悪夢の糸

 

序、巨大軍勢

 

荒木班が、アーケルスを引きつけてくれている。その間に、村上班は指定の位置に到達していた。

まだ、町並みは残っている。

だが、これは。

一緒に来た兵士達は、全員が青ざめているようだった。

コスモノーツが数体。危険なショットガン持ちはいない。これについては、まだ良いだろう。

問題はそこではない。

ビル街を、まるで小枝か何かのようにして。

全長50メートルを超えるマザーモンスターが多数、這い回っているのである。しかも、随伴歩兵には金のα型の姿もあった。

大型輸送機が、その場に待機している。

アーケルスがいつ来てもおかしくない状況なのである。

当然と言えば当然だ。

そして、EDFも流石にこの作戦には、相応の戦力を出してくれた。

制空権は何とか確保できている。

というよりも、アーケルスが徘徊している地域の制空権に、プライマーは興味が無い様子である。

アーケルスを今の人類が殺す事は出来ない。

そう確信しているのだろう。

それに、荒木班だっていつまでアーケルスを引きつけられるか分からない。

重装のニクスを一撃で踏みつぶすような奴である。

あの軍曹でも、どれだけ持ち堪えられるか。

「撤退しましょう」

壱野に、先に来ていた部隊の長が。開口一番にそういった。

周囲にはタンクが並び始めている。今回、EDFはタンク12両、ニクス4機、グレイプ20両を用意してくれた。コレに加えて、実戦を経験させて性能を上げるためだろう。ネグリングロケット砲も持ち込んでくれている。

今、コスモノーツはまだ此方に気付いていないが。

この戦力は、もう何度も揃えられないはずだ。

それくらい、各地の戦況は厳しい。

東京基地だって、正直富士平原での戦闘によるダメージと。その後の移動基地攻略戦に出した援軍の受けた被害を、回復し切れていないのである。

「どうにかするしかない。 此処を放置しておけば、恐らくマザーモンスターの大軍団が、関東に進軍する。 今は七体だけだが、放置すれば更に増えるぞ」

「……っ」

「幸い、空軍がビッグアンカーの破壊には成功した。 とはいっても、プライマーはビッグアンカーの設定を後から変えて、出す怪物を切り替える事が出来る様だ。 今は、此処にいるマザーモンスターどもを駆逐するしかない。 そうしなければ、多くの市民が、奴らの酸に溶かされて死ぬ」

その市民も。

どんどんEDFに組み込まれている。

或いは、協力要員として、ベースなどで働くようになっている。

金が紙屑になっているから。

今まで既得権益を握っていた連中は特に悲惨で。

大会社の社長などが容赦なく前線に引きずり出されて、怪物に食われるような事も起きているそうだ。

これでも政財界はまだ存在しているらしいが。

それも風前の灯火だろう。

そんな悲惨な状況を。

更に加速させる気か。

壱野がそう説得して、集まっていた四個中隊ほどの兵士達は、どうにか納得したようである。

行くしかない。

「ニクス1、起動完了」

「ニクス2、同じく」

「ニクス3、いつでもいける」

「よし。 一華のニクスは問題ないな。 タンクは前衛で壁を造り、まずはコスモノーツから片付ける。 敵はα型しかいないようだが、金色のα型には特に気を付けろ。 他とは比較にならない超火力で襲ってくるし、裏を積極的に取ってくる」

ぞっとした様子の兵士達。

金のα型の話はもう行き渡っているのだろう。

関東にも、姿を見せ始めているという話だ。

ともかく時間がない。

コスモノーツとマザーモンスターの大軍勢を片付け。

此処を一刻も早く片付ける。

一華が幾つかの細かい指示を出している。DE202が来ているのだ。既に、向こうも105ミリ砲やバルカンを温めているようだった。

「本当なら、テンペストを要請しても良いんじゃないッスか」

「そうだな。 だが潜水母艦はEDFの切り札だし、テンペストを用意しているバレンランドは極秘施設だ。 あまり頻繁に発射して、居場所を知られる訳にもいかない。 特に潜水母艦は、最近はマザーシップに付け狙われていると聞く。 無理はさせられない」

「にしても、この数のマザーモンスター……」

「コスモノーツはともかく、マザーモンスターは意外に耳が良くない。 少数ずつ釣って、確実に片付けるぞ」

タンクが展開完了。

ニクスと、その後ろにグレイプも。

コスモノーツが、じっと此方を見ている。だが、そのヘルメットを、早速壱野が撃ち抜く。

更に、のけぞった奴に、ニクス隊が集中攻撃。

即座に倒す。

だが、それで周辺のα型が一斉に反応し、集まってくる。銀色のα型が主体だが、赤いのも金もいる。

タンクが射撃を開始。

兵士達も、一斉にα型を撃ち始めた。

猛烈な射撃。更に壱野は指示を出しておく。

「遮蔽物はそのまま砲撃して破壊してしまってくれ。 周囲の視界を確保するんだ。 マザーモンスターが、遮蔽物を使って接近する方が危ない」

「本部にはビルに隠れろと言われましたが?」

「それは違う。 マザーモンスターの酸はどういう仕組みか乱反射して、ビルなどに隠れるとモロに全部を喰らう事になる。 そうなったら、人間なんか骨の欠片も残らないだろうな」

