第二の巨怪

 

序、大艦隊

 

少数の部隊で、側まで行く。そして、思わず壱野は生唾を飲み込んでいた。

とんでもない大艦隊だ。

アフリカからの難民退避で、今EDFは大量の揚陸艦を集めている。潜水母艦と、潜水艦隊もだ。

だが、こんな規模の敵艦隊が近くにいたら。

作戦行動に、確実に遅延が出るだろう。

側にいるのは、荒木班を除くと、スプリガンのわずかな人員。それもジャンヌ隊長はいない。

後は、なけなしのフェンサー部隊と。スカウトが一分隊。

合計して、二十名もいない程度の戦力だ。

今、各地でタール中将指揮下の部隊が、敵の攻撃を防いでくれている。難民が避難するための時間を稼ぐためだ。

EDFはなんとか援軍を多少は集めて送ってくれてはいるが、とても手が足りる状況ではない。

この人数で。

この大艦隊を攻略しなければならなかった。

「こ、これはとても手に負えない……」

「やるしかない。 もし此処を野放しにしたら、どれだけの敵が此処から基地に向かうか分からない。 そうなれば、難民達はおしまいだ」

荒木軍曹が、弱気になるスプリガンの分隊長にそう諭す。

その通りだ。

ジャンヌ隊長は、アフリカ各地での戦線維持のために。主力を率いて行ってしまっている。

それくらい、状況が厳しいのである。

三城が戻って来た。

そして、一華が拡げた地図に沿って、敵の所在を書き込んでいく。

「コロニストもやはりいるか」

「いる。 ドローンも大量にいる」

「これは攻城戦だ。 少しずつ片付けるしかない」

「……」

壱野の言葉に、兵士達が露骨に青ざめる。

フェンサースーツで顔は見えないが。フェンサー達も、青ざめている事だろう。

まずは、荒木軍曹が咳払いした。

「敵はこの配置を見る限り、此処を前哨基地に仕立てようとしている。 つまり、まだ攻撃を受けるとは思っていない。 俺たちが少人数で仕掛けて来るとは思っていないだろうな。 その隙を突く」

「しかし、一斉に反応してきたら対応できませんよ」

「だからこのルートで行く」

荒木軍曹が、地図上で指を動かした。

テレポーションシップは、すぐ手前に一隻。海岸に二隻、海岸から少し離れた浜に二隻。

その先にある山に二隻が浮かんでいる。

コロニストはショットガンを持っている奴が数体。アサルトライフル持ちが数体だが。

いずれも距離が離れていて。

多分全てが反応してくることはないだろうと、荒木軍曹は言う。

「まず至近の一隻を落とし、更に其処から見えているコロニストを狙撃し片付ける。 その後は、山沿いから木々に隠れて山間に浮かぶテレポーションシップ二隻を落とした後、海岸にいるコロニストを高所から狙撃。 コロニストを片付けた後、残りのテレポーションシップを順番に撃破していく」

「山間から行くのか」

「海岸から行けば、それこそ囲まれて袋だたきになる。 更に言えば、敵が援軍を送ってくる可能性もある。 最悪の場合は、山間にいれば撤退も可能だ」

「なるほど……」

スプリガンの分隊長が頷く。

ただ、彼女は荒木軍曹が実際は少佐である事をしらないようだ。自分と同格の軍曹だと思っているらしい。

軍曹というのは渾名で。

そう呼んでほしいと荒木軍曹が言うから、そうしているだけ。

不思議と、それが板についているし。

似合っているとも思う。

「時間を掛ければ、敵は更に集結する可能性が高い。 やるぞ」

「つい三日前にマザーモンスター五匹と戦ったばかりだってのに、またこんな任務かよ畜生」

小田少尉がぶちぶち言うが。それも仕方がないと、壱野は思った。

というか、不平が漏れるのも当然だと思う。

この大艦隊相手に、この人数だ。

戦略情報部の少佐が連絡を入れてきたので、荒木軍曹が作戦について軽く説明する。少佐は、無感動に言うのだった。

「なるほど、理にかなっています。 村上班と荒木班、それにスプリガンの一部隊の戦力ならば可能性があります」

「そう思うなら、兵力をもっと回して可能性を上げてほしいんだがな」

「現在、余剰兵力は存在していません。 申し訳ありませんが、その場にいる兵力で対応してください」

「……」

荒木軍曹が通信を切る。

さて、手前のテレポーションシップからだ。

音もなく近付く。手前の奴は、コロニスト二体が護衛についているが。まあなんとかなるだろう。

壱野は頷くと、狙撃の体勢に入る。

三城が頷く。テレポーションシップは三城に任せる事にする。

もう一体の処理は。

見ていると、一華がニクスで前に出る。例の肩砲台の精度を更に上げておきたいのだろう。

一応、弐分にも補助をするようにハンドサインを出すと、

一斉攻撃に入る。

狙撃。直撃。ライサンダー2でのヘッドショットが決まり、コロニストは一体沈黙。更にニクスの肩砲台も、もう一体を綺麗に直撃したが。コロニストはなんと耐え抜いた。両手足がバラバラになったが、再生しようとしている。

だが、即座に間を詰めた弐分が、首をスピアで叩き落とす。

わっとテレポーションシップ下部にいるα型が寄ってくるが、それは皆で対処する。流石に最初は大艦隊相手に腰が引けていたが、スプリガンの精鋭だ。マグブラスターで、確実にα型を屠って行く。

更に、空き巣のようにテレポーションシップに音もなく三城が接近。

レイピアで。開いたハッチの内部を焼き切っていた。

爆発する前に、ハッチを蹴って離れるのは流石である。

瞠目したスプリガン隊員。

精鋭ウィングダイバーが、三城の技術に驚愕しているのは、兄として鼻が高い。

「一隻目沈黙」

「よし。 二隻目以降も頼む」

「タール中将」

「此方は今、逆側の海岸にありったけの揚陸艇を集め、残った難民を可能な限り各地へと逃がしている。 潜水母艦もそれに協力してくれている。 潜水母艦からのピンポイント攻撃で、敵の足止めがどれだけ行われているか分からない程だ」

それでももう、時間がない。

そういう事だろう。

敵の繁殖地は潰した。今、戦略情報部と先進科学研が徹底的に調査しているが。それが終わったら毒物を撒いた上で爆破する予定だそうだ。

シェルターにでも使えそうだと思ったが。

このままだと、また繁殖場にされると判断したからだろう。

それに、だ。

幾つも分かった事がある。

アフリカの奥地に繁殖地を作られたら、正直手も足も出なかったのに。

わざわざ基地の近くにプライマーは繁殖地を作った。

繁殖地をエサに戦力を釣り出す可能性もあるが、戦略としては破綻している。

多少のEDFの戦力を削るために、わざわざ貴重な繁殖地と引き替えでは、リスクが大きすぎるのだ。

今までのプライマーの動きを見る限り、奴らは戦術家というよりも戦略家で。

しかも、余剰兵力を出来るだけ出さず兵力を適所に配置して叩き付けてくる傾向がある。

恐らく、プライマーにとって巣穴の沈黙は大ダメージだった筈。

そして、あんな基地の近くで。攻撃を受けることを覚悟の上で、繁殖地を作らなければならなかったのだ。

それについては壱野も荒木軍曹も、意見が一致している。

故に、だ。

此処に敵が大艦隊を集めているのも。恐らくはアフリカのタール中将麾下の部隊を全滅させる布石。

それも、分かるのである。

山側に回り込む。敵の視界をきりながら移動。

コロニストはどうも耳があまり良くないらしく、一隻テレポーションシップが落とされたというのに反応している様子がない。

ただしスナイプには即応してくるし。或いは視力を体につけている機械類で補助しているのかもしれない。

似たような現象は、幾度も見ている。

テレポーションアンカーを何本も折っているのに、近場にいるコロニストが迎撃にこなかったり。

恐らくだが、奴らは命令を与えられたままに実行しているだけで。

現場での判断力は希薄だし。

命を捨てて襲ってくる代わりに。

仲間がやられても無頓着なのだろう。

二隻目の近くに。テレポーションシップはβ型の怪物を落としている。これがいると、山の中を経由して。基地にβ型が迫りかねない。

以前の会戦と、洞窟の攻略戦でアフリカの戦力はもう枯渇してしまっている。

EDFも流石に及び腰になっているし。

欧州も守勢で手一杯の現状。

此処で大胆な攻勢に出て、兵力を増やしてくれるような事はないだろう。

「コロニストの護衛はいないな」

「すぐに仕掛けましょう。 伏兵もいないようです」

「……分かった」

荒木軍曹が頷く。

今度は弐分にやってもらう。

タイミングを合わせて、全員で一斉にβ型を仕留める。テレポーションシップの下には数十匹がいたが、元々耐久に欠けるのだ。

β型は攻勢には向いているが、守勢には脆い。

ただ、あの洞窟で見かけた銀色のβ型は危険だ。

アレは弱点を補ったタイプだろう。

たくさんはいなかったが、それだけは救いである。

今後、あれが戦場に出てくることは、想像に難くなかった。

β型を仕留める前に、二隻目を撃墜。

弐分も、慣れたものだった。

「二隻目撃墜」

「一つ良くない情報が」

「なんだ」

「移動基地が其方に接近しています。 目標は、恐らく以前陥落させた洞窟と思われます」

流石に絶句する。

すぐに調べるが、ロンドンからいなくなった一機以外の移動基地は。それぞれ落とされた地点でデカイ面をして居座っている。

ならば、新しい奴か、ロンドンから逃げた奴か。

「恐らく下手に手出しをしなければ、海岸を沿って移動して行く筈です。 今は備えもありません。 放置してください」

「……分かった。 洞窟の処置はどうなっている」

「既に完了しています。 調査員は引き上げ。 有害汚染物質で洞窟内は全て汚して、更に爆破しコンクリで固めました」

「分かった。 無理はせず対応する」

まだ移動基地は来ていないか。

荒木軍曹と頷きあうと、三隻目に向かう。

今度はα型か。

かなり地上スレスレに浮いているので、少しばかり接近にリスクがある。何よりも、山をできるだけ急いで盾にしてしまいたい。

「一華、接近しての攻撃と、退避をこなせるか」

「了解ッスよリーダー」

「では頼む。 皆、支援を」

「任せろ」

総員で攻撃を開始。ニクスは山の傾斜をぽんぽんと跳びながら敵に接近。

コレが出来るようにチューンしているとはいえ。ああいう風にニクスが軽快に動くのを、初めて見る兵士も多いようだった。

銀のα型だったから。β型より多少硬いとはいっても、それでも撃破は難しく無い。そのまま削りきる。接近も許さない。ただ、突貫したニクスは多少の酸を浴びた。これは仕方が無いだろう。

