落ち来る暴虐

 

序、激戦

 

あの、マザーシップナンバーナインの下で見た兵員輸送船が飛んでくる。あれを総合してドロップシップとEDFでは名付けた様子だ。なお撃墜例はない。ただし、開いた瞬間に中のエイリアンを撃墜した例はあるようだ。

村上壱野は、部隊の最前列で、敵が兵をどんどん送り込んでくるのに舌打ち。だが、それでもだ。

輸送船から降下したコロニストの一体を、即座にヘッドショットで仕留める。

周囲は既に怪物の死体の山。

この戦場の指揮を執っている項少将。つまり将軍クラスが指揮を執るために出て来ているのだが。

ともかく項少将が指揮をしている二千ほどの兵力のうち、一個中隊を任され。

その代わり、最前列でずっと数時間ほど戦闘していた。

「二名負傷! さがらせます!」

「他の戦線は!」

「押されていないのは此処だけです!」

「……っ」

一華の最新鋭コンバットフレームは、ミサイルと機銃を惜しみなく投入して、敵を押し戻し続けている。

それで確保できた高台を使い、壱野は高所から狙撃を継続。目だった動きをしている怪物や、コロニストを撃ち抜いているのだが。

それでも、まだまだ足りない。

前衛で暴れている弐分と三城も、限界が近そうだ。

一個中隊の兵士達は、殆どがレンジャーばかり。

ウィングダイバーもフェンサーも消耗が激しく。

どんどん各地の戦場から姿を消しているらしかった。

「左翼が押されているようです! 予備のコンバットフレーム部隊が向かいます!」

「右翼にコロニスト、追加で六!」

「……俺が対処する」

四キロ先に展開している右翼だが。もう四キロくらいの距離なら、狙撃は問題なく行える。

そのまま、ヘッドショットを決める。

流石に超長距離からのヘッドショットを食らったと言う事で、慌てたコロニストが銃撃を止め、周囲を見回すが。

此方の居場所を特定する前にもう一体を仕留める。

だが、それで居場所を悟ったようだ。

建物を盾にして、身を隠すコロニスト。

別にそれでいい。

敵の侵攻は遅れるのだから。

前線は。

視線を戻し、ノータイムで怪物の群れにロケットランチャーを叩き込む。

三十匹ほどの群れが、後方に迂回しようとしていた。

完璧なタイミングだ。

弐分も三城も一華も、対応できていないタイミングで。もしも乱入されていたら、中隊が大きな被害を出すところだった。

更にもう一撃。

ホーネットロケットランチャーの火力はかなり上がって来ていて、赤いα型でなければほぼ確殺出来る。

それを乱射して、β型中心だった奇襲部隊を綺麗に片付ける。

弾がなくなったか。

下にとりに行き、補給車で補充。

補給車がさがって、新しいのが来ていたが。その新しい補給車に積まれている弾薬も、もりもり減ってきている。

「前面にドロップシップ! 2隻!」

「村上班、支えられるか!」

「どうにかします!」

「すまない、任せるぞ!」

項少将は、非常に勇敢な将軍で。三国志の時代や、もっと昔の時代にいたような一騎当千の猛将を思わせる。

だが、その項少将ですら、恐れをあからさまに隠せていない。

それくらい、敵の猛攻が凄まじいのだ。

「左翼にてニクス一機大破! 一機、予備部隊からでます!」

「本部に増援要請!」

「到着まで一時間以上掛かります!」

「くそっ! 予想の三倍以上の規模だぞ!」

兵士達の怒号が飛び交っているが。

此方は、業を煮やしたらしいコロニストが一気に八体もドロップシップで運ばれて来た状態だ。

うち二体はドロップシップから着地した瞬間に叩き落としたが、流石に位置を特定されているらしい。

即座に移動。

今までいた狙撃地点が、瞬時に蜂の巣にされた。

ニクスが前に出て、射撃を開始。

戦車砲に耐えるだけあって、流石に瞬殺とは行かないが。

それでも次々にコロニストを屠る。

しかし、コロニストも火力を集中してくる。一華のニクスは更に強化された新鋭機だが、それでも装甲に瞬時にダメージが入っていくのが分かる。

三城が横殴りにランスで一体の頭を吹き飛ばしたが、それにも即応してくる。本当に、非常に厄介だ。

激しい銃撃戦の末、何とか怪物の群れを退け。

前面に展開していたコロニストを撃破するが。左翼も右翼も押されている。

左翼には項将軍が直接出向いて反撃作戦を採り。予備兵力は右翼に全てが回された。

正面はまだまだ後方からぞろぞろ来る怪物の相手を続行。

タンクが展開して砲列を作り、歩兵の盾になっているが。

そろそろ此方も限界が近い。

「弾薬が足りない!」

「補給トラックを今回している!」

「今すぐ頼む!」

「十分ほど待ってくれ! 基地から更に予備の弾薬も運んでいる途中だ!」

通信には、どこの隊が限界だとか、そういう悲痛なものも混ざっている。

だが、それでも。

壱野が率いている部隊は、泣き言を言わずに踏ん張っている。

タンクの前に出ると、壱野はアサルトライフルで怪物の相手を始める。もう使えそうな高所の建物はない。

最前列にでて暴れ始める壱野を見て、兵士達は一瞬呆然とするが。

たちまちに怪物を屠って行く様子を見て。残っていた勇気を絞り出したようだった。アサルトの集弾率が尋常ではないのだ。それに立ち位置も工夫しながら戦っている。

壱野は当ててから放っているだけ。それに、今渡されているストークの新型が当たりなだけ。

だが、それでも。

兵士達は、圧倒的な個の力に奮い立った。

「村上中尉に続けっ!」

「ワンマンアーミーだけに獲物を独占させるな!」

「GOGOGO!」

「やっちまえ! コロニストがいなければどうにでもなる!」

怪物達に、雑多ではあるが火力が乱打される。徐々に崩されていく前面の怪物達。程なくして。

敵の前面勢力は崩壊。

ニクスによる掃射が終わった時点で、敵前面は壊滅していた。

「よし、弐分、三城。 右翼に回ってくれ。 一華、俺と共に左翼に。 他の皆は、負傷者の手当をしつつ、此処を死守! もしも移動などが必要になったら、追って指示を出す!」

