魔獣飛来

 

序、新怪物

 

テレポーションシップ三隻が不意に日本に飛来。位置は若狭、要するに福井県だ。

海上から来たようで、基地からの迎撃も間に合わず。たまたま、作戦行動で日本中を転戦している村上班が向かう事になった。

現地には基地から出たフェンサー部隊が展開。

それなりに腕利きのようだが。嫌な予感がする。

先に、それは壱野は皆に伝えた。

それだけで、皆の心が引き締まるのが分かった。

「大兄の勘は当たる」

「ああ。 俺たちも勘は磨いているつもりなんだがな……」

「流石にちょっと人外にも程があるッスわ」

皆がそれぞれに言うが。

ともかく、備えてもらうしかない。

まだ比較的無事な街が近畿には多いが、テレポーションシップが展開したのもそんな街の一つだ。

フェンサー隊と合流。

敵は、既に見えていた。

「なんだあれは……」

フェンサー隊がぼやいている。

そこにいたのは黒に近い褐色をした生物だった。半円形というのか。楕円形を二つに割ったとでもいうのか。

そんな形をしている。

体は複数の節に別れているようだった。

「一華、似た生物に見覚えは」

「ええと……深海にいる生物に似たようなのがいるッスね」

「深海だと」

「そうっスよ。 グソクムシっていうのが似ているッスわ。 海の掃除屋って言われる生物で、海底に落ちてきた魚とかの死体を綺麗に片付けてくれる、深海のいわゆるスカベンジャーッスね」