そのまま、ニクスが肩砲台を使って、ゼロ距離射撃でテレポーションシップを撃沈。

走るように、皆に指示。

山を駆け下りて、山の出口にいる一隻も落とすことにする。

三隻目を落として意気上がっている兵士達は、勇んでついてくるが。移動基地からどれだけの戦力が現れるか分からない。

一華には補給車を遠隔操作で呼んで貰う。

狙っているテレポーションシップは少し高所を飛んでいるので、丁度良い。射線が通るからだ。

ライサンダー2の火力を存分にハッチに叩き込んで、そのまま落としてしまう。

墜落し爆散するテレポーションシップ。

数匹のコロニストが護衛についていたが。それらは壱野が狙撃をする頃には、弐分と三城、荒木軍曹が片付けていた。

四隻目が墜落。

コロニストと怪物の死骸を巻き込みながら、盛大に爆発する。

周囲の怪物が相応の数反応して迫ってくるが、後退しながら迎撃。

流石にこれだけやられれば、敵もしっかり対応してくるか。海岸に展開していたコロニストもこっちに向かってくるのが見えた。

だが、山の中でのゲリラ戦に持ち込めればそれでよし。

むしろ。此方が有利だ。

引きつけながら、少しずつ敵を分断して狩っていく。

α型とβ型、更にはコロニストは。それぞれ足の速さが違う。

しかも見ていて分かったが。ここの戦場では、コロニストはどうも怪物を随伴歩兵としていない様子だ。

狙撃で壱野がコロニストを片付けている間に。

一華が張った弾幕が、怪物を足止めし。

その間に他の兵士達が、多少腕は良くない者もいるが。一斉射で仕留めていく。

「四隻も短時間に落とすとは、すげえな!」

「この間の洞窟攻略戦で主力を務めた部隊だって聞いてる。 装備からして違うのかもしれないな」

「だけど、敵が更に来るんだろ。 大丈夫かな……」

「弱気になるな。 此処で敵を仕留めれば、それだけ皆が命を拾うんだ!」

兵士達も励まし合っているが、それでもみんな弱気になっているのが分かる。こんな戦況だ。無理もない。

コロニスト数匹が、まだ迫ってくる。かなり巧みに地形を利用して接近を図るショットガン持ちがいるが、残念ながら壱野が上手だ。

頭が稜線を超えた瞬間に撃ち抜く。

手練れのコロニストだったかも知れないが、確殺。戦場とは残酷なものである。

体が大きすぎることは脅威だが。

逆にこう言うときは、的になるのだとも言えた。

「空軍の支援は期待出来そうか」

「いや、DE202はとっくに引き上げてるッスよ」

「そうか……」

荒木軍曹がぼやく。

既に追撃してきた敵部隊は蹴散らした。負傷者が少数出ているので、キャリバンに収容させる。

そして、空には、大量のドローン。攻撃モードである。

言うまでもない。

移動基地が来たのだ。

更に、移動基地はコロニストもかなりの数展開してきたようだった。

丘の上に、一華に無理矢理上がって貰う。まあ、正直赤い奴でなければ。ドローンの攻撃くらいは、今やニクスなら痛くはない。

「移動基地の様子は見えるか」

「……かなり砲台が削れてるッスね。 見覚えのあるダメージが入っている砲台もあるし、ロンドンにいた奴で間違いないッスわ」

「ただ、内部の戦力はまだまだ十分という訳か。 来るぞ。 迎撃に備えろ!」

腰が引けている様子の兵士達を荒木軍曹が叱咤。

そのまま山を盾にして、移動基地の射線を切る。ギリギリまでニクスは山上にいてもらい、敵の動きを確認してもらう。

それから、数時間の激戦が続いた。

分隊に別れて迫ってくるコロニストを、地形を利用して各個撃破する。かなりの兵士達が負傷。腕を吹き飛ばされる兵士もいる。勇敢に戦ってくれるスプリガンの分隊だが、それでも一人はコロニストの攻撃がかすり、数カ所に大きな傷を受けて墜落。そのまま意識を失い、キャリバンに他の兵士が運び込んだ。

移動基地はそのまま戦略情報部の予想通り行く。

そして、大量のドローンと、投下されたコロニストの部隊を撃破した頃には。夕方近くになり。

動ける兵士も半減していた。

それでも、何とかやるしかない。

相馬少尉が負傷箇所を応急処置している。まだやるつもりなのだろう。

浅利少尉は、キャリバンだ。さっき、コロニストの攻撃から他の兵士を庇って、アーマーは貫通されなかったとは言え一撃貰ったのだ。アサルトライフルの弾一発で。しかも遠距離からの攻撃だったが。それでも骨をへし折られるには充分だった。

残るは、海岸に展開している三隻。

移動基地がいった後も、怪物を投下し続けていて。それらが断続的に此方に来る。

多少無理にでも、撃破するしかない。

移動基地が去った今しか、好機は無かった。

「三城」

「ん」

「支援する。 三隻を最速で落とせるか」

「分かった。 やってみる」

無理をさせる。だから全員で、三城を支援する。

激しい戦いが始まる。怪物だって総力で迎撃してくる。数だって少なくない。ニクスのダメージも蓄積して行く。せめてグレイプやタンクが来ていれば。だが、最後の一両まで前線を必死につなぎ止めるために奮戦してくれている。もう、何も贅沢はいえない。

一隻目。

三城が雨霰と飛ぶ攻撃を必死に避けながら、二隻目に飛ぶ。それを、全力で怪物を狙撃して援護する。

弐分も前衛に出て、怪物の群れをかなり引きつけてくれているが。フェンサースーツへのダメージがかなり増えているのが遠目にも分かる。ブースターとスラスター。どっちかでもやられたらおしまいだ。

二隻目が撃沈。

後は一隻。兵士達が、怪物を必死に食い止めているが。前線が押し込まれる。ニクスも凄まじい量の酸を浴びている中、必死に耐えてくれている。

「くそっ! こんな任務ばっかりだ! 畜生っ!」

小田少尉が顔を歪めて叫ぶ。荒木軍曹も、流石にそれをたしなめなかった。

最後の一隻が落ちる。

後は掃討戦だ。

掃討戦の最中も、被害が出た。キャリバンには一度基地に戻って貰い。もう一度来て貰った程だ。

最後まで前線で立っていたのは壱野達村上班と。荒木軍曹。それにスプリガンからきた分隊の二人だけだった。

小田少尉も掃討戦中に負傷。基地に後送されたのだ。

三城が砂浜に座り込んでいる。無茶な機動で三隻のテレポーションシップを落とし。その後も怪物の猛攻を避け続けたのだ。無理もない。

「記録的な戦果です。 これほど少数で、大規模な敵艦隊を撃破するとは」

感嘆している戦略情報部の少佐。

一度戦略情報部に殴り込みを掛けたいと壱野は思ったが。移動基地の事を知らせてくれなければ、確実に全滅していただろう。

だから、何も言えなかった。

「移動基地はアフリカ内陸に去ったようです。 タール中将の指示を、以降は仰いでください」

「分かった。 撤収する」

皆を促し、撤退に入る。ニクスも酷いダメージを受けていたが、何とか歩くことは出来る様子だ。

皆、無言だった。

何もかもに、全員が疲れ果てているのが分かった。

 

1、新種

 

日本に戻るように、村上班は指示を受けた。タール中将は、最後まで残って、難民の避難を支援し続けるそうだ。

幸い、プライマーも繁殖地を失い。鉄の壁作戦で大ダメージを受け。移動基地も恐らくは確保した拠点を守るために移動したのだろう。

内陸から動く様子はないらしかった。

タール中将も、向かい傷が凄い顔で、最後は激励してくれた。

また生きて会おう、と。

だけれども。

三城には、それが最期の挨拶にしか思えなかった。

米国を経由して、日本に戻る。日本でも、戦況は改善しているとは言えなかった。移動中の輸送機で多少休む事が出来たが、それくらいである。

荒木班は欧州を経由してから戻るようである。

欧州でも、酷い戦線が幾つもあるらしく。特にイタリア辺りは、アフリカから越境してくるプライマーの怪物に散々苦しめられていると言う事だ。

それならば、どうにかしなければならないだろう。

日本に到着すると、休む暇も無く指示を受ける。

千葉中将が直接指示を出してきたくらいだ。

それなりに、重要な作戦なのだろう。

大兄が話しているのを、横で聞く。

「現在、静岡近辺に居座っているエルギヌスだが、其処への安全経路を確保しなければならない。 そこで、君達には小田原近辺で戦っている兵士と合流し、周辺の怪物を撃破して貰いたい」

「小田原近辺」

「どうも得体がしれないアンノウンが出ているらしい。 気を付けてほしい」

すぐに、東京の基地から大型車両で移動する。

幸い、移動時にニクスは修復して貰ったようで。一華はある程度機嫌が良いようだった。まあ三城にはどうでもいい。

小兄はずっと無言だ。

アフリカで見た悲惨な難民の様子。特に傷つけられた子供達の様子を見て、影で泣いているのを見てしまった。

大兄は巌のように動じない強靭な心を持っているが。

それより一見ごっつい小兄は、時々涙もろい所を見せる事がある。

三城だけ、知っていればいい。

他の誰も、知らなくても良いことだ。

現地に到着。

小田原は長期間テレポーションシップが居座っていたこともあって、かなり荒廃している。

以前は大きな電車が此処を終点にしていたらしいが。

それも今では、かなり本数が減っているらしく。動かない日も多いそうである。

「よし、展開」

兵士達がばらばらと展開する。周囲にテレポーションシップはない。つけてもらったのは、一個小隊ほど。

日本でも怪生物が暴れ回っているし。

大阪基地に戦力を集めるために、まだまだ各地で元気に暴れているテレポーションシップや。拠点を構築しているテレポーションアンカーを砕くための作戦が実施されている状態だ。

その内、今まではどうにもできなかった怪生物を倒すための進路確保というなら、勿論やるが。

どうも様子がおかしい。

何というか、耳に凄く鋭く嫌な音がするのである。

「此方スカウト!」

「村上班、現着した」

「敵アンノウン多数飛来! 市民の避難が遅れています!」

「分かった、そして敵アンノウンとは」

金のα型や銀のβ型だったら最悪だが。

しかし、予想を超える答えがスカウトから返ってくる。

「空を飛ぶα型……いや、かなり姿が違います! いずれにしても、空を飛び、針状の酸を飛ばしてきています!」

「なんだと……」

「急いで救援を!」

「分かった、すぐに出向く」

皆に、狙撃装備をもつように大兄が指示。小兄は大型のショットガンを持ち出す。フェンサー用のショットガンだ。もはやショットキャノンと言うべきかも知れない。

上空を飛ぶ相手だ。近距離に迫られた場合、ある程度の面制圧をする必要がある。

この武器が、必要と言う事だ。

三城は少し悩んだ末に、電撃銃にする。これはそこそこの射程がある上に、ある程度雑に空間で拡散する。

それが、却って動きが読めない飛行する相手には良い筈だ。

「グレイプに乗って各分隊は展開! 前線へ移動する!」

「イエッサ!」

「一華、最前衛を頼む」

「了解ッスよ……」

ニクスが歩き出す。整備はきちんとして貰っているようだが。赤い塗装は、彼方此方が剥がれていた。

連戦に次ぐ連戦だ。

塗装なんて、している暇が無いという事なのだろう。

そのまま前線に急ぐ。

ほどなくして、それが見えてきた。

鳥、ではない。全長は十メートル以上もある。

α型に似ているが、なんと小型の一部の鳥がするようなホバリングをしつつ、逃げ惑う市民に酸を投擲している。

その酸は凄まじい勢いで射出されていて、市民が隠れている家を貫通し。大きな被害を出しているようだった。

即座に大兄が一匹を叩き落とす。

それで、一斉に振り返る怪物。

全身が禍々しい黄色と黒のカラーリングで、顔つきもα型に比べて狂猛そうである。

「アレは……警戒色ッスか?」

「警戒色?」

「一部の生物は、わざと派手なカラーリングにしている事があるんスよ。 特に猛毒をもっているような生物はね」

それで自分の危険性を示し。

敵に分かりやすく脅威を伝えて、無駄な戦闘を避けているのだそうだ。

それにだ。

「あれは、蜂に似てるッスねえ」

「蜂なら、聞いた事がある。 確かギアナ高地で最初に発見された昆虫だったな」

「そうっスよ。 蟻と違ってギアナ高地の全域に分布していて、木の枝などに巣を作る習性があるんスよ。 蜂の巣を叩くと一斉に出て来て反撃してくることから、蜂の巣をつつくなんて諺が出来たりしたりした、多分一番知られている昆虫ッスね」