「イエッサ!」

すぐにそれぞれ別れて、劣勢の味方を支援しに行く。

項将軍はかなり頑張っていたが、それでも限界がある。

いい位置のビルを発見。

中を駆け上がると、一華に指示を出しつつ、高所を取る。其処から、思う存分壱野は狙撃を開始する。

敵は分断された状態だが。

それでも現場判断で良くやっている。その現場判断を、利用させて貰う。

右翼には攪乱のために機動戦をする弐分と三城に回って貰った。

高所で狙撃しつつ、敵の動きを見て。

敵の後方から背後に回って貰い。攪乱戦に終始して貰う。

これで項将軍がいることもあって、恐らく右翼は大丈夫だ。

そして左翼には、まだコロニストが数体いる。

これを敢えて狙撃して此方に誘引することにより。

左翼への圧力を減らしつつ。

壱野と一華に向かってきた敵の横っ面を、そのまま待機している麾下の部隊で張り倒す。

コロニストの頭をライサンダー2で吹き飛ばす。

エルギヌスにはまるで通じなかったが。

コロニスト程度には充分だ。

三体の頭が次々に吹き飛ばされ。コロニストが居場所を特定。此方を指さすような動作をする個体。

即座に移動。また、そのフロアそのものが吹き飛ばされる。

かなり距離があるのに、ほぼ即応してくる凄まじさ。更に弾が届く有様。本当にとんでもないアサルトライフルだ。

一瞬の差でビルを駆け下りていく。敵も壱野の動きを予想しているようで。上から順番に粉々にしていく。

だが、そのコロニスト達に、一華のニクスが放ったミサイルが次々着弾。手足を引きちぎる。

即座に手足が再生していくが。

それでも、ミサイルが集中した個体は。左翼部隊の攻撃も貰って、何体か死ぬ。

それで頭に来たのだろう。

予想通り、怪物を相当数此方にけしかけてきた。

「項将軍」

「ああ、状況は見ている。 前面の敵を壊滅させ、更に右翼の敵を攪乱。 左翼の敵を誘引してくれたようだな」

「指揮を頼みます」

「分かっている! 左翼部隊、全火力を投入し、敵の残りを釘付けにしろ!」

良い判断だ。

そのまま走りつつ、一華のニクスと合流。

走る。怪物は追いかけてくる。

追いすがって来る怪物を、四苦八苦して足回りがどうのとぼやきながら、一華が機銃で撃ち据える。

β型は主に壱野が即殺していくが。それでも相当数の怪物が迫ってきている。

もう少しだ。

ニクスが跳躍して、後方にさがる。さがりつつ、最後のミサイルを全部ぶっ放して、怪物に相当数着弾させた。

多数のミサイルを放つ武装は、どうしても命中率に問題が出るらしい。

或いは機動のサポートをしつつ、武器管制の補助をするのは一華のすごい自作PCでも厳しいのかも知れない。

ほどなくして。

クロスファイヤーポイントに敵を誘いこむことに成功していた。

タンクも含む火力が、横殴りに怪物を一方的に薙ぎ払う。

兵士達も、今までの借りを返してやると言わんばかりに熱狂的な攻撃を加える。

其処に踏みとどまった壱野と一華のニクスが、正面火力を展開。

敵を足止めしつつ、十字砲火の範囲に引きずり込んだ相手を徹底的に薙ぎ払う。討ち漏らしも当然でるが、それは壱野が全て始末した。

ニクスの機銃が静かになる。

周囲は、怪物の死体が山と積み重なっていた。

「此方左翼部隊! 支援感謝する! 前面の敵の掃討は完了した!」

「よし。 そのまま前進して、右翼部隊の敵を包囲しろ! 村上班、どうだ」

「弐分少尉まだいけます!」

「三城少尉同じく」

二人は攪乱戦をまだ続けているか。

流石に壱野は、一華もそうだが。弾切れだ。

「此方壱野中尉。 一度補給に後退する。 一華少尉も同じく」

「分かった、良くやってくれた。 後は我々で敵を蹂躙する!」

そのままさがる。

補給車から、マガジンを取りだし。カラになったマガジンと換える。

ニクスの補給も行う。

かなり装甲はやられているが、まだ戦闘は続く可能性がある。

追加装甲を何人かに手伝って貰って貼り。更にパッケージ化されているミサイルなどの武装もそのまま補給した。

五メートルから七メートル程度のサイズであるということが、ニクスの強みで。

クレーンなどの大型機器がなくても、こうして戦場で補給が出来る。

淡々と補給を済ませた後、自分が指揮していた中隊の様子を見る。

重傷者が既に後送され。軽傷者は負傷の手当を終えている。

今は、一刻が惜しい。

「村上班、補給完了!」

「よし、指定地点に向かってほしい。 敵は崩れ始めた。 敵の残党を待ち伏せし、蹂躙してくれ!」

「了解!」

そのまま移動を開始する。

途中、凄まじい数の怪物の死体を見るが、捨て置く。後で回収班が拾いに来るだろう。

怪物はまだまだ分からない事だらけだ。

一華によると、先進技術研が調査しているらしいが。

死んでいても非常に危険な毒や酸を体に含んでいるため、回収の時点で専門家が必要であるらしい。

調査もそもそも人手が足りないので遅々として進まないそうだ。

最優先でやっているだろうに。

項将軍の指示通りの地点に到着。

その場で待っていると、散発的に怪物が姿を見せるが。全て正面からの火力で粉砕していく。

程なくして、弐分と三城も戻って来た。

「大兄、あっちはだいたい終わった。 今はまだ死にかけの怪物やコロニストの始末をしている所」

「そうか。 弐分、どう見る」

「もう周囲に殺気は感じないな。 恐らくは、敵はこの戦線での戦果を諦めたとみて良いと想う」

「俺も同感だ。 だが、油断はするな。 総員、戦闘態勢を保て! いつ奇襲があるか分からない!」

コロニストのドロップシップ。

あれは本当に厄介だ。

なにしろ、攻撃を受けつけない。

投下のタイミングで倒せるケースもあるが、それでも全てではない。

テレポーションシップと同様、下を開けっ放しの状態で。内側に攻撃を打ち込めば撃墜できるのかも知れないが。

怪物と違ってコロニストはあれで「瞬間転移」ではなく物理的に輸送されてきている。

破壊出来るかどうかは微妙だ。

それに構造体も非常に簡素に出来ている。

攻撃機能もついていないし。

余計な機能は一切省いたシンプル極まりない装備だ。

だからこそに、撃墜は非常に難しいかも知れない。

一時間ほど、たまにやってくる残党の怪物を倒す。一度だけ、死にかけのコロニストが来て。

兵士達がざわついたが。

即座に壱野が頭を撃ち抜いた。

それで楽になっただろう。

どれだけ暴虐を尽くしている相手だとしても。嬲るような趣味は壱野には無い。

殺すが。

それはあくまで道場を蹂躙した敵だから。

殺す以上の、尊厳を奪うような真似に興味は無かった。

項将軍から連絡が来る。

「全戦域、戦闘完了だ。 作戦完了。 完全勝利とはいかないが、敵の戦力を予想の三倍削る事が出来た。 それで可とする。 それぞれ、撤退してほしい」

「おおっ! 大勝利だ!」

「村上班。 大きなダメージを受けている左翼部隊の護衛をして、海岸線を通ってベース744へ帰還する護衛を務めてほしい。 途中前哨基地があるから、其処でニクスは補給できるが。 空路がかなり怪しくて、陸路を行くしか無い」

「分かりました」

ベース744は周囲がかなり怪しい状態になっている基地の一つだ。

中国でコロニストは次々に投下され。連日数を増やしている様子だが。コロニストが増えると言う事は、それが従える怪物も活性化するという事である。

各地の前哨基地は連日苦戦を強いられていて。

プライマーは、容赦なくその戦力を削って行っている。

既に各地では、EDFへの加入を呼びかける政策を開始している様子だ。

テレポーションシップをたたき落とせるようになってから、一方的に怪物を送りつけられて。それを倒すだけ、という状況からは解放されたものの。

強力な訓練された兵士であるコロニストと。何より現状では縄張り内で遭遇したらどうしようもできないエルギヌスが出現したことにより。

またEDFは、戦況のコントロールを失っている。

アフリカでの戦闘でも、タール中将が大苦戦している話が連日伝わっているし。

難民が避難中に襲われて皆殺しといういたましいニュースも連日流れているようだった。

小さな補給地点に到着。細い安全圏を通ってきた補給トラックと、キャリバンが既に待機していた。

軽傷でも、負傷者は全員キャリバンで先に行かせる。

三機のコンバットフレームと、六両の戦車が既にいた。

壱野と一緒に戦った中隊は、項将軍とともに別のベースに帰還。生還出来た兵士達は、口々に礼を言いながら、壱野に敬礼して戻っていく。

左翼部隊は指揮をしていた少佐が負傷。その副官である大尉も、軽傷を受けていた。

「凄まじい戦闘ぶりに助けられた。 しかも正面から敵を迎え撃っている最中も、コロニストを狙撃してくれていたな。 本当に有難う」

「いえ。 それよりも、退路が不安と言う事ですが……」

「ああ。 スカウトによると、退路付近に怪物が出現する可能性がある。 今、コンバットフレームを修理しているが、それでも可能な限り安全を期したい。 ベースにまで戻れば、ある程度の兵力と迎撃用の兵器があるから安心は出来る。 それに、日本に戻るためのヘリも手配できる」

そういいながら、袁という大尉は一華のニクスも見た。

他のニクスよりも型式が新しい。

このニクスにも期待している、ということだろう。

一華がニクスを降りてくる。

「リーダー。 ちょっとダメージが大きくて、本格的にチューンしたい所ッスけど」

「このまま戦闘をすると、どうなる」

「少なくとも機動戦は無理ッスよ。 前の赤い機体なら出来たかも知れないッスけどねえ」

「……分かった」

いずれにしても、弐分と三城は無事だ。装備についても、既に補給を済ませている。

補給トラックと、キャリバンが行く。

キャリバンは負傷者全員を連れて行き。更に最悪の事態に備えて、補給トラックが一台だけ残るのを見て。

袁大尉は指揮を執る。壱野は中尉だから、指揮には従う。特務として、お呼ばれしていてもだ。

「よし、ベース744に撤退する! 退路も少し怪しいから、皆油断だけはするな!」

そういって、袁大尉は指揮車両であるブラッカーに乗り込む。

ブラッカーは酸を浴びた跡が彼方此方にあって。戦車マニアが見たら嘆きそうな程に傷ついていた。

ともかく。守り抜かなければならない。

兵士達は六両あるブラッカーに分乗して、それでおしまい。つまりそれくらい損耗が激しかったのだ。ブラッカーがそれなりの人数を乗せられるとしても、だ。

壱野達三人は、補給トラックの荷台に乗る。

周囲は弾薬だらけだが。補給トラックの荷台に乗って移動するのは、もう珍しくもなくなっていた。

 

1、赤い津波

 

