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雨下の死闘
序、大艦隊再び
農村だった場所。既に廃村となって久しい場所に、プライマーの大軍勢が停泊している。８隻のテレポーションシップからは、怪物が投下され。その周囲に、多数のコロニストが展開していた。
怪物はコロニストとともに、次々彼方此方へ散っているが。これは陽動をしてくれているグリムリーパーとスプリガンに引き寄せられているとみて良い。
本部が幾つかの精鋭部隊とスカウトを派遣して、どうにか彼らの支援をさせているらしいが。
此処にはそんな支援は無い。
当たり前の話で、今は本隊を撤退させる作業だけで手一杯だからだ。
ジープから降りると、壱野は敵を観察する。
１隻ずつ、順番に落としていくしか無い。
コロニストは周囲を巡回しているが、恐らくテレポーションシップ１隻ごとに部隊を組んでいるのだろう。
奴らの耳はそれほど良くない。
テレポーションシップが比較的近くで落ちても反応しないことが多く。
それを考えると、人間を相手にするよりも楽なのかも知れなかった。
「凄い大軍だ……」
荒木班の、浅利少尉が呻く。
小田少尉も、あまり軽口が聞けないようだった。
「これで勝てば英雄だな。 軍曹は中佐に昇進かな」
「昇進はいい。 それよりも……こんな事に巻き込んで済まないな」
「貴方のせいじゃない。 誰かがやらなければならない事です。 それに悪いのはプライマーだ」
相馬少尉の言葉に、そうだなと。
壱野も思う。
補給トラックは、少し後方の山林に隠した。ジープはそうもいかない。
渡されたライサンダーF。ちょっと試射して見たが、凄い火力だ。ライサンダー２の数倍。
恐らくだが、テレポーションシップだったら一撃確殺でいけるだろう。
コロニストも、ヘッドショットでなくても倒せるかも知れない。
説明書を軽く見たが、レールガンと同じ仕組みで弾速を上げているらしく。更には幾つもブラックボックスがあるとか。
どうやらコロニストの銃を解析した結果、得られた技術「だけ」を仕組みが分からないまま組み込んでいるらしく。
兵器開発者とかが聞いたら頭を抱えそうな代物だが。
使って見た感じでは、悪くない。
反動も許容範囲内。
ただ、今まで使っていたライサンダー2の方が、若干「当てやすい」。
当ててから放つ事を旨にしている壱野だ。
それについては、すぐに使って見て理解出来た。
いずれにしても、これは名銃といえる。
ライサンダー２は、荒木班に譲る。荒木軍曹も、頷いて受け取ってくれた。
このライサンダー２はまだ普及しておらず、村上班は試験的に廻されていただけらしい。
勿論千葉中将に許可は取った。
戦場での事だ。
柔軟に、武器は使い回すようにということだ。
弐分は緊張している様子だ。一方、三城は多少の負傷はあるが、落ち着いていた。
先の戦いでも、相当数のコロニストと怪物を屠った。弐分も三城もそれについては同じだろうと思う。
だが。弐分は若干メンタルのもろさが出て来たか。
それでも、よく頑張っている方だ。
兄として、何かしらフォローをしてやらなければならないだろう。
弐分が時々精神的に脆いのは、壱野も知っていた。
丸刈りにされて、感情がゼロになっている三城を最初に見た時。壱野はブチ切れたが。弐分はショックを受けていた。
後で泣いていたし。それに、三城に甘くなった。
祖父に言われて、過剰に甘く接しないようにとずばり指摘され。以降はそれに従うようになったが。
それでもやはり、弐分はまだ何処かで三城に甘いと思う。
三城が立ち直れたのは、祖父がしっかり人間として接したからであって。
弐分のように接していたら、絶対に何かしらおかしくなっていただろう。
そして、あの時から。
クソ両親から救い出してから。
変わったのは三城だけなのかも知れない。
足を止める。
これ以上接近すると、近付かれる。
航空支援は来ない。ドローンが相当数いるからだ。
この間、アフリカでやった攻城戦再び、である。
ただし今回は移動基地が来ない。
その代わり、ベース２２８を前哨基地にしている敵が、増援をどれだけでも送ってくる事だろう。
つまり、迅速に敵を処理する必要がある。
そういうことだ。
「さて、どうやって攻める？」
「まずはテレポーションシップではなく、見えている範囲のコロニストから処理します」
「そうか、それが良いかも知れないな」
「恐らくドローンも来ます」
怪物もだ。
テレポーションシップを最初に落としたい所だが。今回はこの間の海岸部での攻城戦と違い。
廃村で、敵がそれぞれ有視界内にいる。
特に拡がっている田んぼが厄介で。
ニクスは足回りが半減する。一華に確認したが、田んぼに入り込むと、迅速に動くのは無理だそうだ。
「敵は砲兵が八、ショットガンが十二……いや十六。 後はアサルトライフルのようですね」
「ああ、此方でも確認した」
「冗談じゃねえぞ。 コロニストだけでも、中隊規模の機甲部隊の戦力で相手にする兵力じゃねえか」
「このチームならやれる」
小田少尉に、荒木軍曹がそう諭す。
壱野はそう言ってくれると嬉しいと思いながら。
作戦を告げた。
「まずは事故要因となる砲兵を片付けます。 ただし狙撃は、この地点から行い、移動しつつ実施します」
「ニクスに恐らく攻撃が集中するな」
「すまない一華。 可能な限り敵の注意を惹いてくれ。 最大限の支援はする」
「了解ッス。 問題ないッスよ」
荒木班にもニクスが支給されていたのだが、先の戦いで大破してしまっている。
つまり、これだけでどうにかするしかない。
しかも味方はまだ撤退を完了できていない。
このままだと、文字通り全滅する事になる。
タイタンもタンクも、東京基地にあった主力の大半が出て来ているのだ。
大破されたものを回収し、補修しなければ。今後、日本全体の戦況に影響が出てくると言う事もある。
味方の後方支援部隊は良くやってくれているが。
それでも、誰かが時間を稼がなければならないのである。
頷きあうと、それぞれが散る。そして、壱野が狙撃を開始。
立て続けに砲兵を狙撃で屠りながら、移動を開始。
当然コロニストは即座に気づき、射撃しながら接近して来る。
森を多少破壊しようがおかまいなし。
凄まじい弾幕が、ニクスのいる辺りを集中的に襲う。ただでさえ足が鈍っている一華のニクスは猛撃を受けるが、それでも積み込んでいるPCで機動性などを極限まで上げているようで。
どうにか撃破はされていない。
砲兵の処理には、荒木軍曹も加わってくれる。
流石に良い腕だ。
次々に砲兵が倒れていくが、ショットガンを持ったコロニストを先頭に。コロニストがどんどん前進してくる。
砲兵の処理が完了したときには、既にニクスと射撃戦を開始していた。
彼奴らに集られたことで、破壊されたタイタンが何両もいたそうである。
ショットガンとはいえ。
タイタンのような動く要塞ですら、破壊する火力がある。
その上、オートエイム機能までついている。
文字通り、狂っているという他無い兵器だが。
しかしながら、一華のニクスが耐えている間に、既に高所を取っていた。
其処から一方的に狙撃し撃ち下ろす。弐分は大口径砲、三城はモンスター型レーザー砲、更に荒木班も、ロケットランチャーと対物ライフルで攻撃を開始。
横殴りの射撃を浴びたコロニストは、十字砲火に引きずり込まれたことに気づいたようだが。
怖れる事なく反撃してくる。
今だないほどの分厚い弾幕で、至近を何度も弾が掠める。
モロに喰らったら、ひとたまりもない。
相馬少尉の苦悶の声が上がった。
荒木軍曹が声を掛けるが、一人でどうにかすると返事。
壱野はもう、かまっている余裕も無い。
ショットガン持ちは処理完了。
だが、アサルトライフルだけでも危険すぎる程なのだ。しかももたついていたら、ニクスが破壊される。
そうなったら一華は死ぬ。
確定で、である。
怪物も動き始めていた。
コロニストがガアガアと鳴いて呼び集め始めている。
あれが全部ニクスに集ったらおしまいだ。
「弐分、三城」
「任せてくれ」
「分かった」
二人が怪物用の近接戦武器に切り替えると、凄まじい弾幕の中躍り出る。
ジグザグに迫る弐分と、中空から襲いかかる三城。
怪物はそれを見て、対応のために足を止める。コロニストは弐分と三城を一部が撃とうとするが。
それはニクスと壱野が、即座に狙撃して仕留めた。
あの肩砲台、かなり精度が上がっている。
どんどん頭を直撃出来るようになっている様子だ。
最後のコロニストを仕留める。その後は、怪物に集られている弐分と三城を、突貫してアサルトで射撃しながら支援。
その間に小田少尉が一旦さがって負傷治療を始め。
激しい戦いの中で、浅利少尉もさがって治療に徹した。
戦いが一度終わったのは、二時間後。
荒木軍曹が、一華に声を掛けている。
「すまないが、補給処置は自分でやってくれるか」
「補給車に小型のクレーンがあるので、それでどうにか」
「すまない。 小田少尉、浅利少尉、相馬少尉、戦闘継続は可能か」
「ああ、なんとかな。 ただ、少し休ませてくれ。 俺は兎も角、相馬は腕を抉られちまって、ちょっと処置に手間取る」
溜息が漏れる。
ちょっと擦っただけでアーマーを削られ、肉を抉られる。
巨人がもっている銃だ。
それが当たり前の話だと言えばそうなのだろう。
しかも、敵は更に増援が来る。
壱野と荒木軍曹、それに弐分と三城だけで、これからテレポーションシップを落としていかなければならない。
「どうする壱野」
「まずはあのテレポーションシップからやります」
「……分かった」
少し最前衛より奧にいるテレポーションシップだが、β型を落としている。
α型を落としているものより優先度が高い。
β型は火力に特化した怪物だ。
逆に言えば、守りにはそれだけ劣っている。まずはβ型のテレポーションシップから優先して潰して行く。
少ない遮蔽物を利用しながら移動。
受け取ったばかりのライサンダーFは、今コロニストを多数射殺して理解したが。名銃であると同時に、かなりの暴れ馬だ。
少なくとも、今後どんどん修正を加えていかないと駄目だろう。
そのためには戦闘データがいる。
当てるまで、少し時間が掛かる。
当てるまでは、引き金を引かない。
当ててから、放つ。
それをしているからこそ。
今まで、狙撃は基本的に外していないのだ。
焦らない。
焦れば、当たったものが後から外れる事もある。
精神を研ぎ澄ます。
それについては、幼い頃からずっと訓練を続けて来た。
怒らないとか、悲しまないとか。そういう事とは別だ。
人間性を無くさなければ最終的には究極の境地にはたどり着けないという話を祖父はしていたっけ。
だが、それはそれ。
これはこれである。
当たった。
