める相手。

其処へ大兄が攻撃を当ててくれる。

流石だ。

一体の首を刎ね飛ばして、そして盾を構える。もう一体の攻撃で、思い切り噴き飛ばされていた。

「くっ、此方相馬大尉、そろそろもたない!」

「敵の火力はアーケルス並みかよ!」

「とんでもない火力と装甲だ……とても対応できない!」

「弱音を吐くな!」

荒木班がカバーし合いながら、必死に味方を逃がしている。

敵はまだまだ余力がある状態。

これは、本格的にまずいかも知れない。

「此方DE202。 現着。 恐ろしい敵と交戦中のようだな」

「ようやく来たか!」

「105ミリ砲、射撃開始! 喰らえっ!」

やっと航空支援が来たか。

盾はもう駄目だ。放り捨てて、身軽になると。ジグザグに移動しながら敵に迫る。

既にニクス隊が崩れている以上、正面からやり合うのは無謀だ。味方も、ビル影に隠れてゲリラ戦に移行している。

敵はまだ七体が健在で、それも簡単に倒せるような相手では無い。今、ガンシップからの掃射を喰らっても。まだまだ余裕な様子である。

流石に歴戦のDE202のパイロットも、唖然としたようだった。

「こいつは怪生物と戦った時以来だな……! すぐに次を行く! 死ぬなよ地上部隊!」

「此方グリムリーパー。 現着」

来てくれたか。

凄まじい勢いで突貫してくる死神部隊。

頼りになる人達が来てくれた。

「北米に来たとかいう敵の精鋭か。 丁度良い。 殲滅する」

「気を付けてくれグリムリーパー! 装甲も火力も、生半可なコスモノーツの比ではないぞ!」

「此方三城! 敵に追い詰められて後退中!」

「くっ! 支援に行く! 回避に専念しろ!」

凄まじい射撃が、目の前に着弾する。

グリムリーパーも入り込んで、戦闘は更に激化する。

激しい火力の応酬が続けられる中。

不意に、大兄が、通信を入れてきた。

「敵増援」

「何ッ!」

「一体だけだ。 なんだ此奴は……」

「村上壱野、何と遭遇した!」

軍曹の声。

だが、大兄は、恐らく返事する余裕もないのだろう。そのまま、通信が切れた。

とにかく、やるしかない。

雄叫びを上げながら、敵に突貫。

もう此処は、例えどれだけの犠牲を出そうとも。敵を殲滅するしか、生き残る道はない。

グリムリーパーも大苦戦している様子だ。それはそうだろう。今までの相手とは桁外れだ。

あらゆる意味で。

「ブラストホールスピアが弾かれています!」

「何度でも当てろ! 実際に既に何体も倒れている!」

「イエッサ!」

一華のニクスが躍り出ると、機銃を浴びせて一体に集中砲火。

ロケットランチャー持ちが鎧を砕かれ。露出した体に、荒木隊の攻撃が集中した。

そのまま、体に大穴が開いて、倒れるロケットランチャー持ち。

だが、敵の戦意は旺盛だ。

一華のニクスに反撃が集中。かなり装甲を一瞬で持って行かれたようである。

「負傷者は下げろ! くそっ! とんでもない相手だ……!」

荒木軍曹が呻いている。

大兄と三城の通信は切れたまま。

もう一度、DE202が急降下攻撃を浴びせるが、それでも敵は倒れる様子もない。

凄まじい相手だ。

フラッシングスピアをもろに入れて。更にグリムリーパーが集中攻撃をして、やっと鎧が壊れる。

そして気づく。

此奴ら、鎧が壊れると動きが機敏になる。そう、確かに倒せる好機は出来るが、更に機敏になるのである。

なるほど、こんなのを着て出てくるほどだ。

中身も相当な精鋭、と言う事なのだろう。

他のコスモノーツとは中身からして違うと言うわけだ。足が細く、パワードスーツも兼ねているだろう鎧に頼り切っているのが見え見えの他の奴らとは、完全に別物というわけだ。

とにかく、今は血を浴びながらも戦うしかない。

三城が不安だ。

だが、それでも弐分は戦う。

射撃を無理矢理ブースターとスラスターでかわし、とどめはグリムリーパーに任せる。

「増援を送る! 必ず生き残れ!」

千葉中将の声が聞こえるが。

今は、それすらまともに耳に届かないほど、戦闘が苛烈だった。

 

2、赤い戦士

 

呼吸を整えながら、三城は武装の状況を確認する。

バイザーがやられた。

味方と連絡が出来る状態じゃない。さっき、あの重装のコスモノーツとの戦闘中。ロケットランチャーの爆発の余波で、かなりダメージを受けたのだ。

それで、さがった。

何とか体の方は欠損なし。

手指が欠けるようなこともない。

ただ、全身が酷く痛む。

孤立した。

それを理解している。しかも、もうこの辺りは、人間の領土とは言い難い場所なのである。

嘆息しつつ、何とか腰を下ろす。

息を整えていると、大きな気配。

すぐにレイピアを手に立ち上がり、それを見た。

なんだあいつ。初めて見る相手だ。

赤い装甲に身を包んだコスモノーツ。

重装型ではないが、手には刃を持っている。近接武器を持つコスモノーツは、初めて見た。しかもヘルメットを砕かれていて。顔には目が四つ。しかも白目がある。通常のコスモノーツとは違う種族なのか。

「ほう。 親衛隊から逃げ切ったか。 流石にやるな」

「!」

喋った。

どういうことだ。

コスモノーツが喋った。いや、まて。エイリアンは確か、人間の呼びかけを理解出来ていて、それでいて無視していると聞いた事がある。

ならば、喋る事が出来ていても不思議では無いか。

「凄まじい戦士達がいると聞いていた。 確かに噂通りだ。 この俺も、かなりの傷を受けてしまった。 丁度さがろうと思っていた所だ。 お前の兄かあれは」

「私は地球人、村上三城……貴方たちは、何者」

「俺達は「火の民」。 俺は火の民の戦士、トゥラプター。 名前を与えられた戦士の一人にて、この戦いに参加するように族長から勅命を受けている者だ」

「火の民……」

幾つかの事が分かる。

此奴はプライマーの戦士だが、人格もある。それだけじゃない。会話に応じる気もあると言う事だ。火の民というのは、コスモノーツの事だろうか。

相手が撤退中で。此方が戦力を出し切れない。

そういう特殊な状況だというのが、話をする気になった理由なのだろうが。此奴は見るからにバトルジャンキーだ。全力状態でないと戦う気にもなれないのだろう。

「何故、地球に攻めてきた。 なんでこんな殺戮を繰り返す」

「あまり多くの質問に答えることは出来ないが、我々にとっては必要な事だ、とだけ返しておこう。 それにしても殺戮だの侵略だの滑稽だな。 お前達が、別文化圏の同族に何をしてきたか、知らないわけでもあるまい? ましてやお前達が自分の価値基準と違う相手と宇宙で出会ったら、何をしただろうかも予想がつかないわけもないだろうに」