それは、三城も前に聞いたことがある。

ギアナ高地の調査隊が大きな被害を出した、とかいう話があるからだ。

毒針を持ち凶暴で、一斉に刺してくると言う。

毒にはアナフィラキーショックを誘発する効果もあり。

一時はそんな恐ろしい生物がいるとかで、ギアナ高地は話題になったそうである。

三城が産まれる前の話だ。

いずれにしても、総員で攻撃を開始。飛行する怪物を、片っ端から撃つ。

幸い装甲はβ型と大して変わらない様子だが、なにしろ上を取ってくる相手だ。兵士達が、恐怖の声を上げる。

「恐ろしい化け物だ! 針みたいに飛ばしてくる酸に気をつけろ! 出力がヤバイ!」

「キャリバンを要請してくれ! 生きている市民を一人でも救出するんだ!」

「くそっ! 手がぶれてあたらねえ!」

「狙撃に自信が無い兵士はショットガンに切り替えろ!」

大兄が指示を出して、我先に兵士は補給車に走る。

上空にわっと群がってくる飛行する怪物だが。一華の猛烈なニクスからの反撃と。飛行しながら広域制圧の射撃を叩き込む小兄。更に雷撃銃で三城が残りを叩き落としていき。面倒な動きをしているのは大兄が片付けて行く事で、見る間に減っていく。

だが、あちこちから集まってくる。

兵士達はやっとショットガンを持ち出し、上空に向けて放つ。

飛行するのは大変だ。

これはフライトユニットを使うようになってから、三城は思い知らされた。

どうやら怪物もそれは同じ様子で。

少しでも攻撃を受けると、すぐに地面に降りて体勢を整えようとする様子だ。なるほど、そういうことか。

「少しでも攻撃が擦ると、地面に降りる」

「よし、何人かはショットガンで空中に雑に制圧射撃をばらまけ! 他の者は降りて来た奴に集中砲火! グレイプは空中の敵よりも、降りて来た奴を狙え!」

「イエッサ! やってやる!」

対応策が分かれば、士気も戻ってくる。

大兄の指示で、兵士達がそれぞれ動く。確かに今EDFの兵士に支給されている対怪物用のショットガンは、一発ずつが象撃ち銃の弾くらいはある。それが当たれば、少数でも流石に怪物でも多少は怯んでくれる。

ましてや飛んでいる事で、体内構造は繊細なはずだ。

なおさら、すぐに降りて一度体の状態を確認する必要があるのだろう。

雷撃銃で射撃を続けながら、飛んでくる怪物を少しでも叩き落とす。

この雷撃銃もかなり良いが。しかし飛んでくる怪物は、α型以上の物量で勝負を仕掛けて来る傾向がある様子だ。

さっきから、群れ単位で飛んでくる。

或いは狙っていた市民を殺したから飛んできているのかも知れない。

いずれにしても、非常に危険な存在だ。

「此方戦略情報部。 戦闘中のアンノウンについて確認しました。 南米で少し前に確認された新種です。 恐らく日本でも、テレポーションシップから投下されたのだと思われます」

「此方千葉中将。 危険なアンノウンだ。 少しでも戦闘データをとり、更には殲滅してほしい。 援軍を送る。 村上班、くれぐれも気を付けてくれ」

「イエッサ」

最初からもっと兵がいれば。

いや、その場合は大きな被害を受けていた可能性が高いのか。

いずれにしても、戦い続けるしかない。

「あいつら、こっちの動きを見てる。 やっぱり少数が前でおとりになって、側面後方に回り込もうとしてくる」

「α型と習性は似ているな」

「グレイプに隠れている兵士達は気を付けて」

「分かった!」

兵士達も、比較的戦闘がマシな方な日本にいる者達だ。ある程度は戦闘経験を積めているし。

何よりも戦闘を経験して生き残っている自信もあるのだろう。

すぐに的確な指示を貰えば、それで動ける様子だ。

また、大量の群れが来る。ニクスには大量の酸が叩き込まれているが。前衛で頑張ってくれている。

ただ。思ったより速く一華が告げてくる。

「この針みたいな酸の火力、見かけよりずっとヤバイッスよ。 多分出力が高いんスね」

「ニクスのダメージが大きいのか」

「かなりヤバイッスね。 これの対応が終わったら、ちょっと補給をしないと壊れるッス」

「分かった、すぐに殲滅する」

激しい戦闘を続ける中。何とかわずかな時間を作る。その間にニクスは後退して、装甲を補強。

代わりに小兄が前に出て。敵の猛攻のおとりになる。

三城はそれが出来ない。というか、むしろやろうとすると危険ですらある。

電撃銃で、ひっきりなしに来る飛ぶ怪物を撃退しているうちに、援軍が来た。

戦闘車両だ。

周囲に随伴歩兵がいるが、困惑していた。

「本当に怪物が飛んでいるぞ……!」

「良い機会だ。 ネグリング自走ロケット砲の火力、見せてやる!」

「敵をネグリングに近づけるな!」

「分かっている! 戦闘データは見ていた! 近づいて来た敵はショットガンで叩き落としてやる!」

ネグリングとやらは、MLRSに似ていた。

MLRSは大量のミサイルを放って、敵地を文字通り更地にする兵器である。

確か20世紀の末期に登場した兵器で、これでの攻撃を受けた兵士は「鉄の雨」と呼んで怖れたとか。

ネグリングは、ミサイルポッドを向けると。数十のミサイルを連続で発射。それは避けようとする飛行する怪物に、情け容赦なく追いついて、撃墜していった。

爆発が連鎖して、兵士達が歓声を上げる。

「おおっ!」

「すげえ! EDF! EDF!」

「先進技術研肝いりの新兵器の一つだ! ただし脆いから、敵の接近は許すなよ!」

ネグリングの周囲に、兵士達が展開。グレイプも展開する。

大兄も、その部隊と合流すると、彼方此方から集まってくる怪物を迎撃し続ける。

ネグリングとやらの火力は凶悪極まりなく。

時々長時間の補給を必要としたが。

それでも、一度狙われた飛ぶ怪物はどうにもならなかった。

その間に、キャリバンを多数手配。

スカウトも派遣して、生き残った民間人の救助に当たらせる。

怪物の群れが見える。

どれだけ飛んでくれば気が済むというのか。

「あの怪物はどこから来ている!」

「飛行経路を逆算しています。 どうやら数時間ほど前に、ベース228近辺にいたテレポーションシップが投下したようです」

「くそっ!」

「あの基地は今や敵の前哨基地となっています。 いずれ奪還作戦が必要になるでしょう」

淡々と戦略情報部は言うが。

そもそも怪生物の縄張りにある。もしも軍を送っている途中に怪生物に襲われたらひとたまりもない。

しかもエルギヌスなら兎も角。

アフリカでは、エルギヌスでは無い怪生物が目撃されているというではないか。

それがマザーモンスターなどの見間違えだったらいいのだが。

アフリカをプライマーが実験場にしていた事を考えると。

更に別のがいてもおかしくない。

「見ろ! 大きな群れだ!」

「!」

大兄が反応。少し遅れたが、三城も感じ取った。

凄まじい殺気だ。

群れの規模はそこまででもないが、中になんか遠近感がおかしいのがいる。

つまり、大きいと言う事だ。

「映像確認。 マザーモンスターのような女王個体と判断します」

「五十メートルはある! あんなのが飛ぶのか!」

「マザーモンスターは桁外れの戦闘力を持っていた。 ネグリングと他の兵士は随伴歩兵を集中的に狙ってくれ。 俺があの大きいのを狙撃する。 弐分、三城、一華。 手伝ってくれ」

無言で三城は補給車へ走り、装備を取りだす。

モンスター型レーザー砲。そう、スプリガンのジャンヌ少佐が使っていたあれだ。使えそうだと思って、申請したら通った。

一部のウィングダイバーにしか支給されていないらしいのだが。三城にも支給して良いだろうと本部は判断してくれたらしい。

小兄は、大口径砲を取りだす。

補給を終えた一華のニクスも、前に出た。肩の砲台で、狙うのだろう。

「よし、行くぞ! あのデカブツを叩き落とす!」

大兄の狙撃が、大きいのに直撃する。

ヘリと同等以上の速度で飛んでくる怪物ども。ネグリングと、兵士達が迎えうつ。

三城もモンスター型レーザー砲をぶっ放すが、確かにフライトユニットの全エネルギーを一瞬で食われた。

だが、直撃した瞬間。

巨大な怪物は、あからさまに怯むのが見えた。

「やはり飛んでいるから構造が脆い」

「だが飛ぶ生物は大きな攻撃力を持っていることが多い。 絶対に近付かせるわけにはいかない」

「大兄、分かってる」

「よし、分かっているならそのまま集中攻撃だ!」

怪物の群れは、既に前衛に接触しているが。

ショットガンをもった部隊が奮戦して、必死に気を引いてくれている。援軍で来てくれたフェンサー部隊もかなり頑張ってくれている。

彼らの奮戦を、無駄には出来ない。

「グレイプ4、大破! 脱出する!」

「此方グレイプ6、そろそろ限界だ!」

「大破したら即座に脱出しろ! 今はともかく、敵の殲滅を優先しろ!」

大きい奴は、怯みながらも、確実に近づいて来ている。

やはりあのマザーモンスターと大して変わりが無い大きさのようだ。いや、大きさ的には一回り上かも知れない。

とにかく、徹底的に撃つ。放つ。射撃を続けて、ひたすら傷をつける。

最初にモンスター型レーザー砲で穿った地点を狙うが、流石に大兄のように「当ててから放つ」の領域には遠い。

しかし、傷つけた箇所は大兄が積極的に撃ち抜いてくれる。それで、確実に大きい奴の動きも鈍っている。

「此方、グレイプ2、脱出!」

「ネグリングは無事か!」

「残念だが厳しい! 最後のミサイルを全弾発射後、後方にさがる!」

「分かった!」

遠くからどんどん集まってくる飛ぶ怪物。小田原は壊滅的な被害を受けてしまっているとみて良い。

それでも、此処で奮戦すればそれだけ地下などに隠れている市民が命を拾う。

そう思って、戦い続ける。

至近に、飛ぶ怪物の放った針のような酸が炸裂するが、無視。

兵士達にも負傷者が増えているが、そのまま大きな怪物を見据え。そして、レーザー砲で撃ち抜く。

小兄の大口径砲も、ニクスの肩の砲台も。次々に着弾し。そして、とどめを大兄のライサンダー2が刺す。

ついに、致命傷を受けた大きいのが、悲鳴を上げながら落ちていった。

だが、随分と柔らかく落ちていく。

あれほどの巨大さでありながら、不可思議な話ではあった。

「巨大怪物、撃破!」

「おおっ! EDF! EDFっ!」

「残りを撃破しつつ、小田原の市民を救出する!」

攻勢に出る。

残った怪物も一歩も引かないが、それでも何度か来た増援と、奮戦してくれたスカウトの事もある。

夕方には、戦闘に決着がついた。

「これほどの数の怪物を撃破するとは。 村上班の評価を更に上げなければなりませんね」

「それはどうも……」

戦略情報部の少佐にぼやき返したのは一華だ。

更に、いつものを戦略情報部はやるのだった。

「以降、空を飛ぶ怪物を飛行型侵略生物、女王と思われる巨大な怪物をクイーンと呼称します。 飛行すると言う事は、広範囲に拡散し、更に繁殖した場合には手がつけられなくなることを意味します。 今までに出現した怪物よりも、一ランク上の危険性をもつと判断し、対応には注意してください」

