撃墜は遠い

 

序、戦力が更に減る

 

マザーシップが横浜に飛来。

流石に事態を重要視したEDFは、北米からグリムリーパーを派遣してくれた。其処に村上班も参加。

横浜に来たマザーシップへの、攻撃作戦を行うこととなった。

もう、三度目か。

一度目二度目ともに、好き放題をされて逃げられた。

だが、どうして逃げたのか。

それがよく分からない。

マザーシップの弱点は下だという話もあるのだが。それは本当なのだろうか。或いはそう見せかけているだけなのではあるまいか。

ただ。航空機の攻撃は通用しない。

それは分かっている。

壱野も少し前に、通信で聞いた。

インドに集められていた空軍で、マザーシップへの攻撃を行ったのだ。この作戦は、ものの見事に大失敗した。

空軍機でドローンを排除して、フーリガン砲を叩き込むという作戦だったようなのだが。

案の定、空軍はマザーシップに近付くことさえ出来ず。圧倒的な数で飛んでくるドローン相手にどうしようもなく。

やがて後退を余儀なくされ。

多数の航空機を失うだけに終わった。

その間に陽動作戦をしていた幾つもの部隊が、苛烈な作戦で多大なダメージを受け。マザーシップにダメージを与えるどころか、むしろ傷を拡げる結果に終わった。

インドもこれで劣勢が確定したとみていい。

人口が世界有数のインドの決定的劣勢。

これは、あまり良いニュースどころか。EDFにとって致命的な話だった。

現地に到着した部隊はあまり多く無い。

案の定というか。

マザーシップが大量のドローンをばらまいたせいで、東京基地から迎撃の部隊が出ているのだ。

現地に着いたのは村上班。

それにウィングダイバーが一部隊。

そして、久しぶりに会う、グリムリーパーだった。

グリムリーパーの隊長であるジャムカ大佐は、相変わらず巌のように厳しい武人で。そのまま待っていた。

「よう村上班。 生き延びていて何よりだ」

「其方もです。 北米の戦況は良くないと聞いています」

「そうだな。 其方はエルギヌスをEMC無しで倒したって? やるじゃあないか」

「いいえ。 支援に恵まれただけです」

軽く壱野と挨拶をかわす。

話を聞くと、此処にはいないが、マゼラン大尉も米国で無事なようだ。

そして、二人で見上げる。

マザーシップだ。

マザーシップの下には、大量のシールドベアラー。それに守られた怪物と、コスモノーツの部隊。

いずれにしても、生半可な敵ではない。

「戦場で何度も会う奴は少ない。 今の状況だとなおさらそうだ。 だいたいはすぐに死ぬからな」

「今回も、生き残りましょう」

「……ああ、そうだな」

この場で作戦を決める。ウィングダイバー隊も、それなりに経験を積んでいるチームらしい。

東京基地の守備を任されているダン中佐が、必死に工面して出してくれた部隊だと言う事だ。

死なせるわけには行かない。

中華であの空飛ぶ新しい怪物と交戦して、二週間ほど過ごしたが。

マザーシップの到来を聞いて、慌てて戻って来たのだ。

何を目的としているかは分からないが。

今度こそ、マザーシップを攻略したいと千葉中将は、移動中に話をしていた。

だが、それにはこの戦力は少なすぎる。

スカウトの部隊が戻ってくる。

「敵は中央部分に巨大なシールドベアラーを配置して、それを拠点にしているようです」

「ありがとう。 後方に……」

「いえ、我々も戦います。 この戦況、一人でも兵士が必要なはずです」

「分かった。 無理だけはしないでくれ」

壱野が声を掛けると、皆青ざめながら頷く。

その中の若い兵士一人が言う。

「俺に敵を倒す機会をください」

「どういうことだ」

「俺は五人兄弟でした。 今はもう一人っ子です」

「……」

意味が分からないほど、壱野も頭が鈍くは無い。

しばし黙り込んだ後、頷いた。

「分かった。 奴らに一発喰らわせるチャンスを作る。 必ず兄弟達の仇をとってくれ」

「分かりました」

ともかく、作戦を決める。

壱野としても同情は出来るが、相手はこの戦力。更には、直上にはマザーシップがいる状態だ。

どれだけの更なる戦力が控えていてもおかしくない。

事実、コロニストやコスモノーツが以前は現れたのである。

危ないと思ったら。何をやらかすか分からないのだ。

「最大速度を出せる弐分が一機ずつシールドベアラーを破壊します。 ジャムカ大佐は、グリムリーパーとともにそれを援護してください。 ウィングダイバー隊は後方から雷撃銃で射撃。 中空からの攻撃に徹して、敵の気を引かないように気を付けてほしい」