そのまま引き金を引いて、テレポーションシップを撃墜する。
ライサンダーＦの火力なら、一射確殺である。
最初の頃、あれだけ苦戦していたのが嘘のように、テレポーションシップが炎を噴きながら落ちていき。
遠距離から射すくめられて混乱しているβ型の上に墜落。
もろともに、爆発四散していた。
更に、最前衛にいて爆発で孤立したテレポーションシップも、立て続けに落とす。
怪物がわっと押し寄せてくるが、それらを捌きながらさがる。
「此方小田。 戦闘に復帰する！ 浅利もだ！」
「無理はしすぎるなよ。 まだまだ戦闘は時間が掛かる！」
「頭上注意ッスよ！」
上空を、ミサイルが飛んでいく。
そして、弓なりに此方を飛び越えると。怪物の群れに着弾していた。
一華が、補給中ではあるが。それでも状況を見て、ミサイルによる支援射撃をしてくれたらしい。
それだけで、敵の圧力が随分減る。
「これでもくらいやがれ！」
「やってやる！ やってやるぞ！」
相馬少尉と浅利少尉が、渡されている最新鋭のストークで敵を撃ち据える。怪物の群れは完全に足止めされ。更に上空から三城が叩き込んだプラズマキャノンの一撃で消し飛び。生き残りも、壱野が的確に撃ち倒していた。
これで、充分だ。
「相馬少尉は」
「少し休ませてほしい。 まだ処置を続けてた」
「分かっている。 相馬少尉、後退するか？」
「腕の肉を多少持って行かれましたが、今処置をしています。 もう少しで復帰できます」
荒木軍曹が顔を歪める。
相当な無茶苦茶だと分かっていても、それでもやらなければならないからだ。
そして二隻のテレポーションシップが落ちた事で、敵も動く。
上空にドローン。
夜闇に紛れて飛んでくる。
先の会戦で、千機以上は落とされたはずだが。
文字通り物量は無尽蔵、というわけだ。
あのドローンは、怪物同様にテレポーションアンカーから出現している所が確認されているらしい。
どこからもってきているか知らないが。
プライマーの物量は、本当に底なしと言える。
だが、EDFも弾薬だけは豊富に備蓄されている。
一度補給トラックに戻ると。次の目標を落とすべく、移動を開始。夜闇を這い回りながら、目的地に近付く。
廃村とは言え、蹂躙されている家が目立ち。
それを見る度に憤りが噴き上がる。
コロニストだって、お代わりが来てもおかしくない状態だ。
β型を落としているテレポーションシップに接近。
頷きあうと一撃で叩き落とす。
火を噴きながら墜落し始めるテレポーションシップ。
さがりながら、反応した怪物を迎撃していく。
テレポーションシップの撃墜と爆破に巻き込まれる怪物が、出来るだけ多くなるようにも立ち回る。
特にβ型は優先して処理。
α型については、弐分と三城がかなり余裕を持って足を止めてくれるが。
大量の殺戮糸をばらまいてくるβ型は、距離があっても油断出来ない上に。凄まじい跳躍力で一気に間合いを詰めてくる。
あれは危険極まりない相手だ。
「相馬少尉、復帰します」
「よし、無理はするなよ。 怪物を相当することに専念。 壱野、次はどれを狙う」
「……いえ、少し後退して、一華と合流しましょう」
「どういうことだ」
上空から降りてくる怪物を見て、荒木軍曹もそれ以上の疑問を飲み込んだ。
飛行型の怪物。それもかなりの数がいる。
プライマーも、此処が攻撃されていることを既に理解していると言う事だ。
更に、この村の東西では。丁度グリムリーパーとスプリガンが敵を引きつけて激戦を繰り広げている。
まあ、増援を送ってくるのは当然か。
「１隻だけ追加で落とします」
「む」
そのまま、かなり浅い角度からだが。
１隻を立射で狙撃して、撃沈する。
そして、反応した怪物と。少数だけながら此方に気付いた飛行型の怪物を、さがりながら撃破していく。
応急処置が終わった一華のニクスが、森から出て来た。
ごてごてに追加装甲がついているから、どうしても不格好だが。
それでも機銃も肩砲台もミサイルも無事だ。
飛行型との戦闘は、開けた場所だと不利だが。
しかしながら、既に交戦経験がある。
ショットガンで雑に中空に制圧射撃をばらまいて。傷つくと確実に地面に降りる習性を利用する。
降りて来た奴は、小田少尉と浅利少尉に始末を任せ。
中空にいる奴は、荒木軍曹と相馬少尉がショットガンで傷つけ引きずり下ろす。
その間も、機銃を放ちながら接近して来る一華のニクスが、怪物を蹴散らす。距離さえ保っていれば、ニクスはほぼ怪物に対しては無敵だ。
あくまで通常種が相手なら、だが。
反応した怪物の撃破完了。
敵は廃村の奥の方に、弓を引くような形の陣形で布陣している。しかも、テレポーションシップにそれぞれ飛行型が貼り付いている状態だ。
厄介だが、やるしかない。
荒木軍曹に方針を話すと、壱野は飛行型を一体狙撃して、吹き飛ばす。
反応した飛行型を、ニクスの機銃が迎えうつ。まずは、飛行型から片付ける。
時間はない。
だが、焦ることなく、じっくりやらなければならないのが攻城戦だった。
１、両翼の戦い
グリムリーパーは死神部隊と呼ばれている。
だが、それは最初自嘲からきたものだった。
フェンサーという兵種が出来たばかりの頃。この癖が強い装備で、機動戦が出来ないかと最初に考えた一人が、ジャムカ少佐だった。
ジャムカは周囲が無茶だというのを無視して、メカニックにブースターとスラスターの強化を指示。
更には装甲まで薄くして、敵の攻撃は盾で受け。
機動力を駆使して敵に接近し。ブラストホールスピアという、更に火力を上げたチューン武器で敵を粉砕する。
そんな戦術を編み出していた。
EDFが設立され。
世界政府とともに、人類文明の統一を行うまでには多くの問題が発生したが。
ゲリラがコンバットフレームを裏切り者から受け取り。
発生させた紛争が、その中でも最大のものだっただろう。
市街地で迎え撃ちに掛かったゲリラに対し。
EDFは最大限の兵力で応じ。血みどろの戦いが行われた。
ジャムカは、歴戦を重ねた兵士だったし。
米国の特務であるシールズに所属して、多くの戦果を上げてきた精鋭だったが。
それでも、こんなに酷い戦場を見るのは初めてだと嘆くほどのものだった。
その戦場で、ジャムカは。
機動力を生かしてコンバットフレームを翻弄。近距離からブラストホールスピアを連続して叩き込む事により。
コンバットフレームを合計三機も破壊する事に成功。
虎の子のコンバットフレームを破壊されたことでゲリラは浮き足立ち。
勝利に貢献したが。
その戦いで。同じ部隊に所属していた兵士の中で、生き残ったのはジャムカだけだった。
EDFは英雄として祀り上げたが。
心の中で、何処かにぽっかりと穴が開いた。
以降、ジャムカはどこか虚無的になった。
機動力を生かして、ブラストホールスピアで一撃必殺の戦闘を行う。
近代戦ではあり得ない戦術だが。フェンサーの機動力と、装備している複合装甲シールドの強度ならば可能。
それを実戦で証明したジャムカは独立部隊を結成。それがグリムリーパーとなった。
やがてプライマーが現れて。
最前線でグリムリーパーは怪物相手にも、自分達の戦い方が通用する事を身を以て証明したが。
その代わり、ばたばたと戦友は倒れていった。
グリムリーパーは最初二個中隊がいたが。
今では二個小隊まで規模を減らしている。
それはそれだけ此処までのプライマーでの戦闘で、消耗したと言う事もあるし。
新入りが次々倒れていくこともある。
ジャムカは元々モンゴル系の米国への移民が先祖にいるらしいのだが。
そんなことはどうでもいい。
味方には、常に言い聞かせている。
味方を生かすため死ね。
無駄に死ぬのではなく、明日を作る為に死ね。
そういって、戦場で価値のある死を求め続け。
そして、いつ死んでも良いとも思っている。
刹那的で破滅的な生き方ではあるが。実際、ジャムカのその心がけで、助かった人間は数も知れないのだ。
今も。あまりにも膨大なコロニストと怪物相手に、激しい戦いをジャムカは繰り広げていた。
「二名負傷！ 後方にさがる！」
「足手まといは必要ない！ 後方にさがって、次の戦場で死ね！ 行くぞ！」
「おおっ！」
ジャムカは常に最前衛にて突貫する。
ブラストホールスピアは創作に出てくるパイルバンカーに近い武器で、スピアよりも更に近距離戦闘に特化し。火力も凄まじい。
この手の武器が実用化に至らなかったのは、近代兵器の装甲を打ち抜けないというのが最大の理由なのだが。
ブラストホールスピアは、射出時の火力を極限まで上げる事でその問題をクリアし。
文字通り、敵の装甲を正面から粉砕する。
今も、銀色のβ型。
アフリカでの戦闘で目撃されたという、凶悪なβ型を、粉砕していた。
飛び回るように戦場を移動しながら、目につく怪物を片っ端から殺して行く。
コロニストも。
ショットガンを放ちながら突撃してくるコロニスト。
良い獲物だ。
左右にステップしながら、接近する。攻撃のタイミングで盾を構えて、防ぐ。
凄まじい衝撃があるが。
鍛え抜いた体幹で無理矢理相殺する。
そして、足下でコロニストにブラストホールスピアの一撃を叩き込む。
文字通り串刺しにされたコロニストが、無惨なほどぐしゃぐしゃになって吹っ飛ぶが。
無視して次に。
近距離での戦闘をどんどん挑んでくるジャムカに、コロニストが明らかに怯む。
恐怖を知らない筈のエイリアンが怖れるのが。
何処か心地よかった。
「次っ！」
血を浴びながら、夥しい数の怪物とエイリアンを屠り続ける。
この先に進ませないために、敵を多数葬る。
今するべき任務はそれで。
それ以外に、何も考えることは無かった。
スプリガンはウィングダイバーという兵種が創設されたのと同時に設立された部隊の一つである。
EDFの先進科学研が開発したフライトユニットを生かした兵種と言う事で。最初の頃は色々実験部隊が作られ。
様々な事故なども経て、やがて幾つかの部隊にまとめられていった。
小柄な女性兵士でなければつとまらないというこの兵種だが。
その一方で、フライトユニットから供給されるエネルギーは膨大で。
それと武器を直結させることで。
恐ろしい程の大火力兵器を持つ事が出来るようになると。
ヘリと歩兵の中間としての兵種としての存在として注目されるようになり。
特にプライマーとの戦闘が開始されると。
怪物の上を取りながら戦えるウィングダイバーは。
戦闘では大きな被害を出しながらも。
一方で圧倒的な戦果を出し続けたのだった。
ジャンヌはフランス出身で。
とにかく、難しい家庭の出身だ。
父は神父だったが、はっきりいってろくでもない輩だった。
欧州では一神教関係者の性虐待行為が問題になっているが。ジャンヌの父は典型的なその手の腐敗神父で。
あまりにもやり過ぎた結果、ついに警察に捕まった。
後でジャンヌが調べたが、被害を受けた児童は百五十人を超えていたそうである。