笑う。

赤い鎧の、異形のコスモノーツは。

どちらも戦える状態ではない。

だから、出来る会話だ。

「まあ実の所はな、火の民も勅命も俺にとってはどうでもいい。 俺と戦える奴がほしかった。 俺は「今回初めて」この星に降り立ったが……まさかこれほどの戦士がいるとは思わなかった。 次は更に装備を充実させてくる。 退屈させてくれるなよ」

「……」

「反発する目だな。 まあ相互理解など不可能だと最初から理解している。 だから、どうでもいい」

「私は……」

三城は、言葉がなかった。

ド正論で殴られたからだ。

確かに地球人は、別の文化思想の相手に、どれだけ残虐な仕打ちをしても良いと大まじめに考えている生物だ。

今だって多様性などと言いながら、実際にそんなものは微塵も守っていない。

あるのは同調圧力。

同調圧力の中に多様性などない。

人権と言いながら、それが金になるかどうかだけが大事な生き物だ。

そうでなければ、人権屋なんていう鬼畜の群れが、善人のフリをして歩き回れるものか。

神などいない。

どうして神がいるなら、こんな畜生以下を放置しておくのか。

恐らく地獄だってないだろう。

こんな連中が平然とあふれかえっているのだ。

悪魔とやらが実在したとしても。人権屋どものおぞましさを見たら、自分達では及ばないと頭を抱えることは疑いない。

三城の苦悩を見て、赤いコスモノーツは苦笑する。

「其方もそうだが、此方も似たようなものだ。 バカがのぼせ上がって馬鹿な事をしたせいで、こんな事態になっている。 戦うという一つをとっても面倒極まりない」

「戦いのためならどうなってもいいと」

「俺は別にそれでかまわん。 自分より強い奴に敗れ死ぬならそれも本望よ。 ……どうやら時間のようだな。 貴様ら四人組はどれも戦って見て面白そうだ。 兄貴によろしくな」

飛んでくるドローン。

赤いタイプワン。

あのビルを真っ二つにする凶悪レーザーを放ってくる奴だ。

それに身軽に飛び乗ると、赤いコスモノーツ、トゥラプターは消えた。

三城は、ずっと動けなかった。

彼奴はまだああ言いながら余力があった。

大兄とやりあって、無事で済む筈がない。

ダメージを受けていて、それで撤退を選択したのだろうが。

同時に、万全の状態の三城とやり合いたいと思ってもいたのだろう。

しばらくして、呼び声がする。

大声を出して、手を振っているのは。尼子先輩だ。大型移動車の窓から顔を出して、手を振っている。

相変わらず無防備な。

あれだけの戦闘があったのに。

「いたいた! いたよー!」

「あまり大声を出さないで欲しい。 狙撃兵が何処にいるか分からない」

「あ、そうかっ」

苦言する大兄と、ひっこむ尼子先輩。

何というか、ムードメーカーとしては完璧だが。

やがて大型移動車が来て。そして大兄が降りてくると。三城は閉口させられた。

全身傷だらけだ。

本当に紙一重の勝負だったらしい。

無理もない。

あの赤いコスモノーツから感じた覇気というか力というか。大兄と同等に思えた。

実際には、感覚を研いでいると、総合的な判断から相手の強さが分かってくる、くらいでしかない。

だが、その研いだ感覚が告げてきていたのだ。あいつの危険性を。

「大兄、みんな無事?」

「村上班と荒木班はな。 他の兵士達は大勢やられた。 あの重装コスモノーツの部隊は全滅させたが、ニクスも酷い有様だ。 相馬中尉の重装ニクスも結局破壊された」

「……」

「どうした、何かあったのか」

小兄は無言だ。グリムリーパーは、病院に直行したという。

荒木班も、小田中尉が大けがをしたらしくて、病院だ。再生医療を試すという事で、恐らくは手指を失ったのだろう。もっと酷い怪我かも知れない。

ひょいと一華が、完全に破壊されているニクスの影から顔を出す。

一華のニクスも、やられたのか。

これは、相討ちだな。

そう三城は思った。

「なんか不可思議なアンノウンがいたんスよ敵に」

「さっき会った」

「!」

「大兄、あれと戦って良く無事だったね」

とにかく、換えのバイザーを貰う。

あいつ、多分三城のバイザーが壊れているのも理解した上で、話をしてきたと見て良いだろう。

話すべきなのか。

いずれにしても、此処では止めた方が良いだろう。

大兄は、何かあったことを悟ったらしい。

だが、聞いてくる事はなかった。

三城を信頼してくれているのだ。

だから、聞く必要はない。必要なら話してくれる。そう思ってくれているのである。

家族なんて、心なんか通じていない。

それは知っている。

だが、例外もある。だから三城は、大兄と小兄と、祖父が好きだ。この年でそういう事をいう人間は滅多にいないらいしいが。

それでもそういうものである。

「とにかく引き上げッスよ。 北米も中華も、あのごついコスモノーツが本格的に侵攻開始したことで、とんでもない事になってるらしいッスから。 これから、東京基地でミーティングッスね」

「劣勢に転じたとは言え、まだ北米も中華も頑張っている方だ。 そこにとどめを刺しに来たと見て良さそうだな」

「……」

大兄の言葉に、一華は応えない。

或いは、何か違う考えがあるのか。

ともかく、今は退却する他なかった。

 

東京基地で、三城は怪我の手当を受ける。

基地の地下にある軍病院は更に酷い状態になっていて、手足を失った兵士達がベッドで呻いていた。

錯乱している兵士もいる。

関東ですらこんな戦況だ。どこでも、もうどうにもならないのだろう。

今まで出会ってきた兵士達が心配だ。

三城は、手当を受けながら、そう思う。

ベッドで横になると、バイザーだけ渡される。医者は苦い顔をしていたが。エースチームである村上班の一人だと言う事は聞かされているのだろう。

三城の怪我は、かなり周囲に比べると軽めだ。

あまり特別扱いも出来ないのだろう。

大兄もそれは同じだろうから。

もう、色々と言葉もない。

バイザーをつけると、擬似的なテレビ会議が出来る。貴重な個室を貰ったので、まずは大兄に連絡を入れる。

「大兄」

「やはり何かあったな。 あの赤いコスモノーツの事か

「あいつ喋った」

「!」

やはり驚くか。

それはそうだろう。今までプライマーは、人間と意思疎通の興味がないとしか思えない行動を取っていた。

だが、彼奴は明らかにそれが確信犯であり。

人間と立場が逆だったら。人間も同じように振る舞っていただろう事を、冷徹に指摘してきた。

それでいながら、バトルジャンキーとしての顔もあった。

それを考えると、とてもでないが。隠しておくわけにはいかなかった。

一応頭の中で奴の話については要点を整理していた。

それを、順番に話す。

しばし考え込んだ後、大兄は応じて来る。

「確かにあの赤い奴は他とは違ったな。 俺は彼奴との戦闘に手一杯で、他の戦闘に介入する余裕がなかった。 だから被害も大きくなった」

「……」

「だが、そんな事を本当にいったのか。 奴らにとって必要な事……この徹底的な攻撃がか

「嘘をついているようには思えなかった。 確かに、こんな風な絶滅を目的とした攻撃は、人類もやってる」

大兄も、それについては異論はないようだった。

歴史的に、遊牧騎馬民族などがそういう点では悪名高いが。

今はそれは、かなり誇張されていることが分かってきている。

むしろそういう絶滅攻撃が大好きだったのは西欧人で。

今でこそ「先進国」だの「野蛮はよくない」だの口にしているが。

人類でもっとも残虐だったのは、間違いなく西欧文化圏の人間だ。

ただ、人間は人間。

結局、どこの人間も残虐性については差がないだろうけれども。

それを冷静に、あのコスモノーツは指摘してきた。目が四つある事もきになった。ひょっとしてだが。

使い捨ての兵隊では無いと判断されていたコスモノーツも、あれもクローン兵なのだろうか。

「敵の勢力……プライマーに階級がある事は既に分かっていたことだ。 コロニストの扱いを見ればそれが顕著だ。 だが、そう考えると、王や皇帝などがいても不思議ではないだろうな。 民主制を執っている訳ではないのかも知れない」