「ネグリングの配備を急がせる」

「お願いします」

千葉中将も、少し声が疲れている様子だった。

三城は、周囲を見回す。

ずっとテレポーションシップに居座られ。

そいつらがいなくなった後、やっと人が戻り始めていた小田原は。

また、地獄絵図と化していた。

幸いにも、戻って来ていた人は少なかったのだろう。

それだけが救いだったかも知れない。

キャリバンが行き来している。もう、此処にいても無駄だ。だが、怪物がまた来るかも知れない。

それに備えて。しばらくは此処で待機することとする。

補給車から、クラゲのドローンを取りだして、ぎゅっと抱きしめる。

不思議とこれが落ち着く。

一華もニクスの中で、梟のドローンを頭に乗せていると聞いている。

それと同じ事なのだろう。

しばらく落ち着いた後、ニクスの様子を見に行く。

酷い有様だった。

良く最後まで動かせたなと、感心してしまった。

「ニクス、酷い姿」

「何、戦って可能な範囲で人を守った。 こいつも本望の筈ッスよ」

「……」

「構想段階だそうッスけど、プロテウスって大型コンバットフレームのプロトタイプがロールアウトしたらしくって、量産型の建造をするかしないかって話があるらしいッスねえ。 それを回してくれれば、有り難いんスけど」

それには、多分大兄が大佐くらいにならないと無理だろうな。

そう思いながら、少し高い所へ上がる。

まだ、敵の残党がいるかも知れないからだ。

激戦が行われた小田原は、彼方此方で火の手も上がっていた。

無線を聞く。

兵士の負傷も多かったが。民間人がやはりかなり命を落とした様子だ。あの飛行型という怪物は、人間への殺傷能力がβ型以上と見るべきなのかも知れない。しかもヘリ並みの速度で飛ぶ。

大きな脅威と言えるだろう。

周囲を見回していると、大兄から通信が来る。

「三城、戻ってこい。 一度東京基地に戻る。 怪生物撃滅作戦をいよいよ始動するそうで、村上班も参加するそうだ。 ミーティングには、三城にも出てほしい、ということだ」

「分かった」

皆の所に戻る。

ミーティングをするなら、参加する必要は確かにある。

怪生物の撃破。EDFにとっては至上命題に近い。

それに東京基地でちらっとだけ見たが、EMC十両は既に戦闘可能な状態にあるという。

今回はきちんと稼働実験も済ませ、戦闘が出来る状況にまで持ち込んでいる、ということである。

以前のK6作戦では、まともに稼働すらせず逃げ帰ったらしいが。

当時の担当者は降格され。

今、どんどん先進科学研で新兵器を作っているという人物が改良を行った結果。とんでもない火力を投射できる兵器が完成したと言う事だ。

いずれにしても、小田原の安全は確保された。

村上班と入れ替わりに、戦車部隊が来る。小田原の安全を確保するための抑えである。また、空を飛ぶ怪物、飛行型についてもスカウトが派遣され、調査が開始されたようだった。

そして、足が遅いEMCが、戦地に向けて移動を開始し始めていた。帰り道にすれ違った。

巨大な車体にパラボナアンテナを乗せたような姿。

だが、動きは鈍そうだし。怪生物に接近されたら終わりだろう。

これは、前衛の負担が大きくなりそうだな。

そう、三城は思い。

今から憂鬱だなと、考えるのだった。

 

2、激突と遭遇

 

静岡。

EDFや世界政府が設立される前から要塞都市として知られていた場所だ。その目前に、エルギヌスが横たわっていた。

直前に、エルギヌスの進路を予測したEDFが爆撃を行った。

フォボスによる連続の爆撃を、交差するように浴びせ。その中心点に怪生物エルギヌスを上手く誘き寄せたのだ。

歴戦のヘリパイロット達の技と。

新鋭機ながら、傑作機として知られるようになったフォボスのパイロットの技量が噛み合った結果だ。

弐分は、既に先発隊とともに。

焼け野原になった一角で、エルギヌスが横たわっているのを見ている。

最前列には村上班。

荒木班にも協力してほしかったのだが、残念ながら間に合わなかった。

しかしながら、今回EDFは本気だ。

東京基地から、タンク120両、タイタン10両が既に展開。

この他、二個師団の兵力が、既に周囲に展開を終えている。

これは対エルギヌスだけではない。

228基地。

プライマーとの開戦の日に陥落したあの基地の方面から。

同じく師団規模か、それ以上の戦力が到来している事が判明したからである。

せっせと蓄えていた兵力を、思い切り叩き付けることにしたらしい。

このままだと。またEDFは蹂躙の限りを尽くされ。特に東京基地が危険にさらされる事になる。

大阪基地に増産した兵器や、何とか新兵にまで仕上げた兵士達をせっせと送っている拠点である東京基地が落ちると、EDFの不利は一層深刻になる。

故に今回、EDFは相当な本気を出してきているという事だ。

更に一個師団が後詰めとして展開し。

それに加えて、先進科学研で先日実用化に移されたという更なる新兵器も、東京基地を出たばかりだという。

この兵器については、開戦前から開発が進められていたものらしい。

古くは米軍などでも開発を想定していたらしいのだが。

大きな欠陥があって、どうしても開発は進まなかったそうだ。

それを先進科学研が引き継いで、完成させた。

そういうものだそうである。

いずれにしても、村上班の赤いニクスと。既に対怪生物を想定して、皆も装備を変更している。

大兄は、改良を更に加えたライサンダー2の試作品を渡されている。

さっき何度か試射していたが、撃ち心地はかなり良いそうだ。

反動が小さくなっていて、火力はそのまま。つまり、今まで以上の速度で連射できるらしい。

ということは、今まで以上に使える兵士が増えると言う事で。

大兄も、更に狙撃がはかどることだろう。

三城は近距離熱兵器の新型。

今までよりも更に火力が上がり。火力の指向性も増している、ファランクス型の最新型を渡されている。

ウィングダイバーは損耗も大きいが。

各地で戦闘データが大量に取れている事もある。

新しい兵器の支給と開発については、かなり進んでいるようだった。

弐分にも新兵器が渡されている。

対怪生物を意識した、超火力の熱線兵器。ディスラプターである。

非常に巨大な熱線兵器で、一度放ちはじめると打ちっ放しになり。戦場でリロードも出来ないので使いっきりになる代物だが。

その火力は、短時間ならこれからここに来るEMCにも負けないそうである。

これを二丁。

既に装備を終えていた。

また、補給トラックには、ニクス用のパーツなどを用意して貰い。

補給トラックは三両。

最前衛の村上班には二個中隊の兵が指揮下に入り。

タンクだけで十両。

怪生物が突貫してきた時のために、グレイプも二十両以上が展開していた。

怪生物は大きい。

全長は七十メートル以上と言うが、それ以上の大きさにすら見える。

以前の戦闘データから、此奴が戦車を玩具のように弾き飛ばすほどのパワーを持っている事は既に分かっている。

兵士達は軽口を叩きながらも。

冷や汗を掻いているのが、弐分から見ても明らかだった。

「フォボスの爆撃がモロに決まったらしいぜ」

「流石のエルギヌスもおだぶつか」

「新開発のEMCは鈍重らしいが、あのガタイだ。 流石に外しようがねえぜ」

「今日こそ奴を墓の下に叩き込んでやる」

口々にいう兵士達。

ため息をつくと、大兄と軽く話しておく。

「大兄、あれは……」

「ああ、恐らくはまだ余裕で生きているな。 多分寝ているだけだ」

「そうなると我々が最前衛として、なんとしてもEMCが照射されるまでの時間を稼がないといけないな」

「……弐分、ディスラプターの予備は用意して貰っている。 後、一華には負担を掛けるが、戦車隊、グレイプ隊の戦闘支援も出来るように許可を貰っている」

そうか、そうだろうな。

更に各地から派遣されて来た部隊が、展開を続ける中。

ついにEMCが戦場に姿を見せていた。

EDFの切り札。

火力だけなら、核兵器を除けば。いや、戦術核すらも上回るという噂がある。それが一両ずつ、村上班もいる前衛に向けて展開を進めている。

何でも有効射程距離がそれほど長くは無いらしい。

原理を聞く限り、陽電子を対消滅させ。圧倒的な熱量を作り出して、それを叩き込む代物だそうであり。

確かにあまり長距離を飛ばすと、熱量が拡散してしまう事になる。

三両ずつ両翼に。

四両が村上班後方にそれぞれ展開。

村上班も、少し陣列を開けて、EMCの射線からは外れるように兵士達には指示。兵士達も、フレンドリファイヤ。それもEMCのは怖いのだろう。そそくさと従った。

千葉中将が、演説を始める。

「エルギヌスに対して、今までEDFは各地で戦闘を行うことを避けてきた。 奴の戦闘力の次元が文字通り違ったからだ。 それも今日までとなる。 今日、EMCの集中運用により、エルギヌスを倒す!」

「おおっ! EDF! EDF!」

「まずは爆撃でエルギヌスに更なるダメージを与える。 皆、エルギヌスへの接近は避けるように」

フォボスが飛んでくる、あのきんという独特の音が聞こえた。

布陣している戦力は、それぞれが指定された位置まで既にさがっている。

更に増強され、二個師団半くらいの兵力がいるが。

それでも、まだ不安なのかも知れない。

フォボスが来た。

やはり交差するようにして、爆撃の中心点にエルギヌスをおくつもりのようだ。

大量の爆弾が投下され。

先に右から来たフォボスが。ついで左から来たフォボスが、大量の爆弾を投下する。

凄まじい爆発が連鎖して、文字通りきのこ雲が上がるが。

それで奴が倒せるとは、とても弐分には思えなかった。

ディスラプターを温める。

「総員、攻撃用意。 総力戦だ」

「えっ!?」

「し、しかし」

「良いから総力戦を用意しろ。 火力投射準備!」

大兄が、かなり荒く兵士達に指示する。

分かっているのだ。

濛々たる煙の中で、エルギヌスが立ち上がる事が。むしろ奴は、気持ちよく寝ている所を叩き起こされ、確実に機嫌を損ねていた。

呆然としている兵士達の前で、エルギヌスが首を横に振る。

叩き起こしやがって。

そう言っているように見えた。

即座に弐分と三城が前方に飛ぶ。

「総員攻撃を開始! 二人を支援しろ!」

「空爆は効果無しと判断する。 EMC、照射準備!」

「EMC、出力上昇。 発射まで、10、9……」

「弐分、三城。 時間を稼いだら、即座に離れろ」

無言でそのまま突貫。

起き上がり、突貫を噛まそうとするエルギヌスの顔面至近に出た三城がファランクスを叩き込む。

更に、一瞬遅れて敵の懐に突貫した弐分が、ディスラプターの全火力をエルギヌスに叩き込んでいた。

文字通り出鼻を挫かれたエルギヌスが、凄まじい不快そうな咆哮を上げるが。

そのまま、ディスラプターの全火力を叩き込む。

本来だったら、これだけであのマザーモンスターですらも倒せる程の火力であり。事実エルギヌスの腹はかなり傷が穿たれているが。それも見る間に塞がりつつある。どれだけの化け物か此奴は。