母は熱心な一神教徒で、父の真の姿を知って首をくくり。
ジャンヌは幼い妹と友に孤児院に預けられることになった。
其処で見たのは、孤児院の現実だった。
荒みきった子供達は、兄弟だの家族だのとは程遠い環境におかれていて。
ジャンヌは淫売とクズの子供と呼ばれて、周囲から激しい暴力を受けた。何も言い返せないと思ったし。妹を守るので精一杯だった。
だが、その妹も。
ジャンヌが目を離した隙に孤児院の端で「不審死」した。
警察もろくに調べもしなかった。
その後、ジャンヌは孤児院を燃やした。
そして、別の孤児院に引き取られて。以降はよく分からない施設を点々とたらい回しにされた。
何もかもが信じられない中。
やがてジャンヌが辿りついたのは、過去を隠し。
プライドを高く持つ事によって。
自尊心で、自分を支えると言う結論だった。
軍に入ったのも。フライトユニットの試験運用部隊。
まあ自殺志願者を集めたような部隊に、自棄になって加入したのが切っ掛けだ。
其処で驚くべき好成績をたたき出したジャンヌは、EDFでのウィングダイバー部隊運用の初期メンバーに抜擢され。
やがてスプリガンを任される事になる。
ジャンヌの誰にも。自分に一番。厳しい姿勢は。
そういう、誰にもいえない過去から来ていた。
溢れるほどの怪物。
今いる戦場は、そんな所だ。機動戦を続けながら、敵を確実に屠って行く。
丁度廃村の辺りで、大爆発の音がしている。
テレポーションシップが次々と叩き落とされている。
凄まじい戦果だ。
「またテレポーションシップが撃墜されたようです！」
「よそはよそ、うちはうちだ。 目の前の敵を排除することに集中しろ」
「フーアー！」
急降下しながら、ジャンヌはレイピアに武器を切り替える。
そのまま熱を放射しつつ、手当たり次第に怪物を焼き払いながら着地。
フライトユニットのエネルギーを調整しながら、走る。
ウィングダイバーは常に飛んでいると思われがちだが。戦闘行動と飛行は必ずしも一緒に出来ない。
如何に地上にいるときに立ち回るか。
緊急チャージと呼ばれる急速エネルギー回復を何処で挟むか。
その辺りが、ウィングダイバーとしての腕の見せ所なのである。
ひょいと跳び避ける。
背後に忍び寄っていた怪物の酸は、虚しく虚空を穿った。
そのまま空中で回転しつつ。
レイピアで攻撃してきていた一体を焼き払った。
最初にコロニストを片付けたから、怪物だけが残っているが。
その数が少しばかり多すぎる。
既に味方も三分の一が後方にさがり、戦死者も二名出ていた。
わっと、怪物が寄せてくる。
此方の数が減っていることに気づいているからだろう。
着地と同時に、エネルギーチャージを始める。
そして殺到してきた怪物を避けながら。
集中した怪物どもに、それを叩き込んでいた。
プラズマグレートキャノン。
プラズマキャノンの中でも、特に実験的兵器として運用が始まっている、最強火力を実現した尖った武器だ。
爆発の火力は、文字通りブラッカー戦車を一撃で粉砕するほどのもので。
火力もとんでもなく。
吹っ飛んだ怪物のバラバラになったしがいが、周囲に派手に飛び散るのが見えていた。
すごいと、味方が声を上げるが、そうは思わない。
もっと凄い兵器が飛び交っているし。
敵はこれでも抑えられないほどの物量で、今後は攻めてくる事だろう。
周囲の味方が奮い立ち、更に敵を押し込んでいくが。
少し下がって、ジャンヌはレーザー兵器に切り替え。それで敵を的確に焼き始めていた。
疲れたのかも知れない。
ほどなく、通信が入る。
戦略情報部からだった。
「廃村での戦闘は終了。 戦闘をしていた村上、荒木班により、集結していたテレポーションシップは全滅した模様」
「そうか、流石だな」
「しかしながら、敵は更なる援軍を繰り出して来ています。 決戦が行われた平野の南にある小さな街に向かってください。 其処でグリムリーパー、荒木班、村上班と合流し、敵にゲリラ戦を挑んでください」
「分かった。 敵を始末し次第向かう」
通信を切ると。
今度は、戦闘中の味方に指示を出す。
「負傷を免れた残存戦力は」
「十二名のみです」
「そうか。 では、今戦闘している怪物共を片付け次第、南に向かうぞ。 癪ではあるが、グリムリーパーと。 村上班と、荒木班。 合流して、追撃してくる怪物共を迎え撃つ」
「了解です」
怪物の駆除は、間もなく完了した。
味方の被害も大きいが、それがウィングダイバーという兵種だ。
負傷者は後方にさがらせる。味方は富士平原からは撤退を終えたが、まだまだ静岡でもたついている様子である。
なんとか背中は守ってやらなければなるまい。
日本のEDFは、エルギヌスを最初に撃破したり。最初にテレポーションシップを撃墜したりと。かなり健闘している。
勇戦が功を奏して残存戦力も多く、此処が壊滅したらEDFの決定的敗北は更に近づくことになる。
今、北京で大規模戦力同士の決戦が始まっていると言う事だが。
それには加勢できない。
目の前で行われている戦いに、全てを注ぎ込むしかないのだ。
怪物の掃討を完了。
更に二名が負傷し、後方にさがる。戦えるのはジャンヌを含めて十名だけか。戦死者が二名出たことで、ついにスプリガンも二十名を切ってしまった。
「ま、まだこれから戦闘するんですか？」
「臆病者はいらん。 勇猛に舞え。 いつも言っている事だ」
「……」
怯えが部下の顔に目立つ。
奮起しても奮起しても、どうしても気弱になる。
ジャンヌは恐らくだが、あの過酷な孤児院時代に何かが壊れた。特に目を離した隙に、孤児院のスタッフかそれとも子供の誰かが犯人か分からないが妹を殺された事で。それが決定的な切っ掛けになったのだろう。
警察もあの事件では、ロクに捜査もしなかった。
或いはジャンヌの親が、子供に性暴行を日常的に行っていたクソ神父だと知っていたから、かも知れない。
だから子供も地獄に落ちて当然か。
反吐が出る話だった。
いずれにしてもジャンヌは恐らく地獄に落ちるだろうと、自身を評している。
妹を守れなかった事。
神父の皮を被った淫魔を父に。盲目的な信仰で思考停止した母を親に持ち。
そして何よりも、あまりにも命を奪いすぎたことが決定的な理由だ。
プライマーというのがどういう存在かは知らない。
だが、怪物にしてもコロニストにしても、何というか無機的で。面白がって殺しているようにはみえない。
そんな者達を、部下を奮い立たせるためとは言え大量殺戮してきたのだ。
それは地獄に落ちる。
地獄に落ちたら、あの父が釜で悪魔に煮られているのが見られるのだろうと思うと、それが今から楽しみである。
生き残りの部下とともに、南に移動開始。
富士の平原は、綺麗に片付いていた。時間を稼いだから、味方の部隊が丁寧に物資も大破したAFVも回収していったということだ。
流石と謂う他無い。
この国は警察が幹部以外は有能だとは聞いていたが。恐らくこの国のEDFの基幹となった自衛隊が優秀だったとかで。
その風潮が、今も良い意味で引き継がれているのだろう。
移動しながら、部下の様子を確認する。
一人冷笑的なのが見えた。
確か、河野と言ったか。
「河野少尉、何かあったか」
「ああ、いえいえ。 何だか死ぬために戦っているようだなと思いまして」
「味方を生かすために死ぬ。 気にくわないが、グリムリーパーがそう常に言っているそうだな。 それについては、グリムリーパーに負けるものかとは思うが、同意できる話だ」
「生きなくて何の意味があるのかって思いますがね。 プライマーも降伏を求めれば、今の人類なら応じると思うのになあ」
呆れた奴だ。
部下にもこんなのがいるんだな。
味方が殺気立つ中で。
ジャンヌは、静かに河野に言う。
「無意味な仮定だな。 プライマーは降伏など必要としない。 何故だと思う」
「さあ？」
「人間を最初から皆殺しにするつもりだからだ。 それには奸計など必要ない。 それほど奴らは強大な軍事力を持っている」
「へえ……」
この程度の分析が出来なければ。
これだけの戦闘をこなして、生き残る事など出来ない。
ジャンヌを脳筋のように評している奴を見た事があるが。
鼻で笑ってしまう話だ。
「プライマーは人間側の和平交渉も聞いているし、一部の政治家が言うような降伏論だって知っている。 テレポーションシップにはそれらを解析できる装備が据え付けられていたからな。 それで和平交渉を受けつけないということは。 最初から人間を害虫程度にしか認識していない、ということだ」
「ハハハ、害虫ですか」
「そういうことだ。 まあプライマーほどの戦力があれば、そう見えるのかも知れないな」
駆除されたくなければ戦え。
余計な知恵を働かせるな。
そう、今までとは全く違う低い声で言うと。
河野はだまり。
にやけ笑いも止めて、後は黙ってついてきた。
村上班にいる三城というウィングダイバーは良い腕をしていた。それに比べて、その三城にライバル意識を燃やしているらしい河野はどうも駄目だな。
これは近いうちに戦死するかも知れない。
だが、そもそも人員が根本的に足りなくなっているスプリガンだ。人員補充の見込みだってない。
だから、こういうバカでも使いこなさなければならない。
それがジャンヌの辛い所だった。
富士平原を抜けて、一旦廃棄された街に入る。プライマーの追撃は想像以上に早い様子だった。
幸い、東京基地の計らいか。補給車が残されている。
廃村での戦いで利用した補給車は、殆ど物資を使い切ってしまった。
荒木「軍曹」は、皆に指示をしておく。
「今のうちに食事とトイレを済ませておけ。 周囲にある民家などのトイレはもう使ってしまってかまわない」
「分かりました。 今のうちに……」
「此方戦略情報部」
荒木も、戦略情報部は好きでは無い。
安全な場所から何が出来る。
常にそう思っている。
実際問題、奴らの冷酷な指揮で、どれだけの仲間が奪われたか知れたものではない。村上班だって、此奴らの指揮を受け続けたら。いつ戦死しても不思議では無いだろう。
EDFの肝いりの一人である荒木は知っている。
戦略情報部は、以前までの各国の軍が政治的に対立したりだのなんだので、戦力をフル活用出来なかった教訓も踏まえ。
政治的にも地位的にも独立した部署として、戦略を動かせるようにと作り出されたものだと。
ただしそれはあくまで建前だ。
実際に戦略情報部を動かしている通称「参謀」と呼ばれる老人は。政財界に強いコネをもっており。
自分の地位を守るための城として、戦略情報部を作り出した。
参謀は元々米軍の高官だったらしいのだが。
いずれにしても、戦略情報部は奴の城だ。
無能とまではいわない。
だが、どうしても気にくわないのは事実だった。
「村上班、荒木班。 後方からサポートします」
「……分かった」