「可能性はある。 民主主義は別に万能でも絶対でもない」

アフリカなどに顕著だが。

民主主義を無理矢理持ち込んでも、社会を混乱させて、却って滅茶苦茶にしてしまった例は幾らでもある。

その民主主義にしても、既得権益層が好き勝手をしている制度になっているし。

「サンバン」なんて言われるように。

選挙で勝つには、金、地盤、知名度が重要なんて身も蓋もない言葉もあるほどだ。

要するに敵が皇帝制で社会を回していたとしても。

皇帝制は悪だから、皆殺しにして良いなどと言う事にはならないし。

正義の民主主義が絶対に勝つなどと言うこともあり得ない。

あの赤い奴は、戦いたいだけだと言っていた。

そういうのは、別に地球人でも珍しくはない。

「分かった。 俺の方から、レポートを出しておく。 ただし、受理されない可能性も高い」

「これだけ戦歴を重ねてきた大兄でも?」

「これだけ戦歴を重ねてきたからこそ、俺に嫉妬していたり、俺を危険視している奴らも多いと言う事だ。 俺が大佐に昇格しないのも、俺を警戒している奴がEDFにはかなり多いから、らしい」

「馬鹿馬鹿しい話……」

こんな状態で、あんな強敵とやり合わなければならないのか。

溜息が出る。

休むように言われたので、そうする。

いずれにしても、あの重装コスモノーツとの戦闘には対策が必要だ。他の戦線では一方的に兵士達が蹂躙されて、基地が落とされたというのも納得出来る。

他のコスモノーツとは完全に別物だったのだから。

とりあえず、ねむる。

色々と、頭がごちゃごちゃだ。

敵はしっかり言葉を理解していて。

人間が別の文化的種族である事も把握していて。

それでいながら、絶滅戦争を仕掛けて来た。

そして、お前達も同じ事を散々してきただろうと、ずばり指摘もされた。

その通りだ。

だから、返す言葉もない。

ただし、身は守らなければならない。

今後も、襲いかかってくるプライマーの軍勢は殺さなければならない。相手も殺そうとしてくる、どころか。

そもそも交渉をする気が最初からないのだから。

だったら殺される前に相手を殺すしかない。

悲しいが、それしか道はないのも事実だった。

一眠りして、だいぶ楽になる。やはり最近もずっと無理ばかりしていたから、ベッドでがっつり寝るだけでだいぶ楽になる。

点滴もいつのまにか打たれていたが。三城が起きると、看護師が外して行った。

医師に色々と言われる。

その後、解放して貰った。

新しいウィングダイバーの装備を受け取ってから、皆と合流する。大兄も、すっかり良いらしい。

数日休んだだけなのに。

これでは、プライマーも頭を抱えているだろなと思う。

事実、口を利いてきたプライマーが、思った以上に人間だった事を考えると。

今はそれが容易に想像できてしまう。

会議室を借りる。

威厳のある中年男性が来ていた。

声で分かる。この人が、千葉中将だ。

戦場では苛烈な檄を飛ばす人だが、何というか寡黙で現実的に生きなければならない軍人の模範であろうとしている人に見えた。

まあそれもそうだろう。

政治闘争で生き残ってきたような軍人が指揮を執り続けてきたら。

とっくに日本は陥落していた。

荒木軍曹も来る。荒木班も。小田中尉だけは松葉杖をついていた。左足に、大けがをしたらしかった。

皆が席に着くと、レポートをだして話をする。

「コスモノーツが此方と会話に応じて来たという事だが。 間違いないだろうか、村上壱野中佐」

「なんだと!」

「軍曹、気持ちは分かる。 まずはレポートに目を通してほしい」

「……」

流石に立ち上がりかけた荒木軍曹を、千葉中将は押しとどめる。

絵に描いたような「四角いおっさん」である千葉中将だけれども。

やはり、色々と葛藤はあるのだろう。

しばし、沈黙が流れた。

そして、荒木軍曹は顔を上げる。

「確かに村上壱野中佐と交戦したアンノウン……赤いコスモノーツは、桁外れの戦闘力を持っていた様子だ。 バイザーの戦闘記録からもそれが分かる。 だが、まさか流ちょうに喋るとは……」

「目が四つか。 確かに不気味なコスモノーツだが。 その中でも突出して気色がわりいな……」

「いや、気色が悪いというよりも、機能的だから目を増やしているという感じがした」

小田中尉に、三城が捕捉をする。

しばし黙り込んでいた浅利中尉が言う。

「これらの発言は、人間社会を良く知っていないと出来ないことだと判断しても良いでしょうね。 どう思います」

「プライマーの攻撃は、あまりにも計画的だった。 皆、覚えているだろう」

荒木軍曹が言う。

実際には大佐になっているこの人は。

開戦から、ずっと最前線で苦闘を続けて来た人だ。

だから、状況も誰よりもよく分かっている。

大兄がもっとも頼りにするのも頷ける。軍人の中の軍人である。

「奴らは念入りに準備をした上で、攻撃を仕掛けてきたと見て良い。 我々をよく調べていても、不思議ではないだろう」

「だが、その割りにはおかしい事も多い」

相馬中尉が呟く。

皆、相馬中尉の冷静な分析力には世話になっている。

だから、言葉には耳をしっかり傾ける。

「奴らは一気に全戦力を投入してくればいいものを、まるで此方の戦力を丁寧に消耗させようとしているかのように新型を出してくる。 それに大量破壊兵器の使用も最小限に抑えていて、使っているのは地球を浄化する能力も持っている怪物が主力、という有様だ」

「その通りだ。 なりふり構わずマザーシップが主砲を放ってきたら、EDFも主要各都市も工場も、ひとたまりもなかっただろう」

荒木班も、やはり疑念を呈するか。

咳払いする千葉中将。

今度は、村上班に意見を聞きたいと聞いてくる。

大兄が、まずは発言した。

「自分はむしろ納得しました。 奴らは自分達が何をしているか分かっているし、地球人と会話をするつもりもない。 それが出来る能力があるにも関わらず、です。 気になったのは、「必要」だと言う事。 奴らにとっても、この戦争は相当なリソースを割くものの筈で、伊達や酔狂でやっているとは思えないと言う事です。 その証拠に、奴らと我々はある程度戦えている」