「ひっ……」

本部がもしそんな指示を出したなら、後でちょっと抗議しなければならないだろう。

既にマザーモンスターは地上を好き放題闊歩するようになってきているし。アフリカで培養されているという話もある。

富士平原の戦いなどでは姿も見せたし、本部だってデータを蓄積しているはずだ。

明確に間違った指示を出すのは困る。

「マザーモンスターを遠距離から仕留めきれないと判断したら、ショットガンを持って近接戦を挑め。 その方が、まだ生き残り倒せる可能性が高い」

「わ、分かりました……」

そう説明しながら、建物の影をぬって背後に回ろうとしていた金のα型をライサンダーFで射貫く。

これもまたバージョンアップが入ったが、そろそろ限界に思う。

壱野には使いやすい銃だが。

他の兵士には、パワードスケルトン込みでもきついゲテモノとして扱われているようだし。

何より壱野としても、そろそろ色々機能を追加するのではなく、根本的にバージョンアップをしてほしいと思うのだ。

「周囲を警戒! α型は金が顕著だが、他も背後にいつの間にか回り込んでくる! 明確に知能を持っている相手だ! 気を付けろ!」

「わ、分かりました!」

「大兄」

弐分が、ブースターを噴かして上昇していたのだが。降りてくる。

まあ、周辺を軽く見てくれていたのだが。

つまり何かある、と言う事だ。

「コスモノーツが気づいている。 無線をしている様子からして、恐らくアーケルスを呼んでいるのではないのか」

「その可能性はあるが、マザーモンスターどもを一斉にけしかけてくる可能性も考えられるな」

「……大兄。 これを試したい」

三城が取りだすのは、巨大なレーザーライフルだ。

ライジン型。

モンスター型をも凌ぐ最強のレーザーライフルである。

それも一瞬だけ大火力レーザーを発射するのでは無く、数秒程度レーザーを発射して、一気に敵を焼ききる。

文字通りウィングダイバーの最終兵器ともいうべき代物だ。

これは先進科学研が、モンスター型レーザー砲のノウハウから作り出した兵器なのだけれども。

あまりにも必要とするエネルギーが膨大すぎて、発射までのチャージがかなり時間が掛かってしまう。

対コスモノーツ用に作り出された兵器であり。

噂によると、鹵獲した奴らのレーザー兵器を参考にしていると言う話だ。

ただ、当然の話だが。

使うつもりなら、周囲の兵士の支援がいる。

「コスモノーツをまずは全滅させる。 遠くにいるあの一体を潰せば、多分大兄の狙撃や、ニクスの攻撃で他は迅速に倒せる。 ただ、マザーモンスターが来る可能性も高い」

「……分かった。 試してみるのもいいだろう」

コスモノーツは此方に気付いていながら、攻撃するつもりはないようだ。

恐らくかなりの数のα型が倒されたのを見て、危険と判断したのだろう。

だが、とっとと逃げなかった事を後悔させてやる。

かなり時間が掛かる。

今までも、溜めに時間が掛かるウィングダイバーの兵器はあった。プラズマキャノン系が顕著だろう。

だが、今度は少しばかり状況が違う。

二十秒以上は、チャージをしていたのではないのだろうか。

「凄まじいエネルギーを蓄積するんだな」

「もしも急激にチャージをしていたら、緊急チャージを何度も挟んでいると思う。 フライトユニットが焼け付く」

「……」

それぞれに指示。

戦車隊も、狙う相手を指定。一斉射撃で仕留める。

近代の戦車はそれくらいの狙いを定めることが出来る。むしろ、戦車は相手を先に発見できれば勝ち、という兵科だ。

そういう兵科、だった。

今は状況が違ってきているから。様々に改変が為されてきているが。

それでも、精密射撃も出来る。

全員の準備が整った瞬間。

壱野は、指示を出す。

「よし、撃て」

戦車隊が一斉に火を噴き、狙撃班もそれに習う。

壱野が一体の鎧を砕いた瞬間、殺到した戦車砲の砲弾がコスモノーツを一瞬にして倒していた。

弐分の大口径砲も、ほぼ同じ光景を作り出す。

更に、周囲が一瞬闇になったかと錯覚させるほどの凄まじい閃光が。コスモノーツへ迸っていた。

遠くで一体だけ佇んでいた其奴は、あっと言う間もなく貫通され。高架で周囲を睥睨していたが。

文字通り風穴を開けられて、落ちていく。

「全コスモノーツ、沈黙!」

「此処からだ。 総員、総力戦用意! α型が一斉に来るぞ!」

コスモノーツは、コロニストだけではなく怪物も自分に随伴させる事が出来る。これは各地の戦闘データから分かっている。

そしてコスモノーツが死ぬと、怪物は自分の判断で動き出す。

案の定、マザーモンスター二体を含む圧倒的な数の怪物が、此方に迫ってくるのが見えた。

真っ先に三城が飛び出す。

少数のウィングダイバーも。

「戦車隊、狙撃犯、近付いてくるα型を集中攻撃。 グレイプも射程に入り次第同じように。 ニクス隊は前進、マザーモンスターに全火力を集中しろ」

「イエッサ!」

「も、もの凄い数だ!」

「こっちだって、これだけの戦力がいるんだ!」

誰かが、さっきコスモノーツを瞬く間に屠った事で気が大きくなっているのか、そんな事をいう。

総攻撃開始。

凄まじい爆発が連鎖する。

後方に来ているネグリングも、ミサイルを一斉に撃ちはなった。

兵士の中に数名だけ、エメロードを支給されている兵士がいて。彼らも射撃を開始する。

実用範囲にまで入った誘導ミサイルは、充分な破壊力を見せている。次々とα型を粉砕爆破。

マザーモンスターが接近して来るが、一華のニクスが先頭に。猛烈な射撃を浴びせ始める。

一華のニクスよりも、火力が他のものの方が大きい様子だ。

恐らく実験機だろう。

荒木班に配属される重装備型のニクスもそうなのだが。

或いは、あの重装型のノウハウから、データを移植しているのかも知れない。

ライサンダーFと大口径砲で、マザーモンスターを何度も狙撃するが、相変わらずの堅さだ。

レールガンでも持ってくれば良かったと想ったが。

今更、それどころでは無い。

ともかく、今は徹底的に射撃を続けるだけだ。

三城がα型の上空を挑発的に飛んで、ある程度の数を引きつける。不慣れな様子のウィングダイバーに、声を掛けているようだが。聞いている余裕が無い。

「敵の距離、近づいて来ています!」

「さがりつつ、射撃を続行。 視界を塞ぐ建物は戦車砲で破壊してしまってかまわない」

「わ、分かりました!」

この数の兵士となると、逃げながら射撃とはいかないだろう。

近付く前に仕留めてしまうしかない。

マザーモンスターは散々被弾しながらも、悠々と近付いてくる。随伴歩兵の数も圧倒的だ。

狙いを変えて、金色のα型を仕留める。

あれは、放置出来ない。

一発で消し飛ぶが。そもそもこの銃は、小物を撃つためのものではない。如何に相手が金色のアサシンであってもだ。

「もう少しで、マザーモンスターの酸の範囲ッスよ」

「一華、総力を叩き込んでくれ」

「仕方ないッスね……」

上空から、降り注ぐ機銃弾。DE202によるものだろう。

凄まじい火力でマザーモンスターを滅多打ちにして、それで多少動きが鈍る。

その瞬間、一華のニクスの肩砲台が唸り。特大火力の一撃をマザーモンスターに叩き込んでいた。

粉々になりながら、吹っ飛ぶマザーモンスター。

ニクスが方向を変え、もう一体を集中攻撃し始める。

壱野は目立つ動きをしているα型の処理に切り替え。

弐分は大口径砲をスピアに切り替えると、敵陣に斬り込んでいった。

程なくして、集中攻撃を食らったマザーモンスターが沈黙する。

とりあえず、一段落したか。

ただ、α型の一部は、前線に来て戦車に酸を浴びせている。かなり酸に対する防御力を上げているとは言え。それでも喰らい続けると危険だ。

「接近したα型を排除してくれ!」

「く、くそっ! 足が速すぎる!」

「あんな細い足で、どうしてあんなに速く動き回れるんだ!」

「とにかく撃て、撃てっ!」

不慣れな兵士の中には、戦車に弾を当ててしまって、慌てる者もいたが。

兎に角、必死に射撃して。どうにかα型を駆逐する。

これで、まだ五体マザーモンスターが残っているのか。

気が重い話である。

「荒木班はまだ時間を稼いでくれている。 ヘリ部隊が、アーケルスに対して猛攻を仕掛けて、健闘してくれているようだ。 アーケルスはおぞましい再生力を持っているが、それでも猛攻を喰らうと疲れてねむる事もあるようだ」

壱野は敢えてそう言って、味方を勇気づけた後。

補給するように、指示を出した。

まだまだ、戦闘は続行。

此処を潰さないと、プライマーは大量のマザーモンスターで何をしでかすか分からないのである。

補給を終えてから、第二次攻撃を開始。

壱野が、他から少し離れているα型を狙撃。

同時に、マザーモンスターを含む群れが一斉に反応した。

マザーモンスターは一体だけ。

しかし、金のα型が多い。

「金のα型は危険だ。 優先的に狙撃しろ。 ニクスも、マザーモンスターが射程に入るまでは、金のα型に集中攻撃を」

「イエッサ!」

不意に、金のα型が加速する。

急ぐつもりになると、こんなスピードが出せるのか。

突貫してくる金のα型を見て、兵士達が恐怖の声を上げる。だが、壱野は冷静に順番に仕留めていく。

今度は先の半分程度しかα型がいない。

味方の弾幕で、近づけずに片付けられる。その筈だ。

だが、もう一体のマザーモンスターが反応していると、三城が告げてくる。

「大兄まずいこれ。 それも、大きく迂回して横撃しようとしてる」

「……分かった。 三城、一人で先行してくれ。 俺がバックアップする」

「了解」

ひゅんと、三城が飛んで行く。

確かさっき時間を掛けてライジンのチャージをしていた筈だから、一発は食らわせることが出来る筈。

だが、以前の戦闘でも見たが、金のマザーモンスターは桁外れの実力だ。

味方を先に動かす。α型に対して、むしろ前進させ、接近を速める。危険だが、敵は更に危険な部隊が、此方の横腹をつこうとしているのだ。

「ニクス、出来るだけ急いでマザーモンスターを片付けろ!」

「了解」

「はあ、無理ばっかり言ってくれるッスね……」

一華がぼやく。

前線を進めた結果、α型と戦車隊がぶつかり始める。金のα型は先に始末したが。普通のα型でも充分に脅威なのだ。

不慣れな兵士達の射撃が、それに拍車を掛ける。

エメロードのミサイルが至近に着弾して、戦車の操縦手が怒号を張り上げていた。

「おいっ! 降格ものだぞ!」

「乱戦だ、仕方が無い! 攻撃を集中し続けろ!」

壱野は叫びながら、既に三城がライジンの超火力を叩き込んだにもかかわらず。勿論死なずに此方に来る金のマザーモンスターを視認。

ライサンダーFの狙撃を叩き込んでいた。

 

1、巨獣雄舞

 