大きいものは数十pにもなるものがいるそうだ。

なるほどと呟く。

だが、あれは他の怪物と同じくらいもある。

何だか、非常に危険な臭いがぷんぷんしていた。

「なんだか鈍そうだぜ!」

「可愛いじゃねえか!」

それなりに歴戦を重ね、生き延びてきているフェンサー部隊なのだろう。そんな風に軽口を叩いている。

だが、新しい敵と聞いて。千葉中将がすぐに呼ばれたのだろう。

皆に活を入れた。

「此方千葉中将」

「はっ!」

「敵は未知の怪物だ。 決して油断せず、村上班とともに総力で対処に当たってくれ」

「分かりました!」

皆が引き締まるのが分かった。

同時に、向こうが此方に気付いたのだろう。

奴らは、くるんと球体に丸まると。

一斉に、跳び上がって飛んできた。

「なっ……!」

「一華、弾幕を張れ! 皆、建物の影に隠れろ!」

即座に指示を出す。

敏捷に動けないフェンサー隊が、モロに弾になって飛んできた怪物の体当たりを受ける。ぎゃあっとか、ぐわっとか声が聞こえる。

壱野は冷静に敵の機動を見て、飛んでくる奴を叩き落とし。更に周囲で兵士を轢き倒した奴を撃ち抜く。

防御力はそれほどでもないようすだ。ちゃんと爆ぜ砕ける。

丸まっているから、外殻は硬いかと思ったのだが。

そんなこともないようである。倒す事じたいは、普通に出来る。問題は数だ。

「どんどん来るッスよ!」

「フェンサー隊!」

「な、なんとか動ける……」

「殿軍になる! さがって、彼処に……あの大きな立体駐車場に逃げ込め!」

三城も飛び出すと、雷撃銃を発射。

弐分は最近実用化された、デクスター散弾銃をぶっ放して弾幕を作る。

散弾銃といっても、それぞれが対物ライフル並みの火力を持つ弾を、文字通り広域にばらまくとんでもない兵器だ。

規模が小さいMLRSという所だろう。

とにかくニクスと連携して弾幕を作りながら後退。

立体駐車場に逃げ込む。

見た所、フェンサー隊が一撃で殺されるような事はなかった。突進の速度もそれほど凄まじくは無い。

だが、盾を構えていたフェンサー隊が一撃で転倒させられたのだ。

もしこれが、他の怪物と一緒に現れたらと思うと、ぞっとさせられる。

いや、プライマーの事だ。

この試運転が終われば、絶対にそれをやってくるだろう。

「動きが速いぞ!」

「くそっ!」

「最悪フェンサースーツはパージして放棄しろ! ベテラン兵を失う方が、今は痛い!」

「わ、分かりました!」

殿軍になりながらさがる。

追ってくる敵は、やはり建物を粉砕するほどの破壊力はないようだが。しかし驚くほどに動きが速い。その上体当たりしてもダメージを受けている様子がない。

此方の動きを止めることに特化している生物のようだ。

またこれは。厄介極まりない相手である。

自然界でも、違う種族の生物同士が連携して狩りをすることはあるそうだ。人間が犬と一緒に狩りをするのは周知だが。

それ以外にも、幾つか例があるらしい。

この新しい怪物は、まさにそれ。

他の怪物とこれが一緒に出てきた時に、真価を発揮する存在だろう。

成田軍曹が通信を入れてくる。

「テレポーションシップから怪物が投下されています!」

「種類は!」

「えっと、名前をまだ決めていない新しい怪物です!」

「くっ……」

複数方向から来ると、どうにもならないな。

弾幕の展開は皆に任せる。何とか立体駐車場に、フェンサー部隊は逃げ込めた。

ただ、ニクスはどうにもならない。

補給車も、これでは近付くことが出来ないだろう。

「立体駐車場の構造体を傷つけないように、各自攻撃を続行! 幸い見た目ほど堅牢な相手では無い!」

「イエッサ!」

「ちょっとニクスが……!」

「最悪の場合は一旦脱出してくれ! その場合は、一華の支援を頼む!」

一華が音を上げている。機銃で薙ぎ払ってはいるが、それこそあらゆる方向から飛んでくる生きた球体となると。全てを叩き落とすのは難しい。

しかも一華のは高機動型だ。

どうしようもない。

それでも、全員で立体駐車場に立てこもり、周囲を撃ち続けているから。見る間に減っていく。

新しい怪物は、単独では力を発揮しきれないようだが。

恐らくプライマーは、実験がてらに投入してきたと見て良い。

「テレポーションシップが更に怪物を投下しています! 二隻同時にです!」

「弐分、三城。 恐らくまだやってくるつもりだ。 次の投下のタイミングを狙ってくれるか」

「了解」

「わかった」

今、周辺にいるテレポーションシップは三隻。

間が悪いことに、近場の空軍基地はドローンが近くにいて、戦力を此方に回すことができない。

以前フーリガン砲を投入してくれたが。

それも望み薄と見て良いし。

そもそもアレは、確か日本だと東京基地にしかないはずだ。

若狭まで鈍重な機体を運ぶのは厳しいだろう。

少佐が見かねたか、通信を入れてきた。

恐らく成田軍曹に文句も兼ねていたのだろう。

「以降、この新しい怪物を侵略性外来生物γと呼称します」

「た、多数のγ型、接近中!」

「好き勝手にさせるかっての!」

今のわずかな隙に、一華がニクスから降りて、皆が協力して周囲に自動砲座を撒いた。ニクスのバックパックに積んでいたものだ。

それが一斉起動。

激しい射撃を開始する。

飛んでくる途中を叩き落とされる丸い怪物、γ型。

α型やβ型とは違い、支援中心だが。

それでも、人間を相手にしているだけというわけではないだろう。

どうしてこんな存在がいる。

やはり生物兵器だと言うことか。

どちらにしても厄介極まりない。

「一華を支援! コンバットフレームと連携しながら、立体駐車場を守れ! この立体駐車場も、いつまでももつかは分からないぞ!」

「イエッサ!」

全員で、総力での攻撃を開始する。

成田軍曹が生唾を飲み込んでいるのが分かる。

γ型が、凄まじい勢いで減っていく。

そろそろだな。

そう思って目配せすると、弐分と三城がすっ飛んでいく。

「なんだあの動き!?」

「村上班のダイバーは超腕利きだそうだ。 フェンサーはブースターとスラスターを同時利用して、あの速度を実現しているとか」

「要はスプリガンやグリムリーパーなみの手練れって事か!?」

「そういう事だ! 俺たちも負けてはいられないぞ! いつまでもボーリングのピンでいられるか!」

フェンサー隊が奮起。

更に、殆ど同時に。二隻のテレポーションシップが撃墜される。

γ型の怪物の破片が飛び散るのが、立体駐車場からも見える。

速射型のスナイパーライフル。

ドゥンケルという、非常に独特なスナイパーライフルを取りだす。

これもプライマーの技術を取り込んでいる試作品らしいのだが。

なんとフルオートスナイパーライフルというゲテモノ銃だ。

今までも何度か送られてきた。今までのはどれも使えた代物ではなかったのだが。

ここ数回の戦闘で、やっと実用レベルに達し。

今回も、こうやって。

残った一隻から来るγ型を片っ端から叩き落としていく。

流石にフルオートと言うだけあって欠点も多く。

とくにマガジンが巨大で重いのが致命的だ。

連射を続けて、γ型を可能な限り減らすが。

弐分と三城が立体駐車場に逃げ込んできた時には、まだまだ充分な数のγ型が周囲ににた。

「弐分はともかく、三城があれの直撃を受けたら厳しいな。 あいつが出てくる可能性がある戦闘では、充分に気を付けないといけないだろうな」

「ん。 ただ、動きは弾丸ほど速くない。 それなりの腕があれば、見てから避けられると思う」

「一方向からならそうだ。 あの様子だと、跳躍力は尋常ではない。 多方向からこられたら、多分ひとたまりもない」

三城にしっかり注意喚起をしておく。

そのまま、敵を削る。自動砲座を更に増やした事もあって、γ型は殆ど立体駐車場に近付くことも出来なかった。

しばし苛烈な戦いを続けるが。

やがて、γ型を落とすのを諦めたのか。

それとも他二隻と同じ運命を辿るのを嫌がったのか。

テレポーションシップが去って行く。

去り際に、ろくでもない報道が聞こえた。

「EDFは兵士になる人間を募集しています。 現在だと入隊時に……」

とんでもない金額が提示されたが。

しかし、今や金は紙屑同然だ。

そんな金を貰っても、使う場所がないだろう。

更に入隊後「半年で」更に膨大な一時金を支給するそうである。

半年も生き残れる兵士がいるか、極めて疑問である。

「敵、沈黙」

「い、生き残った……」

「すぐに回収班を派遣します。 申し訳ありませんが、その場で待機してください。 プライマーの第二次攻撃の可能性があります」

「了解。 急いでくれ」

少佐の淡々とした声と。

未知の難敵との戦いを生き残れたフェンサー隊との空気差が凄まじい。

嘆息すると。

壱野は皆を見回して、負傷者の手当をするように指示。

フェンサー隊は対応が早かったからか、手足を持って行かれたような兵士はいなかったが。

最初に攻撃で吹っ飛ばされた時に、手足を折った者がいるようだ。

それをフェンサー用の強化パワードスケルトンで無理矢理動かしていたのだ。

痛かっただろう。

補給車を遠隔操作で呼んで、すぐに手当てする。

フェンサー隊の隊長がかなり手慣れていたので、任せる事にする。

しばらくすると、回収班が来た。散らばっているγ型の死体を、不慣れそうな若い士官が集めていった。

部下に指示を出して作業を続けさせながら、若い男はなれなれしく聞いてくる。

「この怪物は酸を出さなかったのですか?」

「赤いα型のように、酸を使わない怪物は他にもいる」

「確かにそうですが……」

「回収に専念してくれ。 いつ次が来てもおかしくないぞ」

軽く脅すと、流石にその危険に気づいたか。慌てて作業に戻る若い士官。これでは、千葉中将が嘆いていても不思議ではないか。

千葉中将が、通信を入れてくる。

「此方千葉中将。 村上班、戦闘データは見せてもらった。 臨機応変というか、素晴らしい対応だったな」

「いえ、偶然です。 もしもこのγ型の戦闘力がもっと高かったら、この立体駐車場ごと潰されていたでしょう」

「そうだな。 今の戦闘データを共有して、他の部隊とも連携する。 既に連絡が取れなくなっている国の部隊にも、届いてくれればいいのだが」

「……」

欧州の国は次々に陥落している。ロシアが陥落した影響が大きい。

幾つかの国は陥落したのか、まだ交戦しているのか状況すら分からないそうである。

世界政府は事態の約束を打開するとかいっているが。

そもそも世界政府の首脳陣が、地下に隠れて何をほざくかという所で。

プライマーに対して、有効な対策は取れていないのが実情だ。

それどころか、市民をどんどんと兵士に無理矢理仕立てている。

これでは、軍人が何のためにいるのか分からない。

「此方回収班、サンプルの回収、完了しました。 不要な死体は焼却処分します」

「作業終了次第、撤収してください」

「了解」

壱野を見て、青ざめている若い奴。

或いは噂の村上班だと聞かされたのかも知れない。

それに対してなれなれしく口を利いて、後で何をされるかわからないとでも怯えているのだろうか。

まあ、どうでもいいことだが。

そのまま、撤収に移る。

先に来ていたフェンサー部隊は、別れ際に礼を言ってくれた。

「ありがとう。 我々だけだったら、万に一つも生き残る事は不可能だっただろう」

「いや、我々だって生き残ったのは偶然だ。 次の戦いも生きて会おう」

「分かった。 努力する」

そのまま、基地で別れる。

今日もこの後は、別の戦場で戦ってほしいと言われているのだ。

さっそく。この間から加わった整備班の長野一等兵が、ニクスの整備をしてくれている。

黙々淡々とニクスを整備しているのを見て、一華が言う。

「いやあ、腕利きっすわ長野さん。 以前私が手直ししていた時は、不慣れな整備兵を何人も見てきたのに。 私が手を出す必要がないッスねこれは」

「少しでも手間が減って何よりだ。 その分休んでおいてくれ」

「ちょっとだけネット見てもいいッスか」

「駄目」

口をとがらす一華だが。

ともかく、先に休ませる。

移動用の大型車両で、西に移動。

中国地方で今かなり強力な敵の拠点が出現している。テレポーションシップだけではなく、テレポーションアンカー複数。

更に、生き延びたコロニストがかなりの数集まっている。

規模が規模の上、上空にドローンが多数いて航空支援も出来ない状態だ。

これからそれなりの規模の部隊を集めて攻撃を掛けるが。

村上班にも、それを手伝ってほしいと言う話だった。

まあそれはかまわない。

移動中、弐分にも三城にも休んで貰い。

壱野も、レポートを仕上げた後、仮眠を取った。

だが、現地につくまではわずかな時間だ。

ほんのわずかだけしか、ねむる事は出来ない。

起きだした時には。

既に、戦地の側だった。

「尼子先輩、もう戦地の近くですか?」

「うん。 ぎりぎりまで寝ていた方がいいんじゃない?」

「そうもいきませんよ。 ベストの状態で戦えるようにしておかないと」

皆を起こす。なお、長野一等兵は、ほぼ完璧な状態までニクスを仕上げてくれていた。

きりがない、というのが素直な言葉だが。

まだ日本のEDFは富士平原の会戦以外、致命的なダメージを受けるような負け戦をしていない。

これでもマシだと。

自分に、言い聞かせるしかなかった。

 

1、連戦は続く

 

ビッグアンカーが多数のアンカーの中心にあり。その周辺にはアンカーが合計七本。

鳥取の近くにある敵の拠点とにらみ合っている部隊の指揮官と、大兄が敬礼している。

中国四国地方の司令官である大内少将が前線に来ていて。

村上班が来たと聞いて、大喜びで出て来た。

何というか軽薄そうなおじさんだなと、三城は思った。

見ていると、ほっそい感じで。戦場の苦労を知らなさそうな雰囲気である。

まだ二年も戦場にいない三城がこういうことを言うのも変な話だが。

EDFの士官の中には、以前の軍の高官で。

そのままEDFに籍を移したものがそれなりにいるという事だ。

多分このおじさんも、そうなのだろう。

「よう来てくれたのう。 名高い村上班がきてくれて心強いわい」

「いえ。 それで味方の戦力は」

「周辺の基地からかき集めて来たが、この程度や。 すまんのう」

本当に申し訳なさそうに大内少将は言う。

なんというか、見た目としゃべり方。それに何もかもがギャップになっている変わった人だ。

まあ、人間相手なら。

それが相手に心理的ショックを与える武器になるかも知れない。

人間相手なら。

三城も戦力をチェック。

ネグリングが二両。これは恐らくだが、大阪基地から回された分だろう。大阪基地はあれからすっかり第二の基幹基地となって。先進科学研から回された設計図に基づいて、どんどん兵器を生産しているそうだ。

一部は海外の不利な戦線に回されているらしい。

そういう意味では、EDFにとって重要な拠点になっているという事を意味している。

更に敵の攻勢が激化したら、狙われるかも知れない。

筒井大佐は、以前何度も共闘した仲だ。

出来れば命は落としてほしくない。

他にはタンクが二十両、ニクス四機、タイタンが一両。

グレイプ三十両、兵士は一個連隊というところか。兵士は五百人ほど。最近だと、かなり多い戦力である。

「兵士は集めてもこの程度や。 何とも情けないのう……」

「いえ、これなら充分です。 今日中にあの拠点を崩壊させて見せます」

「ほんまか。 分かった、最前線では好きに暴れてくれ。 わしが皆をどうにか制御して、手助けするけんのう」

「ありがとうございます」

すぐに大兄が皆を呼び集める。

恐らく大内少将の計らいなのだろう。

精鋭らしいベテランのウィングダイバー部隊が麾下に入る。人数は八人と少なめだが、皆歴戦を重ねているのが一目で分かった。義手を使っている人もいる。義手の技術が発展し、更にウィングダイバー用のパワードスケルトンの助けもあってほぼ普通の手と同じように使えると聞いているが。

何があったのかは一目で分かるから。あまりそれについては触れられなかった。

「この戦いは攻城戦だ。 敵をじっくり抑え込みながら拠点を一つずつ潰して行く。 その過程で、不意に動と静を切り替えるタイミングがあると思う。 それぞれ臨機応変に動いてほしい」