「分かった、それでいこう」

「分かりました。 作戦はお任せします」

ジャムカ大佐はどうも自分で作戦を立てるのは興味がないらしく、作戦の立案は階級が下の壱野に一任するとまで言ってくれた。

何か妙案があるなら一華が言うだろうが。今のところ、一華は黙りだ。

荒木軍曹がいてくれれば良かったのだが。

軍曹は今、中華で例の空飛ぶ怪物とやりあっている最中だ。というか、村上班を戻すなら代わりをと、千葉中将が泣きつかれたらしい。

仕方がない話ではある。

今、中華ではあの空飛ぶ人食い怪物に、記録的な被害を出しているのだから。

「三城、何があるか分からない。 補給車の側を離れるな。 それとγ型の姿が確認されている。 誘導兵器で、いざという時は弾き返してくれ」

「分かった」

「よし、ではあのシールドベアラーから潰す。 GO!」

「おうっ!」

凄まじい気迫とともに、グリムリーパーが敵陣に突進。更にそれ以上の速度で弐分が行く。

コスモノーツがいるが、グリムリーパーはまるで怖れる事なく突貫していく。緩慢にシールドベアラーが立ち上がって逃げようとするが、弐分が瞬時に打ち砕いていた。

防御スクリーンが消え、グリムリーパーがブラストホールスピアを叩き込んで翻弄していたコスモノーツが守りを失う。

α型の怪物もそれなりの数が仕掛けて来るが、それはウィングダイバー隊に射撃して足止めしてもらう。

その間に、ダメージを受けているコスモノーツを、壱野は弐分と連携して撃ち倒す。

程なくして、最初の一群は片付いていた。

周囲に点々とする死体。

一華と三城はまだ戦力を温存できる状態だ。

ジャムカ大佐が戻ってくる。

壱野は、怪我人がいない事を確認しながら、周囲を見て回る。

敵は此方にまだ警戒だけして、全軍で襲いかかるそぶりは無い。

「よし、片付いたな」

「相変わらず良い腕だな村上壱野中佐。 今からでもフェンサーにならないか?」

「いえ、EDFを代表する四兵科が此処に揃っている事が、村上班の強みだと思いますので」

「そうか。 弟もその様子では譲る気はなさそうだな」

頷く。

弐分も、苦笑いしていた。

次のシールドベアラーに仕掛ける。

問題は、マザーシップの直下にかなり大きなシールドベアラーの展開した防御スクリーンがあることだ。

下手をすると、前のようにマザーシップが主砲を展開して来る可能性もある。

更には、真下まで行くと。

敵の何か新戦力が投下される可能性がある。

それにモロに包囲されることだけは、避けなければならなかった。

「レールガンがあればなあ」

弐分がぼやく。

だが、今やレールガンは各地の戦闘で引っ張り回されていて。東京基地にも今回は動ける機体がいなかった。

製造コストも天文学的らしく。

マザーシップ攻撃作戦だというにも関わらず、今回はでてきていない。

グリムリーパーを引っ張ってくるだけで精一杯だった。

それだけで、現状のEDFの窮状がよく分かる。だから、何も言えなかった。

シールドベアラーの側に展開。

手をかざして様子を確認。

「敵にγ型がいます。 ジャムカ大佐、交戦経験は」

「最近米国にも現れた彼奴らだな。 大丈夫だ、何度かやりあっている」

「分かりました。 ショットガン持ちのコスモノーツがいます。 最優先で片付けてください」

「任せておけ」

GO。

再び声を掛ける。

今度は三城も出る。出ると同時に、誘導兵器をぶっ放して。地面を這いずり回っていたγ型を全部吹っ飛ばす。

これで、少なくとも体勢を立て直すまで、敵は動けない。

獰猛なまでの動きで、グリムリーパーがコスモノーツに迫る。左右に高速でスラスターを使って機動し。斜め移動を主軸に敵へと間合いを詰める。

その勢いにコスモノーツが慌てている内に、足をジャムカ大佐のブラストホールスピアが砕く。

弐分によるとかなり使いづらいスピアらしいのだが。

それでも、あの部隊はブラストホールスピアの使用に特化しているのだ。

三体いるコスモノーツをグリムリーパーが抑え込んでいる間に、前に進んだ一華のニクスが、猛烈な射撃をシールドベアラーに叩き込む。

それで、ほとんど時間を掛けず。

忌々しいバリアの発生装置は粉砕されていた。

後は皆で連携して、敵を葬るだけだ。

兄弟全てを失った兵士も、凄まじい戦意でコスモノーツに鉛玉を叩き込んでいたが。至近にγ型が来ているのに対応できず。壱野が射撃して、敵を吹き飛ばして救った。

「あ、ありがとうございます」

「君は生き残って、家族の面倒を見るんだ」

「……はい」

涙を拭う兵士。

壱野は頷くと、そのまま次の敵陣に攻めこむ。

だが、四つ目のシールドベアラーを粉砕した直後。

マザーシップに動きがあった。

主砲が、せり出してくる。

「ほう。 噂に聞いていたが、あれが主砲か」

「さがってください。 敵は恐らく、シールドベアラーのせいでダメージを受けません」

「分かった。 どうやら此方の盾程度でどうにかできる代物でもなさそうだな」

「此方成田軍曹! マザーシップの下部に動きがあります! これは……タイプツードローンです!」

確かに、大量のタイプツーが出てくる。

それを見て、若干ほっとした。

新型の敵が出てこないと言うだけで、充分だ。

さがりながら、敵を撃つ。

敵は敵で、マザーシップの動きを見て。どうやらそろそろ動くべきだと判断したのだろう。

怪物を一斉にけしかけてくる。

大量のα型とγ型が地上から。

タイプツードローンが上空から迫ってくるが。

仕込みは終わっている。

「一華!」

「よし。 丁度ばっちりッスよ!」

今までの戦域で仕込んできた自動砲座が一斉に稼働。

中には、小型ミサイルを連続で射出するタイプのものもある。

それらが、怪物を滅多打ちにし始める。

怪物達が足を止め、或いはその場で吹き飛ばされ。穴だらけにされて悲鳴を上げて崩れる。

タイプツードローンは悠々と間合いを詰めてくるが。

高機動型の一華のニクスは余裕を持って、壱野が指定したマンションの間に入り込むと、対空射撃を開始する。

タイプワンより頑強とは言え、しょせんはドローン。

その上、動きそのものは対地攻撃に特化しているからか、非常に遅い。

次々と叩き落とされていくタイプツードローン。

勿論壱野も加わる。

狙撃の度に、敵が落ちるのを見て、兵士達が歓声を上げ。

それぞれ、射撃を開始する。

タフだが、それでも射撃が集中すれば落ちる。さっきの一言で落ち着きを取り戻したらしい兵士は、冷静に狙撃し。何機かを撃墜したようだった。

それでも、相手はタイプツードローンだ。

確実に上を取って、射撃をしてくる。

グリムリーパーが機敏に動き回って、盾になって皆を守る。

彼らに支給されている死神をペイントした盾は。

それだけで、かなりの威圧感があるが。

味方を守る守護神にもなっている様子だ。

「ウィングダイバーを守るのは癪だが、今は一人でも多く生還させなければならないからなっ!」

「そのまま頼みます」

「分かっている! 俺たちの武器は対空に向いていない! さっさと片付けろ!」

三城はフライトユニットが焼け付きそうな勢いで誘導兵器を空に向けてぶっ放し、次々にドローンを叩き落としていくし。

弐分は空中で高速機動しながら、散弾迫撃砲を時々ぶっ放し、数機まとめて吹き飛ばしている。

壱野は狙撃するだけだ。

ひたすらに、ライサンダーFを用いて狙撃する。

タイプツードローンは百機以上は飛ばされた筈だが。

既にもう、数えるほどにまで減っていた。

よし、好機だ。

「俺はこれから主砲への攻撃を試します。 一華、映像を記録して、分析しておいてほしい」

「了解ッス」

「良いタイミングだ」

「ありがとうございます」

ジャムカ大佐にそう答えながら、射撃。

そのまま主砲に何発か叩き込むが、ダメージが入っている様子は無い。いや、ダメージは入っているが。

主砲そのものが巨大なビルほどもある。

ライサンダーFの火力では、残念ながら足りないのか。

そのまま、無言で狙撃を続ける。

不意に、爆発した部分がある。

見ていると、主砲を支えるように三つのパーツが存在しているようだ。それらにはダメージが通る。

連続して、支えになっている柱のようなパーツを撃ち抜く。

一つずつ、確実に。

程なくして、爆発したパーツが落ちてくる。

おおと、喚声が上がった。

「マザーシップにダメージが入りました!」

「おおっ! 快挙だ!」

「! マザーシップから、タイプツードローン! 多数です! ……か、数が多すぎます!」

「皆、頼む。 この機会を逃したくない」

壱野は、そのまま狙撃を続行。

マザーシップの主砲先端が輝き始めるが。冷静に見て確認する。

明らかに以前よりも、光が弱い。

間もなく、タイプツードローンが大量に殺到してくるが。

一華が対空弾幕を張り。

ウィングダイバー隊も、装備をモンスター型レーザー砲に切り替えて射撃を続けて、最高効率でドローンを叩き落とす。

レンジャー部隊も同じく。対物ライフルで、必死の狙撃を続け。

壱野のサポートをしてくれる。

弐分も空中で敵の気を引き。

三城は誘導兵器を冷や汗を流しながら、必死に機動して敵の行動を阻害してくれる。

更にタイプツードローンは、建物を破壊するほどの火力がない。以前交戦した、ビルを真っ二つにするようなレーザーを放ってくる赤いタイプワンのような強化機体ほどの火力はないのだろう。

グリムリーパーは機敏に動き回りながら、攻撃を受ける皆を庇って盾になってくれている。

皆が、壱野の狙撃を支えてくれる。

主砲が、発射された。

大丈夫。以前の発射で、破壊範囲は見切っている。此処はその外だ。

更にエイリアン達は、主砲の攻撃に巻き込まれるのを怖れて、シールドベアラーの内側に隠れている。

凄まじい光の中。

フラフラ飛んでいたタイプツードローンが何機か。主砲の閃光に巻き込まれて、一瞬で融解するのが見えた。

無人機とはいえ、無茶苦茶だなと思う。

二つ目の構造体を粉砕。

同時に、主砲の光が地面に着弾した。

とんでもない爆風が、周囲を蹂躙する。

マンション影に隠れたのは、これを防ぐ意味もあった。

そのまま、無言で狙撃を続ける。爆風は程なく収まり。案の定というか、敵だけシールドベアラーに守られて無事だったが。

空中にいたタイプツードローンは、爆風をモロに喰らって、相当数が吹っ飛んだようだった。

好機。

狙撃を続けて、主砲の周囲にある構造体三つ目を破壊。

破壊された構造体が、火を噴きながら落ちてくる。

途中から見ていたらしい千葉中将が、喚声を挙げる。

「やったぞ! やはりマザーシップの弱点は下と見て良い。 村上班、そのまま攻撃を続行してくれ」

「! コスモノーツが来ます!」

「……どうやらここまでらしいな」

ジャムカ大佐が呟く。

マザーシップが、上昇を開始したのだ。これはほぼ確定と見て良いだろう。もう一発だけ、狙撃を主砲に叩き込む。

そして見た。

主砲が、火を噴いたのを。

確実にダメージが通った。つまりあの三つの柱のような、主砲を支えている構造体が。主砲を守っている何かしらの装置になっている。

「一華、今の映像、記録してくれたか」

「バッチリっすけど、ちょっとコスモノーツの数が多いッスよ!」

「分かっている!」

全員に後退を指示。後退しながら、コスモノーツ二十体以上との戦闘に突入する。

グリムリーパーにはまだ前に出ないように頼む。

そして、突出している奴から、順番に集中攻撃で仕留めていく。

敵はシールドベアラーと連携して動いているが、怪物を先にけしかけて失ったのがいたい。どうしても攻めきれない。

ほどなくして、これ以上は厳しいと判断したのか。六体を失ったところでコスモノーツが引き始める。

シールドベアラーもろとも、ドロップシップで引き揚げて行く様子だ。

悔しいが、見送るしかない。あのドロップシップは、フーリガン砲も受けつけないと確認が取れているのだ。

すぐに回収班がきた。叩き落としたマザーシップ主砲の構造体を回収しにきたのである。調査して、これからの攻撃に役立てるのだ。

戦略情報部の少佐が、連絡を入れてくる。

「マザーシップに軽微とは言えダメージを与えたのは初めてです。 村上班、今後もよろしくお願いします」

「……分かった。 次の作戦の指示を頼む」

「ふっ、タフなことだ。 いずれにしてもマザーシップは追い払った。 久々だ、誰も死なずにこんな大戦を乗り切ったのはな」

ジャムカ大佐がどっかと腰を落とすと、ウイスキーらしいものを取りだして飲み始めた。

苦笑する中。どうやらグリムリーパーはすぐに米国に戻るらしいこと。

大炎上している関東中で、何カ所か支援をしてほしいことを告げられる。

壱野は頷く。

ダメージは与えたが、まだまだ軽微に過ぎない。

マザーシップが難攻不落である事に、変わりはないのだから。

 

1、グリムリーパー転戦

 

北米に戻ったジャムカ大佐は、マゼラン大尉と合流。敬礼をかわすと、状況の引き継ぎを行った。

「ニューヨーク近郊での敵の攻勢が一段と激しくなっています。 このままでは陥落も見えてきている状況です」

「守備隊は何をしている」

「全軍で出ていますが、分が悪く……」

「分かった。 すぐに向かおう」

専用のヘリが来る。

すぐに皆で乗り込んで、その間に戦況図を確認する。

マゼラン大尉が聞いてくる。

「どうでした、村上班は」

「相変わらず凄まじいな。 最新鋭の武器を渡されているというのもあるが、その武器ですら振り回されている印象だ」

「武器の性能が彼らの能力においついていないと」

「そういうことだな。 特に長男の村上壱野。 奴の狙撃は神がかっている。 シモヘイヘでも奴を見たら驚くことだろう」

前にマゼランも壱野を褒めていたし。

頷きながら、話を聞く。

他の兵士達もみな荒くれ揃いだが。

既に村上班を認めない者はいないようだった。

「日本ではEMCなしでエルギヌスを倒したそうですね。 なんというか、どこまで伸びるのか……」

「だが、各国での戦況は全体的に見て悪化する一方だ。 村上班は超常的なレベルで強いが、それでも四人だけでは出来る事に限界がある。 俺たちが……他のEDF隊員が、可能な限り頑張らなければならない」

「はっ……」

米国の戦況図は覚えた。

酷い有様だ。

何回かの無理な攻勢が失敗した事が祟って、各地の戦線が破綻寸前になっている。前線を喰い破られて、攻めこまれている基地も幾つかある。それも前線基地では無くて、各地の基幹基地ばかりだ。