荒木班は、ヘリによる攻撃を主体にして、アーケルスと必死に戦っていた。

ニクスは今回は出していない。

相馬少尉にグレイプを操縦させて。他の三人はグレイプにタンクデサンドして、必死にアーケルスに攻撃を仕掛け続けている。

ヘリから通信が来ていた。

「此方ドラゴンフライ1。 そろそろ残弾が尽きる」

「分かった。 一度補給に戻ってくれ」

「了解。 デカブツの接待を頼む」

「ああ、分かっている」

射撃を続けながら、アーケルスがまるで弱る様子が無いのをみて、荒木は辟易していた。

そしてそんなアーケルスですら、ねむるときは場所を選んでいる様子だ。

要するに、アーケルスを超える存在が。此奴のいる惑星にはいたのかも知れない。

それはプライマーかも知れないし。

更に強大な怪生物かもしれない。

恐ろしい話だった。

今回グレイプを選んだのは、機動戦に特化するためだ。

グレイプはEDFの保有する戦闘車両で最高の速度を誇り、時速140キロで五時間以上走り続けることが出来る。

どん亀に等しいニクスとは段違いの速度であり。

今回はアーケルスに嫌がらせを続けるためにも、これでやるしかなかった。

攻撃機が来て、アーケルスにしこたま機銃を叩き込んでいくが。そんなものが効くはずがない。

いや、効きはするが。

傷が見る間に回復していく。

弾の無駄だが、それでも目などに当たると流石に嫌がるようではあった。

「大将達はマザーモンスターの大軍とやりあってるんだろ!」

「そうなる」

「向こうは向こうで、ひでえ任務だな」

「……今、まともにEDFで敵の精鋭や新規戦力とやりあえるのは俺たちと村上班、スプリガンとグリムリーパーくらいだ。 負担が増えるのは仕方が無い」

急激にカーブする。

降り下ろされないように気を付けろと、荒木は皆に指示。

敢えて平原を選んだ。

それはグレイプの快足を生かすためである。

アーケルスは捕まえられないグレイプに苛立っているようだが。ヘリがその間にあらゆる攻撃を試し。

荒木も、渡されている実験武器を片っ端から試していた。

大口径のロケットランチャーを試す。

連射型のロケットランチャーという、とんでもない代物だが。

その分一発ずつの火力は控えめだ。

全弾直撃するが、やはりアーケルスはけろっとしている。

そして丸まると、ぐんと此方に向けて加速して来た。

「回避しろ!」

「分かっています」

相馬が淡々と、荒々しくハンドルを切り。押し潰されるのを避ける。至近を通り過ぎたアーケルスに、対物ライフルに切り替えて一撃を叩き込む。

普通だったら、こんな距離で対物ライフルを叩き込まれたら。恐竜だって即死するだろうに。

こいつの体内構造は、どうなっているのか。

「畜生、いつまでこいつと遊ばなければならないんだよ!」

「此奴を引きつけるほど、村上班が楽になる! 攻撃を続けろ!」

「分かっています!」

浅利少尉が取りだしたのは、着火式のグレネードだ。

着弾地点で高熱を発するが、その火力はいわゆるナパームの比では無い。

しかも、浅利少尉はばっちり当てて見せる。

灼熱の炎に灼かれるアーケルスだが、面倒くさそうに火を見ると。埃でも叩くようにはたき落として消していた。

流石に言葉を失う浅利少尉。

あれの温度は、確か4000℃を超える筈だ。

「流石に常軌を逸していますね……」

「機甲師団の一斉攻撃を受けても平気な奴だ。 分かっている事だ」

「確かにそうだけれどよ……」

「ブレイザーが量産出来ればいいんだがな。 試作品を今、必死に仕上げているそうだが……量産は厳しそうだという話も出て来ている」

これは、荒木班の皆だから話すことだ。

それを聞いて、皆黙り込む。

戦況の悪化がそれほど酷いと、悟ったのだろう。

アーケルスが、大量の爆発する溶岩を周囲にばらまく。

ヘリが、爆破の風圧で、明らかに中空で制御を崩しそうになった。

「此方ドラゴンフライ2! 今ので機体に異常が発生した! 一度退避する!」

「良くやってくれたドラゴンフライ2! 他の機体は無事か!」

「大丈夫、他は問題ない」

また、攻撃機が苛烈な急降下攻撃を浴びせるが、アーケルスは五月蠅そうに見ているだけである。

勿論近付きすぎれば襲うだろうが。

じっと、荒木の方を見てくるアーケルス。

顔の横に目がついていたエルギヌスと違って、此奴は前に目がついている。

基本的に肉食獣の特徴だったか。

相手を立体的に見る事で、獲物への距離などを正確に分析するための体の構造、である。

エルギヌスは今思うと、怪生物の星ではまだ弱い方だったのかも知れない。

恐ろしい話だ。

「此方千葉中将」

「荒木班、アーケルスと交戦中」

「荒木班、すまないが撤退だ。 コスモノーツの部隊が其方に接近している」

「しかし村上班は」

今、四体目のマザーモンスターを仕留め。五体目と戦闘していると言う事だ。

確か七体のマザーモンスターがいたはず。まだ時間は稼ぎたい。

「コスモノーツの到達予想時間は」

「なっ。 ぎりぎりまで残るつもりか」

「相手はマザーモンスターだ。 可能な限り此方でアーケルスを引きつけたい。 ついでにコスモノーツもだ」

「もう十分も到達には掛からないだろう。 それに、敵には報告にあった危険なレーザー兵器を持った個体もいるそうだ」

そうか。

ならば、後五分が限界か。

だが、その五分を稼ぐ事で、多くの兵士が命を拾うかも知れない。

荒木は判断した。

「よし、航空部隊は撤退。 敵はレーザー兵器を持っているらしい。 長距離から精密極まりない射撃をしてくる。 航空機は文字通りのエサだ」

「分かった、ドラゴンフライ隊、後退する」

「攻撃機、後退する」

「俺たちは後きっかり五分、アーケルスを叩くぞ。 村上班が、その間にマザーモンスターを仕留めてくれるはずだ! そう信じろ!」

「くそ、酷い任務ばかりだぜ。 命が幾つあったら足りるんだ?」

小田少尉がぼやくが、気にしない。

小田少尉はそういう奴だ。

昔から気は良いが、愚痴が多かった。

それを上司に目をつけられて。散々ハラスメントを受けた。

やがて小田には何をしてもいいと判断したそいつは、虐めをけしかけようとし。

堪忍袋の俺が切れた小田は、上司を殴って、半殺しにした。

小田はいい加減な奴だと散々上司が報告を挙げていたせいで、軍法会議で一方的に悪いと言う事にされたが。

其処を救ったのが荒木だった。

荒木が監視カメラの映像などから、凄まじいハラスメントが行われていた事を告発。

その上司には恨まれたが。

小田を引き取ったのだ。

以降、小田の愚痴が止まることはないが。それでも、荒木の側にいることを。どんな酷い戦況でも選んでくれる。

小田とは、そういう男だ。

「クソっ! これでも喰らいやがれ化け物!」

小田少尉が、特大のロケットランチャーを叩き込む。ゴリアス型ロケットランチャーの最新鋭式である。

火力は文字通り戦車を一撃というレベルなのだが。

アーケルスは直撃しても、ちょっと怯んだくらい。

文字通り、生きた要塞だな。そう思って、荒木は呆れた。

ほどなく、相馬少尉が告げてくる。

「時間です」

「よし、残念だが撤退する。 スモーク!」

「分かりました!」

浅利少尉がスモーク弾を叩き込んで、アーケルスの視界を防ぐ。これも凄い量のスモークが出る兵器で、過剰だとさえ思ったが。

即座にアーケルスが周囲に爆発する岩をまき散らしたのを見て、どうもそうではないなと判断。

全速力で撤退した。

散々攻撃を浴びせてきた荒木班に、何か思うところがあったのか。

スモークを吹き飛ばした後も、アーケルスは荒木の方を見ていた。

いつか必ず葬ってやる。

荒木は、そう誓っていた。

 

金マザーモンスターとの激烈な戦闘を経て、更にもう二体のマザーモンスターを仕留め。残りは一体だけになった。

壱野は味方の被害に愕然としながら、周囲を見回す。

戦車隊は半数が大破。

ニクスも二機が大破して、既に後送されている。

それはそうだ。

金色のマザーモンスターは、大量の金α型を連れていて。

それで死闘になったのだ。

特に戦車の一両は、金のα型の射撃一発で破壊されてしまった。

それを見て兵士達は逃げ腰になり。

余計に被害を増やしたのだった。

兵士達の中には、意識不明の重傷になっているものもいるし。頭を抱えて座り込み、ぶつぶつ呟いている者もいる。

後一体。

金色のマザーモンスターが残っている。

厄介な話だ。

「此方千葉中将」

「此方村上班。 後、一体マザーモンスターが残っています。 金色の手強い奴が、です」

「衛星兵器の使用を許可する。 総力を挙げて仕留めてほしい」

「何かありましたか」

千葉中将からの連絡だ。

余程の事である。

案の定、余程の内容だった。

「荒木班が撤退した。 荒木班は無事だが、其方にアーケルスとコスモノーツが向かっている。 コスモノーツは五十体を超える大軍だ。 到着まで、四十分程度だろう」

「……分かりました。 迅速に金のマザーモンスターを仕留めます」

「頼むぞ。 出来るだけの兵士を生還させてくれ」

補給は済んでいる。

まだ動ける戦車隊とグレイプを展開。

ウィングダイバーは下げさせて、全員にモンスター型のレーザー砲を装備させる。

代わりに三城は前に出て。

α型の気を引くのが役割だ。

一華がぼやく。

「四十分というと、撤退の時間を考えると二十分程度しかないッスね……」

「それでもやるぞ。 衛星兵器の使用許可が出ている。 金色のマザーモンスターに直撃させてやれ」

「分かってるッスよ」

一華がこういうのを外したことはない。

まあ、任せてしまって良いだろう。

攻撃開始。

指示を出すと、戦車隊が一斉に射撃を開始。

かなりの高層ビルに這い上がり。その高層ビルの大きさを錯覚させている金色のマザーモンスターに直撃させていた。

悪い予想は当たる。

周囲に控えていたのは、全て金色のα型のようだ。

「総員、α型を一匹も近付かせるな! 三城中尉が気を引いている間に、仕留めきれ!」

「畜生、やってやらあっ!」

半泣きになりながら、兵士達が一斉攻撃を浴びせる。壱野は冷静に極限まで集中し、一体ずつ狙撃で仕留めていく。

その間に、弐分と一華のニクスが、マザーモンスターに集中攻撃。継戦可能なニクスもそれに続く。

金色のマザーモンスターに、DE202がありったけの弾丸を叩き込んでいく。

流石に怯んだ様子だが、それでもまだまだ余裕がありそうだ。

金色のα型は、あらゆる不規則な動きを見せながら、此方に迫ってくる。

攪乱しつつ、確実に殺そうとして来ている。

ニクスの機銃が咆哮している中。

その一機が、いきなり黙り込んだ。

遠距離から金のα型が放った酸が直撃、機銃がやられたのだ。

「くそっ! あんな距離から!」

「タイガー4、後退する!」

「グレイプ、前に。 速射砲で、金のα型の足を止めろ!」

「イエッサ!」

だが、グレイプも次々と破壊される。金のα型は、明らかにビークルを優先して狙って来ている。

兵士達が慌てて逃げ出し、爆発するグレイプ。

回収している余裕が生まれるか。

程なくして、一華が叫ぶ。

「三城、離れて!」

「!」

全速力で飛び離れる三城。

同時に、高笑いが響く。

ああ、例の科学者だな。

そう思って、苦笑いしつつも。金のα型を少しでも減らす。

「私こそ神! 神の兵器をくらいなさい! ファイア!」

空から、極太の熱線が。金のマザーモンスターを直撃していた。

更に火力が上がったか。

文字通り、金色のマザーモンスターが燃え上がるようだった。

瞬時に十数匹の金α型も一緒に消し飛ぶ。

凄まじい火力に、周囲の気温が数度上がったようだった。

熱光線の筈なのに、物理的な圧力すら伴っているようにさえ見える。

その攻撃は、金色のマザーモンスターを地面に押しつけ。凄まじい悲鳴を上げさせたが。

また、不意にぷつっと止まってしまった。

「あら、まだまだ改良が必要ねえ。 後はそっちでなんとかしなさい」

「相変わらずいかれてやがる」

弐分がぼやく。

そうこうしている内に、至近距離まで金のα型が来ていた。尻を持ち上げて、酸を放とうとした瞬間。

ショットガンで吹き飛ばす。

前に出ると、ショットガンを連射して次々に金α型を吹き飛ばす。こうなったら、危険は覚悟の上だ。

兵士達がそれを見て、もう完全に自棄になったのか、前に飛び出し、射撃を始める。

立ち上がろうとしている金のマザーモンスターに、一人が突っ込んでいった。ショットガンを、わめき散らしながら連射している。

近付いて撃てとは言ったが。

「一華、周囲の金α型の掃討を」

「え、分かったッスけど」

「弐分、続け。 三城、お前もだ」

「了解っ!」

ショットガンを連射しながら、突撃。

それを見て、皆の心に火がついたようだった。全員が突撃する。そして、射撃を繰り返した。

もうこうなると、戦場の狂気という奴だろう。

金のα型は唖然としている合間に、猛烈な射撃を受けて即死していた。死んだα型を執拗に撃っている兵士もいる。

そんな中、酸をばらまこうとした金マザーモンスターに肉薄した壱野は。

叫びながら、ショットガンを連射して叩き込む。

今の衛星兵器で流石に大ダメージを受けた様子の金のマザーモンスターは、それで悲鳴を上げる。

弐分が至近から、フラッシングスピアを叩き込み。

更に、三城もファランクスの超火力を叩き付ける。

戦車隊は熱狂的な攻撃を続け。一華のニクスも肩砲台を正確にマザーモンスターの傷にねじ込んだ。

他の兵士達も、滅茶苦茶に射撃を続けて。やがて、金のマザーモンスターが鋭い悲鳴を一つ挙げると。

動かなくなった。

「攻撃を止めろ!」

敢えて声を最大拡大して、壱野はインカムに叫ぶ。

皆が、はっとした様子で。手を止めていた。

もう、人間しか動いていない。

怪物は、全滅したのだ。

「アーケルスとコスモノーツの大軍が来ている! コスモノーツだけならともかく、アーケルスは今はどうにもならない! 各自、輸送機に急げ。 まだ時間はあるが、それでも急げ!」

「事前に決めている輸送機へ急げ! 破壊された兵器を牽引車、急いで運び込め!」

壱野が指示を出すと、ばらばらと兵士達が走り出す。

倒れている兵士も多い。

息がかろうじてある、という程度の状況の兵士も多かった。

グレイプを手を上げて止め、そういった兵士を回収させる。

出来るだけ車両だけでも、回収しておきたい。

壊れてしまった銃などは仕方が無い。

千切れた腕が落ちていた。

確か、酸をモロに喰らって腕が吹っ飛んだ兵士がいた。その兵士のものと見て良いだろう。

ため息をつくと、腕を拾ってグレイプに放り込む。

戦車がフックをつけて擱座した味方を牽引し、大型輸送機に引っ張り込む。

最初の輸送機が行く。

次の輸送機にも、どんどん兵器を詰め込んでいく。

兵士達がまだ出無いのかと叫んでいるが。まだ出すわけにはいかない。

「大兄、でっかい影が見える」

「アーケルスだな。 想像以上の速度だ。 後撤退はどれくらいだ」

「まだ掛かる」

「時間稼ぎがいるか……」

三機目の輸送機が出る。

コスモノーツもかなり足が速いとはいえ、それでもアーケルスほどではないだろう。アーケルスはでかい上に俊敏に動く。

ましてや今回は。コスモノーツもいる。

多分全速力で行けとか、指示されているのだろう。

「壱野中佐!」

兵士が叫ぶ。

気を利かせたタンクが、溶けかけて酷い擱座をしていたグレイプを無理矢理輸送機におしこんだらしい。

周囲にバイザーなどの反応は無し。

「誰も乗り遅れていないな」

「問題ありません」

「よし、撤収!」

一華のニクスが最後に輸送機に乗り込むと。ハッチを閉じる時間も惜しいと言わんばかりに、輸送機が浮き上がる。

その時には、もう転がりながらアーケルスが、街に乱入していた。

そして、周囲を見回し。

点々と散らばっているマザーモンスターのしがいを見ると。

しばらくきょとんとしていたが。

やがて、その場に座り込み。猫のように顔を擦り始めていた。

なんだ。意外に可愛い動作をすることもあるんだな。そう思ったが。相手は如何に桁外れといっても動物だ。

それは、当たり前の事なのかも知れなかった。

離脱する。コスモノーツはレーザー兵器を持っていると言う事だから、戦略情報部と連携しながら空路を移動。

幸い途中からはファイターが護衛についてくれたので、ドローンの心配もなかった。

戦略情報部の少佐が、連絡を入れてくる。

「戦闘の様子はモニタしていました。 相変わらず凄まじい戦果ですね。 あれだけの人数で、七体ものマザーモンスターと随伴歩兵、護衛のコスモノーツまで撃破するとは……」