海岸線にさしかかる。

一時期は芋洗いするほどの人間が、海水浴に押しかけていたほどの場所らしいが。今は人っ子一人いない。

それはそうだ。

此処は前線に近い。

中国は今、コロニストが大量に各地に進出してきていて。大都市などの要地を守るのに精一杯。

大量の人間が都市部に押し込められていて。

EDFに対する不満も連日届いていると聞く。

工場などはフル稼働。それも軍需品を最優先で生産している状況だ。

とにかく人員を何処でも募集している様子で。

逆に、文明的な余裕となるような施設は、ほとんどが閉鎖状態のようだった。

ここもそうだ。

娯楽としての海水浴について。既に殆どの海水浴場が閉鎖されているし。閉鎖されていなくても閑散としている。

人類は今、初の天敵と遭遇し。

総力戦態勢にある。

いつ敵が来るかも分からない状態で。

のんきに観光などしている余裕は無い。

実は、開戦当初は事態を甘く見ていた馬鹿な連中がこういう場所に遊びに来ていたケースがあるらしく。

その手の輩が、怪物に襲われて食われてしまう例が跡を絶たなかった。

金持ちも貧乏人も、インテリもバカも関係無く怪物は襲って殺した。

だから。今では。

ここも閑散としている。それだけだ。

海岸線から見て陸地側には、大きな山地がある。

ここは、まずいな。

そう思った壱野は、補給トラックの荷台から降りる。

そして、弐分と三城に指示を出した。

「すぐに山側に展開してくれ」

「此処は、奇襲を受けると地形的に非常に厳しいな」

「そういうことだ」

「分かった、すぐに行く」

弐分と三城が飛び出していくのを見て、兵士達がブラッカーの中から様子を見ているようだ。

無事だった兵士の中には、一分隊ずつフェンサーとウィングダイバーがいる。

弐分のように機動戦が出来るフェンサーは、一部の精鋭だけらしい。

故に、ウィングダイバーにはでてほしい所だが。

二人が飛んで行ったのを見て、袁大尉が不思議そうに声を掛けて来た。

「村上中尉、あの二人はどうした」

「この辺りは襲撃を受けると非常に危険です。 もしもを考えて、牽制のために出て貰いました」

「此方でもスカウトを出しているが、今の時点では怪物の話はないぞ」

「万が一に備えてです」

分かった、と袁大尉は言う。

敵の攻撃を高確率で察知するという話を、聞いているのかも知れない。

ウィングダイバーを出して欲しいと言うと。少し悩んだ後、袁大尉は却下した。

「いざという時に、直衛戦力が減るのは困る。 ただでさえ、負傷者を下げた結果小隊規模にまで戦力が減っているんだ」

「……敵に山側から奇襲を受けた場合、敵の浸透速度を遅らせるために、少しでも手練れが……機動力が高いウィングダイバーが必要です」

「それは分かっている。 だから、急いで此処を抜けよう」

とはいっても、だ。

此処は中国。

とにかく地形のスケールが大きい。

海岸線は延々と続いており、ベースまではまだかなり距離がある。

更に言えば。コンバットフレームの足はブラッカーほど早くは無い。

大型輸送車両があれば良かったのだが。残念ながら出払っている状態らしい。それに、この辺りの道路は見た感じあまり整備が行き届いていない。

中国は、21世紀に入り。世界政府の傘下に入ってから。基礎インフラの整備を積極的に行った地域の一つだが。

それでも、やはり土地のスケールが大きすぎるのだ。

どうしても、こういう不行き届きな場所が出てくる。

数時間ほど、移動を続けた頃だろうか。

三城が、連絡を入れてきた。

「殺気。 凄い数」

「!」

「俺も感じた。 地中から来る!」

「まずいな……!」

補給トラックから飛び降りて、海岸線を見る。

最悪の状況だ。

砂浜が一部だけあって、その周囲全てが山だ。この先には山地があり、そこでも奇襲はできたのだろうが。

恐らく一網打尽にするために、此処で仕掛けて来たという事なのだろう。

「ど、どうした村上中尉!」

「来ます! 支援要請を!」

「し、しかし」

「コンバットフレームの戦闘システムを再起動してください! ここは今まで通って来た場所でも最悪の地形です! 全滅します!」

血相を変えた声に、流石に袁大尉も状況を理解したらしい。

それだけ壱野が今まで実績を積んできたと言う事もある。

「全部隊、砂浜に降りろ! 歩兵は展開。 フェンサーは前面に。 ウィングダイバー隊は山に出て、敵の浸透速度を遅らせろ」

「イエッサ!」

「山がっ!」

ブラッカーを飛び出した兵士達が、悲鳴に近い声を上げる。

それはそうだろう。

山が、真っ赤に染まったように見えたからだ。

奇襲を察知されたと判断した敵が、姿を見せたのだ。

これは、とんでもない数のα型。それも赤いのだけ。

赤いα型は凄まじい防御力を誇り、出来れば全方位からの攻撃は絶対に避けたい相手である。

既に弐分と三城が攪乱戦を開始しているが。それもいつまでもやらせてはおけないだろう。

「コンバットフレーム!」

「バトルシステム再起動中! 後退しながら、タンクと一緒に壁を作る! 時間を稼いでくれ!」

「ウィングダイバー隊!」

「今から飛ぶ!」

山に次々飛んで行く、あまり数は多く無いウィングダイバー隊。

ベース744にいた部隊は、先の戦闘で相当な消耗をした。負傷して別の基地に先に戻ったウィングダイバー隊も多い。

少しの数で、敵の浸透をどうにか遅らせるしかない。

ブラッカーは流石で、砂浜でも足を取られず、即座に旋回。

この辺りは、様々な地形で戦闘データを取り。洗練されたエイブラムスの遺伝子を引き継いでいるだけのことはある。

そのまま砲列を展開。

兵士達も、降り立つと。それぞれ武器を手に取り。

そして、生唾を飲み込んでいるようだった。

「凄まじい数だが、それでも味方が敵の進軍を送らせる! 一斉に射すくめて、近付くまでに一体でも倒せ!」

「イエッサ!」

「一華少尉、ニクス起動したっス。 少し前に出るッスよ」

「頼む。 時間稼ぎは必要だ!」

壱野は頷くと、そのままライサンダー2で射撃を始める。

近い奴から吹き飛ばして行く。

山の方では、レイピアで暴れ回る三城と。機動戦をしながら、スピアで敵を貫いていく弐分が見えるが。

何しろ、雄大な中華の山が真っ赤に染まるほどの数だ。

敵も先の敗戦程度では、全く痛痒に感じない程度の物量を有していて。

更には、敗戦したからといって。

それで引き下がるほど甘くも無いという事なのだろう。

一射確殺していく。

当ててから放つ。

それだけのことだ。

おおと、兵士達が歓声を上げる。左翼部隊にいた兵士達だ。壱野の狙撃で、随分と助かったのだろうが。

それでも、技量を見るのは初めてということか。

「凄い腕だな。 いにしえの武廟六十四将のようだ!」

「俺たちも負けてはいられないぞ!」

距離があるうちは、スナイパーライフルで。

しかも対物ライフルだ。

本来だったら、戦車にもダメージを与えられる代物だが。

相手が悪すぎる。

赤いα型は、戦車砲も榴弾なら弾き返すほどの装甲をもっている。

ただ。この装甲には謎が多い。ともかく、今はやるしかない。

攪乱を続ける弐分と三城に、ウィングダイバー隊が合流。だが、敵は山をまるごと覆う程の数だ。

射撃をどれだけしていっても無駄。

そう言わんばかりに、押し寄せてくる。

程なくして、戦車砲の射程に敵が入る。

「前衛、気を付けろ! 戦車砲での砲撃を開始する! 戦車砲も、前衛には当てるなよ!」

「イエッサ!」

「よし、撃て撃てっ!」

袁大尉が声を張り上げ、射撃が開始される。

次々と撃ち抜かれる怪物だが。

しかしながら、α型の数は圧倒的だ。

一華がミサイルをぶっ放す。それも次々着弾するが、火力が赤いα型には少し足りていないか。

まだ、ニクスの射程範囲ではない。

前衛は暴れ回っているが、全ての敵を引きつけられるわけでもない。とくにウィングダイバー隊は、三城の方に移動して。

三城が開けた穴になんとか入り込むようにして、赤いα型の猛攻から必死に身を守っていた。

「こちらスカウト! 後方に更に敵が出現しています!」

「ベース744に連絡! 爆撃機を飛ばして貰え!」

「今、爆弾を積み込んでいる途中です!」

「くそ、間に合うか!?」

ニクスの射程に赤いα型が入る。

一華のニクスが攻撃を開始。敵の頭を抑えるように、敵を撃ち始める。

それに続いて、フェンサー隊が大口径の火砲で赤いα型を撃ち始めた。フェンサーの本来の戦い方は、盾を使って防御しつつ、大火力で押す。それが普通。

弐分のやり方が異質すぎるのだ。

壱野はアサルトに切り替えると、冷静に近付いてくる相手から仕留めていく。

コンバットフレーム三機のバトルシステムが再起動完了。射撃を開始した。

銀のα型なら、一気に射すくめられたかも知れないが。

しかしながら、相手は赤いα型。

ニクスの機銃を持ってしても、そう簡単には行かない。

凄まじい射撃音が響く中、一華が舌打ちするのが聞こえた。

「補給、誰か手伝ってくれないッスか!」

「フェンサー、一人頼む」

「分かった、すぐに当たる!」

一華のニクスのもう至近にまで敵が迫っているが、それでもなんとかフェンサーが換えの弾薬をもってくる。装填はそれほど難しく無いが、どうしても空白の時間が出来る。

前に飛び出した壱野が。突貫してきた赤いα型を、至近からのライサンダー2の射撃で消し飛ばす。

続けてアサルトで弾幕を張る。

他の兵士に支給されているアサルトよりも強力な型式だ。

その分反動が大きいが、それでもこの火力は赤いα型にも通じる。

だが、敵は確実に包囲を狭めてきている。

味方は戦線を縮小し、確実に迫る赤い津波から、必死に逃れるようにどんどん円陣を縮めているが。

敵は容赦なく、倒されようと倒されようと前に出てくる。

かなりの数を、弐分と三城が引き受けてくれてこれだ。

まずいな。そう思った瞬間。タンクの一両に、赤いα型がくいついていた。

「ひいっ!」

「冷静に一体ずつ処理しろ! 爆撃機はまだか!」

「今離陸したそうです!」

「急がせろ!」

一華のニクスの補給が完了。

既に前線は接触。次々に、タンクに赤いα型が噛みついている。みしみしとタンクの複合装甲が悲鳴を上げている状態だ。ニクスにも、一機が噛みついた。まずい。このままだと押し切られる。

後方に走り、補給トラックから武器を取りだす壱野。

「少し支えてくれ」

「ああもう!」

一華が嘆きながら、最前衛で射撃を繰り返す。ミサイルを全弾発射。かなりの数の赤いα型が吹っ飛ぶが。

致命傷になるとは限らない。

そして致命傷にならない限り、赤いα型は迫ってくるのだ。

ついに、タンクの一両が、装甲を囓り取られる。

とんでもない顎の力である。

だが、その時。

跳躍しながら、壱野はそれをぶっ放していた。

試作兵器。

スタンピード。

グレネード弾を、数十発同時に撃ちはなって。敵を面制圧するというコンセプトで作られた兵器。

あまりにも火力がありすぎる上に、そもそも重すぎるので使える兵士が殆どいなかったので。

火力をデチューンしたものが、一部のフェンサー部隊に多少手を加えて回されたという兵器だ。

村上班にはゲテモノ兵器がたくさん回されてきていて。

さながら実験部隊のようにされているのだが。

その一つ。

飛んだ大量のグレネード弾が、赤いα型の大軍のど真ん中に着弾。数十体を、一瞬で粉々に吹き飛ばしていた。

一瞬の隙をついて、前に出た一華のニクスが、機銃を乱射。

群がってきていた赤いα型を何とか押し返す。

必死に壁を作っていたフェンサーも、もう限界だ。

更に、其処にもう一発、大量のグレネードを叩き込む。

吹っ飛ぶ赤いα型。

兵士達が、悲鳴に近い喚声を挙げた。

「なんだあの兵器!」

「俺たちにもくれ!」

いや、普通の兵士には多分使いこなせない。

そう思いながら、十sもある弾倉を交換する壱野。

この銃そのものが、二十六sもあるのだ。弾倉は特に重く、十sもある。パワードスケルトンで補助的にパワーが上がっている状態でも。はっきりいって、普通の兵士では的確に敵の群れに着弾なんてさせられない。壱野も何度か練習して、それでも撃つときはかなり冷や冷やしているのだ。