日本の戦況が一番マシなのは、村上班がいるから。

それは当然だろう。

エルギヌスを少数部隊で倒すような戦士達だ。

だが、米国だってEDF結成前は世界最強の軍隊がいた国家なのだ。

米軍はEDFの母胎と成り。

その兵器の数々が、EDFの主力兵器の基礎となった。

最強の戦車M1エイブラムスは、現在の主力戦車ブラッカーの母胎となって技術を継承しているし。

他の兵器群も、各国の技術を混ぜ合わせながらも。米軍の色が濃い。

それだけ強いと言う事である。

それが、肝心の米国の今の戦況は。

情けないを通り越して、悲しかった。

程なくして、ヘリが現地に到着。

現地では、激しい爆発音が連鎖していた。かなりの兵力が展開しているが、敵にやられ放題のようだ。

ヘリを降りると、周囲に向けて吠える。

「グリムリーパー現着!」

「此方カスター中将」

通信が即座に入った。

同時に、周囲からざわめきが入る。

グリムリーパーだ。

死神部隊がきてくれたぞ。

士気が、明らかに上がる。勿論、それを目的に、わざわざ名乗りを上げたのだ。

西欧文化圏では、この文化は奇異なものとして過去は扱われていたらしいが。

ジャムカは試してみて、効果があることを知った。

だから今は、敢えてやるようにしている。

まあ、味方に対して、だが。

「日本では村上班と連携して、マザーシップにダメージを与えるという大金星を挙げてくれたようだな。 本当に感謝する」

「有難うございます。 それよりも、どこの敵を殲滅すればよろしいので? 全戦線が押されているようですが」

「今、一番厳しいのはB7地区だ。 其処へ向かってほしい」

「すぐ近くじゃないか……」

マゼラン大尉がぼやくが、一瞥だけする。

そして、兵士達全員が武装を整えたのを見て。ジャムカは叫んでいた。

「行くぞ。 敵の命を刈り取る!」

「イエッサ!」

スラスターを全開に、前線へ急ぐ。

フェンサースーツを着込んでいるから、直接風を感じる事はない。

だが、この高速機動はほとんどのフェンサーに出来ず。

この姿を見て、味方の士気が上がる事も知っている。

士気だけでは勝てない。

物資がないと話にならない。

それは分かっているが。

それでも、同じ物資なら、士気が高い方が勝つ。

それに士気が致命的に崩れると、大軍が一瞬で瓦解してしまう事もある。

歴史的に、何度か例がある事だ。

そのまま、最前衛に突貫。

最初に見えたのは、ショットガンを好き放題に撃ちながら、味方兵士を殺戮しているコスモノーツだった。

即座に足を砕き、転倒したところを寄って集ってブラストホールスピアを叩き込み、黙らせる。

「キル1! 次!」

周囲でも、激戦が開始されている。

敵はかなり攻めこんできているが、指揮官級のコスモノーツがかなりいる。それ以外はだいたい怪物だ。

最近中華に新型の人食い鳥が現れたらしいが。

それは今の時点では姿を見せていない。

とにかく、既存のものしかいない。

ならば。普通に戦うだけだ。

次々に、コスモノーツを仕留める。アサルトライフル持ちはほぼ相手にならないが。数が多すぎる。

味方が次々に被弾する。

負傷者については、しっかり見ながらさがるように指示。

今は、フェンサースーツより人命が惜しいのだ。

「随分と敵は派手に繰り出して来ているな。 奴らの選挙日でも近いのか?」

「さあ。 いずれにしても、戦争を煽っている政治屋がいるなら、落選させてやりましょう」

「そうだな!」

また、一体コスモノーツを穴だらけにして飛び離れる。

レーザーがその場を穿っていた。

レーザー砲持ちか。すぐに散開して、建物の影に隠れる。この辺りの前線を指揮していたらしい佐官が通信を入れてくる。

「グリムリーパー。 しばらく敵の気を引いてほしい」

「ほう」

「ここの前線は、あのスナイパー気取りのレーザー持ちコスモノーツにニクスが次々やられて崩壊した! 奴を倒さないと、此処の前線を押し返すことは不可能だろう! しかも奴は、降りてこない!」

位置をバイザーに送られる。

なるほど、ビルの上の方に陣取っているのか。

それでは、確かにグリムリーパーではどうにもできない。

「制空権はあるのか」

「ファイターの護衛付きで、ガンシップを突入させる」

「いっそ砲兵でこの辺りを更地にしたらどうだ」

「駄目だ! たくさんの兵士がまだビルの中でゲリラ戦を続行している!」

そうかそうか。

分かった。ならばおとりになってやるとするか。

部下の皆に通信を入れる。

「今から俺がレーザー持ちの気を引く。 他の皆は、支援を頼むぞ」

「い、イエッサ!」

「行くぞ! 死神め、俺を迎えに来て見ろ! 追い返してやる!」

飛び出す。そして、グリムリーパーが姿を消したことで、また前進しようとしていたコスモノーツの足を打ち砕く。

更に高機動を続けて、転んだコスモノーツの頭に連続でブラストホールスピアをたたき込み。ヘルメットを砕いて露出した頭を叩き潰した。

コスモノーツが射撃を集中してくる。レーザーも当然飛んでくる。高機動でさがりつつ、盾で防ぐ。

しかし、擦っただけで凄まじい衝撃だ。

何度も戦闘したが、これでは被害が大きくなるばかりだというのも納得が行く。

さがりつつ、体勢を整え、また突貫。

部下達はヒットアンドアウェイを繰り返して、怪物やコスモノーツにダメージを与えているが。

指示通り、レーザー持ちのヘイトを買いすぎないように、目立ちすぎないように動いてくれている。

それでいい。

ジャムカの手には、最新鋭の盾がある。

EDFの技術を総決算した、テクノロジーの塊だ。ただの板のように見えるが、酸からレーザーから何でも防ぐ。非常に重くてフェンサー用の強化パワードスケルトンがないと持ち上げることすら不可能だが。それでもレーザーには長時間耐えられないか。

雄叫びを上げながら、足を砕かれつつも味方に射撃しているコスモノーツに突貫して、何度もブラストホールスピアを叩き込む。

血反吐を吐きながら倒れるコスモノーツのしがいを盾に、レーザーの攻撃を防ぐ。射撃が集中してきて、何度も擦る。擦るだけで、ぐわんとダメージが来る。巨人が持つアサルトライフルだ。弾の一発一発が巨大で、本来人間が喰らったら形も残らないほどのものなのだ。

まだか。

そう思いながら。機動戦を続ける。

今盾にしていた死体が溶け落ちてしまったので、次のコロニストを速攻で仕留める。

流石に眼に余ると判断したのか、多数のコスモノーツが寄ってくるが。巧みにスラスターをふかして囲まれるのを防ぐ。部下達が、敵の注意を惹きつつ、スピアを叩き込んでもくれる。

レーザー砲。

盾で防ぐが、かなりの距離を吹っ飛ばされた。

なんという火力か。赤熱し始めている。直撃を受けたわけでもないのに。

そう長くは保たないぞ。

ぼやきながら、機動戦を続ける。雨霰と飛んでくる攻撃の中をスラスターで高速機動し、スピアを連続で敵に叩き込み続ける。

きんと、音がしたのは間もなく。

そして、レーザー砲持ちのコスモノーツが瞬時に穴だらけになり、落ちていく。

「此方DE203……後は頼むぞ」

無理をして突貫してきたのだろう。ガンシップは或いは、基地に辿りつくのがやっとかも知れないし。

今、致命傷を受けたのかも知れない。

味方が、一斉に攻勢に出る。さがっていたニクスが前面に出て来て、コスモノーツを滅多打ちにし始めた。

コスモノーツが形勢不利を悟りさがろうとするが、隠れていた兵士達も参戦、囲まれたコスモノーツを容赦なく刈り取り始める。グリムリーパーも追撃に参加。敵に夥しい被害を与えることに成功した。

ただし、負傷者も相応に出ている。

すぐにキャリバンに負傷者を送り込みつつ。

血を浴びたままのフェンサースーツを着込んだまま、ジャムカはカスター中将に連絡を入れていた。

「指定があった戦線は片付けた。 次を指示してほしい」

「流石だ……。 次はC7地区が危ない。 現地の指揮をしている少佐と連絡を入れておくから、連携して行動してほしい」

「分かった。 すぐに向かう」

移動用の大型車両が来る。

すぐに乗り込む。C7地区は此処から少し離れている。その間にヘルメットだけでも脱ぎ、汗を拭う。ブラストホールスピアと盾を専門の技師に渡し、メンテナンスをして貰った。

C7地区の少佐が通信を入れてくる。

バイザーだけを通じて応じる。

どうやら、C7地区は大量の怪物だけがいるようだ。種類はα型のみだが、金の奴がいて苦戦しているらしい。

「金のα型か……」

「タンクもニクスも既にもたない。 到着し次第、戦闘に参加してほしい」

「了解した。 任せておけ」

皆に情報を共有。

金のα型と聞いて、青ざめる兵士もいた。

荒くれ揃いのグリムリーパーですら、金のα型は危険すぎる存在としてしっかり認識されているのだ。

ジャムカだって危険な存在だと思っている。

当然だろう。

奴らの火力は、他の怪物とは段違いにも程があるから、である。

大型移動車に急ぐように指示を出す。

そして、今のうちにヘルメットを被ると、目を閉じて集中した。

恐らく、次の戦線が山場になるだろう。

金のα型は個体数があまり多く無く、重要な戦線にだけ投入されるという話を聞いたことがある。

プライマーは明確に戦略の概念を理解していて。

これから向かう戦線を、何故かしら重視している、ということだ。

他の戦線の様子も確認する。

そして、理解出来た。

なるほど、そういう事か。

どうやらC7地区を落とした後、そこを橋頭堡にニューヨークの中枢に食い込むつもりらしい。

いわゆる浸透戦術の足がかりにするべく、C7地区に精鋭を投入している、と言うことだったのだろう。

さっき戦ったレーザー砲持ちは、その支援。

というか、陽動だったのだろう。

「次の戦線が本命のようだな。 皆、気合いを入れろ!」

「イエッサ!」

間もなく、地獄につく。

俺を殺してみろ、死神。

心中で、ジャムカはそう呟いていた。

 