更に、戦車が射撃を開始。

グレイプも、歩兵達も一斉に攻撃を開始した。

「よし、弐分、三城、さがれ!」

「分かった!」

「……」

離れると同時に、戦車百両。その倍以上の歩兵戦闘車から、一斉に攻撃が打ち込まれ、全弾が着弾した。

戦車の射撃管制システムは、エイブラムスの頃から更に進化している。動きを止められたこんなデカブツ相手に、外すような代物ではない。

着地してから、さがる。

凄まじい火力投射が行われるのを見ながら、やっと足を止めて様子を見た。

「よし、EMC照射! フォーメーションを保ったまま斉射を続けろ!」

「全車、攻撃開始!」

EMCの凄まじい熱量が、エルギヌスを直撃する。

放たれたのは。もはや高温すぎて青白い熱線の塊。レーザーのような線ではなく、極太のプラズマの流れだった。

それが、大量の戦車砲とともに、エルギヌスを直撃する。

エルギヌスが、突貫を止め。

初めて、苦痛の悲鳴を上げた。

千葉中将が、更に出力を上げるように指示。

「効いているぞ! そのまま出力を上げろ!」

「よし、我々は奴の後方に展開する。 後方から効力射を浴びせて、敵の動きを拘束する」

「了解!」

事前の作戦通りに動く。

弐分はすぐに補給車に飛び込み、残りのディスラプターに換装。打ち切ってすぐにエネルギーを再装填は出来ないが。基地に戻れば再装填は出来る。古い方を捨てるわけではない。

そのまま、先に飛んで行った三城を追う。

両翼の部隊は前進しながら、エルギヌスの左右後方に回り込み、戦車砲の雨霰を叩き込む。

EMCは見かけ通り鈍重で、殆ど動けないが。それでも、さがろうとするエルギヌスに照準を合わせ続け、大火力の投射を続けていた。

見る間にエルギヌスの全身が、紫色に変色している。

全身の血が流れ出て、それが蒸発して体中にこびりついていると言う事だ。

奴の足下は溶岩化し、赤熱さえしている。

それほどの凄まじい熱量に拘束されているのに、エルギヌスはまだ逃れようとしているが。

その動きを防ぐように、戦車隊が猛烈な攻撃を浴びせ続ける。

「よし、確実にエルギヌスにダメージを与えている! もう少しだ!」

「スカウトより連絡! 新たな怪生物です!」

「なんだと! 日本にはエルギヌスは一体しか確認されていない筈だ!」

「それが、ベース228方面から来ているようです!」

おのれ。

千葉中将が叫ぶ。

ベース228は敵の前哨基地になっているが。それにしても、これほど好き勝手をされれば流石に不愉快なのだろう。

いずれにしても、出来るだけ急いで決着を付けなければならない。

三城がドラグーンランスを叩き込むのを横目に、弐分もディスラプターの全火力を解放。

このまま、エルギヌスを焼き切る。

凄まじい絶叫を上げながら、雷撃を吐こうとするエルギヌスだが。

その口の中に、大兄の射撃が飛び込んだ。

更に、傷口を恐らく一華が射撃管制しているのだろう。確実に戦車砲が抉り続けている。

其処に、またドラグーンランスの超火力を三城が叩き込み。

また、ふんばった弐分も、ディスラプターの全火力を打ち込む。

見えた。

エルギヌスの右腕が、融解して剥落した。尻尾を振り回して。最後の抵抗をしようとするエルギヌスの腹が大きく溶けて、地面にぼとぼとと落ちていく。

背中に走っていたスパークが、虚しく空中に溶け消える。

骨が見える。

内臓が落ちていくのが分かる。

それでも凄まじい生命力を見せつけて、エルギヌスが吠え猛るのを見て。兵士達が悲鳴を上げるが。

だが、ディスラプターを打ち切った頃には。

EMCは一度射撃を停止。

大兄が。指示を出していた。

「二匹目が接近している! 全員、陣形を組み直せ! 弐分、三城、戻って来てくれ」

「了解!」

「……リーダー。 ちょっとマズいッスすねこれ」

千葉中将も指示を出し。前進していた両翼も下がり続ける中、一華が言う。

一華が言うには、どうも接近してきているのは、エルギヌスではないようだ。

「アフリカで噂があった別の怪生物ッスよ。 スカウトの画像を解析したけれど、エルギヌスには似ても似つかないッスわ。 その上後方からは、大量の敵兵も続いているッスねえ」

「……分かった。 どうにか時間を稼ぐしかないだろう」

「……」

一華が露骨に大きな溜息をつくが。

それを誰も咎めない。

そして、目の前では。

ついに力尽きたエルギヌスが。地面に倒れる。既にその体は全身痛々しいまでに紫色に変色し。

体の彼方此方がもげ落ち溶け落ちて、原型を残していなかった。

哀れな姿だ。

世界中で此奴の同類が暴れ回っているにしても。

此処まで、生物としての尊厳を奪う死を迎えることになるとは。

ジュウジュウと、地面が凄い音を立てている。

それだけ、EMCの凄まじい熱量が、集中していたと言う事だ。

「新たな怪生物、二時方向から来ます!」

「EMC、第二射いけるか」

「可能ですが、出力がかなり落ちます」

「くそっ。 限界まで熱投射したら後退しろ。 爆撃機は」

四機のフォボスが向かっているという。

それに加えて、高速戦闘爆撃機カムイも来ているそうだ。

カムイも新鋭機の一つ。

機銃掃射に特化した強力な戦闘爆撃機で、各地で怪物相手に大きな効果を発揮しているらしい。

だが。怪生物が相手となると。

凄まじい再生能力を持っていても不思議では無い。ディスラプターをもう一セットもってきていれば。

そう思いながら、補給車に弐分は走る。すぐに大口径砲を装備するが。これで足止めが出来るかどうか。

「現在、この地点に今までに無いプライマーの大軍勢が迫っている。 東京基地でも総力を挙げて支援をする予定だ。 皆、まずは怪生物を退け。 その後に続く大軍に備えてほしい!」

「エルギヌスをやったんだ! やれる!」

「奴はくたばった! 同じようにやってやるぞ!」

兵士達は意気上がっている。

EDFとしても、エルギヌスを撃破出来ることが判明して、意気は上がっているだろう。

問題は、新しい怪生物が出てきた事だ。

そんなもの、これから対応できるかどうか。

エルギヌスの死体が、殆ど原形も残さず崩れているのを嘲笑うかのように。

それが遠くから、姿を見せた。

「怪生物だ!」

「スカウトより連絡! 新しい怪生物は、あれに間違いありません!」

「EMC!」

「発射態勢に入った。 10,9……」

それは全体的に丸っこい体をしていて、二足獣の動きをしていたエルギヌスと違い、体勢が低く四足獣の動きに近かった。

更に、丸まって転がりながらとんでも無い速度で接近して来る。

あれは、まずい。

動きが速すぎる。

多分、EMCの性能では、あの熱線を当てる事は厳しいのではあるまいか。

しかも、転がりながら溶岩のようなものをばらまき。それが爆裂している。超高熱が空気に触れ、プラズマ化させ爆発しているのだ。

「戦車隊、攻撃開始!」

千葉中将が指示を出す。更に、タイタンも前面に出ると、レクイエム砲を放ちはじめる。

それをサイドステップで、エルギヌス以上に華麗にかわしてみせる新しい怪生物。戦略情報部が、通信を入れてくる。

「新しい怪生物は、アフリカで部分的に情報を得られていたものと酷似しています。 恐らくは、同じ存在でしょう。 以降、怪生物をアーケルスと呼称します。 非常に動きが素早いようです。 更に広域攻撃に特化しています。 気をつけてください」

「気を付けろって、どうやって!」

戦車砲がかなり外れている程だ。

EMCも、どうしていいか困惑している中。確実にサイドステップと転がるのを繰り返しながら、アーケルスは距離を詰めてくる。

そんな中。勇敢に躍りかかった三城が、ドラグーンランスを目に叩き込む。

一瞬だけ動きを止めるアーケルスに、大口径砲を連射。更に、村上班の指揮下に入っている戦車隊も、総攻撃を開始して。一瞬だけ足を止めるアーケルス。

EMCが、総攻撃を開始。

タイタンのレクイエム砲も、次々着弾した。

「新兵器はどうなっている」

「現在、此方に全速力で向かっています」

「間に合いそうにないな……。 爆撃は」

「既に接敵前に実行しましたが、ことごとく回避されています」

千葉中将が呻くのが聞こえた。

いずれにしても、EMCの火力は、エルギヌスを溶かし殺した時に比べて、明らかに落ちている。

確かにエルギヌスを焼き殺すには充分だっただろうが。

此奴は、ちょっと厳しいかも知れない。

アーケルスが、左翼の戦車隊にごろんと突入して。戦車数体を吹き飛ばし、兵士達を赤い霧に変えながら。更に大量の溶岩をばらまいた。

爆裂と同時に、人間だったものの肉片や、兵器だったものの残骸が消し飛ぶのが見えた。

これは。もはや生物とすらいえない。

EMCも出力が落ちているとは言え、直撃はした。

だが、回復していくのが一目で分かる程だ。

とんでも無い回復力。

恐らくだが、エルギヌス以上と見ていい。

「左翼、ダメージ甚大! 交戦を諦め後退します!」

「もういいさがれ! EMCは!」

「これ以上出力が上がらない! エルギヌスを倒すのに全パワーを使い切ってしまった模様!」

「くっ。 想定外の事態があまりにも大きすぎたか。 やむを得ない。 EMCは撤退を開始しろ!」

アーケルスは更に転がってくるが。

其処に立ちふさがったニクスの部隊が、一斉射を浴びせる。数機はアーケルスに蹂躙されるが。

一華のと同じ肩砲台を装備している機体が、一斉攻撃を浴びせて、足を止めることに成功。

更にドラグーンランスの一撃が効いているのを見たのだろう。

ウィングダイバー隊が、勇敢に接近して。一斉にドラグーンランスを叩き込む。

だが、五月蠅そうに手を振るったアーケルスが。

その中の数人を、無慈悲に消し飛ばしていた。

はたき落とす、等という光景では無い。

当たった瞬間に、もう何も残らず消し飛んでしまう。

目を背けたくなる光景だが。

ドラグーンランスの一撃が入った地点に、大兄と息を合わせて当てる。まだ当ててから放つ領域には無い弐分だが。

それでもやる。

トリプルピンホールショットが決まると、流石に不愉快そうにアーケルスが此方を見る。

獰猛そうだったエルギヌスと違う。恐竜を思わせる姿だったエルギヌスと違って、此奴はなんだ。

少なくともアーケルスは顔は四角く、目は前についている。

目が前についているのは。確か弐分も前に話を聞いたことがある。ものを立体的に見て、獲物を捕りやすくするためだとか。

これに対して目が横についている生物は、視界を広く確保して、敵の発見を早めるのだそうだ。

アーケルスはそういう意味で。エルギヌスの上位にいる存在なのかも知れない。

タイタンのレクイエム砲が連続して決まり。そのうちの一発が、エルギヌスの傷口を穿った。

流石に鬱陶しいと感じたらしく、アーケルスが転がりながらさがっていく。

兵士達の損害は甚大だ。

特に一個旅団を構成していた左翼部隊は、その半数以上が行動不能に陥る、文字通りの全滅状態だった。

敵の大軍勢が迫っている状況でこれだ。

「アーケルスに追撃をかけますか」

「奴は余裕綽々で引いていった。 追って倒せる相手では無い。 EMCを揃えても倒せるかどうか。 今は、ここに来る大軍勢に備える必要がある。 各部隊、これより再編制を行う! キャリバンは総力を挙げて展開し、負傷者を救出! 新兵器の到着まで持ち堪えろ!」