三発目。

ぶっ放した所にいた赤いα型が、まとめて粉々に消し飛ぶ。

だが、そこで。ついに、後続だという赤いα型が姿を見せる。

山を覆う数だ。

それがお代わりである。

文字通り、必死の交戦を嘲笑うような状況だが。

四発目を叩き込み、敵の密集した所を利用して、消し飛ばす。

弾倉を取り替える。

これも、かなり手間が必要なのだが。やむを得ない。こういうハイリスクな武器を使うしか無い。

「タンク2、脱出!」

「タンク3ももう駄目だ!」

「ニクス1、機銃を食い千切られた! もう装甲がもたない!」

「戦線を縮小して耐えろ! 爆撃機が来る!」

袁大尉が必死に励ますが。

しかしながら、この状況だ。そんなもの、なんの慰めにもならない。

ついに袁大尉のタンクにも赤いα型が食いつく。

ルイ大佐の最後を思い出して。

かっと目の前が赤くなった。

タンクに食いついた赤いα型を、ライサンダー2で吹っ飛ばす。

だが、もうタンクと赤いα型が押し合いへし合いで。一部は乗り越えようと迫ってきている有様だ。

海岸だけでも数百はいる赤いα型に、千を超える赤いα型が合流しようと押し寄せてきている。

弐分と三城は無事か。

そう考えながら、予備弾倉に切り替え。五発目のスタンピードのグレネード弾の雨を敵に叩き込む。

凄まじい爆発が連鎖して、敵が消し飛ぶが。

それでも、赤いα型は怖れる様子も無い。

「だ、駄目だ! 終わりだーっ!」

「帰ったら俺が美味いメシを作ってやる! だから生き残れ!」

「ぎゃー!」

袁大尉がそういうと、何故か兵士が絶望の声を上げる。

ひょっとしてメシマズなのだろうか。

兵士が逃げ出したタンクが、文字通り目の前でバラバラに引き裂かれる。赤いα型が、山から駆け下りてくる。

これは、駄目かな。

そう思いながらも、もう一発スタンピードを叩き込んだ瞬間。

きんと、鋭い音がした。飛行音だ。

「此方爆撃機フォボス! 良く持ちこたえたな! これより爆撃を開始する!」

「おおっ! 新鋭機フォボスか!」

「行くぞ! ロックンロール! ふっとべ怪物ども!」

恐らく超音速で飛んできたらしい爆撃機。ブーメランのような形状をした爆撃機が、凄まじい量の爆弾を投下する。

それは怪物の群れに無慈悲に降り注ぎ。一瞬で、赤く埋まっていた砂浜を。焦げた褐色の砂浜に変えて行った。

爆撃は正確極まりなく。

円陣になって必死に凌いでいた部隊を避けて。他の赤蟻に爆撃を降らせていった。

「フォボスの恐ろしさが分かったか! ざまあみやがれ!」

続けて、2機目のフォボスが来て。山にも爆撃をしていく。

一気に敵の圧力が減ったのを見て、袁大尉がめざとく反撃の指示を出す。

「よし、残敵を掃討しろ! 機械は壊れてしまっても仕方が無い! 誰も死なせるな!」

その通りだ。

20世紀。

中華は苛烈なまでの経済発展の結果。民草の心は荒みきり。更には経済発展の過程で、金があらゆる全てに優先するという歪んだ価値観だけが肥大化した。

結果、命が何よりも安い社会が到来した。

21世紀になって、世界政府による統一と。EDFの進駐で。一気にそれらは改善されたのだが。

その時代を覚えている人間は。

どうしてあんな狂った時代の中で、それが当たり前だと受け入れていたのか分からないと述懐している。

袁大尉は知っている世代の筈だ。

だからこそ、この言葉が出るのだろう。

それについて、壱野がどうこういうつもりは無い。

ただ、敵を撃つだけだ。

殆どの味方を失い。数を頼みにした圧倒的な突撃という戦略が瓦解した赤いα型を、壱野はライサンダー2で片っ端から撃ち抜いていく。

程なくして、弐分と三城が戻ってくる。あちらでも爆撃があったようだが。それでも少数の赤いα型を連れていた。

無事だった二両のタンクと、一華のニクスで敵を撃ち据える。

他は殆ど大破していて、もう戦える状態ではなかった。

兵士も、全員が負傷していた。

牙が擦っただけで、致命傷になりかねない相手なのだ。

フェンサー部隊は全員重傷。

腕を食い千切られた兵士もいた。

レンジャー部隊も、激しい戦いの中で。至近で赤いα型と戦っていたのだ。吹っ飛ばされたり牙が擦ったりで。大出血している兵士が多かった。此処が砂浜でなければ、吹っ飛ばされた所で即死していたかも知れない。

赤い怪物の粉々になった死体が、散らばる砂浜。

いや、爆撃で砂が消し飛び、彼方此方に大量の海水が流れ込んでいた。

昔は芋洗いのように人が押し寄せていた砂浜だが。

もはや、そこは地獄と化していた。

「キャリバンと大型輸送車を回してくれ。 重傷者多数……」

「此方ベース744。 今手配している。 良く耐えてくれた」

「……」

通信を切る袁大尉。

文字通り、疲弊しきった顔をしていた。

ニクスは一華のもの以外全機大破。四両のブラッカーが大破。これは、とてもではないが。撤退戦が成功したとはいえないだろう。

降り立ったウィングダイバー隊だけは無事だったが。

彼女らも、味方の様子を見て青ざめるばかりだった。

弐分が、三城を気遣っている。

三城は相当に苛烈に暴れたらしく。珍しく一度の戦闘で体力切れしたようだ。少し横になりたいというので、好きにさせた。

誰もウィングダイバー隊はそれについて何も言わない。

それだけの凄まじい暴れぶりをみていたのだろうから。

ほどなく、キャリバンが来る。フェンサー隊を最初に運んでいく。

大型車両も来たが、一華のニクスが壊れた車両やニクスを牽引して行く。

一華がぼやいた。

「酷い有様ッスね。 回収出来ただけでも御の字なんだろうな」

「……」

「さっき、リーダーが大暴れしてくれなかったら間違いなく全滅だったッスよ」

「いや、助かったのは爆撃機のおかげだ。 俺は判断が遅れた。 俺の戦功ではない」

まだ、色々と足りないな。

壱野はそう思う。

或いは、各地で戦功を立てて驕っていたか。

今回の撤退戦だって、或いは弐分と三城を警戒させるのでは無く先行させていたら。奇襲を最悪の地点で受けるのを防げたのかも知れなかったのに。

武廟六十四将か。

中にはどうして数えられていないのか不思議な人物や、逆に何故に含まれているのか不思議な人物もいるが。

それでも中華を代表する名将達である。

とても、現状ではそれには及ばないな。

壱野はそう自戒して。

周囲を見回し。そして死者が出なかっただけで、また負けたのだなと思った。

最後の袁大尉の指揮車両が、2両目の大型輸送車に乗せられて。ベースに戻っていく。

袁大尉は礼を言ってくれたが。壱野は、敬礼して無言で返すしかなかった。

しばらく立ち尽くしていたが。一華が、輸送トラックをリモートで動かしてくれるという。

いずれにしても、この場に立ち止まっていても仕方が無い。

近辺にいた膨大な数の怪物を駆除できたといっても。

プライマーの物量は圧倒的だ。

いつ、次が来てもおかしくはないのだから。

まずベース744に出向き。

そこで、指示を受けなければならない。

戦況は厳しくなる一方。各地でこういった奇襲を受ける部隊だって増えてきているだろう。

出来るだけ、もっと色々手札がほしい。

ベース744についたら、皆には休んで貰い。壱野はレポートを書く。

ライサンダー2の更なる火力向上。

意外に当たりだったスタンピードの改良。

ストークは非常に良好。この性能のものを量産して、配布してほしい。

幾つか、要請したいことはあった。

それらを記載して、レポートとして提出する。

皆の負担を少しでも減らすためにも。

壱野がやらなければならない事は多かった。

 

2、夜戦

 