四ヶ所の戦線で暴れに暴れ。

負傷者八名を出して、その日の戦いは終わった。

重傷者が二名いて。

その内一人はマゼラン大尉だ。

金のα型の戦闘での事だから、まだ運が良い方かも知れない。

奴らの酸は、ニクスでもまともにくらうとひとたまりもなくやられてしまうほど危険なのだ。

兵士達を軍病院に送り。

代わりに軍病院から戻ってきた兵士達と合流する。

「病み上がりの所すまないな。 戦場は地獄に近付くばかりだ」

「かまいません!」

「俺たちが、むしろ死神を地獄に叩き落としてやります!」

「その意気だ」

グリムリーパーの士気は高い。

それだけは、ジャムカの誇りだ。

ジャムカ自身が常に最前線に出て戦っている。それがこの士気を支えている要因だろうとも思うが。

何か、他にもひょっとすると理由はあるのかもしれない。

いずれにしても、明日からはまた戦闘だ。ニューヨークの戦線をかなり押し戻したのは確かだが。

まだまだ全然なのだから。

皆を休ませた後。

幹部会議に出席する。

現時点では、米軍のトップであるカスター中将だが。

あまり有能だとは、ジャムカも思えない。

こんな状況だ。

まとまらなければならないのは皆分かっているが。各地で将官の戦死が相次いでいる事もある。

不慣れなまま少将に昇進した州司令官も多く。

作戦会議では、無駄が目だった。

「ニューヨークの戦線が一段落したのなら、此方にグリムリーパーを回していただきたい」

そう叫ぶ少将。

彼がいる基幹基地は今、陥落寸前だという。

だが、ニューヨークの戦線をもう少し押し戻さないと、敵は戦略を転換してくれないだろう。

そうカスターが説明して、耐えるよう説得するのだった。

無理にアーケルスを攻撃するために集めた挙げ句、四万もの兵士を犬死にさせたからだ。

そう指摘したいが、黙っておく。

作戦の指示に当たった首脳部はその戦闘で根こそぎ墓の下に行ってしまったし。

今更どうしようもない。

だらだらと無駄な会議が終わって、それで休む事にする。

風呂だけ入って後は寝る。

ねむっていると。

夢を見る。

たくさんの亡者がいる。それは一方向に歩いていて。歩いていく先には、何か光のようなものが見えていた。

立ち尽くしてジャムカは、夢だと分かりながらそれを見送る。

光のようなものの先にいるのは、なんだ。

神か。

大きな人型のように見える。

それは円筒型の何かよく分からないものの側にあって、両手を拡げて皆を招いているように見えた。

いや、違う。

むしろ、招いているとかそういうのではなく。

無理矢理に引き寄せているように思えた。

それにしても、とんでもない数の人間だ。

そして、その巨大な人型の周囲には。

何か得体が知れないものが、たくさん見えるような気がした。

どれもこれも、見た事がないものばかりだ。

おぞましい姿をしているようにも思えた。

ふと、目が覚めて。

頭を振る。

なんだ今の夢は。

記憶の整理にしては、おかしな夢だった。

ため息をついて、頭を振ると。

外に出て、軽く体を動かす。

兵士達が起きだしてくる。重傷者はしばらく病院から出てこられない、軽傷者には、無理をさせられない。

グリムリーパーの戦力は減る一方だが。

それでも、やらなければならないのが。厳しい所だった。

カスター中将から指示が来る。

「今日は三箇所の戦線を喰い破ってほしい」

「たった三箇所で」

「……どこも厳しい状況だ。 準備が出来次第、可能な限り急いでくれ。 まずはF17地区だ。 地区司令官が戦死して、戦線が瓦解しつつある」

「分かりました」

兵士達に、いくぞと声を張り上げる。

荒くれ達は、おうと応えた。

そのまま、大型移動車に乗って現地に向かう。F地区はここからそう遠くない。すぐに戦地が見えてくるだろう。

村上班がいたら、もっと手早く戦線を片付けられるだろうな。

そう思う。

いつの間にか、あのリアルムービーヒーローとも言える壱野に対して、それだけの信頼を抱いている。

そんな自分がおかしくなって、ジャムカは苦笑していた。

ほどなく戦線が見えてくる。

なるほど、苦戦も道理か。

アラネアが大量に巣を張っていて、それを盾代わりにアンカーが刺さり。怪物が際限なく出現している。

これを攻略するのは骨だろう。

だが、やらなければならない。

まずは戦闘中の兵士達に通信を入れて。指揮をこれからとる事を告げる。おおと、兵士達が歓声を上げた。

グリムリーパーがきただけでなく、指揮までしてくれる。

それが、絶望を緩和したのだ。

「アラネアの攻撃に何よりも気を付けろ。 まずは奴らの巣を破壊し、射線を通す。 アンカーの破壊はタンクに任せる」

「イエッサ!」

「狙撃部隊はアラネアを直接狙え! タンクは最初は前面に展開し、兵士達と一緒に敵の巣に集中砲火! 俺たちが最前衛で敵の気を反らす! 射線が通り次第、タンクは狙いを切り替えアンカーに集中攻撃しろ! 巣を失ったアラネアは狙撃部隊と俺たちに任せろ!」

「サー!」

突貫。

黒いフェンサーが、敵に突撃する。怪物達が迎え撃ってくるが、縦横無尽になぎ倒していく。

戦況が一変した。

これでいい。

俺たちが死ぬ事で、皆を生かす事が出来る。

自分だけ生き残ってしまったジャムカにとっての贖罪。

それを一緒に背負わせる同僚達への償い。

それが、ジャムカにとっての戦い。

勝つという成果を上げることでしか。それはなせなかった。

村上班ほどの戦果は上げられないが、それでも程なく完勝まで持っていく事が出来る。しかし、どうしても負傷者は出る。

味方が歓喜で沸く中。意識もない部下を病院に送り。

そして、ジャムカは次の戦いに赴くのだ。

 

2、撤退支援作戦

 

艦隊とともに欧州に来た。しかし船を使うだけでは時間が掛かりすぎる。途中は輸送機を経由して。

それで空母に着艦。

港へ、サブマリンとともに到着したのだ。

ドイツとフランスが、必死に欧州で交戦していることは一華も知っている。

この間はノルマンディーからの撤退作戦をやろうとして、ものの見事に失敗。兵力も、助けるべき難民も。多数失う事になった。

今回も、同じように撤退作戦を行う事になる。

不幸なことに、もはや生き延びている市民は欧州にはほとんどいない状態だ。

英国はディロイの凄まじい猛攻に晒されており、陥落寸前。

このため、今回は変則措置を執ることになった。

一華だけが、特務部隊の大尉ということで。佐官扱いとして、英国に。

他の三人が、撤退支援任務につくという作戦である。

一華の現場コントロール能力は高く評価されていて。

更にはディロイの軍勢を相手にするには、空軍との連携も必要になる。

それも、壱野のお墨付き。

故に今回は、英国を荒らし回っているディロイ部隊を一華が。欧州での撤退支援を壱野が引き受け。

それぞれで別作戦をすることになった。

村上班として単独で行動するのは初めてなので。

非常に怖い。

一華は元々、他人と直接接するのが大の苦手だ。

今回の任務は、頭に梟のドローンを乗せたまま、ずっとニクスから出ないつもりである。

ニクスに関しては、更に部品を強化して貰って、チューンした結果強くはなっているが。

長野一等兵は壱野が連れて行ってしまったので。

今回は現地の整備兵に修理などは任せる事になるだろう。

英国に上陸。

ニクスで降りると、傷ついた兵士達が敬礼で迎えてきた。

ほとんど、すがるような視線。

以前共闘した精鋭、ブルージャケットはとっくの昔に壊滅してしまったらしい。

ジョン中将も、今は泥沼の戦いの中で。必死に戦線を維持しようとしているが。

ディロイの猛攻の前にはどうにもできず。

連日死者を増やすばかりだった。

日本はまだあの飛行型の巨大な巣を破壊するための作戦を練り、準備をしている最中という事もある。

村上班を廻してほしいと言う最悪の前線の依頼を受け。

こうして各地で転戦を続けるのは、戦略的には間違っていない。

村上班を遊兵にするわけにはいかないからだ。

戦線に大型移動車で揺られながら、先に戦力を確認しておく。

ガンシップがまだ稼働できているが。

問題は殆ど制空権をとれていない事だ。

そうなると衛星砲しかないだろう。

後は、先にドローンを引きつけて撃破し、ディロイを対空攻撃出来る状況にするかの二択。

しかしながら、戦線の状況からして。

後者は無理だと判断していた。

やむを得ない。

肩砲台を利用して、ディロイを破壊していくしかない。

大型のディロイは衛星兵器で吹き飛ばす。

幸い最近は、村上班の戦闘能力は高く評価されているようで。衛星兵器の使用については許可が下りやすくなっている。

また、以前のような極大威力の戦略兵器としての利用ではなく。

小型軍事衛星を用いての、戦術規模の衛星兵器も使えるようになっている。

これは開戦直後、破壊されなかった軍事衛星を上手く各地の衛星軌道上に展開する事に成功したらしく。

そういう意味では、先進科学研は頑張っている、と言える。

ぼろぼろの兵士達とともに、最前線に降り立つ。

一応だけれども。

顔さえあわせなければ、ある程度話は出来る。

「あーあー。 村上班の凪一華大尉っス。 これから指揮を執るのでよろしく」

「イエッサ!」

「あー、うん。 では、作戦を開始するッスよ。 各部隊のバイザーに指定地点を送ったので、即座に移動。 待機し、指示次第攻撃をしてほしいッス」

「了解しました!」

暑苦しい。

だが、各部隊とも、村上班の話は良く聞いているのだろう。

それに、だ。

エルギヌスを殺した事については、各国でニュースになっているらしい。

これも大内少将がしゃしゃりでてきたらそうはならなかっただろうが。

大内少将が、村上班の実力をもっと知らしめて、希望にするべきと提案したらしくて。

それで兵士達が希望を得られるならと、EDFは判断したようだった。

このやけくそな暑苦しさも。

恐らくはそれに起因しているのだろう。

さて、出るか。

ニクスで、跳躍を繰り返して突出する。

至近に爆発。

ディロイの長距離砲だ。

だが、これが虚仮威しである事を一華は知っている。

一切気にせず、更に突出。

他のニクスでは出来ない高機動戦だ。

それを見て、兵士達は瞠目している様子だった。

「なんだあの動き……」

「乗っているのが改造人間らしくて、それにあわせてチューンしているらしいぞ……」

「すげえな……」

「でも、それって非人道的なんじゃないのか」

バイザー通して聞こえてるんだが。

そうぼやく。

一華も、自分の出自は正直よく分からない。

殆ど他人と顔を合わせることはなかった。飛び級でさっさと教育を終えてしまってからは、特にその傾向が強くなった。

記憶力がある割りには、幼い頃の事は殆ど覚えていないし。

一華の頭の出来は良く分からないが相応に凄いらしいので。

改造人間の可能性もあるかも知れない。

「α、指定地点に到着!」

「β、これより指定地点に展開する!」

それはそうとして、味方のちゃんとした無線も入ってくる。

さて、見えてきた。

ディロイ十数機ほどか。近付きすぎると、主力の足砲台が起動する。ディロイの戦闘力の九割を担う足の砲台は、節のように連なっていて、完全破壊は難しいし。破壊したところで、ディロイの移動はなんら掣肘されない。

まずは、通信を入れる。

「今送った座標に、十秒後にスプライトフォールを」

「了解しました」

無機質なオペレーター。

無能でみんな嫌っている成田軍曹だが。

この無機質な声は、それより嫌かも知れない。

ともかく、足を止めると。肩砲台で射撃。

火力が上がっているこの砲台は、本来はとんでもない暴れ馬だ。戦車砲以上の火力が出るし、その分反動も凄まじい。

だが、それらは一緒に乗せているPCで、サポートしている。

直撃。

小型のディロイを一撃粉砕。

うん、良い感じで火力が上がっている。ディロイは千機以上投下されてから、強化改造されていない。

だから、徹底的に叩き潰す。

それだけだ。

EDFの技術力も上がっている。だから、本来なら、各地で反撃は出来る筈なのだが。

しかし残念ながら、もはやEDFには組織的な反撃作戦を各地で実施するほどの戦力が残されていない。

だから、こうやって、少数精鋭で敵前線を喰い破るしかないのだ。

更にもう一射。

もう一機を粉砕すると、優先排除するべき敵と認識したのだろう。他のディロイは長い足を使って、一華の方に来る。飛びさがりながら、更に一射。粉砕。足長、ロングタイプディロイの砲台が光り始める。連なったそれは、文字通り死の光の連鎖だが。