「了解しました」

悔しそうに、各部隊の指揮官が千葉中将の指示に従う。

被害は、弐分にも聞こえてきた。

戦死だけで千二百を超えるという。タイタン二両、戦車二十六両、グレイプ五十三両、ニクス四機が大破。

悔しいが、アーケルスというあの怪生物相手に。

EDFは何も出来なかったと言う事になる。

「エルギヌスは倒す事が出来た。 同じ方法で、各地に現れたエルギヌスは倒す事が可能だろう。 だが、あの新しい怪生物は……」

千葉中将が、それ以上の言葉を口にするのを避けた。

確かに弐分にも。

アレを倒せる自信はなかった。

「敵の軍勢が迫っています。 飛行型を含む怪物全種、コロニスト、今だないほどの物量です」

「タイタン、展開を終えたか」

「此方タイタン。 全車両、展開完了。 あのデカブツならともかく、怪物やコロニスト程度なら、弾き返してみせる!」

「よし、タンクとニクスはそれぞれタイタンと連携して、敵を近づけるな。 各歩兵はそれぞれ展開し、随伴歩兵に」

どうやら横列陣を組んで、敵とのがっぷり組んでの正面戦闘を行うつもりのようだ。

そして、更には近くに来ていた砲兵隊と、爆弾を積み直したフォボスもまた来る予定であるらしい。

だが、敵はフォボスが出ればドローンを出してくるだろう。

空爆は、恐らく最初しか決まらないはずだ。砲兵隊による支援砲撃も、ドローンが来たら控えざるを得ないだろう。

ドローンは足が速く、砲兵隊は自衛能力を持たない。

そういうことだ。

「小田原付近に砲兵隊展開!」

「よし、一撃後離脱する準備を整えろ。 フォボスは」

「接敵時間には現地に間に合う」

「うむ。 総員、補給を整え、戦闘に備えろ! 敵は今までに無い大軍だ! これを打ち破れば、味方は大きく勝利に近付く!」

村上班は、全部隊の中央前衛に展開。

一番戦闘が激しくなる事確定の場所だ。そのまま、補給車には残って貰うが。さて、どれだけ生かして返してやれるか。

「敵には怪生物ほどではないですが、巨大な怪物もいるようです! 注意してください!」

「恐らくはマザーモンスターだろうな。 もう知られているから、出してきても問題ないという訳か……」

千葉中将が呻く。

スカウトからもたらされる情報を聞く度に。

どれだけ千葉中将が盛り上げようと努力しても、士気が下がるのが分かった。

 

3、激突

 

開けた平原は、日本にはあまりないが。

一応関東平野や濃尾平野など、そこそこに広い場所もある。

静岡にも、それほどではないにしても、富士平原という場所があり。そこそこの戦力が展開することが可能だ。

此処を抜かれれば市街地は文字通り焼け野原にされる。

静岡にある幾つかの都市からの避難はエルギヌス打倒作戦の時に行われて既に完了はしているが。

まだ都市は原形を留めているし、インフラだって残っている。

もしも此処を突破されたら、それら全てが灰燼と化す。

此処で、敵を食い止めなければならなかった。

タイタンが横列陣を組み、更にタンク、ニクス、グレイプ。陸上戦闘車両が圧倒的な横列陣を組んでいる状況で。

長距離砲が、後方支援の準備を既に整えている。

「敵前衛、見えました!」

「おおっ……!」

兵士達が怯えた声を上げる。

まあ無理もないだろう。

コロニストだけで、軽く二百はいる。しかも、これは前衛部隊に過ぎないのだ。

「此処を抜かれれば、市街地は焼け野原だ。 そんな事はさせない。 この場所は、我等EDFで封鎖する!」

「EDF!」

誰かが叫ぶ。

恐怖を押し殺すように。

コロニスト達は、怪物を従えながら、悠々と攻めこんでくる。

此方は逆に、命なんて最初からどうでもいいようだ。

怪物も、平然とコロニストの随伴歩兵として進んできている。此方は見えているはずだ。怖れてすらもいない。

「砲兵の攻撃を開始する。 皆、前衛に出過ぎるな!」

「大型カノン砲、発射ァ!」

「巨大榴弾砲、斉射っ!」

声と同時に、無数の砲弾が。コロニストと怪物の群れに叩き込まれる。

見る間に、数十のコロニストと怪物が消し飛んでいた。アウトレンジからの無法な攻撃。だが、砲兵は火力投射が凄まじい反面、弾丸の再装填には大きく時間が掛かる。

更に、である。

フォボスが、来る。

横殴りに、コロニストと怪物に大量の爆弾を降らせる。

直撃した爆弾が、悉く炸裂する。

凄まじい爆炎が、敵を蹂躙し尽くすと。

流石に兵士達の顔にも、生気が戻るようだった。

だが。

煙が晴れてくると。壊滅した前衛など気にもしないように、次の敵部隊が来る。どうやら敵は、際限なく物量を、際限なくこの地点に投入するつもりらしい。

「攻撃開始! 敵を生かして返すな!」

「レクイエム砲の火力、見せてやるぞ! 怪物程度なら、タイタンは無敵だ! 怪我人はタイタンの影に隠れろ!」

「敵砲兵視認!」

「フェンサー隊前に! シールドを構えて、敵の注意を惹け!」

次々に指示が飛ぶ中、敵がどんどん前に詰めてくる。

東京基地の総力とも言える火力を浴びながら、それでも確実に前線は近付いていき。

やがて接触した。

コロニストが、至近にまで来る。

リーダーがこんな状況でも、あの赤いショットガン持ちのコロニストは優先して削ってくれているが。

それでも、凄まじい数だ。

射撃が集中して、次々にタンクが大破していく。

兵士がばたばた倒れ。

それと同じ以上に、コロニストが吹き飛ばされ、頭を引きちぎられ。レクイエム砲の直撃を受け。消し飛ぶ。

怪物も、ニクスの機銃を受けて文字通り消し飛んでいくが。

それでも、まるで何も怖れずに突貫してくる。

訓練によって恐怖を克服した兵士が、このような行動を取って敵を逆に怖れさせる事があるらしいが。

それは、凄まじい損耗を逆に招く諸刃の剣でもある。

人間だったら、だ。

一華は知っている。

敵はとんでもない物量を有しているから、こういうことが出来るのだと。

「敵第二陣接近! とんでもない大軍です!」

「飛行型の怪物だ!」

「ニクス、飛行型の相手に注力! タンクや歩兵には近付かせるな!」

「くそっ! こんな場所じゃ隠れる場所だってない! 撃たれ放題だ!」

兵士が叫ぶ。

村上班でも、一華は最前衛で戦い続けているが。確かにニクスへの被弾が多い。戦車隊は全部ニクスからの支援で動かしているから、確実に最高効率で敵を屠っているが。それでも厳しい。