「負傷者が多い。 皆には相応の手当をしてほしい」

「分かっています。 既に輸送機の受け入れ先の基地では、病院関係者に準備をさせています」

「助かる」

もう少し時間があれば、さっきの街にC30爆弾をしこたま仕込んできたかったのだけれども。

その時間がなかった。

それよりも、気になることがあると、少佐が言う。

「欧州で姿を見せた謎の怪物ですが、どうやら日本にも来たようです」

「高い耐久を誇るスナイパーのような怪物という奴か」

「はい。 先ほど部隊が一つ連絡を絶ち、救助ヘリが撃墜される事件が起きました。 もはや間に合わないでしょうが。 補給を済ませ次第、現地に向かってください」

「……分かった」

スプリガンが、その謎の怪物と交戦したらしい。

データを見る。

流石はジャンヌ隊長。

凄まじい動きで間合いを詰めて、謎の怪物をファランクスで仕留めている。

体が長いβ型という雰囲気の怪物だが。

これもまた、不可思議な体の形だ。

「一華、これに見覚えはあるか?」

「……やっぱりこれも蜘蛛に似ているッスね」

「β型とはだいぶ違うな」

「蜘蛛には二種類いて、巣を張って獲物を待つタイプと、走り回って獲物を捕まえるタイプがいるんスよ。 β型は後者ッスね。 前者は糸を張り巡らせて巨大な巣を作り、それに掛かった獲物を食べるんスわ」

それは、恐ろしい生態だな。

そう思ったが、狙撃戦となればむしろ此方が有利とさえ言える。

いずれにしても、その怪物が現れた場所というのは。岐阜の辺りだ。

その辺りはEDFの支配権がかなり曖昧になっていて、市民は避難を推奨されている筈である。

その巣を張る蜘蛛ににているという怪物が出たとしても。

不思議では無いだろう。

基地に到着。すぐに補給を受ける。輸送機はそのまま、岐阜に直行するそうだ。まだ市民が取り残されているということで、一刻を争うから、だそうだ。

兵士と戦車隊、グレイプは降りる。

代わりに、急いでかき集めたらしいフェンサー部隊が乗り込んで来た。

まだ不慣れな様子だが、大口径砲を使うことくらいは出来そうだ。

盾も装備している。この盾も、どんどん性能が上がっている。少しの攻撃くらいなら、耐えられるはずだ。

すぐに輸送機が出る。

成田軍曹に連絡を入れる。

「現地の情報が少しでも欲しい。 特に街のデータを貰えるか」

「分かりました。 すぐに其方に……一華さんのPCに送ります」

「頼むッスよ」

「やれやれ、連戦か。 三城、仮眠を取っておけ」

こくりと頷くと、三城は毛布を被って横になる。

さて、ここからが問題だ。またアンノウンとの戦闘。本当に、プライマーはどれだけのアンノウンを用意しているのか。

もはや手がつけられなくなっている状況だが。それでも、やるしかなかった。

 

2、生物の要塞

 

一秒が惜しい。補給物資だけを積み込むと、即座に輸送機は出た。

三城はそのまま、少しだけ横になる。さっきの戦いで、金のα型を相手に決死の時間稼ぎをやったのだ。

金のα型の恐ろしさは、戦闘していて分かってきたのだが。

酸を発射するときの出力が桁外れなのである。

このため、銀のα型と同じ成分の酸でも。直撃したときの破壊力が違ってくるのである。

三城も中尉。

昇進するときに、軽く講義を受けた。

その時に説明されたのは、質量兵器の恐ろしさだ。

銃弾なんて、小さくて軽いものなのに。

速度を上げて撃ち出すだけで、人体を軽く破壊するほどの殺傷力を作り出す。

ましてや、あのα型が撃ちだしている酸は。それこそ対策をしていなければ戦車でも溶けるような代物だったのだ。それが高速で撃ち出される。

気を引くために、敵の頭上を舞うだけでも、かなり冷や冷やものだった。

それでも何とかやり遂げることは出来たが。

ブドウ糖のまずい錠剤を口に入れても、頭が痺れているかのようで。

疲労は取れなかった。

現地に到着したらしい先発隊と、千葉中将が話をしている。

「此方岐阜基地チームα! 現地に到着しましたが……じ、地獄絵図です!」

「チームα、状況を詳しく知らせろ!」

「バイザーの画像を見てください!」

悲鳴が聞こえる。

市民のものだけではない。兵士も、あからさまに怯えきっている。

三城も、横になったまま、画像を見る。

そこには、少し前に一華と話し。

見せてもらったものを、極大化したようなものが映し出されていた。

糸。

それも生物素材のもので編まれた巨大なネット。

それが、縦横無尽に、街に張り巡らされている。

そのネットの上を、β型を少し細長くしたような。スプリガンの隊長が交戦したという怪物が。

我が物顔に歩き回っている状態だ。

そいつは糸を投げつけて、獲物を捕まえ。

巣であるらしいネットにまで引き寄せて。

そして見せびらかすように、そのままにしていた。

恐らくこの後食うのだろう。

怪物が、そうするように。

「奴らはスナイパー並みの射撃をしてくることが分かっている! 後続に村上班が向かっている! 手出しをせず、可能な限り市民を救え!」

「りょ、了解! 可能な限り急いでください!」

「現地に先に展開していた部隊が、ネットに貼り付けにされています!」

「なんて化け物だ! 恐ろしすぎて戦えねえよ!」

ベテランらしい兵士が、恐怖の声を上げる。

これでは、新兵なんて足が竦んで、とても戦えなどはしないだろう。

大兄が、運転手に話している。

「胴体着陸でもなんでもいい。 可能な限り急いで、現地での展開を頼む」

「分かりました!」

操縦手が、ぐんと速度を上げた。

これは、寝ている場合ではないな。そう思って、三城は身を起こすと。頭を振って何とか雑念を払う。

ファランクスと、それにモンスター型レーザー砲がいいか。

多分ライジンは使っている暇が無い。

ほどなくして、急角度で輸送機が高度を下げ始める。

「皆、急ぎで着陸する! 捕まっていろ!」

「イエッサ!」

大兄の指示で、全員が周囲に捕まる。

AFVは固定されているから、大丈夫としても。

かなり乱暴な運転だ。

ほどなく、いつもよりかなり乱暴に着地する。一華がナビゲートしていたようで。それでもだいぶ着地のダメージは抑えられたようだが。

即座にハッチを展開。

兵士達がばらばらと出る。そして、右往左往している先発隊と、大兄が合流。かろうじてかき集めた兵士達は、二個小隊ほどはいた。フェンサーが二分隊混じっているのが救いだろうか。

「こ、これはひでえ……」

兵士達が恐怖の声を上げる。

それはそうだろう。

ネットに貼り付けにされている市民はもう死んでいるものもいるようだ。糸に酸を含んでいるようだから。

大量にいる獲物に、夢中になっている怪物。

確かに、細長いβ型に似ていた。

速射。

大兄が、ライサンダーFを問答無用でぶっ放したのである。β型に似ている奴は、それで悲鳴を上げた。甲高い悲鳴が確かに聞こえた。

だが、それで死ななかった。

耐え抜いたというのか。

「銀のβ型並みに頑強なようだな。 だが」

二発目の射撃で、体がバラバラに吹っ飛ぶ。

それを見てほっとする兵士達だが。まだ予断は許さない。

大兄に言われて、同じようにネットを撃つ。

凄まじい射撃に、ネットが揺れて。やがて、ある一点でバラバラに崩壊した。その間に下に走り込んでいた小兄が、下にマットを展開。

落ちてきた者達を、それで受け止めていた。

ぐったりしている者達。

やはり、酸に全身をやられている。そして、奥の方にはネットがまだまだたくさんある。つまりあのβ型に似た怪物が、たくさんいるということだ。

「見える範囲では五体か。 フェンサー隊、前に。 攻撃が必ず飛んでくるから、前に出てシールドで防げ!」

「イエッサ!」

「他の兵士達は、ネットを攻撃! くれぐれも捕まっている者には当てるなよ! 怪物は俺と三城で対処する。 弐分、一華、前に出て敵の気を引いてくれ」

「了解!」

小兄が飛び出すと、そのまま敵のど真ん中に出る。

その間にもチャージしていたモンスター型レーザー砲で、三城はβ型に似た怪物を狙い撃っていた。

凄まじい火力。

外す訳にはいかない。

だが、直撃すると、黄色と黒の斑模様のβ型みたいな怪物は、おぞましい悲鳴を上げて。それで兵士があからさまに恐怖する。

戦略情報部が、連絡を入れてきた。

「今まで前線にこの怪物らしい存在の目撃情報はありましたが、これほどの数が出てくるのは初めてです。 以降この怪物をアラネアと命名。 アラネアの投擲する糸はβ型以上の強度を誇るようで、極めて危険です。 また他の怪物と同じように人を喰らう事も分かっています」

「対策は」

「他の怪物とほぼ確定で一緒に現れるようです。 もしも余裕があるようでしたら、ネットを張り出す前に爆撃で処理してください」

「出来たらやっている……!」

千葉中将が呻く。

まあ、三城も同感だ。

急いで左に飛び退く。三城がいた地点を、糸が抉っていた。アスファルトの地面を文字通り砕いていた。

ひっと、兵士達が悲鳴を上げる。

それも一本だけ飛ばしてくるのでは無くて、数本を飛ばしてきている。

これは、避けようがないなと、三城は冷静に判断しつつ。

またモンスター型レーザー砲でさっきダメージを与えた個体を焼き切った。

大兄も、既に一匹を叩き落とし、もう一匹にダメージを与えている。

小兄と一華は最前線に出て、報告を入れて来ていた。

「此方一華。 アラネアでしたっけ? ざっと見た感じ、新種は二十匹くらいはいるッスね。 奥の方にいる人達は……もう助かりそうもないッス」

「これ以上の被害を減らす。 弐分は敵の注意を機動戦で引き続けてくれ。 一華はネットを破壊する事に専念してくれ。 落ちてきたアラネアがいたら、ニクスの火力で焼き払ってほしい」