「はっ! 荒木班と並び名高い村上班と同道できて光栄です!」

「ありがとう。 では戦闘に赴く!」

最前線に出ると、わっと怪物が集まってくる。

飛行型がいないな。そう思いながら、怪物の群れに、中国四国地方からかき集めて来たらしい全兵力が火力投射するのを横目に、突貫。

上空に出ると、誘導兵器で敵前衛を一気に焼き尽くす。

更にホーミング性能が上がっている。コアも少し前に新しいのを回して貰った。

これでホーミング兵器をちょっとぶっ放すだけで緊急チャージになることはなくなったのだが。

その代わり、何というか容量が多い分若干不安定だ。

ふわりと降りながら、雷撃銃を構え、殺気を向けてくる怪物を先に焼き払う。地上では激しい攻撃が続けられているが。怪物は怖れる事もなく前に出てくる。

アンカー近くにいるコロニストの頭が吹っ飛んだ。

大兄の狙撃だ。

数秒ごとに、一匹ずつコロニストの頭が吹っ飛ぶ。

見ると、どのコロニストも傷だらけで、装備も壊れかけている様子だ。

北京での大攻勢で大敗北した後。

役立たずと判断されたのだろう。恐らくは、プライマーの支配者階級であるコスモノーツに。

新しい武器は支給されず、体のダメージ関係無く彼らにはつらいだろう地球の大気内で活動をつづけさせられている。

如何に手足が再生するほどに強くても。

ずっとダメージが蓄積し続ければ、こうなる。

更に数体のコロニストの頭が吹き飛ぶと、味方が喚声を挙げる。

「村上班だ!」

「すげえ! 本当に一射確殺していくぞ!」

「この戦い、勝った!」

気が早い事だ。

敵陣は兎に角まだまだ殺気が充満している。何が出てくるか、わかったものではないのに。

ショットガンや砲撃武器を装備したコロニストをあらかた片付けるのを見計らい、大兄に視線を送る。

大兄は、その意図に気付いてくれたが。

首を横に振る。

「敵は何かしらの意図があって兵を集めたと見て良い。 遠距離からアンカーを潰すぞ」

「分かった。 武器を切り替える」

「俺もそうする」

大兄が頷く。

狙うのは、ビッグアンカーだ。

林立するアンカーの真ん中にあるあのビッグアンカー。さっきから、大量にドローンを出し続けている。

どこからこんなにたくさんのドローンを出してきたのか分からないが。

さっきからネグリングはずっとドローン対策でミサイルを撃ちっぱなし。怪物に攻撃している余裕がない。

大内少将が乗り込んでいるタイタンは、指揮車両だからあまり前には出てこない。

ただ、前よりも改良はされているようだが。

「仕掛けるぞ。 3……」

大兄がいうのと同時に、プラズマグレートキャノンを構える。

ウィングダイバー隊も、モンスター型レーザー砲を構えた。

小兄は、大型の火砲を手にしている。

最近回されてきた新兵器。

フェンサー用の火砲としては更に大きい口径を持つ、ガリア砲だ。破壊力は、大兄のライサンダーFをも超える程である。

「撃てっ!」

ウィングダイバー隊のレーザー砲は、一発だけ外れたが。

一華のニクスの肩砲台を含めて、全ての攻撃がビッグアンカーに直撃する。

三城のプラズマグレートキャノンの弾丸が一番最後に着弾し。それがとどめになった。

文字通り、粉々に崩れていくビッグアンカー。

わっと兵士達が歓声を上げる。

「やったぞ!」

「このまま他のアンカーもへし折ってやる!」

「……簡単すぎるな」

大兄がぼやく。

確かにその通りだ。

いずれにしても、順番に此処からは敵の戦力を削る。大兄が、大内少将に連絡を入れる。

「俺たちがアンカーを一つずつ折っていきます。 主力部隊は、敵の接近を火力で防いでください」

「まかしとき! 流石は村上班や」

「いえ……それともう一つ。 何か嫌な予感がします。 備えておいてください」

「……分かった。 奇襲があるかも知れないってことやな」

その通りだ。

そのまま、アンカーへの攻撃を開始。

既にコロニストの主力部隊は潰し終えている。接近して来るコロニストもいるが、この辺りは背が高い建物もない。

此方も彼方も撃たれ放題だが。

その場合、手数が多い此方が有利だ。

戦車砲が、コロニストを優先的に滅多打ちにする。アサルトを手に突進してくるコロニストは、近付くことも出来ずにバラバラに撃ち抜かれていく。

戦車砲にも耐える体も、それでもこの火力の網に捕らえられてはどうにもならない。

大兄の射撃で。

三城のプラズマグレートキャノンで。

次々にアンカーがへし折られ。

それでどんどん怪物の圧が減っていく。

アンカーから補充されていた怪物が、目に見えて少なくなる。ネグリングがあらかたドローンを片付けたのもその頃。

しかし、大兄の表情は険しいままだ。

プライマーが、これほど好き勝手を許すとは、どうにも考えづらいのである。

確かに、大兄が警戒するのも当然だと三城は思った。

「小兄、大兄が警戒してるけど、私も危ないと思う」

「そうだな。 だから今のうちに、アンカーは全部潰すぞ」

「分かった」

もう一撃。

粉々になって砕け散るアンカー。これで、アンカーは終わりか。

テレポーションシップは停泊していた数隻が、不意に離れ始める。

兵士達は沸いているが、どうにも嫌な予感しかしない。そして、それは程なくして、現実になった。

地面の下から、何か来る。

「全員、さがってくれ! 何か大きいものがくる!」

「! 総員、後退! さがれ、さがれっ!」

ずっと押し気味だったとは言え、怪物と交戦していたのだ。前線の兵士達にはダメージだって出ている。

三城は補給車に駆け込むと、装備を切り替える。

揺れは大きくなっていき。

やがて地面を吹き飛ばして、それが姿を見せていた。

吠え猛るそれは。

あの怪生物、エルギヌスだった。

「エルギヌスだ!」

兵士達が、恐怖の声を上げる。

EMC十両でやっとどうにか出来た怪生物。EMCの集中運用で今まで十数体が倒されたと聞いているが。

それでもそもそも、EMCの集中運用を行わないといけないほどの相手だ。

しかも地面の下から現れただと。

どういうことだ。

凄まじい雄叫びを上げながら、エルギヌスは周囲を睥睨する。

アーケルスと何度も戦って来たとはいえ。

下位互換と言っても、此奴を短時間で殺し尽くす自信はあまりない。

「主力を後退させてください。 俺たちがどうにかします」

「分かった! 皆、さがれ! あれに数で掛かってもどうにもならん! ニクス隊、それにこの指揮車両だけで相手する!」

「大内少将!?」

「怪生物に少しでもダメージを与えられるのはタイタンと重装型のニクスくらいや! 戦場に出てきた以上、覚悟くらいはできてるけえのう!」

何人かいる佐官が、兵士達を率いて下がりはじめる。

代わりに前に出てきたニクスが、猛射を浴びせ始める。いずれも機銃だけではなく、ミサイルや重火砲を装備した新鋭機だ。更に、タイタンも前に出てくる。

いずれにしても、タイタンでは逃げられない。

ここで倒すしかないか。

エルギヌスにタイタンの主砲、レクイエム砲が直撃。流石にエルギヌスも怯む。

この主砲も、何度も駄目出しを喰らって強化を散々されているはずだ。

エルギヌスが最初に登場した時とは、火力が段違いに上がっている、と言う事で良いのだろう。

一華のニクスが前に出ながら、時間を稼いでくれる。

「まさかエルギヌスまで出してくるとは、驚きッスね……」

「試してみたい事がある」

「……時間を稼げばいいんスね?」

「頼むぞ」

一華は無言で、ぽんとニクスを跳躍させて前に出る。ウィングダイバー隊が驚きの声を上げたが。その間に大兄が指示。

皆が、準備を整えていく。

五月蠅そうに攻撃をしているニクス隊とタイタンを見据えたエルギヌスの眼前をおちょくるようにして、一華の高機動型が横切る。横切りながら、肩砲台で横っ面を張り倒していく。

流石に頭に来たのか、手を振ってはたき落とそうとするエルギヌスだが。一華のニクスはブースターをふかして紙一重でかわしてみせる。

流石というか何というか。

更にジャンプを連続して後退しながら、射撃を続けてエルギヌスをおちょくる。

頭に来たらしく、エルギヌスは横っ腹をニクス隊とタイタンに晒し。

レクイエム砲が、腹に直撃した瞬間。

大兄が、指示を出した。

「よし、一点、腹だけを集中攻撃!」

三城も持ち出して来たライジン型レーザー砲へのエネルギー充填、終わっている。

総員で、最大火力を腹に叩き込む。

如何に再生能力が高いといっても、これならどうだ。

周囲の空気が熱くなるほどの超高出力レーザーがぶっ放されて、レクイエム砲が穿った傷に突き刺さる。更に殆ど間をおかず、ライサンダーFの弾丸と。小兄のガリア砲の一撃も。

エルギヌスが明確な悲鳴を上げた。

更に、其処へ上空から影が襲いかかる。

「待たせたな! DE202、これより攻撃する!」

ありったけの弾丸がエルギヌスの全身に叩き込まれる。

その傷が溶けるように消えて行っているが。

三城は気づく。

そういうことか。

「やはりな。 全身に傷を受けると、一箇所ずつの回復は遅れている。 これは恐らくだが、アーケルスも同じ筈だ」

「そのまま、さっきの傷を?」

「そうしたいところだが……」

エルギヌスが、突然体勢を低くすると、此方に突貫する。

散れと大兄が指示を出し。慌てて飛び退くが。輸送車が文字通り吹っ飛ばされた。

目の前が怒りで真っ赤になる。

その間も攻撃を続けてくれているニクス隊とタイタンを今度は狙っている。

DE202が急降下攻撃をするが、完全に頭に血が上ったらしいエルギヌスは、それを全力で無視。

四つ足の体勢に移行すると、全力突貫。

もしもアレに突入されたら、タイタンであろうと一瞬でスクラップ。乗組員は全員粉々だ。

だが、突貫を続けるエルギヌスの上に。小兄と一緒に三城が降り立つ。

そして三城は。エルギヌスの背中に。至近距離からファランクスを叩き込む。

小兄も、同じようにしてガリア砲を叩き込む。

この距離からならどうだ。

流石に竿立ちになるエルギヌス。

大内少将は、一歩も引かない。

「腹を晒しおってバカが! レクイエム砲、撃てっ!」

殆ど至近にまで迫られていたのに。それでも全く怖れている様子がない。

恐怖を無理矢理押し殺しているのか。それとも、元からこう言うねじが飛んでいる人なのか。

流石に数歩蹈鞴を踏んでさがるエルギヌス。

其処に、バイクで滑り込んできた大兄が。横滑りしながら、さっき穿った傷にピンホールショットを決める。

更に数歩さがるエルギヌスだが、体を振るって三城と小兄を振り落としに掛かる。

それだけではない。

全身が青く輝き始める。

まずい。

エルギヌスは超高圧の電流を放ってくる。その破壊力たるや、雷などの比ではない。

もう一撃、大兄がピンホールショットを決めるが、それでも止まらない。万事休すか。そう思った瞬間。

最大速度で動いた小兄が。

さっき穿った傷口にバトルキャノンを文字通り突っ込み。そして告げていた。

「体内からならどうだ、化け物!」

直接、エルギヌスの体内にバトルキャノンが叩き込まれる。

凄まじい声を上げるエルギヌス。

それでも、今の一撃で吹っ飛んだ小兄を見るくらいの余裕がある様子だ。でも、雷撃は止まり。口からダラダラと血が流れている。

其処に、ニクス隊が更に射撃を浴びせ。

タイタンもレクイエム砲を叩き込む。

五月蠅そうに尻尾を振るったエルギヌスが、凄まじい土砂をニクスとタイタンにぶっかける。

普通だったら、あれだけでも致命傷になる攻撃だ。

だが、それが最後のあがきとなった。

バイクに乗りながら、更に一撃を叩き込む大兄。

傷口が塞がりようがない状態で、体内にまたライサンダーFの弾丸が直接撃ち込まれた事になる。

緩慢な動きで、大兄の方を見ようとするエルギヌスの口の中に、一華のニクスの肩砲台から射撃が飛び込み。

少し遅れて、ウィングダイバー隊のモンスター型レーザー砲の斉射が直撃していた。

とどめは、もらった。

そのまま、傷口に飛び込みつつ、ファランクスの全火力を解放。

焼き怪生物にしてやる。

傷口に散々凄まじい火力の弾丸を叩き込まれた挙げ句、更にこの大火力。これだったら、どうだ。

EMC十両の熱量で、文字通り全部溶かされた時の光景は覚えている。

とてもではないが、あれには及ばない。

だが、こいつは生き物だ。

どれだけ強化改造されたって、限界があるはずだ。

互いに弾き合うようにして、エルギヌスが離れる。まだ、立っている。だが、傷口は更に大きくなり。口からも傷口からも、大量の鮮血が噴き出し続けている。

全身は激しい攻撃を受け続けたことで紫色に変わっている。

それでも、まだ足を振り上げて、大兄を踏みつぶそうとするが。

レクイエム砲を顔面に喰らって、大兄を踏みつぶし損ねる。

後数秒。

ライジン型レーザー砲にエネルギーをチャージ。

小兄が、傷口にもう一撃、バトルキャノンを叩き込む。

ニクス隊も、一華の高機動型ニクスも、全力での攻撃を続けている。

それでも倒れないエルギヌスは、もはや不動の怪物に見えたが。

これで本当に終わりだ。

チャージ完了。

中空に浮き上がると、ライジン型レーザー砲の全火力を、エルギヌスの傷口に叩き込む。

次の瞬間、エルギヌスの全身が、文字通り炎上していた。

凄まじい、この世のものとは思えない雄叫びとともに、エルギヌスが数歩前に進む。流石に顔色を変えた様子で、大内少将が叫んでいた。

「まずい、さがれ! さがれっ!」

何かを掴むようにして、手を伸ばすエルギヌス。

此奴だって、故郷からプライマーに連れてこられただけだろうに。

だけれども。

悪いけれども、何もかもを踏みにじろうとする以上、許すわけにはいかない。

それに。クラゲのドローンをよくも。

じっと見つめていると。

やがて、全身の皮膚が焼き払われていき。

そして骨が露出し。

内臓をぼとぼとと零しながら。無惨な姿になったエルギヌスは、地面に倒れ臥したのだった。

途中から、慌てるばかりで何も通信を送ってこなかった成田軍曹が、今更呆けるように言った。

「え、エルギヌス……撃破!」

「まさか、EMCなしでエルギヌスを撃破するとは……」

「運が良かった。 大内少将の支援がなければ、とても無理だっただろう」

「それでも快挙です。 このデータを、全世界に送信します」

珍しく、少佐も驚いている様子だ。

だが、それよりも。

大事な事がある。

粉砕された補給車の残骸に飛びつく。周囲を漁る。どこだ。せめて残骸だけでも。

しばしして、見つけた。

大きな溜息が出た。

ほとんど奇跡的に、クラゲのドローンは無事だった。

涙を拭う。

「良かったな。 それはひょっとしたら、じいちゃんが守ってくれたのかもしれない」

大兄が、いつの間にか側にいて、そんな事をいう。

頷きながら。ハンカチで涙を拭う。

いずれにしても、大戦果だ。

もしもエルギヌスが此処に居座っていたら。いや、エルギヌスを放置していたら、大内少将どころか、中国四国地方の主力が蹂躙されるところだった。

大兄が、千葉中将から感謝の言葉を貰っていた。

「良くやってくれた。 まさかエルギヌスをこの人数で撃破するとは。 この戦いにも、希望が見えてきたかも知れない」

「アーケルスにはまだ歯が立ちません。 ただ、この戦闘結果を、先進科学研に送ってください。 アーケルスも再生力は高いとは言っても生物の筈。 何か突破口が見つかるかも知れません」