それが発射されることはなかった。

多分火力を抑えているからだろう。

あの例の気がおかしい科学者の高笑いは無線に混じってこない。

炸裂した衛星砲が、ディロイを地面に凄まじい勢いで押しつけ。ほどなくロングタイプを完全破壊していた。

「一華大尉、成果は」

「目標破壊完了。 後は任せるッス」

「了解。 次の発射まで指示を待つ」

「さて、と」

さがりながら、更に一機を破壊。ロングタイプはともかく、ショートタイプのディロイは追いついて来られない。

必死に遠距離砲で射撃してくるが。

EDFがヤケクソに強化改造しているこのニクスだ。

金のα型の酸とか、あの新しく現れた空飛ぶ人食いエイリアンの圧倒的な火力の滝とかなら兎も角。

ディロイ数機の遠距離砲程度でやられる程柔じゃない。

そして、誘いこんだ。

「α、攻撃開始してほしいッス!」

「了解! 一斉射撃、てえっ!」

αはなけなしのレールガン部隊だ。レールガンと随行歩兵達だが。レールガン一機で充分である。

横殴りに、立て続けに数機のディロイが破壊される。ディロイがレールガンの方を向こうとするが、そうはさせない。

そのまま肩砲台で射撃して一機を粉砕。

位置取りを変えようとするディロイ達に、今度は斜め後ろから、配置についていたβが攻撃を開始。

狙撃兵とタンクで構成された部隊だ。

規模は小さいが。殆ど完璧なタイミングである。

或いは、ブルージャケットのノウハウはどこかで継承されていたのかも知れなかった。

最後の一機を粉砕するまで、七分ほど。

一旦後退する。

整備は、そのまま任せる。

整備兵が補給をしてくれるので。その間に、一華は英国の部隊と連絡をしていた。

「指定地点のディロイ部隊は排除したッスよ。 次お願いするッス」

「噂以上の手並みだな……。 分かった、次の作戦目標を指示する。 α、βの両部隊はそのまま連れて行ってくれ。 現地でγと合流してほしい」

「了解ッス」

大型移動車が来る。

補給が済んだので、それに乗って移動。レールガンとタンク二両も乗せて、そのまま戦地に移動する。

こういう別々の行動作戦は、今後は更に増えるのだろうか。

それは何とも言えない。

いずれにしても、少し北に移動しただけで。既に激しい戦いが繰り広げられている地点に到着した。

移動中に戦況は確認していたが、これは酷い。

ディロイと乱戦になっている。ニクスが何機いても、まともにディロイの群れと殴り合うのは無謀だ。

勿論そんなことは、現地の指揮官も分かっているだろう。

どうにもならないのだ。

物量が違い過ぎるのだから。

「村上班、凪一華。 これより前線に突入するッスよ」

「此方γ! 損害大きい! 救援を請う!」

「任せろッス!」

即座に肩砲台をぶっ放す。今、丁度ニクスに鋭い足を突き刺そうとしていたショートタイプディロイを粉砕する。

おおと、喚声が上がった。

αとβにはそのまま展開して貰い、攻撃指示を都度出す。

キーボードがまた必要だな。

そう、壊れそうになっているキーボードを見る。

戦闘時はマクロを多用している一華だが。

それでもキーボードは消耗品だ。

PCには金を掛けているが。

流石に使い捨ても同然のキーボードだけはそうもいかない。

マウスなんて迂遠なものを使う気にもなれないので。

余計に消耗は早くなる。

移動しながら、更に肩砲台で敵を撃つ。乱戦になっているγにはさがるように指示。

γ隊のニクスはぼろぼろだが、何とか動けるようだ。歩兵は、殆どやられてしまっている。残念ながら、判定としては全滅だろうな。そう一華は思いながら、射撃を続行。

つるべうちに次々破壊されるディロイは流石に一華に対しての脅威度認定を上げたのか、一斉に此方に向き直ってくる。

その内、側面背後に回ろうとするものを優先的に一華は粉砕。

此奴らは結構優秀なAIを積んでいて、正面でロングタイプが攻勢に対応して、ショートタイプで側面背後を取ろうと積極的に戦術機動してくる。

だが、今回はロングタイプはニクスとの死闘でボロボロ。

ショートタイプしか残っていない。

だから、それを順番に撃破していくだけだ。

「α、一ブロック後退」

「りょ、了解?」

「大尉どの、敵の姿は見えませんが……?」

「いいから」

相手があの村上班だから、と思ったのだろう。

αがさがる。

そして、ディロイを撃ち抜いているうちに、増援が姿を見せる。大量のβ型である。

肩砲台でディロイを撃ち抜き、無視出来るレベルにまで数を減らすと、後はαとβのそれぞれの小隊に任せる。前に出ると、待っていたとばかりにディロイが足砲台で攻撃してくるが、ショートタイプの攻撃だったら短時間ならもつ。