「了解」

「分かったッスけど、此奴の攻撃、ニクスでも結構痛いッスね……」

それはそうだろう。

雑にはなった攻撃が、アスファルトに文字通り突き刺さるのである。

通常のβ型の糸よりも凶悪というのは、確かにその通りだろう。

これは極めて危険と見て良い相手だ。

「此方フェンサー3! 盾に糸が直撃! 凄いパワーで引っ張られています!」

「分かった、支援する」

「急いでください!」

前衛に出たフェンサーの一人が、糸に捕まる。

確かに、フェンサーの重量をものともせずに引っ張っている。他の兵士達は、射線に入るのを怖がって、まともに戦えていない。

だが、それは仕方が無いと三城も思う。

二匹目を叩き落とす。

アラネアのタフネスは異常だ。体がβ型に比べて大きいようだが、理由はそれだけなのだろうか。

ネットが消し飛ぶ。

糸で編まれているにしては、おかしな構造のネットだ。一部の兵士が、必死に攻撃を加えて、ネットを破壊しているのだ。

実体弾を浴びせ続ければ、破壊出来る。

それが分かっているだけでも、まだマシかも知れない。

「此方DE202! 何だか凄まじい光景だが……支援攻撃を開始する!」

一華が指定したのだろう。

上空から、ガンシップが攻撃を開始。ネットを主に破壊して回っているようだ。

頷きながら、アラネアを順番に撃破する。大兄の方は、複数のアラネアに狙われているようだが。

周囲全てを把握しているように。攻撃を確実に回避しつつ。それでいながら三城以上の速度で敵を削っている。

「街の入り口近辺のアラネア撃滅。 奧に移動する」

「よし。 三城、気を付けろ」

「大丈夫」

レーザー砲をチャージしながら、歩きつつ奧へ。いつ攻撃を受けても大丈夫なように、フライトユニットは温めておく。

見つけた。

ネットから離れて、歩き回る奴もいるのか。

出会い頭にレーザー砲を叩き込む。

凄まじい悲鳴を上げた。奴も糸を放とうとしていたので、お互い様だ。

接近すると、ファランクスで焼き切る。凄まじい臭いがした。

周囲には、ミイラのようになった悲惨な死体が点々としている。

此奴は体が大きいし、何より立体的に動き回れる。

市民を、周囲を這い回って襲い。

糸で拘束して、そのまま貪り喰ったのだろう。

だが、このミイラのような死体の有様は。

一瞬気が逸れた。

殺気を感じる。

全力で上に跳ぶ。だが、壁を蹴った瞬間に、ウィングに糸が直撃したようで、吹っ飛ばされていた。

地面に叩き付けられつつも、レーザー砲をチャージ。

後方、かなり高い所にいる、ネットから離れたアラネア。

それに向けて、お返しの一撃を叩き込む。

アラネアは、三城のウィングに直撃させた糸を引っ張り始めようとしていたが、レーザー砲の直撃で悲鳴を上げる。

甲高い悲鳴だ。

これだけ離れていても、聞こえるほどに。

「三城、無事か」

「無事では無いけれど、ちょっと機動戦は今日はもう無理」

「分かった、以降は固定砲台に回れ」

「了解」

とどめの一撃をアラネアに叩き込むと、周囲を見る。

みんなミイラになっている。これは、生存者はいない。家の中などに潜んでいても、この糸を使って引っ張りだし、喰らっていたのだろう。

恐ろしい怪物だ。

歩きながら、路地裏を出る。

ニクスが集中砲火を浴びているのが見えた。

地面に叩き付けられた痛みはあるが、ミイラにされるよりはどれだけマシか。

レーザー砲にエネルギーをチャージして、フェンサーを糸で捉えた個体に向け。即座に撃ち抜く。

そいつは三城に狙いを変えたようだが。

大兄が即座に狙撃して、とどめを刺してくれた。

「全員、前進! グレイプは前に出て盾になれ!」

「し、しかし足が竦んで……」

「動けるものだけでいい! ネットは破壊するとそのまま全て崩壊し、捕らえている者は解放されるようだ! 先行部隊は、盾になるフェンサーを支援しながら、マットを展開しろ!」

大兄はそう言いながらも、また一体を撃ちおとす。

三城も負けてはいられない。

足を引きずって後方にさがりながら、レーザー砲をチャージ。

此処からは飛べない鳥だ。

飛べなくても、ペンギンは魚よりも巧みに泳ぐし。

ダチョウは凄まじい蹴りで襲撃者を撃退する。

鳥は優れた生物だ。

ウィングダイバーだって、それは同じ。

壁にもたれかかりながら、息を整え。その間にレーザー砲のエネルギーチャージを終える。

後方から狙って、アラネアに直撃させていく。

痛みはある。

だけれども、妙に頭は澄んでいて。今なら大兄並みに狙撃が冴えそうな気がした。

いや、ただの畢竟か。

狙撃。

大兄が撃ったばかりの一体を、叩き落とす。

他の怪物と同じで、受けたダメージが一定を超えると体が崩壊するようだ。

ネットも同じ仕組みなのか。

だとしたら、どういう仕組みなのだろう。

「1ブロック前進! アラネアは俺と三城中尉に任せろ! 他の兵士達は、生存者の救出に全力を注げ!」

「ぎゃあっ! 捕まった!」

「すぐに助ける!」

前衛で、レンジャーの一人が糸を喰らったようだ。

必死に前に出てくれていた人の一人だ。

アーマーをしっかり着込んでいたのにモロに吹っ飛ばされ。地面に叩き付けられた所を引っ張られている。

あの様子だと、骨折もしていておかしくない。

ネットに貼り付けられている人達は、あんな調子で捕まったのなら。それはどうにもならなかっただろう。

意気揚々と獲物を引っ張っているアラネアを狙撃。大兄も即座に狙撃して、一瞬で其奴が砕ける。

ぐったりしている兵士を、やっと勇気を振り絞ったらしい兵士の一人が引きずっていく。

「キャリバン、現着! 負傷者を回してほしい!」

「すぐに運ぶ! 一両じゃ足りない! ピストン輸送が必要だ!」

「分かっている! 後方で今、ありったけかき集めている!」

岐阜基地の司令官も必死に動いてくれているか。

激しい戦いを続ける。キャリバンは勇敢に前線に突入し、自身が盾になりながら、救出活動に参加してくれた。

三城も黙ってはいられない。

そのまま狙撃を続ける。

「大兄、右の路地裏に一匹いる」

「……対処する」

ショットガンに切り替えると、即座に路地裏に転がりこむ大兄。

ダンダン、とショットガンを連射する音と。甲高いアラネアの悲鳴。

すぐに大兄は戻ってきて、狙撃に戻る。

「データを充分にとる事が出来そうです。 以降は戦況が少しは楽になるでしょう」

「……」

成田軍曹が空気を読まない発言をしてきたので、流石に三城もかちんときたが。

黙って、狙撃を続行する。

キャリバンに運ばれて行く人には、体が酷い状態になっている人も多い。

EDFは前倒しで、まだ実験段階だったクローン再生医療を導入しているらしいと話を聞いたが。

ひょっとして、コロニストのしがいなどから技術を回収したのだろうか。

それが誰かを救えれば良いのだが。

何とも、言いようが無い。

一ブロック前に進む。

ちょっと血を失いすぎたかも知れないが。まだまだやれる。

狙撃。

此方を狙っていたアラネアに直撃させる。甲高い悲鳴が聞こえたので、ザマア見ろとちょっとだけ思った。

相手はただの動物だ。

別に悪意を持って人間を襲っているわけではなく、猛獣が餌を補食するのと同じ行為に出ているだけだろう。

だが、その割りには怪物は人間しか襲わない。

それが不可思議でならないのである。

呼吸を整えながら、狙撃。

顔を上げるが、獲物がいない。大兄が、肩を叩いていた。

「もう全部片付いた。 後は医療班と、スカウトの仕事だ」

「大兄……」

「休め。 酷い怪我をしている自覚はあるんだろう」

「……役に立てた?」

大兄は頷く。

いつもの巌のような顔で。

それで、気が抜けた。多分、意識が飛んだのだろう。

後は、暗闇だけがあった。

 

目が覚めると、軍病院だった。包帯を巻かれて、点滴もされている。

軍医が来て、一週間ほどはこのままだと言われた。

「一週間」

「怪我も酷いが、それ以上に疲労で体がボロボロだ。 村上班が恐ろしい戦果を上げ続けている事は知っているが、他のメンバーも休ませないと駄目だ。 司令部に抗議を私から入れておく」

「……」

軍医は本気で怒っているようだった。

ともかく、寝るように言われたので、そうする。

しばらくねむった後。大兄からメールが来ていた。

アラネアと最初に交戦した街の隣も、アラネアが襲来したという。

三城が負傷した事を聞いて、東京のEDF日本本部も流石に危険と判断したらしい。荒木班を廻してくれたそうだ。

それは、頼りになる話だ。

それで、迅速に駆除が行えた、と言う事だった。

矢継ぎ早の戦闘で、此方を休ませないつもりだ。

それは分かっている。

だけれども、他に手段が無い。

三城は起きようとして、止められる。まだとてもではないが、戦うどころではないと軍医に強く言われた。

そのまま休まされた。

「回復は早いが、それでも限界がある。 しかも君は未成年だろう。 一体EDFは何を考えているのか……」

頭がはげ上がった年老いた軍医は、何度もそうやって怒っていた。

それについて、EDFを擁護することも出来なかったし。

軍医に対して、どうこう言う事も出来なかった。

ぼんやりと、ベッドで休む。

昔の事を思い出す。

村上家に来てから。人間として扱われるという事の意味を知った。丸刈りだった頭が、多少髪の毛が伸びてきて。学校に初めて通ったっけ。

その時、周囲に自分と同じような子供がいると初めて知ったし。

大兄や小兄や祖父みたいな人情がある訳でもなんでもなく。

とにかく相手が自分が弱いか劣っているかだけを見極めようとする、冷酷な生物である事も即座に分かった。

三城は学校に通い始めた頃には、既に村上流を習い始めていたが。

まだ学校に通い始めの頃は体力があまりなかった。

早速、訳ありだと思った連中が、虐めをしようとしたが。

祖父の名前は知られていたらしく。或いは祖父が教師に話をしていて、状況を知らせるようにさせていたのかも知れない。

すぐに男子生徒の視線は、恨みが籠もったものへ変わった。

虐めを楽しみたいのに邪魔をされた。

そういう逆恨みの視線だった。

クラスにいた別の弱い子が虐められるようになった。どうやら三城を虐めて遊びたかったのに、出来なくなったから。腹いせだったらしい。

みるみる村上流を上達させていた三城は。

弱い生徒を複数で殴る蹴るしていた男子生徒を、全員ぶん投げた。

だが、それで虐めは止む事はなく。

むしろ虐めは苛烈になるようだった。

三城は虐めをしていた主犯格の肩を外して、力が出せないようにした。

其奴が転校していって、虐めはやんだ。

会話で虐めを止める事は不可能。虐めをするような生徒は、何を言っても性根が変わらない。

それを知ったのは。その時だったかも知れない。

以降、三城はクラスで恐怖の目で見られるようになった。周囲の子供は、味方でも友達でもなければ。そもそもわかり合える生物でもないと理解したのは、その時だったっけ。

それでも、祖父は言うのだった。

弱者を守ろうとしたお前の行動は尊い。

それが、どれだけ救いになったか。

今でも、人間には色々と思うところばかりだが。それでも、しっかり大兄と小兄に顔向け出来ないように振る舞いたい。

そう三城は思っているし。

今後も、その考えを変える気はなかった。

一週間で病院を出る。少し鈍ったが。それでも戦線に即座に復帰する。

大兄は、無言で頷き。小兄は、お帰りと言ってくれた。

アラネアが跋扈していて、大きな被害が出ているから。すぐに戦いに出るとも。

頷く。

三城は村上流、いや村上家に救われた。それがどれだけ周囲に怖れられる事であろうと関係無い。

だから、今後も、同じように生きるだけだった。

 