「これよりスコールが来ます。 原因は恐らくですが、先の富士平原での死闘で、大量の粉塵が空に巻き上がったからでしょう。 気象予報士でもこのスコールについては予想できませんでした」
「雨に濡れて死ぬのかよ……」
話を聞いていた小田少尉がぼやく。
皆の士気は上がらない。壱野だけは冷静だが。弐分は黙り込んだまま。
一華は何を考えているか荒木にもよく分からない。三城はずっと黙っているが、あの子はどちらかというと精神の一部が欠落しているように思う。
村上班と前に少し話したが、三城は少し事情があるという事だけは聞いた。
他人の家庭に踏みいることは好ましくない。
だから、荒木が士気を保たなければならない。
「頭を冷やせと言う事だ。 むしろ、恵みの雨と思う事だ」
「軍曹はいつも冷静だな……」
「話を続けてもよろしいですか？」
相変わらず空気を読まない戦略情報部の少佐だ。もう階級は並んでいるから、上から言われるいわれも無いが。
話だけは聞いておく。
「グリムリーパー、スプリガン、半数ほどがそれぞれ負傷し、少数が戦死しました。 ただし負傷していない部隊は其方に向かっています。 合流しつつ、敵の戦力を抑え込んでください」
「まだ撤退は上手く行っていないのか」
「残念ながら。 ただし、敵の注意は貴方方だけに向いていて、撤退中の部隊が襲撃はされていません」
「……」
そうか。
軍の皆は家族だと、荒木は思っている。
だから、それだけは救いだ。
大きな被害を出した富士平原での戦いだが。この様子だと、少なくともレールガンは温存できるし。
タイタンもタンクも、回収して決戦のための補修をすることが出来るだろう。
北京での戦闘は、敗色濃厚だ。コロニストだけで五千と聞いているし、更にマザーシップまで動いているとか。
怪物は富士平原の戦いの時点で三十万を超えていると聞いていたが、今は恐らく更に増えているだろう。
25個師団もの戦力を失ったら、もうEDFは立ち直れまい。
ましてや、プライマーはまだまだ充分な戦力を残しているのだから。
「スカウトが其方に向かっている敵の戦力を確認しました。 コロニストの砲兵十数、マザーモンスターが最低でも３、テレポーションシップ３。 各個撃破に成功したからか、かなり先に比べて規模が減っています。 ただしこれに加えて、怪物がいます。 α型β型がそれぞれ多数。 飛行型の姿は見えないという事です」
「そうか、わかった。 何とかする」
「健闘を祈ります。 北京での戦闘も、敵を七割は削らないと以降の希望さえ残らない状態です。 可能な限り味方の被害を抑えてください」
通信を切る。
そして、大きな溜息を零した。
誰も、それについて何も言わない。
「荒木軍曹。 グリムリーパーとスプリガンの合流を待って、戦いに備えましょう」
「ああ、分かっている。 壱野、お前は戦場の申し子のような男だな」
「……俺は、単に責任を幼い頃から背負っていただけです」
「そうか。 それでも立派だ」
立ち上がる。
荒木が立ち上がらなければ、皆駄目だ。小田も浅利も相馬も、それぞれ厄介払いされるようにして荒木班に来た。みんな腕利きだったが、色々問題を抱えていたからだ。小田に至っては、軍法会議ものの案件をやらかして。荒木班に回されてきたのである。それは小田の心に深い傷を穿っている。今の陽気で脳天気に見える小田の性格は、昔からの友人に話を聞く限りかなりEDF入隊の頃と違っているとか。それくらいの、大きな事があったのだ。
だが今では、立派にやれている。
荒木が中核にならなければならないのだ。
皆を守るためにも。
２、追撃と死闘
グリムリーパーの到着は間に合った。富士平原を抜けた直後だ。富士平原にはまだ濃厚な血の臭いが漂っていて、特に怪物やコロニストの死骸はほとんど放置されていた。
一華は死体に手を合わせる習慣がない。
コロニストや怪物の死体は既に腐臭を漂わせているだろうなと思うが。
思うだけだ。
富士平原を通ったときに、大量の血液や体液が、川さえ作っていた。
最後のレールガンによる一斉射撃で、一瞬で吹っ飛んだ怪物やコロニストも多かった。そういう連中が流したものだ。
血の川は近くにある水の川に流れ込み、色も変えるし汚染もするだろう。
だが、不思議と。
壱野や荒木軍曹が、顔をしかめている様子は無かった。
富士平原で、皆がしていた会話は覚えている。
「おかしいな。 酷い臭いでおかしくなるだろうかと思っていたが」
「そういえば、少し前に聞いた話だが」
しぶい声で、グリムリーパーの隊長が話す。
なんでも怪物はあの恐ろしい酸を体内で一箇所に溜めている訳ではなく、発射するときに混ぜて噴出する。体内に複数の臓器が存在していて、本来は無害な化学物質を、混ぜることによって発射時に超凶悪な酸に仕立てているそうだ。
更によく分からない能力もあるのだとか。
「明らかに死ぬときに、何か拡散しているそうだ」
「この周囲の様子だと、毒物では……ないのでしょうか」
「恐らくはな。 見ろ。 植物の類は、むしろ生き生きとしている。 空気もよどむどころか澄んでいるほどだ。 腐敗した臭いも、急激に収まってきているようだな」
「……どういうことだ？」
荒木軍曹が小首を傾げていたのが印象的だった。
ともかく、もう敵がいつ追いついてきてもおかしくない。ニクスの補修を、手伝ってもらって急ぐ。
荒木軍曹はともかく、平原を横切りながらスプリガンとも連絡を取るが。
まだ戦闘中のようで、此方に来るのは遅れそうだと言う事だ。
単独で殿軍をしているのではないのだろうかとちょっと一華は不安になった。
あの自信の塊みたいなスプリガンのジャンヌ隊長だ。
それくらいのことはしかねない。
だが、流石にいくら何でも無謀すぎる。
ほどなくして、スカウトからの連絡が来た。
「敵が再侵攻を開始。 貴方方の地点に迫っています。 コロニストやテレポーションシップはあまり多くありませんが、怪物の数は……」
「数え切れない程か。 マザーモンスターも三体もいると言っていたな」
「は、はい」
「味方の撤退状況は」
まだ、相当数が逃げ遅れているという。
この街を抜けた先には、野戦病院があって。相当数の兵士がまだ其処から脱出できていないという。
キャリバンだけでなく、民間用の救急車まで繰り出して救助活動を行っているそうだが。それでも手が足りていない。
此処で敵を食い止めないと。
文字通り、記録的な被害を出す事になるだろうと。
一華は、そうかと思った。
富士平原での戦いですら、全滅判定を受けてもおかしくないダメージを東京基地のEDFは受けたのだ。
それなのに、この状況。
ふんばるしかない、ということか。
不格好ながら、ニクスの装甲などは調整を終了。弾薬も補給し終えた。
二両ある補給トラックの内、片方は殆ど空っぽ。
二両目も、かなり弾薬は減ってきている。
実験的な兵器がいくらかは積まれている。レーションもある。
弾薬はいずれにしても、此処で使い切る覚悟がいるだろう。
「スプリガン、まだ戦闘中です」
「そうか。 どうやらおいでなすったようだな……」
スカウトの報告を聞きながら、荒木軍曹が立ち上がる。
壱野は、既にライサンダーを構えて相手の方を見ていた。
うんざりするほどのドローンだ。
ジャムカ少佐が、死神のマスクをつけ直す。
「俺たちの武器は対空には向いていない。 ただし雑魚を蹴散らすのは任せろ」
「頼む。 壱野。 お前達村上班は、マザーモンスターとコロニスト、更にはテレポーションシップを狙ってくれ。 俺たちは適宜支援する」
「分かりました。 大物を片付けます」
その言葉を聞いて、弐分と三城も武装を変える。
やむを得ないな。
既に、ありったけの自動砲座は展開してある。
ここで死ぬのは覚悟の上だ。
予報通り、土砂降りになりはじめた。これは野戦陣地の撤退は、更に遅れていく事になるだろう。
此処で敵の追撃部隊を全滅させない限り、日本のEDFは後は一方的に嬲られて全滅する事になる。
どちらにしても同じだ。
「此方戦略情報部。 作戦を支援します」
「安全な場所から何が出来る」
「敵の侵入箇所、正確な数の把握、他にも色々と」
「……ちっ」
珍しく荒木軍曹が苛立っているのが分かる。いつも冷静であろうとしているこの人物がだ。
ドローンが仕掛けて来る。
グリムリーパーの隊員達が、盾を構えて前衛に。壱野は狙撃銃では無く、アサルトで迎撃を開始。
まだ自動銃座を動かすことは無い。
怪物が、本格的に来始めてからだ。
「皆、弾丸は全て使ってしまえ。 あの世に弾丸は持っていけない。 奴らに一発残らずくれてやれ！」
「おおっ！」
荒木軍曹の言葉に、大雨の中で皆が声を張り上げる。
一華は無言で機銃をぶっ放し、大量に迫ってくるドローンを淡々と迎撃する。三城が近くの建物の上に上がると。
渡されていた実験兵器を試すといって。
それを解放していた。
凄まじい光の嵐が、大量のドローンに降り注ぐ。
なんだあれ。レーザーにしては追尾しているようだが。
いずれにしても、とんでもない量の光だ。それらが破壊能力を持っていて、ドローンを次々爆破していく。
一瞬で数十は落としたか。
だが、フライトユニットのエネルギーも使い果たしたようだ。
「脳波式誘導兵器か。 一部のウィングダイバーだけが使えると聞いていたが……」
「三城、ドローンが狙いをお前に定めた。 降りろ」
「分かった」
三城に向けて、大量のドローンが迫るが。
ブースターを噴かして跳躍した弐分が、盾でレーザーを弾き返す。
アサルトの弾を恐ろしい程的確にドローンに当てて叩き落としていく壱野。これは負けていられない。
一華も支援アプリをフル稼働して、ニクスの機銃で最高効率でドローンを落としていく。荒木班も負けていない。
見る間に百以上のドローンが、スクラップになって街の周囲に落ちていった。
「ドローン第二波接近。 更にα型接近。 銀のα型、赤いα型、更に金色が少数います」
「雑魚は任せろ」
「グリムリーパー、金色にだけは近付くな。 金色のα型は、とんでもない攻撃力を持った変種だ。 壱野、狙撃を頼む」
「分かりました」
盾による防御を崩すと、グリムリーパーと弐分が突貫を開始。
また頭上に出ると、三城がフライトユニットのエネルギーを全部使いながら、誘導兵器でドローンを迎撃。
三城に声を掛ける。
「それぶっ放したあとはニクスの影に！」
「分かった」
「グリムリーパーのみなさんに当てないように、と」
キーボードを叩いてマクロを操作し。
多数のミサイルを正確にロックオン。
戦略情報部の支援情報通り来た大量のα型の、密集地点に着弾させる。
ひゅうと口笛が聞こえた。
金色のα型の姿が見えるが、壱野が容赦なくライサンダーFで狙撃しているようである。文字通り、近付くことさえ出来ずに粉砕されている。
問題は赤い奴だ。