「分かった。 それに中国四国地方のEDFはこれで助かった。 礼を言うぞ」

「いえ。 その中国四国地方の皆の助けがあったから、どうにかエルギヌスを葬れたんです。 ……いや、何度もアーケルスと戦って、怪生物との戦闘経験が蓄積されていたのも大きいでしょう」

既に夕方になっていた。

気付けなかった。

激戦が続いて、いつの間にか、である。

とにかく、疲れがどっときた。流石に今日は、もう戦う事は厳しいだろう。

大内少将も、礼を千葉中将に言われているようだった。

「中国四国地方での戦線をずっと支えてくれていたことは知っていたが、今日は本当に勇敢な戦いぶりだった。 勇者と言うに相応しいな」

「なあに、村上班が凄かっただけです。 わしよりも、彼らにボーナスとかをはずんでやってください」

「分かっている。 分かっているさ……」

撤退指示が出た。尼子先輩が来て、てきぱきと撤退を始める。

大内少将が、大兄と敬礼をかわし。そして何か話していた。

いざという時は呼んでくれとか言っていたので。是非頼みますと大兄は応えていた。

そのまま、大型輸送車で戻る。

今日は大阪基地で泊まって、それで明日は九州に転戦だ。

九州でもプライマーが攻勢に出ている。

荒木班と手分けして彼方此方をモグラ叩きのように抑え込んでいるが。多分あの飛行型の巨大な巣をどうにかしない限り、日本の戦況は落ち着かないだろう。

あれを抑えたって、プライマーはまだ手札を幾らでも持っている可能性がある。

どの兵器に対策しても、次を持ってくるのだ。

はっきりいってきりがない。

「しかし凄いな君達。 あの怪獣をとうとうやっつけちゃったよ……」

「ありがとうございます。 でも、我々の装備だけではまだちょっと無理でしょうね」

「ご謙遜……。 でも、大内閣下のタイタンが大活躍していたのは遠目にも見えたよ」

「主砲だけが取り柄のあんなポンコツを、使い方次第でよくもまあ。 ちょっと真面目に尊敬したッスわ」

一華がそんな風に言うが。

嫌みで言っているようには思えない。

多分だけれども、本当に感心したのだろう。

一華はハイスペック機の性能を、更に引き出していくタイプの乗り手だ。

いや、三城を除く村上班の全員がそうだろう。

だが、あれは違った。

文字通りの名人芸によって、アシストとは言えあのエルギヌスを撃ち倒す事に成功したのだ。

三城も思うところがある。

村上流は頑張って鍛錬を続けている。小学生の頃には、高校生男子の不良を複数ぶん投げる程度の技量はあった。だけれども、それでもまだ全然足りない。

技量をもっと上げないと。きっと、大事なものも守れない。

今回はおじいちゃんが多分大事なものを守ってくれた。だが、次はどうかは分からない。

そう、自分の手を見て思った。

 

2、泥沼

 

九州の戦線に出て、これは酷いと弐分は思った。

つい先日、エルギヌスを撃ち倒した。EMCを使わずに倒した例は初だと言う事で、かなり士気は上がっているかと思ったのだが。

兵士達の目が死んでいる。

もう終わりだ。

そう、呟いている兵士も散見された。

九州は比較的プライマーによる攻撃が激しくは無いと聞いていた。まあ連日あるにはあるが、他の地域よりマシだし。

何なら他の国に比べたらもっとマシだと。

だが。これはどういうことか。

見て回ると、なんとなく理由が分かってくる。

兵士達が皆年老いていたり、或いは傷病兵だ。

殆どの兵が義手義足だったり。

どう考えても、徴兵される年齢ではない。

そもそも近代軍は、村上班のような例が特殊なのであって。基本的にテクノロジーと専門技術の塊だ。

兵士一人一人が消耗品では無くプロフェッショナルなのが基本的な近代軍だ。

ところが、プライマーがそれを無理矢理ひっくり返してしまった。

古い時代の疲れきった遠征軍でも、ここまで酷くないのではあるまいか。

そう弐分は思って、暗澹たる気持ちになるのだった。

ともかく、何カ所かでの戦闘を行う。

地区の将軍は、無線さえ入れて来なかった。

あまり評判が良い将軍ではないらしく。

兵士達の士気が低いのも、それが理由らしい。

五日ほど転戦を続け。七箇所ほどの戦線でプライマーを蹴散らした。いずれも兵士達の練度も士気も低く。

タンクは殆ど砲撃を当てられないし。

ニクスも見当違いの方向を射撃している有様で。

これは駄目だと、ぼやかざるを得なかった。

最後に、荒木班と合流。

敬礼して、やっと安心することが出来た。

また、荒木班との合同任務だ。

それだけ厳しい任務、という事になる。

北九州にある工場地帯。

既に無人地帯になっている其処が、プライマーに少し前に占拠された。物資の搬出は当然止まっている。

もちろんだが、非常に良くない状態だ。

プライマーはディロイ数機とシールドベアラー、巡回のコスモノーツまで配置しているという。

此方の重要拠点だと言う事を理解しているし。

奪回させる気もない、と言う事だ。

だが、それにしては妙だ。

それこそこの間のエルギヌスを此処に配置したら、それこそどうにもならなかっただろうに。

なお、ここ数日成田軍曹の通信が来なくなってきている。

どうやら疲労がピークに達して、とうとう倒れたらしい。

まあそれは、そうだろうなとも思う。

無能だとは思うが。

働いていないとは思わない。

村上班の専属支援が仕事とは言え。

そもそも村上班の戦闘任務が、とんでもなく膨大なのである。

火消しで彼方此方飛び回っている村上班が、楽をしている筈もなく。

当然、無能ではあっても仕事はしているのだから。

倒れるのは、仕方がないのかも知れない。

それにどれだけ村上班が奮戦しても、戦況は一向に良くならない。

エルギヌスまで葬ったのに、戦況が良くならないのだ。

どれだけ人類が劣勢なのかは、幼児にも分かるだろう。

主に原因はどうしようもない二つの存在。マザーシップとアーケルス。

そして、圧倒的な物量。

無理にそれをひっくり返そうとして、米国ではこの間大敗北を喫したわけだし。

映画のようにはいかない、ということだ。

荒木軍曹も、表情が険しい。

だが、流石に此方に当たり散らすようなことはしなかった。この人は、そういう事は絶対にしない。

「活躍はいつも聞いている。 エルギヌスを少数でEMCも使わず倒したそうだな」

「はい。 しかしながら、アーケルスは厳しいとも感じました。 それにレクイエム砲を的確に当ててくれたタイタンの砲手も勝利に貢献してくれています」

「分かっている。 だが、これで少しは戦況が楽になった」

「ああ。 軍曹が言う通り、此処でエルギヌスが暴れてたら、もう手に負えない状態だっただろうな」

小田中尉がぼやく。

九州で失礼な扱いを散々受けたのだろうか。

そう聞くと。

無言で頷かれる。

ああ、そういうことか。

九州の将軍閣下について、確か前に無能だとぼやいていたような記憶があるけれども。なるほど、実際に今回分かった。

ただ、前に九州に来たときは、こんなに酷くはなかった気がする。

或いはどうにもならない戦況に、相当に参っているのかも知れなかった。

「今回も夜間作戦だ。 負担が大きい。 翌日は休みを入れて貰え」

「分かりました。 交渉はしてみます」

「俺は不眠症なんだがな……」

「分かっている」

不眠症か。

以前、道場に来ていた人に聞いたが。夜勤などを必要とするシフト勤務で生活時間帯を無茶苦茶にしていると、体内時計や自律神経が壊れて。不眠症になるそうだ。

そうなってしまうと、ホットミルクやらストレッチやらは一切効果がなくなり。

薬を入れないと、ねむると言う事すら出来なくなるとか。

小田中尉については色々話を聞いている。

心労もあるのかも知れないが。

或いは、無茶な任務が重なって、ついに不眠症という状況にまで落ちてしまったのかも知れない。

荒木軍曹も、それは分かっているようだ。

苦々しげに、工場地帯を見ながら言う。

「敵にはあのレーザー砲持ちのコスモノーツも確認されている。 他は兎も角、奴だけは確実に屠らなければならない。 シールドベアラーもディロイもいる。 厳しい戦いになるだろうな」

「拠点の占拠なんてしていないで、さっさと破壊しないのは何でッスかね」

「簡単だ。 俺たちを誘い出して殺すつもりなんだろう。 当然、増援を送り込んでくる可能性が高い。 だから俺たちが選ばれた」

一華の言葉にも、荒木軍曹は分かりきっている事だと返す。

そして、一華もそれを聞いて、大きくため息をついた。

ため息をつくような話だ。誰も、それを咎める事はなかった。

「先に少し休んで置いてくれ。 ただでさえ厳しい任務だ」

「分かりました」

大兄が皆に休むように指示。

弐分も連戦で流石に疲れていたので。

指示に従って、休む事にする。

仮設陣地の休憩所で、浅利中尉と軽く話す。

浅利中尉は、よく小田中尉と話をしている。或いは面識があるのかも知れないと思ったからだ。

「浅利中尉は、荒木班にどうして?」

「俺は無能な上官の作戦指示に異議を唱えてな」

「え」

「「紛争」の頃の事だ。 どう考えても無謀な作戦を、当時の上官に指示された。 俺は筋道立てて、それは無謀だと諭した。 だが上官は作戦を強行。 案の定、待ち伏せしていたゲリラに大勢味方がやられた。 上官は一人で逃げて、俺は仲間とともになんとか脱出したんだが、帰ってみれば上官が俺を軍法会議で訴えていたんだよ」

呆れた。

まさか、それほど酷い事情だったのか。

EDFにもクズはいる。

それは分かってはいたつもりだったのだが。

まさかそんな事情があったとは。

「上官の奴は自分が先に逃げた癖に、俺たちがやる気がなかったから負けたとか、敵に作戦を流していたとか好き放題いいやがってな。 憲兵もかなり無能な奴で、それを鵜呑みにした。 俺は反論したが、どうにも分が悪くてな。 そこを助けてくれたのが、軍曹だったのさ」

作戦を洗い直し。更に作戦開始時のミーティングの記録などが発掘され。

それで一転して軍事法廷は上官の負けとなった。

そいつは降格された後、軍曹を逆恨みして襲撃。返り討ちにあって、これがとどめになった。結局最終的には精神病院行きになったそうである。

とはいっても、精神病院が今あるのかは不明だが。

「俺は昔から正論をズバズバいう癖があってな。 他の上官も俺の事を嫌っていたらしいんだ。 荒木軍曹は、むしろ正論があるなら言うようにと言ってくれた。 正しいから正論なのに、モラハラとかいう変な言葉が流行って、耳障りの良いおべんちゃらばかりがもてはやされる時代にだ。 だから俺は軍曹についていく。 それだけさ」