その間に、接近して来るβ型の群れを、機銃で薙ぎ払う。

此奴らの接近は、戦況図を見ていて分かっていた。別の前線を喰い破って、突出してきていたのだ。

狙いは恐らくレールガン。

富士平原の戦いなどで、恐ろしい戦果を上げたことで、プライマーも警戒しているという事なのだろう。

積極的につぶしに来ている事は知っていた。

横殴りに飛んできていた足砲台の射撃がやむ。

ディロイの反応がロストしたのだ。

ニクスもかなりダメージを受けているが、関係無い。飛びさがりながら、追いすがって来るβ型を次々に機銃で粉砕する。銀色のがいるが、関係無い。

「α、β、両隊とも指定地点まで後退。 敵に攻撃はしなくていいッス」

「わ、分かりました!」

「よおし……」

舌なめずりする。

頭に梟が乗っていて、何というかとても心地が良い。

この重さが、何というか頭の回転速度を上げてくれるような気がする。

勿論科学的根拠なんぞない。

単に、これを頭に乗せていると落ち着く。

それだけなのだろう。

射撃を続けながら、β型を引きつけ。そして指示を出す。

大量のβ型が集まって来て、一斉に酸を含んだ糸を放ってきた瞬間。全力で跳び離れる。

衛星兵器が、β型の怪物をまとめて薙ぎ払ったのは、直後だった。

「一華大尉、攻撃の成果はいかがか」

「完璧ッスよ。 次もよろしく」

「了解。 指示を待つ」

β型の生き残りが少数いるが、関係無い。

合流してきたαβ両隊の支援攻撃も受けながら、全て片付けてしまう。

戦場が綺麗になった。

「はい終わり。 次お願いするッス」

「わ、分かった。 次の地点まで、大型移動車で輸送する。 ただ、α隊β隊は、別の戦線に向かって貰う。 現地で別の部隊と合流してほしい」

「了解」

大型移動車に乗る。

散々攻撃を受けて装甲へのダメージが酷いが、まだ許容範囲内だ。武装は破壊されていないし、装甲だって警告ランプが点るほどではない。

移動中に、整備兵が修理してくれるが。

やはり長野のおじさんほど手際が良くない。

多分だけども。

腕利きの整備兵は、殆ど戦死してしまったのだろう。

補給を優先してほしいと指示を出して、そのまま待つ。一時間ほど移動していく最中に、戦況図を見る。

今、二箇所の戦況をひっくり返した事で、多少の余裕は出たようだが。まだ各地でプライマーが好き勝手をしている。

残念ながら、これ以上はさせない。

現地に到着。

ロングタイプのディロイが睥睨する戦場だ。ジョン中将がいるようで、かなりの兵力をEDFも出している。

被害がかなり既に出ているようで、破壊されたタイタンが見えた。

「村上班、凪一華大尉、現着ッス」

「おお、来てくれたか!」

「村上班だ! エルギヌスをEMC無しで一方的に歩兵だけで殺戮したらしいぞ!」

「なんだと! エルギヌスを! すげえ!」

何だか特盛りに話が盛られているが、まあいいや。

ともかく、指示を受けながら前線に突入する。

まずは戦車隊に好き放題射撃をしているショートタイプを、跳躍しながら肩砲台で粉砕。連続で二機。

戦車隊に後退するように指示しながら、跳躍を繰り返して前に出る。

座標指定。

衛星砲がぶっ放され、戦場中央でレーザーの雨を辺りにばらまきまくっていたロングタイプが粉砕される。

敵も好き放題されるかと、前衛に出てくるが。一華は全無視して横切る。追従してくるが、そこはジョン中将だ。

戦力を集めて、一斉反撃を開始。

モロに横っ腹を晒していた怪物やショートタイプディロイが、次々に粉砕され、爆発して崩れ落ちる。

戦況が一変した。

「よし、ネグリングを出せ! 上空のドローンを一掃させろ!」

「敵、シールドベアラー前進してきます!」

「任せるッス」

分かっていた。

そう来るだろう事は。

ショートタイプのディロイ数機と一緒に、シールドベアラーが前進してくる。怪物も多数連れているが、今は無視。

跳躍を繰り返しながら、肩砲台を連射。二機のディロイを立て続けに粉砕。更に怪物をガン無視して、多少の酸を浴びながらも跳躍して移動。

ディロイを守ろうと立ち上がって防御スクリーンを拡げ。結果として棒立ちになったシールドベアラーの至近に出ていた。

機銃をしこたま浴びせてやり。

瞬時に爆砕する。

その間に、ショートタイプのディロイから猛攻を受けるが、それも無視して一息に戦場をつっきる。

装甲が深刻なダメージを受けているらしく、アラートがなっている。

だが、無視だ。

そのまま跳躍を繰り返し。怪物を引き離した所で反転。

追ってきた怪物に、機銃をしこたまプレゼントする。

次々に消し飛んでいく怪物。

ニクス一機に戦況を滅茶苦茶にされて、プライマーも頭に来たのだろう。ロングタイプのディロイが前進してくるが。

そう動いてくるのは分かっていた。

衛星砲が、完璧なタイミング、位置で直撃。

文字通り粉々に破砕していた。

「流石に補給にさがるッスよ」

「ああ、後は任せろ」

ジョン中将が、じきじきに通信を入れてくる。

誤解され易いが、指揮官としての手腕は確かなこの人は。

今ので戦況を一気に有利にで来たこと。

村上班で一華も出来るのだと。

恐らく認めてくれたのだろう。

補給に戻る。整備兵が総出で補給をしてくれるが、装甲は恐らく総取り替えなのだろう。ニクスからは降りない。

その間も、戦況図を確認する。

「北地区が押されてるッスね。 補給が済み次第移動するッス」

「ま、まだ暴れたりないのか」

「そういう問題では無くて、私が行けば戦況を改善できるッスよ」

「そうだな、ああ、そうだな……」

なんだ。この声、ひょっとして怯えているのか。

なんだか困る。

壱野だと、分かりやすく怖いから、兵士達に怖れられるのは分かる。

だけれども一華は眼鏡がないと至近距離も見えないようなド近眼である。

バカやらかしたときも、文字通り赤子の手を捻るように取り押さえられてしまった程弱い。

筋肉ムキムキの兵士達に怖れられるような理由はないのだが。

「弾薬の補給、完了。 バックパックの補給も完了です」

「装甲は後一箇所……」

「まずいッスね……」

どうやら、救援に行こうと思っていた地点に。シールドベアラーが現れたようである。ジョン中将も、前面の敵を倒すのに精一杯。支援に行く余裕は無いだろう。

「装甲は応急処置で。 急いで指定地点に移動してくれッス」

「わ、分かりました。 移動しながら応急処置をします」

「頼むッスよ」

そのまま、現地に移動。

ため息をつくと、戦況図を確認。壱野達がいたら。せめて村上兄弟の一人がいたら、手間は半分以下だっただろう。

冗談抜きに彼奴ら強いんだな。

そう、一華はぼやいていた。

指定地点に到着。多少装甲は脆いが仕方がない。前線に出る。

タンク部隊は半数以上が大破し擱座している様子だ。怪物の数が多すぎるのである。エイリアンもいる。

コスモノーツでは無くて、ぼろぼろのコロニストだが。

それでも戦意は捨てていない様子だ。

戦場に踊り込むと、まずは機銃を一閃。壊れかけのショットガンで前線に突入しようとしていたコロニストを楽にしてやる。

そのまま跳躍を繰り返し、邪魔な怪物を蹴散らし更に引きつけながら、一直線でシールドベアラーに向かう。

此奴をもう少し進ませたら、前線の戦車隊はひとたまりもなく破壊され尽くしていただろう。

移動しつつも戦況を確認。

どうやらジョン中将のいる戦場で、制空権を確保。

ガンシップが戦場に突入し、敵を105ミリやバルカン砲で薙ぎ払い始めたようだ。

なら、此処を抑えてしまえば多少の余裕が出来るはず。

そのまま、突貫する。

怪物がかなりついてくるが、どうでもいい。現場の指揮官は無能で、あたふたしているようなので、声を掛ける。

「あー、V44地区の指揮官さん。 こっちに向かってる怪物の横っ腹を狙ってほしいッス」

「あ、わ、分かった」

「こっちでシールドベアラーは破壊するんで」

「了解した! 撃て撃てっ!」

いよいよ人材不足も深刻みたいだな。

そう、シールドベアラーの至近に迫りつつ、一華は思う。

そのまま無言でシールドベアラーを粉砕。

脅威を取り除くと、怪物を一気に引き離し。反転して射撃し。十字砲火に誘いこんで全滅させていた。

戦闘は二十分ほどで終わる。

すぐに補給に戻ると、丁度ジョン中将も敵の掃討を完了したらしい。通信を入れてきた。

「ディロイおよそ四十機をこの短時間で撃破……日本でディロイ百機以上を破壊したというのは本当らしいな」

「いやー、光栄ッス」

「……今後も頼りにしている。 大きな被害を出したが、どうにか一息だけはつけそうだ」

すぐに欧州の仲間を助けてくれ。

そうジョン中将に言われて。

一華は思うのだった。

まあ、村上兄弟と後は合流して一緒に戦える。

それなら、楽勝だなと。

 

3、翼は折れる

 

大雨が降っていた。

激しい雨の中、コロニストの残党が猛攻を仕掛けて来ている。

残り数も少ないだろう。

装備を見ても、コスモノーツ達に奴隷扱いされているのは確定だろう。

それなのに、戦闘をやめない。

頭を弄られているのか。

それとも、元より戦う事しか知らない生物なのか。

いずれにしても、楽にしてやる以外に救う方法は無さそうだ。

そう、三城は思った。

飛びながら、ファランクスで頭を吹っ飛ばす。文字通り鎧柚一触。立て続けに四体を屠る。

此奴らの装備が最新鋭だったら、こう簡単にはいかなかっただろうが。

はっきりいって、装備は整備もされていないし。

コロニスト自身もボロボロだ。

反応速度も鈍く。

もはや敵とは思えなかった。

片っ端から片付けながら、雨空の下を飛ぶ。

「三城、少し後退して怪物の群れに誘導兵器を」

「分かった」

大兄の指示。

即座に作戦行動を変える。コロニストを突っ込ませてきて、プライマーが何を考えているのか分からないが。

既にフランスの北部、ドイツの一部だけしか欧州の人間が生きられる場所は残っていない。

此処で被害を出すわけにはいかないのだ。

後退しつつ、武器を切り替える。

そして、誘導兵器で味方と交戦中の怪物を一閃。

瞬時に数十体を拘束し、ダメージを与える。倒せる程ではないが、それでも味方が反撃し倒すには充分な時間を稼げる。

フライトユニットが限界か。

ゆっくり降り立ちながら、エネルギーの再装填を待つ。

その間、襲いかかってきた赤いα型を、ファランクスに残存していたエネルギーで焼き飛ばしていた。

「村上班……」

恐れの声が上がる。

此処に前線を作っていた部隊は。今叩き殺したコロニスト達とどうようにボロボロだった。

大兄が、彼らにも指示を出す。

「此方村上壱野中佐。 B4地区の部隊、今補給車とキャリバンを回した。 出来るだけ急いで戦闘態勢を整え直してくれ」

「わ、分かった……」

「三城、そこでしばらく戦線を支えてくれ。 まだ怪物が来る筈だ」

「分かった」

怯えきっているのと、機械的に応じるので。

同じ言葉でも随分変わるんだなと三城は思う。

補給車が来たので、レイピアを取りだす。

刺突剣では無く、ウィングダイバーの熱線兵器。ファランクスほどの指向性はないが、怪物の群れを相手にするにはこっちのが向いている。

雨が降っている。

クラゲのドローンを積んだいつもの補給車ではないが。

ちょっと、心をリフレッシュしたかった。

怪物が来る。

タンク部隊は慌てて射撃体勢に入る。

「ウィングダイバーに当てるなよ!」

「わ、分かってる!」

不慣れな兵士が多いな。

そう思いながら、上空に。

まずは、接近してきたα型の大軍に、先制で誘導兵器をぶっ放す。足が止まったところに、タンク部隊の斉射が綺麗に決まる。

もう一発誘導兵器をぶっ放して足を止めた後、着地。

体勢を低くすると、地面スレスレに、加速して一気に敵へ接近。真正面から来ると思っていなかったらしいα型の群れに突貫し、まずは金のα型をレイピアで焼き払う。そのまま通り抜けながら、飛行技術の粋を尽くして、敵を翻弄し焼き払っていく。

直上に上がりつつ、真下に向けて誘導兵器をぶっ放す。

集まって来ていたα型が、揃って吹っ飛ぶ。

そこに戦車砲の火力が集中して、見るも無惨に消し飛んでいくα型。

ビル壁を蹴って、更に高度を上げて確認。

β型も来ている。もう少し、先で迎え撃った方が良いだろうと判断。

そのまま前線から突出する。

「大兄、β型も来た。 少し一人で迎え撃つ」

「分かった。 無理はするなよ」

「いえっさ」

今大兄は、ディロイの大軍をライサンダーの狙撃で迎え撃っている。

凄まじい勢いでディロイが倒されているので、プライマーも泡を食っているはずだが。

逆に言うと、大兄の邪魔はさせられない。

そして、この戦場では今、必死に欧州EDF部隊の残党が。艦隊と連動して難民の避難を行っている。

指揮を執っているのはバルカ中将だ。

もう殆ど勝ち目どころか生き残る道筋さえないのに。

最後まで踏ん張っている。

それを邪魔は出来ない。

軍人にもカスはいる。

それは、三城だって知っている。

しかし、バルカ中将はそうではない。

最後まで責任感を持って、民間人を逃がそうとしている。その行動は尊い。だから、支援する。

随分たくさんのβ型が来るが、三城を見て敵と認識したらしい。凄まじい弾幕のような糸を放ってくる。

しばらくは此処で足止めだなと思い。誘導兵器で敵を牽制。さがりながら、β型の群れをビル街に誘導していく。

知っている。

此奴らは跳躍をして移動する悪癖があり、壁などでうまく行動できない。

一華に聞いたところに寄ると、此奴らに似ている蜘蛛という生物は極めて巧みに立体的な行動をこなすそうなのだが。

此奴らに関してはそうではない。

そうなると、此奴らはやはり蜘蛛とは全然違う生物なのか。

定向進化で姿が似たのなら、性能も似るのが普通だと思うのだけれども。

どうもそうでもないらしい。

β型はもろく、誘導兵器で仕留めきることが出来る。追いすがって来るβ型を、フライトユニットと相談しながら撃破しつつさがる。

とにかく此奴らの殺傷力はα型を超えており、接近を許すとさっきの傷ついた部隊なんてひとたまりもないだろう。

ちょっとフライトユニットのエネルギーが心許ないか。

壁を蹴って不意に敵に接近すると。

レイピアで数匹を焼き切り。

敵の火力を突っ切って、群れの向こう側に抜ける。追ってきたβ型。いいぞ。そのままついてこい。

着地すると、何度か跳躍しながら下がり。接近してきたβ型をレイピアで焼き払いながら、フライトユニットのエネルギーを充填させる。

ほどなく、丁度良い案配に溜まった。

一気に敵を焼き払う。

一匹だけ銀のβ型が残ったが。それは敵の吐いた糸を横っ飛びにかわし。

近距離に飛び込むと、レイピアで焼き払い、倒していた。

しばらく呼吸を整える。

「大兄、敵……β型の群れ、潰した」

「よし。 南に十二ブロック移動して、戦闘中のスプリガンを支援してくれ。 流石に数が多くて難儀しているようだ」

「分かった」

「スプリガンは排他意識が強い。 くれぐれも喧嘩はするなよ」

そうは言われても。

まあ、この間来たシテイ中尉は良い人だった。

それに、シテイ中尉も言っていた。

憎みようがない、殺意の権化としか思えない怪物よりも。

心がある人間の身内にライバル意識を持つことで、何とか戦意を維持できるのだと。

それは恐らく、グリムリーパーでも同じだろう。

だけれども、それが分かっていても。

敵意を向けられるのは、あまり良い気分ではないのも事実だった。

移動を開始。

途中、少数の怪物の群れを見つける。全て駆逐する。

此奴らを少しでも残しておくと、大変な事になる。だから、片っ端から全て倒しておく必要がある。

はぐれたのか、アラネアを見つける。

即座にレイピアで焼き払った。

ちょっと急いだ方が良いだろう。

そのまま加速して、前線に移動する。

流石にスプリガンも、アラネアを含む敵の大軍が相手だと厳しい筈だ。

今、小兄も別の所で怪物の大軍を相手にやりあっている。

支援は期待出来ない。

だからこそ。

三城が、今やらなければならないのだ。

見えてきた。

戦闘中だ。

張り巡らされた悪意の網。アラネア。網に掛かった多数のミイラ化した死体。奴らは、どうやら人の体内の肉を溶かして食うらしいと聞いた。市民が既に多数エジキになっているのだ。