赤い奴が即座に陣列を作り、銀色の奴の壁になって一種のファランクス陣形を作っているが。
突貫したグリムリーパーのブラストホールスピアの火力は凄まじく。赤いα型を確殺していく。
これは、弾薬はマザーモンスター相手に温存すべきか。
「α型に続いてβ型接近。 テレポーションシップ３隻が其方にそろそろ到着しますが、ハッチは閉じているようです」
「空軍の支援は」
「上空にドローンが待機しているため無理でしょう。 砲兵隊も、ドローンを警戒して近づけません」
「くっ……」
凄まじい勢いでα型が減っていく。更に街の地形を利用して、壱野が狙撃で目だった敵を片付けて行く。
最後の金色が消し飛んだ。
更に、グリムリーパーの猛攻で赤いα型が全滅。銀に対して、一華もニクスを進めて猛射を浴びせる。
β型が来る。
その前に、α型は片付けておきたい。
「テレポーションシップ、来ます！」
「壱野、ハッチを開け次第撃墜してくれ」
「いや、どうやら先に倒すべき相手がいるようです」
「！」
地面を吹き飛ばして、マザーモンスターが現れる。
此処は都市だ。
地下はかなり頑強なはずなのに。五十メートルもある巨体であるからか、コンクリ舗装された道路なんてなんでもないのか。
それが三体。
テレポーションシップを守るようにして現れる。
「村上班、突貫します。 β型の相手をお願いします」
「分かった！ 行くぞ、皆！」
「ふっ。 手が掛かる小僧共だ」
グリムリーパーが凄まじい機動力で散ると、接近して来るβ型の群れに突貫。まるであの大火力と浸透力を誇るβ型を怖れていない。
一華もニクスを進める。
ライサンダーFの直撃を喰らっても、マザーモンスターは一発では倒れない。レールガンが異常すぎただけだ。それでも、何発も浴びせながら確実に接近していく。
三城が一匹目に接敵。
大量の随伴歩兵には、弐分が躍りかかってスピアで貫く。
レイピアで焼き始める三城だが、マザーモンスターの二匹目がもう酸をばらまきはじめている。
あのままでは、グリムリーパーが全滅しかねない。
ニクスの射程距離に入る。同時に、一華は自動砲座を全解放。
戦場の各地に伏せていた伏兵とも言える自動砲座が、一斉に稼働し。周囲の怪物を薙ぎ払い始めた。
大量の情報を処理するために。まずいブドウ糖の錠剤を口に放り込み。
ガリガリと囓りながら作業を続ける。
PCもそろそろアップデートが必要かな、と思う。
今度、タイタンやレールガンも使わせてほしいと申請するつもりだ。
まあ、この戦いを生き延びなければならないが。
怪物も完全に不意を突かれて混乱している中、マザーモンスターに接近。至近から、大量の機銃弾を浴びせる。
更に、肩砲台から一撃を。ゼロ距離で叩き込み。其処に壱野がライサンダーＦでピンホールショットを決めると。
流石のマザーモンスターも、凄まじい勢いで吹っ飛んで。地面に転がった。
まずは一匹。
だが味方不利を感じたか、テレポーションシップが一斉に開き。大量のα型を落とし始める。
しかしそれは悪手だった。
即応した壱野が、１隻を一瞬で撃墜。更に、もう１隻も針を通すような狙撃で叩き落としていた。
マザーモンスターが、凄まじい雄叫びを上げて迫ってくる。
どうやら村上班を撃破すべき相手と認識したらしい。
「赤いドローン、二機が戦闘区域に侵入しました！」
「くそっ！ ビルをも溶かすとか言う彼奴か！」
「三城、まずはテレポーションシップを弐分と一緒に落とせ。 赤いドローンは俺が相手する。 一華、皆の支援をしてほしい」
「分かったッス！」
赤いドローン二機を、単騎で相手する気か。
まあ、あのリーダーならどうにかできるだろう。
マザーモンスター二匹は、周りに大量の酸をばらまきながら、残った１隻のテレポーションシップを守り。
更にその１隻が、とんでもない勢いでα型を投下している。
これは、各地のα型を片っ端から集めているのでは無いか、というほどの物量だ。
荒木班がロケットランチャーの弾をありったけ叩き込んでいるが、それでもマザーモンスターは倒れる様子も無い。
酸の雨が、土砂降りの雨と混じって降り注ぐ中。
文字通り。隙間を通るようにして。
三城が、その中に飛び込む。
そして、レイピアの高熱量で。テレポーションシップを一瞬にして撃墜していた。
落ちてくるテレポーションシップ。
逃げ場がない三城に、二匹のマザーモンスターがよくもと大量の酸を浴びせようとするけれども。
弐分が突貫して、頭にゼロ距離で散弾迫撃砲を叩き込む。
自分も巻き込まれかねないのだが。
猫かわいがりしている妹のためなのだろう。
一華も、全力で自動砲座を操作し。一斉にマザーモンスターを攻撃させる。
撃ち据えられるマザーモンスター二匹が動きを止めた瞬間、三城は死地を脱し。
更に爆発が、下にいた大量のα型を押し潰していた。
マザーモンスターも、今の爆発に巻き込まれ、かなりのダメージを受けたようである。何よりも、とんでもない勢いで追加されていたα型が断たれた。
β型も、グリムリーパーが殆ど片付けたようである。被害も出しながら、のようだが。
一華は監視カメラの映像、皆のバイザーの映像をフル活用しながら。残弾少ない自動砲座を操作。
残りの弾を、まとめてマザーモンスターに叩き付ける。
不意に、荒木軍曹が叫ぶ。
「一華、後ろだ！」
爆発音。
なんと、壱野が赤いドローンを乱戦の中叩き落としたらしい。
だが、残った最後の一機が、一華のニクスの真後ろに。
対応は、間に合わない。
これは死んだな。
そう思った瞬間。
一華のニクスを蹴って跳んだ三城が、レーザーを発射しようとしていた赤いドローンに、飛び乗るようにしながらレイピアの火力を叩き込んでいた。
レーザーが盛大に軌道をずらし、地面を派手に抉った。
振り返ると、機銃弾を叩き込み。更に逃れようとするところを壱野が叩き落とす。
赤いドローンの爆発から辛くも逃れる三城。
更に弐分が盾を展開して。赤いドローンの爆発から、一華のニクスを守ってくれた。
「なんという男だ。 文字通りEDF最強の戦士だな……」
荒木軍曹が、壱野を褒める。
一華もそう思う。
だが、村上三兄弟皆が強い。
それも事実だ。
「戦闘は終わっていません。 敵の増援、更に接近。 α型、β型、混成部隊です」
「もう弾が尽きる」
「手榴弾がある。 喰われる位なら使うか？」
「いや……最後まであがくぞ」
浅利少尉に、小田少尉が巫山戯たようにして言うが。荒木軍曹は、それでも皆を叱咤した。
大量の怪物が姿を見せる。まだまだこんなにいたのか。
ニクスがアラートを発している。乱戦の中、結構酸を浴びていたのだ。弾も殆ど残っていない。
補給も、これはもう無理だろう。
それでも、残った機銃弾を叩き込み。最前衛に躍り出る。
また、まだ若干の余力があるらしい弐分が前に出る。
そして凄まじい機動力を駆使して、α型を翻弄に掛かった。
「奴らを地獄に落とす！ 俺たちが落ちるのはその後だ！ 行くぞ！」
「そうだな。 その通りだ。 動ける奴は俺に続け！」
グリムリーパーのジャムカ隊長が突貫。弐分に続いて、α型を当たるを幸いに蹴散らし始める。
一華もありったけの弾を叩き込んだ後は、自動銃座の残っているのを何とか起動して、怪物の足を止める。
だが。
壱野が前線に出て、恐ろしい集弾率のアサルトで敵を薙ぎ払いはじめても、まだそれでも足りない。
これは、駄目か。
計算が出来るから、どうしても物量に押し潰される未来しか見えない。
だがそこに。
支援が来る。
「スプリガン、現着」
「遅いぞ」
「そういうな。 敵の兵力の一部を引きつけて、各個撃破していた。 そのまま加勢するぞ！」
スプリガン隊は十名程まで減っていたが、それでもこれは有り難い。
三城がビルの上に上がると、あのドローンを一瞬で蹴散らした誘導兵器を使う。多分試作品の筈だ。
フライトユニットが壊れるのは。覚悟の上だろう。
α型の怪物が、見る間に減っていく。
これは、人間が本当に戦っているのか。
人間型の鬼神か何かがあばれているのではないのか。
そうとさえ、一華は思った。
上空から、スプリガンが攻撃を開始。スプリガンのリーダーであるジャンヌ少佐は、急降下しながらレイピアで怪物を焼き払い始める。
追い詰められていくα型は、それでも減らない。
そして、決定的な通信が来た。
「此方、北京！ 北京のEDF！ 決戦場からの通信です！」
「む……」
「我等……勝利せり！」
怪物が、崩れるように見えたのは気のせいだろうか。
ともかく、残弾ゼロになったニクスを降りて、一華は止みはじめた雨の中。無線を皆のバイザーに流すように操作をする。
「完全勝利です！ コロニストの七割を撃滅！ マザーシップは不利を悟ったか撤退を開始！ 五十万近い怪物、ドローン、全てを撃破しました！ 我が軍の被害は、兵員１％、AFV３％！」
「おおっ！ やりやがった！」
「い、一体どうやったんだ！」
「ともかく勝った！ 勝ったんだ！」
喚声が爆発しているのが分かる。多分、世界中で一気に士気が上がったことだろう。
雨が止んだ。
もはや、ニクスは動けない。散々酸を浴びたし、弾も全ての武装で使い切ったからである。
α型は全滅。
グリムリーパーで動ける人数も。スプリガンも。半数ほどしか残っていないようだが。
それでも。この戦場も勝った。
文字通りの、完全勝利だ。
「荒木班、村上班、グリムリーパー、スプリガン」
通信が来る。
千葉中将からだった。
「時間を稼いでくれて助かった。 全軍、撤退完了だ。 東京基地に負傷者の全収容、ビークルの回収、全て終わった。 君達が敵を食い止めてくれなければ、一体どれだけの被害が出たことか」
「やったのは皆では無く村上班だ。 特に壱野。 凄まじい活躍だった。 恐らくEDF最強の戦士といって良いだろう」
「活躍は後で精査する。 それにしても総司令部肝いりの君がそこまで言う程だとはな」
「……皆、動ける状態じゃない。 キャリバンと、移動用の大型車両をまわしてくれ」
荒木軍曹が通信を切る。
大きな溜息をついた。
雨が上がった街を、一華は見回す。
総力戦の跡地だ。
大量に散らばっている怪物の死骸とドローンの残骸。滅茶苦茶になった街。負傷者が呻いている。
あの河野という以前三城に突っかかっていたウィングダイバーは、まだ生き残っていたようだ。
スプリガンの中で、片腕を押さえて三城を睨んでいた。
三城はフライトユニットが壊れたようだが。元から優れている身体能力で、するするとビルをおり、兄貴二人と合流する。
あの三人は、文字通り人類最強の一家だな。
そう一華は思った。
「一華。 お前も村上班の一員として、恥じない活躍をしたぞ」
「そうっスか？ そう軍曹に言って貰えると嬉しいッスねえ」