「……」

「さあ、雑談は終わりだ。 休んでくれ」

「分かりました」

浅利中尉も大変だったんだな。

そう思うと、言葉もなくなる。

いずれにしても、夕方まで仮眠を取り。

それから、スカウトの報告を待って。工場に入り込んだ。

すっかり陽が落ちている。もう冬が近い。北九州はかなり寒くなるのだが。この辺りもやはり寒い。

「寒いな畜生。 エイリアン共は平気な顔で歩き回っていやがるな」

「奴らが着ているのは宇宙服だ。 寒さくらい平気だろうよ」

「それに奴らは宇宙服を失っても、かなりの時間この地球の環境で平気な顔をして動きまわっていやがる」

「二人とも。 作戦を開始するぞ」

軍曹が釘を刺す。

程なく、スカウトが連絡を入れてきた。

「ディロイが四機。 それぞれのディロイの周囲に、シールドベアラーとコスモノーツがいます。 ディロイは休眠状態ですが、シールドベアラーを叩けば必ず起きて動き出すでしょう」

「分かった。 此方で対処する」

「コスモノーツにはやはりレーザー砲持ちがいるようです。 注意に注意を重ねてください」

「ありがとう。 作戦を開始する」

無言で、闇に包まれた工場を駆ける。

今回のこの工場は、アーケルスの縄張りからは離れている。

それだけが救いではある。

前は似たような工場奪回作戦で、アーケルスに乱入されて散々だったのである。

ただ今回は、闇の中でディロイとやりあわなければならない上。敵は援軍を確実に投入してくるが。

手をかざして見ていた大兄が、作戦を提案する。

「敵はそれぞれ、工場内でかなり距離を取って散っています。 コスモノーツはともかく、ディロイは全部が同時反応はしないと思います」

「各個撃破が賢明か」

「はい」

「分かった。 戦力を集中して、一部隊ずつ倒して行こう。 だが、敵の増援がいつ来るかも分からない。 油断だけはするな」

軍曹の言葉は引き締まる。

そのまま、移動を開始。巨大なパイプの間を、アサルトライフル持ちのコスモノーツが巡回している。

無言で全員が散ると。

真後ろから、弐分がコスモノーツの背後に忍び寄り。

フラッシングスピアを叩き込み、仕留めていた。

一華のニクスが死体を押しやり、パイプにぶつかって倒れるのを止める。

「もう一体巡回しているコスモノーツがいます。 それも片付けましょう」

「少しディロイと距離が近いな。 其奴が騒ぐと、ディロイとシールドベアラーが連鎖反応する可能性が高い。 更にディロイの側にもう一体コスモノーツがいるし、そいつも来るぞ」

「何とか、一瞬で屠って見せます。 三城」

「分かった」

モンスター型レーザー砲を補給車から取りだす三城。

ライジン型に比べて火力は抑えめだが。その代わりかなり取り回しが良くなっているらしい。

大兄と同時に狙撃して、仕留める。

狙撃を同時に行うとか。そもそも奴らは鎧をきているから。同一箇所を同時に撃つとか、人間業では本来ないらしいが。

どうにかする、ということだ。

相手の動きを見ながら、冷静に距離を取って対応。

ほどなくして、大兄が右手を挙げた。

カウントを開始。

重装型のニクスに乗っている相馬軍曹も、無言で機首を上げる。

ディロイとの戦闘に備えての事だ。

狙撃音。レーザーの発射音。

同時に胴を貫かれたコスモノーツが、その場でしばし立ち尽くしていたが。そのまま前のめりに倒れる。

それに、ディロイの側に控えていたコスモノーツが気づく。ショットガン持ちだ。あのシールドベアラーの内側にいたら、始末に負えなかっただろう。

シールドの範囲外に出てくる。

しばししてから。大兄が、三城に指示を出す。

また、同時の狙撃がコスモノーツを襲う。

ひとたまりもなく、無言で倒れるコスモノーツ。巨大なエイリアンの死体が折り重なった。

「よし。 グッドキル」

「連絡でふ……」

眠そうな声。

成田軍曹だ。

疲れが溜まって倒れていたらしいが。それにしても若干勘に障る。

「エイリアンのドロップシップです……気をつけてください。 眠い……」

「分かった。 対応する」

大兄が通信を切る。

呆れている弐分に、大兄は言う。

「弐分、一撃離脱でシールドベアラーの破壊を頼む。 ディロイが起きたら、全力で此方に逃げてきてくれ」

「了解。 だけれども、大丈夫か」

「今のうちに敵を削る」

「そうだな。 分かった」

ブースターとスラスターを同時にふかして、加速。最大速度を出すと、全力で突貫し。新武器を試す。

今回渡されている、巨大ハンマーだ。

勿論ただの鈍器ではなく。回転しながら大火力を展開する事が出来る。

ボルケーンハンマーという。

なお回転させるほど火力が上がるようで、最大火力に達するには少しためが必要になるのだが。

少し前の連戦で試作品を使って見て、案外悪くなく。

それで要請をしたら、改良品がきた。

少し、使うのが楽しみだ。

既に最大までボルテージが上がっている。

シールドに突っ込み、そのままフルパワーでボルケーンハンマーをシールドベアラーに叩き込む。

文字通り座り込んでいたシールドベアラーが、一瞬で粉々になり。シールドもかき消える。

当然ディロイが反応するが。大兄の狙撃が決まり、よろめく。

即座にその場を離れる。

ディロイとは文字通り目の前。

もたついていたら、此奴の主力兵装である足の砲台に蜂の巣にされる。

荒木班も攻撃を開始。

ディロイに猛攻を加える。特に重装型ニクスの火力が凄まじい。しばらくぐらんぐらんと揺れていたディロイは。

程なくして、爆発四散していた。

これで一グループだ。だが、敵の増援が案の定現れる。

ドロップシップから投下されたのは、コロニストの群れだ。だが、そいつらが戦闘行動に入ろうとしたときには。

既に一華のニクスが、間合いに捕らえていた。

「はい団体さん、あの世にご招待ッスよ」

強化に強化を重ねた高機動型ニクスの機銃が、ドロップシップから降りて来たばかりのコロニストを滅多打ちにする。

中にはショットガン持ちのコロニストもいたようだが。

中華からか別の戦線からか急に連れてこられたようだったし。

装備も体も傷だらけ。

本来のスペックが発揮できていれば話は違ったかも知れないが。

残念ながら。この状況では、出来る事もしれている。

一体だけ逃がしたが、それも大兄がヘッドショットを確殺で決めて仕留める。荒木軍曹達も攻撃して、一華の殲滅速度を上げていたのも。火力の網に捕らえられた敵が、逃げられなかった理由だろう。

「巡回のコスモノーツがきてる」

「三城大尉、良く気づいた。 片付けてしまうぞ」

荒木軍曹が、しっかりリーダーシップを取ってくれる。

そのまま、全員がフォーメーションを変える。

相手はコスモノーツだ。

ニクスなら何とか殴り合いが出来ると言うレベルの危険な相手で。動きも俊敏で装備も凶悪である。

どうやら、今ドロップシップからコロニストが降下したのは此処だけではない様子で。

肉壁に使う気満々の様子のコロニストを引き連れて、コスモノーツが此方に来る。時々、顎で指示を出しているようだ。

コロニストが周囲に散ろうとした瞬間。

大兄のスナイパーライフルと三城のモンスター型レーザー砲が火を噴き。巡回のコスモノーツを仕留めていた。

右往左往するコロニストを、荒木班が滅多打ちにする。特に相馬中尉の重装型ニクスの火力は凄まじく、三体のコロニストをまたたくまに肉塊にした。

ただこの重装型、重武装過ぎてとにかく鈍重だ。

それが色々致命的な弱点だが。

こう言う作戦では、まあなんとかその弱点は無視出来る。

「次に行くぞ」

「前と違って、ストークもロケランも火力が上がっていやがるなあ。 最初からこの火力だったら、こんなに苦戦しなかっただろうによ」

「そういうな。 先進科学研は良くやってくれている」

「ああ先進科学研はな」

そのまま、夜間の工場を進む。

少し広めの場所に、敵が陣取っている。良くない事に、かなり大型のディロイと、レーザー砲持ちのコスモノーツだ。

近くに、巡回しているコスモノーツもいる。しかも、戻って来たようだ。

これは良くないな。死体に気づいているかも知れない。

「先制攻撃を掛ける方が良いだろうな」

「同感です。 弐分、さっきと同じ要領でシールドベアラーを破壊してくれ。 三城、レーザー持ちを始末してほしい。 一華はもう一体のコスモノーツを。 俺たちで、ディロイは動かさせない」