残忍な生態だが。

生物界では、別に珍しくもないものだそうだ。

あくまで人間からみたら残忍なだけ。アラネアには悪意はないのだろう。

ただ、凶悪すぎる生物兵器と言うだけ。人類の敵と言うだけ。共存できないというだけだ。

だから、ただ倒すだけだ。

「くっ! 糸に捕まった!」

「敵の数が多すぎる! アラネアを優先的に狙っても、これでは……」

「怯むな! 此処で我々が踏ん張れば、それだけ味方が多く命を拾う!」

「イエッサ!」

激しい戦いの中、雨がひたすら降り続ける。音を消して飛びながら、三城はアラネアの上空に出て。

急降下しつつ、レイピアで焼き切った。そのまま巣もレイピアの高熱で破壊する。

文字通り、唐竹に戦場を割る。

「村上班、村上三城現着」

「む、来たか。 支援は頼んでいないが……」

「どうみてもいる」

「それもそうだな。 手間を掛けさせる。 とにかく形勢を逆転させるぞ!」

ジャンヌ隊長が声を張り上げる。

見た所、手練れのウィングダイバーは十名程度か。

他は殆どが、フライトユニットで飛ぶのがやっとというレベルの新兵ばかり。怪物にやられて大きな被害を出すのも頷ける。

飛ぶ。

上空から、アラネアに強襲を掛ける。危険を察知したか、向き直ると糸を投擲するアラネア。

複数のこの投網が、ウィングダイバーの天敵だ。

事実三城もやられたことがある。

だが、もう見切った。

生物には習性と個体ごとの性格がある。怪物でもどうやらそれは代わりはないらしい。

両方を既に見切っている。

左右にブーストダッシュをかけて、全弾を回避しつつ突貫。回避しようとするアラネアを、レイピアで焼き切る。

凄まじい悲鳴と体液が飛び散る中、巣も一緒に焼き切る。

死体を蹴って跳躍。

今いた地点を、別のアラネアの投擲した糸が抉っていた。

ばらばらと落ちていくアラネアの残骸と、人間だったもの。

空中で体勢を立て直すと、次のアラネアを狙う。一閃で仕留める。更に着地しつつ、駆け、そして飛ぶ。

地面にアラネアの攻撃が着弾。

全て回避して、そして懐に飛び込むと。

レイピアで焼き切る。

「やるな……」

「負けてはいられないぞ!」

「村上班。 アラネアは頼むぞ。 他の怪物は任せろ」

「わかり、ました」

ちょっと応えるのは苦手だ。何にも厳しそうなジャンヌ隊長は、味方だけではなく多分自分にも厳しい。

とにかく、アラネアを片っ端から仕留めていく。三匹が同時に狙って来ているが。逆に言えばそれだけ他のウィングダイバーが狙われずに済む。

飛んでくる糸を、飛行技術の粋を尽くして避けながら。一体ずつ確実に焼き切っていく。また邪魔な巣も、アラネアを倒す度に焼き払う。

凄まじい悲鳴。

アラネアは焼かれるときに、夢を見そうな悲鳴を上げる。

このため、神話の化け物では無いかと怖れる兵士もいるそうだ。

見た目があまりにも恐ろしすぎるという事もある。

足が竦んでいるうちにやられてしまう兵士も珍しく無いという話である。

だが、三城には関係無い。

焼き切る。

二匹同時。交差するように糸を放ってくるが、不意に落下することで、いた場所を無にする。

そのまま最高速度で加速して、抉り上がるように一匹を焼き切り。今度は急降下しつつもう一匹を焼き切る。

次。

振り返った先にアラネアがいた。巣から外れて、路地裏に逃げ込もうとしている。逃がすか。

そのまま突貫。壁を蹴りながら、ジグザグに飛ぶ。アラネアは振り返って、糸を放ってくるが。

全てを回避しつつ、焼き切った。

路地裏にも怪物の死体がわんさか積まれている。それだけでは無く、難民だった亡骸も。

葬ることさえする時間がない。

とにかく、残りのアラネアは。

頭上。

飛び退いて、地面に突き刺さる糸の音を聞く。

建物の上に貼り付いて、狙っていたか。糸がミイラ化した死体を砕いたのを見て、心が燃え上がる。

壁を駆け上がる。フライトユニットの助け合っての技だが。それでも関係無い。

躍り出る。アラネアの前に。

アラネアが鈍く避けようとするが、容赦なく焼き払った。凄まじい悲鳴が、轟くようである。

周囲を見回す。

いつの間にか、アラネアの気配は消えていた。

全て倒したらしい。

呼吸を整えながら、戦線に戻る。まだ、かなりの数のβ型とα型がいて、スプリガンと交戦中だ。

「範囲攻撃、いきます」

「! さがれ!」

ジャンヌ隊長が声を掛けて、多少もたつきながらも新米らしいウィングダイバーも飛びさがる。

誘導兵器起動。

β型を集中的に狙って、一気に粉砕。α型は怖れずに突っ込んでくるが、殺傷力はβ型の方が高い。

「よし、かなり減った! 一気に押し返せ!」

「イエッサ!」

そのまま建物の上に降りる。

煉瓦のしゃれた建物だ。かなりの年代物だろう。

もう、使えないだろうな。

そう思う。怪物の体液と、死骸まみれだ。内部にいた人も、逃げられていなかったのなら殺されてしまっただろう。

フライトユニットと相談しながら、誘導兵器を何回かぶっ放して、敵を範囲制圧する。怪物達は流石に狙って来るが、此方は飛べるウィングダイバーだ。飛行型の怪物や、中華で交戦したあの人食い鳥がいない事もあって、正直そこまでは苦労しない。

何度目かの誘導兵器での殲滅が終わった頃には。

戦闘は、一段落していた。

「よし、今のうちに負傷者を後送! 周囲を探索して、逃げ遅れた民間人を救助しろ!」

「イエッサ!」

「村上三城だったな。 よくやってくれた」

「はい」

こくりと頷く。

ジャンヌ隊長は厳しい目つきの人だが、それでも不公正な様子は無い。グリムリーパーと仲が悪いのも、きっと周囲の為なのだろう。

シテイ中尉がいない。それを指摘すると、ジャンヌ隊長は、一瞬だけ黙った。

「残念だが、彼女は戦死した。 立派な最期だった」

「!」

「お前の事を褒めていた。 更に腕を上げているとな。 確かにこうしてみると、シテイ中尉の言う事は間違っていなかった、だろうな」

「……」

軽くシテイ中尉の死に様についても話してくれる。

立派だったが。あっけない死に方だったそうだ。

アラネアの群れに守られた怪物と、今のように戦って。不意を突かれて死角からの攻撃で落とされた。

落ちたときに既に死んでいたが。

更にその亡骸を怪物が滅茶苦茶にした。

遺族もいなかった。

だから、しがいを回収する余裕もなかったのだという。

だが、それについては皆同じ。

そして、ジャンヌ中佐は、心を殺しているように見えた。

「すまなかったな。 私がもっと強ければ……」

「いいえ。 悪いのはプライマー、です」

「そう言って貰えれば、シテイ中尉も喜ぶだろう。 悪いが、周辺は怪物がまだまだいる様子だ。 余裕があるなら、支援に行ってくれるか」

こくりと頷くと。

三城はその場を離れる。

小兄が、通信を入れてきた。

「此方は片付いた。 三城、そっちは大丈夫か」

「問題ない。 でも……」

「戦場では人が死ぬ。 仕方が無い事だ」

或いは、聞いていたのか。

バイザーの機能上仕方がない。こくりと頷くと、しばらくは怪物の掃討に専念する事にする。

確かに相当な数の怪物がいる。

もはやスカウトも機能していない。この街は駄目だ。だが、それでも、怪物を一度撃破すれば。代わりが来るまで時間を稼ぐ事が出来る。

その間に難民を逃がせるし。

兵士達も体勢を整え直せる。

怪物を半日、撃破しながら飛び回る。どれくらい殺したかも分からない。小兄も、相当なキルカウントを稼いだ様子だ。

大兄ほどではなかったようだが。

いずれにしても、一度戻る。

血を頭から浴びたようだと言われて、鏡を見る。確かに怪物の体液を散々浴びていた。レイピアを主体に接近戦をしていたのだから仕方がない。不思議な事に、あれほど危険な怪物の酸なのに。

体液を受けて、体調を崩した人はいないと聞いている。

三城もそうだ。

大兄が大物を集中的に片付けた事で、戦線の整理も出来ている。シャワーを浴びて風呂に入ってくるように。

そう大兄に言われたので、そうする。

そうしてみて、涙がやっと零れる。

戦場では人が死ぬ。

小兄の言う通りだ。

怪物だって、あの様子からして、自主意思で戦闘しているのではないのかも知れない。

コロニストも恐らくそうだろう。

コスモノーツは様子が違うが。

本当に悪いのは、コスモノーツだけなのだろうか。

風呂から上がって、しばらく無心に眠る。敵は相当な損害を受けたらしく、周辺の戦線でも後退を開始したそうだ。

それで、余裕が出来た。

この間に、難民を艦隊が積み込んでいる。潜水母艦は来ていない。マザーシップに集中的に狙われているので、姿を見せると却って難民が危険だとEDFが判断したようだった。

起きだしてから、それらの話を小兄に聞かされた。

大兄は、仮眠だけとった後、会議に出ているそうだ。

「英国でも一華が大暴れして、数十機のディロイを粉砕したらしい。 戦線を一気に押し戻したそうだ」

「一華はああ見えて強い」

「そうだな。 お前もだ」

「大兄と小兄ほどじゃない」

小兄はタッパが大きい事もあって、周囲では恐怖の対象だった。学校に行っている頃は、人間の頭を素手で握りつぶしただの、好き勝手な噂が流れていて。三城はそれを聞く度に頭に来たものだ。