「……とりあえず、撤退だ。 ともかく色々な情報を整理しなければならない。 ジャムカ少佐、ジャンヌ少佐、助かった。 俺の方からも礼を言う」
「良いって事だ。 次の戦場まで死ぬなよ」
キャリバンが来た。輸送用の大型車両も。
恐らく一華が思うに、EDFの最強部隊が此処に集まっていた、と言う風にみて良いだろう。
そしてEDFは。アーケルスという更に強大な怪生物に直面したものの。北京での決定的な戦闘に勝利し。
更に富士平原での決戦に始まる、プライマーの大攻勢にも、日本で勝利することに成功した。
この勝利は大きい。
だが、それを行かせるだろうか。一華は、急速に晴れ上がりつつある空を見ながら、そう思うのだった。
２、北京で起きた事
東京基地に戻ると、既に体力が限界だった三城は、ベッドに直行。
そのまま、無心に睡眠を貪った。
元々はそれほど体力がなかった三城だ。
幼い頃はあのクズ二人に奴隷同然に使われていたし。学校にもろくに通わせて貰えていなかった。
外で遊ぶどころではなかったし、体力なんてつきようがなかった、というのも事実なのだろう。
体力は後天的に伸ばした。
基礎体力がない人間は、どれだけ鍛えても伸びないという話もあるらしいが。
三城はそれなりに努力した。
結果として体力は伸びた。
それはそれで、良いことなのではないかと思う。
起きたのは、翌日の夜。
流石に疲れきっていたのだと自覚して。まだ泥のように重い体を引きずって、シャワーをあびて。
食堂で、黙々と食事にする。
周囲の兵士は驚くほど少ない。
東京基地の主力は、富士平原とアーケルスとの戦いで盛大に消耗した。
今は病院に、多数が運び込まれているのだろう。
小兄が来たので、おはようと言う。
おそようと帰ってきた。
「流石にこの時間でおはようはないな」
「ごめん。 体力がないばかりに」
「いや、大兄も十二時間寝ていたそうだ。 三城はむしろ頑張った方だ」
「……そうか」
食事を済ませると、まず医者に行くように言われたので。そうする。
大きな傷は殆ど受けていない。だが、平原での戦闘で多少の手傷は受けた。応急処置をしただけだった。
それを思い出して、医者に診てもらう。
処置をして貰って、それから幾つかの情報を見るようにと言われて。そうすることにした。
端末を操作して、情報を見る。
北京での完全勝利で、ニュースが埋まっていた。
だが、どうも不自然だと思うのだ。
北京での戦闘は、コロニスト五千という空前の兵力だけじゃない。ドローンも怪物も、数十万という単位でいたはずだ。
それがどうして、こうも完全勝利できたのか。
それがどうにもよく分からない。
調べて見ると、不審な点ばかりが目立つ。
まず、コロニストによる被害だ。殆ど出ていない。
奴らの装備は恐ろしい。
アサルトライフルですら、巨人がもつサイズのものだ。戦車に有効打を浴びせてくるほどである。
それも第三諸国で作られた戦車ではなく。それまで最強だったM1エイブラムスに各国の戦車のテクノロジーを継承させて作り出した最強戦車ブラッカーの装甲に、だ。
そんな怪物から受けたダメージが殆ど無いとは、どういうことか。
戦闘のデータについては、混乱しているようで。大量のコロニストの死体ばかりが目立つが。
どうもそれも変だと思った。
ダメージが頭に集中しているのである。
そもそも、戦場での射撃は。余程腕が良くない限りは、頭では無く胴を狙うのが基本である。
大兄のようなのが例外なのであって、普通は動きを止めてから相手にとどめを刺すのが狙撃の基本となる。
ゲームじゃあるまいし、ヘッドショットなんてそうそう決まらないのだ。
大兄が異常すぎるだけなのである。
更に、一華が改良したニクスの操作支援アプリが行き渡っているという話も聞いていない。
というかそもそもあれは一華に軽く説明を受けたが、積んでいる自組みPCの支援アプリあっての事であって。
ニクスのOS単体では実現が厳しいのだそうだ。
ニクスの機銃なども、頭にダメージが集中していることからも考えて。
北京では、体勢を低くしてコロニストが移動していたとしか思えないのである。
なんだこれは。
何があったのだろう。
ニュースを他にも見る。
日本でも、大勝利とあるが。
アーケルスに蹂躙されたことや。
富士平原で大被害を出した事は、記事の隅っこにちょっとだけ書かれていた程度。いつもの大本営発表そのものだった。
その後、村上班と荒木班。グリムリーパーとスプリガンで、敵の後続部隊を壊滅させたことばかりが強調されている。
何だか嫌だなあと思った。
確かに大兄は超人的な活躍はしたが。
それでも、富士平原での戦闘で、一人で戦況をひっくり返す事はできなかっただろう。それが事実なのだから。
いずれにしても、今は動きなし。
アーケルスもどっかにいってしまい。今のところ捕捉できていないそうだ。
なお、米国では日本での実績を元に、エルギヌスの討伐作戦が始まり。
早速面倒なところを縄張りにしていた一体を、EMCの集中投入により撃破したという。
もはやエルギヌスは無敵では無い。
そういうニュースも上がっているが。
危ないなと思う。
アーケルスはあのすばしっこい動きから考えても、EMCからは相性最悪とみて良いだろう。
エルギヌスは動きは見た目より素早いものの、直線的な動きが中心だった。
しかしアーケルスは極めて柔軟に、しかも俊敏に動いていた。
エルギヌスの各個撃破は出来るかもしれないが。
今後アーケルスをプライマーが大量投入してきたら。
恐らくだが。簡単に戦況はひっくり返ることだろう。
頭を振って、楽観的な事ばかり書かれているニュースを見るのを止める。その後は、軽く体を動かした後。
司令部から戻ってきたらしい大兄と話す。
「誘導兵器のデータを取ってくれたことに感謝しているそうだ。 やはり使えるウィングダイバーが少ないとかで、今回のは貴重な資料になるとか」
「それは嬉しい。 雑魚の群れを片付けるのに、良い武器だと思う」
「そうだな。 だが、やはりここ一番でいきなり実戦運用するのは危険だ」
「分かってる。 あれは……最後の手段だった」
実際、最後のテレポーションシップを落とした時。
三城のフライトユニットはエラーをどばどば吐き出していて、壊れる寸前だった。
良く保ってくれたなと今でも思う程だ。
その後の、最後のあがきのつもりでの使用では、案の定壊れた。壊れたけれども、それも分かっていた。
ともかく、今生きている。
それは、フライトユニットが頑張ってくれた故だ。
「それで、これからどうする」
「スプリガンとグリムリーパーはどちらも日本を既に離れた。 俺たちは荒木軍曹とともに、大阪に出向く」
「移動基地」
「そうだ。 奴を倒す」
以前、小兄が奴の下部にハッチを見つけた。
今、アーケルスの脅威はあるものの。日本にいるプライマーの戦力は凄まじい消耗をしているという。
今しか、好機は無い。
そういう判断だそうだ。
ただし、攻撃に出るまでには少し時間が掛かる。
やはり近畿周辺の状況を整えなければならないし。
何よりも、東京基地の戦力の再整備が必要だ。
EMCは貴重な兵器と言う事もある。エルギヌス討伐の後は、すぐに米国に全てが運ばれていったそうである。
「それで我々の任務は」
「まずは東京基地周辺……正確には関東で動いている敵の排除だな。 今回の作戦でかなり無理をして、EDFの日本支部は東京基地から兵を出したし、他の基地からもビークルを集めた。 その無理が原因で、各地で被害が出ている。 それらの被害の要因となっている怪物を叩く」
それでいいと三城も思う。
頷くと、すぐに出る。
一旦、バンカーに集合。
一華も、もう準備を終えているようだった。赤いニクスが、既に万全の状態で用意されている。
周囲は壊れかけのビークルを、整備班が皆で必死に直しているようだが。それは、まあ仕方が無い。富士平原の決戦で、本当に多くのビークルが大破したのだから。
一華は意外に体力があるなと思う。
一華はあれで、ニクスの内部で凄い量の処理を単独でこなしていたはず。それを考えると、なおさらだ。
「今日中に最低三箇所、出来れば四ヶ所を回って、小規模なプライマーの拠点をそれぞれ叩く。 特に群馬と栃木を中心に回る予定だ」
「了解ッス」
「大兄、敵の規模は」
「最初に回る敵の拠点が、アンカー二本、コロニスト数匹。 アンカーはどちらもβ型のようだな。 一華、ニクスの様子は」
問題ないと、ニクスを見上げながら一華は言う。
要望が通って、どんどん足回りが良くなっているそうだ。ブースターなどの性能も上がっていて、迅速に行動できるらしい。
一華のPCについては、構成しているパーツが高額すぎて、どのニクスにも同じものを積むのは無理らしいのだが。
大型移動用車両にニクスを積み込む。
更に、ニクスだけではなく。
レールガンも積まれていた。
「レールガンを積んでいくの？」
「富士平原の戦闘では大きな戦果を出したが、少しでも多くの戦闘データがほしいらしいんだ。 一華、次の戦いではレールガンを試してくれ」
「了解ッス」
「では行くぞ」
大型移動用車両が行く。今日中に三箇所か。
移動しながら、東京の様子を見る。
大勝利、という事をあまり信じている人は多く無い様子だ。それはまあ、そうだろう。ぼろぼろのEDFの部隊が戻ってきたのを目撃した人は少なくないはずだ。
そのまま。軍用道路を使って、移動。
程なくして、栃木に到着。
鉄道とかを使えれば楽なのだが。
今はどこでプライマーの急襲があるか分からない。都内ですら、徒歩での移動と。最悪の場合の自己避難の訓練が行われているそうである。
故に、軍用のものでも。
鉄道は基本的に、使わない方針でいるようだ。
現地に到着。
山だらけの土地だが。其処に貼り付くようにして、二本のアンカーがあり。想像していたよりも多いβ型がいる。
一華は新しいフライトユニットを身につけると。
大兄に挙手して提案する。
「β型はリスクが大きい。 誘導兵器を試したい」
「フライトユニットの予備はあるか」
「問題ない」
「分かった。 戦闘データを取ろう。 まずはコロニストを狙撃で片付けるが……今回は、レールガンもためそう。 レールガンはこの間の戦いでもはっきりしたが、今後の切り札になりうる兵器だ。 データは少しでもあった方が良い」
大型輸送車両から、レールガンが降りてくる。
一華はタンクも操縦できるが。どうやらレールガンも、操縦についてはだいたい同じ仕組みのようだ。
小兄が、手をかざして見ている。
「コロニストは四体。 あいつらが気づけば、アンカーから出て来ている全部のβ型も来る」
「分かっている。 二体は俺が確実に始末する。 一華といえどレールガンを操作するのは何しろ初めてだし、狙撃が上手く行くとは限らない。 弐分、支援を頼むぞ」
「分かった。 一華、準備が出来たら声を掛けてくれ」
「了解ッス」