三城は昼のうちに寝ておくようにと大兄に言われた。中国での夜間作戦だそうである。どうやら、各地の司令官に、既に村上班の噂は広まっているらしい。

中国に来た以上、出来るだけ活躍して貰いたい。

そういうつもりのようだった。

巨大な工場地帯。

文字通り、鉄の城だ。

パイプなどが複雑に絡み合っていて。それらが止まってしまっているのは、非常に惜しい。

コロニスト二十数体が占拠している工場は。

ドロップシップからコロニストが投下されたこともあり。

EDFでの防衛が困難で。

どうにか、武器の増産。

弾薬の増産のためにも。

少なくとも、此処にある機材類だけでも回収したい。そういう話が、中国のEDFの司令官である劉中将から来ているのだった。

なお、中国のEDFには少将クラスが他の国よりもかなり多く、競争は激しいらしい。

少将である項少将がこのあいだ大戦果を上げたこともあり。

或いは劉中将も焦っているのかも知れなかった。

そういう政治的な話はどうでもいい。

ともかく、出来るだけ工場を傷つけず。夜間攻撃で敵を仕留めるようにとお達しが来ている。

どうせコロニストだけで戦闘している筈が無い。

怪物も来ているのは分かりきっている。

夜間戦闘をするのは、別に嫌では無かった。

ただ問題は、恐らくはスプリガンが来る事。

夜間作戦のプロであり、各地で夥しい戦果を上げているスプリガンは。

この間、なんだか目の敵にしてくる子がいた。

ちょっと苦手だなあと思う。

三城が不安視していると、夕方近くに。作戦の拠点となっている基地に到着。輸送機から降りる。

輸送トラックが既に来ている。

案の定、以前見たスプリガンのマークが入っていた。

実弾兵器を使わないスプリガンを含むウィングダイバーだが。

武器そのものが駄目になったり。

フライトユニットが不調になったりする。

それに食糧なども搭載している。

補給トラックは、ウィングダイバーの戦いでも随行するのが普通なのだと聞いていたが。それがこの目で見られると、少し面白い。

スプリガンの隊長、ジャンヌ大尉が来る。

各地での戦果著しいと聞く。

村上班。スプリガン。日本だと他には荒木班。そしてフェンサーの最精鋭グリムリーパー。

この部隊が、各地で夥しい戦果を上げているそうだが。

逆に言うと、これらの部隊以外は、大苦戦していると言う事だ。

特に怪生物が出現してからは、EDFは翻弄されるばかりで。

人員を失うばかりらしい。

現在八体のエルギヌスが確認されており。

今後も更に増えるだろう(プライマーがどこかから連れてくる)事は、誰でも言われなくても分かっている。

なんとかエルギヌス撃破のためのプランを練っているらしいが。

どうにも上手く行かないらしかった。

大兄と敬礼をかわすジャンヌ隊長。

ただ、口調は厳しい。

「各地での活躍は聞いている。 せいぜい今回の作戦は足を引っ張らないようにしてくれ」

「努力します」

「殊勝なことだ」

そのまま、基地内に。

他のウィングダイバーは自由時間を貰っているようだが。

殆どは寝ているそうだ。

夜戦ばかりしているということだから、体調の維持が大変なのだろう。

幼い頃、三城は性根が腐りきった両親に、家事を押しつけられて。時間関係無く生活していた事がある。

文字通り蹴り起こされて目を覚まし。

言われるままに作業をして。

それで相手が気にくわなかったら殴られた。

殴られるうちに感情が死んでいって。

やがて泣かなくなったら。父も母もにやつきながら殴るのを止めた。

その直後だったか。

祖父が警察と一緒に来て、引き取りにきたのは。

児童虐待の現行犯だとかで両親が連れて行かれたが。

既に愛想は尽きていた。

祖父の所で最初に教わったのは、規則正しく生活する事。

家事などをしなくてもいいのかと聞かされたが。やらされていた家事はいい加減極まりないもので。

それも夜間にやるものではないと教わったのだった。

そうだったな。

軍隊だし。相手はプライマーだ。

夜間での戦闘は仕方が無い。

ただ、出来るだけ健康には気を遣いたい。そう思っていると、起きて来たらしい一華と会う。

髪の毛がぼっさぼさだ。

梟のドローンを頭に乗せているから、まるで鳥の巣である。

度の強い眼鏡を掛けているし。

もう少し身だしなみに気を遣った方が良いのではないかと三城は思う。

最低限の身だしなみについては、祖父に色々教わっている。

一華がそれを出来ているとは思えない。

「おはようッス三城」

「おはよう」

最近は、ようやく名前で呼んでくれるようになった。

おないどしなのだから、気にしなくても良いのに。

学校では、怖がって男子も女子もあまり近寄ってこなかったのだが。

一華はあまり気にしている様子は無い。

それは別に不愉快では無いので。

やめろというつもりはなかった。

「夜戦だとはいっても、工場を取り返すとかねえ。 そんな大規模工場を、地上に残しておいた方が悪いと思うんスけどね」

「確かに定点目標は格好の的」

「さっさと地下に物資を移しておけば良かったものを。 いずれにしても、工場を出来るだけ傷つけるなとか。 無理をいうものッスねえ」

「確かにそう思う」

小兄は既に起きていて、体を動かして気を練っていた。

別にミスティックパワーの類ではなく。

体の調子を整えていただけだ。

ストレッチだの何だのである。

三城もだいぶ目が覚めてきたので、体を動かす事にする。

一華に一緒にやるかと提案するが、断られた。

「やらないといつまでもモヤシのまま」

「私基礎体力がゼロなんスよ。 EDFで訓練したときも、体力がなさ過ぎって何度も呆れられて。 パワードスケルトンつけて、やっと銃が持てる有様ッスから」

「……分かった。 でも、私も昔は基礎体力なんかなかった」

そういうと、ぐうの音も出ないようだった。

ともかく、体を動かして夜戦に備えておく。

しばらくすると、大兄が戻ってきた。ミーティングが終わったらしい。

「弐分、三城」

「大兄、どうかしたか」

「二人とも、すぐに動いてほしい。 工場にやはり怪物がいる可能性が高い。 日中に、コロニストが何かしらの作業をしていることをスカウトが確認していたそうだ。 いるとしたら、奇襲に備えて状況を分析したい」

「分かった」

殺気の探知か。

得意分野だ。

これも、祖父に教わった。

殺気は実の所。存在はしていないのだという。

殺気というのは。生物が放つ殺そうという気迫とか、そういうものではない。

体を鍛えていくと何となく理解出来るようになるもの。

危険な存在が側にいる。

それを文字通り「肌で感じる」力。

五感を鍛えていくと、それらの全てを総合して。危険存在がいるかどうか分かるようになってくる。

それが殺気の正体であるらしい。

今、EDFでも敵性存在を探すためのレーダーと。それを周囲のマッピングと連携させ。各自のバイザーに表示するシステムの開発を行っているそうだが。

敵性存在は日々増えている。

開発は難航しているだろう。

だから、殺気を探知出来る村上三兄弟は戦場で重宝されている。

これから、三城もそれを最大限活用する。

コロニストの視界はかなり広い。工場の地図は事前にヘルメットのバイザーに転送されている。

予想される地点を避けながら、低空で工場地帯に侵入。スカウトの情報とあわせて、彼方此方を見て回る。

なるほど。

確かに、いる。

怪物、恐らくはα型。それも赤い奴だろう。

少数戦力での撃破が難しい奴を相応の数潜ませているようだ。それにあいつは、戦車に噛みついて装甲を食い千切るようなパワーをもっている。

コンバットフレームを持ち込んでも、恐らくは厳しい戦いになる。

コロニストは、人間が作ったものを壊す傾向があるのだが。

此処ではその狼藉を尽くしていない様子だ。

影からコロニストの様子を窺う。

巡回しながら、やはり何かの話をしている。

ガアガアと鳴いているだけのようにも聞こえるが。

トーンがだいぶ違ったりしているのだ。

工場の周囲を見て回る。コロニストに見つからないように、気を付けなければならなかった。

四時間ほど掛けて周囲を見て回り。

コロニストに気づかれないまま、工場周辺を後にする。

すっかり夜中になっていた。低空飛行で、安全が確保されていない場所を移動するのは少しひやりとする部分もあったが。

幼い頃から、心に暇なんかなかったから。

ホラーとか怪談とかは、まるで心に刺さらなかった。

数限りない人を不幸にしてきたならず者の両親が、それらの人の怨念に苦しめられる事もなかった。

それから考えても、少なくともオカルトは多分オカルトに過ぎないんだろうなあと三城は思う。

ただ、本当にいるかも知れない。

それについては、見た事がないので。否定するつもりはない。

基地に到着。

小兄も、既に戻って来ていた。

「二人とも、どうだった」

「怪物がいる」

「同じく」

二人で、怪物が地下に伏せている地点をそれぞれ示す。

工場全ては見て回れなかったが。どうやら合計して二百以上の赤いα型がいるとみて良い。

他もいる可能性はあった。

「ふむ、殺気か……。 確かに危険な敵を前にすると、肌にびりびりと来る事はあるのは事実だ」

「攻撃作戦はどうします。 この辺りに敵がいるとなると、奇襲時に恐らく逆に不意を突かれますが」

「居場所さえ分かっていれば問題ない。 各地で実績を上げている村上班の言葉を疑うつもりはない。 そして奇襲される位置と敵が分かっていれば、我等スプリガンの敵とはなり得ない」

凄い自信だなあ。

そう思って、苦笑いする。

その後、スプリガンのメンバーが来る。

以前。因縁をつけてきた河野という子もいたが。かなり面子が変わっている上に。総合で人数が減っているようだった。

それでも一小隊弱の戦力はいる。

「我々は二部隊に別れ、この地点、この地点から中央を目指す。 村上班は、こちらから中央を目指してくれ」

「戦力を分散することになりますが、本当に大丈夫ですか」

「コロニストどもは気づくことさえ出来ずに命を落とす。 我々は夜には敵の命を一方的に刈り取る梟となる。 コロニストは目があまり良くなく、夜間には動きも鈍ることが分かっている。 眠る事も確認されているし、いずれも生かしてはかえさん」

装備にサイレンサをつけろと、部下達に指示するジャンヌ隊長。

フーアーと、部下達が声を上げて。そして装備を変えはじめた。

マグブラスターという熱線兵器だ。

何度か使ったが、レーザーでは無く指向性を持たせた熱エネルギーを生じさせ、敵に放つ兵器で。

放つと空中に火線が走る。

熱量を蓄えてから放つ武器である関係上、フライトユニットからエネルギー供給を受けて最初にエネルギーを蓄え。そこから放つため。エネルギーを再充填する時以外、フライトユニットに負担を掛けないのが特徴だ。