「それは自分も思った」

小兄が言う。

皆、誰かが発言するときは静かに黙る。

とても行儀が良いと思う。

こう言うとき、意見が違う相手に言葉を被せてくるような人間が、結構多いのだ。

しかもそういう輩こそ、「コミュニケーション能力が高い」だの、「自分には常識がある」だのと自称している。

三城は学校では周囲の輪に加わろうとも思わなかったし、相手も怖がって接してこなかったが。

だからこそ、そういった業はよく見えていた。

「プライマーは星間文明ではあっても、恒星間を移動するほどの能力はないのかも知れない。 もしも恒星間を好きかって移動して、現地の生物を侵略して資源を喰い漁るような生物だったら。 もっとスマートに侵略をしてきてもおかしくない」

「……」

「奴らは手探りで方法を模索しているように思う。 それに、ずっと思っていたのだけれども……奴らは我々と戦い方が似ている」

小兄の言葉に、皆が黙る。

それは、恐らく気づきたくない事だったのだろう。

その通りだ。

人間の動きを見ながら、弱点を突くような兵器を次々に投入してくる。

プライマーの戦闘はそれが基本だ。

圧倒的な物量があるなら、それで最初から押し潰しに来ればいいのに。

それをやってこない。

例えば、幾多の恒星系に進出しているような文明だったら、それが可能だろう。

だが、敵はそれをひょっとしたら、出来ないのではないのか。

物量があるといっても、それはあくまで地球基準であって。

思ったよりもカツカツの中、プライマーはやりくりしているのかも知れない。それには、人間の戦闘を見ながら、それにカウンターウェポンを投入していくのが効率的と言う訳だ。

一華が次に意見を求められる。

一華は周囲の視線を浴びて、居心地悪そうに身をすくめた。

ちょっとこう言う場は苦手そうだ。

少し気の毒になる。

「ええと、私は……その」

「萎縮しなくても大丈夫だ。 私はこの会議の内容もレポートも、今の時点では上層部と共有するつもりはない。 戦略情報部は明らかに何かを隠している。 それについては不審があるし、今の時点では私と、エースチームだけで共有するつもりだ。 本当はジャムカ大佐とジャンヌ中佐も呼びたかったのだが……」

「……わ、分かったッス。 笑わないでほしいんスけど、私はむしろ色々納得が行ったッスね」

一華は言う。

違和感を感じていたのは、他の皆と同じだと。

一華は、違う方面に違和感を感じていたのだという。

「もしも私がプライマーだったら、怪物だけわんさか投下して、後は高みの見物をしていたッスよ。 人間が開戦から半年で二割もやられて。 今は開戦時に比べて四割程度しか残っていない。 ディロイやドローンによる被害もあるけれども、それでも時間さえ掛ければ、怪物だけで充分に人類なんか蹂躙できた筈ッス。 一番たくさん人間を殺したのは、プライマーがけしかけてきた怪物なんスから」

「続けてほしい」

「あー、おほんおほん。 その、プライマーは何かをするために地球に来ている。 それは多分侵略とか領土欲とか、そんな人間が喜びそうなものでは無さそうッス。 奴らには余裕が感じられないんスわ。 怪物だけばらまいて、上空で腕組みして偉そうに見ていれば、百年もあれば人類なんて簡単に滅ぶのに。 どうしてそうしないのか」

確かにその通りだ。

一華は思考回路が大兄とは別の方向で冷酷だ。

戦場をコントロールすることに定評があり。

現在では村上班の事実上の参謀にしてナンバーツーである。

思考活動が出来る村上班に貴重な人材だ。

だから、この間の応酬救援戦では、英国で単独任務にあたった。

それだけ一華は頭が良いという事である。

三城も、その辺りは認めているし。大兄も頼りにしていると思う。

「プライマーには必要な何かがあって、地球を出来るだけ汚染しないように短時間で人類を滅ぼさなければならない。 つまり、そういう事だと思うッス」

「分かった。 村上三城大尉、君の意見も聞かせてほしい」

千葉中将が最後に話を振ってくる。

これは、今回のレポートの発端が三城だから、だろう。

こういうのは客観的な意見がそもそも重要なので。

三城の言葉は、最後に回されるのも当然である。

客観性がない感情的な意見なんて、何も建設的なものを作り出すことは無い。それは三城が、愚かしいスクールカーストを見て来て良く知っている。混ざりたいとも思わないし、関わり合いたいとも思わない。

「私はその。 あまり難しい事は分かりません。 だけれど分かったのは、トゥラプターと名乗ったあの赤い戦士は、戦いを楽しんでいて、恐らく初めて地球に降り立った、ということです。 ただ気になるのは、「今回は」ということ。 何かそれがとても嫌なものを予想させます」

「……」

「それだけです。 プライマーは、いずれにしても人間と会話も交渉もする気がないという事は確定だと思います。 地球人が同胞に散々やってきた事を、同じようにプライマーは別種族にしている、それだけなんだと感じます。 だから、交渉の余地なんて、ない」

もし交渉が出来るとしたら。

相手に致命的なダメージを与える手段があるか。

徹底的な損害を覚悟させる場合だけ。

それが地球人には無い。

交渉の基本は、それだ。

中には、舌先三寸なんていって。言葉だけでとんでもない大交渉をまとめてきた人物もいるにはいる。

伝説に残っている縦横家。

日本でも、少数の例が存在している。

だが、基本的な交渉は、ギブアンドテイクだ。

利害が一致しないと交渉なんて基本的には成立しない。

ましてや其処には感情だのなんだのが絡んでくる場合だって多い。

本物の縦横家ならともかく。

縦横家気取りの意識が高いだけのアホなんか、プライマーは相手にもしないと判断して良いだろう。

苦労しながら、それを説明すると。

千葉中将は、驚いたように三城を見て。

咳払いした。

「いや、君は随分と博識だな。 寡黙だから、君に対してはEDF上層部は単なる戦士とだけ判断していたらしいが……認識を今私は改めておく」

「ありがとうございます」

「意見は揃ったな。 皆で、この話は共有してほしい。 なぜなら、私は君達こそ、プライマーの喉に手が届きうる戦士だと思っているからだ。 私は私に出来る方法で、これから味方をまとめ、戦力を共有して、君達の支援をする。 今回の会議の件は他言無用にしてほしい」

「イエッサ!」

皆で敬礼をして、会議を解散する。

荒木軍曹は、最後まで残った三城に話しかけてくる。

「三城大尉。 本当に今回は助かった。 冷静に敵と会話をしてくれて、思った以上に情報が得られた」

「いえ……」

「今回纏まった情報は少ないが、ひょっとすると敵の急所を突きうるナイフになるかも知れない。 皆の意見を総合して分かるように、敵は思ったよりも余裕がない可能性がある事が分かった。 それだけでも、どれだけ有用な情報か分からない」

そう言って貰えると嬉しいが。

しかし、だからといって、戦況を好転できる訳ではない。

敬礼して、別れる。

戦闘は、今も続いていて、多くの兵士が命を落としている。

あまり、もたついている余裕は無い。

それが実情だった。

三城も、気持ちを切り替える。戦いに勝つ。プライマーと交渉するにしても、マザーシップを全部叩き落とすくらいはしないといけないだろう。

敵が人間に近い思考の持ち主であるのなら。

それこそ、ギブアンドテイクが成立しないと、交渉なんて出来ないのだから。

 