少し高い所に三城は上がっておく。
いざという時に、いつでも誘導装置を使えるように、だ。
この脳波誘導装置。ゴーストチェイサーというのだが。
上手く行くようだったら、様々な派生兵器を作ることを現在想定しているという話をさっき聞いた。
たとえばこのゴーストチェイサーは、小型のプラズマ弾を脳波で狙っている地点に高速着弾させるのだが。
発射時に癖があって、跳びながらや高所でせり出しながらでないと危険すぎて撃てない。上を向いて真上のドローンを狙う事も出来るかもしれないが。その場合は周囲の兵士が危険にさらされる。
いずれにしても、もっと扱いやすい誘導兵器がほしい。
それが三城の本音だ。
「よし、照準調整よし。 いけるッスよ」
「カウントは一華の方でやってくれ」
「了解ッス。 ３，２，１」
レールガンが、放たれる。
この間の会戦ではあまり気がつかなかったが。戦車砲などと違って、驚くほど静かな砲弾だ。
弾速は確かマッハ２０だかそれ以上だか。
そもそもレールガンは、年々機能が上がる分高くなっていったミサイルに代替出来る兵器として開発されたと聞いている。
だが、その割りには静かだ。
レールガンの仕組みについては少しだけ聞いたが。電磁石によって弾丸を加速し、放つものだそうだ。
要するにリニアモーターカーなどと原理は近い。
その分、火薬を用いる兵器よりも、音が小さいのかも知れない。
大兄が狙撃。
完璧なタイミングで大兄の狙撃は、護衛についているコロニスト一体の頭を吹き飛ばしたが。
レールガンによる狙撃は、もう一体のコロニストの上半身を消し飛ばし。更に後方にいた怪物十数匹を貫いた上で、山に穴を穿っていた。
コロニストが騒ぎ、反撃を開始しようとする。
「二射、いけるか」
「十秒後。 今ので癖は見抜いたので、当てて見せるッス」
「十秒後だな」
カウントを開始する大兄。
怪物はまだ近付いてこない。そのまま、高所で三城は待機。レールガン、恐ろしい兵器だ。
これを本当に人間に使っていたらどうなったのか。
あまり考えたくない。
第二射。
コロニストが木陰に隠れるが、その木ごとコロニストの上半身が消し飛んでいた。更に大兄の狙撃が残り一体を綺麗にヘッドショットする。
怪物がそれで統率を失っていた。
「よし、三城、怪物を拘束。 弐分は三城がしくじったら支援しろ。 俺と一華でアンカーを狙撃し、破壊する」
「了解」
「うし、行くッスよ！」
ゴーストチェイサーは。
頭の方にはそれほど強烈な負担は掛けない。その代わり、コアへの負担が大きすぎるのが分かる。
まだ、改良型のコアを使っていても、それは同じに思えた。
凄まじい火力の制圧射撃が行われる。小さなプラズマ球がもはや数え切れない程怪物に向けて飛び。
その動きを完全に封じ、好き勝手に蹂躙する。
そうこうしているうちに大兄と一華のレールガンがアンカーをへし折り。
敵の供給源は消えた。
留めに、幾つか渡されているミサイル兵器を小兄が試す。
フェンサー用のミサイル兵器は一部の兵士にしか渡されていないと言う事だが。以前から実験的に使う様子を見る限り、それは正解だと思う。
どれもこれも癖が強すぎて、危険すぎるのだ。
今回小兄がもってきているのはアームハウンドというミサイルだが。
これについては比較的癖を消しているようで。
かなり使いやすそうに見えた。
撃ち切って、フライトユニットが緊急チャージを開始。
だが、その時にはβ型の怪物は、全て動かなくなっていた。
「状況終了。 東京基地。 此方村上班。 作戦地域の敵の制圧は完了した」
「了解村上班。 第二目標に向かってほしい」
「了解。 即座に対応する」
大型車両に、ニクスとレールガンを乗せる。
レールガンから顔を出す一華。戦車のように砲塔から入るのではなく、側面から入るようだ。
自走砲だから、かも知れない。
「それで、次の戦場ではどうするッスか？」
「実地を見て決める」
「了解ッス。 まあレールガンを使いやすい場所なら、いいんスけどねえ」
「レールガンが気に入ったのか」
わずかな間。
一華は少しだけ、こういう所が分かりやすい。
「いや、この火力は怪生物と黄金の装甲以外だったら何にでも通用するッスよ。 量産して、タンクと置き換えるべきだと思うッスけどねえ」
「残念ながら、製造コストがブラッカーの５倍という所だそうだ。 しかも一度弾を使い尽くすと、搭載しているバッテリーの充電に原子炉が必要らしい」
「そッスか……」
「ともかくデータを取る。 次の戦地に出向くぞ」
山奥を行く。
大型車両は、サスペンサーとか色々改良しているのか。移動時に殆ど揺れない。
この辺りはむしろ前よりも人が増えているらしい。都会をプライマーが集中的に狙うとかいう話で。
それで逃げてきている人間がいるのだとか。
残念だけれど、三城が知る限り、プライマーは地球全土を容赦なく潰して廻っている。
ただ人間がいるから来るだけ。
それが都会だろうが田舎だろうが関係無い。
田舎に人が増えれば、めざとく嗅ぎつけて襲ってくるだろう。
そういう連中だ。
戦地に到着。先にスカウトが来ていたが、一個分隊だけだ。
「む、村上班ですね」
「任務ご苦労様です。 状況は」
「アンカーから敵が大量に出て来ています。 昨日までと比べると倍以上の増加量です」
「……分かりました。 対応します。 他の場所のスカウトへ向かってください」
「了解です」
スカウトチームが、山中でも動かせる特注のバイクで行く。フリージャーというタイプだったか。
ジープなどに積載されているバイクは、基本的に軍用といってもそれほど民間品と性能は変わらない。
これについては、少し触らせて貰った。
三城もタッパは小さいが、実はバイクの免許だったらとれる年齢だ。場合によっては必要かと思って、練習はしてみたのだが。
やはり癖が強くて、とてもすぐに乗れるようなものではなかった。
バイクを見ているのをみて、一華に言われる。
「バイク、羨ましいッスか？」
「ダイバーはどうしてもフライトユニットのエネルギー管理の問題がある。 バイクにいざという時に乗れると便利かもしれない」
「なるほど、長期戦になると、確かにずっと細かいフライトユニットのエネルギー管理が必要になるウィングダイバーは不利ッスねえ」
「そう。 決まった地点にバイクがあれば、それでフライトユニットが緊急チャージになっても対応できるし、その間に周囲に多分攻撃も出来る」
ただ、それはそれで非常に忙しいと思う。
三城は体力には自信がある方なのだが、それでも最近の苛烈な任務の後ではバタンと倒れてそのまま眠りこけると言う事が増えている。
大兄や小兄のように、一日修行をさぼったら三日取り返すのに掛かる、なんて言う事を真面目にやっているほどではないのだけれども。
それでも、やはり眠りこけた後は多少からだが鈍るのを感じるくらいには、村上流が染みついている。
そして身についているから分かるのだけれども。
インファイト用の武器でははっきりいって怪物にはどんな達人でも勝てない。
三城みたいな未熟な腕前だとなおさらだ。
EDFから支給されている武器だから対応出来るのであって。
それは大兄でさえも、同じ事をいうだろう。
悩んでいると、大兄が来る。
「敵の状況を確認した。 アンカーからかなりのペースでα型が沸いている」
「物量が多いとなると、ニクスの出番ッスね」
「いや、護衛のコロニストが一体だけだという事もある。 レールガンで、速攻でアンカーを潰せるか。 コロニストは俺が仕留める。 その後は、俺たちでα型を仕留める」
「しかし、大丈夫ッスか？」
大丈夫、と大兄は答える。
頷くと、すぐに近接戦用の武器に切り替える。
補給トラックに積んできている物資は充分だ。さっきまで、移動用の大型車両で休憩もしていた。
このまま、即座に戦闘に入れる。
大兄が、木に登って狙撃の体勢に入る。
レールガンを持ち出した一華に、話をしていた。
「射撃のタイミングでカウントをしてくれ」
「了解ッス」
「弐分、三城。 怪物の殲滅を頼む。 コロニストを始末し次第、俺も其方に加わる」
「問題ない。 やってくれ」
カウントの後。レールガンが、相変わらず凄い破壊力の弾を撃ち出す。
同時に。大兄が、コロニストの頭を吹き飛ばしていた。
小兄と三城が、そのまま敵に突貫。仕掛ける。
指揮官を失ったα型の大軍が、一瞬混乱した隙に、出来るだけの数を削る。小兄の散弾迫撃砲が最高効率でα型を消し飛ばし。その間に三城もレイピアでα型の群れを文字通り抉った。
大兄の制圧射撃が、後方から飛んでくる。
一華も多少もたつきながらもニクスに乗り換え。そのまま戦闘に参加。
二時間も掛からず、スカウトが怯えるほどに巨大化していたα型の群れが壊滅する。逃げずに戦うものだから、全てが死ぬのを確認できていた。
「状況終了。 東京基地、此方村上班。 第二作戦は完了した」
「流石だな。 予想以上の速度だ」
「次の作戦は予定通りでかまわないだろうか」
「うむ。 すぐに現地に向かってほしい」
指示を受けて、次の作戦ポイントに移動する。
一華がPCを運び出すのに苦労していたので、三城も手伝う。
体格的には殆ど変わらないのに。
パワードスケルトンがあっても四苦八苦している様子を見ると。
本当に体の動かし方が分かっていないのだなあと、思うばかりだった。
恐らくだが、一華は何かしらの理由で。体を動かすことに最初から自信が無く、諦めているのだと思う。
三城はそもそもそういう状態にすらなかったから。
村上流について大兄と小兄が祖父と一緒にやっているのを見て興味を持ち。
最初はまったく出来なかったけれど。
それでも、一緒にやる事で少しずつ家族になれる気がして。
モチベはずっとあった。
一華にも、何かのモチベがあればそれは可能なのでは無いのか。
そう思えてくるのだ。
祖父の生前の話によると、老人になってから武術を始めて、大成した人物だって普通にいるのだとか。
そういう話を覚えている三城としては。
このままでは一華はいずれ何処かのタイミングで戦死するのではないかと思ってしまうのだ。
谷に出た。
大兄が、手をかざして目を細めている。
「まずいな」
「どうした、大兄」
「怪物が穴を掘っている。 それもかなりの規模だ。 空軍に支援を要請。 バンカーバスターを叩き込んだ方が良い」
「それほどなのか」
三城も手をかざして見てみるが、コロニストが指示を出して。α型が確かにせっせと穴を掘っている。
谷川があるのだが。その水が、穴の地点から露骨に減っているほどだ。
ぞくりとくる。
アフリカで潰した怪物の繁殖地。
あの最深部には、水がかなり溜まっていた。
もしも此処に繁殖地を作られたら、大変な事になる。
スカウトはいない。この辺りはそれほど重視していなかったとみて良い。そしてその隙に、プライマーは勝手を始めた、ということだ。