何度か使って見たが、三城にはあまりあわない。

そのまま、三班に分かれて行動開始。

今回は合同作戦だが。大兄は、作戦に口出しをするつもりはないようだった。

相手の階級が上だと言う事もあるのだろうが。

「大兄、いいのあの作戦で」

「かまわない。 ただ、もしも敵が反応して乱戦になるようなら、急いで救援に出向くことになる」

今回は、大兄の狙撃と。

三城のランスによる。瞬殺マッチが主体になる。

コロニストはあの強力なオートエイムつきのアサルトライフルを持っていて、更にタフ極まりない。

そこで頭を狙って、一気に焼き切る。

一華のニクスは保険。

小兄は、仕留め損ねたコロニストのとどめを刺す役だ。

工場へ進軍。

展開を終えた時には。既に日付が回っていた。

真っ暗な工場だ。

灯りは一切無い。

そして、灯りがない中。手に何かしらの発光する道具をもって、コロニストが鬱陶しそうに動き回っているのが見えた。

コロニストは通信用の装置のようなものをつけているし。

一匹でも仕留め損なったらすぐに全部がおきるとみて良い。

影から伺う。

現在起きているのは八匹か。

ジャンヌ隊長から連絡が入った。

「村上班、二匹を即殺してほしい。 此方では、二班で三匹ずつを即殺する」

「了解」

「では作戦開始だ」

即時に行動開始。

大兄のライサンダー2も、今日はサイレンサをつけている。とはいっても、音はどうしてもする。

そのため、サイレンサの上から更に布を巻いているが。これで重くなってしまうのは仕方が無い。

それでも当ててくれると信じている。

一華は退屈そうにしているが、まあそれも当然だろうか。

ともかく、一撃でやる。

それ以外にはない。

ふわりと浮き上がると、三城は指定された一体に上から襲いかかる。

カウントはジャンヌ隊長がとっている。

それにあわせて。

コロニストの頭にランスを叩き込んでいた。

同時に、大兄の狙撃が。一体の頭を消し飛ばす。

カウントがゼロになると同時に。

頭を潰されたコロニストが前のめりに倒れる。

「よし、グッドキル」

「次へ行きましょう」

「ああ。 後は寝ているコロニストを順番に始末する。 各自散開」

流石精鋭。

口だけではなく、タイミングを合わせて起きているコロニスト全てを一瞬で始末するのに成功した。

見本のようなサイレントキリングだ。

更に工場の奥地へ進む。怪物が潜んでいる地点も、上空を通るだけなら相手を反応させない。

大兄は、器用にフックロープを使って大きなパイプを上がって、狙撃地点を確保。

一体ずつ、コロニストを仕留めていく。

「キル1。 これで15体」

「此方でもキル1」

「流石だな村上班。 次々行くぞ」

そうして、二時間で音も無く活動を続け。

コロニスト28体全ての駆除に成功。

殆どは座り込むようにして寝ているところを、首を叩き落とす事で殺した。苦しむ暇もなかっただろう。

コロニストは腹に分厚い脂肪か何かがあるらしく。それで戦車砲とかを喰らっても簡単にはしなない。

或いは、改造されてちょっとやそっとの攻撃では死なない体にされているのかも知れない。

だが、それでも脳を潰されてしまえばどうしようもない。

そして、だ。

コロニストが全て黙ると同時に、一斉に怪物が地面から湧き出していた。

「怪物活性化!」

「予想通りの地点からの出現だ。 流石だな村上班。 各自駆除に当たれ!」

「フーアー!」

「もう静かにして無くて良いッスね?」

そう一華が言うと。

前に出て、機銃の制圧力で赤いα型の群れを拘束し始める。ニクスの機銃の火力を知っているスプリガンは眉をひそめたようだが。

一華のニクスは例の凄いPCであらゆる全てが強化されている。

無駄弾なんか出さない。

一発も外れを出さなかったこともあり、出番がなかった小兄も突貫。

ジグザグにスラスターとブースターを使って敵に間をつめると、スピアで貫く。

大兄は、そのまま高所からの射撃を続行。

三城はレイピアに切り替えると。

高所から怪物に襲いかかり、徹底的に焼き払う。勿論工場を傷つけないように、気を付けながらだが。

朝日が昇り始める。

怪物とコロニストの死体が点々とする工場。

奴らの体液が大きなパイプにぶちまけられている。しばしすると、腐臭もし始める事だろう。

「見事だ村上班。 スプリガンと肩を並べて戦った事、誇って良いぞ」

「其方こそ見事ですスプリガン。 被害は出ていませんか」

「大丈夫だ。 軽傷者が二名。 いずれも大した怪我では無い」

「分かりました。 撤収しましょう」

基地に連絡。

すぐに部隊が来て、工場の撤収作業を開始するようだった。

巨大な地下施設をもつEDFの基地はたくさんある。

恐らく中国のEDF基地もそれは同じ。

工場をまるごと回収して、地下で動かすのだろう。

問題は排気とかだが。それらについては此方で考える事では無い。

基地にグレイプに分乗して引き揚げて行くスプリガン隊員。河野という隊員も含めて、疲れきっているように見えた。

なんだか、三城には少し分かった気がした。

スプリガンは偉そうにしているのではない。

ああやって常にプライドを表に掲げることによって。

それで舐められないように、気を遣っているのだ。

普段から相当に負担が大きいだろう。昼夜逆転生活は、十年単位で人生を壊すという事を祖父に何度も言われた。

それでもスプリガンがやっていけるのは。

無理矢理精神論でどうにかしているというわけだ。

無理が出るのは仕方が無い。

ジャンヌ隊長は平然としていたが。それもどこまで本当かどうか。

「我々はアフリカに向かう」

「自分達はこれから指示を受けるようです」

「分かった。 次も生きてともに戦おう。 ……次は階級が追いつかれているかもしれないな」

そうジャンヌ隊長は苦笑すると。

別れ際に、大兄と握手していた。

やはりウィングダイバーだから背は低いが。

それでも威厳を保てているのは、ジャンヌ隊長が色々と気を遣っているからなのだろうなと、三城は思った。

スプリガンがいなくなると。大兄はぼやく。

「さて、次の任務までに生活時間帯を切り替えないとな」

「冗談抜きにしんどいッスよ」

「分かっている。 休暇は貰えないが、移動中にはねむっていてかまわない」

「ハー。 もうどのオンラインゲームもサーバが動いていないとはいえ、少しはゲームくらいしたいッスねえ」

一華がぼやく。

そのぼやきが、今は三城にも分かる気がした。

 

3、破滅の基地

 

中国各地での転戦を続けて。二週間後。

いきなり、緊急警報が入って。ねむっていた弐分は叩き起こされていた。

目を擦りながら、情報を見る。

この様子だと、エルギヌス級の新しい危険がでた、と言う事で間違いないだろう。

プライマーはコロニストに対応能力を持ち始めた地球人類に対して、更に手札を切ってきたとみて良い。

そして手札はまだまだなんぼでもあるのだろう。

だからこそ、手札を切る事が出来るという事だ。

「何事だ……」

大兄も起きだす。

今、ようやく日本に戻ると言う事になり。移動中の輸送機の中でねむっていたところだ。流石に声の機嫌が悪い。

だが、その通信内容を聞いて、流石に口をつぐんでいた。

何かの大質量物体が、世界にいつつ。

同時に落とされたという。

一つは英国ロンドン。一つは中国四川省。一つは日本大阪。一つは米国ロサンゼルス。一つは南米リオデジャネイロ。

いずれも、激しい抵抗をEDFがしている地域だ。

すぐに続報が入る。

「スカウトが現地に到着、映像が入りました。 文字通りビル群をなぎ倒して着地したこれは……」

「……!」

弐分も思わず呻く。

あからさま過ぎる砲台を多数備えた、それは桁外れの超ド級兵器だ。

円形をしているそれは、直径五百メートルはあるだろう。

流石にマザーシップほどではないが。展開している砲台の数は、とてもではないが近づけるような代物ではない。

文字通り、敵超巨大兵器が降ってきた。

そういう事だ。

「此方千葉中将。 即座に偵察部隊を派遣したい。 今村上班が日本に戻ってきている所だが。 彼らを中心に部隊を編成出来るか」

「分かりました。 他の地域では戦闘での疲弊が激しく、威力偵察は厳しいでしょう。 すぐに手配します」

「頼むぞ」

戦略情報部の少佐と、千葉中将が好き勝手な話をしている。

大兄は苛立っているようだが。それでもなんとか心を鎮める。

輸送機が移動ルートを変更したと通信が入るが、まあ妥当なところだろう。

大阪のど真ん中にあの基地は落ちてきたらしい。

大阪基地は今頃、文字通り上へ下への大騒ぎの筈だ。

筒井中佐の事を思い出す。

気の良いおじさんという感じの人だったが。

戦死していないと良いのだが。

ともかく、また寝るようにと言われてそのまま寝る。

少しでも、戦闘開始までに体力を回復しておかなければならなかった。

しばしねむっていると。

昔の事を思い出した。

三城が中学生をぶん投げて、帰ってきた。

その日のうちに、小学生に舐められたままでいられるかと、地元の半グレだか何だかが道場に押し寄せてきたので。

そのまま、全部制圧した。

連中は家に火まで放つつもりだったらしく。

警察につきだした結果。主犯格は少年院送り。他も、軒並みイキリ散らかしていた所を完全に転落人生を送ることになったようだ。

その中の一人は、ベース228の周囲にいた活動家の中に混じっていた。

それもあの時食われてしまった。

目が覚める。

あまり良い思い出ではない。

もう、輸送機は空港に着く。というか、EDF大阪基地に直接降りたようだった。

伸びをして、何度か軽く体を捻る。

ストレッチをして、体を少し温めてから。フェンサー用の大型パワードスケルトンを着込む。

今回は威力偵察と言う事もある。

盾を持って行けと大兄に言われたので、その通りにする。

基地に出ると、コンバットフレーム二機。タンクが六両出て来ていた。

筒井中佐が来る。

かなり窶れている印象だ。

恐らく昨日の夜中に叩き起こされて。そのままなのだろう。

「良い所に来てくれた村上班! 本当に上層部も無茶いいおるで」

「今、中国より帰任しました。 それで作戦についてですが」

「でっかいものがいきなり道頓堀の辺りに降ってきよってな。 一部の住民が戻っていた辺りや。 もう、あれはどうにもならん。 ともかく、避難指示が届いた辺りに自主避難をさせている所や……」

「……」

そうか、大勢亡くなったのか。

大都市は集中的に狙われている。東京も、何度もアンカーを落とされていると聞く。

なんで大阪を狙って来たのかは分からないが。

いずれにしても、多数の市民が犠牲になったのは確実だ。

大兄の目が怒りに燃え上がるのが分かる。

「航空機などでの映像撮影は出来ていますか?」

「いや、無人機を近づけたら瞬殺や。 ドローンがたくさんでてる事くらいしかわからへん」

「……分かりました。 地上から接近し、可能な限りデータを取ります」

「頼む。 こっちはキャリバンを可能な限りかき集めて、それで市民を出来るだけ救出しないとあかん」

敬礼をかわすと。その場を後にする。

これは、作戦をすべて任されたとみて良いだろう。

フェンサー部隊とウィングダイバー部隊が一分隊ずついる。残りはレンジャーが八分隊。レンジャーはタンクとニクスの随行歩兵だ。

緊急の威力偵察としては、これで精一杯というところか。

すぐに兵士達の前に出る。

村上班が来た、ということで兵士達は沸いている。

英雄の宣伝は、戦意高揚のためだろう。

必死にEDFでもやっているようだった。

確かに、自分達のニュースは恥ずかしいので見ないようにしているが。

連日グリムリーパーやスプリガンの活躍については報道されている。

荒木班の活躍も、連日とはいかないにしても目にすることが多かった。

「あれが村上班か……」

「この間は、あの四人だけで赤いα型1000体を倒したらしい」

「凄まじいな……」

なんだか噂に尾ひれがついているようだが。

ともかく、大兄が説明を開始。

「今回は、敵の基地らしきものへの接近しての威力偵察が目的だ。 敵の武装などを可能な限り調べ、その後生きて帰る。 逃げ遅れた市民がいたら積極的に救出する」

「イエッサ!」

「それでは、進軍ルートについて説明する」

道頓堀近辺の大きな道路について、調べてある。

道路をそのまま行くのでは危険かと思われるが。相手があの殺戮ドローンを大量に展開しているという事もある。

それらが追撃してくる事を考えると、左右にビルがある大通りの方が逆に有利だ。最悪の場合は、ビル群に隠れる事も出来る。

最前衛は一華のニクス。その少し後ろに、六両のタンクが鱗形陣を組んで進み、その左右にニクスが展開する。最後尾に補給トラックがはいる。また、タンクに負傷者を乗せきれなくなった場合に備えて、少し離れてキャリバンも要請している。

歩兵はそれぞれタンクの随伴歩兵。

コロニスト含め、何が姿を見せるか分かったものではない。

細心の注意を払う必要がある。

そう大兄は、念押しした。

「此方戦略情報部、少佐です」

「此方村上班」

「作戦をサポートします。 敵に接近後、可能な限り敵の情報を取得してください」

「了解」

大兄も、少佐のことはあまり好きでは無いらしい。

それはそうだろう。

あんな冷酷なAIと噂が立つような人物である。

好きになれる訳がないだろう。

「此方千葉中将」

「村上班、壱野中尉です」

「うむ。 此方本部でも直接戦闘の経緯はモニタさせて貰う。 各国のEDFは疲弊が激しく、威力偵察を同時に行うのは得策では無いと判断した。 我が国のEDFも決して余裕があるわけではないのだが……」