3、苛烈さは増す

 

横浜に飛来したマザーシップ。

それ以来、更に敵の行動は活発になった。

恐らくだが、EDFの戦力が枯渇しつつある。人類がもはや抵抗力を無くしつつある。

それを悟ったのかも知れない。

弐分はそう感じる。

三城が持ち帰ってきた情報は衝撃的だった。

だが、今は伏せろと言われた。

確かに、信頼出来る人間以外に話しても、狂人扱いされるだけだ。或いは病院送りかも知れない。

それだけは、避けなければならない。

千葉中将は、恐らくは信頼してくれた。軍曹も。

だから、その信頼に応えるべく。

今は攻撃を続けなければならない。

また、日本にマザーシップが飛来。一華にニクスが支給された直後だった。今度は近畿に迫っている。

紀伊半島から、大阪を直撃するコースだ。

すぐに予想移動路を先回りして移動。まだ幾つか、大きな地下街に人が隠れ住んでいる地域がある。

それらをやらせるわけにはいかないのだ。

現地に到着。

すぐに、大型移動車には戦闘予想区域から退避して貰う。

ディロイやタイプツードローン、或いはレッドカラータイプワンなどの、凶悪兵器を投下してくる可能性もあるし。

ストレートにアンカーの雨かも知れない。

いずれにしても、もしも巻き込まれたら、先輩はひとたまりもないだろう。

現着してから、すぐに周囲を確認。

一華のニクスは、以前のものを出来るだけ再現した高機動型。

それに、長野一等兵と一華が話をして。色々と改良を自前で加えたカスタムタイプであるらしい。

一華自身には知識があるが、エンジニアとしては長野一等兵の方が上だ。

平和だったら、多分町工場で頑固な職人として頑張っていただろう人だが。

或いは、それはあくまで平和だったら、で。

意外と戦争向きなのかも知れない。

いずれにしても、展開を完了する。

今回は敵の予想攻撃範囲が広いという事もある。

とてもではないが、多くの兵力は動員できなかった。

筒井大佐が回してくれた兵力は、レンジャーの一小隊だけ。それも、殆どが新人ばかりだった。

他にも敵の投下予想地点が幾つかあり。

荒木班や、グリムリーパーが展開している。

ジャムカ大佐は殆ど不死身に思える様子で、病院をあっさり出て来た。任せてしまって、大丈夫だろう。

成田軍曹が、通信を入れてくる。

「マザーシップ、間もなく村上班の上空にさしかかります。 ……! やはり何か投下しました! これは、ビッグアンカーです!」

「厄介なのを落としてきたな……」

大兄がぼやく。

三城を一瞥。

大丈夫。この間の事を引きずっている様子は無い。不慣れな様子の兵士達は、アンカーと聞くだけで逃げ腰になったが。

大兄が、声を張り上げる。

「開戦当初と違い、今支給されているアーマーは怪物の酸でも即死するほど柔な作りになっていない! 最近は更に改良が進み、飛行型の攻撃にも耐えられる! ただ攻撃を受けすぎると危険だ! 負傷を悟ったら後退するように!」

「い、イエッサ」

「訓練期間は短いと思うが、代表的な怪物については教わっている筈だ。 対応策も……いずれにしても、アサルトの弾をきちんと当てれば死ぬ! 怖れずに戦ってくれ!」

「来るッスよ。 目の前!」

一華が警告。

同時に、ドンと凄まじい衝撃音とともに。巨大なアンカーが空から降り注いで来た。

まずは一本か。

此奴が最初に姿を見せたのは欧州だったが。今では世界中の各地で、マザーシップが飛来する度に投下し。それを破壊するために、EDFは大きな被害を出している。大型なだけあって高性能であり、戦線によってはこいつからシールドベアラーやアラネアが投下されるのも確認しているそうだ。

案の定、アンカーは颯爽と大量の怪物……飛行型を含め、あらゆるものを吐き出し始める。

秒の猶予もない。

三城が誘導兵器で、まずは敵を牽制。

同時に、大兄が、ライサンダーFで狙撃を開始。このF型も、そろそろ強化が限界であるらしい。

弐分は敵の注意も惹きつつ、突貫。

後方は、味方に任せる。

ブースターとスラスターを全力で噴かして、高機動で敵に迫る。

最近はグリムリーパーの動きも学習。

ジグザグに移動しながら敵に迫るやり方も、磨くようにしていた。

そうするだけで、かなり被弾の危険が減る。

怪物を鎧柚一触に叩き落としつつ。支援も得ながらビッグアンカーに迫る。三城は今回、誘導兵器で目だった怪物の足止め役だ。足止めをしている間に、一華のニクスが火力にものを言わせて叩き落とす。

大兄が、かなりアンカーにダメージを入れていて。

弐分が接近した頃には、もう破壊圏内に入っていた。

喰らえ。

無言で、フラッシングスピアを叩き込む。

一瞬で粉砕されたビッグアンカー。兵士達が、喚声を挙げた。

「噂には聞いていたが、本当だったのか……」

「あれが村上班……すげえ!」

「負けていられないぞ!」

そのまま、怪物を掃討する。

飛行型は三城が誘導兵器でダメージを与えているから、どいつもこいつも一旦地上に降りている。それを片っ端からスピアで貫く。

他の怪物は、ニクスの火力で正面から制圧が可能だ。

それでもどうにもならない物量が来たら、自動砲座を撒くしかない。

アンカーから現れた怪物をだいたい駆除し終えた頃。

成田軍曹が、通信を入れてくる。

「また来ます!」

「予想落下地点は」

「今、バイザーに送信しました」

「……少し遠いな。 慌てずに破壊するぞ。 全員、一団となって前進!」

兵士達の士気が跳ね上がる。

それはそうだろう。

ビッグアンカーをこうも容易く破壊して見せたのだ。兵士達が、恐怖そのものとして聞かされていただろうものをだ。

大兄が、補給車からロケットランチャーを取りだすと、既に壊れてしまっている建物を幾つか爆破。

目的はきかない。

「弐分、次はガリア砲を試してくれるか」

「前衛はどうする」

「此処に到達する前に片付けてしまえばいい」

「分かった」

程なく、ビッグアンカーが落ちてくる。

ガリア砲に切り替えた弐分は、大兄となって狙撃開始。それで気づく。

さっきの建物破壊は、射線を通すためだったのだと。

バイザー通じて敵の位置は分かっていた。

だが、それにしてもこの手並み。

もうなんというか、どんな風にビッグアンカーが落ちてきて。それがどのくらいの高さになるかも、知っていたとしか思えない。

勘が人外じみているなあ。

そう弐分から見ても思える。

凄まじい狙撃の火力の前に、ビッグアンカーはそれほど時間を掛けずに沈黙。

三城と一華が誘導兵器とニクスで出現した怪物を抑え込む。あらゆる種類の怪物がいるが、ビッグアンカーといえども無敵では無い。

程なく制圧完了。

だが、大兄は、すぐに補給と移動を指示。

兵士達が青ざめているが。

まだ来ると判断しているのだろう。

「ま、まだ来るんですか!?」

「プライマーの戦闘指揮は状況を見ながら対応を変えてくるケースが多い。 今の地点に投下されたビッグアンカーがあっさり破壊されたのを見て、増援を投下してくる可能性が高いと見て良いだろう」