「アンカーは」
「一本だけだが、守りが堅いな。 三体のコロニストが守っている。 更に現場に一体が見えるが、穴の奧にもっといるかも知れない」
「……確かにマズいッスねそれ」
「仕方が無い。 戦略情報部に連絡を入れて、空軍の要請を頼もう」
大兄も戦略情報部の少佐が嫌いらしい。
まあ、あの人が好きな人は珍しいと思うが。
いずれにしても、連絡を入れている。
戦略情報部は、データを寄越せと言っているが。一華が即座にデータを回し。それを分析し始めていた。
スカウトのチームが来る。
何やら大げさな装備を携えていた。
「此方東京基地、EDF日本支部総司令部。 村上班、今、此方にも戦略情報部から連絡があった。 これからスカウトチームが地下の調査を超音波などで行う。 君達は先に第四の作戦地点を片付けてきてほしい」
「敵は周囲に相当な注意を払っています。 最悪の場合は、バンカーバスターを叩き込むべきです」
「君達の話は信頼出来るが、空軍もダメージが大きく、すぐに兵力を出せる状態ではないし、バンカーバスターともなると使用に色々と手続きがいる。 確実性を取るために、調査をする。 スカウトに続いて先進科学研の調査員も来る。 その間に、もう一つの作戦地点を片付けてほしい」
「了解」
大兄が通信を切ると。そのまま移動を開始。
第四の地点では、アンカーこそ四本と多かったが。怪物が展開しているだけで、コロニストの姿はなかった。
周囲を見てみるが、気配もない。
ということは、恐らくこのアンカーを守っていたコロニストが。先の地点に移動したとみて良いだろう。
怪物の数もそれほど多く無い。
つまり、それだけ危険な事態と言う事だ。
「此方村上班。 第四作戦地点に到着。 非常に危険な状態だ」
「どういうことだ。 怪物の数はむしろ少ないと報告を受けているが」
「アンカー四本に護衛のコロニストがいない。 つまり先の地点に相当数の怪物が今も送り込まれているという事だ。 コロニストは先の地点の現場監督に出向いたとみて良い」
「……！」
今から、この地点は叩き潰すと大兄が言うと。
即座にやってくれと、指示がある。
大兄は嘆息すると。小兄と三城を見た。
「急いで先の地点に戻る。 ここは最速で片付けるぞ」
「分かった」
「了解」
「一華、すまないがニクスでの殲滅戦を行ってくれ。 俺たちでアンカーはへし折る」
返事を待たずに、大兄が狙撃の体勢に入る。余程急いでいるらしく、立射の体勢で、である。
三城はドラグーンランスとレイピアを装備して、飛ぶ。
小兄も、スピアをもって、ブースターを噴かして追いついてきた。
それぞれ、口にせずとも狙うアンカーは分かっている。
大兄が左右にある二本。真ん中の二本は、小兄と三城でへし折る。
そのまま接敵。
即座にドラグーンランスを叩き込む。
アンカーの結晶部分は、少しずつ強化されているらしいが。ピンポイントでドラグーンランスの超高熱量を叩き込まれれば、ひとたまりもない。
前に比べて反動が減ってくれている事もある。
三本のアンカーが、ほぼ同時に粉砕され。数秒遅れて。最後の一本も打ち砕かれていた。
残りの怪物に、ニクスが機銃での制圧射撃を開始。皆で怪物を叩き伏せるまで、三十分程度。
アンカー四本にしては確かに弱すぎる。
大兄が急かす。急いで先の地点に戻るぞ、と。
移動しながら、大兄が急かしている。本部は、それに対して調整中だと答えていた。
大丈夫だろうか。
手遅れにならないと良いのだが。
現地に到着。
流石に東京基地から、一個小隊ほどの部隊が来ていたが。皆、不安そうに谷の底を覗いているばかりだった。
「確かに怪物共が工事をしているな。 スカウトはなんで気がつかなかったんだ」
「そりゃそうだろ。 連日彼方此方にプライマーは現れてる。 怪物の数が少ないなら、後回しにするさ……」
「その隙を突かれたってか。 畜生が」
大兄が出ると、皆慌てて敬礼する。
既に撤退戦を少人数で行い、追撃してきた敵の大軍を撃破した（ということにされている）村上班に対しては、敬意を払ってくれる兵士が多くなってきていた。
実際には荒木班とグリムリーパーとスプリガンの助力がなければ厳しかったのだが。
わざわざ言う程の事でもない。
「村上班、今から攻撃を開始してほしい。 先進科学研とスカウトの調査によると、もう三百メートル以上は穴が掘り進められているようだ」
「やはり……」
「最低でも三百メートルだ。 急いでその場を制圧してくれ」
「了解。 皆、総力戦用意！ 敵は見えている数の数倍はいる！」
大兄が警戒を促す。
そして、いざ戦闘を開始すると。
やはり穴からコロニストが姿を見せ。ニクスが盾になって防いでいる間に、どっと出てくる怪物の群れを小兄と三城が攪乱しつつ。激戦になるのを避けられなかった。
アンカーは折った。だが、際限なく穴から怪物が出てくるし、コロニストも断続的に彼方此方から姿を見せる。
空軍が来たのは、もう夜更け。断続的に戦闘を行っているうちに負傷者が続出し、増援として回された小隊は半壊していた。
それでも戦闘を続けていたが。ようやく覚悟を決めたのか、手続きが通ったのか。空軍が爆弾を落として。穴に対して、ミサイルが吸い込まれ。
谷が、文字通り紅蓮に染まっていた。
「此方カムイ。 指定通り、地底掘削弾を投下。 命中を確認」
「……」
悪意は消えたが。これは、相当にまずいところまで行っていたと見て良さそうだ。
こんな所が、世界中の彼方此方に作られているのでは無いのか。
もしも、アフリカで作られていたような繁殖場が世界中に作られたら。
人類は負ける。
わざわざ言われずとも、三城にもそれくらいは断言できた。
４、北京決戦の謎
東京基地に戻ると、弐分はニュースを見る。
どうにも不可解な事が多い北京の決戦だが。前線で指揮を執った項少将のインタビューが出ていた。
項少将は、以前中華で一緒に戦った将軍だ。
古代の猛将、という雰囲気の人物で。
荒々しいながらも、前線に立つ勇気と。血を浴び激しく荒れ狂いながらも、それでいながら的確に指示を出していく猛将らしい猛将だった。
近代戦ではもう時代遅れに思われる人物だが。
実際問題、こういった前線に出てくる猛将は、確かに兵士の士気を挙げる。
勿論狙撃兵のエジキにならないように相応の工夫が必要になるだろうが。
少なくともプライマーには、人間の指揮官などどうでもいいだろうし。対人間戦ほど、ピンポイントのスナイプは気にしなくて良いはずだ。
記事をみていくと。
やはり妙な事を項将軍は言っていた。
「戦闘前、北京の工場地帯はフル稼働していた。 それで霧が出ていてな」
「プライマーには確かロンドンで霧を撃ち払った実績があったと聞いていますが」
「そうだ。 それを使って何度も霧……いや有害汚染物質のスモッグを払っていたようだが。 それでも足りないようだったな。 弾薬も装甲も、幾らでも必要だったから、工場はフル稼働を続けていて、それだけ大量の汚染物質が出ていた。 兵士達も、ガスマスクをつけて行動するほどだった」
接敵して、最初は怪物相手の肉弾戦が続いたという。
程なくコロニストが前線に姿を見せ始めた。
それと同時に怪物がコロニストの指揮下に入り始め。
以降は激しい戦いを消耗戦覚悟で行うのかと思ったが、そこでおかしな事が生じたという。
「コロニスト共は、明らかに弱り切っていた」
「え……」
「ロンドンの戦いでは、霧を受けたコロニストは元気になっていたと聞いていた。 だから覚悟はしていたのだが、元気どころか息も絶え絶えと言う様子で、怪物も動きが露骨に鈍っていた。 俺は勝機と判断し、全軍に総攻撃を指示。 そのまま、全戦線で攻勢に出た」
以降は、文字通り一方的な戦いになったと言う。
記者は少し悩んだ後、更に聞く。
「何かしらの秘密兵器が使われたという噂もありますが」
「俺が知る限り、そんなものは使われた形跡がないな」
「分かりました。 インタビューを受けていただき、ありがとうございました」
「ああ。 敵の七割を片付けたとは言え、それでも中華にはまだ千体以上のコロニストがのさばっている。 各地で攻勢には出ているが、それでも予断は許さない状態だ。 特に四川の辺りは移動基地が居座っていることもあって、敵の守りが極めて堅い。 少なくともあの基地を潰すまでは、味方の優勢などはないと思ってほしい」
項少将は冷静だな。
そう思って、頭が下がる思いがした。
大兄にも、情報を共有しておく。
やはりなと、大兄はニュースを見るなり言う。
「おかしいと思っていた。 敵は間違いなく総力を挙げて北京をつぶしに来ていた。 これは恐らくだが、敵に予想外のアクシデントがあったとみて良い」
「それはなんだ……？」
「俺には何ともいえない。 今、戦略情報部や先進科学研が総力を挙げて調べているだろうさ」
「……いずれにしても、プライマーを簡単に倒せる新兵器などないと言う事で間違いはなさそうだな」
頷く大兄。
今、基地の中では噂が流れている。
新兵器が使われたことで、北京での戦いは完勝したと。
しかし、それが嘘だと言う事がはっきりしたとみて良い。
そうなると、プライマーはそのアクシデントをつぶしに来る筈だ。
今回の大攻勢は凌ぐことが出来たかも知れない。
だが敵の物量は文字通り無尽蔵。
それどころか、この間偵察した地点にあったような、繁殖場の予備地だって何処にどれくらいあるか、分かったものではないのだ。
今後急がないと、戦況は簡単にひっくり返される。
既存の兵力だけでも、だ。
もしもプライマーが、ここで新兵器でも投入してきたら。北京で作った戦略的優位なんて、簡単にひっくり返されるだろう。
通信が来て、大兄が頷いていた。
「作戦の通達だ。 移動基地攻略作戦の日時が決まった」
「大阪の奴だな」
「ああ。 日時は来月。 大阪基地の筒井大佐が現場指揮をとり、千葉中将が総指揮を執る。 関西のEDFのほぼ全軍を上げての攻撃になる」
「筒井中佐は大佐に昇進したんだな。 いずれにしてもロンドンの時の二の舞は避けなければならないな」
大兄は頷くと、三城と一華にも連絡を入れていた。
いずれにしても、移動基地を破壊出来ることを示さないと、EDFは非常に厳しい事になるとみて良いだろう。
以前、弐分が見つけた下部の弱点らしき場所。
あれを貫くことが出来れば。
勝つ事は、出来るかもしれない。
もしも移動基地の残骸を回収出来れば、かなりEDFは敵のテクノロジーを解析できる筈でもある。
或いはマザーシップの装甲を貫く兵器を開発できるかもしれない。
ともかく、確実に。
来月の作戦は、成功させなければならなかった。
（続）
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