「上空に更にドロップシップが迫っています……」

眠そうな成田軍曹の声。

はあと溜息が出るが。弐分のではない。

相馬中尉らしい。

ちょっと以外だった。基本的に寡黙な相馬中尉も。どうやら成田軍曹には、思うところが色々あるらしい。

「ならば増援が来る前に早々に片付けるべきだ。 村上班、行くぞ」

「分かりました!」

無言で、一気に動く。

凄まじいGが掛かるが。この程度で気絶するほど柔ではない。

最高速度でシールドに突っ込むと。ハイボルテージのボルケーンハンマーをシールドベアラーに叩き込む。

一撃粉砕。

更に、同時にレーザー持ちのコスモノーツの頭を、三城が。

残ったアサルトライフル持ちを一華が機銃の連射で拘束。

荒木班が大兄と、立ち上がったディロイへ総攻撃を開始。

相馬中尉が、ぼやくようにいう。

「このままだと弾薬が足りなくなります」

「一華大尉。 輸送車を遠隔で呼んでくれるか」

「とりあえず、次の増援を凌いでからになるッスけど」

「それでかまわない」

ディロイは大型だ。その分タフである。

急いでその場を離れるが、距離が近い一華の高機動型ニクスが猛攻を受ける。足のレーザーが凄まじい火力で、高機動型の装甲を焼いていく。

何とか飛び離れるが、長くはもたないだろう。

更に、長距離プラズマ砲で、荒木班への牽制も忘れていない。

結構かしこいAIを積んでいる兵器だ。

だが、武装を切り替え。ガリア砲を叩き込む弐分。

三城も、少し下がると。モンスター型レーザー砲を何度かディロイへ叩き込む。

小田中尉の大型ロケットランチャーが直撃すると、流石にディロイも煙を噴きはじめ。そこに大兄のピンホールショットが決まって、爆発。

鈍重に、向きを変える相馬中尉のニクス。

当然だろう。

二隻のドロップシップから、負傷しているとは言えコロニストが、かなり近くに降りて来たのだから。

それだけではない。

レーザー持ちのコスモノーツもこっちに接近している。

どうやら、ここからが本番らしかった。

「総力戦だ! 此処で一気に敵を削る! 一華大尉! 補給車を戦闘区域を避けてこっちに呼んでくれ!」

「ちょっとエラーだらけで、回復させるので、それからでいいッスか!?」

「かまわない!」

ボルケーンハンマーを再びハイボルテージまで上げると、コロニストの群れに突貫。

ブースターとスラスターを細かく調整しながら、コロニストにモロに凶器を叩き込む。

凄まじい火力を見せつけるハンマーが、コロニストの体を文字通り抉り取るようにして粉砕していた。

これはもう、文字通りの非人道的兵器だなと思ったが。

相手の所業を思うと、流石に使うのを躊躇う気にはなれなかった。

レーザー砲持ちコスモノーツが射程に入ったらしく、射撃体勢に入るが。

その顔面に、大兄の射撃が直撃。

のけぞった所に、更に三城がレーザーを喰らわせる。

頭を吹っ飛ばされたレーザー持ちが、後ろ向きに倒れるようだが。それが決定打になったらしい。

他のコスモノーツも集まってくる。

更に、増援のドロップシップも来ている様子だ。

忙しい夜だな。

そう、弐分は思いつつ。

駆けつけてくるコスモノーツに、ボルケーンハンマーを叩き込む。

この凶悪極まりない回転鈍器は、相手の鎧を粉砕するには充分な火力があり。更に大質量の兵器と言う事もある。

流石のコスモノーツも、喰らって明確に怯む。

怯むところを、大兄が狙撃で仕留めてくれる。

高機動を続けながら。隙を見てガリア砲で狙撃もする。多数降りて来たコロニストも見るまに減っていくが。

しかしながら、数が多い。

主に相馬中尉の重装型が盾になってくれるが。それでも攻撃を防ぎきれず。負傷者がどうしても出る。

激しい戦いが十分ほど続き。

どうにか全てを片付けて、補給車が来る。

すぐに弐分は駆け寄ると、重装型ニクスの補給を開始。

どうやら事態を察していたらしく、長野一等兵も乗り込んでいて。一華のニクスのメンテをすぐはじめてくれた。

「此方も見てくれるか、メカニック」

「了解。 その代わり奴らを倒してくれ」

「ああ」

長野一等兵と、寡黙に会話をかわす相馬中尉。

後ディロイが二機、シールドベアラーが二機いるが。スカウトが連絡を入れてくる。

「コスモノーツが撤退を開始したようです。 ドロップシップが回収して、大陸に逃れていきます」

「ドロップシップを撃墜する方法は無い。 行かせろ」

「……分かりました」

「やりたい放題やって逃げていったか」

弐分はぼやく。

ただ。奴らは去ってもまだディロイとシールドベアラーがいる。そしてその性質上。シールドベアラーだけを鹵獲するのは難しいだろう。

「あと少しだ。 片付けるぞ」

皆の士気を心配したのだろうか。

そう、荒木軍曹が補給を終えた皆に告げる。

あと少しだ。

そう思えば、多少は楽なのかも知れなかった。

 

3、空を覆う人食い

 

久しぶりに中華に出向く。

恐ろしい程、荒廃が進んでいた。

一華は思わず口をつぐんでしまう。

前に項少将と一緒に戦闘した事が中華ではある。敵の移動基地を破壊した直後は、中華でも同じように破壊作戦をするしないでEDFは作戦を練っていると聞いていた。

だが。これは。

ロシアから、コスモノーツや怪物の軍団が攻め寄せて来ていると言う話は聞いていた。

だが、それにしてもこのベースの荒廃具合はただごとじゃあない。

兵士達の目も、何というか死んでいる。

疲れきっているのが、一目で分かった。

ニクスからでないようにしよう。

そう一華は思った。

そのまま、基地のバンカーに降りる。

壱野は此処の指揮官に挨拶にいくらしい。一華はぼんやりニクスのコックピッドにいたが。

外から長野一等兵に声を掛けられる。

「大尉どの。 ニクスを全面的にメンテしたいんだが、どうするね。 あんたのPCを積んでると、多分メンテが出来ないが」

「あー、そうっスね。 ちょっと降りたくなかったんスけど……」

「諦めろ。 次の作戦、結構大きいんだろ。 心配なら、村上家の次男を俺が呼んでおこうか?」

「ああ、頼むッス」

しばしして、弐分が来る。

とにかく、ガタイが良い軍人から見ても頭一つ大きい筋骨隆々とした次男だ。フェンサースーツを着ていなくても、圧倒的に強いのは一目で分かる。

それにだ。

中華に着ていたとき、確か拳法を使う人間に他流試合を申し込まれていて。

それを受けていた。

結果は完勝。

何かしらの流派の拳法が強いのではなく。

それをどういう人間が使うかなのだと、一華もそれを見て思い知らされたっけ。

村上流は壱野に話を聞いているが、それほど他流試合とかをこなしていないし。そもそも実戦から日本が遠ざかった時代に作られた流派だと聞いている。

古流だから組み討ちについても習熟しているはずだが。

それでも、村上三兄弟が強いから、単純に強い。

そういう事らしい。

いずれにしても、弐分を見て兵士達は視線を逸らし。一華は安全に、渡されている部屋にPCごと移動する事が出来た。

PCのセットアップも手伝って貰う。

まあ慣れたものなので、ぱぱっとやってしまっておしまいだが。

「いやあ、助かったッスわ」

「部屋にいても気を付けてくれ。 ちょっと尋常では無く基地の空気が悪い」

「そうみたいッスね」

まあ、それはそうだろう。

これから大攻勢だ、って時にこの状況である。

移動基地を潰せるかも知れないと言うときに。プライマーがまだ全然本気では無かったと分かったのだ。

それは誰も彼も、やる気なんか無くすだろう。

正規兵がこれだと、ちょっと戦闘そのものが不安になる。

戦えるのだろうか、此奴らは。

弐分が部屋から出て行ったので、ネットにアクセス。ウィルスがわんさか入り込んでくるが、全部駆除。

情報を軽く探っておく。

どうやらアフリカで怪物がどんどん増やされて、欧州に侵攻が一段と激しくなっているらしい。

ついにポーランドも陥落したそうだ。

フランスとドイツはどちらも虫の息。

何とか部隊をまとめて、バルカ将軍が抵抗を続けているが。それも時間の問題という状況らしい。

スプリガンはそんな中でも必死に頑張っているようだが。

もう、残りは十人程度にまで減ってしまったようである。

南米も状況はかなり酷い。

移動基地に王手を掛けていた一時期とは状況が完全に違う。戦線もかなり後退している。特に怪生物が多数跋扈していて、EDFは身動きがろくにできない状況だそうだ。

北米は。

各地で戦線が破綻。

まあ無理をしたのだから、当然だろうなと思う。

インドは。

今、マザーシップへの攻撃作戦を立案中だそうだ。

現在インド南部にマザーシップが停泊しており。これを攻撃できないかと考えているようだが。

はっきりいって、まず無理だろうと思う。

そもそも弱点が分かっていない。

フーリガン砲が移動基地に致命打を与えられなかったのだ。ダメージは与えることが出来たが。

それより分厚い武装をしているだろうマザーシップに。仮にフーリガン砲をたたき込めるとしても。

多分効かない。

その多分は、9割を超える筈だ。

無線が入る。

千葉中将からだった。バイザーをつけて。無線を確認する。村上班とは、密接に連絡を取っておきたいらしい。

戦略情報部があまり信用できない。というのもあるのだろう。千葉中将の苦労が伺える。

「此方で良くない情報を入手した」

「良くない情報?」

「今回の大規模コロニスト撃滅作戦だが、急いでいるのに理由があるらしい。 モンゴル近辺で、謎のアンノウンが確認され。 避難中の民間人が大量にいなくなった、という話だ」

モンゴル。

世界政府が樹立したときに、自治区だった地域の多くが国家承認された。その中の一つである。

古くは世界帝国だったこともあるが、今は小国にすぎない。今回の戦乱には当然巻き込まれているし。

多数の死者も出している。

ロシアから来る怪物を食い止めるためにEDFが部隊を展開していて。

もはや戦況の情報さえ出てこない中央アジアや中東からの難民も多数此処を通って中華に逃れていると聞いたが。

それが襲われたのか。

「アンノウンと言うと、γ型のような怪物ですか」

「γ型はもう世界中に姿を見せている。 奴とは比較にならない危険な殺傷力を持っていると見て良いだろう。 今戦略情報部が情報を分析しているらしいが、気を付けてほしい」

「分かりました。 次の作戦で中華に残ったコロニストの残存戦力を叩き潰すとして、そのアンノウンの横やりには気を付けます」

「今、君達を失う訳には行かない。 細心の注意を払ってほしい」

通信が切れる。

壱野が咳払いした。

「聞いての通りだ。 モンゴルに展開しているEDFの部隊は、それなりに良い装備を支給されているはず。 最前線だからな。 それなのに、敵がアンノウンのままということは……」

「現地の部隊も大混乱するほどの強敵という事ッスかね」

「そうなるだろうな」

「手強そう」

ぼそりと、三城が言う。

弐分はずっと黙っていた。

「次の戦いは、項少将が指揮を執る。 勇猛で有能な将軍だが、基地の兵士達を見ても分かるとおりあまり戦況は良くない可能性もある。 とにかく、皆気を付けてくれ」

壱野はそう言うが。

気を付けろっていったって、どうしろっていうのか。

まあ、仕方がない。

とにかく、今までの怪物を全て再チェックして。次に出て来そうなニッチについて洗っておく。

同時に、今回の作戦についてもアクセス。

村上班の所属者だからか。作戦情報については、普通にアクセス権があって、見る事が出来た。

なるほど。かなりの規模での包囲殲滅戦だ。

各地でコロニストを撃滅してきた中華のEDFだが。それでも中華らしい大規模物量戦である。

米国ではこれで怪生物に大きな被害を出しているが。

どうも嫌な予感がする。

プライマーはどうにも、此方の先手を打っているような気がしてならないのだ。

だとすると、コロニストをエサにして、兵を集めていると言う事はあるまいか。

アーケルスは。

今の時点で調べるが。中華にいるのは二体。いずれも作戦区域からは遠い。

また、この間のエルギヌスは。どうやら欧州にいた個体を。プライマーが転送装置で転移させたらしい事が分かっている。

地中から、それらしい装置が発見され。破壊されたのだ。

アンカー以外にも転送装置がある。

それは、別にテレポーションシップを見ても不思議な話ではなく。

敵にとってはポピュラーな技術なのだろう。

少し考え込んだ後に、壱野に話をしておく。

しばらく無言で聞いていた壱野は。分かったとそれだけ応えて。そしてしばししてから、追加で言う。

「項将軍に話はしておく。 確かにこの大勝利を得られそうな布陣、敵がわざとやっている可能性は否定出来ない」

「今からでも引くのは」

「いや、作戦は実施しよう。 ただし、我々と、あとはアンノウンに対応できそうな精鋭だけでだ。 アンノウンとの戦闘は少数精鋭の方が大きな戦果を上げられる事が多いように思う」