「わ、分かりました……」

敵も、物量が無限では無い。

それについては、この間の会議で出た意見だ。

それを楽観として取るのではなく。

敵の行動の予想の上を行くために使う。

大兄は恐ろしいな。

敵に回すことだけは、絶対に避けなければならないと弐分は思う。

地元の不良達は、弐分を大巨人とか呼んで怖れていたらしいのだけれども。弐分なんか大兄に比べればなんてこともない。

弐分が巨人だったら。

大兄は破壊神だ。

そういえば、三城が来てからだ。この呼び名に変えたのは。

夫婦などでも、子供が出来てから混乱させないように相手の呼び方を変えたりするのだそうだが。

村上家でも、似たような感じで、三城を助けた。

三城は何しろあの人間のクズから助け出した時には、まともな教育も受けていないどころかそれ以前の問題だったので。

家族で色々と、話し合って決めたのだ。

今ではすっかり、大兄という呼び名が似合ってしまっている。

中華ではマフィアとかが使う呼び方らしいが。

そんなことは関係無い。

村上家では、違うルールが使われているだけだ。

案の定。成田軍曹が無線を入れてくる。

「また来ます! ビッグアンカーです! 位置を送ります!」

「ほ、本当に来た……!」

「……この位置はちょっと厄介だな。 弐分、三城、全力で突貫してくれ。 一華、自動砲座を展開。 皆、一華を手伝ってほしい」

「イエッサ!」

兵士達が動く。

ニクスのバックパックにも補給車にも自動砲座が搭載されている。

これらは、それこそ誰でも即座に使えるほどに簡単だ。

バカでも使えると評判だったM4シャーマン戦車のように。

一華「大尉」の指示を受けて、兵士達が指定された位置にまく。それだけで後は使える。

弐分は三城とともに、バイザーで指定された地点へ急ぐ。

狙うは瞬殺。

もう三城はファランクスにチャージを終えていた。

「まだ来ると思う?」

「さあな。 大兄ほど俺は頭が良くない」

「ちょっと違うと思う。 大兄は勘がすごい」

「そうだな。 そうかも知れない」

大兄から見て、大きなビルの向かいにビッグアンカーが着地するが。それを即座に二人がかりで粉砕する。

少数だけ飛行型と例の人食い鳥が出たが、これなら対応は可能なはずだ。しかし問題は、更に増援が来る場合。

ビッグアンカーを瞬殺できたのは大戦果。

即座にさがりつつ、残敵は味方に押しつける。

「まだ来るぞ。 急いで戻って来てくれ」

「分かった」

「敵もまた、ちまちまと……。 一辺に落としてくればいいものを」

「……」

ぶちぶちと愚痴る弐分に、大兄は何も言わない。そのまま、飛行型と空飛ぶ人食い鳥に追われながら、味方の陣に。

途中、次々大兄の狙撃で怪物は落とされていたが。

ほどなく、全てが沈黙した。

自動砲座はまだ使っていない様子だ。そうなると、速射型のスナイパーライフルを使ったのか。

いずれにしても、恐ろしい手並みである。

「我々は、大きな苦難に直面しています」

なんだ。

無線が入ってきた。

軍用のものではない。どうもその辺りの地下で垂れ流されている無線を、バイザーが拾ったらしかった。

「この声は聞いたことがある。 コロニストの襲来前後に、和平を訴えていた政治家のものだ。 国会が無期限停止している今、何をしているのかと思ったが……」

「どうやら、相変わらずお花畑みたいッスよ」

一華が皮肉る。

まあそれもそうだろう。

弐分も演説を聴いていて、何を言っていると思ったからだ。

「もはや我々に勝ち目はありません。 プライマーに無条件降伏を打診すべきです。 我々は限られた土地で、生き残らなければなりません。 彼らに許されながら。 例えそれが屈辱の道であっても、我々は生き残るために全てをするべきなのです」

「敵はこれだけの苛烈な攻撃をして来ている。 ましてや敵に我々を生かす意味が存在していない。 欧州の人間がコンキスタドールで徹底的に南米の人間から命も富も文明すらも略奪したように、プライマーもそうするだけだ」

「現実が現実がと言う割りには、あの手の人って現実が見えてないから嫌ッスわ」

「俺も同感だ」

弐分も流石に同意するしかない。

いずれにしても、兵士達も苦虫を噛み潰している様子だ。

彼らだって。殆ど強制徴収同然で集められた筈だ。

戦場に出てみて、プライマーの恐ろしさが分かっただろう。

政治家、というだけで戦争に出ることもなく。

地下に籠もって、好き放題をほざいて自分の派閥を作ろうとしている。当然自分は「屈辱の道」とやらでも生き延びるつもりなのだろう。

男性だろうが女性だろうが、政治屋は度し難いな。

弐分はそう思うと、ともかく次に備える。

今の帯域の無線は切るように、大兄が指示。兵士達も、皆それに従っていた。

まあそれもそうだ。

怪物を目の前にして戦って。自分が微力ではあっても。怪物の怖さは誰もが分かったはずだ。

あんなエセ縦横家の寝言なんて、聞いていて気分が良い筈が無い。

「ま、また来ます! 今度は二本同時です!」

「位置を転送してくれ」

「はい!」

「ふむ、我々を挟むように、か。 弐分、三城。 二人で彼方に落ちてくる奴を狙ってくれ。 総力戦になる」

大兄が、そう指示。

そして、総力戦用意と、声を張り上げていた。

一本の瞬殺には成功する。だが、それでも金のα型が数体出現していた。

もう一本からは、銀のβ型を含むあらゆる怪物が大量に出現。どうやら、この地点にいる部隊が手強いと認識したらしい。

いいだろう。

ここで敵をそれだけ引き受ければ、他の地域での戦闘が楽になる。

やってやる。

金のα型をスピアで貫き、そのまま他の怪物は放置。味方の方へ向かう。

銀のβ型はおぞましい程タフで、兵士達が接近されたらまず助からない。更にあの数。自動砲座を展開してあるといっても、とても倒し切れないだろう。

「後方からの雑魚は、皆でどうにかしてくれ。 俺たちは前面のビッグアンカーを破壊する!」

「い、イエッサ!」

「銀のβ型、二十、いや三十はいるッスよ!」

「どうにかする!」

ショットガンを持ち出す大兄。そして、勇敢に敵に突貫していく。

負けてはいられない。

あんなアホの演説を聴かされてイライラしているところだ。全力で鬱憤はぶつけさせて貰う。

補給車に飛び込むと、装備を切り替える。

此処が使いどころだ。

「俺が突貫して、アンカーを破壊してくる! 三城、銀のβ型を大兄と一緒に駆除してくれ!」

「分かった」

「行くぞっ!」

手に取ったのはディスラプター。

超火力を瞬間的に放出する、フェンサーにとっての最強火器だ。あまりにも火力が大きいので、基地で専門の道具を使わないとエネルギーを再充填できない。それくらいの火力が出る熱線兵器だ。これで、ビッグアンカーを破壊する。