負傷者が次々出て、キャリバンが後方へ搬送していく。

敵は際限なく物量を繰り出してくるのに対し。

味方の増援は、来そうにもない。

「タイタン4、大破!」

「くそっ! 何が動く要塞だ!」

「敵の物量が、要塞を抜くほどだって事ッスねえ……」

大破したタイタンから、兵士達が脱出しているのが見える。

タイタンにも限界あり、か。

そう思いながら、無心に前面の敵を片付け続ける。

「スプリガン、現着」

「おおっ! ありがたい!」

「どうやら酷い戦況のようだな。 総員前線に突撃! 空を飛ぶ不遜な怪物どもに思い知らせてやれ!」

「フーアー!」

ジャンヌ隊長の声。これは、少しは戦況は楽になるか。だが、二個師団が展開している戦場だ。

村上班だって、一個中隊で旅団規模の活躍をしているが。

それでも、支えるのには限界がある。

一個小隊程度のスプリガンが来て、何か役に立てるだろうか。

少数での戦闘がものを言う地下などでは役に立てたかも知れないが。

此処は手数がものをいう平原なのだ。

「右翼部隊に敵が猛攻を仕掛けて来ています!」

「左翼部隊、被害甚大!」

「持ち堪えろ! 新兵器が辿りつくまで、戦線を維持するんだ!」

「此方戦略情報部」

へいへい、少佐ね。

そうぼやきながら、一華は少し前に出ると、敵の砲兵部隊に肩砲台からの射撃を連続して叩き込む。

コロニストが直撃をくらい、砲撃がずれた。完全に誤爆の形になった砲撃が、敵の群れの真ん中を直撃する。

更に、接近してきている敵の中に飛び込んだ弐分と三城が、大暴れして敵の浸透をかなり遅らせてくれている。

少なくとも、前衛はまだまだいける。

タンクでの火力投射を更に苛烈に集中させる。目立つ動きをしているコロニストを、そうやって始末する。

村上班の指揮下にはタイタンは入っていないが。

それでも、充分過ぎる程だ。

リーダーは左右両翼に、超長距離狙撃を決めて、敵の目立つ攻勢地点を叩く戦術を開始した。

左右両翼への圧迫を抑えれば、それだけ味方が有利になる。

更に、だ。

増援が来る。

千葉中将も、いや恐らく戦略情報部も。

今回のエルギヌス討伐に、それだけ賭けていたと言うことだろう。

問題はアーケルスというとんでもない誤算が現れた事で。

対応しようがなかった事だが。

「此方戦略情報部。 グリムリーパーを派遣しました」

「! 精鋭中の精鋭が到着か。 規模は」

「二個小隊ほどです。 しかしながら、左右両翼に回します」

「うむ……」

グリムリーパーか。

戦場の死神として、連日報道されている英雄部隊。

なんでも、EDF設立のごたごたのなかで起きた紛争では。ゲリラに渡ったコンバットフレームを歩兵の肉弾攻撃で三機も撃退したらしく。

その凄まじい戦いぶりから、味方からも怖れられているとか。

「新兵器はまもなく到着する! スプリガンとグリムリーパーも来ている! 踏みとどまれ!」

千葉中将が吠える。

若干、味方が盛り返し始める。

更に敵の追加が来る。飛行型の怪物はあらかた既にニクスが叩き落としたが。その過程で味方も相当数のニクスを失った様子だ。

それでも、激しい交戦を続ける。

実際、此処を抜かれれば。一息に東京基地が落とされる可能性すらある。

それだけは。EDFの損失を考えると、許されない。

ここで敵の主力を葬る以外にないのだ。

「β型の大軍です!」

「ニクス、ミサイルを全弾使ってしまってかまわない! 何とか押し返せ!」

「コロニスト接近、多数! ショットガンをもっている奴も多数います!」

「くそっ……物量が多すぎる!」

何とか押し返し始めるが。それでも敵の物量は文字通り無尽蔵だ。

味方も時々少数の増援が来るが、焼け石に水。

そんな中、有り難い情報が届く。

「此方荒木班、現着。 敵の左翼部隊を攻撃する」

「到着したか!」

「少し遅れたが、どうにか間に合った。 攻撃開始!」

荒木班は、一個中隊ほどを連れている。かなり意気旺盛な部隊だ。敵が露骨に崩れ始める。

そうして、見た。

凄まじい勢いで、ジグザグに機動しながら。敵を屠っているフェンサー部隊がいる。

ほおと、感心していた。

うちの弐分と同じくらい動ける部隊がいるのか、と。

装備しているのは盾とスピアだけ。

すがすがしいまでの、近接戦闘特化の部隊だ。それで戦場の中で、コロニストだろうが怪物だろうが、情け容赦なく屠っている。

黒いフェンサースーツに、髑髏のマークがあしらわれた盾。

わかりやすい程の死神部隊だ。

それが、中央に向かっている。

なるほど。敵陣を横断して、敵を攪乱しつつダメージを与えるつもりか。文字通りの決死の攻撃だが。それでも意味は存分にある。

そして、敵も業を煮やしたらしい。

マザーモンスターが見え始めた。随伴歩兵に、相当数のコロニストもいる。

怪物も多数。とてもではないが、数え切れないほどだ。

「敵、巨大怪物接近! 七……八体はいます!」

「あの怪物の戦闘力は他とは次元違いだ! ニクス、タイタン、攻撃を集中しろ!」

「既に前線のAFV、ニクス、タイタンの火力半減! 抑えきれる状態ではありません!」

「おのれっ!」

千葉中将の声にも焦りが混じる。

それは当然だろう。

兵士達も必死に押し寄せる怪物とコロニストと戦闘中だが、もう右翼も左翼も一杯一杯だ。

横列陣の強みは、敵を包めば勝ちが確定すること。

弱みは何処かが崩れれば負けが確定することだ。

敵は典型的な魚鱗陣……一種の方陣を分厚く展開してきていて。それを続けざまにぶつけてきている。

本来なら後退が出来ない愚策ではあるのだが、命などどうでもいいプライマーにとっては、消耗する戦力など気にもならないのだろう。

命がどうでもいい存在にとっては、必ずしも同じ戦術が効果的とは限らない。

そういう事だ。

「タイタン5大破!」

「ニクス隊、既に損耗率20%!」

「このままだと押し切られます!」

「敵超巨大生物接近! まもなく酸の射程範囲に入ります!」

まずいなあ。

一華は思う。このまま行くと、多分兵が崩れ始める。そうなったら、後は一方的な殺戮だ。

中央の戦線は優位に保っているが、それでも左右両翼が完全に崩れたらもうアウトだろう。

それにさっきから、かなりの数のドローンが飛来している。

もう制空権は抑えられない。

例えばDE202からの航空支援があれば、あの大きいのにも痛打を浴びせられるだろうけれども。

この状況では、それも厳しいと判断するしか無い。

敵はこう言う場所で、航空爆撃が如何に威力を発揮するか良く知っている。

というか、人間の戦い方に、異様なほどに精通している。

まだ一年も戦っていないのにだ。

少しばかりおかしくは無いだろうか。

「リーダー、いいッスか」

「どうした」

「この戦い、多分勝てないッスよ。 増援の新兵器が来てもね」

「……それで?」

側に寄ってくる怪物を機銃で薙ぎ払い、肩砲台でコロニストをまとめて吹き飛ばす。

戦闘を続けながら、通信を続ける。

「恐らく、新兵器が来て一番良い結果は、この場にいる敵を叩き潰す、程度だと思うッスねえ。 そのタイミングで、撤退をするしかないかと思うッスけど」

「……分かった。 そうだな、それしか無いかも知れないな」

「タイタンやニクスをこれ以上失うと、多分大阪にいるあの移動基地をどうにも出来なくなるかと思うッスねえ」

「分かっている」

阿鼻叫喚の無線が響く中。

三城が戻ってくる。即座に武器を切り替えると、乱暴に腕に包帯を巻いて。また飛んで行った。

凄いなあ。まるで鉄砲の弾丸だ。

同年代の女子である一華だけれども。運動音痴は結局戦場に出続けても治っていないし。あれはとても真似できない。

弐分も戻って来て、盾を変えると、すぐに前線に躍り出ていく。

敵前線はかなり押し込んできていて。ついにマザーモンスターが攻撃を開始した様子である。

ニクスやタイタンで反撃しているが、それでも相当に厳しい相手だ。ニクスの中には、酸をモロに喰らって溶けてしまうものもあるようだ。

「ニクスが一瞬で! 化け物だ! とても手に負えない!」

「踏みとどまれ! 此処を抜かれると、もう東京基地は丸裸も同然だ! 各地の土地も一気に蹂躙される!」

「イプシロン自走レールガン、現着!」

「来たか!」

レールガンか。

新兵器の実力、見せてもらうしかないだろう。

レールガンは元々、電気式の鉄砲に過ぎない。それに電気をとんでもなく食うので、20世紀から理論上は存在していたが。結局各国でも正式採用は見送ったという曰く付きの兵器である。名前が格好いいこともあって、SF系統の作品にはたくさん出てくるのだが。

それがEDFに各国の軍が再編制され。

先進科学研で技術を統合した結果、もうすぐ実用化出来る状態にまで来ていると言う噂は。少し前から一華も聞いていた。

一華はニクスに関する改善案とか、他兵器に対する要望をどんどん先進科学研に送っている関係で、そういう話は嫌でも耳にするのだ。殆ど他人と直接喋らないにしても、である。

「急げ! レールガン、突貫してそのまま敵を殲滅しろ!」

「了解。 電磁誘導砲の破壊力、見せつけてやる!」

突貫してくるは、黒塗りの自走砲だ。戦車などは砲塔を旋回させることが出来るが、その機能を排除したものを自走砲という。

前面にしか当然火力投射は出来ないのだが、その分砲が強力に作られている事が多く。

このイプシロン型レールガンという兵器も。

その点は同じようだった。

前線に突貫すると同時に、イプシロンが攻撃を開始する。

勘違いされやすいが、レールガンはビームを放つ兵器では無く、あくまで電気式の鉄砲である。

ただ。いわゆる電磁誘導加速によって弾丸を凄まじい速度まで加速して発射する事が出来る。

問題は電力だが、それはどうクリアしたのだろう。

ともかく、発射された弾丸の火力は、想像を絶していた。

あのマザーモンスターが、一撃で風穴を開けられて、文字通り吹っ飛ぶ。十数体のコロニストが、そのまま貫通されて消し飛んだ。戦車砲にも耐えるコロニストがだ。

しかも連射が出来る様子だ。

十数台のレールガンが連射を続けているうちに、怪物も何もなく、文字通り全てが消し飛んでいく。

「隊列は崩してかまわない! 横並びに敵を制圧射撃しろ! 敵が平野におびき出された時点で、我々の勝ちだ!」

千葉中将が言うだけの事はある。

文字通り、敵が消えていく。

兵士達が、手を止めて唖然と様子を見ている。マザーモンスターの軍団は、既に動かなくなっていた。

レールガンの圧倒的火力で、文字通り穴だらけにされて即死したのだ。

「あれが電磁誘導砲……」

「い、一発で全滅した……」

「もしもプライマーが攻めてこなかったら、これが人間に使われたのか!?」

「ひっ……」

兵士達が完全に硬直している。残敵を相当しながら、一華は思う。

これは、正直まずいかもしれないと。プライマーは明らかにまだ本気を出してきていない。これは下手をすると、藪をつついて大蛇を出す事になりかねないとも。

「て、敵……沈黙しました」

「司令官。 提案があります」

壱野が即座に東京の日本本部に通信を入れる。

今回の戦場で、多分もっともコロニストを仕留めた男だ。しかも両翼に展開していたコロニストの中で、面倒な動きをしている奴の半数以上は壱野が倒している。

既に佐官と言う事もある。

千葉中将も無視はできないだろう。

「すぐに主力の撤退を。 敵の部隊が壊滅した今が好機です」

「どういうことだ」

「敵は本気をまだ出していません。 他に方法がなかったとは言え、先に手札を切ったのは悪手です。 今なら決戦兵力を温存できます。 我々が残ります。 即座に撤退を開始してください」

「……どうやら提案を受けた方が良さそうです」

戦略情報部の少佐が、通信を入れてくる。

相変わらずの無機質ぶりだ。

「ベース228周辺は殆どジャミングされていますが、光学探知などで調べました。 最低でも八隻のテレポーションシップ……十隻を超えるかもしれません。 大量のコロニストがそれとともに進軍を開始したようです。 巨大な怪物も見受けられます」

「何だと! 敵はまだ戦力を温存しているというのか!」

「敵には転送装置があります。 アフリカや欧州などの、物量で圧倒している地域から幾らでも援軍を呼ぶ事など容易いでしょう。 ましてやアフリカは、タール中将が必死に抵抗している基地近辺はもはやプライマーの手に落ちているも同然……連日コロニストなどが増強されていることも分かっています」

「……分かった。 どうやら体勢を立て直す必要があるようだ。 生き残った部隊は退却を開始しろ! 工兵隊、大破したAFVやニクスを可能な限り回収するんだ! 突貫工事で急げ! キャリバンは周辺基地からもかき集め、できる限り兵士を救え!」

まだ、敵は至近に迫っていない。

プライマーも、まさかこれほどの優位を一瞬でひっくり返されるとは思っていなかったのだろう。

それだけは救いだと言える。

だが、とんでもない規模の敵が迫っているのも事実だ。

千葉中将が、幾つかの話をしていたようだが。

残る事を決めた村上班に、やがて話を振ってきた。

「君達の戦闘力については知っているつもりだ。 しかし、同規模の戦力が来たらどうするつもりか」

「ゲリラ戦にて攪乱します。 可能な限り時間を稼ぎますので、兵力の再編制をしてください」

「……分かった。 死ぬなよ」

「俺たちも残る」

荒木班が無線に加わる。

そして、通信をしている内に。荒木班の四人と。補給トラックが見えた。

「敵の大軍勢にゲリラ戦を仕掛ける。 見た感じ、村上班のニクスはまだやれる。 補給さえあれば、まだまだ戦闘は可能だ」

「軍曹……」

「壱野、他の兵士達は戻らせろ。 正面でずっとやりあっていたのだろう。 とても戦える状態じゃない」

「分かっています。 俺たち……八人だけでやりましょう」

そこに、まだ来る者達がいる。

先の決戦で生き延びた者達の中でも。最精鋭なのは確定の者達だった。

まずは黒いフェンサー隊。

敵陣を横に突っ切り。大量の血を浴びながら、大半が生き残った猛者達。

グリムリーパーだ。

直接顔を合わせるのは初めてである。

マスクを取るグリムリーパー隊長。

しぶい声の、極めて野性的な顔つきの中年男性だった。文字通り、巌のようなと言う表現が似合う。

「面白い話をしているな。 俺たちも乗ろう」

「……」

副隊長は、非常に若い男である。

壱野が名乗ると、ふっと笑いながら名乗り返してきた。

「ジャムカ少佐だ。 階級的には同じだな。 戦場で噂はいつも聞いていた。 今回も崩れる左右両翼と違い、お前のいる戦場だけが明らかに敵を押していた。 横目で見ていたぞ」