心苦しそうな千葉中将である。

気持ちは分かる。

かなりの無茶をさせているというのは感じているのだろう。

「必ず生還してくれ。 武運を祈る」

「イエッサ!」

すぐに展開し、行動開始。

一華がぼやいている。

「直接衛星高度からぶん投げて壊れないような代物ッスよ。 恐らくは例の黄金の装甲で守られているのは確定でしょうねえ」

「……そうだな。 防衛機能も激烈だろう」

「死にに行けって言われているようなものッスけど、リーダーは不満はないので?」

「俺たちがいかなければ、他の部隊が行って殺されるだけだ」

その通りだ。

今回、三城は出来るだけ相手への接近を避けるようにと大兄が特に釘を刺していた。

それもそうだ。

相手が何をやってくるか分からないのだから。

かなりの頻度で、キャリバンが行き交っている。

相当な犠牲者が出たのは間違いない。

見えてくる。倒壊したビルがかなりあるようだ。

大阪は21世紀に入って世界政府が出来てから、かなり投資がされた都市だ。

20世紀末くらいには、かなり経済的に色々まずい状態になっていたらしい大阪なのだが。

それで息を吹き返し、高層ビルが建ち並ぶ大都市へと再生を遂げた。

だが、その再生も壊れようとしている。

曲がり角を曲がると。見えてくる。

凄まじい威容だ。

「ターゲット目視! 大量の砲台を有しているようです!」

「周囲にドローン多数! α型の怪物も展開しています!」

「慎重に進め」

「お、おいあのデカイ砲台……!」

兵士の一人が指さす。

丸い敵基地らしき兵器の周囲に、それこそハリネズミのように砲台がついているのだけれども。

最上部には合計四つ。いや六つ。巨大な。百メートル以上はありそうな砲台がついている。

一体あれで何を撃つつもりなのか。

ぞっとした。

「ドローンが反応した。 総員、ドローンを攻撃しながら前進開始」

「データ、取るッスよ」

「頼む」

一華に言いながら、戦闘を開始する大兄。立射で、次々とドローンを一射確殺していく。

その様子を見て、あまりにも巨大すぎる敵に気圧されていた兵士達も、気合いを入れ直す。

アーマーはレーザー対策が更に強化され。

酸にも強くなっている。

前ほど、α型の酸をくらっても即死するケースは減ってきており。

戦闘前にアルカリ性のクリームを塗ることで、皮膚に浴びた際のダメージも軽減できるようになっていた。

これはウィングダイバーも同じで。

少しずつ、皆の装備が改善する事で。生存率は上がっている。

ドローンは以前ほどの脅威ではないのだ。

ニクス三機の機銃が一斉に火を噴き、接近するドローンを叩き落とす。いずれもが大した相手では無い。兵士達も対物ライフルで応戦。程なくして、α型が接近し始める。

「よし、α型を優先して攻撃。 ドローンは中衛以降の兵士が担当。 α型を間合いの外から射すくめろ」

「イエッサ!」

α型は真正面から突撃してくるのでは無く、ビル街に紛れながら左右に展開して来る。

戦術を明らかに知っている。消耗品でも、知能はあるということだ。

ビル街を使って射線や視界を切りながら接近して来る様子は。はっきりいってかなり厄介だが。

生憎、ビル街の方はスカウトが展開している。

接近して来るα型や、低空飛行で左右後方に回り込んだドローンについても、彼らがしっかりマークしていた。

応戦しながら、少しずつ前に進む。程なくα型は大半が駆除完了。

戦車隊はダメージ無し。ニクスもダメージがないまま、前進を続ける。

しかし、そこまでだった。

「敵兵器、動き始めました」

「あれはやはり砲台か!」

大量の砲台が稼働を開始する。

レーザーが、ドローンの比では無い密度で降り注ぎ始める。

レーザー対策を施しているはずのタンクの装甲が見る間に赤熱していくほどだ。

反撃を行うが、敢えてレーザーをパルスにしている様子で。視界を意図的に妨害しているのが分かる。

「なんという火力だ!」

「タンク、砲撃!」

「効果ありません!」

タンクの砲手が悲鳴を上げる。

そんな中、大兄が放った一射が。見事に敵砲台の一つを粉砕。敵兵器そのものには通用しなくとも、砲台には通じるか。

「よし、砲台を狙え! 敵は円形で、稼働するとは言え此方に向けられる砲台の数は限られている! 一つずつ潰せ! タンクは前衛と中衛を交代! ダメージが大きいタンクは後退して装甲を補給しろ!」

「い、イエッサ!」

「皆、敵の砲台を集中攻撃! 視界妨害を潰せ!」

兵士達が、具体的な指示を貰って反撃を開始。

敵兵器の装甲には攻撃が通じなくても、多数搭載されている砲台には通用する事が分かるだけでも充分だ。

「戦略情報部、航空支援は!」

「上空には凄まじい弾幕が展開されており、先ほど放った巡航ミサイル三十機、全て撃墜されています。 マッハ6の巡航ミサイルが全機撃墜される状況です。 航空機の接近は自殺行為です」

「なんという対空戦力だ」

「ドローンが出てくる!」

千葉中将と戦略情報部の話を流しながら、弐分は前に少し出る。盾が凄い勢いで削られていくが。

そこから機動戦を仕掛けて、少しでもドローンの気を引く。

これは装甲が薄い三城には任せられない。

ドローンは、どうやら巨大砲台の下部から出現している様子だ。集中砲火を喰らっているニクスがそれでも対策するが。ただ敵は、ドローンをマザーシップなみにぼとぼとと出撃させてくる。

大きめの砲台に着弾。連続して、幾つかを破壊する。

同時に、レーザー以外の砲台も動き出す。

発射されたのは、炸裂するプラズマのようだ。

超高熱の爆発に、文字通り道路が溶ける。流石にこれには大兄も閉口した様子だが。そのプラズマ砲台を正確に即座に打ち抜いて見せるのは流石だ。

「前進停止! この地点で補給をしながら、敵の兵器と交戦を続ける!」

「敵大型砲台稼働! 撃って来るぞー!」

警告の声が入る。

弐分が見た所、一回り大きい砲台が稼働し。高火力のレーザーを展開し始めた。

その火力たるや、今までの比では無い。ごりごりと戦車が赤熱していくのが分かる。

「まずい、このままでは全滅するぞ」

「敵の装甲は恐らくテレポーションシップと同等かそれ以上。 弱点を暴かない以上、勝ち目はない」

「データを取りつつ後退してください」

「……分かった」

大兄が舌打ちし。

大型砲台にも射撃を入れる。

どうやら砲台には基本的に攻撃が通るようだ。それだけでも、まだマシというべきなのだろう。

タンクも必死に砲撃を続け、此方を狙っている小型砲台はあらかた片付けながら後退を開始。

兵士の負傷者が続出し、キャリバンに次々運び込まれる。

特にウィングダイバーはこれでは何もできない。

死にに行くようなものだ。

「ウィングダイバー隊はビル街に移動し、ドローンの相手をしてほしい」

「了解!」

「タンク、限界が近い!」

「ニクスもだ!」

高速で機動しつつ敵の気を引く弐分だが、それでもやはり限界か。

シールドが赤熱し、アラートが鳴っている。

仕方が無い。敵の注意が集まることを承知で下がるしかない。

既に二十以上の砲台を粉砕した大兄だが、相手は殆どハリネズミのように周囲に砲台を展開している。

あの兵器は明らかに過剰武装だ。あんなもの、どうにか出来る訳がない。

「ミサイル、もう全弾ぶっ放すッスよ!」

「頼む」

「小型の砲台はこれで片付けるッスけど、どうせあの主砲っぽいのが動いたらもうアウトだと思うし、さがるべきだと思うスけど」

「情報収集が最優先です」

一華の言葉に、戦略情報部の少佐が非道な返し。

これでは擁護しようがない。

補給車まで戻ると、どうにか盾を取り替える。この盾は高度テクノロジーの塊だという話だが。

それがこんな一瞬で。

再び前に出る。なんとか、少しでも味方の被害を減らさなければならない。

他のフェンサーも前に出て盾を展開しているが、次々限界となってさがっている。それに敵兵器は更にドローンをばらまき続けている。凄まじい状況だ。

「だめだ、これ以上は無理だ。 撤退しろ! ただしドローンは追撃してくる! 撤退しつつ、ドローンを落とせ!」

「敵主砲、エネルギーをチャージし始めた模様です!」

「!」

百メートルはありそうな主砲が確かに光り始めている。

まずい。大兄が、すぐに指示を出した。

「総員、あの大口径砲の射線から逃れろ! 左右に別れ、ビル街に退避!」

「まずい、散れ、散れーっ!」

左右に慌てて展開するタンク。擱座しそうになって、慌てているタンクもいる。兵士達も転がるように逃げる。

弐分も、流石にこれは無理だと判断し。皆が逃げるのを確認してから、距離を必死に取った。

次の瞬間。

迸った光が、大阪の街を。

二つに切り裂いていた。

爆発。

ビルが複数消し飛ぶ。消し飛ばなかったビルも、赤熱しながら融解していた。

あのエルギヌスのブレスなみだ。

流石に心臓が冷える。退避命令が遅れていたら。文字通り全員蒸発していた。

大兄が、まだ煙を上げている道路に飛び出すと、巨大砲台の咆哮にライサンダー2の弾丸を叩き込む。

それで、一瞬。

巨大砲台が静かになった。

あの百メートル超の巨大砲台も、ダメージを受けると言う事だ。

「よし、今のうちに後退! ドローンを排除しながら撤退する!」

巨大砲台が黙ったのを見て、周囲の兵士達も青ざめつつそれでも後退を開始する。

大阪の街は半ば焦土となり。

20世紀末の衰退から復興しかけていた街は。

また、もとの寂れかけた街へ戻ってしまった。

 

基地に戻る。

タンクはボロボロ。ニクスも、酷い損害だ。

一華のニクスも例外ではない。

兵士達は、メンタルケアを受けるように言われて。ベースに戻っていく。

弐分は少し心配になったが。

大兄は、これからレポート。

一華はデータの提出だ。

「大兄、大丈夫か」

「ああ。 ただあのでかい兵器を潰すには、相当数の戦力が必要だろうな」

「そうだな……」

勝つつもりでいるのか。

そうか、凄いなと思う。

手を心配されたので、大丈夫だと答えておく。赤熱した盾をもっていたのだ。フェンサー用の大型パワードスケルトンごしでも、火傷しそうだったが。

幸い。何とかなる。

ただ、医者には見せに行くことにした。

医者は手を診ると、一応薬をくれたので塗っておく。

一種の低温火傷に近い状態になっていたらしい。

ただ。今は戦うなともいえない。

次の戦闘まで、盾をもつ左手は動かすなと言われて。頷くしかなかった。

食堂に行くと、三城が待っていた。

今回はビル街を飛び回ってドローンを叩き落とす事しか出来なかったと、悔しそうにしている。

だが、三城も含むウィングダイバー部隊が迅速にドローンを落としてくれたおかげで、撤退時の混乱がなかった。

そうでなければもたついて。

被害が更に大きくなっていただろう。

今回も直接指揮している部隊には死者を出さなかったが。重傷者は何人も出したし。軽傷者多数。

村上班の名声は、半分は虚名だな。

弐分は自分の不甲斐なさを思いながら、そう感じていた。

大兄が戻ってくる。

「左手はやはり動かさない方が良いようだな」

「ああ。 戦闘までは使うな、と言われたよ」

「ならばそうしてくれ。 食事が終わったらねむってしまった方が良いだろう」

「そうする」

右手だけだと、思った以上に食事を取りにくい。

何しろ無茶な威力偵察だったのだ。

気を利かせて、筒井中佐はそこそこいいお好み焼き(地方によって呼び方や内容が違うが、大阪ではそれでいいのかちょっと不安になる)を食べさせてくれたのだが。

食べるのに四苦八苦した。

食事を終えて、すぐに戻る。

途中で、こそこそ話が聞こえた。

「村上班でもどうにもならなかったらしいな、例の巨大兵器」

「ぞっとするぜ」

「大阪の街も半分丸焼きだってよ。 しかもコロニストがどんどんあの巨大兵器の周囲に展開しているらしい」

「攻め落とすのにどれだけの戦力が必要になるんだか……」

そうだな。その通りだ。

威力偵察で落とせれば言う事は無かった。

だが、無理だった。

エルギヌス辺りから、兎に角どうしようもない戦況になりつつあるような気がしてならない。

プライマーはもう人類の戦力を見切った可能性もある。

以降は畳みかけるように戦力をけしかけて、全軍を叩き潰すつもりなのかも知れなかった。

兵士用のベッドでねむる。

手はほとんど痛くはなかったが。

それでも、動かすなと言われると。少し気になって眠りが浅い。

起こされるまでは寝ていよう。

そう思う。

武術は一日訓練をさぼると取り戻すのに三日掛かるとか言われている。

それについては概ね事実だが。

今回は一日休んで。

三日掛けて取り戻すしかないだろうなと、弐分は思った。

 