三城に対する風評被害を更に拡大もしていたのだろう。

だけれども、沈み込んだような怖さのある大兄と違って。

小兄は戦闘は出来るけれど。どちらかというと温厚な性格で。ガタイと見た目で周囲が判断しているだけだった。

人間は見た目で相手の価値を九割決める。

残りは好み。

その言葉が本当だと言う事を、三城は学生時代には知ったし。

それで他人には一切興味をなくした。

「……小兄。 シテイさん、戦死してた」

「そうか。 惜しい人をなくしたな」

「うん……」

「俺はお前とともに最後まで戦うぞ。 大兄もそうだ。 一華もそうであってくれるといいな」

頷く。

こんな所で死んでたまるか。

プライマーを殺し尽くせば、勝つのは人類だ。

際限なく新兵器を投入してくるプライマーだけれども。毎回大兄が初見で対応できている。

EDFもその戦闘記録を見ながら、確実に対応力を上げているはずだ。

それなら、耐え抜けばいつかはきっと。

大兄が来る。

「二人とも無事だな。 怪我はしていないな」

「問題ない」

「大丈夫」

「よし。 日本に戻るぞ。 日本での兵士達の負担が大きくなってきたらしい。 荒木班が今中華で空飛ぶ怪物の相手をしているが、今日本にはエースチームがいない。 此処での敵は片付けられる範囲で潰した。 一度戻って、飛行型の巣の破壊作戦の準備を進めていく」

飛行型の巣か。

もう敵の手に落ちている地域に、たくさんつくられてしまっているのではないのだろうかという気がする。

特にアフリカとかはそうだろう。

更にこの間、エルギヌスが地中から姿を現した。

あのように、地下に怪物をプライマーは転送する事が出来ることが分かってしまっている。

何処かしらの土地を守った所で、それに意味があるのだろうか。

もう敵は好きなところから現れて、好きなところに兵力を送ることが出来る状態だ。

それでも、やらなければならないか。

たくさん、たくさん人が死ぬのを見た。

これ以上は、ごめんだ。

勿論今後もたくさん人が死ぬのを見るはずだ。

それでも、出来るだけ。

手が届く範囲では、人を死なせたくない。

これほど人に対して見切りをつけてしまっていても。

それは、三城の偽りない本音だった。

多分この点に関しては、大兄も小兄も。皮肉屋でドライな一華だって同じだと信じたい。

世界政府が出来る前に世界の富を独占していたような連中は、それこそ人間の命なんてどうでもいいと思っていたらしい。

銀行屋は、三人自殺に追い込んで一人前なんて身内で言い合っていたようだし。

マスコミは主観で記事を書くことを正当化して。真実の情報を届けること何て興味もなく。

自分達の記事で人が死ぬことがあろうが、涼しい顔をしていた。

そして、これは一部の狂人がそうなのではない。

誰もが金を持てばそうなるのだ。

そうして考えると、人間を守る意味はあるのだろうかという葛藤が生じることもある。

だけれども。

それでも、祖父の教えは大きい。

自分を救ってくれた祖父の教えは。

例外はいると信じたかった。

港に出る。今回も艦隊と途中まで行き、そこから輸送機を何回か経由して日本に戻る事になる。

船酔いや飛行機酔いについては大丈夫だ。

一華とは海上で合流することになるそうである。

欧州は見納めかも知れない。

船に乗り込んで、移動を開始すると。大兄が言う。

「近々だが……スプリガンは日本に移籍になるそうだ」

「何かあった?」

「ああ。 バルカ中将の考えでな。 スプリガンほどの精鋭を、この戦線ですり潰すよりも。 まだ勝機がある戦線に投入する最精鋭として活用した方が、人類が生き残る可能性が増す、というものらしい。 バルカ中将が働きかけて、米国にいるグリムリーパーも同じように日本に回してくれるつもりだそうだ。 日本では荒木班と俺たちが、敵新兵器に画期的な勝利を立て続けに収めている。 だから、なんだろうな」

「確かにグリムリーパーとスプリガンもいてくれると心強い」

両者と一緒に戦った対シールドベアラー戦は、確かに楽だった。

後は、この二チームがもう少し仲良くしてくれれば、と思うのだが。

「もうじき一華が合流する。 しばらくはやる事もない。 ねむって出来るだけ疲れを取っておいてくれ。 それが今の二人の仕事だ。 一華にもそれは告げておく」

「分かった。 大兄も」

「ああ。 レポートを書いたら寝るよ」

頷く。

戦いは、もうどうしようもない所まで追い詰められている。

今回の戦いで、それがよく分かった。

先の攻勢では、多くの人が死んだ。

バルカ中将だって、いつまでも持ち堪える事は出来ないだろう。

だけれども。バルカ中将は未来の可能性のために、スプリガンを活用するべきだと提言してくれた。

自分の死期が早まるだろうに。

それでもだ。

少しは、マシな人もいると信じたい。

三城は、寝室に向かいながら。そう考えるのだった。

 

4、凡人の苦悩

 

スプリガン所属の河野は、野戦病院から戦線に復帰した。

また、同僚が減っている。かき集められたド素人が穴埋めをしているし。欧州から日本に移動という話も出て来ているそうだ。

河野がいない間に、あのいけ好かない村上家の末っ子が大暴れしていったらしい。

閃光なんて渾名がスプリガンの間で付けられているそうだ。

アラネアを縦横無尽に倒して回ったそうで。

更に怪物も後から参戦したのに、誰よりもキルカウントを稼いだらしい。

隊長より強いんじゃないのか。

そんな噂まで流れているそうだ。

ジャンヌ隊長が来たので、兵士達がびしっと体勢を立て直す。河野だって例外ではない。何しろこの人は怖い。

それについては、しばらくの戦いで身に叩き込まれていた。

少し前にあった敵の大攻勢を退けて、今は野戦陣地で休憩中だったのだが。

ジャンヌ隊長が来ると、戦闘時のように心身が緊張する。それくらい、躾けられているということだ。

荒くれ揃いのグリムリーパーは、狼の群れのように。圧倒的強者であるジャムカ大佐が部下達を率いている。

それに対して、スプリガンは圧倒的使い手であるジャンヌ隊長が率いているという点では共通しているが。

部下達はみんな、厳しい規律で徹底的に統率されている。

此処が。決定的な違いなのだろう。

「これから幾つかの戦線を転戦したあと、日本に向かうことが決まった。 理由としては、バルカ中将の判断だ」

「日本か……」

「欧州が陥落しませんか?」

「バルカ中将の話によると、日本では荒木班と村上班が画期的な戦果をずっと上げ続けている。 特に新種に対する戦績は恐らく世界最強だ。 今後EDFが決定的な作戦に出るときは、精鋭を集めた最強の部隊を作るべきだそうだ」

確かに一理ある。

だけれども、そうなるとギスギスチームになるだろう。

その話だと、多分グリムリーパーも一緒になるはずだ。

ジャンヌ中佐は内心どう思っているかは分からないが。

スプリガンとグリムリーパーの対立は、もはや様式にすらなっている。

「特に村上班は、少し前に歩兵とわずかな機甲戦力であのエルギヌスを葬っている」

「話には聞いていますが、何かの間違いなのではありませんか?」

「何かの間違いで、エルギヌスを倒せるのか」

「い、いえ……」

古参の一人が疑念を口にするが、即座にジャンヌ中佐に封殺された。

まあ、それはそうだ。

エルギヌスの化け物ぶりは河野だって知っている。

偶然で倒せるような相手では無い。

EMCを集中投入してやっとどうにか出来る相手である。

逆に言うと。

村上班は、それだけの戦力があると言う事だ。

勿論最新鋭の兵器を回して貰っている、というのもあるだろう。

戦績を見たが、あの誘導兵器。河野もほしい所だが。

しかし、なんか特殊な才能が必要だとかで。

河野には使えないという話だ。

実に頭に来る。

「ただ、日本に行くといってもまだ先の話だ。 日本のEDFは現在、飛行型のとんでもなく巨大な基地を攻略する作戦を立案し、準備を進めているらしい。 恐らくだが、その後になるだろうな」

「分かりました」

「しばらくは周囲を転戦だ。 気を引き締めて行け」

「イエッサ!」

ばっと敬礼すると。ジャンヌ中佐は戻っていく。

そのまま大型移動車が来たので、皆で乗って移動する。

ジャンヌ中佐は陰口大会には参加しないが。

止めるつもりも無さそうだ。

この間、シテイ中尉が戦死した。

あの人は、スプリガンの良心みたいな人だった。

事実上のジャンヌ中佐の副官だった。

だから、いなくなってから。明らかに隊が前に比べて浮き足立っているのが。病院帰りの河野にも分かった。

「グリムリーパーと一緒のチームですって? 冗談じゃないっての……」

「確かに村上班のあの子、すごく強かったけど。 多分階級からいってもグリムリーパーの方が上扱いで吸収合併でしょ? 冗談じゃない」

「こっちだって、戦績はほとんど変わらないのに……」

「村上班に至っては、確かに強いけどルーキーよ。 納得行かないわ」

ぶちぶち皆が言っている。

それを見て、陰湿な学校時代の陰口大会を思い出して、河野はせせら笑うしかない。

ほどなく戦場に到着。

この辺りは、本職の軍人だ。

流石にぴたりと陰口大会はやむ。

今回はγ型が多数出て来て、暴れ回っている様子だ。ビークル類が何もできずにぼこぼこにされているのが見える。

ニクスは善戦しているが、それで精一杯だ。

「狩りの時間だ。 それぞれ全力を尽くせ!」

「フーアー!」

幸い、今回の戦闘ではルーキーはいない。とはいっても、少し前に比べて。戦死者が大勢でて、隊の戦闘力が落ちているのも事実だ。

中核メンバーはかろうじて無事だが。

それでもシテイ中尉のようなベテランにも戦死者が出ている。

確かに、日本に向かって合同チームを編成するのはありなのかも知れないなと、河野は思った。

それにだ。

合同チームを編成するなら、あの生意気な村上三城をたたきのめせるかも知れない。

河野だって戦歴は重ねている。

スプリガンに入った当初とは、比べものにならない程腕だって上げている。

多数の怪物も屠ってきた。

力の差を見せつけてやれば。

さぞや気分だって良いはずだ。

γ型を空中からの雷撃銃での攻撃で、一方的に屠って行く。兵士達が歓声を上げているのが見えた。

そのまま、戦線を一気に蹂躙して、敵を押し戻す。

エースは村上班だけじゃあない。

そう呟きながら、舌なめずりし。

河野はまた一体、敵を屠っていた。

 

(続)