「よろしくお願いします、ジャムカ少佐」

「うむ……」

「これは貸しだ。 いずれ返して貰うぞ」

副官らしい、マゼランという大尉が威圧的に言うが。

それをジャムカ少佐は、咎めなかった。

それだけじゃない。

スプリガンも、側に降り立つ。

前よりも更に数が減って、二十人丁度になっていた。今回の会戦でも、戦死者が出たのかも知れない。

「面白そうな話をしているな。 我々も乗ろう」

「ほう。 面白いお嬢さんだ」

「私はジャンヌ少佐。 スプリガンの指揮官だ」

「ああ、聞いている。 精々足を引っ張らないようにな」

ばちりとジャムカ少佐とジャンヌ少佐の間に火花が散る。

一華はニクスに乗ったまま、おおこわと思ったが。会話に加わるような勇気は無い。

どっちも戦場で限りない血を浴びてきた、本物の戦士だ。

あの獰猛な文化で知られる北欧でだって、女性戦士は実在していたことが最近分かってきている。

戦闘に向いている女性は普通に存在している。

そして、フェンサーとウィングダイバーはあまり仲が通例として良くないと言う話を聞いている。

グリムリーパーとスプリガンは、そもそもどちらもがエースチーム中のエースチームである。

それは、互いに意識くらいするだろう。

「味方の撤退、35%完了!」

「急げ! 敵の主力が来る! 残念ながら……遺骸は後回しだ。 生存者と、修理すれば直せる機体を優先して回収していくんだ」

「分かっています! 後一時間ほど、稼いでください!」

「敵先鋒隊出現!」

早すぎるな。

だが、プライマーも此方の動きを何処かしらか見ていて。

それで撤退をさせる訳には行かない、と判断したのだろう。

「敵の位置は」

「此処の北、六キロほどの地点です! 廃村に七機のテレポーションシップが展開! 先行してきたらしいコロニスト数十……いや百体以上が周辺にいます!」

「放置しておけば、大量の怪物を転送し始める。 先以上の大軍で襲いかかってくる事になる」

壱野が言うと、荒木軍曹が頷く。

そして、グリムリーパー隊長と、スプリガン隊長に言うのだった。

「俺たちと村上班で、その部隊を叩く。 貴方方は、周辺に展開しつつある敵にゲリラ戦を仕掛け、通信を入れたらこの平原の南にある都市に移動してほしい」

「ほう。 八人だけで七機のテレポーションシップに挑むつもりか」

「何とかする。 今なら、テレポーションシップは急行してきた状態だ。 恐らくやれる」

「ふっ。 分かった、良いだろう。 コロニストどもを俺のブラストホールスピアは貫き足らぬようだ。 周囲に展開している雑魚共は俺たちで削ってきてやる」

「此方も同じだ。 ドラグーンランスのエジキになるコロニストを更に増やしてやる」

ジャンヌ隊長も明らかに対抗意識を燃やしている。

それでいいのだろうと一華は思った。

撤退を続ける主力部隊を尻目に。補給トラックと、最悪の場合に足になるジープ。荷台にはバイクがある。

それと、一華のニクスだけで、北に向かう。

「良くない報告です」

「何が起きている」

「敵の大攻勢が中華でも開始されています。 コロニストが北京に向けて進撃を開始しました。 数は五千を超えています。 随伴歩兵として、恐らく三十万を超える怪物と、数も知れないドローンが展開しています」

「コロニストが五千だと!」

既に中華には数千のコロニストが展開しているという話は一華も聞いている。

その大半が、一度に北京に押し寄せると言う事か。

だが、EDFも備えをしている筈だ。

「現地の戦力はどうなっている」

「現在、最新鋭のニクス二百機が北米のEDFから急いで空輸されています。 現地の旧式も含めた部隊と併せて最終的に三百五十を超えます。 これにタンク千、タイタン二十五、試作段階の大型コンバットフレームプロテウスも出撃させます。 兵士はまだ新兵も多いですが、二十五個師団を動員します」

「ほぼ中華に展開しているEDFの全軍だな」

「そうなります。 負ければ人類の敗北は確定となる会戦となるでしょう」

そうか、中華でも大変な決戦が始まろうとしているのか。

長い戦闘で、中華の兵力は枯渇しつつあると聞いている。それでも、そんな兵力をかき集めたのは流石だ。他の国もEDFも戦力が足りないだろうに。それでも皆、兵力を出してきたと言う事は。

それほど、大事な会戦だと言う事だ。

黙々と北に向かう村上班と荒木班に、ジープが追いついてきた。大型の荷物を積んでいる。

「村上班だな」

「そうだが、どうかしたか」

「これをもっていくようにと、本部からだ。 村上壱野少佐、だったな。 最新鋭のライサンダーだそうだ」

「分かった、感謝する」

荷物を置くと、敬礼して伝令兵は去って行く。

主力の撤退は進んでいるが、まだまだあの様子では時間が掛かる。

北の廃村に展開している敵をたたかない限り、日本のEDFは再起不能の打撃を受けることになるだろう。

荷物を開けている壱野。

ライサンダーF。どうやら2の後継型のようだ。ただ、これはまだプロトタイプ。性能は不安定だろう。

一華がニクスから顔を出す。

「流石はリーダー。 優遇されるッスねえ」

「最後に何を食べるかは決めておけ」

「……」

「そういう戦いだ。 弐分、三城もだ」

一気に空気が冷えた。

まあ、そうだな。

酸でニクスごとどろどろに溶かされるか。ニクスから引っ張り出されて、バラバラに食い千切られるくらいの事は覚悟しておかなければならないか。

一華はニクスに引っ込むと、大きくため息をつく。

荒木班の小田少尉も、黙りこくっている。

軍曹の言葉通りに、此処で敵を食い止めなければ味方は全滅する。ただでさえさっきの会戦で、損耗率は20%近い状態だったと聞いている。実質的には全滅判定だ。だが、まだ今なら立て直しの可能性がある。

やらなければならない。誰かが、命に替えてでも。

スプリガンやグリムリーパーもこれから命に替えての戦闘を行うのだ。

一華だけ、安全圏に引きこもるわけにもいかなかった。

 

4、決戦に向け

 

リー元帥は、総司令部の指揮コンソールに座って、状況を聞かされ続けていた。

北京に展開した二十五個師団。各国からの増援も含めた、中華に展開出来る最大戦力である。

各国のEDFはそれぞれの国を守るので手一杯。それどころか、押し込まれてさえいる。

中華だって、各地の守りを放棄するわけにはいかない。

そんな中、ようやくかき集めた虎の子の兵力だ。

だが、この兵力の中には、多くの新兵や。

旧時代の軍が装備していた対人ライフルなどで武装した部隊も存在していて。

実際に、数通りの働きを出来るとは限らない。

いや、実際には無理だと断言してしまってかまわないだろう。

「北京近辺には、霧が出ています」

「そうなると、遭遇戦になるだろうな。 前線の兵士には過酷な戦いをさせることになるだろう」

「……」

カスター少将が、悔しそうに俯く。

北京には、既に総力戦の指揮を執るべく、劉中将が出向いている。更に前衛の指揮を執るのは、猛将と名高い項少将だ。

戦略情報部から、連絡が入る。

「コンバットフレームの展開は完了しました。 米国で生産されたばかりの最新鋭機二百を主力に、敵の撃滅を行います」

「コロニストだけで五千、怪物は三十万という大軍勢だ。 ドローンも数が知れないのだろう」

「はい。 その上、テレポーションシップも集まり始めており、怪物は更に増える事でしょう。 それでもやるしかありません」

「負ければ次は無い、か」

日本からの連絡は聞いている。

怪生物、エルギヌスの撃破成功。

これで、移動基地以外の目標は一応達成出来た事になる。

ただしエルギヌスの代わりに、アーケルスなる更に強力な怪生物が出現し。文字通りの蹂躙を受けたともいう。

日本でも大規模な会戦がアーケルスとの戦いの後に発生し。

かろうじて勝利したものの。

プライマーは余裕綽々で、戦力を再編制し。更なる攻撃を目論んでいるようだという。

どうやら、終わりの時が近いらしい。

そう、リー元帥は覚悟を決める。

米国だって、状況は良くないのだ。

今、エルギヌス撃破作戦を幾つか同時に進めている。EMCが有用である事は判明したから、急ピッチで生産しているのだ。

タンクをどれだけエルギヌスにぶつけても無駄。

しかしながらEMCを十両も叩き付ければ、エルギヌスは殺せる。

それが分かっただけで、随分各地の戦況を楽に出来る。

アーケルスが多分この後、世界中に姿を見せるだろうが。

それについても、何か策を練らなければならないだろう。

だが今は。中華で行われる決戦の指揮に集中するか。

そう、覚悟を決めた。

「劉中将にホットラインをつないでくれ」

「分かりました」

「……リー元帥」

「指揮の支援をさせて貰う。 状況に応じて、援軍を送ろう」

頷く劉中将。

既に引くも逃げるも出来ない状況だ。

かの司馬懿は、同じ状況に陥った敵将にこう言ったとか。

戦には幾つものやり方があるが、お前はもう逃げるも引くも降伏するもできない状態だ。

そうなったらどうするか。

死ね。

勿論これは、司馬懿という人物の残虐性が。後の時代で曲解された可能性もある言葉ではあるが。

プライマーは、この言葉をそのまま人間に対して実行しようとしている。

歴史上には、民族を丸ごと消滅させたような虐殺の記録が残っている。

それは本当だったケースもあるのだが。

実際には、後に当時の被征服者が。侵略してきた相手を残虐に貶めるために、散々に書いた歪曲された歴史である事も多数ある。

プライマーは違う。

さながら侵略性外来生物が、現地の生物を食い荒らすように。

徹底的に人類を滅ぼそうとしている。

北京近辺には、もはや逃げる場所がない市民が、一億人以上いると聞いている。

負ければ、その市民達も全員、怪物のエサになる運命だろう。

「各地で小競り合いが始まりました。 敵は圧倒的な数で押してきています。 怪物はニクスでどうにか抑えられていますが、コロニストの本隊が来ると……」

「戦況に応じて、増援を出せるように準備をしておけ」

「分かりました」

カスター少将が動く。

それを尻目に、リー元帥は大きく嘆息していた。

プライマーは、何がしたいのだろう。

わざわざ別の星に攻めてきて、此処まで凄惨な侵略を仕掛ける必要性がどこにあるというのか。

何もプライマーの事が分からない。

戦略情報部から既に情報が上がって来ているが、コロニストは恐らくプライマーという文明の担い手ではないそうだ。

クローン兵士の可能性が高く。しかも脳などを改造されている形跡すらも見つかっているとか。

勿論、同族にそういった仕打ちをする文明である可能性もあるが。

それにしては、あまりにも使い捨ての度が過ぎると言う。

まだ決定的な証拠がない。

だが。それはほぼ間違いないだろうという事だった。

だったら、プライマーという文明を担っているのは何だ。

其奴らとなら交渉が出来るのか。

いずれにしても、戦闘は既に激化し始めている。

リー元帥は。いざという時にはすぐに援軍を出せるように。各地に指示を出し。最悪に備えることしかできなかった。

 

(続)