データを大阪の軍用PCから戦略情報部に送った一華は、即座に通信を貰う。戦略情報部の少佐からだった。

「バイザーを通じてモニタしていましたが、興味深いデータがとれました。 敵の砲台にダメージが入る事が確認できたのはとても大きいです」

「しかし、あれは敵が本気になったら、近づけたものではないッスよ」

「いえ。 幾つか手段はあります。 次に大規模な攻撃作戦を実施して、敵の底を図ってしまう予定です。 潰せるようならそこで撃破します」

村上三兄弟のような実用的な殺気感知ほどではないが。

はっきりいって嫌な予感しかしない。

溜息が漏れるが。まあどうしようもないだろうなと思い。通信を切る。

そして、甘いものを口に入れた。

菓子なんて上等なものはもう出回っていない。

菓子は高級品で、月に一回支給されれば良い方。場合によってはレーションにされている有様だ。

カップラーメンなども同様。

今では、頭脳活動の補助用に、ブドウ糖の錠剤が渡されていて。

それを飲んで、なんとか頭を回すしかなかった。

頭に乗せている梟に話しかける。

「ねえ梟さん。 どう思うッスか?」

小首を傾げる梟のドローン。薄暗い部屋でモニタに映るからそれが分かる。

これは、別に本気で会話しているのでは無い。

自分の考えを整理するための行動だ。

「砲台にダメージは入る。 これは分かった。 あの大型砲台も、砲身にピンホールショットを入れれば黙る。 かといって、あのデカイのをそのまま放置しておいて、良い筈もない。 それに……」

あの大きさだ。

プライマーにしてみれば、恐らく重要な兵器。

基地か何かとみて良いだろう。

戦場で、兵士が叫んだのを一華は聞いた。

奴ら、家まで建てやがった。

その通りだ。

恐らくはあれは、プライマーの前線基地。基地を降らせて来るとは、もうなんというか。言葉も無い技術差だ。

EDFでも前哨基地を彼方此方に工兵が設置する。

パッケージ化されている前哨基地を、秀吉の一夜城よろしく組み立てて。そこを補給の拠点にするのだが。

それでもあんな規模では無い。

桁外れの物量で知られる米国のEDFでも無理だろう。

こんな敵に対抗するには。

それこそ頭を叩くしかないが。

コロニストはどうも違うような気がする。

コロニストはどう見ても、使い捨ての兵隊だ。

プライマーという文明を担っている存在は、どう考えても別にいるようにしか思えなかった。

「このタイミングであの兵器を落としてきたと言う事は、多分プライマーはまだまだ切り札を多数有していると見て良さそうッスよ。 何か対策はないものっスかねえ」

「……」

勿論梟は答えない。

答えも期待していない。

一華は愛用のPCに、色々なデータをうち込みながら。黙々と検証を続ける。

だが、休むようにリーダーから指示が入る。

伸びをすると、指示に従う事にした。

良い所だったんだがな。

そう思いながら、PCを落として。いつでも運べるように配線などは外しておく。

ニクスは整備班が文句を言いながらも修理をしてくれる。

だから、後は寝るだけだ。

しばらくねむっていると、夢を見た。

梟と話している夢だった。

「きみは鋭いね、一華。 それに、いつのまにか本気で勝つ事を考えてる」

「それはそうっスよ。 負けたら死ぬ……」

「命なんてどうでもいいと思っていたのに。 今では命が大事になりはじめているね」

「……」

図星を指される。

夢の中なのに。ついでにドローンの分際で。生意気な梟だ。

図星を指されると、結構頭に来るものだけれども。

それでも、深呼吸して激高するのは抑えた。

「良いんだよそれで。 生きようとすることそのものは恥じゃない。 他の生命を食い荒らしながら自分だけ生きようとするのは恥だけれどもね」

「プライマーって何者なんスか」

「……それよりも、今は勝つ事を考えよう。 敵が出してきている兵器には、一つずつ冷静に当たるしかない」

「そうっスね」

その通りだ。

一つずつ、丁寧に対抗策を用意して。

一つずつ撃破していくしかない。

だが、それまでに人類が明らかに力尽きる未来しかない。

敵の兵器はどれもこれも強く。

物量が桁外れ過ぎるのだ。

プライマーのことだ。

あのでかい基地らしい兵器を、百個くらい世界中に落として来かねない。今まで投下してきている怪物の事を考えると。それくらいはやらかしかねないのである。

だとすると、先手を打つしか無いが。

そんな事は不可能だ。

今までの兵器で、相手の先手を打てた試しがあったか。

ため息をつきながら、頭を振る。

メールが来ていた。

「凪一華。 貴方を戦略情報部にほしいと思っていたのですが、以降村上班でずっと勤務をお願いします。 貴方は前線にいる方が有用だと判断しました」

戦略情報部の少佐からだ。

さいですか。

そうぼやくと、メールを消す。

溜息がまた出た。

頭を掻き回すと。最低限の身繕いだけして朝飯を食べにでる。

流石に東京の千葉中将も、苛烈な戦闘の直後だと判断したのか。

すぐに戦闘に出るようにとは、言わなかった。

 

4、一歩進んで……

 

先進技術研。

EDFに存在する巨大な科学者のチームである。

世界各地にラボが存在しており。それは日本にも当然存在している。

東京の地下深くの一角。

そこで、最終調整が行われていた。

以前作戦投入してまともに動かなかったEMCの改良についてである。

出向いてきた通称「プロフェッサー」の手により、複数の欠点が指摘され。それを修正して、今稼働が行われていた。

EMCの一部だけを、照射する。

小型にした実験用のものだが。

今度は、普通に稼働した。

「陽電子、熱変換完了!」

「照射!」

「おおっ!」

巨大な地下空洞で、青い光が迸り。目標にされていた分厚い複合装甲に直撃する。

本来の12%程度の出力だが。それでも複合装甲を一瞬で融解させた。

流石に対消滅反応だ。

ほんの少しの陽電子を電子と対消滅させただけでこの熱量である。スタッフは皆興奮していた。

「よし、では地上のEMCに改良を行い、実機での試験だ」

「問題は装甲がどうしても薄くなることだが……」

「仕方が無い。 搭載する粒子加速器の事を考えると。 移動させるだけで精一杯だ」

「それもそうか……」

口々に科学者達が話をしているが。

プロフェッサーの表情は暗い。

「あの青年は、約束を覚えているだろうか」

独りごちるが。

誰も、それには反応しなかった。

中肉中背のプロフェッサーだが。パワードスケルトンを常につけている。そうしないと、まともに荷物も持ち上げられないくらいひ弱なのだ。自転車にすら乗れないし、走るなんてもってのほかである。服の下に格納できるパワードスケルトンを利用しているが、それでも毎日忙しくて、本当に苦労していた。

ともかく、やるしかない。

少しでも、反撃の糸口を掴めているのだ。それについては、全て記憶していく。此処から如何に相手が無茶苦茶をやってくるとしてもだ。

何度かの実験は成功。

ただし、出力を上げすぎるとEMCの車体がもたない事も分かった。

最悪の場合、車体が爆発程度ではすまない。

とんでもない熱量が周囲に放出されることになる。

その熱量は、周囲の空気をプラズマ化させ。破滅的な大爆発を引き起こすことになるだろう。

「この小型EMCを、出力をそのまま更に小型化し。 携帯火器にしたい」

「いや、流石にそれは……」

「コロニストから鹵獲した兵器のシステムを組み込む。 出来る筈だ」

「だが原理が分からない。 どんな風に暴発するか……」

難色を示す科学者達。

プロフェッサーは、ここのそこそこの地位をもっている。

だから、やるようにと指示。

しぶしぶ、皆が指示に従って動き出す。

さて、兵士達の生存性を少しでも上げるために。プロフェッサーがやるべきことは幾らでもある。

アサルトライフルの改良。

今、何種類かのアサルトライフルを改良し続けているが。いよいよプライマーからの鹵獲技術を組み込み始めている。

原理すらよく分からない技術もあるのだが。

コロニストが持ち込んだ武器を解析した結果、小型化すれば今までとは次元違いの火力を持つアサルトが作れる事が分かってきている。

また、コロニストの武器の動力源を解析し、それがフライトユニットに応用できそうだと言う事も。

上手く行けば、ウィングダイバーは更に速く、高く飛び。

もっと高火力の武器をふるえるようになるかもしれなかった。

妻は、こういったプロフェッサーの考えには反対している。

年老いた両親の面倒を見てくれる、出来すぎた妻。

優しい人。

そして、これから確実にその運命は。

ため息をつく。

絶対に回避しなければならない。

そして生き残らなければならない。

今、同時進行で七つ動かしているプロジェクトの進捗は、全て頭に入っている。

プロフェッサーは一種の瞬間記憶能力の持ち主で、一度見聞きした事は絶対に忘れない。

あの青年が今、村上班という部隊で活躍している事は聞いているし。

活躍の様子も確認した。

元から凄まじい強さで。EDFに入れるべきだと思っていたのだが。

どうやら今回は、最初からEDFに入ってくれていたらしい。

だが、人間一人の力では限界がある。

特に最近は、装備の問題などもあって、どうしても無理が通せなくなってきている。

それなら、プロフェッサーが後方から支援するしかない。

きみも、また生き残ってくれよ。

出来れば、君の部隊もろとも。

そう呟きながら。

プロフェッサーは、黙々とデスクに向かい。部下に指示を出して、プロジェクトを進めていくのだった。

 

(続)