「……」

これは、藪蛇だったか。負担が逆に大きくなってしまった。

だが。少しでも中華に展開しているEDFの戦力を温存できるならと考えれば、確かに合理的か。

ため息をつくと。作戦開始まで休む事にした。

外で弐分が、一華が今まで聞いた事もないドスが利いた声を出して、誰か追い払っていた。

多分三城に何か悪戯しようとした奴がいたのかも知れない。

いずれにしても、一華みたいな陰キャの権化、手を出そうという兵士はいないだろう。放置でかまわない。

あくびをすると、少し仮眠を取って頭を休ませる。

アンノウンが出てきている事を千葉中将が警告してきた。

ということは。

十中八九、来ると見て良い。そいつはいつものように、人食い怪物で。とても戦闘力が高いのは。見なくてももう分かっている事なのだ。

少し悩んだ後、一華は成田軍曹に連絡を入れる。

あまり連絡はしたくない相手だが。手は打っておきたかった。

 

作戦が開始された。

長江沿岸の一角。

そこにある都市に追い詰められたコロニストに、総攻撃が開始される。作戦指揮官は項少将だ。以前の作戦で面識が村上班ともある。

いにしえの武将達のような猛々しい指揮官だが。

一華は関わり合いにはなりたくないものの。

壱野の事は認めている様子で。

一華の作戦案については、素直に飲んでくれた。

作戦会議はスムーズに進む。

実際問題として、大軍で一気に押し潰すというのは戦略としては間違っていないどころか大正解である。

だが、敵がそれ以上の軍勢を持っていて。

此方を誘引する目的があるのなら、それは愚策となる。

それ故に、各地に対空迎撃装備を設置。更には、精鋭の部隊だけでの包囲攻撃を行う。

懸念を示す項少将の参謀もいたが。

村上班がその分働くという説明をして、納得して貰った。

実際問題、少人数でエルギヌスを倒すという快挙を達成したばかりである。

暗いニュースばかりの状況という事もある。

それなりに村上班は知られているらしい。

ただし、基地の兵士達の様子を見る限り。一華たちの事を直に知っている者ばかりではないようだが。

作戦が開始される。

まずは砲撃を行い、砲兵は即座に退避。

そのまま、タンク五十両を前衛に、包囲を詰める。

本来はタイタンを動員する予定だったのだが、それについてはやめた。理由は簡単で、アンノウンが出た時に鈍足のタイタンは足手まといになるからだ。

ブラッカーには対空迎撃装備もついていて、更に足回りも早い最新型が十二両いる。

これにくわえて、随伴歩兵として一個旅団が動員される。

最近参加した作戦としては、最大規模のものだ。

勿論、先頭に立つのは村上班である。

一華のニクスは、最前衛も最前衛だった。

最初の容赦ない砲撃で削られたコロニストの死体を踏みつぶしながら、戦車隊とともに進む。

敵の退路は既に遮断済。

普通だったら退路を開けた方が被害を抑えられるのだが。

相手は引くことを知らず死ぬまで戦い続ける。

だから、退路を開けることに意味はない。

指揮官機には、最新鋭のニクスが選ばれて。項少将が直に乗っていた。周囲に護衛の兵士がそれなりにいるが。見た感じ、全ての性能を引き上げたハイスペックタイプだ。項少将は陣頭の猛将だし、ああいうのが似合っているかも知れない。

ただ真っ黒なのはちょっと一華の趣味にあわないが。

「全戦線で敵を一方的に蹂躙しています」

「敵を一気に踏みつぶせ! 今まで殺された仲間の敵討ちだ!」

「コロニストどもももう殆ど残っていない! 全部ぶっ潰して綺麗に掃除してやるぜ!」

「殺せ! 殺せ!」

物騒な声が周囲から聞こえる中。

突出した村上班に、生き残ったコロニストの攻撃が集中してくるが。

勿論承知の上だ。

生きている相手は壱野がどんどんヘッドショットで片付けて行く。

コロニストはろくな補給も受けていないのだろう。装備類に不具合を起こしている個体が多いようで、戦車隊も一方的に押しているようである。

やっぱりおかしい。

コロニストを用済みと判断したにしても、プライマーのこのもろさはやはり何処かしら変だ。

「リーダー。 これ、おかしいッスよ。 いくら何でも弱すぎる」

「そうだな。 三城、常に対空警戒。 地中からの攻撃については、俺が勘を働かせる」

「大兄。 まだ頑強に抵抗している敵がいるようだ」

「分かった。 座標を頼む」

近くの敵を機銃で撃ち払いながら、壱野をサポート。

弐分も機動戦に切り替えて、近場にいるコロニストを片っ端からスピアで貫いているようだ。

全軍が包囲網を縮めていくが。

此処から、精鋭だけが進む。

タンク十二両と、その随伴歩兵。更に項少将の指揮官機ニクス。後は村上班だけで、残敵を掃討する。

他の部隊は一旦戦線からさがり、奇襲に備えるようにと項少将は指示。

大規模な部隊だが、今回の作戦に関しては様々な演習をしていたらしく。

スムーズに退却を開始する。

「よし、抵抗しているコロニストの群れはおおかた片付いた」

「もうッスか!?」

「ああ。 まだ抵抗を続けているコロニストの座標を頼む」

「ええと……」

そうこうしているうちに、タンクの主砲がコロニストを吹き飛ばして行く。

最初の頃のブラッカーの主砲は、コロニストどころか赤いα型も倒せない状態だったが。

今は敵が傷ついているという事もある。

ブラッカーの主砲が強化されている新型だという事もある。

次々に、容赦なく弱り切ったコロニストを葬り去っていく。

死んだコロニストを踏みにじりながら、戦車隊が進む。もう武器を持っていないコロニストもいたが、それらも容赦なく戦車隊は蹂躙した。微塵も誰も加減しない。今まで兵士達が受けた恨みがどれほど深いかよく分かる。

だから、何も言えない。一華だって、コロニストには思うところが幾つもある。

程なくして、敵は廃線の上に集まり始める。彼方此方から追われて、其処に集まったという感じだ。

容赦ない集中攻撃を浴びて、それもどんどん減っていく。

これは全滅だなと思ったが。

その時。コロニスト達が、意味不明の行動に出た。

空に向けて、突然吠え始めたのだ。ガアガア。そう鳴いている。体につけられた装置が反応している様子だ。

「エイリアンが吠えてるぞ!」

「苦し紛れだ! 命乞いだって関係ねえ! あいつらがどれだけ仲間やそれ以上に無抵抗な市民を殺したか忘れるな! 容赦なくブチ殺せ!」

「……嫌な予感がするな」

普段口数が少ない項将軍が呟く。

程なく吠えていたコロニストも全て消し飛ばされ、哀れな肉片と変わった。

戦車隊は周囲に備えて、整然と陣列を組む。

兵士達は、項将軍が促して、周囲に警戒するが。その警戒は、あまり報われなかった。

すぐに、「それ」が。姿を現したからである。

「此方第三部隊! 上空を凄まじい数の何かが通過! およそ体長四メートル、速度は時速800q! 速射砲で攻撃するも、全てを撃墜するには至らず! 落ちてきた何かと現在交戦中!」