3、もはや人が住める場所は

 

岐阜に立て続けに怪物が侵攻。

この事態を重く見たEDFの日本本部は、それなりの兵力を集めてくれた。

大阪基地からも兵力が来た様子である。

各地で軍事工場はフル稼働しているようだが。

アーマーや装備類も、毎日刷新されている。

ただ、最新型が常に前線に届くわけではない。それが、厳しい話ではある。

ただ大阪基地の地下には、失業者対策で大きめの工場が作られており。そこでかなりの物資が生産されていることもある。

今回の作戦では、村上班だけではない。

一緒に行動する四個小隊にも、最新鋭のアーマーと武装が支給されたようだった。

戦車隊も、装甲が変わっている。

衝撃吸収に重点を置いた新しい装甲が導入されたらしい。恐らくアラネア対策なのだろうと思う。

だが、何でもかんでも対策していくと、結局器用貧乏になる。

ある程度仮想敵を設定して、状況によっては諦めなければならないのかも知れない。

一華は、最前衛にて移動しながら、そんな事を思った。

三城が入院して。

退院したばかり。

アラネアはたった一週間で世界中に出現したが。

これは恐らく、アフリカで怪物をプライマーがどんどん増やしているとかいう事の影響なのだろう。

しかもアフリカにある怪物の繁殖場の上空にはマザーシップが居座っているらしく。

衛星砲での砲撃も出来そうにない、と言う事だった。

アラネアの恐怖は、既に殆どの兵士に周知されている。

スナイパーは戦場では恐怖の的だ。

事実、レーザー砲を装備したコスモノーツの恐怖は既に兵士達の間で噂になっている程だし。

今後は、更にそれも加速していく事だろう。

コスモノーツは、前線で好きかって暴れている。

しかも不利を悟ると、怪物やコロニストを盾にしてさっと引いていくのだ。

今後も被害が増えることは、避けられないだろう。

「もうすぐ現着します」

「現着後、展開。 α型がかなりの数いる。 それにアラネアが混じっているという話だから、くれぐれも気を付けてほしい」

「イエッサ!」

現地に輸送機が着くと、タンク十両がまず展開。いずれのタンクも、ブラッカーの最新鋭型だ。

日本は戦況が他の国に比べてマシなこともあって、新鋭機がまだ残っている。

ただし、プライマーも故に。

最新鋭の兵器や、新種の怪物を。どんどん日本に投入してくるようだが。

続けて兵士達も展開。

更に、キャリバンが後方から此方に向かっているらしい。

既に放棄された街にて、怪物共が足を止めたと言う事だ。電気系統なども、すぐに潰して廻っているようである。

一華が先に手の内を見せすぎたのも原因かも知れない。

「スカウトより連絡。 アラネアがネットを展開し始めています! α型の怪物を守るかのように、です」

「……」

「い、如何にしますか」

「少し待ってほしい」

ウィングダイバー隊を先行で突入させてはどうかという意見が来たが、壱野は即座に拒否した。

手練れのウィングダイバーの三城がやられる相手である。

まあ三城は死んではいないが。

ベテランのウィングダイバーがどんどん減っている今、自殺行為はさせられないというのだ。

「一華、砲兵隊の支援は頼めそうか」

「駄目ッス。 今、アーケルスが例の如く暴れ回っていて、足を止めるために砲兵隊は出払ってるスよ」

「そうか……。 ミサイルも厳しそうだな」

「日本近海にサブマリンの艦隊はいないッスね。 海上艦隊はプライマーに追い回されるばかりで、支援どころでは無いッスわ」

溜息が漏れる。

衛星兵器も駄目だろう。

衛星兵器は、そもそも戦略上重要な戦闘でしか使えない。今回はアラネアがいるとはいえ、相手は怪物だけ。

コスモノーツを倒せる状況や、怪物がマザーモンスタークラスなら兎も角。

そうでもない状況では、流石に使用に許可は下りないだろう。

唯一勝ちの目があるとすれば。

「……三城、俺と来い。 他のメンバーは、無線で追って指示を出す。 此処に布陣し、敵が誘引されて来次第攻撃を開始してくれ」

「わ、分かりました?」

「行くぞ」

「分かった」

壱野と三城が、街を見下ろせる山に行く。

確か六キロくらい離れている筈だが。まあ、あの化け物二人ならなんとかなるのだろう。一華にはよく分からない世界だが。ともかく、戦車隊は既に戦闘準備を整えている。

「スカウトより続いて連絡。 街に満ちているα型は銀800、赤400。 金は……今の時点では確認できていません」

「いや、いるぞ。 いずれにしてももうスカウトはいい。 アラネアの攻撃射程は想像以上に長い。 距離を取って、敵が動くまで連絡もしなくていい」

「分かりました」

金もいるのか。

あの壱野がいうのだ、いるのだろう。

三城が負傷してからの壱野は、はっきりいって恐ろしかった。一華は当然、弟の弐分も青ざめる程の鬼神と化していた。

直後に行われた戦いでは、敵が気の毒になる程の凄まじい暴れぶりをして。はっきりいって歩兵でコンバットフレーム何機分の働きをしたか分からない程だった。

彼奴は道場が大事と言っていたが。

多分道場と言うよりも、村上家の家族が何より大事なのだろう。

それを傷つけたらどうするか、思い知らせてやる。

そういう雰囲気だった。

一華もいい加減壱野の度が外れた強さには感覚が麻痺してきていたつもりだったのだけれども。

再び見せつけられた強さは、相変わらずとんでもなくて。ニクスの操縦席で、思わず笑みが引きつったものである。

とりあえず三城が退院してきて、今日は機嫌が良さそうだから良いが。

はっきりいってプライマーも、とんでもない奴を敵に回したものだなと。今回ばかりは同情してしまう。

壱野から通信が入る。

「此方、位置についた。 これより敵を攻撃する。 敵は恐らくだが、其方に行くと思うので、総員で攻撃を集中して倒せ」

「イエッサ!」

ニクスは今回一華の高機動型だけだが、戦車隊は火力も上がっている。それだけではなく、歩兵には更に実戦経験で実績を積んだ携行型多段ミサイルであるエメロードが支給されている。

初期は自爆もあったらしいが、今ではそれもなくなり。

要するに、歩兵は少数で多数の怪物を相手しやすくなっている。

あくまでしやすくなっているだけだが。

ドン、と山の上から狙撃音がした。

同時にレーザーが迸る。

街に着弾したのが分かる。多分、アラネアを撃ち抜いたのだろう。

怪物がざわめいているのが分かる。

続けて第二射。

また、アラネアが撃ち抜かれたのだろう。

「ちょ……あの山から撃ってるのか!?」

「六キロは離れてるぞ……」

「レーザーはまだしも、対物ライフルで!? 人間かよ……」

「……」

さて、此処からだ。

怪物があの化け物二人に向かうか。それともこっちに来るか。

答えは、後者だった。

「一華。 来るぞ」

「了解」

弐分が前に出る。特に指示に従う事に疑問は無い。

村上家の三兄弟は、殺気やらを察知できるのだ。だとしたら、来ると見て良いだろう。

少し遅れて、スカウトから連絡が来る。

「α型の怪物、動き始めました! 一斉に主力部隊へ向かっています!」

「よし、スカウトは後退して距離を取れ。 総員、応戦開始!」

「イエッサ!」

「俺はこのまま、目立つ敵を狙撃する。 前衛はただ、突貫してくる敵に集中砲火を浴びせてやれ!」

壱野の声が、いつもより若干荒々しいかも知れない。

飛騨の辺りはもう殆ど無人機も生還しないと聞いているし、或いは敵はそこから来ているのかも知れないが。

いずれにしても、何があってもおかしくない。

わっと、α型が来る。

戦車隊が射撃を開始。戦車砲の凄まじい発射音が、周囲の兵士達を興奮のるつぼに追い込む。

少しずつ後退しながら、戦車砲をしこたま怪物の群れに叩き込み。

その間に兵士達も、対物ライフル中心で怪物を押しとどめる。

しばらく黙って様子を見ていたが。

やがて、一華が前に出ると。

ニクスの機銃で、敵を制圧に掛かる。

凄まじい大火力で、α型が次々消し飛ぶ。この機銃も、更に強化されているようだ。

だったらドローンなり戦車なりに積み込めばいいものを。

そう思ってしまうが、まあやむを得ないだろう。

爆撃機も来られるかはかなり怪しいが。一応上空にDE202は来てくれている。

まだ、必要ないか。

そう思いながら、敵をそのまま押し返す。

いきなり、目の前に狙撃が着弾。

金のα型が。

敵の群れの中にこっそり混じっていたのが、消し飛ぶのが見えた。

弐分は敵の真ん中に踊り込んで、スピアで敵を貫きながら暴れ回っている。ある程度のα型がそれに引きつけられているから、前線の維持は難しくは無いが。

それにしても、金のα型をこうも正確に見つけて狙撃をするとは。

「ネレイド部隊、現着! 大阪基地の指示により、支援を開始する!」

「ネレイド部隊、街には近付かないようにしてくれ。 まだ数体のアラネアが残っている」

「分かっている。 歩兵部隊の後方上空にホバリングし、其処よりミサイルで敵を撃ち据える!」

ネレイドが中空から射撃を開始。

一時期は歩兵の携行火器の発達により。戦闘ヘリ不要論なんてものが出たらしいが。

今ではすっかりこうして前衛に戻って来ている。

静岡などで暴れているアーケルスを押し返すのにも、ヘリ部隊からのアウトレンジ攻撃は有用と判断されているようで。

最近は生産量も増やされているようだ。

α型が次々吹き飛ぶのを見て、兵士達が歓声を上げるが。

こんな程度で済むとは、どうにも思えない。

また、ドンと山の方から狙撃音がして。街にいるアラネアを貫いた様子だ。これは、アラネアもたまったものではないだろうなと思う。

激しい戦闘が続くが、やがてある一線を越えると掃討戦になる。

怪物は逃げる事もしないので、そのまま撃滅するだけだ。

ほどなくして、敵は沈黙。

街に来ていたアラネアも含め、怪物は全て片付いたようだった。

「完全勝利だ!」

「全員、補給をしてくれ。 嫌な予感がする」

「……補給、手伝ってくれるッスか?」

「了解しました」

ニクスの機銃弾を補給する。バックパックに搭載してあるし、最近は補給のマニュアルも載せている。

周囲にいる兵士達も慣れたものがいて、補給はすぐに終わった。さて、敵はどう出るか。

壱野の勘は人外じみて当たる。これは一華も良く知っている。

案の場と言うべきか。

スカウトから連絡が入ったのは、直後だった。

「敵影確認! これは……飛行型です! かなりの数がいます!」

「此方ヘリ部隊。 飛行型は相性が悪い。 悪いが、後退させて貰う」

「くそっ、厄介なのが来やがった!」

「皆、ショットガンに装備を切り替えろ。 飛行型はダメージを受けると地面に降りてくる。 戦車隊は壁になって敵の注意を引きつけ、歩兵を守れ。 歩兵部隊はショットガンを空中にばらまいて、飛行型にとにかく少しでも傷をつけろ。 ショットガンが行き渡らない兵士は、降りて来た飛行型を潰せ」