こいつは両手に持つのが基本で、裏装備として使う事が普通になる。

逆に言うと、こいつは使い切りなので。

使いきった後は、機動戦しか出来なくなる。補給車に戻るまでは、だ。

加速。

全速力で、壊しきっていないビッグアンカーへ急ぐ。不慣れな兵士達が絶叫しながら、必死にあまり多くもない怪物と戦っている。その裏では、大兄達が一華のニクスの火力を主力にして、その数にして十倍以上、戦力では数十倍の相手を奮闘して食い止めている。

負けていられない。

更に加速。

ブースターとスラスターの力を最大限に活用する。

全力で飛ぶ。

瞬間速度だけならウィングダイバーよりも出る。

ただし、その後の動きの癖が強いから、どのフェンサーも殆どブースターもスラスターも使いこなせない。

スラスターでの高速機動を得意とするグリムリーパーが超凄腕として扱われるのもそれが理由。

弐分は、更にその上。

スペシャル扱いされている。

だけれども、本当にそうなのだろうか。

開戦と同時に人類が大劣勢にならなければ、弐分くらいの人間は他にもいて。フェンサースーツを着込んで暴れていたのではないのだろうか。

いや、そういう人が市民のままでいられたかも知れない。

ともかく今は。

敵陣を蹂躙し尽くすのみだ。

敵を突破。

かなり被弾して。フェンサースーツにもダメージを受けたが、動けない程じゃない。

そのまま飛行型と空飛ぶ人食い鳥を蹴散らしつつ、ビッグアンカーに肉薄。そして、ディスラプターの火力を全解放。

目の前が真っ白になる。

それほどの超火力が解放されたと言う事だ。

原理はよく分からないが、なんでもプライマーの使っている動力炉を利用しているとか言う噂もある。

それくらいの、凄まじい火力。

怪物が周囲で炎上しているのが見える。

ビッグアンカーが、融解し。そして爆裂四散していた。

一瞬だけ隙が出来るが、それは超高熱を浴びた周囲だって同じ。例外的に一匹だけ、銀のβ型が完璧なタイミングで来た。

糸を避けられる状態じゃない。

だが、糸を放つ前に、大兄の狙撃が、銀のα型を貫く。

それでも耐え抜くのは流石だが。

装備を切り替えた弐分が先に動き、スピアで銀のα型を撃ち倒していた。

雄叫びを上げる。

我ながら、どうもこういう獣性を隠し持っていたらしい。

ともかく、暴れ狂う。

ひたすらに周囲の怪物をスピアで貫く。

もうお代わりはこない。

徹底的に修羅になって、ひたすら敵を殺し尽くして。

気がつくと、大兄に肩を掴まれていた。

「終わった。 もういい」

「……」

呼吸を整える。

そして、残心をしていた。

初陣でもあるまいし、醜態をさらした。恥ずかしい。そう思っていると、大兄は言うのだった。

「気にするな。 むしろ今の凄まじい暴れぶりで随分と助かった。 ただ、心はもう少し鍛えた方が良さそうだ」

「……ああ。 気を付ける」

「それでいい。 お前の戦力は、皆のために必要だ」

大兄はそれだけ言うと、戻るように指示。

補給車にディスラプターを入れる。

話によると、まだマザーシップはビッグアンカーを投下し続けていて。苦戦が続いているという。

破壊しに行かなければならない。

「筒井大佐が部隊を展開してビッグアンカーに応戦しているが、あまり旗色が良くないようだ。 加勢に行くぞ」

「わ、我々は……」

「君達は筒井大佐に指示を受けろ。 軍とはそういうものだ」

「わ、分かりました!」

すぐに大型移動車が来る。もうマザーシップの位置的に、この辺りにアンカーが落とされる事はないそうだ。

大型移動車が来た時には、筒井大佐からの指示があって。

一緒に行動していた小隊は、村上班と同じく行動するようにと言う話を受けたようだった。

そのまま、次の戦場に行く。

成田軍曹が、慌てた様子でナビをしてくる。

「マザーシップが投下したビッグアンカーは五本! いずれからも、相当数の怪物が出現しています!」

「たった五本だな。 すぐにへし折ってやる」

「頼もしいです。 でも、気をつけてください」

「分かっている」

もう、位置を指定してほしいと大兄はいう。

そして、大型移動車のボンネット部分によじ登ると、片膝をついて狙撃の体勢に入る。

まだ十キロ先だが。

この地点から、充分にやれるということだ。

射撃。

どうやら命中したらしい。

黙々淡々と狙撃をしていく。

普通十キロ先となると、コリオリ力とかまで計算に入れなければならない筈だが。大兄は、その辺りも勘でサポートして狙撃が出来ていると言う事だろう。

その間に、自分で手当をする。

鋼鉄の肉体だとか良く言うが。

人間の肉体なんか、猛獣に噛み裂かれればそれこそ紙屑と同じ。

そんな程度のものでしかない。

手当は淡々とする。

筋肉を見て兵士達が瞠目していたが。

別に見せびらかすものでもないし。

筋肉があろうがなかろうが、体格的に劣る大兄より弱いのは事実だ。こういうのはあくまで天性の戦闘センスがものをいうのだから。

「此方グリムリーパー。 村上班、君らと逆方向からビッグアンカーの迎撃作戦に参加する」

「了解。 周囲の被害を抑えてください」

「任せておけ。 荒木班は別地点での戦闘だそうだ。 戦闘の参加には期待しないでおいたほうが良いだろうな」

まあ、これほどの規模の攻撃だ。

それに、である。

恐らくだが、プライマーは重点的に攻撃すべき地点をもうこれだけ絞れてきているという事なのだろう。

ロシアやアフリカは完全に陥落。

中東や中央アジアはもう何が何だか分からない。恐らく救援に行っても遅いだろう。EDFどころか、人間がまだいるかすら怪しい。

北米やインド、中華が完全に劣勢に回った今。

集中攻撃すべきはまだしぶとく抵抗している日本、と言う訳だ。だが逆に、日本で敵の攻勢を引き受ければ、他の戦線は楽になることも意味している。

「よし、破壊した。 怪物を狙撃して、味方の支援をする。 戦闘区域に入ったら連絡するから、展開してくれ」

「えっ……十キロ先だよ!?」

「次のを狙う」

「うっそお……」

尼子先輩の愉快なリアクションで、だいぶ救われる。

その間も、長野一等兵は、黙々と一華のニクスを修理していた。

弐分も応急手当が完了。

またやれる。

もう野獣になって暴れる事はしない。

そう、強く戒めた。

「小兄、もういけそう?」

「問題ない」

「兄弟揃って化け物ッスね……プライマーもあんな距離からビッグアンカー破壊されたらたまらんスよ」

「だがそれは小気味よいことだ」

一華も、こういう軽口を叩くようになって来てくれた。

元々相当な陰キャだったのに、それだけ馴染んできてくれていると言う事だ。

陰キャだと言う事は別に悪くもなんともない。

ましてや一華はその卓越した戦闘スキルで、どれだけ村上班のために戦ってくれたかも分からない。

皆と自分のペースで話をしてくれれば、それでいいのだ。

「そろそろ来る。 展開してくれ」

弐分も少し遅れて殺気を感じた。

大型移動車から降りて、すぐに戦闘態勢に入る。

恐らく、ビッグアンカー攻撃部隊の手を逃れた飛行型が相当数、此方に飛んでくるのが見えた。

だがあの数なら、多分どうにでもなるだろう。

全員展開、戦闘開始。

飛行型はどの道見つけ次第倒さなければならないのだ。

皆で飛行型を駆除している間に。大兄はまた一本、ビッグアンカーをへし折ったようだった。

 