「何だこいつらは! ひっ! 落ちても襲いかかってくるぞ!」

「撃て撃て撃てーっ!」

無線が絶叫で満ちる。

北東部分を担当していた第三部隊上空を通過したらしいそれらは、すぐに姿を見せる。

時速八百キロというと、やはり戦闘ヘリなみの速度だ。大きさは四メートルというと、怪物としては小さめだが。

しかし、すぐにその真の恐怖が分かる。

まるで蝗が飛来したように。

空に、点が現れ。

それが見る間に、空を覆い尽くして行ったのである。

「対空戦闘開始! 三城!」

「分かってる!」

前に出た三城が誘導兵器をぶっ放す。それで先頭にいた数十が叩き落とされるが、見た目よりもずっとタフなようだ。

見る間に近付いてくるそれは。

コロニストににていたが。

ずっと小さく。

そして、翼が生えていた。

「あれは鳥だ! 羽ばたいてるぞ!」

「ばかな! 燕の仲間でも時速百キロ代がせいぜいだぞ! どうやって翼であんな速度を出すんだ!」

「突っ込んでくる!」

タンクも対空攻撃をフル稼働。

勿論一華も機銃で応戦して、全力で迎撃をするが。しかし、数が多すぎる。

しかも見た目よりタフで、対空銃弾を受けても即死しない個体が多い様子だ。

地面に落ちても、傷だらけのまま翼を前足代わりにすぐに立ち上がり。凄まじい勢いで突貫してくる。

壱野は閉口すると、そのままアサルトでの掃射に以降。

「各タンク、主砲での攻撃は諦めろ。 対空銃座を用いての戦闘に注力。 兵士達はタンクの周囲に集まり、各自身を守れ」

「うぎゃああっ!」

兵士の一人が悲鳴を上げる。

凄まじい勢いで突貫してきた怪物が、兵士を文字通り丸呑みにしたのだ。半分口に咥えられた兵士が飲み込まれる前に壱野が撃って怪物を殺すが。

兵士は命からがら這いだしてくる。

「ひ、ひいっ!」

「此奴らも他の怪物と同じく人間を食うのか……」

「とにかく近づけるな! 撃つんだ! 撃てえ!」

半狂乱になっている兵士達が。フレンドリファイアすら起こしかねない有様だ。

更に、である。

上空から、何か降ってくる。

酸じゃない。

どうやら、高熱で燃える液体のようだ。

此奴は酸ではなくて、炎を吐いてくるようだった。

「コロニストにそっくりだが……一華、何か覚えはないか」

「ええと、前にコロニストに似ているって説明した両生類って生物は、子供と親が別物レベルで違うんスよ。 それにしても、子供はこんな姿じゃなかったはずッス!」

「そうなると、何かしらの遺伝子改良か何かを受けた生物兵器の可能性が高いな」

「戦車に火焔攻撃が集中しています!」

戦車隊が悲鳴を上げる。

項少将のニクスにも。一華のニクスにもだ。

幸い、もう空を飛んでいる怪物はいない。滅多打ちに空中を対空砲火で撃ちまくったおかげで、殆どが地面に落ちてきて。其処で殺されたのだ。

だが丸呑みにされかけた兵士や、恐怖でタンクの影に隠れている兵士。更には、食いつかれて振り回されたときに腕を持って行かれた兵士など。周囲は地獄絵図も良い所だ。

弐分はこんな相手にも機動戦で良い勝負をしているし。

三城は誘導兵器をフライトユニットと相談しながらぶっ放し、更に雷撃銃で充分に活躍している。

何より壱野が凄まじく、ニクス以上の速度で敵を削っているが。

それでもまだ、地上に落ちてきた怪物は、突進してくる。

まるで翼が折れても平気だといわんばかりに。

「くそ! 死ね、死ねっ!」

「……バックアップのチームを投入。 キャリバンを急がせろ」

「イエッサ!」

「どうやら全軍を此処に集めなくて正解だったようだな」

項少将がぼやく。

すぐに全速力でキャリバンが来る。そのキャリバンには、フェンサー部隊がタンクデサンドし。追走するようにウィングダイバー隊も来ていた。

数はそれぞれ二十名ほど。

恐らく項少将が今回の作戦で選んでいた精鋭だろう。

いざという時に備えて、麾下の精鋭を選抜してくれていたのだ。

「フェンサー1、これより参戦する! なんという気味が悪い怪物だ……」

「ウィングダイバー1、現着! 空での戦いだ、負ける訳にはいかないぞ!」

兵士達が、勇気を取り戻す。

そのまま、残っていた怪物を撃滅。だが、戦車隊もかなりのダメージを受けている。

更に、敵は息もつかせてくれなかった。

「此方第四部隊! 現在、上空をおぞましい数の敵が飛行し通過しています! 対空砲火で攻撃していますが、とてもではありませんが、手が足りません!」

「落ちてきた相手は積極的に突進して襲ってくる! 気を付けろ!」

「い、イエッサ!」

「どうやら切り札を切るときが来たようッスね」

一華は切り札を切る。

このために、昨日のうちに連絡を入れておいたのだ。

どうせ使う奴は大喜びするに決まっている。

今、第四部隊が展開している地点と。飛来してくる敵がまっすぐ此方にくると計算。そのまま、射撃を要請した。

そう、衛星砲の、である。

「全員、指定地点から離れるッスよ!」

「分かった。 各部隊、対空戦闘準備をしつつ、フォーメーションを変えろ!」

項少将が指示し、タンクが怪物の死体を踏みにじりながら、そのまま隊列を変える。

キャリバンと一緒に補給車も来たので、兵士達はマガジン交換に殺到していた。

ほどなく、来る。

うっと、ウィングダイバーが呻くのが分かった。

空中戦を出来る数ではないからだ。

その怪物のとんでもない大軍を。

空からの矢が、一閃していた。

「エアレイダー! 神の力をみなさぁい!」

「あー、お願いするッス」

「ファイア!」

衛星兵器の火力が、とんでもない大軍を直撃する。

怪物の群れの半数以上が消し飛んだ。しかも連射される衛星砲が、群れになって飛んでくる怪物を途中で殆ど焼き払ってくれた。

だが、あまり照射時間は長くない。

衛星兵器の火力を逃れた怪物が、即座に殺到してくる。対空兵器を全力でぶっ放す戦車隊と、誘導兵器をぶっ放す三城。それでも当然足りない。

火焔の雨が周囲に降り注ぎ。前衛になったフェンサー隊が苦痛の声を上げる。

上空で旋回した怪物は。バラバラに隊列を崩して。

それこそ、雨となって降り注いで来た。

「くそっ! これがモンゴルで人を襲った化け物かよ!」

「この世のものとは思えない恐ろしさだ!」

戦略情報部は何をしていたのか。

そう思いながら、一華は無心で、ニクスの機銃で怪物を薙ぎ払い続ける。

戦車の一台が、炎を噴き上げて大破。兵士達が逃げ出してくる。火焔の火力は、確かに強烈だが。

もっとも積極的に対空攻撃をしてくる戦車の対空銃座を、めざとく見つけてつぶしに来る程度の知能は怪物にあるということだ。

更に一両が大破。飛び出してきた兵士を怪物が襲うが。もうそれ以前の問題で、周囲は滅茶苦茶だ。

「やはり調子に乗るように仕向けられていたな。 各自、それぞれ身を守れ。 俺たちの周囲には、常勝無敗の獅子部隊がいる! 必ず生還出来る!」

「お、おおっ!」

項少将が声を張り上げる。ドス低くておっかない声だが、兵士達に気合いを取り戻させるには充分だった。

そう褒められても、実際には無敗というわけではないし。戦いの中で必死に殿軍をした事だってある。

つまり戦局を覆せなかったことだってあった。

富士平原での戦いや、エルギヌスとの初戦とかだ。

それでも、兵士達に虚像であっても英雄は必要だ。

特にこんな得体が知れない上に、おぞましすぎる怪物が相手なのだから。

また戦車が大破する。戦車に怪物が取り憑いて、至近から火焔を浴びせているようだ。自分が焼けることも気にせずに。

これは、近付かせないよう撃っておいて正解だったな。

そう思い、項将軍のニクスをちらりと見る。

流石に最新鋭型。全てがハイスペックでまとまっているだけあって、とんでもない戦闘力だが。

それでも、かなり火焔を浴びて、ダメージは甚大のようだった。

ウィングダイバーが悲鳴を上げている。半分飲み込まれたまま、上空に連れ去られようとしている。

壱野が即座に怪物を叩き落として。三城が落ちてきたウィングダイバーを救出。そのまま、礼も聞かずに戦闘続行。

だが、怪物は必ずしも食いに来るわけではなく、体当たりも多用してくる。

吹っ飛ばされたフェンサーが、高架に叩き付けられて動かなくなる。タンクも体当たりを連続で受けると、ぐらんぐらんと揺らいでいた。

それでも、敵の大軍を何とか撃破する。

項少将は、周囲にトリアージと叫ぶが。敵はそれを許してはくれなかった。

「こ、此方第一部隊! 現在、上空をとんでも無い数の怪物が通過しています! 対空砲火では殆ど落とせません!」

「次が本命のようだな。 村上班、総力戦を手伝ってくれるか」

「勿論、喜んで」

壱野はそういうが。はっきりいって一華は冗談じゃあない。

まあ仕方がない。

即座に、次の衛星砲の準備に入る。

「衛星砲、次行くッスよ。 指定座標から離れて」

「分かった! 各自、フォーメーションを組み直せ! 恐らく次が敵の本命戦力だ!」

「……」

項少将は折れていない。

だけれども、こいつが戦場に出てきたのは大きいぞと、一華は思う。

人間から見て現実的なサイズ。

更に人をそのまま丸呑みにするおぞましい習性。

近くで見て、戦意を失う兵士は多いだろう。

飛行型よりもずっと小さいが。地上に降りるとほぼ無力化する飛行型と違って、こいつはコロニストに似ているからか、地上でも戦力を失わない。それに飛行型より明らかにタフだ。

赤いα型と飛行型の長所をそれぞれ取り入れたような怪物。

ほどなく、衛星兵器がぶっ放される。事前に申請していたとは言え、二発も撃ってくれるとは太っ腹だ。

だが、怪物を撃滅するにはいたらず。

しかしながら、怪物の四割以上は消し飛ばした。

残り六割を倒した時には、全軍満身創痍。精鋭として選抜された最新鋭のタンクは全て擱座か大破。

兵士達も、全員が負傷していた。

項少将のニクスも、煙を噴いている。一華のニクスも、ダメージは大きい。

怪物はキャリバンにも容赦せず。そのおぞましさは、明らかすぎるほどだった。

戦いには勝った。

だが、それはここだけだ。

此処だけの勝利。いつものことだが。とてもそれが苦く、一華には感じられた。

 

4、戦況悪化は続く

 

コロニストがほぼ壊滅するのと引き替えに現れた、小さなコロニストのような怪物は。コロニスト殲滅作戦に姿を見せるやいなや。圧倒的な数で。中華の各地に姿を現した。その殺傷力はともかくとして、兵士の戦意を失わせるにはそのおぞましい習性は充分過ぎる程であり。

中華全土が、一気に混乱状態に陥ったようだった。

弐分は移動しながら、そのニュースを見る。

「北京全域から、避難指示が出ました。 市民は各自、シェルターに逃れてください」

「北京の守備隊は何をしている!」

「数が多すぎて対応できません! あの人食い鳥は想像以上に手強い相手です!」

「くそっ! プライマーめ! 次から次に化け物を連れて来やがって!」

無線を聞きながら、戦地に急ぐ。

γ型とも根本的に違う。

他の怪物とは根本的に違う様子から、戦略情報部もまだ名前をつけてはいないようである。

いずれにしても、とんでもない面倒な怪物である事は事実だ。

確かに、戦力外になったコロニストよりも、よほど厳しい相手だろうとは弐分も思う。

戦地に着く。

移動用の大型車両から降りると。既に戦場は地獄絵図になっている様子が窺えた。

「ぼ、僕はもっと下がった方がいいかな?」

「そうしてください尼子先輩。 長野さんは、絶対に外に出ないように」

「分かっている。 気を付けてくれ、皆」

大兄がそう指示を出すと、村上班は突貫。

今丁度、その北京に着いたところだ。

守備隊が怪物に襲われている。市民を食ったのか、或いは兵士を食ったのか。満腹そうに膨らんでいる怪物が多い。

頭が燃え上がるような怒りがわき上がり。

弐分は叫ぶ。

「大兄!」

「おう! 全部ぶっ潰せ!」

「了解!」

突貫。スピアで次々怪物を貫く。

兵士達は突然戦況が一変したことに驚くが。ともかく突撃だ。ブースターとスラスターをフルパワーで酷使し、暴れ回りながら怪物を次々貫く。

空を飛んでいる奴は大兄と三城に任せる。

まだコロニスト殲滅戦で受けたダメージが回復しきっていないが。それでも一華のニクスも前に出て、機銃で怪物を片付け始めた。

周囲の怪物が見る間に減る。

残像すら残しながら、怪物を次々屠って回る弐分。

更に上空から降ってくる炎も、勘で危険を察知して避けることが出来るようになりつつあった。

大兄ほどじゃないが。

それでも勘は磨かれている。

そう思うと嬉しい。

雄叫びとともに、スピアで次々怪物を貫く。今日は武器を選んでいる余裕は無い。

まだ逃げ遅れている市民が大勢いる。

「市民の避難誘導を! 怪物は村上班で引き受ける!」

「おおっ! エルギヌスを倒した部隊か! 頼むっ!」

「怪物ども、掛かってこい! 幾らでも叩き落としてやる!」

全員が凄まじい闘志を燃やしながら、怪物を駆逐する。倒された怪物が吐き出した、もう見られた状態ではない死体を見て、それで怒りが更に燃え上がる。

阿修羅になって暴れ狂って。

気がつくと、怪物は全滅していた。

息が流石に上がっている。

大型車両が来て、補給車を出してくれる。すぐに補給だ。スピアは研磨装置に掛ける。一華のニクスは。

集中攻撃を受けていたらしく、長野一等兵が難しそうな顔をした。

「戦闘を見ていたが、敵の数が多すぎる。 このまま戦うとあんたの腕でも壊されるぞ」

「応急処置でかまわないッスよ。 何とかするっスから」

「ニクスを失ったらあんたは脱出できたとしても秒であの人食い鳥のエジキだ。 それを理解した上で立ち回ってくれ」

整備が終わって、そのまま移動開始。次の区画の怪物を駆逐する。

中国の総司令官の劉中将から通信が来る。

「村上班、噂通りの戦いぶりだ」

「ありがとうございます。 すぐに次の地区の救援に向かいます」

「助かる。 ともかく、一刻を争う。 ……北京はもう終わりかも知れないな」

劉中将の疲れきった声。

政治闘争がどちらかというと得意な狡猾な将軍だと聞いていたが。それでも流石にこの惨状には思うところがあるのだろう。

次の地区も地獄。

いや、先以上の地獄だ。

守備隊が逃げ惑うばかり。怪物は我が物顔に獲物を探して上空を飛び回っている。

大兄が即座に怪物を叩き落とし始め。

戦闘が開始される。

この様子だと、この怪物が世界中に現れるのも時間の問題だろうな。そう、弐分は思うのだった。

 

(続)