冷静な指示に、兵士達が補給車に走る。

戦車隊も陣列を組み直した。

ほどなくして、数百は飛行型が来る。これは恐らくだが、飛騨にあると噂され、今必死にEDFが探索しているという飛行型の巣から来ているのではあるまいか。

いずれにしても、飛行型はもう他の怪物と同様に現れるようになっている。

これ以上増えられると、とんでもないことになるだろう。

そして、プライマーは或いは。

飛行型の増殖を進めるために。

次々に手札を切って、EDFの動きを封じているのではあるまいか。

ともかく、ニクスは飛行型にある程度対抗できる。

やるしかないか。

山頂近くから、凄まじい誘導兵器の光が迸り、此方に飛来する飛行型に次々着弾、撃墜していく。三城のゴーストチェイサーだったかの閃光だ。

わっと兵士達が歓声を上げる。EDF。EDF。叫びながら、兵士達が言われた通り、ショットガンで頭上を打ち始める。

三城の誘導兵器で仕留められた飛行型の数なんて、一割もいないのに。一瞬で数十が消し飛ぶという暴力的な破壊力が、やはり兵の士気を向上させる。これは、もっとウィングダイバーに配備すべきかも知れない。

最前線のタンクとニクスは、散々針状に圧縮した酸を浴びせかけられるが。

開戦当初なら兎も角、今は即座に破壊されるほどヤワでは無い。ただ、それでもアラームが点灯し始める。数が数だ。

「敵、残り三割!」

「空中にいる奴を優先的に落とせ! ショットガンで雑に撃つだけでも結構当たる!」

「イエッサ!」

兵士達の声には、若いものとそうで無いものが混じっている。

本当に、かき集められてきた兵士達なんだなと思って、暗澹たる気持ちになるが。

まあ一華も似たようなものか。

そのまま射撃を続ける。ばたばたと落ちていく飛行型。

「タンク2、そろそろ限界だ!」

「タンク6、此方もそろそろ厳しい!」

「敵はもう少しだ! 踏ん張ってくれ!」

「う、うわっ!」

タンクの兵士が叫ぶ。恐らく至近に飛行型が来たからだろう。

だが、それは側面から撃ち抜かれ、文字通り消し飛んでいた。

走りながら山を下り。

降りながら狙撃を確殺で当てるという人外じみた技を見せていた壱野がやったのである。

やがて、壱野が戦車隊の前に躍り出ると。生き残った飛行型を、あり得ない速度で撃ちおとし始める。

程なくして、周囲は怪物の死体で埋め尽くされていた。

「敵、沈黙!」

「こ、今度こそ」

「しっ! そういう事はいうな! 縁起が悪い!」

兵士達のやりとりは無視して、即座に壱野は補給を指示。兵士達が補給トラックに走る。

相手が相手だ。負傷者も出ていて。キャリバンが急いで後方へ運んでいった。

「スカウト、状況は」

「現時点では敵影はありません……」

「そうか。 皆、弾薬を補給したら負傷者を後送する。 タンクの装甲の補修も急いで欲しい」

「分かりました」

それが終わったら休憩だ、と告げると。

壱野は、一華と弐分についてくるよう指示。三城はその場に残って、飛行型が来たら誘導兵器で出鼻を挫くようにと指示されていた。

そのまま、装甲を急いで補修したニクスでついていく。

歩きながら、壱野は話す。

「街の安全を確認した後、アラネアのしがいを回収出来そうか調査する」

「ここのところの戦いで、結構回収は出来ていたのではないッスか?」

「いや、戦略情報部の話では足りないそうだ。 俺のいる戦線に出てくるアラネアは特に破損が酷いらしくてな」

「……大兄を怒らせた奴らだ。 それはそうなるだろうな」

弐分が周囲を睥睨しながら言う。

巣を作ろうとしていたのだろうか。

辺りには、かなりアラネアの糸の名残らしいのがあって。建物に頑強に貼り付いていた。

「この糸についても、サンプルが必要だそうだ」

「姿が似ている蜘蛛も、凄い強度の巣を作るんスよ。 細い糸だからあまり実感しづらいそうッスけどね。 何でも同じ細さなら鋼鉄を超えるとか」

「生物が作る糸とは思えないな」

「節足動物って、かなり凄いんスよ。 昆虫にしても蜘蛛にしても、どうして地球で繁栄しなかったのか不思議すぎる存在ッスわ」

周囲を見て回り、安全である事は確認できた。

そのまま、布陣している部隊に戻る。

戦略情報部に連絡を入れる壱野。兵士達は、交代で休憩、だそうである。

また、飛行型が来た事を加味して、ネグリングを呼ぶそうだ。

大阪基地の筒井大佐は、喜んで派遣してくれるようだが。

これは移動基地を叩き潰すときに、一緒に戦った仲だから、かも知れなかった。

程なくして、先進科学研と戦略情報部の若い人が来る。

軍人とは思えない程細い人だが。今はそういう人が、パワードスケルトンの補助で前線に出て来ていることが珍しくもない。

どんな細くて軟弱な人間でも、パワードスケルトンの補助があれば銃を持てるし。

大型パワードスケルトンを身につければ、それこそ車両に搭載するような火器を持つ事が出来る。

それが、人類の抵抗を支えていると同時に。

あらゆる人間を、戦場に送り込んでいるのかも知れなかった。

「貴方方が村上班。 いつもながら非常識な戦果を上げているという」

「それが何か」

「いいえ、なんでもありません」

戦略情報部から来たらしい、眼鏡を掛けた青年。いかにもな雰囲気で、一華はげんなりした。

どこぞの太い実家の人間で、どこぞの大学を出て、エリートコースという奴だろう。

学校の飛び級卒業くらいなら一華だってしているが。そんな事で偉いだなんて思った事もない。

実際、そういうエリートが指揮している軍隊が、今は世界中で劣勢ではないか。

「回収班、さっさと作業をしろ! 私は忙しいんだ!」

「……」

「大兄、抑えて。 あいつらが先進科学研に情報を届けないと、的確に相手を殺せる武器が作れない」

三城がそう言うので、壱野は苛立ちを堪えたようだが。

まあ、一華でもイラッと来るのだ。

兵士を見下しきったあの目。ああいうのは、何処の組織にもいるものだなと、思わされる。

「まったく臭いな。 こんなに大量に死体を散らかして。 もっとスマートに戦えないのかね」

「なら貴方が前線に指揮を執りに出て来ますか? 今は人材が一人でもほしい状況ですので。 華麗な戦術指揮を見せていただきたい」

「ふん、そんな返ししかできないのか。 村上班とやらも底が知れるな。 生憎私の専門は研究と分析、戦略でね」

「それならさっさともっと敵に有効な武器を開発していただきたい。 マザーシップは今だ全てが健在なのですが」

不意に会話に割り込んだのは、千葉中将だった。流石に中将に大きな口を叩く気にはなれないのか。不遜なボンボンも黙り込む。

それにしても、人類が半分減った状態で、まだこんなのが残っているとは。

こんなのよりも、生き残るべきだった人はたくさんいただろうに。

神とやらがいるとしたら。

それは極めて不平等なのだろうと思う。

戦略情報部の少佐も、見かねたらしく通信に入ってくる。

「すぐに作業を行ってください。 村上班の戦闘力は一個師団以上に匹敵し、四人で戦略的価値を生じさせています。 もしも彼らのモチベーションを削ぐようなことがあれば、貴方を降格します」

「……分かりました」

凄まじい壱野の眼光に、恐怖を感じたのだろうか。

そそくさと、その場を不遜なボンボンは離れていった。

ため息をつく千葉中将。

「EDFにもああいうのがいるのは分かっていたが、それにしてもどうしようもないのを抱えているな戦略情報部も」

「実の所、戦略情報部に入る人材の選択についてはよく分かっていません。 彼は明らかに無能ですが、それでも現在は人員が足りないのです」

「分かった。 いずれにしても、早めに調査は済ませてほしい。 村上班どころか、前線にいる兵士全員の士気に響く」

「分かっています」

あの少佐が、此処まで言う程だ。

余程、色々問題を戦略情報部で起こしているのだろう。

一方、先進科学研から来た人物は寡黙で、黙々とサンプルの採取をしている。

流石にあれほどの醜態をさらす人物が、後方にたくさんいるとはあまり一華も信じたくない。

生き残る可能性が、それだけ下がるからだ。

ほどなくして、大量にトラックが来て。サンプルを回収して戻っていく。

何か少佐に個人通信で言われたのか、さっきの不遜なボンボンは青ざめていて。完全に黙って去って行った。

いい気味だと思ったが。

ああいういい気味になるケースは少なく。

実際はあの手のは好き放題をしているのだろう。

壱野は奴には興味を失ったようだが。

それでも不機嫌そうだった。

「千葉中将。 飛行型の繁殖地については、まだ分かりませんか」

「現在スカウトを派遣しているのだが、まだ掴めない。 軍事衛星が殆ど役に立たなくなっているし、現地に派遣した偵察ドローンは悉く撃墜されている。 十キロ圏内には絞り込めているのだが……」