4、激戦の果てに

 

スプリガンの隊長、ジャンヌ中佐は呼び出しを受けて司令部に行く。

フランスの北岸。

その地下シェルターに作られた司令部の奧に、バルカ中将はいた。

バルカ中将は、既に重病人だ。

何だかの内臓の疾患が原因だとか。それもここしばらくの激戦で、急激に悪化してきている。

そのため今は車いすに乗っていて。

点滴を受けながら、戦闘指揮をしている有様だった。

それでも、歴戦の猛将として前線に出てくる事さえある。

流石に指揮車両に乗って、だが。

バルカ中将は、余命宣告も受けているそうだ。

このまま無理を続けると、もって半年。いや、三ヶ月。

だからバルカ中将は、自身を捨て石にする事を厭わないのだろう。

ジャンヌ中佐は、ろくでもない生まれであることもあって。あまり他人に敬意を持ったことがないが。

村上班の長男や、荒木班の通称「軍曹」。グリムリーパーのジャムカ大佐など、一目おいている相手はいる。

いずれも自分と同等かそれ以上の戦士。

結局の所、ジャンヌは人間である以前に戦士で。

故にその価値観も、闘争が基本になっているのかも知れない。

歪んでいるのは分かっているが。

それに相応しい戦闘力を有しているから。それが一番生きやすいのも事実だった。

「ジャンヌ中佐。 辞令だ」

「はっ」

「これよりジャンヌ中佐は大佐に昇進。 そして、生き残りのスプリガンを連れて、日本に移動してくれ。 生き残った欧州最後の市民も連れて……な」

「分かりました」

敬礼する。

もう欧州では、市民の避難は終わった。

正確には、避難させる市民がもはやいない。

欧州ではかろうじてバルカ中将の凄まじい暴れぶりで戦線が維持されているだけの事であって。

もう殆どが、プライマーの手に落ちてしまっている。

アフリカから無尽蔵に攻めこんでくる怪物。

更に要所に姿を見せる強力な敵兵器やエイリアンの軍団。

それらが、バルカ中将麾下の精鋭達ですら抗い難い強敵として。蹂躙を続けた結果である。

「バルカ中将も、生き残りの兵士達を連れて、英国に」

「英国ももう末期的な状況だ。 こんな死にかけがいった所で、なんの役にも立てんよ」

「兵士達は……」

「説得はしたのだがな。 皆、私と一緒に最後まで残って、少しでもプライマーを殺すのだそうだ」

ふっと苦笑するバルカ中将。

とても寂しい笑顔だった。

この人も、ジャンヌが認めている一人だ。

強い。

戦士としてではなく、指揮官としてだが。

いずれにしても、辞令を受けると。すぐに港に向かう。これが今生の別れだ。もう万が一にも、欧州は陥落を免れないだろう。

欧州本土が落ちたら、プライマーの怪物や軍勢は英国に殺到することになる。

彼方にいるジョン中将もかなりの名将だが。

それでも支え切れまい。

港には、不慣れそうなダイバーが十名ほど。

更には。古参のメンバーが八人。

おかしな話だ。

開戦から二年と経過していない。

開戦時からいる河野が、既に古参面している。それだけ、損耗率が激しいのである。

作戦を皆に伝える。

露骨にほっとした様子の河野を見て苛立ちが募るが、此奴にはなんだかんだで才覚がある。

少なくともスプリガンでやっていけるだけの実力はある。

だから、あまり邪険にも出来ない。

「今の時点で、海上ではあまりプライマーは行動が活発では無いが、マザーシップからの砲撃や、飛行型が姿を見せる可能性もある。 中華で姿を見せた空飛ぶ人食い鳥も来るかも知れない。 くれぐれも、戦闘態勢を崩すな。 我々が乗る揚陸艇には、多くの市民がいる。 我々が倒れたら、彼らが殺される」

「イエッサ!」

「よし、行くぞ。 ……最後に、バルカ中将に敬礼!」

「敬礼っ!」

多少不揃いではあるが、全員でバルカ中将のいる地下壕の方に敬礼。

見ると、残るといった兵士はみな古参の者ばかりだ。

恐らく兵士達の殆どに説得をしたのだろう。

揚陸艇には、多少の兵士達もいた。

若い兵士ばかりだ。

残りたいのにと顔に書いている兵士もいたが。恐らくだが、若い兵士は無理矢理にでもバルカ中将が説得したのだと思う。

悲しいほど気高い人だ。

そして、その気高さが、少しでも報われるのだろうか。

無線が入る。

戦略情報部からだった。

「此方戦略情報部。 ジャンヌ中佐、いや大佐に昇進したのでしたね。 日本へ向かう船上でしょうか」

「ああ、そうだ。 これから難民とともに日本へ向かう」

「サブマリンの艦隊を護衛につけます。 英国からの避難船団も途中で合流しますので、必ず皆を守りきってください」

「スプリガンにその心配は無用。 多少の怪物など蹴散らしてくれる」

無線を切る。

ため息をつきそうになるが、部下の前でそういう事はしない。

村上班と何度か一緒に戦闘した。

村上三城。

あれは天才だ。

ジャンヌでも恐らくもう及ばない。飛行技術の粋を極めて戦っている。戦闘センスも恐ろしく高い。

村上流とか言う古流武術をやっているらしいのだが。

別に村上流が強い訳ではないと、あの村上壱野がいっていた。

ということは、本人の問題なのだろう。

天才というのはいる。

戦闘、スポーツ、芸術。こういったものは、どれだけ努力しても才覚が上回る分野である。勿論才覚が同じだったら努力した方が勝つが。埋めようがない才覚の差というのは、存在している。

これから、村上班と合流する。

実際には、不安だ。

自分達で役に立てるのか。

少しでも、この最後に残ったウィングダイバー達を、現地につくまでに鍛えておかなければならないだろう。

海上に出ると、空気が弛緩する。

今のうちにやっておくべきだろう。そうジャンヌは思った。

すぐにまだ経験が足りない若手を集めると、甲板で、飛行技術についての講義をする。

テクニックはいくらでもある。

才覚がある奴は、ざっと見たところいない。

それでも、ある程度は戦力になる程度は、鍛えておかなければならない。

一つずつ、丁寧に教えていく。

これらが無駄になる可能性が高い事は分かっている。

それでも、あがいておきたかった。

それが、意地と言うものなのかも知れない。

意地であっても。

それでも、やれることはやっておきたかった。

 

(続)