「いっそ、我々で潜入作戦を実施しましょうか」

「残念だが、今はその時期ではない。 数百単位で飛行型が定期的に姿を見せることもある。 巣があるのだとしたら万単位の飛行型がいる事も覚悟しなければならないだろう」

万単位か。

それは一華もぞっとしないな。

いずれにしても、撤収を指示される。

アラネアごと大量の怪物を駆除しての凱旋だが。

最後にバカが来て台無しである。

事実、兵士達も、うんざりした様子だった。

壱野は、皆に言う。

「今回の戦いで、皆の活躍で大きな戦果が上がり、怪物が死んだ分たくさんの人が救われた。 誇ってほしい」

「……」

「今は胸を張って帰ろう。 そして、ゆっくり休んでくれ」

兵士達も、敬礼して返す。

だが、やはり士気は上がらないようだった。

岐阜基地で、一応今晩だけは休む事にする。

一華はPCの調整をしたかったのだが。壱野に呼ばれたので出向くと、焼き肉をやっていた。

近くの山で大きめの猪が捕れたらしい。

スカウトが取って来た猪を、皆で分けているそうだ。

村上班は功労者と言う事で、今回は有り難い事に良い肉を貰えた。

100キロを超える個体だったので、基地の人員にはある程度行き渡っているらしく。

まあ気にしなくて良いそうだ。

「猪は豚と同じく寄生虫が危ない。 しっかり火を通してから食べるようにしてくれ」

「了解ッス。 それにしてもプライマーの連中、本当に人間を殺す以外には何にも興味が無いみたいッスねえ」

「そうだな。 敵の拠点近くなのに、猪は平然といるわけだからな」

「軍用犬とかでの偵察は……もう試しているッスかね」

頷く壱野。

弐分が肉を焼きながら、ご飯をよそっている。

三城も寡黙に黙々と焼いている。

あまり騒がしい食卓では無い、ということだ。

また、壱野も最初に良く火を通してほしい、と言う事以外は。焼き肉でああだこうだ言う事もなく。

鍋奉行のような事はせず。

寡黙に皆で黙々と焼き肉を楽しんだ。

レーションばっかりだったから、これは有り難い話である。

事実、一華も食事を一緒にさせる文化には辟易していた。

食事中は人間は口が軽くなりやすいと言うものがあり。本音を聞き出しやすくなるらしいのだが。

それ以上に色々と煩わしい。

はっきりいって、飯なんか一人で静かに食いたいのである。

利点は確かにあるかも知れないが。

残念ながら、マイナスの方がそれを上回るように思えてならなかった。

飲み会などもそうだ。

まだ一華は飲める年齢ではないが。

まずい薬が前線の一部の兵士に蔓延しているのは実際に見て知っている。

その内、そんな事もいっていられなくなりそうである。

黙々とかなり美味しい焼き肉を食べる。野菜は肉より貴重になっているらしく、まったく出無かったが。

市販品の焼き肉のたれは少しあったらしく、それを使う事が出来たので。おいしくいただくことができた。

その後は、休むように指示される。

10時間ほどの休憩の指示が出たそうだ。ただ。その中の二時間は移動を予定しているらしく。

実質寝たら、ほぼ何も残らない程度の休暇だが。

それでも、多少はマシだ。

食事を終えて戻ると、自室で少しPCの調整をする。

もう、新しい部品は手に入らないだろう。

株式取引で作った金に任せて構築したPCだ。パーツはどれもこれも、とんでもない価格のものばかり。

それに、今はもう技術を進歩させるどころではなくなっている。

リソース全部が軍用兵器の開発に振り分けられている状況だ。

このPCの強化は難しい。

だから、調整くらいしか出来ない。

それが、もどかしかった。

調整も終わったので、寝る事にする。

ふと、夢を見た。

白衣を着たおっさんが、一華と似たような人間をたくさん並ばせて、勉強をさせている。

連日、たくさんいた人間が減って行っていた。

やがて、一華ももういらないと言われた。

勉強は別に難しくも無かったのだが。協調性がないとかなんとかが理由らしかった。

まあ、それについては事実だ。

解放されて、自由になった。

後は。

目が覚める。

頭に手をやる。何だか、今の夢。本当に夢だったか。ひょっとして、この記憶は。

あり得る話だ。

あまりにもちょっと不自然な夢だった。昔の事が、夢で思い出されることは珍しくもない。

「……何だか、腑に落ちたような気がするッスねえ」

ぼやくと、寝床を出て。身繕いをする。最低限だけだが。

EDFはクリーンなだけの組織では無い。そんな事は分かっている。もしもクリーンな組織だったら、強引な世界統一の過程で紛争なんておきないし。あんなクズみたいなのが戦略情報部にいないだろう。

ため息をつく。

藪をつつくつもりはない。

ただでさえ、前にいるプライマーだけでも手一杯なのだ。

後ろにいる無能な味方に、足を引っ張られることだけは勘弁してほしかった。

 

4、無力化される翼

 

オーストラリア。

EDFがいまだにある程度善戦できている地域の一つだ。移動基地が落とされず、大きなダメージを受けなかったこともあるだろう。

或いはプライマーは、此処を大陸だと認識していないのかも知れない。

北米ですらコスモノーツが現れて以降は、戦線が後退する一方なのに。

アーケルスがいない事もあって、どうにか戦線を維持することが出来ている地域の一つだった。

だが、それも。

今日までとなった。

前線に展開している戦車隊が、悲痛な声を上げる。

「敵に何か得体が知れない存在がいます! 砲撃が遮られ、届きません!」

「逆に敵は一方的に此方を……ぎゃあああっ!」

悲鳴が轟き。

後は消えた。

タール大将は、腕組みして戦線の様子を見ていた。

米国で散々転戦し。

それでも死にきれなかった彼は、オーストラリアの方面軍司令官に出世していたのだ。だが。それは必ずしも良い事では無かった。

米国の指揮官達はタールを鬱陶しがり。

EDF内部での政治的な人事によって、此方に回されたのである。

最近、オーストラリア方面軍の司令官である大将が病死したこともある。

97歳で、ガンが全身転移していたらしいからまあ当然と言えば当然なのだろう。

その後任として、「功績多い」タールが選ばれた。

もう、なんでもいい。

そう思いながら、オーストラリアでも猛攻を掛けてくるプライマーに対応していたのがタールだったのだが。

それでも、どうにもできない事はある。

「撤退を開始しろ。 とにかく今は逃げろ。 砲兵隊、支援を」

「やっています! 敵の直前で、全ての砲弾が防がれているようです!」

「敵にはレーザー兵器を持ったコスモノーツがいます! 一方的な戦いになっています!」

「此方フォボス! 空爆を実行する!」

フォボスが到着したか。

嫌な予感がするが。兎も角空爆をさせる。

爆撃が、敵軍を襲い。激しい爆発が巻き起こるが。

それが消えた跡は、敵は平然としている有様だった。

「何だと……!? 敵、無傷! ダメージ確認できず!」

「フォボス、退避しろ。 敵にはレーザー兵器持ちのコスモノーツがいる」

「分かった! ち、畜生っ!」

今まで敵に対して圧倒的な優位を誇ったフォボスが、為す術無く引いていく。攻撃機による機銃もまるで効果が無い様子だった。

それどころか、コスモノーツのレーザー兵器が直撃し、翼を損傷した攻撃機は逃げ帰ってくる。

逃げられただけ、マシなのかも知れなかった。

それでも、タールは戦術の限りを尽くし、主力を何とか逃がしきった。

敗残兵をまとめ、ベースに戻らせる。

残念ながら、オーストラリアでも逃げる手伝いばかりをすることになりそうだなと。タールは自嘲していた。

戻って来た兵士から、戦闘記録を確認する。

何か、見慣れない兵器が敵にいることが分かった。

すぐに戦略情報部に資料を回す。

敵そのものは、コスモノーツの編成部隊だった。普段だったら、派遣した戦力で対応できた筈だ。

だが、空爆すら受けつけなかった。

最初の頃、テレポーションシップにやりたい放題やられたことを思い出す。

敵には、まだまだ凶悪極まりない兵器が、多数存在しているようだった。

現地から戻ってきた指揮官達を呼び、話を聞く。

混乱していて、要領を得ない者も多かったが。

一人だけ、はっきり受け答えをしてくる者がいた。

少尉になったばかりのケンという男だ。

日本から援軍として派遣されて来た人物である。

「自分は見ました。 四つ足の鈍重な機械を中心に、何かドーム状の光の壁のようなものが出ていました。 それが戦車砲も銃撃も、空爆も防いでいました」

「バリアのようなものか」

「恐らくは。 それも、黄金の装甲以上の防御力かと思います」

「ふむ……厄介だな」

そんなものがあるなら、どうして今まで出してこなかった。

それが不可思議だ。

いずれにしても、コスモノーツ部隊はどうにかしなければならないだろう。

奴らは人間並みに悪意を強く持っていて。

とにかく残虐性が強い。

それについては、戦場でタールも散々見て来た。なぶり殺しにする事を好んでいる奴も明らかにいた。

「損害を受けたビークルなどの補修を急がせろ。 前線が崩された分、敵は突出してくるぞ。 何とか損害を抑えるには、次の戦いで敵を押し戻すしかない」

「しかし、仮にバリアのようなものがあったとしても。 それは此方の攻撃だけを防ぎ、敵の攻撃を通過させていたとしか思えません。 そんなものは、どうやって……」

「最優先の分析を戦略情報部にやらせる。 奴らの存在価値を発揮して貰う」

「……」

タールは、戦略情報部に連絡。

既にデータは届いていると、例の少佐も言った。

「現在、分析を実施中です」

「このバリアだかなんだかは厄介だぞ。 どうにかしないと、戦いどころではなくなる」

「映像を分析したのですが、不可解な点が一つ出てきています」

「ほう」

なんでも、そのバリアとやらが明らかに大きさを変えているのに。

戦地になった街では、建物などが壊れている様子が無い、というのである。

そうなってくると、或いは。

最前衛にて戦っていた兵士の中から、生存者を呼んで聴取する。

そうすると、一人の兵士が。軍病院で治療を受けながら、証言してくれた。

「自分は逃げ遅れたのですが、その時に光の壁のようなものが迫ってきて、死ぬかと思いました。 しかしそれは、自分を通り抜けたのです」

「……なるほどな」

「その後、また光の壁は縮みました。 その時も、特に体に害があったようには思えません」

「よし……活路があるかも知れん」

すぐにタールはフェンサー部隊を招集する。全員に最新型の盾を支給。そして、タール自身も前線に出ると告げた。

戦車隊も用意する。

予備兵力を、全て動員する構えである。

出撃時に、兵士達に告げる。

「俺も今回は一兵士として前線に出る。 前線を喰い破られた今、敵の先鋒を叩き伏せない限りオーストラリアは落ちる。 そうなったら、被害は更に増える事になる。 後方にはまだまだ市民が大勢いる。 お前達の家族だっているはずだ」

「自分の家族は、皆既に殺されました……」

フェンサーの一人がそう言う。

タールは、そのまま返す。

「俺の家族もだ。 ならば。これ以上その悲劇を繰り返させるわけにはいかない」

「……はい」

「兵士達から証言が出ている。 どうやら光のバリアのようなものは、人間そのものを通過させる様子だ。 しかも、敵は見慣れぬ兵器を繰り出して来ている。 それを破壊するしかない」

「し、しかし……」

まず現地に、霧を発生させる。

フェンサー隊とタールが指揮する最精鋭で、コスモノーツが守る敵兵器に接近し、これに肉薄。

破壊する。

その後は、ニクス隊と戦車隊で、コスモノーツを撃滅する。

現地の地図などは全て確認済み。

敵は良い気分で進撃しながら、途中にある施設などを悉く破壊している様子だ。このまま行けば、市街地でも同じ事を繰り返し。

見つけ次第人間を殺し尽くすだろう。

生き延び続けた廃兵だ。

此処で死ぬのも生きるのも同じである。

前線にタールが出ることをつげ、兵士達の先頭に立つ。

或いは、死に場所を。

タールは求めているのかも知れなかった。

 

(続)